母は霊能者
金曜日
家から二軒隣の歯科医院は
午後休診だった
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三島さんとの交際も順調に進み、3月のお彼岸にお参りも兼ねて、実家へ二人で行く事になった。
車を運転しながら三島さんが訊ねる
『お嬢さんを下さいって、お母さんに言えばいいのかな?佐織ちゃん』
『そりゃ日比野のさんに言うのは変ですよ。母でいいんじゃないですか』
『こういう時父親がいないって点は楽かな』
『まあ少しは気が楽かも…』
『緊張するなあ…どんなお母さん?』
『こないだ私のアパートで会ったじゃないですか』
『挨拶だけだろ。まともに喋ってないし』
『優しいけど、厳しい母です。いつもどおりの三島さんでいいんですよ。あ、そこの角左ですよ』
『覚えてるよ。トシ君て子の家に前来たからね』
『そうでしたね』
『あの子のお陰で付き合えたようなもんだから、感謝しないとな。…ん?あの子そうじゃないの?』
敏春の家の横を通りかかった。ちょうど敏春は家に入るところだ。しかしある異変が彼には起こってた。
黒のフリースに細身のGパンの敏春は骨折をした時のように、三角巾で首から左腕を吊るしていた。
(トシ、左腕どうしたんだろう。)
『トシ、怪我してるみたい』
『そう?チラっと見ただけだったから気が付かなかったな。ほれ着いた』
三島さんと私は結婚前提の交際を母に認めてもらった。
日比野さんも喜んでくれた。
客間でお茶を飲みながら談笑していたのだが、私はさっき見た敏春の事が気になっていた。
『佐織ちゃん、どうかしたの?』
三島さんは私の様子がいつもと違っていたのを感じとって言葉をかけてくれた。
『ちょっと緊張してたから。大丈夫だよ』
お母さんはトシの怪我の事を知ってるかもしれない
後で聞いてみよう
修一叔父さんもお参りに来たので三島さんを紹介し時を過ごした。
夕方になり三島さんだけ帰ってもらって私は家に残ることにした。
日比野さんも帰り、私と母と修一叔父さんの3人になった
私は母にトシの腕の怪我の事を聞いてみた。
『静子さんから聞いたけど、トシくん去年のクリスマスに事故に遭ったらしいわ』
『何回か手術をするらしいけど、元のようになるのは難しいそうよ…』
…信じられない。
『だって、お正月休みの最後の日、私トシと電話したんだよ。元気そうだったし、怪我したなんて一言も言わなかった…』
『おそらく病院から電話したんでしょう。言わなかったのは心配かけたくなかったんでしょう。佐織の事を気遣ってたのよ』
そんな…どうしてトシがそんな目に…
私はショックで頭がガンガンしてきた
『お母さん、トシは、これからどうなるの?こんな目に遭うなんて、ひどいよ、ひどすぎる…』
『トシ君には辛い試練だと思うわ…。でも受け入れ生きていくしかないのよ。』
『そんな!綺麗事だわ!よくそんな事を言えるわね!トシの事を昔からよく知ってるのに…』
『だからといって、私たちに何が出来る訳じゃないでしょう!身内じゃないんだから』
『冷たい…お母さんそんなの冷たいよ…』
『じゃあ佐織はトシ君の為に何が出来るの?』
私は言葉につまってしまった。
出来ない…私には何も出来ない…
『お母さんの力でなんとか出来ないの?』
無茶な事を言ってるのは自分でもわかっていた
『出来ないわ。こんな力、なんの役にもたたない』
母が言った言葉は私が幼い頃に聞いたことがある言葉だった
『佐織、トシ君の問題は本人と家族が考えていく事なのよ。他人のあんたが口を出すことじゃないわ』
他人…そうだけど…そうなんだけど…
『人によってはヘタに同情される方が辛い場合だってあるのよ』
『……』
『もしトシ君や博君から何か頼まれたら協力すればよいのよ、歯がゆいかもしれないけど』
『……』
『頼まれもしないのになんとかしてやろうと思うのは傲慢なのよ』
冷静な母の考察をいつもは素直に聞き入れていた
今回のトシの問題も理屈からいえばそのとおりなんだろう。
しかし頭では納得してても感情がそれを認めなかった
納得のいかない顔をしている私を母は見て話を続ける
『あんたは三島さんと家庭を持つのでしょう?あなたが考えるのはトシ君の事じゃない。三島さんとのこれからよ』
『お母さん、私はトシの事を考えてはいけないの?』
たまらず母に訴えた
『トシ君は強い子よ…病院からの電話でも怪我をした事を悟られないようにしてたんでしょう、その気持ちを無下にしてはいけないのよ。あの子はきっと乗り越えられる』
『トシ…』
こらえきれず涙が溢れた
『これ!しっかりなさい!あんたはこれから三島さんと所帯をもつのよ、結婚なんてアクシデントだらけよ、人事で泣いてどうするの!』
パン!
母は両手で私の頬を叩いた
『姉ちゃん、そんな何回も叩かなくても…』
ずっと黙っていた修一叔父さんが庇ってくれた
『帰ります…』
鞄を手に食卓の椅子から立ち上がった。
『何佐織、飯食ってかないの?久しぶりに佐織に会えたのにな』
修一叔父さんは残念そうだった。
母を前にご飯を食べる気がしない。
『送るわ。』
ソファーに座っていた叔父さんは腰をあげた。
母はもう何も言わなかった。
母に 叩かれた頬を手でさすりながら修一叔父さんの車に乗り込んだ。
『ほっぺ痛い…』
『だろうな、相撲取りみたいに顔叩いてたもんな姉貴 笑』
敏春の家の前を通り過ぎた。
『まああれだな。姉貴は姉貴なりに10年以上相談受けて上での見解なんだろうな。俺も博にチラッと聞いたけど、トシは元気にしてるからって言ってたけどな…何もできない佐織の気持ちはわかるよ』
『お兄ちゃん、トシ大丈夫かな…』
『気になるなら連絡すればいいさ。姉貴はああ言ったけど、様子聞くくらいはいいと思うよ。佐織は佐織の考えで動けばいい』
だが母の言っている事も頭ではわかっていた。
『式はいつなんだ?』
『まだ、これから決めるの』
『三島さんにあまり心配かけるなよ』
『わかってる…』
昼間実家へ向かう気持ちとは全く違う気持ちでアパートへと車は向かっていた。
翌日
今日も祝日で休みだ。
母から余計な事をしないよう進言されたが、敏春に電話する事にした。
聞いたからには知らぬ顔はできなかった。
お節介だと疎まれても、嫌われてもいい。
自分の我であることも充分承知だ。
それでもトシの声が聞きたかった。
お昼に自宅から携帯を発信した。
…トゥルルルルル…
[はい。何?佐織]
いつもと変わらない抑揚のトシの声。
『もしもしトシ?久しぶり』
[うん。何?]
『あのね…母から聞いたんだけど…』
そこまで聞いただけで敏春は自分の状態の事で電話をしてきたのだと察しただろう。
[ああ、腕の事?手術したけど治らない可能性が高いそうだ。でも元気だから。]
何故だかわからないが
淡々と自分の状態を話す敏春が私にはほんの少し無理をしているように思えた
『私にできることがあれば言って。大した事は出来ないけど…』
[…あいつと別れて俺と一緒になってくれる?]
『え…』
[冗談だよ。こんな冗談言える位だから大丈夫だよ]
『……』
[あいつとは上手くいってるの?]
落ち込んでいても、年度末の忙しさは容赦がなかった。
今週は祝日もあったので余計に仕事も溜まってしまい、金曜日の今日までずっと残業続きだった。
なんとか仕事を切り上げたが退社時刻は8時過ぎになってしまった。
大急ぎで買い物を済ませ、アパートに帰り買ってきた惣菜で晩ごはんを食べようと支度をはじめる。
そういえば慌ただしすぎてメールをチェックしてない。
携帯を開いたら日比野さんからの着歴が10分ほど前にあった。
『しまった。消音のままだった』
日比野さんからなんてめずらしいな。
唐揚げを電子レンジに入れボタンを押し、日比野さんの携帯に発信した。
『もしもし、佐織です』
[佐織ちゃん、遅くに悪いんだけど、ちょっと家まできてもらえないかな]
『どうしたんですか?』
[お母さんが会いたがってるんだ…]
『…母に替わってもらえますか?』
『寝込んでしまってるから電話できないんだよ』
『そんなに悪いんですか?インフルエンザが何かですか?』
『とりあえず来てもらえないかな、僕も困っててね』
何か変な感じがしたが、母が気になるし明日は土曜日で会社は休みで夜遅くてもいいだろうと.実家に向かう事にした。
(だいぶ具合わるいのだろうか。病院には行ったのかな?)
環状線は空いていて、すぐに実家に着いた。
『こんばんは』
キッチンへ行くと日比野さんと母が食卓の席についていた
『ああ、ごめんね佐織ちゃん』
日比野さんは席を立った。
『あっ!佐織だ。ん~?何しに来たの?』
母は酔っていた。
『日比野さん』
私は日比野さんをチラ見した。
『ごめん…酔っぱらってる位じゃ佐織ちゃん来てくれないと思って…』
『来なくていいのぉ!智(さとる)さん余計な事しないでよぉ~!』
母はコップのお酒を飲みながら叫んでいる。
私の知らない母の姿にどう対応したらよいかわからなかった。
『いつもこうなんですか?』
日比野さんに目配せする。
『まさか。日曜日に佐織ちゃんが来てからちょっと荒れちゃってね…』
『何二人でコソコソ話してんのぉ~!』
『お母さん、飲み過ぎだよ、日比野さん困ってるよ、もう止めなよ』
母の持ってるグラスを取り上げようとしたら強引に持っていかれそれを飲み干した。
『なあに偉そうにぃ!親に説教するなんて100万年早いっちゅうのぉ!』
母と一緒に住んでいた頃も晩酌はしても、すこし饒舌になるくらいでここまで酒グセの悪い母を見るのは初めてだ。
『もういい加減にしなって。部屋に布団敷いてあげるから休んだほうがいいよ』
『まだまだこれからだって!あんたトシ君とこ電話したでしょ!も~ほんっと言う事聞かないんだからあ!それにさ、嘘もついたでしょ!』
『嘘って?人ぎきの悪い事言わないでよ何?』
『三島さんは彼氏じゃないって言ったくせにさあ~』
(ああ、そういえばクリスマス前に私のアパートへ来た時そんな事を…状況が変わったんでね)
『あの男は佐織には合わないわ』
(え?)
『昼は会社の仕事、夜はピアノじゃ佐織を構ってる暇ないじゃないのよぉ!』
(まあ事実それでほとんど彼女が出来なかったと三島さんは言っていたが)
『お母さんが心配しなくてもいいんだよ、ほら、もう休も』
母の腕を持って寝床へと連れて行こうとした。
『だいたい[お嬢さんを下さい]なんてこの平成の時代によく言えたもんだよ!何が悲しくて40男に娘を盗られなきゃいかんの?オッサンじゃないのオッサン!佐織が可哀想だよ、騙されてるんだよ!
頭ハゲてるし、調子のいい事ばっか言うし、大事な娘を…佐織を幸せにしなかったら承知しないから!』
母はそれだけいうと上体をテーブルに伏した。
『散々な言われようだな…』
日比野さんは私の顔を見て呟いた。
(お母さん、三島さんはハゲてはいないのよ、薄いだけ)
私と日比野さんは母を支えながら寝床へと連れていった。
『着替えさせなきゃね』
『そこまでしなくていいですよ、酔っぱらいに。起きたら反省してもらわないと』
『厳しいね、佐織ちゃんは』
母に掛け布団をかけ襖を閉めた。
『日比野さん、母がご迷惑をかけてすみません』
テーブルの上のグラスやつまみを片付けながら日比野さんに話しかける
『いや、今回は敏春君の事もあるし、こないだ佐織ちゃんと言い合ったのとあわせてかなり参ってたみたいだったよ』
『そうでしたか…』
『淋しいんだよ、依子さんは』
『でも、日比野さんいるじゃないですか』
『俺なんか…。娘がただ彼氏と付き合ってるのと嫁に行くのとでは気持ちが全然ちがうみたいだよ』
お酒に酔ってでしか本心を言えない母の弱さを見て、意外に不快ではなく人間らしさを感じた。
『お母さんはいつも佐織ちゃんの話しをしてるよ』
『……』
『進学させてあげられなかったことや、母子家庭で苦労させた事とか申し訳なく思ってるみたいだ』
『苦労なんてしてないのに…』
『佐織ちゃんはお母さんによく似てるよ』
『ああ、すこし前ですけどトシのお父さんに母に間違えられました 笑』
『顔立ちもだけど、中身もだよ。生真面目で頑固で』
『日比野さん、誉めてないですよね、それ 笑』
『でもそんな真っ直ぐなところに惹かれたんだけどね。おそらく三島さんもそうだと思う』
『日比野さん』
『母をよろしくお願いします』
以前家を出る時にも日比野さんにお願いしたが、形として言っただけだった。
しかし
今の言葉は日比野さんを信頼した上でのお願いであった。
『籍入れる事の承諾をずっと待ってるんだけどね』
日比野さんは苦笑いをした。
時刻はもうすぐ11時になる
日比野さんは自宅に帰り
私は今日は実家に泊まることにした。
食器を片付けシャワーを浴び、布団を用意しようと元の自分の部屋の押し入れを開けた。
以前私が使っていた布団が古びた感じがせず、カバーもセットして枕の上においてあった。
定期的に干したりして手入れしてあるのがわかる。
母はどんな思いで干したりしているのだろう
さっき日比野さんに言われた事があらためて見に染みた。
翌日
『おはよう』
母は9時頃起きて来て野菜ジュースをコップについで一口飲み私に話しかける。
『なんか…迷惑かけちゃったみたいね…』
『ひどい荒れ様だったよ』
『ゴメンね…』
『シャワーでも浴びて来たら?スッキリするから』
『そうするわ』
これは母と娘、立場逆の会話ではなかろうか
まあいいけど
母はお風呂に入って少ししたら気分もよくなったようだ。
『んじゃあ私帰るわ』
『ええ?もう帰るの?』
髪をタオルで拭きながら母は訊いた
『あたしだって色々やる事があるのよ』
『わかったわよ…気をつけて帰ってね。昨夜はほんと悪かったわ』
母は私に手を合わせた。
『あんまり飲みすぎないでよ、日比野さん心配してたんだかから』
『謝っとくわ…』
『お母さん』
『ん?』
『私自分が苦労したなんて思ってないから』
『知ってる』
『早く子離れして』
『生意気に…泣いて帰ってきたって知らないからね』
『ないわそんな事は』
『わからないよ。男なんてみんな隙あらばって思ってるんだから』
『お母さん、視えるの?』
『一応警告ね』
『また含みを持たせていやらしいんだからさ!』
『佐織、あんたはトシくんのお姉さんじゃないのよ』
『わかってるってば。電話したからもうしつこくしないよ、おじさんたちもいるし、余計なおせっかいはしないよ』
『そういう意味じゃなくてね…ま、もう行きなさい。ありがとね』
母はシッシッと手で何かを追い払うような仕草をした
『そういう意味じゃないってどういう意味なの?』
ピ~ピ~♪
洗濯終了の音が会話を遮った。
使った布団カバーを干してからアパートへと向かった。
母は霊能者
だが普通の母親とはなんら変わりない。
大きくなった子どもと大人げなくケンカをし
酒に酔って悪態をつく。
それでも
我が子の幸せを望み願っている。
自分のもつ霊能力が無力なものである事を
受け入れ生きている。
そんな母を
愛している。
翌週日曜日
夜私と三島さんは音楽教室にいた。
トシの事故と母の酔っぱらった話を電話では大方伝えたが
会って詳しく話すのは今日が初めてだった。
『そうか…敏春くんそんな事になってたんだ。なんて言っていいかわからないな…』
『うん…』
『でも佐織ちゃんは出来る事あるなら言ってって伝えたのならそれでいいと思うよ。あとは敏春君が考えるだろうし』
敏春のあいつと別れて一緒になってくれ云々のくだりは三島さんには言ってない。
『あのね、トシは…』
『何?』
『何でもないです』
『気になるじゃんよ、言いかけて…佐織ちゃんの事好きだとか言うたの?』
『いいえ、言いませんよ』
厳密にいえば好きだとは言ってはいない。
『だろーな。こんなじゃじゃ馬で気が強くて石頭の女、好きになるの俺位なものだもん』
『どうしてそうカンに障る事ばかり言うんです?』
『え?どこが?』
『もういいです』
『しかし、片腕使えなくなるって俺だったらピアノ弾けなくなるって事だよな。想像したくないな』
『ピアノが弾けなくても三島さんは三島さんです。そうなってもずっと側にいさせてもらいます。嫌がられても』
『嫌がられるって… 笑』
『トシはきっと耐えてくれると思ってます。無責任な考えですけど…』
『だな…』
♪♪♪
三島さんがゆっくりと曲を奏でる。
チャップリンのモダンタイムスで流れる曲
Smile
トシも…
人生捨てたもんじゃないって
思える出来事がありますよう
静かに曲が終わり、三島さんが私にちょっと真剣な眼差しで聞いてきた。
『佐織ちゃん、こないだの件、本気なの?』
『こないだの件て?』
『式の事だよ』
三島さんの実家はK建設の孫請け規模の建設会社を経営していて長男のお兄さんが後を継いでいる。
次男のお兄さんもそこで働いている。
三男の三島さんだけがうちの物流会社をコネで中途入社したわけで
いわゆるボンボンである。
1ヶ月ほど前結婚前提の交際の報告という事で家を訪問したのであった。
お母さんは2年前に他界され、実家にはお父さんと長男夫婦が住んでおり、40になってやっと身を堅める末息子または弟に家族は安心し、私は婚約者としてえらく歓迎された。
お父さんは隠居し悠々自適な生活で
性格も温和な方だった。
少し話しただけだったが知性的な部分も感じられ、結婚式をしない理由をちゃんと話せば理解してくれるように私にはおもえた。
三島さんの実家はいわゆるお金持ちの部類なのだろうが、三島啓輔本人はそうではない。
結婚するにあたり、将来について色々話をしていて彼の貯金額を聞き私は唖然とした。
ほとんど無いのだ…。
『俺?食事はほとんど外食だし。車は2年ごとに買い替えるし、ピアノはもちろんオーケストラは聴きにいくし、旅行はするし…』
頭が痛くなってきた…
『どうして?そんな早くに家が欲しいんだよ』
三島さんはジャージ姿で腕を組みピアノに向けてた体を私に向ける
『こないだ話たじゃないですか?ちゃんと聞いてないんですね、もう。 いつまでも此処で弾かせてもらってちゃいけないでしょ!』
『ああそうだっけ。でもなんで?別にいいじゃん、ここの音楽教室で。親父のコネで借りてるんだし』
(コネコネコネコネコネコネ…仔猫じゃあるまいし!)
『結婚してまで此処で演奏聴くのなんか落ちつきません。』
『まあそりゃそうだろうな…』
『ピアノを入れるなら防音のある部屋じゃないといけないわけですし、費用もかさみます。今すぐは購入出来ないけど出来るだけ早くピアノを置けるマンションか家が欲しいんです。そこで思いきり三島さんにピアノ弾いて貰いたいんです』
『佐織ちゃんの気持ちはありがたいけど、だからといって結婚式をしないというのもな』
『私、三島さんが思ってるほど式とかウェディングドレスにはこだわりはないんです。
指輪だってサン宝石とか三日月モモコのでもいいんです。
それより1日も早く防音の家を購入するのが私の望みなんです』
『佐織ちゃんのお母さんや友達は?肩身狭くなるよ』
『母はわかってくれました。友達も挙式しないくらいで私に対して態度が変わる子はいませんから』
『あ~親父が結婚式の費用出すって言ってるんだけど…』
『それに甘えるのはいけないですよ』
『お父さんは実質長男のお兄さんにお世話になっているんです。同居している.お兄さん夫婦にとっても費用の問題は無関係ではありません。
そりゃあ親のする事にあからさまに意見はしないでしょうけど私達の結婚式の費用を出す事は.お兄さん夫婦にとっては心情的に複雑だと思います』
私は頬に手を当て、予想できる事を話してみた。
『そこまで気ぃ遣うかな?』
『三島さんが無神経過ぎなんです』
『あーあ、ちゃんと貯金しておけばよかったな。もう俺結婚なんかしないと思ってたから』
三島さんはぽりぽりと顎のあたりを掻く。
『後の祭りです』
『甲斐性なしで悪いね…』
『これから二人で造っていけばいいんです』
『佐織ちゃんは変わってるよな』
『また頑固者とか言うんでしょう?聞きあきました』
『いや…』
『今まで付き合った女は俺が金持ちのお坊っちゃんだとわかると、あれが欲しいだの、これが食べたいだの、そんな事言う女ばかりだった。
佐織ちゃんみたいに、今まで俺の為に何かしようとか考える、そんな事いう女は居なかったな』
『すみません…いらないお世話でしたか?でも本当に挙式は乗り気じゃないんです…』
『いやいや、誤解しないでよ。嬉しいんだよ、そんなに思ってくれている事がさ』
三島さんはこれ以上ない笑顔を私に向けてくれる
私はとても愛しさを感じ幸せな気持ちになった。
『おいでよ』
三島さんは両手を軽く広げて私を招く。
いつものように彼の膝の上に座り、キスを受ける。
初めは軽く、二人とも笑いながらふざけながらじゃれあい、徐々に感じるキスへと移行していく。
だんだん激しさを増す。私を抱きしめる腕の力ががいつもよりずっと強い。そして長い。
苦しい…
『三島さん…痛い…です』
『結婚して良かったと思ってもらえるようにするからね、佐織ちゃん』
『でも浮気したら私、離婚しますよ』
『エエッ!?』
あっという間に腕の力が抜けた。
『ええって何ですか!ええって!』
18年後
『佐織ちゃん、こんなとこまで来て膨れっ面しなさんなよ』
『あなたったらよくそんな呑気な事言ってられるわね。男親なら怒らないかしら普通』
『しょうがないでしょうが事情が事情なんだからさ』
夫はジャージ姿で腕を腰に当て、諦めの表情をしている。
『お母さん、どお?』
娘の瑛子は試着室から扉を開けてマーメイドスタイルのウェディングドレスを試着したのを私にみせる。
ここはブライダルドレスのショップである。白を中心に華やかウェディングドレスが店内にならんでいる。
瑛子は17歳にして嫁ぐのであった。
『私に聞かないで旦那さんに聞いたら?』
『似合うよ』
隣で瑛子の婚約者が微笑む。
ちらほら白髪があり銀縁の眼鏡をかけ、背が高く、左腕を首からの布で吊っている。
『トシ、もうちょっと何か言ってあげなさいよ!全くいつもいつも口数少ないんだから何考えてるかわかりゃしない』
『すみません…さお…お義母さん』
敏春は5年前に会社を辞め、家庭教師の派遣の会社を立ち上げ色々あったが今は軌道にのり代表取締役の立場だ。
会社を立ち上げる前から瑛子の家庭教師をお願いしていたのでいわば生徒第一号である。
その敏春と瑛子が結婚をする。
瑛子は今妊娠4カ月であり、先月その話を聞いて私は腰を抜かした。
二人が付き合ってたことさえ知らなかったからだ。
学校はもちろん休学だ。
授かった命を闇に葬る事は二人は考えてなかった。
必然的に結婚となる。
私はたった17歳で私の下を去ってしまう寂しさと、未成年なのに子供が出来てしまうような付き合い方をする敏春を最初はどうしても許せなかった。
だが反対しても何も変わる訳でもない。
敏春の辛い事も受け止め前向きに生きる人間性を知っている。
夫も
『許してやりなさい』
との助言もあり渋々ながらも認めたという訳だ。
『こんな体のラインが出るデザイン駄目よ!お腹おっきいんだから』
鏡に映る瑛子は親バカなんだろうけども、アイドルの様に美しく感じた。
『え~これ可愛いのに~』
はあ…娘のドレスを買いに行けるっていうのはなんだかんだ言っても幸せなんだろう。
私は母を思い浮かべた。
結局母にはウェディングドレス姿を見せてあげる機会はなかった。
いくら自分が決めたことだとはいえ、こうして娘のドレス姿を見ると親不孝だっただろうなと思わざるを得なかった。
お母さんも試着してみれば?
『え?冗談やめてよ、馬鹿馬鹿しい』
『だってさ、お母さん式挙げてないんでしょ。あっちのレンタルの方のドレス試着してみればいいじゃない。店員さんに頼んでみる!』
瑛子はマーメイドスタイルのウェディングドレスのままスタッフのところへ聞きに行った
『瑛子!走ったら危ないから!』
敏春が瑛子の後を付いていく。
『お母さん!この店でウェディングドレス買うからって言ったらオッケーだって!』
『やだっつってるのに!』
『試着してみなよ佐織ちゃん。俺もウェディングドレス姿見たいよ』
『お義母さん着てみてよ』
『……』
(まったくどいつもこいつも!)
私しつこく勧めるのに嫌気がさし、そのショップから一人、脱兎のごとく逃げ出し、皆を置き去りに一人車で家に帰った。
『お母さん!』
『ちょっと佐織!』
『お義母さん!』
皆が呼び止める声を振り切って。
家に帰り、リビングのソファーでぼうっとしていた。
6月の日は長く5時でもまだ明るい。
南側の窓を眺めながら結婚した当時の事や、瑛子を産んだことや瑛子の幼稚園、小学校.中学校、今までの事が思い出された。
どれくらい時間がたったのだろう。
夫が帰ってきた。
『佐織、怒ってる?』
『お帰りなさい』
『瑛子も敏春くんも無理強いして悪かったって伝えてくれってさ』
『そう…』
『本当にさ、佐織ちゃんは予想外の事するよね。こうゆう場合はウェディングドレス試着して
あー綺麗 とか言って俺と写メとって
めでたしめでたしで終わるでしょうが』
『そんなキャラじゃありませんから私は。瑛子は?トシのマンション?』
『ああ』
『まったく!これだもの。』
『もう許したんだろ?瑛子は敏春くんに託したんだ。見守るのみだよ』
わかってる事をあらためて言われると悔しい。特に夫には。
『愚痴くらい言ってもいいじゃないのよ。まだ心の整理がつかないのよ…トシが瑛子に…』
裏切られた気持ちは否めなかった。
『佐織ちゃん』
『何?あなた』
『前の状態に戻るだけだよ』
『前って?』
『二人きりの生活に戻るだけなんだよ。』
『……』
『いつまでも怒ってばかりの佐織ちゃんじゃ、瑛子も…俺も辛いよ』
『ごめんなさい…』
『また二人だけになっちゃったけど、仲良く暮らそうな』
『はい…』
『おいでよ』
ソファーの横に座った夫は手を広げる。
『え?あなたったら本気?』
『昔はよく来てくれたでしょ』
『恥ずかしいわ…いい年して…』
『いいからおいでって』
『はい…』
私は夫の腕の中に体を委ねた。
『笑ってよ、佐織ちゃん』
『無理いわないで』
『ほらほら~』
夫は私の頬を手で横に広げる。
『学級文庫って言ってみて』
『もう!』
私は頬をつねってるてをはねのけた。
『あなた…』
私は微笑み夫からのキスを受けた。
やはり夫にはかなわない。
尻に敷かれてるようで本当は霊能者以上に何もかも見透かしている。
私は夫に幸せにしてもらった。
ずっと愛していきたい…
ずっと…
ずっと…
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なぜ入籍しない?
なぜ入籍しないのでしょうか? 友達で子供2人出産して、彼氏とも時々会って仲良くしているのに籍を…
36レス 738HIT おしゃべり好きさん -
マイナンバーカードを持ってない人へ
マイナンバーカードって任意なのに、マイナンバーは?と聞かれて作ってないという、作ってないの?なんで?…
24レス 676HIT ちょっと教えて!さん -
あまりにも稚拙な旦那にウンザリです
1)私の旦那は私の反対を押し切り転職し 自分の実家の会社に行きました。 案の定、全く合わなく直ぐ…
11レス 366HIT 結婚の話題好きさん (30代 女性 ) -
彼女に敢えて冷たく接すべきか悩みます
どうすれば良いか教えてください 自分24歳男、彼女25歳 先日2人で旅行に行った際、2日…
14レス 476HIT 恋愛好きさん (20代 男性 ) - もっと見る