T-002
薄暗い室内、見えるのは錆びた鉄のイスと正面に大きな鏡
…よく見ると後ろに誰か立っている
『お前は……1年以内に死ぬだろう…』
ノイズが混じった様な不思議な声が部屋に響く
《どういう事だ?!!》
そう聞き返したいのに…鏡の中の俺は、軽く口元だけで微笑み
『楽しみだ……』
……とだけ言った
それがいつの記憶なのか
本当にあった事なのか
知るには俺の記憶は曖昧すぎて……
だが
確実に俺の体は
…壊れていく……
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―序章―
…コツッ
コツ
…コツッ
コツ
廊下に響く足音…
足元が見える様に、小さな灯りがポツポツと照らされている以外は何もない…殺風景な廊下
足音に合うように視界が移動しているので、俺は歩いている…そしてこれは俺の足音なのだろう……
…体を動かしているという感覚は無いが。
…コツッ
コツ
…コツッ……
扉の前で足音が止まり、視線が扉の横にあるパネルへと移る
そこへ伸びる手……見覚えがある、やはりこれは俺の体だ
パネルに触れると、青白い光が俺を探る様に上から下へと移動する……
ピーッという機械音と
画面にロック解除
の文字が出て、重そうな扉がゆっくりと開く……
余りに眩い光に思わず視界を閉じる…
そして光になれるよう、ゆっくりと視界を広げていく
…コツッ
コツ…………
室内は広く…大きなカプセルがいくつも並んでいる……
その前に佇む人
嬉しそうに振り返る…
『もうすぐ…会えるよ……プッ…ハハッ、アハハハハハハハハッッッッッ!!!!!!』
痛い……部屋にこだまする笑い声が頭に刺さるようだ…
『…やめろ』
低く唸る様な俺の声
それでも声は止まらない
『アハハハハハハハハハハッ!!』
―1―
パトカーを小道の脇に停める
「現場に着きました、様子を見てきます」
「了解…気をつけろよ良平」
「またデマだと思うけどね……」
嫌味っぽく言って無線を切り、車から降りる…
この河辺で女性の遺体を見たと先ほど通報があり、偶然近くにいたせいで行くことになった…
最近じゃ市内の川付近で同じ様な通報が増えてきている……が実際に遺体が発見された例は少なかった
「この暑いのに、ついてないな………」
雑草が茂る土手をぶらぶらと歩く…どうせ今回も無いだろう、そう思いながら
「うわッ!!!!!!」
草があり足元がよく見えなかったせいで、何かを踏み滑ってしまった
「ちくしょお…やっぱついてねぇ!!」
靴底を見てみる…赤黒い塊がべっとり付着していた
「……なんだよ…コレ」
見ると地面にも同じ物体が落ちている…
「まさか…………」
ゴクリと生唾を呑み込む
「本当に…遺体が……」
キッと表情を改め、周囲を見渡す…
数メートル先の草が潰された様になっていて、思わず駆け出し近寄る
「……………………………………………これは……何だ????????………一体…何だってんだ?!」
そこに…横たわる女…
―2―
全裸で横たわる女…長いウェーブの髪の隙間から見える肌は青白く、とてもじゃないが生きている様には見えない……
それだけなら…ただの遺体と変わりは無い
だが……その背中を覆うように赤黒い塊が…いや、ただの塊ではない
なぜなら……その塊は、小さな細胞一つ一つが生きているかの様に動き…細い触手のようなモノが、気味が悪い位にうねうねとうごめいていた…
「こんなの…見たことない………何だよ……俺夢でも…見てんのか?」
〈…夢じゃないよ……〉
ヒイッッッ!!!!と、情けない叫び声をあげてしまう…それも無理もないだろう
死んでいると思っていた女が上半身だけを起こし、体を捻る様にしてこちらを見ている……
「アァッッ………………」
にこりと微笑む女の瞳は、まるで血にまみれた様に真っ赤で…その肌の青さとはかけ離れていた
ズルッ…ズルッと音たてこちらに向かって這ってくる女……
「……来るな…来るな来るな来るな来るなアァッッッッ!!!!」
女の背中の触手がヌルヌルとした光沢を見せながら男の方に伸びて来る
《殺される!!!!!!!!!!》
「うわァ゙ァァァッヅッッ!!!!!!!!」
パンパンッ!!!!!
乾いた銃声が響く
男は夢中で引き金を引いた
―3―
カチッカチッカチッ……
弾切れの空しい音がする…それでも男は繰り返し引き金を引き続ける……
女の体には弾が貫いた無数の穴が開いたが、血は流れていない
相変わらず赤い瞳で男を見つめ、向かって来る…
「なんだよオッ…なんで死なねぇッッ!!!!!!!!」
〈………お前は……〉
「????!!」
女の瞳が男の斜め後ろを見つめている……
《…何を見てるんだ??》
その視線を辿る様に後ろを振り返る……
「…派手にやったな」
そこにいたのは全身真っ黒のスーツを着た男性……
「助けてくれッッッ!!早くウッッツ!!!!!」
ため息をつき、失笑しながら男に手を差し出す…その手に握られていたのは、見たことの無い拳銃だ
「な……なんだよ……」
「黙っててくれないか?俺は煩いのが嫌いなんだよ」
パシュッッ……
音と同時に男の体は地面に倒れる…
「…俺だ……ああ…処理班を呼んでくれ…」
携帯を閉じるとしゃがみ込み、女の頬に触れる…
「………今楽にしてやるから」
先ほどまでとは違う優しさが含まれた表情……
女は瞳を閉じ、彼の名を呼んだ………
―4―
case1
早河光輝(ハヤカワ コウキ)
目覚まし時計の音と先ほど見た夢の声が混じり、夢からの覚醒を促した
ベッド脇に置いてある煙草に手を伸ばし、マッチで火をつける
ボーっと天井を眺めながら記憶の修正を試みる
《…ここは俺の部屋…体を動かす感覚だってある……さっきのは夢……名前は早河光輝…そして今は朝だ……だるいけど仕事に行く準備をしなきゃな》
彼は軽度の記憶障害だ……おかげで高校以前の記憶はほとんど無い…
煙草の横に置いてあったメモ帳をパラパラとめくる………
「今日の予定は………"チームの異動"…あぁ…そうだったな…」
寝る前に書く翌日の予定…習慣になっているせいか、それを忘れる事は無かった
彼は……"ただ記憶が飛んでるだけで…生活に支障をきたす訳じゃない"そう思い一度も病院に行った事は無かった…
…時折、テーブルに薬が置いてあるので断言は出来ないが…
ぼさぼさに伸びた髪を乱暴に引っ掻くと、まだ長い煙草を灰皿に擦り付け洗面所へ向かう…
髭がチクチクと伸びていた…いつ剃ったのかも覚えていないが……特に気にせず彼は支度を済ませた
―5―
「じゃあ行って来るよ…姉さん」
出かける前に玄関に置いてある写真へと声をかける
写真の中の彼は、今では考えられない程爽やかな顔で笑っている…隣りに写る姉のせいだろうか…
姉さん……早河鈴(ハヤカワ スズ)は数年前(正確には思い出せない)から行方不明だ……
写真をみる限り、俺が高校の頃はいたのだろう…姉さんを探す手がかりは一つ………
彼女が勤めていた
"併加製薬会社"
俺はそこに入社した…必ず姉さんを、見つけ出すために………
これでも頭だけは良いから……新薬開発、改良など実績を積んできた…
おかげでようやく今日から、最高チームのプロジェクトに加わる事になったのだ…
姉さんもそのチームに参加していたと聞く
…そこで何を研究してるのか……姉さんの居場所はどこなのか………
その全てを…解き明かしてやる……
―6―
車のエンジンをかける…ナビの画面からニュースが流れていた。
『次のニュースです…昨日早朝、○×川下降付近で女性の遺体があると通報がありました。
捜査に向かった須桜良平(スオウ リョウヘイ)巡査の行方が不明となっています。
現場には手がかりになる物が無く、捜査は困難になっているもようで…』
「物騒だねぇ……ま、俺には関係ないけど。」
車が加速し、慣れた様にギアをかえる……。
まだ早い時間だというのに、歩道には出勤途中のサラリーマンが溢れていた。
彼が向かう併加製薬会社は、都心から少し離れた所にある。
地下にある薄暗い駐車場に車を停めると、専用IDでロックを掛けた。
警備室の前を通る…今日も警備員は後ろ向きで新聞を読んでいた。
こんなんで給料が貰えるんだから……俺と替わって欲しい、と愚痴っぽく思いながら警備室の隣りにあるエレベーターのスイッチを押した。
エレベーターを待っている間に2人の女性社員と一緒になる、その中の1人が藤森沙絵(フジモリ サエ)だった…。
《朝から嫌な奴に会っちまった…》
「……おはよ」
「……おう…」
何となく重い空気なのは、先日2人が別れた為だろう。
―7―
「異動…今日からでしょ?もう少しちゃんとした服装出来ないの?」
「関係無いだろ。」
「…そうね、あなたっていつもそう。」
エレベーターに乗り込む…沙絵を残して。
「あなたと同じ空気吸いたくないの。」
「………助かるよ、俺も同感だ。」
皮肉っぽく笑い閉のボタンを押す。高速で昇っていくエレベーターの壁に寄りかかり、耳鳴りをこらえた。
数秒で10階へと着き、扉にIDカードを差し込み中へと入る。
白一色の社内……床も白のタイルがぎっしりと詰め込まれ、いつもピカピカと明かりを反射していた。
そのまま社員専用のエレベーターで50階へと到着した。
ここでもエレベーターの正面には大きな扉があり、ロックされている。
《…厳重な事で……そんなにヤバい研究してんのかねぇ……。》
今日から新たに登録されているはずのIDを差し込む…ピピッという電子音がして扉は開いた……。
扉の先を見て…光輝の足が止まる……その階は、他とは全く違う………ライトの色は青く光り…装飾は黒で統一されていた…。
「なんだよ……此処。」
……その不気味さに…足が固まったみたいに、前へ進む事が出来ない。
―8―
《…そうだ……この感じ……どこかで見た事あると思ったら…………》
……その不気味な景色は…毎晩彼の見る夢に出てくる建物の感じに…よく似ていた。
ライトの位置や内装は違うが、何となく似ている……それがどんな意味を示すのか…まだよく分からないが。
用心しながら一歩一歩前へと足を進める…。
扉が幾つかあり、その前に書かれた部屋の名前を小さなライトが照らしていた……。
そこに書かれた字を暗記しながら…目指す部屋を探した。
《第五研究室……此処だな…。》
一応軽くノックしようか…そう思っていたら、扉は自動で開いた。
……室内は他の階と同じく明るい…そこには、白衣を着た研究員が3人いた……。
その中の1人、小太りに眼鏡をかけた男がこちらに気付き…軽く会釈をした。会釈を返しながら他の2人を見る。
くせっ毛を立たせた男とハーフっぽい顔の女……2人は光輝が来た事を気にする様子も無く、珈琲を飲み続けている…。
―9―
「あ…君も珈琲飲む?」
気をきかせて眼鏡の男が聞いてきた…。
「あ…頂きます。」
光輝の声に反応する様に、2人がこちらを見る。
「……あなたが新メンバー?」
「そうですけど…。」
「また暑苦しいのが増えたわね……ここのメンバーの男って、何でこう変な奴ばっかなの??」
「お前が一番変だよ、律子。思いやりって感情が無いんだからな。」
「何よ海……その昆布頭、いっそ坊主にでもしたら?」
「ちょっと2人共…とにかく自己紹介でもしない?せっかく新しい人が入ったんだから……。」
「…それは私の仕事だろう??」
眼鏡にきちっと整えられた髪の男が、奥の扉から入って来た……。
…見た事のある顔……確かこの会社の、社長の息子だ……。
「私は併加一彦(ヘイカ カズヒコ)此処のリーダーだ。そして順に、金田頼元(カネダ ヨリモト)…相馬海(ソウマ カイ)…神亜律子(カミア リツコ)……。それと新メンバーの早河光輝。」
宜しくと頼元が丁寧にお辞儀をする……海は顎だけで会釈をし…律子はまた後ろを向いて珈琲を飲んでいた。
《何か…変なメンバーだな。》
「さて……それじゃあ私は仕事に戻るよ。早河君の世話は……律子、君に頼む。」
―10―
「何で私が?!そんなん海にでもやらせれば良いじゃない!!」
「君が一番適任だよ…律子。」
一彦が奥の扉に消えて行く………扉の向こうが気になり、覗こうとしたが…駄目だった。
「……じゃあとりあえず…仕事の説明するわね。1回しか言わないから、ちゃんと覚えるのよ?」
「はい。」
ようやく此処で行われている研究内容が分かる……少し緊張したが、興味の方が大きかった。
「今地球で、一番問題になってるの……何だと思う?」
「えっ?……温暖化…ですか?」
急にそんな質問をされて驚いた…。早く研究内容を言って欲しいと焦っていたので、真面目に答える。
「そう、その通り。温暖化が引き起こす問題は…海水面の上昇とか、地球に与えるものだけじゃない。地球に生きる生物にも、大きな"変化"を与えるの。」
「……生態系…例えばペンギンとか、ですか?」
「それもある…けどね、例えペンギンが絶滅しても…日本に大きな被害がある?……それよりもっと怖いのは殺人ウイルスや…それまで無害だった生物が、有害になること……。」
「………???」
話しの意味は分かる……でも、何だか理解しにくい説明だ。
―11―
「その説明じゃ分かりにくいだろ??」
律子の話しを聞いていた海が光輝の代弁をする。
「しょうがないでしょ?!苦手なんだから。だから海にやらせれば良いって、言ったのに……一彦の奴…。」
「まあ…良い、俺が説明してやる。とりあえず実物見ながら……な。」
「実物???」
理解出来ずにいる光輝に指で来いと合図をし、小型テレビと接続された顕微鏡のスイッチを入れる。
「コイツを見てみな。」
画面に映しだされた生物………。
「………何です??…コレ……。」
「元はただのバクテリア…水温の上昇と、何らかの原因で……"変異"したんだ。」
《バクテリア??そんな…こんな生物……見た事無い…。》
小さな円形の形…そこから飛び出た一本のトゲみたいな部分、その部分を振り回し……周りにある赤血球を、攻撃している。
「コイツはこうやって、栄養を奪い…赤血球をも取り込む。毒を撒き散らしながらな…。ただコイツにはいくつかtypeがあって、これはtype7。」
「typeによって、どう違ってくるんです?」
「…それがまだ完全には分かって無いんだ…。」
ぽりぽり頬をかきながら、珈琲を口にする海…。
―12―
「typeは1から7まで…7のコイツは、T-007って俺達は呼んでる。」
「全種類のサンプル、見せて下さいよ。」
「初期段階のモノなら見せれる、このファイルだ。」
手渡されたファイル…"T--data"中を開くと、1から順に写真と特徴などが書かれていた。
…でも、特に大きな違いは無い。
「コレって、7種類に分ける必要無いんじゃ?」
「初期…だとな。俺らもまさか、こうなるとは思って無かったよ……。」
指でテレビの画面を指差す…光輝の視線も、画面へと移った。
「……そろそろだ。」
海の少し強張った声…律子が小さなスポイトを持ち、顕微鏡の側に座る。
画面の中でうごめく生物…先程見た時より、大きくなっていた。
そして次の瞬間…1つだったはずのソレが2つ…3つ…5つと、急速な細胞分裂を始める。
元になっていた生物と全く同じ新たな個体…単細胞生物なんだし、此処まではそんなに変ではない。
ただ、分裂のスピードが明らかに早い……早すぎる。
―13―
細胞分裂を続ける生物。
倒立顕微鏡(対物レンズがプレパラートの下側に位置するタイプ)だったので、シャーレ(培養容器)ごと顕微鏡に設置してあった。
「シャーレを見て。」
律子の呼び掛けにシャーレを見ると、肉眼では見えなかったはずが…3㎝程の赤黒い塊がそこにあった。
「此処まで増えると、typeによって性質が変わって来るの。」
「それより…良いんですか?そのままじゃどんどん増えて……。この室内でコンタミネーション(培養する時の雑菌混入)でもしたら……」
「それは大丈夫よ。この子…与えた血液量以上に増えたりしないし。空気感染もしないから…。」
「今はお前に試しに見せただけだし、普段は隣の部屋でやってる。空気感染するtypeがいるかもしれないからな。コイツはもうただのバクテリアじゃない…新種の寄生生物だよ……。」
「寄生??」
「…ああ。ただし、typeの中で他の生物に寄生するのは…分かってる範囲だと1、3、4、5、6、7の6typeだな。type2は今のところ……寄生した例は無い。」
「へぇ……詳しく見てみたいんで、隣の部屋行ってみても?」
「出て左の部屋だ。バイオハザードの警告が扉に書いてあるから、すぐ分かるだろ。一応…律子も一緒に行ってこい。」
サスペンスものを目指して書いてますが、何だか違う感じになりそうで焦ってる主です💦
器具の名前(シャーレなど)はあるサイトで調べて載せてみました😣
しばらくtypeの説明などでつまらなかったりするかもしれませんが、気長に読んでやって下さい🙇
感想など頂けると嬉しいです✨
―14―
扉にはバイオハザードの警告…。
「ここのBSL(バイオセーフティ-レベル)は??」
「2…」
後ろに付いて来ていた律子は光輝の問いかけに、やる気無く答えた。
「あっちの部屋は?」
隣りの部屋にもバイオハザードの警告、つまり何かの実験室のはずだ。
「あっちはレベル4……」
そう言った後に、律子はしまった…という顔をする。
「神亜さん…BSL-4って事は、建物自体を完全に隔離しなきゃいけないはずです。それに、周辺住民の許可も必要だし…」
「良いのよ、政府公認でやってるから。それ程非常事態って事なの。レベル4…つまり治療薬の無いウイルスが、温暖化による異常気象で発生したら…。そしてその殺人ウイルスが日本に広まったらどうするの?」
「それは……」
「それを防ぐ為に、少しでも変異しそうなウイルスを…あっちの部屋で研究してる。……あんたは名簿に名前載ってないから、部屋には入れないけどね。」
「つまり俺はさっきの生物の研究に専念しろと?」
「……そういう事。さ、早く入ってよ!私も暇じゃないんだからっ!!」
後ろからせかす律子に、海の言っていた"思いやりって感情が無い"…という言葉を思い出し、妙に納得してしまった…。
―15―
廊下で話しているせいか、光輝と律子の話し声が第五研究室まで響く。
「海良かったの?あんな"嘘"教えて……。彼頭良いみたいだし、すぐにバレるんじゃないかな。」
会話が聞こえないよう、頼元は声を小さくする。
「一彦からああ言えって、命令あったから。バレるのも想定内だろう……。それよりも…光輝がいる間は、余計な事喋るなよ。」
「大丈夫だよ。彼、正義感とか強そうだし…面倒な事になりたくないもんね。」
「ああ…」
律子が置いていったスポイトを手に取り、中に用意してあった液体をシャーレの中の生物にかけた。
液体のかかった細胞から、体液が溢れ収縮していく。…数秒で完全に死滅してしまった。
「単体だと、こんなにも弱い生物なのにな…………。」
……ぼそりと呟いた海の言葉に、頼元が曖昧な相槌を返した。
―補足―
バイオセーフティーレベル(BSL)…細菌ウイルスなどの病原体を取り扱う設備の分類。
病原体の危険性に応じて4段階のリスクグループが定められており、それに応じて取り扱いレベルが定められている。
コンタミネーション…培養するときの雑菌混入のこと。
人や環境生物に対して病原性を持つ細菌やウイルスなどで、実験室や実験者が汚染された場合はバイオハザード(生物災害)
―16―
case2
須桜來史(スオウ ライシ)
吸い殻が溢れそうな灰皿に、さっきまでくわえていた煙草を押し付ける。デスクの上に置かれたファイルには、行方不明になった須桜良平…弟の調査状況がまとめてある。
《……あの時…俺が一緒に行っていれば……》
何度も悔やんでしまう…最後に交わした無線の会話……まさか、こんな事になるなんて…。
「須王警部!!現場から僅かですか血痕が!!!」
「何っ?!良平の物か??」
「いえ…巡査の血液型はA型ですが、見つかったのはO型の物です。それと、長い髪が一本見つかりました。しかし事件と関係あるかは…まだ調査中です。」
「O型か………髪の方は女のようだな。指紋はどうだ??」
「いえ……まだ出てきていません。…もう少し人手があれば………」
「そうか…すまないな、無理言って。」
「そんな!!良いんです!!警部の力になれるのなら、何でもやりますから!!!」
そう言い部下である武田一(タケダ ハジメ)は、自分のデスクに戻った。
―17―
「須桜……ちょっと来い。」
來史の所属する捜査一課の課長…楠木に呼ばれ、來史は慌てて良平のファイルをしまった。
「何でしょう…。」
「"何でしょう"じゃない!!お前の担当は幼児連続誘拐事件…だったはずだろ?ろくに捜査もしないで、弟の事件を追うなんて…お前らしくない。」
「……すみません…。」
「良いか?誘拐された幼児3人の中の1人が、遺体として発見されてるんだ……。それと比べて良平君の件は、まだ何も手掛かりは見つかってない。本当に事件に巻き込まれたかも分かってないんだ。」
「しかし…良平は勝手にいなくなるような……」
「本当にそう言えるのか?"あんな事件"の後だ…失踪……ってのもあり得ると思うがな。」
「………くっ………」
「とにかく!お前は決められた仕事をきちんとやれ。」
《確かに……良平には家を出たくなる理由がある…。……でも俺には………ただの失踪とは思えない。》
―18―
"あんな事件"とは、1ヶ月前に起こった…。
來史の家は、代々警察官に就く名門家……。來史と良平も、産まれる前から警官になる事が決められていた…。
警察署内でも評判が良かった須桜家に起きた事件……。それは…來史の父が、來史の母である妻を殺害するという事件が起こったのだ……。
元警視総監だった男が起こした事件は、マスコミでも大きく取り上げられ……息子である來史と良平の署内での居心地は、最悪と呼べるものに変わってしまった…。
「須桜警部?楠木課長に……何か言われたんですか??」
気が付くと、火を付けた煙草は灰に変わり…指が軽く火傷していた。
「いや……大丈夫だ。」
急いで煙草を灰皿に落とし、指をさする…。
「冷やした方が…良いと思いますけど……。」
心配そうな顔で俺の指を見つめる武田……あの事件後、俺と組むのを嫌がらなかった唯一の男。
「大丈夫だよ…俺は丈夫にできてる。それより、幼児連続誘拐事件の被害者の1人…神亜みくの母親に会いに行くぞ。」
「良平さんの事件は?」
「……さっさと片付けて、それからだ。」
「はいっ!!!!」
―19―
覆面パトカーに乗り込み、來史は助手席で事件のファイルをめくった。
しかし隣で、武田が内容を暗記したかの様に説明を始める。
「最初の被害者…神亜みく当時5歳は、養母である神亜律子と共に○○スーパーを2030年9月11日夕刻17時10分来店…店内で行方が分からなくなったとの通報が、2日後の13日…神亜律子により警察に。」
「ちょっと待て、なんで2日もたってから?」
「調書によれば、"仕事が忙しかった"と…。神亜律子は併加製薬会社に7年勤めています。」
「…たいした養母だ。」
《併加製薬会社…か。まあ…それは良いとして……》
「犯人の目撃情報は?」
「神亜みくと男が店外に出る所の映像が、防犯カメラに残っていました。ファイルの2枚目です。」
言われた通り、1枚目をめくってみる……。2枚目に載っていた写真…男の顔も鮮明に写っていた。
痩せこけた頬…べっとりとした黒髪…鋭い目元……。
「その男が、他の被害者2人といる映像も…防犯カメラに残っていたんです。」
「まるで……わざと自分の顔を残したみたいだな…。」
手を繋ぎ歩く写真…男はカメラ目線で、微笑んでいた……。
『捕まえてみろ…』
……とでも言いたそうな顔で…。
―20―
「此処か……併加製薬会社ってのは。」
「はい。1980年に現社長…併加寿(ヘイカ コトブキ)の祖父、正太郎氏によって創立。最近では、新型インフルエンザK7の培養にいち早く成功し…その抗体である治療薬を開発した事が有名ですね。」
「……詳しい説明ありがとよ。」
「いえ!!ちなみに社員は400名を越え、現在ある製薬会社の中でも……」
「続きは良いから…さっさと入るぞ。」
「はいっ!!」
来客専用出入り口から入ると、受け付けが目の前にあった。
「此処で働いてる、神亜律子って人に会いたいんだが。」
警察手帳を見せると、受け付けをしていた女性は少し不審そうな顔をした…。
「……しばらくお待ち下さい。」
「ああ、待たせてもらおう………。」
そう言い、煙草を取り出した…。
「須桜警部…ここ禁煙ですよ?」
「…………外で吸ってくる。神亜って女が来たら呼んでくれ。」
《……最近すぐにニコチンがきれちまう…。…嫌になるな……。》
ライターで火をつけ、肺いっぱいに煙を吸い込む。
3本目の煙草に火をつけた時、武田が呼びに来た…。
「警部!神亜さんが来ました!!」
「分かった……。」
《…嫌なタイミングだな………。》
―21―
「何の用??」
やって来た女性は、灰色の瞳に通った鼻……。
《ハーフ…なのか?》
隣を見ると…武田はすっかり女に見とれてしまっていた。
「娘さんの、誘拐事件についてなんですが。」
「その話しなら、全部取り調べの時に言った。」
腕を組み、だるそうに話す女。
《美人だけど……何かトゲのある女だな…。》
喋り方や立ち振る舞いに……女性らしさはあまり無い…。
「犯人逮捕と、みくちゃん発見の為に……もう一度最初から話しを聞かせて下さい!!!!」
「今忙しいの!!そんなに話し聞きたいなら、休みの日に来て!!来月まで無いけどね!!!」
お辞儀をしていた武田も、その態度には驚いたらしく…ポカンと口を開けている……。
「……次の被害者の親は、こんなんじゃなきゃ良いんだが…。行くぞ、武田。」
「は……はい。」
「残念だったな。好みだったんだろう?」
「はい………でもあの性格は…ちょっと……。」
「ふっ…俺もだ。」
素直な部下の背中を叩き、煙草を取り出した…。
《神亜…律子……何か…匂うな……。》
―22―
もう一度乗り込んだ車の中で、ファイルを開く。
《田原ありさ…五歳…五歳??》
急いで数ページめくる…。
中根凛五歳…。
《行方不明になった子供の共通点、それは女児で五歳か……。》
中根凛のみ、全焼死体で発見…ガソリンで燃やされている。
ほとんど埋葬した時と同じ、骨の状態で…ダンボールに入れられ発見…。
《何で…わざわざ燃やしたんだ?証拠を消す為??捕まりたくないなら、防犯カメラの映像は何だ??》
三枚の写真を比較してみる…全てカメラ目線で、微笑んでいる。変装も無し…こんな目立つやり方で誘拐した割に、遺体の処理には手をかけている。
《よほど捕まらない自信があるのか……遺体を焼かなきゃいけない状況だったのか………。》
「こいつは……簡単には終わらないな。」
「珍しいですね。警部が弱気な発言するなんて…。」
「…俺も人間だ。弱気になる時だってあるさ。」
「………でも…諦めない。…そうでしょ?」
「…ああ……この腹立つ男、必ず刑務所にぶち込んでやるよ。」
「はい!!頑張りましょう!!そろそろ、田原ありさの母親…田原純の自宅に着きます!!!」
車は進んで行く…その景色を見ながら、來史は煙を吐き出した。
―24―
「警部!!携帯鳴ってますよ!?」
「……あ…ああ…」
《最近寝不足だったせいかな………。》
眠たい目をこすり、携帯を開く。
「ああ…俺だ。すまん……寝てたみたいだ…。」
「珍しいわね、あなたが勤務中に寝るなんて。それより…出たわよ、鑑識結果。」
「何っ??!」
「無茶な事頼んだんだから、今度奢ってよね。」
「分かってるよ、正恵(マサエ)。それで、あの血液は…誰のものだったんだ?」
「指紋も出てね…その指紋と血液データ、髪のDNAまで一致した人物……早河鈴。」
「早河…鈴……。その人物のデータは?」
「あなたが帰るまでには、まとめておくわよ。だから安心して……楠木課長のご機嫌とり、してなさい。」
「ああ…すまないな……ありがとう。」
電話を切る…ようやく良平の事件、一歩前進…か…。
―25―
その後、田原ありさ…中根凛の家族を回った。
写真の男との面識は無く、事実上の行き詰まりとなった。
三人が行方不明となったのは、全て大型スーパーという事で…近辺の店に男の写真を配り、警備を強化してもらう……やれる事はそれ位だ。
《楠木の野郎……こんな事件俺に回すなんて。》
新たな犯行時に捕まえるか、男の目撃情報がなきゃ…進展しそうに無い。
とりあえず來史と武田はその事を楠木に報告する為、署に戻る事にした。
捜査一課のデスクに戻ると、正恵が置いて行ったファイルが雑誌の間に挟んであった。
斜め前に座る彼女は、黙々と仕事を続けている。ファイルの中のメモに
"無茶しないで"と書いてあり、少し笑ってしまった。
楠木が居なかったので、來史はファイルを開く…。
『早河鈴29歳…五歳の時に両親が交通事故により死去。弟…光輝(当時一歳)と共に孤児院へ。高校卒業後、光輝と施設を出て2人暮らしを始める。
勤務先は併加製薬会社。三年勤めたが、2022年11月1日帰宅途中にいなくなり、未だ行方不明。
弟…早河光輝25歳も短大卒業後、併加製薬会社に入社。』
―26―
《妙な話しだ……行方不明になったはずの女…その女が良平のいなくなった現場に…居た…。
そして姉弟揃って併加製薬会社に勤務…。確かあの会社……入社出来るのは200人に1人…。それ程入社が難しい会社に…何故?》
後ろからファイルを見ていた武田が口を挟む…。
「併加製薬会社って…神亜律子と同じですね。それにこの女……似てませんか?」
「…神亜律子と、この女が似てる?」
「はい……。何となく…雰囲気が……。」
「………俺は似てると思わないな…。それより、明日はこの女を徹底的に調べて回るぞ。まずはこの姉弟のいた孤児院からだ。」
「はい!!電話、入れておきますね!!」
武田が自分のデスクに戻る…。
俺は神亜律子の写真を取り出し、早河鈴の写真と並べてみた………。
《……やはり…似てないだろ………。》
―27―
翌日…朝から2人は、早河鈴 光輝の居たはずの孤児院へと来ていた。
勤めて40年になる女性に、話しを聞いてみる。
「急な事ですみません…2006年、此処に早河鈴と早河光輝の2人が来た筈なんですが…。」
「ああ…あの子達ねぇ……まだ小さいのに、両親を亡くしちゃって…可哀想だったよ。親戚の人も分からなくて…ここで引き取る事になったんですよ…。」
「…2人は…どんな様子でした?」
「いつも2人でいたわねぇ…でも、周りの子とも仲良くて……。喧嘩があった時は、よく止めに入って……良い子達だったわ。」
「……そうですか。当時の子供達のリスト、ありますか?」
「…ええ……ありますよ……はい…これです。」
…孤児院を出ると、武田が不思議そうに聞いてくる。
「そんなリスト貰って、どうするんです?」
「お前…あの女の言う事聞いてて、妙に思わなかったか?」
「………はい。」
「このリストを見てみろ…2006年に入った子供だけで40人もいる。そんな大勢の子供の中で、あれだけ覚えてるのは変だ。」
「まあ……確かに。」
《それに…匂うんだよ……あの女…何か嘘ついている………。》
―28―
リストに載っていた名簿を見て、順に回って行く……。
20軒近く回ったが、2人を覚えている者はいなかった。
22軒目…
小さな一軒家の呼び鈴を鳴らす…。
「……誰だ?」
しばらくして、髪が伸び放題の男が出て来た。
警察手帳を見せる…。
「証拠は?!!俺がやった証拠は無いはずだ!!!」
手帳を見た途端うろたえる男。
「…あなたが、何の罪を犯したのかは知らない。今日来たのは、この姉弟の話しを聞く為だ。」
ほっと息を吐き、男は入れと手で招いた。
居間に通されると、そこには様々な機会がパソコンと接続してあった。ハッカ-か何かなのだろう…。
「あなたが居た孤児院に、この二人も居たはずなんです…。もちろんこの写真は大きくなった物だから、小さい頃と多少…違うかもしれないが。」
写真を見せると、それをジッと見つめる男。
「名前は?この姉弟の名前…。」
「早河鈴と早河光輝。」
「へぇ…なるほど……。断言しても良いぞ、こんな二人…あの孤児院にはいなかった。」
23が抜けてました💦
―23―
田原純の自宅は、高層マンションの最上階にあった。
《これだけのマンション…さぞ家賃は高いだろう。》
ファイルを開き確認する…田原純40歳…旦那と離婚後、ありさを出産。田原クリニックの院長………。
武田が何度もインターホンを押すが、反応が無い。
本人の携帯にかけると、今は病院に居るらしい。
「こういう時は、事前に連絡しとけ。余計な時間かけたくないからな。」
「すみません。急な事だったので………。」
「言い訳するな。早く車、出せよ。」
「はいっ!!!!!」
急いだ武田の発進は酷いもので…來士は煙草を落としてしまった。
「…焦らなくて良いから……ゆっくり行け。」
「はいっっ!!分かりました!!!!」
車のメーターを見る…時速40キロ………。
《まあ…良いか……。》
拾った煙草に火をつけ、このゆっくり過ぎる運転に……目を閉じた。
―29―
case3 接触
「それは……本当なのか??」
「…ああ。俺の記憶だけじゃ頼りにならないなら、これを見てみろ…。」
男がパソコンの前に座る…しばらくして開かれたサイト……。
「それ……あの孤児院の…?」
「ああ、最近じゃ…何故かセキュリティが厳しくなっててね。その2人の名前は…リストにはある、しかしよく見ろ……写真の中に2人はいない。」
「2006年から2024年まで、施設に入っていたはずだ!?」
「2024年………よし、出たぞ。2024年に撮られた写真。」
來史はパソコンの画面を見てみる……2024年に撮られた集合写真にも…いない……他の写真にも………。
「お二人さんが、何の事件を追ってるのか…言ってみろよ?俺が知らないネタなんて…無いぜ??」
煙草をくわえ、笑ってみせる……怪しい男だ。
…だが……こいつは使える。
どんな聞き込みよりも、ネットの世界の方が…情報が溢れているのは……確かだから。
―30―
「…それじゃあまず、幼女連続誘拐事件について……。」
「警部!?良いんですか???」
「良いさ…早く解決させるのが、楠木の野郎の願いだからな。」
來史と武田の会話を聞き、男はニッと笑う。
「あんた…刑事にしとくの勿体ねぇや。」
「…それで、何か知ってるのか?」
「もちろん。はたから見りゃ、ただの誘拐事件だが…誘拐された子供の共通点…知ってるか?」
「女児に五歳…だろ?」
「甘いねぇ…そんなん誰だって分かる。問題は、子供の親の方さ。」
「親??」
「神亜みくの母親…併加製薬会社のトップチームで研究してる。田原ありさの離婚した父親も…併加製薬会社に。中根凛なんて、両親2人共…併加製薬会社で働いてる。どうだ?妙だろ。」
「……ああ………。」
「もっと妙なのは、その事を知った警察のお偉いさんが……それを隠そうとしてるって事だ。…俺が知ってるのは……それ位やね。」
《……ファイルにも…田原ありさの父親の事、書いて無かったな。中根凛の両親は……"自営業"になってた………。》
「警部……俺たち…もしかして…変な事まで……知っちゃったんじゃ…」
「……真実を知っただけだ…。」
―31―
「次………最近起きてる、川近辺での遺体発見の通報…。……それを調べに行った警官が…行方不明になった事件。」
「ああ…あれか。その事件なら、ネットの中でもよく話題になってるよ。その中で俺が一番信用してる仮説があるんだけど、聞きたいか?」
「…早く言え……。」
「へへっ…。その仮説ってのはな…通報後 死体は無いから、警察はただのデマだと思ってるけど……そうじゃない。警察が行く前に…何者かが、死体の処理をしてる。運悪く…早く駆けつけた刑事さんは、その何者かによって拉致されたか………殺された…。」
「…………………。」
「その事件とあの姉弟…何の関係があるんだ?」
「警官……が居なくなった現場に、早河鈴の血痕があった。」
「…へぇ……そいつは気になるな………。俺が…併加製薬会社に……ハッキングしてやるよ!」
「何か分かったら…俺に電話してくれ。」
「良し!!特別タダでやってやる。」
男の家を出ると、來史と武田は早河光輝に会う為……併加製薬会社に向かった。
―32―
聞き慣れた目覚まし時計の音が聞こえる……俺は…部屋に戻ってたのか?
煙草に火をつけ、手帳を開く………何も書いてない。
数日前のページをめくり、俺は今の状況を確認した。
元々あった、記憶の穴……それがどんどん広がってるみたいに…俺の記憶は曖昧になって来ていた………。
それでも覚えているのが、あの日……初めて第五研究所に行き見た生物…"T-DB(デビルフィッシュ)"の研究内容。
海の説明通り、タイプによって成長過程も…寄生する生き物も違う……。
ただ…俺の中で引っかかるのが"T-002"……何故…一種類だけ、何にも寄生しないのか?
もしかしたら、俺は見落としているのかもしれない………重要な事を…。
顔を洗い、気付く……
「髭が…剃ってある…」
起きたばかりのはず……いつ剃ったんだ??俺が忘れてるだけ?
………クソッッ……生活に支障は無いから気にしないでいた……でも最近は…妙に気になってしまう………。
俺の体…どうなってんだよ?
―33―
「光輝君おはよう。今日は髭無いね、そっちの方が似合ってるよ。」
「野郎にそんな事言われても、嬉しくねぇよ。」
「……機嫌悪いなぁ。珈琲飲む?」
「いらない。」
「ならチョコは?飴もあるよ??」
「頼元さん…そんなだから太るんすよ?」
「失礼だなぁ。糖分は必要だよ?脳に良いからねぇ。」
此処の研究員……やけに胡散臭いんだよな。
特にこの頼元が………。
にこにこと笑いながらチョコを口にする頼元…。
「脳に良いって言っても、限度あるでしょ?」
「ふふ…そうかもね。でも君は、"僕"が見る限り何も食べて無いけど……どこか悪いのかい?」
「……燃費が良いんだよ、あんたと違ってな。」
デスクに座り、TーDBのファイルを開く…。
……今日は寄生された生物の研究を………って…
「何です?」
何時までもこちらを見ている頼元…気が散ってしまう。
「いやあ…仕事熱心だなって、関心してたのさ。迷惑だったかな?」
「はい、凄く。」
邪魔な髪を結び、ファイルに視線を戻す。
電気製品が発する独特な雑音……それ以外の音は、頼元が珈琲をすする音しかしない静かな室内…。
―34―
ウィィン…という扉の開く音がして、律子が入って来る。
「おはよう律子さん。」
「珈琲。」
頼元から受け取った珈琲を手に、律子は俺の後ろに回る。
「髭無いんだ?まだそっちの方がマシよ。」
「…どうも。」
昨日の研究で分かったのは、TーDBは日光に弱く………って…
「何ですか??」
俺の後ろから、ファイルを覗き込む律子……振り返るとその顔が意外に近くにあり、俺は数センチ横に移動する。
「よく調べたなぁって…………でもさ、Tー002だけ…空欄多いわね?」
「…こいつだけ……増えてくれないんですよ。血に反応……しないというか…。」
「……タイプごとに…反応する"血液"が違う。つまりそれは…寄生する生物が違うから………。」
「はい。全種類が違う生物の血液に反応して、攻撃…養分の吸収…そして増殖………。」
「……どの血液にも反応しないって言ったけど、試して無い"生物"あるわよ??」
「え???」
「………人間…。」
怪しく笑う律子……さっき離れた分だけ、顔を近付けてくる…。
「試してみたら???」
……一瞬…その瞳が…赤く見えた気がした……。
―35―
「光輝!!仕事中に何やってんだよ?!」
「…海……?!これは律子さんが勝手に近付いて………」
って何焦ってんだよ…俺……。これじゃ本当に照れてるみたいだ…。
「…来客用ロビーに、客が来てるぞ……。」
「俺に客??分かりました。」
……客って誰だ???髪を解き、小走りでエレベーターまで向かった。
「律子……お前…光輝に気があるのか??」
「まさか。藤森沙絵って女が失敗したから……その代役を頼まれたの。」
「代役って……お前には向いて無いだろ?それにもし………」
「大丈夫よ……。」
海の言葉を遮る様に、律子は彼の側に寄る……。
「私なら大丈夫…。だって私は、type0…。」
灰色の瞳が……赤く染まっていく…………。
海は無言のまま、律子に血液の入ったパックを差し出した……。
―36―
《来客用ロビーって……初めて来るな…。》
結構綺麗にされてる……そう思いながら、辺りを眺めていた…。
「……早河光輝さん…ですね?」
突然声をかけられ…しかも低い声だったので、俺は少し驚いてしまった。
「はい……そうですけど…。」
二人連れの男……一人はまだ愛想があるけど、もう一人は…………。
「えっと…警察の者ですけど……少しお話し聞かせて貰えますか??」
慣れない手つきで警察手帳を出す男………胡散臭いけど、手帳は本物みたいだ…。
「良いですよ。それじゃあ座って………」
「此処で話すのは、遠慮したいんですよ。近くにあるラーメン屋…そこで話しませんか?」
「……ラーメン屋??」
「はいっ!俺らまだご飯食べて無いんで……早河さんも一緒に食べませんか?」
「……はぁ…。」
俺は結局……この二人のペースにはまってしまったみたいだ…………。
―37―
人気の少ないラーメン屋……こんな場所にある事自体知らなかった…。
奥の方のテーブルに座ると、無愛想な刑事は煙草に火をつける…。
「まだ名乗ってませんでしたね…。俺は須桜、彼が武田です。」
「宜しくお願いします。」
武田と呼ばれる男が、礼儀正しくお辞儀をする。
「……それで…俺に聞きたい事って??」
須桜は煙草の煙を吐き出し、一枚の写真を取り出した…。
「まず…この女性……知ってますか?」
写真の女……沙絵…?
「藤森沙絵さん……あなたこの女性と付き合っていたらしいですね??」
「はい……先月…別れましたけど………。それが?」
「……彼女…殺されたんですよ……何者かによって…。」
「殺された??!」
嘘だろ?!だって全然ニュースにもなってないし……。
「3日前…川岸で全焼死体が発見されまして、調べてみると……藤森さんだったんですよ。」
「……そんな…………」
「……現場にね…残ってたんですよ………あなたの毛髪が……。」
えっ???
視線をあげると、二人の刑事が…俺を睨むように見つめている………。
「俺じゃない!!俺はやってない!!!!」
―38―
「ええ……あなたはやっていない…。その日我々は、あなたを尾行していたので…。」
「尾行?!」
どういう事なのか、全く分からない………この二人…結局何が言いたいんだ?!
「ここ2週間……あなたをずっと尾行してました。いやあ、あなた実に仕事熱心な人だ。」
「…何が聞きたいのか、はっきり言って下さいよ!!」
俺の反応を楽しむように……須桜は嫌味っぽく笑う…。
「あなたは…毎日午後6時半に併加製薬会社から帰宅していますね?そして2時間後、また出社している……。帰宅するのは、朝の5時…。こんな長時間……あなたあの会社で何してるんです??」
「……俺が…??また会社に???嘘言わないで下さい!!俺が帰ってから、また会社に行くなんて………そんな事しません!!!」
俺の言葉に、二人は少し驚く…。
「写真もありますよ。見ますか?」
「そんなの合成だろ?!訳分からない話しは止めて下さい!!俺は1日に2度も会社になんて行かないし、沙絵も殺してない!!!これ以上話す事なんて無いですから!!失礼します!!!」
店の扉を勢い良く閉め、俺はその場を後にした。
case4 余命1ヶ月
手が震える……一体どうなってるんだよ?!
煙草を探すが、白衣のまま来ていたので無い…。
あの刑事の言葉が本当なら……俺は何しにまた会社へ??
……記憶が全く無いのだって変だ。
あの夢………
『お前は……一年以内に死ぬだろう…』
あれはただの夢だったんじゃないのか?!
ずっと夢だと………そう思っていたけど…今………あれが夢じゃ無いように思えるのは…何故だ?
あれが夢じゃ無いなら、俺は本当に……死ぬのか??
本当に???
ー40ー
「おかえり光輝君。…顔色悪いよ?チョコでも……」
「いい……。」
俺はロッカーにある上着から煙草を取り出し、喫煙室に向かう……。
頼元がじろじろとこっちを見ていた…。
喫煙室に入ると、律子と海が居た。
この2人仕事中によくいなくなると思ったら……こんな所にいたのか…。
「光輝が来るとは珍しいな、客と揉めたのか?」
「……そんなんじゃ無いっすよ。」
1人で吸いたかったが仕方ない…俺は煙草に火をつける。
「客って誰だったの?昔の女とか??」
「違います……。」
一気に煙を吸い込んだせいか、喉にしみる。むせるのもかっこ悪いし……咳は我慢した…。
「じゃあ俺は仕事に戻るかな!2人はゆっくりやってろ。」
「どういう意味よ?」
「さあ??」
海が去り、律子と2人きりになる……換気扇がカタカタと回る音がする中、俺はもう一度…煙を肺いっぱいに吸い込む。
……律子が少し近付くのが…気配で分かった。
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