先生迎えにきたよ…
これは自分が成人式目前の実話
小学校低学年の時母親の茶箪笥から自分が保育園児の頃の給食費袋にたくさんの色とりどりのハートマークと「みかせんせいだいすき」と、つたない字で書いてある文字
母親に訪ねると、「あんたそのみかせんせいが好きやったっちゃろ?」
みかせんせい?……あっ!
慌ててアルバムを開くが、彼女の姿はない。
それもそのはず彼女は実習生として2週間赴任してきただけだったのだ。
まぁその事実も後に分かったことなのだが…
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会いに行こう
そう思ったのは成人式目前のある日。
大人を前にアルバムを見終わって、湧き上がる感情をおさえられなかった。
今となっては顔も思い出せない。名字も分からない。
ただ断片的な記憶の 合間にある先生との日々。
友達とのケンカを止めようとした先生に力を誇示しようとしてその友達をボコボコに殴ったこと
一緒に砂場で遊んだこと
そしてなによりラブレターをダしたこと
詳しく覚えてないが「だいすき。結婚して下さい」みたいなこと
その返事には「おおきくなって会いにきてくれたらね」的なことだった
自分もバカではない
その時のことを鵜呑みにして
「先生!迎えに来たよ!」
と、言うつもりもない。
そのことを母親に話すと
「あんたバカやないと?担任でもないのに覚えてるはずなかろーもん!
いったいどうやって探すつもりね!」
と一括
この話はすぐに家族中に知れ渡り
姉、妹からもバカ呼ばわりされた
当時飼ってた犬からも
「ば~か」
と、言われてるみたいだった
しかしそれが逆に自分のやる気を彷彿せた
「ぜってーあってやる!」
まずは通っていた保育園に電話した。
事情を話すと当時の園長先生はもう退職されており(あたり前か)改装もされ昔の名簿はないとのこと
市役所に行けばそういった記録があるかもしれないと言われた
一気にやる気がなくなった
まぁ15・6年も前なら無理もない話だ
一応お礼を言って電話を切ろうとしたその時
「そうだ。牧田先生(仮名)。牧田先生なら何か知ってるかもしれない。」
牧田先生とは古株の先生で、長くその保育園に勤務してたとのこと
その牧田先生にきいてみて後日連絡するとの内容だった。
後日との話だったがその日のうちに連絡がきた
話はとんとん拍子で進んで行き翌日保育園に向かうこととなった。
言われた通り身分証明書や当時の写真や品物を持って保育園に向かう。
牧田先生とも電話で話したのだがなんと自分のことを覚えていてくれた。
名前では思い出さなかったが牧田先生が持っていた写真を見て思い出してくれたという
当時の自分は凄く泣き虫で毎日のように目を腫らして帰って行った。
見かねた祖父が保育園に怒鳴りにきたこともありそれで覚えてくれていたということだった。
母親からは以前そのことを聞かされていた。
自分の過去の汚点がこんなとこで役に立つとは
苦笑しながら車を保育園へと走らせた
近くのコインパーキングに車を停め保育園の門の前に立った
「入っていいんかいな?」
少し躊躇しながら門を開く
日曜日であたり前だが園児の姿はない。
そのまま職員室に向かって行く。
「すみませーん!」
そう言おうとした瞬間、職員室からこちらを伺う顔があった
目があうやいなやその人は笑顔でかけつけ
「けーちゃん?(仮名)けーちゃんやろ?」
軽く「そうです」の会釈をした。
「まぁー懐かしいー!うん。面影がある!よか男になってからー」
「はぁ…」
「おばちゃん誰かわかるね?」
「牧田先生ですか?」
「そうたい!覚えとってくれたっちゃねー!嬉かー!」
もちろん覚えてたわけではないが自分を知ってるのは牧田先生しかいない。
しばし圧倒されながらも職員室にまぬかれた
驚いた!
牧田先生と現在の園長先生だけかと思っていたら、当時の先生数名に現在の先生数名。
合わせて十数名の人が自分の到着と同時にかんせいをあげたのである
何故現役の先生まで?
話を聴くと園児が昔の先生との約束を果たすべく嫁に貰いに行く
こんな話に興味深々といった…
まぁ言わば野次馬の皆さんだ
牧田先生と電話でちょっと話したのがすでに漏れてるようだった
しかもかなり美化されて…
「女性ってこんな話好きですよねぇ」
ちょっと皮肉めいた言葉も彼女達には通じないようだ
また昔、見覚えある面々に懐かしんで話もした
会話が一区切りしたとこで本題にはいる
「けーちゃんがくる前に調べてたんだけどね…」
牧田先生は袋の中から書類と一冊のアルバムを取り出した
「これは?」
「けーちゃんと電話で話したあと押し入れから引っ張り出してね
同時の資料はこれしかなったんだけど」
そう言いながらアルバムを開きとある写真を指差した
「同時やって来た実習生はこの2人なんだけど…」
その2人並んだ写真を眺めてみる
緊張してるのが写真を通しても感じとれるかのように2人とも表情がこわばっていた
「こっち…かなぁ…」
可愛い方を指差した
はっきり言って2人とも記憶にない
煮えきらない答えに隣のページを指差し
「じゃあこっちは?」
そこには園児達と戯れるスナップ写真
実習最終日なので思い出に撮った写真
正直…
その笑顔を見た時の衝撃は今でも覚えている
一瞬で当時にタイムスリップするかのような…
記憶の奥底に眠っていたものが目覚めたかのような…
ああ…
そう…
彼女こそ…
みかせんせい…
…
ちゃん
けーちゃん
「けーちゃん!」
ふっと我に返る
「どうしたとね?
ぼーっとして」
写真に見入ってニヤけてる自分に対し
クスクス…
と、笑い声が聞こえる
「んでどうすっとね?会いに行く?」
(まちっと余韻にひたらせろや!)とも思ったが
「そうですね。
会いたいです」
自分の正直な気持ちを口にした
すると一枚の紙切れを差し出す
かなり色ばんで折り目の角の方は破れており一目で年代物だとわかる
よく見ると
「教職員連絡表」
と、書かれていた
そこには多分ゴム印で押された先生方の名前と電話番号が示されており、その最後に当時実習生のみかせんせいの名前が手書きで書かれていた
「じゃあ今しなっせ!」
「…はあ?」
「今しなっせ!」
「今ですか?」
「こげんことは早かほうがよか!」
「今はちょっと…」と言うことばも、周りのヤレヤレコールに押し切られ渋々受話器を取った
(何て言おう…)
(不信がられるかな?)
不安で指が震えつつ、ゆっくり一つ一つプッシュボタンを押していく
プルルルル
心臓が高鳴る
プルルルル
落ち着かせるため深呼吸
ガチャ
「あっもしもし…。」
自宅までの道を車で帰っていた。
「今日はかなり体力を消耗したな。」
みかせんせい宅への電話には母親らしき人が出てた
みかせんせいはすでに嫁いでおり静岡に住んでいるとのこと
よほど不信に思われたのか住所はおろか電話番号すら教えてもらえなかった
娘(みかせんせい)にこのことを伝えこちらから連絡を入れるようにするとのこと
再会にはサプライズ的なことを考えていたがすべてパー
まぁ無理もあるまい
15・6年も前の赴任先の、しかも当時の園児が面会を求めたと言っても確かに眉唾もの
そうやすやすと信じてもらえなかった。
だが体力消耗の原因はそれではない。
その後の保母さん達とのよく言うガールズトークに巻き込まれたのだ
牧田先生には一応感謝している
ちょっとおせっかいすぎな面もあるが、彼女の協力なしではこんなに進展しなかっただろう。
本当に進展したのか?
一抹の不安を抱きながらも明日からまたはじまる日常の為ゆっくり休むことにした
その時の自分は飲食店で働いていて、帰宅時間は早番でも夜10時半頃
遅番だと深夜2時を回ることもあった。
先方から連絡があっても多分いない。
母親に自分の休日を教えてその日にかけてもらうよにとお願いした。
しかし本当に大丈夫だろうか?
ウチの母親はかなり抜けており、外から自宅に電話かけておきながら
「あんた今どこおると?」
と訪ねたり
野菜カレーを
「デジタルカレー」
と言うような奴だ
でもここは母親を信じるしかない。
ただひたすら来ないかもしれない連絡を待ち続けた
あれから一週間が過ぎた
が、何の連絡もない
最初3日ぐらいまではソワソワしてたが、一週間も連絡が来ないのをみるとさすがに諦めモードに入ってくる
牧田先生から一枚だけ頂いたみかせんせいの笑顔のスナップ写真
その笑顔を見るたび淡い恋心が蘇ってくる
ため息をつきながら新しく出来たシフト表を電話の横に貼り付けた
「ただいまーっと」
その日も仕事を終え帰宅したのは深夜2時を回る頃だった
いつも通りリビングへ向かうと置き手紙にきずいた
そこには
‘お仕事お疲れ様
今日佐々木さんから電話がありました
明後日の昼にまた電話するそうです,
佐々木?
そっか!みかせんせいは結婚したって言ってた
ということは佐々木は嫁ぎ先の名字だ
心が躍った
遂にたどり着いた
その夜は気持ちが高揚しなかなか寝付けない
何を話そうか
再会の時…など
様々なシュミレーションを頭の中で練り上げ寝付いたのは明け方
そして見事に仕事を寝坊してしまった
そしてついにみかせんせいから電話が来る日。
前日は2時帰宅で興奮してまた眠れなかった。
結局眠りについたのは明け方5時過ぎ!
だけど10時すぎには目が覚めた。
そわそわして熊みたいに家の中をうろちょろ。
部屋に戻り一服しては(未成年だろ!)またうろちょろ。
…
…
そして電話のベルがなる。
深呼吸して受話器を取った。
「もしもし…。」
「もしもし…、
あの…、佐々木と申しますが…。」
「はい…。」
「もしかして…、
けーちゃん?」
「はい…。」
最初は緊張のあまりほとんど話せなかったが、話していくにつれて多弁になっていく。
15分だろうか、
静岡と福岡、電話代も気になって終わったが、楽しい時間を過ごした。
両親からの連絡があったとき、始めはイタズラだと思ったこと。
もちろん自分のことは覚えていなかったが、気になって両親から当時のアルバムや思い出の品を送ってもらったこと。(2週間ほどかかったのはその為)
その中からなんと自分が書いたラブレターを見つけたこと。(これにはビックリ)
ただ…
最後に…
せんせいが病気だと知った…
この時は最後まで病名を明かしてくれなかった。
それが反対に不安を増幅させた。(それか恥ずかしい病気かも?と思ったが)
見舞いに行きたいと言うと、遠いからと断られ。
どうしても会いたいと言うと、理想が崩れるからと断られ。
ならばせめて写真を送って欲しいと言うと、なんとか了承してくれた。
そこで…。
こっちからも写真を送るからと言い、住所を教えてもらった。
本音としては、(これで会いに行ける!)と、内心してやったり。
さっそく店長にお願いし休みをもらった。
季節は12月の冬。
クリスマスムードが漂い始めていた。
なんとか無理言って2連休をもらった。
さっそく計画を立てる。
前日は深夜2時までだから出かけるのは早朝。
新幹線の予約、むこうに着いてからの交通手段、宿、滞在時間、帰りの時間、これらを2日でまとめようとするとかなりのハードスケジュール。
静岡に行ったことのある友達にも相談し、やっとのことで計画終了したのは出発前日だった。
そして当日…。
必要最低限の荷物と思い出の品。お金はかなり余裕を見て財布に入れ、いざ出発!
博多駅から新幹線に乗り、爆睡しながら静岡へと向かった。
(途中はしょって…)
ようやくせんせいの家に着いた。
時間は昼過ぎ。
緊張で2~3ど呼び鈴を押すのをためらったが、意を決して押す。
ピンポーン
返事はない…。
もう一度
ピンポーン
やはり、返事はない…。
…ヤバい…。
留守とは予想してなかった。
病気だと聞いていたので家にいるもんだと思っていた。
サプライズを要していったのがアダに…。
いきなり予定が狂った。
2日しかない時間なだけにかなり焦ってくる。
「と…、とりあえず少し時間を潰して後で来よう。」
(大丈夫、大丈夫。)と自分に言い聞かせたが、焦りはなくならない。
このまま会えずに福岡に帰ったとしたら、このことを知ってる奴等に絶対バカにされる。
1時間後再び訪れる。
しかし誰もいない。
その1時間後、
…やはりいない。
(ヤバいな…。)
そして…。
ピンポーン…
「は~い。」
ようやく人の声がした。
時間は6時を回っていた。
「はい。どちら様でしょ?」
出てきたのはみかせんせいではない。
白髪混じりのおばちゃんだった。
「あの~。突然すみません。
みかせんせいが福岡で保母なさってたころお世話になった○○と申しますが…。」
女性はすぐに「ああ~。」という顔をしてくれた。
どうやらみかせんせいが事前に話してくれていたようだ。
「ちょっと待ってね。
ゆうく~ん。」
(ゆうくん?みかせんせいじゃないの?)
なにやらボソボソ話し声が聞こえる。
そしていかつい男性が出てきた。
男性は笑顔で
「もしかしてけーちゃん?」
「はい。けーちゃんです。」
自分のマヌケな返答に笑い出す男性。
「上がり。」
そう言って手招きする。
「いえいえ。とんでもないです。ちょっとみかせんせいに会いに来ただけですから…。」
すると男性はちょっと間をおいて
「みかから何も聞いてないの?」
「あっ。病気だとはうかがったんですけど…。」
「そうね…。
とりあえず上がり!」
「あっ…はい…。」
この時点でちょっと嫌な予感がした。
部屋に通されとりあえず座る。
2人はみかせんせいの旦那さんとその母親。つまりお義母さんだ。
「わざわざ福岡からきたの?」
「はい…。」
「みかは知ってるんかな?」
「いえ…。驚かそうと思って…。」
「いつまでこっちおれるの?」
「明後日から仕事なので明日には帰ります。」
そんな話しをしていると、お義母さんがアルバムを持ってきた。
そこには自分の知らないみかせんせいがいた。
福岡にいた頃、結婚式、静岡に来てから、ページが進むにつれ会話もはずむ。
しかし突然、お義母さんが涙を流し口を押さえ部屋の外に出ていってしまった。
重い空気が流れた。
そして旦那さんが、“病気”について話しだした。
【白血病】
それがせんせいの体を蝕むヤツの正体だった。
その前に“急性”だか“骨髄性”だかついてたが、詳しく覚えていない。
発覚したのは一年くらい前。
それから様々な治療をしてきたが、どれもあまり効果がなかったらしい。
そして数ヶ月前…
余命を宣告された…
せんせい自身は余命宣告の事実を知らない。
だが、日に日に弱っていく自分の体に薄々感づいてきたのか、口数も減りふさぎ込むことが多かったらしい。
そこに両親からの電話に始まり、アルバムや宝物箱(園児達からの手紙や贈り物)を送ってもらってそれを見たり、先日の自分との電話。
少しずつ明るさが戻ってきたとのこと。
正直旦那さんがその話しを聞いたとき、自分を福岡から連れてこようか!とも思ってたみたいで、何度も何度も感謝された。
最後のほうは、旦那さんも溢れてる涙を我慢できなかった。
しばらくするとお義母さんが寿司をとってくれた。
断ろうかと思ったがせっかくとってもらったので頂くことにした。
正直、あんな話を聞いたあとでは食欲などない。
食事をすませ病院の場所を訊きおいとましようとすると泊まっていくように言われたが、宿をとってると嘘をつき丁重にお断りした。
その帰り際
旦那さんが、
「けーちゃんごめんね…。
ぬけがけした上に幸せにしてやれんで…」
「いえ…。」
そうとしか言えなかった。
それ以上口を開くと泣いてしまいそうで…
それからそのまま病院へと足を運んだ。
もちろん面会時間はとっくに過ぎていて入れるわけでもないが、病室の明かりを目でおっていた。
病室番号と窓の数を照らし合わせる。
「あそこかなぁ…。」
中の構造もわからないので確定はできない。
ただその時は早く会いたい気持ちで一杯だった。
ともかくせんせいの眠る病院に“おやすみ”をして、宿を探しに行った。
その日は近くのカプセルホテルに泊まった。
初めての体験で
(未成年はダメとか言われたらどうしょう…。)
と、心配してたがなんのことない、ラブホと変わらないシステム。
中に入り大幅に狂った予定の立て直しをして床に入った。
朝、モーニングコールで目が覚める。
昨夜もあまりねむれず寝不足気味だったが体は動いた。
朝食をすませ、花屋へ行き、病院へお見舞いに行く。
朝10時からの面会時間5分前には着いた。
急がないと帰りの新幹線の時間に間に合わないからだ。
病院にはギリギリ正午まで。
後は時間との戦いだった。
時計の針が10時を差しすぐに病室へと向かう。
ここに来るまで色々シュミレーションをし、第一声から様々な質問や会話の対応など練っていたので準備は完璧…。
のはずだったが病室の前で全てとんでしまった。
【佐々木 美香】
間違いない。
逸る気持ちと緊張を押さえドアをノックする。
「はい。」
「失礼します。」
ドアを開ける時には緊張しすぎて前を向けなかった。
「おはようございます。」
そう言って前を向く。
そこにみかせんせいがいた。
14年の時を越えてようやく会えた。
大好きだったせんせい…。
ずっと会いたかったせんせい…。
もう、会えないかもしれないせんせい…。
様々な感情が涙と共に溢れ出てくる。
だがみかせんせいはキョトンとしていた。
無理もないだろう。
見ず知らずの男が自分を見て泣いているなんて、今思うとさぞかし不気味だったに違いない。
深々とお辞儀をして話しかける。
「お久しぶりです。
みかせんせい。」
「どなた?」
そこで牧田先生から譲り受けた写真を見せ、
「先生が福岡で研修生の時お世話になった…。」
「え!?
もしかして…
けーちゃん…?」
みかせんせいは目を丸くして口に手をあてた。
「どうして…?」
「え?いつ来たの?」
「どうやってきたの?」
「なんでここが分かったの?」
「仕事は?親には言ってきたの?」
しばしせんせいの質問攻めが続いた。
それを一つ一つ答えていく。
ひと通りの質問がおわるとせんせいは
フゥー
と、息を吐き、のりだした体を再びベッドに戻す。
「けーちゃん…、もっと近くに来て。」
近づく自分にみかせんせいは手を差し出してきた。
それをすぐさま握り返す。
病室は個室だった。
腕には点滴。枕元には酸素マスク。
抗がん剤治療のせいか頭にはニット帽をかぶっており体全体がやせ細っている。
握った手も力を入れると壊れてしまいそうだ。
みかせんせいの病気の重さが、これらからも十分読みとれる。
せんせいが棚の上にあった箱から一枚の紙切れを差し出した。
「これ…、電話で言ってたけーちゃんからもらったラブレター。」
ちょっと間違えると破れてしまうほどボロボロになった紙切れを受け取り、そっと開いてみた。
そこには…
みか…せ…んせ…い…だ…い…すき…け…っ…こんし…て…く…だ…さい…
と、つたない字で書いてあり、周りにお決まりのハートマーク。
下には自分とみかせんせいだろうか、下手くそな絵が書いてある。
「なん?これ…。」
思わず吹き出してしまった。
つたない字というよりほとんど解読不能な文字。
色合いセンス0のハートマーク。
クレヨンで書いたため顔がつぶれてしまっている絵。
トドメはこの紙…。
広告の裏!?
俺、こんなんだったんだ…。
それからせんせいの馴れ初めの話しをした。
せんせいはあの後福岡の保育園に勤務して、友達の紹介である男性と付き合うことになった。
その彼氏の友達が今の旦那さん。
失恋して、励まされて、徐々に芽生えていく恋心を、せんせい也に乙女チックに話してくれた。
「こんなことなら最初っから病院の場所教えておけば良かった。」
「そうでしょ!」
「家には誰がいた?」
「最初お義母さんが出てきて、その後旦那さんが出て来ました。」
「何か話しした?」
「上がらせてもらってアルバムとか見せてもらいましたよ。」
「え~!ウソ!」
「せんせい可愛いかったですよ。」
「何か言ってなかった?」
「ええ…、まぁ…色々と…。」
「病気のこと聞いた?」
一瞬表情が凍りついた。
「…はい。」
「そっか…。
ごめんね…。
元気な姿で会ってあげれなくて…。」
その言葉にパッと上を向く。
下を向くと涙がこぼれそうだったからだ。
一呼吸おいて。
「だから治してください。
治して、今度はせんせいが福岡まで会いに来て下さい!」
せんせいは力無く笑う。
「そうだ!デートしましょう!」
「デート?」
「そうです。もちろん旦那さん公認で!
普通に待ち合わせして、食事して、どこか遊びに行くのもいい…。」
「…そうね。」
クスッと笑うせんせい。
「じゃあ…、はい!」
小指を突き出して
「約束!」
せんせいの小指が絡んでくる。
「ゆーびきーりげんまん…」
この約束は果たせないかもしれない…。
でも何かにすがっていたかった。
多分、せんせいも…
コンコン…、ガラララ。
不意にドアが開く。
「佐々木さん。
どうですか~?」
看護婦さんが自分に気づき軽くお辞儀をしながら近づいてきた。
「おっ、今日は若い子が来てますね~。」
せんせいが紹介がてら事情を説明する。
「えぇ~!じゃあわざわざ福岡から?」
まぁ…妥当なリアクションだろう。
自分で言うのも何だがこういうケースはかなり珍しいと思う。
「そのせいかしら今日は顔色がいいですね!」
「久しぶりに女に戻っちゃった。」
苦笑いをしてる自分に看護婦さんがこっちを向いて
「すみません…、ちょっと肌を出しますので…」
申し訳なさそうに言う。
「ああ、わかりました。」
そう言って病室を後にした。
チラッと時計を見ると10時半すぎ。
まだ帰るには早すぎる。
病室をでると中で笑い声が聞こえてくる。
…多分自分のことだろう…。
しばらくすると看護婦さんが病室から出てきた。
こっちを向き「終わりましたよ~。」と、満面の笑みで応える。
(なんだよ、その笑みは!)
軽く会釈しかえした。
再び病室に入って椅子に座るやいなや、
「けーちゃん彼女いるの?」
と、聞いてきた。
そういう話をしてたんだろうか、せんせいは目を輝かせている。
「え?いませんよ。」
「そっかー。じゃあ看護婦さん紹介してあげよっか?」
「せんせいからそんな話ききたくないなぁ…。」
「でも、幻滅しちゃったでしょ?
私こんなだし…。」
「だったら泣いたりしませんよ。」
「ごめ~ん。」
そう言いペロッと舌を出す。
その仕草が可愛いのなんのって…。
正直旦那さんに嫉妬した。
窓際には千羽鶴が折られている。
多分園児達が折ったのだろう、よがんだり不格好な鶴もあった。
「こっちでも、保母さん続けてたんですね。」
「ああ、それ?
入院してすぐにね。
大人なら二分もあれば折ってしまえるものでも、子供達にはちょっと難しいでしょ?鶴…。」
「はい。」
「そうやって一生懸命折ってる姿想像しただけでホント泣けてくる。」
しばらくその千羽鶴を見つめていた。
「この子達も、もう小学生かぁ…。
卒園式、出たかったなぁ…。」
せんせいには子供はいない。
作らなかったのか、作れなかったのかは分からない。
でも子供は好きだったようだ。
保母さんなら当たり前か…。
それからも沢山、沢山話しをした。
話しながらもせんせいの表情を観察する。
やっぱり笑顔が一番好きだ。
思いつく限りのバカ話をする。
せんせいが笑う度に自分も嬉しくなってきた。
そうしているとドアをノックする音が聞こえてきた。
お義母さんだ。
「昨日はありがとうございました。」
椅子から立ち上がり深々と礼をする。
「ああ、いいのよそのままで…。」
立ち退こうとする自分を手で制し、荷物を台へ置く。
何げなく見ていると同じ台に乗っていた時計に目が止まる。
11時50…。
もうこんな時間か…。
帰り仕度を始めた。
ふとバッグの中の使い捨てカメラを見つけた。
「そうだ!せんせい写真いいですか?」
せんせいはちょっと困った顔をしたが、
「ちょっと待って、口紅だけ差させて。」
と、化粧ポーチをガラガラさせていた。
「じゃあ、私が撮ってあげよっかね。」
お義母さんにカメラを渡す。
「口紅だけ。」と、言っていたが鏡を見ながらパタパタとファンデーションまでしだした。
普段なら男がイラッとする行動もその時は愛おしく思えた。
「はい、とるよ~。チーズ!」
写真を撮り終えると病室を後にした。
最後にせんせいの手をとり、
「約束、絶対忘れないで下さいよ!」
と、言うと
「うん、分かった。がんばる!」
と、笑顔で答えてくれた。
病室を出るまで何度も礼を言い手を降ってくれた。
それからバスに乗り込み駅へと急いだ。
さっきまで話してたせんせいの顔を思い出す。
その時は病気のショックよりも会えた喜びのほうが強く、本当に、本当に来て良かったという想いで一杯だった。
そのせいか、新幹線の中、福岡までの長い時間でもせんせいと次に会った時やデートの内容など、楽しい想像しかしてなかった。
博多駅から地下鉄、バスを乗り換えて自宅に着いた時は、もう日付が変わる頃になっていた。
「ただいま~。」
もちろん家族はみんな就寝中。
風呂に入り、ベッドに倒れ込む。
やはり体は疲れていたようで、すぐに意識がなくなっていった。
それからまた忙しい日常に戻る。
飲食店には盆も正月もない。
ただただ働いて、家と店とを往復する毎日が続いていく。
そんな中唯一の楽しみがやはりせんせいからの手紙だった。
正月には年賀状。
成人式に送った写真の感想。
何気ない日常を文にしたためたのもあった。
中には旦那さんからの手紙もあり、
『けーちゃんがお見舞いにきてからみかの病状に変化がおきた。
血液中の~の数値や~の数値が正常値に戻り、医者もビックリしているくらい。
ひょっとして本当に奇跡が起きるかもしれない!』
とあり、この手紙を見た時には心が踊った。
その最後に
『治ったらデートに連れて行ってやって下さい。
喜んでお貸しします。』
ともあった。
その後のせんせいからの手紙にも、
『最近調子がいい。』
『食欲も出てきて、笑えるようになった。』
『けーちゃんの御守りのおかげかな!』
と、書いてあった。
実は、初詣に行った際に御守りを購入し、せんせいに送っていた。
(大事に持ってくれてるんだ。)
それだけでも嬉しくなってくる。
たまにだが電話もあった。
もちろん長話は出来ないが、電話の向こうから聞こえてくるせんせいの声はいつも明るく、仕事の疲れを癒やしてくれる。
4月になり桜も散って葉桜に変わる頃、せんせいから手紙が届いた。
『今、病室から桜が見えます。
福岡では散ったころでしょうがこちらは今満開です。
そこでデートの行き先ですが、西公園に行きたいな。
福岡にいた頃、西公園の桜に感動したのを思い出しましたよ。
けーちゃんと手をつないで歩きたいです。』
と、書いてあった。
すぐに返事を書く。
『来年でもいい、再来年でもいい、じっくり治して桜の中を歩きましょう!』
正直、当時桜には興味などなかったが、せんせいと手をつないで桜の下を歩く。
想像しただけで顔がほころぶほど楽しみだった。
だけど…
その手紙を最後に、せんせいから便りが届くことはなかった…
手紙はだいたい2週間に1度、多い時には週に1度のペースで来ていた。
それが1ヶ月来なかった。
不安がよぎる…。
大丈夫…。経過は良好だって書いてあった。
そう自分に言い聞かせ、手紙を待つ日々が続いた。
季節は夏真っ盛り。
まだ手紙は来ない。
さすがに心配で手紙を書く。
『近況が分からず心配です。』
だが返事は来ない。
休みの日には1日中外を見つめ、郵便が届くとすぐさま確かめに玄関に走っていた。
たまらずせんせいの実家にも手紙を書いた。
季節は蝉の声もなくなり秋の足音が聞こえようとしていた。
そう何度も催促の手紙を出すわけにもいかない。
大丈夫…
何度自分に言い聞かせただろう…。
だが嫌な予感が頭から離れることはなかった。
その日も仕事を終え帰宅した。
この頃になるといちいち手紙を調べることもなくなっていた。
いつものように風呂に入り、2階へとのぼる。
部屋に入ると机の上に手紙がある。
もしや!
慌てて封を開け書かれている文字に目を通す。
鳥肌が立ち、血の気が引いていく…
手紙を握りしめたままその場に呆然と立ち尽くした…
それは…
せんせいの死亡通告書だった…
力なくベッドに座り込む…
不思議と涙は出なかった…
ある程度予想していたからか…?
現実を受け止められなかったからか…?
考えることもできなくなっていた…
脳が麻痺しているようにビリビリ痺れている…
ただ一点をみつめていた…
長い間そうしてたと思う…
気づけば夜が明けていた…
そして仕事に向かう。
いつも通り仕事をこなしていく。
ただ心と頭は空だったと思う。
そして仕事が終わる頃ようやく頭が動きだしたようだった。
そしてようやく理解した…
せんせいはもういない…
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神社仏閣珍道中・改
(続き) 前レスにおいて、最後の締めくくりに こちらのご本尊さ…(旅人さん0)
252レス 8421HIT 旅人さん -
私の煌めきに魅せられて
周りから聞こえてくる。 「いや歌和井さんの方が可愛いでしょ」 …(瑠璃姫)
36レス 404HIT 瑠璃姫 -
幸せとは0レス 72HIT 旅人さん
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猫さんタヌキさんさくら祭り
ポンとボンとタヌキさんの太鼓よこなりました、さあ春祭りにいこうとタヌキ…(なかお)
3レス 98HIT なかお (60代 ♂)
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🌊鯨の唄🌊②4レス 131HIT 小説好きさん
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人間合格👤🙆,,,?11レス 129HIT 永遠の3歳
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酉肉威張ってマスク禁止令1レス 142HIT 小説家さん
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今を生きる意味78レス 513HIT 旅人さん
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黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 960HIT 匿名さん
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🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 131HIT 小説好きさん -
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人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 129HIT 永遠の3歳 -
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酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 142HIT 小説家さん -
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おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1398HIT 檄❗王道劇場です -
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今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 513HIT 旅人さん
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サブ掲示板
注目の話題
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まだ10時すぎなのにw
友達2家族と家で遊んでて別れ際に外で少し喋ってたら 近所の人に、喋るなら中で喋って子供も居るようだ…
69レス 4500HIT おしゃべり好きさん -
女性が座ったところに物を置くのはマナー違反ですか?
27歳の男です。 僕は昔から椅子に物を置く癖があり、仕事でもよくやっています。 最近、1年後輩の…
10レス 381HIT 教えてほしいさん -
保育園の先生は、保護者から旦那の愚痴を
保護者から旦那に関する愚痴を聞かされたら嫌ですよね? 旦那に関する愚痴というか、家庭内の状況が特殊…
8レス 242HIT 相談したいさん -
母とうまくやっていく方法
自分が何よりも1番正しいと思っている母と話をするのが苦手です。 母は話し合いをしようと言っても…
9レス 239HIT おしゃべり好きさん (20代 女性 ) -
🔥理沙の夫婦生活奮闘記😤パート1️⃣😸ニャン
きゃは(*≧∀≦*) 結婚生活のスレットからこちらにお引っ越し💨 皆さん初めまし😊 結…
129レス 1369HIT 理沙 (50代 女性 ) 名必 年性必 - もっと見る