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私はアナタを許します。私が幸せになるために。
初めての携帯小説です。
自分の過去をもとに書いてみようと思いました。
これから書くことは、90%が実話・10%がフィクション(人物名・会社名等)です。
現在私は34歳。
夫(33歳)と息子(2歳)がいます。
結婚したのは3年前。
優しい夫と可愛い息子、そしてかけがえのない友達に囲まれている今、私はとても幸せです。
でも・・・これまで私が歩んできた人生は、自分で選んできた道とはいえ、相当馬鹿なことの連続でした。
両親の離婚、母親からの虐待、いじめ、家出、援助交際、結婚、離婚、出会い系。
そしてDV男との出会い。借金、浮気。
民事再生。
不倫。
なんだかダークな言葉の連続ですが、私が実際に経験してきたことです。
文章力に欠けるので、内容によっては読んでいて不快に思われる描写や、嫌悪感を抱かれる方もいらっしゃるかと思います。
そんな時は、優しくレスしてください(笑)
『ちょっと読みにくい』
『意味が分からない』
などなど・・・。
それでは、こんな私の話で良ければどうぞお付き合いください(^-^)
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★大金が入った母の生活は、益々派手になっていく。
仕事もうまくいっていたようで、勤めているお店の新店の店長を任されていた。
恋愛もそうだ。新居には付き合っている男性を連れてきて、私達と一緒に食事をしたり、買い物に行くこともあった。
会社を経営しているという母の彼氏は外車に乗っており、いつもセンスの良い服を着ていた。
紳士的な身のこなし一つ一つがスマートで、とても洗練されているように見えた。
何もかもが新しく洗練された新居の住み心地は抜群に良かったが、やはり母の機嫌が悪い時には突然手を挙げられたりすることがあった。
平手打ちだったり、拳で身体を殴られたり。
そうすると、母は気持ちが落ち着くようだった。
そして決まって
『アンタは黙っていればいいから。』
そう言うのだ。
私も、ただ黙っていれば事が終わるんだと思い始め、いつの間にか慣れてしまっていた。
★母が手をあげる時、そこに妹はいない。
私のピアノとサックスのレッスンは週末にまとまっていたが、妹は週の半分塾と英語スクールに通っていたので、平日母と私が2人になる時間はいくらでもあった。
機嫌が良い時は一緒に食事をして会話をするが、機嫌が悪い時は無言で私の部屋に入ってきて突然手をあげる。
『掃除機がかけられていない。』
『洗い物が残っている。』
『テストの点数が悪い。』
理由は様々だ。
手をあげない時は、食器を割ったり物に当たり散らす。
そして妹が帰ってくる前に割れた食器を私に片付けさせる。
・・・今でも考える。母はただストレス発散したかったのだろうか。
いまだに答えは見つからない。
★学校生活は楽しかった。
夏休みが終わると、3年生は部活を引退する。
私の憧れだったバスケ部の先輩の練習姿を見ることもなくなった。
その後は校内や帰り道で見かけるだけになったが、特に何も考えることはなかった。
友達の何人かは恋をしていたが、私は自分に自信が無かったし、学校と家のことで毎日がいっぱいいっぱいで、そんな余裕も無かった。
いつか私も素敵な恋ができたらいいな。くらいは思っていたけれど・・・。
そんなある日、部活が終わって帰ろうと支度をしていた時、同じクラスでバレー部の高橋君から声を掛けられた。
『よぅ。ココロー。』
『お、高橋。どうしたの?』
高橋君はクラスのムードメーカー。いつもふざけたことを言ってはみんなを笑わせてくれていた。
私と彼は小学校の5・6年と同じクラスだったので、中学に入ってからもくだらない話をしたりお互いからかったりしていた。
私の問いかけに、彼は少し気まずそうな顔をしたが、ニヤニヤしながら
『ちょっと時間ある?』
と聞いてきた。
『うん。少しならあるよ。』
そう答えると
『そっか。じゃあさ、あのさ、ちょっと来てくれる?』
変な言い方が気になったが、言われた通り着いて行った。
立ち止まったのは2年生の教室前。
2年生の教室に何の用があるのかと思ったが、その用はすぐに分かった。
教室の中には、高橋君と同じバレー部の2年生の先輩がいた。
★高橋君は私の顔を見ずに
『まぁ、あとは先輩から聞いてよ。じゃ。』
と言い残していなくなってしまった。
『え!うそ、ちょっと!』
私の言葉に手を振って去って行った彼の姿に一瞬ムカついたが、教室の中にいた先輩がすぐに廊下に出てきたので、それ以上は何も言えなくなってしまった。
その先輩は小野先輩。
1年生の女子で小野先輩がカッコイイと言っている子が何人かいたので、名前と顔は知っていた。
『来てもらってごめんね。俺2年の小野隆(たかし)。高橋と同じバレー部です。』
小野先輩は緊張していたのか、真っ赤な顔をしていた。よく見ると耳まで赤い。
『いえ・・・。』
私はどこに目線を合わせていいのか分からずに、いろんなところを見ていた。
『あのさ、ココロちゃんは彼氏とか好きな人とかいないの?』
『いません。』
『そっか・・・あのさ・・・急に驚くかもしれないけど、俺、夏休みの前からココロちゃんのこと気になってて・・・それで、もし良かったら友達からでいいから付き合ってもらえないかな?』
『え・・・。』
それから続く沈黙。
その時の私の頭の中はこんな状態。
(え!友達から付き合うって何!?夏休み前から私の事気になってたの!?いつ、どこで??全然分からない・・・もしかして、高橋と一緒にからかってるのかな??)
やがてその沈黙に耐えられなくなったのか、小野先輩が言った。
『すぐに返事しなくてもいいから・・・考えてみて。』
★これが私の人生初の告白された話。
その日は家に帰っても何も手に着かなくて、逆に母から具合でも悪いのかと聞かれてしまうほどだった。
夜には母の彼氏も来ていたので、母の機嫌が良かったのもあったのだろう。
私は小野先輩が言っていた『友達から付き合う。』意味が分からなくて悶々としたまま眠りについた。
次の日、教室に入るとすぐに高橋君が私の所へやってきた。
『おっす!昨日はごめんなー。』
ごめんと言いながら顔はニヤニヤしている。
『別に。』
『え、怒ってんの?』
私のそっけない返事に少し困った顔をしていたが、それよりも話の詳細を知りたくてウズウズしている方が強く伝わってきた。
私は何も話すことがないので、特に何を言うわけでもなくそのままやり過ごしたが、私が小野先輩から告白されたことはその日のうちにあっという間に噂になった。
私は誰にも話していないが、学生の頃のそういう話は特にあっという間に広まるものだ。
休み時間の度に女子達が代わる代わる聞いてくる。
『小野先輩に告白されたって、本当!?』
『どうするの?付き合うの?』
どの質問にもまともに答えられない。
昼休み、クラスで一番仲が良かった恵美子に相談してみた。
恵美子は『友達から付き合って。ってことは、まずは友達になって。ってことだよ。』と教えてくれた。
(友達になって、それでもし良ければ付き合ってってことなのかぁ。)
そう考えると、友達になるのは嫌ではないので断るのも変だと思った。
★それから数日後、私は小野先輩の自宅に電話をした。
(電話番号は告白された日に渡された。)
電話で『友達になるのは大丈夫です。』と伝えると、小野先輩は
『ホント!?ありがとう。あ、でもまだ無理に付き合うとか考えなくていいからさ。』と言って喜んでくれた。
私も小野先輩のテンションの上がりっぷりが可笑しくて、そのまま少し話し込んでしまった。
30分近く話した頃、電話代を気にかけてくれた先輩が掛け直すと言ってくれたが、その日はそこで電話を切った。
30分足らずの会話だったが、小野先輩の事が色々分かったような気がした。
それから小野先輩と仲良くなり始めると、今度は一部の女子達から陰口をたたかれるようになっていく。
最初は私も気付かなかったし、周りの友達も気にしていなかった。
でも、その陰口が段々エスカレートしていくことになる。
そのきっかけとなったのは、私が憧れていたバスケ部の3年生の先輩から告白されたことだった。
その先輩の名前は阿部隆弘(たかひろ)
私の事は夏休みに入る前から知っていたという。
アルトサックスを習っている子が吹奏楽部に入部してきたと、同じクラスの吹奏楽部の子が言っていたことがきっかけで知ったらしい。
告白されたのは学校の帰り道。
後ろから声を掛けられて振り返ると、彼がいた。
『ごめん、ちょっといいかな?』
彼にそう言われた時、私は既に心臓がドキドキして緊張していたと思う。
初めて近くで見る彼は、遠目に見ていたより断然カッコ良くて背も高く、声も低かった。
『あの、文化祭でサックス吹いてたよね?』
・・・その日の2週間前の文化祭、私は吹奏楽部の催しものに参加していた。
その時にソロで演奏するパートがあったのだが、その時すぐ近くで見ていてくれたと言う。
私は全く気が付かなかった。
そのことを話し終えると、彼は真っ直ぐに私の顔を見て
『その前からずっと気になっていたんだけど、あれで余計好きになったみたいなんだ。・・・もし、彼氏も好きな人もいないなら、俺と付き合ってください!』
と言って頭を下げた。
・・・まるで夢みたいだと思った。
★これには私も舞い上がった。
ただ見ているだけだった憧れの先輩が、今は目の前で自分に付き合って欲しいと頭を下げている。
その姿に胸がキューンとときめいた私は、今までただの憧れだと思ってしまい込んでいた気持ちは、恋だったことに気付いた。
これまで感じたことのない感情が全身から溢れだしそうだった。
本当はすぐにでも返事をしたかったが、小野先輩のことが頭をよぎったので
『あの、少しだけ、待ってもらえますか?』
と言って、その日はお互いの連絡先を交換して帰ることにした。
家に帰ってからの私は、完全にどうかしていた。
ずっと鏡を見てはため息をつき、食事も喉を通らない。
いつも通りの時間にベッドに入るものの、眠くならないし本を読んでも頭に入らない。
考えることは阿部先輩のことだけ。
会いたい。会って話がしたい。声が聴きたい。
何度もそう思っているうち、ようやく眠りについた。
★次の日、私は自分から小野先輩に電話を掛けた。
自分の気持ちを正直に話そうと思い、阿部先輩の名前は伏せて話をしてみた。
小野先輩は『そっかー。好きなことに気が付いちゃったんだな。じゃあ、俺は諦めないと。』と明るく振舞ってくれて、最後には『頑張ってな!でも、付き合ってたわけじゃないし、これからも友達なのは変わらないから、何かあったらいつでも相談してな!』と言ってくれた。
小野先輩の優しさに胸が痛んだが、『付き合ってたわけじゃない。』の言葉に救われたのもまた事実だ。
そのまますぐに阿部先輩に返事をするのも気が引けたので、少し間を空けようと思った。
それから1週間後、阿部先輩に返事をした。
★付き合い始めた私達は、お互いを名前で呼び合うことに決めた。
(※以降は阿部先輩→隆弘とします。)
お互い周りの友達にだけ報告したが、それでも2人のことはすぐに噂になった。
3年生、2年生の女子の中には、わざわざ教室まで私の顔を見に来る人もいた。
『ふーん。普通の子だね。』
だいたいがこんな感じのことを言って終わり。
最初はとても嫌だったが、そんなことも長くは続かないので気にしなくなった。
隆弘と話すのは、電話と学校の外。
私は部活があったし、隆弘は部活を引退してからは塾に通っていたので、電話で話したり彼が塾の帰りにうちのマンションの下に寄って話をする。そんな付き合いがメイン。
そもそも『付き合う』ってどんなことをすれば良いのか分からなかった私には、デートやお互いの家に行くということまでは考えられなかった。
ただ話をするだけで充分満足していたし、友達に『手繋いだり、キスとかしないの~?』なんてからかわれると、そんなこと恥ずかしくてとんでもないと思っていた。
隆弘は学年でも常にトップの成績だったし、受験するのも地区では一番の進学校。
勉強の邪魔はしたくないし、私も自分の習い事がある。
だから電話をするのも彼の塾の帰りに『会おうか。』と約束をするのも、いつも隆弘から言われるまで何も言わなかった。
そんな付き合いが2ヶ月近く続き、季節も冬になった。
★冬休みに入る直前のこと。隆弘に
『クリスマス、一緒にプレゼント見に行かない?』と誘われた。
生まれて初めてのデートに舞い上がったというより、混乱した(笑)
何を着ていけばいいの?
クリスマスプレゼント、私はどうすればいい?
お金はいくら持っていけばいい?
デートって、何時頃まで?
散々悩んだ挙句、当日は紺のダッフルコートにジーンズ。それに少しだけクリスマスを意識して赤いバッグを選んだ。
そしてその時一番のお気に入りだったラルフローレンのチェックのマフラーを巻いた。
財布には貯金箱に貯めておいたお小遣いを合わせて5000円。
隆弘へのクリスマスプレゼントも、その日一緒に見て買おうと決めた。
13歳の私にとっては初めてのデートで大冒険。
でも、当日マンションまで迎えに来てくれた隆弘がいつもより大人っぽくてオシャレだったので、私は自分の服装があまりにも子供っぽいことが恥ずかしくなってしまった。
『わ、私、こんな格好で恥ずかしいよ。3年生はやっぱり違うなぁ。私、やっぱり着替えてくるね!』
そう言ってマンションに戻ろうとした時、隆弘が私の腕を軽く掴んで
『何でだよ!大丈夫だよ!可愛いよ。』
と言って笑ってくれた。
★そのまま隆弘は私の手を握り
『よし、今日はこれで歩くぞ!』
そしてそのままグングン歩き始めた。
私は嬉しさと恥ずかしさで一気に顔が熱くなってしまった。
隆弘の手は、手袋なんかいらないくらい暖かくて心地よかった。
『本当はさ、クリスマスプレゼントだから内緒で選んでビックリさせようかと思ったんだけど、やっぱり欲しいものをプレゼントするのが一番いいかと思ってさ。』
『冬休みっていっても、毎日朝から夕方まで塾だから休みって感じじゃないよなー。』
『受験が終わったら映画とか遊園地に行きてぇ。』
隆弘も緊張していたのか、この日は普段よりもおしゃべりだった。
私もそれが楽しくて、彼の話をずっと笑顔で聞いていた。
それから2人でいくつかのお店を巡り、私はセサミストリートの目覚まし時計をプレゼントしてもらい、彼には手袋をプレゼントした。
★あっと言う間に夕方になり、お互い中学生の私達はもう帰る時間だ。
お互い自分の家族にはまだ内緒にしていたので、極端に帰りが遅くなるのはまずい。
私達はずっと手を繋いでいたが、帰り道はお互いなんとなく会話が少なかった。
少しでも一緒にいようと、いつもよりゆっくり歩いていたつもりだったが、あっという間にマンションの前に着いてしまった。
私は帰り際に寂しい雰囲気になるのが嫌だったので、隆弘の手を放しながら元気にこう言った。
『じゃあ・・・今日は楽しかったね!プレゼントもすごく嬉しい!今日から使うからね!ありがとう!』
隆弘もいつもの笑顔で
『俺も!すげー楽しかった!俺、手袋今ここで開けて使っちゃおうかな。』
なんてちょっとふざけて答える。
『あはは、それもいいけどね。』
お互い、どこかぎこちない会話。
そして
『あのさ・・・今・・・キスなんて、していい?』
隆弘は今まで見たことがない恥ずかしそうな顔をしながらそう言って、告白してくれた時と同じように、真っ直ぐに私を見た。
『え!キ、キス!・・・どこに!?どうやって!?』
なんて馬鹿なことを言ってしまったのかと今でも情けなく思うが、この時はついとっさに出てしまったのだから仕方がない。
私が上擦った声でそう答えたので、隆弘もプッと吹き出した。
『どこって・・・クチ。だろ、普通。それに、ここからじゃできない。』
彼のその答えに、なんて大人なんだと思ってしまった。
それにカッコ良すぎる(笑)
私が何も言えずモジモジして下を向いている間に、隆弘の靴が私の視界に入った。
今顔を上げれば隆弘がいる。そう思った。
『はい。もうここまできちゃったし。』
『・・・うん。』
『人、来ないかな。』
『・・・来るかも。』
『じゃ、顔上げて?』
『・・・緊張して上がりません。』
『俺だって緊張してるよ。』
『・・・じゃあ・・・上げます・・・。』
ギュッと目を閉じて顔を上げた。
・・・チュッ。
ほんの一瞬の出来事。
『・・・うぉ。恥ずかし!』
『・・・はは。私も。』
これが私のファーストキス。
★冬休み中は何度か隆弘の家に遊びに行った。
キス以上の事はしなかったが、今まで以上に仲良くなっていった。
隆弘の両親は2人とも弁護士をしていて、普段はどちらも帰りが遅いこと。
2つ上にお兄さんがいて、隆弘が受験する高校に通っていること。
将来の夢は、かっこいい刑事だということ。
そんな話を『家族全員優秀なんだなぁ。』と思って聞いていると、『ココロんちは?』と聞かれたので少し困った。
両親が離婚して、今は母と妹と住んでいることは伝えてあったが、いざ何か聞かれるとどう話していいのか分からなかった。
でも、隆弘には何でも話せる気がして、今までのことを話してみることにした。
隆弘は、優しい顔でうんうんと頷いて聞いていたが、母の話になると段々顔付が変わっていった。
それから話し終わったあと
『なぁ・・・それって、暴力なんじゃないの?ちょっと考えられないんだけど。』
『・・・やっぱり・・・そうなのかな?』
『暴力』・・・その言葉を誰かに言われるのが怖かった。
隆弘『うん・・・。だって、グーで殴るとか蹴るとか、何も言わずにいきなり殴られるとかさ・・・。』
私『最初は・・・私が悪いことしたから・・・。』
隆弘『それでも、普通はそこまでしないよ。』
私『そうなのかな・・・。』
隆弘『そうだよ。まず人を殴ること自体駄目だと思う。』
そのまま私は黙り込んでしまった。
★黙り込んでしまった私に気を遣った隆弘は
『まぁ、今はそんなことされないんだろ?もし今度されたら、俺に言いなよ。普通じゃ考えらんないしさ。』
と言って私の頭にポンと手を置いた。
『そうだね・・・今度されたら・・・話すね。』
・・・隆弘にはもう言えない。そう思った。
やはり母は普通じゃないのだ。
改めて人からそう言われるとショックだが、自分の中で母へ対する何かが少し変わった。
そして今度母が手をあげた時、初めてその理由を聞いてみようと思った。
★冬休みが終わり、隆弘も受験に向けてラストスパートに入った。
3年生全体がなんとなくピリピリしている感じだった。
そんなある日。
いつものように学校に着いて下駄箱を開けると、上靴が無かった。
誰かが間違ったのかと思い、自分の下駄箱の近くのクラスメイトに聞いてみたが、みんな自分の名前が書いてある上靴を履いていた。
・・・嫌な予感がした。
誰かが意図的にやったんだ。そう思うと朝から憂鬱で仕方がなかったが、とにかくどうにかしなくてはならない。
急いで職員室に向い、先生には上靴が壊れたからと言って新しい上靴を買った。
教室に入ると、恵美子が心配していた。
『遅かったから休みかと思ったよー。どしたの?寝坊しちゃった?』
『ううん。違うの。あのね、上靴がなくなってたんだ。』
恵美子の顔が一瞬で変わる。
『うそ・・・。』
『うん。だから先生に新しい上靴頼んでからきたの。』
恵美子は私の新しい上靴を見る。
『やだ・・・。誰がそんなことするの。』
『ね。ほんと朝から嫌だよ。』
恵美子も不安を隠しきれない顔をしていたが、何か思い付いたように
『そんなことするやつ、見付けたら今度はこっちがやっつけてやろ!』
と言って笑ってくれた。
その笑顔に私も救われて、その日は普通に過ごすことができた。
★それから徐々に、私の物が無くなったり、落書きされたりするようになる。
落書きの文字は、明らかに女の子の字。
私は恵美子以外にこのことは話さなかった。
やがてその犯人は2年生の女子だと分かるのだが、分かるまではいろんなことをされた。
掃除の後、ゴミを捨てに行こうと校舎の外に出て歩いていると、上から画鋲が降ってきた。
家のポストに私宛の手紙。封を開けると赤いペンで『死ね』と大きく書いてあった。
部活で使っていたアルトサックスに『バカ』『死ね』と傷が付いていた。
朝学校に着くと、私の机だけが廊下に出されていた。
そのうち、同じクラスの女子からも同じようなことをされた。
恵美子以外のほとんど子からの無視。
体育の時間は私だけいないもののように扱われ、ボールをぶつけられたり『間違った』と言って蹴られる。
恵美子が『いい加減にしな!』とキレてくれたことがあったが、そうすれば恵美子も何かされると思って『いいから、大丈夫。』と言ってやめてもらった。
私は自分に原因があるからそうされると思っていたし、何か悪いことをしたのなら教えて欲しいと本気で考えていた。
恵美子は『隆弘先輩と付き合ってるからだよ。みんなひがんでるだけだよ!』と言っていたが、本当にそれだけの理由なのか不思議でならなかった。
★学校に行くのが億劫で仕方がなかったが、恵美子がいてくれると思うと休めなかった。
しかし、恵美子は2年生になる前の春休みに転校してしまうことになった。
都会は転勤族が多いから仕方のないことだが、この時はとても悲しくて不安になった。
隆弘は卒業してしまうし、唯一の友達の恵美子が転校してしまう。
恵美子は『先生に相談しよう!このままじゃ駄目だよ!』と言ってくれたが、どこか冷たい感じのする担任には、どうしても相談する気になれなかった。
もちろん隆弘にも言わなかった。受験を控えているのに、余計な心配などかけるわけにはいかない。
結局私は誰にも相談せずにそのまま春休みに入ることになる。
隆弘は無事に志望校に合格し、恵美子は名古屋に引っ越して行った。
私は、2年生になった。
★春休みは隆弘と映画を観たり、街でデートしたり楽しい時間を過ごしたが、少しでも油断すると学校のことを思い出して憂鬱になった。
隆弘には余計な心配はかけたくないし、自分がいじめられていると思われるのも嫌だった。
ただ、家の中では沈んでいた。
それは母にもハッキリ伝わっており、母の機嫌が悪い時
『アンタのその顔見てると、こっちまで気分が悪くなるのよ。学校であったことなんか家の中に持ち込まないで。』
と言われたことがある。
それを聞いて、母は最初から聞く耳など持っていないことが分かった。
2年生になってクラス替えがあったが、状況はあまり変わらなかった。
恵美子がいなくなったことで、いじめはエスカレートした。
机の上に『すべった』と言って給食がぶちまけられる。
トイレに入っていると、上から水をかけられる。
傘を持って行けば焼却炉に捨てられる。
お弁当の日は1人で屋上へ続く階段で食べた。
担任も見て見ない振りだった。
また上靴が無くなった。
私は下駄箱に上靴を入れるのをやめ、毎日持ち帰った。
そして、家に帰っても何も手につかなくなってきた。
6年生になった妹は私立中学を受験したいと言って、毎日勉強している。
彼女はこの時既に『医者になりたい。』と言っていた。
母も、そんな妹に全力を注いでいた。
私が部屋で泣いていようと、食事が喉を通らない日があろうと、私にはまるで関心がないようだった。
★この頃には、父と兄に会うのも2ヶ月に1度あるかないかになっていた。
兄は第一志望の国立大に合格し、1人暮らしを始めていた。
やはり父も母も喜んでいた。
『親父と同じ仕事がしたいんだ。』
そう言って目標を持って進んでいると聞いた。
兄も妹も確実に自分の信念を持っているんだと思うと、自分だけ取り残された感じがしてまた落ち込んだ。
高校生になった隆弘も、毎日楽しそうだった。
男子校の生活は思っていた以上に楽しくて、自分には合っていると言っていた。
部活も中学と同じバスケ部に入り、彼はどんどん身長が伸びた。
会う度に大人っぽくなっていた。
サラサラとしてロングヘアで、スカートを短くした女子高生を見かけると、自分のことが子供っぽくてダサいと思えてならなかった。
『本当は、隆弘もあんな人と付き合いたいんじゃないのかな・・・。』
そんな不安もあった。
そして、いつもより部活が長引いた日。
帰りに、隆弘とロングヘアの綺麗な女の子が一緒に本屋にいるのを見てしまった。
★思わず隠れてしまった。
声を掛けても良かったのかもしれないが、笑顔で本を選んでいる2人の雰囲気がとてもお似合いのカップルに見えてしまい、隠れてしまう自分が情けなくて悲しくて、胸が締め付けられた。
夜に隆弘から電話があった。
何を話して良いのか分からなくてただ黙っていると
『どうしたの?なんか元気ないよ?』
と心配そうに聞いてくれたが、私は不愛想に
『別に・・・。』
と言ってまた黙ってしまった。
『なんだよー。どうしたんだよ。なんかおかしいぞ!』
今度は元気な声でそう聞いてくれる隆弘に、思い切って聞いてみた
『今日さ、学校終わってからどこか行った?』
『今日?うん、本屋に寄ったけど。』
『1人で?』
『うん。1人だよ。』
(・・・嘘だ。1人じゃないくせに。本当は女の人も一緒だったでしょ。)
そう聞けば良いのに、何も聞けないまま話を変えて電話を切った。
隆弘が嘘を付いたと思った私は、そのままベッドにうつ伏せになって泣いてしまった。
★部屋で泣いていると、母が部屋に入ってきた。
ベッドにうつ伏せになって泣いている私の姿をみた母は
『アンタまた泣いてるの?一体何なの?学校で何かあるの?』
と聞いてきた。
『別に何もないよ。』
と答えて顔を拭いた。そして机に向って宿題をする振りをした。
『だったらどうして泣いてんのよ。何かあるなら話してみたら?』
その時の珍しく優しい口調の母に、私も甘えたくなってしまったが、言えばまた私が悪いんだと言われて終わるだけだと思い
『最近、彼氏と喧嘩しちゃうんだ。それだけ!』
と笑って答えた。
春休み中に1度隆弘に会ったことがある母は、彼を気に入っていた。
『そう。まぁたまには喧嘩することもあるわよ。自分が悪いと思う時は、早く謝りなさいよ。』
母も笑顔でそう言って部屋を出て行った。
これでいい。
学校でのことは言ってはいけない。
★隆弘に嘘を付かれたと思い込み、学校でも居場所がないと思った私は、学校に行くのが本当に嫌になった。
今までは隆弘も学校に行っているのだから、自分も学校には行こうと自分を奮い立たせて行っていた。
だが、もうその意味もないような気がした。
それでも次の日、ノロノロと準備をして学校に行った。
・・・下駄箱がメチャクチャに潰されていた。
なんとかこじ開けたら、中にはゴミがぎっしり詰まっていた。
教室に入ろうとすると、女子たちが私の机を廊下に運び出しているところだった。
『げ!きたよ!』
『やばっ!』
そう言って教室の入り口に机を投げ出して逃げて行く。
自分で机を元の位置に戻す。
それを黙って見ているクラスメイト達。
悔しくて恥ずかしくて涙が出た。
この日は授業が始まっても、涙が止まらなかった。
先生も何も聞いてこない。
一日最後まで持ち堪えたが、私は決めた。
どうせ学校には私を心配する友達もいない。担任も面倒なことが減ったと思うだけだろう。
母にはすぐバレだろうが、それならそれでいい。
殴られるならそれでもいい。
私は学校に行くのをやめた。
★学校には連絡しなかった。
何かあれば電話がくるだろう。その時に言えばいい。
毎日母と妹は私よりも先に出るので問題は無かった。
家に1人になった私は隆弘のことばかり考えていた。
今日は電話がくるだろう。何を話そう。あの女の人は誰?友達?
もし『好きな人。』なんて言われたらどうしよう。
話をするのが怖い。
結局学校を休んでいる後ろめたさもあって、その日は電話がきても妹に頼んで居留守を使ってしまった。
学校からはお昼前に電話があった。
『病院に行っていました。電話できなくてすみません。熱が下がらないのでしばらく休みます。』
担任は『分かった。お大事に。』と言って電話を切った。
★学校に行くのをやめると、ピアノを弾くことも辞めた。
でも、サックスだけは吹いた。
その時だけは夢中になれる。嫌なことを忘れられる。
母と妹が家を出た後、部屋に閉じこもって本を読んだりボーッとしたり、サックスを吹く。
隆弘からの電話には妹に頼んで『具合が悪いから寝ている。』と言ってもらい、出なかった。
1週間、そんな生活をした。
それからすぐに、母にバレる。
案の定、勝手に1週間も学校を休んだ私に、母は当然の如く怒りまくった。
そして曖昧な返事しかしない私に、手をあげる。
殴られて学校に行かなくて済むのなら、いくらでも殴ってくれ。という気持ちだった。
妹はその時初めて、私が母に殴られているところを見た。
ただ黙って殴られる私と、鬼のような顔をして私に手をあげる母を見て、妹は身体を震わせて泣いていた。
『ごめん・・・。』
妹にはそう思った。
★『学校には自分から連絡しなさいよ!!』
殴っても蹴っても何も言わない私に、遂に母が根をあげた。
廊下に転がる私に向ってそう言い捨てると、妹を連れてどこかへ行ってしまった。
体中が痛かったが、私は初めて母に勝ったような気分だった。
ゆっくりと体を起こし、シャワーを浴びた。
鏡に映った身体には、思ったより痣はできていない。
でも、顔が紫色に腫れていた。
瞼はボクサーのように紫色に膨らんでいる。
唇も切れて膨らんでいた。
そういえば、途中から手ではなくて皮のスリッパの底になってたっけ。
スリッパでビンタされ続けると、こんな顔になるのか・・・。
すごいな。
そう思いながら軽くしかめっ面をしてみる。
ちょっと表情を作るだけで頬がビリリと痛んだ。
これじゃ学校に行けないな。と思ったが、そういえば学校には行かないんだったと思い出して少し可笑しかった。
シャワーを浴びながら、身体を洗おうと屈んだ時。
腰に激痛が走った。
後ろを向いて鏡で確認すると、腰が横一直線に裂けていた。
思い出してみると、ダイニングの椅子で殴られたことしか記憶にない。
傷の形的にも、ダイニングの椅子の淵の形くらいだ。
私が体を丸めている姿勢に椅子を振り下ろした時、ベルトの間に腰の皮膚が挟まって裂けたのだろうと勝手にそう思った。
とりあえず血を流そうと思いシャワーを当てたが、痛くて何度か休憩しながら済ませた。
シャワーを浴びて着替えてベッドに横になったが、痛くて眠れなかった。
何度か電話が鳴ったが、きっと隆弘だろうと思い出なかった。
そしてその日、母と妹は帰って来なかった。
★次の日、母と妹は帰って来たが私と話そうとはしなかった。
そんな状態が数日続いていた間、食事は自分のだけは作っていたが、母と妹は外食していたようだ。
2人が帰って来ると、私は部屋に閉じこもる。
隆弘からの電話も減っていた。
(もうこのまま駄目なんだろうな・・・。)
そう思っていたが、隆弘はそうじゃなかった。
隆弘と話さなくなってから2週間が過ぎた頃。
隆弘が家に来た。
顔を見たら胸が熱くなってしまい、とても追い返すことはできなかった。
まだ顔の傷が残っている私の顔を見て、隆弘はひどく動揺していた。
『どうしたの?それ。』
『はは・・・ちょっと。』
『お母さん?』
『んー・・・まぁ、そんな感じ。』
私は外に行く時につけていたマスクをつけて顔を隠した。
隆弘『電話も出ないし・・・。前の電話でなんか変だったしさ。何があるの?』
私『ごめんね・・・何でもないんだよ。』
隆弘『何でもないわけねーじゃん。つか、まずその顔なんとかしなきゃ。』
私『これでもだいぶ良くなったんだ。だから平気。』
隆弘『嘘だろ?これで?一体どんなことされたらそんな顔になんだよ。』
私『私が悪いことしたからさ・・・。ほんと、大丈夫だよ。』
隆弘『だから普通じゃないって!何とかしなきゃ駄目だよ!』
隆弘も段々興奮してきた。
私もなんとかして欲しいと何度も思ったが、どうすれば良いのか方法が見つからなかったからこうしてきたのだ。
それに、こうなった原因であること。
私は今学校には行っていない。
それを隆弘に言うことは嫌だった。
★『俺・・・親に相談してみるよ。』
隆弘がそう言った時、思わずしがみ付いてしまった。
『お願い!それはやめて!』
必死にお願いする私に向って
『じゃあ他にどうするんだよ。誰か大人に相談しなきゃ駄目だろ。』
隆弘は本気で心配してくれているんだ。
そう思うと嬉しかった。
だが、他人に知られるわけにはいかない。
私はとっさに
『お父さん・・・私のお父さんに話してみるから!』
と言った。
『お父さんか。・・・そっか。確かにそれが一番いいかもな。じゃあ、絶対すぐに話せよ。』
『分かった。話す。だから、隆弘は誰にも言わないで!お願い!』
『分かったよ。言わない。約束する。』
そう言って私の頭を撫でた。
(今なら聞けるかな・・・。)
隆弘と話したことで気持ちが楽になった私は、あの日、本屋で隆弘と女の人が一緒だったところを見てしまったと切り出した。
★隆弘は『なんだっけ?』というような顔をして聞いていたが、私の話を聞き終わると笑ってこう言った。
『あの人は塾で一緒だった人だよ。本屋で偶然会ったから話したんだ。もしかして、勘違いした?』
私はその話を聞いて下を向いてしまった。
自分はなんて馬鹿なんだろうと思った。
下を向いていると、隆弘が私の顔を覗き込んでくる。
『てか、何で声掛けないんだよ。ココロは俺の彼女なのにおかしいだろ!』
そうして私の頭をグシャグシャに撫でまわすと、ギュッと抱き締めた。
『も~・・・嫌われたのかと思ったよ・・・。すげー心配だったんだけど。』
『嫌いになんかなってないよ・・・ただ、私が勘違いしちゃって・・・私、こんなんだし・・・隆弘は高校生になってどんどん変わっちゃうし・・・。』
そう言いながら涙が出てきた。
相変わらず情けないことを言っている自分が嫌だと思ったが、その時は止まらなかった。
『なんだよそれー。そしたら俺だって同じだよ。ココロが他に好きなやつできたらどうしよ。とか考える時あるよ。』
『そんなことあるわけないよ・・・隆弘が大好きだもん。今日もっともっと好きになったし・・・。』
そして私も隆弘の背中に手をまわした。
★私はこの時初めて隆弘の背中に手をまわした。
今までキスはしても、抱き合ったりすることはしなかった。
手を繋いだり、肩にもたれかかることはあっても、抱き合うことは更に生々しいことのような気がして、できなかった。
私が手をまわすと、隆弘の腕に力が入った。
『ココロー。俺、ココロが大好き。』
そう言って思い切り抱き締められる。
『いたた・・・ちょっと力強すぎるよー。』
久しぶりに笑っている自分がいた。
隆弘が私のマスクを外して、キスをした。
いつもなら、軽いキスで終わるはずだった。
最初はそう。チュッと触れ合うキスだったのに。
2回目のキスは、今までの可愛いキスとは違かった。
舌が、ゆっくり入ってきた・・・。
『・・・んん!』
思わず目を開けて体を離そうとしてしまったが、隆弘は力を緩めなかった。
部屋が薄暗くなってきたせいもあって、隆弘の顔が良く見えない。
私もまた目を閉じたが、隆弘の息遣いが荒くなってきたことがハッキリ分かる。
(どうしよう・・・!怖い・・・!)
そう思う反面、隆弘の舌が自分の口の中で優しく動く感触が気持ち良かった。
そのうち、私も隆弘の動きに合わせるように舌を動かし始めた。
★ぎこちないけれど、お互いの舌がゆっくり絡み合う。
自分は何てことをしているんだろうと思いながらも、身体が熱くなっていくのを感じていた。
隆弘の右手が、少しずつ、ゆっくりと移動する。
その手が、まだ完全に膨らみ切っていない私の胸の上で止まった。
そして…優しく、フワッと包み込まれる。
『…んぁっ…。』
思わず声が洩れてしまった。
その声に驚いたのか、隆弘が
『ごめん…!痛い?』
そう言って体を離し、私の顔を見た。
『ん…ううん…痛くないよ…大丈夫。』
私は自分が出した声が恥ずかしくてたまらなくなり、思わず両手で顔を覆ってしまった。
★『ごめん!泣いてるの?』
顔を覆ってしまった私に、隆弘が慌てた様子で聞いてきた。
私は顔を覆ったまま
『違うの!泣いてないよ…恥ずかしいんだよ~。』
と答えた。
『俺だって…恥ずかしいよ…。でも、やっぱまだ早いよな!…うん、まだ早い!』
この時の隆弘の顔は見ていないが、隆弘の言い方で、彼も本当に恥ずかしいんだろうな。と思った。
『…だけど…すげー興奮した!』
『も~、やめてよ~。』
そうして2人で顔を見合わせて笑った。
その日はそれでおしまい。
私も隆弘が帰ったあとは、今日自分がしてしまったことを何度も思い出して恥ずかしくなった。
(でも…気持ち良かった…。)
本当はそう思う自分もいたが、気付かない振りをしていた。
☆---それから14年後---。
『あ…あっ…お願い…もうやめて…うぁっ…。』
『嫌だ…まだやめない…。』
彼はそう言うと、私の両脚を持ち上げて自分の両肩にのせた。
それが、私は一番弱い。
『お願い…もうっ…本当…に…あぁっ…駄目…あっ…!』
今夜はこれでもう何度目だろう。
私はガクガクと震えながら、彼の腕を掴む。
そして私が果てるのを確認すると、ようやく彼も自分を解放した。
…シャワーを浴びた後、ルームサービスで注文しておいたワインを開けた。
ホテルの最上階にある部屋。
目下に広がる夜景をぼんやりと眺めながら、私は煙草に火を付けた。
『煙草…まだやめられないの?』
彼はそう言って、ソファに座る私の前にグラスを置いた。
『やめられない訳じゃないけど…。』
(セックスした後は、吸いたくなるの。って言ってるでしょ。)
『今日は吸ってなかったから、徐々に減らして禁煙するのかと思ってたよ。』
『ん…。確かにそう。』
私はワインを口に含み、ゆっくり飲み込んだ。
『俺、これが今年初ボジョレー。』
『あ、そうか。アナタはそうだよね。』
『ココロは初日に店で飲んだだろ?』
『もちろん。ここ数年は毎年そうだもの。』
私は煙草を吸い終えると、再びベッドに戻った。
☆『あのさ、この前の話しだけど…。』
彼はベッドに横になる私の隣に座り、私の頭を撫でながら切り出した。
『本当に、真剣に考えてみて欲しいんだ。』
私は上体を起こして頬杖をつきながら答える。
『将来有望な刑事さんが、借金があって背中に刺青してる女を奥さんにするなんて、有り得ないわよ。…あ、援助交際もしてた。って付け忘れた。』
『…ぷっ、なんだよそれ。そう言えば俺が納得するような言い方みたいだ。』
私の言い方が可笑しかったのか、彼は少し笑っていた。
『ふふ…。だって本当のことじゃない。普通に聞いたら変な話しよ。』
『だからー、それが普通も何も、いいかどうかを決めるのは、俺達だろ?』
彼はそう言って私の髪をクシャクシャと撫で回しながらベッドに倒れた。
…昔と変わらない。
話しをしながら、最初は優しく頭を撫でて、最後にクシャクシャと撫で回す。
人に惑わされたり振り回されず、自分でしっかり手応えを掴みながら進もうとするところ。
だから、夢も叶えた。
『かっこいい刑事になりたい。』
あの時そう言っていた彼が、今また私の隣にいる
。
30歳になった隆弘は、刑事になっていた。
☆隆弘と再会した時、私は28歳になっていた。
昼間は建設会社のOL。
夜はクラブでホステスをしながらサックスを演奏していた。
最初は借金を返済する為に始めた夜の仕事だったが、いつの間にか本腰を入れるようになった。
元々グランドピアノを一台置いている、演奏スペースのある店だったが、ピアノ専属のスタッフは雇っておらず、週末やイベント時にアルバイトをお願いする程度だった。
私もピアノは弾けたが、人前で弾くことは考えていなかったので口にしなかった。
だが、オーナーの誕生日パーティーで私が余興にサックスを演奏した時。
オーナーやスタッフ達から
『ちょっと、店で演奏してみない?』
という話になり、最初はただのノリで承諾した私だが、これが思いのほかウケが良かった。
☆『ピアノとアルトサックスの生演奏を聴きながら飲める店がある。』
そんな口コミが広がり、興味を持ってくれた人の数だけ、客数も増えていった。
ホステスの時はカクテルドレス。
サックスを演奏する時は、男性スタッフと同じ白シャツに黒いパンツ。
それぞれメイクだって全く違う。
そのギャップも面白かったのかもしれない。
一体どんな人間なのかと、地元のローカル誌やフリーペーパーから、取材の依頼も増えた。
私は自分の顔を世間に晒すのは怖かったので、顔を出すことだけはずっと断った。
それに、自分は浮かれていられる人間じゃないと常々思っていた。
☆その時、私は民事再生の裁判中だった。
---2年半付き合った男は酷いDVで、浮気を繰り返し、金にもとことんだらしがなかった。
私がその男の子供を妊娠するまで、男は独身だと言っていたが、妊娠が発覚すると実は既婚者だという。
訳が分からない私に、子供を堕ろせと怒鳴りながら殴る蹴るの暴行を加え、最後に階段から突き落とされた。
出血をしながら『病院に連れて行って欲しい。』そう懇願する私に、男は更に暴力を振るった。
結局、お腹の子の命は助からなかった…。
私も全身の怪我と出血がひどく、10日間入院した。
誰にも相談もせず話しもしなかったので、全て1人で済ませた。
退院後、男は深く反省したと言って再び私の前に現れる。
離婚はまだしていないが、離婚に向けて話し合い中だと言って、私の部屋に転がり込んできた。
もう全てがどうでも良いと思っていた私は、男の好きなようにさせた。
あっという間に私の貯金を全て使い果たし、足りなくなると銀行や消費者金融から借りさせた。
何度か断ったが、その度に気を失うほど殴られた。
そのうち生きていることも意味がないと思い始め、全て男の言いなりになる。
行動を監視され、制限される。
そして、私にはもう金を貸してくれるところもなくなった。
☆私の利用価値がなくなると、最終的に私の部屋だけを利用した。
私が居ない間に女を連れ込む。
浮気を問いただすと、また殴られた。
…今までは金の為だけに私を必要としている振りをしていただけで、最初から私自身などどうでも良かったのだ。
ようやく目が覚めた私は、そこで初めて、失ってしまった我が子に対して誓った。
『自分から逃げてはいけない。受け入れて、立ち上がってやり直そう。』
☆そう決めた私は、その瞬間から強くなろうと前を向いていた。
もうこの男には屈しない。
男が私を利用したのは、私もまた、この男に依存していたからだ。
自分が弱かったから。
ただ、それだけのこと。
次の日、早速行動に移した。
私1人では出来ないこともある。
誰かに話すことが始まりの一歩だった。
…そして妹に、初めて打ち明けた。
☆妹は、話の最初から最後まで冷静に聞いていたが、電話を切る前
『私はいつでもお姉ちゃんの味方だよ。だから一緒に頑張ろう。』
そう言ってくれた。
それから妹と2人で綿密な計画を立て、妹に私の部屋へ来てもらった。
私は家族と疎遠だと思っていた男は、妹の突然の訪問に動揺していた。
妹は医者だと話してはいたが、実際顔を見るのは初めてだったせいもあり、男の今まで見たことのない外面の良さに笑えた。
そこで妹がこう言い始めた。
『お姉ちゃん、全然連絡よこさないから、みんな心配しちゃって。悪い男にでも引っ掛かってるんじゃないか~。なんて言ってるよー。』
『でも、こんなに素敵な彼がいるなら安心だね!あ、お姉ちゃんから話しは聞いてます。とっても頼りになる素敵な彼だって自慢してくるんですよ~。』
ニヤニヤと嬉しそうな顔で照れる振りをする男。
『あ、それでねー、そろそろ私も家を出ることにしたんだけど、どうせならお姉ちゃんと住もうと思って。今日はその話しで来たんだ!』
男の表情が変わっていく。
『電話で話すことじゃないと思って。それに実際家賃だって光熱費だって、折半だとお互い助かるじゃない?』
『それでさー、突然なんだけど、今日からお願い!』
男はポカンとしていた。
私も無理のない自然な返答をする。
『え~!今日から?あんたは相変わらず何でも突然だねー。まぁ断る理由もないから別にいいけど。ね?』
そう言って男の方を見た。
『いやいや~…そりゃ、駄目だなんて言う理由がないですよ~。』
…やっぱりね。外面だけは人一倍いいんだ。
その言葉を聞いた妹は身を乗り出して
『本当~!じゃあ早速彼氏も呼んじゃお~!今夜はみんなで飲も!決まりね!』
と言って、その場で電話を掛け始めた。
☆妹は電話を切った後、申し訳なさそうな顔をして
『ごめーん、彼氏に電話したら、彼氏の友達も一緒に来たい。って。…いいかな?』
私は男の方を見ながら
『え~?…どうしようかな~?』
と言ってみた。
案の定
『いや、全然いいよ!』
と満面の笑みでそう言った。
私も妹も笑いを堪えるのに必死だった。
それから数時間後。
妹の彼氏とその友達がやって来た。
そう、彼氏と友達。
『彼氏』は1人でも、『友達』は1人だとは限らない。
妹の彼氏は、『友達』を3人連れてきた。
私も大袈裟に驚いてみせたが、もちろん計画通りだ。
それから更に追い討ちをかける。
彼等の職業はそれぞれ『警察官』『弁護士』『医者』にしてもらった。
…実際その場に『弁護士』はいなかったが。
☆それからの時間は、男を除いた全員が計画通りの話題にアドリブのリアクションをしながら過ごした。
医者の彼がDVについて切り出し、警察官の彼と弁護士の彼が如何にも的な専門用語を並べながら熱く語る。
これには男も顔色を変えていた。
そして、もう居たたまれなくなったのだろう。
自分から
『じゃあ、自分は明日早いんで…そろそろ失礼します。』
(※本当は仕事なんかしていない。)
と言って席を立った。
私は玄関まで見送る振りをしながら
『どこに行くの?こんな時間に行くところあるの?』
と精一杯の演技で心配してやった。
男は
『車で寝るから大丈夫。』
と言って出て行こうとしたが、合い鍵を返してもらうまでが計画なので、とっさに妹を呼んだ。
『あ、ちょっと下まで送るから、鍵持って来てくれる?』
『え~?鍵?これ?』
そう言ってキーケースを持ってくる妹。
それを受け取って『あれ?家の鍵がない!』と慌てる私。
『そういえば、さっきみんなでコンビニ行った時、お姉ちゃんの鍵で締めたけど、帰りは彼の鍵で開けたもんねー。』
『どっかで落としたかも…。』
『探しに行きますか?』
そんなやり取りを見た男が
『いや、いいよ。俺の鍵渡すから。』
と言った。
『あ、そうだよね。』
全員がそう言って、私は鍵を受け取った。
…男がマンションの外に出て行ったのを上から確認する私達。
そして
『…ぷっ!』
『あはははは!!』
『あの顔見た!?』
私は心の底から笑っていた。
☆その後は1度も男に会っていない。
男は携帯も私名義で持っていたので、次の日解約してやった。
何度か私の携帯に知らない番号や公衆電話から着信があったが、全て拒否した。
それから少しずつ前進した。
借金を把握し、弁護士を探して相談をした。
消費者金融のカードは全て男が持っていたが問題なかった。
全ての返済をストップし、任意整理することになった。
必要書類の提出だけでも時間がかかったが、確実に前進していた。
弁護士の話しでは、月々の返済額はおそらく今までの半分以下になるだろうと言われた。
それから半年後に裁判の結果が分かり、弁護士が言っていた通り、月々の返済額はそれまでの半分以下になった。
それを3年で返済するということで決まった。
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