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不純愛

レス450 HIT数 227766 あ+ あ-

アキ( W1QFh )
13/03/05 23:46(更新日時)

―この愛は、純愛ですか?



―それとも、不純ですか?

No.1526080 11/02/16 22:04(スレ作成日時)

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No.450 13/03/05 23:46
ゆい ( vYuRnb )

その日は、午前中の講義が教授の都合で休講になった。

何と無く友人の誘いを断って、私は中庭のベンチで一人本を読んでいた。

「あれ、先客だ。」

手元が暗くなり見上げると、そこには彼が頭を掻いて立っていた。

西島先輩…だ。

白衣のポケットに片手を入れて、気怠そうに私を見ている。

「ここ、先輩の陣地でしたね。
失礼しました。」

私は、本を閉じて教科書の入ったクリアケースを手に立ち上がる。

「あ、大丈夫だよ。
ごめんね、気を使わせて…」

初めて、彼の声をちゃんと聞いた。

とても優しくて穏やかな声に、私は彼をジッと見つめてしまった。

「ん?何?
僕…何か変かな?」

少しはにかんだ顔が可愛いらしいと思った。

「あ、もしかして僕臭う?」

クンクンと自分の腕を嗅ぐ仕草に、私は堪らずクスっと笑った。

「参ったな…この所まともに風呂にも入れてなくて…」

恥かしそうにクシャクシャと髪を掻くから、目元が隠れてしまう。

「ふふっ…先輩、髪の毛クシャクシャですよ?
それじゃぁ、お顔が見えません。」

そう笑いながら、目に掛かった髪をかき分けた。

彼の澄んだ瞳が、私を捉える。

「うわぁ!!
ちっ…近ッ!!」

「え?」

「ご、ごめん…君の平穏な一時をジャマして!ほんと、ごめんな!!」

顔を真っ赤に染めて、慌てて逃げる様に彼は去ってしまった。

あまりにも焦って行くものだから途中で鳩にぶつかり、挙句、その鳩にもぺこりと頭を下げて謝っていた。

遂に、私はお腹を抱えて笑いながら彼の背中を見送った。

何あの人…

「可愛いー!」

吉宗は、私が出会った人の中でも特に純粋で、汚れのない人だった。

あの瞳の様に、心までもが美しい人。

私が恋い焦がれるのも無理は無かった。

腕に抱えた本。

この遺伝子学の本の通り、人はパートナーを選ぶ基準として、自らにはない分子を相手に求めるとある。

私に足りない物…

それは、純粋さ。

吉宗は、私にとって化学的にも運命の人だと言う事。

だから、惹かれるのは仕方ない。

これはきっと、必然なのだと思った。





No.449 13/03/04 17:03
ゆい ( vYuRnb )


昼下がりの穏やかな中庭で、初めて貴方を見かけました。

「見てー、あの人…またあんな所で寝てる。」

次の講義を受ける為に、私は友人達数人で校舎の移動をしていた。

「あぁ…あの人、院生の西島先輩でしょ?
なんでも先月アメリカから帰国したらしいわよ。」

その人の名前は以前から知っていた。
父の書斎には、彼が書いた論文が幾つもあったから。

父は、彼を特別可愛がっていた。

何度か家にも上がり込んでいたが、私は父やその周りを取り込む環境には興味が無かった。

だから、実際には彼の顔を見る機会は無かったのだ。

「アメリカって、留学してたの?
あんな人が?」

「MITにいたらしいよ。」

「「MIT?!」」

彼が噂になっていたのは、彼が天才だからでもなく特別ハンサムって訳でもない。

彼の風貌に問題があったからだ。

彼は、いつも襟の伸びたシャツを着ていて襟足まで伸びた髪はボサボサ。

銀縁メガネで、白衣はいつもシワシワだった。

おまけに…よく、庭園のベンチで草履を履いて昼寝をしていた。

本当にダサい。

「あの人って、坂田教授の研究員でしょ?
清美…大丈夫?
なんか変な事されたら直ぐに訴えなよ?」

友人の冗談に笑って、私は適当な相槌を返した。

多分、あの人にそんな勇気はないだろうし、私があの人に興味を持つ事も一生ないだろうと思っていた。

No.448 13/03/04 16:34
ゆい ( vYuRnb )


空が茜色に染まる。
その色が、紅茶に溶け込んで揺れる。

「何から話しましょうか…」

おばちゃんは、慎重に考えた様子で一間を置いて紅茶を啜った。

そして、ゆっくりと遠くの景色を見る様に父との思い出を語った。

この大学で、おばちゃんは父と出会い、そして恋に落ちた事…。

今まで、誰にも話しはしなかった秘密を僕に話し出したのだ。

No.447 13/03/04 16:25
ゆい ( vYuRnb )


とぼとぼと携帯を片手に歩いて、着いた場所は清美おばさんの研究室前だった。

「戻って来ちゃったよ…」

中に入るべきか、帰るべきか…。

おばちゃんに会ったとして、一体何を話すべきなのか分からない。

入口前で迷いながらウロウロとしていると、白衣を着た研究員がゾロゾロと出て来た。

その中には勿論おばちゃんも居て、バッチリと目が合ってしまった。

「マー君?」

もう…逃げられないな。

僕は観念して、おばちゃんに近寄った。

「ちょっと抜けるわね…」

おばちゃんは他の研究員にそう言うと、柔らかな笑みで僕の肩をそっと抱いた。

「テラスでお茶でもしましょ。」

まるで、僕がここに来た理由も言わんとする事も清美さんには全部分かっている様な口振りだった。



No.446 13/03/04 00:37
ゆい ( vYuRnb )


「It is what kind of thing!」
(どういう事だよ!!)

「政宗か…どうしたんだ?」

父親の落ち着いた声が、腹ただしかった。

「Because my native language is English,
talk in English.」
(僕の母国語は英語なんだ、だから英語で話してよ。)

日本語で、丁寧な表現を使って父と話すのはゴメンだった。
英語なら下手に出て話す必要はないからだ。

電話の向こう側で、父の溜め息が聞こえた。
僕への呆れた様な溜め息だった。

「I did it how?」
(どうしたんだ?)

仕方なく、英語で返す父が益々憎かった。
折れたつもりで僕に合わせようとしているからだ。

「you are worst…!
I do not forgive you.…As for the mother!」
(父さんは最低だよ!
僕は、あんたを許さない…それから、母さんの事も許さないからな!)

「I do not forgive tow people!」
(絶対に、二人を許したりしない!)

英語でそう、喚き散らす僕を通りすがりの人々がジロジロと見ていた。

そんな視線を気にも止められないほどに、僕は怒っていたんだ。

「Calm down…」
(落ち着け…)

そんな僕とは真逆の父の低くて穏やかな声。

「Do not speake ill of a mother.」
(母さんを悪く言うな。)

父さんが庇うのは、いつだって母さんだけ。
父さんは、母さんがいれば僕なんてどうでもいいんだ。

だから、つい最低な言葉が口をついて出てしまった。

「I am ashamed when I think that such a person is mother.」
(あんな人が僕の母親なんて恥かしいよ。)

勢いでも、なんて事を言ってしまったんだと後悔した。

電話の先は、しばらく沈黙が続いた。

なんか…何でも良いから、僕を宥める事を言って欲しい。

でないと、引っ込みがつかないんだ。

「Is it so…」
(そうか…)

僕は、父を完全に怒らせてしまったらしい…

「Then never come back to the house.」

父は、静かだが冷たく重たい口調でこう話すと通話を切った。

『それなら、二度と家には戻って来るな。』

ツーツーと鳴る電話を、僕は耳から離せずに茫然と立ち尽くす。

何で…あんな事を言ってしまったんだろうか…。

母さんの事…恥かしいなんて思った事なんか今の今まで無かったのに…っ。


No.445 13/03/03 23:32
ゆい ( vYuRnb )


「放してよ…変態。」

「あっ…ごめっ…」

ん?
こいつ今、僕を変態呼ばわりした?

ドスの効いた声に慌てて腕を離したけど…『変態』とは随分だ。

「あんたって、自分の父親そっくりなのね。」

父さん…?

「…何で、君が僕の父さんの事を知ってるんだよ。」

「知ってるわよ。
あの女が聞いてもいないのに、あんたの父親の事ばかり話すんだもん。
『元・旦那』さんなんだってね?」

「え…?」

優の口から放たれた言葉に、僕は体が硬くなった。

今…確かに優は言ったよね?

『元・旦那』って…。

母さんと不倫してた時の結婚相手が清美おばさん?

「嘘だろ…」

自分でも顔が青ざめていくのが分かる。

「まさか…知らなかったの…?」

優が失言だと悟った時には遅かった。

「ごめんなさい…私…」

肩に添えられた彼女の手を振り切って、僕はマンションを飛び出した。

信じられない…
信じられない!
信じらんねーよ!!

何で、清美さんは憎いはずの僕ら家族と仲良くしてられるんだよ!

何で、父さんは平然としてられるんだよ!

何で、母さんは清美さんと笑って話なんか出来てたんだよ!!

訳が分からない…

何なんだよ…普通じゃない。

こんな関係って普通じゃないだろ。

僕は怒りと戸惑いから震える手で、携帯を握った。

コール音が鳴り響く。

「早く出ろよ…!」

8回くらいコールを鳴らしてようやく出た相手に、僕は怒りをぶつけた。


No.444 13/01/23 00:34
ゆい ( vYuRnb )


ずいぶんと懐かしい夢を見た。

あれは…いつの頃だったのだろうか…

「吉宗君ば、頑固やけん!
頭がよかからって、何でも理屈で物事を片付けんでよッ!!」

「理屈やなくて、ちいと考えれば分かる事やろ?
西田はもうちいと頭つこうた方がよかよ!
これじゃ、其処らのつまらん女と一緒やけん…」

口論の先に、西田がハラハラと泣き出した。
女の子を泣かしたのはそれが初めてで僕は慌てふためく。

夕暮れの生徒会室で、テンパった僕は咄嗟に西田を抱き締めたんだ。

「女の子を泣かして、慌てた挙句に抱き締めたの?」

僕の思い出話しに、クスクスと美桜が笑う。

「今考えれば、随分と大胆な事をしたと思うよ。
女の子を抱き寄せたのも初めてだったし、離すタイミングとか分からないし…。」

「吉宗さんらしいわ…。
女の子の方はきっとドキドキしたでしょうね。」

「嫌…だったんじゃないかな?
ケンカの途中で泣かされた訳だし…」

バカね、と美桜は続けた。

嫌なら直ぐに離れて平手打ちの一発でも喰らわせたと…

女の子が、
男の人に黙ったまま抱かれるのは…

その瞬間からその人に恋心を抱いたからなのだと…。

美桜曰く、僕は天性の女垂らしでプレイボーイだと随分な難癖を付けた。

出来る事なら、息子の政宗には受け継いで欲しくない血統なんだとか…。

夫婦の寝室で、僕らが想うのは家出した息子の事ばかり。

政宗…僕とよく似たお前は、僕を憎んでいる。
この蟠りを埋めるには、僕はお前に何をしてやるのが一番良いのだろう。

「マー君、今頃なにしてるのかな…」

表情を曇らせる美桜の手を握り、僕は微笑む。

「きっと今頃、女の子を泣かしてテンパって抱き締めてるはずだよ。」

「やめて。」

本気で美桜が怒る。

そんなに、政宗が僕に似るのが嫌なのか…。

ま、そんな心配は要らない。

あいつは、僕よりも遙かに疎くて草食系男子だからね。



No.443 13/01/22 23:37
ゆい ( vYuRnb )


優が部屋に閉じ籠ってしまったから、僕は暇を持て余す。
最初の数十分は、ここから眺める都心の景色を満喫できた。

だが、流石にその美しい景観を眺めるのにも飽きが来た。

何か本でも読みたい。

だけど、断りもなく他人の書斎に踏み入るのもどうかと考えた。

優に許しを貰う事も何だか憂鬱だった。

こんな事なら、福岡にいた方が良かった。

おばちゃんに謝って、明日にでも福岡へ帰る?

でも、東京へ行きたいと懇願して許しをもらった矢先に帰るのもバツが悪い。

「夕食、どうする?」

「わっ⁈」

ブツクサと考え事をしていた背中に、優の声がして僕は肩を跳ねあげた。

「なによ?1人でそわついてバカみたい。」

バカ…だと?

優は愛らしい風貌とは裏腹に性格がキツく、可愛げがない。

「アメリカから来たんでしょ?
もしかして、あまり日本語が分からないの?」

揶揄するように鼻で笑う優に、僕は腹を立てた。

「君は何に怯えているの?
僕か?それとも、清美さんか?」

僕も性格が悪いな…

優の触れて欲しくない確信部分にこうして、半分小馬鹿にしながら触れてしまうのだから。

見ろ…

優の瞳を。

僕を睨み付けて、唇を噛んでる。

それだけで十分だろ…十分、彼女を傷付けたのに…

だけど、僕の口は止まらない。

「君のその横柄な態度は、弱さを隠す為の小芝居にすぎない。
本当の君は、臆病者で小心者なんだろ?
人を傷付ける様な態度で自分が傷付かない様に守ってるだけだ。」

優の真っ赤になった瞳から、涙が溢れた。

生まれて初めて、女の子を泣かしてしまった。

「貴方に、私の何が分かるの?」

優、僕が言った戯言に悔し涙を流す君は…

君も、同じなんだよ。

否定しないんだろ?それなら…

「分かるよ…僕も同じだから。」

君と同じ…天邪鬼な弱虫だから…。

あぁ、知的センスがなさすぎだ。

僕の散々な言葉に流した涙が零れる。

もっと、違う言い方があったかも知れないと、後悔したが遅い。

泣かしてしまった女の子の慰め方が分からない僕は、後悔と自己嫌悪に苛まれて…結果、優に抱き付いてしまった。

そして、何故だか

僕の目からも涙が溢れた。

なんて…カッコ悪いんだ…




No.442 12/12/07 00:57
名無し442 

主様、お変わりありませんか?

時間に余裕が出来ましたら更新、宜しくお願いします。

ずうっと楽しみにしてますので(^-^ゞ

No.441 12/11/17 21:17
ゆい ( vYuRnb )


そして、僕の嫌な予感は当たった。

大学の研究室で待ち構えていたのは、あからさまに不機嫌な様子の女の子だった。

「彼女は、優。
私の娘…マー君、仲良くしてあげてね。」

ニコニコと微笑むおばちゃんの横で、その娘は「フンっ!」と、しかめ面で顔を背ける。

何だか感じが悪い子だな。

僕は、軽く挨拶をしたが彼女の印象は良くなかった。

それに、僕は清美おばちゃんはずっと独身だと思ってたから彼女に娘がいたなんて驚いた。

学生服を着ているし、さほど僕と変わらない年齢なんだろう。

「じゃぁ、挨拶も早々で悪いけど優、後は宜しく!」

清美おばちゃんは忙しそうに白衣に身を包んで、彼女に放つ。

「え?おばちゃん?」

「ゴメンね、マー君。
私、仕事で缶詰めなの…夫は出張中だし、優が一人になってしまうのよ。
女の子を一人で家に残すのは心配だから、一緒に家に居てあげて?お願いね。」

おばちゃんのお願いって…!

「そんなっ!僕だって…っ!」

そこまで言って言葉を飲み込んだ。
僕だって何だ?

一応、年頃の男子なんだと自分で言うほど、僕は成熟じゃない。

チラリと、優を見た。

彼女は、僕を冷たい眼差しで見ていた。

その視線すら痛い。

「大丈夫よ。
マー君は、紳士的だから。」

おばちゃんは、呑気に笑って部屋を出た。

残された僕と優の間に、気まずい空気が流れる。

「…あの人、いつも勝手なの。
行くわよ。」

素っ気ない態度で、カバンを肩に掛けて彼女は踵を返す。

戸惑いながら、僕も慌てて彼女を追いかけた。

彼女が住む家は、大学から歩いて10分程度の立派なマンションだった。

都心の一等地でこの広さなら、きっと億ションと言われる物件なんじゃないかな。


キレイ過ぎる生活感のない部屋で、僕は目を丸める。

ここへ来る間、僕らは会話を交わす事はなかった。

「なんだか凄い家だね。
テレビドラマに使われそうな部屋だ。」

「…別に、生活感がないだけよ。」

「確かに、綺麗すぎるね。
おばちゃんは、キレイ好きなんだ。」

ギスギスした空気が嫌で、僕は彼女の機嫌を伺う様に口元を緩めて言った。

「あの人?
さぁ、どうかしらね。
ここの掃除も、食事の用意も全部家政婦さんがしてるのよ。
あの人は、大学が家みたいな仕事女だから。」

「あの人って…そんな言い方はないよ。
君のお母さんだろ?」

少しムキになって言うと、優は鼻をフンっと鳴らした。

そして、僕を睨み付けた。

「あの人は、単なる私の継母よ。
本当の母親じゃない。」

ままはは?

「それって…」

「去年、いきなり父が連れて来たのよ。
今日から私の母親になるって勝手に決めてきて。
いい迷惑よ。」

優のセリフに、僕は言葉を失った。

でも…清美おばちゃんは、良い人だよ。
そんな言葉は、きっと優には響かない。

強く、そう思った。

No.440 12/11/17 19:17
ゆい ( vYuRnb )



羽田に着いて、ロビーに出ると清美おばちゃんが手を振って満面の笑顔を僕に向けた。

「久しぶりねぇ!
すっかり大きくなってー!!
お父さんの若い頃と瓜二つよ?」

「清美おばちゃんも、相変わらずキレイですね。」

本心だった。
だけど、清美おばちゃんは「もう、いい歳よ?」と照れた様に謙遜した。

清美おばちゃんの車は、真っ赤なポルシェで僕はこの人に良く似合う車だと思った。

「何だか不思議。」

「え?」

僕の横顔に目を細めて、清美おばちゃんは呟いた。

「何だか、若い頃の吉宗とデートしている気分だわ。」

父さんと…?

「僕って、そんなに父さんに似てる?」

「えぇ、よく似てる。
でも、当時の吉宗よりもマー君の方が洗礼された美男子よ?
彼は…ふふっ、なんて言うか…冴えない男の子だったから。」

思い出し笑い。
清美おばちゃんは、昔を思い出して吹き出しながら笑った。

僕は、サイドミラーに写る自分を見た。

父さんと似ている僕…

少し前ならきっと嬉しかった。

だけど、今は嫌で仕方ない。

「ねぇ、マー君。
大学に着いたら、ちょっとお願いがあるの。」

「お願い?」

「そう。良いかしら?」

何だろう。

「僕に出来る事なら…」

「貴方にしか頼めない事よ。」

清美おばちゃんは、何かを企むような含み笑いを浮かべた。

イタズラ好きの彼女のこの顔に、僕は幾度となく泣かされた事がある。

幼稚園の頃には、苦手だったカエルをプレゼントと表して箱に入れて僕に手渡した。

小学生の頃も、大嫌いなセミを僕のシャツに忍ばせた。

清美おばちゃんは、時に僕を困らせ泣かせる悪い女性だった。

だけど、僕はなぜかこの人が大好きだ。

優しいだけじゃない。
僕達家族を、いつも温かい目で見て慈しんでくれていた人だったから。

だから、騙されてしまうかも…?と、半ば思っていても、僕は彼女の願いを断れないのだ。

それが…僕の人生を変えてしまうかもしれない出来事だったとしても…。

No.439 12/11/17 14:07
ゆい ( vYuRnb )

白々しいんだよ…。

イラついて、僕は携帯を畳に滑らせた。

放り投げられたそれは、コツンと壁に当たった。

あんなもん、持ってこなければ良かった。
僕は、姉からではなく両親から何の連絡も無い事に苛立ちを覚えていたのだ。

ゴロゴロと天井を仰いで、ため息を吐いた。

僕は…なんの為に此処へ来たのだろうか…。

両親への反抗心。

それは否定しない。

だけど、それを心配しない父に、僕は落胆していたんだ。

それを知ると、急に虚しくなった。

父にとって、僕は出来損ないの息子。
優秀で、反抗心のない姉だけが父にとって大切な子どもなんだと思えた。

「どうせ、僕は…」

自暴自棄になりそうだ。

両手で顔を覆う。

涙が出そうだった。

♪♪〜

不意に携帯の着信が鳴った。

僕は、重たい身体を這って携帯の元へと手を伸ばす。

液晶には非通知の文字。

誰だ?

恐る恐る通話ボタンを押す。

「はい?」

「政宗くん?」

穏やかで、落ちついた女性の声。

「はい…そうですけど。」

「こんにちわ、清美です。
政宗くん、私を覚えてる?」

清美…って…

「清美おばちゃん⁈」

僕が驚いた声を出すと、クスクスと笑声が返って来た。

「良かった、覚えててくれて。
久しぶりね、元気?」

清美おばちゃんは、父のビジネスパートナーで小さい時から僕らと深い親交があった。

父はさて置き、母とは大の仲良しだった。

清美おばちゃんが東大の准教授になって、研究長に抜擢されてからは、忙しさから僕ら一家とは疎遠になってしまっていた。

「風の噂で、マー君が日本に来てるって聞いたの。
どう?久しぶりの日本は。」

「いや、そろそろ飽きてきたかも…」

本当は、こっちに友達がいる訳でもなく遊ぶ場所も限られているからつまらないだけなんだ。

「大きい声じゃ言えないけど、福岡も長居すれば飽きるわよね…。
どう?マー君、東京に来ない?」

「東京に?」

「そちらの御祖父母には私がお願いしてみるから、マー君はこっちにいらっしゃいよ。
大学の研究所を案内するわよ?」

東大の研究所…。

理科オタクの僕には、繁華街やテーマパークよりも魅力的
な場所のお誘いだ。

「行っても良いんですか?」

「もちろんよ!」

清美さんは喜々として、僕を歓迎してくれた。

祖父母にも頼んで、僕は翌日から東京へと移動した。

No.438 12/09/06 16:34
ゆい ( W1QFh )



こっちに来て1週間も経つと、僕は暇を持て余した。

日本では、夏休みになると大量の宿題が出るらしいのだが、アメリカでは宿題なんて出ない。

僕は今、9年生(高校1年生)で進路もまだ決めていない。

それなりの大学に行くなら、勉強が出来る事の他に夏休みの間にクラブに入って業績を残すか、長期間のサマーキャンプにでも参加しなければならない。

僕は運動も好きじゃないし、虫に刺されるだけのキャンプなんて行きたくもない。

そうなると、ただ毎日をゴロゴロと過ごすだけの日々になる。

「…つまんね。」

畳に寝転がって天井を仰ぐ。

この一週間、両親からの連絡は一切無かった。

たまに、メールが来たかと思えばそれは姉の海からだ。

『そっちは、どう? おばあちゃん達は元気にしてる?』

『政宗がいなくてママも元気がないよ‥』

『課題が終わらなくて、パパに叱られた~!
親が同じ大学にいるとこれだから嫌になる!』

姉からのメールは、両親の近況をさり気なく伝える内容が殆どだった。

No.437 12/09/05 10:32
ゆい ( W1QFh )



そして、その後悔を頭から振り払う様に湯船に潜った。

ボゴボゴと水の中では、父の震える右手と、母の悲しげな表情が浮かんだ。

温厚で優しい父を怒らせた…。

僕は、殴られた怒りと悲しみに支配されて、持っていた古い週刊誌を父に投げつけた。

それは見事に父の顔に当たって、父の足元に落ちた。

父は静かにそれを拾うと、溜め息混じりに僕に向かってこう言ったんだ。

「夏休みになったら、しばらく福岡に行きなさい。」

僕も、二つ返事でこう返した。

「そうするよ。
どうせ、もう父さん達とは一緒にいたくないしね!」


夏休みに入る1週間前だった。

ついには、昨日飛行機に乗るまで僕は父とも母とも口をきかなかった。

これから、夏休みの3ヶ月間を僕は日本で過ごす。

No.436 12/09/04 20:08
ゆい ( W1QFh )

数年前まで古かった祖父母の家も、父が建て直して今はピカピカの新築だ。

モダンな日本家屋だが、僕は前の古びた家の方が好きだった。

インターホンを押すと、奥から廊下を小走りに走る音が聞こえた。

引き戸がガラガラと開くと、花を咲かせた様な笑顔の祖母が僕を迎え入れる。

「お帰り!マー君、よう来たね!」

「ただいま、おばぁちゃん。」

僕は微笑みを浮かべて靴を脱いだ。

祖父母の家では、必ず「お帰り」と「ただいま」を言う。

それは、物心がついた時から変わらない。

「マー君、大きくなったとね~!
吉宗の若い頃とソックリで、驚いたわ!」

「ははっ‥嬉しくないな…。」

父に似ている。

正直、複雑だ。

「客間に荷物置よったら、居間にきんしゃいね。」

「うん。」

祖母の言うとおり、客間に荷物を降ろした。

身軽になった解放感を味わうも、汗で背中に張り付いたシャツが気持ち悪かった。

靴下を脱いで、畳を踏みつける。

井草の匂いが鼻にぬけると、ようやく日本に来た実感がした。

僕は靴下を手につまんで、居間へと顔を出した。

ちょうど、盆に氷の入った麦茶と羊羹をのせて、祖母がキッチンから出てきたところだった。

「おばぁちゃん、先にシャワー浴びてくる。
ついでに、靴下洗濯機に入れていい?」

「よかよ。お風呂も沸かしてあるから、ゆっくり入ってくるとよか。」

「うん、そうする。」

僕は踵を返してバスルームへと向かった。

祖母の家は柔らかい雰囲気で心地よい。

バスタブに浸かりながら、僕は自分の左頬をさすってみる。

もう痛みも腫れもないが、心にズキズキと後悔にも似たような痛みが走った。

No.435 12/09/03 22:18
ゆい ( W1QFh )

僕の父親は、結婚していたにも関わらず他に愛人がいたんだそうだ。

その愛人っていうのが僕の母親だ。

僕は、そんな二人の間に産まれた「不純物」なんだろう。


僕は重たい荷物を背負いながら、ジットリと蒸し暑い夏空の下で汗を垂らした。

蝉の鳴き声が耳について喧しい。

「はぁ…暑い。」

日本の夏は嫌いだ。
湿度が高くて肌がベタつく。

僕はボストンで生まれ育った。

ボストンの気候は比較的穏やかで、夏も冬も割と快適だ。

たまに来る日本は、なんとなく気候も街の雰囲気も人も苦手だった。

だから、今回も憂鬱な気持ちで空港に降り立ったのだ。

そして今は、父の母方…つまり、僕の祖母の家を目指している途中だ。

父の実家は日本の福岡県にある。

天神という、福岡の最大都市。

改札を抜けて、僕は祖父母の家を一人で目指す。

No.434 12/09/03 21:54
ゆい ( W1QFh )


~不純愛~

僕のsummer vacation

No.433 12/06/24 23:34
ゆい ( W1QFh )

*空ちゃん*
「ここに来るのは久しぶりだな♪
吉宗さん、私を覚えてますか?」


吉宗「もちろん、覚えてますよ♪
元気にしてた?」


ゆい「私は元気!」

吉宗「君はそうだろうね…」


ゆい「…私にも興味持ってよ…」


吉宗「だって、聞いても真面目に答えないじゃん。」


ゆい「うん。」


吉宗「空ちゃんは、ゆいさんみたいな、ふざけた大人にならないようにしてね♪」


(吉宗め…!)


ゆい「いたいけな女子高生に何て事言うんだろ!
本気にしちゃうでしょ!」


吉宗「僕は本気で、言ってます!」


ゆい「あっそう!
吉宗さんなんか、もう来なくて良いもんねっ!」


吉宗「あぁ、そうだ。
僕さ本当にもう帰るから、ゆいさんも一緒に行く?」


(…流された)


ゆい「私、夏休みに帰るから。」


吉宗「それまでに、小説終わるの?」


ゆい「微妙…でも、頑張るよ。
長い時間、皆さんに待ってもらうのは申し訳ないしね…。」

吉宗「そっか、じゃあね♪
あっちで、たまに会おう!」


という訳で、吉宗氏が帰ってしまったのでイベント終了となります♪


ご参加ありがとうございました!


最後に…


吉宗&ゆい

「「空ちゃん、
Happy Birthday!!」」

No.432 12/06/11 20:34
ゆい ( W1QFh )



吉宗「*空*ちゃんも僕と同じAB型なんだね♪
二面性があるとか言われない?」


ゆい「うちの父は二面性あるよ!」


吉宗「ゆいさんのお父さんネタはもういいよっ!」


*空*ちゃん「まぁまぁ…所で、吉宗さんは将来海ちゃんにどんな職業に就いて欲しいですか?」


吉宗「海が望む職業なら何でも応援したいと思うけど…出来れば、僕らと同じ研究者にはなって欲しくないかも…。」


ゆい「身を持って苦労が分かるだけにね。」


吉宗「そうそう…! まぁ、でも海の将来は海で決めればそれで良いと思う。」


ゆい「お嫁さんとかね。」


吉宗「君って、友達少ないでしょ?」


ゆい「そんな事ないもん♪」


吉宗「…僕、もうボストンに帰る。」


ゆい「じゃぁ、私も!」


吉宗「君も?携帯、海外でもWeb使えるの?」


ゆい「パソコンでミクルに投稿出来ないかな?
システムが分からないけど…。」


吉宗「僕は余計に分からないよ…。
ってか、君の実家ってボストンなの?」

ゆい「秘密♪」


*空*ちゃん「ねぇねぇ、実はゆいさんもAB型でしょう?」

(そうでありたいが…)


ゆい「私は、大多数派の血液型ッスよ!
天才肌と言われたいが…残念!」


吉宗「でも、君は左利きなんだよね?」

ゆい「Yes!」


吉宗「なら天才肌だよ。」


ゆい「やった!
だけど、右利きに治せなかったんだよね…既に、天才じゃなければ器用でもないって証明されたよ。 スランプだし…」


吉宗「君が育った環境は、左利きを右利きに直す習慣がなかったからね…今、困る事ない?」


ゆい「特にないけど…。」


吉宗「なら、大丈夫! 」


ゆい&吉宗

「*空*ちゃん、ありたいがとう♪」

No.431 12/06/08 22:56
ゆい ( W1QFh )



ゆい「吉宗さん、そろそろ血液型発表する?」


吉宗「いきなり来たね…ビックリした。」


ゆい「あぁ、ごめん。
なんか後ろ姿が寂しそうで声かけづらかったよ…。」


(ぽつーん…としてたから。)


吉宗「だからって、ソロ~…と来ないでよ!」


ゆい「すみません…。
で、吉宗の血液型は?
皆さんはAB型じゃない?って予想してたみたいだよ♪

私も、そうじゃないかなぁ…と思ってるけど。」


(これは、*空*ちゃんから質問を受けた時、既に思いついてました♪)


吉宗「あれ?分かっちゃう?何で?」


ゆい「だって、吉宗さんには二面性があるから。
優しい時と強引な時とあるし、なんとなくAB型って天才気質じゃない?」


吉宗「え~?!二面性なんて無いよ…。」


ゆい「でも、AB型で当たってるでしょ?」


吉宗「はい…僕は、AB型です。
皆さん大正解!!(笑)」


ゆい「ふふっ♪
私の父もAB型。関係ないけど。」


吉宗「ゆいさんは?」


ゆい「秘密♪」


吉宗「お父さんのは教えてるのに?
変なの!」


ゆい「さぁ~、私はなに型でしょう?」

吉宗「もう、いいって!」


ゆい&吉宗

「「*空*ちゃん、まゅさん♪
ありがとうございました!」」

No.430 12/06/06 19:53
ゆい ( W1QFh )

break time~


ゆい「ちょっと、休憩してお茶でも♪」

吉宗「良いね~♪
ゆいさんは、自分の事とか話さないの? なんか、僕ばっかり自分の事話させられてる感が…。」


ゆい「え~?
だって、私は皆さんとよくお話してるし…何を話すの?」


吉宗「例えば、性別や年齢とか出身地?とか…。」


ゆい「皆さん、興味ないと思うけど…。 それに、小説を書いてるから作者はある程度、ミステリアスな方が良いと思って。
作者に変な先入観とか持たない方が、読んでてワクワクしないかな?」


吉宗「ワクワクは作者の素性云々より、作品の質じゃない?」


ゆい「それが簡単に出来ないから困るんです!」


吉宗「あっ、そっか!」


ゆい「うん。
私は、天才肌?じゃなくて搾り出しタイプだから、皆さんとお話したり、こうして息抜きしないと書けないんだよね…。 よく、「勝手に登場人物が出てきて、勝手に物語が進んでスラスラ書けちゃう」って作者さんもいるけど、私にはそんな才能ないのよね。

だから、皆さんから力を貰って書いてるのよ。

私が作品を書けるのは皆さんの御陰だからね。」


吉宗「読んで下さる方が、ゆいさんを動かしてるって感じ?」


ゆい「そう!それ! だから、私の作品は皆さんが書いたも同然なのよ!
一緒に書いてるんだよね~♪」


吉宗「じゃぁ、僕が幸せなのも皆さんの御陰なんだね!」


ゆい「その通りです!」


ゆい&吉宗

「「皆さん、どうもありがとうございます!!」」


ゆい「じゃぁ、ちょと「彷徨う~」の方に行って来る。」


吉宗「ゆいさんの推しキャラ出てるんだっけ?」


ゆい「うん。
私、「岩屋派」になるから。
彼はカッコ良くしなきゃね。」


吉宗「そうやって、特定のキャラをひいき目にするのやめろよ…。」


ゆい「ふっふ~♪
爽太なき今…私を支えるのは岩屋さんなんだよね。」


吉宗「でも君、男の趣味が悪いから賛同者は少ないと思うよ?」


(確かに…高瀬派が募る中、岩屋派がどれだけ現れるか…)

ゆい「まぁ…行って来ます。」


吉宗「行ってらっしゃーい♪」

No.429 12/06/06 19:19
ゆい ( W1QFh )



クミクミさん「吉宗さん、こんばんは♪
遅くなりましたけど、ご結婚おめでとうございます!」


吉宗「クミクミさん、初めまして!
ありがとうございます…照れますね。」

クミクミさん「質問じゃなくて、気持ちを聞きたいと思いまして…。」


吉宗「気持ちですか?
何だろう…緊張しますね‥。」


クミクミさん「美桜と離れて自分の生活があるなかで、美桜が貴方の仕事の手助けをしてくれていた事、貴方の研究を理解して応援してくれた事、愛していてくれた事や、子供に貴方の存在をキチンと与えてくれた事など…それを知った時、どんな気持ちでしたか?」


吉宗「そうですね…。全部ひっくるめて…彼女の事を、ただ「愛おしい」としか思いませんでした。」


ゆい「確かに…それ以外の感情なんてないよね。」


吉宗「うん。
ボストンに行ってからは、研究に没頭する事で美桜を封印してました。
彼女は既に結婚していたと思っていましたし、まさか、僕の仕事をサポートしてくれていたとは思いませんでした。」


クミクミさん「うんうん。」


吉宗「でも、彼女に会って全てを知った時に、もう…何て言うか…こう…嬉しくて…」


ゆい「クミクミさん、吉宗さんが思い出し泣きします!」


クミクミさん「大変!」

吉宗「大丈夫です…すみません。歳のせいで最近、涙もろくて…情けない。

はい。一番感謝しているのは、娘の海の事です。
僕は娘との距離を一番心配していましたし、いきなり現れた父親を彼女が受け入れてくれるか、とても不安でした。

美桜は海に、胸を張って「あなたには、父親はちゃんといる」と伝え教えながら育ててきてくれました。

その事が、僕と海の距離を離さないでいてくれたのだと深く感謝しています。

僕は、最愛の人に守られながら空白だと思っていた3年間を過ごしていたんです。
これ以上の幸せも、深い愛情もないと思ってます。」


ゆい「う~ん…羨ましいな♪」


吉宗「ゆいさんにも、そのうちそんな幸せがやってくるよ。」


ゆい「お♪やっと下の名前で呼んだ♪」

ゆい&吉宗

「「クミクミさん、ありがとうございました!」」

No.428 12/06/04 23:41
ゆい ( W1QFh )

*空*さん「吉宗さんに質問です!
生年月日・血液型・星座を教えて下さい♪」


吉宗「*空*ちゃん、ご質問ありがとう!
なんか…こんな僕に関心を持ってくれて嬉しいやら照れるやら…良いのかな。
えっと、生年月日ね…1974年12月26日生まれの山羊座です。 血液型は…何だと思う?これは、ちょっと皆さんにも考えてもらいたいな(笑)
さて、僕はなに型でしょう…?」


ゆい「なんだろうね?」


吉宗「あきやまさん、*空*ちゃんのこの質問に焦ったでしょう?
なにやら「本編」まで行って探ってたよね(笑)?」


(ギクリ…!)


ゆい「だってさ、本編では吉宗さん未来まで行ってんのよ! いきなり2012年から3年後(ボストン編)まで飛んでるし、何歳って設定に矛盾がでるじゃん!」


吉宗「それは、僕のせいじゃないし。」

ゆい「はい、そうですね。」


吉宗「*空*ちゃんのお返事待ってます!
あと、感想スレで意見交換して参加して下さる方もお待ちしています!
様子を見て発表しますので、正解発表までしばらくお待ち下さい♪」


ゆい&吉宗
「「*空*ちゃん、ありがとうございます!」」

No.427 12/06/03 22:16
ゆい ( W1QFh )


ゆい「あっ!吉宗さん、女子高生来た来た!!」


*空*さん「こんにちは♪
吉宗さんが大好きで興奮し過ぎて質問を忘れました…」


吉宗「*空*ちゃん、僕は君と同じ位の子どもがいてもおかしくないくらいのオッサンだよ?」


ゆい「別に恋愛感情なんて無いよね?
吉宗さんって、自意識過剰な所があるよね。」


吉宗「君って、可愛げないよね。
それに比べて*空*ちゃんは初々しくて可愛いな♪」


(エロ教師には気を付けて下さい!)


*空*さん「*空*は、将来歌手になるのですが、同じ福岡出身と言う事で、吉宗さんも応援してくれますか?」


吉宗「もちろん、応援しとうよ!
福岡は、バンドだとチェッカーズやスピッツ、女の子だと浜崎あゆみちゃんや、YUIちゃんに、最近だと家入レオちゃんと、大スターを多く輩出している県なんだよね!
僕は音楽が好きだし、ライブにもフェスにも行くのが大好きだから、*空*ちゃんの事も応援しとっと!
夢に向かって頑張りんしゃい!!」


ゆい「私も応援してます♪」


ゆい&吉宗「「*空*ちゃん、ありがとうございます!」」


吉宗「いゃ~…若いって良いなぁ!
青春だね!!」


ゆい「あなたも、かなり青春してましたけどね…」


*空*さん

また何でもどうぞ♪

No.426 12/06/03 21:45
ゆい ( W1QFh )

ゆい「あ、どうも司会の「ゆい」です。
吉宗さん、お久しぶりですね♪」


吉宗「うん、完結しちゃったしね。
新しい小説はどう? 皆さん面白いって?」


ゆい「お陰様で、温かい反応を頂いております♪
吉宗さんも読んでよ~!」


吉宗「あぁ…僕は、興味ないかな。
それに、君の書いた小説を僕が読むって複雑だよ?」


ゆい「そうね…この企画も、ちょっと複雑よね。
まぁ、吉宗さんや「不純愛」ファンの方に喜んで頂ければ、幸せね♪」


吉宗「不純愛って何?」


(めんどくせぇ…)

ゆい「まぁまぁ、そうだ!
最初のお客様が来てますよ♪」


まゅさん「吉宗さん、こんにちは♪
さっそく質問です!」


ゆい&吉宗「「まゅさん、ようこそ!」」

まゅさん「では、美桜から沙希ちゃんに宛てられた年賀状に書いてあった、美桜の秘密って何?」


吉宗「これさ…あきやまさんが、書き忘れたエピソードだよね?
ネタ明かしする前に完結しちゃったんだよね?
君は、バカだから。」

ゆい「はい…その通りです。スイマセン…では、吉宗さん代わりに教えてあげて下さい。」


吉宗「まゅさん、これはね…差出人に美桜が自分の名前を「西島 美桜」って書いてたんだよ…(照) あの時の状況で、コレはヤバいでしょ? うわぁ~!ってなったよね。」


ゆい「まゅさん、そういう事です…!」

ゆい&吉宗「「まゅさん、ありがとうございます!
また、待ってます♪」」


ゆい「次は誰が来てくれるかなぁ~?
もしかしたら、女子高生くるかもよ?
どうする?吉宗さん!」


吉宗「元・教え子だったらどうしよう…!」


(あぁ…そういえば、あなた教員でしたよね。)


吉宗「次とか緊張する…。」


ゆい「気長に待ちましょう♪」


まゅさん、ありがとうございます!

他にもあれば何でもどうぞ♪

No.425 12/06/03 21:19
ゆい ( W1QFh )



🌼不純愛「特別版」 ファンの方と吉宗の座談会🌼


~ご参加希望の方は「不純愛感想スレ」をご覧のうえ、コメントを書き込み願います~

No.424 12/05/28 14:26
ゆい ( W1QFh )

>> 423 あみなさん✨

ありがとうございます☺🎵

あみなさんのキャスティング、素晴らしすぎ~✨

美桜は「愛未ちゃん」とか分かります☺
石原さとみちゃんも、美桜っぽい💕と思ってましたが、皆さん良いセンスをお持ちでイメージが湧きます☺

「岩屋」のオダギリジョーさんとかも良い👍✨

妄想族サイッコー‼

No.423 12/05/28 00:23
あみな ( 30代 ♀ L4q7nb )

>> 421 あみなさん✨ ありがとうございます☺ そうなんです😱 私が、吉宗の設定を「異常に若く見える男」にしてしまったので、難しくなってしま… ゆいさん、なんとなく分かります😄最初のうちの頼りなさそうなところは「西島秀俊」さんの雰囲気😄。
岡田将生も良い感じですよね💕小説の年齢的には、竹野内豊と岡田将生の間ぐらいですよね~誰か「そうそうピッタリ😆😆」っていう人いないかな💓

美桜は「比嘉愛未」さんなんか良い感じかと😆😆

竹野内豊は高瀬の方が、合いそうですね💕
岩瀬は…オダギリジョーor浅野忠信。
なんてどうですかぁ💓💓

ゆいさん、私の妄想は酷くなる一方です💕

No.422 12/05/27 11:00
ゆい ( W1QFh )

>> 420 横スレすみません💦 ずーっと、楽しく読ませていただいてました✨ プロ⁉と思うほどの文章力と構成力は尊敬です✨✨ 続き… かなさん✨

ありがとうございます🙇✨
ずっと読んで頂いていたなんて😢✨光栄ですし、とても嬉しいです☺✨

そして…「岡田 将生くんキターッ‼✨」
うんうん、透明感のある純真無垢なイメージ‼

学生時代の吉宗にピッタリ✨

でも、吉宗って下手すると大学生にも見えなくないのだから、じゃぁ「岡田くん」でも良いのか…❓
って、それじゃ怖すぎる💦

あぁ…妄想が止まらない☺楽しい🎵

No.421 12/05/27 10:51
ゆい ( W1QFh )

>> 419 ゆいさんもですか✨😆 私も竹野内豊が大好きで、ちょっと陰があるところもたまりません💓 ちょっと、吉宗には年齢が高いかなとは思いつつ💕… あみなさん✨

ありがとうございます☺

そうなんです😱
私が、吉宗の設定を「異常に若く見える男」にしてしまったので、難しくなってしまったんですよね😂

因みに…これ、言おうかどうか悩んだんですけど、吉宗のモデルが「西島 秀俊さん」だったんです。

だから「西島」なんです☺

言ってしまった💦
でも、彼の設定上だんだん西島さんじゃないな…と思ってきました😂

裏の裏話‼してしまった💦

因みに、高瀬のモデルはいません😥

竹野内さんだとカッコイイな✨

  • << 423 ゆいさん、なんとなく分かります😄最初のうちの頼りなさそうなところは「西島秀俊」さんの雰囲気😄。 岡田将生も良い感じですよね💕小説の年齢的には、竹野内豊と岡田将生の間ぐらいですよね~誰か「そうそうピッタリ😆😆」っていう人いないかな💓 美桜は「比嘉愛未」さんなんか良い感じかと😆😆 竹野内豊は高瀬の方が、合いそうですね💕 岩瀬は…オダギリジョーor浅野忠信。 なんてどうですかぁ💓💓 ゆいさん、私の妄想は酷くなる一方です💕

No.420 12/05/26 22:36
かな ( ♀ pzIdi )

>> 419 横スレすみません💦

ずーっと、楽しく読ませていただいてました✨

プロ⁉と思うほどの文章力と構成力は尊敬です✨✨


続きを書かれるとのことで終わるまでレスしないでおこうと思ったのですが…妄想族として…


竹野内豊さん素敵ですよね💕
私は、学生時代の吉宗は岡田マサキさんを想像してました❤笑

美桜は石原さとみさんかなぁ😆


お邪魔しました💦

  • << 422 かなさん✨ ありがとうございます🙇✨ ずっと読んで頂いていたなんて😢✨光栄ですし、とても嬉しいです☺✨ そして…「岡田 将生くんキターッ‼✨」 うんうん、透明感のある純真無垢なイメージ‼ 学生時代の吉宗にピッタリ✨ でも、吉宗って下手すると大学生にも見えなくないのだから、じゃぁ「岡田くん」でも良いのか…❓ って、それじゃ怖すぎる💦 あぁ…妄想が止まらない☺楽しい🎵

No.419 12/05/26 20:15
あみな ( 30代 ♀ L4q7nb )

>> 418 ゆいさんもですか✨😆
私も竹野内豊が大好きで、ちょっと陰があるところもたまりません💓

ちょっと、吉宗には年齢が高いかなとは思いつつ💕💕

ヒロインが思い浮かばないんだよね⤵はかなく、凜として強いかんじ😆
美桜は誰かな😅


  • << 421 あみなさん✨ ありがとうございます☺ そうなんです😱 私が、吉宗の設定を「異常に若く見える男」にしてしまったので、難しくなってしまったんですよね😂 因みに…これ、言おうかどうか悩んだんですけど、吉宗のモデルが「西島 秀俊さん」だったんです。 だから「西島」なんです☺ 言ってしまった💦 でも、彼の設定上だんだん西島さんじゃないな…と思ってきました😂 裏の裏話‼してしまった💦 因みに、高瀬のモデルはいません😥 竹野内さんだとカッコイイな✨

No.418 12/05/26 11:06
ゆい ( W1QFh )

>> 417 あみなさん✨

ありがとうございます🙇💕

そして…なんて素晴らしい✨イメージキャスティングなのでしょう☺💕

ちょっと…反則では😍‼

実は私、竹野内さんの大ファン💕なのです☺

だから、思わず「竹野内キター‼✨」と叫んでしまいました😂

いやはや、妄想族には堪らんですよ🎵

おまけストーリー、ちょっと続けてみようかと思います☺

No.417 12/05/26 01:42
あみな ( 30代 ♀ L4q7nb )

吉宗のイメージ❤
竹野内豊💕
本上のイメージ💓
及川光博💕

あぁ、二人ともイケメン過ぎる😱💕💓
もう、私の妄想がとまりません😁
ちなみに、竹野内豊は高瀬もいける👍と思ってます💕
ゆいさん、おまけストーリーイロイロみたいです✨

ほんと、文才素晴らしい✨
毎日楽しみにしています💕

No.416 12/05/25 23:12
ゆい ( W1QFh )

>> 415 華さん✨
どうも、ありがとうございました🙇✨
私も不純愛が好きです☺
いつか…また、吉宗に会いたい🎵

No.415 12/05/24 18:58
華 ( 30代 do56nb )

>> 414 良かったです😄
私は不純愛が好きです。
ありがとうございました。

No.414 12/05/24 18:51
ゆい ( W1QFh )


その後…


「吉宗…てめぇ、対談を舐めてんのか? つまらない受け答えばかり返しやがって!」

「お前こそ、何が(僕)だよ!!
嘘っぱちこきやがって!
家で寝てるだぁ~?」


僕達は、互いの胸ぐらを掴み上げる。


「嘘じゃねーし!
ちゃんと、(女の子と)寝てるし!」


「嫌いな所ばかり悪意があるんだよ…ッ!」


「はぁ~?!
お前こそ、その質問だけヤケに長く答えてたよなっ!」



―とまぁ、こんな感じで大ゲンカに突発した訳で…。


やっぱり、僕はもう雑誌の取材はキッパリと断る事に決めた。


例え…もらえるチケットが大好きなロックバンドでもだ…!

でも…

でも、もし…それが 「kiss」のチケットだったとしたら…


多分、二つ返事でOKしてしまうのだろうな…。



だって僕は、「不純」だったりするのだから…―


―おまけ・end―

No.413 12/05/24 18:25
ゆい ( W1QFh )

「それでは、始めさせてもらいますね。」


編集者が、ボイスレコーダーをテーブルの上に置いて僕らに質問をし始めた。



―お二人の出会いは大学に入学してからですが、どんな学生時代を過ごしていたのでしょうか?


(本上) 普通ですよ。僕は苦学生だったので、バイトに明け暮れていましたから研究はそこそこでしたね(苦笑)


(西島)僕は、研究に明け暮れた日々でした。


―お二人の理想の女性像を教えて下さい!


(本上)う~ん、基本的に女性なら誰でも…って言うか、僕は全ての女性が可愛らしく見えるんですよ(笑)


(西島)僕は、妻が理想の女性像です。

―休日の過ごし方は?


(本上)本を読んだり、論文を書いたり、あとは寝たり?めちゃくちゃインドアです。


(西島)子ども達と遊びます。


―本上先生は独身ですが、結婚願望はあります?


(本上)ありますよ!なかなか相手が見つからないだけで…(半ベソ)
吉宗とか見てると、やっぱり羨ましいですからね。


―西島教授は、ボストンに奥様とお子様がいらっしゃいますが、結婚生活はいかがですか?


(西島)幸せです♪

―では、お二人の互いに好きな所とか尊敬出来る所を教えて下さい♪


(本上)吉宗は常に何でも一途。
研究も、女性に対しても誠実だから(笑) 僕にはそれが、眩しく見えたりします。

(西島)…ハンサムな所?


―では、思い切って聞きます!
ズバリ互いの嫌いな所は?


(本上)何でもかんでも、欲しいモノは手に入れてしまう所。研究バカ、天然バカ、天才なのに凡人ぶる、ベビーフェイス、自分を可愛いと思ってる所…ですかね(笑)


(西島)人のモノを欲しがる所。僻みっぽい、女ったらし、秀才なのに自分の才能を信じない所、無駄にハンサム、カッコつける所、ナルシスト…な所?


―え~っと…お二人共睨み合ってますが、ズバズバ言えるって事は仲が良い証拠ですね(苦笑)


―最後にお互いに、エールなどあればどうぞ!


(本上)奥さんを大切に、末永く幸せになれ…!


(西島)信念を貫き通せ…!


―ありがとうございました♪


No.412 12/05/24 17:34
ゆい ( W1QFh )

なにこれ…?


呼ばれたホテルの一室に座っていたのは、今をときめく人気者の孝之だった。


編集者達は、ニコニコの営業スマイルで僕を招き入れる。


「久しぶりだな、吉宗。」


「これ、何ですか?」


僕は、孝之の挨拶を無視してスタッフに問い掛けた。


「…シカトしてんなよ。」


ぶっちょう面の孝之をチラ見して、嫌な予感を抱く。


「今日は、本上先生の独占インタビューと特別対談の企画取材でして…お調べした所、西島教授とは同級生だとか。
級友でしかも、ノーベル賞を受賞した西島教授なら対談相手としては申し分ないかなと思いまして♪」


そうか、だからam・amなんだ…


…っていうか、(バーター)って言うんだよね?こういうの!


やられた!!


僕は先月、タイムズ紙の中1ページに載ったんだぞ…!

(自慢)


No.411 12/05/24 17:08
ゆい ( W1QFh )


「西島教授ーっ!
雑誌の取材依頼がきてはりますよ!」


その日、僕は仕事で日本に帰国していた。


山部君は、電話を片手に僕に向かって叫んだ。


「取材はお断りするか、井川名誉教授にお願いして下さーい。」


僕はパソコンにデーターを打ち込みながら、無関心な態度で返した。


「えぇー?!
いいんですか?雑誌社の方が、「教授がお好きでしょ?」ってRADのライヴチケットくれるって言ってますよー!」


RADのチケット…


僕は、RADWIMPSのファンだ。


だから、ちょっとだけ肩がピクリと反応した。


でも、そんな事で僕は釣られない。


「ライヴは自分のお金で行くので、断って下さーい!」


フンっ…僕を舐めるなよ。


「教授ー!」


あぁ…しつこいな。

「何だよ!」


「レッドツェッペリンのライヴならどうですか?って!」


「山部君、2番の内線に繋いで…取材受けるから。」


これが、僕の犯した過ちだった。


甘い罠に嵌って、深い後悔を背負うハメになったのだ…。

No.410 12/05/24 16:50
ゆい ( W1QFh )


その見出しの雑誌が、色々な店頭に並ぶ。


なんだろう…?



妙な悪意を感じるのは、僕だけだろうか…


No.409 12/05/24 16:48
ゆい ( W1QFh )


不純愛―おまけストーリー



「am・am特別対談」


本誌で抱かれたい男ランキング第1位に輝いた


カリスマ医師・本上 孝之氏


対談のお相手は、本上氏と大学の同級生でノーベル賞も受賞した京都大学教授の西島 吉宗氏を迎えてspecial創刊号で登場!!

No.408 12/05/21 23:05
ゆい ( W1QFh )

>> 407 みかさん✨
ハッロー🎵
お褒めのお言葉ありがとうございました🙇✨

もぅ…本っ当に嬉しいです☺💕

次回作も頑張りますね💪

それから、「不純愛」のオマケストーリーも近いうちに更新します✨

引き続き、宜しくお願い致します🙇✨

No.407 12/05/21 16:22
みか ( 40代 ♀ dyUQh )

>> 406 待ってました(/*^^)/ハッロ-!!
不純愛、番外編♪
皆がそれぞれの道に歩む姿。
美桜の父親の今の、真実であろう幸せを感じる時間。
本上先生の、これからの活躍♪
爽太の未来!

素敵なお話ありがとうございました!

次も期待しています♪
無理の無いように頑張って下さい\(^o^)/

No.406 12/05/17 00:58
ゆい ( W1QFh )

🍀お知らせ🍀


本日より新作の執筆更新をさせて頂きます☺


題名は「彷徨う罪」(さまようつみ)です🙇


ミステリーなので、衝撃的❓な要素もありますが、興味のある方は是非読んでみて下さい🙇✨


また、近く「彷徨う罪」の感想スレもたてますので良かったら遊びに来て下さい☺

心待ちにしています🎵


P.S感想スレにてご要望を頂きましたので、「不純愛」おまけストーリーも書きます✨

引き続きこちらも宜しくお願い致します🙇✨

あきやま ゆい🍀

No.405 12/05/16 23:04
ゆい ( W1QFh )

>> 403 終わってしまった😫 毎日楽しみにしていたので残念です😫 でも 二人が幸せになれて良かったです💕💕 次回作も 期待してますっ… シノァさん✨
無事、完結する事が出来ました☺
最後まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨

毎日、楽しみにして頂いた事…感謝感激です😢✨

ありがとうございました🙇✨

次回作でお会い出来る事を楽しみにしております☺
また、会いましょう‼

No.404 12/05/16 23:01
ゆい ( W1QFh )

>> 398 お疲れ様でした☺ 最後、思わず泣いちゃったよ😢 父親が出てくるとは💐 終わり方も、とってもとっても良かったです💕 素敵な作品、ありがとうござ… ピエールさん✨
完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨

美桜と父親のわだかまりを無くしたかったので、「特別編」を書かせて頂いて良かったです☺

私も最後だと思うと泣け…泣けてきました😭

本当にありがとうございました☺

次回作でお会い出来る事を楽しみにしております✨

No.403 12/05/16 21:52
シノァ ( INTknb )

終わってしまった😫
毎日楽しみにしていたので残念です😫

でも
二人が幸せになれて良かったです💕💕

次回作も
期待してますっ💕💕

  • << 405 シノァさん✨ 無事、完結する事が出来ました☺ 最後まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨ 毎日、楽しみにして頂いた事…感謝感激です😢✨ ありがとうございました🙇✨ 次回作でお会い出来る事を楽しみにしております☺ また、会いましょう‼

No.402 12/05/16 21:04
ゆい ( W1QFh )

>> 396 ゆいさん✨ お疲れ様でした✨更新が楽しみな毎日でした🙌✨文章の表現力 とかもわかりやすくて良かったです🙌 次回作も読みたいので このままこ… おとおとさん✨
完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨

温かいお言葉に、感謝の気持ちでいっぱいです😢✨

次回作も読んで下さるとの事で、もう嬉し過ぎます☺

書き始めて、更新次第お知らせ致します✨

また、次回作で会いましょう‼
楽しみにしております☺

No.401 12/05/16 20:59
ゆい ( W1QFh )

>> 395 ありがとうございました😢 感動です😢😢😢😢😢😢😢 海さん✨
最後まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨
私の方こそ、感動をありがとうございました☺

No.400 12/05/16 20:57
ゆい ( W1QFh )

>> 394 ごめんなさい🙏 後書きの前にレスしてしまいました🙏 すみません🙏 いぇいぇ☺💦
むしろ、更新途中に追っかけて読んで下さったんだと歓迎しちゃいました✨
ありがとうございます☺✨

No.399 12/05/16 20:54
ゆい ( W1QFh )

>> 392 お疲れ様です。 毎日更新楽しみにしていました。 沢山のファンの方がいるなか皆さん横レスすることなく、私を含め楽しみにしていたのだと思いま… 華さん✨
完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨

温かいご声援のおかげで、最後まで書き続ける事が出来ました☺

私の方こそいつも、感動をありがとうございました🙇✨

No.398 12/05/16 08:31
ピエール ( 30代 ♀ XNOEh )

>> 393 ✏あとがき📖 皆様、「不純愛」並びに「特別編」を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨ これで本作は完結とさせて頂き… お疲れ様でした☺
最後、思わず泣いちゃったよ😢
父親が出てくるとは💐
終わり方も、とってもとっても良かったです💕
素敵な作品、ありがとうございました👏👏👏👏

  • << 404 ピエールさん✨ 完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨ 美桜と父親のわだかまりを無くしたかったので、「特別編」を書かせて頂いて良かったです☺ 私も最後だと思うと泣け…泣けてきました😭 本当にありがとうございました☺ 次回作でお会い出来る事を楽しみにしております✨

No.397 12/05/16 08:31
ピエール ( 30代 ♀ XNOEh )

>> 393 ✏あとがき📖 皆様、「不純愛」並びに「特別編」を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨ これで本作は完結とさせて頂き… お疲れ様でした☺
最後、思わず泣いちゃったよ😢
父親が出てくるとは💐
終わり方も、とってもとっても良かったです💕
素敵な作品、ありがとうございました👏

No.396 12/05/16 06:08
おとおと ( 30代 ♀ uK1wnb )

ゆいさん✨
お疲れ様でした✨更新が楽しみな毎日でした🙌✨文章の表現力 とかもわかりやすくて良かったです🙌

次回作も読みたいので このままここのスレを着レスにするので教えていただけると嬉しいです✨楽しみにしてます✨

  • << 402 おとおとさん✨ 完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨ 温かいお言葉に、感謝の気持ちでいっぱいです😢✨ 次回作も読んで下さるとの事で、もう嬉し過ぎます☺ 書き始めて、更新次第お知らせ致します✨ また、次回作で会いましょう‼ 楽しみにしております☺

No.395 12/05/16 00:18
海 ( ♀ Xsrhi )

>> 393 ✏あとがき📖 皆様、「不純愛」並びに「特別編」を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨ これで本作は完結とさせて頂き… ありがとうございました😢
感動です😢😢😢😢😢😢😢

  • << 401 海さん✨ 最後まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨ 私の方こそ、感動をありがとうございました☺

No.394 12/05/16 00:17
華 ( do56nb )

>> 393 ごめんなさい🙏
後書きの前にレスしてしまいました🙏

すみません🙏

  • << 400 いぇいぇ☺💦 むしろ、更新途中に追っかけて読んで下さったんだと歓迎しちゃいました✨ ありがとうございます☺✨

No.393 12/05/16 00:10
ゆい ( W1QFh )

✏あとがき📖


皆様、「不純愛」並びに「特別編」を最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨

これで本作は完結とさせて頂きます☺

皆様と一緒の空間を過ごせて幸せでした😢✨

寂しいですね…😢


でも、近く次回作の執筆を始めますので、またそちらでお会い出来たらな…と願いを込めて☺✨
本当にありがとうございました🙇✨


愛を込めて…🍀


あきやま ゆい

  • << 395 ありがとうございました😢 感動です😢😢😢😢😢😢😢
  • << 397 お疲れ様でした☺ 最後、思わず泣いちゃったよ😢 父親が出てくるとは💐 終わり方も、とってもとっても良かったです💕 素敵な作品、ありがとうございました👏
  • << 398 お疲れ様でした☺ 最後、思わず泣いちゃったよ😢 父親が出てくるとは💐 終わり方も、とってもとっても良かったです💕 素敵な作品、ありがとうございました👏👏👏👏

No.392 12/05/16 00:05
華 ( do56nb )

>> 391 お疲れ様です。
毎日更新楽しみにしていました。
沢山のファンの方がいるなか皆さん横レスすることなく、私を含め楽しみにしていたのだと思います。

3人の子供に恵まれ幸せになれた2人に安堵いたしました。

もしまた続編、新しくスレ立てる時は教えて頂きたく思います。

素晴らしい話しで夢中になりました。
お疲れ様です。
そしてありがとうございました。

  • << 399 華さん✨ 完結まで見届けて下さり、本当にありがとうございました🙇✨ 温かいご声援のおかげで、最後まで書き続ける事が出来ました☺ 私の方こそいつも、感動をありがとうございました🙇✨

No.391 12/05/15 23:59
ゆい ( W1QFh )


「パパ、ママおめでとう!」


「「「おめでとう!」」」


無事に式が終わって、僕達はライスシャワーを浴びる。


「「ありがとう!」」


約3名が、意図的に僕にだけ強く投げつけるけど…気にしない。


一人一人の笑顔が、僕らに降り注ぐ…。

傷付いて、傷付けた…

暗い闇の中…孤独と戦って心が壊れそうになった事もある…


見えない出口を探してもがいた


此処にいる誰もが、そんな経験をして来ただろう…


それでも…


必ず光輝く未来はあるのだ…


僕らの未来は明るい…


愛に裏切られても、周り回って「愛情」は帰ってくる…。


僕らの心に、大切な仲間に…


誰かを愛(いつく)しむ気持ちがあれば…


愛は枯れたりも消えたりもしないのだ…

僕は行く


信じた道が、途中で険しさを増したとしても…


「愛」に溢れた日々を求めて突き進む…





―――……完……―――

No.390 12/05/15 23:38
ゆい ( W1QFh )

父親と腕を組んで、彼女は一歩ずつ歩き始める…


肩を震わせて泣く彼女を、しっかりと支えながら…彼は、僕を見つめる。


とても強い…でも迷いのないその瞳は、美桜や爽太と同じだ。


彼女達の容姿だけではなく…意志の強さも全て、父親譲りなのだと思った。


真紅のバージンロード…


君は今…あんなにも望んだ父の温もりに抱かれている。


手を伸ばしても届かないと泣いた夜…


そんな時もあったと、いつかは笑える日が来るだろう。


だって君は…こんなにも幸せそうに僕に笑ってみせる。


「美桜を…娘を宜しくお願い致します。」


「はい…!」


受け取ったその手を、僕は絶対に離さない…。


No.389 12/05/15 23:14
ゆい ( W1QFh )


閉ざされた扉の前で、爽太は花嫁の到着を待っていた。


「遠い所まで来てくれてありがとう。」

「なに言ってんだよ、姉さんの為なんだから当たり前だろ?」


久しぶりの再会に、二人とも照れた様子だった。


「新郎様は先に祭壇前でお待ち下さい。」


教会の裏側から入って、僕は美桜と爽太の到着を待つのだ。

付き添い人の後を付いて隠し通路を歩いていく。


ドアが開かれると、眩しさに目を奪われた…。


割れんばかりの拍手をもらう。


招待客席に並ぶ人々の顔を眺める…


両親に海、寧々達の家族…

井川教授に山部君。
そして、京大の研究員達も…

それから、清美の姿もある。

彼女は…ビジネスパートナーでもあり、親友でもある。いつかは、脅威的なライバルにもなるかも知れないな…


そして…孝之の姿もあった。


彼を呼んだのは美桜だ。

相変わらず、僕を小馬鹿にしたように見ている。


…宿敵は、いつまで経っても宿敵か…(笑)


あと、朋友記念総合病院の院長の陽一さんも…


あ、あれ!沙希ちゃんだ!!


良かった…新幹線間に合ったんだ。


沙希ちゃんは僕に小さく手を振る。


僕も、にっこりと笑って彼女に手を振り返した。


「では、新婦のバージンロード入場となります。
皆様、御起立下さい。」


神父の言葉に、皆が一斉に立ち上がる。

重たい扉が、鈍い音を奏でて開かれた…

流れる賛美歌と、降り注がれる光の中…

君は、一礼した頭を上げる。


そして…僕を始めとする、皆の声に驚きが混ざった。


美桜の隣にいるのは、爽太じゃない…!

もっと、シュッとした佇まいの年配の男性…


僕は昔、彼を写真で見たことがある。


岡田 章一。


彼女の…美桜の父親だ。

No.388 12/05/15 22:34
ゆい ( W1QFh )


10月…―


雲一つない、爽やかな秋空。


僕は新婦の身支度を、はやる気持ちを抑えながら待っていた。


「大変お待たせ致しました。
新郎様、どうぞ此方へ…。」


黒服の付き添い人に案内させて、僕は控え室へと入って行った。


緊張しながら、後ろ姿の花嫁に近寄る。

白い手袋を握った手が小さく震える。


「美桜…。」


僕の声に、彼女はゆっくりと振り向く…

純白のドレスを身に包んだ君を、外の光が照らす。


その神々しさに、僕は本物の聖母を見た様な気がした…。


「どうかな…?」

「すごく、綺麗だ。」


絵にも描けぬ美しさ…

正にそんな感じだ。

僕は、彼女に近寄ってひざまずく。


「…吉宗さん?」


彼女の左手を取って、ポケットから指輪を出す。


「順番が逆になっちゃったけど…。」


そう言って、薬指にはめたれた結婚指輪の上からその指輪を通した。


「桜の形だわ…。すごく、可愛い…。」

4つのダイヤモンドを埋めこんで、桜の花びらを作ってもらったんだ…やっぱり、君によく似合う。


「美桜、これから先もずっと僕の側に居て笑ってて欲しい。」


「はい…。」


早速、泣いてるじゃないか…


「泣かないで…美桜、笑って?」


僕は彼女の涙を指で拭う。


すると君は、瞳を潤ませながら優しく微笑むんだ…。


「吉宗さん、愛してる…」

「僕も、君を愛してるよ…」


神の祭壇で誓うよりも早く、僕達は唇を合わせてキスをする。


「行こう美桜、皆が待ってる。」


「うん…!」


僕の手を取って、君と向かう。


愛おしい人達の待つ…

神の館へ…


No.387 12/05/15 21:13
ゆい ( W1QFh )

「美桜さんは今、何ヶ月に入ったと?」

夕食時、帰宅した親父が美桜に問う。


美桜はお腹をさすりながら、
「5ヶ月です。」と答えた。


「まだ、どっちか分からんか…」


肩をすくめる親父に、美桜は「そんな事ないです」と言う。

実は、前回の検診で赤ちゃんの性別が判明したのだ。


「分かっとるのか?」


「男の子だそうです…。」


微笑みを浮かべる美桜に、親父は「でかした!!」と大いに喜んだ。


「よし!吉宗の息子やから、名前は「政宗」に決まりばい!」


政宗…まさか…


「大偉人!戦国の英雄…「伊達 政宗」の政宗ばい!カッコ良かろう…!!」


…やっぱりだ。


「却下!
名前ば、自分らで付けよう思うとっと。」


大興奮の親父に、僕は冷たく放った。


だいたい、「吉宗」と「政宗」じゃ紛らわしいだろ。


「私は良いと思うけど…政宗。
吉宗さんと同じ「宗」っいう字が入るし、好きな名前だけどな♪」


「なぁ?良かろう?」


親父と美桜が僕をじっと見つめる…。


う…っ、美桜が気に入ったんなら…


「あぁ、分かったよ!
(政宗)な…よし!お前は政宗だぞ~♪」

僕は根負けして、美桜のお腹をさすった。


ナデナデと優しくさする手に、美桜の手が重なる。


「おじいちゃんに、カッコいい名前付けてもらって良かったね…まー君♪」


お腹の子に「まー君」と呼びかける美桜の面影に、

僕は幼い頃の記憶を甦えらせる…


「よし君…」と僕を呼ぶお袋の声。


手招きをされて、空き地から家までの道を二人、並んで歩く…


お袋の声は、僕を安心させる魔法のような声だ…


お腹の赤ちゃんも美桜の声を聞いて、その魔法にかかっているに違いないと思った…。

No.386 12/05/15 18:09
ゆい ( W1QFh )


「お兄ちゃん、本上先生のサインもろって来て!」


ほら来た…僕の嫌な予感が的中だ。


「嫌だね。」

「何でよ!」


あいつに頭を下げて、サインなんかもらいたくない。


「お前なぁ、こんな男に熱を上げると火傷しよるぞ…!」


「はぁ?!
はは~ん…さてはお兄ちゃん、本上先生が自分より数億倍カッコ良かからって僻んどるんね?」


寧々は、憎たらしい顔で苛立つ事をぬかす。


「バカぬかせ…お前みたいな女は、本上の餌食になって捨てられるのがオチばい!」


「なんやと?!」

「なんだよ!」


僕と寧々は互いの胸ぐらを掴んで睨み合う。


「せからしかッ!」

いがみ合う僕らを、一喝したのは美桜だった。


美…桜?え?

今…せからしかって…?


呆気にとられてポカーンとする僕と寧々に、

お袋は
「美桜ちゃん、お見事!」と
拍手を送った…。


No.385 12/05/15 17:35
ゆい ( W1QFh )

「パパ、これ何て花?」


海は座り込んで花壇を指差す。


「う~ん、何やろね…」


ラッパみたいな花びらで、白に赤にピンクと、広がるように咲いている。


「ペチュニアって花やよ。」


考え込む僕らの後ろで、買い物袋を下げたお袋が言った。


「おばあちゃん!」

「お~海、よう来たねぇ。」


飛び付いた海を抱き寄せて、お袋は嬉しそうに笑う。


「ご無沙汰してます。」


美桜が、縁側からにこやかに挨拶をする。


「美桜ちゃん、お帰り!」


お袋はいつも僕らが帰ると「お帰り」と言う。


美桜が、海と二人で遊びに来る時も同じだ。


お袋の「お帰り」が、美桜にとって…このうえない幸せだと言う。


「ただいま、お義母さん。」


初めて自分で持った家庭に、彼女はやっと落ち着ける場所を見つけたと微笑むのだ…。


「何でおらんかったと?」


僕は、ブスッとした顔でお袋に聞いた。

「買い物に行っとった。見たら分かろう?」


ほれ、と買い物を掲げる。


「家に入れんかったらどけんしたとよ!」


「入れとるやろ。」

僕とお袋で、しばらくこんなやり取りを繰り返した。


午後には、寧々達も実家にやって来た。

久しぶりに従兄姉に遊んでもらって、海も大満足のようだ。

「この人、最近ようテレビに出とうね。」


居間で、お土産の煎餅をかじりながらお袋が言う。


「今、大人気みたいやね。
カッコ良かもん分かるわ…。」


寧々が見惚れている画面の男に、僕は口をあんぐりと開けた。


「た…孝之?」


テレビに指差して、僕は美桜を見た。

「そうよ…。」


どうやら、幻ではないようだ。


「なんで…あいつが?」


聞けば…広く講演などをしているうちに、イケメン医師として人気に火が付いて、今や雑誌やテレビでも引っ張りダコなんだと。


美桜の話だと、孝之は近く選挙活動を開始すると言うのだ。

政治家になって、医療問題や政治癒着に関する不正を正すと張り切っているらしい…。


清美に続いて孝之も、実父と直接対決を挑む気なのだ。


テレビ出演やメディアの露出も、その準備の一つなのだろう…。


「お兄ちゃん達、本上先生の知り合いなん?」


「大学の同級生だよ。」

「私は後輩です。」

僕らの答えに、寧々は瞳を輝かせる。


嫌な予感だ…。

No.384 12/05/15 14:34
ゆい ( W1QFh )


海と、柚子の木に止まった蝉を捕まえた。


蝉は、僕の手の中で羽根をジジッと鳴らして自由を求める。

「パパ、見せて!」

彼女の小さい手が、僕の手に添えられる。


その手の形や、指先がお互いによく似ていた。


海は、母親似だと言われる。


僕もそう思う。


だけど、こうした手の形や耳の形は僕とまったく一緒で、確かに僕の娘なのだと実感出来る。


僕は、彼女の赤ん坊時代を写真だけでしか見た事がない。


誕生した日の感動を味わえなかった。


その事が、どうしても悔やしかった。


時間は戻せない。


だから今…この時間を…海と一緒にいる時間を大切にしたい。


「元気やね、もう逃がしとって。」


「あぁ…。」


手の平を広げて蝉を放つ。


海がいつか大人になった時、彼女は僕を許してくれるだろうか…


僕が世間に知られるようになった事で、彼女が自分の出生を意地悪く言われる日が来るかもしれない…


いわれ無き中傷に晒された時…


僕は、彼女を守らなくてはならない。


いつか、君が僕を恨み憎む日が来ても


僕は君のその手を離さない…。

No.383 12/05/15 08:00
ゆい ( W1QFh )

2ヶ月後…―


「パパーッ、早く!」


天神駅の改札を抜けて、海は僕を呼ぶ。

「はいはい!
あ~!それにしても、暑かね…。」


太陽がサンサンと照らしつける。


「美桜、大丈夫か? 荷物持つからよこして。」


ボストンバックと、お土産袋を下げた美桜に手を伸ばす。


「平気よ♪」


彼女は涼しげな表情を浮かべて、僕の横を通り過ぎる。


何で、汗一つかかないんだろ…


僕は首を傾げながら、彼女達を追いかけた。


僕の実家は、天神駅から商店街を抜けてちょっと行った所にある。


式の準備の合間に、夏休みを福岡で過ごす事にしたのだ。


「海、早くおじいちゃん達に会いたか!」


海は、ウキウキとスキップして飛び跳ねる。


「お二人共、お元気かしらね?」


「元気やろ♪」


実家の門を開けて、玄関の引き戸に手をかける。


直ぐに違和感が走った。


「あれ…?」


開かない…


建て付けが悪くなっているのか?


戸の隅角を叩いて、グッと力を入れてみても開かない。


…完全に鍵がかかっている。


「おらんやないかいッ!」


「「えぇ~ッ!!」」


今日、行くって言ってあんのにっ!


「ちょっと、待っとって…!」


僕は庭に回って、縁側の下に置かれた鉢植えを持ち上げる。

やっぱりあった。


お袋は、昔からここに鍵を隠す。


「鍵あったと!」


僕は二人の元へと戻り、引き戸を開けた。


「おばあちゃん、おらんと?」


中に入ると、海は家中を見て探し回る。

「そうみたいね…。 どこ行っちゃったのかな?」


「どうせ、すぐに帰ってくるだろ…。」

そう言って僕は、居間のクーラーをつけた。


冷やりとした涼しい風が、頬や髪をなでる。


あ~…極楽!


「パパ、お庭で遊ぼ♪」


「えっ?!今、涼んだばかり…」


無情にも、僕は海に手を引っ張られて庭へと出されたのだ…。

No.382 12/05/15 06:25
ゆい ( W1QFh )

そして…僕は美桜に、「結婚式」を挙げないかと提案した。

「…いいの?」


彼女の第一声を聞いて確信した。


「良いに決まってるじゃないか…!」


美桜はずっと待ってたんだな…


僕が、そう言うのを…


「嬉しい…!」


君のウェディングドレス姿を見れると思うと、僕だって嬉しいさ…。


一度目にそれを想像した時は、僕は悲しみに溢れていた…


美しいはずの君を否定して、その姿を消し去った。


でも、今は違う…


君は、僕の為にそれを着て微笑む…


ゆっくりとした足取りで、一歩ずつ僕に歩み寄る…


そんな想像だけで酔いしれ、


幸せを噛みしめる事が出来るんだよ…


「美桜、結婚式しような…。」


「…うん!」


結婚指輪はもうはめてるけど、


贈ってあげられなかった婚約指輪を買おう。


君に似合いそうなのを選んでおくよ…


No.381 12/05/15 06:02
ゆい ( W1QFh )

爽太と別れて、深夜12時過ぎに帰宅すると僕は、日本にいる美桜に電話をかけた。

日本は午後の2時過ぎかな…


呼び出し音が鳴ってる間に時計を見る。

「はい、西島です。」


美桜の声で僕の姓を名乗る…それだけで顔が綻んでしまう。

「僕も、西島っていうんだけど。」


僕のつまらないギャクに、美桜はクスクスと笑う。


「今、帰ったの?」

「うん…ちょっと、爽太と食事して飲んでたんだ。」


受話器を耳と肩に挟んで、僕は上着を脱ぐ。


「そう、爽は元気? 二人で何を食べたの?」


「よっと…、GRANでシーフードだよ。」

今度は靴下を脱ぎ捨てる。


「あそこの牡蠣は美味しいよね♪先月、連れて行ってもらった所よね?」


「そうだよ、爽太もそこの牡蠣がお気に入りなんだ。」


会話をしながら、Yシャツのボタンを外してドサッ…とソファーに凭れた。


はぁ~やっと、落ち着いた…


「やっぱ、姉弟だからね。
この間は散々だったけど、また食べに行きたいな~。」


彼女の言う散々だったとは…


先月、美桜と海がボストンに来た時に、今日行ったレストランで食事をしたのだ…


お腹いっぱいに牡蠣を食べた美桜が、帰宅した途端吐き気に襲われた。


(牡蠣にあたった!)


そう確信した僕は、慌てて彼女を病院に運んだ。


しかし…原因は牡蠣ではなく、どうやら「悪阻」だったみたいだ。


ひょんな事から美桜の妊娠が発覚した。

美桜自身も驚いていたが、彼女の妊娠に僕は歓喜の涙を流した。


美桜は病院で泣きじゃくる僕を、周りの目からの恥ずかしさにも耐えて宥めた。

「そうそう、それでさ…」


僕は美桜に家を購入した事を告げた。すると…

受話器の向こう側で「えぇーッ!」と驚く声が響いた。


「勝手に、一人で決めちゃってごめんな…」


そう言って、しょぼくれる僕に…


「ありがとう…吉宗さん。
あなたが決めてくれた家なら、きっと素敵なお家ね。
すっごく楽しみ♪」

そう…優しく返してくれた。


僕は嬉しくなって、その家のあれこれを夢中で話した。


エドガー教授の家のように大きなプールはないけれど、


ブランコと、大きめなビニールプールを置ける広い庭がある家なんだ!


海と、赤ちゃんが広々と遊べるよ…。


これから始まる新生活に胸を踊らせて、僕らは語り合った…。

No.380 12/05/15 01:10
ゆい ( W1QFh )

僕は瞳を開けて、思考を現在へと戻す。

爽太が店員を呼んで、ビールの追加をオーダーしている。


不思議なもんだよな~

爽太と一緒に、酒を飲む日が来るとは思わなかったもんな…

彼は僕にも、追加するか? と尋ねたが、僕は「もう、いらない」と断った。


「爽太、僕さ…美桜と結婚式を挙げたいと思ってるんだ。」

僕の突然の告白に、彼はグラスを持つ手を止めた。


「…結婚式?」


僕はコクリと頷く。

「美桜は、結婚式挙げた事ないだろ?
ドレスは着たかも知れないけど…。
そうじゃなくてさ、ちゃんと僕の為に着て欲しいし、見てみたいんだよ。」


純白のドレス姿の君が見たい…。


「良いんじゃない?姉さんは何て言ってんの?」


美桜にはまだ話してない…。


入籍はしたものの、「結婚式」について語らった事は無かった。


僕は再婚だし、もしかしたら美桜は遠慮して言えなかったのかも知れない…。


変に、僕に気を使う

彼女はそういう所があるから…。


「美桜にはこれから話してみるよ。
でも、式を挙げようと言って断わられたら立ち直れないな…。」


「その心配はないだろ…。
きっと、泣いて喜ぶさ(笑)」


ニカッと白い歯を出して笑う爽太に、僕は勇気付けられる。

「もちろん、爽太も来てくれるよな?」

「あぁ…行くよ。
今度こそ、姉さんと一緒にバージンロードを歩くんだ。」


爽太…君ってやつは…


時折、僕を泣かそうとしてくれるよな…。


僕は、熱くなる目頭を押さえる。


「そうだ、爽太は卒業後は病院に戻るのか?」


僕は、涙が零れ落ちる前に話題を変えた。


「いや、日本には戻らないよ。」


…日本には戻らない?

「こっちで、仕事するのか?」


僕の問いに、爽太は飲み干したグラスをコン…と静かに置いた。


「MSFに入ろうと思ってる。」


―MSFって…


「国境なき医師団の事か?」


「あぁ、そうだよ。 ずっと昔から考えてたんだ…MSFに入るのが俺の夢だ。」


…僕は、あの夏の日を思い出した。


彼が、僕に研究者へと戻すきっかけをくれたあの日…


君は、真剣な眼差しでこう言った。


どんな医者になるかは、自分で決められるから辛くないと…

あれは、そういう意味だったんだね…


爽太…僕にとって君は、やっぱり眩しい存在だ。

No.379 12/05/14 16:53
ゆい ( W1QFh )


夕方の寒空に、容赦なく冷たい風が僕らを吹き付ける。


寒さに身を縮める美桜の首に、僕は自分のマフラーを巻いた。


「それじゃ、吉宗さんが寒いわ…!」


慌てて、マフラーを取ろうとする美桜の手を僕は止めた。


「僕は大丈夫だよ… ポケットにカイロが入ってるし♪」


そう言って、彼女の手を僕のポケットに突っ込む。


「吉宗さんって温かい…♪」


その言葉に心が火照る。


君も十分、温かいよ…。


「見て、吉宗さん。」


僕らは今…岡田総合病院の前に立っている。


あっ…今は、違う名前だけどね。


「兄と母の病院よ…。」


「…え?」


彼女の指差す方向に視線を送る。


大きな病院の看板に、美桜は瞳を潤ませて眺める。


「朋友(ほうゆう)記念総合病院?」


それが…元岡田総合病院の、新たに付けられた名前だった。

「朋樹が兄…
そして、母の名前は「友里」って言うのよ。
二人の名前を合わせると「朋友」絆とか、親しい関係って意味になるの…。
病院に勤める者と、患者が、互いに信頼し合える病院であるようにって陽一さん…新院長が名付けてくれたのよ…。」


「…そうか。
とても、いい名前の病院だ。」


君の…お母さんと、お兄さんの魂が…この病院に引き継がれているんだね?


君の…その頬に伝う涙は…


幸せの証なんだ…


「美桜、良かったな…。」


僕も誓うよ。


君の、お母さんとお兄さんの前だ…

僕は、絶対に君を幸せにする。


君と海を守って生きていく…


君の手を握りしめて

僕は心からそう…誓う。

No.378 12/05/14 15:25
ゆい ( W1QFh )



「父さんはね…本当は、美術館で働きたかったんだって。」

「美術館?」


僕の問いに、美桜は「うん」と頷く。


確かに、ここには医学書の他にも画集や美術書が数多く並んでいる。


「うちって、曾祖父の代からずっと医者の家系でね…父さんも当たり前のように医師なったんだけど、内心ではずっと美術関係の仕事に就きたいって思ってたみたいなの…。
世界中の絵画や、美術品を見て回るのが夢だったんだって。」


(まぁ…それを知ったのは病院の一件後だったんだけどね…)そう言って、彼女は苦笑いを浮かべた。


「3年前の事…辛かっただろう?」


僕は、無理に笑顔を作ろうとしている彼女を引き寄せて抱いた…。


「そんな時に、一緒にいてやれなくてごめんな…」


美桜にとって、父親を失脚させた事がどんなに辛かった事か…


「ううん…いいの。 実は、後から父に感謝されたのよ…これからは、好きな事が出来るって…。
だから、後悔はしてないし、これで良かったと思ってる。」

僕の胸から顔を上げて美桜は微笑んだ。

「そうか…。」


僕も安堵の表情を浮かべて、もう一度彼女を抱きしめた。


長い彼女の髪を撫でて、桜色の唇にキスをする…


「美桜…君の部屋はどこ?」


僕の質問に、美桜は顔を赤らめる。


「あっ…あっち…」

戸惑いながら差した指の先が震えている…


(君は、可愛いなぁ)。


「行こう…!」


僕はその手を取って、彼女の部屋へと引っ張った。


中に入り込んで、ドアをパタンと閉める…



その後の事は…


秘密だ…。


No.377 12/05/14 14:55
ゆい ( W1QFh )



所詮…父親は悲しい生き物なのかもな…。


目に入れても痛くない程、娘を可愛がって大切に育てても、いつかは他の男に取られてしまうのだ…。


切ないな…


…………

……美桜は…どうだったんだろう…


僕は不意に、美桜の父親の事を思った。

彼女の父親は、あの一件以来…日本を離れて世界各地を旅しているらしい。


結婚の挨拶をしたくとも、その所在を知ることは出来なかった。


「爽太、お義父さんって今…どこで何をしているのかな…?」


「どしたんだよ、急に…。
父さんだろ?
あっちこっちに旅回って、今じゃ山城さんですら父さんの足跡を探るのは難しいみたいだよ。」


やはりそうか…


僕達も散々探したんだ…


僕は瞳を閉じて、美桜と東京へ行った日の事を思い出した…

半年前…


僕達は懐かしい東京の地へと戻ったのだ…ー



「へぇ~…!!
これが君の実家か?!」


豪邸っていうものを、初めてこんな身近で見た…。


これはもう…家と言うよりは屋敷だな。

「美桜って…本当に、お嬢様だったんだな…。」


こんな立派な良家のお嬢さんに僕は…


「そんな事ないわよ…。」


彼女はクスッと微笑むと、僕を家の中へと案内した。


ハァ~…本当に、溜め息がでるくらい立派過ぎる家だ。


広いリビングに、吹き抜けの高い天井…

アンティークだろう…ロココ調のダイニングテーブルにソファー。


これは…調ではないな。


完全に、ロココだろう。


「すげー…!」


僕は、まるで異空間の世界に入り込んでしまったかの様に興奮した。


「ダメね、やっぱり帰ってないみたい…。」


父親の書斎を見渡して、彼女が言った。

「そうか…仕方ないな。」


どうせダメ元だったんだ。


僕達は、休暇を取って僕の実家に挨拶へ行き3日間を福岡で過ごした。


今日は東京の彼女の家へと挨拶に来たのだが…


やはり、美桜の父親は居なかった。


因みに、海は久しぶりの故郷に安心したのか「東京へは行きたくない」と泣ついた。


仕方なく、そのまま実家へと置いて来たのだ。


「父さん、今頃どこかな…。」


書斎に掛けられた、巨大な世界地図に指をなぞらせて彼女は呟いた…。

No.376 12/05/14 13:04
ゆい ( W1QFh )



「…そう言えば、姉さんと海は元気?」

牡蠣のオーブン焼きを、パクリと口に入れながら爽太が問いた。


「あぁ、元気だよ。 海なんかさ…」


海は今、保育園に好きな男の子がいるらしくて、毎回その子の話をするのだ。


名前は確か、みのる君だ。


ドッジボールが得意のスポーツマンなんだと…


なんか、それだけで負けた気分がしたよ。


やっぱ、あれだ…こんな風な話をされると父親って複雑だよな…


美桜のようにはニコニコと話を聞いてあげられなくてさ、ついムキになっちゃうんだよ。


海がお嫁に行くとなったら、僕…どうなるのかな…?


何となく、今からその日が来るのが怖いよ。


…僕は堰を切ったかの様に、爽太に話した。


「へぇ~、海の初恋かぁ…そりゃ複雑だわ。」


爽太もしょんぼりと肩を竦める。


「だろ?分かってくれるか…?」


僕は、やってらんねーぜ…!というように、ビールを口に流し込んだ。


ここは、ボストンのオシャレなシーフードレストランだ。


なのに、まるで新橋のガード下で飲んでるみたいな雰囲気だ…。


「うん…分かるよ。 だって、つい最近まで海は俺と結婚するって言ってたのに!」


「あぁ…でも、それは…」


「何だよ?」


僕が茶を濁す様に口を紡ぐと、爽太はムキになって詰め寄る。


「…姪っ子の甘い言葉には騙されるなよ?」


「…は?どういう事?」


幼い頃は、あんなに僕と結婚したいと言ってた菜奈ですら…

今や、他の男子に夢中なのだ。


美桜と、入籍の挨拶に実家へと帰った時…


僕は小学生になった菜奈に、「結婚しちゃってゴメンな…?」
と言ったら、


「え~、別によかよ。
菜奈、おいちゃんとは結婚せんし…。
てか、おじさん過ぎて無~理ィ!」


なんて言うんだぞ?!


無~理ィ…なんて、気だるく言われてみろ!


マジで、ヘコむからな…!


「だからもう…女の甘い言葉は信用しないのさ。」


「ふぅ~ん…でも、それって海にも当てはまるだろ?
今はパパ・パパって言ってても、いづれ「パパと一緒の洗濯物入れないで!」なんて言われちゃうんだぜ…?」


わぁーッ!!聞きたくない!!


「海は、絶対!そんな事言う子じゃないね…!」


僕はそう、啖呵を切ると、もう一口だけビールを口に運んだ。

No.375 12/05/14 06:45
ゆい ( W1QFh )


そして、そのまま僕は直帰を決め込んで、ハーバード前で爽太の帰りを待った。

「See you!So-ta!」

ほどなくして、爽太が正門から出て来た。


「See you tomorrow!」


彼は僕に気づくと、友達に手を振って僕の方へと歩み寄る。

「Goodbye! Mr.NISIJIMA!」


「Goodbye!!」


あの授賞式以来、爽太の仲間内にも顔が知れた。


アメリカ人は、ロマンチストが好きなんだよ…と爽太は言う。


「メシでも食いに行くか?」


僕はそう言って爽太の肩を組む。


「マジ?奢り?」


「おーし任せとけ~! 何でも奢ってやる。」


「やったね♪」


こうして並んで歩くと気付く…


ひょっとしたら、背の高さを抜かれたんじゃないか…?


「爽太。今、身長どの位ある?」


「ん~?176くらいかな?」


僕の質問に、爽太は首を傾げながら答えた。


176…1cm抜かれたか…。


「あ~あ、遂に越されたか…。」


高校生だった頃は、生意気な事を言われても僕を見上げながらだったから、まだ可愛いかったもんだが…


これからは見下されながら言われるんだな…


屈辱的だ。


「これから、どんどん身長差が出てくるよ。」


??なんでだ?


「お前、まだ成長してんの?!もう、20歳超えてんだぞ?」

もし…本当にそうなら、ちょっとビックリだ。


「いゃいゃ…そうじゃなくて!
ほら、兄さんはこれから縮まる一方だろうと思って(笑)」


くそっ…


「悪かったな!」


やっぱり、口減らずなヤツだ…!

No.374 12/05/14 00:57
ゆい ( W1QFh )


まさか…この僕が、勢いで家を買うなんて…


しかも、美桜にも相談せずに…


ちょっとした興奮の中で、僕は携帯を片手に佇む。


「…はい、もしもし?」


10回以上コールを鳴らして、ようやく出たのは福岡のお袋だ…。


夜中に叩き起こされた母の声は不機嫌そうだった。


「もしもし…母さん?僕だよ。」


「なんね、吉宗?
こんな夜中に何の用か思うたわ…美桜ちゃんに、何かあったかと焦りよったと。」


お袋は、単身赴任で家を空けてる僕の代わりに、いつも美桜と海の事を気に掛けていてくれる。


「いや…そうじゃなかと。
僕、ボストンに家を買ってしまったとよ…僕は長男で、福岡に実家もあるのに…なんや、母さん達に悪か思うて…勝手な事して申し訳なか…。」


本来なら…実家を建て直してやって、行く行くは家を継ぐのが親孝行なんだろうな…。


僕は、何だか後ろめたくて実家に電話をかけたんだ。


「なんや…そげん事、気にせんでよかよ。」


「…え?」


お袋の一言に、僕は呆気にとられた。


「吉宗ば、福岡に帰って来よったら、私らがボストンに行ったらよかよ…。
老後生活はアメリカなんてカッコ良か。 お父さんも喜びよるやろ。」


なんと…そう来るとは…!


「別荘ば、買うてくれて感謝しとうよ…嬉しか報告ばい。」

「別荘やなか(笑)」

お袋が、僕を気遣って冗談を言ったのか…

それとも、本気で言ったのかは分からない。


でも、お袋の言葉に後ろめたさはかき消された…。


「近いうちに、美桜ちゃんと海ば連れて帰ってきんしゃいよ…?
待っとうからね。」

僕は、お袋の愛情を感じる…。


「母さん、ありがとう。
身体に気ぃつけて…また、連絡すると…。」


「はい。あんたも、ちゃんと寝るんよ?身体、大切にするんよ?」


「うん…。」と、言って僕は電話を切った。


盆には実家に帰ろう。


もちろん、美桜と海を連れて…。

No.373 12/05/13 23:34
ゆい ( W1QFh )

>> 372 とにかく、清美のお陰?で美桜はボストン行きを快諾した訳だ…。


翌週、僕はまた単身でボストンに帰った。


「ハァ~寂しい…」

デスクに飾られた美桜と海の写真盾を握り締める。


会いたいよぉ…


日本に帰ってからボストンに戻ると、僕はいつもこんな調子だ…。


「 Yosi, married a pretty girl.」
(吉宗は可愛い女の子と結婚したなぁ。)


ジェイクは、落ち込む僕の肩に手を添えながら写真を覗き込む。


「Mio is smart as well as pretty.」
(美桜は可愛いだけじゃなく、頭も良いんだよ。)


僕は、デスクに顎を乗せたまま呟くように言った。


「Talk a bout one's….」
(のろけてるよ…)

ほっとけ…!


「Ah-you've gone all red. Yosi-that's so cute!!」
(あっ!赤くなってやんの、吉宗ってば可愛いね~!!)


うるせっ…!


ジェイクの冷やかしを無視して、僕はパソコンを打ち始める。


新居探しの為に、色々な条件を入れて検索する。


ボストンって、一軒家の借家が少ないんだよなぁ…


いっそうの事、中古で家を買っちゃうのも手だよな…


「おっ、ここなんか広くてキレイだ。」

場所は…ちょうど、ハーバードとMITの間かぁ。


ハーバードには爽太もいるし、なかなか良いなぁ。


僕はその不動産屋と、物件をプリントアウトした。


それから…海の幼稚園も探さなきゃ。


何気にやること一杯じゃないか?


海にも少しずつ英語を教えなきゃ可哀想だよな…!


こんな、ふてってる場合じゃない!


二人が、安心して渡米出来る準備をしてやらなきゃな。


僕は一大決心を胸に、プリントを持って研究室を出た。

No.372 12/05/13 22:41
ゆい ( W1QFh )


「今度、東大研究室からサポートさせて頂く事になりました、研究室リーダーの坂田です。
今日は、井川名誉教授教室の皆様にご挨拶を申し上げに参りました。」


きよ…み?


「…吉宗!!」


シックな赤いワンピースに身をまとった清美が、僕を見つける。


「久しぶりね!
わぁ~、会いたかったわ!」


嬉しそうに駆け寄って、彼女は僕の手を握った。


「何で…君が?」


驚き目を丸くする僕に、清美は「ふふっ」と 微笑む。


「…あれから、大学院に入って博士号を取得したのよ?
父と同じ土台に立って、正々堂々と戦う事にしたの。
それでちょうど、こっち(京大)から手伝って欲しいと要望があって…吉宗の為なら、喜んで力になりたいって来ちゃた♪」


来ちゃった♪って…

僕は、美桜と清美に挟まれて気まずい思いだ…。


「ね?美桜さん。」

「…え?」


チラチラと二人の顔色をうかがう僕をよそに、清美はニッコリと微笑んで美桜にふる。


どういう事だ…?


「えぇ…清美さんは、私が呼んだの。
彼女の実績実力を見れば、一番協力して欲しい人だと思ったのよ…。」


美桜が清美を…?


昔なら考えられない事だ…。


僕だけ頭がパニックさ…


「美桜さんの人選は的確ね。」


「宜しくお願い致します。」


こんな風に、二人が握手を交わす日が来るなんてな…


「ところで…美桜さん、それ何?」


清美は、美桜が持つ辞令書に目を付けた。


「あ…西島教授の第一助手としてボストンに同行しろって…」


しどろもどろに言う美桜の手から清美は「ふ~ん…」と言って、それを取る。


「…それで?あなたは迷ってるの?」


「えぇ…まぁ。
フランスに蒔いたプラントのデーターも、まだ完全には採取出来てないし…。」

清美の問いに、美桜は煮え切らない態度で答える。


「そう…なら、代わりに私がボストンに行くわ♪
そうすれば、吉宗とずっと一緒に居られるもの。」


「…えぇ?!」


そう言って、清美は僕の腕に絡み付く。

「…~ッ行きます!!
私が、吉宗さんと一緒にボストンに行きますからッ!!」


美桜は怒って清美から辞令書を奪い返すと、反対側の僕の腕を掴む…。


いがみ合う二人に挟まれて…


…まんざら嫌でもない。


「…良いなぁ、西島教授はモテモテで。」


ふふっ…羨ましいだろ

No.371 12/05/13 21:53
ゆい ( W1QFh )



急ぎ足で研究室へと向かう。


「あ、よし…西島教授!」


僕の呼び名を慌てて言い換えた美桜が、データーを片手に持って近寄って来た。

「別に、夫婦なんやから下の名前で呼んでもええのに(笑)」

「そうですよ!
どうぞ、僕らに遠慮せんと(笑)」


学生を含めた同じ研究室の職員が、僕らを冷やかす。


「いいえ!
一応、ここは職場なんだしケジメはつけないと!ね?西島教授!」


からかわれた事にムスッとした美桜が、僕に八つ当たる。


…僕は別に、ダーリンと呼んでくれても構わないけどね。


そう思いながら、僕は美桜の額にペシンと辞令書を貼り付けた。


「??なに…?」


急に視界を奪われた美桜が、咄嗟の出来事に驚く。


わたわたとする彼女に、周りの皆が笑う。


「なんか、張り付けられとる♪」


「篠崎さん、可愛いなぁ~!」


美桜はここ(研究室)では旧姓で通っている。


僕と一緒だと紛らわしいからだ。


「もぅ…!」


額からピッと剥がして、彼女は辞令書をマジマジと読む。


「…西島教授の第一秘書…任命?」


「そういう事です!」


急な命令に困惑する彼女に、僕は満足気な笑顔を送った。


「そんな…急に…」

急じゃないよ…


責任感の強い君が、自分の仕事を全うしようと頑張って来たのは知っている。


だけど…僕は半年も待ったよ。


これ以上はもう、待てない。


君ほど…僕は、君を待ってはあげられないんだよ。


なんせ、僕は甘えん坊なんだから。


君から少しも離れたくないんだ…。


「勝手に、こんな…困るわ…」


「これは、命令だよ。」


往生際の悪い彼女に、僕は強い口調で言う。


「こんにちは、失礼します。」


緊迫した状況の中で、開けっ放しのドアをコンコンと叩いて訪問者が声を掛ける。


僕は、その女性を見て驚いた…。

No.370 12/05/13 03:31
ゆい ( W1QFh )


大学へ行くと早速、僕は井川名誉教授に掛け合った。


「…で?山部君を戻す代わりに、僕のみーちゃんを向こうに連れて行くと?」


「僕・の・美桜です!」


名誉教授…あぁ、めんどくさい!「教授」でいいか…!


教授は、僕に眼を飛ばす。


「西島君さ…何の権限があって、僕・の・!みーちゃんをボストンに連れて行こうとしてんの?」


ジジィ…め!

ワザと言い返しやがったな?


「何の権限…って、教授の権限ですよ!」


「あっそう…。
なら、その辞令は却下!」


却下だと…?


「何でですかっ!」

「君が、「教授」の権限を使うっていうなら…僕は「名誉教授」の権限を使ってそれを却下するよ。」


そうきたか…


なら…

僕は…


「では、名誉教授。 これは単なる僕の願いです…。
どうか、妻と娘をボストンに連れて行く事を許して下さい…!」


僕は、教授に深々と頭を下げて懇願した。


「…それって、どんな権限よ。」


権限なんてない。


強いて言うなら…


「彼女の夫としての…!
…ですかね。」


「いやぁぁぁッ!! 聞きたくない!聞きたくない!」


(彼女の夫…)というフレーズに、教授は両耳を塞ぐ。


どうだ?


これには権限などないだろ?


ただの…、一個人の願いだ。


僕は、愛する妻と娘…そして、これから産まれてくる子どもと一緒に暮らしたいだけさ…


「う~ん…もう、分かったよ!
負けだ、負け!
勝手にしなさいッ!」


そう、ふてくされながら教授は辞令書に認印を押した。


「ありがとうございます!」


僕は、嬉々としてそれを受け取り教授室から出ようとすると、


「…MITの元カノは可哀想だなぁ~!
君と、みーちゃんがラブラブしてんの見ちゃうんだろうな~!」


教授は、背中に痛い事を突きつけた…。

…っていうか…なぜ、その事を知っているんだ?


…山部か?あいつ、余計な事を…。


でも、


「おあいにく様!
彼女は、既に素敵な恋人がいますから♪」


僕よりも数倍、カッコ良いアメリカ人のね!


「…つまんね。」


教授の舌打ちに、僕はニヤリと笑って教授室を後にした…。

No.369 12/05/13 02:29
ゆい ( W1QFh )


「美桜、次の検診っていつ?」


朝食のパンケーキを頬張りながら、僕は問いた。


美桜のお腹には、新しい命が宿っている。


「次は…来週の金曜日ね。」


美桜は、キッチンカウンターに置かれた卓上カレンダーを見ながら答えた。


「…来週かぁ。」


僕は、来週の水曜日にはボストンに戻らなければならない。

出来る限り、美桜の検診には付き添いたいのだが…


「無理しないで?一人でも大丈夫だから。」


美桜はそう言うが…

海の時には苦労したと聞いてたから、心配で仕方がない。


「なぁ…やっぱり、美桜達もボストンに来いよ。
生活の拠点をあっちに移して家族揃って暮らそう。」


「アメリカに行くと?!」


海は嬉しそうに身を乗り出して、フォークに刺した苺を落とした。


ダイニングからコロリと落ちた苺を、僕はフゥフゥと吹いて食べる。


3秒ルールだ。


「でも、仕事もあるし…井川名誉教授に悪いわ…。」


だから嫌なんだよ…

教授の、君に対する溺愛振りが鼻に付いて仕事し辛いんだ。

そして…僕に対する冷たい仕打ちも…


あ…因みに、ノーベル賞を受けて井川教授は念願の「名誉教授」に就任した。


ついでに僕も、「教授」になった。


「頼むよ、美桜。
身重の君を、日本に残して行くのは心配なんだって…!
京大には山部君を戻すから、美桜は一緒にボストンに来てくれよ。
毎日ずっと君達と一緒にいたいんだ…!」


美桜は(う~ん…)と考え込む。


そこ…考えるとこか?


「ちょっと、考えてみるね。」


…オイオイ!


なんて、連れないんだ…。


そんなん言うなら


僕にだって考えがあるぞ…


「教授」の権限を使わせてもらおうじゃないか…!


絶対的な命令を、君に下してやる。

No.368 12/05/13 01:48
ゆい ( W1QFh )



南向きのベッドルームの遮光カーテンが、音を立てて容赦なく開けられる。


「パパ~っ!!起きんね!!」


耳元で、娘の海がそう叫ぶ。


「う~ん…もう少し…。」


普段は天使のような彼女も、こんな時は悪魔に見える…。


「パパーっ!!」


ああ…うるさい…


頼むよ…もう少しだけ…


僕は布団を頭から被る。


美桜と入籍して半年…


僕は仕事で、ボストンと京都を行き来する生活をしていた。

昨日、最終着の飛行機で帰国したばかりだった。


「海、ダメよ?パパは、昨日遅く帰って疲れてるんだから。」


海を宥める美桜の優しい声がする。


「つまらんもん…海、パパと遊びたいもん…。」


海の泣きべそに、僕は観念して布団から顔を出した。


「おはよう、海。」

「パパ~!」


海は、満面の笑顔を浮かべて僕の上に飛び乗る。


「うっ…!」


重た…っ。


「吉宗さん、おはよう。」


ベッドに腰掛けて、美桜が僕に微笑む。

彼女の顔を朝日が照らす…。


(絵になるなぁ…)

そんな彼女の笑顔を浴びれる僕は、世界一の幸せ者だ。


「おはよう、美桜。」


いつもよりも少しだけ、くすぐったい朝だ…。

No.367 12/05/13 01:18
ゆい ( W1QFh )






「不純愛~Another Story」




No.366 12/05/12 23:48
ゆい ( W1QFh )

ゆいです🌼


皆様、温かいお言葉ありがとうございました🙇✨

こんなに沢山の方に読んで頂き、本当に嬉しく感無量です😢✨

皆様のおかげで無事に完結する事が出来ました✨

改めて、御礼申し上げます…本当に、本当に、ありがとうございました🙇✨

次のページより「特別編」の執筆を致します☺

良かったら、軽い気持ちで読んで頂きたいと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します🙇✨

あきやま ゆい

No.365 12/05/12 23:42
ゆい ( W1QFh )

>> 359 お疲れさまでした。 今までミクルで読んだ小説のなかでダントツ一番良かったです! 映画化もしくは出版してほしい😁 素敵な作品ありがとうご… なをさん✨温かいお言葉ありがとうございます🙇✨
本当に嬉しいです😢✨
書いて良かったと思います☺
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨

No.364 12/05/12 23:40
ゆい ( W1QFh )

>> 358 ホント美桜ちゃんを見てみたいです☆ 吉宗さんも爽太くんも教授も、できれば全員見たいくらい(*^o^*) ドラマにしても人気出そうなストー… ゆみさん✨ありがとうございます☺
私も動く❓みんなをドラマとかで見てみたいです✨
でも、実現させる術が分かりません😂💦

No.363 12/05/12 23:38
ゆい ( W1QFh )

>> 357 楽しみにしています😄 ゆいさんの話しは読みやすく、吸い込まれます。 華さん✨
ありがとうございます☺
はい、頑張りますので楽しみにしていて下さい✨

No.362 12/05/12 23:37
ゆい ( W1QFh )

>> 356 いやぁぁめっっちゃオモロかったですな🎵☺個人的には美桜がどんだけ綺麗なのか見てみたいほど💕 カールさん✨
いやぁぁぁっ💦ありがとうございました🙇✨
最後まで読んで下さり本当に嬉しいです☺
貴重な男性読者様✨ 有り難いです😢
美桜はどのくらい綺麗なのでしょうかね~私も見てみたいです😂

No.361 12/05/12 23:33
ゆい ( W1QFh )

>> 353 二人がハッピーエンドになって良かったです💕 毎日楽しみにしていた小説が終わってしまい悲しいです 本当に本当におもしろかったです … シノァさん✨最後まで読んで下さりありがとうございました🙇✨
そして、もったいないお言葉😢✨
嬉し過ぎます✨
本当に、ありがとうございました☺

No.360 12/05/12 23:30
ゆい ( W1QFh )

>> 354 素敵な小説をありがとうございます☆ 毎日楽しみに読ませて頂きました(o^_^o) 2人のように、深くお互いを想い合えたら幸せだなと思いま… ゆみさん✨ご感想ありがとうございました🙇✨
もう一度読んで下さるんですか😲✨
嬉しいです😢
最後まで読んで頂きありがとうございました☺

No.359 12/05/12 00:48
なを ( eTp9h )

お疲れさまでした。
今までミクルで読んだ小説のなかでダントツ一番良かったです!


映画化もしくは出版してほしい😁

素敵な作品ありがとうございました!

  • << 365 なをさん✨温かいお言葉ありがとうございます🙇✨ 本当に嬉しいです😢✨ 書いて良かったと思います☺ 最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました🙇✨

No.358 12/05/12 00:03
ゆみ ( 20代 ♀ RNiInb )

>> 356 いやぁぁめっっちゃオモロかったですな🎵☺個人的には美桜がどんだけ綺麗なのか見てみたいほど💕 ホント美桜ちゃんを見てみたいです☆
吉宗さんも爽太くんも教授も、できれば全員見たいくらい(*^o^*)
ドラマにしても人気出そうなストーリーだと思うんですが、実現しないかなぁ❤

  • << 364 ゆみさん✨ありがとうございます☺ 私も動く❓みんなをドラマとかで見てみたいです✨ でも、実現させる術が分かりません😂💦

No.357 12/05/11 23:44
華 ( do56nb )

>> 350 華さん✨いつもありがとうございます☺ 最後まで読んで頂き、本当に嬉しく感無量です😢✨ 有り難い事に、思いの外たくさんのご要望を頂いたの… 楽しみにしています😄

ゆいさんの話しは読みやすく、吸い込まれます。

  • << 363 華さん✨ ありがとうございます☺ はい、頑張りますので楽しみにしていて下さい✨

No.356 12/05/11 22:31
カール ( 20代 ♂ t6PBh )

いやぁぁめっっちゃオモロかったですな🎵☺個人的には美桜がどんだけ綺麗なのか見てみたいほど💕

  • << 358 ホント美桜ちゃんを見てみたいです☆ 吉宗さんも爽太くんも教授も、できれば全員見たいくらい(*^o^*) ドラマにしても人気出そうなストーリーだと思うんですが、実現しないかなぁ❤
  • << 362 カールさん✨ いやぁぁぁっ💦ありがとうございました🙇✨ 最後まで読んで下さり本当に嬉しいです☺ 貴重な男性読者様✨ 有り難いです😢 美桜はどのくらい綺麗なのでしょうかね~私も見てみたいです😂

No.355 12/05/11 22:04
ゆい ( W1QFh )

>> 349 ゆいさん お疲れさまでした☺ 不倫されてた話から ノーベル賞受賞まで の話の展開が全く読めませんでした☺ 特に私は 人物描写の繊細さ… ミルキーさん✨
ご感想ありがとうございます🙇✨

展開が読めなかったですか😲それは…作者冥利につきますシメシメ😁✨

最高のほめ言葉を頂いてしまいました☺ 嬉しいです😢

この後は不純愛「特別編」を短編で書きますが、終わり次第新しい作品を執筆したいと考えていますので、良かったらそちらも読んで頂けると幸いです☺✨

No.354 12/05/11 22:04
ゆみ ( 20代 ♀ RNiInb )

素敵な小説をありがとうございます☆
毎日楽しみに読ませて頂きました(o^_^o)
2人のように、深くお互いを想い合えたら幸せだなと思いました❤
最後もハッピーエンドで良かったです♪
もう一度最初から読みたいです。


  • << 360 ゆみさん✨ご感想ありがとうございました🙇✨ もう一度読んで下さるんですか😲✨ 嬉しいです😢 最後まで読んで頂きありがとうございました☺

No.353 12/05/11 22:04
シノァ ( INTknb )

二人がハッピーエンドになって良かったです💕
毎日楽しみにしていた小説が終わってしまい悲しいです
本当に本当におもしろかったです

セリフや動き
心情が読みやすく
表現も上手い✨✨

羨ましいです😆

次回作も楽しみにしまくっていますっ✨✨

  • << 361 シノァさん✨最後まで読んで下さりありがとうございました🙇✨ そして、もったいないお言葉😢✨ 嬉し過ぎます✨ 本当に、ありがとうございました☺

No.352 12/05/11 21:56
ゆい ( W1QFh )

>> 348 ゆいさんお疲れ様でした。 ミクルでこのような小説が読めるとは思いませんでした。 吉宗と美桜の世界に引き込まれ、涙が溢れる事もありました。… 敬さん✨ご感想ありがとうございます☺
正直、男性にはウケない内容なのかも…と思っていましたが、敬さんのように楽しんで下さる方がいてくれて良かったです☺✨

男性のご意見は参考になるし、また勇気付けられます🙇✨

この後は不純愛の「特別編」を短編で更新しますが、それが終われば新作も考えいます😊

良かったらまた読んで下さい✨

宜しくお願い致します🙇✨

ゆい🌼

No.351 12/05/11 21:51
ゆい ( W1QFh )

>> 347 毎日楽しみに拝見させていただいていました。 ハッピーエンドで本当に良かったです😃 気持ちがほっこりしました。 また機会がありましたらお願… 匿名さん✨ご感想ありがとうございました☺

そんな風に言って頂いて私も嬉しいです😢✨

近々、「特別編」の更新を致しますので、良かったらそちらも読んで頂けると幸いです☺✨

No.350 12/05/11 21:48
ゆい ( W1QFh )

>> 346 ずっと楽しみに読ませて頂いていました。 お疲れ様でした😄 パート2があったら嬉しいです。 ハラハラしましたがハッピーエンド… 華さん✨いつもありがとうございます☺
最後まで読んで頂き、本当に嬉しく感無量です😢✨

有り難い事に、思いの外たくさんのご要望を頂いたので、不純愛「特別編」を書きたいと思っております🙇

良かったらそちらも宜しくお願い致します🙇✨

ゆい🌼

  • << 357 楽しみにしています😄 ゆいさんの話しは読みやすく、吸い込まれます。

No.349 12/05/11 18:22
ミルキー ( 30代 ♀ 4ezynb )


ゆいさん
お疲れさまでした☺
不倫されてた話から ノーベル賞受賞まで の話の展開が全く読めませんでした☺

特に私は
人物描写の繊細さが
大好きでした🌼


次回作も期待します☺


  • << 355 ミルキーさん✨ ご感想ありがとうございます🙇✨ 展開が読めなかったですか😲それは…作者冥利につきますシメシメ😁✨ 最高のほめ言葉を頂いてしまいました☺ 嬉しいです😢 この後は不純愛「特別編」を短編で書きますが、終わり次第新しい作品を執筆したいと考えていますので、良かったらそちらも読んで頂けると幸いです☺✨

No.348 12/05/11 17:59
敬 ( ♂ RdzNnb )

ゆいさんお疲れ様でした。
ミクルでこのような小説が読めるとは思いませんでした。
吉宗と美桜の世界に引き込まれ、涙が溢れる事もありました。
ハッピーエンドで良かったです(^_^)
次回作に期待してます。

  • << 352 敬さん✨ご感想ありがとうございます☺ 正直、男性にはウケない内容なのかも…と思っていましたが、敬さんのように楽しんで下さる方がいてくれて良かったです☺✨ 男性のご意見は参考になるし、また勇気付けられます🙇✨ この後は不純愛の「特別編」を短編で更新しますが、それが終われば新作も考えいます😊 良かったらまた読んで下さい✨ 宜しくお願い致します🙇✨ ゆい🌼

No.347 12/05/11 08:22
匿名 ( ♀ 88bFh )

毎日楽しみに拝見させていただいていました。

ハッピーエンドで本当に良かったです😃
気持ちがほっこりしました。

また機会がありましたらお願いします。

どうもお疲れ様でした。


  • << 351 匿名さん✨ご感想ありがとうございました☺ そんな風に言って頂いて私も嬉しいです😢✨ 近々、「特別編」の更新を致しますので、良かったらそちらも読んで頂けると幸いです☺✨

No.346 12/05/11 08:17
華 ( do56nb )

>> 345 ずっと楽しみに読ませて頂いていました。

お疲れ様でした😄

パート2があったら嬉しいです。

ハラハラしましたがハッピーエンドで良かったです。

  • << 350 華さん✨いつもありがとうございます☺ 最後まで読んで頂き、本当に嬉しく感無量です😢✨ 有り難い事に、思いの外たくさんのご要望を頂いたので、不純愛「特別編」を書きたいと思っております🙇 良かったらそちらも宜しくお願い致します🙇✨ ゆい🌼

No.345 12/05/11 04:19
ゆい ( W1QFh )


僕は、ママにキスをする…!


「ちょっ…吉宗さん?」


僕のキス宣言に、美桜は戸惑う。


「なんだよ?」


「海が見てるから…」


両親のキスシーンにやや興奮気味の海が、両手で顔を覆う。

…が、指の隙間からシッカリと覗き込んでいる。


「美桜…結婚しよう。」


「…はい。」


「チューば、するんね!」


大興奮の海に、僕らは笑い転げる。


これじゃ、ムードも何もないな…(笑)


僕は、持っていた山部君のジャケットを海の頭から被せた。

「きゃ~っ!暗か~!」


そして…


美桜を引き寄せて唇を奪う…。


「…んっ!」


「…まだ、離さないで!」


絡める舌に、美桜は戸惑い逃げようとする。


隙あらば離そうとするのだ…。


「ちょっと…待って…もうダメよ…!」

羞恥心で顔を赤らめて顔を背ける。


やっぱり…美桜だ。

可愛い、僕の彼女だ…。


「拒むな…っ!」


僕は…彼女の背けられた顔を、両手で捕まえて深いキスをする…。


もう君は、僕のもの…


僕の…

愛おしい…


たった一つの愛だ。

この世でただ一つ…

僕の身で確認できる愛なんだ…。


美桜…


君に出逢えた奇跡は…


僕の人生の宝だ…。

これから先も輝き続ける


僕の宝物だ…。


「美桜、愛してる…。」

僕は、熱を帯びて潤んだ瞳の彼女に言う。


「私も…吉宗さんを愛してる。」


ずっと…ずっと…

永遠に…


「「愛してる…」」




…――END――…

No.344 12/05/11 03:41
ゆい ( W1QFh )

これで、一つに繋がった。


海が博多弁なのは、生まれ育ったのが福岡だからなんだ。

教授が言っていた。

君はずっと、福岡第一大学で研究員をしていたと…。


3年越しに頼み込まれて、京大に来たんだ。


僕への資料を贈ったのも君だったんだね…。


そして…ずっと、僕の研究を影で支えてくれていたんだ。


「ありがとう…美桜。」


君はずっと、僕の側に居てくれてたんだね…。


「美桜、プロポーズの返事を…」


「ぱぁぱ!抱っこ!」


痺れを切らせた海が、怒って僕の身体をよじ登る…。


あぁ…またしても雰囲気が崩れてしまった。


「ごめんね、吉宗さん。
この子もずっと吉宗さんに会いたがってたものだから…。」

申し訳なさそうに、美桜は顔をしかめた。


「良いさ、僕だってずっと会いたかったんだ…。」


僕は、そう返して海を抱き上げた。


海のぷっくりとした、可愛らしい白い頬にキスをする。


柔らかい…


「ところで、美桜はバイリンガルなの? さっきのフランス語だろ?
かなり発音が良かった。」


論文は英語表記だから当然、喋れるはずだ。


なんだか悔しいな。

「えぇ…一応、英語とフランス語と、あと…」


「あと?!
まだ、話せるの!」

完っ全に負けた…


いや、もう…こうなると勝負にもならないな。


「Ich liebe dich. sei doch immer bei mir nahe zum Greifen….」


ドイツ語だ…。


惚れ惚れするほど美しい発音で、何かを訴えている。


「…なんて言ったの?」


美桜は、海を抱いた僕の腕にそっと手を添えた。


潤んだ瞳が僕を見上げる…。


僕の好きな彼女の仕草だ…。


「あなたを愛してる…。
もう、どこにも行かないで…ずっと、私の側にいて…。」


それは…


「プロポーズの返事か…?」


僕の問いに、美桜はコクリと頷いた。


「吉宗さん…私と結婚して下さい。」


彼女の大きな瞳に涙が浮かぶ…


「海、ごめん!ちょっと降りて!」


「いやぁ~!!」


「せからしかっ!」

しがみついて暴れる海を、無理やり降ろす。


「パパ、なにしよっと!」


海は、ぶぅ…っとほっぺを膨らます。


「ママにキスするんだよ!」


「キス?!
チューばするんね!」

ああ…そうさ…

No.343 12/05/11 02:57
ゆい ( W1QFh )

「吉宗さん…プロポーズしてくれてありがとう。」


僕の腕の中で美桜が言う…。


「うん…返事を聞かせてくれるか?」


少しだけ引き離し、僕は美桜を見つめる…。


美桜の真っ直ぐな瞳が僕をうつす。


「私…っ!」


~♪♪~…


ここぞと言う場面で、美桜のバックから携帯音が鳴った。


「なんだよ~…」


「…もしもし?」


でるんかいッ!


一気に拍子抜けしてしまった…。


「Tres bien,merci.Et vous?」


??フランス語?
美桜が話してるのは確かに、フランス語だ。


一体どうして…?


「Sil Vous Plait.」

シ…ルブプレ?


今のは、聞き取れたぞ…!

なんの電話だろ…。

「Oui. A tout a l'heure.」
(はい、また後で。)


「なんの電話?」


通話を終えた美桜に、僕は問いた。


「フランスの農場からよ。
今度、吉宗さんが開発したプラント(種菌)を空いた農場に蒔いて臨床実験しても良いって!」


嬉々として話す美桜に、僕は疑問を浮かべた。


「どうして、美桜がそんな事を?」


僕のアシストみたいな仕事だ…


ん?京都…って…


「美桜…今、君はなんの仕事してるの?」


僕の質問に、美桜は目を丸くする。


「なにって…京大で井川教授の第一助手をしてるのよ?」


「…えっ?」


「え?って、吉宗さん知らなかったの?」


僕のリアクションに、美桜は驚いた様子だった。


もちろん、僕も驚いた…。


「美桜が…?えぇーッ!?」


美桜…みお…

み…みーちゃん…


「もしかして…みーちゃんって、美桜の事だったの?」


「あぁ…うん、井川教授は昔から私をそう呼ぶわね(笑)」


美桜は口元を押さえてクスクスと笑う。

笑い事じゃないよ…

「どうしよう、美桜…。」


「ん?」


弱々しい僕に、美桜がキョトンとする。

「僕…教授に、ぶっ殺される。」


「…えッ?」


なぁに?と君は笑うけど…


あの時の、教授の目は本気だったぞ。


君を妊娠させたのが僕だと分かったら…

僕は…


ああ、想像もしたくないよ…!


「大丈夫よ。
私が、吉宗さんを守ってあげるから!」

美桜…君は変わらない。


そうやって、両手を広げる僕の天使だ…。


No.342 12/05/11 02:06
ゆい ( W1QFh )


平日の人数少ない空港内で、ガラス越しに巨大な飛行機を見つめる君を見つけ出す…。


その横顔に…僕は、息をひそめる。


「み…お…?」


僕の声に反応するように、彼女がこっちを見る。


「ママーっ♪」


君は、海の呼びかけにニッコリと微笑んで手を振る。


美桜だ…


信じられないくらい綺麗になってる…


どことなく、少女らしさのあった彼女だが今はその面影はなく…なんというか…

淑女…って言うのかな…?


今の美桜には、大人の女性の色気がある。


ヤバいな…


ドキドキする。


「お帰りなさい、吉宗さん…。」


近寄って優しい笑みをこぼす彼女に、僕は身体を震わせた。

身震いだ…。


それ程までに、彼女は美しいのだ。


手が汗ばむ…


「美桜…。」


「吉宗さん、変わらないのね…あの頃のまま。
あ、髪が伸びて長い(笑)」


伸ばされた彼女のしなやかな手が僕に触れる…


髪を切ってくれば良かった…。


もやし生活が長引いて、つい、だらしなくなってた。


「美桜…君は、とても綺麗になったね…。
見違えたよ…。」


「もう、子どもっぽいだなんて言わないでね…?」


言わないよ…


…ってか、言えないよ。


「海、ちょっと降りててな…。」


僕は、嫌がる海を降ろす。


「ぱぁぱ!抱っこ!」


抱っこをせがむ海を宥めて、僕は美桜の腕を掴んだ。


「ぱぁ~ぱ~っ!」

「ごめん、海。
パパはママを抱っこしたい…!」


泣きべその海に、そう言い放って

僕は、美桜の腕を引き寄せる。


「吉宗さっ…」


バランスを崩しそうになる美桜の身体を、僕は強く抱きしめる。


あぁ…美桜


君の、この感触を僕はずっと求めていた…

君の、この胸を締め付ける声を求めていた…

そして…君のその甘い香りを…


僕は…っ


ずっと、ずっと…


君だけを求めていた…


僕の世界に色が戻る…


モノクロの世界から、彩りの世界へと…

「美桜…愛してる。」


もう二度と…


君を離したりはしない…


No.341 12/05/11 01:10
ゆい ( W1QFh )


「パパ…?」


泣きじゃくる僕を心配した様子で海が言う…。


顔を見ると凄く不安そうだった。


「ごめん…大丈夫だよ。」


僕は、涙を拭って海に微笑む。


すると彼女も、にっこりと微笑んだ。


あぁ…美桜と同じ笑顔だ…。


また涙腺が緩む。


「なんで、僕がパパだと分かったの?」

僕は、海の手を握って問いた。


「ママが、ずっと言ってた。」


彼女は、クマのポシェットの中から携帯電話を取り出す。


見覚えのある携帯だった。


昔、彼女(美桜)が使ってたやつだ…。

海は、手慣れた手付きでそれを操作する。


「これ、パパ♪」


差し出された携帯の画面に写る僕…


いつか…そうだ!あの夏に、彼女と行った海で撮った写メだ…!


「…嘘だろ?」


ずっと、大切に持ってたっていうのか?

「海…ずっとこれで、パパの事見とったもん♪
すぐにパパって分かったと♪
凄か?ねぇ、凄か?」


海…そうか…


僕と一緒に行った海に因んで、その名前を名付けたんだな…?


「あぁ、凄かねぇ。 海は、賢か…さすがはパパの娘やね。」

そう誉めて頭を撫でると、彼女はキャッキャッと喜んだ。


そんな彼女を、もう一度抱き上げる。


そして…


「海…ママはどこだ?」


僕は彼女に美桜の居場所を問う。


「あっち♪」


その小さな指がさす方へと身体を向ける。


「よし!じゃぁ、行くよ?」


「うん!」


僕は歩き出す。


愛おしい…君の元へと向かう…。


No.340 12/05/11 00:11
ゆい ( W1QFh )

美桜の姿を探して広いロビーを見渡す。

…どこだ?

どこにいる…!


「うぅ~…苦しかと…!」


腕の中で、海がジャケットを剥ぎ取ろうともがく。


あっ…そうか、ずっと隠したままだった。


僕は、ジャケットを取って海を降ろした。


「ごめんな、大丈夫か…?」


汗で張り付いた海の前髪を撫でる…。


この子が…僕の…


そう思った瞬間…


涙が溢れた。


海の顔が涙で滲んで見えない…


「どげんしたと?
どこか痛くなったと?
いかんね…パパ、「痛い痛い飛んでけ!」せんとね…。」


そう言って、海は僕の頭を撫でる…。


どうして…博多弁なんだよ…


それって、僕の故郷の言葉使いじゃないか…


「うぅ…うみ…っ!」


僕は、小さな彼女を抱きしめて泣いた。

No.339 12/05/10 23:52
ゆい ( W1QFh )

この香りは…


美桜の香りだ…!


彼女だ…彼女が近くにいるっ…!


ちょっと待った!!

この子が、美桜と同じ香りがするなら…

僕は女の子を抱きかかえたまま、その子の顔を見た。


クリクリとした黒目がちの瞳…


小さくてもスッとした鼻筋…


少しだけ口角の上がった唇…


長い睫毛…


爽太…あっ、いや、美桜によく似てる…。


(ダメだな…最近は、爽太とばかり会っていたから…つい。)


「…パパ?」


「…………っ!!」

い…今…パ…パパ…パ…パパパ…っ!


「海のパパでしょ…?」


海…?


海っていうのか…?

どうしたらいいんだ…


感動し過ぎて…とても、声が出ないっ!

「…子ども?」


「西島博士に子ども…?」


まずい、マスコミが騒ぎ始めた…!


授賞式の失態に続いて、隠し子報道されたら…


美桜と海に、バッシングが向くかもしれない…!


「はい!そこまで!」


僕がわたわたとキョドる後ろから、山部君がジャケットで海を隠した。


「山…部くん?」


何で山部君が…?


「やっぱり、こうなってた~!!
報道陣に囲まれて、困るんじゃないかと心配して後の便で追いかけてみれば…案の定、このザマです!」


「山部くん~!」


君、ナイス過ぎるよ!


「さー、マスコミの皆さん!
僕が、西島准教授の窓口です!
出来る範囲で僕が受け答えますので、こちらでお願いしま~す!!」


(ささっ、准教授はこの隙に行って下さい…!)


山部君は僕にコソッと、そう耳打ちして報道陣達を先導した。


僕はその隙に、海を抱いたままその場を離れた。

No.338 12/05/10 23:15
ゆい ( W1QFh )


京都へと向かう為、僕は関西国際空港に降り立った。


ゲートを抜けて目を疑う。


そこには、僕を待ち構えてスタンバってた報道陣達の姿があった。


まさか…!という思いがあった。


「西島博士!
今回の快挙について何か一言っ!!」

「ノーベル賞授賞式でのスピーチは、あれはプロポーズでしたが、その後のお相手のお返事はっ?」
「授賞式でのスピーチの件で弁解などあったりはしないのでしょうかっ?!」


あっという間に沢山の報道陣に囲まれて、僕は立ち往生となってしまった。


「西島博士!
ストックホルムでの祝賀晩餐会を欠席した理由は何かあったのでしょうかっ?」
「博士!何か、一言コメントを…っ!」

身動きが取れない中で沢山の質問を投げかけられる。


人の群れと、目がくらむほどのフラッシュの嵐…。


「あっ…あの、すみません…通して下さい!」


なんとか押し退けようとしても、僕はすぐに渦に巻き返される。


「おっ…?なんだ?」


そんな時だった。


「…ん?どうした? 子どもだ…!」


大人の報道陣達の微かな隙間を潜り抜けて、小さな女の子が ひょこりと姿を現した。


赤いダッフルコートに、クマのポシェットを肩に提げた、とてつもなく可愛いらしい女の子だ。


その愛らしさに、さすがの報道陣達も道を空けながら、固唾をのんでその女の子に集中した。


女の子はジッと僕を見つめて、トコトコと近寄って来る。


また、報道陣に押し寄せられたらこの子が潰されてしまう…。


「危ないよ…?」


咄嗟にそう思った僕は、女の子を抱き上げた。


その瞬間…


フワリと女の子から、懐かしいあの香りが漂ってきた…。

No.337 12/05/10 22:40
ゆい ( W1QFh )

僕は外に出ると空を仰ぎ、白タイを外した。


ワックスで固めた、伸びきった髪をグシャグシャにほぐすと、内ポケットから携帯を取り出した。


「Yes?」

「爽太、僕だ。」


「よう、兄さん…。 やっぱ、兄さんは最高だな!」


電話の向こう側で爽太の笑い声が響く。

爽太の通うハーバードは、数多くのノーベル賞受賞者を輩出した名門校だ…。


今日の授賞式を大学をあげて観ていたに違いない。


「約束だ、爽太…
美桜の居場所を教えてくれ。」


僕は、懇願するように爽太に言った。


「姉さんは、京都にいるよ…。」


…京都?


「兄さん、授賞おめでとう…姉さんの住所はメールで送るよ。
一刻も早く迎えに行ってやってくれ。」

珍しく、しおらしい爽太に…美桜がどれだけ僕を待ち焦がれているのかが分かる。


「ありがとう、爽太。
明日、朝一の飛行機で日本に帰るよ…。」


そう言って電話を切った後、すぐに爽太からメールが届いた。


書かれた住所が、大学と近い場所で驚く。


彼女はいつから、ここに住んでいたのだろう…。


偶然だろうか?


それとも、必然?


まず、君に会ったら僕は何を言おう…


君は、どんな風になったかな?


益々、綺麗になってるんじゃないかな…?


子どもは…?


今…3つかな。

可愛いだろうな…


爽太は最後まで、その子が男の子か女の子を教えてはくれなかった…。


会った時の楽しみにしとけ…と、もったいぶった。


どちらでも良い…

元気で居てくれるのなら。


あぁ…二人は、僕を見て何て言うかな…。


二人の目に、僕はどう映るんだろう…。

急に、怖くなった。

拒まないで欲しい…

どうか…僕の胸に帰って来てくれ…。

No.336 12/05/09 22:52
ゆい ( W1QFh )

世界中のどこにいても、君が…僕の言葉を聞いてくれているのなら…


「My dear Mio,my happiness is all because of you….」
(愛する美桜、僕は君のおかげで最高に幸せだよ…。)


「I Love you Now and Forever!」
(今も…そして、これからも君を愛してる!)


「美桜、愛してるよ…。
どうか、僕と結婚して下さい…!」


由緒あるノーベル賞授賞式で、前代未聞のプロポーズをした僕は、翌日の地元新聞紙で一面を飾るほどの失態を犯した。

しかし…今日の授賞式は過去に例のないくらいの盛り上がりを見せたのだ。


客席が全員立ち上がり、僕に拍手喝采を浴びせる。


「All the best wishes for your future life!!」
(あなたの将来に幸ある事を心から祈っています!!)


歓声鳴り止まない舞台上で、司会者は僕にそう言った。


「Thank You Very Much!」


僕は晴れやかな気分で、ステージを後にした。


僕の声よ…


どうか、美桜に届いてくれ…


僕は明日、君を迎えに帰るから…

No.335 12/05/09 22:23
ゆい ( W1QFh )

「Please,Mr.NISIJIMA!」


名前を呼ばれてステージにあがる。


沢山の歓声と、ストロボの光が僕を包む。


あぁ…心臓が飛び出しそうだ。


「What a winner you are!!
Congratulations!!」
(素晴らしい賞の授賞です!!
本当におめでとうございます!!)


司会者の祝福と、授賞の盾と金メダルが僕に贈られる。


あ…ヤバい…嬉しさが込み上げる。


どうしよう…


「I really don't know how to thank you.…You gave me more than I deserve.」
(何とお礼を言っていいのか分かりません…本当に、身に余る物を頂き恐縮しております…。)


あぁ…堅い…堅いな。


英語ですら僕の感謝の言葉は堅い…


えっと…えっと…


あっ!そうだ、こんな時は普通両親へのメッセージとかも贈るんだよな…!


「You are the best parents anymore could have asked for.」
(父さんと母さんの子どもに生まれてきて良かった。)


「I'm honored to be your son….
Heartfelt Thanks.」
(あなた達の息子である事を誇りに思っています…。
心からの感謝を…ありがとう。)


僕のスピーチとは言えない…ただ、両親への感謝の言葉に、会場内から割れんばかりの拍手が湧き起こった。


その温かさに、僕の目頭が熱くなる…。

司会者ですら、うっすらと涙を浮かべていた。


彼は、他にメッセージを伝えたい人はいないのかと僕に尋ねる…。


それならば…


この、世界中に流れるスピーチで僕は君に言いたい…。

No.334 12/05/09 21:31
ゆい ( W1QFh )


トイレで着替えて気付く…


燕尾服の袖丈が非常に短いっ!


つんつるてんもいい所だ…。


「恥ずかし過ぎる…」


しかし…本当にペンギンの山だな。


主催者始め、受賞者はこの燕尾服の着用が義務付けられている。


毎年、ストックホルムはペンギンの山と言われる日があるが…正に、その通りの光景だ。


「ヤバい…緊張してきた。」


スピーチ…どうしよう…。


教授が考えたやつを聞いて来れば良かった。


「あっ!いたいた! 西島准教授ー!」


人をかき分けて向いから、山部君が手を振ってやって来た。

「お待たせ、山部君!」


「良かった、探しましたよ!
さっ、こっちです、急いで下さい!」


もう間もなく始まる、化学・物理学の受賞式…


土壇場で何が言えるか分からない。


だけど僕は、賞賛の光の渦へと入って行く…


ステージから見える、栄光のフラッシュを浴びる…。

No.333 12/05/09 21:10
ゆい ( W1QFh )



痛みに苦しむ教授を目の前に、僕は意を決めた。


「…分かりました、じゃぁ…その燕尾服借りますよ?」


そう言って、僕は痛がる教授の着た燕尾服(ペンギンスーツ)を剥ぎ取る。


「いだだだーッ!! このッ、変態!スケベ!
中途半端イケメン!!ミトコンドリア野郎ッ!!」


動かされる激痛からか、教授の暴言が吐き捨てられる。


因みに、ミトコンドリア野郎とは…


僕のミトコンドリアが、通常よりも遥かに多い事から付けられたアダナ(悪口)だろう…。


ミトコンドリアが多いと新細胞が活性化して老化を防ぐ作用が働く。


さらに、ミトコンドリアは努力次第で増やす事(活性化)も可能…詳しくはWikipediaでどうぞ…って、僕は何考えてんだ!


テンパり過ぎて思考が変になってる!!

「…うぅ…西島君のエッチ…。」


なんとか脱がし終えて、肌着姿になった教授…。


僕は、教授にペコリと頭を下げた。


「行って来ます!」

「しっかりね…」


「うん」、と頷いて僕はコンサートホールの中へと急いだ。


―タクシー車内―


「やれやれ…、世話が焼ける若僧だ。
つーか、あのお洒落ジャケットくらい置いて行って欲しいもんだよ…ねぇ?運転手さん。」


「Good Job!」


それが井川教授の演技で、僕への餞だった事は…教授と運転手さんだけが知る事実…。

No.332 12/05/09 20:40
ゆい ( W1QFh )


―7ヶ月後…―


12月10日

ノルウェー・ストックホルム


「井川教授~っ!」

「いや~ぁッ!!
揺らさないでよ、西島君ッ!!」


コンサートホール前、タクシー車内。


「そんな事言ったって、授賞式が始まっちゃいますよ!!」

「だぁって!
仕方ないでしょ、腰がピキッてなっちゃったんだもんッ!!」


ピキッてなっちゃったんだもん…って!

ほんと、頼むよ~!

「早く降りて下さいよ!
この日の為に、そのペンギンスーツ買ったんでしょ?!」


(アメックスのプラチナカードをチラつかせて鼻高々で購入。)


「ダァーッ!!
動かすな、この野郎…ッ!!」


この野郎だぁ…?


「もぉ~マジ…勘弁…。」


「そんなに言うなら、君が出れば良いでしょ?!
しっかり、お洒落ジャケット着込んでるじゃない!」


「バカ言わないで下さいよ!
僕は下、ジーパンなんすよ?!
正装じゃないのに、出れる訳ないじゃないですかッ!」


「なぁんだよ!!
僕のスーツ着れば良いだろ!
…何さっ、少しくらいイケメンだからっていい気になるなよーッ!!」


「あんた、ムチャクチャだなっ!!」


僕達が、こんなにテンパってるのには訳がある…。


僕の研究が功をなして、ノーベル賞に輝いてしまったからだ。


授賞の知らせを聞いてから両国の研究室を始め、日本中がその快挙に興奮していた…。


その渦中にいる僕等のテンションは、最高峰に達していた。

特に、ギリギリでぎっくり腰を発症させた教授のテンションは興奮と痛みで可笑しな事になっている。


「お願い…西島君、元々は君の功績なんだから僕の代わりに、授賞式に出てよ…。」


涙目の教授が、僕に訴える…。


参った…


僕は、こういう場が苦手だし…

世界中のメディアの前で、スピーチだって考えてもないのに言わなきゃならない。


自分史上最高のピンチだ…。

No.331 12/05/09 11:13
ゆい ( W1QFh )


僕は、鼻を啜って涙を腕で拭った。


目が腫れてる予感がする。


でも、そんなのどうでも良いさ。


「すぐに、美桜と子どもを迎えに行きたい。
爽太…二人は今、どこで何してる?」


明日、朝一番の飛行機で日本に帰国しよう…。


「兄さん…今、すぐには無理だよ。」


困惑したように爽太は言う。


「なんで?!僕は今すぐにでも会いたいよ!」


「姉さんは…兄さんの研究が成功する日を待ち望んでる。
その日が来るまでは、姉さんは兄さんには会わないよ…それが、姉さんの意地なんだ…!」


美桜の意地…


美桜…本当に…君って人は…!


何故、こんなにも僕を恋い焦がらせる…?


「だからさ…一刻も早く、研究を成功させてよ。
そして、二人を迎えに行ってやって欲しい…。」


その…爽太の言う事を聞いて、僕はスクっと立ち上がった。

「どうした?」


突然の僕の行動に、爽太は目を丸くする。


「…研究室に戻る。データー採取して、今日から論文書くんだよ!
さっさと、完成させて美桜を迎えに行くんだ…!」


僕は笑って、爽太にそう言った。


今日から研究室に泊まり込んでやる!


「Don't be afraid to chase your love!!」


走り出す僕の後ろで、爽太がそう叫ぶ。

(愛に向かって突っ走れ!!)


僕は今年40歳…


最後の恋に向かってただ走る…。

No.330 12/05/09 09:53
ゆい ( W1QFh )


美桜…

君は、僕も捨てたの…?


「美桜にとって、僕も必要ない人間だったのかな…?」


そんな風には思いたくない…

思えない…


「先生は、本っ当にバカだなぁ…。
姉さんは、先生の事を考えて身を引いたんだよ?」


僕の事を考えて?


「どういう意味だ?」


爽太は小さなため息を吐いた。


「京都行きが決まってたし、それからすぐにMITに行く事も決まったんだろ?
大好きな研究を念願叶って出来る様になったのに、それを自分がジャマしたくないって…姉さん、そう言ったんだよ。」

ジャマだなんて…


僕がそんな事、思う訳ないじゃないか…!


「美桜はバカだよ…。
知っていたら…僕は、何が何でも美桜をボストンに連れて来てたさ!」


…この3年間は一体何だったんだよ!


僕は悔しさから自分の太股を殴った。


「…妊娠してたんだ。」


…………


爽太の口から出た言葉に、頭が真っ白になる……


妊…娠…?


「お前…今…」


身体中の血の気が引いて、指先から硬直していく。


「結婚が決まった時には、2ヶ月に入ったばかりだった…。
姉さんは、子どもを守りたくて誰にも何も言わなかったんだ…もちろん、先生にも。」


美桜の結婚が決まったのは11月…


間違い無く…

僕の子だ…!


「何で黙ってた?」

僕は、爽太に詰め寄った。


「妊娠の事を公にして、最悪…堕胎させられるのを恐れていたからさ…。
あの頃の本上や、父さんならやりかねなかったんだよ。
姉さんは、先生を愛してるから絶対に産みたいって望んでた…。
途中…切迫流産の危機もあったけど、ちゃんと守りきったよ。」


切迫流産…


僕は、何にも知らなかったんだな…


美桜の身体の事も

計り知れない、僕への愛情も…


「子どもは無事に産まれたんだな…?」

僕は、真剣な眼差しを爽太に向けて聞いた。


すると、爽太はゆっくりと頷いて微笑む。


僕は一気に身体の力が抜けてもう、倒れそうだった。


「僕の子どもが…っ」


目眩がおきそうなくらいの歓喜に、僕は泣いた…


大の男が…

しかも…いい歳のオッサンが、しゃくりあげて外で泣いてんだ…


めちゃくちゃカッコ悪い…。


「…おめでとう、兄さん…!」


爽太が、僕の背中を撫でるから…

余計に僕の涙は止まらない…。

No.329 12/05/08 22:35
ゆい ( W1QFh )


「爽太は、ハーバードに入学したんだな…MITとは目と鼻の先なのに、どうして今まで鉢合わせなかったんだろ。」


しかも、僕は毎日通り掛かるのに…


「俺は、先生を見かけたよ。」


爽太の言葉に、僕は驚いた。


「え?いつ…?
何で声かけてくれなかったんだよ!」


「半年くらい前かな。
仲良さ気に、女と歩いてたからムカついて知らん振りしたんだ。」


彼女と一緒にいる所を見られてたのか…。


「ムカついたって…やきもちか?」


僕は茶化して爽太の頭をグチャグチャに撫でた。


「止めろよ~、セットが乱れる!
だって酷いだろ?姉さんが一人で頑張ってんのに…」


「…え?」


「いや、何でもない…。
姉さんの事を忘れたみたいに他の女とイチャついてんの見たらイラついたんだよ。」


爽太は顔をプイと向けて言う。


「…誤解だよ。
それに、僕は美桜を忘れてない…。
今でも彼女を愛してるんだ。」


「…本当か?」


爽太は、瞳を輝かせて僕を見た。


「あぁ、本当だよ。」


(そうか…)
爽太はそう呟いて微笑んだ。


「そうだ、姉さんは元気か?
孝之と幸せに暮らしているか?」


ずっと気になってた事だが、いざそれを聞くとなると胸が痛む。


彼の返事が、「イエス」でも、
「ノー」でも、僕にはどちらも辛い。


「…姉さんは、結婚してないよ。
ずっと独りだ。」


「……え?」


僕は言葉を失うくらいの衝撃を受けた。

美桜は…結婚してない?


何で…だって…っ!

「うちの病院、潰したんだよ。
岡田総合病院はもうない…新しく違う名前にして経営権も渡した。
俺と、姉さん…そして、父さんは自由になったんだ。」


岡田総合病院が潰れた…?


「…孝之か?」


僕の問いに、爽太は首を横に振る。


「俺と姉さんで決めた事なんだ。
本上は関係ないよ。」


そうか…


でも、それじゃあ…

何で…美桜は、僕の元へと来てくれなかったんだ…?

No.328 12/05/08 21:37
ゆい ( W1QFh )

「Pops?」(オッサン?)

「WOW! You Seem younger!」
(ウソ!若く見えるよ?)


通らすがりのハーバード女子大生が、「オッサン」と呼ばれた僕を見てクスクスと笑う。


「Many people say that.」
(よく言われるよ。)


僕は、彼女達にニッコリと微笑んだ。


「「…Neat!」」
(カッコ良いじゃん!)


彼女達も僕にそう言ってウィンクした。

やったぜ…!


金髪美女達に誉められた♪


「鼻の下が伸びてんだよ、エロオヤジ!」


「Son of a bitch.」(クソガキめ…)


爽太の懐かしいその悪態に僕はまた、彼と同じ子どもになってしまいそうだ…。

憎たらしいのに、会えて嬉しい…愛おしい…


こんな複雑な想いが、胸中に広がって目頭が熱くなる。


僕は爽太に近寄って彼の肩を抱いた。


「爽太…!」


「先生…久しぶり。」


あぁ…この笑顔…


凛々しくなって男性らしさが出てきたが、この柔らかい笑顔が彼女の面影を浮かばせる。


僕は、爽太の頬に手を伸ばす。


「止めてくれる?
こっちで、ホモの称号を与えられたらマジでシャレんなんねーよ。」


「相変わらずだな(笑)」


「…あぁ、先生も(笑)」


僕らは久しぶりの再会に、照れ笑う。


夕陽が美しく西の空を茜色に染める…。

No.327 12/05/08 20:54
ゆい ( W1QFh )

その後、何度か井川教授から電話があったけど、僕は居留守を決行した。


大事な用件はメールでやり取り出来る。

あっ、そうだ‥今度はちゃんと、みーちゃんの名前も聞かないと。


優秀な種の増殖を成功させたのは、出発前に貰った彼女の資料のお陰だ。


しっかり御礼を言わなくては…。


そんな事を考えながら、僕は自宅へと向かい歩いていた。


「Bye!See you tomorrow.SO-TA!」

「See you again!」

ハーバードの校門前で、僕は自分の目を疑った…。


「そ…うた?」


背が伸びて、青年と呼ぶのに相応しいくらいに成長した爽太が今、目の前にいる。


僕はもう一度、自分のいる場所を確認する為に、彼が出てきた学校の名前を読む。


ハーバード…だよな。


いつも通るこの有名な学校を間違えるはずがない。


なぜ…彼が?

留学?


「爽太っ!!」


自転車の鍵の施錠に手こずる爽太に叫んで呼びかけた。


カチャ…と鍵がはずれる音と僕の声が被る。


爽太は僕を見つけた様子だが、そのまま自転車にまたがり僕の横をかすめた…。

…人違い?

いや、そんなはずは…っ!


僕は、慌てて彼を追うように後ろを振り返った。


彼は、自転車にまたがったまま止まって僕を見ている。


「Hey, pops!」
(おい、オッサン!)


…なんだと?

あの、憎たらしい目つきは間違い無く爽太だ…。

No.326 12/05/08 10:09
ゆい ( W1QFh )

「Excuse me, Mr.NISIJIMA You have a phone call.」

ランチの後、テラスで仲間達と会話を弾ませていた僕を研究室のスタッフが呼びに来た。


電話か…。


僕は、仲間を残して一足早く研究室へと戻って行った。


「Yosi, Japan is on the line now.」
(吉宗、日本から電話よ。)


「OK,Put on me.」
(うん、こっちに繋いで。)


デスクに座って、回された回線をとる。

「はい、西島です。」

「……………。」


??何も話さないぞ?


「もしもし?お電話代わりました西島です。」


応答の無い受話器の向こう側に僕はもう一度呼びかける。


「…あ、あの…私、京大で井川教授の第一助手をしている…」


オドオドとした話し方だったが、その声を聞いた瞬間、僕の胸がギュッと痛んだ…。


似ている…

彼女の声に…。


「あの…っ」

「ああ、もしもし?西島君?」


その声を確認する間もなく、電話は井川教授に代わられた。

「教授…今の人…」
「今?あぁ、彼女ね。
みーちゃんだよ、やっと口説き落として今月から来てもらったんだ。
いゃさ~福岡一大の佐伯教授が、彼女を手放さねいのなんのって…3年もかかったんだよ?」


みーちゃん…

って事は、子どもがいるって教授の言ってたあの人か…


美桜じゃない。


凄く声の似ている他の人だ…。


それだけなのに、僕の心臓は激しく高鳴る。


「それでさ、この間の資料なんだけど届いた?
数値的には基準を満たしてるし、そろそろ論文を書く準備を…って、西島君?聞いてる?」


「…あ、あぁ…はい、聞こえてます。」

「もう少しなんだから、しっかりしてよ~?」


「…はい、勿論です。
論文の準備は進めます。日本は深夜でしょう?
いつも急がせてすみません。」


同時進行で進めている研究だと、日本のチームは徹夜もザラだ。


特に、教授は老体にムチを打って無理をしている。


「気にしないでくれよ、西島君。
このプロジェクトが成功したら僕、名誉教授になってお金が…っ」

―ガチャリ。


僕は電話を切った。

「Yosiー! Japan is on theline now.」
しつこい…

「I'm Pretend to be Out!」
(居ないって言って!)

No.325 12/05/08 08:48
ゆい ( W1QFh )



どうせ、美桜への愛情に蓋をしても無駄なんだ…。


他の誰かを好きになって愛せたとしても、彼女を超える想いには届かない。


ならば…


この命が尽きるその時まで


美桜を愛そう…


僕の心は、また新たに彼女に恋をしたみたいだ…。


片思いでも


心はこの空の様に晴れやかだ。

No.324 12/05/07 23:12
ゆい ( W1QFh )

最低な僕の…

最低な告白に、彼女は涙を流した…。


「なぜ…?
彼女が大切だったんでしょう…?
それとも、それほどまで…彼女との子どもが欲しかったの…?」


「僕が欲しかったのは…」


僕が欲しかったのは美桜自身だ…。


美桜を僕で満たして汚したかった…。


彼女を抱く時にはいつも、こう思っていた。


美桜が僕の子どもを妊娠すれば良いって…


そして…その一生を僕に捧げてくれと


美桜が僕の側にいてくれるなら…


いっそ、離れられない理由を作ってやろう…って思ってた。

ズルい考えだ。


それでも、美桜はそんな勝手な僕を毎回受け入れてくれた。

そんな彼女を手に入れたくて、僕の欲望は悪循環を巡った。

「彼女を欲しいと思うほど…私を欲しいとは思ってくれないのね…。」


彼女はスッと立ち上がって、上着とバックを取る。


「あなたは、まだ彼女を愛してるのよ。 私には…」


私には……



「Hey,Yosi?」


あの日の事を思い、茫然とする僕に、ジェイクは手をヒラヒラと目の前にちらつかせた。


僕はハッとして意識を現在に戻す。


彼女がその後に付け加えて放った言葉…

私には…


「You are hard to read.… it is' said that.」(あなたの心を読むのは難しい… そう、言われたよ。)


僕はジェイクに彼女が最後に言った言葉を話した。


僕の本当の気持ちを知るのは難しい…


だから、さよなら…と言って出て行った。


僕は彼女に振られてしまった。


他の女性を心に宿していたら当然の報いだ…。


「I feel for you.」(ご愁傷様…)

僕の失恋話に、ジェイクは背中をポンと叩き慰める。


「Never, mind.」
(平気さ。)
僕は彼に笑ってみせた。

今回の事で、一つだけ決めた事がある。

僕は、例え叶わなくとも美桜を愛し続けて行く。


これから一生…。

No.323 12/05/07 22:23
ゆい ( W1QFh )


「ねぇ…正直に答えて…嘘はつかないで。」


僕の腕の中で、彼女は言う。


「うん、いいよ…分かった。」


僕は静かにそう返す。


「彼女の事を愛していた?」

「うん…。」

「たくさん彼女と寝た?」

「うん…。」

感情を押し殺す様に質問をぶつける彼女に、僕は偽りなく答えていく。


「彼女が大切だった…?」

「うん…。」

震える彼女の声に目を塞いで、脳裏に美桜を思い浮かべる。

大切だった…。

美桜は僕の全てだ。

「彼女ともちゃんと、避妊してた?」


その質問で僕は、彼女の顔を見た。


彼女もまた、僕をしっかりと見つめる。

揺れる瞼に、心が嘆く。


どうしよう…


真実を言えば彼女を失うかもしれない。

僕は…矛盾だらけの大嘘つきだから。


「正直に言って…?」


純粋な瞳が、汚れた僕を映しだす。


「いや…しなかった。」


観念するように、僕は答えた。

No.322 12/05/07 21:48
ゆい ( W1QFh )


真っ直ぐに僕を見つめる瞳が痛かった。

そして…答えを出せない罪悪感が襲いかかる。


「…ないのよね。」

「…あるよ!」


落胆の色を浮かべた彼女に、僕は咄嗟に嘘をついた。


しかし…そんな僕の嘘を彼女は直ぐに見破る。


「吉宗さん、いつも避妊するでしょ?
私との間に子どもが出来たらマズいからよね…?」


「当たり前だろ。
君だって仕事があるんだ…無責任にできるかよ。
それに、結婚もしてないのにそんなの有り得ないよ。」


僕は、彼女の言わんとする事が理解出来なかった。


「吉宗さんが避妊具をつけてくれるのは分かるわ…でも、なぜ私にもピルを飲ませるの?」


「…君の為だよ。
それに、そのやり方はアメリカやヨーロッパでは一般的なんだよ…何も不思議じゃないはずだ。」


僕の鼓動が早くなる。


なんとなくだが、彼女の言いたい事が見えてきた…。


「最初は、私も吉宗さんが私の事をちゃんと考えてしてくれてる事なんだって思ってた…!
でも…本当は違うんじゃないかって…そう、思うようにもなったの…。」


彼女の瞳に大粒の涙が浮かぶ…


「なぜ、そう思う?」


零れ落ちそうなその涙を、僕はシャツの袖口で拭う。


「吉宗さん…たまに、眠りながら泣くの…。」


「僕が…?」


僕の問いに、彼女は静かに頷く。


泣いてる…?


まったく身に覚えがない。


「美桜って名前を呼んで泣いてるわ…。」


マジかよ…?!うぁあああぁぁ~~……

最悪だ…!


僕は自分自身に腹が立って深い溜め息を吐いた。


最悪…

最低だ……!


「ごめん…自分じゃ分からないんだ。
でも、傷ついただろ…?
ごめんな…。」


彼女の前で美桜を呼ぶなんて、僕はなんて最低な奴だ…!


僕は彼女を抱き寄せて自分を呪った。

No.321 12/05/07 21:08
ゆい ( W1QFh )

「Go on,so What happened?」(それで、何があったんだ?)

ジェイクの問い掛けに、僕は彼女が言った言葉を思い出した。

2ヶ月前…


僕は、その日の仕事が終わると僕の部屋で待つ彼女の元へと急いだ。


半年くらい前から、半同棲に近い生活をしていた。


だから周は、もうじき僕達が結婚するんじゃないかと噂していた様だ。


実際に、僕だって彼女との将来を考えなかった訳じゃない。

しかし…一度結婚に失敗している手前、なかなか踏み出せないでいた。


正直に言えば、美桜との結婚を望んだ程の激しさを、彼女には抱かなかった。


でも、それで良いと思っていた。


こうして心穏やかに、彼女と時間を共に過ごせたら…


僕はそれだけで満たされていたから。


だがそれは、僕の一方的なエゴにしか過ぎなかった。


「私と結婚するつもりある…?」



食事を終えてテレビを見るのにも飽きた頃、並んでソファーに座っていた彼女を抱こうと倒した時だった。


僕のキスを避けて彼女が言った。


「…え?」


「結婚」というフレーズを彼女が口にしたのは初めてだ。

No.320 12/05/07 02:12
ゆい ( W1QFh )



彼女は他の研究チームにいた日本人だった。


彼女とは2年前、エドガー教授の家で開かれたホームパーティーで出会った。


飲めない酒を飲まされて、千鳥足のまま庭のプールに落ちてしまった彼女を僕が助けた。


プールに飛び込んで助けようとしたのは僕だけじゃなかったけど、溺れてパニックを起こした彼女には英語は通じなかった。


(落ち着け!)


そう…日本語で呼びかけて、初めて彼女は落ち着きを取り戻し、僕にしがみついたのだ。


それから何度となくセンターで顔を合わせて、たわいもない会話をしたり時には食事や映画も一緒に行った。


付き合おうとか、そういうのもなく…ただ、一緒に居て心地よい相手だったんだ。


そう思ったのは、彼女が美桜と同じ歳だったからだと分かる。


どこかで、僕は彼女に美桜を重ねてた部分があった。


「子ども扱いしないで!」


そう言って怒る彼女を見ると、僕は無性に彼女が愛おしくなったりもした。


それは…


僕が、美桜をまだ愛していたからなんだ…。

No.319 12/05/07 01:46
ゆい ( W1QFh )



ランチタイムで賑わうセンターの食堂。

今日のランチセットはツナサンドだ。


当たり前だけど、こうして見ると実に色々な人種が集まっている。


アメリカ人、インド人に、フランス人…数は少ないが、僕ら日本人も。


みんな英語でコミュニケーションをとるけど、逆に僕は英語しか喋れない。


インド人のハリーさんはフランス語が堪能だし、フランス人のアシュレイはドイツ語と中国語が堪能…。


MITに席をおくアメリカ人は大抵、数カ国語を操るバイリンガルだ。


そう考えると僕は、英語しか話せない日本人ってなっちゃうんだよな…。


まぁ…仕方ないけど。


「Hey,Yosi.why don't you get married?」(なぁ、吉宗。お前ってなんで結婚しないんだ?)


同じチームで働いてくれてるジェイクが、何の前触れもなく聞いてきた。


何で…って。


「To get dumped….」(振られたんだよ。)


こっちに来て3年…

その間に、僕にだって恋人がいなかった訳じゃない。


つい最近まではいた。


ジェイクはその彼女との事を聞いてきたのだろう。

No.318 12/05/07 01:22
ゆい ( W1QFh )

「「「morning!」」」

「morning!」


研究室に入って浴びせられた挨拶もそこそこに…僕は、自分のパソコンを起動させ未送信のメールを再度送信した。


未送信のフォルダー内が0になるのを見届けると、深くイスに凭れ掛かった。


100mはダッシュしたな…


アメリカってなんでこう、どこもかしこも無駄に広いのかな…


…あ…国が広いからか…。


日本の狭い都会で暮らしてたから未だに慣れないよ。


アメリカで狭いのはトイレくらいだ…。

いや…、日本のトイレが広すぎなのか?

あ~…そんな事、どうでもいいな。


バクバクする心臓を押さえて、乱れた息を整える。


少しだけ落ち着きを戻して、僕はパソコン画面のライブラリーに目をやった。


実施実験の様子を24時間ライブで見る事が可能なのだ。


その様子を僕は毎日グラフに記す。


「2・5cm…昨日よりは著しい成長を遂げてる。」


日本から持ち込んだ「種」を培養増殖して、一番植物を成長させる菌を砂漠に見立てた畑に蒔いた。

今の「種」が一番順調に植物を育てている。


このまま行けば、実験は成功とみなされる…あと、もう少しだ。

No.317 12/05/07 00:28
ゆい ( W1QFh )



3年後―…


「Hey,Yosi. How's it going?」(よぅ、吉宗。調子はどう?)


「Same as usual.」 (変わりないさ。)

僕がこっち(ボストン)に来て早、3年…

研究室以外にも顔馴染みが出来た。


何気ない挨拶も毎朝の日課だ。


大学の広大な敷地内をくぐり抜けて、僕は研究センターへと向かう。


青空が広がって、爽やかな空気が流れる。


空を仰ぐ僕のポケットから携帯の着信音が聞こえた。


ズボンのポケットからそれを取り出して耳に当てた。


「Hello?」

「Yosi?」

「Yes'Iam.」


「Sorry' Could you please send your e-mail again?」


電話の相手は、他のセンターで実施実験を担当するスタッフからだった。


昨日、僕が送ったデーターが不送信で届いてないとの事だ。

もう一度、メールで送って欲しいと頼まれた。


「I Will e-mail you later.」
(後で送ります。)

そう言って、僕はセンターへと急いで走った。

No.316 12/05/06 23:22
ゆい ( W1QFh )


なんだか猫みたいだな。


「教授は…その…みーちゃんが大好きだったんです…ね。」

振動が激しくて、まともに喋れない…。

「娘の様に可愛がってたんだよぉ…!
どこの馬の骨とも分からん奴に…っ!
くそぉ~、見つけたらその男をぶっ殺してやるッ!」

逆恨みもいい所だ。

僕は、みーちゃんの旦那さんが教授に見つからない事を祈った。




そして…その4日後…


僕は、この愛しき教授と研究室に暫しの別れを告げてボストンへと飛びだった。

No.315 12/05/06 23:07
ゆい ( W1QFh )


「よっ!西島君、進んでるかい?」


「井川教授。
えぇ…もう、ほぼ完了に近いですよ。」

どれどれ?と井川教授は僕の資料に目を通す。


「うん、バッチリじゃない。
さすが西島君だ、良い仕事するね~♪」

「ありがとうございます(笑)。」


僕は照れ笑って教授にお茶をいれた。


「おっ、タンポポ茶♪」


「山部君の手製ですよ♪」


路地物らしい…


研究室では毎年、自家製で作り置きしているみたいだが…


僕は一度も飲んだ事はない。


「そうだ、これ西島君にプレゼントだよ。」


教授が僕にA4サイズの茶封筒を手渡す。

「何です?」


受け取ると、僕はその中身を出して見る。


「君の研究に強く賛同した研究者が、君の力になりたいと「種」の培養をより確実にする提案書を送ってきた。」


すごい…


そこに書かれた方法を、どうして僕は思いつかなかったんだろう…


「これを送ってきたのは誰です?」


僕は、その研究者を知りたいと思った。

「うん、数年前に学会で知り合った子なんだけどね…それ以来、可愛がってるんだよ。
今は、福岡一大で研究者してるって言ってたな…そのうちさ、君の研究を手伝ってもらうのにこっちに呼ぼうと思ってる。」


「そうですか…こんな優秀な人がチームに入ってくれるなら心強いですよ。」


僕はもう一度、資料に目を通して言った。


念密に計算された化学式は、その人の繊細さを物語る様だ。

その緻密さは、美しいとさえ思えてしまう。


「…女性ですか?」

僕は、これを書いたのは女性のような気がしてならなかった。


「そうだよ。
でも、もうじき子どもが産まれるらしくてね…こっちには産休明けになりそうなんだ。」


子どもかぁ…


子持ちで研究を続けて行くのは大変だろうなぁ…


でも、


「えらいですね…。 だけど、そうやって女性が活躍出来るチャンスがもっと増えると良いですよね。」


「西島ぐんっ!」


「はい?えっ…?」

しみじみと語る僕に、教授は涙と鼻水を流して詰め寄る。


びっくりだ…!


「彼女…妊娠させたの誰かな゛?!」


教授は僕の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。


「そ…そんなの、ご主人に決まってるでしょ…?
どうしたんですか教授…」


「うぅ…僕の、みーちゃんが…っ!」

みーちゃん?

No.314 12/05/06 21:46
ゆい ( W1QFh )

⚠こちらは本編ではございません🙇

前ページにて、表現の間違いがございました💦


訂正いたします

民放❌

正しくは、国放⭕
となります。

大変、失礼致しました🙇💦

次のページから本編へと移ります。

No.313 12/05/06 04:56
ゆい ( W1QFh )


季節はあっという間に過ぎていく…


「もうすぐ梅雨明けやって!」


「マジで?
ほな、急いで準備せなあかんやろ!」


学生達が、ラジオから流れた天気情報に慌てて資料をかき集める。


「西島准教授、来週あたり梅雨明けしそうやって、今のうちに早よう出発準備しちゃいましょ!」


「ああ、そうだね。 その資料だけ纏めたら「種」を持って行くから、くれぐれも温度調節管理は頼むよ。」


細菌の核となる種は暑さに弱く、少しの温度変化でさえも死滅してしまう。


より確実にボストンへと運ぶには、梅雨時期が良いと準備は急ピッチで進められた。


「山部君は、引っ越しの準備終わったか?」


僕の助手として、山部君も留学する。


「はい、元々そんなに片づける荷物も無いですしね。」


研究室は山部君の本宅と言ってもいい。

アパートには、テレビや冷蔵庫すらないと言う。


「NHKの集金の人を正々堂々と追い返せるんですよ(笑)」


なる程…テレビないからね。


「でもさ、山部君の携帯ってワンセグ付いてんじゃない?」

僕は、彼の携帯を見て言う。


「付いてますよ?」

「確か、ワンセグ携帯も徴収の対象だよ。」


「えぇーーッ!」


「受信料、ちゃんと払いなさいね。
僕ら、常にNHKのお世話になってるんだから。」


ドキュメンタリー番組はやっぱり民放に限る。


カメラの性能の良さは群を秀でている。

お金をかけているから、ハイビジョンで美しく観れるのだ。

「はい…。」


渋々、山部君は返事を返した。


「良し!
いつか、山部君が偉い研究者になった時の為だよ。」


「取材きますかね?」


「来るさ…プロジェクトX(笑)」


「僕は、情熱大陸が良いですけどね(笑)」


おそらく…こんなアホな研究者達には、どちらも取材など来ないだろうね。


僕は笑いながらパソコンに研究資料のグラフを打ち込んだ。

週末にはボストンだ…。

No.312 12/05/06 04:23
ゆい ( W1QFh )

吉宗side~最終章


哲学の道に、降り注ぐ桜の雨…


一年とちょっと前に、同じように降り注いだ桜雨の中で初めて君を見た…


その美しさに戸惑い怯えた。


今…君は、どう生きてる?


僕は…どうにか生きてるって感じだよ。

内容なんて無いんだ…


ただ…息を吸って吐くだけの…


そんな毎日だ。


贅沢だろ?


好きな仕事をして、仲間にも恵まれて…

だけど…


君を失ってから何も感じなくなってしまった。


色のない世界で…


この桜でさえ、僕には白く見えるんだよ…


美桜…


君はちゃんと生きてるか?


笑えてるか?


どうか…笑っていて…


君が…幸せでいてくれるなら…


僕は、この何もない世界でだって息が止まるその日まで生きて行く…


行けるから…


美桜…


同じ空の下、いつものように微笑んで…

No.311 12/05/06 03:44
ゆい ( W1QFh )



俺が目を瞑ってる間にさっさと済ませろ……って…!


「テメェ!
何してんだよ!!」

赤面する姉さんの頬に、あいつはキスをした。


「ほ…本上先生?」

「惜しいな…避けなければ口にしてたのに。」


油断も隙もない男だ。


「じゃあな、爽太。」


本上は憎らしい笑みを浮かべながら、俺の頭をポンと叩いて去って行った。


「びっ…びっくりした~!」


「姉さん、隙あり過ぎだろ!」


頬を押さえてペタリと座り込んだ姉さんに、俺は一喝した。

「さっ!
家に帰るよ、父さんとちゃんと向き合おう…!」


座り込んだ姉さんに手を差し伸べる。


「…うん。」


その手を取って姉さんは頷いた。


ここから…


俺達の未来は始まる…

No.310 12/05/06 03:27
ゆい ( W1QFh )



最後に、俺と姉さんは院長室に寄って父さんの荷物を纏めた。


「お母さんだわ…。」


デスクの一番下に、写真立てが隠すように入っていた。


柔らかい笑みを浮かべた姉さんの母さんだ。


雰囲気が姉さんによく似てる。


「爽…これ。」


その写真を取り出すと、後ろに重ねた状態でもう一枚写真が出てきた。


俺は、その人の面影を探る…


「母…さん?」


写真の中の俺を抱いた女性…


この腕の温かさを、その瞬間だけ思い出した。


「母さんだ…。」


「そうよ、爽のお母さんよ…。
父さんはずっと忘れずに、爽のお母さんも愛していたのね…。」


姉さんは俺を抱き寄せて、嬉しそうに微笑んだ。


母さんは父さんに愛されていた…。


嬉しかった。


記憶の断片にしか思い出せない俺の母親を、父さんだけは忘れずに想っていたんだ。


「…それだけじゃないよ。」


突然した声の方に俺達は視線を向けた。

開きっぱなしの扉から、本上が腕組みをしながら入って来た。


黒のYシャツに、白衣姿だった。


「本上…どうして…」

「本上先生だろ? お前、本っ当に末恐ろしいガキだな。
まんまとハメられた…。」


そう、言いながら俺の横をすり抜けて資料庫を開ける。


「先生…?」


何かを探る怪しげな行動に、姉さんが本上を伺う。


「はい、美桜ちゃん。」


本上は、資料庫の奥から取り出したアルバム?を姉さんに手渡す。


「これ…!」


姉さんの驚いたリアクションに、俺もそのアルバムを覗いてみた。


全部が、姉さんの写真だ。


しかも…家を出た後のやつだ…


「中学・高校・大学…高校の臨時教員と最近のものも含めて、あの人は常に美桜ちゃんの動向を気にしてたよ。
君の成長をずっと見て来てた。」


「私の事なんか…気にもしてないと思ってた…。」


俺は、涙ぐむ姉さんの手を握った。


「あの人は、誰も愛さないんじゃない。 愛し方を知らないんだ。
それを伝える術を知らないんだよ…。
俺と同でな。」


「本上先生…。」


「そんな顔で見つめるな…。
また、君を愛してしまうだろ?」


キザ野郎…


だけど…今日くらい姉さんを抱き締めるのを許してやる。


ただし、5秒だけだ。

No.309 12/05/06 02:40
ゆい ( W1QFh )



改めて、顧問委員会で全員の院長後退の挙手が挙がると、父は黙ってその場を後にした。


山城さんは心配そうに父の後を付いていく。


俺と姉さんは、今後の対応を説明すべく会議室へと残った。

「これからは皆さんでこの病院を良い病院へと作り替えて下さい。
それから…今まで、父を…岡田 章一を支えて下さってどうもありがとうございました…っ。」


姉さんが最後の挨拶に深く一礼する。


俺も並んで頭を下げた。


最後の一人になるまで頭は上げなかった。


途中、何人かの幹部が姉さんや俺の肩を叩いて労いの言葉を掛けてくれた。


「もう、頭を上げて下さい。」


一人残った陽一さんが、俺らにそう言った。


「陽ちゃん…。」


「良く頑張ったね、美桜ちゃん。
とても立派だったよ。」


陽一さんは、今にも泣き出しそうな姉さんに優しく微笑む。

「お腹の子は?順調かい?」


「ありがとう、陽一さん。」


にこやかに姉さんのお腹をさする陽一さんに、俺は言った。

あの時…陽一さんがいなければ姉さんも、お腹の子も危なかった。


それに…今回の事も…


「爽太君、僕は君が立派な医師になって帰って来るのを待ってるよ。
その時は、預かった院長の椅子を返すから…必ず良い医師になれ…!
それが、僕に対する借りの返し方だ。」

「…はい…っ。」


陽一さんの優しさと、期待に応えたい。

俺は、涙で滲む陽一さんの顔を見つめて誓った。


そして、確信する。

陽一さんの手で、必ずこの病院は生まれ変わる。


俺と姉さんや山城さん達が望む理想の病院へと…

No.308 12/05/06 00:06
ゆい ( W1QFh )


白いスーツで、パンプスを鳴らしながら姉さんはやって来た。


その佇まいがその場の淀んだ空気を断ち切る程、凛としていて美しかった。


アップに上げられた髪が、見違えるくらいに大人っぽい。


「美桜…さん?」

「まさか…何故、美桜さんが?」


姉さんの登場に、またもや会議室が騒然となる。


「皆さん、お久しぶりです。」


姉さんは、深々と幹部達に頭を下げた。

「今日、こうして皆さんの前に来させて頂いたのは…これを、皆さんにお返しする為です。」


姉さんは、山城さんの運んだトランクを皆の前に開けてみせた。


「「これは…っ!」」


「病院の経営権です…3ヶ月後、岡田総合病院は潰します。」

「美桜っ!!」


怒り狂う父さんが姉さんに近寄よる。


俺と、山城さんと、陽一さんが、その前に立ちはだかってそれを阻止する。


「すみません…父さん。
でも、マスコミを抑える限界は3ヶ月しかないんです…このネタは既に「週刊文明」に売りました。
独占スクープの代わりに3ヶ月待ってもらう約束で…。
その後、一度は病院を手離して今後は陽一さんと幹部の皆さんで経営をして欲しいのです…。
病院のその後の事は…皆さんを信じて、母が私に託した経営権を皆さんにお返しします。」


大手の週刊誌にネタを売る代わりに、他のマスコミに情報が漏れないよう徹底配慮してもらい、さらに売ったネタの発表を3ヶ月後と取引をしたのは姉さんだ。


その間の僅かな時間で、病院の再生準備を計らう…


姉さんが選んだのは岡田家の病院ではなく…患者や、働くスタッフ達の事を一番に考えた末の選択だった。


最高顧問会議では、「経営権」を所持する姉さんが絶対的権力者になる。


企業でいう所の大株主ってとこか…


父さんは、自分以外の誰も信用しない。

それで、病院の心臓部分になる経営権を姉さんと共に隠した。


まさか…こんな風に姉さんが皆の前に差し出すとは、夢にも思わなかったはずだ。


その落胆は大きい…

だから、姉さんは…自分の身を削る覚悟で、これからの父さんを守っていくと決めたんだ。


これが、俺達姉弟が選んだ家族の守り方だった…。


父さんを、病院の繁栄という欲から守るにはこれしか方法はなかった…。


No.307 12/05/05 23:13
ゆい ( W1QFh )


「私…岡田 爽太は、父である岡田 章一の院長解任を求めます。」


大きな波の様に飛び交う怒涛の嵐に、父さんは力無く椅子へと凭れた…。


「爽太…お前っ…!」


憎しみの込められた父さんの視線を受けても俺は続ける。


「なお、これまで第一秘書を努めてきて下さった山城さんには引き続き経営を…そして、新院長には産婦人科医の山城 陽一氏を任命致します。」


幹部席に座っていた陽一さんがスッと立ち上がって全員に一礼する。


「あくまで、僕の肩書きは仮です。
これからマスコミが嗅ぎ付けて当院の不祥事をさらけ出すでしょう…僕は、その尻拭いをやる覚悟で院長に立候補しました。
もし、他に異論や自ら院長になると公言される方がいらっしゃれば、どうぞ名乗り出下さい。」


陽一さんの言葉に、誰もが口を閉じた。

そして次の瞬間、パチパチとまばらな拍手が起こった。


誰も、文句はないと言う事だ。


マスコミ対策の尻拭い…これが効いたか…。


「…悪評から患者が減って病院は潰れないのか…?」


ポツリと誰かが呟いた時…


会議室のドアがガチャリと開いた…。

No.306 12/05/05 22:47
ゆい ( W1QFh )


大会議室の観音開きのドアを両手で開ける。


ぐるりと一周する会議室の席に、幹部達が腰を据えて一斉に俺を見る。


その蒼々たる顔ぶれに、思わず息をのむ。


モニター下の中央席には、急遽…しかも勝手に顧問会議を開かれたブチギレ寸前の父さんがいた。


「どういう事だ、爽太。」


姉さんを捨てきった時と同じ眼差しが俺に突き刺さる。


「会議の当事者が爽太…?」

「まさかっ…彼はまだ高校生だろう…?」

「なんの茶番だ…、こっちは午後から手術が入ってるんだ!」
「北先生、忙しいのは外科だけじゃないでしょ!」


招集をかけたのが俺だと気づくと、幹部達が一気にザワつき始めた。


常識で考えれば、その反応は当然のものだ。


「お静かに…!」


山城さんの一声で、野次にも似た罵声が消えた。


俺は息を整えて、機密文書のコピーをモニターに映し出した。


どよめく幹部達に、父さんも後ろを振り返ってモニター見る。


違法な医療献金と、政治家への癒着事実が赤裸々に記された記録。


硬直する父の姿に、山城さんは目頭を押さえて視線を背けた。


長年、父に仕えてその身を一心に捧げてきた。


俺の計画に、苦渋の判断を下してくれた。でもそれは、山城さんにとって父を裏切る行為だ…。


心が痛まないはずがない。


俺は、山城さんを真っ直ぐ見つめて小さく頷く。


それを確認した山城さんは俺に深く一礼する。


俺は意を決めて、父さんの方を見た。


No.305 12/05/05 21:51
ゆい ( W1QFh )



病院に着くと、医師や看護師達はこぞって俺に頭を下げる。

当たり前になっていたそんな光景…


優越感に浸った事は一度もない。


山城さんと並んで進んでいると、向こう側から(亜子)が歩いてくるのが見えた。


俺は、歩みを止める。


「私は、先に行ってます。」


気を使う山城さんに俺は「うん…。」とだけ答えて、亜子はぺこりと頭を下げた。


「人の目があるから、こっちへ…」


腕を取って、亜子はリネン室に俺を連れ入れる。


「大学は?」


「ちゃんと行くわ…それより、爽君が心配で…」


亜子のしなやかな手が、俺の肩に掛かる。


「大丈夫だよ…。
それより、この間はありがとう。
おかけで機密文書が手に入った。
沙羅さんにお礼を言っておいて。」


「えぇ…。
沙羅も乗り気じゃなかったけど、爽君が本上先生の名前は出さないって条件で飲んでくれたのよ。
爽君にも、沙羅からお礼を言われたわ。」


本上の家に保管された癒着の証拠品…


手に入れてくれたのは、兼ねてから本上と関係をもっていた看護師の沙羅さんだった。


亜子の親友だ。


頭の悪そうな振りして、実は相当なやり手の沙羅さんはいざという時に頼りになる人だ。


「爽君、お姉さんは大丈夫なの…?」


亜子の問いに、不安が過ぎった。


うまく…本上を振り切れるだろうか…。

姉さんは、本上に秘密を打ち明けて必ず戻ると言った。


秘密…ってなんだ。

それは…本上を宥め落とす事が出来るくらいの秘策なんだろうか?


「姉さんを信じて待つよ。
亜子、心配してくれてありがとう。
…大好きだよ。」


俺は、亜子を抱き寄せて額にキスをする。


「うん、頑張って。 爽君…スーツ姿カッコいいよ。
惚れ直しちゃった♪」


彼女は、そう言って襟元を直してネクタイを整えてくれる。

「当たり前だろ。」

この先、どうなるかは分からない。


亜子とも…


それでも、この決断を下した事の後悔はしない…

No.304 12/05/05 21:14
ゆい ( W1QFh )


朝日が昇るとベッドから降りて、俺は黒いスーツを着てネクタイをしめた。


鏡の前で、恐ろしいくらいに父によく似た俺が立っている。

その姿を見たまま、俺は携帯を手にした。


数回の呼び出し音の後で、山城さんが「はい。」と出た。


「…俺です。
計画通りに幹部達を集めて下さい。」


「はい、かしこまりました。
…爽太さん?」


「はい?」


「朝食…ちゃんと召し上がって来て下さいね。」


いつもの山城さんらしい気遣いに、緊張がほぐれる。


「うん…しっかり食べるよ。」


それじゃ、と切った電話の後…


俺は言い付け通りに、家政婦の用意した朝食を残さず食べた。


「爽太さん、今日はスーツなんて着て珍しいですね。」


新しい家政婦には姉さんの存在は知らされていない。


「今日は、お姫様の結婚式なんだ…。」

「お姫様?
爽太さんったら、また変な事おっしゃって…(笑)」


クスクスと笑う彼女に、俺も小さく笑ってみせる。


「ラプンツェル…っておとぎ話知ってるだろ?
高い塔に隠されてたお姫様の話だ。
そのお姫様によく似た境遇の人が、やっと塔の中から世界に羽ばたく日なんだよ…。」


「??難しくてよく分かりませんわね…。」


困惑する家政婦を前に、俺は姉さんを想う。


姉さんが、この家には戻らないと決めて…

父さんと向き合う覚悟を決めた。


岡田家の長男として、俺も一緒に戦う。

もう一度、家族になれる日を夢見て家を出た。

No.303 12/05/05 20:39
ゆい ( W1QFh )



岡田総合病院大会議室―…


総出で手を挙げる幹部達を前に、父さんは静かに眼鏡を外す。


「山城…お前はいつから、爽太の犬に成り下がった?」


眼鏡越しじゃない父さんの瞳を見るのはいつ以来だろう…。

「私は、爽太さんの考えに賛同しただけです。
この病院の行く末を考えた結果でございます。」


瞳に涙を浮かべて山城さんは答える。


俺は…


今日…父さんを院長から失脚させた。


残酷なやり方で…

No.302 12/05/03 06:36
ゆい ( W1QFh )

私の中で、まだ見ぬ吉宗さんが膨らんで、気づけば本上先生への恋する気持ちもなくなって行った…。


その間に、先生が弥生と付き合っていたという噂を耳にした。


私と同じ年の弥生は、先生にとってはちゃんとした女性に見えたのだろう…。


正直…それが、決定的な先生への想いを断ち切ったきっかけとなった。


私は…瞳を開けて現代へと時を戻す。


私の話を聞いた先生が、蒼白した顔で私を見つめる…。


「美桜ちゃん…君は、俺を愛してくれていたのか…?」


先生の手が私の頬に触れる…


私は、その手をとって小さく頷いた。


流れる涙に、あの日々のアナタが蘇る。

「先生…ずっと、言えなくてごめんなさい。
もっと早くに言えていたら先生をこんなに、苦しめなくて済んだのに…」


「違う…違うよ…。 美桜ちゃんを想う気持ちに蓋をして、君をちゃんと見なかった…勝手に廃れた俺が悪いんだ…。
美桜ちゃん、すまない…俺は…っ!」


先生は、兄を一番最初に助けようとしてくれた人…


「生きろ」…と何度も呼びかけて諦めないでくれた…


朦朧とした意識の中で、アナタだけが絶望の縁から希望を与えてくれた人だから…


「ありがとう…先生。
もう、アナタは自由に生きられる。
柵から一緒に抜け出して…。」


先生の頭を撫でて、私は立ち上がる。


この先に待つ、私達の運命を変える為に…


絡まって、もつれた鎖を解きに行く…


「美桜ちゃん…?
何をするつもりだ…?」


不安気な先生に、私は笑ってみせる。


「人生を取り戻しに行くの…。」


踵を返して向かう。
光の差す道へ…


失ったものを全部…

取り戻す為の戦いに向かって…

No.301 12/05/03 05:58
ゆい ( W1QFh )



週末はいつも人気で混んでるイタリアンレストランも、平日は割と入りやすい。

「ここの、アボカドクリームパスタが美味しいんですよ♪」

誕生日に、好きな人と食事が出来る嬉しさに舞い上がっていた。


「じゃあ、俺それにしよ♪」


先生は、「すいません」と注文する姿もスマートでかっこいい。


さり気ない事なんだけど、先生のしなやかさは昔から憧れる。


「ところで美桜ちゃんさ、彼氏とか作らないの?」


唐突な質問だった。

「彼氏…?そんな…考えた事ないです…。」


何でそんな事聞くの…?


「美桜ちゃん大学でモテるって聞いたよ?
もったいないよ、良い恋愛は女の子を綺麗にするのに…。」

女の子を綺麗にする…


先生とあの人は良い恋愛をしてるんだ…。


「彼氏…なんて、いりませんよ…。
私、大学院まで進みたいし…今は、勉強を頑張りたいですし。」


「美桜ちゃんなら十分、院にも進めるよ。
なぁ、俺の医学部の後輩に美桜ちゃんを気に入ってる奴がいるんだ。
一回、一緒に交えて食事でもしないか?」


何で、そんな事言うの…?


せっかく、20歳になったのに…


「本上先生…私は、先生にとってどんな存在なんですか?
彼氏を紹介しなきゃいけないくらい面倒な存在ですか?」


いい加減、側にいるのが面倒と思っているならハッキリそう言って…


「面倒だなんて…違うよ、俺は美桜ちゃんにとって兄貴みたいな存在でいたいし、美桜ちゃんは誰よりも大切な妹のような存在だと思ってるよ。
ごめん、後輩の話は聞かなかった事にして…?」


私が、聞かなかった事にしたいのは…今、先生が言った事よ。


妹って言われるのが 一番辛い。


この日、私は先生を諦める決意をした。

待ちに待った20歳を…

叶える為ではなく、諦める年にしてしまった…



そして…その2年後―


私は、また恋をする。


一度も会った事のない、顔も知らない人…。


彼の残した研究の記録…


計り知れないほどの想像力と、考えられない位の計算力で導く次の世界。


彼は誰?
どんな人…?


彼の頭の中にはどんな世界が広がっているの?


論文にだけ名前が残る。


(YOSIMUNE NISIJIMA)


「にしじま よしむね…」


刻まれた名前をなぞって、私も彼の様になりたいと強く願った…。

No.300 12/05/03 05:11
ゆい ( W1QFh )


大好きなセレクトショップの憧れの靴。

本当は、ヒールなしのバレエシューズが欲しかったんだけど…


「これ、履かせてもらっても良いですか?」


棚の二段目にあった、赤いパンプスを指差して店員さんに言った。


「こちらですね、どうぞ♪」


店員さんは、にっこりと微笑んで足元にその靴を並べてくれる。


足を入れて、立って見る世界。


少しだけ目線が高くなる。


「とてもお似合いですよ!」


鏡に映る自分の姿。
似合っているだろうか…?


ヒールに慣れてないからバランスが取りにくい。


少し歩こうとして、足首がガクッとなった。


「きゃっ…!」


絶対転ぶ!!咄嗟に目を閉じる。


「あぶねっ!」


支えられた身体と聞き慣れた声に、閉じた瞳を恐る恐る開けた。


「本上先生っ…何で、どうして?」


こんな姿、恥ずかしい…!


「外から美桜ちゃんが見えたから。
その靴、気に入ったの?」


「あ…いぇ、なんとなく…。」


まさか、大人っぽくなりたくて…なんて言えない。


「う~ん、美桜ちゃんはこっちの方が似合うよ。」


先生が取り出したのは、私が前から欲しいと思っていた方の靴だった。


「履いてみて。」


インスピレーションが同じで嬉しさから、私は勧められるままその靴に足を通す。


「うん、やっぱりこっちだな(笑)」


先生の笑顔に、私も自然と笑みがこぼれた。


「コレ、プレゼントするよ。」


「え?そんな、いいですよ!
ちゃんと、自分で買えますから…!」


一年に一度の誕生日は、父さんから送金されたお金を使うのが私のルールだった。


錯覚でも、祝ってくれている感覚が欲しかったから…そう決めていた。


「美桜ちゃん、今日誕生日だろ?
これくらい、贈らせてよ♪」



結局、私は先生からその靴をプレゼントしてもらった。


そのかわり、先生を食事に誘って私がご馳走をするって事で合意してもらった。

No.299 12/05/03 04:34
ゆい ( W1QFh )



6年前―…


桜が散って、新緑が生い茂る4月の中旬…

私は、20歳の誕生日を迎えた。


大学に入って2年目。

「付き合って下さい!」


「…えっと…ごめんなさいっ!」


私は、同じ学部の同級生に告白された。

その場を逃げるように、足早に立ち去った。


「みーおっ!」


後ろから、友達の弥生に肩をポンと叩かれる。


「弥生、今からゼミ?」


「うん♪それより、さっきまた告られてたでしょ~?
今年入ってこれで何人目?」


「さぁ…ね…」


この手の話題は苦手…。

元々、男性が苦手なのだ。


「美桜って好きな人いないの?」


好きな人…

私は、本上先生を想って鼓動を高まらせる。


「いるけど…私、相手にされてないわ。 妹くらいにしか見られてないの。」


だって…先生には多分、大人の彼女がいる。


前に、お台場で見かけたの。


先生と、腕を組んで歩く後ろ姿の美しい女の人を…。


先生の表情が、私を見る瞳とは違って…なんだか大人っぽくて艶っぽくて…思わず嫉妬した。


「年上なんだ?
美桜って、可愛いからね~♪こう、小動物って言うか…うん、年上相手ならもうちょっと色っぽくならないとね(笑)!」

色っぽくかぁ…


あの女(ひと)は色っぽい雰囲気だったなぁ…。


女の私が、後ろ姿に惚れ惚れしてしまうほどなんだから…


先生は…


その先を考えると、胸が締め付けられる。


「背がせめてあと、5cm大きかったらなぁ。」


その日、大学が終わると私は路面のショップに立ち寄った。

No.298 12/05/03 03:59
ゆい ( W1QFh )



初恋は小学校6年生の時…


一目見て、本上先生を好きになった。


カッコ良くて、背の高い先生に胸がドキドキして…

これを恋っていうのも初めは分からなかったけど(笑)。


私って面食いだったのかな…?


そんな事ない!って言えたら良いんだけど、吉宗さんを好きになった時にそれを否定するのは止めた。


秋田に行った私を、突然先生が訪ねて来てくれた時は嬉しかった。


忘れないでいてくれた事…


必死に探してくれた事…


私、早く大人になりたかった。


大人になったらきっと、先生の恋人になれると思ってたから…。


だから…先生のいる大学に追いかけて行ったの。

No.297 12/05/03 03:27
ゆい ( W1QFh )



ガチャリ…と大きな音を立てて重い教会の扉が開く。


外の光が伸びて祭壇と私を照らす。


「どういう事だ?
美桜…!」


怒りの表情を浮かべて本上先生が立つ。

「何故、招待客が誰も来ない!」


カツカツと白い靴を鳴らして私に近寄って来る。


「…ごめんなさい。」


手に握った吉宗さんのカーディガンのボタン。


どうか…私に、この人と立ち向かう勇気を下さい…!


「俺を、騙したのか!!」


掴まれた手首を、振り解く事は出来ない。


先生は、怒りに任せて私を招待席へと投げ飛ばす。


咄嗟にお腹を庇って、支える。


もう、二度と(この子)を危険な目にはあわせられない。


「私、本上先生とは結婚出来ません…っ。」


「なんだと?
今更、なに言ってる?
病院がどうなっても構わないのか!!
いいか!俺は本気だっ!!」


何が…アナタをこんな風にしてしまったの…?


私の知ってるアナタは…


私は、脚を精一杯伸ばして本上先生の頬に手を触れる。


「私の好きだった先生は、どこに行ってしまったの…?」


「え…?」


先生…アナタは気づかなかったでしょう。


いつも私を見ている様で、でも…実際はそうではなかったから。


「知らなかったでしょう…?
私の初恋が、先生だった事…。」


本上先生の瞳が、子どものように澄んで私を見つめる…。


「…何だ…って?」

私は、先生を見つめ返して微笑む。


「今…なんて言った…?」


膝から崩れ落ちるアナタを抱き締めて、私は瞳を閉じる…


少しだけ昔の話をしましょうか…。

No.296 12/05/03 02:48
ゆい ( W1QFh )

美桜and爽太side~
( The Last Wish)

4月1日…

光差し込むステンドガラスに、鳴り響くパイプオルガンの賛美歌…


真紅のバージンロードを純白のドレスに身を包んで一人歩く…。


神の祭壇の前に跪いて赦しを請う。


「どうか…私の罪が、爽太の罪が赦されます様に…。」


…この身が、あの人のものである事を認めて、ずっとそう…あり続ける事を許して下さい。


どうか…


罪深く不純である私をお許し下さい…。

不純だった…

それでも…私には…

眩しいくらいに光輝いていた愛でした…。

たった一つの「純愛」だったと…


そう、思っています…。


この想いと引き換えに、どうか…


私達の罪をお赦し下さい…。

No.295 12/05/03 02:10
ゆい ( W1QFh )



今度は一体なんだ?

いつも話が唐突で、身構えちゃうんだよな。


「土台作りが完了してデータ採取の準備が出来たらさ、研究の場をボストンに移して本格的にこっち(京大)と連携プレーして欲しいんだよ。」


ボストン…


「西島君、MITに留学経験あるでしょ?
エドガー教授に話したら共同開発したいって、君を呼びたいと頼まれた。」


「留学って、僕は在学中の2年しか行ってませんよ?!
そんな…いきなりMITの研究室だなんて…!」


無茶振りもいい所だよ…


「エドガー教授は君をかってるし、研究規模は半端ない。
これ以上の名誉は、君にも僕にも大学にも無い事だ。」


それは…そうだよな。

僕は、後悔しないと誓ったんだ。


だったら…


「行きます。
これ以上の喜びはありませんから…。」

ボストン…


データ採取の準備完了まで、急いでも3ヶ月は掛かる。


早ければ、夏には日本を旅立つ。


旅じゃないか。


不意に、去年の美桜との夏を思い出す。

カレンダーが、明日は君の結婚式だと知らせる。


僕の胸が焦げて虚しさを掻き立てる。


明日…君は、何を想う?


僕を想ってくれるのだろうか…

No.294 12/05/03 01:46
ゆい ( W1QFh )



その日から僕は、ほとんどを研究室で過ごすようになった。

確かに、これだけ籠もってたら外の話題性に欠けるのは納得出来る。


「どう西島君、進んでる?」


「えぇ、土台はかなり進みましたよ。
至って順調ですね。」


研究室に入ってもう、一週間近く経っていた。


「僕の研究も順調だよ~。」


嬉々として話す教授に、僕は困り顔を向ける。


今、こうして教授との会話をしている最中ですら、僕は腕に採血用の注射を刺されているのだ。


「西島君さ、細胞の成長が遅いんだよね…稀にいるんだよ。」


僕の細胞は、ある一定の成長を遂げた後に細胞分裂が遅くなるケースらしい。


つまり、成人した後の成長が遅くなる遺伝子を持ってるという事なのだ。


幸か不幸か…


「成長ホルモンの数は多いのにね、不思議だよねぇ…。
あと…そうだ、これも化学的に言ってもいい?」


「なんですか?」


もったい付けた様な教授の態度に、僕は不安を過ぎらせる。

「最近、恋してた?」


一瞬、心臓がドキッと跳ねた。


「僕が、恋をしていたかなんて化学的にどう関係が…?」


胸を押さえて冷静さを装う。


「うん、だってさPEA数値が高いから。」


PEA…!


僕は自分の体温が上昇していくのが分かった。


「更には、ドーパミン、オキシトシンにエストロゲンもやや高かったし…これは、間違いないんじゃないかと思ってね。 君の肌艶が良いのはそのせいだろう。」

僕は火照った顔を俯いて隠す。


「化学者は嫌いか(笑)?」


教授は僕の表情に、「ビンゴ!」と指を鳴らす。


チクショウ…!


血液なんか取らせるんじゃなかった。


「で?で?可愛いの?
ん?どうなのさ?」

あぁ…鬱陶しい!


「放っといて下さい!」


僕は、採取の終わった腕を乱暴に引いた。


教授はお得意の「テヘペロ」だ。


ドリントル玲奈のファンらしい。


因みに、教授のテヘペロはちっとも可愛くない。


むしろ、イラッとする…。


「ごめんって!機嫌直してよ。
それよりさ、引っ越しの荷ほどき終わった?」


「終わってませんよ…そんな時間無いですもん。」


思い出しただけで憂鬱になる…


「あっそう!
なら、ちょーど良かった♪」


その不敵な笑みに、僕はまた嫌な予感を抱くんだ…。

No.293 12/05/03 00:29
ゆい ( W1QFh )



「よし、よくぞ言い切った!
じゃぁ、これ…任命書ね♪」


教授はニッコリと笑って、僕にむき出しの任命書を手渡そうとした。


僕がそれを受け取ろうと手を伸ばした時だった…

「ん?」と疑問符を浮かべて教授の手が止まる。


「西島君。」

「…はい?」


マジマジと不思議そうに任命書を見つめる教授に、僕も伸ばした手を引っ込めずに止まった。


「いつから助教授を准教授って呼ぶようになったのかなぁ?」


「えぇーーッ!!」

ガチで知らなかったのか!!


本当に、研究以外の事に興味が無いんだな…


と言う事は、山部君も同じか?


僕は苦笑いを浮かべて教授に説明をしたが、

「あぁ、そうだったね…。」
と、まるで興味が無いという様な返事が返ってきた。


誰もがなりたいと狙う准教授の座を、僕はこんな緩い感じで手にしてしまった。

締まらないなぁ~…

でも、そこが井川教授らしい(笑)


気持ちが柔らかくなる。

No.292 12/05/02 21:10
ゆい ( W1QFh )



「あの…井川教授? それって、ドッキリとかじゃないですか?」


遊び好きの教授なら考えられる…


それに…「助教授」ってワードが気になった。


よくよく考えてみれば、2007年に助教授制は改正されたはず…もし、その話が本当ならば助教授ではなく准教授と言われるはずなんだが…。

僕は、からかいやすいからなぁ…。


学生を巻き込んでのドッキリを仕掛けられている可能性が高い。


僕は、疑いの眼差しを教授に向けた。


「あはっ…はははっ! 西島君、君面白いね(笑)」


教授は、そんな僕を見て笑う。


「エイプリルフールも近いしね(笑)
でも、嘘でも冗談でもないよ。
君の論文を読んで賛同したお偉いさん方の推薦もあったし、この研究のリーダーは、発案者の君が一番相応しいだろ?
自然の流れだよ。」

研究リーダー…?

僕が指揮をとるって事なのか…?


「僕は、教授の助手じゃないんですか?」


「うん、僕は責任者。で、君は研究者。 君がやらないで誰がやるの?
西島君さ、自信あるから僕に論文出したんだよね?
いずれ、形にして世の中に出す意欲があったんでしょ?」


世の中に出す…

そこまで行ければ良いとは思っていたが、実際にそれが出来るかどうか…


自信があるかと聞かれたら迷う所はある。


僕は、返事に困った。


「形にしなさいよ。 これは、世界中の注目を集める研究だよ?
地球の緑化を、微々たる菌で実現できるかも知れない。
そうすれば、温暖化だって防げるかも知れない。
君が、未来を作る手助けになるなら国だって費用を惜しまないって言ってるんだ。
迷う暇なんて無いんじゃないのかね?」

教授の熱い眼差しが僕に刺さる。


そこには、あの陽気なおじさんはもういなかった。


僕は、教授の真剣な顔を見て意を決める。


深く息を吸って吐く。


「分かりました。
必ず、成功させます。」


その為に大学へと戻されたなら、精一杯の事をしよう。


もう二度と

後悔はしない。

No.291 12/04/30 00:02
ゆい ( W1QFh )



「いやぁ!西島君、久しぶり!!」


研究室に入ると井川教授は、高笑いを上げて僕の肩を叩いた。


「痛っ…ご、ご無沙汰しております。」

相変わらず、テンションの高い人だ…。

「それにしても…変わらないなぁ、君は。
何かしてるの?」


「な…何か?」


戸惑う僕に、井川教授はマジマジと僕を見つめる。


「西島君、ヒアルロン酸入れてる?」


真顔ッ!!

真顔で聞かれたよ!

「入れてませんよ!!」


「入れてない?!
それでこんな、ハリツヤをキープしてんの?」


井川教授は、僕の顔をジロジロと見て一周する。


何だよ…

おじさんに、こんな観察されるのはいい気はしない。


僕の身は縮こまる。

「な…なんですか?」


教授は小さく(う~ん…)と唸る。


「西島君の血液細胞採らせて?
君の体内の細胞に、不老不死のヒントがあるかも知れない。」


「嫌ですよ!
それに、僕だっていつかは死にます!」

(天才は奇なり…)

結局、僕は教授に血液採取された…。


興味のある事は全て調べる。


教授のモットーだ。

「ところで…さっき、山部君に聞いたんですが…僕が、助教授って一体どういう事ですか?」


僕は、消毒液が染み込んだ脱脂綿を腕に押さえて教授に問いた。


「あ、聞いちゃった(笑)?
内緒にしてビックリさせてあげたかったのに♪」


56歳のおっさんがおちゃらける…。


「びっくりしましたよ…。」


「テヘペロッ♪」


テ…へ…ペロ?


なんだろうな…この人。


こんな感じの人だったっけ…?


いまいち、扱い方の分からない人だ。

No.290 12/04/29 23:34
ゆい ( W1QFh )



「いやぁ…それは、失礼しました。
それじゃ…新しい助教授って、もしかして…?」


助教授…?


「僕が?
違いますよ(笑)」


そんな訳あるはずないだろう。


「…そうなんですか?
あ、僕は院生の山部と言います。
井川教室の学生リーダーしてます。」


彼は、僕に深々と頭を下げる。


「あぁ、僕は西島です…井川教授の助手になるかと思います。
どうぞ、宜しく…。」


僕も慌ててそう、頭を下げた。


「西島…あなたが?なんだ!やっぱり、助教授じゃないですか!」


「…え?」


そんな…訳ないだろう。

何かの間違いなんじゃ…


興奮気味の山部君の後ろを、僕はぼう然 と歩く。

No.289 12/04/29 23:20
ゆい ( W1QFh )


赤レンガ造りの歴史ある大学の風貌。


時計台が母校を思い出させる。


「やっぱ、似てんな…。」


春休みなのに、行き交う学生の多さに驚く。


何と言うか…さすがだな。


ここの学生は、東大とは違う…どこか、ゆったりとした柔らかい雰囲気を放っていた。


「良い感じだ…。」

僕はポツリと呟き、井川教授の研究室を目指した。


「え~と…」


まず、研究室が多くて迷う。


理数系の極みというように、これでもか!ってくらいある。

「編入の院生ですか?」


案内書を手にうろついている僕に、白衣を着た男性が声を掛てきた。


(院生…。)


無視してやろうかと思った。


しかし、彼には悪気など微塵もない。


「井川教授の研究室はどちらでしょう?」


僕は、白衣の彼に聞いた。


「あ、それなら僕も同じ研究室なのでご一緒しましょう。」

なんと…!

それは、ツイてる。

「良かった、じゃぁ…よろしくお願いします。」


僕は彼に頭を下げてついて行く事にした。


「どちらの大学からいらしたんですか?」


研究室に向かう途中で、彼が聞いてきた。


僕は苦笑いを浮かべる。


きっと、朝からこんな展開を予想していたから。


「僕が、大学院を卒業したのは10年以上前ですよ(笑)」


「えぇ?!」


思った通りのリアクションだ…


いい加減…慣れたよ。

No.288 12/04/28 23:24
ゆい ( W1QFh )

3月下旬…


僕は新居に運ばれた荷物の整理に、早くもウンザリしていた。


本当に書物が多いな…

こだわり通りに並べなきゃ気が済まない性分を呪う。


「クソっ、めんどくさいな。」


僕が梱包した本は、直ぐに仕舞えるようにと予め順番通りに入れておいた。


だが、寧々が梱包したダンボールの方はメチャクチャに入れられてあった。


手伝って貰っといてワガママなのかも知れないが、やるならキチッとしてもらいたいのだ。


「これからもっと増えるよな…。」


書物で部屋が埋め尽くされるだろうと予測して、2LDKの部屋を借りたが…もしかして甘かったかも。

なんとなく、単身者がファミリータイプの部屋を借りる事に抵抗があった。


だって…何だか淋しいじゃないか。


そんな事を思いながら僕は、腕時計に目をやる。


「やばっ…!」


針のさす時間に、僕は片付けも早々に大学へと向かう準備をする。


スーツ?

いや、講師じゃないし…


トレーナー?

じゃ、カジュアル過ぎるか…


結局、ボタンシャツにカーディガンを羽織る。


僕の定番スタイルだ。


髪も少しだけ短く切った。


ヘアワックスおでこを出してみる…


「ダメだ…似合わない。」


無理に大人っぽくさせた高校生みたいだ…


急いで前髪を元に戻す。


鏡の前でいつもの僕が、ぶっちょう面を向けている。


「法令線くらい深くなれよ。」


この童顔のせいで、同年代からは舐めて見られるんだよ…。

ましてや、年下にまでおちょくられるんだ…。


この上、大学に行って学生と間違われようものなら…

僕は、立ち直れない。

憂鬱な気分を抱えて、僕は家のドアを開ける。


そして、新しい生活への一歩を踏み出す。

No.287 12/04/28 22:25
ゆい ( W1QFh )



「…4月の1日。
それを僕に伝えて、どうするつもりだ?」


そんな事を言う爽太に、苛立ちを覚えた。


今更…僕に、何が出来る?


「別に…ただ、知っておいた方が良いと思って。」


知りたくなかった。

僕は、それが答えなんだと言わんばかりに爽太を睨み付けた。


「先生…ごめん。」

「何が…?
どうしたんだよ、お前が謝る事なんて何もないだろ?」


いつもの爽太らしくない…

何だか調子が狂うな…


「僕と美桜の事だったら、お前が気に病む事じゃないよ。」

これは、二人で決めた結果だ。


だから、爽太を責めるつもりはさらさらない。


「そうじゃないんだ…。俺は、姉さんを巻き込んで……いや、何でもない…。
何でもないよ…ごめん…。」


まるで呪文の様に繰り返えされる爽太の(何でもない)が、返って何でもなくないと言っているみたいに聞こえた。


「どうした?
大丈夫か?」


僕は、爽太の頭を撫でる。


いつも対等にケンカばかりしていたけど、爽太はまだ17だ。

大人ぶっていても子どもなんだよな…


背だってこれからまだまだ伸びて、いつかは僕を越える高さになるかも知れない。


「姉さんを…守ってやれなくてごめん。 先生に渡してやれなくてごめん…。」


俯いた爽太の足元に、無数の雫が落ちた…。


彼の涙を見たのも、嗚咽を聞いたのも、これが最初で最後だった。


「良いよ、爽太。
全部…美桜が決めたんだ。
姉さんを信じてるんだろ?
これからも、それで良い…良いんだよ。」


僕は、爽太を抱き寄せて背中をさすった。


この背中に背負う負担の重さ…


僕が半分でも、背負う事が出来たなら


君達は泣かなくて済むのに…


謝るのは…僕の方だ。

爽太…ごめんな…


「兄さん…!」


耳を疑うような嬉しさを強く抱きしめよう…


「至らない兄でごめん…。」

「兄さん…。」


あぁ…終わらない夢があるなら…


もう少しの間だけ…

この愛しき弟と、色々な事を語り合いたかった…

No.286 12/04/28 02:22
ゆい ( W1QFh )



3月中旬…花粉症の症状がピークをむかえてツラい。


終業式で、僕は生徒達に別れの挨拶を済ませた。


理科室に戻ると、こぞって泣いた生徒達に囲まれた。


「西島先生…っ」

「辞めないで下さいっ…」


その大半が、女生徒で驚く。


こんな…女の子達に囲まれた経験は無い。


「あぁ…泣かないで、ほら…ね?」


抱きつかれて、どうしたら良いのか分からない。


両腕が万歳した状態で行き場をなくす。

「モテ期だな。」


冷めた声に、僕は女子の輪の後ろを見た。


「そ…岡田。」


僕の一言で、女子の輪はあっという間に二股に別れる。


所詮、僕のモテ期など学園の王子様の前では虚しく終わるのだ。


「ちょっと、二人で話したい。」


その…「二人で」というフレーズに興奮気味の女生徒もいたが…何故?


「ごめんね、俺と先生は秘密の関係なんだ。
悪いけど最後なんだ、だから二人きりにしてね。」


「「「きゃあぁぁぁー!!」」」


黄色い声と悲鳴に包まれながら、爽太は僕を準備室へと押し込んだ。


中から鍵をかけて、小窓に破いたノートを貼り付ける周到さ。


「爽太…新学期からお前は、ホモの称号を与えられるぞ?」

僕は、爽太の行く末を案じて冷ややかに告げる。


「俺、女子高生に興味ないから丁度良いよ。」


やっぱり、年上好きか…。

シスコンだしな。


「爽太って彼女いんの?」


僕は思わず聞いてしまった。


内容的に、爽太の逆鱗に触れそうな質問だ。


「いるよ。」


「年上?」


すんなりと答えが返ってきたもんだから、僕は調子にのって更に聞いた。


「医大生の23歳だよ。」


リアルな方じゃないか~!


リアルシスコンだろう!

それは、まずいって…


「爽太ぁ~…。」


僕はうなだれて爽太の肩を掴んだ。


「それより…」

「それよりって…」

爽太がじっと僕を見つめた。


「姉さんの結婚式…4月1日だから。」


4月1日…

僕はもう、東京にはいない。

No.285 12/04/28 01:38
ゆい ( W1QFh )


「気に入らなか!
矛盾しとうよ!
お兄ちゃんには、好きな彼女がおるとよ?
清美さんは、何でそんなお兄ちゃんの近くにおると?
お兄ちゃんを憎らしか思わんと?」


寧々が、清美に詰め寄る。


正直、僕には耳の痛い話しだ。


「憎らしいわよ。
でも、それ以上に愛おしいのよね…近くにいたらまたチャンスが来るかも知れないし(笑)」


ね?と言って、清美は僕にウィンクして見せる。


本気…じゃないよな。


「お兄ちゃん、困惑しとうのがバレとうよ…。」


「本当に失礼しちゃう!」


僕は女性に弱い…

と言うより怖い…


あんなに長年いがみ合っていた、寧々と清美が楽しそうに僕の愚痴をこぼす。


もう、僕には二人の間に割って入る勇気はない。


ただ、ひたすら耳に蓋をして弁当を頬張った…。

No.284 12/04/28 01:14
ゆい ( W1QFh )



「寧々も来いよ!
清美の料理は美味いよ?」


僕が手招きすると、寧々は渋々隣に座る。


「私、お兄ちゃんの東京弁好きじゃなか!」


好きじゃなかって…

さすがに、清美の前じゃ博多弁で喋るのは恥ずかしいよ。


あぁ、そう言えば…
清美と実家に帰ったときも僕は標準語で喋ってた。


家も仕事も全て、清美に合わせていた事を僕の両親も、寧々も快く思ってなかったのかもな…


今になって色々なものが見えてくる。


僕はダメだな…


そういう、人の気持ちに疎かった。


今なら分かるのに…

「寧々さんは、吉宗が大好きなのね…。 私みたいな高飛車な女に、大好きなお兄さんを取られたらそれは嫌になるわよね…。」


「清美は、高飛車じゃないよ。」


肩を落とす清美に、僕はすかさずそう言った。


「吉宗は優しいのね…。」


「なに…お兄ちゃんら、離婚して仲良うなったと?
本っ当に、バカバカしかね!」


むくれる寧々を前に、僕と清美は笑った。


清美とは、何でも話せる親友みたいな…そんな関係になれたら良いなと思った…。

No.283 12/04/28 00:54
ゆい ( W1QFh )



「あれ清美、どうしたと?」


あ…やべっ、訛った。

そんな僕を、清美はクスッと笑う。


「差し入れよ。
皆さんでどうぞ♪」

清美は、保温バックの中からお弁当を出して僕らに見せた。

空腹の僕らは生唾を飲む。


「あら?
寧々さん、お子さん達は?」


部屋には、僕と寧々しか見当たらない。

「今日は、旦那とディズニーランドに行ってます。」


寧々は清美に対して、つっけんどんに言う。


「あら、寧々さんは置いてけぼりなのね。」


清美も負けじと放つ。


この二人は同い年なのに、反りが合わない。


もしかしたら、同い年だからかも知れないな…


「お兄ちゃんの為ですから!」


(何で、別れた女房がここへ来ると?)

寧々はコソッと僕に耳打ちする。


「綺麗に別れたからよね?吉宗。」


苦笑いを浮かべる僕に、清美はにっこりと微笑む。


「地獄耳やね…。」

「まぁ…それはそうと、差し入れ食べようよ!
すごい美味そう!」

いそいそと、ダイニングに向かう僕の後ろで
小さく

「裏切り者…」

と呟く声がした。

No.282 12/04/28 00:15
ゆい ( W1QFh )



僕の京都行きが決まって、両親はとても喜んでくれた。


親父は密かに福岡に戻って来るのを期待していたみたいだが、僕が一度は諦めた研究者の道を再び進む事を応援してくれた。


「お兄ちゃん、荷物もちっとコンパクトにまとめんね!」


「一度に沢山いれると、重たくなりようもん。」


3月上旬、引っ越しの手伝いと表して実は東京見物に来た寧々と子ども達…。


僕が東京を離れたら、遊びに来るチャンスが無くなると見通したのだろう。


「しっかし、重たい本ばっかりやね!
頭おかしいんやなかと?」


「お前に言われたくなか!」


寧々と一緒だと、口論ばかりで先に進まない…


(ピンポーン…)


「お兄ちゃん、誰か来よったとよ?」


僕は埋もれた本や資料の片付けに追われて、身動きが取れない。


どうせ、新聞の集金か大家さんだと思っていた。


「すまん寧々、出とって!」


「え~~?もうっ。」


寧々は渋々、玄関に訪問者を出迎えに行く。


そして…


「お兄ちゃ~ん!
大変!!」


血相を変えて僕の所に駆け寄って来た。

僕は、寧々の後ろに身体をヒョイと向けて書斎からリビングの方を見る。


「寧々さん…相変わらずね(笑)」


訪問者は清美だった。

No.281 12/04/27 23:50
ゆい ( W1QFh )


僕は、白衣を脱いでイスに投げた。


カバンを取ると、中で携帯が振動していた。


「はい。」


ディスプレイも確認せずに携帯にでる。

「西島君か?」


誰だか分からない。でも…どこかで聞いた懐かしい声に、僕は戸惑う。


「…は?
はい、そうですが…?」


「私だよ!
京都大の井川だよ、久しぶりだなぁ、西島君!」


(京大の井川教授)

僕は、突然の嬉しい相手からの電話に顔を綻ばせた。


「あぁ~ご無沙汰しております、井川教授!
えっと、お元気でしたか?」


井川教授とは、僕が25歳の時に発表したロンドンでの学会で初めて会った。


日本でも有名な化学者だ。


そんな有名人に会ったものだから、僕は興奮しながら挨拶を交わしたんだった。

懐かしいなぁ…


権威ある人だけに、気難しい人だったら…と、緊張したけど井川教授は素朴な明るい親戚の叔父さんみたいに気さくな人だった。


「元気よ!
西島君はどう?」


「まぁ…はい、ぼちぼちです。」


「はは…!
相変わらず煮え切らんね(笑)
それでさ、西島君。君、去年の夏頃に論文送ってくれたでしょう?
やっとこ一仕事終えて見たんだけど、今度の研究テーマに君の研究が合ってたもんだから驚いてね~!」


爽太に背中を押されて思わず、井川教授に出した論文だった。


すっかり忘れていた…。


「それで、君…本当に教師辞めんの?」

「はい…3月いっぱいで退職します。」


冬休みがあけて一番、僕は理事長に辞職願いを出した。


「それならさ、君の希望通り僕の元で助手してくれないかい?」


「え?良いんですか?」


ダメ元で送った論文だっただけに、嬉しい返事だった。


「まぁ…助手っていっても、研究チームリーダーでやってもらいたい訳さ。
まぁ、国立大の職員じゃ給料は安いけど良いかね…? 」


「もちろんです!」

願ってもないチャンスだ。


また、僕は研究が出来る。


しかも、環境や施設の整った日本屈指の京大でだ…!


まさか…こんな日が来るなんて。


僕の夢が、叶うかも知れないなんて…。

嬉しくて泣きそうだ…。

No.280 12/04/27 23:08
ゆい ( W1QFh )



「先生、プリント集めました。」


美桜と別れて1ヶ月。
僕の世界から色が消え失せた。


メガネを掛けても、モノクロの世界は続く。


「あぁ、ありがとう。
岡田も帰って良いぞ。」


僕と爽太は、普通の教師と生徒に戻っていた…。


「さよなら。」

「気をつけて帰れよ?」


僕に頭をぺこりと下げて爽太は去る。


僕はイスに腰掛けてメガネを外し、ポイッと投げた。


「…ダルい。」


デスクにうつ伏せて瞳を閉じる。


「あ…今度は、ボールペンが無くなってる。」


ふと目に入った白衣の胸ポケット。


僕は、白衣に色々な物を入れたまま準備室に置きっぱなしにしている。


たまに、なぜだか僕の私物は紛失するのだ…。


以前からちょくちょくはあったけど、最近はかなり頻度が高い。


職員室に置いてたカーディガンも無くなってたっけ…?


大物はアレ以来無くならないから同一犯ではなさそうだ。


「あのボールペン、買ったばかりなのに…。」


っていうか、犯人は複数いるようだ。


理科教師の私物を取ると何か良いことがあるってジンクスがあるのか…


もしくは、単なる集団嫌がらせか…


もう、そんなのどうでもいいな…


とにかく、全部がダルい…。


No.279 12/04/27 22:44
ゆい ( W1QFh )



彼女の涙を拭って抱きしめる。


僕も、美桜の全てをこの胸に記憶しよう。


美桜の形を…体温を香りを…この腕に…この肌に…この鼻に…。


彼女の唇の感触も…この唇に…


全部、覚えて

一生忘れない様に…

「美桜…っ!
僕の名前を呼んで…っ」


君の声で


「よし…むね…さん…
吉宗さんっ…!」

「もう一回…」


この耳に…


「吉宗さん、吉宗…」


聞かせてくれ…!


「吉宗…!」


「美桜…ありがとう。」


泣かせてばかりだった…


辛い思いばかりさせた…


ごめんな…


それでも僕は、君と出会えて幸せでした。


さようなら…


僕の最愛の桜花よ…。

僕の美しい花…。

No.278 12/04/27 22:28
ゆい ( W1QFh )



美桜が背伸びをして、僕の髪を触る。


毛質が多くて、少しゴワゴワの髪をグシャグシャにする。


唇を離すと今度は僕の頬に触れて、鼻や唇へと指を滑らす。

まるで…僕を忘れない様にと、指先に記憶させているみたいだ…。


「ダメなんだな…?」


僕の問いに、美桜は無言で涙を流す。


「どちらかなんて、選べないよな…。
僕が身を引いたら、美桜の気持ちを少しでも軽くする事が出来るか?」


俯いて首を振る美桜に、僕の心が悲鳴を上げそうになる…。

「爽を…見放せないの。
父を…見放せない…。
私、今度はちゃんと家族を守りたいの…!」


僕は、泣きじゃくる美桜の肩に手を添える。


「分かってるよ…だから僕は、君から去らなきゃならないんだろ…?」


清美が僕に言った…

好きだから別れると…


僕はその時ほど、彼女の愛情を感じた事はなかった。


僕も、美桜を愛しているから…


「…別れるよ。」


僕の、そう…言い放った後の君の瞳を忘れない。


真っ直ぐで、悲しみを浮かべた瞳を…


僕は…忘れない。

No.277 12/04/25 12:05
ゆい ( W1QFh )

僕は、真剣な眼差しで美桜を見つめる。

「どうする?」

「…あ…後片付け…しないと…。」


顔を赤らめて立ち上がろうとする美桜を、僕は引っ張って抱き寄せた。


「僕が後で、全部洗ってあげる。」


「あ…今…やらないと。」


そう言って、僕の腕からすり抜ける。


(ちぇ…つまんないの。)


僕は内心そう思いながら、動揺する美桜の後ろ姿を見送った。


美桜の失われない初々しさが、僕はとても好きだ。


カチャカチャと音を立てながら、洗い物をする美桜の背後から抱き付いた。


「やめて…!
洗いにくいわ(笑)」

首筋にキスをすると、美桜はくすぐったそうに身体をよじる。


「一緒に洗おう♪」

僕は、美桜の手に自分の手を添えて皿を洗い流す。


「…ダメ、滑って上手く洗えない。」


そう言って微笑みながら振り向く美桜に、僕はキスをする。

一度目は軽く

一度離して、美桜を見つめた。


瞳を閉じた美桜の鼻先を、僕の鼻先でくすぐる。


彼女の口角が可愛らしく上がる。


「美桜…?」

「…うん?」


美桜が、僕を見上げて柔らかい笑みを浮かべた。


僕は濡れて泡の付いた手で、そっと彼女の頬に触れる。


どうか、言わせて欲しい…


答えなんていらない。


返さなくても良いから…


「僕と結婚して…!」


目を丸くする君の唇に、もう一度口付けして…


二度目は


深く…求める…

No.276 12/04/25 11:05
ゆい ( W1QFh )


「…吉宗さん、お腹空いてた?」


結局、あまり食欲がないと言った美桜の分まで食べて僕は横たわった。


「く…苦しぃ…。」

軽く3人分…。


最近は胃が小さくなっていたのもあり、かなり苦しい。


…が、皿はピカピカだ。


「そんなに、無理しなくて良かったのに…。」


美桜は苦笑う。


「何言ってんだよ! 人間の摂食行動は、血肉を作る必要なタンパク質を…」


「ハイハイ!
そんな、難しく言わなくても食事は大切って事でしょ?
西島先生(笑)」


「…そうです。
だから、篠崎さんもしっかりと食事を取りましょう。」


美桜は、肩をすくめて
(はぁ~い。)
と小く頷いた。


「よし、良くできました!」


僕は、満足気に笑って美桜の頭を撫でる。


「また、子ども扱いする…!」


ぶぅ…と、頬を膨らまして上目使いで僕を見る。


…可愛いなぁ。


「子共じゃん。」

「違うよ!」


ムキになって、僕に言い寄る。


「子供だって。」

「もう、違うってば!」


ニヤニヤとほくそ笑む僕に、美桜の怒りの鉄拳が振り下ろされる。


僕はその鉄拳を手のひらに受けて、美桜の手首を掴んだ。


「それ以上否定するなら…犯すよ?」


今度は拒んでも許さない。

No.275 12/04/25 10:26
ゆい ( W1QFh )

「ご飯出来たよー♪」


キッチンの方から、軽快な美桜の声が響く。


爽太は鼻を啜って頬をパンパンと叩くと、無理やりに笑顔を作った。


「姉さんごめん。
俺、病院に行ってくるよ。」


スクっと立ち上がって、食事を運ぶ美桜にそう言う。


「え~!今から?」

「ごめん、ごめん。 山城さんから呼び出しかかった。
夜には帰るから。」

いそいそと黒のダッフルコートに身を包んで、爽太は出て行った。


僕に、気を使ってくれたんだ…。


「もう~、せっかく作ったのに…。」


肩を落とす美桜の手から盆を取ってテーブルに並べる。


「ラッキー!
爽太の分まで食べられる♪」


僕がそう笑うと、美桜も微笑みを浮かべた。


「じゃぁ、たくさん食べてね!」


久しぶりに2人でご飯を食べる。


美桜とこんな風に和やかに過ごすのは、いつ以来だろう…。

「美味しい?」

「うん、美味い♪」

彼女のこんな笑顔を見るのはいつ以来だろう…。


ひどく懐かしい。


胸がいっぱいで、本当は味なんて分からない。


でも、全部平らげたい。


彼女の作った食事は、一つ残らず体内に入れておきたい。


明日から会えなくなるなら、僕を作る糧になれ…!


僕の身体の中で芽吹いて、明日への僕を作り出してくれ…


そんな願いを込めて、モリモリと口に運んだ…。

No.274 12/04/25 09:57
ゆい ( W1QFh )



頭では分かってる。

でも、心がどうしようも無くゴネるんだ…。


美桜の、僕に向ける愛情に縋りたい。


手放したくないと、言うことを聞かない。


「…先生。
姉さんはきっと、先生への愛を貫くよ。 例え、身体が自由にならなくても心は常に先生へと向いてる。
先生は一生、姉さんに愛され続けるんだ。
本っ当、ムカつくよ…。」


爽太…。


「ありがとう…。
この上、姉さんの身体まで欲しいと願ったらそれは、欲深いかな…?」


「エロ教師。」


「そういう意味じゃなくて…!」


爽太の一言に、僕は赤面する。


あろう事に、男子高生に向かって誤解を招くような言い方をした自分を恥じた。

「もう既に…姉さんの身体中を先生が支配したんだよ。
だから、いつか姉さんは先生への元へと帰る時がくる。
…それを信じて待っててやってよ。
頼むからさ!」


爽太の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。


「信じて、待て。」

寧々や爽太には見えているのか…?


僕と美桜が寄り添う未来が…。


僕は…このまま離れてしまえば、二度と美桜とは結ばれないと思うのに…。

No.273 12/04/25 09:31
ゆい ( W1QFh )



「そう言えば先生、なんで此処が分かったの?」


口から種を出しながら、爽太は問う。


僕は、沙希ちゃんから預かった年賀状を出した。


「…やっぱり、沙希さんか。
おしゃべりだからな…。」


「困ってる僕を助けてくれたんだ。
彼女を、悪く言わないでくれ。」


そう言って、僕は年賀状をしまう。


コレは、沙希ちゃんからの大切なプレゼントだ。


「…で?
先生は、姉さんともう一度会ってどうするつもりなんだよ。 まさか、結婚を止めに来たの?」


「僕は…美桜の本当の気持ちを聞きに来たんだ。」


爽太は「ふ~ん…」とだけ返事を返す。

美桜の気持ちが僕にあるのは分かる。


けれど、彼女には自由に選ぶ選択肢はない。


孝之か…僕か…?


ではなく、家族の未来か…僕か…なのだ。


それでも、もし…僕を選んでくれるのなら…。


そう…望む自分がいるが、実際に爽太を横にすると、彼と僕を天秤に掛けるのはあまりに残酷だと思った…。

No.272 12/04/24 00:25
ゆい ( W1QFh )


「そうだ…デメェ~!」


口がいっぱいで上手く喋れない。


「あらら…爽、あまり吉宗さんに意地悪しないで。」


「優しくしてるよ。」


爽太のシスコンめ。

僕は、大量に詰め込まれたグレープフルーツを一気に飲み込んだ。


「どこが優しいんだよ…!」


「…っていうか、いい歳したオッサンの「あ~ん」とか見たくないんですけど?!」


「妬くなよな、このガキんちょめ!」


またしても、取っ組み合いのケンカに勃発…。


美桜は呆れたようにため息を吐いて、スクっと立ち上がった。


「お昼ご飯作るわ。 大好きなハンバーグ作ってあげる♪」


そして、僕らを見て笑いかける。


ハンバーグ…


「「やったね♪」」

僕と、爽太は互いに見合わせて

「俺が好きだからだよ!」

「僕の好物なんだよ!」

と譲らない。


そんなやり取りが続いた中、


「あ~、もうっ!! 2人ともいい加減鬱陶しいよ!」


遂に、美桜がキレた…


僕らはシュン…として、大人しく座った。


肩を落として、目の前のグレープフルーツを貪る。


まるで、「ハウス!」を言い渡された子犬の様にしょぼくれた…。

No.271 12/04/23 23:47
ゆい ( W1QFh )


そしてなぜか、3人でテーブルを囲んでグレープフルーツを剥き始める。


「姉さんのは、俺が剥いてあげるねー♪」


ムッとした僕をよそに、爽太は当て付けるように言った。


「あ…じゃぁ…私は、吉宗さんに…。」

あからさまに不機嫌な僕に気を使って、美桜はそう言う。


それに対して爽太は僕を睨み付けるが、反対に僕は爽太に(してやったり顔)を向けてやった。


悔しがる爽太が可愛く見えた。


「姉さんに振られてかわいそうだから、僕が爽太のを剥いてあげような♪」


3人共それぞれせっせと、互いの為にグレープフルーツの皮を剥く。


…なんだろう?


不思議過ぎるこの光景は…?


なんか…


家族団らん?
みたいな?


「爽ちゃん、布巾とって?」


…爽…ちゃん?


「はい。」


「ありがと♪」


こいつ…美桜と、2人で生活していくうちに甘えん坊になりやがったな。


ムカつく…!


見ろ…あの、(してやったり顔)返しを!


「美桜、美桜!
手がベタベタだからそれ、食べさせて?」


剥き終わった一つを指差して、僕は口を開けた。


「これ?
はい、あ~ん…」


「あ~ん…!」

グレープフルーツを持った美桜の指が僕の口元に近づく。


「はい、先生。
あ~ん!!」


実際に中に入って来たのは爽太が剥いた大量のグレープフルーツの方だった。


No.270 12/04/23 23:12
ゆい ( W1QFh )


すると、突然!

僕の背中に、謎の重みがのしかかった。

急にバランスを崩し、身体ごと美桜を押し潰しそうになる。

僕はとっさに、腕に力を込めてそれを阻止した。


「人ん家の玄関で何してんだよ…!
この…エロ教師!!」


振り返るとそこには、鬼の形相の爽太がいた。


僕の背中に乗ったのは、彼の右足だった。


「お…お帰り、爽。」


美桜は、いきなりの爽太の帰宅に驚いていたが、僕たちのこの格好にクスッと笑う。


「「何が可笑しいんだよ…!」」


僕と爽太が思わず同じ言葉を口にすると、彼女は慌てて緩んだ口元を手で覆い隠す。


「「お前っ、同じ事言うなよ!」」


言い合う二人に、美桜は背中を向けて肩を震わせた。


「「笑うな!」」


「は…はぁ~い…(笑)」


買い物袋をバシバシと僕に当てて爽太は
「真似すんなよ!」
と繰り返して言う。

「さっきから、痛ってぇ~んだよっ!」

僕も負けじと言い返す。


「あ?当たり前だろ?
これ全部グレープフルーツなんだからよ!」


「痛いって!
どんだけ食うんだよ?!」


僕と爽太の下らないケンカを、美桜は笑い転げながら見守っていた…。


No.269 12/04/23 22:43
ゆい ( W1QFh )



僕らは、お互いの顔を見合って照れ笑う。


「…吉宗さん、重たい…!」


身体を起こそうと身をよじる美桜に、僕は何度も軽いキスをして邪魔をした。


一秒…二秒…三秒…五秒…十秒…


回数を重ねる事に、唇を離す時間を長くする。


その一回一回を僕らは「ふふっ」と、はにかんだ笑みをこぼしながら交わしていった…。

No.268 12/04/23 22:25
ゆい ( W1QFh )


美桜は、下からグッと僕の肩を押し上げる。


「…だめっ…!」


深い口付けの隙をついて言葉を発する。

「拒まないで…。」

僕は、美桜の両手首を固定して唇を支配した。


しばらくすると、美桜の力の入った身体が次第に柔らかくなっていった…。


彼女の掴んだ手首を放し、今度は互いの指を絡めて繋ぐ。


僕は、顔を上げて美桜を見た。


今にも泣き出しそうな彼女の笑顔がそこにはある。


「…吉宗さん…会いたかった。
ずっと…ずっと…っ。」


「僕も、美桜に会いたかったよ…。」


彼女の頬を伝う涙を舐める。


「愛してる…」


僕の背中に腕を回して、美桜はそう言った。


今の僕達には、数ミリの距離すらない。


ただ、こうして抱き合って互いの鼓動を感じあう。


そして思う…


二度と離れたくないと…

No.267 12/04/23 21:13
ゆい ( W1QFh )

⚠次のページより本文になります🙇

No.266 12/04/23 21:12
ゆい ( W1QFh )

>> 265 ⚠こちらは本文ではございません🙇

華さん、ご感想ありがとうございます☺ とても嬉しいです✨ 更新頑張りますね☺

No.265 12/04/23 00:18
華 ( do56nb )

とても素敵な話しに食い入るように読みました。
更新楽しみにしています。

No.264 12/04/22 23:15
ゆい ( W1QFh )


「どうして…吉宗さん…?」


耳元で聞こえる美桜の声…。


僕は美桜の頬に手を添えて、じっと彼女を見つめた。


大きな瞳に戸惑いが映る。


「吉宗さ…っ!」


美桜が僕の名前を口にしようとすると、僕は彼女の唇を塞いだ。


「んっ…!」


抱き寄せられた身体を放そうと、美桜は腕に力を込める。


だが、僕はそれを許さない。


彼女の後頭部を、片手で支えて片腕で腰を抱いた。


そして、僕の執拗な口付けから酸素を求めるように彼女の甘い吐息が漏れた。


僕は、その隙間をぬって舌を潜らせる。

甘くて温かいベロの先…


僕の指の間で絡まる彼女の柔らかい髪…

彼女の苦しみもがく高い声…


どれも、全部が愛しい…。


気が狂いそうだ。


「あっ…待って…っ!」


「…待てない!」


僕は、深いキスを続けながら美桜の身体を倒す。


彼女の頬に首筋に…鎖骨へと唇を這らわせる。


「吉宗さん…私…だめなの…!」


美桜はそう言って僕を拒むが、僕はやめない…やめられない。


「…美桜が欲しいんだ。」


僕はもう一度、美桜の唇を塞いだ…。

No.263 12/04/22 22:23
ゆい ( W1QFh )

立ち竦んだまま意を決して、僕はインターホンを押した。


居留守を使われないように、スコープを指で隠す。


カチャリと開いて、美桜の顔が半分覗く。


僕は、ここぞとばかりにドアノブをグイッと強く引っ張った。


「吉宗さん…!」


ひどく驚いた美桜を、僕は無言で抱き締めた。


あぁ…この感触…

この香り…


「美桜…!」


どうしよう…

頭が真っ白になる。

どうしよう…


好きだ…好きで、好きで…好きよりもっと…大好きで…


とても…言葉には出来ない思いに支配されて行く…。


人は、こうまで他人を愛する事が出来るんだろうか?


僕は病気か…?


君を愛する病に侵された…重病者なんじゃないか?


だって…こんなにも苦しいんだ。


苦しくて…苦しくて…


だけど…腕に収まる君を感じて、とても幸せなんだよ…。


No.262 12/04/22 22:01
ゆい ( W1QFh )



高崎についた時はもう、お昼近かった。

タクシーを捕まえて、住所に記されたアパートへと向かった。


新しくはないが、レンガ造りの可愛らしいアパートだった。

ここに、美桜がいる…


そう思うと、なかなか訪ねる事が出来なかった。


今…彼女の顔を見てしまったら僕はきっと、美桜を連れて逃げてしまいそうだ。

どこか、このまま彼女を隠して二人で暮らす…。


そんな風に想像しただけで、鳥肌が立つくらい幸せを感じるんだ。


次に会えば…君を攫う。


今度こそ…何もかもを無くして二人だけでずっと。


だから…怖い…。

No.261 12/04/22 21:48
ゆい ( W1QFh )


秋田から新幹線で大宮まで行って、そこから(あさま)に乗り換え高崎を目指す。


僕は、耳にイヤホンをはめてiPodの電源を入れた。


ランダムに選曲された曲を聴き入る。



(もっと自分を好きになれってくらい人に優しい君へ

自分の為に使う心、残ってるの?

僕はダメなの僕の心、僕の為だけに使うものなの

こんな僕をなぜ愛おしく思えるの?)



このアーティストが誰かの為に書いた歌詞に、僕は美桜と自分を重ねる。


暑くなる胸に思いを寄せながら、移り変わる外の景色を見る。


美桜に会いたいと願う自分と


会うのが怖いと思う自分…


それでも、この胸はただ進めと命じる。

No.260 12/04/22 02:04
ゆい ( W1QFh )


翌朝、やっぱり激しい頭痛に襲われながら起床した。


「…なんか、すっかりお世話になった挙げ句に、こんな醜態をさらして…本当に申し訳ないです。」


僕は、頭痛薬と水を手渡してくれる沙希ちゃんに頭を下げる。


「ううん、みんな喜んでるから気にしないで!
それよりお父さんったら、あんなにお酒勧めちゃって…ごめんなさいね。」


僕は薬を水で流し込むと、首を振った。

それにしても…

あんなに酒を飲んでも何食わぬ顔で仕事へと向かった沙希ちゃんのお父さんって…。


そう言えば、秋田は酒どころだから皆、酒が強いって笑ってたな。


「色々とありがとう、沙希ちゃん。
…これから美桜の所に行って来るよ。」

身支度を整えて、僕は沙希ちゃんにそう伝える。


「うん、必ずまた遊びに来てね。」


沙希ちゃんは、瞳を潤ませて言う。


「あぁ、必ずまた来るよ。」


手を差し出して固く握手をする。


お祖母さんが用意してくれた雪用のブーツを履いて、温かかったこの家を後にした…。


沙希ちゃんから預かった年賀ハガキを胸ポケットに忍ばせて


僕は美桜のいる群馬県へと向かう。


案の定、爽太からの返信メールは返って来なかった。


良いさ…。


美桜…僕は絶対に君を見つけ出してみせるから。


どうか、そこで待っていて…

No.259 12/04/22 01:41
ゆい ( W1QFh )


その夜、沙希ちゃんのお祖母さんと、お母さんの手料理をお腹いっぱいに食べた。


(おじげっこ)と呼ばれるお雑煮が、素朴だけどとても美味しかった。


仕事から帰ってきたお父さんと、野球の話しで意気投合してお酒も付き合った。


スポーツは苦手だけど野球は子どもの頃から好きだった。


地元が、昔から野球びいきっていうのもあったな。


そして…酒に弱い僕は、あっという間に酔いつぶれた。


「めんけぇな。」


誰かに頬をつつかれる感覚がするが、目を開ける事は出来ない。


「あら、おばあちゃんも好きな感じ?」

「ばがしゃべすなや。」


誰か、ごにょごにょ何か話してる…


僕は寝苦しくて「う~ん…」と唸る。


「…しッ!
美桜の話しじゃ、のさばりさんなんだってよ(笑)」


「お母さんも、吉宗さんなら良いね(笑) ほら、見てみぃ…めんけぇ寝顔。
美桜ちゃんも隅に置けねぇべ!」


クスクスと耳元で聞こえる声を子守歌に、僕は深い眠りへと入っていった。


セーラー服を着た高校生の頃の美桜と、 白衣を着た僕。


教室で、いつもと変わらない授業をしている。


窓辺の席について外を眺める美桜。


その横顔に、僕は見惚れている。


その頃に出会っていたとしても…


きっと僕は、間違いなく君に恋をしていただろうね…


No.258 12/04/22 01:12
ゆい ( W1QFh )


僕の訴えを聞くと、沙希ちゃんは一枚のハガキを僕に差し出した。


「年賀状?」


「美桜からです。」

色彩の絵の具ペンで 描かれた可愛らしい龍のイラストに、彼女らしい気遣いのあるメッセージがしたためてあった。


今時手書きも珍しいが、美桜らしい。


「裏、見てみて下さい。」


沙希ちゃんに施されて、僕はハガキをひっくり返した。


「…群馬県!?」


差し出し住所は群馬県の高崎市となっている。


美桜は、高崎にいるのか?


なんで…なんの為に?


「美桜からは誰にも言わないでって、口止めされてたけど…吉宗さんの本気が痛いくらいに伝わって、もう黙ってはいられないから。」


「ありがとう…沙希ちゃん。」


僕も、君に出会えて幸せだ。


「そうだ、美桜の秘密を教えてあげます。」


イタズラっぽい笑顔を浮かべて、沙希ちゃんは僕に耳打ちする。


「ここ見て…♪」


彼女の指差す場所に目をうつす。


僕は一瞬にして顔を赤らめる。


全身から火が出そうなくらいに暑くなった。


「あははっ、吉宗さんって本っ当にめんこい♪」


ちょっと…これは、マズい…!


「それ…今は無理でも、いつか必ず叶えてやってね。」


火照る頬を手で覆いながら、僕は沙希ちゃんに頷いてみせた。


これで分かったよ…美桜。


君の気持ちが、今も僕にあるって事が…

No.257 12/04/22 00:30
ゆい ( W1QFh )


「美桜が、どこにいるのか知ってるんだね?」


じっと、彼女を見つめる。


僕の問いに、沙希ちゃんは口を紡ぐ。


沈黙の後で、庭先の木に積もった雪が音を立て落ちた。


「美桜を…幸せにしてくれますか?」


彼女の揺れる瞳が僕に向けられる。


美桜は、僕といる未来を選んでくれるだろうか…


「爽ちゃんや、病院を優先する幸せではなく…美桜自身の幸せを私は願っています!
吉宗さんは、それを叶えてくれますか?」


「…僕だって、そうしたい。
絡まる柵を振り払ってやりたいさ…。
だからもう一、度彼女に会いたいんだ…!
本当の気持ちを言いたいし、聞きたい!」


必死にそう訴えた。

No.256 12/04/22 00:10
ゆい ( W1QFh )



それは…僕が気づいてやれなかった美桜の本心だったと思う。


沙希ちゃんは先に、
「恥ずかしがらずに聞いて下さいね…。」

と僕に念を押した。

美桜が大学院生になって、僕の研究資料を見た時から既に僕に興味があったと言うのは以前、本人から聞いたのと同じだった。


淡い憧れを胸に就任したものの、たった僅かで僕から拒絶されてショックを受けた事。


挽回したくて、寝る間を惜しんで役に立つ授業工程資料を用意した事。


僕が、自分に笑いかけてくれたと喜んでいた事。

夜中にハイテンションで電話をかけて来て、いい迷惑だったと沙希ちゃんは言った。


好きになってしまって、苦しいと泣いていた事。


そして…


卑怯な手口で僕に抱かれてしまったと、 泣きながら沙希ちゃんに会いに帰って来た日の事…。


あの、空白の2日間は秋田に帰っていたんだ…。


「吉宗さんを拒絶して、止める事も出来たと言ってたんです。でも、美桜は…あなたにそうして欲しいと望んで受け入れたと…。
その瞬間、奥さんからあなたを奪ってしまった罪悪感を抱えながら…自分を責めながら今の今まで苦しんでいたと思います。
世間では、そんなの悲劇のヒロインとか被害者ぶるなって言うかも知れないけど、美桜はそれでも吉宗さんを諦められないから図々しく生きて行くって決めてました。」


「…それは、僕も同じだよ。」


目頭が熱い…


最近、本当に泣いてばかりだ。


「吉宗さん…美桜はずっと、あなたと一緒にいたいと言ってたんです。
別れを望んだのは、きっと本心じゃない。」


沙希ちゃんのその言葉に、僕は確信を得た。

No.255 12/04/21 23:39
ゆい ( W1QFh )


実の父親に「必要ない」と見放され、最愛の兄を亡くし、可愛がっていた弟とも引き離された…。


そんな絶望の淵にいた美桜を救い出してくれたのは、間違いなく沙希ちゃんの屈託のない明るさだ。

沙希ちゃんは美桜にとって、一筋の希望の光だったに違いない。


「美桜は、沙希ちゃんと出会えて幸せだっただろうね…。」

だから、こんな素敵な笑顔を取り戻した。


「私も、美桜と出会えて幸せですよ。」

一枚の写真を手に取って、沙希ちゃんは微笑む。


「テスト勉強の強い見方♪」


それは、二人で100点満点の答案を掲げ持った写真だった。


「美桜のお陰で、数学で人生初の100点採ったんです。」

「あははっ!」


僕が笑うと、沙希ちゃんも大きな口を上げて笑う。


「…美桜、吉宗さんとも出会えて良かったって言ってましたよ。」


「…え?」


急に寂し気な表情で、沙希ちゃんは話しだした。


「心から愛する人を見つけて、その人にも愛されて…幸せだって。
いけない事だと分かっていても、あなたを離したくないって言ってました。」


「君に…そんな事を?」


沙希ちゃんはゆっくりと頷く。


そしてまた、僕に美桜の気持ちを伝え始める。

No.254 12/04/20 21:43
ゆい ( W1QFh )


「美桜が来たばかりの時は…うん、全然笑わない子だったよ。」


笑わない子…。


「中3の途中で転校して来て、全然喋らないし表情も変わらない子だった。」


僕は、沙希ちゃんの話に無言で頷いた。

そうなった経緯を知っていたから。


まだ…少女の美桜の写真を見る。


その小さな胸に秘めた悲しみや孤独は、きっと計り知れない。


「クラスからも疎外されてね…美桜って、こんな見た目でしょ?
東京から来たって言うのもあるし…気取って見えたんだろうな。
高校に入るまでは、私しか友達はいなかったのよね。」


僕は、美桜の笑顔に触れる。


孝之は、この頃から美桜を好きだったのだろうか…?


だとしたら…苦しかっただろうな。


この時で、僕らは27、8歳だろ?


犯罪だもんな…。


僕だって、この頃の美桜と出会っていたらきっと、こんな関係にはなっていなかったと思う。


「…吉宗さん?」


孝之の心情を思うと胸が痛んだ。


「あ、いや…美桜には沙希ちゃんが居てくれて良かったと思って。
沢山、救われたんだろうね…君に。」


「私、強引ですからね!
言葉を発さない美桜に言ったんです。
そのまま黙ってても良いから、私の友達になりなさい!ってね♪
無理やり一緒に帰ったり、家に遊びに行ったり来させたりして(笑)」


想像出来るよ。

僕を、ここに連れて来たみたいにだよな(笑)?

No.253 12/04/20 21:06
ゆい ( W1QFh )



「吉宗さん、これ。」


お祖母さんと、お母さんが夕飯の準備をしている間に、沙希ちゃんは僕にアルバムを見せてくれた。

(高校生の美桜と、沙希ちゃんが並んで写っている…。)


「わぁ…あどけないなぁ。」


爽太が女の子だったら、こんな感じなんだろうな…。


「可愛いでしょ?」

「うん、二人とも可愛い。」


僕がそう言うと、沙希ちゃんはクスクスと笑った。


「え?僕、何か変な事言った?」


「吉宗さんって、モテるでしょ(笑)?」

なぜ沙希ちゃんはそう思ったんだろう。

実際、僕は


「全然!」


モテない。


からかわれる事はあったけど、モテた試しはない。


「うそまげ(笑)!」

「え?なに?」


ほら…こうして笑い転げる沙希ちゃんも、僕をからかっているし。


最初は美桜だってそうだった。


僕は、数冊あるアルバムをゆっくりと捲って見る。


沙希ちゃんとのツーショット

女の子達と数人で写ったもの

一人で照れ笑う写真。


その全部が笑顔だった。


「ここに来たばかりの頃の美桜はどんなだった?」


僕の質問に、沙希ちゃんは少しだけ表情を曇らせた。

No.252 12/04/19 11:26
ゆい ( W1QFh )

居間から庭先に目をやる。


ふわふわな雪が、キラキラと輝いて幻想的だ。


沙希ちゃんの東北訛りが混ざった喋り方も、温かみがあって心地良い。


美桜もあんな風に秋田弁を話すのかな…。


一度だけ聞いた事あったよな…あれ、なんて言ったんだっけ…?


ぼけーっと考えていると、腰の曲がったお婆さんが僕の向かいに座った。


「お、お邪魔しております。」


僕は掘り炬燵に入ったまま、慌てて沙希ちゃんのお祖母さんであろうご老人に頭を下げた。


「あだのなめは?」

ニコニコと、優しそうな笑顔を浮かべて 僕に話し掛ける。


しかし、訛りが強くて何と言われたのか分からない。


「え?すみません…もう一度言って頂けますか?」


「あだのなめ…え~、名前は?」


あっ、名前を聞かれたのか。


「吉宗です。
西島 吉宗。」


耳の遠そうなお祖母さんに、僕は少し大きめな声で返した。

「吉宗さんか、徳川吉宗公だべ?」


「はい、由来はそうです。
父が、吉宗公を好きで…。」


自分で言っていて恥ずかしい。


僕は、仮にも吉宗公とは程遠い性格だ。

名前負けもいいところだよ。


「よがなめさ、づげてもらったな。」


ニコニコ笑顔のお祖母さんに、僕は照れ笑う。


「あれ、おばあちゃんいたの?
吉宗さんと何してたの?」


お盆にお茶をのせた沙希ちゃんが戻ってきた。


「あですた。」


「あどえでやー。」

僕には二人の会話が全く通じない。


「吉宗さん、あぎゃまんま食うか?」


お祖母さんに聞かれて、僕は沙希ちゃんの方を見る。


「お赤飯食べるか?って。
夕飯まだでしょ是非食べて行って下さい。 美桜の話とかしたいし(笑)」


美桜の話。

沙希ちゃんは何か知ってるのかな…


「はい、じゃぁ…頂きます。」


お祖母さんと沙希ちゃんが満足気に微笑む。


客人に優しい人達なのだと思った。


もてなし方が、本当に温かいのだ。

No.251 12/04/19 10:32
ゆい ( W1QFh )



「あ!私、沙希って言います。
美桜とは中学で転校して来た時から仲良くしてて、今も連絡はちょくちょく取り合ってるんですよ(笑)」


早歩きで進みながら、彼女…沙希ちゃんは嬉々として話す。

「ここが、私の家です。
母と祖母がいますが、まぁ…ゆっくりして行って下さい♪」

沙希ちゃんの家は、平屋の立派な民家だった。


しっかりと手入れされた松の木に、雪が積もってなんとも美しい。


「あの…お邪魔します。」


「そんな靴じゃ、靴下まで濡れてしまったでしょう?
乾かしますから、そこに両方置いておいて下さいね。」


「あ、いや…でも。」


「気にしないで良いですよ(笑)
こちらにお客さんが来た時はいつもそうさせてもらってますから。」


悪いな…と思ったが、僕は沙希ちゃんの言葉に甘えさせてもらう事にした。


明るくて良い子だな…


美桜は、こんな娘と仲良しなんだ…。


うん、確かに性格が似てるかも。


「コタツ入って、ストーブにあたって下さい。
お茶入れて来ますね。」


「あっ、お構いなく…。」


コタツ…おぉ!

掘り炬燵だ!


すげー、初めて入る。


「あぁ~温かい!」

冷えた指先が熱を感じて、ジンジンと痛む。


「これ、足を閉じなくていいから楽だなぁ。」


石油ストーブの上に置かれたやかんが、カタカナと蒸気を上げる。


その光景が、実家と似ていた。


こういう家って、落ち着くな…。

No.250 12/04/19 10:05
ゆい ( W1QFh )


風情のある古民家と、真新しい新築の家が立ち並ぶ。


不思議な町並みだ。

はたして美桜は、叔母さんの家にいるのだろうか?


そもそも住んでいた地域と、「篠崎」の姓だけで叔母さんの自宅を探し当てられるのかも不安だ。


「でも、この辺だと思うんだけどな…。」


交番で「篠崎さん宅」を調べてもらったら該当する家は3軒しかなかった。


その1件目の場所を探す。


それにしても…雪が深くて靴がグショグショだ。


冷たくて指の感覚がない。


お巡りさんから貰ったメモを片手に持って寒さに震える。


「…どうかしました?」


身体をさする僕に、通りすがりの女性が話かけて来た。


「あの、この辺に篠崎さんというお宅がないか探してまして…。」


ガチガチと歯を震わせて言った。


「篠崎…?」


女性が近寄って、僕のメモに目をやる。

しばらくじっとそのメモを見ながら、僕の顔を見た。


「これって美桜の…あなた、もしかして吉宗さんですか?」

女性の口から(美桜)と出た時、僕は思わず彼女の肩を掴んだ。


「美桜を知っているんですか!」


彼女も、美桜と同じくらいの歳だろうか。


少し驚いた様子で…でも、フフっと小さく微笑む。


「美桜は私の親友ですよ。
そっか、あなたが噂の吉宗さん!
本当、美桜の言った通りの人ね。」


噂…?


「あのっ…!」


美桜が来ていないか?と尋ねるつもりが、その間も無く彼女は僕の腕を引っ張った。


「立ち話もなんだから、家に寄って下さい。すぐ、そこなんで♪」


「えっ?ちょっと…」


グイグイと引っ張られて、雪が跳ねた。

No.249 12/04/19 09:31
ゆい ( W1QFh )


秋田県の内陸北部にあり、青森県と隣接した町。


美桜が高校生活を過ごした場所…。


駅に降り立って感じる、突き刺すような寒さ。


僕は、福岡と東京以外の冬を過ごした事がない。


取り立て寒さに弱いのだ。


「忠犬ハチ公…?」

町のシンボルになっている忠犬ハチ公に僕は、渋谷じゃないのか?と疑問を浮かべた。


よくよく読んでみると、忠犬ハチ公は秋田犬で元の故郷がここなのだと書いてある。


「へぇ~、知らなかった…。」


いかに、文芸に疎いか分かってしまう。

これからは、小説も読もう。


新年の目標が出来た。


そして、次に目に飛び込んで来たのは巨大な、きりたんぽ鍋のオブジェ。


「デカっ!」


これが本物なら一体何人分になるのか。

きりたんぽの発祥地 かぁ…。


「面白いなぁ。」


すっかり観光客と化してしまいそうなくらい、僕は色々なものに興味を示す。


いやいや、いかん。

遊びに来たんじゃない。


ハッと思考を変えて、僕は携帯を取り出した。


(爽太元気か?
僕は今、美桜を捜して秋田に来ています。ここにはいないかも知れないが、他に宛もない。美桜と一緒にいるなら、どうかもう一度だけ彼女に会わせて欲しい。 お願いだ爽太。
西島)


そう、爽太のメルアドにダメ元で送った。

No.248 12/04/19 00:35
ゆい ( W1QFh )


一旦、自宅に帰って僕は荷物を詰めた。

美桜を捜すために、彼女が住んでいた秋田に向かう。


彼女が、僕に話した数年間を過ごした場所…爽太とも連絡がつかない今、そこにしか手掛かりはない。


東京駅から切符を買って、新幹線のホームへと出る。


Uターンラッシュの中、僕のいるホームだけが静けさに漂っていた。


世の中は、明日から仕事って人もいるよな…。


教師だと、正月休みと冬休みが重なるから少しだけ人よりも長く休みが取れる。

毎年、この時期は優越感に浸っていたもんだ…。


なんだか、遠い昔の事に感じる。


美桜といた半年は、僕の人生の全てだ。

色濃く鮮やかで、幸せな毎日だった。


美桜…今、僕は君に会いたい。


君の顔に触れて

髪に触れて

キスをして

抱き締めたい…


そして、伝えたい


愛していると…


君の望みを叶えたい

君が、揺るぎない気持ちで孝之と結婚すると言うのなら

君の言葉で聞きたい。


その言葉を聞いたら

僕は、君を手離せるから…


さよならを言えるから…


No.247 12/04/18 23:25
ゆい ( W1QFh )



彼を殴った右手が痛む…。


それと同時に心も痛んだ。


「…だから、美桜が欲しいんだ。
美桜は…俺の光。 あの娘だけが、俺を真っ当な人間にしてくれる…。
頼むよ…吉宗。
美桜を、俺に返してくれ!」


孝之は顔を覆って震えた声で言う。


肩が震えていた。


泣いてる…?


あの、孝之が?


「お前…そんなに美桜の事…」


「愛してたさ…
お前が、彼女を愛するずっと昔から!
今だって、狂おしいほど彼女を愛してる。」


美桜…どうしたら良い…


孝之を暗い闇から救えるのは、君だけかもしれない。


だけど…僕だって君が必要なんだ。


どうしたら…


「美桜を、引き渡したら…病院は爽太に継がせる様にして欲しい。
それが、彼女のたった一つの願いだ。」

「美桜を諦めてくれるのか…?」


顔を伏せたままの状態で、孝之は呟くように言った。


「僕との約束は絶対だ。
そうすれば、美桜は必ずお前と結婚するよ…。」


それだけ言うと、僕は孝之の部屋から出て行った。


ポケットから、あの紙切れを取り出してビリビリと破く。


紙吹雪が、まるで本物の雪のみたいに舞う…。


深いため息を吐いて、僕は美桜のウェディングドレス姿を想像した…。


No.246 12/04/18 22:56
ゆい ( W1QFh )


「孝之、お前はそんな下らない理由で僕をやっかんでいたのか?」


「やっかむ?」


「そうさ…一番って…お前は、そうなる為の努力をしたのかよ!
いつもやる気がないとスカしておいて、周りで寝る間を惜しんで勉強してる奴らを馬鹿にしてたんだろ?」


学生の頃、研究課題のチームを抜けた孝之の埋め合わせを、僕らは必死になってやった。


他のチームが順調に研究を進めているのを横目に、1週間近く風呂にも入らずに徹夜した。


孝之は、いつも単独行動さ。


正直、彼がちゃんといてくれたらもっと素晴らしい結果を出せていたと思う事も多々あった。


口惜しい思いを抱えてやったんだ。


それを今更…!


「お前に、俺の何がわかる?」


「分からないさ!
人を妬んで、陥れて簡単に傷つけようとする…そんなお前を一体、誰が理解してくれると思うんだよ!」


僕はそう言いながら孝之を殴り飛ばした。


初めて人を殴った…。


No.245 12/04/17 23:39
ゆい ( W1QFh )


「吉宗、お前そんなに美桜が俺のものになるのが嫌か?」

「ああ、嫌だね。」

互いに譲らない強い眼差し。


「俺もだよ。
美桜も病院も、両方手に入れたい。」


「欲深いな。」


「そうだな。
でも、お前ほどじゃないぜ?吉宗。」


僕が、欲深いって?
僕が欲しいのはたった一つさ。


だから、僕は孝之に問う。


「それは、どういう意味だ。」と…


「俺の欲するものを全て、片っ端から手に入れて来たんだよ、お前は。」


孝之の顔がもの寂しげに見えた。


「僕が?
それは違う…僕の大切な人達を奪ったのはお前の方だろ!」

罵倒する僕に、孝之は含み笑いを浮かべる。


「そうだよ…。
だから奪ってやったんだよ。
お前の絶望を望んでな…。
さっさと、モヤシらしく腐ってくれれば良かったのに。
しぶとく伸びやがって…!」


だから奪った…

一体、何の事なのか…


「気づかないよなぁ?常に、一番でいられる人間は後ろを見なくて済むんだから。
お前さえいなければ俺は、研究室でも学会でも一番だったはずだ!」


一番…。


孝之が口にしたフレーズに、僕はこらえ切れなくて笑い声を上げた。


「…くだらねー!」

「何?」


孝之が僕に怒りの憎悪を向ける。


それでも、僕は笑いを抑えられない。


人は、こらえようのない怒りを感じると笑うものなのだと初めて知った…。

No.244 12/04/17 10:46
ゆい ( W1QFh )


美桜をどこへやった…?


孝之の真剣な眼差しからして、彼と美桜が会っていないのが分かった。


僕は胸をなで下ろした。


そして次の瞬間思った…美桜は今どこに?


「吉宗、どうせお前が囲んでるんだろ?いい加減、早く俺に引き渡せ。」


「美桜とはいつから会ってない?」


僕の言葉に、孝之は怪訝そうな顔を浮かべた。


「いつって…ドレスの試着以来だから1ヶ月近く会ってねーよ。
お前の差し金だろ? 式の準備も全部人任せにして、自分は式の当日に来るって言い張ってるよ。」


1ヶ月近く…

僕と別れたのはその後だ。


つまり…あれ以来、君は孝之にも会っていない事になる。


「いいか、もう一度聞くぞ?
吉宗…美桜はどこだ?」


孝之をごまかせるなら、美桜を捜す時間が出来るかも知れない。


「今は、教えない。」


「あ?」


孝之が僕を睨みつける。


「孝之…お前が本当に、美桜が欲しいと願うなら。
彼女だけを愛していくと誓うなら…
病院の事から手を引け。」


胸ぐらを掴む孝之の手を振り払って僕はそう放った。


No.243 12/04/17 10:23
ゆい ( W1QFh )


バクバクと破裂しそうな心臓をおさえながら、ドアが開くのを待った。


カチャリとオートロックが施錠されて、中から孝之が気だるそうに顔を出した。

「よぉ、吉宗。
直接対決に来たか?」


口角を上げて孝之は、僕を招き入れる。

玄関には女物のパンプスが置いてあった。


心臓が止まりそうだ。


「だぁれー?」


半分ドアの開けられたベッドルームから、女性の声がする。

自然と声のする方へと視線を向けた。


全裸の若い女性が、僕と目があって慌ててブランケットに身を隠す。


僕もすかさず目線を逸らして孝之を見た。


彼はニヤニヤと、そんな僕を見て笑う。

「純情だな。」


「婚約中に浮気か?」


孝之を睨みつけながら言った。


彼は無言でベッドルームに行くと、さっきの女性に何か耳打ちする。


ふてくされる様に身支度を整えると、女性は僕の前に立った。


「…今度、先生には内緒で私とデートして下さいね♪」


そう、微笑んで僕のジャケットに紙切れを入れた。


「沙羅ちゃーん、吉宗をタラしこむなよー?」


孝之に施されると、彼女は僕に舌をペロリと出す。


「吉宗さんね…正直、先生よりアナタの方がタイプかも♪」

耳元でそう囁かれる。


(…苦手。)


僕は率直に彼女に対してそう思った。


「本上せんせーい、またねー!」


孝之は、手だけをリビングから出して彼女へとヒラヒラと振る。


「こっち来いよ、吉宗。」


今度は取り残された僕に、手招きする。

リビングから一望出来る景色に息をのんだ。


すると突然、目の前に孝之が立った。


「お前、美桜をどこへやった?」


間一髪…孝之は僕にそう、問いかけた。

No.242 12/04/17 09:17
ゆい ( W1QFh )



清美の書いた地図に記された場所。


僕は、そのタワーマンションの下から上を見上げる。


(インターンの貧乏暇なしって言うのは嘘だな…。)


政治家の親の金か?

それとも、岡田院長からの援助か?


確かに、孝之は昔から僕らとは違って身のこなしもスマートだったし、オシャレな感じだった。


田舎から上京した連中とは、比べものにならないほど眩しい存在だ。


「53階って…。」


コンシェルジュ付きの広いエントランスを抜けて、エレベーターボタンを押す。

大物有名人や芸能人が住んでいそうな佇まいのマンションに僕は緊張していた。

ロビーに出て、孝之の部屋の前で足を止めた。


(美桜が一緒にいたらどうしよう…。)

急に、そんな不安に駆られる。


もう、生活を共にしていたら…?


もしくは今…


変な想像を、僕は必死で振り払う。


それでも襲ってくる(もしも)に、インターホンを鳴らす指が震えた。

No.241 12/04/17 01:54
ゆい ( W1QFh )


冗談じゃない…!


そんな下らない野望の為に、僕の愛する人を道具にするのか…?


孝之…っ!


何がお前をそんな人間にしたっていうんだ!!


僕は抑えきれない怒りを胸に、乱暴にコートを手に取った。

「ちょっと…吉宗、どこに行くのっ!?」


「岡田病院だよ!」

「待ってよ!
三が日はお休みよ…!」


慌てて僕を追いかける清美の言葉に
(あぁ…そうか!) と足を止めた。


「待って…」


清美は、なにかを紙に書いて僕に手渡す。


「彼の部屋よ。
多分、家にいると思うわ。」


彼女から、慣れたように「彼の部屋」と放たれた時、僕の胸が少しだけチリリと焦げた。

「すまない。」


「鍵はポストに入れて置くわね…。
あ、それと大切な事!
あなたからの慰謝料等は全て受け取らないわ。
私達の結婚生活をお金で清算されたくないから。」


僕は清美を抱きしめる。


「ありがとう…清美。
君はやっぱり、僕の気高き最愛の妻だったよ…。」


「バカ…!」


あぁそうさ…

僕は、大バカ者だ。

美桜と出会っていなかったら、君が例え孝之と深い関係にあったとしても、僕はきっと許していた…。


ただ…僕は、彼女に出会ってしまった。

もの凄い勢いで彼女に惹かれて恋をして …

愛してしまった。


真実の愛を知った後に気がついた…


その罪の深さに…


だから僕は行くよ


燃える心で


彼女の元へと…


No.240 12/04/17 01:07
ゆい ( W1QFh )

「吉宗、(本上 聡)を知ってる?」


ほんじょう さとる?

「参院議員の?
元、厚生労働省にいた人だっけ?」


「孝之のお父様よ。」


本上 聡が、孝之の父親だって?


「それって…。」


「あの娘の病院と、医療献金の疑いがあるわ。
いいぇ、疑いじゃないわね…事実よ。
孝之はそれを揺さぶって、彼女との結婚を申し込んだの。
分かるでしょう?」

「あぁ…分かるさ。」


それが公になれば、病院は終わり…爽太の継ぐ席は無くなる。


そういう事か…


美桜…やっぱり君は、爽太を守ろうとしたんだな。


「いい、吉宗?
孝之の目的はそれだけじゃないわ…。
ゆくゆくは、病院の院長の座も狙ってるのよ。
彼は、あの病院でその事実を曝して役員会を開くわ。
岡田院長を失脚させて自分が就くシナリオを描いてる。」


そんなっ…!


それじゃ、美桜が犠牲になった所で無駄じゃないか!!


それに…


「あいつは、自分の父親も切り捨てるって言うのか…?」


僕の問いに、清美はゆっくりと頷いた。

「彼にとったら、父親なんて捨て駒にしか過ぎないのよ。」

「バカなっ!
そんな訳あるか!」

「本当よ…彼は、父親を恨んでる。
私と一緒なの…!
温かい家庭に生まれ育ったあなたには、理解出来る訳ないわ…。」


僕には理解出来ない…?


そんな事…理解したくないさ!


ダメだ…美桜。


君は、そっちに行かないで…


一筋の希望の光も用意されていない道に

行ってはダメだ…!

No.239 12/04/17 00:28
ゆい ( W1QFh )


このところ食事も喉を通らなかったが、清美のおかげで久しぶりにまともに食べる事が出来た。


「うん、良し!
ちゃんと食べられたじゃない。
コーヒーでも入れるわ。」


「いや、それなら僕が入れるよ。」


席を立とうとする清美を座らせて、僕はメーカーに溜められたポットをカップに注いだ。


「それで?
吉宗はこれからどうするの?
結婚式にでも出て、彼女を攫う?」


…本心ではそうしたい。


いや、式を挙げる前に攫いたいさ…


でも…美桜の事だ。

結婚を選択したのだって、逸れなりの理由があるはず。


僕の手を取るとは考えられない…。


「あなたの悪い癖ね…。」


「え?」


「相手の気持ちとか、ごちゃごちゃと色々な事を考えているんでしょ?
あなたのそういう優しい所は大好きよ? だけど、そんなの全部取っ払って自分本位に動いても良いと思うわ。」


清美には全部お見通しだ。

一生、彼女には適わないな…。


「美桜は…どうして孝之と結婚しなきゃならないんだ?」


僕には、その接点が分からない。


爽太の過去をネタに脅されている…?


美桜が自分の身を削るとしたら爽太が絡んでいてもおかしくない。

No.238 12/04/17 00:02
ゆい ( W1QFh )

今…離婚したって…

「離婚届けを出したのよ。
12月28日が私達の最後の記念日…。
だから、調停も早いうちに取り消してね…。」


呆然としている僕に、清美は言った。


「どうして急に…?」


信じられなかった。
あんなにゴネていた清美が、離婚届けを出したなんて…


「孝之見てたらバカらしくなったの。
今の彼は彼女を愛するって事よりも、あなたへの勝ち負けにこだわって自分が見えていないわ。
そんなのって哀れよ…でもね…結局、私も同じだった。
よく、人の振り見て我が振り直せって言うでしょ?
まったく、その通りよね…。」


そう失笑しながら、清美はお節料理を振り分けた。


「美味しいはずよ?たくさん食べてね。」


「…頂きます。」


僕は、こぶ巻きを口に運んだ。


「…うまっ!」


相変わらず、清美の料理は美味しかった。


清美は満足気に微笑む。


「当然よ♪」


「天才的だよ。
清美って本当になんでも出来るよな…。」


お世辞じゃない。


彼女は才色兼備で家事だって手際良くこなす。

「そう?
なら、もう一度私と結婚してみる?」


「ごほぉっ!」


冗談とも取れない彼女の冗談に、僕は伊達巻きをのどに詰まらせた。


「失礼ね…!」


背中をさすられながら、ほんの少しだけ惜しい人を失ったと思った。

No.237 12/04/16 10:48
ゆい ( W1QFh )


多分…これが、最後の包容だ。


「あなたって、温かいのね…吉宗。
どうしてもっと、あなたを大切にしなかったのかしら…。
バカね…今頃になって、こんなにもあなたを愛するなんて…。
吉宗…私、あなたを愛してる。」


清美の言葉に、僕は腕に力を込める。


今の彼女を愛おしいと思った。


やっと、素直な彼女に出会えたような気がした。


「ありがとう…清美。
そして、君を傷つけてすまなかった…君を理解しようとしなかった事も、全ては僕が至らなかったせいだ。
本当に、ごめんな…。」


僕らは互いに、抱き合ったまま泣いた。

二人共もう、元に戻る事はないと分かっていた…。



どのくらいたったのだろう…


しばらく泣きはらして、落ち着くと

僕達は顔を向き合って、はにかんだ。


クスクスと笑って互いに、鼻水を拭いたり涙を拭った。


そんな清美の笑顔に、大学生だった頃の彼女の面影が重なる。


「久しぶりだな…。」


清美はきょとんとした瞳で僕を見た。


「君の、屈託のないその笑顔。」


「吉宗…私、あなたと結婚して良かった。
大好きよ…。」


そう言って、清美は僕にそっと触れるだけのキスをする。


「だから…離婚してあげたわ…。」


僕は、清美からのキスと後に付け加えられたセリフに戸惑った。

No.236 12/04/16 10:15
ゆい ( W1QFh )


「ひどいのね…あなたに、何も言わないなんて…。」


清美が僕の肩を抱く。


「ねぇ…吉宗。
私達、もう一度最初からやり直さない?」


「…え?」


「私、あなたの子どもを産むわ…ずっと欲しがっていたでしょう?」


そう囁いて、彼女は僕の首筋にキスをする。


僕は清美に直接、子どもが欲しいなんて言った事はない。


「あなた…私と一緒に出掛けて子連れの家族を見かけると、いつも微笑ましそうに見つめてたわ。」

「…そんなこと…」

「あるわよ。
姪っ子の菜奈ちゃんが産まれた時も、嬉しそうに抱いてたわ…吉宗なら良い父親になるって、そう思ってたのに…私の醜いエゴのせいで叶えてあげられなかった。
本当に、ごめんなさい…。」


僕の背中に抱きついた清美の手を握る。

彼女の…僕の子どもを産まなかった後悔が、ひしひしと伝わる…。


その後悔が嘘ではないという事が、よく分かった。


「…いいんだ。
どちらにせよ、僕達はうまくいかない。 君と僕とでは、違い過ぎる…元々、無理のあった結婚だ。
やり直しても、君はまた苦しむ。
僕では、君を幸せには出来ないよ…。」

「ずるい人ね…。
私、心ではあなたを裏切った事なんて一度も無いのよ?
でも、あなたは心まで私を裏切った…その事が、どうしても許せなかったわ。
その心を奪ったあの娘を憎んで、簡単に奪われたあなたを憎んで…どうにもならなかった…。」


彼女のすすり泣く声に、僕は思わず振り向いて彼女を抱きしめた。

No.235 12/04/15 22:33
ゆい ( W1QFh )

「孝之から聞いたからよ。
孝之、あの娘と結婚するんですって。」

美桜が結婚…?

しかも、孝之と…?

頭を鈍器で殴られた様な衝撃だった。


思考が遠のいていく。


「いつ…?」


やっとの思いで一言だけ発した。


「今年の4月って言ってたわ。
信じられる?
彼ったら、私達を式に招待するって言うのよ?」



4月…あと、3ヶ月しかないじゃないか。

僕は、痛む頭を抱えてダイニングテーブルのイスに腰掛けた。


「まさか…あなた、知らなかったの…?」


美桜は別れの際に、その理由を言わなかった。


なんで…

その理由が、結婚なんだよ…


美桜。


君は、好きでもない人と結婚するって言うのか…?


僕には


そんなの耐えられない…


君が、他のだれかのものになるなんて


耐えられないよ…っ!

No.234 12/04/15 22:14
ゆい ( W1QFh )


東京に戻ると、急に寂しく虚しい気持ちになった。


外の乾いた空気に、部屋の静けさ…


あまり甘えてもダメだなと思い、早めに帰っては来たが…もうちょっと実家にいれば良かったと後悔した。


(ピンポーンー…)

マグカップにコーヒーを注いでいると、家のインターホンが鳴った。


僕はポットをテーブルに置いて玄関先へと向かう。


「…誰だろ?」


スコープを覗くと、思いもしない人が立っていた。


僕は、驚きながら鍵を開けた。


「久しぶりね…。
明けましておめでとう。」


「清美…どうして?」


清美は「新年の挨拶よ」と笑って、ズカズカと部屋の中に入って来た。


「へ~、シンプルでなかなか素敵な部屋ね。」


部屋の中を見渡して、持っていた荷物をダイニングテーブルに置く。


「お節料理作ったの。
最近は、ロクに食事もしていないんでしょう?
それ以上痩せたら魅力なくなるわよ?」

彼女は、風呂敷をほどいてお重箱を開ける。


豪勢な食材を使った立派なお節だ。


「どうして来た?」

「落ち込んで塞ぎきってるんじゃないかと思ってね。」


「…え?」


図星だ。

だが、なぜ清美がそんな事を知っているのか?


疑問符ばかり浮かぶ。


「あなた、あの娘と別れたんですってね。」


「なんで、知ってる?」


僕は、清美がその事を知っているのと同時に、彼女の身に纏う空気の軽やかさが不思議でならなかった。

No.233 12/04/15 02:16
ゆい ( W1QFh )



冬の澄んだ空に、二羽のスズメが仲良く飛び交っている。


自由で良いな…


僕と、美桜もそうなれたら良いのに…


「なぁ、お兄ちゃん…まだ彼女の事を愛しとっとやろ?」


妹は僕の背中に手を添えて言った。


「あぁ…まだ愛してるさ。」


「うん、そんなら彼女を信じて待ってみんしゃい!
私はそれが出来んやったけん…本当に好きな人とは結ばれんかった。
でも…お兄ちゃんはそれが出来る人ばい…だから、頑張れ(笑)!」


僕の背中をバシンっと叩いて妹は立ち上がる。


「寧々(ねね)!
お前…今、幸せか?」


背を向ける妹に僕は慌てて問いかけた。

妹は、過去に辛い恋の経験があった。


今の旦那は、それを含めて妹と結婚したのだ。


つまりは、心底望んでした結婚とは少し違う。


僕は、ずっとその事が気になっていた。

妹の気持ちが聞きたくても、なかなか言い出せなかったのだ。


「幸せに決まっとうよ!
可愛い子ども達と、優しい旦那に恵まれてこれ以上の幸せなんてなか!
どうや、羨ましかろ(笑)?」


振り向いて満面の笑みを零す妹を見て、僕は心から良かったと思った。


「あぁ、羨ましかよ!」


僕も笑う。


「うん、本当やけん…お兄ちゃん可愛いかね♪
チューばしちゃる♪」


駆け寄って来た妹をよけながら、グルグルとテーブルの周りを回って逃げた。


僕らの笑い声に釣られて、子ども達も加わる。


お袋は

「せからしか!」

と一喝したが、楽しい場の空気に顔を綻ばせていた。


この人達が、僕の家族で良かった。


それだけで、僕は幸せ者だ…。

No.232 12/04/15 01:41
ゆい ( W1QFh )



「お兄ちゃんも、バカやね…。」


妹は僕に手を差し伸べて言う。


その手をとって起き上がると、スエットについた砂埃を払った。


「せからしか…。」

腕で涙をグイッと抜いながら、僕は妹にそう言い返す。


「可愛げなかね…。」


「よう、可愛いって言われようもん。」

ティッシュに鼻をかんで、僕は縁側に腰掛けた。


「彼女に言われたと?
なぁ、彼女ってどんな人?可愛いか人? 歳は幾つね?」


妹は隣に座って、質問を投げかける。


「言わん。」


「言うてよ!」


袖を引っ張ってしつこく揺さぶる妹に、僕は根負けする。


「すっげ、可愛いか娘ばい!
ミス博多も負けようね。」


妹は、そんな僕の言葉に疑いの目を向けた。


「歳は?」


「25歳。」


「25!?嘘やろ?
私より8歳も年下やけん!!
お兄ちゃん、最低…ロリコンやったと?」


ロリコンって…


今時、珍しくともなんともないだろ。


「声がデカか!」


「ね、ね、写真とかなかや?
そげん人が本当にお兄ちゃんなんかと付き合うもんやろうか?」


妹の挑発的な態度に、僕は携帯の画像を見せた。


「…世も末ばい…。 お兄ちゃん、これって隠し撮りやなか? ストーカーなんぞ、しとらんよね?」


「お前、失礼やぞ!」


僕は、妹の手から乱暴に携帯を奪い取った。


「やけん…あんな美人がお兄ちゃんと? 信じられん…。」


確かに…今にして思えば、美桜は僕なんかの何が良くて好いてくれてたんだろう。


あんなに、求めてくれていたんだろう…

「清美さんと離婚しよったら、この人と一緒になるとや?」

僕は、首を振った。

「なら、どうするとや?」


美桜の画像を見る。

そっと、写真の彼女を撫でた。


「もう…振られたばい。
やけん、一緒にはならん。」


目頭が熱くなる。

空を仰いで僕は涙を堪えた。


No.231 12/04/14 22:26
ゆい ( W1QFh )


冷蔵庫から炭酸水を取り出して、縁側へ向かった。


すでに、そこで新聞を読んでいる親父の隣に腰掛けた。


缶の蓋を開けるとプシュッと圧が抜ける音がした。


僕はそれを無言で飲んだ。


「吉宗、お前…これからどげんすると?」


新聞をガサッと捲りながら親父が聞いてきた。


僕は、もう一口だけ炭酸水を飲んで庭先のパンジーに目を向ける。


「…清美と別れたら、こっちで仕事探そうと思うちょる。」

「戻ってくるとか?」


親父もまた、視線を活字から動かさない。


「うん。」


「離婚の原因は、お前の浮気やと聞いとっとが…それは間違いなかや?」


「浮気…。
そうやね…そうかも知れんね。」


親父の新聞を握った手が震えた。


ガサガサと小刻みに音を立てる。


「本気…やったとやろ?」


「…え?」


血走った目を向けて、親父は俺の胸ぐらを掴む。


「本気やったから清美さんを捨てようとしたんやろ?あ?
なら、男らしくケジメば付けてしゃんとせんね!!
浮気ば言われて腐るなやっ!!」


僕は親父に焚き付けられて庭に放り投げられた。


「お前が本気やったなら、わしら親は息子が可愛いけん…東京の清美さんにも親子さんにも頭ば下げて土下座しちゃるばい!!
お前が…っ
お前がそこまでしても好いちょる女がいるなら貫き通して生きんね!!」


はぁはぁ…と息を切らして訴える親父に、僕は自然と涙を流した。

本来なら、最低な馬鹿息子だと殴られて勘当だってされてもおかしくないのに…

それなのに…親父は、見方でいてくれると言った。


「ごめん、親父…っ。
僕は、彼女を…美桜って女性を…本気で愛してます…っ。」

滴る涙が、土に吸い込まれて行く。


「その言葉ば…早よ言いんしゃい…!」

親父は、鼻を啜って目頭を押さえながら足早に去って行った。

No.230 12/04/14 21:38
ゆい ( W1QFh )



「あ~あ~、いい歳して何しとんの?あんたらはっ。情けなかね…!」


僕の粗相を片付けながら、母は不出来な子ども達にボヤいた。


「「すいません…。」」


二人で肩を落として謝るが、妹はギロリと僕を睨んで

「お兄ちゃんが悪かと!」
と囁いた。


「…なんだよ!」


僕も負けじと、妹の鼻をピンとはじいた。


「なんばしよっと!!」


ついには、取っ組み合いのケンカに発展しそうになる。


「いい加減やめんね!!」


が、母の雷が落ちて事なきを得た。


久しぶりに怒られたな…


落ちつきを取り戻して、僕は1階の居間へと下り立った。


ぐつぐつと煮え、煙を放つ鍋を目にする。

「昼からモツ鍋って…。」


こみ上げる胃のムカつきに、僕は胸をさすった。

No.229 12/04/14 21:16
ゆい ( W1QFh )



翌朝、酷い頭痛と吐き気に襲われて僕はベッドから起き上がれない。


「吉宗おいちゃーん、お昼ご飯やとー。」


「ん~…昼飯ばいらん…。」


甥っ子の大きな声が、ガンガンと頭に響いて枕を被った。


「お兄ちゃん!
いつまで寝とっとや?!
しゃんとせんね!!」


妹は僕の布団を剥ぎ取る。


「…やめぇよ~…
具合が悪かと…。」

「飲み過ぎなだけばい!!
龍馬、吉宗おいちゃんをちぃとばかし懲らしめちゃれ!」


嫌な予感…


「ん゛ーーっ!」


甥っ子の龍馬が、僕の背中に飛び乗って上下に揺さぶる。


「ほらほら、吉宗おいちゃん早よ起きんさい♪」


ゲラゲラと楽しそうに僕の上で遊び出す。


げ…限界…


「ぅおえっ!!」


「「ぎゃーーっ!」」


妹と龍馬は悲鳴を上げた。


「何?!どげんしたと!!」


二人の悲鳴を聞きつけて、お袋が血相を変えながら駆け付けた。


「お…おいちゃんが吐きよった~。」


涙声で状況を説明する龍馬の下で、泣きたいのは僕の方だと思った。

No.228 12/04/14 03:50
ゆい ( W1QFh )



店舗と店舗の狭い隙間に入り込んで、彼女を両腕で囲む。


「…何しようと?」

彼女は、睨み付けるように僕を見つめる。


「何しようか?」


おちょくるように、でも目は笑わないで言い返す。


「酔っとっと?」


逃げたければ、いつだって逃げられる…でも、彼女はそうしない。


「あぁ、酔ってるよ。
じゃなければ、こんな事できない…。」

僕は、彼女の鼻先に自分の鼻先をそっと触れさせる。


「吉宗君ってそんな人やったと?」


期待と落胆の混ざったような艶っぽい口元が、既に僕を受け入れてようとしていた。


瞳を閉じて彼女の唇に、触れようとした時…


美桜の顔が浮かんだ。


必死に僕のキスを受け入れていた彼女…

その仕草が可愛いくて、何度も深いキスをした。


互いに苦しくても止められないほどに甘美で…激しいキスだった。


「…ごめん、西田さん。」


僕は、両腕を下ろして彼女を解放した。

彼女の潤んだ瞳を見れば、僕を求めていた事は分かった。


「本当に、すまない…今の忘れて。
酔ってて、どうかしてた…最低だ。」


深々と彼女に頭を下げる。


「な~んだ…もう、酔いが覚めたと?
つまらんね(笑)」


彼女は、クスクスと笑いながら僕の頭を撫でた。


その手が止まると、僕は腰を折ったまま彼女を見上げた。


「吉宗君、良い男になったとね…。」


そう微笑んで、西田さんは店に戻って行った。

No.227 12/04/14 03:20
ゆい ( W1QFh )


手招きされて、僕は広い座敷席へと向かった。


「みんな、久しぶり…!」


「なんね~吉宗、えらい垢抜けよったばい!」


「吉宗は、歳とらんとや?!」


「信じられんね~これが、あのモヤシっ子や?
なに東京に行くと、こげん変わるもんやね?」


次々に肩を叩かれて浴びせられた言葉に、僕は全て苦笑いで返した。


「~そげん事なか…確実に、肉体は老いとっとや。」


肩の痛みに顔を歪ませながら言った。


「肉体って…エロかね~!」


「なんでだよ(笑)!」


「うわっ!東京弁使いよる…いやらしか~(笑)!」


笑い声もお酒も絶えなかった。

ワイワイとした雰囲気は苦手だったはずなのに、この日は楽しく酒が飲めた。


「吉宗君は、結婚したとや?」


僕の隣に座った女性が、そう話しかけてきた。


えっと…えっと…


僕は記憶を探って彼女の名前を思いだそうとする。


あ…確か


「西田さん?
生徒会長やっとったやろ?」


「そう、よう覚えとったね!」


「うん、覚えとう。 名字が一文字しか変わらんから印象に残っとう!
西田と西島やろ(笑)?」


僕は、酔っ払っていたからテンションが高かったと思う。


「…吉宗君って笑うと可愛かね。」


西田さんの頬が赤くなる。


(可愛い…。)


ふと、彼女と美桜が重なった。


もちろん、彼女と美桜が似ている節などはない。


美桜に頭を撫でてもらった記憶が、胸をギュッと掴んだ。


「僕って、可愛いか…?」


「可愛いかよ?」


僕の問いかけに、彼女はにっこりと微笑んで言った。


「…ほんなら、キスしてくれんかや?」

「なに言っとう!
奥さんがいる人に、そげん事出来んよ。」


僕は、出来上がってベロンベロンに酔っ払っている仲間達を見た。


周りは酔いつぶれた屍の山だ。


「僕って、悪い男なんだ。」


僕はそう放つと、彼女の手を引っ張って外へと連れ出した。

No.226 12/04/14 02:36
ゆい ( W1QFh )


準備を整えて、夕方の商店街を突き進む。


「はぁ…寒かね…。」


冷える手に息を吹きかけて温める。


気がつけば、独り言も博多弁に戻っていた。


…美桜は、僕が博多弁を喋るとよく笑ってたな…。


彼女の笑顔を思い出して口元が緩んだ。

でもその瞬間、僕は頭の中から美桜の事を振り払う。


求めても無駄だと言い聞かす。



ガヤガヤと騒がしい居酒屋の前で、僕は息を整えた。


久しぶりだからな…
ちょっとだけ緊張してきた。


引き戸をゆっくりと開ける。


「よーー、吉宗!!」


軽快な声が入り混じってみんなが一斉に僕の方へと視線を向けた。


数人で集まるものと思っていたから、驚いた。


それはほぼ、クラスメート全員が参加している盛大な新年会だった。

No.225 12/04/14 02:21
ゆい ( W1QFh )



「吉宗ーっ!」


ベッドの上に寝そべって菜奈と飛行機ごっこをしていると、下から母の呼ぶ声が響いてきた。


「何ー?」


菜奈を下ろして、ドアから顔をのぞかせる。


「電話やけん、早よ出んね!」


電話?


言われるがままに、僕は実家の電話に出た。


「おー、吉宗。本当に帰っとったか?!」

相手は、高校の同級生からだった。


実は、こっちに戻った時に空港で偶然にも高校の時のクラスメートに会った。


そいつから話を聞きつけて、わざわざ連絡をしてきてくれたのだ。


「懐かしかねー!
吉宗ば、全然同窓会にも参加せんもん。 今夜、新年会やるばい!絶対に参加せんね!よかや(笑)?」

僕は、懐かしい顔ぶれを想像した。


「あぁ分かった、よかよか(笑)!」


どんなに辛くとも、笑える自分がいる。

ここ(福岡)でなら、僕は心穏やかに暮らせるんじゃないだろうか…。


いっそうの事、こっちに帰って仕事を探すのもありかも知れない。


そんな考えが頭をよぎった。


No.224 12/04/14 01:56
ゆい ( W1QFh )



目を閉じて耳を澄ましていると、階段をドタドタバタと駆け上がって来る音がした。


「おいちゃーん、寝とっとー?」


姪っ子の声だ。


「寝らんよー!」


身体を起こして、ドアに向かって返事を返した。


すると、バンと勢いよくドアが開いて姪っ子が満面の笑顔で僕に抱き付いて来た。


「菜奈と遊んで♪」

小さくて、ほっぺたが落ちてしまいそうなくらいプックリとしていて可愛い。


「良かよ(笑)」


僕はぎゅーっと、菜奈を抱きしめて言った。


「苦しかよ!」

「菜奈可愛いけん! 離したくなかー♪」

柔らかいほっぺたに頬擦りする。


「おいちゃんは結婚しとうと?」


菜奈が僕の顔を覗き込んで聞いた。


「うん、しとうとよ?どげんした?」


そう、応えると菜奈はシュンと肩を落とす。


「菜奈…大人になったら、おいちゃんと結婚したか。」


…可愛い過ぎる。

僕は顔をほころばせながら意地悪な質問をする。


「菜奈はパパと結婚しないとや?」


「パパより、おいちゃんの方がカッコ良かもん。
菜奈はおいちゃんがよかと。」


僕は再び菜奈を抱いて、頬にキスをした。


「ありがとう、嬉しかよ(笑)」


くすぐったいとケタケタ笑う菜奈を見て、僕は自分にも子どもがいたら…と思った。


自分や、恋人以外にこんなにも愛おしい存在がある幸せを味わってみたかった。

No.223 12/04/13 23:16
ゆい ( W1QFh )



あれ以来、塞ぎ込んだ日々を送っていた。


実家は、そんな僕を温かく受け入れてくれる優しい場所だった。


中学生の頃から使い続けたベッドに寝そべって、天井を仰ぐ。


ふと、美桜の事が頭に浮かぶ。


美桜には、そんな温かな実家はない。


僕は…甘かったんだろうか。


彼女の事を、きちんと理解してあげられなかったのではないか?


そんな思いを馳らせる…

が、今となってはそれも無意味だ。


大きく溜め息を吐いて目を閉じる。


下の階で、小学生の甥っ子やまだ幼い姪っ子がキャッキャッと笑い声を立てて遊んでいる。


「落ち着く…。」


賑やかな声が、僕の空虚感で溢れた心を埋めてくれているようだった。

No.222 12/04/13 22:43
ゆい ( W1QFh )

年明け…僕は、数年振りに実家へと帰省していた。


「お節ちゃんと食べたと?
もっと、しっかり食べんと!」


食欲のない僕に、妹は皿に盛り付けたお節料理を手渡す。


「食べとうよ…。」

「何があったと?
お兄ちゃん…清美さんとの離婚で、もめとうのが相当応えとうと。
あの人も、意外としつこい所があったとね…。」


結婚して家族で実家に遊びに来ていた妹は、当初から清美を嫌っていた。


「悪かは僕の方だ…仕方なか。
あまり、人の悪口ば言わん方がよかよ。」


「悪口なんか言っとらん!
ただ、お兄ちゃんが可哀相か思っただけじゃろう!
本っ当、人の気持ちば分からん人やね!」


妹のキーキー声が響いて、僕は耳を塞ぐ。


「はいはい!
人の気持ちが分からんくて悪かね!
以後気をつけます!これで、良かろう?」


ふてぶてしい態度の僕に、妹はぶぅとほっぺたを膨らます。

「開き直りよったとね。」


小言を避けるように、僕はそそくさと自分の部屋へと逃げ出した。

No.221 12/04/13 22:12
ゆい ( W1QFh )


「ごめんなさい…。」


美桜は、僕の拳を握って滲み出た血をハンカチで押さえる。

「吉宗さんを傷つけてしまって…ごめんなさい。」


「…謝んなよ。」


僕は美桜の手を振り解くと、彼女に背を向けた。


そして、一歩ずつ歩き出す。


美桜はついて来ない。


僕の背中に抱き付いて…


早く追ってこいと 願っても、


聞こえるのは…遠ざかる美桜のすすり泣きだけ…


僕は振り向かない。

美桜を見ない。


漏れそうになる嗚咽を腕を噛んで堪える。


僕は…


愛する人の手を放してしまった…


あぁ…暗い


暗い道を歩く。


なんの希望も見えない未来を


ただ一人、歩いて行かなければならない…


No.220 12/04/12 23:27
ゆい ( W1QFh )

頼むよ…美桜…

頼むから…何も言わないでくれ。


「…吉宗さん。」


やめろ…


「ごめんなさい…」

言うな…


「私…と…別れて…っ。」


言うなよ…。


「お願いっ…別れて下さい…!」


「…嫌だ。」


「お願いっ…!」


「嫌だ!」


「お願いします…!」


僕は、頭を下げる美桜の肩を掴んだ。


「じゃぁ、何で君はそんなに泣いてる?!
僕への愛情があるからだろ!!
別れが辛いなら、涙なんか流して懇願するなよっ!!」


コンクリートの壁を殴った拳に、電流が走った。


美桜は僕の放った言葉に、唇を噛みしめて涙を止めようとする。


強い眼差しがジッと僕に突き刺さる。


あぁ…君のその瞳は、揺るがない決意の証だ。


そうなんだろ?


どうせ、こうなるって知ってたさ。


どんなに、カッコ悪くて情けなく縋ったところで、君の考えは変わらないんだろ?


君のそんな強さに惹かれて好きになった僕さ…


君が涙を飲んで決めた事なら

従ってやるのが、愛ってやつなのかな…?

美桜…本当に、僕のいない世界で生きて行く事を願うのか?

僕には、君のいない世界なんて考えられないよ…。


No.219 12/04/12 22:50
ゆい ( W1QFh )

僕から逃れようと、美桜は暴れる。


息が出来ない苦しみで喘ぐ。


「…大人しくして。」


美桜の身体をキツく抱き寄せて、放された唇をまた奪う。


冷たいコンクリートの壁が、僕達を隠す。


僕らは互いに求め合った。


彼女の首筋へと顔をうずめる。


甘く、温かい…


僕は、彼女に抱かれながら泣いた。


こんなに…


こんなにも好きなんだと…


泣き出してしまうほど、君が愛おしくて
胸が痛む。


彼女に抱き付いたまま、僕は腰から崩れ落ちた。


君を失う喪失感や、絶望感が全身に伝わってもう、立ってなどいられない。


君は、僕をお腹に受け止めて僕の頭を撫でる。


まるで…子どもをあやす母親の様に…。

No.218 12/04/12 22:23
ゆい ( W1QFh )



…少し、痩せたかな?


肩が更に、華奢になった気がする。


「どうして勝手に居なくなった?」


美桜は僕の顔を見上げた。

揺れる瞳が、何か言えないような事情があると語っているみたいだ。


「美桜、何があった?」


風に煽られた、彼女の髪を撫でて耳にかける。


「どうして、そんなに優しくするの…?」


美桜の瞳から涙が流れ落ちた。


僕は、彼女の頬に手を添えながら親指でそれを拭う。


「…やめて…っ。」

溢れる涙は僕の指にも伝って止まらない。


その涙の理由は、分かってる。


そして、君がこれから言うであろう言葉も…。


それなら…


「やめないよ。」


僕は、君の唇を塞ぐ。


君からのそんな言葉は聞きたくない。


言わせない。


ずっと言えないように、こうして塞いでしまおう。

No.217 12/04/12 00:56
ゆい ( W1QFh )


結局、あれから一睡もしないで夜を明かした。


どうやって彼女に縋りついて、別れ話を回避すればいいのか…そればかり考えていた。


出来れば、約束の時間なんか来ないで欲しい。


それでも、無情に時は迫り来る。


僕は今、彼女と初めてキスをしたあの観覧車の下にいる。


相変わらず人気はなく、海風が容赦なく吹き付けた。


「…さみぃ。」


鼻を啜りながら時計を見る。


PM6:55分


目線を周りの景色に戻すと、キャメル色のショートダッフルを来た女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


だんだんと近づいて来て、それが美桜であると分かった時には、僕はもう走っていた。


白い息を吐きながら、彼女に抱きつく。

久しぶりに感じる柔らかさに、あの香りに…胸がギュッと痛んだ。


「会いたかった…。」

そう言うと、彼女は僕の背中に腕を回して

「私も…会いたかった…。」


と呟くように言った。

No.216 12/04/12 00:36
ゆい ( W1QFh )



深夜に目が覚めて、キッチンへと水を飲みに行く。


コップをテーブルに置いて携帯を取る。

チカチカと、メール受信のイルミネーションが点滅していた。


フォルダーをひらくと、見慣れないアドレスからだった。


「明日の夜7時に、あの観覧車の下で待ってます。―美桜。」

…美桜?


SO-TICK0615.0415@EZweb…


SO?爽太か…?


でも、何で爽太の携帯からなんだ?


ずっと抱えていた嫌な予感が、胸を締め付ける。


彼女の話が僕にとって辛いものになる。

そう、確信した。


携帯のPWRボタンを押して携帯を閉じる。

返信は、返さない。

No.215 12/04/12 00:15
ゆい ( W1QFh )

吉宗side~

夢を見た…


美桜が…散った桜の木の下で泣いている夢だ。


僕が駆け寄ろうとしても、その距離はどんどん離れて行く…

彼女に、僕の声は届かない。


まるで…彼女の中に僕など、存在しないかの様に…

No.214 12/04/09 23:04
ゆい ( W1QFh )


「私…やっぱりもう一度、吉宗さんに会ってみようかな…?」


姉さんは顔を曇らせて言った。


「このまま、黙って去って行くなんて卑怯よね…。」


「別れ話し…出来るの?」


先生は、どうするんだろう…。


姉さんが他の奴と…あの、本上と結婚するなんて知ったら…
悲しむよな。


最悪、駆け落ちか?
まぁ、それはそれで良いか…。


そうしたら何もかも、全て解決だ。


「姉さんは、先生と別れる必要なんて無いよ。」


「…別れるわよ。」
「無理だろ。」


姉さんは、別れられないよ。


「別れるって…。」

姉さんの頬に流れる涙を拭う。


「先生が、離さないよ…。」


あの人はきっと、何が何でも別れを拒む…。


俺には分かる。


姉さんを愛おしいと思う者同士だからさ。


どこまでも…俺達はかぶってるから。


一度だけ見たんだよ。


先生が、授業過程表にこっそりと書いた落書きを。


ヘッタクソな姉さんの似顔絵と


そこには、


「西島 美桜」


って書いてあったんだ。


マジ…乙女か!っつ~の!!


笑えるよな…。

No.213 12/04/08 11:10
ゆい ( W1QFh )



姉さんは見違えるほど元気になった。


退院の日も決まった。


姉さんは、あの青色のカーディガンを羽織ってテラスに出て風を浴びていた。


「寒くない?」

声を掛けると、姉さんはニッコリと微笑む。


「日当たりが良いから気持ちいい!」


「そうだね。」


カーディガンの裾を鼻先に持っていって姉さんは瞳を閉じる。


「これ、吉宗さんのね。」


「パクって来た(笑)」


「ダメね…泥棒よ?」

「代わりに姉さんのカエル置いて来たよ。だから…物々交換!」


先生の方が、高くついたと姉さんは笑う。


それから、昨日学校で先生がPコートを着て来て他の先生に、高校生だとイジられてたと面白おかしく話した。


「それ、見てみたかったなぁ(笑)」

「相当、不機嫌だったよ(笑)」


その日の午後に、山城さんが新しいアパートの鍵を持ってやって来た。


もう引っ越しの準備も済ませてくれていた。


今回の事では、父に気付かれないよう機密裏で俺達を支えて助けてくれた山城さんには頭が上がらないくらい感謝している。


この恩は、いつか返さなければならない。


「退院したら、爽の好きな物作って食べさせてあげる。
なにがいい?」


姉さんの問いに、俺はすかさず

「ハンバーグ!」

と答えた。

しかも…


「「チーズの入ったやつ!」」


二人で声を合わせて言った。

こういうのってハッピーストップって言うんだっけ?


とにかく、俺の好きな物を覚えていてくれて嬉しかった。


「…あの人と同じね。」


懐かしむように姉さんが呟いた。


チッ…!

かぶんなよ…。

No.212 12/04/08 10:42
ゆい ( W1QFh )



うたた寝した俺の指先に何かが触れた…。

重たい目蓋を上げて、指先を見る。


「…あっ…。」


握られた手…


姉さんの顔を見た。

朝日に照らされて微笑んでいる。


「目が覚めた…!」

涙で霞んだ瞳の先に、姉さんの笑顔があった…。


「…おはよう、爽…。」


俺は、姉さんを抱いて言う…


「おはよう…姉さん!」


泣きじゃくる俺の頭を撫でて、姉さんは
「もう大丈夫。」

そう…繰り返して言った。


医師は奇跡だと言ったが、俺は必然ではないかと思った。


強く願えば、報われる…姉さんにはそんな力がある。

No.211 12/04/08 10:17
ゆい ( W1QFh )


真っ白な世界…

暖かくて気持ちがいい…。


このままずっと、深い眠りについてしまいたい。


「…お…美桜、美桜。」


名前を呼ばれて、目を開ける。


…お兄ちゃん?


「どうした、美桜。 こんな所で何をしてる?」


「お兄ちゃん…本当にお兄ちゃんなの?」


優しく微笑む兄の顔を触る。


私の手を取って、

「ああ、そうだよ。」
と頷く。


涙が溢れた。

お兄ちゃん…!

会いたかった!
ずっと、ずっと…会いたかった!


兄に抱き付きながら、子供の様に泣いた。


あどけなさの残る兄は、あの時のまま…

今の爽太と同じ、高校生のままだった。

「美桜、ここにいたらいけない。
早く目を覚まして元の場所へ帰りなさい。」


「嫌っ…!
私、ここにいたい! 兄さんと…お母さんの側に居させて?」

私の頬に流れる涙を指で拭って、兄は首を横に振った。


「…どうして?
どうしてダメなの? 私、もう辛くて…苦しくて…っ。」


「爽太が待ってる…。
あいつを一人にしたらダメだよ。
母さんと約束したんだろ?」


「…知ってたの?」

「いや、こっちに来て母さんに聞いたんだ。ひどいだろ(笑)?
美桜、僕が助けてあげるよ…。」


そう言うと、兄は私のお腹に手を当てた。


「…無事なのね?」

無言で微笑む兄に、また涙が流れ落ちた。


「もう、大丈夫…。 行きなさい美桜。
僕の分まで生きて、決して諦める事無く、自分の人生を歩め。」


兄の指差す先に光が見える。


眩しく照らされた一本道を…長い道を歩き出す。

No.210 12/04/08 09:31
ゆい ( W1QFh )



先生を訪ねて会った時…どうしても、姉さんの事は言えなかった。


助けて欲しい気持ちと、

姉さんの意志とが入り混じって、言い出せなかった。


結局は、またケンカして出て来てしまった。


俺は、そのまま校長に休学届けを提出した。


そして、職員室の先生のデスクに立ち寄る。


イスに掛けられた青色のカーディガンを取って、代わりに折り紙のカエルを置いた。


(ちょっと、借ります…。)


心の中でそう唱えて、俺は姉さんの待つ病院へと帰って行った。

No.209 12/04/08 09:19
ゆい ( W1QFh )


理科の授業中、ビーカーを割った生徒の代わりに先生は破片を拾って指を切ってしまった。


「先生…すみません、私のせいで…」

「いや、気にしないで平気さ。
それより伊藤さんがケガをしなくて良かったよ。」


指先を舐めながら先生は笑う。


頬を赤らめる女生徒を見て

俺は姉さんの言ってた事を理解した。


確かに先生はモテそうだな。


姉さん、うかうかしてたら先生は他の女に取られちゃうぞ…?

「ん?どうした?岡田、ぼーっとして。」


思いにふける俺に対して、先生は声をかけた。


「べつに。」

「何だよ…爽太様は、ご機嫌斜めか?」

どこかのお騒がせ女優にかけた冗談に、クラス中の笑いを誘った。


ただ一人、俺だけが笑えなかった。


先生に、姉さんの事を話したかった。


姉さんを、深い眠りから目覚めさせられるのは先生しかいない…


そんな気がしてならなかった…。

No.208 12/04/08 00:33
ゆい ( W1QFh )



陽一さんと、こっちの医師達のおかげで姉さんは一命を取り留めた。


だが、出血がひどくショック状態が長引いたせいか意識は戻らない。


もう、4日も昏睡状態だった。


このまま意識が戻らなかったら…


そう思うと怖かった。


山城さんにお願いして姉さんのアパートは引き払ってもらった。


先生が訪ねて来たら…多分、もう言い訳やごまかしは利かないと思ったからだ。

俺は休学届けを出ししに重い足取りで学校へと向かった。

No.207 12/04/08 00:14
ゆい ( W1QFh )



本上が怯む…。


「姉さん、結婚式のドレスはこれで良いね。」


俺の問いに姉さんは汗を浮かべて頷いた。


(姉さん、もう少しだから頑張って。
しっかりするんだ…。)


姉さんにそう囁いて、気丈に振る舞う。

「美桜ちゃん…?」

心配した本上が姉さんの顔色を伺う。


「平気です…。
着替えをして、今日はもう失礼します…。」


本上は罪悪感からか、それ止めなかった。


姉さんをタクシーに乗せて病院を目指した。


尋常じゃない程の汗が滴る。


顔色が悪くて身体は震えていた。


(姉さんが死んでしまう…。)


そんな恐怖感に襲われて、俺はうちの病院へと向かおとした。

だが、姉さんは頑なにそれを拒む。


どうしたら…


俺は、山城さんに電話して助けを求めた。


山城さんの指示を受けて病院へとタクシーをつけた。


既に、救急車とドクターが用意されていた。


「陽一さん?!」

「爽太さん、早く!」


陽一さんは山城さんの息子さんで、うちの病院で医師をしていた。


数少ない信用出来る人の一人だった。


「美桜ちゃん…なんでこんなっ…!
久しぶりに会えたのに全然、元気じゃないじゃん…!」


陽一さんと、姉さんは幼なじみだ。


彼は、もうすでに意識の無い姉さんに話し掛けながら懸命に処置していた…。

No.206 12/04/07 23:49
ゆい ( W1QFh )

円形状の試着室のカーテンが開くと、俺と本上は息をのんだ。


シンプルなオフショルダーの真っ白なシルクのドレスを纏った姉さんに、誰もが言葉を失った。


パンフレットに載った写真のモデルよりも、はるかに姉さんの方が綺麗だった。

不意に、俺の涙腺が緩む。


誰よりも、この姿をあの人に見せてあげたい…心からそう思った。


本上に強い眼差しを向ける姉さんも、きっと俺と同じ事を思っているに違いない。


おれは、涙がこぼれ落ちないようにと唇を噛みしめて外に視線を逸らした。


すると、店のウィンドウ前をあの人が通り過ぎるのが見えた。


「…先生?」


無意識に歩み寄ろうと、足を踏み出したその時…

俺の真横を姉さんが掠めていった。


ドレスの裾を持って裸足のまま、店の外へと出る。


「吉宗さんっ…!」

先生の後頭部を追いかけて姉さんは叫ぶ。


俺は、そんな姉さんの腕を掴んだ。


「姉さん、ダメだ! そんな格好で先生に会っちゃダメだ!!」


俺の叫びに、姉さんは力無く肩を落とす。


静かに店に戻ると、本上が嫉妬に狂った鬼の形相で姉さんの腕を掴み上げた。


「まだ、アイツに未練タラタラなのか!」

「やめろ…!」


店の中が騒然とする。


俺は、姉さんを掴んだ本上の腕を引いた。


本上は、「くそっ!」と舌打ちをして乱暴に姉さんを放した。


その反動で姉さんは、あの長椅子にお腹をぶつけるように倒れ込んだ。


「…うぅ…!」


苦痛に歪む姉さんに、本上は慌てて近寄る。


だが、俺はそれを許さない。


きつく睨みをきかせて、本上に向けた。

No.205 12/04/07 22:47
ゆい ( W1QFh )

そして、その日がやって来た。


朝早くに俺の携帯が鳴った。


姉さんを起こさないように、病室のバルコニーに出て通話ボタンを押した。


「…はい。」

「爽太か?
美桜の携帯が繋がらない。
今、一緒にいるよな?」


電話の相手は本上だった。


「はい、一緒です。」


「今日、ウエディングドレスの試着をさせたいから午後1時に青山に来るように伝えてくれ。
携帯、繋がるようにしとけって言っとけよ。じゃあな。」


通話がプツリと切れて、機械音がツーツーといつまでも鳴っている。


ウエディングドレス…


姉さんは、それを着て何を思うのか。

そんな事を考えた。

妙な胸騒ぎを抱えたまま、俺は姉さんと一緒に指定された青山のドレスショップへと向かった。


大理石に、赤い絨毯が引かれた広いサロン。


アンティーク調の長椅子に座る姉さんの周りを、白い純白のドレス達が囲った。

「なんでお前も一緒に来るんだよ…!」

本上は、俺の肩に腕をのせて耳元で言う。


「今夜、ホテルに連れて行こうと思ってたんだぜ?」


吐き気がした。


「姉さんは、結婚初夜までは嫌だってさ。」


「はぁ?!処女でもないのにか?」


―あの野郎…。


まぁ…当然なんだけど、改めて聞くとやっぱり腹が立つな。

「とにかく、ケジメとしてそうしたいらしいから。
姉さんらしいだろ?」


本上はうなだれながらも頭を掻いて

「まぁな…。」

とため息を吐いた。

No.204 12/04/07 22:17
ゆい ( W1QFh )

「姉さんは、先生を美化し過ぎなんじゃない?」


俺は、紙飛行機を作りながら意地悪い口調で言う。


「…え?」

「だってさ、そんなにイケメンって訳じゃないし…顔だけなら本上の方がイケてる。
先生は、まぁ…どこにでもいそうな優男って感じだね。」


多少、先生に対してやきもちを妬いてたから僻みでそう言ったのもある。


「そうね(笑)
でも、多分…あの人って女性にモテるわ。本上先生みたいに危険な香りがしない分、本気で好かれるタイプかな?
それに、可愛いでしょ?母性本能くすぐられちゃうからね。」


あ~あ、完全にノロケを聞かされたな。

頬をピンク色に染める姉さんに、俺は先生は幸せ者だと思った。


「俺、先生に姉さんの好きな所を聞いてみた事があるんだ。」


(何て?)

目を輝かせて身を乗り出す姉さんを見て、俺はしめしめ…と頬を緩ます。


「胸が小さい所だっ…て…うわぁ!」


容赦なく投げられた枕を間一髪でかわした。

No.203 12/04/07 21:53
ゆい ( W1QFh )


幸い、姉さんの体調は順調に回復の兆しをみせていた。


あと、もう少しで危機的な状態から抜けられそうだ。


「吉宗さんに会いたいな…。」


折り紙をおる手を止めて、姉さんは呟いた。


俺は、姉さんが折った幾つかの動物達を眺める。


「これ、カエル?」

「そう、こうして背中を押すと飛ぶのよ(笑)」


ほらと、笑って折り紙のカエルを飛ばす。


「おぉ~すげぇ(笑)!
昔、よく俺に折り紙で色々なの折ってくれたよな。
姉さん動物の事とか詳しいし、上手く作るんだ(笑)
何気に尊敬してたよ。」


「何気に?」


俺の言った事に、姉さんは頬をプゥと膨らます。


「ウソ、かなり(笑)」


「よし(笑)!」


先生に会っても、うまく笑えない…

姉さんはそう言ってた。


どうしても、ぎこちなくなってしまうと。


そして、別れの言葉に詰まる…と。


何度かそれを伝える為に会いに行っても、先生の顔を見ると気持ちが揺らぐ。


「絶対に別れてなんて言えない。
他の人と結婚するなんて言えない。」

そう、むせび泣いた夜もあった。

No.202 12/04/07 21:29
ゆい ( W1QFh )



夜になると、姉さんは夢にうなされる事が多くなった。


兄さんの夢や、

先生の夢だと思う。

一度だけ、姉さんが先生は兄さんに似ていると言った事がある。


俺は全然そんな事ないと否定した。


だが、俺が岡田の家に来る以前の兄は、先生の様に穏やかで笑顔の優しい人だったと…姉さんが寂しがると、いつまでも側にいて遊んでくれたと言った。


俺は、そんな時の兄さんに会いたいと思った。


無理なのは分かっている。


兄さんを変えてしまったのは、紛れもなく俺だったんだから。


姉さんが、兄さんを…

そして先生の名前を呼ぶ…


「会いたい」と手を伸ばす。


本当は、俺が背負うべき罪を…姉さんは未だに一人で抱えている。


先生…


俺は、どうしたら姉さんを救えるのかな…?

No.201 12/04/07 04:07
ゆい ( W1QFh )


その後、父にも会って話をした。


「そうか、結婚を受ける気になったか。」

「はい、父さん。」

「お前なら、すでに恋人がいるものと思ってたが…いなかったか。」


父さんの問いに、姉さんは薄笑いを浮かべる。


「いますよ。
ちゃんと愛する人が…。
素敵な人です。正直で、誠実で…とても可愛らしい人…でも、父さんは別れろと言うでしょう?
私に恋人がいても関係なく、本上先生と結婚させるつもりでしょう。」


姉さんが涙を浮かべて父さんに放った。

「そうだな。
美桜、お前が愛したその人はきっとお前の言う通りの素晴らしい人なのだろうね…。
なら、お前に未練が残らないように上手く別れる事だ。
最愛の人に微かな期待をも残すな。」


こんな冷酷な男が、俺達の父親だ。


「それから、爽。
お前は、この1週間たらず…家にも帰らないでどこで何をしている?」


「姉さんの所にいます。
結婚したら、もう二度と一緒には暮らせませんからね。」


父さんは、

「…そうか。」
と小さく吐いて手の甲を向けて振った。

これは、父の「下がれ。」という意味でやる癖だ。


俺達は家族だ。


でも…絶対に父さんとは溶け合えない。

血の繋がりだけで保たれた家族。


たったそれだけの、親子だ…。

No.200 12/04/07 03:31
ゆい ( W1QFh )


さらに数日経過すると、姉さんは自由に外出も出来るようになった。


ただし、1日に数時間という条件付きでだ。


「今日、本上先生に会って来るわ…。」

姉さんの言葉に俺は驚いた。


「大丈夫か?
もし、何かあったら…」


「大丈夫よ。
結婚を受けるって返事をするの…。
実際、何も言わずに雲隠れする方が怪しまれてしまう。」


それも、その通りだと思った。


「分かった。
でも、俺も一緒に付いて行く。」


東京に戻って、本上を病院の近くのカフェに呼び出した。


「身体の調子はどうだい?」


勤務中の医者とは思えないキザな出で立ちで奴は現れた。


どこ製のスーツだよソレ…。


仕事の後、女と会うのが見え見えなんだよ。


「結婚の話、受けます。」


姉さんは体調の事は触れずに本題に入った。


「同然だよ(笑)
それで?今は研究室も休んでいったいどこで何してんの?
毎日、吉宗のとこにでも行ってんのか?」


「いいぇ…行ってないわ。
徐々に、会うのはやめようと思ってる…。」


姉さんがそう言うと、本上はいやらしく満足そうな笑みを浮かべた。


「徐々に…ねぇ。
まっ、いっか!
式は来年の春だ。
美桜、逃げるなよ(笑)?」


奴が姉さんを呼び捨てにするのが堪らなく嫌だった。


「えぇ、でも…私、一生あなたを愛さないわ。 本上先生。」


そう言い放った姉さんの瞳には小さな炎が宿っていた。


プライドをなくさない。

気高き炎だ…。


「…上等だよ、美桜ちゃん。
良いねぇ~…だいぶ魅力的になったんじゃない?
その方が萌えるよ。」


本上は、そう言って会計書を取ると、その場を去って行った。

No.199 12/04/07 02:53
ゆい ( W1QFh )

姉さんは1ヶ月と言ったが、最低でもあと2ヶ月の静養は必要だ…。


その間、あの二人に姉さんの身体の異変を知られたらマズい。


「姉さん、しばらく俺もここから学校へ通うよ。
んで、期末が終わったら1、2ヶ月は休学する。姉さんが退院したら結婚するまでの間は一緒にこの辺で部屋を借りて住もう。」


「…休学って…ダメよ!そんなっ…」


「大丈夫だよ。
単位は落とさないようにレポート提出するし。
姉さんが本気で、本上と結婚するっていうならそれまでの間は一緒にいたいんだ。
10年分…甘えさせてよ…!」


「…爽。」

姉さんが俺を抱きしめる…


あの頃と何も変わらない姉さんの匂い。

母親の温もりは忘れてしまったけど、

姉さんの温もりは覚えてる。


恋しかった…

ずっと寂しかった…

今、姉さんがやっと俺の元へと帰って来た。


「…お帰り。」

「ただいま…爽。」

姉さんと二人で微笑みを交わす。


わだかまりが溶けた春のような暖かさ。

こんな俺達を見たら…先生はまた、ムクれて去って行くかもしれないな。


No.198 12/04/07 01:21
ゆい ( W1QFh )


翌朝、姉さんは起き上がれるほどに回復した。


「本上と結婚するの?」


山城さんが用意してくれた重箱を温めなおして二人でつついていた。


「そうね…嫌でもそうなるでしょうね。」


「こうなりゃ、西島と駆け落ちしちゃえば?」


姉さんは箸を止めた。

「爽に病院を受け継がせる為なら、私の幸せなんて要らない。」


「俺は姉さんの幸せを奪ってまで病院を継ぎたくはないよ?」


一気に険悪なムードになった。


俺らは互いに意志が強くて頑固だから、いつもこうなる。


「爽が病院を継ぐ事は、色々な人の願いや強い意志が込められてるの…だから絶対に継がなきゃダメ!」


「その為に捨てられる先生が可哀相だろ!!」


俺は、テーブルをガンっと強く殴った。

姉さんは、真っ直ぐな瞳を俺に向ける。

「…私、吉宗さんを信じてる。
例え、私がいなくなってもあの人は私を待っていてくれるわ…絶対に…。」


零れ落ちる涙が、姉さんの拳を濡らす。

「爽…お願い。
私、あの人を愛してるの…だから、あと2ヶ月…ううん、あと1ヶ月でもいい…!
私を本上先生や、父から遠ざけて…。」

縋るような姉さんの願い…


姉さんは、本気で先生を愛してるんだ。

「…いいよ。分かった。」


姉さんの手を取って、俺は姉さんを抱きしめた。


小さい頃…幾度となく姉さんに守ってもらった。


今度は俺が姉さんを守る番だ…。

No.197 12/04/07 00:54
ゆい ( W1QFh )


「姉さん…!」


見慣れない天井に目を丸くする。


「爽…ここは…?」

「山城さんに用意してもらった病院だよ…大丈夫、誰にも知られない様に少し遠くに来たんだ。」


姉さんの手を取って俺は言った。


「山城さん…?」


「お久しぶりでございます…お嬢様。」

山城さんは、久しぶりに会う姉さんに涙を浮かべた。


「本当に…山城さんね…懐かしい。」


「先ほども本院でお見かけしましたが…本当に、美しくご成長なさいましたね…面影が奥様によく似てらっしゃいます。」


「…ふふっ…私、完全に父似よ…?
母に似てたのは…兄の方よ…。」


酸素マスクを付けられても姉さんは明るく微笑んで見せた。

「姉さん、どうして身体…こんなになるまで放っておいた?」


俺の言葉に、姉さんはハッとした目線を俺に向けた。


(そうか…やっぱり姉さんは知ってたんだな。)

「大丈夫だよ。
まだ危険な状態だけど、今はなんとか大丈夫だ。」


「…そう…良かった。」


胸を撫で下ろす姿に、俺はいたたまれなくなった。


姉さんの身体が危険って意味なんだと

言い直す事が出来なかった。


No.196 12/04/07 00:35
ゆい ( W1QFh )



タクシーを2時間近く走らせて着いたのがこの病院だった。


姉さんはすぐに診察室へと運ばれた。


「事情は山城さんから聞きました…が、美桜さんの状況はかなり緊迫した状態ですよ…?
このまま、黙って内密にしていれば美桜さん自身と爽太さん、あなたも負担が掛かってしまう。
それでも、外部には連絡するなと私におっしゃるのですか?」


温厚で優しそうな院長に、俺は深く頭を下げた。


院長は溜め息混じりに

「何ていう事だ…」
と嘆いた…。


その数時間後に、山城さんは姉さんの入院支度を整えてやって来た。


「さぁ、爽太さんもちゃんと召し上がって下さい。」


重箱に彩りよく詰められたおかずを俺に差し出す。


「ありがとう…でも今は。」


正直…姉さんの身体の事が心配で食事をとる気分では無かった。


「ささ、一口でも。 食べないと美桜さんを守れませんよ?」

そう、促されて俺は受け皿に盛られた玉子焼きに箸を伸ばす。


「…ここ…どこ?」

姉さんの声に、俺は箸を落としてベッドに駆け寄った。


No.195 12/04/07 00:04
ゆい ( W1QFh )



すぐに、携帯を手に取ってある人に電話を掛けた。


「俺です。病院を手配して欲しい。
できれば郊外…はい、なるべく遠くて静かな所で…はい、そうです。
父さん含め、誰にも内密でお願いします。
いぇ…その辺はまた連絡します…はい…いつも、ありがとう…山城さん。」


電話を切ると、俺はタクシーの運転手にその行き先を告げた。


No.194 12/04/06 23:57
ゆい ( W1QFh )

父さんの手が姉さんの顔に触れる。


その時…ほんの一瞬だが、父さんの顔が泣き出しそうなくらい切ない表情になった。


父さんは姉さんの涙袋を下に引っ張る。

「白いな…貧血が出てる。
このまま、検査入院しなさい。」


「いいえ…結構です…検査は受けません。」


姉さんは父さんの手を跳ね返して立ち上がった。


俺はすかさず姉さんの身体を抱き支えた。


「…爽…お願い…っ!ここで、検査は受けられない…」


耳元で消え入りそうな声の姉さんが言う。


俺は、その願いに頷いて返事を返した。

「今日は、俺が姉さんを連れて帰ります。
後日、改めて二人で来ます。」


「分かった…そうしなさい。
くれぐれも何かあったら病院に連れて来なさい。
いいか?爽。」


俺は父さんと本上に一礼すると、姉さんを連れてタクシーに乗った。


息を乱して苦しそうな姉…


額に浮かぶ汗をタオルハンカチで拭った。


車中で、意識を朦朧とさせる姉さんが

何度も


先生の名前を呟いた…

No.193 12/04/06 23:38
ゆい ( W1QFh )


冷静に…考えろ!


「どう言うこと? 」

震える姉さんの手を取って俺は、父さんと本上に問いた。


「美桜は、この本上君と結婚するんだ。」


父さんは眼鏡を光らせて言った。


いつもの無機質な物言いだ。


「何故です?」


「そうする事が、この病院の為になるからだ。」


俺は、父さんの一句一言に首を傾げながら(分からない)と言うように父さん達を睨み付けた。


内心では、姉さんは政治の道具にされるのだと分かっていた。


本上の親父に、金を受け流しているのは随分前から知っていたし。


そのおかげで、この病院は色々な恩恵を受けている。


おそらくは…姉さんもそれに気付いている。


分かっているから、その命令に従うしかないという事も…。

「…姉さんは、この病院とは無関係。
そう言って、捨てたのは父さん自身ですよ?それを…今更、病院の繁栄の為に身売りさせるって言うんですか?」


姉さんが、俺の手を強く握り返す。


「言葉が過ぎるぞ…爽。
美桜には、美桜なりに病院の為に役く立つ方法がある。
それに、あの時の事を償うチャンスだと思うのだが?」


「姉さんは、もう罰を受けています。」

俺が父さんに詰め寄ろうとした瞬間、

姉さんが目眩を起こしてフラついた。


「姉さん…?」

倒れそうな姉さんの肩を抱く。


「…ごめん、大丈夫よ…。」


ひどく顔色が悪い。

すぐに、本上が俺達に駆け寄ってきた。

奴が姉さんの脈拍を計る。


それだけで嫌悪感が走った。


「脈拍が弱い。
美桜ちゃん、最近いつ血液検査した?」

姉さんは、本上の質問には答えない。


突っぱねる姉さんに、父さんが重たい腰を上げた。

No.192 12/04/06 23:06
ゆい ( W1QFh )


夜の闇の中で、ウトウトと眠気に襲われて重たい瞼を閉じた。


姉さんがこうなった経緯が蘇ってくる。

あぁ…また同じ夢を見てしまう。


姉さんの悪夢を引き継ぐように…。



―1ヶ月前―…


「姉さん…!」


学校帰り、父さんに呼ばれて病院の院長室に行くとそこに姉さんの姿があった。

…姉さんが帰ってきた!


とっさに、そう思った俺は心を踊らせた。


「…爽。」


しかし、姉さんの表情は俺の心情とは裏腹に暗かった。


すぐに違和感が走った。


「…何で、お前もいんだよ?」


「目上の相手に、お前とか言うなよ爽太。
(本上先生だろ?) 何でいるんですか?って聞けよ。」


俺はコイツが嫌いだ。

何故だろう…なんとなく昔から苦手だった。


うちの病院に来てから色々な看護師との噂や、病院内を嗅ぎ廻る様子とかがやたら目について更に嫌いになった。


「そう、睨むなよ。 俺達…これからは義兄弟になるんだからさ。」


(義兄弟…?)


静止した場の空気。

信じらんない言葉…

ニヤついた本上の顔

姉さんの、唇を噛み締めた絶望感に満ちた顔…


混乱状態の俺の頭ん中。


そんな中で、グチャグチャな思考回路を一掃するように


西島先生の微笑みを浮かべた顔が俺に手を差し伸べた…。


No.191 12/04/06 22:37
ゆい ( W1QFh )

爽太side~


都心から特急で1時間ほど離れた地方都市。


周りが山に囲まれた静かな場所にある個人病院。


まだ新しくて、この場所には不釣り合いな程モダンな外装の造りだ。


1階の受付を済ませて、俺は3階にある入院病棟へと向かった。

この病棟は全て個室だ。


その中でも、高級そうな茶色の絨毯が引かれたフロアの大きなドアに手をかける。


「姉さん、調子はどう?」


広い特別室に置かれたベッドの上に、姉さんは横たわっていた。


アロマ入りの加湿器がシュンシュンと音を鳴らして蒸気を発している。


「…まだ寝てるの?」


俺は、眠っている姉さんの布団の上に青色のカーディガンを広げた状態で置く。

「…早く起きて。
あの人が、姉さんを待ってる。」


冷たい手を取って握る。


眠り姫が目覚める日を、俺は祈りながら待つしかないのだ。

いつか、この手をあの人の所まで引いて行ってあげる。


姉さんの愛おしい人の所へ…

No.190 12/04/06 04:44
ゆい ( W1QFh )



「よう、先生。」


放課後、僕の所に爽太が顔を出した。


「浮かない顔だな。 どうした?振られたか(笑)?」


爽太の冗談にも笑えない。


「…本当に、そんな感じだよ。」


爽太は僕の顔を覗き込む。


ち…近っ!


「先生、泣きっ面だな。
こんな、妻帯者振って正解だよ姉さんは…。」


「あぁ…そうかもな!
いい加減愛想も尽かされたかもな!」


大人気もなく、僕は爽太にそう言い放った。


「ハァ…何だよ。
姉さんの選んだ男がこんなかよ…。
マジで、がっかりするわ!」


「こんなんで、悪かったな!」


本っ当…高校生とケンカするアラフォーってなんなんだよ。
情けない…。


「…あんたの事、殴って損したよ。」


ひどく落胆した爽太に、僕は今までの言動を後悔した。


「爽…―」


僕の呼びかけを無視して爽太は踵を返す。


準備室のドアの前で一度立ちどまって振り返る。


「姉さんは、一人で戦ってるぞ…!」


鋭く…でも少しだけ潤ませた瞳で、爽太はそう言って去って行った。


(一人で戦っている…。)


一体、何の事なのか…

何と戦っているのか…


その意味が分からない。


爽太は僕に何を伝えようとしたのか…?

知りたくても、爽太は翌日から休学届けを出して学校へは来なくなった。


ついには、美桜の電話も繋がらなくなった。


彼女の部屋も引き払われていた…。


完全に僕は、取り残されてしまったのだ。


美桜…君の身に一体何が起きた?


何故…何も言わずに去って行ったんだ…?


空白になった君の部屋で、僕はひたすら声を荒げて泣いた…。


No.189 12/04/06 04:15
ゆい ( W1QFh )


季節は冬になっていた。


もうじきやって来るクリスマスに、街がイルミネーションで鮮やかに彩っている。


冷え込みの酷い朝、黒のPコートを着て出勤すると一斉に、職員達から生徒と変わりないんじゃないかと言われた。


ついに、僕は高校生になってしまった。

完全にイジられたな…。


もう、このコートは二度と着て来ないと誓う。


まぁ…学校では相変わらずこんな感じだったが、プライベートは最悪だった。


清美との離婚調停も案の定、いたちごっこが続いて先は見えず。


美桜は、連絡の取れない日が多くなった。


たまに会えたとしても、なぜか上の空だ。


彼女の気持ちが見えなくて、悶々とした日々を送っていた。

いつからそうなったのか…1ヶ月ほど前から彼女の態度がおかしくなった。


確か、きっかけは一本の電話だった様な気がする…。


夜中に、けたたましく鳴った電話。


曇り声で、よそよそしく会話をしていた相手は…おそらく彼女の父親だ。


どんな内容かは覚えていないが、ひどく深刻な表情の彼女が頭にこびり付いていた。


その日からだな…僕を何となく避ける様になったのは。


No.188 12/04/06 03:52
ゆい ( W1QFh )

美桜を愛している。

だから、このまま不倫の状態でいさせたくない。


事実上は破綻していても、僕には妻がいる…その事が、美桜を苦しめている事は分かっていた。


だから、何度か清美に話し合いをもうけた。


…が、いずれも離婚には応じて貰えなかった。


あとは、


「…裁判しかないか。」


こうなった以上は、円満に離婚なんて無理だよな…。


しかし…清美の事だ、敏腕の弁護士をつけるのは目に見えている。


時間だけが無駄に過ぎるかもしれない。

それでも、僕は何とか動き出したかった。


1日でも早く、美桜と結婚したい。


本気でそう考える様になった。


No.187 12/04/06 03:36
ゆい ( W1QFh )


僕は、うつぶせ寝の美桜の背中を指先でなぞった。


背骨が真っ直ぐで、大理石の彫刻みたいに綺麗な背中だ。


「美桜って、砂糖菓子みたいだよな。」

「…え?」


なんとなく彼女を見て思った。


「髪の毛なんて、フワフワで綿あめみたいだし。
肌は、生クリームみたいに白くてスルスルしてるし。
それに…」


僕は、美桜の首筋をクンクンと犬の様に嗅ぐ。


「いつも、甘い良い香りがする。」


美桜は、くすぐったそうに首を傾げる。

「匂いは…たぶん、ランバンの香りよ。」


「ランバン?香水?」


「母がね、いつもこれのボディクリームを使ってたの…この香りに包まれていると、今でも母が近くにいるみたいで落ち着くの。」


「美桜のお母さんの匂いか…。」


きっと、彼女の様に美しい人だったんだろうな…


美桜の父親は、今の彼女を見てどう思うのだろう。


かつて愛したその人と重なって、会えば辛くなる…


だから、一度も彼女に会おうとはしないのだろうか…


生きていても会えない親子。


美桜の孤独はいつまで続くのだろう。


一緒にさえなってやれない僕には、彼女の孤独を救えない…

時折、僕は美桜に対してこんな無力感を感じる。


彼女を家族の元へと返す事も

彼女を僕の家族にする事も


どちらも僕には、叶えてあげられない…

僕は無力なんだ…。

No.186 12/04/06 02:53
ゆい ( W1QFh )


「私…吉宗さんが好き…大好き…。」


君の甘い言葉が、僕の耳を溶かす…

君の愛情が、僕の全てを溶かす…


熱を帯びて溶け合う…


君が、僕に吐き出して

僕が、君に吐き出して…


互いに身体の中から、互いにの身体中へと入って行く…


愛情の交換を…


まるで神聖な儀式の様だね…

No.185 12/04/04 23:29
ゆい ( W1QFh )

僕は、美桜にキスをしようと唇を近づけた。


美桜は顔を伏せてそれを避ける。

「…美桜?」


「…ごめんなさい…。
でも、私…吉宗さん以外の人と…っ。」

美桜が悪い訳じゃないのに、彼女は自分を責めていた。


さっきからずっとだ。


「美桜が悪いんじゃない。
それに、そんな事言ったら僕だって清美と…」


「やめて!!
聞きたくない!」


美桜は僕の言葉に耳を塞ぐ。


「美桜は、やきもち妬きだな。」


「そうよ…。私って嫉妬深いの…吉宗さんが大好きよ。
誰にも触れさせたくないし、触れて欲しくない…!
なのに…吉宗さんは私が他の人に触れられても平気なの?! 妬いたりしないの?!」


平気でいられる訳ないじゃないか…


君のあんな姿を見て
君の身体に付けられた赤い痕を見て…


なんで、平気でいられると思う?


嫉妬や怒りの炎を君にぶつけても、君が辛いだけだろ…?


だから、必死に抑えてるんだよ。


なぜ、君はそれが分からない?


「僕だって、嫉妬深いよ。
ただ、美桜を嫉妬心で抱きたくないだけだ。君に、怒りにも似た感情をぶつけたくないんだよ。」


美桜は僕の胸元を掴む。


「…私はあの時、吉宗さんにぶつけたわ。あなたの肩を噛んでしまった。
そんな風に、冷静に考える暇もなく…あなたを求めたかったのに…。」


あぁ確かに…あの時、僕は君に愛されている実感に包まれて幸せだった。


相手を求めるって、そういう荒々しい感情も含めて欲しがっても良いのかもな…。


「だったら、僕のキスを避けるなよ。」

僕はそう言って、激しく彼女の唇を奪った。


冷静沈着…僕のポリシーだ。


でも、美桜…君はいつも僕の心を熱く焦がして、僕から冷静さを奪いとる。

No.184 12/04/04 22:10
ゆい ( W1QFh )


途中でスーパーにも寄って夕飯の買い物も済ませた。


楽しそうに食材を選ぶ美桜を見て、僕の心配は和らいでいった。


家に着いて、二人で手を洗いに行く。


美桜は、洗面台の鏡の前で表情を曇らせた。


それを覗き込むと、彼女はサッと首もとを手で隠す。


僕は、その手を取ってゆっくりとどける。


「…ごめんなさい…っ。」

「謝らなくていい。」


くっきりと残った孝之の記し。


僕は、温めたタオルをその記しに当てた。


「痣みたいなもんだからなぁ…温めたら治らんかね。」


しばらく当てると一回、タオルを外してみる。


あまり効果は無さそうだ…。


「どげんしたら良かとか…これはぁ?」

僕はその痣との格闘に夢中だった。


「一度つきよったら、ふなこつ消すのは難しかね…。」


タオルをポンポンと叩くように当ててると、美桜が僕の手を止めた。


美桜は肩を震わせてクスクスと笑っていた。


「くすぐったかった?」


彼女は、涙目で首を横に振る。


「何?なんで、そんな笑ってんの?」


僕のキョトンとした顔に、彼女は我慢ならないと言う様に吹き出して笑い転げる。


「だって…!(笑)
吉宗さん、独り言が博多弁なんだもん(笑)」


「…え?僕、訛ってた??」


自分でも全然、気がつかなかった。


「ふふっ…なんか、可愛い!」


こんな些細な事で、美桜が元気を取り戻した事が、僕は何よりも嬉しかった。

No.183 12/04/04 21:32
ゆい ( W1QFh )



外にでると、秋の冷たい夜風が美桜の髪を撫でた。


「さすがに夜は少し冷えてきたな…美桜、寒くないか?」


僕はそう問い掛けながら、隣に並ぶ彼女に視線を向けた。


ぶかぶかのジャージに膝丈のスカート。

あまりにも幼い格好。


微笑ましくもおもえるが、それを美桜に言ったらまた怒られるかな…。


吹き出しそうになる口元を、僕は咳払いをして覆った。


「…私、女性としての魅力がないかな?」


ふいに言った美桜の言葉に、心の中が読まれたかとヒヤリとしたが、

彼女はショップのウィンドウに写った自分の姿を見て言っていた。


「孝之にそう言われたの?」


「…え?あ…っ、そう言う意味じゃなくて…。」


「あいつに襲われた方が良かったのか?」


僕のキツイ言葉に、美桜は俯いて瞳を潤ませる。


「…そんな訳ないじゃない…。
吉宗さんも、同じ事思ってたら…って、そう思っただけよ…。」


僕は、無言で彼女の手を引いてその店に入って行った。


店員さんにディスプレイされているワンピースを出すように頼んで、試着室へと美桜を押し込んだ。

「あと、あのトレンチコートも一緒にください。」


仕立ての良い服が、美桜を洗礼された女性へと変える。


店員のお姉さんにも大絶賛だった。


「吉宗さん、私…こんな高い服は要らない。」


「良いから。
美桜は4月生まれなんだろ?僕からのだいぶ遅い誕生日祝いだ。」


鏡に写る自分を見て、美桜は嬉しそうに微笑む。


「とても良く似合ってるよ。」


「…ありがとう。」

何度、君が服をメチャクチャに破かれても…

泥だらけに汚されても…


何度だって僕が元通りの綺麗な服を着せてやる。


君に、惨めな思いはさせない。

No.182 12/04/04 01:45
ゆい ( W1QFh )

あいつは…孝之は、美桜だけは傷つけないと信じていたからだ。


こんな風に、乱暴して怯えさせるとは思ってもみなかった。

心のどこかで、孝之の人間性を信じていたのに…

その期待をまんまと裏切られた。


「…美桜、立てるか?
家に帰ろう。」


美桜は胸元を押さえてコクリと頷く。

(シャツ…ボタンがなくて止められないのか…)

僕は、持ったいたスポーツバックの中からジャージを引っ張り出して美桜に羽織らせた。


「今日、体育祭だったんだ。
汗臭いかもしれないけど我慢してな(笑)」


努めて明るく言った。


「…吉宗さんの匂いがする。」


ジャージの襟元を鼻に近づけて、彼女は軽く微笑んだ。


良かった…笑った。

「…よし!
帰ったら美桜の好きなハンバーグ作ろうな!」


彼女と手を繋いで、自分のジャケットのポケットに入れる。

「それは吉宗さんの好きなものでしょ?」


俯き加減だが、徐々に彼女らしさが戻って来た。


「あ、バレた?」


僕は、ニカッと笑って見せた。


美桜、一緒に帰ろうな…

怖かった事…僕と半分、痛み分けだ。


No.181 12/04/04 01:12
ゆい ( W1QFh )

吉宗side~


孝之との電話をブチ切った後、僕は息を切らして大学の研究室へと急いだ。


どうか間に合ってくれ…

いや…例え間に合わなかったとしても…

「美桜っ!!」


研究室のドアを勢いよく開けて僕は叫んだ。


中には孝之の姿は無かった。


部屋の隅々まで目を凝らして彼女を探す。


すぐに、デスクの影に隠れて小さく体育座りをしている彼女を見つける。


「…美桜?」


僕は、ゆっくりと彼女に近づいて名前を呼んだ。


「…来ないで…。」

顔を埋めて、美桜はポツリと言う。


僕は、彼女の肩を抱いて

「大丈夫だよ…。」
と彼女の背中をさする。


ほどなく聞こえてきた泣き声に、胸が押しつぶされるほどの痛みが走った。


彼女が落ち着くまでそのまま抱きしめ続けた。


しばらくすると、目を腫らして美桜は僕を見つめた。


無残に開かれた胸元が、惨事を物語る。

僕は美桜のスカートに目をやった。


見たところ、彼女が強姦された形跡は無い。


深い安堵と同時に、孝之に対してこの上ない怒りが込み上げた。

No.180 12/04/04 00:20
ゆい ( W1QFh )

「今日は、このへんで止めてやる。」

もうちょっと念密に作戦を考えて出直そう。


俺は、清美のようには甘くない。

確実に、君と吉宗を別れさせる。


その為の時間が必要だ…。


「美桜ちゃん、君はもう少し魅力的になった方が良いよ。」

虚ろな彼女が俺を見る。


「女性としての色気が無い(笑)
君が、俺を打ち負かせるほどの魅力を放った頃に迎えに来るから。またね…。」
俺は、美桜を此処に置たまま研究室を後にした。

間違いなくその日は来る。

君は、吉宗を捨てて俺の元へとやって来る。


それまではお前らを自由にしておいてやるよ。


だから、吉宗…美桜を綺麗な状態のままで俺に返せよ。


No.179 12/04/03 23:54
ゆい ( W1QFh )



俺は、彼女の首に赤い痕が付くのを確認すると満足感を得た。


そのまま、唇を鎖骨と更にその下の胸の膨らみへと滑らせる。


白いキャミソールが邪魔だ。


しかし、ブラ一枚に直接服を着ない辺りが美桜の育ちの良さを物語っているみたいだった。


(これも引きちぎるか…)


そう思った時、美桜が何か言っているのが聞こえた。


耳を近づけてその声を拾う。


「…吉宗さん…っ。」


力でねじ伏せられた美桜は完全に戦意喪失…か。


「…君は、もうちょっと強い子だと思ってたけどな。」


簡単に吉宗に助けを求めるなよ。


それじゃアイツに、こんな場面を見せつけてもアイツが君のヒーローである事は変わりないだろ?


そんなんじゃ、ダメだ…


君から、アイツと離れる意思が芽生えなくては意味がない。


「…やめた!」


俺は、美桜の腕を解放して彼女の身体から離れた。

No.178 12/04/03 23:28
ゆい ( W1QFh )


甘い…彼女の匂い。
滑らでキメの整った肌…。


何十人と女を抱いてきたが、こんなに自分の意識が遠退いてしまうほどの甘美に溺れた事はない。


(これは…まずい。)


吉宗への復讐どころじゃない。本気で、美桜に意識をもっていかれそうになる。

たかが、セックスで自分の意志が崩されるのは俺の性に合わない。


例え、相手が美桜であってもそれは同じだ。


俺は、女の身体には絶対に溺れたりしない。


クラクラと薄れる頭の中で、俺は自分を保とうと必死で考えた。


「うぅ……っ!」


唇を噛み締めて堪える美桜の声が、俺の理性を効かなくさせる。

「吉宗のセックスは優しいか? 俺とアイツとどっちが君を満足させられるか試してみようぜ?」


そう美桜の耳元で囁くと、俺は彼女の首筋に強く吸い付いた。


さながら、吸血鬼に血を吸われる映画のシーンみたいだ。

No.177 12/04/03 22:59
ゆい ( W1QFh )


泣き叫ぶと思っていたが、美桜は挑むような瞳で俺を睨み付けた。


「…泣かないんだな。」


これが…彼女のこのひたむきな強さが、俺の光だった。


君は俺の太陽だったのに…


君が照らすのは同じ様にひたむきなアイツの方なのか…?


「そんなに吉宗が好き?」


「……………。」


「初めて、アイツに抱かれた時もそうやって突っぱねたか?」

一瞬、美桜の瞳が揺らいだ。


「そうか…君は、吉宗を拒む事なく素直に受け入れたんだな。」


胸が焼き焦げそうなくらいの嫉妬心。


俺は美桜の胸元を掴んで、勢いよくブラウスを引き裂いた。

「…やめてぇ…っ!!」


ブチブチと音を立ててボタンが飛び散る。


俺は、美桜の両手首を抑えると晒け出された彼女の鎖骨に唇を這わせた…。

No.176 12/04/03 02:42
ゆい ( W1QFh )


俺は、美桜の顎をクイッと上げた。


威嚇した目線を浴びせられても俺は軽く微笑む。


そんな表情ですら可愛いと思った。


絶世の美女だと言っても過言じゃない彼女が、もうすぐ自分の手に堕ちると思うと嬉しくて、つい笑ってしまう。


「拒んでも無駄だ。 君を俺の物にしてやる…。」


目をギュッと瞑って堅く結んで閉じた美桜の唇に口付けしようとした時、

彼女の白衣のポケットから携帯が鳴った。


彼女が取るより早く、俺はそれを取った。


「吉宗からだ。」


取り返えそうと必死な彼女に、俺は高らかに携帯を掲げた。

どんなに頑張っても、30cmもの身長差のある俺には彼女は届かない。


「もしもし(笑)?」

「………孝之?」

「よく分かったな。」

「なにしてる?
美桜はどうした…!」


電話の先で怒っている吉宗に、俺は優越感を覚えた。


「何だよその言い方…美桜はお前の物か?」


俺は、美桜の腰に腕を回すと自分の身体に彼女を密着させた。


「嫌っ…!」


「…美桜?
おいっ!孝之お前、なにしてんだよっ!!」


吉宗が焦れば焦るほど俺は嬉しくなった。


「美桜は、本来なら俺の物になってたはずなんだぜ?
それを奪ったのはお前だろ?吉宗。」


俺は、暴れる美桜の腕を片手で押さえて無理やり唇を奪った。


柔らかくて甘くとろけるような感覚に、この上ない幸福感に包まれた。


「…ん~っ!!」


身体を固定されている美桜には俺の呪縛は解けない。


吉宗にも聞こえるように、ワザと派手に音を立ててキスをする。


息の出来ない美桜は、苦しさから吐息を漏らすがそれが逆にいやらしいさをかもち出す。


しばらくして俺は、美桜を解放した。


電話は切れていた。

吉宗はここに来る。

そう確信した俺は、あの日失敗した作戦を逆バージョンでやるのもいいなと思った。


どうせもう、美桜は力ずくでしか奪えないのだ…


ならせめて、吉宗の敗北感に満ちた顔が見たい。


袖で唇を拭う美桜の腕を掴んで、俺は黒い革張りの長椅子に彼女を押し倒した。

No.175 12/04/03 01:56
ゆい ( W1QFh )



途中で白衣を脱ぎ捨てる。

「美桜ちゃんは、俺が嫌いか?」


後ろから囲んで、耳元でそう囁く。


すぐさま、彼女の身体がビクリと硬直したのが分かった。


俺は美桜の髪につけられたバレッタを取る。


自由を得た彼女の髪が、ふわりと落ちて甘い香りを放った。

それだけで、目眩が起きるほどの甘美に浸れる。


「あの…っ、本上先生…?」


美桜は怯えた表情で立ち上がると、身体をフラつかせながら後退した。


その表情がまた堪らない。


それは、彼女が俺を男として初めて意識した瞬間だったからだ。


「俺が怖いか?
…まぁ、ここで騒がれても誰にも聞こえないけどね。」


「…なんで?…何をするつもりですか…?」


薄い水色のブラウスの胸元をギュッとつかんで、彼女は俺に問う。


「美桜ちゃんってさ、賢いけど鈍感なんだね。
俺がずっと君を好きだったの気づかなかったんだろ?」


「…え…っ?
あの…本上先生は、吉宗の奥さん…清美さんが好きなんじゃないんですか…?」

「吉宗…。」


彼女の口から呼び捨てにされた奴の名前を聞けば、嫌でも二人の親密さを思い知らされる。


「俺はさ元々、ロクでもない男でね。
学生の頃から吉宗が疎ましくて嫌いだったんだよ。
清美との関係はただのアイツに対する嫌がらせだ。」


俺は何を言ってるんだろう…


一番嫌われたくない相手に、自分の羞恥を語るなんて


ほら見ろ…


美桜の軽蔑に満ちたあの瞳を…


「ひどい…っ!
そんな事であの人を傷つけたの?」


「ああ、そうだよ。 まさか…君とアイツがこんな関係になるなんてね。
なぁ…美桜ちゃん、いっそう俺の物になってよ。
そうしたら、君はこれ以上苦しむ事はないし、なんなら院長に言って君を家に戻してもらえるようにする。
もう一度、あの家で家族と暮らしたいだろ?」


俺はそう言って彼女に両手を伸ばした。

肩を掴んで彼女の顔を覗き込む。


「…嫌よ。
例え、家族に戻れてもあなたの物にはならない…!」


怯えた瞳で肩は震えているのに、本当に美桜は強情だ。

No.174 12/04/03 01:03
ゆい ( W1QFh )



(ふ~ん…。)

どこまでも拒絶する気でいるのか…。


美桜のうなじを見入る。


白くて細い。


初めてこの眩しさに目を奪われたのは、彼女がまだ15才の時だった。


あれから10年―。


何ら変わらない君の美しさ。


いや…君は成長を重ねるほどに俺の心を奪い、焦がしていった。


あぁ…吉宗は、あのうなじや首もとに何度となく唇を這わせたんだろうな。


それだけじゃない…

それ以上の事も…


嫉妬に駆られて、気付けば俺はジリジリと美桜の背後へと忍び寄って行った。

No.173 12/04/02 23:35
ゆい ( W1QFh )

…まぁ、結局この思惑は失敗に終わった。

むしろ、さらに悪い結果になってしまった。


こうして彼女が大学に戻って、俺と過ごす時間は増えた訳だけど…


避けられてるしな。

意志が強いだけに嫌われたら厄介だ。


挙げ句、清美との関係もバレた。


完全にお手上げ状態だ…。


特に夜、二人きりになると気まずくて駄目だ。


黙々と資料を整理している彼女の後ろ姿を見つめる。


「…美桜ちゃん、お腹空かない?
なんか買ってこようか?」


恋は、惚れたら負けだなんて言うけど、正にそんな感じだ。

「要りません。
もうすぐ終わりますから、本上先生は先に帰られたらいかがです?」


こっちを振り向きもせずに淡々と話す。

しかも、敬語。


見掛けによらず強情だ…。


そういう態度をとられると、俺のサディスティックな部分が刺激される。

No.172 12/04/02 23:16
ゆい ( W1QFh )



研究室に戻ると、美桜は携帯の画像を見ていた。


後ろからだとよく分からなかったが、腫らした目でも幸せそうに見る画像なんて容易に想像できた。

「美桜ちゃん。」


彼女は俺の声にビクついて慌てて携帯を閉じる。


「吉宗は止めた方がいい…。」


奴の名前が出ると、彼女は驚いたように俺を見つめた。


「…何で…?」


「前にここで、二人を見たからね。」


「…あっ…あの時?」


彼女の問いに俺は頷いた。


「学校を辞めさせられたのも吉宗のせいだろ?
あいつ、君に離婚したなんて嘘ついて騙してたんだ…。
もう、あんな奴の事は忘れた方がいいよ。」


そう言って、彼女の肩に手を伸ばすと美桜は俺の手を振り払った。


「…吉宗さんはそんな人じゃない!」


睨み付けるような眼差しに、俺の心がチリリと焼けた。


「美桜ちゃんは吉宗の本性を知らないんだよ。」


その時、ポケットの中で携帯が揺れた。

(清美からの合図だ。)


美桜は怪訝そうな表情を浮かべている。

「…嘘だと思うなら吉宗の所に行ってみたらいい。
今頃、普通に前の家にいて奥さんと宜しくやってるさ。」


俺は、住所を書いたメモを美桜に渡した。


思った通り、彼女はそのメモを取ると走って研究室を出て行った。


No.171 12/04/02 22:52
ゆい ( W1QFh )

孝之side~


あの日以来、大学で会っても美桜ちゃんは俺を避けていた。

あの日の事が、時折頭を過ぎる。


朝早くから学校に行っていた彼女が、しょぼくれて研究室に帰ってきた。


「美桜ちゃん、どうかした?
今日は一日中学校じゃなかったっけ?」

タイムボードに記された彼女の予定表に目をやると、確かにそう書いてある。


「…辞めさせられちゃった…。」


ポツリと呟くと、彼女はデスクに俯せてすすり泣いた。


「…え?
また、どうして!」

白々しく驚いたフリをして彼女の肩に手を添える。


俺は、ここぞとばかりに外に出て清美に電話をかけた。


清美が動き始めたと思ったからだ。


「彼女、学校を辞めさせられたよ。
お前の仕業だろ?」

電話先で清美の笑い声が聞こえた。


「あなたの望みでしょ?
これで、とりあえずは吉宗からあの娘を引き離せたわ…。」

確かに、吉宗から美桜を離したかった。

だけど、あんな風に泣かせたかった訳じゃない。


それに、吉宗はお咎め無しなのは納得が出来なかった。


「清美…今日、吉宗を家に呼べるか?」

ある考えが俺の頭に浮かぶ。


「理事長に話しをしてあるから、黙ってても来るんじゃないかしら?」


「そうか…じゃあ、来たら俺にワン切りして教えてくれ。
なんとか吉宗をたらし込んで俺に見せつけてくれないか?」

「どういう事?」

「そういうのって興奮するだろ?」


「…あなたって、本当に変態ね。」


まんざらでもなさ気な清美の返事に、お前もだよと言いそうになった。


美桜には悪いが、こうなったらとことん泣いてもらうしかない。


No.170 12/04/02 05:18
ゆい ( W1QFh )

「あ~…それから、先生。」


和やかな雰囲気から一転、急に爽太の顔が険しくなった。


「…どうした?」


「いゃ…さ、先生の敵って離婚してくれない奥さんじゃなくて他にいるよ。」


頬をポリポリとかきながら爽太は言う。

「…それって、本上の事か?」


「まぁ…そうだけど、それだけじゃない。もっと、黒い権力みたいなものが先生と姉さんを渦巻いて引き離そうとするだろうね。」


(黒い…権力?)


「…だからさ。」


言葉を詰まらせる爽太に、僕は不安を募らせる。


「だから…何だ?」

彼の強い眼差しが帰ってくる。


「この先、何があっても姉さんを信じろ。」


何か、僕等にとって恐ろしい出来事が起こると暗示されているかのようなその眼差し。


美桜を信じる…


何があっても…


「信じるよ。
僕は、美桜を信じる。」


「絶対に忘れるなよ。」



爽太が去った後の部屋に、隣からの水滴の落ちる音が響く。

ピチョン…
ピチョン……



静かに落ちるその音に合わせて


僕の心もザワついていた……

No.169 12/04/02 04:53
ゆい ( W1QFh )



鈍い音と共に、僕は山積みの本の上に倒れた。


「痛ってぇ…~!」

爽太は右手をふるふると振ってしゃがみ込んだ。


痛いのは僕の方だ…

何でみんな右手で殴るんだよ…


昨日の傷の上から更に劇痛が走る。


「…姉さんを捕られたんだ。
このくらい当たり前だろ?」


そう言いながら、爽太は僕に手を差し伸べた。


「許してくれるのか…?」


「先生を許した訳じゃない。
俺は、姉さんを信じてるだけだ。
…それでも先生が、姉さんを裏切ったら俺は先生を殴り殺すよ。」


なんだろう…


美桜と同じ顔して爽太は恐ろしい事をいう…


僕は爽太の手を取る。


「もう…殴られるのはごめんだ!」


僕の言葉を聞いた爽太は、ニカリと満足げな笑みをこぼした。


その時、初めて僕に弟が出来たような気がした。


No.168 12/04/02 04:13
ゆい ( W1QFh )



そのまま爽太は、無言で隣接されている準備室に入って行った。


間一髪に殴られると覚悟していた僕は、呆気にとられた。


爽太は準備室のソファーに腰掛けて脚を組んでいた。


(生意気な態度だな。)


そう思っていても、どうしても下手に出てしまう。


「先生ってさ、若い女にモテるんだな。」


嫌みっぽく僕に放つ。


「なに言って……」

爽太の言葉に、僕はハッとした。


若い女…って

まさか…


「…知ってたのか?」


爽太は何も言わずに僕を見ていた。


それが答えだった。

「姉さんに聞いたのか?」


「違うね。」


「じゃぁ……」


僕の頭に孝之が思い浮かんだ。


「病院で孝之…本上に聞いたか?」


ハァ…とため息をつくと、爽太は僕の肩を掴んだ。


「そんな事はどうだっていいさ!
先生は姉さんの事、本気なのかよ?」


真剣な眼差しに、僕は瞳に力を込める。

「当たり前だろ。」

すると、爽太は掴んだ手を放す。


俯いた彼の顔から少し微笑んだのが見えた。


「…爽太。
僕は離婚出来てない。
そして、情けない事に妻は絶対にそれには応じない。
それが…どういう事かお前なら分かるよな?」


「ああ、姉さんが可哀想だな。
先生はひどい男だ。」


僕は爽太を好いている。

だから、ハッキリとそう言われると正直へこむ。


「…ごめん。
その通りだ…でも、僕は姉さんを諦められない。
不幸にしてしまうと分かってても手放せないんだ。」


僕の言葉に、爽太はスクッと立ち上がった。


「一発殴らせて。」

そう…爽太の言葉を受けると、僕は黙って目をぎゅっと瞑った。

No.167 12/04/02 03:38
ゆい ( W1QFh )

5限目の授業が終わると、僕は急いで実験用具の片付けに取り掛かった。


予想だと放課後、爽太は僕を尋ねて来るに違いないと思っていた。


「西島先生って、なんか可愛いですよね(笑)?」


そんな時に限って女生徒に絡まれる。


「オヤジ相手に可愛いってなんだよ。」

手元を休めずに返事を返す。


「全然、オヤジじゃないよねぇ?」

「うん、割と先生って女子に人気あるよ(笑)」


「あの銀縁メガネはないわと思ってたけど、やめてからカッコイイって盛り上がってたんだよね!」

キャッキャッと会話を弾ませている女生徒に、僕は呆れ顔を向けた。


「あのね~…僕は、君達くらいの子どもがいてもおかしくない歳なんだよ?
大人をからかうのはよしなさい!
もうさ、暇なら片付け手伝ってくれよ。」


「えぇ~?薬品かぶれるよ~。
あ、先生のアドレス教えてくれたら手伝ってあげます!」


「あーなら、私も♪」


「アドレス教えません!!
ほら、もう帰った帰った!」


だだをこねる女生徒達を理科室のドアまで押しやると、そこでちょうど爽太の顔とぶつかった。


「「キャーッ、岡田先輩っ!」」


さっきまで僕をからかっていた女生徒達は、爽太を見るや否や頬を真っ赤にしてはにかんだ。


(…これだから女は。)


「一年生?
早く帰らないと、日が暮れるのが早くなってきたし危ないよ?
気をつけて帰ってね。」


そう、満面の笑顔の爽太に施されて女生徒達は嬉しそうに帰って行った。


僕は逆に、爽太のそんな笑顔が恐ろしかった。


案の定、彼女達の姿が見えなくなると爽太は僕を鋭い瞳で睨み付けた。

No.166 12/04/02 03:00
ゆい ( W1QFh )


明日、学校に行ったら爽太に会おう。

会ってちゃんと話そう…


そして、心の底から謝ろう…。


昨日の晩から意気込んで僕は出勤した。

全校集会で美桜の退職が伝えられた。


体調面での不調があったと嘘の理由が付けられた。


驚き落胆する生徒達の声が入り混じる。

そんな中で、僕は爽太に視線を送った。

後頭部をボリボリとかきむしりながら、深い溜め息を吐いているのが見えた。


明らかにイラついている。


ふと、爽太は僕の方に身体を向けると静かに中指を立てた。


「…ヤベぇ…。」


思わず口からでた。

彼の口元が動いているのも見えた。


目を凝らして唇をよむ…


ふ…ざ…け……


(ふざけんな。)


僕は、眉をひそめて爽太の言葉をのんだ。


丸腰の僕が、爽太に挑めるはずもない。

幾らでも殴られる。

一生、憎まれても構わない。


爽太…僕は、お前から美桜を奪うよ。

No.165 12/04/02 02:29
ゆい ( W1QFh )


君の言う通り、僕は弱虫だ…


「…今の3年生が無事に卒業するまでは教師を続けなきゃダメ!
その後は、吉宗さんの信じる道を進んで?教師でも、研究者でも好きに進んで行って良いと思う。」

どうだ…聞いたか?

僕の女神はそんな僕を見捨てない。


真っ直ぐな瞳で優しい言葉をかけてくれる。


どうだよ……

カッコ悪くてダサい、無駄に歳だけ食ったオッサンに、こんな言葉をかけてくれるんだよ…


涙が出てくるだろ…


「…泣いてるの?」

僕の雫が美桜の頬に零れ落ちる。


「…ごめ…泣きたいのは美桜の方だよな…?」


拭っても、拭っても涙が止まらない…


美桜はそんな僕を抱きしめて優しく頭を撫でる。


「吉宗さんがどの道を進んでも、必ず私も連れて行って…。 約束して?
そうしたら周りからどんな制裁を受けても辛くないから。」

僕は美桜を抱きしめてる。


すすり泣く声で、

「分かった…約束する。」


そう告げた。


「大丈夫、私が吉宗さんを守ってあげる…。」


神様……


僕に美桜を下さい。

他には何も要らない。


僕と美桜を離さないで下さい…


No.164 12/04/02 02:04
ゆい ( W1QFh )



やるせない気持ちが胸に広がる。


どこまでも無能な自分に腹が立つ。


(…僕も責任を取って学校を辞めるよ。)


そう、喉元まで出てくる言葉を言えたら心は軽くなるのか…?


でも、生徒の事はどうする?


3年はこれから受験の佳境を向かえる。


こんな時期に担当教師が辞めたら、相当大変な思いをさせるだろう…。


辞める事が責任をとる手段なのは僕の都合で、生徒に対して責任を取るって事には決してならない。

あぁ…そう言い訳して、辞任しない政治家と同じだ。


結局…どちらが無責任なのか分からない状態。


「美桜…僕はどうしたらいい?」


情けないだろ?


傷ついた君を差し置いて、僕は君に助けを求めるんだから…

No.163 12/04/02 01:49
ゆい ( W1QFh )



青く腫れた口元に彼女の指が触れた。


「…痛い?」


彼女の手をとって握る。


「大丈夫だよ。」


でも…明日から仕事なのに参ったな。


心配が頭をよぎった瞬間、僕は昼間の理事長とのやりとりを思い出した。


「美桜、もしかして理事長に何か言われなかったか?」


美桜の表情が曇ると僕は確信した。


「僕との事だろ?」

「…解雇だって。」

……え?解雇?


「仕事辞めさせられたのか…?
…なんで?
大学は?」


とっさに身体を起こし、僕は美桜に詰め寄る。


彼女は、ブランケットをぎゅっと胸元で握っていた。


「大学は大丈夫。除籍はされないから学校を辞めても研究室には戻れるの…でも…吉宗さんには迷惑をかけちゃう。
ごめんなさい…早く代わりの先生が見つかれば良いのだけど…」


いや…僕が言いたいのはそう言う事じゃなくて…


「なぜ、美桜だけが責任を取らされるんだよ。
こんなのっておかしいだろ。」


「私は良いの。特に将来の目標が教師って訳でもないし気にしてないわ…。
でも吉宗さんは違うでしょ?
あなたが辞めさせられちゃったら職を失ってしまう…そんなのダメよ!」


僕が辞めさせられたら…困るのは僕じゃない。


その先にある清美の生活だろう。


だから、理事長は僕を解職しないんだ。

美桜は強がりで大丈夫と言っているけど、本心はそう思ってない。


彼女は責任感が強い。


生徒を想って、任期を終える前に無責任に辞めさせられる事を悔しく思っているはずだ。


だから…その拳は固く震える。


No.162 12/03/29 23:35
ゆい ( W1QFh )



僕の身体も、美桜の身体も汗だくだった。


彼女の額に張り付いた前髪を撫でる。


「…吉宗さんって、変態なの?」


拗ねたようにそう言う美桜に、僕は笑う。


「至ってノーマルだよ。」


「…嘘!」


彼女は僕しか経験がない上に、セックスに対しての知識や免疫がない。


僕だって経験人数は少ないが、知識はそれなりにあるはず…僕のは至って普通。

むしろ、アブノーマルな行為は好かない。


なのに、変態って…(笑)


「美桜、男はみんな狼なんだからいつ襲い掛かってくるか分からないんだぞ?
だからあまり、隙を作るなよ?」


そう言って僕は美桜の頭を、ヨシヨシと撫でる。


「…吉宗さんは、羊の皮を被った狼よ!」


僕の手を振りほどいて美桜は身体を反対側へと向けた。


羊の皮を被った狼…

「…プッ、ははっ… あはははっ!」


僕は、自分が羊の皮を被った姿を想像した。


「…なによ。」


呆れ顔の美桜が振り返る。


僕は彼女のセリフに腹を抱えてしばらく笑った。


「僕って、羊っぽいかな(笑)?」


目に浮かんだ涙を拭いながら聞いた。


美桜は、そんな僕にクスリと微笑んで


「犬っころみたいよ…。」


と僕の頬に優しくキスをした。

No.161 12/03/29 22:51
ゆい ( W1QFh )



薄明かりに照らされた美桜の全身に、幾つもの赤い花びらの痕が浮かび上がった。

子どもなのは僕だ。

どうしても、美桜を独占したい。


僕の物だと知らしめたい。


羞恥で頬を赤く染める美桜を上から見下ろす。


「…見ないで…っ。」


顔を覆ってた手をどけて、僕は彼女の額に自分の額をくっつける。


「…美桜、僕を見て。」


固く閉じた瞳が、瞼を揺らしながらゆっくりと開く。


涙袋にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「…これからさらにもっと、君を求めてもいいか?」


答えを待たなくても、美桜には限界がきている事は分かっていた。


案の定、彼女は首を横に振る。


「溺れても良いんだろう?」


僕はしつこいし、凝り性だからこういう時ですら極めようとする。


自覚はしているが嫌な性格だ。


自覚しているからこそ質が悪かったりする。


「自分の言った事を後悔した?」


わざと美桜を挑発するようなセリフを言って、彼女を困らせる。


本当は、少しばかり後悔させてやりたかった。


美桜には、淫らな女になって欲しくない。


いつまでも、小刻みに震えて戸惑い潤んだ瞳で僕に抱かれれば良いと思っていた。


「…なら…もっと、強く抱いて…!」


でも負けず嫌いの彼女は、そう言って僕を駆り立てる。


僕の挑発になんか乗るなよ…!


本当に…


どうなっても知らないからな…!


No.160 12/03/29 22:12
ゆい ( W1QFh )


美桜を抱えたまま、自分の身体ごとベッドに埋める。


すかさず脇に設置されたスタンドライトの灯りをともす。


「暗くして…!」


僕の唇から隙をついて離すと、美桜がライトに手を伸ばした。


僕は、美桜の手首を取ってそれを阻止する。


「僕に愛されてる証が欲しいんだろ?
なら、自分で見てみろよ…僕が君をどんな風に求めて果てて行くのか。」


いつもとは様子の違う僕に、美桜の身体が固く怯えているのが伝わった。


「君が、僕の本気を見たいと言ったんだよ?」


「…でも…っ…。」

美桜の言葉を遮るように僕は彼女の唇を塞ぐ。


安易に男の本気など求める恐ろしさを知らない美桜に、僕はイラついたのかもしれない。


可憐でまだ少女らしさの残る美桜が、日々女性としての色気が増してくると焦った。


その色気は、きっと他の男も欲情させるに違いない。


だから…美桜には、軽々しく男を挑発するような行動も発言もとって欲しくない。

それが例え、僕に対してだとしてもだ。

「…言っただろ?
どうなっても知らないって。」


執拗に求められて逃げようとする美桜を、僕は許さない。


身体の自由を奪って、押さえ込んで愛情を注いでいく。

No.159 12/03/28 20:38
ゆい ( W1QFh )



「どうしたらいいんだ…?」


僕は、潤んだ瞳の美桜に言った。


「さっき、私が奥さんに言った事を嘘じゃなくして…!
子どもじゃない…私の身体でも溺れたと言ってよ…。」


美桜を子ども扱いした事などない。


ただ、そういう素振りをしていないとダメだった。


僕にも余裕がなかったから…


理性が吹っ飛んで、君を壊してしまわないようにしてただけ。


僕も美桜に鋭い眼差しを向けた。


「…どうなっても知らないぞ。」


(だってもう僕は君に溺れている。)


それも、すでに上がってこれないほど深い所まで。


「…うん。」


美桜は、少しだけ怯えた声で僕に返した。


大切な物を沢山失う…美桜が言った言葉だ。


今更ながらに身震いするよ…。


指先が固く震える。

「…怖い?」

美桜が僕に問う。


「あぁ、怖いよ…。」


僕は美桜の脇に両手を勢いよく滑らせて抱えると、そのままベッドルームへと彼女を連れ出した。


No.158 12/03/28 20:08
ゆい ( W1QFh )


真っ直ぐに向けられる黒目がちな瞳に、スッと通る鼻筋。


雪のように白い肌と華奢な身体つき。


「綺麗だよ。」


嘘ではなく、心からの言葉だった。


それでも、美桜は納得のいかない表情を浮かべる。


「…色気のない身体でしょう?」


確かに、清美に比べたら美桜の細い身体は男によったら好き嫌いが別れると思う。


でも、もちろん僕には既に関係無い問題。


だって、僕は美桜の身心を含む全てが好きなのだから清美とは比べようがないのだ。


意地悪を言って、美桜をムキにさせてしまった僕が悪い。


「ごめんな…大人気ない事を言った。」

僕は、自分の着ていたTシャツを脱いで美桜に着させる。


背の小さい美桜には、それがワンピースみたいになる。


「小さくて可愛いな(笑)」


クスリと笑うと、彼女は一段と眉をひそめた。


「子ども扱いは止めて!私…吉宗さんを奪っちゃったのよ? これからきっと、大切な物を沢山なくすわ…。
私には吉宗さんしか居なくなる…だから、もっともっと吉宗さんが私を好きって言う証が欲しいの…!
…もっと、私に夢中になって欲しいの!…じゃないと、怖いの…。」


体中の血液が泡立っていきそうだった。

これ以上の愛情の証って何だろう…


どうやって伝えたらいいのか…


そんな事、僕にだって分からない…


No.157 12/03/28 19:30
ゆい ( W1QFh )

美桜は、不機嫌に水しぶきを放って立ち上がった。


(あ~ぁ、本気で怒らせちゃったな…。)


僕は口が過ぎたかなと反省しつつ、美桜の身支度が終わるまでそのまま待った。

頃合いを見計らって風呂場から出て、リビングへと戻る。


リビングの電気はついていない。


僕は手探りで電気のスイッチを探して明かりをつけた。


いきなり浴びる光と、その前の光景に目を細める。


「ちゃんと、私を見て。」


全裸で、スラリと立ち竦む美桜の姿。


あの、恥ずかしがり屋の行動とは思えない。


美桜の、僕に挑む様な視線。


「…風邪引くよ?」

言葉とは裏腹に、僕は美桜の姿に見入っていた。


優しくて誠実な男なら、視線を外して何か羽織らせたりするものだろう。


でも、僕は違う。


今は、美桜の望みを叶えるのが先だ。

No.156 12/03/27 01:50
ゆい ( W1QFh )


…力果てて暫くすると、僕はグッタリとしている美桜を抱き抱えてバスルームへと連れて行った。


電気のスイッチに手をかけると、美桜はそれを制止する。


暗闇の中で、僕は美緒の全身を洗った。

それから、湯をはって彼女を浸からせながら、自分の全身も洗った。


僕等は向かい合って湯船に浸かる。


美桜は、身体を薄くピンク色に染めながら僕に恥ずかしそうな視線を送った。


「男の人とお風呂に入ったの初めて…。」


上目づかいの純情な瞳に、僕の心は奪われる。


この娘の、この表情にやられちゃったんだよな…。


「君は、僕を君のカラダで落としたって言ってたよね?」


彼女が清美の挑発にのって言ったセリフを僕は意地悪く聞いた。


「…あれはっ…!」

美桜は顔を真っ赤にして、僕に詰め寄る。

「…分かってるよ。 清美が、思いのほかグラマラスだから焼いたんだろ?」


僕はSだな…

もしかしたらさっき、覚醒された僕の性癖なのかも知れない。


「~っもう!吉宗さんなんかキライっ!」


そうむくれて、美桜は僕にお湯をかけた。


(図星か…。)


な~んか、可愛いなぁ(笑)


僕は、顔にかかったお湯を振り払いなが心底そう思った…。

No.155 12/03/27 00:39
ゆい ( W1QFh )

それを引き金に、僕の中で何かが吹っ切れた。


今まで、美桜の身体をワレ物の贈り物の様に優しくそっと抱いてきたつもりだった。


でも今は、美桜の一言で火が付いたかのように激しく求めようとしている。


彼女の唇を貪って、その間に濡れた衣服を剥ぎ取る。


行き場の無い有り余る愛情のせいか、


息が出来ない苦しみのせいなのかは分からない。


とにかく胸がいっぱいで苦しい。


それから逃れようと、美桜のさらけ出された白く光る肌に僕は唇を這らわせる。

耳元で美桜が切ない声をあげる。


(まともじゃない。)


僕等のしている事は、世間の目から背いた浅はかで非道な行為だ。


恋愛じゃない。
不倫だ。


それを分かっていてしている愚かな行為。


だから何だ…


真実の愛なんて誰にも分からないじゃないか…


僕等の本気など、誰に分かってたまるものか…


面倒な事が嫌いな冷血感人間に、こんなにも情熱的な一面があるなんて正直、自分でも感動した。


美桜の捩る身体を追いかけて僕の全身で囲う。


まだ、慣れていない初々しさの残る彼女の全てに僕の身体をインプットする。


あぁ…吐きそうだ。
こんなも君を支配しておきながら、まだ足りない僕の欲望と、それを全て受け入れてくれる君。


美桜…やっぱり君は純粋だよ。


だから、望み通りに汚してやる。


もう、僕以外の他の誰にも君を汚せないように……


美桜…ごめん

愛してるよ…

No.154 12/03/26 23:53
ゆい ( W1QFh )



僕等は、泥だらけになりながら家路に着いた。


玄関先で息を切らして、びしょびしょで傷だらけの顔で、二人揃ってなんとも無様な格好だった。


これからの二人の生き方を暗示しているかの様な姿に、僕等は互いにクスリと笑った。


美桜の雫を垂らした髪や、黒ずんだ真っ白だったはずのスカート。


小刻みに震える華奢な肩。


僕は、堪らなくなった。


一刻も早く綺麗な姿に戻してあげたくて、バスタオルを取りに行こうと靴下を脱ごうとする。


「待って、今タオル取りに行ってくる。」


しかし、濡れてピッタリと吸い付いた靴下はなかなか脱げなかった。


早くしないと美桜が風邪を引いてしまう。


「あれ…、おかしいな…。」


滑る指にイラつきながら悪戦苦闘していると、美桜の腕が僕の背中に絡み付いた。


「…美桜?」


美桜は僕の胸に顔をうずめて、


「もう、いいの…。 どうせ私達は不純な者同士…汚いままでいいの。このままで十分よ。」


そう言って儚げな笑顔を僕に向ける。


僕は、まだ微かに腫れている彼女の頬に触れた。


爪痕の傷は後々にも残るかもしれない。

僕はその傷跡を舐める。


純粋で汚れのない美桜を、自ら「不純」だと言わせた僕は最低な男だ…。


彼女を、こんなにボロボロにしてしまった。


「美桜…ごめんな。 でも、もう僕は君を綺麗な君に戻してあげられない。
陽の当たる場所に戻してあげられないんだ…僕と一緒に、汚れてくれるか?」


僕の言葉に、美桜は涙を流した。


そして、小さく頷いた。


「汚して良いよ…!」


そう言って、僕の唇に自分の唇を当てた…。


No.153 12/03/26 23:16
ゆい ( W1QFh )

踵を翻すと、彼女の白いフレアスカートがフワリと螺旋状の円を作る。


それと同時に、彼女の亜麻色の髪もサラッと美しく靡いてまるで芸術品だった。

僕は彼女に手を引かれながら、そう思った。


「爽太はどうなる? 君はまた、爽太を捨てるつもりか?」


すれ違い様、美桜の横顔に孝之はそう放った。


身体をピクリと反応させて、美桜は立ち止まる。


迷子の子どもみたいに瞳は揺れていた。

僕は、美桜の手をしっかりと握り締めると、裸足のまま彼女を引っ張って外へ出た。


どしゃ降りの雨の中を、ひたすら走って走って…


泥が跳ねて、目の前が霞んで、息が切れても止まらずに走った…。


行き着く先は地獄でも、深い闇でも…


僕は脚を止めない。

君を連れてどこまでも落ちて行く…


それが例え、底の無い沼でも…


No.152 12/03/26 22:56
ゆい ( W1QFh )


今までに味わった事のない痛みが頬に走る。


「ごほっ…!」


むせかえる鉄の味。

「オラ、立て!」


孝之は、なおも僕の胸ぐらを掴んで立たせようとした。


「もうやめて!」


美桜は、瞳に涙を溜めながら孝之の腕を掴んで懇願する。


「…ぐっ!」


そんな美桜に根負けした孝之は、乱暴に僕から手を放した。

一気に喉元が解放されると、僕は床に這いつくばってむせかえった。


「吉宗さん!平気…?」


そう言って、背中をさする美桜に何度か頷いた。


「美桜ちゃん…何で?何でそんなヤツ…」


孝之のは悲しみに満ちた瞳で美桜を見つめた。


「…弱虫だから。
この人、臆病で怖がりで…不器用だから。」


「…え?」


僕は、美桜の手を握った。


未だ声を出せないでいる僕に、柔らかい笑みを浮かべて


「吉宗さんは、弱虫だから誰よりも優しい…。私の周りにいる弱虫は、自分を守る事に必死で人に優しく出来ない人ばっかりだったけど、吉宗さんは違う。
自分よりも他の誰かを守ろうとしてくれる人よ…。」


(美桜…。)


僕は、腕と脚に力を込めて身体を起こした。


「もう…他になにもいらない。
私は、吉宗さんだけが欲しい。
このまま…彼を奪って逃げます。」


そう言って、美桜は僕の手を引っ張って走り出しす。

No.151 12/03/26 05:13
ゆい ( W1QFh )


彼女の腕の力が弱くなると僕は手を放した。


「吉宗…お前っ!」

孝之が物凄い形相で僕を睨んでいた。


孝之の中にあった、清くて可愛い美桜を僕が変えてしまった。


彼にとって、何よりも大切だったもの。

それは、他ならぬ彼女の純潔だったはず。


そうならば…僕は孝之にとって、もっとも憎い相手だ。


彼の、美桜に対する想いは大学で会った時から気付いていた。


「すまない…孝之。」


同じ彼女の事を想う一人の男として、彼の気持ちは痛いほど伝わる。


「すまないだと…? 貴様、美桜ちゃんに何をした!!」


孝之は僕の胸ぐらを掴むと、壁に叩きつけた。


「やめて、本上先生っ…!」


美桜は、孝之の背中に抱きついて止める。


「僕は…っ」


孝之の瞳を見る。


言わなくてはいけない…

孝之にはちゃんと僕のした事を言わなくては…


「吉宗さん…?」


美桜は、そんな僕の言わんとすることに気付いていた。


「やめて、吉宗さ…「「僕は、美桜を犯したんだ…!」」


被せるように吐いた告白に、美桜は力無くペタリとその場に座り込んだ。


「…なんだと?」


「あの日、僕がお前と清美をこの家で見た晩に…僕は美桜を犯したんだ。」


掴まれた襟元に力が入る…首が圧迫される苦しみが全身を伝う。


孝之は、血走った瞳を僕に向けると壁から剥がして思いっきり僕を殴り飛ばした。

No.150 12/03/26 04:43
ゆい ( W1QFh )


雲行きが怪しくなり、厚く黒い雲が空を支配する。


雷が鳴り響いて、突然の雨が降り出した。


家の中は一気に薄暗くなって4人を包む。

「私達を別れさせようと仕向けた罠ですよね?」


美桜は、清美と孝之に向かって言った。

(…罠?)


僕には、その意味がまだ分からなかった。


孝之は跋の悪そうな表情を浮かべたが、清美は腕を組んで微笑んでみせた。


「可憐で大人しそうなお嬢さんだと思っていたけど…意外と賢いお嬢さんね。
そして、図太い神経の持ち主だわ。」


「どういう事だ?」

二人のやり取りに僕は疑問をぶつけた。

「吉宗より、この娘方が一枚も二枚も上手だわ…。
あなたを誘き出して、この娘にあなたとのラブシーンを見せ付ける魂胆だったのよ。
泣いて逃げ出すと思ってたけど、意外と図々しい女だったのね…。」


清美は揶揄するように美桜の頬をなぞる。


「綺麗な顔ね…。
どんな笑顔と言葉で吉宗の心を奪ったのかしら…?」


そう言って、彼女の頬に爪を立てる。


「あなたが、どうやって私の旦那様を奪ったのか教えてくれる?
お嬢ちゃん…。」


美桜は、軽く微笑んで

「カラダで。」

そう答えた。


その瞬間、清美の立てた爪が彼女の白い頬に食い込んだ。


頬から血が伝っても、美桜は眉一つ動かさなかった。


「この…っ泥棒猫!」


僕は、振り下ろそうと挙げられた清美の腕を掴んだ。


「吉宗…!いや、放してっ!」


「もう…よせ。
僕も、彼女と同じ気持ちだ。
彼女と別れる事は出来ない。」


僕の言葉に、清美は涙を流す。

No.149 12/03/26 04:00
ゆい ( W1QFh )


「いい加減にしてっ!!」


堰を切ったのは清美だった。


清美は、僕と美桜の間に入り込こむと、美桜の頬を叩いた。

思いっきり叩かれた美桜は倒れ、清美はその上からも美桜を叩き続けた。


「ヤメロ…!!」


僕が止めるよりも早く、孝之は庇うように美桜の身体を抱いた。


そんな孝之に対して、清美は拳を震わせて悔しそうに唇を噛む。


僕は、美桜を抱く孝之に嫉妬したが美桜はすぐに孝之から放れて清美を睨み付けた。


頬を腫らしながら、清美に詰め寄る。


清美は、そんな美桜の気迫に一歩だけ後退りする。


「…なんなのよ、あなた…!」


「私、吉宗さんが好きです。
だから私、絶対に吉宗さんを諦めません!」


強い眼差しでそう告げる。


(美桜…。)


ダメだよ美桜…


君のその真っ直ぐで純粋な気持ちは


いつか、君を闇へと葬るだろう…。


そう…分かっていても、それでも…僕は嬉しいよ。


君の手を取ってしまいそうだ…

No.148 12/03/26 03:37
ゆい ( W1QFh )



美桜は、窓縁のカギが掛かっていないことを確認すると、窓を開けて無言のまま中へと入って来た。

清美の笑い声はもう聞こえない。


きっと、僕と同じで美桜の予想外の行動に言葉をなくしたんだろう。


美桜は、僕の腕をとって清美から引き離した。


「…美桜ちゃん!」

すぐに、息を切らせながら孝之もやってきた。


(何なんだ…コレ?)


僕には、何がなんだかさっぱり状況が把握出来ない。


美桜は孝之の方をチラリと見ると、何も言わず視線を僕の方へと戻す。


そして、僕に抱き付いた。


「…ちょっと!」

「美桜ちゃん…!」

清美と孝之の焦る声が聞ける。


次の瞬間、僕の肩に劇痛が走った。


「痛って…!!」


美桜が、思いっきり噛み付いたのだ。


「…吉宗さんのバカ!!」


そう怒って、僕に口付けした。


僕は、二人がその場にいる事も忘れて彼女の唇を支配する。

彼女を強く抱きしめて、深く…何度も何度も舌を絡めたキスをする。


こんな風に彼女を求めた事も、求められた事も無かった…。

No.147 12/03/26 03:16
ゆい ( W1QFh )



「み…、美桜…?」

何で彼女がここに?

それに、この僕と清美の状況…


ショックとパニックの中で、清美の高笑いだけが耳に付く。

美桜は、涙に暮れながらも僕等を睨み付けていた。


きっと、どんな言い訳も通じない。


僕は、そんな美桜の表情を見て彼女を失ってしまう恐怖に支配されていた。


清美から離れたいのに、羞恥心からか身体は動かない。


早く美桜の元へと行かなくては…


走り去る、その前に彼女を捕まえなきゃ。


気持ちは焦るのに、身体が思い通りにならない。



しかし、僕の予想に反して美桜は意を決めたかの様な強い眼差しで此方に向かって歩きだす。


No.146 12/03/26 02:54
ゆい ( W1QFh )


「…どうしたら、僕と離婚してくれる?」


静かに清美に問いかけた。


「…なら、最後にもう一度だけ抱いて。」


清美からの条件に、僕は絶望感を抱く。

「出来ないよ…。」

清美は、僕にすり寄って首に腕を回す。

「…なら、離婚はしないわ…。」


そう、耳元で囁いた。


(無理だ、出来ない。)

(美桜を裏切れない。)


「彼女の為に、自分を殺す事も出来ないなんて…あなたって本当に偽善者よ。」

(偽善者…。)


清美の言葉に、僕は怒りを覚えた。


その怒りはあの日、美桜にぶつけてしまった怒りを思い出させた。


クソっ…!

思えば、全てはあの日から始まった。


僕を先に裏切ったのは、他でもない君なのに…!


全部、君が悪いのに!


何で僕が、こんな制裁を喰らわなくちゃいけないんだ…!


そう思いながら、僕は清美に覆い被さる。


乱暴に衣服を剥ぎ取って、痛む心を押し殺す。


すると、フッ…と突然、清美は口角を上げて微笑んだ。


上半身を少しだけ起こして窓縁の庭の方へと視線を向ける…。


僕は、背中に悪寒を走らながらゆっくりと後ろを振り返った。


「なっ…!!」


目に飛び込んできたのは


口元を手で覆って涙する美桜の姿だった……

No.145 12/03/26 02:19
ゆい ( W1QFh )



もうイヤだった…。

こんな状態の清美をみている事も

空虚感で溢れる自分の心も


それでも、彼女に求められている事…全てがイヤで堪らない。


帰りたい。


離婚とか、不倫とか、そんなのもうどうだっていい。


帰って美桜に会いたい。


抱きしめて、彼女のあの甘い香りに包まれたい。


僕はもう、ここには居たくない。


…でもそれじゃあ、美桜を守れない。


僕が今、好き勝手に彼女の元へと逃げ込めば彼女は世間から白い目で見られてしまう。


僕は世間なんてどうでも良いが、美桜はダメだ…


彼女をまた暗い闇に追いやる事は出来ない。

No.144 12/03/25 01:05
ゆい ( W1QFh )


実際は、空っぽだったって言うのか?


「あなたが、研究所に入れなかった事は 誤算だったの。
あの人は娘より、自分のプライドを優先させたのよ…その事だけはごめんなさい。」


(…ふざけるな!)

「…君だって、教授と同じだよ。
自分のプライドが一番大切だったんだろう!!」


清美は睫毛を揺らして僕を見つめた。


「でも、今は違う…本当にあなたを愛してる。
あなたに出て行かれて、本気で失いたくないと思ったわ…。」


「いや、そうじゃない。君は、僕と美桜との事で自分のプライドが傷つけられたからそう思い込んでいるだけだ…。
意地になってるだけだろ!」


彼女はフルフルと首を横に振った。


懇願するような視線を送って、瞳を潤ませる。


君は、今でもそんなに美しい。


だからそれ以上、惨めな醜態を晒すのはやめてくれ。


僕の、気高く美しかった妻のままで別れさせてくれよ。


じゃないと…僕は、君と過ごした10数年を心から後悔してしまう。


本当に空っぽな結婚生活を送った事になってしまう。


No.143 12/03/25 00:28
ゆい ( W1QFh )



彼女は唇に付いた僕の血を舐める。


「吉宗…あなた細胞すらも全て私のものなのよ?
それを拒否するなんて許されないわ。」

「僕は、君の所有物じゃない。」


「そうかしら?
この国の法律ではそうだと言っているわ。そしてあの娘は、それを奪う薄汚い泥棒…。」


記入したはずの離婚届を、清美は僕にチラつかせて見せる。

「やっぱり、出してないんだな…。
何でだ?
君は、ずっと孝之が好きだったんだろう?」


僕の問いに、清美はクスリと笑みを浮かべる。


「そうね、彼に恋してた時期もあるわね…確か、大学に入ってすぐの頃かしら。 でも…分かったの。」


「…何が?」


「私は、西島先輩が好きなんだって事。 …父が嫉妬するぐらい優秀な先輩が欲しくなった。
あなたを愛して、そして側で悔しがる父を見たいって思ったわ。」


(それは一体、どう言う事なんだろうか…。)


「研究の成果も、最愛の娘も…あなたに奪われたら父が苦しむと思ったのよ。
母を蔑ろにして捨てた父に、最大の復讐をしてやりたかった。」


彼女の艶やかな口元から、耳を塞ぎたくなるような言葉が次々と出てくる。


僕はずっと、彼女の何を見てきたんだろう…。


僕らの夫婦生活は虚像の中でなんの積み重ねもなく、ただ淡々と時間だけを貪っただけだと言うのか…?


No.142 12/03/23 23:46
ゆい ( W1QFh )


家の中は最後に見た日とは変わって、僕が生活していた頃と同じようにキレイに整えられていた。


「何にも変わってないでしょう?」


背後から清美が言った。


「…お帰りなさい。」


僕の背中に彼女の腕がまわされる。


「よせよ。」


離そうとすると、余計に力が入った。


「清美、よせって!」


「嫌っ…!」


「放せよっ!」


力ずくで腕を取ると、清美は僕を床へと押しつけた。


「あなたは、私のものよ!
あの娘には絶対に渡さない!!」


その危機迫る気迫に身体が動けなくなる。


僕の胸を掴んで、清美は涙を流す。


「あの娘には、その細くて長い手で触れるのに…!髪を撫でて優しいキスを贈って、あなたはあの娘を抱くんでしょう…?
あなたのその身体で、彼女は抱かれるのよね?
…許せないわ、絶対にそんな事…許さない!」


清美の唇が僕の唇に押し当てられる。


その瞬間、美桜の笑顔が頭に浮かんだ。

僕は、清美を突き飛ばした。


そして、腕で自分の唇を拭った。


「…そんなに嫌?
そんなに、私がキライなの?」


「僕は、彼女を…美桜を愛してる。
君じゃない。」


清美の唇が少しだけ赤く染まっていた。

僕は自分の唇を切っていた。


彼女が噛んだのだと分かった。

No.141 12/03/23 23:16
ゆい ( W1QFh )



角を曲がって見慣れた住宅地に入ると、一軒だけ高くそびえる家が目に入る。


僕にはそれが、最早他人の家にしか見えない。


庭の桜の木は青々としげる。


この時期になるといつも毛虫駆除が気になる。

今も、それだけは変わらない。


僕は、インターフォンを押した。


「はい。」


恐らく、モニターで僕の顔は確認出来ているはずだ。


「…僕だ。」


すぐに、鍵のロックが外され中から清美が出てきた。


「吉宗…っ!」

彼女は、出てくるといきなり僕に抱き付いた。


僕は困惑と、嫌悪感からとっさに清美を跳ね退けてしまった。


清美はそんな僕を一瞬、睨みつけた。


「…雰囲気変わったわね。
カッコ良くなったわ…メガネもやめたのね。
服装も前はそんなにカジュアルじゃなかった。」


彼女はマジマジと上から下まで見回して言う。


「あの娘の影響かしら?
あなたって、ただでさえ若く見えるのに…それじゃぁ、まるで本当に大学生ね。」


クスっと失笑する清美に苛立った。

僕が睨みをきかせると、今度は挑発的に僕の頬に彼女のしなやかな手が触れる。

「…勿体無い事をしたわ。
確かに、原形は昔から美形だったのよね…あの娘に感謝しなきゃ。
あなたを、こんなに魅力的にしてくれた事…。」


清美の唇が、僕の口に触れそうになる。

僕は、身体ごとそれを反らして家の中へと入って行った。


No.140 12/03/23 22:13
ゆい ( W1QFh )



離婚の事実は…無い?


どういう事なんだ…?


僕は確かに、離婚届けにサインをして清美に送った。


「…まさか?」

嫌な予感がした。


役所に提出してない?


清美は、離婚届を出してない?!


僕は一連の疑惑を胸に、以前彼女と暮らした家へと向かった。


No.139 12/03/23 22:05
ゆい ( W1QFh )



理事長は一呼吸置いて、乱れた前髪を直しながら僕を見る。

「…とにかく、彼女とは別れなさい。」

嫌だ……。


「この事が、他の職員や生徒…ましてや保護者の耳に入る前に身辺を綺麗にしておくように。」


無理なんだ…。


分かってくれなんて思わない。

でも…無理なんだよ。


美桜と別れる事なんて出来ない。


嫌なんだよ……。


「冷静沈着な君が、泣くなんてな…。」

ベージュのチノパンに、僕の雫が落ちて水玉模様を作る。


泣いている事にも気付かない位に、僕は無心だった。


去り際に理事長は言った。


「君と、奥さんが離婚した事実は無いよ。
あまり、私の友人の大切な娘を傷つけないでくれ…。」



僕は、耳を疑った…。

覚醒していくように見開いた瞳…。


黒いポロシャツが、漆黒の黒へと変わるほどの汗をかいた。

No.138 12/03/23 21:45
ゆい ( W1QFh )


混乱する頭で必死に考える。


奥さん…?
不倫…?


この2つのフレーズだけが脳内を巡る。


「不倫…って、僕は妻とは離婚していますよ。」


僕の言葉に、理事長は深い溜め息を漏らす。


「やはり、篠崎先生とは深い関係なんですね。」

落胆と軽蔑の入り混じった瞳が向けられる。


僕は否定しなかった。


「職員同士で不謹慎と言われればそうですが、それでも僕は本気です。」


―…バン!と理事長がデスクを叩く音に、僕はビクついて目を閉じた。


「ふざけるなっ!
職員と言っても彼女はまだ大学に席のある学生だぞ!!
分別の分からない若僧が生意気な事を言うなっ!!」


理事長の気迫に負けて、僕は萎縮する。

だって、彼の言っている事は全て正論だ。


美桜はまだ学生なんだ。


常識ある大人なら、彼女には手を出さない。


でも…でも…仕方ないじゃないか。

正しい事なんて始めから分かっていた。

それでも、どうしようもなく彼女を愛してしまったのだから。


それは、都合の良い僕の甘え…。


正論者には勝てない。

No.137 12/03/23 21:20
ゆい ( W1QFh )



夏休みもあと1日で終わる。


僕は、新学期の最終準備の為に朝から学校だった。


「西島先生…ちょっと。」


深刻な赴きで、準備室へと僕を呼びに来たのは、理事長だった。


率直に嫌な予感が走った。


僕は手を止めて理事長の椅子を用意し、カップにコーヒーを注ぐ。


「実は、君の奥さんから連絡をもらってね。」

(…奥さん?)


その言葉を理解出来ない。


「…え?」


僕が、硬直していると理事長は
「コホン」と小さな咳払いをした。


「君が、篠崎先生と不倫関係にある。
…そう泣きつかれた。」


僕は益々、理解が出来なくなってしまった。


「…これは、事実ですか?」


鋭い視線を突き付けられて、僕は蛇に睨まれた蛙の様に動けない。

No.136 12/03/21 01:52
ゆい ( W1QFh )



「…美桜?」


眠りについた、彼女の頬に伝う涙を指で拭う。


悲しい夢を見ている。


彼女が抱える孤独を一緒に背負って生きて行こう。


美桜が、僕の孤独を受け入れてくれた様に……


僕らは抱き合って眠る…


どうか、美桜の夢まで入って僕の手が彼女に届きます様に…

No.135 12/03/21 01:42
ゆい ( W1QFh )



手を伸ばしても届かない…


家族の温もり。


強くなるって意味が、孤独に慣れるって事なら…


お母さん…


あなたは父さんよりも残酷な人です。

No.134 12/03/21 01:37
ゆい ( W1QFh )


翌日、母の容態が悪化した。


息を切らせて学校から駆けつけると、酸素マスクを装着された母の姿が飛び込んだ。


お兄ちゃんは、お母さんの手をしっかりと握っていた。


「お母さん…?」


「…美桜ちゃん、こっちへ。」


担当医が、私に手を伸ばして母の枕元へと呼ぶ。


「…って…ね…。」

霞む声に耳を近づける。


「朋…樹…お父さんの…病院を…守って…力に…。」


苦しそうに話す母の言葉に、お兄ちゃんは無言で力強く何度も頷いていた。


「美…桜…、女の…子は…強くなって…みんなを…愛し…て…」


お兄ちゃんの手からお母さんの手が零れ落ちる…。


「お母…さん…?」
「母さん…!」


私達の問い掛けにも応えず、どんなに揺すっても動せず、母は永遠の眠りについてしまった…。


病室に、私達の泣き声だけが響き渡る。

その時から私達は、母の約束をそれぞれ胸にしまい込んで生きる事となった…。

二人とも幼かったから、不器用にしか母の言い付けを守れなかった…。


お兄ちゃんを亡くす前に、ちゃんと話せていたら……


私は、私の家族を守れたかも知れないのに………


今でも、夢に見る

失った家族の残像……。

No.133 12/03/21 01:12
ゆい ( W1QFh )



父は、母の病が同じ遺伝子を持った私達に受け継がれる可能性を酷く心配していたらしい。


母の様にいつか、私達が消えてしまう事を恐れて、あまり私達と関わりを持とうとしなかったのは、父が弱虫だからだと母は言った。


母は父を心から愛していた。


だから、そんな恐怖に怯える日々から少しでも救ってあげたかったのだろう…。

当時、うちの病院で看護師をしていた若い女性が、父に好意を持っている事に気付いた母は、彼女に父と親しくなる事を望んだ。


「あの人の子どもを産んで欲しい。」


そう、懇願したと…。


でも、母の思惑通りにあの父が爽太の母親と関係をもつとは考えにくい。


今なら分かる。


父こそ、そんな母の想いに応えたんだ。

爽太は、二人の儚い願いを叶えた愛の証。


「…美桜、いつか新しいお母さんと弟が家に来る日が来たら…あなたは心から二人を受け入れてちょうだい。
爽太君はお母さんにとっても、とても大切な子なの…だから愛してあげてね。」

爽太…弟の名前。

私は涙を流しながら、お母さんと指切りをする。


「それと…もう一つ。
この事は、お兄ちゃんには絶対に内緒にしてね。
ずるいけど…お母さん、朋樹に嫌われたくないの。
母親は息子に最後まで愛されていたいものだから…。
ごめんなさい…美桜。」


その日、母はそこまで言うと電池が切れたみたいに深い眠りについた。

No.132 12/03/20 23:12
ゆい ( W1QFh )

「美桜は、女の子だから強くなってね。」

珍しく、弱々しい声のお母さんが言った。


キョトンとした私の髪を優しく撫でる。

「うちの男の子達は、傷付きやすくて弱いの。お父さんも、朋樹も私達で守ってあげないと、すぐにダメになってしまう弱虫なのよ…。」


「お父さんが…?」

お母さんは微かに微笑んで頷く。


「お母さんが、いなくなる事に凄く怯えているわ…。」

「お母さんは、いなくならないよ!」


私は、お母さんの腕にしがみついた。


母の死期が近いていると、初めて思わされた瞬間。


「美桜…お母さんの話す事、まだ小さなあなたに理解を求めるのは罪だと分かってる。
それでも、言っておかなきゃいけない…。
あなたは、お母さんの生きる意志だから。」


見上げると、強い眼差しの母がいた。


これが、最後の願いなのだと思った。


だから私が、母の生きる意志を継がなくてはいけない…。

No.131 12/03/20 22:50
ゆい ( W1QFh )

学校が終わると、毎日のようにお母さんのお見舞いに行った。


お母さんは必ず、1日に1つだけ折り紙で動物を作って待っていてくれた。


「いつか、大きな動物園が出来るわよ。」


優しく微笑む…お母さん。

ふわふわの髪の毛から甘い香りが漂ってきて、その香りが私に安心感を与える。

「美桜、おいで。」

ベットに忍び込んで抱っこしてもらう時が、一番幸せ。

時々、看護婦さんに見つかって

「美桜ちゃんは、甘えん坊ね。」

と笑われた。


そんな毎日。


物心ついた頃から変わらない生活。


お母さんは、生まれつき身体が弱くて入退院を繰り返していた。

No.130 12/03/20 22:36
ゆい ( W1QFh )


波の音が、暗い部屋に漂う。


「…美桜は、爽太が家に来た時、嫌な気持ちとか無かったの?」


僕は、美桜の身体を抱き締めながら問いた。


爽太の話しを聞いた時から、美桜も兄と同じ様な気持ちになったりはしなかったのかずっと気になっていた。


異母兄弟とはいえ、父親の裏切りで生まれた爽太を、そう簡単に受け入れられるものだろうか…。


「…私、それよりずっと前に知ってたから。」


「…え?」

美桜の意外な答えに、僕は困惑した。


「どういう事?」


当時、美桜はまだ小学生だ。

父親の素行を知っていたと?


「…お母さんが、病床で私に言ったの。」


「…何て?」


美桜は、瞳を閉じて母との約束を思い出す。


それは、まだ彼女が幼い頃の遠い約束。

No.129 12/03/17 23:44
ゆい ( W1QFh )

夕暮れの海辺を二人で並んで歩く。


海風に揺れる髪を耳にかけながら、美桜は夕陽を見つめている。


僕は、思わず携帯のカメラでその瞬間を撮った。


「今、写メ撮った?」

シャッター音で気付かれてしまったけど、「それなら、待ち受けにしてね」と彼女は笑った。


本当に、そうしたいよ。


地平線に沈む夕日が、なんとも神秘的な色を発している。


この色を作るには、どの色の絵の具を混ぜればいいんだろうか…

そんな事をボンヤリと考えていると、横でカメラのシャッター音が聞こえた。


「撮っちゃった♪
ちゃんと、待ち受けにするね(笑)」


美桜は、そう言って逃げ出した。


「こら、待てー!」
「きゃーーっ!」


美桜を捕まえて抱きかかえると、僕は彼女を海へと放り投げるフリをする。


きゃーきゃー言いながら、首元に抱きつく彼女を僕は、どうしようもなく愛おしいと思った。


「愛してる。」

僕は、美桜の耳元でそう呟いた。


彼女は顔を上げて、僕に微笑むと

「愛してる。」


そう返して、キスをした。


No.128 12/03/17 23:15
ゆい ( W1QFh )

「はぁ~、疲れたね…。」


ペンションにチェックインして、部屋に入ると美桜は、ベットの上に大の字で寝そべった。


まぁ…あれだけ、はしゃぎまくったんだ。

「ムリもないな。」

天を仰ぐ彼女を見て、


(ジャンプして飛び込んでやろうかな…。)

そんな邪な考えが浮かぶ。


「…変な事考えてる人がいる。」


美桜にジロリと見られて、僕は目を逸らした。


「図星!」


「…バレたか。
よし!」


僕は、彼女の手を引っ張って起き上がらせた。


「散歩に行こう!
もうすぐ、サンセットが見られるよ。」

美桜は「うん!」と大きく頷いて、笑うと


てそのまま、僕の背中に飛び乗ってきた。

全身に、美桜の体重がのし掛かって、フラつきそうになりながらも耐える。


彼女をおぶって、僕は部屋を出た。

No.127 12/03/17 22:48
ゆい ( W1QFh )



途中で、水族館にも立ち寄った。


近海に住むという、魚達を一匹ずつ見て周る。

その度に、美桜博士による生態説明を聞いて、勉強会が始まるのだ。


よくある水族館デートのロマンチック感はない。


他のカップルの女の子はヒトデや、ナマコを嫌がって、触ったりはしない。


でも、美桜はヒョイと摘み上げて細部まで観察&説明。


周りの人々をドン引きさせた。


僕は、それが堪らなく可笑しくて終始笑っていた。


「次は、イルカね♪」

美桜は僕の手を取り、外に出る。


その水族館のイルカは、海を囲った網の中で飼育されていた。


「網の上をジャンプして、外に逃げたりしないのかな?」


僕がそう言うと美桜は、

「ここが、自分の家だと思ってるから。 私達には、不自然に見える光景でも、彼ら(イルカ)にとってはこれが自然なのよ。」


そう言った。


イルカの故郷が、自然界の海だと決め付けているのは人間だけ…。


いや…違うな。


美桜が言いたかったのは、こんな環境に追いやった人間が、今更彼らの自由を求めるのは罪深い…って事かな…?


う~ん、難しい。


「次!ペンギン!」

考え悩む、僕をよそに、美桜はまたもや僕の腕を掴み、足早にペンギンの元へと向かうのだ。

No.126 12/03/17 22:18
ゆい ( W1QFh )



翌朝、僕達はレンタカーを借りて、伊豆方面へと出掛けた。

車の運転なんて、久しくしていなかったから内心緊張していた。


一方で美桜は、楽しそうにお菓子を頬張って時々、僕の口にもお菓子を入れて食べさせる。


「吉宗さん、真顔怖いよ(笑)」

「真剣なんだよ。」

しばらく走ると、海が見えて来た。


海面がキラキラと輝いて波打つ。


美桜は、車の窓を開けて気持ち良さそうに風を浴びる。


「わーーっ、綺麗ーー!」


彼女の、こういう笑顔を見るのが好きだ。

無邪気で、子どもっぽい笑顔。


淑やかに微笑むより、ずっと彼女らしい。


本来の美桜は、明るくて活発的な女の子だったんだろう。


僕だけが知る…本当の彼女。


「美桜ー、楽しいかーーっ(笑)?」


「たのしーーっ!(笑)」


僕だけに向けられる笑顔だ。


No.125 12/03/16 00:53
ゆい ( W1QFh )

「こちぎでね~人!」


美桜は怒ったようにそう言い放つと、僕の唇にキスをして返す。


美桜が言った、言葉の意味は分からなくても、あれはきっと秋田弁なのだと思った。


僕に、故郷を聞いた彼女は、自分の故郷をどちらだと言うのだろうか…?


僕を必死に求める美桜には、本当に心から故郷と言える場所がないのかも知れない。


美桜を受け入れながら…いつの日か、僕の生まれ育った場所に彼女を連れて行きたいと思った。


互いに歳を重ねて、家族が増えて、そしていつかは…君の故郷と呼べたら良いのに…。


No.124 12/03/15 23:50
ゆい ( W1QFh )



「…吉宗の実家はどこ?」


ベットの中で、横たわる彼女の髪を撫でていると、彼女がポツリと言った。


「僕の実家は、福岡だよ。」


「福岡?全然訛ってないのに…(笑)」


「そげん事なか!ちゃんと訛っとうよ!(笑)」


僕が博多弁を喋ると、美桜は声をあらげて笑う。


「…東京に来てから長いし、もう標準語になったよ。
博多弁を使うのは両親や、地元の友達と話す時ぐらいだな。」


「そっか…博多弁の吉宗もカッコいいね。」


「煽てても、な~んもなか!」


「ちぇ…つまんないの。」


そう言って、むくれる美桜の額に、僕は優しくキスをした。

No.123 12/03/15 23:27
ゆい ( W1QFh )



例えば、ブランケットに包まれながら、彼女を後ろから抱えるようにして同じ本を読む事も、


互いの髪を、ドライヤーで乾かし合う事も、


並んで歯を磨く事だって、


僕には、せいぜいあと、1万5~6千回しかないのだ。


今、…その一つ一つを大切にしたい。


美桜を、この身体で感じてる時だってそうだ。


慈しみを持って愛していく…。


だから…僕は、君を抱くと泣きたくなる。


愛してる…

それじゃ足りない、この気持ちを伝える術が分からなくて…

No.122 12/03/15 23:03
ゆい ( W1QFh )

僕は、永遠を信じない。


それは、一度失敗しているからかも知れないが、基本的には化学物理学者の見解からだ。


理屈っぽい考えだが、僕達は、一緒のタイミングで同時に息絶える事は出来ない。

そういう意味で、(永遠)はないと思っている。


だけど、この瞬間、僕は儚くも願ってしまう。


彼女と…永久(とわ)に生きていきたい

それが、無理なら出来るだけ永い時間を僕等に下さい…と―

No.121 12/03/15 21:15
ゆい ( W1QFh )

美桜は工夫を凝らして、チーズインハンバーグと、コンソメスープを作り、

僕は、スモークサーモンのサラダを作った。


「うん!なかなか豪勢な夕飯だな!」


「そう…?至って普通よ?」


(分かってないな。 君と共に過ごす夕飯が、何よりのご馳走じゃないか…。)


…なんて、歯の浮く様な台詞は絶対に言えない。


「美桜と、一緒に食べるから美味しいんだよ!」


これが、僕の精一杯だ。


君の…ほんのりとピンク色に染まる頬を見て、僕は幸福を噛み締めるんだ。


ずっと、こんな時間が続いて欲しいと思う。

No.120 12/03/15 20:57
ゆい ( W1QFh )



僕は、そのまま振り向き美桜を抱き締めた。


「君が思うよりも、爽太は、シッカリとした大人になってるよ。
大丈夫、心配しすぎるな。」


彼女は「うん。」と小さな返事をする。

「よし!じゃぁ早速、夕食作りだ(笑)」

「うん!(笑)」

僕は、彼女の手を取りキッチンへと向かう。


冷蔵庫から、挽き肉と玉ねぎを出して美桜に手渡す。


「ハンバーグ?」

「そう!」


クスリと笑う美桜に僕は、照れ笑う。


「…好きなんだよ。 ハンバーグ…。」


彼女は背伸びして、僕の頭を撫でた。


「…可愛い!」


いつもと形勢逆転で、僕は少しだけ口を尖らせた。

No.119 12/03/15 13:22
ゆい ( W1QFh )


家に着くと、美桜が玄関まで僕を出迎えに来てくれた。


「お帰り。」

子犬が主人を迎えるような、キラキラとした瞳を輝かせる。

そんな彼女が、とても可愛くて愛おしい。

「ただいま。だいぶ、待ってた?」


「ううん、今さっき私も着いた所だから。」

「ふ~ん…その割には…。」


僕は、彼女が後ろに隠すように、持っている本を指さす。

指で、読んだ所まで栞をしているのを見ればわかる。


「あ…バレたか。」

跋の悪そうな彼女の頭を撫でながら、僕は微笑む。


「そんな、気を使わなくて良いよ。
遅くなってごめんな。 ちょっと、学校で爽太と話してた。」

「爽太と?」


僕は、靴を脱いで洗面所へと向かう。

美桜もその後をついて来る。


「本を貸したんだ。あいつ、スゴイな…よく勉強してるし、将来の事とかちゃんと考えてるよ。」


手を洗いながら、僕は彼女に話した。


すると、彼女は僕の背中を抱く。


「ありがとう…爽をちゃんと見てくれて…。」


僕は、濡れたままの手で彼女の手を握り締める。


「ありがとうなんて言わないで良いんだ。僕は爽太が好きだし、君の弟だから気にかけてるって訳じゃないよ…。」

「うん…分かってる。だから、嬉しいの。」


背中が暖かくて冷たい。

美桜は、爽太の事となると泣き虫になる。

No.118 12/03/14 02:00
ゆい ( W1QFh )

「岡田、やっぱり将来は医者になるのか?」


「…多分。」


(そりゃ、そうか…。爽太は、あの病院の後継者だもんな。)

「自分の将来が、決められてるって…辛くないか?」


爽太に質問しているフリして、本当は自分自身に投げかけていたのかも知れない。


爽太も、ジッと僕を見る。


「医者になる事は決まってるけど、どんな医師になるかは、自分で決められるから辛くないよ。」


爽太は、強い眼差でこう答えた。


「先生だって…。」

「ん?」


「先生の将来だって、誰にも縛られてないんだ。
…自分で決めて良いんだよ。」


僕は、身体中が熱くなるのを感じた。


目からウロコと一緒に、また別の何かが出そうになった。


「岡田…お前、カッコいいな。」


「よく、言われるよ(笑)」


ニカッと笑う爽太が、本当に眩しく見えた。


僕は、彼からもらった言葉に背中を押された気がした。


諦めた夢をもう一度、追いかけてみよう …

僕は17歳の少年に、本当に大切な事を教えてもらったんだ。

No.117 12/03/14 01:06
ゆい ( W1QFh )



最初は、爽太の事を天才なんだと思っていた。


いや…今だって、そう思ってるけど


彼と化学や物理、哲学的な会話をしていて分かった。


幼い頃から、膨大な数の本を読んでいる事。


そのほとんどが、理数系や医学書に関する内容の物だ。


おそらく、父親の書物だったのではないか…?


爽太にとって、寂しさを紛らわす方法が、何よりも難しい本を理解しながら読んでいく事だったのではないか…?


そう…思えてならなかった。

No.116 12/03/13 00:17
ゆい ( W1QFh )



「大袈裟に驚くなよ…こっちがビックリしたって。」


落ちた携帯を拾い上げながら、爽太は言った。


僕は焦って、携帯を取り上げる。


「み…見た?」


怪訝そうな爽太の顔に、僕は問う。


「…何?もしかして、出会い系でもしてんの?」


「してないよ!!
だからっそんな、あからさまに軽蔑した様な目で、僕を見るなっ!」


顔を赤らめる僕に、爽太は腹を抱えて笑った。


「…で?何か用か?」

ふてくされ口調で言う。


「何って、約束の本借りに来たんじゃん。」


(あぁ…そうだった。 確かそんな約束してたな。)


「え~っと、ハーパー生化学の原書だったよな…。」


「うん。」


山積みになった本達を掻き分けて探す。

「おっ、あった!あった!あぁ…でもこれ、全英語版だ…。」


いくらなんでも、高校生には難し過ぎる。
日本語訳だってハーパーは難しいぞ?


爽太は、僕から本を取るとペラペラと流し読みをする。


「うん、大丈夫。
全然余裕だ。」


僕の化学者としてのバイブル本を、彼は絵本か何かと勘違いしているんじゃなかろうか…


そう、思わずにはいられない。

No.115 12/03/12 23:38
ゆい ( W1QFh )

夏休みが終わるまで残り、一週間。


僕も今日、めでたく夏期講習を終えて、明日から3日間の休暇に入る。


「あ゛~…長かった!」


理科資料室の椅子にもたれながら、背中を伸ばす。

何とも言えない解放感!


最高だ!!


僕は、側に置いた携帯を手に取った。


(メール1件)

フォルダーを開くと、顔が綻んだ。


Re:美桜

教授に論文提出して受理されました✌
吉宗さんは終わりましたか❓❓
先に、マンションに行って何か夕飯作っておくね☺💕



僕もすかさずメールの返信を返す。


Re:Re:吉宗

論文提出おめでとう😊
できる事なら、僕も読んでみたいです📓 今から帰るので、先に着いたら待ってて。夕飯は一緒に作ろう。じゃぁ、また後で😉


こんなもんか…。

ギリギリの絵文字だよな…


もうちょっと、デコメ?にした方が良いのかな…う~ん、でも…いい歳したオッサンがデコメってどうなの?


ここでもまた、ジェネレーションギャップが…。


「何してんの?」


「わぁぁぁっ!!」


背後から、耳元に声を掛けられて僕は驚く。


持っていた携帯が、宙を回って落ちた。

No.114 12/03/12 22:43
ゆい ( W1QFh )

吉宗side~


僕等の知らない所で、それぞれの思惑が渦を巻いて動き出していた。


暗くて、深くて、悲しみに満ちた世界が僕等を待っている。

二人で、何処まで行けるか…


君を置いては行けないから


一緒に


堕ちて行こう。

No.113 12/03/12 22:00
ゆい ( W1QFh )



「あの娘を、吉宗から奪って…!」


隣にいた清美が言った。

やっぱり、俺達は似た者同士だな。


「お前ら、離婚したんじゃなかったっけ?」


俺は、自分の弱い所は見せない。

清美にも、決して本心は明かさない。


だから、表面的にはスカしていられる。

「離婚はしないって、言ったじゃない。」


だけど、女の執念は怖い。


「は?まさか…?」

こんな、捨て身になれるものか?


「出してないもの、離婚届けなんて。」

(へ~、それは良い事聞いた。)


「吉宗はまだ、私の夫よ。」


含み笑いを浮かべた清美の横で、


俺は、自分にもまだ形勢逆転のチャンスがあると確信した。

No.112 12/03/12 13:36
ゆい ( W1QFh )



今…俺の目の前で、彼女はその微笑みを吉宗に向けている。

彼女の表情を見れば分かるさ。


彼女が…吉宗に恋をしている事ぐらい。

あんな笑顔…俺には一度だって、向けられた事はない。


激しい嫉妬心…


小さく震える右手。

俺の大切なものは全部、あいつ(吉宗)が奪っていく。


俺が、どんなに彼女を好きで…

それでも、どうしようも無い事もあると、自分に言い聞かせてきた…。


長い間…ずっと、ずっと年齢が離れているからと諦めて来た…。


苦しかった…なのに…何でお前は、そんな簡単に彼女の心を奪えたんだ…?



俺が、ずっと…触れたいと願った、彼女の髪に…肩に…頬に、唇に…何故、お前は簡単に触れる事が出来るんだ!



俺は、吉宗を憎んだ。


あいつから、必ず美桜を奪ってやる。


そう決心した。

No.111 12/03/12 13:18
ゆい ( W1QFh )



朗報が舞い込んで来たのは、翌年の頭だった。


爽太の通う高校に欠員がでると、大学から理科の臨時教員の募集がかけられた。

非常勤講師だから、教員免許のある院生が対象だった。


「美桜ちゃんっ!
爽太に会えるよ!」

研究室にいる彼女に早く伝えなければと、俺は急いだ。


「本当…?」


彼女は、俺から紙切れを受け取ると、瞳を潤ませてその採用試験の案内書を眺めた。



彼女の役に立てた事が嬉しかった。


ずっと会いたがっていた弟に、やっと会える日が来るのだ。

彼女が、俺に微笑む…

それだけで…満たされていた。


それだけだったのに…。

No.110 12/03/12 13:02
ゆい ( W1QFh )



俺と美桜の関係は変わらず、年月は過ぎて行った。


俺は、岡田総合病院 のインターンとして勤務していた。


そこで、美桜の弟の爽太が、名門高校に入学したと言う噂を耳にした。


高校の名前を聞いて、俺は頭の隅で
「吉宗の働く学校だ。」と思った。


爽太が、たまに病院に来ている事は知っていた。


何度か話し掛けてみたが、爽太はいつも俺を無視した。


誰も、爽太の声を聞いた事などないと言う。


だから、あの年頃によくある、反抗期だなと軽く考えていた。

No.109 12/03/12 12:49
ゆい ( W1QFh )



けれど俺は、その想いに蓋をする。


最初から諦めていた。

彼女は、俺を兄の様に慕っていたし、今の関係を壊したくはなかった。


彼女の兄を助けられなかった事も、ずっと引っかかっていた。


それならば…このままずっと、兄の代わりで構わない。


君を守る、優しい兄であり続けたい。

No.108 12/03/12 12:40
ゆい ( W1QFh )



俺にとって、唯一…純粋なものがあるとしたらそれは、間違いなく美桜に対する思いだ。


彼女は、俺達の母校の大学に合格した。

(美桜が東京に戻ってくる。)


それだけで、俺は浮き足立った。


彼女が、一人暮らしする部屋も一緒に見て探し、手続きも手伝った。


「これで、春から同じ大学の学生ね(笑)」

彼女の笑顔がそこにある。


これからは毎日、見られると思うと嬉しかった。


一年振りに会った美桜は、また一段と綺麗になっていた。



…流石に、ここまでくると自分の気持ちにも気づき始める。

彼女を愛する気持ちに…。

No.107 12/03/12 12:20
ゆい ( W1QFh )


東京に戻っても、俺は相変わらずだった。


だた、以前よりかは女遊びが減った。

何故だか、不思議と面倒臭くなったのだ。


身体が衰えてきたのかと内心、ヒヤヒヤしていた。


けれど、清美との関係は、まだ続いていた。


俺の言葉を鵜呑みにして、清美は吉宗と結婚していた。


清美の行動力には驚いたが、何より…あの吉宗が、研究所を諦めてまで清美との結婚を望んだ事が俺には信じられなかった。


「いつまでも、こんな事続けてていいのか?」


情事が済んだ後で、俺は清美に問いた。


「…分からないわ。 でも、こうしてないと自分を保てないの。」


清美はそう答えて、俺の背中を人差し指でなぞる。


「無理に結婚なんかするからだろ。」

俺は、呆れ顔で言った。


「…彼を好きになったのは本当よ。
あの人が、私を愛してくれているのも分かってる。
だけど…時々、苦しくなるわ。」


「…なんで?」


「あの人は…純粋で、真っ直ぐよ?
私とは正反対の心を持ってる。
あまりにも、それが眩しくて自分が惨めになるのよ。」



清美の言っている事は、痛いくらいに理解出来た。


俺と清美は似ている。


綺麗なものに強い憧れがあって…触れていたいのに、完全に手に入れる事はできない。


サンサンと照りつける太陽から逃げ込むように、俺達は日陰を探すんだ。

No.106 12/03/12 11:13
ゆい ( W1QFh )



美桜ちゃんの友達の名は、(沙希)ちゃんという。


「さっきは、逃げてごめんなさい。
まさか、美桜の知り合いだとは思わなくて…。」


顔を赤らめて彼女は言った。


聞けば、美桜は以前、ストーカー紛いの被害にあったと言うのだ。


他校の男子生徒に待ち伏せされたり、勝手に写真を撮られたりされたらしい。


(無理もないな…こんな素朴な田舎町だと、美桜は目立ち過ぎる。)


「美桜は、隙が多いし、人を疑わない所があるから心配で…。」


「沙希は、心配性だから(笑)」


「笑い事じゃないよ!
この間だって…!」

俺は、二人のやり取りを見て笑った。


「良かったね、美桜ちゃん。
頼もしい友達がいてくれて(笑)」


「…うん。」

美桜は、照れ臭そうに答えた。


彼女は幸せそうだった。


子どものいない継父母に大切にされて、友人にも恵まれていた。


秋田の静かで穏やかな生活が、彼女には合っているようだった。


「何か困った事があったら、いつでも連絡しておいで。」


俺は、彼女と連絡先を交換してその日に、東京へと戻って行った。

No.105 12/03/12 10:40
ゆい ( W1QFh )



それでも…やはり、これは恋愛感情ではないと思っていた。


女子高生と、三十路では話にならない。

恋じゃない…。


俺はただ、彼女が心配なだけだ。


色々なものを奪ってしまった罪悪感があるだけ。


そんな風に、思った。


「美桜ちゃん、元気そうで良かった…。」


「…なんで、本上先生がここ(秋田)に?」


俺は、彼女を近くの喫茶店に誘った。


もちろん、彼女の友達も一緒だ。

No.104 12/03/12 10:26
ゆい ( W1QFh )



俺は、彼女に声を掛けるタイミングを逃してしまった。


友達と一緒に会話を弾ませている、直ぐ後ろを付いて歩く。

(これじゃぁ、まるでストーカーだ…。)


そんな不審者に気付いたのは、美桜ちゃんの友達の方だった。


チラチラと、後ろの俺を警戒している。

俺は、苦笑いを浮かべた。


すると、彼女は美桜に何やら耳打ちをして、いきなり走り出した。


(マズい!!)


「ちょっと…待って!」


二人は止まらない。
「…美桜ちゃんっ!」

名前を呼ぶと、彼女は足を止めてゆっくりと、こちらに振り向いた。


カバンが、バタリと落ちる。


彼女は、口元を両手で押さえて驚いた。


「…本上先生?」


俺はカバンを拾い上げると、汚れを払って彼女に手渡す…。

「久しぶり…。」


(とても、君に会いたかったよ。)


やっと、見つけた。

俺は、自然と心から微笑む事が出来た。

こんな気持ちは初めてだ。

君になら、優しい人間になれるかもしれないと思えた。


No.103 12/03/12 09:57
ゆい ( W1QFh )



学校の正門に着くと、俺は時計を見る。

あと、10分くらいで下校時間だ。


うまく見つけられるだろうか…?

部活とか入ってたらどうしよう。


急に、そんな不安が込み上げる…。


次第に、ぞろぞろと生徒が学校から出てきた。


皆、俺をジロジロと見ている。

無理もない。


美桜ちゃんが通ってるのは女子校だ…。

怪しげな男がうろついていたら気味が悪いよな。


いっそのこと、誰かに声を掛けて彼女を呼んで来てもらおうか?


…そんな事を思っていた時だった。


俺の横を、紺色のセーラー服を着た美桜ちゃんが通った。


久しぶりに彼女を見て驚いた…。


今まで、俺が出会った女の子達とは比べものにならない程、彼女は美しくなっていた。


「…綺麗になったな。」


サラサラとした髪の毛に、陶器の様な白くて透き通る肌。


あの頃と変わらない、優しい目元。


桜色の唇。


紛れもなく、俺の知る美桜だった。


No.102 12/03/12 03:26
ゆい ( W1QFh )



バレないように、少しずつ…でも確実に情報を集めた。


その結果、彼女は秋田の県立高校に通っていると分かった。

俺は、すぐに秋田へと向かった。


新幹線の中で、会ったらまず、何を話そうかと考えていた。

「養父と、養母は優しいかい?」


とか、


「こっちはもう、慣れたかい?」


…なんて、在り来たりな事しか思い付かない。


いつものナンパ術が使えないのだ。


「くっそ…。」


気の利いた言葉が浮かばない。


美桜を、喜ばせそうな台詞が全然出てこない。


焦りと緊張感で、秋田駅に降り立った。

そのまま、在来線に乗り換えて、美桜の通う高校へと急いだ。


No.101 12/03/12 03:08
ゆい ( W1QFh )


彼女が家を追い出されたと知ったのは、随分と時間が経った頃だった。


医学部の同級生の親が、岡田総合病院に勤めていたから聞けた情報だ。


「俺から聞いた事は、誰にも言うなよ?」


「あぁ…もちろんだよ。
ありがとう、助かった。」


この話題は、病院内でもタブーのようだった。


それにしても…養女に出されたって…また、どうして?


思い当たる事は…


まさか!


俺が、余計な事を医院長に言ったからか…?


それで…娘を捨てたっていうのか?


あり得ない。


俺は、美桜がどこに行ったのか、懸命に探した。


事情を知る奴らからは、深入りすると消されるから止めておけと忠告もされた。

それでも、俺は彼女が心配だった。


自分の事など、二の次と思えたのは、この時が初めてだった。


No.100 12/03/12 02:48
ゆい ( W1QFh )



契約書のチェックを終えると、秘書は席を立ち去ろうとした。


「あの…その後、美桜ちゃんは?」


すかさず、秘書に問いた。


兄を失った美桜ちゃんは、酷く嘆き悲しんでいた。


葬儀の時も、声を掛ける事は出来なかった。


「…お嬢様の事は、お気になさらずに。 家庭教師の方も、もう無用です。」


「え?でも彼女、もうすぐ受験でしょ?」


「ですから、お嬢様の事に関してアナタ様は、既に無関係なのです。
余計な詮索はお控え下さい。」


契約書をピラピラと振りかざして、秘書は言った。


足早に去る秘書に対して、俺は無力感を感じた。


美桜は、どうしているだろうか…。


まだ、家で泣いているはずなんだ…。


気になってはいたが、岡田家の出入り禁止を言い渡された今…美桜の様子を知る術は無かった。


No.99 12/03/12 02:25
ゆい ( W1QFh )



子供の頃から見て来た、汚い大人達の権力争い…。


「他人は、利用する為ある。」


俺の親父の、口癖。

ウンザリだった。


(政界に入って、地位と名誉を手にしろ。)

(私の後継ぎとして、恥ずかしくない息子になれ。)


もう…たくさんだった。


親父のいいなりになったら、俺はロクな大人になれない。


だから…反対を押し切って家を出た。


それなのに…結局はこの様だ。


血は水より濃い…と、よく言ったもんだ。


No.98 12/03/12 02:15
ゆい ( W1QFh )



その翌日、院長の秘書が、わざわざ俺を訪ねてきた。


「契約書?」


差し出された用紙には、幾つかの項目が記されていた。


基本的に、昨日の約束を全面に出した内容だ。


ただ、理解出来なかったのは…


「この、将来的約束っていうのは?」


「本上さんの望む職業を、斡旋するという事です。」


秘書は淡々と答えた。


つまり…口止め料って事か…。


それなら…。


「医者になって、あなた方の病院に就職させてもらおうかな?」


権力を使って、人を動かせるほどの地位ってものが、如何なるものなのか…


俺は、興味を持った。


「医学部に編入する…という事ですか?」


「はい。言っておきますが、自信ならありますよ?」


秘書はしばらく考えて頷いた。


「良いでしょう。
学費は全て、当院で負担致します。
しかし、医師になっても院長のお役に立てなかった場合は…逸れなりの覚悟をしておいて下さいね。」


それって、脅しか?

…ったく。


俺の周りは、寄ってたかって、性根の腐ったヤツらばかりだ。


類は友を呼ぶか…?

あんなに嫌った、親父と同じ道を歩んでいく事になろうとは……


俺は、契約書にサインをして秘書に跳ね返した。


No.97 12/03/11 23:19
ゆい ( W1QFh )


朋樹の葬儀が終わると、俺は医院長に呼び出された。


(あの日、何があったのか教えて欲しい。)


そう、聞かれた。


俺は、知っている事の全てを話した。


美桜が、ガラス破片を持っていた事も。

もしかしたら…二人はもつれ込んだ結果、階段から転落したのでは無いかと。


「…美桜が?」


「いえ…これはあくまで仮定です。」


眼鏡の奥に光る瞳が、恐ろしく冷たい人だと思った。


「そうか…分かった。
ありがとう。」


俺は、一礼して部屋を出ようとした。


「あぁ、それから…あの事件の事も、今の話も他言無用で頼む。」


そう言う院長に、俺は無言で頷いた。



大病院の弱みを握ってしまったようで、ものすごく跋の悪い思いがした。

No.96 12/03/11 22:54
ゆい ( W1QFh )



覚えているのは、階段下に倒れ込む二人を見た事…。


朦朧とした意識で、二人の元へと駆け下りる。


「大丈夫か…!」


美桜も朋樹も、意識は無かった。


俺はすぐさま、美桜の頸動脈に触れる。

(…良かった…生きてる…!)


―しかし、朋樹は心配停止状態だった。

俺は、彼の軌道を確保して心臓マッサージを開始した。


「…戻って来い!」

(朋樹、戻って来い!)


何度も何度も、願いを込めて心臓を押し続ける。


(ダメだ…朋樹。
まだ、死んだらダメだ…!)


どのくらいの時間が経ったのかは分からなかった。


救急車のサイレンが鳴り響く。


「…もう、充分だ。」


そう言って、静かに俺の手を止めたのは、朋樹の父親だった。


「…なぜ?」

(あなたの息子なのに…。)


「…肋が折れてる。」


岡田医院長は、胸ポケットからペンライトを取り出して、朋樹の瞳孔が開いているのを確認した。


次に、腕時計に目を向け時間を見る。


よく、テレビドラマとかで見掛けるあの場面だ…。


「午後、17時23分。 …死亡確認。」


それだけ言うと…医院長は、朋樹を抱き上げて嗚咽を漏らしながら泣いた…。


悲痛な父の叫びだった…。


No.95 12/03/11 22:18
ゆい ( W1QFh )



そして…あの悲劇の日がやってきた。


彼女の家の前に着いて、呼び鈴を鳴らそうとした時だ…。


ガラスの割れる音と共に、上からキラキラと無数の破片が降り注いできた。


穴の開いた窓は…朋樹の部屋だ。


俺は急いで、塀を乗り越えて、家に侵入出来る場所を探す。

すると、一階のリビングのドアガラスが割れていた。


(ここも…?)


人影は無く、異様な空気が漂う中、家政婦の悲鳴が聞こえた。


「…美桜…。」


俺は、胸騒ぎを覚えて朋樹の部屋へと急いだ。



目の前の光景に息を飲む…。


美桜は、朋樹に何度も頬を叩かれていた。


足元では、爽太が泣きじゃくっている。

何ていうことだ…。

俺は必死に朋樹を抑え付ける。



もう…何が何だか分からない。


気づけば、美桜ちゃんの腕からは大量の血液が流れていた…。


彼女に握られた、大きなガラス破片。


…そこで、俺の記憶は途切れる。


No.94 12/03/11 21:49
ゆい ( W1QFh )


十代の儚い美しさとでも言えば良いのか…。


普段、大人の女ばかり相手にしてるから、少女の透き通る様な魅力に憑かれたんだな。


そう考えれば、何となく…ロリコンの気持ちも分からなくはない。



う~ん、でも…やっぱ無理!

幾ら何でも、中学生は性の対象にはならない!


どうやら俺は、変態野郎では無かったようだ。


相変わらず、俺の頭の中はこんな事ばかり。


変態野郎ではないが

最低野郎なのは自覚している。


だから…美桜ちゃんみたいに、汚れのないものに憧れるんだな。


日陰の雑草にも太陽が必要な様に、俺には屈託の無い笑顔の君が必要だった。

No.93 12/03/10 23:47
ゆい ( W1QFh )



…沸々とした毎日を過ごしていたが、家庭教師の仕事の方は佳境を向かえていた。


この時…俺は、ほとんど美桜ちゃんの専属になっていた。

彼女が、受験生になったからだ。


「…ここは、こうすると簡単に体積が求められるよ。
こっちのが、解るかな?」


いつも通りの、変わりない授業だ。


勉強机に座る、彼女の身体を囲う様な体制で俺は、ノートに計算式を記す。


(コレって、結構な密着度だよな。)


ほんと、いつもならそんな事は思わない。


変化は突然にやってきた。


ふと、そんな風に思ったら妙に意識してしまった。


ポニーテールで上げられた髪。


美桜ちゃんの、白くて綺麗なうなじに、ドキッとなる。


今まで、意識した事は無かったけど、この2年で彼女は随分と女性らしくなっていた。


No.92 12/03/10 23:14
ゆい ( W1QFh )



悔しいが、俺もジジィ寄りの人間だ。


俺はずっと、理数系では誰にも負けた事が無かった。


大学に入って、直ぐに敗北感を味わってからは、どこか全てにおいて投げやりになった。


それでも…親父の手前、大学を辞める事は出来ない。


どうしようも無いジレンマ…。


近付いて来る女を、片っ端から抱いても満たされない欲望。

誰のせいでもねぇ…

全て、俺のせい。


そう…分かっていても、吉宗を妬んでしまう。


あいつも、いつか俺の様な敗北感を味わえば良い。


そう、思っていた。

No.91 12/03/10 22:52
ゆい ( W1QFh )



俺は、ベットから出て冷蔵庫から水を取り出すと、一口だけ飲む。


「嫌…?」


縋る様な清美の瞳に、俺は困惑した。


「家なら別に、結婚しなくても出れるだろ?」


実際、大学に通う大多数が一人暮らしだ。


「父が許さないわ。」


「あのジジィ、どんだけ過保護なんだよ…。
大体、何で俺なの?」


「それは…。」


黙り込む彼女に苛立つ。


「どうしても結婚したいなら、吉宗にでもしてもらえよ。」

…悪質な冗談だった。

「西島先輩に?」


この面倒な状況から逃れたい一心で言った、最低な冗談。


「あいつ、お前の事好きだぜ?
それに、吉宗なら教授にも気に入られてるし…お前との結婚も反対しねーよ。」


…嘘だった。
吉宗が、清美に憧れを持っていたのは確かだが、惚れている訳じゃないのは百も承知だ。


教授が、吉宗を気に入ってるのは、研究チームとして一番の手柄を立てるから。


優秀な飼い犬が、自分の手を離れて手柄を立てるのとは、また意味が違う。


あのジジィは、吉宗の才能に嫉妬している。

本当は、最も憎らしい相手なんだ。


No.90 12/03/10 01:51
ゆい ( W1QFh )



美桜ちゃんは、物覚えが良いし、理解力が半端なかった。


優秀な生徒を持った俺は、更に暇な時間が出来た。


研究もバイトも、そこそこに俺は女と遊びまくった。


親父とのしがらみも、将来の事も考えたくなかった。


その時々が楽しければ満足だ。


「…私と結婚してくれない?」


ベットの中で清美が唐突に言った。


「…ハァ?」


俺は、呆気に取られて動くのを止めた。

「大学を卒業したら、結婚して家を出たいの。」


めんどくせぇ…。


正直、萎えた。


結婚とかって、俺には有り得ない。


大体、清美は俺の女でも何でもない。


それは、彼女自身もよく知っている事だ。


No.89 12/03/10 01:16
ゆい ( W1QFh )



美桜ちゃん…君と初めて会ったのは、君が中学生になったばかりの頃だ…。


「初めまして!」


よく笑う、可愛いらしい女の子だと思った。


俺が24歳で、君は12歳の子供だ。


小さくて、弟の面倒見が良くて、とても素直な子だった。


政治家である親父の意向に逆らい、理学部に入学・大学院に残った事で、一切の学費を出してもらえなくなっていた俺は、当時バイトに明け暮れてた。


家庭教師はその一つで、一番高額なバイトだった。


特に、美桜ちゃんの父親は羽振りが良かった。


お陰で、幾つかのバイトも辞めれたし、遊ぶ時間も出来た。

No.88 12/03/10 00:53
ゆい ( W1QFh )


孝之side~


「吉宗と一緒にいる、あの女(コ)誰…?」


清美が俺に聞く。


静かな口調だが、怒りに満ちていた。


それは、俺だって同じだ。


目の前で、二人がキスしている所を見たんだから


冷静でいられるハズがない。


「まだ、私と別れてから2ヶ月も経ってないのよ?」


「男と女の関係に、時間なんて必要ないだろ。」


「止めて!!」


彼女は、俺の言葉に耳を塞いだ。


「吉宗は…あなたとは違うわ!」


清美の言い分に、俺は鼻で笑う。


「同じだよ…あいつだって男なんだ。
あんな可愛いコが寄って来たら喰うだろ?」


不意に、頬に痛みが走った。


清美からの鮮烈な平手打ちだ。


「ふざけないで!」

大真面目だ。


いつもの調子で、おちゃらけて言ってる訳じゃねぇ。


冗談じゃない


自分の誤算に、煮え返りそうなくらい腹が立ってるんだ…!

No.87 12/03/09 22:48
ゆい ( W1QFh )


時計台のアラームが午後5時を告げる。


美桜が研究室に戻る時間だ。


「さっきの…本上先生の事だけど。」


(うん。)と頷いて僕は、気まずそうな彼女の頬に触れる。


「…大丈夫。
何でもないよ、彼と僕とは同級なんだ。 だから、君とも関わりがあったと知って驚いただけ。 それだけだから。」


「そう…そっか。」

僕の手に、彼女の手が重なる。


そのまま微笑んだ彼女に、僕は軽くキスをした。


真っ赤な顔して、周りをキョロキョロと伺う彼女に、僕は意地悪く「誰にかに、見られたかも!」と笑ったが、本当は誰に見られても良いと思っていた。


疚しさなんてない。

堂々とした態度で、君を愛したいから。


君に出逢って、僕は変わった。


誰かの為に心から強くなりたいと思った。

だから、弱虫だった自分にはもう…戻らない。


No.86 12/03/09 15:53
ゆい ( W1QFh )


「ごめん、美桜…。 爽太から聞いたんだ、君と家族の事…。 10年前の不幸な事故の事も…。」


「爽から?
あの子…話したのね。」


彼女は、うっすらと微笑んで涙を浮かべた。


「…え?ごめん!本当は、君から話しを聞くべきだったんだよな…!」


彼女の涙を見て、僕はオロオロと慌てふためく。


すると彼女は、涙を白衣の袖で拭いながら、「嬉しい」と言った。



美桜は美桜で、弟の爽太をずっと心配していたのだ。


久しぶりに再会した弟は、自分の殻に閉じこもったまま、誰にも心を開けなくなっていた。


美桜に対しても、どこか避けるような態度だったそうだ。


それは、爽太の意志では無く心がそうさせたんだろう…。


深い悲しみの中で、一人だけ取り残された子供が、自分を守る為に必死で殻に閉じこもったのだ…。

「爽が、誰かに心を許せるようになって嬉しいの…。
そして…その相手が先生で良かった。」

悲しいほど、不器用なこの姉弟は…


悲しいほど、僕の心を痛めつける…



こんなに優しい痛みがある事を、僕に教えてくれたのは君達だから…僕は強くなる。


そう決めたんだ。


No.85 12/03/09 15:06
ゆい ( W1QFh )



安堵の表情を浮かべる美桜に、僕も聞きたい事を聞いてみる。


「美緒、本上孝之とは知り合いなの?」

「本上先生は研究室のOBだけど…。
たまに、坂田教授の助手のアルバイトもしてるみたい。
遅咲きの研修医だから貧乏暇なしなんだって(笑)
??吉宗とも知り合いなの?」


なるほど…今日は、坂田教授も大学の研究室か。


僕にとっては、会いたくない、都合の悪い3人がいるんだな。


「君がうちの学校に新任されたのは、本上の推薦か?」


「うん、そうよ…爽の…、弟のいる学校に臨時教員の空きが出ると教えてくれて推薦してもらった。…でも、どうしてそんな事聞くの?」


「君とはどんな関係なんだ?」


詰め寄った様な言い方しか出来なかった。


「…え?」


明らかに困惑している彼女を見れば、彼女と孝之に深い関係など無いのは分かっている。


でもそれは、君が知らないだけだ。


「なにも…昔からお世話になってる、お兄さんみたいな存在で…」


「君の家庭教師だったんだろ?」


僕の一言に、美桜は目を見開いた。


…何で知っているの?


そう思っているんだろう?


No.84 12/03/09 13:33
ゆい ( W1QFh )



誰かの視線を感じて、僕は後ろを振り返る。


しかし、人影は見当たらない。


「どうかした?」


美桜が不思議そうに、僕の顔を伺った。

「いや…何でもない。」


気のせいか…。


いま一瞬、悪寒が走ったんだよな…。


「変なの!
先生、今日はちょっと可笑しいね(笑)」

「そうか?
久しぶりに会ったからかな?」


はぐらかしながら、僕は笑う。


すると、彼女は急に顔を曇らせた。


「…今日ね、坂田教授の娘さんがいらしてたの。」


僕は足を止めた。


「吉宗の奥さんだった人でしょ?

まさか、先生が坂田教授の娘婿だったなんて驚いた…。
世の中狭いんだな~って。」


そう、無理に笑おうとしている彼女の手を取る。


「…僕にとっては、もう過去の事だよ。」


彼女は僕を見つめて
「うん。」と

小さく頷いた。


No.83 12/03/08 23:03
ゆい ( W1QFh )


「せーんせいっ!」

手を振る彼女の姿が見えた。


僕は駆け寄り、たまらなく愛おしい彼女を抱きしめた。


「…人に見られますよ?」


美桜は僕の腕を解こうとするが、僕は一層と力を入れて強く抱きしめる。

彼女の髪に顔を埋めて、(何度も…君は、僕の物だと心の中で唱える。)



「…会いたかった。」


そう…君の耳元で囁く。


「ヨシヨシ、吉宗君は甘えん坊ですね~。」


彼女は茶化した口調で、僕の背中をポンポンと優しく叩く。

「雰囲気でないな(怒)」


そう突き放して、僕は、彼女の手からプリントを奪い取る。

「怒った?」


クスクスと笑いなが彼女は、僕に詰め寄った。


その上目使いが可愛い過ぎて、どうしようもないのだ。


「…怒ってないよ。」


「良かった(笑)!」

僕は、彼女の頭をクシャクシャと撫でて笑う。


そして、二人で少し歩きながら、互いに会えなかった間の近況を語らうのだ。


時に…じゃれ合いながら微笑みを交わす。



―そんな僕らを嫉妬と、憎悪で満ちた瞳で見つめる存在になど気付きもしないで…。


No.82 12/03/08 20:16
ゆい ( W1QFh )


「…何で知ってんだよ?」


孝之は意味深な笑みを浮かべて


「あの高校に送ったの、俺だから。」


確かに、そう言った。


「…そっ…」


孝之に問いただそうとしたその時、僕の携帯が鳴った。


液晶画面に美桜の名前が載っている。


僕は横目で孝之を気にしながら携帯をでた。


「もしもし、先生?」

電話の先で、軽快な美桜の声が聞こえた。


「ああ…僕だ。」


通話している間、真面目な顔で視線を送ってくる孝之が気になって仕方なかった。


「…分かった、すぐ行くよ。」


電話を切ると、僕は美桜の待つ正門へと向かう。


すれ違い様に僕は孝之を見た。


真剣な顔をして彼もまた、僕を見ていた。


「彼女に手を出すなよ。」


背中に彼の言葉を受けて、僕は振り返る…。


その一言に、どんな意味が込められているのか分からないほど、僕は鈍感じゃなかった。


だから、僕は言う…


挑むような気持ちで …。

「もう、遅いよ。」

孝之は驚いた様子を見せた。


僕は、彼を置いて彼女の元へと急いだ…。


No.81 12/03/08 19:44
ゆい ( W1QFh )


孝之は僕の顔を覗き込むと、マジマジと見つめてから「ぷぷっっ…!」と吹き出して笑った。


「何だよ!」


僕は、そんな孝之の態度にイラつきながら問いた。


「すまん(笑)いゃさ…お前って歳とんないなぁ~って思って!

後ろ姿、普通に学生だと思ったし。」



よく学校でも、他の職員に同じ事を言われた。


なんていうか…僕の雰囲気は大学生みたいだと。


「童顔なんだよ、ほっとけ。」

僕はそれがコンプレックスだった。


若々しいとか言うなら嬉しいが、おそらく皆が言うのは、そういった意味ではないから。


「…で?お前、こんな所で何してんの?」


「助手に仕事を頼んでたから取りに来たんだよ。」


僕は足場に立ち去りたかった。


正直、孝之と世間話をするなんてゴメンだ…。


「吉宗って見掛けによらず、人使いあらいよね~。」


わざと、早足で歩いているのに皮肉を言いながら、孝之は付いて来る。


「悪かったな。

~ってか、付いてくんなよ!」


「―助手って、美桜ちゃんだろ?」


孝之の口から、彼女の名前が出ると僕はピタリと足を止めた…。

No.80 12/03/08 19:06
ゆい ( W1QFh )



夏休みも、もう半分が終わろうとしていた。


僕は、美桜からのメールを受けて大学へと向かっていた。


懐かしいキャンパスに、僕の顔が綻んだ。


「久しぶりだなぁ~。」


美しく整えられた緑の芝生に、講堂より高くそびえ立つ時計台…。


あの頃と何も変わらない風景が、とても心地良かった。


休暇中の大学には学生が少ない。


僕は、在学中によく通ったカフェテラスに足を運んでみた。

「…さすがに休みか。」


closeと書かれた、立て看板にしょぼくれる。


「吉宗…?」


名前を呼ばれて振り向くと、そこには白衣を着た孝之が立っていた…。


No.79 12/03/08 18:40
ゆい ( W1QFh )


⚠こちらは本編ではございません。


うんさん、レスありがとうございます✨ 楽しみだと言って頂き、とても嬉しいです☺


良かったら、「不純愛・感想スレ」もありますので遊びに来て下さい🙇✨
待ってます🎵


次ページより本編を再開いたします🙇💦

No.78 12/03/08 15:47
ゆい ( W1QFh )



僕は、爽太の話を通して彼女の孤独に触れた…。


彼女が…あれだけ慈悲深く、僕を受け入れてくれたのは、兄の事があったからなのだと理解できた。



傷付いて荒れている僕に、兄の姿を重ねたのだ…。


「爽太…大丈夫か?」


辛い記憶を探って、語った爽太は酷く疲れていた。


夜も更けていたし、僕は爽太をこのまま泊める事にした。


彼にベットを譲って、僕は床に寝袋を敷いて眠った。


「…先生って結婚してないの?」


暗闇の中でポツリと爽太が言った。


「バツイチだよ。」

僕は目を瞑ったまま答えた。


「だせぇな…(笑)」


「あぁ…だせぇよ(笑)」


いつか、爽太にも言える時が来るだろうか…。


僕が、君の姉さんを愛している事…。


一生、彼女を守って生きて行きたいと思ってる事…。



その日の為に、僕も少しは身体を鍛えておくよ…。


おそらく君は、僕を殴るだろうから。


No.77 12/03/08 15:14
ゆい ( W1QFh )


姉さんもまた、凛とした態度で父さんを見つめていた。


「…家業を継いで、医師を志す人間が、簡単に人を殺めようとするなんて背筋が凍るよ。

そんなお前を…父さんは軽蔑する。」


「……はい。」


姉さんは呟く様に返事を返すと、そのまま父の書斎から出て行った…。


荷物を詰める姉さんに、俺は何度も「行かないで!」と泣いて頼んだ。


姉さんは何時もの様に優しく笑って、

「大丈夫、いつか必ず会える日が来る。」


そう繰り返して言った…。


そして…、

(父さんを頼む…)

とも…―。


姉さんは、秋田に住む自分の母親の妹の家に養子に入った。


父さんは、岡田の家から完全に姉さんを消したのだ…。


俺は…自分のせいで、誰よりもかけがえのない人を無くしたんだ。


父さん以上に…俺は俺を許せなかった。

No.76 12/03/08 14:51
ゆい ( W1QFh )



階段から落ちた時…兄さんが、姉さんの身体を守る様に抱えていてくれたお陰で、姉さんは奇跡的に軽傷で済んだ。


―だが…兄は全身を強く打って亡くなった。


その後、警察の事故検証で家の中が騒がしくなった。


割れた窓ガラスや、血痕の付いた破片。

負傷した家庭教師と姉…。


壮絶な…家庭内暴力の末の、大事故として処理された。



しかし、父さんは見抜いていた。


不自然な、あのガラス破片を取りだしてと姉と僕に、突きつけた。


「朋樹に対して殺意があったのか?」


鋭い口調だった。


父のあんな顔を見たのは初めてだった。

俺は、握りしめた拳を小さく振るわせた…。


その様子を父が見逃すはずなかった。


「爽…―「「私です!」」

父の声に被せて、姉さんは言った。


「暴れるお兄ちゃんを止めたくて…でも、どうしたらいいか分からなくて…だからっ…。」


「だから、これで刺そうとしたのか?」

父さんの、姉さんを見る目は氷の様に冷たかった。


こんな目線…俺には耐えらない。


「こんな事までマスコミに知られたら、うちの病院はお終いだ。」



俺は、父さんの言葉に自分の耳を疑った…。


「今度の事件で、只でさえ世間を騒がしたっていうのに…。」


頭を抱える父の姿に俺は、失望した。


(この人は…自分の子供達よりも、自分の病院の方が大切なんだ。)



この人に報いろうと苦しんだ兄を、今更ながらに哀れんだ…。


「美桜…お前は、この家にもう必要ない。」


父さんは姉さんに、眉一つ動かさないでそう告げた…。


No.75 12/03/08 13:54
ゆい ( W1QFh )

グルグルと景色が回る…―。


スローモーションみたいにゆっくりと。

目の前に気を失った妹の顔が見える…。

「美桜……。」


僕は、いつからこんなに狂ってしまったの…?


あいつ…、爽太が家に来てから僕は毎日の様に怯えていた。

父さんの愛情が…関心が、全てあいつに向けられているのを見ていた。


僕は、こんなにも頑張っているのに…。
ただ、愛されたくて…振り向いて欲しくて…。

美桜…何故、お前はそんなに強い?


なんでそんなに真っ直ぐでいられるんだ?


僕は…ダメだったよ…。
弱くて…お前まで傷つけてしまった。


母さんとの約束も守れなかった…。


ごめん…。


美桜…ごめんな。


階段の縁に頭が当たる度に、鈍い痛みが走った…。


その痛みを感じる度、僕は幸福感に満たされていた。


これで…やっと楽になれる…。


美桜…たった一人だけ、お前だけが僕を愛してくれたから…。

本当はもう、それだけで満足だったのに…。


僕は、妹の頭をしっかりと両腕に抱えて落ちていく…。


美桜…幸せになれ。
いつか、愛する人と一緒になって…

必ず幸せになるんだ。


僕が、叶えてやるから…な…。


僕は瞳を閉じる…。

暖かな温もりを感じて妹の幸せを願った…―。


No.74 12/03/08 13:24
ゆい ( W1QFh )



「爽っ…!ダメっ!」


兄さんのとこまで後少しという所で、姉さんは俺の腕を掴んだ…。


俺は泣いた。


―だって…なんで止めるのさ…。


ここで殺らないと、いつかは僕が…。

そして…お姉ちゃんが、アイツに殺されるかも知れないのに…。


俺は、破片を伝う真っ赤な血液を見て驚き、手を離した。


姉さんの手には深い傷が付て、血が流れていた。


「美桜ちゃんっ…!」


家庭教師が姉に気を取られてた一瞬…、兄は呪縛を解いて、家庭教師を殴りつけた。


家庭教師が倒れて、兄さんは俺の髪を掴んだ。


「出てけ…!」


俺を引きずりながら部屋を出る。


俺は、痛みで足をバタつかせる。


その後ろを姉さんが、ボロボロの身体で追いかけて来た。


階段にさしつかると、髪を引っ張ったまま俺は宙に浮かされた。


「お兄ちゃん…!

嫌、やめて~っ…!」


姉さんは、兄さんの腕を掴んで食らいついた。


その衝動で俺は解放され…逆に、姉さんと兄さんはもつれる様…勢いよく共に、階段を転げ落ちて行った…ー。


No.73 12/03/08 12:57
ゆい ( W1QFh )



息を切らして来たのは、姉さんの家庭教師だった。


異様な光景に酷く驚いた様子だった。


「おい!止めろ!!」


姉さんを殴りつける兄に対して、家庭教師は身体を使って止めに入る。


羽交い締めにされながらも、兄は姉さんを蹴りつけた。


「よせって!!」


背中を強打された姉さんは動けないでいた。


俺は、ポケットの上からガラス破片を確認する。


暴れる兄を必死で抑え込む家庭教師を見て、僕は今がチャンスだと思った…。


ポケットからガラス破片を取り出して兄に向かう。


その光景を姉さんだけが、見ていた…―。

No.72 12/03/08 12:37
ゆい ( W1QFh )



殴られるっ…―!


そう思って目をギュッと瞑る。


今度は本気で殺される…!


そう…覚悟を決めたが、鈍い音を立てて倒れ込んだのは姉さんだった。


俺に覆い被さる様に、背中でバットを受け止めた。


目線を上げると、苦痛に顔を歪ませる姉が居た…。


「あ…あ…!」


そんな姉さんを俺は、嗚咽を漏らして見つめていた。


大切な人を傷つけられた痛みが体中に走る…。


「…無事で…良かった。」


姉さんが安堵の表情で言った。


俺は姉さんの肩を抱いたが、すぐに剥がされる様に離された。


「お前…ジャマするなっ!!」


兄が、姉さんの胸ぐらを掴んで引っ張っる。


姉さんの制服のリボンが、俺の目の前にポトリ…と落ちた。

家政婦の悲鳴が響いた時、誰かが階段を駆け上がって来る音がした。


No.71 12/03/08 12:20
ゆい ( W1QFh )



一通り片付け終わると、今度は兄さんの部屋からガラスの割れる大きな音がした。


ただ事じゃない!と俺達は、2階の兄の部屋へ急ぐ。


「お兄ちゃん!!」

姉さんの声で、バットを持った兄が不気味な顔で振り返った。


俺の身体は、恐怖で硬直していた。


ジリジリと不気味な笑みの兄が俺に迫って来る…!


「…お兄ちゃん?」

異様な雰囲気を纏った兄に、姉さんが詰め寄る。


「どけっ!」


姉さんを払い避けると、俺の頭上にバットが振り落とされた…。


No.70 12/03/08 12:07
ゆい ( W1QFh )



その日、兄さんは高校の全国模試で前回の順位を大幅に下げて凄く不機嫌だった。


家中を荒らしまくった。


止めに入る家政婦に対しても、暴言を吐いた。


高校に入学してから、兄は段々と不安定になっていたのだ。

その様子に父さんも、手を拱いていた。

そんな父さんの態度で、兄さんは益々おかしくなった。



悪循環だった。


一通り暴れ倒すと、兄さんは部屋に籠もった。


怯えた俺達は、途方に暮れながら、荒らんだリビングを片付けた。


姉さんと家政婦は泣いていた。


姉さんのすすり泣く姿を見て俺は、湧き上がる怒りを覚える。


落ちたガラスの破片を拾ってポケットに忍ばせた。


「爽…お兄ちゃんを許してね…。

父さんの期待や重圧を背負って辛いのよ…。」


姉さんは言う。


俺を抱き寄せて言う。


あの人を許してと泣くのだ…。


No.69 12/03/08 12:04
うん ( ♀ gNmfi )

>> 68 一気に読みました。
楽しみです。

No.68 12/03/08 11:45
ゆい ( W1QFh )



「クソガキっ!!

お前なんか生まれて来なけりゃ良かったんだっ!」


そう、罵りながら腹や背中を蹴られる度に俺は兄さんを憎んだ。


中学3年生の兄は、幼い俺にとっては立派な大人で、とても刃向かえる様な相手ではなかった。


そんな俺をいつも庇ってくれたのが、姉の美桜だ。


姉さんは優しい。


保育園に通う俺の送り迎えも、姉さんが自ら望んでしてくれていた。


手を繋いで二人で歩く。


姉さんは、紺色のランドセルをカタカタ揺らして踊ったり、歌ったりして俺を喜ばせた。


俺が笑うと、姉さんは嬉しそうだった。

姉さんが居たから…俺は兄の、日々エスカレートしていく暴力にも耐えられた。

事件が起きたのは、それから更に3年後の事だった。



今からちょうど…10年前。


No.67 12/03/08 11:23
ゆい ( W1QFh )


俺は…、父親と、その愛人との間に産まれた子どもだった。


母親は、俺が4歳のときに交通事故で亡くなった。


それからすぐに、俺は岡田家へと引き取られた。


父さんには他に、大きな家と、二人の子どもがいた。


その事を知ったのは、この時が初めてだった。


今まで住んでいた狭いアパートとは違い、広過ぎる家が僕には居心地が悪かった。


この家には、父さん・兄さん・姉さん、それからお手伝いさんが住んでいた。


父さんの本当の奥さんは、3年前に病気で亡くなっていたそうだ…。


父さんは、兄弟の中でも俺を一番に可愛がった。


そんな俺を一番上の兄は、毛嫌いして邪険に扱った。


時に、父さんのいない所で暴力を振るう事さえあった。


No.66 12/03/08 10:47
ゆい ( W1QFh )

食後のコーヒーを出すと、爽太はパタリと本を閉じた。


僕が、彼を此処に連れて来た理由が分かっているようだった。


だから、僕は迷わずに聞く。


「10年前、君の家族に一体何があった?」


爽太は、戸惑い震える瞳を僕に向ける。

しかし、意を決めたかの様に、一呼吸置くとゆっくりと話し始めた…。



時間が、10年前へと遡る…―。


No.65 12/03/08 10:33
ゆい ( W1QFh )


小さなダイニングテーブルに、肉野菜炒めと、大根の味噌汁を並べて二人で食べる。


はっきり言って、お粗末な夕飯だった。

それでも、爽太は文句を言わずに全て平らげてくれた。


人に、手料理を用意したのは久しぶりだ。


綺麗な皿を前に、僕は素直に感動した。

食事を終えると、すぐさま彼はまた本を読み続ける。


「その本、気に入ったならあげようか?」


すると彼は、素っ気なく「いらない。」と答えた。


頭を指差して「もう。ほとんどココに入ってる。」…そう言うのだ。


「へぇー…すげぇな(笑)」


僕が、あの本の内容を理解したのはつい最近だ。


天才には勝てない。

No.64 12/03/08 10:10
ゆい ( W1QFh )


学校を出ると、僕は彼を連れて自宅へ招いた。


そして、不慣れな料理をする。


「すぐだから、もうちょっと待って。」


キッチンから爽太に声を掛けるが、彼は僕の化学の資料や、書物に夢中になって空返事だ。



集中すると、口元に指を添える癖。


それが彼女とまったく同じで、僕はクスリと笑った。


「面白いか?」


フライパンをガタガタと振いながら、爽太に言う。


「ああ。」


彼は、本に目線を向けながら返事だけ返した。


No.63 12/03/08 09:44
ゆい ( W1QFh )


夕方、講習を終えると僕は、3Fの理科室から反対校舎1Fの講堂に急いだ。


滅多に走る事のない僕は、それだけで息が切れた。


「と…遠っ…!」


血相を変えて突然現れた僕に、爽太は少しばかり驚いたようだ。


「…どうした?先生。」


「ハァ、ちょ…ちょっと、付き合って…ハァ…。」


「…キモっ!!」


「……~(怒)!!」


イラッとしたが、確かにこの状況だと“キモイ”よな…。


明らかに怪訝そうな顔の爽太を見て、僕は苦笑いを浮かべた。

No.62 12/03/08 09:15
ゆい ( W1QFh )


彼なら、午後の数学講習にも出席するはずだ。


それを待って、誘い出そう。


僕もこれから講習だし、終わってからダッシュで迎えに行けば爽太を捕まえられるだろう。


No.61 12/03/08 02:41
ゆい ( W1QFh )


美桜と爽太には、誰にも言えない秘密がある。


ただ…爽太に関しては、いつも僕に何か言いた気だった。


美桜は違う。

全てを受け入れて、何かを悟った様な穏やかさがあった。


そんな彼女の雰囲気に実際、僕は癒やされていたし…。


どちらかと言えば、爽太の怯えてる様な態度の方が不自然だ。


あの、強がりな態度が弱さを隠す為だとしたら…。


どちらにしても、爽太を捕まえて聞き出さなくては。


ネットや、過去の新聞を調べ上げた所で事実はあの二人しか知り得ないのだ。

No.60 12/03/08 02:22
ゆい ( W1QFh )



No.248>医院長が政界と繋がっていて、金を受け流している。


No.351〉(`ε´)

No.349〉待ち時間4時間、診察3分。もう二度と行かない。

No.619〉↑予約入れろよ!
No.267〉外科の看護師の平均年齢が低い。

No.668〉内科は逆だぞ。

No.657〉医院長ってイケメソだよね。
オヤジだけど、子どもいるなら期待できそう。

No.498〉独身だろ。 ×1だっけ?
子どもいんの?

No.668〉〇〇高校の二年に息子が通ってるww
たまに、病院内を闊歩してるw
坊ちゃんって言われてんのウケるよ(爆)
No.657>〇〇高ってめちゃめちゃ頭いいじゃん!でも、どうせメガネのダサ男だな(笑)


いくら読んでいっても、こんな下らないやり取りばかりだ。

諦めかけたその時、あるスレが僕に飛び込んできた。


No.108〉10年前の岡田総合病院の長男、朋樹(ともき)さん自宅で事故死ってあり得んwww



…長男、事故死?


10年前…。


あまりにも衝撃的だった。


恐ろしくも、想像してしまうのだ。


最悪…美桜の兄の死に彼女自身が関わっていたとしたら…?

僕は、頭の中の考えをふるい落とす。


そんなハズない!


美桜の儚げな顔が浮かんだ…。

No.59 12/03/08 00:55
ゆい ( W1QFh )



他に、手掛かりになりそうな物はないか?


暫くパソコンのトップページとにらめっこをして、掲示板みたいなスレをはどうかと考えた。

出来れば、噂話みたいな、嘘か真実か分からないような掲示板は避けたかったが、何の情報も掴め無いよりはマシだと思った。


「岡田総合病院」

「岡田 章一」

「子ども」


これらのワードで再び検索した。


すぐに、「岡田総合病院の黒いウワサ」というスレが見つかる。


僕は、マウスのカーソルを合わせてクリックした。

No.58 12/03/08 00:37
ゆい ( W1QFh )


至って普通の、ホームページが出て来た。 医院長の顔写真や経歴を見る。


医院長の「岡田 章一(しょういち)」は 、美桜や岡田を思わせる様な顔立ちで、確かに親子なのだと感じさせた。


ここには何も無いかと、ホームページを閉じようとした時だ。


病理の医師名に、よく知った名前が目に入った。



「孝之…?」


え…?医師って、医者に転職!


いつの間に?


…ってか、あれ(大学院卒業)から医学部に入ったって言うのか?!


「また、どうして…。」


てっきりあのまま卒業して、研究所に入所したかと思っていた。


よりによって岡田総合病院…いったい、なんの因果なんだ?

これが只の偶然だとしたら、どんだけ世間は狭いんだよ。


恐ろしくなって、僕はページを閉じた。

No.57 12/03/07 21:59
ゆい ( W1QFh )



岡田の調書を見れば、何か分かるかも知れない。


学校の機密コードからアクセスして、岡田の顔写真が載った調書を見つける。


家族構成が記されている所を読む。


しかし、そこには父親の名前しか載せられていなかった。


つまりは、家族が父親しかいないという事だ。


更に、父親の勤務先に「岡田総合病院」の名が載っていた。

という事は、彼の父親がこの界隈でも大の有名病院の院長で、彼はそこの御曹司なるのか…?


僕はそのまま、パソコンをGoogleに繋いで、「岡田総合病院」を検索した。

No.56 12/03/07 21:28
ゆい ( W1QFh )



僕は、じっと彼を見た。


「何だよ。」


「岡田…お前って、姉さん想いだよな。」

僕の一言に彼は、真剣な眼差を向けた。

「当たり前だよ。」

「シスコンだな(笑)」


「ハァ…、勝手に言ってろよ。」


軽い冗談だったが、彼には通用しなかった様だ。


軽く吐き捨てて、不機嫌な態度で準備室を出て行ってしまった。


「なんだ…あいつ。」


取り残された僕は、ポツリと呟いた。


でも確か、前にも岡田はあんな風に思い詰めた顔で言ってたな…。


(俺のせいで…。)

岡田と彼女に何があったのか…。

なぜ、彼女は叔母の養子に入ったんだ?

そしてなぜ、弟である彼と10年もの間会えずにいたのか…?

僕は二人の関係性が気になって、職員室の資料を漁った。

No.55 12/03/07 21:10
ゆい ( W1QFh )



夏休みに入ると、僕は夏期講習に追われ、美桜は課題研究に追われて互いに会えなくなった。


彼女に会えないと寂しくて辛い。


今にして思えば、ハードなスケジュールを組んだ自分を誉めてやりたい。

学生達は大変だが、理数系の強みになりそうな僕の講習は、評判が良かった。


その中には、岡田の姿もあった。


彼は、流石だ。


僕の用意した無理難題もただ一人、易々と解いてみせた。


おまけに、実験後の面倒な片付けも進んで手伝ってくれる。

相変わらず、ぶっきらぼうで可愛気のない態度だが、なかなか嫌な奴でも無さそうだ。


「先生さ、篠崎の事どう思う?」


午前中の講義が終わって、二人で昼食をとっている時だった。


唐突な質問に、僕はコロッケパンを詰まらせた。


「ゴホゴホっ…!!」


「~…大丈夫かよ?」


彼は、少し呆れ顔で僕にペットボトルのお茶を差し出す。


僕はそれを一気に流し込んだ。


「…何て?」


そして今一度、彼に質問の意味を聞きなおす。


「姉さんだよ。
あいつ、自分の事とかあんまり話さないし…何て言うか、自分の気持ちを伝えたりとかすんのが苦手なんだよな。

だから、先生にとったら篠崎ってもしかしたら一緒に仕事し辛いタイプなんじゃないか?って…。」

…何だ、仕事の心配か。


僕はホッと胸を撫で下ろした。

No.54 12/03/07 18:16
ゆい ( W1QFh )



「…吉宗。」


彼女からの返事を期待していたが、予想に反して出た言葉は、僕の名前だった。

「良い名前ですよね…かっこいい。」


父親が、歴代の徳川将軍の中でも震いの吉宗ファンだったから僕に名付けたのだ。


でも、西島 吉宗って言いにくいし、僕自身はあまり気に入ってない。


滑舌も悪いから尚更。


「私も先生の事、吉宗って呼ぼう。」


ニコリと笑って見せた彼女の顔に、登った朝の光が照らされて眩しかった。



こんなに、美しい光景を見たのは生まれて初めてだ。


美桜…僕の好きな花。


願わくば、どうかずっと僕の側で美しく咲き誇ってくれ…。

君だけは、何があろうと放したくない。

一生に一度の願が叶うのなら、僕はそう切に願う…―。

No.53 12/03/07 17:50
ゆい ( W1QFh )


「…先生?大丈夫ですか?」


白くなった指の痕を、なぞる様に彼女の指が触れた。



この大丈夫…?は、僕があの時、清美と孝之の姿を見たからだと分かる。


「あぁ…大丈夫だよ。今はもう、気にしていない。」


寧ろ、あの二人が長い年月を経てやっと結ばれたんだと思えば、僕は救われた。


「あのさ、思ったんだけど…。」


僕は照れくさくて、口ごもる。


「何ですか?」


「…名前。

そのさ、下の名前で呼んでも良いかな…?」


年甲斐もなく、恥ずかしさが溢れる。


実は、彼女の名前を初めて活字で見た時から好きな名だと思っていた。


それは、あの論文に記されていた。


(Mio Sinozaki)


教授に聞けば、漢字で書くと

(篠崎 美桜)

だと教えてもらえた。


美桜…僕はその字を指でなぞる。


「君の好きな花の名前だな。」


教授はそう言って笑ったが、いつか自分に子どもが出来て、それが女の子だとしたら名付けたいな…と密かに思っていた。


そのくらい、気に入った名前だった。

No.52 12/03/07 06:13
ゆい ( W1QFh )


ホテルのベットに、彼女の身体をゆっくりと倒す。


固く閉じた瞳に優しいキスを落としていく…。


続いて、頬や…首筋にも唇を伝わす。


甘い香りのする髪に、しなやかでスルスルとした柔らかい肌に埋もれて…。

僕はもう、どうにかなりそうだった…。

大切にしたいのに、優しく扱いたいのに…そう思えば思うほど、僕は彼女を強く抱いてしまうのだ。

苦痛に歪む彼女を見つめても僕は止まらない。


汗ばむ僕の額に、彼女の手が伸びる…。

僕はその手を取って握り締め、最後の時を迎える…―。


ふと、見えた自分の左手の薬指には、クッキリと白く残った指輪の後。


幸せに満ちた中で、妙な胸騒ぎをおぼえた…。

No.51 12/03/07 05:40
ゆい ( W1QFh )

喉がカラカラに乾いた。


「今まで…異性と付き合った事ないの?」


神妙な顔で尋ねる僕に、彼女は俯いてコクリと頷いた。


「キスした事はある?」


すると今度は、虫の鳴く様な小さな声で「ないです…。」
と応えた。


僕はゴクリと生ツバを飲む…。


もう全身が冷たくなっていた。



「…じゃぁ、セックスは?」



彼女の身体が震え、顔が赤くなるのが見えた。


「…あっ……。」


彼女の小さな声を抑える様に、僕は彼女の唇を自分の唇で塞いだ。


…もうダメだと思った。



初めてだったのにもかかわらず、あんな僕を受け入れてくれた事。


僕の、あんな自分よがりな乱暴な行為を受けても…まだ僕を守ろうとしてくれた事。


そんな彼女のいじらしさに僕は、もう自分の気持ちを抑える事は出来なかった。


彼女への愛情が溢れて…彼女の全てが欲しくて…もう、止められない。


呼吸をするのも忘れてしまいそうな位、長いキス。


涙が出そうだ…。


こんなにも人を好きになった事などあっただろうか…?


こんなにも苦しくなる程、誰かを欲しいと思った事なんかない…。



「君を…愛してる。」


彼女の頬を撫でる。

瞳に溜まった大粒の涙が彼女の頬を…僕の指に伝わると…僕はもう一度、彼女に口付けした…―。

No.50 12/03/07 04:18
ゆい ( W1QFh )

ただ広い場所に、巨大な観覧車が立ち尽くす。


まるで、そこに取り残されたみたいに。


その姿を圧巻だと感じるのか、寂し気だと感じるのか…。



僕らは乗客の少ない観覧車に乗って空中散歩をしていた。


観覧車なんて小学生以来だ。


「凄い!街が米粒みたいに見えますよ!」


彼女はハシャいで、ドア付近にへばり付きながら外を眺める。


「まるで、子どもだな。」


思えば、彼女とは一回り近く歳が離れているのだ。



僕がそう思うのは当然だった。


「だって私、観覧車とか初めてだし…。」


「ええ~?!マジ?」


僕が驚くと彼女は笑って答えた。


「マジ♪」


そのイタズラっぽい笑顔が岡田と重なる。


やっぱり…姉弟だな。


「遊園地とかってさ、初デートとか、グループデートみたいなので行かなかった?」


言った後で後悔した。


(グループデートって古いか…。)


世代の違いが…。


「ないですよ。

そもそも、デートってした事ないです。」


「えぇーーっ?!」

更に、驚愕な答えが返ってきた。


そして、僕の中である疑惑が湧いた。


指先が冷たくなっていく。


確信に振れたくないのに、僕はそれを確認しなければならない。


知らなくてはいけない事実だとしたら…余計だ。

No.49 12/03/07 03:51
ゆい ( W1QFh )



「運転手さん、近くの病院行ってくれ!」


そう言うと、彼女は僕の腕を取ってペロリと舌を出した。


呆気に取られた僕をよそに、運転手に向かって飄々と

「葛西に向かって下さい。」


そう言った。


「お腹痛いんじゃないの…?」


驚く僕に、彼女は気まずそうな顔をした。


そして僕は、彼女が芝居を打った理由に気がついた。


「皆の注意を僕から自分の方に引いたんだな。」


僕のムスっとした態度に、彼女はしょんぼりと肩を落とした。


「ごめんなさい…。」



ああ…神様、このまま彼女を連れ去りたい。


こんな仕打ち、あまりに残酷じゃないか。




無言の僕達を乗せてタクシーは走る。



夕暮れの薄暗い道をひたすら…―。

No.48 12/03/07 03:36
ゆい ( W1QFh )



それでも、なるべく彼女に負担をかけない様にと、着々と準備を進めていった。

終業式の夕方、職員の打ち上げの飲み会に参加する為、僕らは急いで資料を片付けていた。



間もなく、いつも陽気な体育教師が僕達を迎えに来た。


一班と二班組に別れて、駅の反対側にある少し離れた繁華街へと向かう。


その間中にも体育教師が、彼女に対して「彼氏はいるの?」だとか
「初めて異性と付き合ったのは幾つの時?」
などと下らない質問を繰り返していた。

挙げ句、「俺なんかどうかな?」なんて言い寄る。


彼女はそんな体育教師に、茶を濁す様な受け答えばかりで正直、腹が立った。


(ハッキリ「困る」と言って断れば良いじゃないか。)


僕が焼く資格もないのだが、堪らなく嫌だった。


プンスカとふてくされていると、僕の周りが急にザワついた。


立ち止まって周りの様子に目を配ると、

「あれって…西島先生の奥様ですよね…?」


反対車線の通りで、清美が男と腕を組んで歩いているのが見えた。


サングラスを掛けているが、背丈からして相手の男は孝之だと分かった。


「え?なに?なに? うそ、西島先生の奥さん?」


周りがヒソヒソとざわついて、僕は気まずさから身体が動かなくなっていた。



「…っ!

痛い…痛たた!」


重たい空気を打ち破ったのは、腹を抱えてしゃがみ込んだ彼女だった。



驚いて皆が彼女を囲んだ。


僕だけ取り残された。


「西島先生!

すまないが篠崎先生をタクシーで送ってやってくれないか!」


教頭に言われて僕も急いで彼女の元へ走り寄った。


「どうした!?」


顔を歪ませて、腹痛を討ったえる彼女を支えて僕は大通りに出た。


タクシーを捕まえ彼女を先に座らせ、心配そうな表情の皆に挨拶を済ませると急いで一緒に乗り込んだ。

No.47 12/03/07 02:55
ゆい ( W1QFh )


ふと彼女と目が合った。


僕は慌てて、視線を逸らす。



「先生?

やっぱり、一人じゃこれの準備大変ですよ。」


「え?」


一人… ?


その瞬間、僕は大切な事を思い出した。


「あっ!そうだ…篠崎君、夏休みは大学に戻るのか!」


「忘れてました…?」


あぁ…そうか、そうだ、しまった。


しかしもう、校長にはプランを通してしまったし…。


しかも、やる気を見せて喜ばせてしまった。そんな今更、断れないよな…。


「参った~…。」


頭を抱えて、うなだれる。
そんな僕を見かねた彼女が、思い立つ様に言った。

「よし!じゃあプリントは全部、私が大学で作って来ます!」


「いや、それはダメだよ!
君だってやらなきゃいけない課題があるんだろ?
僕のミスなんだし、自分で何とかするよ。」


すると、彼女は拳を胸にポンと当てて言う。


「大丈夫!

私、優秀ですから(笑)その代わり、夜遅くまで研究室に缶詰め状態だから先生が大学まで取りに来て下さい。」



彼女が天使に見えた。


「勿論、僕が取りに行くよ!…ありがとう!」


一命を取り留めた気分だ。

No.46 12/03/07 02:28
ゆい ( W1QFh )



「こんなにタイトなスケジュール組んで大丈夫なんですか? 化学式と、実験教室…。準備だけでも相当、大変ですよ?」


早速、僕の地獄プランを篠崎君に見せた。


彼女とは、あの一件が嘘だったかの様に以前の僕らに戻っていた。


「夏休み返上作戦!(笑)」



こんな冗談も言って、笑える様にもなった。


ガラにもなく、おちゃらける僕を見て彼女も笑う。



―変化は確実にあった。


僕は、彼女のそんな顔を見つめる。


そして思う…。


愛おしいと…。



ずっと、そう微笑んでいて欲しい。


彼女の柔らかく、そして優しい笑顔に僕は満たされていた。


君の、その細く美しい髪に触れたい。



華奢な腕を引っ張って抱き寄せたい。


こんな事を思うのだ。


しかし、僕にそんな資格などない。


だから、ずっと心にカギを掛けて閉まっておこう。


初めて抱いた、淡い恋心だ…―。

No.45 12/03/07 02:01
ゆい ( W1QFh )


翌朝、学校へ向かう途中のポストに例の封筒を投函した。


カタンと軽い音をたてて落ちていく。


「呆気ないもんだな。」


僕は、肩の力を落として先の道を急いだ。



サンサンと照りつける太陽が憎らしい。


元気な蝉の声に、入道雲。


もうすぐやってくる夏休みに浮き足立つ、若い生徒達。



何もかもが眩しくて 妬ましい。


「夏期講習のスケジュールびっしり立てて、遊ぶ時間もなくしてやる。」



笑顔溢れる若者に対して、こんな意地の悪い考えを思い立つ。



「今に見てろ!」


大人気ないが、仕方ない。


これは、生徒の為だ。

No.44 12/03/07 01:44
ゆい ( W1QFh )


家を出てからの僕は、予想通りの忙しさを味わっていた。


学校が終わると、直ぐに不動産屋巡りをする。


3件目の不動産屋で、小世帯向きのマンションを借りた。


久々の一人暮らしはそこそこ快適だったが、毎晩夜遅くまで学校に残っている為、洗濯物が間に合い事も多々あった。



食事もインスタントや、コンビニ弁当ばかりになった。


いつも清美が僕の身の回り事をしてくれた事に、今更ながら 頭の下がる思いがした。


「…自炊くらいしないとな。」



誰も居ない部屋にポツリと呟く。


カップラーメンに湯を注いで3分待つ間に、(金魚でも飼おうか…)などと思うのだ。



部屋の時計は午前1時を指している。


僕は、役所から受け取って書いた離婚届に捺印を押す。


すっかりキツくなった指輪を無理やり外すと、それと一緒に封筒に入れた。


そして、何事も無かったかの様に麺を啜るのだ。


「…旨い。」


田舎の両親には、また明日にでも連絡しよう。


きっと、落胆させてしまうのだろうな…。


年老いた二人の事を想うと心がチクリと痛む。



「もう、37だぞ?」

40手前の息子を未だに、心配しなくてはならないなんて気の毒過ぎる。



情けなくて、我ながら嫌になった。

No.43 12/03/06 23:19
ゆい ( W1QFh )


―パタリ…と静かに閉ざされたドアの向こう側で、清美は静かに涙を流した。


「これで良かったのか?」


彼女に歩み寄りながら、孝之は言う。


「…あの人は戻って来るわ。」


キリリと強い眼差しで、清美は孝之を見る。


「お前も不器用だな…素直にさ、吉宗に縋れば良かったじゃん。」


「嫌よ。」


流れる涙を拭いながら、清美は強い口調で言った。


「私が縋らなくても、吉宗は自分から戻って来るもの。
必ず…だから…っ。」


清美は孝之を見上げ、そっと指先で彼の唇をなぞる…。


「―だから?」


孝之もまた、彼女の腰に大きな腕を回した。



「絶対に離婚なんてしないわ。」


そう言葉を放った二人は、激しく互いの唇を合わせた。

No.42 12/03/06 21:07
ゆい ( W1QFh )



僕は今一度、玄関先から家の中を見渡した。


10年だ…そんな長い月日を此処で清美と共に過ごしてきた。

平凡な生活だが、その日々は幸せだった。


もう二度と戻る事はない。


…急に喉や目頭が熱くなる。


いけない…早く立ち去ろう。


「離婚届は後で送る…僕の荷物は処分してくれて構わないから…。」


震えた声だったかも知れない。


「分かったわ…。」

溜め息と一緒に清美が応える。


「教授にもお詫びをしに行くよ。」


清美は首を振るった。


「父には、落ち着いたら私から言っておくわ…。」


僕は少しホッとした。


「そうか、すまない。でも…助かるよ。」


心なしか、重たいドアを開く。


すると、夏の生暖かい風がまとわりつく。


僕は、振り返らずにそのまま歩いた。


汗ばむ身体と頬を伝う涙が気持ち悪い。


誰にも会うまいと、足早にホテルへと向かう。


明日からは忙しい。

やる事は、山積みの筈だ…。

No.41 12/03/06 20:38
ゆい ( W1QFh )

⚠次のページから本編になります🙇

No.40 12/03/06 20:37
ゆい ( W1QFh )

>> 39 ゆめさん、ありがとうございます😊
読んで頂けて嬉しいです✨
更新がんばろう✌🎵

No.39 12/03/06 11:25
ゆめ ( ♀ iX28h )

面白く引き込まれる、とても上手な文章に更新楽しみにしております。
頑張って下さい。

No.38 12/03/05 20:40
ゆい ( W1QFh )



僕は、深い溜め息を吐いて引き出しを閉める。


孝之の前を通り過ぎ、ボストンバックを手に持つと階段を下りる。


玄関先には清美が立っていた。


僕は、息を整えて彼女に最後の質問をする。


ずっと、聞きたかった事だ。


「なぜ、僕と結婚したんだ?」


彼女は、フッと小さな笑みを浮かべる。

「だって、あなたは父のお気に入りだったから。」


僕は無言で小さく頷いた。


「そうか…。」


「何よ?」


「いゃ…、君は最初から僕を愛してなんかいなかったんだね。」


一瞬、彼女の瞼が揺れた。


「…でも、感謝はしているわ。
あなたは、父の呪縛から私を救い出してくれた。
父も研究も大嫌いよ!あなたなら…何も疑わずに私を受け入れてくれると思ってた。」


彼女が、父である教授を嫌っていたなど微塵も思っていなかった。



昔から僕はこの親子を見てきたけれど、寧ろ親子関係は良好に見えた。


だから彼女の告白は、どこか信じがたい。


でも、理由はどうであれ彼女が僕を利用したのは事実。


今更、そんな事実を突きつけられても僕は痛みを感じなかった。


正確にはもう…痛みに慣れてしまって何も感じなかったんだ。

No.37 12/03/05 16:52
ゆい ( W1QFh )



クローゼットを開けて、旅行用のボストンバックに荷物を詰める。


ふと、窓辺に目を向けた。


窓から見える桜の木。


結婚祝いにと教授がわざわざ、京都から持って来て移植してくれた立派な大木だ。

「流石にあれは持って行けないか…。」

苦笑いを浮かべる。

「吉宗、本気か?」

名前を呼ばれて我に帰る。



「離婚なんてしたら、教授が黙ってないぞ?」


腕組みをしながら孝之は壁に寄りかかった。


「…いつから?」


僕は静かに問いかけた。


孝之は質問の意味を察した様に答える。

「お前らが結婚するずーっと前から。」

本当はもう分かっていた。


清美の身体を、僕よりも慣れた手付きで抱いていたあの光景―。


あんな風に、快楽に溺れる彼女を僕は知らない。


今なら分かる。

なぜ、僕らに子どもが出来なかったのか…。


君は、最善の注意を払っていたんだ。


確かに、父親がどちらか分からない子どもは産めないよな…。


ドレッサーの引き出しを開けて化粧ポーチを探る。


予想通り…小さな処方袋と、知った名前の薬を見つける。

No.36 12/03/05 16:21
ゆい ( W1QFh )



彼女はガウンをそのまま僕へと投げつけた。


「~なんで!!
どうして何も言ってくれないのっ!!」

「…清美?」


「どうして怒ったり、罵倒したりしてくれないのっ…!!
あなたは…私を愛してないの…?」


取り乱して彼女は僕の胸元を掴みとった。


その衝撃で、Yシャツのボタンがはじけ飛んだ。


叫び泣く彼女を胸に受け止めて、僕は言う。


「…僕は、家を出るよ。
君を愛していたから…だから、君の裏切りを許せない。」


顔を上げた清美の瞳は子どもの様に澄んでいた。


ただ…僕を見つめる大きな瞳。


「別れよう。」


そのまま僕は、ゆっくりと彼女の身体を離して寝室へと向かった。

No.35 12/03/05 16:03
ゆい ( W1QFh )



たった数日なのに家が見えてくると、もの凄く懐かしく思えた。


高校教師が一生かけても建てられそうにないこの家を用意してくれたのも教授だ。


「僕の物なんて元々、何一つ無いじゃないか…。」


虚しさからポツリと呟く。

カギを取り出そうとポケットを探る。


すると、カチャリとドアが開いた。


しわくちゃの白いシャツを着たアイツだった…。


皮肉な笑みを浮かべる男。


「孝之……!」


「まぁ、入れよ。
自分家だろ?」


殴りつけたい衝動を抑えて僕は中へと入った。


まず、室内の荒れ果てた光景に驚愕した。


もはや絶句だ…。


リビングの床に、スリップ一枚でペタリと座り込む清美を見つける。


「お前が出て行った後、大変だったんだぜ?」


背後から孝之が言った。


「…は?」


「は?じゃねぇよ…言い訳も聞かず、泥だらけの血だらけでフラフラ出て行ったまま携帯にもでねぇ。
あいつ(清美)その後、暴れて酒浸りでさ。そんなん放って俺も帰れねーしよ。」


僕は、清美にそっと寄って落ちていたガウンを彼女の肩に掛けた。


酷く顔色が悪いが、怒りに満ちた彼女の顔にゾッとした。

No.34 12/03/05 07:22
ゆい ( W1QFh )



彼女の言葉に目が覚めた様な気がした。

彼女のアパートを出て僕はそのまま、自宅へと戻った。



僕等にとって長く険しい道が…ここから始まる。

No.33 12/03/05 07:18
ゆい ( W1QFh )



「どうか、僕を許さないで。
一生憎んで欲しい。」


すると、彼女は首を横に振った。


「ずるいのは私です。先生の弱さに漬け込んで…ああなる事を望んだんですよ。」


「…え?」


「先生の事、ずっと好きでした。」


―僕は困惑した。


「ずっと…って?
君が赴任した時から?」


更に彼女はフルフルと首を振る。


「大学の研究室にあった先生の論文や研究記録を見ました。こんな凄い人がいるんだ…なんて憧れました。学校に入ったのは、先生の元で学べると思ったからです。会ってしまったら、好きな気持ちが膨れてしまって…でも、先生には家庭があるから諦めようとしました。
幸い、先生は私が嫌いでしたでしょ?
諦められると思ってました。」


僕は、彼女の告白に戸惑っていた。


「…それでも、僕のした事は許される事じゃない。」


「それなら、私も同罪です。」


「違う…そうじゃないんだ…あの日…本当は…っ」


僕の固く震えた拳に彼女が手を添えて言った。


「良いんです。
言わないで…、愛されていない事も分かってます。
あの日、私達の間には何も生まれていない。
だから、何もなかったのと同じです。
先生は、奥さんの所へ帰ってちゃんと幸せになる方法を二人で見つけ出して下さい。」

No.32 12/03/05 06:41
ゆい ( W1QFh )



息を切らして彼女のアパートを訪ねた。

呼び鈴を鳴らしても、ドアを何度叩いても彼女は出ない。


やはり留守のようだ。


ドアの前にしゃがみ込んで、僕は彼女に対する償いを考えた。


―ふとあの甘い香りが鼻を擽る。


「先生…?」


顔を上げると彼女がいた。


困惑した様子の彼女を僕は抱き寄せる。

強張る彼女の身体に僕がした事の罪深さを思い知る。


「ごめんっ…!」


堪らなくなって離す。

「僕は君に最低な事をしてしまった。
どれだけ君を傷つけたか…本当に申し訳ない!
どうか、僕を訴えてくれ!
どんな社会的制裁も甘んじて受ける!」

僕は深々と頭を下げた。


クスっ…と聞こえた声に僕は彼女を見た。


いつもの調子で彼女は微笑んでいた。


「篠崎君…?」


「中…入りませんか?」


そう言って彼女はバックから鍵を取り出すと慣れた手付きでドアを開けた。


僕は、そんな彼女の態度に拍子抜けしてしまった。


小さなテーブルに運ばれた紅茶を口に含む。


そしてゆっくりと話し始める。

No.31 12/03/05 06:09
ゆい ( W1QFh )



正直、この時点で僕の頭の中から清美は消えていた。


あれだけ、憎くくてそれでも尚、愛おしい彼女を切り捨てた。


そうしようと意識してしたのではなく、ただもう…僕は彼女に会いたかった。



会って謝りたい。
心から謝罪をして、そして僕を憎んで欲しい。


罵倒して、どうか警察に突き出してくれ。



僕を許さないで…。

No.30 12/03/05 05:43
ゆい ( W1QFh )



ガクガクと身体が震えた。


目の前の彼の姿に彼女を重ねる。



僕は何て事をしてしまったのだろうか…!


身の上の不幸を彼女にあたってしまった…。


僕の怒りの矛先を清美でも無く、アイツでも無く…なんの罪もない彼女に向けて傷つけてしまったのだ…!


「先生、新学期の朝さぁ~俺達の事見てたよね?」


「…え?」


「そそくさと行っちゃったから絶対に勘違いしたな~と思ったけどさ。
姉さんが誤解といたとばかり思ってた。 あいつ、鈍臭いから言ってなかったか…。」


頭をポリポリと掻きながら岡田は言った。


「岡田…名字。」


めちゃくちゃな頭で僕はやっと一言発する。


「名字?

あぁ…違うって事? 姉さん、中学ん時に母さん側の叔母さん家に養女に入ったんだよ。」


「養女?」


「そう、俺のせいでね。
それから姉さんと会ったのは10年ぶりのあの日の朝。
そして、感動の再会を果たして今に至る。」


10年ぶりの再会…。

「…ごめん、岡田! 僕行かなきゃ!」



「え?おいっ…!」

僕は無造作にカバンを手に取ると急いで学校を後にした。

No.29 12/03/05 05:14
ゆい ( W1QFh )


「…ちょっといいっすか?」


彼の、中性的な美しく整った顔に僕は眉を顰めた。


「なんだ?」


疚しさがあるが、冷静を装う。


「あいつ…篠崎。なんで休んでんの?」

「体調不良。」


「あいつ、携帯にも出ねーし。
家にもいねーよ?」

こいつ、僕をナメてんのだろうか?
堂々と何言ってんだ。


「自分の彼女だから心配か?」


僕の問いに岡田は目を丸くした。
初めて見られた表情の変化だ。


「…は?何言ってんの?
あいつ、あんた…いゃ、先生に何も言ってねーんだ?」


「どういう意味だ?」


すると、岡田の口角がニヤニヤと上がって意味深な笑みを浮かべた。


「マジか…!先生さぁ、俺が篠崎と付き合ってると思ってたんだ!ハハっ、ウケる♪」


僕はその時に全身の血の気が引いて行くのを感じた。


「篠崎は俺の姉さんだよ。
先生、とっくに知ってると思ったのに。」


そうか…道理で…。
しっかりちゃんと見れば、分かったじゃないか…彼(岡田)と彼女(篠崎)はよく似ている。

No.28 12/03/05 04:48
ゆい ( W1QFh )

翌朝、逃げる様に僕は彼女の部屋を出た。


メガネ屋があくと急いでコンタクトを購入して、新しいメガネを作った。


本当に、しばらくはコンタクトだな。


貯金をおろして、服や下着を買い込んでビジネスホテルに寝泊まりする。



発見した携帯はポケットの中で2つに割れていた。


でも、新しく買い換える気がしなかった。


今は誰とも繋がりを持ちたくないのだ。

彼女は体調が悪いと2日休んでいた。


そんな中、放課後の準備室に岡田が現れた。

No.27 12/03/05 04:36
ゆい ( W1QFh )



彼女は必死に抵抗した。


足をバタつかせて、「止めて」と叫ぶ。

身体中に痛みが走るのに、それすら感じさせない。


僕は、自分の身体を彼女に押し付けて口元を手で塞ぐ。


「生徒とはデキて、僕とはデキない?」

酷く冷たい口調で放った言葉。


「……………。」


みるみるうちに、彼女の身体から力が抜けた。


僕はそれを確認すると貪る様に彼女の身体を欲した…。


卑怯なやり方。
汚い。

僕はなんて汚い生き物なんだ。


そう自己嫌悪しても、直ぐに「僕だけじゃないだろ!」と肯定するのだ。


弱い人間。


時折、僕の腕や手に彼女の涙が伝った…。


そして、僕も止め処ない涙を抑えられないまま…彼女を汚していった…―。

No.26 12/03/05 04:20
ゆい ( W1QFh )


「ここは…?」


雨の音がする。

微かに甘い桃の香り。
なんて優しい香りがするんだろう…。


「良かった、気が付いた。」


「…誰…?」


視界は未だぼやける。
「篠崎です。 先生、メガネしてないし見えませんか…?」


メガネ……?

顔に触れると確かにしてない。


それに、全身に痛みが走った。


「いっ…て…。」


「あぁ…ダメですよ、腕と足に大きな切り傷と肩は打撲してます。」


そう言いながら、彼女は再び僕を寝かせた。


「あぁ…僕はどうやら木から落ちたらしい…。」


そうか、少しずつ思い出してきた。


あの瞬間、僕は降りようと急いで足を滑らしたんだ。


おそらくメガネはその時に割れた。


「驚きました…先生、帰宅されたと思ったら遅くに傷だらけで学校に来て倒れちゃって…校内は私しか残ってなかったし、先生は酔ってたみたいで帰りたがらないしで結局タクシーに乗せて、うちまで運んだんですよ?」

「…じゃぁ、ここは君の家?」


「はい、ワンルームだし狭いでしょ?」

「いや…見えないし、暗いから正直分からない。」


「ふふっ…視力いくつですか?
メガネないと困りますよね…自宅には予備のがありますか? ご家族も心配してると思うので、お茶飲んだらタクシー呼びましょう。」


自宅…。

改めて他人から聞くと、どこか途方に暮れる…。


帰れる訳がないのだ…。

「篠崎君、悪いけど朝まで居させてくれないか…?
満喫行くにもメガネがないとダメだ。迷惑なのは―」


「構いませんよ。」

彼女のあっけらかんとした返事に面食らった。


「何があったのか分かりませんけど、言いたくない事や、知られたくない事って誰にでもありますから…。」


それは、君と岡田の事なのだろうか…―。


その時、昼間の怒りが僕の心を焦がした。


「…それにしても先生って凄くハンサムなんですね。
メガネない方が良いと思う。いっそのこと、コンタクトにしたらどうです?」

見えなくとも分かる。
彼女は今、あの屈託のない可愛らしい笑みを浮かべているんだ。


女はみんなこうなのか?

その笑みの裏で汚い欲望を抱いている。

刹那―


僕のどす黒い憎悪が渦巻いて、心が壊れた瞬間…


僕は彼女の腕掴んで無理やり押し倒した…―。

No.25 12/03/05 03:35
ゆい ( W1QFh )



太陽が照りつける…暑いなぁ。


ここは…?

大学の中庭?

懐かしい顔ぶれ。

「ひゃぁ!」

首もとを襲った冷たい刺激。

驚いて振り返ると、学生の頃の清美がアイスキャンディを2つ持って悪戯な笑顔を浮かべていた。


「先輩、はい!」

僕がアイスを受け取ると満足そうに清美は笑う。


あぁ…なんだ、全部夢だ。


嫌な夢を見た。


彼女は、清美はちゃんと僕の隣にいるじゃないか。


そうだよ…はは…、僕は何て馬鹿気た夢を見たんだろう。


「…清美…。」


呟いて直ぐに暗闇に落ちた。

No.24 12/03/05 03:22
ゆい ( W1QFh )



「先生っ…?!」


ぼやける視界から彼女の声がした。


でも僕には彼女の顔が見えない。


「どうしたんですかっ…!」


悲鳴の様な声と共に僕の意識は飛んだ。

No.23 12/03/05 03:19
ゆい ( W1QFh )



トボトボと自宅に着くと異変に気づいた。


「あれ…。」


呼び鈴を押しても清美は出てこない。


留守か…。


しかし、カギを開けてもドアが開かない。


チェーンが掛かってる…中に居るのか?

直ぐに庭に回り、桜の木に登る。

うちは周りの家より背が高い。

だから、いつも2階寝室の窓鍵は開いている。


木登りは幼少の頃から得意だ。


しかも、夏場は研究材料の蝉をよく捕まえる為に僕が木登りしているのは近日中が知っていて怪しまれる事はない。



「よっと…!」


一歩一歩、着々と登って二階を目指す。

「はは…まるで猿だ。」


そして、目に入る光景…―。


木漏れ日の光が目に刺さってぼやける視界…。


眩しい…痛い。


目が痛い…。


「な…んで…?」


カーテンの隙間から見える妻の身体。


妖艶に微笑みを浮かべて男の愛撫を受ける。


「…嘘だ…ろ?」


なんで…なんで…なんでだよ?


朦朧としながらさまよい歩いた。


何も覚えていない。

浮かぶのは裸の妻。
あいつの背中。


なんだよ…なんだ…なんで…。


幾つもの「何故」が頭を過ぎる。


「はは…、僕は…僕は何も知らずに…。」

自分でも不気味な笑いが湧きおきた。

No.22 12/03/05 02:52
ゆい ( W1QFh )



授業以外僕は、理科準備室へは行かずに1日中職員室へと籠もった。


そして、終了時間になるとそそくさと帰宅した。


途中まで仕上げてた彼女への資料は捨てた。

No.21 12/03/05 02:47
ゆい ( W1QFh )



なぜだか無性に苛ついた。


彼女に親近感を持った矢先の出来事。


遠のいていた彼女への嫌悪感を再び抱いた。


良き理解者を一瞬にして失った虚しさ。

いつも笑顔の彼女が見せた必死な顔。


僕には向けられた事の無い…必死な顔。

込み上げる怒りの中で岡田への嫉妬心があった事は否定出来なかった。

No.20 12/03/05 02:37
ゆい ( W1QFh )



その日、僕は彼女に渡す資料をまとめる為に早朝出勤した。

「待って!」

校舎裏の方から、けたたましい女性の声がした。


こんな時間に…?

胸騒ぎを覚えて声のする方へと向かう。

「離せよ!」


嫌な予感が過ぎる。
ここはあの日、初めて彼女を見かけた場所だった。

そして今、目に飛びこんだのはやはり…彼女と、あの男子生徒だった。


「待って…!爽(そう)、お願いだから話を聞いてっ!」


彼女はそう言いながら、必死に彼の腕を掴む。


「なんの話だよ!あんたこそ、もういい加減…。」


男子生徒がそこまで口ずさむと、僕の存在に気づいて驚きを見せた。


そして、そのまま無言で掴まれた腕を振り解いて去って行った。


すれ違い様に男子生徒は、僕を鋭い瞳で睨み付けた。


あぁ…。


彼には見覚えがあった。

入試で一番を取って総代になった秀才。

(岡田 爽太)だ。


僕は取り残された彼女を見た。


「あの…。」

マズい場面を見られたとばかりに彼女は動揺し、手元が少し震えていた。


何か言いたげだったのだろうが、僕は冷たい視線だけ送ってその場を去った。

No.19 12/03/05 02:16
ゆい ( W1QFh )



僕と彼女は放課後、互いの時間が許す 限り研究の話をした。

彼女は、僕が学生時代に研究していたカビの話をとても熱心に聞いては深く関心を持ってくれた。


嬉しかった。


この手の内容だと、生徒達には理解不能だし…かと言って清美は結婚後、一切興味を持たなくなっていた。


教師になっても密かに地道な研究をしていた僕に、初めて理解者が出来た。


彼女に対して、確かな親近感が芽生えていた。


それだけだったハズなんだ…―。

No.18 12/03/05 02:05
ゆい ( W1QFh )



その事実を知った時には、憧れの人に会えた様な嬉しさと同時に、夢が壊された様な落胆した様な…何とも言えない複雑な気持ちになった。

でも溢れ出る好奇心には適わず、僕は彼女に色々な質問をした。


本来なら僕が彼女に教えてやらなきゃならない立場なのに。

彼女の口から出る物語の様な研究成果を、僕はきっとバカみたいなキラキラとした目をしながら聞いていただろう。


自分のオタク気質にはほとほと呆れる。

「先生って、まるで子どもの様な笑顔。」


「…は?」


夕暮れに染まる窓辺に、彼女の顔が赤らんで見えた。


「先生の笑った顔、初めて見ました。」

夕暮れ…僕は自分の顔が熱くなるのを感じる。


だがそれは、夕陽に照らされて赤く見えるだけだと…それだけなんだと…なぜか言い訳を繰り返す。

No.17 12/03/05 01:49
ゆい ( W1QFh )



それから2ヶ月ほど経って、一つだけ分かった事がある。


生物学において、彼女はとても優秀で僕よりも幅広い知識があるという事だ。


一昨年、僕はある学会で発表された論文を夢中で読んだ。


「面白い論文を書いた学生がいる。」

そう義理父である教授に渡されて、それに目を通した。


蟷螂についての一説を説いた論文に、僕は時間を忘れて読みふけったのだ。


久しぶりに味わう興奮。


かつての研究者としての血が騒いだ。


その論文を書いたのが彼女だった。

No.16 12/02/21 01:36
ゆい ( W1QFh )



1限目の授業を終えて、職員室から準備室へと戻るとそこには彼女の姿があった。

「…―っ。」

息詰まる僕に、彼女は振り返って笑顔をみせる。


「資料、どれも綺麗に整頓されていますね。
うちの大学の研究室とは大違い。」


クスクスと口元を抑えて笑う姿を見て思った。なる程…異性が簡単に落ちやすいタイプの女だ。


一見、清楚な…儚気な美しさのあるお嬢さん。


しかし、新任早々生徒に手を出すアバズレだ―。


見た目とは裏腹の恐ろしい女なのだ。


そう思えば思うほどに僕は彼女を疎遠に扱い、冷たい態度で接した。

No.15 12/02/20 00:35
ゆい ( W1QFh )



更に驚いた事が起きた。


新学期の全校集会であの女性が新任の挨拶をしている。


壇上に上がって堂々とした態度で―。


しかも、理科の臨時教員だ。


つまり、会社でいうところの僕の直属の部下になる。


とっさに、朝の光景が蘇った。


(この女…生徒と出来てる)


最悪だ。

どう接すれば良いのか。


頭の中は動揺と怒りと嫌悪感でいっぱいだった。

No.14 12/02/20 00:22
ゆい ( W1QFh )


あの日…桜の雨が降ったあの日。


校舎裏で初めて君を見かけた。


衝撃的な場面―。


男子生徒と若い女性が抱きしめ合っていた。


すぐさま走った違和感。


制服姿の男子なら相手は同じく制服を着た女子ではないか…?普通。


僕は足早にその場を去る。


あぁ…嫌だ。
嫌なもの見た。
保守的な僕だ。


面倒なものに触れるのは嫌だ。


頭をボリボリと掻き毟りながら、ざわつく心に苛立った。

No.13 11/05/12 00:47
アキ ( W1QFh )

それから10年。


子共にはまだ恵まれてはいないが、僕らは何ら変わらずに上手くいっていた。




―あの日、この部屋でアイツを見るまでは…。


…いや、もしかしたらそれ以前に…。




―…君と出会わなかったらかも知れない…。

No.12 11/05/12 00:37
アキ ( W1QFh )

その年の10月に僕と清美は結婚した。



都内でも有名な進学校の理科教師になって半年後の事だ。


清美は大学を卒業すると就職も望まずに専業主婦になった。


せっかく大学まで行って、しかも研究室に残れば博士号だって取得出来たかも知れないほど優秀だったのにだ…。



それでも彼女は、「お嫁さんになるのが小さい頃からの夢だったから。」と微笑んでみせた。



何と言うか…清美には執着とか野心みたいな物がない…迷いのない強さがある。

劣等感の塊の様な僕には余りにも眩しい存在。

No.11 11/02/18 23:00
アキ ( W1QFh )

教授の言葉に一瞬、心が弾んだ。


―あの清美が?

結婚相手に孝之みたいな男でなく僕を選んでくれた。

僕は醜くも、初めて優越感を覚えた。


それからは瞬く間に、世界がキラキラと色付いて行く様な心地になった。


将来の夢と、憧れの女性を天秤にかけた僕の浅ましさ。


なんて愚かだった事か…。

No.10 11/02/18 22:32
アキ ( W1QFh )

僕は、放心状態のまま色々な事を考えていた。


異様な空気が立ち込む教授の書斎。


先に沈黙を破ったのは教授の方だった。

「理不尽な願いだね…君の目標も、その為の努力も全て、私は側で見て来たというのに。

でもね、清美が私に言って来たんだ。」

「え?」


「結婚するなら、君みたいな相手が良いと…。」

No.9 11/02/18 22:21
アキ ( W1QFh )

何故、僕なのだろう。

何故、高校教師なのだろうか。


清美の結婚相手になる男の条件として、選ばれた訳やその理由が全く持って理解出来ない…。



いや…そんな事はさておき、僕にとっては結婚よりも大事な将来の夢…つまり仕事が失われる事の不安が頭をよぎる。


バイオ研究所に入ってカビや、微生物の研究をしたい。


その為に大学院にも入って博士号も取得したのに…。


今更、高校教師になんかなってどうするんだ。

No.8 11/02/17 22:57
アキ ( W1QFh )

その日、僕は坂田教授に呼び出された。

普段から教授のお宅に伺う事は多かった。


だから、その日も何気ない気持ちでお宅を訪れた。


「来年、清美が卒業したら一緒になってくれないか?」


坂田教授の、唐突に突き出されたその言葉を理解するのに、一体どの位の時間を裂いたんだろう。


「…え?」


困惑する僕に構わず、坂田教授は話を続けた。


「君がバイオ研究員ではなく、高校の教師になってくれるのなら…だがね。」

No.7 11/02/17 22:43
アキ ( W1QFh )

学生時代、清美は孝之と仲が良かったものの、2人は僕の予想に反して付き合う事は無かった。


それどころか、講義で解らなかった所などを僕に聞きに来るようになった。


教授に直接、聞きに行けば良いなどと野暮な事は言えない。


正直、彼女からの親愛の情を受けられる事が幸せだと感じていたから。


だからと言って僕らが交際へと発展して行く事も無い。



転機が訪れたのは、僕が研究室を出て就職しようとしていた時だ…。

No.6 11/02/17 22:26
アキ ( W1QFh )

「どうかしたの?」

昔を思い出して、ボゥっとしている僕を怪訝そうな顔で清美が問いかけた。


「いゃ、何でもないよ。」


「そう?」

いつの間にか雨が止んで月明かりが部屋を薄く照らしている。


その淡い光りで清美の身体が輝いて見えた。


グラマラスなその身体はガウンを纏っても見事な曲線を描いている。

No.5 11/02/16 23:56
アキ ( W1QFh )

孝之…本上孝之だけは、清美と直ぐに打ち解けて会話を弾ませていた。


まぁ、彼は清美だけじゃない。

多分、校内や他校でも女に人気がある。

放っておいても、女の方からやってくる様なモテ男だった。

内心、僕ら冴えない男連中は孝之に計り知れない程の劣等感を感じていた。

No.4 11/02/16 23:24
アキ ( W1QFh )

清美とは大学の頃に知り合った。

研究生として大学院に残っていた僕。清美は同じ大学の一年生で、僕が公私ともにお世話になっていた坂田教授の一人娘だった。


まだ18歳の彼女は、少女とは言えない程の妖艶な色気を放っていた。

だからと言ってそれが厭らしく見えたとかじゃなくて、なんと言うか…胡蝶蘭の様な凛とした奥ゆかしい美しさがあったのだ。


僕も、他の研究員の連中も清美には儚い憧れを持っていたと思う。


なぜ、儚い憧れなのか…。


―僕らはメガネをかけた、もやしっこだ。

ダサい、面白みもない、そして何より女の子に全く持って免疫がないのだ。


当然、そんな僕らが高嶺の花の清美に話し掛けられるハズもない。


あ……たった、一人を除いて…だ。

No.3 11/02/16 22:49
アキ ( W1QFh )

「ただいま、清美。」


「あなた、お帰りなさい。

ひどい雨だったでしょう?」


清美は、帰宅した夫の背広を脱がし水滴を払いながら、優しい笑みをこぼした。
「あぁ、季節外れの嵐だな。」


やれやれ…とリビングのドアを開ければ、たちまち夕食の良い匂いが立ち込める。

「うわ~スゴいな。 何かのお祝い?」


夫の問いに、清美は「ふふっ」と微笑む。

「出張で、一週間も居なかったでしょう?
そろそろ、私の手料理が恋しくなってくる頃だと思ってね。」

「ああ、ほんとだ。 外食だかりで飽き飽きしてたし、清美の手料理が恋しかった。」


「でしょー?」


端から見たら仲の良い夫婦。


いや、実際に僕はそう思っていた。

その事に、一切疑いを持った事はない。

No.2 11/02/16 22:31
アキ ( W1QFh )

「そう、今日出張から帰ってくるの。
久しぶりに腕を奮って食事を作るわ。
だから離して…シャワーを借りるわね。」


そう言って、女は男の腕からすり抜ける。


「ふぅん…家では相変わらず良い奥様なんだ。」


「そうよ?
夫に従順で淑やかな美しい妻。」


「ふっ…自分で言うか。

そんなお前の表の顔しか知らない旦那が可哀相だな…泣けてくるよ。」


「そうね、貴方だけ…昔から本当の私を知るのは貴方しかいないのよ…孝之。」



そう言って女は孝之と呼ばれた男に甘い口付けを落とした。

No.1 11/02/16 22:15
アキ ( W1QFh )

外の激しい雨が、窓ガラスに無数の雫を流していく。



薄暗い部屋に散らかった衣服を、女は一枚ずつ拾い上げる。

「…帰るの?」



「主人が帰ってくるわ。」


男の問いに、女は妖艶に微笑む。


「あぁ、今日だったっけ?」


男は気だるそうにベッドから起きあがると、そのまま女に抱きついた。

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