哀れ…

レス220 HIT数 130687 あ+ あ-


2013/12/21 05:29(更新日時)

憎しみしか、残らなかったね…

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No.1517561 (スレ作成日時)

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No.151

彼女があの会社を辞めてからも、俺は相変わらずの生活をしていた。


彼女の事は、心の奥底にしまった


…つもりだった。


だが、街で良く似た人をみかけると、目で追ってしまったり、あの会社に行くと妙に息苦しい感じがしてしまい、忘れるどころか、俺の心は彼女を求めていた。



桜井さんは、あれから、パートを辞めてしまった。


ご主人の親が倒れてしまったらしく、その介護を引き受けなければならなくなってしまったと聞いた。


その辞めてから初めての日曜日、俺は桜井さんに飲みに誘われ、以前皆で飲みに来た(俺は息子の事で来れなかったが…)店に待ち合わせた。

No.152

『どう?仕事は慣れた?』


パン部門の原田さんが声をかけて来てくれた。


『はい。ありがとうございます。私、この仕事、好きですから、一生懸命頑張ります』


『そう。ま…無理しないように。これ、またよかったら食べて』


『ありがとうございます。新作…ですか?』


『あぁ。ちょっと作ってみたんだけど、ちょっと自信なくてさ。何回も食べてたらわかんなくなった(笑)』


『ふふっ… 原田さん、怖い人かと思ってましたけど』


『俺も人間だし。俺は橋本さんのチェックの方が怖いよ』


『確かに(笑)』


『じゃあ、先にあがるよ。お疲れさま』


『はい。お疲れさまでした』

No.153

『こんばんは』


『こんばんは。ごめんなさいね、誘って』


『いえいえ。嬉しかったですよ(笑)』


桜井さんは、先に座っていて、俺を待っていてくれた。二人で飲むのは初めてだったけど、気心知れているので、話は盛り上がって、仕事の話や、桜井さんの家庭の愚痴なんかを話していた。


お互い… 彼女の話は避けて…




楽しい時間は直ぐに終わりを告げ、桜井さんはもう帰らないと…という時間になった。


『今日は楽しかったです。ホントにありがとうございました。それから、お疲れさまでした。俺のフォローをいつもしてくれて、桜井さんの存在が俺の支えでした』


『あら、そんな風に言ってくれるなら、私、また仕事しようかしら(笑)』


桜井さんはいたずらっ子のように笑い、俺もつられて笑った。




『松田さん…』


桜井さんは、急に真剣な表情になった。


『どうしたんですか…?』

No.154

『原田さんはあなたを気に入ったみたいね』


『え…?』


振り返ると、原田さんと同じパン部門で働く社員の中島さんが立っていた。


中島さんは私と同じくらいの年だろうか…?私を鋭く見つめる。


『…あの人、基本無口なのよね。あんな風に話しかけるなんて珍しい』


『…そ、そうなんですか?』


『…原田さんの事、どう思う?』


『…え?? どうって…?』


『あなた、何となくだけど、人の物に手を出す…って感じがするのよね…』


『…っ!! ど、どういう意味ですか!?』


『…じゃあ、 お疲れさまでした』


『…お疲れさまでした』


感じの悪い人だ。そんな風に思った。


人の物に手を出す…


その時思い出したのは彼の顔だった。

No.155

『彼女のお芝居に付き合ってあげたのね…?』


『… 桜井さんが言ったんでしょ… けど、俺、彼女に握手求めちゃいました。 彼女、スッと手を差し出してくれました』


『そう。松田さん… 彼女は三丁目の雑貨屋で働いてるの。こないだ偶然通りかかったんだけど、彼女とっても楽しそうだったわ』


『桜井さん…』


『私は、彼女には幸せになって欲しい。それは松田さんもおんなじよね…?』


『もちろん!』


『もし…彼女がつらそうな顔をしていたら、あなた…飛んで行ってあげられる?』


『桜井さん…』


『私が何を言わんとしてるのか、わかるかな?』


『……』


『あなたの立場じゃ、飛んでは行けないよね…?』


桜井さんは、そう言うと急に俺に手を差し出して来た。


『今までお世話になりました!私こそ、松田さんには、色々助けてもらいました。このままもう会う事は無くなるけど、お元気で!』


『…桜井さん…』


『じゃあ、さようなら』


桜井さんは小走りで去っていった。


俺は真っ暗で星がひとつも見えない空を見上げてため息をついた。

No.156

中島さんがそんな事を言ってから、私は、原田さんとは極力接しないようにした。


元々、パン部門と雑貨店は仕事内容が違うので、そうしようと思えば幾らでも出来た。


もう…仕事場で誰かと仲良くなるのが怖かった…


『高橋さん、休暇してきて!私見ておくから』


今日は橋本さんが店に居る。


最近は、新しいお店を出店する計画があるそうで、あまりこちらには居ない。


『じゃあ、ヨロシクお願いします!』


私は店の二階にある休暇室に行き、ドアを開けようとした…


誰かと誰かが口論をしていた。


入ってはいけない感じだったので、後退りしていると、パン部門の人たちが2・3後ろに立っていた。


『…どうしたの?』


『…え…あ… ちょっと…』


『入んないの?』


『失礼しま~す!』


誰かがそのドアを開けて入って行った…と思ったら、代わりに誰かがその部屋から出てきた。


…中島さんだった

No.157

確かに俺は彼女に何かあっても飛んでは行けない…


別れた彼女… 癌に侵されていた彼女の事も結局俺は何も出来なかった。


彼女たちは、俺の前から消えていった。


俺に迷惑かけたくないからか…?


それとも…


俺に迷惑かけられたくないからか…?




俺も、桜井さんと同じで、彼女には幸せになって欲しい。


彼女を俺の立場のような人間のところへ引き寄せてはいけないのは重々わかっている。


けど…


俺は


彼女を求めていた。

No.158

主です。


レス156で


…パン部門の人たちが2・3後ろに…


という部分ですが、


2・3『人』←これが抜けておりました💧


大変失礼致しました。


久しぶりにカキコしたら、何たるミス💧


ホントにいつもすみません。





それから…


更新のペースが遅いにもかかわらず、たくさんの方がこの小説とは呼びがたいものを覗いて下さっていること、とても感謝しております。


もちろん、物語のベースになるものはあるのですが、想像でかいている部分も多々あり、人生経験がかなり貧相な私には幼稚な表現しか出来ていないと思います。


もっと色んな言葉を駆使して表現出来れば良いのですが、ホントに心苦しいです。


いつも言い訳ばっかりのコメントでごめんなさい。


もし、気に入ってくださる人が一人になったとしても、その一人の方の為に頑張ってかき続けますので、どうぞヨロシクお願いします。


(もちろん、誰も読んで下さってなくてもかきますよ~(笑))

No.159

『うわっ!ビックリしたし!』


中島さんは、その言葉に反応すること無く、走り去った。


『今の何なん?』


『…さぁ…?』


そして、原田さんはというと、黙ってタバコを吸っていた。


私の顔を見ると、ちょっと驚いた様子で、そそくさと休暇室を出ていった。


原田さんと中島さんの間には、きっと何かあるんだ…


そんな事は容易に察しがついたけど、私は正直関わりたくなかったし、考えたくなかった。


私は、ひとつ短いため息をついて、持って来たお弁当を食べる事にした。

No.160

ある日、俺は彼女の辞めてしまった会社で荷物を下ろしていた。


『松田さん』


俺は声のする方に目を向けた。木下さんだった。彼は長期の出張で、しばらく見かけなかった。


『あぁ!お疲れさまです。出張終わりですか?』


『いや… 今度は出張じゃ無くて、転勤ですわ(笑)』


『転勤…!?』


『ハハハ。そうなんです。独身は辛いですよ!身軽だから、何処でも飛ばしよるから!』


『何年くらい…?』


『一応3年とか言ってますが、多分、無理でしょう!3年で帰って来た人見たこと無いですからね』


『そうなんですか… 寂しくなりますわ』


『もう、俺も年貢の納め時。あっちで彼女作って、嫁にもらいますわ!』


木下さんは、テンションが高く、こちらが面食らってしまう。


『俺、ようやく諦めましたよ。中村さんの事』


『木下さん…』

No.161

その日、私は、発注書の整理に時間がかかり、店を出るのが遅くなってしまった。


荷物を取りに休暇室のロッカーに行くと、原田さんが一人、タバコをふかしながら書類に目を通していた。机の上にはビールの缶があった。


『… お疲れさまです…』


私は、伏し目がちにそう言い、荷物を取り、出ようとした。


『… 俺を避けてるの?』


原田さんは私の背中に向かってそう言った。


『… そ…そんな事無いです』


『じゃあ、ちゃんと俺の顔を見て言える…?』


『… 酔ってるんですか…?』


『だったら…?』


『… 早く帰った方がいいですよ。お疲れさまでした』


『… 高橋さん』


『…はい…』


『中島さんに何か言われた…?』


私は黙ってドアのノブに手をかけた。

No.162

『最初は、ホントに軽い気持ちだったんですよ。けど、彼女、一人で色んな事抱えて込んでる感じで、俺…守ってあげたいなって思ったんですよね』


確かに彼女は、木下さんの言う通り、一人で耐えている姿が俺からしても痛々しかった。だから、守ってあげたいって気持ちになるのは、俺にも理解出来た。


『…だから、俺、彼女が辞める日、はっきり言ったんです。付き合って欲しいって』


『… はい』


『… そしたら、彼女、私が誰かを好きになるのは、もうあり得ない事だって』


『………』


『彼女…封印したんだと思います』


『木下さん…』


『その心の鍵を開けてあげられるのは俺じゃ無い』


俺は胸ポケットに入っていたタバコに火をつけた。 何かしていないと、落ち着かなかった。


『じゃあ、松田さん、お元気で!』


『木下さんこそ!身体に気をつけて!』


俺は木下さんに差し出された右手を握りしめた。


木下さんは笑顔だった。

No.163

『どうして何も言わないの?』


『中島さんには何も言われてませんし、原田さんを避けてもいません』


『似てるんだよ…!』


『… え…?』


私は原田さんの言っている意味がわからなかった。


『君は… 俺の彼女に… 似てるんだよ!』


『…か… 彼女…?』


ますます意味がわからなかった。原田さんの彼女は、中島さんだと思っていたからだ。


『…もう… 別れてしまって、今は海外で生活しているけど』


『…そうですか… 私は中島さんが彼女だと思ってました』


『あぁ… 今日のやり取りか…? 中島さんは、彼女の友達だよ』


『友達…?』


原田さんの話によれば、原田さんの彼女と中島さんは、同じ専門学校に通っていた同級生で、原田さんは中島さん達の先輩になるらしい。


『君を初めて見たとき、俺も中島さんもびっくりして… 中島さんは、彼女との事を応援してくれてたから、まだ別れた事に納得してなくて、俺が君に話しかけていたのを見て、イライラしてたみたいだ』

No.164

俺の周りから、また一人去っていった。


桜井さんも、木下さんも、そして…彼女も…


何だか寂しかった。




今日は特に仕事も急ぎの物も無く、早く帰れた。


寂しい気持ちを押し殺すように、俺はわざと早く家に帰って、いつもと同じように過ごす事を選んだ。


ふと、家の玄関のドアに手をかけると、中から笑い声が聞こえて来た。


『誰か来てるのかな…?』


俺は、導かれるようにその笑い声のする部屋の方に近づいて行った。

No.165

『そ…そんな事言われても、私… 私には関係のない事ですよね…? 私…やっと自分の好きな仕事に巡り合えたんです。働いてる皆さんとも波風立てないようにしたいんです』


私は、原田さんを真っ直ぐ見て言った。


『…そういう目も… 似てる』


『…原田さん!私は、真剣……』


急に、体が引っ張られて、何処かにぶつかった。そして、私の耳にドクンドクンと、何か音が聞こえた。


『君を困らせようなんて思ってない… ただ…』


気がつくと、そこは原田さんの胸の中だった。
私は、急いでその場から離れないとと思い、その胸を押した。


『…似てるだけで、そんな事しないで下さい! 私は… 彼女の代わりでは無いですから! 原田さん、酔ってるんでしょ?』

『… ごめん… けど、俺…君が!』


『…失礼します! 』


私は、逃げるようにその場から立ち去った。

No.166

『あ…こんばんは』


いつもの家の居間とは違う雰囲気――誰よりも明るく笑っている彼女―― 息子の彼女である、ユカが居た。


『パパ、ユカさんだよ!もう忘れちゃったの!?』


『あ… 覚えてるよ。こんばんは』


『すみません。急に、来てしまって』


『いや。構わないよ。お母さんは?』


『ユカさんに夕飯食べさせるんだって、買い物行った。あたしたちだけだったら、適当なのにね(笑)』


『ホントにすみません…松田くんに、今日は辞めておこうって、言ったんですけど…』


『けど、前から、オヤジにお礼言わなきゃって、言ってただろ?だから、別にいいじゃん』


『お礼…?』


『はい… お母さんの彼氏の事で、困ってた時の事です…』


『あ…! あぁ…!!』


『ホントにありがとうございました。お父さんとも連絡取れて、力になってもらえたし、松田くんが高校辞めないで済んだし』


『お兄ちゃんは、バカの一つ覚えみたいに、辞めるばっか言ってたもんね…?ママはキィーキィー煩いし(笑)』


『お前は煩いし!』


『カッコつけ!』


『こらっ!ケンカするな!』


『いいんです。私は一人っ子だから、羨ましいです』


ユカは、そう言って、笑った。

No.167

原田さんが求めているのは私ではない。


彼女の断ち切れない想いを私に重ねているだけ…


私に… 彼女に似ている私に逃げているだけ…




私は…


私は… 好きな人への気持ちから逃げた。




松田さん…




断ち切れずにいる想いが蘇ってきて、私は涙が止まらなかった。

No.168

『あれから… あれから君はどうしてるの?両親は…?』


ユカは、ちょっと顔を曇らせたが、俺の質問に答えてくれた。


『私は、父と一緒に暮らしています。父は、迷惑かけたと言って、私を大事にしてくれます。 母は… 母は、彼とは別れました。けど…』


『けど…?』


『母は、父とやっていく事は選びませんでした。母にとっては父はもう過去なんでしょう。だから、母は実家に帰りました。』


『そう…』


『私は、高校を変わりたくなかったし、お父さんはお母さんと三人で一緒に暮らそうと言ってくれました。けど、お母さんは、私に迷惑かけたから、親の資格は無いって泣きました。私にとっては、どんな事があっても大切な親なのに…』


そう言うと、ユカは、息子の方を向いて、涙を拭いました。


『父は、母の気持ちが自分には無いと悟ったようで、母には、また誰かと幸せになって欲しいと言ってます。父は、そんな人なんです』


『ユカさんはお兄ちゃんと結婚したいの…?』


娘は突然そんな事をユカに聞き、息子はびっくりした表情を娘に向けた。

No.169

『高橋さん。ちょっと話があるんだけど』


ある日、橋本さんからそう言われ、2階の休憩室に私は行った。


そこには、原田さんが休憩の為に居た。


『早速なんだけど、再来月新規オープンするお店を、あなたに任せようと思うんだけど』


『…え… 』


『高橋さん?嫌?』


『え?あ? き…急な話で、びっくりして』


『じゃあ、お願い出来るわね?』


『はい。ヨロシクお願いします』


そして、橋本さんは、慌ただしく新店舗に出掛けて行った。




『…嬉しくないの?』


『え… あ…! 私はこのお店が好きなんで、ちょっと寂しいな…って思ったんです。原田さん達の作るパンの匂いも好きだから、私が好きだと思う物からまた離れるのか…って思ったんです』


『…また…?離れる…?』


『え… あ… すみません。何でも無いです』


『高橋さん』


『はい?』


『こないだは… こないだはごめん』


『…あ… 私も… すみませんでした』


『俺の感情を押し付けて、君を困らせるのはダメだよな』


『… 原田さんが好きなのは、私では…無いです。私に似ている彼女が好きなんですよ』


『高橋さん…』


『じゃあ、お店に戻ります!』

No.170

『お前は、何を聞いてんだよ…!』


『…そういう夢を持つってのも良いかなって思うよ?』


ユカは少し顔を赤くして言った。


『もちろん、夢が叶えば嬉しいけどね?』


ユカは、息子の方にイタズラっぽく笑いながら言った。



『じゃあ、お兄ちゃんは、ユカさんの夢を叶えてあげるためにも頑張らないとね!』


『お前はいちいち煩いし!』




息子とユカが顔を見合わせて笑っていた。


俺はタバコを吸いながらその様子を見ていた。


『ただいま!』


玄関の方から、嫁の大きな声がし、ユカと息子は、荷物を運ぶのに、立ち上がった。


父親と母親、そして、母親と彼氏の様子を目の当たりにしてきた彼女が、結婚という事にどんな思いを抱いているのかと思ったが、案外普通だったので、少し安心した。


俺は… 俺自身は… 結婚は年数が経つと寂しいもんだと思う事が多いなと言うのが実感だ。


彼女は… 寂しい気持ちに終止符を打った。


今は一人でどうなんだろう…?


無性に会いたくなった。

No.171

主です。



いつもたくさんの方々に読んで頂いて感謝しています。







実は… 私の諸事情により、この続きを書く事が出来なくなりました。









ホントは、頑張って書いて行きたかったのですが、私の状況が変わり、とても書く気持ちにはなれずにいます。




ごめんなさい。



No.172

主です。






10日前にもう書けないと思って、皆さんにお知らせしましたが、私が初めてこうして長く書き綴ってきた物なので、簡単に状況が変わったからといって、辞めてしまうのは嫌だなと思いました。






もちろん、今の状況は、10日前とは変化ありません。ちょっと…いえ、かなり辛いのですが、私のこのチャレンジを、貫き通す事が、今の私に出来る事と思っています。





変わらず、亀より遅い更新だし、内容的にもつまんない事になるかも知れませんが、もしまだ読んでもらえるなら、どうか宜しくお願いしたいと思います。




ホントに勝手な事ばかり申しましてすみませんでした。



細々と頑張りますm(_ _)m

No.173

新店舗の責任者に決まってから、私は忙しかった。


新店舗の店内のレイアウトや、雑貨の配置、商品の発注、確認…


家に帰っても、何も手を付ける事無く寝てしまう事が多かった。





そして、オープンの前日、原田さんがパンを持って手伝いに来てくれた。もちろん、中島さんも一緒だった。


『原田くん。ご苦労さま』


橋本さんが原田さんに声をかけていたのが私の耳に入って来た。


私はあれから、原田さんと話す事も無く、ずっと忙しくしていた。私にとってそれは都合が良かった。


『高橋さん!休憩して、原田くんの持って来たパンをいただきましょう!』


『…あ…!はい!』




普通にしようとするとかえってぎこちなくて、それが今の疲れた身体にはかなりキツかった。



『もう、原田くん、荷造りは済んだの…?』


荷造り…?何の事だろう…?


『あと少しです』


『彼女が待ってるから、早く行きたいでしょ…?』


『… 俺、タバコ…!』


その場から逃げるように原田さんは、外に出ていった。


私がキョトンとした顔をして、その様子を見ていたのを中島さんは見ていた。






食べ終わって、作業に戻ろうとした時、原田さんが言った。


『帰り…話があるから…』


私は小さく頷いた。

No.175

ある日、彼女が辞めた会社に行き社員の人に誘われて食堂に行くと、パートさんたちが何か紙を広げて話していた。



『明日、三丁目の雑貨屋さんの支店が隣町にオープンするんだって』


『粗品進呈だってさ!あたし明日休みだし行こうかな』


『あの三丁目の雑貨屋って前に此処にいた中村さんが勤めてるんだよね?』


『そうそう!こないだ行ったら、居たもんね』


『あそこのパンも美味しいよね?雑貨も素敵だし』




そういえば、前に桜井さんが、彼女の勤め先を言ってたっけ…?頑張ってるんだな…


『中村さん、新しい店の店長みたいだよ?ほら、挨拶文みたいなの書いてあるじゃん』


『あぁ!ホント!気付かなかった!』





店長…


あの彼女が…


頑張ってるんだな…

No.176

作業が終わったのは、もうすぐ日付が変わろうとするくらいの事だった。


店の鍵を閉めて、自転車を置いてある場所に行くと、原田さんがタバコを吹かして待っていた。


『お疲れさまでした』


『いいかな?話』


『はい』


『明日、オープン、成功するといいね』


『緊張します。私が店長なんて、オーナーや橋本さんの気持ちが理解出来なくて』


『俺は、高橋さんしか出来ない事だと思う。君の目を見てるとそう思う。最初入って来た時は、確かに大丈夫かな…って思ったけど、今はいい仕事をしている。そんな君は店長にふさわしいと思う』


『…そんなに誉めても、何も出ませんよ?』


二人で少し笑って、次に原田さんが言った。


『俺… 冴子… つまり、彼女のところへ行こうと思ってるんだ』


『原田さん…』


『やっぱり俺、冴子が好きだ。君に…冴子に似た君に出会って、心が乱れた。君を好きになれば、冴子の事忘れられるかな…って思ったけど、そんなの自分を騙してるだけで、君にも迷惑かける事になった。俺は、最低な奴だ』


『冴子と別れた時、自分の弱さがあった。男のプライドとかが邪魔して、彼女を追いかける勇気も無かった。ホントは彼女の側で一緒に夢を叶えたかったのに…』


だから、今度はちゃんと彼女を追いかけていき、彼女と一緒に夢を叶えると言った、原田さんがとても素敵で、私は羨ましかった。


『君に会えて、君に目を覚まさせてもらった。ありがとう』


原田さんは、そう言って立ち去って行った。


よかった…! ホントにそう思った。

No.177

彼女が店長勤める雑貨屋の支店オープン日は、朝から快晴だった。


夕方、あの会社に行き、荷物を下ろしていたら、昨日、食堂で話していたパートさん達が帰るところだった。


『お疲れさまです』


彼女たちが俺に挨拶していく。ふと見ると、一人の人が、“Ivory ”と書かれた紙袋を持っていた。


『…その…紙袋…』


『え!? あぁ、隣町に出来た雑貨屋さんの袋です。粗品貰ってきたんです』


『…そうなんですか』


『ほら、松田さんが前に一緒に仕事してたパートさん、中村さんって人が勤めてるんですって!』


『あ、そうなんですか…! 』





俺は… もう… 止められなかった!

No.178

『お疲れさまでした!』


『橋本さん!』


『今日は大変だったでしょ?けど、何とかこなせたわね』


『私…』


『どうしたの…?』


『むいてますかね…? ここの店長。ただ雑貨が好きで、けど、自分には自信持てなくて… 』


『そんなの、これからでいいんじゃないの?それに、自分一人で頑張ろうとしなくていいんじゃない? 時には、頼る事も必要よ』


『…はい!あ、私、外の物、片して来ます』





私は、外に出していた物を片付けに出た。

何となく、人影を感じ、ふとその方を見ると





そこには…






そこには… 彼が立っていた。






No.179

店から誰かが出てきた。


髪を一つに結んでいた、見覚えのある姿。


そう…





彼女だった…







彼女も、俺に気付いたようで、とても驚いた顔をしていた。







No.180

この突然の出来事に私は、すぐには状況が呑み込めないでいた。


きっと、この時の私の顔は、とっても変だったと思う。




「お疲れさま」


その言葉と一緒に向けられた彼の優しいまなざしが、どこか懐かしく思った。


「ありがとうございます」


彼の方へ一歩、歩みを寄せた。


「君に… 君に会いたくて…! らしくないことをしているよね(笑)」


「そうですね… らしくないですね(笑)」







No.181

「やっぱり、らしくないよな…」


俺自身も、そう思った。


こんなに感情的に動く方ではないので、そんなことをしている自分自身が一番驚いている。


「今日、オープンだったんです」


「みたいだね」


「私みたいなのが、店長なんです」


「らしいね」


「知ってるんですね」


「君のことは、何でも知っていたいからね」




No.182

「松田さん…」


彼がわざわざ会いに来てくれたことが、とっても嬉しかった。


彼が私を見るまなざしは、一緒に働いていた頃と何一つ変わっていなくて、そんな彼に会えて、今日一日の疲れや、これから店長としてやっていけるのかという不安も吹っ飛んだ気がした。


「高橋さん、もう帰るわよ~!」


「呼んでるよ。行っておいで。俺…待ってるから。」


「あ… じゃあ、この先に公園があるから、そこで待っててください。」


彼は頷くと、私に背を向け歩き出した。







No.183

彼女は、俺が待っている公園まで走ってきた。


さっきまで一つに束ねていた髪もほどいてしまっていて、長い黒髪が月明かりに映えていた。


「待たせて…ごめんなさい…」


「いや。俺が…勝手に待ってるって言ったから。」


「ううん… 私、嬉しかった」



彼女はそう言うと、俯いた。


「今日、あの会社のパートさんが、君のお店の紙袋を持っていたんだ。君が店長だってことを話してくれて…  何か… いてもたってもいられなくなって。  何か… ずっと我慢していたものが、一気に噴き出した感じになってしまって…」


「まさか… まさか私も、こんな形で会えるなんて思ってませんでした。あんな風に辞めてしまって、やっぱり、申し訳なかったし…」


「名前… 変わったんだね?」


「ええ。主人が離婚に同意してくれたんです。 …もう…、私は一人になってしまいました。」


彼女はそう言うと、月を見上げ、涙が零れ落ちないようにしていた。


「けど… オーナーや、橋本さん、お店の人たち、それから、お客さん…、大家の岩崎さんも、私を支えてくれてます。人との別れはあったけど、それ以上に、素敵な出会いを私にくれました。今は、幸せです」


「そっか… 俺とも… 別れたよね…? そういう意味では。」


「松田さん…」


「じゃあ、ここから、もう一回、出会おうか?俺たちも…!」






そう言って、俺は彼女を抱き寄せた。

No.184

「…!あ…!あのっ!松田さん!」


私は、今、起きていることが唐突すぎて、思わず大きい声を出してしまった。


彼は、私の唇に人差し指を当てた。


「静かにしないと、俺が変な人と思われる(笑)」


私は小声で「ごめんなさい」と言って、彼の腕の中でおとなしくしていた。 




「俺… 君が好きだ。 だから、会いに来た。」
  


「えっ…」


「君の… そのいつも自信無さげな感じ、どうしてもほっとけなくなるんだ。もっと、自信を持てばいいのに、いいところいっぱいあるのに。だから、俺、君を支えたい。    ダメかな…?俺なんか?」


私は、なんて答えたらいいのか分からなかった。


私が、松田さんの事を一方的に好きなんだと思っていたのに、彼も私のことを好きでいてくれたことが、信じられなくて、不思議で…。


「わ… 私… 自分に自信なんてありません。人に好かれるような人間でもありません。もう…誰にも愛してはもらえないと思ってました。」


「君は… 俺が嫌い?」


「… 松田さん…」


「君の気持ちを聞かせてほしい。ちゃんとした言葉で。」


「私…  私も…   あなたが…」


もう…涙があふれて次の言葉が出なかった。


 
そんな私を彼はギュッと抱きしめたまま、髪にそっと口づけをした。





No.185

彼女からは、ちゃんとした言葉はその日もらえなかったが、俺の腕の中で泣いていた彼女を見て、同じ気持ちだと思えた。


俺は、自分の気持ちに嘘はつけなかった。


自分の置かれている立場より、彼女のそばで支えたいと思う気持ちを優先させた。




彼女に、俺の携帯番号を教えた。


「いつでも、鳴らしてくれて良いから。」


「はい。」




この… 携帯電話が、俺を苦しめるアイテムになることを、その時の俺は知るよしも無かった。

No.186

主です。


長い間書いていなかったのですが、久しぶりに自分の書いたものを読み返していると、中途半端に置いてしまっていることが、自分のなかで嫌な気持ちになりました。


それに、やっぱり、初めてこんなに頑張って書きつづってきた物なので、愛着もあり、どんなに時間がかかっても、最後まで書きたい気持ちがふつふつと湧いてきました。


はっきり言って、ホントに文章力はないし、表現力もないです。


ガッカリさせてしまう展開になることも、つまらない終わり方になってしまうこともあると思います。


けど、これが私の今できる精一杯のことです。


良かったら、最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。


こんな読み物に付き合ってくださっている方が、ひとりでもいい。


自分自身と、そのひとりの方のために頑張ります!!!


 


よろしくお願いいたします。


No.187

彼から告白されてしまった… けど…


「けど」の後についたのは、「彼は既婚者」という事実。


彼と思いが同じだったことには正直嬉しかった。


あんなに苦しかった恋を成就させることができて嬉しかった。


その気持ちを、思いを大切にしたい気持ちが先になってしまい、私は、判断を誤ってしまった…


既婚者と付き合っているという罪悪感を消し、彼への気持ちを最優先させてしまった。



そして…



私は、彼を窮地まで追い詰めるような女になってしまうのだった。



そんなことを今は気付かずに…




No.188

最初は、彼女は俺に対して、そこまで遠慮しなくても…!と思うくらい、会ったりすることや、電話をすることを彼女からはしなかった。


どうしてか…?と聞いてみたら、


「私は、あなたが会いたくなったり、電話したくなったりした時に一緒に居られればいいんです。だから、気にしないで」


と言う。


「そんなに気を遣わなくても、君が会いたいときは言ってくれたらいいし、電話もしてきたらいいんだよ。もちろん…時と場合があるけどね」


彼女は、何も言わず、笑みを浮かべ、フロントガラスから外を見ていた。




彼女と会うのは、お互いの予定があった時。曜日はばらばらだ。


彼女は、曜日が決まっていると、奥さんが変に思うから、決めないでおこうと言った。


外で会うことや、彼女の家にはいかず、車の中で話して帰ることが多かった。




No.189

自分の気持ちを優先させながらも、自分の立場をいつも考えていた。


だから、彼と会うときは、決してわがままを言わず、彼の都合を最優先に…と考えていた。


私は「都合のいい女」でいいと思っていた。


彼が、私の事が好きで、わざわざ私の為に時間を割いて来てくれることが嬉しかったからだ。


そして、心のどこかに、「彼は奥さんがいるから」と思っていたもう一人の自分がいたから。




けど… それも



最初だけだった…

No.190

しばらくは、そうやって車で話をして、帰るということで良いと思っていたが、俺もやっぱり男。


そして…彼女は、好きな女…



彼女を抱きたいと思う気持ちが出てくるのは当然のことだった。



彼女は、俺にそういう気持ちを持っているのかは分からなかったが、なんとなく、避けているような気もした。


手を車の中で繋いだまま話すことはあっても、キスをするような感じにはならず、そういう雰囲気に持って行かないようにしているようでもあった。




No.191

付き合い始めて半年くらい経っただろうか。


いつものように彼の車でいつものように話をしていた。


いつものように、私の勤めている雑貨店の話。そして、彼の仕事の話。


私は、店長になって、店のすべてを任される立場になっても相変わらずいろんなことに気を遣っていて、へこむ日も多かった。


彼は彼で、忙しさで余裕が無い状態に疲れているようだった。



話が進んでいくうちに、彼が言った。


「あの会社辞めてから、誰かと付き合ったりした?」


「ううん。そんな余裕なかったよ。それに、ずっと松田さんのことを引きずってたし(笑) 」


「じゃあ、誰かに言い寄られたりはしなかったの?」


私は、一瞬、間を開けてしまい、


「ないよ」


と言った。



彼は、その間を見逃さず、私の座っていた助手席のシートを倒した。


「…な、何するの?」


彼は、私に覆いかぶさるような体制でこう言った。


「俺は… 君を… 君を抱きたい」

No.192

彼女のその一瞬の間が、ずっと俺が自制していた感情に火をつけてしまったようだった。


彼女がその相手とどうなったのかを、俺が望んでいない悪い方に考えてしまって、止まらなかった。


「ちょっと…! ちょっと待って??? 松田さん!」


「どうして…? 君は、俺が嫌い…?」




彼女は自分で倒れたシートを起こしたので、俺は、運転席のシートに体を戻した。


「た… 確かにある人に言われたけど、その人は、私じゃなくて、私に似た人を私に求めていただけなの。今は、その人は自分の思いを貫いて、その女の人を追いかけて行ったわ。それだけ」


「そっか…」


俺は、自分を落ち着かせるために、タバコに火をつけ、一口吸うと窓の外を眺めていた。



「私… 松田さん好きよ。けど、自信無いの」


「自信?」


「そういうことになってしまって、逆に嫌われないかとか…ね…」


「嫌いになんかならないよ。どんな君も好きだから。俺は、今の君が好きだから」



「松田さん…」






俺は、車のエンジンをかけた。

No.193

そして…



私は… 彼に抱かれた。


 
別れた主人の時は、お互い、何の障害も無く、普通の恋人同士だったから、罪悪感とか、後ろめたさとか、そういうのが無かった。


けど、今は違う。


私は、他の誰にも言えない相手と付き合っているんだ。


罪悪感や、後ろめたさを持ちながら彼と付き合わないとならないんだと思った。 




けれど…



そういう、罪悪感や、後ろめたさを感じたのは最初だけで、徐々に自分が壊れていき、彼を支配し、束縛していくのであった。


No.194

彼女は、抱いているとき、何故か泣いた。


「どうして泣いているの?」


俺は、彼女を腕枕しながら聞いた。彼女の髪からは、甘い香りがした。



「もう…後戻りできないんだな…って思って。けど、こんなわたしを必要としてくれて、幸せだとも思ったの」


「戻りたい?好きだとお互い言い合う前に」


「もう… 無理だよ。片思いで苦しいなら、あなたと一緒に苦しむ」


彼女はそういって笑った。



俺は、彼女をもう一度抱きしめ、彼女の白い肌に何度も口づけした。



No.195

私は、恋愛経験が別れた主人としかなく、主人は私に身体を求めることが少なかったし、私もそれが普通だと思っていた。



松田さんは、とってもストレートに私に愛情表現してきてくれるから、それがある意味新鮮だったりして、私は彼にのめりこんでいったのかもしれない。


彼の存在が全てになったのかもしれない。


本当は、仕事も、自分の時間(一人でいる時間)も大人なんだから、上手にやりくりしたり、楽しまないとならなかったのに、私は、出来なかった。


だから…





彼を束縛してしまった。

No.196

それは、ある日のことだった。



彼女が


「今週、会える?」


と聞いてきた。


俺は、友人との約束があったので、


「ゴメン、友達と飲む約束があるんだ。だから、終わったら電話する」


と言った。


彼女は


「うん。待ってる」


と言ったので、俺は約束の日、友人と会った。




友人と久し振りに楽しく飲んでいると、携帯に着信が。


俺は友人に断りをいれ、席を外した。



『もしもし?どうした?』


『今、どこで飲んでるの?楽しい?』


『あ、前に話した焼き鳥の美味しい店。楽しいよ…?』


『そっか。分かった。終わったら電話ちょうだいね?』


『了解。忘れてないから』




そして、また一時間くらい経ったころに、着信が…。


「嫁さん?」


友人が聞いた。


友人は、嫁がこういう時に電話してくるような女ではないことを知っていたので、俺は小指を立てて友人に合図した。


友人は苦笑いし、親指を立て、店の出口を指し「外へ行け」と俺を促した。




『もしもし…?何?どうしたの?』


『うん… まだ…かな…って思ってぇ…』


なんだか酔っぱらっているようだった。


『うん… まだ飲んでる。酔っぱらってるの?眠い?』


『う…ん… 一人で…待ってるの… 寂しいから… 飲んでた…』


彼女はそう言うと、電話を切った。

No.197

彼が友達と会っていることは解っている。



解っていても、独りでいることがどうしようもなく切なくて、虚しくて、今の私には彼しかいない・・・と思うと、今まで私の中に隠れていた感情が芽生え始めたようだった。



最初はそういう私の事を大目に見ていてくれていた彼だった。



だから、私が不安にならないように以前よりメールの回数も増やし、状況を報告してくれた。会う回数も増やしてくれた。



けど・・・彼が自分の「もの」で無いことは変わらず、彼は奥さんの「もの」である事実に私は自分自身をもてあましていたのかもしれない。



だから・・・彼の弱みを逆手にとって、私は彼を追い込んでいった。



奴隷・・・みたいに・・・







No.198

彼女の微妙な変化は、単なる寂しさゆえだとあまり気にはしていなかった。



仕事で責任のある立場にいるから、俺に愚痴の一つでもこぼしたいのに、俺は彼女のそばにいてあげることが出来ない・・・



だから、急に寂しくなって、電話をしてしまったりするんだと思い、出来るだけ電話やメールができるときはしたし、会う回数も増やした。



けど・・・俺の思っている以上に、彼女の行動は徐々にエスカレートしていった。






さすがに、昼間は携帯は鳴らなかったが、彼女の休憩時であろう時間は『今どこ?』『何してるの?』という問いかけのメールが入り、返信が遅れると俺からの返信があるまで、他の従業員の目を盗んで返信を催促するようになった。



俺が 『仕事終わったから』とメールをしようものなら、待ってましたと言わんばかりに着信があり、メールの返信が遅いだの、次は何時会えるだの、次から次に俺の状況を聞いたり催促したりしてきた。


そんな彼女からの攻撃に、さすがの俺も、無視を決めた。


No.199

ある日、彼と会い、身体を重ねた余韻に浸っていると、隣りで深いため息を吐く彼がいた。



「どうしたの・・・・?」



「・・・ん? あ、ちょっとな」



「気になるじゃない・・・」




正直、最近の私たちはうまくはいってなかった。今日会うのもいつもより間隔が開いていたし、私が少し強引に会う段取りを取った。



彼からのメールが減り、携帯に電話をしても以前のように私の話に合槌を打つのも面倒そうに感じた。



冷静になれば私の異常な行動故のことだと解るのだが、冷静で無い私には、自分が彼を追い詰めているという自覚すら無く、単なる倦怠期などと思い込んでいた。




「うん・・・  ゴメン」



「私で良ければ話を聞くよ?」

No.200

無意識に彼女の前でため息をついていた。いや・・・きっとその時は、自分の置かれている状況を彼女に聞いてほしかった、力になってほしかったんだと思う。



「・・・・金が・・・要るんだ」



「お金・・・?」



実は、そのとき、仕事が上手く行ってなく、金銭的に苦しい頃だった。自分で会社を興し、上手く行っているときは、営業的付き合いは活発だったが、ここ最近は、なかなかそういうものまで回らなくなり、自分の手取りから捻出している状況だった。もちろん、嫁からは嫌味を言われ、毎日頭の中は金のことでいっぱいだった。



「ごめん・・・ 大丈夫。なんとかなるよ。」



「いくら・・・? いくらいるの?」



彼女が俺の顔を覗き込み、聞いてきた。



「冗談だよ。大丈夫。ほら、もう出なきゃ」



「私・・・ 用意できるよ」



「薫・・・」




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