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㍊( wPNK )
10/07/03 00:53(更新日時)

小説なんて書いた事もないので表現力が乏しい上、読み難いかもです。

最近よく見聞きする【虐待】という行いについて考えるきっかけになれればと思い、主役【城(セイ)】の存在を何かに残したかったので…ですからほぼノンフィクションです。

つたない文章ですが、暇潰し程度に読んでください。

虐待を中心に、同性愛的な内容、精神的な問題等、少々生々しい部分も含まれています。
不快に思われた方は素通り願います。
感想スレは別にありますので、読者の方の邪魔にならないよう、レスはそちらにお願いします。

一度自分のミスで削除してしまい…申し訳ありませんでした。
再度よろしくお願い致します。

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No.1301642 10/04/19 21:10(スレ作成日時)

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No.1 10/04/19 21:15
㍊ ( wPNK )

『城!!』

小さな男の子は
自分の名前を呼ばれた瞬間
目を見開いてドアを見つめた

小さな手は汗ばみ
体中が熱くなり硬直する
壁に背中を押付け
両腕で自分を抱くように
精一杯身構えて…

激しい音と共にドアが開く

No.2 10/04/19 21:43
㍊ ( wPNK )

入って来たのは
20歳そこそこの若い夫婦
外見も派手な顔立ちも目立つ
丸一日入り浸ったパチンコで
負けた腹癒せだ

父親は息子を見るなり
『あー居た、疫病神!お前生まれてから勝てねーわホント!』
そう言って
突然柔らかい髪を引っ張り
痩せた腹を蹴倒す
壁に頭を打って倒れた瞬間
タバコの煙を吹きかける

城はまだ3歳なのに賢かった
泣けばうるさいと殴られる
大人しくしてればいい
そう思って懸命に耐える

母親はそんな息子を見て
手を叩いて笑う
『マジ城クン面白れぇ顔(笑)!ちょっと、あんまやると虐待とか言われて面倒だしそれだけ気ぃつけてよね(笑)。』
『まーとりあえず死ななきゃいーだろ。』

ぼくのこときらいなんだ

僅か3歳とはいえ
そこだけはよく理解していた

No.3 10/04/19 21:50
㍊ ( wPNK )

ある晩両親が話しているのを
城は聞いていた

『アタシさぁ、タケルと居たいんだけどアンタも他に女いるなら離婚しない?』

『はぁ?チビは?』

『アンタ給料いいんだから育ててよね(笑)。』

『待てって…。母性本能て無いワケ?』

『面倒。タケル子供嫌いだし。うちの親遠いし。アンタの親は?』

『何だよそれ。俺だって…じゃあまぁ遊びに行ったフリして実家置いてくか。』

No.4 10/04/19 22:02
㍊ ( wPNK )

そして数日後

『城クン、おじーちゃんとおばーちゃんち行くよ!』
作り笑顔で演じる母

城はニコリともせず外を見ている

正直嬉しくて仕方無かった
車で外に出るのも
初めて会う祖父母への期待も
毎日痛い思いをしなくていい事に対しても…

40分位走って着いた一軒家
父親は【良い家族】を演じる為
城を抱こうとした

途端に城は嫌がり
腕を蹴飛ばしてしまった

恐怖でしかなかったから…
酔った時にバルコニーから逆さ吊りにされたり
布団に思い切り何度も投げ付けられたり

こないで!

『このガキ…!』
父親はカッとなり足を引っ張ると
城は悲鳴を上げて泣き叫ぶ

『黙らせて!怪しまれんじゃん!城!静かにしなよ!』
『分かってるって…城!死にたいか!?』



まだ幼過ぎる城には
この言葉の意味は分からない
ただこれ以上怒らせたらいけない気がして諦めた

No.5 10/04/19 22:17
㍊ ( wPNK )

『こんにちはー!』
『いらっしゃい。』

玄関を開けると真っ先に
興奮した犬が駆け付け
後ろから満面の笑みで
祖父母が迎え入れる

城は初めて会う祖父母より
父親の足元で飛び跳ねる犬が気になって仕方無い

吠えては鼻を近付けようと
必死な姿がハッキリ言って怖かった
こんな近くで動物を見るのも初めてだから…

『オラ!これがワンコロだ!』
突然父親は床に放り出す

自分と同じ位の大きさの犬が喜んで挨拶に来る
驚いた城は叫ぶ
その声に反応したかのように
犬の懐こい顔が急変した

唸り声を上げ牙をむき出す
袖に噛み付き引っ張りだす
その力に負け城は転がる
犬の変わり様に怯え暴れる
犬も負けじと噛み付こうとした
鼻面が顔面に当たってひっくり返る…

こわいよ!やめて!
城は両親にすがりつく
しかし2人は
面白がって小突き返し
携帯のカメラを構えて動画を撮り
手を叩いて爆笑

『ヤバイ、マジヤバイ(笑)!』
『たかが犬だろ、いちいちうるさいガキだわ。』

No.6 10/04/19 22:28
㍊ ( wPNK )

祖父母が飲み物と菓子を持って入ってきた

孫と犬を見て
『あらら、うちのハク(犬)ちゃんは気が強いから。』
『ギャーギャー何とかならんか、近所に響く。』

そこで父親が一喝
『城!黙れ!殴るぞ!』
『すいませーん、こいつ馬鹿ですぐ泣くから。大声上げないと黙らないんですよー。バカチン、アンタがお座り(笑)!ワンちゃんに謝って。』

…ごめ…なさい

祖母は溜息混じりで
母親を軽く睨みながら
『もう3歳?…にもなるのに、教育出来てないのね。そんなキンキラキンな頭して肌出して。自分の事しか見てないからよ。』
『…(クソババー)。』

一時の沈黙後に父親が切り出す
『俺達、離婚するから。』

No.7 10/04/19 22:43
㍊ ( wPNK )

祖父母は顔を見合わせた

離婚はまぁいい
元々金遣い荒い嫁が気に入らなかったし
子供が出来てしまった以上
籍入れるのは仕方無かったし
ただ…

『城は?』

『それでさ、アサコは経済的に無理だって言うし…俺は仕事で見てられないし。ちょっと家引き払うまでここに置いといていい?』

城は動かず静かに聞いていた
置いてかれる事は分かっていた

おじいちゃん
おばあちゃん
ここにおいて
パパとママはぼくをきらうから
ぼくもきらい
だいきらい

『はぁ…いつまで?』
『とりあえず明日から忙しくなるし、一週間くらいかな。』
『一週間も?』
『うるさいなー。可愛い孫が傍に居るだけ幸せでしょ。頼んだよ。』
『城クン、良かったね!たくさん美味しいもの食べさせてもらうんだよ!』
『アンタは黙りなさい!勝手に生んどいて育てる事も出来ないくせに!』

ムッとした母親は
舌打ちをして立ち上がる
『…チッ。行こ。役所。』
『じゃあまた!アサコの実家には報告しとくわ!』

そして城と
開いた口が塞がらない祖父母は
2人の背中を見つめていた

息子がここに戻る事は
もう無かった…

No.8 10/04/19 23:01
㍊ ( wPNK )



【新入生の皆さんおめでとうございます】

こんな文字が商店街やスーパーの至る所で見られるようになった春先

大きめの制服をぎこちなく着た
まだあどけなさが抜けない顔の
中学生達が登校

その中にポツリと
少し目立つ雰囲気の少年

色素の薄い長めの髪と
繊細な顔立ち
平均よりも高い身長

どこか寂しげで
話し掛け難いオーラを漂わせ
ポケットに手を突っ込み
面白くなさそうな表情

…城だった

売れないモデルだった
母親譲りの顔
女遊びが盛んな
父親譲りの体格と身長

見た目は悪くなかった
上級生の女生徒も
すぐにマークしていた

No.9 10/04/19 23:07
㍊ ( wPNK )

城はクラスの連中に
距離を置かれている

友達を作る訳でもなく
まず自ら喋らない
成績も良くはない
運動も手抜きだから
出来るか出来ないかわからない
席変えも必ず最後列へ移動
学校へ来たり来なかったり

授業や皆に迷惑をかけたりすることもないから担任もあまり深入りしない

クラスの何人かの男子は
たまに城と行動してみるが
裏表が無く変わらないから
よくわからない奴と言う

それをcoolだと言う女子や
面白がってチョッカイを出す生徒もいた

No.10 10/04/19 23:23
㍊ ( wPNK )

そして事件は突然起きる
入学して半年も経たない頃だ

『おはよー、サエキセイ!』

登校時間帯
クラスの中で一番人懐こい男子が
前方に城を見掛けた
何気に脅そうと後ろから軽く背中を叩いて名前を呼んだ瞬間…

城は容赦なく鞄で殴り付けた
顔に金具が当たり
血が吹き飛んだ

周囲を歩いていた生徒達が
悲鳴を上げて取り囲む

『痛ぇ…何する…血?おい、やり過ぎだろ!』
自分の顔から流れる血に驚き
城に詰め寄る
『お前さぁ!暗いしダチ居ないし、それもどうかと思って明るく声掛けたのに…何だよ!』

『誰が頼んだ。』
城が近寄り胸倉を掴んだ
『誰が構えって頼んだ。』

静まり返る

『自己紹介の時言った…名前で呼ぶなって…佐伯城(サエキセイ)でなくジョウって呼べって言っただろうがよ!』
『…そ…だっけ…ごめん…。』

初めて見る城の異常な様子に
どうしていいかわからなくなり
その場に立ち尽くした

『あと俺の背後に近付くな…触るな…死にたいか?』

そう吐き捨てると
学校とは別の方向に消えた

No.11 10/04/20 04:36
㍊ ( wPNK )

夕方まで適当に時間を潰し
祖父母の家の前に立つ

城は深い溜息をついて
ゆっくりドアを開けた
『…タダイマ…。』

口から小さな音を出す

『どこかで1万くらいは稼いできたのかい?』
『…?…あぁ…いや…。』

祖母が居間から出て来て
突然意味不明な事を言うが
城は理解するのに時間は掛からなかった

『ハァン。学校行かない、稼がない、飯は食う、金も食う。本当に穀潰し意外の何でもないわ。さっき学校から電話あったの。私達の育て方が問われるわね。今あの人アンタを探しに行ったけど、もう帰る頃だから待ってな。邪魔にならない所でね!』

祖母の得意な嫌味が炸裂

城は反抗する様子も見せず
黙って聞き流し
居間の隅に座った
自分の部屋なんて無い

祖父が帰って来たら
何が始まるか予想はついている

反射的な行動とはいえ
後悔し続けながら
ただ床を見つめて待った…

No.12 10/04/20 05:28
㍊ ( wPNK )

食卓には2人分の食器
夕飯の良い香りが
城の腹を鳴らす
昼飯も食べていない

車が着く音が聞こえた
城は大きな深呼吸をする

バンッと玄関を開ける音と怒声
『帰って来たか!?』
足音をドンッドンッと立てて
50代とは思えない体格の祖父が現れ城を睨み付ける

城は目を合わさず座ったまま
一直線に向かってくる祖父の足元を見ていた

No.13 10/04/20 05:40
㍊ ( wPNK )

『学校サボッてどこにいた?』
『…。』
『人に怪我させて学校で問題になって、世間様にウチがどう思われるか考えた事あるか?』
『…。』

周囲の目や
世間体ばかり意識する家
叱る部分は間違ってはいない
ただそこが余計

そんな事を思いながら
城は顔を近付けて怒鳴る男に
『…ゴメンナサイ。』
と小さな音を発する

ボフッ!
祖父の蹴りが腹部に入る
前かがみになった城の腕を引っ張り上げる

『ガキが!誰のお陰でここまで生きてられたと思っている!』

城は学年で身長はある方だが
柔道をやっていた祖父は
ガタイもあり力もある
まだ中1の城よりも高さもある

それに空腹で体力も無く
肋骨もはっきり浮きあがるほど
痩せていた
抵抗しても敵うはずもない
じっと耐えるしかない

壁にもたれた孫を
容赦なく殴りつける

頭、腹、太股、背
服さえ着ていれば
他人から見えない所を狙った

No.14 10/04/20 05:52
㍊ ( wPNK )

『何だその目は!』
手入れの途中だったゴルフクラブを手に取り何度も振り降ろす

『親が親なら子も子だ!』

(アンタらがな…)
城は激痛に耐えながら
時が過ぎるのを待つ

…殺されはしない
…世間体が気になる奴だから
…時間さえ経てば終わる
…こんな事慣れてる
…黙ってりゃ飽きる

祖父母は城が気に入らないのだ
大切な一人息子を陥れた女
水商売上がりで奇抜な服を纏う
ド派手な女
近所の人がネタにする

そして城が生まれた
母親似だった
それでも初孫…
当初可愛いと感じてはいた

息子は結婚する気は無く
まだ遊びたかった
まさか孕ませてしまうとは
思ってもいなかった

2人に言った
俺ハメられたんだ
俺の子じゃないと思う
相手方の親の目もあるし
一応籍は入れるけど

間違いなく自分の子なのに

その一言だけを受け止めた2人
息子が嘘付いて
私達を裏切るはずが無い
淫乱な女が他の男と子を作り
面倒見てもらうのに
息子を騙して結婚した

城は何の血縁もない!
可愛くも何とも無い!

No.15 10/04/20 08:25
㍊ ( wPNK )

祖母も加わる
『城、何しようと私達関係無いんだけど迷惑なの。義務教育の内は仕方無いわ。卒業したらどこへでも消えて。』
(今すぐ消えたい…)

『経済的にも辛いしねぇ…。』
(バイトすら許さないくせに…)

『出るなら出てもいいのよ?』
(捜索願いまで出して無理矢理連れ戻して喚くくせにか…)

『ただ、それで私達育ての親に恥かかせるくらいなら死ねばいいわ。』
(死ねば…楽だよな…)

殴り疲れた祖父が言う
『仕事しても顔色ひとつ変えない、不気味な奴だ。昔みたいに泣いてすがればまだ面白かった。風呂入れ。浴槽には浸かるなよ!3分で済ましてとっとと寝ろ!』
(終わった…今日は割と短かった…)

生々しい傷口が湯にしみる
それより3分で洗うのに必死
ゴクゴクとシャワーの水で腹を満たす
ヨレヨレのシャツに着替える
意識が遠のく様に
居間の隅で眠りについた

No.16 10/04/20 08:40
㍊ ( wPNK )

翌朝何事も無かったかのように登校するが
学校はそうはいかなかった

自分のクラスに入ると
ざわついていた教室が
凍て付いた空気に変わる

自分の席に鞄を放り
気にする事も無く黙って座る
城の前に人影が…
怪我をさせた男子の
絆創膏顔が視界に入る

『…おはよう、ジョウ君。オレも悪かったし気にしてないからさ、まぁ仲良くやろ。』

クラスメイトが興味津津で見ている

『…。』
『…(シカトかよっ)。』
バンッ!
彼は城の机を叩いた
『何様?なぁ!普通ならそっちもゴメンの一言くらいあるはずなんだけど!』

クラスがざわめき出す
『謝れー。』
『竹谷シカトされてんの(笑)。』
『傷害罪だなっ(笑)。』

クスクスと女子の笑い声

『あ~もうムカツクわ。佐伯君!名前を呼ぶなって?サエキセイ君!セイ、セイ、セイ!』

クラス中が爆笑しだした
城も肘を付きながらニヤッと笑う

『あ、笑った!何だ、笑えんじゃん!』
『…笑えるよ。』
ゆっくりと立ち上がる

おぉ反応した!
全員が驚く
次の瞬間…

No.17 10/04/20 10:49
㍊ ( wPNK )

チャイムと同時に担任が入る
40歳で口髭を生やした男だ

『席着けー……ん?』
教室の異様な空気を感じ
城を見た
『佐伯。HR終わったら来い。』
皆それぞれの席に付く

短いHRの後再びチャイムが鳴り
担任は城に手招きして
職員室へ連れて行った

『昨日家に電話して話したが…家庭訪問の時も今回電話でもしっかりして感じのいい対応だった。問題は佐伯自身か。何が不満か少しでも話してほしい。小さい時に両親が居なくなって今の祖父母のもとに居るのは聞いてるから。』
(何を急に…知った風な事を)
黙り込む

『今まで見ててもクラスに馴染めてない、友達も居ない。何度言っても連絡無しで欠席。成績も×。身だしなみも…髪とか。そして暴力。先にも影響するだろう?』

『…放っといて。』
『それが出来ないからこうやって話してるんだ。』
『…。』
『小学校でもそんな態度か?』
(…過去は関係ないだろ)
『不利になると黙るなんて、小学生じゃないんだからな。全く手の焼ける。時間だ、戻りなさい。』
『話したら解決してくれるの、先生。』
『あー出来る事はする。早く行け。また今度聞くから。』
(何の為の呼び出しだよ…)

No.18 10/04/20 10:59
㍊ ( wPNK )

小学校の教員達も
心配してます風な口ばかりで
何も解決出来ない
上辺だけのクソばかりだった
二度と話すかよ…

職員室を出ると
両手をポケットに突っ込み
玄関に向かった

両親に捨てられ
期待した祖父母にも嫌われ
学校に居る人間達も
自分に対して
面白半分でしか近付かない

城にはもう人という人全てが
疎ましい存在でしかない

必要とされず
居場所も無く
死ねとか邪魔とか言われ…

(考えるだけ面倒くせぇ…)
人や自分に対して
誰が正しくて何が駄目なのか
もうわからない
感情の感覚も麻痺状態
全てがどうでも良かった

(あ、鞄。まぁ…いいや。何も入ってねーし。)

No.19 10/04/20 11:06
㍊ ( wPNK )

どのくらい寝ていたのか
もう日が傾き
下校する生徒達の声

その辺をうろついて
補導員に捕まると面倒なので
学校に行かない時は
決まってこの堤防の橋陰に居る

(ヤベ…帰らないと…)
携帯や時計なんて持ってるはずもなくハッキリした時間はわからない

その時の周りの様子や日の傾きで大体感じ取る

立ち上がった途端
目眩で足元がフラついた
酷い空腹で吐気もする

学校給食は
皆で食べなければならない事が苦痛だったから最初から頭にはない

(今日は飯貰えるかな…)
不安を抱えて家へ向かった

No.20 10/04/20 11:17
㍊ ( wPNK )

家に帰ると妙に静かだった

もしやと思って探すが
誰も居ない
鍵も掛けずに出かけたのか

こんなチャンスは滅多にない

冷蔵庫を開け
昨夜の残り物を漁ろうとする

…期待した自分が馬鹿だった
ろくな物がない
綺麗さっぱり片付いている
溜息しか出ない

ふと電源を入れっ放しの炊飯器が目に入り開ける

…あった!
僅か1合にも満たない程度だが
熱々で少し硬くなった米を
手ですくって貪るように食べた

少しの量で充分満たされた

祖母は学校給食があるし
金も払ってるからそれで充分
無駄に与える必要は無いと言う

だから晩飯は猫用またいな小皿に少ししか貰えない

それに体罰を与えられる以外は
空気のような扱いで完全無視

居間の隅に寝転がり
天井を見つめる

今2人が帰って来て
この行動を咎められ
暴行されても構わない
空腹が満たされて幸せだから

『殺してくれればいい。』
そう呟いて目を閉じた

No.21 10/04/20 11:33
㍊ ( wPNK )

20時頃車のバック音が聞こえ
城は起き上がった

帰って来たのは祖父一人
城を見て言う
『突然倒れて2、3日入院だ。』
『…原因は?』
『さぁ…明日色々検査してからだ。大した事はないらしい。』
(そりゃ残念だ)
珍しく普通に会話が成り立つ

祖父は制服のボタンを外した城の胸元をみて急に怒鳴り出す

『そんなだらしない格好で外を歩いてるのか?家では着替えろ!臭いと噂されても困るから風呂入れ。3分だぞ!』
『…ハイ。』

祖母が居ないだけで
気持ちが晴れやかになる

城は制服を脱いで足元に置く
祖父の視線をずっと感じる

『…何。』
不審に思ってつい眉間にシワを寄せ咎める
『何だ?生意気な。何でもない!早く脱いで入れ!』
(何なんだよ…)

先日の祖父による暴行で
痩せて骨張った体は痣だらけ
傷からもまだ多少出血している

制服を着ていればここまで細いのはわからない
ズボンも脱ぎ風呂場に向かう
『城!…大きくなったな。』

寒気がした
どこか様子がおかしい
確かに背は大きくなった
満足そうな笑みを浮かべるなんて…まぁ元々おかしい人間か…

シャワーを出していつものように
タイマーをセットした

No.22 10/04/20 11:42
㍊ ( wPNK )

祖母が突然入院して
一人になった祖父は
どこか覇気が無い

所詮偉そうに圧力かけてても
孤独になるとそんなもんか

心の奥でほくそ笑みながら
居間の隅に座る

TVの音だけが響く中
祖父は立ち上がり
寝室へ移動した

No.23 10/04/20 12:13
㍊ ( wPNK )

TVのチャンネルを変えても
口うるさい奴がいない

バスタオルを置き着替え
そのまま横になった

21時半を過ぎ
ウトウトしかけた頃
奥の寝室から祖父の声

『城!城!こっちへ来い!』

居間以外の部屋へ呼ぶなんて…
不審に思いつつ慌てて向かった

間接照明で薄暗い中
祖父はベッドに座りながら
入って来た城を更に呼ぶ

『城、こっちへ来い。』

吐気がする
この寝室がこいつらの部屋
そう思うだけで体が拒否反応
鳥肌が立つ

物凄い形相でまくし立てる

『聞こえないか!馬鹿が!早く来いと言っているんだ!!』
(何…するんだ…とうとう俺…殺されるのか…?)

恐る恐る近付くと
腕と肩を引っ張られ
祖父の隣りでベッドの脇にひざまずく体勢に…

No.24 10/04/20 12:31
㍊ ( wPNK )

何が起きたのか
何故こんな事になったのか
何を求められていたのか
何故この家庭に生まれなければならなかったのか
俺はわかるはずもない

父に褒められたくて
母に抱き締められたくて
必死だった幼少期

でも自分の存在は
父と母がそれぞれ自由を得る為の障害物でしかないって事
全て知っていたから…
顔色伺って接するしかなくて
結局不気味がられていた

祖父母と暮らせばもう
怖くて痛い思いをしなくていい
何故そう思ったんだろう

俺はあの日まで
祖父母の存在を知らなかった
近くに居ながら
生まれた時しか
孫に会いに来なかった人間

ここでも
愛されていなかったんだ…

この時期
学んだ物は何だったか

自分の存在が
芸能ニュース並の面白いネタとしての対象でしかなかった事
自分の口は飯もろくに貰えず
野郎の性欲処理機だったって事
自分の死を切に願われていた事

人間は糞だって事
自分も糞なんだって事…

―城―

No.25 10/04/20 12:45
㍊ ( wPNK )



中学3年の夏
城はすっかり変わっていた

2年になる頃には
家に帰らない日が増えた

それでも執拗に探す祖父母に
毎回連れ戻され
繰返されていた暴行

祖母が友人と外泊旅行する度に
祖父は城を寝室で弄んだ

抵抗する体力も力も無く
ただ耐えていた日々

たった一度
寝入った所をロープで絞め殺そうと試みたが
気付かれずにやり通すのは難しいもので

逆にベッドに二日間縛り付けられ更に傷が増えた

傷跡が化膿し痣が絶えず
空腹で倒れそうになる度
死の恐怖と闘った

死ねばこの生き地獄が終わる
そんなのはよく分かっていた
ただ…

喜ぶ奴等が居るから
だから死ねない
死にたくない!

それから学校も
昼は欠かさず居るようにした

自分を変える為に

No.26 10/04/20 14:18
㍊ ( wPNK )

下校時刻になり
玄関が混む時間を避けて
遅めに出る

『佐伯先輩!』
(…?)

振り向くと2年の女子生徒3人がこっちへ走って来る

『あの、カワカミサヤと言います、あの、あの、とりあえずコレ見てください!』
小さな手紙を城に渡すと
顔を真っ赤にして
緊張して上手く話せないからと
すぐに立ち去った

やったじゃん!と
サヤを囲む2人の友達が褒めているのが聞こえる

中を開けると
携帯番号とアドレスと一言
『先輩と仲良くなりたいです』

読んですぐ無造作に丸めてポケットへ押し込んだ
『俺、携帯ねぇし。』

体さえ見せなければ
容姿は良かった為
先輩後輩から何度かあった

それでも顔色ひとつ変えず
ウザイと一蹴していた

同学年からは大体が城の評判や態度を知っていたので全く無かったが…

20分位歩くと小さな車の整備工場が見えてきた

No.27 10/04/20 14:35
㍊ ( wPNK )

社員5人ばかりの小さな工場
着くとすぐ更衣室でツナギに着替え適当に仕事を見付けて片付ける

バイトをやっているなんて
学校も祖父母も知らない
去年卒業した
ヨウヘイという先輩の紹介だ
中学生がバイトなんて世間一般的に許可されるはずもなく特別だった

祖父母への憎しみが城を変えた

体力も力も無く抵抗する全が無いならどうするか…
食べて体質を変え力を付けるしかないだろう
思考を変えた

学校給食制に感謝
必ず昼を食べてサボるか
昼には登校する

唯一両親に容姿の面で感謝
自分で自分をモテるなんて
高飛車な考えは無い
ただこれを利用した
女子先輩に取り入る
家が極貧で贅沢出来ないと同情を買えば簡単に奢ってくれる

校則で寄道や飲食禁止
それを守るお利口さんな生徒達なんかとは付き合わない
仲間だと認めてもらい
困った時は利用する
勿論先輩だとか友達だしとか
微塵も思わない
猫かぶりで容赦ない性格

3年になった時にはその努力も実って見られても恥ずかしくない体付きになっていた
傷跡だけは見せたくないので上着を脱ぐ事はないが…

そして何とかバイトを始め
金に触れる所まで辿着いた

No.28 10/04/20 18:48
㍊ ( wPNK )

黙々と働く城の評判は良い

久々にヨウヘイが車で現れる
『ジョウ!元気か?真面目にやってんな(笑)!』
『先輩。チワす。』

ヨウヘイは真っ白でピカピカに磨き上げられた車を停め降りてきた

『え…免許は…。』
『あるワケない(笑)!兄貴のクラウン。ちょっと横乗るか?暇なんだろ。オレが頼んできてやるからさ。』

嬉しかった
車なんて乗せてもらうの
何年ぶりだろう…
ましてこんな高級セダンに乗るのは初めてだ

ヨウヘイとは中学の時
自分の不良グループの仲間にしようと城に声を掛けてきたのがきっかけで知り合った
自由で勝手で人の心を掴むのが上手い奴で
孤独な城を許される範囲で面倒を見た

困った時は使える奴だ
城は心を開いたフリをして
身になる事を色々学ぼうと近寄った

だからヨウヘイにだけは家事情を
簡単に打ち明けていた
親は居ない
祖父母の家に住んでるけど
上手く行かず
早く家を出たいんだと…

No.29 10/04/20 19:01
㍊ ( wPNK )

『どうやって動かす?』
『オートマなんて簡単だ。これでエンジン。右がアクセル。左がブレーキで…。』

こういった具合に
さり気なく運転の仕方を学ぶ

15分くらい走って戻る
覚えのいい城は
運転の仕方を完全に記憶した

『先輩。俺も車欲しい。』
『オレでも買えないし(笑)!金稼ぐしかないな。バイト代じゃキツイだろ。とりあえず中坊卒業してだな(笑)!それからならまた良い給料で使ってくれる所紹介するからよ。明日日曜だしバイクも教えてやる!またな!』

(車かバイク…。必要不可欠だな。けどまずは金だ。)

バイトを終え
車の資料を掻き集めて
ザッと目を通し
帰りたくない家に向かった

No.30 10/04/20 19:16
㍊ ( wPNK )

家に入る
タダイマなんてもう言わない

祖母の第一声
『あら、生きてたの。残念。』
(なら声掛けんな…)

城は制服や下着を全て脱ぎ
洗濯機に突っ込み
シャワーを浴びようとした

祖父が来る
『誰が勝手にガスを使えと言った?育ての親に感謝の足りない馬鹿は水が限度だ!3分!』
(何年も3分3分て…どっちが馬鹿なんだか)

まだ夏場だから水でもいい
真冬でもガスは厳禁だったから

祖母が別部屋へ移動した時
風呂場から出た城は視線を感じ
祖父に面と向かって言う

『ババァには夜の事は言わない。その分…倍にして返してやるからな。』

城の体格が良くなっているのに
祖父は気付いていた
しかしまだ自分に比べれば
細くて頼りない若造
最近帰りも遅く
調子に乗っているだけだ

『このっ…!』
初めて顔を…他人からも見える部分を殴った
城は裸のまま壁にぶつかる

祖母が戻ってくる音が聞こえ
途端に大声で叫ぶ
『ゴメンナサイ!言う事聞くからもう寝室はやめて!』

祖父は青ざめた
祖母が来て何事かと問う

部屋に去り行く祖父の背を見て
心の中で笑いながら着替える

No.31 10/04/20 19:29
㍊ ( wPNK )

ウ"ォン…
家の前に派手なバイクが停まる

音に反応して
祖父母が怪訝そうに窓を覗く
その隙に制服姿で飛び出す城

『まさか…城!!許さんぞ!』
『戻りなさい!』

『早く出して。』
『ジョウ…お前、制服は目立つだろ(笑)!』
『構わない。騒ぐなら騒げばいい。どうでもいい。』
『そうか(笑)!掴まれよ!』

こんな住宅密集地じゃ珍しいド派手なバイクが
爆音と共に走り去る
海岸沿いに出て疾走する

今日は快晴
太陽が海波に反射して
TVで見るよりもずっとずっと綺麗に輝いている

カモメが頭上スレスレに飛ぶ
初めて鳥の腹を見た

(凄ぇ…こんな所初めてだ)
感動した

風が気持ち良い
ヨウヘイのシャツがなびく…
ふと目に付いた
皮膚に絵が描いてある

人が居ない絶景ポイントで
バイクを停めて休憩

『どうよ、バイク。いいだろ?』
『最高。免許は勿論…?』
『無くても乗れるし(笑)!ここで教えてやる。乗れよ。』

簡単なもんだ
すぐに乗りこなせた

No.32 10/04/20 19:41
㍊ ( wPNK )

『センスあるなぁ、一発でそれだけ出来りゃ充分だ。』
『欲しい。』
『金はどのくらい貯まった?』
『クソババァにポケットに15万隠してたのバレて没収された。盗んだとか言われて。だからあまり残ってない。』

部屋も無いし
かさばる財布も持てない
隠す所が無い

『そうか…お前も大変だな。』
『何で皮膚に絵描いてる?』

気になって仕方無かった
刺青ってやつだろう
何となく分かる
ヤクザがする物だと思ってた

『アッチ系だと思ってビビる奴もいるんだ。本物ならこんなペローンと出すワケねぇってな(笑)!』
『俺もやりたい。』
『派手にやるなら何度か通うし金掛かるぞ?』
『構わない。今の有り金…これで足りるかな。』
『うーん…最初なら。まぁ兄貴の知り合いだし頼んでやるよ。乗れ!ただ、未成年に墨なんてバレたら彫師がヤバイから気を付けろよ。』

ヨウヘイに影響されて
どんどん城は変わって行く…

No.33 10/04/20 20:02
㍊ ( wPNK )

2日間帰らずに済んだ

彫師に背を見せた時
ヨウヘイはあまりの生々しい傷跡に
驚いていた

祖父に殴られた顔面からも
何となく察知し
深くは追及せず
同情して家に招いた

バイトも直接送迎し
飯もしっかり出してくれた

そんなヨウヘイの優しさも
城にとっては
利用価値のある人間だ
その程度にしか感じていない

『ジョウ、明日は女が来る。流石に3日以上逢わないからうるさいんだ…スマン!』
『いや、謝ることないし。むしろ色々勉強になったから、ありがたかった。』
『家…大丈夫か?そこが心配なんだよ…。』
『あぁ、もしかして傷?何ともない。たまたま殴り合いの喧嘩になって。』
『何かあったら連絡しろよ。つーか、携帯持て。連絡取れないじゃん今時!承諾もらってさ。車やバイクより携帯!バイト代でそれくらい余裕だろ。』
『(無理)…考えとく。』
『行こう、送るから。』

本音は帰りたくない
けどもう何されても慣れたし

どうでもいい気分で
家のドアを開けた

No.34 10/04/20 20:15
㍊ ( wPNK )

18時…
いつもなら晩飯の時間で
カチャカチャと食器の音でもするはずなのに…

『城か!?』
怒鳴り走り寄って来る祖父

(まさか…!)
すぐに祖母が外泊なんだと察知し靴を履き直して玄関を出ようとした

が、一歩遅かった
祖父が背後から首に腕を回し
暴れる城を強引に奥の寝室へ引きずって行く

居間では大声を上げられたら外に筒抜けになるからだ

『やめっ…苦しい!』

首にかかった腕を振りほどこうともがく
祖父はいきり立った牛の様な興奮状態で
城をベッドに叩き付ける

柔らかいみぞおちを狙い一発
くの字になり咳き込む
脇腹へもう一発
ベッドから落ちた所に
次は蹴り…蹴り…蹴り

この前啖呵切った後だし
こんな仕打ちは予想範囲内
時間経てば終わる
殺しはしない

いつもなら
こう自分に言い聞かせ続ける

大量に酒が入っているのか
今回は尋常じゃない

『死ぬ…人殺し!』
初めて口に出した
死への恐怖を…

No.35 10/04/20 20:31
㍊ ( wPNK )

『毎晩どこで何して食わせてもらってんのかはわからんが、この前はよくも偉そうに!馬鹿はやっぱり馬鹿みたいな人間としか組めないんだな!変なバイクに恥かしげもなく!暴走族の仲間入りか!え?あの後近所に何言われたか分かるか!?』

顔だけは守る
立つに立てない

『人殺しだァ?やるならとっくにやってる!お前があの女から生まれ、騙された息子は帰って来ない!いつかは顔を出しに来ると思ってても、お前が居るから来ないのかと思うと憎くて仕方無いんだ!』

自分に責任は無いじゃないか
親が悪いじゃないか

そう心で反発しながら
意識が遠のく

祖父も流石に疲れたのか
息を切らしながら
シャツを引き上げベッドへ投付けた
ボタンが弾け飛ぶ

破けようがお構いなしで
強引に脱がせ始めた

『…やめろ!クソジジィ!』
必死に抵抗して殴り返すが
効いていない

腹に乗っかり
片手で首を押さえ付ける

『嫌だ!嫌だ…!』
城のもがく顔を見て笑う…

No.36 10/04/20 20:45
㍊ ( wPNK )

『許して欲しけりゃ、この位は役に立て!口を開けろ!噛んだら…分かってるな!』

頭を掴み
無理矢理自分のモノを挿入する

汚ねぇ…!畜生!畜生!!
目を硬く閉じ嗚咽する

満足そうな祖父
かつて祖母が入院した病院の看護士らを見ては
性欲が旺盛になり
若く弱い城を利用した

呑み屋の若い娘達と遊んでは
余韻で城を犯した

もう抗う気力も無く
人形のような城をうつぶせに…

制服のズボンを剥ぎ取ろうと
手を掛けた時
薄暗い部屋の中
驚くものが目に飛び込んだ

No.37 10/04/20 20:57
㍊ ( wPNK )

『何だ、これは…。』
右肩から肩甲骨あたりに
鳥のような絵が描いてある

うつぶせに押さえ付けられ
むせ込む城に問う

『これは刺青か…?!』

まだ中途半端ではあるが
まさかこいつが刺青だなんて…
祖父は戸惑う

『ヤクザの仲間入りか!?許さんぞ!こんな物は!』

…ほらな
…刺青ってだけで顔色変えて
…俺がそっち系の奴と繋がってるなんて思い込んでビビッてる
…そういう世代なんだ
…怯えればいい

『…そうだ…覚えてろ。必ず復讐しに来てやる…。』

その言葉に血の気が引いた表情

城は内心
勝利を得た気分になり
追討ちの言葉を浴びせた

No.38 10/04/20 21:10
㍊ ( wPNK )

刺青くらいでビビッてるなら
もうこんな事しなくなるかも…
そんな期待もあった

祖父は手を放し
寝室を出て行く

城はすぐ起き上がり
もう1枚の制服のシャツを着ようと
ベッドを降りた

とりあえず家を出よう
裸では目立ち過ぎる…

フラフラだった
痛いなんてもんじゃなく
体中がきしむ
ドアまで遠く感じる

足音が近付く
何かを持って戻って来た

(嘘だろ…)
祖父の脇をすり抜けて逃げるつもりだったが
あまりにもダメージが大きい…
前へすら進めない

馬鹿力で首元を掴まれ
再びベッドに戻され
城の腰にドカッと座る
左手で頭が動かない様に
渾身の力でねじ伏せる

右手に持っている物を傾ける…

右肩に強烈な激痛が走る
悲鳴にならない悲鳴を上げ
初めて許しを乞う…

『熱ッ…!熱い!!許して!!やめて…!!』

…熱湯だった

No.39 10/04/20 21:21
㍊ ( wPNK )

酒に酔い
感情のままに動く祖父

どんなに叫んでも
頭さえ布団に押付けてやれば
外には聞こえない

刺青のあった場所が
赤く膨れ上がり
皮膚がめくれている…

全て注いだ後
フンと鼻で笑いながら
ベッドを降りて吐き捨てる

『寝るなら居間で寝ろ!』

…移動しなきゃ…
…また怒られる…
…熱湯かけられる…
…でももう動けないんだ…

つい最近ニュースで
熱湯風呂に沈められ
虐待死した子供の話を聞いた

肩だけでも酷い痛みと恐怖で
気が狂いそうなのに
皮膚が硬い俺でさえ
こんななのに…
可哀相な事を

虐待…?
俺【虐待】されているのか…?
皆に可哀相だって思われながら
これから生きて行くのか…?

薄れ行く意識の中で
初めて自分が置かれた状況を把握し深い深い眠りに落ちた…

No.40 10/04/21 05:44
㍊ ( wPNK )

俺 何か悪い事したかな

母さん
一番古い記憶は
城クン城クンと可愛がり
抱きながらキスをしてくれていた
父の乱暴な性格や悪戯を
よく止めて守ってくれていた

だからショックは大きかった
男優先で俺の存在を
『面倒』の一言で済ませ
否定したあの日…

父以外に男が出来てから
確実に変わっていったよな
邪魔なガキでごめんな

父さん
遺伝て凄いよ
じいちゃんにそっくりな人間に
アンタが育ったように
俺もアンタそっくりな人間になるのかな

だって俺は間違いなく
アンタの血を受継いでいるんだ
見え透いた自己中な作り話を信じる辺りもさ
アンタの親だと思うよ

…冗談じゃない
こんな血一生呪ってやる

No.41 10/04/21 05:54
㍊ ( wPNK )

ばあちゃん
まだ若くして孫が出来て
複雑な気持ちだったろ

俺のイメージ…祖父母ってのは
シワシワで小さくて白髪で弱い人
だから初めて見た時は
シワや白髪の少なさに正直驚いた
一番俺を守ってくれそうな
そんな予感がしていた

俺の何が気に食わないのか
小さ過ぎてわからなかったし
鋭利な言葉のナイフは
精神的致命傷を負った

ひとつ聞きたい
母さんの行いと俺は
関係あるの?
馬鹿息子に騙された事に気付けよな

俺、アンタの愛しい馬鹿息子の
正真正銘の子なんだ
言いたくないけどさ

じいちゃん
思い通りにならないと
力ずくで周囲を押さえ付けて
何かがズレると
慌てて周囲に弁明して
体裁を守るのにいつも必死

人間全てに好かれようなんて
無理だし貪欲過ぎなんだよ
だから上手く行かない

セイって怒鳴られる度
凄く恐ろしかった
だからその名前は封印

俺、アンタから一番学んだ
くだらない事をな!
アンタら親子に似たくないから
自分で歩いて行くけど
アンタにも質問

世間てそんな大事?
俺一人殺せないの?

―城―

No.42 10/04/21 08:00
㍊ ( wPNK )

…夢か
目が覚めて見回すと
居間のいつもの場所にいた
祖父が運んだんだろう

時計を見る
8時…
家に居るのは嫌だ
外は雨が降りそうだ
学校行くか
家よりはマシだ

頭が痛い…体も…
右背肩も…体中が熱い…

洗面台へやっとの思いで辿着く

後ろを向き
熱湯をかけられた場所を見る…

『ウッ…。』

あまりのただれ具合に
傷に…痣に言葉が出ない

涙が出た
泣いたのは10年振りだったが
声は出なかった

(俺、化物みてぇだ…)
サッとシャツを着る
擦れて血が滲むから
真夏だったが上着を着て
外へ飛び出した

No.43 10/04/21 08:09
㍊ ( wPNK )

ガラガラガラッ…

授業は始まっていて
皆が一斉に振り向き
城を見て驚いた顔をした

『佐伯…遅刻だな。』
(そんなの分かってる)
数学の担当教員の言葉も無視
自分の椅子に座る

『…あー、続ける。皆こっち見て…。』

久々の授業
内容は全くチンプンカンプン
でも殴り掛かってくる奴は
ここにはいないから
心底安心出来た

何より傷口がよろしくない
酷い痛みだった
化膿しかけて熱っぽい

眉間のシワを周りに悟られない様
うつぶせになって寝る

隣りの席の女子が
何故か怯えてる様に見える

でも誰も何も言わない
これでいい…

安心ついでに空腹に気付く
腹鳴りそうだ…
胃に力を入れる
つい小さく口走る
『腹…減った…』
ハッと気付いた時には遅かった

隣りの席の女子は
フフッと笑いながら
カロリーメイトをこっそり机に置いてくれた

『…どうも。』

3年になって
初めてクラスメイトに感謝した

No.44 10/04/21 08:22
㍊ ( wPNK )

時間が経つにつれ
痛みが更に増し
黙っていられなくなった

昼は何とか口に入れた
何しに来たんだと罵られながら
午後の授業も寝ながら耐えた
放課後職員室に来いと担任に呼び出されたが行く気もない

シャツが貼り付いて
動くと皮膚もめくれていくのがわかる

病院にかかる金も保険証も無い
保健室へ行くのも騒ぎになるから無理だ
バイト先の人間に何とかして貰おうかとも思った
この歳でこんな虐待されてるなんて知られたくない…

そうだ…先輩なら…
でも連絡手段が無い
番号も聞いてない

誰もいない…
家には絶対戻りたくない

雨が降り出し途方にくれた

こんな怪我で
こんな人生で終わりたくない
高熱からくる寒気が
体力消耗に拍車をかける

何か温かい物を買って…
薬屋で薬とガーゼと包帯…

目の前にコンビニが見えた
入口しか目に入らず
ワゴン車が車道から入ってくるのは全然見えてない

キキーッ!と車が音を立てて停まる
間一髪だった

No.45 10/04/21 11:28
㍊ ( wPNK )

驚いて倒れた城は
うめきながら体を起こす

(痛てぇ…立てねぇ…)

『当てたか!?』
『いや、ギリだったと…。』
ワゴン車から4、5人降りてきて
城を囲む

【〆〆〆建設】
頭にタオルを巻いたり
ダボダボの汚れたズボン
建設現場で働く男達だ

『おい、大丈夫か?どこに当たった?!』
城は首を横に振る
皆が安堵の溜息をつく

『ぶつかってない?良かった…立てるか?悪かったな。』
運転していた男が言う

目立ってしまう…
そう思って立ち上がろうとするがまた膝をつく

『おいおいおい…本当に大丈夫かよ…。』
『当たったんじゃね?』
『顔色悪いぞ?』

人を恐怖に感じた
通行人の何人かも見ている

『当たってない。放っとけよ…いいから!』

全員がカチンときた
赤っぽい髪型の男が出てきて
城の前にしゃがんで言う

『いや、お前立てねーんだろ?放っとけはねぇだろ。どっか打ったんじゃないかって心配してんだよ。あ?わかるか?ボーヤ。おい、サワ!とりあえずそこに車入れろ。』
『うぃす。』

(いいから行けよ!)
段々苛々してきて
また立ち上がろうとするが
背に激痛…

『痛ッ…!』

No.46 10/04/21 11:37
㍊ ( wPNK )

あまりにも様子のおかしい城が気になる

『…転んだだけでそこまで痛むかよ。こっちも人身事故なら警察との絡みもあるからさ。本当に当たってないんだな?』
『…ない。構うな。』

また全員カチンとくる
心配して大人の対応しているのにこのガキは…

『構うな?口のきき方ってあるだろ坊主。』
『中学か?高校か?』
(どうでもいいんだそんな事!早く解放しろ!)

城は無言でやっと立つ
赤い頭はしつこかった

『おぅお前ら!ちょっとこいつ車に乗せて休ませろ(笑)。』
『うーす。』

『誰も頼んでない!』
城は怒鳴った

『俺が皆に頼んだ(笑)。』
そう言って赤い頭は
コンビニに入って行った

No.47 10/04/21 12:07
㍊ ( wPNK )

男達の何人かは
コンビニで立ち読みを始めた

車に無理矢理乗せられる
『触るな!痛てぇだろ…!』
城は彼らの強引なやり方が気に食わない

『まぁ、落ち着け。キョウさん悪い人じゃないし。周りの目を気にしただけだから。な?』

城は黙った
もう動きたくない…だるい

キョウと言う赤い頭の男が買い物を済ませて戻ってきた

『おら、これで落ち着けよ。何もしねーから。』
ジュースとフランクフルトを差し出す

『どこが痛む?』

知らない奴だし
見られてもいいと思った
そして早く解放して欲しい

『背中…。』
『背?』
『だから…当てられてない…元々怪我してた所打っただけ…だし。』

顔が赤く息を切らせる
キョウは鋭かった

『お前…今熱あるんじゃないか? 背中打ったなら見せてみ。一応確認しなきゃ…俺らも安心できないから。』
『…汚い…から。あまり見られたくない…。』
うつむいて呟く

『汚い?(風呂入ってないとかかな)…関係ねぇ、ちょっとでいいから。てかこの暑い夏に上着かよ。』

上着をゆっくり脱ぎ始める

No.48 10/04/21 12:19
㍊ ( wPNK )

『…!』
上着を脱いだだけで
普通じゃない事を悟る

『ウワッ…!…お前これ…血じゃないか…。』
『シャツは触らないで…火傷もあるから。皮膚剥れるから…。』
『火傷?何で病院行かない?送ってやるから行け!腐るぞ。』
『行けるなら行ってる…行けないからこうなった。もういいだろ!降ろして。ご馳走さま!これ以上関わるな。』

城は上着を着て車から降りた
歩くのもやっとで
コンビニの脇に座り込んだ

丁度立ち読みを終えて
出てきた男達が車に乗り込む

『凄ぇモン見ちゃった…。』
『え、何?あいつ?何かあったの?』
『いや~…血だらけ。』
『は?』

そんな会話を尻目に
キョウはサッと車を降りて
城に近付き何か語りかけ
すぐ車に戻った

『キョウさん何話してきたの?大丈夫?あいつ…。』
キョウは考え込んで黙っている

ワゴン車はコンビニを出て
会社へと帰って行った

No.49 10/04/21 14:26
㍊ ( wPNK )

雨はとっくに止んでいた
貰ったジュースとフランクフルトを口にしながら先の事を考える

これからどうするか…

多分今頃車に乗って
自分を探し回っているはず
下手にウロつけない

バイトで稼いだ金は20万ある
けどまだ未成年で簡単に仕事を得られない先を考えると
派手には使えない額だ

やっぱり先輩に連絡付けて
何か方法を…
でも家は歩くには遠いし
場所がよくわからない

もういっそのこと
警察や病院に転がり込んで
事実をバラしてしまうか…
未成年には甘い世の中なのは
TVのニュースでよく知ってる

…いや駄目だ
俺は【可哀相】な人間じゃない
同情され生きてくなんて
そんなの真っ平だ

行き詰まる
面倒臭くなってきた…
今はこの痛みとだるさを
どうにか出来ればいい

(そういやさっきのキョウって奴…薬持ってくるって言ってたのに…苛々して言い返したけど貰っときゃ良かったな…。)

一時間近く経った頃
そろそろ移動しようと立つ

突然パッシングして
真っ黒い車がコンビニに侵入する
中は見えない
(…誰だ?)
城の場所を覆う様に停め
運転席が開く

『おぅボーヤ!偉い!待ってたか(笑)!』
キョウだった

No.50 10/04/21 14:37
㍊ ( wPNK )

『…待ってない。今移動しようとしてた。これ以上関わるなって言った。』

つくづく自分のひねくれた性格に飽きれ返る

『関わるつもりねーし。絡んでんだ(笑)。』
『…薬でも持って来たの。』
『いや無い。』
『…。』

何だこの男
さっき言ってたじゃないか
少しムッとする

『だってお前、さっき余計な事すんなつったろ?俺ぁ悪くねーよ?』
(本当に絡みに来ただけかよ。)

城はプイッと向きを変え
無視して歩き出した

『まぁまぁまぁ!そう怒るなって。からかってるワケじゃないんだ。気になって一応寄ったらまだ居たからよ。なぁ、ちょっと乗れ。訳有りっぽいし、傷だけ何とかしねーと。薬屋ならまだ開いてるし。』

それは助かる
薬屋がどこかも定かじゃない
そのまま先輩の所まで送ってもらえば全て良しだ
お人好しっぽい男だからな

城は黙って乗り込んだ

No.51 10/04/21 14:57
㍊ ( wPNK )

『お前そこの中学校だろ。』
『…。』
『お節介かもしれないけど、もう一回見せてくれ。』
『嫌だ。』
『傷口を直接見ないと薬選べないだろ?シャツ脱げよ。』
『見せたくない。外からも見えるし。』
『フルスモだから見えないさ。俺の顔わからなかったろ?』
(…確かに。)

城は上着を脱いで渡した

『何があったかわからないが。お前が怖がる事や不安な思いはさせないから、オニイサンの言うこと聞けばいい。面倒見いい性格なんだ。』

そう言ってキョウはシャツを脱がすのを手伝う

『痛い!ゆっくりやって。』
『…お前…これ…。』

様々な生傷や古傷
痣で黒ずんだ跡
乾燥しかけた皮膚と
血液でベタ付いた皮膚が
シャツに所々くっついていて
ただれている
熱も相当持っている

『…家か?』
黙って小さく頷いた

No.52 10/04/21 17:58
㍊ ( wPNK )

キョウは汚れたシャツを袋に突っ込みながら動揺していた

『火傷も酷いけど…傷…傷も酷い…。やっぱり…普通の怪我ではないなと思ったんだ。』
(やっぱり…?)
城は震えていた
その反応…汚い奴って思ってる

深い溜息をついた
『TVの中だけの話じゃないんだよな…。』
薬屋へ向かって走り出す

『薬と服も買ってやるから。家まずいか?新品なんて。』
『もう帰らないから。』
窓の外を見ながら答える

『どこへ行く気だよ。』
『知り合いの家に連れてって…先輩なんだ。』
『なら良いけど。どの辺?』
『川沿いだった。』
『川沿いのどこ?』
『…わからない。川沿い。』
『…(マジかー…)。』
そんなやり取りをしながら薬屋に到着
消毒薬や包帯等を多めに買う
薬を塗ってやるからと袋を開け
丁寧に塗る
城は小さな悲鳴を上げ任せる

『何やってる人?仕事。さっき男ばかりだったけど。』
『建設業だよ。鳶。』
『トビ?給料いいのか?』
『景気悪いから微妙だけどまだ良い方かもな。』
『仕事したい。』
『あー…ウチは無理。年齢制限がなぁ(笑)。』
『…そうか。仕方無い。』
残念そうに黙り込む

No.53 10/04/21 21:33
㍊ ( wPNK )

次は服を買いに行く

『お前さ、刺青しようとしたのか。少し残ってる。意味もわからず馬鹿な事すんなよ。まだガキンチョのクセに。』
『ガキとか言うな。単にヤクザと組んでるって脅そうとしただけだ。』
『(そこがガキなんだけど…)ま、いい。待ってろ、すぐ買ってくるから。』

一人車に残った城は
車内を何気に見回す
缶コーヒー、タバコ、ティッシュ
サングラス、車の雑誌、仕事の工具
色々置いてある
格好は小汚ない作業着なのに
割と小綺麗に整理してる

カーコンポからは聴いた事のない音楽が流れている
ギターが格好いい

(車があれば自由なのに…)

10分もかからず戻って来た

『ホラ、俺様センスでジャージとTシャツと白いYシャツとパンツ(笑)!入れる物も必要だろ、サービスだ!川沿い行くぞ。』
大きめのバッグも渡された

【優しさ】に慣れていない城は
戸惑った

どうして
自分なんかにここまで…
何か企んでんのか?
面白がっているんだろうか…
考えるほど逆に不信感が増す

川沿いを暫く走ると
見慣れた風景、建物を見付けた
『そこだ。左の角の家。』

キョウはスッと停まり
城を真直ぐ見た

No.54 10/04/21 21:45
㍊ ( wPNK )

『今日は色々と驚かせてごめんな。謝る。名前は?』

(名前…聞いてどうするつもりだ。俺を探している人間がいるのを知ってて探ってるのかもしれないし…。)

城の目付きが変わる
『言うほど信用していない。』
負けずに真直ぐ見返して言う

キョウは期待通りの返事だと言わんばかりにフッと笑った
柔らかい笑顔で静かに返す

『そうかい(笑)。嫌ならいい。何が原因でそんな境遇なのかはオニイサンわからないから、意見出来る立場じゃないんだけど…。汚くないからな、お前も傷も。話してたら分かる。きっとずっと一方的に虐げられて来たんだろ。』

目を背けた
【虐待】を受けている子
そう思われているのが
凄く恥ずかしかった

『人に対して不信感で一杯ですって話し方が気になってさ。すぐにって訳にはいかないだろうが、中にはこういった人間もお前の傍にいたってのを忘れずに…自分を否定しないで進めよ。俺の印象は相当良いはず(笑)!少しでも信用してくれてありがとうな。イイ子だ。』
頭にポンと手を乗せた

『…子供扱いするなよ!』
すぐに振り払う
不思議と胸が熱くなる

No.55 10/04/21 21:51
㍊ ( wPNK )

『ちゃんと先輩に至れり尽くせりしてもらえよ。熱ある内は外出厳禁!傷の消毒も忘れんな。何よりパンツもちゃんと履き替えること!いいな(笑)!』

そう言って城を降ろし
クラクションを鳴らして消えた

何も言えなかった

人間不信みたいだからと言う理由でここまでしてくれる人がいるなんて

後悔した
名前くらいは素直に教えてやれば良かった

ありがとうって
たった一言…
伝えられなかった…

No.56 10/04/21 22:07
㍊ ( wPNK )

湿気がだるさを増す

一日がとても長く感じ
ヨウヘイの家の敷地に入った途端
一気に疲れが出た

玄関のドアが開く
ヨウヘイが驚いた顔で迎える

『ジョウ!よく来れたな!今の車知り合いか?』
クラクションの音を聞いて
窓から覗いてたらしい

『知らない。さっき会ったばかり。流れでこうなった。』
『何だよそりゃ(笑)。まぁいいや、上がれ。顔色良くないし…いつもだけど(笑)!』

困った時は使える奴
そう思いながら入る
『…お邪魔します。』

『はーい、どうぞー。』
母親が返事する

2階のヨウヘイの部屋に入ると
城はすぐ切り出した

『今日、ここに泊りたい。家には帰れない。』
『バイト連絡入れないで休んだろ。こっちに電話来てたから代わりに謝っといた。明日電話入れとけよ。家って…喧嘩か?今日はいいよ、ゆっくり休め!何か食う?酒は?あっお前未成年か。いやオレもだし(笑)!』

ヨウヘイはわざと明るく接した
明らかに今の城はいつもと違う

『親父のビール持ってきてやる(笑)!飲んだ事ないだろ?』
そう言って部屋を出た

No.57 10/04/21 22:19
㍊ ( wPNK )

暫くしてヨウヘイが夕食の残りと缶ビールを抱えて持ってきた
酒なんて初めて飲む

『とにかく食べて飲め!』

ブシュッと缶ビールを開け
匂いを嗅いでみる城
『嗅ぐのかよ(笑)!』
『…微妙。』
苦笑いをして飲んでみる
『苦ッ。マズ…。』
ヨウヘイは手を叩いて笑う
『オコチャマかよ(笑)!』
城がすぐ返す
『子供扱いすんな。飲んでやるこんなモン。』
『すぐムキになる(笑)。』

久々に熱のだるさも
傷の痛みも忘れられた

ヨウヘイがやる事は
自分にも出来る
そう思って負けん気を起こす

ヨウヘイは
そんな城を見るのが好きだった
一歩先行く自分の行動全て
必死に真似して付いて来る
そこが面白い
次は何を教えようか

車、バイク、酒…そうだ!

No.58 10/04/22 00:21
㍊ ( wPNK )

晩飯を食べ終え食器を返す

『旨かった。』
『だろ。じゃあ、ま、一服しようぜ。』
『イップク?何。』
『一休みって意味かな、タバコとかさ(笑)。』
『タバコか…(さっき車にもあったな)。』

わざと話を持ち掛ける
カチッとライターで火を付け勧める

『吸ってみるか?もう大人にならねば(笑)。』
『子供じゃないし。吸う。』

この次から次へと簡単に乗ってくる所がヨウヘイはとても気に入っている

『吸うんだぞ。肺に入れる。』
『肺…。ゴフッ!…!』
『ハハッ!ベタなやり取りでベタな反応!!』
『目…しみる。こんなもん何がいいのかわからない。』
『慣れだ、慣れ(笑)!お前ってホント純粋だよ、そうゆー所。』

タバコを灰皿に置き
その言葉に反応する

『純粋?それは無い。汚れてる…化物みたいだし。』

ヨウヘイはハッとして言い直す
『違うって、外見とかじゃなく心がって意味。』
『心?読めるのか?何を考えてるとか思ってるとか。』

段々鋭く悲しげな目付きになる

No.59 10/04/22 00:35
㍊ ( wPNK )

初めてのアルコールで
酔いが回るのも早かった

頭が回らない
今自分が言った言葉の
話の続きが出てこない
城は頭を抱えた

『なぁジョウ。また何かあったんだろ?聞きたいこと沢山あるんだけど、風呂沸いたから入れよ。俺の服貸してやるから。』

タンスから服を出しながら続ける

『たださ、その包帯。シャツから少し透けててさっきから気になってたんだけど。結構大きな怪我だろ。どうする?止める?』

忘れてた
どうしようか迷う

(入らないとまた怒鳴られる…)
自然と恐怖心が芽生える
帰らないと決めたのに

『入る。流せる所だけ流す。』
『そっか。酒入ってるんだし溺れるなよ(笑)!』

ヨウヘイは風呂場に案内した
居間に母親が居る
若く綺麗な人だ

『ダチ先に風呂入れるから!』
『あら、どうぞ。ゆっくり温まってね。』

ペコリと頭を下げ訪ねる
『若過ぎないか?』
ヨウヘイは笑う
『本当の母親じゃないから。』

(…先輩も複雑な家なのか)

No.60 10/04/22 00:45
㍊ ( wPNK )

『バスタオルこれ使え!あとは…熱め?ぬるめ?』
『お湯?使っていいのか?』
『…は?いいけど…?』

何の冗談?と思いながら返す
ふざけている感じが無い

『ま、何かあったら呼べ。居間にいるから。』
『時間がわからない。』
『…?何の?今の?』
『何分入ってていいの?俺んちは3分だった。時計ないとわからない。タイマーは?』
『…。』

言葉を失う
初めて城の家の様子を垣間見た気分だ

『時間なんて無い(笑)!ゆっくり好きなだけ入ってろ。お湯も使い放題!自由に入っちゃって(笑)!』

大袈裟に笑い動揺をごまかす
トドメに恐ろしい台詞が来た

『このたまってるお湯は何かに使うのか?』

もう笑えなかった…

No.61 10/04/22 01:05
㍊ ( wPNK )

城の後に風呂に入り
部屋を開けた
布団は敷いておいた

城は痩せて疲れ果てた顔で
どこか気持ち良さそうに
うつぶせでグッスリ寝入っている

近付いて軽く揺する
『ジョウ、布団掛けろよ。中に入れって。』
…全く動かない

思い出した様に
城のバッグを開けて見た
新品の服か…
来る前に買ってきたのかな…?
薬がある
解熱、消毒、火傷…?

シャツの裾をめくって覗く
『ワッ…。』
つい声が出る

見なきゃ良かった…
いや見ておいて良かった…
喧嘩でとは聞いてたけど
ずっと怪しいと思ってた
こいつは絶対
こんな目に合ってる事をオレにも言わないだろう…

早く家を出たいと洩らした
その意味が今確実に理解出来た

普通の家に育てば
この容姿と性格ならきっと
友達も女も沢山出来て
勉強も学校生活も
楽しい思い出が沢山残っただろうに…

修学旅行や行事に参加した話は
聞いたこともない

毎日こんな目に合って
安らげる場所を探し回って
疲れきって寝るだけなんだろう

何一つ
大人になってからも
癒える思い出なんて無い

ヨウヘイは毛布を出して城にかけ
そして静かに電気を消した

No.62 10/04/22 05:15
㍊ ( wPNK )

翌日
城の目が覚めたのは10時過ぎ

痛む体を慎重に起こし
ベッドの方を見る
ヨウヘイは既に居なかった
全く気付かなかった

枕元に紙と籠が置いてある

起きたか?
オレ今日バイトあるから
夕方6時くらいまでいない
その籠に着てた服全部入れて母さん(一応な!)に渡せば洗ってくれるからさ
忘れんなよ!
居ても暇だろうから
勝手にその辺散歩してもいいし
棚にマンガあるし
TVつければゲームも出来るし
好きにやっとけよ
また後でな!
―ヨウヘイ

書かれている通り
籠に制服やら靴下やら放り込む

バッグから袋を取り出す
血の付いたシャツだ
改めて見ると酷い…
これは出したらマズいな…
また袋に入れバッグに戻す

キョウが買ってくれた
黒いジャージを着る
サイズも丁度いい
まだ何か入ってる
黒に銀色の横文字の柄のキャップ
帽子は初めて手にする

目立たないように黒いのを選んでくれたのかと感謝する

籠を持って下の居間へ向かう
ヨウヘイの母が城に気付く
洗濯物を受け取り
城を見て笑った

『寝癖が凄いわぁ~(笑)。』

顔が真っ赤になるのが分かった
すぐ階段を上がって鏡を覗き
キャップをかぶって押さえた

No.63 10/04/22 06:03
㍊ ( wPNK )

外に出るのはまだ危険だし
部屋から出て
ヨウヘイの母に会っても
何話していいか困る

部屋から出ずに先の事を考える
ずっとここには居られない

もうすぐ先輩も帰って来る
バイト先には電話を借りて
明日までは休むと伝えた

窓を開けて外を見る
車があまり通らない場所
高校が近いのか
自転車で帰る学生が多い

『…!』
城は突然窓から離れる
(まさか…まさかな…)
心臓がバクバクする
目を見開いて天井を見つめる
手の震えが止まらない
息が苦しい

(嘘だろ…!)
もう一度恐る恐る確認する

間違いない
祖父の車がハザードを付けて
すぐそこに停まっている
しかも乗っていた

最悪な事に目が合った気がする

(誰かから聞いたんだ…)
隠れる様に座り込む

頭が真っ白になった
思い出したかのように
傷口や痣が熱く痛み出す
汗が吹き出る…

誰かが上がってきた

No.64 10/04/22 06:14
㍊ ( wPNK )

バンッとドアが開く
『ジョウ、ただいま。…あれ?何でそんな隅で丸まってんだ(笑)?』

一瞬安心した
でも一気に不信感が込み上げる
感情任せにぶつかる

『グルだったのか?』
『は?』
『アンタが呼んだのか、アイツを!俺がここに居る事をチクッたのかよ!』

ヨウヘイは何が何だか分からず
言い返す

『ちょっ、何の話だ?』
『とぼけんな。』
『待てって、何か見たのか?』
『アイツが居る、そこに!車で待ってるだろ!』

城を押し退けて窓から覗く
『車?…居ないし。』

そういやさっき
家入る前にハザード付けてた車が動き出して消えたな
それか?

『もしかしてツートンの車?俺が家入る前に消えてったけど。』

城はそれを聞いて
やっと落ち着いた様子だ

『…ごめん。』
『もしかして家の奴?』
返答は無い
『おい、ジョウ!』

キャップを深くかぶって
荷物をまとめだした

No.65 10/04/22 06:28
㍊ ( wPNK )

『落ち着けって!』
『落ち着いてる。』
『洗ったばかりだろ、まだ乾いてないし!』
『構わない。』
『今出てどうすんだよ?』
『何とかなる。』

流石にヨウヘイも
この頑固さに腹を立てる
バッグを取り上げ城を押した

『何をする。返せ。』

…ゾッとした
こんな目付きの城
初めて見た
妙に重くて冷たい空気
人を人とも思ってないような目

『だからさ…オレがチクッたって、何でそうなるワケ?』
『…誰かがここを教えたのかもしれない。でもアンタが内心居座る俺を邪魔に感じてチクッたのかもしれない。』
『テメェ…ブン殴るぞ?目ぇ覚ましてやろうか!』
『やれよ。慣れてる。痛くも痒くもねぇ。』

…慣れてる…
拳を降ろして
ハァーッと溜息をつく

『ジョウ…。』
昨夜覗き見た体の傷を思い出す
言葉が出てこない


ヨウヘイの悲しげな困った顔
城は我に返り呟いた
『じゃあ明日出てくから…。』

No.66 10/04/22 09:19
㍊ ( wPNK )

晩飯は部屋で食べた
考え事をしているのか
あれから城は大人しい

『…佐伯城。』
何か面白い話をと
ヨウヘイは口を開いた

(…?)
『サエキジョウ。大分県佐伯市にあるんだって、城だよシロ!凄いよお前、シロの名前なんて(笑)!』
『城?大きいの?』
『…いやぁ~写真で見たけど…城跡みたいな…。』
『…。』
『(ヤベェ墓穴掘った)…。』
『建物と同じ名前にするなんてセンス無い。』
『でも本当はセイじゃん。』
『漢字を見れば建物だ。』
『まぁな…(笑)。』

気まずい空気を更に重くしてしまったと後悔する

『明日、本当に出るのか?』
『どの道ずっと居る訳にはいかないし…。』
『オレ明後日バイト無いし、それまで居てもいいよ。その時ゆっくり考えればいい。怪我治せよ!痛いんだろ?』
『…考えとく。』

No.67 10/04/22 09:32
㍊ ( wPNK )

一日でも多く置いてくれるなら
そんな良い事はない

ただ…場所を知られた
さっき自分が顔を出してた時に
気付いた可能性はある

いつ来るかわからない
来ないかもしれない
アイツの性格なら
来る率の方が遥かに高い
…なんて執拗な男だ

ここも安心出来ない
出てからどこへ行こう
…居場所が無い
アイツらが生きているから
居場所が無い!
それならいっそ…!

『…ョウ。』

考え込みながら知らず知らず
ビールの缶を握り絞めていた

『ジョウ!!』

ハッと我に返る
ビールが吹き出て床も濡れていた

『あ…ごめん。』
『酒、止めるか(笑)?』

城にティッシュを渡し
床を拭きながらヨウヘイが苦笑する

『お前さ…包帯、そろそろ変えないと。そこ墨入れた所だろ。何か聞くタイミング無くてじっくり話出来なかったけど、どうした?』

孤独な城が自分を頼って来た
力にならなきゃ
オレには全て話して欲しい
城がオレをどう思おうが関係無い
気を遣いながら
中学校の時から兄貴分として
ずっと見守って来たから

『…。』
しかしなかなか
肝心な所で心を開かない

No.68 10/04/22 09:52
㍊ ( wPNK )

城も葛藤していた

包帯を外して見せて
事実を追及されて
こんなになるまで抵抗出来ない情けない奴と思われたら…
傷や痣だけでも酷いのに
火傷で腐れて汚い奴と思われ
敬遠されてしまったら…

でも…どうせ…
センパイって奴は俺にとって一時的な避難所みたいな所だし
無理に話す必要もないか…

『その内自分で換える。』

ヨウヘイはこりゃダメだと思った
少し強引にやらなきゃ
やっぱり絶対言わない奴だと

『彫師の所行った時に見て何となく分かってるから!殴り合いの喧嘩みたいなごまかし方してたけど、違うんだろ?家の奴に暴行されてんだろ?言えよ!心配してっからこうやって泊めてんだからさ。墨、見付かったのか?それでまた何かされたんだろ!なぁ!水臭いんだ今更!』

【暴行】【何かされた】
キーワードのように
城の頭に残る

No.69 10/04/22 10:15
㍊ ( wPNK )

心を読もうとして
真直ぐ見るヨウヘイの目から
城は顔を背けた

つい一昨日の出来事だが
今また鮮明に思い出され
祖父が今喚いている錯覚に陥る
もう細かく思い出したくない

心配して言ってるのは分かる
…けど内容を聞くな!
…アイツと先輩の声が重なる
…心拍数が上がる
…呼吸が早まる

ヨウヘイはもうあとひと押しの勢いで追及する事しか頭に無い

『なぁ、刺青の部分に何された?薬品でもかけられたか!熱湯とか?まさか火炙りか?火傷の薬持ってたの見ちゃったんだよ!それなら尚更消毒し直さないとよ…』

【熱湯】【火傷】
カタカタと機械的な音でキーワードが頭に打ち込まれる

ヨウヘイは立ち上がった

まるで叱られる子供のように
小さくなって耳を塞いで背を向けている城の背後から
覆うように無理矢理シャツを脱がせようとした

No.70 10/04/22 10:27
㍊ ( wPNK )

一番嫌なシーンが浮かんだ
記憶から削除していたシーン

シャツを脱がされ
許しを乞うにもかかわらず
強引に口に突っ込まれ
気色悪い喘ぎ声が響いた
あのシーン

…何も聞こえなくなった
…全てが無音でスローモーション

シャツに手を回すヨウヘイを
振り払うように立ち上がった

城はヨウヘイの首を掴み
渾身の力で壁に叩き付けた

祖父にやられたやり方
そっくりそのまま…

ヨウヘイは気を失って倒れた

No.71 10/04/22 10:50
㍊ ( wPNK )

―初めてこんなに走った

月明りが雲に遮られ
暗闇の中を

この場所から町から
遠く離れて
誰も自分を知らない所まで
ずっとずっと…
そのくらい遠くまで
走り続けていたような…

足に限界がきて
思い通りに動かなくなる
足の裏の皮が剥れ
靴の中が血でぬかる
それでも走った

息が切れて
肺が痛い…胸が苦しい…

まだ傷の癒えない体中が
炎に包まれたように
熱くて熱くて
気が狂いそうだ…

出ない声を振り絞る
誰が見てようと構わない

『俺は…俺は…!』

堤防の芝生を川めがけて
転びそうになりながら
一気に下る

胸くらいの高さの柵が邪魔する
でももう…
飛び越える力は無い…

柵にもたれむせ込む
出るのは涙だけ

俺はやっぱり
あいつらと同血なんだ!
一生呪ってやると誓った!
一生この呪血を抱えて!
生きなければならないんだ!

『同じ事をこの手で…!』

両手を地面に叩き付ける
見る見る腫れ上がり血が滲む

もう接し方が分からない
温かさを望みながら
優しさに触れると
疑心暗鬼に捕われ続け
怖くなる…

もう無理だ…疲れた…

No.72 10/04/22 11:20
㍊ ( wPNK )

死にたい…
生を受けた意味が分からない

死ねば終わる
死ねば無になる
誰も悲しむ奴はいない…
喜ぶ奴ならいる…

真っ赤な目で
空を見上げた
涙と雲で何も見えない

カモメを思い出す…
気持ち良さそうに
自由に飛んでいた
羨ましかった

だから刺青も鷹を選んだ
自由になりたくて背負った
逞しくて強そうだったから

けれどもう…背には…

体中が悲鳴を上げる
痛い…熱い…辛い…苦しい…

体中がSOSを出してる
死にたくないから…

月が顔を出す
生きろって言ってるみたいに
闇を照らす

死ねば終わる
死ねば楽になる

でも
死んだら負けだ…
喜ばせたくない…
どうして俺が死ぬ…?

死ぬのはあいつらだ
そして自由になる

『…生きてやる!』

城はまた歩き出す
何かを決意したかのように…

No.73 10/04/22 16:42
㍊ ( wPNK )

『…ヨウヘイ君?』

激しい物音に異変を感じ
ヨウヘイの母が上がって来る

『…!どっ、どうしたの?!』
倒れているヨウヘイと
その前に膝をついてたたずむ城とを交互に見る

『ヨウヘイ君!…ねぇ、何したの!?喧嘩!?』
『…分かりません…。』

彼女はその言葉に怒る
ヨウヘイの首が鬱血している
城がやったと確信していた

『分かりませんじゃないでしょ…?』

城がゆっくり動き出す
…ヨウヘイにこんな事をする子だ
…私も危ないかもしれない
そんな危険を感じた

『救急車…警察を…!』
パニックになった彼女の腕を
ヨウヘイが掴もうとした

『…い……から…。』
朦朧とした意識のまま止める

その様子を
泣きそうな顔で震えながら
城は見ていた

玄関から声がする
ヨウヘイの父親だ
久々に仕事から帰って来た
『ただいまー。』
咄嗟に彼女が叫ぶ
『こっち!2階に来て!』

城はバッグを取り
中から20万入った封筒を
ヨウヘイ達の前に投げ付け

逃げる様に階段を降りた
上がって来た父親が
驚いてつい道を開ける

城はそのまま逃走した

No.74 10/04/22 17:15
㍊ ( wPNK )

何も無くなった
足を引きずりながら
どのくらい歩いたかなんて
覚えていない

見覚えのある橋が見えてくる
サボッた時の隠れ場所

行った事のない方向に逃げたつもりだったのに
結局戻ってきてしまった

倒れ込む
体力が限界…
どうにでもなれ…
永久におやすみ…

なのに夢の中で誰かが呼ぶ

『サエキクン…!』
(誰だよ…)
『サエキクンッテバ…!』
(寝かせてくれ…)
『ダイジョウブ?ネェ!』
(揺するな…痛い…うるさい…)

『佐伯君!』
『うるせぇッ!!!』

自分の怒声に驚いた
いつの間にか朝になってる
(…?)

『佐伯君…だよね?』
声の方向を見る
同じ学校の制服の女子
強張り怯えた目で見てる

『…誰。』
『隣の席のフクダユウナ。』
『…隣の席?カロリー…。』
『そう(笑)!』
やっと笑顔になった

『…で、何。』
頭痛が酷い
頭を押さえ面倒臭そうに言う

『遅刻しそうで走ってて、たまたまここから近道するのに降りようとしたら倒れてる人が居たから(笑)!ビックリ(笑)!』

気を失うように倒れて寝たから
しっかり橋の陰に
入っていなかったらしい

No.75 10/04/22 17:58
㍊ ( wPNK )

ユウナは少しポッチャリ系
性格は良さそうだが
決して可愛いくも美人でもない
隣の席のくせに
あの一件の一言しか
会話したことない
存在感の薄い女だ

(参ったな…こんな所で…)
『何か用か。』
無愛想に言う

『用は無いんだけど…どうしたのかなって。顔はやつれてるし、靴はボロボロだし。』

(ほら来た…関係無いだろ…)
立ち去りたくても立ち去れない
適当に突き放すか

『…早く行けよ。遅刻で焦ってたんだろ。』
『ウン。でももう遅いし…佐伯君は行かないの?』
『行けるかこの格好で。』
『そうだよね~(笑)!』

天然か馬鹿かのどっちかか?
うっとおしくなってきた
終いには一人で喋り出す

『佐伯君とこんなに話すの初めてだし面白いかも!』
(面白い?何が?)
『学校おいでよ、皆、久々だし喜ぶよ?』
(話繋げる為の世辞か…)
『佐伯クンてイケメンだし女子には人気なのに。だから男子は面白くないんだよきっと!学校祭ももうすぐだしね(笑)!』
(どうでもいい…学校じゃ喋らないクセに…頭に響く…苛々させんな…)
『ねっ、お腹空かない?』
『空いた。』

空腹には勝てない城だった…

No.76 10/04/22 18:33
㍊ ( wPNK )

彼女の家はすぐそこだ
親は共働きでいないと言う
こういう時の運はあるとつくづく実感した

男と話すことが無い彼女
そして女子から人気のサエキクンを独占した気分

こいつなら頼めばきっと
何でもするだろう
先輩との関係がダメになった
次はこいつを利用しよう

城は寄生することにした

着いた先は10階建ての
洒落たマンション
オートロックに驚いた
勿論内心でとどめたが

『どうぞ!』
『どーも。』

居間に案内すると
昨夜の肉料理やらケーキやらジュースやら出してきた

『残り物でごめん(笑)。私も朝食べてないからお腹空いたよ~。』

初めて男の前で食べるのか
顔は赤く汗ばんでいる
細かく細かく刻んで少しずつおしとやかに口に運ぶ…

『…そんなチメチメ食ってて食い終わるのか?』
つい突っ込む
『何でそんな赤いの顔。』

『やっ、男の子と2人って初めてだし(笑)。』
『純なんだな。』

腹は満たされた
初めて食ったケーキも旨かった

No.77 10/04/22 22:11
㍊ ( wPNK )

『学校嫌いなの?』
『あぁ。』
『何で朝からあんな所にいたの?違ったら悪いけど…もしかして…家出…とか?』

恐る恐る聞く
城はここぞとばかりに
上手く繋げる

『そう。ジジババと上手くいってなくて。金も置いてきたし、腹減って倒れてた。だから助かった。』

ユウナは目を丸くして聞く

『複雑なんだ…。じゃあ学校どころじゃないね。あっ、今の内なら出来ること協力するよ?親帰って来たら何も出来ないから!何かある?』

ほら簡単だ
心の中でユウナを嘲笑する

『…シャワー貸して。』
『それだけ?他は?』
『思い出したら言う。』
『分かった。今夜も帰らないんでしょ?何か食べる物用意しとくよ(笑)!』
『…マジ?(さすが女は気が利く…)優しいな。』
ユウナは照れながら風呂場を案内し台所へ去って行った

足の傷が気になっていた
血が滲んでるが
黒い靴下だから分からない
シャワーしながら靴下も洗おう

背中の火傷も痒くて
我慢するのに精一杯だった
包帯を外して一度水で流そう

(…痛てぇッッ!)
背中も足の裏も酷くしみた

No.78 10/04/22 22:48
㍊ ( wPNK )

火傷の薬を
何とか手の届く範囲で塗り
制服のズボンと白シャツに着替え
上着も着る

『ドライヤー使うならそこだよ。あっ制服だァ(笑)。上着暑くない?』
『(…暑い)いや。』

髪を乾かす
だいぶ伸びたことに気付く
今時珍しくないし
帽子をかぶればその辺にいるオニイチャンと変わらない

靴擦れが酷いと絆創膏を貰い
コンディションがかなり良くなった

大きめの入れ物に
唐揚げや野菜やご飯を
綺麗に敷き詰め
飲み物までくれた
正直感心した

『悪いな。』
『何もだよ(笑)!これくらいしか出来なくて…。佐伯クン、ジャージなのに妙に格好よく見えた。スタイルもいいんだよね~顔も小さいし…。』
(いいからそれ以上喋るな…疲れの原因が増える)

早く出ようと玄関に向かう
『ねぇ!』
『(今度は何だよ)何?』

5千円を渡された
『少ないけど、私のお小遣いからだから気にしないで。もしもの時の為に…。』

天然じゃなく馬鹿だ
そう思いつつ
儲けた気分で靴を履く

『ありがとう。ユウナ。』

No.79 10/04/23 05:34
㍊ ( wPNK )

ユウナはこの時から城に懐き
週に一度は城を家に入れる為
学校を休んだり遅刻したりした

ポツンと並んだ城とユウナの空席は
やたら目立った

友達が心配して聞く
『ユウナ、最近どしたの?』
『そうそう、あんな真面目なあんたが毎週休んだり遅刻したりさ。』

小学校からの友達なだけに
大親友の3人
何でも話し合えた

『…やっぱり目立つよね。この前先生にも言われたもん。家に直接電話しようとしてたみたいだし(笑)。バレたらヤバイんだよね…。3年で大変な時期なのに。』
『ヤバイ?どうして?』
『話して?』
『いやぁ、実はね…。』

ユウナは忘れていた
2人いる親友の内1人は
自分と同じで城に好意を持っていたことを

この2人なら口外しないと
信じていた
全てを話した

佐伯君を見付けたら
家出してたこと
橋陰に居ること
週に一度家に入れてること
冷たく不器用だけど
話もちゃんと聞いてくれるし
優しい部分も沢山あること
先があるから仕事もちゃんと探してること
可哀相だから時々お金もあげてたこと…

つい見栄も張ってしまう
付き合ってはいないけど
心を許してくれてるから
近い内そうなるかもね
…なんて

No.80 10/04/23 06:22
㍊ ( wPNK )

2人の反応は様々だった

『佐伯君…と?』
『え~、何ソレ!家事情とはいえ…それってまるでヒモじゃん!』

ユウナがムッとして反発する
『佐伯君はそんなつもりじゃないと思う!私が何とかしてあげたいっていうのあったし…迷惑そうな時もあったけど!あの佐伯君にありがとうって笑顔で言われたら…。』
『ダメだわこの子(笑)!目がハート(笑)。』
『ウチも会いたい~!ずるいユウナ、今日は無理だけど今度会わせて!話してみたい。』
『ウン、皆で行って仲良くなれば学校来るかもしれないしね(笑)!』
『ま、面白そうだし。あんたら2人が(笑)。私も行くかな~。』


自分達が彼を楽しませて
最初の友達になろう
そのくらいのノリだった

この安易なノリが裏目に出るとは
全く思いもせずに…

No.81 10/04/23 08:29
㍊ ( wPNK )

一か月以上家に帰っていない
体の傷の化膿も治まり
痣も薄くなった

バイトはもうあの電話きりで
収入も無い

ヨウヘイの家に有り金叩き付けた
無意識の行動だった
病院代と罪滅ぼしのつもりで…

ユウナがたまにくれる
微々たる小遣いで空腹は凌げた

毎日のように学校が終わると
ユウナは会いに来る
不便があればその時言う
そうすれば
犬のようにすぐ行動する
こんな都合のいい奴
他にはいない

今日は快晴で気持ちいい

目立たないように
少し散歩してみよう

カン…ガンガンガン
マンションの工事らしい

【〆〆〆建設】
見た事のある社名のワゴンだ
(…キョウ?)
まさかと思いつつ見上げる

男達が足場を組んでいる
(…トビってこれかな)
ついキョウを探すがわからない

『危ないよ。下がって。』
忙しそうに行き来する人に
つい聞いた
『これ、トビって仕事?』
『…?…そうだよ。誰か探してんのか。』
『いや…。』

居るなら会いたかった
でも迷惑かもしれないし…

変な引け目を感じて
その場を去った

No.82 10/04/23 11:35
㍊ ( wPNK )

城の行動範囲は狭い
橋の陰の窪みを中心に半径1キロ以内だ

祖父は間違いなく毎日車で探しているだろう
また警察に届出してる可能性もある
日中は補導員もいる
朝と夕方は生徒もいる

一度は駅前の方へ行ってみたかった…きっと色々な店があって暇潰しにもなるし
闇や裏でもいい
金を手にすることが出来たかもしれない

人が怖いから無理だ…
祖母もよく買物に行くし
誰かに見付かって
家に連れ戻されるハメになったら
そう思うだけで恐ろしかった
皆が敵に見える

そういやユウナ…
俺の事喋ってないだろうか…
今更ふと不安がよぎる

そろそろ学校も終わって
ユウナが来る頃だろう
一応聞いておこう
戻るか…

いつも通りユウナが来る
『佐伯君、給食の残りのパンと牛乳持ってきた。』
『…いつもどうも。』
『あのさ、明日…』
『あぁちょっと待て、俺の事、誰にも話してたりしないよな。今更なんだけど。』

ユウナはハッとした
『えっと…ウン…学校や親には(笑)!ただ、ミクとサエコにはチラッと…明日会いに来たいみたい。心配してた…から。』

No.84 10/04/23 12:21
㍊ ( wPNK )

どこまで馬鹿なんだこの女…!
言葉が出て来ない

その様子を見て
慌ててユウナが付け足す
『2人、親友だから!サエコなんて1年の時から佐伯君に気が合ったし(笑)!ちょっと会いたいだけみたい。口堅いから心配無いから。』
『俺は今になってこんな状況で…クラスの奴になんか会いたくない!名前すら知らない…恥晒すだけだろ!』
『そんな風になんて思わないよ…。顔見るだけだって…。』
城の怒る顔を見て半ベソのユウナ

こんな馬鹿でも役には立つ
切る訳にはいかない
会うだけならまだ…
こいつの家でならまだ…

『…どこで?』
『え?』
『どこでいつ会うんだって!お前の家だろ勿論。』
『明日…学校終わったら、いつもここに居るから行こうって言っちゃったから…。』
『…。』

やられた…
唯一の隠れ場所が…
そいつらが学校に洩らして
学校からアイツに連絡行ったら…

もう…八方塞がりだ…
城はふてくされるように
芝生の上に仰向けになって
目を閉じた

No.85 10/04/23 16:06
㍊ ( wPNK )

『…ごめん…。』
ユウナが泣き出した

(これだから嫌だ…)

まぁな…
本当に口堅いかもしれないし…
ヤバそうなら移動しよう…
仕方無い…
半ば諦めた

『早い内に念押せば良かった。本当に信用出来るのかよ。』
『ウン、言っておく…。』
『家出なんだぞ俺…連れ戻されたら意味無い…頼むよ…。』
『明日は親早く帰ってくるから…ここしかないかなって。』
『いいから行けよ。』
『ウン、ありがとう(笑)!』
(笑いごとじゃねーし…)

その後は
もしもの時をひたすら考えて過ごした

怪我が良くなっただけ
行動出来るからまだいいか

俺ホームレスだよな
何だっていちいち
構いたがるんだ
どいつもこいつも

腹が立つ…

No.86 10/04/23 16:43
㍊ ( wPNK )

翌日の夕方

遠くから女子3人がこっちへ向かって来るのが見えた
『佐伯くーん!』

城は頭を抱えてうなだれた
(大声で呼ぶなよ!)

3人は苦しそうに息を切らす
ミクもサエコも同じクラスなのに
全く記憶に無い

ミクが言う
『まさかここに住んでるなんて…髪伸びたねぇ!帽子で押さえてんの?』
『別に住んでないから。』

無愛想な城は見慣れてる
お構いなしでサエコも話し掛ける

『元気なら良かった、ウン!家出してるなんて知らなかったし。ユウナの家にたまにでも出入りして食べれてるだけ安心だよ。』

悪気は無いのだろう
どこまで喋ってんだよと言わんばかりにユウナを睨む
(情けない…俺)

1時間半ばかり相手した所で
ユウナが切り出した

『そろそろ帰る?』
『そうだね、楽しかった(笑)!佐伯君、あまりユウナを利用して悪い事したら許さないからなぁ~。』
『(うるさい…とっとと帰れ)…心しときマス。』

サエコがわざと突っ込む
『ねぇねぇ、2人付き合ってんの?』
『サエコ!』
『親の居ない所で2人きりなんてさぁ、不純(笑)。』

城はユウナとサエコのやり取りをくだらなさそうに見ていた

No.87 10/04/23 22:17
㍊ ( wPNK )

帰ると言いだしたユウナが
城の隣にまだ残っている…
何度も振り返って見ながら
ミクと一緒にサエコは帰って行った

城は嫌な予感がした
『…お前も帰れよ。』
『ウン、今日はありがとう!堂々と親に紹介出来る関係なら、気兼ねなく家に呼べるのにねっ(笑)。』

(何でお前と…)
もう溜息しか出ない

『いいから帰れ!疲れた。2度とあいつら呼ぶな。1人にしてくれ…。』
『あ、ウン…またね。』

1人になって
いつもの様にぼんやりと
川沿いの景色を眺める

彼女達の会話のやり取りが
また脳裏を駆巡る

自分で何も出来ない不甲斐なさを嫌なくらい自覚させられた
でもどうしたらいいかさっぱりわからない

このままでは冬が来る
そうなれば完全アウトだ

ホームレス達はどうやって生きてるんだろう

ゴミ箱を漁ったり
ダンボールで過ごして寒さ凌いで
甘えだとか臭いとか言われ
そんなになってまで生きて
何の得がある?

…サエコの顔付きが気になる
話の節々から勘違い女のユウナに
嫉妬でもしてるかもしれない
やたら俺らの関係を追及してた
…ハッキリはわからないが
引き離す為チクられたら俺…

ま、今夜は大丈夫だろう
明日移動場所を探そう…

No.88 10/04/24 05:38
㍊ ( wPNK )

翌朝登校時間
ユウナは橋陰に寄った
朝は来るなと言われていたので
顔を出した事は無かった

昨日の事もあったし
嫌気がさして居なくなってたらどうしようと思い
確認のつもりで寄る

『居た…良かった…!』
城はグッスリと寝込んでいる

起こしたらまた怒らせるだろう
姿を見ただけで安心した
学校へ向かった

HRが始まる前
ミクとサエコと3人でいつものお喋り
勿論昨日の話
だが雲行きが怪しい…

『やっぱり来ないよね~佐伯君(笑)。』
『来るワケないじゃん。サエコ変なこと突っ込み過ぎ。』
『え~変なことって?』
『私達の関係とか。いいじゃんそんな事!佐伯君、機嫌悪かったでしょ?』
『だってもしかしたらそういう関係になるかもしれないんでしょ?ユウナ自分で言ってたし。昨日だってあの後何してたんだか。』
『もしかして…サエコ妬いてんの(笑)?』
『だっ、誰がよ!』

2人の険悪な様子を察知してミクが入る
『ほら、アイツいつも機嫌悪いしさ(笑)!てゆうか、ホームレスみたいなモンじゃん?それでも佐伯がいいの?謎!』

2人が答える
『一時的なものだよ!!』
ミクはあまりの剣幕に引いた

そうこうしてる内にチャイムが鳴り担任が入って来る

No.89 10/04/24 08:15
㍊ ( wPNK )

サエコはユウナが自分に対して
優越感を抱いてる態度が腹立たしかった
自分が最初に彼を好きになったのを知ってるくせに…!

そんなつもりの無いユウナも
サエコのトゲのある話し方に
少々気を悪くしていた
ちょっとした嫌がらせのつもりで言い返しただけだった…

HRが終わるとサエコはさり気なく
教室を出た担任の元へ走った

『先生!』
『お、どうした?』
『だいぶ前に佐伯君が行方不明で家の人から学校に連絡入ってたって言ってましたよね?』
『…あ、おぉ。そうだ。』
『近くに居ますよ?昨日会いました。橋の陰の…』

ユウナがくっついてるのが嫌
佐伯君は別に何とも思ってない
勘違いも甚だしい!
そんな怒りがとうとう爆発した

『本当か。何をやってるんだアイツは…。今すぐ家に連絡入れるから。』
『あっ!先生!…ウチが言ったって言わないで…通行人の通報みたいな感じでお願いします…。騒がれたくないから…。』

担任は深く頷いて
職員室へ入って行った

No.90 10/04/24 11:42
㍊ ( wPNK )

暖かくて風が気持ちいい

昨夜はこの川沿いで
花火をする家族や
改造車を並べて評価し合う人間達で賑わっていたから
あまり眠れなかった

そろそろ起きようと思いつつ
体が中々起きてくれない

その時だった
近くで車が停まる音…
ドアをバタンバタンと閉める音…
1人じゃない…

よくある音でも
こんな近いのは初めてだ

芝生の上を踏み歩く音…
速足で向かってくる…

(…誰か…来る…)
夢か現実かわからないウトウトした状態で耳を澄ます

(…誰だ!?)
ガバッと上半身を起し
警戒体制に入った時にはもう遅かった…

『佐伯!』
髭面の見覚えのある顔
担任が現れた

そしてその後ろから
2度と見たくなかった顔…

祖父が眉間にシワを寄せて
顔を出した…

『城ッ!!』

No.91 10/04/24 18:32
㍊ ( wPNK )

もうやめた(笑)

…学校の人間まで敵なんだ
…逃げても無駄でしょ
…金も車も飯も味方も居場所も無いんだ
…それに社会の仕組みも分からないから1人で進めない
…恥ずかしいことに漢字だって計算だって小学生レベルしか分からない
…新聞すら読めない
…情報収集はTVしかなかったし今はそれも無い
…生活する上での常識とかマナーも知らない
…まだまだ駄目な所あるよ

未成年のガキが1人で
生きて行けるワケない

だからやめた
大人しくしてるよ

殴られたら俺が悪かったんだ
熱湯かけないと約束してくれるんだったら
毎日でも裸になる

抗うからエスカレートするんだよな

中学3年って
片足くらいは大人の域に浸かってる歳だろ?
それくらいちゃんと理解出来る

ばあちゃん言ってたし
世間の目があるから
義務教育の間は仕方無いけど
卒業したら消えろって

あと少しだ…
頑張るよ…


担任が2時限目に授業があるからと城と祖父を家まで送って帰る

祖父に掴まれながら
城は虚ろな目で家に入った

No.92 10/04/24 19:25
㍊ ( wPNK )

祖母が出て来た
城の顔を見るなり
思い切り頬を叩いた

普通なら
心配かけさせて!なんだろう

この家は普通じゃない
『この、恥晒し!恥晒すくらいなら事故死でもしたら良かったのに!』
…だった

祖父が言う
『お前は外泊癖が酷いから繋ぐ事にした。学校なんか今更行ったって行かなくたって同じだから別にいい。外に出て家のこと喋られても困るからな!その前に臭いから風呂入れ。どこで買ったか貰ったか知らんが、そのジャージくらいは洗ってやる。』

そして風呂場に押し込み
衣服を洗濯機に入れ回した

城は言われたまま
今まで通り水を出して流す

(繋ぐって…?)
疑問に思いながら
もう好きにやってくれと
自暴自棄になる

風呂場から出て着替えると
祖父がすぐ首を引っ張り
手錠を掛け
トイレの隣りの物置を開け
そこに繋いであるロープと手錠をガッチリ結びはじめた

(あぁ、こういう事か…)

TVでやってたニュースを
また思い出した
部屋に閉じ込められ飯を与えず幼児餓死
ロープで縛り付けられたまま放置で小学生衰弱死

(中学生虐待死ってホント情けないかもな…)
冷めた目でされるがまま静かにしていた

No.93 10/04/24 20:21
㍊ ( wPNK )

死ね死ね言っても
実際死なれても困るもので
飯だけはちゃんと貰えた

トイレもすぐ隣だ
特に不便も無かった
手錠のせいで上手く手を動かす事は困難だったが…

学校からも連絡は来てたが
祖母が電話で上手くあしらい
担任も不良少年の家庭問題程度でしか見ていない

これと言った暴行も
ここ2、3日
今のところは無い

祖父母がトイレに入る時
わざと踏んだり蹴ったりするくらいだ

城にとってはマシな生活だった

しかしそれは祖母がいたからで
祖父は祖母の外泊を楽しみにしていた…

冷めて大人しい城が面白くない

前みたいに泣いて喚いて許してくださいと言えば可愛いと思える

一種の病気としか言い様がない

久々に自ら飯を渡し
物置の前に座って食べ始めた城に絡んでみる
『まるで犬だな(笑)。』
『…。』
『ハクが死んでからまた犬を飼う事になるなんて(笑)。』
『…。』
『旨いか?答えろ。』
『…クソマズイ。』
『そうだろうな。その飯はドッグフードだ(笑)。』

ガチャン!
思わず皿とスプーンを落とす…

大笑いして祖父は去った…

No.94 10/04/24 21:02
㍊ ( wPNK )

ある朝
祖父が仕事へ行くと
祖母が忙しなく何かの準備をし始めていた

大きめのバッグに着替えを詰めているらしい

思わず聞いた
『…外泊?』
祖母は見向きもせず答える
『温泉旅行で2泊3日。あとはあの人に世話してもらいな。』

血の気が引き思わず叫ぶ
『ジジィも連れてけよ…!夫婦だろ、一緒に行けよ!』

祖母は少し驚きやっと振り向く
『…誰に口を聞いてるの!あの人は旅行に行きたがらない人なの。あんたには関係無いわ!』

城はとうとう暴露した
『ある!俺はクソジジィの性欲処理機じゃねぇ!クソババァ!お前が相手しないからだ!連れて行け!2人で行けよ!!』

反抗するのをやめる決心はした

しかしいざ現実的に物事が進行すると恐怖心が芽生え抑制出来なくなる

その言葉に祖母は言葉を失い
やっと反応する

『性欲…?何言うの…。』
『アンタが間抜け面で楽しんでる間に毎回アイツは俺を…男の俺を…!責任持て!アンタのせいだ!連れて行け!』

物凄い剣幕で叫ぶ城
信じられない内容を聞いた祖母

城の言葉を信じていいのか動揺し1度目の前から姿を消した

No.95 10/04/24 21:39
㍊ ( wPNK )

城は手錠を外そうとした
外れるはずがない…

もう充分締め付けられて
手首からは出血している

外れろ、外れろ、外れろ!
『アイツと2人は嫌だ!嫌だ!』

泣きながら
物凄い音を立てて暴れ出す

祖母は祖父に電話をかけていた
城がおかしいから早く来てと…

祖父は近くで駐車場管理の仕事をしていた
仕事は仲間に頼んで
すぐ帰って来た

流石の祖父も城の尋常ではない様子に引けた

『馬鹿が!静かにしろ!』

取り押さえようとするが
城は手当たり次第
手錠の付いた腕を打ち付け
壁はボロボロになっていく

祖母は驚愕し動けない

『城ッッ!!』
祖父が殴りかかった

城は祖父に気付き
殴られる前に手錠の付いてる両手首で顔面を殴り返す

祖父が倒れた
勢いで城も倒れた

息を切らしながら
時間が止まったように
2人は動かない…

No.96 10/04/25 04:27
㍊ ( wPNK )

祖母は悲鳴を上げて警察を呼ぼうとした
祖父が止める

初めて殴られた
怒りが治まらない

倒れている城を蹴飛ばし
手錠からロープを外す

祖母にテープと小さなタオルを持って来るよう指示し
そのまま抱えて
風呂場に向かった

口を無理矢理開けミニタオルを突っ込みテープで封じた
足もロープで縛る

『暫くここに閉じ込めて置くからもう出ていい。バスに間に合わなくなるぞ。』
冷静を装って祖母に言う

『あなた…あまりやって本当に死んでしまったら…私達…。』
簡単に死ねと口にする祖母の本音が漏れる

『殺しもしないし死にもしないコイツは!少し頭冷やさせるんだ。』
祖母は逃げるように出て行った

(行くなら連れて行け!2人にするなよ!2人で行けよ!!)
…叫ぶ事も出来ない城

風呂場で虐待・溺死とか
熱湯風呂に放り込み全身火傷
…そんな事件もあった気がする

思い出しながら恐怖と闘う
熱湯…熱湯だけは…

足を縛られても動く事は出来る
俺は子供じゃないから
何とか出来るはず
早く何とかしないと…

祖父が戻って来る
小さなやかんを手に…

No.97 10/04/25 12:18
㍊ ( wPNK )

自由に羽ばたく背中の鷹は
完全に消えてしまった

城は中学3年生
普通なら受験勉強に精を出すか
進学しないなら仕事探しか…
仲間とつるんでバカやって笑ったりしている年齢だろう

その歳と体力なら充分逃げることが出来たかもしれない

でも繊細なこの歳だからこそ
触れられたくない
知られたくない
見られたくない
騒がれたくない
そんな複雑な思いが絡み
益々悲惨な状況へ追い込んだ

物心付いた時から
怒鳴られ叩かれ罵られ
部屋に閉じ込められ
社会を知る機会も無く

城の世界は
学校と家だけでしかなかった

頭の中でいつも両親や祖父母の顔と言葉に支配され続けた
今日は15歳の誕生日だったのに

…深い深い眠りに付く
…闇の中を彷徨う

(俺やっと死ねたんだ)

そう思っていた…
そうでありたかった…

No.98 10/04/25 14:38
㍊ ( wPNK )

失神していたらしい
目が覚めると浴槽の中でズブ濡れだった

(…臭い…俺か…?)
体を起して見渡す
黄色っぽい液体で濡れている

『小便…かよ。』
唖然とした
同時に何かが心の奥で切れた

(犬の飯と小便…もう人間でもない扱いか…)
妙に冷静な自分がいる

周囲を見る
小さなやかんが落ちている
熱湯を流しきって空っぽだ

手錠を見る
暴れたせいで手錠に締め上げられた手首から先は
薄紫色になって冷えていた
それでも手は動く

ロープでくくられた足を見る
多分解けるだろう
音を立てない様に集中する
割と簡単に解けた

風呂場のドアを開ける
アイツは居るんだろうか…
試しに思い切り浴槽を蹴飛ばしてみる
ドンッ!
…シーンとしていた

安心してシャワーを出す
背肩に激痛が走る
でも前ほど辛くない
もう痛みにはだいぶ慣れた
小便を洗い流す
足も使ってボロボロのシャツを破り脱ぎ捨てる

手錠を外す方法を考える
その辺で入手した安物だろう
よく見るとチェーン部分が弱そうな気がした
手首が千切れてもいい
キッチンの椅子の背もたれに向かって思い切り両腕を振り下ろす…

『ウァッ…!!』
激痛と共に血が吹き飛ぶ…

No.99 10/04/25 17:51
㍊ ( wPNK )

手錠のチェーンは散った
手首の皮は裂け血が滴る
チェーンが切れても
手錠そのものは両手首に付いたままだ

動けば傷口に擦れて痛い…
痛みなんてのは小さい時から今日まであって当たり前のことじゃないか…
痛みを感じてる内は
死にはしないんだ…

ジャージに着替える
血だらけの手首に何か巻かないと目立つ
包帯とかなんて
どこにあるかわからない

風呂場に脱ぎ捨てたシャツを裂き
手錠の上から適当に巻いた

ふと鏡を見ると
湿気で剥がれた口のテープがまだ付いている

剥がしながら呟く
『許さねぇ…。』

アイツはどこへ行った…
見付けたら…

テーブルに紙が置いてあった

出るなら出て行け
逃げるなら逃げろ
必ず連れ戻すぞ
抵抗すればするだけ
仕置も倍だ
好きにしろ

もう完全にゲーム感覚だった

『見付けたら…俺からケリつけてやる…!』
殺意に満ちた目で家を出た

No.100 10/04/25 18:35
㍊ ( wPNK )

城は祖父の仕事を知らない
すぐ近くの駐車場で働いている事も知らない

川の方向へ向かって歩き出した
そう…まさにその駐車場の前を知らずに通って

見た事のある若者が
目の前を通り過ぎる
祖父は気付いていた

脱出出来たんだな城の奴
懲りずに川へ行くつもりか
まぁ数日余裕をやる
怯えながら野良猫気分を味わうがいい…

城は自分の唯一の居場所の
橋陰の窪みへ向かっていた
ずっと気にしていた…
バッグと帽子を取りに

初めて他人に優しくされ
無償で貰った物だ
特に初めての帽子は相当お気に入りだった
薬も入ってる

(無くなってたら凹む…)
そんな不安をよそに
そこにちゃんと揃ってあった
(良かった…)
中もあの時そのままだ

『佐伯君!』

突然後ろから呼ばれて驚く
ユウナだった

『佐伯君、良かった会えて…突然消えたから…』
『消えた?!』
城は目の色を変え
ユウナの顎を強く掴んだ

『よくも平然と…!テメェらが口滑らせたから捕まった…担任も来た。テメェかサエコかミクの誰の口からかは関係ねぇ。2度と俺の前に現れるな!』
怯えきったユウナを押し飛ばし
帽子を深くかぶって去った

No.101 10/04/25 20:16
㍊ ( wPNK )

18時
日も少しずつ傾き
肌寒い季節が近付いていた

『おーい、片付け終わったか?帰るぞー。』
男達は腰道具を外して車に積み
現場の水道で手や顔を洗う

『いやー疲れた。』
『今日飯何食おう。嫁居ないんすよ。飯無い!』
『ラーメン食べたいすねぇ~。』

赤い頭の男が言う
『じゃあラーメン食うか、味噌!』
『…何で味噌限定(笑)。』
『川向かった所に旨いとこあるよ。行こ。醤油激旨。』
『決定~!』
『おい!俺の味噌は無視かよ(笑)!』

現場を出た彼らは
川へ向かって走り出す

信号が赤になった所で
何か揉めている3人を見付ける

『何やってんすかね。』
『…キョウさん!アレ…。』
『あぁ…アレな…。ちょっと信号渡ったら車停めてくれ!』

ハザードを付けて停める

3人の内1人は城だった…

No.102 10/04/25 20:40
㍊ ( wPNK )

いきなり出て行ってもと思い
窓を開けて様子を見る

チャラチャラした感じの男達が言う
『いやいやだからさ、人にぶつかってね、そんな大袈裟に痛がるってどういうこと?って聞いてんの。』
『医療費払わす魂胆?』

城が怒鳴る
『絡んできたのはそっちだろうが!正面からよけずに寄ってきやがって…!』

『へぇ~オレらが悪者なんだ?ボク中学生?2千円で許すよ(笑)。』

どうやらカツアゲらしい…
『今時かって手口だ(笑)。』
『あ、キョウさん行った。』

城が虚勢を張ってるのが
すぐ分かった

キョウはわざと城の後ろから肩を軽く叩いた

『おい、ボーヤ。』
『…!!痛ってぇなッ!』

あまりの痛みに
城は確認もせず振り向きざまに
殴りかかった

キョウの左腕に当たる

No.103 10/04/25 21:00
㍊ ( wPNK )

『痛ッ。お前…!俺がか弱い美女だったらどうすんだ…。』

城は言葉が出なかった
(キョウ…?)

『なぁ、話聞いてたんだけど。こいつ何かしたのか?』

2人の男は引くに引けず言う
『いや、当たり屋かと…ぶつかっただけで普通じゃない痛がり方するからさぁ。』
『そうそう。』

途端に城が反応
『違う!お前らから…!』

キョウが止めに入る
『待て待て待て、お前は待てって。今見たろ?本当に肩痛めてんだわ。許してやってくんねーかな。な?!』

ガテン系の赤い頭の男が
上から目線で見下す

その奥でワゴン車から
こっちにガン飛ばす男達数人が見える

2人はすぐ去って行った

まさかまた会えるとは
思ってもいなかった
本心は嬉しい

でも城は
そんな素直な性格じゃない
むしろ前より歪んでいた

No.104 10/04/25 21:22
㍊ ( wPNK )

あの柔らかい笑顔で城を見る
『元気かよ。何か揉めてる奴いると思ったら…そのジャージと帽子で分かった(笑)!』

城は言葉が出てこない
キョウの目を見れない
両手を後ろに隠したが
キョウは見逃さなかった
そして見て見ぬフリをした

『肩完治してないのか?薬悪かったかな…。あれから家帰ってないのか?』

首を横に振る
(声が出ない…)

『先輩とやらはどうした?まだ世話になってるのか?』

また横に振る
(先輩にはもう…)

『あのなぁ…エスパーじゃないから喋ってくれないと分からん(笑)。ラーメン食いに行くんだ、奢ってやるから来い。』

…横に振る

キョウは溜息を付いた
そして小声で言う

『この短期間で何かあっただろ。一時間半…待てるか?一旦会社戻って一時間半後、自家用でここに来るから。いいな。』

今度は頷く
キョウはホッとした顔をしてワゴンに乗り込む

『よし帰る!』
『えっ!ラーメンは!?』

一時間半後まで…
そこの公園で待っていよう…

No.105 10/04/26 07:56
㍊ ( wPNK )

ベンチじゃ目立つから
キョウが来ても見える木陰の垣根に腰を降ろす

下校する学生が通る
今流行の芸能人や音楽の話
ファッションの話
聞いても全く分からない

買物帰りの親子が通る
誕生日のケーキを早く食べたくて楽しみにしてる子供

自分が誕生日を迎えたことも
全然知らない城
祝われたことは勿論無い
日付すらよく分からない毎日

信号待ちの車
中でイチャつく男女
異性に興味をもったことも
意識したこともない

時計の無い城にとって
一時間半は長い
考える時間だけが余計にある

ふと気付く

両手に巻いた血で滲んだ布
見られて問われたら
何て言えばいい?
布切れを外せば下は手錠だ…

こんなみっともない姿
絶対見せられない

思い出したように顔を触る
鏡を見てテープは取ったから
もう付いてないよな?
でももしまだ付いてたら…

次々と気になる

俺臭いかも
小便まみれだったから
シャワーで流したけど
匂いが染みついてて
心の中で軽蔑されたら
臭いって嫌な顔されたら…!

まだまだ気になる

No.106 10/04/26 08:13
㍊ ( wPNK )

背中の火傷
さっきのでまだ怪我してるって気付かれた
もう治ってておかしくないのに

また見せろって言われ
先輩の家からのこと聞かれたら
どうはぐらかそう…

クラスの女子に世話になったとか
食わせてもらったなんて
死んでも言えない

チクられて捕まって…
ロープで繋がれて!
犬の餌を食ったなんて!!
熱湯で気を失って
小便かけられたなんて!!

…言えるかよ!!

ボロボロと涙が溢れる

…本当は助けて欲しい
…でも内容は言いたくない
…話さなければ理解してもらえないだろう

キョウなら何とかしてくれそうな気がした
待ってろって言われて
凄く嬉しかったんだ
あんな気持ちになったことは今まで無い

キョウを信じたい

でも…でも!
信じて…
また裏切られたら…
学校や家に連絡されたら…

会うのはやめよう

城は垣根を降り隠れるように
芝生の上で膝を抱え
声を出さずに泣き続けた

No.107 10/04/26 11:26
㍊ ( wPNK )

最近泣いてばかりだ
しっかりしないと
泣いてどうにかなるワケじゃない

そう思いながら涙を拭き
ぼんやり先を考える

もう時間になったのか
聞き覚えのあるクラクションが鳴る

垣根から覗く
車道を挟んで停まっている
真っ黒い車…キョウだ

もう会わないって決めた…
諦めていなくなるまで待つ

でもキョウは中々諦めない
また鳴らす
クラクションが響き渡る

城は耳を塞いで隠れ続けた

何度も鳴らす
周囲の冷たい視線を無視して

出て来ーい
来るまで鳴らすぞ
周りなんか関係ねーよ(笑)

そう言っているように聞こえる

段々長めに鳴らし始める
通行人や信号待ちの車の人達が
怪訝そうな顔で黒い車を見る

城は耐えられなくなった
キョウが呼んでる
待ってくれてる
俺をずっと待ってる

行かなきゃ…!
垣根を飛び越えて走り出した

キョウも車道の向こうから
城が走って来るのを見付けた
人や自転車をかわしながら
必死に向かって来る

クラクションを止め囁く
『そんな焦んなくてもいいのによ…(笑)。』

No.108 10/04/26 14:12
㍊ ( wPNK )

キョウが停車してる隣に
信号待ちで停まっている車

城は気付いた
…ツートンの祖父の車

今回は城を探して走り回っている雰囲気でも無い
むしろ気付いてさえいない

顔が強張り体をひるがえす

『あれ?何で…?』
キョウが不思議そうに
その様子を眺めていた

『あ…バカ!危ねぇッ!』
車内で思わず叫ぶ

城は車が行き交う大きな交差点に脇目もふらず走り込んだ
祖父から逃げる事しか
もう頭にはない
無我夢中だった

(何で…何でこんなタイミングでアイツが…!!何で!)

キキーーッ!
パーーパパパーッ!
ブーーッ!

急ブレーキをかける車
クラクションを鳴らす車
その後ろで追突音も聞こえた
罵声も飛び交う
通行人達も足を止めて叫ぶ

軽く乗用車と接触はしたものの
交差点を無事渡りきって
城は逃げて行った…

祖父は騒ぎに気付くが
城の姿は見えていない

信号が青になる

『…クソッ!』
キョウはアクセルを踏み込み
無理矢理流れに割り込む

城を追う為に…

No.109 10/04/26 18:04
㍊ ( wPNK )

城は走った

人を押し退け
信号が赤でも全く見ていない
あちこちで
クラクションやブレーキ音
間一髪の瞬間…

キョウは車を飛ばすが
中々追い付けない
とうとう見失う

『何だってんだよアイツは…!死にてぇのか!?』

諦めるか…いや
今捕まえないと
この先会えない気もする
そろそろ体力も限界だろうし
その辺でぶっ倒れる頃だろ
もう少し回ってみるか

そう思って交差点を曲がった

城はその通り
暫く先の方で限界を迎える

道端で膝を付いて
呼吸が落ち着くまで待つ
苦しい…

その姿を心配して
女性が声を掛ける
『あの、大丈夫…ですか?』

ゼェゼェと胸を押さえ振り向く
かすれた声でやっと一言
『…うるせぇ、消えろ…!』

女性はムッとしながら
その場を去った

呼吸を整えながら
パニックに陥っている

どうしていつもあと一歩で現れるんだ!
どうして俺が逃げなきゃならない!
見付けたら自分からケリ付けるって決めたのに!

いつも決意しては
いざとなると臆病になる…
どうして…
どうしてこうなんだ…
情けない…

自分を責め続けるしかなかった

No.110 10/04/26 19:15
㍊ ( wPNK )

クラクションを鳴らしてみるか?
いや…やめておこう
今のあいつなら
逆に逃げるかもしれないし

何に怯えて逃げたのか…
気が変わって逃げた様には
見えなかった

色々考えながら
左右を探して走る

『…いたッ!』

キョウは少し離れた所に車を停め
城の方へ歩き出す

なるべく驚かさないように
斜め後ろにしゃがんで
そっと声を掛けた

『…迎えに来た。』

城は振り向かなかった
視界にキョウのダボダボの作業ズボンが入っていた
彼だというのは分かっていた

『…。』
『行くぞ。乗れよ。』
『…。』
返事が無い

震えている城を見て
どうしていいか困惑する
いつも通りでいっかと吹っ切る

『俺、ハタから見たら苛めてるみたいだから…お願い。移動して(笑)。ねッ!?』

城は黙ったまま立ち上がる
同時に両手を後ろへ隠しながら

No.111 10/04/26 19:51
㍊ ( wPNK )

『頼むから逃げないでくれよ?オニイサンもう歳だから追い付けないからさ!』

車の方向へ歩きながら話しかけ
ドアを開ける
すると城は止まった

『どうした?』
『…乗らない。』
『え?乗らない?…なら牽引するか?安心しろ、牽引免許はあるぞ(笑)。』
そう言ってまた促す

『乗れない!』
城が突然叫ぶ

『…何でだよ。』
『汚くて臭いから!乗れない!汚せない!だから行ってくれ!構わないで行けよ!』

前に会った時を思い出す…
体を見た時だ
汚いからって言ってた
アレか…?

『落ち着けって。あのな、お前は汚くないし臭くないの!前も言ったろ?』

隙をついて
キョウから離れようとした城の服を瞬時に掴み
車へ乗せた

『諦めな(笑)!』

俺…これじゃまるで
誘拐犯みてぇだ…

溜息をついて
やっと車を動かした

No.112 10/04/26 21:16
㍊ ( wPNK )

城はグッタリとして
キョウを見ないようにしている

弁当屋が目に着いた
城の両手首を見てしまったから
店で食べるなんて誘いには
乗らないのは分かっていた

『腹減ったぞ俺は。食べたいモンあるか?』
『…肉。』

食欲があるだけ安心
焼肉弁当と豚汁を買う

『ちょっと持ってろよ。』
弁当を城に渡そうとする

思わず両手を出し受け取る城
しかしすぐ袖を伸ばし
手首を隠した
キョウはまだ知らないフリをするが
確認する為にわざと仕掛けた

『どうして逃げた?軽く車に当たったみたいだけどよ。痛むとかはないのか?』
『…ない。嫌なの見ただけ。』
『嫌なの?』
『…家の奴。』
『なるほどな。車道に飛び出すくらい嫌いなワケね。』
『…。』
『背中は。痛いんだろ。』

城はうつむく
『…またちょっと怪我しただけだから。』

素直じゃねぇなと思いつつ
仕方無いかと納得する
言いたくないこともあるだろう

駐車場に車を突っ込む

城が挙動不審になる
『ここはどこ。』

『俺の城!』

No.113 10/04/26 22:22
㍊ ( wPNK )

ユウナのマンションより大きい
城は車から降りようとしない

『次はどうした。』
呆れた顔でキョウが言う

焦っていた
部屋に上がったら
話さなきゃならない状況になる

手首がバレる
背中も見られる
汚い臭いと嫌われる

嫌われる…
嫌われたくない

先輩とかぶる
優しさに甘えて結局
あんな事して
利用手段として接したのに
いざ亀裂を入れてしまうと
後悔だらけで…
胸が張り裂けそうになる
あんな思いはもう充分だ

また目付きが変わってくる…
『俺、ここに用事は無い!』

キョウの眉間にシワが寄る
何も言わず運転席を降り
乱暴にドアを閉めた

そして城の方に回り
ドアを開ける

持っていた弁当を引ったくり
下に置く

怒らせたかと怯えた目で見る城
その顔を両手で触れ
心を見透く勢いで城の目を見る

初めてハッキリ正面から顔を見た

キョウの目はくっきりとした二重
目鼻立ちもしっかりしていて
顎髭を少し生やしている
いわゆるガテン系色男だった

『…離せよ。』
キョウの両腕を掴む
手首の事なんて忘れていた

キョウも手を顔から離さず
言葉を選んで
静かに口を開く…

No.114 10/04/27 02:46
㍊ ( wPNK )

『よく聞けよボーヤ。』

キョウの腕を掴む城の手は
また震えていた

『赤の他人が首を突っ込んで…お節介だと思うかもしれない。話したくないことも、知られたくないこともあるだろう。それは理解してるつもりだから。』

顔から手を外し
今度は自分の腕を掴んでいた
城の手を取って見た

城はハッとして
腕を引っ込めようとした…が
キョウはそれを許さず
そっと袖をめくる

『見んなよ!!』
顔を赤くして怒鳴る城
力任せに腕を引いた

応急処置で
適当に不器用に巻かれた
赤く染まり汚れた布
手錠までは見えなかった

城はそれでも懸命に両腕を隠す
目には恥ずかしさと怒りに満ち
涙が溜まっている

その姿にキョウも胸が熱くなる…
もうダラダラ話すのはいい

『俺、お前を助けたいんだ。』

城の目から涙が流れる
いつも待っていた言葉
いつも願っていた言葉
いつか誰か助けてくれる
それが城の唯一の【夢】

自分の力だけでは
生きて行くことが出来ない社会

まだ自分のことを知らないのに
この男はどうして?
そんな疑問を抱きながら
腕を隠すのをやめ
服の袖で落ちる涙を抑え続けた

No.115 10/04/27 18:03
㍊ ( wPNK )

泣いてばかりいた俺は
自分の存在価値を問い続け
答えが見付からなくて
自分が人間である自信が
全く無くなっていた

…だって
本当に分からなかったんだ

何故、皆は笑えるの?
何故、皆は人が怖くないの?
何故、皆は愛されているの?
何故、皆は進めるの?
何故、皆は傷を負わないの?
何故、皆と違うの?
何故、俺は帰る場所が無いの?

ロープとドッグフードと小便…
一生忘れない

人間として生きる事を
確実に否定された瞬間だった

どんなに決意して
自分の為だからと
立ち上がり続けても
恐怖心が邪魔をして背を向け
意志と逆の行動を取る

そんな自分が
情けなくて情けなくて
自分で自分を拒否する

もう俺には立ち上がる理由が
何も無くなった…
1人じゃ無理だった…

先生、先輩、ユウナ
ちゃんと話せば
助けてくれただろうか

暴行され、飯も無く、部屋も無く、湯も使えず、縛られ、罵られ、熱湯に怯え、人以下の扱いで、犯されてますって言えば…

キョウ…
助けてくれるんだろ
アイツを殺してくれたら
俺助かるんだ

だから…早く助けてよ…

―城―

No.116 10/04/27 19:17
㍊ ( wPNK )

城が落ち着くまで
キョウは傍らで静かに待っていた

気まずそうに顔を上げる城
キョウが笑いながら声を掛ける
『よし(笑)。行くか。』

先を歩くキョウの背中を見詰める

肩幅があり逆三角形の広い背中
細身なのに
強靱な筋肉で固められた腕

いつか自分も
そんな体になりたいと思った

キョウの部屋は2LDK
やっぱり割と小綺麗にしている

『ま、ちょっと適当に座れ。』
そう言って何かを探し始めた

城は部屋を見回す事もせず
ソファーに腰掛けた
酷い緊張感で汗ばむ

これから何されるか想像はつく

明るい電気の下で気付く
手に固まった血が付いている
巻いた布も含め
もう全てが汚いと思った

『…汚い。』
『えー?何だって?』
『…シャワー貸して。』
『シャワー?いいけど、待てって。順番てのがある。』
そう言ってキョウはまだ何か探す

城は自分の全てが汚れきっていると思い込み
どの家に入っても
シャワーの事しか頭に無い

『汚れるから!早く貸して!』

キョウがハサミとガーゼを持って戻って来る
『分かったから!でもまずはこっち。手、出せ。』

No.117 10/04/27 19:40
㍊ ( wPNK )

城はキョウを確かに信じた
それは間違いない

ただ
祖父から受けた虐待行為の内容に関わる事については気を許していなかった

抵抗してでも
やっぱり見せたくない
俺は気持ち悪いから…
人間じゃなく化物だから…

手を見せろと言われ
目が吊り上がる
手錠が…まだ…

『…見せられない。』
『何でだよ。さっき見たぞ。怪我してんだろ?オニイサンに任せなさい。』
『このままでいい。怪我には触れるな!』
『巻いてる物に触れるから、怪我には触れマセン!』

キョウはお構いなしで腕を取る
硬い物に当たる感触

『何…巻いたんだ?』
嫌がる城を体でガードし
ハサミで一気に切る

ガチッと刃が当たり
手錠が顔を出した

『…。』
言葉を失い振り向いて城を見た

城はソファーに座り込み
ふてくされて向こうを向く

No.118 10/04/27 20:30
㍊ ( wPNK )

『手錠…って…。』

もう片方の腕の布も切り取る
城はされるがまま黙っていた

『家の奴か。』
『…。』
『どんな家だよ…親か?』
『…。』
反応すらしない
『この傷も…相当暴れたんだろ。深いし。』

外さなきゃな…
さてどうするか…
まさかこんな物が…そうだ!

工具箱を取り出し
ガチャガチャと探す

キョウは落ち込む城を見た
『いいか、見てろよ。』

その言葉につい興味を持ち
体を起こして手元を見た

針金のような物で鍵穴を弄る
…取れた!
得意げにもう片方も同じくやる

城は目を丸くした
『…凄い…外れた。』

キョウはニヤッと笑って片付ける
内心ピンで外れる手錠で良かったと安心しつつ…

『尊敬したか(笑)?』

No.119 10/04/27 23:57
㍊ ( wPNK )

城の手首を消毒する
痛みに耐えながら城は
キョウがやる仕草を見ていた

心配したほど
酷い驚き方をしなかった
軽蔑もされてないみたいだ
それだけで安心した

『よし…。風呂入るまでこれでいいだろ。手洗えよ。飯にしよう。』

冷めた弁当を温めて渡す
『…何て弁当?』
『焼肉弁当。不味いか?』
首を横に振る
『これが焼肉…。』
『?』

中学生なんだろうけど
どこかそんな気がしない
もう少し小さな子供を相手してる気分になる
何故かはまだ分からない

『そういや、名前。聞いて無かった。てか教えてくれなかったしな。』
少し考えて伝える
『…ジョウ。』
『ジョウか。名字は?漢字と。』

城はヨウヘイの話を思い出す
佐伯城って城の話

『城って書いてジョウ。名字は秘密。』
『何でだよ(笑)。』
『城跡だから。』
『…??』

会話していても
何だか腑に落ちない…
まぁいっか!

今度は自分の話をする

No.120 10/04/28 01:35
㍊ ( wPNK )

『俺は神崎鏡矢、33歳バツイチです。鏡に矢でキョウヤ。キョウでいいです。ヨロシク。』

(何で敬語…)
城は少し後悔していた
名前ちゃんと教えないと…
この人にだけは…
そうしなきゃいけない気がする
しかしタイミングを逃す

『さ、風呂入るか。いいぞシャワー。…あ。』
背中の怪我を思い出す
『そうだった、背中もだな。どれ見せてみ。』

城の表情が一気に曇る
手首に気を取られて
背中の痛みなど忘れていた

鏡はその表情を見逃さなかった
立ち上がって城の隣に座る

『まだ信用出来ないか?怖がらなくていいから。どんな傷や体だろうと汚いとか嫌だとか思わないから。言っただろ。助けたいって…。』

また熱湯をかけられてから
城は自分の背を見ていない

残っていた鷹の羽先も
消えてしまっただろう

鏡が見守る中
ゆっくりジャージを脱ぐ…

薄暗い車の中と違って
ここは明るい…

No.121 10/04/28 05:45
㍊ ( wPNK )

(あぁ…)
酷いなんて物じゃない
ほぼ治りかけた状態とは言え
やっと再生してまだ柔らかい皮膚とケロイド状になった皮膚が痛々しい

その上から再度浴びせられた
熱湯の跡
水膨れが破損し
服と擦れ合い
ただれてめくれ落ちた皮膚
右半分の背肩が赤く炎症

薄れても一生消えないであろう
深い傷跡

腕は手錠を外すのに必死で
壁に打ち付けた時の痣

空気に触れて痛み出したのか
城の肩が震え呼吸が荒くなっているのが分かった

自分が動揺すると
またこいつは
汚いからと騒ぎ出すだろう…
少しふざけてやるか…

『あららら…よく我慢してたな!さすが男だ(笑)。俺なら死んでる!』
『…そんな酷いの。』
『(ヤベ…)酷いっちゃあ酷いけど、俺注射嫌いだし(笑)。痛いのダメ。』
『手とか傷だらけなのにか。結構喧嘩とかしてたんだろ。』

意外に鋭い所に逆に驚く

『シャワー大丈夫か?しみるぞ?』
『前ので慣れてるから。』
『…そうかい。水で流せよ。熱持ってるし。手伝うか?』
『いらねぇし!』
『冗談だ。照れんな(笑)。』

城の頭をクシャッと撫で
タオルを持たせた

No.122 10/04/28 08:31
㍊ ( wPNK )

今日も長い一日だった

城の背中に薬を塗って
ガーゼを当て
丁寧に包帯を巻く

城はさっきまでの悩みはどこへ行ったのかと思うほど
気持ちが穏やかだった

鏡は無理に虐待の内容を聞かず
サッパリした性格で
どこかヨウヘイのノリに似ていた
親近感が湧いてきたからかもしれない

ソファーに座りながら
ウトウトしている城を見て
鏡も安心した

『明日髪切りに行くか。お前身なりきちんとしたらイイ男だぞ(笑)。それ染めたのか?』
『染めてない。地毛。』
『随分明るいな。きっとハゲるの早いぞ。』
無垢な城には
あまり冗談が通じない

『本当…?マジで嫌だ…。』
本気で落ち込む
『嘘だって。面白い奴!』

明日?
明日は何月何日で何曜日だ?
ふと疑問に思いながら聞く

『明日、仕事?』
『日曜日だから休み。』
『良かった。』

そう言うとまた寝入る
鏡はやっと素直な一面を覗かせた城を見て微笑んだ

自分のベッドに寝るよう促し
鏡はソファーで寝た

No.123 10/04/28 12:15
㍊ ( wPNK )

快晴だった
鏡との出会いを祝うように
雲ひとつない秋晴れ

鏡は朝一
城を美容師に預ける

『じゃ、スカッと丸坊主にしてやってくれな!』
『坊主は嫌だって!』
本気で怒る城がたまらない
美容師も大笑いだ

その間に
城が着れるような服や靴を買い
布団も買った

買物を終え
城を迎えに行く
丁度終わった所だ

『あ、神崎さん!今終わりましたよ。』
『おー、垢抜けたな(笑)!』
城は何も言わず帽子をかぶった
顔が赤い

『照れんなって。せっかくやってもらったのに帽子って…美容師サンに失礼だろ(笑)。』
『坊主はひたすら拒否してましたから。』

車に乗り込み
荷物の多さに驚く

『こんなに何買った?』
『お前が使うモンだよ。ジャージと制服じゃこれからも無理あるだろ。』

城は少し戸惑い始める

No.124 10/04/28 12:43
㍊ ( wPNK )

『俺、金もう無い…いつこの分を返せるかわからない。バイト辞めたし…中学だとほとんど仕事無いし…。それに…。』
段々と口籠る

鏡は相変わらず
笑いながら突っ返す

『バーカ。俺が中坊に見返りなんか求めると思うか?これからの事はゆっくり考える。お前の意思尊重してな。今夜は布団が必要。明日は服が必要。だから買った!文句あっか?金の心配は大人に任せろ。お前は青春する為に女の作り方を考えろ(笑)。俺こう見えても稼ぎはいいんだ。』

『…うん。…ありがとう。』
小さな声だったが
初めてやっと礼を言えた

ずっと居座る訳にはいかない
そればかり考える

金出さないと
鏡だっていつか嫌になる
稼がない働かない穀潰しって
鏡だっていつか愛想尽くす…

それが怖かった

No.125 10/04/28 14:19
㍊ ( wPNK )

『そういや、お前の家ってどこだよ。』

ギョッとした
教えたら連れて行くのか?
もしかして鏡もアイツらと…

『どうして家!?』
『地理分かんないんだろお前。万が一の時の為に持たせてやる。お前の家と俺の家との地図。駆け込み寺にはなるだろ。』

本当に何故ここまで…

『でもここがどこか全然分からない。教えてあげられない。』
『あー…そうだよな(笑)。学校行けば分かるか。』

一旦学校へ寄る
そこから説明する

とうとう家が見えてきた
『そこ。』

2度と帰りたくない家
次連れ戻されたら
最後かもしれない
あの手紙…
これ以上の仕置って
どんな事をされるんだろう

絶対捕まる訳にはいかない!
自然と冷汗が出て来る

『この一軒家か。分かった。悪かったな、見るのも嫌だったろうに…じゃ帰ります!撤収!』

アクセルを思い切り踏み込んで
加速する

そんな鏡の上手な気遣いが
城は大好きだった

その後
ドライブスルーに寄り
ハンバーガーというのを初めて食べた城

食べたことがない
知らないと言っても
中々信じてもらえなかった

No.126 10/04/28 18:57
㍊ ( wPNK )

家へ帰ってから
鏡と2人でじっくり話し合う

一番早いのは携帯を持たせる事
いつでも連絡が取れる
でも城は拒否した

もし見付かった時
携帯なんて持ってたら
手当たり次第調べられる
そうなると鏡に迷惑がかかる
それは出来ない

…とまでは言わなかったが
断じて拒否し続け
鏡が根負けした

じゃあやっぱり
この辺の地図描いてやると
手描きで説明する

これが学校
そしてお前の家
川はここ
お前の先輩の家はここだから
そこからこう来て
ここが俺の家
ついでだから俺の会社も…

『な?分かりやすいだろ。』
『…ここに目印ないの?』
『あ~!ここ歯医者ある。描いとくか。』
『これ信号何個目?』
『えっ?!えーとなぁ1、2…確か3個。多分(笑)。描いとくから。こっちも。』

段々余計な描き込みが増える

城はゴチャゴチャになった地図を手に取り困った顔をする
『…逃げても辿着けない。』

鏡はガックリ肩を落とし
地図をコピーして渡した

『こっちのが細かいし分かりやすいか…。』
『うん。』
『ハッキリ言うなよ…(泣)。』

No.127 10/04/28 19:27
㍊ ( wPNK )

鏡にとっても
城の存在は新鮮だった

初めてコンビニで見た時は
家出中の汚いガキかよという気持ちもあった
あの時の必死な姿を見て
何かを感じ放っておけなかった

城は地図に印を付けようとする鏡を止めた

『このままで覚えられるか?』
『覚える。』
『ならいいけどよ。携帯が嫌ならいざって時は公衆電話しか…小銭やるわ。』
『公衆電話?何?』

鏡はこの『何?』が
いつも疑問だった
普通に誰もが知っている事を
聞き返してくる…

最初の内は悪ふざけかと思った

携帯が普及した今
使う機会が無いにしろ
【公衆電話】くらいは中学生なら流石に知ってるだろう

さっきなんか
『ハンバーガーって何?』だった

少し面倒だなと思い
1度指摘してやれと
わざと強い口調で返す

『何?って…公衆電話くらいは分かるだろーが。そんな奴居ないぞ今時。わざとか?わざとだろ。嫌がらせだろ。吐け。』

それでも
冗談混じりのつもりだった

しかし城はハッとした顔で
下を向いてしまった

あまりにも重い空気が伝わる
鏡は後悔した
本当に知らなかったんだ…

No.128 10/04/28 20:00
㍊ ( wPNK )

『…ごめんな。そんなつもりじゃなかった。』

正直に謝ってみた
そしてついでだから
聞いてしまえと思って言う

『いや、あのな。普通を知らないからダメとかじゃなくて、どうしてそこまで無知なのかと。いやいや、無知って馬鹿にしてるワケじゃないから!』

もうどうでもよくなる

城は昔から賢かった
鏡の言いたい事は分かる

いつか言わなきゃならない事
言わなきゃちゃんと理解してもらえない事
そうしないと
鏡は自分に対して
気を使いっ放しだって事…

虐待されてるのを知ってるから
助けに来てくれた
打ち明けなきゃ…

そしてゆっくり話す

両親は離婚と同時に姿を消し
今の祖父母の家に置いてかれた
暴行は古い記憶で3歳からで
家から出られるのは学校だけ
嫌気がさして家出しても
何も分からなくて怖くて
遠くへ行けず
見付かる度に連れ戻され
また殴られるの繰り返しだと…

暴行の詳しい内容だけは
言えなかった

鏡は城の顔から目を背けず
じっと聞いていた

No.129 10/04/28 20:54
㍊ ( wPNK )

簡単な家庭環境の説明だった
それでも鏡は
ビールを置いて聞いてくれた

話せば問われる
それも覚悟していた

少し間を置いて鏡は口を開く

『肝心な話を聞く前から無神経なことを言ったな俺…謝る。もっと知りたい。暴力振るわれたきっかけは何だ?あるだろ、何か。』

城は記憶を何度も辿ってきた
今でも模索する
だけど…

『無い…見付からない。3歳の時の記憶、名前呼ばれて怖くて壁に張付いてて…気付いたら蹴倒されてて…でも原因は分からない。』

『…何て事を…3歳なら親の都合での暴力だろ。で、今の家でも?爺ちゃん婆ちゃんもか。それは?』

『それもよくは分からない。多分、2人とも母さんが嫌いだったみたいで俺も母さん似だから…。世間体を気にして仕方無く育てなきゃならなかったから、無駄に金かかるから…。』

No.130 10/04/28 21:25
㍊ ( wPNK )

そう言った所で
悲しげな顔で鏡を見た

『金…かかるから。稼がないで飯食って…穀潰しだから…迷惑だろうから…明日出て行く!地図もらったし、もし何かあれば来るから!』

急に辺りを見回し
バッグを探し始めた

鏡は目を閉じうなだれる
バッグが見当たらない
城は慌てる

『バッグ隠したのか?』
『ジョウ…。』
『どこにやった!隠したろ!』
『ジョウ!!』
『…。』

鏡が初めて怒鳴った
城はヨウヘイを思い出す
ここでもまた同じやり取りを…
成長出来ない自分…

(情けなさすぎて嫌になる…)

『金、金って心配するなって言っただろ!1人養うくらいは出来る。居たいなら居てもいいと思ってる。ただ、1度お前の保護者である爺ちゃん婆ちゃんに断らないとさ。誘拐犯になる。あとはお前の意思次第。すぐ決めろとは言わないから…。』

鏡は立ち上がり
引き出しから鍵を取り出した

『ここに居座るのが悩みの種の一部なら、避難場所として好きに出入りしていいから。束縛はしない。自由にしていい。ほら、合鍵。』

No.131 10/04/28 22:26
㍊ ( wPNK )

城は差し出された鍵を受け取る

【自由】
その言葉に反応する
鏡を見上げた

『ちょっと外出るぞ。来い。』

マンションを出て一丁ほど歩くと
公衆電話があった

『電話なんて掛けた事もないんだろ。教えてやる(笑)。』

受話器を取る
10円を入れる
プーーッと音がする
電話番号を押す

『俺の携帯にかけてみろよ。』

言われた通りやる
鏡の携帯が鳴った

『鳴った…。』
『(そりゃそうだろーなぁ…)確か10円で1分かな?使わないから分からないけどよ。』

中学生よりもう少し小さい子供を相手にしている気分になる
その原因をなんとなく知れた気がした

部屋に戻る
鍵と小銭と地図をテーブルに置く

『鏡。俺の本名…佐伯城。セイだけど呼ばれるの嫌なんだ。俺の中ではクソジジイに殴られる合図みたいなものだから。さっきジョウって怒鳴られて思い出した。大分県佐伯市にあるんだって…城跡が。』

鏡は笑った
『それでジョウって呼ばせるのか(笑)。サエキジョウならまさに建物だろ。』
『…建物のがいいよ。』

気が軽くなったのか
少し会話が増えた城

鏡はそれが嬉しかった

No.132 10/04/29 16:47
㍊ ( wPNK )



『ただいま。母さん。』

長身で短髪
サングラスをした一見芸能人みたいな服装の男が大きな鞄を抱え
苦笑いしながら立っていた

『シンジ…!あなた、あなた!シンジが帰って来たわ!』
『シンジが?』

夫婦で12年振りに
里帰りした息子に駆け寄る

『自分勝手で寂しい思いさせて、親不孝でごめん。恥ずかしい事だけど、馬鹿やり過ぎて…頭冷やして帰ってきた。こっちで仕事探そうと思って。』

深い話は上がってからと
2人は喜んで大切な1人息子を迎え入れた

12年前離婚してから
転々と仕事と女を変え
ホストクラブを経営したが失敗し
借金を負い女も逃げた
実家を頼って帰って来たと
親に申し訳なさそうに話した

あんなに水商売の嫁を嫌っていたのに…

夫婦はそんな事はいい
よくある話だ
よく帰って来たなと受け入れた

『城は?どうしてる?』
忘れてはいなかった様だ

反抗ばっかりして
不良と付き合って
無愛想で暴力的で
家出ばかり繰り返して
迷惑掛けてばかりで
今探しているところだ
…2人はそう説明した

No.133 10/04/29 17:26
㍊ ( wPNK )

自分達のせいなんだろうと
一瞬考え込む

『…帰って来るかな。』
『探し出して引っ張ってこないと無理だろう。学校だって行ってないし。見た事の無い服着てウロウロしてるから、女でも作って世話されてんのかもな!』

城の父親はなるほどねと頷く

『まぁ…オレの子じゃないし…。ただ、どんな感じになったかと思って。』
『次捕まえたら二度とそんな気起こさないようにしてやる!周りの目もあるからな。本当に可愛げも無いぞ。』

父親は知っていた
自分の子であるのは間違いないことを…

それも今更言えない
その辺はどうでもいい話だと思っていたからだ

『これからはオレも居るしさ。ちゃんと教育したらなんとかなるよ。今だけだって。』

No.134 10/04/29 20:17
㍊ ( wPNK )

買物袋を抱えて
鏡が仕事から帰ると
城がソファーでふて腐れていた

『何かあったのか?』
『…仕事したい。』

買った物をテーブルに出し
冷蔵庫に片付けながら返す
『だから無いモンはしょーがねぇだろ。てか、お前の仕事は学校行って青春する事だ。その次が勉強。』
『…。』

何を言われても
精神的な傷というのは深い後遺症が残るもので
祖母の言葉が頭から離れず
何もせずに居るのは苦痛だった

かと言って
まだ祖父に会う危険のある外に出る勇気もない
バイトも屋内で働ける仕事だけを探すため
年齢もあって中々見付からない

『トビ手伝いは無いのか?』
『鳶手伝いにコドモは危険なので結構です。内容も知らないくせによ。』
『馬鹿にするな。知ってる。1度近くで見たから。』
『そうか。見た目簡単そうでもキツい。体出来上がってないお前には無理。』
『ヘルメット被るし高い所なら見付からないのに…。』

鏡は晩飯を作り始めながら聞く
『学校でも問題あるのか?』
『あいつらチクッたり家に連絡したりするから行けない。』
『俺だって一応探してやってんだよ。どうせ俺に金入れないととか考えてんだろ。』

No.135 10/04/29 20:47
㍊ ( wPNK )

図星で返す言葉もない

鏡は手早く焼そばを作った
2つの皿に取り分け
城にテーブルに運べと箸も渡す

作業着を脱いで
洗濯機に突っ込み
着替えてテーブルに付く

城が小声で呟く
『情けない…マジ何も出来ない男だ俺…。』

それを聞いた鏡が
咄嗟に提案する
『じゃあさ、掃除と洗濯やってくれ。教えるから。そしたら俺、帰ってゆっくり出来る。最高!幸せ(笑)!』

鏡が楽出来るならやると
城は喜んだ

洗濯機の操作と
掃除の仕方や場所を教え
それが城の仕事になった

それからは
自分が穀潰しだと責める事は無くなった

些細な事柄が少しずつ
城の心の負い目を解消していく

城にとって今は鏡が全てだった

No.136 10/04/29 21:14
㍊ ( wPNK )

鏡が傍に居てくれる
鏡なら何とかしてくれる

いざと言う時は
鍵も小銭も地図もある
鏡に助けてって言える

自由にしていいって
言ってくれた
居てもいいって
言ってくれたんだ

布団も買ってくれたから
安心して休める場所がある

鏡が喜ぶなら
掃除も洗濯もちゃんとやる
それしか出来ないけど…

俺がどんなに困らせても
理不尽に突然
怒ったり殴ったりしない

俺の何?の質問責めも
嫌な顔しないで
丁寧に教えてくれる

今、初めて思った
鏡のお陰で
俺、幸せなんだ
鏡と出会えて良かった

明日久々に外に出てみよう

そう思いながら城は
今夜も気持ち良く眠りについた

No.137 10/04/29 22:08
㍊ ( wPNK )

せっかく外に出たのに
雨が降りそうな
どんよりとした雲

鏡が仕事に行く前に
昼から出掛けるからと伝えると
好きな事してこいって
言ってくれた

鏡の存在の安心感から
気分が大きくなっていた

地図を時々見ながら
気になっていた場所へ向かう

ヨウヘイの家だ

あれからどうしたかな
変な所が当たって後遺症になったりしていないだろうか
きっと凄く怒ってるだろう

着いてすぐ
ヨウヘイの部屋の窓を見上げる

洗濯したてのシャツが
ハンガーで掛けてあるのが見える
それだけで少し安心した

バイクの音が響く
感動したあの日を思い出す

段々と音が大きく響き渡る
(音が…まさか…)

『ジョウ!?』
『先輩…。』

No.138 10/04/29 22:52
㍊ ( wPNK )

ヨウヘイはバイクを停め
駆け寄って来た
城は身動き出来ず立ち尽くす

『ジョウ!よく来たな(笑)。』
何一つ変わらないノリで
城の胸をポンと叩く

それが城には
嬉しいような辛いような
複雑な気分にさせた

『先輩。あの時は…。』
『気にすんなって(笑)!つーかさ、アレで失神する自分が恥ずかしい(笑)!探してたんだよ、気にしてんだろうなってさ。あの後すぐ意識戻ったんだけど、ジョウ既に居ないし!』

城は苦笑いする

『で、お前20万置いてったろ。何でこんな事すんだって怒ってたら彫師から電話来てさ、未払い分払えって伝えろって(笑)。払ってなかったのかよ~ってさ、丁度20万だったから渡しちゃった。な、暇ならちょい走ろうぜ!乗れ!』

城は勢いに押され
謝る間もなかった

『再開を祝して駅前ブッ飛ばすからな!』

アクセルを回しウ"ォンウ"ォウ"ォーンと景気良く発進する

『先輩、駅前は嫌だ…!』
城は青ざめたが
ヨウヘイには
全く聞こえていなかった

No.139 10/04/30 05:45
㍊ ( wPNK )

駅前なんて!
アイツらがよく行く場所なのに!
こんな顔見えるヘルメットじゃ
アイツらだってきっと気付く…

必死でヨウヘイの肩を叩いて叫ぶ

『駅前はやめろ!家の奴ら居るかもしれないから!』
『ん?!そっか分かった!』

…ホッとした
今度は後ろから2台のバイクが
爆音立てて迫って来る
そして両脇に並んだ

『ヨウヘイ!』

『おぉ!久し振り!』『どこ行く?後ろ誰?』
『中学の後輩だ!暇潰しに流してる(笑)!』
『暇だから付いてく(笑)!』
『再会祝いなんだ!再会して走行再開(笑)!』

仲間らしい
気分上々の彼らは
城の言った事も忘れて
賑やかな街中へ向かう

城は必死に止めたが
3台のバイクの騒音が掻き消す

3台並列走行
信号無視
歩行者通行妨害
ヨウヘイはそれは当たり前
しかし3台で昼間は目立つ
更には最悪な事に
パトカーまで追って来た

皆が見る
ヨウヘイ達は笑っている
城は気が気じゃない

(勘弁してくれよ…!)

パトカーもバイクの機動力には敵わず信号待ちの車列にハマり
3台はそのまま逃走した

No.140 10/04/30 12:31
㍊ ( wPNK )

こういう時に限って
不運に不運が重なるのは何故なんだろう…

祖母の行付けのスーパーが近付く
変な店名だから
聞き覚えがあってすぐ分かった

入口を見た
こっちを見ている数人
その中に祖母もいた
傍で見た事のない男も
荷物を持って見ている

目が合う

祖母の口の動きで
声は聞こえなくても
名前を呼ぶのが分かった…

…城…!!

(…勘弁…してくれ…)
城は片手で顔を押さえた

(…もう…嫌だ…)
一気に気分が落ちる
ヨウヘイにも腹立ちを覚える

そんな城の気持ちをよそに
3人は相変わらず
爆音を立てながら
笑っていた

No.141 10/04/30 17:36
㍊ ( wPNK )

河川敷にバイクを停め
4人はバイクを降りた

『帰る。』
無愛想にヘルメットを突っ返す

不機嫌そうな顔の城を見て
ヨウヘイが慌てる

『ジョウ、どした?何か機嫌悪くない?』
『(誰のせいだよ)じゃあな。』
『ちょっと待てって!感じ悪すぎだって。』

その言葉にカチンとくる
『駅前行くなって言ったのに…お陰で家の奴に気付かれた。あんな派手に暴走して…。連れ戻されたらアンタの責任だ。』
『え?あ…もしかしてずっと家帰ってないのか?調子乗り過ぎた!ごめんッ(笑)!』

(笑う所かよ…苛つく…)
フンと鼻で笑い背を向ける

『ジョウ!そう怒るなよ!見られただけだろ?なら、それほど問題無いって。追って来てるワケじゃないしさ。』
『…何て言った今…!』

城は振り向いてヨウヘイに詰め寄る
その【だけ】が
どれほど危険か…!
城にとっては死活問題だ

『だから悪かったって…せっかく久々なのに。ホント短気なんだから(笑)。ごめん!ごめんなさいッ!』
土下座をし出す

(ふざけているようにしか思えない…ヘラヘラしやがって…)
怒りが治まらない

『短気で悪かったな!』

No.142 10/04/30 18:09
㍊ ( wPNK )

その時
ヨウヘイの仲間2人が話に入る

『何かヤバかったの?』
『家出中なのか?』

城は無視した
ヨウヘイが間を取り持つ

『…家が色々うるさいんだって。すぐ手出すみたいだし。なっ、ジョウ。』
『関係ねぇだろうが。』

気まずい空気が流れ
2人が責め始める

『あー…ウン。確かに関係ねーな。でも見られたら見られたで仕方ないし、ヨウヘイも土下座したしー…もういいんじゃね?』
『バイクは目立つモンだし。嫌なら乗らなきゃいいって話(笑)。』
『そうそう。親が手出すの?怒られんのが嫌で家出したの?』
『ギャクタイ(笑)?オレも親に意味無くボコボコにされてよく家出してるけどさ。ギャクタイだー!って騒いでやれば?割と効く(笑)。』

何故笑いながら話せるのか
理解出来なかった

ヨウヘイはヨウヘイで
やめろよとは言うが
どこか少し笑っている

『反撃したら?1度殴り返したら大人しくなるよ。中学なんだからそれくらい出来るし。やらないで怖がって逃げるからダメなんだって。普通やられたらやる(笑)!』

黙って聞いていた
鋭利な刃物で一刺しされた様な痛みが走る

No.143 10/04/30 18:37
㍊ ( wPNK )

普通やられたらやる…

やられっ放しだった訳じゃない
抵抗もした
殴った時もあった
でも敵わなかった…

恐怖心が拭いきれない
見ただけで汗ばむくらいで
震える時もある

なのに【普通】は…
同じように
暴力を受けている奴はやり返し
こうやって
仲間と笑い飛ばせている…

俺自身に問題あるのか?
俺が弱過ぎるのか?

力でも勝てず
反撃すると倍返しで
余計震えが止まらない
笑い飛ばす事も出来ず
それどころか泣いてばかりだ

やっぱり俺は情けないのか…

城の両手が拳に変わる
殴る為じゃない
悔しさで一杯だった

皆が普通にこなしているのに
俺には出来ない

ヨウヘイが声を掛けるが
城は見向きもせず姿を消した

No.144 10/04/30 20:36
㍊ ( wPNK )

夕方から雨が降り出す

20時近く
鏡は慌てて玄関を開けた

『…アレ。帰ってないのか?』
真っ暗な部屋の電気をつける

遅くなって腹空かしてると思って急いで帰って来たのに…
とブツブツ言いながら弁当を置く

(好きにしてこいって言ったしな…先に食おう!)

着替えもせずに
TVの電源を入れチャンネルを変える

久々に1人だなと思い
弁当を開けて食べ始めたが
何だか味気が無い

…弁当を買ってくると
城は必ず
今日は何?って聞いてたなぁ

肉だと笑顔は見せないものの
美味しそうに食べる
魚だと物足りなさそうに食べる

1度だけ意地悪して
買物行く暇無かったと
全部キャベツ大盛りの
生野菜のみにした時

文句ひとつ言わずに
シャクシャクシャクシャク…
ただ一生懸命食ってた
んで、最後に一言
寒い…って真顔で呟いた
爆笑したな~…

可哀相過ぎて
隠してたメンチカツ出してやったら
やっぱり笑顔は見せないけど
心底美味そうに食ってた

雨降ってるのに何してんだ?
ダチ居ないみたいだし…
まさかジジババに捕まったか?
帰って来るかな

あいつ居ないと
1人って割とポツリだ

ポツリってのはつまり…

No.145 10/04/30 21:25
㍊ ( wPNK )

『ハァ…寂しー!』

ガチャリと玄関が開く音
城が帰って来た

今の一言を聞かれていない事を願って平静を装う

『おぅ。遅かったな!弁当で悪いけど食え(笑)。』
『うん。』

どこか元気の無さそうな顔
何かあったかと聞いても
首を横に振るだけ

テーブルに座って早速
『今日は何?』
『カツカレーだ(笑)。』

そうそうこれだよこれと
鏡は自然と笑顔になる

TVで殺人事件のニュースが流れた

『人を殺したらどうなる?』
『どうなるって…捕まる。』
『その後は。』
『裁判もやって牢屋にポイ。』
『それだけ?いつか出て普通の生活出来る?』
『程度によっちゃあ無期懲役とか死刑もあるぞ…って何だよ突然。』
『自分が死んだら意味無い。』

鏡に不安がよぎった
『聞くから言えよ。』

城は日中言われた事を話し
彼らみたいに強くない自分を
ただ責め続けた

抵抗しても敵わない苛立ちが
今回の出来事で膨らむ

もうどんな手を使ってでも
殺してしまえば
懲役受けた後に
また生活出来るのなら
そうしてやりたいと話した

城に殺意が芽生えてきていた

No.146 10/04/30 22:12
㍊ ( wPNK )

ベッドに入りながら
鏡も悩んでいた

城を引き取るにしても
ジジババに会わなきゃならない

今のタイミングで突然押しかけて騒ぐ訳にもいかない…
もう少し時間を取ろう…

『城。起きてるか。』
『…何。セイって呼ぶな。』
『本名だろ。これから城って呼ぶ。【殴られる合図】なんてイメージは俺が払拭してやるから。』
『…。』
『家の奴にお前の虐待行為をやめさせて平穏に暮らすのと、ここに住み付くのとどっちがいい?』

突然の質問に間を置いた

『ここがいい。鏡がいいなら…置いて。』
『…分かった(笑)。』

『鏡。俺の何がいいの。どうしてそこまでする。』

今度は鏡が間を置く

『気が向いたら話す。寝ていいぞ。オヤスミ城クン。』
『…おやすみ。』

No.147 10/05/01 05:41
㍊ ( wPNK )

城は毎日
家事を欠かさなかったが

唯一料理だけは無理だった

熱湯が恐怖…
沸騰した時のボコボコという音
鍋壁に湯が触れた時のジューッという音
湯気の熱気
どれだけ熱いかというのは
誰よりも一番
身を持って分かっている

近寄る事すら出来ない

それでも鏡は
湯を使わない料理ならと試みた
城も興味を持って挑戦した

フライパンの熱でも
手が自然と震えだし
鏡がストップをかけた…

仕方ないと笑う鏡

城は震える腕の見えない部分を
鏡のいない時に
刃物で傷付ける行為を始めた…

料理ひとつ出来ない
鏡が仕事から疲れて帰ってきても飯の支度ひとつすら出来ない

アイツがあんな事をするから
俺の体はおかしくなった
こんな役立たずの腕要らない
アイツが憎い…

No.148 10/05/01 12:47
㍊ ( wPNK )

鏡は初めて城に小遣いをやった

一生懸命覚え
嫌な顔せず家事をこなす姿に
鏡も救われた

2000円を渡し
好きに使ってこいと言うと
城は真剣に何に使うか悩んだ
そんな姿に
鏡はまた微笑む

バイトで稼いだ金は
殆ど使わなかったし
手元にはもう無い
鏡に感謝した

人が混まない時間を狙い
鏡が教えてくれたデパートに行ってみる

たまたま通ったキッチン用品売場で
足を止めた

包丁やナイフが並んでいる

食い入るように眺めた
こんな簡単に手に入るなんて…
持ちやすい果物ナイフを選び
レジに並ぶ…

2000円を取り出した時
思い止どまる…

(こんな物買う為にくれた金じゃない…)

元の場所に戻し
本屋へ移動した

No.149 10/05/01 19:10
㍊ ( wPNK )

車の雑誌を買った

すぐ見たくて
人気の無い公園のベンチで開ける

冬も近付き気温は低いが
太陽が気持ち良かった

鏡と同じ車も載っている
いつか買いたい
車を持てばもっと自由になれる
鏡の車みたいに
格好良く改造するんだ
鏡より格好良くして
悔しがらせてやる

そんな事を考えながら
公園のベンチで1人
ページをめくっていく

集中し過ぎて
人が近付く気配を感じなかった

『君、何してるの?』

驚いて顔を上げると
2人の警官が見下ろしている
こんな近くで話した事はない
動揺した

『学校行ってないの?』
(…どうしよう)
『高校生?って言うより中学生だな?』
(…バイクの件か?)

言葉が出ず
身動きも取れない

中年の警官が質問している間
もう1人の若い警官が無線で何か話していた

上から下までジロジロと見る
そしてちょっと来てと
駐車しているパトカーへ招く

失敗した
俺は中学生だったんだ…
平日の日中1人でウロついてたら
どう見てもおかしいよな…
後悔しても遅かった…

No.150 10/05/01 19:42
㍊ ( wPNK )

放心状態のまま
パトカーに乗せられた

バイクの暴走行為の件だと思い
俺は悪くない
先輩達が勝手に…と
言い訳を考えていた

無線やら電話やらのやり取りを終えて警官が城を見る

『家出の捜索願出てるよ!しかも今までも何度か出てるね。駄目だよ、学校も行かないで。捜索願出てから結構経ってるしなぁ。どこに居たの?』

冗談じゃない!
アイツらが出したのか!?

身震いがする
そこまでしてるとは
思ってもいなかった…

城は懇願する
『帰りたくない!解放して!』

警官は却下する
『無理だね。何かあったの?家の人と上手くいかないのかい。凄く心配してるみたいだよ。連絡付いたし近いから送るよ。』

『…卑怯だ!グルかよ!』
『卑怯じゃないよー。お巡りさんだってね、これが仕事なんだから。グルって失礼だなぁ(笑)。』

城は車内で
お構いなしで暴れ出す
『ちょっ…!おい、お前後ろ乗って抑えろ。』
『あっ、はい。』

行かない!行きたくない!
開けろ!開けろ!
窓を叩きドアを蹴る

若い警官が城の隣に座り
城は取り押さえられた

No.151 10/05/01 22:31
㍊ ( wPNK )

2度と見たくなかった家
まさかまさかの失態
頭を抱え込む

警官が家の玄関に行き
呼び出す

若い警官に促され
渋々車を降りる
これ持ってと言われ
車の雑誌も渡される

足がすくみ
逃げるに逃げられない…

次捕まったら終わりだって
あんなに警戒してたのに!
少し気を抜いただけなのに
何故こんな…俺馬鹿だ!
自分を責める

中から出て来たのは短髪の
鏡と同じくらいの男

(誰だよ…こいつ)
警官が説明して城を引き渡す

男は少し驚いたような顔で
城を家に入れる

『テメェら覚えてろ。』
警官に向かって
やるせない怒りをぶつけるように吐き捨てると
2人はやれやれという顔で
去って行った

祖父のメモを思い出す…
これがアイツのゲームなら
俺がゲームオーバーだ…

No.152 10/05/01 23:04
㍊ ( wPNK )

『触るな!誰だお前!』

男は城が逃げないように
1階の居間ではなく
2階の部屋に城を連れて行く
2階なんて上がった事すらない

部屋に入ると
男の荷物が適当に置いてある
布団も敷いたままだ

男は椅子をドアの前に置き
逃げ道を塞いだ形で腰掛けた

そして城を面白そうに見回し
ニヤッと笑う

城は冷たい視線を浴びせ
抑えた声で話す

『…何黙ってんだよ。誰だって聞いてんだよ。』

男がやっと口を開く
『城クン、大きくなったなぁ。』

(ワケわかんねぇ…)
勿体ぶって話す男に余計苛立ちを覚える

『退け。そこ。』
『退かないよ。親父に言われてるからね。捕まえたら話あるから逃がすなってさ。』

『アンタに関係ねぇだろ。』
…と言った時気付いた

親父に言われてるからね…?
クソジジイの事か?
城が固まる

『12年振りだな。城クン。父さんやっぱり帰って来たよ(笑)。』

No.153 10/05/02 00:06
㍊ ( wPNK )

長い沈黙が続く

不思議と城は冷静だった
物怖じせずハッキリと言い放つ

『どうでもいい。今更。アイツらが帰るまでそこに居る気か?隙見て勝手に出て行く。』

祖父が居なくて良かったという安心感と
突然現れた1人の男にお父さんだとか言われても
安っぽいドラマじゃあるまいしと
妙に冷めた気持ちだった

城が怖いのは祖父だけだ

男に背を向け
あぐらをかいて座り
車の雑誌の続きを読み始めた

(こんなチャラけたような男が本当の父親だとしたら凹む…鏡がそうなら良かったのに)

動揺するかと期待した男は
あまりにも堂々とした
城の様子につまらなさを感じる

『家出して暴走族の仲間入りして、学校行かずに非行やって無愛想。親父が言ってた通り。』
(そんな事言って歩いてんのかあのバカ…)

『家出して女作って世話してもらってるって?』
(挑発してんのかよ…)

『やってる事も見た目もまだまだ子供だな!ガッカリした。』
(うるせぇな…)

『父親が話し掛けてもその態度。無視か。』
(無視)

『なぁ!城(笑)!』
『…。』

No.154 10/05/02 00:39
㍊ ( wPNK )

突然
背中に激痛が走り倒れた

次々と体中に蹴りが入る
腹を踏まれ
吐くように咳込む

髪を引っ張り上げ
男は顔を近付ける

『相変わらず可愛くねぇガキ!変わってねぇなぁ!なぁ!?城クンよ!』

耳元で怒号
男の豹変振りに引く
怒鳴る男の顔は祖父と同じ

城は怯え始めた…

『お父さんが帰って挨拶してんのによぉ、なぁ!どうでもいいとか無視って何だよ。コラ!見ろこっち。』

口調はまるでヤクザだ
負けずに抵抗する

『そんな奴は居ない!存在しない!離せ!』

服を掴んで壁に何度も叩き付け
倒れては引き上げる
服が破ける

傷だらけの肌が露出する

『汚ねぇ…なんだこりゃ。何、親父からもやられてんのか。仕方ねぇよなぁ!昔から可愛くねぇし。』

そう言って服を剥ぎ
火傷跡を見て笑った

『これじゃあ女すら抱けねぇな(笑)!ケロイド移りそうだ!小汚ないガキ!増やしてやるよ、これじゃあ増えてもどうせ分かんねぇ。』

灰皿からタバコを取る
根性焼きだと言って…

恐怖でもう動けない
血の気が無い城の口から出てくるのは同じ言葉だけ…

『…鏡!…鏡!…助けて…!…鏡!…助けて!』

No.155 10/05/02 06:02
㍊ ( wPNK )

17時
片付けて現場を出る準備を始め
仲間と雑談中
携帯に着信が入る

【公衆電話】

アレ、城だ…
また何か触ってブッ壊したかな
大事なギターだけは勘弁しろよ
そう思いながら携帯に出る

『もしもーし。今度は何壊したぁー(笑)?』

消えそうな声が聞こえる
『鏡、助けて…鏡…。』
『城?どうした!?』

不審に思い問い詰める
『助けてって、何だ?捕まったのか?どこだ?』
『…分から…ない。早く…。』

息が切れている
走ったのか?
何かから逃げたのか?
多分交差点に飛び出すくらい
嫌いな家の奴かも…

段々叫び声に変わる
『早く来て…早く!助けてくれるって言ったろ!鏡が言ったんだ!また捕まる、早く!』

パニック状態だ
やっぱりと思いつつ落ち着かせようとする

『城、すぐ行くから、まず落ち着け。な?場所は?どこだ?目印は!』
『分からない!読めない!3文字の青い看板、今どこ?いつ来る!』
『それじゃ分からねぇ…他に目印は?』
『黄色い看板!でも読めない…読めない!』

…公衆電話の時間切れだ
まだ小銭はあるはず
もう一度掛かるだろうと待つが
それきりだった

No.156 10/05/02 08:33
㍊ ( wPNK )

仕事仲間が話を聞いていた

『…何かあったんすか。』
『青い看板…3文字の青い看板って分かるか?』
『沢山あるじゃないすか(笑)。道路にも沢山。』
『だよなぁ…多分漢字3文字かな。小学生レベルには読めない漢字なんだよ。あと近くに黄色い看板。漢字か横文字か…あぁあ~分んねぇ!』

仲間が色々意見する

鏡も焦りながら考える
城の行動範囲は狭い
この辺かあの辺かと考えるうちに思い当たる店が浮かんだ

青い大きな看板と
近くに横文字の目立つ
黄色い看板
公衆電話のある
人がまばらな場所…
多分あの商店だと仲間が言う

『言ってみる。緊急事態なんだ、タクシー走ってるかなこの辺。』
『なら今真直ぐ行けば?別に寄道して会社戻ってもいいよオレら。』

皆が頷く

『本当か!助かる!気が向いたら味噌ラーメン奢るわ!行くぞ。』
『何で味噌すか(笑)。』

鏡が運転する
その場から離れるなよと
祈る気持ちでスピードを上げて…

No.157 10/05/02 11:25
㍊ ( wPNK )

仲間が聞く
『人探し?』
『いや…野良猫拾ったんだ。猫は文字読めないだろ(笑)。』
『意味不。』
『う、うるせぇなっ。』

商店が見えた
電話の場所には城の姿が無い
中に入って店員に聞く
知らないですねと言われ
諦めて出る

『参ったな…。』
『少しその辺探すかい?』
『悪りぃな…いいか?』
『特徴は?』
『お前達見た事あるよ。カツアゲされてたボーヤだ。』
『あ~!…え?』

驚く皆に
野良猫は警戒心強くて人間嫌いですぐ逃げるから
見付けたら電話くれと言い
鏡は車を離れた

ここで見逃したら
あいつからの信用無くす…
見付けてやらないと…
そう思って必死だった

ジョウと叫んでも出てこない
1時間が経過し
皆もいるし
これ以上は無理と判断し
戻ることにした

馬鹿野郎
落ち着けば地図見て
簡単に帰れる場所なのに…

肩を落とし
鏡は車に戻った

No.158 10/05/02 11:40
㍊ ( wPNK )

最後の仲間を待っていた

姿が見え車に駆け寄る
それらしい奴を見付けたと言う

『でも…鏡さん!』
『でも何だ!』
『人気の無い路地裏みたいな所で倒れてるみたいだった…。違ったらごめん!近付けなかった…何となく。』

鏡は叫んだ
『どこだよ!早く!!』

No.159 10/05/02 12:30
㍊ ( wPNK )

どんなに辛い時でも
倒れるなんてこと無かったのに

鏡は走った
走るなんて久々で
あまり速く走れない
けど全力出して走った

『あそこの奥!』
指差された先
人がすれ違えない狭い路地の奥

確かに倒れている
鏡が真っ先に向かう
間違ない…城だ
『城、大丈夫か、おい!』

鏡の声を聞いて頭を動かす
苦しそうに呼吸をしながら
指先が微かに震えている

鏡はハッとした
もしかしてこれは…

心配そうに見る仲間に頼む
『多分、過呼吸かもしれないから…誰か袋、袋貰ってこい!』

そして城を抱き起こす
『お前…!』

靴は履いていない
石でも蹴ってしまったのか
爪先から血が滲む

胸倉から服が破け
胸や腹がハッキリ見える…
また新しい傷、痣、火傷
城を抱く鏡の腕が震えてくる

ふざけやがって…!

仲間の1人が紙袋を持ってきた
口に当て誘導する
『…いいか、ゆっくり吸って吐け。死にはしないからな。吸って…吐く…そう!』

目には涙が滲んでいる
でも流してはいない

仲間の目を気にして
自分の上着を掛ける

傷が見えないように…

No.160 10/05/02 14:36
㍊ ( wPNK )

呼吸の波も戻り
城を立たせた
抱えてやらないと
崩れ落ちそうなくらい
力無い足元だった

仕事仲間が見てるのに気付き
城は震えだした
抱えている鏡にしか伝わらない

車に乗せて一旦会社に行き
自家用に乗せかえよう

そう思って車のドアを開けると
あの日と同じ…
汚いから乗れない
汚してしまうから乗れないと
拒絶する

鏡はやるせない思いで仲間に
愛想笑いをした

隣に人が居るのが怖いんだと
鏡は分かっていた

3人掛けのシートに
真中に俺が座るから
それならいいだろと聞いた

それさえも拒絶した

タクシーで後から会社行くと
仲間に話す鏡を見て
城は自分を我儘だと責める

後ろの荷台
そこに置いて
そこならいい

皆で荷台の工具や道具をよけ
スペースを作る

そこに城は横になる


仕事仲間の連中は気を遣い
この出来事には一切触れず
いつも通り
くだらない話で盛り上げて
会社へ向かった

No.161 10/05/02 18:14
㍊ ( wPNK )

『城、着いたぞ。車そこにあるから乗って待ってろ。』

ゆっくり降りて歩き出す

『背中の傷、治ったかい。』
前回鏡と車内で体を見た男が
声を掛ける

『…はい。』
目も見ずに小声で返事し
鏡の車に乗り込む

『皆、ありがとな…本当、感謝致します!』
鏡が申し訳なさそうに言う

『鏡さん、家に置いてるの?』
『…そうなんですよ。』
『何で敬語(笑)。大丈夫なのか?家出少年かくまって。誘拐犯扱いされるかもしれないぞ。』
『その家が問題なんだよなぁ…いわゆる虐待ってやつだ。放っとけなくてさ。』
『そうなんだ…鏡さんの息子と同じくらいだからじゃね?』
『そうなのかなー?よく分からん(笑)!無垢過ぎて怖いような可愛いような…。』
『そんな子供、鏡んとこ置いといたらろくでもない大人になっちまう!』
『テメェ…(笑)。』

そんなやり取りをし
鏡も車に乗る

城は鏡の上着を頭から被り
シートを倒して寝たフリをしていた

No.162 10/05/02 20:21
㍊ ( wPNK )

家に帰り
晩飯を作ろうとすると
食欲無いからと断られた
あの城が食欲無いなんて…!
鏡は1人
ビールと枝豆だけで済ませた

何があったのか
話を聞こうとするが
話したがらない

傷の手当てをすると言っても
全く応じない

風呂は?と聞くと
それだけは反応して入った

鏡はどうしていいか分からず
ただ途方に暮れる

何気にタバコに火をつけると
逃げるように寝室に行き
もう寝るとドアを閉めた…

タバコはマズかったなぁと
反省しながら風呂に入り
寝ようとした

『鏡…。』
『何だ。』
『俺を見付けてくれて…あ…ありが…。』
最後までは聞こえなかった

『見付けたのは他の奴だ。俺はその時もう諦めてた。そいつのお陰だよ。あんな場所…。』
仲間に心底感謝する

『でも来てくれた…最初に鏡の声、聞こえた…から…良かった…ありがとう。』
泣いているような
そうでないような声

鏡は目を閉じた

こんなに純な奴の
何が気に食わないんだ…
物じゃねぇ、人間なんだぞ…

コロス…

『おやすみな。』

No.163 10/05/02 21:03
㍊ ( wPNK )

城が事実を語らなきゃ
動きようがない…
詳しい内容も知らずに
どうにか出来る訳がない

でも城はひたすら隠す

そんなもどかしさが
流石に鏡も苛立つ時がある

あの出来事から
城は外に出る事すら嫌がる
完全に引き籠ってしまったが
与えられた家事だけは
真面目にこなしていた

土曜
鏡がいつもより早めに帰った

城が咄嗟に何かを隠す
同時に腕まくりしていた袖を
伸ばした所を見逃さなかった

『…?…怪しい(笑)。』
『…何が。』

鏡の前では殆ど見せない
冷たい表情で白を切る

『いや、何が。じゃなくてよ、何隠した。見えたぞ。俺に見られたらマズイ物か?』
『…。』

分が悪くなれば無言…
分かってるけど
今日はこいつ絶対おかしい!
たまに厳しく対応しないと…
そう思って近寄り
隣りにしゃがむ

『見せろ。』
『…何も隠してない。』
『本当だな?』
『うん。』
『城。目ぇ見て話せ。』

チラッと見てまた逸らす
『両手テーブルに上げろ。』

隠していた手元から
床に落ちる小さな音がした
そして
言われた通り両手を乗せる

その音を逃さなかった

No.164 10/05/02 21:34
㍊ ( wPNK )

音がした足の陰を
強引に開いて見た

…カッターだ
手に取り城の目を見る
気まずい顔で逸らし続ける

『…何でこんな物隠す?』
『隠してない。落ちただけ!』

あまりの頑固さに
いい加減呆れる

『腕見せろ。』
『嫌だ。』
『何も隠してないって言ったよな。見せろ。』
『…何で!』
『何でじゃない!』

鏡は嫌がる城の腕を
力ずくでめくり上げた

カッターで切り刻まれた腕

『…やっぱりかよ…。』
袖を伸ばす仕草でピンときた

アームカット…自傷行為

城の頬をバシン!と一発
目を覚まさせたかったが
暴力だけは駄目だと
理性が働く

『あのなぁ…城。殻に閉じ籠っていたら分からない。分かってやれない。どうにも出来ない。助けてやれない。』

それでもまだ城は
鏡を見ようとしない
低いトーンで話し続ける

『…俺の目を見ろ。話してんだ。城。』

城は鏡の真直ぐで
見透かされそうな目が苦手だ
後ろめたい事をした時は特にだ

『…もうやらない。』
『話せよ。どんな内容でも馬鹿にしないで聞くから。な。隠れてこんな事するなら、毎日真っ裸にしてチェックする。分かったか!』

No.165 10/05/03 05:59
㍊ ( wPNK )

話さなきゃならない
鏡も助けてくれようとしてる
言ってしまえばいいんだ
相手は鏡だ
先生じゃない
面倒臭そうに流したりしない

『何から話せばいい…。』

鏡はTVを消し
城のすぐ隣りに腰掛ける
正面で面と向かって座るのは
圧迫感を感じてしまうだろうと
配慮したからだ

やっと話してくれる…
作業着のまま
一言も逃さず聞く態勢に入る

『どこからでもいい。けど、そうだなぁ…この前の事からのが話し易いか。小遣い持って買物に行って、どうしてあんな所であんな事になったか。』

城は暫く躊躇するが
少しずつ話していく

ナイフを買おうとしたのは言えなかった

鏡から貰った金で
車の雑誌を買った
早く読みたくて
近くの公園で読んでたら
警察が声を掛けてきて
パトカーに乗せられた
捜索願が出てるからと言われ
拒否しても聞く耳持たず
真直ぐ家に連れていかれた

知らない男しかいなくて
2階の部屋に閉じ込められて
そいつは
俺の父さんだって言ったけど
今更そんな話はどうでもいいと思って無視してた
そしたら…

言葉を詰まらす
鏡は黙って聞き入る

No.166 10/05/03 08:39
㍊ ( wPNK )

そしたら…

そいつは
普通だったのに
急にヤクザみたいになって怒鳴り
蹴ったり
踏んだり
髪引っ張ったり
壁にぶつけたり…

昔から可愛くない
小汚い
ケロイド移る
汚いのが増えても分からないからって笑って
コンジョウが何とかと言いながら
タバコ…タバコを…

そこで言葉を詰まらせた
汗が凄い
フライパンを持った時と同じく
手がガタガタと震え出す

鏡が片手で城の手を取る
…冷たい

鏡の手の温もりに安心したかのように震えが止まる
そして話を続けた

そこからはよく覚えていない
男が立っていたから
ドアを開ける事が出来て
逃げたと思う
追い掛けてきたのは
何となく覚えているけど
頭の中は真っ白で
気付いたら電話してた

パトカーが走ってるのを見て
逃げて
歩いてる人も怖くて逃げて
逃げて…
段々息が苦しくなって…
そこに鏡が来てくれた

城は無意識に
鏡の手を強く握り返していた

No.167 10/05/03 12:38
㍊ ( wPNK )

…ショックだった…

鏡は城の手を見ていた
手錠の傷跡は今でも
色濃く残っている…

久々に再会した親父が
そんな腐った奴なら
育ての親である祖父は
一体どこまでの奴なのか…

こいつは親父が戻る前も
ただ1人で泣いて
ずっと生きてきたから…
胸が痛い…

城の手の力が緩み外れた
そして口を開く

『ほら。俺、汚いだろ。』
『…汚くないって。』

突然怒り出す
『汚いから…汚いからまた汚される!新しい傷で汚される!汚いことも何回もやった!洗っても落ちないんだ!どうしたらいいんだよ!』

…汚いことも何回もやった?
鏡は静かに尋ねる
『汚いこと…何した?』

すると城は
人が変わった様に
鏡に食ってかかった

『聞くなよ!!』
『…。』
『聞くな!人間じゃないから、犬だから、汚いことやった!俺は汚いし臭いんだ…!鏡、風呂入らなきゃ…毎日入らなきゃ!でも落ちない…落ちない…どうしたらいい…。』

感情のコントロールが出来ない城
その言葉に
鏡の目は赤くなっていた
どんなに言葉を探しても
出て来ない

『鏡、アイツら殺して…。助けてくれるんだろ…鏡が自分で言ったんだ…。』

No.168 10/05/03 17:42
㍊ ( wPNK )

祖父母の話も聞きたかった
この一件で
ここまでおかしくなるなんて…
純粋な城の口から殺せなんて…

確かに俺も思うよ
簡単に出来るなら
殺して解放してやりたい…
でも…

『城、人を殺す行為は駄目なんだ。法とか罪とか…。』
いや
城にこんな説明しても無駄だ

城は鏡の服を掴む
『鏡、お願いだ…。』

今度は城が鏡の目を見る
鏡は顔を逸らした

『お前を助けたい…言ったよ。確かに。けどな、人を殺す事は出来ないから他の方法を…。』

話している途中
城の目付きが変わった
見下しているような
嘲るような
冷酷な目

『アンタも先生と一緒か。』
『…先生?』
『聞くだけ聞いて流すのか。』
『だから、そうじゃなくて!殺すってのは…。』
『殺さなきゃ殺される!他の方法は意味が無いんだ!』

鏡を押し退けた

『アイツらがいるから、俺の体はおかしくなった。震えてばかりで何も出来なくなった…。頭の中で自分と別の自分がゴチャゴチャ言い合うんだ。…もう疲れた。』

そしてバッグに服を詰め始める

『城!』
鏡が怒鳴る

『鏡。ごめん。ありがとう。』

そう言って部屋を飛び出した

No.169 10/05/03 18:48
㍊ ( wPNK )

鏡…聞いて

俺、生まれて初めて
安心して眠れる場所見付けた
幸せってこういうことかって
凄く実感したんだ

鏡が大好きだった

道が見えなくて
前に進めなくて
立ち止まって泣いてた

そんな俺を
必ず見付けて安心させてくれた

美味いアイス食いてぇって
一緒に連れて行ってくれた
海が一望出来る展望台

大きな鳥が
大きな円を描いて
頭の上を悠々と飛んだ時

恥ずかしい話だけど…
背中の鷹が消えてしまったのを思い出して…俺また泣いたよね

焦って戸惑う鏡に
刺青の話と
自由な鳥が羨ましい
だから鳥は好きだって話した
そしたら紙とペン出して

俺の職業な
【鳶】ってこう書くんだ
【鳥】入ってるだろ?
上、見てみ
あの鳥も同じ鳶って名前!

…そう言って笑った
そんな些細な事で感動した

ダボダボの作業ズボン
忍者みたいな格好して
変なのって思ってたけど

俺を見付けてくれる時は
いつもその格好だったし
スーパーマンみたいな印象で
涙の向こうから駆け寄る姿が
本当に格好良かった

俺、いつか鏡と一緒に
鳶の仕事したい
キツくても頑張る
鏡みたいな強い体になるよ

No.170 10/05/03 19:00
㍊ ( wPNK )

鏡が父さんだったら良かった

俺がもしマトモで
こんな汚いガキじゃなかったら

困らせてばかりじゃない
無知じゃない
ちゃんと笑って
好かれるような子だったら…
なってくれたのかな

鏡…本当に感謝してるんだ

これ以上
鏡には迷惑掛けれない
困った顔させられない…

最後あんな酷い事言ったけど
本心じゃないから…

鏡は俺の話
流した事なんてない
分かってるから…

俺はちゃんと
自分で自分のケリ付けるから…

成功するかは分からないけど
俺はもう
泣いてばかりのガキじゃない…

鏡…さようなら

―城―

No.171 10/05/04 08:43
㍊ ( wPNK )



12月
街中がクリスマスに向けて
華やかな飾り付けが目立ち
浮き足立った季節

商店街で足場を組む男達
その中に赤い頭の鏡がいる

足場の上から
ふと見下ろすと

建物の狭間の路地を
一匹の子猫が警戒しながら
親猫を探しているのを見た

(城…)

あれから1ヵ月は経つ
あの日家を出てから
公衆電話から着信は1度も無い
鍵も持っているし
すぐ帰ってくるだろうと
どこかそんな気持ちもあって
無理に引き止めなかったが
鍵は城の布団の枕元にあった

(今日寒いよなぁ…あいつに冬用の上着まだ買ってなかったしなぁ…あ~あ…)
毎日溜息しか出ない


ガンッと頭に何か当たる
『イテッ!』
『あー鏡さん駄目だボケッとしてたら!早く取れよ!ヘルメットしてて良かったな(笑)!』
『あ、あぁ…。』

仕事に支障もきたす

休憩時間になって
仲間が心配する

『鏡さん、最近おかしい。』
『いつか落ちるよアンタ(笑)。』
『追い掛けてた女にフラれた?』
『心なしか…ちょっと痩せたんじゃないすか?』

確かに痩せたかも
城が居ないと晩飯も作る気しねぇしなぁ…

皆が顔を見合わせる

No.172 10/05/04 11:31
㍊ ( wPNK )

『わかった、家出クンだ。』
『…。』
『図星(笑)。』
皆知ってるしいいかと思い話す

『サワ、あんな路地裏から発見する高性能センサー持ってんだろ?また頼む。今あいつはどこだ!』
『あの時はただ小便したくなって…たまたまっすよ!家に帰ったんじゃないかな。』
時間になりまた仕事に戻る

家に帰って平穏無事に過ごせているなら…
それでいい

あんな酷い事を
笑いながらする奴らだ
確率は低い

それに
鏡は城の家に何度か行っていた

クラクションを鳴らせば
気付いて出て来るだろうと
何度か通って試したが無反応

気になって仕方無いから
たった1度だけ呼び出した
多分祖母だろう
思いの他感じのいい雰囲気で
最近見ないから気になって来てみましたと言うと
城は出掛けたまま暫く帰ってないんですよね
問題ある子でごめんなさいって
笑顔で返されて終わった

…暴れてやろうかと思ったが
一応身を引いた

真っ黒の怪しい車が
何度もクラクションを鳴らすので
町内自体が警戒体制に入ってしまい行けなくなった

(城…生きてるのか?飯貰えてるか?布団で眠れてるか?泣いてないか?どこだよ…)

No.173 10/05/04 20:58
㍊ ( wPNK )

仕事を終えた帰りは毎日
城の行動範囲を一周して帰る

似た背格好の子を見ては
城かと思い振り向く

1年の時は学年でも
長身組だった城は
まるで時が止まった様に
身長もそのまま伸びず
今では小柄な方になっていた

今日も何も手掛かりなく
家に渋々入る

盗まれる物も無いし
いつでも逃げて来れるよう
鍵はあの日から開けっ放しだ

小腹が空いたら
ここの食っていいからと教えておいた場所には
ポテトチップスがあるし

布団も片付ける事無く
置いてった数枚の衣服と一緒に畳んであるぞ

息苦しくなった時は
過呼吸になるかもしれないから
袋が無かったら手を使って
自分の息を吸い込むんだぞと
説明はしておいた
死ぬ事は無いから
慌てるんじゃないって…
大丈夫だろうか…

完全に気を許してくれることはなかったなぁ
甘えることも知らず
ただ嫌われたくない一心で
俺の為に一生懸命だった
それで勝手に何かしようとしてはブッ壊して わざわざ電話掛けて謝って…

お前が居ない1ヵ月
お前の事しか考えてない
責任取れよ城

お陰様で俺
仕事中ドジばっかやって
傷だらけだ(笑)

No.174 10/05/04 21:39
㍊ ( wPNK )

昼過ぎ
男は口笛を吹きながら車を降り
誰も居ない家へ入る

タバコに火を付け
真直ぐキッチンへ行く
サッと目玉焼きを作り
隣りに軽く御飯を盛り
2階へ上がった

自分の部屋ではなく
隣りの四畳半の部屋を開ける

『城クン。親父のお帰りだ。』

…生きていた

『お帰りだ…って(笑)。』
『…。』
返事がない

男はフーッとタバコの煙を
城に吹きかける
いつかの日みたいに…

顔を背け
決して男を見ない様に
タバコを見ない様に
無視し続ける

男は笑いながら呟く
『ホンット…可愛くねぇ。』

タバコが恐怖の対象なのを知っててわざと顔面に近付ける

目を閉じ黙って食いしばる城
手先がまたカタカタと震える

『親父様のお帰りだって言ってんだけど?』
タバコを構えながら
声を張り上げる

『…オカエリ…ナサイ。』
やっと口を開く

『よく出来ました(笑)。』
そう言うと
肩に一発蹴り込んで怒鳴る

『最初からそう言え!馬鹿!オラ餌だ。あまり態度悪いと毒入るぞ。』
そう言って部屋を出た

No.175 10/05/04 22:01
㍊ ( wPNK )

城は男の後姿を睨みながら
飯を僅かに一口食べた

(毒…入ってなかった)
安全だと分かると
安心して完食した

食器を置いて
ただ壁の染みを見詰める

与えられた四畳半の部屋に
毛布が1枚だけ

手錠を掛けられていた時期
あの頃に比べれば
部屋もあるし毛布もあるし
手足は自由で
良いと思うだろうか

違う…首輪だった
柔らかい首肌は簡単に擦れ
赤く炎症を起し
出血もしていた

2階にもトイレはある
丁度、隣りの部屋なので
そこまでは行動出来た

【首輪】に【餌】
まるで犬のような扱い
飯は大体少量でまともだが
たまに面白がって
ドッグフードが交ざる

過去に飼っていた犬の名
返事するまでハクと呼び
虐げられる時もある

窓は逃げないように塞がれ
暖房器具の無い部屋は
非常に寒かった…

No.176 10/05/04 22:39
㍊ ( wPNK )

男は夜のクラブで働いていた
日中は男が
夜は祖父が大体家に居る
祖母は2階にすら上がらない

男を父親とは認めず
決して呼ぶ事も無かった
まだ少年とは言えプライドはある

男はスーツを着替え
また城の元へ現れる
面と向かって座り込む
タバコと灰皿を持ちながら…

『城、オレさ。さっきまであんな眠かったのに。今凄ぇ目さえちゃってよぉ。相手してやるわ(笑)。』

(今日は…何する気だ)
睨み付けながら構える
寒いのに汗が吹き出る
手のタバコが気になって仕方無い

『一問一答。無視するとコレ。』
タバコをかざす
手の震えが止まらない

『始めます。①。犬は好き?』
『…嫌い。』
『②。城は犬?』
『…人だろ馬鹿。』
『③。城は汚い?』
『…ッ…汚い…。』
『④。城は童貞?』
『…多分。』
『⑤。城はクズ?』
『…意味分からねぇ。何なんだアンタ。イカレてる。』

男の眉間にシワがよる
『③番しか納得いく答えじゃねぇなぁ…。手貸せ。早く。』

恐る恐る手を出す
即掴みタバコを突き付ける

『ウァアァァッッ…!!』
『脳味噌無いんじゃねぇか?馬鹿ガキ。つまんね。』

そう言って頭を叩き
部屋を出た

No.177 10/05/04 23:27
㍊ ( wPNK )

タバコの跡を押さえながら
毛布に倒れ込む

この程度で済んだ…
殺されなかった…

震えてはいるが
泣いてはいない

一ヵ月前
鏡の元から離れ
手持ちの小遣い全て使い
安いナイフを購入した

その時は
もう鏡への罪悪感など無かった

俺が自分で終わらせる
そうしないと先が無い
だって決めたんだ
今の俺なら出来る
俺は震えてばかりの
情けない男じゃない

そして家に向かった

暫く様子を見ていた
クソジジィと男が居る時は
絶対敵わない

この時間はジジィは帰って居るはずだし
男の車もあるって事は
2人共きっと中に居る…

城はひたすらチャンスを待った

するとスーツを着込んで
男が車で出て行った

今しかない…!
走って玄関を開け叫んだ

クソジジイ!
お望み通り帰ってきた!
やるならやれよ!

祖父母が驚いて出て来る
祖父が怒り狂って
城に掴みかかった…

咄嗟にナイフを振った
手応えはあった
腰を抜かして叫ぶ祖母…

でも簡単にはいかなかった…

No.178 10/05/04 23:44
㍊ ( wPNK )

安いナイフは刃渡りが短く
致命傷を与える事が出来ない

しかも
つい目を閉じてしまったため
祖父の横腹を切っただけだった

それでも祖父は
出血の量と痛みに動揺した

更には最悪な事に
玄関のドアが開き
男が忘れ物を取りに戻って来た

騒然とした様子を見て
城が襲ってくる前に
男は城を張り倒し
取り抑える…

騒ぎになると厄介なので
救急車を呼ぶと
発狂する祖母を止め

城を動けなくなるまで暴行し
縛り上げて
止血処置をして病院へ向かった…

それから今日まで
祖母は城に近付かず
祖父は夜虐げ
父親は日中いたぶった…

城は毎日自分を責める
無力なくせに
一番最悪な結果を招いた
本当に馬鹿だ

だけど
何をされても
人間としての誇りは
絶対捨てない

殺される時が来るまで
それだけは…!

鏡…ごめん
いつも助けに来てくれたのに
自分で穴に落ちて
抜け出せなくなった…
ごめん…
嫌わないで…

No.179 10/05/05 00:21
㍊ ( wPNK )

夕方
男と入れ替えるように
祖父が帰って来る

城は昔から
男より祖父が一番怖かった

今日は!?
ババァは居るのか?
1階の様子は全く分からない
ババァが外泊だったら
また2人きりだ…

『嫌だ…嫌だ…。』
膝を抱えて呟き続ける

階段を上がってくる足音
ドアが開く…
ビクッと体が反応する

『城!』
祖父は部屋を見回し
鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ

『相変わらず臭い部屋だな。来い!洗え!』
首輪を外すのはこの時くらいだ

抵抗するのはやめた
城の痩せた体では
もうそんな気力も力も無い

『虫湧いたら参るしな。家中が臭くなって客に怪しまれたら元も子もない!』

浴室に放り込む
冬なのにいつも通り水
唇も震え出す…
しかし
突然水が湯に変わる

(…?)
機嫌でもいいのか?
洗うのも忘れて呆然とする

『…!何だよ…何なんだよ!』
思わず声を荒げた…

祖父も裸になって
入って来た…

No.180 10/05/05 01:13
㍊ ( wPNK )

『何だ今更。慣れてるだろう(笑)?』
ニヤニヤと不気味に笑う

『何がだよ!出ろよ!近付くな!!行けよ!!出て行け!!』

まるで敵を威嚇する猫の様だ
壁に貼付き少しでも距離を取る

祖父はそんな姿を
ただ面白がっている

そこに膝を付けと命令する
断固拒否する城を叩き付け
言う事を聞かせる

2度と経験したくなかった…
喉に当たる汚い感触…
不気味な男の喘ぎ声…

目を固く閉じ
入った物全てを吐き出そうと
必死に排水溝へ顔を近付ける

『こういう時は可愛くてしょうがないのにな…!』

そして浴槽の縁に手を付けさせ
無理矢理犯す

『やめて…やめてよ…!許して…嫌だ…嫌だ…。』

シャワーの滴る音と共に
喘ぎ声と
泣き声が
浴室中に響き渡る

城は初めて声を出して泣いた…

No.181 10/05/05 05:38
㍊ ( wPNK )

『ハァーーー………。』
『…長い。日増しに溜息が長くなってる(笑)。』
『まだ見付からないすか?』
『見付からん。』
『もう警察なり相談所なり通報したら?』
『却下!』
『だって事件巻き込まれてるかもしれないし。』
『却下!』
『そうすねぇ。割とイイ顔してたから拾われて可愛がられてるかもしれないすねぇ。』
『却下!』
『あぁ、鏡より断然いい奴にな!ボク鏡よりこの人がいいってなぁ(笑)。』
『ウッ…(泣)。』
『自信ないのかよ(笑)!』

…自信なんて無い
あんな偉そうに
助けたいんだなんて言って
結局こうだ

自ら背負った使命の重さを
今まさに痛感している

警察や相談所に行かないのは
城が拒否し続けたから

虐待のTVニュースを見て
警察や相談所の責任者が
報告されていたのに関わらず

注意は促しました
強制立入りする時期を慎重に見ていた途中でした
何度か足を運びましたが親御さんが中々通してくれず虐待を受けている子供に会う事が出来ませんでした

残念です
遺憾です
申し訳ないです
今後改善策を練り直したいと思っています…

そんな大人の様子を見て
怒っていたからだ

No.182 10/05/05 05:57
㍊ ( wPNK )

その時尋ねた事がある
そういう相談所もあるんだよ
…行ってみるか?って

すると城は
どうして言い訳ばかりなの?
どうしてすぐ助けないの?
どうして謝るだけなの?
今酷いことする奴がいて
早く助けてあげたいから
相談するんじゃないの?
死んでから反省するの?

俺、こんな中途半端に知られて
何もされないんだったら
恥晒すだけだから嫌だ!

絶対嫌だ…!
言わないでよね…
知られたくないんだ…
見せたくない!
約束して!
鏡にしか言ってないんだ!

…約束した
こいつは俺以外に信用して委ねられる人間が居ないんだよなと

はっきり言って
こんな難しい問題
相談所に持ち掛けて
一緒に何とかして貰いたい

でも…
そこの人間が干渉してると
城が知った時

それは裏切りと言う
また大きな傷を与えてしまう…
約束したから…

No.183 10/05/05 12:24
㍊ ( wPNK )

鏡は引っ掛かっていた
城の最後の言葉

『殺さなきゃ殺される!他の方法は意味が無いんだ!』

もう殺意しか抱いてなかった
俺が説得しようとしても
全く聞かなかった

もしかして
本当に家に向かったのか?
家の奴は普通な感じだった…
もしかして
行ったはいいけど失敗し
監禁されてるか
最悪…
逆に殺やられて山とかに…

嫌な予感ばかりよぎる

早く見付けてやらないと…
このクソ寒い中
俺の名を呼び続けていたら…
あいつには俺しかいないから…

城…どうしたらいい
城…城…

No.184 10/05/05 14:27
㍊ ( wPNK )

城は知っていた

鏡がクラクションを鳴らして
家の前を走っていたのも

1度だけ玄関を開けたのも…

鏡はわざと大きな声で
『こんにちはー!城君元気ですかー!?最近見ないから気になって来てみましたー!』
と様子を見に来たのも…

城が居るなら
聞こえるだろうと思って
わざと…

でも城は助けを求めなかった
何故?

見られたくない姿だから…
しかも手錠じゃなく首輪だ…
今手元にあるのは
ご飯じゃなくドッグフードだ…

人間じゃない姿
こんな姿
きっと鏡だって引く

しかし心の中では叫んでいた
鏡…鏡…
助けて…見付けて…
でも…でも…!

そのまま鏡は玄関を閉め
去ってしまった
それからはクラクションも聞かない

自分しかいない
どうしたらいいの?
鏡…何でも教えてくれただろ

教えて…

No.185 10/05/06 00:20
㍊ ( wPNK )

鏡…鏡…
『…幻聴が聞こえる。』

『とうとうイッちまったか?』
『ホント大丈夫かよ…。』

鏡が日々消沈していく様子を
仲間はいよいよ心配していた

『また行ってみたらいいじゃないすか。』
『俺の車、あそこの町内に怪しまれてるからさぁ…。』

『手伝う?車貸すよ。』
仲間のその一言に
鏡は顔を上げた

『トオル…そういやお前のクラクション俺と一緒だよな…。』
『鏡さんのと同じ音買ったからね(笑)。』

同じ事しても
意味無いかもしれない
城が俺が来たって気付くのは…
俺の姿見ずに俺だって
分かるのはこれしか無いよな

…もうイチかバチかだ
明日は土曜日
何か起きても翌日は日曜日だし
ゆっくり城を介抱してやれる

後は…
後は城がアクション起してくれれば
クラクション聴いて
反応さえしてくれれば

家に居るなら居るでいい
何でもいいから
俺を安心させてくれや!

『もう1度だけやるか…。』

No.186 10/05/06 00:50
㍊ ( wPNK )

今日はいつも以上に冷え込む

『城クン。なんつーか…クリスマスも近いのに…女すら居ない。お前も父さんもなぁ。似た者親子なのかなー。』
『…一緒にすんな。』

男は仕事から帰って
暇さえあれば酒を飲み
城の前に座り絡んだ
まるで城が酒の肴だ

『金もねーし。パチは勝てねーし。やっぱり昔から疫病神ってヤツだねお前。』
『…。』
『首輪して犬みたいだよ。ウン。犬に服は必要無いよな?』

無理矢理掴みかかる
城は殴られると思い
身を守る態勢に入るが
シャツを引き剥され倒れ込む

『何度見てもキッタねぇな(笑)。皮膚ボロボロ。女抱く以前によ、温泉すら一生入れねぇわ。恥ずかしい息子。触ったら移りそうだ。』

酒をグイッと一気に飲む

寒い…
シャツ一枚でも寒いのに
寒過ぎる…
全身に鳥肌が立ち
歯がカタカタ震える

それでも悟られないよう
虚勢を張り言い返す

『…息子とか言うな…お前なんか存在しない…俺の中では…お前なんか…。』

男は黙って睨み付け一言
『熱湯。』

城はうつむいて黙る
それだけは…

男は酒の空缶を投げ付け
自分の部屋に去った

No.187 10/05/06 01:11
㍊ ( wPNK )

これ以上熱湯浴びせられたら
生きていられる自信がない

城は毛布を纏いながら
頭を働かせる

逃げなきゃ…
逃げなきゃ殺される…

でも首輪を外せないんだ…
風呂に行く時
アイツは鍵を使って外してる…
多分自力じゃ無理だ
鍵が無いと無理だ…

鏡ならまたピンで
簡単に開けてくれるのかな

鏡…どうしたらいい…
俺死にたくないよ…
ここに居るから辛いけど
鏡と居れば幸せだったんだ…
俺馬鹿だ…
帰りたい…
鏡の所に帰りたい…
せっかく来てくれたのに
臆病な自分がチャンス逃した…
助けてって叫べば
きっとお構いなしで
この部屋まで来てくれた…
ダボダボズボンで…

鏡お願い…
また玄関開けて…
犬でも助けてって言うから…
臭くてもちゃんと言うから…
素直になるから…

玄関開けて…!
死にたくない…!

ガチャリと玄関が開いた音
足音は階段を上り
真直ぐこっちへ向いている

『…鏡!!』
…城は叫んだ

No.188 10/05/06 01:38
㍊ ( wPNK )

『お前はまた酒飲んでるのか!もう仕事だろ、早く行け。』
『分かってるよ!』

城は愕然とした
アイツだった…
(来るはずない…)

慌てて支度をして降りて行く男
入れ替えるように
祖父が入って来る

『何て格好だ!』
祖父は鍵で首輪を外し始める
風呂場へ連れて行くのだろう

城は疲れ切った顔で聞く

『殺さないの?』
『あ?』
『殺せば?』
『何を言ってんだ馬鹿が。』
『殺せよ。』
『うるさい。黙って来い。』
『殺せないのか。』
『黙れと言っている!』

1階に降りると
祖母の気配が無い

『ヤるのか。』
『あぁ?何?』
『今日もヤるのかって。』
『うるさい奴だ!何だ今日は!偉そうに…早く入れ!!』
『…。』

今なら自由だ…
アイツは俺が逃げられると思っていないから
油断して冷蔵庫漁ってる…
体力が無いから逃げ切れるか
分からないけど…
今しかない…

無意識に
居間の置き飾りを手に取る

気配を感じて振り向いた祖父を
力一杯殴り付けた…

No.189 10/05/06 02:17
㍊ ( wPNK )

土曜日
今日は早く切り上げようと
仕事に集中する
昼休憩で飯を食いながら話す

『鳴らすだけでいいのかい。』
『それしか浮かばない!』
『勝手に侵入する訳にもいかないすからねぇ…。』
『城に賭ける。あとはもうあいつ次第だ。』
『反応無かったら?』
『…毎晩泣く…。』
『弱過ぎ(笑)。』

…ゴチャゴチャ考えて悩むのは
もういいと思ったんだ
本当に反応無かったら
警察なり相談所なり駆け込む
裏切ったとか言われても
お前の命懸かってるし
監禁されて返事出来ないなら
それ自体が犯罪だし
心配だから仕方なかったと
説得してやる
例え嫌われようとな!
それが嫌なら
この最後のクラクションで
何かしら返事しろ

城…届くか俺の声
お前に逢いたいんだ
お前が可愛いんだよ

もしもまた…
汚い臭い嫌われるなんて
俺に引け目感じて
出て来られないなら…
見付けた時そんな事言ったら…
ケツひっぱたいて
泣かせてやっからな!
覚悟しとけよ!?

男なら勇気出せ
俺はお前の育ての親だ
もっと社会を教えてやるから

お前が俺を嫌っても
俺がお前を嫌う事は無い

城…聞こえるか…

No.190 10/05/06 03:39
㍊ ( wPNK )

か細い腕の城…
ろくに飯も与えられず
力も入らず
長く監禁され体は固まり
走るのもままならない

祖父に殴りかかったが
目の上を切った程度だった
それでも血を拭きながら
慌てふためく隙に
逃げる事には成功した

成功したが…
12月の空気は残酷なほど冷たい

城は上半身裸だった…
鏡が初めて買ってくれたジャージ
血痕が染みとなり
擦れて汚れきって
膝も裾も破れていた
防寒の足しにもならない衣服

長期に渡る虐待によって
閉ざされてしまった城の性格

他人に助けを求める事も
遠くへ逃げる事も出来ず
結局は
大嫌いな家のすぐ近く
家と家との高く隔てられた塀の狭間で倒れていた…

それはまるで
弱ったところを外敵に襲われないように身を潜めたり
大好きな主人や仲間に
こんな情けない姿見られたくないと身を隠したりする
死期を悟った猫の様に…

逃げ出して一晩が過ぎ
丸一日経とうとしていた

160cmの痩せ細った小柄な城は
誰にも発見される事無く
意識朦朧としていた…

No.192 10/05/06 10:17
㍊ ( wPNK )

塀と塀の狭間
日の入らない場所
冷えきった土
寒風が背中を撫でる

全ての条件が
体温を奪っていく

祖父は一晩中
気が狂ったように探していた
きっと
裸の城を誰かに発見されたら
偉い騒ぎになる
だから必死に
探し回っていたのだろう

…城は力尽きた
…もう本当に駄目だった

閉じかけた目に涙は無い
もう寒さすら感じない

1番古い記憶
3歳の時の記憶

痛い記憶
怖い記憶
悲しい記憶
捨てられた記憶

どんなに頑張って
思い出そうとしても
未だに分からない


俺 何か悪い事したかな…
生まれて ごめんなさい…


静かに目を閉じる


もう1度逢いたかった…
鏡が父さんだったら良かった…

何度も見付けてくれたのに
ごめんなさい…
ありがとう…


鏡 さよなら

No.193 10/05/06 11:39
㍊ ( wPNK )

『どこ?まだ?』
『まだ。もうちょい…あ、あそこ左折。トオル、いいか。曲がって300mくらい走ったらT字路に突き当たるから。そこ左折。それまで鳴らし続けろ。停まらなくていい。』
『了解。』

城、もしも家にいるなら
動けるなら
窓開けるか叩くか何かしろ
見てるから…
見付けてやるから!
何周か回るからな…
一発目は様子見だ

居ないなら
警察や相談所
ありとあらゆる所に行く
お前んちに殴り込んででも探す
絶対探し出す!

時間の割には人気の無い住宅街
ウィンカーも上げずに
トオルはハンドルを切り左折する

パァーーーーーーーーーーー………

閑静な住宅街に
景気良く長々と響くクラクション

スピードを出来るだけ上げ
逃げる様に左折して消える

『どう?』
『いや、反応無い…。地下とかに監禁かなー。それか居ないか…。5分経ったら行くぞ。』
『こりゃ町内も怪しむわ(笑)。ましてアンタの車じゃ。』
『コレだって変わらんつぅの!通報されたら俺知らねぇって言うからあとは任せた。』
『酷ぇ~(笑)。』

No.194 10/05/06 12:12
㍊ ( wPNK )

(…鏡?)

遠のく意識を呼び戻す様に
近いような遠いような
聞き覚えのある音…

パァーーーーーーーーーーー………

2回目…
城は完全に目を覚ました

(鏡!!)
叫ぶが声が出ない

冷えきった体は上手く動かず
立ち上がることも出来ない

(待って…行かないで…!)
思い通りにならない体
苛立ちが湧き上がり
悔し涙が浮かぶ

行っちゃう…
行ってしまう…
絶対鏡だ…
待って…待ってよ…
起きろ体…!
動け、動けよバカ…!!

何とか奮い立たせた足
走りたくても
関節が伸び切らない

流石に2回目となると
窓から様子を見る住人も居る

鏡はそれを知って
次は10分後だと
車を待機させる

腕を組んで沈む鏡
『…次で最後にするか。3回が限度だな…うるせぇクラクションだよ…。確かに迷惑だ。』
『アンタが言うのか(笑)。』

城…居ないのかよ…
次で終わらせるぞ…
お前との約束
できれば裏切りたくなかった…
仕方無いよな…

『よし。行くか!』

No.195 10/05/06 12:39
㍊ ( wPNK )

鏡 待って
追い付かないんだ
体が動かないんだ
やっぱり情けない俺…

でも決めた事がある

俺 自分が嫌いだけど
化物みたいな体で大嫌いだけど
それでも鏡は
受け止めてくれてたし
お前は素直じゃない
もっと素直に
甘えればいいのにって
言ってくれてたから…
次逢えたら言おうと思ってた

父さんになってよって

そしたら家族だろ
鏡なら嫌がらないでしょ
鏡がどうして
バツイチになって1人なのかも
知らないけど…
鏡も俺も1人じゃなくなるよ

甘えるとかよく分からない
ただ、お願い…
俺の唯一の我儘聞いて…


やっとの思いで車道に近付く
他人を警戒して辺りを見回す
窓から顔を出していた人々は
もう中へ入っていた

角を曲がって
最後のクラクションが鳴る…

パァーーーーーーーーーーー………

目の前を白い車が
勢いよく通りすがる

(…鏡じゃなかった!!)
膝を付いて唖然とする城

ジョウーッ!!

No.196 10/05/06 13:10
㍊ ( wPNK )

ガックリと手を付く
嫌でも涙が流れる
鏡の車じゃなかった!
白い車だった…!

だけど
最後に鏡の声がした
ジョウって呼んだ気がした

そして車は行ってしまった…


鏡は見逃さなかった
家と家の隙間に
こっちを見て唖然とした顔
城が居たのを

『バッ…バカ!もッ…戻ッ、戻れって!居たんだ!居たんだよ今あそこに!城が居た!早く…!ターンだターン!いやバックだ、バックフル加速で早く!!』
『イテッイテッ!痛いって…まず落ち着けって!てか、ターンもバックも無理だろって!回るから今!』

『…いや…駄目だ!走ってく!ここで待ってろ!』
そう言うと
勢いよく降りて走り出した

そんな後ろ姿を見て
トオルは呟く
『…良かった(笑)。』

No.197 10/05/06 13:30
㍊ ( wPNK )

城の顔は涙でクシャクシャだった

ずっと鏡だと思ってたのに
違う車だったんだ…
終わった…

泥だらけの体で車道へ向かう
塀の隙間から顔を出してみた

『誰も…居なくなった…。』
顔を覆い座り込んで泣いた

冷たい風が余計冷たく感じる
後は死を待つだけ
諦めた…

その時
200m先の角から
忍者みたいな格好の
スーパーマンが現れた…

No.198 10/05/06 16:46
㍊ ( wPNK )

たった…
あとたった200mなのに遠い…
畜生…俺が鈍足なのか…?!


赤い頭の男は
両目も真っ赤にしながら

塀の陰にうずくまり
顔を両手で覆いながら
大きな口を開けて泣く少年
とても中学3年生には見えない
痩せ細って傷だらけの
小さな憐れな少年目掛けて
全速力で走った


城…!城…!!
良かった…生きてた!

やっぱり捕まってた…
よく逃げた…
よく逃げたよ…!

んで、よく気付いた!
賢いよお前は!
後でメチャクチャ可愛がってやる!

しかもこのクソ寒いのに
何で裸なんだよ…
何でそんなガリガリなんだよ…!
あんなに肉食わせただろ…!?

畜生…糞ッタレ共…
俺の城に何しやがった!!
後で覚えてろ…
倍返ししてやるからな!!

城…見えるか…俺だ!
泣くくらいなら離れんなよ…
本当の親父になってやっから…

ウチに来い!!


…鏡は走りながら
無意識に防寒着を脱いでいた

遠い遠い200m
あと…あと10m…

No.199 10/05/06 17:22
㍊ ( wPNK )

城は幼い子供の様に泣いていた

鏡が近付くと片手を伸ばし
少しでも早く
鏡に触れようとした

立つ力はない…
だけど声を振り絞って
叫ぶことは出来た

鏡!!鏡!!鏡!!

鏡は差し延べられた
痣だらけの細い腕を
真っ先に握り締め

冷えてボロボロの小さい体を
馬鹿野郎!と一喝し
強く強く…
抱き締め続ける…


タバコの匂いが染み付いた
懐かしい鏡の香り…

あまりの冷たさに驚き
防寒を纏わせ
両手を城の頬に優しく乗せて
ジッと目を見詰めた

城も今度は
逸らさず見返す

くっきりとした二重の目
目鼻立ちもしっかりしていて
変わらない顎髭
日に焼けた肌
少々痩せた頬

鏡が泣いてる…

相変わらずの柔らかい笑顔で
フッと微笑む

『行くか(笑)!』
『…うん。』
『じゃ帰ります!撤収!』

そう言うと
筋肉質で強靭な両腕で
城を軽々しく抱き上げ
車に向かって走り出した…

No.200 10/05/07 08:36
㍊ ( wPNK )

車のミラー越しに
城を抱え走ってくる鏡が見えた

トオルは車を降り
後部座席のドアを開ける

城を座らせ自分も乗り込み
辺りを見回した

『トオル、毛布かタオル…何かないか!?ヒーター全開にしてくれ!』

鏡に逢って安心した城は
体温が中々上がらず
震えが止まらない
鏡は必死に手足を擦る

毛布無いから
とりあえず俺の上着もと
トオルは鏡に渡す

城はトオルを見て怒鳴る
『誰…誰だよ!見るなよ!』
『城、初めてコンビニで会った時、一緒にお前の背中を見た奴だから…大丈夫。』

トオルは驚きを隠せない
つい最近も見たけど…
こんなに小さかったか?
ここまで細かったか?
…虐待の恐ろしさを実感する

『鏡さん、病院連れてくか?』
城は即答した
『嫌だ…!』
『でも顔色ヤバいし…!』

鏡が言う
『会社へ…車乗換えて家行く。こいつ見た目より強いから大丈夫(笑)!』
『分かった。』

鏡はずっと
擦り続けていた

No.201 10/05/07 17:35
㍊ ( wPNK )

会社へ着くと
鏡は車のエンジンをかけ
トオルに車が暖まるまで
もう少し乗せといてくれと言い
事務所へ走って行った

トオルは後ろを振り向き
城に話しかけてみる

『鏡さん、君が行方不明になってから変だったよ。出て来てくれて…これでオレらも安心して仕事出来る…ありがとな。』

城は一瞬眉を動かし
上着で顔を隠した
そして小声で返す

『…怒ってた…?』
『いーや。泣きっ放し!』

鏡が毛布を持って戻る

『トオル!色々助かった。1人じゃ限界だった…感謝します!この礼はいつか気が向いた時に!』
『早目に気を向けろ(笑)。』

城を乗せ替え上着を返し
別れた

いーや。泣きっ放し!

この言葉が
ずっと頭から離れなかった
鏡が泣いてくれた…
それだけで胸一杯だった

No.202 10/05/07 18:57
㍊ ( wPNK )

毛布でグルグル巻きにされた城は
鏡の上着を被って
また寝たフリをしていた
体温も少しずつ戻る…

鏡も分かっていたが
あえてそのまま黙っておく

マンションの駐車場に入り
城を抱えようとすると
子供じゃないから
恥ずかしいから
俺は男だぞ
自分で歩けるとごねた

歩く力も無いくせに
恥ずかしいならこうしてろと
毛布を頭からグルグル巻きにする

そんなやり取りが
どこか楽しそうな2人…

部屋に入り城を降ろす
痛々しい傷を背負い
ぎこちなく歩く後ろ姿を見て
また怒りが込み上げる

『城。ごめんな…。』

鏡が謝ると城は振り向かずに
立ち止まる

『もっと早く助けてやれば良かった…1度行ったんだ。出たのはバアサンらしき人だった。通報されてでも無理矢理上がって調べれば良かった…そしたら…そしたらこんな酷い思い…もっと早くによ…!口ばっかで悪かった…本当…もう…俺…。反省してます…。』

声が震えていた

No.203 10/05/07 19:34
㍊ ( wPNK )

『俺、来たの知ってたよ。』
『…?居たのか?』

城は振向いて首を指差した

『首輪…だったから…手錠より変でしょ。俺、犬だったから…見られたくなかったから…黙ってた。』

…首輪?

『あと、その時のご飯が…。』

言葉を詰まらせ躊躇する
鏡だから大丈夫と言い聞かせ
続ける

『犬の…エサ。』

鏡は耳を疑った
首輪と餌?
人の子に…犬の?

城は毛布をまた頭から被り
ソファーに倒れ込んだ

『そう…!だから、見られたくないから…犬だから!ワンて言えって沢山叩かれた後だから!!助けてって言えなかった!!鏡、ごめん…!ごめんなさい…犬でごめん…。』

犬だからと叫んでいた理由が
これで…

あいつらは何を…
1人の人間に何を…!

ソファーに座る
毛布にくるまって
泣顔を見られないようにでもしているのか…
名を読んでも反応しない

腹わたが煮えくり返る…!

No.204 10/05/07 21:50
㍊ ( wPNK )

『城…顔見せろよ…。』
毛布をゆっくりめくる

城も諦めたかのように
黙って起き上がり
鏡の隣に座り直す
虚ろな目

身なりきちんとしたら
イイ男なんだぞこいつは…
それなのに…

髪はまた無造作に伸びて
整える時間も与えず
恐怖ばかりが纏わりついて
成長期にもかかわらず
時が止まったように
あまりにも幼い顔
痩せこけた頬
疲れ切った暗い表情…

首輪の跡
何かの道具で打たれた跡
根性焼きなんか
軽く10ヵ所以上はある
それでドッグフードだと…!

一体…一体
どっちが人間で
どっちが化物だよ…!

殺してと嘆願した気持ちが
痛いほど理解出来る…

ソファーを降り膝をつく
城の目線と同じ高さで
手を取り宣誓する

もう1人にしない
もう苦しませない
お前を助けたい、じゃなく
助けてやる…必ず!

回復したら一緒に行って
家の人と話をつけよう

お前を離したくないから…

No.205 10/05/08 01:57
㍊ ( wPNK )

城は唇を震わせ聞いていた

そして
何かを決意したかのように
初めて自ら鏡に抱き付いた

女の子より華奢で
か弱い体で力無く
鏡の首に手を回した

いつもの城なら
汚い臭いからと
絶対こんなことはしなかった

『城…?』
『鏡、お願いだ…。』

…お願い?
戸惑いを隠せない両腕を
細い体に回しながら
黙って耳を澄ます…

『俺の…父さんになって…!』

小さな小さな声だった

『そしたら【家族】だろ…鏡も俺も1人じゃなくなるよ…お願い…お願い…お願い…。』

唱えるように囁く

また涙が出る
まさか城の口から…

泣いているのを悟られまいと
必死に目を瞬く鏡

ズズッと鼻をすすった瞬間
城が体を離して顔を覗く

しまった…!と思いつつ
もうどうとも思えと
照れ笑いしながら返す

『あ~先に言うなって!俺が先に、息子になれ、ウチに来いって台詞で決めようとしてたのによぉ。本当、可愛い奴だよお前は(笑)!』

本当の血の繋がりのある
父親だと名乗る男と
正反対の台詞

城は今 心から幸せを感じた

No.206 10/05/08 21:07
㍊ ( wPNK )

鏡も1人なんだって
いつの間にか感じ取っていた

彼は1度も
自分の話をしたことは無い

バツイチで1人になったとか
そういう意味でなく
部屋を見回しても
妙に寂しさが漂う空間
違和感を感じていたんだ

鏡なら女が居ても当然なのに
大人の事情ってやつかと思い
突っ込むことはしなかった

仕事仲間と呑みに行くのも控え
俺の世話と家事と仕事で
忙しない毎日

確かに俺は
中1から発育不全に陥った体で
見た目は幼かったし
虐待によって
社会を学ぶ機会を閉ざされ
知能も普通より低かったから
小学の頃は
それでよく馬鹿にされていた

だから中学では
それを知られたり
馬鹿にされるのが嫌で
学校では必要最低限しか喋らず
人を近付けない様にしたが…

鏡の前では素の自分でいれた
彼もその差は分かっていた

俺を子供のように扱う鏡…
褒める時は褒め
叱るべき時は叱り
忍耐強く教え続ける

父親としての役割を
確実にこなしていた

鏡…
鏡のお陰で幸せなんだ
俺の気持ちを
よく理解してくれてるから

だけど俺
鏡のこと何も知らない…

もうそろそろいいだろ
教えてよ

―城―

No.207 10/05/09 02:44
㍊ ( wPNK )

城はそのまま目を閉じ
呼んでも目を覚まさなかった

今がチャンス
城には悪いけど知る必要がある
起きてる時には
絶対見せたくないと言うだろう

泥だらけの体を拭きながら
傷の一つ一つを記憶する

少し気になっていた部分…
破けて汚れたジャージを脱がせ
尻、足の付け根
太股から膝裏辺りを見る

不自然な指跡
無理矢理足を広げさせる様に
抑え付けた跡
腰周りにも付いていた

やっぱり…!
やっぱり糞ッタレ共は…!!

多分間違いなく
性的虐待も受けている…

汚い事もやったと喚いた時
まさかとは思ったが…

一番繊細で難しい部分を…
どこまで化物なんだ…!

簡単に皮膚移植が出来るなら
全て交換して
綺麗にしてやりたい…
あいつら…
会ったらタダじゃおかないと
怒りだけを抱きながら
新しい服を着せ
城を布団に寝かせた

怒りで暫く寝れず
ソファーで横になり
やっと眠りについた

No.208 10/05/09 08:40
㍊ ( wPNK )

翌朝日曜日

『鏡!!』

ソファーから落ちた
開かない目をやっと開けると
城が顔を真っ赤にしながら
癇癪を起している

『見ただろ…!』
『何…何を…。』
『服が変わってる…見ただろ、勝手に…体見ただろ!』
『(あぁ、そのことか)…見たって言うよりお前泥だらけだったし。起こしても起きないから、体拭いて着替えもしといた。感謝しなさい、お父様に。』

重い体を起こして
ソファーに寄掛かる
城の怒鳴り声が頭に響く…

『勝手に見るなよ!バカ!誰が父さんだ!』

そう吐き捨てると
テーブルに頭をついて
大人しくなってしまった

『昨日の今日で親父役クビなの俺(笑)。ジャージ取り替えただけだって。布団汚れるだろ?パンツ見たか。そのままだろ。』

チラッとズボンをめくって確認する

『…本当だ。』
『可哀相な俺(笑)。もう朝か…具合悪くないか?腹減ったろ。何か食おう。』
『…うん。ごめん。』

久々に城の相手をすると
大変だがやっぱりどこか楽しい
目玉焼きを作り出す

内心
こんな癇癪持ちにさせたのは
あいつらのせいだと
城の家庭を恨みながら…

No.209 10/05/09 11:26
㍊ ( wPNK )

『…よく家の奴出て来なかったな。それだけが奇跡だ。』
鏡はしみじみと思い返す

『土曜はジジィ仕事忙しくて遅い。男は夜仕事で早目に出た。ババァは多分買物。』

目玉焼きを冷ましながら
ゆっくりと少しずつ…片側の歯で食べながら答える

『口も切ってんのか。』
『逃げて転んだ。』
『…いつ逃げた?』
『一昨日の夕方。』
『一晩その格好で外に!?』
『…。』

こんな寒い中…
本当によく生きてたと思う

『体が体じゃなくなった。だから鏡にさよならって言ったんだ。心の中で。そこで車の音が聞こえた。鏡だって気付いて起きた。』

鏡は黙ったまま聞く

『鏡がくれた地図は見付かって捨てられた。でも印付けないでって言っただろ。だからここバレてないから安心して。電話しなきゃって分かってたけど、走れなかった。ご飯じゃなくて犬のエサとかもあったからかな…ふざけてるよ、アイツら。』

淡々と語る城

印を付けると
また地図がゴチャゴチャになって
辿り着けなくなるから断れたんだと思っていた

誰に教わった訳でもないのに
何て賢い奴なんだ…!
驚嘆した

『俺のが今殺意湧いてる…。』

No.210 10/05/09 12:49
㍊ ( wPNK )

『ここ出て行ってすぐ見付かったのか?話せよ。心配どころじゃなかったんだ。』

泣きっ放し!の一言を思い出す

『殺そうと思って…ナイフ買って乗り込んだ。でも失敗して捕まった。ジジィと男に沢山殴られて繋がれた。昔飼ってた犬と同じ名前付けて返事するまで殴られた。逆らうとすぐ、タバ…タバコ…タバコを…。』
微かに震え出す…

『…うん。その次は。』
鏡が上手くフォローする

『昼は男が苛めて、夜はジジィが…家に誰も居ない時…おっ、俺を…。』

鏡は祖父が性的虐待をしていたのかと確信した

『…。』
城も黙ってしまった

『どうやって逃げた?』
『臭いから、臭くなるからってシャワー連れてく時…首輪外されるのその時しかないから。その辺の道具で殴って…逃げた…。』

よく話したと言わんばかりに
城の頭を撫で立ち上る

『よし!男の中の男だ。それでいい!でなきゃ俺も助けられなかった。褒美に今日、良いものをやる事にした。』
『…何?』
『部屋(笑)!』
『俺の部屋?マジで?』
『食ったら手伝えよ(笑)!』

城はやっぱり…
やっぱり笑いはしないが
嬉しそうに目玉焼きを平らげた

No.211 10/05/09 17:50
㍊ ( wPNK )

ギターやアンプ、コンポを中心に
服や使わない家具等が
無造作に置いてある部屋

『ここを全て君に与えよう!』
『…本当に?住んでいいの?』
『住んで…は変だろ。使っての間違いだな(笑)。』

鏡は少し屈んで目線を合わせる

『城。お前はもう住んでる。ここは俺とお前の【家】。その中のこの場所がお前だけの【部屋】。今ここの荷物を俺のベッドの横に全て運ぶから。それが終わったら家具屋行って机とベッド買ってやる。』
『俺も行く。』
『…お前昨日死にかけてたんだぞ?具合悪くなられても困るから居てくれ(笑)。』

城は生意気に溜息をついて
鏡に言い返した

『…俺の机とベッドでしょ。俺が選ぶ。鏡は買ってくれればいい。』

鏡は城らしくない態度の大きさに驚きながらも
こいつ相当嬉しいんだなと
城に満面の笑みを向けた

『分かった。そうします(笑)。…だから、もう勝手に出て行くなよ。ここがお前の居場所だからな!』
『分かった。そうします。』

城が心なしか
少し笑った気がした

No.212 10/05/09 18:41
㍊ ( wPNK )

1時間もかけずに荷物を移動し
城に掃除機を渡す

床の寸法を計りメモして
家具屋へ向かうと
日曜で割と混んでいた…

城は少し物怖じ気味で
俺の後ろに隠れる様に歩く

ベッド、机、電気、時計、ラグマットを選ぶ

ベッドと机は後日宅配しますと言われ城は酷く落ち込んだ

じゃあ今すぐ持ち帰れる簡易組立式ベッドにするかとなだめ
机は流石に車に積めないからと
我慢させた

家に帰り休憩して
何だか面倒臭くなり
ベッドは明日やってやると言ったら癇癪弾が炸裂した

大ダメージを受け
瀕死の状態で組み立て設置する

ラグマットも敷き
言われた場所に時計も掛けた

終わった…
一気に疲れが出て
休もうとソファーに腰掛けた途端
城に呼び出された

ベッドを窓際にしてと言う…
またマットを除け
簡易組立式のくせに
重いベッドをせっせと動かす…

飯は出前
風呂に入って城の部屋を覗くと
早速気持ち良さそうに寝ていた

疲れが飛んだ気がして
俺も寝ようと寝室を開けたら…
運んだ荷物に埋もれたベッド…
一気にまた疲れが出る…
もう…ソファーでおやすみだ…

No.213 10/05/09 23:55
㍊ ( wPNK )

朝仕事へ行く準備をする鏡
城が起きてきた

『おぅ!どうだ、眠れたか?』
『うん。…ソファーで寝たの?』
『片付けないとなぁ~俺のベッド周りも…。帰ったらやるさ。』
『俺やってやるよ。』
『(ギターがヤバイ…)いやいやいや!ウン!気持ちだけで充分です!ありがとうございます!』
『…そう。』
『そういや、お前ケーキ種類問わず食えるのか?』
『ケーキ?多分。』
『そうか、ま、とりあえず仕事行くわ。何かあれば電話な。』
『うん。』

鏡が去ると
パンと牛乳を用意し新聞を広げ
TVをつけて食べ始めた
傍らには
国語辞典と漢和辞典

学校へ行かないなら
自分で少しでも文字を覚えろ

そう言って
辞典の使い方を教えてくれた

一見行儀悪いが
新聞とTVのニュースを照らし合わせ
内容を詳しく理解する
城なりの勉強方法だった

分からない文字や記事は
鏡が帰ったら聞く
そうして知識を増やしていった

No.214 10/05/10 08:22
㍊ ( wPNK )

『城君だっけ。どう?』
トオルが持ち掛ける

『どうもこうも土曜の出来事が幻の様に元気だって。俺が付いて行けねぇ(笑)。』

久々に見る鏡の笑顔に
皆が安堵する

『ケーキ買ってやれば?』
『クリスマスとかどうでもいいけどな。ケーキ食った事無いんじゃないかと思うとさ。』
『どこまで酷い家(笑)。』
『そこまで酷い家さ。サワ、虐待してねぇだろうな!』
『してませんよ。信じられない話すよねー。』
『年末年始はどうするんだ?』
『帰らないで一緒に居るさ。年明けて落ち着いたらあいつんちに乗り込む!』
『マジ?』
『…引き取るの?』

『…。そのつもりなんだよ。断固拒否られたらどうすっかなぁって考え中…。』
『どうって…。』
『鏡さんだもんな…。』
『やっちゃうだろ、勿論。』
『やっちゃうな(笑)。』
『俺が?何やるって?』

『乱闘!』

皆が討論し出す

体力馬鹿だから
頭脳戦は無理だろ
口じゃ敵わないし
3分持たずに手が出るな
留置所面会行かないから…

テメェらなぁ!と笑いながら返す
この仲間達にも救われた

いつか城に会わせてやろう
世の中
悪い奴ばかりじゃないって…

No.215 10/05/10 12:51
㍊ ( wPNK )

好きな部分から好きに食えと
鏡は小さいホールケーキを渡す

ユウナの家で食べたケーキとは
全然違う大きさと形
目を丸くして真ん中から食べた

当たり前の事が
当たり前じゃなかった生活

素で驚く城の反応が
いちいち新鮮で
次々と教えてやりたくなる

今年ももう終わる…

12月31日
仕事を早く切り上げ帰る

今年は忘年会も初めて不参加
仲間内の新年会は
城を連れて来いと皆が言う
行けたら行くと返事して
城が待つ家へ向かう

玄関のドアを開けると
届けられた城の机が封鎖し
中へ入るのに苦労する

城が不機嫌そうな顔で
部屋から出て来て言う

奥まで運ぼうとしたから
勝手に入るなよって怒ったんだ

こういう重いのは
直接部屋まで持っていってもらって良かったんだぞと苦笑いし

心で泣きながら
鏡はまた1人でせっせと運ぶ

言われた所に置くと
中学生の部屋らしくなった

城は何度も座ったり立ったり…
感情を出さなくとも
行動ひとつで喜び具合が分かる

そんな姿が
いつも鏡を癒してくれた

No.216 10/05/10 18:07
㍊ ( wPNK )

TVをつけると
カウントダウンまでどうだの
来年はああだの
毎年変わらぬ騒ぎ様

晩飯を食った後
城はお気に入りの部屋から
全然出てこなくなった…

『…寂し過ぎる!』

鏡は我慢出来なくなり
城の部屋を覗きに行く
コンコンと控え目にノックをしてから
ドアを開ける…

『おーい。』

鏡の部屋から持出した車の雑誌
ベッド一杯に広げながら
大の字で天井を見詰めている

『どうした?調子悪いか?!』

慌てて近付き覗き込むと
首を振って起き上がり
口を開く

『鏡。どうしてそんなに優しいの。俺、何も出来ない…何も無いから。』

いつかのやり取りを思い出す…
『まだ気にしてんの(笑)。』

『いつもいつも、何か出来る事探すんだ。鏡は沢山助けてくれたから…。掃除や洗濯は家に居れば当たり前の事だろ。鏡は仕事してるし。体も心も言う事きかないからいつも何も出来ないし返せない…。もう少しで体も良くなって心も落ち着くっていう時に、アイツらに捕まる。またすぐ体を動けなくさせられる…。だから悔しくて自分を…。』

城のベッドに腰を掛け
まだ城が話し終わらない内に
答える

No.217 10/05/10 19:51
㍊ ( wPNK )

『そんな事考えるな。お前が気に入ったんだ。逢う度、泣きながら俺だけを頼るお前が可愛くて喜ぶ顔が見たいから。居てくれるだけでいい。それだけで充分癒されてる。ここに居てくれるならそれがお返しみたいなモン(笑)!』

城はあぐらをかいて
鏡の隣りに座り
うつむいて両手で頭を抱える
何か考えているような…

『…どうしてバツイチなの?どうして家族と離れたの?離れなきゃ1人じゃなかったよ。』

鏡はドキッとした
いつか聞かれるだろうなぁと
覚悟はしていた

『あぁ…まぁ…ウン。そうだなぁ。父親としての役割が果たせなかったって言うのかな。実はお前くらいの息子が居る…。』

城は鏡を見上げた
鏡は本物の
【お父さん】だったんだ…

妙な嫉妬感が生まれた

鏡が本当の
父さんだったら良かったって
ずっと願っていたのに
既に誰かの本物の父さんかよ…
またうつむいて頭を抱える

『俺、鏡の子供の代わりなの?同じくらいだから?それで居て欲しいの?…そんなの嫌だ。』

城には鏡しかいない
いつか鏡の子供が会いに来たら
居場所がまた無くなる

どうしよう…

No.218 10/05/10 20:29
㍊ ( wPNK )

何だかよくある恋愛ドラマの
ワンシーンみてぇだなと思い
誤解される前に打ち明ける

『城は城。確かに俺の子と同じくらいで親近感は湧いたのは事実かもな。でも違うから。ちょっと待ってろ。』

鏡は一旦部屋から出て
自分の寝室へ行き
数枚の紙を手に戻ってきた

溜息混じりの口調で城に渡す

『…見てみ。』

手紙やメモ…
1枚1枚開く…
悲しそうな顔で鏡を見上げた

鏡も何とも言えない顔で
苦笑いしながら城を見る

『鏡…これ子供の字?』
『そう。酷いだろ(笑)。』

手紙やメモに書いてある文字…

お父さんが死にますように
一生呪うからな
嫌い嫌い嫌い大嫌い
仕事でおちてしまえばいい
かえってくるなクソオヤジ
いつも念を送るのに
死なないしぶとい!

…まだまだある…

『どうして…?子供、どうしたの…鏡。』

眉間にシワをよせ立ち尽くした
鏡の目から涙がこぼれていた…

No.219 10/05/11 07:52
㍊ ( wPNK )

『…ハッ!涙…不覚(笑)!』
城の机からティッシュを2、3枚取り
鼻をブシュッとかむ

『お前と居るから泣きベソ移っちまった(笑)。』

そんな鏡を見て
城は手紙やメモを掻き集め怒る…

『鏡はクソオヤジじゃない!死んだら俺、困る!家族になったのに、また1人になる!鏡は好きだ…鏡の子供のがおかしい!』

掻き集めた物を床に投げ付ける

その様子を嬉しく思いながら
床の紙を拾い
また城の隣りに腰を降ろす

『城。その紙が証明している様に、俺は全然良い親父じゃなかった。』

ゆっくりと初めて
自分の事を話し出す…

No.220 10/05/11 10:51
㍊ ( wPNK )

俺、歳離れた兄貴いてさ…
そいつがまた糞真面目で
全然反り会わなくて

俺の自由奔放な学校生活に
いちいち口出してきて
鬱陶しくてよく喧嘩してた

親も別に嫌いじゃなかったけど
兄貴の肩ばっか持つから
いい加減
家なんてどうでもよくなって

ダチとつるんで
毎晩毎晩
ろくでもない事ばっかやってた

鏡クン格好いいネ!なんて
女の子に言われる度
すぐ調子乗る性格だから
連れ回してエッチしてポイして
次の女と遊んだり

気に食わない奴には
すぐ手足出してたし
警察にチョッカイだしたり
いやもうホント…
若かったから許してください
そう謝りたくなる様な
よくいる10代の糞坊主でした

18歳の時に
遊びで寝た女とデキちゃって
息子が生まれた

仕方無いから籍入れて
鳶ならそこそこ日給良かったし
就職したんだ…

何だかんだ言っても
子供は可愛いと思って
ちゃんと稼いで金入れてた

No.221 10/05/11 11:22
㍊ ( wPNK )

結局遊びで一緒になった嫁だ
愛とかなんてあるワケも無く
ただ子供居たから
割り切って住んでた
金入れりゃいいと思って…

子供は母親寄りに育つモンだし
親父なんて存在薄いだろーし
構いたい時だけ構って
育児は全くノータッチ

仕事で疲れてすぐ寝たり
仕事の同期や昔のダチと
遊びたくて帰らなかったり
そんな毎日で
嫁サンにもよくヤキ入ってた

…え?ヤキ?怒られてたんだ、要するに(笑)

小学校上がったくらいかな…
仕事から帰っても
嫁サン全く家事育児しなくなって
ダチ家に入れてワイワイ騒いで
それがしょっちゅうでさ

俺も仕事終わって疲れてんのに
頭きて文句言ったら…
女ってホント強ぇーよ…

ふざけんなって
アンタに言われたくないって
原爆落ちて致命傷負った

飢え死にさせるワケにいかないし
嫁サンぐうたらしてる横で
飯作って洗濯して世話した

けどお互いストレスも溜まって
限界きて
毎日出て行く出てけの大喧嘩で
子供は2の次にしてた…

今思えば
息子なりに必死に泣いて
止めに入ってたんだけどな
邪魔くせぇって押し退けて
怒鳴り散らしてた…

No.222 10/05/11 12:14
㍊ ( wPNK )

それでも何とか
一緒に住んではいたけど
もう俺も帰るの嫌でさ…

別に作った女の家に行ったり
わざと2人が寝るのを待って
深夜に帰ったり
顔合わさない様にしていた

…この辺までなら
よくある話だろ?

ある時
息子が遅くまで起きててな
俺の所に来て

お父さんもっと早く帰ってきて
お母さん冷たく当たるからって
言いに来た

そこで話を
聞いてやれば良かったんだが…

八つ当たりしてんのかあの女
その程度にしか思えなかった…

話すのも顔見るのも嫌だったし
何も考えず言った…

お前よ、もう高学年だろ
情けねーこと言ってねぇで
そんくらいテメェで解決しろ!
ウジウジしてばっかで
誰に似たんだよ
あいつの話持ってくるな!
ったく気分悪りぃ…
俺寝るからあっち行け!

…名前で呼んでやった事も
そう無かったし
息子の性格も未だに知らない

引き籠ってる根暗な奴で
嫁がそう教育したんだ
俺に責任は無い!
ずっとそう思ってたからさ

で、息子を可愛いとか
大事だとか
そういう気持ちも無くなってた

No.223 10/05/11 14:19
㍊ ( wPNK )

で、朝になって
日曜だし昼前に起きたら
嫁サンが珍しく話しかけてきた

部屋から出て来ないって…

昨夜の事思い出して
そこでも馬鹿な俺は

夜中俺に怒られたから
どうせふてくされてんだろ
放っとけって言って
飯食おうとしたんだ

嫌な予感するからって
しつこく催促するから
苛々しながらドア叩いた

返事も無いし音もしない
この糞ガキって…
脅すつもりでドア蹴破った

寝てんのかよって
出鼻くじかれて
叩き起こそうとして近付いたら

手首血だらけで…

どこから手に入れたのか
睡眠薬まで飲んで…

幸い知識無かったみたいで
睡眠薬も2、3錠だけだったし
…まぁ全部飲んでも
死にはしないんだけどさ
手首もちょっと深かったけど
問題無い程度だったから
手当てして寝かせといた

…反省したさそりゃ

後々聞いたら
学校でも苛めに合ってるって
学校も家も嫌いだって
小学生が言うんだから

気付いてやれなくて
反省して
嫁サンも俺も考え変えて
息子中心で生活する様にした

でもなぁ
やっぱり難しいわ…

No.224 10/05/11 14:44
㍊ ( wPNK )

冷たく当たられようが
いつも傍に居たのは母親で
父親の印象は最悪だったんだ

平気で子供の前で
浮気相手と電話…

帰って来ない…

勉強教えてって言われても
疲れてっから母チャンに聞け!…

休みの日はダチと
車いじってばっかだったから
どこか連れてってと言われても
危ないし邪魔だから居ろ!…

構って欲しくて甘えてきても
TVや携帯見ながら
適当にあしらってた…

嫁サンとは口を開けば喧嘩
息子が見てるのに
1度手をあげた事もあった…

他にも
そんなつもりじゃなかったが
傷付けてたと思うよ

…ハァ…俺って最低…
後悔してももう遅い
深い深い傷だったんだなぁ

3年前 離婚した
息子の要望で…
荷物全部引き払って消えた

そして…
そしてだな…

仕事から帰ってガランとした部屋
テーブルの上に
綺麗に梱包された箱があって
息子の字で

お父さんへって書いてあった…

内心喜んですぐ開けたさぁ…
驚いたなんてモンじゃない…
箱一杯にな…(笑)

No.225 10/05/11 15:18
㍊ ( wPNK )

『これ…。』

鏡の手にはさっきの手紙やメモ
城はまた鏡を見上げた
他にも沢山ある…

何でぼく作ったの
どうして帰ってくるの
お母さんいじめんなよ
さがさないでね?
息子とかいうな
一生反省しろ!

お父さん?なにそれ、そんなのなくてもお母さんいれば育つよ、お母さん大好き!

永久にさようなら鏡矢

『…鏡…。』

No.226 10/05/11 18:18
㍊ ( wPNK )

『べっ…別に泣いてないからな、俺は!』

顔を上げて
心配そうにジッと見る城に慌てて反応する

『…子供は嫌いじゃないんだ。ただやりたい放題やり過ぎたんだよ。親父になった自覚が無かった。愛も無い嫁とやってくのも難しかったし…まぁこれは言い訳だな(笑)。』

城は手紙を何度も読み直しながら聞いている

『自殺計った後、反省もして考えたんだけどさ。あんなんで死のうとする根性が気に食わねぇって気持ちもどこかにあって…根暗な性格、叩き直してやるって違う方向に行ったんだ。苛めもそれが原因だって。甘やかしたら駄目だなって。余計酷い事してたかも。躾し直しだ何だって…。その結果がソレ。』

鏡は城のベッドに仰向けになり
また思い返す

相当怨恨招いたなぁ俺
小学生なのに
人への憎しみ恨み
学習させちまった

『こうやって時間が経って色々考えて考えて…やっと過ちに気付くけどもう遅い。あの時は何が悪かったのかもいまいち分からなくて別れたから…箱に手紙はショック…人生最大のショックだった…丁寧に包装して喜ばせて…突き落とす…一番俺にショック与える方法…考えたんだろうな…。』

No.227 10/05/11 18:52
㍊ ( wPNK )

鏡の声が震え出す…
泣きそうな顔を見られたくないから横になったんだと
城は気付いていた

『俺もいつか分かるかな。何で嫌われてるのか。』

鏡は返す言葉が見付からず
黙っていた

『鏡はさ…また子供に会いたいって思う?自分の子供だろ?』
『…いやぁ…もう…ここまでされたら諦めるし。俺を嫌っただけで、支障無くどっかで元気にしてんならいいかな。今更。』

城が振向いて鏡を見る
泣いてはいないようだ

『俺、居るしね。寂しくないだろ?1人で嫌なこと考えなくて済むよ。』

鏡は起き上がって笑う
こいつに励まされるなんて…

『そんな事で引きずってた所にお前が現れた。何かを背負いながら1人で一生懸命生きてる感じがして…放っとけなくて絡んだ。息子と同じくらいなのに、突っ張って大人びて生意気で…1度会っただけなのにずっと気になってた。』

『…誰もいなかったから。』

『2度目偶然見付けた時は喜んださ。なのに余計ボロボロになってて。不思議と悲鳴が聞こえた。助けて欲しいって。だから追った。』

No.228 10/05/11 19:45
㍊ ( wPNK )

『ここに連れ込んで、知れば知るほど…酷い内容だけど手助けしたくなった。いつも1人で泣いて走って。そして結局、こんな俺だけど…信じて頼って鏡!鏡!って名を呼んで…放っておけるワケが無い。お前が居ないと頭の中でそればかり響く。だから…。』

鏡もあぐらをかいて
城の前で向き合う

『何もしなくていいから。居てくれ。傍に。な?それだけでいい。城。お願い…お願い…お願い…(笑)。』

唱えるように囁く

『真似すんなよ…!』
城の耳が瞬時に赤くなり
初めて叩かれた…

このままでは
城はいつまで経っても
堂々と外を歩けない
捕まる心配をし
虐待行為にひたすら怯え
生きて行かなければならない

だから年明け早い内に闘うんだ
…糞ッタレ共とな

城 俺に教えてくれ
大人が無慈悲に付けた傷
大人の手によって癒せるか
お前達はそんな大人達を
許してくれる日が来るのか
俺に機会をくれ

絶対奪ってやるよ…!
お前の笑顔を見たいから…

No.229 10/05/11 21:39
㍊ ( wPNK )

除夜の鐘が響く…

『もうそんな時間か?』
鏡が手紙を片付ける

『鏡は頑張ったんだよ。』
手伝いながら城が言う

『頑張った(笑)?』
『アイも無いヨメサンと10年も居たから。それは子供の為でしょ。ヨメサンが育児しなくなった時はちゃんとご飯や洗濯したし。自殺しかけた時は手当てしてあげたし。方向間違っても、何とかする気だった。鏡はお父さん役が下手くそなだけだったんだ。』

…手を止める

『俺は知ってる。鏡が良い父さんだって。今は俺の父さんなんだから、この紙は気にしなくていいんだ。もう勝手に出て行かないし。ずっと居るから。嫌な話聞いてごめん。』

抱き締めたくなる
こいつは…
でも嫌がりそうだから
やめておこう…

『…肩の荷が降りた。良い息子を持って幸せです。ありがとうな。』

『家に行くの、いつ?』
『3~5日あたりかな。』
『何て話すの。』
『考え中だよ(笑)。虐待内容についてがなぁ…。切り出しも。ま、その場で上手くやる。心配すんな。』

城は少し考える

『後で紙と書く物貸して。』
『…?分かった。』

No.230 10/05/12 05:42
㍊ ( wPNK )

元旦
特別何かやる予定も無い
城が外へ出たがらない以上は
どこへも行く予定も無い
9時くらいかな
もう少し寝ていよう…

鏡がまたウトウト寝入りそうな時
着信が入る

『…ぁい…。』
半分寝ぼけながら携帯に出る

『鏡さん?寝てた!?オレ!』
『(オレって)誰だよ…。』
『トオル。あ、やっぱ寝てた(笑)!?悪りぃ。』

朝からテンション高い
昨夜呑み遊んだんだろう

『今日どうせ暇だろ?遊びに行っていい?サワも実家帰らないって言うし(笑)!』

暇って決め付けんなよ
暇だけど
ちょっと待て何時に?

『や…今日?い…居るけど…。何…。』
『良かった!じゃあ夕方。ついでだから泊めてもらうかもしんない(笑)!じゃあな。』

『いやオイ、待てっ…まっ…。』
切られた携帯にまだ話し掛ける

ああそぅ
夕方ならいいけど
酒持ってくるの忘れんなよ
…って

『え?今日?!』
目が覚める

毎年の事だし
来るのは構わないけど…
城が居るんだぞ今年は!

起きて居間へ行くと

城が寝癖の酷い頭で
TVを見ながらパンを食べていた

No.231 10/05/12 08:27
㍊ ( wPNK )

『おはよう!カワイコチャン!』
『カワイコチャン?何?』
『…いや、何でもない(笑)。』

ここ数年1人だったし
新年年明けというのもあって
妙な新鮮味を感じる

城の隣りに腰掛けて
一緒にTVを見る
タバコは城の前では絶対吸わない

何気に城を見る
細い細い首や手首、足…
傷跡は少々薄くはなったが
見ただけですぐ分かる…

腕を取り袖をめくる
『何!?』
『チェック。』

アームカットの跡
新しい傷は無いようだ
『やってないから!』
『あ、そ(笑)。』

少しふてくされて
腕を引っ込め背中を向ける城
幅の無い小さい背中…

『お前って体重何キロ?』
『知らない。覚えてない。』

確か体重計あったよな
探し出して埃を払い
乗ってみろと置く

42…
男の160cmで42kg…

じゃああの日
外で見付けた時は30キロ後半…

『痩せ過ぎ?』
『ちょっとなぁ~…沢山食って太れよ(笑)!』
『うん。』

朝飯もなるべく
作ってやらねぇとなぁ

『鏡は何cm?』
『178。あと2cmで180行ったのに…畜生ッ!!』
『180がいいの。』
『別に。何となく…。』
『…。』

No.232 10/05/12 11:28
㍊ ( wPNK )

城は鏡の腕を見る

『どうやればそうなる?』
『そう…?』
『俺の体、いつか男っぽくなる?力無いし、汚いし、全然男っぽくない…。腕、貸して。』

鏡はシャツの袖を肩までまくり
城のあぐらの上にドンと置く

自分の2倍はある
引き締まった腕

鏡はわざと肘を曲げ力を入れる
力こぶが盛り上がる

『凄ぇ…!』

叩いたり突っついたり
両手で抑えたり…
小さな子供と同じ反応

思わず両腕と片足で締め付ける
痛い!バカ!痛い!と喚く城

反応を楽しみながら
ゆっくり力を抜く
『何すんだよ!痛かった!』

…本気で怒られた
でもどこか照れて嬉しそうな顔
鏡の顔付きも穏やかだ

『今日夕方、トオル来るって。』
『ここに?』
『新年のご挨拶をしたいらしいよ(笑)。』
『トオルだけ?』
『あー…分からん。来てもお前を知ってる奴だけだから。』
『…部屋に居る。』
『(やっぱりなぁ…)けどな、城。お前を探した時に俺らを手助けしてくれたのはトオルだから。礼は言えよ。それからなら部屋にいてもいい。』
『…分かった。』

素直に育ったモンだと
勝手に自分を褒め
部屋へ着替えに移動する

No.233 10/05/12 14:28
㍊ ( wPNK )

引籠ってばかりもどうかと
近所のスーパーは嫌だろうから
ドライブがてら隣り町の店へ
買出しに連れて行く

酒や肴、惣菜を買いレジに並ぶ
城がさり気なく
カゴに車の雑誌を入れる

『そんなに車好きか(笑)?』
『うん。バイトしてたし。いつか買う。』

鏡の部屋の雑誌は
気付けば全て持ち出されていた
城の机に並べてあったのを
思い出す

家に帰って
トオル達が来る前に掃除する

城の表情がどんどん暗くなる…
話しかけても反応が薄い

まぁ嫌なら部屋に籠るだろうと
割きってそっとしておいた

トオルとサワの2人なら
その内慣れるだろ…

5時
『鏡さん今年もよろしくー!』
トオル達がやって来た

鏡は引いた…
トオルとサワだけだと思ってたのに

いつも一緒のメンバー2人も来た
更にはサワの妻子まで…

『ここはお前らの実家じゃねぇんだぞ!元旦くらい帰れ!』
と冗談混じりの様で
本気で言う

(6人…あー…嫌な予感…。)
『お邪魔しまーす!』

ワイワイガヤガヤ
一気に賑やかになった

No.234 10/05/12 22:50
㍊ ( wPNK )

居間に通すと
ソファーで寝ていた城が
起きて固まっていた
蒼白な顔をして…

『おっ、城君こんにちは。』
『ちぃーす!』
『こんにちは~。』
『鏡さんコレ酒置いとくよ!』
『セイ君ていうのか!初めまして!オレは知ってるけど!』

急に人口密度が高くなる

何…?何で?
こんなに来るなんて聞いてない
見るな…見るなよ…!

皆が見ている
段々パニックに陥る…

鏡は申し訳なさそうな顔で
城に謝る

『あー…城。すまん。』

皆は何故謝るのか分からない
適当にコートを置き
城の隣りや床に座り出す

鏡には城の表情が変わり
汗が滲んでいるのが見えた
睨んでいる様にも見える

『城君、元気そうだな。』
トオルが声を掛ける

『セイ君、よろしくなぁ。』
『セイ君てどうゆう字?』
『城だよ城。なぁ鏡さん!』

袖を伸ばし襟を立て
傷を見られない様に
小さくなる

見んな…見んなよ…
俺の体は汚れてる…
近付くな…臭いから…

自然と植付けられた
否定的な感情が甦る

No.235 10/05/13 07:56
㍊ ( wPNK )

全員酒を手に乾杯する
鏡が惣菜をレンジで手早く温め
テーブルに並べた後
すぐに城の隣りに座る

皆が仕事がどうだの
誰々がああだの騒いでいる時
小声でトオルを責める

『…多過ぎだって馬鹿野郎!』
『スーパーで会っちゃって…。』

懸命に手首の傷跡を隠し続ける
その様子が辛い

サワの子供が奇声を発する
1歳くらいだろうか
とにかくよく動く

城の関心は
そっちの母子に向いたらしい

そういえば
城の母ちゃんの話も知らないな
知る由も無いけど
消えたままみたいだしな…

何かあったらあった時だ!
呑もう!

鏡も話に加わり盛り上がる

純真無垢で
愛情一杯注がれた子供
人懐こいのかニコニコしながら
玩具を振り回したり舐めたり
真っさらで汚れの無い肌
皆の周りをおぼつかない足取りで歩き回っては
母親に呼ばれ
抱き締められる光景

何かドス黒い気持ちが
沸き上がる…

トオルの方を向き
この前ありがとうと
早口で一言述べると

『退けよ!』
鏡の足を思い切り押し退け
部屋へ消えて行った

No.236 10/05/13 11:21
㍊ ( wPNK )

『痛い…。カカトで爪先踏んで行きやがった…。』
『城君どしたの?』
『何かヤバかった?』
『気にすんな(笑)。人が苦手なだけだから…。』

トオルが気まずそうな顔をする
『仲間内の新年会でも、店だと城君来ない気がしてさ。だからここに来たってのもある。やっぱ気になるって…色々見てきたしなぁ。』
『そ。鏡がどう面倒見てるかなとか(笑)。変な事してないかとか!』
『何だよ、変な事って。大体なぁ、お前らも来るなら来るで電話の1本でも入れろよ!俺今年1人じゃないくらい知ってるだろって。』
『10秒かけて練りに練った驚かそう作戦だったから。』
『短ッ。要らねぇしそんな作戦(笑)。練るな!』

城はベッドに座り窓を開けた
部屋が一気に冷え込む

考えても仕方無いことだけど…
俺も生まれた時は
少しでも喜んでもらえたのかな

自分の体が
あんなに綺麗だったことはない
あんなに笑ったこともない
どうして同じ人間なのに
こんなに違うのかな

母さんに大事にされて
…羨ましい

些細な事で心がドロドロになる…
自分が嫌になる…

いつか俺の
体も心も
綺麗になる時が
いつか…来るのかな…

No.237 10/05/13 14:32
㍊ ( wPNK )

城の話になる

『鏡さん、どうすんの?』
『どうって…。』
『養子にすんのかい。』
『それしか無いだろ。俺もあいつ無しじゃ無理。寂しいモン!』
『モンって…(笑)。』
『相手の家に何て言うんすか?虐待してるだろよこせって?』

そうなんだよ…
どう切り出せばいいんだ
いつもそこで悩む

『郵便受けに手紙とか考えたんだけどな…城君は預かってます、会いたければ…。』
『完全誘拐犯だろ(笑)!』
『会いたければ100万用意しろ!…か(笑)。』
『ただでさえ見た目ろくなことしそうにないのに。』
『テメ…スーツがいいかな!?』
『娘さん、嫁にください!みたい(笑)。』
『スーツより超ロン。』
『スーツと超ロン。』
『スーツとメット。』
『スーツに腰道具。』

皆一斉に笑い出す
ヒトが真剣に悩んでんのに…
でもこいつらと話すと
自分1人じゃないって
プレッシャーが軽減する

…ありがたい

『虐待って信じられない。城君、細かったよね…。手も首も。服着てるからあまり目立たないけど。びっくりしちゃった。』
サワの嫁が
悲しそうに自分の子を見る

『さっき怒ったの、ウチら見てかもね。』

No.238 10/05/13 17:52
㍊ ( wPNK )

『ま、母親とか自分より小さい子と関わった事ないから(笑)!感情的にもなったりはするさ。しゃあない。』

空気が重くならないように
笑ってごまかす

『そういや菓子買ってきたんだけど食べるかなー。何も口にしてないんじゃないの?』

すっかり忘れてた

『私行ってみようかな。』
サワの嫁が笑う

それもアリかもと皆が賛成する
鏡は反対する…

『言ったろ?人、駄目なんだ。受け付けない。あの腐れた家のせいで普通の15歳じゃない…感情コントロール出来ないし小学生くらいだから。酷い言葉浴びせられるかも…やめた方がいい。俺が行くわ。』

『そうなんだ…。今それ聞いたから大丈夫(笑)。何かあったら鏡さん助けに来てください。ちょっと話すだけ。』

サワには勿体ないくらい
しっかりした嫁だと
皆が感心する

『じゃ、ハイ。鏡さん、ウチの子よろしく!』
『旦那じゃなくて俺なんだ!』

子供を預け
城のもとへ向かった

No.239 10/05/14 08:19
㍊ ( wPNK )

『城君、お菓子買ってきたんだけど食べて欲しいなぁ。』

ノックしながら話しかける
返事は無い

『城君?お腹空いたでしょ?他にも色々持ってきたから。開けるね。』

居間で聞耳を立てる男性陣
とりあえず潜入成功かと
盛り上がる

鏡が落ち着かない様子で
立ち上がると
トオルが引き止めた

もう何をやり取りしているのか
聞こえない…

城は机に向かって
何か書いていた様子で
彼女の姿を見た途端
瞬時に紙を裏返した

幼い雰囲気の少年とは全く別の
冷たい表情
目付きも鋭くなる

『あ、勝手にごめん。反応無いし心配で開けちゃった。これ美味しいから食べて。』

警戒心を少しでも和らげようと
笑顔で近付く

裏返した紙にペンを置き
椅子で片膝を立てたまま
菓子を机に並べる彼女を
睨み付ける

『早く出ていけ。』
『え?』
『早く出ろっつってんだよ。』
『そう、怒らないで。さっきはごめんね。私達見て嫌な気分になったんだよね…。』

(そんなのもういいから出ろよ…早く…向こう行け…俺の部屋だぞ…)

フンと壁の方を向く
彼女も負けずに話しかける

No.240 10/05/14 11:56
㍊ ( wPNK )

『サワ、ドア少し開けて来い。』
鏡が子供と遊びながら
顎で城の部屋を差す

『鏡さん心配しすぎ(笑)。』
『心配だってそりゃ。お前ら城を知らないからそんな余裕なんだよ。』
『じゃあジュース取って。』

そう言ってジュースを持ち
すぐ行動する
ノックして返事もしない内に入る

『これも飲みなぁ。ハイ!』
ドアを半端にしたまま戻る…

車や趣味の話をしている
城の返事は曖昧だ

子供が突然
ママー!ママー!とグズり出した
慌てて鏡があやすが
泣き出す始末

『今行くからー!』
『あぁいいよー!こっちで俺見てるから!』
鏡が慌てて返事する

…それが良くなかった

城のドロドロの気分が
また沸き起こり
口に出る

『取られた…。』
苛々した様子でペンを転がす

すぐに嫉妬してると
分かった彼女は
城の傍に寄り屈む

『じゃあさ、私が城くんと一緒に居るからもっと話しよ?』

大人の女の人なんて
こんな近付いたの初めてだ
鏡とは違う独特の優しい笑顔
1人の子供の母親なだけに
ユウナ達とは違う
母性溢れた穏やかな雰囲気

城の顔が赤くなる…

No.241 10/05/14 18:56
㍊ ( wPNK )

母親の記憶なんて殆ど無い
気にもならなかった

しかしいざ目の前に
接近されると動揺する
でも所詮赤の他人だ

一応鏡の知り合いだしと思い
仕方無く反応する

『俺話す事なんかねぇし。』
意地で突っ撥ねる

それでも話を繋げようと
何でもいい
知っている事でも
わざと話題を振る

『ねぇ、これは何?』
『…ルームミラー。』
『車の?外しちゃったの?』
『…鏡が新しいの買ったから貰った。』
『鏡さんとはよく出掛けたりするの?』
『…たまに。』

何を話したいんだよと
段々苛々し出す
取り留めの無い話題を振る彼女

…ウザい…

『子供の所行けよ、泣いてんだろ、大事にしろよ。呼んでんだよ。』
『あっ、そうだね…。』

それを言われたら…
彼女が諦めて立つと
城が呼び止める

『なぁ。』
『?』
『放置するくらいなら生むなよ。迷惑。』

『そんなつもりは…ちょっとグズっただけだから…。』
『ちょっとでも呼んでんだろ!行けよ!出ろよ!俺の部屋だぞ!』

突然の爆発に呆然とする
城も立ち上がって詰め寄る

『声を無視するなら生むな!他人に預けるくらいなら殺せ!迷惑なんだよ!!』

No.242 10/05/14 21:10
㍊ ( wPNK )

鏡が城の癇癪声を聞いて
ホラやっぱりな?と
凹んだ顔を向け
子供をサワに返そうとする
すると子供も癇癪を起こす

『あらら。鏡さんの事気に入ったんだわ(笑)。』
『城君、怒ってるな。』
『鏡、早く行け!』
『殺せって…。』

子供を抱きながら
様子を見に行く

『こらこら城。そんな言い方無いんじゃないの、か弱い美女に向かっ…。』

目を疑った
城は彼女の胸倉を掴んで
ベッドに叩き付ける様に倒す
キャッと悲鳴を上げて倒れる

『人に預けるなら殺せ!だから俺みたいに化物になるんだ!捨てるなら生まなきゃいいんだ!女なんてクソだ!!』

居間にいた皆も来る

『城!手ぇ離せ!』
鏡が片手で城の肩を引く

城の憎しみに満ちた目は
鏡と抱かれた子供を捕らえる
もう手に負えない…

彼女から手を離し
鏡に食ってかかる

『何やってんだよ!』
『なっ、何が!』
『何がじゃねぇよ!何も分かってない!バカ!鏡のバカヤロウ!』

細い体からこんな力があるとは
鏡すら想像していなかった

突然不意を突かれ
突進してきた城の力で
バランスを崩して倒れる
子供は上手く庇った…

No.243 10/05/14 21:53
㍊ ( wPNK )

サワが泣く子供を受け取り
居間に行く

『大丈夫?鏡さん…(笑)。』
『いや、笑う所?痛ぇよ結構…。城!何すんだ。危ねぇだろ、小さい子居たのに。』

今度はトオル達に矛先を向ける
『俺の部屋だ!あっち行け!』
『…城。』
『どうせ俺を見に来たんだろ!可哀相だって見に来たんだろ!帰れ!帰れよ!俺の家だぞ!』
『…城!』
『母親なんてクソだ!お前も行けよ!帰れ!』
『城!!いい加減にしろや!』

鏡が立ち
初めて一発…
加減はしたが…
頬を叩いてしまった

やっちまった!と
自分でも驚く
でも今回は他に無い!
そう言い聞かせ話す

『誰も言ってないだろ?そんな事…。な?違うか?』
『…。』

悲しそうな鏡の顔
泣きそうな城の顔

サワの嫁が起き上がり
立ち尽くす城を抱き締めた

改めて体の細さに内心驚く

『触るな…。』
『そう思っちゃうほど酷い人達に沢山傷付けられてきたんだもんね…。無神経な大人達で、ごめんね。』

背中が温かい…
鏡を睨みながら答える
『無神経…分かってない。』
『(俺?俺が原因なの!?)…ごめんな。』

城は必死に涙を堪えて
睨み続けていた

No.244 10/05/14 22:23
㍊ ( wPNK )

『城君、私達帰るから。決して見たくて来た訳じゃないから。城君の事を聞いて、もっと知って、鏡さんのお手伝いしたかっただけ。城君の気持ちもまだよく知らずに、突然邪魔してごめんなさい。』

城は鏡から視線を外し
彼女の腕を振り切り
ベッドに横になった

『城君、許してくれる…?』
…黙って頷く

『また皆で来てもいいかな。』
…暫く考えて頷く

『じゃあ、鏡さんの反省会を開いてきまーす(笑)。すぐ帰るから。ありがと。』
『…やっぱ俺なの!?』

そう言って皆を部屋から出した

居間に戻ると
皆が一斉にサワには勿体ないと
騒ぎ出す

鏡が肩を落として聞く
『城に睨まれた…なんで?』
『多分、ヤキモチ妬き。城君、鏡さんしかいないでしょ?ウチの子と一緒に現れたから。でもそう言えないし、自分でも分からない感情なのかな。私を子供の所に戻して鏡さんを離して…そう考えてる内に過去の事が甦ってあんな感じになったのね。』
『俺悪くないだろ。なぁ?』
『その感じが無神経って。』
『嫌われたなぁ(笑)。』
『えぇ!?』

鏡を激励しながら
皆は帰っていった
笑顔だったのが救いだ
トオルは残ったが…

No.245 10/05/14 22:54
㍊ ( wPNK )

『オレ泊まってくわ。』
『あー結構。是非そうしてください!酒呑も。相手しろよ。』

静かになった居間で
呑み直す

『いきなり押しかけてこんな事に…悪ぃ。』
『来るとは伝えてたんだけど、お前とサワくらいかと思ってた。以後気を付けるように!』

鏡が沈んで行く

『暴行されて泣いてる奴に…手を…手を…俺…絶対…手出さないって決めてた…のに…。』

顔を伏せ声を震わす

『やったもんは仕方無い。泣くなって…。』
『いや泣いてない。あのさ、出前取っていい?』
『泣いてないのかよ!紛らわしいんだアンタ(笑)!』

城は放心状態だった

突然の人口密度の上昇
鏡に対するドロドロの気持ち
女の人独特の不思議な空気
感情を剥き出したら
もう止められず
皆が不快な状況になる…

一気に疲れ切った

鏡の一発…
優しい鏡が本気で怒った…

ごめんなさい…
嫌わないで…
追い出さないで…
謝らなきゃ…

謝らなきゃ…

No.246 10/05/15 06:24
㍊ ( wPNK )

暫くして出前が届き
鏡の代わりに
トオルが受け取りに行く

一応城の部屋のドアを叩き
出前取ったからおいでと
一声掛ける

酔いが回って
ソファーに転がる鏡を起こすと
城が出てきた

トオルに警戒しながら座り
出前のカツ丼を食べる

城チャンごめんなごめんなぁ~と
いきなり抱き付いて
泣き真似をする鏡を
やめろバカ!酔っ払い!と
本気で振り払う城

トオルはその様子を
笑いながら見ていた

いじけてソファーで寝込む鏡の横で
トオルを気にしながら
黙々とカツ丼を食べる…

『城君。赤くなってる。』
トオルが頬を指差す
『…知らね。』
『ハハ。鈍い奴だから大変だろ。今、ずっと反省しまくってたから。許してやってね。』
『…。』
『後で部屋見せて貰っていい?車の雑誌、見たいから。』
『帰らないのかよ。』
『ウン、泊まる。』

鏡と同じくらいなのか?
正反対のタイプか…
妙に冷静で何を言い返しても
効きそうにない…
そんな気がした

No.247 10/05/15 16:57
㍊ ( wPNK )

食べ終えて部屋へ戻る
許可を出してもいないのに
トオルが勝手についてきた

少しふくれながらも
鏡と初めて会った時から
近くで何度か話したり
免疫があった為まだ平気だった

ドアを閉める

トオルは遠回しに話さない
単刀直入に遠慮なく聞く

『もう体何ともないの?』
『…雑誌見るんだろ。』
『後でね。鏡から話は聞いてるんだ。全部。』

全部?俺の話?
誰にも言わないって言った…
しかも全部かよ…
鏡も所詮…

握り拳に変わるのを見て
すぐ悟る

『鏡もね、苦しんでんだ。アレで。城君命だから。』
『…。』
『虐待ってさ、世間一般的に大変だね、可哀相だね、酷い話だね…それで終わってるけど、関わってしまった当事者達はそうなんですで笑って流せない苦労してる。君は勿論、鏡もさ。アレは自分から首突っ込んだんだけど(笑)。』

鏡も…それは…分かってる
ベッドに座るとトオルは城の正面
床に座った

髪は茶髪で後ろに流し額は全開
シルバーとブラックで統一したアクセが
首、手首、指、耳…
どこか中性的な雰囲気で
鏡とはまた違うタイプだが
口から出る言葉は
想像以上にストレートだ

No.248 10/05/15 17:38
㍊ ( wPNK )

『オレらね、仕事でもプライベートでも仲良いんだ。鏡はその中で、会社からも現場に関わる他業者からの信頼も厚い男でさ、オレら皆、何かと助けになってる。ミスも無いし正確だし、周囲のフォローも忘れない。そんな奴が君の行動、発言ひとつで毎回怪我の絶えないボケた泣虫のオッサンになるんだ。』

ベッドであぐらをかいて
また頭を抱え込む

『どれだけ君の事を大事にしてるか分かるよね?』
『…ハイ。』
『どんな理由があるにしても、家出して帰れない少年1人を養うのは容易じゃない。法律ってのも関わる。今の時点で警察や探偵が嗅ぎ付けて相手と話が通らなければ犯罪者になる危険性もある。それでも鏡は1人で、周囲に知られたくないという君の気持ち最優先で誰にも相談せず闘ってる。だからオレらは来た。今迄も見てきたし。君を知って鏡の手助けしたいから…サワの嫁も言ってたけど。そこは解って欲しいな。』

自分が居ても居なくても
鏡は苦しむんだろ
一瞬口に出しそうになる

トオルの言いたい事…
そうじゃない…

それを言うと自分はただの
捻くれ者な気がする

返す言葉が無い…

No.249 10/05/15 23:43
㍊ ( wPNK )

『城君を責めてるんじゃないよ。鏡がどれだけの覚悟で守りたがってるか知って欲しい。鏡みたいに毎日君と関わってないから、君の気持ち理解せずに今こうやって一方的に話してるけど。もっと信用していいよ、あいつの事。』
『信用…してる。』
『してないね。』

沈黙が続く
城の表情が冷めていく…

『明後日あたり話しつけに家に行くんだろ?』
『…。』
『人様の子を横取りするんだ。一方的に喧嘩吹っ掛ける状態だ。半端無いプレッシャーだよ。ハッキリ言って未だに悩んでる。家での君がどうだったか、家の人がどんな人なのかなんて知らないし。君を助けてやるなんて格好付けても、肝心の場所に肝心の支えがない。第3者のオレらが支えられるのは所詮両側。1番太い柱にならなきゃならないのは誰?』

城の回答を待つ

『分からない?』
『…俺…です…。』
やっと笑顔を見せたトオルは城の隣に移動する

『支柱がしっかりしてくれなきゃ、鏡は立ち続けられない。鏡に助けて欲しかったら、グラつくな。揺るがない君からの信用があいつの力になる。どうしたらいいかは賢い君が自分で考えろ。オレ、鏡ほど甘くない。上辺だけの信用は無意味。』

No.250 10/05/16 00:54
㍊ ( wPNK )

信用を掛けて
自分がやる事…何だろう

『話逸れるけど。何書いてたの?あ、オレ遠慮無いから(笑)。』
突然机の紙を見る

トオルには逆らえない…
そんな偏見が生まれ
止めもしない

『そっか、もう少しであいつ誕生日か!喜ぶわコレ。涙だけじゃなく鼻水まで垂らしそう。』

そう言ってまた紙を伏せ
城を見る

『城君。オレ鏡と付き合い長いけど…どんなイイ女捕まえた時より、君と居る鏡のが生き生きしてる。頼むよ。鏡が君を助けるには君の助けも鏡には必要。』
『…ハイ。』
『あと体の傷。火傷の跡も、もっと薄める事できるからさ。日に当てない様にしなよ。君は化物じゃなくオレらと変わらない人間。好き勝手言わせてもらったけど、オレは君の事、好きだよ。鏡が阿呆やって嫌になったらオレに言いな。泣くまで説教するから。口じゃオレのが上なんだ。じゃ、酔っ払いの相手してくるわ(笑)。』

鏡より強い人は
いないと思っていた…
トオルが上かな…

難しい課題出されたけど
心の暗雲は消え去っていた

No.251 10/05/16 08:28
㍊ ( wPNK )

トオルはソファーで死んだ様に眠る鏡を叩き起こした

『あれ…今何時…?』
『11時回ってる。』
『もう?城寝たかな。』
『起きてるよ。話してた。』
『お前と?!問題なかった?』
『無いよ(笑)。』
『やめろその笑み。怪しい。』
『ホントに無いから。素直な子だった。警戒心強いだけだね。』
『へー。ま、なら良かった。呑むぞ!』
『まだ呑むのかアンタ。』

鏡の声を聞いて
部屋から出てきた城が
鏡の隣に座る

『城チャン、カツ食った?』
『うん。』
『酒、呑む?』
トオルがニコニコしながら声かけると
城が手を出した

『あ"ーっ!テメェ未成年に何て事を!城、お前は牛乳飲め。』
『子供じゃない。』
『(子供だし)…ま、いっか。今日だけだぞ。あと43分な。』
『鏡さん、意外にそういう所キチンとしてるよな。』
『気分による。』
『気分かよ(笑)。芯の無いオッサンだなホント。』
『オッサンつったの?今!お前半年遅いだけだろ、これだからオッサンは。』

1人で悩み続ける鏡
さり気なく支えるトオル達…
自分の為に
動いてくれる大人達が
こんなにいる…
今はもう俺1人じゃないんだ
トオル達に心で感謝した

No.252 10/05/16 22:23
㍊ ( wPNK )

翌朝
酔い潰れた3人…
最初に目を覚ましたのはトオル

ソファーとテーブルの隙間で爆睡の鏡
その隣りで無防備に寝る城

丸見えの首と手首の傷跡
あんなに隠していたのに…
忘れているんだろう

まるで本当の父子みたいだと
思わず笑う

タバコを吸いにベランダへ出る

初めて会った時の城…
鏡の元を飛び出した時…
この前見た時…
サワの嫁に放った罵声…
思い出しては胸が痛む

鏡も起きて出てきた
並んでタバコを吸い出す

『明日行くのかい。』
『そのつもり。』
『城君も?』
『それがいいんだけど…本人がどうかなぁ。かなり怯えてるからさ。』
『体罰だけじゃないだろありゃ。言葉の暴力相当浴びてる。』

鏡が溜息をついて
ためらいながら言う

『…性的虐待…ってヤツもな。』
『本人話したの?』
『いや…寝込んだ時、体調べた…まさかと思って。指の跡…引掻いた傷…押さえ付けた角度から…多分間違ない…。』
『フルコースか。最低だ。クソ共。』
『明日お前の口借りたいよ。』
『アンタの立場になったらどうかな…この口も。』

城も起き顔を出す
タバコを持つ手を外側に出し
見えない様にする

No.253 10/05/16 23:10
㍊ ( wPNK )

『鏡…頭痛い。』
『だから牛乳にしろっつったのに!呑めもしないのに酒呑むからよ。言う事聞かねぇからだ!薬出してやっから部屋で寝て待ってろ。』
『…ごめん。』

落ち込んで去る城を見て
トオルがまた笑う

『親父定着(笑)。』
『親父だから。オッサンじゃねぇ、親父だ!』
『分かったって(笑)。』

中へ入り薬を探す
部屋へ行こうとした時
シャワーの音が聞こえた

城かと思いドアを開けると
脱衣所で裸になりながら
頭を抱えて屈み唸っている

『何やってんだよ。寝てろつってんのに…とりあえず薬飲んで効くまで休め。シャワー止めろ。二日酔いなんだよお前。』
『止めないで…早く洗わなきゃ…昨日入ってないから…。』

またいつものかと諦める

『洗えんのか?それで。洗ってやっか(笑)?』
冗談のつもりだった

『一緒に入って何すんだよ!』
『何もしないよ。冗談だ。ジョーダン!』
『俺の体に触らないで!!』

そう怒鳴って入ってしまった

『何て奴だ全く…。』
『風呂場で悪戯された事あるんだろうか。』
『そんな言い回しだったな。』

顔を見合わせ
2人は片付けを始めた

No.254 10/05/17 01:01
㍊ ( wPNK )

薬を飲んで少し寝ると
頭痛もだいぶ楽になった

トオルの存在にも慣れただろうし
せっかくだから
カラオケに行こうと鏡が言う
勿論城は初めてだ

城にマイクを渡しても
今流行の歌手やグループなんか
全然わからないから歌えない

それでも鏡やトオルが歌うのを
ただ黙って聴いてるだけでも
充分楽しめていた

鏡もトオルも凄く上手い…
鏡は昔バンド組んでた事があり
音楽に馴染みがあったらしい
トオルは素で並以上に上手い

城は次から次へと
言われた曲のナンバーを登録
2時間ビッシリ2人で歌い切った

カラオケを終えて出ると
城はゲームコーナーに興味を持つ

両替して
好きに遊べと城に金を渡す

UFOキャッチャーにチャレンジするが
中々取れず
俺に任せろと
狙っていた車の模型を
鏡が簡単に落としてくれた

対戦レースしようとトオルが言い出し
3人でスタートする
よく分からないまま運転する城
子供みたいに対抗し合う2人
数秒差でトオルが1位
本気で悔しがる鏡

指定数字にボールを当てるゲーム
城が満点を取ったのには
2人共本気で驚いた

No.255 10/05/17 05:49
㍊ ( wPNK )

喫煙所で一服する

トオルが城に一体何を話したのか
鏡は少し気になっていた

確かに
他の仲間より一緒に居る時間も
顔を見る回数も多かった
それだけではない筈だ

トオル、トオルと懐いて名を呼び
次々とゲームを回るなんて…

自分以外の人間に付いて
歩くなんて…
少しは進歩もしたかなと
嬉しく思う

『じゃ、オレ帰るよ。また荒らしに行くから。』
『差し入れ忘れなきゃいいよー。ビールな!』
『…城君、酔っ払いが嫌になったらこっちおいで(笑)。』
『うん。』
『うんって…オイ!そんなアッサリ行っちゃうのかよ!』
『ハハッ。明日成功祈ってる。またね、城君。』
『城だけかい!』
『アンタとは嫌でもすぐ仕事で顔合わすからいーんだ(笑)。』
『あ、そうですね。』

あの時乗った白い車で去る
鏡と同じクラクションを鳴らして…

ゲームで取って貰った景品を
大事そうに抱えて
マンションに入る

『明日か…。』
エレベータで鏡が呟くと
城が考える様に反応した

『…鏡。明日…待って。明日は行かないで。少し…待って。』

No.256 10/05/17 08:28
㍊ ( wPNK )

家に入ってから
ゆっくり話を聞く

『どうした…怖いか?』
『違う。』
『いつまで待つ?明後日にしたらいいのか?』
『それじゃ足りない…。』

足りない?
何かしようとしてるのか?
城は城なりに
考えがあるんだろう…

『明日のが都合いい?』
『いや。お前に合わせるよ。俺の都合の問題じゃないから。準備出来たらちゃんと言えよ。』
『うん。ありがとう。』

そのまま部屋に入る

複雑な気分だった
延期すればするほど
不安が襲う…

誘拐・軟禁問題に発展しないか
でも向こうも騒ぎを広めると
ある意味墓穴を掘る形になる
虐待問題として…
だから多分大丈夫だろう

安心感もあった
まだどう話し合えばいいか
迷走中だったし
もう少し時間が出来た…

ソファーに座って
出会った時からの事を
思い出せるだけ全て
必死に事細かにメモを取り始めた

No.257 10/05/18 02:26
㍊ ( wPNK )

3日…
延期を言い渡され
予定が何も無くなった

昨夜小さい箱をくれと言われ
探して城に渡すと
遅くまで何か作っていたらしく
10時過ぎに爆発頭で起きてきた

『餅食うか?雑煮。』
『ゾウニ?何?』
『…餅スープ(笑)。』
『食べた事ない。餅は好き。』
『マジかい…汁粉は。』
『分からない。』
『御節料理。』
『見た事はある。』
『茶碗蒸し。』
『給食で…味は覚えてない。』
『クソッタレな家だな。』
『うん…クソッタレ。今日は何?』
『鏡矢様特製雑煮作ってやる。餅沢山食って太れよ(笑)!』

シャワーを浴び髪を乾かす間に
具沢山で餅沢山の雑煮が完成

美味いかと聞かなくても
見ただけで分かる

『今日俺暇だし、洗濯やるからいいぞ。』
『うん。俺出掛ける。』
『どこに!?』
『ノート欲しい。ある?』
『無い。大丈夫か…?』
『多分。』

前の事もあるし
1人で行かせるのは不安だった

過保護過ぎてもと思い
了承する

誰かに会っても分からないよう
帽子を深く被って
出て行った…

No.258 10/05/18 05:48
㍊ ( wPNK )

痩せっぽちの体には
芯から堪える寒さだった

マフラーで顔を少し隠す
車で移動とはいえ
鏡と出る時は全然平気なのに
1人だと不安に襲われる

こんな事で
いちいち鏡に頼ってられない
ちょっと出てすぐ帰るだけだ
近場のコンビニで買えば大丈夫

コンビニに入ろうとすると
丁度昼に掛かる時間帯
平日ほどじゃないけど
車も人も少し多い

人に見られる
人が見てる
汚いガキって思ってる…
虐待により植付けられた意識が
また自然と沸き起こる

早く買って出よう

レジに並ぶ人達を気にしながら
帽子をまた深く被り直し並ぶ

外に出ると
まるで重大任務を終えたかの様な安堵感

たった数十分の外出が
城にとっては一大イベントだ
早く帰る事しか頭に無い

後ろから近付く男に
全く気付かない

突然帽子を取られ
叫ぶ間も無く振り向く…

父親だという男が立っていた

『やっぱり(笑)。分かるモンだなぁ息子って。毎日毎日探してた。この辺が怪しいって、時間ありゃ張ってた。手間かけさせやがってなぁ…コラ。』

悲鳴を上げ走り出した

No.259 10/05/18 08:24
㍊ ( wPNK )

『…もう出ない。絶対出ない。出ない。出ない!出ない!!』

この辺張ってるって?
やっぱり探しているのか…

『もう今行ってケリ付けるか?どの道同じだろ。まだ近く探してるだろうし。』
『アイツは話通じない!アイツは人間じゃない…鏡でも勝てない…アイツは駄目だ!』
『…。』

もう考えるのも面倒だし
勢いで行くのもいいかと
正直思ったりもした
ブン殴っちゃいそうだけど

捕まらなかっただけマシか…

『そうだな。逃げられたから良かったけど。帽子はまた買ってやるからさ…。』


仕事も始まり
仲間に延期した事を伝えると
驚いていた

時間が経てば経つ程
鏡にも苛立ちが募る

城の様子がおかしくなったのが
一番の原因だった

部屋から殆ど出てこない
鍵が付いてないのが救いだ

今迄もたまにあったけど
1人で泣く回数も増えた
夜中夢を見る回数も…
やめて、許して、ごめんなさい
連発して泣きじゃくる
あまりに酷い時はなだめる

起きて鏡の前に出る時は
いつもの城に戻る

寝不足も重なり
本気で弱音を吐かない鏡にも
疲れの色が見え始めた

それでも現場や家では
変わらずいつも通り振る舞う

No.260 10/05/18 11:12
㍊ ( wPNK )

仕事を終え会社に戻る
トオルが鏡に近付く

『城君、何かあっただろ。』
『城に何かは付き物だ。』
『オレ行っても無駄か…。』
『今はなぁ(笑)。親父に会ったらしくてパニクッて帰ってきた。毎日の様にジジィと探して、俺んちの近所まで張り出したらしい。完ッッ全引籠っちゃいましたよ(笑)。』

笑ってごまかす…

『ふーん…それだけじゃないね。アンタ寝てないだろ。』

流石鋭いなと思い吐く

『まぁな…元々小学生並だから仕方無いんだけどさ。夢に唸されて怯える頻度が激しいからよ。起きてなだめんので一杯。やめて許してって…俺も疲れて気付かない時は叩き起こしに来る(笑)。ちょい寝不足。』
『こんな時間に仕事終わりで大丈夫か?言ってくれれば…。』
『仕事は仕事だし。そこまで甘やかさなくても今は大丈夫!腹空かしてるな…帰るわ。』
『…事故んなよ。』

いつもの笑顔を向けて
会社を出た

少し打ち明けただけでも
気持ちは楽だった

No.261 10/05/18 12:26
㍊ ( wPNK )

今日は早く寝よう…
寝てくれてりゃ助かるのに…
そう思って家へ着く

20時半
鏡の帰りが遅くて
不安に襲われたのか…
落ち着かなかったのか…
短い廊下で帰りを待ったのか…
雑誌や菓子のゴミが散乱

やれやれとひとつずつ拾い
城の部屋を開けると
カッターを片手に床で寝込んだ城

隠した筈のカッターをどうして…

近付いて起こすが反応無し
腕を見る
5本の傷と固まりかけた血

深い深い溜息をついて
心底泣きたくなるのを堪え
ベッドに上げる

電気の付いてない居間
飯は作らなくて済んだ…
すぐ眠れる…
良かった…
良かった…?

城を救うと
自ら選択した道じゃないか
俺は弱音を吐く立場じゃない!

電気を付けると
城にやった筈の小さい箱が
テーブルに置いてある
下手クソな字で何か書いてある…

【お父さんへ】

セロテープで閉じた蓋を開けた
やった覚えのある紙を開く…

たん生日おめでとう
鏡と会えて良かった。大好き大好き大好き。死なないで。いつもかえってきて。鏡がいれば何もいらない。ずっとおれの父さんでいて。約束して。

『…ウウッ…。』
テーブルに頭を付け鏡は
声を出し静かに泣いた…

No.262 10/05/18 18:45
㍊ ( wPNK )

朝5時
ここ最近で1番眠れた
少しスッキリした…

城がくれたプレゼントは
ベッドの脇に画鋲でとめて
毎日必ず目に付く様にした

顔を洗い髭を剃る
朝飯を作りラップを掛けて
置いておく

作業着に着替え
コーヒーを飲みながら新聞を広げる
ろくなニュースがない…

珍しく城が起きてきた

『早いな、どうした?』
『…見たんだろ…腕。』
こっち座れと隣りに座らせる
袖をめくり消毒しながら話す

『言ったよなぁ…こんな事するなら毎日真っ裸にしてチェックするって。帰ったらやるぞ俺は。』
『嫌だ!…ごめん。』
『嫌ならやるなよ…。隠したカッターをわざわざ見付けて…どうしてだよ。』
『分からない。』
『んじゃ、どういう気分の時にやろうと思う?』
『頭の中で色々思い出す…怒られたこと…言われたこと…アイツらの顔でいっぱいになる…夢にも出てきて捕まえてやるとか、不潔だとか…だから謝るけど…許してくれない。だから切らなきゃ、自分が悪いなら切って罰受けなきゃって…。』

…なるほどね
…ここまで追い込んだ鬼畜共
どういう理由でなんだ!!

もう限界だ…待てねぇよ…
ブッ飛ばして
とっとと終わらせる!

No.263 10/05/18 23:25
㍊ ( wPNK )

『城…悪ぃ。もう待てねぇわ俺。お前がやられ続けてきた事とか詳しい内容知らねぇけどな…充分だ。この手、血で汚してでも解放してやる…殺してって言ってたよな…叶えてやるよ…。仕事終わったら乗り込む。』

今迄に見た事の無い
鏡の猛獣みたいな目
喧嘩慣れした
傷だらけの拳を見る…
話し合いどころか
本気でやるつもりだと思った
城は慌てる

『鏡が捕まったら俺どうしたらいい…!駄目だ!まだ駄目!待って…。』
『充分待った。お前も俺も充分苦しんだ。』
『お願い、もう少し待って…鏡に渡したい物があるから…。』

…渡したい物?
必死に嘆願して止める城を見て
我にかえる

『父さんなのに、帰ってこないのは嫌だ…家族は一緒に居るんだろ…。』

泣きそうな顔で見る城
その言葉で手紙を思い出す

傷だらけの腕に手を置き
片腕で城の肩を抱き寄せる

『…うん。そうだった…すまない。プレゼント…本当に嬉しかった…最高の息子からの最高のプレゼントだよ…ありがとう。お前の不安も恐怖も、その時が来たら1日で全部吹き飛ばす。こんな傷、2度と作らせねぇ…絶対にな。』

上着を着て家を出る
城はすぐ部屋に籠った…

No.264 10/05/19 00:30
㍊ ( wPNK )

2月に入ってしまった

『まだOK出ないの?』
『出ない。』
『鏡…大丈夫かよ。』
『…だいじょばない。』
『何語だ(笑)。』
『目のクマ…見てるだけで移りそうすねぇ。』
『俺はウイルスか?』

城がおかしいのは変わらない
寝不足もピークで
本当にもうヤバかった

『今日土曜だし、行くか?』
トオルが見兼ねて言う

『泊まれないけど嫁も会いたがってたしオレも行くかな。』
サワも言い出す

『明日日曜だしゆっくり寝てられるから心配すんな(笑)。』
相変わらず笑って流す

鏡と長い付き合いの
トオルの目はごまかせない…
トオルの毒舌攻撃

『隠すの下手なクセに隠すな。日曜たってアンタの事だから飯だって作ってやったり何かとゆっくり寝る事も出来ないんだろ。それに城君の髪切るのに連れてかなきゃとか言ってたし。いつ休むワケ。不器用な嘘付くくらいならせっかく手伝うって言ってんだから頼めばいい。サワの嫁だってこの前の件から心配してんだから飯支度任せてさ。自分が置かれた幸運な環境に感謝しろよ、こんないい仲間いないよ。意地張って嘘ついたって俺の目はごまかせない。分かったか。』
『…はい。お願いします。』

No.265 10/05/19 08:16
㍊ ( wPNK )

少し早目に切り上げ
サワは妻子を迎えに行って
後から来ると言う

トオルと近場のスーパーで
食材を揃える

来客を突然入れると
パニックになるのは間違いない
トオルを玄関で待たせ
城の部屋へ入ると
ベッドに座って
窓の外を眺めていた

『城、トオル入れるぞ。』
『トオル?いつ?他は?』
『今玄関に居る。後からサワと…この前来た嫁と子供。いいだろ?』
『…。』
(アレ…無視?やっぱ駄目かな)
『また来ていいって言ったからね…分かった。』
『ありがとうございます、王子様(笑)。』

トオルが顔を出す
『こんにちは、城君。鏡に腹立つことされてない?いつでもやっつけるからね(笑)。』
『変な意識持たせんな…。』

城は少し難しい表情を和らげた
ダボダボズボンの2人
こっちのが見慣れて安心する

トオルは中々目敏い男だ
洗濯物が湿ってるのを見る

『君が洗濯したの?』
『うん。俺の仕事。掃除も。』
『偉いじゃん。』
『俺はずっと家に居るんだから当然のことだ。偉くない。』
『そっか(笑)。』

その考え方にも感心する

城が紙とペンを持って来た
もうトオルに抵抗は全く無い

No.266 10/05/19 09:42
㍊ ( wPNK )

『名前書いて。漢字で。』
『名前?…これでいい?』
『…難しい。何て読むの。』
『梶谷徹(カジヤトオル)。』
『カジ?カジヤ…。覚える。』
『城君の苗字は?』
『…。』

黙ってしまった
キッチンで支度をする鏡が
素早く話に入る

『神崎だよなぁ!俺の息子だもん(笑)。神崎城!そう言っとけホラッ!』
『うん、神崎。』

鏡が苦笑いしながら首を振った
その様子を見て
徹はすぐ察して笑う

『…残念な苗字だね。』
『ぉおい!コラ、徹(笑)!』

そうこうしている内に
サワ一家がやって来た

嫁のお邪魔しますの声
城はすっかり大人しくなった

No.267 10/05/19 11:19
㍊ ( wPNK )

子供はサワが抱いて
決して鏡に渡さない様にする

『城君、この前は色々ごめんね。今美味しいの作ってあげるから!鏡さん休んで。』
『俺の嫁になってください!』
『困りますよ、ナンパは~。』

相変わらずのやり取り
サワの子供を見ている城

『抱いてみる?ジッとしてないけど(笑)。』
サワが薦めると首を振る
子供を降ろすと
はしゃぎながら城の方へ歩く
何か玩具を渡そうとしている

(何だこいつ…)
分からない感情が沸き
徹をまたいで逆側に逃げた

『露骨だなー。逃げる事ないだろ(笑)?』
鏡が突っ込む

汚れの無い人間

自分に近付き触れると
その子まで汚れてしまう
そんな気がして怖かった…

『俺着替えてくるわ。徹、泊まるなら服貸す。』
徹も立ち上がった

『泊まるの?どうして。』

徹が言葉を選んで答える
『家に居ても暇だからさ。遊びに来ただけ。部屋には入らないから安心して。よろしく。』

納得して頷いた

No.268 10/05/19 12:25
㍊ ( wPNK )

『お前の事、相当気に入ったみたい(笑)。』
『何で?』
『名前覚えるとか…初めて。』
『そうなの?アンタよりしっかりしてるからか。見る目あるな(笑)。』
『言ってろ(笑)!』

着替えて居間に戻ると
城が膝に子供を座らせ
硬直していた
サワの嫁が隣りで笑っている

サワがタバコ吸いたいからと
2人を道連れにベランダに誘う

『野郎3人が邪魔なんすよ。少しあのままにしとけば馴染むと思うけど。』
『さっきあんなに嫌がってたのにどうやった?』
『鍋用意するって無理矢理膝に乗せて見て貰ったんすよ。』
『なるほどね。顔真っ赤。』
『何か…悪いないつも…。』

鏡が真顔で言う

『いつも仕事で世話なってるし。いいんじゃない?1人で抱え過ぎなんだって。こういう時しか返せない。』
『虐待行為に関わった鏡さん達見て思う事も色々あったんすよ。嫁とよく話すし。全く徹さんの言う通り。』
『泣くなって。』
『泣いてねぇから(笑)!』
『とりあえずこの2日間で体休めて欲しいすね。』

他人に対する接し方…
城も少なからず
精神面でも成長してる…
感謝、感謝だ

『よし、食おう。』

No.269 10/05/19 14:26
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子供が膝の上に落ち着いて
キャッキャッと遊ぶ
城の手は両脇に置いたまま
触れようともしない

『もうちょっと見ててね。』
そう言って箸を
それぞれの場所に置いていく

『…どうして生むの。』
『え?』
『どうして生む?本当に大事だって思ってる?いつか殴ったりするんだろ。今だけじゃないの?こいつ笑ってんの。』

突然の質問
確か物心付いた時から
虐待されてたって聞いた…
適当に答えるなんて出来ない
城の方に体を向ける

『赤ちゃんってね、まだ人の形もしていないこ~んな小さいものが、お母さんのお腹の中で何ヵ月もかけて、やっと人の形になるんだよ。知ってた?』

『…何となく。』

『少しずつ大きくなって、心臓が出来て動いて、初めて命になるんだよ。お腹でひとつの命が動き出す…でもまだまだ会えない。早く元気な命に会いたいから、お母さん達は外からの衝撃から守って、食べ物に気を付けて、健康に気を付けて、大事に大事に一緒に何ヵ月も生きるの。そうじゃないと健康で元気な赤ちゃんなんて生まれない。』

『…それなら俺、どこか健康で元気じゃなかったんだな。どこか分からないけど…だから好かれなかったのか。』

No.270 10/05/19 18:37
㍊ ( wPNK )

『どうして?』

『命に会いたいからお腹で大事にするんだろ。大事だから生まれてからも可愛がるんだろ。捨てないだろ?俺、そんな記憶無い。怖くて痛くて悲しい思い出しかない。きっとお腹にいる時から要らなかったんだ。大事じゃなかったから。だから…どこか分からないけど、健康で元気じゃない体で生まれてしまって、可愛くないって言われて叩かれたんだな。』

沈黙になる…

ベランダの3人は
入るに入れなかった
外は寒いのに…
それどころじゃない…
耳を傾け続ける

『…でもねぇ城君。城君はどう見ても普通の男の子かな。お母さんはきっと大事に…生まれてくるの楽しみにしてたんだよ。中には大事にしてた筈なのに、障害を持ってしまったり、生きる力がなくてお腹で亡くなる子もいる…生まれてすぐ育児に疲れて殺してしまう人もいる…。どんな辛い事されても、城君は生きて普通に動ける。城君のお母さんは途中から間違えた道を歩いてしまったんだね。』

『うん…生きてる…生きる力あるし…健康で元気だ俺。少しの間でも生まれた事喜んで、こいつくらいの、記憶に無い部分の時でも可愛がられたならいい。ずっと生まれた意味考えてたから。』

No.271 10/05/19 19:48
㍊ ( wPNK )

子供がママーと叫び
城の膝から母親の元へ行く

『父親だって男が戻って来たし…母さんもいつか来るかもしれないんだ。3歳の時、【面倒】って言われてジジィの家に置いてかれた。覚えてる。顔は覚えてないのに。お陰でジジィが毎日怖かった…最低だよ…アイツ。どんなに考えても何で【面倒】になったかが分からない。でも原因は俺でしょ。どうしたら分かる?そいつの母親やってるなら分かる?同じ女だろ。』

一瞬考える

『…いつか…会える時が来るかもしれないから…知っておかなきゃ…そして謝るんだ。』

彼女は理解していた

面倒と言うのは育児だろう
でなきゃ祖父母に預けて
消えたりしない
お腹痛めて生んだ子を…
面倒だから捨てた…

でもそんな事言えない

育児が面倒で預けて
そこから祖父母による
過剰虐待が始まったのに…

しかも城は
母親に会いたがってる
何も悪くないのに
許しを得てまで
母親を知りたがっている

どうしよう…
何て答えれば…

『ブェックシュッ!!』
『寒い…!無理無理ムリムリもう無理っす!!』
『何か真剣な話中ごめん。鍋、食べよう…。』

No.272 10/05/20 02:51
㍊ ( wPNK )

やっと体が暖まった

城は普通に
黙々と美味そうに食べ
部屋へ引っ込んでしまった

『分かってても、答えられなかった…。』
彼女は悔しそうに言う

『機会があれば会うつもりなんすかね?』
『会うんじゃなくて会いたがってるの間違いだな。』
『謝る必要なんかねぇだろって。あの歳で生まれた意味なんか考えさせるよう仕組みやがって!俺だって分かんねぇ!』
『考える脳も無いからなぁ。』
『そうゆー事言うの?!言っちゃうんだ!』
『親父も最低、祖父母も最低、母親はそんな悪い印象ないみたいすねぇ。』
『徹が母ちゃんになれば良し!シビアなママっぽい…嫌だなぁ俺は。』
『俺だってアンタみたいなガサツで凶暴そうな手の掛かりそうなの嫌だね。』

フンと2人そっぽ向く
『徹さんまで…子供じゃないんすから(笑)。』

ケーキを買ってきたと
城を呼ぶ

今回はすんなり出て来て
居間で皆と食べる

眠くなったのかグズる子供を
一生懸命あやす様子を見る

自ら彼女の傍に寄り
小さい声で話す

『部屋でずっと、さっき話してたこと考えてた。やっぱりお腹で大事にしてくれてたんだ。』

No.273 10/05/20 03:38
㍊ ( wPNK )

寝入った子の
純真そのものの寝顔を見る

『俺、もっともっと古い記憶思い出せたんだ。』
『どんな…?』
『こいつくらいの記憶。城クンって抱いてキスされてた記憶。あの男から守ってくれてた記憶。思い出せたよ。嬉しかった。ただやっぱり面倒になった原因がハッキリ分からないけど…お姉さんの言う通り、きっと道間違えたんだな。』

彼女が優しく笑って
城に寄り添う
鏡はその様子を黙って見ていた

『この前はごめんなさい。酷いこと言って当たった…。俺もこんな綺麗な体で笑える時期があったんだ。望まれて生まれた。存在して良かったんだ。それが分かっただけで嬉しい。ありがとう。』

そして初めて
子供の顔に手を当てた…

温かくて柔らかい
懐かしいような
いい匂いもする

手を当てたまま
祈るように囁く…

『お前のお母さんは間違えたりする人じゃない。羨ましい。大きくなったら今度はお前がしっかり大事にしなきゃ駄目だからな。』

そしてまた
部屋へ去って行った

少し潤んだ目でテーブルにつくと
鏡と目が合った

柔らかい笑みを浮かべた目
鏡は無言で頭を下げた

No.274 10/05/20 09:17
㍊ ( wPNK )

サワ一家が帰り
鏡は風呂を沸かし徹に勧める

俺が片付けるから
先に入って早く寝ろと返され
スイマセンと鏡が入る…
どっちの家だか分からない

部屋から城も出て来て手伝う

あまりに風呂の時間が長い…
城に見てきてと頼むと
案の定寝込んでいた

叩き起こされ
もう限界とベッドに入る

城が代わりに居間に布団を運ぶ

『城君の部屋で寝るかな。』
『…どうして。』
『せっかくだから。』
『やめた方いいよ。最近、夢見てうるさいから。』
『何の夢?』
『…。』
『嫌な夢見て唸されるようなら起こしてあげるし。駄目?起きて誰かいたら安心するんじゃないの。ね。決まり(笑)。』

嫌だけど
徹なら許せるような…
裏があるような無いような
怪しい笑み…
強引に押し切られてしまった

『もう少し居間で起きてるから、寝るなら寝てていいよ。』

布団を運び
おやすみと言って
部屋から出て行った

No.275 10/05/20 15:41
㍊ ( wPNK )

風呂から出て
1人晩酌を始める

くだらない番組を見ながら
そろそろ寝たかなと
城の部屋へ

突然自分が部屋に居座っても
気が散って眠れないだろうと
寝てから入る
徹なりの気遣いだった

静かにドアを開けると
寝息を立てて眠っている

素早く自分の布団に入り
眠りに付く

1時間くらい経った頃か
目を覚ます

ベッドでゴソゴソ動く音
鼻をすする音…

『城君…?』
大人しくなったが返事は無い
もう少し様子を見よう

徹もまた寝に入る
壁を蹴る音で目を覚ます

慌てて起き上がり
声を掛ける

グシャグシャに泣きながら
まだ夢を見ている

徹は衝撃を受けた…

布団を蹴り飛ばした両足は
膝を立てて全開
もがくように片足は壁を蹴り…

片手は近付く何かを
押し退ける様に空を切り
発する言葉…

痛い…
やめて…やめてよ…
そんなの入らない!
痛い、痛い!
言う事聞くから…
うつぶせに…なるから
熱湯はやめて…
言う事聞きます…
足…開きます…
はい…はい…
ちゃんとくわえます…
ごめんなさい
ごめんなさい…
だから許して…
熱湯…熱湯はやめて…

No.276 10/05/20 16:14
㍊ ( wPNK )

揺さぶり起こしても
夢から覚めない

鏡、鏡!助けて、どこ!

鏡は毎晩
こんな城を見ているのか…?
城命のあいつが
どんな思いでなだめてるのか…
思うだけで辛い

『城君…。城君、起きろ。俺だよ、徹!』

徹!の名前に反応し
パッと目を覚ます

何が何だか分からない様子で
徹の顔を見る

『鏡…?徹…??』
『そう、徹。鏡じゃなくて悪いけど。体起こせるかい。』

部屋の電気を付けると
眩しそうな城
涙で濡れた自分の顔を触る…

『夢…また夢…。』
『うん、夢。夢で良かった。顔拭きな。』
机のティッシュを数枚渡す

『鏡は?』
『寝てる。鏡が起きて来る前に俺が起こした。』
『…どこから…見てた?』

内容はハッキリ覚えているようだ
見て聞いた内容
死んでも言えない…

『鏡、助けてって声で起きたんだ。キッチンにココアあったな…飲む?好きなんだろ。』

放心したまま頷く
良かった…
変な事口走ってなかった…
よりによって
徹の時にあんなシーン…

『夢でも犯される…俺…どうしたらいい…誰か…教えて…。』

とめどなく溢れる涙を
徹が来る前に
一生懸命拭い続けていた…

No.277 10/05/20 19:57
㍊ ( wPNK )

『鏡は優し過ぎる。城君次第だとは言え…もういいだろ?』
『準備は…出来てる。』
『じゃあ、鏡にOK出さないと。君が時間をかければそれだけ2人で苦しむ。見てられない。夢だってこんなに毎日毎日見る事なかったんだろ?』

黙ってココアを飲む

『家の人、探してたんだって?この辺張ってるって言ったんだよね。ここに居るって見付かってからだと余計こじれる。こっちから行くべきじゃないの。』

返事が無い
徹は城の頭をポンと軽く叩く

『鏡を信じてない。』
『…信じてる。』
『信じてるなら行けばいい。一緒に。』
『…一緒に…信じて…。』

行きたくない
見たくない
あんな家…あんな顔

もし、もしも行って
鏡の交渉が失敗したら…?
目の前で失敗して
また居座らなきゃならない状況に陥ってしまったら…?
今度こそ逃げられない
逃げる隙さえ与えられないはず

本当に
本当に最後なんだ…

鏡を信じても
【もしも】が拭えない
思うだけで恐怖だ…

『鏡ならやる。絶対君を守る。普段あんなふざけた奴だけど…誰より何より頼れる男だ。一緒に行って背中を見てきたらいい。俺らの絶対の信用を背負ってきた男だから。』

No.278 10/05/20 20:25
㍊ ( wPNK )

徹がそこまで言う男…
鏡って凄いんだ…

『鏡は?鏡に逢いたい…。』

まるで長い間
会っていないかのようだ

『鏡は疲れてグッスリ寝てる。仕事が色々大変だったからさ(笑)。起こさないでやって。城君も寝な。目が覚めたら鏡はいつも通り居間にいるさ。』

空になったカップを受け取り
部屋を出た

城は悪夢を見る事無く
眠りについていた

No.279 10/05/20 21:05
㍊ ( wPNK )

朝9時
ベーコンの焼けるいい香り…
鏡は飛び起きた

『おはよ、鏡さん。寝れたかい。寝れたよな。寝れないワケが無い。』
『…城かと…。火使えないのに…。何だ、お前か。な~んだ、そういやぁ泊まってくって話だったもんな(笑)!なーんだ!』
『なんだなんだって失礼だな。誰の為だと思ってんの?』
『怒るなって。朝飯まで作ってくれて…嫁になってくれ!』
『こっちにも選ぶ権利ある。』
『あ、そーすか。』

少し眠たそうな顔の徹

『あれ。布団…どこで寝た?』
『城君の部屋。』
『え。ホント?許したの?』
『微妙な感じでね。』
『…どうだった?俺全然起きれなかったけど。』

味噌汁をすすりながら
苦笑いして鏡を見る

『尊敬するよ…。』
『殴られる夢か…?』
『いいや…性虐だった。』

鏡の顔付きが変わる

『鏡さんに助け求めてた…。』
『…だろ。だから行って起こしてやるんだ。俺しかいねぇんだ…。』
『でも毎晩はキツいよ。体持たないだろ。』
『そうも言ってられないから。自分から助けたくてこうなっただけだからさ。』
『流石の俺もショック。』
『ありがとな。』

No.280 10/05/20 21:53
㍊ ( wPNK )

徹から一晩の出来事を
事細かに聞いた
鏡はただ頷いて聞いていた

『多分怖いんだよ。あんな家。そりゃそうだ。』
『ヘマできねぇな。』
『置いてく?』
『無理矢理は連れて行くつもりはない。精神面でおかしくなるくらいなら。』
『城君起きたら聞いてみる。』
『…そうだな。』

丁度城が起きてきた

『おはよう。城君。』
『飯食え!徹の手作りだから胃腸薬飲んでから食えよ!』
『どういう意味だよ。』

洗面所に行って顔を洗う
最近起きたら目が腫れてる
徹のお陰で
2度目は深く眠れた…

鏡がストレートに突っ込む
『また夢見たってか。』
『…うん。』
『ジジィか?男か?』
『…覚えてないんだ。』

白切ったなと徹の目を見る
徹が続ける
『夜中話した事、決めた?』
『…。』
『城、今日でもいいぞ。』

箸を置いて返答する…
『次の日曜日。』

また一週間先か…
でも決めたならキャンセル無しだ!

『分かった。次の日曜日だな。もう待たねぇぞ。限界だ。お前も俺も潰れちまう。いいな?』
『…。』

また返事が無い
鏡が低いトーンで詰め寄る

『城。返事。』
『…はい…。』

No.281 10/05/20 23:00
㍊ ( wPNK )

徹がそろそろ帰ると言い出す
着てきた作業着に着替え
城に挨拶をする

『あ、タバコ切れてるんだ。徹、コンビニまで送って。』
『近いのに…運動がてら歩けば(笑)?』
『やだよ、寒みぃ。城チャンお留守番お願いねー!』

マンションを出てすぐ
短髪で長身の男が立っていて
ぶつかりそうになった

『何だあいつ。邪魔くせー所に…ぶつかるなら美女にぶつかりてぇよ。』
『まだ見てるな。』
『ニャロウ…ガンくれてやる!』
『スモークで見えないって(笑)。窓開ければ?』
『いやだぁ、寒い。諦める。』
『ヘタレだな(笑)。』

コンビニで降ろしてもらい
心から心から礼をして
歩いて帰るからいいと別れた

城の菓子もついでに買い
マンションへ戻ると
さっきの野郎がまだ居た!
しかもまた見てるし

この寒い中
一体何してんだよと
無性に見るだけで腹立つ

タバコを口に咥えたまま
ポケットに両手を突っ込み
顎を上げ目を吊り上げ
睨み付ける

腕からぶら下がる物が
おやつなのがマイナスだな…

そう思いながら
チッと舌打ちして男の前を通過し
マンションに入る…

No.282 10/05/21 00:33
㍊ ( wPNK )

すると男が声を掛けてきた

『あの、すみません。』
『…あ"?』
『佐伯城って子知ってます?』
『…何で。』

この辺張ってるって言ってた…
もしかしたらこいつが…

『父親なんです。家出してから暫く帰って来なくて。探してるんですよ。』

上から下まで
舐めるように見る鏡

自分より少し高い身長
女みたいな顔の城とは逆に
一重で切れ長い目
目を見れば一目瞭然
猫被った話し方
120%向けられた疑いの目差し
…ハッキリ言って似てない

俺と城のが似てる!
少し探ってやろう

『はぁ。そんなの警察か探偵にやってもらった方早いんじゃないの?』
『警察は一般的な家出くらいじゃ動きません。探偵は金掛かり過ぎるので。』
『大事な子供が消えてんのに金額の問題なのかい。』

相手も馬鹿ではない様だ

『まぁそれを言われると…。ただ、建設業やってる格好で赤い頭の男の方が、だいぶ前に城を心配してウチに来てくれたみたいでね。さっき、あなたと居たもう1人の方の格好見て…あなたも赤い髪色してますし。』

No.283 10/05/21 18:42
㍊ ( wPNK )

なるほどね…
間違いなく俺がクロだって
確信してのキャッチかい…

こいつが…
こいつがまだ幼い城を
最初に傷付け踏みにじり…
笑いながら…
充分傷付けられた小さな体に
丁寧にタバコの刻印を刻み
恐怖を与え続けた…
糞〇★※▽×野郎かよ…!

鏡の目が血の飢えた猛獣の様な目付きに変わる…

『あの、違ったら申し訳ありません…。何となくそうかと思いまして。』

下手に出る男
しかし眼鏡の奥のその目は
どこか笑っていて
鏡を挑発しているようだ…

顔面に一発
ブチ込みたい気持ちを抑え
隠す必要はもう無いと判断した

『…痣と火傷と傷の跡が消える事も無く…痩せ細った身体中に見事に刻まれた…15歳なのに…まるで小学生みたいな…佐伯城という子なら…ずっとウチに居ますけどね…。誰かにずっと怯え…泣きながら…もしかして…その子の事ですかね…!』

低い声で
一言一言ゆっくり放つ…
男の口元が緩むのが分かる

しかも平然と
笑いながら返してきた

『あぁあ、やっぱり。良かった(笑)!やんちゃ坊主でね、ろくな仲間とつるまないんです。喧嘩の跡、酷いでしょう(笑)?生まれた時から知遅れで。』

No.284 10/05/21 19:24
㍊ ( wPNK )

バンッ!!

鏡は男を囲む様に
壁を片腕で殴り付けた

やんちゃ坊主…?
喧嘩の跡…?
知遅れ…?
何つった今…!?

顔を近付ける
血管が切れそうだ…

『…白切んじゃねぇよ…テメェ…!本人から聞いてんだ…こっちはよ…!』

一瞬怯む様子を見せたが
まだ笑う…

『何をどう聞いたか分かりませんがね?返して頂けませんか。あんなんでも私の子なので。私達がやったと言う証拠は無いですから。知遅れの少しおかしい子の言う事ですよ(笑)。警察介入しますか?結構ですよ。』

証拠は無いときた…(笑)
あの体を見てもかい…(笑)

どこから来る自信なのか…
城の言う通り話が通じない…

ここで警察入れてこじらせても
俺に勝目は無い…

畜生…糞ッタレめ…
仕方無い…一旦身を引こう…

『…そこまで言うなら会わせてやるさ…。ただ、アンタがこの前コンビニの帰りに脅したせいで、怯えて逃げて行方知れずだ。ここをアンタにウロ付かれても戻るに戻れねぇだろ。次の日曜…日曜に話しに行くからそれまでそっちで待ってろや。察を出すなら出せ。その代わり俺にも言い分はあるから覚悟しとけ…これでどうよ。』

No.285 10/05/21 19:56
㍊ ( wPNK )

男の視線が買物袋へ移り
笑みを浮かべる…

『…そのお菓子は城に買った物じゃないんですか?』
『俺がコアラのマ○チ食っちゃ悪ぃのかよ!何だテメェ。文句あんのか!?』

男は少々引き気味になる

『…ま、分かりました。それなら来週の日曜日夕方6時に来てください。キャンセル無しでお願いしますよ。暇じゃないので。携帯番号はこちらです。城によろしく。』

そう言うと足早に消えた

携帯番号を書いた紙は
即破り捨てる

『誰がキャンセルするか!』

暇じゃないだと?
散々暇そうにウロ付きやがって!

エレベータを呼び部屋へ戻る

明らかに不機嫌な態度…

ドスドスと音を立てて歩き
買い物袋と財布を
テーブルに投げ付け
ソファーにドサッと座り
足をテーブルにバンッと乗せる

あまりの激しい音に
城が恐る恐る居間に来る

『…どうしたの…。』

城の顔を見て
怒りとやるせなさで一杯になる

『…糞ッタレ…糞野郎!』
ソファーにもたれ天井を見詰める

『徹と喧嘩したの…?』
城が心配そうに隣りに座る

『…違う…。』
話す気にもならなかった

No.286 10/05/21 20:31
㍊ ( wPNK )

『だから頭脳戦は無理だって言ったんだ。』
『…スンマセン。』
『口じゃ敵わないすからねぇ…相手徹さん並かも(笑)。』
『…ホントニ。』
『3分持たずに手が出たかぁ~。そいつじゃなくて壁を打つ理性残ってただけ良かったな。』
『…マッタク。』

徹が言う
『まさかアレが親父だったなんてね。マンションまで帰りも送れば良かった。凄ぇ後悔。本当…。』

皆が口を揃える
『…単純(バカ)!』
『誰だ今バカつったの!徹か!徹しかいねぇ!』
『ばれた(笑)?でもひとつだけ、城君かくまったのは正解。当然だけどさ。』

そうだよ
後悔だらけだ
完全に俺の負けだった…

あの口調
あの空気
間違いなく苦手なタイプだ…
参るよ…

『城君髪切るのに外出たの?』
『出たよ。あいつが車で帰る所見たし。それは大丈夫。』

次の日曜が憂鬱だ…
でも凹んでなんかいられない

ある意味先に会って
良かったかもしれない…
どういう男か分かったからな…

『徹で練習するかな…。』
『何の。』
『お前、あの男役。』
『嫌だね、負ける自信無い。』
『俺も勝てる気しねー…。』

No.287 10/05/22 02:32
㍊ ( wPNK )

家に帰ると
珍しく玄関に城が迎え出た

昨日は機嫌悪いまま
あまり相手せずに早々と寝た
今朝も飯作らずに出た…

城なりに気を遣ってるんだな
悪い事をしたと反省する

親父の事は話す必要も無い
不安がるだけだから…

飯を作る間
ずっと居間にいる
普段なら殆ど部屋に居るのに

でも今日も
全く話する気分にならない…
TVの音だけが響く…

『鏡、どうしたの?昨日何か嫌な事あった?』
『んー?何も。忘れた。』
『…俺、ご飯は朝も夜もパンでもいいよ。置いといてくれれば勝手に食べる。』
『疲れてる訳じゃないから(笑)。お前はちゃんと飯食わなきゃならないの!気分だ、気分。テンション低いだけ。ごめんな(笑)!』

こんなんじゃ駄目だと
自分に言い聞かせる…

No.288 10/05/22 05:53
㍊ ( wPNK )

寝付けなくて
メモを読み返す鏡

城に出会った時からの事
関わった内容全て書出したメモ

火、水、木、金、土…
まだ5日もある
いや5日しかない…

早く終わりにしてしまいたい…
もっと時間をかけて
完璧に潰したい…

鏡は1人で葛藤し続ける

城を不安がらせちゃいけない
俺がしっかりしなければ…

ダンッとまた暴れる音
鏡はメモを置いて城の部屋へ

首を抑え…
聞こえる様な聞こえない様な
小さい声で吠える…

ワン…ワン…
俺は犬です…
名前…名前はハクです…

『…城。…城!』

城の手が震え出した
タバコは嫌です…
熱い!やめて…!
嫌だぁ…熱い…熱い!
やめろ!やめろよ!

激しくもがき出した
『城って!起きろ!!』

頬を叩いて起こす

目を覚ますが呼吸が荒い
そのまま胸を抑え
過呼吸が始まった

慌てて袋を取りに行き
体を起こしてサポートする

『城、また夢だ。』
『…夢…もう…嫌だ。』
『いつも傍に居るから。俺のベッドで寝るか?』

涙目のまま移動する
寝息が聞こえるまで
鏡はずっと傍に座っていた…

No.289 10/05/22 08:25
㍊ ( wPNK )

火曜日―

コンビニの帰りに
あの男に会ってからだ
こんなに毎晩
夢を見るようになったのは…
糞ッタレの笑みが頭から抜けない

鏡は仕事をしながらも
ずっと考え続ける
そして非常に眠い…

『おあ…ッ!!』
ボーッとし過ぎて足を滑らす

『鏡さん!!』
『鏡が落ちた!』
慌てて皆が駆け寄る

『お、おい…大丈夫か!?』
『…だいじょばない。』
『どこ打った?』
『…全身。』
『意識あるな…痛む所は!』
『…心と脳味噌。』

徹が鏡のヘルメットを叩く

『問題無いよ、この人。そこの足場1階からちゃんと構えながら落ちただけだから。落ちたってより、足滑らせて無理矢理ジャンプして着地失敗(笑)。』
『鏡、安全帯付けろよ。』
『危ないなー…ボケボケしてると手元やらすぞ。』
『…。』

黙って起き上がり仕事に戻る

昼休憩は車で爆睡
1時になっても起きない
徹が起こす

『鏡さん、時間!』
『あ…ハイハイ…今行きます…。』
『相当ショックなんだね。親父に口で負けたの。』
『…今はそいつの話はどうでもいい…。』
『どうせ考えっ放しなんだろ。見てりゃ分かる!』
『ヘイヘイ、そうですヨ。』

No.290 10/05/22 18:22
㍊ ( wPNK )

3時の一服でも鏡は爆睡

『…どうもならんな。』
『せっかく土日で少しは休めたかと思ってたんすけどねぇ。』
『徹、何とかしてやれ。』
『何で俺さ。冗談じゃない。』

徹が珍しく拒否した

『何でって…鏡の事を一番知ってるのお前だし。』
『ウン、付き合い長いし。』
『つーか、お前に弱いし。』
『徹さんの言う事は聞くし。』
『そうだそうだ!』
『徹さん何とかしろー!』
『そうだそうだ!』

徹は苛っとして言い放つ
『知らないし。あんな馬鹿。さっ、仕事仕事。サワ、鏡起こしてやって。爆睡してるから。』

喧嘩をした訳でもなさそうだ…
皆は不思議そうな顔をしていた

鏡を起こしに行ったサワが聞く

『徹さんに何かした?』
『は?俺が?』
『いつもと違う感じだった。』
『さぁ…。考えても分からん!よく寝た。』
『マジ大丈夫すかぁ?』
『大丈夫すよ!』

鏡と徹は険悪な様子もなく
普通に仕事をこなしていった

No.291 10/05/22 19:13
㍊ ( wPNK )

会社へ戻り
車のエンジンをかける

今夜また唸されて呼ばれたら
起きてやれるだろうか…
やっぱチョットかなり俺…
疲れ抜けてないかもなぁ…

無意識にボーッとしていた

隣りに車を停めていた徹が
エンジンをかけた音すら
全く気付かなかった

『ボケてると人撥ねるぞ!』

窓を開けて徹が怒鳴る
鏡はハッと気付いて苦笑いをし
ドアを閉めた

鏡が先に車道に出て
徹が後ろを走る
帰る方向は同じだ

少しフラついてるように見える

ホントあいつって
バカ通り越して大バカだ!
自分の周りの人間
何も見えてないんだな
いつ気付くんだ?
いつまで抱えるんだ?
また俺から言わなきゃ
潰れるまで気付かないのか?
そうしたいなら
そうしても構わないけどね

しっかし…
寝ながら運転してるのかよ

つーか、前方赤だぞ…
…行くの?
ブレーキ早く踏めよ…
…信号赤だって…あか!
赤だよ…!おい…鏡!!
止まれよ!バカ…!!

『危ないって…!!』

凄まじいクラクションと
けたたましい急ブレーキの音…

No.292 10/05/22 19:49
㍊ ( wPNK )

『ほんっとに大バカだ!冷やっとさせるなよ!!』
徹はハンドルを殴った

間一髪で優先車が止まった

それでも
気付かないのか
普通に走り去る鏡の車

徹は即効
鏡の携帯にかけた

(あれ?携帯…徹だ…)
通話を押した途端
徹の怒鳴り声が響く

『死にたいのか!?それとも死ぬ気か!?何考えてんだアンタ!周りの迷惑も考えろよ!1人で限界な癖に悩んでヘタレな運転で周囲巻込んで死ぬくらいなら城君俺に預けて単独事故って逝っちまえボケ!!』

ブツッ!と切られた

『…何?何の事だよ…?』
突然の罵声に眉間にシワが寄る

クラクションを鳴らされ右を見ると
白い車の窓が開き
徹が親指を下に向け
思い切り睨み付けながら
追い越して行く

鏡の顔は唖然…
お陰で目だけは
既にしっかり覚めていた

No.293 10/05/22 23:21
㍊ ( wPNK )

家へ入ると同時に
城が部屋から飛び出してきた

パニック状態だった…
内容を聞いて
自分の愚かさを…
酷く…酷く痛感した

インターホンが鳴っても
城には絶対出なくていいからと
前から言い聞かせておいた

たまたま玄関を掃除していた時
それは鳴った

出はしなかったが
覗き穴から覗いてみたら
あの男が立っていたと言う
部屋までは知らない筈なのに…

城の話だと
次は隣りのインターホンを鳴らし
更にはその隣りへと
1件1件回っていたと言う

放置された掃除機
鍵の無い城の部屋のドアには
気休めなのか
ドアを開けられないようにと
椅子を立掛けた跡…

あの時
短腹さえ起こさなきゃ
簡単に防げた事なのに…

惨めな自分…

明日仕事行かないでと
懇願する城…
蛇みたいに執拗な野郎…

大体にして
祖父がどんなイメージかも
全く分からない…

心の準備など出来る訳が無い…
虐待された内容も
所詮聞いたのは一部分だけ…

全然大丈夫じゃない…
時間が無い…
どうしていいか分からない…

自信が…無い…

会社に電話して
明日欠勤する許可を得た

No.294 10/05/23 00:18
㍊ ( wPNK )

水曜日―

現場に鏡の姿は無い
今迄こんな事はなかったのに

皆が徹は知ってるだろうと
問詰める

苛々した様子で
俺はあいつの保護者じゃないと
怒り出す始末

鏡の携帯には
仲間達からの数件の着信

城は鏡が居る安心感から
いつも通りだった

鏡も携帯の電源を切り
いつも通り城の相手をする

ソファーで並んで座る城を見る

ガリガリだった少年は
だいぶ健康的に肉付き
太り難い体質を乗り越え
体重もやっと48キロにまで増えた

鏡みたいな体になるんだと
買ってもらった
筋トレグッズを使い

もう少し頑張れば
俺も鏡と同じ鳶職人として
働ける体になるでしょと
真剣な顔で言う

その言葉に勇気を貰い
また聞いてみる

『なぁ、城。警察介入した方が確実に法で守られるんだけどさ。法ってのは…破ったら罰を受ける仕組みで、奴らみたいなイカれたクソッタレには最適だと思うんだよな。やっぱり嫌か?』

考える様子も見せず答える

『俺、中学だよ。虐待されてる子なんだって見られるの恥ずかしいんだ…だから鏡がやってくれる約束だろ。ならあいつら要らない。呼んだら絶交。一生…鏡を嫌う!呼ばないで…。』

No.295 10/05/23 01:20
㍊ ( wPNK )

やっぱり駄目か
まぁ…無理も無いなと諦める

『話さなきゃならないんだろ…体の傷の事。鏡だから見せたんだ。仕事だからって処理するだけの人間なんかに助けて欲しくない…証拠だの何だのってこんな傷や話なんか保存されたくない!中途半端に残して欲しくないよ!鏡は俺が嫌だって言った事はしない…だから…。』
『うん。分かってる。前にも聞いたし。一応確認取っただけだ。俺がちゃんと片付けるって。任せろ。な?』

表情が和らぎ
また鏡の隣りで
筋トレグッズを持ち直す

甘え方を知らなくても
鏡の隣りに座って
何かをする事が
城なりに甘えている行動だった

任せろ…
目を見て言ってやれなかった…
重く重く伸し掛かる責任
もうドン底だ…
俺1人で耐えられるかな…

『鏡。鏡の部屋に布団敷いて寝てもいい?』
『どうぞどうぞ。甘えてんの(笑)?カーワイイ!』
『違う、バカ!1人じゃない方が嫌な夢見ないから。』
『なんなら一緒に寝ますぅ?』
『気持ち悪い。ホント、バカ!』
『…冗談なのに(泣)。徹に似てきたんじゃねぇの…。』

どいつもこいつも
すぐバカバカって…
徹…いたなそんな奴…

忘れてた

No.296 10/05/23 01:49
㍊ ( wPNK )

仕事が終わる時間を見計らい
電話する

徹って思い出しただけで
昨日の件から
城の親父に次いで腹立つ!
バカだのボケだの…
ナメてんのか俺を…!

『何か用なワケ?』
3回もかけ直してやっと出た…
しかも開口一番にそれかよ!
とことん腹立たしい!

『用なんかねぇわアホ!』
『は?!』
『は?!じゃねぇよ、今お前を思い出したら凄ぇ腹立ってよ!昨日の電話、何だありゃ!』
『…何だっけ。』
『忘れちゃってんの?もしかして!その程度の内容?単独事故って逝けボケとか言って!』
『…あぁ…今更その話?』
『そうじゃなかった気もするけどよ!…まぁ、その話だった…つぅかその話を思い出した。今更…確かに今更だよな。じゃあな。』

電話を切る
何だかスッキリした…気がする!

徹は溜息混じりで呟く

ホント…単細胞
先がやられる
そうじゃなかった気もするって言ってたって事は、少しは頼る気だったのか…
仕方無い…
許してやるか…

No.297 10/05/23 08:25
㍊ ( wPNK )

しまった…
喧嘩売る為に
電話したんじゃねぇのに…!

また1人後悔する

口達者なクソッタレ相手にするには
口達者な徹ならどうするのか
ちょっと聞こうと思ってたのに

あぁ 俺って
正真正銘のバカかも…
…ま、流れだ
話の流れに任せて
強引にねじ伏せてやりゃいい

考えるのも疲れた…
ハゲたら嫌だし(笑)

いくら徹に懐いたからって
実際に徹も介入するのは
城はどうなんだ…?

城の部屋を開ける
ノートを開いて
一生懸命勉強(多分)していた
手を置いて振り向く

『何?』
『お前さ、徹はどうなの。』
『どうって?』
『徹に俺が知ってるお前の全て知られるのは嫌か?』
『…。嫌。』
『だよな。』
『徹は嫌いじゃない。でも、嫌だ…鏡は父さんだから…たった1人の家族は鏡だけだから。』

その気持ちは有り難い
でもなぁ…
『徹だって最初の頃から見てきて、ずっと心配してる。顔合わす度お前の話振ってくるし。』

突然の癇癪
『助けてくれるって、鏡が言った。どうして警察や徹が出てくる!?分からないの!?嫌なんだ!俺は中学3年にもなる歳なんだ!ニュースは幼児虐待ばかりなのに!知られたくない!』

No.298 10/05/23 11:14
㍊ ( wPNK )

それは充分知ってるんだけど…
暗い表情で受け止め続ける

『他の奴に助けてもらえるなら言ってる!鏡がいなくても助けてもらった!できないから、頭の中で沢山言い合うから、できなくて鏡と一緒にいる!触られたくないんだ!聞かれたくない!!見られたくない!!きっ…汚いって、可哀相って、思われたくな…。』
『分かってるよ!!』

怒鳴り返す

『俺だってなぁ…っ。』

俺だって
完璧な人間じゃない…
言葉には責任持つよ…
けど八方塞がりなんだよ…

あの調子でのらりくらり
上手く言い逃げされたら
次に打つ手が無いんだ…

いつも考えてるよ
足りない脳味噌でよ…
お前が嫌がる事はしないし
また傷付くお前を見たくない…

こんな弱音見せられないけどな
正直疲れたよ…

俺だって…頼りたいよ…
誰かに…

『俺だって…頑張ってるつもり!もっと頑張ります(笑)!』

城の肩をポンと叩き
作った笑顔を向ける

『俺を信じろ…。』

一瞬うつむいて唇を噛み
部屋を出た

インターホンが鳴る
もしかして…あのクソッタレか!?
よくもまた執拗に…!

確認もせず玄関を開けた…

No.299 10/05/23 12:34
㍊ ( wPNK )

『…ビックリ。』

鏡を押し退け
大きなバッグをドサッと置く

頭にタオル
黒い防寒
グレーの作業着
シルバーでゴツめの愛用ネックレス

仕事を終えて荷物を揃え
すぐに向かってくれたのだろう

『飯、風呂、洗濯。この3点サービス付きで宿泊料は勿論タダね。日曜に話が成功した暁には寿司か焼肉奢り付き。安上がりだろ?』

徹だ…

鏡の胸をドンと軽く殴り
指を差す

『手伝って欲しいなら素直に言えばいいんだ。だからバカって言われる。もう【鏡さん】なんて、さん付けでなんか呼んでやらないからな。』

言葉が喉に引っ掛かって
出てこない…

徹は勝手に居間に行き
荷物をその辺に置いて
ソファーに座りタオルを外す

買ってきたビールを開けて呑み
呆然とする鏡に向かって

水臭い奴!
と鼻で笑いビールを差し出す…

鏡もそれを受け取り開けて呑む

『お前には敵わないな(笑)。』
『当たり前だろ、何年の付き合いだと思ってんの。未だにこういう状況で的確な判断を素直に取らないアンタのが理解に苦しむね。溜息しか出ない!』

…褒めなきゃ良かったと
深く反省しながら
鏡は笑っていた

No.300 10/05/23 19:03
㍊ ( wPNK )

城を呼んでも返事すらない
徹の声は聞こえていた筈だ

親父がここまで来た事や
たった今のやり取りを説明する

『この部屋だってバレなかっただけいいんじゃない。』
『まぁな。それにしても最近すぐ癇癪起こす。』
『甘いからだろ。』
『甘い?俺が?』

思ってもみなかった
でもそうかもと納得する

『爆弾触る様に恐る恐る接してばかりいても同じ事の繰り返しだ。』
『そんなつもり無いんだけど…ずっと見てきて、あいつの気持ちを分かり過ぎただけに引く所は確かにある。』

なるほどね
鏡の立場ならそうかも…

『そこはよく自分で理解してるんだ(笑)。憎まれ役も必要だろ?ちょっと挑発してみよう(笑)。演技。思わぬ収穫を得られたりして(笑)。』
『(どんな収穫だよ)…イキイキすんな、そんな所で。ったく…知らないぞ俺。』
『どうにかなったらいつも通り鏡がなだめてあげなよ。いくらでも何とか出来るし。呼び出してきて。部屋は駄目だ。ここで話そう。』

徹に知られるのを否定したって言ってしまったから
余計火付いたなこいつ…

鏡は仕方無さそうに
居間を出た

No.301 10/05/24 05:50
㍊ ( wPNK )

『城、話あるから居間に来い。徹来てるし。』

城は鏡を睨み付けた
結局は徹に頼ってたんだろと
軽蔑の目差しだ

『どうでもいい。徹には俺は用事は無い。』
『こっちはどうでもよくないの。立てホラ!』

床に座っていた城を
強引に引き上げる
軽いから楽勝だ

『やめろよ!分かったよ!』

鏡の腕を振り払い
ふてくされながら部屋から出る

徹がニッコリ微笑んだ

『突然ごめんね。』
『…。』
『更に突然だけど、元旦の晩に話した事覚えてる?』
『(元旦?何となく)…。』
『口無いの?』

鏡は徹の
容赦ない口を知ってるだけに
内心気が気じゃない

『少しでも覚えてるならハイ、覚えてないならイイエ。』
『…ハイ。』
『今日はね、俺が勝手に押し掛けて来たんだ。この人今迄プライベート優先して仕事放ること無かったから。』

昨日自分が仕事に行くなと
引き止めたのを思い出す

『昨日なんてね、足場から落ちるわ、休憩時間寝たまま起きて来ないわ、帰り赤なのに交差点突破するわ、明らかに変だったんだよね。いつも変だけど。』

俺の話なの?
余計な事バラすなよ
格好悪ぃ…
鏡はガックリうなだれた

No.302 10/05/24 08:34
㍊ ( wPNK )

徹は好きだけど…どこか苦手
言い返せない部分を突くから

鏡なら思ったり感じたこと
直にぶつけられる
ぶつけても受け止めてくれる
言い過ぎて後悔しても
すぐ優しく笑って許してくれる

こういう話をする時の徹は
…怖い…

要するに
俺が鏡に迷惑かけてるから
優しい鏡に代わって
叱りに来たんだろ

決して徹を見ずに
自然と話を聞き流す

『…だからさ。どう思う?』

(え…聞いてなかった…)
城は鏡を困った顔で見た

バンッ!!
『鏡の顔色は関係ない!話してるのは俺!』

テーブルを叩いて意識を戻す

驚いた顔で徹の手を見て固まる
どうしよう…怒らせた…?
少し額に滲む汗

鏡が口を開く

『あ~徹、あまり脅さないように。城、話聞けよちゃんと。』
『ヒトが真剣に話してるのに。』
『まぁまぁ、頭の中でまとめるのに時間かかるんだ(笑)。』
『目でアンタに縋り突いてか?』
『でもそんな大きい音で脅すこと無いだろ?』
『アンタのそこが甘チャンなんだ。』
『いや甘いかもしれないけど、脅すように仕向けるのは駄目だって。余計話せなくなる。』
『話すまで話す!』
『徹…ちょい強引過ぎ!』

No.303 10/05/24 12:44
㍊ ( wPNK )

鏡と徹の険悪な雰囲気
自分のせいかと動揺する

『強引とかじゃなくて。都合悪くなれば黙るなんてずるいだろ。意思が掴めない。そのくせ、我を通したい時は癇癪?話は話し合わなきゃ前に進まない。』

『そうだけど!好きで癇癪起こしてる訳じゃないだろうし、こいつなりに心で葛藤してコントロール出来なくなるだけで俺がさっき言いたかったのは…。』

徹が鏡の胸をまた一発

『そのくらい知ってる!アンタの気持ちだけを通してるとこの子はいつまで経っても佇んだまま自ら動かない。だから俺は来た!鏡は優しいから許してくれる、城は城なりに考えてるからもう少し待とう、それでいつになったら進行するワケ!?見てて苛々する!』

もう本気か演技か分からない
2人共ムキになる

『じゃあどうしろってんだよ!お前ならどうする!?ずっとずっと傍に居てみろよ!俺の脳味噌なんか俺にしか分からんだろうが!同じ立場に立ってみろよ!散々怒鳴られて殴られて怖い思いしてきた奴に上から圧かけりゃ良しか?そういうモンじゃねぇだろ!話すにもやり方がある!脅すようなやり方は気に食わねぇ!』

城はテーブルに肘を付き
両手で顔を覆って聞いていた…

No.304 10/05/24 15:01
㍊ ( wPNK )

『ああ、それは悪かったよ!そこまで汲んでやれなかった!大体にしてアンタだってもう手の施しようが無いクセに!家の奴らの事、ちゃんと聞いたか!?情報得たか!?やられた嫌な内容までハッキリ思い出せとは言わなくても、それなりの下調べしたかよ!厳しくしてでも追及して準備しろよ!彼の親父に下で初めて会って、どんな奴かも知らずに感情のまま衝突して惨敗!次は祖父だって加勢する…こんな半端でどう闘う!?』

鏡は青ざめた
城には内緒にしておいたのに!

『ちょっ、ちょっと待て…!そこはそれ以上…!』

城を見る
見る見る泣きそうな顔に…
『…アイツに会ったの?』

その言葉に
徹も一旦深呼吸し
気持ちを落ち着かせる
『…言ってなかったのか。』

ビールを呑み干し握り潰す鏡

城が気の無い声で聞く
『衝突して惨敗…?』
『…。』

徹が慌ててフォローする
『惨敗って言い方はないか。急な事で圧倒されたんだよ…。』
『…。』

城の不安がる空気が
痛いくらい伝わる…

任せろ、頑張る、信じろって
あの後散々良い事言ったのに…

『…城…ごめん…。』

合わす顔が無かった
空缶を思い切り壁に投げ付け
黙った…

No.305 10/05/24 16:37
㍊ ( wPNK )

城君をちょっと挑発して
状況を把握させて
動かすつもりが
まさか鏡が余計な所で
首突っ込んでくるなんて…
なだめなきゃならないのは
鏡かよ…

ちょっと酒も呑み過ぎた
本気で言い合ってしまった…

徹はかける言葉を探す
いつもの鏡なら
笑って上手くごまかすのに
何も言わない…

城が気まずい静寂を破る

『鏡が傷付いた。』

2人は城を見た
城の両手の拳が
テーブルを何度も打ち付ける

『鏡が傷付いた!鏡が傷付いた!鏡が傷付いた!』

同じ言葉を繰り返し
テーブルから離れる

あまりの剣幕に
徹は自分を責めた

『城君、俺が悪かった…鏡は一生懸命あの男から君を守ろうとはしてたんだよ…。』

『徹…俺よく分かった、鏡が傷付いた…俺がちゃんとしないから…俺が臆病だから…信じてないから…動こうとしないから…ごめんなさい…!』

『城、それは違う!』

鏡が城の傍に行くと
城が鏡に掴みかかった

『俺が鏡を苦しめてる!俺が我儘だから鏡は1人ぼっちだ!鏡は優しいから何も言わない!俺は何も知らないで鏡を苦しめてる!同じ血のあの男も鏡を傷付けた!』

そう叫び鏡を押し
自分の部屋に走って行った

No.306 10/05/24 18:55
㍊ ( wPNK )

腰に手を掛け
床に視線を落とす徹
『…知らなかった…のか。』

鏡も頭をかいて視線を落とした
『…怯えるのが目に見えてたからさ…俺がヘマした、しなかった以前に。言えなかった。』

沈黙…

すると
居間のドアを思い切り開け
城が入ってきた

『城…。』

鏡は衝撃を受けた
まるであの日と同じ…
寒風の中 裸で鏡を待ち続け
大好きな鏡に保護された日…

あの時と全く同じ
幼い子供の様に泣きじゃくり
大粒の涙を流しながら

立ち尽くす2人の前に
両膝を付いて

1冊のボロボロのノートを
2人に向けて置いた

両手を祈る様に頭より高く組み
2人に向けて哀願する…

『お願い…お願い…。』

No.307 10/05/24 19:30
㍊ ( wPNK )

鏡 お願い

俺を守ってください
俺を助けてください

ちゃんと伝えるから
勇気を出すから
絶対信じるから
1人ぼっちにならないで

優しい鏡を苦しめません
一生懸命な鏡を困らせません
大好きな鏡を傷付けません

だから勝って…
次は負けないで…
俺を置いていかないで


徹 お願い

鏡と守ってください
鏡を助けてください

他にどうしていいか
全然分からなくて
たくさん考えてみたけど
これしか浮かばなかったから

鏡と一緒に見ていいから
鏡と一緒に守ってください

鏡を1人ぼっちにしないで
鏡の傍にいて

逃げないで話し合うから
考えて動くから
少しでも柱になるから
俺を置いていかないで



鏡と徹 聞いて

次ジジィと男に負けたら
もう逃げ出せないよ

もしそうなったら
死んだ方が幸せなんだ

人間なのに
人間として生きられないなら
人間辞めたい


誓って!
鏡を手助けするんだろ!
俺を助けてくれるんだろ!

あいつらがもう
俺のことを忘れて離れてくれて
ここに居られたら
俺幸せなんだ

誓って…
お願い…

No.308 10/05/24 21:45
㍊ ( wPNK )

哀れな城の姿を目前に
徹は初めて実感する…

この子にとっての救世主
本当に俺と鏡だけなんだ…

虐待なんてよくある話
親を叩けば簡単に片付くさ

…正直その程度の思いで
この2人に関わり出した

でも実際は違う

体の傷は癒えても
心の傷は癒えない

きっと成功しても
この子は死ぬまで
この残酷な15年を
辛い【記憶】として
抱えて行かなければならない…

人間の心はコンピューターじゃない
削除なんか出来ない

未来ある子供に
人間を辞めるなんて言わせる

そんな
悲しくて恐ろしい思考を

これから夢を抱いて
歩いていく筈の子供に
深く植付けてしまった…

イカれた大人達…惨めな外道共!


…徹は片手を口に当てた
涙が込み上げるのを
必死に阻止する

城の気持ちや辛さを知らず
自分の勝手な思いで
刺激しようとした

鏡がどれだけ辛かったかを
今 痛感した…

鏡さん…心底尊敬するよ
俺…口が達者なだけで
賢い訳じゃないんだ

役に立つか分からない
アンタの負担が
少しでも軽減するなら…

ついて行くよ…

No.309 10/05/24 23:04
㍊ ( wPNK )

泣き止まない城
まだ手を組んだまま繰り返す

お願い…!
お願い…!

鏡は足元のノートには触れず
城の正面に座った

突き出された
小さな細い両手を握る

筋張った手の甲
働く男のごつくて長い指
喧嘩の傷跡だらけの
大きくて温かい手

その温もりに反応し
しゃくり上げながら
一生懸命泣き止む努力をする

『俺の目を見て。』

涙でよく見えない…
腕で拭い言う通りにする

鏡はそんな城を愛しく思い
微笑んで頷く

『うん…じゃ、目瞑って。』

よく分からないまま
言われた通り閉じる


たった今
神崎城の許可が下りました

梶谷徹を味方に付けて
俺、神崎鏡矢は
最後の宣誓をします

俺は今から1人じゃないから
もう迷いません
もう負けません

最後に失敗して
大切な1人息子を失う結果…
それだけは
絶対に有り得ません

神崎鏡矢と梶谷徹は
3人一緒に
笑顔でここに戻れること
2人一生
安心してここで暮らせること

その日が来るように
力を合わせて
神崎城を守り抜くことを

父・神崎鏡矢は誓います


『梶谷徹は誓います。』

No.310 10/05/25 14:19
㍊ ( wPNK )

城はゆっくり目を開けた

鏡と徹がいる
鏡と徹が宣誓した
鏡と徹なら
きっと自由にしてくれる!

我に返り
恥ずかしそうに涙を拭く
そう言えば前に鏡が
泣きベソ移ったって言ってた…

『俺は泣きベソな訳じゃない…あまり見るな!』

鏡は笑いながら言う
『誰も言ってねぇだろ(笑)!泣くのは悪いことじゃない。』

いつもの鏡
もう暗い顔はしていない

『明日仕事行っていいから。』
『分かった。ありがとう。』

徹も城の前に屈み顔を覗き込む
『ありがとう。』

黙って頷く…

鏡が手元のノートを取り
開こうとした

城はすかさず鏡の手を抑える

『今見たら駄目。俺が寝てから見て。』
『何で。ラブレターか(笑)?』
『誰がアンタなんかに!』

すぐ立ち上がって部屋へ消えた

『…徹、責任取れよ。口調が似てきた。お前に…。』
『いいんじゃないの。身が引き締まるだろ(笑)。』
『勘弁(笑)!』

ノートをテーブルに置いて
2人はまた呑み直しはじめた

No.311 10/05/26 09:57
㍊ ( wPNK )

鏡が風呂に入っている間に
徹はボロボロのノートを見た

城が布団を運び始める音で
閉じて戻す

『鏡の部屋で寝るの?』
『…夢見たらうるさいだろ。明日仕事でしょ。甘えてるワケじゃない!1人より安心するから…夢見ないだろうから。』
『気にしなくていいのに。』

布団を置いて
自分の部屋へ向かう途中
徹が呼び止める

『城君。』
『…何?』

ノートを指差す

『よく出来ました。本当賢いね。脱帽。鏡泣くよ(笑)。』
『見たの?今…。』
『パッとね。鏡に先に読ませるつもり。』
『それしか…浮かばなかったんだ。難しかった。凄く…でも徹が言うなら良かった。』

安心した顔で立ち去った

No.312 10/05/26 12:10
㍊ ( wPNK )

風呂から上がって
頭を拭きながらテーブルに付く

『城、寝た?』
『寝たよ。』
『そっ、気になって仕方無かったんだ。何書いたんだか。てっきり今まで勉強に使ってるんだと思ってた。見た?見た?』

頬杖を付いて鏡を見る
『見てない。』
『珍しいんじゃねぇの。』

ノートを開けると
隙間無く歪な文字が並べられ
1ページ1ページが真っ黒だ

『あいつ…!』

1冊のボロボロのノート…

下手くそな文字で
城独特の言葉使いそのまま…

途中で
書くのが苦痛になったのか
文字が文字でなくなったり
グチャグチャに書き消したり…

翌日それを書き直すのに
消しゴムで消した跡…

酷いページは
1度破って丸めたのを
また伸ばしてテープで繋げ…

どんな思いで
ノートを買いに行ったあの日から
今日まで書き綴けてきたのか
読まなくても一目瞭然だった…

『鏡。アンタが先に読むべきだと思った。』

鏡は最初の文章を
隣りの部屋の城が起きないよう
小さな声で読み始めた…

No.313 10/05/26 18:38
㍊ ( wPNK )

鏡へ。おれの話をします。おれが鏡にできることだと思います。鏡にだけ話します。とおるに言われたから、鏡を信じてないって。だから、信じてこれをあげます。鏡は他に言わないって約束しただろ。だから、鏡だけ読んでください。家のこと、されたこと、あいつらのこと、思ったこと、ここで全部話します…

…徹を見た

『いつの…間に…。』
『正月。城君に無神経って嫌われた後、いじけて酔っ払って寝ただろ?その時さ。思い出した?』

ヤラシー思い出させ方すんなよと
凹みながらノートに目を戻す

全ての記憶を掘り起こした
3歳からの人生…
あまりにも
普通と掛け離れた記憶力…

でもそれはきっと
日々普通と違う環境で
常に自分を思い存在を問い
常に周囲に対し気を磨ぎ澄まし
1人で歩んで来たから…
それを思うと…

ノートを閉じた

ノートを買うと言って
あの男と遭遇した日から
悪夢に唸され続けてきた

男のせいだけじゃなかった!

受け続けてきた虐待の記憶
家の情報
その時の辛い心…
再現された夢の中で
苦しみもがきながら
俺の為にあいつは…!

『徹…。』
『何さ。』

『早く…早く日曜に…ならねぇかな…。』

No.314 10/05/26 19:55
㍊ ( wPNK )

木曜日―

『鏡居ないと何か変だった。』
『居ても変だろ。本人が。』
『だからね、どうして俺ってそういう扱いなの?』
『変人は面白いから…痛!』

サワの頭を叩く
やっぱり仕事は嫌いじゃない
こいつらがいるから和む

『そうそう、会社帰ったら言われると思うけど、明日鏡さんと徹、2人で小さい現場やってもらうって言ってた。』
『ふーん。』
『ふーんって(笑)。アンタと2人なんて…会社戻ったらチェンジしてもらおう。』
『なっ、お前が言うなや!俺が先にチェンジかけてやる!サワ、お前とチェンジ。』
『えー嫌っす。』
『何なんだ、グルかお前ら!』

明日は徹と2人で小回りか
良い事聞いた

せっかくだからこれを機に…
あとは場所だな
遠いと良いんだけど…

何事も無く仕事も終わり
会社で確認すると
明日の現場は遠かった

徹も泊まってるし
会社のワゴンで今日は帰って
明日は真直ぐ現場行こう

『それ乗って帰るのかい。』
『ああ。明日朝楽だろ?』
『まぁね(笑)。ちょっと寄る所あるから行く。晩飯は食べるから置いておくように。』

微妙…男3人住み着く部屋

『華が欲しい…。』

No.315 10/05/26 20:56
㍊ ( wPNK )

帰ると暇していたのか
城が迎え出てきた
今朝は顔を見ずに出た

ノートの件を思い出し
思わずふざけてギューッとすると
痛い!何!?やめろよ!
変態!バカ!!
…と案の定キレられた

今日の俺は
変人変態扱いかと嘆き
着替えて晩飯の準備

ソファーであぐらをかいて座り
TVのチャンネルを何度も変える
面白い番組が無かったようだ

徹が持ってきた
音楽雑誌をパラパラと見る
きっと全く分かってない

手を動かしながら
鏡が話しかける

『掃除洗濯やったら暇だろ。』
『うん…仕事ないかな。』
『無い。明日徹と2人でド田舎の現場入る。来るか(笑)?』

前から鏡の仕事に
興味があったのは知っていた
だからきっと
目茶苦茶喜ぶだろうと
持ち掛けた

興奮した表情で鏡を見る

『行く!いいの?』
『まぁ、来ても俺ら仕事だし構ってやれないから…暇だぞ?ずっと車だし。』
『構わない。行く!』

いつか鏡と働くんだ
鏡みたいな強くて格好良い
筋肉付いた逞しい男に
鳶職人になるんだ
それが城の今の夢だった

反応だけで
喜んでるのが分かる
でも鏡は少しガッカリした

(やっぱり笑った顔は見れなかったか…)

No.316 10/05/27 12:37
㍊ ( wPNK )

晩飯は鏡曰く
鏡矢様特製スープカリー
徹も丁度帰ってきた

『何が特製なの?』
『具がゴロゴロ。』
『雑煮の時もゴロゴロだった。』
『特製ってのは具沢山て意味だからな(笑)!』
『そうなのか。』

徹が入って来る
『また適当に教える!城君、特別って意味。特別に作ったってこと。』

城は鏡を呆れた顔で見る
『全然違うじゃん。』

『俺的には今そういう意味で使ってるからいーんだ。な!』
『な!じゃないって。今まで2人でこんな感じでいたと思うと城君に同情する。社会に出てから恥晒しだな(笑)。』
『本当?それは嫌だ。もう分からないことは徹に聞く!』
『冗談だって。もー、神経質なんだから2人共!』

『何だって?バカ!』
『何だって?バカ!』

面白がって徹を真似る城
まるで徹が2人居るみたいだ

『へーへー。ごめんなさいね!特製がどうより美味いかどうかの感想はねぇの(笑)?』

『美味い。さすが。』
『美味い。さすが。』
『やめろって城!似ないで!もうこれ以上口達者な奴は要らん(笑)!』
『後で鏡を打ちのめすトークを伝授してあげるから(笑)。』
『うん、鏡を打ちのめす。』
『コラ!』

No.317 10/05/27 21:04
㍊ ( wPNK )

徹に明日城を連れて行くと話す

アンタはまた勝手に決める!
この寒い中
変に現場チョロチョロして怪我しても
知らないよと言い放つ

大人しくしてるし
邪魔しないからお願いと
城は必死

その2人の会話が
お前まるで城のオカンだと
腹を抱えて笑う鏡

徹が入って
城が居るだけで
こんなに毎日違うモンかと
またひとつ2人に感謝する

『片付けてくれてどーもな徹。じゃっ、俺、今日はもう寝るわ!』
『寝る?まだ8時だろ。具合悪いの?』

城が心配そうに見る

『いーや。たまに早く寝ないとお肌に悪いからさ(笑)。』
『肌より頭なんだよ、城君。』
『頭?それなら早く寝たほういい。』
『徹…覚えてろ!』
『俺は覚えててもそっちが忘れる。間違いない。おやすみ。』
『間違いない。おやすみ!』

チクショー!
いつもならふて寝だ、ふて寝!
でも今夜は違う

城のノートを読み始める…

読むの恐いんだよな…
でも俺の為に書いてくれたから
俺はきちんと受け止めなきゃ…

どんな家で
どんな祖父母に
何をされてきたんだか…

No.318 10/05/27 21:33
㍊ ( wPNK )

最初の記憶は父さんにやくびょう神って言われて、髪を引っ張ったりけられたりだった。泣いたらまたたたかれるのは知ってたからガマンしてたんだ。母さんは笑ってた気がします。おれの事嫌いなのは分かってた。夜トイレに行きたくなった時、父さんと母さんは離婚の話をしていました。母さんから言ってた。面倒だからあんた育ててって。面倒は意味が今もよくわかりません。父さんも実家置いてくって返事してた。そこもよく覚えてる。うれしかったから。


両親がどう言う理由で
どれだけ簡単に捨てたのか
表面的には分かった

犬の話の部分
犬扱いした発端
犬が嫌いな理由

ガキくさい親…
人格的に成長していない
未熟な親…

小さな城の前で
簡単に死にたいかだの殴るだの
何の躊躇もなく…

両親と離れられて
嬉しかった気持ち…
それなのに…

鏡は食い入るように
読み続けていく…

No.319 10/05/27 22:07
㍊ ( wPNK )

中学生になってもみんなと仲よくなる事できなかった。小学生の時、言葉が通じないとか頭おかしいとか赤ちゃんみたいって言われてたのがまだあって、こわかった。みんなとしゃべれなかった。だから暗いとかこわいとか言われた。話しても赤ちゃんみたいだって言われないように、いつも考えてからしゃべった。勉強も分からないし、体育は体がすぐ疲れて具合わるくなるからさぼったんだ。それなのに女子は話しかけてきて本当嫌いだ。学校さぼるのはジジィたちにばれないようにしないと帰ってからお仕置だってけったりなぐったりするから、気を付けてたんだ。ジジィは他人に分からない俺の体の部分を…


初めて会った城の話し方と
今自分の前での話し方や雰囲気
その違いの理由…

小学から浴びせられ続けた
祖母による言葉の暴力
精神面に与えるダメージの大きさ
今も引きずっている
計り知れない心理的な虐待…

祖父による暴行が
頻繁に始まった中学生時代…

祖父の意識は世間の目が全て
1人の少年より体裁
暴行内容の悍ましいこと
鬼畜とか非道とかじゃ
済まされない人格異常者!

自分に言い聞かせながら
時が経つのを待つ城…
糞ッタレ!

No.320 10/05/27 22:43
㍊ ( wPNK )

冬でも冷水でシャワー…
居間の隅が居場所…
空腹との戦い…

学校の教師の対応
虐待されてこうだということに
気付かないのは仕方無い
打ち明けた訳ではないから

ただ偏見による怠慢…
ろくな大人の居ない環境…

そして
初めての性的虐待

途中でグチャグチャと書き殴り
それでも書き綴けた城


寝室なんて呼ばれた事もないのに変だと思った。こっちへ来いってすごい顔で言うから、殺されるんだと思ってあきらめてそばに行ったんだ。ジジィは自分の横におれをひっぱって犬みたいなかっこうさせて、おれをはだかにして、はだかに、して、自分も脱いでおれにこすりつけて、きた。頭がまっ白でこわくて声出なくて、あいつはおれをかわいいって何回も言って、口に入れてきた!汚いってにげようとしたら、お前にもついてるだろうって、頭をつかんで、口に入れて、出して、出して、泣いてはいてるおれを見てまたかわいいって笑ってた、笑ってたんだ!あんなに苦しくて嫌だって言ったのに、ずっと笑って…

No.321 10/05/27 23:12
㍊ ( wPNK )

ダダンッ!!

鏡の部屋から
家中に響く大きな音

『鏡!どうしたの!』
城が叫び立ち上がる

『城君。行ったら駄目。』
『どうして。凄い音だ。壁殴ったんじゃないの。何かあったんだ!』
『…最近疲れてるんだ。夢で壁でも蹴ったんだよ。』
『今まで無い、そんな事。見てくる。』

徹を無視して向かう
瞬時に怒鳴る

『行くな!!』
『…。』
『寝かせてあげて。ね?』

目が座っている…
怖くて反発出来ず戻った

…鏡は口を抑え
声が洩れないようにしていた

文体でリアルに伝わる城の嘆き

鏡の車を見付けて駆け寄った時
我を忘れ
突然自動車が行き交う
大きな交差点に身を投げ
逃げ去った気持ちを理解した

家の奴がいたから…
そう言っていた
理性失うほど嫌いな家の奴…

一番触れられたく無かった
性の悪戯の状況

汚いとかシャワーとか…
点と点が繋がっていく

壁を殴った拳で
ベッドを殴りつける

涙が流れる…

もう充分
この後に熱湯が控えている
手錠も首輪の話もあるんだろ…

辛い…
でも読まなければ…

No.322 10/05/28 05:54
㍊ ( wPNK )

金曜日―

5時に城に起こされた
遠出のドライブ感覚で
興奮して飛び起きたんだろう

一服してから部屋を出る

徹も先に起こされていた
朝の苦手な彼は
座りながらまだ寝ている

何時に出るの?
どこ行くの?
おれは何持ってけばいい?

遠足じゃないんだからと
苦笑いする鏡

なんだか罪悪感…

外は寒いし
組んだ足場に
立たせるワケにもいかないし
殆ど車内待機なのに…

よし!コンビニで
菓子や雑誌買ってごまかそう!

2人、作業着に着替える
徹はまだ意識朦朧としていた

いつもの仕返しするなら
こいつを倒すなら
今がチャンスなのにとか思いながら
防寒を着る

城が早く行こうと急かす

自家用の鍵を探すが無い!
徹がワゴンの鍵を持って
とうとうボケた?と笑う…
チクショー!倒しておけば良かった

『城チャン、行くぞー!』

嬉しそうに部屋から飛び出す

今日はいつもと
違った雰囲気の現場になる

新鮮だ

No.323 10/05/28 12:33
㍊ ( wPNK )

徹の運転で出発
鏡は隣で足を組んで座る
城が後部席で身を乗り出して
2人の間から会話に加わる

コンビニに寄り
温かいコーヒーを買う

暇するだろうから
好きな本選んでこいと勧めると
初めて漫画を選んだ
勿論車の漫画

ジュースや菓子も買ってやる
控え目な城が珍しく
いつもより多めにカゴに入れた

1時間半以上かかる
離れた現場

田舎道に入ると
人が変わったように
爆走しだす徹

『出た出た!走り屋の血が騒ぎ出した(笑)。』
『アンタに言われたか無いね。1番酷かったくせに(笑)。』
『俺なんか今ちゃーんと安全運転だよ?なぁ、城!』
『うーん…。』
『悩むな!』
『変なのいると怒るだろ、前に凄いスピードで追いかけて降りてったことあるし。』
『城君、こんな大人になったら駄目だよ。こういうのを野蛮人て言うからさ。』
『徹!テメェはいつも…。』
『ヤバンジン?意味は何?』
『意味は【神崎鏡矢】。』
『鏡は野蛮人なのか!』
『お前、絶対いつか泣かす!』

また鼻で笑う徹

現場に着いて
責任者と打ち合わせる
頭を下げて去る

城は窓に張り付いて
鏡と徹の動きを見ていた…

No.324 10/05/28 18:52
㍊ ( wPNK )

いつもふざけ合ってる鏡も徹も
仕事だと全然違う

白い息を吐きながら
黙々と作業をこなしていく

お互いの動きを読んで
スムーズに組み立てていく

重そうな鉄の塊を
軽々しく担いで渡し組む

俺でも少しくらいは
持ち上げられるのかな…

触ってみたい!
降りてお願いしようかな
でもきっと徹が怒る…
さっき車から降りる時
勝手に降りてウロついたら
30分説教だって言ってたし
徹は冷たいようで優しいけど
怒らせるときっと鬼以上だ…

諦めて眺め続ける

自由になって
もっと体が丈夫になって
鏡が働いて良いって言ったら
すぐ役に立てるように
動きを覚えよう…!

10時に一旦休憩に入る

近くの自動販売機で
温かいコーヒーを買う

『来ても暇だろ(笑)?』
『暇だけど面白い。近くで見てみたい。』
『…だって、徹サン。』
『ダメダメ。俺達仕事しながら見てる余裕ないし。』
『…だって、城クン。』
『見てなくても大丈夫、中3だぞ!子供じゃない。危ないのは分かってる!』
『…だって、徹サン。』
『学校も行かないで中3だなんてよく言えるよ(笑)。考えが甘い!俺は甘くない。』

No.325 10/05/28 19:27
㍊ ( wPNK )

こいつにとって
今日は特別な日なのに…
本当に鬼だな(笑)
そこを突いちゃうのね(笑)

でも心配する気持ちは分かる…

徹の実家の近くの現場で
忘れた携帯を持ってきた妹
勝手に敷地に入って
兄貴を探してたら
上で作業してた奴が
たまたま手を滑らせて
その妹の上に工具を落とした

幸い大事には至らなかったけど
右腕に傷を残してしまった…

『城、徹は心配性なんだ。お前の事を愛してやまないから(笑)!オカン役だから(笑)!』
『…!』
『そうなの。分かった。ここからでも見えるしね。』

そしてまた2人作業に戻る

徹が母さん役か…
嫌だな…

菓子袋を開け
諦めて漫画を開いた

昼飯は少し離れた定食屋
城を見るなり
女の子みたいねーと
オバちゃんに言われ
本人は酷く凹んでた

午後も飽きもせず
組み上げられる足場を見ていた

『徹。上げてやろうぜ。』
『…まぁ、俺達しかいないしね。流石に可哀相か(笑)。』
『あいつ、俺と鳶やりたいんだって。夢なんだよ、今の。』
『じゃあ終わったらだな。サプライズだ。』

No.326 10/05/28 20:25
㍊ ( wPNK )

作業終了!
2人は片付け始めた

城は満足だった
ダボダボズボンのスーパーマンは
仕事でもスーパーマンのイメージ
そのままだった

ニヤニヤ笑いながら戻ってくる2人
窓を開け嬉しそうに声を掛けた

『終わったの?帰る?』
『終わった。城君、ちょっと降りて。あ、上着。』

訳が分からず上着を着る
城が降りようとする間に
徹が鞄から何か取り出す

寒いはずの空気が
何故か寒く感じず
むしろ気持ち良かった

『帰るんでしょ。』
『徹、ヘルメット貸してやれ。』
『あぁ…。』

城の頭にヘルメットを乗せる
徹はいつも通り
タオルを撒いたまま腰道具を外す

初めて被ったヘルメット
何だかグラグラブカブカで変な感じ

徹が黙って顎紐を合わせ
鏡を顎で指す

『鏡について行きな(笑)。』

鏡はいつの間にか車から離れ
笑顔で手招きしていた

…もしかして…!

知らず知らず早足で駆け寄る…

『いいの?』
『せっかくだからな(笑)!』

No.327 10/05/28 20:58
㍊ ( wPNK )

一仕事終えて暖まったのか
防寒を脱いだ鏡の後ろ姿…

肩幅があり逆三角形の広い背中
細身なのに
強靱な筋肉で固められた腕…

絶対鏡みたいになる!

慣れないヘルメットを押さえ
子鴨のように付いて歩く

足場まで行くと
お前先に行けと言って下がる鏡
足を滑らせて落ちないように
後ろから見守り一緒に上がる

普通の階段だろ?と笑うと
全然違うと答える

鏡と徹が2人で組んだんだ
1度上がってみたかった
鏡達が働く目線で
1度一緒に見てみたかった景色

徹は上らなかった
下で笑ってる

頭や肩を軽くぶつけながら
やっと最上階まで辿り着く

小さな現場で
そんな大きくも高くもない足場
自分の部屋のが
よっぽど高くて空に近いのに…

城は心から喜んだ

『凄い!何も無かったのに!重そうなのばっかりだったのに!1日かからないで出来上がったね!鏡、凄い!全然揺れないよ!鏡と徹だけで作って、俺は初めて上がった!凄い!凄い!』

あまりの興奮状態に
大した事ないサイズなんだけどと
内心照れながら
鏡の顔も綻びる

徹が下で2人を呼んだ
顔を出して鏡と城が見下ろす

カメラを構えた徹が
シャッターを押したのが分かった

No.328 10/05/28 22:40
㍊ ( wPNK )

徹も上がって来た

端からカメラを構えると
よせって、照れるだろ~
と言いながら
変なポーズをとる鏡
面白がって見ている城

カメラの写し方を教えてもらい
俺が撮ると交替した

鏡の変なポーズを真似て
徹も変なポーズをする

外側にぶら下がったり
掴まったり…
どっちがどれだけ
危険な構えができるかと
競い出す

撮れ!撮れ!と催促する2人
一生懸命カメラを構え直す城

どっちが子供か
分かったもんじゃない

鏡がもう寒い無理!と言うので
降りることにする

今度は鏡が先に降り城が後ろ
その後から徹

3人共
日曜の堅苦しく重い1日の事は
今全く頭に無かった…

この時間は
本当に心から楽しんだ
悩みなんか無かった
自由だった

帰りは会社に寄って
鏡の車に乗換え帰る

家の近所のラーメン屋で
晩飯を済ました

家に帰ると
徹が鏡の部屋に籠った

『鏡と徹と働きたい。』
『もっと食って力ついたらだな(笑)!弟子にして欲しけりゃ体作るんだ。』
『分かった。俺が1番弟子になる。約束して。』
『俺の1番弟子だな。約束。』

拳と拳を合わせて
2人だけの約束を交わした

No.329 10/05/29 08:32
㍊ ( wPNK )

徹は居間から流れる
2人のやり取りを聞きながら
鏡の部屋でノートを読んでいた

鏡と違って冷静な彼は
感情を剥き出しにする事も無く
ただひたすら読み耽る…

勿論 感情移入し難い彼でも
流石に心が痛む

性に関する虐待の部分は
どこも支離滅裂な文体…

暴行された後の自分の気持ち
痛かった 怖かった
そういう簡単な心理じゃない

生への希望 死の選択
己を励まし 己を呪い

結局は
自分を全て卑下し恥じ
人間であることすら
否定し続けている

話が上手くいったとしても
精神面での完全復旧は難しい
きっと…

子供らしい綴り方
大人びた綴り方

クラスの男子生徒への異常な怒り
教師への失望
先輩との亀裂
ユウナの悪意無き裏切り

鏡への想いや期待…
日中見た城のはしゃぎ方…

気になるのは
どんなに楽しんで喜んでも

笑顔が無い
1度も…

2時間かけてじっくり読み
ノートを閉じた

『鏡に見せてやれるかな。笑顔…俺も見たい。』

No.330 10/05/30 21:51
㍊ ( wPNK )

鏡の部屋から出る

『徹、先に風呂入る?』
『いや…城君、疲れただろ。先入って早く休みな。』

城が居間を出るのを見て
鏡の隣に溜息をついて座る

『酷いね。想像以上。』
『…だろ?』
『よく最後まで書いたよ。』
『毎晩の夢、納得だ。』
『ある程度の内容と家の人の雰囲気や環境を知りたくてカマかけたんだけど…完璧だ。』
『完璧?』
『決定的な証拠が残った。これ一冊あればかなり相手を押せる。彼の体の傷跡も充分な証拠になる。写真も撮っておいた方いいかも。それに…。』
『いや、徹、だからさ…俺としては…。』

慌てて徹の話を遮り
困った顔をする鏡
それをまた強い口調で遮る徹

『ちゃんと分かってる。介入させたくないのは。できる所までは粘る。でも相手もどう出るか分からない。最悪の場合は即機関を挟む以外に無い。失敗しても城君を渡す訳にいかない…あの怪物に。意地で城君を納得させるしかない。そこは俺がやる。覚悟しといて。』

頭を抱えて鏡は頷いた

『どう出るか…だよなぁ。あの時の余裕で馬鹿にした笑い方、怖えーよ…。』

『鏡!来て!』

突然風呂場から城の叫び声…
2人の会話を引き裂いた

No.331 10/05/31 08:19
㍊ ( wPNK )

『どうした!』

勢いよく立つと同時に
テーブルにスネを強打し悶絶する…

『早く!早く来て!』
『何やってんだか(笑)。俺見てきてやるよ…。』

急かす城と呆れ顔の徹
情けない事にすぐ立てない

『鏡、アホやって立てないから俺が来た(笑)。どうしたの?』

濡れて裸のままの城は
脱衣場にうずくまっていた
もう傷跡とはいえ酷い皮膚…
顔色ひとつ変えることなく
声を掛けた

徹を見てギョッとするが
もうかなり慣れたもので
仕方なく打ち明ける

『体洗う石鹸が無い…探してきて…。』
なんだ大袈裟なと思う

『鏡!ボディソープ無いって!』
『そこの棚にある!』
『無い!』
『あれ?じゃあ無い(笑)!』
『石鹸も?』
『無い(笑)。』

鏡が足を引きずりながら来る

『切らしたな。城、シャンプーか手洗い石鹸で洗え!同じ同じ!』
『嫌だ!!』
『仕方ねぇじゃん。無いもんはよー。ったく。』
『嫌だ!!いつものじゃないと落ちない!他のは駄目だ!』

うずくまったまま我を通す…

『城君、我儘。』
徹が口を挟むと城は立った

『ちゃんと、ノート読んでくれたの?徹!』

No.332 10/05/31 12:32
㍊ ( wPNK )

顔付きが
いつもの城じゃない…
鏡も驚いてただ聞いていた

『さっき読んだんだろ?俺の全て!徹が出した問題…俺のこと知りたがってると感じたから書いた。徹がこれでいいって言った。だから安心してた。なのに解ってくれないのはどうして?手洗い用は手洗い用、シャンプーは頭用。体洗っても落ちた気がしない。』

鏡を睨み付ける

『体用のじゃなきゃ嫌だって、落ちた気がしないって…一番汚れてるのは、体だからだよ!解らない?見ろよ、俺の体!』

両手を広げて徹に近づいた…

『よく見ろよ!俺がされたこと、全部見ろよ!見せてやるよ!ホラ!全部残ってるよ!?火傷も、痣も、切傷も擦傷も、手錠、首輪、他にも…犯された時に爪立てられた跡!こんな所にも!ここにも!』

『城…分かったから。もういいから。俺と徹が悪かった…。買ってくるからさ、今すぐ。』

鏡が徹の前に出て
置いてあったバスタオルを
城に羽織る

『自分でも我儘なのは分かってるんだ!でも、気の持ちようでも体用じゃないと安心出来ないんだ!理由はそれだけだよ!他は嫌だ!徹!読んだなら、解って!その為に徹にも見せたんだ!我儘って言わないで…!』

No.333 10/05/31 12:52
㍊ ( wPNK )

『1日の中で、風呂が一番大事なんだ!徹!お願い、我儘って言わないで!知ってて嫌だって言ってるんだ!だから俺、悪い子供で、嫌われて仕方ないかもしれない…あぁ、だから捨てられたのかもしれない…犬…人間は犬を捨てたり殺したりもするんだろ…動物だって命なのに、普通に生きてるのに、急に虐待されるんだろ…俺、人間か犬かわかんない…鏡、鏡…俺、我儘だ…シャンプーでいい…我慢するから…捨てないで…また、頭の中が色々揉め合う…徹、呆れないで…俺が悪いんだ…ごめん、ごめんなさい…。』

またしゃがんで
小さくなってしまった…

『俺が買ってくる…。』

徹はそれ以外何も言わず
【いつもの】ボディソープを
鏡に詳しく聞いて出て行った

『一旦拭いて、服着ろよ。風邪引くから…。』

鏡は落ち込んだ城を立たせて
居間へ連れて行った

No.334 10/05/31 19:07
㍊ ( wPNK )

城は鏡に背を向けて座った

『徹はそんなつもりで言ったんじゃないのに!』
『そうだな…。』
『これ以上言う必要無いって分かってるのに、心が言うこと聞かない!』
『それは徹も理解できてる…大丈夫。』
『さっきまであんなに楽しくて、ずっとこのままがいいって思ってたのに…自分で自分を駄目にしてる…自分が皆を駄目にしてる…鏡、心がおかしいんだ…。』

鏡は深呼吸して話し出す

『虐待は体だけじゃない。心への虐待もあるから。ノートを読んでよく分かったんだ。お前は家の奴にずっとずっと心も傷付けられてきたんだよ…心がおかしいんじゃなくて、心が傷だらけなんだ。俺と徹が、話し合いが終わってから…心の傷も治してやるから。な。癇癪起こしても、俺を嫌っても、俺は絶対見放さない。絶対。絶対だからな!』

小さな背を向けたまま頷いた

『徹が帰ってきたらどうしよう…。』
『抱き付いてゴメンナサイしてやれ(笑)。お前の顔に弱いみたいだから!』
『顔?よく分からない…徹、気にして帰って来ないかも…。』

今日は膝をバシッと叩いて笑う

『あいつが気にするタイプに見えるかよ(笑)!』

No.335 10/06/01 08:31
㍊ ( wPNK )

あまり気にしていなかった…

それより
そんなつもりのない言葉に
驚くくらい過剰反応する
受けた傷の重さを改めて認識

気を付けないと…
今のところ日曜は本人も来る気はあるみたいだし

今回の話の本人であり証人であり、そして生きた証拠だ

居てくれた方が助かる
下手に刺激しないようにしないといけないな…

ただ
感情の起伏の激しい彼を
困った顔をしながらも
上手く対応してやれる鏡
俺には無理だ
一緒にいる時間が違うのも
それはあるかもしれないけど

本当 よくやってるよ…

マンションに入ろうとする…
見覚えのある男
城の親父

また?
またって言うより
まだウロついてんのかこいつ!

明後日会うって話だろ?
待てないのか?

例え今城君が出てきたとして
捕まえて
連れ帰って何をしたいワケ?

危機感を感じての
証拠隠滅?口封じ?
気色悪い男だ…!

この前と違って私服だし
鏡と一緒に居た奴だとは
分からないだろう…

堂々と目の前を通り過ぎ
マンションに入ろうとすると

男は声を掛けてきた

No.336 10/06/01 12:35
㍊ ( wPNK )

『今晩は。』
『…。』

怪しまれないようになのか
それだけだった

徹は一旦無視するが
足を止め振り返る

『ここに立ってるの何度か見掛けたけど何かありました?』
『あ、いや、ちょっと知り合いが中にいまして。』

意味不明な嘘
顔や態度が意味なく腹立つ…

『そうですか。それならいいですけど。ただ、貴方の顔…家に回ってきた回覧板で不審者リストに掲載されてた気がして。立ってる背格好が写真とそっくりだし。似顔絵も何となく似てる。違うなら知り合いの人の部屋で待ってた方がいいんじゃないですかね。最近ここの町内変な奴多いし。こんな時間、こんな所で何度も立ってたら通報されますよ。困るでしょう?』

二度と来るなと言う気持ちで
少し大きな声で話す

男は少し驚いた顔で
笑顔を見せることも無い

『あっ…そうなんですか…いや、用事は終わったんです。すみません、親切に。』

ペコリと頭を下げて
そそくさと消えて行った

日曜 自分の顔見たら
どんな反応するのかが
楽しみだ…

鏡の部屋に戻ると
抱き付きはしなかったものの
城が遠巻きに謝ってきた

『俺こそごめん(笑)。ハイ、菓子付き。許してね。』

No.337 10/06/01 14:06
㍊ ( wPNK )

鏡に話すと怒り出した
大きい声出すなよ
城君に聞こえるだろと
一喝する

『でもよ、一件一件回って城捜してたのに、不審者リストって変だろ(笑)!』
『そこまで考えてなんかいないさ。勧誘か集金だと思って居留守使う家の方が多いんだし。』

鏡は腹立たしげに肴をバクバクと口に入れる

『明日の夜、俺降りてみるかな!んで、会ったら…!』
『止めろよ、頭回んないくせに。また会って引き渡せって逆に通報されたらどうすんの?一応アンタも犯罪者みたいな状態なんだから勘弁して。俺2人も一気に救えない。しかも次こそ手出しそうだし!大人なんだから大人しくしてろよ。』
『あ、そうですか、スンマセンね、ケッ!どうせ俺なんか!え~え~、失敗しましたからね!フン。』
『本当、手掛かる。真面目にやってよね!』

今一番日曜が恐怖なのは
間違いなく俺だな…

鏡への信頼はあるが
こういう態度が
余計な不安感を膨張させる
徹はテーブルに伏せた

『何もそこまで…ごめんて(笑)。真面目にやります。』

No.338 10/06/01 19:16
㍊ ( wPNK )

徹は頭を上げて鏡を睨む

『俺は神崎鏡矢の手助けに来ただけだ。進行は鏡、アンタだよ。あの男に、私、神崎鏡矢は貴方の息子をずっと連れ回してますって暴露してしまったんだ。こっちからふっかけた喧嘩だ。俺がメインになって話しても、アンタより遥かに短い時間でしか城君の事を知ることが出来なかったし、説得力に欠ける。城君をどうこうしましたよねとか、言えない。違う部分からしか攻められない。分かってんの?そこ。いつまでも甘えないでよね。』

ビールを置いて徹を見返す
さっきまでのふざけた顔は
すっかり消えていた

『…分かってる。本当に助かってるよ…この一週間、俺1人じゃ今頃どうなってたか。こんなんでも色々イメージトレーニングはしてる。知っておかなきゃならない所も調べてるし。俺なりのやり方で他にも準備はしてる。気はしっかりしてるつもりだ。徹、俺はこういう話し合い…仕事ほど器用にはできねぇけど、本番の間だけでもいい。信じてくれ。頼む。』

くっきりとした二重の目は
全く濁りが無い

徹の目元が笑う…

『俺、神崎鏡矢を尊敬してる。鏡が望むなら、鏡の為に、鏡の傍にあの子を置きたい。』

No.339 10/06/01 20:20
㍊ ( wPNK )

城が風呂から上がり
珍しく徹の隣りに座った
髪も濡れたまま
そして腕の匂いを嗅ぐ…

『今日は臭くない。でも起きたら明日また汚れる。今はいい匂い。小便臭くないでしょ俺。』

徹に腕を差し出す
嗅ぐ事なんか出来なかった…

『元々君は匂わないよ。本当悪い人間だよね。あいつらがそう思わせてしまったんだ。』
『嗅いで。』

両腕を徹に突き出す…
はぐらかすなよと
言わんばかりに…

『ちゃんと調べて!』
『城。』
鏡が低い声で呼ぶ

『何で嗅いでくれないの!』
『城。止めろ。』
『汚いって思ってるんだ!』
『城!』

鏡は城の方へ行き
徹から引き離した
また癇癪を引き起こす…

『鏡は言ったら嗅いでくれたぞ!徹は嗅いでくれない!何で!何で!何でだよ!』

半ベソ状態
鏡は城の口を手の平で塞いだ

『うるさいって、もう真夜中だぞ!城、徹は父さんじゃない、お客だ。失礼だろ!』

その言葉で
徹は諦め鏡にねだる…

『父さん、嗅いで…。』

差し出された手を握って嗅ぐ

『臭くないッ!凄ぇいい匂い!食っちゃいたいくらい(笑)!ゴチでした(笑)!』

城はおやすみなさいと
部屋へ入って行った

No.340 10/06/01 20:51
㍊ ( wPNK )

もう風呂入って寝るかと
徹を見ずに片付け始めた

きっと込み上げる物も
あるだろう…

『嗅いで…やれば良かった…のかな…。よくああなるの?』
『たまにな…。』
『対応出来ない…ごめん。』
『いいんだ。俺は慣れてるだけだって(笑)。』

片付けを手伝い始める徹に
いいから風呂入れと促す

『城君を引き取っても終わりは無い…メンタルケアに追われ続ける…一番心配だ。』
『だからって…もう嫌だって、拾っておいて見捨てられるかよ…城を奪うってことはそう言うことなんだよ…。ボスを倒しに行くってことは…無傷じゃいられないんだって…(笑)。』

作った笑顔の奥は
泣いている様にも見えた

『明日俺休みだ。2連休だった。仕事頑張れ。日中は用事あるから城君1人にしちゃうけど、昼飯と晩飯は作ってやる。』

徹は鏡の肩を軽く叩いて
風呂に入った

長い長い1日が終わった…

No.341 10/06/02 08:16
㍊ ( wPNK )

土曜日―

鏡が起きると
徹も寝ボケ顔で起きていた

『…城君の飯、俺が作ってやるからいいよ。』
『あ、ホント?助かる。』

洗面所で支度をし始める
城の部屋から窓を開ける音

少し気になって入ると
相変わらず寝癖の酷い頭で
ベッドに座り外を見ていた

『サブッ!早起きじゃん。』
『もう行くの。今日は早く帰ってくる?』
『着替えたらな。多分普通に帰れる。徹休みだから、言うこと聞けよ。』

悲しそうな顔で振り向く

『徹、嫌ってるよ、俺のこと。だって、困ることばかりしたから。早く帰ってきて。』

そう言うとまた外を見た
鏡も近づいて外を見る
スズメやカラスが飛び交う

『明日で自由になれるぞ(笑)。徹はお前が凹んで引くと、逆にどうしていいか分からなくなるんだ。オコチャマだから。いつも通り、俺と居る時みたいにしてみ。知れば知るほど面白い奴だから(笑)。』
『また心が変になるかも。』
『ぶつけても、今日は俺居ない。ちゃんと受け止めるさ。でもお前も、カッとならないで深呼吸してまず話聞け。徹は悪いこと言ってる訳じゃないから。』

頭にポンと手を乗せ部屋を出た

No.342 10/06/02 12:17
㍊ ( wPNK )

『誰がオコチャマだって?』

本人が洗面所で聞いていた
睨みながら突っ込む

『えっ?あ、俺(笑)!』
笑ってごまかし
さっさと着替えて出る

鏡が居なくなって
徹と城 2人の1日…
今度は徹が城の部屋へ…

『おはよう。城君。』
『…よぅ。』

窓の外を見ながら
小さい声で反応
徹は城のベッドに腰掛けた

『俺今日休みなんだけど、用事あるから出掛けるよ。』
『…俺が嫌なんだろ。』

さっきの鏡との話を
思い出して答える

『何で。嫌じゃないよ。嫌になる理由が無い。』
『嫌だから出るんだろ。』
『違う。用事があるから出掛けるって言ってる。』
『何時に帰る?』
『ちょっと分からないな、それは…。』

窓を閉めて徹を見た
顔が既に怒っている

『嫌なら嫌って言えよ!いいよ行って!俺が困らせるから嫌で出掛けるんだろ!』

思い込んだら話が通じない
突然の起爆
ホント正直…
どうしていいか分からない

まぁ、俺は鏡じゃないし
鏡みたいに優くなんて
出来ないしさ…

冷めきった目

『ホント、困る。その癇癪。』

No.343 10/06/02 19:57
㍊ ( wPNK )

城の顔色が変わった
徹は続ける…

『鏡みたいに上手く対応してあげられなくてごめん。俺、こんな言い方しか出来ないし。明日の為に、俺もやらなきゃならない事があるんだ。準備したい。こう言えば良かった。昨夜の事もあったのに気が利かないな。反省します。昼には帰ってくるようにするからさ。そんな事言わないで、待っててくれないかな(笑)。』

明日の為に…
自分の為だったのか…
城は自分を恥じる

『ごめんなさい。鏡にまず話聞けって言われてたのに…うん。分かった。』
『朝飯はちゃんと作るから、しっかり食べて体作りな。城君が入社したらビシバシ鍛えてやるから。』
『ビシバシは嫌だ…ちゃんと洗濯するから止めてよ。』

徹は笑顔を向けて
キッチンへ立つ

心のどこかで
まだ信用していない自分

ノートを見て自分を知って
気持ち悪がってない?
面白がってない?
本当に助けてくれるの?

徹はきっとそんな奴じゃない
徹をもっと知って安心しよう

いよいよ明日だから…
俺も行くんだから…

No.344 10/06/02 21:51
㍊ ( wPNK )

言った通り徹は昼には戻り
マンションの入口に車を停め
城を外へ連れ出した

勿論、あの男が居ないか
確認してからだ

徹は城の自分に対する警戒を
取り除いてやりたかった

そうしてやらないと
城が明日奴らを目前にし
蘇る恐怖に堪え続けるには
心の支えが鏡1人だと
非常に難しいだろうと感じたからだった

車が大好きな城…
人気の無い港の敷地で
運転席に座らせる

シートを調整し
シートベルトも万が一の為に
掛けさせた

ブレーキの踏み込み具合を
徹が直接見て確認して
シフトをPからDへ…

足離してみなと徹が言う
ゆっくりと動き出す車…
動いた!進んだ!と
興奮しながら
前方から目を逸らさない

アクセル踏め!と声を張り上げる
20…30…40…
スピードが上がる

顔を強張らせ
怖い怖いと慌てる城

ゆっくり踏めと言ったのに
力加減が分からず
ほぼ急制動

おわっ!と叫んで
瞬時に構えるが
ダッシュボードに膝を打つ

痛がる徹を構うことなく
また発進させ
スムーズに敷地を走り回る

先輩にも教えてもらったな…
意外と簡単だ
自由になったらまた
会いに行ってみよう…

No.345 10/06/03 04:24
㍊ ( wPNK )

運転の仕方ならヨウヘイに聞いた
実際動かすのは初めてだ
大満足な城

飽きるまで運転させてくれた

朝の一件で
徹が気を遣ってくれたのも
よく分かっていた

帰りは徹が好きそうな
洒落た喫茶店で
初めてパフェを食べる

帰りは見事な夕日

直射日光は駄目なんだと
サングラスを掛け
海沿いをひたすら走る

海に反射する夕日
窓を開けて波の音を聞く
感動したあの日を思い
ヨウヘイの話を持ち出す

悪気が無いのに
城の心を汲めずに失敗した
ヨウヘイに親近感を持つ徹

会いに行けばきっと喜ぶ
ノートの内容や話を聞くと
城君の事が気に入っていて
何とかしてやりたい一心で
城君の気持ちが理解出来ないまま失敗しただけだからと
真剣に相談に乗る

心を開けなかった自分
確かにそうだと納得し
背中にまた鷹を彫りたいと
鏡は反対しそうだと話す

徹もあまり良い顔はしない
でもやったモン勝ちだ
怒られたら説得してやるよと
簡単だと笑い出す

心に引っ掛かっていた事が
少しずつ解決されて行く

兄貴がいたらこんな感じ
落ち着いて頼れる人がいいな


城の理想の家族像に
徹も加わった

No.346 10/06/03 05:42
㍊ ( wPNK )

夕方6時
鏡はまだ帰って来ない

徹が晩飯を準備する間も
城は居間に座って
鏡と同じ接し方

玄関から物音がして
鏡が帰ってくる

城は目を丸くして
黒い、黒いと興奮した

染め直したの?と笑う徹
あんな奴に赤い頭の男とか言われたくねぇ!
とイキリ立つ

晩飯を食べ終え
やること済ませて10時前

晩酌を始める2人を前に
部屋から出てきた城が
暗い顔で話し出す…

『明日、お願い。俺を渡さないって結果になっても1人、置いてかないで…あそこに。死んじゃう…次は死んじゃうよ…。』

手の甲の根性焼きの跡を
押さえながら声を震わせる

奴らと共にする明日を
想像するだけでも
相当の恐怖なのが伝わる

こっち座れと
自分と徹の間に誘う

『明日、来れるか?お前の精神状態を優先したいから、無理矢理は連れて行くつもりはない。行く間際になって行けない、行きたくないって感じたら言えよ。嘘はつくな。そんな嘘は必要無いし、本番で迷惑掛かるだけだ。』
『…はい。』
『話の流れの中で、君に聞く事もあるかもしれない。その時は俺ら寄りの返答じゃなく、正直にありのままの事実を話すんだ。頼むよ。』
『…はい。』

No.347 10/06/03 09:12
㍊ ( wPNK )

城はまた震えていた

ギリギリになって姿を現す
父親の行動
薄気味悪い程に静寂な祖父

親子3世代に渡る
加害と被害の連鎖

鏡と徹は空いた時間で
何度もノートを読み直してきた

城は四六時中記憶の中でも
奴らに付きまとわれ
心で泣きながら歩んできた

『今日寝たら明日が来る…2人を信じていても怖いんだ…失敗してもいい…失敗しても置いて帰らないでね…。逃げられないんだ…鏡、徹、凄く体中が痛いんだ…。』

またボロボロと涙を零す

自分の手首…
手錠の跡を見てから
顔を覆い歯を食いしばる…
前屈みになって
小さく小さくなる…
呪文を唱えるように
泣きながら呟く…

熱湯は嫌だ熱湯は嫌だ
あんな奴に犯されたくない
気持ち悪い気持ち悪いよ
触らないで笑わないで
タバコを近づけないで
それならそれだったら
殴られる方がいい
犬でもいい餌のがいい
ご飯無くてもいいから
帰りたくない…
会いたくない…
あそこは家じゃない…
家族じゃない…
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…

しゃくりあげながらゴホゴホッと咽せ出し呼吸が乱れ始める…

徹が近くにあった袋を
鏡に渡した

No.348 10/06/03 10:10
㍊ ( wPNK )

…無理だな…
2人は顔を見合わせた
それならそれでいい
何とか出来る…

呼吸が落ち着いて
2人の空気を察知したのか
話し出す

『でも行くから…行って、どうして俺を普通と違う心と体にしたのか、直接聞くんだ…何がダメだったのか聞くんだ…あと、母さんのことも…知ってるかもしれない…1人で留守番も嫌だ。鏡と徹がいるから俺も行ける。直接全て聞いてやるんだ。どうして虐待なんかしてきたのって、どうして酷いことして笑えるのか、どうして鏡のが本当の父さんみたいなのか、全部、自分の目で、耳で、あいつらの顔見て、聞いてやるんだ!』

鏡は肩をグッと抱いた

『お前強いわ。』
『だね。俺なら行かない。』

『城。話の流れがどうなるかなんて皆、分からない。奴らが俺達にどういう措置を取るかも読めない。あの頭じゃあな。直接会って話して、その場で考えて返して行くしかないんだ。他に最善なやり方もあるかもしれない。ヘタレなコンビはヘタレなりに頑張るからな。』
『ヘタレはアンタだろ!一緒にしないでよ。』
『感染性の強いヘタレ菌だ!既に移ってる!』
『参るよ(笑)。』

城の目元が
笑っているように見えた

No.349 10/06/03 10:41
㍊ ( wPNK )

城が部屋に行った後
2人はまた喋りだす

『鏡。何か柵は見つけた?』

『無いッ(笑)!何も浮かばないし。イメトレしてても、段々腹立って気付いたらボコボコにしちゃってるワケよ。悪いな徹、明日フォローしてくれよ(笑)。』

『野蛮人どころかケダモノだな。フォローなんかしないよ、また察に連れて行かれりゃいい。』

『またって言うな(笑)。昔々の話です!お前こそどうだよ?』

『虐待の知識得るのに調べただけ。時間取れなかった(笑)。』

『ハッハッハ(笑)。』
『ハッハッハ(笑)。』

もう考えて悩んでも
どうにか出来る訳じゃねぇ
流れだ、流れ!

まぁね
城君をここに置く許可さえ
取れたらいい

いやいやでもさ
原因だけは聞いてみようぜ!
あの黒ずんだ脳味噌見てぇよ

見たって味噌汁すら作れない
あんな宇宙人

上手いッ(笑)!口達者vs口達者!笑ったらゴメン!

城君に謝るべきだね(笑)


さっきの城を見てたら
俺達は一体どれだけ
重い物を背負ったのかと
息苦しくなる
1人の少年の人生を託された
明日の数時間…

ふざけ合わずにはいられない

さぁ 今日は もう寝よう…

No.350 10/06/03 17:44
㍊ ( wPNK )

当日―

ここ最近で一番冷え込む1日
気分が重い…
快晴なのが救いだ

少し遅めに起きた鏡
朝の弱い徹は早起き

『そう言えばさ、相手今日だって分かってんのかな!?行ったはいいけど、居なかった、忘れてましたじゃ話にならねぇ。』

徹が何を今更という顔をする

『携帯番号のメモ貰ったんだろ?かけて確認取れよ。』
『いや、すぐ捨てたし。』
『そう。』

(ん?捨てた?)
徹は顔を上げる

『どこに!』
『貰ってその場で。』
『…呆れる!何かあったらどうしたワケ?本当、短腹!連絡出来ないじゃん。』
『…そうだよな(笑)!番号すらあいつの顔に見えてさ!まっ仕方ない(笑)!』

返す言葉も出ないよ…
どうして肝心な所抜けてんだ
ほら、段々不安が蘇る…
どうしてくれんだよ…

『最終確認していい?』
『どうぞ!』
『…大丈夫?本当に。』

あまりにも真面目な顔付きで
心配されてしまい悲しくなる

『何、大丈夫って。問題ないって(笑)。』
『あぁそう…。城君朝食べた。アンタだけだよ。』

No.351 10/06/03 19:40
㍊ ( wPNK )

城…あいつこそ大丈夫かよ

鏡は心配しながらも
あえて部屋から出てこない城をそっとしておいた

明るく振る舞っても
普段より口数少ない3人

トイレに出てきただけで
昼飯は要らないと
城は部屋へ引きこもる…

小腹空いて菓子でも食べに出てくるだろうと思っていたが
水すら飲みに出てこない

約束の時間まで
あと1時間半…

堅苦しい格好もどうかと
街中へ出る程度の服装で
2人は準備を済ませる

若造がと馬鹿にされない様に
徹は髪を上げて固め
アクセの数を減らしていた

菓子パンとジュースを持ち
2人は部屋をノックして入る…

後ろ姿を見るだけで
悲しくなる程無気力のまま
ベッドに横になっていた…

枕も布団も床に散乱
紙も数枚


『そろそろ用意しねぇと。』
鏡が声を掛ける

裏に何か書いた新聞のチラシ
徹が1枚拾って見る
無言で鏡に渡す…


【鏡】【徹】【鳶】

ただその3つのワードだけが
無造作に
何枚も何枚も書き込まれていた…

きっと安定剤代わりの
まじないと夢なんだろう…

No.352 10/06/03 20:15
㍊ ( wPNK )

『城…居るか?ここに。』
『具合悪いかい。』

2人がベッドに座ると
力無い腕で体を起こ
した

『…行くよ…聞くんだ…。』
『なら、何か腹に入れないとさ。ホラ食え。』

パンを開けて無理矢理渡す
モソモソと食べ始めた

幼い顔付き
成長しきれていない体

それでもあの日に比べたら
健康的で肉も付いた…

あいつらに見せてやる
どれだけ尋常じゃない扱いをしていたのか
本人をもって教えてやる

食べ終わったのを見計らって
鏡が落ち着いた声で
用意してこいと促すと洗面所へ向かった

『テンション下がる。やるせないよね、あの紙。』
『てか、お前が上がる事ねぇだろ!?』
『鳶、よっぽどなりたいんだな。あの子。』
『違う。鳥みたいに自由になりたいってこと。前に教えたから。鳶って鳥。』
『…なるほどね。』

城がいない間に布団を戻し
座って待つ

部屋に戻った城は
ベッドに座ったまま
自分に笑顔を向ける2人を見て
また涙を目に溜め
着替え始めた

もうこの2人の前で
傷を隠す事はない

着替え終わって
いつでも出れるよと言う

少し時間が早い…
徹がここ座ってと
自分達の間を指差す

No.353 10/06/03 21:02
㍊ ( wPNK )

鏡と徹は両側から
城の肩に片腕を乗せ
もう一方の手で
城の手首を優しく握った

大人の男2人分の重さが
城の肩に一気にのし掛かる

それは城にとって
いつも憧れていた
丈夫で強靭な体の重み
2人の強さと逞しさ

自分は犬だと嘆いた
嫌でも見える手首の傷跡

そこに伝わる温もりは
2人の大きな器と深い優しさ

城の腕がまた微かに震え出す

『俺からのメッセージ!』
ニヤッと笑って徹が語り出す

城君
今日まで良く耐えました
1人で抱え1人で走り
1人で今日
俺達と戦う事を決意した
君は本当に芯の強い男だな
俺には無い
君を知れて良かったと思う
認めてくれて
ありがとう

『お父様からのメッセージ!』
鏡がゆっくり語り出す

城君
今日までよく耐えました
俺の名を呼び続け
素の自分をさらけ出し
辛い日々を打明けてくれて
愛しくて仕方ない
離したくない
お前は俺の宝
信じてくれて
ありがとう

『俺のパクリじゃん(笑)!』
『ちょっとだけだろ(笑)!』

照れて笑い合う2人を見れず
うつむいたまま震え続ける城

…生きてて、良かった…!

『行くか!(笑)』

いざ、出陣!―

No.354 10/06/03 21:53
㍊ ( wPNK )

鏡の車で向かう

城は相変わらず
まるっきり一言も話さない

久々に見る
家が…見えてきた
徹が後ろを振り向く

『一応、念押しとく。相手からも俺達からも何か質問されたら、ありのまま話すこと。あと、相手を見て感情高ぶっても決して取り乱さないこと。無理でも努力して。後は…具合悪くなったら言う。車で鍵かけて休ませるから。あいつらに預けたら何を理由に拉致するか分かったもんじゃないからさ。』
『…はい。』

鏡は黙って車を停める
駐車スペースには2台の自家用車

『居るみたいだな。』
『でなきゃ困るさ。門前払いなんて。』

徹がノートを挟めて隠したファイルを持ちながら降りる

鏡は城の過呼吸の発作を
気にかけていた

ポケットに畳んで入れておけと
紙袋を渡す

城も車から降り
2人の後を付いて行く…

2度と入りたくない家
2度と会いたくない人達
特にジジィ…

鏡が玄関チャイムを鳴らした

ガチャガチャッと
内側から鍵を開ける音…

最初に顔を出したのは…
父親だった…

No.355 10/06/03 22:25
㍊ ( wPNK )

『あ、今晩は。この前はどうも…。』

鏡が最初に声をかけ
続いて徹が頭を下げて入る

『いやぁ、ご足労すみません。わざわざ。お待ちしていましたよ。』

父親は爽やかな笑顔で2人を
迎え入れた

城は父親を見て
足がすくんで入って来ない…

徹がさり気なく引き入れる

鏡と徹にスリッパを出す父親
城も最後に上がる…

城の額の汗を見ながら笑う…

『不出来な息子が長い間お世話になりましたね。食費等もかかったでしょう。あ、そこの部屋ですよ。』

2人に
居間の場所を指差し教える

後ろで
父親は城の後頭部を
バシッと思い切り叩いたのを
居間に入る間際の鏡は見逃さなかった

勢いで壁に肩からぶつかり
頭を抑えて座り込む…
声は少しも上げない…

腕を掴んで立たせる男
頭をガードして怯える城…

あ…あんにゃろう…!!

何してんだよ!?
と突っ込みたかったが
まだ駄目だ…
抑えろ自分…
城…悪ぃ…
深呼吸して抑制する

畜生!俺らが居るのに…!

知っててやってんのかよ!
城、こっち来い!

背中をドンと押され
よろめきながら
城も居間へ入る…

No.356 10/06/03 23:02
㍊ ( wPNK )

綺麗に片付けられた部屋
バランス良く家具が配置され
庭が一望できる大きな窓

12年間耐えて過ごした家…
そんな過激な虐待が行われていたなんて 全く想像付かない

TVの傍の絨毯が
少し薄れて変色しているのが
気になった

『どうぞかけて下さいよ。今、呼んできます。』

男が部屋を出た瞬間
鏡は城を小声で呼ぶ

『ここ座れ!安全だから!あの糞ッタレ…大丈夫か。』
『ワザとだろうか…。』

徹も気付いていたらしい
城は泣きそうな顔で首を振り

TVの近くの硬い床に座った
丁度鏡の右後ろだ

『何でそんなとこ。こっち来いって。』
『…ここが俺の場所だから…ここ以外は怒られるから…いい…。』

あぁノートにも書いてあった…
だから絨毯が…

そんな所じゃ顔見えねぇよ…

『鏡。挑発に乗らないでね。あいつ絶対ワザとだ。』
『…わかってる。』

暫く待つと奥から
城の祖父母が現れた…

城が小さな悲鳴を上げたのは
しっかり聞こえていた…

No.357 10/06/04 17:49
㍊ ( wPNK )

『どうも初めまして、城の祖父のイワオです。』
『祖母のミツエでございます。』

初めて見る悪魔…

祖父は読んだ通り
背は鏡より低いが
肩幅があり格闘技向きな体格
短く刈った白髪
眉間のシワが濃く厳格な顔付き
息子と似ているといえば
似ている…

確かに見た目からして
城が抵抗して
勝てる相手では無い

こいつが城を…
こんな奴が城を…!
込み上げる大きな怒り…
ヘドが出そうだ…

祖母は1度見た時と変わらない
その笑顔からは
とても鋭利なナイフを持つ
50代の女性とは思えない
柔らかい雰囲気…

彼女は茶の用意をしに移動

鏡達が挨拶をする間も無く
満面の笑みで話を続けた

『何だかウチの孫が長期に渡って家出をしてしまい…保護して頂いてたとかで(笑)。ご迷惑お掛けしましたね。あ、ちょっと待って下さい。』

立っている鏡の脇を通り
城の傍へ…

鏡と徹は息を飲んで
振り返った

壁に寄って膝を抱えて座り
自分の方へ歩いてくる祖父を
今まで見たことの無いくらい
酷く怯えた目で見上げていた

祖父は屈んで
頬を叩こうと手を上げると
城は瞬時に顔と頭を守る…
お構い無しに左側から
バシン!と一発…

No.358 10/06/04 18:16
㍊ ( wPNK )

『人様に迷惑掛けるなと何度教えたら分かるんだ!馬鹿者!』
『ゴメンナサイ…!』

頭を覆ったまま小さくなる

鏡が出て
祖父の肩に手を掛ける

『ちょ、ちょっと!やり過ぎでしょう!』
『いいんです、このくらい。身に染みていい加減分かるでしょう。そうだな、城!』
『ハイ…ゴメンナサイ…!』

顔を上げない城

信じられねぇ…
まさかいきなりこう来るか…

鏡はまたグッと堪えた
低い低いトーン…

『…迷惑だったかそうでなかったかは、これから話しますから…。始めましょう…色々聞きたい事もありますから…。』

祖父がソファーへ戻る

スーツ姿の父親は
腕を組んで見ている
祖母も席に付く

徹は…
ずっと祖父を睨んでいた

鏡の右手に大きなTV
そのTVの前…
鏡の少し右後ろの床に城
左手に徹

鏡の正面に父親
真ん中に祖父
徹の正面には祖母…

あれ、貴方はもしかしてと
父親が徹をジッと見た
ええ、そういう事ですと
微笑を浮かべた徹

父親はなるほどと鼻で笑った

No.359 10/06/04 19:06
㍊ ( wPNK )

―ゴングが鳴った

あんなに気が張っていたのに
不思議と緊張感は無い
俺から始めようと思って
口を開こうとすると
男が勝手に進行を始めた

『さて、始めましょう。お2人共、1度面識ありますよね。早く息子を見付けてやりたいあまり、不審な行動、失礼しました。改めて、父親のシンジです。よろしく。』

名前なんか聞きたくもねぇ…
俺らも続ける

『神崎鏡矢です。よろしくお願いします。』

『梶谷徹です。』

『えー、城を世話して頂いた事には感謝してます。警察にも届けは出していたんですが。たまたま1度見つかったきり、中々ね…(笑)。』

俺達が
虐待してると疑っているのは
間違い無く知っている
ヘラヘラして恩着せがましい挨拶
腹立たしい男だ…
だけどまずは
下手に出て様子を見よう
話は勝手に進むだろうし

『いえ…そこまで親御さんに心配かけさせたのはこっちの責任ですから。本人の意志で帰してやれなかったとは言え、せめて電話番号くらい聞いて、そちらに連絡のひとつでも入れなければならない立場でした。そこは申し訳無く思ってます。』

一応2人で頭を下げた

ジジィは腕を組み
目を閉じて黙って聞いていた

No.360 10/06/04 19:43
㍊ ( wPNK )

『本人の意志…ですか。何を言ったか分かりませんが、話があると言うことで呼びましたからね。聞きましょう。』

城を睨んだのが分かった

徹が突然激しく咳込みだす
お前が大丈夫かよ…

『そうですねー。保護したと言いますか。その理由と言うのが、今回、あまりにも体が酷い状態だったんで。しかも真冬に上半身裸。傷は勿論ご存知ですよね?病院も家も嫌だと拒絶するので、他に行き場も無く家で手当てしたんですよ。』

この前会った時
喧嘩の跡って言った
知らないなんて言わせねぇ
本人の前で言ってみろ!

『喧嘩の跡ですか(笑)。家出しては作ってくる…何度も同じ繰り返しで!ろくな仲間とつるまない。だから出さない様にしてるんですが、言うこと聞かなくて。困ってますよ。手の掛かる子です。』

堂々と返してきやがった!
右後ろから苛々した様子で
絨毯でも弄っているのか
落ち着かない音…
男の視線もそっちへ流れる

俺を信じているからだろう
きっと癇癪起こしたいのを
我慢している…

徹が口を開いた

No.361 10/06/04 20:37
㍊ ( wPNK )

『背中に火傷痕あるよね?』

『…えぇ、知ってます。』

『知ってるんだ(笑)。喧嘩であそこまでの火傷ってどんな喧嘩?あの火傷痕見たなら、嫌がろうと病院連れて行くよね?親でなくても、身内なら。』

ジジィを真っ直ぐみる徹
相変わらず目を開けない

『放置しててもいつか良くなる、喧嘩だから仕方ないってレベルじゃなかった。家出して何度も連れ戻してるんだったら気付いてるよね。今、神崎が【今回】って言ったのは、俺達が城君を保護したのは1度じゃないから。初めて会った時にこっちで火傷や傷の手当てをして、また暫くしてから何の手当てをした跡も無く、同じ所に傷負っていた。身内なのにあんな怪我、見過ごすの?単なる喧嘩の跡だから?火を使う喧嘩、どんなのか見てみたいけどね!』

相手の揚げ足を取るのは得意
しかもタメ口マシンガン
男の顔が変わった
話は聞いていても
詳しいジジィの虐待内容は
多分こいつは知らない…

俺もすかさず城を見る

『城、その傷跡、喧嘩でやられた傷なのかい。』
『違う!』

我慢してたのを
ぶち負ける様に言い放つ

『本人、ハッキリこう言ってますけどね…。』

No.362 10/06/04 21:24
㍊ ( wPNK )

>> 361 『火とは限らないです…熱湯かもしれない。』

来た!と嬉しそうに
突っ込みを入れる徹

『熱湯?さあ喧嘩だって、ワザワザお湯沸かすの?鏡、昔ヤンチャだったんだろ。喧嘩最中にヤカンやポットのお湯かけ合う(笑)?』

『ポット(笑)?俺ならしないなー。自分にかかったら熱い!嫌だ!用意してる間にヤられちまうだろ!』

ついいつもの自分達に戻る
相手3人は誰も何も言わない
話を戻さないと(笑)

『まぁ、火か熱湯かはいいとして。喧嘩ですじゃ納得出来ない程の酷い傷だって事ですよ。本人も否定してますしね。』

男は城を睨みつけた

『…本人ね。神崎さんでしたっけ。前に、15歳なのに小学生みたいな…って城の事、言ってたでしょう。親でないと分からないと思いますが、知遅れ(知恵遅れ)でしてね。一緒に居たならお分かりですかね。話しても会話にならず、すぐ黙ったり、キレたり。常識的な事も教えても覚えられない。だから小学校では結構苛めにあっていたらしくて。夢見がちで被害妄想も激しい。そんな子の話に真実味なんてありませんよ。』

今度は知恵遅れと来た
あくまで虐待を認めず
言い逃れし続ける気か…

No.363 10/06/04 22:21
㍊ ( wPNK )

城に今の話の深い意味は
理解出来ていないはず…
知遅れや妄想の意味が
まず分からないだろう

『じゃあ彼の言う言葉は信じる必要が無いと?』

『全てとは言いませんがアテにはなりませんね。悪いから叱る。厳しくしないと聞かないからお仕置きとして叩く。要するに、叩かれなきゃ覚えない子です。躾ってのはその家庭によって違う訳ですよ。子供を持たないと解りませんよね(笑)? それが嫌だって勝手に家出して徘徊して、学校も行かずに迷惑かけて。貴方達に保護してもらったって…そこで何を話したかは知りませんが。自意識過剰。被害妄想もいい所です。誰が信じると?喧嘩で負けた腹癒せが、こうやって私達に向けられようと、親だから受け止めますがね!』

子供の育て方云々は
言える立場じゃない…
城が虐待だと騒いだとしても
精神病の子だからで
片付けるつもりか

『そうですか…もしも彼の口から真実を公の場で語られたら…同じ事を言えますかね?』

『真実(笑)?それ自体が意味不明ですよ。城から真実が語られる事は無い。頭弱いんですよ。病気(笑)。』

城が後ろで呟いた
俺、病気…
…我慢…できねぇ…!

No.364 10/06/05 22:16
㍊ ( wPNK )

でも我慢しなければ…
城でさえ耐えてる…

『あのね、シンジさん。息子さん目の前にして、知遅れだの自意識過剰だの、被害妄想、頭弱い、病気だって簡単に言いますけどね。まるで聞いていて、言葉の暴力にしか思えませんわ。俺は長いような短いような期間、城君を見てきましたけど。素直で賢い優しい子という印象しか持ちませんでしたよ。ですから非常に不快ですね。実の親でしょう!そちらの環境に問題あるから、そうとしか捉えられなかったのでは?』

『環境?育て方の事ですかね。それはさっき言ったように、人の家庭それぞれの躾け方の違いですよ。そこは他人に口出されたくないですね(笑)。』

『いや、さっきから、躾、躾って…傍に居なかったでしょう!12年くらい!』

男は口を噤んだ

『その位の家庭環境は聞いてます…両親はいない、祖父母の元にいる、最近になって貴方が現れたってね。躾を語れる程、父親としての役割果たしてやれました?久々に現れて、父親と認識させてやる間も与えず、叩いて暴言吐いて。精神病扱い?貴方の言葉のが真実味薄いですね。子供を持たないと解らない?親だから受け止める?口だけ格好つけないで下さいよ!』

No.365 10/06/05 23:04
㍊ ( wPNK )

父親の役割とか…
まるで自分に言っている様だ

『父さんじゃねぇよ、そいつ…俺は知らない。』

城らしからぬ口調
男の目が吊り上がる
素顔を見せ始めた

『あ?黙ってろ、お前は!神崎さん、お子さんお持ちで?既婚?』

『俺の身の上は今この場では関係無いです。』

苛々した様子で
タバコを取り出し吸い始める
城がタバコを怖がるのを知って
これもワザとだろう…
城の方を向いて
笑みを浮かべやがった

ゴホッゴホゴホッとまた
徹がむせ返る

『気管支弱くて煙ダメだから消してくれる?キツい!客居るなら一言ことわってから吸うのが【常識】なんじゃないの。』

よくやった!
一番離れた場所のクセに(笑)
男はムッとしながらも
仕方なく消す

少々俺らが優勢か…
祖母が口を開いた

『息子がいない間は私達が見てましたけど。城はやっぱり何と言うか、幼い頃から普通じゃなかったんです。全く表情が無いですし。可愛げが無いというのかしら。』

No.366 10/06/06 12:47
㍊ ( wPNK )

『幼い頃から普通じゃない…ねぇ。どんな感じか詳しく知りたいです。』

『シンジも離婚する事になって…何せ淫乱な母親だったものですから。城を連れて3歳の時にここに来ましてねぇ。私達が預かる事になったんですけど、挙動がちょっと。顔色は伺うし、ニコリともしないしねぇ。悪い事したら叱りますでしょ?極端におどおどして、よく分からない言葉を口ずさむんです。気持ち悪いと言うか…あの母親ですから、そもそもシンジの子かどうかも…。可愛がるのは難しいわね。それでも周囲の目もありますし。私達なりに育てましたの。それがこんな…確かに失敗したかもしれませんわね(笑)。』

笑うのかそこで…
あくまで息子に否は無いと?
城は母親を知りたがってもいるのに…今そう話すのか

『…それは息子さん夫婦の養育の仕方、責任の問題でしょう?3歳の幼児が離婚とか環境が変わった理由、理解出来ると思います?それで両親現れないなら、置いていかれた以外に受け止めようがないじゃないですか。様子がおかしいなら息子さんに連絡取って何故こうなったのかと、ちゃんと聞けば良かった。』

『連絡がつかなくて…。』

『単なる育児放棄ですよ。』

No.367 10/06/06 14:33
㍊ ( wPNK )

今度は俺が鼻で笑い
挑発してみる
男の目と合う
俺も逸らさない
男は冷酷な目付きで
ガン飛ばしながら答える

『育児放棄って(笑)。お宅にこっちの事情の何を知ってそんなこと!』

『母さんは?どこだ!』

城がもう待てないという口調で聞き返す…
今の祖母の話もよく理解していなかったようだ
男はニッコリ笑顔を向けた

『何、気になるのか。連絡は今でもたまに取り合ってるよ。会いたいのか?』

返事は聞こえなかったが
頷いたんだろう

『お前の母さんは今、子供2人育ててる。1度見たけど、可愛くて綺麗な綺麗な男の子と女の子だったなぁ。幸せそうだったけど?それでも、会いたいか?電話してやるよ、今すぐにでもよ!種違いでも一応お兄ちゃんだからな(笑)!』

上手く息が…出来ない…
その言い方
その顔…
完全に面白がっている

城の…
ふぇっと言う
小さな小さな泣き声が…
そして鼻をすする音…
俺、限界

『まぁ、アレだよね。』

徹が俺の気持ちを読んだかのように突っ込む

『こんな息子に育ったの、よく納得出来た(笑)。』

No.368 10/06/06 18:47
㍊ ( wPNK )

『周囲の目を気にして仕方なく育てたって?育てられる方のがイイ迷惑。そんな恩着せがましく…可哀相、城君。あまり深い事聞くのもなんだけど、シンジさんの子じゃないって確証あっての育て方?DNA検査した?本当の貴女の息子の子だったら?今のその言葉にどう責任取る?そもそも、誰がそんな事言ったの?』

チラッと息子を見たのを
見逃さない徹

『俺達と同じ位の歳だよね。10代で出来た子なんでしょ?まだ遊びたかったんじゃないの?自分の子じゃないかもしれないとかって親に話したの?籍入れざるを得なくて、簡単に離婚出来るよう仕向けたとか!それを間に受けて信じたとか?だとしたら、とんだ自己中と親バカって思う。』

『失礼にも程がある!』

男は声を荒げた

『…もしかして図星?勝手な作り話だけど(笑)。』

おいおい、徹…
その勢い…キレてんな
相手怒らせてどうすんだ…
仕方ない
勢いに便乗して行くか

『失礼かどうかの判断、出来るじゃないですか(笑)。城君に対しては鈍るようですがね!城、泣くな。話作ったり、確認しないで信じたり…お前の母さんの話もアテにならないぞ!』

『…何を仰るの、貴方達!』

No.369 10/06/06 22:16
㍊ ( wPNK )

一時的に場が騒然となる

冷静に答えてるつもりでも
自然と刺を持ってしまう
俺と徹…

自分達の家庭問題だと
あくまで悪行を否定し
城を精神異常扱いする
祖母と男…

相手を怒らせると
逆効果なのは理解している…

この場で
俺達の前でも
堂々と城をイタぶる男が
どうしても許せない…
徹も同じに違いない

それに
まだ偉そうに腕を組んで
眉間に深いシワ寄せて
目を閉じ動かないジジィ
本気で寝てるのか
座ったまま死んでるのか
存在自体が苛つく…

息子に任せっ放し!
いい加減にしろやと思う…

まずは
虐待行為を認めさせないと
引き取る話なんか
切り出せない

突けば言い訳して逃れる

徹が俺にノートをチラつかせた
俺も目で頷く

何よりもジジィ
お前が出てこいや!
話し掛けても無視しやがって

チラッと城を見ると
自分の目の前の床に
両手の指を絡めて
あの時と同じお願いのポーズ
強い力で握り続けているのが
よく分かった…

No.370 10/06/07 01:34
㍊ ( wPNK )

『城、来い。ここ。』

突然、男が城を呼んだ
ジジィも目を開けて見た

指差した先
男の傍…ちょうど俺の右前
城は黙って立つ

後ろで組んだ手の指先が
ずっとカタカタ震えている…

『誰のせいで、赤の他人様にウチがここまで言われなきゃならない状態なんだ?なぁ。』

『…誰…お…俺です。』

『自分は全く悪くないって思って、助け呼んできたのか?』

『…。』

可哀相なくらい蒼白な顔
見ていられない

『シンジさん。城君に絡むのはやめて、話続けましょうよ…。』

『今は私はこいつと話してるんですよ。ちょっと黙ってて頂けます?なぁおい、どうなんだ、馬鹿!』

『…わかり…ません…。』

バチン!と部屋中に響く
平手打ちの音
城はよろめいて俺の方に
倒れ込んだ

『さっきから黙っていれば…!簡単に他人の前で手を上げて、いちいち罵るな!話だけしに来たこっちも気分悪いでしょうが!この子が今、何をした!』

城を抱えて怒鳴ってしまった

『嘘付いたでしょう?知ってて、わかりません。躾(笑)。』

『城、ごめん。車乗ってろ。駄目だここ!』

『人の子を拉致?それはまた問題ですね(笑)。』

こいつ…!

No.371 10/06/07 02:15
㍊ ( wPNK )

『拉致?人聞きの悪い!保護ですね。完全に。』

徹がトイレ貸してと
分厚いファイルを持ったまま
部屋から出て行った

このタイミングで…
でも何故かは知っていた
戻るまで時間を稼がないと

『城…鍵渡すから車、エンジンかけてヒーター付けて乗ってろ。鍵掛けてな。』

『神崎さん、保護を名目にまた監禁するおつもりですか。捜しても見つからなかった筈ですよ、誘拐されてたんですからね!まさに犯罪です。』

『鏡は違う!』

『城はいいから。拉致、監禁、誘拐、犯罪、好き勝手言って構わないですよ。察なりなんなりお呼び下さいよ!』

徹が戻ってきた
目でお互い合図をする

『城、行け。』

鍵を渡すのに受け取らない

『何でだよ、行け!入って来た時から一方的に叩かれっ放しだろ。見ていられないから行け!車で待機!』

『鏡と徹がいるから大丈夫なんだ!警察来たら、鏡と徹は悪くないって言うんだ!』

男が城に掴みかかった
俺も必死で城を渡さない
渡すかこん畜生が!

『痛い!バカ!痛い!離せ、クソシンジ!バカシンジ!』

『ガキ、こら!いい加減にしろや!ブッ殺すぞ!』

No.372 10/06/07 02:55
㍊ ( wPNK )

『痛いと言ってるでしょうが!可哀相に!そういう暴力暴言はやめなさいって!ヤクザじゃあるまいし!』

俺もここぞとばかりに
声を上げる

徹を見ると
周りに見えない所で
親指を立て微笑を浮かべた

必死に俺にしがみつく城
絶対絶対離さん!

あー殴ってやりてぇ …
俺の拳ならこんな上にばかり高く伸びた 蕎麦みてぇな男
一発なのに…

オロオロし出す祖母
やっと少し動いた祖父

『いい加減にしてくれや!』

俺の力に適うかボケが!
という気持ちで突き放す

『聞いたでしょう!?貴方の事を本人がどれだけ嫌がってるか!大人気ないことしないで、座ってちゃんと話しましょうと言うんです。城君はここに座らせますから!そんな、事あるごとに軽々しくバンバン叩いてるのなんか、もう見たくも聞きたくもねぇわ!見ろ、真っ赤に腫れ上がって…!』

俺と徹の1人掛けソファーの間の床に座らせた

思いの他
上手くいった…

息を切らせながら
諦めて腰を掛ける男
ビシッと決めたスーツも
乱れきっている

城は俺の居るソファーに
安心した顔で寄り掛かる…
手はもう震えていなかった…

ここでジジィがやっと
声を発した…

No.373 10/06/07 20:46
㍊ ( wPNK )

『あなた達は、機関絡みの者なのか?』

『イワオさん、俺らは違います。関係無いですよ…。』

『フン…口調からして、それもそうか。』

空気が変わる
俺も気を張り詰め
一言一言に集中する
やっとここからが本番だ…

俺と徹の顔を交互に
ジッと見合い
組んだ腕を下ろし
身を乗り出す様に
膝に肘を付き前屈みになって
話しを進める…

『城。こっち見なさい。』

俺と徹の間の城の正面は祖父
俺のソファーに背をもたれ
徹の方に体を向け
両手はダラリと両脇に下ろし
顔は祖父を決して見ないよう
左を向いて動かない…

ダンッ!!とテーブルを叩く
城はビクッと体を動かした
強張った顔で向く

『城。2人とは最初どういうきっかけで?』

知り合った経緯を
聞いたんだと思うが…

『…鏡は…父さん…徹は…兄貴…。』

『意味がわからん。本当に恥ずかしい奴め。』

また左を向いてしまった
俺が変わりに説明する

『最初に会ったのは去年の夏…仕事を終えて仲間達と車でコンビニに寄った時です。彼が歩いてるの見えなくて、接触事故を起こしたかと思い…当たってないのに酷く痛がるんで、車に乗せ、背中を見ました。』

No.374 10/06/07 22:20
㍊ ( wPNK )

『シャツにこびり付いた血と…火傷でただれた皮膚、無数の傷や痣が印象的でしたよ…病院を拒否したんで、市販の薬を買いまして応急処置。』

表情ひとつ変えずに聞く祖父

『2度目は確か夏の終わりくらい。偶然見付けたんですがね…前回会った時と同じ場所…背中にまた火傷。そして手錠…。これも俺が手当てしました。』

祖母がソワソワし出す…

『3度目は教えた俺の携帯番号に助けてって連絡が入って。路地裏で過呼吸で倒れていた所を見付け、保護しました。タバコの焼痕が新たにいくつも…ね。』

男を睨みつけると
顔を逸らし知らないフリ

『そして12月の…最初に述べた通り、上半身裸でガリガリになって…首輪の跡らしきものを首に新しく付けながら…家の付近から泣きながら出てきたのを…保護しました。』

静まり返る一室

『最初に会ったのはそんな感じでしたが、その後もこうやって、何度も何度も傷を背負いながら彷徨っているのを俺は見てきたんですよ…!』

まだ言いたい事があった
なのにこいつは…
ニッコリと笑いながら…

『神崎さん。いくら払えば良いのかな。』

思わず徹と顔を見合わせた

No.375 10/06/08 08:17
㍊ ( wPNK )

『いくら…とは?』

『城が世話になった分ですよ。薬代、飲食代、燃料代…他にもあるならお返ししますが。余所様に迷惑を被り、こんな騒ぎになるなんてね。誠にお恥ずかしい!お詫び分としても少し色付けます。充分でしょう?』

『…イワオさん。金の話じゃない。ここまで話してまだご理解頂けませんかね…迷惑だなんて一言も言ってません…要するに…』

『あんたらには関係の無いことだろう!』

『…関係の有無じゃなくて。城君自身から話も聞いて、虐…』

『帰れ!!』

言うなと言わんばかりに
立って腕を振り
追い払う仕草をしやがった
何て奴だ…話すら聞かない

『話があるから、今日来ると言うから黙って聞いていれば!機関や警察でもないのに、我々が城に対して何かをしていると確信した口をきく!無礼極まりない!うちは取り調べ室か?不愉快極まりないですな!城を置いて、今すぐお引き取りください!さあ!帰れ!』

帰れ…少々流れがヤバい

『帰るなんて出来ません。まだ途中です。まだ本題にすら入ってませんから。』

『我々も忙しいんでね!』

居間のドアを開けた…

No.376 10/06/08 11:15
㍊ ( wPNK )

帰れの一点張り
警察を呼ぶと言われると
面倒なことになる

…城が走り出す
祖父を押し退けドアを閉めた

『聞けよ、糞ジジィ!卑怯なんだよテメェが一番!俺が頼んだ!お前らのせいで体中汚くなって、人が怖くて、自分が嫌いで、帰るのが嫌で…誰もいなくなって、1人で泣いてた!鏡が見つけてくれた!一番最初に、心配して、俺を助けたいって言ってくれた!怪我も治してくれたんだぞ!だから話したんだ!』

物凄い剣幕で食ってかかる
また殴られるかもと思って
俺も傍に寄った

『お前が俺の心と体をダメにした!お前が俺をいじめて笑うから、俺はおかしくなった!どうしてそんなことしたんだよ!どうして認めないんだよ!お前が悪いんだろうがよ!鏡の話聞けよ!逃げるなよ!』

男の方を振り向いて
食ってかかる

『嘘つき!喧嘩なんかしてない!お前がやったんだ!ジジィと笑ってやったんだ!鏡の話、聞けよ!どうして父さんなのに、父さんじゃないことする!鏡は父さんだけど、お前なんか知らない!息子って呼ぶな!』

そして祖母の方へ…

『お前がジジィと2人にしたからおかしくなった!俺は気持ち悪くない!テメェだ!』

No.377 10/06/08 19:05
㍊ ( wPNK )

伝われ…
城の思い…城の苦悩…

『鏡に会って、色んな事教えてくれて、色んな所見せてくれて!分かったんだ、俺もお前達も普通じゃなかったんだって!なんで!?なんで嫌いなの!?俺、何したの!?生まれた時は俺は綺麗だったんだ!なんで汚くしたの!洗っても消えないんだぞ!クソジジィ!クソババァ!クソシンジ!死ねよ、お前達が死ねよ!死ね!死ね!死ね!!』

もういいだろうと思って
城の口を押さえた…

極度の興奮状態に陥って
死ねと連発した後は
何を喋っているのかも
誰も解らなかった…

思っていた通りの発作
城のポケットから紙袋を取り出し
徹の座っているソファーに
寄り掛けて落ち着くまで待つ

長い沈黙が続く

あんなに言い聞かせたのに
城の震えは止まらず
口からは

死んじゃう…
死んじゃう…
死んじゃうよ…
死にたくないよ…

『死なないから。大丈夫。俺も徹も居るから。な…。』

徹がティッシュを取りに立ち
城の涙を拭き始める…

No.378 10/06/08 19:48
㍊ ( wPNK )

『ミツエさん、どう思う?検査もしないで突き放したこの子、正真正銘、貴女の血が通う孫だったらさ。やっぱり気持ち悪い?小学校の時、沢山浴びせた腐った言葉、また言える?大切な一人息子の本当の子でもさ…言えるか?答えなよ。』

徹が冷静に見据える

『私には…あまり…よく分からないわ…。』

言い逃れか
俺が続けて聞いた

『貴女も子を持つ母親。何故あんな扱いが出来るんです?』

『…あの嫁の子だから…ねぇ…。生まれた時は可愛いとは思ったの…。でもあの淫乱な派手な嫁の顔そっくり。シンジに似る部分は何ひとつ無いから…違う男との子って信じたのよ。城は来た時からおどおどしてハッキリしないし…外に出しても恥ずかしくない様に厳しくすると嫌がって反発するし…丁度この人も呑み歩いてばかりで帰って来なくて…どうして私だけがって気持ちも…あって当たったかも…しれないわね…。』

思い込みによる偏見
子供のペースに合わせられない無理な教育
夫婦同士の問題によるストレスからくる捌け口

こんな所か…

『さっきも言いましたけど…来た時から怯えていたのは、両親の接し方に問題があったんだと思いますよ…。』

No.379 10/06/08 20:38
㍊ ( wPNK )

城の呼吸が落ち着く
あとは徹に任せた

俺は立って
祖父にもう一度言う

『帰るなんて出来ません。この子の為に今日、何時になってでも話をつけたいんです。座ってください…まだ途中です。』

渋々と席に着く

良かった…
城…ありがとな…
お前の勇気のお陰だよ…

徹が城の口に
チョコレートを入れた

今朝俺が預けたチョコ
城は甘いの好きだし
神経鎮静効果があるとか聞いたことがあるから…

城はまた無気力に
今度は右を向いて
祖父を見ないようにしていた
チョコレートを食べている口だけが
僅かに動いていた…

『本人から全て聞いています。3歳あたりの記憶から、事細かにね。…虐待の疑いがあります。事実を知りたくて俺達は来ました。』

祖父と男の目の色が変わる

『…ハッ(笑)。虐待(笑)。』

『演技だろ、今の(笑)。』

祖父は軽くあしらい
男は信じられない言葉を放つ
俺も口調が強まる

『…演技!?』

伝わらないのか…
こいつらには…
全てが無駄に思えてくる

『シンジさん。城君の涙が見えないのか?』

『頭おかしい子だ、アテにならないって話したんですよ?信じる方が理解不能。』

No.380 10/06/08 21:33
㍊ ( wPNK )

もう…駄目だ俺…
無理…無理です…

『じゃあね、聞くけどな!頭おかしけりゃ、暴力振るったり、傷だらけの体にタバコ焼き付けて笑ったり!犬のような扱いをして!真冬に暖房も何も無い部屋で裸にして!汚いと、恥ずかしい息子だと罵る!頭おかしけりゃ、やっていいことなのかい!え!?犬の餌が飯だぁ!?人間以下の扱いしてもいいのかい!俺からしてみればな、貴様のが人間以下の扱い受けるべき存在だよ!同じ事されたらどう思うよ!どうなんだ!答えろ!』

『きっとションベン漏らして鼻水垂らして泣くよそいつ。最悪自殺するかもね!城君と違って芯の強さのカケラも無いファザコンだからさ!だろ?親父いるから気も口も大きいんだ。笑えるよ!笑い過ぎて腹痛い。俺、内に溜めるタイプだからね。胃腸パンパン!トイレ貸して(笑)。』

そう言って腹立たしげに
ドスドスと居間を出た徹

悔しさがMAXなのか
突然立ち上がって城の方へ…
俺もすかさず立ち上がり
怯えた城の前に立つ

『座ってくださいよ!』

『退け!城!よくもこんなカス連れてきやがったな!』

『城に当たるな!俺にかかって来い!』

No.381 10/06/09 02:24
㍊ ( wPNK )

本当にかかってきやがった!
でもなクソ野郎!
ガテン職をナメんなよ!
ハッキリいってもう邪魔だ!
ジジィと2人で話したい!
そっちのが手っ取り早い!
早くにケリつけられる!
いちいち面倒臭せぇこいつ!
失神させとくか!?

『シンジ!座れ。』

もう少しで殴る所だった…
ジジィの怒号で
男は城を睨みながら戻る
徹も戻ってきた

『シンジさん、あんたね!自分が不利になったからって、城にすぐ絡むんじゃねぇよ。俺が話してんだからさ!』

『城、こいつら帰ったら…分かってんな!?』

『何てガキくさい…時間が無駄だ。城、徹の傍から離れるなよ。イワオさん、続けましょうよ。』

城が口を開く

『鏡…さっき俺が言った質問…答えさせて…。』

『…だそうです、覚えてますか。何故、虐待したのか知りたいそうです…。』

男が先に答える

『虐待って決め付けんな。我が家の教育方針だ。俺も親父にはコテンパンにやられて育ったからな。甘ったれてんだよ。強くなるよう鍛えてんだ。確かに12年前、離婚して他の女と消えたよ俺さ。でも全て上手くいかなくて戻って来た。戻った理由なんてその程度さ。』

No.382 10/06/09 03:17
㍊ ( wPNK )

『借金抱えた事で一杯だったけど、一応城の事も気には掛けてたよ。それが戻ってきたらさ、不良と付き合って、家出繰り返してばっかで困ってるって言うからさ。自分らのせいでもあると思って、親父としての役目果たそうと思ったのに初対面から無視こきやがってよ!可愛くもねぇ態度!ずっと反抗的だから親の言うこと聞けって躾けたワケ。犬のが従順で賢いぞ、見習えってな!犬と同じになれば分かると思って首輪使っただけ。虐待にもなんねぇよ。何となく冗談でワンッて言えって言ったら本当にワンワン言った(笑)。馬鹿。』

『…喧嘩の跡だって言った怪我は…!』

『喧嘩は喧嘩でないの?根性焼きは俺だけど。その通り根性試しただけだし。あとお仕置きとしてだね。城!聞いてるかよ!お前、可愛く思える部分もあった。怖がった時。ベソかいて謝れって思いながらお仕置きして、その通りになった時!可愛く思えたぞ(笑)!』

度合いは分からないが
被虐体験から自分と重ねて接したんだろうか…
私生活や経済面でのストレス
躾や教育への認識の誤り
苦しむ姿をどこか楽しむ…子供の気持ちを理解出来ない未熟さ

笑いながら語る男
こいつは救いようが無い

No.383 10/06/09 11:49
㍊ ( wPNK )

『…聞けば3歳…物心付いた時から暴行を受けているそうで…躾以外に理由は?』

『すぐ泣くんだそいつ。ベソベソ。面白い顔して。生まれてから金にツキもねぇ。金欠。ベソは今も変わらねぇけどな(笑)。』

城が床を両手でバンッと叩き
徹のソファーの後ろに
隠れるように移動した
こっち側に背を向けて…

『子を持てばそれなりに金も掛かる。もういい。これ以上、話聞くだけ無駄。次。』

放っておこうこいつは…
城が余計傷付くだけだ…

『イワオさん。城の質問に答えてやってくれませんかね。』

『虐待なんてしていないし答えようがないな(笑)。』

『全て聞いています。白切らないでください。何故…心と体をこんな風にしたのか…何故この子をそこまで蔑み嫌うのか…この子に分かり易く説明して下さいよ。』

『あんたもしつこいな!どこぞで作った傷だし、城は心の病だ!障害持ちを面倒見るのは大変なんだ。口などアテにならん!』

『笑わせるな。答えになってない。あくまで非は全て城にあると?』

『あぁ!そうだ!』

『話が進まねぇな。徹。』

徹に手を差し出す
ファイルからボロボロのノートを出し
俺に渡す…

No.384 10/06/09 13:47
㍊ ( wPNK )

『サッとでもいい。目を通して下さい。』

目の前にバサッと
ノートを叩き付けてやった

何だこれはといった顔で
手に取る…

『誰の字かは言わなくてもお分かりでしょう。』

余裕ブッこいていた表情が
見る見る曇り出す
パラパラと捲り…
多分 城の体を弄んだ部分…
目を留めて読む

祖母が隣から覗くと
肘を上げノートを少し閉じ
見られないようにした

『口がアテにならないと言われる子が、自分と戦いながら形にして残した一冊です。本人が記した、本人の人生の全てです。』

男も祖父の手元を見つめる
祖父の手が震えだした

『城の記憶力はズバ抜けていますね。貴方達のお陰で(笑)。普通なら思い出したくない過去を忘れようと、記憶力低下する可能性のが高いんです。文体からどんな思いで綴ったのか…理解くらいは出来るでしょうよ。貴方達がしてきた事…浴びせ続けたた暴行や暴言。それに対する思いや苦しみ、葛藤…心情。全てその一冊に記されてます。』

『俺も読んだ。何度も何度もね。頭の中にしっかり叩き込んだよ。作り話でそこまで鮮明に【知恵遅れ】の子が書けると思う?城君は知的障害なんかじゃない。』

No.385 10/06/09 14:44
㍊ ( wPNK )

『そもそも知恵遅れだなんて、差別用語じゃないの。障害持った人を見下す人間だってよく分かったけどね。だから城君のこと、恥ずかしいって表に出したくなかったのもあるんだろ。まぁ俺にとってはそっちのそんな情報、要らないけどさ。城君のが余程、利発的だよね。やっぱり味噌汁にすら出来ない糞不味い味噌しかお持ちじゃないようで。期限切れてんじゃないの。あ、城君チョコあげる。気にするなよ。君は誰かと違ってまともだから。』

徹が脚を組んだまま
毒舌を並べる

何をどう書いてるのか
気になっている男

祖父は今きっと
どう切り返そうかで
頭の中は一杯だろう

妻と息子の前で
性的虐待をしていたこと
どう屁理屈並べて
ねじ曲げるつもりだ

額に汗するジジィ…
ざまぁみろ…
それが立派な証拠になる

認めたら次は本題
城を嫁にくれ交渉だ

さぁ どう出る!

No.386 10/06/09 19:50
㍊ ( wPNK )

『あっ…、ちょっ…なっ、何するんだ!!』

『ふざけるなって!』

俺は立ってテーブル越しに
祖父の腕を掴もうとした
徹も腕を伸ばす…

真っ二つに裂いて
更に拾って裂く

冗談じゃないこいつ!
4等分にされたノート…
各ページがバラけて
テーブルや足下に落ちて散らばる

男はそれを数枚拾い
読んでみる…

『あんた、何てことする!人の物だぞ!?ふざけるのも大概にしてくれや!』

もう怒りが収まらない…

『くだらん!くだらな過ぎる!むしろ侮辱罪として裁判起こしたいくらいだ!』

顔を真っ赤にして怒り
ノートの一部を自分の後ろに
放り投げやがった…

徹が祖母を押し退け
散らばった紙を拾い集める

『あんたが裁判を引き出すな!どうして冷静になれない?不利だから破いたんだろうが!ノートの内容を認めたってことだな!』

『認める?何を!おい、生ゴミと一緒に処分しろ!』

男に手元に残ったノートを渡す
徹がキッチンへ向かう男を追い
掴み掛かって制止させる

俺もジジィの周りの紙を掻き集めるのに撤する…

もうウンザリだ…

No.387 10/06/09 20:34
㍊ ( wPNK )

頭が真っ白になる…

城がどんな思いをしながら…
どれだけ苦しみながら…
どれだけの期間をかけて…
書き綴ったと…

オロオロする祖母に部屋に引っ込んでろと言うジジィ

ソファーの後ろで
ノートの残りを奪い合う男と徹

『疲れる…。』

知らず知らず呟く俺

ふと気付くとあいつが居ない
悲鳴と共に振り向く

城の服を掴み
怒鳴り付けてる祖父と
声が出せず怯える城

慌てて
城を抱いて祖父を引き剥がす

話すら出来ない奴らなのか…
もう…もう…

『もううんざりだってんだよ馬鹿共が!!!座れ!!』

…静まり返る居間
右腕の中の城が
一番驚いていたと思う…

『座れや!!』

祖父の服を引っ張り
ソファーの方へ放つ

『てめぇも座れ!!立つな!!わかるか日本語!!』

男の方へ行き胸倉を掴み
ソファーの方へ放つ

頭がクラクラする…
唖然とした男の手から
瞬時にノートを奪う徹

全員 席につく
溜め息を露骨に吐き出す

『ハァー…。あのね…俺らね…争いに来た訳でもさ…警察に突き出す為に来た訳でもないんだわ…。事実と実態を知って…城への謝罪が欲しくて来たんだよ…本題は別だけどよ…。』

No.388 10/06/11 03:27
㍊ ( wPNK )

『あんたら虐待じゃない、躾だの病気だのアテにならんって主張するけど、このノート…こんな…ビリビリに破いたって…後で復元するけどね…書かれている内容…城の体の傷のひとつひとつ、いつどこで誰がどうやってこんな風にしたかって説明ついてるし…今、聞いた理由の中にも充分虐待だって言える行為が含まれてる訳だよ…。』

『どこが?そこを説明してくださいよ!』

男が言う
本当に分からないのか…
自覚すら無いのか…
タチ悪いな…

『…虐待は4種類に分けられると言います。身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトと言いますが育児と保護の怠慢。シンジさん、あんたがさっき自分で言った根性焼きみたいに度が行き過ぎたやり方は、充分な暴力行為。首輪や手錠をしてお前は犬だからと罵る…ブッ殺すと脅迫する、これも充分、心に傷を残す言葉の暴力。俺が発見した時の体…体重は160cmにして40弱…今日まで定期的に測定して俺のメモに記録してあります。充分な食事を与えない、怪我しているのに病院に行かない…これがネグレクトってやつです。そして…。』

祖父の顔を見る

No.389 10/06/11 04:23
㍊ ( wPNK )

城の前では言いたくないけど

『イワオさん自身、ノートを読んでお分かりでしょうけどね…城の体に何をしたかは。』

城が徹の後ろで耳を塞ぎ
足でダンダンと床を打つ…
汚い汚いとブツブツ言いながら
ウェッ…ウェェッ…と
何かを必死に吐く仕草…

『…徹。少し外の空気吸わせてやって。』

『城君、行こう…。』

無理矢理立たせて連れ出す
祖父の顔を見る
動揺しているのがよく分かる

男は無表情で
城と徹を目で追っていた

『城の言動からまさかと思い、寝込んだ時に調べたんです。爪を立てた跡、押さえつけた跡が、腰、尻、太股、膝裏に。今の様子を見てどう思いますかね。やってない?』

男は祖父を見た
軽蔑しているようにも見える

『城を…ヤッたの?』

『…。』

『せめて…触るか見せる程度だろ…?』

『…。』

『まさか…抱いたの?親父…!アレ…ガキだし男だし…。』

『その部分に関しての詳しいことはノートでの告白のみですけどね。間違い無いでしょう。』

汗だくのジジィ
さっきまでの威勢は?
口を開けて見る男

…終わったな(笑)

No.390 10/06/11 19:40
㍊ ( wPNK )



鏡に言われ城君を連れて
気分転換に玄関を出る

外はもう真っ暗
当たり前だけど寒い
でも平気だった
あの家の人間と同じ空気を吸い続けていた中での
ありがたいリフレッシュタイムだ

鏡 とりあえず
1人で頑張れ(笑)

城君は玄関からは出ず
俺を見て

話聞かなきゃ戻らなきゃと
ずっと囁いている

『何でさ(笑)。息抜きしたっていいじゃん。』

『鏡、1人だ…徹は鏡を助けなきゃ…ここにいたら駄目なんだぞ。俺が駄目だから徹が一緒に付いて来た…戻って。』

『やだよ(笑)。鏡はタフだからあの空気でも大丈夫だろ。城君駄目じゃないし。』

流石に寒いから
玄関に入り腰掛け
小声で話す

『城君、来てくれて良かった。むしろ俺達が感謝する。』

何が?という顔
説明面倒だし
笑ってごまかしておいた

『勝てる?』
『鏡見てどう思った?』
『怖かった。初めてあんなに怒ったの見た。』
『あぁ、そこか(笑)。必死だろ。君が苦しみながら書いたノート、証拠隠滅しようとするんだ。キレるさ。話すらまともに聞かない。幼児より悪い。どうしてあんな奴らの所に君が居たのか不思議。君が一番まともでしっかりしてるよ。あいつらアホ。』

No.391 10/06/11 21:31
㍊ ( wPNK )

『うん。あいつらアホ。』
『鏡もアホ。』
『鏡もアホ…じゃない。何言ってるんだよ!』
『引っ掛かった(笑)。』

息苦しい空間にいたせいで
俺、ちょっとテンション高いかも…

今の鏡達のことを考えて
うつむいてる城君を励ます

『流れをよく見てる。時間掛かっても、上手く進行してる…大丈夫。短腹でも頼れる奴だから。ちょっとヤバかった時、君が勇気出したお陰で、また波に乗れた。俺だったら口で倒す事しか考えないから、相手の心理考えて進行なんて出来ない。感謝だよ。』

城君は黙って2回頷いた
あとテンション高い理由
もうひとつある

『俺、いつの間にか兄貴になってたんだな。』
『あれは…兄弟いないから分からないけど、徹みたいな兄貴がいいって思ってたから…。』

耳を真っ赤にする城君に
初めて鏡と同じ思いを抱いた

『俺、妹いるんだ。でも男兄弟に憧れた時もあった。でも今日、弟が出来た。こんな芯のある弟、最高だね(笑)。』

本心だから
笑わずにはいられない
城君を見ると顔まで赤かった

鏡を悔しがらせるネタ掴んだ
妬くぞ(笑)

その時
祖母が部屋から出てまた居間へ入って行った…

No.392 10/06/11 22:30
㍊ ( wPNK )

ふいに思い出した

『城君。手錠で繋がれていた物置、あそこ?』
『…うん。』

音を立てない様に
静かに廊下を歩く…

城君の視線を背に浴びながら
トイレの隣の物置に手を掛け
静かに静かに開けた…

片付けられていたら諦めた
だけど証拠品は
今でもちゃんと生々しく
時が止まった様に残っていた

薄暗い物置から
不気味に垂れ下がったロープ…

城君がここに繋がれ
泣きながら
手錠を外そうと暴れたという
リアルな壁の壊跡…

携帯のカメラを構え
スピーカー部分を手で防ぎ
数ヶ所撮る…

時計を見て
城君の所に戻る

『何したの?』
『証拠。話付いたとしても、後々あいつらなら何言い出して来るか分からない。ノートと君の傷と照らし合わせたら完璧だ。』

2階も行きたかったが
そろそろ戻らないと…
やらなきゃならない事がある

城君はすっかり落ち着いて
さっきの会話も
忘れている様だった

居間の方へ耳を傾けて
性虐の話が終わってたら
中へ入ろう…

No.393 10/06/12 00:02
㍊ ( wPNK )



男はソファーに背を付き
片手で顔を覆った
孫を…犯したのかよ…
天を仰いで呟く

『…城は貴方達による暴行の中でも、性の事に関しては精神的に深く追いやられ、立ち直れる傾向は全く見受けられません。体の傷と…体に入ったモノ…全てを…洗浄…したい一心で…。』

初めて家に入れた時から
シャワー貸してと言っていた…
そんな前からこのジジィに
弄ばれ彷徨い続けていたんだ…

シャンプーで洗えと済ました時
解ってくれていないと睨んだ
あの目を思い出し
声が自然と詰まる…

『…毎日欠かさず…風呂風呂って…長い時は1時間…ひたすら洗い続け…時には風呂から上がれば両手を突き出し…ねぇ綺麗でしょって…小便もかけられた記憶…臭くないよね俺って…嗅いでって言うんですよ…。嗅がないと自分はまだ汚いんだって癇癪起こして…分からないですよね、あんたらには…。汚いのは…貴方ですよ…もう認めて本心からの謝罪…して下さいよ…。城はもう、この傷と死ぬまで向き合っていかなきゃならないんですよ!!』

バラバラになったノートを
ジジィに思い切り叩き付けた

まだ ゴネるか?
もう いいだろ…?

認めろ

No.394 10/06/12 14:24
㍊ ( wPNK )

『…まぁねぇ、神崎さん。一方的にそんな風に責められてもね…(笑)。証拠となる写真でも?私が城を犯したと言う映像でもありますか?どうして認めないとならないんです(笑)!』

俺は睨み続けた
どこまで強情なんだ
身を乗り出して俺を指差す

『家族の前で…!息子の前で!やってもいない卑猥な罪を着せるのか、あんたは!ノートだ?こんなモノ、アテにならないと言っただろう!息子の軽蔑の視線、見ただろう!失った信用はどう回復してくれる?中途半端に偉そうに突き付けて、何様だ!…神崎鏡矢さん。私は貴方を訴えます。何年かかってでも、戦いますよ。我々のした事が、行き過ぎた暴力だと言うならそれでもいい…だが今のは許せませんな。城を置いてお引き取り下さい!嫌なら写真を今すぐ提示して証拠見せて下さい(笑)。』

城を置いて…
脅して口を封じるんだろう

やっぱりそう来たか…
でも帰れない
男がニヤリと笑う

『裁判に関しては我々も無知ですからね。調べてからになりますから、ご自宅で首を長くしてお待ち下さいよ(笑)。』

No.395 10/06/12 19:22
㍊ ( wPNK )

『言ったでしょうが。帰らない。今日、話をつける。どうぞ裁判官、警察、軍隊、何でも呼んで下さいよ。』

どうせ脅しだ
証拠は無いが今集めている…
勝ち目はある

祖父に並んで身を乗り出す男

『お宅も馬鹿だね(笑)。証拠無しのイチャモンだったのかい。誰がそんな不利な話、認めるんだ?』

『反抗して家出して、犬みたいにフラついてるから変態にでもレイプされたんだろう(笑)。それを一番厳しく当たった私に濡れ衣着せてきたに決まってる。知的障害持つと苦労しますわ(笑)。そういう事だけは能が活発になるんだなぁ(笑)。』

よく…そんな事を!
悪魔とか鬼畜とかじゃない
こいつらは…
生きる価値なんかねぇ…!

『あんたらの…たった1人の孫であり息子だろ…可愛くないのかい…。』

『可愛いよ?さっき言っただろ(笑)。』

『どうせ今ここで聞いてる訳じゃない。傷付く事もないじゃないか(笑)!』

徹…頼む…早く来い…
俺を…俺を抑えてくれ…

徹…早く…

願いが届いたのか
ガチャッとドアが開いた…

No.396 10/06/12 22:35
㍊ ( wPNK )

ヤバいと思った
頭に血が昇るんじゃなく
逆に血の気が引いて
理性ブッ飛びかけた…
徹が必要だったのに

入って来たのは祖母だった…
突然ジジィが怒鳴り出す

『部屋に行ってろと言っただろう!』

『そうは言っても落ち着かないの。私も関係者ですから。』

冷たい表情と声
そのまま席へつく

性的虐待の話の真最中
そりゃ困るよな…【妻】だし

『どこまで…今は何の話をしているの?』

男が答えた
俺を顎で差す

『こいつが親父を…証拠も無しに城を抱いたって…犯したって言うから。だから裁判起こしてでも謝罪させるって話。』

祖母は俺の顔を見た
3対1か…
少々面倒になりそうだと
何を言ってくるかと構える

彼女は口を開け
信じられない様な顔をして
俺の次に祖父を見た

『まさか…嘘だと思ってたのに…本当だったの…?』

『いやだから母さん、戯れ言だ。親父はやってないって…。』

『城が…ずっと前…旅行しに行く日に怒りながら…ジジィの性欲処理機じゃないって…私が相手しないからだって…言った時があって…まさか…あなた、本当だったの…!』

何てタイミングの証言
まさかの追い風だ!

No.397 10/06/12 23:21
㍊ ( wPNK )

『ミツエさん、本当ですか?城本人から?』

『えぇ…あの時は聞き流しましたけど…。』

『いつ頃?』

『よく知人と旅行するから…はっきりいつだったかは…でも手錠を外そうと必死だった時かしら…あなた…本当なの!?』

今度は俺の口元が緩んだ
男の顔色がまた変わる…
親父とお袋
どっちにつく(笑)?
祖父の顔色も一変

『お前は黙ってろ!余計な…証拠なんか無い。』

『だって城から直接聞いたのよ!あなたがそんな事やるはずがないって思ってたのに…汚らわしい!』

汚らわしいの一言で黙った
もう証拠証拠言うだけで
惨めになるから諦めれば?

『うるさい女だ!…城に聞けばわかる(笑)。あいつがここで皆の前で言えば認めよう(笑)。言わなければ法に任せる!』

…大きな自信だな
認めてるようなモンじゃねぇか
その言い回し

城と徹が戻ってきた

徹は一旦席に付いてから
携帯を忘れたと
ファイルを持ってすぐ立ち上がり
また出て行った

『城、大丈夫か?気分悪いなら無理するな。』

俺の隣に立ちながら
うん平気と答える

徹がすぐ戻ってきた
全員が…揃った

No.398 10/06/13 06:07
㍊ ( wPNK )

『お前ちょっと立て。』

男を避けさせ城を笑顔で呼ぶ

『城、座りなさい。もう叩かないから。』

俺の腕を掴んだ城
徹が咄嗟に口を出す

『行くことない。そこに居な。信用出来ない。散々手を出しといてさ。』

『お前が引き起こしたことで、お前の話で、お前の為にこういう場になっている。真剣な話だ。座りなさい。』

流石長くいただけあって
城の動かし方を知っている…

俺の腕から手を放し
恐る恐る隣に座る
俺も念を押す

『手…上げたら…分かってますね…。』

『叩かないと言っている!』

祖父から少し距離を置き
ソファーの隅に座った
祖父を見ないように…

すると突然城の肩を抱き
自分の方へ引き寄せた

悲鳴を上げる城
俺と徹が立ち上がる

『何もしないと言っているじゃないか!落ち着いて(笑)。城にちょっと聞くだけです。』

祖父と密着する体…
硬直したまま黙った

『城。お前が連れてきたこの方々が、私に対して…お前にいやらしいことをしたと言ってくるんだが!私がお前に何をしたかな?覚えがあるなら今ここで皆にちゃんと話してごらん!』

『何を…話せる訳がないだろ!手を話せ!』

No.399 10/06/13 16:10
㍊ ( wPNK )

『お前がその口で、私がやったと証言するなら私は謝ろう。本人が言いもしないことで、私がこんな扱いを受けるなら私は神崎さんを許さん。誰にどういう事をされたんだ?なぁ城。【事細かに】話してごらん(笑)?』

膝の上に手を置き
厭らしくさする祖父
硬直どころかまるで石像だ…

城は大きな目を見開いて
左手の男を見上げた

祖父をまたいで覗き込む
祖母の顔も見る

次は徹を見て
口元が微かに動いた

皆が城に注目する
城にとって恐怖でしかない
最悪な状況

俺を見る…
俺も真っ直ぐ城を見て
目で頷いた

城なら大丈夫
強くて賢い子だから
俺も徹も知っている

状況を把握して
間違いなく
有利な証言をするだろう…

奴らの笑みを覆してくれる

城が俺らを
信じてくれているように
俺らも城を信じている

徹が何か言ったが
俺は城と祖父の僅かな動きを
見逃さないのに必死だった

城の証言で決着がつく
静寂…

祖父は城の顔を
ずっと見続けている…

静寂を破ったのは
城でも祖父でもない

…徹だった

No.400 10/06/13 17:04
㍊ ( wPNK )

『鏡!どうした!言わせんのか?なぁ、何だよこの状況…何してんだよ!ボケッとすんな!こんな時に!城君を守れよ!!』

『痛ッ…!』

左腕に正拳を食らった

『何!』

『何じゃないだろ!さっきから呼んでる!』

城を見た
首を左右に振りながら
鏡…鏡…鏡と俺を呼んでいた
聞こえない声量で…

徹を見て
徹に言ったんじゃなく
俺の名を呼んでいたんだ…
震えているんじゃなく
無理だと首を振って
俺に伝えていたんだ…

馬鹿だった!

『言わないのか?言えるはず無いよな!私はやっていないから(笑)!決まったな(笑)!』

『…ハハ。驚かしてくれるよ、全く。』

祖父と息子が
勝ったと言わんばかりに
腹の底から笑い出す

祖母もどこか
もどかしい様子で
少し安堵の表情を浮かべた

馬鹿だった…俺!
徹に感謝
うん、もういい…
完璧に治めたかっただけで
完璧ではなかったけど…

完全勝利には間違い無いから

ゆっくりと立って
祖父の腕を払い退け
城の手を取り連れ戻した

『城。終わったから。もういいよ。ごめんな。』

No.401 10/06/13 17:55
㍊ ( wPNK )

『終わった(笑)?そりゃそうだ。証拠が無い。どんなに教育の仕方が暴力行為だと言っても、私が城を犯したと喚いても、こんな…こんな紙切れ…!こんな…(笑)!』

今度は祖父が
ノートを1枚残らず拾い集め
俺と城に向かって投げつけた

『そんなバラけた小汚いノート(笑)!ゴミでしかないですな!』

俺は黙ってノートを拾い集め
嘲笑う奴らの言葉を
浴び続けた

男が言う

『よくそんなんで自信満々に飛び込んで来ましたよ。そこは素晴らしいと思います(笑)。確かに、城を虐げるのに快感は心のどこかにあった。虐待と言うならそうかもしれません。認めて欲しいなら認めてやる(笑)。』

『小便かけられたから自分は臭いんだ?当たり前だろう!お前はその程度の人間性だったんだ。これからも沢山厳しく教育してやる。言うこと聞いて自分を磨け。』

徹が反発する

『人間性を語る資格はあんたには無い!イカれてる。証拠よりやった行いに対しての償いや謝罪はないのか?俺達がここに来てからも散々手を出し、出そうとした。それを今、認めた! 笑ってないで謝罪しろよ!父親としてさ、どうなんだよ!』

No.402 10/06/13 18:23
㍊ ( wPNK )

『あーごめんごめん。城クン、パパが悪かった!これからも頑張ってお前の障害治すようにガンバリます(笑)!』

『…どこまで腐ってるワケ?』

『まぁまぁ、梶谷さん。終わりました。神崎さんを充分なだめて差し上げながら、お気を付けてお帰り下さい。』

拾い集めたノートをまとめながら
俺は笑いを堪えるのに
必死だった

城が俺に抱きついてきた
負けたと感じたんだろう
無理もねぇよな…

『置いてかないでね!約束したでしょ!?』

『さぁ、城を置いてどうぞ玄関へ!もう疲れましたよ。』

今度は徹に抱き付いた

『徹、帰らないで…1人にしないで!連れてって!兄貴だろ!弟が出来て最高だって言った!お願い…守って!』

半ベソになる城に
俺は笑顔で答えた

『城~泣くなって。俺を信じるって言っただろ?スゲー基本中の基本なやり方なのによ、警戒すらしないないなんて…大した事ねぇな、お前の嫌いな人間達は(笑)!』

俺と徹以外
訳が分からないと言う顔…

『徹、もういいよな。』

『あ、そうなの。鏡が言うならいいよ別に。』

No.403 10/06/13 18:49
㍊ ( wPNK )

徹がファイルを開けた
俺は手を出したまま
3人を見る

『イワオさん。シンジさん。裁判だの証拠だのってね。不利になった時、簡単に法を引き合いに出せば怯むと思ったら大間違いですよ。虐待した事を結局認めるなら、くだらない御託並べないで素直に謝りゃまだ救いようがある物を…。』

徹が俺の手に渡した物
これを見た時の顔(笑)

『言い訳や言い逃れにそんなに機転利く頭があるなら、もしかしたら、かもしれないって考えたりしなかった?こういう話し合いをする時の基本中の基本でしょ?』

カセットレコーダーを見せた

『俺らさ、大した頭良くないから話し合い前日になって、これくらいしか浮かばなかったんだよね(笑)。』

『あ、頭良くないのは神崎鏡矢だけですから。今時!ボイスレコーダーじゃなくて、カセットだよ?しかもワザワザ、取り出してカセット裏返さないとリターンしないヤツ。別に胃腸弱くてトイレ行ってたワケじゃないから。』

『るせぇ(笑)。こっちだってお前の中抜けに合わせるの大変だったって!いちいちイワオサン、シンジサン、ミツエサンて名前呼んで会話してたんだから、気付く奴は気付くんだけどな!』

No.404 10/06/13 19:16
㍊ ( wPNK )

唖然とした3人を見る
何だよ~ってか(笑)?
散々言わせる事言わせて
それかよ~ってか(笑)!

でもさ…俺だって
まさかここまで上手く吐いてくれるなんて思いもしなかった
しかも最後は
虐待認めやがった

イワオサンお疲れー
シンジサンお疲れー
ミツエサンお疲れー

『何?何なの、それは何?』

城が手を伸ばして
興味津々の顔をする

『今までの会話、全部録音した。お前を酷い目に合わせた内容や理由…全部入ってる。ノートと一緒に強力な証拠になる。』

『もうひとつの証拠!?』

コホンと咳払いをして
3人の顔を見る

『もう充分なので録音停止しますから。』

停止を押して徹に渡す
分厚いファイルにしまう時
ガサゴソと音を立てながら
また録音再生押したのを
俺は見た

流石分かってる(笑)

『あまりにも度が行き過ぎてますので、これは相談所へ預けますから。何度か相談してみたものですから。』

『鏡…!それは…。』

城な肩を押さえて
徹が小さく脅しだからと
耳打ちした

No.405 10/06/13 19:59
㍊ ( wPNK )

言葉が出ないのか
黙ったままの3人

『裁判はいつ頃になりそうですかね。』

嫌味ったらしく言ってやる
祖父が反応する

『そ、それは…。』

充分堪えてるみたいだ
口籠もる

こいつからは直接
どうしても聞きたい
城をここまでにした理由
その心理…

そしてもうしないと
城の前で誓わせる

妻子が居て強情になるなら
言えなくなるのなら
言いやすい環境にしてやるよ

『シンジさん、ミツエさん。少しイワオさんと話させて欲しい。外してもらえますかね。』

抵抗する様子もなく立ち去る
それから…

『徹、城連れて車で…。』

『聞く。』

城は俺と徹の間に座り
祖父を堂々と見つめる…

これで一段落付いたら
次は本題だ…

一番 難しい交渉が始まる…

No.406 10/06/14 18:09
㍊ ( wPNK )

1人になった所で
彼が先に口を開く

『あんたらは…このやり取りを録音してどうしたいんだ。』

『どうするつもりはないです。俺達みたいな機関の人間でもない奴が、突然お邪魔して…虐待の疑いがありますなんて言い出しても、応じてくれないか憤慨されて訴えられる可能性を考えただけで。その最悪の場合に利用しようとしただけですよ。』

『相談所に提出…するんだろう…?』

『そのつもりでしたが。イワオさん、シンジさん、ミツエさんの心からの謝罪…もう暴行しないという宣誓…城に対してのね…それがあれば考えます。』

『…恐喝か。』

『は?恐喝?交渉です…条件ですよ。失礼な。』

まだそう言うか…
全く呆れる…

『虐待しているつもりはなかった。それをあんたら、自分勝手な質問攻めで意にそぐわない事を言わせて…!誘導尋問か!仕組んだのか!』

徹の顔を思わず見た
肘をついて睨んでいた

言っている意味がわからん…
何なんだこいつは…!

『シンジは認めても私は認めません!ホラ、城を犯したって部分。説明付けてくれたら認めますよ。でなきゃ、認めません。逆に裁判の話は取り消すから、そのテープをよこしてください!』

No.407 10/06/14 20:09
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『別にいいよ。なぁ、鏡。城君を犯したって…性虐の事だけが重要な訳じゃないし、そこを認めてもらわないと虐待したって証拠にならないって訳じゃないからさ。本人の口から性虐に関しては言いたくないってんならそれまでだし、それでいいと思う。その分、他の行為に関してなら言えるよね?城君、熱湯を直に2回も肩に浴びせられたって本当?』

城と徹が息を合わせる

『…うん、右肩に2回…熱くて死ぬ所だった。鏡と徹が気付いてくれたんだ。』

『手錠かけてドッグフードも食べさせられたんだって、これも?』

『…うん…手錠のせいで手首血だらけで…鏡が怪我治してくれた。』

『首の傷は首輪?』

『…首輪…だよ…犬なんだ…ハクって…飼ってた犬と同じ名前付けられて……。』

うつむいて拳を見つめる…

『誰がそんな事をしたの?』

徹が祖父をまた睨む
俺も目を逸らさない

『…ジジィです…クソジジィ、バカイワオ…!お前がやったんだぞ!』

祖父を指差して
立ち上がろうとしたが
俺は抑えた

『…ほらね?もうこれだけで充分だろって。無駄な足掻きは止めて、いい加減にしろよお前…!時間の無駄!鏡、進めな!』

No.408 10/06/15 00:09
㍊ ( wPNK )

『…テープは渡しません。裁判も怖くありません。城を…城を心から安心させてやって下さい。二度と泣かせないと誓ってやってください。貴方が認めたからと言って、別に貴方を公の場に晒すつもりもありません。ただ、城のこれからの人生の為に、今までの行いを認めて謝罪してくれと言っているんです。そうして頂ければ、機関へテープを預けることはしません。それが出来ないなら、城の今後の身の危険性を考慮して、機関に介入してもらわざるを得ません。貴方に不利な事は何ひとつ無いと思うんですが。』

萎んだ風船の様に
見る見る小さく
みすぼらしくなる祖父
もう…大丈夫だろう…

『…何故そこまで城を庇うんです…赤の他人の子なのに…。』

『血は関係無い。数ヶ月見てきて…誰にも頼れず傷や痣を背負い、1人で突っ張って彷徨って生きて来た子が…貴方達に怯え泣きながら…助けてって…いつも…俺の名前を呼ぶんです…可愛くて仕方ないです…。何とかしてやりたかった。それだけです。だからとことん首突っ込みました…。』

城の視線を感じ俺も見返す
まつげの長い大きな目は
何の濁りもない…
それなのに
こんな悲しい人生…
もう終止符を打とう

No.409 10/06/15 18:36
㍊ ( wPNK )

祖父は観念したかのように
頭を垂れていた

『何から話せば…。』

『そうですね…まずは城が知りたがっていた…何故この子に対して虐待行為をしたのかを。』

城は不機嫌ながらも
祖父を見ている

『虐待だなんて思ってもいない…今でも…そんな事はしていないと言える…。ただ…。』

俺はまだ言うかと思いながら
黙って耳をすましていた
きっと徹も…

城が感情を抑制するなんて
非常に難しいんだってこと
すっかり忘れていた
急にテーブルをバンッと叩き
膝をついて立ち
怒りをあらわにする

『認めろ!認めろよ!認めろ!バカヤロウ!クソジジィ!死ね!死ねよ!ジジィ!死ね!』

『城!!うるさい!』

城の服を引っ張る
怒りの矛先が俺に向く…

『鏡!まだ認めない!謝らない!クソだ!こいつ、クソ!殺して!鏡!殺してよ!』

指を差しながら
【殺して】と叫ぶ孫の一言に
何とも言えない顔で
静かに見返す祖父

知らず知らず
眉間にシワがよる俺

『静かにしろ!まだ話の途中だろって!聞くんだろ?座れ!』

『何で俺に怒るの、俺が悪いの!?鏡、認めないこいつが悪いだろ!俺じゃない!』

No.410 10/06/15 19:01
㍊ ( wPNK )

しまったと思って説得する

『そうじゃない、お前を責めてるんじゃないから…今話してる途中だろ?落ち着けって言ってるの!』

『こんなの殺せばいいよ!死んでもいいんだ!』

参った…
まさかこんな所で…
話が進まない…

もう死ねと殺せしか言わない
12年間の痛みを
全て今吐き出している様に…

そんなもんだから
祖母と男が入ってきた…
来るなよな…
ジジィ話さなくなるだろ…
あぁ、口のきき方
俺…気を付けなきゃ…

席を外して城を抱き締める
幼い子をあやすように
ゆっくり話しかける…

『怒鳴って…悪かった。人は殺せないって前に話しただろ…今さ、爺ちゃんがちゃんと説明しようとしてるから。最後まで聞いて。お願い。』

徹の顔を見る
やれやれという顔で立ち
城の隣り…床に座る

『城君、座って。』

徹の肩に手を掛けて
両膝を抱えて座り込み
大人しくなった

No.411 10/06/15 19:37
㍊ ( wPNK )

流石に
死ねと殺せは効いたのか
口に手を当てて驚いていた

男と祖母も
城の剣幕に酷く驚愕 した顔
黙って祖父の隣りに座った

もういいや
このまま進めよう

『…すいません。話、続けて下さい。』

『私は…虐待だなんて思っていなくて…ただ…酷いことをしているという…自覚は…ありました…。』

静まり返る
城は膝を抱えたまま
顔も上げずに聞いている

『今、死ね殺せと言われて…その子がナイフを振り回した時を思い出して…冷静に考えれば…殺意を抱かせる程…苦しめていたのかと…今の城を見て…今やっと…気付いた…気付きました…やっと…。』

すすり泣き始める城

『城は貴方を一番恐怖に感じていましたよ。』

『…まぁそうかもしれません…加減をしたことは無いですから…。カッとなりやすい性格なものでね…。』

『親父…話すこと無いだろ!また録音してるかもよ。』

男を睨み返す
根っから腐ってんのは
こいつだったりしてな…

『先程、停止しましたよ。』

『信用出来るか。ま、いいけど。この際。』

『イワオさん、続けて。』

No.412 10/06/15 21:14
㍊ ( wPNK )

『どう話していいか…正直自分でもよく分からない…。』

自覚無しでやってきたなら
そうなのかもな…

『なら俺が聞いていいですかね…孫が生まれた時はどうだったんです?』

『嬉しかった…確かに…初孫ですからね。でも、すぐ息子の子じゃないと聞いた時から複雑な気分で…職場や近所の方々にも祝ってもらった後ですし…あの母親に息子が丸め込まれたと思うと怒りが治まらず…可愛いと思うことすら無くなった…。』

男に言う

『ミツエさんの話も含め…基本的にはあんたが撒いた種だな。』

『知るか。関係ねぇ。』

城が顔を上げずに口を開く

『俺の父さんもいないの…?何で俺ここに置いたの…みんな家族じゃないんだろ。』

『施設でも良かったけど。世間がうるさいからだ。』

『…黙れ。』

気に入らない…この男
こいつも多分隙を狙ってる…
祖父が続ける

『世間は気になりますよ…やっぱり…後ろ指さされたく無い。私の親も厳格でね。いつも見られていると思えと教えられてきましたから。』

『ウチの親父は厳しいよ。それでよく殴られてた。城の育て方だって同じようなもんだろ。さっきも言ったけどさぁ?』

No.413 10/06/16 05:48
㍊ ( wPNK )

『シンジさん。あんた体に熱湯浴びたか?繋がれたか?飯与えられないなんてことあったか?同じじゃねぇだろ。黙ってろ。』

どうでもいい奴なだけに
話し方もどうでも良くなる
祖父の方を向く

『世間体気にした所で、世間は何もしてくれないですけどね。どうして…いつから暴力的になったんです?』

『小学生の頃は…あまり家に居なかったですから…ミツエに任せっきりで…中学になる頃には態度もふてぶてしくなり…見るだけ腹立たしいと思うようになって…手を上げると面白いくらい言うことを聞いたものですから…エスカレートしてしまった…。勝手に学校行かずにフラ付くようになり、近所に変な目で見られていないかと…噂されていやしないかと不安で余計…。躾と言ったのはそんな所からです。』

『エスカレートですか…。あまりにも残酷過ぎましたね。ゴルフクラブでの暴力、熱湯、手錠やロープや首輪による監禁、犬扱いする等の人権侵害…手紙での挑発。それらの行為について今どう思いますかね。』

『虐待の自覚は無かったにしろ…やりすぎた自覚はあったから…そこはもう…。』

もう、何だよ
言えよ早く

No.414 10/06/16 06:05
㍊ ( wPNK )

『表に…人様の前に出したくなくて必死でしたから。でも…うん…そうですね…息子にはしなかったことを…城に…殺意抱かせるくらいね…。』

黙って1人で頷いて
顔を伏せたままの城を見た

『城…私が悪かった…本当に…すまなかった…。』

謝った!

『許してくれるなら顔を上げて欲しい…。』

上げない
反応すら無い

それどころか
背を向けて後ろを向いた

そりゃそうだろう
暴力に対しての謝罪でも
全ての行いに対しての
謝罪ではない

城にとっては
こんな中途半端な謝罪なんか
意味が無い

とりあえず…

『シンジさん、ミツエさんもお願いします。』

祖母がハンカチを当てて
口を開く

『城…本当の孫なのかもしれないと思うと…さっきずっと考えてたら…私達のした事は…城、ごめんなさいね…本当にごめんなさいね…。』

残るは男

No.415 10/06/16 08:25
㍊ ( wPNK )

『城は俺の子だよ。』

祖父母が男を見る

『梶谷さんの言った通りね。まだ遊びたかった。逃げ口実だったさ。当時はそれでいいと思ってたけど、やっぱり気にはなってた。俺だって城が生まれた時は親父になったんだなぁって実感して、大きくなったら一緒に晩酌できるって…息子だってことに喜んだ。でもねー現実って難しくてさ、小遣い減るわ自由に出来ないわ給料まで下がるわ、疲れて帰ればガキは泣いてるし、嫁さん疲れたって飯作らないし、俺に当たるし。もうイヤんなっちゃって。しまいに息抜きしてくるって、城置いて外出れば、尻軽女、どこぞの男と遊びまくって…そりゃ俺だって女作って遊ぶよ。疲れながらも代わりに面倒見れば言うこと聞かねーし。もう、いらねーと思った。だから親父とおふくろに、俺の子じゃないかもって言ったんだ。俺に対して特におふくろは過保護だったから信じると思って。俺達、出来婚だしさ。正直に言えばそんな所。城は正真正銘、間違いなく俺の種(笑)!』

開いた口が塞がらないって
こういうことか

『親父、おふくろ。何こんな奴らに謝ってんの?俺も謝らなくちゃならなくなるだろ!一般人だぜ?』

No.416 10/06/16 11:24
㍊ ( wPNK )

祖父の平手打ちが
男の顔面を直撃した

『お前は…!今になってなんてことを…!』

何でグーじゃないんすか!
って言いそうになったが
堪えた

『何でグーじゃないの?パーでやるあたりが甘やかして育てたって証拠だよね(笑)。厳しくしてるつもりで実は甘やかした育て方だったんだ。だからそんな自己中の脳味噌腐った馬鹿息子になったんだよ。城君はグーよりも痛い思いをしてきたのに。今だってホラ。そりゃ簡単に許せないさ。』

徹…(笑)
城は見向きもせず
ただ小さくなって泣いている
そりゃ傷付くよな…
どうにも出来ない時期に
既に嫌われ
邪魔扱いされていたんだから

『俺にも…息子はいます。城と同じくらいの。人の育て方をどうこう言える立場じゃありません…息子の希望で離婚しましたから…。でもね、子を育てるってどういうことか考えて下さいよ。利己的な判断で、簡単に要る要らない、可愛い可愛くないって…それは違う。自分の人形じゃないでしょう。赤ん坊だって人間ですよ、心も脳もあります。考えるし喜怒哀楽持ちます。喋ることが出来ないだけですよ!物じゃない!快楽だけを望むなら作るな。』

No.417 10/06/16 12:11
㍊ ( wPNK )

『作りたくなくても、出来ちまったんだからしょうがないだろ?俺なりに頑張ってもみたんだしよ。久々に去年会って、大きくなったなって本当に嬉しかったさ。クソ生意気だったからやっぱり受け付けなかった…ついビシバシやったけど。親父だって昔はそうだった。変な所で親父ぶるなよ。』

『俺が…。』

城がしゃくりあげながら
話し出す

『俺が生まれて…泣かないで大人しく可愛くしてれば良かった…可愛くってどんなこと?頑張って昔々を思い出そうとした…でも、母さんが抱いてキスしてくれた所までしか思い出せなくて…そんな悪い子だなんて気付かなくて…ごめんなさい…でもどうしていいかわからなかったよ…何で叩かれるのかも全然わからなかった…気付かなくてごめんなさい…去年会った時も…急に父さんだって言われても頭の中グチャグチャで…信じなかった…だからまた嫌ったんだろ…ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!俺は…俺が悪かったから、父さんも爺ちゃんも婆ちゃんもいつも怒ってた…鏡と徹は怒らなかったけど…我慢してたんならごめんなさい…許してください…!鏡と徹、嫌わないで…。』

『城君は謝る必要無い!何も悪くない!』

No.418 10/06/16 17:33
㍊ ( wPNK )

『そうだよ、城!お前も悪いんだよ!馬鹿!何、助け呼んでんだ!』

城がワアッと
声を張り上げて泣き出す
祖父母が怒る

『シンジ、いい加減にしろ!』

『どうしてこんな…。』

『ごめんなさい…ごめんなさい!俺が悪いです!』

『親父が俺にしたことだって虐待になるだろ!俺は叩かれて育ったから城にもそうした!言うこと聞かないから仕置きした!親父だって同じじゃねぇの?そもそも城をあそこまで汚ぇ体にしたのはあんただろ!』

『シンジ、あなたが周りに対していけないことをした時しか、この人は手を上げてないでしょう!欲しいものはあげたでしょう!』

『知るか!勝手に買ったんだろって!俺の話信じて、違うかもって言っただけで孫を虐待して?俺だけが責められるのか?飯もろくにやらなかったんだろ!俺はあんたらに預けたんだ!それをこんな馬鹿にしたの、誰だよ!』

『やめて!やめて!家族だろ、やめて…俺が悪いからみんな駄目になる…!』

『お前が我々を騙すなんて思ってもいなかった…事の発端はお前の嘘じゃないか!』

『徹…。』

『何、テープなら今の内に入れ替えた…。』

『俺…もう…疲れたよ…。』

No.419 10/06/16 18:04
㍊ ( wPNK )

ここに来て数時間…

予想以上に話が進まず
聞かない人間

俺なりに抑えて
原因も聞き出して
何とか進めてきたけど…

もう…本当に疲れて
頭が回らなくなってきた

何をしにきたんだか
何を話してきたんだか
もうわからなくなって…

次から次へと
出てくる言葉は
自分を守る為に過ぎない内容

この3人が何故
家族喧嘩をし出したのかも
どうでもよくなって
頭が真っ白で…

何しに来たんだろう…俺

ソファーに背を埋め
両手で頭を押さえる

3人の喚き声が
ただの雑音にしか聞こえない

城…泣くなってば…
俺が泣きたいよ…
俺が謝りたい…
お前に…

スムーズに事を運んで
言い聞かせて
早く終わらせる頭が無くて
ごめんなさい…

城…泣くなって…
お前は何一つ悪くない…

お前の…
笑顔は無くても嬉しそうな
あの空気が欲しい…

俺の一番の特効薬…
俺に…元気を…

『城…こっち来て…。』

城を見ずに手招きする…

No.420 10/06/16 18:29
㍊ ( wPNK )

ベソかいたまま
立ち上がって俺の真横に立つ

何て顔だよ…
いい男なのに勿体ない(笑)

目は真っ赤
耳も真っ赤
顔も真っ赤
涙でベチャベチャ
見た目は小学校低学年

手を取って
お前は何一つ悪くないって
説明してやろうとしたんだ…

それなのに
体も口も動かない…

ソファーに背を埋めたまま
片手で城の手を取り…
もう片方の手で顔を隠す…

城が泣き止んで
逆に俺を見てくるから
照れるじゃねぇか(笑)

『鏡…。』

俺が城に話す時にしたように

俺の手を離し
俺の頬に両手を優しく乗せ
ジッと目を見詰めた…

『泣かないで…!』

そんなつもりは無かった
でも目が
赤くなってたかもしれない…

自分の顔を
見てみろよと思いながら
笑い返した

一気に充電完了した!
ありがとう!
カワイコチャン(笑)!

早送りします!
頑張ります!

城を軽く抱いて座らせた

No.421 10/06/17 04:08
㍊ ( wPNK )

手を叩いて注目させる

『ハイハイ!周りの目が気になるって言っておいて、こんな時間に大の大人が喧嘩しないでくれますかね!』

1人ずつ突き飛ばし
また座らせる

『城の言葉聞いたのか?何で被害者に謝らせる?シンジさんよ…俺と同じくらいの歳にしても、ちょっと…大人になってくださいよ。』

『今こう息子と衝突して…何て言いますか、我々の非がどれだけだったかというのを実感しました…。』

『だから俺だけが悪ぃのかってよ!』

『それも含めて!城にもう1度謝ろうと言っている!城に爺ちゃんなんて呼ばれた事は今まであったか無かったか…さっきの城の話し方…私の前に居た時とは全然違うのにも驚いた…。』

城は徹の陰で
今度は前を向いていた

『城…全てを認めて頭を下げよう。全てだから…爺ちゃんがお前にしたこと…隠さずに…だから…お前の体に悪戯したこと…。』

妻と息子が祖父を見る

『虐待の自覚は無かったと言っても…これだけは自覚しつつも…やってしまった…心に深い傷を残すのは知っていた…まだ未成年で男で…孫なのに…最低な行為なのも知ってて…欲望を抑えられなかった…厭らしいことを…すまない…。』

No.422 10/06/17 04:51
㍊ ( wPNK )

認めた…
そして…謝罪の言葉…

妻子の軽蔑の眼差し…
もしかするとこの先
この行為を
事あるごとに引き出されて
責められるかもしれない

でもそれが
城を虐げたこの人の
負い続けなきゃならない
当然の罪

城はそんな傷じゃ
比べものにならない
癒える事の無い傷を
負ってしまったんだ

うつむいて唇を噛む祖父
最初の勢いも
厳格な雰囲気ももう無い…

『俺が個人的に知りたいだけなんですが…その行いに対して…原因とか教えて欲しいです。俺にとっては理解し難い行為なので。性の欲望だけじゃないでしょう?話せる部分だけでも。』

城を見る
思い出すよな…
やっぱり顔を上げず
手は震えていたが
徹も傍で話し掛けてるし
大丈夫だろう

No.423 10/06/17 13:34
㍊ ( wPNK )

現実逃避…
だったのかもしれません…

さっきも述べましたが
城が生まれて
知人達に祝されて幸せでした
息子に継いで男児
佐伯の名を継いでくれると
心から喜びました

でも
息子に違うかもと言われ
まさかと思いつつも
息子を信じた
どうでもいいと思いました…

今確実に息子の育て方自体
誤ったんだなと実感しました

息子が城を置いて消え
捜しても見つからなくて
寂しさが募りました

こんな馬鹿息子でも
私達の子ですから
そして親ですから
心配で不安で…

城はというと
ミツエも言ったように
笑わないし顔色を伺うし
呼べばおどおどして
何か気を遣いながら
話し掛けてくる…
何かをするにも
先読みして動く…

それはお前にしてみれば
私達に褒められたくて
構って欲しくての
行動だったんだろうが…

それがまた3歳児らしくなくて
どこか不気味で…

…城、昔の話だからな
城は悪くないんだよ

うちの馬鹿息子がきっと
ここに来る前に
お前をそういう性格に
してしまったんだと

今は思っているから…
話すだけ話させてくれ

No.424 10/06/17 13:55
㍊ ( wPNK )

成長する城を
どこか息子と重ねたり
そして
憎たらしくて仕方なかった

こいつがいるから
息子は戻らないんだとも
思いました…

そんな空気を
既に察知していたんだな
お前は賢いから…

小学校あたりでは
城のことは
ミツエに任せていたので
あまり記憶にありません

職場の仲間や
町内会の集まりで
周りから孫は元気?とか
可愛くて仕方無いでしょうと
そう言われる度ただ苦痛で

家と学校以外
外出や寄道は厳禁
城の存在を気にしないように
家に閉じ込めました

私自身も誰にも
何も噂されたくなくて
周囲との関係を断ったことが
余計どこかで
寂しさ覚えていましたが…

この時からは
当然ミツエからも不満を当てられ
私の中では
孤独感も増した時期でした

中学前後になると
城も少しずつ抵抗し始め
面白くなかった…

だから力でねじ伏せたんです
自分の力を見せつけ
逆らわないように
今度はそれが
愉快になってしまったんだと
思います…

No.425 10/06/17 14:18
㍊ ( wPNK )

そして…初めて…
やってはいけないことを…

ミツエが疲労で入院した時
ミツエに怒られて…

私と同じ気持ちなのに
城の面倒を
任せっきりにした部分を
酷く責められた後だった…

自業自得とは言え
自分の周りには
誰もいなくなったと思い
そんな中…

城に当たって文句を言うと
素直に聞くもので…
どこか快感を…持って…

体も大きくなったし
初めて…呼び付け…
しました…

泣きながら
嫌がりながら
謝りながら

言うことを聞く姿が…
可愛くて可愛くて…

お前に隙があるから
こうなるんだと
責任を押し付け…

…犯し…ました…

No.426 10/06/17 14:32
㍊ ( wPNK )

『そんな前から…!』

と涙ながらに
汚い物から逃げるように
祖父から離れる祖母

『流石に…それはねぇわ親父…クソだな!』

と祖父の二の腕に一発
拳を打つ息子…

どっちの気持ちも分かるが
この結果がこの人の
懺悔なのかと思うと
俺はもう憎めなかった…

城は…聞いてる途中で
徹の後ろで
うつ伏せに倒れ込み
ずっと泣いていた

その状況でも
声を震わせながら
祖父は続ける…

…初めて涙を見た

No.427 10/06/17 14:47
㍊ ( wPNK )

自分が一番可哀相だと
感じていました

周囲の目
妻との不和
息子の消息問題
孫の血縁問題
仕事でも問題があり
もう全てが嫌でした

城しかいませんでした

城を泣かせ怯えさせ
許しを乞わせるのが
いつの間にか
生きがいともいえる
そんな状態でした…

城は弱いですから
簡単で
利用したんです私は…
おかしくなっていました…

もう一つ
知っていたことがありまして

城なら
簡単に他人には洩らさない
賢いから
どうなるか知っているはずと
安心していました

恥ずかしい行為だというのも
城なら知っているはずと…

どこか安心して…

何度も…何度も…
抱きました…

もう…
通報して頂いても…
結構です…

神崎さん…
立派な犯罪者でしょう?
私は…

No.428 10/06/17 15:09
㍊ ( wPNK )

泣き崩れる祖父

『城、すまなかった…爺ちゃんなんて呼ばないでくれ…いつか…いつかは…こういう日が訪れるのを…夢にまで見て…怯えながらいたんだ…怖いくせに…馬鹿なことを…!警察や相談所ではなく…この方々を選んだお前に…ありがとうと…言いたい…なぜなら…虐待行為について…考え直して悔い改める時間を…じっくり与えてくれたからな…神崎さん…梶谷さん…どうぞ…明日にでも機関へ…全て認めて受け入れますから…!』

彼は立ち
伏せて泣きっ放しの城の
近くに座った
ビクッと反応する城

『お前には触れない…安心しろ。そんな権利は私には無い。でも、城…お前がこんなクソイワオを…いつか許してくれるなら…その時は…爺ちゃんって呼んで…くれるか?汚らわしいだろうし、触れなくていいから…爺ちゃんと呼んでくれるだけでいい…。城、ごめんな。痛かった、辛かった…気持ち悪かったな…。本当に…本当にすまなかった…城…すまない…。』

両手を床に付き
頭を床に付き

土下座をした…

城が顔を上げるまで
ずっと…ずっと…

No.429 10/06/17 15:38
㍊ ( wPNK )

誰も口を挟めなかった

間違いなく
この人の心からの謝罪
皆がわかっていた

あとは城の判断だろう…

さっき俺から離れて
徹にティッシュ貰って
ベチャベチャの顔
拭いたばかりだったのに…

また同じ顔で
ゆっくり起き上がった

土下座する祖父の方に
泣きながら
両膝で進み

正面から祖父の背中に
手をついた…

そして
やっぱりしゃくりあげながら
こう言った…


イワオが、お、おれの、おじいちゃんに、なった…!

き、きょう、クソッタレじゃ、ないよ、おれの、おじいちゃん、じいちゃんだよ!


俺…これから
城の前で言葉遣い
気を付けよう…マジで…

そう思いながら安堵する

『…うん。城、良かった。爺ちゃん、お前と同じベチャベチャの顔、上げられねぇって困ってるぞ(笑)。』

ベチャベチャの顔に
嬉しそうな笑みを浮かべて
頭を上げた

真っ直ぐ見る城を抱き締め
ありがとう!と言った

そして俺を見て礼をした
俺も笑顔で
頭を下げて返した

No.430 10/06/17 18:10
㍊ ( wPNK )

城にとって祖父の土下座が
どれだけの重みなのか
俺は知らない

端から見れば
甘いとも思える許し…

でも祖父の人間性は
本人が一番良く知っている

城が許すのなら
俺も許そうと思った

城はまた
徹にティッシュを貰って顔を拭く

すぐ祖父の手を振り切り
傍を離れて
徹と俺の間に座る

行為を許しても
体が許さない
受け付けない
俺にはそう見えた…

祖父もソファーに戻る


全てが面白くないのは
男だろう

馬鹿息子と罵られてから
ずっと祖父を睨んでいる

『孫の体も汚けりゃ、親父のアソコも汚れきってんな。ショックだよぉ俺。』

勿論祖父は何も言えない…
祖母が怒鳴る

『それでも!私達の生活を支えたのはこの人よ!そんな言い方…確かに汚らわしいとも思うけど…それを思うと…。シンジ、いい加減にして。城を、本当の息子をそんな風に言わないで!』

『確かに俺が馬鹿だった。認めるよ。俺のくだらない一言で、まさかまさかの虐待が始まるなんて。信じてそこまでやる2人も馬鹿だけど。なぁ、城。俺が憎いか?謝れば許してくれるかな。土下座したら。』

No.431 10/06/17 18:38
㍊ ( wPNK )

『お前は、死ね。』

城の表情が見る見る変わる
落ち着いた低い声で罵る…

『じいちゃんは土下座したから、許したわけじゃない。お前はおかしい。嘘つきだ。気持ち悪い。』

『言ってくれる(笑)。お前も逃げれば良かったろ。その人達に会うまで何してた?赤ん坊じゃあるまいしよ。』

『挑発して意味あんのか?おぅ!本当、いい加減にしろよテメェよ…。』

俺も素になる
悔しそうに城が答える

『逃げたけど!逃げたけど、俺は学校とここしかわからなかったから!逃げても…行く場所が無くて…どうしていいのかわからなくて…!知らない人間が怖くて…学校の奴らに知られたくなくて…外のことはテレビでしかよくわからなくて…ダメだった…から。捕まっても逃げたけど…遠くに行けなくて…知らない世界が怖くて…。それ以外は…凄く怖くて…!変な行動したら沢山殴られるから…逃げられなかったよ…大人しくしないと…怖かったから…助けてなんて…言えなかったよ…。』

『結局怖い怖いばっかで、居たんだろ(笑)。お前にも非があるっつってんの。な、城。これからちゃんと俺が外の世界も教えてやるから。それがお前への償いだ。駄目か?』

No.432 10/06/17 23:38
㍊ ( wPNK )

『駄目。許さない。バカ!』

その一言の後…
男の行為で俺はとうとう
ブチ切れた

何したと思う?
城に…城に湯のみを
投げつけやがった!
頭でなく腹に当たったのが
まだ救いだったが…

痛みよりも恐怖心が芽生え
城が酷く痙攣し出した

祖父も立ち上がって
喚いていたが
俺のが早かった

『テメェ…コラ…!』

でももっと早く立った徹に
押さえられた…

祖父に殴られる男
2度、3度殴られる…
俺にも殴らせろ!

『離せ、徹!テメェ、何した!ふざけんじゃねぇぞ!!』

『鏡、あいつの罠だ!ワザとだよ!落ち着け、ハメられる所だった!』

『知らねぇ!こいつ…オゥ!こっち来いや!話じゃ無理なんだろうが!』

『鏡、笑ってるだろ!』

男は祖父に殴られても
まだ笑ってやがる…
寒気がする…
何なんだこいつ!

『お前が殴れば傷害罪だったのに…気に入らねー…。』

息を切らせて
城に寄る
震えじゃない…痙攣だ

『救急車…!』

俺が徹に言うと
やめてやめてと腕を掴んだ

『クソッ!!』

その内落ち着くからと
徹が面倒を見る

男を見ると
祖父が胸倉を掴んで
城に謝れと
投げ飛ばしていた…

No.433 10/06/18 19:56
㍊ ( wPNK )

城は投げ飛ばされて
近付いた男に悲鳴を上げ
徹の後ろに隠れた

ごめんなさい、俺が怒らせた
俺が悪いから!叩かないで!

徹が間に入ったまま
男に向かって言う

『あのさ。まだわからないの?城君がどんな思いでここに来たか…分からないか。正真正銘の腐れた〇*☆◇※みたいだから(笑)!来る必要も無かったんだ、こんな家。こんな…おぞましい思い出しかない家!お前の親父の話も聞いただろ。お前達の異常な行為が繰り返されたこの家に、何でわざわざ俺達と一緒に来たと思ってんだよ!あれだけの事されてさ!お前、分かってんだろ?自分で!色々言い訳するけどね!城君にやってきた事が、どれだけ痛くて苦しいのか、お前だって親父に殴られて育ったなら分かるだろ!なのに、そのお前に!!それ以上の事されてきた!犬呼ばわり…ワンて言え…犬の餌…!低脳な一問一答…!根性焼き!飯に毒、熱湯って脅し!他にもあるだろ!?城君言わないだけで、お前も親父が今告白した事と同じ事やったんじゃないの?親父にされた事以上の行為をするくらいだからな!女と遊びたくてこんな良い子捨てるくらいだからさ!下半身だらしないんだろ、お前こそ(笑)!吐け!』

No.434 10/06/18 20:21
㍊ ( wPNK )

『やってねぇ!あんな事…一緒にすんな!』

『ならやるなよ!この場になってまで!痛みを知ってしまったならそこで…お前で止めろよ!自分がされた嫌なことを相手にやるって、どういう思考回路だよ!絡まってるどころか、ショートしてんじゃないかって(笑)!嬉しかった事は相手にもしてあげる、嫌だった事は相手にはしない…今時園児だって知ってるし!ホンッッット…〇*☆◇※(笑)!!城君はな、直接自分の目と耳で…お前達から何故こんな扱いされてきたのか…充分身を持って経験してきた恐怖を!自分の事だからって!自分の何が悪かったのか知りたいからって…城君は悪くないのに…直接聞くんだって…自分から化物の巣窟に入る勇気を出して、ここへ来たんだよ!どうして分からない!?どこまで化物なワケ!それともエイリアン!?心無いからロボット?ターミネーターのがまだ人間に近い!』

徹は男の肩を
時々小突きながら続ける…

No.435 10/06/18 20:47
㍊ ( wPNK )

『言いたい事あるか?あるなら言えよ!その代わり言うなら教えてやれよ!?どうして酷いことして笑えるのか、どうして鏡のが本当の父さんみたいなのかって、城君がいつも抱いてきた疑問に答えてやれよ!?その覚悟を持って、文句あるなら言え!言ってみろ!』

『…。』

『…鏡や城君が許しても、俺は許さない…俺はとことん監視するからな。盗聴器だって仕掛ける…小型カメラだって、隙見て仕掛けてやる!時間あれば張り込むし!責任感強いA型ナメんなよ…やるって言ったらやる。A型の性格の恐ろしい部分、フル活用して事細かに記録してファイルして…何かあったらすぐ引き出して通報してやるからな。分かったか!』

『…徹、それ犯罪の域…。』

『冗談に決まってるだろ、空気読めよ!鏡ほどマヌケじゃない!…お前、聞いてるか?冗談だけど冗談じゃないかもよ…!捕まったら務所からでも怨念送ってやる…!それだけ、俺は許さないって事だ!』

怖いと思った…(笑)
徹は最後に男の胸を
ドンと軽く拳で突く

俺は慣れてるけど
あまりのマシンガンに
3人は呆然としていた

男はあぐらをかいて
座ったまま溜息をついた…

No.436 10/06/20 18:46
㍊ ( wPNK )

『こいつが?…本当の父さんみたい…ね…(笑)。』

不服そうに俺を見やがる…
その目にカチンときた

『…何だよ!俺が教え込んだんじゃねぇ、城が自分の判断で俺に信頼置いてそう言ってくれたんだからな!』

面と向かって座る徹から
少しずれて座り直し
城に話し掛ける

『城。悪かった。』

そして振り向いて
ソファーの傍で立ち尽くす
親を見て言う

『親父、おふくろ。馬鹿息子で…こんなんでごめん。親父。俺はあんたのせいにしてたけど、違うから。俺にしたことも虐待だろって言ったのは…ただ困らせてやろうと思っただけ。この歳にして恥ずかしい限りだ。そんな風には微塵も思ってなかったよ、怖かったけど(笑)。』

どこか寂しそうに笑う…

『確かに…予想外の妊娠で入籍…生まれた城の存在で自由が奪われたのが面白くなかった。ガキの頃からおふくろにねだれば、すぐ金くれたり欲しい物買ってくれたり。金なんてあって使って当たり前みたいなもんだったから…。』

No.437 10/06/21 00:21
㍊ ( wPNK )

『全ては俺の何気ない自己中な一言から始まった…しっかり認めますよ…。親が自分に甘いことを知ってて城を押し付けて…自由気ままに好き放題やって、失敗して借金抱えて…そしてまた自ら甘えに来て。気にはしてたって言っても、12年間写真すら見ずに放置した息子…正直に言えば…心のどこかで、本当にあの城なのか?って実感すら無かった。間違いないのは分かってたけど…空白があまりにも長すぎてね…。何を言っても言い訳にしかならないけど…。上手く行かない毎日に…弱い城を利用してストレス発散したって…あぁ、そこは親父と一緒かも…城、ごめん…。』

今までが今までだったから
このごめんが全然納得いかず
俺も徹の隣…
城と男の間の床に座った

城は困惑した様子
純粋な奴だから
きっとこの言葉に
心が揺らいでるのかも…

俺は全く信用していないから
更に念を押す様に
言ってやる…

No.438 10/06/21 01:18
㍊ ( wPNK )

またきっとどこか笑いながら
何か裏があって
油断させようとしてるように
見えたから…

『認めて心からの謝罪をと言ったけど、これだけは覚えていて欲しい。』

祖父母の顔も見る

『貴方達が城にしたことは永久に許される事じゃない。城本人が許すと言うならそれまでですから、表向きは良いでしょうけどね…傷は消えないんですよ。体と心の傷、痛み。体中の傷や痣は多少薄まっても…完全に消えはしない…真夏に薄着になることも、海やプールで遊ぶことも温泉も…当たり前のことをこの先経験することが…。』

城が慌てて口を挟む

『鏡!ダメだ!言っただろ、誰にも見られたくない…そんな所絶対行かないからな!鏡と徹だから見せたんだ、鏡と…。』

うん、分かってると
笑いながら口を塞いだ

『…鏡を見る度、着替える度、どういう事をされて作った傷なのか思い出すでしょうよ。貴方達の暴行から完全隔離される事は無い。心に刻まれた傷がどれだけ彼の生活に影響を与えてしまったのか…想像…つかないだろ?本来ならごめん、すまないで終わる話じゃないんですよ…!』

思い出して腹立たしくなる
城が許すなら俺も許す
でも覚えておけよ!

No.439 10/06/21 12:35
㍊ ( wPNK )

『貴方達は城が許せば良かったで終わるかもしれない。けど知らなきゃならない部分もあるでしょう?貴方達が自分を守ることしか考えず、この子にやってきた全て…それによって城が今どうなってしまったのか…知らなければまた繰り返すかもしれない!俺はそれが怖いんですよ!貴方達が笑いながらやってきたことが、1人の人間をどうしてしまったか、ザッとお話ししますよ!どれだけあんたら自身が腐れた人間だったのかをね!とことん自覚させてやりますよ…そして一番話したかった…本題…入りますから。』

その時徹がファイルを手にし
後ろを向いて城に話しかけた

『城君、こんな家居たくないよな!婆ちゃんに言われたんだろ、義務教育終わったら出てけって。今すぐ出たいよな(笑)!車あればどこでも行ける。頑張って金貯めて買って俺達と、城君の車で旅行しよう。車の雑誌買ってきたんだ。今これ見て何買うか一緒に考えようぜ(笑)!』

『鏡と徹みたいなのがいいよ、色は黒!』

後ろを向いてファイルから取り出した雑誌を見始める2人…

こっちの話から気を逸らすため…徹は知らない間に雑誌を… 本当、助かる

『今から話す内容、しっかり胸に刻め。』

No.440 10/06/21 20:13
㍊ ( wPNK )

俺は思い出せる限りの
城の異常な行動を語った

中でも3人が
うつむいて聞いていたのは

自分は犬で汚い化物だと
思わせてしまった話

普段は恐くて近寄らない犬
散歩中の飼主に首輪を外せ解放しろ!と突然掴みかかったこと

繋がれている犬の首輪を外してあげたと嬉しそうに報告し俺に説教されたこと

夢の中でも自分をハクだと言ってワンワン吠えていたこと

TVで流れていた保健所の話に怒り、TVに向かって人殺し俺を殺すなと泣き喚いたこと

腕をナイフで血塗れにして泣いていて、理由を聞いたら…皮膚を全部剥がせば汚い体が綺麗になると思ってやってみたら凄く痛くてできないと…言っていたこと

他にも…

アームカットという自傷行為
頭の中があんたらで一杯で、謝っても許してくれないからと…自分が悪いと思った時、自分に罰を与えていたこと

熱湯とタバコによる恐怖
キッチンに立つことすら出来ず沸騰する音や熱気で体自体が異常反応を起こすこと

暴行されたことを思い出し
突然の発作と同じ…震え出す手を呻きながら噛み切ろうとして俺に押さえつけられたこと

穀潰しだと思い込み
金への執着が酷かったこと…

No.441 10/06/21 21:13
㍊ ( wPNK )

本名で呼ばれることに対する激しい怒り

刺青への深い想い

人からの視線に対する尋常でない恐怖との葛藤
目が合っただけで見るな!と怒り出すこと

殺意

死への憧れと生への執着

絶えることの無い暴力と恐怖によって成長しない心と体

性虐のせいでおかしくなる心
俺は女なのかもしれないと言い出し…何故か聞くと…男が男になんて変だ、きっと俺が女だからやったんだろと話したこと…

子を持つ母親への憎悪と嫉妬
スーパーでぐずる子を抱いてキスした母親…急に傍に走って行って、自慢するなバカと叫んだこと…

…まだまだある

とことん自覚させてやるつもりだったのに…

俺自信が辛くなってしまい
話を止めた…

話しながら次から次へと
昨日の事のように
辛い思い出が湧き出て来て…

また沈黙になってしまった…

城と徹の
車の話題だけが響く…

徹が空気を察して振り向いた
城も気付いて
雑誌から目を離した…

No.442 10/06/21 21:49
㍊ ( wPNK )

…誰か何か言ってくれ(笑)

声出ねぇんだって…
無理矢理出しても
きっと声が震える…

城のベソ移ったから
涙もろくて参る…
泣いてねぇけどな!

お前らに見せてやりたかった
今挙げた中の城を直接…

俺は全部見てきたから
城のこと…
全て受け入れられたから
そしてこれからも
自立して羽ばたくまで
見守って育てて行きたい
…俺が!

だからさ…頼みに来たんだ…

でもまず
詰まる喉を開かないと…

『…生まれた我が子を可愛いと言っておいて…どこの世界に…こんなにズタボロにする…親がいますかね!どこに…自分の家が憂鬱な場所だと思わせる家庭がありますかね!』

ここにもいるけど…
神崎鏡矢っていう馬鹿親が

『貴方達よりも…城と一緒にいる時間は遥かに短い俺だけど…俺のが本当の城を貴方達より遥かに知ってますよ…。』

自分の息子より…
城を知ってるよ…

だから…

No.443 10/06/22 00:03
㍊ ( wPNK )

『だから…。』

『…神崎さん。』

男がうつむいたまま口を開く

『もういいです…。』

祖父母も続ける

『神崎さんにも本当に申し訳ないこと…城が知らない所でそこまで…それを貴方が…。』

『ごめんなさいね…本当に…謝って済む話ではないわね…。』

『神崎さんと梶谷さんと…城…。俺達親子揃ってどうにかしていた…気付かせてくれて…感謝しますよ。そして、俺の口…信用出来ないかもしれないですけど、これが心から…本当の謝罪のつもりです…大変…申し訳ありませんでした。城、爺ちゃん婆ちゃん共々…俺も目が覚めたから…許してくれるかな…ごめん…ごめんな、そこまでおかしくしてしまって…嘘付いてお前を悪者にして…ごめんな…!犬じゃないよ、汚くない…俺のが汚かった…ごめん…。』

男も両手を付いて頭を下げた
あわせて祖父母もまた下げる
祖母はハンカチを当てて涙する

俺は言いそびれたまま
聞いていた

許したくない…
もっと教えてやりたかった…
身を切る思いさせたかった…
でも今の目の前の光景が
本当の3人の謝罪

それは充分伝わってきた

きっと城は
この男も許すだろう
なら俺も…許そう…

No.444 10/06/22 01:02
㍊ ( wPNK )

城は祖母の前に立ち
俺が城に真面目な話をする時の台詞を…

『俺の目を見て。話して。』

『…ごめんなさいね…それしか出てこないの…他に言葉が見付からないの…。でもこれからは私の自慢の料理、沢山食べて欲しいと思ってるわ。』

『…うん…嘘の目じゃないから…俺の婆ちゃんになった…。』

『ええ、ありがとう、城!』

次は男の前に座る

『俺の目を見て。話して。』

『…父親失格なの分かってた。ガキだった。お前を悪く言った嘘は取り消す…この2人…連れてきてくれてありがとうな…そして、ごめん…。』

『…母さんは?』

『え?あ、母さん?…再婚した話は聞いたけど…子供の話は…嘘…。』

『呼んだら…会いに来てくれる?分かる?できる?』

『…いや…実は連絡取ってたけど、色々あって…しつこいって拒否されてそのまま。お前のことも引き合いに出してみたけど…今更もう…って。』

小さな溜息をつく

『…そっか。仕方ない…俺も忘れます…。』

『許して…くれるかな、こんな父親…。』

『…。』

目を逸らして考える
そして頷いた

『嘘の目じゃないから…俺の父さん…許します…。』

No.445 10/06/22 01:38
㍊ ( wPNK )

男は笑った
今までの不適な笑みでなく
父親らしい顔で…
きっと
心底嬉しかったんだろう…

城の前に手を出し
よく分からないまま
城も手を出す…
根性焼きだと言って付けた
タバコの火傷痕を優しく撫で
何度も謝った…

城はそれを見て初めて
男に対して警戒心を解いた

片頬に手を当てて
本当の父さんに戻ったって
呟いていた

そして
俺に向かってまた…
また半ベソの顔で叫んだ

鏡!聞いたでしょ?
家族が家族に戻ったんだ
鏡と徹が助けてくれた!
この家が怖くなくなった!

うん…良かった…
望んだ結果じゃないか…
話が通じたんだ…
無駄な数時間じゃなかった…

なぁ…徹…
泣けるよな…
城を見ろよ…
あんなに嫌ってた男を…
父さんって認めたんだ…

男も…見ろよホラ
城は車が好きなのか
これから沢山ドライブしよう
そんな話をしてる…

泣けるだろ…
感動もんだよ…
待ち望んだ結果だよ…

なぁ…徹…
どうしたらいい…

タイミング見失って
もう言えないよ…
こんな嬉しそうな
【本当の家族】の前で…

城をよこせなんて…

城に【本当の父親】が
出来たんだ…

なら…俺は…?

No.446 10/06/22 18:26
㍊ ( wPNK )

ただ黙って一家を見ていた…
城を囲んで笑う家族…

俺は座ったまま
その場から少し後ろへ引く…

徹が俺の顔を見て
口パクをした…

は や く い え よ !

…言えるかって…
いいですよなんて
承諾する雰囲気じゃあない…
失敗するのは目に見えてる…

…首を振る…
徹が片眉を上げ
信じられないという顔を…

そして俺に合わせて下がり
耳打ちする…

雰囲気に飲まれるな!
言うだけ言えよ!
城君と約束しただろ?
確認もせずに帰るのか!?

確かに…そうだ…
城も望んでいたことだ…

城は許しただけだ!
居座ると決めた訳じゃない!

深呼吸をして立つ
徹も立ち上がる

『城、良かったな!』

笑って言えた
これは本心だったから

『鏡が助けてくれたんだ!』

嬉しそうに俺を見る
真っ直ぐな目を見返す…

この目なら大丈夫だ

『うん…来て良かった…。帰るぞ、家に。』

『帰る!』

そう言って
【本当の家族】から離れ
置いていた上着を手にした

No.447 10/06/22 19:08
㍊ ( wPNK )

祖父が一番先に反応する

『帰るって?どこへ…!』

『鏡のところだよ。俺の居場所だから。』

上着を着てボタンをとめる城
見る見る空気が凍てつき
父親が出る

『意味がわかりませんが。』

そりゃそうだ(笑)
いま本題に入ったばかりだ…
3人に向かって慎重に話す…

『城と約束しました。この場に置いていく結果にだけはしないと。』

『だから意味が…。』

『図々しい話なのも全て承知です。早い話、俺にこの子を育てさせて欲しい。』

困惑と言うか…
怒りと言うか…
あまりの内容に固まる親子
男がハッと笑う

『笑わせないでください。理由は?』

『理由…貴方達よりも城と共にした時は短いですが、貴方達よりも本当の城を見て知っています。城が望む限り、精神面で支え矯正してやりたいんです。』

徹も加勢する

『第三者の俺から見ても、城君が安らいで成長できる場所は神崎。今の城君の言葉、聞いただろ。俺の居場所だって。』

『ちょっと…図々しいとかの問題じゃなくて、おかしいじゃないですか(笑)?俺の子ですよ。謝罪認めて、父さんって呼んでくれた。ふざけるな。』

No.448 10/06/22 19:49
㍊ ( wPNK )

『謝罪認めて、父さんと呼んで…家族が家族になったと皆が喜んだ。目の当たりにして、それはよく承知の上です。俺達がここに来た本当の理由…城を確実に幸せにしてやりたい。』

祖父が言う

『我々の下では幸せになれないと?』

『ここまでお互い良い結果が出たのにも関わらず、城自身が居場所は俺のところだと言う。無視なんて出来ません。共に泣いて悩んで歩んで来ましたから。貴方達が刻んだ深い傷…何かの拍子にまた貴方達がえぐらないとも限りません。』

ストレートにぶつける
言葉を探す3人…
次は祖母が言う

『それにしたって…赤の他人に簡単にハイなんて…。』

『本人が望んでいます。そして俺からの…お願いです。』

今度は俺が頭を下げた
それを見て城が言う

『鏡と徹が助けてくれた…失敗しなかった…でも、ずっと居てもいいって言ってくれた…色々教えてくれた。鏡はずっとずっと父さんだったんだ。徹は兄貴。これからも。だから…帰る。いいでしょ。』

祖父母は迷いがある…
男は父親の顔から
ガキくさい顔付きに変わる…

No.449 10/06/23 05:15
㍊ ( wPNK )

『城…それは酷いな…。』

俺を睨みフンと鼻で嘲笑う

俺だけに向けられた敵意…
ここに来た時から
ひしひしと感じ続けていた…

こいつは
俺の存在が面白くないんだ

祖父母が必死に説得し始めた
時々納得したかのように
首を縦に振る城…

そして困った顔で
でも鏡とがいい…
鏡と居たい…と呟く

それを聞きながら
面白くない顔で腕を組み
周りを行ったり来たりする男

こればかりは
親や身内の許可無しでは
無理矢理連れて行くなんて
できない…
一応改心した後だし…

時間を与え過ぎては
いけない気がした

『城の判断に任せよう。親父、おふくろ含め俺もそこは…強要する権利はないから…。』

男が言う
…意外だった
城の答えは決まっていたから

城に近付いて
顔を覗き込む

『なぁ、城。爺ちゃん達の話も聞いただろ?父さん達に更生する機会をくれるのと、神崎さんの所に行くのと…どっちがいい?』

狡賢い選択肢だなと思いつつ
俺達の気持ちは余裕だった

城は考え込む
なぜ考えるんだよと
少し不安になる…

『鏡と徹が…いい…。』

決まった…!

ショックを受ける祖父母
男に表情は…無かった

No.450 10/06/23 18:35
㍊ ( wPNK )

男が城をソファーに座らせた
隣りに並んで腰を掛ける
そして城の手を取って
話し始めた…


まだ…怒ってるか?

…怒ってない

本当は許すことなんか
出来ないよな…
父さん達がしたことは

許してくれてありがとう
普通の生活をしていこう

なんてそんな簡単に
言えることじゃない…

お前を見付けて
守って助けて教育してくれた
神崎さんの傍に居たい
彼が父だと言う気持ち
凄く分かるよ…

行くなら引き止めはしない
そんな権利…ないから

父さん馬鹿な言い訳して
体裁繕った…
体裁ってのは…見栄

今は本当に恥ずかしさで
一杯だよ…

それなのに
こんな自分が
お前から父さんと言われて
どれだけ嬉しかったか…

強要しては呼ばないお前を
散々痛めつけて…
それでも…
絶対呼ぶことはなかった…

だから
どれだけ嬉しかったか
分かってくれるかな

…城…
お前の一言でバカシンジは
父親に戻れた…
気付かせてもらった…

この家が怖くなくなったって
その言葉で更に気付いた…

取り返しの付かないことを
俺達親子はしたんだなって…

行くなら行けばいい
神崎さんの所へ

ただ…
ひとつ頼みが…

No.451 10/06/23 18:59
㍊ ( wPNK )

頼める立場じゃないのも
分かってる

ただ…
チャンスを与えて欲しい

本当の親子
本当の家族になれるチャンスを…

ここまで来て
こんな結果になったのに
肝心のお前が居なくなる…

それは
俺達親子にしてみたら
今までと何も変わりない生活
償いのひとつも出来ない生活

そう…なってしまう…
お前が傍に居るからこそ
俺達はもっと成長できるはず
…違うかな…

婆ちゃんも
自慢の手料理食べてって
言ってただろ?

爺ちゃんも
爺ちゃんって呼んでって…
顔見て爺ちゃんって
呼んでほしいんだよ…

父さんも
父親として歩めているかを
お前に見ていてほしい…
クソシンジが…
お前に友達が出来た時
自慢の父さんだって
言えるように…



…男はうつむいて唇を震わせ
涙を飲み込んでいた


『…そうだな…しかし、渡す必要は無い。シンジの息子であり私の孫だ。シンジの言う通り…居てくれなければ…家族として機能しない。私は!城を離したくない…離せば罪も薄れる…城を見て共に成長し、死ぬまで罪を背負って行かねば…。』

祖父が俺を見て言った…

No.452 10/06/23 19:43
㍊ ( wPNK )

『でも親父。その判断は城がするべきだ。』

『…お前が…言うなら…。』

俺は内心焦っていた
城が反応しないのが
怖かった…

だってこいつは
純粋なんだ…
間に受けたらどうする…

そんな不安をよそに
徹が肘で脇腹を突く

雰囲気に飲まれるなって!
早く済ますぞ!

ホント感情希薄な奴だと思い
俺達も立ち上がった

確かにもう
長居は無用だ

『城の答えならもう出ました。貴方達も良いという答えのようですし。』

徹がウズウズしているのが
さっきから気になる

『徹、【第三者】のお前も言いたいことあんだろ。』

徹の口に
夢と希望を託そう(笑)
城…聞くなよ
そんな奴の話なんか
徹の話を聞け!

『有り過ぎてパンクしそうだ!俺は単にこの人の補佐的な役割だからこれでも我慢してんだよね。でも【第三者】の意見も時には必要だろ?まぁ、勿論神崎寄りの意見には間違いないんだけどさ。』

No.453 10/06/23 20:24
㍊ ( wPNK )

『何です…。』

男が構える
どうやら既に
徹が苦手なようだ

腕を組んで指差しながら
喋り出す
俺も真似して腕を組み
仁王立ちして相槌を打つ用意

『お前達の言うこと聞いてると体中ウジムシ這いずり回ってるみたいで気持ち悪くて腹立つ!まずやめてくれないか、その下手くそな演技。何、涙飲み込んだフリしてんの?やるならマジで泣いてみせろよ(笑)。城君、騙されんなよ。確かに反省した3人を城君は許したよ。ある意味【家族】になったよ。でもわざとらしいんだ、その言葉や動作が!さっきからお前、言葉とは裏腹に神崎を見る目が違うんだよ。』

『そうそう、イヤらしい目!好きなのか?俺のこと!美女以外興味ねぇぞ。』

『敵意剥き出しやがって。お前、神崎に嫉妬してんだろ。城君が鏡、鏡、鏡は父さんだって言うのが面白くないだけなんじゃないのか。』

『何を…!』

『黙れ!いいか、城君がお前達を家族になった、爺ちゃんになった、婆ちゃんになった、父さんになったって言うのは、家族としてこれからどうこうって意味じゃない!城君なりの許し方なだけだ!それ以上の意味は全く無い!』

No.454 10/06/23 20:58
㍊ ( wPNK )

行け行け徹
お前が女なら惚れてるぞ(笑)

『爺さん婆さんはそれなりに反省してんのは分かるよ!お前を本気で叱ったりブン殴るくらいだからな!』

『爺さん婆さん(笑)。てか、パーが気に食わねぇ。』

『全くだ!そう…パーだったな…って、そこはさっき話したからもういい。』

『いいのかよ!まぁ爺さん婆さんは嘘臭さの無い謝罪だったからな。俺もそれは許そうと思って頭下げた。でもよ…。』

『そう、でもよ、シンジ!お前の全てが気に食わないね。城君の真っ直ぐな心を利用して神崎と俺を追い返す魂胆なんだろ?お前の家族説は嘘臭い!改心出来るかよ、そんな簡単に。城君の心の後遺症の話すら右から左へ流したんだろどうせ!』

『流したのか!?俺も城と同じくらい純粋だからよ、本当の謝罪だとチョット信じたぞ!だからドライブしようとか話してるの聞いて、チョット本気で妬いたぞオイ!俺は城を愛してるからよ!チョット凹んだんだぞ!』

『城君を丸め込むには確かに上手い台詞だった…演技は最悪だけどね!簡単に家族ぶんなよな!気持ち悪い野郎だ!』

No.455 10/06/24 01:30
㍊ ( wPNK )

『ちょっと待って下さいよ!じゃあどうしたらいいと?どこまでどう謝ればいいと?演技だなんて…そりゃ疑ってかかるからそう思うんじゃないのか!』

『神崎さん、梶谷さん。言い過ぎですよ!いくら何でもそこまで…。』

『じゃあ晴らして下さいよ!この苛立ちと不安を!例え城を置いていく状況になったとしても!安心して去れるくらい、俺達をも安心させて下さいよ!シンジさん、あんた、顔と言葉が矛盾してるんだよ!鼻で笑うんじゃねぇよ!!』

『…。』

静まり返る

『こんな気分やあんたのその態度でね…!間違っても、城を置いていく訳にはいかないんだよ…これでもし城にまた何かされたら…俺達だってね…悔やんでも悔やみきれないんだよ…!!1度出した答えだ…城に行ってもいいと言った…良いでしょう…?城に散々な事をしてきた結果じゃないのかい!俺を望むなら…連れて帰りますよ…何も一生会わさないって言ってる訳でもない。もう…これだけ話し合ってきた…疲れましたよ!もういいでしょう…!?』

No.456 10/06/24 07:51
㍊ ( wPNK )

『いつまで居ても無駄だ。残念ながら、ちゃんと今の胡散臭い台詞だけど録音してあるから。俺達に文句あるってことは、お前にとっては本当の本当の気持ちだったんだろ?行くなら行けって城君に言ってるのちゃんと撮ってる。諦めろよ。』

『俺は…そう言われても…城を…父と認めてくれた息子を離したくないと…今不思議と本心から思えるし…これ以上嫌われたくないとも…どうしたら…もう1度だけ最後の答えを…駄目なら諦めます…それすら許されないですか?』

最後の答え…ね

『神崎さん、私からも。今、シンジの気持ちとそちらの意見がぶつかりました。城も聞いていた…どちらを選ぶか、これが最後でいいから…お願いできませんかね!城を止める権利は無いと言っても、血縁や法律上、我々の子であり孫ですから。』

『…分かりましたよ。それで、もう終わりにしましょう。』

No.457 10/06/24 08:53
㍊ ( wPNK )

皆が揃って城を見る

怒っているような…
心で泣いているような…
疲れ果てたような…
そんな顔を…

『城、長々悪かったな。終わりにして帰るぞ。』

『鏡と一緒に居てもいいって。腹も減っただろ。城君の一言で終わりだよ。』

『神崎さん、突然ですが…仕事は何されて?』

『建設業で鳶。何か?』

『いや…将来安定性の無い職だったらと…連れて行くと言うなら養育費は全てそちら持ちでお願いしたいですから。』

お前の息子はどうなんだよと
苛ついたが抑えた
クソジジィ…
城の前で金の話すんな…!

『言われなくてもそのつもりです!金銭面はご心配無く!』

『城、父さん達にチャンスを…!嘘臭くても…俺としては本心なんだ。』

『城!もし我々が気に食わないなら、その時は神崎さんの所へ行ってもいいから。それからでも遅くはないだろう?』

『城、帰ろう。』

『城、チャンスをくれ。』

城は頭が痛いという素振りで
何か悩み続け
しばらく間を置いて

小さな声でたった一言…





…鏡…俺を…連れてっ…

No.458 10/06/24 11:25
㍊ ( wPNK )

―決着はついた


空腹も喉の渇きも
全く感じることのなかった
数時間…

冷え込んで乾燥した
外の新鮮な空気は美味い

玄関を出てすぐ
鏡は空を見上げて
大きく深呼吸をする

作り笑顔で見送る3人に
作り笑顔で頭を下げ
車に乗り込んだ

暖まっていない車内で
白い息を吐きながら
エンジンをかける

さみーよ~
さみーよ~と繰り返し
車を発進させる鏡の隣りで
肘を付いて徹が怒り出す

余計寒くなるから黙れよ…!

その言葉に鏡が笑い出す
ルームミラーで後部座席を見た…

そうだな 徹
何が余計寒いかって
後ろが空席なのが

1番…寒いな…




そこに城の姿は なかった…

No.459 10/06/24 16:43
㍊ ( wPNK )

『納得いかない…!』

徹が腹立たしげに言う
鏡は溜め息混じりに答える

『城が決めたんだ…。』

『押しが足りなかったか…あの子なら何言われてもこっちに来るって思い込みがどこかあったんだ…甘かった…悔し過ぎてどう復讐してやろうかとまで考えるよ!』

『俺だってまさかの結果だって…。あれだけ最後、言い聞かせても動かなかった。無理だろ。あいつらしいけど(笑)。』

少し笑いながら話す…
徹にはそんな鏡が
自分に言い聞かせているようにしか見えなかった

『奴ら信用出来ない。』

『…。』

『今日、帰るからな。焼肉も寿司も無しだ。鏡だって1人になりたいだろ。』

徹がタバコに火を付ける
俺も吸うかなと
鏡もタバコを取り出す…

『徹、ありがとうな。本当に…本当に助かったんだ…。』

『礼なんかするなよ!城君が居なきゃ…意味が無い!俺は!』

鏡の為に来たから
鏡と城が親子になって
心から笑える結果だけを
夢見てきたから…

『こんなの…俺にとっては…あいつらに負けた…大失敗な結果でしかないんだよ…クソッ…!』

徹の声が震えている…
鏡は何度も
ルームミラーを覗いていた…

No.460 10/06/24 17:30
㍊ ( wPNK )

10時過ぎ

自宅に着くと
長い長い旅を終えたような
酷い疲労感が襲う…

徹はさっさと荷物を掻き集め
靴を履いた

『明日仕事来いよ!分かったな。心配させんなよ。』

そう言ってドアを開け
思い出したように振り向く

『鏡。結果は【大成功】だからな!城君がまさかの選択をしただけだ。最後までここに帰る気満々だった。相手にも連れ帰っていいとまで言わせた。虐待の原因も突き止めた。アンタの進行と戦いは間違いなく完全勝利だった。忘れんなよ!俺は俺の中で失敗したって話しただけ。寝ろよ、ちゃんと!』

『おぅ(笑)。自分責めはしないさ(笑)。また明日な!』

鍵を掛けて
ソファーに寝転がり目を閉じた…

最後のやり取りが
鮮明に脳裏を駆け巡る…


城の最後の答え…
それは


…鏡…俺を…連れてって…
お願い…


あまりにも声が小さく
最後はハッキリ聞き取れなかった
…でも確かにそう言った

ホラ見ろと思い
すぐ徹と2人上着を着て
城の手を引いて居間を出た

未練がましくグダグダ言う男

もう決まって終わったこと!
怒鳴り返して玄関に立つ

そこで城は
靴を履くのをためらい出す…

No.461 10/06/24 21:17
㍊ ( wPNK )

城、どうした?帰るぞって!

…。

…城。帰らないのか?俺の所に居てもいいって許可がおりてるんだ。ホラ、靴!

…鏡、一緒に居たいんだ…。でも…。

それは分かってるって。でも、何だよ…。

でも…分からないです…鏡…みんな謝ってるんだ…みんなもう酷いことしないって言ってるよ…。

城君。俺達の話も聞いただろ。君に謝りながら、鏡を鼻で笑ってんだぞ。信用するのか?

…徹、頭でゴチャゴチャ言い合うんだ…鏡と一緒に居たいし行かなきゃ…でもみんな謝ったんだから、ここに居なきゃダメなんだって、俺が居ないとみんな変われないって…それはここでも存在していいってことでしょ…俺を必要としてるんだからって…鏡の所に行ったらみんな変わらないって…行くなって頭で沢山言い合うんだ…。

だからそれはさ、本心からとは言い切れない。そうじゃないかもしれない。そうじゃなかったら、終わりだぞ?何されるか分かったモンじゃない!次は俺達だって気付いてやれないかもしれない!助けてやれないかもしれないんだぞ?本心だったとしても、些細なことから何しでかすか分からないだろ!保証はないぞ?

No.462 10/06/24 21:58
㍊ ( wPNK )

徹の言う通りだ。俺だってお前が必要だって言ったぞ。

…はい…言った…うん…俺も鏡とがいいです…。

じゃあ行こう。ここが心配だって気になるなら、いつでも行き来できる。それで充分だろ?

…。

城…何で今になって…何でだよ!どうした!?

城君、もしかして家族だって思ってる?

…分からないです。でもなるかもしれない…みんなクソだったけど、今はそう思わないから…。

君は純粋過ぎるんだ。その隙を狙われた…。卑怯な奴らにしか見えない。笑ってるからな、今も君の後ろで…!

城…俺を泣かせるなよ。後が無いんだぞ?お前が言ったんだ。毎日心配で堪らない…俺達にとっては生き地獄だ。

…鏡、ごめんなさい…気に食わないならその時は帰るから…入れて…鏡の部屋に入れて!

馬鹿野郎!泣くなら…泣くくらいなら今来いよ!その時なんてねぇよ!俺の家からここへ通え…逆は有り得ない!

城君…頼むよ…俺達の気持ちだって分かるだろ。

ゴチャゴチャ言うんだ…頭!俺が居れば、ちゃんと本当の、本物の家族に、人間になるかもしれないって!駄目なら明日でも帰るから…入れて…。

No.463 10/06/24 22:33
㍊ ( wPNK )

明日帰る前に!もしもの事があったら?手錠や首輪!まだ持ってるかもしれないじゃねぇか!…あ?うるせぇ、お前は黙ってろ。城と話してんだ。…城…分からないのか、俺達の気持ちが本当に…!

…分かります…でも…。

でももクソもねぇから!力ずくでも連れてく!…約束したんだからな。沢山約束しただろ。とりあえず靴履け。

…残ります…鏡…ごめんなさい…嫌わないで…。

いいから来い!お前なんか簡単に運べるし!

…離して!やめて!!

城…マジかよ…なぁ…?

城君…後悔するなよ。ここに居るんだったら…鏡を責めるなよ。鏡は約束守ったんだ。確実に守ったんだからな!

…はい…徹…鏡は悪くないです…俺が悪い…。

分かった。じゃあ居ろ。

…鏡、怒らないで!

怒ってない。これが最後の最後、本当に最後でもうその後に予備の最後は無いっていうくらい最後の質問だ。ちょっと待ってや考え直したいは無しだぞ。いいか?


城…お前は…
神崎鏡矢と梶谷徹と
3人一緒に笑顔で
【家】に戻ること
2人一生安心して
【家】で暮らせること
それを望みますか?
それとも
自分の考えを貫き通し
ここに残りますか?

No.464 10/06/24 23:09
㍊ ( wPNK )

…望みます…でも…でも…残ります…。

ズルは駄目です。どっち。

…の…残り…ます。

分かった。顔上げて。

…嫌わないで…。

泣くな(笑)!嫌わないし呆れもしない。苦しんできたお前が 自分で選択したんだ。居るなら…やれよ。男だろ。俺の家族ですって堂々と言えるくらい立派な【家族】に変えてやれ。特にバカシンジをせめて類人猿レベルに戻してやれ。…あ?何。俺に話しかけんな、ポンコツロボ野郎!

城君、警察は受話器取って110番だからね。

…はい、受話器取って110を押す…分かった。

イワオさん、ミツエさん、シンジさん。また同じことの繰り返しだけはしないと誓って下さい。城を自由にしてやって下さい。自由にさせたからと言って貴方達の事を周囲に言う子じゃない。俺の家にも寄れる状態にしてやって欲しい。何かあればすぐ来ますよ。通報されるよりマシでしょう。 俺達は済んだので帰ります。城…いつでも来い。少しでも嫌なことあったら会社でもいい、非難しろ。

…ごめんなさい。

お前は悪くない(笑)。じゃあ…またな。

監視するぞ、忘れんなよ!城君、またゲーセン行こうな。迎えに来るから。

No.465 10/06/25 20:48
㍊ ( wPNK )

ソファーに横たわったまま
鏡は寝入る…

徹の台詞の後
城は後悔しているような顔で
涙を拭いながら
奥へ消えていった

そこから鮮明に…
鮮明に思い出しながら
夢の中で続きを…

城の選択に安心した男が笑う
鏡が歯を食いしばって
頭を下げて出た途端…

城が走って飛びついてきた

鏡!
嘘…ごめんなさい!
鏡と行く…帰るから…
連れてって!
1番弟子になるって
約束したんだ俺…

鏡と居れたら幸せなんだ
鏡も寂しくないだろ
俺、居るしね
1人で嫌なこと
考えなくて済むよ!

もう勝手に出て行かないし
ずっと居るから…
ずっと父さんでいて…!

そんな夢を…

寝込んだ鏡の目から涙…

そして呟いた…



城…

夢みたいだ…

俺の夢が叶った…

城…

戻ってくれて…

俺を父として選んでくれて…

ありがとう…

ずっと愛します…

誓います…

No.466 10/06/26 23:13
㍊ ( wPNK )

『はよーす。』
『おはよう。サワ来たし…じゃ行きますか。』
『あれ?鏡さんは?』
『来ないんだよ…連絡つかないし。』
『…何だよ。俺見るなよ!』
『徹さん、昨日…鏡さん話し合いの日すよね?何かあったんじゃ…。』
『知らないな。』
『家まで迎えに行きます?』
『いいよ!現場向かえ。あんなボケの為に無駄な燃料使うな。』
『冷たいんすから(笑)。』

徹は不機嫌極まりない
昨日の今日だし
ショックが大きいのは徹も同じだ

(心配させんなっつったのに…やってくれる!)

コンビニに寄って
それぞれがパンやコーヒーを買う
レジで並んでいると
鏡の車が見えた
会社の車に並べて停め
店に入って来る

『…鏡さん!』
『寝坊すか(笑)?』
『オイオイオイ、置いてくことねぇだろ!?冷たい奴らだよ全く!』
『オレらが悪いのか(笑)?』
『徹だろ、どーせ!やいコラ徹!少しは待て!』
『は?文句言う前に携帯出ろよ。寝癖作ってコドモかアンタ!』
『るせぇ!携帯なんか昨夜からマナーだし忘れてきた!ついでに慌てて出てきたから財布も…だから、コレ買って(笑)。昼代も貸して…。』

No.467 10/06/27 01:01
㍊ ( wPNK )

無理矢理パンとコーヒーを渡す鏡
笑いながら商品をうつ店員
呆れかえった徹は
文句を言いながらも
少し嬉しそうだった

いつもの鏡だったから…

昼飯は皆とは別に
鏡の車で食べる

『…寝れたか?』
『寝過ぎたって(笑)!』
『お疲れだな。』
『お前もな。目の下クマ出来てるぞ?』
『眠れるワケがない。悔しくて不安でさ。大丈夫かな…。』

徹も人の子だったのかと
妙に感心しながら打ち明ける

『…夢見た。やっぱり俺と帰るって。やったと思って目が覚めたら現実だ。寝坊だ!』
『当たり前だろ。目が覚めたら夢…はない。』
『…今日帰ってくるかも…早く終わらせて帰る。』
『…分かった。帰ってなかったら堂々と家行ってみれば?様子見に来たって。』
『考えたけどよ、下手したらその1度で警戒しそうで。元気ですよホラなんて簡単に逢わせてくれるかどうか…。』
『確かに。あの性格じゃあな。居留守使いそうだし。』
『諦めるしかねぇのかな。』

そう言った鏡の目は
逆に燃えていた

『取り返してぇ…!』
『終わったら張ってみるか?出て来ればいいけど。』

2人は顔を見合わせて
ニヤッと笑った

No.468 10/06/27 09:03
㍊ ( wPNK )

仕事を終わらせると
仲間に挨拶して
鏡と徹は真っ直ぐ家へ向かう

『帰ってればいいな。』
『鍵は開けておいた。』
『考えたくないけど…もしまたあいつらに…。』
『考えたくねぇ。』

車をとばして
マンションの入口に停めると
急く気持ちでエレベーターを呼び
部屋へ…

どこか期待していた
城なら戻ってくる
もし今居なくても
今日中には…

『城!ただいま!』

おかえり 鏡

城の声が心の中で響く…
静まり返る部屋…
寝てたりしてと
昨夜帰ってから初めて
城の部屋を開ける

…居ない

『まだ3時だしな。』
自分に言い聞かせて
携帯と財布を取り
鍵はかけずに下へ降りる

鏡の様子から察知した徹
『居なかったか。』
『見に行くぞ。』

目立つからと
レンタカーで軽自動車を借り
城の家へ向かう
玄関が見える場所に停め
キャップを深く被る鏡
タオルを巻いたまま
椅子を倒す徹

一目見たい
表情から今どうなのか
知りたい

男の車が無い
城とどこか出掛けていて
もうすぐ帰ってくる…

不思議な勘が働く…

もし満足そうな様子なら
自らいつか帰ってくるまで
そっとしておこう…

静かに待ち続けた

No.469 10/06/27 19:59
㍊ ( wPNK )

勘は当たり

待ち疲れて寝かけた2人の耳に
車のエンジン音とドアを開ける音

2人は飛び起きた

男と城が車から降り
後ろのドアを開ける所

少し遠いが
城の表情を目を凝らして見る

…普通だ
決して暗い顔ではない

鏡は何かされたら
すぐ降りて殴ってやると
ドアに手を掛け見続けた

むしろ何かしてくれ
それを理由にすぐ連れ戻す
…そんな願いもあった

城が被る帽子
手に持つ買物袋
男の行動…表情…

鏡は小声で漏らす
『…きゃ…良かった…。』

徹はよく聞きとれない台詞を
聞き返しはしなかった

『昨日の今日だ。これからどうなるか分からないからさ…帰るか。』
『…だな(笑)!』

苦笑いをする徹に笑い返す
そして車を発進させた

『俺とお前が軽に乗ってんの変な感じ…。』
『しかも黄色ね(笑)。』
『ピンクよりマシ(笑)。』
『確かに(笑)。大丈夫?』
『何が!話逸らしてんのに戻すな!だいじょばない(笑)!』
『鍵は開けておいてやれよ。まだ【昨日の今日】だからな。』
『…そうします(笑)。』

レンタカーを戻し
会社に徹を送って家へ向かう
もう一度呟く…

見なきゃ…良かった…

No.470 10/06/27 20:44
㍊ ( wPNK )

家に入る
着替えもせず
TVもつけず
ソファーに腰をおろす…

静まり返る部屋
ソファーの横に落ちてる
城愛用の筋トレ道具
鏡にしてみればまるで玩具
でも城は必死だった…

…まぁ、アレだ
とりあえずは良かった!
ちゃんと…親子してたしな!

片手で道具を持ち眺めながら
また言い聞かせる…


…帽子買ってやんの忘れてた
あの買物袋は衣服だろう
そのついでに買ったんだ

家に入る時
男は城の頭を軽く撫でた
そして背に手を当て
笑いながら歩いていた

ちゃんと【父親】
出来るじゃねぇかアイツ

余計な心配させやがって
最後の最後まで
気に食わねぇ野郎だよ


これからどうすっかなと
ボーッとしていた

日も暮れて薄暗くなるが
ソファーから動かない

あぁそうだ
明日から洗濯しなきゃ…
飯も自分の分とか
面倒臭いし…
掃除も自分でしなきゃ…

城が来る前の生活に
戻っただけなんだけど
なんでこんなにも
心がスースーするんだ?

城、たまには来るかな…
あいつらが
どんなに改心しても
まさか俺を忘れはしないよな

なぁ…城…
どうしてこんな苦しいんだ…

俺…こんな思い…
2度も…

No.471 10/06/27 21:23
㍊ ( wPNK )

徹から受け取った
分厚いファイルを開けて
カセットテープをテーブルに置く

バラバラにされた
ノートを持って城の部屋へ…

電気をつけて
机にノートを置く

1枚1枚
セロハンテープで合わせて繋げる…

ふと顔を上げると
写真が壁に数枚貼ってあった
全然気付かなかった
徹にプリントして貰ったのだろう

金曜日
足場で撮った写真だった

鏡と2人で見下ろしてる写真
鏡が1人で
変なポーズをしてる写真
鏡と徹の2人が
同じ格好をしている写真
他にも…
城が初めて撮った写真達が…

…また作業に戻る

徹も言っていた
まだ【昨日の今日】

それなのに…
どうしてこんなに不安なんだ
寂しいとか悲しいとか
それもあるけど
ザワザワする不安感…

この先もしも何かあったら
見付けてやれるかな…
離れてしまったら
気付いてやれないだろうが…
どうするんだよ…!

ノートを復元しながら読み直す…
もしもが段々怖くなる…

城の涙と同じくらいの
大粒の涙が流れ出した…


『馬鹿野郎が…!どうして…どうして俺から離れた…!』


手を止め床に座り込み
たった1人…
声を出して鏡は泣いた…

No.472 10/06/27 22:11
㍊ ( wPNK )

鏡 徹 ごめんなさい

何のためにこの家に来たのか
知ってて俺は裏切りました
一番の嘘つきは俺です

俺を救って
俺の夢を叶えるために
2人は一生懸命戦ってくれた
それなのに最後の最後に…
おかしくなりました
俺が悪いです…

嫌ってもいいです
怒ってもいいです…
でも…俺を
忘れないで欲しいです…

本心は鏡と帰りたかった
鏡もそれを試すために
わざと宣誓した時の台詞を
選択肢として
出してくれたんだよね
それを俺は…

みんなは気付かなかったけど
俺は気付いてました
玄関から出て行く時
笑っていたけど
泣いていたのを…

後悔しました
居間に逃げて…
カッターが無かったから…
腕を引っ掻きました…

痛かったけど
鏡より痛くないはずだって
自分をうちのめしました…

泣かせてごめんなさい…

どうして離れたか
それは
俺の存在によって
本当に悪魔を退治できるか
この目で確かめたかったから

だって俺は
あの人達に対しての
自分の存在を問い続けて
ずっと歩いてきたから…

俺も勝手で自己中だろ…
やっぱり同血なのかな…

鏡の傍に居るって
父さんになってって
自分から言ったのに…

No.473 10/06/27 22:49
㍊ ( wPNK )

あいつらの所に残るって
自分で選択したから

だからまた
酷いことをされる覚悟は
してたんだ…
本当は
怖くて怖くて仕方なかった

そうなって死んだら
自業自得って言うんだろ
それも覚悟してました…

だけど鏡と徹が帰ってから
3人は【普通】でした

ちゃんとご飯もくれたし
2階に部屋もくれた
次の日は父さんが
服や靴を買ってくれた
ファミリーレストランにも行った
だから安心してました

でもね
変なこと約束させられたよ…

鏡と徹に会うことだけは
許さないって…
守れば怒ったりしないって…
おかしいでしょ?

それは嫌だって
話違うって言ったら
一瞬怖い顔をした…
そして
じゃあきちんと一言
父さんにことわってから
会うんだぞって言い直した…

その後はまた
優しい父さんになった…

鏡…鏡を忘れたりなんて
しないです…

ちゃんと逢いたいって
話してるのに
絶対いいよって言わないんだ

鏡…嫌な予感がする…
徹…どうしたら
逢わせてくれるかな…

俺はまた最後に
全てを駄目にした…
ごめんなさい…


おかしいよアイツ…


じいちゃん…
アイツの親だろ…
助けてよ…


―城―

No.474 10/06/29 02:30
㍊ ( wPNK )



いつになっても
城は現れなかった

電話の1本さえ無い

徹や仲間達と
城の話すらしなくなっていた

城と出会う前と
全く変わらない孤独な日常…

あの父子の光景を見てから
不安を抱えながらも
半ば諦めていた

中学生を見る度
城を重ねては頭から振り払う

ポジティブな思考で納得する

きっと上手くやってる!
ちゃんと知れば
可愛いやつだからな!
城は賢いし
考えがあって残ったはず…
心配しなくても大丈夫!

ネガティブな思考に切り替わる

大丈夫…?
どこからそんな確信が?
本当は頭で良心同士が衝突し
パニックに陥ってただけで
無理矢理でも連れ帰ることを
望んでいたのでは…?
やっぱり…最悪なことに
繋がれて監禁されていたら?
今頃助けを求めていたら…!

何度かまた
様子を見に行こうとした

だけど怖かった…
幸せそうな顔の城
最悪な状況に陥った城
どっちを見るのも知るのも…

あれから2週間以上音沙汰無し

有り得るか?
城だぞ?
俺を忘れるはずねぇし!
おかしくねぇか?

ずっと気になっていた
最後の男の笑み…

仕事を終えた鏡は方向転換し
城の家へと向かった

No.475 10/06/29 18:59
㍊ ( wPNK )

家に帰っては溜息しか出ず
不安で食欲も無い毎日…

運転が段々荒くなる

そんな毎日要らねぇ!
な~にが大丈夫だ!
な~にが怖いだ!
こんなことで気分上下して
痩せちゃうようなキャラじゃねーっての俺!
徹も昔よく言ってた!
アンタがテンション下がると気持ち悪いってよ!
…気持ち悪いだと!?
畜生…思い出せば腹立つ奴だよテメェはよ!
明日会ったら覚えてろ!

城の家に着く
徹のお陰で
よく分からないが
テンションが上がった!

勢いよくチャイムを連打する!
急かすようにドアをノックする!

祖母が強張った顔で出た

『あら…神崎…さん?』
『どーもでした!城に逢いに来ましたよ。連絡ひとつ無いんで、元気かなって心配でね!』
『何だか作業着だとまた違いますわね…髪、そんな赤かったかしら…?』
『中身は違わないですから!城に逢わせて下さい。その後どうかなって!閉じ込めてたりしてないですよね?自由に行き来できるように言いましたよね!全然来ないんですが!』

奥から祖父も出て来た
話を聞いてたんだろう…

信じられない言葉を…!

『おや神崎さん、城はシンジと引っ越しましたが…?』

No.476 10/06/29 19:33
㍊ ( wPNK )

耳を疑った

『…は?』
『シンジから連絡行きませんでしたか?職場の近くにね、引っ越したんです。』

瞬時に嘘だと思った
謝罪したって
元々こいつらは悪魔

ツラッとした顔で
サラッと言いやがった…!

怪しすぎる…
もう騙されない
また2階に監禁して
犬みたいな扱いして
助けを呼べない状況にしているんだろうと…

不安の闇が一気に
鏡を覆い尽くす…

無言で祖父母を押しのけた

祖父が何か叫んだが
聞く耳なんか全く無い…

城…
城…まさかな…!
生きてるよな…?
何で俺…
こんなに放置したんだ…
また助け呼べないんじゃ…
今度こそ見付けてやるから!

階段を駆け上がり
ひとつひとつ
部屋のドアを開けて確認する…

居ない…
居ない…!

押し入れにも…
荷物の陰にも…

どこだよ…!
バラバラになってねぇよな!?

祖父が追い掛けて部屋へ…

『神崎さん!何を…引っ越したと言った!』
『殺して埋めたか!?庭か!どこだ!!』
『落ち着いて!部屋を見て…ここはシンジの居た…隣りは城が居た部屋ですよ!荷物が無いでしょう!』

確かに
荷物をまとめ去った雰囲気…
鏡はガックリと膝を付いた…

No.477 10/06/29 23:53
㍊ ( wPNK )

城は窓の外を眺めていた
知らない場所
知らない景色

荷物を片付けながら
携帯を弄る父親

『本当にここに住むの?』
『あーだからそうだって。仕事行くの楽だからさ。お前の部屋そっちね。』
『荷物、服しかない。どうするの?』
『徐々に買ったり実家から貰ってくるから。布団と毛布は車。寒いかもしんないけど我慢して。』

こんな所に住むなんて
聞いてなかった
急に箱を渡され
服を詰めろと言われ
車に乗ってここで降りた

聞けば怒られると知りつつ
聞いてみる

『鏡の家がわからなくなった。どこ?わかる?』
『知らね。自分で調べろ。』
『電話番号ならわかる。携帯電話貸して。』
『…金払ってくれるの?タダじゃないんだこれは。』
『…金…無い。』
『だろ?じゃあ駄目。』
『調べてわかったら鏡に逢いに行く。いいだろ?』

ここ最近何度あしらっても
鏡、鏡、鏡…面白くない

『駄目。』
『どうして?』
『…。』
『逢いたいんだ!どうしていつも駄目?父さんにことわればいいって言った!』

癇癪とまではいかないが
段々感情が抑えられなくなる

『嘘ばかりだ!』
『うるさい。』
『父さんが悪いよ!』

No.478 10/06/30 00:34
㍊ ( wPNK )

>> 477 片手をあげて殴るフリをする
ビクッと反応し黙る城

『殴らねーけど(笑)。でもうるさい。車から布団運んで。』
『…。』

黙って言うことを聞いて
布団を運び出す

『城!金無いんだ俺。借金あるしよ。今色々調べてたんだけど。お前も働けば楽だし、いい仕事あるぞ?』
『本当?何?』
『体売れ(笑)。』
『売る?どうやって?俺も車買えるようになる?』

真剣な顔で聞く城を
大口開けて笑い出す
勿論冗談だった

城には何故笑うのか
全く理解できない…

前ほど怖くはない
でも何かが違うと思う

前ほど悪い奴じゃなくなった
鏡の話以外なら
ちゃんと父さんの顔もする

でもやっぱり
鏡とは全然違うよ
楽しいとか嬉しいとか
幸せだなって思わない

鏡…逢いたいよ
徹…どうしたらいい

いいって言うまで
お願いしてみるよ…

『何で笑う?全然わからない。鏡が駄目なら徹は?逢いたい…逢わせて。』
『しつこいな!なら行けばいいだろ!また警察に捕まるかもな(笑)!知らねーぞ?』
『警察…見つからないように…行く!』

城は立ち上がって
玄関に向かった

同時に男も立ち
城に掴みかかった…

No.479 10/06/30 08:19
㍊ ( wPNK )

放心状態でハンドルを握る鏡

引っ越した…
しかも一週間も前…
どこへ…

何度しつこく聞いても
シンジから連絡が無いなら
我々から教えることは
できません
連絡行くまでお待ち下さいと
頑として言わなかった…

話し合いの日
去り際に携帯番号を教えたが
聞きはしなかった

もう逢えないのか…?

ただでさえ地理に疎い城
市内か市外かも言わなかった
クソジジィ…
引っ越して知らない土地で
自分の足で
逢いに来れるはずがない

『参った…あいつ…俺から引き離す魂胆だ絶対…!』

徹に電話して呼び出す
このやるせない思いを
1人で抱えるのはキツい

徹は案の定すぐ来てくれた

『最近城君の話しないから気にはなってた。行ったのか?』
『行った。でもジジババしか居なかった…。』
『それですぐ帰ったの?』
『もしやと思って勝手に入って捜したけどよ…荷物すら無かった。』
『荷物?』
『パパさんと引っ越しちゃったって(笑)!』
『は?』
『は?だろ?』
『どこに!』
『口割らねぇんだ…あのジジィ。罪悪感ももう無いんだな。』
『携帯にかけてみろよ。』
『破いちゃっただろ(笑)?』

No.480 10/06/30 18:33
㍊ ( wPNK )

『何する!離せよ!』

数々の恐怖が蘇り
男の手を振り払おうと
暴れ出す

『城、城、何もしねーから(笑)!何ビビッてんだ。面白いヤツ(笑)。ちょっと待てって。』

顔を真っ赤にして
警戒する城を引き戻す

『聞け。あのさ、駄目ばっかって言うけど、父さんの気持ち分かってくれないかな。』
『…気持ち?どんな!俺は鏡と話したい!鏡はずっと父さんだったんだ!』
『うんうん。分かってる。せっかく今までお前に酷いことしたなって反省したんだ。俺あの日から悪いことしたか?』
『…してない…。』
『ちゃんと父親になろうとしてるのに…いつもお前は…鏡、鏡、鏡!俺より鏡。俺さ、離婚して借金抱えて。女達とも上手くいかなくて1人ぼっち。寂しいんだよ。信じて付いてきてくれたのは城しかいない。なのに、鏡と徹。どんな気持ちか分かる?俺…。』

言葉を詰まらせうつむく
演技と気付かず肩に触れる城

『…1人なのは自分が悪い。父さんが道間違えたからだろ…でも…うん…それなら俺も悪い…ごめんなさい…。』

内心チョロいガキと笑い
片付けを手伝わせる

『優しいなお前。もうキョウキョウキョウは勘弁ね!禁句(笑)!』

No.481 10/06/30 22:34
㍊ ( wPNK )

それから城は
鏡の名を出すのは控えた

2人の異様な生活
実の親子でありながら
居心地の悪い毎日…

家から出ることを許されず
掃除洗濯が
鏡と居た時と同じく城の仕事

暴力は振るわないものの
城の性格を見抜いた男は
面白がり始める…

仕事を終え
昼近くに帰って来た時のこと

『疲れた。城ー。』
『何。』
『起きてから何してんの?』
『…掃除と洗濯。』
『知ってる。それ以外。』
『…何も。考えてる。』
『何を?』

鏡と徹のこと、とは言えない
外出厳禁と言われ
父親が戻るまで
本当に何もすることがない…

『暇なんだろ。』
『外行きたい…どんな所なのか知りたい。』
『人通り激しいから変な奴いるぞ。警察も。補導員も。捕まってもいいなら行けば(笑)。』
『…諦める。』
『お前食わせるのに1人働いて、不公平だよな。飯作れ。仕事追加。そろそろ昼だ。冷蔵庫に肉ある。やれ。』

火が怖いと断る…
甘ったれんなとキッチンへ
放り出される…
火が怖い…
でもやらなきゃ…
父さんも怖いから…
フライパンと肉を渡され
火を点ける…

No.482 10/06/30 23:10
㍊ ( wPNK )

火と熱と音…
僅かでも油がはじけると
全身が反応する…

火が駄目なのは知ってるはず

『む、無理…怖い!』
『何が!おいおい、何震えてんだよ(笑)!』
『やめて…やめて…!』
『オラ、ちゃんと持て!』

汗ばむ額と震える手
離れようにも背後から
逃げないように覆う男…

足を思い切り踏みつけ
痛みに叫ぶ男を押し退け
悲鳴を上げて離れる

ひっくり返りそうになる
フライパンを慌ててキャッチし
火を止める

『城!てめ…痛てぇ…来いコラ!危ねぇだろーが!!』
『ごめんなさい!父さんが悪いんだ…無理だって言ってるのに…!』
『料理も駄目、タバコもやめて。何様だ、ったく!使えねー。』
『ごめんなさい…。』

結局 役立たずは知らんと
自分だけが肉を食べ
城を放置した…

夕方になり
また仕事へ行く準備をする男

お腹空いたから
何か食べていいと聞くと
許してくれなかった…

自分が悪いと責める城
見えない所でまた
腕を痛ぶり始める…

鏡…
俺がやっぱり情けないから
父さんも怒っちゃうよ

必要だって言われて
残ったのに
必要ない存在に
なってるみたいだよ…
俺…

No.483 10/06/30 23:57
㍊ ( wPNK )

住所を割り出す方法は
いくつかあるがどれも手間
時間と金ばかり無駄にかかる

1番手っ取り早い方法を…
祖母なら上手くやれば
口を割るに違いない
そんな予感が…

それには祖父が邪魔
居ない時間帯を狙って
押し掛けないと…

そう思って狙っていた矢先
更にタイミング悪く
インフルエンザが流行り
職場の人間が欠員
…忙しい

卒業式シーズンを迎え
道行く中学生達は
大人びた顔付きで
友達と楽しそうに歩いているというのに…

遅い時間に家に着く
飯も食わず風呂だけ済ませ
疲れた体で眠りに付く…
また…不吉な夢を…

城…こんな所に居たのか!
やっと見つけた!
良かった…
城…寝てるのか?
嫌なことされたのか?
具合…悪いのか?
城…遅くなってごめん
俺だよ…鏡だ
迎えに来た!
なぁ城、起きろよ…
随分…痩せてないか?
ホラ、こっち向けって!
おはよーカワイコチャン(笑)…

布団に横たわる体を
揺さぶりだす

無気力に転がる体…
生気の無い白い肌…
固く閉じきった目…
痩せこけた頬…

冷たい…

『うあぁああっ!!』

飛び起きて呼吸を整える…
夢にしても最悪…

『城…まさかよ…!』

No.484 10/07/01 00:29
㍊ ( wPNK )

朝起きて
一生懸命掃除をした
そんなに汚れてなくても
隅から隅まで綺麗にした
また穀潰しって言われる
もっともっと働かなきゃ…

車が駐車場に停まる音
父さんが帰ってきた…
今日はいつもより綺麗にした
少しは褒めてくれるかな

玄関を開ける音と
女の人の声…

『誰!?』
『城!掃除ご苦労(笑)。女できたんだ。大人の時間だから部屋行け。』

派手な彼女の
目鼻が痛くなりそうな
香水と化粧の匂い…
サワのヨメサンとは全然違う

『父さん、ご飯…。』
『勝手に食うからいい。行け、部屋!』

違う…
お腹空いて倒れそうなんだ…
でもそんな雰囲気じゃない…

何もない部屋に入って
布団に座り込む…
お腹が鳴る…

鏡と徹のことを考える

鏡 何してるの?
徹と仕事してる?
何か違うよ…毎日…
自分からこうなっても
頑張ってみるって決めたから
弱音吐きたくない…
前よりマシにはなったんだ
だから…我慢できるよ…
でも…でもね…
鏡と徹…逢いたい…
それだけ…
今ね俺
久しぶりに空腹なんだ
こんなことで情けないけど…
こんなことで涙出てくる…
少し弱音吐いてもいい?
鏡…迎えに来て…
徹…構って…

No.485 10/07/01 00:58
㍊ ( wPNK )

居間から聞こえる変な声…

城は何だろうと思い
ドアを開けてみた…

2人が裸になって…
散乱する酒の缶…

すぐドアを閉めた
父親と目が合った
気付いたに違いない

『…気持ち悪い…!』

あの行為は
あの行為を思い出す…
涙が余計に流れて吐気がする

安アパートの薄い壁
男と女の喘ぎ声

耳を塞いで大声を出し
聞こえないようにした

『城!うるせぇ!来い!』

…来い?俺?
泣きながらドアを開けた
見ないように顔を背けながら

『何泣いてんだ(笑)。ガキはこうやって作る!お前もこうやって出来た(笑)!』
『ちょっとヤーダァ!』
『今日限りじゃねえの。城、そこ座れ。終わったら飯やるから(笑)!』

飯…
その一言に
耳を塞いで目を閉じ
泣きじゃくりながら耐える…

ずっとずっと
声を掻き消すように
囁き続ける…

鏡 ごめんなさい
鏡 俺が馬鹿です
鏡 嫌わないで
鏡 動けない
鏡 見付けて

徹 死ぬ方法教えて…

No.486 10/07/01 01:36
㍊ ( wPNK )

2人は少し寝るからと
部屋に入って行った

城はまだ泣いていた
部屋に入ろうとすると
テーブルに父親の携帯電話…

しゃくりあげながら手に取り
よくわからないまま弄ると
着信履歴から祖父へ…
声が聞こえてくる

『シンジか?』

たった今
おぞましい思い出が蘇ったばかりなのに
祖父の声…

『おい?どうした?』

城の泣き声が響く
それを察知する祖父

『城?泣いてるのか?』

名を呼ばれて
自然と反応してしまう…

『…うん…たっ…。』
『何だ、シンジの携帯から。どうした!』
『たっ…助けて…バカシンジ…お、お前の、息子だろ…何とか、して…!』
『シンジ?…意味がわからないな、何かあったのか?ならシンジに代われ!』
『…バカシンジ…父さんだったり、バカだったり…今はバカ…助けてよ…!』
『何が言いたいんだ。言葉を勉強しろ!この忙しい時に!』

そう怒鳴ると切ってしまった
震える指で
鏡の携帯番号を押す
受話器のような絵…
これで掛かるのかもと
押して耳を済ましてみる
…繋がった!が出ない…
何度も掛けてみる…出ない

城は怒り携帯を投げ捨て
部屋に引きこもった…

No.487 10/07/01 07:27
㍊ ( wPNK )

鏡の機嫌は最悪だった
決して他人に当たったり
目に見えて場の雰囲気を
悪くしたことは無かったのに

徹でさえ話し掛けるのを
躊躇するくらいだった

『鏡さん…おかしいすよ。』
『徹さん聞いてきてよ。』
『何でまた俺!』
『だって…ねぇ。』
『ああなったら今は無理。終わってからだな。俺でもダメ。』

携帯に何度も入っていた着信
仕事中全く気付かず
帰ってから見て驚いた

知らない番号から5回も…
もしやと思って掛け直すと
案の定あの男の携帯だった

名乗ると驚いた様子の男
何の用です?
の一言にカチンとくる…

テメェから何度も掛けてきて
何の用じゃねぇだろと怒鳴る

男は少し間を置いて
話を続ける…

何度も?もしかすると、城が悪戯したかな…(笑)

城…そう、城はどうしてる!引っ越したって聞いたけどよ、連絡くらいよこせよ!こっちゃ全く音沙汰なくて心配してたんだぞ!?

それはそれは…
引っ越しとなると色々忙しくて(笑)。落ち付いてからにしようと思ってましたんでね。すっかり忘れてましたよ。

どれだけ経ってんだよ!城に代わってくれ。本人から直接話を聞きたい。

No.488 10/07/01 08:11
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城は今外出中です。すっかりこの場所が気に入ってしまいましてね。外を探索してますよ。父と呼ぶ息子がこんなにも可愛いものだと思いませんでした。神崎さん達が気付かせてくれたお陰です。城が望むなら、帰ってきたら掛け直させますよ。

自由に行き来ができるようにって約束だろうが!住所くらい教えろ。

…まぁ言ったところで車でも片道3時間は掛かりますから。簡単に来れないでしょう?詳しい住所は…プライバシーもありますし。

…3時間?テメェの職場はそんな遠かったか!?毎日3時間かけて通勤してたかよ?

…転職と同時にね。県外に就職しましたから。城は毎日笑ってますよ。今まで酷いことをしてきた分、しっかり大切にしようと思っていますからご心配なく。あぁ、こんな時間!忙しいのでそろそろ…。電話があったこと、伝えて置きますから。では…。


…そう言って一方的に切る
掛け直したが
すでに電源すら切っていた

城…マジか…
望むなら帰ってから
掛けさせるって…
掛かって来なかったぞ…
毎日笑ってる?
俺でさえお前の笑顔
見たこと無かった…のに…

城…それなら分かった…
幸せならいい…
もう…邪魔は…しないよ…

No.489 10/07/01 09:00
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1日仕事を終え会社へ戻り
自家用へと歩きだす
徹も鏡に付いて歩く

『何あったんだよ。』
『…何も。』
『下手な嘘やめろ。』
『…。』

鏡と徹に気付かない
インフルエンザ病み上がりの
若造2人の会話…
聞こえてしまった

鏡は足を止めたかと思うと
既に徹の隣から消えていた
慌てて追う徹

『鏡!やめろ!!』
『糞ガキ共が…!』

そう叫んで2人を張り倒した
1人1人起こしまた殴る…

『鏡、やめろって!それ以上やると病院送りになる!!』

騒ぎを見て聞いて
何人かが駆けつける

『何だ!?』
『どうしたって!』
『わっ、分かりません…神崎さんが急に殴りかかって…!』

血に飢えた猛獣のような目
徹でさえ鳥肌が立つ

『…分かりません?インフルエンザ休暇で沖縄行けて良かったっつってたよなお前らよ…立てコラ!』
『鏡さん、ダメダメ!』

皆で押さえる
徹が2人を睨み付け怒鳴る

『お前ら早く帰れ!後で鏡に詫び入れろよ!嘘付いて遊んでる間、大事な私用も放って休み無く遅くまで働いてたのは鏡なんだからな!?それすら出来ないなら辞めちまえ!明日から来るな!!』

それを聞いて皆は納得した

No.490 10/07/01 10:28
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鏡を心配した徹が
家に行くと言うと断られた
無視して勝手に付いて走る…

そりゃ怒るさ
あいつらが悪い
鏡は祖母に聞き出しに行く
タイミングをずっと狙ってたんだ

その肝心な時に2人も
時季外れのインフルエンザとか…
それで旅行だしな

イチ責任者として
欠員分を若手に働かせて
自分休むなんて出来るワケ無い

マンションに着くと
鏡が白い目で徹を見る

『付いて来たのか。』
『は?俺が向かった先にアンタがいたんだ。別に付いてない。神崎鏡矢に会いに来たワケで、赤いイジケ虫に用は無い。退いてくれます?』

徹の気の利く毒舌に
思わずブフッと吹く

『本当適わねぇわ(笑)。』
『当たり前だって(笑)。』

部屋に上がると
徹は真っ先に城の部屋を見た

『よし、片付けてないな。物置にもなってない。』
『何のチェックだよ(笑)。』

鏡は冷蔵庫からビールを出す
徹が突っ込む

『ビールだけ?食い物は?』
『あ、無い。』
『出前。チラシ頂戴。アンタは?』
『いや、いらねぇわ。』

あっそう、と電話を掛ける徹

『あ、出前お願いします。焼肉定食2つ!』
『…参りました(笑)。』

No.491 10/07/01 14:48
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電話の話を聞いて徹も驚く

あの男の話なら
まず真実味が無いから
そんな遠くに行ったかどうか
それはわからないと思った

鏡もそれは百も象徴
ただ気になったのは…

『毎日笑ってますよだと。』
『それもアテにならない。』
『頭じゃ分かってんだ。けど、張って見に行った時の親子ップリ見てると…そうか幸せなのかなとも思う。』
『まぁ…否定は出来ない。』
『えっ!?否定しろよ!お前がそう言うと妙に納得しちゃって凹むだろぉ…(泣)』
『泣くな(笑)。』
『泣いてない。だからさ、暫く様子見るかなと。振り回され疲れた…俺。』

徹も溜息をつく

『城君…何したかったんだろうな…。』
『あいつの性格上な、真に受けたのもあるけど。罪悪感だろ…ああいう扱いされた原因は自分にもあるから、もう一度やり直せば変わるかもっていう。』
『賭だよ。暫く置いて何かアクション待つか…でも一歩間違えればまた最悪の状況かもしれない。』
『城は心配だけど、あいつに関わると疲れて…こっちが体もたない…。』
『様子見て俺がバアサンとこ行く。少しは負担軽くなるだろ。』
『お前ってたまにムカつくけど良い奴!』
『…。』

No.492 10/07/01 15:33
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鏡からの電話の後
帰宅した男は
城が一生懸命畳んでいた
洗濯物を蹴散らした…

『城、俺の携帯使った?』

しまったと思いながら
正直に頷く…

『じ、じいちゃんが出て…切ったから…鏡にかけてみたよ…どうして分かる?』
『履歴が残るんだよ(笑)。鏡から電話きたぞ。』

鏡から?
出なかったけど
気付いてくれた…!?
どこか嬉しくなる

『本当?また話できる?電話来たら話してもいい?』
『金。』
『…無い…公衆電話は1分で10円だった。そんなに高くない…1分だけでいいよ、話したい!』
『父さんとの約束忘れた?』
『鏡は禁句…忘れてない。でも今は父さんが言った。』

生意気な口を…と
苛立ちを覚える

『飯抜き。』
『どうして?』
『携帯代(笑)。』
『それは…ごめんなさい!昨日も一昨日も食べてない…お腹空いたんだ…父さん許して!』

必死に懇願する…

『居ない間冷蔵庫漁ったろ?』
『水だけだ!駄目だって言うから守った!』
『お前太り過ぎなんだ。デブ!もう少し我慢して。』

デブ?これでデブなの?
鏡は痩せ過ぎだから
一杯食べろって言った…
あの時より食べてないよ…

No.493 10/07/01 16:22
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夕方になると男は
仕事に行く前にシャワーを浴びる

次に入る用意をする
それを見て男が言う

『お前は駄目って言ったろ。ガス代掛かり過ぎ!家でグウタラしてんだから大した汚れてねーし。』
『汚いよ!シャワーはいいだろ!臭くなる…洗わなきゃ!』
『生活かかってんだ!甘えんな!使ったらわかる。使ったら明日覚えとけ!』

そう言って出て行った
仕方ない…顔だけ洗って
顔用のタオル濡らして体拭こう
使ったらわかるんだ…
怒られたくない…

何もない狭い部屋
城の荷物は衣服のみ
そこに敷かれた薄い布団
部屋の窓を開けても
隣の雑居ビルの壁
大好きな鳥すら見えない…
日の入らない部屋…

空腹が酷くて
倒れるように寝込む…

城も夢を見る…


聞き覚えのあるクラクション…

飛び起きて窓から下を見る…

ダホダボズボンの
スーパーマン2人が
笑顔で手招きして呼ぶ…

城ー!帰るぞー!!

嬉しくて嬉しくて
転がるように駆け降りる…

スーパーマンの顔が変わる…

うわっ…小汚ねぇ…!勘弁!

逃げるように去る
真っ黒の車…

待って…
仕方ないんだ…


寝込んだ城の目から涙…

No.494 10/07/02 00:09
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目を覚ますと
喉の痛みを感じた
心なしか体もだるい
あまり動きたくない…

それでも掃除はしなきゃ…
洗濯物は今日は
そんなに無いから
しなくても大丈夫…

せっかく健康的に肉付いた体
今はまた肋骨が浮き出て
力が入らない…

我慢出来ない
駄目って言われたけど
冷蔵庫…見てみよう…

ビールばかりだ
冷凍庫を開けてみる…
コロッケ?どうやって食べるの?

ひとつ取り出して噛みつく
硬くて無理…
火を通さなきゃならないのに
城は一生懸命噛み付く…
電子レンジを使えばいい?
適当に温めてみた
柔らかくなった…!
一口食べる…不味い…
でももう一口…生っぽい…

苛々してくる…
ゴミ箱へ捨てる…

調理の仕方も分からない
惨めな自分
こんな体にした
あいつらのせいだ!
でも自分が可愛くなかった
だからこんな体になった…

ビールを飲もう
苦いし嫌いだけど
炭酸だからまだお腹膨れる…

ブシュッと開けて飲む
ヨウヘイの所で初めて飲んだ時を
思い出す…

辛かったけど
先輩がいたからまだ
楽しかった

でも今は
知らない場所にただ1人…

酔いが回って頭痛…
布団に潜り込んだ

No.495 10/07/02 00:52
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男が帰ってくる音
TVを付けて酒を飲む

いつもみたいに
良くも悪くも
城を構う様子もない

咳をしながら
重い重い体を起こして居間へ

『…おかえり。』
『酒飲んだろ。』
『うん…お腹空いて…頭痛い…喉も…風邪かも…薬ある?』
『無い。てかお前臭ぇわ!』
『うん臭い…シャワーいい?』
『あぁ、入れ。』

久々のシャワー…嬉しかった
これで鏡と徹が来ても
逃げたりしないから!
綺麗に丁寧に洗って出る

今度は腹痛…
生っぽいコロッケのせいかも…
トイレに暫く籠もる

『どんだけ長く入ってんだよ(笑)!』
『父さん、掃除出来なかった…寝ててもいい?凄く…具合悪いんだ…。』
『そんなに?どれ、来い。』

そう言って隣りに座らせ
手の平を額に当てる

鏡もすぐそうやって
計ってくれた
慌てて薬買いに行ってくれた
手の温もりに一時の安らぎ

『あー…熱あるなぁ。』
『薬あれば少し早く楽になるだろ…コロッケのせいでお腹も痛いんだ。』
『自爆だろ、勝手に…!いいよ、行け!』
『どこに?』
『部屋に決まってんだろ。風邪移る!治るまでこっち出てくるなよ!』

唖然とした
泣きたくなるのを堪え
言う通りにした

No.496 10/07/02 01:47
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徹から着信

『どうだった?』
『爺さんしかいないみたい。また旅行かもね。』
『ハァ…全てにおいてタイミング悪いな…!』
『興信所が手っ取り早いか。』
『いや、今後の為にもミッチャンを味方に付ける!』
『友達か(笑)?』
『徹、どーもな!せっかくの休みに。』
『それはいいけど。』
『ミッチャンに会えたら頼むぞ!男・徹の色気とトークで落とせ!』
『何だよそれ…アンタがやれ。口悪いから無理だけどね。』
『いや、アンタに言われたくねぇわ(笑)!』

城からもう一度
電話よこしてくれねぇかな…

来週俺もやっと連休だし
それまでに見付かればいい

どうかどうか
痛い思いせずに
楽しく生活していてください
どうかどうか
俺が現れたら
笑顔を見せてください
そして
あの男に大声で
やっぱり鏡と住む!
なんて言っちゃってくれたら
俺、滅茶苦茶鼻で笑って
気持ち良く去れるから(笑)

城の純粋さを利用して
もしも酷いことしてたら

シンジ
同じ人の子の父親として
(1度失敗したけど)
許さねぇからな!

あくまで法に頼らずとも
二度と城に
頭上がらないようにしてやる

待ってろや!!

No.497 10/07/02 23:12
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城は言われた通り部屋にいた
翌日男は帰って来なかった

熱と頭痛と吐気と咳と下痢
空腹による体力低下で
トイレへ行くのがやっと…
朦朧とする…

…死ぬ?…また鏡にさよなら…言わなきゃならないかも…

風邪引いた時
鏡がしてくれたことを
思い出し始める

…汗かいた時のために
着替えを置いてくれた
…スポーツドリンクを
買いに走ってくれた
…食欲無いって言ったら
鏡矢様【特別】スープだ!って
無理矢理でも飲ませてくれた
…頭痛酷いって言ったら
薬効くまで我慢だ
それまで裏技伝授だって
こめかみ押してくれたけど
バカ力で痛いって怒ったら
すぐゴメンナサイって謝ってた
…吐気が酷くてトイレ籠もったら
何回もドア開けて心配して
大丈夫ですか~
大丈夫ですか~って
様子見に来てくれた
…咳止まらなくて辛い時
城チャン男なら乗り越えろ!
今が試練の時だとか
意味わからないこと言って
背中さすってくれた

病院へ行けない俺を
一生懸命見ていてくれた
やっぱり
鏡のが父さんだ…
あいつは見てくれない
都合の良い時だけ父さん面

俺あいつに言いたいことある
だからすぐ治すんだ…!

No.498 10/07/02 23:54
㍊ ( wPNK )

フラつく体を無理にでも起こす

冷蔵庫から水の入った
ペットボトルを取り出し
コップを持って部屋へ運ぶ

鏡は氷枕を用意してくれた
でも無いから
ビニール袋に氷を入れて
氷嚢代わりにする

空腹を少しでも満たすのに
氷をガリガリ食べて
部屋へ戻る

やっぱり下る腹
それはもう仕方無い

頭痛はこめかみを押して耐え
着替えを傍に置き
毛布にくるまって
眠れるだけ寝続けた

掃除も洗濯もしなかった
文句言われても
言い返せる

あいつの言う通りにしてたら
駄目になってしまう…

自分から鏡と離れて
残るって決めたんだ

引っ越しは予想してなかった

だけど
悪魔を退治するんだって
決めたから
もう1度
ちゃんと言うこと言ってみる

あいつの心は悪魔なんだ

酷いことされる覚悟出来てる
大体予想つくよ…怖いけど!
だから多分
今が俺の最後だと思う…

何されても俺は俺の思うこと
最後に全部ぶつけてやる!

逃げたりなんかしない
逆らう訳じゃないよ
俺の思うことを
1対1で
最後に

最後に
全力でぶつけてやるんだ

何かされても勝ち目はない
体力が限界だから…

No.499 10/07/03 00:37
㍊ ( wPNK )

次の日も父さんは
帰ってきませんでした

おれのこと
どうでもいいんだって
この時きちんと理解しました

ただのカゼだったけど…
苦しくても1人だったからこそ

余計に鏡がたくさん出てきて
たくさん比べてしまいました

血のつながった
大嫌いな父さんと
血のつながらない
大好きな父さん

血って何だろう
家族って何だろうね?

おれは
今までされてきた虐待は
自分も悪かったからだと思い
許しました

だけど
父さんと2人になってから
何がいけなくて
こんなことされるのか
実はわからなかったんだ

わからないまま
多分自分が悪いんだろうって
ウデを傷つけてました

父さんが帰ってこなかった間

多分これを言ったら
今までより痛いことされると
わかってて
父さんにぶつける
決心をしました

熱にうなされて
頭と心が変わったと思います

熱湯やタバコも覚悟しました

おれはもうガマンできなかった
死にたくなかったけど

もう死んでもいいやって
初めて心で笑って言えました

鏡もきっと
あきらめるでしょって
初めて思えました


おれは
1番あの悪魔に効く方法を
思い付いたからね

それは…

No.500 10/07/03 00:53
㍊ ( wPNK )

おれの存在を

永遠に

あいつの心に

焼き付けること



おれの心のドロドロ

ぶちまけてやるよ



だから殺して

まってるよ



逆上しやすいお前なら

そうさせるのは簡単だ



永遠に

父さんの心の中で

呪い続けてやるからね



鏡 徹

1番の悪魔は

おれだったみたい…



鏡 ごめんなさい

そして

ありがとう

おれのたった1人の

お父さん…



―城の手記(一部)―

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