天照の巫女~百億分の壱の奇跡~
この物語は完全なフィクションです。フィクションなんで大目に見て下さいね。🙇
主人公「翔太」が異世界で天照(あまてらす)の巫女「華恋」と出会うとこから始まります
何故異世界に連れて行かれたのか?
天照の巫女とは?
華恋の秘密とは?
そして2人が迎える悲しい運命とは?
作者が無い知恵振り絞ったファンタジー、オカルト、恋愛小説です
よろしければ最後までお付き合い願いたいです。
新しいレスの受付は終了しました
まるで突風が駆け抜けたと思ったら雷の音が鳴り響いた。
ドガァ!
消えた華恋がいつの間にか物の怪を蹴り上げていた。
天高く舞い上がる物の怪。
華恋の手が光り輝く。
華恋はゆっくりと光の弧を描き、その光を左手で持つ。
すかさず右手で光の矢を持ち、まるで弓矢の形をとった。
それを見ていた物の怪の顔が凍りついた。
「まっ…まて!
お前それを今使ったら鴉との戦の時どうすんだ!」
華恋は弓矢を引き狙いをつける。
だが、物の怪が落下するまでその弓矢を放つことはなかった。
そして光もそのまま消えた。
「ふぅ…。驚かせやがって。」
物の怪がゆっくり立ち上がる。
翔太がすかさず飛びかかる。
華恋が翔太に手を伸ばす。
しかし、寸での所で後ろに飛び退く物の怪。
「おっと!」
相変わらずニヤニヤ不敵な笑みを浮かべていた。
「こいつを喰らうと洒落にならん。
まだ鴉と違って免疫がないからな…。」
「免疫?」
「なんだ、そんなことも知らないのか?
華恋に聞いてみたらどうだ?」
「…?華恋?」
翔太が華恋の方を振り向く。
華恋は悲痛な表情を浮かべていた。
「どうした華恋。
教えてやればいい!
お前の母親のことを…。」
その言葉で華恋の表情が一変した。
翔太には見せたことのない怒りの顔。
怒りというよりどちらかと言うと無に近い。
その瞬間華恋が翔太の視界から消えた。
翔太には自信があった。
この2週間何もしなかった訳ではない。
力のコントロールには練習に練習を重ね華恋なしの除霊にもあまり時間がかからなくなっていた。
それだけではない。
【守護】や【再生】のコントロールも上達し肉弾戦も常人とはかけ離れた力を発揮出来るようにまでなっていた。
そして今や恐怖に負けることなど有り得なかった。
不意に2人の前に男が現れた。
どう見ても霊体ではない。
生き残りだろうか、翔太がこっちに来て生きた人間に会うのは初めてだ。
「翔太君、気をつけて…。」
「え?」
翔太が華恋の方を振り返った瞬間!
ガシーン!
翔太の頭に男の正拳が炸裂!
…するところを華恋が防ぐ。
「まさか…、こいつが?」
男は拳を引っ込めニヤリと笑った。
「よろしく。翔太君…。」
翔太は背中に冷たい汗を感じた。
「今までは力でグイグイ押してくるだけだったけど、今度は違う。
敵は作戦を練ったり時には罠を仕掛けてくる。
もう一つ決定的に違うのが…
会話が出来るってこと。」
「そうなんだ…。」
「とにかく一筋縄ではいかないからね!」
翔太は甘くみていた。
華恋が言った「会話が出来る」ことがどんなに不利にはたらくのかを…。
そして2人は第3の物の怪の領域に入る。
それから2週間…。
次の物の怪の領域まであと少しというところで華恋が立ち止まった。
「翔太君…。
次は前の2体と違うから十分気をつけてね。」
稀に見る華恋の険しい表情…。
こんな時は必ずよくないことがおこる。
「前と違うって?」
「前2体は根元となる霊体に様々な霊体が取り込まれ1つの思念体となった。
その思念体は集まった霊体の怨み、無念、懇願が合わさった新しい思念体。
故に本能的な行動、例えば殺す、喰らう、取り込むなどね。」
「うん…。」
「だけど今度の思念体には知能がある。」
「知能…?」
「根元となる霊体が他の霊体を完全に支配し力だけを強めていった。」
「そうなるとどうなるの?」
「知能があるのとないのでは敵としてのレベルが3~4桁違ってくる。」
「3~4桁!?」
翔太は思わず大声で叫んでしまった。
「今回も、前回も…、守れなかった…。」
「そんなことないって。」
「ううん…。翔太君…。死んでもおかしくなかったんだよ。」
【死】という言葉に正直ゾッとした。
翔太が生きてきた時代は、はっきり言って【死】という危機感がまるでない。
今の自分がその【死】と隣り合わせだと改めて思うと、何も言えなくなっていた。
「物の怪はまだ、だんだん強くなっていく。
私が守りきれるという確証もまるでない。
…ごめんね…。
勝手なことばかり言って…。」
翔太はそっとうつむく華恋の頭を抱き寄せる。
「分かった。
分かったからこれ以上自分を責めるな。」
「ありがと…。」
華恋もまた、翔太の体に腕をまわした。
丸1日休んだことで傷も癒え、体調も万全。
「よし!行くか!」
大声で叫び華恋の方を見る。
いつもなら「うん!」と、とびきりの笑顔を見せてくれるのだが表情が固い。
「どうした?」
「うん…。」
華恋はしばらく考えた後翔太に告げた。
「やっぱり…コントロールの練習しよ!」
「何で?時間ないんだろ?」
「あの時…、初めて会った夜、私が翔太君を守るって…。」
「ああ…。」
「だけど…、物の怪達の力を侮ってた…。
ううん。侮ってた訳じゃないけど、予想以上の力だった。」
拳を握りしめ、下唇をかむ。
夜が明けて…。
この日は傷のこともあり、ゆっくり休養することとなった。
「今回はありがとう。なんかいっぱい助けてもらったね。」
「そうか?」
「うん。
途中浄化も1人で出来てたし。」
「う、うん。まあな。」
正直なところあまり覚えていない。
「でもあの後、華恋が吹き飛ばされた時、正直死んだと思った。
見かけによらず丈夫なんだな。」
「あれ、守護の力だよ。」
「え?そうなんだ。」
「守護はね、コントロール次第で肉体の硬質化、内蔵系の保護も可能なの。
まぁ今回衝撃が大きすぎてダメージ残っちゃったけどね。
だから、翔太君より丈夫なんだから二度とあんなことしないで!」
最後はちょっと怒り口調、あんなこととは水中で華恋の腕を放したことだろう。
翔太は湖の畔に立っていた。
涙が溢れて止まらない。
華恋がそっと近づき頬を寄せる。
「辛い…?」
「ああ…。
さっきまで凄い憎んでたんだけどな…。」
「物の怪は倒さなくてはいけない存在。
でも、その根元が悪とは限らない…。」
翔太も華恋に寄りかかる。
「でも…、救えて良かった…。」
地平線のむこうの空から白々と夜が明け始めていた。
どれくらい走っただろうか、いや、走ることもままならない。
無理もない。
男の傷はかなり深く、もはや致命傷と言っても過言ではないほどだ。
ようやく飲めるほど澄んだ川にたどり着いた。
息子をそっと寝かせ左手で水を掬い息子の口へ運ぶ。
だが飲んでくれない…
息子はすでに絶命していた…
それでも息子の口に水を運ぶ…
何度も…何度も…
何度も…何度も…
翔太にはそれが「飲んでくれ…、お願いだから飲んでくれ…」と、聞こえるようだった。
やがて男は…
大粒の涙を流しながら…
絶叫し…
天を仰ぎ…
そのまま…
息をひきとった…
男は瓦礫を取り除き大きなカメの蓋を開けた。
柄杓でかき回してみたが何もない。
どうやら水を探しているようだ。
近隣の家のカメを見たが割れていたり、消火に使ったのか空だった。
男は子供を抱いたまま街の外へと駆け出した。
しばらく行くと川に着いた。
しかしそこは地獄だった。
焼けただれた人々が川の中で死んでいる。
その人々の血や脂、煤や灰でとても飲める状態ではない。
その光景は上流でも変わらなかった。
中にはその水を飲んだ人の成れの果ての姿もある。
男は水を求めさらに上流へと走りだした。
時々息子に話しかけながら…
どの位時が経っただろうか、男は目を覚ました。
激痛に顔を歪ませながらも男はイモムシの様に瓦礫から這い出した。
だが男の右腕はすでに死んでいた。
男はゆっくり歩き出し、やがて焼けおちた家の前に立つ。
残された左腕で瓦礫をどかしていくと、そこにうずくまり丸焦げになった人の死体。
男は躊躇しながらも目を瞑り死体を裏返しそっと目を開けた。
女の人だ。
奥さんだろうか、男はその場で泣き崩れてしまった。
すると、その女の腹部が微かに動いた。
男が衣服を剥がす。
そこにはその男の息子だろうか、2~3歳位の子供が息絶え絶えに動いている。
母親は身を挺して我が子を守ったのだ。
男はすぐさま我が子を抱き上げ話しかけている。
子供は目を微かに開け、父親に何か訴えかけているようだ。
真っ赤に燃える街…
逃げ惑う人々…
どうやら戦争のようだ…
街並みや人種、言葉からここが日本でないことがわかる。
その中逃げ惑う人々とは反対方向にはしる1人の男がいた。
何か叫んでる。
人の名前のようだ。
降ってくる火の粉に身を焦がし、飛び散るガラスや破片に傷つきながらも男は走る。
途中燃え盛る人や、瓦礫に挟まれ助けを乞う人を振り切り男は走る。
その男を焼けおちた家の瓦礫が襲う。
男は瓦礫の下敷きになってしまった。
翔太が飛び上がる。
続いて華恋も飛び上がる。
物の怪はそれを見て慌てて水を呼び寄せる。
翔太は髑髏の両目に指を入れ掴む。
だが肝心の華恋が来ない。
先ほどのダメージのせいか、うずくまっていた。
翔太はとっさに、迫り来る水と髑髏の間に体を入れる。
ドドドォ
翔太の体が水に押され吹っ飛ぶ。
(ビンゴ!)
その先には華恋。
はじかれた水はその後を追う。
「華恋ー!」
華恋が翔太の手に触れた。
カッ
断末魔の叫びとともに浄化される物の怪。
それと同時に眩い閃光が目を貫く。
その光の中で翔太は再び地獄を見る…
華恋の体がくの字に曲がる。
それでも物の怪は執拗に華恋の腹を食い破るがごとく攻め続け、ついには激しい衝撃音とともに大岩に叩きつけられた。
華恋の体は力なく崩れ落ちそのまま倒れこむ…、全ては一瞬の出来事だった。
その時、翔太の中で何かがはじけた。
「きっさまあぁぁー!!」
怒りに満ちた翔太が物の怪に迫る。
物の怪もそれに気付き翔太に襲いかかる。
「うらあっ!」
翔太が物の怪を蹴り上げる。
すると水の塊はそのばに落ち、髑髏だけが宙へと放り出される。
物の怪と水が分離した瞬間だった。
華恋の方をチラッと見る。
片膝をつき腹を押さえているが目は死んでない。
しかも目が合うとコクンと頷いた。
「ぐあぁ!」
肩に激痛が走る。
翔太も頭を掴み必死に念を送るがビクともしない。
そこに華恋が割って入る。
華恋の手が翔太に触れる瞬間、物の怪は身を返し湖へと帰っていく。
「翔太君!」
肩口の傷はかなり深く、肩から手の先にかけて真っ赤に染まっていた。
華恋が【再生】と【守護】の力を流し込む。
そこへとどめとばかりに物の怪が今後は水の塊となり、猛スピードで翔太めがけて突進してきた。
翔太は軽い衝撃を受け横に倒れる。
そして目の前で、まるで車に跳ねられた人のように吹き飛ばされる華恋の姿を見た。
岸までたどり着き再び華恋を見る。
華恋はまともに防御も出来ずついには膝をつく。
それでも容赦なく打ちつける水の鞭。
翔太は怒りに震えた。
「おらぁ!こい!化け物!」
物の怪が翔太を振り返る。
「俺が相手だ!こっち来いやぁ!」
物の怪の目が怪しく光った。
それと同時に湖から水の手が伸び翔太に襲いかかる。
ガシッ!
翔太はその手首を掴み…、
ドシュウ…!
一瞬で浄化した。
怒りのせいか翔太はそれに気づかない。
それを見た物の怪がもの凄いスピードで翔太に迫り来る。
物の怪と翔太はつかみ合う形になった。
「おらぁ!」
膝で物の怪の頭を打ち上げ首が吹っ飛ぶ。
だがすぐさま新しい頭が再生され翔太の肩口に食らいついた。
2人が引き離された途端水流が止んだ。
翔太の息はすでに限界。幸い足を引っ張る手も出てこない。
翔太は必死に水面へと泳いだ。
ザバァ。
水面から顔を出す翔太。
そこで翔太が目にしたのは、水面に立つ華恋と例の髑髏をかたどった水の物の怪。
激しい戦闘…というか、髑髏が放つ水の鞭に防戦一方の華恋。
周りを見ると水位は半分以上減っている。
物の怪にも巨大化するほどの力は残っていないようだ。
「かっ…。」
翔太は華恋を呼ぶ声を止めて陸へと泳ぎ出した。
今叫んでも水中では足手まといになるだけとの判断だった。
始めは離さないように強く抱き合っていたが、猛然と襲いかかる水流に体が離れていく。
2人が離されるのが先か、浄化しきるのが先か、はたまた翔太が溺死するのが先か、お互いが命を懸けたデッドヒートが始まった。
すでに目は開けられる状態ではない。
お互い相手の腕を掴むのが精一杯な状況。
上下左右に体が振られ肉がえぐれ骨がきしむ。
華恋が掴んでいる腕が痛い。
華恋もそうだろう。
その中でも華恋は浄化し続けてる。
(まてよ。俺がこんだけ痛いってことは華奢な華恋はもっと痛いんじゃ?)
翔太は激しい水流の中、少し目を開ける。
華恋の体があちこち振られていた。
いや、振られていたのは翔太の方かもしれない。
その中華恋の顔が苦痛で歪む。
(華恋…!)
その時思わず華恋の腕を掴む力が緩む。
お互いの体が引き離され、翔太はもちろん華恋も暗い水の中へと消えていってしまった。
着水の衝撃を避けるため飛び上がる2人。
髑髏となった水が2人を飲み込もうと口を開ける。
「いくよ!翔太君!」
「ああ!」
お互いの強い意思確認をした後、湖の中に潜り込んでいった。
水に触れた瞬間から浄化が始まった。
次々と魂が浄化され無数の光の塵が天へと昇っていく。
そうはさせじと水流を生み出し2人を引き離しにかかった。
どうやら2人一緒に飲み込んだことから多少の犠牲は覚悟の上のようだ。
それが証拠に浄化されながらも水流の勢いは衰えない。
それどころかだんだん速く、強くなっていく。
浮き上がったのは2人だけではなかった。
2人を中心とした半径5メートルの地面ごと宙に浮いていた。
直接水に触れてる訳ではないので浄化は出来ない。
「くっ…!」
式神を使おうというのか、華恋が印を結びだした。…が翔太がそれを止めた。
「このまま行こう。
奴も相当弱ってる。」
翔太の力強い言葉に華恋も力強く頷いた。
水面が巨大な髑髏の形に盛り上がる。
2人はその口の中へと地面ごと吸い込まれていった。
長い戦いになってきた。
かれこれ1時間はたっただろうか、翔太はもちろん華恋も疲労の色を隠せない。
「なんて数…。
取り込んだ魂の量なら一番かもしれない。」
だが物の怪も弱ってきてるようだった。
始めと比べ明らかに動きが鈍く水面も下がってきた。
ゴゴゴゴゴ…!
みたびあの地鳴りだ。
(またか?)
だが今度は様子が違う。
地鳴りは鳴り止まず足元が激しく揺れる。終いには立っていられなくなる。
ドドドドドドォォォ!!
さらに激しい揺れとともに2人の体が浮き上がる。
ゴゴゴゴゴ…!
またさっきの地鳴りだ。
「華恋!」
翔太は自分の腰に手を回している華恋の腕を握り締め後ろに飛び退く。
案の定地面から水の手が吹き出した。
(そんな何度も引っかかるか!)
今度は翔太が水の手に飛びつき、それに合わせて華恋も念を送る。
予想外の動きに物の怪も戸惑ったのか水の動きが止まった。
一気に駆け寄り津波の根元に手を入れる。
浄化とともに津波が崩れ落ちてきた。
サッと飛び退きまた陸の方へと駆け上がる。
こうやってヒット&アウェイを繰り返し徐々に力を削いでいく。
津波はそのまま翔太達をのみこんだ。
だが2人の体の周りから無数の光の塵が舞い上がる。
触れた思念体をかたっぱなしから浄化していく。
しかし水の勢いは凄まじく2人は吹き飛ばされた。
それでも華恋は翔太の体を離さない。
襲いかかる水が躊躇している。
しばし間ができた。
「華恋!さっきの、式神使ったのか?」
「うん!あまり乱発は出来ないけど。」
「十分だ!…で、どうする?こっちから行くか?」
「さっき水に触れた時数多の思念体を感じた。
思ってた数よりはるかに多い。
水中はリスクが大きすぎるから、このまま岸辺で力を削いでいこう。」
「分かった。」
翔太がじりっじりっとにじみよる。
ごおおおぉぉぉー!!
辺りに風の壁ができ水を押しのける。
まるで竜巻の中心にいるような感じだ。
「翔太君ー!」
その上から華恋が降りてくる。
華恋は翔太のとこまで舞い降りると翔太の腕を肩に回した。
「飛ぶよ!」
そういうと翔太を担いだまま水面までの10メートル位の高さまで飛び上がってそのまま空中疾走、沖までたどり着いたのである。
「翔太君!大丈夫?」
「く…来るのが、おせえんだよ…。」
翔太はとびそうな意識のなか、精一杯の強がりを言った。
安心するのもつかの間、今度は津波となって襲いかかる。
湖の底から無数の髑髏が、水中からは人の生首が、次々に翔太に襲いかかってくる。
しかし翔太はあせらなかった。
目を閉じ意識を集中し、華恋が来るまで息を続かせようとした。
だが息を止めての訓練の時と、全身が水に浸かっている時ではかなり違う。
(もつか…?華恋…!)
肺に入るわずかな酸素も息苦しさに追いつかない。
カ…レン…ハ…コ…ナイ…。
脳の中に直接響く声が翔太の心を弱らせる。
ゴボッ…!
(ヤバい!限界だ…!華恋…!)
意識を失いかけたその時…。
物の怪はそのまま翔太を湖の中に引きずり込んだ。
だが翔太は冷静だった。
普通こういう場合は悲鳴をあげて肺の空気を出してしまうが、翔太は入水する直前に大きく息を吸い込んだのだ。
(よし!これで少しは戦える!)
真っ暗闇の水の中で足を引っ張っられてる。
常人ならそれだけでパニックをおこすところだ。
翔太は下を見た。
禍々しい髑髏が両足を掴んでる。
翔太はその手を握り締め念を入れた。
一瞬掴んでる手が緩んだが放すまでには至らない。
(駄目か!)
ついに翔太は底まで引きずり込まれてしまっていた。
そして物の怪の恐怖が始まった。
そしてその夜。
2人は丘の上に伏せ、眼下にある湖を眺めていた。
「これよ。」
「これ全部?話と違くない!」
「以前は池ぐらいの大きさだったのに、これほど大きくなるなんて…。
この物の怪も意思があるから鴉に取り込まれないように、自分も大きくなったんだ。」
その時華恋が身構える。
「翔太君!気をつけて!すでに動きだしてる!」
だが、特に変わった様子はない。
ゴゴゴゴゴ…
突然地鳴りがなりだした。
「翔太君!下!」
翔太の足元から水が飛び出す。
その水は手の形となり翔太の足を掴んだ。
「翔太君!」
その水は翔太をそのまま湖に引きずり込んだ。
まるで獲物を自分の巣に持ち帰るように。
全ては一瞬の出来事だった。
「なぁ…、鴉の目的ってなんだ?」
「わからない。
四百年前、一度鴉と対峙したけど、その時すでに恐ろしい力を持っていた。」
「えっ?そうなんだ…。」
「結局負けちゃったけどね…。
やっぱり媒体になる人がいないと浄化できないし、力を削ぐことも出来ない。
だから私は四百年かけて翔太君を探し続けた。
鴉は四百年かけてより強くなった。」
2人の間に沈黙ができる。
「華恋…。」
「ん?」
「勝とうな!絶対!」
「うん…。」
華恋は優しく微笑む。
四百年…。
言葉にすると簡単だが、翔太はその重みを感じていた。
「以前話したと思うけど、物の怪は五体、つまりあと四体いるんだよね。
しかも今この日本に集まってるって。」
「うん…。」
「それってある一体の物の怪…。私は【鴉】って呼んでるんだけど、そいつが引き寄せてるの。」
「鴉…。」
「鴉は五百年かけて世界中の物の怪を吸収して恐ろしい物の怪になり、まだその途中…。
今いる残り3体との合体がすむとより恐ろしい物の怪になる。
だから…。」
「わかった。
時間がないと…。」
「うん…。」
「大丈夫!あとは実戦でどうにかする!」
「うん…。ありがとう。」
「華恋はどの位息とめれるの?」
「う~ん…。
やったことはないけど、多分水中でも動かなければ半永久的だと思うよ。」
「はぁ?」
翔太は目を丸くして口をポカーンと開けている。
「守護の力を使えば体内で酸素が作られるから…。」
「俺にも出来る?」
「コントロールできたらね。」
「ちょっとやってみるよ。命にかかわるから…。」
「そうだね…。」
翔太は息を止め守護の力のコントロールの練習を始めた。
最初はコツが掴めなかったが、華恋の指導の元練習を繰り返しなんとか2~3分の息止めまで成功した。
「ぷはぁ!ハァ…、ハァ…、少しわかってきた。」
「付け焼き刃にしては十分だね。」
結局物の怪との戦いを3日も延ばしてしまっていた。
「翔太君ごめん…。
これ以上はちょっと…。」
華恋がまた1つ真実を述べる…。
「翔太君ってどの位息とめれる?
5~6分大丈夫だよね?」
「5~6分?
できるか!わしゃ魚か!
せいぜい1分…、1分半…、2分はもたない。」
「そっか…。そうだよね…。」
華恋の眉間にしわがよる。
「何?どうした?」
「次の物の怪…水なの。」
「水?」
「思念体ってのは水に溶け込みやすくって、たくさんの思念体がその水に吸収されていく。」
「そうやって水の物の怪の出来上がりってわけ?」
華恋は小さく頷く。
「しかも水だから物理的な攻撃もしてくる。
翔太君と水の中に飛び込んで全て浄化するのに2分弱か…。
厳しいな…。」
翔太は自力で供養出来るようになった。
ただ一回の供養に30分かかり1日二回が限度。
しかも終わった後の精神的疲労は凄まじく、立っていられないほど。
華恋の話では力のコントロールがまだ甘く、無駄に精神力を使ってしまう。とのこと。
「でも、お世辞抜きで上達ははやいよ。
センスあるかも。」
「先生に恵まれたからな。」
お互い笑顔で話す。
「今日はゆっくり休んで…。
今夜には物の怪の領域に入る。」
華恋は少し険しい顔で言った。
「なぁ華恋。」
「ん?」
「こないだの物の怪とどっちが強い?」
「今回…かな。
ルートでいくと、ナユタを南下してセッツの方から行くのが近い。
でも、あっちのはもっと強力だから…
はっきり言ってだんだん強くなるって思ってくれていいよ。」
華恋の言い回しだと自力がもっとレベルを上げていかないと。と、いうこと。
握った拳に力がはいる。
華恋の話しは続く。
「今度除霊する時、私から送られる気の流れを感じてみて。
急には無理だけど、コツさえつかめば簡単な除霊位出来ると思うよ。」
「そう…か…。
次の物の怪までどの位あるの?」
「普通に歩いて一週間位かな…。」
それから翔太の特訓(?)が始まった。
華恋の気の流れを感じとり、霊達のどのあたりにいくのか。
華恋の話では霊にもいろんな種類があり、少しきっかけを与えることで霊界に帰って逝く者もいれば、霊界への道を示してあげないと逝けない者。
未だに未練があり強制的に送還する者。
いちばん後者の者を除霊できるようになれば一人前だという。
翔太は来る日も来る日も除霊にいそしんだ。
…そして一週間後
「なぁ…。俺にも光陽の力、使えないのか?」
「えっ?」
「俺も、戦いたい。」
「戦ってるじゃん!
現に…。」
「そんなんじゃない!
守られてるだけじゃ…イヤなんだ…。」
華恋を真っ直ぐに見つめる。
「あの物の怪から闇に落とされた時、翔太君自力で這い上がったじゃない?」
「ああ…。」
「あれって光陽の力なんだよね。」
「えっ?そうなの?」
「光陽の力は闇に打ち勝つ力…。精神力もそうなんだよ。」
「精神力…。」
「巫女になるってことは何か特別な力をえるんじゃなく、肉体に宿る内面的な力、自然界の外面的な力のコントロールが出来るようになるだけなの。」
やがて夜があける。
いきなり初日から物の怪の供養。
しかも徹夜…徹夜?
「華恋。」
翔太のよびかけに華恋が振り向く。
「俺…全然眠くないんやけど、これも恩恵?」
「そうだよ。
力は大きく分けて5つに分けられる。
そのうち3つは自然の恩恵を受けて蓄えられる。」
「うん…。」
「大地の力は【守護】肉体を護る力。
糧や水分など。
大気の力は【再生】傷ついた肉体を治癒する。
眠気や疲労などもこれね。
光の力は【光陽】これはいったよね。」
「あと2つは?」
「【魂胆】と【心受】この2つは人が作り出す万人にある力。」
浄化が終わると空間が歪み翔太たちは何も無い荒野に立っていた。
「あの別荘…。
あの子の楽しかった時の思い出だったんだろうな…。」
華恋は黙ってる。
「華恋…あの子…救えて良かった。」
涙を流しながら華恋を見る。
だが華恋は頷き哀しげな顔をしているものの涙はない。
「華恋は…強いな…。」
華恋が重い口を開く。
「私ね…五百年見てきたから…慣れちゃったのかな…?
冷たい女でしょ。」
明らかに【泣かない】ことに関しての受け答えだった。
「ごめん…。
そんなつもりでいったんじゃ…。」
慌てて涙を拭い背を向けた。
そこに華恋が頭を付け寄りかかる。
「ありがとう…。」
「何が?」
「私のこと…。
信じてくれた…。」
「俺には他に無いからな…。
ってか信じないとやってられない。」
この言葉のやり取りは2人の中に温かいものを感じさせていた。
力を込め鍵ごと檻をこじ開けた。
だが女の子は出て来ない。
「もういいよ…。
もう、恐がることない…。」
女の子はビクッとなっりこちらをうかがう。
「出ておいで…。
お母さんとお父さんのとこへ帰ろう…。」
女の子は一瞬躊躇したが、泣き叫びながら翔太の胸に飛び込んできた。
翔太もとめどなく涙が溢れ出す。
しばらく抱きしめた後、
「華恋…。」
除霊を促した。
華恋がそっと手を触れる。
女の子は光の塵となり浄化されて逝った。
離れぎわ女の子の思念が伝わってきた。
『ありがとう…。』
最後にとびきりの笑顔をみせてくれた。
次の場面…
女の子はさらにガリガリに痩せ細っていた。
部屋にはだれもいない。
というより生活感がまるで無かった。
もう何日も帰ってないのだろう。
女の子は押し入れに染み出した水分を木の壁ごとかじりつき口に含んでいた。
「なんだよ…これ…。
地獄じゃないか!」
怒りに全身が震える。
「翔太くん…。」
振り向くと華恋が立っている。
すると急にこの部屋に現実感が出てきた。
檻を見ると、女の子がさっきのように体を丸め小さく震えている。
翔太はすぐに駆け寄り檻に手をかけた。
さらに場面は切り替わる。
女の子が1人居間で遊んでいた。
そこにあの女が帰ってきた。
女の子が押し入れの中の檻に飛び込む。
それを見ていた女が「外にでるな!」と叫び、檻から引きずり出し女の子を殴り倒していた。
「いい加減にしろ!」
翔太は女を掴み払おうとしたが何の抵抗もなくすり抜ける。
翔太の存在に気付くそぶりもない。
どうやら一方的に情景を見せられてるようだ。
次に場面がかわる。
檻を掴み泣き叫ぶ女の子。
檻には鍵がかけられていた。
周りには誰もいない。
食事も与えられないのだろう。
痩せ細っている。
不意に場面が変わった。
交通事故のようだ。
あの女の子も含め親子4人が救急車で運ばれる。
その後、生き残ったのはあの子だけだったようだ。
また場面が変わった。
あの子を引き取った親族だろうか、女の子に辛くあたってる。
ピリピリとした食事風景、女の子が水をこぼすと親族の女が平手打ちをする。
泣き出す女の子に今度はうるさいと蹴り上げる。
翔太は怒りに震えていく…。
リビングを抜け玄関口の向こうに女の子はいた。
うつむいてこっちを向き立っていた。
翔太が近づく。
外に出た瞬間、辺りの景色が変わった。
(また幻影か!?)
翔太はとっさに身構えたがどうやら雰囲気が違った。
目の前にはあの女の子とその両親らしき夫婦、兄弟もいる。
見た感じこの別荘の庭のようだ。
親子4人楽しくバーベキューしている。
(なんだ?これ…。)
困惑しながらもその場面を見守った。
そこには5~6才の女の子だろうか、小さく体を縮ませ震えている。
さっと華恋が前に出た。
「多分、この子があの物の怪の根元。」
「この子が!?」
華恋が近くと女の子は立ち上がり寝室を抜け階段を下りていく。
華恋は黙ってそれを見ていた。
「なんで追わない!」
華恋は翔太に振り向き
「大丈夫。あの子はこの屋敷からは出られない。」
と、哀しげな顔で言った。
翔太はムッとした。
(たとえ子供でも俺は殺されかけたんだぞ!)
華恋を振り切りあの子を追うため階段を駆け下りた。
転がっていた生首が起き上がり翔太に向かってきた。
オ…ノ…レー!!
赤い瞳が怪しく光る。
生首の髪が蛇へと変わり翔太に襲いかかってきた。
ガシッ
「無駄だ!もうお前の幻影にはかからない!」
華恋が翔太の背中越しに念をいれる。
頭上半分が消し飛び浄化された。
それからも翔太と華恋は浄化を続けた。
飛び散る肉片1つ1つに念を送り除霊は終わった。
いや、後は残った顔下半分。
翔太はそちらに目を向けた。
まばゆい閃光がはしる。
それと同時に絡まっていた髪の毛が溶け落ちるように浄化されていく。
自由になった翔太が物の怪の首ねっこを掴み叫んだ。
「華恋ー!」
すかさず華恋が翔太の背中に手をかざす。
幾多の魂が浄化され物の怪の頭が吹き飛んだ。
「翔太君!続けて!」
そうなのだ。
物の怪は【霊】や【魂】の集合体。一度の浄化では除霊しきれない。
翔太は両肩を掴み壁に押し付ける。
激しい閃光と共に今度は両腕が吹き飛んだ。
…
…ぅ
…が …ぅ
ち… が… …ぅ
「ちがう!!」
翔太は目を見開いた。
目の前にはあの物の怪、場所はあの寝室。
「華恋はここにいる!
ここにいるんだー!!」
物の怪は面食らったかのようにビクッと反応し後ずさる。
気がつくと自分の体に物の怪から伸びた髪の毛が絡まっていた。
「翔太君!」
ふと見ると華恋が必死に髪を引きちぎっていた。
「華恋!俺に触れろ!」
華恋は腕をのばし翔太の背中に手をついた。
華恋は男を惑わす悪女のような目で翔太を見つめ、
「ごめんねぇ。翔太君。」
と艶っぽい口調で言うのだった。
「華恋!待てよ!
おい!」
だが、華恋は振り向かずに闇へと消えて行くのだった。
その後を翔太は追いかける…が、体が動かない。
無数の蛇が巻きついていた。
「うぐっ!!」
しかし今恐いのは蛇ではなく、華恋の裏切り。
「華恋!お前最初っから!華恋ー!」
すると物の怪が近づいてきて
オ…マエ…ウル…サイ……ナ…
右手には鉈を持っており、大きく振りかぶる。
「やめろ…。やめろー!!」
ドシュッ
鈍い音と共に翔太の首がはねらた。
急激に薄れていく意識の中、首の無い自分の体を喰らう物の怪が見えた。
翔太は完全に闇に落ちた
翔太は闇の中にいた…。
辺りを見回すが誰もいない。
「華恋…。
華恋ー!」
永遠に続く闇なのだろうか、叫び声は反射することなく闇に吸い込まれていった。
翔太は力なく座り込み顔を上げた。
そこにはいつの間にきたのだろう、1人の少女が立っていた。
華恋だ。
「華恋…。」
翔太は安堵の表情で華恋を見上げた。
だが、雰囲気が違っている。
笑ってはいるがいつもの優しい笑みではなく、不気味な感じだ。
その後ろにあの物の怪が現れた。
「華恋!後ろ!」
華恋はくるりと背を向け物の怪にちかずく。
コレ…ガ…コンド…ノ…エサ…カ…?
(餌?何言ってんだよコイツ!?)
「華恋…。お前!」
恐怖で耳を塞ぐ…が、声は直接脳に響いてるのか意味をなさない。
華恋…。
翔太に不安がよぎる。
前回は歩いてきたが、今回は飛ばされてきた。
華恋の姿が見えないにしろ今この場にいるのか?
まだ探し回ってるのでは?
そう思うと不安で胸が張り裂けそうになる。
不意に体が浮く。
前を見ると、物の怪は巨大な生首に姿をかえていた。
「…!!」
すでに恐怖で声もでない。
物の怪はさらに追い討ちをかけるように、前回と同様顔をあらわにする。
そして瞼がゆっくり…
今度は…
開いた!
ズン!!
なんという禍々しい瞳だろう。
その赤い瞳と目があった瞬間、脳に重い衝撃を受けるのを感じた。
そして場面は変わる…
再び廃墟の前に立つ。
そして玄関口に足を踏み入れた瞬間…!
グンッ
また体を引き込まれた。
バタンッ…
翔太は倒れ込む…が、すぐに身を起こし辺りをうかがう。
どうやら今度は寝室のようだ。
目の前にベッドがあり、その上には…ヤツだ…。
今度は普通のサイズだが、変わらぬ姿に先ほどの恐怖が甦る。
首を横に折りながら肩を小刻みに揺らし、
ケタケタケタ…
と、笑っている。
「何がおかしい!」
翔太は睨みつけ叫んだ。
すると笑い声はピタッと止み今度は
コ…ワ…レ…ロ…
男か女かもわからない声が聞こえてきた。
しかも今度は部屋中のあちこちから。
コワレロ…。コワレロ…。コワレロ…。コワレロ…。
辺りを見回すと老若男女様々な顔が現れ、恨めしそうに翔太を睨みつけながら叫んでいた。
「私も言っておくことがある。」
翔太がこちらを向く。
「さっき脱出したあれね、式神を使ったの」
「あの突風?」
「そう。
それとあの結界…。
巫女の力は光陽の力を使うの。
光陽は大地や大気からは吸収できない。
」
「じゃあ、どっから?」
「日の光…。
夜明けまでにはまだかなり時間がある。
私にはあとあの物の怪を浄化するのにギリギリの光陽しか残ってない。
今度あんな目にあってもさっきみたいな脱出は二度とできないの。
だから翔太君…。」
『次が本当の一か八か…よ!』
「このままじゃ俺達共倒れだ。
今度は大丈夫。俺を信じろ!」
華恋を見つめる強い眼差しに、意を決して結界を…
…
解いた。
「1つ聞きたい。
華恋、さっきどこに行ってたんだ?」
「私はずっとそばにいたよ。
…多分それがあの物の怪の狙い!
孤独からくる恐怖を与えたんだ。」
(くっ…あの野郎…!)
「見つかった。」
華恋がそう言った瞬間、廃墟の前まで引き込まれた。
もう迷ってる暇はない。行くしかなかった。
それからさらに時が流れる。
すると今まで励ましてくれた華恋に変化が起こる。
額からは汗がとめどなく流れ、息づかいも荒くなってきた。
「華恋…どうした?」
「大丈夫…。」
だが、ただ事ではない。
翔太はハッとした。
「この結界のせいか?」
華恋は黙ったまま俯いてる。
「早く解け!」
「ダメ!解いたら見つかっちゃう!」
こんなになるまで自分を守ってくれてる華恋に対して情けなくなってきた。
(出会って今までずっと守ってくれた華恋…。
今度は俺が助けないと!)
翔太は華恋の手を握りしめた。
「俺は大丈夫。だから解いてくれ。」
それでも華恋は結界を解こうとはしない。
「このまま逃げれるのか…?」
華恋は目を伏せ首を横に振った。
「ここはすでにあの物の怪の領域にある。
滅せない限り脱出は無理。
今結界を張ってるから私達の姿は見えてない。
…けど、長く持たない。」
「恐えーよ…。
恐くてたまらない…。」
華恋は抱きしめることしか出来なかった。
翔太の精神が限界のとこまできているのを感じながら「もう一度」とは言えなかった。
「翔太君…。
大丈夫?」
翔太は答えない。
いや、答えることができなかった。
物の怪のあまりもの恐怖にまだ体がすくんでいる。
今自分が泣いてることすら理解してなかった。
華恋は素早く印を結び結界を張る。
そして翔太を抱きしめた。
「ゴメン…。
ゴメンね…。」
しばし時が流れた。
次第に翔太が正気を取り戻す。
「翔太君…。」
翔太は急にムセかえし嘔吐した。
華恋は背中をさする。
「華恋…ゴメン。俺…ダメだった…。」
「謝るのは私の方。
あの物の怪…私が思ってるよりずっと強力だった。」
絶望…。
まさにその言葉が当てはまるだろう。
物の怪の顔から徐々に小蠅が離れ素顔が現れる。
顎…
口…。
鼻…。
翔太は悲鳴もない。
恐怖が絶頂を超え、すでに【死】を覚悟していた。
そして目が表れ、その瞼がゆっくり開かれ…
ゴオオオォォォー!!
突風が辺りを撒き散らし、翔太を光が包み込んだ。
翔太が気が付いた時には廃墟の外にいた。
そばには片足をついた華恋の姿がある。
「華恋…。」
求めていた華恋の姿を見た翔太は、深い安堵感から頬を温かいものが流れていた。
「華恋…。
華恋…?
華恋!」
近くに華恋の姿はない。
そういえば玄関に入った頃から見ていない。
「華恋ー!!」
翔太の叫びも虚しく辺りに響くだけ。
そうしてる間にも物の怪は近づいてくる。
後ずさりする翔太。その時、頭の後ろ、何かにぶつかった感触があった。
「華恋!」
翔太は後ろを向く。
そこにいたのはさっきまで前にいた物の怪。
こしを折り曲げ背中を天井に這わせ、翔太を上から見下ろしていた。
翔太は思わずへたり込んだ。
そのため角度的に胸まで見える。
約3メートル…。
すでに戦闘どころではない。
翔太の心は恐怖心で支配されていた。
ついに頭が見えその姿の全貌が現れた。
体長約4メートル。
白いワンピースを着ており、手足とも血の気がない。
髪は長く乱れていた。
顔の周りに無数の小蠅が飛んで表情を確認できない。
どんどん近づいてくる物の怪に翔太自身血の気が引いていくのを感じていた。
翔太は階段の前まで来た。
ギシッ…
ギシッ…
階段の上から足音が聞こえる。
ギシッ…。
ギシッ…。
青白い足が見えた。
足首まである長く白いスカート、だんだんその姿があらわになってくる。
(ようやくお出ましか!)
翔太は思わず握り拳を作っていた。
ギシッ…。
ギシッ…。
翔太は目を見開いた。
降りて来てるのだが顔がまだみえない。
腰のあたりですでに2メートルにたっしていた。
玄関口から入る。
ドアはない。
中に入り右手にリビングが見える。
その奥に開けっ放しの扉。
先には階段がみえる。
翔太にも物の怪がどこにいるのかわかっていた。
階段の先。つまり二階だ。
ゴトン!
正解とばかりに二階から物音がした。
(なめやがって!そんなんでビビるとでも思ってんのか!)
怒りは人から恐怖心を無くすという。
今の翔太は戦闘体制十分だった。
「ここか…。」
華恋に言われずとも中から染み出すように出てくる禍々しい気が、ここだと証明している。
まるで別荘のような廃墟。
目を凝らしてもうっすらとしか見えない闇がさらに恐怖心を煽る。
辺りからは虫の声すらせず、自分の鼓動が聞こえるほどの静けさだ。
「翔太君。いい?」
頷く翔太。
だが、翔太は甘くみていた。
物の怪の本当の恐ろしさを…。
物の怪の領域に足を踏み込むと、空気が一変した。
重苦しい雰囲気、禍々しい気が辺りに充満している。
さっきまで感じとっていた心地よい大地の声も聞こえない。
翔太はあまりもの居心地の悪さに座り込もうとしたが、華恋の心配な顔は見たくないという想いから前を見据え歩を進める。
華恋もそんな翔太を分かってか時折「大丈夫?」と、気使い歩いて行く。
そして、ある廃墟の前に立つ。
どれ位歩いただろうか、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここに来るまでも数体の霊を除霊しながら歩きづくめだったが、疲労は全くなかった。
華恋が言うには、大地や大気から常に活力を得ているため、歩く位では問題ないらしい。
「そろそろね。」
華恋は立ち止まると翔太の方を向いた。
「この先物の怪の領域に入る。いい?」
翔太も既に意を決したらしく力強く頷いた。
華恋が手をかざすとそこから空間に波紋が広がる。
辺りの景色がそれに合わせるかのように歪んだかと思うと、さっきまであった木々や草原が消え、陰気な場所に変わった。
「じゃあ、明るいうちに物の怪退治、行きますか!」
少し自信がついたのか、翔太は背伸びをし意気揚々と叫んだ。
「クスッ…。
物の怪は夜にしか現れないよ。」
「へ?」
「言ったでしょ。
物の怪が狙うのは人の心。
恐怖心が心を弱らせる。
闇もそのひとつだって。」
「あぁ…。
そうか…。」
途端に意気消沈してしまった。
「気を付けてね。
物の怪はさっきの人達とはまるで別物よ。」
「ねぇ…。」
「ん?」
「物の怪ってどの位いるの?」
「4た…、5体かな…。」
「え?たった?世界中で?」
「うん…。
しかも今この日本に集中してる。
ある事件がきっかけでね…。」
「ある事件?」
「おいおい話すわ。
行きましょう。」
先を進む華恋に一抹の不安を抱きながらも後を追う翔太だった。
「あっ。もう一つ渡す物がある。」
そう言うと華恋は人型に切り取られた紙を取り出し、そっと翔太に差し出す。
「何?これ…。」
「浄化導紙」
「浄化導紙?」
「絶対無くさないで大事に持っててね。」
とりあえず受け取ったがどうも腑に落ちない。
「使う時はその浄化導紙が光って教えてくれるから。」
「なるほど…。
ラスボス戦で使うんだな!」
得意げに言った翔太に対して、華恋は悲しい笑みで返すだけだった。
翔太がこの悲しい笑みの本当の意味を知るのは、まだ先のことだった。
サラリーマン風の男
主婦
おじいちゃん
子供
赤ん坊を抱いた女性
次々と供養していく。
始めのうちこそ怖がっていた翔太も慣れてきたのか、目を合わせるのにも躊躇しなくなってきた。
いや、慣れだけではない。
供養の時に霊達から送り込まれる思念を読み取るうち翔太の中に変化が表れだしたのだ。
最後の霊の供養が終わると
「お疲れ様。」
と華恋が労ってくれた。
「どうしたの?」
翔太は泣いていた。
「感じたんだ…。
感謝や…
無念や…
絶望…
痛み…
悲しみ…
願い…。」
涙を拭い華恋の方を見つめ直した。
「なんで華恋が巫女になったか分かった気がしたよ。」
華恋の微笑みに翔太にも【使命感】が生まれてくるのを感じた。
年は5~60才位の中年男性だろうか、その男の前に立った。
何も言わず陰気に立つその姿は十分に【霊】そのものだった。
恐る恐るその男に手を差し伸べる。
二度、三度躊躇しながらもその【霊】の肩に手を置いた。
するとその【霊】はゆったりと頭を上げ翔太を見ようとする。
目が合いそうになると恐怖で顔を逸らし手を離してしまった。
「恐がらないで。生命管が開かない。」
華恋の方を見る。
「大丈夫。目を合わせてあげて。」
一度空を見上げ、フーッと息を吐くと再び男の肩に手を置き目を合わせる。
華恋が翔太の背中に寄り添った瞬間、パーっと男は光の塵となり消え失せた。
ホッとした瞬間、それを見た他の霊達が一気に翔太の元へよって来る。
「うわあぁ!ちょっと!ちょっと待て!華恋!」
へたり込んだ翔太に華恋は抱きしめ、「大丈夫。この者達も怯えてるだけ。物の怪に取り込まれたくないだけだから。」
ゆっくり立ち上がり再び供養が始まった。
「もういいよ。」
華恋はそっと手を離し微笑みかける。
翔太は自分に起きた不思議な感覚に戸惑いながらも、華恋が普通の人間でないと再認識させられた。
「何?これ…」
「巫女の力を少し分けてあげたの。
これで翔太君も自然の恩恵を受けられる。
お腹や喉の渇きも満たされたでしょう?」
「うん。
すげぇな。」
「周りを見て。」
「うわあぁぁぁ!」
さっきまで誰もいなかった…、というより人の気配すらしなかったのに無数の人間が表れだした。
生きた人間でないことは翔太にも理解できた。
「供養…してあげて。」
「ぇえ?」
無理もない。初めて目にする【霊】という存在に恐怖心でいっぱいの翔太に供養などできるはずもなかった。
「大丈夫。触れるだけでいい。」
華恋の優しい眼差しに少し落ち着きを取り戻し、深呼吸したあと一番近くの【霊】に歩み寄った。
華恋も後をついてくる。
眩しい朝日に刺激され翔太は目が覚めた。
一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが華恋の姿を見てようやく頭が回りだしたようだ。
「おはよう。早いな。」
「おはよう。ゆっくり休めた?」
起きた翔太を見て華恋が近づいてくる。
「翔太君に渡す物がある。」
「渡す物?」
翔太は立ち上がった。
華恋は翔太の手をとりおもむろに自分の胸に押し当てた。
「!?ちょっ…!」
「目、つぶって。」
困惑しながらも言われるがまま目を閉じた。
華恋の胸から手を伝い温かいものが流れてくる。
その度翔太の体にも変化が表れだした。
先程まであった飢えや乾きが消え、疲労や体の節々にあった痛みも消えていく。
今まで感じたことのない不思議な感覚だった。
主です
ちょっと休憩いれます。
ファンタジー書いてみて思ったのですが、世界観を描写すると長めの文章になるので読みやすく会話だけにしたんですがかえって分かりづらかったかもしれません。
しかも内容が少しマニアックな為これまたわかりづらく読者がどう思ってるのか心配です。
読まれた方、良かったら💬下さい。
「でも…
クスッ
焦ってる翔太君。
面白かったな。」
華恋の笑顔に翔太も苦笑した。
「あれ?
おま…華恋ちゃん
笑うと可愛いじゃん!」
思わぬ言葉にキョトンとする華恋。
その後頬を赤らめた。
「おっ!照れた顔もいいねぇ。」
「もう!火ぃ消すよ!」
一括するとそっぽを向き横になった。
その姿に翔太は軽く笑みを浮かべ眠りについたのだった。
「まだ名前聞いてなかったな。」
「華やかに恋って書いて華恋。」
「華恋か…。
俺は…。」
「知ってるよ。
楢崎翔太君。
年は私と同じ17才。」
「へータメなんだ…。
ってかなんで!?
ああー!
ひょっとして俺が感じた視線って!」
「そう、私…。」
「マジかよ…。
あれで俺、どんなに焦ったか!もしかしてチャリのライトも?」
「そう…。
でも分かったでしょ。いかに人間が恐怖に弱いか。
視線3回とライト消灯だけで人は恐怖しパニックに陥る。
実はね、ああしないと翔太君引きずり込めなかったの。」
「どういうこと?」
「翔太君を引きずり込んだあれね。普通の状態の生命管だったら出来ないの。
生命管はその人の気力で大きくも小さくもなる。
生命を守るものだから小さくなればすぐに取り込まれる。」
思わず生唾を飲んだ。
「ねぇ、物の怪退治って俺どうすればいいの?」
「物の怪に触れてくれたらいいよ。」
さっきとは違って優しい口調だ。
「そしたらあなたの生命管を伝って念を送る。
除霊も同じ…。
触れてくれさえしたら後は私がなんとかするから。」
「そんだけ?」
「うん。
でも物の怪は触れられないようあなたの心を狙ってくる。
物の怪も元は人間。
どうすれば恐怖心を引き出せるか知ってるから…。」
「どんなことしてくるの?」
「分からない。
人の心は弱いからね。いろんな攻め方ができる。」
「そっか…。」
「もう休みましょ。
今日は色々ありすぎてあなたの生命管が弱ってる…。」
「明かりつけていい?じゃないと今日は安心して眠れない。」
「…そうね。」
手を離すと火を付け辺りを明るくした。
「ねぇ、闇に慣れろってどういうこと?」
「物の怪のほとんどは物理的な攻撃は出来ない。
だから心を攻める。」
「えっ?」
「わかりやすく言うと恐怖心を与える。
闇もそのうちのひとつ。
人の心は恐怖心が芽生えると弱くなる。
弱った心は生命管を小さくし物の怪に食べられてしまう。
現にこの世界ではほとんどの人がそうやって命を落とした。」
翔太は焦った。
「ちょっと聞いてないよ!
もしかして除霊って危険なの?
死んだりしない?」
「……。」
「勘弁してよ!そんな危険なら協力なんて…。」
「私が守る!」
言い終えるより先に割って入ってきた。
「絶対に死なせない!」
握られた手に力が入る
翔太は頭を掻いた。
自分と同じ年代の女の子に「守る」と言われちょっと恥ずかしくなっていた。
話が終わる頃焚き火の火が消えそうになった。
翔太が枯れ草を投げ入れようとするとその手を少女が掴んだ。
「消えちゃうよ。」
「いいの。
まずは闇に慣れて…。」
そう言うと少女は焚き火に砂をかけ完全に火を消した。
今夜は雲が厚いのか星はおろか、月さえ出てない。
「おい!何も見えんって。」
返事はない。
目をつぶったかのような真の闇である。
自分が今どっちを向いてるのかも分からない。
急激に恐怖心が芽生えてきた。
「ちょっといきなりは無理って!俺の姿見えてんだろ!
手ぇ貸して!」
悲鳴にも似た声で懇願し手を伸ばした。
しばらく間があったものの手を握り返してくれた。
ほっとしたがまだ恐怖心は消えない。
翔太は話続けた。
「生体機能が停止しても手はあったかいんだな。」
「……。」
「ちょっと座ろうか…。」
「……。」
返事はないが2人ともゆっくり腰掛けた。
「さっきも言ったけど巫女になると生体機能の時間が止まる…。
だから年もとらないの…。」
さっきまで勢いに任せ攻撃口調で言っていたが、【五百年】という想像を超えた果てしない時間に怒りが消えていった。
五百年…。
多分この少女は1人で生きてきた。
どんな思いだったろう…?
どんなに過酷だったろう…?
そう思うと胸が痛んだ。
「なんでだよ…。」
「え?」
「なんでお前がそこまで背負うんだ?」
まだ、何故見た目自分とさほど変わらない少女がそこまでするのか理解出来ない。
「お母さん…。」
「え…?」
「お母さんのため…。
ちゃんと供養してあげたいから…。」
「物の怪に取り込まれてんのか?」
「うん…。」
「俺…
どうすればいいんだよ…。」
「え?」
「協力ってどうすればいいんだよ…。
ハッキリ言って何も出来ないぞ…。」
「協力…してくれるの?」
「ああ…。」
「ありがとう…。」
少女に笑みがこぼれた。
その頬を濡らしながら。
「ムリムリムリ…!
だって俺霊感とか全然無いし、供養とかしたことない!
つーかだいたいなんで俺なわけ!?」
「私と波長が合う者じゃないと…。
さっきは話の途中だったけど、詳しくは物の怪の無力化にもあなたの協力が必要になる。
あなたの生命管を媒体とするから…。」
「こっちの世界で波長が合う奴探せばいいやん!」
「探したよ…。」
「はぁ?どの位?
日本中探した?
日本にいなかったら海外探せば?
だいたいこっちの世界のことやろ?
こっちで解決してよ!」
だんだん口調もきつくなっていく。
「この世界に生きてる人間はもうほとんどいない…。」
「だから見つかるまで探せよ!どの位探したとかって!」
「五百年…。」
「…!」
「正確にはこの世界で百年…。
霊界を通じて異世界で四百年…。
ようやく見つけたんだ…。」
しばし沈黙が続く。
「でも天照の巫女には大いなる力を得る反面失うものもある。」
「失うもの…?」
「除霊、供養が出来なくなる。」
「はあ?なんそれ?」
「除霊、供養は、する者の生命管を通じて行う。
巫女は霊界の力を得て、いわば霊界の住民と同じ。
ただ均衡が崩れないように生命管を始め生体機能の時間を止めるの…。」
(また難しくなってきたな…。)
「つまりぃ~。
物の怪を無力化できるけどその後の供養…。魂を霊界に送ることは出来ないと?」
少女はゆっくり頷いた。
「じゃあ、誰が供養…、
?
!
…まさか…お…俺?」
少女はまた哀しげな表情を浮かべた。
「事態を重くみた霊界の住民はこの世界とのパイプラインをつなぎ特定の人間に力を与えた。
それが‘天照の巫女’。」
「天照の巫女?」
「天照の巫女は物の怪を粉砕し霊体に分析出来る唯一の存在。」
「まさか…。」
少女は軽く頷き
「そう…。私が天照の巫女…。」
「ちょっと待って…。
その霊界の住民は何もしないの?」
「彼らは人間界に降りてこれない…。」
「なんで!?」
「均衡が崩れ全てがおわる…。」
「!!」
その【全て】の中にこの世界はもちろん、自分のいた世界も含まれるのだろう。
そう思うと背中に冷たい汗が流れた。
「霊界はね。枝分かれした世界全ての魂が集い旅立つ所。
そのため全ての世界と繋がってる。
繭から溢れ出したたくさんの魂は、その時繋がってたこの世界に舞い降りてきた。」
終始哀しげな顔は変わらない。
「魂がありふれた世界がどうなるかわかる?」
「…?
死者が甦るとか?」
「それは無理。
肉体がないから…。
魂は彷徨いほとんどがじばく霊になる。
でもその中には繭から抜け出したため不浄の霊体もいる。
他の霊体を取り込み新たな思念体が生まれる。
私達はそれを物の怪とよんでる」
「物の怪…?」
「物の怪はあちこちで生まれ、弱い物の怪は強い物の怪に取り込まれさらに力を強めてく。
世界中…異世界からも集まった霊体のほとんどが物の怪達に取り込まれていった。」
軽く下唇を噛む
「まぁとにかくここが異世界ってことはわかった。
んで?なんで俺をここに引きずり込んだわけ?」
少女はしばらく間をとった後
「その前にもう少しだけこの世界のこと話していい?」
と、申し訳なさそうに語りだした。
「人は死ぬと霊界に行くのはわかる?」
「まぁなんとなく…」
「その霊界で人の魂は‘霊界の繭’って所で過ごすの」
「霊界の繭?」
「うん…。人間界で汚れた魂をキレイにする所。
でもある日突然その繭が破れてしまった。
原因は汚れが繭の許容範囲を超えたからといわれてる」
「それだけ人の心が荒んできたってことか…。」
「基本的にはあなたの住む世界と変わらないよ。
ここ、日本なんだ」
「日本…」
「あなたの世界の歴史から枝分かれした世界」
「!?」
「今から五百年以上前にね」
「つまり違う歴史を歩んだもうひとつの世界?」
彼女は首を横に振り
「正確には無数にある歴史のひとつ…。
時間の流れってのは実はすごく不安定なもの
ちょっとした時空間の歪みでどんどん枝分かれしていくの」
「ああ…、なんか聞いたことある。
並列世界ってやつ?」
「それもちょっと違うかな…。並列ではなく、ねじれの位置にあるから同じ事象の位置でも数百年の時間のズレがある」
(なんか分かんなくなってきた。)
確か獣道の出口付近で確か闇の中から出てきた青白い手に…!!
そうだ!
あれは何だったんだ?
「ねえ…」
もう一度話しかける
少女は再び翔太の方を向いた。
「ここ、どこ?」
「ナユタ。」
「ナユタ?
ナユタってどこ?」
「?」
少女は首を傾げる。
「ああ…そうか。ナユタはナユタだよね。
そのナユタは何県にあるの?」
「?…何県?」
「だから…」
「ここは…」
言葉をかぶせるように言ってきた。
「ここは…、あなたの住んでいる世界とは別の世界。」
翔太は一瞬戸惑ったが自分が気を失う前の出来事を思えば「やはりか」という思いもあった。
「ごめんね…
私があなたをここへ引きずり込んだの…。」
「はあ?」
一瞬ムッとしたが相手は少女。冷静さを取り戻し
「元の世界に戻してよ。」
「うん」
そう言うと少女はまた視線を戻しうずくまった。
「ちょっと話しを聞いてくれる?」
少女は翔太の方を向き直して語り始めた。
パチッ…
パチッ パチッ…
何かを燃やしている音に翔太は目を覚ました。
「目、覚めた?」
目の前に見覚えのない少女が座っていた。
ガバッ
身を起こして辺りを見回す。
そこは見渡す限りの草原。
いや草原といっても全て枯れていてどっちかというと荒れ地に近い。
「誰?
ここ、どこ?」
少女は軽く微笑むと焚き火の方を向いてうずくまって一言
「ごめんね…。」
と、か細い声で答えた。
翔太自身何が起きたのか分からない。
ただその少女の哀しげな顔をみるとそれ以上何も訊けなかった。
そして記憶をたどってみる。
すると向こう側に明かりが見えた。
頭の中の地図と照らし合わせてもそろそろ出口だ。
「ふう…。」
少し気がぬけた。
出口までは十数メートル。かなり急な上り坂だ。
さすがにここは自転車を降り押していくしかない。
「!!!」
またあの視線だ。しかも今度のは一瞬身が縮むほど近くに感じた。
一気に自転車を押しながら駆け上がる。が視線はより一層強くなる。
ただ事ではない雰囲気がビシビシ伝わってくる!
遂には自転車を放り投げ駆け上がる。
しかし翔太は気付いていなかった。
その先に大きな穴が開いていたことを。いや、穴というより闇。奈落のそこまで続いているような闇がぽっかりと口を開いていた。
それに気付かない翔太がその闇に足を踏み入れた瞬間。闇から伸びた青白い手が翔太の足をわし掴みし闇の中へと引きずり込んだ。
一瞬何が起きたのか分からなかった。足を掴まれた感覚に下を向いたらそこは闇だったのだ。
「うわああぁぁぁ!!」
いつまでも。
いつまでも落ちて行く感覚に気が遠くなっていくのを感じていた……
この獣道を通ると15分とかからない。
しかし木々が覆い茂る中ではより一層暗く感じる。
もちろん街灯など無いため自転車のライトだけが頼り。だがそれがいきなり消えた。
「おい!嘘やろ!」
自転車の前車輪を浮かせ二度三度地面に打ちつける。が、効果なし。すると突然!
「!!」
先ほどの視線を感じた。
抑えつけた恐怖心が込み上げてきた。
辺りは真っ暗闇ではない。
目を凝らし記憶の中にある道と照らし合わせて一気に通り抜ける。
どれ位走っただろうか?いや先ほどから4・5分しか経ってないが倍以上の時間に感じる。
「う…う~ん。
はっ!やべ!」
疲れのせいかあのまま眠ってしまったようだ。
辺りはすっかり薄暗くなっていた。
家まではまだあと1つ山を越えなければならない。
普通の道を通ると30分はかかるが先月新しい道を発見した。
道といっても山あいを抜けて行く獣道。
薄暗い今頃になると普段見慣れてる入口もかなり不気味に見える。
「まぁいいか!」
翔太はわざと大きな声を出し自分の中の恐怖心を振り払ってから獣道へと飛び込んだ。
下校時間。
男子はいっせいにカエル池に向かって自転車を飛ばして行く中、翔太はひとり帰路についた。
祖父の家までは自転車で飛ばしても軽く1時間はかかる道のり。
今日は6限目まであったせいで体のダルさがかなりのしかかっていた。
途中の駄菓子屋でコーラを買いゆっくり自転車をこいで行くと不意に視線を感じた。
「ん?」
しかし辺りには誰もいない。
別に気にするわけでもなく自転車をこぎ始めた。
「あ~。やっぱダリ」
自転車を停め草むらでゴロンと横になって空を見上げた。
「みんな今頃なんしてんかなぁ…。」
先の家の出来事はかなり急な話でろくに友人との挨拶も出来ずに来てしまった。
携帯で数人とは話がついたがほとんど会えずじまい。
翔太はそれが心に引っかかっていた。
翔太とて男。
それなりに女の子には興味はあるのだが都会暮らしで色んな女の子を見てきた翔太にとってクラスメートの男子ほどの情熱はなかった。
(お前らがお盛んすぎんだよ。)
翔太は心の中でそう呟いた。
「おいおい!ニュースニュース!」
突然クラスメートのひとりが話しかけてきた。
教室も狭く人数も少ないため皆一同にそちらを向く。
「カエル池の近くに空き家があったやろ?」
「ああ…。
乳だしばーさんちの斜め向かえの?」
「そうそう!
あそこに昨日新しく引っ越してきた奴がおったとよ。」
「ふ~ん。で?」
「珍しいな~って思って見よったらさ、そこにおった…多分俺らと同じ位の女の子がおってさ!」
女の子という言葉に男子みんな身を乗り出す。
一方女子は白けた目で見る。
「なんか今まで見たことない位の美人やったとって!」
「マジで?」
「今日見にいかん?」
「行く行く!
おい!翔太も行くやろ?」
「ああ?俺はいい。」
「何でや~!付き合い悪いな~。」
「興味ない」
「もういいって!
翔太、絶対後悔するぞ。」
翔太が転校してきたのには理由がある
父親が事業に失敗し多額の借金返済のため家を売った。
自由気ままな私立高校も授業料が払えなくなり、また帰る家もなくなったため母方の実家に翔太だけお世話になることとなった。
両親はそのまま都心に残り住み込みで働いている。
高校3年の春。
卒業と伴にこの田舎暮らしから抜け出そうと都心の就職先を探していた。
とある田舎の高等学校
そこに通う翔太は鬱な表情で授業を受けていた。
翔太は半年前、都心にある高校から転校してきたのだが田舎暮らしにはまだ馴染めない。
生徒数も少なく新しく出来た友人の家に遊びに行くのも1つ2つ山を越えなければならない状況。
カラオケ、ボウリング、ゲーセン等の遊技場はおろかコンビニすらない。
翔太は今の生活にかなり不満が募りつつあった。
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
カランコエに依り頼む歌1レス 73HIT 小説好きさん
-
北進ゼミナール フィクション物語0レス 40HIT 作家さん
-
幸せとは0レス 76HIT 旅人さん
-
依田桃の印象7レス 186HIT 依田桃の旦那 (50代 ♂)
-
ゲゲゲの謎 二次創作12レス 134HIT 小説好きさん
-
西内威張ってセクハラ 北進
高恥順次恥知らず 高い頻度で他人から顰蹙を買ったり周囲の迷惑となる稚拙…(自由なパンダさん1)
90レス 3006HIT 小説好きさん -
神社仏閣珍道中・改
般若心経のこころ かたよらないこころ こだわらないこころ …(旅人さん0)
256レス 8560HIT 旅人さん -
カランコエに依り頼む歌
ちょっとサボテンぽい(匿名さん1)
1レス 73HIT 小説好きさん -
北進
高恥順次恥知らずに逆ギレ飲酒運転を指摘されて言う言葉に開いた口が塞がら…(作家志望さん0)
17レス 355HIT 作家志望さん -
北進ゼミナール フィクション物語0レス 40HIT 作家さん
-
-
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②4レス 131HIT 小説好きさん
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?11レス 129HIT 永遠の3歳
-
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令1レス 142HIT 小説家さん
-
閲覧専用
今を生きる意味78レス 513HIT 旅人さん
-
閲覧専用
黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 962HIT 匿名さん
-
閲覧専用
🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 131HIT 小説好きさん -
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 129HIT 永遠の3歳 -
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 142HIT 小説家さん -
閲覧専用
おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1398HIT 檄❗王道劇場です -
閲覧専用
今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 513HIT 旅人さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
これが、ありのままの俺
近所からバカにされます。 俺は独身で鬱病を患い、A型作業所で7年間働いている精神疾患の人間です。 …
12レス 319HIT 聞いてほしいさん -
産んでもらった親の介護をしない子ども
親の介護しない子どもはクズ? 親がいないとその子は存在すらできてないからね どんな親でも子ど…
22レス 340HIT おしゃべり好きさん -
婚活する時の服装
婚活パーティーや街コンの服装ですが このワンピースだと微妙ですか? 上が茶色いので不向きです…
10レス 236HIT 婚活中さん (30代 女性 ) -
どういう印象なのか?
男性から言われました。 顔が美人だと。でも遊んでそうだしモテると思うけど男を小馬鹿にしてそうだし俺…
17レス 265HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) -
シングルマザーの恋愛
子供二人のシングルマザーです。 元夫から養育費をいただいています。 私には彼氏がいて、金銭的援助…
9レス 169HIT 匿名さん -
男性に質問です!
男性グループの中(4.5人)の中に女が1人で参加するのってどう思いますか? とあるコミュニティでそ…
10レス 155HIT . (20代 女性 ) - もっと見る