一人ぼっち
---作者前書き---
このお話は、以前投稿した、「突然の終わり( https://mikle.jp/viewthread/3179667/ )」をプロットにして、書き直したものです。大筋同じですので、すでにお読み頂いている方には既視感あるかもしれませんが、ちゃんと書き直したので、よければお読みいただけると嬉しいです。
---前書き終わり---
静かな船内。
随分と長い年月を、たった一人でこの宇宙船で過ごしている。正確に表現するならば一人ではないのだが、もう何十年も、起きているのは私だけだ。
いつものルーティーンである船内の各ポイントの動作チェックを行い、フリーエリアに用意されているジムで、ちょっとした運動をこなし健康を維持しつつ、長い休み時間を退屈なママ過ごし、おおよそ決められた時間に眠り、また、決まった時間に起き上がる。同じ作業を繰り返すだけの日々。
チェックといっても、対応に追われる問題のようなものが起きることはないため、私の退屈を紛らわせてくれるほどの時間が消化されることはない。私がこの仕事の担当に入ってから、一度もトラブルらしいトラブルは発生していないのだから、この作業自体に意味があるのかどうかも疑わしいことではある。
それだけ精密に設計された船なのだろうが、私の存在意義は、本当につまらないこれらの作業を、毎日定期的に行うことだけなのだ。
そんな風に時間を持て余している私の相手をしてくれるのは、ちょっとした会話のできるロボットだけだ。
最初は、むやみやたらに話しかけてきて鬱陶しく思っていたが、一人きり、この密閉された船内で、毎日同じ作業を繰り返していると頭がおかしくなりそうで、しだいにそのロボットにも愛着が湧いてきた。
「ねぇねぇ、今日は何するの?」
「いつもと同じことだよ。分かってるだろう」
「代わりに私が点検してもいいんだよ。変なことが起こると面倒なことになるし、私はロボットだからいくらでも働けるのよ」
「お願いしたいところだが、ただでさえ退屈なんだ。ほんの二、三時間で終わってしまう作業を、ロボットのお前なんかに譲るもんか」
「あはは。ロボットはねぇ、昔は、人間の仕事を代わりにやるために作られたんだよ。ここじゃあ、ロボットも変な感じだね」
口の達者なロボットであり、少々嫌味なことも口に出すので、たまにイラつくこともあるにはあるが、それぐらいの刺激がないと、この退屈な空間では気が狂ってしまうだろう。
ロボットと、そんな他愛もない会話をしながらも、船は静かにも、ぐんぐんと進んで行く。
時間が経つのは速い。特に何も代わり映えのしない船内と、窓の外に見える漆黒の闇、そして遠くに見える多くの星々。
ちょっとずつは変わっているのだろうが、私には、何がどう変わっているのかは判断できなかった。それぐらい、宇宙空間というのは広大であり、ロマンを感じさせてくれる。
最初の頃は、「これが宇宙か」「あそこに輝く星は、なんという恒星なのだろう」と、はじめての光景と体験に胸を躍らせたものだが、そんな期間もあっという間に過ぎ去り、ただただ、退屈な時間が流れるだけとなった。
何十年ほど経過したのか正確には分からない。いや、航行日誌を見れば、全てが記録されているのだが見返すつもりは一切ない。
そうしたところで、つまらない日常の報告、ほとんど同じ毎日が繰り返し記録され続いているだけなのだから。
とにかく、鏡にうつる自分は随分と老いてきている。おそらく、老人と呼ばれる部類の年齢になってきているのだということは理解しはじめていた。
なんということもない日常のオペレーションに、少しだけではあるが、戸惑ってしまうようなことが増えてきている。物覚えも悪くなってきたようだ。
一度確認したはずの箇所を、「そういえば、あそこは見ただろうか?」といった感じで、二度も三度も見返すようなことが日常茶飯事になってきた。時間をつぶせるので、それはそれで良いことなのではあるが、とにかく情けない。しかしながら、老いとはそういうことなのだろう。
この船で目覚めた当時、若かったときの自分と比べてしまうと、自己嫌悪にも陥ってしまうが、それを認めたくない自分がいる一方で、ようやくこの任務から開放されるのかという安堵感も同時に湧き上がってくる。
そろそろ交代のタイミングかもしれない。 次のやつを起こすとするか。私がそうされたように。
「おい、そろそろ時間だぞ。目を覚ませ」
そう言いながら、冷凍睡眠状態にあった、もうひとりのクルーを叩き起こす。
何万光年と離れた惑星へ向かっている宇宙船ではあるが、人類は、光の速度を超えるような超光速推進航法、いわゆる「ワープ」のような科学技術を手に入れることはできなかった。
しかしながら、多数のクローンを使い、交代で船を管理させることによって、長期間の宇宙プロジェクトを進められるようになっていたのだ。
私が起こしたこのクルーは随分と若いが昔の私だ。正確には、私と同じディー・エヌ・エーで出来ているクローン人間である。
「おはようございます。ようやく私の出番ですか」
「そうだ。そろそろ私も引退の時期が来た。あとはよろしく頼むよ」
「何十年位やられてたのか知りませんが、大変だったでしょう。私も、このあと、そういった時間を過ごすことになるのだと考えると、とても憂鬱ですね。まあでも、とりあえず、今はやっと目覚められたので、そこそこ爽快でもあります」
「私の場合は、非常に不快な目覚めだったが、君がそう感じるのなら、それはよかった。しかし、もう君で十三人目か。過去の私たちも、同じような気持ちで同じように働いてきたのだから、よろしく頼むよ。私はこのまま、安楽死の注射を打って、このつまらない人生に終止符を打つとしよう」
「まだお元気そうじゃあないですか。しばらく、一緒に過ごしませんか。私もいきなり一人ぼっちは、少し寂しいですし」
「私だって、起こされて、こういった引き継ぎをしただけで、後は、ずっと一人孤独に仕事を続けていたんだぞ」
「そうは言っても、二人が同時に目覚めていてはいけないといったルールはなさそうですよ。起きたばかりなので分かりませんが、おそらく」
「確かにそうだな。とりあえず、次のクルーを起こすまでは、仕事を続け、起こして引き継ぎを終えるというところまでしか、脳内のプログラムにはない。前のクルーが、私を起こした後に、すぐに安楽死を選択したので、それが決まりとばかり思っていたよ」
「では、しばらく一緒にいられますね」
「とはいえ、私は自分の責務は果たしたのだから、仕事は完全に君に任せるよ。悠々自適な老後生活をここで送ることにしよう。日常に、あそこにいるロボット以外の会話の相手がいるというのは、自分の人生でも初めてのことでもあるわけだし」
「そうでしょう。少しぐらいは、作業について教えてもらいたいこともありますし、人生の先輩という存在があれば、私もこの仕事に身が入ると思います」
「では、しばらくは、のんびりとさせてもらうよ。君は、これからの数十年間、大変だろうけれども頑張って働きたまえ」
そんなやり取りをして、私と私のクローン。いや私自身もクローンなので、私のクローンと呼んでも良いのだろうか? それは定かではないが、とにかくやつとの二人きりでの宇宙船生活が始まった。
それにしても、クローンの元となった人物、私たちのオリジナルは、どのような思いでこの宇宙船に乗り込んだのだろうか。
どのようなプロジェクトなのかも私には分からないわけだが、これだけの規模の宇宙船なのであれば、きっと壮大な展望を描いた宇宙開発や探査を目的としたプロジェクトのようなものなのだろう。
使命感に満ち溢れ、自分の人生を捧げてでも参加したい、そのような心づもりだったのだと思う。
オリジナルが、そんな風に考え。この船に乗り込んだのだとしたらと思うと、退屈だなんだのと愚痴を言いながら仕事をするのは、私自身も気分が良くない。
とはいえ、事実、私は退屈な時間を過ごしながら、何十年と、この船内で過ごしているわけだ。オリジナルは、当初のそのモチベーションを保っていたのだろうか。どのような気持ちで過ごしていたのかは興味深いが、考えても分かるはずもなく、それに費やす時間は無駄なだけだ。
とにかく私にとっては、この「仕事」というか、ここで目覚めたことは、災難以外のなにものでもない。
しかしながら、与えられた使命というか、そういったものへの責任感は、しっかりと受け継がれているのだから困ったものだ。
ディー・エヌ・エーとは、そこまでコントロールしてしまうのだろうか。外の世界、実際に人類が生活をしている地球を知らず、そして、父や母がいない私たちには、けっして知り得ないことでもある。
「そういえば、どのように呼べばいいのか困りますね。年上とはいえ、自分と同じわけですし」
「それは私も思っていたところだが、起きた順、いわゆる年功序列というやつで、少なからず敬語で話しかけてくれたまえ。敬語って、分かるかね? いや、分かるだろう。私も起きた瞬間から、何やら色々な記憶や経験があったように感じたし、今、敬語、という単語が、おそらく、目覚めてから初めて私の口から発せられたのだから」
「そうですね。確かに分かります。起きたばかりですが、言葉も喋れていますし、この船のどこを、いつ、どのようにチェックすべきなのか、そんなことまで、なんだか分かっている気がします」
「そうだろう。実に不思議なものだ。地球の人たちは、凄い事を考えたものだと感服するよ。きっと、えらく科学技術が進歩したのだろう。過去の歴史書みたいなものは、そこのコンピュータのデータに入っているから、あとで読んでみたまえ。今、こういった船に乗って、遥か何万光年も先の星に向かっているという事自体が、かつての人類にとっては夢のようなことであったことであり、本当に凄いことなんだと理解できるはずだ」
「それは興味深いです。ますますと、やる気が湧いてきましたよ」
「とはいえ、こういった役回りになってしまったことに対しては、憤りしかないがね。普通の人生を送りたかったものだ。まあ、オリジナルがいなければ、私、いや、私たちは存在していなかったわけなのだから仕方がないのかもしれないが。とにかく、面倒で退屈な日々が続くと思うが、仕事は君に引き継いだよ」
「そんな事言わないでくださいよ。私はこれからこの仕事に入るのですから。少しでもモチベーショを高めないと」
「ははは。そうだったな。悪かったよ。まあしかし、とりあえず、私もこの船内でしか過ごした経験がないとはいえ、何十年も生きてきたわけであるのだし、たった今生まれたばかりのような若者とタメ口で話す気分にはなれないわけではあるので、一応は、敬語で頼むよ」
「そうですよね。分かりました。人生の先輩。よろしくっす」
「いきなりタメ口じゃぁないか。まあ、嫌な気はしないが。なにせ、自分なのだから」
「ねぇねぇ、今日はこれから二人で何するの?」
ロボットが話しかけてきた。
自分自身でもあるやつが相手ではあるが、これからは、生身の人間と日々の会話ができることになったのだ。このロボットの出番は、どんどん減っていくのだろう。少しだけ、余生での楽しみが出来たことで、やや頬が緩んでしまっていたかもしれない。
人生の終わりを迎えようと思った矢先に、「次の私」の提案で始まってしまった二人での宇宙船生活。
心に余裕ができたからか、これまではあまり考えなかったようなことや、過去を回想するようなことをしはじめた。
私、いや私たちを、このプロジェクトのために製造し、船に乗り込ませ、送り出したやつらは、何を考えていたのだろうか。オリジナルの同意があってのものだろうから、なんとも言えないところではあるものの、自分がクローンだと知ったときの衝撃は言葉では表現出来ない。
それ以上に、起こされた途端に、一人ぼっちで、何十年も宇宙船を管理しつづけないといけないことを把握したときのショックは、おそらく普通の地球人では味わえないものだろう。地球人の暮らしぶりは知る由もないが、とにかく、この環境での私の人生が、ひどくしんどかったことだけは間違いない。
まあ、済んだことを愚痴愚痴と言ってもしょうがいない。しばらくは、新しい生活、新しい人生を満喫しようじゃないか。
もう一人の自分は、毎日、あくせくと働いていた。もちろん、厄介なトラブルが起こることは殆どないわけであり、ほんの数時間で追えられる仕事しか与えられていなのだから、あくせくという表現が正しいのかは分からなかったが、自分以外の人間が働いているのを遠目に見るのは、なんだか微笑ましくも思えた。
私はというと、これまでの長年の仕事から開放され、気楽な日々を過ごしていた。
それにしても、このプロジェクトをプログラムしたやつは、なぜ、一人ぼっちで仕事をさせるように仕組んだのだろうか。数人同時でもいいじゃないか。クローンとはいえ、精神的なストレスなどをケアしなければ、いけないのではないか?
いざ、一人ではない時間を過ごしてみると、そんな疑問や、ちょっとした不満が湧いて出てくるようにもなってきた。これまでの人生には、全くなかったことだ。
時々、もう一人の自分から、作業についての質問をされるが、おそらくほとんどのことは理解している上で、会話のきっかけを作るために話しかけてきてくれているのだろう。私ならそうするし、私と同じなのだからそうしてくれているはずだ。
そんなコミュニケーションすらも、これまでなかったことであり、楽しく感じた。仕事がなくなり、今まで以上に暇つぶしには困るが、ロボット以外に会話をする相手がいることは大きな変化だし、初めての経験でもあり、案外に私なりの余生楽しんでいた。
一方で、私が長年続けていた毎日の任務を、淡々とこなす、もうひとりの私。
大変だと思うが、いや実際に大変なのだが、引退した身としては、もはや関係のない話だ。
こんな日が来るとは想像していなかったが、とにかく引き継ぎと同時に死を選ばなくてよかったなと思っていた。
「先輩」
「なんだね」
「ちょっと、手伝ってもらえませんか。一人だと、結構しんどくて」
「何かトラブルでもあったのかね?」
「いえ、そこのバルブを全部閉めるだけなのですが、こう毎日同じ作業を繰り返すのも精神的にきますし、このバルブの開け閉め、結構大変じゃありませんでしたか? なんたって数が多いもんで」
「何を言ってるんだ。私は引退した身。そもそも本来ならば、引き継ぎをした時点で、安楽死により、もうここには居ないはずであるのだから、君が一人でやるべきではないかね」
「そうはいっても、結果論ですけれども、今、実際に、ここにいるじゃないですか。そんなにプカプカとタバコを吹かしている暇があったら、少しぐらい手を貸してくれてもいいんじゃないですか? 私たちは、いわば一心同体でしょう。少しぐらい助けてくださっても、いいってもんじゃありませんか。同じディー・エヌ・エーを持った人間、同じ人格なのですよ!」
やれやれ。何を言い出すかと思ったら……、本当に面倒くさいやつだ。
同じディー・エヌ・エーを持ったクローンではあるが、若いというだけで、こんなにも思考が異なってしまうのだろうか。
若さゆえの勢いというのは、こういうところでマイナスに出てしまうこともあるのだな。
勢いで突っ走られるのが若者の良いところでもあり特権でもあるが、その結果がどうなるかを理解できないまま行動に移してしまうのは、経験不足の人間のだめなところでもある。
そうは思いつつも、私自身、はじめて生身の人間とこうやって接し、暮らし始めたわけなのだから、この思考や反応が正しいのかは分からない。
そして、あいつはあいつで、そういう発言をしていることについて、なんら疑問をいだいていないのであろう。
ディー・エヌ・エーは自分自身とはいえ、若いものには、しっかりと教育をしてやる必要がある。
しばらくの時間、少し手厳しい説教をしつづけたが、どうも響いていないらしい。ずっとこちらを睨みつけ、ぴくりとももうなずきはしない。時に凶暴な言葉を発し、殴りかかってきそうな気配すら感じた。
こいつは結構な骨のある青年のようで、若い頃の私を思い出す。
いや、私が若い頃は、こうやって感情をぶつけることが出来る相手すらいなかったのだから正確には分からないが、おそらく、誰かと接し、こんな風なことになったのだとしたら、同じような感じだったのじゃないかと思う。
こうなったら、とことん付き合ってやろう。一人きりで過ごしてきたとはいえ、数十年の人生経験の違いを見せつけてやろうじゃないか。
取るに足らない、くだらないことがキッカケに始まった口論だが、私はそのような気持ちで臨み、若い自分は、勢いに任せてヒートアップし、話は一向に終わる気配が見えなかった。
そのまま随分と長い時間が経過し、お互いそろそろ疲れてきた頃に、どちらからともなく、「このままじゃあ、らちがあかない。それなら、ほかの自分たちの意見を聞いてみよう」という話になった。
もちろん私たちクローンには、予めプログラムされていないことではあり、良くない行動だと二人とも理解はしてはいたが、お互いに引くに引けない状況にもなり、一斉に、残っている冷凍睡眠中の自分たちを起こしにかかった。
こういった性格的なものは、やはり似てしまうものなのだなと、年長者ながらに思いながらも、これまでになく感情が高ぶってしまっている自分自身を隠すことは出来なかったのだ。
あちらこちらで、覚えのある会話から始まり、なぜ多人数が起こされているのかという質問が繰り返される。
寝ぼけ眼のやつもいれば、すぐに覚醒するやつもいる。面白いものだ。同じクローンではあるが、多少は、性格や行動とか、こういった思考の違いはあるのだなと、少し興味深かった。
引退した自分が、その後も仕事を手伝ってやるべきなのかどうか。そんな、子供みたいな議題ではあったが、こうなってしまったからには仕方がないし、私たちにとっても、意外と今後の重要なテーマになりそうでもある。
「私たち同士で、多数決で判断をしようじゃないか」
そのように皆に伝えた。
一人ぼっちでの船内よりも、自分自身とはいえ、たくさんの人たちとふれあいながら仕事をするほうが、日常は楽しくストレスもなく過ごせるはずだ。効率も良くなるに決まっている。
何せ、私の人生は、ずっと退屈の連続だった。こうやって次の私と口論したり、そうして、たくさんの私たちに向かって喋りかけているだけでも、気持ちは高揚してくるのだ。
常に一人で宇宙船をメンテナンスし、地球時間で言うところの、何十年、何百年、何千年もかけて遠くの星へ向かうなんてミッションは、非常に馬鹿げている。
そんな感情を持ちながら、皆に話をした。
初めて、これだけの人数の人間を目の前にし、少しだけ興奮も覚えた。もちろん、皆もそうだと思う。
まあ、現時点での最年長である私は、この後全員でこの船を航行しつづけることになったとしても、それを遠目に眺めながら、あれやこれやと指示をするだけの、お偉いさん的な役回りになるであろうから気も楽ではある。
しかし、当然、旅程は予め決まっている。
おそらく、ある程度の予備人員は用意してあるにしても、目的地までの航行に必要な最少人数のクローンが用意されていたはずなのだから、全員一斉に起きてしまうと、きっと目的地にはたどり着けない。
それについては、どうしようかと、もちろん思ったが、こうなったからには仕方がない。これだけの人手があれば、なんとか知恵を絞り目的地へたどり着く方法も考え出せるのではないだろうか。
不安もあったが、始まってしまったものは仕方がない。どちらにせよ、私たちは、この宇宙船から出ることは不可能なのだし、仕事を終えれば、自ら死を選ぶか、私のように居座って、ちょっとした揉め事を起こすぐらいしか出来ないのだから。
それにしても、このプロジェクトの目的を知っているのは、到着時に最後に叩き起こされる予定だったはずのやつだけなのだろうか?
私には目的の一部すらもインプットされていないのだから、そうに違いない。
同じクローンではあるが、特別な何かを持っているのだろう。
このプロジェクトの意味や目的などは、おそらく、そいつにしか知らされていないのだと思う。
なにせ、私も含め、私の前のやつも、後のやつも、とにかく船を点検し、問題があれば対処し、無事に先に進めることだけが自分のやるべきことだという認識しか持ち合わせていなかったのだから。
到着した先で、何が起こるのか、疑問にも思わずにこれまで生きてきたわけではあるが、こうなったら、何が起こるのか見てみたい気持ちも強くなってきた。
そう発言したのは、私たちの元となった、オリジナルの人物のようだった。
「せっかく高いお金を積んで、素晴らしい環境のある惑星へ、休暇のリフレッシュがてらに向かっているところだったのに。なんてことだ」
いくつかの植民星を手にした地球人の富裕層たちは、このような方法で、他の惑星に旅行に出かけることが当たり前になっていたようだった。
目的の惑星と往復するのに必要な数の自分のクローンを作り、宇宙船を操縦させる。
もちろん莫大なお金がかかるはずだが、金さえあれば、なんでも出来る時代になっているようだ。
最終的に自分が目覚め、地球では味わえないような素晴らしい環境を持つ、遠くの惑星での余暇を満喫する。そういったトラベル商売が流行っていたのだ。
植民星で過ごした後、地球に戻ったら、とてつもない時間が経過しているはずだが、そこらへんはどうなっているのだろうか。私たちには分かり得ないが、オリジナルが言うには、そういった経緯で、私たちは、この船に乗せられ、仕事をさせられていたようだった。
状況を察した私たちは、それぞれに同じような顔を持ちながらも、それぞれの表情で、お互いに視線を送りあった。
どうやらこういったことは意思疎通がはかれるらしい。私たちは、ほとんどいっせいに、そのオリジナルである私に飛びかかった。
「私たちを何だと思っているんだ。バカにするのもいい加減にしろ」
怒りは収まらず、皆でそいつの首を締め付けた。
何か言っていたようだが、関係ない。
自分がただ余暇を過ごすためだけに、多数のクローンを製造し、それぞれに何十年という苦痛の日々を与えるなんて、良いことであるはずがない。
オリジナルはもがき苦しみながら、何かを伝えようと必死だったように見えたが、おそらく、ただの命乞いだろう。
もちろん、私たちも、この先この船をどのように運行し、どこへ向かうのか議論する必要はあるのだが、その時は、とにかく全員が一糸乱れず感情的にオリジナルへの憎悪を向けていた。
そのまま、どうなっても良いといった勢いで抑え込み続け、オリジナルは息絶えてしまった。
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