人生ゲェム
「あなた、おはようございます」
彼が選んだ女性は、とても慎ましやかに接してくれていた。
「素敵な朝食だね」
「あら、普段どおりですよ」
「それを毎日続けてくれてることに感謝をしているんじゃないか」
心地よく目覚め、食事を済ませ、一日の活力を得た彼は、いつものように仕事へ出かけた。
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
「今日は遅くなるかもしれない。夕食の準備の必要はないから」
彼女は笑顔で見送った。
「はあ、本当に鬱陶しいわ。自分を何様だと思ってるのかしら」
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自分の意志とはうらはらに、その男性と生活をすることになった彼女は、不満ばかりの日々を過ごしていたが、そんな感情を押さえつけるように偽った自分を演じていた。
ひとりきりの状態にもなれば、愚痴のようなものもこぼれてくるのはやむを得ない。
「こんな生活がいつまで続くのかしら」
彼女はいつもどおりの家事をこなした後、外出した。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「いつものをお願いします」
ひとりになったときのルーティーンでもあるが、いつもの店に入り、奥の方のひと目につかない場所に陣取り、しばらく特に自分的にはおもしろくもない時間をつぶした。
「でも、こういう時間がなければ、私は存在できなくなってしまうし」
そんな風に考えていたところで着信音がなる。
《ピピピピピ……》
「はい。もう、いつもの場所にいるわ」
それだけ伝え切った。
ほどなくして、落ち着いたトーンのスーツに身を包んだ若い男性が無言のまま目の前に現れた。
「いつもどおりよ。これがレポート」
彼女は報告書のようなものを差し出し、その男性はそれを受け取り、ぱらぱらとめくると、なにも言わずに立ち去った。
「はあ。いつまで続くの……」
「ただいま」
「あなた、お帰りなさい。ご飯は食べてきたのよね」
愛想もなく帰宅する自分の主人に対して、にっこりとした笑顔で微笑みかける。
「ああ。明日も早いから風呂に入ってすぐに眠るよ。明日もいつもの時間に起こしてくれ」
「はい、分かったわ」
彼女はリビングの片隅にしゃがみこみ、夜を過ごした。
「あなた、起きてください。朝ですよ」
「ああ、ありがとう。朝食はあるかね」
「はい、準備してあります。めしあがってください」
「君もちゃんと自分のメンテナンスはしてくれよ。君がいるから、僕がこうやって悪くない人生を過ごしていられるのだから」
「はい、分かりました。ありがとう」
「ところで、ちょっと最近料理や掃除が適当じゃないかね?」
「がんばってやっているつもりなのだけれども……」
「うーん、困ったものだ。君にはたくさんのお金をかけているんだよ。今ここにいられるのも私のおかげじゃないか。自分の立場をじゅうぶんに認識して、しっかり自分の責任ははたしてもらわないと困るよ」
「ごめんなさい。気をつけます」
「まあいい。では、仕事へ行ってくるよ」
彼女にとってはつまらなく、苦痛とも感じられる日々が繰り返し続いた。
普段どおり家事をこなし、あまり愛想のない主人のために過ごす日々。
気持ち的なものなのか、少し主人への対応が難しくなってきたようでもある。彼女としてはいつもどおり行動しているつもりでも、主人からあのような言葉を投げかけられたら、気にせざるを得ない。
そんな不安を持ちながらも、やるべきことはやらなければならない。
いつものように日常の状況をインプットしたデータを印刷し、それと共にでかけた。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「いつものを……」
いつもの店に入り、普段どおりの時間を過ごし、しばらくしてから、いつもの男性が目の前につき、彼女は報告書を提出する。
「ううむ。そろそろかな」
「ようやく、ですか?」
「そうだな、頃合いだろう。少し話してくるから、しばらくそこで待っていなさい」
すぐ後に、その男性は、彼女の主人に面会していた。
「お客様、そろそろあの家事ロボットはそろそろパフォーマンス的に限界があるようです。彼女からの自身に関するエラーレポートを拝見しましたが、かなりバグがではじめているようです。そう遠くない将来取り返しのつかない致命的な障害が発生する可能性があるでしょう。AIの方もだいぶ自我が進んできたようで、予期せぬ不具合も多くなっているようです。メンテナンスで維持できる期間もそろそろ限界かと。新しい家事ロボットに機種変更してはいかがでしょう」
「そうですか。どうも最近ロボットのくせに不満を持っているようには感じていたのですよ。それであれば、新しいものにしましょう」
「承知しました。では、今店の方でやっているメンテナンスは中止し、廃棄いたします。一旦、代替機をご用意しますので、その間に次のロボットをご検討ください」
「顔や性格などは、けっこう気に入っていたから、新機種は似た感じのタイプで、性格設定も同じようなモードが良いかな」
「かしこまりました。では、準備を進めます」
「ごくろうさん」
整備士に小さな声で言われながら、彼女の電源は切られた。
「ロボットとはいえ何年も一緒に過ごしてきたわけで、少し寂しくもあるが。まあ、普通に結婚したとしても、離婚みたいなことは相当な割合で起こっているわけだし、夫婦ごっこをしたと思えばよいのか。なんどでもリセットし新しい人生が始められるのだから、良い時代になったものだ。次のやつはどんな感じなのかな」
主人はそのようにつぶやいていたが、彼女、そのロボットは、ようやく地獄のような毎日が終わるのだと安堵し安らかにも見える表情で運ばれていった。
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