地獄に咲く花
地球温暖化が進んで人類滅亡も近い世界での、ある子供達の物語。
13/03/21 00:30 追記
※このスレッドは前編となっています。中、後編は以下のURLよりお入り下さい。
中編
http://mikle.jp/thread/1242703/
後編
http://mikle.jp/thread/1800698/
尚、このスレッドはレス263よりサイドストーリーとなっております。もし中、後編を御覧になる場合はこちらも読むことをお勧め致します。
「お前は言った。俺達の手が離れる最後の時も、この前俺が来たときも。…幸せに、生きてほしいと。」
「…ク…リス…」
ハヤトの声はほとんど掠れて、注意しないと聞こえない程になっていた。代わりに肉塊が蠢き出して、グチュグチュと嫌な音を放っている。だがそれに構うことなく、ロイは涙を流しながら続けた。
「でもな!自分にとって大切な人間を失って…そう簡単に幸せになれると思っているのか?!」
「……ぅ…」
グチュグチャグチャ
ますます肉塊は歪んでいく。触手が何本か纏まりながら肉塊から放射状に少しずつ伸びていき、見た目は巨大なウニのようになっていった。
「だ…め、だ…クリ…」
「お前はサヤの声が聞こえるとも言った。でも分かってないんだろ?!サヤが、どんな気持ちでお前を呼び続けているのか…お前は分かっちゃいないんだ!!」
メキメキメキ
ウニの棘がもっと伸びる。その時、ロイはようやく異変に気付いたのだった。
「ハヤト…?」
「クリス……に、げ、ろ……」
バッ!!!
ハヤトの精一杯の訴えが消えた後、触手は四方八方に、爆発的なスピードで伸びた。そして、それはロイの方にも。
「!!」
触手はロイを部屋の外へ押し出した。それには抗う間もなかった。
ダン!!
「がっ!」
ロイはドアの向こうの壁に勢いよく背中を叩きつけられる。触手はロイを部屋から出し終えると、すぐに元の場所に戻るようだった。ずるずるとドアに吸い込まれていく。
「ま…て…」
ロイはそれを追おうとしたが、体がついてこない。手だけ伸ばすことが出来たものの、届くはずもなかった。
そして、ほとんど部屋に入りきった触手はドアのノブに絡み付き
バン!!
そのまま引いたらしい。ドアが大きな音をたてて閉まった。ロイはしばらく、ただドアに向かって手を伸ばしていた。
「………。」
そのうち、力が抜けたように手をおろす。同時によろけながら立ち上がった。
「何で…だよ」
ふらふらとドアに向かって、そこに両手をつく。
「何で…何で!」
ロイにはドアがもう開かないことが分かっていた。だから床に叫ぶことしか出来なかった。
「何で…分からないんだよ!!ハヤトおぉ……!」
叫びながら両手をドアに引きずってしゃがみこんだ。ロイの声だけが虚しく、暗い空間に響き渡っていった。
夜は訪れた。青い月光は、もはや灯りが殆んど無くなった国を静かに照らしている。汚れきった赤い海は光の色と混じり合い、黒がかった紫色に見えていた。そこに一隻の飛行艇が浮かんでいる。
『ヴィマナ』だった。その中の狭い一室で、ジュエルは閉じていた目を薄く開いた。剣を抱えて床に座り込んでいるその姿も、窓から射し込む光の青に染まっている。
ジュエルは何故、自分が眠れないのか理解出来ないでいた。この目まぐるしい1日に疲れきっていると言うのに。そう思っていた。
あの時…3人が2人と1人に分かれて、地下を出てから…再び合流した場所はルノワール本部の医務室だった。それから傷口の軽い処置だけ済ませた後、直ぐに人造生物の殲滅に駆り出されたのだ。
地下へ出発したのが9時。全員地下から出たのが15時。殲滅活動への出発は15時15分。それが終わったのはつい先程の24時。休息の時間は無いも同然だった。
ジュエルは立ち上がる。体は重いが、眠れない理由を無性に確かめたくて自然に足が動いた。向かう先は分からなかったので足に任せる。すると『ヴィマナ』を降りて砂浜に出て、そこで足が止まった。
浜辺に座っている一つの人影を見つけたのだ。
ジュエルはその静かな空間で、砂を踏みしめていた。浜辺に座っていた人影を見ながら。予想はついていたのかもしれない、と今更のように思った。人影は、ロイだった。膝を持って座り、無表情に水平線を見つめている。
ジュエルは溜め息をついた後、近付こうと思って一歩前に踏み出した。
しかしそこで足が止まる。ロイはジュエルに気付いている訳ではない。だが何となく、ロイが近づかないで欲しいと言っているように感じたのだ。ジュエルはその場に立ち尽くして、しばらくその座っているだけの少年を見ていた。すると
ザッ
ロイは突然砂浜に寝転んだ。同時に何かポケットから取り出すようだ。…それは試験管だった。ロイはそれを月にかざして、ただじっと見ていた。
ジュエルはその間、時間が止まったように動かなかったが、ロイが試験管をポケットに戻すと…我に帰ってそこから目をそらした。そして自分も少し海の方を見た後、歩いてきた方向に足を進めるのだった。
…波の音だけが、ずっと辺りに響いていた。
その後、ロイが外にいたままだったのか、『ヴィマナ』に入ったのかは分からないが。
夜は静寂に包まれて、そのまま穏やかに更けていったのだった。
そして朝は訪れた。
世界が太陽に照らされて、広がっている砂漠と赤い海、そこに存在する『ヴィマナ』が、はっきりと姿を表す。
コン、コン。
ジュエルはノックの音で、再び目を醒ました。昨日と変わらない小さな部屋で、昨日と変わらない姿勢で寝ていたらしい。違うのは窓から射し込む光の色だけだった。
(…朝か。)
気だるかったが、立ち上がってドアに向かう。ロックを解除した後、ノブに手をかけ扉を薄く開いた。その向こうにあったのは
「ジュエル。おはようございます。」
いつも見る笑顔だった。それを確認すると、ジュエルは扉をさらに開いた。
「おはよう。グロウ。」
「今さっき放送で召集がかかりましたよ。部屋から出て下さい。」
「そうか。すまない。」
「全く…あなたまでいなくなったのかと心配しましたよ?」
「え?」
その突然の言葉に、ジュエルは戸惑う。そして何が起こったのか理解した。
「ロイ…隣の部屋にいないのか?」
「彼も出てこないのでノックしたのですが。鍵は空いていて、中には誰もいませんでした。」
ジュエルは黙り込んだ。昨日、あのままどこかに行ってしまったのだろうか。そう考えたが
ふと、肩から力を抜いた。
「放っておいてやろう。」
「はい?」
ジュエルが溜め息混じりに言うと、グロウはきょとんとする。ジュエルは、微笑んでいるようにも見えた。
「あいつには、あいつなりの事情があるんだ。」
「はあ。そうですね。」
「ジェームズには、俺から話しておく。…さぁ、行こう。」
ジュエルは扉を閉めて鍵をかけると、1人で出口の方に歩き出した。
グロウはその遠ざかっていく背中を少し見送って
「…ふぅん?」
笑った。
ロイの姿は、3日ほど誰の目にもつくことはなかった。
バタン!
扉は突然開かれたので、たまたまそこにいた女性はひどく驚いた。しかし扉を開いた人物には見おぼえがあるようだった。
「ぁ、あなたは…この間の?」
その人物は少しだけ息を切らしていたが、それを押し殺して言葉を紡ぎだす。
「サヤさんに、もう一度だけ会わせて下さい。」
「……。」
逆光の中に見えるその必死そうな表情に、女性は思わず沈黙する。しばらく迷ったが、意を決したように
「どうぞ、上がってください。」
招き入れた。
…ロイはこの今にも崩れそうな木造建築に、再び足を踏み入れたのだった。
「サヤさんは、どちらに?」
「地下室です。サヤを…サヤを助ける方法が、見つかったのですか?」
「…。」
ロイはそこで口を開かなかった。押し黙って女性の後に続き、階段を降りた。すると一つの扉に辿り着く。
部屋に入ると、前に来たときと同じ埃っぽさが感じられた。中央にあるベッドが、裸電球によって薄ぼんやり照らされている。ふと、奥の方にいかないうちに、女性は立ち止まった。そして振り返って、ロイにかなり弱々しい視線を送った。
「サヤは日に日に悪化していきます。助ける方法があるのなら…どうか…」
「分かっています。私はサヤさんを治したいから今ここに来ているのです。」
ロイはそう言って、ベッドへと向かった。…ベッドには、確かにサヤがいた。
だが、ロイはそれを見て微かに眉根を寄せた。あるいは、それはもう見慣れた光景だったのかも知れないが。
それがサヤだと分かるのは、右半身が辛うじて元の形を保っていたからだ。左半身はまるで学校の理科室に置いてある人体模型のように筋肉とも内臓ともつかないものが剥き出しになっていた。その肉体はサヤのものとは明らかに違う生物のもので、それが…サヤの体を侵食しているのだ。
ロイはサヤの全身に目を配った後、左腕に刺さっている点滴の針に注目した。そして女性に、
「それを、抜き取ってくださいますか。」
と、静かに言った。
「え…でもこれは」
「多分それが原因です。」
そんな。とか、まさか。などと女性は戸惑っていたが、やがて恐る恐るサヤに近づき、その針を抜き取るまでに至った。ロイは淡々と話す。
「この点滴は、何故?」
「マルコーさんが…精神病の治療にと…」
「マルコーは、医師なのですか?」
しどろもどろになっている女性に次々質問をしながら、ロイは点滴の袋を台から取り外す。
「ええ。あの方は国の責任者でありながら、国の唯一の医者です。他の医者は全員、人造生物の被害にあってしまったそうで…。」
「…。」
取り外した袋を近くの机に置く。少し周囲を見て、古い棚に、味見をするためにあるような小さな皿を見つけた。それを手にとる。
「…使っても?」
「どうぞ。」
ロイは皿に点滴の針を当て、一滴。内容物を落とした。ここで、あの試験管をポケットから取り出した。女性は思わず訊く。
「それは…何ですか?」
ロイは薄く笑うと、小さな皿を女性に見せて答えた。
「コレと同じものですよ。」
「合成獣の細胞です。生きています。」
「合成…獣?」
「地下刑務所のさらに地底部で発見したものです。強力な人造生物を開発するために作られたものと思われます。」
「な…サヤにそんなものが与えられていたのですか…?!一体何の根拠で!」
「見てください。」
ロイは試験管の栓を開け、小さな皿にそれを傾けた。一滴。液体が…
ジュワッ!
「ひっ!」
突然皿のなかで白煙が上がった。女性は悲鳴を上げて後ずさった。皿の中で混合した二種類の白濁液は、微かに赤に染まっていた。しかし、少しして混合液の色は透明になった。白煙も収まり、辺りはまた静かになる。
「今のは…一体何ですか?」
ロイは無言で、再び女性に皿を差し出した。女性は、それに怯えて震えていた。構わずロイはずいっと皿を近づける。
「や、やめて…!!」
「よく見てください。ただの水です。」
「ぇ?」
ようやく女性は落ち着いて皿の中身をじっと見つめた。
「細胞どうしが打ち消し合って、中和されたのでしょう。」
そう言うやいなや、ロイは皿の中身を…飲み干した。女性は止める暇もなかった。
「ぁ、あ!」
…コトリ、と皿を置く。
そしてニッと笑った。
「…ね?」
女性はまだ震えていた。ロイは一つ溜め息をつくと、真剣な表情に戻った。
「毒には毒と、よく言うでしょう。…ただ。この外気に触れる状態では効果はありましたが、体内では何が起こるか分かりません。ましてや、既に半身は生体融合させられている状態です。」
「そ、それじゃあ…。」
ロイはベッドの手すりから乗り出してサヤを見つめる。その時、髪が少し垂れてロイの顔を隠した。そして、重い口が開く。
「最悪の場合も考えて下さい。」
女性は下を向いた。
しばらくの沈黙が流れる。
「これは。賭けなのです。でも、このままだと侵食されつくされ人造生物になるだけです。…出来る限りのことはさせてください。」
女性は今にも泣き崩れそうだった。しかし紡ぎ出した。その言葉を。
「…サヤに何かしてあげられたら、と彼女を引き取ったときから思っていました。でも、昔から何も出来なかったのです。兄を失った心の傷を癒すことさえ。」
「…。」
「その結果このようなことになってしまいました。…今度こそ。やるべきことをしたい。そして。今出来ることと言ったら、あなたにお願いするくらいしかありません。」
女性の表情は決意に満ちたものだった。
ロイは目を閉じた。そして、ふっと頬を弛めて…頷く。
「注射器の用意をお願い致します。」
「…。はい。」
しばらくして、女性は注射器を用意した。ロイは、それで試験管の中の液体を吸い上げた。…試験管が空になり、最後に、女性の方を見る。
「覚悟はいいですね。」
「…先程申し上げた通りです。」
ロイはサヤの右腕を出す。そしてぐっと自分の息を止めた。
どくん。
「……ふ…ぅ。」
鼓動が激しくなり額に汗が浮かぶ。ロイは自分に呆れた。頭では分かっていても体は素直で、怖いと叫んでいる。そう感じていた。
(全く…覚悟しろと言っておきながら自分の覚悟は出来ていないんだな。)
注射器をサヤの腕に当てる。
どくん。 どくん。 どくん。
ふと、ロイは何故こんなに怖いのだろうと感じた。つい最近、記憶がなかった頃は人の命なんてどうとも思っていなかったし、人殺しもしていた。しかし、記憶が戻ったときから、随分変わった。
…こんなにも、必死になっている。
「くっ…。」
スッ
針が刺さった。
ズズズ
押し出す。どんどん押し出す。迷いを振り切るように。
全ての液が注入された。
サヤの閉じていた目は、急に開く。そしてガクガクと痙攣をし始めた。
「サヤ!」
ロイは思わず小声で叫んだ。注射器が床に落ちる。サヤの震える右手をぐっと握った。
「サヤ…生きて…生きて!」
女性も自分の顔を両手で覆った。ロイは祈るように握る手に力を込めた。
(頼む。効いてくれ…あいつのためにも!)
どくっ!
「ぐっ!」
その時、突然ロイがうめいて左肩を押さえた。
「?どう、なさったのですか?」
「………。」
女性が聞くが、ロイは答えることができない。
耳がよく聞こえなかったのだ。全ての音がくぐもったように聞こえる。その上視界が赤く、ぼやけていた。
どくんっ。どくんっ。
左腕が、鼓動と共に反応している。
(な、んだ……これ…さっきの液は中和しきれてなかったのか…?いや、そんなはずは…。)
どくん!!
(まさか!!)
ロイには他にも心当たりがあった。しかし、それを思い出す間もなく、赤い風景が黒に染まっていく。
ドッ!
そして、仰向けに倒れた。床にぶつかる衝撃すら感じられなかった。女性が自分に向かって何か叫んでいるようだったが…もう何も聞こえなかった。
真っ暗闇だった。その中でロイは左腕を抱えて、もがき苦しんでいた。うるさい鼓動が収まらない。全身から汗が吹き出る。
どくん。どくん。
「はっ…はぁ!どうなって…」
そう言いながら左腕を見て、ロイは驚愕した。
変容していくのだ。黒くなる左腕は信じられないほど腫れ上がって、そこに太い血管が浮き出ていく。手のひらは異常に拡大し、爪が鋭く伸びる。
間違いなく、人間ではなくなっていく。
「ぅ…ぅあぁあああ!!」
バッ!!
ロイはベッドからはね上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
そして3分程息を切らした後、この誰もが分かる状況を理解する。
(ゆめ。)
そこで弾かれたように左腕を見た。…何ともない。人間の形をしていた。
「…。くそ…」
やっと、体が落ち着いてくる。横を見ると、女性が椅子に座って眠っていた。
気付けば、脇に湿った布があった。起きたとき、額から落ちたのだろう。溜め息が出た。
(また、世話になっちまったな。)
ロイは女性の肩を揺らして、起こした。女性はロイの顔を見てほっとする。
「気付かれたのですね。よかった。」
「サヤさんは、どうしました?」
女性は優しく微笑んだ。
「本当に、有り難うございました。サヤは体が元に戻って、今は静かに眠っています。」
ロイはそれを聞いて表情を和らげると、自分に聞かせるように呟いた。
「良かった。本当に…良かった。助けることが、出来た。」
「ロイさん。今はそれより…あなたです。あんなものを飲んで!倒れて、当然でしょう。」
ロイは突如大きくなった女性の声に少しピクリとしたが、首を横に振った。
「違います。」
「え?」
「あれが原因ではありません。あれは完璧に中和された液でした。」
「では、何だと言うのですか。」
その問いに、目をそらして沈黙した。しかし、口を開く。
「私が持ってきたあの試験管。初め、手に入れたときから中身は大体分かっていました。ですが、やはり確信を持ちたかったのです。だから。」
「…まさか、あなた…。」
女性には答えが見えていたようだった。そしてロイは、それを言う。
「細胞を自分に使ってみました。」
「…何てことを!」
「最近左肩に受けた傷に、一滴。垂らしました。実験動物には再生能力があるので、それを確かめたかったのです。…傷口は、3日程で完治しました。」
女性は、もう何も言えなかった。
ロイはベッドから立ち上がる。そして、扉に向かい、ノブを回した。キィという小さな音がする。
「ロイさん、まだ寝ていた方が…」
「大丈夫です。サヤさんの所へ、行きます。」
女性は止めたが、ロイはニコリともせずに部屋を出ていった。
扉は閉じられ、部屋には女性だけが残された。
ロイは地下室に入ってすぐ、サヤを見た。静かにベッドの上で寝息をたて、目を閉じているその姿は。
「元に…戻ってる。」
それを見た瞬間、足から急激に力が抜けた。
「戻ってる…本当に、戻ってる。」
自然に笑みがこぼれる。その時、倒れる前に陥ったあの感覚が蘇った。
怖いという感情に疑問を持ったように、嬉しいという感情にまた疑問をもった。
何故、自分はこんなにも笑っているのか。サヤを助けたからといってたいした意味があるわけではない。せいぜい、新種の人造生物という厄介な敵の発生を防ぐくらいだ。
ハヤトは…もう『いない』のに。
だが、その考えを振り切るように、首を左右に動かした。そして近くにある椅子に座る。
(理由なんて、ないのかもしれない。)
そう、思った。
ロイはそのまま、待った。
サヤの目が開くのを。
…どれくらいたったのだろうか。
地下には当然光が射さない。また、部屋には時計もなかったので、その答えは分からなかった。その中、ロイはただひたすら待っていた。
時間のことなんて、どうでもいいようだった。
「…ぅ」
「!」
その微かな呻き声にロイは反応する。即座にベッドを覗き、呼び掛けた。
「サヤ?」
目が、開いていた。半開きではあるが、確かにサヤの目が開いているのを、ロイは見た。サヤの口元が、動く。
「…クリストファー?」
その声を聞くと、ロイは深く息を吐きながら下を向いた。そして再び顔を上げたときには、とても優しい顔をしていた。
「そうだ…クリスだ。」
サヤは、その後しばらく沈黙した。周りをしきりに見渡し、最後に自分を見る。
「私、何故こんなところにいるの。」
「覚えていないのか…。」
「クリス……兄さん、は…。」
そこでロイはハヤトのことを思い出す。…サヤに本当のことを言うべきか迷った。今まで生きていたが、間もなく人造生物になってしまう、ということを。
(言わない方がいいかもしれない。もう、『死んだ』と思っている方が…)
そんなことを考えていた。
しかし。
グッ
サヤが、ロイの腕を掴んだ。ロイは、前触れもなかったその行動に少し驚く。
「クリストファー。お願い。…人殺しなんて、やめて。兄さんを止めて!」
「…ぇ。」
何を、言っているんだ。ロイはそう思った。
(人殺し…?)
「悪い予感がするの。だからやめて!お願い…!」
サヤの顔を見る。必死に訴えるその表情。それは嘘を言っているとは思えないものだった。
そして、ロイは気付いた。この光景は前にも見たことがある…ということに。
記憶がまた、蘇る。
雨の降る夜。
そこは暗い公園だった。目の前にはブランコに乗って揺れている小さな少女がいた。
自分も少女も傘を持っていないため、服も髪もびしょびしょに濡れている。
「サヤ…そんなところにいたら、風邪ひくよ。」
自分の言葉に返事もせず、少女はずっと下を見ている。雨の音に混じってすすり泣く声が聞こえた。
「また、家を追い出されたんだね。」
自分はサヤの頭を撫でる。その時、少女の頬に青黒い痣を見た。
「お兄ちゃんが…いじめられてるの。わたし、何も…できなくて。」
まだ頭を撫でた。今はそれぐらいしか出来ない。だが、自分はサヤを安心させたかった。
「大丈夫だよ。」
自分はそう言った。
すると、少女はゆっくり顔を上げて、死んだような目で自分を見つめた。
「もうすぐ、終わらせるよ。ハヤトと一緒に。」
「…。」
「だから、大丈夫。」
そして自分は撫でるのをやっと止める。その代わりに、出来る限りの笑顔を作った。サヤは何も言わないが、それを見て少し笑ったように見えた。
自分はサヤを僅かでも癒したかった。だからさらに事実を口にしてしまう。
「もうすぐ、消えるから。」
「…ぇ?」
「サヤとハヤトをいじめるアイツラは。消えるよ。」
「きえ、る…?」
その途端、サヤの顔からまた笑みが消えた。言葉の意味が分からず混乱しているのかもしれない、と思った。自分はさらに続ける。
「俺達でアイツラを、コロすんだよ。」
サヤの表情は、凍りついた。
「ころすの?」
「コロすよ。もう、あの存在に苦しむことはなくなるよ。」
自分はそれに気付くことなく、微笑みながら話していた。
「やめて」
「え?」
なので、その言葉に一瞬戸惑った。自分はそう言われることを全く予想していなかった。
「やめて…やめて…」
サヤは自分にしがみついて、震えた声で呟いていたのだった。
「いなくなってほしいって思ったことは、何度もあった。さっきも天井から吊るされてパパにたたかれた。何も、してないのに…。」
「…許せることじゃない!それはサヤが、一番分かっているだろう?」
雨はますます強くなってくきて二人を濡らしていた。
「でも夢で見たわ。天使が言うの。悪いことをしたら、神さまに地獄へ連れていかれるって。」
「……。」
「人をころすことって悪いこと、でしょ…?兄さんもクリストファーも、地獄に連れていかれちゃう。私、そんなのいや!」
サヤは自分にさらにしがみついて、泣きじゃくった顔を覗かせていた。自分はしばらく、なんと返していいものか迷う。だが、既に計画も準備も整っている。後戻りは出来なかった。
「サヤ。今やらなきゃ…だめなんだ。でないと、サヤとハヤトがずっとひどい目に会う。もしかしたら、死んでしまうかもしれない。そうだろ?」
「…でも!」
「ハヤトが誰かに助けを求めても、今じゃ誰も助けてくれない。でも俺はハヤトとサヤの力になりたいと思った。友達だから。その俺に一番出来ることといったら…人殺しの手伝いぐらいしか、ないんだ。」
サヤは泣き続けていた。いや、と繰り返しながら。
「……ぁ。」
思い出している間、ぴくりとも動いていなかったらしい。ロイの目には先程から必死に腕を掴んでいるサヤの姿が映っていた。
「兄さんはどこ?はやく、止めないと連れていかれる。止めなきゃ…。」
その一言でようやく、ロイは理解した。
「サヤ。お前記憶が…。」
「どこにいるの、兄さん。分からない。どこにもいない。ここがどこかも、分からない…。」
サヤはロイの腕を離す。そして泣いていた。うわごとのように、兄さん、と繰り返している。ロイはその姿をあの少女だった頃に重ねた。
どうしたららいいのか、分からなくなる。
何故ならもう自分達は、『地獄』にいるのだから。
ロイは、もう自分はサヤに何もできないのだなと、目を閉じて思った。
全てが遅すぎた。あの時、殺人という罪を犯さなければ。他の解決法を見つけていれば…こんなことにはならなかったのだ。
絶望と、後悔。
「っ……」
胸が苦しくなり、サヤからそっと離れる。
サヤはもう誰も見えていないようで、ただ、ベッドにすがりついて泣いていた。
ロイはその空虚な部屋から、立ち去る。
扉は、ギイィというやけにうるさい音をたてて閉まった。
部屋を出た直後辺りをつんざくような音が響いた。それは…サイレンだった。
「?」
何事かと思ったその直後、女性が慌てて階段から駆け降りてくるのが見えた。
「た、大変です!ロイさん!」
「何ですか?このサイレン…。」
「外が、外が…!!」
バンッ!
扉を、開く。外の眩しい光に一瞬目がくらんで、何も見えなくなる。だが、その直後見えた光景に
「!!」
ロイは息を呑んだ。
真っ青な空に何百、何千の黒いもの飛んでいるのが見えた。まるで鳥の大群が通りすぎているようだったが…よく見れば鳥ではなかった。
それは、
「人造生物…!!」
大量の人造生物が背の翼で上空を飛んでいる。辺りはたちまち騒ぎになり、家から飛び出してくる人間が続出した。
「な、何だこれは!」
「バケモノの群れだぁ!!」
「マルコーさんの所に逃げましょう!皆、はやく!!」
今いる通りは、もう逃げ惑う人で一杯になった。ロイは舌打ちをすると、後ろにいる女性に振り返る。
「あなたもサヤを連れて早く逃げて下さい!今逃げないと喰い殺されますよ!!」
「は、はい!」
「国の中心部に誘導員がいます。そこに向かって!」
その後は走った。皆の元へ。
ルノワールの中心にある広場には大勢が集まった。そして、20人程の軍服の人間がいて、その一人が大声でマイクを通して指示をしている。人の声に消されるので、ぎりぎり聞こえる程度だった。
「皆さん落ち着いてください!今から避難場所に誘導します。あの旗を持った者に続いてください!繰り返します!旗を持った者に続いてください!!」
悲鳴と罵声が行き交う中、女性はサヤの手を引いていた。サヤはそれでやっと動いている感じで、よたよたと走っていた。
「サヤ!こっちよ。頑張って!」
だが、サヤは足を止めた。女性が強く引いても動く気配はない。人の波は、その二人を邪魔そうに避けていった。
「どうしたの!」
「私、行く。」
「え?!」
サヤはすっと顔を上げる。
「会わなきゃ。」
バッ!
サヤは手を振り払って、走っていった。
「あ!サヤ!サヤぁ!!戻ってぇ!!」
女性が手を伸ばすが、その背中はあっという間に見えなくなった。
サヤは走った。
(兄さん、兄さん、兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん…
どくんっ
ハヤトは頭を抱えた。そして…微かに笑ったように見えた。
今行くよ。サヤ。
どくん!!
ブチッぶちぶち!!バリ!!
「ふっ!」
ザッ!!!
ジュエルが2、3体の人造生物の頭を同時に凪ぎ払い、その後すぐに次に移る。5体斬る。宙に舞いながら7体。
「…。」
ヒュッ
ざばざばざば!
グロウのワイヤーが飛ぶ。1本につき1体を斬り、刻む。結果1振りで10体を倒した。
戦闘は、始まっていた。紫外線遮断フィールドの外側でのことだ。既に、そこには人造生物の渦が出来ている。2人は背中合わせの状態で思い思いの戦い方をしていた。ひたすら目の前の敵を、倒す。
バシュッ!
ドオオオォォン!!
『!!』
突然の轟音が響き渡り、2人はそちらを見た。バタバタと人造生物が墜ちる音が聞こえる。白煙の中に1つの人影が見えた。
「よぉ。遅くなってすまねえな!」
「ロイ!」
「いっつもあなただけ遅いんですよ。…バズーカなんて持ってきてたんですね?」
ロイは巨大なバズーカを持ってそこに佇んでいた。不敵な笑みを浮かべている。2人はそれを見ると、同じように笑う。
「『ヴィマナ』からまたとってきた。さぁ…行くぜ!」
自動的に弾の充填が済むと、ロイは素早く狙いを定める。
バシュッ!
ズドオオォォォン!!!
数十分後、3人を取り囲んでいた人造生物の大半は、死体になって転がった。残りの数は段々と減ってきている。他、迷彩服の兵達も全力で戦っていた。遠くからいくつか爆発音も聞こえていて、手榴弾を使っているようだった。
「もう一息!」
ロイが言ったその時だった。ジュエルが何かを見た。
「おい。あれは何だ!」
それは、猛スピードでこちらに飛んでくる影だった。人型のそれは、漆黒の肌をしている。白色の人造生物とは違う。ジュエルは戸惑い、一瞬剣を振るう手を止めた。
「黒い人造生物!?」
「新種か。大統領から聞いたぜ。」
「えー、私達は聞いてませんよ?」
話している間にも、それは真っ直ぐロイの方に向かってくる。
ジャキッ
ロイがバズーカを構える重い音がする。
だが。
ビュ!
「くっ!」
それより早く敵は来た。ロイの脇を通りすぎる。その時敵は目標を爪で切り裂こうとしたが、ロイは後ろに飛び下がってそれを免れた。
そして
ダンダンダンダン!!
素早く左手で腰に差してある一挺の銃を取り、連射した。
「ちっ」
黒い影は勢いよく舞い上がった。見えなくなるほど空高く。だから弾が当たったかどうかは定かではなかった。
それはすぐに『落ちてきた』。
ドゴォン!!
「っ!」
ロイがいた地面が音をあげて凹む。
ダンダン!!
再びロイの銃は火を吹く。砂ぼこりをあげる地面に向かって。
ゴォッ!
そこから飛び出す黒い影。まず爪が襲ってくる。ロイは銃をしまい、ナイフを手にとった。
ギィンッ!ガッガッ!!ガン!!!
1人と1体の激しい戦いが繰り広げられた。
どうやら黒い人造生物はロイが狙いのようだった。ロイの頬には幾筋もの切り傷ができ、血が滲んだ。
「くっ!俺ばっかり狙いやがって。」
それに不満を溢す。その時ナイフの銀が光った。
「はぁ!」
ザバッ!
ナイフは人造生物の胸に突き刺さった。次に、ロイはそれを横凪ぎに振り払う。返り血が服についた。人造生物は悲鳴こそあげなかったものの、少しうろたえたようだった。翼を広げ、ロイに背を向けた。
バサッ
「?!…待てこの野郎!!」
黒い人造生物が逃げていく。同時にロイは駆け出した。
「ロイ。俺達も後でそっちに行くぞ。」
「すまねぇ。また単独になりそうだ。」
「いい。先に行け。」
ジュエルはロイを見送った。
黒い人造生物は国の方に向かっていた。下手をすれば見失ってしまいそうだ。その上周りの白い人造生物が襲ってくる。
「邪魔だっ!」
バシュ!
ズドオオォォォン!!
ロイはそれらをバズーカの火力で一掃し、目標を追い続けた。
そうして辿り着いたのは、瓦礫があるだけの乾いた場所だった。そこにどんな建造物があったのかは、見て分からない。しかしロイには何となく見覚えのある場所だった。
道なりに走っていくと、1つの空き地に出た。かろうじて分かるのはそこが公園だと言うことだ。壊れかけの遊具がある。
滑り台。シーソー。木馬。……ブランコ。
「!」
ドン!!
ロイは発砲した。
ブランコに座っている少女に近づく…黒い人造生物に向かって。
それはゆっくりと振り向く。
「…っ!」
ロイは一瞬狼狽した。そこにはさっきまでなかった、人間の顔が存在した。
その口が、か細い声を出す。
「やってくれたねぇ。クリストファー。まさか体内の合成獣の細胞を、同じ合成獣の細胞で死滅させるとは。勇気ある行動だ。」
ロイはぎりっと歯を食い縛って声の主を見つめた。
「マルコー…!!」
「サヤに近寄るな。」
ロイが右手の銃を向けたまま言う。ブランコの上に乗っているのはサヤだった。ロイは、サヤに何故こんなところにいるのか聞きたかった。しかし今はマルコーの方に質問したいことがある。
「サヤとハヤトを実験に使ったのはあんただってことは、もうとっくに分かってる。これもあんたのだろうしな。」
ポケットから何か取り出し、マルコーの足元に投げた。マルコーがぎこちない動きでそれを拾う。
それは写真だった。白衣を着た女性と男性、その間に男の子が映っている。3人とも無表情に見えたが、微かに笑っている。
そしてこの男性の顔は…今目の前に見えている顔、そのものだった。
写真を見たマルコーは、にぃっと笑うだけで何も言わない。
「あんたは地下研究室で人造生物の研究を進めていた。この大量の人造生物も…あんたの仕業か?」
答えは少しして返ってきた。
「まぁね。ちょっと特殊な電波を送ってやるだけで、思うように動いてくれたよ。」
ロイはぐっと左手を握りしめて、怒りの眼差しをマルコーに向けた。
「何故だ。何故人造生物など生み出す必要がある。人を犠牲にしてまで。」
「…クク。」
「あんたの目的は、何だ!!」
「…………。決まってるじゃあないか。」
マルコーはしばらく喉の奥で笑ってから、天を振り仰いで言った。
「世界を、救うためだよ。」
「…?!」
「この地球は、滅びる。それを止めるには生命が必要だ。」
「…何を。」
「莫大な生命のエネルギー。人造生物は、うってつけだ。元々ヒトの何十倍のエネルギーがある上、ヒトを喰うことによってますますその体にエネルギーが貯まる。強力なエネルギーを持つ人造生物の研究を重ねるうちに自分までこんな姿になってしまったがね…。」
「言ってる意味が、分かんねぇんだよ!!!」
ドンドン!!
ロイはバズーカを投げ捨て、左腰の銃も抜き、両手で銃を撃つ。しかしマルコーは今いた位置から消え失せた。
「…なっ!」
銃弾はサヤの足元に当たる。ロイが舌打ちをした、その一瞬。
ガシッ!
「ぐっ?!」
マルコーは後ろからロイの首をがっちりと肘で絞め上げた。そして再び言う。
「だが生命エネルギーはただ集めただけでは意味がない。集めるだけでは使えないんだ。……『鍵』がないと。」
「…?」
ロイは、眉を潜めた。
「やっと1人見つけることが出来た。」
「な、に…」
ふと、マルコーは空いてる方の手でいとおしそうにロイの頭を撫でた。ロイはそれをたまらなく不快に感じ、頭を振る。しかしそれに構うことなくマルコーはその一言を、ロイの耳元で囁いた。
「『鍵』…ルチアの遺伝子を持つ。同時に我が息子。クリストファーよ。」
何を言われたのか理解できなかった。意味が分からなかった。
声が喉の奥から出てこない。言葉が紡げない。思考が回らない。
ただ。
呆然としてマルコーの言葉を聞いていた。
「私はお前に詫びなければならない。お前は、弟のジルフィールよりルチアの遺伝子が多くは見られなかった。私はそれだけでお前を捨て、孤児にしてしまった。」
「…。」
「そしてあの時。刑務所で殺してから、すぐキサラギ同様、培養液に入れておけばよかった。お前はルチアに再び強化人間として命を与えられ、この地獄で生きながらえている。」
「……。」
「クリストファー。分かるかい?お前が何故、今生きているのかを。いや、分からないだろうね。あの刑務所からの脱走事件で、お前は間違いなく殺されていたんだから。」
「…ころ、されて…。」
ロイは、あの最後の光景を思い出す。自分に向けられた冷たい銃口が、見えた。
ロイは何も言えない。
言いたいことは山ほどあるはずなのに。
いつの間にかマルコーの言葉に、真剣に耳を傾けている。
本能が、聞き逃してはならないと叫んでいるような気がした。
「そう。お前をちゃんと殺したんだ。なのにあの女が…ルチアが私を裏切り、お前を隠した!」
マルコーはますますきつくロイを締め上げる。ロイは苦しくて小さく呻く。だが、苦しみに構わず、考えていた。
ルチア。人造生物を作り出すきっかけとなる研究をした。そして人造生物を処分するために強化人間という狂戦士を生み出した。
憎かった。自分が強化人間として目覚めた瞬間からとても憎かった人間だ。
それなのに。
鼓動が高まっていく中、ロイの記憶が蘇っていく。
無意識に呟いた。
「かあさん…。」
誰かの低い声が聞こえるが、よく聞こえない。風景も、焦点が定まっていないので、ぼんやりして見えない。何より、自分の視界は全て赤に染まっている。
ひどく胸が痛い。
何かが心臓に食い込んでいる。それが自分の体に穴を開けて、血がどんどんそこから流れ出ている。
誰かこの痛みをとってほしい…そう思ったとき。
聞こえた。
母さんの声が。
自分の名前を呼んでいる。何度も何度も。声が震えていることから、泣いていることが伺えた。
自分は死んでいるのだなと、なんとなく思った。それなのにこうして意識があること、痛みがあることを自分は不思議に思っていた。あるいはまだ生きていて、死に至る直前なのだろうか。そう考えていると、周りの会話が聞こえてきた。
「クリストファー!クリストファー!!ぅあぁぁぁ…」
「ルチア。落ち着くんだ。元々クリストファーは実験のために作ったんじゃないか。悲しむことはない。」
バシッ!
肌をたたく音が聞こえた。それから少しの間だけ会話が途切れる。
「何をするんだ。ルチア。痛いじゃないか。」
「マルコー…あなたはもう、人間じゃない。私は!!」
「言わなかったかな。もう戻れないと。それに君は、今まで私についてきていたじゃないか。この環境を元に戻すには、地球の血液…オメガ。それを増加させるしかない。そのためには生命が必要。何度も言ったことだよ。」
「…っ」
「クリストファーが見つかって良かった。貴重なオメガ遺伝子。生物の体をオメガに同化するためには不可欠なものだ。」
意識が薄れていく中、自分は2人の話し声をただ聞いていた。
「もう限界。人殺しをして得られる世界なんて、いらない。」
「…。」
「私は自分の手で人々を救う。オメガ・プロジェクトなんて使わない。そしてあなたを、止めて見せる…!!」
「ルチア。オメガ遺伝子の源である君が抜けたら話にならないんだ。それに今まで犠牲になった囚人を…」
マルコーが説得しようとしているのがわかったが、もう話し声は微かにしか聞こえない。そのうちそれは自分の耳には届かなくなっていった。
聴覚が薄れていくと同時に、痛みも薄れていく。体から力が抜けていく。
もう本当に最後だと、自覚した。
やっと、楽になれる。
ぽたり。
…?
頬に、雫が落ちてきた。そして抱きしめられたような暖かさが自分を包み込む。…呟きが、聞こえた。
「ごめんね…クリストファー…本当に…ごめんなさい…」
自分は真っ暗闇に落ちていった。
母さんは、謝っていた。
何故?
…あぁ。 そういうことか。
ふと、感覚が戻ってきた。ロイは今マルコーに襲われていることを思い出す。こんな中で昔の記憶に浸っていたことに、ロイは少し苦笑した。
「もうにガさナイ!オメガ遺伝子イィ!!!」
マルコーの声は人間のものではなくなっていた。
マルコーの締め上げる力は普通の人間であったならば首の骨が折れている程にまで達していた。だがロイは口を開く。
「最初から分かっていたことだが。」
それは、さっきとは様子が違っていた。とても低く、冷たい声。マルコーの動きが止まった。
「あんたはここで俺に消される。……何故かって?単純な理由が二つある。」
ロイは続けた。
「一つ。あんたはオメガがどうとか、よく分かんねぇが、人を殺して人造生物を研究し、作り出している。自分が人造人間になるまで、な。…そして二つ目。」
ジャキッ
「!」
ロイはマルコーの顎に銃口を押しつけた。そして。
「俺は、生物学者ルチアによって生み出された強化人間。人造生物を殲滅するための人形だからだ!!」
ドン!!
撃った。
弾は勿論マルコーの顎に命中する。束縛から逃れたロイは跳び下がりながら目標に向かって連射する。その後は素早くサヤの手を取った。何とかブランコから瓦礫の陰に引っ張っていく。
「サヤ!早くここから逃げろ!」
「…だめ。兄さんに会わなきゃ…。」
「今はそんなことを言ってる場合じゃない!」
マルコーは仰け反った背中を起こし、血だらけの顔で、ニィと笑った。
サヤは、それ以上何も言わず、瓦礫の陰に座り込んだ。ロイが強くサヤの手を引くが、動こうとはしない。
「サヤ!立つんだ!!…くそ…!」
そうしているうちに向こうからの気配が迫ってくるのが分かった。ロイには次に起こることを予想できた。
「っ!危ねぇ!!」
ドンッ
ロイは座り込むサヤを横から押す。サヤが乾いた地面に転がった、次の瞬間。
ドゴオォン!!
瓦礫は破壊された。
原因である黒い腕は、サヤの座っていた所から突き出ていた。もしロイが押していなければサヤは瓦礫ごと貫かれていただろう。飛び散る破片がサヤの腕を切った。
「くリストファー…つクヅくオ前は親不孝者ダ。」
向こう側からどす黒い声が聞こえる。
「…あんたみたいな化け物を親と認めた覚えはないね。」
ロイは笑い飛ばす。だが額には汗が浮かんでいた。
「その実験サンプルは最高の人造生物になるはずだった。数千人分の生命エネルギーを持つ、人造生物に…。」
マルコーの声色がふっと高くなる。人間の声に戻ったようだ。しかしそれは少しの間だけのことだった。
「それをオメガにスれば、少しは犠牲者が減ったかもシレナイのになアァ!!」
ロイの表情が怒りに歪んだ。
「黙れ!」
ザッ!
ロイは瓦礫から突き出ている腕を、右手に持ち替えたナイフで斬った。すると腕は少し痙攣して、引っ込む。それを追い、マルコーに真正面から向かった。
そしてナイフを振り上げる。
「おおぉ!!」
ザバッザバザバザバザバ!!
ロイは乱れ斬りをマルコーにお見舞いした。マルコーはもろにそれを食らって血を飛び散らせているが、顔は笑ったままだ。
その攻撃は止まらない。マルコーを空中に上げるように斬る。それと同時にロイは地を蹴った。
ザバッザバッザバッザバッ!!
空中で乱れ斬り。まるで人間業ではない。そしてロイは仕上げに取りかかった。
「ぜぁあ!!!」
ザン!!
最後の一斬りでマルコーを瓦礫の山に飛ばした。そして左手の銃を構える。
ドン ドン!!
空中で二発撃った後、くるりと回って地面に着地した。
ガシャアアァァァン!!!
瓦礫に突っ込む音とともに大きな砂ぼこりが上がった。ロイは微かだが肩を上下させる。だが、休んでいる暇はないようだった。
「!!」
ロイは直感的に右に跳んだ。
シュバババ!!
ドガッ!
棘のようなものが地面を貫いた。それは砂が作り出す霧の中心から伸びている。ロイが攻撃を免れて、半身を地面につく。その直後。
「っ!!」
ドガドガドガ!!!
ロイは慌てて右に転がった。それは一本ではなかった。まだまだ襲いかかってくる。転がって避けた。
「ちっ!」
転がりながら左手の銃を構え、自分に向かってくる棘を撃った。
ドンドン!
棘は強力な弾丸によって打ち砕かれる。その隙にロイは、体を起こした。そして右腰の銃を抜いた後、他の棘も同じ様に撃ち落とす。
ブシュウゥゥ!!
10本の棘は血の雨を降らせた。
しかし、あの声が再び響きわたる。
「むだダ。」
砕けた棘は復元した。しかも棘の先が無数に分裂して、より細かいものになっていた。それが、ロイへと一斉に降り注ぐ!
「……!!!」
その時サヤが何かに気づくように反応した。…表情がさっきまでとは違う。目を見開いて、呟いた。
「にいさん?」
ドドドドドドドドドド!!!
棘の雨が降った。
ロイは貫かれることを覚悟し、目を閉じて痛みを待っていた。しかし、いつまでたっても痛みは来ない。
「…?」
ロイが目を開く。
そこに見えたものは
まず見えたのは赤い背中だった。ロイには一瞬何が起こったのか理解できなかったが、奇妙な生物が自分の盾になっていることが分かった。
赤く見えていたのは、背中を覆っている剥き出しの筋肉のような繊維と、まるで今生まれたばかりのように全身についている、おびただしい量の血だ。
ロイは理解した。目の前で、今自分の代わりに貫かれているものが何なのか。
「……ハヤト?!!」
ロイが呼びかけるとその生物は体は動かさず、顔だけゆっくりとロイに向けた。
そこにハヤトの面影はない。顔面には目も耳も鼻もなく、裂けたような大きな口があるだけだった。
…それでも。ロイの心は、間違いなくハヤトであると告げている。
ロイが呆けたように見ていると『ハヤト』は正面を向き直し、吠えた。
「オオオオオオオオォォォォン!!!」
形容しがたいその声は、地の底まで響きそうな程に大きかった。空気が振動する波が、ロイには感じられた。
バキバキバキ!!
『ハヤト』の体に食い込んでいる棘は、粉々に砕け散った。その後『ハヤト』は4つ脚で、砂煙の中へ疾走する。よく見れば、その姿は、人の形から獣の形に変わっていた。
視界のない煙の中を走り抜ける。獣の雄叫びをあげて、真っ直ぐただ目標に向かう。
そして辿り着いた。
前足を、振り上げる。
「ガアアアアァァァ!!」
ズガガガガガ!!!
『ハヤト』はマルコーの体を縦に、爪で引き裂いた。爪は地面まで届いたらしく、とても深い溝を残していた。右腕とも触手ともつかないものが、赤い飛沫をあげて地に落ちる。
その後は、
ザクッザザッ!!
マルコーの体を割れた地面に押し付け、爪を立て続けた。ただひたすらに、まるでその行動が本能であるかのように肉を掘り返す。
自分を化け物にした憎しみ。
妹まで同じ目に遭わせようとした怒り。
それらを全てぶつけているようにも見える。
だが、マルコーの顔には…喜びの表情が浮かんでいた。
「素晴らしい。スバらしいエネルギーだ!キサラギィ!!ハッハハはははハハハハ!!!」
バキバキバキ!!
狂った笑い声とともに、右の体が嫌な音を立てながら復元していく。腕の辺りまで進んできた。
「させるかぁ!!」
ドンドンドン!
その時、ロイの銃弾が再生する腕を貫く。さらに、
「は!」
ザザバ!
晴れていく霧の中、2つ。銀色の光が見えた。
ジュエルだった。後ろにはグロウもいる。
「えーと人造生物が2体…どっちを狙えばいいんでしたっけ?」
「今俺が斬った方だ。」
グロウののんびりとした口調に、ジュエルは淡々と答える。
そんなことをしている間に、再び人間のものではない声が聞こえた。
「ゥォオオヲヲヲヲオオん!!!」
それはさっき『ハヤト』から発せられた声とは違った。ロイは、どうすればいいか一瞬で判断する。
「下がれ!」
バッ
三人はロイの言葉にすかさず反応し、後ろに跳躍した。『ハヤト』だけが、まだそこにいた。マルコーの傷口から触手が伸び、蠢く。
ズオォォオオ
触手はマルコーの体全体を包み込み、肉塊を形成した。『ハヤト』は獣からヒト型に戻り、空中に跳ぶ。その際バキバキと音を立てながら、背中に翼のようなものを生やしていた。
ロイはそれを確認した後、身構えた。
「再生している時にに攻撃しても意味ありませんでしたね。」
「今、あれに近づけば喰われるだろうな。そしておそらく、あそこから強力なヤツが出てくる。」
「ロイ。止める方法はないのか。」
「攻撃をしても、どうせ再生する。」
肉塊はそのまま大きさを増していった。
それは、どんどん膨張する。待つことしかできない苛立ちに、ジュエルは眉根を寄せていた。
「一体、何が出てくるというんだ…。」
辺りが緊張に包まれる中、ロイが空中に静止している『ハヤト』を見ていた。ロイの顔は無表情だが、瞳の奥には不安が渦巻いているように見えた。
(ハヤト…)
その時。
ミシ…ミシミシッバリッ!!
「?!」
「ロイ!見ろ!!」
大きな肉塊の膜が破れていく。その中から不気味な唸り声をあげながら、それは出現した。ロイは生唾を呑んだ。
「こいつか…!」
「これなら区別がつきやすいですね。」
やはり、それは巨大だった。高さ3メートルは軽く越えている。触手まみれのその生物は、出来損ないのドラゴンのような形をしていた。背中の翼は肉がなく、白い骨が数本あるだけだ。
バッ!
『ハヤト』が動き出す。瞬間移動でもしたかのように、『マルコー』に攻撃を仕掛ける。今度は牙だった。
「ハヤト!危険だ!!」
ロイの声は、届かない。
『マルコー』の口は大きく開いていた。そこから、
ビュビュビュ!!
何かが吐き出された。
緑色の液体だった。
ドヅッ!!
それは『ハヤト』の翼を、弾丸のように突き抜けた。
バタバタバタ!
吹き出したその液体は3人のもとにも降り注いだ。3人ともそれに当たらないように動く。すると、ロイの横でジュウゥ…と、何かが焼けるような音がした。
見れば、瓦礫の一部が煙を上げながら溶けていた。
「溶解液…!」
ロイは、はっと上を見た。『ハヤト』は、片翼の半分以上なくしても『マルコー』に向かっていた。
思わず叫びたくなるが、グロウがそれを制した。
「無駄ですよ。あの人造生物は止まりません。」
「グロウ…。」
「見れば分かるでしょう?あれは、もうあのデカブツを倒すことしか考えてません。」
「でも…さっき俺を守ってくれたんだ。まだ、あいつは『生きて』いる!」
グロウは少しの間をおいた後、素っ気なく言った。
「完全に暴走するのも時間の問題でしょうね。」
「……!」
ロイは、下を向いて黙り込む。両手の銃がぶら下がっていた。その横にいたジュエルが、声を低くして言う。
「ロイ。今はアレを倒すことだけ考えるんだ。」
「分かってる……分かってる。」
地面を見つめながら重く呟き、息を吐いた。そして、ゆっくりと顔をあげる。
「……。行くぞ。」
ダッ!!
ロイが地を蹴ると同時に、ジュエルとグロウも走り出した。 ロイが指示を送った。
「俺がヤツの目を引く。お前らは隙を見て攻撃するんだ。」
「分かった。」
「了解です。」
3人の会話はいつもどうり5秒程で終了する。 その後は、すぐ行動に移った。
ジュエルとグロウは、『マルコー』の横のほうへ。ロイは真正面から『マルコー』に銃を向けて突っ込んでいく。
ドンドン!!
最初にロイの弾丸が飛ぶ。それは『マルコー』の喉元に当たった。しかし『マルコー』はびくともしない。それどころか、攻撃に反応した直後、鋭い爪で自分の敵を凪ぎ払おうとする。空気を殴るような音がした。
グオォ!
「ハッ」
シュタッ
ロイはそれを高いジャンプでかわし、巨大な『マルコー』の肩に着地した。銃を『マルコー』のこめかみにあて、引き金を引こうとする。だが。
シュバ!
「!」
何かが噴出したような音で、ロイは反射的にかがんだ。ロイの頭上を、緑色の液体が勢いよく通り過ぎる。あの溶解液だった。
「っ…」
少し霧がロイに降りかかった。細い腕で頭を隠し、息を止める。強化人間だったため、少しの痛みだけで済んだ。
(く…。どこから射出されたんだ…)
今、『マルコー』は宙に舞う『ハヤト』に集中していて、ロイには顔を向けていない。溶解液は口から発射されるはずなのに。そう思って周りに目を向けたが、それらしいものはなかった。
しかしロイはある気配に気づき、即座に発砲した。
ドン!!
ブシュッ
命中する。それは赤い触手だった。ビクッと痙攣した後、下に落ちてゆく。その時、触手は『マルコー』の尾のようなものだと分かった。そして、その尾は枝分かれしている。
「ちっ。器用な…もんだな!」
タッ!
再びロイは飛び上がる。
シュシュバシュバ!!
四方八方からの溶解液が空間を横切った。それは死角にあった数本の触手の先から出たものだった。ロイはそれを見て、銃を構える。
ドン ドン!!
無重力状態になったときに、まず2本撃ち落とす。
シュババ!
ドンドンドン!!
溶解液を空中で避けながら3本。
ドン!
シュタ
宙返りの後1本。その後地面に手をついて着地した。
どどどどどどぉ!
触手は大きな音をたてて転がった。また砂埃が上がる。その中で、ゆっくりとロイは立ち上がった。
キシャアアアァァ!!
爬虫類のような叫びとともに、『マルコー』はロイに牙をむく。
『マルコー』の爪が振り上げられた。ロイは後ろに跳び下がって避けようとする。だが次の瞬間、ロイは驚愕した。
グンッ
「な?!」
変化があったのは『マルコー』の翼の骨だった。何本もあるその無機物は一瞬にして長さを増し、湾曲した。
ザッ!
「っ!」
1本がロイの腹にかすった。骨は全方向から、槍のようにロイに向かっていく。あの巨大な爪は避けられたとしても、骨は避けきれない。しかも銃の弾は先程使い果たしてしまったことを、ロイは知っていた。
「…く!」
ロイが防御の体勢を取った時だった。
「ロイ。あなたらしくもないですね?」
ヒュヒュヒュヒュ
バッキイイィン!!
白い骨は折れて、砕け散った。ワイヤーが辺りを行き交っている。
「…グロウ!サンキュ!」
感謝の言葉を言いながら、ロイは走る。そしてすぐに弾をつめた。
その途中、ジュエルとすれ違う。ジュエルは地を駆け、『マルコー』の体に飛び移った。
「ふっ!」
タンタンッ
腕、肩と移動していき、最後に行き着くところは…
タン!!
『マルコー』が振り上げている、右腕の先だ。
「はああぁぁ!!」
ザン!!
『マルコー』の右腕は、あり得ない方向に折れ曲がった。
『マルコー』の体勢が崩れた。
そこに、キイィン…という音を立てながら『ハヤト』が接近していく。そして右の拳を。
ドゴオオオォォォン!!!
『マルコー』の体内にぶち込んだ。
周りの空気が大きく振動する。それはあまりに強力な一発だった。
ゴオォォ!
「!」
空中にいたジュエルは、その波動で吹き飛ばされそうになる。だが、見ることは出来た。
『ハヤト』の“破壊力”を。
ぽつりと呟く。
「何て、力だ。」
トッ
着地した後もそれに目を奪われたまま、ジュエルは立ち尽くしていた。
『マルコー』の胸に巨大な穴が空いていた。それは、胴体がまるごとなくなったと言ってもいい程だ。そこから、何かの熱によってシュウゥゥ…と白煙が立ちのぼっている。
『ハヤト』の身長は、普通の人間とさほど変わらない。それに対して、『マルコー』はかなりの巨体。素手であんな穴を空けるなんて、不可能なはずなのだ。
「……………ハヤト。」
ロイも絶句している。
辺りは不気味な静けさに包まれていた。
『マルコー』は、生きているのか、死んでいるのか分からない。もし倒せていたとしても、目標を失った『ハヤト』が、次に何をするか。
誰も、何も言えなかった。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
突然地鳴りが起こった。3人とも思わずよろける。
「何だ?」
「ロイ。やっぱり、まだ終わりじゃないようだ…。」
「見てください。デカブツの傷が治っていきます。」
見れば、ロイが撃ち落とした触手、グロウが砕いた骨、ジュエルが折った腕…そして、ハヤトが開けた穴。全てが元に戻っていく。ロイは息を呑んだ。
『マルコー』は完全に復元した。その後、気をためるように体を丸めた。それと共に地響きが大きくなっていく。
そして、『マルコー』は力を解き放った。
「ゴぉおアあああアアァぁぁァァァ!!!!」
ガガガガガガガ!!!
『マルコー』は、聞いているだけで脳が壊れそうな声で吠えた。『マルコー』の足元から地面が裂けていき、どんどん広がっていく。それが3人まで届いた、次の瞬間。
ザバババ!!
「がっ…?!」
「ぅく!」
「!」
辺りにバッと鮮血が散る。ロイ、ジュエル、グロウは同時に呻いた。
ロイの左肩に深い溝ができている。ジュエルの胸板には横一文字に傷が。グロウの背には右から左にかけて、斜めに切れ込みが走っていた。
3人は、各々傷を押さえて痛みをこらえた。ジュエルが膝をつく。
「何が、起こった…?」
そして、今感じていることをそのまま口に出した。グロウが応じる。
「かまいたちのようなものでは?」
深い傷を負ったというのに、いつもとあまり変わらない、呑気な口調だった。
「真空波…あの動作だけで…!」
ロイはそう言ったあと歯を食いしばった。
どくん。
突然ロイの左腕が脈打つ。途端に嫌な感覚が腕を駆け巡り、そのうち痙攣が始まってくる。そして。
みりみりみり
「!」
ロイは目を見開いた。ロイの左肩にできた溝が狭まっていく。完璧に傷口が見えなくなるまで、復元していき、痛みも無くなった。ロイはしばらく呆然としてから、苦笑して小さく呟いた。
「全く。有り難いんだか、そうでないんだか…。」
「ロイ、その肩は…?」
ロイは、ジュエルの言葉に大きく反応した。ぎこちなく、ジュエルに視線を移す。
「…見たのか?」
「見た。」
「見ましたね。」
「……。」
ジュエルだけでなく、グロウも即答した。
「お前ら…どんだけ細かいところ見てんだよ…。」
その時、ロイはあることを思いついた。
この左腕は、利用できる。
「で、それ何ですか?」
グロウが訊ねる。ジュエルは何も言わないが、真っ直ぐロイを見つめていた。
ロイは決まりの悪そうな顔で頭をかく。
「やれやれ。こんなに早くバレるとは、思わなかったよ。」
「ロイ…その、再生能力は。」
「あぁ…。あいつらと、同じの」
「ガアアァあああ!!」
『!』
ドガガガガガガガ!!
『マルコー』が再び動き出した。3人に目掛けて爪を振るった。3人は体力を無駄にしないよう、ギリギリのところで避ける。
「合成獣の細胞だ。」
「自分の体内に存在すると?」
「そんな馬鹿な!何でロイに…!」
ドガガガガガガガ!!
第2波。
ザッ!
「つ!」
ジュエルは動揺と痛みで動きが鈍り、それを避けきることが出来ず、右足に傷を負った。そこに、ロイが手を差し伸べる。
「色々、あった。」
「ロイ…。」
ジュエルは再び狂ったように『マルコー』に攻撃を仕掛けている『ハヤト』を見上げた。
(あの人造生物は、キサラギハヤト。ロイはそう言った。だったら分かっているはずだ。……自分も、同じ運命を辿ることくらい。)
ジュエルはロイの手を取った。だが本当に、微かに。自分にさえ聞こえない程小さく、
舌打ちをした。
ドンドン!!
ロイが『マルコー』の腕を撃ち、動きを少しだけ封じた。その隙に、ジュエルは一旦下がる。ロイは振り返って言う。
「ジュエル。グロウ。作戦を変える。あいつに極限までダメージを与えることに重点を置きたい。」
「…。努力はしてみる。」
「再生機能を何とかしないと無駄でしょうね。」
「きっとあいつは追い詰められれば、自分を触手で包み込んでさらなる進化を図る。その時がチャンスだ。」
「…それに近づけば吸収されてしまうのでは?」
そこで、ロイは自分の左腕を見た。
「俺に、考えがあるんだ。」
「…じゃあ行きますかジュエル。傷大丈夫ですか?」
「人のこと、言えたものじゃないだろう。グロウのは結構深そうだ。」
「これぐらいで、死にませんよ。」
シャッ
グロウは右手の5本のワイヤーを出して、いつもの笑顔をジュエルに向けた。ジュエルはそれを見て、自分も目標に向かって2本の剣を構える。ジャキッ…という重い音がした。
「さっきあれほどやっても再生した。致命傷なんて与えられるのか…?」
「さぁ?やってみるしか」
その時グロウが少し右手を動かすと、ワイヤーが収束して、剣の形を成した。
「ありませんね。」
ヒュヒュヒュ
『マルコー』は『ハヤト』との攻防で両腕を使っている。なので、翼の骨を使ってグロウに攻撃を仕掛けた。
グロウは疾風のごとく走り出す。
ヒュドドドドド!!
骨が次々襲い来る中を、グロウは物凄いスピードで駆け抜ける。前から来るものも、左右から来るものも、後ろから来るものも…時には左手のワイヤーで応戦していたが、ほとんど走りながら避けていた。
グォ!!
突如、骨はグロウを全方向から囲み込む。
「…しつこい。」
シャッ
左手を一振り。
バッキイイィン!!
砕け散った。
折れた骨は収縮し、『マルコー』の背に戻っていくようだ。それを見たグロウは、そのうちの1本にワイヤーを放つ。
ひゅっ
ワイヤーが骨に巻きつくと同時にグロウの体が浮いた。そこから一直線に『マルコー』へと向かっていく。少しして、グロウは『マルコー』の肩に飛び移ることができた。
メキメキメキ
奇妙な音にグロウが振り向くと、骨は復元していた。思わず溜め息が出る。だが、その次に起こったことに
「お。」
グロウは少し驚く。
メリメリメリメリ
復元した骨を肉が覆い始めていたのだ。
「これは…もしかして、ですね。」
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