哀れ…

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2013/12/21 05:29(更新日時)

憎しみしか、残らなかったね…

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No.1517561 (スレ作成日時)

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No.51

私は… 両親に愛された覚えがない…


遠い思い出だけど… 私は母に叩かれたりしていた…


父は… 仕事を理由に家庭を顧みず、…浮気していた…と子供ながらに理解していた。


母の暴力がエスカレートし、私は母方の祖母の元に逃げた。


おばあちゃんは『お母さんがあんなでごめんよ…』と口癖のように言っていた。


母が私に暴力を振るった理由は、今でもよく解らない。


その母も、祖母も… 他界した…


父は…愛人と一緒に出ていったと、祖母に母が泣きながら話していたのを聞いた…


だからこそ… 主人とは、温かい家庭を作りたかったのに…


流産という出来事が、一気に歯車を狂わせた…


けど… ホントにそうなのかな…?


私を大切に思ってくれてたら、私を気遣い、また次頑張ろうと言ってくれる筈なのに…!

No.52

もう、何年も前から夫婦別室で寝ている。

少し前までは娘が一緒に寝ていた。


パパのお嫁さんになりたい― そんなことを言ってくれた時もあったな…


一人で眠る布団は何となく寂しい…


ボンヤリ天井を見つめていると、彼女… 癌と闘っているであろう、年上の彼女を思い出した…


彼女と居た頃の事を思い出した。
笑顔が優しい彼女、俺の事を母のように包んでくれた…


既に愛の無い状態の嫁…
けど、娘や息子にはまだまだ親としての責任がある…


俺は、ふっ…っとため息をついた。


彼女に急に会いたくなった…


無理だけど…

No.53

私は… 愛されたかった…


頭を優しく撫でて、そっと抱き締めて欲しかった…


母や、父や、…そして、主人に…


辛かったね、けど、一緒に乗り越えよう


そう言ってくれたら、私は救われたのに…

あの時、主人は冷たい目をしていた。


そして、私に手を差し伸べてはくれなかった。


私には…あなたしか頼るところが無いのに…



私は…私の身体をギュッと両手で抱き締めながら、目を瞑った。


夢を見た…

No.54

こんなに寝付けないのは、久しぶりだった。


彼女を思い出したからか、それとも…他に何か理由があったのかは解らないけど。


窓から見える三日月をぼんやり見ていた。


月を見たのは…月をこんなにゆっくり見たのは何時からだろう。


何となく寂しげで、哀しげで、ちょっと今の自分に重なる。


『はぁ… 明日も頑張るかな… 』


タバコの火を消しながらそう呟き、俺は三日月に見守られながら、少しずつ、眠りの世界に誘われていった。

No.55

誰か解らないけど…


その大きな手は、私の手を握っていた。


その手から感じる温もりは


今まで感じた事が無いくらい


優しくて…


その手の主からは、微かに


甘く柔らかい匂いがして


その匂いは


何処かで香った匂いに似て


私は…


『好き…』


と、相手が男性か女性かわからないのに、そんな言葉を口にして、深い眠りについた…







《ピピピピ…!》


携帯電話の目覚ましの音で私は目覚めた。

No.56

次の日


俺は桜井さんに言われた通り、急ぎの仕事を取りにあの会社へ早めの時間に向かった。


彼女… 中村さんの事を急に思い出した。


『そういえば、中村さん、大丈夫かな…』


俺はトラックを降りて倉庫へ。桜井さんが一人で作業していた。


『あ、松田さん。ご苦労さまです。』


『一人で大変ですね。手伝います』


桜井さんは『お願いします』と言い、二人で荷物を運んだ。


『ありがとう!ホント助かりました~。ホントは今日、中村さんの代わりにヘルプの人お願いしてたんだけど、トラブって、そっちに人をとられちゃって…』


『そうだったんですか。お疲れさまでした。』


『月曜日は中村さんに頑張って貰わないとねっ』


『風邪大丈夫なんですかね?』


『心配?』


『心配というか、中村さん居ないと、桜井さんが大変でしょ?』


桜井さんは『まぁね!』と言い、笑った。


『じゃあ、急ぐんで!』


俺は会社を後にした。

No.57

風邪は、何とか休み中に治す事が出来た。桜井さんに迷惑をかけないで済むと思い、ホッとした。


でも、また新たな問題が…


主人から言われた事… 私はこの家を出ないとならない。


そうすると、今以上にお金を稼がないとならない。


独身の頃の貯金は少しあったが、出来たら手をつけたくなかった。


これはホントに何かあった時の為に使いたかった。


私はため息を吐き、家を出た。

No.58

昨日は遅くまで友達と飲んでいたため、朝は辛かった。


俺は重だるい身体を引きずり、家を出た。


今日は朝一、あの会社から呼び出しを受けたので、俺は車をその方へ走り出した。


カーラジオからは、人生相談のコーナーが始まった事を知らせるタイトルコールが聞こえ、俺は耳を傾けた。


最近、夫の浮気や、離婚問題、あと、嫁姑問題が、ヘビロテでやって来る。


毎日聞いているけど、皆何かしら問題を抱えながら生きているんだなぁと実感する。


此処に相談するのはそんな人達のほんの一握りだけで、後は、相談出来なかったり、一人で思い悩んだり、一人で解決しようとしたり、皆それぞれの形で悩みに向かってるんだろう。


悩みなんか無い人になりたい…




そうこうしているうちに、あのいつもの門が見えてきた。

No.59

主です。


いつも、つたない文章を読んで戴く事になっており、申し訳無く思ってます。


ここでお断りです。


私の今のおかれている状況により、この話の続きを書く事が少しの間、出来なくなりました。


もちろん…私の状況が改善し、また、この話が書けるようになれば、必ず続けます。


せっかく、読んで下さる方が少しずつ増えて来て、私としては、夢のような事なのですが、(現在、ご期待に応えてるか…、これからもそうなるかは『??』ですが…)今の私の気持ちをご理解ください。


勝手な事ですみません。


ホントすみません。

No.60

主です。


この話を見て下さってる方がこんなに増えてる事に、正直驚いてます。


こんな文才の無い私が書いてる話なのに、いいのかな…💧と、かなり焦っています。


で、ひととおり読んでみたところ、恥ずかしながら、話につじつまの合わないところを発見しました。


No.5の部分、『両親はそんな彼をとても気に入り』ですが、『私』の両親は父は愛人と出て行き接点は無いし、母は他界したので、ここは忘れてください。


ホントに突っ込みどころ満載の話ですみません。


まだもう少し続きを書くのは無理なのです。ホントに申し訳無く思ってます。


けど、いざ書き始めると『こんなに引っ張ったくせに、続きつまんないじゃない!』って激怒されそうですが、わたしなりに頑張ります。


ホントに、こんなつたない文章を覗いて下さって、ありがとうございます。


毎日、ヒット数増えてる事に感謝してます!


ではでは…

No.61

『おはようございます。』


ロッカールームで桜井さんに挨拶した。


『あっ!中村さん!おはよう。大丈夫?』


桜井さんは、私の顔を見てホッとした表情でそう言った。


『はい!お陰様で!ご迷惑をおかけしました』


私も桜井さんの表情に応えるような笑顔でそう言った。


『よかったわね!ご主人の看病がよかったのかしら?(笑)』


桜井さんのこの言葉に私は無言で笑った。もしかすると、寂しい笑顔だったかもしれない…


『今日からまた頑張りますね!』


私は自分の今の気持ちを吹き消すように、そう言い、着替え始めた。


桜井さんは笑ってロッカールームを出ていった。

No.62

トラックから出て、荷物を下ろしていると、彼女が小走りで倉庫に向かってきた。


『あっ…』


俺も、彼女も、ほぼ同時に声に出した。



『おはようございます。ご苦労さまです』


俺に話しかけて来たのは彼女が先だった。


『おはようございます。』


俺は、挨拶のあと、体調の事を言おうかと思ったが、何となく…言えなかった。


『それ、手伝います!』


『あ、すみません。お願いします。』


彼女は荷物を台車に運ぶと、先に行ってしまった。

No.63

いつももう少し遅い時間に来るはずの彼が居たのにはちょっと驚いてしまい、声をだしてしまった。


私に気付いたのは彼も同じだったようで、ほぼ同時に声に出したようだった。


今は… 今は仕事を頑張らないと。桜井さんや彼に迷惑はかけたくない… そう思って、努めて平静を装った。


彼は何かを言いたそうだったけど、私は先に荷物を持って、倉庫へ向かった。


桜井さんは一人で作業をしていた。


『あ!すみません!やりますっ!』


彼は後でこう言っていた。


『あの頃のお前は、無理に笑ってた』と…

No.64

『あ!松田さん。お疲れさまです』


桜井さんは俺にそう声をかけ、また作業に戻った。


ひととおり作業が終わると、桜井さんが言った。


『松田さん、今日急ぎます?』


『え?どうして?』


『今から休憩入るんです。よかったら、コーヒーおごりますよ?』


その時、彼女を見ると、笑顔で俺を見ていた。


『…あ、じゃあ、遠慮なく!』


『じゃあ、先に食堂に行っててください。中村さんもね。』


俺と彼女は顔を見合わせ、『じゃあ、お先に!』と桜井さんに言った。

No.65

桜井さんがお財布を取りに行く間、私は彼と二人で食堂へ向かう事になった。


私は彼の少し後ろからついて行く。


彼の後ろ姿をまじまじと見たのははじめてだった。
背は175くらいかな…?身体細いなぁ…。ちょっとがに股かも…(笑)


…そんなことを思ってると、松田さんは私の方に振り向いた。


『風邪… もういいんですか…?』


彼から急にそんな事を聞かれたのでびっくりした。


『…あ! はい! ゆっくりしたので、何とか!』


最初の『あ!』の声が、ちょっと裏返った。


『また… 緊張してる?』


彼はちょっと笑ってた。


『いや… 風邪の事いきなり聞かれたから…』


『うん、あの日桜井さんが言ってたからね。ほら、中村さんが帰るときに俺、居たし。』


そう言えば、桜井さんが私に声かけてくれてた時、松田さん居たよね…

No.66

食堂に着くと、何人かのパートさんと、社員の人が休憩していた。


俺は、挨拶して彼女と窓際のテーブルに座り、桜井さんを待った。


彼女は俺の斜め向かいに座り、窓の外を見つめていた。
横顔が何となく寂しげだな…と思った。
何かを考えているような感じがした。


『お待たせ!』


桜井さんの明るい声に俺と彼女は現実に引き戻された。


『適当に買ってきたよ。中村さんはレモンティーね』


『え?コーヒー飲めないの?』


『はい… 飲めないんです。変わってるでしょ?』


『ううん、あたしの友達にもいるよ。…じゃあ、ま…中村さんも仕事に慣れてきたし、松田さんにはこれからも宜しくお願いしますって事で、乾杯』


『コーヒーで、ですか?』


俺は、桜井さんのそういう気の利くところが好きなんだけど、可笑しかったので、思わず聞いた。


『嫌ならいいですよ! ね、中村さん?』

彼女は笑いを堪えながら頷いていた。

No.67

私達は手にした缶をグラスに見立て、乾杯をした。


缶は渇いた音がして、これがホントにグラスで、ワインかシャンパンが入っていたら素敵だっただろうが、私は、桜井さんの心遣いが嬉しかった。


プライベートが行き詰まっている今、誰かの優しさに触れると、とても有り難く思い、心がほんわかと暖かくなった。


『中村さんは毎日だし、慣れない仕事だったから、疲れがたまってたんじゃない?』


『そうですかね…?けど、桜井さんの足手まといになってますよね…』


『んな事ないよ? ね?松田さん』


彼は缶コーヒーに口をつけかけたのを辞め、頷いた。


『…けど、毎日入って、ご主人何か言わない?』


『…え? …あ、 主人は理解してくれてますから…』


私は動揺したが、今の状況を悟られないように答えた。


『今は共働きの夫婦が増えてるもんね。松田さんところも、奥さん働いてるんですよね?』


『うちは俺が脱サラしたから、パートから契約社員になりましたもんね』


と言い、苦笑いしていた。

No.68

『そうなんだ…! けど、今は松田さん、仕事順調なんでしょ?』


『ま… 苦労は在りますけど、今のところは有難い事に、順調ですね』


ホントに有難い事に、最近は、取引先も増え、体がもう1つ欲しいくらい、仕事は切れ目無くあり、俺は、嫁に文句を言わせないくらいの給料を渡していた。


けど、嫁は嫁で、自分の仕事にやりがいがあるのか、そのまま契約社員として、毎日働いていた。


『あの… 』


『何?』


彼女はうつ向き加減で、桜井さんに話しかけた。


『この会社、契約社員とかにはなれるんですか…?』


『え…? あ、あぁ、一年くらい続けたら、申請はできるけど… どうしたの…?』


『あ、いえ… そうですか…』


彼女はそう言い、少し考え込んでいた感じだった。


その後、たわいない話をし、俺は次の取引先に向かう為に、会社を後にした。


少し、彼女の様子が気にはなったが…

No.69

それから、私は毎日夕方まで仕事をこなし、休みの日は不動産屋へ手頃な物件を探しに出掛ける日が続いた。


主人はたまに帰って来る。
すると決まって嫌味を言う。もう聞き流そう…と思うのだけど、やっぱり精神的に辛い。


それに、最近は義母からも電話があり、早く離婚してほしい。けど、あの子(主人)がしないと言い張るので困っている…という内容だった。


最初は義母のいう事を黙って最後まで聞き、自分が我慢すればいいんだと思っていたが、さすがに回数が重なって来ると、しんどかったので、電話も出なくなっていた。




休みの日、また不動産屋へ行こうと自転車に乗り、向かっていると、見覚えのあるトラックがコンビニに止まっていた。


そのトラックの主は、レジを済ませ、小走りに車まで来て、ドアに手をかけようとした…


…その時、その人は私に気付いた。

No.70

『…こんにちは』


彼女は自転車にまたがったまま、俺に挨拶してくれた。


『…あ、こんにちは。 買い物?』


『…いえ… ちょっと用事があって』


彼女はちょっと困った顔をしながら答えた。


『…そう。』


『今日もお仕事ですか?』


『そう。急ぎの納品があって、今日も仕事。貧乏暇なしだよ』


俺は苦笑いした。彼女も笑ってた。


『あ… そのおにぎり、美味しいですよね…?』


彼女は俺がさっきコンビニで買って、無造作に助手席に置いたレジ袋から出ていたおにぎりを見て言った。


『え?あ…? よく知ってるね?俺、このおにぎり前から気になってて、今日やっとゲットしたの』


『私、こないだ初めて食べたら、病み付きになって、昨日も晩ごはんに…!あっ…』


彼女は下を向いた。


『じゃあ…急ぎますので…』


彼女は俺から逃げるように去っていった。

No.71

夕飯にコンビニのおにぎりを食べてるなんて変に思われるじゃない…!!


私は自分の不注意さに嫌気がさした。


ダメな嫁と思われた…?それとも、あの人ならあり得る…なんて思ったかな…


私は途中で自転車を漕ぐのを止めた。


そうしたら、短く二回クラクションが鳴った。


振り向くと、彼のトラックだった。


『中村さん… これ。』


彼の手にはさっきのおにぎりがあった。


『今日の夕飯にどうぞ。』


『…あっ… うっっ…』


私は泣き出してしまった。


バカだ…私…、何で泣いてしまったんだろ…。
松田さんに迷惑かけるだけなのに…

No.72

俺は、彼女を泣かせてしまい、どうしていいのかわからなくて、途方に暮れてしまった。


彼女は肩を震わせ、声を殺して泣いていた。そんなに哀しげな姿の女性を見たのははじめてだった。


『あ…あの…、俺、 余計な事したよね?』


俺がおにぎりなんか持って追いかけて来たから泣いたんだ…、美味しかったから、ついつい彼女にまた食べて貰おうと思ったからだったんだけど… ホントに余計な事をした…


『…い、いえ… 私… 私… びっくりしたんです!』


真っ赤な目をした彼女は、俺の顔を見てそう答えた。


『私… 松田さんにダメな嫁と思われたかな…って、夕飯にコンビニのおにぎりなんて主人に食べさせてるって思われたかな…って… だから…まさか、追いかけてくれるなんて、思わなくて…』


『そんなこと思ってないよ。毎日仕事して、疲れてる時もあるし、たまにはコンビニのおにぎりの時もあるって!うちの嫁さんも、仕事で疲れてる時、できあいの物買ってくるよ!』


彼女はちょっと笑ったけど… すぐにまた困った顔をして、俯いた。

No.73

びっくりしたんじゃない…
嬉しかったんだ…


彼が私の為にわざわざ追いかけて来てくれた事がとっても嬉しかった。


彼にはもちろん、深い意味なんて無いのは解ってたけど、人の優しさに触れた気がして、感情が溢れ出てしまった。


そして、彼は私を庇ってくれた。働く主婦に、よくあることだと、庇ってくれた。


…けど、…


ホントは違うんだと…
ホントは私はひとりぼっちなんだと…


それが言えないので、私は俯くしかなかった。

No.74

『中村さん、何か今、悩みでもある…?』


彼女はゆっくりと俺の方を向いた。


『俺さ、中村さんの事、あんまり知らないし、何を今、抱えてるのかはわかんないけど、気になるんだよね。最近の中村さん見てると。』


『…ごめんなさい… 』


『いや、謝らなくていいよ。ただ、何か俺が聞ける範囲内の事なら、聞いてもいいかなって思ってるだけでさ… 別に俺に言いにくかったら、桜井さんに話してもいいと思うし。 あの人なら、力になってくれると思うよ。』


『…松田さん… 』


『ごめん。何処かに行く予定だったんだよね?泣かした上に、足止めして、すみません。』


『ありがとうございます。…私、大丈夫ですから!もし…』


『もし…?』


『私が…私が、前向きになれたら、その時は聞いてもらえますか…?』


彼女はにっこりと笑って『じゃあ!』と言い、自転車に乗って行ってしまった。


『俺、返事してねぇ~ぞ!』





もう… その時から、彼女を特別な感情で見てたのかな…?

No.75

私は、松田さんの気持ちがとっても嬉しかった。


…けど… 甘え方を知らなかった。


私の事を心配してくれて、私に主人との事を話すきっかけを作ってくれたのに…


私は… 松田さんに甘える事が出来なかった。


ずっと両親にも甘えられず、もちろん、主人にも甘えた覚えが無くて、ずっと我慢する事の方が多かった私だったから、彼のように、私を気にかけてくれても、甘える事が出来なかった。


けど… ホントに彼の気持ちは嬉しかったし、その日以来、彼を意識し始めたのかも知れなかったし。


私は、主人との事を前向きに考えられるようになったら、松田さんに一番に聞いて貰おうと思ってあんな事を言った。


迷惑だろうから、彼の返事は聞かなかったけど…

No.76

おにぎり事件後に初めて彼女と会った時、彼女は何も無かったように挨拶をしてきた。 俺も、そんな彼女に合わせることにし、いつもどおり挨拶を交わした。


もちろん、桜井さんは俺と彼女との間にそんな事があったとは知るよしも無かったが、彼女の方を見て、ボソッと言った。


『中村さんの薬指の指輪が無いわ…?』


俺はその言葉に反応して、彼女の左手を見た。


彼女は荷物を上げ下ろししながら忙しく動いていた。華奢な腕とその重そうな荷物はある意味不釣り合いだ。その荷物を大事そうに持つ手… 左の薬指…


確かに… 無い。


『…ほら、こういう荷物を持ったりすると、邪魔になったり、知らず知らずのうちに怪我したりするかも知れないから、きっと仕事の時だけ外してるんじゃないんですか?』


俺は、興味無いという感じの言い方で、桜井さんにそう言った。


『… そうね。私なんか、手が浮腫んじゃって入らなくなったもんね(笑) だから娘から笑われちゃったもん』


桜井さんはそう言い、作業に戻った。






けど、彼女の薬指にはもう、あの指輪が戻る事は無かった。

No.77

あの後すぐ、(おにぎり事件)私は気晴らしに遠出しようと、自転車をとばして、前から気になっていた雑貨屋さんに行く事にした。


そこは、私が好きなナチュラルテイストな雑貨があり、地元のフリーペーパーに載っていた。


店に入ると、私より少し年上の店員さんがにこやかに『いらっしゃいませ』と声をかけてくれた。


私は久しぶりに癒される空間に来た思いがして、嬉しかった。
店の雰囲気も手伝って、私はかなりの時間、そこに居た。


私は、気に入った箸置きがあったので、無意識に二個、手にし、レジへ向かった。


『ありがとうございます。ずいぶん気に入ってもらえたご様子ですね?』


『ええ。とっても。 ついつい長居してしまって…、すみません。』


『いえ!自分のお家みたいにくつろいでくださったなら、私も嬉しいですわ!』


自分の家…
私の家は… 本当にくつろげる家は何処にあるんだろう…


『ありがとうございました!また来てくださいね!』


私は店員さんに微笑み、その店を後にした。


自転車をしばらく押していると、ふと目に入るアパートがあった。第一印象は懐かしい…という感じがした。アパートの前には小さい花壇があり、キレイに手入れされていた。外観もちょっと古いけど、メンテナンスがちゃんとされている感じがした。


丁度部屋が空いている…

No.78

薬指の事は、さすがに聞けなかったし、あれからすぐの出来事だったので、余計に気にはなったけど、彼女が言った『前向きになれたら話す』の言葉を思い出し、彼女から話してくれるまで俺は見守る事にした。


家に帰ると、娘が玄関で出迎えてくれた。


『おかえり。』


『ただいま。』


『今日、ママ飲み会行くって。』


『あぁ、何か言ってたな』


『何か食べに行く?』


『アイツ(息子)は?』


『友達と食べるって』


『じゃあ、行くか。そういえばお前、部活で要る物あるとか言ってたな? それもついでに買うか?』


『いいの?』


『あぁ。お互い忙しいだろ?(笑)』


俺は娘と久しぶりに出掛ける事にした。可愛い娘の頼みだから、疲れたとかそんな事は言ってられない。


車を走らせ、娘がよく行くスポーツ店に行き、古くなっていたシューズと、Tシャツを買い、夕飯はラーメンが良いと言うので、馴染みのラーメン屋へ行った。

No.79

私はそのアパートの前でしばらくの間立っていた。自分ではそんなに長くはないと思ってたのだけど、そんな私に声をかけてきてくれた人がいた。


『このアパート、興味あるのかい?』


私はちょっとびっくりしてしまい、慌ててその声の方に顔を向けた。


その声の主は、70代くらいの優しそうな女性で、私ににっこり微笑みかけていた。


『あ… すみません… ちょっと…』


『お部屋を探してるのかい?』


『え… あ… そんなところです…』


『よかったら見ていくかい?』


私はその女性に促されて、1つ空き部屋になっている一階の左隅のドアの前に立っていた。


『ここは、こないだ空いたところだから、掃除もしたばかりだし、日当たりもいいし、私のおすすめだよ。』


鍵を開けてもらうと、小さなキッチンが直ぐ目に入った。それから、奥に進むと、六畳くらいと、四畳半くらいの部屋が二つ、襖で仕切られていた。


その奥に小さいベランダがあって、南向きで日当たりも良さそうだった。

No.80

『お腹空いたな。好きなの頼めよ』


娘はチャーシュー麺を、俺は味噌ラーメンを注文し、餃子も頼んだ。


『パパ、ありがとね』


『あぁ、全然。たまにしか出来ないからな。で、部活はどうなんだ?』


『うん、まぁまぁ。上手くなれなくて、ちょっと焦ってる。 友達なんか、次の大会レギュラーに入れるみたいで、羨ましいよ』


『そっか。小学校からやってても、上には上がいるのか』


娘は、小学校からそのスポーツをしていて、中学ではちょっと有利かも知れないと思っていたようだが、他の小学校からも来ている子供もいたので、なかなか大変なようだ。


『パパは? 最近仕事どう?』


『俺? ま、今は順調だな。ママ、最近文句言わないだろ?』


『うん。確かに(笑)』

No.81

主です。


いつもつたないを読んでいただきありがとうございます。


更新が遅れてしまいすみません。


昨日、起こった地震では、被害状況が次々とテレビから映像で流れ、この日本の中で起きている言い表せない惨状に涙が溢れてしまいました。


私は関西に住んでいますので、私自身は無事なのですが、気持ちの中で、この話を前に進める事を躊躇ってしまってます。


なので、またちょっとお休みさせていただきます。
何度も中断させてしまい、申し訳ありません。

No.82

主です。


× つたないを


○ つたない文章を


訂正します。 おっちょこちょいですみません。

No.83

『住みやすい感じでいいですね…』


私は独り言のように呟くと、その女性は優しく微笑みながら頷いた。


『私… 実は、主人と別居する事になって… 部屋を探してるんです。 なかなか気に入るのが無くて…』


私は初対面の人なのに、何故か身の上話をしている自分の今の状況に驚いた。その女性は私の話に黙って耳を傾けてくれていた。


『…ずっと、私、自分の中で迷うというか、今の状況を変えるのが怖かったのかも知れません。私、両親も兄弟も居ないし、主人と離れたらまたひとりぼっちになってしまう… そう思う自分の弱さが次の一歩を邪魔してたのかも知れません。
けど… それじゃあ、前には進めないんですよね? もう…二人の間には…愛は…無いんだから…』


『私は、ここの大家の岩崎といいます。もし…ここに住む気になったら、このアパートの横の私の家に寄ってちょうだいな。人生は一度きりしかないから、後悔の無いようにね』


岩崎さんはにっこり微笑むと部屋から出ていた。


私も後を追うように部屋を出た。

No.84

『パパはママと結婚して良かったと思ってる?』


娘の問いかけに飲んでいた水を吹き出しかけた。


『何だ、急に?』


『うーん、聞いてみただけ。前にママに聞いたら、『どうかしらね~』ってはぐらかされたから』


俺はその話を聞いて、アイツらしい答え方だなと思って苦笑いしてしまった。


『パパの初恋って、ママ?』


『イヤ、違う。』


『ママの初恋はママのパパだってさ(笑)』


俺は嫁のお父さんとは会った事が無い。嫁は高校生の時に両親が亡くなり、親戚の家にお世話になっていたから、俺は結婚の許しを嫁のおばさん夫婦にもらいに行ったのだ。


『へぇ~ そんなの初めて聞いた。』


『あたしの初恋も、じゃあパパかな(笑)』


『ありがとな(笑)』


娘と笑い合いながら残りのラーメンをたいらげた。

No.85

私は家に戻り、今日の出来事を思い返していた。


松田さんに出会った事…
松田さんにおにぎりを貰った事…
そして、松田さんの前で泣いてしまった事…


それから…不動産屋に行くのを辞めて、前から気になっていた雑貨屋さんに行き、箸置きを買った事…
その帰りに妙に惹かれるアパートを見つけた事…
そこで、岩崎さんという女性(おばあさん)に出会って、自分の身の上をした事…



私は松田さんから貰ったおにぎりを一口かじって、自分が居るこの家を見渡した。


『何にも…ないじゃない…』


私には、この家を離れがたく思う気持ちがあると、昨日までは思っていた。主人と結婚し、毎日お弁当を作り、朝と夜は一緒にご飯を食べ、1つの布団に眠る… その何気ない生活の中で、お互い愛はあった。口に出さなくても、幸せだと思っていた。


けど…歯車が狂い始め、今、私達の中にあるもの…


そんなもの… 何もない…
何もない事に気付くのが怖かっただけかも知れない。


私は、その日、自分の左手の薬指に鈍く輝く結婚指輪を外した…

No.86

俺は、いつものように、彼女の会社に向かった。


いつもの場所にトラックを止め、行き交う社員やパートさんに挨拶をしながら、いつものように桜井さんや彼女が作業している倉庫に向かった。


すると、そこには桜井さんしか居なかった。


確か、今日は彼女は出勤のはずなのに、桜井さんしか居ないのが不思議だった。


『おはようございます。』


『あ、おはようございます。』


桜井さんはにっこり笑って挨拶してくれた。


『あれ?今日、中村さん休みですか?』


俺は、聞かないつもりだったが、そんな気持ちとは裏腹に、口からはしっかり彼女の事を聞く言葉が出ていた。


『… 中村さん、来てますよ? 来てるんだけど… 』


桜井さんはそこから黙ってしまった。


俺は意味がわからなかった。

No.87

私は事務所から呼び出された。


『あの…中村ですけど…』


私は事務所の社員さんに声をかけた。すると、一人の女性が私の方に近づいて来た。


主人のお母さんだった。


『…すみません。』


私はその社員さんにそう言うと、主人のお母さんに『ここでは皆さんの迷惑になるので、外で待ってて貰えますか?』とお願いした。


彼女は頷き、事務所を出ていった。


『…お騒がせしました。すみませんでした』


そう言って、私は事務所から出ようとした…その時


『中村さん。今日はもういいよ、早退しても』


私と桜井さんの上司にあたる社員の木下さんが声をかけてくれた。


『…ありがとうございます。けど、桜井さんに迷惑がかかるので、そういう訳には行きません。なので、直ぐ戻ります。ほんの少しだけ時間ください。お願いします』


『じゃあ、俺から桜井さんには伝えとくから』


私は頷き、深々と礼をして、お母さんの元へ向かった。

No.88

『他の作業のヘルプですか?』


桜井さんは俺の質問に困惑した表情をしながら答えた。


『…社員の木下さんから内線で、中村さんに来客が来てるから、少し離れるって。けど直ぐ戻って来るから、一人で宜しくって』


『…来客?』


『うん。私からはそれ以上は聞けないから、わかりましたって返事しといたんですけどね』


『…直ぐ戻って来るんなら、たいしたこと無いんじゃないですかね?』


『…そうですよね…? あ、松田さん、今日の荷物なんですが…』


桜井さんは仕事の話に戻していた。俺も、桜井さんにつられて、仕事に頭を切り替えていたが、何処かでは彼女の事を気にしていた。

No.89

『お母さん』


『…ここまで来て申し訳無いわね。けど、電話も出ないし、家にも日中居ないし。近所の方に聞いてここを知ったのよ』


確か、隣の奥さんには此処で働いてるの知られてたな… 私はぼんやりそんな事を思い出していた。


『…で… 何か?』


『あ… あなた、これからどうするの?あの子は離婚しないって言ってるんだけど、私はこのままズルズルとは行って欲しく無いのよね』


母の目は冷たく、私を見下した感じだった。


『孫の顔を見るの楽しみにしてたんだけど、あんな事になって、あの子はそれ以来、あなたとの子供は作りたくないって言い張るし… 私もあれはあなたに落ち度があったと思うのよね?』


『………』


『ま…あなたは病院の先生の仰った『どうせ助からなかった命』と思ってるんだろうけど、私はあなたに責任があると思ってるわ。 だから…離婚してちょうだいな。』

『…お母さん…』


『今日はそれを伝えたかっただけ。私はあの子を毎日説得しているの。あなた…まさか離婚したくないって思ってるの?』


『… もう少し… 時間ください。』


『じゃあ、来週、また会えないかしら?その時にあなたの返事を聞きたいわ』


『…連絡します…』


主人の母は何も言わずその場を立ち去った。


涙が自然に溢れてきた。

No.90

『…じゃあ、俺行きます』


『ご苦労さまでした!』


俺は次の取引先に向かうために桜井さんに挨拶をして、トラックを停めているパーキングに向かった。


トラックに荷物を積み終わり、運転席に乗り込もうとした時に、彼女が俯きながら歩いているのを見た。


『中村さん!』


俺はたまらず声をかけた。気になって仕方なかったからだ。


『… 松田さん…』


彼女の目は真っ赤だった。一目見て、泣いた事が判る。


『… 大丈夫?』


『… また泣き顔見られましたね… 松田さんに…』


『… いいよ… そんなの。大丈夫?』


『… あ… 恥ずかしい… すみません。仕事に戻らないと!』


『中村さん!』


『はい!』


『我慢しなくていいし… 俺で良かったら話聞くし!』


『… はい!』


彼女は今にも泣き出しそうな笑顔でそう答えて立ち去った。

No.91

倉庫に戻ると、桜井さんが心配そうに私に近づいて来た。


『すみませんでした。』


『ううん、こっちは大丈夫だけど… 中村さん、大丈夫?』


『え…! は…はい! 大丈夫です。ホントにすみません』


『中村さん、言いたくなかったら言わなくてもいいけど…、我慢しなくていいんだからね』


私は溢れ出しそうな涙を桜井さんに見せたくなくて、桜井さんに背を向けて『大丈夫です』と答え、仕事に戻った。


後で聞いた話だけど、社員の木下さんの計らいで、その日の主人の母の訪問は事務所の人達からは口外されて無くて、誰からもあの日の事を聞かれる事は無かった。


ホントに有難い事だった。その後、桜井さんも普段通りに接してくれたし、松田さん…彼は心配そうな顔をしていたが、普通通りに接してくれていたことが有り難かった。

No.92

『ね…松田さん』


『はい?』


俺は桜井さんに誘われて食堂に居た。彼女は休みを貰っていて、今日は居なかった。


『中村さん…健気過ぎて、何か見てられないわ』


『……… 』


『事情はわからないし、こっちから聞く訳には行かないし…』


桜井さんはホントに心配しているようで、そんな桜井さんが逆にかわいそうに思った。


『… 中村さんには中村さんの事情と考えがあって、俺達には話せないんだと思いますよ。けど、もし、頼ってきたら、しっかり受け止めてあげましょうよ』


俺は桜井さんに言いながら、自分自身に言い聞かせていた。そして、残っていたぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。

No.93

私は、その日、こないだ見つけたアパートの隣にある、岩崎さんの家の前に居た。


岩崎さんはにっこり微笑むと家の中へ入るように言った。


『…名前…聞いてなかったよね?』


『…中村です。』


『中村さん、決めたんだね?』


『…はい。宜しくお願いします』


『こちらこそ。何時から住むつもりだい?』


『この後、主人の母に会って話しますので、そこからになります。あちらの片付けもあるので、また連絡してもいいですか?』


『うちは不動産屋みたいに、手付金とかは貰うつもりはないから、そっちの都合でいいよ。じゃあ、電話番号教えるから、連絡くれるかい?』


『… はい。あの…私…離婚してほしいって言われました。主人の母に。以前、流産して、それを主人や母に責められてしまって…。私の不注意があった事は認めます。けど…私だって、主人との子供欲しかったし、気付いた時は嬉しかったし…。だから…自分を責めました。私が全て悪いと思いました。』


岩崎さんは黙って聞いていた。


『私…母に『どうせ助からなかった命と思ってるんでしょ』って言われたんですけど、そんなの思った事無いんです。ずっと、ずっと、自分を責めてました。あの時ああすれば、あの時こうすれば…って…。だから、毎日その子に『ごめんね』って手を合わせてるんです… なのに…なのに…私…』


『…辛かったね… もう、楽になればいいんじゃないのかい? あんたは十分苦しんだ。ホントは旦那も一緒に苦しみを分かち合ってやるのが普通なんだけどね。逃げちゃったんだね』


私は頷き、泣き崩れた。

No.94

とは言うものの、俺も、偉そうな事は言えなかった。


彼女の泣き顔を思い出すと、胸が締め付けられるような気持ちになり、俺は自分の無力さにイライラした。


どうして頼ってくれないんだろう?
どうして大丈夫と言うのだろう?


もう…彼女を想う気持ちでいっぱいだった気がする。


俺は自分を落ち着かせる為に、トラックを路肩に止め、そばにあった自販機に向かい、コーヒーを買おうした。
コインをポケットから出し、それを投入口から入れ、ボタンを押そうとして、ふとその並びを見ると、レモンティーが目に入った。


『今日はレモンティーにするかな…』


ボタンを押すと、激しい音と共に、レモンティーの缶が落ちてきた。


俺は取り出し口に手をのばし、缶を握り締めた。


『ははっ…! バカだろ、俺!』


俺は彼女に明日、聞く事にした。あの涙の訳を。

No.95

岩崎さんの家を後にした私は自転車に乗り、次の場所に向かった。


『お待たせしました』


主人の母が先に喫茶店で待っていた。


『私もさっき来たところ。何?話って』


『私… あの家を出る事にしました。それから、これ…』


私は鞄から封筒を出し、母の前に差し出した。


『離婚届です。私が書かないとならないところは書きました。あの人… 洋介さんがその気になったら書いてもらってください。その時は連絡ください。』


主人の母は、黙ってその封筒を自分の鞄の中にしまった。


『私は…どうせ助からなかった命なんて思ってません。だから…ずっと、自分を責めて来ました。洋介さんとの子供…欲しかったから…!』


私はそのまま立ち上がり、深々とお辞儀をして、その場を後にした。


涙は…枯れる事を知らないくらい、私の頬を濡らした。


けど、もう振り向かない…。

No.96

次の日、俺は他の仕事を早く終わらせて、彼女の会社に向かった。


倉庫に行くと、彼女はいつもどおり桜井さんと作業中だった。


桜井さんは俺の側に来るとこう言った。


『中村さん…いつもと様子が違うのよ』


『どんな風に…?ですか?』


『ん… 何か吹っ切れた感じっていうのかな…?表情が明るいっていうのか… 女同士に感じる何かっていうの?』


『…けど、桜井さんと彼女、年結構離れてますよね?』


『失礼なっ!年頃の娘が居るから、そういうの敏感なんです!』


桜井さんは怒っていたが、ちょっと安心したような顔をしていた。俺も、そんな話を聞いて、安心した。


『中村さん、先に休憩行ってて。私、お手洗い』


俺は今がチャンスと思い、彼女を呼んだ。


『中村さん、ちょっといいかな?』

No.97

私は松田さんに呼び止められた。


『中村さん、俺聞きたい事あって…』


『松田さん。私、松田さんにお話があるんです』


『え…?』


『こないだ…言いましたよね?私。前向きになれたら話すって。松田さんに言いましたよね?』


『…うん… 言ったよ?』


『私… ずっと、主人と上手くいってなくて、別居しなくちゃならないようになって、こないだコンビニで会った時、不動産屋に行く途中だったんです。あの時おにぎりもらいましたよね?毎日夕飯独りであのおにぎり食べてたの知られたって思って、恥ずかしくなって、逃げちゃった…。けど、松田さん追いかけてくれて、おにぎりくれて、庇ってくれて…嬉しかった。 こないだ泣いてたのは、主人の母が此処に来て、離婚して欲しいって言われて、私…私…』


泣かないつもりだったのに… 松田さんの優しい眼差しが私の涙腺を刺激し、次から次へと涙が頬を濡らした。


松田さんはまるで心の準備が出来ていたかのように、私の話に耳を傾けてくれた。

No.98

俺が彼女に聞こうと思って呼び止めたのに、彼女の方から話してくれて、正直驚いた。


『ごめんなさい… 泣いたら迷惑ですよね?』


彼女は溢れ出る涙を拭いながら、照れ笑いした。目も鼻も赤かった。


『そんなことないよ』


『昨日、お休み頂いて、次に住む処決めてきました。それから、主人の母に離婚届を渡してきました。けど、主人は離婚するのは自分の立場上不利なので、したくないって言ってて、いつになるかわかりませんが。もう…私達の中に愛は無くなったんです… 』


彼女は遠い目をして、最後は呟くように言った。


『実は、俺、中村さんに聞こうと思ってたんだよね。涙を二回も見せられたら、いくら鈍感な俺でも気になるしね。だから、話してくれてよかった』


『すみませんでした。迷惑かけました。』


『で… いつ引越し?』


『再来週、お休み頂いてみようかと。荷物も少ないし。平日なら引越し屋も安いし。』


『手伝いは?』


『いらないです。って言っても、誰も手伝いには来ませんし、そんな身内も居ないし』


『親は?兄弟は?』


『……… 』


『ごめん!余計な事聞いたよね』


『…いいんです。親兄弟居ないんです。独り…です』


彼女は寂しげに笑った。

No.99

『あ…!けど、ホントに大丈夫です!荷物も少ないし!』


私は松田さんの困った顔を見て、余計な事を言ってしまったと後悔した。


『ホント?じゃあ、約束して欲しいんだけど』


『はい?』


『もし… もし、中村さんがこの先、何か辛い事とか、困った事があったら、俺を頼ってよ…』


『松田さん…?』


『一人暮らしだと、色々不便な事もあるだろうからさ! あ…だからって、家には行けないか…!ははは…』


『あ… ふふっ… わかりました。その時は宜しくお願いします』


松田さんは私を元気付けてくれた。だから、私はそれが嬉しくて笑った。
久しぶりに心の底から笑える、そんな笑いだった。


『まだそんなところに居たの?』


桜井さんは私達を見つけて、声をかけてきた。


『ごめんなさい!今、行きます!』


『じゃあ、俺はこれで』


『はい。松田さん…』


『はい?』


『優しさを…ありがとう』


私はそう言って桜井さんの元へ向かった。

No.100

『ズルいよな… あれ』


俺は彼女の後ろ姿を見つめながら呟いた。


『さて!仕事するかな…!』


俺はトラックに乗り、エンジンをかけた。すると、彼女が走って俺の方に向かって来た。


『どうしたの?荷物積み忘れ?』


『はい、お礼』


彼女の手にはあの食堂にある自販機の缶コーヒーがあった。


『ありがとう』


『気をつけて!』


彼女はにっこり微笑むと手を小さく振ってくれた。


俺は短く二回クラクションを鳴らし、門を出ていった。

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