地獄に咲く花

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2013/11/10 23:01(更新日時)

地球温暖化が進んで人類滅亡も近い世界での、ある子供達の物語。

13/03/21 00:30 追記
※このスレッドは前編となっています。中、後編は以下のURLよりお入り下さい。

中編
http://mikle.jp/thread/1242703/

後編
http://mikle.jp/thread/1800698/

尚、このスレッドはレス263よりサイドストーリーとなっております。もし中、後編を御覧になる場合はこちらも読むことをお勧め致します。

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No.1159506 (スレ作成日時)

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No.51

さっきまで激しい戦場だったあの場所には、何も無くなっていた。「…。全滅したのか?」
ジュエルは窓から、空にたちのぼる黒い煙を見つめながら言った。
「…分からないだろう。いくら広範囲の爆弾でも…。」
ロイは最後で口ごもった。
「ええ。ルノワールに着くまでは油断は出来ません。」
迷彩服の男が再び話しかけてきた。
「それどころか、着いてからはもっと危険です。敵の本拠地のようなものですから。」
「…地上でもこんな風に一掃するつもりか?」ロイは少し目を細めて言った。
「…いまの状態の地球環境に影響が出ることは承知しています。ですが…」
「………。まぁ、そうしたいのならいいんじゃないか?」
不意に、ロイはスッと笑った。
「…やむを得ない場合、です。」

そんな会話が終わると、三人はまた控え室に押し込まれた。
それからまた数時間たつと、赤く変色している海に面した国が見えてくる。
ルノワールだった。
『ヴィマナ』はゆっくりと下降する。そして、その赤い海に着水する。

ドザザザザ………
海は巨大な飛行艇を受けて、激しい水飛沫と波を立たせた。

No.52

『ヴィマナ』が海に着水すると、陸に橋をかけた。ここも砂漠だ。
それから数十人と三人が降りて、しばらく歩いた。そして見えたのはボロボロの国だった。

出発した国と同じように、紫外線遮断フィールドがあるものの、建っていたであろうビルは半分以上倒壊していた。
吹き荒ぶ砂嵐の中、砂を踏みしめてルノワールの入口までくる。
入口には、人だかりが見えた。ルノワールの住民達が待っていたのだ。だが皆押し黙っており、ただ沈黙だけが流れていた。
しかし、人だかりから一人男が出てきて、言った。。
「皆さん。お待ちしておりました。この国…ルノワールの責任者のマルコーです。」
すると、『ヴィマナ』からここまで先導してきた男は敬礼して言った。
「初めまして。隊長の、ジェームズです。」挨拶を済ませると、二人は握手をした。
「今、この国はもう人造生物によって壊滅寸前なのです。どうか私達を助けてください。」
「力になれる限り、全力で戦います。」
マルコーの哀願する眼差しに、ジェームズは真剣な顔で答えた。
「まずは、中へどうぞ。」
マルコーは歩き出そうとしたがその瞬間…不意に少女の声が響いた。

「人殺し!!」

全員がそちらを見た。

No.53

…その少女は人だかりからすこし離れた場所にいた。
短い黒髪を風になびかせている。薄汚れている半袖のブラウスとプリーツのスカートは、学校の制服のようだった。眉を吊って、強い眼差しでジェームズ一向を見つめる。目の色も漆黒だった。
「人を実験道具にしておいて…失敗したから始末する?!殺す?!こんな勝手なことないでしょう?!!犠牲になる人達は…!!」
もう半狂乱になっているその少女に一瞬にして人が群がる。少女は押さえ込まれる。中には羽交い締めをしている者もいた。
「おやめ……サヤ!」「殺されてしまうよ…!」
「は…離して!離してよ!!兄さん……うっ…兄さああぁぁん!!」口々に皆サヤという少女を止めようとする。もう一つできた人の集まりは、叫ぶ少女を連れて少しずつ移動して、近くの建物へと消えていった。

「…気にしないでやってください。あの子は……病気なんです。」とマルコーは呟いた。まだ、ジェームズ達はその方向を見つめていた。ロイ、ジュエル、グロウもしばらく見ていた。
だがそのうち、マルコーを先頭にして、一行は重い足取りで歩き始めた。

後にした場所には静寂しか残っていなかった。

No.54

一向は半分瓦礫と化している小さな建物の前まで辿り着いた。
「こんなところでも…この国の本部なのです。」
マルコーは苦笑いして言った。
「…失礼しますよ。マルコーさん。」
ジェームズがそう言って中に入ると、とても空虚な空間が広がっていた。薄汚れている部屋には長机とパイプ椅子が何台かあるだけだった。
マルコーが椅子に座るよう促したものの、椅子が足りないので何人かの迷彩服の兵隊は立ちながら話を聞くことになった。そして彼は話を切り出した。
「…先程も、申し上げましたが…我が国は人造生物によって、ほとんどが壊滅状態です。戦うための武器も…奴らの襲撃で破壊しつくされました。」
ジェームズが彼の目をみると、本当に暗い目をしていた。
「じゃあ、戦力は我々だけ…ということですか。」
「…悔しいですが、我々は怯えて、隠れることしかできないようです。」
「…分かりました。大丈夫です。我々は出来る限りの戦力で、殲滅を行います。」
次にジェームズは並んで椅子に座る少年三人をみた。
「加えてこの土地での集中的な人造生物の増加原因も調査し、突き止めます。…調査はこちらの三人が中心になります。」

No.55

三人はそれぞれ別の方向を見ていた。グロウは真っ直ぐいつもの笑みでマルコーを見ているが、ジュエルは宙を眺めていた。ロイに至っては下を向いて、別の事を考えているようにも見えた。
マルコーはその少年達を少し見る。
「…この方々は?」
ジェームズは苦笑して答えた。
「まだ子供ですが、人造生物の専門家であり、凄腕の殺し屋ですよ。」
それからジェームズは視線で三人に何か促した。それに最初に気付いたのはもちろんグロウだった。
「私、グロウと申します。以後お見知り置きを。」
グロウの声を聞いて、やっと二人は反応した。
「…ロイです。」
顔をあげて、ロイは言った。もう一人は少し間を置いて、
「ジュエル。」
と言った後、横にいるロイに目を向けた。また、うつむいていた。ジュエルはその様子に少し眉をひそめた。

「…それでは、これからのことを説明します。」
ジェームズは話し始めた。暫くその話は続いたが、要約すると滞在期間のうち、ルノワールの人造生物出現地点を回り殲滅活動をするということだった。
「しかし、人造生物がここに集団で襲撃してきた時は国民全員地下に避難してもらいます。」「しかし地下は…」 マルコーは口籠った。

No.56

マルコーは続けた。
「地下は…入れません。正体不明の有機生命体が道を塞いでいるのです。近付いたら…」「…伺っています。その調査も、この三人が行います。それと、もう一つ…地下に唯一存在すると言われている人物…ハヤト・キサラギについても捜索します。」
「……。えぇ…よろしくお願いします。」
ジェームズとマルコーの会話を、三人は黙って聞いているだけだった。
夜になり一通りの話のあとは食事を取り、各地で見張りをしたり仮眠を取ることになった。

…三人は広場の座れそうなところに座った。その時、ジュエルは口を開いた。
「ロイ…さっきからどうした。」
ロイはこちらをちらとも見ないで返す。
「どうした…とは?」「ここに来てから…いや、あのサヤとかいう女が現れてから様子がおかしくなった。」
「……。」
「あの時、お前が一瞬頭を抱えたのを見た。それからも、ずっと何か考えているだろう?」
「…。俺にも、分からない。ただ…」
ロイはそれから黙り込んだが、続けた。
「声が……聞こえるんだ。」
「声?まさか…また殺しの衝動か?」
「いや…それとは、違う。誰の声なのか…。」
それからロイは何も話さなくなり、ただ夜空を見上げた。

No.57

次の日。
三人は地下への入口前に立っていた。
「…地下の構造を調査すること。未確認生物及びハヤト・キサラギの捜索が任務である。地下は大半が明らかになっていないので十分に注意せよ。」
ジェームズは三人の前に立っていた。
ロイは時計を見る。そして言う。
「只今9時00分。KKは任務を開始致します。」
「…幸運を祈る。」
ロイとジェームズは互いに敬礼し、そして分かれる。三人は深い闇に吸い込まれていった。

地下の明かりは薄ぼんやりしと頼りない光を放つ蛍光灯だけだった。空気はじめじめしていて生臭い。そして壁の所々には、不可解な穴が空いていた。それら総合すると、とても不気味な雰囲気だった。
「…ひどい匂い、ですねぇ。未確認生物とらやらのものでしょうか…。」
グロウは一人感想を溢した。
先を見ると、真っ直ぐと、細い道が伸びていた。
「…行くぞ。」
ロイが進んだ。その時だった。
バァン!!!
凄い音をたてて、壁の穴から何かの触手が現れたのだ。
グロウは一瞬にして、手を振り上げた。彼は両手にワイヤークロウを装着していて、十本の指先からワイヤーが放出された。
触手は四方八方から伸びてくる。それを次々にそれで切り裂いた。

No.58

「…走るぞ!」
ロイはベルトにつるしてある二つの長いホルスターから銃を取り出し、走り出した。触手は進む度に大量に出現し、道を塞ぐ。
すかさず発砲する。
スガガン!
両手の銃で弾を正確なタイミングで、且つ正確な場所に撃ち込む。弾を受けた触手は一瞬痙攣したあと、出てきた穴に戻った。
しかし、また別の穴から大量に出てきた。
前方はロイ、後方はジュエルとグロウが処理する形になったが、どちらも状況は変わらなかった。
ジュエルは舞うように二本の剣で触手を素早く切っていく。切り口からは赤い液体がほとばしって初め感じた生臭ささがより一層強くなった。
「……く」
グロウはとにかく出てくるものを切り裂いて走った。
「こりゃあキリがないです。」
こんな状況でもグロウは笑いながら言う。
「奥だ。とにかく進め!触手の本体がそこにあるはずだ。」
それからも触手をどける作業をしながら一行は走り続けた。
しかしそのうち、目の前には大量の触手しか見えなくなってくる。まるで波のようにそれは、全方向から三人に襲い掛かった。
「…!」
触手がロイの体に巻き付いた。
「ロイ!!」
ジュエルが叫ぶが、ロイは触手の渦の中に引き込まれていった。

No.59

体中に触手の感触を感じたが、ロイは無闇にもがかなかった。冷静に弱点を探していた。(どこかに…あるはずだ。)
そのうち何本かの触手の先が棘状になると、ロイを刺した。
「……ぐ」
痛みに顔をしかめる。その時ロイは触手の間に挟まっている何かを見つけた。それは骨の欠片に見えた。
(…吸収するつもりか?!)
「ロイ!」
近くでジュエルの声が聞こえた。
ザシュ!ザザ!
その音が聞こえると、触手の空間が裂けた。赤い体液が沢山ついたジュエルの姿が見えた。次にグロウが十本のワイヤーをクロウから射出する。ワイヤーはロイに巻き付いていたものを切り落とし、その奥まで及んだ。
瞬間。…奥に丸い肉の塊のようなものがチラリと見える。ロイは見逃さなかった。
「そこだ!」
まだ空中にいる間に銃を構え、すぐさま撃った。
ドガン!
弾は、命中した。
ウオォォオオォオオオン!!!!
奇妙な生き物の咆哮が響き、触手はのたうち回った。そしてそれらは…やがて溶けていった。
ジュウゥゥ…
床には赤い液体が池ができ、それ以外は何も残らなかった。

「…危ないところだった。ジュエル、グロウ。ありがとう。さて…」
見れば、さらに地下へと続く階段があった。

No.60

さらに進むと今まで一本道だったものが、複雑な構造をしているものに変わった。
分かれ道は勿論のこと、大小の部屋を通り抜ける道や、扉が壁にいくつもある一本の廊下もあった。
ロイは止まっては進み、止まっては進んだ。「…こっちだ。」
道を選ぶ基準は、『音』だった。触手を退けてから聞こえている。普通のヒトが耳を澄ましても何も聞こえない微かな音だが、強化人間である彼らには聞こえていた。何かが壁や床を叩きつける『音』が。
…ダン……ダンダン…!
それはもっと下からこちらへ伝わっている。だから一行は何本もある道を辿りながら、もっと地底に進もうとしていた。
「ここは…一体何だったんだろうか。」
ジュエルは呟いた。
「地下にこんなに複雑な世界があるのは、それなりに理由があると思いますよ。」
グロウもこの使われていない通路に感心していた。
「…。」
その時ロイは…少し、立ち止まった。
「どうかしましたか。」
「…。いや…」
そしてまた歩き始めた。下へ、下へ…。
それにつれて音も強くなってきた。
ダン!!ダン!ダン!!!
三人は沈黙する。音がする扉の前に来た。何時間か歩いただろうか。
厚い扉は…衝撃がくるたび振動していた。

No.61

ロイは扉のノブを回そうとした。
ダン!!!!
扉が大きく振動した。そして、
「…アけるナ。」
中から…低くどす黒い、この世のものとは思えないような声が聞こえた。そして、また衝撃。
「開ケ…るナ!…」
「…ジュエル。扉、切れるか。」
ロイは低く言った。
ジュエルは頷くと、前に出た。
「開ケルな!!…開ケるナ!!」
ロイは銃を取り出した。
グロウもワイヤークロウを構えていた。
そして…
キィン!
鉄の扉が切れた。
ジュエルが最初に見たものは…先程の触手が太い束になったようなものだった。
ダンッ!!ダン!! それは鞭のようにうねり、無差別に壁を物凄い力で叩いていた。壁と床には沢山クレーターがある。そして赤いペンキをバケツでばら蒔いたような汚れが部屋一面を覆っていた。
三人は部屋に入り、その様子を見守った。時々触手の束をかわしながら。攻撃はしない。
「あぁアああアあああ」
見れば触手の束はヒトの腕から伸びていた。そのヒトが悲鳴をあげて暴走する腕を叩きつけていた。
その時ロイは何かに気付き…それに近付いていった。
「もしや、あなたは。」
腕の動きが鈍ってきた。腕の主は息を切らしながらゆっくりとロイを見た。

No.62

伸びきったバサバサの黒い髪の間からロイを見つめる目は大きく見開いていて、血走っていた。

「あなたは。」
ロイはもう一度言う。しかし、その相手はまたうめきだした。息は荒く、肩が上下に揺れている。

「ゥ…うグ…も……もう少し…待って…くれ…。」
シュウゥ…という音とともに腕が縮んでいく。それは人間の腕へと戻っていった。
「ハァ…ハァ…」
「あなたはキサラギさんですね。」
その言葉をきくと、再びロイを見上げた。その時髪にほとんど隠れていた顔があらわになる。…血管だか神経だか分からないが、体内の網が太かったり細かったりして浮き出ている。服で少し見えないが全身にも細かく網模様があった。そして…ニィッと笑った。
「あぁあ……クリス。クリスじゃぁ…ないか…随分…ひ、ひさしぶり…だ。」
「…?」
ロイは顔をしかめる。「さっきは…す、まなかった。もう…俺じゃあ…制御できないんだよ。」
「…。キサラギさん…ですね?」
ロイは少し沈黙し、再び問う。
「お前は…この俺を、忘れた…の…か?あんなに…一緒だったのに。あんなに…。」
ますます口の切れ込みを深めた。
「…ぅ」
ジュエルはロイが微かにうめき、胸を押さえたのを見た。

No.63

「クックック…まぁいい。俺は…キサラギ、ハヤトだ。」
その間、ジュエルはある予感を感じていた。
「キサラギさん。この地下の構造を現在理解しているのは…あなただけ、なんですね?」ロイが口を開いた。
「……さぁ?もう一人…ここ…に…いるかもしれないな。」
ハヤトはさっきより落ち着いたようだ。とても…本当にゆっくりと立ち上がり、体を引きずるように歩いた。そして、コンクリートが壁から出っ張っている部分に腰掛けた。ロイを真っ直ぐ見る。
「私達に協力してもらおうとここまで来ましたが…どうやらあなたは地上に上がることは出来ないようだ。」
「…今は…俺の中のバケモ、ノを…抑えるのが精一杯だ。今…動く…と、また…暴走する危険がある。」
「…。」
「だが…さっきあんたたちが…触手…の一部を殺してくれたおかげで…す、少しは楽に…なった。指は、動かせる。…知りたいのは地下の構造か?」
「ええ。では、これに地図は書けるでしょうか。」
ロイはポケットから小さく折り畳んだ数枚の紙と、小さな鉛筆を取り出す。
「完璧には覚えていないがずっと…この地下に住んで、いた。多分書ける。…汚くてもいいか?何しろ…この体、だ。」
「…えぇ。」

No.64

ハヤトは地図を書くのにしばらく時間を費やした。鉛筆の動きがとてもゆっくりなのだ。「…地下の構造なんか知って…どう、するつもりだ。クリス。」
「………あぁ。忘れてた。そのために゛正体不明の生物゛を始末するようにも言われてたんだっけ…。」
直立していたロイはそう小声で言うと。ポケットに手を突っ込み、頭をかいた。
「…地上でちょっと人造生物との戦争が起きそうなんです。我々はそのために派遣された軍のものです。…で、一般人の避難場所になりそうな所がここしかないもので。」
少し苦笑いぎみに言った。
「…。俺以外に…ここにはバ、ケモノはいない。」
「あ、聞こえちゃいました?そういう訳なんですけど…いかがですか?」
ハヤトは鉛筆の動きを止めた。そしてうつむいて、沈黙した。
「…俺は…まだ、死ぬわけにはいかない。ま、だ…やることが。あるんだ。」
「その動けない状態でどうするつもりです?」
「…それは、クリスで…考えてほしい…。」
その時ハヤトは真っ直ぐと。ロイを見ていた。そして鉛筆を置いて、ロイに紙を手渡した。
「…さて。どうしましょうか。」
ロイはハヤトから紙を受けとった。

No.65

「…クリス。俺の…右腕の付け根をその銃で撃ってくれないか…。」
「…。撃ったからって、暴走が完全に止まるわけではないでしょう。」
「た…のむ。今の俺には…それしか、方法がないんだ。」
「…じゃあ」

ドガン。

ロイはなんの躊躇もせず撃った弾はハヤトの肩に当たった。
「……ガハァ!うグ…ぐ…。」
ハヤトは肩を押さえてうめいた。右腕が痙攣している。
「アぁあ…。こ…これで…ハァ、ハァ…もっともつはずだ。1ヶ月…は…はあ、はあ…。」
「ふぅ…じゃあ1ヶ月たったらまた来ましょうかねぇ。結構時間かかるんですけど。」
ロイは溜め息をついた。
「本当にその状態で何ができるんでしょうね。今にもバケモノになりそうなのに。」
「…あぁ。俺は……バケモノになるさ。バケモノに…なら、ないと…果たせないことなんだ。」
ハヤトは自分の血管と神経ででこぼこした手を見つめた。
「俺は…この手で………を…」
「…なんですか?よく聞こえませんよ。」
ロイが聞くが、ハヤトは口ごもった後は何も言わなかった。しかし少しの静寂の後、口を開いた。
「…サヤ…に。」
「?」
「サヤに…会え。そして、自分で思い出して欲しい。全てを…。」

No.66

…夜。

三人は昨日と同じ場所で見張りについていた。
地下を抜けた後は、ジェームズに地下を避難場所として一ヶ月間利用できることと、ハヤトのことを報告した。そして昼食を取り、休む間もなく人造生物の殲滅に加わる。気が付けば日は暮れていた。
…地下での出来事を、ジュエルはやはり気にしてロイに話しかけた。
「ロイ…キサラギが言ったことだが…。」
「あぁ。サヤという女には会う。人造生物のことも知っているかもしれない。」
「…そうじゃない。」
ジュエルは低い声で言った。その一言で、少し間ができた。
「…。俺の記憶のことを言っているのか。」
「…。」
「確かにハヤトは俺の消えてしまった過去…クリスという男を知っているのかもしれない。だがな。今となっては…何も意味がないんだ。」
ロイは遠い夜空を見ていた。
「俺達は人造生物を殺すことのためだけに生み出された…人形だ。今となっては。…そうだろう?」
ジュエルは黙ってうつむいた。漠然と…果たしてそうなのだろうかと思った。ふとハヤトを思い出す。
『クリス。お前が記憶を失おうと…俺の思いはあの時と変わらない…ただ、幸せに生きろよ。』
それが彼の最後の言葉だった。

No.67

>> 66 何日かして、ロイはジェームズに新たに調査時間が欲しいと言った。何とか許可は貰えたが、人手をあまり減らすわけにはいかないということでロイ一人で目的地に向かうことを条件とされた。ロイはあっさり承諾して、ある家の住所を尋ねた。
その足で向かっているのは…ボロボロの住宅街だった。小さな紙を見ながら歩くうちにある家に辿り着いた。
ドアをノックする。……すると、年配の女性がやつれた顔を出した。
「…どなたですか。」
「軍の者です。サヤさんに面会に来ました。」
「…サヤは…病気です。とても話せる状態では…」
「会わせて下さい。調査のためです。」
口ごもる女性をロイはじっと見つめた。すると女性はハッとしたようにロイの腰にある銃を見て…入ってください、と言った。
女性に案内され階段を上がり、ある部屋に入る。
「サヤ…お客様よ。」女性は優しい声で言った。

その部屋は、病院の個室のような部屋だった。ベッドには…一人の少女が死んだ目をして横になっている。しばらく女性の声にも反応しなかったが、ゆっくりと目だけ動かしロイを見た時、変化が起きた。

「…クリストファー…」

ドクン。
その掠れた声にロイ心臓が大きく反応した。

No.68

「クリスト、ファー」
「…ぐ」
心臓が跳ねる。頭が痛い。地下に行ったときと同じだった。その弱々しい声を聞き、この国に来たときのことを思い出す。あの時の制服の少女はここにいる少女だったはずだ。あまりにもその姿は違う。
「サヤはたった一人の家族の兄を失い、極度の鬱状態なのです。あまり…辛いことはしないでください。」
女性が言った時、サヤの目の色が変わった。「なぜあなただけここにいるの」
「…?」
「兄さんは人造生物になってしまったのになぜ一緒にいたあなたは生きているなぜ…」

虚ろな声で淡々と話す。目を見開いてロイだけ見つめていた。ロイは何を聞き出せるか分からなかったが、ハヤトの『自分で全て思い出して欲しい』という言葉を思い出す。これは自分の過去のことなのか。
…思い出したくないという思いがあった。その先に見てはいけないものがある予感がしたからだ。だからジュエルの言葉も無視してきていた。しかし。

ドクンッ

(逃げても…無駄…か。)
手をぐっと握る。
「サヤさん。ハヤトさんもルチア氏の人体改造の被害者なのですね?」
「覚えてないの?あなたもあの地下に入っていたのに。」
「…地下?」
ロイは眉を潜めた。

No.69

千人の犠牲者がでたルチアの研究所…それは地下ではなく、地上にあったはずだ。
(…どういうことだ。)ロイはさらに聞き出すことにした。
「地下…それは、どこの…」
「刑務所…ルノワールの…皆、ヒトではなくなってしまった。」

ドクンッ

(刑務所だって?刑務所?そこから人造生物が…?ルノワールの……地下?)

「兄さんは…父さんと母さんを殺して。あの刑務所に…あなたも、共犯だったから…あそこに…」

ハヤトの両親。殺人。そして…あの地下の正体。頭の中で様々な言葉がぐるぐる回った。

ドクンッ

「刑務所は…実験施設だった…だから兄さんも…」
「実験…施設?」
「なぜあなたは生きているの?あの日から地下を調査した人達も…帰ってきた人はいないのに。」

(実験…何の?人造生物…。)
ロイは混乱していた。だからサヤの動きに全く気付かなかった。

ドンッ!!

「え」
ロイは思い切り強く床に倒れた。サヤが突然ベッドから起きてロイを突き飛ばしたのだ。そしてロイに跨がって、両手を首に伸ばす。そのまま握りしめた。
「……かっ!」
「なんで…なんで…!」
サヤの顔は憎悪の表情で歪んでいた。手の力がどんどん強まる。

No.70

「サヤ!!やめなさい!!」
側に居た女性はサヤを止めにかかる。しかし、サヤは少しもロイからどかなかった。
サヤは黙って…ただロイの首を締めた。

心臓が高鳴り、耳鳴りが聞こえる。しかしロイは苦しさよりも、不思議な感覚に陥っていた。薄れていく意識の中で…今まで聞かされた記憶の欠片が繋がっていくのだ。

「…あ……!」

瞬間的に記憶が頭を駆け巡り、ロイは思わず声を上げた。
しかし、その直後視界は真っ暗になった。








「………。」
月が、見える。満月だった。自分は道路の上からそれを見上げていた。
「クリス。」
後ろから声が聞こえる。振り返ると一人の少年が立っていた。短い黒髪。黒い瞳。自分は…その少年を知っていた。
「ハヤト…。」
「さぁ。死体を運ぼう。」
「死体…。」
夜の闇でよく見えないが、ハヤトが返り血を浴びてノコギリを握っているのが見えた。そして、今気付く。自分も同じ状態で金属バットを握っていることに。
(そうか…俺は。人を殺したんだった…。)
「死体は袋につめた。後は埋めるだけだ。」
「…あぁ。」
ハヤトに続き、近くの倉庫に入る。血に汚れたコンクリートの床には、黒い袋が数個置いてあった。

No.71

誰もいない森を歩く。両手に袋を抱えて。先頭を歩くのは自分だ。暫く歩いて…ハヤトは口を開いた。

「クリス…本当に…すまない。」
「…またそれかよ。」
ひたすら歩く。邪魔な枝葉をどける。

「どうせ俺は孤児…殺人をして捕まっても刑務所に入るだけだ。路上生活から脱出できて有り難い。何度も言ったじゃないか。」
「…。」
「お前の両親の仕打ちが…許せなかった。はたから見ていた俺でもな…。」

ハヤトは黙っている。しかし、袖から出ている手首にはその『仕打ち』の跡が残っていた。
「本当に…ありがとう。妹も喜ぶ。」
「俺のことはどうでもいいが。お前は妹を面倒見なきゃいけないんだ。…捕まるんじゃないぞ。」
「サヤは強い。俺がいなくなっても…一人でやっていける。」
「…。お前、サヤが一人で生きていけると…本気で思っているのか?」

その後自分は不意に立ち止まって、振り返った。ハヤトは下を見ていたが、顔を上げる。
「…?」
「それに朝から必死こいて穴掘った俺の身にもなれ。場所も深さも吟味したんだからな。」
二ッと笑って自分は言った。
ハヤトはそれを見て、少し優しい表情になり、返す。
「頼んだ覚えはないが…な。」

No.72

死体を埋め、凶器を始末し、血を洗い流し…それで二人の作業は終わった。

「…ようやく…終わったな。ハヤト。」
「ああ。…サヤを迎えに行こう。」

それからハヤトはある公園へと向かう。
公園に着くと、ブランコに小さな女の子が無表情に座っていた。その子はこちらに気付いたようだ。
「…お兄ちゃん…クリストファー。」
「サヤ。待たせて悪かったね。」
ハヤトは少し微笑みながら妹のもとに歩み寄る。
サヤはブランコから降りて、ハヤトの前に立った。
「…終わったんだね?」
「ああ。終わった。」ハヤトはしゃがみ、サヤを抱き締めて言う。サヤは…無表情だった。自分はそれをただ眺めていた。
「ハヤト。これからどうするつもりなんだ。」
ハヤトはずっと妹を抱き締めていたが、腕を戻して立ち上がった。
「しばらくは身を隠さなきゃならない。お前にも、行き先は言えない。」
「…そうか。」
「クリス…本当に感謝してる。」
「その台詞も聞きあきたな。」
「何度でも言わせてくれ。裏路地で出会っただけのお前が…まさかここまでしてくれるなんて。」
ハヤトは真っ直ぐ自分を見る。だから自分も真っ直ぐ見返した。
「友達だからな。俺の…たった一人の。」

No.73

ハヤトは妹を連れて、公園の電灯の光が届かない闇の中へ溶けていった。 自分は一人、取り残される。

その時…再び視界がブラックアウトした。










「…リス。クリス。起きろ。」
「…ん」
自分はゆっくりと重い目を開ける。見えたのはハヤトの顔だった。
「…?」
床に座ったまま辺りを見渡す。薄暗く、狭い部屋で一番目についたのは壁のように立ちはだかる鉄の柵だった。
「朝飯が来たぜ。」
「え…?」

目の前にはトレーの上に乗った粗末な食事があった。そして、自分達の他に十数人が床に座り込んで、同じものを食べていた。
暫く呆然とした。ハヤトは怪訝そうに自分を見る。
「…どうした?」
「俺は…」
「クリス。昨日来たばかりで忘れているのか?刑務所に来たことを。」
「……。」
自分はやっとここが牢屋だということを理解する。
(…捕まった…か。)
そこであることに気付いた。
「お前…サヤはどうした。」
「昨日も言ったが…サヤは警察に保護された。」
「…あれほど捕まるなと言ったのに。」
「…大丈夫だ。妹には罪を償ったら必ず帰ると約束した。俺は償って見せる。」
自分は黙り込む。そしてトレーのスープに口をつけた。

No.74

「…………。」

空虚な空間で、沈黙が続く。刑務所に入ってから三日になったが、ここに居る者がすることと言えば、運ばれて来る食事をとることと、寝ることくらいだ。…だから疑問に思った。
「ハヤト。」
「…何だ」
低く、小さい声での会話だ。
「妙、じゃないか?」
「…。やっぱりそう思うか。」
「俺達はずっとここに居るだけなのか?」
「お前が来る前も、ここに閉じ込められてるだけだった。周りの奴らもそうだ。」
「…何のために…俺達はこんな所に居るだけなんだ。それに、俺は捕まったら少年院かどこかに入れられると思ってたが…どうやら違うようだ。」
牢屋の住人は、まだ十才の自分とハヤト以外全員大人だった。

「他にも変な点はある。複数人を同じ牢屋に入れるところとかな。」
ハヤトは言う。
自分は低い天井を睨んで呟いた。
「この刑務所は何かがおかしい。」

その時。

複数の足音が聞こえた。それはだんだんこちらへ近づいてくるようだ。そしてその姿が鉄格子から見えた。

「…?!」

自分は激しく違和感を感じた。なぜなら…その複数人は、全員白衣を着ていたからだ。こんなことがあるだろうか?そして彼らは自分達の牢屋の前で止まった。

No.75

「囚人57、58番。出ろ。」
白衣の一人が言う。自分達を含めた牢屋の住人は全員驚いた顔でその集団を凝視していた。…誰も動かない。
見ればそれぞれの囚人服には番号が書いてあった。ハヤトの番号を見た。70番だった。そして、自分は71番だ。
「…早くしないか!」
狭い空間に怒鳴り声が響く。そして…二人がおずおずと立ち上がり、ぎこちない動きで外に出た。二人は手錠をはめられ、白衣の集団に囲まれて牢屋を後にした。牢屋には再び鍵が掛けられる。
…自分は黙って、その一連の動きを見ていた。
「…。」
気付けば…足を抱えて座っていた自分は、それよりももっと縮こまった姿勢になっていた。ハヤトも黙ったままだ。

その日から、白衣の集団が来る度…囚人の人数が二人ずつ減っていく。連れられた者は戻ってこなかった。
自分は焦っていた。71番が迫ってくる。自動的に体が震える。
(連れていかれたらどうなっちまうんだよ?消えちまうのか?どこに!)
ふと肩にポンと手を置かれた。
「クリス。落ち着け。」
ハヤトだった。
「他の牢に移されたのかもしれないじゃないか。」
「ハヤト…。」
その時、ある考えが頭を駆け巡った。

No.76

「…クリス?」
自分はよっぽど変な顔をしていたようだ。ハヤトがまた呼び掛ける。そして自分は押し殺した声で言った。

「なぁハヤト…脱獄しないか?」

その一言でハヤトは少し固まった。
「…。今、何て言った…?」
「逃げるんだよ。ここから!悪い予感がする。」
「何だって…!それこそどうなるか分かったものじゃない!」
「ここでじっとしててもどうなるか分かったもんじゃないだろう?」
「…だけど!そもそも脱出する方法なんて!」
「それは…まだ思いついてないけど…。」

そこで一旦会話が止まる。ハヤトは何か考え込んでいた。
「クリス…俺は。サヤと約束したんだ。罪を償って…また会いに行くと。」
「死んだらそんな約束意味がない。」
「…え…」
またハヤトは固まる。
「聞こえなかったか?殺されたらそんなの意味がないって言ったんだ!」
「…ま、さか。殺されるなんて…そんなこと」

ガシッ!

言葉の途中で自分はハヤトの両肩を掴んだ。
「いい加減気付けよ…!明らかに異常じゃないか!!」

子供もいる刑務所。刑務所にいる白衣の集団。機械的に二人ずつ消えていく囚人達…
それらを総合して、自分はその結論に達したのだった。

No.77

「……。」
「…あ」
ハヤトの驚いた顔を見て自分は声を上げた。 そして掴んでいた肩から手をおろし、目をそらして呟いた。
「…ごめん。」
ハヤトは驚きの表情を変え、静かに自分を見つめた。
「…。いや、お前の言う通りだ。こんなところにいたら…殺されてしまう可能性が高い。だが俺はサヤに会わなければならない。」
瞳の中に強い光が見えたような気がした。
「こんなところで、死ねない。脱出しよう。」
「…ハヤト……。」
だから自分もハヤトを見つめた。出来るだけ強く。

その時また白衣の集団が複数の足音とともにやってきた。思わず、それを睨む。
その中の一人の男性が鍵を開ける。自分はその後何度か聞いたあの台詞を言うのかと思った。しかし。
「囚人63、64、65番。出ろ。」
「…?!」
(…三人…?増えてるじゃないか!!)
そして三人の男女は口々に叫ぶ。
「おい!俺達はこれからどうなるんだ?!」「他の受刑者達は…?何処へ行ったの?!ねぇ…」
「何か言えよオラァ!」
やはり異変に気付いているようだ。
「黙れ!!」
三人はそれで黙った。なぜなら。白衣の人間全員が拳銃を突き付けていたからだ。

No.78

「…もう時間はない。今度は何人減るか…。」
自分は呟いた。
三人は連れていかれ、また牢屋の人数は減った。残りは66~71番。つまりは自分とハヤトを含めて6人だった。「さて。どうする。この牢に穴でも開けるか?」
自分は錆びた牢屋の中を見渡して言った。
「ここは見た目は相当古いようだが…。道具も何もなくて穴なんか掘れるわけもない。」
「なら…残された手段は最も危険な方法しかないな。」
ぐっとハヤトの顔が険しくなる。
「正面突破…か!」
「いちかばちかの方法だが…それしかないと思う。」
「この建物の構造も分からない。そして相手は多少の武装をしている。成功する確率はかなり低いぞ。」
「でもここはとにかく古い。監視カメラもない。どういうわけだかな。それに上を見てみな。」
ハヤトは鉄格子ごしに低い天井を見た。
「通気ダクト…?」
「そうだ。うまく通れば外に出られるかもしれない。…問題は。外に出るチャンスは鍵が開かれた時しかないということだ。間違いなくそこで戦闘になるだろう。拳銃に勝てるか…」
そこでハヤトは少し笑った。
「…実を言うと俺にだって拳銃は使えるんだ。」
「…何だって?」
自分は目を丸くした。

No.79

「あの親父が銃器を持っていたからな。盗み出していろいろ研究できた。」
ハヤトは少し自嘲気味に言う。
「…。そう、か。」
自分は深いところまで追及しないようにした。
「…一丁の銃さえ奪えれば…勝機は…。」
「……。」
自分達は生唾を呑み込んだ。

…あれから、他の五人の囚人は同じように連れていかれた。だから残っているのは二人だけになった。これでもう後はなくなった。
次が…その時だ。表情が自然と固くなる。体が震える。鼓動が速くなる。


そして、運命の時がやってきたのだ。
…コツ、コツコツ、コツカツコツ。
ガチャガチャ。
ギイィ……
「囚人70、71番!…」
錠を外し、扉を開ける。しかし…そこには誰もいないように見えた。
「……?」
疑問に思ったのだろう。さらに彼は中に入ろうとする。

…その瞬間、自分は動いたのだ。
「おぉおおお!!」
彼にはその声が上から聞こえたはずだ。自分は上から降ってきたのだから。
ドガッ!!
「…が?!」
後頭部に蹴りを一発喰らわせてやる。その男は立ったまま背中を丸めた。
「ああぁ!!」
ドゴッ!
その後曲がった背中を直すように、彼の顎にアッパーを打ち込んだ。

No.80

ガチャガチャガチャ!!!
鉄格子の向こうの者が全員銃を構えているのが見えた。
自分は次に起こることを予想する。…勿論発砲するだろう。しかし自分にはしなければいけないことがある。
「ぐ…おぉ」
さっきのアッパーで彼は仰け反った。そこで腰にある銃を…自分は見逃さない。だが。
ダダダダン!!!
「!!」
発砲音だ。自分は慌てて後ろに飛びさがる。
キュンキュンキュン!!
弾は格子を通り抜けて足元に火花が散らした。…どうやら連中は足を狙っているようだ。
「…このガキが…!よくもおぉ!!」
彼はさっきの二発だけでは倒れなかった。その顔を怒りで歪ませてこちらに歩みよってくる。だが自分はそれより向こうを見た。やはりまた銃を構えていた。
…その撃つタイミングを見極める!

「…っ!」

そして、あえて襲いかかりそうな彼に飛び込んで行った。

「うおぉお!!」

彼は殴りかかる。それでも自分は走ることを止めなかった。目をつぶりながら、突進していく。
「ああぁあ!!」
ブンッ!!
彼の拳が来る。
しかし自分は…それを通り抜けたのだ!そのまま…
ドンッ!
体当たり。瞬間、
ガガガガガ!!!

また発砲音が響いた。その結果…

No.81

その結果。彼の背中に無数の穴が空いた。自分は彼を盾にしたのだ。

「がっ!」

彼は悲鳴をあげた。体が不安定に揺れ始める。しかし彼が倒れ込む前に、自分は腰にさしてある銃に手を伸ばし、素早く抜いた。その後、彼は倒れた。

「…お、おい!何をやっているんだ!!」

後ろにいた連中の動きが動揺で止まる。そして、

「ハヤト!」

自分は奪った銃を斜め上に投げつけた。そこには鉄格子のギリギリ上で掴まっているハヤトが。

「クリス!」

片手を差し出し、投げつけられた物ををキャッチする。同時にハヤトは床に飛び降りた。そして銃を構え、撃った。

ダンッ!ダンダン!

「ぎゃあ!」
「がはっ」
「うぉああ!」

ハヤトの弾は鉄格子を抜けて…的確に全ての敵を貫き、倒した。しかも急所を外していたので全員気を失っているだけだった。

自分は改めて驚く。
「…お前随分研究した…というか訓練したんじゃないか。」
「両親殺しの計画の時、こう見えていろいろ勉強したんだぜ。…独学だが。それよりお前も…格闘が出来るんだな。」
お互いに二ッと笑った。

「さて、急がないと。通気ダクトだ。」

自分は牢を出て、天井を見た。

No.82

ハヤトは、倒れている白衣の連中の持ち物を物色した。出てきたのは銃、銃の弾、鎖の長さが様々な手錠だ。

「…。思ったより出血が激しい。誰か来ないと死ぬかもしれないな…。」
「ハヤト!!早くダクトに…!」
ハヤトは少し黙ってそれを見ていたが、答えた。
「…そうだな。まず…あれをどうにかしないと。」

ハヤトは通気ダクトを見る。それは天井に直接穴が空いているわけではなく、フレームがついていた。
だからハヤトはそれに銃を向けて撃った。

ダンダンダン!!
…ガターーン!

ハヤトが撃ったフレームは形が崩れ、大きい音をたてて落ちた。
天井には完全な穴が空いた。
「…あそこに入るには…そうだ!さっきの手錠!ハヤト。長い手錠をこっちによこせ!」
「…ああ!」

自分は投げ縄のように手錠を通気ダクトに投げた。そして二度引っ張ってみる。

ガツ。ガツ。
という手応えがあった。
「しめた!何かに引っ掛かったぞ!!」
「よし。この鎖を上るんだ!」

その後自分達は、細く不安定な鎖を必死に上り、通気ダクトの潜入に成功した。

No.83

>> 82 通気ダクトは…当然ながらかなり狭かった。腹這いで動くしかない。
「…ハヤト。この刑務所にどこから入ったか覚えてないか?」
「あの時は目隠しをされていたから覚えていない。」
「…構造が分からないとリスクが高いが…。とりあえず奴らが来るのとは逆の方向に進もう。」
「あぁ。きっとあいつらは追ってくる。急ごう。」

ずりずりずり。

自分を先頭にして進んだ。この遅い動きに、自分はかなりじれったく思い、顔をしかめる。途中幾つか分かれ道に出くわした。とにかく自分はあの白衣の集団から離れようとして、それを無視して真っ直ぐ進む。そしてしばらくすると、自分は止まった。
「…」
気付けば真っ直ぐあった道は直角に折れ曲がってずっと上に伸びていた。それ以外の道は、ない。
「どうした?クリス。」
「ここで行き止まり…だ。真上に道はあるが。」
「上…。」
ハヤトはそれから少し考えて言った。
「そこ…登ることはできないか?」
「…何だって?」

上を見上げる。所々壁にに窪みがあるだけで、はしごのようなものはない。登るのは厳しかった。
「目隠しで何も見えなかったが長い階段を何度も降りた。あるいは…。」
ハヤトはそう言って黙った。

No.84

「……分かった。何とかやってみよう。」
自分は小さな窪みに片手をかけた。
「ん…。」
足を上げて、登ろうとする。しかしやはり足場が安定せず、すぐにずり落ちた。
「くそっ!やっぱり登れない!」
「…クリス。」
後ろを見ると、ハヤトが何か渡そうとしていた。
「これで…足場を作れないか?」

それは銃だった。

「…よし。」

自分はそれを握り、斜め上に向けて撃った。
ドンッ!ドンッ!
…ダンッ!

すると、壁に小さく穴が空いた。だが弾が足りなくなる。
「ハヤト!もっと弾を!」
「…お前弾の込めかたは分かるのか?」
「……。」
「ほらよ。新しいやつだ。」
「…すまないな。」

ハヤトはまた別の銃を渡す。そして自分はまた同じように引き金を引いた。

ダダダダダダダ!!!!!

大きい音とともに壁は穴だらけになる。

「出来た!これなら登れそうだ。行くぞ!」
開けた穴に手足を掛けて上に向かった。上がりきると、さっきと同じような空間が伸びていた。

「ここは…上の階のダクトか。」
ハヤトの声が響く。
「そのようだ。とにかく今は上に行くことを目標にしよう。この階にも上に通じる道があるはずだ。」

さらに進み始めた。

No.85

この階は下の階より入り組んでいた。道は何回も曲がり、迷路のようだ。
「…?」
自分は進むうちに変化に気付く。さっきまでこの空間は…長年使われていないような古いコンクリートの壁が支配していた。しかし…途中からは最近作られたばかりのような頑丈な金属で覆い尽くされている。

「クリス…ここはまずいんじゃないか?中心部に逆に近づいているような…」
「そうだな…。…!」
そこで自分は何かに気付き、進むのをやめた。そしてハヤトの方を向き、口の前で人差し指を立てた。

……バタバタバタバタ……

無数の足音が遠くから近づいて真下を通り、また遠ざかっていった。
「………。」

しばらく自分達は自然に固まっていた。
そして、今度は微かに声が聞こえてきた。自分はそれをもっとよく聞くためにまた前に進む。すると光が見えてきた。それは自分達がダクトに入った時と同じようなフレームから放たれていた。自分はそこから、その部屋を覗く。

「…本当に、殺してしまうの?今まで生きた体でなくては駄目だったのに。」
まず白衣の女性が見えた。美しい金髪を後ろで束ねている。
「これから試すのだ。」
低い男性の声も響いた。自分はさらに覗き込む。

No.86

…男の顔が見えた。中肉中背の、若く落ち着きのある顔立ちだった。

ドクンッ

「……?」
動悸がして、軽く視界がぼやける。そして不思議な感覚に見舞われた。それは…既視感だった。
(この男…どこかで…)

「私は…人々が幸せに暮らせるようにしたいと思ってここまで研究を進めてきた。こんなこと…」
「その為には多少の犠牲もやむを得ない。…何度も言っているだろう?実験によって…この研究はより確実になり、より発展する。」
「……。」

女性は表情を曇らせて黙り込む。

「…人を助けるために人を殺す…もう私は何をやっているのか…分からない。」
「…ルチア。もう戻れないんだよ。僕達は。」
男性は優しく微笑んでいるように見えた。
そして女性に近づき、抱き締める。
「さぁ…もうすぐで新しい実験体がくる。僕達で人類を助けるんだ。」
それから二人はずっと動かなかった。

そこで、自分は突然後ろから肩を掴まれる。思わず体をビクッと震わせた。
「…クリス!この中は危険だ!今すぐどこかの部屋に降りるんだ!!」
ハヤトはとても強張った表情をしていた。
「奴等が通気ダクトまで入ってきたら殆んどの逃げ場は無くなる!」
「…!」

No.87

「くっ…どの部屋に出ればいいんだ…!」
「どこでもいい!急ぐんだ!!」
ハヤトに急かされ、自分はその場から離れたあとまた古い迷路に戻り、がむしゃらに道を進んだ。そして、辿り着いた。別のダクトの出口だ。自分は気配を探った。
「…誰もいない…ここから降りるぞ!」
「クリス!頼む!」

自分は先程の銃をフレームに向けて構え、早く引き金を引いた。

ダダダダダダ!!!
ミシッ……ミシミシ…
「?!」

急いでいたせいで狙いが定まらず無駄な範囲を撃った結果、自分がいた脆いコンクリートの床が軋んだ。そして…

ごとり。
がらがらがら…!
「う、わ!」
崩れ落ちる音と、その浮遊感は同時に起きた。自分は…その部屋に落下して、激しく背中を打ち付けた。
「クリス!!」
ハヤトはそこから飛び降りて、着地した。
「大丈夫か?!」
ハヤトは駆け寄ってくる。自分はうめいて、うっすらと目を開けた…

その部屋を見た。

それを見て、自分は無意識に目を見開いていた。そして何かを感じる前に…声を出していた。
「うわあああぁあぁ!!!」
急激な吐き気と目眩が襲ってくる。
「なんだよ…?!これ…!!」
自分はそれしか言えなかった。

No.88

部屋の中は透明な円柱だらけだった。だが自分が見たのはその中だった。

すぐには理解出来なかったが…それは人間だった。培養されている。しかし、完全な形をしていない。手や足がないもの、上半身だけのもの、…首がないもの首だけのもの。そして切り口からは何か触手のようなものがぐにゃぐにゃ伸びている。触手はそれぞれの欠けた部分を補おうとしているようにも見えた。幾つかの円柱を見ると知っている顔があった。…一緒の牢屋にいた囚人たち。特にあの三人は見覚えがある。抵抗して銃を突きつけられていた……あの三人だ?!

「いや…だ…こんな…こと…」

自分は膝が折れて寒気がする。体が震える。涙が溢れる。

「クリス…しっかりしろ!!早く逃げないと…!」

バァン!
ガシャーン!!
「!!」

上から銃声がして円柱の一つが割れて、中身をぶちまけた。
ハヤトのすぐ後ろの円柱だ。ハヤトはガラスの破片を避けるため頭を抱えた。

「うわあぁぁぁ!!」
自分はもう気が気ではなかった。泣きながら銃声がした方向に握っていた銃を乱射した。
ダダダダダダッ!!
パリパリパリーン!!
さらに円柱を割った。それからだ。辺りが騒然となったのは。

No.89

通気ダクトから黒い影が落ちてきた。さっきの銃を受けたのだろう。赤い池を作って動かない。

バン!

だが休む間もなく扉が開く。そこから黒い軍服を着た人間が見えた。武装をしているようだ。

「いたぞ!!」
「!…実験体が!」
「構わん!撃て撃て撃てぇ!!」

ババババババババ!!

「クリス!!こっちだ!!」

ハヤトにぐいと手を引かれる。円柱の陰に隠れた。

ハヤトは銃に弾を込める。そして銃声の嵐の中、扉の人影に向かって何度か銃を撃った。
ダン!ダンダン!

しかし距離が遠いせいか、なかなか当たらない。
「くそっ!このままじゃあ……こうなったら…!」

自分はただ涙目で震えることしか出来なかった。…が、その時。

ドガッ!

右頬にその衝撃はきた。ハヤトが左手で拳を作っていた。…自分を殴ったのだ。

「クリス。しっかりするんだ!!本当に生き残れなくなるぞ!!」
「ハ…ヤト。」
自分は痛みで頬を押さえる。しかし、それで錯乱から戻ることができた。
「ご…めん。」
「あの扉から出るんだ。こうなったら一気に仕掛けるしかない。俺が奴等の目を引くから、お前は奴等をそれで撃て。」
自分は改めてしっかり銃を握りしめた。

No.90

「クリス。…いいな。」
ハヤトが低い声で言う。
「…。」
自分はそれにゆっくりと…無言で頷いた。
そして凍っていた時は動き出した。
ハヤトが走り出す!


「あいつだ!!撃てぇ!!」
ダダダダダダッ!!

扉の者たちが銃激を繰り出す。
ハヤトは素早く別の円柱の陰に走る。そこからまた狙いを定めて撃つ。少しするとまた別の円柱に移った。
すると、銃激は次第にハヤトのいるところに集中した。
(今だ。)
自分も走り出した。
ハヤトと同じように移りながら、少しずつ近付いていく。
そして…

「おおおぉぉ!!」
ダッ

扉へ走りながら銃を構える。

ダンダンダンダン!
「うぉあぁ!!」
「グボぉ!」

二人倒れた。しかし一人残っている!銃がこちらに向けられる。自分はその銃口に背筋がぞくりとする。

「!!!」

体が動かない。その時!

「クリスうぅ!!」
ドガァ!
「うぉ?!」

ハヤトの飛び蹴りが男を襲う!男はバランスを崩して倒れた。そしてハヤトはさらに男を。

ドンッ!!

撃った。男は悲鳴をあげたあと立てなくなった。

「急げ!!また来るぞ!!」
「…!」
戸惑う暇もなくハヤトを先頭に扉の外へ駆け出した。

No.91

それからもうどのくらい走っただろうか。階段を見つけては掛け上がる。足音を恐れて隠れながらも必死に走る。その作業の繰り返しだった。

「はぁ…はぁ…はあはあ!」

そうすれば息が切れてくるのは当然だった。
「…まだだ!まだ上だ!頑張れクリス!」

ハヤトが励ますも、体力の限界は近い。もう足が重かった。その足を引きずりながらも階段を上る。その先にはとても広大な空間があった。

「……!」

二人で息を飲んだ。
巨大な穴が空いていた。覗き込むと、その穴は一点の光もなく、闇すらも飲み込んでいた。どこまでも下へ続く…古いコンクリートの空間。
一体地下何階まであるのだろうか。

「やっぱり…ここは地下だったんだ。それも、とても深い。それに…一体何年前からこんなところが…」

自分が呟くとハヤトは穴をじっと見つめた。
「…ここは…もしかして。」

そう口ごもった時だった。…何かが上から落ちてきた。見ると…何か黒い球のようなものだったが薄暗く、よく見えない。

「……?」

だから一瞬疑問に思った。だがその疑問はすぐ晴れる。

ドガアアァァン!!!
光を放って球は爆発した。…それは手榴弾だった。

No.92

「うわああああぁぁ!!」

爆風が来る。自分は床に倒れ込んだ。まともにはくらわなかったものの、体中が痛い。

「う……くうぅう…」
霞む視界の中、その上下吹き抜けになっている部屋の上を見上げた。自分達より上の階から覗く、黒い人影が見えた。その後周りを見るが…煙でハヤトがなかなか見当たらない。

「ハヤト…?」

自分は必死にハヤトの姿を捜す。…見つけた。このフロアの穴の縁…手すりのすぐ近くで倒れていた。

「ハヤ…ト!」

痛む体を起こして傍に向かおうとする。
だが。

……カタン!

また上から何か落ちる音がした。それもさっきよりも近くで。その音に自分は反応し、反射的に駆け出した。

「ハヤトおおぉぉ!!」

ドガアアアアァァン!!!
再び爆音が空間を揺るがした。勿論爆風もまた襲ってくる。だから吹き飛ばされた。自分とハヤト。そして…穴に落ちることを防ぐ手すりも。

「…っ!!!」

自分は目の前の光景を見た。
…巨大な穴に、壊れた手すりと一緒に投げ出される…ハヤトの姿を。
手を伸ばした。助けるために。そして。

…ガシッ!

その右手を掴んだ!ハヤトの体はぶら下がった。この手を離せば…ハヤトは落ちる。

No.93

「ハヤト…ハヤトぉ…!目ぇ覚ませよ!」

力の入らない手で精一杯気を失ったハヤトを支える。下を見れば…深い奈落だ。見るたび寒気がして、必死になる。

「……う」

微かに呻き声が聞こえた。

「ハヤト!」
「…!!」

目が覚めて、ハヤトも状況に気付いたようだ。恐怖で顔がひきつっている。

「……クリ、ス…」
「待ってろ…!今、引き上げるから…。」

引っ張る。また引っ張る。力の限り。煙で息が苦しいが、そんなことは構っていられなかった。
その結果、少しずつ彼の体は上がってきた。
「…あと、少しだ。さぁ…手を伸ばせ!」
「く…!」

ハヤトは左手を伸ばす。その手は…自分のいるところに触れた。
そして…


ダダダダダダダダダダダダッ!!

「…え?」

…何が起こったのか理解できなかった。ただもの凄い音…しかし、もう聞き慣れた音が耳を駆け抜けた。

「あああぁ!!」

その後…近くで悲鳴が。自分の手を握り返すその手は、急速に力を失っていく。そこでやっと気付く。何が起きたのか。

「ハヤト!!!」

No.94

ハヤトは…胸から血を流していた。目を見開いて。地についたはずの左手は離れ、体はどんどん重みを増す。そしてまた顔はうつむいた。

「ハヤト!!落ちるなぁああ!!」

悲鳴に近い声で自分は叫んだ。手を掴む左手が汗でぬめる。それに激しく苛立ちを覚えた。
その時。
ハヤトが顔を上げた。自分はそれに驚く。なぜなら…彼はとても穏やかな顔をしていたからだ。

「ハ…ヤト……?」
「クリス。サヤ…を…」
彼は掠れた声を振り絞って、その言葉を言う。

「サヤを…頼む。そしてお前は…ただ…幸せに…生き…て…。」
その言葉が意味すること、それは…

「それだけが…」


……ずるり。


…手の感触と重い感覚が…無くなった。
もう手の先には…深い闇しかなかった。


「…あ…あ…あ…」

涙が溢れる。大粒が、一つ…二つ。

「ぅうをああああああああああぁぁぁぁ!!!」

自分は…咆哮した。腹の底から。

「馬鹿…!!馬鹿野郎!!!妹に…会う約束を…したんだろう!えぇ?!…おい!聞いているのかよ?!…うわあああぁぁ!!」

ダダダダダダッ!!

下からの音に体がビクッと反応する。上がってきた階段から乱れた足音も聞こえてきた。

No.95

「……ぐっ!ううぅ…」
次々と溢れる涙を拭う。逃げなければ。…生きなければ!
自分は、立ち上がって走った。しかし、思うように体が動かない。足がよろめき、見える映像は二重になっていた。

「…あ…!!」
ど!

平衡感が無くなり倒れた。そして。

カタン。
「…!!!」

また聞こえた音に一瞬で背筋が凍りつく。

ドガアアアアアアァァン!!!!

轟音が鼓膜を突き抜けた。そして熱い感覚が押し寄せてくる。

自分の体は消耗しつくされ、動けなかった。もう力が入らない。

「嫌だ…嫌だ…こんなところで…死ぬなんて。死に…たくない。」
自分で何を言っているのかは分かっていないかったかもしれない。脳から滑りでる言葉をただ言っていただけだったからだ。天井がにじんでみえる。

……バタバタバタバタ!

長くしないうちに、足音が近くに来たのが分かった。その場が静かになり、自分はゆっくりと自分を取り囲む影を見る。よく見えなかったが目の前の一人が銃を突きつけていたことだけ分かった。

「ハ…ヤ…ト」

目をそっと閉じたら、涙が再び頬を伝った。



そして何の感覚もなくなった。苦しみは消え…安らかな世界が自分を包み込んだ。

No.96

「………………。」



……ロイは、うっすらと目を開いた。
そこでまずみたのは窓から射している赤い光だった。それから古いフローリング。そして自分の体が半分以上埋もれているベッド。…とても静かで…寂しい部屋だ。

「……。ゆ、め……。」

ロイは、それだけ呟いた。

キィ

扉が微かな音を立てて開いた。そちらを目だけ動かして、見る。
そこから一人の年配の女性が入ってきた。どこかで見た顔だ…ロイはそう思った。

「!…目が覚めたのね!」

女性はベッドに駆け寄る。
ロイは無反応だった。

「…本当にごめんなさい…!サヤは発作を起こして…。」

サヤという言葉で、少しずつ思い出してきた。
サヤと会って、それから…首を絞められたことを。その時の無機質な声も思い出す。

『兄さんは人造人間になってしまったのに』
そこでロイは、はっとした。何かを思い出すように。突然雫がロイの頬を伝った。ロイは…泣いていた。そして掠れる声で呟いた。

「いき、てた。」
「…え?」

女性は眉を潜めた。

「ハヤトは…生きてた。…生きてたんだ…!!うわあぁ…あ…」

ロイはくしゃくしゃの顔で、困惑する女性に抱きつき…ただ、泣いた。

No.97

自分にしがみつきながら夢中で泣きじゃくっているのを見て、暫く戸惑っていたが、女性はロイの頭を撫でた。

「…悪い夢を見たのね?可哀想に…。」
「う………ぁ。」

その一言で、ロイは女性から離れた。

「……。すみ、ません。」

ゴシゴシと赤い目を擦った。女性は優しく微笑んでいた。まるで子供を見ているような目だったので、ロイは少し恥ずかしくなった。
そしてロイは冷静に考えた。あの地下の最下層で出会ったのはハヤトだったことを。あれは確かにハヤトだ…と思った。ロイは自分の過去にいた彼と髪がボサボサに伸びた彼を重ねる。もう別人のように違っていたが、ロイには分かっていた。

(ハヤトは…生きてた。…だが…体は…)

思い出す。彼の右腕、そして全体を。奇妙な触手と、異常に血管の浮き出た体。

(やはり…『実験体』に…されたのだろうか。)

そしてもう一つロイは考えた。
…自分も生きてるということだ。夢で最後に銃を向けられたことを覚えている。

(あの時、俺は死んだ…のだろうか?)
そんなことを頭に巡らせていたら、また声がかけられた。

No.98

「…もう少し、寝た方がいいわ。」
「…え。」

ロイはまた自分の世界に入っていたので、自分以外のその声に驚いた。

「跡が残るほど首を絞められたんですもの。疲れているはずです。」

ロイは思わず首筋を触った。ロイ自身は見えないが、女性から見れば、青い痣が残っている。

「…いいえ。大丈夫です。それよりサヤさんは…どうしましたか?」
「え…あ、あぁ…サヤもあれから発作が収まって……気を失ったわ。こことは別の部屋のベッドに寝かせて…」
「…?」

ロイは女性を見て、微かに眉を潜めた。心なしか動揺しているように見えたのだ。だから聞くことにした。

「発作…ですか?」

女性は少し間をおいた。

「…ええ。決定的瞬間を見てしまった貴方にだけにはお話ししますが…サヤは発作が起こると突然態度が豹変したり、凶暴化したりしてしまうのです。…でも、このことは他言無用でお願いします。」
「なぜですか。」
「……。…マルコーさんが…このことは言わないで欲しい、と。それしか…言えません。」

(マルコー…?)

聞いたことのある名前なのでロイは顔を思いだそうとした。すると…

ドクンッ
「?!」

なぜかあの感覚が再び蘇った。

No.99

あの時の刑務所の記憶の中感じた…既視感を思い出す。

(あの時見た…男は。)

ロイはその時、ある予感がした。そしてその重い口を開いた。

「………今もう一度サヤさんに会うことは出来ますか。」
「…!!」
「確かめたいことがあるのです。」

女性は今度ははっきりと動揺した。その顔をロイは真剣な眼差しで見つめた。

「…だ…だめ!今は!!」
「…なぜそんなに動揺しているのですか。」

ずる。

ベッドから足を下ろし、ゆっくり立ち上がる。そして女性に歩みよった。

「本当に今は…!!」
「…本当は発作が続いているのですね?それも…普段とは違う。貴女の顔に書いてありますよ?」
「…!!……」
「会わせて下さい。」
それから女性はしばらく黙り込んでいたが、肩を落として言った。
「…分かりました。サヤの部屋にご案内します。……でも。」
「…。」
「決して…恐れるような目で見ないであげてください。あの子は苦しんでいます。」

さっきまでの態度が嘘のように、女性は冷静な顔をしていた。
「………。はい。」


ギシギシと軋む床を歩く。…サヤの部屋は1階にあったはずだったが、女性は階段をさらに降りて、地下へと向かった。

No.100

階段を降りると、扉の前で止まった。薄汚れた扉だ。

「…ここはもともとは倉庫だったのです。」
ギィ
女性が言って、扉が開く。すると、薄暗く埃っぽい空間が顔を出した。

「……。」

物音はしない。辺りを見回す。明かりは一つぶら下がっている裸電球だけ。本棚やガラクタがいくつか存在していたが、その中で一番目立つのはベッドだった。脇に点滴台もあるようだ。ロイは少しその場を動かず、ただ見ていた。そして……近づく。ベッドの傍へ………
そこで見たものは


















「…遅い…。」

ジュエルは呟いた。いつもの時間、いつもの見張り場所のベンチに深く座っていた。

「何がです?」

グロウが聞き返す。

「…ロイが戻ってくるのが。」
「…そうでしたね。おかげで今日はとても疲れましたよ。」

見れば二人とも少し体に包帯が巻いてあった。激しい戦いをした後のようだ。『殲滅活動』だろう。

「一人抜けただけでも違うものですね。」
「ロイは……何か掴めたのだろうか。自分のことを。」

その時、足音が聞こえた。そちらを見る。
街灯に浮かぶ一つの影。ジュエルはすぐにその主が分かった。

「…お帰り。ロイ。」

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