幸せと思えれば

レス12 HIT数 2401 あ+ あ-


2008/02/27 01:17(更新日時)

最高に安月給なのに転勤命令を下す、最強上司。

転勤先は遥か彼方。
バスと電車と乗り継いで、一時間半…
今までは、仕事場まで徒歩5分だったのに。

新しい職場では、必殺・超絶怪物級人見知り発動。

なかなか馴染めずモタモタな俺。


それでも登り続ける太陽。

廻る季節。


…神様、
もうお家に帰ってもいいですか?

No.1157693 (スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.1

仕事が終わった。

クタクタになって、店を出た。

唖然とした。


― 何 だ こ の 雪 は 。


2月、終わるんじゃなかったのか。
3月、もう来るんじゃなかったのか。

春は何月からだっけな。

それでも気温はいくらか高いらしい。
雪はズッシリ重く、ベタベタしている。

肩にかかった雪が、すぐに水になってコートに消えていった。
この染み込んだ水が、後に急激に体温を奪う。

中途半端な春なんて大嫌いだ。



その時、後ろから明るい声がした。


「タカイシお疲れ、駅まで乗ってく?」


新しい職場の上司だった。

No.2

「いいんスか?」

雪の中でバスを待たなくて良くなった。俺はホクホクと駐車場へUターンした。

車には10センチくらい雪が積もっていた。彼女は後部座席から除雪ブラシを取り出すと

「先になかに入ってて。すぐ終わるから」

と笑った。
これが女友達なんかだったら「いいよ俺が…」とか言って代わるところだが、得意の超絶怪物級人見知りがここで見事に発動し、俺は言われるがままに助手席に座った。


今流行りの、“遠いところからエンジンをかけられる鍵”がついた車のようだ。車内は既に暖かく、音楽がかかっていた。
まるで主人を待つ犬みたいだ、とボンヤリ思った。



甘くていい匂いがした。
座布団もフカフカしている。
隅に控え目に並べられたぬいぐるみ。
アニマル柄のハンドルカバー。
女の子の部屋って感じがした。

音楽だけはよく分からなかった。
うっかり八兵衛戻ってこい~、プードルがど~のこ~の…
聞いてると笑えてきた。
きっとマイナーな曲なのだろうと思って聞いてみたら
「オレンジレンジだよ」
と笑われた。

No.3

気がきいて、優しくて、
そして大雪の夜に車で送ってくれた。

彼女が天使に見えた。
彼女の車がかぼちゃの馬車に見えた。


他愛のない話をしながら、駅に向かって雪でデコボコの道を走る。

途中、ブレーキを踏むと

「きゃー!」

彼女の悲鳴とともに、車の屋根の雪がバサバサと全部フロントガラスに流れ落ちてきた。雪は勢いで横に逸れて、道路に落ちた。

「やっぱり怠けないで、雪全部下ろしとけば良かったぁ」

ペロッと舌を出す。
プッ、と俺も吹き出した。


いい感じだ。
いい雰囲気だ。

駅が近付いてきた。

彼女が言った。

「タカイシ君、実家遠いんだよね?」

No.4

「ええ、JRで5時間くらいですかね」

すると彼女は、きゃ~遠い!と驚くわけでもなく、仕事の顔で言った。

「お正月さ、本店の方は4連休だったでしょ。こっちじゃそんなに連休あげれないけど大丈夫かな?」

「えっ?」







…………




…今、2月ですけど?

全身の血の気が引いた。

No.5

それと同時にあの時の記憶が蘇った。
そりゃあもう、鮮明に蘇った。



…初めに移動を告げられたのは、年明けだった。

正月呆けでダルンダルンだった頭に、バケツで冷水をぶっかけられた気分だった。

「タカイシ。来月いっぱいで寺市支店のヤマグチが辞めることになった。」

「はあ…」

――ビシャアァァァ

「なかなか新しい人が見つからなくてな。もし引っ越しするなら金は出すし、ここから通うなら交通費も出すから、そっち行ってくれないか?」

「…」

――ビシャアァァァ…バラバラ…
氷水だ。

No.6

俺は、給料より夢を選んでこの仕事に就いた。
苦労して専門学校に通い、やっと手にしたその職種は、笑っちゃうほど安月給だった。コンビニのバイトの方がずっとマシだった。

でも、自分の選んだ道だから。
金はよかった。
金だけならよかった。


金だけじゃなかった。



そこは店の人間関係もあんまりだった。

何度辞めようと思ったかわからない。

No.7

>> 6 そんな会社で2年も続けてこれたのは、
ある女性がいたからだった。

彼女の名前は幸村由衣。
俺より1つ年上だった。

特別美人なわけではない。
ダイナマイトぼでぃなわけでもない。

でもある日、彼女が誰よりも輝いてみえた。

俺の見えないところで、俺がミスしそうになったところをサポートしてくれた。
失敗したときに元気付けてくれて、自分が失敗したときは俺を頼ってくれた。
俺を茶化して笑って、
俺もスネたり怒ったフリをして笑った。

心が優しくなった。
自然と笑顔になった。

一緒にいたかった。


彼女が好きだった。

No.8

さて。

俺天使と俺悪魔が、
ここで重りを持って現れた。

俺は、大きな天秤の前に立っている。

片方の皿には

「辞職」

もう片方の皿には

「転勤」

と書いてあった。




そう。
この2択しかないのだ。

No.9

「給料上がるかもしれませんよ」

俺天使が転勤の皿に重りを乗せる。天秤は大きく傾いた。

「一生こんな社長の言いなりなんてゴメンだぜ」

俺悪魔が負けじと辞職の皿に重りを乗せる。

「上の人間に尻尾をふっていたら、きっと良いことありますよ」

―ズンっ

「ここだけが職場じゃねえよ。まだ若いんだ。再就職なんてチョロいだろ」

―ズンズンっ

「己のスキルアップのチャンスじゃないですか!」

―ズンズンズンズンっ

「幸村さんが居ねぇならここにしがみつく意味なんてねぇだろ」

―ズンズンズンズンズンっ

「今まで雇っていただいた恩を返したいとは思わないのですか?」

―グサッ

「働いてやったことに感謝こそされても、恩返しする義理なんてねぇだろ!」

―グサグサッ

「こんなワタシを見たら、幸村さんはどう思うでしょうね!」

―グサグサグサッ

「もう、彼女に会うこともねぇよ!」



ガシャアアアアン…

天秤は支柱からボッキリと折れ、
粉々に砕け散った。



―もう、彼女に会うこともねぇよ…

No.10

俺は、スッと上司に向き直った。

真っ直ぐに相手の目をみる。
幸村さんがポン、と背中を押してくれた気がした。

「僕は、支店で働くことは考えていません。
でも…会社が大変だということもよく解ります。」

口のなかが渇いている。
声を絞りだす感じだ。


「も…もし、次の人が決まるまでの間なら…支店へ行ってもいいと思っています。」

言えた。
言ったぞ。

「―わかった。ありがとう。」

上司も頷いている。


幸村さん…

やった幸村さん…!


俺、必ず帰ってきますね!

あなたに会うために。
あなたと再び一緒に働くために。

一緒に笑い合うために。



必ず…帰ってきますね!!

No.11

ここまでが蘇った鮮明な記憶。


…なんだけど…あれ??

正月って何?

あれ?

あれは夢…?

あれれ?


ハ メ ら れ た ?



いろんな思考が交錯する。

俺悪魔は、だから言ったろ…って顔で力なく首を振った。
俺天使は姿すらみせない。




「はは…」

笑うしかなかった。
まさか、正月までいる気はない!とも言えない。

さっきは天使に見えた彼女の、背中の羽ももう見当たらない。


あぁ…お家に帰りたい…

No.12

幸村さんと

働きたい…

そんな僅かな希望を胸に

片道1時間半の職場に通う

タカイシ君の日記帳。


ヘタッピな文章と

優柔不断なタカイシ君に

イライラせずに…





どうか長い目で

細長い目で

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧