―桃色―
世の中の男性が、全て同じだとは思って無い。
「私の付き合う人達」が特別だって、分かってる。
でも…
昔からことごとく浮気されて、今の彼に限って私は4番目の女…
そりゃ、男を信じられなくなるでしょ。
ただ、甘い恋がしたいだけなのに…
「おめでとう」の言葉も、プレゼントも無いまま、彼の腕の中で30歳の誕生日を迎えた―
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翌朝、私は本当にヒドい顔をしていた。
化粧も乗らない。
目が腫れすぎて、コンタクトが入らない。やっと入っても、すごくゴロゴロとしてて不快だ。
「眼鏡で行くしかないか…」
トモヤと別れた時と同じように、眼鏡をかけて出勤した。
「おはよ、リコ!昨日はどうだった?」
「おはよ…」
眩しいぐらいの笑顔で昨日の事を聞いてきた里沙に、私は挨拶だけしてパソコンの前に座った。
「おっはようございま~す」
昨日の事は、まるで無かったかのように、爽やかな挨拶で木村君がオフィスに入って来た。
その直後、
ダンッ
と、物凄い音がオフィスに響いた。
ビックリして振り向くと、里沙が木村君の胸倉を掴んで壁に叩きつけてた。
「いってぇ~…何すんだよっ!!」
さすがの木村君も、キレた目で里沙を睨む。
里沙は木村君を睨み付けたまま、
「ちょっと、表出な」
と、いつもの里沙からは想像出来ない程の低い声で言った。
里沙は木村君の胸倉を掴んだまま、外へ連れ出した。
オフィスがざわめく中、私は二人を追い掛けて外に出た。
二人が屋上のフェンスの前に着くと、里沙は、また木村君をフェンスに叩きつけた。
「だから、なんなんだよ!?」
完全に木村君もキレている。
「あんた、リコに何をした!?元気づける為にデートに誘ったんだろ?なのに、なに泣かせてんだよ!」
里沙も負けないぐらいの大声で怒鳴っている。
私は、二人の様子をただ怯えて見ていた。それよりも、里沙のあんな姿を見るのが初めてだった。
いつもキャピキャピしている女の子が、なんだかすごく男前…?
「なんもしてねーよ!」
「嘘つくな!なんもしてないなら、どうしてリコが泣いてんだよ!」
「それは…」
里沙が問い詰めると、木村君は黙って目線をそらす。
すると、離れた所で立ち尽くす私と目が合った。
少し様子が変わった木村君に気付いた里沙が、振り返った。
「リ…コ…」
里沙は、静かに木村君の胸倉から手を離した。
「リコ…?どうして泣いてるの?」
気付いたら、私の目から涙がこぼれていた。
「も…やめて?里沙、私は大丈夫だから…」
「でも…」
「泣いてたのは、木村君のせいじゃないよ。私が悪いんだ…里沙と約束したのに、私が木村君に期待したからいけなかったんだ…」
この状況の中、私は自分を責める事しか出来なかった。
でも、そうなんだよね。木村君に、ときめいてしまった私が悪いんだ。木村君は、何も悪くない…
歳も考えずに、しゃくり上げて泣いてしまった。
俯いていた木村君は、真っ直ぐ里沙を見た。
「里沙さん。俺、リコさんが好きです」
「は?何言ってんの?あんたにリコが好きって言う資格ないわ!」
「どうして俺にリコさんを好きになる資格が無いのか、全くわかりません。でも、俺の中でリコさんは1番です。本気で好きなんです」
「1番って、あんた…」
木村君の言葉で、私と同じ所に不快感を感じた里沙は、言葉が出なかった。
木村君が、私を見つめたまま近付いてくる。
「リコさん。俺、頑張るから。」
そう言い残して、木村君は屋上を後にした。
木村君の姿が見えなくなると、私と里沙は自然と手をつないでいた ―
私と里沙は手を繋いだまま、何も話さずにオフィスに戻った。
さっきまでザワめいていたオフィスが、シーンとなる。
みんなの冷たい視線が、里沙に向けられている。
「田中、ちょっと来い」
里田部長が里沙の手を引いて、会議室に入って行った。
私は追い掛ける事ができなかった。
里田部長に手を握られた時、里沙の目から、大粒の涙が流れているのを見てしまったから…
(ごめん、ごめんね里沙…私のせいだよね…)
心の中で謝りながら私は、しゃがみ込んで泣いてしまった。
「仕事に戻れ~。午前中、仕事にならなかった分、全員残業な~」
10分ぐらいして、里田部長だけオフィスに戻って来た。
女の子達が、里田部長の元に詰めかけた。
「部長、田中さんはどうしたんですか?」
「一体何があったんですか?」
みんな、口々に里田部長を問いただす。
「あ~、田中は今日は帰した。みんなを動揺させて、迷惑かけたからな。今日の分の給料も無し。以上、仕事に戻れ」
みんなは、1番聞きたい事を聞けずに、不満顔で仕事に戻った。
私も、涙を拭きながらパソコンの電源を付けた。
「神谷」
里田部長が私の所に来て、耳打ちをした。
「里沙に後で連絡してやって?少し興奮状態なんだ。神谷も帰してやりたいけど、ちょっとな。悪いな」
「大丈夫です、ありがとうございます。後で里沙に電話してみます」
「頼むな」
こんな時なのに、里沙がちょっぴり羨ましかった。
里沙の事を想ってくれてる人が、いつも近くに居てくれてるなんて…
キーン、コーン…―
大して仕事も進まないまま、昼休憩のチャイムが鳴った。
ロッカールームから、真っ先に里沙に電話を掛けた。
『留守番電話サービスに…』
何度掛けても留守電になる。
"里沙、大丈夫?落ち着いたら、連絡ちょうだい"
とりあえずメールだけ打って、里沙からの連絡を待つ事にした。
グゥ~…
「そういえば、昨日の夜から何も食べてないや…」
さすがにお腹が空いた私は、社員食堂に向かった。
その途中で、喫煙ルームでタバコを吸う里田部長と目が合った。
タバコを消して、里田部長が出て来た。
「あの、里沙に何度電話しても出ないんです。とりあえず、メールだけは送ったんですが…里沙、大丈夫でしょうか?」
「しょうがないな、アイツは。俺からも連絡しておくよ。まぁ、少し頭冷やせば大丈夫だろ」
里田部長は、呆れ顔だけど優しい表情だ。
―里沙の事は私なんかより、よく分かってるんだな。
「神谷、今日仕事終わったら時間あるか?」
「用事は無いですけど、残ってる仕事が何時まで掛かるか…」
「大丈夫、今日は全員定時には帰すつもりだから。」
「え、さっき残業だって…」
「あれは冗談。みんな少なからず動揺してんだ。そんなんで残業させても、効率上がらないだろ?」
「なるほど、さすが里田部長」
「だろ?」
里田部長は顔をクシャッとさせて笑った。いつも真面目な里田部長も、こんな表情するんだ。
「なら、終わったら『flower』で待っててくれないか?ちょっと話がしたい」
「あ、はい。わかりました」
「少し遅れるが、よろしくな」
そう言って、私の肩をポンッと叩いて里田部長は、またタバコを吸いに行った。
17時30分。みんなが定時に仕事を終えて、それぞれ帰宅した。
私は里田部長に目で挨拶をして、会社を後にした。
会社から『flower』までは、歩いて10分の所にある。
私は喫煙席に座り、カフェオレを注文した。
それから40分ぐらいして、里田部長が到着した。
「待たせてごめん、ちょっと上司に捕まって」
「いえ、先に飲み物頂いてました」
「神谷、タバコ吸わないのにこの席でいいのか?」
「あ、はい。里田部長も気にせず吸ってください」
「悪いな、ありがとう」
里田部長はホットコーヒーを注文して、タバコに火を着けた。
「アイツ…里沙のキレ方、半端なかっただろ?」
里田部長は笑いながら話した。
「はい…里沙のあんな姿初めて見ました。声質も変わってて、木村君の胸倉掴んでたのには驚きました…」
私は残りのカフェオレを一気に飲み干した。
「里沙の事、嫌いにならないでやって?」
「そんなっ、嫌いになるなんて!里沙は私の大切な友達です!」
里田部長の意外な一言に、私は思わず大声で反論した。
「ヨカッタ」
里田部長は、ニコッと笑ってタバコを吸った。
「アイツさぁ、神谷以外に友達居ないんだよね。俺が言うのもなんだけど、里沙ってめちゃくちゃカワイイだろ?」
里田部長は照れながらタバコの火を消した。
「女の私から見ても、羨ましいぐらいカワイイ子だと思います。モデルみたいだし。でも、それと友達となんの関係が…?」
「神谷が言った言葉だよ。『羨ましい』。
外見が可愛くて、何故か昔から男との方が気が合うみたいでなぁ。女から妬まれやすいんだよ」
そういえば、里沙が女性社員と一緒に居る所をほとんど見た事が無い。いつも私と一緒に居るか、一人で居る。あとは、男性社員が里沙に話し掛けてくるぐらい…
黙り込む私を見て、里田部長はカフェオレのおかわりを注文してくれた。
運ばれて来たカフェオレに、私は砂糖を入れた。
「ハハッ、里沙が言った通りだ」
「え?」
「『リコは、カフェオレに有り得ない量の砂糖を入れるんだ』って、喫茶店に入る度に言うんだよ」
里田部長は、肩を震わせながら笑っている。
(里沙…)
私は、有り得ない量の砂糖が入ったカフェオレを一口飲んだ。
「里沙は高校の時、イジメにあってたみたいなんだ。一人の男が里沙に惚れて、そいつの彼女が『彼氏を盗られた』って言い触らしたのが原因らしい。里沙には、そんなつもりは全く無かったみたいなんだけどな。」
里沙がイジメられてたなんて、初めて聞いた。あんなに優しい子なのに…
私は、里沙の事を想うと涙が溢れてきた。
そんな私に、里田部長は静かにおしぼりを渡してくれた。
「その事件以来、同じ学年のほぼ全員の女からイジメられて、居場所が無くなって、里沙は他校の不良とつるむようになったらしい。んで、ちょっとグレたって言ってたな」
フッと笑って、里田部長はタバコを吸い始めた。
「だから、里沙はあんな風にキレたんですか?」
「滅多な事ではキレないんだけどな。神谷、昨日は木村とデートしてたんだって?」
「デ、デートって言うか…」
「里沙、すごい心配してたんだぞ?日曜日に里沙からデートの事聞いてな。昨日は一日中ソワソワしてて、全然仕事に集中しねぇし」
(里沙、そんなに心配してくれてたんだ…)
「今朝、神谷が泣き腫らした顔で出勤して来たから。多分、その顔見て何か悟ったんじゃないか?」
そうだ…里沙はいつも私が言葉に出す前に、表情とかを見て気持ちを読みとってくれていた。
「会議室で、アイツは自分を責めてたよ。『行かせるんじゃなかった』って。自分が、神谷を止めなかった事を後悔してた。朝、神谷の顔を見たら、木村に悔しさをぶつけるしか無かったって」
「でも、私がトモヤ…佐橋さんと別れた時には里沙は何も…」
「それは、里沙が神谷と佐橋が別れるのを望んでいたからな。辛い思いをしながら佐橋と付き合ってて、それでも神谷が佐橋に惚れてる限りは何も言えない。口では応援するしか出来ないって。でも、神谷には幸せになってもらいたいから、佐橋とは別れてほしいんだって、いつも言ってたよ」
里沙が、そこまで私の事を考えてくれてたのも知らなかった。私は、里沙に何もしてあげれてないのに…
自分で自分が情けなくなった。
情けない自分が恥ずかしくて、テーブルに伏せて泣いた。
「まぁ~でも、いくら友達を想っての事だとしても、社会人としてやって良い事、悪い事があるからな。里沙には木村に謝らせるよ」
私は何も言えなかった。
「あとは友達同士、ゆっくり話せ。里沙!」
「…え?」
振り向くと、お店の出入り口に里沙が立っていた。
「長々と、悪かったな」
そう言って、里田部長は私の分の伝票も持って、レジに向かった。
会計を済ませると、里田部長は里沙の頭をポンッと叩いて店を出た。
「里沙…」
目が真っ赤に腫れあがった里沙に駆け寄り、二人で手を繋いで店を出た…
二人でゆっくりと歩きながら、駅前の公園に向かった。
「里沙、里田部長から連絡あったの?」
「ん…夕方、慎ちゃんが寮まで来たんだ」
里沙は、会社の近くの寮に住んでいる。
(あれ?里田部長、上司に捕まって遅くなったって…里沙の家に行ってたんだ…)
「『神谷の事を本当に友達として大切に想うなら、1時間後、[flower]に来い』って…ドア越しでそれだけ言って、帰っちゃったんだ」
(里田部長…本当に優しい人なんだな。里沙の事はもちろん、私まで気にかけてくれて…)
私達は、自販機で飲み物を買って、公園のベンチに座った。
「里沙、里田部長から話は聞いたよ?高校の時の事も、私とトモヤが付き合っていた時の事も…あと、月曜日は私の事を心配してくれてたんだね?ありがとう」
里沙はレモンティーの缶を見つめながら、涙を流した。
しばらく黙っていた里沙は、ゆっくりと口を開いた。
「私、最低だよね…トモヤさんとリコが別れたって聞いて、内心ホッとしちゃったんだよ。リコは本当にトモヤさんが好きだったのにね…」
私は里沙の腕に手を添えて、首を横に振った。
その様子を見て、里沙は少し微笑んで話しを続けた。
「木村君は女垂らしだけど、根は優しいヤツだから、きっとリコを元気づけてくれるんじゃないかなって思って…なのに…」
里沙は目をギュッと閉じて、辛そうな顔をしてる…
「里沙…もぅ私は大丈夫だから。ね…?」
「私悔しくてっ!たった一人の友達を守ってあげられなかった。リコの泣き顔見た後に、木村君の笑ってる顔見たら、自分をコントロールできなくなって…」
「里沙の顔見てちょっと驚いたし、怖かったけど…私、嬉しかったよ?私なんかの為に、熱くなってくれた。今も変わらず、里沙は私の親友だよ!」
歯を食いしばっていた里沙は、大声で泣きながら私に抱き着いた。
私は、子供を慰める母親のように、里沙の頭を撫でた。
里沙はしばらく泣き続けた後、そっと私から離れた。
「リコ、木村君と会った時の事、詳しく聞かせて?」
「うん…」
私は、木村君と駅で会った所から、一つずつ詳しく話した。
木村君が待ち合わせ時間よりも、50分も早く来てくれていた事。
クリームソーダで盛り上がった事。
木村君のクリームソーダを飲んだ事。
海を見ながら、木村君に告白をされた事。
あと…
木村君の一つ一つの仕草や優しさに、胸が熱くなった事…
口紅を見つけた事…
それと、木村君が女の人と腕を組んでいた事を問いただしても、何も答えてくれなかった事…
何一つ隠さず、全部話した。
話終わった時には、21時を回っていた。
里沙はその間ずっと、
「うん…うん…」
と頷きながら、私の話を静かに聞いてくれていた。
「リコ、木村君に惚れたの?」
「え…まぁ、多分…ハハッ、軽い女だよね!彼氏と別れた次の日に、もぅ他の子に心変わりするなんて。しかもたった一日話しただけで…」
「人を好きになるのに、時間なんか関係ないよ。」
「え…?」
里沙は、真剣な顔で私の顔を見ている。
「それよりリコは、ちゃんと木村君を好きになったの?」
「どうゆう事?」
「さっきからリコが木村君の話をする時、必ず『トモヤと違って』って言ってたよ」
「あ…」
無意識に木村君とトモヤを比べながら話していた。
里沙に言われるまで気付かなかった―
俯く私に、里沙は続ける。
「トモヤさんと別れて寂しい時に、優しくしてくれたからじゃないの?それが、たまたま木村君だったって事じゃないの?」
「…。」
言葉が出ない。
そうだったのかな…あの時、もし他の男の人が優しくしてくれていたら、その人を好きになっていたのかな…
それこそ、私って軽い女だ…
でも、違う。私が木村君を好きになった理由は――
「クリームソーダ…」
「クリームソーダ?」
「そう、クリームソーダを熱く語って、本当に幸せそうな顔で飲む木村君の顔が、すごく愛おしかったの!可愛いと思ったの!」
トモヤには無い優しさに惚れた訳じゃない、本当に木村君の事が好きになったんだって言いたくて、私はムキになっていた。
「プッ…あははははっ」
「な、なによぅ。なんで笑うの…」
「木村君に惚れた決定打が、そこぉ?ほーんと、リコって単純。てか、お子ちゃま?」
「お子ちゃまって…」
里沙は、ケラケラ笑い続けた。私も、釣られて笑った。
「木村よ、クリームソーダが好きでよかったなっ」
まるで遠くにいる木村君に言うように、里沙が呟いた。
「でも、まだ不安材料が…」
不安げな私の顔を見た里沙はフッと笑って、
「ちゃーんと、木村君と話しなよ?聞きたい事、全部聞いた方がいいって」
「うん、そうする…」
二人で空を見上げた。
木村君は今、誰の事を想っているんだろう―――
里沙は、駅まで見送りに来てくれた。
駅に向かう途中、私は里沙にちょっと気になっていた事を聞いてみた。
「里沙って、里田部長と結婚しないの?」
「あ~…結構前にプロポーズされて、今でもたまに言われるけど」
「え!?そうなの?結構前にって…なんで結婚しないの?」
「ん~…」
「まだ遊んでいたいとか?」
「ううん、それは無いけど」
「他に理由あるの?」
「…サトダ リサ」
「へ?」
「慎ちゃんと結婚したら、サトダ リサになるでしょ?」
「そうだね?」
「漢字で書くと、里田里沙…な~んか、漢字だけ見ると田舎っぽい名前にならない?」
「そうかなぁ?え、まさか、それが理由で結婚しないの!?」
「十分な理由じゃない?」
「お子ちゃまなのは、里沙じゃん!里田部長、か~わいそ~」
「ほんと。慎ちゃん、か~わいそ~」
二人で思い切り笑った。
「ずっと、友達でいてね…」
そう呟くと、里沙は寂しそうな顔で私を見た。
「な~に言ってんのっ。当たり前でしょ?」
里沙に笑顔が戻り、私達は大きく手を振って別れた。
※※※※※※※※※※※※※※
――水曜日の朝、田中里沙は会議室に居た――
(慎ちゃんに、『木村に謝れ』って言われたけど…私、面と向かって人に謝った事ないよ~)
ガチャッ
会議室のドアが開いた。
「なんの用っすか?もしかして俺、殴られちゃうっ?」
木村祐輔は、里沙をからかうように言った。
「昨日は…。…め…ん…」
「麺?」
「だからっ!昨日はゴメンって言ってんでしょっ!一回で聞き取りなさいよ!」
里沙は大声を張り上げた。
「謝りながら、何怒ってんすか?んもぅ~、里沙さん怖いぃ~」
木村は、真っ赤な顔の里沙をチャカした。
「ふざけないでよ…」
「里沙さん」
「なにっ?」
「悪いのは俺っす。リコさんを元気づけるとか言いながら、泣かせちゃったし…」
木村は、俯いた。
「あーあ、ホントあんた見てると苛つくっ。リコはこんな頼り無い男のドコがいいんだか」
「えっ?リコさん、俺の告白、OKしてくれたんですかっ?」
木村は目を輝かせている。
※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※
里沙は机に腰掛けて、木村を睨んだ。
「告白の返事は、直接リコに聞きな。でも、そんな事聞く前に、あんたがリコに話さなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
木村の顔から、さっきまでの笑顔が消えた。
「すみません」
「私に謝ってどうすんの?心を掻き乱されて傷ついてんのは、リコなんだよ!」
「でも本当に俺、リコさんが1番好きなんです」
「あんたさぁ、その『1番、1番』ってなんなの?2番とか3番がいる訳?」
「…」
「まじ?」
「や、あの、違うんです!なんていうか、その…」
木村の慌てて否定する表情を見て、里沙は何かを読み取った。
「なんか、ワケがありそうだね」
「…」
「でも、今私はそのワケは聞かない。あんたの口から、ちゃんとリコに説明して?多分、私達が心配してるような事は無いんでしょ?」
木村は自分の心が見透かされたようで、不思議な気持ちになった。
「そのかわり、次またリコを泣かしたら、ぶっ飛ばす」
里沙は本気か冗談か分からない表情で木村に拳を見せ、会議室を後にした。
頭を抱え、木村は一人残された会議室で考え事をしていた――
※※※※※※※※※※※※※※※
(里沙、遅いなぁ…)
私はパソコンの前に座りながら、会議室の方をずっと気にしていた。
(まさかっ、里沙…木村君の事殴っちゃってるとか!?)
頭の中でどんどん想像が膨らんで、両手で頭を抱えてブンブン振っていた。
ガチャ――
「里沙!!」
私が里沙の名前を呼ぶと、オフィス中の視線が一斉に里沙に向けられた。
ハラハラしながら周りを見ていると、里沙が私の方を見て微笑んだ。
「お騒がせして、すみませんでしたっ」
皆の前で、里沙は深々と頭を下げた。
そして、凛とした姿で里田部長に報告をしに行った。
(よかった…)
私はホッとして里沙の姿を目で追っていた。
バタンッ
会議室から木村君が出て来た。
目が合って、私はとっさにパソコンに向かい、仕事をしている振りをした。
真っ直ぐこっちに向かって歩いてくるっ――
私はキーボードを連打した。
「リコさん」
ドキッッ――
心臓が口から出そうだった。
「な、なに?」
パソコンから目を離さずに返事をすると、
「プッ…クックックックッ…」
木村君は笑いを必死に堪えていたけど、耐え切れずに吹き出した。
「リコさん、仕事サボっちゃ駄目ですよ?」
「え?」
画面をよく見ると、
あgおjあdmpwうjvx…………………
(な、何これっ!?)
必死にキーボードを叩いてたから、適当な文字列が並んでいた。
慌てて画面の文字を消していると、木村君は耳元まで顔を近付けて小声で話した。
「リコさん、話があるんですけど、今度の日曜日は空いてます?」
「う、うん」
「なら、11時にこの間の駅で。もう早く来すぎちゃ駄目ですよ?」
木村君のフッと笑った時の息が耳にかかった。
「は…い…」
木村君はクスッと笑って席に戻った。
ドキドキドキドキドキ…
耳まで真っ赤になった私は、パソコンの前でフリーズしていた…
―やっぱり木村君が好き。
―でも、木村君の話を聞くのが、ちょっと怖い…
昼休み、今日は天気がいいから、私と里沙はコンビニで買ったお弁当を会社の屋上で食べた。
「里沙、会議室で木村君と何か話してたの?」
「ん~…?」
里沙は目線だけ上に向けて、何かを思い出しているようだった。
「なに!?教えてよ!木村君、何か言ってたの?」
私が問い詰めると、里沙は意地悪な笑みを浮かべて、
「やだ。
っていうか、私は木村君からは何も聞いてないんだけどね」
「本当にぃ?」
「うん、本当に何も聞いてないよ。でもぉ…」
「なに、なに?」
「リコ、土曜日は空いてる?」
「え?空いてるけど…」
「なら、服買いに行こ?日曜日に着てくヤツ!」
「は!?なんでわざわざ買わなきゃいけないの!?」
「よくわからないけど…なんか日曜日はリコにとって、いい日になる予感がするからさ!」
里沙の顔は、自信に満ち溢れている。
里沙の言う『予感』は、ほぼ的中する。
だから、私にとって『いい日になる』という言葉に、少し期待感を持った。
「ま、まぁ…里沙がそう言うなら…」
少しニヤけ顔で答えた私を見た里沙は、とても優しい顔をしていた。
――だけど、今回ばかりは少しイヤな予感がした…
私の予感が当たるかどうかは、わからないけど…
―木曜日―
さすがに火曜日は、木村君とまともに話が出来なかったけど、水曜日に里沙と木村君が会議室で話をした後から、木村君はいつも通りに話し掛けてくるようになった。
「リコさん、これ、午後の会議で使う資料です。一部ずつ製本したいんですけど、手伝ってもらえませんか?」
木村君の手には、とても一人では午後までにやり切れない量の資料が抱えられていた。
「あ、分かった。いい…」
「木村くぅ~ん」
木村君から資料を受け取ろうとしたら、女の子二人がニコニコしながら近付いて来た。
「今手ぇ空いてるから、私達が手伝ってあげるぅ」
「え、いいよ。俺、リコさんに…」
「いいから、いいからぁ。あっちでやろ?」
女の子達は、木村君から奪うように資料を持って走って行った。
「え、ちょっと…まいったな…」
木村君は困惑しながら、少し残念そうな顔で私を見た。
「ちょうどよかった。私、今忙しかったんだよね。あの子達にお願いして?」
私もちょっと残念だったけど、ワザと少し冷たい態度をとった。
木村君の彼女なワケじゃないけど、ちょっとヤキモチ妬いちゃった…
ヤキモチ妬く歳でも無いのになぁ…やっぱり、私はお子ちゃまだ。
「はい…分かりました…」
木村君は下を向きながら、トボトボと女の子達の方へ歩いて行った。
「あの子ら、絶対木村君狙いだよね。まぁ~、モテる事」
ゴロゴロゴロ~と、椅子に乗ったまま里沙が私のデスクに来た。
「私みたいなおばちゃんより、若い子達の方が木村君もいいんじゃない?」
「心にも無い事言わないの!!」
本当に里沙には嘘つけない…
お茶でも入れようと、里沙と給湯室に向かった。
アハハハハ…
給湯室から、数人の女の子達の笑い声が聞こえてきた。
[てか、田中先輩って木村先輩と何かあったのかな?]
[ほんと、いきなり掴みかかるなんて酷いよね~]
里沙の噂してる…?
[でもさぁ、なぜか神谷先輩泣いてたよねぇ。まさか木村先輩とデキてんの?]
[まっさかぁ~。神谷先輩って、木村先輩と5歳も離れてんだよぉ。木村先輩が『おばさん』を相手にする訳ないってぇ]
[だよねぇ。うちらから見れば、30歳って『おばさん』だよね。あ~、歳取りたく無いなぁ]
[言えてる~]
[私、土曜日、木村先輩デートに誘ってみようかなぁ]
[え~、抜け駆けぇ?]
キャハハハハハ…
俯いて泣きそうな私を置いて、里沙は早足で給湯室に入って行った。
里沙が給湯室に入ると、さっきまでの笑い声が消えた。
「あんたら、いつまでサボってんの?」
(里沙!?またキレるっ!?)
慌てて私も給湯室に入った。
「あ、神谷さん…あの…」
みんな顔を見合わせて苦笑いをしている。
「喋ってる暇があったら、先輩達にお茶でも入れたら?あーそう言えば。木村君、美味しいお茶が入れれる女がタイプって言ってたようなぁ…」
そう言い残して、里沙は給湯室を出た。
私も里沙の後を追い掛けた。
「里沙?木村君、あんな事言ってたの?」
「言う訳ないじゃん」
「え!!デタラメ!?」
里沙はニヤッと笑った。
結局、私達は社内の自販機でお茶を買って、オフィスに戻った。
すると、製本を終えた木村君が、自分のデスクの前で難しい顔をして立っていた。
机の上には、熱々のお茶が5個並んでいた。
「罰ゲーム…?ロシアンルーレット…?」
木村君が呟いた。
「ブッ、クックククク…」
それを見た里沙が吹き出した。
「りぃ~さぁ~?」
私は里沙をジロリと見た。
「だってっ、ちょ…ウケるっ。お腹痛いっ…」
里沙はお腹を押さえながら、涙目で笑いをこらえている。
木村君は椅子に座ってからも、熱々のお茶と睨めっこしていた。
――あ~やっぱ、木村君はモテモテなんだ…
『30歳は、おばさん』…か…
―金曜日―
今日は、なんだか仕事がスムーズに終わった。
周りの社員も、特にトラブルも無く仕事が片付いたようだ。
だいたい金曜日のこんな日は、仲良しの人達同士で飲みに行っている。
私と里沙も誘われたけど、里沙が里田部長とデートで参加しないみたいだから、私も断った。
「木村せんぱ~い。今日、飲みに行きませんかぁ?」
数人の若い女の子達が、木村君を囲んでいた。
「あー、ごめん。用事あるから」
「え~っ。じゃあ、明日は空いてますかぁ?二人きりで会いたいなぁ~…」
給湯室で土曜日に木村君をデートに誘いたいって言ってた子が、木村君に上目使いで近付いた。
「ごめん、明日も用事あるから」
「じゃあ、日曜日は?」
「ごめん、無理」
そう言って、木村君は足早に帰った。
さっきまでクネクネしてた女の子達は、露骨に不満気な顔でゾロゾロ帰って行った。
その様子を見た里沙は、
「ふ~ん…ケジメでもつけるのか?」
頬杖をつきながら呟いた。
「ケジメ?どうゆう事?」
「さぁ~?」
里沙は意地悪そうな顔を見せて、後ろ向きで私に手を振りながら、里田部長の元へ歩いて行った。
(木村君が?ケジメ?何に?)
何かを知ってそうな里沙に詳しく聞きたかったけど、私以外誰も居ないオフィスで里田部長とイチャつく里沙を見てたら、近付けなかった。
そんな二人に癒されて、私は会社を出た。
土曜日は朝から小雨が降っていた。
里沙とは12時に『orange』の近くの駅前で待ち合わせ。
いつもは会社の近くの『flower』だけど、今日は里沙が、里田部長の家から直接来るって言ってたから、里田部長の家から近い方の駅になった。
今日はちゃんと、12時ちょうどに来た。
――明日は、ここで木村君と待ち合わせなんだ…
ちょっと色々妄想しながらボーッとしてたら、目の前に停まった車のドアが開いた。
「リコ、ごめーん。寝坊しちゃったぁ」
謝りながら、里沙が出てきた。
時計を見たら、12時20分。
(私ってば、妄想しながら20分もボーッと立ってたんだ…)
すると、運転席から里田部長が助手席に身を乗り出した。
「悪い、俺まで寝過ごして。待たせちゃったな」
「いえ、さっき来たトコなんで…」
「里沙、帰る時連絡して。迎えに来るから」
「慎ちゃん、ありがとぉ~」
そう言って、里沙は里田部長にキスをして助手席のドアを閉めた。
里田部長はクラクションを一回鳴らして、車を走らせた。
里田部長の車を見送り、私達は駅の近くにあるショッピングモールに向かった。
「今日も里田部長の家に泊まるの?」
「うん、休みの日はだいたい慎ちゃんの家に泊まってるよ」
「せめて、一緒に暮らせばいいのに?」
「あ~、なるほど!それは、思いつかなかった。リコ頭いいね」
「普通は、恋人同士なら考えない~?」
――本当、里沙と里田部長ってマイペースと言うか、なんというか…不思議な関係な気がする。結婚しないのも、里沙は名前が田舎っぽくなるから嫌って言ってたけど、何か他に理由がありそう…
時々、里沙の事がよく分からなくなる時がある。
私、里沙の友達失格だな…
15分ぐらい歩いて、ショッピングモールに着いた。
休日なのと、雨が降っている事もあって、とても混雑している。
お昼はハンバーガーを買って、ベンチで食べる事にした。
「リコさ、勝負服っていつもどんなの着てるの?」
里沙がポテトを次々と口に押し込みながら、話掛けてきた。
「ちょっと、セクシー系の服かなぁ…大人っぽく見せたいからさ」
「え~、リコは可愛い感じの方が絶対似合うってぇ。顔が歳相応じゃないんだしさ。童顔まではいかないけど」
自分の分が無くなった里沙は、私の分のポテトを食べ始めた。
里沙の言う通り、私の顔は歳の割に幼い。身長も、高校の時から155㌢で止まってる。
だから、昔から実年齢より下に見られる。
「だから大人っぽく見せたいんじゃん…」
私は残りのハンバーガーを口に頬張った。
「はぁ~お腹いっぱい!もぅ食べられないよ~」
里沙はベンチに寄り掛かって、お腹をポンポン叩いている。
「私の分まで食べれば、そりゃ満足でしょーよ」
「リコは食べるのが遅いの!ポテトは熱々のうちに食べなくちゃ、美味しくないよ!」
そう言って、里沙はゴミをまとめ始めた。
「さてっ、明日の勝負服でも選びに行きますかっ!」
「勝負服って…明日は、まだどうなるか…」
「も~、いいからっ!行こっ?」
里沙は近くのゴミ箱にゴミを押し込んで、私の手を引いて専門店街に向かって走り出した。
「リコ、これなんかどう?」
「え~、なんかフリフリ過ぎない?こっちのシンプルな方が…」
「却下!
うーん…この店は、なんかパッとしないや。次、あっち行こっ!」
こんな感じで私の選ぶ服は、ことごとく却下されて、里沙が納得いく服を見つけるまで、専門店を転々とした。
「リコ、ど~お?」
試着室のカーテンの向こう側から、里沙がワクワクした声で聞いてきた。
「う、うーん…ちょっとデザインが若すぎない?」
私は少し照れながらカーテンを開けた。
「リコ、めちゃくちゃ可愛いよっ!似合ってる!」
「え~、なんか恥ずかしいよ…」
「いーの!私が選んだ物に間違いは無い!それにしよ?」
「う、うん…」
里沙が選んだ服は、花柄の『マキシ丈ワンピース』で、胸の下のトコがゴムシャーリングだからバストが綺麗に見えるらしい。
ハッキリ言って、里沙が何言ってるのか全然わからない…マキシ丈…?
私から見れば、花柄の丈の長いワンピースだ。胸の下がゴムだから痒くなりそう…
そんなおばちゃんチックな事を考えていたら、里沙がワンピースの上に合わせる、ショート丈ボレロっていうのを選んできた。
マキシ丈の次は、ショート丈…
横文字ばっかで、ちんぷんかんぷん…
自分が着る服の名前もよく分からないまま、里沙に促されて会計を済ませた。
――少し、流行のファッションを勉強しよう…
そう心に誓った。
「それ着て、明日は頑張るんだよ!」
「はい…」
服を選び終わった時には、17時を回っていた。
里沙は、納得いく服を見つけてご機嫌だったけど、服選びにこんなに時間を掛けた事の無い私は、ちょっと疲れた…
「里田部長に連絡した?」
「まだ。駅に着いてからでいいよ」
「里沙、今日はありがとうね」
「いえいえ~」
昼間に降っていた雨も、今は止んでいる。明日は晴れるといね~なんて言いながら、駅まで歩いた。
駅に着いて、里沙が里田部長に電話をした。
「あ、慎ちゃん?今ねぇ~駅に…………」
「????」
里沙は携帯を耳に当てながら、そのまま黙り込んだ。
「里沙?どうしたの?」
私の問い掛けにも答えず、里沙は遠くを見ながら固まっている。
「慎ちゃん、ごめん。また連絡する」
そう言って里沙は電話を切った。
「里沙?ねぇ、どうしたの?」
里沙は黙って遠くを指差した。
「あっちに何が…あれ?」
二人の視線の先には、木村君が居た。
駅に向かって歩いてくる。
「ねぇ、リコ。なんか木村君の雰囲気、会社と違くない?前にデートした時も、あんな感じだった?」
「いや…もっとラフな服装だったよ?」
木村君は、少しお洒落なスーツを着て、会社には着けてこないようなネクタイをしていた。髪型も、なんだかすごくキメている。
前に会った時は、クシャクシャっとさせただけの髪型だった。
なんか、すごく話掛けにくい雰囲気…
木村君は、こっちには気付いてないみたい。でも、駅に向かってるみたいだから、私達は向かいのコンビニまで走った。
コンビニに入り、雑誌コーナーで立ち読みしてる振りをして、二人で駅の方を見ていた。
駅に着いた木村君は、改札口の前に立った。切符を買う様子も無い。
「誰かと待ち合わせしてんのかな?」
「そんな感じだね…」
私達は何故か小声で話していた。
でも、遠くから木村君を監視してるみたいで、なんだか悪い事をしてる気がした。
すると、木村君が改札口の向こう側に向けて、手を振った。
「誰か来た…?」
「誰か来たみたいだね…」
相手を確認する為に、二人は背伸びをして覗き込んだ。
「あ…れ…」
「え…」
改札口から出て来たのは、二人の女性だった。
木村君は、笑顔で二人に近付いていった。
「誰だろう?会社の子?」
「多分違うよ…でも、一人は見た事あるような…」
「リコの知り合い?」
「ううん。えーっとね…」
私は一生懸命思い出した。
「あっ!!――――」
「誰!?」
「この間、木村君と腕組んで歩いてた人…」
「まじ!?」
里沙は、眉間にシワを寄せながら、木村君の方を睨むように見ている。
私は、色んな事を考えながら、不安気に木村君を見ていた。
二人の女性と木村君は、しばらく立ち話をしていた。終始、木村君は笑顔のままだ。
「あ、歩き出した!」
里沙は雑誌を床に放り投げて、コンビニの外に出て行った。
私は、床に落ちた雑誌を棚に戻して、里沙を追った。
木村君が真ん中で、両脇に女性が並んで歩いて行く。
駅から少し離れた所で、突然両脇の女性が木村君の腕に抱き着いた。そのまま腕を組んで歩いて行く…
「アイツっ…!!」
そう言って、里沙が突然走り出した。
「里沙っ!?待って!里沙っ!!」
私は里沙の名前を連呼しながら追い掛けた。
里沙は、ものすごい早さで木村君に向かって走っている。
「里沙!!ダメッ、待って!里沙ってば!」
私は全力疾走する里沙に、なかなか追いつけない。ひたすら名前を呼び続けて、走った。
私があまりにも里沙の名前を叫んでいたから、木村君も気付いたんだろう。立ち止まって、キョロキョロし始めた。
「きむらぁぁぁ!!」
ドスの利いた声で、里沙が叫んだ。
その声に気付いた木村君が振り返った。
振り返った木村君に、里沙はそのまま掴み掛かった。
「里沙っ!!!ダメっ!!」
私は残りの力を振り絞って走り、里沙の体に飛び付いた。
「里沙さん?リコ…さ…ん?」
里沙に胸倉を掴まれたまま、木村君は驚いた顔をしていた。
「里沙…ハァ、ハァ…落ち着いて…ゴホッ…ね?ハァ、ハァ…」
里沙は木村君から、ゆっくり手を離した。
完全に息が上がっていた私達は、しばらく何も話せなかった。
「なんでここに…?」
木村君の質問にも、答えられなかった。
「ちょっと!なんなの、この人達!」
突然の状況に、女の人達は困惑しながらも怒っていた。
「あ、会社の先輩で…」
木村君は、動揺しながら答えた。
「会社の人ぉ?」
女の人達は、私達を睨んでいる。
少し呼吸が落ち着いた里沙が、口を開いた。
「その女、誰!?」
木村君は下を向いて、黙っている。
喧嘩越しの里沙に、女の人達も負けじと口を開いた。
「あんた達こそ、なんの用?いきなり掴み掛かるなんて、どうゆう神経してんの?」
「あんたらには聞いて無い!木村に聞いてんの!」
「な…、なんなのよ…」
里沙の剣幕に女の人は、たじろいだ。
私は、何も言えずにただ黙っていた。たまに、木村君と目が合う…その度に目をそらした。
「どうゆう関係か聞いてんの!」
里沙に問い詰められ、木村君が重い口を開く。
「ミキさんと、ユカさん…」
「名前じゃなくて、関係聞いてんの!」
木村君は二人の名前以外、何も言わなかった。
「なんで黙ってんの?言えない関係なの?まさか、彼女とか言わないでよ」
「や、まさか!そんなんじゃないっすよ!」
里沙の質問に、木村君は慌てて否定した。
すると、ミキって呼ばれる人が木村君の腕を掴んで、頬っぺたを膨らました。
「え~、なんでそんな事言うのぉ?私もユカも、ユースケの2番目の女じゃぁ~ん」
「ばっ…やめろって!」
木村君はミキの手を振りほどいた。
――2番目の女…
二人共…?どうゆう事…?
私はミキって人の言ってる意味が、よく分からなかった。
頭が真っ白で何も考えられない…
私の事が1番好きって――
やっぱり、2番目も居たんじゃない…
私は涙がボロボロ出てきた。
悲しかった訳じゃない。
トモヤに続いて二度目の屈辱に、悔し涙が止まらない…
「あんた、やっぱりっ…!!」
里沙がまた木村君に掴み掛かかろうとした瞬間、
バシッ――
私は木村君に、今日買った服が入った紙袋を投げつけた。
悔しい…悔しいっ!
私は泣き顔で、木村君を睨み続けた。
「リコさん…あのっ、違うんです!聞いてくださ…」
「ばかぁっ!!!!!」
自分でもビックリするぐらいの大声で叫んだ。
「なによ…結局私だけを見てくれる人なんか居ないんじゃない!
散々、私の心掻き乱して…ふざけないでよ…
馬鹿にするのも、いい加減にしてよっ!!!!」
「リコさんっ!!」
「リコっ!!」
私は、自分の言いたい事だけぶちまけて、里沙と木村君に呼ばれても、振り返る事もせず走り出した。
―――悔しい!
もう、木村君の顔なんか見たくない!
私は立ち止まる事もなく、ひたすら走り続けた。
「リコーっ!」
「リコさんっ!」
里沙と木村君が追い掛けてきた。
さすがに二度目の全力疾走はキツい…
駅から少し離れた公園に入った所で、あっという間に追い付かれて、木村君に強く腕を掴まれた。
「痛いっ!ヤダ!離して!」
必死に振り払おうと思っても、私には、もう力が残って無かった。
「リコさんっ!俺の話を聞いてくだ…」
「嫌!!何も聞きたくないっ!木村君の顔も見たくないっ!」
私は木村君の話も聞こうとせずに、泣きながら叫び続けた。
「お願いだから話を…」
「ヤダァ!もうっ、離し…」
「頼むから、聞いてくれっ!!!!!」
木村君は私を振り向かせ、両肩を強く掴んで大声を張り上げた。
突然の大声に驚いた私は、目を見開いて固まった。
「あ…ごめん…なさい。あの…」
少し震えている私を見て、木村君は困惑した表情をしている。
里沙は、私達の様子を少し離れた所から黙って見ていた。
一瞬ためらいを見せた木村君が、私の目を真っ直ぐ見て話し始めた。
「リコさん、泣かせてごめんなさい。でも、さっきの二人は本当に違うんです!なんか、誤解を招く言い方をされたけど…」
「なにが、違うって言うの…」
「お願いがあります。リコさん、俺と一緒に来て下さい」
「え?どこに…」
「とにかく一緒に来て下さい」
「えっ、ちょっと、待っ…」
木村君は、私の手を握って里沙の方に向かって歩き始めた。
木村君は、里沙の目の前で立ち止まった。
「里沙さん。俺をぶっ飛ばすのは、後にして頂けませんか?」
(は?里沙が木村君をぶっ飛ばすって、どうゆう事…?)
里沙は腕組みをして、黙って木村君を見ている。
「俺、リコさんに隠してた事、全部話します。だから、リコさんを連れてっていいですか?」
里沙は、一瞬私の方を見た。
「これ以上、リコを泣かせない?」
「悲しませるつもりはありません。ただ、リコさんが全て受け入れてくれればの話ですが…」
木村君が心配そうな顔で私を見た。
「分かった。でも、これ以上リコを傷つけたら承知しないよ?」
「分かりました」
木村君は里沙に少し頭を下げて、私の手を引いて歩きだした。
「里沙っ…」
私は不安気に里沙を見ると、里沙も心配そうな顔で私を見ていた。
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