ついてない女
母子家庭で育った私。
絶対的な立場の母親。
反発しグレた兄。
高校卒業してから勤めていた会社が倒産。
次の仕事が見つかるまでと思いバイトで働き出した、ラブホテルのフロント兼メイクの仕事。
つなぎのつもりが1年になる。
3年付き合って、結婚も考えていた彼氏に振られた。
何人かお付き合いした人もいたけど、絵にかいた様なダメ男ばかり。
男運も悪いらしい。
こんな私は今年は厄年。
お祓いに行った帰りにスピード違反で捕まった。
こんな私のくだらないつぶやきです。
ぼちぼち書いていきます。
13/07/13 11:26 追記
ガラケーからスマホに変えました。
まだうまく使いこなせないため、ご迷惑をお掛け致します。
少し慣れてから改めて更新したいと思います。
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- スレ作成ユーザーのみ投稿可
「今日もヘルス日和だねぇー」
男一人で部屋に入るのをフロントの小窓から見届ける。
勤務先のラブホテル。
全部で15室ある部屋のうち、安い部屋は男一人でデリヘルが来るのを待っているお客さんで埋まる。
控え室にあるコンピューターが入室を確認し、ピコピコとベルが鳴る。
私は夕方5時から夜中2時までの勤務。
サービスタイムがあける時間のため、出勤すぐは忙しいけど、掃除が終わればゆっくり出来る。
一つの部屋に3人のメイクが入る。
一人がベッド。
一人が部屋の中。
一人がお風呂。
これをローテーションで回して行く。
一つの部屋を10~15分で綺麗に仕上げなくてはならないため、お客さんが退室してからは戦場となる。
「あー💢もう💢お風呂のお湯抜いてってくれてない‼」
同じく夜のメイクで働くゆうちゃんが叫ぶ。
お風呂の浴槽にお湯が入ったままの場合、のんびりお湯を抜く時間がないため、お風呂場に置いてある洗面器でお湯を掻き出さなくてはならない。
これだけで5分のタイムロスになる上、結構体力が消耗される。
特に暑い夏場は、これだけで汗だくになる。
ゆうちゃんはぶつぶつ文句を言いながら、洗面器でお湯を掻き出した。
私は部屋。
サービスタイム後は長い時間いるお客さんが多いため、部屋の中も汚い💧
たまに「住んでたの⁉」と思うくらい、ゴミの山になっている事がある。
燃える、燃えない、ペットボトル、缶、ビンと分けながら買い物袋に入れる。
分けていってくれる親切なお客さんはほとんどいないため、買い物袋に入れる時に分ける。
このお客さんは、部屋で備え付けのコーヒーを飲んで、床にコーヒーをこぼしたまま💧
時間が経ってるから、なかなか汚れが取れない😫
「自分の部屋でも、こぼしたままなのかなぁ?」
つぶやくと、ベッド担当の愛ちゃんが「んなわけないじゃん‼ラブホだから関係ないって思ってんでしょ?」とシーツを引き延ばしながら答えてくれた。
「そうだよね😅」
こんな事は日常茶飯事。
やっと掃除が終わっても、次々出ていくお客さん。
安い部屋から掃除をしていく。
やっと掃除が一段落ついて、控え室兼休憩所に戻って来た。
夜のメイクは皆喫煙者。
各々、灰皿を取り出してタバコに火を点ける。
さっきお風呂担当だったゆうちゃんは、まだ23歳の若いギャル。
昼間は美容師をしていて、夜は週3回メイクに入っている。
美容師という仕事柄なのか良く髪型や髪色が変わる。
ラブホテルのメイクは裏方仕事なので、髪形髪色制限は何にもないし、服装もジャージやスウェットでオッケー👍
寝癖、素っぴん何でも大丈夫‼
ベッド担当だった愛ちゃんは、28歳のシングルマザー。
小学生の娘さんが一人いる。
昼間は保険外交員をして、夜は子供さんを両親に預けてメイクに来ている。
愛ちゃんのススメで一つ保険に入った。
人数が少ないので、年は違うけど人間関係のわずらわしさが少ない。
みんな、和気あいあいでなかなか楽しい職場である。
だから、つなぎのつもりで入ったけどなかなか辞められない。
他に純子さんという、勤務歴10年になるベテランさんと絵美さんという同じ30代の人がいるけど、今日はお休み。
一服していると、ヘルス嬢の迎えが来た。
「そろそろ仕事かなぁ?」
おっちゃんが楽しんだ後の掃除、頑張りますか(笑)
私と兄の父親は、地元では手広く不動産をやっている成金。
あちこちにビルやらマンションやらを持っている。
母親ではない妻と、子供が3人いる。
そう、母親はめかけさん。
私と兄は認知してくれてるし、成人するまで養育費も払ってくれたし、住んでいるマンションは父親のマンションだから家賃かからないし、生活費も面倒をみてくれていたので特に生活が困窮している訳でもなかった。
たまにマンションに来ていた父親。
小さかった私は「遊んでくれる優しいおっちゃん」くらいにしか思っていなかった。
ただ、おっちゃんが来る日は母親は朝帰りをする。
普段はしない派手な化粧をして、髪も気合いを入れて巻き巻きにする。
今でこそ「大人の事情」だとわかるけど、小学生の私にはわかるはずもなく、その日は兄と2人で留守番。
普段は少しでも口答えをすると、母親から容赦なく殴られた。
でも、おっちゃんがいる時に同じ事をしても殴られた試しがない。
「母親」ではなく「女」だった。
今なら虐待で通報されてただろうなぁ。
母親の言われた通り、思った通りにならないとフライパンで殴られた後にパイプ椅子で殴られた。
鼻血が出ようが、歯が折れようが「お母さんを怒らせるお前が悪い。お母さんの言う事を聞かないお前が悪い」と言われて、とことん殴られる。
だから母親が怖くて、自分の気持ちを我慢して母親に従う。
母親が決めた時間までにご飯を食べ終わらなかったら、無理矢理口に押し込まれた。
そして、それからしばらくご飯がなくなる。
母親が怖くて、いつも顔色を伺っていた。
それに反発したのが兄。
中学生になってから荒れに荒れまくり、度々警察のお世話になった。
母親は「親に恥をかかせやがって💢」と兄を殴る。
兄は「死ね💢色ボケババア💢」と捨て台詞を吐き家を出る。
その怒りの矛先が必ず私に来る。
いつもとばっちりな私。
そんな兄だけど、私の事は可愛がってくれた。
兄は高校には進学しないで近所の自動車整備工場で働き出した。
本当は家を出たかったらしいけど、私はまだ中学生になったばかりで、母親の元にいなくてはならなかったため、私を心配し私が卒業するまでうちにいてくれた。
兄は「お前は高校に行け‼兄ちゃんが高校に行かせてやるから‼」と毎日の様に言われた。
母親からは「義務教育が終わった時点でお母さんの義務も終わった。高校に行きたきゃ自分で何とかしろ」と言われた。
悩んだ末、定時制の高校を選んだ。
定時制だから、昼間は何かしらのバイトをしなければならない。
なので近所のコンビニで働き始めた。
学費は兄が出してくれた。
昼間のバイト代は、家を出るために貯金に回した。
母親は高校生になってから一度も起こしてくれたり、朝御飯を作ってくれたりはなかった。
今までも余りなかったけど😅
自由気ままな愛人生活。
働かなくてもお金が入る。
月に何度か父親とデートするだけで、生活が出来るんだからうらやましい話しである(笑)
母親も父親に捨てられない様に自分磨きは忘れない。
なので年よりもかなり若く見えるし、子供2人生んだとは思えないくらいスタイルも良い。
多分、飽きさせないために頑張っているのであろう。
少しは子供のために頑張って欲しかった💧
卒業式と父親のデートが重なった母親は、迷わずデートを優先し「行けたら行くわ」と言っていたけど結局来なかった。
期待はしていなかったから「あぁ…やっぱり💧」としか思わなかったけど😅
こんな母親だからなのか、私がして欲しかった事をお付き合いする男性にしてしまうため、男性をダメ男にしてしまうらしい。
「お前といると俺がダメになる」
そう言って振られた事が何度かある。
どうしたらいいものやら…😢
最初に彼氏が出来たのは17歳の時。
バイト先の人で当時23歳の健太郎。
本職は塾の講師。
塾は基本的に午後からなので、午前中の空いた時間にコンビニでバイトをしていた。
テストが近くなると塾の仕事が忙しくなるけど、合間を見ては私のテスト勉強にも付き合ってくれた。
初めての彼氏が出来て、毎日が楽しかった。
それを邪魔したのが母親である。
「高校生のクソガキが彼氏なんか作ってんじゃねーよ💢生意気なんだよ💢」
「別にいいじゃん‼何がいけないの?」
「お前、誰に向かって口を聞いてるんだ⁉「わかりました、お母様」だろ?」
「はぁ?意味わかんないし‼」
その後は殴られたのは説明するまでもない💧
相手の親に「社会人が高校生の娘に手を出すなんて、なかなか勇気ありますね」と電話をかけた。
私に彼氏が出来るのが面白くないらしい。
自分は金のために親父を相手しているのに、娘は若い男と楽しくしているのが面白くないというのが理由。
じゃあ働けよ、と思うけど言うとまた殴られるから言わなかった。
これが原因で健太郎から別れを告げられ、健太郎はバイトを辞めた。
たった半年で終止符を打った。
大好きだったのに…😫
今でもたまに思い出す初めての彼氏。
母親の教え。
「女は若いうちは体を売ってお金を稼げ」
「男はおごらせてなんぼ、割り勘とほざく男はろくなもんじゃない」
「とりあえず外見を磨け、美人にはいい男が寄って来る」
これはいつも言われていた。
体は売る程立派なもん持ってないし、好きでもない男に裸は見せたくない。
おごられるより、割り勘の方が気が楽なんだけどな。
たまに「今日パチンコで勝ったから飯でも行くか⁉」と言われたらごちそうになるかもしれないけど(笑)
外見を綺麗にするのは、女性として最低限必要かもしれないけど、私は中身も磨きたいな✨
母親みたいな女にはなりたくないな⤵
兄に彼女が出来た時も「あんなあばずれ女、気持ち悪い」と言った。
それから兄はプツンと連絡が途絶えた。
兄の彼女、見た目は派手だったけどいい人だったのにな。
母親は普通の仕事をしていないため、デートという仕事以外は基本暇である。
家事は父親が来る時だけ、「母親してます」アピールをする。
普段は全て私に「手が荒れるから」だの「疲れてる」だの「あんたの花嫁修行のためにわざわざ家事をやらせてあげてる」だの理由をつけて一切やらない。
おかげ様で家事は全て出来る様になりました(笑)
美容にお金をかけて、毎日毎日高そうな化粧水だのクリームだのを塗るのは構わないけど、13日の金曜日に出てくるジェイソンみたいなフェイスマスクをしていきなり登場するのはやめて頂きたい。
夜中にトイレに起きた時に、薄暗い中顔が白い人間が突然現れるこの恐怖は母親にはわかるまい。
母親が父親と飲んで帰って来た時の事。
「みゆき‼聞きなさい💢」
まだ何も話してないのに、いきなりキレ出す母親。
「お母さんはね、別にあんたの父親との結婚は望んでないのよ💢」
私も今更、何も母親には望んでいない。
「あんたが出来た時ね、お互いに酔ってたからねーあの人が外に出すタイミング間違えて出来ちゃったのよ‼あはは~(笑)」
笑い事ではない気がするが…💧
そうか。
私はあなた達の「失敗作」か。
酔ってるとはいえ、一応私はあんたの娘だぞ?
言って良い事と悪い事があるだろうよ⤵
でもお礼は言っておくよ。
こんな「失敗作」でも生んでくれてありがとう。
「失敗作」でもこの世に誕生したのなら、人生楽しく生きようじゃないか✋
これを言われたのが高校卒業間近の時。
就職も決まったし、高校を卒業したら一人暮らしも決まってるし、これからはこの母親から離れた自由な暮らしが待っている🎵
それだけでも十分楽しい生活になりそうだ。
母親も「やっとお母さんも自由になる」と嬉しそう。
これからは関係なく、父親を家に呼べるし遊びにも行けるね😄
母親は母親の人生を謳歌してもらいたい。
父親の本妻は、母親の存在も私と兄の存在も知っている。
しかしお金持ちの特権なのか、父親を自由にさせている。
何不自由ない生活をしているため、下手に騒いだら離婚と言われかねない。
離婚となれば、今の生活を手離さなくてはならない。
もしも父親から離婚を切り出した場合は、私達親子をネタに慰謝料をガッパリもらうつもりなんだろう。
旦那をうまく利用している賢い奥さんである。
高校生になった時に、父親の妻と名乗る人物が学校に来た。
「藤村みゆきさんですね?」
友達の亜希子ちゃんと下校途中だった。
「はい…そうですけど…」
心の中で「誰⁉」と不安になるも返事をした。
亜希子ちゃんは空気を読んだのか「みゆきん‼あたし忘れ物したから一回教室に戻るわ✋先に帰ってて‼」と言って引き返して行った。
「あなたにお話しがあるの。悪いんだけど付き合って頂けないかしら?」
年齢は40代だろうか?
少しふくよかな体型。
背は低め。
優しそうな雰囲気だけど、眼鏡の奥の眼が鋭く感じた。
彼女は寺崎美和と名乗った。
名前を聞いてピンときた。
父親の奥さんだと。
母親から良く聞いていた名前だった。
待っていたタクシーに乗る様に促され、私は無言でタクシーに乗り込んだ。
「私はあなたをどうにかしようとは思ってないの。ただ色々と話しを聞きたいの」
私は無言のまま。
タクシーはあるマンションの前についた。
到着したマンションは、高層マンション。
見るからに高そうなマンションだ。
「降りて」
私は言葉に従う。
不安と恐怖が駆け巡る。
逃げ出したかったけど、そんな勇気もない。
ただ従うしかなかった。
奥さんはオートロックの鍵を開け、エレベーターに乗り込む。
私も後についてエレベーターに乗った。
エレベーターの中は無言。
最上階に到着。
奥さんは無言のまま、一番奥にある部屋の鍵を開けた。
「どうぞ入って」
「はい…お邪魔します」
部屋に通された。
「ここは私専用の部屋なの。誰も来ないから安心して」
一人で過ごすには広すぎる部屋。
20畳はありそうなリビングに大きな窓。
街の夜景が綺麗に見える。
高そうな真っ白な革張りのソファーが向かい合わせで置いてある。
間に挟まれて、お洒落なガラスのテーブルが置いてある。
「どうぞ、ソファーに腰掛けて」
「はい…」
すごくフカフカしていて座り心地が良い。
奥さんはステンドグラスの様な派手なコップに、りんごジュースを入れて持って来てくれた。
「早速なんだけど藤村さん…」
奥さんが早速話し掛けて来た。
「あなた達親子の事は全て調べさせて頂きました」
「…そうですか」
「あなたの母親の名前は藤村恭子さんで間違いないわね」
「はい」
「お兄さんの名前は藤村隆太さんで自動車整備工場勤務で合ってますね?」
「はい」
「あなたは高校生だから母親のしてる事はわかりますよね?」
「はい」
「…あなた、良く見たら目元が寺崎にそっくりね」
無表情で私を見る奥さんの眼力に負けてしまい、思わず無言で目を反らす。
「あなたが自分のお母さんの事はどう思っているのか聞きたいわ」
そう言って奥さんはタバコに火を点けた。
「母ですか?ロクに働きもせずに父親とデートしてお金もらって、気に入らないと殴る蹴る。はっきり言うと…どうでもいいです。母親らしい事は余りしてくれませんでしたから特に思い出もないし。母親じゃなくて女なんです。子供よりまず自分。戸籍だけは母親ですが」
私は素直に答えた。
別に嘘をついても仕方ないし、これが本音だから。
奥さんは目を丸くしていた。
きっと思っていた事と全く違う答えだったのだろう。
「あなた、ずいぶん冷めてるのね」
「そうですか?」
「私は20年、あなたの母親…藤村恭子さんとの付き合いを我慢して来ました。全く家庭を省みない人でした。その代わり、お金も時間も自由にさせてもらってました」
「…そうですか」
「本当は離婚したいの。でもこの生活を捨てられない。本当は寺崎から離婚を言って欲しいんだけど、今まで一度もそんな話しは出て来ない。ここの部屋もいつ離婚してもいい様に借りているんだけど…」
高校生の私には重すぎる話しだった。
結婚もした事がないのに離婚の話をされてもわかる訳がない。
ただ、わかる事は奥さんにとって私の母親は憎い存在なんだという事。
父親と離婚したいけど、この生活も捨てたくないという事。
私は奥さんの愚痴を聞きに来たのだろうか。
意味がわからない。
奥さんは延々と話し続ける。
話しているうちにヒートアップするのか、起こり出したり泣き出したりする。
ふと時計を見ると私がこの部屋に来てから、2時間余りが過ぎていた。
「はぁ」
思わずため息をついてしまった。
私はいつまで母親の愚痴を聞かされなければならないのだろうか。
確かに奥さんからしてみたら「旦那の愛人」である母親は憎い相手なのはわかるが、私は一応その「愛人」の娘だ。
聞いていて余り気分の良いものではない。
「あの…すみません…お話しと言うのは…」
思い切って聞いてみた。
すると「はっ?今までずっと話してたでしょ?聞いてなかったの?やっぱり愛人の娘ね。バカも遺伝するみたいね」
今度は愚痴から罵り出した。
どうやら話を切り出すタイミングを間違えたらしい。
バカだの死ねだの、そんな話がそれから1時間。
まるで拷問の様だった。
りんごジュース一杯で、既に4時間が経過。
遅く帰っても心配する母親ではないが、帰りたくて仕方がなかった私は「あの…もう時間が遅いので帰らないと…」と切り出した。
さっきはタイミングを間違えたから今度は慎重にタイミングを見計らった。
すると今度は「あら、もうこんな時間💦未成年がこんな時間まで他人の家にいるのはダメね。今タクシー呼ぶから」とタクシーを呼んでタクシー代もくれた。
やっと拷問から解放された。
結局奥さんは何を言いたくて、何を聞きたくて私をこの部屋に連れて来たのか私にはわからなかった。
愚痴りたかっただけなのか?
少しでも愚痴ってスッキリしたのなら…タクシー代は愚痴り代としてありがたく頂きます。
このミクルでも「主人が不倫をしています」という悩みを見掛ける。
こっちで言えば父親の本妻、寺崎美和の立場だ。
私は不倫を肯定する訳ではないが、母親が愛人という立場のため強く否定は出来ない。
不倫というものに酔いしれてる本人達はそれでいいかもしれない。
この間は周りが見えなくなっているから、何を言っても無駄であろう。
大変迷惑な話である。
不倫で出来た子供は白い目で見られる事もある。
知らない人にわざわざ「私は愛人の子供です」と言う必要はないが、知っている人には格好の噂のネタになる。
「あの子、ほら‼寺崎さんの…」
「あぁ…めかけの子ね」
なんて話をコソコソされる事もある。
「それが何か?だったら何ですか?あなた達に迷惑かけました?」
コソコソ聞こえる話しに母親がキレる。
「コソコソ話してないで堂々と文句言えよ💢」
開き直るのである。
逆にこれくらい強くなければ愛人はつとまらないのかもしれない。
しかし、本人は不倫をしているという罪は感じていない。
「寺崎が私を必要としているし、私も寺崎がいなければ生活が出来ない」
父親は母親と体の関係を求める。
その見返りで母親は父親からお金をもらう。
母親は「ビジネス」だと言う。
何とも勝手な両親である。
父親の本妻や3人の子供がどれだけ悲しんでいるかなど微塵もわからない。
私や兄がどれだけ苦労したかなどわかる訳もない。
自分達が良ければそれでいい。
こんな自己中な人間が不倫するのかもしれない。
自分を正当化し、良くわからない屁理屈を言う。
自分の保身のために嘘もつく。
父親と母親を見ていてそう思う。
19歳。
高校を無事に卒業して就職と一人暮らし。
母親に気を使う事がなくなり、精神的にも落ち着く。
普通自動車免許も取り、初めてローンを組んで車も買った。
安い中古の軽自動車ではあるが、私にとっては大事な車だった。
しかし買ってから2ヶ月。
その日は休日。
天気が良かったためドライブに出かけた。
運転が楽しくて仕方がない。
好きな音楽を聞きながら一人でドライブ。
その時‼
目の前に突然野生の動物が飛び出した。
「危ない‼」
ハンドルを切ると車は辺り一面に広がる畑にダイブ。
一回転して止まった。
何が起きたかわからず放心状態の私に「大丈夫ですか⁉」という男性の声が聞こえた。
まるで神の声に聞こえた。
その男性は私のすぐ後ろを走っていた大型トラックの運転手。
幸いたいした怪我はなかったが、車は廃車になりローンだけが残った。
「大丈夫ですか⁉怪我はありませんか⁉」
やっとの思いで車から這い出た私に道路から叫ぶ。
街まで彼のトラックに乗せてもらい、後で車をレッカー移動した。
後にこの人が人生2人目となる彼氏になる。
彼は当時25歳の佑介。
助けてもらったお礼をしたいから、と私から連絡先を聞いた。
素直に応じてくれた佑介。
佑介からも「変わりありませんか?」という連絡が来る様になり、それから恋仲になった。
助けてもらって酷い言い方だが、この男…。
特別天然記念物並みのマザコン野郎だった。
佑介は母親の事を「ママ」と呼んでいた。
別に「ママ」でも「かーちゃん」でも「おかん」でも呼び方は個人の自由なので特に気にはならなかった。
佑介も母子家庭。
だから最初は「母親を大事にする優しい人なんだな」と思っていた。
ところが…💧
付き合っていくうちに「ちょっとおかしいぞ?」と思う事が出て来た。
デートをする。
例えばどっかの店に到着すると「ママ😄今、言ってた店に着いたよ‼」と連絡。
「今、店出てゲーセンに向かうよ‼」
「これからみゆきの家に行くよ‼」
「今、みゆきの家に着いたよ‼」
等々逐一連絡。
何故そんなに細かく連絡をするのか聞いたら「ママが心配するから」
たまにデートをドタキャンされる。
理由は「今日はママからご飯食べに行こうって言われたから」とか「ママが今日はデートダメだって」とか何せ理由は「ママ」
夜は必ず家に帰るため、一度もうちに泊まった事もなければ、どっかに一泊旅行も行った事がない。
理由は「ママと一緒じゃなきゃ落ち着かないし、ゆっくり眠れないんだ」
未だに一緒に寝ているらしい。
ご飯を作っても必ずママと比べられる。
「美味しいけど…やっぱりママのご飯の方が美味しいな😄」とか「ママはフライには醤油だけど、みゆきはソースなんだ」とか全てにおいての基準がママ。
別れを決めたのは私の誕生日。
その日は偶然にも日曜日でお互い仕事は休み。
「プレゼントがあるんだ😄」
そう言われて素直に喜んだ。
恒例のママへの電話が終わり、早速プレゼントをくれた。
とても小さな袋に入っている。
「指輪かな😁」
勝手に期待に胸を弾ませ袋を開けた。
100円ショップの爪切りが一つ出て来た。
「何故爪切り?」
思わず聞いた。
「みゆきって爪いつも長いでしょ?ママに言ったら「女性は家事をするから爪を伸ばすなんてダメ‼プレゼントは爪切りにしなさい‼」ってママが買ってくれたの😄」
爪切りは使うから有難いがママが買ってくれたって…⤵
言っておくがこれはネイルサロンに行って綺麗につけてもらったつけ爪だ。
このくらいのお洒落もダメなのか?
悪気がなく全てがママだった佑介。
この日を持って別れを告げた。
就職してすぐに、連絡が途絶えていた兄から連絡があった。
「お前の就職祝いと引っ越し祝いをしたい」
久し振りの兄の声。
断る理由などない。
むしろ久し振りに兄に会いたい。
お互い仕事が休みである日曜日に兄がうちに来る事になった。
アパートは1DK。
8畳の居間に6畳の寝室。
荷物は必要最低限のものしかないため、かなり広く感じる。
基本的に余りごちゃごちゃしているのは苦手である。
物がなければ散らからない。
必要最低限なものだけあれば生活は出来る。
余り女性らしさがないシンプル過ぎる部屋に驚かれる。
兄は私の部屋を見て「お前らしい」と言っていた。
兄は彼女も一緒だった。
前に母親から「あばずれ女」と言われた彼女、平井香織さん。
前に会った時より少しふくよかになり、金髪だった髪は茶色くなっていた。
結婚を考えているらしい。
兄の彼女は元レディース。
いわば兄とはヤンキー仲間である。
見た目は派手だがとても優しくて気さくな彼女。
見た目が怖い人達は、兄が良く実家に連れて来ていたため見慣れている。
うちが溜まり場になっていた。
兄と彼女から就職祝いのプレゼントでお洒落なハンドバッグをくれた。
「私が選んだの😄気に入るかどうかはわからないけど良かったら使ってね‼」
すごくデザインが凝った高そうなハンドバッグ。
「ありがとうございます‼」
お洒落なハンドバッグは職場に持って行っても良さそうだ。
素直に嬉しかった。
夜は居酒屋で就職祝いをしてくれた。
兄も彼女も明日は仕事のため帰って行った。
久し振りに兄と彼女にも会い、楽しい時間を過ごしアパートに帰って来た。
しかし…
何処を探しても玄関の鍵が見つからない。
さっきまでいた居酒屋に電話をする。
「鍵の忘れ物はありませんか⁉」
「はい😄ございます」
特徴を聞く。
まさに忘れた鍵である。
どうやらバッグからハンカチを取り出した時に引っ掛かり落ちたらしい。
またさっきの居酒屋まで戻る。
近い距離で良かった…💧
その日から部屋の鍵には手のひらサイズのキーホルダーから、大きな猫のキーホルダーに取り替えた。
邪魔だが存在感たっぷりなので、落としてもすぐにわかるだろう。
鈴までつければ最強だ。
母親は相変わらずの愛人生活。
父親とデートしてはお金をもらう。
母親は愛人生活の前はホステスをしていた。
母親が働いていた店に客として来ていたのが父親だった。
どうやら父親は当時の母親に一目惚れをしたらしく、毎晩の様に店に通い母親を口説いた。
父親の根気に負けた母親は父親と付き合う事になる。
不倫と知った上でのお付き合い。
何度か父親の本妻、寺崎美和と話し合った事もあるそうだ。
しかし母親はこの時にはホステスを辞めて父親に養ってもらっていた上、お腹の中には既に兄が宿っていた。
本妻から再三「主人と別れて欲しい、お腹の赤ちゃんも堕ろして欲しい」と言われるが「お腹の赤ちゃんを殺せと言うのか?」と激怒したという。
母親からは一度も本妻に連絡はした事はないが、本妻からほぼ毎日の様に連絡があり「別れて欲しい」と言われたらしい。
そのうちに「早く死ね」「消えろ」「ゴミ女」と暴言を吐く様になり、次第に1日中電話が鳴り止まなくなった。
電話を取るとすぐ切れて、またすぐに電話が鳴り取るとまた切れて…を繰り返す様になった。
母親曰く「あんな女なら私が男ならおかしくなるわ」
本妻は母親のストーカーと化し、毎晩の様に嫌がらせをした。
母親が陣痛で苦しんでいた時も、本妻は母親が電話に出るまでコールを鳴らした。
耐えきれなくなった時に父親が母親の元に駆け付けた。
鳴り止まない電話に父親が電話に出て一言。
「美和、こんな事をしても無駄だ。俺はこいつとは別れない」
その一言で本妻からの嫌がらせはなくなったそうだ。
それから本妻は父親を自由にさせている。
ただ、精神的に病み入退院を繰り返す。
父親の気を引くために手首を切った事もあるらしいが悲しむ子供達の顔を見て止めた。
妻ではなく母親として生きようと決めたら、気持ちが楽になったらしい。
それをいい事に母親は父親とデートを重ね私を身籠る。
母親は悪い事とは思っていない。
「離婚されないだけ有難いじゃない、妻だから何?」
母親もある意味病気なんだと思う。
ただ一つだけ言える事は、母親が父親と別れない理由、本妻が父親と別れない理由。
それは「お金」
もし父親が成金じゃなければこんな事はないだろう。
同じ高校で仲が良かった田中亜希子ちゃん。
今でも付き合いがある。
彼女も母子家庭で育つ。
ただ、うちと違うのは亜希子ちゃんの母親はうちの母親とは違い、一生懸命働いて子供達のために必死で頑張ってくれている。
亜希子ちゃんが小1になってすぐに両親が離婚したという。
亜希子ちゃんと妹さんは母親に引き取られた。
離婚理由は「父親の度重なるギャンブルによる借金」
どうやら競馬が好きだったらしく、生活費のほとんどを競馬に注ぎ込んだらしい。
母親が一生懸命働いても借金は膨らむばかり。
苦渋の選択をし、離婚に至ったそうだ。
何処の家庭も色んな悩みがある。
私はたまにパチンコはするが借金をするまでしたいとは思わない。
1円パチンコを2~3千円程度遊んで負けたら帰るし、勝てばタバコ代の足しにする。
「ギャンブル依存」というのもあるのだから、はまる人ははまるのだろう。
亜希子ちゃんの父親はもしかしたら競馬で大勝でもしたのだろう。
それがはまるきっかけになると聞いた事がある。
人間何事も「ほどほど」が必要である。
亜希子ちゃんは「今度のお母さんの誕生日は、いつも頑張ってくれているお母さんに親孝行で家族で温泉一泊旅行に行って来るの😄」
嬉しそうに話していた。
素敵な話である。
ゆっくりと温泉で楽しんで来て欲しい✨
話しは遡るが、私が小学校入学の時の話し。
父親から立派な机とランドセルを買ってもらった。
入学式の時に着ていく可愛い服も買ってもらった。
嬉しくて早速家で着てみた。
「お母さん‼どう?」
ニコニコしながら母親に聞いてみた。
そんな私をチラっと見た母親は一言「別にどうでもいいわ」
母親は私のこの服を買ってくれた時に父親に「私も服も買って欲しいな❤」と高級ブランドの服をおねだりした。
しかし父親は買わなかった。
それが面白くなかった母親。
6歳の娘と張り合うのである。
怒りはそれだけに留まらず、入学式は休めと言い出し嫌だと言ったら母親は入学式に来なかった。
親が来ていないのは私だけ。
寂しかったが母親を怒らせた私が悪いと思い、口には出さなかった。
そんな姿を見た兄が学校を早退して、荷物を持って一緒に帰ってくれた。
家に帰ると母親は鼻歌を歌いながら「ジェイソンパック」をしていた。
どうやらデートらしい。
「お母さん…学校からもらったプリントあるから…」
恐る恐る母親に伝える。
「今忙しいから、そこに置いといて」
言われたテーブルの上にプリントを置く。
しばらくして父親が来た。
「みゆき‼入学おめでとう😄これで隆太と好きなご飯買って食べなさい😄」と一万円渡された。
本当はお金はいらないから家族でご飯を食べに行きたかった。
でもサカリついた父親と母親は、子供のお祝いよりもセックスの方が大事らしい。
翌日、置いてあったプリントは一応目は通した様子だった。
母親は朝方帰り、プリントに目を通した後に眠った様だ。
学校に行く時は母親は布団の中だった。
運動会。
見に来てくれたのは一度だけ。
しかもビール一箱抱えてやって来た。
花見か何かと勘違いをしているのか。
酔っ払い、周りの父兄に絡み始めた。
ドン引きの父兄達。
「何見てんだよ💢」
キレる母親。
酔っ払ってるから声もでかい。
自分が周りに迷惑をかけておいて、それが原因なのに「感じ悪い💢もう二度と運動会なんか行かない💢」と言い出し、二度と来てくれる事はなかった。
学校と家が近かったから兄と一緒に家に帰り、たまごかけご飯を食べた事もあった。
兄が中学生になってからは兄がお弁当を作って応援に来てくれた。
ただ、バリバリのヤンキーだったため柄が悪い中学生が友達を連れて運動会の応援に来ているのは異様な雰囲気だった。
兄のお弁当はほとんどが冷凍食品だったけど、早起きは苦手な兄が私のために頑張って朝早くからお弁当を作ってくれた事が嬉しかった。
まん丸でボールみたいなおにぎりもすごく美味しかった。
礼儀正しく、騒がず、ただ妹の応援に来ているだけの兄達を見た目がヤンキーというだけで父兄の視線を集める。
ヤンキーがお弁当食べるのがそんなに珍しいですか?
小学生の頃、学校から戻り当時の友人美沙子ちゃん家に遊びに行った。
美沙子ちゃんは団地に住んでいる、ごくごく普通の家庭。
遊びに行くと美沙子ちゃんの母親がいつも手作りのお菓子を「良かったら食べて😄」とごちそうしてくれた。
美沙子ちゃんの母親はお菓子作りが趣味。
たまに良くわからないものが出てきたりするが、とても美味しかった。
羨ましかった。
いつもニコニコしていて、手作りのお菓子でもてなしてくれて、参観日や親子行事には必ず参加して娘のために頑張ってくれる。
私の母親に美沙子ちゃんの母親を見習って欲しいとまで思った。
家に帰ってから「今日美沙子ちゃんちでお母さん手作りのお菓子食べて来た😄」と報告。
母親はマニキュアを塗りながら「ふぅーん…だから何?」という返事だった。
料理が苦手なのは仕方ないにしても、少しは母親らしい事をして欲しかった。
入学式すらも出てくれず、遠足のお弁当もコンビニで買えとお金を渡され、掃除洗濯はほとんどやらず、母親らしい事など何にもしてくれないくせに、父親とのデートと自分磨きには人一倍気合いが入る母親。
父親の前ではいつもはしないエプロンをして、普段は見る事がない家事をする母親。
いつもは居間でテレビを見てると自分が見たい番組に勝手に変えられ「ガキはさっさと寝ろ」と居間からつまみ出すくせに、父親がいる日はニコニコして「みゆきはこれ好きなやつで、いつも一緒に見てるよね😄」とほざく。
一緒になんか見た事がないくせに💢
母親はだいたいドラマを見る。
見ている時に話しかけても一切無視する上、無言でボリュームをあげられる。
ただ唯一母親らしいのは、学校からもらうプリントや先生からの手紙には目を通し返事を書く事。
だからいつ何がある、というのは知ってるはずなのだが一切参加はしない。
こんな母親に兄と2人でぶちギレた事がある。
しかし母親は「生んでやったんだからガキはガキらしく母親を敬え‼口答えすんな💢育ててやってるんだから有難く思え‼誰に口を聞いてるんだ💢クソガキが💢」
話しにならないと思い、それからは何も言わなくなった。
母親って何?
確かに五体満足に人並みに生んでくれた事は感謝する。
でも、生んだらそれで終わりなの?
一度聞いた事がある。
「何故私を生んだの?」
母親の答えは「出来たから仕方なく。あんた達がいれば父親と離れなくて済むから」
父親をつなぎ止めておく「道具」ですか。
仕方なくなら母性愛はないのか?
小学生ながら、母親に何も望まなくなった。
割り切れば行事に一切参加しない母親でも気にならなくなった。
好きにしたらいい。
その代わり母親が年と共に体が不自由になっても一切関わらない。
この仕返しが来る。
私が働く様になってから母親は脳梗塞で倒れたのである。
午後3時過ぎ。
プチ休憩で休憩室で同僚と雑談しながら一服していた。
すると係長が「藤村‼お母さんが脳梗塞で病院に運ばれたと連絡が来た‼今すぐ帰れ‼」と言って休憩室に来た。
普通なら慌てるのだろうが冷静な私がいた。
「そうですか…わかりました」
早速帰り支度をし、言われた病院に向かう。
総合病院の救急外来。
父親がいた。
「仕事中に悪かったね」
「別に、全然かまわないけど…状況は?」
「まだ何にも…」
どうやら父親からの話を聞くと、デート中に突然不調を訴えて倒れたらしい。
父親が一緒で良かったよ。
診察室から先生が出てきた。
私達の姿を見つけ「藤村さんのご家族の方ですか⁉」と聞いて来た。
「はい」と返事をする父親。
「旦那さんですか?」の問いかけに少しの沈黙の後「はい」と答えた父親。
ここは仕方ない、黙っておこう。
母親は比較的軽い脳梗塞。
少しの入院で何とかなりそうだ。
母親の入院生活。
わがまま三昧で看護師さんや先生を困らす。
ナースコールを押し「どうしましたか?」の問いに「看護師さん、売店で本と飲み物買って来て」と言ったり、「ご飯がまずい💢こっちは金払ってるんだからもっとうまいもの食わせ💢」と看護師さんに怒鳴る。
点滴が邪魔だと勝手に抜いた。
私に母親は「母親が入院している時は仕事を休んで面倒を見るのが普通だろう💢」と怒鳴る。
さすがの看護師さんもどうやらぶちギレた様子。
病院に行くと担当の看護師さんから「お母さん、いつもこんな感じなんですか?」と言われた。
「そうですね、余りにもうるさくてムカつく様ならたっぷり薬飲まして眠らせておいて下さい」
そう答えた。
これだけ元気なら大丈夫そうだ。
そう思いお見舞いに行くのを止めた。
行っても文句を言われ、行かなくても文句を言われるなら行かない方がずっといい。
「娘なら仕事を休んででも母親の世話をするのは当たり前だろう💢」
いやいや、世間様はそうかもしれないが、あんた子供の世話をしたか?
仕事を休んでまで面倒を見る母親ではない。
要はパシりで私を使いたいだけだ。
私は母親と違って働かなくてもお金が入る訳ではないから、仕事に行かなくてはならない。
生活もある。
まぁ、気が向いたら来るよ。
母親が入院中、兄は一度もお見舞いに行っていない。
最初は驚いてはいたものの「そっか」で話しは終わった。
母親と兄はほぼ絶縁状態なのだ。
絶縁状態になる出来事があった。
兄は彼女である平井香織さんと結婚をしたいと言って彼女と一緒に挨拶に来た。
私はお姉さんが出来ると思い喜んだ。
しかし母親は条件をつけた。
1⃣結婚しても子供は絶対に作らない
◎理由…ばあちゃんにはなりたくないから。
2⃣結婚したら同居をする
◎理由…香織さんに家事全てをやって欲しいのと、老後の面倒を見て欲しいから。
3⃣同居を始めたら家に20万円入れる事
◎理由…最近父親からの援助が少なくなり小遣いが欲しい、これ位ないと美容代や化粧品代が出ないから。
この3つの条件を全て飲んだら結婚を許す、とむちゃくちゃな事を言って来た。
要はどこまでも自分本位な考えを押し付けて、嫌なら結婚は許さないという事なんだろう。
兄は「そんな条件飲めるか💢」と激怒、母親は「じゃあ結婚は認める訳にいかない💢お前は長男なんだから親の面倒を見るのが普通だろ💢」
「小遣い20万円って何だよ💢働きもしないで何言ってんだよ💢金がないならパートでもしろよ‼」
「どうしてお母さんが働かなきゃならないんだよ💢息子のお前が親を食わして面倒見てくれればいいだけじゃないか💢わかった‼毎日来て家事と朝昼晩のご飯を用意してくれて、小遣いをくれれば同居はしなくていいから‼」
「香織は家政婦じゃねーんだよ💢自分の事くらい自分でやれよ‼」
喧嘩勃発である。
香織さんは苦笑い。
私もこうなると止められなくなる。
この喧嘩以来、兄は母親とは一切関わらなくなった。
母親が退院。
父親から「どうしても今日は迎えに行けないから頼むよ」との連絡があり、私は仕方なく仕事を午前中だけ休みを取り、病院に迎えに行った。
母親の入院費用は父親が全額負担した。
入院期間の諸経費もほぼ父親が負担した。
父親が迎えに来ると思った母親は、さっきまで入院していたとは思えない派手な出で立ちで待っていた。
「父親から連絡があって、今日はどうしても行けないから頼むよって言われたから迎えに来たよ」
「寺崎が迎えに来ると思ったから化粧までしたのに💢」
何故か怒っている母親。
「いいから早く乗って」
「あんた💢病人が立ってたら荷物を持ってドアを開けてくれるのが普通だろう💢」
はぁ。
ため息をつきながら車を降りて、荷物を後部座席に乗せて助手席のドアを開けた。
「みゆき、今日は仕事休み?」
助手席から運転している私に話し掛ける。
「午後から仕事だから、お母さんを送ったら会社に行くけど?」
「…みゆき、仕事休みなさい」
「えっ?無理だよ💦今、仕事忙しいし💦今日だって無理して来たんだよ‼」
「母親が退院する日に休めない会社なんか辞めちまえ💢」
出た出た。
自分の思い通りに行かないと始まる、いつもの「辞めちまえ」
だいたいの想像はつくが、母親は私をパシりにしてあちこち行きたいからだ。
美容室に行けば3~4時間は平気で待たす。
買い物では荷物持ち。
父親とのデートの待ち合わせ場所まで送らせる。
「免許を取らせてやったんだから」
母親はそう言うが、母親は一円も出してなければ何にもしていない。
自動車学校の費用の8割は私が頑張って働いて貯めていたお金で、2割は父親が出してくれた。
父親が「自動車学校の費用は出してあげるから」と言っていたが断った。
母親が「いつまでも甘えんな💢」と言い出したからである。
母親よ。
どの口がそう言ってるんだ?
あんたはずっと父親に甘えっぱなしじゃないか💧
私の想像だが、母親は私にそんなお金を回すなら母親に回して欲しい、と思っているのだろう。
何度断っても父親は「そういう訳にはいかない」と言うため、2割だけ出してもらった。
父親のお金=母親のお金
母親はそう思っているため「免許を取らせてやったんだから」と言うのだろう。
母親は自分とお金しか信用が出来ない。
母親の過去は壮絶なものだった。
だからこんな風になってしまったのかもしれない。
母親の父親、私の祖父は外科医だった。
戦時中は軍医をしていた。
母親の母親、私の祖母は産婆さん。
戦時中でも赤ちゃんは生まれる。
今の様に設備が整っている訳ではなく、戦時中で物資もなく衛生面も良くない中、陣痛で苦しむ母親を精一杯の笑顔で励まし、赤ちゃんを取り上げた。
防空壕の中や上空にアメリカの飛行機が飛ぶ中での出産もあったという。
栄養も不足していたため未熟児が生まれたり、母親が出産と共に力尽き亡くなる事もあったという。
防空壕の薄暗い中、懸命に陣痛に耐え抜き赤ちゃんが生まれた時は、同じ防空壕に避難していた人達から拍手が起こったと聞いた。
そんな両親の元に生まれた母親。
幼少の頃は比較的裕福に育った。
しかし母親が5歳の時にマザーテレサの様な祖母が亡くなった。
しばらくして祖父が再婚。
この「継母」になる後妻が母親を苦しめた。
後妻は父親との間に3人の子供を生んだ。
母親が違うのはうちの母親だけ。
あからさまに実子と差をつけた。
お風呂は一番最後に入る。
その頃にはお湯もぬるくなり、寒い冬は辛かった。
実子には色んな物を買い与えるが、母親には実子が使わなくなったお古を与える。
いわば「お下がり」ではなく「お上がり」
母親が着るとどう見ても小さいのだが、継母は「嫌なら裸で過ごせ」と言う。
実子の誕生日には必ずごちそうが出たが、母親の誕生日にはケーキすらなかった。
だから実子達も姉である母親をバカにする。
それを見ている継母も注意する訳でもなく、笑いながら一緒になって母親をバカにした。
悔しくて悲しくて、バカにする弟や妹を叩く。
すると継母がすっ飛んで来て母親をぼこぼこに殴ったらしい。
「うちの子に何をするんだ💢お前は他人の子なんだから、うちの子に手を出すな💢出てけ‼」
そう言って母親の荷物を窓から投げて鍵を閉めた。
母親は「この時ほど、人を恨んだ事はない」と言っていた。
家を追い出され行き場がなかった母親。
幸い母親は可愛かったため声を掛けてくる男性が絶えなかった。
母親は毎晩、体目当てで声を掛けて来る男性とセックスをする代わりに、お金をもらったりホテルに泊まったりして飢えや寒さからしのいでいた。
母親にとってセックスは生きる糧であった。
誰でも良かった。
母親はおちるところまでおちてやろうと思ったらしい。
最初は見知らぬ人とセックスをしている最中に泣いた事もあったそうだ。
気持ち悪くて終わってから吐いた事もあったそうだ。
しかし慣れて来ると何の抵抗もなくなった。
お金のためと割り切り、1日10人とセックスをした事もあったそうだ。
だから母親が「若いうちは体を売れ」と言っていたのかもしれない。
母親の幼少期が、今の母親を形成してしまったのだろう。
そんな生活から抜け出せたのは、ある人のおかげだと言っていた。
ある人とは、母親が性病の検査で訪ねた婦人科の先生だった。
母親の体を診察した先生。
母親に一言「自分を大事にしなさい」と言ってくれたそうだ。
その言葉を聞いた母親はその場で号泣。
この先生なら話せるかもしれない、と思った。
母親はそれから度々この病院を訪ねた。
先生は嫌な顔一つしないで真剣に母親の話を聞いてくれた。
すると先生は「知り合いにあなたの様に心の傷を癒してくれて、自立を手伝ってくれる方がいますから連絡をしておきます。必ず助けになってくれるはずです」と言って、その方の住所と連絡先と名前を紙に書いて渡してくれた。
母親は早速、その方を訪ねた。
「藤村さん😄先生からお話は聞いております。どうぞ上がって下さい😄」
今でいうカウンセリングとシェルターの様なところらしい。
その方の名前は佐藤さん。
40代くらいの優しそうな雰囲気の男性だった。
母親は今まで誰にも話せなかった事を、泣きながら佐藤さんに話した。
佐藤さんはメモをとりながら、真剣な眼差しで母親の話を聞いてくれた。
佐藤さんは「辛かったですね…でも、勇気を出して全て話してくれてありがとう‼しばらくはここにいていいですから、まずはゆっくり休んで下さい😄」と言ってくれた。
家を追い出されてから初めて、男性抜きでゆっくり出来た時だったという。
母親の他にも何かしらの事情があり、ここに来ている女性がいた。
幼い子供を連れていた女性もいた。
母親はこの頃、自暴自棄になりわざと自分を苦しませていたらしい。
本当は知らない男性とセックスなんてしたくない。
ただただ苦痛だった。
早く終わって欲しかった。
お金のため。
ただこれだけでこなした。
でも、ここは苦痛なセックスをしなくてもゆっくり眠れる。
それだけで気が休まり、安心感があったという。
母親はしばらくの間、この施設で過ごす。
心身共にどん底からゆっくりではあるけど、回復して行った。
母親はこの施設で1人の女性と知り合う。
当時19歳の太田さんという方。
太田さんは母親の再婚相手、義父から性的暴行を受けてここにやって来た。
年が近いのもあり仲良くなった。
それを見ていた佐藤さんが母親と太田さんを呼び出した。
「藤村さん、太田さん。仲良くなるのは素晴らしい事です😄話せる相手がいるというのは大切です。どうでしょうか?ここを出てそろそろ自活をしてみませんか?」
佐藤さんは母親と太田さんに就職先を紹介した。
洋裁工場だった。
「ここは9割が女性で、福祉施設が運営する工場です。ほとんどの方があなた達の様に事情があり悩んでいた方々ばかりなので、皆さんきっとわかって下さいますよ😄」
母親も太田さんも快諾をした。
母親にとっては初めての就職になる。
住むところは下宿を紹介してくれた。
母親は太田さんと共にこの洋裁工場で働く事になった。
母親と太田さんは同じ下宿で隣の部屋になる。
寝る以外は常に一緒だったという。
洋裁の「よ」の字も知らなかった母親だったが、基礎からしっかり教えてくれたおかげで3ヶ月後には一人前に仕事をこなせる様になった。
ただ、ここは女の世界。
佐藤さんが言う程甘くはなかった。
確かに色んな事情を抱えている人達が多かったが、中には噂好きな人もいた。
色々聞いてきては「あの子はこうみたいだよ」と噂をしたり、どうでもいい事を話を大きくして話して来たりする。
母親も太田さんもそういうのが苦手だったため、適当に話を流していたらしい。
そんなある日、母親と噂好きな人が喧嘩を始めた。
理由はその人が母親の事を「淫乱女」と罵ったからである。
昔から短気だった母親はその人を「もう一回言ってみろ💢」と胸ぐらをつかみ殴った。
すると相手は「傷害事件よ‼警察に電話して‼」と叫ぶ。
騒動になり、母親とその人は別室に呼ばれた。
母親はそのまま洋裁工場を辞めた。
そして次に働き出したのがホステスで、父親と出会う事になる。
洋裁工場を辞めて、ホステスをしていた時も住まいは下宿のままだったため、太田さんとは付き合いがあった。
太田さんは母親がホステスになってからも、変わらず仲良くしてくれた。
休みの日に太田さんと一緒にご飯を食べに出掛けた。
すると突然太田さんが苦しみ出してその場に倒れた。
持病の喘息が酷くなり、息が出来なくなったのだ。
仕事も良くなかった。
布を切った時に出る細かいカスを知らず知らずのうちに吸い込んでいた。
病名は「喘息重積発作」
息を吸う事も吐く事も出来なくなり、喘息の発作で一番重篤な状態。
太田さんは人工呼吸器をつけて懸命に治療が続けられたが、1週間後に息を引き取った。
母親は何でも話せる無二の親友を亡くしたショックで仕事を休んだ。
太田さんはいつも笑顔だったという。
義父に性的暴行を加えられ心身共に参っているはずなのに、母親の心配をしてくれて親身になって話しも聞いてくれた。
今度休みが合った時は、一緒に映画でも見たいねって話していたばかりだった。
一緒に銭湯に行って背中を洗いっこしたり、どっちが長く湯船につかれるか競争して母親がのぼせてしまい太田さんが慌てていた事。
ラーメンは好きだけどメンマが嫌いな太田さん。
母親のラーメンにメンマを乗せたついでに、チャーシューをつまみそのまま食べてしまった太田さん。
チャーシューを楽しみにしていた母親だったが、余りの早業に声が出なかった事。
洋裁工場時代は夜遅くまで話をし、2人して寝坊してこっぴどく怒られた事。
色んな事を思い出し、母親は太田さんの死を追悼した。
身体中の水分が全て涙になって流れたと思う程泣いて泣いて…。
それからは太田さんの分も頑張って生きていこう。
心に決めて、ホステスという仕事ではあったが休む事なく頑張った。
太田さんの月命日には必ず花を添えて手を合わせる。
今でも手を合わせる母親を見る。
きっと今でも母親の中には太田さんがいるんだろう。
それから母親は友人を作らなくなった。
この話を聞いたのは最近の事。
ラブホテルでの勤務を終え携帯を見ると、母親から着信があった。
折り返すとずいぶん賑やかなところだった。
「みーゆーきー‼」
余りの声の音量に思わず耳を離す。
「どうした?」
自然とこっちも声が大きくなる。
「仕事終わったのー?」
「終わったよ」
「じゃあ街まで迎えに来てよ‼」
ついでだし近いし、と思い言われた場所に向かった。
いい気分になり大声で笑っている母親を発見。
飲み仲間がそんな母親の側にいた。
「みゆき‼早かったじゃないの‼」
そう言って私の車の助手席に滑る様に乗り込んだ。
うわ…酒臭い💧
思わず窓を開ける。
帰り道に母親が「今日わね、太田さんの命日なのよ」と言い出した。
それから過去に遡り、自分の過去の話をしていた。
いいだけ話して、家に着いた頃には助手席で爆睡。
「お母さん‼着いたよ‼」
…返事がない💧
仕方ない、おんぶするか。
母親が痩せていて良かった。
「よっこいしょ💦」
母親をおんぶして部屋まで連れて行く。
ふぅ。
母親はそのままの姿で眠っている。
お母さん、若い頃苦労したんだね。
大変だったね。
でもね、それを聞いても「そっか」と思うだけかな。
えっ?
冷たい?
そうかもしれない。
でも、どう頑張っても同情しかわかない。
愛情がわかない。
私もやっぱり幼少期が幼少期だったから、性格が曲がっているんだと思う。
彼氏が出来た時には愛情がわく。
でも家族愛というものを知らない。
もっと家族で思い出が欲しかった。
熱を出して苦しかった時くらい、側にいて欲しかった。
お金だけじゃないんだよ。
確かにお金は大事だけど…
父親も物を買い与えるだけじゃなく、愛情が欲しかった。
愛に飢えているのかな。
もし私が家族を持ったら、お母さんになったら、私は父親や母親みたいな親じゃなく子供を目一杯愛したい。
旦那になる人を目一杯愛したい。
平凡でいいから家族で一緒にご飯を食べて、テレビを見て笑って。
子供と旦那に囲まれた食卓。
憧れである。
その前に、まずは相手を見付けなければならない。
まだまだ先の話しになりそうだ。
ラブホテルには色んなお客さん達が来る。
勿論普通のカップルもいるし、ご夫婦もいるが訳ありカップルも良く見掛ける。
そう、不倫である。
私が住んでいる街は田舎のため自家用車が主流。
なのでお客さんもだいたい車で来る。
不倫カップルの特徴は、だいたい女の子の車で来て男性は後部座席に隠れる様にして座っている。
ナンバー確認と防犯のためのカメラでその姿がモニターに映る。
何ともマヌケである。
一度、こんな事があった。
30代半ばのスーツを着た男性と、20歳前後と思われる若いギャル風のカップルが来た。
手をつなぎ、仲良く部屋に入る。
フロントの小窓からお客さんを見て「絶対不倫だよな」と思いながら入室を確認した。
男性とギャルが退室。
その時に、別のモニターをふと見ると女性が出口に立っていた。
この男性の奥様である。
出口はここしかないため、このままだと鉢合わせしかない。
さあ、どうする?
私はモニターを凝視した。
先に気付いたのは男性だった様だ。
慌てた様子でいた部屋に戻り、フロントに内線がかかって来た。
「すみません、出口ってあそこしかないんですか?」
「はい、そうですけど」
本当は他にも鉢合わせしない非常口もあるが、それをしてしまうとこの男性は懲りないだろう。
「あの…お願いがあるんですけど…今、出入り口にいる女性を…追い返してもらってもいいですか?」
「…それはちょっと😅」
「じゃあ、女性が帰るまでこの部屋にいてもいいですか?」
「ご精算が終わってますので、それは無理です」
「じゃあ他の部屋に移動します」
「申し訳ありませんが満室になっております」
「…はぁ」
電話越しにため息が聞こえた。
「すみません、清掃に入りたいので退室をお願いします」
「えっ?ちょ…待って💦」
男性は慌て始めた。
すると今度は追い込まれたのかキレ出した。
「お客が残るって言ってんのに清掃って何だよ💢」
「ご精算されたので…」
「金なら払うから‼」
「そう言われましても…じゃあ不法占拠って事で警察に連絡させて頂きますが構わないですか?5分以内に退室頂けなければ警察に連絡をします」
「はぁ?💢警察って何だよ💢」
その間に愛ちゃんが、出口で待っている奥様を呼びに行き、旦那がいる部屋まで案内をした。
「ここのホテルは二度と来ない💢……ますみ……」
ついに黙り電話が切れた。
うちは空間の提供はするが不倫の面倒までは見れない。
本人同士で解決して頂こう。
少し意地悪をした。
本当は機械を操作したら再入室も可能だ。
間違えて精算を押してしまう人もいるからだ。
部屋も2室空いていた。
移動も可能だが、これに懲りて過ちを奥様に謝罪して欲しい。
やり過ぎたかな?
- << 53 天罰です! しかし、主さんの面白さには惚れ惚れします💡 ついてない女というより カッコいい女に変えた方が良いかも!
奥様が部屋に入ってから1時間が経過した。
気にはなっていたが他に仕事があるため、ずっと張り付いている訳にいかない。
精算が終わっているためオートロックは解除されているが、ドアが開くとコンピューターの画面に「205ドア開」と表示されるため、ドアが開くとわかる。
一仕事を終え戻って来ても「ドア開」表示はない。
旦那の浮気現場を突き止めて、1人で立ち向かうってかなり勇気がいるであろう。
浮気相手との「行為」の後が生々しく残る部屋で、奥様は一体何を思うであろう。
私なら発狂するかもしれない。
その時のメンバーである愛ちゃんと絵美さんも、しきりに205号室を気にしている。
「奥さん…大丈夫かな」
愛ちゃんがつぶやいたその時、コンピューターに「ドア開」が表示された。
愛ちゃんと絵美さんが慌てて控え室から飛び出した。
私も一緒に飛び出したが電話番だったため「あっ…子機忘れた💦」と思い、すぐに控え室に引き返した。
気にはなるが他のお客さんからの内線が鳴り対応する。
内線をとりながらモニターを見つめる。
声までは聞こえないため何を話しているのかはわからないが、奥様は愛ちゃんと絵美さんに深々と頭を下げていた。
旦那は奥様の手をとるが、すぐに振り払われた。
当たり前である。
さっきまで別の女を抱いていた手で、気安く触って欲しくない。
多分誰しもが思う事だろう。
3人が出口から出て行くのを見届けてから、愛ちゃんと絵美さんが戻って来た。
「どうなった?」
話が聞こえなかった私が2人に聞く。
「奥さんがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたって謝ってた」
多分奥様が深々と頭を下げていたのはこのお礼を言っていたのであろう。
「旦那は「家族は壊したくないが、他の女の子とも遊んでみたかった」と調子いい事を言ってたな」
絵美さんが呆れながらつぶやく。
奥様は離婚を決意、旦那は別れたくない。
話し合いが平行線のため部屋を出て来たらしい。
愛ちゃんも絵美さんも私も口を揃えて「浮気する男はダメだ‼」
奥様の心情は想像以上に辛いだろう。
旦那に奥様の心情などわかるはずもない。
翌日、奥様が菓子折りを持ってわざわざお礼を言いに来て下さった。
「ご迷惑をおかけしました💦気持ちですが、皆様でお召し上がり下さい‼」
何とも律儀な方である。
たまに喧嘩を見掛けて仲裁に入る事はあったが、律儀に菓子折りを持って来て下さったお客さんは初めてだ。
「差し出がましいですが…頑張って下さい‼」
私は奥様に言った。
奥様は「ありがとうございます」と深々と頭を下げて帰って行った。
とても印象的な出来事であった。
余談になるが、ラブホテルをご利用の際は常識的な範囲でご利用して頂きたい。
実際にいた非常識なお客さん。
仮名にしておくが…
太郎❤花子
永遠の愛をここに誓います❤
というものを部屋の壁に落書きされた。
しかも油性ペンで大きく。
永遠の愛を違うのは結構な事だが、ここで誓わなくてもいいだろう。
落ちないため壁紙を張り替えた。
泊まりのお客さん。
クーラーボックスを抱えて部屋に入った。
何と簡易ガスコンロまで持ち込んで鉄板焼をしていた。
部屋中油だらけ、生ゴミは散乱、しかも臭いがとれずその部屋は1日使えなかった。
掃除も通常ならどんなに汚くても20分あれば終わるが、この部屋は2時間かかった。
最悪である。
上記のお客さんは請求しない代わりに出入り禁止にした。
ホテル同士、横の繋がりがある。
出入り禁止になるとリストが各ホテルに流れる事もあるので他のホテルでも出入り禁止になる可能性が高い。
気をつけて頂きたい。
また、ホテルの備品を持ち帰るお客さんもいる。
コーヒーやお茶、使い捨ての物…歯ブラシやカミソリとかを持ち帰るのは何の問題もないが、灰皿やコップ、中にはバスタオルやバスローブを持ち帰る人もいる。
そして備え付けのシャンプーやボディーソープの中身を丸ごと持ち帰る。
掃除の度に中身を必ず確認し、ない場合は交換するため一回で空になるという事は中身を持ち帰る以外あり得ない。
中には貸し出したヘアアイロンまで持ち帰る人もいる。
悪質だと判断した場合は「窃盗」で警察に連絡をする。
警察に連絡をした場合、ほぼ9割の確率で「盗難品」は返って来る。
返らないものはシャンプー等の中身。
また持ち帰る人のだいたいの言い訳は「間違えて持ち帰ってしまいました」
何をどうしたら間違えるのか聞くと無言になる。
下手な言い訳をしないで素直に認めた方が楽なのに、といつも思う。
これがきっかけで不倫がバレた人もいた。
逆ギレし「バスタオルくらいで警察に電話しやがって💢バレたじゃないか💢」というクレームを頂戴した。
「十分な窃盗です。納得いかなければ同じ様に警察にお話し下さい」と言ってみる。
悪いのはあなたです。
八つ当たりはやめましょう。
先日倒産した会社で同僚だった武田くんと2人でご飯を食べに行った。
武田くんは私より3年後輩だった。
武田くんは既婚者だが奥さんは私と同期入社である直美。
職場結婚をし、披露宴にも招待された。
直美は今、子育てに奮闘中。
りゅうせいくんという1歳になるいたずら盛りの可愛い息子がいる。
武田くんと食事に来たきっかけは、私がタバコを買うためコンビニに入ったと同時に武田くんが出て来てバッタリ遭遇した。
少し立ち話をしていたが「せっかくだからご飯でも」という話しになり居酒屋に来たのである。
直美にも承諾を得た。
直美に「旦那借りるよ」と連絡をした。
返事は「泥酔しないうちに返してね😁」
人の旦那をそこまで酔わせる事はしないので大丈夫である。
武田くんと飲みながら色々話をする。
倒産した会社の社長と家族は行方をくらましたまま。
部長はマイホームのローンがあるのに…とため息をついていたがどうなったのか。
小さな会社だったが楽しい仲間だった。
セクハラ係長もいた。
むやみに肩を触って来た。
「気持ち悪いんでやめてもらえませんか?」
はっきり断ると仕事で嫌がらせをしてきた。
尋常じゃない量の仕事を押し付け「残業しないで全てこなしてみろ」と言われたため、昼休みなしで定時までに仕事を終わらせた。
内緒で直美や武田くんも手伝ってくれたから終わる事が出来た。
定時になり係長に「終わりました」と全ての書類を提出。
係長が確認し悔しそうに「不備はない」と言う係長に「ざまあみろ‼なめんなよ😜」と心の中で舌を出した。
その後3人で飲みに行き「係長の顔見た⁉みゆき、やったね😁」と直美も武田くんも笑っていた。
それから係長からは嫌がらせされず、平和に過ごす事が出来た。
そんな思い出話しで盛り上がった。
今武田くんは宅配の仕事をしながら司法書士の資格取得を目指しているらしい。
頑張って欲しいものだ。
たまにはこうして飲みに来るのも楽しい。
「今度は是非直美も一緒に…」
武田くんに言うと、急に深刻な顔をした。
「武田くん、どうかしたの?」
「みゆきさん…直美の事で相談があるんだ…」
驚いた。
結婚して3年目。
子供も産まれて幸せに暮らしていると思ったからだ。
「話くらいならいくらでも聞くけど…役に立てるかどうかは知らないよ」
「話しだけでも…」
そう言って武田くんは話し始めた。
武田くんの話をまとめるとこうだ。
もしかしたら直美は浮気しているのではないか?
今まで携帯はその辺に放置している事が多かったのに最近は片時も離さず、りゅうせいくんのお世話をする時も必ず片手に携帯を持っているとの事。
夜はりゅうせいくんが寝てからはひたすら携帯に没頭。
夫婦の会話もないらしい。
一度直美がお風呂に入っている時に、直美の携帯をチェックしようとしたがロックがかかっていた。
武田くんが休みの日には、りゅうせいくんを武田くんに預けて「たまには子供の面倒を見なさいよ‼」と言って、寝室にこもって出て来ない。
見ると横になりながらずっと携帯をいじっていたため武田くんが「いい加減にしろ💢」と怒ると「うるさい💢」と逆ギレして出て行き帰って来たのは夜中だったという。
武田くんは一気に話した。
「みゆきさん…どう思う?」
「どうって…証拠はあるの?」
「これといったものは…」
「疑うとキリがないよ?確かに話を聞く分には怪しいけど…小さな息子連れてまで浮気するかなぁ?」
「うーん…」
武田くんは黙ってしまった。
直美は確かに男性のうけはいい。
特別美人ではないが、可愛らしい顔をしているし、これぞ女子‼の代表格みたいな格好をする。
出産で多少ふくよかにはなったが、別に気になる程ではない。
愛想もいい。
ただ、気が強く頑固。
自分の考えを押し通すところがあるが、話せばわかる子である。
倒産した会社で社内不倫をしている人がいた。
その話を聞いた時に直美は「気持ち悪い😠」と騒いでいた。
だから直美はそういう事が嫌いなんだと思っていたが…違うんだろうか?
余計なお世話かもしれないが、直接直美に聞いた方がいいかもしれない。
翌日の昼間、直美の携帯に電話を掛けた。
「もしもしー‼みゆき?」
「昨日は旦那貸してくれてありがとう」
「またいつでも持ってって(笑)」
いつもの直美だ。
「早速で申し訳ないんだけどさ、単刀直入に聞くけど直美…浮気してんの?」
「えっ?…昨日トモから何か聞いたの?…みゆき、今日はこれから時間ある?」
「あるけど、夜は仕事だよ」
「それまでには…電話じゃ長くなりそうだから直接話した方がいいかと思って」
「わかった、じゃこれから直美んちに行くわ」
電話を切り、部屋着から着替えて直美の住むマンションに向かった。
何度か遊びに行った事がある。
りゅうせいくんに会うのは久し振り。
そういえば昨日武田くんがりゅうせいくんはバナナが好きだと言っていた。
りゅうせいくんにバナナ買って行ってあげよう😄
途中でスーパーに寄り、バナナと直美が好きな梨を買った。
直美のマンションに到着。
袋をぶら下げてチャイムを鳴らす。
ドアを開けると奥でりゅうせいくんがテレビに釘付けになっている姿が目に入る。
「いらっしゃい😄わざわざごめんね💦」
「別にいいよ、良かったらこれ」
買って来たバナナと梨を直美に渡す。
話し声に振り向いたりゅうせいくん。
バナナに気付きこっちにヨチヨチと歩いて来た。
前に来た時はハイハイだった。
子供の成長って早いな。
少し人見知りなのか、ママから離れない。
子供は可愛いな😄
思わず笑顔になる。
「りゅうせいくん😄みゆきおばちゃんだよー‼おいで😄」
両手を広げてみるが見事に無視された(笑)
バナナで釣ってみる。
近付いて来た。
皮をむいてあげると大きなお口を開けてかぶりついた。
「うんま‼」
りゅうせいくんがバナナを食べながら叫ぶ。
それを見て「そうか😄美味しいか😄」と笑顔の私。
直美も「りゅうせい😄良かったね😄」と笑顔。
子供は本当に癒される。
しばらくりゅうせいくんと遊んでいたが、どうやらおねむの時間。
「みゆき、ごめん💦りゅうせい寝かし付けるからちょっと待ってて💦」
ママは大変である。
その間、タバコを吸いに外に出た。
タバコを吸いながら「そういえば直美…私が来てからずっと携帯いじってないな。武田くんの時だけ?」と疑問に思った。
浮気ではない。
そう直感した。
一服も終わり部屋に戻ると直美が「やっと寝たわ」と一息ついていた。
「これでゆっくり話が出来るね」
直美はお茶を一口飲んだ。
直美の話をまとめると、まず浮気はしていないという結論だった。
100%有り得ないと…。
武田くんとりゅうせいくんを裏切る気は全くない。
携帯をいじっているのは直美の友人から招待された某サイトで知り合った仲間とのメール。
サイトの中で知り合った仲間らしい。
その中の1人の男性と主にメールのやり取りをしていた。
その人は飛行機でなければ行けない程遠くに住んでいるため、会う気などさらさらない。
サイトの中だけでメールを楽しんでいた。
ただ相手が男性だという少しの後ろめたさと、武田くんの愚痴をたっぷりこぼしているメールを見られたくなくて携帯にロックをかけた。
武田くんは資格取得のために毎日勉強をしているため仕事が終わると部屋にこもりきりになる。
休みの日も一歩も外に出る事なく勉強の毎日。
たまには家族で外出したいと言っても「そんな暇があったら1つでも覚えたい」と言う。
そんな毎日を過ごしているうちに夫婦間の会話はなくなり、直美は寂しさを紛らわすために携帯に依存してしまった。
司法書士の資格が難しい事はわかっているが、月に1回くらい家族でご飯を食べに行く時間が欲しかった。
邪魔はしたくないが、たまにはりゅうせいくんと一緒に遊んで欲しかった。
りゅうせいくんがパパの側に行くと「直美‼ちょっとりゅうせい連れてってくれ‼」と部屋から叫ぶ。
「りゅうせいはパパと遊びたいんだよ」と言っても「そんな暇はないんだ」としか言わない。
寂しかった。
だからうっぷんがたまり、我慢の限界で「うるさい💢」とぶちギレてしまった。
これが直美の意見だった。
これは、夫婦で良く話し合わなければならない。
夫婦だけなら喧嘩になるから私が間に入り話し合いをしたい、と直美から提案された。
しかしこの日の夜は仕事のため、私が休みの翌日に話し合いをする事になった。
翌日。
私は約束の時間より少し早目に武田家に着いた。
「みゆき…ごめんね」
直美がりゅうせいくんを抱っこして迎えてくれた。
雰囲気が悪いな💧
もしかしたら喧嘩している最中だったのかもしれない。
りゅうせいくんは眠たいのかグズグズしている。
直美は「ごめんね、先にりゅうせいを寝かし付けて来るね💦」
そう言ってりゅうせいくんと一緒に寝室に入った。
武田くんは「みゆきさん…直美のやつ、絶対浮気していますよ‼今日だってずっとメールしていて…」と言いながらテーブルの足をガン‼と蹴った。
「武田くん、直美は浮気はしてないよ」
「嘘だ‼じゃあどうしてあんなに頻繁にメールしてるんだよ‼💢」
「大きな声を出すと、りゅうせいくんビックリするよ」
「……」
武田くんはかなりイライラしている様子だった。
しばらく無言の武田くんと私。
「ちょっと一服してくるわ」
私が外に出ようとしたら武田くんが「…台所の換気扇の下でいいよ、俺いつもそこだから」と言って灰皿を用意してくれた。
お言葉に甘えて換気扇の下でタバコに火を点けた。
一服し終わると同時に直美が寝室から出てきた。
「よっぽど眠かったのか、あっという間に寝ちゃった」
と言いながらりゅうせいくんが残したジュースを飲み干した。
「りゅうせいも寝たし…ね、みゆき」
直美は私を見た。
「そうだね」
「みゆきさん…俺勉強があるから手短にお願い」
武田くんが面倒臭そうに言う。
「いつもそう‼勉強勉強って…少しはりゅうせいの事みてよ‼」
「見てるじゃないか‼今日はお風呂入れたし‼」
ああ…喧嘩が始まってしまった。
殴り合いにならない限りは見ていよう。
言いたい事を言い合うのは悪い事ではない。
「お前はいい身分だよな、専業主婦だって俺が働いてるんだから出来るんだろ⁉浮気する時間もあるんだしよ💢」
「浮気なんかしてないし💢」
「嘘言うな💢」
こりゃダメだ😅
全然話し合いにはならないな。
「はいストップ‼子供の喧嘩は終わりにして話し合うよ」
仲裁に入った。
直美から思っている不満を話し、次に武田くんが話す。
全て話し終わり、お互いにお互いの事を理解出来た様だ。
直美は誤解されない様にメールは控え、武田くんはもう少し家族の時間を増やすと約束した。
夫婦でたまにはこうして腹を割って本音で話し合う事は大事なんだな、と思った。
こじれると最悪離婚になりかねない。
いつまでも仲が良い武田家でいて欲しい。
私は特に結婚願望はない。
基本的に1人が好きだ。
お付き合いをしていた時も、四六時中ベッタリは苦手だった。
ただ子供は大好きだ。
年齢も30代になり、体力的にもそろそろ赤ちゃんが欲しいとは思う。
40歳までには相手を見つけて赤ちゃんを授かりたいものだ。
特に選んでいる訳ではないが、他人からはどうやら冷たいという印象を与えてしまうらしい。
「女の子」が出来ないのだ。
要は可愛げがない。
淡々と話す様が冷たい印象を与えてしまうらしい。
愛想笑いが出来ない。
無理矢理すると顔がひきつる。
YES・NOがはっきりしている。
間違えていると思った事は相手が誰であろうと意見を言う。
だから敵は多いだろうが、へつらうつもりはない。
女性は必ずグループを作るが、それも苦手である。
グループ同士固まり、別のグループの悪口や噂をグダグダ言っているが、1人だと何にも出来ずに皆が集まると「ちょっと聞いてよ‼」と1人でいた時にされた事を言う。
はっきり言ってしまえばくだらない話しである。
トイレくらい1人で行けよ。
逆にいつも1人でいる私をそういう人達は「変わり者」だの「友達がいなくて可哀想」だの影でこそこそ話す。
しかし堂々と言って来る人はいない。
女って面倒臭い生き物だなと感じる。
男性社員には「わぁ~❤素敵ですね❤」なんて猫なで声を出すが、女子社員には「あっそ」みたいな態度をとる子がいた。
一番嫌いな人種である。
「村上さぁ~ん❤佳奈の部屋の電球が切れたんで、取り替えに来てもらっていいですかぁ~?❤」
村上さんとはなかなかのイケメンで、若い女子社員には人気があるが既婚者である。
村上さん、困ってるじゃないか。
「いや…部屋には…ちょっと…」
「佳奈、村上さんなら大丈夫ですぅ❤」
たまたま近くにいた私に村上さんが目で助けを求めた。
「佳奈ちゃん、電球交換なら私でも出来るから行ってあげようか?」
「村上さんの方が男性だし、いざという時は男性の方がいいですから~」
「あっ、じゃあ高橋くんは?彼なら頼れるんじゃない?」
高橋くんはラグビーをしていたため体格が良い。
ただ「アニメオタク」で若い女子社員からは苦手だと言われている。
村上さんも「そうだ‼高橋くんなら頼れるぞ‼言っとくわ😄」
「あっ💦いや💦大丈夫です」
そう言って佳奈ちゃんはいなくなった。
「悪かったね」
村上さんが言う。
「大丈夫ですよ😄」
高橋くんも決して悪い人ではない。
私はオタクでも偏見はない。
それだけ没頭出来る趣味があるのは羨ましい。
女性社員より男性社員と話していた方が楽だ。
さっぱりしているからだ。
逆に佳奈ちゃんみたいに女の子になってみたい。
…気持ち悪がられるな。
倒産した会社は従業員は社長家族も含めて30人弱。
社長の奥さんが専務で、息子が常務。
ワンマン社長に金儲けの事しか頭にない専務。
しかし社長はいつも居るだけ、仕事の口出しは余程じゃなければないため邪魔にはならない。
うるさいのが専務である奥さん。
経費削減‼が口癖で、ボールペン一本買うにも空のボールペンを見せなければ買ってくれないため、皆面倒臭くなり自前で買う。
なのに自分は「経費」でプライベートも兼ねた旅行兼出張へと出掛ける。
いない方がうるさくないので、むしろ出掛けてくれた方が楽である。
息子である常務は大学を出て、違う会社で経験を積んだからか、居るだけ社長よりは話が通じた。
だから何かあれば息子を頼るのだが、トラブルは全て従業員任せ。
頭を下げる事はプライドが許さなかったらしい。
しかし部長は出来る人だった。
この部長がいなかったら多分成り立たなかったのかもしれない。
係長はセクハラ係長の他にもう1人いた。
社内不倫をしていた松山係長。
相手は24歳の絵理奈。
男性社員に色目を使う佳奈と同期。
「松山係長と不倫してまぁーす❤愛されてまぁーす❤」
と言っている少し痛い子だった。
見た目は確かに可愛いが、こんな事を言ったら叩かれるかもしれないが頭は少し弱かった。
ミスが多かったが注意をすると係長から注意をした人が怒られた。
「彼女はまだ新人なんだからミスを注意するのではなく、フォローしてあげるべきだろ」
高卒で入社している筈なんですが…24歳でもまだ新人なんですか?
これをいい事に絵理奈は仕事はしない。
「みゆきさぁーん💦さっきの資料なくしちゃったんですぅ😢」
「はっ?早く探して‼」
「見たんですけどぉー、何処にもなくて😢」
「絵理奈ちゃん‼泣いてないで探してよ💢」
すると松山係長が飛んで来た。
「藤村くん‼資料をなくしたと困ってるんだ💢また作ってやればいいじゃないか‼」
「…はい?私がですか?」
「当たり前だろ💢君が彼女に頼んだんだろ?」
「…」
黙る私に絵理奈は「係長❤あんまりみゆきさんを怒らないで❤」
私は絵理奈のおかげでしなくてもいい残業を強いられ、当の絵理奈は係長と定時で消えた。
こんなバカップルに制裁が下る日が来た。
毎朝行われる朝礼も終わり、私は仕事に取り掛かる前に一服しようと喫煙所に向かった。
同じ考えだった同僚が5人いた。
喫煙所にいた5人で缶コーヒーをかけてじゃんけんをし、私が負けて自販機にコーヒーを買いに喫煙所を出た。
すると30代半ばと思われる女性が何かを探す様にキョロキョロしながらビルの通路を歩いていた。
「何かお探しですか?」
私は女性に声を掛けた。
探していたのは、うちの会社だった。
「私、ここの社員です。どなたにご用でしょうか?」
「あの…工藤絵理奈という女性なんですが…」
「工藤ですね?少しお待ち下さい」
私は絵理奈を呼んだ。
絵理奈は不思議な顔をしながら通路に出てきた。
私は女性に頭を下げて、缶コーヒーを買い喫煙所に戻った。
同僚に「今、そこで絵理奈を探してる女性にあったんだけど…」と話をしたら、「…松山係長の奥さんじゃない?」と言われて驚いた。
みんな無言になり、一斉にタバコを消して喫煙所を出た。
すると…予想は的中。
泣いている絵理奈と何やら叫んでいる女性。
それをなだめる松山係長がいた。
すると私と目が合った係長が「藤村‼ちょっと来い💢」と呼ばれた。
「何でしょうか?」
「余計な事をするな💢何故絵理奈を呼んだ⁉」
「何故って…この方が探していたので」
「どうして追い返さなかったんだ💢」
あちゃ😫
巻き込まれてしまった💧
「追い返すって何よ💢この方は親切に声を掛けて下さったのよ?この方を責めるのは筋違いよ💢」
奥様は興奮気味に声を荒げる。
下を向いて泣き続ける絵理奈。
騒ぎで野次馬が通路に顔を出す。
「藤村‼お前のせいでこんな事になったんだ💢」
「係長、お言葉ですが私は悪くはありません。社内で不倫して盛り上がってる2人に嫌気がさしていたので良かったです」
「何だと💢」
今、何を言ったところで聞く耳は持たないだろう。
「失礼します、仕事に戻ります」
事務所に戻ると直美が私を心配してくれた。
部長に呼ばれて、私は全てを話した。
部長も不倫には薄々気付いていた様子。
その後、係長と絵理奈が部長に呼ばれた。
絵理奈は「みゆきさん、私係長の奥さんに慰謝料を請求するって言われました😫」と泣きながら話して来た。
「仕方ないんじゃない?不倫していたんだから」
「声を掛けて来たのは係長です‼だから私は悪くないです‼」
「どっちから声を掛けようが、不倫をしていたのは事実。頑張って奥さんに慰謝料払おうね」
「そんなお金ありません…」
「それは通用しないよ、あと今までみたいに係長はフォローしてくれないから全部自分でやるんだよ、働けばお金になる。ネイルと月2回の美容室をやめればその分慰謝料に回せる。外食やめて自炊する。これだけで少しお金が浮くから慰謝料に回せる。まずは働け、はい仕事」
それからすぐ絵理奈は会社を辞めた。
松山係長はその後、奥さんとの離婚が成立したが、絵理奈と連絡がとれなくなり一人になった。
松山係長は絵理奈と一緒になるつもりでいたらしいが絵理奈が拒否をしたと聞いた。
家族にも絵理奈にも捨てられた係長。
会社の仲間からも「不倫バカ」と言われていた。
何もかも失った係長はみるみる憔悴していったが、自業自得である。
倒産するまで会社にはいたが、それから何をしているのかは知らない。
奥さんと子供に頑張って養育費と慰謝料を払わなくてはならないため、きっと別の仕事で頑張っているのであろう。
実は私も付き合っていた彼氏に浮気をされた事がある。
それが結婚を考えていた3年付き合った彼氏、慎吾だった。
付き合ったきっかけは飲み屋。
亜希子ちゃんと飲みに行った時に、たまたま隣に座っていたのが慎吾である。
慎吾も友人と飲みに来ていた。
タバコを口にしたがライターが見当たらない。
亜希子ちゃんはタバコを吸わないため、隣でタバコを吸っていた慎吾に「すみません、ライター貸して頂けませんか⁉」と声を掛けた。
「ライター⁉俺、もう一本あるから100円ライターだけど良かったら使って😄」
それがきっかけで話をする様になる。
偶然にも慎吾は兄の同級生。
「へぇー隆太の妹なんだ😄」
それからお互い話しているうちに携帯番号を交換。
その日はそれで終わったが翌日、慎吾から「みゆきちゃん😄昨日は楽しかった、ありがとう😄良かったら今度は2人で飲みに行かない?」とメールが来た。
話していて楽しかったため「是非😄」とメールを返した。
それから付き合う様になった。
慎吾の仕事は路線バスの運転手。
一緒に来ていた友人も同じ会社の運転手だった。
私はまだ事務員をしていたため、日祝休みの私とシフト制の慎吾とではなかなか休みが合わなかったが、たまに合う休みはだいたい一緒にいた。
付き合って3ヵ月もしないうちに慎吾がうちのアパートに転がり込んで来て、同棲生活が始まった。
新婚生活みたいで何をしていても楽しかった。
不規則な勤務の慎吾。
朝が早い時は4時に起きての出勤。
遅い勤務の時は、帰りが日付を変わる事もあった。
私は慎吾に合わせて、朝が早い時は私も早くに起きてお弁当を作り玄関まで送り出す。
遅い時は、私が先の出勤になるため慎吾のご飯を用意してから出勤。
掃除も洗濯も全て私がやっていた。
家賃は折半、光熱費と電話代は慎吾、食費とお酒代は私、タバコは各自で出していた。
そんな同棲生活も1年が過ぎたある日、慎吾が仕事中に接触事故を起こした。
バス停で乗降が終わり発進させようバスの頭を右に振ったら、後ろから車が来て接触した。
この事が原因で慎吾は減給処分になり、収入が3万減った。
慎吾はかなり落ち込み、結果仕事を辞めてしまった。
2ヵ月程無収入になるが、知り合いの紹介で車屋の営業の仕事に就いた。
その間も私は慎吾を励まし、節約をしながらも何とか乗り切った。
車屋の営業にも慣れて来た頃、私の誕生日に「みゆき、結婚しないか?」とプロポーズをされた。
素直に嬉しかった。
慎吾のご両親にも挨拶をしに行った。
兄にも報告をした。
母親にも報告したが「好きにしたらいい」と言われた。
結婚するつもりで色々準備に取り掛かろうとしていた時に、私宛に一通のメールが来た。
藤村みゆきさん。
あなたに忠告をしておきます。
あなた、藤村みゆきさんは浮気相手です。
悪い事は言いません。
別れた方があなたのためです。
……………
意味がわからなかった。
突然届いたメール。
アドレスがそのまま表示されてるという事は、登録していない知らない相手だ。
いたずらにしてはタチが悪いが…
これは慎吾に聞いてみるしかない。
慎吾の帰宅を待った。
いつも通りに帰宅。
「ねぇ、話があるの。着替えたら座ってくれる?」
無表情で淡々と話す私に不思議顔の慎吾。
5分後、いつものジャージに着替えた慎吾が「みゆき…どうかしたか?」と言いながらソファーに腰掛けた。
早速メールを見せる。
「この相手に心当たりある?」
一瞬、目を丸くして動きが止まった。
「心当たりがあるみたいだね。どういう事が説明して欲しいんだけど」
怒る訳でも泣く訳でもなく、ただ淡々と話す私。
内心ははらわたが煮えくりかえりそうになっていたが感情を表に出しても仕方がないと思い、平静を装った。
「あー…うーんとね…」
返事に困っている様子の慎吾。
「別に怒らないから、本当の事が聞きたい」
「…」
黙る慎吾。
「黙っていても何もわからない。じゃあ聞く。この人は誰?」
「…」
「はっきり聞く。女だよね?」
「…」
下を向いたまま黙ったままの慎吾。
はぁ。
思わずため息が出る。
「直球で聞く。私と別れる?別れない?」
「…」
「…浮気してたの?それとも私が浮気なの?ていうかいつから?」
「…」
まるで人形に向かって話しているみたいだ。
「黙ってるっていう事は浮気確定なのね?」
「…」
「正直に話して?お願いだから…」
「…みゆき」
やっと慎吾の口が開いた。
私は黙った。
しかし、それからまた慎吾は話さなくなった。
お互い沈黙のまま時間だけが流れる。
「…お願いだからもう全部話して‼」
耐えられなくなり、私は思わず叫ぶ。
ふぅ。
慎吾は深いため息をつき、再び口を開いた。
慎吾の話を聞くとこうだ。
メールの相手は元カノ。
慎吾から元カノの話しは聞いた事がある。
元カノは気が強くてかなりわがまま。
気に入らない事があると自分が「納得」いく返事がない限り、朝まで話し合う事もざらだった。
「もう寝たい…」と言っても「納得いく返事をしてくれない限り無理」
納得とは自分が思った通りの返事、という事だ。
自分の方が立場が上で、常に見下されていた。
後半は喧嘩が絶えず、慎吾から逃げる様に別れたと聞いていたが…。
先日、会社の仲間との飲み会があり居酒屋に行ったら偶然にも元カノも仲間と飲みに来ていた。
酔っていた勢いもありホテルに行き関係を持った。
私に対して罪悪感はあったが「バレなきゃ大丈夫」と自分に言い聞かせた。
その時元カノは仕事がうまくいってなく相談も聞いていた。
そのうちに元カノがよりを戻したいと嘆願。
「やっぱり私には慎吾が必要なの」と言われて心が動いた。
ちょうど私と喧嘩していたという時で「うん」と返事をした。
しかし私と一緒に住んで結婚の約束までしている。
私の事は好きだが…元カノへの思いもよみがえる。
悩んでいた時にこのメールが来た、というものだった。
それだけではなかった。
驚く事に、元カノとの関係は一度だけではなく度々あり、しかも元カノは妊娠したかもしれないというのだ。
これを機会に私に話せて肩の荷がおりた。
話せて良かった、とまで言われた。
言葉が出なかった。
怒りもあったが「妊娠」が衝撃的だった。
私との時は「子供はまだ早いから」としっかり避妊していたのに、元カノの時は避妊しなかったんだ。
更に追い討ちを掛けられた。
「体の相性はみゆきより元カノの方が良かった。そしてみゆきといるとみゆきが全部してくれるから、俺がダメになる。しっかりし過ぎてるから俺の出番が何もない。たまには甘えて欲しかった。話した事で踏ん切りがついた。ごめん…別れよう…あいつは一人では生きていけないけど、みゆきは一人でも生きていける」
浮気されたあげく、勝手な事を言われて振られた私。
何とも情けない女である。
余りに突然の事で涙すら出て来ない。
慎吾との付き合いはあっけなく終止符を打った。
慎吾がいなくなった夜。
やけ酒を飲み泥酔。
泣いて泣いて目を腫らした。
慎吾との色んな思い出が辛かった。
今日仕事が休みで良かった。
こんな顔で出勤出来ない。
私だって一応女だ。
甘えたい時もあるが、甘え方を知らない。
甘える事を許してもらえなかった私は「甘える」事は=相手に迷惑を掛けると思っていた。
自分で出来る事は自分でする。
こう教えられた。
兄に教わったため自家用車のタイヤ交換も出来るし、オイル交換くらいなら出来る。
コンポの配線も自分で出来るし、パソコンもお客様センターに電話をしながらだが自分で設定もした。
多少の重たいものも自分で動かす。
「俺がやろうか?」と言われても「大丈夫」と断る。
これが可愛げがないのであろう。
女が全部一人でやるのはいけない事なのか?
私も働いているが家事は怠らなかった。
ただ風邪をひいた時や生理痛が酷い時はサボる事もあったが、後は仕事から帰って来てからご飯を作って掃除して洗濯機を回していた。
残業の時はお弁当やお惣菜の時もあったから完璧ではないが、慎吾の喜ぶ顔が見たくて頑張っていた。
物欲はないしブランドも興味がないから、最低限のものがあれば別に欲しいものはなかった。
ただ一度、長年使っていた財布が使い物にならなくなったため財布が欲しいと言った事はあった。
その時に慎吾は高そうなブランドの財布を買ってくれた。
初めての慎吾からのプレゼント。
嬉しかった。
初めてのデートはボーリングだった。
かろうじてスコアが100を越えた私に対し、慎吾はストライク連発で200を越えた。
映画を観たり、カラオケに行ったり、休みが重なり夜中に遠出してプチ旅行をしたり。
慎吾との色んな思い出。
思い出しながらいいだけ泣いた。
でも3日で立ち直る。
泣いていても仕方がない。
慎吾は元カノを選んだ。
理解出来ない事を言って私から去った。
心機一転、同棲していたアパートを引き払い別のアパートに引っ越した。
それから特定の彼氏はいない。
慎吾にフラれてから3ヶ月程が過ぎたある日の事。
新しいラグマットを買いたいと思い店に入った。
すると慎吾と彼女が手を繋ぎ、仲良さそうに食器を選んでいる姿を見つけた。
向こうは気付いていない様子。
ふと視界に入ったもの。
慎吾の左手薬指に輝く指輪。
「結婚したんだ…」
少し複雑な気持ちになった。
慎吾への気持ちは断ったつもりでいた。
別に未練がある訳ではない。
でも正直見たくなかった。
妊娠は本当だったらしく、彼女…いや奥さんのお腹が少し大きくなっていた。
幸せそうに食器を選んでいる2人。
慎吾の笑顔は幸せそうだった。
奥さんも楽しそうだった。
少し妬みながらも心の中で「末永くお幸せに」と呟きながらラグマットは買わずに店を出た。
慎吾の事は大好きだった。
幸せになって欲しい。
この世にたくさんいる異性の中で知り合い、お付き合いをするという事は何億分の一の確率。
もしかしたら一生ただの他人だったかもしれない。
他の異性よりも何かが輝いて見えたからその人を好きになる。
運命の赤い糸って一概に否定は出来ない気がする。
でも、たまに絡まり違う人に引っ掛かる。
それが不倫だったり浮気だったり…。
それが運命なんだと思っていたら、絡まっていた糸がほどける。
あっ💦と気付いた時にはもう遅い。
一度切れた糸を元に戻すのは難しい。
私と慎吾は一度はしっかり結ばれたが、途中で絡まり違う人に引っ掛かってしまった。
それが固く結ばれ、私との糸が切れた。
私の糸は切れたまま。
ただ凧みたいに操縦不能にはならず、かろうじて木に引っ掛かっている感じ。
いつかはしっかりと操縦してくれる人に出会いたい。
その後すぐに会社が倒産。
一応もらえるものはもらえた。
なかなか仕事が決まらず焦りも出てきた。
そんな時に目に留まったのがラブホテルでの今の仕事。
理由は時給が他のバイトより50円良かったから。
それまで10社程面接を受けに行ったが全て不採用。
やけくそになりかけた時にラブホテルが拾ってくれた。
日数も週5日働ける様にしてもらい、何とか生活出来るくらいは稼がせてもらっている。
最初は体が慣れるまでは筋肉痛になり大変だった。
だから入って来てもすぐに辞めてしまうらしい。
慣れれば比較的楽な仕事である。
ラブホテルで勤務してすぐに、母親から連絡が来た。
「あんたに話があるから、今日うちに来れないか?」というものだった。
珍しい。
大概は電話で済まされる。
余程の事があるのだろうか?
幸いその日は仕事はお休み。
夕方行くと約束をし、支度をして実家に向かった。
約束の時間より少し早目に到着。
相変わらず片付けが出来ない母親の部屋は、見事な散らかり具合だった。
「相変わらずだね」
「そう?これでも片付けたんだけど」
母親の中では綺麗な方らしい。
座る場所を作り腰をおろした。
「話しって何?先に言っとくけどお金ならないよ」
「いや、お金の話しじゃない」
「そう…じゃあ何?」
「…あんた、今日これからって時間あるの?」
「休みだからあるけど?」
「寺崎にも話しておきたい事なんだよ、悪いけど一緒に寺崎んとこに行ってくれる?」
「…???いいけど…」
全く話がわからないが、母親に何かあったと直感。
母親が父親に連絡。
一緒に待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所は小さな喫茶店。
既に父親の車が駐車場に停まっていた。
隣に車を停めて母親と一緒に喫茶店に入った。
久し振りに見る父親はかなりおじさんになっていた。
でも身なりはきちんとしていて、見た目だけは紳士的だった。
「みゆきも一緒だったのか😄久し振りに見たらいい女になったね😄」
「そうかな…特別何も変わらないけど」
コーヒーを頼み、本題に入る。
母親が「あなたとみゆきにはきちんと話したくて」と今まで見た事がない真剣な顔をした。
軽く深呼吸をしてから、母親は視線をコーヒーに落としながらゆっくりと話し始めた。
「最近調子が悪くて病院に行ったのよ…そしたら子宮体癌の疑いがあるからって言われてね…明日から入院する事になったのよ」
「…えっ?」
驚く父親と私。
「もう、こうしてコーヒーも飲めなくなるね」
寂しそうに微笑む母親。
「恭子‼大丈夫だ‼今は癌は不治の病じゃない‼治療したらまた元気に戻って来れるから‼治療費なら俺が面倒を見るから‼」
興奮し声が大きくなる父親。
周りのお客さんがチラチラとこっちを見る。
「恭子‼俺もみゆきもいるし、心配する事はない‼」
母親はうっすら涙を浮かべながら頷いた。
母親ももう50代。
若い頃の元気はなくなったが、脳梗塞で入院して以来特に大きな病気もしないで元気だった。
突然の癌の告知に、どうしたらいいものか戸惑った。
こんなに落ち込む母親を初めて見た。
「お母さん、お父さんもこう言ってるし…入院してしっかり治療したらまた元気になるよ😄」
「みゆき…」
とうとう泣き出してしまった。
まさか癌だとは思わず、一人でフラっと病院に行き、癌宣告された母親。
「もう死ぬかもしれない」
昨日の夜はそればかりが頭を駆け巡ったらしい。
その日は父親が母親のマンションに泊まる。
私は父親がマンションに来る前に片付けをするために母親のマンションに行く。
喫茶店で父親と母親と別れ、先にマンションに帰って来た。
「入院準備もしておかなきゃね」
そう思い母親の寝室に入る。
いつも母親が使っている一泊用の小さめの旅行かばんを引っ張り出した。
その時にぐちゃぐちゃと丸められた便箋が出てきた。
広げて読んでみる。
そこには昨日書いたであろう、今現在の母親の想いが書かれていた。
死を覚悟したとも思える内容だった。
~~私は今まで自由に生きて来ました。
その代わり、色んな人に迷惑をかけて来ました。
今の今まで寺崎にお世話になり何不自由なく生活をし、わがままさせてもらいました。
癌と宣告された今、今まで自由に好き勝手生きてきた罰だと思っています。
自分のためだけに生きてきた。
お腹を痛めて生んだ隆太やみゆき、可愛いはずなのにどう接していいかわからなかった。
きっと私を恨んでいることでしょう。
私は母親になるべき人間ではなかった。
ろくな子育てをしなかったが、隆太もみゆきも一人前に育ってくれた。
もう私の役目は終わりました。
私はきっと死んでも極楽浄土には行けないと思うが、生きている間は十分楽しませてもらいました。
人間いつかは必ず死ぬ。
私はもう生きてる価値がないと判断された。
もう十分生きました。
寺崎は奥さんの元へ、隆太もみゆきも私がいなくても困る事はないでしょう。
今まで本当にありがとう。
~~
母親の手紙。
文章を書くのは人一倍苦手な母親。
きっと昨日、病院から帰って来てから一生懸命書いたのだろう。
ぐしゃぐしゃに丸められていたのは、うまく表現出来なくてイライラしたのだろう。
こんな母親でも、まだしばらくは生きていて欲しい。
明日から入院だが、諦めずに目一杯治療に専念して欲しい。
…母親が生命保険に入っていてくれて良かった😅
これである程度は母親も父親も安心して入院生活が送れるだろう。
長い入院生活になる事が予想される。
今日はきっと父親とゆっくり過ごすつもりだろうから、邪魔はする気はない。
片付けが終わったら、さっさと自分のアパートに戻る。
翌日の朝、母親が入院する病院に来た。
父親も一緒だ。
先生と看護師さんから病状と治療の説明を受ける。
母親の癌はステージⅠcというやつだった。
子宮の全摘出手術を行う。
後は癌が転移していない事を願いたい。
入院して程なく、母親の手術の日が来た。
前の脳梗塞で入院した時とは違い、大変おりこうさんな母親だった。
先生や看護師さんの話をきちんと聞き入れる。
点滴を勝手に抜く事もしなくなった。
当日、私はラブホテルの仕事を休んだ。
父親も来た。
今回は兄も来た。
母親の手術中、久し振りに会う兄と父親は色々と話をしていた。
兄はずっと付き合っていた彼女と結婚をし、2人の子供がいる。
上は勇樹くん。5歳。
下はゆめちゃん。2歳。
そして、今3人目がお腹の中にいて、もうじき生まれて来るとの事。
何度か子供達に会ったが、元気いっぱいの子供達のパワーに圧倒された。
子供達にはおばさんではなく「みゆきちゃん」と呼ばせている。
下のゆめちゃんには「みーたん」と呼ばれている。
父親はまだ「孫」には会っていないため、携帯に保存してある写真を見た。
「おぉ✨可愛いな😄」
「だろ?自慢の我が子だよ」
兄が得意気に言う。
一時は「ばあちゃんになりたくない💢」と言っていた母親も、いざ孫が生まれると可愛い様子で、月に何度か孫に会える日を楽しみにしていたらしい。
そんな話をしていたら、手術中のランプが消えた。
母親の手術が終わった。
先生の話。
「他に転移は見付かりませんでした、子宮は全て摘出しました、後は様子を見ながら治療をしていきます」
転移していなくて良かった。
後は無理なくゆっくりと治療をしていって欲しい。
幸い、術後の経過も順調で抜糸もした。
そんなある日、日中は時間があるため仕事に行く前に母親のお見舞いに行っていた。
そこへ母親のお見舞いに来た人がいた。
父親の本妻である寺崎美和だった。
「藤村恭子さん、ご無沙汰しています」
久し振りに見る寺崎美和。
少し痩せた気がする。
「これはこれは寺崎美和さん。ご無沙汰しています」
お互いフルネームで呼び合った。
「あら、藤村みゆきさんもいらしたのね、ご無沙汰しています」
私もフルネームで呼ばれた。
「…こんにちは」
こう答えるのが精一杯だった。
突然の寺崎美和の登場に驚いたからである。
「藤村さん、癌なんですってね」
「そうですが?」
「転移はなさってたのかしら?」
「してませんが?」
「あら残念」
寺崎美和が挑発ともとれる言い方をしてきた。
「残念ながら転移はしてませんでした。ご希望に添えなくてごめんなさいね」
母親は挑発にはのらなかった。
「治療なんかしないで、死んだ方が楽になるんじゃないかしら?抗がん剤って辛いって聞きますよ?」
「ご心配なく、おかげさまでこの通り元気ですから。死ぬ時は死にますよ」
無表情で答える母親。
この状況で私はいったいどうしたらいいんだろうか?
「この病院に私の姉が入院してましてね、ついでにお見舞いに来ましたの」
「それはそれは…わざわざありがとうございます」
「よろしかったらこれ、どうぞ召し上がって下さいな」
差し出されたのは母親が苦手な大福だった。
「せっかくですが…」
「遠慮しなくていいんですよ😄剥いて差し上げるわよ?」
「いえ結構です」
そんな母親の言葉を無視し、無言で大福の包装紙をむく寺崎美和。
そして無抵抗な母親の口に無理矢理大福を押し込んだ。
突然の事で息が出来なくなり、目を白黒させている母親。
その姿を見ているその目は殺意を感じた。
さすがに私も止めに入った。
「せっかくですが、後でゆっくり頂きますから‼」
母親の口に入った大福を取り出し、むせる母親に水を差し出した。
「しぶとい女…」
そう言いながら病室を後にした。
このままならまた来て、おかしな事をされる可能性がある。
入院しているため逃げる事も出来ない。
担当の看護師さんに簡単に事情を説明し、病室を変えてもらい父親にも事情を伝えた。
それから病室には来なくなったが、背筋が凍る出来事だった。
母親はこれだけ寺崎美和に恨まれる事をしてきたのだろう。
愛人である以上、仕方がないとは思う。
しかし、正直なところこっちの都合ではあるが、今はそっとしておいて欲しかった。
刺されなかっただけ良かったのかな…。
女同士のバトルは恐ろしい。
話しは変わるが、以前トラブルに巻き込まれた事がある。
トラブルの発端は勘違いから始まったのだが、勘違いをさせた私も悪かった。
倒産した会社にいた頃の話し。
同僚に高野くんという男性がいた。
高野くんは転職してきたのだが、前職が全くの異業種だったため色々と教える立場になった。
私や周りの同僚の話を一生懸命聞いてはメモし、わからない事はどんな些細な事でも聞いて来た。
皆「高野くんはやる気があるから一生懸命なんだよね」と彼のやる気は認めていた。
若いが高野くんは既婚者で幼い子供もいた。
「家族のためにも頑張ります‼」
そう言って目を輝かせていた高野くん。
高野くんと同じ時期に入社した阿部くんの歓迎会をしよう😄という話になり、何故か私が幹事に選ばれた。
余り飲みに行かない私は、パソコンを開きいくつか店をピックアップ。
直美と一緒に下見に行き、何件か回り良さそうな店を決めた。
直美の協力もあり、無事に歓迎会を迎える事が出来た。
その日は皆、昼休み返上で仕事をし残業しないでさっさと仕事を切り上げた。
不倫係長と絵里奈はまだ付き合っている時だったためこの2人は一緒の「残業」があったため不参加。
一次会はかなり盛り上がり、程よく酔っ払いも出てきた。
二次会は自由参加だったが、ほぼ全員二次会にも参加した。
カラオケだったが、皆仕事のストレスを発散させるべく歌いまくり異常な盛り上がりだった。
深夜1時を回った頃には、同僚達は眠ってしまっている人や知らぬ間にカップルになっている人、トイレに行ったきり帰って来ない人もいた。
主役である高野くんも阿部くんも、いい感じで酔っ払っていた。
「はい‼じゃあそろそろお開きにしまぁーす‼」
私の掛け声と共に、皆立ち上がりカラオケの出入口で解散になった。
そのまま三次会に行く人達、タクシーを拾い帰って行く人達に別れた。
私も直美も帰宅組。
私は車で来たため運転して帰らなくてはならない。
直美が「みゆき、送ってってー😁」と抱きついて来た。
「明後日の朝の缶コーヒーで手を打とう(笑)」
「オッケー👍」
直美と話していると、高野くんが誰もいなくなったカラオケの出入口にぽつんと立っているのが見えた。
「高野くん⁉どうしたの?」
「あっ…藤村さん、帰り嫁に迎えに来てもらう予定だったんですが、嫁…寝てしまったのか連絡がつかなくて…タクシー代もないしどうしようかと思いまして😅」
「じゃあ、私の車に乗ってく⁉確か方向一緒だったよね?直美も送るし、狭いけど良かったらどうぞ😄」
「いいんですか⁉ありがとうございます‼」
直美が笑いながら「高野くんは明後日の昼飯、みゆきにおごりね😁」と冗談を言う。
「わかりました‼お昼ごちそうします‼」
「冗談だよー(笑)みゆき、よろしく❤」
直美は後部座席に乗り込み、高野くんは助手席に乗り込んだ。
直美も高野くんもかなりお酒を飲んでいるせいか、車内でも盛り上がっていた。
「酒臭い😅」
思わず運転席の窓を全開にする。
シラフの私には強烈な臭い。
「藤村さん、白川さん、今日はありがとうございました😄楽しかったです」
「楽しんでもらえて、私も嬉しいよ😄」
運転しながら私が答える。
15分程走ったところで直美の自宅に到着。
直美の自宅は何度も来た事があるため、迷わず到着。
「お疲れ😁また明後日ねー‼」
私は開いている窓から直美に声を掛ける。
「みゆき‼ありがとう😄明後日、たっぷり缶コーヒー抱えて行くからねー(笑)高野くんも今日はお疲れ様😄また明後日ね👍」
「はい‼お疲れ様でした😄」
助手席からペコペコと何度もお辞儀をしながら高野くんも答えた。
「さて、今度は高野くんちか…どの辺?確かうちと近かったよね?」
前に「どの辺に住んでるの?」という話をしていた時に、住所がうちの近くだった記憶がある。
道案内をしてもらい、高野くんが住むアパートの前に到着した。
「藤村さん‼送って頂いてありがとうございました😄今日は本当に楽しかったです‼」
「こちらこそ楽しかった😄また是非、機会があったら皆で飲みに行こうね😄」
「はい‼」
ここで高野くんとお別れし自宅に戻った。
別に怪しい事は何もない。
ただ高野くんを自宅まで送っただけだ。
私も自分ちに戻り、一服した後にシャワーに入った。
シャワーから上がると、携帯に着信があり携帯がピカピカと光っていた。
時刻は深夜3時過ぎ。
「こんな時間に誰だろ…」
頭にバスタオルを巻いた状態で携帯を開くと、高野くんからだった。
「車の中に何か落としたのかな?」
そう思っていると、再び高野くんから着信があった。
「もしもし⁉高野くん?車に忘れ物でもした?」
「…」
受話器からは何の声も聞こえない。
「もしもし⁉どうかしたの?」
「…私は高野慎一の家内です」
「…はい?」
「やっぱりあなた、うちの主人と会ってたのね」
「はい?」
全く状況がつかめず、惚けた返事をする。
「とぼけないで‼うちの主人と会ってたでしょ‼」
まだ状況がつかめない。
黙っていると「藤村みゆき…ね。覚えておくわ」
そう言って電話が切れた。
何の事かさっぱりわからなかったが、眠たかったのもあり気にする事なく布団に入った。
翌朝。
携帯の着信で目が覚めた。
寝惚けながら携帯を見るとまた高野くんからの着信だった。
時計を見ると朝の6時半を少し過ぎたくらい。
「…こんな朝早くに何⁉」
そう呟きながら電話に出た。
「…もしもし」
「高野慎一の家内です」
「はい…ご用件は何でしょう」
眠さで半分落ちそうになりながらそう言った。
「あなた、人の主人と不倫しておきながらずいぶん偉そうね」
「何の話しでしょうか?」
全く心当たりがない事で朝早くに起こされたのが面白くなかった。
「昨日の夜中、うちの主人と仲良く帰って来たじゃない」
「あの…高野くんから聞いてませんでしたか?昨日は高野くんともう1人の歓迎会だったんですよ。たまたま家が近かったんで高野くんを自宅まで送っただけですから」
「嘘を言わないで‼歓迎会も嘘でしょ?」
「はぁ?」
「私、知ってるのよ?あなたと主人が不倫しているのを‼そんなに惚けてるなら探偵を使って調べさせてもらいます‼」
「…お好きにどうぞ。何でも調べて下さい」
「ずいぶん自信あるのね。調べて証拠を掴んで、あなたにたっぷり慰謝料もらいますから‼」
「…勝手にして」
そう言って私から電話を切った。
しつこいためサイレントに切り替え、また眠りについた。
一眠りして起きたのはお昼過ぎだった。
大きくあくびをしながら携帯を見ると、履歴が全て高野くんからになっていた。
「はぁ」
思わずため息をついた。
何故かは知らないが、どうやら高野くんの奥さんは私と高野くんが不倫していると思っているのは間違いない。
迷惑な話である。
私は高野くんに対して恋愛感情を持った事は一秒もない。
ただの同僚、先輩後輩の関係だ。
まず不倫は私が一番嫌いな事だ。
奥さんがいる人に興味はない。
高野くんのプライベートの事は良く知らないし、別に聞こうとも思わない。
ちょっとした話しならきっと誰もがする事だろう。
携帯番号は会社の人全員の分は登録してある。
それは会社の人は皆同じ。
高野くんだけ特別という訳ではない。
歓迎会で高野くんの自宅まで送った事が不倫になるのだろうか?
それならば私は会社の半分の人と不倫をしている事になる。
有り得ない話だ。
私は直美に電話をした。
「もしもし?直美?」
「昨日はどうもー🎵」
少しの雑談の後、直美に高野くんの奥さんの事を話した。
「はぁ?何でそうなるの?みゆき、高野くんをただ自宅まで送っただけだよね?」
「そうだよ‼別に変な事なんて何一つないけど」
「あっ‼そういえば…」
直美は何かを思い出した様に声を張り上げた。
「高野くんがまだ入社して何日も経ってない時、私高野くんと1日一緒にいて教えてたじゃん?」
「…あぁ。そうだったね」
「その時、やたらと高野くんの携帯が鳴ってたんだよ。「奥さん?」って聞いたら「そうなんですけど…今仕事中だから…」と言って一切携帯を開かなかったんだ。そしたら会社に奥さんから電話が掛かって来てさ、ボソボソ何かを話していたけどすぐ切ったのよ」
「まぁ要するに疑い深い奥さんって事なのかな」
「そうなんじゃない?」
高野くんは相当奥さんに信用がないのだろうか?
もしかしたら、何か過去に疑わしい事をしていたのかもしれない。
だから奥さんも高野くんを疑っているのかな。
そういえば、毎日必ず会社に「高野は出勤してますか?」という電話が来るらしい。
私は一度もとった事はないが、佳奈ちゃんが良く「また高野さん出勤してますか?って電話が来た😫」って言っていた。
余り人のプライベートを聞く方ではないが、少し高野くんの話を聞きたい。
全く身に覚えがない疑惑をかけられるのも嫌だ。
会社に行ったら高野くんと話をしよう。
直美との電話を切るとすぐに着信。
高野慎一と表示されていた。
「はぁ…またか」
ため息をつきながら電話に出た。
「…はい、もしもし」
「藤村さん⁉僕です‼高野です‼」
本人からの電話だった。
「高野くん⁉一体何なの⁉」
私は早速高野くんに聞いた。
「藤村さん‼本当にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした‼昼に起きて携帯を見たら、藤村さんにすごい数の発信履歴があって驚いて嫁に聞いたら「不倫相手に電話して何が悪いのよ」って言われて…僕も驚きました」
「あのさ、悪いんだけど…ちょっと話を聞きたいのよ。今は無理なら明日会社ででもいいわ」
「はい‼あっ…」
突然電話が切れた。
嫁が来たかな。
そう直感した。
翌日。
疲れきった表情で高野くんが出勤してきた。
「おはようございます…」
「高野くん、朝からずいぶん疲れた顔をしているね」
直美に突っ込まれた。
「はい…一睡も出来ませんでした😢」
直美と私の目があった。
「高野くん…ちょっと」
私は出勤早々高野くんを事務所の隣の小さな応接室に呼んだ。
「ねぇ、奥さんの事で…」
話している最中に「藤村さん‼本当にすみません‼」
そう言って頭を下げた。
それから高野くんは話し始めた。
付き合っている時から束縛はあったが酷くはなかった。
結婚してから段々と束縛が酷くなり、子供が生まれてからは妄想も入って来た。
高野くんは疑わしい事は何一つしていないのに、勝手に妄想して話してくる。
それで何度も喧嘩をした。
昨日も「藤村って女と不倫しているんでしょ⁉」と言われて「違う‼」と言ってもわかってもらえず、しまいには「認めるまで寝かせない」と言われた。
出勤する時も「どうせ女のところに行くんでしょ?」と言われた。
奥さんは、高野くんが休みの日はずっと一緒にいないと気が済まない。
一人になれるのはトイレとお風呂のみ。
そして必ず携帯チェックが始まる。
着信があれば必ず奥さんに誰から掛かってきたか伝えてからじゃないと電話に出れない。
携帯にメールをし、すぐに返信がないと出るまで電話をする。
内容は「今は何処にいる?誰といる?」
説明すると「今一緒にいる人の写メと連絡先送って」
連絡先を教えると、すぐに相手に電話があり高野くんに代わって欲しいと言い、代わると納得する。
断ると帰ってからが恐ろしい。
朝まで妄想で話される。
約束した時間に5分遅れただけで着信の嵐。
仕事を変わったのは、会社に毎日奥さんが電話をするために「奥さんに心配かけるから、ずっと家にいた方がいいんじゃない?」と上司に言われた。
居づらくなり辞めた。
「もう疲れた…」
高野くんは一点を見つめたまま呟いた。
かなり精神的に参っている様だ。
「ねぇ高野くん」
「…はい」
「歓迎会の時に「嫁が迎えに来てくれる」とかって言ってたけど…嘘だったの?」
「…すみません💧あの時はどうやって帰ろうか悩んでました…せっかく楽しい気分になってたのに、こんな事言えなくて」
その時、佳奈ちゃんが「お話し中すみません💦高野さんにお電話です」
「…ありがとうございます」
高野くんはゆっくりと立ち上がり電話に出た。
奥さんだった様だ。
電話はすぐに終わり、再び戻って来た。
「高野くん、話してくれてありがとう」
「いや、逆に聞いてくれてありがとうございます‼」
「ねぇ…こんな事を言うと失礼かもしれないけど、奥さん何か精神的な病なのかもしれないね。一度、病院に連れて行ってあげた方がいいと思うよ?」
「はい…でも…」
「このままなら高野くんも参ってしまうよ‼性格なら直せないけど…もし何かの病なら治療したらきっと奥さんも変わるはず。奥さんを助けてあげなきゃ‼子供さんだって小さいんでしょ?もしかしたら育児がいっぱいいっぱいになっているかもしれないし」
「…」
「一歩踏み出さないと何にも変わらないし、私も事実無根の話で疑われたくないし。ねっ、高野くん😄」
「はい…」
「私で良かったらまたいつでも話し聞いてあげるから😄愚痴でもなんでもさ😄人に話せば楽になる事もあるでしょ?」
「ありがとうございます」
「まずは奥さんに誤解を解かなきゃね😅」
「そうですね😅」
どうしたらいいのか悩んだ。
現時点では話して理解してくれそうではない。
しばらく様子を見る事にした。
あれから10日程が過ぎた。
高野くんの奥さんからの連絡はパタリとなくなった。
「誤解だってわかってくれたのかな」
そんな風に思っていた。
すると高野くんの携帯からの着信があった。
「奥さんだな」
そう思いながら電話に出た。
「もしもし…藤村さん…」
やはりそうだった。
「はい」
「あの…探偵を使って藤村さんの身辺を調査させてもらったんですけど…」
いつもの攻撃的な口調ではなく、申し訳なさそうなか細い声だった。
「大変申し訳ありませんでした‼」
突然の奥さんの謝罪に戸惑う私。
「…不倫は誤解だとわかって頂けたって事ですよね?」
「いえ…あの…」
「何でしょうか?」
「…藤村さんのお父様は寺崎不動産、寺崎組の社長だったんですね」
「あ…そうみたいですね」
「私の父が勤務しているんです‼まさか父の会社の社長の娘さんだとは思わなくて…謝罪しますので、どうか父をクビにしないで下さい‼」
「…はい?」
「父は関係ありません‼どうかクビには…」
そう言って泣き出してしまった。
クビって…💧
私は父親の会社とは全く関係ないし、そんな事を言われても困る😱
「あの…確認なんですけど、私は高野くんとは何にも関係ない事は理解して頂けました?」
「はい‼すみません💦藤村さんだけは特別に主人と2人きりでも許します‼」
「いや…そうじゃなくて😅」
「本当に申し訳ありませんでした‼」
そう言って電話を切られた。
良くわからないが、どうやらとりあえず誤解は解けた様だ。
翌朝、高野くんから「藤村さんってあの寺崎不動産の社長の娘さんだったんですね。びっくりしました」と笑顔て話し掛けて来た。
「高野くん、その事を知ってるのは高野くんと直美だけだから、他の人には言わないで💦色々噂されるのが面倒臭いから」
「…わかりました」
それからは変な疑いを掛けられる事もなく、しばらくは平和な日々が続いた。
高野くんはその後、とうとう奥さんに耐えきれなくなり離婚を切り出した。
すると奥さんは手首を切った。
未遂で終わったが、その後は精神科に入院になった。
どうやら精神的な病は重症だった様だ。
入院中に奥さんと奥さんの両親から離婚を切り出されて離婚。
子供の親権は高野くんになった。
「シングルファーザーとして頑張って行きます‼」
まるで別人の様に明るくなった高野くん。
倒産するまで育児に仕事にと頑張っていた。
余り他人のプライベートに立ち入りたくないので、余計な事は聞いていない。
先日、近くのスーパーでばったり高野くんに会った。
「藤村さん⁉僕です‼高野です‼」
「高野くん⁉」
愛娘と一緒に買い物に来ていた。
もう小学生なのか。
「こんにちは」
挨拶をしてくれた。
「こんにちは😄お父さんの前の会社で一緒だった藤村といいます😄」
「あっ🎵あかねと同じ名字だ😄」
どうやらお友達と同じ名字だったらしい。
お互い買い物カゴを持ちながら少し立ち話をする。
酒しか入っていない私のカゴを見て「相変わらずですね」と笑う。
「まだ買い物途中だからね」
高野くんはしっかり自炊をしているみたいで、カゴの中には卵や白菜等の野菜が入っていた。
「普通カゴの中身、逆だよね」
そう言って笑う。
「今度、時間が合ったら飲みにでも行きませんか⁉」
「そうだね😄」
高野くんは今、観光ホテルのフロントの仕事に就いているらしい。
高野くんは中国語が堪能。
高野くんの母親が中国の方なのだ。
今、中国からの観光客が多いため中国語が話せる高野くんは重宝されているらしい。
「お互い、仕事頑張りましょうね😄」
そう言って高野くんと別れた。
元気そうで良かった。
別れた奥さんの事には一切触れていない。
そういえば…
慎吾の前に付き合っていた人も、束縛が激しかった。
彼の名前は篤志。
見た目はヤンキーみたいだったけど、内心は小心者だった。
仕事は建設業。
重機の運転を主としていた。
篤志は小さい頃に両親が離婚し母親に引き取られたが母親が離婚してすぐに男を作り育児放棄。
母親の祖父母宅で育ったが、高校生の時に祖父が亡くなり、当時80歳になる母親の祖母との2人暮らしだった。
80歳とは言ってもお元気で、毎朝飼っていた犬と散歩をし、何でも食べて家庭菜園が趣味のおばあちゃんだった。
付き合っている時は篤志が良くおばあちゃんが作ったトマトやかいわれ大根を持って来てくれた。
形はバラバラだったが、トマトは真っ赤に熟していてとても美味だった。
何度かおばあちゃんにもお会いしたが、とても気さくに話し掛けてくれた。
ただ話し出すと、とても長くなり帰るに帰れない😫なんて事もあった。
飼っていた犬は雑種だったが、真っ白い柴犬みたいな犬で名前は「アチ」
篤志の「あ」とばあちゃんの名前の「ちよ」の「ち」を取ったらしい。
人懐っこい犬で、遊びに行くと可愛い尻尾をブンブン振ってお出迎えをしてくれた。
最初はお付き合いも順調で、お互い往き来をしながら楽しくお付き合いをしていた。
付き合って半年程した辺りから、私の仕事が忙しくなり残業の毎日だった。
帰宅も夜9時を過ぎてしまう事もあった。
さすがに私も疲れてしまい会いたいという篤志を断ったりしていた。
でも、連絡だけは必ずしていた。
しかし篤志の態度がだんだん変わっていった。
「毎日そんなに残業があるのか?」
「そうなの…今月いっぱいはちょっと忙しいかな?」
「今日、少しだけでも会えないか?」
「ごめんなさい…今日はちょっと疲れてしまって💧昨日も一昨日も会ったし、今日はお互いゆっくり休も😄」
「俺が会いたいって言ってるじゃないか‼彼女なら喜ぶ事じゃないのか?」
「えっ…いや、今日は本当に疲れちゃって💦もう10時回ってるし、また明日もお互い仕事あるし…」
「浮気してるんだろ💢」
「してないし、そんな時間ありません😠」
「じゃあどうして毎日会えないんだ⁉」
「毎日は会ってないけど連絡は毎日してるじゃん‼」
プツン。
電話が切れた。
その15分後、私のアパートのチャイムが鳴る。
篤志が来たのだ。
「おい‼みゆき💢お前最近何なんだよ💢」
「何が?」
「何が?じゃねーよ💢仕事仕事って‼仕事と俺とどっちが大事なんだよ💢」
「篤志も大事だけど、仕事しなきゃ食べていけないでしょ⁉」
「俺が食わしてやるよ‼仕事なんか辞めちまえ💢」
「嫌よ💢ていうかほぼ毎日の様に会ってんじゃん‼今日くらい会わなくたって明日もあるし、今日は仕事で疲れたの💢たまにはゆっくりさせて‼」
「うるさい💢」
喧嘩勃発である。
毎日会いたい篤志に対し、たまには一人でゆっくりしたい私。
いくら話し合っても平行線である。
結局、ほとんど休む事なく朝を迎える事になる。
翌日も篤志は仕事が終わると「今日は仲直りのために会いたい」というメールが来た。
その返信。
「頼むから寝かせて」
毎日毎日、夜中まで篤志と会うためずっと寝不足だった。
しかし篤志は「仕事終わってからじゃないと会えないだろ💢」と言って、わかってもらえなかった。
そして「出掛ける」と言えば「誰と何処に行くの?」
ある日突然「携帯見せて」と言われた。
「どうして?」と聞くと「どうして俺に見せられない?」と聞かれた。
別に疚しい事はないため素直に渡した。
発着信をチェック、メールもチェック、登録している電話番号も男の名前のやつは「誰?」と聞かれた。
そして父親と兄以外の男の名前の番号は、勝手に消された。
大半が仕事関係だったために、これには激怒した。
すると「仕事関係ならわざわざ登録しておく必要はない、用事は会社内で済ませばいい」と言われた。
なのに「男性社員とは余り話すな」だの「2人きりになるな」だのうるさい。
8割が男性社員のため、それは難しいと伝えると「辞めろ」と言われた。
いい加減、そんな篤志がウザくなって来たある日の事。
「みゆき、ここのアパートを引き払ってうちに来ないか?ばあちゃんに話したら喜んでいたよ😄アチもみゆきになついているし。みゆきは仕事を辞めて、ずっとうちにいてくれればいいよ😄」
「それは無理」
「どうして⁉」
「たまに一人の時間が欲しい」
「日中は誰もいないよ?」
「そうじゃなくて…💧」
この時、篤志の存在が重くなっていた。
「付き合っていたらその人と四六時中一緒にいなきゃダメなの⁉他の友達と飲みに行くのもダメなの⁉」
「愛し合っている人と四六時中いたいと思うのは当たり前の事じゃないの⁉友達と会うのは構わないが、何故飲みなの⁉昼間のランチじゃダメなの⁉」
「たまには気の知れた仲間と仕事の愚痴とか言いながら飲む事も許してもらえないの?」
「そもそも、わざわざ出掛ける必要あるのか?友達と会いたいならうちに呼んだらいいじゃないか😄飲みたければ宅飲みでも十分楽しいぞ‼俺も一緒に楽しめるし🎵」
ダメだ…。
価値観が合わなすぎる💧
こんなに束縛されたら息苦しい。
たまには亜希子ちゃんや直美、会社の皆と飲みに行きたいし、外出くらい自由にしたい。
一人でゆっくりする時間も欲しい。
別に他の男性と遊びたい訳ではない。
ただ自由な時間が欲しいだけだ。
篤志と付き合っていたら、そんな自由な時間もない。
篤志は甘えたい盛りの時に母親がいなかったから、母親に甘えられなかったものを私に求めているのかもしれない。
母親に構ってもらえなかった寂しい気持ちは良くわかるが、私は彼女であって母親ではない。
私に求められても私には重すぎる💧
篤志の事をを嫌いになる前に、別れを告げよう。
そう決めて篤志に連絡をした。
「もしもし、篤志?」
「おっ💡みゆき😄」
「仕事終わった?」
「今、会社に帰ってるところ」
「そっか、今日ちょっと話があるんだけど」
「話し⁉わかったよ😄終わったら連絡する😄」
まさか篤志はこれから別れ話をされるなんて思ってもないだろう。
素直に納得してくれるとも思わない。
おばあちゃんはすごくいい人だし、アチも可愛いしもう会えなくなるのは寂しいけど…。
篤志は仕事着のままうちのアパートに来た。
「みゆきから会いたいって言われて嬉しかったから、会社から直行で来ちゃった😍」
篤志は喜んでいる。
切り出しにくいが心を鬼にする。
「ねぇ篤志…」
「なに?😄」
タバコに火を点けて一服している篤志が答える。
「あのね…私達、距離をおかない?」
「距離⁉どうして?」
不思議そうな顔で篤志は私を見る。
「私達、価値観が違い過ぎると思うんだ…これじゃお互いに疲れてしまう」
「…」
黙る篤志。
「お互い嫌いにならないうちに…」
話している最中に突然「嫌だ‼」と叫ぶ篤志。
「俺はみゆきを愛しているんだよ、どうしてだ‼何が気に入らない?みゆきが気に入らない事は直すから…みゆきも考え直さないか?」
「…ごめん」
「みゆき‼」
ドン‼
篤志はテーブルを強く叩いた。
「勝手な事を言うな💢」
今までに見た事がない形相をしながら篤志は私を睨んだ。
「何勝手な事を言ってんだよ💢お前は俺の彼女だ‼俺の言う事さえ聞いていればいいんだよ💢ふざけんな💢」
そう言って私の髪を鷲掴みにした。
「痛い💢何すんのよ💢」
「俺は絶対別れない‼だから撤回しろ‼」
「…」
黙る私。
「何故黙ったままなんだ⁉あぁ⁉💢」
そう言って私の髪を鷲掴みにしたまま、私の顔を床に打ち付けた。
「痛い…やめて」
「うるせぇ💢」
今度は無抵抗の私を殴る。蹴る。
私は自分の頭を抱えて、うずくまるだけで精一杯だった。
「痛い…」
「俺を怒らせるお前が悪いんじゃねーかよ💢私は篤志さんとは絶対に別れませんって言えよ‼ほら‼」
「…」
「黙るなって言ってるじゃねーか💢糞女💢」
篤志が熱くなればなる程、私の気持ちは冷めていった。
殴りたければ好きなだけ殴ればいい。
それで別れられるなら、その方がいい。
私は自分の防御はしたが、抵抗はしなかった。
男性に殴られたのは人生初だった。
小さい頃に兄と喧嘩をした時に殴られた事はあったが、それとは訳が違う。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
篤志は完全燃焼し燃え尽きたのか、呆然としていた。
私は筋肉痛の様な痛みと闘いながら立ち上がる。
左腕に激痛が走る。
「いった…」
左腕を押さえる私に篤志が声を掛けて来た。
「みゆき…ごめん…」
「…」
返事はしない私。
篤志が暴れたため、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。
「みゆき…大丈夫か?」
痛い左腕に触ろうとした時に思わず「触らないで‼」と叫ぶ私。
掛けていた眼鏡は壊れてしまったため、もう一つの眼鏡を取り出した。
ド近眼な私は、眼鏡かコンタクトがないと困る。
左腕の痛みが半端じゃない。
鏡を見ると、幸い顔はさほど怪我はしていない。
余りの激痛に救急病院に行く事にした。
篤志は「送るよ」と言って来たが、さっきまで私をボコボコに殴った相手と一緒に居たくない。
「タクシーで行くから。頼む、帰って…」
篤志は無言のまま素直に帰って行った。
病院での診察の結果は、左腕の骨にヒビが入っていた。
救急病院から帰って来た時にはもう朝日が眩しかった。
「今日は仕事休もう…」
こんな状態で仕事に行けない。
会社に電話をした。
いつも朝一番に出勤する部長が電話に出た。
「すみません…今日の夜中に怪我をしまして…今日はお休みさせて頂きたいのですが…」
簡単に事情を説明し、今日と明日の2日間お休みをもらった。
これで判明した。
篤志は属に言う「ドメスティックバイオレンス」だと。
そういえば、前に篤志のおばあちゃんが言っていた。
「篤志は短気で怒ったら手がつけられないのよ」
その時は「そうなんだ」と簡単に考えていたが、こういう事だったのか。
お昼過ぎに篤志から着信があったが出なかった。
すると今度はメールが来た。
~~~
昨日は本当に申し訳なかった。
愛するみゆきから別れ話をされて、ついカッとなってしまった。
怪我の具合はどうですか?
骨折まではいってないよね…?
俺はみゆきの事を本当に大事に思っているし愛してるんだよ…
昨日の今日だからまだ整理出来ないと思うから、しばらくは会いに行かないし連絡もしません。
みゆきからの良い返事を待っています。
~~~
篤志へ。
本当に大事に思っている人を、よくこんなになるまで殴れるね。
私は観音様ではない。
殴られても笑顔でいれる訳じゃない。
笑って許せる事ではない。
余程、病院の帰りに警察に行って篤志を「傷害罪」で訴えようと思ったがやめた。
これがせめてもの私からの今までの感謝の気持ち。
いつも「お金ない」と騒いでいる篤志にお金を請求するつもりもない。
その代わり、もう篤志に関わりたくない。
お願いだから、もう一切私に関わらないで欲しい。
私からの最後のお願いです。
携帯も拒否します。
もし家のアパートに来たら即警察呼びます。
これで篤志の束縛からも解放される。
家にある篤志の私物は、怪我が治ったら自宅に郵送します。
今まで本当にありがとう。
さようなら。
~~~
篤志への最後のメールの返信。
すぐに篤志の番号を拒否設定にした。
しかし、これで終わった訳ではなかった。
それからしばらくは平和な日々。
左腕にギプスをしている間、直美は「みゆき、怪我が辛かったら仕事を私に回して😄これ、まだでしょ?」
そう言って私の仕事のほとんどを手伝ってくれた。
「直美、ごめんね」
「何を謝ってんの⁉お互い様じゃん😄もし私がくたばったらその時は頼むね😁」
他の同僚達も手があけば手伝ってくれた。
会社の皆に頭があがらない。
感謝。
怪我の具合も良くなりギプスも取れた。
直美は左手が不自由な私を思って、仕事帰りにうちに来て頭を洗ってくれたり、ご飯を作ってくれたりした。
直美には本当にお世話になった。
直美だけには全て話した。
「理由はどうであれ女を殴る男なんて終わってる😠💢そんな男は別れて正解‼」
直美の存在は本当に有難かった。
そんなある日。
篤志から一通の手紙が届いた。
おばあちゃんがアチの散歩中に転倒し、足の骨を折ってしまい入院した。
おばあちゃんがみゆきに会いたがっているから、お見舞いに来て欲しい。
と言った内容だった。
悩んだ。
おばあちゃんには色々お世話になった。
遊びに行くと「これぞお袋の味」と思わせる美味しいご飯をごちそうしてくれて、家庭菜園で取れた野菜をお裾分けしてくれて、笑顔が可愛いおばあちゃんだった。
あんなおばあちゃんが私のおばあちゃんだったらいいな、とも思っていた。
おばあちゃんに会いたいな。
篤志とは終わったけど、お見舞いくらいなら…
そう思って、おばあちゃんが大好きなどら焼きをお土産にお見舞いに行った。
「おばあちゃん😄ご無沙汰してます😄」
「あらまぁ💡みゆきちゃん‼来てくれたのね😄」
「具合は如何ですか?」
「いやいや、アチと散歩していたら段差に気付かなくてね💦転んじまってね…もう年だから骨がくっつくまで時間かかるみたいだね😫」
「そうなんですか」
痛々しい姿だが、笑顔は変わらない。
篤志はいない様子。
いないうちに帰ろう。
少しおばあちゃんと談笑。
「あっ…そろそろ帰ります」
「そう?今日はお見舞い有難かった😄退院したらまた遊びにいらっしゃい😄アチも喜ぶよ😄」
「…ありがとうございます」
もしかしたらおばあちゃん、篤志と別れた事知らないのかもしれない。
病室を出たその時「みゆき…」と声を掛けられた。
篤志だった。
「…みゆき」
気まずそうに話し掛けて来た。
「おばあちゃんのお見舞い…ありがとな」
「…おばあちゃん、もう関係ない事知らないの?」
「うん…言えなくて」
「そっか」
「…ちょっといいか?」
篤志は近くにあったデイルームみたいなところに歩いて行く。
私も素直に従う。
ここなら殴られる事はないだろう。
「元気そうだね」
「お陰様で怪我も良くなったしね」
何だか会話がぎこちない。
「俺…みゆきにどうしてもきちんと謝りたくて」
「そう…」
「俺、まだみゆきの事が好きなんだ」
「…」
「どうしてあんな事をしてしまったのか、ずっと後悔してて…みゆきがいなくなってから辛くてさ…」
「…」
「…よりを戻したいって言ったらどうする?」
「…断るかな」
「俺の何が嫌になった?」
「決定的なのはこの間の暴力。あとは束縛。耐えきれなかった」
「…じゃあ好きだったところは?」
「私を思っていてくれた気持ちと仕事は真面目に頑張っていたところ」
「…そっか」
「おばあちゃんとアチと仲良くね」
「…みゆき、どうしても無理か?」
「殴られるのはもう嫌だし束縛も勘弁」
「もう二度としないと誓っても?」
「…いや多分、最初だけでしょ?今までそうだったんだから簡単には直らない」
「俺、頑張るから‼」
「ごめんなさい…そろそろいいかな」
そう言って私は席を立つ。
「みゆき…」
泣きそうな顔をしている篤志。
「おばあちゃん待ってるよ、じゃあね。元気でね」
私は黙っている篤志に背中を向けてエレベーターに乗り込んだ。
その日から篤志のストーカー行為が始まった。
ある日からほぼ毎日の様に篤志からの手紙が投函された。
住所も書いてないし、切手も貼っていないため直接ポストに投函しているのだろう。
内容はだいたい同じだった。
「よりを戻そう」
「愛してる」
「みゆきが嫌いなところは直すから、もう一度だけチャンスが欲しい」
「ばあちゃんもアチもみゆきに会いたがっている」
「俺は諦めない」
私は篤志と戻る気は一切なかったため、最初は手紙を読んでいたが次第に開封をしないで捨てる様になった。
すると今度は開封していない手紙が輪ゴムでまとめられて「読んでくれ」と一言添えられていた。
寒気がした。
篤志は人のゴミまで漁っているのか…?
返事をしない私にイラついたのか、篤志は会社に来た。
「藤村さん‼津田さんって方がみえてますが…」
同僚に声を掛けられ青ざめた。
津田とは篤志の事だ。
慌てて篤志のところに行く。
「会社はやめて」
「だって、手紙の返事はないし携帯は拒否されてるしあとみゆきに会えるのは会社しかないじゃん」
「仕事中だから手短に…用件は?」
「用件はただ一つ。結婚して欲しいんだ」
そう言って篤志は封筒を私に差し出した。
開けてみたら、篤志の欄は全て埋まっている婚姻届けであった。
初めて見る婚姻届けに驚きと共に恐怖がわいてきた。
「悪いけど返す」
「どうして⁉」
「私は篤志と結婚する気はないから」
「…書いてくれるまで毎日来るから」
「それは困る‼」
「じゃあ今書いて」
「書かないし💢」
「書いてくれるまで帰らない」
「それは困る」
「書いてくれたらすぐ帰る」
「…」
非常に困った。
今日は締日で忙しい上、今までサボっていた仕事も今日までに終わらせなければならない。
皆も締日でピリピリしてるのに、こんな事で時間を潰したくない。
「今日は締日だから仕事が忙しいのよ」
「じゃあいつならいい?」
「10年後」
「そんなに待てない💢仕方ないから明日また来るよ」
そう言って篤志は帰って行った。
篤志が帰ってから落ち着かず、席に戻りぬるくなってしまったコーヒーをグイと飲み干した。
「よし」
椅子を座り直し、仕事に集中した。
夕方4時過ぎ。
一段落し、ちょっと一服しようと喫煙者に向かった。
先客で村上さんがいた。
「お疲れ様です」
「あっ、藤村さん、お疲れ様」
「やっと一区切りつきました😫」
「俺もだよ😅今月は忙しいな」
「ですね」
一服しながら村上さんと話していた。
「ところで藤村さん」
「はい⁉」
「今日の昼間会社に来ていた人って…彼氏…」
「…でした」
「そう…ごめん、話を聞くつもりはなかったんだけど聞こえてしまって」
「いえ、あんなところで話していた私が悪いので」
「…相談なら乗るよ」
そう言って村上さんはタバコを消して、私の肩を軽く叩いて仕事に戻って行った。
もしかして村上さん…話している内容で状況を察した?
そういえば村上さんも前に勤務していた事務の原田さんっていう人からストーカーにあい悩んでいた。
原田さんは当時30歳の人で、お局様として怖い存在だった。
当時、私と直美は入社4年目。
女子社員が私と直美と原田さんと私達より2歳下の明日香ちゃんという人しかいなかった。
原田さんは女子社員にはとても厳しく、私達があげた成果を自分のものにしたり、嫌な仕事は全部私達に押し付け、出来たら「私がやりました」と部長に報告したりする人だった。
「私より目立つな」
「私より可愛い格好はするな」
「私より先に退社するな」
「男性社員とは仕事以外の話しはするな」
毎日の様に私や直美、明日香ちゃんに言っていてうんざりしていた。
ある日、明日香ちゃんが出勤早々大騒ぎをしている。
「明日香ちゃん、どうしたの?」
「藤村さぁーん😫昨日一生懸命残業して作った資料のデータが全部消えてるんです」
「えっ⁉」
「どうしよう…今日までなのに」
明日香ちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。
それを見ていた原田さんが「三宅さん、自分の責任でしょ。死ぬ気で今日中に終わらせなさい」と叱りつけた。
しかし昼休みに男性社員から「三宅、可哀想に…データ消したの原田さんだよ…原田さんが三宅のパソコンをいじってたから「三宅のパソコン、どうかしたんですか?」って聞いたら「ちょっと彼女に頼まれてね」って言ってた」
信じられない。
完全に嫌がらせじゃないか。
明日香ちゃんは必死に資料を作り上げている。
私も直美も、手が空いた時は明日香ちゃんの仕事を手伝った。
そんな私達を口元をゆるめながら見ている原田さん。
要は明日香ちゃんは若いし可愛いから、男性社員からチヤホヤされるのが原田さんは面白くない。
明日香ちゃんは原田さんのターゲットにされていた。
明日香ちゃんの資料を何とか作り終えた。
「白川さんも藤村さんも本当にありがとうございます😄おかげで無事に終わりました🎵」
「お疲れ😆」
私と直美と声が合う。
「さて、仕事も終わったし女3人でパアーッと飲みにでも行きますか😆」
直美の一言に私と明日香ちゃんは「異議なし✋」と手をあげた。
その様子を見ていた原田さん。
「まだ帰れないわよ…あなた達に言ってるわよね。先輩である私はまだ仕事をしているの。先輩を差し置いて飲みに行くなんて社会人として非常識‼普通は先輩が終わっていない様なら「代わりますよ」でしょ?はい、帰る前にこれやって」
渡されたものは本来原田さんがやらなくてはならない仕事。
「じゃあ頼むわね」
そう言って原田さんは帰って行った。
「はぁ?何、あの女💢」
直美がキレ出した。
「別にやる必要なくない?やらなくて困るのはうちらじゃないし、このまま原田さんの机に戻しておこうよ」
私がそう言いながら渡された仕事をそのまま返した。
「あっ‼でも、一番上のやつだけやろうか😄原田さんの事だからいつも一番上しか見ないし、それだけ見てそのまま部長に渡すんじゃない?」
私がまた一番上の資料だけ持って戻った。
これだけなら3人いれば10分あれば終わる。
チャチャっと済ませて、原田さんの机に戻した。
それから3人で飲みに行き、楽しく帰宅。
「明日、部長に怒られる原田さんを想像したら楽しくなって来た😆」
直美と明日香ちゃんは楽しそうに笑っていた。
翌日。
案の定、一番上しか確認しないで原田さんは部長のところに持って行った。
すぐに「原田くん‼ちょっと来なさい💢」
怒った部長が原田さんを呼ぶ。
「これは一体どういう事だ?きちんと説明してもらおうか?」
原田さんは目を丸くして青ざめていた。
私達3人はその様子をじっと見ていた。
実は資料の間に部長宛に手紙を挟んであった。
大きく「部長のバーカ」と一言書いた手紙。
原田さんは私達を指差し「犯人はあいつらです‼私はこんな事は書いてません‼」と言った。
「何?これは原田くん担当の仕事じゃないのか?あの子達が書いたのなら原田くんはこれ作ってないのか?」
「あっ💦いえ、私が作成しました」
「じゃあ、この手紙は何だ⁉💢」
明日香ちゃんは笑いをこらえている。
小さなイタズラのつもりだったが、想像以上に激怒する部長に私達は「ざまあみろ😜」と心の中で呟いた。
原田さんに少し仕返しが出来た。
延々と部長に叱られている原田さん。
そこへ村上さんが「部長、もういいじゃないですか」と言って話を終了させた。
そんな村上さんを一瞬で好きになってしまった原田さん。
「私を助けてくれた王子様」
原田さんはきっとそう思った事だろう。
それから原田さんは執拗に村上さんに近付く様になった。
女子社員の中で喫煙者は私だけ。
直美も喫煙者だったが、風邪をこじらし肺炎になった時にピタリとやめた。
明日香ちゃんは初めから吸わないが彼氏さんが喫煙者らしく、煙は気にならないとは言ってくれている。
原田さんは嫌煙家。
タバコの臭いだけで具合が悪くなるそうで、原田さんの前では極力控えていた。
そんな原田さんが珍しく喫煙所に来た。
「藤村さん、村上さん見なかったかしら?」
「今さっきまでいましたけど…多分トイレだと思います」
「そう、ありがとう」
原田さんは足早に喫煙所を後にした。
最初は「村上さんに何か用事でもあったんだろう」くらいにしか思わなかった。
しかし、原田さんの行動がどんどんおかしくなっていく。
ある日、いつもの様に喫煙所で一服していたら村上さんが入って来た。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
何気無い会話。
「昨日はコーヒーごちそうさま😄これお返し」
昨日、喫煙所の向かいにある自販機でジュースを買おうとしたら間違えて隣のボタンを押してしまった。
その時にたまたま来た村上さんに「このコーヒーって飲みますか?間違えて買ってしまって😅」と村上さんに声を掛けた。
「あぁ…飲むよ」
「じゃあ良かったら飲んで下さい」
「ありがとう、頂きます」
このコーヒーのお返しで昨日私が飲んでいたジュースを頂いた。
そんなつもりは全くなかったため恐縮してしまう。
「すみません💦頂きます」
「どうぞ😄」
それを何処から見ていたのかは知らないが、一服を終え事務所に戻るとすぐに原田さんに呼ばれた。
「忠告しておく。余り村上さんと親しくしないで💢ジュースまでごちそうになって図々しいこと💢」
「はい?」
「いい⁉村上さんには近付くな💢わかった⁉」
「…はい」
いつも喫煙所であったら何気無い会話をしているだけだ。
特別な事はしていないし、この時は何故原田さんに怒られているのか全く理解が出来なかった。
しかし1週間後。
いつもの様に一服しようとタバコケースを持って喫煙所に行こうとした時に原田さんに呼ばれた。
「藤村さんにお願いがあるんだけど…」
「はい、何でしょうか?」
「これ…村上さんに渡して欲しいの」
渡されたのはB4サイズの封筒。
書類か何かなのかな…?
でも、普通はトラブル防止で直接渡すかデスクの上に置くはず。
疑問はあったものの、私は封筒を預かり喫煙所で一緒になった村上さんに「原田さんからです」と言って渡した。
「原田さん…?ありがとう」
村上さんは軽く首をひねりながら喫煙所を後にした。
その頃、村上さんの奥さんは妊娠中で切迫早産だという事で入院中だった。
だからこの頃の村上さんはお昼になると、近所のほか弁屋さんでお弁当を買って来たり、同僚達とファーストフードやファミレスにお昼を食べに行ったりしていた。
女子社員は基本的には弁当を持参するが、面倒くさい時や寝坊した時は村上さん達と一緒に食べに行ったり買って来たりしていた。
原田さんはほぼ毎日弁当持参。
ある日、原田さんが重箱を持って来た。
「村上さん‼いつも外食ばかりだと栄養が偏りますから、お弁当を作って来ました😄良かったら一緒に食べませんか⁉」
見た事がないとびきりの笑顔で重箱を差し出す原田さん。
「あぁ…ありがとう💧」
少し引いている村上さん。
原田さんは「昨日の夜から仕込んで作って来たんです😆さっ、食べてみて下さい💕」
原田さんは割り箸を割り、村上さんに差し出した。
「…美味しいよ」
「村上さんに美味しいって言ってもらいたくて頑張って作りました😆」
「…ありがとう」
困った表情の村上さん。
周りの社員も苦笑しながらその光景を見ていた。
それから毎日、村上さんに手作り弁当を持って来た原田さん。
しかしさすがに村上さんは原田さんに対して「原田さん、申し訳ないが手作り弁当はもういいから…」と断った。
原田さんは「わかりました‼村上さんは優しいんですね😆毎日朝早くから起きてお弁当を作っている私を思ってくれているんですね💕」と言って、笑顔で給湯室に消えて言った。
「ははは…😅」
苦笑する村上さん。
弁当はなくなったと思ったら今度は自分で噂を言って歩いた。
「私は村上さんとお付き合いしています」
女子社員は原田さんの言動の一部始終を見ているため嘘だとわかるが、知らない社員達は村上さんに「やるなー村上😁」とからかった。
村上さんが懸命に否定しても「言い訳しなくてもいいって✋」と言ってる人までいた。
頭を抱える村上さん。
「はっきりと原田さんに言ったらいいんじゃないですか?」
喫煙所でタバコを吸いながら村上さんにそう言った。
村上さんは「何度も言ってるんだけど、わかってくれなくて」と困り顔。
どうやら原田さんの中で村上さんの発言全てに於いて超ポジティブに変換されるのであろう。
ある意味、羨ましい思考である。
原田さんが出勤早々、私と直美に得意気な顔をしてこう言った。
「昨日、村上さんの奥さんのところに行って言ってやったの‼私と村上さんは愛し合ってますからって😄」
私と直美は目が合った。
直美は呆れ顔。
切迫早産で入院中の奥さんに何を言ってるんだ?
村上さんは原田さんの事は愛していないし、逆に迷惑に思っている。
ただ村上さんは優しいし、同じ会社でこれからやりにくくならない様に大人な対応をしているだけだ。
でも原田さんはわかっていない。
優しい=私が好き
原田さんの頭の中でそうなっているのだろう。
その時村上さんも出勤。
原田さんは「村上さぁーん💕」と言いながら出勤した村上さんの元へ駆け寄る。
「…原田さん、ちょっと話があるんだ」
村上さんは難しい顔をしている。
「話ですか?」
一方で期待に胸を膨らませ笑顔の原田さんがいる。
プロポーズでもしてくれると思っているのか?
村上さんと原田さんは一緒に事務所から出て行った。
直美が「原田さん…病んでるのかな💧原田さんの思考が全く理解出来ないんだけど😅」
「そのうち原田さんも現実を見たらわかるんじゃない?さっ、うちらは仕事しよう」
今日、明日香ちゃんは入院していたお父さんが退院するらしく有給を取っている。
「多分、原田さんは今日仕事にならないだろうから、明日香ちゃんの分も含めて仕事頑張らなきゃね💦ねっ、直美」
「ラジャー👍」
私と直美は仕事に取り掛かった。
ふとパソコンから目を話すと、席に戻り今にも泣きそうな顔をしている原田さんがいた。
「あぁ…やっと現実を見たかな」
そう思いながらまたパソコンに視線を戻した。
一段落し、タバコケースを持って喫煙所に向かった。
同僚が2人いて、原田さんの話をしていた。
「あの人、おかしいですって‼」
「俺もあの人に付きまとわれたら嫌だなー😫村上さん大変だな」
私は無言のまま一服し、さっさと自分の席に戻った。
終業時間になった。
原田さんが部長のところにいた。
翌日、村上さんが部長に呼ばれて別室で話していた。
何と原田さんは部長に「村上さんに弄ばれて捨てられました。会社を辞めます」と言ったらしい。
ただでさえ人員不足で大変なのに、仕事は出来る原田さんがいなくなるのは会社にとってはかなりの痛手。
何も知らない部長は村上さんを呼んだ。
とんだ騒ぎになってしまった。
結果、村上さんの誤解は解けたが原田さんは辞める形になった。
引き継ぎも何もしないで、突然原田さんが会社を辞めたため、原田さんの分も仕事をしなくてはならず落ち着くまで毎日残業が続いた。
村上さんに笑顔が戻った。
奥さんにも誤解だというのが理解され、特に問題はなかったそうだ。
それからすぐに奥さんが男の子を出産。
女子社員3人でお金を出し合い、可愛いベビー服セットをプレゼントをしたらすごく喜んでくれた。
原田さんが辞めてから何となく社内の雰囲気も明るくなった。
そんな事もあり、私が篤志にしつこくされているのをほっとけなくなったらしい。
篤志は毎日毎日、婚姻届けを持って会社に来た。
話せる人には事情を話したが、篤志は懲りずに会社に来た。
村上さんが「大変申し訳ありませんが、毎日会社に来られては営業妨害として警察に通報致します。藤村自身が会いたくないと拒否している以上、私達社員も迷惑を被ります。お引き取り下さい」と篤志に言ってくれた。
一言一言をゆっくりと低く冷静に言う村上さん。
ある意味、とても怖く感じる。
篤志は無言のまま帰って行き、二度と会社に来る事はなかった。
すっかり村上さんには迷惑をかけてしまった。
「ご迷惑をかけてすみません」
「大丈夫😄また何かあれば協力するよ」
だから村上さんは女性にモテるんだと実感した。
そんなある日、会社の同僚同士の飲み会があった。
村上さんの同期である松本さんという先輩が隣の席になった。
松本さんは少しクセがある人。
プライベートでは離婚歴が2回ある。
飲み会も中盤に差し掛かり皆、いい感じで酔っ払い始め向かいに座っていた同僚は愚痴を言い始めた。
すると隣にいた松本さんが「愚痴るくらいなら会社を辞めろ💢誰もお前の愚痴なんか聞きたくない💢それよりも俺は…」
あぁ…始まったよ、俺自慢。
俺はこんなにすごいんだ、俺は皆とは違うんだ、というどうでもいい自慢話を何回もする。
周りにいた人達も「また始まった」みたいな顔をしている。
隣に座っていた私がターゲットになり、俺自慢が続いた。
20分も我慢した。
いい加減、ウンザリして来た私は「松本さんがすごい人なのはわかりました。過去の栄光もわかりました。でももう同じ事何回も聞きたくないです」と言ってしまった。
松本さんの話が止まり、すごい顔になった。
「楽しい話なら聞いていても苦にはなりませんが、松本さんの話しは苦にしかなりません」
「藤村…お前何様だ?」
「…藤村家のお嬢様ですが?」
「お前、そんなんだからいい年して結婚出来ないんじゃないのか?」
そう言ってバカにした様に笑う。
「そう言う松本さんも、そんなんだから2回も奥さんに逃げられるんじゃないんですか?」
「なに⁉💢お前には関係ないだろ💢」
「同じ言葉お返しします。私は結婚は出来ないんじゃなくしないだけです」
周りにいた同僚達は私と松本さんの会話を面白がって聞いている。
「藤村、お前は前から思っていたがお前はこの会社には向いていない、辞めたらどうだ?」
要は俺に歯向かうやつはいなくなれ、という事だろう。
「私は松本さんに雇われている訳ではありませんから別に松本さんに嫌われても痛くも痒くもありません」
チッ💢
舌打ちをされた。
それから松本さんは私には何も言わなくなった。
松本さんは嫌がらせのつもりだろうが、むしろその方が有難い。
松本さんが席を立った。
その時に近くにいた同僚が「藤村、お前すげーな」と声を掛けて来た。
「何が⁉」
「松本さんのあの俺自慢、皆我慢して聞いていたのにお前全部言ってくれた😄聞いていて気持ち良かった」
こんなんじゃいけないのはわかっているのだが…耐えられなかった💧
松本さんの自慢話し。
ある有名芸能人とは高校の同級生で、帰って来る度に飲みに行く程仲が良い。
「じゃあ一緒に写っている写真見せて下さい」と言っても一度も見せてもらっていない。
昔、有名ラーメン店で店を任されていた。
良く良く話を聞くと、ネギを切ったりする裏方さんだった。
昔、暴走族の総長をしていた。
兄に聞いたが、そんなチームもなければそんな名前のやつは知らないとの事。
こんな話しばかりだから、突っ込みたくもなる。
原田さんが辞めてから約2ヶ月。
新しい女子社員が入社して来た。
まだ20歳の丸山里美。
見た目は普通だが…不思議ちゃんというか、ちょっとおかしな子だった。
真夏でも長袖を着て、良く自分の世界に入る。
言われた仕事はミスも少なくきちんとするが、言われない仕事は一切しない。
日焼け対策で長袖をしているのかと思っていたが、実はリストカットの痕があった。
話し掛ければ話をするが、スイッチが入ると聞いていないプライベートの事を良く話す。
趣味はアニメのコスプレ。
コミケ?というやつは必ず行くそうだ。
アニメの話しになると熱く語るが「申し訳ない、私はアニメに詳しくないから話をされても良くわからないの」と答えると「可哀想な人生ですね」と言われた。
余計なお世話である。
「今日の私服のイメージはルイくんなんです🎵」
そう言われてもピンと来ないが、どうやらアニメの登場人物を真似ているらしい。
それに反応したのがアニメオタクの高橋くん。
やはり高橋くんは知っているのか「その服はルイのブルーの戦闘仕様の服じゃないか😍」とテンションが尋常じゃない程あがっている。
同じ趣味の仲間が出来て高橋くんは嬉しそう。
共通の趣味を持つ仲間が増えるのはいいじゃないか。
2人でアニメの話しで盛り上がって楽しそうにしているのを見てそう感じる。
私は特に夢中になる程の趣味はない。
強いて言うなら…温泉かな?
暇があれば近くの銭湯も含めて車で片道1時間の範囲なら日帰り入浴をしに行く。
ゆっくりのんびり湯船につかっていると、心身共にリラックス出来て疲れが飛ぶ。
至福の一時である。
直美も温泉は好き。
前は良く一緒に入浴しに行っていたが、直美が結婚してからは行っていない。
そういえば最近、ゆっくりと温泉に行ってないな。
たまには近くの銭湯にでも行って、のんびりして来たいものだ。
近くの銭湯は、お風呂上がりの生ビールを一杯飲んでも千円でお釣りが来る庶民には有難い料金で目一杯お風呂が楽しめる。
少し古いが、なかなか味がある。
受付のおばちゃんと仲良くなり、前に行った時にポイントカードのスタンプを一つおまけしてもらった。
20個たまると一回入浴料が無料になる。
あと5回行けば20個だ。
こんな楽しみしかない私だけど、これはこれで幸せな時間である。
里美ちゃんと2人になる時間があった。
その時に「突然なんですけど、藤村さんってストレス発散ってどうしてますか?」と聞いてきた。
「ストレス?そうだなぁ…お酒飲むか、直美とかとカラオケ行くか温泉入ってゆっくりするとかかなぁ?里美ちゃんは?」
「私は…リストカットです」
この時に何故真夏に長袖を着ているのかを知った。
両腕に無数の傷があった。
「自分を痛めつける事でストレスを発散する事しか出来なくて…あとは録画したアニメをひらすら見る事です」
「自分を傷付けなくても、アニメという趣味があるならそっちに没頭したらいいのに…例えばキャラクターを描いてみるとかさ」
「絵心は全くないんです…だから見る専門で💦」
「上手い下手は関係ないよ、自分が楽しければ😄私も歌はめちゃくちゃ下手だけど、楽しければいいやって思ってカラオケに行くよ」
「そうですよね」
「自分を傷付けても何にもならないよ」
「…はい」
里美ちゃんは下を向いた。
それから里美ちゃんの過去の話を聞いた。
小学校高学年から中学時代はいじめられっこで、この頃の友達は一人もいない。
学校にも行かなくなり、引きこもりになった。
その時からアニメにはまる様になる。
現実逃避が出来て、代わりに悪いやつと戦ってくれてやっつけてくれる。
悪いやつをいじめた相手に置き換えてアニメを見ると、すごく気分がすっきりした。
高校は遠く離れた母親の実家、祖父母宅から通える高校に進学。
高校時代はいじめられる事はなかった。
部活も好きな「アニメ研究会」に入り、仲間も出来て楽しかった。
しかし、仲良しだと思っていた友人から裏切られた。
そのショックから逃れたくてリストカットをする。
それから何かストレスが溜まったらリストカットをする様になったらしい。
「友人からの裏切りって…何をされたの?」と聞いてみた。
少しの無言の後「…当時付き合っていた彼氏を寝取られ、その子と彼氏の赤ちゃんが出来ました」
それは確かにショックな出来事だ。
「で…2人はどうなったの?」
「…出来婚しました。結婚式に招待されましたが、普通招待します?女から「里美には絶対結婚式に来て欲しくて」と言われました。もちろん行きませんでしたけど。あの時の女の顔は一生忘れません」
そんな事があったのか。
人生、何年も生きていれば色んな事がある。
誰もが辛くて悲しい事は嫌だが、必ず訪れる。
でもそれに負けたらダメだ。
辛く悲しい事がある分、絶対幸せも訪れる。
幸せばかりでは「幸せボケ」という言葉がある通り、人間おかしくなる。
この辛さを乗り越えるからこそ、訪れる幸せが何よりも幸福になると信じている。
偉そうだが、里美ちゃんも辛い思いをした分、絶対に幸せが来る。
負けないで頑張って欲しい。
心から願う。
それから里美ちゃんは何かあれば私に話して来た。
話し相手なら、私で良ければいくらでもお付き合いするよ。
そう言うと、その日から彼氏並みに毎日毎日電話やメールが来た。
失敗した…💧
「今、何してますか?」
「晩御飯は何を食べましたか?」
「明日は何時に起きますか?」
「明日は休みですが何してるんですか?」
こんな感じのメールが1日何回も来る。
私も四六時中、携帯を見ている訳にもいかない。
返事がないと電話があり「迷惑でしたか?私なんて生きていても仕方ないですよね…」と自殺をほのめかす。
夜中にも電話が掛かって来る。
爆睡していたり、飲みに行ったりしていたりして気付かない時もある。
そんな時にも「迷惑ですよね」
うーん…どうしたらいいものやら💧
「あのね、私も仕事以外にも色々する事があるの。だからメールも電話も出来ない事があるけど、別に里美ちゃんを嫌いになった訳じゃないから💦」
それから里美ちゃんの連絡は極端に少なくなった。
ある日、里美ちゃんからカミングアウトされた。
「彼氏が出来ました😆」
話を聞くと、同じアニメ仲間。
共通の趣味を持っている人なら話しも合うだろうし、きっと楽しいだろう。
それからの里美ちゃんは、毎日が楽しそうだった。
たまに喧嘩をした時は相談にのる事もあったが、彼氏と一緒にいる時間を邪魔しちゃいけないと思い、私からの連絡は控えていた。
リストカットもなくなり、精神的にも落ち着いて来たらしく、彼氏さんとはいい関係なんだなというのがわかった。
のちに里美ちゃんはその彼氏と結婚し、退職した。
いつまでも幸せな夫婦でいて欲しい。
ある日の朝、珍しく寝坊をしてしまった。
直美からの電話で飛び起きた時には、既に出勤時間を過ぎていた。
10分で支度を済ませて急いで車に乗り込んだ。
気持ちばかりが焦る。
信号の赤がじれったい。
信号が変わった。
発進しようとしたその時、突然すごい衝撃に襲われた。
私の車に後ろからワゴン車がそのままノーブレーキで突っ込んで来たのである。
車の後部は大破し、私は車から出るに出られない状態になった。
ワゴン車の運転手さんが降りて来て動揺している運転手さん。
動くと肩に激痛が走り、しかめっ面になる。
遠くから救急車と思われるサイレンの音が近づいて来る。
ハンドルと椅子に挟まり、余り身動きが取れない。
「苦しい…」
声を出したくても言葉にならない。
サイレンが止まった。
意識が遠退く。
救急隊員の声は聞こえるが返事が出来ない。
野次馬が見ている中、救急車に乗せられるまでは記憶にある。
人生初の気絶である。
気がついた時は病院のベッドの上だった。
この間、全く記憶がない。
朦朧とする意識の中で真っ先に視界に入ったのは、心配そうに上から覗き込む制服姿の直美の姿だった。
直美が私に声を掛けるが、私は声が思う様に出ない。
「藤村くん…大丈夫か?」
部長も心配そうに声を掛ける。
今、自分がどんな姿でベッドに横になっているのかもわからない。
怪我の具合は右肩脱臼に右腕(二の腕)骨折、あばら骨にヒビが入っていた。
人生初の入院生活を送る事になった。
父親と母親が病室に来た。
どうやらデートの途中だったらしい。
「いつもみゆきがお世話になっております。みゆきの父です」
父親が病室にいた部長と直美に挨拶をした。
母親は無言のまま、黙って立ち尽くしながら私を見ている。
父親が部長から事故の様子を聞いている。
話し終わると部長は「ご両親も来てくれた様だし、私達はこれで…」そう言って席を立った。
直美は「また明日も来るからね‼みゆき、無事で良かった…」
直美は少し泣きそうになりながら話し、そして父親と母親に頭を下げて、部長と一緒に帰って行った。
とりあえず命があって良かった…身体中痛いが、しばらくの我慢だ。
「今日はちょっと辛いからまた来てくれる?」
父親と母親にこう言うのが精一杯だった。
結局母親は一言も言葉を発する事なく父親と帰って行った。
翌日には兄と香織さんも来た。
兄が「香織がしばらくお前の面倒をみてくれるから😄色々と女性同士の方がいい事もあるだろうし」
「そうよ😄みゆきちゃん‼何でも言ってね😄」
有難い。
香織さんは義姉だけど、実の兄より頼りになる。
「みゆきちゃんは早く怪我を治す事だけ考えて😄」
しばらく香織さんに甘える事にした。
香織さんはほぼ毎日来てくれた。
兄は仕事が休みである日祝に来てくれた。
「子供は?」
「私の親に預けてるから大丈夫😄うちの親も、孫が可愛くてねー😁喜んでみてくれてるよ」
「まだ小さいのに…」
「みゆきちゃんは何の心配もしなくていいんだよ😄早く怪我を治して😄私ね、一人っ子でしょ?ずっと妹が欲しくてね…みゆきちゃんみたいな妹が出来て嬉しいの‼姉として妹の面倒を見たいの😄だから遠慮しないで何でも言って‼」
「ありがとう」
嬉しかった。
利き腕が負傷しているためご飯を食べるのも一苦労。
香織さんが代わりに食べさせてくれた。
替えの下着や生理用品も兄には言いにくいが、同性である香織さんにはお願いしやすい。
すっかり香織さんにはお世話になった。
直美も仕事が休みの日や、仕事が終わってから来てくれた。
会社の同僚も、何度かお見舞いに来てくれた。
皆、本当にありがとう‼
皆のおかげで怪我の具合も良くなり、退院も近付いて来た。
母親は来てくれる時は必ず父親も一緒。
来ても病室をウロウロしているだけで、すぐに帰る。
はっきり言って邪魔である。
病院のご飯を覗き込み「不味そう」と言い「今日はねこれから寺崎とフレンチ食べるの」とか「今日はのんびり温泉に入って来たの😄」とか言って来る。
「今日からしばらくお見舞いに来れないから」
むしろその方が有難い。
母親は子供の怪我より、父親との時間の方が大切の様だ。
私にぶつかって来た運転手さんがお見舞いに来た。
年齢は30代半ばだろうか?
たくさんのお見舞い品を持って来た。
ちょうどその時は兄と香織さんがいた。
兄と香織さんから責められ、下を向いたままの運転手さん。
名前を柴田さんという。
名刺を頂いた。
会社名を見て驚いた。
勤務先の会社の取引先だった。
直美が来てくれた時に名刺を見せた。
「あぁ…何となくわかるかな」
直美も何となくでも記憶にある様だ。
いよいよ退院の日。
兄と香織さんが迎えに来てくれた。
兄と香織さん、そしてまだ赤ちゃんだった勇樹くんと4人で退院祝いで、和食レストランでお昼を食べる事にした。
ここなら小上がりがあるし、勇樹くんを寝かせるのにちょうどいい。
勇樹くんの笑顔が癒される。
座椅子にもたれかかりながらお座りをしている勇樹くん。
持参した離乳食を食べてご機嫌さんだった。
兄も香織さんも勇樹くんにデレデレ。
兄は「俺は世界一の親バカ😁」と勇樹くんの自慢話をしていた。
家族っていいな。
兄の家族を見て思う。
兄は「香織がいて勇樹がいて、俺は家族のために働いて、こんな幸せな事はない」
夫婦喧嘩もするが、離婚は考えた事はないらしい。
兄は私以上に母親とぶつかり合った。
だから香織さんには良く「子供を第一に考えて、家庭を大事にして欲しい」と言うらしい。
私も結婚したら同じ考えだ。
香織さんは兄弟がいなく、両親共に働いていたため寂しい思いをしたそうだ。
だから子供は最低3人は欲しい😆と言っていた。
お互いに叶わなかった事を自分の家庭に求める。
だから自分の家庭を本当に大事に思う。
香織さんが勇樹くんを出産の時は難産だった。
丸3日かかった。
兄は仕事を休んでずっと香織さんの側についていた。
香織さんの両親もいた。
私も何か力になれれば、と思い香織さんの側にいた。
陣痛で苦しむ香織さんを見て、涙が止まらなかった。
朝7時半過ぎ。
陣痛室が慌ただしくなる。
「もうすぐよ‼赤ちゃんも頑張ってるんだからお母さんも頑張って‼」
香織さんは唸り声とも悲鳴ともとれる声をあげた。
「フゲ…フゲ…」
声が聞こえた。
「藤村さん‼おめでとうございます‼可愛い男の子が生まれましたよ」
助産師さんの声に兄は香織さんの手を握り号泣。
香織さんの両親も抱き合って喜んでいた。
私も赤ちゃんの誕生に感動し、涙が止まらない。
皆の愛情を目一杯受けて誕生した勇樹くん。
抱っこさせてもらった。
ちっちゃくてふにゃふにゃで、たまに指が動く。
何となく兄に似ている気がする。
赤ちゃんを見ていると笑顔になる。
お座りをしている勇樹くんを見て、思わず誕生の事を思い出した。
ほんわかとした気持ちになる退院祝いだった。
母親は私が退院したという電話をしても「そう」と言うだけだった。
「これから寺崎が来るから電話を切るよ」
それはそれは…邪魔したね。
自分の事しか考えられない母親に何を言っても無駄だが、少しは心配して欲しかった。
結局「大丈夫?」の一言すら聞けなかった。
少しでも期待した私がバカだった。
退院すぐに直美が武田くんと一緒にうちに来た。
「退院おめでとう✨」
「ありがとう」
「祝い酒といきたいところだけど、まだ飲めないだろうからジュースで乾杯ね🎵」
仕事は退院後もしばらくは傷病でお休み。
私が休みの間の出来事を色々教えてくれた。
取引先の部長が、柴田さんと一緒に謝罪に来たそうだ。
話を聞くと、ぶつかった時は居眠りをしていたそうだ。
信号ばかり見ていて、私の車が視界に入らなかったと言っていた。
余り責める気はない。
入院費用も相手側の保険が出してくれたから手出しはほとんどなかったし、入院中は謝罪しに来てくれた。
車は廃車になってしまったけど、ローンがなかったのがまだ救われた。
父親から譲ってもらった軽自動車。
会社の事務員さん用で用意していた車だが、マニュアル車で不評だったらしくそれを私が欲しいと言って譲り受けた。
私は車へのこだわりは全くない。
しっかり走ってくれれば何でもいい。
田舎だから、また復活したら車を買わなくてはならない。
今度はトランク付きの普通乗用車にしようかな。
直美が「今度、この人車を買い替えるのよ😄みゆき、10万でどう?年式は古いけどメンテナンスはしっかりしていたからまだまだ乗れるよ😄」
武田くんが乗っていた車を10万で譲り受ける事にした。
名義変更もした。
車検も1年半ある。
武田くんが乗っていたのはまさにトランク付きの普通乗用車。
直美との結婚も視野に入れて、ワンボックスに買い替えるそうだ。
これで何とか通勤は出来そうだ。
武田くんの車が来るまでは足がない。
退院してからもしばらくの間は通院しなくてはならない。
路線バスやタクシーで通っていたが、香織さんが「まだ無理出来ないでしょ?」と時間が空いた時は病院まで送迎してくれた。
「みゆきちゃん、今日これからって時間ある?」
病院からの帰りに香織さんが声を掛ける。
「時間ならたっぷりと」
「じゃあ、一緒にお昼ご飯食べない?今日、ちび助はばあばと遊んでるし…余り遅くまでは無理だけど」
「喜んで😄」
香織さんは近くのレストランの駐車場に入った。
お昼過ぎという事もあり賑わっていた。
日替わりランチセットを注文。
今日のランチセットはミックスフライセット。
デザートに食後のコーヒーもついて780円。
香織さんと色んな話をする。
兄の事は「あいつは~」なんて文句を言いながらも大事に思ってくれているのがわかる。
元ヤンキー同士だから喧嘩は派手だが、後腐れがない。
子供が生まれてからは自称「世界一の親バカ」
何とも微笑ましい話を聞いた。
先日のお笑い番組の話しになり「マジうけた😆」と香織さんは笑っている。
「そういえば…こんな事を聞くのはアレなんだけど…みゆきちゃんって心から笑った事ってある?」
突然聞かれた。
「えっ?」
「いつも笑顔が固いというか、ぎこちないというか…」
「笑う時もあるよ、会社の同僚で飲みに行った時にバカ話しして盛り上がった時とか、それこそお笑い番組をみて笑ったりとか…」
「隆太もそうなんだよね…笑顔がぎこちないのよ。笑うといい男なのに勿体ない」
幼少の頃、兄とバカ話しして笑っていたら必ず母親が「うるせぇな💢」とぶちギレていた。
笑っていると「気持ち悪い」だの「頭おかしくなったか?」だの言われたため、余り笑わなくなった。
すると今度は「何が不満なんだ?」と言われた。
兄もだが、段々と無表情になり感情が余り顔に出なくなった。
だから喜怒哀楽はうまく表現が出来ない。
私は仕事で営業にも行くため「営業スマイル」は出来る様にはなったが、兄は特に必要がないため笑顔がぎこちないんだと思う。
「みゆきは何を考えているかわからない」
直美に言われた事がある。
本人は至って単純なんだが、そうは思ってくれない。
「怒ってるの?」
「眠たいの?」
「何かあったの?」
この3つはだいたい言われる。
兄もきっとそうなんだろうな。
「みゆきちゃん、スマイルスマイル😄怖いよ😅」
「ははは😅」
「笑顔の人間には幸せが来るんだって😄根拠はないけどさ(笑)みゆきちゃんの笑顔は可愛いんだから、笑顔になって幸せになろうぜ👍ねっ🎵」
香織さんはそういえば、いつも笑顔だな。
明るいし優しいし、気さくだし。
怒ると怖いけど。
笑顔か。
心の底から笑った事って…ないかも。
「私は中卒のバカだけどさ、バカはバカなりに頑張ってるんだ😄中学もロクに通ってないから漢字読めないし計算も出来ないけど、勇樹のママとして恥ずかしくない人間になりたくてね」
香織さんは中学を卒業してからアルバイトでコンビニで働いていた。
頑張りが認められて、アルバイトながら昼間の責任者になり、シフト作成なんかも任された。
努力の賜物である。
結婚、出産でコンビニは辞めたが店長からは「またいつでも戻って来て下さい」と言ってくれたらしい。
こんな香織さんの事を、誰もバカになんてしないよ。
素敵なママだよ✨
兄もいい奥さんもらって幸せ者だ。
ただやはり、母親に対しては少し距離がある。
そりゃそうだ。
私や兄は母親だから仕方ないけど、実の母親でさえ余り関わりたくないと思うんだから、他人なら尚更だ。
父親も母親の何処が良くて一緒にいるのか理解し難い。
香織さんとの楽しいお昼も食べて、香織さんにアパートまで送ってもらった。
帰って来てから鏡の前で笑ってみた。
ニッ😁
…変な顔😅
笑顔の練習。
やっぱりひきつる。
顔の筋肉が言う事を聞かない。
またニッ😁
端からみたらおかしな人だが、誰もいないから目一杯笑顔の練習をする。
顎の筋肉が痛くなってきたため止めた。
目が笑っていないため怖い。
営業先の人も、良くこんな怖い顔の私にキレたりしないな。
私なら「バカにしてるのか⁉」と思うかもしれない。
その時に母親から電話が来た。
「金貸して」
傷病中でまともに給料がもらえないと知ってるのに…貸しても返って来ないし、働いてなくても金は出てく。
「ないよ」
「2万でいいから」
「だからないって」
「貯金から出せばいいでしょ」
「金を貸して欲しい理由は?」
「美容室に行きたいんだよ」
「別に美容室に行かなくても死なないから貸せない」
「娘なら親が困っていたら助けるもんだろ⁉💢」
「あんたは娘が入院している時に何か助けてくれたか?」
「いいから金貸せよ💢」
「嫌だ」
あぁ…こんな母親、本当にいらない。
武田くんの車が来た。
全ての手続きは武田くんがしてくれた。
車もピカピカにしてくれた。
オイル交換もしてくれた。
武田くんにオーディオの使い方や給油口を開ける場所等を聞き、武田くんを助手席に乗せて運転してみる。
思っていた以上に運転しやすい。
だいぶ慣れて来た。
武田くんを自宅まで送る。
既に直美と一緒に暮らしていたため、直美にも挨拶したかったが用事があり留守だった。
しばらく慣れるために運転する。
いい車を譲ってもらった😄
母親に言うとまた足代わりに使われると思い、しばらくは黙っていた。
母親は一応免許はあるが、ペーパードライバーのため運転する事を恐れる。
傷病期間も終わり、職場に復帰した。
しばらく振りの会社。
すっかりご無沙汰していた会社だが、何の変わりもなかったが私が休んでいた間に新入社員が入って来た。
名前は矢崎さんという男性。
私と同じ年だった。
私が定時制で通っていた高校の全日制で通っていた。
全日制は市内で一番の進学校。
有名大学を卒業したらしい。
頭はいいみたいだが、何か鼻につく言い方をする。
「藤村さんって年いくつですか?」
「同じみたいですよ」
「何だ…タメか、気を使って損した」
それから「定時制の人と同じ職場か…俺も落ちぶれたもんだな」だの「タメに色々教えられたくねー」だの文句を言うため、私からは何も言わなくなった。
他の人にも「何処の大学出身ですか?」と聞き高卒ならば「何だ高卒か」と言ったりする。
「僕は有名大学を出たから偉い」
そう思っている様だ。
しかし父親が警察官である直美には腰が低い。
どうやら仕事や学歴で人を見るらしい。
そんな矢崎さんが会社に馴染める訳がなく、半年で辞めた。
「あの人は何処に行ってもダメだわ」
辞めてから皆にこう言われてしまった。
色んな人がいるもんだ。
高校を卒業してから永年勤務していた会社が倒産するとは、夢にも思わなかった。
確かに、倒産する1年前くらいからおかしいと思う事はあった。
あれだけ出張という名目で散々旅行に行っていた専務や常務も旅行の回数が一気に減り、残業代もなくなり倒産する年のボーナスはなくなった。
社用車もなくなり、営業には自分の車を使わなくてはならないが燃料代は自腹。
更に「経費削減」とうるさくなった。
そして倒産。
不景気のあおりを受けたのもあるが、社長家族が会社のお金を私物化していたのも倒産した理由に含まれる。
再就職するにも、なかなか仕事が決まらずに大変な人もいた。
特に部長。
年齢も50代。
頭を抱えていた。
まだ若い人達は、さほど苦労はしなかったみたいだが私の様に中途半端な年代は就職も大変だ。
面接に行き思ったのは「資格」は重要だということ。
「経験」はあるが「資格」はない。
やはり資格を持っている人には敵わない。
色々面接に行った。
しかし、ことごとく落とされる。
そこで社員にこだわらずにアルバイトで探したらラブホテルを見つけた。
時給が高かったのが一番の理由だが、ラブホテルの裏側にも興味があった。
数えるくらいしかラブホテルは利用した事はないが、どんな仕事なのだろうか?とは思っていた。
だいたいの人は「ラブホテルに勤務してます」というと興味半分で色々と聞かれる。
営業妨害になるかもしれないが、衛生上は余り良くない。
ホテルによって違うと思うが、お風呂掃除にはお客さんが体を拭いたタオルで水滴を拭く。
もちろん洗濯はするが、雑巾も一緒に洗う。
ブラシは使い回し。
一応、髪の毛は一本残らず取り消毒液の中には入れるが、誰が使ったかわからないブラシをまた袋に入れてセットする。
コップ類は使用したらもちろん洗うが、いちいち部屋から出したりしない。
部屋の洗面所で洗い、トイレ掃除をしている間に蛇口から熱湯を出しておく。
消毒も兼ねているが、その方が水滴が残らない。
出来れば使用済みのゴムはティッシュに包んで捨てて頂けると有難い。
たまにそのまま捨ててあるが、1年経った今も使用済みのゴムを直接掴むのは抵抗がある。
あと、たまにあるのがお風呂の排水口の網に茶色い物体がある事がある。
これが一番処理に困る。
何故トイレではなくお風呂の排水口にあるのかは疑問だが、これと嘔吐の処理が一番辛い。
あと、食べ物や飲み物の持ち込みは全然構わないのだが、何故か多いのがピザとお寿司。
この2つはダントツだ。
あと、腕時計とピアスとネックレス等の装飾品の忘れ物が多い。
お帰りの際は、今一度確認をして頂きたい。
たまに備品を壊しても黙ったままのお客さんがいる。
コップを割ってしまったりお皿を割ってしまったりしても請求は一切しない。
私達も掃除の途中に割ってしまう事もある。
割ってしまった時はフロントまで一報を頂きたい。
滞在中は別のコップをお持ちするし、そう言った時は掃除道具も変わるからだ。
以前、何も知らずに掃除に入り欠片がグッサリと足に刺さった事がある。
今日も仕事だったが、お風呂にお湯が入りっぱなしのお客さんが多かった😢
お湯は抜いていって頂けると本当に有難い。
掃除する立場の人間の愚痴なので「そうなんだー」程度で聞き流して頂ければ…
m(__)m
余談だが、今日のお客さん。
ヘルス嬢を呼ぶつもりだったんだろう。
男性一人で部屋に入った。
しかし女の子がいなかったのか、来るのが遅くしびれを切らしたのか帰ってしまった。
掃除で部屋に入ると、ゴムが尋常じゃない大きさに膨らませて置いてあった。
思わず今日のメンバーだったゆうちゃんと純子さんと3人で笑ってしまった。
余程暇とみえて、膨らませたゴムが3個あった。
かなりの肺活量がある男性だった様だ。
ラブホテルは勤務してみないと知らなかった事が色々ある。
普通のビジネスホテルも多分一緒だと思うが「前に利用していたお客さんの形跡を残さない」
だから髪の毛一本落ちているのも許されない。
服にガムテープをくっつけて、毛が落ちていたらガムテープにくっつけて取る。
お風呂の水滴も残す事は許されない。
たまに見落として不備があると、フロント専属のおばちゃんに叱られたり、お客さんからのクレームになる。
だからしっかりと短時間で確認しなくてはならないため、ハードな仕事ではあるがダイエットにはいい仕事である。
汗だくになりながら動くため、変に間食をしなければだいたい痩せるし、筋肉もつく。
私も3キロ痩せた。
少し体も締まった気がする。
しかし帰って来てからのお酒が良くないのか、最近また太って来た。
今更なのだが、私は身長はそれなりにある。
ヒールを履いたら170センチはゆうに越える。
バイト先で一番背が高いため、電球の交換には真っ先に使われる。
もう少し小さくても良かった。
倒産した会社でもそうだった。
いつもヒールを履いていたため、男性社員と目線が一緒になる人が多かった。
気にする人はちょっと離れて歩いたり、ヒールではなく普通の靴を履いていた。
直美が157センチと女性では一番丁度良い身長で羨ましかった。
直美は直美で「みゆきは背があるから羨ましい」と言っていた。
お互い無い物ねだりである。
明日香ちゃんは150センチないくらい。
私とは頭一つ分くらいの違いがあった。
ちなみに兄は185センチある。
まるでチョモランマだ。
フロント専門で和子さんという50代後半のおばちゃんがいる。
30代で旦那さんを病気で亡くし、2人の子供を女手一つで育て上げた。
長男は結婚し、孫も出来たと喜んでいた。
少し口が悪く気分屋なところはあるが、別に悪い人ではない。
ただ最近腰を痛めたらしく階段の昇り降りが辛そうだ。
「若い頃はこんな痛みは我慢出来たけど、年をとるとダメだねぇ…でも働かなきゃ食ってけないし、頑張らないとね」
最近良く言う言葉だ。
「私はみゆきちゃんくらいの時に旦那が白血病で亡くなってね…まだ小さかった子供らのためにも頑張らなきゃならないと思ってがむしゃらだったよ…気がつきゃ、子供らも大きくなって今では父親やってるんだからなぁ」
孫が誕生した時は勤務中だったが、連絡が入り「悪いけど交代してもらえる?」と言って一目散に病院に向かった。
翌日、孫の写真を見せてもらった。
嬉しそうにしている和子さん。
和子さんは母親と同じ年。
色々話を聞いていると…母親と同じ中学校だという事がわかった。
「藤村恭子って知ってますか?」
聞いてみた。
「藤村…?」
しばらく考えていたが「あぁー藤村恭子ちゃんね😄同じクラスだったな‼」
世の中狭いなと実感した。
「私の母親なんです…」
「あらまぁ~娘さんだったの⁉」
「はい😅」
「彼女、若い頃は男子からモテてたのよ😄目がぱっちりしていて綺麗な子でね😄」
「どうやら似なかったみたいです😅」
学生時代の母親の事を聞いてみた。
和子さんと母親は、特に親しいという訳ではなかった。
母親はいつも一人でいる、地味な子だったらしい。
ただ可愛かったため、男子からは人気があった。
いつもボロボロのカバンや靴でいたため「家が貧乏なのかな?」くらいにしか思わなかった。
成績は良くクラスのトップ10には必ず名前があった。
中学校を卒業してからは一切会ってないし連絡もしていないから、それからどうなったのかは知らないと言っていた。
そうなんだ。
母親は地味だが頭は良く、男子からはモテてたのか。
「お母さんは元気なの?」
「あの、今は癌を患いまして入院しています」
「あらそうなの…手術はしたの?」
「はい、手術は終わり転移はしていないみたいなので多分もうじき退院は出来ると思います」
「大変だね…大事にね」
「ありがとうございます」
少しでも母親の話が聞けた。
きっと母親は、根は真面目で優しい人なんだろうな。
和子さんの話では「学校内に迷い込んで来た憔悴した子猫を真っ先に駆け寄って助けてあげてた」と言っていた。
今の母親からは想像が出来ない。
中学時代のままなら、きっと素敵な母親になっていただろう。
母親は動物は好きだ。
特に猫が好きらしく、猫が近くにいると必ず「おいで」ポーズをとる。
猫は可愛いが、私は猫アレルギーのため近寄れない。
母親は一応は猫アレルギーの私に気を使ってくれていたらしい。
猫を触った手で絶対私を触らなかった。
近くに連れて来なかった。
ぬいぐるみは平気だからと猫のぬいぐるみを家に置いてあった。
本当は猫を飼いたかったんだろうが我慢していた。
私が猫アレルギーじゃなければ良かったね。
母親よ…ごめん。
鼻水と涙とくしゃみが止まらなくなるの。
これが辛い💧
不思議と猫以外は平気なんだけどね。
私がまだ小学生だった時に一度だけ、母親の継母に会った事がある。
学校から帰ると、うちのマンションの前に派手なおばさんが立っていた。
「あんたが恭子の娘か?」
「…誰?」
「恭子の娘は挨拶も出来ないのか?」
そういうあんたは誰なんだ?
心の中で呟く。
「お母さんは?」
「誰ですか?」
「松美と言えばわかるよ」
「松美…ばあちゃん?」
継母の名前だけは知っていた。
「他人の子供に気安くばあちゃんなんて呼ばれたくないね、いいからお母さん呼んでちょうだい‼」
「お母さんは今日は帰って来ないよ」
「そんな訳ないだろうよ」
その時に兄も学校から帰宅した。
派手なおばさんが私に話しかけているため「あんた誰だ?」と言いながら私の前に出て庇ってくれた。
「あんたは恭子の息子?」
「母親に何の用だ?」
「子供には関係ない‼母親を呼べ💢」
「いないよ」
「そんな訳ないだろ💢」
「おばさん、しつこい💢いないったらいない‼帰れ‼」
派手なおばさんは眉間にシワを寄せて私達兄弟を睨み付けて帰って行った。
「兄ちゃん、あの人「松美」って言ってたよ」
「松美?…ふぅーん」
そう言いながら兄は部屋の鍵を開けた。
母親に何の用事があったのかはこの時は知らなかった。
後日、母親が酔っ払った時に松美ばあちゃんが家に来た理由を知る。
この時、母親の腹違いの一番下の弟が大学を卒業したが就職が決まらなかった。
そこで父親の会社に弟をコネで就職させたかった。
父親の会社は市内ではまずまず知られている会社。
地元では知名度が高いため父親の会社に就職させれば継母も鼻は高い。
そこで母親に「あんたは姉だろ?」と言ってコネを利用したかったが母親が断った。
「二度と来るな💢」
継母に塩をまいて怒鳴った。
「あんたとあんたの子供らには二度と会いたくない‼私はあんた達を一生許さない」
そう言ってドアを閉めた。
それから今まで一度も会っていないし、生きているのかどうかなのも知らない。
先日、亜希子ちゃんの結婚式があり招待された。
小さな結婚式だったが、とてもあたたかい素晴らしい結婚式だった。
亜希子ちゃんお母さんは、結婚式が始まった当初から号泣。
やっと泣き止んだと思ったら、亜希子ちゃんの手紙でまた号泣。
妹さんがずっと泣いているお母さんに寄り添っていた。
亜希子ちゃんの友人席には高校時代の友人が何人かいて、ちょっとした同窓会になった。
その中に桑原くんがいた。
桑原くんは亜希子ちゃんとは保育園から高校までずっと一緒の幼なじみ。
母親同士が親友なんだとか。
すごく真面目で口数は少ないが、話し掛けると会話して来る。
実は高校時代、桑原くんの事がちょっと好きだった。
最初の彼氏と別れてから落ち込んでいた時に、珍しく桑原くんから「元気ないね」と話し掛けて来てくれた。
他愛もない話をしているうちに、その優しさにキュン💓ときた。
叶わぬ恋ではあったが、高校時代の良き思い出である。
桑原くんとは成人式で会って以来だから、10数年振りになる。
かけていなかった眼鏡をかけている以外は、何にも変わらなかった。
しかし、桑原くんから見た私は変わったらしく「最初誰かわからなかったよ😅」と言っていた。
「化粧だよ、きっと」
「女性って怖いね(笑)」
笑顔も変わらない。
桑原くんは今は独身。
一度結婚したが、一年半で離婚したらしい。
子供はいなかった。
離婚理由までは聞かなかったが、離婚は相当大変だった様だ。
桑原くんとアドレス交換をする。
「今度、暇が合えば飯でも行こう😄」
「そうだね😄」
何か懐かしい顔ぶれに、高校時代に戻った気がして楽しかった。
つい飲みすぎて翌日二日酔い💧
仕事が休みで良かった😅
香織さんのおじいちゃんが亡くなった。
お葬式の間、兄夫婦のアパートで勇樹くんとゆめちゃんを見る事になった。
じっとしている事がない勇樹くんとゆめちゃん。
おもちゃの奪い合いで喧嘩。
ゆめちゃんは何でも「いやいや」で言う事を聞かない。
何度怒っただろうか?
ゆめちゃんはまだトイレがうまく出来ないため、トイレも一緒に行く。
育児って本当に大変😞
おやつの時だけはおとなしい(笑)
天気もいいし、近所の公園に散歩しに行った。
ゆめちゃんは靴を嫌がり、靴を履かせるだけで一苦労した。
近所の公園では兄弟仲良く滑り台を滑ったりブランコに乗ったりと楽しそうにしていた。
その間に公園の中に灰皿を見つけて、子供達の目が届く範囲で一服していた。
タバコの火を消すのに一瞬目を離したその時、突然ゆめちゃんが泣き出した。
慌てて見ると、ゆめちゃんが滑り台の階段を踏み外して落ちてしまった。
幸い打撲で済んだが、心臓が止まるかと思った。
ゆめちゃんが「みーたん、みーたん」と言いながら私のところに来た。
「みーたん、はい😄」と言って差し出されたのが、犬の様な形をした手のひらサイズの石だった。
「ワンワンみたいだね😄可愛いね😄」
「うん、ワンワン😄」
無邪気な笑顔に思わず抱き締めた。
愛情いっぱいで育っている勇樹くんとゆめちゃんは、やんちゃだけど優しくて笑顔で、一緒にいるこっちが元気になる。
勇樹くんが「みゆきちゃん‼おしっこしたい😫」と股間をおさえながら走って来た。
「おしっこ⁉トイレこっちだよ」
ゆめちゃんを抱き抱えてトイレに走った。
それからもしばらく公園で遊んでいたが、家に帰ると疲れたのか2人共眠りについた。
私も慣れない子守りに疲れてしまい、いつの間にか眠っていた様だ。
携帯の着信音で目が覚めた。
兄からだった。
無事にお葬式が終わり帰るとの事。
一緒に晩御飯どうだ?と言われて即答で「食べる」と答える。
近所のファミレスで晩御飯を食べた。
疲れたが楽しい1日だった。
毎日毎日、子供達と奮闘する世のお父さんお母さん達。
尊敬します。
つい先日、珍しく父親から連絡が来た。
母親はまだ癌で入院中。
「ちょっとみゆきに話があるんだ…今度の休みはいつだ?」
「明後日休みだけど」
「何か予定はあったか?」
「午前中は無理だけど、午後からなら別に何もないけど?」
前日は夜中まで仕事のため、午前中はゆっくりしたかった。
明後日の夕方から会う約束をし電話を切った。
当日。
父親との待ち合わせ場所である高そうな料亭に着いた。
父親は既に店にいた。
着物を来た女性に個室に案内された。
そこには食べた事もない、高級料理が並べられていた。
最近手抜きでカップラーメンとか納豆ご飯とかで間に合わせてる私には、想像出来ない様なご馳走だ。
「こんな高そうな店、良く来るの?」
「何度か」
多分、接待か何かで使うのだろう。
「話の前にまずはご飯食べようか😄」
「頂きます」
カニなんて何年振りだろうか?
カニは好きだが剥くのが面倒くさい。
しかし父親は手慣れた感じでカニを剥いては口に運ぶ。
何故かカニを食べている時は無言になる。
遠くから有線なのか、琴の音色の正月に良く聞く様な音楽が流れる。
カニ以外にもお刺身や色んな小鉢に目にも楽しめる色鮮やかな料理が並ぶ。
もう多分、宝くじにでも当たらない限りこんなご馳走は食べられないと思い、食べる前に携帯のカメラにおさめて保存した。
高級過ぎて、お腹を壊さないか心配である。
お腹もいっぱいになった。
飾りで付いていた笹の葉以外は全て完食。
父親も喫煙者であるため、一緒に一服をする。
食事中は他愛もない話や母親の病状についての話をする。
「さて、みゆき。お腹も膨らんだし一服もしたし、本題に入るかな?」
「そうだね」
そう言うと、父親はあぐらから正座に座り直した。
私もそれを見て、崩していた足を正座に直した。
そして父親は私を真っ直ぐ見つめて話し始めた。
「みゆき、私は美和と別れて恭子と一緒になりたいと思っている」
「はっ?」
「もう美和には疲れた…それに比べれば恭子は一緒にいて飽きる事がないんだ、恭子が癌になりこうして入院し闘病している姿を見ると、私が守ってあげなきゃいけないと思ってね」
何だそりゃ。
寺崎美和がそうなったのは父親よ、あんたのせいでもあるんじゃないのか?
本妻の立場なら、自分の旦那が他に女を作りしかも2人も子供を生ませて何十年も養っている。
この状況で平常心でいられる妻っているのか?
母親は、あんたに捨てられたくなくて金をかけて外見を磨いているし、子供よりあんたを優先してきたからそう思うんだよ。
父親は母親よりいくらかまともだと思ったが、そんなに変わらない様だ。
まだ父親の話は続く。
「美和との子供らも独立したし、長男は会社を継ぐと宅建の資格も取り別の会社で修行中だ。来年には息子に任せて隠居も考えている。そしたら恭子とずっと一緒にいれるから、退院後のフォローは私が出来る」
あぁ…父親は何にもわかっていないらしい。
「別にいいんじゃない?反対する理由は何にもないし」
「そうか😄みゆきには苦労をかけてしまったが、いい娘に育ってくれて安心したよ」
「…」
まぁ、この父親に何を言ってもわからないだろうな。
親子には変わりないが、私ももう30代。
自分の事は自分で出来るしある程度の判別もつくと思っているが、あなた達の考えはこの年になっても理解出来ない。
「本妻には話してあるの?」
「まだ」
「すぐに離婚届けを書いてくれるとは思わないけど?」
「それは承知してるよ。何とかなるさ」
父親よ、そんなんで良く社長やっているな。
「恭子と結婚したら、みゆきは藤村から寺崎に名前が変わるんだな…寺崎みゆきか。悪くないな😄」
Σ( ̄□ ̄;)
そうだ…そうだよね。
母親が入籍するという事は、まだ嫁いでいない私も名字変わるんだよね。
言われるまで気付かなかった💧
この年で名字が変わるって誰しもが「結婚」だと思うよね。
今更「寺崎」になるのも面倒くさいな💧
私自身の結婚で名字が変わるのと、母親の結婚で名字が変わるのと全然違う。
いくつになっても親に振り回されるのか😞
父親の話はまだ続いた。
「恭子と入籍をしたら、みゆきにお願いがあるんだ」
「お願い?何?」
「寺崎になったら、今の仕事は即辞めて欲しい」
「どうして?」
「寺崎グループの社長の娘がラブホテルにアルバイトで勤務してるなんて恥ずかしいだろう。まともな仕事に就きなさい」
要は世間体か。
「嫌だ」
「何故だ?ラブホテル勤務なんて堂々と言えるのか?」
「言えるけど?別に疚しい訳でも悪い事をしている訳でも何でもないし、何がそんなに恥ずかしいの?要はあれ?「社長の娘さんは仕事は何をされてるんですか?」って聞かれた時に「ラブホテルでアルバイトしてる」って言うのが恥ずかしいんでしょ?」
「そうじゃない…」
「じゃあ何⁉私はラブホテルの社長に拾ってくれたから今の生活があるし、確かに仕事はハードだけど楽しい職場だし辞める理由が見付からない。世間体だけで辞めろと言われても困る‼」
「みゆき‼父親の言う事を聞きなさい‼生活に困っているなら私が何とかしてやるし…そうだ、みゆき。うちの会社に来ないか?みゆきなら即課長待遇だ」
「絶対嫌だ」
「何故だ💢今の生活よりは楽になるんだぞ?」
知識も経験もないド素人が「社長の娘」というだけでいきなり課長なんかになったら風当たりが強すぎるし従業員は嫌だろう。
余計な気を使わなきゃならないし、余計な事は言えない。
確かにお金はあって困るものではないが、今の生活が丁度良い。
貯金はなかなか難しいが借金も特にない。
人並みに生活は出来てるし、衣食住も特に困っていない。
今のままの生活が一番いい。
父親よ、お金だけじゃないんだよ。
「今の仕事は辞めないし、今の生活のままがいい。反対するなら母親との入籍も反対する」
「みゆき‼」
この年になって初めて父親に怒鳴られた。
「お前は何もわかっていない‼いいか?お前は私の唯一の娘だ…娘の幸せを願わない親がいるのか?みゆきには幸せになってもらいたいんだよ」
「…」
「だからそんなラブホテルなんて辞めなさい‼うちの会社で働きなさい‼」
「絶対嫌だ‼」
「みゆき‼」
「あんたに私の人生をとやかく言われたくないんだよ💢何が父親だ‼父親らしい事、何かしたのか?物を買ってくれるだけが父親じゃないんだよ💢今更、父親ヅラしてんじゃないよ‼」
「みゆき…」
「私は小さい頃、休みの日は家族で動物園に行ったり、ピクニックしたり、旅行に行ったって話を聞いて友達がすごく羨ましかった。あんたは近所の公園にすら連れてってもくれず、誕生日も入学式も卒業式もプレゼントと得意の「これで何か食べなさい」とお金だけよこして母親と消えたよな?家族での思い出が何一つないんだよ…何故母親とは旅行や食事に行くのに、私や兄ちゃんはいつも留守番だったんだ?」
「…」
黙る父親。
「で、今更父親だって威張られてもうるさいだけ💢私は今の職場を辞める気はないし、あんたの会社にも行く気はない‼母親と結婚も勝手にしたきゃしなよ。」
私は一気に喋った。
「みゆき…悪かった…」
「父親って、一家の大黒柱として家族のために働いて、子供の面倒を見て、たまには家族でご飯を食べに行ったり旅行に行ったり、たくさんの愛情と思い出を作ってくれる。時には優しく、時には厳しく子供のために叱ってくれる。
父親ってそうなんじゃないの?あんたは戸籍だけ。
私から見たら、ただの盛りのついたおっさん」
黙る父親。
今までの色んな思いが爆発してしまった。
小さい頃は、父親に甘えたい時もあった。
でも、甘えると母親の冷たい視線が気になり甘える事も出来なかった。
一度も一緒に寝たりお風呂に入ってくれる事はなかったね。
「お父さんの絵」を書いてもニコニコして「みゆきは絵が上手だね」と言って誉めてくれただけで、翌日にはゴミ箱に捨ててあったね。
忘れもしないのが兄が小学校卒業の日。
卒業式には出ないで、母親とデートに行き夜に酔っ払って帰って来たね。
母親といちゃつきながら「隆太、卒業おめでとう」と言いながらそのまま母親の寝室に消えて、ドアを半開きにした状態でセックスしてたね。
あの時の兄の悔しそうな顔は知ってるの?
他の友達はきっと家族でご飯を囲んでお祝いをしていたんだろう。
なのにうちの両親はさかりつき、子供のお祝いは二の次。
兄弟でカップラーメンすすってたんだよ?
父親なら子供のお祝い事の時くらい、何故一緒にいてくれなかった?
決まってお祝いの時はいなかったね。
お金だけもらっても嬉しくないよ。
両親が恋しい時期はいてくれず、今更になり父親ヅラされる。
あんたは社長としたら出来る人間なんだろう。
だから一代でここまでの企業に成長した。
しかし父親としては最低だよ。
でも…強く言えないんだ。
所詮は「愛人の子」だから。
寺崎美和との子供は3人共大学を出て、何不自由なく成人した。
きっとお祝い事の時は家族でご馳走を囲んで楽しく祝っていただろう。
ひがみなんだ。
寂しかったんだ。
私も兄も愛人の子だから我慢していたんだ。
でも…一回くらいは家族4人で祝って欲しかった。
ごめん…わがままだよね。
「ごめん…言い過ぎた」
父親に謝る。
「いや…いいんだ。こっちこそ何もしてやれなくて」
「ごめん…今日は帰るわ」
「…そうか」
父親を残して、先に個室を出た。
駐車場に停めてあった車に乗り込むと同時に、何かがプチンと切れた様に涙が止まらなかった。
何故こんなに涙が出るのかはわからない。
泣いて泣いて…。
落ち着いた頃には父親の車はなかった。
翌日の昼間、布団でゴロゴロしている時に寺崎美和から連絡が来た。
父親の携帯電話から私の番号を見つけたらしい。
「ご無沙汰してます。寺崎の家内の美和です」
「…こんにちは」
「今、少しお時間あるかしら?」
「はい…大丈夫です」
「早速なんだけど、今朝主人から「離婚したい」と言われたわ」
「やっぱり…そうですか」
「…その返事はご存知だったみたいね」
「昨日、父に会ってそう言われました」
一瞬の沈黙の後に「あぁ…昨日の夜はあなたと会っていたのね…人と待ち合わせしてると言って外出したもんだから」
「そうですか」
「なら話は早いわ。あなたに協力して頂きたい事があるの」
「協力…ですか?」
「そう。電話じゃあれだから会って頂けないかしら?」
「はぁ…でも、夜は仕事ですけど」
「長くはならないわ」
「仕事までに終わるなら大丈夫ですけど」
「1時に待ち合わせ出来る?」
ふと時計を見ると12時前。
これから急いで支度をすれば何とか間に合う。
寺崎美和から待ち合わせの喫茶店を聞き、支度をして車に乗り込んだ。
車内で一服しながら好きなFMラジオの番組を聞いていた。
ちょうど12星座のランキングをやっていた。
私の星座は6位だった。
微妙だなと思いつつアドバイスを聞いた。
「感情のコントロールが大切‼イラっときても明るく笑顔で過ごしてね😄ラッキーカラーはグレー⤴😄」
感情のコントロールか…。
難しいが…偶然にも今日のラッキーカラーであるグレーの服を着ている。
寺崎美和とは、大福を母親の口に無理矢理突っ込まれたあの出来事があった時以来だ。
あの目力に耐えられるか心配だが、自分に気合いを入れて待ち合わせ場所に着いた。
以前、この喫茶店に来た事がある。
倒産した会社に勤務していた時に、営業先に行く前に時間もあるし一服していこうと思い入った。
ここのコーヒーは美味しいと記憶している。
レトロな雰囲気の喫茶店。
「いらっしゃいませ」
マスターと思われる中年の男性がカウンターから声を掛けた。
その時に一番端のボックス席にいる寺崎美和が視界に入った。
「待ち合わせです」
マスターと思われる男性に伝えると笑顔で頷いた。
私に気付いた寺崎美和が軽く手を上げた。
私はペコリと軽くお辞儀をし、寺崎美和の向かいに座った。
「ご注文は」
「コーヒーで」
「かしこまりました」
男性の奥さんと思われる中年の女性が笑顔で注文をとりに来た。
「わざわざすみませんでしたね」
寺崎美和が話す。
「いえ」
顔は笑っているが目が笑っていない。
やっぱり怖い…この目力。
コーヒーが来て一口飲んだ。
「では、早速」
そう言って寺崎美和は紙をカバンから取り出した。
その紙には約款みたいな事が書いてあった。
甲、寺崎英雄は乙、寺崎美和に慰謝料として一括で五千万を支払う事。
甲は乙に慰謝料の他に生活費として毎月五拾万円を終身支払う事。
甲が所有するマンションの家賃収入等売上金の半分を乙に支払う事。
甲の私的財産は全て乙に譲渡する事。
――――――――
全て金の話しじゃないか。
「離婚と言われた時に寺崎に渡そうと思って、弁護士の先生にお願いして作成してもらったのよ。この条件全てを寺崎が約束してくれるなら、今すぐ離婚してもいいわ。さすがに弁護士の先生も「無茶苦茶ですね」と言っていたけどね」
「…」
言葉が出てこなかった。
「これでも妥協したのよ?私の最後の愛情ね」
「…これ、父親が納得しますかね?」
「納得も何も、離婚と言ってきたのは寺崎の方よ?この条件を飲んでくれなければ離婚はしないわ。今まで何十年と我慢してきたんですから、これくらい可愛いもんじゃない」
そして、もう一枚の約款をカバンから取り出した。
上記の約款に不服がある場合、異議申し立てが出来る。
尚、以下の条件は上記の条件が不履行になった場合のみ成立する。
甲は今後一切、藤村恭子との面会及び電話連絡等はしない。
もし、今後面会及び電話連絡等をした時点で甲は乙に五千万の慰謝料請求が出来る。
甲は乙に慰謝料として弐百万円支払う。
――――――――
「2百万は慰謝料としては妥当な金額なのよ、寺崎はどっちを選ぶでしょうね」
「…」
要は離婚するなら、父親からお金をあるだけもらい、離婚しないなら母親との縁を切ろって事か。
父親にとっては難しい選択だろうが仕方がない事だ。
更に寺崎美和は続ける。
「あなたに協力というのは、あなたが寺崎の不倫相手の娘であって、寺崎の不倫は本当だという事を証明して欲しいのよ」
「一応、認知してくれているので戸籍をとればわかるかと思うんですが…」
「そうじゃないの。寺崎は多分簡単には条件は飲まないと思うの。裁判になると思うわ。それであなたが証人になって欲しいの…お礼はするわ」
何だか大変な事に巻き込まれてしまいそうだ。
「費用は私が支払うのでDNA鑑定を受けて欲しいの」
「DNA鑑定…ですか?」
「そう、DNA鑑定だと親子だという証拠がはっきりするでしょ?裁判の時に少しでも有利になるのよ」
「はぁ…」
「それで申し訳ないんだけど、鑑定を受ける同意書に名前と住所と生年月日を書いて欲しいの」
「…印鑑持って来てないですけど」
「そう、私も言い忘れてたからね…じゃあ持ち帰っていいから明日までに書いてきて頂けるかしら?」
ここで断れば、喫茶店にいる人達に迷惑がかかる様な大きな声で怒鳴り、騒ぎ出すのが安易に想像出来た。
それも困る。
この用紙を持ち帰れば、とりあえず明日まで考える時間が出来る。
「わかりました、明日までに書いておきます」
「頼むわね、明日また1時にこの喫茶店で待ち合わせでいいかしら?」
「わかりました」
「呼んだのは私だから、コーヒー代は私が支払うわ。では明日、よろしく頼むわね」
「すみません、ご馳走様です」
私は寺崎美和に軽く頭を下げて、喫茶店を後にした。
まだ出勤するまで時間があった。
急いで自宅に帰り、兄に相談してみる事にした。
平日だから仕事中だと思うけど…時間がない。
兄の携帯に電話を掛けるが留守電になった。
「兄ちゃん?みゆきです。ちょっと兄ちゃんに話があって…もし夕方までに少しでも時間があれば電話下さい」
留守電に吹き込んだ。
10分後、兄から着信があった。
「おう、みゆき、悪かったな電話に出られなくて…何かあったか?」
「今って時間ある?」
「休憩に入ったばかりだから少しならあるぞ?」
「あのさ、今さっき父親の本妻寺崎美和に呼び出されて…」
今までの事を全て兄に話をした。
兄は黙って聞いていた。
すると兄は「今、ちょっと時間作るから俺の会社の近くに来れるか?」
「わかった」
私は用紙を持って兄の勤務先である自動車整備工場へと車を走らせた。
「着いた」
兄の携帯にメールを入れる。
兄はすぐに作業着姿で会社から出てきた。
「オイル臭いが我慢してくれ」
「別に気にしないから」
兄を助手席に乗せて、兄の会社のすぐ近くにある公園の駐車場に車を停めた。
兄は作業着のポケットからコーラを2本取り出した。
「飲むか?」
「ありがとう」
コーラをもらって一口飲む。
久し振りに飲むコーラ。
たまに飲むと美味しい。
兄もコーラを飲むとタバコに火を点けた。
「みゆきはこれから仕事なんだろ?」
「そう、あと1時間くらいしか時間ないけど」
「そうか、俺も余り長い時間は無理だから早速…あの女に関わるのは止めておけ」
「寺崎美和の事?」
「そうだ、あの女はヤバい」
「ヤバい?」
兄の話をまとめるとこうだ。
寺崎美和は兄のところにも何度か訪ねていた。
自分の息子達以外に「息子」がいるのが、どうしても許せなかったらしい。
理由は父親の遺産がわずかでも兄に渡る可能性がある事が面白くなかった。
そこで寺崎美和が兄に「遺産相続は拒否する書類を書いて欲しい」と用紙を持って来た。
兄は父親の遺産は全く興味がなかったため、二つ返事で署名した。
それだけではおさまらず、今度は「生きていたらどんなに拒否をしても寺崎が渡すと言ったら困るから死んで欲しい」と言って来た。
「おばさん、俺はあんたみたいに金亡者じゃないから✋別に遺産なんかいらないし、俺を巻き込まないでくれ」
「所詮は愛人の子供、レベルも知れてる。あんたもあんたの嫁も中卒のバカ(笑)あんたらの子供のレベルもわかるわね」
この言葉で兄がキレた。
「確かに俺は愛人の息子で中学もロクに通ってないバカだけどよ、あんたに嫁や子供の事を悪く言われる筋合いはないんだよ💢おばさん、母親以上にあんたは終わってんな、遺産遺産ってうるせえんだよ💢そんなもんいらねーし‼俺が生きようが死のうが俺の人生、他人のあんたとやかく言われたくねーよ💢」
元ヤンキーの凄味に恐れを為したのか寺崎美和は逃げる様に帰った。
今度は寺崎美和は兄の会社に電話を掛けた。
「愛人の息子を良く雇ってますね」
社長は兄の家庭環境は知っていた。
だから話を聞いたところで驚かない。
「承知の上で雇っています。彼は出来る社員ですからそんなくだらない事で辞めてもらう理由にはなりません」
寺崎美和は兄の存在が面白くないが、兄にキレられ直接会えなくなったため、今度は勤務先の会社に連絡をしてクビにしてもらおうと思ったがそれもうまくいかなかった。
寺崎美和の中では、会社をクビになれば収入がなくなる。
そうなると父親のお金を目当てにするだろう。
しかし拒否という形にしておけば、兄一家が困る。
それを「所詮は愛人の息子、うちの可愛い息子達とはやっぱり出来が違う」と笑いたかったんだろう。
ただ優越感に浸りたかったのか、幼稚なやり方に思わず笑ってしまった。
「あの寺崎美和という女はただの金亡者だ、あんな女に関わっているとこっちまでおかしくなる。みゆきにそうして声を掛けるのは、人がいいみゆきを見透かしてるんだ。もし今回協力なんてしたら異常なまでにしつこいぞ?「あの子ならうまく利用出来る」なんて思われたら、お前自分で自分の首をしめる事になるぞ?あの女には関わるな、明日兄ちゃんも一緒に行ってやる、だから断れ」
そして兄は寺崎美和の子供の話をした。
「知ってるか?あの女の一番下の息子、有名大学を出たはいいが就職が決まらずニートやってるよ、人生初めての挫折で引きこもりさ」
だから、尚更兄を敵対視してるのか。
「親父の会社に情けで就職したが、全く仕事が出来ないクセに「俺は社長の息子だから」って威張り、社員から総すかんくらってまた引きこもり(笑)さすがの親父も「あいつはダメだ」とぼやいていたよ」
お金には何不自由なく育ち、何でも手に入りわがまま放題育った結果か。
苦労は知らない、頭を下げる事を知らない、何もしなくてもお金は入る。
何か嫌な事があればすぐ辞めて、楽な方ばかり。
確かにそれが一番楽だが、人間としてはダメになる気がする。
あの母親も「嫌なら辞めていいわよ」なんて言ってるのだろう。
金だけじゃないんだよ。
つくづくそう感じた。
明日は寺崎美和に何を言われても頑なに拒否しよう。
「俺そろそろヤバいから戻るわ」
私も帰って支度をしないといけない時間になった。
兄を送り、自宅に帰り着替えて仕事に向かった。
翌日、兄は仕事を早退してうちに来てくれた。
兄の車で待ち合わせの喫茶店に向かった。
少し緊張しつつも「兄ちゃんがいるなら大丈夫」と自分に言い聞かせながら、兄と一緒に店に入った。
「いらっしゃいませ」
昨日と同じ笑顔のマスターがカウンターから迎えてくれた。
「待ち合わせです」
昨日と同じ席にいた寺崎美和を見つけて、兄と一緒に席に向かった。
兄の姿を見ると、眉間にシワを寄せて「あなたに用はありませんが?」と強めの口調で話した。
「俺には用があったので妹と一緒に来ました」
その時に「ご注文は?」と笑顔で注文を取りに来た。
「コーヒーと…兄ちゃんは?」
「あっ、どうしようかな…俺もコーヒーでいいや」
「コーヒー2つですね😄かしこまりました😄」
感じよさそうな女性は注文を取ると足早に席を離れた。
「早速なんだけど、昨日のやつは書いて来て頂けたかしら?」
「その事なんですが…」
兄が返事をした。
「申し訳ないんですが、協力は出来ません」
「はっ?何を言ってるの?」
寺崎美和は驚いたのか目を見開いた。
「俺達兄弟はあなたの旦那は父親になるので父親の頼みなら聞きますが、あなたは赤の他人です。他人のあなたの頼みは聞けません」
「今更、何を言ってるの⁉あんたじゃ話しにならないわ…みゆきさん、あなたは話を聞いて下さるわよね?」
「すみません…」
「昨日と話が違うじゃない‼」
寺崎美和が叫ぶ。
その時に申し訳なさそうに「コーヒーをお持ちしました😅」と言って女性がコーヒーを届けに来た。
コーヒーを飲みながらしばらく無言の3人。
「…みゆきさん、私はあなたなら話をわかってもらえると信じてお話しをしました。この男は話が通じません。いても話す事もないし邪魔なだけです。お引き取り下さい」
「そういう訳にはいかないんだよ、おばさん。妹に金輪際関わらないで欲しい」
「約束はきちんと果たしてもらいます。DNA鑑定を受けて頂きます」
「おばさん、日本語わかるか?妹には金輪際関わらないで欲しい」
「みゆきさん、あなたのためでもあるのよ?さっ、ここに名前を書いて」
寺崎美和は兄の話を無視し、鑑定同意書にサインをさせようと必死だ。
私は用紙を見ながら寺崎美和に「一つ聞いてもいいですか?」と尋ねた。
「何かしら?」
「何故、そこまでしてお金が欲しいんでしょうか?」
「私は自分とお金しか信用しない。お金は裏切らない。生活していかなくてはならないしね」
「毎月いくらかかるんですか?」
「最低でも50万はかかるでしょう?」
「最低で50万⁉」
黙っていた兄も驚いたのか私と声が揃った。
「…何にそんなにかかるんですか?」
「何って…普通にかかるじゃない…」
金持ちの金銭感覚はわからない。
「まぁ、あなたみたいな人間はせいぜい稼いでも20万がいいとこかしら?」
寺崎美和は兄に小馬鹿にした様に言った。
「中卒は所詮その程度よね(笑)必死に頑張ったって大卒には負けるわ」
兄は黙って聞いていた。
「うちの息子達はあなたと違って一流大学を出て、立派に育ってくれたわ‼あなたみたいな息子がいなくて良かったわよ…やっぱり母親がちゃんとしてるとレベルも違うみたいね(笑)」
そう言って鼻で笑った。
すると兄が「そうですね、一流大学出てもニートしてる立派な息子さんがいてお母さんも鼻が高いでしょう。社長の息子でもレベルが違うんですね、やっぱり母親がこうだと息子も息子だ(笑)」
「何よ‼あなたみたいな人間に息子を悪く言われる筋合いはないわよ💢」
寺崎美和が叫んだ。
「悪くは言ってませんよ?事実を言ってるだけですが?」
兄はいたずらっ子の様な表情で寺崎美和を見た。
「俺は中卒ですが、どんな一流大学を出てもニートじゃねぇ…(笑)まだ俺の方が世間から見たらマシだと思いますよ?」
「明はとても素晴らしい子なの💢なのに、皆息子が一流大学を出てるから僻んでいるだけよ💢あの会社のバカ共はあんなに明をしかりつけて…明が可哀想じゃない‼だからあんな会社は辞めて正解‼もっと明に合った会社を見つけるまで休んでいるだけでニートじゃないわ💢」
あの会社とは最初に勤めた会社であると思われる。
母親がこれじゃ…息子の将来が見えた気がする。
「親思いの優しい子よ?未だに「ママ」って言ってなついてくれて…成績も優秀で大学では大学教授からも一目置かれていたんだから…」
どうでもいい息子の自慢話が始まってしまった。
兄が小声で「ただのマザコンじゃねーか⤵何がママだよ…気持ちわり😱」
兄は息子の自慢話を得意気にする寺崎美和の話しは全く聞いておらず、テーブルの下で香織さんにメールをしていた。
寺崎美和の自慢話も終わった。
すっかりコーヒーも冷めてしまった。
「じゃ、離婚したらその自慢の息子さんに面倒をみてもらって下さい😄俺達は関係ありませんから、もう二度と連絡して来ないで下さい。連絡してきた時点であなたの約款の内容を全て父親に話します。困るのはあなたでしょ?みゆき、帰るぞ」
そう言って兄は席を立った。
私も急いで席を立ち、コーヒー代で千円をテーブルの上に置いて逃げる様に兄の後を追いかけた。
寺崎美和は黙ったまま席に座っていた。
私だけなら兄みたいには言えなかった。
多少なり寺崎美和に同情があるからだ。
長年不倫されている辛い気持ちもわかる。
母親の存在が憎いのもわかる。
同じ女として。
でも…あんなやつでも母親だ。
長年愛人やってても憎くても、やっぱりいざとなれば母親の味方をしてしまう。
兄みたいにバッサリと割り切る事が出来ない。
変なところがお人好しである。
あくまでも私の勝手な想像だが、寺崎美和は最初はきっとこんな性格ではなかったんだと思う。
何処かで間違えてしまったのだろう。
私も彼女の立場になったら、きっともっともっと歪んでしまっているだろう。
我慢して我慢して…今の彼女がいるのだろう。
ちゃんとした年齢はわからないが、多分母親と同じ様な年齢だと思われる。
50代半ばから後半。
結婚してからのほとんどは母親・藤村恭子という存在に悩まされていた事になる。
きっと結婚した当初は希望や夢を持っていただろう。
それを母親という存在が全てぶち壊してしまった。
父親と寺崎美和はお見合い結婚だと聞いた事がある。
父親はまだ当時は社長とは言っても駆け出しで、会社もまだ小さな不動産屋だった。
最初は寺崎美和も事務員として働いていたらしいが、長男を妊娠してからは事務員を辞めて専業主婦になったらしい。
幸せなはずの結婚生活も、旦那の浮気ですぐに崩れてしまう。
寺崎美和の心労は計り知れない。
何故、妻がいるのに愛人を作るのだろうか。
父親は妻だけを愛し、家庭を大事にする事は出来なかったのだろうか。
だとしたら私はここにはいなかったのだが😅
たくさんのお金を使い、母親と2人の子供を養った父親。
世のお父さん達は、家庭を大事にして家族のために頑張っている方達がほとんどではないだろうか?
たまの楽しみで休みの日は趣味に没頭したり、家族サービスをしたり。
たまには隠れてエッチな動画を見たりする事もあるだろうが、このくらいならバレてもまだ笑って済ませる範囲だろう。
中には嫌がる奥様もいるだろうが、あくまでも私の中での話しなので、ここは流して頂きたい。
話しは変わるが、以前直美と「どこからが浮気になるのか?」という話をした事がある。
個人差はあると思うが、直美と私の意見は「私に罪悪感を感じた瞬間から」だった。
例えば、女性と1対1で食事に行っても何とも思わなければ全然🆗。
しかし、ちょっとでも「下心」が芽生えた時点でアウト。
芽生えた瞬間が=罪悪感
そういう話でまとまった。
罪悪感が芽生えるならまだいいが、全く悪いと思っていない人もいる。
父親がその代表だろう。
皆様はどうだろうか?
旦那様や彼氏の「ここからはダメ」という境界線はどこですか?
私の父親は全くの論外ですね⤵
でも父親は私の母親以外に「女」はいない。
ある意味一途だが、その目を是非妻である寺崎美和に向けて欲しかった。
不倫をしてもいい事なんて一つもないのに。
ラブホテルで一緒に働くシングルマザーの愛ちゃんも元旦那さんとの離婚理由は元旦那さんの浮気が原因だったらしい。
「浮気」が「本気」になり元旦那から離婚したいと言われて離婚したが、離婚するまでには色々と苦労したそうだ。
離婚してすぐに元旦那さんが浮気相手と結婚したが、1年で離婚。
「やっぱり愛しかいない」と都合良い事を言って来たらしいが「もうあんたの顔は見たくない‼二度と姿を見せないで💢」と突き放してからは何をしているのかは知らないらしい。
最初はパパが大好きな娘さんからパパを奪う事に躊躇したが、離婚に後悔はないそうだ。
昼間の仕事だけでは生活がきついとの理由で、週2~3日ペースでラブホテルでバイトをしている。
娘さんには何回か会った事があるが、きちんと挨拶が出来る可愛い娘さんだ。
「男はもう懲り懲り💦娘が親元から離れて一人になった時に茶飲み友達くらいは欲しいけどね😄」
愛ちゃんはとてもしっかりしていて、誰よりも気が付きラブホテルの仕事もテキパキこなす。
たまに見せるママの顔は、とてもいい顔になる。
愛ちゃんがママなら、きっと娘さんは素敵な女の子になるだろう✨
愛ちゃんはちょっと口うるさいママだけど、休みの日には良く親子で買い物に行ったりカラオケに行ったりしている。
仲が良い親子で羨ましい😄
バイト先のラブホテルで離婚経験がないのは私と23歳のギャル美容師のゆうちゃんだけ。
純子さんはバツ2、絵美さんもバツ1。
社長もバツ1。
皆の話を聞いていると結婚って怖いと感じる事もある。
純子さんは40代で勤務歴10年のベテラン。
社長からも信頼されて、唯一メイクの人間でお金の管理を任されている。
仕事も早いし、夜のメイクのまとめ役。
良く食べ、良く笑い、良く喋る純子さん。
お菓子作りが趣味らしく、休みの日に作ったクッキーやケーキを良く持って来てくれる。
プロ並みに綺麗で美味しいので、いつも楽しみにしている。
悩みは「痩せない事」と良く話している。
いつも明るい純子さん。
その笑顔の裏には壮絶な過去があった。
純子さんの最初の旦那さんは、高校生から付き合っていた人。
長い交際期間を経て結婚。
毎日が幸せだったそうだ。
結婚してすぐに妊娠。
喜びも束の間、流産してしまう。
泣きじゃくる純子さんに旦那さんは優しく声を掛けた。
そしてまた妊娠。
今度は流産しない様にと気をつけていたのだが、また流産。
この辺りから旦那さんの態度がおかしくなって来た。
そして3回目の妊娠。
「今度こそは大丈夫‼」
そう信じていたが3度目の流産。
この時に旦那から言われた言葉が「お前は女として欠陥品だ、流産ばかりしやがって💢」
この一言で旦那への愛情は冷めたらしい。
その後、旦那は他に女を作りトドメの一言。
「女が妊娠した。欠陥品のお前と違って順調に育っている。俺は俺の子供を生むと言ってくれているあいつと子供と幸せになりたい。離婚してくれ」
しかも相手の女性からも「奥さんって流産ばかりする欠陥品なんですってね(笑)奥さんとは授からなかった赤ちゃんは、私のところに来てくれました😄子供の父親を私に下さい」
純子さんは「のし付けてあげるわよ、あんな男💢あんたも惨めね、あの男自己破産してるからローンも組めないし仕事も限られる。まぁせいぜい頑張って」
そう言って電話を切った。
それからすぐに離婚が成立。
ご丁寧に「赤ちゃんが生まれました😄」というハガキが来たが、すぐに離婚したと聞いたそうだ。
産婦人科で調べてもらったが、特に異常は見付からないと言われたらしい。
精神的に追い込まれたそうだが、助けてくれたのが2番目の旦那になる人だった。
幼なじみだったらしく、親同士が親しい。
結婚する話しになった時も「身内になれて嬉しい😆」と祝福してくれた。
親のすすめもあり、交際3ヶ月で入籍。
昔から知っているため、何か恥ずかしかったそうだ。
2番目の旦那さんとの間に赤ちゃんが授かったが、今度は無事に出産。
一卵性のそっくりな双子ちゃんが誕生した。
やっと授かった我が子。
嬉しくて帝王切開の傷の痛みも忘れるくらいだったそうだ。
幸せ絶頂だったある日、ちょっとした事件が起こる。
旦那さんが出勤途中に事故を起こしてしまう。
事故の原因は旦那さんの脇見運転。
旦那さんは軽症で済んだが、相手の運転手さんは重傷を負ってしまった。
連絡を受けた純子さんはまだ6ヶ月の双子の子供を抱えて旦那さんのところへ向かった。
相手は70代のおじいちゃん。
パニックになっているとはいえ、旦那さんが信じられない一言を吐いた。
「あのじいさんが突然前に出てきた。ぶつかって下さいと言ってるみたいもんだろ⁉なのにどうして俺が悪くなるんだ⁉あんなじじい、二度と運転なんかするな💢」
耳を疑った。
自分が脇見してぶつかっていながら、相手男性をじじい呼ばわり。
謝罪の言葉は一つもなく「俺は悪くない」と言っている旦那に純子さんはビンタをした。
相手男性に謝罪しに行くと言えば「俺は悪くないから行かない」の一点張り。
この事が離婚のきっかけになったそうだ。
親権をめぐり、もめたそうだが裁判の結果親権は純子さんに渡り、旦那さんは毎月養育費を支払う事になった。
今、この双子ちゃんも独立したそうだ。
以前に純子さんと絵美さんと飲みに行った時に、酔った純子さんが話していた。
「男って本当に勝手😠」
絵美さんも「本当に💢」と相槌を打った。
絵美さんの離婚原因は旦那のDVとモラハラ。
精神的に追いやられ、弁護士を挟み離婚をしたそうだ。
絵美さんもシングルマザーとして、中学生になる息子と小学生の息子を育てているが「上の息子が反抗期でね😞」とこぼしていた。
皆、シングルマザーとして頑張っているんだ。
絵美さんが「結婚している時に、些細な事で怒り私を殴る旦那に子供らが「ママを殴るな😠」と言って私の前に立って私を守ってくれた時は涙が出たわ。そんな息子達に「うるせぇ💢クソガキ💢」と言って殴る旦那を見て離婚を決めた。毎日毎日怯えた目で父親を見る息子達が可哀想で…。離婚してからは息子達に笑顔が増えて、今じゃ立派な反抗期(笑)この間なんか「クソババア💢」って言われたわよ😱」
そう言いながらも息子の話を笑顔でする絵美さん。
母は強し‼
母親が入院する病院に行った。
母親は薬の影響なのか痩せたが、口は元気な様だ。
「病院のご飯は不味い」だの「自由がないからつまんない」だの文句を言う。
薬の副作用は辛い様だが、文句を言う元気があるならしばらくは大丈夫だろう。
母親が「寺崎から「結婚しようか?」って言われたわ。今更何なの?」と文句は言うものの、まんざらではない様子。
「いいんじゃない?寺崎恭子になるのも😄」
「もうこの年で名前が変わるのは面倒くさい」
でも、母親はきっといつかは父親の妻になりたいとは思っていただろう。
口では文句を言ってはいるが、表情は青白いものの目は輝いている。
しかし、病院に行く前に寺崎美和から連絡があった。
「あなただけはわかってくれてると思ったのに残念だわ…私は絶対に寺崎とは離婚はしない。あの条件以上を突き付けられても絶対に離婚はしない。離婚してあなたのお母さんと一緒になるくらいなら死んだ方がマシよ‼」
そう言っていた。
寺崎美和も意地がある。
プライドもある。
今まで苦しめられた相手にそう簡単に旦那を渡せるか💢という事だろう。
寺崎美和から父親の悪口を散々聞かされた。
でも離婚はしないらしい。
話を聞いている私は「そんなにどうしようもないやつなら、さっさと離婚したらいいのに」と思うのだが…
寺崎美和と離婚が成立しなければ、母親との結婚は出来ない。
父親はどうするのだろうか?
聞いてみたくなった。
「もしもし、お父さん⁉」
「おう、みゆきか😄」
「ちょっとお父さんに話があってね」
少しの沈黙の後「今日の夜は空いてるか?」
「今日は休みだから空いてるよ」
「じゃあ、夜にゆっくり話そう」
待ち合わせ場所を聞き電話を切った。
夜6時。
スーツ姿の父親が待ち合わせ場所に来た。
待ち合わせ場所はこれまた前とは違う高級料理屋さん。
前は和食だったが、今日はフレンチ。
メニュー表を見ただけではどんなものか想像がつかない様な長い名前のメニューがたくさんある。
わかるのが「バニラアイスクリームのストロベリークリーム添え」くらい😅
「好きなの選んでいいよ」と言われても、そもそもこんなメニュー見せられても全くわかんない。
とりあえず「牛肉のワインソース煮込み」というやつを頼んでみる。
どう見ても「ビーフシチュー」だ。
ビーフシチューと何が違うのかわからないが、とても美味しい。
ついてきたパンも高そうだ。
父親は色んなものを頼む。
実際に来たものとメニュー表を見比べて「あぁ…これがこのメニューか」と心の中で呟く。
高いだけあり、見た目も豪華だが味は最高だった。
食事も終わり、父親に話を切り出す。
「ねぇ、お母さんと結婚するの?」
「したいとは思っている」
私は寺崎美和と会い、色々話した事を全て父親に話した。
父親は寺崎美和に怒り心頭と言った様子。
「最近、様子がおかしかったのはそれか‼」
話を聞くと、父親が離婚を切り出してから全くという程会話がなかったのに、急に話して来る様になり、妙に優しい。
お見送りなどしてくれた事がないのに、最近は「いってらっしゃい😄」と笑顔で見送る。
「何か企んでいる」
そう思っていたが、みゆきの話を聞いて納得した。
というものだった。
もし何も企みはなくても寺崎美和は父親にそう思われてしまうのだろうか。
少し気の毒に感じる。
父親は寺崎美和とは離婚し母親と一緒になるという気持ちには変わらない様だ。
そして、父親の会社を継がせるのは寺崎美和の長男ではなく、兄である藤村隆太にしたいと言い出した。
兄はきっとOKはしないだろうが、父親の気持ちは固い様だ。
理由は「苦労を知らない長男が会社のトップに立っても先は見えるし、美和が口を出すのは目に見えている。一切の関わりを絶つため長男には継がせない」だそうだ。
父親も離婚に向けて動き出す。
父親は早速、離婚に向けての準備で弁護士の先生をお願いした。
長い付き合いだという弁護士の先生は、見た目は普通のおじさまだが目が鋭い。
何もかも見抜かれてしまうのではないだろうか?と思った程だ。
父親に連れられて弁護士の先生の話を聞いたが…
まず先生の難しい言葉の意味がわからず、とりあえず「うん、うん」と聞くだけで全く理解は出来ていない。
法律の本を出されて「ここに記載されている通り…」と先生が指で辿って説明をしてくれているのに、私の頭が追い付かない。
まるで知らない国の言葉を読んでいる感覚だ。
バカもここまで来ると怖いものはないかもしれない。
もう少し学生時代に頭を使っておけば良かったと後悔😞
父親は理解をしているのか、色々と先生と話をしている。
父親が出した離婚の条件はこうだ。
慰謝料は今までの不倫の代償として、裁判で決められた慰謝料を一括で寺崎美和に支払う。
養育費は子供3人全員成人しているためなし。
離婚したら一切の面会及び連絡は拒否。
父親からも一切の面会及び連絡はしない。
時期社長には長男ではなく藤村隆太が就任。
今の住居は売却し、売却代金は3人の息子達で分ける。
これに反対したのが長男。
寺崎グループの社長になれると思い、あぐらをかいていた長男。
突然の白紙に驚きと怒りから父親と大喧嘩になった。
父親は「離婚したらお前は寺崎ではなく母親側の石川家の人間になる。寺崎じゃなくなるお前に後は継がせない」と頑なに拒否。
モメにもめた。
兄は兄で「俺は会社を継ぐ気は一切ない」とこれまた拒否。
兄とも話し合いが続けられた。
兄は「俺は整備士で整備士免許もあるから自動車整備関係の会社ならまだしも、何の知識も経験めないのにいきなり不動産屋の社長になれと言われても困るし、俺は今の仕事も会社も好きだから辞める気は全くない」
それを聞いた長男は「俺は宅建の資格も取り、他社で経験も積んでいる。そんなド素人よりも俺の方が相応しい」
しかし、父親はぶれる事はなかった。
「美和と一切の手を切るために長男を社長にする訳にはいかないんだ‼隆太はまだ若い。今から不動産の勉強をしても遅くはないだろう」
「俺みたいな人間は社長の器じゃない」
「お前なら大丈夫だ😄色々話しは聞いている。今の会社でもうまく仕切ってやってるらしいじゃないか😄」
「だって社長と息子入れても10人しかいない会社だぞ⁉あんたの会社とは訳が違う」
「何事も経験だ。違う世界も勉強になるぞ」
「いや、好きな仕事がいい」
父親も頑固だが、兄も相当頑固だ。
何日も父親と兄は話し合いが続いた。
香織さんも困惑している様子だったが「ねぇ…隆太…お義父さんがここまで仰ってるし…隆太の気持ちはわかるけど…少し折れてみたら?」
香織さんは申し訳なさそうに話し出した。
後から聞いた本音は「毎日来るお義父さんが気の毒になって」と言っていた。
香織さんも最初は兄が社長になるのは反対していた。
しかし毎日父親が来て真剣に話し、兄に土下座までしている父親を見たくなかったんだと思う。
「耐えられなかった」と言っていた。
兄は香織さんの訴えを聞き入れて、仕方なく社長になる事にしたが、しばらくは今の整備士の仕事は続けたいと父親に言った。
父親の「もちろんだ」の返事に納得していた。
あとは寺崎美和と3人の息子達だ。
一筋縄にはいかなかった。
話し合いがつかずに裁判に持ち込む事になった。
寺崎美和は「離婚はしない」の一点張り。
長男は「社長は俺がなる」
次男は「俺も親父の会社から去りたくない」
三男は「俺は楽出来れば何でもいい」
長男は「俺は父親の会社を継ぐつもりで、不動産一筋で頑張って来た。宅建の資格も取り勉強のために他社で働いている。いずれは親父が築き上げた会社を任せてもらおうと思っていた。俺のこの10年は何だったんだ⁉」
そう訴えた。
会社経営はそう簡単なものじゃない。
長男は不動産の勉強と共に経営学も学んで来た様だ。
家族だけの会社ならまだしも、たくさんの従業員がいるグループの社長となると何の経験も学もないド素人の兄が社長なんて絶対無理だ。
兄も「俺みたいな人間が社長なんて無理だ‼不動産のふの字も知らない俺がいきなり社長になったって、仕事なんか出来る訳がない。長男が社長になるべきだ‼」
兄はそう訴えた。
親の離婚に巻き込まれた子供5人。
母親は違えど、血の繋がりはある。
余り争いたくない。
兄は今の仕事は辞める気はないし、社長なんてとんでもない。
一時はOKの返事はしたが、出来るなら今すぐに撤回したい。
長男は会社を継ぎたい。
父親よ、それでいいじゃないか。
巻き込まないでくれ。
いよいよ、裁判の判決が出る日を迎えた。
結局、父親と寺崎美和は離婚した。
寺崎美和が折れたのだ。
寺崎美和の条件を父親が飲む形になった。
①長男を社長に、次男も常務ないし専務に、三男は寺崎美和が引き取る。
②不倫の代償の慰謝料として、現在住んでいる住居の権利は寺崎美和に譲渡する。
この2つのみだった。
寺崎美和が「もう疲れてしまいました。好きにして下さい」と一言。
かなり疲れた様な表情をしていた。
旦那に不倫され、長年愛人だった女と再婚を前提とした離婚。
寺崎美和は今までの贅沢な暮らしが捨てられずに離婚を拒否していた。
他に、妻としてのプライドもあった。
しかし、寺崎美和は心身共に限界を迎えてしまった。
「楽になりたい」とも話していた。
プライドより、贅沢な暮らしより楽になりたいという気持ちが強かった。
寺崎美和は離婚してから、人が変わった様に地味になり、性格も穏やかになった。
きっと「社長婦人」という肩書きが外れ、有りのままの自分に戻り、不倫旦那に悩まされる事もなくなり気持ちが楽になったのかもしれない。
「みゆきさん。あなたには色々迷惑をかけたわね。もう会う事はないけど…お元気で」
そう言った彼女は、何処か寂しげだった。
離婚する時は、かなり神経を磨り減らすと聞いた。
今まで築いてきたものがなくなる時でもある。
父親が母親という愛人を作らなければ…
父親が会社の社長じゃなければ…
また違う結果になっていたのかもしれない。
先日、いつもの様ラブホテルで勤務していた。
「今日は暇だねぇ…」
給料日前の平日という事もあり、お客さんは少なかった。
そこへカップルが仲良く手を繋いで入って来た。
モニターで何気無くお客さんの顔を見ると…あれ?
このお客さん、もしかして…亜希子ちゃんの旦那さん⁉
いやいや、まさかな。
似てるだけかもしれないし…
でも…似すぎてる。
駐車場の方のモニターに切り替える。
ナンバーを確認し、亜希子ちゃんにメールをしてみる。
「聞きたい事があるんだけど、亜希子ちゃんの旦那さんの車のナンバーってゾロ目⁉」
すぐに亜希子ちゃんから返信があった。
「そうだよ😄何かあった?」
「いや、さっき旦那さんに似た人とすれ違ったんだ💦旦那さんの車知らないから、亜希子ちゃんの旦那さんだったのかな?と思って」
「そっか😄」
嘘をついた。
まさか、旦那さんが違う女とうちのラブホテルに来てます、とは言えなかった。
「旦那さんは帰り遅いの?」
「最近仕事忙しいみたいなんだよね💦」
どうやら仕事だと嘘をついて、うちのラブホテルに来ているらしい。
何の疑いもなく旦那の帰りを待つ亜希子ちゃん。
そこへ、旦那さんが入室した部屋から内線があった。
「コスプレのナースを貸して下さい」
うちは種類は少ないが、無料でコスプレをレンタルしている。
その中の一つにナースがある。
コスプレを旦那さんが入室した部屋に届ける。
棚があるのでそこにコスプレを置くから、お客さんと顔を合わせる事はない。
休憩時間を目一杯滞在し、亜希子ちゃんの旦那さんは退室。
部屋は貸し出したコスプレが散乱し、テレビはアダルトチャンネルのまま、使用したゴムも2個ゴミ箱に入っていた。
悲しくなった。
高校からの友人の旦那さんの不倫行為の後片付けをしなくてはならないとは…。
悩んだ。
亜希子ちゃんに知らせるべきか、知らせないべきか。
一応、証拠はおさえておき今は亜希子ちゃんへの報告は出来ない。
少し様子を見てみる事にした。
また亜希子ちゃんの旦那さんが同じ女とやって来た。
旦那さんが入室した部屋はうちのホテルでは一番高い部屋。
入室してすぐに内線が入った。
「すみません、このまま泊まりたいのですが…」
「ご宿泊ですね?只今確認のために宿泊料金に切り替えますのでお待ち下さい」
なにくわぬ顔で対応する私。
まさか、旦那さんも今内線をかけている相手が妻の友人だとは夢にも思ってないだろう。
亜希子ちゃんにメールをした。
「今、仕事中なんだけど暇でさ(笑)今日は旦那さんは帰り早いの?」
すぐに亜希子ちゃんから返信。
「今日は出張なんだってさ💦」
「そうなんだ、今度暇があればゆっくり話そうか😄」
これは余計なお世話かもしれないが、亜希子ちゃんに知らせておいた方がいいかも。
私は駐車場に行き、旦那さんの車をホテルの名前がうまく入るアングルで写メを撮り、ナンバーと部屋番号を控える帳簿から何時何分から何時何分まで何号室に滞在したかメモをした。
まだ新婚の亜希子ちゃん。
あんなにいい結婚式で感動し、亜希子ちゃんも亜希子ちゃんのお母さんもあんなに幸せそうだったのに…。
永遠の愛を誓ったはずなのに、まだ1年も経たずに妻である亜希子ちゃんを裏切るなんて許せない💢
亜希子ちゃんは私がラブホテルに勤務している事は知っている。
だから、私がラブホテルで掴んだこの証拠は信じてくれるだろう。
うちのホテルは3回目の来店で500円、5回目で800円、10回目で千円、全室入ると次回は半額というサービスをしている。
ポイントを集めると、ポイントに応じて粗品もプレゼント。
亜希子ちゃんの旦那さんはどうやら5回目の来店の様で、800円割引になった。
それだけ来ているのか。
亜希子ちゃんはうちのホテルは利用しない。
「友達が勤務しているホテルだから、ちょっと躊躇する💦みゆきんが辞めたら行くけど(笑)」
以前、亜希子ちゃんはこう話していた。
だから、夫婦で来ている可能性は低い。
という事は、それだけ今一緒にいる女と来ている可能性が高い。
呆れて言葉が出ないとはこういう事か。
言い逃れ出来ない証拠は掴んだ。
亜希子ちゃんに知らせるべく、亜希子ちゃんと会う約束をした。
今、亜希子ちゃんは勤務していた会社を寿退社し、しばらくは主婦業に専念したいという事で、現在は専業主婦。
亜希子ちゃんに「久し振りに一緒にランチでもどう?夜は仕事だからさ💦」と伝えた。
亜希子ちゃんは「喜んで💕」と快諾。
待ち合わせ場所であるレストラン。
亜希子ちゃんは少しふくよかになっていた。
「少し太ったでしょ😅実はね…妊娠3ヶ月なの😆」
そう言ってお腹に手を当てて、優しい顔をしている亜希子ちゃん。
不倫の事実を知らなければ心から「おめでとう✨」と言ってたと思うが、少し複雑な気持ちになった。
幸せ絶頂の亜希子ちゃんの幸せを壊してしまう。
心苦しい。
少し気持ちを落ち着けるために、出入口にある灰皿が置いてある場所まで移り一服をした。
まさか、妊婦さんの前でタバコは吸えない。
一服しながら考えた。
しかし、きっといつかはわかる事。
意を決して亜希子ちゃんが待つテーブルに戻った。
「亜希子ちゃん…あのね」
「なぁに?」
サラダを食べながら亜希子ちゃんは返事をした。
「旦那さんの事なんだけど…」
と話し掛けたところで亜希子ちゃんが「うちの旦那、みゆきんの勤務先に行ってるんでしょ?」とうつ向きながら話した。
「えっ⁉」
驚く私。
「知ってるよ、私じゃない女とラブホに行って、そういう事をしてるって」
亜希子ちゃんの顔から笑顔は消えていた。
「多分だけど、相手は旦那の会社の事務員だと思うんだよね…確か吉田留美子っていうはず」
サラダを食べながら、淡々と話す亜希子ちゃん。
「実はね…」
亜希子ちゃんは箸を止めて話し出した。
どうやら旦那さんは、亜希子ちゃんと結婚してすぐからその吉田留美子という女性と不倫をしているらしい。
仕事で遅くなると言いながら、石鹸のいい匂いをつけて帰って来る。
出張と言って、一泊の準備をしていくのに、洗濯物はなくワイシャツもそのまま。
おかしいと思い、眠っている旦那の携帯を盗み見た。
すると出張に行ってるはずなのに「昨日は楽しかった❤輝之とずっと一緒にいれて幸せだった❤」というメールが受信されていた。
「俺もだよ😄しばらくは無理だけど、また機会を作るからそれまで待ってろよ😁」
そんなメールを見て火がついた亜希子ちゃん。
旦那と吉田留美子とのやりとりを全て保存し、そのメールを見せてもらった。
「今度はいつ会えるの⁉😢今日は奥さんの元に帰るんだね😫」
「本当に⁉今日会えるの⁉❤やったぁ~✨」
「浮気したら怒るからね😠プンプン😠💢」
「奥さんにバレてないか心配😢」
「今日は輝之と久し振りに愛し合えて、まだ余韻が残ってる❤幸せな時間をありがとう✨」
吉田留美子からのメールはこんな感じだった。
言っちゃ悪いが、決して賢い人ではないだろう。
そして、目を疑う様な内容のメールもあった。
「えっ⁉奥さん妊娠したの⁉信じられない😱妊娠したって事は…奥さんともエッチしてるっていう事だよね⁉私にはピル飲ませてゴムつけて避妊させてるのに、どうして奥さんとは避妊しないの⁉私以外としないって言ってたじゃない‼嘘つき💢」
このメールを見せてもらった瞬間の私の感想は「なんだこいつ💢バカじゃない?💢」だった。
これは懲らしめてやらなければ、怒りがおさまらない。
私と亜希子ちゃんは作戦をたてた。
亜希子ちゃんは表面上では冷静を装っているが、きっと旦那の不倫にハラワタが煮えくりかえっている事だろう。
きっとお腹の赤ちゃんも怒っているはず。
しばらくは旦那さんの行動を観察する事にした。
亜希子ちゃんは、旦那さんの行動をチェックしノートにつける。
ーーーーーーーーーーーー
4月18日
PM2時58分
輝之から「今日も残業で遅くなる。飯はいらない」とのメール。
PM11時頃帰宅。
残業のはずなのに、石鹸のいい匂いがする。
いつもは寝る前に必ずお風呂に入るのに、今日はお風呂に入らずに就寝。
4月19日
PM4時38分
「今日も残業」というメールが来る。
PM8時頃、輝之の会社に電話をかける。
誰も出ない。
輝之の携帯に電話。
電源を切っていたため繋がらない。
PM10時頃帰宅。
この日も石鹸の匂いをつけて帰宅。
4月20日
仕事は休み。
朝10時まで就寝。
この日は1日ずっと一緒に過ごす。
たまに携帯電話を手に取るが、怪しい様子はない。
ーーーーーーーーーーーー
亜希子ちゃんのメモを見て私はホテルの帳簿を確認。
4月18日と19日は、休憩でうちのホテルを利用していた事が確認された。
入室時間と退室時間をメモ。
そして亜希子ちゃんは旦那の携帯をチェック。
亜希子ちゃんのメモによると、旦那は会社から一度退勤し女が住む自宅の近くまで車を走らせ、女が自宅に車を置いて旦那の車でホテルに来ているらしい。
どうやら女は実家暮らしの様だ。
だからホテルを利用するのか。
旦那に色々話を聞く前に、徹底的に言い逃れが出来ない証拠を押さえたい。
ただ身重の亜希子ちゃんの負担も考慮し、長期戦を覚悟でバレない様に証拠を押さえていった。
しかし、個人的に浮気調査をしても限界がある。
そこで亜希子ちゃんの希望でプロの方…そう、探偵さんにお願いをする事にした。
亜希子ちゃんと一緒に探偵の方との打ち合わせで、待ち合わせ場所である喫茶店に着いた。
亜希子ちゃんの顔色が余り良くない。
「大丈夫?」
心配になり亜希子ちゃんに声を掛ける。
「大丈夫だよ😄ただ、つわりが酷くて💧」
私は妊娠した事がないからわからないが、ちょうどこの2ヵ月~3ヵ月って悪阻が酷い時期の様だ。
待っていると、探偵会社の方が来店。
「お待たせして申し訳ありません」
そう言って、40代後半と思われる男性が笑顔で名刺を渡してくれた。
名刺には「代表取締役・斎藤勝美」と書かれていた。
この人、探偵会社の社長さんなんだ…。
本来ならば、当事者以外の同席はダメらしいが、亜希子ちゃんの精神的負担軽減と体調を考慮し、特別に私の同席が許可された。
社長さんは亜希子ちゃんから色々話を聞き出す。
そして亜希子ちゃんは旦那さんの写真を社長に手渡し、不倫相手である吉田留美子の写メールを社長の携帯に送った。
旦那さんの勤務先や車の車種、色、ナンバーや特徴、良く行く場所など細かに聞いていく。
この時、私は初めて吉田留美子の写メを見た。
彼女が自分で自分を撮ったものと思われる。
髪は少し茶髪で写メでは後ろに結んでいて、目鼻立ちが整った和服が似合いそうな顔立ちで美人の部類に入るだろう。
見た目はおしとやかで清楚な感じだ。
とても不倫をする様なタイプには見えない。
探偵との打ち合わせは30分程で終了。
後は結果を待つだけとなった。
社長さんからは「後は私達に任せて下さい。くれぐれも自分達だけで勝手な行動はしないで下さい…相手に警戒されてしまうと、時間もかかりますしうまくいかなくなる場合もありますから」と念を押された。
探偵さんが帰った後、亜希子ちゃんが「私ね、今のところは輝之と離婚は考えてないの。今回で懲りてくれればの話しだけどね」と呟いた。
今回は許すが、次はないという事だ。
それから2週間後、探偵会社から一つの封書が届けられた。
亜希子ちゃんから連絡があり、私は亜希子ちゃんが住むアパートに向かった。
バインダーに挟まった、探偵会社からの報告書だった。
挨拶文のページをめくると…見事な程、決定的な証拠を押さえた写真がたくさん貼られていた。
私が勤務するラブホテルに入る瞬間の写真をはじめ、車の中で笑顔の2人、キスをしているものやホテルの窓から上半身裸で顔を出している旦那さんの姿の写真もあった。
あと、不倫相手の吉田留美子の生年月日と血液型、住所、勤務先、両親の名前と生年月日、勤務先、妹さんがいるらしく妹さんの名前と生年月日、勤務先も一緒にファイルされていた。
吉田留美子はどうやら私達より3つ下の様だ。
勤務先は亜希子ちゃんの旦那さんと同じ。
どうやらバツイチで保育園に通う5歳になる女の子がいるらしい。
娘さんの名前と思われる名前も書いてあった。
そして、吉田留美子のお父さんの勤務先を見て驚いた。
父親の会社だった。
父親の会社で課長職に就いている様だ。
これで、証拠は完璧だ。
後は旦那さんにこれら証拠を突き付けて、亜希子ちゃんに謝罪をして頂こう。
もちろん吉田留美子にもきちんと謝罪はしてもらう。
子供がいるのに不倫だなんて💢
5歳ならまだまだ母親に甘えたい年だろう。
不倫している暇があれば、子供と過ごす時間にしてほしいと思うのは私だけではないはず。
亜希子ちゃんの体調をみて、いよいよ旦那さんに突き付ける日が来た。
その日、私は仕事がお休み。
亜希子ちゃんは私の車の助手席に乗っていた。
体調は悪阻で気持ち悪いものの、比較的落ち着いているとの事。
亜希子ちゃんは旦那さんに「今日は高校時代の友人とご飯を食べに行くから😄」と連絡をしてある。
旦那さんからは「わかった👍ゆっくりしておいで😄何時頃になりそう?」というメールが来ていた。
「今日中には帰る😄」
「了解🆗👍」
よし、これで旦那さんは吉田留美子と会う事は間違いないだろう。
私と亜希子ちゃんは旦那さんの会社のすぐ近くにいる。
旦那さんの退勤時間となった。
15分後、旦那さんは会社の出入口で同僚と別れ、自分の車に乗り込んだ。
右に曲がれば自宅、左に曲がれば吉田留美子の自宅だ。
会社に来る前に吉田留美子の自宅は偵察済み。
住宅街にあるごく普通の一軒家で、玄関には「吉田」という表札が下がっていたので間違いないだろう。
旦那さんは車に乗り込むがなかなか発進しようとしない。
どうやら携帯をいじっている様だ。
吉田留美子にメールでもしているのだろうか?
旦那さんの車のすぐ近くに吉田留美子の軽自動車が停まっていた。
携帯を閉じると、旦那さんは車を発進させた。
私と亜希子ちゃんはどっちに曲がるか旦那さんの車を目で追い掛けた。
ウインカーは右を示している。
そして右折して行った。
その後すぐに吉田留美子と思われる女性が会社から出て来た。
車に乗り込むと、旦那さんの後を追い掛ける様に車を発進させた。
吉田留美子はどっちに向かうのか?
彼女も右に曲がっていった。
私達は彼女の車を追い掛けた。
行き着いた場所は、亜希子ちゃんのアパートだった。
先に着いていた旦那さんが車から降りて、吉田留美子に車を停める場所を教えている。
彼女はそれに従い、指定された場所に車を停めた。
そして一緒にアパートに消えて行った。
その様子を黙って見ている亜希子ちゃん。
今、亜希子ちゃんは何を思い、何を考えているのか。
話し掛けられる雰囲気ではないため、私はただ黙るしかなかった。
お互い無言のまま約30分が経過。
亜希子ちゃんの部屋の電気が消えた。
今、亜希子ちゃんの部屋で何が起きているか安易に想像がつく。
亜希子ちゃんは抱えていたハンドバッグをギュッと握りしめた。
私はそんな亜希子ちゃんの手を握りしめ「行こう」と言った。
亜希子ちゃんは軽く頷き車から降りた。
私もハンドバッグを持ち、車から降りて亜希子ちゃんの後についていく。
亜希子ちゃんの部屋は2階の角部屋。
階段を昇ってすぐの部屋だ。
極力足音をたてない様に静かに階段を昇る。
ドキドキしてきた。
手が汗ばんで来ている。
亜希子ちゃんはカバンから部屋の鍵を取り出し、鍵穴に鍵を静かに差し込んだ。
カチャン。
鍵を開けた。
玄関には吉田留美子の靴と思われる黒のヒールが、きちんと並べて置いてある。
玄関を入るとすぐにトイレがあり、居間に入るドアがある。
静かにゆっくりとドアを開けた。
居間は真っ暗だった。
居間の奥には寝室として使われている部屋がある。
そこの部屋から、吉田留美子の吐息が聞こえて来た。
「あぁ…輝之…愛してる」
「俺もだ…留美子…」
ギシギシとベッドが揺れる音も聞こえる。
亜希子ちゃんは目を閉じていた。
そして顔をしかめた後に、思い切り寝室のドアを開けた。
そこには裸で重なる2人の姿があった。
突然の出来事に、裸の2人は一瞬何が起きたかわからない様子だった。
「キャー‼」
先に事態に気付いた吉田留美子が悲鳴をあげ、咄嗟にタオルケットを胸から下に巻き付けた。
旦那さんも突然の妻登場に動揺しているのか、不可解な動きをする。
「何をしているの?」
亜希子ちゃんはそんな旦那さんを睨み付け静かに問い掛けた。
「あっ…いや…」
どうやらパニックになっている様だ。
亜希子ちゃんの足元には、2人の服が散乱していた。
「もう一度聞く。何をしていたの?」
亜希子ちゃんはそう言いながら散乱している2人の服を踏みつけながらベッドの上にいる2人に近づいた。
吉田留美子は亜希子ちゃんの迫力に怯えていた。
「奥さん‼本当に申し訳ありません‼」
そう言って泣き出した。
「亜希子‼違うんだ‼話を聞いてくれ‼」
旦那さんは裸のままベッドから立ち上がった。
無言のままの亜希子ちゃん。
思わず目に入る旦那さんのモノには生々しくゴムがつけられたままだった。
まさに最中だった事が伺える。
「奥さん‼私が悪いんです‼旦那さんは悪くありません‼本当に申し訳ありません‼」
「いや、留美子…彼女は悪くない‼俺が無理矢理誘ったんだ‼責めるなら俺だけを責めろ‼」
お互い庇い合う。
「…いつから?」
試す様に亜希子ちゃんは旦那さんに聞いた。
「今日が初めてなんだ‼」
その言葉に思わず私が「嘘言うな💢」と口を挟んでしまった。
「私は亜希子ちゃんの友人です。私のこの声に聞き覚えはありませんか⁉」
私の登場に裸の2人は私を見た。
「いつもご利用ありがとうございます。先日は10回目のお越しで千円割引になりましたよね?ナースのコスプレお貸しした時の内線、実は私が対応してました。私、あのラブホテルの従業員です」
目を丸くする旦那さん。
私は入退室記録を読み上げる。
「この日は18時26分に入室して21時06分に退室、コンビニボックスでおもちゃとコーラと緑茶を購入、翌日も17時55分に入室して20時ちょうどに退室、この日もコーラを購入されました。10回もうちのラブホテルを利用されてますが、モニターでは同じ女性でしたが、それでも今日が初めてだと言い張りますか?」
続けて亜希子ちゃんが「輝之…これも見て欲しい」
そう言って探偵が集めた証拠を見せた。
旦那さんも吉田留美子も、もう言い訳が出来ないと思ったのか黙っていた。
しかし、簡単にはいかなかった。
吉田留美子は何を聞いても「ごめんなさい」と泣いてばかり。
旦那さんは何を聞いても「俺が悪いんだ」ばかり。
何の解決にもならない。
亜希子ちゃんは「吉田留美子さん。あなた、まだ5歳の娘さんがいるのに…こんな事をして恥ずかしくないんですか?」と聞いても「ごめんなさい」しか言わない。
「あなたは主人の事をどう思ってるの?」と聞いても
「…ごめんなさい」
段々イライラしてきた亜希子ちゃんは、とうとう爆発してしまった。
「あんたさ、ごめんなさいしか言えないの⁉それとも泣いてごめんなさいって言えば許してもらえると思ってんの⁉」
「…ごめんなさい」
「バカにしてるの⁉」
亜希子ちゃんは吉田留美子が羽織っていたタオルケットを力強く引っ張った。
胸があらわになり、吉田留美子は再び泣き出した。
無駄な肉がない、スラッとした上半身で鎖骨が綺麗だった。
それを見ていた旦那さんが「亜希子…彼女もこんなに謝っているんだ…その…もう…勘弁してあげないか?」と言いながら、掛け布団を吉田留美子にかけてあげた。
その言動に亜希子ちゃんは旦那さんを叩いた。
「ふざけないでよ💢」
「…亜希子、俺を叩いて気が済むならいくらでも叩け。でも彼女は何も悪くない。だから…娘さんも待ってるし…明日も仕事だし…そろそろ…」
そう言って寝室にある時計に目をやる。
吉田留美子は黙ったままだ。
「話が終わるまでは帰しません」
亜希子ちゃんは怒りに満ちた眼差しで、吉田留美子を睨み付けた。
長年付き合いがあるが、亜希子ちゃんのこんな鋭い眼差しは初めて見た。
その眼差しを反らす様に下を向く吉田留美子。
「あの…」
吉田留美子が下を向きながらボソッと呟いた。
「娘…私がいないと夜寝てくれないんです…今頃きっと泣いていると思います…」
そう言って掛け布団をギュッと握りしめた。
「だから帰りたいと⁉」
「…はい」
「無理です」
その時、旦那さんが「亜希子…お前も母親になるんだろ?わかってやったらどうだ?娘さん…可哀想だとは思わないか?」
「おじいちゃん、おばあちゃん、妹さんもいるんでしょ⁉…こうして娘さんを家に預けて不倫行為をしてる時間はあるのに、話し合う時間はないの?ずいぶん都合いいわね」
「…ごめんなさい」
また「ごめんなさい」に戻ってしまった。
「時間がないなら、早速話し合いに入りましょうか?」
私は声を掛けた。
身内でも兄弟でもない私が出て行って良かったのか悩んだが、このままでは「話し合い」という目的が果たせないままになりそうだった。
亜希子ちゃんが「みゆきんには仲裁の役目で側にいて欲しい。私だけだと絶対感情的になるから…」と言っていた。
「時間がない様ですが、少しお時間を頂いてお話を…まずは服を着ましょうか?目のやり場に困るので」
2人は無言のまま服を着て、居間に移動した。
私と亜希子ちゃん、向かいには旦那さんと吉田留美子が座る。
早速亜希子ちゃんが口を開いた。
「まず輝之…こういう関係になったのはいつから?」
「…今年に入ってから」
諦めたのか素直に答える。
「じゃあ私が妊娠した時には既にそういう関係だったって事⁉」
「…はい」
「妊娠がわかった時にあんなに喜んでくれたのに、違う人ともそういうことをしていたんだ」
そう言って吉田留美子を見た。
吉田留美子は下を向いていた。
「吉田さん」
亜希子ちゃんは今度は吉田留美子に問い掛けた。
「お聞きします。あなたは私から主人を奪うつもりだったんですか?娘さんのお父さんになってもらうつもりでしたか?それとも、ただの遊び?」
「…」
下を向いたまま黙る吉田留美子。
「黙っていてもわからないんですけど」
「…ごめんなさい」
「いや、答えになってないから💢さっきからごめんなさいって、何に対してのごめんなさいなの?」
「…奥様に対してです」
「だから何が?」
「奥様に対して申し訳ないと…」
「じゃあ、本当に申し訳ないと思うなら誠意を見せてよ」
「…と申しますのは?」
「お金かな、慰謝料っていうやつ?」
「慰謝料…ですか」
「そう、別にないならないでいいわよ、その代わり会社とご両親にはきちんとお話しをさせて頂きます」
そこに旦那さんが口を挟んだ。
「なぁ…亜希子、彼女は何にも悪くないのに慰謝料って…しかも払えないなら会社と親に言うって…お前、ずいぶん性格が黒いな…そんなやつだとは思わなかったよ…彼女はきちんと謝罪しているじゃないか」
「輝之‼あんたこそ、こんなにバカだとは思わなかったわよ💢口だけの謝罪で許してもらおうと思ってる方が腹黒いんじゃない⁉さっきから「彼女は悪くない」を連発してるけど、彼女にも非があります。既婚者と知っていて体を許していても悪くないと?自分の意思でここに来たんだよね?それでも悪くないと?」
「誘ったのは俺なんだ‼」
「普通ならその時点で拒否するよね?誘いに乗った女は悪くないの⁉」
「亜希子‼もう勘弁してくれないか⁉悪かった‼お前の希望を全て聞く‼だからもう許してやってくれ‼」
不倫をする人間は、どうやら自分達の事しか考えられないらしい。
不倫をされる相手の事なんて何にも考えられないんだろうな。
話し合いは続いたが、お互いに平行線のままだった。
途中、吉田留美子が携帯を気にし始めた。
「どうかしましたか?」
私が声を掛けると「あの…さっきから親から電話が来ていて…多分、娘が泣いているんだと思います」と帰りたいオーラ全開で答えた。
亜希子ちゃんが「じゃあ、これからあなたのご両親に事情を説明しましょうか?今日は遅くなりますよって」と言うと、吉田留美子は「親には言わないで下さい…」と言ったきり黙ってしまった。
すると突然、旦那さんが怒鳴り出した。
「おい💢亜希子‼もういいだろ💢留美子…もう気にしないで帰っていいぞ、後は俺が話し合うから」
そう言って吉田留美子の肩を抱き立ち上がり、一緒に玄関に行こうとした時、亜希子ちゃんが「待ちなさいよ💢」と立ち上がった。
旦那さんが「うるせぇんだよ💢」と亜希子ちゃんを殴った。
何と…
妊娠中である亜希子ちゃんのお腹を目一杯、グーで下から打ち上げる様に殴ったのである。
「痛い…」
亜希子ちゃんはお腹を抑えてその場に崩れ落ちた。
その隙に吉田留美子は逃げる様に部屋を飛び出したのである。
「亜希子ちゃん⁉大丈夫⁉」
私はうずくまる亜希子ちゃんに駆け寄る。
亜希子ちゃんは泣いていた。
「ちょっと💢妊婦を殴るなんて最低じゃない‼」
私は旦那さんに怒鳴った。
すると旦那さんは「いつまでもガタガタうるさいお前が悪いんだろ⁉彼女は悪くないと言ってんのに、しつこいんだよ💢一発殴られたくらいで何大袈裟にうずくまってるんだよ💢妊娠をアピールしてるんじゃねーよ💢そんな子供なんていらねー💢堕ろしてしまえ💢‼」
そう言って、旦那さんは部屋を出て行ってしまった。
亜希子ちゃんは「みゆきん…ごめんね」そう言って、うずくまったまま号泣してしまった。
私は亜希子ちゃんを抱き締めた。
「何にも出来なくてごめんね…亜希子ちゃん…良く頑張ったね」
「みゆきん…私…もう耐えられない」
亜希子ちゃんは泣き崩れた。
あの2人…許せない。
亜希子ちゃんは落ち着いたのか泣き止んだ。
しかし、酷い偏頭痛を訴え嘔吐を繰り返していた。
「大丈夫⁉夜間救急病院に行こう‼お腹を殴られたんだし、赤ちゃんが何かあったらどうするの⁉」
「今日…銀行行ってないからお金おろしてないし…」
どうやら亜希子ちゃんはお金の心配をしている様だ。
「足りない分は私が立て替えるから‼都合ついたら返してくれれば大丈夫だし…ねっ‼亜希子ちゃん…私もついていくから病院に行こう‼」
半ば無理矢理亜希子ちゃんを総合病院の夜間救急の受付に連れて行った。
比較的すいていたため、すぐに診てくれた。
幸い赤ちゃんには異常はなかったが先生が「一応、かかりつけの産婦人科に診てもらって下さい」と言っていた。
偏頭痛と嘔吐は、どうやら精神的なものの様だ。
病院からの帰り道、亜希子ちゃんが「今日、みゆきんちに泊まってもいい?」と言って来た。
「うち?全然オッケーだよ😄散らかってるけど」
一旦亜希子ちゃんのアパートに戻り、ちょっとした着替えを持ちうちに来た。
うちに来た時点で、時刻は夜中1時を過ぎていた。
私はいつもはまだ働いている時間のため苦にはならない時間だが、亜希子ちゃんは本来なら眠っている時間。
少し眠そうだ。
「少し休んだら?私の布団で良かったら使っていいよ😄何にも気を使わなくていいから、うちにあるもの何でも勝手に使っていいからね😄」
「ありがとう…」
亜希子ちゃんが少し微笑んだ。
亜希子ちゃんは持って来たTシャツとジャージに着替えて布団に入った。
少しでも休めるといいけど…でも、やっぱりそう簡単に眠れる訳ではなさそうだった。
私はいつの間にか眠っていたらしく、目が覚めたのは朝9時を過ぎていた。
亜希子ちゃんは既に起きていて、ジャージ姿で居間でテレビを見ていた。
「みゆきん、おはよう😄」
いつもの笑顔の亜希子ちゃん。
「ん…おはよう~ふぁあ~( ´△`)」
大きなあくびをしながら亜希子ちゃんの近くに座った。
亜希子ちゃんが「私、あの女の事が許せない…」と呟いた。
「あのね亜希子ちゃん」
私はある考えを亜希子ちゃんに提案した。
実は亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子の勤務先は父親の会社系列の会社だった。
ずるいかもしれないが…亜希子ちゃんを悲しませ裏切った代償はきちんとしてもらう。
亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子が勤務する会社の社長は、父親の弟が経営。
愛人の子供である私や兄に対して「子供に罪はない」と優しく接してくれる。
たまに会うと「みゆきちゃん😄元気そうだね😄」といつも声を掛けてくれた。
ただ愛人である母親に対しては異常なまでに嫌悪感を出していた。
しかし、最近は和解したのか前よりは母親の話しも穏やかにしてくれる様になった。
おじさんは奥さんとは死別。
病気で奥さんを亡くしてからはずっと1人でいる。
息子さんが1人いるが、父親の会社は継がずに全く違う仕事をしている。
息子さんとは面識がない。
私はおじさんに電話をした。
「もしもし⁉孝夫おじさん⁉」
「おぉ~みゆきちゃん😄久し振りだね😄」
「忙しい時にごめんなさい💦」
「いやいや、大丈夫だよ😄みゆきちゃんからの電話なんて珍しいね…何かあった⁉」
「おじさんに相談があって…」
「相談…?」
「私事なんですが…」
私は、亜希子ちゃんの旦那さんと吉田留美子の不倫の話をした。
亜希子ちゃんは体調不良のため、代わりに私から話をした。
おじさんは黙って聞いてくれた。
おじさんの話しによると、吉田留美子は昨年の4月に入社した。
シングルマザーでまだ子供が小さいという事で、6ヶ月間試用期間で様子を見ていたが欠勤や遅刻もなく仕事も経験者という事で即戦力になったため今は正社員として働いているそうだ。
女子社員の中では仕事は出来るとの事。
父親が本社の会社の役職についているのもあり、吉田留美子は社内でも評価はあるそうだ。
亜希子ちゃんの旦那さんは今年に入り外回りから内勤営業に変わり、吉田留美子と一緒に仕事をしているそうだ。
今は営業部の部長補佐という役職がついているそうだ。
会社では仕事が出来る2人と評価されている。
そんな2人が不倫をしているとは…。
おじさんは「仕事が出来る2人をクビには出来ないが、どちらかを違う営業所に移動してもらうか…2人を離そう」
今すぐには無理だが、どちらかを違う営業所に飛ばすと言う約束をしてくれた。
そして、おじさんから2人に少しお灸を据えてもらう事にした。
社長直々に言われれば少しは懲りてくれるだろう。
ずるいやり方なのは承知だが、どうしても2人が許せなかった。
後は、きちんと亜希子ちゃんに謝罪をしてもらいたい。
すぐに吉田留美子の移動が決まった。
社内でも旦那さんと吉田留美子の不倫は噂されていたため、吉田留美子の移動は「仕方がない」と誰しもが納得をしたらしい。
移動先は車で1時間かかる営業所。
吉田留美子は毎日、この距離を通わなければならなくなる。
断ると辞める形になる。
吉田留美子は「子供もいるし、遠くの営業所はきついです」と訴えたらしいが、おじさんから「不倫をする時間があれば通えるだろう」と言われたらしい。
旦那さんは「吉田留美子を飛ばした不倫相手」と影で囁かれる様になり、居づらくなったが自業自得である。
旦那さんはやっと事の事態を理解したのか、亜希子ちゃんに土下座をして謝った。
吉田留美子も亜希子ちゃんに謝罪。
慰謝料はないが、その代わり旦那さんには今後一切会わないという念書を書かせた。
亜希子ちゃんは旦那さんと吉田留美子からきちんと謝罪をしてくれた事に納得をし、旦那さんに「次はないから」と念を押している。
今回は離婚はしない。
亜希子ちゃんの心の傷が癒えるにはまだしばらく時間がかかりそうだが、亜希子ちゃんは以前に比べて表情が少し明るくなった。
ただ、やはり旦那さんを疑う日々。
疑われても仕方がない事をしたのだから、後は信用を少しでも取り戻せる様に、生まれて来る赤ちゃんのためにも頑張って欲しいと思う。
後日、吉田留美子は旦那さんだけではなく、会社の人5人とそういう関係になっていた事が判明した。
しかも。
皆、既婚者である。
更に驚く事に、そのうちの1人は吉田留美子と一緒になるつもりで奥さんに離婚したいと言い、現在は別居状態なんだという。
その人は吉田留美子に本気で惚れたのである。
しかし、遠くの営業所に飛ばされてからは吉田留美子とは一切の連絡が取れなくなった。
「俺はあいつのために別居までしたのに😱」
今更、奥さんのところにも戻れず、子供にも会えず離婚しかないだろう。
現在、吉田留美子は「魔性の女」と言われている。
既婚者に近付いて行き関係を持つ。
しかし恋愛は面倒だ、と体だけの割り切った関係を求めている吉田留美子は既婚者の方が都合良かった。
しかし、家庭が壊れそうになると逃げる様にその人から遠ざかる。
そしてまた新たな既婚者を見付けて割り切った関係を楽しむ。
いけない情事を楽しむ。
何が楽しいのかさっぱりわからない。
営業所を飛ばされてからしばらくは吉田留美子の話でもちきりだったそうだ。
亜希子ちゃんの旦那さんをはじめ、吉田留美子と関係を持った人達は肩身が狭い。
特に女子社員からの視線は冷たい。
吉田留美子は確かにスタイルも顔も悪くない。
話し方も甘えた様なアニメ声で可愛らしさがある。
男性にはずいぶんともてるだろう。
男性が喜ぶ仕草や言動は熟知しているのだろう。
こんな吉田留美子に声を掛けられたら男性としては嬉しいだろう。
「一回くらいなら…」
こう思うのだろうか。
理性が飛ぶのだろうか。
家で帰りを待っている奥さんや子供を思うなら、こんな事は思わないだろう。
独身者なら別に構わないが一時の快楽のために家庭を裏切る心理は理解出来ない。
昨日、亜希子ちゃんが「お礼がしたい😄」とうちのアパートに来た。
赤ちゃんは順調に亜希子ちゃんのお腹の中で成長している。
悪阻はまだ辛いらしいが、前に比べたら落ち着いて来たと言っていた。
まだ性別はわからないらしいが、どちらでも元気に生まれて来て欲しい。
亜希子ちゃんの旦那さんはあれから人が変わった様に優しくなり、信用を取り戻そうと必死な毎日を過ごしているらしい。
今までは一切やってくれなかった家事も手伝ってくれる様になり、亜希子ちゃんを労ってくれる。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅し、今のところ怪しい様子はない。
改心してくれたのかわからないが、亜希子ちゃんはしばらく様子を見る事にした。
亜希子ちゃんの心の傷はまだまだ癒える事はないが、これに懲りてもう二度と亜希子ちゃんを裏切る行為はして欲しくない。
「ねぇ、亜希子ちゃん…あんな姿まで見て良く旦那さんを許したね」
私なら即離婚するだろう。
自分の旦那が他の女を抱いているところを目の当たりにしたら、私なら瞬間湯沸し器の様に一気に血の気が沸騰し、冷静さを失い怒り狂うだろう。
絶対許せない。
亜希子ちゃんは「離婚は正直いつでも出来る、これで弱味握ったし(笑)もっと輝之を困らせてからでも遅くない😁」
冗談を交えて亜希子ちゃんは話す。
まるで観音様の様である。
母親の具合は快方に向かっていた。
元々細い体は更に細くなり、骨と皮しかない状態だが相変わらず口は元気な様だ。
病院内をたまに歩く程度だから筋力も落ちた。
薬のせいか、顔色は良くないがたまに見せる笑顔は変わらない。
父親はほぼ毎日病院に通い献身的に看病をする。
改めて母親にとって父親の存在は大事なんだな、父親にとって母親は大事なんだなと思う。
転移も見つからず、先生から退院に向けてリハビリ頑張りましょう😄と励まされ母親はリハビリを頑張る。
年齢も50代後半という事もあり、なかなかキツイ様だが頑張っている母親。
退院も近い様だ。
父親の話だと、母親が退院して落ち着いたら入籍をするそうだ。
お互いにいい年だから挙式はしないが、身内だけで食事会の予定はしているとの事。
兄も了承している様で、この食事会で初めて父親は兄夫婦の子供と対面になる。
母親が退院する前に母親から「部屋を片付けておいて欲しい」と頼まれ、母親のマンションを訪ねた。
やはり家主が不在のマンション。
ポストにはチラシの山。
部屋も少しカビ臭い。
休みの日には母親のマンションに行き片付ける事にした。
母親のマンションは相変わらずの散らかっていた。
ため息をつきながらゴミはゴミ箱へ、服はタンスにしまう。
押し入れを整理していると、写真が出てきた。
母親が10代だと思われる、若かりし頃の写真だった。
もう1人、母親の隣に笑顔で一緒に映っている女性がいる。
背景は母親が住んでいたと思われる下宿。
どうやら一緒に映っている女性は、母親の親友であった太田さんだと思われる。
太田さんは面長で髪は肩までのストレート、えくぼが可愛らしい女性だった。
生前の太田さんとの写真。
きっと母親にとっては大事な大事な写真だろう。
若かりし頃の母親は、知っている母親より顔は丸く、少しふくよかな感じだ。
しかし変わらない目元やスラッと鼻筋が通った顔は母親である事に間違いはない様だ。
写真の裏を見ると、母親の字で「羽村荘前にて」と書いてある。
住んでいた下宿の名前だろう。
他にも写真が出てきた。
若かりし頃の父親と母親の写真が多い。
その中に「隆太」「みゆき」と書かれたアルバムが出てきた。
私と兄が子供の頃の写真だ。
私が赤ちゃんの頃の写真が出てきた。
「我が家にも可愛い女の子が誕生した。この子が生まれた日は雪が降っていた。朝日が雪をキラキラと照らす。美しい雪景色。そこから名前をとり「美しい雪…みゆき」と命名」
名前の由来と一緒に、私への思いが書いてあった。
「15時間の陣痛に耐え誕生した娘、みゆき。生まれた瞬間に聞いた鳴き声は一生忘れません。かけがえのない大事な娘みゆき。元気に育ってくれます様に…」
眠っている赤ちゃんの私の写真に母親が書いた手紙が横に一緒に挟められていた。
今まで母親に対して恨みもあったが、この写真を見た時から母親への気持ちが変わった。
私は出産経験はないが、香織さんの出産を立ち会い命の尊さ、赤ちゃんの誕生の素晴らしさを目の当たりにした。
甥っ子誕生の瞬間は今でも鮮明に覚えている。
陣痛の苦しみに耐え抜き、赤ちゃんが誕生。
普通なら可愛くて仕方がないはずの我が子。
しかし母親は我が子との接し方を知らなかった。
母親が母親の愛情を受けたのはたった5年間。
継母からは何の愛情ももらえず、恨みしかない母親。
母親とはどういうものなのかがわからなかった。
兄も私もお腹を痛めて生んだ子供。
可愛いはずなのに接し方がわからない。
母親もきっと悩んだだろう。
この写真を見るまでは、きっと死ぬまで母親を恨んだかもしれない。
癌と闘っている母親。
抗がん剤の副作用で痩せ細り、毛が抜け落ち、吐きながらでも癌と闘う母親。
「私には娘がいるのよ、30も半ばになるのに結婚の予定どころか相手もいない。私は母親らしい事は何一つしていないけれど、娘の子供を見るまでは死ぬ訳にいかないのよ」
担当の看護師さんが話してくれた。
「お母さん、そう話されてましたよ…だから私は癌なんかに負ける訳にいかないのよって。少々私達を困らせる事もあるけど…藤村さん、頑張っていますよ‼私達も全力で治療をしていきますから😄」
「はい…よろしくお願いいたします」
私は母親を誤解していたのかもしれない。
お互い、素直になれば今より少しは歩み寄れるかもしれない。
でも母親の減らず口に腹を立てた私。
病室で喧嘩をし、しばらく病室に行かなくなる。
しかし母親のマンションでは掃除と片付けは必ずした。
母親の写真は新旧入り交じり、ごちゃ混ぜになっていた。
こうして見ると、結構母親の写真はある。
何気無く写真をまとめていると、気になる写真を見付けた。
私と思われる女の子と兄と思われる男の子がはにかんだ笑顔で一緒にピースをして写っている写真だった。
私は幼稚園の制服を着ている。
4~5歳だろう。
前に住んでいたマンションの玄関先での一枚。
そしてもう一枚。
年配の男性と私と兄が一緒に写っている写真。
多分、同じ頃に撮影されたと思われる写真。
もしかして…
母親の父親、私と兄の祖父なのか?
祖父の名前は知っているが顔は知らない。
というか、この時に会っているのだろうが記憶にない。
兄妹で写っている写真の裏には母親の一言が書いてあった。
「みゆき、4歳の誕生日。自宅玄関にて」
誕生日の記念に撮影したのだろうか?
兄はピースはしているが顔は笑っていない。
私は兄の隣で楽しそうにピースをしていた。
対照的な兄妹の表情。
少し気になる写真だった。
母親の写真を整理して、箱の中にしまう。
若い頃の写真を見ていると、母親への怒りも不思議と落ち着いて来る。
さて、片付けが終わるまでもう少しだ。
タバコに火を点けて一服。
母親がいつ退院してきてもいい様にしておくか。
足の踏み場もなかった部屋はやっと綺麗になり、おかしな臭いも消えた。
片付けられない人に入る母親。
以前、何かで聞いた事がある。
片付けられない人というのは、心の隙間を物で埋める訳ではないが、何か心に隙間がある人が多いと。
寂しかったり、大失恋をしたり、大事な人が亡くなったり…
母親もきっと心の隙間を物で埋めていたのかもしれない。
母親の退院が決まった。
リハビリも頑張ったおかげで、日常生活には不自由ない程までに筋力は回復した。
偶然にもこの日は母親の誕生日であった。
父親や兄夫婦と「ささやかながら誕生日と退院を祝おう」という話しになり、母親が良く買って来ていたケーキ屋のアップルパイと、母親が好きなすき焼きを用意した。
お肉も母親の分は奮発して高い高級牛肉を用意。
私や兄夫婦は「こんな高級牛肉なんて食べたら逆にお腹壊す」と言って一番安い牛肉を用意した。
母親のマンションは全て片付け終わって人を呼べる状態にしていたため、母親にも自宅でゆっくりして欲しいと思い母親のマンションでお祝いをする事にした。
この日はラブホテルの仕事は休みをとった。
父親が母親の迎えに行っている間に、私と香織さんが買い出しへ、兄は子供の面倒を見ていた。
父親と甥っ子姪っ子は初対面である。
香織さんはさすが主婦。
家事も買い出しも要領が良い。
指示も的確でわかりやすい。
見習いたいものである。
全ての準備が終わり、後は父親と母親の到着を待つのみとなった。
勇樹くんにゆめちゃん。
そしてもう1人、まなちゃんという女の子が誕生していた。
この時はまだ生後5ヶ月。
特にゆめちゃんはまなちゃんを溺愛。
可愛くて仕方がない様子。
微笑ましい姉妹の姿に思わず笑顔になる。
兄と私がベランダでタバコを吸っていた時、香織さんは台所にいた。
するとまなちゃんが突然泣き出した。
驚いて振り向くと、ゆめちゃんが慌てて香織さんのところに走っていく。
私も兄も慌ててタバコを消してまなちゃんのところに駆け寄った。
まなちゃんが泣いていた原因は、ゆめちゃんが食べていたマーブルチョコがまなちゃんの口の中に入っていたためだった。
ゆめちゃんが「ゆめが大好きなお菓子だからまなにもあげたら泣いちゃった😫」とゆめちゃんも泣いてしまった。
「ごめんなさい😫うわーん😫」
泣いているゆめちゃん。
香織さんがゆめちゃんを抱き締めて「大丈夫‼泣かないの‼まながもう少し大きくなってから一緒に食べようね」と優しくゆめちゃんに言い聞かせた。
まなちゃんは口からマーブルチョコを出してあげると何事もなかったかの様にケロンとしていた。
ちょうどその時に父親と母親が帰って来た。
元気な泣き声が玄関まで聞こえていた様だ。
母親の第一声が「ずいぶん賑やかだね」だった。
顔は笑顔。
お母さん、退院おめでとう😄
母親の好物がテーブルの上に並べられた。
「恭子、退院おめでとう‼そして誕生日おめでとう😄」
父親はそう言いながら母親にプレゼントを渡した。
母親は早速プレゼントを開けた。
父親からのプレゼント。
高そうなダイヤモンドがついた婚約指輪だった。
「ありがとう😄」
母親は満面の笑みで父親を見つめた。
早速指にはめて、左手を高くかざす。
母親は嬉しそうに手を見つめていた。
母親の退院祝いと誕生日祝いが始まる。
勇樹くんとゆめちゃんからもプレゼントがあった。
勇樹くんからはお小遣いをためて買ってくれた靴下、ゆめちゃんは絵を書いてくれた。
画用紙にパパとママと兄ちゃんと妹と私とばあちゃんがみんなで仲良く横一列で手をつないで笑っている絵だった。
とても可愛く上手に書いていた。
「ゆめは絵が上手だね😄」
母親がゆめちゃんをほめるとゆめちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「でも、じいちゃんがいないね(笑)」
「じいちゃんの顔知らなかった😢」とゆめちゃんは父親の顔を見た。
父親は目を細めて初めて見る孫の行動を見ている。
こんなに楽しい家族団欒は初めてかもしれない。
楽しい時間が流れた。
兄も楽しかった様でハイペースでお酒を飲み、酔っ払っていた。
まなちゃんがねんねしている隣で兄が眠ってしまった。
こうして眠っている親子を見るとそっくりだね😄と皆で笑った。
子供達も遊び疲れたのか眠そうだ。
母親も退院直後で疲れた様子。
酔いつぶれた兄を起こし、香織さんは子供達を連れて帰って行った。
私はせっせと後片付け。
ある程度は香織さんが片付けてくれたので楽だった。
父親と母親はソファーに座りゆっくりと2人の会話を楽しんでいる様子。
長年一緒にいたはずなのにまるで新婚さんの様に仲が良い2人。
前の私なら嫌悪感丸出しだっただろう。
写真を見てからはそんな気持ちはなくなり、穏やかに2人を見る事が出来る。
片付けも終わり「帰るわ」と声を掛ける。
母親が「みゆき、ありがとうね」と返事をした。
父親も「みゆき、今日はありがとう😄気をつけて帰れよ」と玄関まで見送ってくれた。
私は車に乗り込む。
家族への憧れが更に膨らんだ夜だった。
久し振りに亜希子ちゃんから連絡が来た。
「今日、桑原くんと食事に行く約束をしたんだけど…みゆきんもどう⁉」
桑原くん。
亜希子ちゃんの結婚式以来だ。
「桑原くんが嫌じゃなければ是非😄」
「違うよ💦桑原くんからみゆきんも誘おうかって言われたの」
それはそれは嬉しいじゃないか。
ラブホテルの仕事も休みだし、久し振りに亜希子ちゃんにも会いたいし😄
約束の時間に合わせて家を出る。
既に亜希子ちゃんがいた。
「待った⁉」
「全然😄私も今来たの」
かなりお腹が目立っていた。
「性別はわかったの?」
「うん😄男の子みたい」
お腹に手をやり、すっかりママの顔の亜希子ちゃん。
あれ以来、旦那さんは真面目に頑張っているらしい。
良かった良かった。
その時、桑原くんが来た。
「ごめんごめん、お待たせ」
前のスーツ姿とは異なり、ジーンズにシャツというラフな格好の桑原くん。
清潔感があって、なかなか素敵じゃないか。
3人揃ったところで近くの居酒屋に入る。
亜希子ちゃんは「私は飲めないからお茶で」と烏龍茶で乾杯。
私と桑原くんは生ビール。
各々好きなメニューを頼む。
昔話に花が咲き盛り上がる。
楽しい時間が過ぎていく。
お腹もいっぱいになり、お酒もいい感じで回って来た。
亜希子ちゃんが「私、そろそろ帰らなきゃ💦2人はどうする?」と言って来た。
すると桑原くんが「亜希子は帰るのか…そうだ‼藤村、一緒に飲まないか?いい店知ってるんだ」と誘ってくれた。
亜希子ちゃんを見送り、桑原くんと一緒に2件目の店に向かった。
駅前の雑居ビルの地下。
桑原くんの友人が経営兼店長をしている落ち着いた雰囲気のバーだった。
「おっす👍」
桑原くんが店長に挨拶。
「おー‼まさ‼おっ?今日はお連れさんも一緒?」
爽やかな雰囲気の店長。
なかなかのイケメンである。
笑顔で出迎えてくれた。
「高校の同級生の藤村みゆき」
店長に紹介してくれた。
私は軽く頭を下げる。
「はじめまして😄俺はまさ…こいつとは前の勤務先で一緒だった沢崎といいます」
そう言って名刺をくれた。
名刺には「沢崎隆太」と書かれていた。
兄と同じ名前だ。
うす暗く、黒を基調とした落ち着いた店内。
大人の雰囲気たっぷりのお店だ。
「まずはビールで乾杯するか😄」
桑原くんがビールを2つ注文。
お洒落なグラスに注がれた生ビール。
「乾杯」
こんな大人な雰囲気のお店なんて来た事がない。
でも値段はリーズナブル。
なかなかいいお店だ。
「ここのお店、良く来るの?」
桑原くんに聞く。
「月に2~3回かな?最近はちょっとご無沙汰だったけどね」
こうした行き付けのお店があるって、羨ましい話である。
私は余り飲みに出掛けたりはせず宅飲みばかりなのでたまにはこうして飲みに来るのも楽しい。
私がビールを飲み終えた頃店長がまた新しいビールを目の前に置いた。
頼んでないけど…
そう思い店長を見た。
口には出していないが、顔に書いてあったんだろう。
店長は「まさの友人には一杯だけなんだけどサービスしてるんだ😄まさには色々お世話になったからね」
「そうなんですか?ありがとうございます😄」
有難くごちそうになった。
店長と桑原くんが楽しそうに話をしている。
内容はマニアック過ぎて私には何の事だかさっぱりわからない。
たまに話をふられるがわからないため、ただ乾物を食べながら頷くしか出来なかった。
私は出されたさきいかに夢中になった。
程よい塩加減。
なかなか美味である。
カウンター裏から従業員の若い男性が店長を呼んだ。
その声に店長はカウンター裏に消えた。
「藤村、ごめんごめん💦内輪話で盛り上がってしまって」
「大丈夫😄私には美味しいさきいかがあったから」
かすしか残っていないさきいかを見て、桑原くんは爆笑。
「おかわりもらうか?」
「欲しいね」
普段からも酒のつまみでさきいかは良く食べる。
桑原くんと色んな話をする。
元奥さんとの離婚の原因も聞いた。
話しによると、元奥さんは他に男を作り帰って来なくなったらしい。
桑原くんとの離婚後、その男性と再婚をした。
「あなたとの結婚は後悔でしかない。あの人と出会って特にそう感じた。あなたの子供は産みたくないけどあの人の子供は産みたいと思う。
あなたに私を幸せには出来ない、さようなら」
元奥さんにそう言われて、桑原くんは余りの言葉に涙も出なかったそうだ。
「大変だったね」
「もう吹っ切れたけどな」
それから桑原くんは彼女は作っていないらしい。
桑原くんが「藤村はずっと1人か?」と聞かれ「そう、多分一生1人かもね」と答えた。
「まぁ、いい人が見つかればその時は考える」
「結婚は焦ったらダメだ」
「そうだね」
桑原くんとは店が閉店になるまで飲み明かした。
この日から桑原くんと良くメールのやり取りをしたり時間が合えば飲みに行ったりしていた。
恋愛感情はなかった。
仲が良い男友達という感じだった。
桑原くんも「藤村はサバサバしてるから女というより同性と飲んでるみたい」と言っていた。
そんなある日、桑原くんから「藤村に相談があるんだけど…」というメールが来た。
相談?
解決出来るかはわからないけど、話しならいくらでも聞いてあげる。
こうメールで返したら、今度私が仕事が休みの日に会う約束をした。
その日の夕方。
桑原くんがうちに来た。
「相談に乗ってもらうのに手ぶらじゃ悪いから」
そう言って私が好きなビール一箱と、さきいかとするめを買い物袋でいっぱい持って来てくれた。
「いか、好きだろ?」
「ありがとう😄するめも嬉しいね😄」
さきいかやするめは好きだが、お刺身のいかは余り食べない。
「ずいぶんシンプルな部屋だね」
「うん、ごちゃごちゃしているのは苦手でね」
「女の子の部屋ってピンクを基調とした可愛らしい家具なんか置いてるのかと思ったんだけど…」
「期待に答えられなくて申し訳ない」
「藤村らしいといえば、そうだよな、藤村はピンクというより真っ黒だな(笑)」
「日本一ピンクが似合わない女だと思うよ(笑)」
冗談を言い合い笑う。
私は早速持って来てくれたさきいかとするめの封を開けた。
「俺は車だからコーラ持参で来たんだ」
そう言ってショルダーバッグからペットボトルのコーラを出した。
「コーラ以外に飲みたいものがあれば、烏龍茶とオレンジジュースなら冷蔵庫にあるから勝手に飲んで」
「ありがとう😄」
「ところで…相談って?」
「あぁ…たいした話しではないんだけど…」
ちょっと言いにくそうに桑原くんが話し始めた。
「なぁ藤村…藤村の彼氏になるにはどうしたらいいと思う?」
「…は?」
突然の告白に、さきいかを食べる手が止まった。
「さきいかばっか食ってないでさ、どうしたらいいのか聞きたいんだよ…」
「どうしたらって言われても…」
桑原くんの事は嫌いじゃない。
今は特定の男性がいる訳でもないし、好きな人もいない。
桑原くんに対して恋愛感情はなかった。
好きとか愛してるとかの次元じゃなくて、腹を割って話せる大事な人。
「…黙ってるって事は迷惑な相談だったって事か?」
「いや、そうじゃなくて…突然過ぎて戸惑ってる」
「そうだよな…でも、あれから藤村と飲みに行っているうちに「こいつとならうまくやっていけそうな気がする」と思いはじめて、それから藤村が気になる存在になった」
真っ直ぐ私を見つめて真剣に思いを伝えてくれる。
「今すぐにとは言わない。少し考えてくれないか?」
前に桑原くんと飲んだ時に恋愛中の価値観は似ているという話しはしていた。
たまに1人の時間も欲しいし、束縛はされたくないししたくない。
桑原くんも私もお酒もタバコもたしなむから、タバコの煙に気を使わなくてもいい。
ただ、桑原くんは昼間の仕事、私は夜中の仕事で全く逆の生活。
会うとなれば、どちらかが休みの時じゃなければ無理だ。
「少し時間をちょうだい」
「いい返事待ってます」
桑原くんは笑顔で答えた。
恋愛に臆病になっていた私。
桑原くんとなら、いいお付き合いが出来るかな。
でも裏切られるのが怖い。
傷付くのが怖い。
1週間悩みに悩んで、桑原くんに電話を掛けた。
メールではなく直接伝えたかったから。
桑原くんが休みのお昼過ぎ。
携帯を手に目をつぶり深呼吸。
そして桑原くんに電話をした。
「もしもし、桑原くん⁉」
「おっ😄藤村‼やっぱり今日電話くると思ってたよ」
「今電話大丈夫⁉」
「おー全然大丈夫👍」
いつもの桑原くん。
「あの、この間の話しなんだけどね」
「おう」
「条件を出す」
「…条件⁉」
「うん、まず一つ…束縛はお互いしない」
「うん」
「2つ、お互い仕事の邪魔をしない」
「うん」
「3つ、浮気はしない」
「うん」
「それだけ」
「はっ?それって当たり前の事じゃねーの?」
「…そう?」
「言われなくてもわかってるよ😄」
「そう?」
「じゃあ、今日から彼氏っつう事でいいのかな?」
「…かな?」
「なんだ、藤村らしくないな💦」
「恋愛なんて久し振りだからね、どうしたらいいのかわかんないのよ」
「あはは(笑)大丈夫😄俺についてこい」
俺についてこいタイプは初めてだ。
悩んだ理由。
桑原くんは何でも話せるし気は使わなくてもいい関係だった。
飲みに行っても楽しかったし、煩わしさがなかった。
でも彼氏彼女の関係になると、こういう関係が壊れてしまうのではないか?と思ったのだ。
でも、桑原くんならきっと恋愛恐怖症になっている私をいい方向に導いてくれるのではないか、と感じた。
この日から桑原くんとお付き合いする事になる。
桑原くんの仕事は営業。
だから定時で帰れるのは少ないし、付き合いで飲みに行く事も良くある。
理解はしているので不満はない。
桑原くんは離婚してからはずっと実家暮らし。
だから会う時はうちに来る。
日祝休みの桑原くんと平日休みが多い私とでは、なかなか会う時間は少ないがそれはそれでお互い文句はなかった。
たまに休みが合う時は、色々出掛けたりした。
桑原くんとのお付き合いは心地が良かった。
桑原くんと付き合ってしばらく経ったある日。
休みが重なった。
しかし天気はあいにくの雨。
台風上陸の日で雨風が酷かった。
アパートの窓にも雨が激しく当たっていた。
「今日はせっかくの休みなのにこの天気じゃ、何処にも出掛けられないね😫」
桑原くんが言う。
「本当だね、どうしようか?」
「今日は家でのんびりするか?」
桑原くんがうちに来た。
大きな紙袋を抱えていた。
「ゲームしようぜ(笑)」
テレビゲームとソフトを持参した桑原くん。
朝から2人でゲームで盛り上がった。
子供の様にはしゃぐ桑原くん。
憎めない人である。
お昼は私がオムライスを作り一緒に食べた。
「オムライス、なかなかうまいじゃん🎵」
「そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」
お昼を食べて一服し、再びゲームをする。
こうして家でゲームをしてのんびり過ごす休日も悪くない。
夕方、台風も過ぎたのか雨風が小康状態になった。
桑原くんが「おっ、雨も止んできたし、藤村が好きな温泉でも行って来るか?」
「いいねぇ😄」
良く行く銭湯に行く。
「ふぅー、気持ちいいな」
やっぱり温泉はリラックス出来る。
こんなデートもいい。
余りお金をかけなくても、こうして楽しめるのは最高の幸せだ。
背伸びをしないで、こういうお付き合いが出来る桑原くん。
いい彼氏に巡り合えたと感謝したい。
桑原くんとのお付き合いも順調。
私は相変わらずラブホテルでの勤務。
仕事中でも特別忙しくない限りメールは出来る。
「仕事終わった😆さて、藤村には悪いがこれから至福の一時を👍」というメールと共に缶ビールの画像が添付されているメールや、「明日は朝一で会議だ😫」という他愛もないメールが送られてくるのを見る。
忙しい時はなかなか携帯を見れないが、遅くなる時は見るだけで返信はしない。
必ずメールはくれる。
私もメールはする。
今月初めて休みが重なった。
その日は桑原くんの給料日直後という事で、桑原くんがお昼をご馳走してくれる約束をした。
しかし前日の夜に桑原くんから「何だか脇腹が痛いんだよね💦でも、明日は藤村に会えるから会えば治るさ😁」というメールが来ていた。
病院に行きたくてもその日は日曜日。
月曜日も痛かったら、仕事を抜け出して病院に行くと行っていた。
約束の時間通りいつもの桑原くんがうちに来た。
「脇腹の痛みは?」
「うん、大丈夫😄今日は久し振りに藤村とデートだ‼」
嬉しそうに話す桑原くん。
心配はしたものの、いつもの桑原くんだったためデートに出掛けた。
桑原くんの車に乗り込む。
車を走らせる事20分。
桑原くんの顔から笑顔が消え、顔色がみるみる悪くなる。
「藤村…ごめん、ちょっと停まる」
そう言って桑原くんは車を公園の駐車場に入れて停めた。
脇腹を押さえて苦しみ出した。
「桑原くん‼大丈夫⁉」
無言で首を縦には振るものの、苦しそうに顔を歪めている。
これはただ事ではない。
「桑原くん‼救急車呼ぶよ‼」
私は急いでカバンから携帯を取り出し119番をした。
すぐに救急車が到着。
桑原くんは救急車に乗せられた。
私も一緒について行く。
救急車の中でもかなり苦しんでいた。
総合病院の救急外来に到着。
すぐに診察が開始された。
私は待合室で待機。
落ち着かず、椅子から立ち上がったりウロウロする。
不安と恐怖が駆け巡る。
桑原くん…‼
きっと、本当はずっと痛かったのに無理して来てくれたんだ…
もっと早く病院に行ってたら…
桑原くんに何かあったらどうしよう…
泣きそうになりながら待合室にいた。
待合室のドアが開いた。
「桑原さんのお連れ様ですか?」
若い看護師さんが私を見た。
「はい…彼女なんですけど…彼はいったい…」
若い看護師さんに聞いた。
待合室で待っている間、私は「腹膜炎ではないか?」と思っていた。
兄が17~8歳の頃、仕事に行く準備をしていた時、急にお腹が痛いと訴えた。
尋常じゃない苦しみ様にさすがの母親も兄の元に駆け寄る。
その時も兄は右脇腹を押さえていた。
「みゆき‼救急車を呼んで‼」
母親が叫ぶと私は震える手で受話器を取り119番をした。
兄があんなに苦しむ姿を初めて見たからだ。
当時私はまだ中学生。
不安が駆け巡る。
兄はすぐさま救急病院に搬送されそのまま手術、入院となった。
無事に退院し今は何の問題もなく元気な兄だが、この時の事が頭を過った。
しかし、看護師さんから伝えられた病名は全く違っていた。
「尿路結石です」
「尿路結石…ですか?」
「一般的には尿管結石と言われているものです」
尿管結石…これは痛いと聞いた事がある。
倒産した会社の部長も尿管結石になり、石が出るまで苦労した様だ。
部長が「女の陣痛、男の尿管結石、これが痛みで一番辛いが女は赤ちゃん、男は石が出たあの瞬間は最高の幸せだ」と言っていた記憶がある。
それだけ苦しいものなのだろう。
桑原くんはまだ治療が続けられている様子。
命に別状はないと聞いて安心したが、しばらくの間桑原くんは石との闘いになった。
桑原くんの治療が終わり帰宅が許されたのは、午後2時を回っていた。
薬をたくさんもらっていた。
「この座薬すげーぞ‼あんなに痛かったのに、この座薬のおかげであの痛みから解放された😆」
痛みが楽になったらしく笑顔が戻った。
「藤村、悪かったな…せっかくのデートがこんなんなっちゃって⤵」
「大丈夫、気にしないで😄早く石が出るといいね」
「尿管結石ってオヤジがなるもんだと思ってたけど…あっ、俺も十分オヤジか😁」
「えっ⁉桑原くんがオヤジなら同じ年の私はオバサンじゃん(笑)まぁ、オバサンだけど(笑)」
病院からタクシーに乗り、車を停めた公園に向かう途中2人で笑う。
一時はどうなる事かと思ったが桑原くんの笑顔を見てホッとしていた。
桑原くんの車に到着。
「運転大丈夫?」
「大丈夫‼」
桑原くんはそう言って車を走らせた。
「晩御飯になるけど、約束通り飯おごるよ」
「病院代も結構かかったし、無理しなくても…」
「藤村には迷惑かけたし、約束したからね😄」
行ってみたかった先月オープンしたてのイタリアンレストラン。
ビルの最上階にあり、夜景が綺麗だった。
オープンしたてという事もあり満席だった。
少々待ち時間はあったものの、夜景を見ながらの食事は贅沢な気分になる。
また桑原くんとしばらく会えなくなるが、体を大事にしてもらいたい。
話は変わるが、先日勤務先のラブホテルで休憩中、おにぎり片手にお客さんが置いていった地元紙を読んでいた。
するとある記事を目にして驚いた。
以前お付き合いしていた篤志が傷害事件を起こしたという記事が載っていた。
記事によると篤志は酔っ払ってたまたま近くを歩いていた23歳の男性に良くわからない因縁をつけてぶん殴ったらしい。
短気な篤志。
ばあちゃんも心配していた。
とうとう篤志は「容疑者」になってしまった。
今は関係ないが、やはり一時はお付き合いしていた人が容疑者になってしまうのは悲しいというか残念で仕方ない。
ばあちゃんもきっと悲しんでいるだろう。
ばあちゃんも高齢だ。
余計な心配をかけてしまい、ばあちゃんの心労を思うと辛い。
篤志は根は悪い人ではない。
普段は優しくて、特にご年配には見習いたい程の配慮と気配りをする。
横断歩道で歩行者用信号機が点滅していても渡り切れないおばあちゃん。
篤志はおばあちゃんのところまで駆け寄り、おばあちゃんを背負って来た。
おばあちゃんは笑顔でお礼を言った。
篤志も笑顔で答えた。
その笑顔が好きだった。
将来はばあちゃんの面倒を見ると介護の資格も取得していた。
しかし短気な性格がそんな篤志をダメにしてしまう。
短期は損気。
本当にその通りだと思う瞬間だった。
一緒に頑張って来た夜のメイクのゆうちゃんが、今月いっぱいでラブホテルを辞める事になった。
理由は昼間の美容師の仕事が忙しくなり、夕方5時からの勤務に間に合わないからとの理由だった。
夜のメンバー唯一の平成生まれであるゆうちゃん。
昭和の人間には良くわからない言葉も多かったが、仕事は文句を言いながらも欠勤もなく真面目に働いていた。
昼間の仕事の都合で何度か遅れてくる事はあったが、皆理解はしていたので不満はなかった。
カットモデルになって欲しいと言われて、格安で髪を切ってもらった事もあった。
ゆうちゃんが辞めるに伴い、新しい人を募集。
入って来たのは50代の昌代さんという人。
「もう年齢的に仕事がないので、一生懸命頑張ります‼」
そう言っていたものの、想像以上にきつかったのだろう。
翌日には「体力的に無理です」という電話が来た。
今度また40代後半の良子さんという人が来た。
これまた1週間で辞めてしまった。
理由は同じ。
私も最初の半月は身体中が筋肉痛になり、覚える事もたくさんあり何度辞めようと思ったかわからないが、ピークを過ぎ身体が慣れれば楽な仕事である。
新しく人は来るものの、なかなか続かない。
そのうち、ゆうちゃんが辞める日になってしまった。
ゆうちゃんは「本当は辞めたくないけど😢」と寂しそうだったが「暇な時は遊びにおいで😄いつでも待ってるから😄」と言うと、嬉しそうに「ありがとう😄」と言ってお別れした。
ゆうちゃんの後任がなかなか決まらず半月が過ぎた。
それまではゆうちゃんの分も今いるメンバーでこなした。
48歳の真奈美さんという人が入って来た。
前に違うラブホテルで働いていた経験者という事もあり、覚えも早く頑張っていた。
しかしこの真奈美さん、一癖ある人物だった。
今まで一度もなかった、財布の中身が消えるという事が度々起きた。
最初は数え間違いだと思っていたが、そうではなかった。
この真奈美さん。
どうやら盗み癖がある様だ。
ただ確たる証拠がないため真奈美さんに聞く訳にはいかない。
当たり前に否定されるだろう。
私だけではなく、夜のメイクさん全員が被害にあっていた。
そこで作戦を考え実行した。
真奈美さんと私と純子さんの3人が一緒の時である。
私と純子さんは予め1万円分の千円札をお財布に入れておいた。
お札の番号は全て控えた。
私と純子さんはわざと財布を取り出しやすい場所に置き席を離れた。
真奈美さんが来る前は、何処に財布を置いても中身がなくなる事は皆無だった。
ジュースを買うふりをして財布の中身を確認。
8千円しか入ってなかった。
「やっぱり盗ったか」
心の中で呟き、純子さんを見た。
やはり純子さんも中身が減っていた様子。
一か八かのかけに出た。
純子さんが「真奈美さん、申し訳ないんだけど、今日両替する時間がなくて千円札が不足しているの、5千円でもあれば助かるんだけど…」
普段はこんな事はまずあり得ない。
朝と夕方に社長が金庫のお金を計算し、両替をしていく。
お客さんは部屋の中にある自動精算機で精算するため直接お釣りの受け渡しはする事はまずない。
しかし、お客さんが部屋でフードメニューを頼む時に配達をしてくれる食堂に立て替えで支払わなくてはならない。
そういった時のお金である。
まだ入ったばかりの真奈美さんは疑う事もなく「わかりました😄」と笑顔で財布から5千円を出した。
純子さんも笑顔で「申し訳ない、ありがとう😄」と真奈美さんが財布から出した千円札5枚を受け取り、5千円札を手渡した。
そして純子さんは計算をするふりをして、控えたお札の番号をチェック。
すると見事に控えてあった番号のお札を見つけた。
これで真奈美さんが財布からお金を盗んだ確たる証拠になる。
純子さんは私に目で合図し「ねぇ真奈美さん、ちょっと…」とテレビを見ていた真奈美さんを呼んだ。
まさかバレたとは思っていない真奈美さんは笑顔で「はい😄」と言いながら純子さんのところに歩み寄る。
この直後、真奈美さんの顔から笑顔は消えた。
「真奈美さん、ちょっといい?」
純子さんが真奈美さんを手招きした。
「真奈美さんがさっきお財布から出したこの千円札、ここに書いてある番号と同じなの…」
手書きで番号を書いたメモ用紙を真奈美さんに見せて説明をした。
「実は、前から真奈美さんが出勤の時だけ必ずと言っていい程お金の紛失があるから…」
純子さんがまだ話している時に真奈美さんが突然「騙したな‼」と言って純子さんの胸ぐらを掴んだ。
さっきまでの笑顔から一変、鬼の様な形相で純子さんを睨み付けていた。
「ちょ…何するのよ‼」
純子さんが真奈美さんの手を振り払おうとしているが、かなり強い力で掴まれていた。
「人を騙して楽しいのか⁉あーそうだよ‼パクったよ💢盗られたくなきゃ財布をちゃんと閉めておけ💢あれじゃ、盗られても文句言えないんじゃないのか⁉盗った分返すよ💢」
この人…正気なんだろうか?
恐ろしく感じた。
真奈美さんは財布から千円札15枚を取り出し、純子さんが座っていた机に「ドンっ‼」と目一杯叩きつけた。
「これで文句を言われる筋合いはないでしょ?あーくだらない💢もういいわ、帰る」
そう言って真奈美さんは荷物をまとめて帰ってしまった。
翌日から真奈美さんが来る事はなかった。
とりあえずお金が返って来た事と、もう会う事はないだろうとの理由で警察には連絡しなかった。
仮に私が1人で休憩室にいて誰かの財布が無造作に置いていても真奈美さんの様に手をつけようと思わない。
大変驚いた出来事だった。
48歳、子供4人の母親である真奈美さん。
一番下の子供も小学校4年生だと言っていた。
こんな母親では子供が可哀想である。
もう4年生なら良い事悪い事の判別はついていてもいい年齢だろう。
自分の母親が職場の人の財布からお金を抜き取り、発覚したら逆ギレするなんて聞いたらショックを受けてしまうだろう。
真奈美さんが辞めてからもなかなか人が決まらない。
そして綾子さんという40歳の人が入って来た。
大人しい人だが、話せば話してくれる。
仕事も真面目に頑張り、だいぶ慣れて来た。
子供さんが3人いて、一番上の娘さんは有名私立進学校に通っている。
昼間もパートをして夜も働く綾子さん。
「子供にお金がかかって昼間のパートだけじゃキツくて💦」
そう話していた。
旦那さんはいるが、なかなか生活は厳しい様だ。
この不景気で旦那さんの給料も減らされたと話していた。
綾子さんは週3~4日でメイクで入っている。
昼間のパートと合算したらそれなりの金額になるだろう。
子供を一人前に育てるには一千万円かかると聞いた事がある。
娘さんも進学校なら大学に進むだろうし、まだまだ頑張らなくてはならない。
ただ無理をして倒れてしまっては大変だ。
「のんびりやりましょ😄」
いつも綾子さんに声を掛ける。
一生懸命頑張っている綾子さん。
ずっと頑張って欲しいと思う人が入って来てくれた。
仲間として大変嬉しい。
ある日の休日。
桑原くんは仕事のため、仕事が終わったらうちに来る約束をしている。
日中は暇だったため、午前中は部屋でゴロゴロして午後からリサイクルショップに出掛けた。
前の休みに使わなくなった服やカバンを整理したやつを売りに行った。
いくらかにでもなれば有難い。
紙袋に入れて、リサイクルショップに持ち込む。
「いらっしゃいませ😄お売り頂けるものですか?」
笑顔で若い男性店員が声を掛けてくれた。
「はい」
「では、15番でお待ち下さい😄計算が出来たらお呼び致します😄」
15と書かれたプラスチックの小さな札をもらい、それまでプラプラと店内を見て歩いた。
古着を見ていると「みゆきじゃないか‼」と声を掛けられた。
振り向くと以前お付き合いをしていた慎吾だった。
「…ご無沙汰してます」
無愛想に挨拶。
一方慎吾は「元気だったか?」と終始笑顔。
「今は何をしてるんだ?」
「彼氏は出来たか?」
「何か服でも買うのか?」
色々質問をしてきたが、答える筋合いはないと適当にかわしてした。
その時に「番号札15番のお客様」と店内放送が流れた。
慎吾に「呼ばれたから」と言い、カウンターに向かった。
思っていたよりも高い金額で買い取ってくれた。
お金も受け取り、店を出ようとした時に慎吾に「久し振りに会ったんだから、ちょっとお茶でもしないか?」と言われたが断った。
しかし慎吾は「ちょっとくらいいいじゃん」としつこく追いかけて来たため「奥さんがいる人とは関わりたくない」と慎吾を振り払った。
「あっ?俺、離婚したんだよ」
「はっ?子供は?」
「向こうが引き取ったよ」
「そう」
私は振り返らずに返事をして自分の車に向かって歩く。
「みゆき‼よりを戻さないか?」
慎吾が叫んだ。
「無理✋」
私は即答。
そして車に乗り込んだ。
慎吾と付き合っていた時は結婚も考えたが、裏切られ、元カノと子供を作り元カノと結婚。
元カノと別れたからまた私とよりを戻したいとは、余りにも自己中である。
何より今の私には桑原くんという大事な人がいる。
桑原くん以外の男性は全く興味がない。
こんな慎吾みたいな男は別れて正解だ。
桑原くんからメールが来た。
「今日は残業になるから😞」
今は繁忙期で忙しいと言っていた。
仕事なら仕方がない。
洗濯をしながら、録り溜めしておいた番組を見る。
まだ桑原くんの仕事は終わりそうもない。
冷蔵庫の中にある半端野菜を入れてカレーを作った。
そうこうしているうちに桑原くんから着信があった。
「やっと帰れる😫」
ふと時計を見ると、午後8時40分だった。
「遅くまでお疲れ様」
「このまま真っ直ぐ藤村んちに行くかな?」
「晩御飯は食べたの?」
「食べてない⤵」
「カレーだったらあるけど」
「食う‼急いで帰る😍」
20分後、インターホンが鳴った。
ネクタイを緩めたスーツ姿の桑原くんが笑顔で立っていた。
「おっ🎵カレーのいい匂いがする😍」
桑原くんはカレーライスが大好きらしい。
一緒に手を合わせて「いただきます」
「んーうまいっ‼」
桑原くんは相当お腹がすいていたのか、一気にカレーを頬張る。
憎めない人である。
ご飯も食べ終わり一服。
「なぁ藤村」
タバコを吸いながら桑原くんが話し掛けた。
「何?」
先に一服し終え、後片付けをしていた私はお皿を洗いながら答えた。
「藤村にちゃんと話しておかないといけない事があって」
お皿を洗う手を止めて振り返ると、真面目な顔をした桑原くんがいた。
「俺、10月から転勤が決まったんだ」
「えっ…?」
「多分、転勤したら2~3年は帰って来ない」
言葉に詰まった。
転勤先は飛行機に乗らなければ往き来が出来ない距離だ。
「そこで藤村に相談なんだけど…」
「何?」
「俺と一緒について来る気はないか?」
「えっ?」
「10月の話しだから、今すぐの返事は望んでいない。少し考えてくれないか?」
「…うん」
「藤村、俺と結婚しないか?」
「結婚⁉」
突然のプロポーズに驚いた。
「藤村と一緒にいて、心から安らげるし気は使わないし最高のパートナーだと思っているんだ…年齢的にもさ」
「…うん」
「考えてみてくれないか?俺、藤村の事を心から愛しているんだ。こんなに女性を愛した事はない」
そう言って桑原くんは台所に立っていた私を抱き締めた。
桑原くんがいつもつけている香水のいい香りに包まれた。
こんな桑原くん、初めて見た。
いつも少年の様にはしゃぎ、いつも笑顔で優しさに満ち溢れている桑原くん。
戸惑いもあったが抱き締められている時は幸せな気持ちでいっぱいだった。
結婚かぁ。
桑原くんとなら幸せな結婚生活が送れるかな…。
桑原くんについていく決心をした。
ラブホテルも辞める事になる。
このアパートも引き払う事になる。
住み慣れた街を離れるのは寂しいが、桑原くんと一緒なら慣れない街も住めば都。
きっと頑張れる。
まだ先の話ではあるが、桑原くんとの結婚も視野に入れて準備を始める。
桑原くんのご両親にご挨拶に行った。
定年退職されたが、元郵便局長のお父さん。
亜希子ちゃんのお母さんと仲が良いお母さん。
お父さんは寡黙な方だが、お母さんは良く話す。
「あなたがみゆきさんね😄亜希子ちゃんと仲が良いって聞いたわ😄」
「はい」
お母さん手作りのレアチーズケーキを頂いた。
「お口に合うかわからないけど…」
「とても美味しいです」
甘くなく、程よい酸味のバランスが絶妙。
大変美味しい。
お母さんはたまに私の名前を間違える。
その度に桑原くんが「みゆきだから」と訂正する。
元嫁の名前だと思われる。
気にはなったが仕方ないと思う様にした。
「みゆきさん😄雅之の事よろしくお願いしますね😄」
「こちらこそ💦」
緊張したがご挨拶を終えた。
桑原くんにはお兄さんがいるが、この日は仕事の都合で会えなかった。
後日、お兄さんに会う予定である。
私の方にも挨拶。
誰よりも兄が桑原くんを気に入った様だ。
母親は体調が優れなかったが、桑原くんと会ってくれたが長時間は厳しいとの理由で簡単な挨拶で済ませた。
「みゆき、多分お袋無意識なんだろうけど元嫁の名前で呼んでごめん」
「いいよ、仕方ない」
桑原くんとの結婚に向けて少しずつ準備をしていった。
桑原くんの転勤予定日まで2ヶ月を切った。
そろそろラブホテルにも辞める事を伝えなくてはならない。
大家さんにも退去する事を伝えなくてはならない。
ラブホテルの社長や皆と別れるのは寂しいが、とても飛行機では通えない。
桑原くんも転勤前の仕事で忙しく、なかなか会えない日が続いた。
そんなある日。
私はラブホテルの仕事が珍しく連休。
桑原くんは仕事だが、連休初日は早く帰れるとの事で久し振りに会う約束をした。
「今日は藤村んちでピザでもとるか🎵」
桑原くんからお昼休みに連絡が来た。
桑原くんが来る前に部屋を片付けて掃除機をかける。
洗濯もして、飲み物を買いに近所のスーパーに買い物に来た。
後は桑原くんが来るのを待つだけだ。
夕方6時過ぎには帰れると言っていた桑原くん。
しかし6時半を過ぎても音沙汰がない。
「仕事終わらないのかな」
そう思っていた。
そして午後8時過ぎ。
未だ連絡がない。
桑原くんにメールをする。
「仕事お疲れ様💦今日は残業なのかな?」
いつもなら残業でも必ず10分以内には返信があるが9時近くになっても返信がなかった。
「桑原くん…何かあったのかな…」
電話をしてみるが、留守番電話サービスに繋がる。
不安が駆け巡る。
時刻は午後9時を回ったところ。
何度か携帯に連絡をするがやはり繋がらない。
「桑原くん…何かあったの?」
その時、私の携帯に着信があった。
私の携帯に登録されていない携帯番号。
「もしかしたら桑原くん⁉」
会社が支給した携帯も持っていたため、その電話だと思ったのだ。
「もしもし⁉」
慌てて電話に出た。
「あの…藤村みゆきさんの携帯でしょうか?」
低い声の男性からの電話だった。
「はい…そうですけど…」
警戒する私。
「私、桑原雅之の兄ですが」
桑原くんのお兄さん⁉
「はあ…」
突然のお兄さんからの電話に戸惑った。
「突然のお電話失礼します。あのですね…弟、雅之は交通事故に遭いまして今、病院の救急センターにいます」
お兄さんの話しで全身の血の気がひいていくのがわかった。
手足が震え、背筋が冷たくなった。
「弟はずっとうわ言の様に「藤村…藤村…」と言っているみたいでして…病院に来て頂けませんか?」
「わかりました‼これからすぐに向かいます‼」
着替えもせず、貴重品と免許証が入ったバックを手に取り、ダッシュで階段を駆け降りて車を走らせた。
うっすらと目に涙が浮かぶ。
無我夢中で車を走らせる事20分。
お兄さんが教えてくれた総合病院の救急センターに到着。
桑原くんのご両親とお兄さんが控え室にいた。
「桑原くんの様子は⁉」
私は涙を溜めながら聞いた。
「みゆきちゃん‼」
お母さんがハンカチを握りしめながら私を見た。
お父さんは眉間にシワを寄せていた。
話を聞くと、営業先から帰る途中に大型トラックと信号がない交差点で出会い頭に衝突し、桑原くんが乗っていた会社の軽は大破、桑原くんは全身打撲と頭部強打で救急車でこの病院に運ばれて来たとの事だった。
会社の方がそう話していたらしい。
お母さんは体が震え、顔色も悪い。
お兄さんも仕事帰りだったのかスーツ姿のままだった。
看護師さんが控え室のドアをノックした。
「桑原さんのご家族の方ですか?」
「はい‼そうです‼」
お母さんがすぐに返事をした。
「息子です‼息子はどうなんですか‼」
お母さんは泣きながら看護師さんに向かって叫ぶ。
「まずこちらに来て頂けますか?」
看護師さんが桑原くんの治療をしている部屋に呼ばれた。
私は控え室で待機する事に。
桑原くんは手術をする事になった。
私は祈る事しか出来ない。
医者でも看護師でもないため、医療については無知である。
私が病院に来たからと言って桑原くんの怪我が劇的に変わる訳でもない。
何も出来ない私。
ただただ祈る事しか出来ない。
「神様…‼どうか桑原くんを助けて下さい‼お願いします‼」
いつも笑顔の桑原くん。
どんなに仕事で疲れていても私が休みの日には「藤村の顔を見ると、どんなに高い栄養剤より元気になる😁」とどんなに残業で遅くなっても、10分でも必ず顔を出してくれた。
「テトリスは俺に敵うやつはいない😁」
そう言い切ったが私にあっさり負けて「もう一回やるぞ‼」と腕捲りをして頑張っていた。
初めて一泊で旅行に行った時、本館と別館を間違えてしまい「別館はお隣でございます」とフロントのお姉さんに言われて、真っ赤になっていた桑原くん。
初めて一緒に過ごした夜、頑張り過ぎて終わってから腰が痛いと泣いていた桑原くん。
桑原くんは椎茸とシメサバと納豆が嫌い。
野球が好き。
車が好き。
カラオケが好き。
子供が好き。
「子供は3人欲しいな😍」
そう言っていた。
実家で飼っている犬を溺愛。
可愛いチワワ。
名前は「やま」
桑原くんの友人であるヤマさんという人からもらったから「やま」とつけたらしい。
たまにうちに「やま」を連れて来ていた。
余り吠えず、桑原くんの言う事をちゃんと聞くお利口な犬「やま」。
桑原くんとの色々な事を思い出す。
またあの桑原くんの笑顔が見たい。
少しハスキーなあの声をまた聞きたい。
手術が終わった。
時刻は既に夜中1時を過ぎていた。
桑原くんは集中治療室に運ばれた。
沢山の管が体につけられ、周りには沢山の機械があった。
あちこちから色んな機械音が聞こえる。
人工呼吸器が装着されている。
顔は事故の衝撃で腫れているが怪我は少ない。
麻酔で眠っている桑原くん。
桑原くんのお父さんとお兄さんは一度自宅に帰った。
お母さんは眠っている桑原くんの頭をさすり顔を見ている。
「みゆきちゃん」
泣き腫らした顔のお母さん。
「こんなに遅くまでごめんなさいね」
「いえ…」
「この子、みゆきちゃんの話をする時はいつも笑顔で…幸せそうだったわよ」
そう言って桑原くんの顔を見た。
「桑原くん…」
涙が止まらない。
どうか無事に回復します様に…
桑原くんが入院して5日が過ぎた。
私は仕事に出ていた。
しかし桑原くんの事が気になりミスばかり。
さすがに社長に呼ばれた。
「藤村、最近どうした?普段しないミスばかりだけど…」
「すみません」
「余りプライベートを聞くのは好きではないが…何かあったのか?」
「あの…実は今お付き合いをしている人が事故に遭いまして…まだ意識が回復しなくて…そればかりが頭に…」
私は下を向きながら答えた。
社長は「そうか…それは大変だな…」
まだ社長に辞める事は伝えていなかった。
社長と相談をし、桑原くんの容態が落ち着くまでは早上がりさせてもらう事にした。
自宅に帰りシャワーを浴びる。
シャワーから上がり、ドライヤーをかけていた時に私の携帯が鳴った。
桑原くんのお兄さんからだった。
「夜遅くに大変申し訳ありません…桑原雅之の兄ですが」
「いえ、大丈夫です…こんばんは」
「雅之の意識が回復しました」
「本当ですか⁉良かった…‼」
私は嬉しさの余り飛び上がった。
「しかしまだしばらくは絶対安静なので、お見舞いは…お気持ちだけで。一般病棟に移った時にはいつでもお待ちしています」
「ありがとうございます‼」
お兄さんとの電話を切ってから私は嬉し泣き。
良かった…
本当に良かった‼
お兄さん、ご報告感謝です。
怪我が良くなるまでかなり時間はかかるだろうけど、1日も早い回復を願う。
その日は夢を見た。
元気な桑原くんが私と手を繋ぎ、いつもの笑顔で仲良くデートをしていた。
私が履いていたスニーカーの靴紐がほどけた。
私は桑原くんに「ちょっとごめん」と言って靴紐を結び直した。
立ち上がると隣にいたはずの桑原くんがいない。
「あれ?桑原くん⁉」
私は周りをキョロキョロしながら桑原くんを探した。
すると桑原くんは何故かスーパーマンの様に空を飛んでいた。
「おぉーい‼藤村‼」
上空から笑顔で私を呼ぶ。
「桑原くん⁉」
私は下から桑原くんを呼ぶ。
その時、ガタンという音がしたと同時に目が覚めた。
チェストの上にあげておいた桑原くんとのツーショットの写真を飾ってある2つ折りの写真立てが倒れていた。
たまに倒れる写真立て。
「はぁ…」
ため息をつきながら写真立てを直す。
「桑原くん…」
桑原くんとの笑顔の写真。
一泊旅行に行った時に撮影したものだ。
「早く元気になってね」
写真の桑原くんに話し掛ける。
そして再び就寝。
「回復した」の言葉に安心したのか、久し振りにゆっくり眠れた日だった。
翌朝。
目が覚めると朝10時半を過ぎていた。
久し振りにゆっくり眠れたおかげで目覚めも良かった。
あくびをしながら寝起きの一服をしにリビングに向かう。
タバコに火を点けてすぐに携帯が鳴った。
父親からだった。
「みゆき、おはよう😄」
「おはよう」
「何だ、寝てたのか?」
「今起きた」
「来週の木曜日は仕事か?」
「来週の木曜?あーちょっと待って」
私はシフト表を見た。
「休みだけど…?」
「そうか😄じゃあ飯でもどうだ?」
「ご飯?」
「あぁ。来週の木曜日に籍を入れようと思ってるんだ」
「そうなんだ、じゃあ私邪魔じゃん。2人で仲良く食べればいいのに」
「隆太も呼ぶつもりなんだが」
「兄ちゃんも?」
「あぁ、そうだ。入籍の日に家族でご飯を食べたいと恭子の願いでもあるんだよ」
「そう」
「隆太は仕事だろうから夜にでも電話をするつもりだ」
「香織さんや子供達は?」
「隆太に聞いてみない事には…」
「わかった、じゃあ来週の木曜日はあけとくよ」
桑原くんの容態が回復していなければ断っていたが、回復したと聞いたため木曜日は家族でご飯を食べに行く事にした。
お兄さんは度々、桑原くんの様子を教えてくれた。
まだ人工呼吸器は外れないが、血圧も心拍数も落ち着いているとの事。
少しずつ回復しているのがわかった。
お兄さんも離婚経験があり今は彼女もいないらしい。
会社の独身寮にいる。
独身寮と病院が近いため、ほぼ毎日病院に行っている。
お兄さんからの電話で桑原くんの様子を聞く度に安心した。
その日の夜。
亜希子ちゃんから着信があった。
亜希子ちゃんは私と桑原くんが付き合っているのは知っている。
桑原くんの怪我の具合を心配する電話だった。
そして臨月に入り、赤ちゃんはいつ産まれてもおかしくないという。
性別は女の子らしい。
今の子供は属にいうキラキラネーム、DQNネームというのか変わった名前が多い。
兄と香織さんのところは勇樹と女の子2人は平仮名なので読み方に困る事はないが、甥っ子姪っ子が通う幼稚園のお友達にも不思議な名前が多く、何と読むのか困惑する事もある。
しかし今の時代、そういう名前が多いから違和感はきっとなくなる事だろう。
亜希子ちゃんはまだ名前は考え中との事。
「最後に「か」か「な」がつく名前にしたい😆」と言っていた。
素敵な名前をつけて欲しいと思う。
話しは反れたが、亜希子ちゃんが桑原くんのお見舞いに行きたいと言っていたがまだ身内以外は無理と伝えると、一般病棟に移ったら一緒にお見舞いに行く約束をした。
亜希子ちゃんのお母さんも一緒である。
亜希子ちゃんが独身時代は何度も家に遊びに行っているので、もちろん亜希子ちゃんのお母さんは面識がある。
遊びに行っても仕事でいない事が多かったが、いる時は色々とお世話になった。
亜希子ちゃんは旦那さんとは相変わらずそれなりに上手くいっている様子。
旦那さんは前の会社を辞めて違う会社に転職をしたらしい。
不倫していた汚点を払拭しようと一生懸命の旦那さん。
亜希子ちゃんに未だに頭があがらない。
両親の入籍予定である木曜日。
待ち合わせ場所は、地元でもイチニを争う高級料理店。
ラフな格好ではかなり場違いなので、気に入って買ったはいいが着る機会がなく、クローゼットにしまいっぱなしだったワンピースを引っ張り出した。
約束の時間の10分前に到着。
既に両親は到着していた。
店に入るとボーイさんがいた。
「いらっしゃいませ」
「あの…寺崎の連れなんですが…」
「お待ちしておりました😄ご案内致します」
とても丁寧な挨拶。
薄暗い照明の店内。
ボーイさんの後についていく。
店内はほとんどが個室。
すれ違う店員さんは必ず立ち止まり「いらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をしてくれる。
恐縮する。
案内されたのは一番奥の部屋。
ボーイさんが部屋の襖をノック。
「失礼致します。お連れ様をご案内致しました」
そう言って襖を開けた。
すると隣同士で仲良く座っていた両親がいた。
「みゆき😄」
父親が笑顔で手を挙げた。
ボーイさんは「失礼致します」とお辞儀をして戻った。
兄は仕事の都合で少し遅れると連絡がきていた。
勇樹くんとゆめちゃんがおたふくになったため、香織さんと子供達は留守番。
両親の左手薬指には光輝く結婚指輪。
交際歴30何年の新婚さんだ。
程なくして兄も到着。
兄は黒のスーツ姿だ。
兄も私も車で来たため、ノンアルコールのビールで乾杯。
家族だけでお祝いが始まった。
「結婚おめでとう」
「ありがとう😄」
嬉しそうな両親。
高そうな料理が運ばれて来た。
何から手をつけていいのかわからない。
私と兄は、ナイフで切ってフォークで口に運ぶという上品な行動に戸惑う。
スープもいつもみたいにお皿を持って飲み干したいがさすがにそれは出来ない。
兄も同じだった。
父親と母親は手慣れた感じで上手に切り分け食べている。
耐えられず料理を運んでくれるボーイさんに「すみません、箸を下さい」と注文。
兄も「箸2善で」と注文。
割り箸が来た。
やっと落ち着いてご飯が食べれる。
こんな上品な食事をする機会なんてまずない。
ナイフとフォークでの食事なんて、しいて言えば結婚式くらいだろう。
両親から入籍の報告があった。
「隆太、みゆき。今日から私は正式な父親だ。本当はもっと前からそうなる予定だったが…。頼りない父親だが、これからもよろしく」
父親は満面の笑みだ。
母親も今のところ癌の再発は見られないが、今でも定期的に病院に通っている。
桑原くんの事を聞かれた。
「次はみゆきの番だな😄」
心配はかけたくなくて桑原くんの事故、入院の事は言わなかった。
食事会も終わった。
父親と母親は仲良く車に乗り込む。
その姿を兄と2人で見守る。
幸せいっぱいの両親は笑顔で手を降って帰って行った。
兄もおたふくの子供が待っているからと帰宅。
私も車に乗り込む。
タバコを取り出すのに助手席に置いたカバンを開けた。
サイレントにしていた携帯が点滅している。
着信かメールが来ているという事だ。
運転席で窓を半分開けてタバコを吸いながら携帯を開いた。
桑原くんのお兄さんからの着信だった。
折り返しお兄さんに電話をするが留守番電話になった。
携帯をまた再びカバンにしまい車を走らせた。
すると今度はお兄さんからの着信。
しかし今度は私が運転中のため出られない。
近くのコンビニの駐車場に車を停めてまたお兄さんに電話をかける。
今度は出てくれた。
「すみません、入れ違いみたいになってしまいました」
「いえ、お忙しい中すみません」
「こちらこそすみません」
「あの、急で申し訳ありませんがこれから少しお時間ありますか?」
「これからですか?はい、大丈夫ですけど…」
桑原くんの事で何か話があるのかもしれない。
電話ではなかなか詳しく話を聞く事も出来ないため、お兄さんと会う事にした。
一度着替えに帰り、お兄さんと待ち合わせの喫茶店に着いた。
既にお兄さんは到着していて、喫茶店の出入口で待っていてくれた。
「遅くなりまして…すみません💦」
「こちらこそ急にお呼びして申し訳ない」
一緒に喫茶店に入り2人共コーヒーを注文した。
お兄さんはいつものスーツ姿ではなく、Tシャツにジーンズというラフな出で立ち。
鼻から下は桑原くんとそっくりだが、目はお兄さんはお父さん似で切れ長、桑原くんはお母さん似でパッチリ二重。
お兄さんもなかなかの男前である。
少しの雑談も交えながら、桑原くんの様子を聞く。
お兄さんとこうしてお話をするのは初めてだ。
とても丁寧な口調のお兄さん。
話していても落ち着きがあり、とても聞きやすい。
気遣いも有難かった。
お兄さんとの時間も慣れて来た時に、お兄さんの口から信じられない事実を聞かされた。
「実は雅之…藤村さん以外にもお付き合いをしている女性がいるみたいです」
それまで冗談を交えながらお兄さんと会話をしていたため、最初は何かの冗談だと思った。
お兄さんの話によるとこうだ。
お兄さんの仕事も営業。
ある日、取引先の近くのコンビニでお昼ご飯を買った。
次の取引先に行くのに余り時間がなかったため、このコンビニの駐車場でご飯を食べていた時、若者仕様の派手な軽自動車が入って来た。
ふとその軽自動車を見た。
その車の助手席から桑原くんが降りた。
お兄さんには全く気付いていない。
運転席から降りた女は、茶髪でキャミソールにミニスカートとかなり露出がある服装をしたスタイルが良い派手な人だったそうだ。
彼女がいるのは聞いていたが、こんな派手な女なのかと驚いた。
すぐにコンビニから出てきた桑原くんと女は、車に乗り込み右折していった。
お兄さんがいたこのコンビニは属にいうラブホテル街のすぐ近く。
右折したという事は紛れもなくラブホテル街に向かった事になる。
それからも何度かその女と桑原くんが一緒なのを見掛けた。
だからその女を私だと思っていたため、初めて会った時に全く違う女だったため驚いたそうだ。
私は背はあるがスタイルは良くないし、髪も黒に近い茶髪。
ミニスカートやキャミソール等露出が多い服はまず着用しない。
見た目はどちらかといえば地味な方だ。
私とは対照的な女。
お兄さんは「雅之のために一生懸命な藤村さんに申し訳なくて…余計なお世話ですが知らせておいた方が賢明かと思いまして」
そう言ってくれた。
お兄さん。
感謝します。
桑原くん。
全く知らなかったよ。
うまくやっていたみたいだね。
私は桑原くんを信じきっていた。
だから疑う事をしなかった。
しかしバレたからには私にも考えがあります。
今はまずは怪我が落ち着く事が第一。
怪我が落ち着いた時に…はっきりさせてもらうから。
お兄さんとの話しも終わり自宅に帰る。
桑原くんが浮気…?
どうもピンと来なかった。
怪しい事は何一つなかったからだ。
でも私と桑原くんはメールやちょっとした電話はほぼ毎日していたが、会える日は少なかった。
だから桑原くんが本当に他の女と浮気をしていたのなら、十分に時間はある。
私は昼間寝て、夜から朝方に行動。
桑原くんは私が寝る頃に起きて仕事が終わった時には既に寝ている。
何一つ疑っていなかったため、気付かなかっただけなのか?
今までの事は嘘だったのか?
訳がわからなくなる。
しかし不思議と冷静な私がいた。
今は事故に遇い、入院しているのは事実。
まずは桑原くんの怪我の回復を待つしかない。
モヤモヤはあるが、考えていても今はどうしようもない。
仕事に没頭。
桑原くんが入院して2週間が過ぎた。
人工呼吸器が外れた。
しかしずっと薬で眠らされていた桑原くん。
すぐにシャキっと目覚める事は出来ない。
麻酔が完全に覚めるまでは何日間か要するらしい。
落ち着けば一般病棟に移る事が出来る。
その時にゆっくり桑原くんに話を聞こう。
桑原くんが事故に遭ったため、転勤の話しはなくなった。
桑原くんの意識もはっきりし、一般病棟に移る事が決まった。
まずは一安心。
約2週間ずっと眠っていたため、体の筋力が衰えていた。
自力で起き上がる事も出来ない。
水も自分で飲めないため誰かが介助をしなければ何も出来ない。
でも話す事は出来る様になった。
ただ、しばらく人工呼吸器をつけていたため声もつぶれた様な声だ。
まだまだ退院は難しいが、たまに見せる笑顔は変わらなかった。
一般病棟に移ってすぐにお見舞いに行った。
何となくダルそうな感じだったが「藤村…来てくれたのか」とゆっくりと手を差し出してくれた。
まだ派手な女の事は黙っておく。
手術の傷の痛みは少ないが、体の自由がきかないのが一番辛いと言っていた。
「無理はしないで💦」
「ありがとう」
桑原くんはゆっくりと一言ずつ言葉を発する。
この日から毎日、桑原くんのお見舞いは欠かさなかった。
だいたい仕事に行く前の夕方に行く事が多かった。
桑原くんもだいぶ具合も落ち着き、つぶれた様な声から普段の声に戻りつつあり、時間はかかるがベッドから起き上がる事も出来る様になった。
笑顔も増えた。
そろそろ派手な女の話をしても大丈夫そうだ。
そう思い、いつもの様に病室に向かった。
「あら😄みゆきちゃん😄」
病室には桑原くんのお母さんがいた。
お母さんはほぼ毎日来て桑原くんの身の回りのお世話をしている。
「いつもありがとう😄」
「いえ、とんでもない💦」
「お見舞いで頂いたものだけど良かったら食べて😄」
そう言ってマドレーヌの様なお菓子を頂いた。
「ありがとうございます」
桑原くんは一人部屋。
もう少し具合が良くなれば大部屋に移る予定だ。
「おう藤村😄いつも悪いな」
ゆっくりと起き上がりながら話し掛けて来た。
「具合はどう?」
「まぁ、何とかな」
まだ力が入らずダルそうだ。
「今日もこれから仕事か?」
「そう、明日は休みだから少しはゆっくり来れるかな?」
その時お母さんが「みゆきちゃん😄ちょっと私、下の売店に行って来るわね😄ゆっくりしていって」
お母さんはそう言って下の売店に向かった。
今日はお母さんがいるから女の話しは出来ないと思っていたが、売店に行っている今がチャンスだと思いストレートに聞いてみた。
「ねぇ、あのさ、桑原くんって私以外にもホテルに行く様な女いるの?」
「はぁ~⁉」
目を丸くして驚く。
「派手な女と歩いてるところを見たんだけど…」
嘘をついた。
どう出るか見たかったからだ。
「派手な女…?いつ?誰の事だろ…」
桑原くんは心当たりが本当にないのか、それとも頭をフル回転させて言い訳を考えているのかわからない難しい表情をして考え出した。
「それっていつの話し⁉」
「最近の話し」
「最近…⁉うーん…」
また悩み出した。
「わっかんないなぁ」
今度は困惑の表情を見せた。
心当たりがないのか?
それとも惚けているのか?
結局、答えがでないうちにお母さんが売店から帰って来た。
「みゆきちゃん😄良かったら飲んで😄」
ペットボトルのジュースをくれた。
「すみません💦ありがとうございます」
この日は仕事だったため、これ以上長居は出来ずに職場に向かった。
その日のラブホテルは目が回る忙しさだった。
基本的にヘルスが多いと回転率が高い。
201号室から出てきたヘルス嬢、そのまま203号室に向かう。
ご苦労様である。
おかげ様で繁盛しているラブホテル。
改装をする事になった。
外装は何年か前に改装したため綺麗だが、客室をリフォームする事になった。
しばらくの間は休業する事になるが、私達メイクは荷物の運び出し等のため出勤になる。
ベッド等の重たいものは業者に頼むが、備品やタオル等の比較的軽いものをホテルの隣にある社長の自宅と自宅にある物置小屋に運ぶ。
これがメイク以上に大変である。
汗だくになりながら、何日間かかけて全て運び出す。
リフォームが終わったらまた全てまたホテルに戻す。
社長の家の物置小屋と2階の部屋はホテルのもので溢れていた。
リフォームもそろそろ終わりを迎えようとしたある日。
社長が倒れた。
突然「頭が痛い」と言って頭を押さえて倒れた。
「社長‼大丈夫ですか‼」
「誰か‼救急車‼」
従業員は社長の様子に騒然。
社長の娘である真里さんが騒ぎに駆け付けた。
ラブホテルの経理を担当している。
程なくして救急車が到着。
社長は桑原くんが入院している総合病院に運ばれた。
社長は今年70歳。
とても従業員を大事にしてくれる。
私が面接に来た時も「気楽にね」と笑顔だった。
困った事があれば夜中でもすぐに駆け付けてくれた。
背は私より低く、ちょっとお腹も出ているが年の割には若々しい。
趣味の釣りに行きホテルをあける事も度々あるが、釣って来た魚は従業員にくれたりした。
色々お世話になった社長。
何処と無く父親に似ていた社長。
どうか無事であります様に…‼
社長は無理が祟った様だ。
そのまま入院になった。
脳内出血を起こしていた。
70歳という年齢もあり、絶対安静となった。
社長は入院したままリニューアルオープンの日を迎えた。
社長の代わりに真里さんが忙しそうにお祝いを頂いた方々に挨拶回りをしていた。
真里さんはいつもは別の場所で事務的な事をしているので、ホテルの仕事はほとんど知らない。
なのでホテルの事は私達従業員に丸投げ。
逆に都合が良かった。
内装は明るくなり、客室も大きさは変わらないがじゅうたんの部屋も全てフローリングになった。
お風呂も洗面台も全て入れ替えた。
全ての部屋を見て歩く。
生まれ変わったホテルに喜びを感じた。
今日から1ヶ月間はリニューアルオープン記念で記念品の配布と基本料金が千円引きになる。
早速お客さんが来る。
安くなる事もあり、あっという間に満室。
しばらくは目が回る忙しさになりそうだ。
社長はリニューアルオープンの日を心待ちにしていた。
「最近は若い年齢のお客さんが多いから、若者向けの部屋にしたい」
そう言って私達に「どんな感じの部屋なら喜ばれるか?」と相談をしていた。
リニューアル前は夜遅くまで真里さんを含め色んな人達と話し合いをしていた。
社長が元気になったら、リニューアルされたホテルを見てきっとあのいつものはにかんだ様な嬉しそうな顔をするのが目に浮かぶ。
幸い社長は命には別状はなかった。
一安心である。
桑原くんと同じ病院に入院したため、社長の病室にも寄った。
社長は驚異的な回復をみせて、すっかり元気になっていた。
「社長😄体調はいかがですか⁉」
「おー藤村😄来てくれたのか😄」
真里さんのお姉さんである育子さんが社長の身の回りのお世話をしている。
育子さんもホテルの事務にいるため、良く顔を合わせる。
「藤村さん😄わざわざお見舞いに来て頂いてごめんなさいね💦」
「いえ💦実は彼氏が同じ病院に入院してまして…」
すると社長が「なんだ⁉俺はついでなのか⁉」と言って笑った。
「違いますよ💦」
慌てる私を見て、育子さんと社長が笑う。
元気になってくれて良かった😄
退院も近そうだ。
社長のお見舞いも終わり、桑原くんの病室に向かった。
桑原くんの病室の前に着いた時に、中から桑原くんの怒鳴り声が聞こえた。
「お母さんと喧嘩でもしているのかな…💧」
そう思いながら恐る恐る引き戸を開けた。
一斉に視線を浴びた。
桑原くんと一緒にいたのは知らない女の人だった。
パッと見た印象は、キャバクラ嬢?と思う様な派手な女性だった。
派手な女…。
もしかして…
お兄さんが言っていた女性なのか…?
派手な女は私をニヤニヤしながら見て「へぇー、雅之ってこんな女性を好きになるんだ」と小馬鹿にした様に言った。
「どちら様でしょうか?」
私は無表情のまま女性に聞いた。
「私?名乗る程の者じゃないから。雅之、また来るわ✋」
そう言って派手な女は帰って行った。
女が帰ってすぐにすかさず桑原くんに「今の誰⁉」と聞いた。
桑原くんはうつ向きながら「…元嫁」と呟いた。
元嫁⁉
何故元嫁がお見舞いに⁉
私は元嫁の顔は知らないが、お兄さんなら元嫁の顔は知ってるはず。
もし元嫁ならきっとお兄さんなら元嫁だと言うと思う。
疑問に思いながら桑原くんに聞いてみる事にした。
桑原くんに「何故元嫁がお見舞いに来たの⁉」と尋ねた。
「実は…」
桑原くんは話し出した。
離婚してからしばらくは会っていなかったが、ある日会社の飲み会でスナックに行った。
そこでホステスをしていたのが元嫁だった。
最初は全く気付かなかったらしい。
結婚していた時は地味でどちらかというとぽっちゃりしていた元嫁。
しかしホステス姿の元嫁はかなり痩せて派手になっていた。
元嫁から声を掛けられなかったら気付かなかった位、劇的に変わっていた。
最初はその場で終わったがこれを機に元嫁が桑原くんに連絡をしてくる様になった。
私と付き合っていたため無視をしていたがある日、桑原くんが営業先から会社に帰る途中に寄ったコンビニで、これまたばったり元嫁に会ったそうだ。
「良く会うね😄」
元嫁が話し掛けて来た。
「ちょっと話があるんだけど付き合って」
そう言われた桑原くん。
断れば良かったが断るに断れず元嫁と仕事が終わってから会った。
話しというのは「よりを戻したい」というものだったが、私という存在がいたため断った。
しかし元嫁は諦めず、何度も桑原くんに接近。
誰に聞いたかは知らないが今日いきなりお見舞いに来たから怒鳴っていたら私が来た。
というものだった。
ただ、お兄さんの話しは絶対に違うと言い張る。
元嫁とは離婚してからは一度も体の関係はないと。
お兄さんが見たのは元嫁だったのかもしれないが、劇的に変わっていたため気付かなかったのだろうと言っていた。
お兄さんが嘘をついたのだろうか?
桑原くんが嘘をついているのだろうか?
半信半疑で桑原くんの話を聞いていた。
後日、真実が判明する。
ある日、いつもの様に仕事に向かう前に桑原くんのお見舞いに行こうと支度をし、何気無くポストを覗くと郵便物が届いていた。
電気代の請求書と差出人が書いていない白い封筒。
まず電気代を請求書を開ける。
請求書を入れるバインダーにはさみ、給料日にまとめて支払う。
そして差出人が書いていない謎の白い封筒。
パソコンで宛先が作成されている。
恐る恐る封筒を開けると、何枚か写真だけが出て来た。
見て驚いた。
桑原くんが派手な女と仲良さそうにしている写真と、あつく抱擁しながらキスをしている写真、ラブホテルから出て来た写真。
相手女性は…そう。
まさに病院で見た元嫁であった。
しかしこんな写真を誰が私に送って来たのだろうか?
もしかして…お兄さん⁉
お兄さんに電話をした。
仕事中なのは承知していたが、どうしても今聞きたかった。
「はい、もしもし」
「もしもし、藤村です…お仕事中に申し訳ありません」
「大丈夫です😄今はちょうど休憩していましたから」
「あの、早速なんですが…写真を送ったのはお兄さんですか⁉」
「写真…届きましたか」
やっぱりお兄さんか。
「差出人がなかったものですから…」
「そうでしたか💦それは大変失礼致しました😫」
どうやら書き忘れた様だ。
「何故、この写真を…?」
「兄の私が言うのもおかしな話しなんですが、雅之は女が絶えず家族を巻き込み大変迷惑をしています。藤村さんは本当に雅之の事を大事に思ってくれて真面目な方とお見受けしました。なので、雅之の女癖の悪さを知って頂き別れて頂きたくて…」
お兄さんの話しは桑原くんの離婚してからも女が絶える事はなく、中には妊娠したと家に乗り込んで来た女もいたとか。
私は夜仕事のため、私がいない時間は他の女と遊んでいた事が判明。
何人もの女を泣かせて来たらしい。
この写真は知り合いの探偵にお願いをしたらしい。
探偵から元嫁だと聞き、驚いたそうだ。
お兄さんは「藤村さんには雅之みたいな男ではなく、きちんとした方にきっと出逢えるはずです。余計なお世話ですが…雅之のためにあんなに一生懸命やって頂き、大変心苦しくなってしまいまして」
お兄さんはそう言った。
どうやら桑原くんは相当女癖が悪かった様だ。
いわゆる遊びだろうが、私は器が大きな人間ではない。
こんな写真を見て冷静でいられるかわからないが、写真を持って桑原くんの病院に向かった。
「おう😄藤村😄」
いつもの桑原くんの笑顔。
「どうした?険しい顔をして…」
どうやら早速顔に出ているらしい。
不思議そうに私を見る桑原くん。
「桑原くんに見て欲しいものがあるんだけど…」
私は写真を渡した。
さぁ、どういう言い訳をするか聞いてやろうじゃないか。
桑原くんはあっさり認めた。
桑原くんの言い分はこうだ。
愛しているのはみゆき。
元嫁は遊び。
遊びだから何とも思っていない。
本気になったら浮気だが、遊びは浮気じゃない。
だから言う必要もないし、みゆきとも別れる気はない。
元嫁=ただでやれる女。
風俗と同じ。
みゆきとはすれ違いでなかなか会えないから欲求を発散しただけ。
だからこれは浮気じゃない。
すごい持論を言い出した。
付き合っている人がいても他の女とホテルに行くのは浮気ではなく、気持ちが変わったら浮気になるそうだ。
私には理解出来ない。
聞いてみた。
「私と会えない時に他の女を抱いて私に対して何にも思わなかった?」
「えっ⁉別に何にも…だってあいつには何にも感情ないし」
「もし私が桑原くん以外とやってたとしたら?」
「別に何とも…だってただやるだけならトイレに行って用足しする感覚だし」
これはこれは恐れ入りました。
桑原くんの感覚とは私合わないな。
私と付き合う前に誰と何をしてようが関係ないし気にはしないが、今現在平行しているとなれば普通なら嫌で仕方ないだろう。
はっきり言って気持ちが悪い。
しかし桑原くんは理解出来ない私を理解出来ない様だ。
本当に好きだったため、この桑原くんの話しにはかなりのダメージを受けた。
多分、性欲が衰えるまでは一生このままだろう。
この日を境に桑原くんのお見舞いに行くのを止めた。
桑原くんはある種の病気だ。
そして私に嘘をついた。
冗談だとわかる嘘や許される嘘なら「何言ってんの(笑)」 で済まされるが、桑原くんは笑えない嘘である。
これがどうしても許せなかった。
桑原くんのお見舞いに行かずに2週間が過ぎた。
桑原くんのお兄さんから電話があった。
「雅之、今月末に退院する事になりました」
私は「そうですか」しか言えなかった。
お兄さんに恨みはない。
とても良くして頂き、桑原くんの女癖が悪いという病気を教えてくれた。
お兄さんには桑原くんと別れる旨を伝えた。
「その方がいいと思います」
お兄さんが言った。
うちにある桑原くんの私物を桑原くんの実家に送った。
桑原くんとの思い出の物も処分した。
桑原くんとの楽しかった思い出が辛かったが、過去は過去と割り切り心を鬼にして全て処分した。
お兄さんが言っていた桑原くんが退院の日になった。
この日は休みだったが私は病院に行く事はなく、特に予定もなかったため仕事している間に観れずに録画しておいたドラマをゴロゴロしながら観ていた。
その時、アパートのチャイムが鳴った。
玄関の覗き穴からそっと覗くと桑原くんが立っていた。
私は居留守を使った。
桑原くんは私が部屋にいる事を察知しているのか、チャイムはしばらく鳴り止まなかった。
ひたすら無視の私。
根比べである。
桑原くんに合鍵を渡していなかったのは幸いだ。
桑原くんは諦めたのかチャイムが鳴り止んだ。
すると今度は携帯が鳴った。
桑原くんである。
携帯も出ずに放置。
何度か着信はあったものの直ぐに鳴り止んだ。
本当はしっかり話し合うべきなのだろうが、この時は桑原くんに会いたくなくて卑怯な逃げ方をした。
少し気持ちが落ち着いてから…
そう思っていた。
それからしばらくは桑原くんから音沙汰はなかった。
ある日、桑原くんから一通のメールが届いた。
「みゆきに会って話したい事があります。俺に会ってくれる気になったら連絡下さい」
以前に比べると、少し時間が経ったからか気持ちは落ち着いていた。
しかし桑原くんに会うとまた沸々と怒りが込み上げてくるかもしれない。
かなり悩んだ。
結果、このままいつまでも逃げているのは良くないと判断、今度の私の休みに桑原くんに会う事にした。
桑原くんは退院後もしばらくは自宅療養だとお兄さんが言っていた。
いつまで休みなのかはわからないが、今度の私の休みは大丈夫な様だ。
いよいよその日が来た。
約束は午後3時。
変な緊張感でいっぱいだった。
手のひらが汗ばんでいる。
桑原くんと待ち合わせしているファミレスに着いた。
少し時間が早かったため、ファミレスの駐車場でタバコに火を点けた。
何となく落ち着かなくてソワソワする。
そこへ一台のタクシーが停まった。
降りて来たのは桑原くんだった。
前に比べるとかなり痩せた。
前の様に覇気がない。
ずいぶんと印象が変わっていた。
車の中からタクシーから降りて来た桑原くんを見る。
タバコを消して車を降りた。
「桑原くん」
私から声を掛けた。
「藤村…久し振り」
そう言って軽く右手をあげたが笑顔はなかった。
ご飯は食べて来たため、デザートセットを注文。
お互い何から話していいのかわからない状態で無言が続く。
「お待たせ致しました~」
明るい声で店員さんがデザートセットのチーズケーキと飲み物を持って来た。
チーズケーキを食べながら先に口を開いたのは桑原くんだった。
「藤村…もう本当に俺達無理なのか?」
「だって…」
「他の女とやるのがそんなに嫌なのか?」
「…普通なら嫌だと思うけど」
「だったらどうしてこの世に風俗というものがあるんだ?男は女と違ってたまるんだ…ただそれを発散させるためにそういう女がいるんだろ?それもダメなのか?」
「ダメだね」
「俺は藤村の事を本当に愛しているんだ…本気なんだ…そんな理由で別れたくない」
「そんな理由⁉私にとっては十分理由になると思うけど。そしてもう一つ。嘘をついた。これがどうしても許せない」
黙る桑原くん。
「桑原くんと過ごした時間は楽しい事が多かった。転勤にもついていこうと思った。でも価値観が違う。私は桑原くんが他の女を抱いたその体で帰って来るのは許せない」
「許してもらえないなら…別れるしかないか」
「そうだね…他の女とやっても笑って歓迎してくれる女性を見つけて。ここのケーキ代はごちそうするわ。退院祝いでね…今までどうもありがとう。さようなら」
私は伝票を持って席を立つ。
桑原くんの事は大好きだった。
結婚も考えていた。
でも、心が狭い私は桑原くんの女癖の悪さを容認する事が出来なかった。
嘘をつかれたのが許せなかった。
本当はもっと桑原くんと話したい事はあったが、話したところで何にも変わらないのはわかった。
だから未練はあったが、潔く席を立つ事を選んだ。
この日をもって桑原くんとのお付き合いに終止符を打った。
翌日。
亜希子ちゃんから電話が来た。
「みゆきん😄ご無沙汰ー‼今時間大丈夫⁉」
「元気だった?大丈夫だよ😄」
亜希子ちゃんは臨月に入り、いつ赤ちゃんが生まれてもおかしくない状態だった。
「お腹がパンパン(笑)体重も10キロちょっとも増えたから顔もパンパン(笑)」
そう言って笑っていた。
「あのさ、みゆきん…話変わるんだけど…」
亜希子ちゃんが話を変えた。
昨日の夜、桑原くんから亜希子ちゃんに連絡があったらしい。
「藤村と別れる事になったから」
一言だけの連絡だったらしい。
そこで亜希子ちゃんは何故別れる事になったのか聞きたくて連絡をしてきた。
亜希子ちゃんには全て話した。
亜希子ちゃんは相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
「そうだったのか…」
話し終え、亜希子ちゃんが口を開いた。
「私は亜希子ちゃんみたいに観音様にはなれなかったよ…」
旦那の浮気現場を目の当たりにしても許せる亜希子ちゃんが心からすごいと感心した。
桑原くんと別れてからまだ一晩しか経っていないためまだ傷は癒えていない。
亜希子ちゃんと話しているうちに涙が出て来てしまった。
「みゆきん😄泣きたい時に泣くのが一番すっきりするよ😄落ち着いた時にはまた一緒にご飯でも食べよ✨」
「ありがとう」
亜希子ちゃんとの電話を切ってからひたすら泣いた。
泣いて泣いて。
久し振りに泣いた後、汚くなった顔を整えて一人でカラオケに行った。
3時間、手当たり次第曲を入れて歌うというより叫びまくった。
声は枯れたが、気持ちは晴れ晴れだった。
また頑張ろう😄
仕事に打ち込む日々になった。
桑原くんと別れてからしばらくは平穏な日々が続いた。
別れた直後は大袈裟な表現をすれば、全宇宙の不幸を私が背負ったみたいなどん底に陥るが、時間が経ち過去の事になると気持ちも落ち着いて来る。
ある日の事。
私は風邪をひいて39℃の熱が出て、喉も痛くて病院に行き薬をもらい仕事も休んでひたすら自宅で寝ていた。
夜7時半過ぎ。
ダルい体でトイレに起き、携帯を開いた。
メールが3件と兄からの着信が2件。
サイレントにして寝ていたため気がつかなかったのである。
喉が痛く声もかすれていたため兄にメールで返す。
「電話くれてたみたいだけど気付かなくてごめん。風邪をひいてしまい喉が痛いからメールで…」
すると兄からすぐに着信があった。
「喉が痛いからって言ってるのに💧」
そう思いながらも電話に出た。
「みゆき‼具合が悪い時に悪いな…香織が今日から入院する事になってな」
「えっ⁉どうして…どっか悪かったの⁉」
「あぁ、腰のヘルニアが悪化して手術をしなきゃならなくなってさ」
「そうなんだ…」
そういえば最近会った時に香織さん、腰が痛くて辛いと言っていたな。
ヘルニアだったのか。
「お前に手伝って欲しい事があったんだけど具合が悪いなら寝てろ。悪かったな」
香織さんが入院中は子供達は香織さんのご両親が面倒を見るそうだ。
お見舞いに行きたいが風邪をうつす訳にもいかない。
しばらくは入院になるみたいだから、治ってからお見舞いに行く事にした。
1週間後。
風邪も治り香織さんのお見舞いに行った。
兄の自宅の近所にある個人病院。
整形外科では評判が良い病院だ。
「みゆきちゃん😄わざわざありがとう✨」
香織さんは元気な様子。
「具合は?」
「おかげ様で😄みゆきちゃん風邪ひいてたんだって⁉もう大丈夫なの⁉」
「おかげさまで😄」
「もう少ししたら退院なのよ😄隆太には大変な思いさせちゃったし、子供らにも寂しい思いさせちゃったからね、退院したら頑張らなきゃね😄」
「無理はしないで💦」
「大丈夫だよ👍」
笑顔の香織さん。
それから程なくして香織さんは無事に退院。
子供達はママが退院して大喜び😄
やっぱり子供にとってママは最高の存在なんだな。
はしゃぐ子供達を見てそう感じた。
兄家族は私の中で理想の家族。
でも…
もう男は懲り懲り💧
あーあ。
最近、すっかりオヤジ化している。
だから恋愛とは無縁の生活。
基本、出掛ける以外はジャージである。
休みは昼過ぎまで寝て、明るいうちから酒を飲みゴロゴロ。
必要以外は部屋に引きこもり。
洗濯や掃除は気が向いたらまとめてやる。
食事もたまには作るが、8割はカップラーメンやコンビニ弁当。
前はそれなりに掃除もお洒落も頑張っていたが、最近はどうでも良くなっている。
30代も半ばの独身女がこれじゃいけないのはわかっているが…元々面倒くさがりの性格が更に酷くなった。
体重も3キロ増えた。
これじゃ彼氏なんて出来る訳がない。
そもそも出会いがない。
職場は社長以外女性である。
外出もしない。
これといった趣味もない。
亜希子ちゃんも直美も結婚し、以前に比べて会う機会も減った。
犬でも飼いたいがアパートはペット禁止。
仕事のみの毎日。
唯一の楽しみが酒を飲みながら録り溜めしていたドラマを観る事。
これではつまらない人生である。
給料日後に2連休があった。
そうだ、1泊で1人旅もいいな🎵
そう思いパソコンを開き安く泊まれそうなホテルを探して予約。
旅行なんて久し振り😄
テンションが上がる⤴⤴
埃をかぶっていたスーツケースを引っ張り出した。
前日は夜中まで仕事だが、朝は6時には起きての1人旅。
不思議と目覚めは良かった。
スーツケースに着替えやブラシ等を入れ、車の後部座席に積んだ。
好きな音楽を聴きながらの気ままな1人旅。
天気にも恵まれドライブ日和。
夕方6時過ぎに予約していたホテルに着いた。
駐車場に車を停めて、カラカラとスーツケースを引っ張りながらホテルのフロントに着いた。
真新しいビジネスホテル。
「予約していた藤村ですが…」
「藤村様ですね😄お待ちしておりました😄」
50代と思われる上品な口調の男性が笑顔で迎えてくれた。
部屋は8階。
1階はロビーと売店があるが、ホテルの3件隣にはコンビニがあった。
鍵をもらいエレベーターに乗り込み、8階に着いた。
泊まる部屋はエレベーターを降りてすぐの部屋。
少し手狭だが、掃除が行き届いた部屋だ。
仕事柄、つい色々と部屋の中を見て歩く。
カーテンを開けると中々綺麗な街の明かりが光り輝いていた。
夕食はついていないため、荷物を置いて夕食を食べに徒歩で出掛けた。
フロントの男性にオススメのラーメン屋さんを聞いた。
行ってみると並んでいた。
でもせっかくなので最後尾に並ぶ。
30分程で席についた。
値段は少々高めだが、高いだけありとても美味しいラーメンだった。
私は1人でラーメン屋さんに入るのは抵抗はない。
両隣がカップルだったため少し寂しい気分になったがカップルの話を盗み聞きしながらラーメンを食べた。
右隣の若いカップル。
「ねぇーこうちゃん❤見て~このチャーシューおっきい❤」
女性がチャーシューを箸でつかみ上げてこうちゃんに見せる。
こうちゃんは「本当だねーおっきいね😄」と返す。
若いって羨ましいなと思いながら1人ラーメンをすする。
30代半ばの私が同じ事をしてみたらきっとドン引きされるだろう。
「ねぇ見て~❤チャーシューおっきい❤」
「お前の顔と変わらんぞ」
そう言ってくれる人なら救われそうだ。
お腹もいっぱいになり、帰りにホテルに近いコンビニに寄った。
ビールやお茶やさきいか、タバコを買いホテルに戻る。
ジャージに着替えて備え付けのユニットパスでシャワーを浴びた。
テレビをつけながら買って来たビールを飲む。
気分は最高だった。
すごく贅沢な気分になる。
1人旅ってすごく楽しいじゃん🎵
今度はお金貯めて、電車や飛行機で遠くに行ってみるのもいいな😄
何て考えながら至福の一時を過ごす。
翌朝。
7時に起きて朝食バイキング会場へ。
大好きなクロワッサンが山積みになっている。
今日はラブホテルの皆にお土産を買おう🎵
朝食を食べてからホテルの売店を覗いた。
その時。
「…藤村‼」
声を掛けられた。
振り返ると、何とそこには桑原くんの姿があった。
「えっ?桑原くん⁉」
驚きの余り、手に持っていたお土産を落としそうになった。
全身の血の気が一気に沸騰した感覚だった。
「何してんの⁉」
「そういう藤村こそ何してんの⁉」
「何って…1人旅」
「1人旅⁉」
「別にいいじゃん…で、桑原くんは何でここにいるの?」
「俺は友達の結婚式があって泊まってたんだよ」
「そうなんだ…」
その後はしばらくの無言が続いた。
まさかこんなところで桑原くんに会うとは夢にも思ってなかったため、心臓がオーバーヒートしそうなくらいフル回転していた。
きっと顔に出ていたのだろう。
「まるで生き霊に会ったみたいな顔だな(笑)」
桑原くんはそう言って笑っていた。
そして「藤村、やっぱり俺はお前じゃなきゃダメだわ…藤村と別れて藤村の大事さが身に染みてわかった」
「えっ?今、そんな事を言うの⁉」
「今言いたかった」
「無理無理💧女癖悪い人は勘弁✋」
「考え直してみて、まさか藤村に会うとは思わなかったから驚いたよ💦あっ俺もう行く時間だからまた✋」
そう言って桑原くんは軽く手を上げて姿を消した。
…私、どうしたらいいの?
売店でお土産を買い部屋に戻った。
まだドキドキが止まらない。
髪が短くなっていた以外は何も変わらなかった桑原くん。
大好きだった時の笑顔も変わらなかった。
心が揺れる。
荷物をまとめながら色々と考えた。
でも、やっぱり嘘と女癖の悪さは許せない😣
きっとうまくいかないと思う。
やっと桑原くんの事を割り切ったのに…
心から嫌いになった訳ではなかった。
嫌いになれたらどんだけ楽か…
いや、ここで悩んでいても仕方がない‼
せっかくの1人旅、楽しまなきゃ✨
目をギュッとつぶり、頭を軽く左右に振った。
よし‼
座っていた私は両手で太ももを軽く叩き気合いを入れる。
忘れ物がないか確認し、チェックアウト。
精算をして駐車場に向かった。
前から行ってみたかったアウトレットに向かう。
色々見て歩いた。
楽しかった1人旅も終わり無事に我が家に到着。
お土産も結構買ったつもりだったけど、並べてみたら以外に少なかった💧
デジカメにおさめた写真をパソコンに保存。
初めての1人旅は天気にも恵まれ、まずまずの旅行だった。
桑原くんに会わなければ…
モヤモヤが残ってしまった。
それから1週間後。
桑原くんから連絡が来た。
「おう藤村😄この間は1人旅楽しかったか?」
「おかげ様で…で、用件は何⁉」
「何だ⁉ずいぶん冷たいな…いや、特に用はないんだけどさ、この間久し振りに藤村を見たら色々と思い出しちゃってさ😅ちょっと声が聞きたくなってね」
「そう」
桑原くんからの電話は嬉しさ半分、複雑さ半分だった。
「なぁ藤村…」
「何?」
「俺達よりを戻さないか?」
「戻さない」
「そんな簡単に却下しないでよ💦俺改めるから」
「無理だね、そんな簡単に改まる訳がない」
「俺、藤村は俺から離れないっていう自惚れと変な自信があったんだ。だから…藤村がいなくなってからずっと藤村の事を考えてた。バカな俺を責めたよ」
「…」
「なぁもう一回だけチャンスをくれないか?信用を回復するには時間がかかるかもしれないが…」
「…ちょっと考えさせて」
「俺は藤村を裏切り傷付けた。俺が全て悪い。でも本当に反省し心から藤村に謝りたいし、許されるならばまた藤村と一緒にいたい。勝手な男だけど…信じて欲しい」
「…だから少し時間をちょうだい。今すぐに返事は出来ない」
「わかった。また1週間後に連絡する」
本当に勝手な男である。
人の気持ちを振り回すのもいい加減にして欲しい😠
でも…まだ桑原くんへの思いが完全に切れていない私。
信じていいのか…
でも信用するのが怖い。
そう簡単に病気は治るのだろうか?
ほとぼりがさめたらまた同じ事を繰り返すんじゃないだろうか?
もう傷付きたくない。
桑原くんを本当に好きだったからこそ傷は深い。
悩みに悩んで、いよいよ約束の1週間が来た。
約束の午後2時を少し過ぎた時に桑原くんから着信。
「おう藤村😄今電話大丈夫か?」
いつもの桑原くん。
後ろが少し騒がしい。
どうやら出先からの電話の様だ。
「仕事中だよね」
「ちょっと前に一仕事終わってね、今出先だからうるさいと思うけど」
「仕事中ごめんね」
「大丈夫😄次まで少し時間あるし、これから遅めの昼飯だ🎵」
「お疲れ様」
「おう👍で…藤村、少しは考えてくれたか?」
「うん…」
「冴えない返事だな…やっぱり俺とは無理か?」
「いや…ていうか…ぶっちゃけまだ桑原くんの事は嫌いになれてないのよ、でもまた嘘をつかれたり女作られたりされるんじゃないかって思うと難しい」
「…そっか」
「でも一つだけ」
「何⁉」
「今日から3ヶ月間は恋人候補生という事で時間をあげる。見習い期間中にもし他の女とホテルに行ったり嘘を言ったら即却下、無事に約束を果たせたら恋人に昇格っていう事で」
「マジで⁉オッケー👍俺頑張るから😄これからの俺を見ていてくれ‼藤村を絶対に悲しませる事はしないから‼」
これで良かったのかどうかはわからなかったが、もし本当に桑原くんが更正してくれるなら…
そう思って冗談で「候補生」って表現をしたけど…
まだ桑原くんへの思いが残っていた私。
前みたいに楽しく過ごせるのかわからない。
きっと疑い深くなるだろうが、これからの桑原くんの行動次第では不安も消えるかもしれない。
葛藤の末に出した答えだった。
それから桑原くんは私の気持ちに応えてくれるかの様に信用を回復させようと、マメに連絡をくれる様になった。
今日のラブホテルは給料日後という事もあり、目が回る忙しさだった。
晩御飯も食べる暇もなく、部屋を開けても開けてもエンドレスで掃除が続く。
2時間ぶっ通しで動くとさすがにくたびれてしまった。
掃除する部屋はあったが、水分とニコチン補給で10分程休む事にした。
タバコに火を点けながら携帯を開く。
桑原くんからメールが届いていた。
「明日から2泊3日で出張になった😱朝イチの飛行機だからもう寝ます💤お土産買ってくるからなぁ🎵」
それはそれは。
メールが来たのは2時間前。
もうきっと夢の中だろう。
メールは返さず明日の昼間にでも返そう。
まだ桑原くんの事を心から信用した訳ではないが、前に比べると劇的に何をしているのかわからない時間がなくなった。
元嫁とは切ったとは言っていたが定かではない。
しかし疑っていてはキリがない。
桑原くんの一生懸命さが伝わり嬉しくもあった。
夜中の1時過ぎ。
やっと回転も落ち着いた。
一緒にメイクに入っていた愛ちゃんは「疲れたぁ😫」と言って伸びをしながらあくび。
綾子さんも疲れた様子。
私も控え室の奥で転がりながら伸びをした。
その日仕事を終えて帰ってからは爆睡。
目が覚めたのはお昼近かった。
桑原くんからメールが来ていた。
「現着👍」
どうやら無事に出張先に着いた様だ。
そう思っていたのだが…。
次のメールを見て驚いた。
今日のラブホテルは給料日後という事もあり、目が回る忙しさだった。
晩御飯も食べる暇もなく、部屋を開けても開けてもエンドレスで掃除が続く。
2時間ぶっ通しで動くとさすがにくたびれてしまった。
掃除する部屋はあったが、水分とニコチン補給で10分程休む事にした。
タバコに火を点けながら携帯を開く。
桑原くんからメールが届いていた。
「明日から2泊3日で出張になった😱朝イチの飛行機だからもう寝ます💤お土産買ってくるからなぁ🎵」
それはそれは。
メールが来たのは2時間前。
もうきっと夢の中だろう。
メールは返さず明日の昼間にでも返そう。
まだ桑原くんの事を心から信用した訳ではないが、前に比べると劇的に何をしているのかわからない時間がなくなった。
元嫁とは切ったとは言っていたが定かではない。
しかし疑っていてはキリがない。
桑原くんの一生懸命さが伝わり嬉しくもあった。
夜中の1時過ぎ。
やっと回転も落ち着いた。
一緒にメイクに入っていた愛ちゃんは「疲れたぁ😫」と言って伸びをしながらあくび。
綾子さんも疲れた様子。
私も控え室の奥で転がりながら伸びをした。
その日仕事を終えて帰ってからは爆睡。
目が覚めたのはお昼近かった。
桑原くんからメールが来ていた。
「現着👍」
どうやら無事に出張先に着いた様だ。
そう思っていたのだが…。
次のメールを見て驚いた。
DEAR 藤村みゆき様
本当はメールではなくて直接会って話したかったが恥ずかしいのでメールにしました。
藤村と付き合ってから、俺は藤村に甘えてばかりいた。
藤村が側にいるのが当たり前になっていた。
調子に乗っていた。
事故を起こして入院していた時も、毎日病院に来てくれて励ましてくれた。
仕事も一生懸命で人一倍責任感が強く気も強い藤村。
藤村を失い、自分がした事を反省してもしきれなかった。
なのにこんな俺にもう一度チャンスをくれた藤村。
感謝すると共に二度と過ちを犯す事なく、今度こそは藤村に幸せと笑顔を届けたいと思っています。
俺には藤村が必要。
藤村にとっても俺が必要だと思われる様に信用の回復に努めていきます。
仕事頑張って😄
藤村、愛してるよ。
――――――――――――
何か桑原くんらしくないメールだな。
ちょっとくさいメールだけど…
出張から帰って来たら桑原くんを笑顔で迎えよう。
「愛してるよ」なんて…
30代も半ばになって聞くなんて…恥ずかしいけど嬉しいものだ。
裏切られた事を忘れる事は出来ないかもしれないが、桑原くんをまたもう一度信じてみようと決めた。
今度裏切ったら即解雇してやるんだから😁
出張から帰って来たら、見習いから彼氏に昇格かな?
でもその前に昇格試験。
偉そうな私だけど、一度裏切られたんだから…せめてもの仕返し😁
こんな私でも幸せになれるかな。
淡い期待を持ちながら桑原くんが出張から帰るのを待った。
しかしこの淡い期待はすぐに崩れ去った。
元嫁が妊娠したというのだ。
桑原くんが出張から帰りうちに居た時に、桑原くんの携帯に元嫁から着信があった。
電話が終わった直後の桑原くんは顔面蒼白になっていたが、悪いが私には関係のない事だ。
しかも驚いた事に元嫁はもう妊娠5ヶ月目に入り、もう生むしか選択がないとの事。
「この子の父親なんだからみゆきという女と別れて」
そう言われたらしい。
私とよりを戻してからは元嫁とは会っていないらしいが、妊娠したとなると会って話し合わなければならなくなる。
桑原くんは「まさか妊娠なんて…あいつ騙しやがったな💢」と言い出した。
詳しくは知らないが、やる事をやっていたら子供が出来る可能性はある。
まさかこの年で知らなかった訳ではないだろう。
「なぁ藤村…俺はどうしたらいい?」
「そんな事私に聞かれたって知らないよ」
「俺は藤村と一緒にいたいんだ…あいつとはもう終わったのに…」
「生むしかないならお腹の子の父親なんでしょ?元嫁と結婚して一緒に育てていくか、結婚しないなら認知して生まれてから成人するまで養育費を払うかしか選択出来ないんじゃないの?」
「はぁ?藤村、お前他人事だからそんな簡単に言えるのか?両方無理だよ💢」
「じゃあどうすんの?」
「お前はそれでいいのか?」
「仕方ないじゃん…」
「そんなやつだとは思わなかったよ💢」
そう言って桑原くんは立ち上がり玄関のドアを力任せにドン‼と閉めて出て行った。
あぁ…。
もう桑原くんとはダメだな。
今回の事で桑原くんの本性が見えた気がする。
桑原くんへの気持ちが一気に冷めた日であった。
私の気持ちは冷めたが、それでも桑原くんは私と別れたくないと言う。
不思議なもので、まだ桑原くんに想いがある間は嬉しいものだったが気持ちが冷めた今はしつこいとさえ思ってしまう。
桑原くんの言い分はこうだ。
私とは別れる気はない。
むしろ結婚したいと思っている。
元嫁とはもう関係ないから子供が出来ようが俺は関係ないし、認知もしなければ結婚もしないしお金も一切払う気はない。
もっと早く連絡くれれば堕胎という選択をしたが、その期間を過ぎてから連絡をしてくる元嫁が悪い。
一度私と桑原くんと元嫁と3人でしっかり話し合いたい。
というものだった。
多分だが、桑原くん1人だと元嫁に太刀打ちが出来ないために一緒について来て欲しいと言う意味なのかもしれない。
まだ桑原くんは私が桑原くんの事を好きだと思っている様だ。
よし、わかったよ。
一緒に行ってあげる。
その代わりこれが最後だよ、桑原くん。
元嫁との話し合いに一緒に行く事にした。
郊外の静かな住宅街。
たまに犬の散歩をしている人や、買い物袋を下げて歩いている人を見掛けるが、ほとんど人影はない。
近くの公園で遊んでいる子供達の元気な声が響く午後3時過ぎ。
元嫁が住んでいるアパートにいた。
広めの1DKで、私の部屋とは対照的に可愛らしいピンクで統一された女らしい部屋だった。
明るい木目調の正方形のテーブルを挟み、元嫁と桑原くんが正面に座り、私は右に桑原くん、左に元嫁がいる場所に座った。
元嫁が氷が入った冷たい烏龍茶を持って来てくれた。
元嫁は病院で見た時よりも派手さはないが、私を見る目はまるで獲物を狙う肉食動物の様だ。
鋭い目で私を見る。
寺崎美和を思い出した。
「早速なんだけど藤村さん」
元嫁に言われて「はい」と返事をした。
「知ってるとは思うけど私、雅之との子供がお腹にいるの。愛し合った結果よね。だからあなたが邪魔なの」
すると桑原くんが「おい‼藤村が迷惑だろう💢藤村も同じだと思うが俺は藤村と別れるつもりはない‼俺は藤村を愛してるんだ…お前とはやり直すつもりはない」
「じゃあお腹の子供はどうするの⁉」
「知らねーよ💢お前が勝手に生むつもりだったんだろ?迷惑なんだよ💢」
「酷すぎない⁉赤ちゃんを殺せっていうの⁉」
「生みたきゃ勝手に生んで1人で育てりゃいいだろ?」
「あんたの子供なんだから責任取るのが普通だろ⁉」
「だから知らねーって言ってるだろ⁉お前みたいな女ただでやらせてくれなかったら、どうでも良かったし‼ピル飲んでるから妊娠しないって言ってたのに話が違うだろ💢」
「中で出したいってずっと言うからじゃん‼やる度に中で出してりゃ子供も出来るわ💢」
「騙したな💢」
はっきり言ってしまえば、桑原くんに対して気持ちが冷めた今、どうでもいい話であるが、こんな話正直余り聞きたくない話である。
喧嘩が始まった。
私は止める事も間に入る事もしなかった。
元嫁も桑原くんも一歩もひかない。
激しい怒鳴り合いが続いた。
近所迷惑になりそうである。
ついに巻き込まれた。
「あんたさぁー💢さっきから黙って見てるだけなんだけど、何か言ったらどうなの💢⁉」
元嫁が私に話を振ったのである。
「そうだ‼藤村からも言ってやれよ‼俺達は愛し合ってるんだって事をこいつにわからせてやるんだよ‼」
桑原くんも私に話を振った。
「わかりました。じゃあお聞きします」
私は元嫁を見た。
「何よ…」
一瞬身を引いた。
「喧嘩は胎教に良くないですよ、お腹の赤ちゃんもきっとうるさいと思ってますよ」
「…はぁ?」
思ってもいない話しに元嫁は目を丸くした。
「元気な赤ちゃんを生んで下さいね…」
「おい藤村⁉お前何を言ってるんだ⁉」
驚く桑原くん。
「…ねぇ桑原くん。父親になるんだよ?好きだ嫌いだ言ってる場合じゃないよね?」
「おい💢」
桑原くんは私を睨んだ。
「睨むのは構わないけど、私は申し訳ないけど桑原くんに対して何の感情もないの。私は桑原くんと今後付き合うつもりもなければ結婚なんてとんでもない。しいて言えば私の望みはお腹の赤ちゃんの父親として頑張って欲しい」
「あら、あなた話がわかるじゃない😄」
元嫁は今度は笑顔で私を見た。
「元気な赤ちゃんを生んで下さいね、私は今日限りで桑原くんとは完全に縁を切りますから…桑原くん、そういう事だから」
「勝手に決めるな💢藤村、お前おかしいぞ⁉」
「別に?普通だけど?」
「俺は絶対に別れない‼」
「もう二度とうちに来ないで‼連絡もして来ないで‼もしうちに来たら即警察呼ぶから‼何故こうなったのか、自分自身が一番わかるよね」
「話が違う‼」
どうやら都合が悪くなると話が違うとなるらしい。
「もう二度と会う事はないと思うけど元気で✋」
「…何で俺、こいつの前で藤村にフラれなきゃならないんだよ💢」
そう言って近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。
「さようなら」
私は逃げる様に部屋を出て大通りまで出てタクシーに飛び乗り、自分のアパートまで帰って来た。
自分の部屋の前に着いた。
考え事をしながらカバンから鍵を取り出した。
無意識だったのだが、私は玄関の鍵を開けるのに家の鍵ではなく車のキーレスのボタンを家に向かって押していた。
我に返った。
「はっΣ( ̄◇ ̄*)」
思わず笑ってしまった。
「私は何をしてるんだ…」
改めて家の鍵で解錠。
「はぁ…」
ため息をつきながら定位置に腰をおろした。
異様に疲れた。
「今日は早く寝ようかな」
シャワーを浴びて、テレビを観ながら冷蔵庫で冷やしておいたビールを飲む。
バラエティー番組なのだが笑えない自分がいた。
ビールもいつもは350缶を2本飲めば満足していたが、この日は6本開けたが酔わなかった。
気力がない。
ため息しか出ない。
いつもは休みでも夜中まで起きているが、この日は久し振りに22時には布団に入った。
翌朝、8時過ぎに目が覚めた。
布団に入りながら携帯を開く。
そういえば…昨日自宅に帰って来てから一度も携帯を開いていなかった。
音も消していた。
桑原くんから着信の嵐だった。
不思議と桑原くんからのメールは一件もなかった。
「桑原くんはもう過去の人」
そう呟きながら桑原くんを着信拒否にした。
「近いうちに携帯変えようかな」
そう考えているうちにまた眠ってしまった。
再び起きた時には、午後1時近かった。
大きなあくびをしながら布団から這い出た。
寝起きの一服をする。
「あっ…今日って誕生日だった」
自分の誕生日も忘れてしまう程、頭の中は混乱していた。
とは言ってももうめでたい年ではないし、夜はラブホテルの仕事がある。
遅い昼御飯は少し贅沢にピザランチでも頼もうかな。
1人で過ごす誕生日には慣れている。
幼少の頃は兄が祝ってくれたが、最近は1人が多い。
携帯を開くと、亜希子ちゃんと直美から「Happy Birthday❤みゆき❤」というメールが来ていた。
嬉しいものである。
直美は2人目を授かり、亜希子ちゃんももう予定日は近い。
忙しくてなかなか会えない2人だけど、友達以上の大事な存在だ。
1人で誕生日祝いでランチのピザを食べて、仕事に行く準備をする。
出勤前にホテルの社長から電話があった。
社長は無事に退院し、療養しながらホテルを仕切っていた。
「忙しいところ悪いが、今日はいつもより早く出勤出来るか?」
「はい、わかりました」
社長直々に電話とは珍しい。
何かやらかしたのだろうか?
少し不安になりながらも、いつもより40分程早目に出勤した。
ホテルの客室の片隅に「倉庫」と書かれた扉を開ける。
そこは倉庫ではなく、4畳半程の社長室。
社長室とは言っても、元々は本当に倉庫だったところを改装した部屋だ。
小さな机の上にはパソコンと書類が置かれ、すぐ横にテーブルがあり2人掛けのソファーがテーブルを挟んで置いてあった。
余り物はない、さっぱりした部屋だ。
一番最初の面接の時に一度だけ入った事がある。
「失礼します」
「おぉ😄悪かったな、呼び出して」
「いえ」
私は社長に言われてソファーに腰掛けた。
「藤村くんはいつも頑張って働いてもらって助かっているよ」
「いえ、とんでもない」
「早速なんだが、うちの社員にならないか?」
「社員ですか⁉」
驚いた。
まさか社員になる話しになるとは思わなかった。
「社員だと昼間と夜間のシフトになるが…今は夜間~深夜の人が足りないからこのまま夜間専属で頑張ってもらいたいのだが」
「はい」
社会保険も雇用保険もつけてもらえて、僅かだがボーナスも頂けるらしい。
こんな有り難い話しはない。
快く引き受けた。
仕事の内容はたいした変わらないが、金庫の管理と売上金の計算も任される事になる。
来月1日から社員となる。
頑張っていて良かった。
社長には本当に頭が下がる。
こうしてバイトから社員としてラブホテルで働く事となる。
ますます恋愛とは遠ざかる生活になりそうだ。
社員になってすぐ、桑原くんが何の連絡もなく突然うちに来た。
時刻は午後3時過ぎ。
平日だから桑原くんは仕事のはず。
さて、これから仕事に行く支度でもしようかと思っていたところだった。
部屋のチャイムが鳴り、鍵を開ける前に覗き穴から誰かを確認。
そこには桑原くんがいた。
突然の登場に動揺するが「言ったよね?来たら警察呼ぶよって」とドア越しに叫んだ。
「突然来て申し訳ない、藤村にどうしても話したい事があるんだ…これから仕事だろ?手間はとらせない。5分、いや3分でいい。玄関先で構わないから」
「…仕方ない、居座られても困るし」
そう思い私は玄関を開けた。
スーツ姿の桑原くん。
桑原くん愛用のムスクの香水が懐かしく感じる。
桑原くんは玄関に入るなりいきなり私に土下座をした。
「藤村‼本当に色々と迷惑をかけてしまって申し訳なかった‼元嫁の妊娠騒ぎは嘘だったんだ。元嫁が俺と藤村の仲を妬んでついた嘘だった。もう二度とこの様な事はないから…また俺とやり直してくれないか?」
「人騒がせな嘘だね…でももう、桑原くんに何を言われても桑原くんの事を愛せる自信はないよ」
「わかってる。でも俺は藤村を愛しているんだ‼」
そう言って、桑原くんはスウェット姿の私をギュッと抱き締めた。
嫌だ…
桑原くんの事は気持ちが冷めたはずなのに、何故かドキドキしちゃってる。
こんな女たらしな男、割り切ったはずなのに…‼
どうしてドキドキしてるんだよ😢
ダメダメ‼
藤村みゆき、しっかりしないと‼
自分で自分に話しかけている。
でも、ドキドキは収まらない。
「藤村…お前の事は俺が一番わかってる。お前を守れるのは俺しかいない」
抱き締めながら桑原くんは耳元で囁く。
「みゆき…愛してる」
初めて下の名前で呼ばれた。
「忙しい時に悪かったな…じゃあまた」
そう言って桑原くんは玄関から出て行った。
バカな私。
いい年して何をときめいてるんだよ💢
あんな女ったらし、またよりを戻したって苦労するだけだよ?
止めな‼
誰かが私にそう言い聞かせる。
でも、楽しかった思い出が蘇る。
何故か思い出って美化されているんだよな。
ふっ切ったはずなのに…
またポッと桑原くんへの気持ちに火が点いた。
この頃は社員になり仕事も増え、体力的にはそうでもないが精神的な負担が増えていた。
誰かに頼りたい気持ちもあった。
バカな私はまた桑原くんとよりを戻すのであった。
しかし以前の様な気持ちになる事はなかった。
相変わらずお互いの仕事の時間が全く違うため、会う時間も限られていた。
でも桑原くんは信用を回復させるために一生懸命だった。
今度は何事もなく平和に過ごしたいところだ。
亜希子ちゃんからメールが来た。
「昨日の夜10時38分に3050グラムの男の子を無事に出産しました❤」
予定日を大幅に過ぎての出産だった。
無事に生まれたのか😄
良かった🎵
早速入院している産婦人科に向かった。
部屋は4人部屋。
手前の右側に亜希子ちゃんがいた。
「亜希子ちゃん😄」
ベッドに横になっていた亜希子ちゃんが「みゆきん😆来てくれたんだ😄」と言いながらゆっくりと起き上がった。
ドーナツみたいなクッションに座りながら「陣痛は痛くて死ぬかと思ったけど、泣き声を聞いた瞬間は涙が止まらなくてね」と出産時の様子を語ってくれた。
新生児室にいる息子を見に行った。
新生児室には6人の生まれたての赤ちゃんが並んでいた。
「可愛い😍」
思わず笑顔になる。
亜希子ちゃんも微笑みながら我が子を見つめる。
出産時には旦那さんも立ち会ったらしいが、陣痛で苦しむ亜希子ちゃんに「頑張れ‼」と言ってずっと側にいてくれたらしい。
これから大変になると思うけど、目一杯赤ちゃんに愛情を注いで素敵なママになって欲しい😄
でも、たまには構ってね😄
亜希子ちゃん、出産お疲れ様。
そしておめでとう❤
朝、突然の吐き気で目が覚めた。
「気持ち悪い…」
布団から慌ててトイレに駆け込む。
落ち着いたと思ってもまた吐き気に襲われる。
「変なものでも食べたかな😞」
昨日の夜は休みだったから自分で餃子を作って食べた。
その餃子にあたったのだろうか?
お腹も下す。
「あぁ…ダメだ…病院行こう」
いきつけの近所の内科に駆け込む。
「あぁ…ウイルス性の胃腸炎だね、周りに誰か胃腸炎の人はいた?」
言われて思い出した。
一昨日、ゆめちゃんの誕生日でプレゼントを渡しに兄のマンションに行った。
肝心の主役であるゆめちゃんがウイルス性の胃腸炎になり、いつも元気なゆめちゃんが大人しかった。
相当具合が悪かったと思われる。
多分、その時にもらっちゃった可能性が高い。
香織さんも具合が悪そうだった。
点滴を打ち、薬をもらって帰宅。
今日…仕事になるかな😅
その時に桑原くんから着信。
「もしもし」
「おう藤村😄どっか出掛けてるのか?」
「うん、病院に行って来た」
「病院?風邪か?」
「ウイルス性の胃腸炎だって」
「胃腸炎?」
「吐き気と下痢が止まらなくてね」
「そっか…いや、今藤村のアパートの近くにいるんだけど車がないから…一緒に飯でも食おうと思ったけど無理だね」
「うん、多分吐くわ」
「そっかそっか💦」
桑原くんとは友達以上彼氏未満の付き合いをしている。
執行猶予中だ。
最近の桑原くんに若干の違和感を感じていた。
前の桑原くんとは明らかに違うのである。
何がどう違うの?と聞かれたらどう説明したらいいのか悩むが…
一緒にいても上の空になっている事が多かったり、「俺なんて生きてる意味あるのかな」と言ってみたり、突然怒鳴ってみたり泣いてみたり…
もしかしたら精神的に疲れているのかもしれない。
ある日、お互いの休みが重なり桑原くんと一緒に食事をしに行った。
私が前から行ってみたかったレストラン。
桑原くんがうちまで迎えに来てくれた。
「おっ?藤村、今日はずいぶん可愛い格好してるじゃん😁」
珍しくスカートをはいてみた。
桑原くんの車の助手席に座る。
桑原くんが好きなバンドの音楽が流れていた。
最初はにこやかに他愛もない話をしていたが、桑原くんの携帯に誰かから着信があった。
携帯をちらっと見た瞬間、眉間にシワを寄せて舌打ちをした。
そして車を停めて電話に出た瞬間「もう二度と電話してくんなって言っただろ⁉あっ⁉💢💢💢ふざけんなよ💢」
ものすごい剣幕で突然怒鳴った。
元嫁だろうと容易に想像出来た。
電話を切り「ふざけんな‼」と言いながら携帯をカバンの中に乱暴にしまった。
気を取り直して運転を再開。
また再び着信。
桑原くんは無視しながら運転。
結局レストランにつくまでの間、桑原くんの着信音が鳴り続いた。
桑原くんの精神的疲労の原因はこれか…?
毎日これだと確かに疲れてしまう。
でも何故、拒否設定にしないのだろうか?
ふと疑問を持ちながらも、笑顔が戻った桑原くんになかなか聞けない。
でも一度、ゆっくり桑原くんの話を聞いてあげないと桑原くんが壊れてしまいそうだった。
その日の夜、桑原くんと話し合ってみる事にした。
「ねぇ、最近様子がおかしいけど何かあった?嫌なら言わなくてもいいけど」
一服をしながらテレビを観ていた桑原くんに後ろから話し掛けた。
桑原くんは無言で振り向いた。
そして一言。
「もう俺、ダメかもしれない」
そう言って深いため息をついた。
「何がどうダメなの?私で良かったら話してみ?聞いてあげるから」
私のこの一言で、何がが外れた様に桑原くんは一気に話し出した。
話をまとめるとこうだ。
まず。
元嫁は言葉は悪いがメンヘラっぽくなり、二度と会わないと言うと腕が血まみれの写真と共に「地獄であなたを待ってる」「一生許さない」といった内容のメールが一晩中届く。
かと思えば「やり直したい」「あなたを愛してる」「ごめんなさい」と言った内容のメールも届く。
拒否してもアドレスを少しずつ変えて送って来る。
電話も拒否しても次から次へと違う電話から掛かって来る。
だから拒否をするのは無駄だと思い、拒否設定を解除した。
夜もなかなか寝付けず、食欲もない。
元嫁のせいで安心した生活が送れない。
元嫁は桑原くんの会社にまで来る様になった。
この間は桑原くんが外回り中に元嫁が会社で暴れながら「桑原雅之をクビにしろ‼」「こいつは私をたぶらかして弄んで捨てた‼制裁を下したい‼」等散々わめき散らしていた。
同僚達がなだめても「邪魔しないで💢」とキレて悪化、押さえ付けたら「触るな💢ワイセツで訴えるぞ‼」とキレまくる。
仕方がなく警察を呼び警察官が元嫁を強引に連れていったらしい。
その事で桑原くんは社長に呼ばれ、現在クビの皮一枚の状態であるとの事。
桑原くんはしきりに「もう疲れた」と言っていた。
私の部屋にいても桑原くんの携帯は常にキラキラ光っている。
うるさいからとサイレントにしていた。
その時、私の携帯が鳴った。
兄からだった。
「みゆき、今時間あるか?」
「あるよ、どうした?」
「実は香織のお父さんが倒れて病院に運ばれたんだ…」
「えっ?」
「香織もお母さんも俺も病院なんだが…今、処置室みたいなところにいるが多分このまま入院になると思う」
詳しい病状は聞かなかったが、私は子供達を保育園に迎えに行く事になった。
桑原くんに事情を説明する。
桑原くんは「俺も行っていいかな…」と言うので、運転手として来てもらう事にした。
保育園に行き、近くにいた保育士さんに声を掛けた。
「藤村と申しますが…」
「あっ、はい😄藤村ゆめちゃんの😄話しは伺っています」
どうやらゆめちゃんの先生だったらしい。
「あっ‼みーちゃん😄」
ゆめちゃんが保育園の玄関で笑顔で元気に手を振っていた。
遅れて勇樹くんとまなちゃんが来た。
勇樹くんは「ママは?」と聞いて来た。
「ママのじいじが病院に運ばれたから、ママはじいじの病院に行ってるの。だから私が来たんだよ」
「じいじ、風邪ひいたの?」
勇樹くんは外靴をはきながら聞いて来た。
まなちゃんは眠たいのかグズっていた。
「風邪ではないよ💦これから病院に行くよ」
そう言って、グズるまなちゃんを抱っこして勇樹くんとゆめちゃんと一緒に車に行った。
桑原くんの姿にゆめちゃんが「みーちゃんのお友達?」と聞いた。
桑原くんは笑顔で「こんにちは😄みーちゃんの友達のまーくんだよ😄」と答えた。
「まーくん、こんにちは😄」
勇樹くんとゆめちゃんは桑原くんに挨拶。
「おっ、ちゃんと挨拶出来るのか😄偉いね😄」
桑原くんは満面の笑顔だ。
病院に到着。
兄に電話。
すると兄はすぐに駐車場まで来てくれた。
「あっ‼パパだ‼」
勇樹くんとゆめちゃんがパパに駆け寄る。
まなちゃんはぐっすり眠ってしまったため、兄は静かにまなちゃんを抱っこした。
兄は桑原くんをちらっと見た。
桑原くんは慌てて走って来て挨拶。
香織さんのお父さんの具合を聞く。
脳内出血を起こしたらしくしばらく危険な状態との事。
無事に回復する事を心から願う。
香織さんとお母さんはお父さんの病院に付きっきりになる。
お母さんは取り乱し、そんなお母さんを優しく抱き締め「大丈夫」と声を掛ける香織さん。
香織さんも辛いだろうが、気丈に取り乱すお母さんを守っていた。
子供達はまだ状況をつかめないのか騒ぎ出す。
兄は子供達を連れて一度帰る事にした。
香織さんとお母さんに挨拶をし、私と桑原くんも帰る事に。
翌日の夕方。
この日は仕事だったため仕事に行く準備をしていた。
すると兄から電話があった。
「お父さんが息を引き取った」
言葉が出なかった。
香織さんのお父さんは何度かしかお会いしていなかったが、とても優しそうな笑顔が印象的だった。
まだ60代。
早すぎる死だった。
仕事をお休みして私の両親に連絡。
父親は驚き、母親も突然の訃報に言葉がなかった。
泣き崩れる香織さんのお母さん。
香織さんも唇を噛み締めて震わせながら涙をこらえていた。
そんな香織さんとお母さんの側に兄がいる。
子供達も「じいじ死んじゃったの?」と眠っているじいじの側から離れない。
勇樹くん誕生の時、産声を聞いた瞬間嬉しそうな顔をして「やった‼良かった‼頑張ったな香織‼」と言ってお母さんと抱き合って喜んでいた姿を思い出す。
「香織さん…」
私は香織さんに声を掛けた。
「みゆきちゃん…」
香織さんは私の顔を見た瞬間、何かが外れた様に私に抱きついて号泣。
「香織さん…」
何て声を掛けたらいいのかわからず、黙って香織さんを抱き締めた。
そんな香織さんの姿に兄も涙をこらえきれず流れ落ちた。
無事に香織さんのお父さんの葬儀も終わった。
落ち着いたら兄一家は今住んでいるアパートを引き払い、香織さんの実家で住む事になる。
お父さんを亡くし、憔悴しきっているお母さんを一人にしておけない、と兄が言い同居となる。
それからしばらくしたある日。
兄の引っ越しの手伝いをしに桑原くんと兄のアパートに向かった。
香織さんはまなちゃんをおんぶしながら、せっせと荷造り。
業者には頼まず、兄の友人が勤務している運送屋さんのトラックを格安で借りて荷物を運び出す。
兄と兄の友人、そして桑原くんの男3人で冷蔵庫や洗濯機等の重たいものを運ぶ。
私は香織さんと一緒に荷造りをし、軽いものを玄関先に運ぶ。
勇樹くんやゆめちゃんも一生懸命手伝ってくれた。
まなちゃんはママの背中で泣く事もなく、おりこうさんにしていた。
兄の友人、熊谷さんはヤンキー時代の仲間。
見た目は強面だが、とても優しく良くくだらないおやじギャグを言って笑わせてくれる。
「みゆきちゃん…だっけ?久し振りだね😄」
熊谷さんが話し掛けてくれた。
「ご無沙汰してました」
「しばらく見ないうちにいい女になったなぁー(笑)なぁ隆太😄可愛い妹で羨ましい」
「お世辞うまくなりましたね」
「そっか?(笑)」
「熊谷さんもかっこよくなりましたね」
「おう👍そうだろ?(笑)どうだ?今度飯でも行かねーか?」
こんな会話を桑原くんは近くで黙って聞いていた。
香織さんが「こら‼ヒロ💢妹を彼氏の前で口説くんじゃねー💢」と遠くで叫ぶ。
香織さんとも仲間だったため、夫婦で仲良い友人だった。
「あはは😁冗談だよ(笑)」
そう言って熊谷さんは笑っていたが、桑原くんの目付きが怖かった。
荷物も全て運び出し、後は部屋の掃除をするだけだ。
「掃除は明日にして皆で飯食べようや‼」
兄の一言で掃除を終了させ、近所のファミレスに向かった。
兄夫婦に3人の子供達、私と桑原くんと熊谷さんという大所帯で近所のファミレスに行った。
兄が手伝ってくれたお礼にとご馳走してくれるらしい。
「好きなもの食え😄ファミレスだけど😁」
食べさせてくれるなら何でも有難い。
しかも給料日前の一番財布が寂しい時。
有難く頂きます。
熊谷さんは「本当に好きなもの食っていいのか?」と確認。
「おぉ、いいぞ😄」
兄が言うと熊谷さんは一番高いステーキセットを頼んだ。
香織さんは「やっぱりそうくると思ったよ💧」と諦め顔。
子供達は大好物のハンバーグとデザートのゼリーに大興奮。
まなちゃんはミルクを美味そうに飲んでいた。
桑原くんは遠慮しているのか何も注文をしない。
香織さんが「遠慮しないで😄手伝ってくれて本当に助かりました😄さっ、何がいい?」と桑原くんにメニュー表を開いて渡した。
「すみません…」
そう言いながらメニューを選ぶ。
一服したいが子供達がいるため、この席での喫煙は抵抗があり玄関先にある灰皿に移動。
すると桑原くんも一緒についてきてポケットからタバコを取り出した。
「今日はありがとね」
タバコを吸いながら桑原くんにお礼。
「気にしなくていいよ😄少しでも藤村の家族に協力出来て俺も嬉しいから😄」
桑原くんも一服しながら答えた。
「なぁ藤村、あの熊谷っていう人なんだけど…」
「熊谷さんがどうかした?」
「お前の事狙ってるのか?」
「まさか😅私が中学生くらいから「隆太の妹」って事で可愛がってもらってただけだよ。ていうか熊谷さん結婚してるし」
「はっ?結婚してんの?」
「そうだよ?あんな強面でも2児のパパだし…いつもあんな感じで軽いんだ(笑)」
「そうなんだ…」
何となくホッとした表情。
「まさか熊谷さんの冗談でヤキモチ妬いてたとか?」
「いや…」
恥ずかしそうに下を向く桑原くん。
からかってみる。
「もし熊谷さんが独身なら付き合っていたかもなぁ」
「……💢」
桑原くんは怒った様にタバコの火を消して店に入って行った。
私はニヤニヤしながらタバコの火を消し、皆のテーブルに戻った。
皆で美味しく食事を頂いた。
「あぁ~食った食った」
熊谷さんが満足そうに言った。
「うちの嫁牛肉嫌いだから、ステーキなんてまず食卓にあがらないのよ😞久し振りに食ったら、やっぱり美味いな😍」
「ひろちゃん、牛肉嫌いなんだ」
香織さんがゆめちゃんの口を拭きながら答えた。
熊谷さんの奥さんもどうやら仲間らしい。
今回も一緒に来る予定だったらしいが、パート先が繁忙期だったため休めなかったとか。
熊谷さん夫婦は結婚5年目だが、まだ子供はいない。
「さて、皆食べ終わったし明日仕事だし、そろそろ帰るか?」
兄の一言で皆帰る準備を始めた。
ファミレスの玄関先で解散。
「みゆきちゃん😄今日は本当にありがとね😄」
香織さんが笑顔で話し掛けてくれた。
「すみません、ごちそうさまでした😄」
「みーちゃん、バイバイ😄✋」
子供達も私に笑顔で手を振ってくれた。
「バイバイ😄」
桑原くんも笑顔で子供達に手を振る。
熊谷さんと兄は何やら話している。
解散後、私と桑原くんは一緒に帰る。
「藤村のお兄さん夫婦って何かいいよな」
「兄も「今が人生で一番最高だ」って言ってたし、香織さんも最高のお姉さんだわ」
「ああいう夫婦になりたいな」
「なりたいね」
「なってみるか?」
「誰と⁉」
「誰とって…俺と藤村」
「あぁ…桑原くんじゃ兄みたいにはなれないな」
「なれないか😞」
「なれないか、じゃなくてなってやろうじゃないか‼くらい言えないの?」
「でも…」
「でも、とかだって、とか言い訳はいらない✋」
「…よし、わかった。藤村、俺お兄さんみたいになるから、俺と結婚してくれないか?」
「なるかどうか保証がないから、なったら考えてあげる」
「何だよ⤵」
拗ねる桑原くん。
ちょっといじめてみた。
あの一件以来、桑原くんの事が頼りなく感じる。
もう少ししっかりして欲しい。
そう思ってハッパをかけた。
吉と出るか凶と出るか…。
結果はすぐに出た。
熊谷さんのところは夫婦揃って「ひろ」と呼ばれている。
旦那は弘樹、奥さんは弘美。
兄夫婦他仲間に「紛らわしいな」と言われていた。
翌日の昼過ぎに熊谷さんから連絡が来た。
「みゆきちゃん😄昨日はどうも~😄」
携帯番号は兄から聞いたらしい。
「こんにちは😄」
最初は何気無い世間話をしていた。
「ところでさ、みゆきちゃんの彼氏なんだけど…」
「桑原くんの事ですか?」
「そう、あいつの元嫁の名前知ってる?」
「確か…いずみさんって言ってた気が…」
「富田いずみって言わないか?」
「名字までは…😞」
「あの女は気をつけろ」
「えっ?」
どうやら熊谷さんの話をまとめると、桑原くんの元嫁は精神的な病をお持ちの様だ。
ヒステリーを起こしては部屋をメチャクチャにする。
自分の思い通りにならないと暴れる。
人に意見を求めながらも自分の思った答えが返らないと怒る。
常に上から目線で物を言う。
かと思えば急にしおらしくなり甘えたりして来る。
熊谷さんの奥さんの同級生だったらしい。
「弘美が言っていたよ、こんな事を言ったら申し訳ないが…いずみが結婚したと聞いて耳を疑ったの。でも離婚したと聞いてやっぱりかって」
どうやら桑原くんには同情させる様な嘘を言い、桑原くんを射止めた。
しかし嘘がバレて来たら逆ギレをしたり、甘えたりして桑原くんを縛り付けた。
離婚してからも桑原くんへの執着はおさまらず、今回の妊娠騒動を起こし自分のところに戻って来てくれる様に仕向けた。
桑原くんの女癖が悪いのを利用した、と言ったところか。
狭い小さな町だから、いらん噂は広まる。
何だか良くわからないが、私は変なトラブルに軽く巻き込まれた形になるのかな。
熊谷さんは私と桑原くんの様子をみて察してくれたらしく「いい男じゃないか😄仲良くしろよ」と言っていた。
そうだったんだ。
何かおかしいとは思っていた。
でも女癖が悪いのは誰のせいでもない。
更正出来るのだろうか?
久し振りに桑原くんのお兄さんから連絡があった。
「ご無沙汰しております。藤村さんにちょっと…お話したい事がありまして…」
また桑原くん、何かおかしな事でもしたのだろうか?
その日は日曜日だったが、私は仕事。
お兄さんは休みだったためお昼に待ち合わせた。
待ち合わせ場所は喫茶店。
寺崎美和と待ち合わせで利用したコーヒーが美味しい喫茶店だった。
駐車場で合流し、一緒に店に入った。
「いらっしゃいませ」
カウンターから笑顔でマスターがお出迎え。
入ってすぐの席についた。
コーヒーを注文。
「あの…お話しというのは…?」
私から話を切り出した。
「はい、今日はお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いえ」
「また雅之とお付き合いを始めたんですか?」
「お付き合いというか…執行猶予中です」
「執行猶予中?」
不思議顔のお兄さんに桑原くんと元嫁の一件をかいつまんで話した。
話を聞いたお兄さんは「また弟が迷惑を…」と言って頭を下げた。
「いえ💦お兄さんは何も悪くないので💦頭を上げて下さい😫」
困った私はお兄さんに頭をあげる様に言った。
そしてお兄さんが頭を上げて真剣な顔になった。
お兄さんが真剣な顔をしているので、私も自然に姿勢を正す。
「藤村さん、弟の雅之ではなく私ではダメでしょうか?」
「…はい?どういう意味でしょうか」
「私も藤村さんの事を好きになってしまいました。だから弟ではなく私とお付き合いを…」
あぁ。
だから桑原くんと私と引き離すために、前に写真を送って来たり話をしてきたりしたのか。
でも私はお兄さんに対しては何の感情もない。
「桑原くんのお兄さん」という感覚しかないため、突然の告白にかなり戸惑った。
お兄さんは真面目そうだし優しそうだし、見た目も清潔感があり爽やか青年だが、申し訳ないがお兄さんとお付き合いする気は全くない。
「あの…」
私が話し出そうとしたらお兄さんは「今すぐのお返事は求めていないので、後日改めて連絡させて頂きます。それまで考えておいて下さい」
そう言って伝票を持って席を離れた。
付き合うも何も…
私、お兄さんの事何にも知らないよ💦
自宅に帰ってすぐに亜希子ちゃんからメールが来た。
「いや~病院では女の子って言われてたから女の子用のもので揃えたら息子だったから、息子にピンクの服着せてる(笑)
最小限で抑えておいて良かった😅名前も一から付け直し💧
恥ずかしがって大事なもの隠してたのかな(笑)
ところで…桑原くんのお母さんから聞いたんだけど、みゆきんってお兄さんと付き合い始めたの⁉兄弟喧嘩の原因はやめなよ⤵」
亜希子ちゃんからのメールを見て、すぐに亜希子ちゃんに電話をした。
「もしもし⁉亜希子ちゃん?」
「みゆきん😄久し振りだっ…」
亜希子ちゃんの話しにかぶせて早速話した。
「私、桑原くんのお兄さんとは付き合ってないよ?実は今日「好きになってしまいました」って言われたけど…」
「…えっ⁉」
驚く亜希子ちゃん。
「桑原くんのお母さんから何て聞いたの?」
「みゆきちゃん、雅之と別れたと思ったら今度は兄ちゃんとお付き合いだなんて…みたいな事を言ってたからびっくりして、すぐみゆきんにメールしたの💦」
「いつの話し⁉」
「30分前位の話し。私、今里帰りで息子と実家に帰って来てるのよ、それでさっきうちのお母さんに用があって来た時に話してた」
「そうなんだ…」
亜希子ちゃんに全ての事情を話し、お兄さんの件は事実無根だと理解をしてもらった。
これは面倒くさい事になりそうだ。
この日辺りから、桑原くんのお兄さんと出会う事が多くなった。
徐々に頻度も高くなった。
最初は「偶然」だと思っていたのだが、余りにも「偶然」が多いため不審に思う様になった。
桑原くんのお兄さんが住んでいる地域と私が住んでいる地域は全くの逆。
お互いの勤務先は比較的近かったが「偶然」出会うには少し不自然な距離だ。
近所のスーパーやコンビニでは、かなりの頻度で会っていた。
「藤村さん😄」
「いやー奇遇ですね😄」
「また会いましたね😄運命を感じますね😄」
会うと必ず声を掛けて来た。
一番驚いたのが、良く行く銭湯でゆっくり温泉を楽しんでからロビーみたいなところでノンアルコールビールを飲んでくつろいでいた時に、お兄さんが笑顔で声を掛けて来た時だった。
驚きの余り飲んでいたノンアルコールビールを吹き出すかと思った。
あのー…
今は平日の真っ昼間なんですけど…仕事は?
疑問に思っている私にお兄さんは笑顔でこう言った。
「藤村さんの素っぴんもジャージ姿も可愛いですね😄雅之にはもったいない」
温泉でゆっくりと温まったはずなのに、寒気がする私がいた。
温泉に入った形跡はあるが、髪はセットしてありスーツを入れているのか紙袋を持つスウェット姿のお兄さん。
「あの、仕事は?」
「仕事中なんですけど、急に温泉に入りたくなりまして😄営業なんで自由ですから😄」
「…そうですか」
私はノンアルコールビールを一気に飲み干し、お兄さんに軽く頭を下げて足早に銭湯を出た。
この日の夕方は仕事。
支度をして出勤すると、従業員専用出入口付近でまたお兄さんに出会う。
「また会いましたね😄」
「何をしているんですか?」
少し強めの口調で言った。
「営業先がすぐそこだったものですから😄藤村さんに一目お会いしたくて」
「あの…申し訳ないんですけど、ちょいちょい会うのは絶対故意ですよね?」
「偶然ですよ😄」
「偶然がこんなにある訳がないじゃないですか‼」
「それがあるんですね😄私も驚いています」
「…すみません、仕事があるので」
私はお兄さんの顔を見ずにラブホテルに入った。
必ず毎日最低1回は会っていた。
イライラが溜まって来たある日、またお兄さんがいた。
この日は桑原くんも一緒だった。
桑原くんには話しはしてあった。
最初「偶然じゃないの?兄貴がそんなストーカーみたいな事するかなぁ?」と疑っていたが、近所のスーパーにいたお兄さんを見付けて桑原くんが「兄貴⁉こんなところで何してんの?」と声を掛けた。
お兄さんは「雅之⁉」と驚いた様な表情でこっちを向いた。
「なぁ兄貴、藤村に付きまとってるらしいけど辞めてもらえないか?」
「付きまとってるとは何だ💢」
お兄さんは突然キレ出した。
周りにいた買い物中のお客さんや店員さんが一斉にこっちを向いた。
野菜売り場のど真ん中で怒鳴っていれば、そりゃ目立つだろう。
こちらを見ながらヒソヒソ話しているお客さんもいた。
「とりあえず…店出ようか」
私はお兄さんと桑原くんに店から出る様に促した。
駐車場に停めてあったお兄さんの車に乗り込む。
お兄さんは運転席、私と桑原くんは後部座席。
それが面白くなかったのかお兄さんが「藤村さん、前に来ませんか?」とバックミラー越しに言って来たが断った。
「雅之‼お前は藤村さんを幸せには出来ない‼あんなに一生懸命お前の面倒を見てくれて、あんなに心配してくれたのにお前という奴は藤村さんを悲しませやがって💢」
お兄さんは桑原くんに怒鳴った。
「俺だって悪いと思ったから精一杯返してるじゃないか‼」
「悪いと思う事を何故するんだ⁉あぁ⁉💢」
「いや…それは…」
「俺はそんな藤村さんを見て惚れたんだよ‼藤村さんを幸せに出来るのはお前じゃなく俺だ‼」
「兄貴にだけは絶対渡さない‼」
「そんな事を言う権利がお前にあるのか⁉」
兄弟喧嘩勃発。
私はどうしたらいいのか考えてしまった。
もう嫌だ…‼
「やめて‼」
私は叫んだ。
「お願いだからやめて‼」
2人は黙った。
「私はお兄さんとはお付き合いするつもりはないです…ごめんなさい。桑原くんに対しても例の件で信用はありません。執行猶予中だけど前みたいに楽しく過ごせるかどうかわかりません。兄弟喧嘩をするくらいなら私は2人から離れます」
「いや、藤村…ちょっと待てよ‼兄貴が入って来たからおかしくなっただけで…」
「違うだろ?お前が藤村さんから離れれば丸く収まるんだよ💢」
また喧嘩になった。
2人共、私の話を聞いていなかったのか…?
結局、お互い平行線のままだった。
ただお兄さんにはストーカー紛いの行動はやめてもらう事にした。
桑原くんとも今まで以上に少し距離を置く事にした。
その後は仕事が繁忙期のため、毎日目が回る忙しさだった。
しかも愛ちゃんは子供さんが盲腸で緊急手術になったためしばらくお休み、純子さんもインフルエンザでダウンと主力メンバーが欠勤。
残りのメンバーで休み返上でフル活動。
毎日、家に帰ってもただ寝るだけだった。
桑原くんにもお兄さんにも会わない日が続く。
純子さんも愛ちゃんも仕事に復帰。
1ヶ月振りに連休をもらった。
初日は1日中ゴロゴロしていたが、2日目は部屋の掃除をして洗濯しながら録り溜めしておいたテレビ番組を見る。
ご飯も適当に済ませ、のんびりしていた時に携帯が鳴った。
桑原くんだった。
「もしもし」
「おう藤村😄久し振り😄」
「うん」
「今日は休みか?」
「休み」
「飯でも行かないか?」
「もう食べちゃった」
「そっか…」
「何か用でもあった?」
「いや、特にはないけど…用がなかったら電話したらダメなのか?」
「通話料もったいないじゃん」
「いやまぁ…」
「んじゃ切るよ」
「あっ💦ちょっ…」
桑原くんが話そうとしていたが切った。
用があったらかけなおすだろう。
しかしかかって来なかった。
この日辺りから、桑原くんから余り電話が来なくなった。
桑原くんから連絡がなくても気にならない。
付き合っていた時はたまには会いたいと思ったし、連絡もないと心配したが同じ相手でも今は特に連絡がなくても気にならない。
気持ちの問題なんだろう。
付き合っている時は嬉しかった事も、今はウザいと思うのも気持ちが離れた証拠だろう。
このまま桑原くんと離れてしまっても後悔はないかも。
仕事が忙しいのもあり、桑原くんの事を考えている時間もなくなった。
いつも貸出し用のシャンプーや消耗品を買って足してくれる川田さんというおばちゃんが転倒して足の骨を折ってしまい入院したため、私がいつもより早目に出勤していつも行くドラッグストアに買い出しに行った。
かなりの量を一気に買うため、自家用ではなくホテルの軽トラックで向かった。
トイレットペーパーや箱ティッシュ、シャンプーやボディーソープの替えを買い込み、軽トラックの荷台に積み飛ばない様にブルーシートを被せてロープで縛る。
店員さんも荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
やっとの思いで荷物を荷台に固定し、さあ発車とエンジンをかけた時に目の前に桑原くんが若い女性と一緒にドラッグストアに入るのを目撃した。
「新しい彼女かな」
笑顔の桑原くんを見ても不思議と何の感情もなかった。
完全に桑原くんとは終わったと確信した瞬間だった。
今日はクリスマスイブ。
街は華やかなネオンで飾られ、カップルや家族連れで賑わう。
ホテルも一番の稼ぎ時。
クリスマスプレゼントと称して、プレゼントを配る。
早い時間から宿泊を希望するカップルばかりだ。
しかしこんな日でもヘルスを呼ぶ男性もいる。
私と同じくクリスマスに一緒に過ごす相手がいないんだろう。
私はクリスマスイブだろうが正月だろうが関係なく仕事。
昔は亜希子ちゃんと良くクリスマスを過ごしたが、今日は家族で過ごす。
亜希子ちゃんから息子にサンタさんの格好をさせた写メが届いていた。
微笑ましい写メに思わず笑みになる。
直美からも「メリクリ💕」とメールが来ていた。
職場では社長が従業員にショートケーキを用意してくれた。
そういえば…
人生でクリスマスを彼氏と過ごしたのって1~2回あるかないか。
後は亜希子ちゃんや直美とか女性と過ごした方が明らかに多い。
それはそれで楽しかったがやはり若い頃は何となく寂しい気持ちもあった。
この年になれば、クリスマスも1人で過ごすのも苦じゃなくなる。
負け惜しみに聞こえるな(笑)
クリスマスを過ぎたらすぐに正月モードに切り替わる。
今年も終わりかぁ。
今年の元旦、兄家族と一緒に初詣に行った。
結果は「中吉」
微妙だなと思いながら、おみくじを結ぼうとしていたらおみくじがビリっと破けた。
「今年は余り良くないな」
兄も香織さんもゆめちゃんもまなちゃんも「大吉」
勇樹くんは「吉」だった。
「僕だけみんなと違う😫」
悲しそうな顔をしていたが「みゆきちゃんと一緒だね」と香織さんが言うと「みゆきちゃんも一緒?やったー🎵みゆきちゃん仲間だね😄」と勇樹くんは私の手を繋いで来た。
「だね😄」
なついてくれる勇樹くんに思わず笑みがこぼれる。
神社の駐車場で兄家族と別れた。
兄家族は香織さんの親戚の家に行くとの事で、神社からは私と別行動になる。
私は勇樹くんとゆめちゃんとまなちゃんの可愛い笑顔に見送られて車を発進。
駐車場を出てすぐ、比較的大きな道路に出る。
初詣の車で渋滞していた。
普段なら30分もかからないのに、1時間近くかかった。
家に着いてから年賀状を見る。
普段は余り連絡をしない人でも、年賀状のやりとりは欠かさずしている人達からも届いていた。
子供がいる人はやはり子供の写真を年賀状にする人は多い。
私も兄もひねくれた子供だったため、母親が一度「年賀状用で写真を撮りたい」と言った時に全力で止めた。
「身内だけならいいけど見ず知らずの人に顔を晒されたくない」
子供達が頑なに写真を拒否して以来、写真はない年賀状だった。
しかし兄の年賀状は普通に子供3人の写真が入っている。
香織さんのお父さんが亡くなり喪中のため、今年は年賀状はなかったが去年までは全て子供の写真入りだった。
余り会えない人には子供の成長がわかり、いいのかもしれない。
直美や亜希子ちゃんの年賀状も息子の写真入りだ。
直美も2人目がお腹にいるが、春までには生まれる予定。
来年の年賀状には可愛い家族が増えている事だろう。
楽しみである。
そういえば…今年は厄年。
初詣に行った神社で厄払いしてもらおうかな。
おみくじは「中吉」で微妙だったものの、厄を払う事で少しでも良い一年になるといいな。
今度の休みに厄払いに行って来よう。
元旦から仕事の私。
今日はフロント兼務のため電話が鳴ると対応する。
内線がかかった。
「はい、フロントでございます」
「すみません、着物の着付けお願いしたいのですが」
「…はい?着付けですか?」
どうやら着物で来て、脱いだのはいいが自分では着られないため電話をしてきたんだろうが…
うちは着物の着付けを出来る人間はいない。
前にいたゆうちゃんは仕事柄、成人式とか結婚式とかで全てこなすためある程度の着付けは出来たが…
今日のメンバーは誰も出来ない。
「すみません…着付けは行っていないんですが」
すると女性はキレ出した。
「はぁ?ホテルなのに着付け出来る人がいないって信じられない‼じゃあ私はどうやって帰ればいいのよ💢」
「そう言われましても…」
「ちょっと💢何それ💢どうすんのよ⁉着付けが出来ないなら正月に開けてるんじゃないわよ💢普通ホテルなら誰か着付けが出来る人必要じゃないの?」
お客さんは激怒している。
さて、困った。
今日のメンバーは純子さんと愛ちゃん。
純子さんが「ゆうちゃん呼ぼうか💦連絡してみる」と携帯を取り出した。
激怒しているお客さんに「すみません、今着付けが出来る人間を呼びますので少しお待ち頂けますか?もうすぐで延長つきますが、それでも良ければ…」
「着付けてくれるなら」
お客さんの怒りは少し収まった。
幸い、ゆうちゃんは時間があるとの事ですぐにホテルに来てくれた。
「辞めてそんなに経ってないけど懐かしく感じる💕」
久し振りに会ったゆうちゃんは、髪を盛りメイクも服も派手な夜のお姉ちゃんみたいな出で立ちだった。
「あはは(笑)すごい格好でしょ😄休みの日じゃないとこんな格好出来ないし、髪は練習がてらの趣味よ趣味(笑)」
早速着付けを待っているお客さんの部屋に行く。
お客さんの部屋には必ず2人で行く事になっているため、私もゆうちゃんの後について行く。
「失礼致します」
電話とは対照的に大人しそうなカップル。
ゆうちゃんの姿を見て少し驚いた様だ。
「このギャルが着付けをするの?」
そんな顔をしていた。
テキパキと着付けをこなすゆうちゃん。
「はい、出来ました😄」
「あ…ありがとうございます」
「では失礼致します😄ありがとうございました」
そう言って部屋から控え室に戻る。
ゆうちゃんが来てくれて良かった💦
お礼として、ゆうちゃんがいつも飲んでいた烏龍茶を自販機で買って渡した。
ゆうちゃんはしばらく控え室にいたが、忙しくなって来たため「また来るね🎵」と言って帰って行った。
ゆうちゃん、本当にありがとうm(__)m
正月早々、お客さんからクレームを頂戴する。
掃除や設備の不備でのクレームは、基本料金を割引したり無料で飲み物をプレゼントしたりしてお詫びをするが、たまに「?」と思うクレームも頂戴する。
「あのさ、寝ちゃって延長ついちゃったんだけど、どうして起こしてくれなかったんだ⁉💢普通なら「お時間10分前ですけど」とか連絡するだろ💢そっちのミスなんだから延長分割引にしろ💢」
うちは基本的にこちらから連絡はしません。
他のホテルはするところもあるだろうが、こちらから連絡をすると嫌がるお客さんもいるため難しい。
「上の者と相談しないと…」
「もういい💢」
結局、延長分もきちんと支払って頂いた。
「すみません…お金が足りないんですけど…」
たまにいるお客さん。
その場合、どちらか一人部屋に残って頂いてコンビニATMなり銀行なりに行ってもらうか、誰かに届けてもらうかする。
しかし、ヘルスを呼びオプションをつけてホテル代が足りなくなったという男性もたまにいる。
その場合、免許証のコピーを取らせて頂き、期日までに支払いに応じなければ控えていた車のナンバーと共に警察に提出になる。
だいたいの方はその日か翌日に持ってくるのだが、過去に2人「払うからちょっと待って」と言って払わなかった人もいた。
本人が払うと言っている限り強く言えないのである。
しかし不本意ながら、この2人は警察に行ってもらう事になった。
正月から色んなお客さんがいた。
今年はいったいどんな年になるのやら…
正月モードも落ち着き、普通の日々に戻った。
しばらく休みらしい休みがなかったがやっと2連休。
久し振りにのんびり出来る。
そうだ、今日は大安だし厄払いに行って来ようかな?
平日だしきっと神社もすいているだろう。
兄家族と初詣に行った神社に向かう。
私以外にも厄払いを希望する人が私を含めて3人いた。
無事に厄払いも終わりお守りも買った。
少しでもいい年であります様に…(^人^)
外出したついでに買い物に行こうと車を走らせていたその時。
目の前で警察官が大きな「止まれ」の看板を持って私の車の前に出て来た。
一瞬で自分が何をしたのか理解した。
車を停めて運転席の窓を開けると警察官が「あぁーちょっと速かったかな?車をこっちに移動して」と左側にあった駐車帯に車を移動する様に言ったため従う。
近くにあったバスの様な車両に免許証を持って乗り込む。
40キロ制限のところを56キロで走行、16キロの速度超過。
点数減点と罰金を払う事になった。
警察官に「どっかの帰り?」と聞かれた。
「厄払いの帰りです」
「…厄払いですか😅」
一生懸命調書を書いていた若い警察官が苦笑いをしていた。
「これからは法定速度を守り、安全運転で事故のない様に気をつけて下さい」
「…はい」
解放された。
買い物は取り止め、家までは法定速度ぴったりで帰った。
「はぁ…」
部屋に入りため息をついた。
今年はどんな年になるのだろうか…。
「毎度様ですー」
アメニティを取り扱う業者の営業である渡辺さんが来た。
「ご苦労様です😄」
今日は注文していた客室に備え付けるコーヒーセットとライターと歯ブラシが届いた。
社長の古くからの友人の息子さんである渡辺さんは、来る度にお土産を持って来て下さる。
「この間、家族で温泉に行って来たんですよ😄旅館の売店に売っていた煎餅が美味かったので、是非皆さんで召し上がって下さい😄」
「いつもすみません💦」
「いえいえ😄いつも社長さんには色々お世話になってますから😄今日社長さんは?」
「社長は今、社長室にいると思いますよ😄真里さんが来てましたから」
「そうですか😄わかりました😄」
渡辺さんはそう言って笑顔で社長室に向かって行った。
私達従業員の中で勝手なジンクスがあり、渡辺さんには大変失礼な話しだが、渡辺さんが来た日はホテルが暇なのだ。
たまたまなんだろうが、渡辺さんがこうして来た日は満室になる事が少ない。
暇な日は従業員にとっては楽だが、ホテルにとっては痛い。
案の定、今日は暇な日であった。
「今日は楽でいいね😄」
忙しい時は休む暇もなく、汗だくになりながら働くが暇な日は見たいテレビもしっかり見る事も出来るし、ゆっくりご飯を食べる事も出来る。
たまにはこういう休息日もあった方がいい。
渡辺さんから頂いた煎餅も美味しく頂戴した。
仕事仕事の毎日ではあるがそれなりに楽しく過ごしていたある日。
直美から連絡があった。
「みゆき😄久し振り😄明けましておめでとう🎵」
「明けましておめでとう😄体調はどう?」
「うん、お陰様で母子共に元気だよ😄りゅうせいがやんちゃで手を焼いているけど💦」
「元気が一番😌」
武田くんとはうまくやっているみたいだ。
前みたいなすれ違いも少なくなり、武田くんも直美もりゅうせいくんも穏やかに過ごしている様で安心した。
2人目が生まれたら武田家も更なる幸せに包まれるだろう。
「ところでさーみゆき、みゆきって彼氏と別れたんだよね?」
「うん、今は誰も」
「あのね、みゆきに紹介したい人がいるんだけど…」
「紹介⁉」
「そう😄うちのオヤジの会社の同僚なんだけど…」
武田くんは運送会社を辞めて目指している司法書士の会社の事務員として働いているらしいが、そこの同僚らしい。
話を聞くと、年齢は40歳のバツイチ男性。
元妻との間に子供はいないとの事。
とても真面目で仕事も出来る人だと言っていた。
職場には女性はいるが既婚者が2人。
出逢いもないそうだ。
武田くんと仲が良く、何度か武田家に来た事もある。
名前は吉村さんというらしい。
「セッティングするから会ってみない⁉」
うーん…
正直余り乗り気にはならない。
こんな気持ちで会うのは相手に失礼だと思い断るが、直美から「一回だけでもいいから😄」と何度も言われたため、次の休みに会う事にした。
待ち合わせ場所である和食レストラン。
久し振りに会う武田くんと直美。
りゅうせいくんは直美のお母さんがみていてくれるらしい。
武田くんは変わらなかったが、直美は妊娠中という事もあり丸くなっていた。
「12キロも太ってさ💦」
「赤ちゃんが生まれたら頑張れば大丈夫😄まずは元気な赤ちゃんを生むためにしっかり体力つけないとね」
「そうだね😄」
「吉村さん、多分もう少しで着くと思うんだけど…あっ😄来た来た‼吉村さーん‼こっちこっち😄✋」
直美は笑顔で大きく手を振った。
振り返ると軽く頭を下げた男性がいた。
少し小太りで背は180センチ以上はあるだろうか?
170センチ近い私が5センチヒールを履いても軽く見上げる高さだ。
見た目も清潔感はあるし、服装も年相応の落ち着いた感じである。
「初めまして。私、吉村と申します」
そう言って名刺をくれた。
「初めまして。藤村と申します」
挨拶をして頭を下げた。
「はい😄堅苦しいのはもう終わり😆お昼食べましょ🎵」
直美の一言で店内に入る。
狭いが個室になっていた。
白い提灯の様な電気でダークブラウンで統一された個室を照らす。
夜は居酒屋になる様だ。
私と直美、武田くんと吉村さんで座る。
オススメランチである天丼セットを注文。
その他にサラダ等のちょっとつまめるものも注文した。
吉村さんは姿勢が良く、シャキっと背筋が伸びた状態で座っていた。
縁なし眼鏡の奥の目は真っ直ぐ私を見ている。
別に悪い事はしていないが目を合わせるには勇気が必要だった。
「吉村さんは余り女性とこういう風に会った事がないから、どうしたらいいのかわからないみたいで😅」
武田くんが吉村さんをフォローする。
直美も「吉村さん、すごく真面目だから」とフォロー。
「ねぇ、吉村さん😄吉村さんって若い頃柔道をされていたらしいのよ」
だから体格が良いのかと納得。
「今でもたまに知り合いの道場に行くんですよね?」
「はい」
…シーン…
「あっ💦ほら‼みゆき‼確かみゆきもお酒好きでしょ?吉村さんもお酒飲むみたいなのよ💦」
「そう」
「今度、一緒に飲みに行くのもいいんじゃないの?」
「そうだ‼お酒が入ったら少しは緊張も和らぐんじゃないか?」
「そうだね」
…シーン…
ほとんど武田夫婦で話している状況だった。
その間も吉村さんはじっと私を見つめたまま。
この状況…
どうしたらいいのだろうか?
話し掛けてみる。
「何か趣味とかはあるんですか?」
「趣味ですか?特には…」
「そうですか…」
…シーン…
困ったぞ💧
吉村さんは私が通っていた高校の全日制から国立大学の法学部へ進学。
法学部で学んだ経験を活かし司法書士の資格を取得。
他の事務所から現在の事務所に移り、武田くんと知り合ったらしい。
武田くんはまだ資格を取得していないため、色々と教わっているそうだ。
ご両親は教員、お兄さんは薬剤師、妹さんは看護師だという。
余りにもレベルが違い過ぎて恐縮。
文武両道。
凄い方である。
私はめかけの娘で定時制高校卒業。
勤務先はラブホテル。
普通自動車免許以外、特に資格も取り柄もない。
こんな私と釣り合う訳がない。
きっともっと相応しい女性が現れるだろう。
共通点は同じ日本人という事くらいではないだろうか?
私の想像だが、きっと吉村さんはずっと勉強一筋だったのだろう。
女性とのお付き合いも、そんなになかったと思われる。
現にどう接していいのかわからない様子。
しかしバツイチという事はそれなりに女性とのお付き合いもあっただろう。
真面目過ぎる故に、失敗を恐れてしまうのだろうか。
少しくらい崩してもいいのに…
ずっとシャキっと伸びた背筋も…。
心の中で呟いていても仕方がない。
まずは吉村さんに色々話し掛けてみよう。
しかし初対面の何も知らない人に、どういった話題を振っていいかわからない。
とりあえず他愛もない話を振ってみた。
「今日は寒いですね」
「そうですね、冬ですから寒いのは当然ですよね」
負けずに話し掛ける。
「好きな女性のタイプは?」
「人間であれば…一つだけ希望を言えば成人していて同じ年齢くらいまでの方で、きちんと仕事をされている方であれば特にタイプはありません。見た目で選ぶのはその方に対して大変失礼なので」
「そ、そうですか…」
しつこく振ってみる。
「血液型は?」
「A型です」
「好きな食べ物は?」
「するめです。受験勉強中眠気覚ましで良く食べていました」
するめ…
「私もするめとかさきいか大好きです」
「さきいかはちょっと…」
「そうですか…」
ふと気付いた。
吉村さんからは一度も私に質問をして来ない事を。
聞いてみた。
「何か私に聞きたい事は?」
「うーん…特には」
やっぱり私には向いていない相手なのかもしれない。
私達の様子を見ていた武田夫婦。
私の表情を見て察したのか「さて、ご飯も食べたしお開きにしますか」と直美が助け船を出してくれた。
「そうだね」
その時、吉村さんが「藤村さん、良かったらアドレス交換しませんか?」と言って携帯を出した。
「はあ…」
断れる状況でもなくアドレス交換をし、その場はお開きになった。
先に吉村さんが帰宅。
武田夫婦から謝られた。
「みゆきさん…ごめんなさい💦普段はもっと話す人なんだけど」
武田くんが申し訳なさそうにしている。
「別にそんなに悪い人ではないと思うけど、私とは釣り合わないよ…レベルが違い過ぎる💦でも美味しい天丼食べれたし😄さて私も帰るかなぁ?」
そう言って私も車に乗り込んだ。
スーパーで買い物をして自宅に帰ると携帯が鳴った。
吉村さんからだった。
「今日はお時間を作って頂きまして有難うございました。とても楽しく有意義な時間を過ごさせて頂きました。もしまたお時間があれば今度は2人で会って頂けませんか?」
吉村さんは楽しかったのか。
社交辞令かも。
私も返信。
「こちらこそ今日はお時間作って頂きまして有難うございました」
この日から毎日の様に吉村さんからメールが来る様になった。
最初のうちは他愛もない内容だった。
「お仕事頑張って下さい」とか「明日から出張です」とか…。
そのうちに「おはようございます」から「おやすみなさい」まで何回もメールが来る様になった。
まるでタイムカードの様にだいたい決まった時間に「おはようございます」メールが来る。
「今、お昼を食べました。今日のお昼はラーメンでした」
「これからお客様なところに行って来ます」
「今、帰宅しました」
「これから夕飯です。今日はパスタにします」
「これからお風呂に入ります」
「明日は朝イチで会議があるため、早目に休みます」
「おやすみなさい」
こんなメールが毎日来る。
どう返信していいのか悩むが、面倒な時は返信しない。
するとメールの催促。
そしてたまにポエムの様なメールも来た。
はっきり言ってしまえばドン引きである。
しかし武田くんの同僚であるため、下手な事は出来ない。
別に付きまとわれてる訳でもないし、家も知らないし…と思い差し障りがない程度でメールを返信していた。
ある日。
いつもの時間帯に「おはようございます」のメールが来た。
その後のメールがいつもの内容ではない。
「今日は藤村さんとお付き合いを始めて1ヶ月の記念日です。そろそろ結婚も考えなければなりませんね。来週辺り、私の両親に会って頂けませんか?既に両親には藤村さんの話はしております」
…はあ?
結婚⁉
その前に…私と吉村さんって付き合っていたの⁉
武田夫婦との食事以来会ってないのに?
家も知らないのに?
何か吉村さんって…
ストーカー臭がしそうなんだけど…気のせいかな。
吉村さんのメールは段々怖いものになっていった。
「どうして返事がないのですか?」
「仕事中ですか?このメールを見たら連絡を下さい」
「携帯を握りしめて藤村さんからの連絡を待っています」
「夢に藤村さんが出て来ました😄とても綺麗な女性で思い出しただけでムラムラ来ます」
「藤村さんに会って抱きたいです」
「一度だけでもいいです。藤村さんに会いたいです」
「藤村さんが僕と結婚したら吉村みゆきになりますね。誰もが羨む素敵な家庭を作りましょう」
「子供は男の子と女の子2人欲しいです。藤村さんとの子作りを頑張らなくてはならないので、今から精力剤飲み始めます」
「結婚したら今の仕事は辞めて専業主婦になって、僕のためだけに生きて下さい」
「僕には藤村さんが必要なんです。早く藤村さんに会いたい」
「自宅の住所を教えて下さい」
吉村さんからのメールを見る度に手が震える。
私は直美に連絡をした。
直美に吉村さんから来たメールを転送。
読み終えた直美から着信。
第一声が「気持ち悪い」だった。
「吉村さん…脳ミソ沸いちゃったのかな😱そんな感じの人だとは思わなくて…みゆき、ごめん」
吉村さんは何度か武田家に行っていたらしい。
武田くんの資格勉強を教えてくれていた。
その時は、そんな素振りは全くなかったらしい。
むしろ礼儀正しく真面目で良い感じだった。
りゅうせいくんとも遊んでくれて「子供は本当に可愛いですね😄」と笑顔だったという。
元嫁と別れてから女性と縁がないという話をしていたため「みゆきを紹介しようか😄」という話しになったらしい。
食事会の後、武田くんに「藤村さんって素敵な方ですね」と言っていたらしく、何も知らない武田くんは「みゆきさんと吉村さん、くっついて欲しいなぁ💕」と言っていたらしい。
直美は食事会の私と吉村さんを見て「やめた方が良かったかも」と思っていたと言っていた。
「みゆき、本当にごめん」
「謝らないで💦」
直美と相談をし、とりあえず吉村さんのアドレスは着信拒否にし、送られて来たメールは保存した。
私の家は絶対教えないと約束。
武田くんには直美から伝えてくれる事になった。
着信拒否をしたため、吉村さんからのメールは受信しなくなり静かになった。
しかし、静かな日々は長くは続かなかった。
着信拒否をしてから約3週間程経ったある日。
休みだった私は、いつもの様に午前中はダラダラして午後から溜まっていた洗濯物を洗いながら掃除機をかけていた。
午後4時過ぎ。
部屋のインターホンが鳴った。
玄関の覗き穴から覗くが真っ暗。
向こうから穴を押さえていると思われる。
またインターホンが鳴る。
そして今度はドアをドンドンと叩かれた。
もしかして…
私は直美にメールをした。
「直美‼助けて‼吉村さんがうちに来た‼」
直美から折り返し着信。
「今から行くから‼」
何故うちがわかったのだろうか?
何度も何度もインターホンを鳴らしては、ドアをドンドンと叩く。
どうやら部屋にいる事はわかっているらしい。
吉村さんは柔道有段者。
何をされるかわからない。
20分後。
玄関先で直美の声が聞こえた。
私は慌てて鍵を開ける。
そこにはやはり吉村さんがいた。
直美は「今すぐ帰らなければ不審者として警察に通報しますから‼」と吉村さんに怒鳴る。
「私は藤村さんの婚約者です。探しましたよ…藤村さん」
そう言って玄関に入ろうとしたため、直美は110番した。
それに気付かず、吉村さんはうちに入り込もうと必死。
私も部屋に入れさせない様に必死で抵抗。
普段なら100%敵わないであろう力も、こういう時はカジ場の糞力とでもいうのか、柔道有段者の力を押さえている私がいた。
「どうしてうちがわかったんですか⁉」
「プロの方に依頼しました」
探偵という事か。
すぐに警察官が来た。
吉村さんの姿を見て警察官が一言。
「またあんたか💢⁉」
…また?
警察官は続ける。
「あんたは何回やったら気が済むんだ⁉前回で反省したんじゃないのか⁉」
吉村さんの大きな体が小さく見えた。
項垂れる吉村さん。
まるで小学生がお母さんに叱られている感じだった。
警察官の話を聞いていて思ったのが、吉村さんは何度かこうして女性宅に来ては警察に呼ばれている様だ。
体が大きいため、凄い勢いで部屋に入ってこようとする姿は確かに恐怖である。
しかし吉村さんは決して怒鳴らない。
ひたすら無言。
それはそれで恐ろしい。
私と直美は部屋で警察官から話を聞かれ、吉村さんはパトカーに連れられて行った。
部屋で吉村さんから来たメールを見せた。
それを見ていた女性警察官が眉をしかめた。
女性警察官は「怖かったでしょう…こういう時はまたいつでも110番していいですから」と言っていた。
私は吉村さんに対して被害届を出さなかった。
逆恨みされたくなかったからだ。
しかし吉村さんは前科があるため、警察に泊まる事になった。
部屋、引っ越そうかな…。
直美も妊娠中の大事な時に巻き込んで申し訳ない。
「りゅうせいくんは?」
「連絡くれた時、ちょうど実家にいたのよ😄だからりゅうせいは、ばばが見てくれてるわ」
「そうなんだ💦直美が来てくれて、本当に助かった💦ありがとね」
「こっちこそ変な人を紹介して本当に申し訳ない…もっとみゆきといたいけど、りゅうせい迎えに行かなきゃ💦あっ🎵今日の夜、うちに来ない?一人でいるより不安はなくなると思うから…今日の晩御飯、鍋にするつもりなんだ😄一緒に食べよう😄」
そう言って直美は帰って行った。
直美に甘えて、夜は武田家に泊まる事にした。
武田家では武田くんの帰りを待ってキムチ鍋を頂く。
りゅうせいくんは別メニュー。
大好きなバナナにヨーグルトをかけたデザートを美味そうに食べる。
溢しまくるが、スプーンを上手にお口に持っていく。
ママのお膝でご満悦。
お腹が大きいママは少し窮屈そう。
私はビール一箱と妊娠中でアルコールが飲めない直美には、直美が今はまっているという野菜ジュースを一箱買って行った。
直美は大喜び。
私と武田くんはキムチ鍋でビールを飲む。
りゅうせいくんには大好きなバナナとウエハースを買った。
美味しいキムチ鍋も完食し、りゅうせいくんも就寝。
就寝前に目をこすりながらもバイバイをしてくれた可愛い姿が癒された。
りゅうせいくんが就寝してから、3人で話をする。
武田くんがビールを飲みながら「今日、同僚から聞いた話しなんだけど…」と言って話し出した。
話をまとめると…
吉村さんは今日付けで解雇になった。
仕事柄、警察にお世話になる事は許されないらしい。
吉村さんの離婚原因は吉村さんの異常な束縛が耐えられなくなり、元嫁が逃げ出したという。
離婚も吉村さんが拒否したため、裁判にまで発展したそうだ。
結果、離婚が成立し元嫁は遠く離れた地に引っ越した。
前の職場でも今回と同じ様な事件を起こして解雇され今の職場に移ったとの事。
仕事は完璧と言っていい程きっちりこなすという。
しかし真面目過ぎるため、応用がきかない。
マニュアル通りにしか行動が出来ないらしい。
それでも吉村さんは自分を崩さずに仕事をしていた。
仕事をしている姿はそんな人間だとは微塵も思わなかったという。
武田くんも「話を聞いてびっくりした」と言っていた。
とりあえず今日は武田家に泊まるが、明日からは引っ越し先を見付けよう。
今のアパート、気に入ってたんだけどな…。
翌日の昼間、武田家から自宅に戻った。
この日は仕事のため、仕事に行くまでゴロゴロしていた。
するとインターホンが鳴った。
恐る恐る覗き穴を覗くと知らない男女が立っていた。
「私、吉村浩二の母です」
えっ?
吉村さんのお母さん⁉
「息子が大変ご迷惑をおかけ致しました。お忙しいかと思いますが…玄関先で構いませんので、ドアを開けて下さいませんか?」
私は素直にドアを開けた。
吉村さんのご両親。
深々とお辞儀をしながら「突然申し訳ありません。直接お詫びをしに伺いました」
「いえ…特に被害はありませんでしたから…」
「息子から藤村さんの話を伺いましたが、おかしな話で私共首を傾げていたのですが、まさかこんな事になるとは…」
お父さんが申し訳なさそうに話す。
ご両親は、とても腰が低く丁寧な話し方をされる。
もう二度と関わらないという約束をして、ご両親は帰って行った。
こんなに良いご両親なのに…。
吉村さん、どうしてあんな風になってしまったのか。
菓子折りを頂いた。
開けてみると、有名な和菓子屋のどら焼きだった。
ここのどら焼き、小ぶりだが甘くなくてとても食べやすい。
有難く頂きます。
この日から吉村さんとの縁も完全に切れ、平和な日々となった。
部屋の引っ越しもやめた。
ここのアパートは決して新しくはないが、とても住みやすい。
場所もラブホテルから近いし、近所にある程度揃っているし、駐車場も出入りしやすい。
アパートから徒歩30秒でバス停もある。
部屋は1LDKで日射しも風通しも最高だし、ある程度は防音されているので夜遅くに帰る私にはちょうど良いのだ。
家賃も手頃。
文句なしである。
しかし、吉村さんの突然の訪問からしばらくの間はちょっとした物音でも「ビクッ‼」とする事や、玄関の鍵やチェーンも何回も確かめる様になった。
そうしないと落ち着かないのである。
しかし1ヶ月もしたら過敏な反応も薄れていった。
やっと落ち着きを取り戻した。
ある日、休みで暇だった私は久し振りにパチンコ屋に入り、1円パチンコで遊んだが全く出ない。
つまんないなと思いながら、駐車場に行くと男性の怒鳴り声が聞こえた。
最初は私と同じ様に負けて面白くないんだろうと思っていたが、途中で女性の叫び声が聞こえてその声がする方を見た。
すると男性が女性を殴っていたのである。
私は驚き、駐車場にいた警備員さんを連れてその場に向かった。
警備員さんも私も女性の顔を見て驚いた。
顔は腫れ上がり、鼻と口から血を出して目はうつろだった。
警備員さんは「何をしているんですか‼」と男性を女性から離した。
男性は目は血走り興奮状態。
「何だお前⁉こいつの浮気相手か⁉」
「やめなさい‼」
「うるせーよ💢離せコラ💢」
暴れる男性を必死に止める警備員。
私はその隙に携帯から110番し、女性にハンカチを渡した。
女性は震えていた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます…」
女性は殴られ過ぎたのか、ボーっとしている様子。
男性は「こいつが金をくれないのが悪いんだよ💢」だの「お前がもっと働けばいいんだよ💢」だの騒いでいる。
この騒ぎに野次馬が集まり出した。
警察官が到着。
男性は警察官に対しても「呼んでねーよ💢帰れよ‼💢」と悪態をつく。
警察官2人がかりで暴れる男性をパトカーに乗せた。
私は通報者として事情を聞かれ、暴れる男性を押さえていた警備員も事情を聞かれていた。
この時思った事。
男性は女性に暴行している間は女性の怪我の具合を見ても結構な時間だったと思われる。
その間、騒ぎを見ている人はいたが誰も助けず、ただ黙って遠くから見ているだけだった。
もし私が警備員や警察官を呼ばなければ、女性がどうなっていたか…。
人間の冷たさを実感した。
女性は救急車で病院に運ばれた。
警察官から見ても相当な怪我だった様だ。
警察官からの事情も終わり、車に戻ろうとした時に知らないおばちゃんが話し掛けて来た。
野次馬根性丸出しの顔で「ねぇ~何があったの?あなた何かやらかしたの?」と聞いて来た。
イラっと来た私は、無言でおばちゃんの腕を掴んで警察官のところに連れて行き「すみません、この方が何かあったのか野次馬根性で気になるみたいなので連れて来ました」
おばちゃんには「警察官の方から直接話を聞いて下さい」と言っておいた。
もちろんおばちゃんは警察官からお叱りを受けた。
翌日の地元新聞に小さくこの事件の事が乗っていた。
男性は住所不定無職の32歳、女性は風俗嬢で27歳、新聞には女性は暴行を受け重傷と書かれていた。
要は男性はヒモで、女性からパチンコ代をもらったが負けたためもっと貰おうとしたが断られたため殴ったんだろう。
働かずにプラプラして、女性にたかり拒否されて暴力とは人間として最低である。
以来、このパチンコ屋には行っていない。
このパチンコ屋のすぐ近くには大型ショッピングセンターがあり、ショッピングセンターの回りにもたくさんのお店が立ち並ぶ。
このエリアに来ると、ほとんどのものが揃う。
パチンコ屋のすぐ隣にラーメン屋さんがあるのだが、ここのラーメンが安い割に美味しい。
パチンコのお客さんや昼間はサラリーマン、このエリアで働く人達でかなり込み合う。
だからいつも、込み合う時間をずらして食べに来る。
空いたカウンターでラーメンを食べていると「すみません」と声を掛けて来た男性がいた。
「はい…」
手を止めて男性を見た。
見覚えがない。
「先日は大丈夫でしたか?」
「…???」
何の話か全くわからない。
その前にこの男性が誰なのかもわからない。
「失礼ですが…どちら様でしょうか?」
私は男性に尋ねた。
「大変失礼致しました。私先日の警備員です」
「あっ💦それは失礼致しました💦」
私は慌てて頭を下げた。
あの時は制服に帽子を被り、夢中だったため顔まではハッキリと見ていない。
私服姿だと尚更誰かわからなかった。
「隣…いいですか?」
「はい、どうぞ」
「家近いんですか?」
「遠くも近くもないんですが、ここのラーメンが好きでたまに来るんです😄」
「僕もなんです😄今日は休みなんですけど、ここのラーメンが食べたくて😄」
この警備員。
名前は高島耕平さんというらしい。
年齢は30歳。
警備員の仕事はまだ始めたばかりらしい。
他愛もない話をしながらラーメンを食べる。
笑うとえくぼが出来る。
優しそうな男性だった。
「今日、仕事はお休みですか?」
「いえ、仕事は夜なんです」
「そうなんですか😄大変ですね。じゃあこれからお仕事ですか?」
「ええ…まあ」
「そうですか💦仕事じゃなければ、映画にでもお誘いしたかったんですが」
「映画ですか?」
「はい😄これから映画でも行こうと思っていまして😄」
「ゆっくり楽しんで来て下さい😄」
何か…初めてこうして会話したとは思えない感じ。
きっと会話の仕方が上手いのだろう。
「よかったら藤村さん、アドレス交換しませんか?」
「えっ…?」
「あっ💦いえ💦嫌なら結構です💦」
「大丈夫です😄」
高島さんとアドレスを交換し、高島さんと別れた。
高島さんは吉村さんとは違い、変なポエムや勘違いメールもなく、毎日でもなくたまに他愛もない感じのメールが来る。
ある日、高島さんから相談された。
1年付き合っている彼女がいるらしいのだが、高島さんは別れたいらしい。
彼女は基本的にわがままでプライドが高い。
学生時代に読者モデルをしていたらしく、容姿端麗な彼女。
そのため「私は美人でモテる。だから私は偉い」と思っているため、上から物を言うらしい。
気持ちが冷めた時があった。
この日は彼女の誕生日。
デートの途中にコンビニに寄った。
すると突然、雷と共にすごい雨が降って来た。
車まで走れば濡れる被害は最小限で収まる。
すると彼女は「車でここまで迎えに来てよ」と言った。
「車まで走れば大丈夫じゃない?」と高島さんが言った。
すると彼女は「この私が濡れてしまうじゃない、濡れるのは耕平だけで十分」と言い放った。
イラっとはきたものの、高島さんは車まで走って行き店の前にVIP停め。
彼女はお礼を言う訳でもなく当たり前みたいな顔をして車に乗り込む。
そしてプレゼントを買いに行く。
買ってとねだる物は10万もするブランドのバッグ。
手持ちがそこまでなかったため「別のやつは?」と聞いた。
「金がないならカードがあるじゃん🎵😄まさか誕生日プレゼントを安物に妥協してなんて言わないよね?」
夕飯は高級レストラン。
この日だけで私の1ヶ月分のお給料が消えた様だ。
逆に高島さんの誕生日には彼女からペアネックレスをもらった。
喜んでいたら「2万でいいよ」と言われた。
「何が?」と聞いたら「えっ…?まさか、彼女にお金出してもらおうなんて思ってるの⁉選んであげたんだから有難く思って😄はい立替えた2万」と手を出された。
何度か別れ話を持ち掛けたが「絶対別れない‼地獄の果てまでついていく」と言われたらしい。
まだまだ理由はあるが話していたらキリがない。
どうしたら別れられるか?と相談された。
聞いてみた。
「何故彼女と付き合ったの?」
「恥ずかしながら…顔がタイプでした😅」
どうしたらいいものかねぇ。
高島さんの話を色々聞いているうちに、彼女が何故高島さんと別れないのか理由がわかった。
それは「金」
高島さんの実家は代々続く地主。
父親は曾祖父の代から続く会社の社長。
いわゆる「富裕層」だ。
「彼女が別れたくない理由はお金だよ」
そう言うと高島さんは「親は金持ちだけど俺は貧乏だよ」
というが、着ているものはいいものだし時計も高級だ。
高島さんはどうやら自覚がない様だ。
「もし彼女と本気で別れたいならお金がないアピールをしてみたらいいよ。多分彼女から別れてくれるよ」
高島さんは半信半疑の様だが、実践してみる事にした。
デートの時にレンタカーで軽自動車を借りた。
高島さんの車は私のアパートの空駐車場(来客用)に停めた。
「実はお金に困り、車を売ったんだ」と演技。
デートも今までは高級レストランや高級ホテルばかりだったのに「ごめん、支払いが滞りカードが使えないんだ…お昼ご飯ラーメンでもいい?」と安いラーメン屋さんに行った。
こんな感じの事を何回か繰り返しているうちに、彼女から別れを告げられたそうだ。
「やっぱりね」
「でもショックでした😞⤵僕の事をそういう感じでしか見ていてくれなかったんですね…じゃなきゃ、僕みたいな男にあんなに可愛い彼女が出来る訳ないですもんね」
複雑な心境の様である。
「そんな女は別れて正解✋」
「そうですね😄これからは自由を満喫します😁」
若いんだから、まだまだ素敵な出会いがあるよ。
今度は内面美人の人を探して欲しい。
いつもの様にラブホテルに出勤。
従業員用駐車場に車を停めた。
すると男性が私の方に歩いて来た。
「お客さんかな」
そう思い車から降りた時に声を掛けられた。
「藤村みゆきさんですよね?」
「はい…そうですが…」
薄暗いため、顔が良くわからない。
「私、桜井亜希子の旦那の輝之なんですが…」
亜希子ちゃんの旦那さん⁉
「突然すみません。藤村さんにどうしてもお願いしたい事がありまして…」
「あの、これから仕事なんですよ」
「承知してます。5分で終わります」
「そうですか…」
「亜希子には絶対言わないでもらえませんか?」
「…用件は何でしょうか?」
「無理を承知でお願いします。お金を貸して頂けませんか?」
「えっ?」
「50万程…無理でしょうか?」
「何故そんなお金必要なんですか?」
「あの…亜希子に内緒に借金をしまして」
「何の借金ですか?」
「実は…」
何と亜希子ちゃんの旦那はまた新しい女を作り、その女との交際費で小遣いだけでは足りずに消費者金融からお金を借りたが、小遣いだけでは返済出来ずにお金を借りに来たそうだ。
「そんな理由ではお金は貸せません。お帰り下さい」
すると旦那は「貸してくれると思い全て話したのに💢」と怒り出した。
「寺崎グループのお嬢様はずいぶんケチなんだな💢」
大きな声で喚く。
「やめて下さい」
「じゃあお金貸してくれます?」
「無理です」
「じゃあお父さんにお願いしてもらえます?お父さんにとったら50万なんてハシタ金でしょう」
「はい?」
「本当に困っている人間が恥を承知で頭を下げて来ているのに、藤村さんって残酷な人間なんですね」
「すみません、仕事なので失礼します」
私は喚いている旦那を放置し、足早にホテルに入った。
亜希子ちゃんの旦那さん…正気なんだろうか?
普通じゃない。
恐ろしく感じた。
嫁の友人である私に「亜希子には黙っておいて」と言ってお金を借りに来るとは驚きである。
しかも不倫相手との交際費で借金を作り、その返済に困ったとは呆れるとはこういう事なんだろう。
旦那さんの中では、借金返済出来ない気の毒な俺、嫁の友人ならきっと同情してくれるとでも思ったのだろうか?
前回で懲りたんじゃなかったのか?
喉元過ぎれば何とやら…
これは無視でいいだろうと自己判断し、亜希子ちゃんに言うのも黙っていた。
私の退勤時間は夜中2時。
驚いた事に亜希子ちゃんの旦那さんはまだいたのである。
タイムカードを押し、車に向かうと従業員駐車場の脇にゾロ目ナンバーの車。
一緒に出て来た絵美さんが「あの車、ずっとあそこに停まってるんだよね」と気持ち悪そうに車を見る。
絵美さんが車に乗り込み、私も車に乗り込んだ。
すると旦那さんは私の後をついてきた。
きっと私の家まで来るつもりなんだろう。
バレてないと思ってるのか?
私は家とは逆方向に向かう。
コンビニに寄ればコンビニの駐車場で待機。
私が走らせればついて来る。
困った。
家は知られたくない。
こんな夜中に申し訳ないが、亜希子ちゃんに電話をした。
「もしもし⁉みゆきん⁉」
少し寝惚けた様な声だった。
「こんな夜中に申し訳ない…今、お宅の旦那につきまとわれて困っているの。詳しくは後で話すからとりあえずアパートに向かっていい?家には入らないから」
「えっ?う、うん…わかった」
亜希子ちゃんは戸惑っている様子。
そりゃそうだろう。
亜希子ちゃんには申し訳ないと思いながら、亜希子ちゃんのアパートに車を走らせた。
亜希子ちゃんのアパートに到着。
旦那さんの車は少し離れたところに停まっているのが見えた。
亜希子ちゃんがパジャマ姿のまま降りて来た。
「みゆきん?何があったの?」
「今日旦那は?」
「出張のはずなんだけど…」
「出張⁉まさか💦すぐそこにいるよ」
私は離れたところに停まっている旦那さんの車を指差した。
亜希子ちゃんに簡単に事情を説明。
亜希子ちゃんは「病気再発か…やっぱりな」と呟いた。
前回の吉田留美子の件の時に「次はない」と断言していた亜希子ちゃん。
新たな問題発生で離婚に向けて動く事になる。
旦那さんは借金返済に切羽詰まっていると思われる。
きっと返済日が近いのだろう。
切羽詰まった旦那さんはきっとお金を工面するため、常識を逸脱した行動をしているのだろう。
だから旦那さんはひらめいたかの様に、寺崎グループの娘だからお金がある、金持ちならきっと貸してくれると思い私に執拗に付きまとっているのだろう。
私は確かに娘だが、父親からの援助はない。
生活費は全て自分で働いたお金でまかなっている。
お金が有り余っている訳ではない。
切り詰めてわずかな貯金しかない。
50万なんて大金、ある訳がない。
そもそも、借金してまで不倫をする考えが理解出来ない。
翌日の昼間、父親から電話が来た。
「桜井っていう男性から電話が来たが知り合いか?」
どうやら旦那さんは父親に直接電話を掛けたらしい。
「娘さんの知り合いです。…お金を娘さんに貸しているので返して頂きたい」
そう言われたそうだ。
「娘に確認するから」
そう言っても「その必要はない」としつこかったため強制的に電話を切り、私に電話を掛けて来たらしい。
父親に事情を説明。
旦那さんが勤務する父親の弟が社長である孝夫おじさんに、父親から連絡をした。
旦那さんは首の皮一枚状態になった。
役職剥奪で給料減給。
亜希子ちゃんは呆れてしまい、子供を連れて実家に帰った。
旦那さんの怒りの矛先が私に向けられた。
私はその時、高島さんと飲みに行く約束をしていた。
待ち合わせ場所である駅前にある小さな噴水の前にいた。
高島さんから「10分程遅れます💦」という連絡があり、暇潰しで携帯のゲームをしていた。
すると後ろから「藤村みゆきさん」という声。
振り返ると亜希子ちゃんの旦那さんがいた。
目は血走り鼻息が荒く、無精髭を生やし殺気立っていた。
「あんたのせいで俺の人生メチャクチャだ‼」
そう叫んで私の髪の毛を掴み引っ張った。
「やだ…ちょっと離して‼」
無言ですごい力で髪の毛を引っ張り歩き出す。
ちょっとした騒ぎに周りにいた人達がこっちを見る。
「離してよ‼」
私は必死に振り払おうとするが抵抗すればする程、髪の毛を掴む力が強くなる。
後頭部の掴まれている髪の毛が全部抜けるのではないか?と思う程の力だ。
その時に高島さんが来た。
亜希子ちゃんの旦那さんに髪の毛を掴まれて騒いでいる私に驚いたのか、すごい勢いでこっちに走って来て旦那さんを殴った。
旦那さんは「何するんだよ💢」と高島さんの胸ぐらを掴んだ。
高島さんは鋭い目付きで旦那さんを睨む。
この騒ぎに駅前交番の警察官2人が走って来た。
警察で事情聴取を受ける事に。
周りにいた通行人が証言してくれたのもあり私と高島さんは解放された。
旦那さんは引き続き交番にいる事に。
亜希子ちゃんに電話。
事情を説明すると亜希子ちゃんは「みゆきん…迷惑かけてごめんなさい」と声を震わせた。
高島さんとの飲む予定を止めて亜希子ちゃんと会う事に。
亜希子ちゃんは子供をお母さんに預けて出て来てくれた。
高島さんも一緒だった。
亜希子ちゃんの話を聞く。
旦那さんに女がいるのは何と無く気付いてはいたが、決定的な証拠がなかったため様子を見ていた。
まだ幼い我が子に手が掛かるため、旦那の事はどうしても二の次になってしまっていた。
吉田留美子の事で反省し、色々やってくれてはいたが前の様には戻らなかった。
借金の事は私からの電話で初めて知った。
旦那には月に2~3万小遣いを渡していた。
特に不満は言わなかったため、間に合っているのだろうと思っていた。
今回の事で旦那との離婚を決めた。
女を作り、女との交際費のための借金を作り、返済が出来なくなり嫁の友人にお金の無心、しまいには全てに於いて逆恨みする様な旦那はいらない。
子供と2人で平和に暮らしたい。
亜希子ちゃんの中では「離婚」しか選択肢はない。
高島さんが「あの…僕の父親の友人に弁護士がいますので、明日にでも連絡をしてみます」と言っていた。
後日、亜希子ちゃんの旦那さんは解雇になった。
女は某SNSで知り合った30歳の独身女性。
驚いた事に亜希子ちゃんの旦那さんは「独身」だと偽り、この女性と付き合っていた様である。
この女性は旦那さんとの結婚まで考えていたらしく「既婚者だったなんて…」と泣いていた様だ。
結果、旦那さん有責で離婚が決定。
亜希子ちゃんは子供と実家に帰った。
旦那さんがそれからどうなったのかは不明である。
私の父親が社長だと聞いて、お金目当てで近付いて来る人もいた。
前にも書いたが、私は自分のお給料だけで生活している。
食費や光熱費等を極力削りわずかな貯金しかない。
1人で生活していくには特に不自由はないが、人様の面倒を見る余裕などない。
前にお付き合いしていた慎吾の母親。
完全にお金目当てだった。
慎吾との結婚を考えていたため、ご両親にご挨拶に行った。
最初は「母子家庭で定時制高校卒業」というだけで顔が曇っていた母親。
勤務先も小さな企業。
母親が慎吾を台所に呼び「もっと他の娘いるじゃない…こんな娘じゃなくても」と言っているのが聞こえた。
まぁ、何の取り柄もないしそう言われるのも仕方がないか…と思っていたのだが、その時に慎吾が「実はみゆき、あの寺崎グループの社長の娘なんだよ」と言った。
すると母親は「そんな大事な事、どうして先に言わないのよ‼」と叫び、慌てて私のところに来た。
さっきまでの態度とは180度変わり、満面の笑みで「ごめんなさいね💦失礼な事を言ってしまって💦オホホ」みたいな態度だった。
「お父様、社長さんなんですってね」
「…はい」
「慎吾と結婚したら身内になるじゃない😄ご挨拶させて頂きたいんだけど」
「はあ…💧」
「結婚したら色々物入りになるじゃない?ほら、その…お父様ご都合つけて下さらないかしら?オホホ」
「…」
「結婚したら同居になるわよね?この家も古いし、やっぱり新婚生活の始まりは新しい家がいいと思うの😄お父様もお嬢さんの嫁ぎ先が新しくなるのは喜ぶんじゃないかしら?」
父親は母親に「そんな恥ずかしい事を言うな💢」と怒っていたが、母親の中では寺崎グループの娘と結婚→家をリフォーム出来ると思ったらしい。
確かに慎吾の実家は築30年で古かったが内装は明るいし、お風呂場と台所と御手洗いは新しくしているためそんなに古さは感じない。
しかしその後、慎吾から別れを告げられた。
直後に母親から電話があり「慎吾とよりを戻して欲しい」と再三連絡があった。
驚いた事に「もうリフォームをお願いして見積りを立ててしまった。あなたと結婚すると思ったから見積りを立てたから、リフォーム代を支払って欲しい」との事。
「社長の娘なら800万くらいポンと出せるわよね?」
「もう慎吾と別れて他人ですから」
「でも…付き合っていたじゃない」
「付き合ってましたが、今は他人です」
「じゃあこのリフォームはどうするのよ💢結婚するって話しだったから見積ったのに💢」
「慎吾は他の女性と結婚しますから、その方にお願いして下さい」
そう言って電話を切り、着信拒否。
それからは連絡がないためどうなったのかわからない。
直美に第2子が生まれた。
予定日より1ヶ月弱早かったが、母子共に問題はない様だ。
今度は女の子。
武田くんから連絡があり、お祝いを持って出産した産婦人科に向かう。
武田くんとりゅうせいくんがいた。
「直美😄出産おめでとう😄」
「ありがとう😄」
直美は若干疲れた様な表情はしていたものの元気そうだ。
赤ちゃんは新生児室にいるとの事で、早速赤ちゃんを見に行った。
ガラス張りになっていて、そこには直美の赤ちゃん以外にも4人の赤ちゃんがいた。
「武田直美ベビー」と書かれた赤ちゃんを発見。
ピンクのバスタオルを掛けられてスヤスヤと眠っていた。
「可愛い😆」
思わず笑顔になる。
りゅうせいくんを抱っこして武田くんも来た。
りゅうせいくんは妹だとわかるのか、赤ちゃんを指さしてカタコトで話している。
「りゅうせいくん、お兄ちゃんになったね😄」
「うん😄」
武田くんも娘誕生日に嬉しそう。
陣痛が来てから4時間で生まれたらしい。
普通に夕飯の準備をしていた時に突然突き上げる様な痛みに襲われ、帰宅直後だった武田くんが慌てて病院に連れて来たそうだ。
武田くんが帰宅していて良かった。
生まれたのが夜中だったため、誕生の瞬間はりゅうせいくんは眠っていたらしいが武田くんは泣いて娘誕生を喜んだ。
直美の両親はこの日は法事で地方に行ってたらしく、生まれたとの連絡で慌てて夜中に車を走らせて帰って来たそうだ。
武田くんの両親は寝ていたらしい。
予定日より1ヶ月弱早いため仕方ない。
新たな家族誕生。
私もいつかは…と思うが、最近はもう半ば諦めている。
友人のおめでたい出来事に幸せな気持ちになった。
ある休日。
この日は風邪気味で体がダルかった。
熱は高くはなかったが微熱が続き、喉と鼻の粘膜がくっつく感じで若干痛みもあった。
酷くならないうちに病院に行っておこう。
そう思いマスクをして、部屋着から着替えて近所の内科に向かった。
風邪が流行っているのか、待合室はそこそこ混んでいた。
受付を済ませ、時間潰しで近くにあった女性週刊誌を読んでいた時、会計で呼ばれた名前に思わず反応し顔を上げた。
その人を見て驚いた。
何と桑原くんのお兄さんだったのである。
私はマスクをしているしきっと気付かないであろう。
顔を少し伏せながら目で桑原くんのお兄さんを追いかけた。
お兄さんは会計を済ませて病院から出ようとした。
その時、タイミング悪く受付で私の名前が呼ばれた。
「藤村さーん‼藤村みゆきさーん‼」
Σ(゜д゜;)
多分、こんな顔をしていただろう。
桑原くんのお兄さんが凄い勢いで私を見たのがわかった。
「すみませんが、もう一度保険証を見せてもらっていいですか?」
「…はい」
受付の女性は何も知らないため仕方がないが、あと1分でいいから待って欲しかったと思いながら保険証を出した。
席に戻ると案の定、桑原くんのお兄さんが来た。
「藤村さん😄ご無沙汰してました😄まさか同じ病院にいるとは…風邪ですか?」
「はい」
「そうなんですか💦私も風邪気味で仕事中なんですが診てもらって」
それから桑原くんのお兄さんから質問攻めに合う。
調子が良くないから病院に来ているのに、はっきり言って邪魔である。
「あのすみません、喉が痛いので余り話したくないんですよ」
「そうでしたか💦ではまた💦」
そう言って桑原くんのお兄さんは帰って行った
はぁ。
思わず溜め息が出た。
診察も終わり、病院の隣にある調剤薬局で薬ももらって車に乗り込もうとしたら「診察終わりましたか?」という声が聞こえ振り向くとお兄さんがいた。
えっ?
あれから1時間近く経ったのにまだいたの?
「せっかく藤村さんにお会いしたんですから、少しお話しがしたくて…一緒にお食事でもいかがですか?」
「仕事は…?」
「営業の特権です😄ご心配なく😄お互い風邪気味なので栄養があるものがいいですね…」
「あの…すみませんが外食する様な格好ではありませんし調子が悪いので、申し訳ないんですが…」
「あっ😄格好は全然お気になさらず😄」
違う…そういう問題じゃない。
何故わかってくれない😫
断ったが結局、強引に食事に連れて行かれる事になった。
さっき病院で「喉が痛い」と伝えたはずなのに、どうしても話がしたいと譲らないお兄さん。
根負けした形で焼肉屋さんに来た。
「ご馳走しますから好きな物を召し上がって下さい😄」
「はあ…」
そう言われても正直余り食欲がない。
「お任せします」
お兄さんはメニュー表を開き、店員さんに「そんなに食べれるの?」というすごい数を注文している。
「たくさん食べて早く風邪治しましょう😄」
そう言って運ばれてくるお肉をどんどん焼いていく。
お兄さんは痩せの大食いの様だ。
それとも相当お腹がすいていたのか、次から次へとお肉を口に運ぶ。
私も少しは摘むが食欲がないため余り食が進まない。
焼肉は好きだが今日は余り食べられない。
「遠慮しないでどうぞ😄」
そう言われても食べられない。
すごい量があったはずなのに、ものの見事に完食した。
お口直しでバニラアイスクリームが来たが、不思議とそれは食べられた。
お兄さんからは相変わらず質問攻め。
「今もラブホテル勤務なんですか?」
「今は誰か相手はいるんですか?」
桑原くんの話を聞く。
桑原くんは私と完全に切れた直後にお付き合いした人はいたが、今は誰もいないらしい。
お兄さんも特定の人はいない。
興味がなかったため聞き流していたが、お兄さんからの言葉でハッとする。
「藤村さん😄私は藤村さんを諦めた訳じゃないんです😄弟よりは藤村さんを大事に出来る自信はあります。今回お会い出来て良かった…やっぱり藤村さんは素敵な方だ😄」
風邪気味で弱っているだけです。
それに私はお兄さんとお付き合いするつもりは全くありません。
はっきりとそう伝えたが「諦めません‼その方が張り合いがあります」
宣戦布告された。
お兄さんと別れて帰宅。
早速もらって来た薬を飲んで早目に布団に入った。
ウトウトし、目が覚めたら午後11時を少し回ったところだった。
薬が効いたのか喉の痛みが和らいだ。
トイレに行き布団に戻り携帯を開くと純子さんから5件着信があった。
この時間なら、まだ普通に勤務しているはずだ。
着信があったのは午後9時58分から4~5分刻み。
約1時間経過していたが何かあったのかと思い、折り返し純子さんに電話をしたが出ない。
今度はラブホテルに掛けてみると純子さんが出た。
「もしもし、みゆきですけど…」
「みゆきちゃん⁉休んでる時にごめんなさいね💦」
「電話気付かなくてごめんなさい💦何かありましたか⁉」
「あのね、綾子さんが仕事中に倒れてしまって救急車で運ばれたのよ💦」
「えっ?綾子さん、大丈夫なんですか⁉」
「多分、シフト増やして頑張っていたから無理が祟ったのかもしれない…意識ははっきりしていたけど何とも…それでみゆきちゃんに出てきて欲しかったのよ💦これからでも出てこれないかしら?」
「わかりました💦すぐ向かいます‼」
急いで支度をしてラブホテルに向かった。
綾子さんは昼間の仕事も夜のメイクの仕事も増やしてほとんど不眠不休で働いていた。
子供さんのため、生活のためとはいえ無理し過ぎである。
綾子さんは夜中2時半過ぎに旦那さんに送ってもらいラブホテルに戻って来た。
顔色は悪く、明らかに疲労困憊といった表情をしている。
しばらくラブホテルの仕事を休んで、少し休養する様に伝えた。
命に別状はなかったが、これ以上無理をしたら綾子さんが危険な状態になる。
今月いっぱい綾子さんはラブホテルを休む事になった。
少しゆっくりと休んで、また元気に戻って来て欲しい。
私も早く風邪を治さなくては…
忙しい毎日だったが、きちんと休みはもらえた。
ある日。
高島さんとメールをしていた。
「彼女が出来ました😆」
良かったじゃないか😄
高島さんの友人の紹介らしい。
相手は高島さんより1つ年上。
見た目は普通だが、大変家庭的で元彼女の様にお金目当てではなく、高島さん自身を好きでいてくれているそうだ。
「いい彼女が出来て良かったね😄大事にするんだよ😄」
高島さんとは飲み友達。
彼女の了解を得られればまた飲みに行こう😄
「今度は藤村さんが幸せになる番ですね😄もし、彼氏が出来たら教えて下さいよー😁」
「いつになるかなぁ?」
高島さんには今までの話しも飲みに行った時に話していたため、ある程度は知っている。
「こんな私でもいいっていう人がいれば…それがなかなかね」
「いるじゃないですか🎵お兄さん😁」
「うーん…」
「俺はお兄さん、いいと思うんですよね😄多分ですけどお兄さん、愛情表現の仕方が下手なんですよ💦藤村さんを大事に思ってると思うなぁー」
「うーん…」
「藤村さんって、人の事はアドバイスするのに自分の事は悩むんですね😁」
「ははは😅」
「応援してますよ✌藤村さん🎵お兄さんとの良い報告待ってます👍」
うーん…
高島さんは、弟の元彼女というのがあるしあくまでもお兄さんとしか見れないから、その見る目を一人の男性として見たら変わるかもしれない、とは言っていたが…
やっぱり「桑原くんのお兄さん」としか見れない💧
一人の男性として見たら、悪い人ではないと思うが…
複雑である。
高島さんと彼女と3人で飲みに行く事に。
高島さんとの付き合いは短いが、可愛い弟みたいな感じである。
高島さんもお姉さんみたいだと言ってくれた。
初めて会った彼女は、背は小さくて少しふくよかだが明るくて笑顔が可愛らしい。
名前は高野なぎささん。
お母様は中国の方らしい。
ん…?
高野…?
お母様が中国の方…?
もしかして、前の会社で一緒だった高野くんの…?
聞いてみた。
「ねぇ、兄弟に高野慎一っていう人いる?」
「弟です💦弟の事ご存知なんですか⁉」
驚いた表情で答えた。
「前の会社で一緒だったのよ」
「そうなんですか⁉すごい偶然ですね😄」
世の中狭いなと思った。
高野くんのお姉さんか。
言われてみたら、高野くんと顔が似ている。
話を聞くと、高野くんは今も中国語を活かし観光ホテルで頑張っているらしい。
再婚はせず、シングルファーザーとして娘さんを立派に育てているらしい。
お姉さんにも懐き、たまに2人で買い物に行ったりご飯を食べに行ったりもするんだとか。
高野くん、頑張ってるんだ😄
「弟さんによろしく伝えてね😄」
「はい🎵」
高島さんは2人で盛り上がっているのを見て笑っていた。
「耕平さんから藤村さんの話を聞いて、お会いしてみたかったんです😄今回お会い出来て良かった😄弟の元同僚が一番驚きました(笑)」
「私も😄」
高島さんはパチンコ屋の駐車場で起きた事件の事を話したらしく、彼女は話を聞いてどんな人なのか興味があったらしい。
高野くんのお姉さんならきっと素敵な彼女だろう。
幸せになって欲しい。
後日、高野くんから着信があった。
以前の携帯は解約したため私の番号は高島さん→お姉さんから聞いたらしい。
高島さんと高野くんのお姉さんには高野くんに番号を知らせるのは了承していた。
「藤村さん‼ご無沙汰してました😄スーパーで会った以来ですね😄」
「元気だった⁉」
久し振りの高野くん。
電話では全く変わりない様子。
他愛もない話をする。
高野くんも休みはシフト制らしく、私と同じく主に平日が休みらしい。
しかし学校の行事の時は土日祝でも休みはとれるそうだ。
休みが平日なら、昼間は子供が学校に行っているため今度ランチでも…という話しになった。
昼間なら私も時間がある。
お互い都合が良かった。
「それにしても、姉の彼氏の友人が藤村さんとは…こんな偶然ってあるんですね💦」
「私も驚いたよ」
高島さんとはいいお付き合いが続いている様だ。
「高野くんはちゃんとパパしてるみたいね」
「はい😄可愛い娘を守れるのは僕だけですからね😄でも最近、パパ嫌いが始まりまして…😅もうお風呂を一緒に入ってくれなくなりました😞」
「そっか…寂しいけど年頃だからね」
「下着を一緒に買いに行くのも嫌がって…仕方がないので姉か母に頼んでます。娘って難しいですね⤵」
高野くんはいいパパしているんだな。
電話口でも伝わって来る。
目一杯の愛情で娘さんを育てている高野くん。
きっと娘さんはパパに感謝しているだろう。
本当はパパ大好きなんだよ。
年頃の女の子はパパと反発する事も多いと思うけど、大人になった時はまた一緒に歩けるよ。
お風呂は無理だろうけど。
慎一パパ、頑張れ‼
桑原くんと別れてから吉村さんの事、桑原くんのお兄さんの事、亜希子ちゃんの元旦那さんの事…
色々あり過ぎた。
仕事も忙しく、残業する事も早出する事も増えた。
職場の人間関係が恵まれているのが唯一の救いだ。
自分では余り感じていなかったが、ストレスがたまっていたらしく右後頭部に小さいが円形脱毛を発見。
かなりのショックを受けた。
最近は疲れもあるのか休みも出不精になり、好きだった近所の銭湯にすら行かなくなり、朝から部屋着でゴロゴロしていた。
ビールやタバコも仕事帰りに買いだめする。
休みに部屋を出たくないからだ。
そんなある日の給料日。
銀行に行きお金をおろし、その足で家賃や携帯代、電気代等を一気に支払う。
そしてトイレットペーパーや台所洗剤等の日用品をまとめて買う。
給料日の日課になっている。
1人暮らしのため、一度に一気に買うとある程度はもつ。
買い物も終わり、荷物を抱えて車から降りると声を掛けられた。
「藤村さん😄」
振り返ると桑原くんのお兄さんだった。
「こんにちは」
挨拶をした。
「仕事で近くを通りかかりましたら、ちょうど藤村さんが車から降りるのを見まして😄」
「そうですか」
「結構な荷物ですね💦手伝いましょうか?」
「いえ、分けて運びますから」
この日はお米も買ったのでかなりの量があった。
「ご迷惑じゃなければ運びますよ😄重たいでしょ💦」
「まぁ…重いですけど」
「一応男ですからお任せ下さい😄」
そう言って後部座席を占領していた荷物を「よいしょ‼」の掛け声と共に一気に持ってくれた。
「大丈夫ですよ💦」
「いえいえ💦このまま玄関先まで行きます。部屋はどこでしたか?」
重そうにしながら話す。
玄関まで運んでくれた。
正直助かった。
いつもは何回か部屋と車を往復する。
「ありがとうございます」
「いえいえ😄少しはお役に立てて良かった😄もう少し藤村さんとお話しをしていたいのですが、次の時間がありまして💦私はこれで😄」
そう言ってお兄さんは帰って行った。
スーパーマンの様である。
桑原くんのお兄さんは前の様なストーカーはなくなったが、営業先がうちの近くらしく良く見掛ける。
タバコを切らし近くのコンビニに買いに行くと、コンビニの駐車場で携帯片手に忙しそうにしていたお兄さんを見た。
忙しそうだったから声は掛けなかったが、コンビニから出たらお兄さんと目が合った。
お兄さんは車の中で電話をしながら笑顔で手を振った。
私は軽く頭を下げた。
前のストーカーが頭から離れないが、仕事を頑張っている姿を見ると憎めなくなっていた。
コンビニから家までプラプラと歩いていると、お兄さんが声を掛けて来た。
「藤村さん😄さっきはご挨拶出来ずに申し訳ありません」
律儀である。
「いえ、忙しそうにしてましたからご挨拶は控えさせて頂きました」
「申し訳ない…すぐそこに取引先がありまして、良くこのコンビニに寄るんです😄」
「そうですか」
「今月はちょっと厳しくて💦サボってたツケが回って来たみたいです💦」
「頑張って下さい😄」
「藤村さんの笑顔を見たらやる気が出て来ました😄頑張って行って来ます(^o^ゞ」
笑顔で敬礼ポーズをとり、取引先に向かって行った。
お兄さんに対しての気持ちに変化が出てきた。
嫌悪感はなくなり、会うと微笑ましい気分になった。
しばらく会わないと少し寂しい気もした。
高島さんに話すと「恋ですよ恋😁素直になりましょうよ👍」とからかわれた。
「うるさい💢」
「あははー(笑)」
高島さんは笑っていた。
この辺りからメンタル面で自覚症状がある程に弱っていた。
生理の周期が完全に狂い出した。
胃が痛み、最近は下痢気味で落ち着かない。
正直誰かに一緒にいて欲しい、話を聞いて欲しいと思っていた。
直美は出産してまだ間もない、亜希子ちゃんは昼夜仕事に出ているためなかなか時間がない。
高島さんに話す事もあるが深い話しはまだしていない。
こんな弱いところにお兄さんがスルっと入って来た感じだ。
そんなある日。
私は倒れた。
仕事中だった。
その日は朝から頭痛に悩まされていた。
薬を飲むがなかなか効かない。
病院に行きたかったが、その日は祝日。
「今日1日の辛抱だ…」
そう思い薬を飲み仕事に行った。
祝日という事もあり目が回る忙しさだった。
部屋を空けても空けてもキリがない。
やっと落ち着き、控え室に戻りお茶を飲みながらタバコに火を点けた。
するとまたバタバタと精算が始まり出した。
一服し終わり、さて働くかと立ち上がろうとした瞬間、激しい目眩でガクンと膝をついた。
その様子を見ていたフロントの和子さんが「みゆきちゃん‼大丈夫⁉」と駆け寄ってくれた。
一緒だった愛ちゃんと絵美さんもその声に振り返った。
目眩が酷くて立ち上がれない。
「ごめんなさい…ちょっと目眩が…」
立ち上がろうとした瞬間、一瞬だが目の前が真っ暗になりフッと意識が遠退く感じがした。
和子さんが「みゆきちゃん、目眩が落ち着くまでここで休んでな」と言って、バスタオルと客室の予備の枕を用意して控え室にある小上がりに持って来てくれた。
「すみません…」
「みゆきちゃん、最近疲れてるみたいだね…顔色おかしいし、やつれた感じだねぇ…目眩が落ち着いたら帰んな」
和子さんが心配してくれた。
愛ちゃんも絵美さんも「そうだよ💦今日は帰って少しでも休んで‼明日も無理なら代わりに出るし」と言ってくれた。
忙しいのに申し訳ない。
和子さんは私の代わりにメイクに入ってくれた。
しばらく休ませてもらったが頭痛が酷くなって来た。
目をつぶり横になる。
夜10時過ぎに早退させてもらったが、頭痛と目眩は収まる様子がない。
車の運転は危険と判断し、タクシーで自宅まで帰った。
頭痛薬を飲み過ぎたせいなのかどうなのかはわからないが、布団に入ると麻酔が効いた様に意識が遠退いた。
気が付くと、翌日の夕方3時を過ぎていた。
「疲れてるのかな」
鏡で見た自分は覇気がなく、まるでゾンビの様に血の気がない。
頭痛はおさまった。
しかしやる気が出ない。
携帯を開くと絵美さんと愛ちゃんからメールが来ていた。
2人共「大丈夫⁉」という内容。
心配をかけてしまった。
メールを返そうとした時に絵美さんから電話が来た。
「もしもし」
「あー💦みゆきちゃん💦生きてて良かった💦メールの返信がないから家で倒れてるんじゃないかって心配したのよ😫」
「すみません💦今さっき起きて…メールを返そうと思って」
「そうだったんだ💦体調はどう?」
「頭痛はおさまったけど体がダルくて…」
「今日代わるよ?無理しないでゆっくり休んで‼」
「すみません…💧」
絵美さんに甘える事にした。
もう夕方だけど…
これから病院に行ってみようかな。
まだやってるよね。
支度をして病院に向かった。
やはりストレスが原因の様だ。
気分転換で久し振りに近くの銭湯に行った。
時間帯が中途半端だったからかすいていた。
湯船につかりながら目を閉じる。
生き返る。
そうだ…
車…職場に置きっぱなしだった😅
銭湯からタクシーでホテルに車を取りに向かった。
今日は暇みたいだ。
車がまばら。
車に乗り込みエンジンをかけた時に携帯が鳴った。
桑原くんのお兄さんだった。
「今、お時間大丈夫ですか?」
「はい」
私は車の運転席に座りながら話をする。
「先日お見掛けした時にいつもの藤村さんじゃない気がして…厚かましいのですが、心配になりお電話しました。ご迷惑ならすみません」
嬉しかった。
「あの…今日ってお時間ありますか?」
「仕事が終われば時間はあります。私で良ければ…お話し聞きますよ😄」
19時半に待ち合わせた。
スーツ姿のお兄さん。
「ちょっと仕事が長引いてしまいまして😅帰る時間がなくて真っ直ぐ来ました」
「すみません」
「藤村さんが謝る事ではないですよ💦藤村さんから声を掛けて下さって嬉しいです😄一昨日給料日だったのでご飯ご馳走します😄」
「いえ、この間も焼肉ご馳走になったし…」
「お気になさらず😁とは言っても高価なところは無理ですけど💦お互い車なのでお酒は無理ですしね…」
「ファミレスかファーストフードでいいです😅」
「でも…せっかくお会いしたし…あっ…デートではないですもんね…」
「ははは😅」
思わず苦笑い。
結局、近くのファミレスに入った。
私はパスタ、お兄さんは和食セットを注文。
ドリンクバーの飲み物を飲みながらお兄さんと話をする。
お兄さんは真剣に話を聞いてくれた。
話すと少し気持ちが楽になった。
胸に引っ掛かっていた物がスーっと流れた感じがした。
話を聞いてもらったのだから私が支払うと言っても「私が支払います😄」とテーブルの上の小さな透明の筒の様なものの中に入っていた伝票を財布にしまってしまった。
お兄さんは「嫌じゃなければこれからカラオケでも行きますか😄大声を出せば、少しは楽になるでしょう😄」
ファミレスのすぐ近くにあるカラオケボックスに向かった。
「下手でお聞き苦しいですが…」
「お互い様です😄楽しければいいんです😄さっ、藤村さん、どうぞどうぞ😄」
検索の機械と本を渡された。
お兄さんは歌が上手かった。
聞き惚れた。
歌がうまいお兄さんの前で歌うのは申し訳ないが、楽しくストレス発散のためにひたすら歌いまくった。
昭和の懐メロから最新曲、アニメやメドレー等ジャンルを問わず。
知らなかったがお兄さんは昔、歌手を目指してボイストレーニング教室に通っていたらしい。
そりゃうまいはずだと納得。
たくさん歌いまくり、カラオケボックスを出たのは夜中0時を過ぎていた。
「明日も仕事なのに遅くまですみません💦」
「いえいえ😄すごく楽しかったし😄もう少し一緒にいたいのですが、明日は朝一で会議があるのでそろそろ帰ります😄」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ😄」
カラオケボックスの駐車場で別れた。
すごく不思議な気分だった。
前のお兄さんに対しての気持ちと今のお兄さんに対しての気持ちが違うからだ。
むしろ楽しく過ごさせてもらった。
でも…お兄さんといるとやっぱり桑原くんの事がついて回る。
あれから桑原くんには会っていないし、お兄さんからも桑原くんの事は聞いていないし聞きもしないが…
あの時見た彼女とうまくいってる事だろう。
それからはたまにではあるが、お兄さんとメールのやりとりをする程度ではあるが付き合いはあった。
お兄さんの仕事が繁忙期に入り、忙しい毎日だった様子。
私もストレス発散が良かったのか、精神的に落ち着いて来た。
生理の周期も戻りつつあり、酷かった頭痛も治まって来た。
仕事は忙しかったが、毎日踏ん張りがきく様になった。
そんなある日。
私はその日は変則勤務で夜10時から朝6時までの勤務だった。
月に2~3回この時間がある。
この勤務の前日は仕事から帰って来てもすぐには布団に入らず、明るくなるまで起きていて夜6時くらいまで寝ている。
この日も夜6時過ぎに起きた。
夕方のニュース番組を見ながら一服。
一服しながら携帯を開くとお兄さんからメールが来ていた。
「今日もお仕事ですか?私事ではありますが、今日は私の誕生日でして…催促して申し訳ないのですが藤村さんから「おめでとう」メールを頂けると、この後の残業頑張れます😄」
そうなんだ。
今日お兄さん、誕生日なんだ。
知らなかった💦
メールを送った。
すぐにメールが返って来た。
「ありがとうございます✨凄く嬉しいです😍残業頑張ります‼」
深夜11時前に「今帰宅しました⤵これから飲んで寝ます。お仕事頑張って下さい😄」
メールが来ていた。
何か憎めない人である。
お兄さんとはそれ以上の発展はなかった。
お兄さんも前みたいな事はなくなった。
高島さんと同じ様な感じというか、たまにお互いの愚痴を言ったり飲みに行って楽しむ「仲間」みたいな感じだった。
そんなある日。
久し振りに父親から電話があった。
「もしもし」
「みゆき、ちょっと話があるんだが…これから時間あるか?」
「夜は仕事だけど、それに間に合うなら」
時刻は午後1時を少し回ったところだった。
いつもは電話で済ますが、珍しく家に来る様に言われた。
部屋着のスウェットからジーンズに着替えて両親が住むマンションに向かった。
オートロックのため、出入口で部屋番号を押す。
「みゆきだけど」
「今開ける」
父親の声が聞こえて、エントランスに入る自動ドアが開いた。
両親の部屋に着いた。
久し振りの両親の部屋。
部屋は思いの外、綺麗に片付いていた。
久し振りに見る父親は、禿げてはいないが白髪が増えすごく老けた印象だった。
「悪かったな、仕事前に」
「いや別に…」
母親の姿がない。
買い物にでも行っているのかと思ったが、父親の言葉に驚いた。
「恭子は癌が再発して、今朝から入院になった」
「…えっ?」
驚きの余り、声が出なかった。
「かなり進行しているらしい…次はあるかどうか」
突然の父親からの「母親の癌告知」に戸惑う。
父親から母親についての話を聞く。
以前患った子宮は問題ないらしいが、今回は肝臓に悪性腫瘍が見つかったらしい。
転移している可能性があるため、今朝から急遽入院になった。
「隆太に何度も連絡をしたんだが繋がらないんだ」
「自宅も?」
「ああ」
平日の昼間だから兄は仕事だろう。
整備工場内で仕事をしていたら音がうるさいため、気が付かないのかもしれない。
父親は香織さんの携帯番号は知らない。
「香織さんに電話してみる」
私はカバンから携帯を取り出し香織さんに電話を掛けた。
香織さんも出ない。
あっ…
そういえば香織さんもパートをしているんだった。
仕事中なのかもしれない。
兄と香織さんの携帯に「メールを見たら至急連絡下さい」とだけメールをし、父親と一緒に母親が入院している病院に向かった。
父親の車に乗り込む。
父親の車は属にいう高級車。
乗っていて乗り心地も良いし、何より静かだ。
母親の定位置であろう助手席に乗った。
車内は特に会話もない。
私は助手席から流れる外の景色を眺めていた。
間もなく病院に着くという時に兄から私の携帯に着信があった。
「もしもし」
「おう、みゆき。メール見たけど…何かあったか?」
遠くで機械音が響いていた。
「実は…」
兄に母親が癌が再発して入院した事を伝えた。
兄はしばらくの沈黙の後に「…わかった」と一言呟いて電話を切った。
病院に着いた。
以前入院していた総合病院だった。
母親は個室にいた。
「お母さん」
「あらみゆき、来てくれたの」
点滴をしている。
久し振りに見た母親は見た目はたいした変わらない。
髪の毛が短くなっていた位だ。
その変わらない姿を見て少しホッとする。
ただ、いつ何が起きてもおかしくない。
癌の進行が少しでも遅れている事を願いたい。
ちょうど回診が終わったばかりだった。
この後仕事があるため長居は出来ない。
病院から両親のマンションまでは車で10分程だから帰りはタクシーで帰る事にした。
父親は母親が心配で仕方がない様子。
父親が近くにいるなら心配ないだろう。
「明日は休みだから、また明日ゆっくり来るよ。帰りはタクシーで帰るから大丈夫」
「おぉ…そうか?悪かったな、みゆき」
母親はベッドの上から笑顔で軽く手を振った。
病院の前に停まっていたタクシーに乗り込む。
父親のマンションまでお願いをする。
タクシーの中では複雑な気持ちだった。
母親はもしかしたら余命は何年もないかもしれない。
もしかしたら今日見た笑顔が最期になるかもしれない。
親に反発ばかりし、この年まで何にも親にしてあげられてない。
香織さんもお父さんを亡くした時に言ってた。
「生きている時に何でもいいから一つでも想い出を作って欲しい。天国に行ってしまってからなら、あの時にしておけば良かった…と後悔ばかり残るから」
こんな母親でも…
私にとっては大事な肉親だ。
後悔しない様に、一つでも母親との想い出を作ろう。
母親の姿をしっかり焼き付けておこう。
押し入れから出て来た、私と兄の幼い時の写真。
筆不精の母親が一生懸命書いた想い出の言葉。
恨んだ時期は長かったけど歩み寄る「きっかけ」を作ってくれた写真。
もうすぐ還暦の母親。
いつまでも元気だとは限らない。
私は毎日、母親が入院する病院に向かった。
余り良い事ではないのは百も承知ではあったが、病床の母親の写真をデジカメで撮った。
点滴をし、青白い顔色の母親と一緒に写真を撮る。
母親は何かを感じ取ったのか嫌だとは言わなかった。
その日は父親と兄夫婦が仕事の都合でどうしても病院に来れないとの連絡があり、休みだった私は母親に頼まれた洗濯物と父親に頼まれた物を持って病室に来た。
先客がいた。
個室の出入口に背中を向けて帽子を被った男性が座っていた。
「こんにちは」
男性に声を掛けた。
男性はゆっくりと振り返り私を見た。
かなり年配の男性。
男性は笑顔で会釈をした。
「みゆき、この人…あんたのじいちゃんだよ」
「じいちゃん⁉」
そう、椅子に座っていた男性は母親の実父だった。
少し耳が遠いらしく、母親は大きな声で祖父に「私の娘のみゆき」と話している。
祖父は「おぉ…みゆき‼」と言ってゆっくりと杖を使って立ち上がった。
私は祖父の近くまで行った。
「こんなにいい女性になったなんて…なぁ恭子、お前の母親に雰囲気が似ているじゃないか😄トヨを思い出すなぁ…」
トヨとは母親の母親、母親が5歳の時に病死した私の祖母。
話を聞くとやはり祖父は何度か私や兄とは会った事があるらしい。
母親を苦しめた継母は昨年他界したらしい。
母親は継母の話を眉間にシワを寄せながら黙って聞いていた。
私は祖父と会った記憶がないため、感覚的には初対面である。
良く喋る人であった。
耳が遠いため、大きな声での会話になるため廊下にも話が丸聞こえだった。
「みゆき…会いたかったよ…生きている間に会えて良かった…」
そう言って祖父は泣いていた。
祖父は財布からボロボロになった私と兄の写真を出した。
母親の押し入れから出て来たあの写真だった。
私が幼稚園の時のやつだ。
大事にしていてくれていたんだ。
実は祖父と母親はたまに会っていた事がわかった。
父親とも何度か会っているそうだ。
継母と祖父、母親との関係は私には細かい事まではわからないが継母が他界した今、やっと自由に母親と会える事が出来る様になったのだろう。
母親も実父と会う事が出来て嬉しそうである。
祖父は今は引退はしたが元医師。
回診に来た母親の担当の先生と専門用語を交えながら話をしていた。
私には何の事やらさっぱりわからない会話だった。
母親の手術日も決まった。
この日はラブホテルの仕事を休む希望を伝えた。
兄も香織さんも父親も休みを取った。
子供達は香織さんのお母さんが見てくれる事になった。
祖父も来ると言っていた。
母親の手術がうまくいきます様に…
母親の手術前日。
この日は仕事だったが、社長が明日母親の手術があるという事情を配慮してくれて、午後9時で退勤した。
一緒だった愛ちゃんと純子さんからも「お母さんの手術がうまくいくといいね」と声を掛けてくれた。
愛ちゃんの娘さんが作ったお守りをくれた。
フェルト生地の巾着の中に「みゆきちゃんのお母さん。手術がんばって下さい。」と娘さんからの手紙が入っていた。
可愛いお守り。
愛ちゃんが「娘がどうしても「ママの友達のみゆきちゃんのお母さんにあげるの‼」と騒いでてね💦学校から帰って来てから一生懸命作ってた😄」
そう言っていた。
フェルトもお小遣いから出した様だ。
嬉しかった。
「ありがとう😄きっと手術うまくいくよ」
可愛い手作りのお守りを握りしめ帰宅した。
帰宅してから携帯を見ると、桑原くんのお兄さんからメールが来ていた。
「お仕事中ですよね💦今日やっと仕事が落ち着きました😄しばらくはゆっくり出来そうです」
メールが来ていたのは10分前。
まだ午後10時前だし起きてるかな?
電話を掛けた。
すぐに電話に出た。
「あれ?仕事じゃなかったんですか?」
「9時まで仕事でした。実は…」
明日母親の手術だという事を伝えた。
「そうだったんですか💦知らなかったとはいえ、大変な時にくだらないメール失礼しました😫」
「いえ」
「大丈夫です‼お母さんの手術は絶対成功します‼そしてまた、元気になって退院しますよ😄私も明日手術が成功する事を祈ります」
「ありがとうございます」
翌朝。
母親の手術当日。
父親と祖父、兄と香織さんと私と香織さんのお母さんが母親の個室に集まった。
子供達は保育園に行った。
先生から説明を受け、母親は「行って来ます😄」と運ばれるキャスター付きのベッドの上から笑顔で手を振った。
私達は母親の個室で待機。
皆落ち着かずウロウロ。
祖父だけはパイプ椅子に腰をおろし、目をつぶりじっとしていた。
私は愛ちゃんの娘さん手作りのお守りを握り締め、病院の外の景色を眺めていた。
母親の個室は地上8階。
住んでいる街並みが綺麗に見える。
天気も良かったため遠くの山々も見えた。
兄が「ちょっと一服してくるわ」と立ち上がった。
「私も行く」
私も兄と一緒に個室を出た。
病院の1階の出入口にある喫煙所。
私達以外にも何人かいた。
兄はタバコに火を点けながら言った。
「なぁ、みゆき」
「何?」
同じくタバコに火を点けながら答えた。
「お前もそろそろ落ち着かないと」
「わかってるんだけどね、なかなか…」
「もし今回母親が万が一の事があったら父親だけになるし、お前も落ち着いて安心させてやらないと…」
「うん」
「相手もいないのか?」
「うん」
桑原くんと別れたのは知っている。
兄は30代半ばになっても独身、彼氏ナシの私を心配しているのだろう。
母親はこうして病気になり、父親も60代。
兄も家庭を持ち、家族を養うだけで精一杯。
私がこのまま1人でいるのが心配で仕方がないんだろう。
皆を安心させないとな。
いつまでも落ち着かない訳にはいかない。
母親が生きている間に孫の顔を見せたい。
兄の言葉で改めて「家庭」を持つ事への憧れが膨れた。
まずは母親の手術がうまくいく事を願いたい。
母親の手術が終わった。
麻酔がきいているため、母親は眠っている。
酸素マスクやら点滴やら母親の体に沢山の管がつけられていた。
眠っている母親を見る。
顔にはシワがあり、髪の毛も白髪がある。
もう還暦近いため当たり前なのだが、若かりし頃の母親の記憶が強いため複雑だった。
この病院は完全看護のため、手術初日以外は身内が泊まらなくても看護してくれる。
手術初日は父親が付きっきりで母親を看る。
ただ父親も無理して倒れられたら困るため、父親が仮眠する時には私が側にいた。
祖父は眠っている母親の手を握る。
「恭子、苦労をかけて本当にすまなかった。でもお前には家族がいる。いい家族に恵まれて…」
祖父はそう言って泣いていた。
兄が祖父の背中を無言でさすっていた。
祖父は高齢のため、余り長時間病室にいるのは大変だという事と、子供達を保育園に迎えに行かなきゃならないため兄夫婦と香織さんのお母さんが祖父を連れて病室を後にした。
夜になり、兄と香織さんが病室に戻って来た。
祖父の曾孫になる勇樹くん、ゆめちゃん、まなちゃんの3人と初めて対面。
元気な曾孫の姿に祖父は涙を流し「年を取ると涙腺が緩んでな…」と言って涙を流しながら笑顔だったそうだ。
母親が目を覚ました。
しかし痛みからか、顔をしなめて唸り声をあげる。
看護師さんが定期的に来ては様子をみていく。
薬のせいか、また眠りについた母親。
無事に手術は成功した。
長い入院生活になる。
時間がある時は母親の病室にいる様になる。
職場の皆や桑原くんのお兄さん、高島さん他、色んな人からお見舞いを頂く。
桑原くんのお兄さんは母親の着替えや荷物が沢山ある時は送り迎えをしてくれ、病室まで荷物を運んでくれた。
看病に来ていた父親にもきちんと挨拶をしてくれた。
兄や香織さんにも挨拶をしてくれた。
兄は妙に笑顔だ。
「みゆき、やっと彼氏が出来たか😄」
「いや違う…」
「ちゃんと挨拶も出来るし気がきくやつじゃないか😄今までの男の中で一番いいぞ😄」
「いや、だから違う…」
「今度はうまくやれよ😄」
「…💧」
香織さんも笑顔で桑原くんのお兄さんに「妹の事、よろしくお願いしますね😄」と話している。
桑原くんのお兄さんも笑顔で答えている。
帰りの車の中でお兄さんが「いいご家族ですね😄」と話し出す。
「私も仲間になりたいですね、藤村さん😄なっちゃいましょうか?(笑)」
「はい?」
「調子に乗りました⤵すみません😞」
「ははは😅💧」
家に着いた。
「すみません、今日はありがとうございました」
お兄さんにお礼。
「いえいえ😄またいつでもお迎えに参ります😄ではまた😄」
そう言ってお兄さんは帰って行った。
祖父も兄も香織さんもほぼ毎日の様に母親の病室に来た。
父親は特別な用事や仕事がない限り、母親の側にいた。
この日は私は仕事だったが仕事前に病院に行った。
病室に行くと母親が「オレンジジュースが飲みたい」というので、看護師さんに聞いたらジュースは大丈夫と許可を得たためペットボトルのオレンジジュースを買いに売店に行った。
父親にもお茶と飴を頼まれ、ジュースとお茶と飴が入った袋をぶら下げて病室に戻った。
すると、知らない男性がお見舞いに来ていた。
年齢は40代後半から50代前半といった感じで、紺のスーツを着た真面目そうな人。
誰だろ…?
顔に出ていたらしく、私の顔を見た母親が一言。
「腹違いの弟だよ」
母親の弟⁉
母親の弟って事は、私の「おじ」になる人って事だよね。
「初めまして…」
「あぁ…娘さんですか。こんにちは、初めまして」
父親は黙ってその様子を見ていた。
母親の弟も母親の顔にも笑顔はない。
兄弟間の確執はまだある様だ。
「何しに来た?」
母親が弟に言う。
「親父から「恭子が入院した」と聞いたから」
「良く来れたな」
「せっかく来てやったのに酷い言われ方だな」
「来てと頼んだ覚えはない」
「もう二度と来ないから安心しろ、母親の葬儀にも来ないやつなんかそのまま死ねばいい」
「私にとっては母親でも何でもない、ただの鬼畜だ。お前らも同じだ。あんたら全員地獄に落ちろ‼」
「チッ💢」
母親の弟は舌打ちをして、乱暴に病室の扉を開けて閉めた。
母親は興奮していた。
「恭子、落ち着こう。みゆき、ジュースをくれ」
私は慌てて買って来たオレンジジュースを父親に渡した。
「くそじじい、余計な事を言いやがって💢」
母親は祖父への怒りを露にして、父親がコップに注いでくれたジュースを一気に飲み干した。
血圧が一気に上昇。
父親が落ち着かせようと母親を抱き締めた。
「はぁ…」
深い溜め息をついた母親。
どうやら少し落ち着いたらしい。
ふと母親の弟がいた椅子を見ると「お見舞い」と書かれた封筒を見つけた。
おじは藤村敏弘というらしい。
父親に「これ…ここにあったけど」と渡す。
父親は「落ち着いた時に恭子に渡しておく」と言って受け取った。
多分だが、母親の弟は冷やかしとかではなく純粋に母親を心配しお見舞いに来てくれたのであろう。
しかし母親が悪態をついたため売り言葉に買い言葉でついカッとなってしまったのであろう。
母親にとっては自分を苦しめた母親の子供であり、一緒に自分をバカにした相手。
しかし母親の弟にとっては昔話で、母親がこの年になっても恨んでいるとは思ってなかったと思われる。
後から父親から、私が仕事に行ってから母親が泣いていたと聞いた。
辛かったと。
胸が痛くなった私がいた。
母親が手術をしてから約半月が過ぎた。
手術後の経過も順調。
しかしまだ検査が山程あるため、退院はまだまだ先である。
そんなある日の休み。
いつもの様に母親の病院に行き、スーパーと百均で買い物をして夜8時半過ぎに帰宅した。
晩御飯を作るのが面倒だった私は特売で箱買いしていたカップラーメンを食べようとお湯を沸かしながら一服していた。
その時、部屋のインターホンが鳴った。
玄関の覗き穴から覗くと、何と桑原くんのお兄さんが立っていた。
「こんばんはー」
「はい」
私は玄関の鍵を開けた。
「突然すみません💦駐車場を見たら車がありましたので寄らせて頂きました」
「いえ…ご用件は?」
「あのですね、実は取引先の方から野菜を売る程頂きまして💦会社の皆にも配ったんですが、まだこんなにありまして…藤村さんにもお裾分けしようと思いまして😄」
そう言ってみかん箱位の大きさの段ボール2箱を玄関に置いた。
開けてみると、じゃがいもやら人参やら大根、長ネギやほうれん草等の野菜がぎゅうぎゅうに詰められていた。
「こんなに沢山…」
「私も一人暮らしですし、余り自炊しないので💦」
「ご実家には?」
「持って行きました😄それでもこんなにあって…」
「有難いです😄助かります😄」
「良かった✨」
野菜が高騰していた時期だったため本当に有難かった。
「何かお礼を…」
「いえいえ、今お母さんが大変な時ですから💦お気持ちだけ頂いておきます」
「でも…」
「野菜達も藤村さんに食べてもらえれば喜びます😄ではこれで😄」
そう言って帰って行った。
後日。
休みの日に桑原くんのお兄さんを自宅に招いた。
野菜のお礼として、頂いた野菜をふんだんに使った手料理を振る舞った。
普段滅多に見る事のない料理レシピのサイトを開き、作れそうな料理をプリントアウト。
昼から一生懸命作った。
待ち合わせ時間ぴったりにお兄さんが来た。
仕事帰りに真っ直ぐ来たらしく、スーツ姿だった。
「今日をずっと楽しみにしていました😄あぁーいい匂いがする😍」
お兄さんは玄関先で鼻をクンクンさせていた。
こんなに頑張ってご飯を作ったのは久し振り。
「お口に合うかどうか…」
「藤村さんが作る料理は何でも美味しいです😄頂きます(^人^)」
手を合わせて食べ始めた。
「凄く美味しいです😍」
そう言って黙々とご飯を食べていく。
見ていてとても気持ちが良い。
「こうして藤村さんの手料理が食べられるなんて…幸せ過ぎます😄本当に美味しい😄」
「ありがとうございます」
お世辞でも誉められると嬉しい。
ほとんど残らず食べてくれた。
「ご馳走さまでした(^人^)」
「いえ、こちらこそ美味しい野菜を頂いて」
片付けていると「いやぁー何かやっぱり藤村さんって素敵な方ですね」
台所にいる私に後ろから話して来た。
すると視界にお兄さんが入って来たと思ったら、背後から抱き締められた。
ちょうど私の胸の辺りで手がクロスになる。
その右手がちょうど私の胸に当たっていた。
「藤村さん…」
「すみません💦手が胸に当たってるんですけど😱」
言った瞬間、お兄さんは飛び跳ねる様に後ろに下がった。
「失礼しました💦」
「いえ」
「これ以上、一緒にいたら藤村さんを襲ってしまいそうなので帰ります💦今日はありがとうございました‼」
ペコリとお辞儀をして、足早に玄関に向かったかと思ったらもうお兄さんの姿はなかった。
正直なところ、後ろから抱き締められた時、少しだけドキッとした。
以前なら全てを拒否していただろう。
こうして自宅に招いたりも絶対になかった。
しかし今はお兄さんの事が気になる存在になっていた。
でも、桑原くんのお兄さん。
揺れる心。
複数であった。
季節は春。
桜が綺麗な公園は花見客で賑わう。
ある日曜日。
夜は仕事だったが、昼間はあいていたためラブホテルのメンバーで花見をする事にした。
昼間働いている愛ちゃんも綾子さんも日曜日は昼間の仕事は休み。
皆でお金を出し合い、飲み物持参でバーベキューをした。
愛ちゃんと綾子さんは娘さんを連れて来た。
絵美さんの子供は部活の試合があり欠席。
愛ちゃん親子、綾子さん親子、絵美さん、純子さんと私の女7人での花見。
ゆうちゃんも誘ったが仕事だからと来れなかった。
和子さんも誘ったが、孫と動物園に行く約束をしたからと来れなかった。
綾子さんの娘さんは愛ちゃんの娘さんと仲良くなり、愛ちゃんの娘さんは「お姉ちゃんみたい😄」と喜んでいた。
綾子さんの娘さんは高校生、愛ちゃんの娘さんは小学生。
綾子さんの娘さんも楽しそうにしていた。
夜が仕事組の私と綾子さんと愛ちゃんはジュースやノンアルコールビールで我慢したが、休みである純子さんは「ごめんねぇー😍」と言いながらビールを飲みご機嫌。
絵美さんは試合が終わったら子供を迎えに行かなきゃならないからとノンアルコールビールを飲んでいた。
天気にも恵まれ、楽しい花見だった。
いいだけ飲んで食べてもお肉や野菜が結構余った。
幹事をしてくれた純子さんに渡そうと思ったが酔っていてそれどころではなかったため、食べ盛りの子供がいる絵美さんと綾子さんと愛ちゃんとで分けた。
余ったジュースやお茶類は私、ビールは純子さんとで分けた。
その日は晩御飯がいらないくらい食べたため、仕事組は小腹がすいた時用で菓子パンを持参した。
仕事をしながら「また時間が合えば皆で集まりたいね😄」と話をする。
たまにはこうして皆で集まるのも悪くない。
今度はゆうちゃんも和子さんも参加出来たらいいなと思う。
昼間にはしゃぎ過ぎたせいか、仕事を終えて帰宅するとどっと疲れてしまった。
携帯を見ると、高島さんからメールが来ていた。
「ご無沙汰してました😄元気ですか?実は私、高島耕平、結婚する事になりました🎵お相手はもちろん高野なぎささんです😄」
おぉ~✨
結婚するのか😄
その後、結婚披露宴の招待状が届いた。
高野くんにも会いたいし、「出席」に○をつけた。
おめでたい事は実に嬉しい気持ちになる。
お幸せに😄
この春、甥っ子である勇樹くんが小学校入学。
入学式当日、入学祝いをやるからと私も誘ってくれた。
兄家族は現在、香織さんの実家で香織さんのお母さんと同居。
2階部分をリフォームし、二世帯にして住んでいた。
玄関とお風呂は一緒だが、トイレとキッチンは2つある。
お祝いを持って約束の時間にインターホンを鳴らした。
香織さんのお母さんが笑顔で出迎えてくれた。
香織さんのお父さんの仏壇で線香をあげさせてもらい香織さんのお母さんと一緒に兄家族が待つ2階へ。
「あっ‼みゆきちゃん‼」
真っ先に気付いた勇樹くんが駆け寄ってくれた。
「今日ね、小学校の入学式だったんだよ‼」
嬉しそうに入学式での事を話し、真新しいランドセルを自慢する勇樹くん。
「勇樹くん、ランドセル似合ってるよ😄良かったね😄」
ランドセルと机は私と兄の父親が買ってくれたらしい。
居間の奥ではゆめちゃんがまなちゃんに絵本を読んでいた。
まなちゃんがゆめちゃんにちょっかいをかけるため、ゆめちゃんが「まな‼邪魔しないで😠」と怒っていた。
微笑ましい光景である。
テーブルの上には豪華なご馳走が並ぶ。
香織さんとお母さんと2人で作ったという。
お母さんが「みゆきさん😄お口に合うかわからないけど…沢山食べて😄」
「ありがとうございます😄」
兄家族と一緒に過ごす夜。
兄は自慢気に勇樹くんの入学式に撮ったビデオカメラを見せてくれた。
可愛いスーツに身をまとい、少し緊張した顔をしながらお友達と手を繋ぎ在校生や父兄のあたたかい拍手の中入場してくる勇樹くん。
カメラを見つけたのか緊張した表情から一瞬笑顔になった。
保育園で仲が良かったお友達と同じクラスになったらしく、とても嬉しそうにしていた。
「早いなぁ、もう小学生かぁ」
私がつぶやくと香織さんも「本当にね」ともりもりご飯を食べている勇樹くんを見つめた。
子供の成長って本当に早い。
まなちゃんもついこの間生まれたと思ったら、今はもうヨチヨチ歩いている。
美味しいご飯をお腹いっぱい頂き、楽しい入学祝いに呼んでもらい本当にいい夜を過ごした。
翌日、兄がパソコンに落として写真にした勇樹くんの入学式の写真を病床の母親に見せに行った。
母親は目を細め「勇樹も小学生なんだね」と嬉しそうに写真を見る。
母親が気に入ったのは保育園からのお友達と一緒に教室で撮った満面の笑顔の写真。
「いい笑顔」
その写真を枕元にある棚に飾りたいと言われて、うちにある今は使っていない写真立てを持って来る事にした。
昔の母親は絶対こんな事はない。
病気になり、年もとり色々と思う事もあるのだろう。
父親と入籍してから母親は丸く穏やかになった。
私が帰ろうとした時に父親が病室に来た。
「みゆき、来ていたのか」
「うん、勇樹くんの入学式の写真持って来た」
そう言うと父親は「どれどれ」と笑顔で母親が持っていた写真を見る。
「おぉ、勇樹立派になったなぁ」
父親も笑顔で写真を見ていた。
孫は可愛いというが、両親を見ていて改めてそう思う。
「みゆきもそろそろ…結婚しないのか?」
父親が言い出した。
「うん、まだ予定はないかな…」
「お前、もう30過ぎただろ」
「とうの昔に」
「お前も落ち着かないと」
「わかってる」
兄といい、父親といい、心配してくれているのはわかるが…
確かにもう結婚して子供がいてもおかしくはない、というかむしろ当たり前の年ではあるが…
「まぁ、そのうちに😅」
そう言って誤魔化しながら逃げる様に病室を出た。
その日の夜は仕事だったが、仕事が一段落した時に携帯を見ると桑原くんのお兄さんからメールが来ていた。
「お仕事お疲れ様です😄早速なんですが、今度のお休みはいつですか?同僚から映画のペアチケットを貰ったのですが、良かったら一緒にどうかな?と思いまして😄」
映画かぁ…しばらく行ってないな。
たまにはいいかも💡
「お疲れ様です😄映画いいですね😄是非ご一緒させて下さい。次の休みは金曜日です」
送信したらすぐに返信。
「わかりました😄ありがとうございます✨では金曜日の夜、仕事が終わったらお迎えに参ります😄」
楽しみにしている自分がいた。
約束の金曜日。
着ていく服で悩んでいた。
この季節の変わり目の服装は結構悩む。
当たり障りないが普段はまずはかないスカートをはいてみた。
太い足を出すのは抵抗があったが、たまにはいいだろう。
約束の時間少し前に桑原くんのお兄さんから着信。
「今、藤村さんのアパートの前に着きました」
「今降ります」
お兄さんは私の姿を見るなり「藤村さんがスカートはいている姿は初めてですが可愛いじゃないですか😍」とべた褒めしてくれた。
少し照れる私。
映画館に着き、ジュースを買い劇場へ。
ラブコメディ映画のためカップルが多かった。
映画が終わった。
「楽しかったです😄ありがとうございます」
「いえいえ💦あっ、良かったらこれからご飯どうですか?ちょっと遅くなりましたが…」
せっかくなので一緒にご飯を食べに行った。
映画館のすぐ近くにある和食レストラン。
「またこうして藤村さんと会えるとは😄」
「こちらこそ映画お誘い頂いて」
「同僚に感謝です(笑)」
食事をしながらお兄さんと話す。
食事も終わり、ふと時計を見ると午後10時半を過ぎていた。
「あら、もうこんな時間ですね💦」
「藤村さんと一緒だと時間が過ぎるのが早すぎます😢もっと一緒にいたいですが無理ですか?」
「ダメではないですが…明日仕事は?」
「あります😞でも上司が皆いないので少しは気が抜けます😄」
「そうですか…で、何処に行きます?」
「どうしましょうか?」
「うちに来ますか?少しはゆっくりお話し出来るかと」
「いいんですか⁉じゃあ何か飲み物か何か買っていきましょう😄」
24時間営業のスーパーに寄り、飲み物や適当な食べ物を買ってうちのアパートに来た。
「お邪魔します😄」
「どうぞ」
スーパーで買って来たものをテーブルに並べる。
さっきご飯を食べたばかりの為、好きなさきいかやカルパス、半額になっていたサラダ等酒のつまみばかり。
「藤村さんの部屋はシンプルですね」
「良く言われます。ごちゃごちゃしているのは苦手で」
「じゃあうちはダメですね😞片付けが出来なくて」
「出したら元の場所にしまえばいいだけですよ」
「それが出来なくて😅とりあえずソファーに座って全てが手に届く範囲にあります💦」
「そうなんですか😅」
最初はこんな感じの話をしていたが、ふとした事から桑原くんの話しになった。
「雅之は昨年10月に転勤になりまして…」
「そうなんですか」
「あれから色々彼女をとっかえひっかえしていましたが、ちょっとトラブルがありまして…まぁ左遷っていったところでしょうか…我が弟ながら恥ずかしくて」
良く話を聞くと会社の女性何人かに手を出し、そのうちの1人が妊娠したらしい。
するともう1人も妊娠したと出てきて女性同士が修羅場と化した。
当の桑原くんは2人に「勝手に妊娠したんだから俺は関係ない」と告げて逃げた。
それに激怒した女性2人が結託し桑原くんを訴えた。
大事になり、会社の社長にまで話が伝わる。
話を聞いた社長が激怒し、桑原くんをクビにしようとしたが部長の計らいで左遷に。
妊娠した2人の女性は会社を辞めた。
これは酷い…
「雅之は藤村さんと別れてから荒れていました。でも僕は藤村さんを悲しませた弟が許せなかった。女性社員に酷い事をしておきながら僕に泣きついてきました。クビにならなかっただけ有難いと思え‼と突き放しました。それ以来連絡は取っていません…」
「そうなんですか…」
それからしばらく無言が続いた。
すると突然お兄さんが口を開いた。
「僕は藤村さんを悲しませる事はしない‼藤村さんを守ります。きっと藤村さんは弟の事が引っ掛かっているんだろうと察しますが…良かったら…あの…お付き合いして下さい‼」
告白された。
「桑原雅之の兄としてではなく、1人の男として見て下さい‼」
そう言って頭を下げた。
「頭を上げて下さい…」
そう言ってもずっと頭を下げたままのお兄さん。
困惑しながらも返事をする。
「はい…こんな私ですがよろしくお願いします」
するとパッと頭を上げた。
「本当に?」
「はい」
「ありがとうございます‼」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そう言ってテーブルを挟みお互いにお辞儀をした。
お付き合いを始めたと言っても、今までとそんなに変わらない。
お互いいい年のためイチャイチャベタベタというお付き合いではなく、邪魔にならない程度のお付き合いだった。
1人の時間もあるし、お互いの仕事も理解し合い決して迷惑はかけない。
まだお互いに敬語がとれない。
他人から見たら不思議な関係だったが、お互いにそれで良かった。
付き合い始めて1ヶ月。
初めて休みが重なった。
この日は前からデートをする約束をしていた。
幸い天気にも恵まれドライブ日和。
少し車を走らせて海を見に行った。
ほのかに潮の香りがする。
「海なんて久し振りです😄」
お兄さんは運転しながら笑顔。
「私もです😄」
窓を開けると波の音が聞こえる。
ちらほらと釣りをする人達が見えた。
お昼近くになり、海沿いにあった海鮮料理屋さんに入った。
少し値段は高いがせっかくだからと海鮮丼を注文。
観光客と思われる人達で店内は賑わっていた。
私が持って来たデジカメで海鮮丼やお兄さんの写真を撮っていたらお店の方が「ご一緒にお撮りしましょうか⁉」と声を掛けてくれた。
「ありがとうございます😄」
私は店員さんにデジカメを渡し、お兄さんと2人で海鮮丼を少し傾けてカメラに向け、押さえながらピースでポーズ。
記念の一枚になった。
海をバックに写真を撮ったり景色を写したり。
カメラマン藤村は色んな写真を撮り楽しみ、その写真を見て楽しむお兄さん。
素人写真のためうまく撮れないものも多かったが、奇跡的にうまく撮れたものも稀にあった。
すごく楽しい1日だった。
地元に帰って来てから2人で居酒屋に行った。
店内はそこそこ混んでいて賑やかだった。
お兄さんとお酒を飲みながら色々話をする。
話をしているうちにお兄さんの元嫁の話が出た。
付き合って1年半で結婚。
元嫁は勤務していた会社を寿退社、専業主婦に。
一緒に住んで初めてわかったが元嫁は家事が一切出来なかった。
結婚するまで実家暮らしで全て義母が家事をしていたため、全くといっていい程出来なかった。
最初は失敗しながらも色々頑張ってくれていたが、ある日「私には主婦は無理、自分の事は自分でやって」と言い出しパートに出た。
お兄さんは帰って来てから掃除洗濯、お風呂掃除、出勤前にはゴミ出しをしていたが元嫁は「あなたは何にもしてくれない」といつも愚痴っていた。
そしてヒステリーを起こしスイッチが入るとお兄さんを罵る。
言い返すと「誰に向かって口答えしているんだ💢」
黙っていると「無視すんな💢」
自分の意見が通らないとヒステリーになり、自分が思った通りの答えが返って来ないと「何もわかってくれない💢」と怒る。
休みの日、元嫁は友人と遊びに行ったりするのに自分が出かけようとすると「自分ばかりずるい💢」
「そっちだって休みは友人と出かけるじゃないか」と言えば「束縛する気⁉自由もないの⁉」と話がずれる。
もう限界を感じていた時に元嫁の浮気が発覚。
元嫁に聞くと浮気を認め「あなたから言ってくるのを待ってた。あなたから離婚って言って来たんだから慰謝料を請求する」と意味不明な要求。
弁護士さんを通し、浮気を含め元嫁の事を全て弁護士さんに話し逆に元嫁に慰謝料請求。
わずかなお金をもらい離婚した。
今はどうしているか知らないとの事。
「大変だったんですね」
「はい…それで女性には懲りたのでしばらく1人でいたのですが、藤村さんと出会って気持ちが変わりました😄」
「そうですか…」
あんな母親だったが、家事が出来る様になったのはある意味母親のおかげである。
ヒステリーね。
母親も良くヒステリーを起こしていたが、母親を見ていると自分の意見が通らないとヒステリーになっていた気がする。
ヒステリーになるともうお手上げ状態。
ある意味無敵だ。
大変だったんだなぁ、お兄さん。
結婚してから変わる人もいるらしいからな。
お兄さんは結構酔ったのか顔が真っ赤になっていた。
明日は仕事のため、居酒屋でお兄さんと別れた。
ある日、香織さんから連絡が来た。
「みゆきちゃん😄今、電話大丈夫?」
「こんにちはー😄大丈夫です😄」
「今度の水曜日ってみゆきちゃん仕事⁉」
「水曜日?あー…ちょっと待って下さい」
シフト表を見る。
「すみません、仕事です…」
「そうなんだぁー残念💦水曜日は私の誕生日でさ😄子供達が「みゆきちゃんも一緒にママの誕生日お祝いしよ🎵」ってうるさくて💦仕事なら仕方ないねー」
「すみません」
そうだった💦
香織さんの誕生日だった。
いつも良くしてくれる香織さん。
誕生日は行けないけど…何かプレゼントしよう😄
香織さんはいつも長い髪を後ろに結んでいたり、アップにしている事が多い。
可愛いシュシュでもプレゼントしようかな?
今度の休みにプレゼントを見に行ってみよう。
そう思っていたが…
体調が良くない。
風邪でもひいたかなと思っていた。
体がダルくてお腹はすくが食べると吐く。
飲み物はそうでもないが、固形物を受け付けない。
日に日に酷くなり、仕事にも支障する様になる。
わずかだが吐血した。
これはヤバいと思い近所の行き付けの病院に行くと、胃腸科を紹介された。
翌日に胃を空っぽにして紹介状を持って胃腸科で胃カメラを飲む。
先生が胃カメラを見ながら一言。
「あらぁ…これは酷いね…入院しますか」
…えっ⁉入院⁉
胃潰瘍であった。
「入院ですか?」
先生に聞いた。
「そうだね、このまま入院しましょうか」
「でも…何にも用意してないし…仕事も…」
「藤村さん、仕事が大事なのはわかりますが自分の体が一番でしょ?こんな状態で働くのは無理です」
「…はい」
「今のうちにご連絡して下さい」
「…はい」
まさかの入院。
入院するとは思っていなかったため、何もかもがそのままだ。
至急社長に連絡。
夜のメンバーに入院する事をメール。
母親も入院のため父親に連絡。
兄と香織さんにも連絡。
入院する時の保証人の署名が必要だったため、父親が来てくれた。
香織さんがパートが終わってから職場から真っ直ぐ来てくれた。
香織さんに部屋の鍵を渡して着替えを持って来てもらい、駐車場に停めてあった私の車を看護師さんに言われた別の駐車場に移動してくれた。
桑原くんのお兄さんにも連絡。
絶食入院生活が始まった。
入院すぐに看護師さんから普段の生活について聞かれた。
仕事の事、食生活、どんな生活をしているのか?家族構成等…
どうやら食生活の乱れとストレスが一番の原因の様だ。
胃腸はストレスに弱い臓器らしい。
今までの積み重ねが「胃潰瘍」という症状となり体が悲鳴をあげていた。
他は至って元気なため、入院生活はつまらない。
武田一家や亜希子ちゃん親子、ラブホテルのメンバーも皆お見舞いに来てくれた。
愛ちゃんが勤務する保険に入っているため手続きもあり何度か来てくれた。
「入院生活が暇だ」と言ったら皆漫画や雑誌を買って来てくれた。
有難い。
普段は余り本は読まないがこの時は読みふけた。
一番有難かったのがナンクロやイラストロジック。
もくもくやっていた。
絶食のため、食べ物は食べられない。
飲み物も制限されたが水や麦茶は許された。
24時間点滴をしているせいか余り空腹感はない。
入院した日に桑原くんのお兄さんがお見舞いに来てくれた。
「入院したと聞いて驚きました…でも意外に元気そうで💦」
「胃以外は元気です😄何が辛いって絶食が一番辛いです😫」
お兄さんは残業で遅くなる日や用事がある日以外は毎日来てくれた。
休みはずっと一緒にいてくれた。
病室は4人部屋だが、私ともう1人小林早苗さんという40代と思われる人と2人だけ。
小林さんはいつもベッド周りにあるカーテンを閉めていた。
看護師さんが開けようとしたら「開けないでもらえます?」と言って怒る。
私にも「お見舞いに来る度にうるさいから、あそこで話してくれる?」と言ってデイルームを指差した。
「すみません…」
言われてからお見舞いに来てくれた時は病室から出る様にした。
しかし何かにつけて文句を言われる様になる。
「せっかく1人だったのに…今からでも違う部屋に移れない?」
絶食の私に「あーご飯が美味しいわぁ」と聞こえる様に話してくる。
最初はイライラしていたが2~3日もすると気にならなくなった。
色々言っていたがスルーしているとそれが面白くなかったのか「無視ですかぁ?」と嫌味を言われた。
面倒くさい人だな…
私は小林さんのベッド周りにあるカーテンをガラっと開けて「構って欲しかったら素直に構って欲しいって言ったらどうですか?」と言った。
黙っている小林さん。
「カーテン越しじゃないと文句も言えないの?嫌味タラタラ…うるさいんですけど」
「…」
黙っているため、開けたカーテンをそのままで自分のベッドに戻った。
「…カーテン閉めてよ」
小林さんが言った。
「自分で閉めたら?」
小林さんは私を睨み付けながらカーテンを力強く閉めた。
それから文句や嫌味を言われる事はなかったが、ブツブツ独り言が始まった。
小林さんの独り言も気にならなくなったある日。
久し振りの食事にありつけた。
とは言っても、重湯だったがとても美味しく感じた。
食べれる幸せ。
かなり胃潰瘍も良くなって来たのか胃痛も消えていた。
先生から退院も近いと言われて退院日時も決まった。
退院日には桑原くんのお兄さんが有給を取ってくれたらしく、迎えに来てくれると言ってくれた。
タクシーで来て、私の車を運転してくれるらしい。
本当に有難い。
退院当日。
桑原くんのお兄さんが笑顔で迎えに来てくれた。
一応、同室だった小林さんにも挨拶をしたが無視されてしまった😞
看護師さんから薬と退院後の生活という紙をもらい退院。
しばらく振りの我が家に帰って来た。
香織さんに冷蔵庫の中の賞味期限が入院中に切れてしまう卵やちくわ等を切れる前に食べて欲しいとお願いをしていたため、冷蔵庫の中はすっきりしていた。
桑原くんのお兄さんは退院してからしばらくの間、毎日来てくれた。
退院直後は体がなまっているのか体力がない。
そのため、お兄さんが身の回りの事を手伝ってくれた。
お兄さんの存在が心から感謝の気持ちでいっぱいだった。
ラブホテルにも復帰し、今までのだらしない食生活も見直し気をつける事にした。
しばらくお酒は飲めない。
タバコも止めた方がいいと言われたがさすがに止められず⤵
本数は減らす様にした。
健康が一番だと改めて感じた。
今まで余り興味がなかったサプリメントも買った。
心なし体が言う事をきく様に感じる。
食生活を見直してから体重も少し減った。
面倒だからとカップ麺やコンビニ弁当ばかりではやはり体には良くなかった。
多少だが料理にも目覚め、色んな物を作ってはお兄さんと一緒に食べたりした。
体調も良くなったある日。
父親から連絡があった。
「もしもし、みゆきか?」
「うん」
「入院中はなかなか行けなくてすまなかったな」
「いいよ、お母さんについていてあげて。お母さんの具合は?」
「今のところは安定しているよ」
「そう…で、用件は?」
「あぁ…恭子の父親が亡くなった」
「…えっ?」
「明日、通夜なんだ」
母親の祖父が亡くなった。
入院する前に会ったばかりだった。
その時はいつも通りニコニコしていて、普段と変わりなかった。
死因は心不全。
突然の事だった。
あの姿が最期になってしまった。
最初に会った時に抱き締めてくれたあの感触を思い出す。
母親は体調が落ち着いているため、祖父の葬儀の時は外出許可が出た。
その代わり薬をもたされ、必ず指定された時間に飲む様に言われた。
通夜はシティーホール。
喪主は母親の腹違いの弟。
母親と父親と私と3人でシティーホールに着いた。
母親は棺桶の中で眠っている祖父を見るなり泣き崩れた。
「お父さん…お父さん…」
そんな母親の側に涙をこらえた父親がいた。
喪主が母親に近付いた。
「ちょっと…いいか?」
母親は力無く立ち上がりハンカチで涙を拭きながら喪主について行った。
父親は私と残る。
父親の会社の人達も集まり父親にペコペコと頭を下げて行く。
隣にいた私にも頭を下げてくれる。
父親が喪主に呼ばれた。
私はシティーホールの入口にあった喫煙所に向かった時にちょうど兄と香織さんが来た。
「親父は?」
「今、喪主に呼ばれて控え室に入った」
「そうか」
兄が受付を済ませて喫煙所に来た。
2人共余り話さない。
香織さんは御手洗いに入って行った。
通夜が始まる。
私と兄と香織さんは隅っこの席に座る。
父親と母親は一番前に座っていた。
初めて会う母親の兄弟や親戚。
たくさんの方々に見送られ祖父は天国へと旅立った。
母親の腹違いの弟が2人、妹が1人来ていた。
長男は喪主、次男は母親のお見舞いに来てくれた藤村敏弘さん。
妹は体重が100キロ前後はありそうな体格で声が大きい。
お通夜の時に兄弟が何十年振りに揃って顔を合わせた。
母親は最初、目も合わす事はなかったが時間が経つにつれて話をする様になる。
体格が良い妹が大きな声で良く喋る。
妹が「母親が怖かった。ねえさんの事を良く言うと平手打ちされた。だからねえさんの事をこんな年になるまで本音で話せないなんてね」と話し出した。
母親は眉間にシワを寄せながら黙って聞いていた。
兄弟間の長い間の確執。
母親は継母と弟妹が許せない。
弟妹は「母親が怖かった」と口を揃える。
話を聞いていると、元凶は継母にあった様だ。
その継母が亡くなり隔たりがなくなった今、やっと姉である母親と交流を持つ事が許されたのであろう。
祖父が子供達を繋げてくれた気がする。
母親は声をあげて子供の様に泣いていた。
母親にしかわからない心にしまっていた色々な思いが爆発した様に感じた。
周りにいた身内も事情を知っている人達もすすり泣いていた。
この日から母親の弟妹達は母親が入院する病院に良く来てくれた。
特に妹は頻繁に来てくれた。
ずっと母親の看病をしている父親に「少し休まないと」と言って休ませ、その間母親の面倒をみていた。
母親は最初は困惑した様な表情をしていたが次第に笑顔になっていった。
妹の名前は河合初枝さん。
旦那は市役所勤務。
子供は5人いて、一番下は今年高校を卒業したそうだ。
大学には行かず、地元のスーパーに就職が決まり春からスーパーで働き出したと言っていた。
母親はそんな話を笑顔で聞いていた。
母親の笑顔は久し振りだった。
高島さんと高野くんのお姉さん、なぎささんの結婚式の日を迎えた。
遠方の親戚が多いため、昼11時半からの披露宴だった。
久し振りに高野くんに会った。
「ご無沙汰してました😄」
「高野くん😄元気だった?」
高野くんの隣には可愛いピンクのドレスを着た娘さんがいた。
「こんにちは😄」
娘さんが挨拶をしてくれた。
「こんにちは😄」
娘さんは高野くんにそっくりだった。
AKBが大好きで全ての歌の振り付けも完璧に覚えているらしい。
可愛い素直な子だった。
結婚式は手作りが多く、豪華ではないが素朴で心暖まる素晴らしい式だった。
ウェディングケーキは高野くんのお母さんの手作りだと聞いた。
高野くんのお母さんはお菓子作りが趣味で腕前は確かなもの。
娘の晴れ舞台にお母さんが頑張って作ったらしい。
お母さんはケーキ入刀の時、笑顔で新郎新婦を見守っていた。
ケーキが振る舞われ頂いたがプロ並みに美味かった。
緊張した表情の高島さん、ずっと笑顔だったなぎささん。
すごく素敵な結婚式に招いてくれてありがとう✨
末長くお幸せに😄
後日、高野くんと飲みに行った。
胃潰瘍をしてからは前程はお酒は飲まなくはなったが、お付き合い程度たしなむ。
高野くんと久し振りに飲んで色々話す。
高野くんは娘さんが大人になるまで再婚はしないという意思は強いらしく「娘が成人して娘が良いと言ってくれた人がいれば、その時は考えます」と言っていた。
父子家庭で色々大変な事もある様だが、頑張って欲しい。
「愚痴ならいつでも聞くよ」
「ありがとうございます😄」
変わらない高野くんの笑顔。
高野くんが勤務している温泉ホテルの割引券をもらった。
「是非、彼氏さんといらして下さい😄」
期限は今年いっぱい。
「ありがとう😄」
一度行ってみたかったホテル。
休みが重なる事があれば是非一緒に行ってみたい。
ある休日。
お兄さんは仕事。
仕事が終わったらうちに来る約束をしていたため、晩御飯はうちで食べる予定だ。
たまには手料理を振る舞おうとパソコンで作れそうなレシピを入手、必要な材料をスーパーに買いに行った。
買い物袋をぶら下げて玄関の鍵を開けようとした時にカバンの中の携帯が鳴った。
亜希子ちゃんだった。
「もしもし」
鍵を開けながら電話に出る。
「もしもしー😄みゆきん😄久し振り~😄今大丈夫⁉」
「うん」
「早速なんだけどさ、みゆきん…今日って時間ある?」
「うーん…夕方くらいまでなら」
「ちょっと相談があって…これからみゆきんの家に行っても大丈夫⁉」
「構わないけど」
「急にごめん💦じゃあこれから行くね」
そう言うと亜希子ちゃんは電話を切った。
20分後。
亜希子ちゃんが来た。
「急に申し訳ない💦これお土産😄」
そう言ってチェーン店のケーキ屋の箱をくれた。
開けてみると美味そうなロールケーキが入っていた。
「新商品のキャラメル味なんだって🎵」
「ありがとう😄散らかってるけど入って」
「お邪魔しまーす」
久し振りに会う亜希子ちゃんは少し痩せた気がする。
「亜希子ちゃん痩せた?」
「うん、8キロ減った💦ダイエットした訳じゃないんだけどね😅」
「そうなんだ…そういえば子供は?」
「保育園だよ😄」
「そっか」
お土産のロールケーキを切り分けながら話す。
「みゆきん、今日は休み?」
「休みだよ。亜希子ちゃんも?」
「夜は仕事ー💦19時からだからまだ時間はあるんだ😄」
「そっか」
ロールケーキをテーブルに置き、烏龍茶も一緒に出した。
「食べようか、亜希子ちゃん頂きます😄」
ロールケーキを一口。
ほんのりキャラメル味のクリームが口いっぱいに広がる。
「うん、美味しい🎵」
亜希子ちゃんも一口食べて笑顔。
「相談って…何?」
ロールケーキを食べながら亜希子ちゃんに聞いた。
「うん…実はね…」
亜希子ちゃんは話し出した。
亜希子ちゃんの話をまとめるとこうだ。
離婚成立後、しばらくの間は何の音沙汰もなく静かで平和だった。
しかしある日突然、亜希子ちゃんの実家に元旦那から子供へおもちゃのプレゼントが届いた。
亜希子ちゃんはおもちゃを元旦那に送り返した。
「もう二度とこういう事はやめてもらいたいし、今後一切関わらないで欲しい」と書いた手紙も添えた。
その後直ぐに実家に来て「やり直したい、子供に会いたい」と玄関先で騒いでいた。
一緒にいた亜希子ちゃんのお母さんが「これ以上騒ぐと警察を呼びます」と言うと居なくなった。
亜希子ちゃんは離婚と同時に携帯を変えたため、元旦那は亜希子ちゃんの実家に連絡するしか手段がなかった。
亜希子ちゃんの元旦那は亜希子ちゃんとの復縁を望んでいるが、亜希子ちゃん自身は全くその気はない。
そんな中、亜希子ちゃんのお母さんに再婚の話が出た。
亜希子ちゃんは喜んだが、亜希子ちゃんのお母さんは娘と孫が心配で再婚を延ばしていた。
離婚間もない娘とまだ幼い孫。
再婚したら地元を離れる。
お母さんの再婚相手は「是非一緒に」と言ってくれているが躊躇。
でも今の場所に住んでいると、またいつ元旦那が来るかわからない。
小さいこの街では何処で会うかわからない。
でも母親の再婚相手のところに一緒に行くのもどうかと…。
どうしたらいいものか。
というものだった。
「市営住宅とかなら母子優先とかしてくれないの?元旦那との関わりを絶ちたいなら、まず引っ越しだよね?」
「そうなんだけど…今すぐは難しいかな」
「じゃあちょっと高くなるけど賃貸は?とりあえず安いところ見つけて入って…」
「そんなお金もないし…」
「昼夜働いているなら家賃払えるでしょ?母子なら母子手当てみたいのも入るでしょ?」
「うん…でも…」
「後は市役所の子供課みたいなところで相談してみたら?専門家だろうから何か良いアドバイスもらえるんじゃない?」
「うん…」
煮え切らない亜希子ちゃんの返事。
「ゴメン、ちょっときつい言い方をするけど、離婚して子供と2人で頑張るって決めたんだよね?だったらどうして誰かに依存しようとするの?」
「…」
黙る亜希子ちゃん。
「でも、だって、ばかり言ってたって先に進めないじゃん。子供を守れるのは亜希子ちゃんしかいないんだよ?確かに1人で仕事をしながら子供の面倒をみるのは大変だとは思うけど、頑張ると決めたからには頑張らないと‼」
すると亜希子ちゃんが突然キレ出した。
「みゆきんは何にもわかってない‼子供を生んだ事もないくせに偉そうに言わないでよ💢子育てがどんなに大変かなんてわからないくせに‼」
売り言葉に買い言葉。
「あー、私は子供を生んだ事も育てた事もないよ、大変さを100%理解してるかと言われたら知らないよ。でもね、子供は母親を見てるよ。そんな頼りない母親を見て子供はどう思うかな…しっかりしなよ‼」
亜希子ちゃんは泣き出してしまった。
言い過ぎたと反省。
きっと亜希子ちゃんはいっぱいいっぱいになっているんだろう。
幼い我が子を抱えて離婚して不安な気持ちはわかる。
誰かに頼りたい気持ちもわかる。
でも、離婚して子供と2人で頑張ると決めたのは亜希子ちゃんだ。
友人として協力出来る事はしたいと思ってる。
たまには息抜きもしたいだろう。
でも、今が頑張り時だと思う。
きっと軌道に乗れば親子2人で頑張っていける。
それまでは本当に大変だと思うが友人として応援したい。
亜希子ちゃんは1ヶ月という期限付きで、親子でうちに来る事になった。
その間に部屋を決め、夜間保育所を探す。
昼夜働いているためなかなか進まないが、休みの日は朝から市役所に行ったり不動産屋に行ったりしている。
うちは1DKのため亜希子ちゃん親子はリビングで持参した布団で寝ている。
息子はまだ歩かないが、何でも口に入れてしまうため手が届く範囲には物は置かない様に気を付けている。
息子の名前は悠斗くん。
余り夜泣きはせず、大人しい子供だった。
保育園に預けているからか余り人見知りもしない。
手が掛からない方ではないだろうか?
抱っこするとたまに笑ってくれる。
一度おむつを取り替えてあげた時に、おむつが取れて開放的になったのか噴水の様におしっこをかけられた。
おむつで蓋をしたが間に合わなかった。
隣で亜希子ちゃんが笑いながら「私もたまにかけられるんだ~(笑)」と話していた。
「悠斗!コノヤロー😄おばちゃんにおしっこかけたな~(笑)」
私は笑いながら悠斗くんに話し掛けた。
タイミング良く悠斗くんは笑ってくれた。
人懐っこい可愛い笑顔。
子供って本当に可愛いな😄
亜希子ちゃんがうちに来て3週間。
部屋も決まり、夜間保育所も決まった。
「予定より少し早いけど…みゆきん、本当にお世話になりましたm(__)m」
亜希子ちゃん親子が引っ越す事に。
少し寂しい。
「またいつでも遊びに来てね😄」
「ありがとう‼本当にありがとう‼」
亜希子ちゃんの新居は古いが部屋が居間の他に2つある2DK。
郊外の住宅街の中にある。
引っ越しは桑原くんのお兄さんも手伝ってくれた。
引っ越してすぐに、亜希子ちゃんがお礼にと私とお兄さんを食事に誘ってくれた。
「お金がないから高いのは無理だけど…」
「お気遣いなく😄困った時はお互い様😄」
ファミレスで楽しく食事。
亜希子ちゃん親子の新しい生活のスタート。
頑張って欲しい。
亜希子ちゃんが落ち着いた頃。
いつもの様に仕事のためラブホテルに着いた。
「藤村さん」
男性に声を掛けられて振り向くと亜希子ちゃんの元旦那がいた。
「ご無沙汰してました…藤村さん」
何故かニヤニヤしている。
「これから仕事なので…」
「だからぁ~?俺にはあんたが仕事だろうが関係ないし(笑)」
そう言って私の右腕をガッシリ掴んだ。
「離して下さい‼」
「はぁ~?聞こえねーな」
そう言いながらニヤニヤしている。
するともう1人男性が来た。
その男性はニヤニヤしながら私を上から下まで見て「なかなかいい女じゃねーか(笑)おい、あんた、こいつに貸しがあるんだって?返してやろうと思ってよ」と言った。
怖かった。
体が震え、声が出ない。
その時、純子さんが出勤。
私が男性2人に絡まれているのを見て「何やってるの‼」と言って走って来た。
「あぁ⁉💢」
そう言って元旦那が純子さんを睨む。
「みゆきちゃんから離れなさい‼」
「何だこいつ」
もう1人の男が純子さんに近付く。
ふと掴まれていた腕の力が緩んだ。
その隙に私は元旦那から離れ、駐車場に置いてあったパイロンを投げ付けた。
それが元旦那にぶつかる。
そっちに気が行った瞬間、私と純子さんは逃げ出し控え室に逃げ込んだ。
社長が私達がすごい勢いで駆け込んだためびっくりしていた。
「どうした?」
私は社長の顔を見た瞬間、安堵の気持ちからか涙が出て来た。
純子さんが社長に事情を説明。
「私が出勤したら、みゆきちゃんがガラの悪い男性2人に絡まれていて…」
話を聞いた社長はモニターを駐車場に切り替えた。
すると男性2人の姿が写し出された。
社長は警察に電話をした。
「うちのホテルの駐車場に怪しい男性2人がいます」
警察に電話をしている事を知らない男達は私の車の前にいた。
そして私の車をガンガン蹴りつけている。
その時、純子さんが「あっ‼」と声をあげた。
「愛ちゃん、これから出勤‼連絡しないと‼」
純子さんは慌てて愛ちゃんに電話。
今すぐ出勤はしない様にと事情を説明。
落ち着いたらまた連絡すると言っていた。
程なくして警察が到着。
サイレンは鳴らさずに来てくれた。
私の車をボコボコにするのに夢中だったのか、警察官が来たのが気がつかなかった様子。
突然の警察官登場に驚き逃げようとするが、逃げられないとわかると大人しくなった。
私は警察官から事情を聞かれた。
全てを話し、相手は器物破損と恐喝容疑で警察官に連れられて行った。
全てが終わり車を見に行った。
前後のライトは割られドアはベコベコ、サイドミラーはへし折られていた。
武田くんから譲ってもらった大事な車。
余りの悲惨な姿にに放心状態になっていた。
「藤村くん…今日はもう帰りなさい、あの男共はまだ警察署にいるだろうから、今のうちに帰りなさい。とりあえず明日と明後日は休んでいいから、車の修理と安全の確保に回りなさい」
社長は心配をしてくれたのか、私に帰る様に言ってくれた。
純子さんと事情を知った愛ちゃんも心配してくれた。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
私は早退させてもらい、ラブホテルのすぐ近くにあるファーストフード店に入った。
突然の出来事に戸惑いながらも、桑原くんのお兄さんに連絡をした。
簡単に事情を説明するとお兄さんは「今すぐ行きますから、待っていて下さい‼」と言ってくれた。
Tシャツにジャージ、裸足にサンダルという格好で来てくれた。
部屋着のまま着替えもせずに本当にすぐに迎えに来てくれたんだ。
私はお兄さんの姿を見た瞬間、恐怖から解放された気持ちと安心感から号泣。
お兄さんは無言のまま運転。
どうしたらいいのかわからないのだろう。
しばらく走ったところにあった自動販売機の前に停まった。
そしてお茶のペットボトルを泣いている私にくれた。
「一口でも飲んだら少しは落ち着くかもしれません」
「…ありがとうございます…」
泣きじゃっくりをしながらお礼を言う。
深呼吸をしてお茶を一口頂くと少し落ち着いた。
郊外の静かな公園の駐車場。
お兄さんは「全て話してみて下さい」と言いながら私を見た。
今回警察に連行された男性のうち1人は亜希子ちゃんの元旦那である事、元旦那の吉田留美子との不倫や何故離婚したか、ホテルにお金を借りに来た事等全てをお兄さんに話した。
お兄さんは眉間にシワを寄せていた。
そして全ての話を聞いた後「人間として有り得ない事を平気で出来る人は、きちんと罰を受けるべきです。藤村さん、訴えましょう‼被害届を出しましょう‼」
お兄さんは少し怒った様な口調で話し出した。
そして車の修理は兄にお願いをした。
兄に事情を説明、兄は電話口で怒り狂った。
「俺がそいつらをぶっ殺してやる💢いいか‼みゆき‼何かあったらすぐ俺に連絡をよこせ‼わかったか💢」
「…はい」
実の妹の私も怖く感じる程だった。
兄が車を見たいというので停めてあるラブホテルの駐車場で待ち合わせた。
兄が既に到着していた。
兄は一緒にいたお兄さんに「妹がお世話になってます。こんな時間に妹がご迷惑をおかけしてすみません」と言って一礼。
お兄さんも「いえ、こちらこそいつもお世話になっております」と言って深々と頭を下げた。
そして「みゆき、車は何処にある?」と言って私を見た。
「こっちに停めてある」
従業員用駐車場を指差して歩き始めた。
兄とお兄さんがついてきた。
車を見た瞬間、想像以上だったのだろう。
お兄さんは驚きの表情、兄は「これは酷いな」と呟きながら車を見ていた。
兄は「明日の朝一番に車を取りに来るから、車の鍵を預からせて欲しい」と言うので兄に車の鍵を渡した。
兄が「何かあったら必ず俺にも連絡をよこせよ‼何時でも構わないから…桑原さん、妹の近くにいてあげて下さい…」
「はい、妹さんを全力で守ります」
「よろしくお願いします…じゃあみゆき、明日の朝勝手に車を持ってくけどいいか?」
「うん、ありがとう」
兄はそのまま帰った。
兄は桑原くんのお兄さんの事は信頼している様だ。
いつもなら「うちに来い」と言うが言わなかった。
その日はお兄さんはうちに泊まった。
お兄さんがうちに来てから色々話し合った。
「今回の件が落ち着くまでは私、藤村さんが休みの日は寮には帰らずにこちらに来ます。心配だから…あと、明日にでも警察に被害届を出しに行きましょう‼お昼過ぎなら私も時間が取れると思いますから一緒に行きましょう‼」
お兄さんは心配で仕方がないと言っていた。
私は逆恨みされている。
一生つきまとわれるのではないか?という不安な気持ちもあった。
翌日。
午前10時を過ぎた頃。
お兄さんから「12時半頃に迎えに行きます😄」というメールが来た。
その直後に直美から電話が来た。
「もしもし‼みゆき?」
「もしもし、直美おはよう😄」
「あのさ、いきなりだけど…みゆきの事ネットで晒されてるよ?今見付けてびっくりして電話したのよ」
「えっ?」
直美は某サイトを何気無く見ていたら、私の事を誹謗中傷しまくった書き込みを見つけたらしい。
直美からそのサイトのURLをメールで添付してもらった。
見てみると…
「寺崎グループのお嬢様である藤村みゆ○は社長令嬢なのにラブホテル勤務だってお(*≧m≦*)ププッ」
「この女はすぐにやらしてくれるお 笑 だってラブホテル勤務だおO(≧▽≦)Oヤリマン以外何者でもない」
「会いたかったらこのラブホテルにGOーヽ(・∀・)ノ 笑 ひときわでかい女がそうでーす( ̄▽ ̄)b」
「こんな女、タヒねばいいのに 笑 生きてる価値なし‼てか、やっちゃう?笑」
「あの女のせいで俺の人生はメチャクチャにされた、絶対許さん‼ぶっころしてやる(▼皿▼)Ψ」
どう見てもこの書き込みは亜希子ちゃんの元旦那のものだろう。
これは立派な犯罪になる。
これを持って警察に相談しよう。
お兄さんとの約束の時間になった。
お兄さんにも直美に教えてもらったサイトでの書き込みを見せた。
お兄さんは何故か笑っていた。
「藤村さん、こんなに頭が弱い人は周りで初めてです😄自ら証拠を残すなんて…さっ😄早く警察でこれを見せましょ😄」
お兄さんは警察署に向かって車を走らせた。
悪い事をした覚えはないが警察署というところは何故か緊張する。
警察官に相談し被害届を出す。
それからは早かった。
亜希子ちゃんの元旦那は逮捕されたのだ。
元旦那には他にも余罪があった様だ。
一緒だった男も同様で逮捕。
どうやら別件で恐喝と詐欺、傷害で訴えられていたらしい。
私の一件だけでは逮捕までは至らなかったと思われる。
法律の難しい詳細は弁護士や法律家ではないためわからないが、逮捕されたと聞いて安堵した。
多分だが、しばらく顔を合わす事はないだろう。
直美に教えてもらったサイトの書き込みは綺麗に削除されていた。
亜希子ちゃんの元旦那はどこから道を外してしまったのだろうか。
きちんと犯した罪を反省して欲しい。
結局ラブホテルは4日間休んだ。
社長が「目処が立つまで休んで良い」と言ってくれた。
ラブホテルの皆には本当に迷惑をかけてしまった。
特に純子さんと社長。
巻き込んでしまった。
本当ならここまで迷惑をかけてしまったらクビになってもおかしくないだろう。
しかし社長は「お疲れさんだったね😄」と笑顔で迎えてくれた。
本当に頭が下がる。
メンバーも皆心配してくれていた。
車の修理も終わった。
車を修理してもらっている間は代車として軽自動車に乗っていた。
兄から連絡があり車を取りに行く。
ピカピカになっていた。
「綺麗になっただろ?兄ちゃんの最高傑作だ(笑)サービスで車の中もピカピカにしておいたぞ」
「ありがとう」
修理代は結構かかったが、相手には請求しないで私が支払った。
無事に戻って来た愛車。
試しに乗ってみるが調子は良い様だ。
兄は私の車を良い機会だからと色々見てくれた様だ。
兄は「今度の水曜日の俺の誕生日は焼酎でいいぞ(笑)」と笑っていた。
そういえば今度の水曜日は兄の誕生日だ。
香織さんや子供達からもお誘いを受けた。
休みだし、たくさん焼酎を抱えてお祝いに行こう😄
兄の誕生日。
この日は香織さんのお母さんはお友達と2泊3日でバスツアーに行っていて留守。
お父さんが亡くなってから引きこもりがちになっていたお母さん。
お友達がそんなお母さんを旅行に誘ってくれたらしい。
香織さんも兄もお友達の誘いに大変喜び、お母さんに旅行を楽しんで欲しいと旅費を負担した。
笑顔で「行って来ます😄」と言って出掛けたそうだ。
明日の夜に帰る。
「お母さん、お父さんを亡くしてから初めての旅行😄きっと天国のお父さんも楽しく旅行をしているお母さんの姿を見たら喜ぶよ😄」
香織さんは笑顔で話す。
きっと今頃はお友達とのんびり温泉を楽しんでいる事だろう。
子供達は相変わらず元気。
一番下のまなちゃんも片言を話す様になった。
ママとパパとババが混ざり「マパ」とか「ババマー」とか言っている。
可愛い😄
香織さんも兄も仕事のためこの日は宅配ピザとスーパーのお惣菜やお寿司が並んでいた。
「手抜きでごめんね😅」
「いえいえ😄」
勇樹くんとゆめちゃんは宅配ピザに大興奮。
「みゆきちゃん‼ピザだよ‼僕ピザ大好きなんだ😄」
「ゆめも😄」
私が買って行ったケーキを見て更に喜ぶ子供達。
こんなに喜んでもらえてみゆきおばちゃんも嬉しいよ。
兄には兄が好きな芋焼酎をプレゼント。
兄も喜んでくれた。
兄ももうアラフォー世代。
白髪が見え始めた。
「白髪発見😄もうおじさんだね😄」
私が兄をからかう。
「何だと⁉まだまだ若い😆」
「ガラケーって何よって聞いてた時点でダメじゃん(笑)」
香織さんが突っ込む。
楽しい誕生日会になった。
ある休日。
お兄さんと休みが重なったため、以前高野くんからもらった高野くんが勤務する温泉ホテルに行く事に。
お兄さんにうちまで迎えに来てもらいお出掛け。
絶好の行楽日和。
若干雲はあるが、綺麗な青空が広がる。
遠くの山々もくっきり見えた。
市街地から山に向かって走る事30分。
小さいが温泉街が見えて来た。
その中にひときわ大きな建物が高野くんが勤務しているホテルだった。
全国的に有名な草津や箱根、鬼怒川みたいな賑やかさはないが、何件かお土産屋が並び所々から温泉の湯気が大量にあがる。
温泉街の真ん中に足湯を見つけた。
せっかくだからとお兄さんは近くの駐車場に車を停めて足湯に入る。
先客で年配のご夫婦が足湯を楽しんでいた。
年配のご夫婦から「ご旅行ですか?」と笑顔で話し掛けられた。
「いえ、地元なんですけど休みなので…」
「あら😄デート?若いっていいわね😄」
街で知らない人に話し掛けられても無視するが、不思議とこうした観光地では嫌な気は全くしない。
むしろ、会話が弾み楽しかった。
年配のご夫婦は金婚式記念で息子さんから旅行をプレゼントされたそうだ。
2人共70代後半だと言っていたが、とても若々しくお元気だ。
息子さん夫婦と一緒だが、今は別行動だと言っていた。
「私達はこれで…ゆっくりご旅行楽しまれて下さいね😄」
私とお兄さんは足湯から上がる。
「ありがとうございます😄そちらもデート楽しんで😄」
「はい😆」
私達はプチプチ旅行だが、こんな触れ合いも旅行の醍醐味だろう。
ホテルに入る。
先にチェックインしてから荷物を部屋に置いてからまた出掛けようと思っていた。
フロントに高野くんの姿を発見。
「高野くん😄」
私は手を振った。
「あれー⁉藤村さん⁉」
高野くんは驚いていた。
予約はお兄さんの名前でしていたため、私が来るとは思っていなかったらしい。
「前に高野くんからもらった券を使いたくて」
「はい😄来てくれて嬉しいです😄彼氏さんですか?初めまして😄高野と申します😄」
お兄さんには高野くんの事は話してあったため「話しは伺ってます😄初めまして😄宿泊券ありがとうございました😄」とにこやかに挨拶。
高野くんが「藤村さんが来るのわかってたら、もっと良い部屋にしたのに😫」と言いながら部屋の鍵を渡して来た。
「いやいや、タダで泊めさせてもらうんだから贅沢は言わないよ💦」
鍵には5122と書いてある。
5122の1は「本館」で0は「別館」という意味らしい。
部屋は5階。
エレベーターを降りてすぐの部屋だった。
10畳程の和室。
入ってすぐにお風呂とトイレが一緒になっているユニットバスがあり、出てすぐのところに大きな鏡がある洗面所。
小さな石鹸とドライヤーが備え付けてある。
部屋もきちんと掃除が行き届いてあり、テーブルの上にはお茶請けの温泉まんじゅうが2個置いてあった。
窓からの景色は小さな温泉街が見渡せ、山々が綺麗に見えた。
荷物を置き早速外出。
高野くんに「行ってらっしゃい😄」と笑顔で見送られる。
何件かあるお土産屋さんを見て歩く。
お兄さんは会社の同僚に、私はラブホテルの皆にお土産を買う。
お兄さんと「どれがいい?」なんて話ながらお土産を選ぶ。
ささやかな幸せを感じる。
ホテルに戻りたっぷり温泉を楽しみ、レストランで夕食を楽しむ。
高野くんがレストランまで来た。
「僕は娘が待っているので帰りますけど、朝はいると思いますから😄ゆっくりしていって下さい😄」
わざわざ挨拶に来てくれた。
高野くんのおかげでゆっくり出来ます😄
本当にありがとう✨
その日の夜。
テレビを見ながらお兄さんとビールを飲みながらまったりしていた。
するとお兄さんは、急に正座をし背筋を伸ばし「藤村さんに大事なお話があります」と真顔で言われた。
私も崩していた足から正座に変えて、吸っていたタバコを消した。
「はい…」
「あの…回りくどい言い方は苦手なのでストレートに言います。僕と結婚して下さい‼」
突然のプロポーズ。
テレビはバラエティーが流れ、ちょうどお兄さんが言い終わると同時に出演者が爆笑していた。
それに気付いたお兄さん。
「タイミングが悪かったみたいで…笑われました😅」
余りにもタイミングが良かったため2人で笑ってしまった。
「気を取り直して…弟の事もありますが…私は藤村さんを悲しませる事は絶対にしません‼頼りないかもしれませんが、僕についてきて下さい‼」
真っ直ぐ私を見て言った。
そしてカバンから綺麗な包装紙で包まれたものを取り出し私に手渡した。
指輪だった。
プラチナと書いてある。
小さなダイヤが指輪に散りばめられているシンプルなタイプ。
「気に入るかどうかわからないですが…」
まさに私の好みだった指輪。
嬉しさの余り胸が熱くなる。
本当に本当に嬉しかった。
この日から結婚に向けて話が進む事になった。
お兄さんからプロポーズを受け指輪をもらった時は舞い上がり、お兄さんとの甘い生活を思い描いていたが…
現実的には壁があった。
そう、元カレである桑原くんの事である。
お兄さんと結婚したら「義姉」「義弟」の関係になる。
嫌でも何かあれば必ず顔を会わせなくてはならない。
桑原くん自身が結婚していても私は気にならないが、桑原くんの奥さんが私が「元カノ」だと知れば、きっと気分は良くないだろう。
ご両親も良く思われないかもしれない。
お兄さんに話したが「そこまで気にしなくても大丈夫だよ😄」と楽観的だ。
ラブホテルの仕事はこのまま続ける予定だが、今のアパートは独身者用のため結婚となれば引っ越さなければならない。
お兄さんも独身寮を出る予定。
まずは徐々に準備をし、桑原くんの問題を解決したい。
休みが重なったある日、ご両親にご挨拶に伺った。
何度かお会いした事はあるが、今度は「お兄さんの彼女」としてのご挨拶。
緊張の余り過呼吸気味になりお兄さんに何度も「深呼吸して💦大丈夫だから😄」と言われた。
自宅に着いた。
お兄さんは「連れて来たよー😄」と玄関から叫ぶ。
中からお母さんが笑顔で出て来た。
「こんにちは😄みゆきちゃん😄久し振りね😄」
あ…あれ⁉
意外に普通に迎えてくれた事に拍子抜け。
「さっ😄あがってちょうだい😄」
「…お邪魔します」
戸惑いながらもお兄さんと一緒に居間に向かう。
居間のソファーにはお父さんがいた。
私が居間に入った瞬間、立ち上がって「どうも」と言って挨拶をしてくれた。
「こんにちは」
私も軽く頭を下げてご挨拶。
テーブルの上にはブルーベリーやイチゴがたくさん乗った美味そうなフルーツタルトが1ホールとロールケーキ1本が置いてあった。
「みゆきちゃん、コーヒーと紅茶ならどちらがいいかしら?」
「あっ…えっと…あの…じゃあ…紅茶で…」
緊張からかうまく口が回らない。
心臓がニョロっと口から出てきそうだ。
心拍数が上がり、脈がメチャクチャ早くなっているのがわかる。
口も緊張で渇いている。
そんな私を察したお兄さんは私の背中を軽くポンポンと2回叩き、小声で「大丈夫だから😄」と私に囁いた。
軽く深呼吸すると、少しだけ心拍数が下がった気がする。
少し落ち着き紅茶を頂いたが、せっかくのケーキは緊張で舌がバカになり全く味がしなかった。
「みゆきちゃんなら大歓迎よ😄バカ息子と別れたと聞いて残念に思っていたけど、今度は貴之とお付き合いをしていると聞いて最初は驚いたけど、またみゆきちゃんに会えると思って嬉しかったわ😄」
お母さんは一気に喋った。
お母さんのこの話で一気に緊張がほぐれた。
「みゆきちゃん、貴之の事よろしくお願いしますね😄」
「こちらこそ、色々ご迷惑をおかけ致しますがよろしくお願いします」
私はそう言って頭を下げた。
お兄さんとの結婚話は驚く程、順調に進んだ。
結婚後もラブホテルの仕事は続ける。
お兄さんも了承してくれた。
子供が出来るまで働いてある程度は貯えたい。
借金もお兄さんの車のローンくらい。
それも来年には終わる。
新居もお互いの職場の中間くらいに良い物件があれば…と探し始めた。
新婚旅行は何処にする、とか子供が生まれたら、とか色んな話をお兄さんとしていると、とても幸せな気持ちになる。
お兄さんは前回、元嫁の希望に合わせてブライダルローンを組んで大変豪華な結婚式を挙げたそうだ。
私はそんな豪華な結婚式は一切望まない。
家族と仲が良い友人やお世話になった人達で食事会程度の小さなものが良い。
そう話すとお兄さんは驚いていた。
「えっ?女性って皆、お姫様みたいな豪華な結婚式に憧れるって聞いたけど…」
「誰から?」
「…元嫁から😅」
「若い頃は憧れもあったけど、この年でお姫様はないわぁ(笑)写真くらいはウェディングドレスで撮りたいけど、後はちょっとしたスーツで十分ですね😄」
「余り欲がないんですね😅」
「そこまで結婚式にこだわらないけど…その分新婚旅行はゆっくりしたいですね😁」
「それいいっすね😁」
旅行代理店から色々パンフレットをもらって来て、お互いに行ってみたいところを選んだ。
お互い仕事で入れ違いだったが、会える時は会っていた。
そんな楽しい日々。
毎日が楽しかった。
目標が出来、仕事にも張り合いが出て来た。
そんなある日。
お兄さんが会社の階段から足を滑らせて転落。
左足首骨折の怪我をした。
頭やお腹も打ったらしいが幸い異常はなかった。
お兄さんは転落直後、骨折したという自覚がなかったそうだ。
立ち上がると激痛が走りおかしいと思い病院に行ったらまさかの骨折、入院。
ギプスが痛々しいが、怪我の回復具合は良好の様だ。
お兄さんの怪我の具合も良くなったある日。
お兄さんのご両親が「貴之の快気祝いで家で一緒にご飯どうかしら?」とのお誘いがあり私は有り難く行かせてもらう事に。
その日はラブホテルの仕事はお休み。
お兄さんの仕事が終わるのを待って一緒に御実家に向かった。
「みゆきちゃん!いらっしゃい!」
お母さんが笑顔で迎えてくれた。
「お邪魔します」
中に入ると桑原くんがいた。
弟だからいてもおかしくはないのだが、いるとは聞いていなかったため少し動揺した。
「おう!藤村!久し振りだな」
「…久し振り」
「幽霊にでも会ったみたいな顔してんじゃねーよ(笑)元気だったか?」
笑顔の桑原くん。
お兄さんは私と桑原くんの事を交互に黙って見ていた。
お兄さんも桑原くんがいるとは聞かされてなかった様子。
「お前、何しに来たんだよ」
お兄さんが桑原くんに話し掛ける。
「実家に帰って来たらダメな理由があるのか?」
「…」
黙るお兄さん。
「兄貴、こいつ以外に胸あるだろ?お尻に可愛いほくろあるの知ってるか?抱き心地は悪くはないしな(笑)」
この桑原くんの発言で兄弟喧嘩が勃発。
台所にいたお母さんが「あんた達!何やってんの!」と言いながら飛んで来た。
ダメだ…
やっぱり元カレが身内だと気まずい。
桑原くんはお兄さんに殴られた。
でも桑原くんは殴り返す事はしなかった。
黙って殴られていた。
お風呂から上がったお父さん。
喧嘩している息子2人にいきなり喝を入れる。
「お前ら!何をやってるんだ!」
そう言って殴っていたお兄さんのシャツを力付くで引っ張り、頭を張り手した。
桑原くんにも「どうせお前が余計な事を言ったんだろ?あぁ?」と言いながら桑原くんを張り手した。
父親に怒られ、大人しくなった2人。
「みゆきさん、見苦しい兄弟喧嘩で申し訳ない…」
「いえ…」
こちらの方が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
お母さんは苦笑い。
食事中も2人は一切会話はしない。
お兄さんは珍しく私とぴったりくっつく。
たまに桑原くんの視線を感じる。
美味しい食事も終わった。
すると桑原くんから「藤村…ちょっと…」と玄関に呼ばれた。
「さっきは悪かった…ぶっちゃけ俺の単なるヤキモチなんだ…兄貴と幸せになれよ…」
そう言うと桑原くんは2階にある自分の部屋に入って行った。
お兄さんはそんな桑原くんの事を黙って見ていた。
後で知ったが桑原くんはこの時、勤務していた会社を辞めて実家に戻って来ていた。
色々面接に行くが、ことごとく不採用。
前会社も一応は「自主退社」だが、女性関係のもつれから社長から呼び出しがかかったらしい。
手当たり次第に女性社員に声を掛けては体の関係を持つ。
桑原くんは以前「彼女以外のセックスはトイレで用を足す感覚」と言っていた。
ただ単に性欲処理に利用しただけなんだろう。
しかし女性はホテルに行くと言う事は少なからず桑原くんに好意はあっただろう。
でも桑原くんはただ単にやりたいだけだった。
前は首の皮一枚の状態であったが、とうとうその皮も繋がらない状態になったのであろう。
桑原くんはまだ私に未練がある様だ。
そんな中仕事を失い、兄は私と結婚準備。
相当ストレスが溜まっていた。
しかし冷たいが桑原くんは自分で自分の首を絞めた。
誰のせいでもない。
まずは就職先を見付けて心を入れ替えないと難しいかもしれない。
それからしばらく経ったある日。
亜希子ちゃんから連絡が来た。
「今度の木曜日、悠斗の1歳の誕生日なんだ!みゆきんにも一緒に悠斗の誕生日を祝って欲しくて(*'▽'*)」
そっか。
もう1歳になるのか。
早いなぁ。
木曜日は仕事だけど…休みとろうかな?
亜希子ちゃんに行くと伝え、社長に休む連絡をする。
当日。
誕生日プレゼントでアンパンマンのおもちゃを買い、約束の午後6時半ちょっと前に亜希子ちゃんちに着いた。
「こんばんは!」
「みゆきん!今日は有り難う!」
笑顔で出迎えてくれた。
主役の息子は居間でテレビを見ていた。
今回、お兄さんも呼ばれたが仕事で都合がつかずに欠席。
代わりにお兄さんから可愛い子供服を預かり亜希子ちゃんに渡した。
その時、部屋のチャイムが鳴った。
亜希子ちゃんは「はぁ~いっ!」と言いながら玄関に向かう。
すると知らない男性が笑顔で入って来た。
背は私と変わらない位だが、爽やかな笑顔がなかなか素敵だ。
「みゆきん!あのね、こちら木下裕太さん」
恥ずかしそうに私に紹介。
そして男性に「こちらは高校からの親友の藤村みゆきちゃん」と紹介。
お互いに「はじめまして」とペコリと頭を下げた。
この時点でこの男性が亜希子ちゃんの彼氏だと直ぐにわかる。
木下さんの仕事はチェーン店の不動産屋さんの営業。
亜希子ちゃんがこの部屋を選んだ時の担当だったそうだ。
息子も懐いているのかヨチヨチ歩いて木下さんの側に行く。
「みゆきんにどうしても木下さんを紹介したくて」
こうして3人を見ていると本当に幸せな家族の様だ。
ちょっと安心した私がいた。
しかし後日、とんでもない事実が判明する。
亜希子ちゃんの彼氏である木下さんが実は既婚者であった。
私はその日のお昼過ぎ、セール中の郊外のショッピングモールに買い物に出掛けた。
1人でショッピングモールをプラプラしていた時、2歳位の男の子が走っていて私の足にぶつかり転んでしまい泣いてしまった。
「ごめんね~僕!大丈夫?」
私は泣いている男の子を座っている状態から立たせて頭を撫でていたら「すみません!すみません!!」と言いながら男の子のお母さんが走って来た。
お腹がかなり大きい。
そのため動きがゆっくりだ。
「すみません!子供がご迷惑をおかけしまして」
「いえ」
目鼻立ちが整った和服が似合いそうな美人なお母さんだった。
泣いている男の子は「ママ~!」と言いながらママに駆け寄る。
その時、泣いている男の子が急に泣き止み「あっ!パパ!」と言って走り出した。
ふと視線を向けると…
亜希子ちゃんの彼氏として紹介された木下さんだった。
∑(゚Д゚;)←木下さん
(;¬_¬)←私
木下さんの顔色が青くなるのがわかった。
私は素知らぬ顔で軽く頭だけ下げてその場を去った。
きっと木下さんは「助かった」と思ったかもしれない。
翌日、私は木下さんが勤務する不動産屋へと向かった。
「いらっしゃいませ!」
若い男性が立ち上がり笑顔で近づいて来た。
「あの…藤村と申しますが木下さんはいらっしゃいますか?」
「木下ですね!少しお待ち下さい」
男性は笑顔でカウンター裏に消えた。
きっと木下さんのお客さんだと思ったのだろう。
すぐに木下さんがカウンター裏から出て来た。
私の顔を見て直ぐに察したのか「今行きますから」と言って背広の上着を来て鍵を持ってカウンターから出て来た。
「ちょっと外に行きましょう」
私は無言で頷き、木下さんについていった。
不動産屋のすぐ近くにあるファーストフード店に入る。
お昼前という事もあり、店内は混んでいた。
セットメニューを頼んだ。
私がお財布を出すと木下さんは「会計は一緒で」と店員さんに言う。
「いえ…そういう訳には…」
「いえ、このくらいはさせて下さい」
「…すみません…ごちそうさまです」
席につき、早速木下さんが口を開く。
「仕事中なので手短に…」
「承知しています。職場にお邪魔して申し訳ないです」
「自宅に来られるよりは全然平気です」
「あの…亜希子ちゃんの事なんですが…」
「彼女には黙っていてもらえませんか?」
「…何故既婚者だという事を黙っていたんですか?」
「聞かれなかったから、言わなかっただけです」
「あんな美人な奥さんと可愛い子供がいるのに、何故亜希子ちゃんに手を出したんですか?」
「彼女が離婚して小さな子供を連れて一生懸命部屋を探している姿を見たら放っておけなくなりまして」
「それで亜希子ちゃんに手を出したと…」
「手を出したとは聞こえが悪い。援助です。人助けです」
「亜希子ちゃんと別れる気はありますか?」
「今はありません」
「奥さんとは?」
「全くありません」
「ご自身が何をされているかわかりますか?」
「はい、わかってますよ?」
「亜希子ちゃんと別れて下さい」
「あなたに言われる筋合いはありません」
「では私からこの事実を亜希子ちゃんに伝えます」
「藤村さん、あなたがやっていることはただの偽善だ。お節介にも程がある。本当の事を知らない方が幸せな事もある。彼女がまさにそうだ。だからあなたがとやかく口を出すのは間違えている。邪魔をするな」
少し強めの口調で言った。
「はぁ…」
思わずため息。
「お返事がないという事は納得して頂いたと解釈します。大丈夫です。亜希子にも家内にもバレない様にうまくやる自信はあります。ご心配なく」
ダメだ…この人。
「では私は仕事があるので失礼します」
そう言って木下さんは軽く頭を下げて職場に戻った。
私はすぐに亜希子ちゃんに連絡をした。
平日の昼間だったため仕事かもしれないと思いながらも電話を掛けた。
「もしもし~!みゆきん!」
「あれ?出た」
「出たなんてお化けみたいじゃん(笑)凄い声でしょー(^。^;)風邪引いちゃってさ、仕事休んだんだ」
確かに声が少しおかしい。
鼻声だ。
「調子悪い時にごめん」
「いいのいいの、気にしないで!夕方までチビは保育園だし、朝一番で病院に行って薬もらってきたしね(≧▽≦)こんな変な声でこっちこそごめんね~それより…何かあった?ていうか、もしかして木下さんの事?」
相変わらず鋭い亜希子ちゃん。
「うん、ちょっと木下さんの事で話があるの」
「うん」
「あのね…」
私は木下さんが既婚者である事、今さっき会って話した事、ショッピングモールでばったり会った事等全て話した。
亜希子ちゃんは「うん…うん…」と相槌を打ちながら話を聞いていた。
全て話し終わってから「亜希子ちゃん…ショックかもしれないけど…これが事実なんだ!だから別れた方が…」と言った時、亜希子ちゃんから驚く一言が。
「既婚者なのは知ってるよ」
何ですと(゚Д゚;)
知ってて付き合ってるの?
逆に驚いている私に亜希子ちゃんは話を続けた。
「実はね…」
亜希子ちゃんの話をまとめるとこうだ。
最初は既婚者だとは知らなかった。
声をかけて来たのは木下さんからだった。
とても優しくて素敵な人だと思っていた。
バツイチだと聞いていた。
ある日、亜希子ちゃんの携帯に知らない番号から着信があった。
その時亜希子ちゃんはちょっと風邪気味だった息子を保育園に預けていたため、もしかしたら息子に何かあって保育士さんが掛けて来たのかと思ったらしく何の疑いもなく電話に出た。
すると保育士さんではなく木下さんの奥さんからの電話だった。
「いつもうちの木下がお世話になっております。木下裕太の家内です」
亜希子ちゃんは驚きの余り言葉が出なかった様だ。
この時初めて既婚者である事がわかった。
亜希子ちゃんは既婚者だと知った以上、金輪際木下さんとは会わないと伝え奥さんに謝罪をした。
しかし奥さんからの答えは驚くものだった。
「あなたを責めるつもりも訴えるつもりも一切ありません。今回お電話したのはあなたにご協力をお願いしたくて…」
亜希子ちゃんは突然の事に動揺しながらも奥さんの話を聞いた。
木下さんの奥さんは離婚を希望している。
木下さんは爽やかな見た目からは想像つかないが、DVモラハラ野郎だった。
しかも束縛も激しいという。
奥さんは意見する事は許されず、木下さんに絶対服従。
少しでも逆らうと地獄の様な暴力と酷い罵声が待っている。
耐えきれなくなり心身共異常な事に気付き心療内科に通う事になった。
浮気相手に相談するのもおかしな話しだが、離婚の為に協力して欲しいというものだった。
亜希子ちゃんは奥さんに同情。
奥さんと亜希子ちゃんで作戦を立てた。
その作戦とは2人同時に木下さんの前から姿を消す事。
奥さんのご両親は既に他界されているため実家がない。
兄弟は遠くにいるため簡単に行く事は出来ない。
だから奥さんは今の家を手たら木下さんは奥さんの居場所はわからなくなる。
亜希子ちゃんは、亜希子ちゃんが住むアパートは残念ながら解約する形になるが引っ越し費用と敷金等のお金は奥さんが出すから引っ越しをする事になる。
亜希子ちゃんの職場はバレてしまっているためかなりリスクはあるが、奥さんは離婚出来た時は必ず御礼します、もうあなたしかいないと懇願され亜希子ちゃんは話に乗る事になった。
私はそんな事をするより、お金があるなら弁護士とか探偵とかプロにお願いしたら?と言うが、亜希子ちゃんはうんとは言わなかった。
何かあれば連絡を…とは伝えたが、何もない事を願いたい。
どうも亜希子ちゃんの元旦那と被る。
あんな状態にならなければ良いが…。
亜希子ちゃんの電話からしばらく経ったある日。
いつもの様に仕事に行くため支度をしていた。
お兄さんは月末まで出張中。
「そろそろ出勤時間ですか?今日も元気に行ってらっしゃい!(^_^)ゞ」
お兄さんからメールが届く。
「行って来ます!」
メールを送信。
その直後、亜希子ちゃんから電話が来た。
「みゆきん!どうしよう…助けて!!」
切羽詰まった声叫んでいる。
「亜希子ちゃん!?どうしたの!?今どこにいるの?」
問い掛けに何かを言っているが何を言っているのかうまく聞き取れない。
ヤバい状態だというのはわかるが、出勤時間まであと30分。
どうしよう…
「もしもし?亜希子ちゃん!?」
「みゆきん!助けて!いやぁ!」
「今どこ?すぐ向かうから!」
場所を聞き出し職場に電話。
昼間のフロントさんに「すみません、急用が出来たので少し遅れます」と伝えた。
直ぐに車に乗り込み聞き出した場所へと向かう。
10分かからないで到着。
そこは木下さん一家が住むマンションだった。
1階がコンビニになっている地上10階建てのマンション。
築年数も新しく建った時は地元では話題になったマンションだったため、迷う事なくたどり着けた。
立派なエントランス。
私は亜希子ちゃんに連絡をしようとしたその時、救急車のサイレンが聞こえて来た。
と同時にパトカーも走って来た。
そして、このマンションの前に停まった。
静かだったマンションが急に騒がしくなる。
「もしかして…」
私は血の気が引いていくのがわかった。
しばらくしてタンカーで女性が運ばれて来た。
木下さんの奥さんだった。
ただ事ではない様子にマンションの住人なのか近所の人なのか、こちらの様子を伺う野次馬が何人かいた。
タンカーで運ばれる奥さんを心配そうに見ている。
続けて旦那である木下さんと亜希子ちゃんが出て来た。
亜希子ちゃんは泣きはらした顔、木下さんはまるで能面の様に無表情だった。
通報者は亜希子ちゃん。
木下さんはパトカーに乗せられた。
亜希子ちゃんは私の姿を見るなり抱きついて号泣。
それまでオブジェの様な存在だった私に警察官が近付いて来た。
「通報者の田中さん?」
「田中さんは彼女です」
号泣している亜希子ちゃんの肩を叩く。
私は亜希子ちゃんと一緒に警察署に行く事になった。
>> 339
私は状況がわからない。
亜希子ちゃんから連絡をもらい駆け付けて直ぐに救急車とパトカーが来た。
でも、亜希子ちゃんと木下さんが警察官と一緒に部屋から出て来たと言うことは既にパトカーがいたと思うが気付かなかった。
亜希子ちゃんは興奮状態だが、私は部外者なので警察官に「仕事があるので」と伝えてラブホテルに向かう。
結局約2時間の遅刻。
幸いこの日は暇だった。
あの状況を見たらだいたい何があったかは想像出来たが、夜中に警察署から帰って来た亜希子ちゃんから連絡が来た。
ちょうど帰宅途中だった。
近くにあったコンビニの駐車場に車を停めて電話に出た。
この日、亜希子ちゃんは奥さんに「話がある」と呼ばれて木下さん宅に向かった。
作戦を本格的に練り上げるためだった。
すると突然、木下さんが帰って来た。
慌てる2人。
木下さんもまさかのツーショットに驚いた様子だったが、2人共何も話していないのに勝手に想像したのか「何を勝手に動いているんだ!お前は!」と言いながら奥さんの顔を突然殴った。
「何をするのよ!」
亜希子ちゃんは止めに入るが「亜希子!お前はこいつに騙されてるんだ!」
そう言って亜希子ちゃんを振り払い妊婦である奥さんに対して容赦ない暴力。
「お前は本当にクソだな!俺に逆らいやがって!」
「いや…止めて」
必死で奥さんが身を守るも木下さんの怒りは尋常じゃなかった。
「お腹に赤ちゃんがいるんだよ!」
亜希子ちゃんはそう言って木下さんに言うが「だから何だ!!こいつが勝手に妊娠したんだよ!誰が妊娠していいって言ったんだよ!」
そう言って奥さんに対して暴力は止まらない。
「こんな女、生きてる価値なんてないんだよ!」
「妊娠を理由に家事を手抜きするのが腹立つんだよ!」
「死ねや!」
「雌豚の分際で俺の許可なく人に会うな!」
耳を塞ぎたくなる様な暴言。
亜希子ちゃんはみるみる血の気がなくなる奥さんを見てヤバいと思い警察と救急車を呼び、その後に私に電話をした。
木下さんは暴行の現行犯で警察署へ連れて行かれた。
心配していた事が現実になってしまった。
奥さんと赤ちゃんの無事を願う。
長男は奥さんの親友宅で預かってもらっているそうだが、まだ小さいのにパパもママも近くにいないのはきっと不安だろう。
可哀想に…。
後日、木下さんからの暴行が原因で予定日よりかなり早く出産したと聞いた。
赤ちゃんは体重が2000gもない未熟児だったが元気との事。
それを聞いて安堵した。
木下さんの奥さんは退院後、2人の幼い子供を連れて離婚。
被害届も出した為、木下さんは前科がつく事になり不動産屋も解雇。
亜希子ちゃんはまた新たに引っ越しをした。
費用は木下さんの奥さんが出したそうだ。
木下さんの奥さんは地元に帰る。
何か腑に落ちないというか、スッキリしないが…
いつもの生活に戻る。
ある日の休み。
これといった用事もなかった為、お昼過ぎまで爆睡しゴロゴロしていた。
夜はお兄さんの仕事が終わってから一緒に食事に行く予定だ。
「おはようございます。今日は19時過ぎには迎えに行けそうです」
お兄さんからメールが来ていた。
まだ時間はあるな。
取りだめしていたドラマでも見るか。
スウェットのまま、コーヒー片手にドラマを見ていた。
すると携帯が鳴った。
愛ちゃんだった。
「もしもし!みゆきちゃん!起きてたぁ?」
「おはよう愛ちゃん!起きてドラマを見てた(^_^)」
「あのね、急で申し訳ないんだけど…今日仕事代わって欲しいんだ!うちのちびっ子が入院しちゃって…」
話を聞くと娘さんは盲腸で緊急入院になり、これから手術らしい。
「いいよいいよ!代わるよ!娘さんの側についていてあげて!心細いだろうから」
「ごめんなさい」
そういう理由なら仕方がない。
せめて娘さんが落ち着くまで近くにいてあげて欲しい。
お兄さんに連絡。
食事は次の休みまで持ち越しに。
この日は金曜日という事もあり忙しかった。
あっという間に終業時間。
一緒だった純子さんと綾子さんもお疲れの様子。
最近、どうも体がダルい。
若い時は回復も早かったが30代も半ばになると体力も落ちる。
体力だけは自信があったんだけどな(^_^;)
しかし…ふと思った。
そういえば…
生理が来ていない。
元から不順ではあったが、予定日より約1ヶ月遅れている。
「…もしかして妊娠!?」
心当たりはある。
相手はもちろんお兄さん。
初めての事に戸惑った。
夜中だからドラッグストアは閉まっている。
明日妊娠判定薬を買ってこよう。
しかし翌日、無事に生理が来た。
ただ遅れていただけだったらしい。
今回は大幅に遅れたせいなのか生理痛が酷い。
夜は仕事だけど、仕事前まで少し休もう。
布団でゴロゴロしていたらお兄さんから電話が来た。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「寝てました?」
「ちょっと体調が良くなくて…」
「体調が悪い時にゴメンナサイ!ちょっとお話しがありまして…」
「はい」
「電話でなく直接話したいと思って…都合良い日を教えて下さい」
「明日は休みです」
「明日か…うーん…わかりました!明日また連絡します!ゆっくり休んで下さい!」
そう言ってお兄さんは電話を切った。
何の話しか気になったが明日まで待つか。
何か忙しそうだったし。
翌日。
相変わらず生理痛が酷い。
ダルい体を動かす。
お兄さんが来るからと部屋を片付けた。
約束の午後7時。
お兄さんから「これから会社を出ます」
とメールが来た。
それから直ぐお兄さん到着。
部屋のインターホンが鳴る。
「こんばんは(*⌒▽⌒*)」
スーツ姿でネクタイを少し緩め笑顔のお兄さん。
「お疲れ様です、どうぞ」
「お邪魔します」
お兄さんは玄関に入り鍵を閉めた。
「顔色悪いけど…」
お兄さんは私を心配そうに見る。
「ちょっと…生理痛が酷くて(^。^;)」
「それは大変ですね…具合が悪い時にすみません」
「いえいえ」
私は冷蔵庫から麦茶を出しコップに注ぎお兄さんが座るテーブルに持って行く。
「ありがとうございます、晩御飯まだでしたらピザでも取りましょうか(^^)」
「ピザいいですね」
早速宅配ピザを頼む。
最初はお兄さんと他愛もない話をしていた。
仕事での出来事、面白いお客さんがいたとか、職場の同僚の話しとか色々。
その時ピザが届いた。
仲良く分け合いながらピザを食べる。
食べ終わり食後の一服。
落ち着いた時にお兄さんが真面目な顔になる。
「あの…昨日言ってた話しなんですが…」
「はい…」
私も姿勢を正しお兄さんの前に座った。
お兄さんは仕事用のカバンから封筒を取り出した。
「開けて下さい」
「はい…」
少し緊急しながら封筒を開けた。
すると「婚姻届」と書いた紙が3枚。
ドラマとかでは見た事があるが、こうしてリアルに間近で見たのは初めてだ。
「何故3枚も?」
「間違えた時用です(^。^;)」
婚姻届をまじまじと見ていた私にお兄さんが話す。
「実は…来月、東京に転勤が決まりました。いつ帰るかわかりません。多分ですが早くて2年…」
「えっ…?」
突然の転勤話に驚いた。
「そこで…転勤前に…桑原みゆきになって欲しくて…」
恥ずかしそうに少し俯きながら話すお兄さん。
「僕の妻になって下さい!一生大事にします!」
お兄さんは頭を床にぶつけそうな勢いで頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
そう言って私も頭を下げた。
お互いテーブルを挟んでのお辞儀。
先にお兄さんが書く。
お兄さんが書き終わり続けて私が書く。
間違えない様に書かなきゃという緊急からかペンを持つ手が震える。
書き終わりペンを置く。
改めて婚姻届を見た。
嬉しさで涙が流れて来た。
翌日、市役所に一緒に行き婚姻届を提出。
受付の男性が「おめでとうございます」と笑顔で婚姻届を受け取る。
「ありがとうございます」
不備がないかチェックされ、無事に受理。
晴れて「藤村みゆき」から「桑原みゆき」になった。
何にも準備していない中での結婚。
お兄さん…いや旦那さまの転勤が結婚に向けて一気に動いた。
私の仕事もあるから、単身赴任か仕事を辞めて東京までついていくか転勤までに決めて欲しいと言われた。
悩む事になった。
田舎者の私が大都会東京で生活が出来るのか…
地理もわからなければ、電車の乗り方すらわからない。
新宿、渋谷、六本木、青山、池袋…
名前は聞いた事があるが、遠いのか近いのかもわからない。
まずは…行ってみてみよう!
それから決めても遅くはないだろう。
早速ラブホテルに休暇届けを出す。
その頃、旦那様は既に東京で社宅を借りて、いつ東京に移ってもいい状態になっていた。
東京とこの街を忙しそうに行ったり来たりしていた。
ラブホテルの休暇は4日間。
忙しい時期だったため悩んだが、社長に結婚の報告をした時に自分の事の様に喜んでくれて、東京に下見に行きたいと伝えた時も快く休暇をくれた。
笑顔で「俺へのお土産はとらやの羊羹がいいなぁ(*'▽'*)」と笑いながら言っていた。
メイクの皆にも東京下見に行く事を伝え、東京へ出発。
東京へは飛行機。
旦那様には連絡済み。
羽田空港で待っていてくれる。
飛行機の中から見る景色はまるでリアルな日本地図。
山や海がくっきりと分かれ、ところどころ街並みらしきものが見える。
東京が近付くと高度を下げるのがわかった。
上空から見る東京は本当に大都会だ。
無事に羽田空港に到着。
到着ロビーで出口付近にいる旦那様を発見。
大きく手を振った。
直ぐに気付いてくれた。
笑顔で手を振り返してくれた。
預けていた荷物を受け取り旦那様と合流。
久し振りに会う旦那様。
変わらない優しい笑顔がホッとさせてくれる。
しかし早速の試練。
電車である。
切符を買いたいが、券売機の上にある目的地の駅名が探せない。
旦那様が説明をしながら買ってくれたが、結局わからなかった。
初めての電車。
見るもの全てが新鮮そのものだった。
読めない地名もたくさんある。
私鉄と地下鉄の区別がつかない。
JRもうちの田舎みたいに一つだけじゃない。
蜘蛛の巣みたいに張り巡らされた線路。
覚えるにはかなりの時間がかかりそうだ。
電車を乗り継ぎ、社宅の最寄り駅に着いた。
駅前には色んなお店屋さんが軒を並べる。
田舎では見ない光景に少しテンションが上がる。
駅から歩いて10分ちょっと。
社宅があった。
社宅は3階建てのマンションを借り上げ。
一つの階に5部屋、全部で15部屋ある細長いマンション。
部屋は縦に細長い2K。
新しくはないが、フローリングと壁紙は綺麗に張り替えてあった。
小さいがベランダもあり、風呂トイレ別。
2人で住むには十分な広さだ。
私の物を持って来たらどこに置こうとか、年甲斐もなくはしゃぐ私。
荷物を置き、早速近所を旦那様と一緒に歩いてみる。
周りは住宅街だが、隣の家との幅が狭い事に驚く。
歩いて直ぐのところにコンビニと郵便局を発見。
更に歩くと小さな公園があり、周りには自転車や原付バイクがたくさん止まっていた。
そこから駅までは遠くはない。
駅が近づくに連れて店が賑やかになる。
ファーストフード店、コンビニ、ドラッグストア、雑貨屋、惣菜屋、少し離れてスーパー、パチンコ屋…
この駅前通りだけで十分用は足りそうだ。
せっかくだからと旦那様と電車に乗り色々連れて行ってもらった。
久し振りに旦那様とゆっくりまったりした日を過ごす。
東京での生活に不安もあるが、旦那様がいてくれたら頑張って行けそうな気がする。
いきなり今日明日で仕事を辞める訳にいかない。
3ヶ月後を目処に東京へ引っ越す事に決めた。
引っ越しまでは忙しかった。
直美や亜希子ちゃんは「結婚祝い&送別会」を開いてくれた。
ラブホテル勤務最終日。
私の代わりに入った30歳の夏希ちゃんを含め、ラブホテルの皆からプレゼントをもらった。
ラブホテルの皆とお別れするのが一番寂しかった。
最後のタイムカードを押した時には涙が出た。
最後のメンバーだった純子さん、愛ちゃんも悲しそうな顔をしていた。
住んでいたアパートも解約し、荷造りも終え全て東京の社宅に送った。
何もない部屋。
色んな思い出が蘇る。
これからは桑原みゆきとして旦那さんを助け、夫婦仲良く頑張っていく。
東京行き前日は兄家族と過ごした。
香織さんが手料理を振る舞ってくれた。
兄家族と楽しい夜を過ごした。
私が東京に行っている間、兄が私の車を預かってくれる事になった。
「また戻って来た時に車がなかったら困るだろう
。車の面倒は俺に任せておけ!」
車に関しては兄に任せておくのが一番安心だ。
翌朝。
保育園に行く子供達。
「みゆきちゃん!東京行っても元気でね!」
「また一緒に遊ぼうね!」
笑顔で子供達と別れ、兄と香織さんとも別れ、私は東京へ向かった。
またこの街に戻るのは最低でも2年後。
生まれ育ち思い出がたくさんあるこの街を離れるが、また戻って来る時は元気に皆と再会したい。
東京での新生活が始まった。
東京での新生活。
何もかもが地元と違う。
まず、電車の乗り方がわからなければ地理もわからない。
近所には生活に困らないくらいにたくさんのお店はあるが、違う地域にも行ってみたい。
最初の1ヶ月は電車に乗り、色んなところを見て回った。
そんな中、コンビニに寄った時にふと目に入ったのが求人情報だった。
東京って時給いいなぁ。
興味を持ち、コンビニで求人情報誌を買う。
うちの田舎の求人情報誌と違い、かなり分厚い。
自宅に帰りパラパラめくっていると、いくつか気になる求人を見つけた。
旦那さんのお給料でも贅沢をしなければ十分やっていけるが、これから子供も欲しいしお金はあって困るものではない。
少しでも貯金出来ればいいな。
そう思っていたのだが…
体の異変に気付く。
もしかして妊娠!?
前も思い当たる事はあったがただ生理が遅れてるだけだった。
今回もそうなのかな…
気になり近所のドラッグストアに行き妊娠判定薬を購入。
結果は…陽性。
妊娠反応が出た!
お腹に赤ちゃんがいるんだ!
夜、旦那さんが帰宅。
ニヤニヤしている私に「何か嬉しい事があったの?」と不思議顔。
ご飯もいつもよりご馳走を作った。
ご飯を食べながら「あのね」と話を振る。
「何?どうしたの?」
「あのね、赤ちゃんが出来ました(*´▽`*)」
一瞬の間があり「本当に!?赤ちゃん!?俺たちの赤ちゃんが出来たの!?」
想像以上に喜ぶ旦那さん。
ただ、もう若くはない。
高齢出産の域である。
翌日、電車で2駅先の産婦人科を受診。
結果は妊娠2ヶ月。
まだ膨らみはないお腹に手を当てる。
「赤ちゃんがいるんだぁ」
ママかぁ(*⌒▽⌒*)
不安もあるが元気な子が生まれます様に!
ある日の事。
いつもの様に出勤する旦那さんを見送り、朝食の後片付けをした後、洗濯する前にちょっとソファーに座り朝刊を見ていた。
朝刊も読み終わり、さて洗濯でもしようかな!と立ち上がった瞬間、下半身に違和感を感じた。
ふとソファーを見ると血がついていた。
えっ?
えっ???
軽くパニックになり状況がのみこめない。
「ヤバい…ヤバい…病院に行かなきゃ…!!」
パンツや履いていたジャージは血で真っ赤に染まっている。
慌てて病院に行く準備をし、タクシーを呼びすぐに病院へ。
先に診察を待っている方々がいたが、急患扱いで直ぐに診察室へ案内された。
不安でたまらない私に先生が一言。
「…残念ですが…流産されました」
「…えっ?先生…赤ちゃんは?赤ちゃんもういないんですか?」
私は思わず先生に叫ぶ。
先生は黙って頷いた。
そして「処置しますのでこのままで待っていて下さい」
涙が溢れて止まらなかった。
赤ちゃん…いなくなってしまった。
絶望感しかなかった。
自宅に帰ってからも何もする気はなく、泣いて泣いて…
いつの間にか眠ってしまったらしく、気が付くと16時を少し過ぎていた。
泣きはらした顔でぼーっと座っていたら旦那さんが帰って来た。
旦那さんの顔を見た瞬間、また涙が溢れて来た。
状況がわからない旦那さんは「どうしたの?えっ?えっ?」と戸惑っていた。
流産した事を話した。
旦那さんは労ってくれたがショックはあった様だ。
精神的にも身体的にも落ち着くまでにはしばらくかかったが、何とか立ち直る事が出来たある日。
兄から電話が来た。
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