チョコミント
今も これから先もずっとず好き
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桜井先生のことを考えて一日が終わる。バイト中も授業中もご飯を食べているときも…
そんな自分が気持ち悪くて嫌だった。少しやさしくされたからって舞い上がる自分を軽蔑していた。
だけど、桜井先生への思いは止められなかった。
好きなのかな…桜井先生のこと。毎日気になって仕方がなかった。家に帰り学科の勉強するも手に付かない。息抜きにふと窓に近寄って外の空気を吸おうとした時――桜井先生‥の香りがした。窓辺で育てていたミントがふわりと香ったのだ。誕生日プレゼントに友達のからもらったもの。
桜井先生は車に乗ってくるときに何かいい香りがするけれど香水かコロンかはわからなかった。
ミントの香り。桜井先生の香り。
いい香り…
彼氏がいるとかいないとかそんな話で盛り上がったあとに沈黙となった車内。オレンジ色の夕日があたしと桜井先生を照らしていた。信号待ちで停車。
きまずい…あたしは自分はあまりおしゃべりなほうではないが沈黙が続くのは嫌だった。はぁ…桜井先生なんか話してよ なんて思っていると、視線を感じた。
桜井先生が大きなたれ目でこっちをじーっと見つめていた。
はい!?桜井先生 何?
なんで見てるの?
短気なあたしは一瞬見つめられたことに苛立ちを感じた。だってどんな顔をしていいかもわからない。
だけどそれは怒りの苛立ちじゃなくて心臓の脈拍が激しくなっていたからかもしれない。すごくドキドキしてスリルがあったんだ。
桜井先生は言った。
『俺 人の顔見るの好きなんだよね~。』
とにかく桜井先生と一緒にいると心がいつも踊らされる…
オートマに変えてから初めての教習。
『オートマに変えたら本当に楽になるからね。またがんばろうねっ。俺も実はプライベートではオートマだよ。』
桜井先生もオートマの車に乗っていると知りうれしくなった。
この時から桜井先生との車内での会話がとても増えた。
『彼氏いるの?』
『彼氏…いないです。』
『え~南野さんなら5人くらいいるんじゃないの?』
『5人ですか??…ホントにいないです。』
この時はおかしな質問だと思ったが後にその意味を知ることになる…。
あたしも桜井先生に彼女がいるのかが気になったので聞こうと思ったがそんな勇気はなかった。でも指輪をしていなかったから結婚はしていないのかなぁとか考えたりしていた。
あたしは桜井先生にかけよって間宮先生とのやりとりを話した。
『そうかぁ、南野さんはどうなの?マニュアルで続けたい?』
『次の教習まで考えてもいいですか?』あたしはその場で決めるほど潔くはなかった。下手だけどマニュアルで取りたい気持ちは少しあった。
『あ、でも今日って2時間続きだから次の教習ってもう始まるわ~マニュアルならまずさっきの時間の補習だね。オートマにするかい?』
桜井先生までオートマに変えちゃえって思ってるんだ…え、どうしよう…
悩みながらもあたしは客観的にも見ていた。背の高い桜井先生と向かいあい、あたしはうつむいて考え込んでいた。告白しているかのようなシュチュエーション。ドキドキドキドキ…!
『オートマにします。考えてみたらあたし将来マニュアル車に乗る予定もないですし、オートマで運転技術に磨きをかけるように頑張ります。』
あたしはこの日オートマ限定の免許取得に向けての再スタートをきった。
練習場内の交差点でエンストを連発してあたしは進めなくなった…。そして渋滞まで引き起こしてしまった。見るに見兼ねて間宮先生がチェンジレバーを操作し、なんとか駐車場に車をとめることができた。
『免許取れたらマニュアルの車乗るのか?そうじゃないならオートマのほうがいいよ。楽だし、ハンドル操作にに集中できるぞ。なっオートマに変えな。』間宮先生はあたしが言葉を発しようとするのを遮るように言った。
悔しいけどできない…。マニュアルの車を買う予定はない。ただ周りの友達はみんなマニュアルで取っていたからそれが普通なのだと思っていた。しかしこのまま意地をはって続けてもできる気がしない。どうしよう‥
『桜井先生に相談してみて決めます。』
泣きたくなるような気持ちで車を降りてふらふら歩いて学校へ戻ろうとしたら向こうから桜井先生が歩いてくるのが見えた。
4回目の教習でのこと‥その日はたまたま桜井先生ではなく白髪混じりの年輩の先生だった。名前は間宮と言った。
桜井先生と一緒がよかった。
そう思いながらやり始めるとやはり気持ちは行動にあらわれる。まだマスターできていない半クラッチがいつもに増してできない。
1メートル進んではエンスト、もう1メートル進んでまたエンスト。
車の中で会話をすることで桜井先生のことが少しずつわかっていった。
桜井瑠伊と言う名前は野球好きのお父さんが塁に掛けて名付けたという。実際に桜井先生も野球が好きで社会人野球のチームに所属している。日焼けした肌は野球をやっているからだと納得できた。
腕は程よく筋肉が付いて引き締まっている。
助手席からあたしはばれないようにいつも桜井先生の腕や横顔を見ていた。かっこいいし、きれいだった。男の人に色気や美しさを感じたのは初めてだったから…あたしは目が離せなかった。
教習が終わるまであたしはドキドキが止まらなかった。ドキドキが苦しいけど心地よくて帰りたくなかった…恋?まさか。認めたくなかった。またどうせ好きになれずに終わるんだ。相手にされるはずない。どこまでもネガティブだった…
だけどその日にあたしは美容室に向かった。半端に黒と茶色が交じっていたから。伸びて長さもバラバラだったから。桜井先生の前ではかわいくいたいと思った。美容室の担当のお兄さんにピンクが入ったブラウンをすすめられてその色に決めた。ピンクは恋愛に効く‥前に読んだカラーセラピーの本の一文を思い出した。好きな人できたらいいな。気分は明るくなっていた。あたしは‥桜井先生のこと好きなのかな?そう思ったけれど年上の男性を好きになるなんて自分でもよくわからない。
学科をとりながら一週間に数回、車にも乗った。順調に‥。車の中で桜井先生はたくさん話をしてくれた。年齢はあたしの予想に近く29歳だった。でももっと若く見えると思った。ちょうど10歳差。
『…南野さんだっけ?名前…今日はエンジンのかけ方と止め方やってみるよ!教本読んできた?』桜井先生の問い掛けで緊張が少しほぐれた。
あたしは予習なんてしてなかったから全くわからなかった。マニュアルで取ると決めたのにクラッチって何?と言った状態。
桜井先生がクラッチの説明をし始めた。
『この右手と左手をクラッチでつながるギアだと思って。クラッチを踏むとギアがつながる…』
両手を使って右手と左手を絡ませて見せた。あたしは桜井先生のその姿にやられた。この時、一生解けることのない魔法にかかった。
―木曜日―
天気は晴れ。強い日差しに目をあけているのがつらかった。自動車学校に着いて名簿を受け取り5号車の近くまで行って助手席に乗るのをためらった。車に乗るのが恐かった。どうしよう‥帰りたい‥
その時先生が歩いてくるのが見えた。日焼けした肌に白いシャツ。まぶしかった。
『おはようございま~す。乗ってて良かったのに。さぁ始めるよ。』先生は慣れた感じで落ち着いているように見える。
あたしは緊張で目を合わせることができなくて。先生のネームプレートばかり見ていた。 先生の名前は桜井瑠伊。見た目は27歳か28歳くらい。瑠伊って最近流行りの名前だと思っていたけど‥結構前からあったんだ。
渡された名刺を片手に指導員室へ行き挨拶をしに行く。元カレ似の教官‥なんとなく気まずい。緊張でドキドキが止まらなかった。
『よろしくお願いします。』消えそうな声でぼそっとあたしは言った。
『よろしくお願いしま~す!さっそくだけどいつ車乗る~?』低くて‥だけど明るい声。
『今は夏休みで大学は休みだからいつでも大丈夫です。』
『じゃぁ今週の木曜日の9時ね!車 乗るよ。5号車の助手席に座って待っててね。』なんか‥デートの約束みたいでドキドキ。さっきの緊張のドキドキは違う。
9月の始め。あまりの蒸し暑さにいつもはおろしている髪を結って出かけた。
自動車学校の入校式…。
教室に十数人が集められて説明が始まった。
免許を取ろうと思った理由は何となく。就職のために時間に余裕があるうちに取っておこうと思ったから。
しかし人と関わることに疲れを感じていたあたしはとても億劫な気持ちだった。担当の教官の名刺が配られた。顔写真が入っていて驚いた…。春に別れたばかりの元カレとそっくりだったから。くっきり二重の大きな目、ベース顔の輪郭…
元カレとの別れは、あたしが言いだした。こんな自分と付き合っている相手がかわいそうだと思ったから。自分のことが好きになれずに誰かを好きになるなんて無理だった。
毎日が嫌だ…楽しいことなんてない。大学に行って、友達と一緒にいるのも、勉強をするのも、何をするにももう疲れた。
生きる目的を見失ったあたしにとって食べることだけが唯一の快楽だった。食べている間は無になれるから。コンビニで買い込んだ菓子パンやプリンやアイスを息つく間もなく食べ続ける。止められない食欲。
あたしもしかして過食症…?食べ終わったあとのゴミをみて我にかえってギョッとする。もうこんな醜い食べ方は二度としない。ごめんね。自分の体に謝る。
また明日の朝は浮腫むだろうなぁ。もうこんな自分が本当に嫌だ…いっそのこと消えてしまえばいいのに。
わけもなく不安になり毎日生きるのがつらかった。そんな時に出会った人だから余計に心の隙間をうめるように…あたしはあなたにはまっていったの。
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