スケメン
私、森ノ宮里依子。
ごくごく普通の女子高生。
とくに目標もなく、なんとなく生きている。
決められた通り毎朝学校に行き、毎夕まっすぐ家に帰る。
彼氏もいなければ好きな人もいない。
特に幸せでもなく、不幸せでもない、平凡な毎日を送っていた。
…そう、この日までは。
高二の春、学校の帰りに凄い雨が降った。
傘が壊れるかと思ったほどだ。
家の近くのコンビニの角を曲がろうとしたとき、声を掛けられた。
「こんにちは!」
…ナンパ?!
ナンパなんて初めてだ。
スルーしようとしたけど後ろからしつこく声を掛けてくる。
「ねえってば~」
私は踵を返し、振り返った。
「迷惑です!」
男はびっくりした顔をした。
そりゃ女子高生に正面切って拒否されたらびっくりすることもあるかもしれないが、違う。
私が振り返って目を見た瞬間にびっくりしていた。
男は、多分高校生。見たことのある制服を着ていた。確かかなりいいとこの高校だったはず…
そしてイケメンだった。チャラい感じではなく、紳士な感じの…とてもナンパするような人に見えない。
もしかして、道を聞こうとしてたとかかな、、ナンパと勘違いして、私恥ずかしい…
と、考えてるうち、妙なことに気づいた。
あれ?この人、傘も差してないのに、濡れてない。。
しかも足元が、、透けている…
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「うわぁ~マジで?!久しぶりだな~この感じ!なんだこれ?!」
…男はなぜかはしゃいでいる。
なんなんだ。
正直怖い。
幽霊…だよね?
幽霊ってこんなはっきり見えるもんなの?
こう…もやぁっとしていて、暗がりから…
いきなりバッ!!!
みたいな感じなんじゃないの?
透けてる男。
透けてるのは足だけで、上半身は幽霊とかみたいなうさんくささ抜群のものとはかけ離れていた。
はっきり見えて、しっかり存在している。
しかもイケメン。
「あの…私になんの用ですか?」
>> 1
「あぁ、ごめんごめん、コミュニケーションっていうものが久しぶり過ぎてさ~嬉しくて。」
「はぁ…」
「別に君に用があったって訳じゃないんだけど…誰かと話したくて。」
「やっぱりあなた、幽霊とかですか?」
「あ、なんか傷つくなぁ。でも多分そうでしょ。誰も俺のこと見えないみたいだし。」
「多分?どういうこと?」
「俺ね、記憶が保てないんだよ。昔の記憶からどんどん消えていく。長くても半年、短い記憶は1ヶ月くらいで消えてしまう。だからいつ死んだのか、生きてたときどんな生活してたのか、何にも思い出せない。…知らないと言うのが正しいかな。」
記憶が保てないなんて…
「ずっと一人で話し相手もいなくて寂しかった。この辺りで手当たり次第声かけてみてたんだよ。でも、誰も気づいてくれなかった。通行人の顔ももうほとんど覚えちゃったよ。そしたら、初めて、君がここを通ったんだ。」
>> 3
その時、後ろから、声がした。
「あれ、2組の里依子じゃね?やばくね?」
我に帰った。
雨で視界が悪かったから気づいてなかったが、いつの間にか雨は止んでいた。
誰にも見えないという彼。
会話してる私。
コンビニの駐車場でフェンスに向かって喋ってる。
私、完全変な人じゃん…。
見渡すと何人かが目を逸らすのが分かった。
見られてた…最悪。
「あっ声かけてくれてありがと。ちょっと演劇部入ろうかなぁなんて思ってて、、役に入り込みすぎちゃった😅あはは」
「え、マジでー?里依子そんな趣味あったん、ウケる~!でも良かった。頭変になったんかと思ったよ」
「いや、まぁ、はは。。」
この子はあすか。隣にいる子は多分あすかのクラスの子。
私と同じく帰宅部だ。
何度か帰りに勝手についてきて、少し喋ったことがあるくらいで、別に親しくない。
私のこと大して知らないくせに知ってる風な口ぶりは気に入らなかったが、今回はあすかのお陰で助かった。
何人行ってしまったかわからないが、近くにいた数名からは誤解を解くことが出来た。
…誤解ではないんだけど。
「じゃあ、私帰るね。」
早くその場を立ち去りたかった。
雨が止んでも暗かったし、顔ははっきり見られてなかったかもしれない。
早く離れれば、あのおかしな子はただの女子高生で、私には繋がらない気がした。
「えっ!ちょっとまって!」
彼が叫んだ。家までついてくるだろうか。
私はとにかくこの場を離れたい。
着いてきたければ着いてくれば。
「なぁ、里依子!」
今聞いた覚えたての名前を叫ぶ彼。
私は親しくもない人に呼び捨てされるのが好きじゃない。
あすかも最初から勝手に呼び捨てだった。
だからあんまり好きじゃない。
私は振り返らずに家に向かって歩いた。
>> 7
「え?どこに?」
ママは当然の反応をした。
「商店街の側のコンビニ。ちょっとコピーとりたくて。」
「そう。すぐ帰るのよ。」
「はぁい。」
自分の部屋に新聞用の資料を取りに行き、家の玄関から駆け出した。
辺りはもう真っ暗。
正直、幽霊と夜に会うとか怖いよな。。
少しそんなことを考えたけど、それよりもアイツのことが気になって仕方なかった。
コンビニが見えてきた。
フェンスにアイツの影は見当たらない。
段々近づき、コンビニに着いた。
辺りは真っ暗なのに、コンビニだけが明るくて、眩しかった。
「はぁ…はぁ。」
目を凝らして辺りを見渡した。
…いない。
やっぱり思い過ごしかな?行動範囲がコンビニだけだなんて、からかわれただけかも。
…とりあえずコピーを取ろう。
>> 10
コンビニを出ると、彼が明るい顔で待っていた。
なんか捨てられた子犬みたい…
私は携帯を耳に当てた。
こうすれば、ここで一人でしゃべってても電話中に見えるだろう。
「さっきの、なに?」
「何って?😄」
「なんか、めっちゃ幽霊感漂ってたんですけど…てかなんでレジ下なのよ💧」
「あぁ…なんかもうだめかもって諦めかけるとああなるんだよ。
レジ下は唯一コンビニで落ち着くというか。。レジ下以外は人通り激しいでしょ。
あとね、俺に向かって人が歩いてくるとこが気に入ってるかな。」
もう、何言ってんのか分かんない。
「俺、この孤独な世界もう疲れたんだよね。」
あ、そう、じゃあわざわざ会いに来た私はなんだったんだ。もう死にたい系ですか。お好きにどうぞ。
「あのまま行ったら多分俺消えてた。里依子が来てくれたから。今俺はここにいる。ありがとう。」
ドキン…
え?なんのドキン?
「え、消えたいの?消えたくないの?どっち💧」
「消えたくないけど…希望がないと消えてしまうんだ。もう、誰にも見えない、誰とも話せないのなら、消えてしまいたいよ。。」
>> 11
「正直、記憶があいまいで、どれだけここにいたのか分からない。。
でも、ものすごく長い時間なんだ。
誰とも目が合わない、誰とも話せない、誰にも認識されない。。
それは本当に辛いことなんだ。。」
・・・こないだ、両親が所用で家を空けた。
年の離れた兄は、とっくに家を出て行ったので、家には私一人だった。
友達と遊びに行こうと思ったけれど、予定が合わず。
『ごめん今日はちょっと。』『早めに言ってくれてれば』『(返信なし)』
メールは気軽だ。
あっさり1行でNoの意思を表示できる。
都合が悪ければ返さなければいい。
私はメールを返信しない人間を信用しない。
というか嫌いだ。
スルーなんて言葉がよくもまぁ流行ったものだ。
失礼極まりないはしたない行為だということを誰も分かっちゃいない。
まったく。最近の若者の軽薄な交友関係と来たら。
って最近の若者がもっともらしく考えてみる。
・・・ぷっ。何のとりえもない私が、馬鹿みたい。笑
そうそう、そんな話はいいんだよ。
その、両親がいなくて友達とも遊べなくて一人で家にいた日。
朝、朝ごはんが机の上においてあった。
両親はもういなかった。よし、今日は羽を伸ばそう!なんて思いつつ、
テレビを見ながら食べた。
そのあと漫画を読んだり好きなだけごろごろした。
お昼、お腹がすいてカップラーメンを食べた。
お昼のトークショーを見て笑った。
夕方・・・お腹がすいた。
炊飯器にごはんはある。おかずは、ない。お金もない。
なにか作るか・・・
・・・その時、なんだか無性に虚しくなった。
たった1日、誰ともしゃべらない、誰にも会わないだけで、辛かった。
自分だけのために、一日を過ごすということはこんなに辛いことなのか。
まるでこの世から置いていかれたような---・・・
それが、彼は何日続いたんだろう。
きっと彼の苦しみの100分の1も私には分かってないのだろうが、
ものすごい苦しみだったろうことが想像できた。
>> 13
「そんなに会えてうれしいなら、さっき、なんでついて来なかったの?」
「俺・・・ここから出られないんだ。なぜだか分からないけど。。」
やっぱり。。
なにか事情があるのかもと思って正解だった。
・・・はっ、今何時?!
「やばい!もう帰んないと!」
「えっもう?!」
「また来るよ!」
「ちょっと待って。。。」
駐車場の外へ向かって走り出した。
その時。
ガシッ!
彼が私の腕をつかんだ。
ぷるん!!!
その瞬間、私の腕をつかんだままの彼が、
ぷるんと道路に飛び出した。
彼がコンビニの敷地を出る瞬間、
コンビニを覆うようなゼリーが一瞬見えた。
「あれ、出れた?!」
さっきのゼリーが結界みたいな感じだったのかな。
彼は、私に引きずられる形で、コンビニの敷地から出ることが出来た。
はたして。
子犬を拾うかのように拾ってしまったイケメンとの
どたばた劇がここから始まろうとは。
>> 14
「…私のうで、触れるんだ」
「わぁあ!ごめん!」
彼が私の腕を離す。
とたん、彼はコンビニの敷地に吹き飛んでった。
…連れ戻された。
「……」
唖然とする。
「え、なに?ずっと触ってなきゃ出られないってこと?」
「みたーい(^o^;)」
「じゃ!そう言うことで!」
付き合ってられるか!
私は踵を返し、家に向かった!
「あ…」
アイツは、しょんぼりとした顔は見せたが、それ以上は呼び止めなかった。
あ、彼とかアイツとか、全部コイツのことよ。
ちゃんと彼、って言ってあげるべきだけど、めんどくさくなるとアイツって言っちゃう。
って誰に向かって解説してんだか。
それにしても、それにしても…!
…!もう!しょうがないなぁ!
「腕掴んで、ついてくれば?!」
脚が勝手にコンビニの前に戻ってた。
腕を差し出す私を見て、彼の顔がぱぁーっと明るくなった。
>> 15
家に向かって歩く。
彼が私の腕を掴んでふわふわとついてくる。
変な感じ。
「里依ちゃん、遅かったわね」
「ごめん、コンビニで友達に会って。」
「誰?」
「・・・・あ、あすか。」
「そう」
や、やばい。
いきなり聞かれてあすかの名前が出てしまった。
関わりたくないのにな。
「さっきね、ゆうくんのお母さんから電話があったのよ。ゆうくんが来てないかって。知らない?」
「知らないよ。てか高校に入ってからほとんど会ってないし。」
「そうよね。。コンビニで、こっそり会ってるのかしらと思って。
そんな訳ないわよね。」
「そんな訳ないよ。」
「そうよね、里依ちゃんはお受験に向けてがんばっているんだもんね」
ゆうは私の幼馴染。
親が建築関係の仕事をしていて、大学卒業後は建築関係に進むつもりでいる。
大学は行かないかもしれない。
母親は学歴が大好きで、将来は商社マンとの結婚を望んでいる。
親しい私たちをあまりよくは思っていなかった。
私も、ゆうのことは友達以上になんとも思ってなかったから、
ふぅん、という程度にしか思ってなかったが。。
なんだかいやらしく見えて母親の考え方はちょっと偏っている気がした。
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