だまされ女のくだらない事後談

不倫の代償


経緯はいろいろとあったが

今はもうすべてが意味のないこと。


端折っていうと、

わたしは今、彼を、



刑事告訴

民事訴訟

会社告発



しようとしている。



誰がなんと言おうが

わたしは正しいと思う道を行く


私は沢井亜紀。彼は加島賢一

過去、私は加島さんを心から求め

心から愛そうとした。


彼は違ったみたいだけど

そんなことはどうでもいいこと


憎しみはない。

好意もない。


加島さんがしたことを

加島さんが私をなめた分だけお返しする



ただその目標に向かって

やるべきことをやる



私が満たされるのは

ただ一点

彼がすべてを失うところを

見届けること


彼はいつか私に教えてくれた

叶わない夢はないと

今のこの私のマインドは

間違いなく彼から教えてもらったこと


ねえ、加島さん

私の性格を、見誤ったんだよね？

でも、私を弄んだその責任

自分のケツくらい自分で拭きなね

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不倫の責任



加島さんの奥様に対しての

私の身の処し方


焼くなり煮るなり

好きにしてください


奥様に対して私は加害者だ

それは本当にそうだ

言い訳はできない


慰謝料請求でも罵倒でもいくらでも

して下さい


逃げも隠れもしません

自分が撒いた種ですもん

公正な場で裁かれます



でもね、奥様

ごめんなさい



私は加島氏を許すことはできないので

それとは別件で彼をぶちのめします



お許しください

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登場人物


整理しておく



私、沢井亜紀、33歳、アパレル会社経営



彼、加島賢一、54歳、メガバンク元支店長後、一般企業に転籍、現在無職



私の母、沢井優子、65歳、加島の元上司であり、広告代理店経営者



彼の奥さん、加島美輪子、63歳、専業主婦



彼のもう一人の不倫相手、橋本麻子、50歳、メガバンク関連会社、加島賢一の元部下




元探偵自営業の男、田中哲也、45歳、母の昔からの知人、私のお目付役

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おっさんを尊敬した




加島氏を私に紹介したのは、後に私と加島氏の関係を知って加島氏を殺す勢いとなった私の母だった。

ある日、母の会社の社長室に呼ばれ

「加島さんは銀行のトップセールスだった方。経営上でなにかあれば相談しなさい。」


突然紹介され、その場で社用番号を交換した。


「お困りごとはなんなりとお申し付けください。」


彼は丁寧な口調でそう言った。


グレー色の髪と、落ち着いて丁寧な口調が

どこか安心するような印象だった。



早くに亡くなった父を重ねていたかもしれない。


私は、普段から人を信用することはなかなかなかった。


孤独だった。


母すらも経営者の大先輩としての建前はあれど

心を許して話すようなことはなく、

起業して孤独に加速がかかっていた。


ビジネスライクな尺度でしか人を見れないのだ。

査定し、査定される、それは無意識に私の生き方に染み付いていた。



査定‥‥加島さんは、最初からその枠組みに当てはまらなかった。


経営者にしかわからない

モノの見え方、感じ方を

彼はよくわかっていて、

すっと心に入り込んできた。


もうこれまで数え切れないほどの
経営者と話をしてきていますから。


彼は風のように嫌味なく言った。


何度か仕事で顔を合わせるようになり、

彼を尊敬するようになるまで

時間はかからなかった。



普段誰も信じていない分、

彼だけを盲信するようになっていった。

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私がここに書く理由




なぜだろ

ムカつくんだ

殺したいくらい



私を知る人は

それだけ彼を愛してたんだね

っていうけど



そんなんじゃないこと

わかっている



私は父を加島さんに重ねてた



父は皆が知る会社を

一代で作り上げた人

カリスマ性があるなんて

皆言うけど、家族には冷たく

良い父親ではなかった



加島さんはしょぼくれたおっさんで

地位はあったけど

未来を作るよりも

今生の締めくくりに入ってる

ような人だった




彼は銀行マンだったから

銀行を定年した時点で

どこか燃え尽きてしまっていたんだろう

エリートだったらしいから

尚更なのかもしれない




私は彼と生きたかった

ビジネスで花咲かせたかった

彼の放つ一言一言が

私の中で意味をもち

戦う勇気をくれていた



それを愛というならそうなのかな

敬愛？

性愛でなかったな



父が私を裏切ってはいけないように

私は加島さんから絶対に裏切られては

いけなかった



それは父から見捨てられるのと

同義だから



だからこんなにも感情が蠢く

身を切ってでも

彼の破滅を願う



ここでこのヘドロみたいなもの

出させてください

すみません

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会社分裂の危機




私の会社のデザイナーと私は

オリが合わない。



職人は使うのが難しい。

こだわりが強く、嫌になると

すぐに辞めてしまう。

手に職のある人間は

だったらもういいです、

という決断を迷いなくするやつらだ。



経営者仲間から、職種は違えど

弟子もろとも一気に辞めていく

そんな話を何度も聞いてきて

もぬけになった店や会社を

想像するとゾッとする。



加島氏と仕事をし始めて一年が経つころ

私は会社の組織作りに苦戦していた。



まあ平たくいえば

そのデザイナーに腹が立って立って

仕方がない。



ワガママ

ジャイアン

自己中



でもデザイナーの彼なしでは

会社は立ち行かなくなる。



頭にきても、なんとか穏便に

彼を立てつつ、こちらの要望を伝え

商品を作ってもらう。



そんな風にしていたが、

ある決定的な出来事がおこり、

私は我慢の限界に達した。



なんだか何を言ったかも覚えてないが

もうお前に振り回されるのは御免だ！

とオフィスに相応しくない

怒りを口にして、

辞めるなら勝手にしろ、と

彼につきつけた。




彼が辞めれば、その部下（弟子）

少なくとも3人は共に去るだろう。




彼とはオリが合わないとはいえ

ビジネスパートナーとして

必要不可欠な人物なのは

わかっていた。



もういいと思った。

私の器量はここまでだと

父のように、人をうまく使い

会社を大きく育てることなんて

わたしには絶対にできない。

一人になると、ボロボロ涙が

止まらない。



しんどい。

誰よりも努力し

会社を愛してるつもり

でも何一つ伝わらない。



限界。そう思った日

加島さんから来ていたメールがきた。



「今月、全店単月黒字とお聞きしました。おめでとうございます。」



泣きながら、

逃げたいと、すべてから逃げたいと

スマホの電源を切った。

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偶然の出会い？




デザイナーとのトラブルが起きる数ヶ月前、

加島氏と打ち合わせのため

出店先で待ち合わせをしていた。



前の仕事が早く終わった私は

近くのマクドナルドで休憩をとっていた。

待ち合わせまでまだ2時間もある。

混雑する店内、縦横無尽に人が行き交う。



すっと顔を上げると、遠くに加島氏の姿を見つけた。

私には気付いていないようだった。



胸が高鳴る。


なぜここにいるの？



加島氏は健康に気を遣っているし

ジャンクフードなんて食べるタイプじゃないのに

普通にレジの大行列に並んでいる。



声をかけるかどうか一瞬考えたが

彼と二人でランチしても

何を話せばいいのかわからない。

それにまだちゃんと化粧直ししていないし

風邪で肌が荒れまくっている。

恥ずかしい。



私は息を潜めて、顔は下を向き

スマホの画面を触るフリをして

彼が気付きませんように。

そう祈った。



どれくらい経っただろうか。

聞き慣れた柔らかい声がした。



「あれー！亜紀さん？？？いらっしゃったんですか。」


顔をあげると、加島氏が驚いた顔で立っていた。


「あ！はいー。前の仕事が少し早く終わったので。」


見つかった。ドキドキ。私は化粧直ししていない不完全な顔を見られたくなかったけど、逃げられないなら笑顔で誤魔化せと、満面の微笑みで、意外そうな顔を作った。


「そうですかー。せっかくだし、こちらご一緒してもよろしいでしょうか。」


「はい、もちろんどうぞ」


「では失礼します。」



あまり会話が弾まない。

緊張しているせいもあるけれど、

加島さんと仕事以外の会話って、

本当にどうすればいいのかわからない。

年齢も生きてきたバックボーンも

なにもかもが違う加島さん。

尊敬している加島さん。




仕事の話はこの後するだろうし、

かと言ってわざとらしい世間話も

なんだか変だし。


私の焦りをよそに、加島さんは黙々とマクドナルドを食している。

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偶然の出会い？2




「加島さんってマクドナルド食べるんですね？健康志向かと思ってたから、すごく意外です。」


なんとか見つけた会話の糸口。

心拍数も元に戻ってきた。



「あー、そうなんですよ。最近ですね、たまに食べてるんですよ。亜紀さんがマクドナルド好きって言ってたから。」



？？？？？？？？？

何言ってるんですか？

？？？？？？？？



私は頭に50個位のハテナが宿った。

自意識過剰に思われたくなく


「ふふ、マックいけますよね。はまっちゃって。抜け出せないです。」


といたって普通に話を続けたが

もう早く一人になりたかった。



加島さんと一緒にいたくない！

そう思ってしまっていた。



「でもあれですね、こんなところで約束もしてないのに偶然会うなんて、運命感じちゃいますね。」



さらっと、

極めて重くなく、彼はそう言った。




その意味を彼はわかって言ってる？



私は頭がフル回転する。



いや、頭の良い加島さんなら

色んなことを経験してきている加島さんなら

その言葉をオフィシャルな相手に

そして年頃の（行き遅れ）女性に

さらに社長の娘に

言ってしまうことのリスクは

当然わかっているはずで。




私は文字通り絶句し、

口角を上げて

微笑もうとしたが、

言葉を発せなくなり

完全にフリーズした。



今思えば、あのとき彼は

私がマクドナルドにいるのを見つけて

偶然のフリをして入ってきたと

確信している。

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接待

その数日後、私は高級鉄板焼きやさんで、加島氏含む銀行から接待を受けていた。


加島氏は亜紀社長激励会と言い、A銀行に働きかけ、銀行員若手の徳井氏に会食の場を作らせた。徳井氏はうちの担当だけど、、、なんだかふにゃっとした男。


まず大前提として弊社は銀行からの融資を一円も受けていない。

それに、まだまだ零細企業であるうちが、A銀行をメインバンクとしていることは通常は有り得ないことで、（口座開設ができない）、まして法人営業第一グループの他のお客さん、つまりその職種のリーディングカンパニーや、上場企業と肩を並べて同じ扱いを受けるなんて、、笑える話。


加島氏は数年前まで、 A銀行の支店長で法人営業部のトップだった。銀行はほんの一握りの役員候補を除いて、基本的に50代で皆、定年していく。彼は役員にはなれなかったから、一般企業である母の会社に出向してきて、その後完全に転籍した。


彼のような銀行出身者の役割は？


表向きは再就職先に仕えているが、企業と銀行を結びつける調整役。双方ウィンウィン関係を作る橋渡しをするのが役目。


彼は社長の右腕として働きながら、毎朝、毎日、銀行と連絡を取る。そこだけみれば、銀行を辞めたとはいえ、彼はまだまだ銀行マン。そして銀行内での権力はとても大きいものにみえた。


加島氏が接待を依頼すれば、銀行側は鵜呑みですんなりその場を用意するのだから。


私は「お嬢」としていつも丁重に扱われた。


ときに頭取からお手紙をいただいたり、カルティエの置物まで。ただほど怖いものはないというけど、その時の私は置かれている状況がちんぷんかんぷんだった。


「亜紀さんはお綺麗ですよね。本当に純粋で素直で。だから僕はここまでサポートしてるんです。サポートしたいと思わせてくれる亜紀さんの人徳ですね。あ、みんな誤解しないでくださいね。僕たちまだ肉体関係はないですよ！笑」


彼は会食中そんな軽口を言い、私の気持ちは揺さぶられる。


「加島氏はディアス（うちの社名仮称）を支えていかれるんですね。」


徳井が興味をもって聞き返す。


「今は、ですよ。この先はどうなるか誰もわかりません。去るときは去りますよ。私」


加島氏は低い声で、はっきりと言った。


痛烈にショックだった。彼の真意ははかれない。

加島氏はわからない人

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接待2



鉄板焼きを食べながら

酒が入り普段の堅さがとれ

皆、結構好き放題に話し始める。



私がとびきり美味しそうな

お肉の写真を撮れば、

横の加島さんも真似して撮る。



僕もインスタしようかな。



そんな風に言い、撮り方教えてと

寄り添ってくる。



ああ、幸せ…

今、この時間、幸せすぎて

心地よくなっていく。



彼はおっさんで、

結婚もしてて、

想いを伝えてはだめな人だけど

加島さんと一緒にいれて嬉しい。



嬉しくて嬉しくて

笑顔が増える。



相当長い時間飲んだあと、

じゃあ僕はこれで

とひとりさっさと歩く方向を

加島さんは変えた。


えー帰るんすか？？と銀行マン。

あとは若い人たちで！と

遠くで手をあげる彼。



私は銀行マン達に

自宅マンションまで見送られ、

家に入ると、幸せな気持ちが

嘘のように冷静になっていた。



彼は

なぜ送ってくれなかったんだろう



切ない



まあ、私のマンションなんて

興味ないよね。



それは正しい。



奥さんのいる家へ帰る彼

奥さんが羨ましくて

仕方がなくなった。

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純粋で素直とか




彼はいつも、亜紀さんは純粋で素直ですね、と言った。


バカにされてるように感じ


もっと腹黒くなりますよ！ビジネスでナメられますしね。


と言い返すと、いえいえ、亜紀さんはそのままで。ずっとそのままでいてください。


と優しく諭された。


でも、私はまだまだですし、表裏使いわけれるようにならなきゃだめだと思ってますよ。


と、普段からストレートすぎるのが自分の欠点と思っている私はさらに本音を出す。


亜紀さんは、真っ直ぐですから。それが亜紀さんの武器です。


と彼は自信げに言う。


彼はいつもいつも私を肯定して


私の心の拠り所になってくれた。




母は「あんたホンマに商売下手くそね。私からの借金、風俗行ってでも返しなさいよ。」



なんて笑いながら突き刺してくる人だから


そのままの私を肯定してくれる加島氏は居心地のよい存在だった。



のちに彼は


真っ直ぐすぎて怖い、なんて言い始めたが。

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逃げたい夜


デザイナーの富沢とやりあった夜

無能感に苛まれて

ボロボロとベッドの中で泣いた。


ポーンとショートメールの着信音。


「今月、全店単月黒字とお聞きしました。おめでとうございます。」


加島さんからだった。

ディアスの初めての全店黒字。力を貸したくれていた加島さんも、きっと喜んでくれてるはず。

全店黒字は私の第一目標だった。こんな日じゃなければ、喜びではっちゃけているけれど、今はこの絶望的な気分で、なんと返答すればいいのかわからない。


スマホの電源を切った。


彼からのメールにだけはいつもすぐに返事をしていたが、その日初めて返信しなかった。



社長をやめようと思った。


従業員をどうするのか

別の経営者に引き継ぐのか

店はどうするのか

会社を売るのか


ぐるぐる現実がのしかかってくる。

頭の中は疲れ切っていて

心は悲鳴をあげていながら

自分を責め続ける。



もともと経営者なんて向いてないし

成り行きでこういう立場になってるし

富澤は嫌いだし信用できないし

周りからのプレッシャーはすごいし

どこまでもお嬢ちゃま扱い



なによりも

キャリアウーマンになるよりも

愛情のある家族の一員になりたかった。

普通の家族が欲しかった。



利害なんて一切なくて

お互いを思いやれるような

そんな恋人を見つけて結婚して

昔から夢だった子供がほしい。



私がやっていることは

鉄の女になるための努力で

努力すればするほど

別方向に走っていること



他人を査定するような

私の物差しが磨かれていく度

人に対する温度が下がり

そんな自分に

これでいいの？と

問いかけずにいられない



父も母も、娘が鉄の女になることを

望んでいるけれど

私は無理



いろいろ考えてるうち

知らぬ間に眠りこんだ



翌日の昼間目が覚めると

出社時間はとうに過ぎていて



メールだけでもひとまずチェックをと

重い気分で、スマホの電源を入れる。

すると一通のメールが入ってきた。



「亜紀さん、ランチいこ」



思いもよらなかった加島さんから。

目を疑ったが、何度見ても彼だった。



きっと誰かから、昨日の揉め事と

私が出社していないことが

伝わったんだろうなと想像した。

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心を裸にする人1



加島さんにだけは

みっともない自分を

知られたくなかった。


「ご心配をおかけしてすみません」


迷いに迷い

結局は無難に

ビジネスライクな返事をした



ポーン

数分後、スマホにまた

メッセージが届く。

開いた瞬間、胸が高鳴って

ふいに涙が溢れた。


「ランチ、いこ」


先ほどと同じ言葉が書いてあった。


ひとりぼっちじゃないよって

彼が言っている気がした。


普段から敬語で話す二人だから

友達みたいな言葉に

加島さんの優しさを感じ

張っていた気持ちが和らぐ


「はい。〇〇（加島氏の会社の最寄駅）に行きましょうか？」


「✖️✖️（私のマンションの最寄駅）まで行きますよ。マックいきましょう」


「バーガーキングでもいいですか？」


私は思い切って

少し甘え、希望を伝えた。


「いいですよ。着いたらメールします」


大急ぎでシャワーを浴びて

着替える。


こんな時にも

加島さんウケしそうな

知的で、肌の露出が抑え気味の

女性らしいスタイルを選ぶ自分が

可笑しく、あきれる。


加島さんは心配して

わざわざ来てくれるのに。



バーガーキングに

現れた彼はいつも通り、

背は低くて

ファッションセンスのないコーデ

だけど私にとっては

誰よりもステキな人だった


「急にお誘いしてすみませんね」


と私の瞳の中を探る加島さんは

まるで私の感情を探しているよう。


「いえ、こちらこそ、ご心配おかけしてすみません」


深く頭を下げる。


「まあまあ、先に注文だけ済ましちゃいましょうか」

「あ、はい」


加島氏の前で大きな口をあけてハンバーガーを食べる気になれず、小さめサイズのセットを注文する。


「えーーーー、それだけですか？もっと栄養つけたほうがいいですよ、これも、それも、あ！亜紀さん甘いの好きでしょう？デザートいきましょ。」


とどんどん追加していき

トレーの上はてんこ盛りになった。


「僕が誘ったんですから、ここはいいですよ」


加島さんは財布を出す私を制止した。


彼に奢ってもらうのは

これが初めてで

デートみたいと

内心嬉しい半分

甘え過ぎてると遠慮半分で

恐縮してしまう。

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心を裸にする人2


加島さんとバーガーキングのソファで向き合って座る。私は気分が重く、また言い訳するのも変だし、何を話すべきかわからなかった。


「そういえば、今日△銀行の新山くんが、支店異動の挨拶に行くって言ってましたよ。」


「ええ、夕方から約束してるんです。本当は誰かに対応してもらいたいんですけど‥」


「それはだめですよ。あき社長に挨拶にくるんですから、他の人間では問題ありますね。」


「‥はい。」


会社に行く気分では到底ない。私の出社拒否の顔はバレバレだったのか、


「よろしければ僕も同席しましょうか？」


加島氏は言った。


「え？お仕事お忙しいと思いますし、そこまでは‥」


「大丈夫ですよ〜ワタシ今日ヒマなんで。」


屈託のない笑顔で加島さんが話す。


詰まっていた胸の栓が開かれるみたいに、グレーの世界がカラーになるみたいに、私は少しずつ加島さんの暖かさを受け入れ始めた。


冨沢と揉めたことを取り留めもなく加島さんに話し、彼はひたすらウンウンと聞いていて、そんなに気を張らないで大丈夫ですよと、肯定的な態度で受け止めた。


まあ、職人は本当に難しいですからね。亜紀社長の辛さはよくわかります。


でも、彼は一デザイナー、亜紀社長とは立場が違いますから。


彼が変わらないと、ディアスはうまくいきません。


亜紀社長は間違えてませんよ。



約束の時間が迫ってきたので、二人でディアス本社に移動した。銀行担当者の挨拶を終えたあと、オフィスで二人きりになる。加島氏は机を挟んで私の対面に座り、iPadを頻繁にチェックしている。


やっぱり忙しいのに、私のために時間をとってくれたんだ。嬉しいのと申し訳なさでなんともいえない気になる。


ただ、加島氏が近くにいるから、もう少し頑張ろうかなと前向きな勇気をもらえていることを、私は充分自覚していたし、こんな日は二度とないだろうと思うとせっかくだから今日は元気をいっぱいもらってしまおう。と開き直りつつもあった。


もう外が暗くなってきていたけど、加島さんは帰る気配がなく、私たちはこれまでしたことのない話を沢山した。


加島さんが柔らかな毛布のようで、クタクタになっていた気持ちが癒されていくのが心地いい。


好きだなあと、改めて心から思った。

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心を裸にする人3


すでに20時前、別れの時が近づいてるのが、無性に寂しく感じた。

束の間会話が途切れる。


「あ、実は、四月から海外事業の責任者になっちゃってね。これから、色んなとこに行かなくちゃいけないんですよ。もう、大変ですよ。」


加島さんが沈黙を破った言葉が、心臓が止まりそうなほどのショックだった。彼が海外に行ったら、身近で相談したり、電話したり（全部仕事だけれど）できない‥。そんなの、絶対いやだ‥。


さっきまでフワフワの毛布に包まれていたのに、それが嘘のように凍てついた。


ただ、こんな私は絶対に悟られてはいけないとも思った。


彼は恋人でもなんでもなく‥ましてや既婚者なのだ。


「‥‥そうなんですね！すごい！めちゃくちゃカッコいいじゃないですか。加島さん英語ぺらぺらだし、海外で仕事するなんてスケールが大きい！」


と、全気力を使って私は顔の前で小さく拍手してみせた。


「いやぁ、もうね、僕は日本で仕事してる方がいいです。」


「そうなんですね‥。ただ、それだけ加島さんは期待されてるってことですし、本当に素晴らしいと思いますっ！」


「そうかな〜？使い勝手がいいだけですよ。」


二人で笑う。


「あぁ、加島さんは忙しくなるし、私ももっとちゃんと従業員と向き合って、色んな課題クリアしていかなきゃ‥。」


最大級の強がり。内心は放心状態、いやいやいやいやいや×100だったけれど。


加島さんは俯き、それから笑わない目で私を見つめた。


「僕は‥こうやって亜紀さんとビジネスや色んな話をしてるほうが幸せですけどね。」


？？？なんだか言ってる意味がよくわからない。自意識過剰な反応は絶対したくないが、頭がクラクラしてくる。


「‥え？？‥‥ふふ、そう言っていただけると‥嬉しいです‥。私は加島さんのアドバイスはなんでも吸収しちゃいますから。きっと加島さんの部下も、こんな風に頼ってしまうんですよね、加島さんのこと。」


なんとか乗り切った。乗り切った？なにを？よくわからない。状況がわからない。頭は混乱する。


「亜紀さんは、特別ですよ。僕は仕事の中でこんなふうに誰かと話したりしません。」


？？？？はい？？


「こんなに何でも話せるのは、本当に珍しいんですよ、私は。」


ごくっ、生唾を飲み込む。

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心を裸にする人4



彼が言った、私は特別、という言葉は

今すぐ加島さんをぎゅーっと

抱き締めたくなるくらい

愛しくて、嬉しかった。


でも、私の中の理性が、

ダメと警笛を鳴らす。



加島氏は結婚してる。

それに、母が彼を信用して

私に紹介した人なのに

もし深い関係になってばれたりしたら

彼のキャリアに大きな傷がつく。

私は好きな人との赤ちゃんが欲しいし

不倫なんてしてる場合じゃないし。



様々なデメリットが頭を支配し

これ以上深入りしちゃだめと、

もう一人の私が私を止める。


「もう、こんな時間ですね。ではそろそろ、失礼しましょうかね。」


言葉が出なくなった私を見て加島氏はどう思ったのか想像がつかないけど、

彼が自分のバッグを手に取って立ち上がり、

私は真っ直ぐ彼を見ることができないまま、

玄関先まで彼を見送った。


「あの‥今日は本当に有難う御座いました。長い時間すみませんでした。でも‥元気になりましたっ」


と私は深く頭を下げた。


「それならよかった。‥では、また。」


加島氏はドアを開けて、何の余韻も残さずさっさと出て行った。

あっけなく私と加島さんの時間は終わった。


加島さんが出て行った後は、玄関に突っ立ったまま動けなかった。


大好きな加島さんが

私を気に入ってくれてる。

今、加島さんは歩いていて

奥さんの待つ家へ帰ろうとしてる。

さっきまで、二人で笑い合ってたのに。

彼に包まれてるような時間だったのに。



悲しいよ。


一緒にいたいよ。



彼は気持ちを見せてくれたのに

私は見せないまま。



こんなにも好きなのに。

加島さんを求めているのに。



ねえねえ、わかってください。

あなたが好きなんです。



私は玄関からUターンして、

テーブルの上のスマホを掴んだ。



加島氏に宛ててメールを打つ。


『辞めたい理由、もう一つお伝えし忘れていました。』


すぐに返事が返ってきた。


『どうしましたか？もしかしてご結婚ですか？』



どんなことになっても、後悔はしない。

もう我慢できないの。



『加島さんがすきだから。加島さんのいない場所で働いて彼を見つけたかったんです(^-^)v』



メールの送信ボタンを押した。

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