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サクラ( mR7jnb )
11/01/19 23:38(更新日時)

もしも…
もしも神様が本当に居るなら、聞いてみたい。 2人が出逢った事に 意味はあるのですか。 いつかは、この苦しさから解放されますか。 この苦しみしみから 抜け出せるなら 今までの29年間の記憶なんて全部無くしてもイイです。


※初めての小説です。 ド素人なので誤字脱字、文章もメチャクチャかも知れないですが、 宜しくお願いします。

No.1263709 10/03/04 21:10(スレ作成日時)

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No.1 10/03/04 21:18
サクラ ( mR7jnb )

トシ君と出逢ったのは
今から9年前。


私が20歳。
トシ君が26歳の時だったね。あの頃の2人は、



今が楽しければそれで良くて、周りの事なんて何も考えて無かった。


当時私は新婚。
トシ君は友達の旦那様。

No.2 10/03/04 21:32
サクラ ( mR7jnb )

私は19歳の時、半年付き合った彼氏と結婚。


結婚すれば、幸せになれると信じて疑わなかった、若かった私。


旦那22歳。
プロポーズも結婚式も
経済力も何にも無い、
おままごとみたいな
2人の生活は、結婚後数ヶ月て歯車が狂いはじめた。


結婚したら専業主婦になって、毎日、旦那様の帰りを待つ。
それが夢だった私。


毎日家に居る私に
旦那は「お前も若いんだから、もっと遊べ。」と言っていた。

私は遊びたくなんか無いんだよ。
友達と一緒に居るより2人で居たいんだよ。


そんな考えの私を
旦那は鬱陶しく思い始めた…

No.3 10/03/04 21:46
サクラ ( mR7jnb )

「今日疲れてるから。」
「そんな気分じゃない」
「頼むから、触らないで。1人にして。」


結婚して半年で
エッチしたのは2回だけ。キスは毎日してくれる。笑いながら会話もしてくれるのに……



「何で?」


「私の事、嫌いなの?」

まだ10代、大好きな人が隣に居るのに、触れ合う事も出来ない。
女としてのプライドと
どうしょうも無い程の寂しさ。



何度も泣いた。
何度も話し合った。
自分なりの努力もした。


全てが空回りだった。


追い詰める私に
逃げ出す夫…


次第に私も
旦那に求めないようになった。
期待もしなければ
落ち込まない。悲しくならない。

No.4 10/03/04 21:56
サクラ ( mR7jnb )

>> 3 ある朝、目が覚めると
枕元に丸まったティッシュがあった。


「1人でしたのか…。」


私が隣で寝てるのに。


何だか悲しくて
涙が止まらなかった。



愛情の無いセックスは嫌だけど、愛情があるのにセックスが無いなんて
有り得ない。
耐えられない…
あとどの位我慢したらイイの?
これからも、ずっと?
ずっとこのまま?



私の気持ちなんて何も知らずに
呑気に眠る夫の顔が
涙で霞んでた。

No.5 10/03/04 22:05
サクラ ( mR7jnb )

「気分転換に働きに出てみたら?」


夫への愚痴を聞いてた友達からのアドバイス。


「仕事かぁ。」


子供も居ないし
その予定すら無い私。



「働いてみるかなぁ。」


早速、求人誌片手に
電話をかけまくる。


勿論、夫は大賛成。
「お前も、少し外出た方がイイよ。」



決まったのは
ファミレスのウェイトレスでした。

No.6 10/03/04 22:12
サクラ ( mR7jnb )

久し振りの接客業。


仕事は疲れたけど
充実感の方が勝ってた。

職場では一つ年下の友達が出来た。


クミちゃん。


家も近所で
彼女も結婚している。
産まれたばかりの赤ちゃんが居るママさん。




クミちゃんとの出逢いが、これから先の私の人生を大きく左右する。

No.7 10/03/04 22:27
サクラ ( mR7jnb )

「今日、ウチに遊びに来てよ♪」



仕事にもよぅやく慣れた頃、クミがロッカールームでランチに誘ってくれた。


「まだ子供小さいから、外食より家ランチの方が楽だからさぁ」


「でも、旦那さん家に居るんだよね?大丈夫?」

クミの旦那さんは
夜BARで働くバーテン。
クミが働いてる昼間は家で子供を見てくれているらしい。


「大丈夫✌旦那もサクラちゃんに会ってみたいっていってるし♪」


「じゃぁ…お言葉に甘えて少しだけお邪魔しちゃおうかなぁ。」

No.8 10/03/04 23:17
サクラ ( mR7jnb )

「こんにちは。始めまして。」


クミの家に着くと
ハイハイを始めたばかりの瑞樹君と眠そうな旦那様が出迎えてくれた。



「こんにちは……」


じぃぃっと私の顔を覗き込む彼。

………
…………
ん⁉
あれ?
……
……


「俺…サクラちゃんを、どっかで見た事あるんだけど…。」


「私も…そんな気が…」

私…この人、多分知ってるんだよなぁ。
誰だろ…
どこでだっけ…
思い出せない~💧


「まぁ、取り敢えず、玄関じゃなんだし。上がってよ。」


2人の顔を交互に見ていたクミが先に部屋の中へと入って行く。


「そぅだね。どぅぞ、あがって。」


彼は瑞樹を抱き上げ、小首を傾げながら【ドゥゾ】と手招きしてくれた。


「じゃあ…お邪魔します」

No.9 10/03/04 23:32
サクラ ( mR7jnb )

この日は、大人三人は
デリバリーのピザを取ることにした。


クミは真剣な面持ちで
何枚もあるピザのチラシを眺めている。


「ずっとココが地元?」
「飲みに行ったりする?」


何とか私との接点を手繰ろうと、次々に質問が飛ぶ。



「え~~。でも絶対俺、サクラちゃんしってるんだよなぁ。」


なかなか接点が見つからずモヤモヤした様子の旦那様。


「そぅ言えば…サクラちゃん前は何の仕事だったんだっけ?」


ピザの注文を終えたクミが瑞樹の離乳食を作りながら聞いてきた。


「ん?一年位前はK市のガソリンスタンドで働いてたよ~。」


私は瑞樹の柔らかい手を握りながら答えた。


そぅ。
そのスタンドで夫である毅と出逢ったんだ。

No.10 10/03/04 23:42
サクラ ( mR7jnb )

「えっ⁉K市⁉」


クミが振り向いて、旦那様の顔を見ている。


「えっ?スタンドって、もしかして隣にコンビニあって国道沿いの⁉」

ちょっと興奮気味に旦那様が私に聞く。


………

あっ‼

………
『それだぁぁぁ‼』


三人の声が思わずリンクした。その声に驚いた瑞樹は、ビックリして泣き出してしまった。


「大きい声出してゴメンね💧ビックリしたよね。」


ハイハイしてママの足にしがみつく瑞樹を見て
三人で顔を合わせて笑った。

No.11 10/03/04 23:55
サクラ ( mR7jnb )

「俺、よくあそこのスタンド行ったんだよ!」


到着したピザを食べながら嬉しそうに話す彼。
クミ達夫婦は入籍後この家に越して来るまでの数ヶ月をK市で仮住まいしていたらしい。


「いやぁぁ~世間って狭いよね~。こんな偶然ってあるんだねぇ。」


確かに…
だんだんと思い出して来た。黒いワンボックスに乗ってた彼と、まだお腹の大きかったクミの姿。

毎日、何人もの人達と出逢って、そのまま記憶にすら残らず会うことも無くなる人もいれば
こうして、記憶の奥に仕舞われていながらも
また出会う事がある人もいる。


…巡り会いか…。

No.12 10/03/05 00:22
サクラ ( mR7jnb )

夕方になり自宅に帰宅した私は、夫に今日の出来事を報告した。


「凄いよね~、世間は狭いってゆぅか、とにかくビックリしたんだよ!」
「ふぅぅん」
テレビを見ながら
気の無い返事をする毅。

「それでね、今度は毅も一緒にみんなでご飯行こうよ。って言ってたよ」

「はっ⁉俺行かない」

こっちをチラッと見て
またすぐに視線はテレビに戻った。


毅は人見知りが激しい。
私の友達の前じゃ
ほとんど口を開かないくらいに。


「でも、クミ達も毅の事は知ってるんだし。一緒に行こうよ。」


今度は返事もしてくれなかった。



『無理って事か…』

ため息を着いてその場を離れた。

No.13 10/03/05 00:34
サクラ ( mR7jnb )

私は、夫も含めての家族ぐるみの友達付き合いがしてみたかった。


みんなで
ご飯食べに行ったり
バーベキューしたり、
花見したり
子供が産まれたら
お互いの家に子供を泊めあったり…


そぅゆぅのも
毅に求めたらダメなんだよなぁぁ。



少しずつ我慢する事が増えて、妥協して…
自分の気持ちごまかしながら生活してきた。



結婚生活に夢や理想ばかり抱いてた私は
現実とのギャップの大きさに戸惑い、苛立ちを感じるようになった。

No.14 10/03/05 00:47
サクラ ( mR7jnb )

毅は休日の度に家を空けるようになった。
「友達と遊んでくる」

「パチンコ行ってくる」

1人で居る事は
大して苦じゃない私。
1人暮らしの時に培った【自分の時間の楽しみない】を知ってるから。



でも、違うの。
一緒に過ごす相手がいない1人の時間と

過ごしたい相手が居るのに1人で居なきゃいけない時間は。


同じ1人の時間でも


寂しさが違う。
虚しさが違う。



「毅、私、寂しいよ。結婚して同じ家に居るのに。離れて暮らしてた結婚前の方が幸せだった…」

No.15 10/03/05 01:00
サクラ ( mR7jnb )

言いたい言葉をぶつける相手が、目の前には居なくて、その言葉は胸の中で膨らんで、涙となって溢れ出た。



『お前も若いんだから、もっと遊べ。』


いつかの毅の言葉が蘇る。



依存しすぎなのかな。


もっと色んな所に目を向けないと。




次の休みに
クミの家族と新しく出来たショッピングモールに誘われた。


「うん♪行く!」


たまには私も楽しもう。

No.16 10/03/05 01:14
サクラ ( mR7jnb )

「すっごい混んでるね」

日曜日のショッピングモールは家族連れ、カップルなどで大盛況。


瑞樹は旦那様が押すビーカーの中でキョロキョロと沢山の人が行き交うのを見ていた。


「あ~!この服可愛い」
思わず立ち止まって手に取る私。
リボンの着いたフリルのチェックのワンピース。
どれも私の好きな要素で、それらが一つになった集大成だった。


「可愛いなぁ。買っちゃおうかなぁ~♪」


1人でアドレナリンを大放出させてると
いつの間にかクミの旦那様が隣に立っていた。

No.17 10/03/05 01:27
サクラ ( mR7jnb )

「あれ?クミと瑞樹は?」

「瑞樹のオムツとミルクタイムでぇす。」


「あっ、ゴメン。そっか、気付かず興奮しちゃっててゴメンね💧旦那さんも一緒に行ってあげて下さい。私、この辺見てるから💧」


「てか、旦那さんって呼ぶの止めよ?俊樹って名前なの。」


あ~…そっか。


俊樹ね💧


何て呼ぶべきか。



「じゃあ…トシ君?」


「大概それ。みんなトシ君なんだよなぁ~。もっと面白いの考えろよ~」

いや…
無理でしょ。
だって私、ボキャブラリー貧しいもんで。

No.18 10/03/05 01:39
サクラ ( mR7jnb )

「サクラは顔が大人っぽいから、茶色の方が似合うと思うよ。」


ワンピースを指差して微笑んでる。


何て優しい目で
人を見るんだろう。


「うん。じゃぁ、そぅしようかなぁ。」


トシ君から目を逸らし
ワンピースを持ってレジに向かう。


「ソレ、試着すれば?」


「あ…。うん。」
何か…
何か変な感じだ、私。

トシ君をチラッと見て
試着室に向かう。


「カバン貸して。持ってるよ。」


そぅ言うと私のカバンを取り、試着室の前に設置された椅子に座った。

No.19 10/03/05 12:51
サクラ ( mR7jnb )

こんな風に異性とショッピングなんて、いつ振りだろぅ…


毅と付き合い始めて
一度だけ2人でショッピングに出掛けた事がある

でも
【人混みが嫌い】
【待つのが嫌い】
【歩き疲れた】

そんな事言いながら帰りの車内では、凄く不機嫌な顔してた。



それ以来、一緒に買い物は行かなくなった。




本当は
毅と一緒に
洋服選んだりしたいのにな…



ワンピースに着替えて
カーテンを開けると
クミと瑞樹が帰って来ていた。

No.20 10/03/05 13:02
サクラ ( mR7jnb )

「サクラちゃん、似合ってるよ~!」


クミが私を見て言った。

「あたしも洋服買いたいなぁ。…パパ、イイ?」

瑞樹をあやすトシ君に
クミが聞いた。

「じゃぁ、俺に選ばせてよ。」


妻の洋服を選ぶ夫。

イイナァ~…
二人を見て羨ましくもあり、何だか切なくなってしまった。




この日から
私達はヒマがあれば
一緒に遊びに出掛けたりご飯をたべに行くようになった。

No.21 10/03/05 15:35
サクラ ( mR7jnb )

夫との関係は何も変わらないまま
季節がまた一つ変わっていった。

ある日、具合の悪かった私は
仕事を早退して家に帰った。
玄関を開けると
なぜか夫の靴が・・

この時間に何故?

リビングからテレビの音と夫の笑い声が聞こえる。


「ただいま・・どうしているの?」

リビングのドアを開くと夫はソファでくつろいでいた。
私の顔を見るなり、一瞬バツの悪い顔をした。


「朝、確か・・仕事行ったよね?」


何も答えない。


「今日は、休みだったんだよ。職場に着いてから気づいたんだよ。」

No.22 10/03/05 18:06
サクラ ( mR7jnb )

またか…


直感で分かる。


「また…仕事辞めて来たんじゃないの?」


私から目を逸らしたまま
何も答えない夫。


こんな時、何も返事をしないのが、答えである事は私にも分かる。


「いつ?いつ辞めたの」

更に無言…


結婚して一年。
これで何度目だろぅ…


とにかく仕事が続かない。初日で辞めて来た事もあった。



「もぅ、疲れた。」


私は一言だけ残して
リビングを後にした。

No.23 10/03/05 18:44
サクラ ( mR7jnb )

ベッドに入ると
何も考えれず、そのまま朝まで泥の様に眠った。


私には頼れる実家はない

いつだって頼れるのは自分だけ。


【私が頑張ればイイ】


夫に期待するのは止めよう。お金がナイなら私が稼げば生きていける。


今までも、そぅやって生きてきた。
今更誰かに頼って生きていこうなんて、甘い考えは捨てる。


甘えるな…


強くなれ…


泣いたって何も変わらない。だったら笑え。
無理してでも笑うんだ。

No.24 10/03/05 18:50
サクラ ( mR7jnb )

昼間はファミレス。
時給もイイし
辞めたくはナイからな~


夜の空いてる時間に出来る仕事…
居酒屋かなぁ~



休憩室で求人誌を眺めていりとクミが驚いた様子で声をかけてきた。


「サクラちゃん、ここも…辞めるの⁉」


…そっか。求人誌なんて読んでたら、普通そぅ思うもんね。


「違うんだよ~実はさ」

クミに状況を説明し
夜働ける仕事を探してる事を伝えた

No.25 10/03/05 19:55
サクラ ( mR7jnb )

仕事も終わり
家に着くと毅は朝会った時と同じ格好で
ソファーでくつろぎ
野球中継を見ていた。




キッチンで夕飯の支度をしていると
私の携帯が鳴った。



知らない番号…


「はい。」


「あっ、サクラ?俺~…クミの旦那の…」


「えっ⁉トシ君?どしたの??」


何で私の番号知ってるんだろぅ…


「クミから聞いたんだけど、夜働ける所、探してるんだって?」


トシ君の働いてるBARで女の子が1人辞めたので、働ける人を探してるらしいして。時間も時給も文句無し。
送り迎えはトシ君がしてくれると言っていた。


悪い話しじゃナイけど
さすがに友達の旦那様とは、一定の距離は保っておいた方がイイ。

No.26 10/03/05 20:01
サクラ ( mR7jnb )

その場で断るのも
何だか気が引けて

「考えてみるね。」
とだけ伝えて
電話を切った。


条件的には申し分ない!
トシ君が友達の旦那じゃなきゃ、即答していた。


明日…クミに聞いてみようかな。
クミだって、さすがに、私達が一緒に働くのは嫌だろぅし…
上手く断る口実を
一緒に考えてもらおぅ。

No.27 10/03/05 20:09
サクラ ( mR7jnb )

「別に、イイんじゃない?サクラちゃんが嫌じゃなければ…」


次の日、クミに話すと
意外な答えが帰って来た。


「それ本音?クミは嫌じゃないの?」


「特には…それに旦那も困ってるみたいだし」


そぅかぁ…


クミもイイって言ってるし。働こうかな。


その日の内にトシ君と一緒に、オーナーとの面接を受ける事になった。

No.28 10/03/05 20:19
サクラ ( mR7jnb )

お店に向かう車内で
トシ君が驚く言葉を口にした…


「俺、店では結婚してる事言ってないんだ。」


…………???

なに?この人なんて言ったのかしら?


「クミと付き合ってたのは、みんな知ってる。子供の事も。ただ、バツイチって事になってる。」



………???
何の為に、そんな下らない嘘をつくの?
意味が分からない。


「だから、サクラは俺の直接の友達って言ってあるから。話し合わせておいてね。」


ただ頷く事しか
出来ない私。

No.29 10/03/05 20:35
サクラ ( mR7jnb )

その理由も、
働き始めて、だんだん分かってきた。



【トシ君はモテる。】


お店にはトシ君目当ての女性客が何人も居た。
その中の何人かは
実際関係を持った人も居るみたい。



実際、見た目もイイ。
身長も高く、スラッとしていて、顔はジャニーズ系の綺麗な顔。

指はゴツいんだけど
細くて長い。
一つ一つの仕草が
何か妙に綺麗で、何だか色気がある。


その癖、話し方は
おっとりしていて聞き上手。時々出る、変な訛りすら可愛く感じる。



ただ女性関係はだらしない様で、言い寄られる事は、まんざらではナイらしい。


だから。
嫁が居ると知られれば
遊べなくなるのが嫌で
嘘まで付いているらしい。

No.30 10/03/05 20:47
サクラ ( mR7jnb )

私は昼間は週5日勤務。
夜は週3日勤務。

週に1日だけは完全に休みになるようにしていた。
休みの日は溜まった家事に追われて1日が終わる。



そんな生活を始めて3ヶ月…夫の毅は相変わらず、仕事を始めては辞めてきて、パチンコに行ったり、フラフラしていた。

クミはあれから、店長と喧嘩をして仕事を辞めてしまった。今は職探し中だとか…
あんなに遊んで居たのに、最近では忙しくて
連絡すら取れずにいる。


クミと会わなくなってから、トシ君と一緒に過ごす時間の方が増えて行った。

No.31 10/03/05 21:12
サクラ ( mR7jnb )

「お疲れ様でしたぁ。」

長かった1日がようやく終わる。疲れた体を上に伸ばすと体中の力がドッと抜けた。


「ほぉい、おつかれぇ」カウンターの中から
気の抜けた声で
生ビールを私に手渡してくれたトシ君。


ウチのお店は
仕事が終わるとキャスト達に好きなドリンクを
一杯ご馳走してくれる。
オーナーは営業中から
すでに常連さんと飲んでいて、今では完全にイイ気分になっているのが傍目からでも感じ取れる。

ジンジャエールの瓶を片手に、私の隣に腰掛けたトシ君。2人でグラスを傾け乾杯した。

No.32 10/03/05 21:43
サクラ ( mR7jnb )

「明日ってサクラ休みだったっけ?」

明日は1日オフだけど。


「この後、ちょっと寄りたい所あるんだけど。時間遅くなっても平気か?」

近くにトシ君の先輩の勤めるBARがあるらしい。
「うん。私は平気だけど。それよりも寄り道なんてしたらクミに怒られるんじゃないの?」


「残念ながらクミも瑞樹も夢の中。朝までぐっすりだから。」


そりゃそぅだ。
普通は寝てるね💧この時間。


「んじゃ、早くビール飲んじゃえ。行こうぜ♪」

No.33 10/03/05 22:11
サクラ ( mR7jnb )

「この店は朝の5時までやってんだよね。」


繁華街の中心地にある、そのお店は、カップルがヤケに多かった。


店内は薄暗く
客席も一席ずつ余裕ある距離を取っており、ゆっくりくつろげる様に配置されていた。

各テーブルにはキャンドルが灯されていた。
流れるジャズと
ズラリと並ぶお酒のボトルは下からライトアップされている。


【お洒落すぎる!】


ウチのお店は
どちらかと言うとアットホームな感じ。
仕事終わりにフラッと一杯…って行ける感じ。



お店の空気に圧倒されているとトシ君が私の手を引いて席に座る様に促してくれた。

No.34 10/03/05 23:26
サクラ ( mR7jnb )

「それじゃ改めて乾杯」

カウンターに2人で並んで座り生ビールを口に運んだ。トシ君も今日は飲みたいらしく、帰りは代行を頼む気らしい。


「私、こぅゆぅお店始めて来たよ。素敵な所だね。」


素敵過ぎてさっきから挙動不審な私。
トシ君は、体を少しだけ私の方に向けて満足そぅに微笑んでいる。


「良かった。それだけ喜んでくれたら連れて来た甲斐があったよ。」


そう言って私の頭に手を乗せて、髪の毛をくしゃっと撫でた。


「サクラさぁ~、ウチのお客様からも凄い評判イイよ。笑顔で頑張ってるよなぁって。」


彼はニコッと笑うと私の頭をポンポン叩いて
前へ向き直した。


何だか照れくさくて
恥ずかしくて、何て返事をしたらイイのか分からなかった。

No.35 10/03/05 23:57
サクラ ( mR7jnb )

「よぉっす、トシ♪」

突然背後から声がした。

「あっ、誠さん、お疲れ様ですぅ。」


この人が、トシ君の先輩かぁぁ。
照英にソックリなちょっとイカツイ感じの人だった。


「あっ、この子はウチで今働いて貰ってるサクラです。」


私は椅子から降りて
誠さんに軽く頭を下げた。

「初めまして、サクラです。」


誠さんはニコニコして
「宜しくね♪ゆっくりして行ってね♪」
と言って、またホールに戻ってお客様の席へ挨拶回りを始めた。


ホールからは
誠さんの楽しそうな声が聞こえてきた。

No.36 10/03/06 00:13
サクラ ( mR7jnb )

私達は新しいドリンクをオーダーした。


「サクラはさぁ~、いつもニコニコ笑ってるけどさぁ、本気で笑ってる所、まだ一度も見たことナイんだよなぁ~。」


トシ君が私の顔を真っ直ぐ見つめながら呟いた。
まるで独り言みたいに。

「いつだって私、全力で笑ってますけどぉ~?」

私はトシ君の顔を見ないまま、真っ直ぐ向いたまま答えた。


「サクラはバカだねぇ。笑顔は力出して笑うもんじゃないじゃん?気付いたら出ちゃうモノでしょうが。」


……なる程。


「だから、サクラの目はいっっつも泣きそうな目してんだよ。」


……
何も言えない。
胸が苦しくなる。

No.37 10/03/06 17:45
サクラ ( mR7jnb )

「そぅかな?そんな風に見えるんだ…。」


これ以上は、何も言えない。もし、ここで、少しでも弱音を吐いたら
止まらなくなる。


全部吐き出したら
私はもぅ、1人じゃ立って居られないかもしれない。
甘えたくない。

この人には、これ以上近づいちゃいけない。



「そろそろ帰ろう?」

私から切り出した。
時計を見ると、もぅ4時30分を過ぎていた。


「そぅだな。」



お店を出ると、外は明るくなり始めていた。

No.38 10/03/06 18:08
サクラ ( mR7jnb )

家に帰るとクミからメールが届いた。


【旦那とさっきまで一緒に居たの?】


帰りが遅くなって心配していたのかも知れない。

【ごめん💧一緒に飲んでました。】


メールを返して、すぐに私は眠ってしまった。




目が覚めると、すでに夕方近くになっていた。


【ヤバい…】


携帯を開くと
着信6件
メール受信10件…



「嘘…💦」

思わず声が出た。


着信もメールも
全てがクミからだった。

No.39 10/03/06 23:02
サクラ ( mR7jnb )

慌ててクミに電話を掛けたが繋がらない。


「…着信拒否かぃ。」


クミからのメールを読み返してみた。


どぅやらトシ君との事を勘違いさせてしまったらしい。そりゃ、そうだ。逆の立場なら私だって疑う。



その時、ファミレスのバイト仲間から電話がきた。


「もしもし?」


「あっ、サクラちゃん⁉何か…大変な事になってるけど…クミちゃんが店に来てさぁ…」




……


クミはファミレスまで行き、「旦那を寝取られた!」と、凄い剣幕で騒ぎ出したらしい。
店内にはお客様も多数居たので迷惑になるから。と、店長がスタッフルームにクミを通して、今も2人で話してるみたい。

「サクラちゃん、本当なの?」


「…今から私も店に行くからぁ。」


質問には答えず
そのまま電話を切った。

No.40 10/03/06 23:33
サクラ ( mR7jnb )

スタッフルームに2人の姿はなかった。
店長の部屋で話しているよぅだった。
私は溜め息を吐きながら扉をノックした。


「…どぅぞ。」


扉を開けると
クミと店長が向かって座っていた。


「くみ……」

私の顔を見た瞬間、クミは立ち上がり私の頬に平手打ちをした。


店長も立ち上がりクミの腕を掴んで止めに入ってくれた。


クミは店長に押さえられながらも、私を罵り続ける。
私はただ黙ってクミの目を見続ける。


「黙ってナイで何とか言ったら?」


黙ったままの私に苛立ちながらくみが言う。

No.41 10/03/07 00:02
サクラ ( mR7jnb )

「誤解させたのは、全面的に私が悪いね。ゴメンね、クミ。」


私はクミに頭を下げて店長の方を向いた


「プライベートな問題でお客様や店長、お店の方達に迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
さっきよりも更に深く頭を下げる私。

「少し2人で話しをさせて頂けますか?」と頼み、私達は店長の部屋を借りて話し合う事になった。




「クミ…、何を根拠にココまで周りを巻き込んだ?」怒りがこみ上げてきた。


私は…
自分の居場所を壊されるのが何よりも嫌い。
感情に任せて、後先考えず行動する人間はもっと嫌い。


今度はクミが黙り込んだ。


根拠なんて、あるはずがナイ。だって私達の間には何もナイんだもの。


「クミ。不安にさせたのも、誤解させたのも本当に申し訳なく思ってる…ゴメンね。でも…何でココまでする必要がある?私に何をしたって構わない。それだけクミは不安だったんだと思うから。」


「でもね、この店も店長も周りの人達は全然関係ナイ話しでしょ??私達は、子供じゃないんだから。クミだってママなんだから。感情に任せる前に周りの迷惑考えようよ。」

No.42 10/03/07 00:21
サクラ ( mR7jnb )

「ふっ」
クミは私の顔を見て
一瞬ニヤリと笑う。


「偉そうに言わないでよ。何?自分が正しいみたいな言い方は…ねぇ、そんなんだから、あんたの旦那は、あんたを抱けないんじゃないの?」



「あんたのその態度。女としての可愛げゼロだよ。」


そぅ言うと、クミは自分の荷物を手に取り部屋を後にした。



1人部屋に残された私は、怒りを通り越して【憎しみ】に変わっていた。


クミ…あんた…地雷踏んじゃったね。
知らないよ、私。
あんたの大切なモノ、壊す事にしたわ…。


自分の大切なモノは壊さないように全力で守る。
でもね、守ってきたモノを壊されたら、私はどんな手を使ってでも相手にそれ以上の痛みを与えるから。

No.43 10/03/07 00:44
サクラ ( mR7jnb )

私はそのまま、その足でトシ君の居るBARに向かった。




「おぉ~♪いらっしゃい。どした?サクラちゃん」すでに上機嫌なオーナーが出迎えてくれた。


「たまにはお客さんとして、飲みに来ちゃいました♪」
私も笑顔で答える。


カウンターに1人で座ると、トシ君が出てきた。


「おっ、サクラ♪いらっしゃい。生でイイ?」


「うん。」


トシ君は今日の出来事を、しってるんだろぅか。何でこんな普通なんだろぅ。まさか、何も知らないの?
そんな訳ないよね。
クミはあんなに半狂乱だったんだもん。


「はぃ、サクラ!お待たせしました」


生ビールが目の前に置かれる。


「あっ。ありがとう。」

No.45 10/03/07 01:05
サクラ ( mR7jnb )

「サクラ…何か今日、変だな。何かあったの?」



三杯目のビールを飲んでいると、トシ君が心配そぅに聞いてきた。


【何か…って…嘘だよね?何も知らないの?】



「トシ君、今日時間ある?話したい事があるの。」


少し驚いた様子で


「話し?俺に??」
「えっ?何?何か怖いんですけどぉ。」

話しの内容に検討がつかないのか、不安そうな顔をする。


「その話し聞いたら、俺、泣いちゃうかも系?」

「いやぁ、泣きはしないでしょう(笑)」


トシ君が泣いちゃう話しって一体どんなよ?



「んじゃさぁ、俺、喜ぶ系?」


「喜ぶ要素はこれっぽっちもナイかな(笑)」


「すっごい気になるんですけどぉ。酒作り間違えたら、サクラのせいな!」

本気で不安がるトシ君が面白くて、つい口元が緩んでしまう。

No.46 10/03/07 10:45
サクラ ( mR7jnb )

トシ君の仕事が終わり
2人は近くのファミレスに入る。
お代わり自由のホットコーヒーを注文した。


「話しって?」


トシ君が私の目を見て心配そぅに聞いてきた。


「…うん、あのさ…クミの事だけど…」

「クミ?」



「昨日、帰ってから、クミに怒られなかった?」

「イヤ、別に。まぁ…遅かったね。とは言われたけどな。怒っては無かったけど…」



クミは何で、トシ君に何も聞かなかったんだろぅ。もし、トシ君に不安な気持ちぶつけてたら
あんなに爆発しなかったんじゃないの?

No.47 10/03/07 11:37
サクラ ( mR7jnb )

「クミさぁ、私達の事、誤解してるよ。寝取られたと思ってるみたい。」


「クミに…あいつに何か言われたの?」

トシ君の声色が変わる。


メールの事
職場での事を話した。



「サクラ…ごめんな。迷惑かけちゃって。」



「イヤ、まぁ私も悪いんだし。でも何で、トシ君には何も聞かなかったんだろぅね?」


何か考えてるトシ君。



「あいつさ。昔からそぅなんだよ…俺には何も聞かないんだよ。んで1人で妄想して、いきなり暴走しちゃうんだ。」


過去にも…何度かあったらしい。
BARの常連のお客様とも
店内でやり合ったのは
一度や二度じゃない。
その時は、クミともオープンに付き合っていて、お客様と、そんな関係になる事は無かった。


「毎日の様に来てたんだよ、クミは。お腹が大きくなっても。」

普通に考えて、その状況で、他の女に手を出すなんて無理でしょ。


力なく笑ってみせるトシ君。私は、何て言って言いのか分からなかった。

No.48 10/03/07 12:02
サクラ ( mR7jnb )

もともと、女癖の悪かったトシ君。
クミの事も何人か居る内の1人だった。
ただ、状況が変わったのはクミの妊娠。


「アイツが検査薬やった時には、もぅお腹も出始めて来た時で。」


その前から生理が来てない事に気付いたトシ君は検査を勧めた。
クミはそれを拒んだ。
「元々、不順なんだよ」と言ってたらしい。


病院に行った時には
赤ちゃんは6ヵ月になっていた。
選択肢はもぅナイ。


クミ以外の女とは全員手を切り、慌ただしく結婚した。


最初の1ヶ月は
トシ君の実家で暮らしたが、クミは家族と打ち解けようとせず、部屋から出ようとしなかった。



トシ君が仕事に行くときに一緒に車に乗って、BARに行き、仕事が終わるまで、カウンターに座り、ずっと待っていた。



お腹の大きな妊婦に
そんな不規則な生活は…と義母が心配しても
クミは聞く耳を持たなかった。

No.49 10/03/07 17:16
サクラ ( mR7jnb )

2人で暮らした方が良いんじゃない?そしたら、クミちゃんも気兼ねなく生活出来るでしょ。
と義母からのアドバイスもあり2人はK市にあるマスターが貸し出しているマンションに
新居が決まるまで住んでいたらしい。


「最近はあいつも落ち着いて来てたんだけどな。」



「そぅなんだ。」



「なぁぁんか…疲れちゃうんだよなぁ。俺…ずっと、これからも、この生活していくのかなぁ。」

うなだれるトシ君を見て
胸が苦しくなった。



分かる…分かるよ。

終わりの見えない不安。
我慢する事は
泣き喚くよりもパワーのいる事。

全部終わらせてしまえば楽なのにね。

全部捨てて、逃げ出せたらイイのにね。

No.50 10/03/07 20:45
サクラ ( mR7jnb )

「アイツさぁ、店で暴れたりしたろ?それで、店を出入り禁止にしたんだよ…」


常連さんを始め
お店のスタッフ
あの温厚なマスターまで怒らせてしまったらしい。


「そぅだったんだ。」


「うん…離婚した事にしてるのも、クミには言ってあるんだよ。」


それは…クミにとって
辛い事だったろぅ…
妻と言う座にありながら自分の存在を隠されて。


「だから、サクラの事が羨ましかったんだと思うんだ…。自分に出来ない事出来てるから。」


「八つ当たり的な部分もあったのかもしれない」

No.51 10/03/07 21:29
サクラ ( mR7jnb )

次の日、ファミレスに出勤すると、昨日の私とクミの話で持ち切りになっていた…


【もぅ…面倒臭い…】


毅の事…
生活費の事…
クミの事…。
そして今度はバイト…



全部が私の肩に重くのし掛かる。
もぅ、全てがイヤだった


仕事も何とか終わり、着替えて帰ろうとすると
店長に呼ばれた。



「大丈夫か?」

今日1日のお店の空気は本当に最悪だった。
みんなが好奇心と嫌悪感の目で私を見る。



【もぅ、嫌だ。無理。】

「店長…すいません…」

【もぅ頑張りたくない】

「仕事を…辞めさせて下さい。」

No.52 10/03/07 21:39
サクラ ( mR7jnb )

私は…


逃げ出してしまった。


立ち向かわなければいけないと、分かっているのに…
逃げたって何も解決なんかしないのに。


【もぅ、疲れた】



ベッドに入り目を閉じると、深い眠りに落ちた。

No.53 10/03/07 23:28
サクラ ( mR7jnb )

遠くから音楽が聞こえる。


【何?ウルサい…】

今、何時だろぅ。
寝ぼけた頭で考える。


【あ…携帯か…】



バックにしまったままの携帯電話を暗闇の中、手探りで探す。


着信3件。


トシ君からだった。


今は1時20分、仕事が終わった頃かな。

かけ直そうかとも思ったけど、今日はもぅ、誰とも話したくない。

そのまま携帯を閉じようとした瞬間に、
再びトシ君から着信。


どぅしよぅ…と迷いながらも、電話に出た。


「もしもし?」



「ゴメンな。寝てた?」

「うん。平気だけど…どぅしたの?」



「サクラ…?サクラ」


「ん?聞こえてるよ?」

「サクラ…会いたい」

No.54 10/03/07 23:45
サクラ ( mR7jnb )

胸が高鳴る。


「どぅしたの?」



「俺、サクラに会いたい」


ドキドキする
胸が苦しくなって息が出来ない。
頭がクラクラするよ…


「酔ってるの?今、ドコにいるの?」


「酔ってない。もぅ、お前の家の近く。」



ジャージにスッピン。
髪もボサボサ。
…まぁ…いっか。


「分かった。待ってて」

そのままの姿で
髪の毛だけ結んで外にでると、見慣れた黒いワンボックスカーが見えた。

No.55 10/03/08 00:16
サクラ ( mR7jnb )

いつもの様に助手席側に回りドアを開けた。


「お疲れ様。」


車に乗り込むと、トシ君は私の右手を握りしめた。


「ワガママ言ってゴメンな。来てくれてありがとう。」


私の手を握ったまま車を走らせた。


「ドコ行くの?」


「ん?俺の秘密基地。」

そう言うと繋いだ手を強く握られた。


「サクラってスッピンも大して変わらないのな」

「そんな事ナイでしょ。恥ずかしいから、あんまりコッチ見ないでよ。」

「恥ずかしい?何で?お前、結構可愛いとこあるんだね」


嬉しそうに笑いながら
車を停めた。

No.56 10/03/08 00:37
サクラ ( mR7jnb )

その場所は家から15分ほどの所で、海浜公園の裏手にある、人気のナイ駐車場だった。


トシ君は運転席の窓に背を向けて私を見る。
繋いだ手が、急に恥ずかしくなって手を放そうとした。


「トシ君?放して?」


手を更にギュッと握られた。私はトシ君の顔を見る事が出来ない。

「やだ。放さない。」



「やっぱり酔ってるんでしょ~」


ワザと明るい声を出して笑いながら顔を上げた。
トシ君と一瞬目が合った…その瞬間、体をグイッと抱き寄せられた。



【えっ?】
あまりにも一瞬の出来事で呆然とした私。


「俺、酒臭い?」


トシ君の胸に抱き寄せられたまま、首を振った。

No.57 10/03/08 00:54
サクラ ( mR7jnb )

腕の力で体を離そうと突っぱねる。
少し離れては、また抱きしめられる。


そのままの勢いで
助手席に倒される。
倒されるのと、ほぼ同時にシートも倒された。


「きゃっ」


驚いて思わず声が出た。


私の耳元でトシ君が囁く


「ゴメン。でも少しの間でイイから…このままで居させて…」


私は、返事をする代わりにトシ君の背中にそっと腕を回した。

No.58 10/03/08 15:38
サクラ ( mR7jnb )

抱き合った体から。
彼の温もりを感じる。
体の左右から心臓の鼓動を感じる。

私の心臓と
彼の心臓が
抱きしめ合って一つに重なる。


こうして誰かを感じるのは
いつ以来なんだろう・・

ずっと、温もりが欲しかった。

ただ抱きしめて欲しかった。

本当は、ずっと毅に求めていたのに。

いつから、求める事をやめてしまったんだろう。

求めなければ、傷つかない。

でも、体が離れると、心まで離れてしまう。

体の距離は心の距離・・

こんな事になる為に

結婚したんじゃないのにね。

幸せになる為に・・

この人なら・・って思って


永遠の愛を誓い合ったはずなのに・・・

No.59 10/03/08 16:07
サクラ ( mR7jnb )

自分が情けなくて

悔しくて

気づくと涙が出ていた。


「あっ、嫌だったよな。サクラごめん・・」

私が泣いているのに気づいて、私から離れようとする。

離れかけた背中を、今度は私が強く抱き締めた。

「お願い・・離れないで。」

「サクラ・・??」

顔を覗きこもうとされて、
私はトシ君の胸に顔をくっつけて
それを拒んだ。

「・・トシ君、温かいね。」
当り前の事なのに
そんな事すら忘れてたよ。

「サクラも温かいよ・・」

流れる涙を止める事が出来ない。

トシ君は私を抱きしめたまま

髪の毛を撫で続けてくれた。

私の前髪をかき上げて

おでこに優しくキスしてくれた。

おでこにキス

頬にキス

首にキス・・

 
目と目が触れ合う・・

唇に、トシ君の温もりを感じた。

No.60 10/03/08 17:03
サクラ ( mR7jnb )

ただ唇が触れ合っただけのキスなのに
心臓は撃ち抜かれたみたいに痛くなる。

トシ君の真っ直ぐな瞳の中に私が映ってる。
トシ君の瞳に映る私に問いかける。


【本当にイイの?】


でも、クミへの復讐心が消えた訳じゃない。

ただ、毅への愛が無くなった訳でも無い。

1つだけ確かな事は…
私は今この人を求めている。


この温もりを全身で感じたいと、求めてる。


再び、トシ君の唇が触れる。彼の瞳を覗く事はもぅ出来ない。
私も、そっと目を閉じた。




そして私の体は彼の全てを受け入れた。

No.61 10/03/08 17:54
サクラ ( mR7jnb )

後悔が無かったと言えば嘘になる。
でも、後悔だけが残った訳ではない。


「また明日ね…」


家に帰り着くと、
毅は、まだ眠っていた。
パジャマに着替えて
毅のベッドに入り込む。
【ゴメンね…】


「ん…お帰り…」


後ろから毅をキツく抱きしめた。


「ただいま…」


【ゴメン、ゴメンなさい】


「何かあったの?」



気付くとまた涙が出てた。


「何もないよ。」



そのまま私は、
毅の温もりを抱き締めて眠りに落ちた。

No.62 10/03/08 18:27
サクラ ( mR7jnb )

「おはよぅ。」


もぅ夕方だけど
これから仕事に行く私達にとっては、今からが1日の始まり。


「おはよう。」

そぅ言って、迎えに来てくれたトシ君の車に乗り込む。


今朝まで一緒に居た。

この車で2人で何時間も過ごした。

その唇に何度も触れた。
その指で…

その胸で…

その声を…



気まずさに、消えてしまいたくなる。


彼は優しく手を握ってくれた。


「手はココでしょ。」


そぅ言って握りしめた手を自分の膝の上に置く。

「サクラの事、好きだよ。だから、抱いた事、謝らないからね。」

No.63 10/03/08 21:08
サクラ ( mR7jnb )

「俺、お前が笑う顔みてみたい。出来れば俺がお前を笑わせたい。」


自然に笑う事…
いつか…出来るかな。



「トシ君ってさぁ、女の趣味悪いよねぇ…」

こんな女のドコがイイの?



「そぅそぅ。俺、磨けば光る原石が好きなの」



「つまり、お前は今、道端の石ころってトコだな」


「ひどぉい」


膨れた顔を見て

彼は楽しそうに笑う。


ケラケラ笑う姿が可愛くて、私も一緒に笑った。

No.64 10/03/08 21:22
サクラ ( mR7jnb )

その日も、私達は秘密基地に行った。


「ところで、何でココが秘密基地なの?」


「俺、家に帰りたくナイ時は、ココで1人の時間過ごしてんだ。」


車も滅多に来ない。
街灯も少ない。
こんな寂しい場所で
1人で時間を潰す姿を思い描いたら、何だか悲しくなってしまった。



「どぅしても、ダメなんだよ、俺。家に帰ると息苦しいんだ。」

だから、ココで

この場所で息抜きをする
そぅやって彼は、バランスを保っていた。


「そっか…。」


沈黙を破るように
彼の携帯が鳴る。


クミ…?


携帯を見たトシ君が
「出てイイ?」
と聞いてきた。


「どぅぞ。」

No.65 10/03/08 21:33
サクラ ( mR7jnb )

「ゴメン、今日行けないや…。うん、ごめんなぁ。」


電話はすぐに終わった。

「何か用事あったの?」

「あ~…うん。」

言いにくそうな姿をみてピンと来た。


「女のトコでしょ?」


「…うん。」


「ゴメンね。今から行ってきなよ。私帰るし…」

「イヤ、行かない。俺、お前と居る方が楽しいもん。」


「私は帰りたいの!!」

何でだろぅ…

分かってたのに。

彼には私以外にも女が居るって分かってたじゃない。

なのに…何でこんなに

イライラするの?

ヤキモチなんて妬きたくない。

No.66 10/03/08 21:55
サクラ ( mR7jnb )

「もしもしぃ、あっ、俺~。俺さぁ、本気で好きな女出来たから、もぅ遊ぶの止めたから~…ん~、まぁ…、お前も元気でなぁ。」


突然電話を掛け始める。電話を切ると同時にメモリーも消去していく。



「イイっっ!そんな事しなくてイイから…もぅ止めてよ。」

何故だか涙が出る。
トシ君の耳に当てた携帯を奪い取ろうとすると
そのまま腕を引っ張られ抱き締められた。


「あっ、もしもし~…」…


何件目だかも分からない。ただ、携帯を閉じたトシ君の姿で、終わった事が分かった。



「ねぇ、サクラ…これで俺の気持ち、少しは信じてくれる?」


「お前の事、好きなんだよ。」


「うん。」

涙でグチャグチャの顔でトシ君を見た。

No.67 10/03/08 22:05
サクラ ( mR7jnb )

「フフ…お前は~なんつぅ顔してんのさ。とにかく、鼻チーーンしろ。」

ティッシュを渡されて

私も泣きながら笑った。

「へへ…」


「こんな事して、後悔してないの?」
私は自分から彼に抱きついて、聞いた。


「何で?後悔なんてしないよ。これからは、お前だけが傍に居てくれよ」

優しく髪を撫でてくれた


私は、

私の涙腺は

彼と居ると緩みっ放しになってしまうらしい。

No.68 10/03/09 17:12
サクラ ( mR7jnb )

彼の事が好きなのか

この関係だから

好きなのか

私には分からない。


ただ面倒な現実の問題から逃げ出したかった。

彼と過ごす時間は

私にとって非現実的で

恋愛の甘い部分だけを楽しめた。


クミの存在も

毅の存在も

罪悪感すら、2人を盛り上げるスパイスになっていたのかも知れない。


でも、目を逸らして来た現実は、放っておいても改善される訳じゃない。


痛み出した歯みたいに

最初は小さな虫歯でも

放っておいて完治はしない。

自分でも気付かない内に
激しい痛みと

大きな虫歯になって

耐え難い苦痛を与える。

No.69 10/03/09 17:22
サクラ ( mR7jnb )

ある日、それは突然。


私の中に

小さな命が宿った。


毅の可能性も

僅かながら、ある。


新しい仕事を始めた毅は
その日、珍しく上機嫌だった。

2人でお酒を呑んだ。



酔っ払った勢いのまま、

私達は久し振りにした。


でも夫は、果てる事もなく

中途半端なまま終わった

付き合っていた頃は

中出しばかりしていた

避妊した事はナイ。

それでも、私は妊娠しなかった。


それが、こんな一回で?

果てる事も無かったのに
妊娠なんてするだろぅか

No.70 10/03/09 17:33
サクラ ( mR7jnb )

トシ君の可能性は大きい。


仕事中であろぅ、彼に電話を掛けた。


「大事な話があるの。」

仕事が終わったら会う約束をした。


【どぅしたらイイ?】


お腹に、そっと手を当てる。

何となく、出来てるかも。って予感はあった。


昨日の夜、自分の心臓の音がすごく大きく聞こえたんだよ。


だから、もしかしてって思ったんだよ。



【私の赤ちゃん】

【私達の赤ちゃん】


今、家の中には

私は1人ぼっちだけど

私のお腹には

小さな命が生きてる。

だから、私は1人じゃないんだね。

No.71 10/03/09 20:46
サクラ ( mR7jnb )

「赤ちゃんが出来たの」

「うん。」と頷くトシ君。

「もしかしたら、そぅかなって、思ってたよ。」


「赤ちゃんが、居るんだよ。ココに…」

トシ君の手を取って
そっとお腹に乗せた。


涙が出てくる。

せっかく授かった命。

誰からも祝福されない命
それでも、

私には愛おしい命




守りたいの。


この子に会って

抱き締めたいの。

愛してるよって伝えたいの

No.72 10/03/09 20:58
サクラ ( mR7jnb )

トシ君も泣いている。


「ゴメン。でも、産まないで欲しい。」


泣きながら首を振る


「心臓も動いてるんだよ。今も、お腹の中で、私と一緒に生きてるんだよ」


目に見えない命と

目に見える命

同じ命なんだよ。

その、違いは何…?

見えないなら

奪ってもイイの?

この命の決定権は

私達にあるの…?!



1人の命を守る以上に

大切なモノって何?

生きてさえいれば

人には幸せになる可能性がある

こんな、ろくでもない親でも、子供は自分の力でだって未来を切り拓いて歩いていける。

No.73 10/03/09 21:19
サクラ ( mR7jnb )

最低な女だと言われても構わない。


人間じゃない…と思われてもいい。


どんな事してでも

私は

この子を守る。

この子が、生きようとする限り。必ず…



「もしも、子供産んだら、俺達、離れる時が来るよ。俺はまだ…離婚は出来ないから…」



分かってた。

彼にも瑞希と言う、守るべき宝がある。


でも、私も守りたい。


たった一つの宝を…

No.74 10/03/10 20:20
サクラ ( mR7jnb )

「毅…私、妊娠した。」

「は?お前、何やってんだよ。」


私の浮気には
きっと気付いてたはず。
お腹の子も自分の子である訳がない…そぅ確信しての言葉だろぅ…


「何って…2人で作った子供じゃない。」


自分の子供だって証拠はない。でも、自分の子供じゃないって証拠もない

こんな時、男性は
「あなたの子供」って言葉を信じるしかない。


「あんな一回で?俺、イッてないし。」

「いかなくたって妊娠はするんだよ。実際、妊娠したんだもの。」


不思議と罪悪感は無かった


子供を産もうと決断してから、何度もこの場面を描いてきた。


最低な人間。

こんな騙し方するなんて人間じゃない…


人間以下の存在に成り下がったって構わない。
もっとも、友達の旦那に手を出した時点で


私は人間以下の
最低な存在だ…

No.75 10/03/10 20:31
サクラ ( mR7jnb )

「おろしてくれ。」


「私は産むって決めた。」


「無理だから…俺…今、好きな人がいる。」


それも知っていた。
夫にも彼女が居る事を。

「その人と、結婚したいの?」


「今すぐ、って訳じゃないけど…」




「じゃあ…三年まって。この子を産んで、働ける様になったら、私達離婚しようよ。」


子供を産む事と引き換えに、離婚する。



1人で育てて行けるのか
幸せに出来るのか


そんな事は
やってみなくちゃ分からない。
でも、いざとなったら、やるしか無いんだ。

No.76 10/03/10 20:49
サクラ ( mR7jnb )

「分かった…」

毅は、産む事を許してくれた。




お腹の子供は

何のトラブルもなく

順調に育っていった。


BARのお客さんも
大きくなるお腹をさすりながら、私達を見守ってくれている。



最近、毅はあまり家に帰らなくなった。

彼女と仲良くやっているのだろう。



トシ君は検診の度に貰ってくるエコー写真を、眺めては、微笑みあった。


人を騙して不幸にて
手に入れてる今の生活
心から幸せだと、感じる事は出来ない。


それでも、こんな親の元に宿った小さな命は
こんな私に笑顔を与えてくれる。

No.77 10/03/10 21:04
サクラ ( mR7jnb )

6月のある晴れた月曜日

その日の空は
絵の具の水色で塗ったような、とても綺麗な青空と、大きな綿菓子みたいな真っ白い雲が浮かんでいた。


気が遠くなるような痛みの中、

分娩室の窓から見えたこの空を、私はずっと眺めていた。




産まれた赤ちゃんは元気な男の子だった。
小さくてホヤホヤで
とても頼りなくて


でも、とっても大きな声で泣いたんだ。


私は産まれた我が子を
胸に乗せてもらい手を握った。

「初めまして、赤ちゃん。これから宜しくね。」
悲しくないのに涙が出るって初めて知ったよ。

こんな風に自然に涙って出るんだね。


生まれて来てくれて
本当にありがとう。

No.78 10/03/10 21:11
サクラ ( mR7jnb )

出産を終えて

私は病室に戻ると

毅は目を赤らめながら

座っていた。


「お疲れ様。」


その一言だけ言うと

病室を出て行った。



BARの仲良かった仲間に
出産の報告メールを送る
妊娠8ヵ月まで働いていた

お客さんもスタッフも

みんなが、この日を楽しみにしていてくれた。



トシ君とは、仕事を辞めてからは、会う機会が減った。
たまにご飯に行ったり
電話したりの関係。


トシ君にも出産を教えるメールを送った。

No.79 10/03/10 21:17
サクラ ( mR7jnb )

次の日から
退院までの間

友達や
BARの人達

お祝いを持って
沢山の人達がお見舞いに訪れてくれた。


ただ…
トシ君だけは
一度も顔を出さなかった


【これでいいんだ】
そぅ思い始めていた。


子供が産まれたのを機に別れよう…




実際、そんな会話をした訳ではない。
でも、出産してから
私達は連絡を取らなくなっていた。

No.80 10/03/10 21:38
サクラ ( mR7jnb )

子供の名前は優樹と名付けた。

優樹は、元気に育って行った。


優樹がハイハイを始めた頃、クミから手紙が届いた。


そこには

あのファミレスでの騒ぎに対する謝罪と
離婚した旨と
実家に戻る事
そんな事が書かれていた

【こんな事になったけど、今、私は凄く清々しい気持ちです。ようやく自分を取り戻せるって喜びが大きいです。】


最後には、そう締めくくられていた。



トシ君とは連絡を取っていなかったけど
BARの仲間から
時々、トシ君の情報は入って来ていた。


彼女が出来た事

結婚するって話してる事


【本気で結婚するのかな】

クミと離婚した事を知り
新しい彼女の存在が

急にリアルに感じて

胸が痛んだ…

No.81 10/03/10 23:26
サクラ ( mR7jnb )

>> 80 クミに返事を出そうかと、何度か手紙を書き掛けては捨てた。


今更、私にはクミと話す資格などない。



私は携帯を手に取り
見慣れたアドレスを開く。

【声が聞きたい。】


トシ君の声が聞きたい。


通話ボタンを押しかけた時、お昼寝していた優樹が泣き出した。


慌てて携帯を閉じ
優樹の元へと駆け寄った。


「ママ…マ~マァ!」

泣きながら、私の体に向けて手を伸ばす。


その小さな体を抱き締める。

「優君、おはよう」

優樹は嬉しそうに笑う



優樹と瑞希の顔は



よく似ている。

No.82 10/03/11 16:51
サクラ ( mR7jnb )

ある日、BARの常連さんから電話が入る。


みんなでバーベキューやるから、優樹と一緒においで。と、誘いの連絡だった。


みんな、家族で来るから。って言っていた。


【どうしようかな…】


悩みながらも
「じゃぁ、行くね。」
と答えた。


トシ君に会いたかった。
そんな気持ちもあった。
彼女の姿を見てみたい

そう思った私が居る。



このまま、関わり合わない方がお互いの為だと
分かっているのに

彼を忘れられない私が居る。

No.83 10/03/11 17:02
サクラ ( mR7jnb )

その日は朝からよく晴れた1日だった。


優樹と2人で
車にのってバーベキュー会場まで行った。
トシ君からは、相変わらず何の連絡もないまま、当日を迎えた。
私が行く事は、きっと知ってるはず…
最後の最後まで、
行かない方が…って気持ちと戦ってた。



ベビーカーを広げて
優樹を車から降ろす。

優樹は嬉しそうに
キャアキャア言って喜んでいた。



私はしゃがみこんで
優樹の手を握り
視線を合わせる。


【優樹…ママは、弱いね。ずるくて卑怯なママでゴメンね】


本当に会っていいの?
このまま、今ならまだ引き返せる。


【やっぱり、帰ろう】

No.84 10/03/11 17:26
サクラ ( mR7jnb )

そぅ思った時、誰かが私の肩を叩いた。


「サクラ…」


振り向くと、トシ君が立っていた。


「あっ、久し振り…」


トシ君はしゃがんで
優樹の目線に合わせた。

「優樹、大きくなったな!」


「…うん。」


トシ君は今、どんな気持ちでいるの?
この子を、どんな想いで見つめているの?


「トシ君、離婚したんだって?」
私は聞いた。


「あぁ、うん…。」


「今日、彼女は?一緒じゃないの?」


「後で、拓と一緒に来るみたい。」


拓は、BARのスタッフ。まだ大学生だ。
彼女は仕事があるらしく午後から、学校が終わった拓と一緒に来るらしい

No.85 10/03/11 18:41
サクラ ( mR7jnb )

「そっか。」


そう言って、私は優樹のベビーカーを押して
みんなの居る場所へと歩き始めた。


トシ君に会ってしまった以上、もう引き返す訳には行かない。


「サクラ…?ごめんな」

「何が?」


何に対して?

トシ君は離婚した。
あの時、優樹が出来た時は離婚は出来ないって言ってたのに。

私よりも今の彼女の方が大切だったの?

私よりクミより。


優樹よりも瑞希よりも?


言いたい言葉は沢山ある
責めたい。


でも、私には出来ない。

私も騙してる人が居る

トシ君だけを責める事は出来ない。

私だって同じ罪を抱えてるんだもん。

No.86 10/03/11 18:49
サクラ ( mR7jnb )

「優樹、大きくなったなぁ。前見た時は、お猿さんみたいだったのに」


みんなは優樹を見て
騒いでいる。
優樹はみんなに代わる代わる抱っこされて
声を出して喜んでいる。

私はその光景を
温かい気持ちになりながら眺めている。



その輪の中には
トシ君の姿もある。

話し方も
笑い方も

ちょっと癖のある歩き方も、何も変わってない。

変わったのは
心だけ。


久し振りに見た彼の姿に
胸が締め付けられた。

No.87 10/03/15 16:55
サクラ ( mR7jnb )

しばらくして
拓が来た。


拓と一緒に髪の毛の長いスレンダーな女性も来た。


「トシ~♪」

手を振りながら
ニコニコ笑って彼の元へと駆け寄る。


【この人が…】


可愛らしい人だった
だけど私は
この人が嫌い。
…好きにはなれない。


やめて。
彼に触らないで。
馴れ馴れしく彼の名を
呼ばないで。


醜い嫉妬心が沸いてくる


終わらせたはずなのに

でも、とめどなく沸いてくる醜い感情を
私は消す事が出来なかった。

No.88 10/03/15 21:10
サクラ ( mR7jnb )

その日から、また私の中でトシ君の存在が大きくなってしまった。


それでも、自分からは
決して連絡は取らなかった。
彼からも。
掛かっては来なかった。

No.89 10/03/15 21:29
サクラ ( mR7jnb )

優樹は一歳の誕生日を迎える事が出来た。


その日は、友人を招いて
誕生日パーティーをした

まだ歩けない優樹は

ハイハイしながら
嬉しそうに部屋中を徘徊しては、【おめでとう】の言葉を掛けて貰った。



パーティーも終わり
優樹は沢山の人に遊んで貰って疲れたのか
いつもより早く寝てしまった。


1人、リビングで優樹のアルバムをめくる。


産まれたての優樹
初めて微笑んだ顔
おっぱいを飲む優樹
寝返りの瞬間
下手っぴな、お座り…



ママの勝手で
優樹を産んだ。
沢山の人を裏切って、
優樹って宝物に出会えた


優樹ゴメンね。
でも、ママは…
優樹に出逢えて幸せなんだ。

No.90 10/03/15 21:35
サクラ ( mR7jnb )

日付も変わろうとした時に私の携帯が鳴った。



メール…


胸が苦しくなる



何かを待っていた私が確かに存在していた。



携帯を開くと
やはり相手はトシ君だった




【優樹、誕生日おめでとう。】



それだけの短いメール


それなのに
私は何度も読み返した
メール画面を見ては
彼の名前を見つめた。



【ありがとう。やっと一歳になりました。】


私は何度も打ち直して
ようやくメールを返した

No.91 10/03/16 17:48
サクラ ( mR7jnb )

携帯を閉じて
ソファーにもたれかかる

静かに目を閉じると
胸に熱い物が込み上げてきて、苦しくなった。



【本当は、トシ君からのおめでとう。の言葉を一番に聞きたかったんだ。】


本当は
一緒にお祝いしたかった
一緒に優樹の成長を
喜び合いたかった

優樹の事を一緒に考えて欲しい。




今まで、ずっと見ないようにしてきた自分の本当の気持ちと
私は初めて向き合った。


それは、凄く我が儘で
自分勝手で
汚い欲望だと思う。



でも。
それでも私は
私には…
彼の事が必要で
彼のあの手の平の温もりが、欲しくて仕方ないんだ…

No.92 10/03/16 18:07
サクラ ( mR7jnb )

🎀読んでくれてる皆様へ

初めまして。
何だかこんな小説(と言えるのか?)も、気付けば人気スレの仲間入りしてしまいました。
初めから読み返すと
本当に誤字脱字だらけで。
すいません💧


出来る事なら最初から
書き直したい位です💧

編集機能とかあれば
いいのに…💦



内容も不快な内容ですので、これを読んで気分を害されたり…とか、あると思います。

しかし、ここまで来てしまったので、

1人の弱い女、汚い心を持った女の話しを
最後まで頑張って書いて行きたいです。



読んでくれて
ありがとうございます。
また気が向いた時にでも、お付き合い頂ければ♪と思ってます。





🎀さくら🎀

No.93 10/03/16 18:24
サクラ ( mR7jnb )

膝を抱えて
携帯に手を伸ばす。



電話番号を呼び出して

後1つボタンを押せば彼に繋がる…



でも
親指が言うことを聞かない


私の心臓は
今にも壊れそうな位
ドキドキしている



頭の中では
会話のシュミレーションをする。


大きく息継ぎをして
私は
最後のボタンを押して
耳に当てた。

No.94 10/03/16 21:36
サクラ ( mR7jnb )

呼び出し音が聞こえない


「……あれ?」


えっ?
トシ君?


「も…もしもし…?」


「えっ?さくら?」


お互い同じ様なタイミングで掛けたから、呼び出し音がなる前に繋がったらしい。


「ホント気が合うな。」

さっきまでの緊張感も和らいだ。
頭に描いてたシュミレーションとは、程遠かったけど、その方が私達らしくてイイ。



「元気にしてたのか?」

「うん。元気だよ…彼女とは仲良くやってるので?」



「あ……うん。どうだろうな、何か…微妙だよ」


微妙…って言葉に
心が軽くなる自分がいる

「微妙って…?」


「う~ん、何かな。そんな事より、優樹は?元気なのか?」

No.95 10/03/16 21:55
サクラ ( mR7jnb )

「うん。優樹は元気!毎日うるさい位だよ♪」

彼女との事は
上手くはぐらかされた。私も、これ以上深くは追求出来ない。


トシ君に優樹の近況を話した。
優樹の事をもっと知って貰いたい。
愛おしいと思ってもらいたい。
彼女なんかよりも
優樹を大切にして欲しい


「優樹はさくらに似て騒がしそうだもんなぁ。」

ケラケラ笑いながら言う。
彼の可笑しそうな笑い声を聞いてると
私も自然と笑顔になる。




「明日は暇か?もし良かったら、3人で飯でも行こうよ。お祝いしたいし」


「うん。大丈夫だよ」



私達は
明日の約束をして電話を切った。



嬉しかった。
初めて3人で会える。

久し振りに…
トシくんの側に居れる。

No.96 10/03/17 01:53
サクラ ( mR7jnb )

優樹と私は
いつもよりも少し
お洒落をしてトシ君が来るのを待っていた。


「優樹、今日はママとお出掛けだよ。」


「ママ~。」


「ご飯食べに行くよ。お利口さんに出来る人?」


「あぁ~い」

優樹のお気に入り。
~出来る人?と聞くと
得意気な笑顔で片手を上げる。その時、首も傾けるのが優樹流。



「今日も、上手にお返事出来たね。」

そう言って、柔らかい髪の毛を撫でると
優樹は手を伸ばして抱っこをせがんできた。


約束の時間まで
あと少し…
さっきから落ち着かない。


そのまま優樹を抱きあげて、玄関を出た。

No.97 10/03/17 02:04
サクラ ( mR7jnb )

下に降りると
懐かしいトシ君の車が
やって来た。


「今電話しようとしてた所だよ。」


タイミングも合って
出だしは好調♪

トシ君の車には
瑞希が使ってたチャイルドシートが取り付けられていた。


「わざわざ付けてくれたの?ありがとう。」


そぅ言うと
トシ君は優しく微笑んで
私から優樹を抱き取り

愛おしそぅに
ギュッと抱き締めた。



「優樹、誕生日おめでとう。一歳だな!」


優樹は、仕切りに言葉にならないお喋りを続けてる。


チャイルドシートにそのまま乗せると
車は走り出した。

No.98 10/03/17 21:50
サクラ ( mR7jnb )

車が着いた先は
機関車の形をしたパスタ屋さんだった。


「あっ!マァマ!」
優樹はお店を指差して
歓声を上げる。

「優樹、ポッポーだぞ」

トシ君が優しい眼差しで優樹に教える。


「ポポー、ポポー!」

優樹は指差したまま
トシ君の口調を真似する

中に入ると
大きなボールプールや
滑り台、ジャングルジム
子供を遊ばせられる遊具が沢山あった。
遊具を取り囲むようにテーブルと椅子が並べてある。


「うっわぁぁ~!」
優樹は店内をキョロキョロと眺めては声を出した

「このお店凄いね!優樹も、凄い興奮してる。」

「な。優樹に喜んで貰えて良かったよ」



店内は平日の昼間なのに
ママさんグループで大賑わいだった。



私達も席に着いて
料理を注文した。

No.99 10/03/17 22:02
サクラ ( mR7jnb )

「優樹、おいで。」

料理を待つ間、
トシ君と優樹は遊びに行った。


優樹は、抱っこから下ろされると、ハイハイしながらお目当ての遊具に近寄って行く。


2人はボールプールに入り、ボールを投げている。優樹が投げたボールが、自分の頭に戻って来てぶつかるのを、ケラケラ笑い合っている。


私はテーブルに頬杖して2人を眺めた。



幸せな気持ち。
私が求めていた光景がそこにはある。
でも、その光景は
本物ではない。


嘘で塗り固まれた物である事も、ちゃんと知っている。


だから、悲しい気持ちにもなるんだ…

No.100 10/03/18 00:16
サクラ ( mR7jnb )

注文した料理が運ばれて来ると、三人で席に着き「いただきます。」をした。





パスタが食べ終わった頃、突然、店内のBGMが途切れた。

「えっ?何?どうしたんだろう?」


店内もざわめいた。


すると、またBGMが流れ出す。


【happybirthday】だ。

蝋燭が一本立てられたケーキが、ワゴンに載せられて、私達のテーブルに運ばれてくる。
優樹はキョトンとしている。
私は驚いてトシ君を見た
トシ君はニヤニヤ笑う


「優樹、誕生日おめでとうな。」


店員さんがテーブルに置いたケーキに火を付けてくれた。
少しだけ、店内の照明が落とされる。


「優樹、蝋燭ふぅってしてごらん。」

優樹は「ふぅ。ふぅ。」と真似しているが声をだしてるだけで火は消えない。

トシ君は優樹の後ろにまわり、優樹の「ふう。」の声に合わせてそっと息を吹いた。
火が消えると
店内からは「おめでとう。」の言葉と拍手が聞こえた。

No.101 10/03/18 00:26
サクラ ( mR7jnb )

「サクラも。一年間お疲れ様でした。」

トシ君は、そう言って
私の目を見て微笑んだ



胸に熱い物が込み上げる

私は、この人と一緒に居たいよ。
私は、あなたが、どうしても欲しいです。

いつか本物になれますか
三人で胸を張って、並んで歩いて行ける時は
くるのでしょうか…



「トシ君、ありがとう」

「今はこんな事しか出来なくてゴメンな。」


今は、って事は
今後はって事もあるのかな。言葉には出来なかったけど、
私はそんな淡い希望を
胸に抱いた。

No.102 10/03/18 16:52
サクラ ( mR7jnb )

その日、優樹は大はしゃぎで遊び、帰りの車内では寝てしまった。


「お前、新しい男出来たのか?」


突然の質問。


「出来てないし、作る気もないけど。」

相変わらずのセックスレスだけど、誰でもいいから抱いて欲しいって訳ではない。


優樹が産まれてから
毅とは完全に家庭内別居状態で、今では体の触れ合う距離にすら居ない。


「そっか、そうなんだ。」


「そっちは?クミとも離婚したんだし、再婚も視野に入れてるって聞いたけど。」



「再婚?ないね~。向こうは、結婚したいみたいだけどな。考たくもないかな…」


「そぅなんだ。」


その言葉を聞いて
なぜかホッとした私がいた。



結婚は考えられない程度の気持ちしかないんだ。
勝手にそぅ解釈した。


あの日見た、彼女の姿を思い出す。
トシ君の彼女として
堂々と隣に並ぶ姿。
悔しくて、悲しくて
その場から逃げる様に帰った私。


【でも、所詮は、その程度しか想われてない人だったのね。】

No.103 10/03/18 17:07
サクラ ( mR7jnb )

彼を好きになって

私はどんどん嫌な人間になっていく。


もう、人間でもないのかもしれない。


彼を好きな気持ちと

自分が嫌いな気持ちと

比例するように

どんどん大きくなって

私の体を占拠する。



側に居て

彼の笑顔が見れるなら

その温かい手のひらに

包まれて居れるなら

例え

その影で誰かが涙を流していても

私の目には映らない。

もう、何も感じない。





「私は…今でもトシ君が好きだよ。」


彼の顔を真っ直ぐに見て私は想いを口にした。


「でも、お前、旦那いるじゃん。」


離婚の約束まで後一年。

「今すぐに離婚は出来ないけど、離婚するのは話し合って決まってるよ。」


「そっか、俺もサクラが好きだよ。でも、お前に旦那が居て、俺は1人でってのは、やっぱり嫌だから…俺は彼女とも別れない。」

No.104 10/03/18 17:12
サクラ ( mR7jnb )

「じゃあ、私が別れたら、彼女とも別れてくれるの?」


トシ君はこっちを見て

「うん。」と頷いた。



「分かった。」

そう言って、私達は昔の様に手を握った。



幸せな気持ちだった。

自分にはまだ、夫が居ると言う罪悪感すら沸かない。


あるなは、早く離婚して
三人で仲良く暮らしたいと言ういう幻想だけ。

No.105 10/03/18 18:13
サクラ ( mR7jnb )

次の日、私は優樹を保育所に入所させる手続きに出掛けた。


当然、そんなにすぐ入れる訳でもなく

優先順位が高い人は
現在仕事をしていて
子供の預け先に困っていること。


私のように
これから仕事を探す人間は、いつになったら入所出来るのかも分からなかった。


本末転倒じゃないか…


本当に預け先がない親は
仕事だって探せない。
それとも、家に子供を残して働けと言うの?!


一通りの書類を貰って帰宅した。


就業証明書…
私は、その紙を持って
トシ君の働くBARに足を運んだ。

No.106 10/03/18 18:27
サクラ ( mR7jnb )

お店はまだ開店前。
仕込みや、開店準備でお店にみんなは出勤してる時間


私は駅のホームで
お店に電話を掛けた。


オーナーに状況を説明して、証明書に記入して貰えないか頼んだのだ。


「詳しい話はお店で聞くよ。もう向かってるんだろう?」


駅のアナウンスが聞こえたのか、オーナーは、そう言って、「気をつけて来るんだよ。」と言って電話を切った。



…こんなの間違ってる。

…分かってる。


でも、私にはお金が必要なんだもん。


他に、何かいい案はないじゃない…


それに…
今更、そんなイイコになって何になる?


最低な人間なんだから



とことん最低な人間になればいい。

No.107 10/03/18 18:37
サクラ ( mR7jnb )

お店に着くと
オーナーに奥の部屋に行くように促された。


カウンターの前で
歩く足を止める…



彼女が座っていた。


「サクラさん、こんにちは。」


振り向いて私に挨拶をする


「優樹くぅん、久しぶりだねぇ。」


そう言って、抱いてる優樹の手を握る。



【止めて、触らないで】

私は優樹を抱き直して
その手から優樹を離した。

「こんにちは。」


そう言って歩き始めると
また呼び止められた。


「オーナーと話す間、優樹君、見てましょうか?」

ニッコリ笑って訪ねられた


私はカウンターの中で仕込みをしていたトシ君と
一瞬、目があった。

No.108 10/03/18 19:40
サクラ ( mR7jnb )

「ありがとう。でも、大丈夫だから…」


私は目も合わせず
呟くように答えて、奥の部屋へと又、歩き出した


【何で、あの女がここに居るの?!】


昨日までの幸せな気分が隠されるように
暗闇に包まれる。




オーナーの向かい側に座った私は、電話で話した内容を再度、説明する。

「お願いします。こんな事頼めるの、オーナーだけなんです…」


オーナーは、少し困った様子で

「しょうがない…」

と言ってくれた。


万が一の為に
BARの店員としてではなく、会社の事務員として働いてる事にして、記入してくれた。


「ありがとうございます」


頭を下げる私の横で
何も分からない優樹も
真似してペコリと頭を下げた。


「優樹の為なら仕方ないよなぁ~、保育所で友達を沢山作らないとなぁ~。」

子供の居ないオーナーが、孫を見るような優しい微笑みで優樹の手を取った。

No.109 10/03/18 19:59
サクラ ( mR7jnb )

部屋を出て、店内に入ると開店準備を終えて
みんなで休憩していた。

みんなが談笑する、その中に彼女はいる。


彼女の隣には
当然のようにトシ君が座っている…


「千春さん、今日、仕事何時からっすか?」

拓の声もする。


「サクラもコーヒー飲んで行けよ」

後ろからオーナーが
声を掛けてくれた。

それと同時に
トシ君は私の分のコーヒーと、優樹にオレンジジュースを出してくれた。


「ありがとう。オーナー、頂きます。」


そう言って私は
みんなの居るテーブル席の端っこに座った。


「サクラ、今日電車で来たの?」
トシ君が聞いてきた。
「あぁ、うん。」


「サクラさんの家って、トシの家と凄い近いんですよね?」


彼女…千春が聞いてきた

「うん、まぁ。」


「じゃぁ、今度、あの辺、案内して下さいよ。安いスーパーとかあったら教えて下さい。」


なんで?

なんで彼の家の近所のスーパーなんて知る必要があるの…?




千春の屈託のない笑顔が私を、また暗闇へと導く

暗闇は
さっきよりも濃く、深くなって私を襲う。

No.110 10/03/18 20:52
サクラ ( mR7jnb )

「お前、今日の態度は何なんだよ!凄く感じ悪かったぞ。」


仕事が終わったトシ君から、電話が来た。
今日の、彼女に対する私の態度を怒っている。



「感じ悪い?当たり前じゃん!トシ君の彼女に愛想良くなんて出来ない。」


「彼女?俺が本気で想ってるのはお前だけ。お前が、旦那と別れたら、俺はいつだって、あいつと別れるよ。」


「彼女なんて形だけなんだよ。それなのに、お前は、そんな小さい事で嫉妬するような女じゃないだろ?」


そんな風に言われたら
嫉妬してる自分は
すごく小さい人間みたいじゃない…
彼には、そんな風に見られたくない


「うん。そうだね、次から気をつけるよ」



私は、そう言うしか出来なかった。
彼に捨てられたくなくて、彼の望むような女になりたくて。

No.111 10/03/18 21:26
サクラ ( mR7jnb )

数日後、

初めての試練の日がやって来た。
「 BARの開店記念日のイベントがあるから 店に顔出さないか?」 と誘われたのだ。


…勿論、彼女も来る。
それでも、私は断れる訳が無かった。



その日、お店はいつになく大盛況で、
顔馴染みの常連さんから、私の知らないお客さんまで、
本当に沢山の人が集まってきていた。
さすがに優樹は連れて来れない。と、毅に頼んで、優樹を寝かせてから家を出た。



店内に彼女の姿を探す。

なるべく、近づきたくはないから。

ポン。


誰かに肩を叩かれる。
「サクラさん、こんばんは。」


「あっ…」


…振り返ると千春が立っていた。

No.112 10/03/18 21:30
サクラ ( mR7jnb )

「今日は1人なんですね?優樹君はお留守番ですか?」
どこからか
トシ君の視線を感じる。
…気がする。


「うん。今日は留守番なの。夜遅いのに連れ回すとね…」
そう答えて、
微笑んでみた。
多分、上手く笑えたはず



「千春ちゃんは?今日は仕事休みなの?」


彼女は一駅先の24時間のファミレスで働いていると聞いた事がある。


「それがぁ…休みたかったんですけど、無理だったんですよ。あと少ししたら、出勤なんです。」

残念そうに俯く彼女を見て、私の心は浮き足立った。


「そっかぁ、残念だなぁ。今度は、ゆっくり飲もうね。」


私は残念そうな顔をした。


…つもり。


そのまま千春にバイバイをして店内の奥へと足を進める。

No.113 10/03/18 22:06
サクラ ( mR7jnb )

オーナーを見つけて
この間のお礼と
開店記念日のお祝いを話した。


「今日は優樹、お留守番かぁ。寂しいなぁ。サクラも、久しぶりに1人なんだから、ノンビリして行きなよ」


そぅ言うと
空いてるカウンターに通してくれた。


カウンターの中では
忙しそうに働くトシ君がいる。
慣れた手つきで
リキュールのボトルを次々に手に取り
シェーカーを振る姿。


何度見ても
やっぱり色気があって
格好良い…。


「サクラは何飲む?」


「私は…お任せで。」


何となく…
今日はトシ君に
選んで貰いたかった。


私の為のお酒を

私を想って選んで欲しかったんだ。

No.114 10/03/19 17:38
サクラ ( mR7jnb )

「これなんて、どうでしょうかぁ?」


私の前にビールジョッキを置く。

「今日はビールじゃ無くて他のが良かったんだよぉ」


ふてくされながら
ジョッキを掴む。


「大丈夫!そのビールに魔法掛けておいたから!」

「魔法ぉ~??」
思わず笑ってしまった

でもトシ君は
自信満々に私を見る。




一口飲むと、いつものビールとは違う事に気付いた。


「…?何か、飲みやすい。」



「だろぉ?!」
「魔法成功だな♪」

満足そうに笑って
彼は仕事に戻った。

No.115 10/03/19 17:53
サクラ ( mR7jnb )

私は同じカウンターに座っていた、仲良かった常連さんと久し振りに話をしていた。


すると、後ろから千春が近づいてきた。



「トシ!私、もぅ仕事行くからね。」


「おぉ。」
と言って作業中の手を止めてカウンターの中から手を振る。


「サクラさん、麻里さん、お先ですぅ。」


「仕事頑張ってね。」

私達は、軽く手を振る。千春の背中が見えなくなると、ようやく私の
息苦しさは消えた。


【今日は楽しもう…】


私はジョッキを空にして、お代わりを頼んだ。

No.116 10/03/19 18:01
サクラ ( mR7jnb )

「ねぇ、その魔法のビールは、何て名前なの?」


私のお代わりを作るトシ君に訪ねた。


ビールを半分入れて、
後は何を入れてるんだ?


「コレはねぇ【シャンディガフ】って言うんだよ。ビールとジンジャエール混ぜてんだよ」


ジンジャエール…
ビール…



私が働いていた頃に
お疲れ一杯で飲んでた


彼はジンジャエール
私はビール…

いつもカウンターに並んで乾杯してたなぁ。


2つ合わさると、
こんなに美味しいんだ。

なぜか、
とても幸せな気持ちになった。

No.117 10/03/19 21:20
サクラ ( mR7jnb )

お店は閉店の時間が迫って来ていた。
店内も、ようやく落ち着き始めた。


「サクラ、今日一緒に帰るだろ?」

「うん。いいかな?」

今日は、トシ君と
一緒に居たい。


「良かった。じゃあ、先車行って休んでなよ。」

そぅ言うと、優しく私に触れて車の鍵を渡された

私は、グラスに残ったお酒を一気に飲み干して
お会計を済ませ、車へと向かった。



優樹の事を考えた
優樹は寝てるかな…
泣いてないかな…


母親としての私が忠告する。

【今なら終電に間に合うじゃない。】



でも…久し振りにトシ君と2人になれるのに…

【大丈夫、毅が居るでしょ?今日位、羽伸ばしてもいいじゃない?】

女である私が、そう提案する。

No.118 10/03/19 21:32
サクラ ( mR7jnb )

「あ~…疲れた。」


「お疲れ様ぁ。」


温かい手の平にそっとふれる。


「じゃ、行きますか。」



私は、トシ君との時間を選んでしまった。
どこまで最低な女なんだろうか…

こんな自分は本当に嫌いだよ…優樹…ごめんね。

私の弱さもズルさも
汚さも、トシ君だけは全部知っている…
一番そばで見て来た人


私も彼も共犯者…
同じ罪を抱えている


こんな私を好きだと言ってくれる人…



今のこの私の過ちも
彼と共有する。

No.119 10/03/19 21:40
サクラ ( mR7jnb )

「久し振りに2人だな」

トシ君は私の手を握りながら言った。



車は家とは逆方向に走っている。
そうなる予感はあった。

…本当は、そうなる事を望んでさえいた。


「サクラ、今日時間まだ平気?」


この時が神から与えられた最後のチャンスだったのかも知れない。


大きな分かれ道だったのかも知れない…


愚かな私は差し伸べられた最後の糸に
気付く事すら無く


「大丈夫だよ。」


そう答えた。

No.120 10/03/19 21:58
サクラ ( mR7jnb )

車は、ホテルの駐車場で停まった。




エレベーターの中で
待ちきれない様に
抱きしめ合った。

見つめ合うと
何だか胸が苦しくて
苦しみの理由は考えたくないから、私はトシ君を力いっぱい抱きしめた。



部屋に入ると
シャワーも浴びずに
ベッドに倒れ込む。


「…トシくん…」
抱き締め合ってキスしてるだけなのに
息が荒くなる。


「…トシ君…好き…」

好き…好き…大好き…


言葉に出せば出すほど
気持ちが溢れてくる。

No.121 10/03/21 00:31
サクラ ( mR7jnb )

彼の指先が優しく触れてくる度に
私は少しずつ溶け始める。



私の体と彼の体が
ぴったりくっついて
このまま溶け合って一つになれたらイイ。


そしたら、
もう離れないで済むよ


ずっと
ずっと、ずっと一緒。




彼に抱かれるその間だけは、現実の煩わしさも
忘れる事が出来る。

他の事、何も考えられないの。



彼の温もりだけは
私の弱さも醜さも



私と言う存在を、
認めてくれる。

No.122 10/03/21 16:47
サクラ ( mR7jnb )

>> 121 「一緒に、お風呂入ろうか?」


私はいつの間にか
眠ってしまったらしい。

目を開けると
トシ君は私の髪を優しく撫でていた。

「お湯ためておいたから一緒に入ろう。」

私の手を握り
ベットから起すと、
二人でバスルームに向かった。

ふと、壁に掛かっている時計を見ると
もう夜中の3時になっていた。


「ごめんね。私、1人でねちゃった・・」

暖かいお湯に二人で向かい合って入った。
彼の手は私の体を優しく撫でてくれる。

No.123 10/03/21 17:06
サクラ ( mR7jnb )

「別に。お前が寝てる間、寝顔ずっと見ていられたし。」


そう言って
私の腕を引っぱると腰に手を回し
体の向きを変えた。
トシ君に背中を向けて
体を彼に預ける格好になった。


後ろから、抱きしめられると
彼の息づかいを感じる。
耳元で、彼の唇を感じる


「くすっぐたいよ。」

体をよじって逃げ出そうとするが
抱きしめる彼の腕からは
逃げ出す事はできない。

「もう、逃げらんないよ。」


彼の腕の中で
私は何度も壊されていく。
何度も、
何度も、
終わりのない闇が
私の体を支配する。


これからも。
きっと、ずっと続く
暗い闇の中。


彼が腕を離しても
私は、その闇から抜け出せずにいる。



彼が去った今も。


【もう、逃げられないよ・・】

No.124 10/03/22 21:09
サクラ ( mR7jnb )

家に帰ると
もう朝の7時を回っていた。

優樹はまだ眠っていたが
毅はすでに、仕事に行く準備を始めていた。

「ただいま。」


さすがに怒られるかと思った私は毅の顔を見る事が出来ない。
そのまま私は自分の部屋に入って行った。



暫くすると
部屋のドアをノックされ
「行ってくるから。」
とだけ声がして
玄関の閉まる音がした。

No.125 10/03/22 23:37
サクラ ( mR7jnb )

【このままじゃダメだ】


その日、私は改めて
離婚について真剣に考えた

私は携帯を手に取り
実家に電話を掛けた。


「はい。高橋です」


久しぶりに聞く母の声。
昔とちっとも変わってない

「もしもし。お母さん?私、サクラです…」


「あぁ…なに?」


電話の相手が私であると分かると、声色が代わる。


電話口で伝わる面倒臭そうな、怒っている様な母の声を聞くと、私は次の言葉を言い出せない。


【こわい…】
【もっと嫌われるかも】



「今、忙しいんだけど。何なのよ?」
ため息混じりに母は言う。

私も覚悟を決めて母に
離婚する事を伝えた。

No.126 10/03/23 17:27
サクラ ( mR7jnb )

「あっそぅなの。離婚するのは構わないけど。うちの家族に迷惑だけは掛けないで」

母は、【うちの家族…】の辺りで声のボリュームを上げた。


「分かってる。迷惑は掛けないから。」


「なら、いいけど。彩香も受験なんだし、あんまり家の中を引っ掻き回さないで」

そう言うと母は
電話を切った。


電話が切れた後も
しばらく私は
携帯を握ったまま、
ただ、込み上げる涙を
必死に堪えた。

No.127 10/03/23 20:14
サクラ ( mR7jnb )

こんな事で私は泣かない
泣きたくない


泣くことしか出来なかった、あの頃とは違う。

私は私の足で
いくらでも歩いて行ける。

親の支えなんて無くても
私は今までだって生きてきたんだ。



15歳、高校1年の夏に家を出てから、7年経った今も、私は1度も実家に入る事を許されていない。



優樹が産まれて、久し振りに両親に会った時も
実家の近くのデパートのフードコートで2時間位の会話をしただけ。


今更、頼ろうなんて思ってない。

【じゃあ、何で、何の為に電話したの?】


【本当は何て言って欲しかったのよ?】


【優しく、相談に乗って欲しかったんでしょ?】



私の中で
愚かな私を嘲笑う。

No.128 10/03/23 21:12
サクラ ( mR7jnb )

「ママァ~」


優樹が座っている私の膝によじ登って顔を覗きこむ。

「優樹、お外に行こうか」

今日は朝からずっと家の中に居たから、優樹は【お外】の言葉に喜んで
ニコニコ笑いながら拍手している。



車で20分程の場所にある大きな公園に着いた。
優樹を砂場に連れて行くと、スコップとバケツを持って遊びだした。



その時、携帯の着信音がなり、慌ててポケットの中を探る。


「おぅ、おはよ!」


「トシ君、おはよう。珍しいね、こんな早くに起きてるなんて。」

時間は午後1時。
夕方から仕事の彼は、普段は3時頃にならないと起きない。


「うん。何か天気良かったから、眩しくて起きちゃった。」


アクビ混じりで、まだ眠そうな声を出す。


「そっか。今日、天気良いもんね。」


私は空を見上げる。



気付かなかった。
今日は雲1つない快晴だったんだね。

No.129 10/03/23 21:25
サクラ ( mR7jnb )

「何かあったのか?」


トシ君の心配そうな声が
さっきまでの隠したはずの感情を再び呼び寄せる。


「なぁぁんも無いよ!」

わざと明るい声で言った。

「ふぅぅん。サクラ今どこに居るの?」


「優樹と一緒に公園だよ」

「おっ。そっか。場所は?」


私は公園の場所を答えた。

「俺も、たまには日の光でも浴びるかなぁ。」


そう言うと
「30分待ってて」と言い電話は切れた。


携帯をポケットに閉まって優樹とお砂のケーキを作った。


昔、母がそうしてくれたように。私も砂の入ったバケツを引っくり返し
ゆっくりとバケツを持ち上げた。

No.130 10/03/23 21:48
サクラ ( mR7jnb )

トシ君が公園に着くと
私達の回りには
沢山の崩れかけのケーキが並んでいた。


優樹は、山盛りのお砂ケーキを作る側から
スコップで「いたなきます。」と言って、満面の笑みでケーキを崩して行った。


「何か凄い事になってますなぁ。」

トシ君は笑いながら砂場の縁に座った。


「で?何があったのさ?」

太陽の眩しさに目を細めながら私に聞く。


「えっ?何も無いって。」

私は砂を弄りながら答えた


「ばぁぁか。お前の声聞けば、何かあった事位、分かるんだよ!」


「何それ。私のストーカーなんですか?」


思わず笑いが出る。


「そだよ。俺に隠し事しようなんて甘いんだよ。」


笑いながら砂場に入り
優樹を抱き上げて
砂場の外に連れ出した。


芝生の上で
優樹の服に着いた砂を落とし、靴の中の砂を捨てている。


私は1人、スコップを持ったまま、動けずに居る。



「ちょっと、あっちの方まで散歩しようぜ。」

私の返事は待たずに
優樹をベビーカーに乗せて移動の準備を始める。

No.131 10/03/23 22:01
サクラ ( mR7jnb )

お散歩コースは
沢山の緑と池のある遊歩道だった。
最初は「とり!」「ちょちょ!」と指差して笑って居た優樹もいつの間にか、静かな寝息に変わってた。


「ちょっと休むか。」


近くの自販機で
コーヒーを買って
池の側にあるベンチに座った。


「どした?何があった?」

私の左手を軽く握りながら彼が聞く。



「うん…何かね。何なんだろ。」


何から言えばいい?

この気持ちは

どんな言葉で表現すればいいのかな。



なかなか言葉に出来ない私を焦らせるでも無く

ゆっくり、ゆっくり、
私の心の中にある言葉を
彼は拾い上げてくれた。

No.132 10/03/23 23:27
サクラ ( mR7jnb )

私が家族の一員で無くなったのは、いつからだったかな。



私の両親は若くして結婚し、お互いの不倫の末に離婚した。

当時の不倫相手が今の母。
父は三人の子供を連れて、今の母が26歳の時に結婚した。その時、すでに、母のお腹には妹である彩花を身籠っていた。



26歳にして、突然4人の母になった。二人だけの新婚生活もないままに。
兄達は小学生。
私は三歳位。


子供は純粋さ故に、時に残酷な生き物。

次第に母から、そして家族から笑顔が消えて行く。



私達三人は、いつも誰かが仲間外れにされていた。
始まりの合図が出ると
私達は仲間外れの人間とは口を聞く事も許されない。

母の意に背けば
次は自分が、そうされる。

私達は、血を別けた兄弟なのに助け合う事さえ出来なくなって行った。


仲間外れは、いつ終わるか分からない。
数週間で終わる時もあれば、数ヵ月に及ぶ時もある。

No.133 10/03/23 23:52
サクラ ( mR7jnb )

私が、中学生になった位から、私にも意思が芽生えて来たんだ。


こんな家族はおかしい。って。もっと笑ったり、話し合ったり、お互い言い合いして、喧嘩しても最後に仲直りするのが家族なんじゃないのかな。って。


そんな事、言っても、母の心には届かなかった。

「所詮あんたとは血が繋がってないから。本物の家族になんてなれないの。」


そう言って、また、いつものゲームが始まる。

3歳の頃から育てて貰ってさ、前の母親の記憶なんて、殆んどないんだ、私。

記憶にある母は
酒に寄って暴れる姿と
綺麗に着飾って父が留守の夜に家を出ていく姿だけ。

だから、今の母親が私にとっては「お母さん」なんだ。血の繋がりなんて関係あるのかな。そんなに大切な事なのかね。


高校に入学してから私は
もぅ、怖がるの止めたの。
嫌な事は嫌って言うし
シカトされても、いいや。って開き直っちゃって。


敵が私になってれば
家族は平和だったんだ。
皆が笑ってた。
その中に私が居なくても、もう別にいいや。って思ってたんだ。

No.134 10/03/24 00:32
サクラ ( mR7jnb )

でもさ、私は自分の居場所がずっと欲しくて。
ただ普通に毎日笑って居たかったの。


私が私で居られるのは
学校で。仲間の前で。


居心地いい場所があるとさ
、あの家に居るのが苦痛で仕方無かった。玄関の前で、足が前に進まないの。
扉を開く事が出来なくて
ずっと立ちつくしてた。


夏休みになって、家出をしたの。小学生の時から仲良かった子の家に。
その子の親も事情は全部知ってたから、「帰らなくていいから。」って言ってくれて。うちに電話もしてくれたんだ。


最後に電話替わったら
うちの親は「あ、そう。元気でね。」ってだけ。


それから、学校も辞めて
仕事して、職場の人に保証人になって貰って1人暮らし始めて。


親とは手紙だけのやり取りはしてたの。
育てて貰って感謝はしてるし。やっぱり、私にとっては家族だったから。


忘れて欲しく無かった。
頑張ってるよって知って欲しかった。


まあ、全部がカラ回りだったけどね。

No.135 10/03/24 00:52
サクラ ( mR7jnb )

話し始めると
今まで溜めて来た物が
流れ出す様に
言葉が次から次へと出てくる。

トシ君は私の言葉に時々、相槌を打ちながら
背中を擦ってくれたり
涙を拭いてくれていた。



「今日、親にね、離婚の事を言ったんだ。でも、理由も聞かないの。」


…私は…
聞いて欲しかったんだ。
お母さんに。
どうしたの?って。




昔、怖い夢を見て、泣きながら母の部屋に行った。
まだお腹の大きかった母は
私を抱き寄せて
「どうしたの?」と優しく髪を撫でてくれた。

その柔らかな掌の温もりを感じながら、私は、気付くと眠ってた。


もう、あの頃の私は居ない
子供じゃないのに。



「バカみたいだね。もぅ大人なのにさ。結局、甘えたかったのかもね。」


優しくて温かいぬくもりが
私はずっと、ずっと欲しくて仕方なかったんだ。

No.136 10/03/24 15:35
サクラ ( mR7jnb )

トシ君は私の事をきつく抱き締めてくれた。


「そっか。お前も頑張って生きてきたんだな。」

私は子供みたいに声を出して泣きじゃくった。


「でも、お前はさ、お母さんの弱い気持ちも分かるだろ?」

そう言って私の体を少し離して
顔を覗きこまれた。
私は言葉が出なくて
首を横に振るだけだった。

分からない。
分からない。
お母さんの気持なんて
そんなの分からないよ。


「お前、分かってるはずだよ?」

優しく諭す様に問いかける。

「向き合う事から逃げたのはお前もお母さんも、家族みんな一緒だろ?」



・・・そう。
家族から逃げ出したのは私。
向き合う事から逃げたの・・
私も母も。

一生懸命だったんだね。
頑張りすぎて疲れちゃったんだね。

「うん。分かる・・」

認めたくなかったのかもしれない。
分からない振りして
いつまでも【子供】のままで居たかったのかも知れない。

No.137 10/03/24 15:59
サクラ ( mR7jnb )

「お前は今までさ、しなくてもいい苦労してきた。
でも、それは、絶対に無駄にはならないから。」

今まで生きて来た事。
経験した事
沢山の涙を流した事。

何度も行き詰った。
立ち止まって
後ろを振り返った事もある。

汚いことも沢山やってきた。
色んな人を傷つけて来た。

それでも

沢山の失敗や後悔が今の私を作っている


どれか一つでも欠けていたら
今の私は居なかった

今、私の周りにいる人を
出会えていなかったんだ。

No.138 10/03/24 20:52
サクラ ( mR7jnb )

「ありがとう。トシ君に話したら、スッキリしたよ」

「うん。あんまり1人で抱え込もうとすんなよ!」


私達は手を取り合って車に向かって歩き出した。


今まで、こんな話しをしても、同情されるか
家族を悪く言われるか…だった。


でも、トシ君は違った。

一番欲しかった答えに彼は気付かせてくれた。


「本当にありがとう。大好きだよ。」

腕に抱き付いて笑いながら歩いた。


私はトシ君が好き。

凄く好きなの。


だから、絶対に、この手を離さない。



絶対に。

No.139 10/03/24 21:09
サクラ ( mR7jnb )

それから暫くして
優樹の保育所の入所が決まり、私はパチンコ屋で働き始めた。


離婚に向けて、一歩ずつ前に進み始めた。
トシ君とは、三人で会ったり、時には二人で会う事もあった。


ただ、私は、トシ君の家に呼ばれた事がなかった。
二人で時間のある時は
ホテルに行き、体を重ね
時間のない時は車の中が多かった。


嫌な予感は勿論あった。


でも、トシ君に確かめる勇気がなかった。


家に行きたい。と言った時、「凄く汚れてるから。」と断られて以来、私は、その言葉を信じるしかなかった。信じていたかった。

No.140 10/03/24 21:23
サクラ ( mR7jnb )

ある日、優樹を連れて出掛けた帰りに、私は何気なくトシ君の家の前を通った。

時間はもう8時を回っていた。当然、トシ君は仕事中。


なのに、家の電気が付いてる…

消し忘れたのかな。


そう思いながらも
嫌な予感はどんどん大きくなる。


反対側の窓まで見に行くと窓が空いている。


中から千春の姿が見えた。


私は急いで家に帰った。
まるで、そこから逃げ出す様に。



遊びに来ていただけ?

それとも…?


確かめたい。
でも、怖い。聞けない。


この時には、もう、私の中でトシ君の存在は
大きくなりすぎていた。


家族の悩みを打ち明けて以来、私は、急速に彼に依存して居た。

No.141 10/03/24 21:43
サクラ ( mR7jnb )

私は、次の日優樹を連れてトシ君のBARに遊びに行った。


案の定、千春はカウンターに座っていた。


私は千春の隣に座る。


トシ君は驚きながら私達を見た。


「サクラさん、久しぶりですね!優樹君、歩ける様になったんですね。」


「うん。保育所入る頃にようやくね。歩き始めたの」


「あぁ、トシから聞きましたよ~、サクラさんも働き始めたって。」


やっぱりダメ。
イライラする。

気安くトシとか言わないで!私と千春がトシ君を共有している事実が
こんな時、凄く思い知らされる。


「あ~私も早く赤ちゃん欲しいんですよ。でも、なかなか出来ないんですよ。」


そう言って、「ねっ?!」と言いながら千春はトシ君の顔を見た。

No.142 10/03/24 21:58
サクラ ( mR7jnb )

やっぱり。
やっぱり嫌だよ。
私、トシ君には誰にも触れて欲しくない。


私以外を見ないでよ。


付き合ってたら、当然の行為だろうけど。

赤ちゃんって?


別れるつもりで居るんじゃなかったの?


やっぱり割り切れない。
こんなの嫌だよ。



千春は悪びれる事なく
話を続ける。


「一緒に住んでから結構、経つんですけどね。未だに近所に友達も出来なくて。あの辺、子供も多いし、早く私も仲間入りしたいんですよね。」


一番聞きたかった言葉
でも知りたくなかった現実

その後、私は何て千春に声を掛けたのか
どうやって家まで帰ったのか思い出せない。


気付くと真夜中のベットの中に居た。
そして耳元で携帯電話が激しく鳴っている。

No.143 10/03/26 15:35
サクラ ( mR7jnb )

この時間に電話を掛けてくる相手は
トシ君しかいない。
分かってて電話に出た。

言い訳?弁解?
何でもいいから、
私を繋ぎ止める言葉を聞かせて欲しい。

離したくない・大切なんだって。
そしたら、
私は馬鹿だから
きっと又、その言葉を信じてついて行くから。


「もしもし?」

「あっ。俺。寝てた?ごめんな。」

「うん。大丈夫。」


沈黙が続く。
私は、何て言っていいのか分からない。

「トシ君、彼女と一緒に住んでたんだね。知らなかった。」

言葉を考えてる内に
いきなり核心をついてしまった。

「あぁ、うん。あいつも色々ある子でさ。住む所なくてな。」

彼は大して気にする様でもなく
悪びれることなく
あっさりと認める。

No.144 10/03/26 20:08
サクラ ( mR7jnb )

>> 143 「私、嫌だよ。そんなの嫌だよ。」


暫く沈黙した後、
彼は静かに言った。


「ねぇ、俺だって嫌なんだよ。お前が毅君と暮らしてる事。でも、俺は、何も言わずに我慢してきたよな?」


…それを言われたら、
私はもう何も言えない。
自分でも分かってる。
自分の事、棚に上げてるって。


分かってるけど。
でも嫌なんだもん…


「でも…私は毅とはエッチしてないから。」

「そんなのさ、口では何とでも言える!でも本当はどうなのか、本人達にしか分からないだろ!」

喋りながら彼は
声を荒げ始めた。

「俺だって、早くお前だけを愛したい。でも、そうさせないのはお前だろ?」


離婚をしない私が
全て悪い。


これ以上は
何を言っても無駄。


離婚しない内は
私は不満を言う事も出来ないんだね。

No.145 10/03/26 20:39
サクラ ( mR7jnb )

「今、お前の家の下に居るから。ちょっと降りて来いよ。」


仕方なく、パジャマのまま下に降りると
車に乗るように言われた。

車はそのまま走り出す。

トシ君は無言で運転する

私は窓の外を見て

ただ流れる景色を見ていた

暫く走ると、

いつもの場所にたどり着いた。

トシ君の秘密基地。


車を停めるとハンドルから手を離し、体ごと、私の方を向く。

窓に映るトシ君と目が合った、彼の悲しみを含む眼差しに気付き、胸が苦しくなり、私は俯き、彼の視線から逃げた。


その時、ふいに後ろから抱き締められる。

「さくら、ごめんな。」

何て答えていいのか分からなくて、抱き締められたその腕をきつく握った。

No.146 10/03/26 20:59
サクラ ( mR7jnb )

「俺、さくらの事が本当に好きなんだよ。好きになりすぎちゃったんだ。」


そう言って私を抱き締める腕に力を込めた。
私は、その力に負けない位、ギュッと腕を握る。

その言葉を私は素直に嬉しいと思った。


「だから、怖いんだ。」


怖い…?


「好きになった分だけ、お前を失う時が怖い。」


「私だって同じ気持ちだよ?トシ君を、もう失いたくないよ。」


「でも、お前は今、俺を失っても戻る家庭があるよな?だから、お前はいつだって、俺なんか捨てられる。」


「そんな事ないよ!私は…」


私の言葉はトシ君の声に遮られた。


「言葉では、何とでも言えるんだよ…」

No.147 10/03/27 18:21
サクラ ( mR7jnb )

言葉だけでは、
もう気持ちを伝える事さえ出来ないんだね。


「俺は、もう1人にはなりたくないんだ。」

お前が去った後に
1人で耐えて行くなんて絶対に出来ない。
俺が弱くてズルイ男になってしまう位、
お前が好きなんだよ。


彼は抱き締めたまま
私に、そう言った。


彼の顔は見えない。



もしもタイムマシーンがあったら、どんな顔で話してたのか見てみたいな。


きっと、
自分の名演技に酔いしれていたはずだね。



「ごめんね。トシ君。」
あなたを、こんなに苦しめて。
「もぅ、分かったから。」
今ここで頷けば
千春との関係を認める事になると、分かっていた。


それでも
トシ君の側に居たいと
願っていたの。



ほら、バカな女。
簡単に騙されたでしょ。

No.148 10/03/27 21:08
サクラ ( mR7jnb )

>> 147 あの時はただ
彼の言葉に騙されていたかったの。
何かが、おかしいって思う気持ちに蓋をして
彼を信じて、笑って居られたら、それで良かったのかも知れない。


苦しみも悲しさも
乗り越えたら
その先に何かが待っていると思ってた。


こんな男を許し
愛していけるのは
自分しか居ない。
彼を変えられるのは
私しか居ないんだと…



そんな幻想さえ抱いていた



それからの私は
ただ耐えるしかなかった。
会えない日も
声さえ聞けない日も
千春を自分の彼女と紹介するのを見ても
私には不満を口にする事さえ許されない。


心は限界だったのかも知れない。
疲れていたのかも知れない

No.149 10/03/27 21:18
サクラ ( mR7jnb )

以前、トシ君と一緒に行った誠さんのBARで
イベントが開かれた。


その日は
トシ君のBARも休みだったので、お店のみんなと一緒に参加する事になった。


勿論、トシ君の隣には千春の姿がある。
私は仲の良い女友達を誘って参加した。


お店に着くと
前と変わらず、大人のムード漂う店内と
正英そっくりな誠さんが出迎えてくれた。


ただ、その日、違った事は店内に流れる有線のジャズが
今日は生バンドの演奏で行われていた事だった。

No.150 10/03/27 21:45
サクラ ( mR7jnb )

先に来ていたオーナーや常連さん達の姿を見つけ
一先ず挨拶回りをした。


その席にトシ君と千春の姿を見つけた。


「さくら達も、こっち座れよ。」トシ君は自分の隣をポンポン叩きながら
私達を誘ってくれた。


トシ君の顔が赤い。
目の前には飲みかけのブランデー。


【すでに、酔っ払いか。】

私はトシ君の方を見て
ニッコリ微笑みながら
断わった。


「行こう、真美。」

真美の手を取って、二人でカウンターの隅っこに座った。


「ごめんね、真美。着いて来て貰って。」


真美とは中学時代からの友人で、今までの事もトシ君との事も、いつもリアルタイムで相談していた。



「別にイイけど。あんた、平気なの?あんなの見せつけられて。」
そう言って、トシ君の方に顎をしゃくる。

No.151 10/03/27 22:03
サクラ ( mR7jnb )

「全然、平気じゃないよ。嫌だし、苦しいよ…」


私は3杯目のバーボン水割りを飲み干し
トシ君の席に背中を向ける様にして真美に話した。


「あんた、本当にバカだね。言いたい事も言えない関係って幸せなの?」

真美が冷たく言い放つ。

背中からトシ君達の笑い声が聞こえる。


私の酔った頭では
何も考えられない。


幸せってどんな気持ち?


分からないよ。私。


「わぁ!何?どしたの?さくらちゃん。酔うと泣き上戸かい?」



挨拶回りをする誠さんが
私の隣に座り、泣いてる私を見て驚いた顔をする。

「誠さぁん、この子にイイ男居たら紹介してやって下さいよぉ。」


真美は泣いてる私を誠さんの方に押しながら
そのまま席を立ち、離れて行ってしまった。

No.152 10/03/27 22:19
サクラ ( mR7jnb )

「…何さ?失恋でもしたのかよ?ん?」

私は首を振る。


「私、結婚してるもん。」

「ほぉ。人妻か!」



よしよし、と頭を撫でながら「でも、人を好きになる気持ちは止められないわな。仕方ないっしょ。」と言って、ニッコリ笑った。



「何それ?意味分かんない」


突然そんな事を言われ
まるで私の気持ちを見透かされてるみたいだった。


誠さんはトシ君の居た席に体を向けた。


「気付かれないと思った?バカだねぇ。さくらちゃん、判りやすいよ、凄く。」

「だってバカだもん。イイんだもん…。」


ムスッと膨れた顔をした私の顔に、一瞬だけ誠さんの唇が触れた。

No.153 10/03/27 22:34
サクラ ( mR7jnb )

【えっ?】

何が起きたのか分からず
でも、誠さんの感触のした頬を手のひらで確かめた。


「おっ!涙止まったろ!」

確かに。
ビックリして涙は止まった
何で泣いてたのかも
一瞬、忘れてたよ。

「じゃ、また後でね。」

誠さんは
可笑しそうに【アハハ】と笑ってバイバイしながら
席を離れて行った。



入れ替わる様に真美が
席に戻ってきた。
「あっ、涙止まってるじゃん!何よ?合コンの約束でも取りつけた?」


ワクワクした目で私の顔を覗き混む。


「戻って来るの遅いんだよお、ばかぁ。」


不貞腐れた顔して呟いた。

No.154 10/03/29 00:11
サクラ ( mR7jnb )

一度泣いたら、
何だか気持ちがスッキリして、真美と再び乾杯した


久しぶりに
女同士で飲んで
バカ話しながら盛り上がった。


すると、千春が近寄って来た。


「さくらさん。私、具合悪いんで先に帰りますね。」


「あっ、うん。」


バイバイと手を振ると
ご機嫌なトシ君が近寄って来た。


「お先にな~、真美ちゃん、今度はゆっくり飲もう!」


私は二人の姿を見て
また、涙を堪えた。

それに気付いた真美が
私の肩をポンと叩いて

「トシ君、ちょっとイイ?」

「千春ちゃん、ゴメンね」
二人にそぅ言うと真美は、トシ君を店の隅に連れて行ってしまった。


「じゃあ、私、先に車行ってるって伝えて下さい」


そう言って千春は店を後した

No.155 10/03/29 19:48
サクラ ( mR7jnb )

千春の背中を見送りながら、何とも言えない孤独感が胸を占めた。


【もぅ、嫌だな。】


言いたい事も言えない
楽しい時を過ごせば過ごすほど、
嬉しい。と思う気持ちが大きければ大きい程に、苦しさ増してくる。


嫌いになれたらいいのに。
離れられたら楽なのに。




「さくら…とりあえず、今日は行くね。」

トシ君が真美と一緒に戻って来た。

「うん、気を付けてね。彼女は車行ってるってよ。」

「…ん。了解。」



軽く手を振る彼を見送った


真美は再び私の隣に座り
さっきの二人の会話を教えてくれた。

No.156 10/03/29 21:13
サクラ ( mR7jnb )

「サクラの事、もし、本当に好きなら、彼女を送った後にでも、こっちに戻って来なって言ったの。」


本当は
もっと聞きたい事もあったけど、まぁ、トシ君の言葉じゃないけど、【言葉じゃ何とでも言える】だから
行動で示して欲しい。



真美はそう言ったらしい。

真美の気持ちは嬉しかった…でも、
「そんな事、無駄だよ。絶対来ないもん。」

期待してしまいそうな自分に向けて言った。
来るわけないから。


「でも、トシ君は来るって言ってたよ。」


来ない。来てくれる訳ない

そぅ何度も言い聞かせた


でも…
来て欲しい。



来て欲しいんだよ。

No.157 10/03/29 21:42
サクラ ( mR7jnb )

気付けば、もぅお店は閉店の時間になっていた。


「今日はイベントだったから店閉めるの早いんだよ」

誠さんが申し訳なさそうに教えてくれた。


時刻はもうすぐ1時になる

終電も、もう無い。


「真美、付き合わせてゴメンね。どぅする?タクシーで帰る?」


ん~。と考えた後
「始発まで待とうか。」
と、言ってくれた。


「じゃあ、カラオケでも行こうか!」

後ろで聞いていた
誠さんが提案してきた。


「うちのイチオシ連れて行くからさぁ」


「え~?!」
と言う私をよそに
真美は
「マジで~!オッケー!」
と満面の笑みを浮かべていた。


近くのカラオケに真美と先に行って待ってる事にした


「楽しんだ方が携帯気にしなくて済むでしょ?」


私の握りしめた携帯を指差して真美は微笑んだ。

No.158 10/03/29 21:55
サクラ ( mR7jnb )

誠さんが連れてきたイチオシ君は[ケイちゃん]とゆう24歳の調理師さんだった。


カラオケでも、沢山飲んで沢山歌った。
久し振りに笑ってる。
楽しい。

なのに、携帯電話を
離せずにいる私。


こんなに楽しいのに。


こんなに楽しいから、
トシ君が居たらもっと楽しいはずなのに…



「サクラちゃん、携帯ばっかり気にしすぎ!お前も歌え~!」


マイク片手に
誠さんが叫んだ。

「はぁい。ごめんなさぁい」


勢い付けようと
テーブルにあったビールを一気に飲み干した。

No.159 10/03/29 22:04
サクラ ( mR7jnb )

気付くと私は、誠さんの膝枕で眠っていた。


「えっ。私…寝てた?」


誠さんは携帯でゲームをしていた。


「おぉ!やっと起きたか」

誠さんは私の声に気付くと、携帯を閉じて、私の顔を覗きこんだ。



室内は私と誠さんしか居なかった。


「ねぇ、真美は?」


ズキズキする頭を抱えて私は体を起こした。
完璧二日酔いだ…


「真美ちゃんは啓介が送って行ったよ。」


「そっか。ごめんなさい。私…」


「あぁ、別に。大丈夫だよ。気にしなくて。」


そう言って、私の手にお水を持たせてくれた。

No.160 10/03/30 18:29
サクラ ( mR7jnb )

手渡された水を
一気に飲み干した。


喉が渇いて仕方ない。


「イイ飲みっぷりだなぁ、もぅ一杯飲むか?」


「うん。」と頷くと、フロントに電話してくれた。


私はテーブルに置かれたままの携帯に手を伸ばす。
時間はすでに、朝の4時になっていた。
【ヤバいな…。】

メールが届いていた。


一件は真美から。


『おぃ!酔っ払い!先に帰るけど、誠さんと変な事すんなよ~♪』


【変な事って…】
思わず苦笑する。


もう一件はトシ君から。


もしも迎えに来てたら、どうしよう。
連絡取れなくて困ってるかも知れない。

一瞬、胸の鼓動は早くなり携帯を持つ手が震えた。


受信は3時になっていた。
一時間近く経ってる。
どうしよう…


そう思いながら、
メールを開いた。

No.161 10/03/30 18:46
サクラ ( mR7jnb )

『サクラ、ゴメン。今日はやっぱり行けないや。この埋め合わせは絶対するから』


【分かってたけどね。】


強がりだと、自分でも分かってるけど。
強がらずには居られない。

メールを見るまでの
さっきまで心配していた自分が、本当に恥ずかしい。

期待してしまった自分が
情けないんだ。
情けなくて、みじめで
消えてしまいたくなる。


静かに携帯を閉じた。


ふと見ると
誠さんと目が合った。


「待ち人は来るのかな?」

「フフ…意地悪な事、聞くんだねぇ。」



それだけ答えるのが
私には精一杯だった。

No.162 10/03/30 19:08
サクラ ( mR7jnb )

「んっ、水飲めば?」


届いた水を受けとると
「ありがとう。」と言って一口飲んだ。


「…さて。帰りますか?家まで送るよ。」


「ありがとう。でも、始発で帰るから平気だよ。」


「危ないから、送る!」


そう言われて
ほら、と上着を渡された。


会計を済ませてエレベーターに乗り込むと
「酔っ払いは危ないからねぇ。」と言いながら
私の手を掴んだ。


誠さんの手のひらの感触も、その温もりも
トシ君のとは違う。


本当に欲しかったのは
いつものトシ君の手のひらだった。


でも、私は誠さんの手を拒む事は出来なくて、そっと握り返した。

No.163 10/03/30 20:26
サクラ ( mR7jnb )

車に乗ると
芳香剤の甘い匂いがした。

トシ君の車とは違う香り。

何をしても
トシ君を想ってしまう。

比べてる…とは違う。
今、一緒に居るのが彼ではないって確かめる作業みたいだった。


家までの道を説明すると
誠さんの車は走り出した。

車内では、何気ない会話が続く。
誠さんは、今年30歳、彼女とは3ヶ月前に別れたばかりだって言ってた。

「やっぱり、夜働いてると、生活のリズム合わなくてねぇ。」
そんな事をぼやいてた。


私はパチンコ屋でバイトを始めた事や自分の近況などを軽く話した。


家の前に着くと
誠さんとアドレスの交換をしてバイバイした。

No.164 10/03/30 21:05
サクラ ( mR7jnb )

次の日、トシ君から
電話が来たけど
私は、初めて彼の着信を無視した。

それは、さっきから続いてる誠さんとのメールのお陰かも知れない。



今はまだ話したくない。


誠さんとのメールは
辛い事も苦しむ事もない。
お互いの話しや
下らない話しをするだけでイイから、楽しかった。


トシ君からの電話も
メールも一切を無視した。
そんな日が暫く続くと
次第にトシ君も焦りを見せ始めた。


着信の回数も増えてきた。

それでも出ない。

…出ないんじゃなくて
出れなかった、の方が正解かも知れない。


話をすれば
また丸め込まれる。
そして又、始まる、辛い日々。好きな気持ちは変わらない
だから、辛いんだ。

No.165 10/03/31 19:07
サクラ ( mR7jnb )

いつもの様にパチンコ屋に出勤した私。


今日はホールを巡回する。
私の働く店では
女性でも、ローテーションでホールに入る日や
カウンターで景品交換業務の日があった。


店内の光るコールボタンを追いかけながら
ひたすら歩き回る。


汗だくになりながら
巡回していると
突然背後から腕を掴まれた。



驚いて振り返ると
スロット台に誠さんが座っていた。


「もぉ、ビックリするんですけどぉ~。来るなら連絡してよね~。」


私を驚かせた事に
満足したように
ケラケラ笑っている誠さん

「何回も前通ってんのに全然気付かないんだな!お前、巡回してる意味ないだろ、それ。」



確かに。
考え事しながら
歩いてたからな…。

No.166 10/04/01 19:49
サクラ ( mR7jnb )

「てか、誠さん、どうしたの?今日仕事休み?」


「久しぶりの休み!休みなのに暇でね~」


しばらく、その場で話していたけど、仕事中という事もあり、私は誠さんの側を離れた。


何となく、意識してしまって誠さんの居るスロットゾーンは避けて巡回する私。

コールランプが光った先は誠さんのゾーン。
一番近くを歩いてた私が
ランプを取りに行く。


ランプの主は誠さん。


「どうしたの?」


「お前、全然来ないんだもん。わざと避けてるべ。」

「わざとじゃないけど~」

苦笑いしながら嘘ついた。

「あっそぅ?ふぅん、まぁいいや。目押しして、これ。」


私は試されているんだろうか。目押し位、出来るだろぅに。

No.167 10/04/01 21:04
サクラ ( mR7jnb )

台の隣に屈むと

「仕事終わったら、ちょっとお茶しに行こうよ。」
と誘われた。


優樹の保育所のお迎えまでには一時間位、余裕がある。


「ちょっとならイイよ。」

仕事終わったら電話するね。と約束して仕事に戻った

誰かと一緒に居れば
トシ君の事を考えずに済む
1人で居ると
トシ君の事ばかり考えてしまうから。



仕事が終わり
私達は保育所の近くのコーヒー屋さんに入った。

No.168 10/04/01 21:40
サクラ ( mR7jnb )

誠さんと、他愛のない話しをして居ると
突然、誠さんの顔色が変わった。

「どしたの?」

誠さんは、一点を見つめている。
視線の先に目を向けると
そこには、
トシ君が立っていた。

今日はトシ君のお店も定休日だったんだ…



「お前、何やってんだよ?」

苛立ちを露にしたトシ君が私達の方へと歩み寄る。


やましい事は何もないのに言葉が出て来ない。


「何でお前が誠さんと二人で居るんだよ?」

私の前で足を止める


怖くてトシ君の顔を見る事が出来ない。誠さんをチラッと見ると、私達のやり取りを腕を組みながら見ていた。

No.169 10/04/01 21:57
サクラ ( mR7jnb )

「トシ、何イラついてんだよ?まぁ、座れって。」


誠さんは、トシ君の腕を引っ張り私の隣に座らせた。

掴まれた腕を振り払うと
私と誠さんの顔を交互に見ながら、大きなため息をついた。


「サクラ?お前、俺からの連絡無視して、何やってんだよ?」


「違うの…。今日、たまたま、お店で会ったから…」

「トシ~、言っとくけど俺達、今の所、やましい事は何もないよ。」

誠さんが、この状況の説明をしてくれた。

ただ頷くだけだったトシ君の顔に安堵の色が見えてきた。


「でも、まぁ、これから先は分からないやな。」


「「えっ?」」


唐突な誠さんの言葉に
トシ君と私の二人の声が被ってしまった。

No.170 10/04/02 17:47
サクラ ( mR7jnb )

「それは、どうゆう意味っすか?」


再び、敵意を剥き出しにしたトシ君に誠さんは余裕たっぷりの態度で


「俺は、サクラちゃんの事、好き。もっとサクラちゃんを知りたいと思う。」


…全然、そんな事、言った事無かったのに?
そんな素振りすら感じた事無かったけど…?



「誠さん、コイツ、旦那だって居るんですよ?」


「知ってるよ?俺は、離婚するまで待つつもりでいたけどね。」


何でだろう…
この違和感。
誠さんが私を好き?



トシ君はしばらく考え込みながら、頭を抱えて
消え入りそうな声で言った

「誠さん…コイツだけは止めて下さい。お願いします。」

No.171 10/04/02 18:48
サクラ ( mR7jnb )

「それは可笑しいんじゃねぇか?お前には千春ちゃんが居るだろ?」


「………。」


返す言葉がないのか黙り込む。


私は何て言って良いのか分からない。

誠さんは、そんな私達を見ながら苦笑する。


「サクラちゃん、今はまだ、俺の気持ちに答え無くていいからさ。」

「トシ、お前は中途半端な事してねぇで、よく考えろよ。んな事してっと両方失うぞ。」


私は誠さんの方を向いて
「分かった。ありがとう」
とだけ答えた。
トシ君は、何かを考える様に、ただ窓の外を見ているだけだった。


暫く沈黙が続いて誠さんが口を開く。


「そろそろお迎えの時間だろ?帰るとするか。」


誠さんは、席を立ちながら「また連絡するな。」
と言ってお店の出口に歩いて行ってしまった。


残された私達は
暫く無言のまま
その場から動けずにいた。

No.172 10/04/02 21:25
サクラ ( mR7jnb )

さりげなく時間を見ると
優樹のお迎えの時間が迫っていた。


「トシ君。ゴメンね、私、もう行くね。」
そう行って席を立つわたしの左手を、ギュッと掴んだ。



「俺…サクラの事、好きだから。大切だから…」


「うん。」
と頷いて、掴まれた手からゆっくり離れて
私は店を後にした。


車に乗り込むと
ため息が漏れた。


優樹を迎えに行くと
「ママァ~おかぁり!」
と、両手を広げて駆けて来た。私もしゃがんで優樹を抱き止めた。


優樹は私の顔を見上げて
ニコニコ笑う。


笑った顔がトシ君によく似てきたね…

優樹の頬に軽く触れる。

柔らかくて温かい。


私の大切な宝物。


トシ君と私の大切な…

No.173 10/04/03 00:26
サクラ ( mR7jnb )

私は優樹を乗せて
車を走らせた。


このまま帰る気分にはなれなかった。


しばらく走ると後ろのシートに座る優樹が騒ぎ始めた。

「優樹、どうしたの?」

「ママァ、ごはんは?」

時計に目をやると、いつもの夕飯の時間になっていた。

「よし!ご飯にしよっか!」


ファミレスに入り、二人で夕飯を食べる。


「お~しいね!」
優樹は顔中ケチャップまみれにして、満足そうにオムライスを食べている。


「ゆう君、顔がきっちゃないねぇ。」
おしぼりで顔を拭いていると、何故か涙が出てきた。


優樹。
ママは優樹を幸せにしてあげれるかな…


二人で居ても幸せなのに。
なのに、どうしても…

どうしてもママはトシ君と一緒に居たいんだ…

離したくないの。

あの手を…。

No.174 10/04/06 17:46
サクラ ( mR7jnb )

車を走らせて向かった先は、実家の近くにある河川敷。


そこは私にとっての原点。

父が母と再婚して、この土地に来た。

家族で遊びに来た事もあるお正月には凧上げもした。友達と泥だらけになって
走り回った。



年を重ねると共に
その場所に向かう時は
嫌な事がある時が多くなっていた。



お母さんに怒られた時
家に居場所が無かった時
友達と喧嘩した時や
失恋した時。


自転車に乗ってここまで来た。いつもの場所に向かい芝生に寝転びただ流れる川を見る。


川の流れが
私の心のモヤモヤも
一緒に連れて行ってくれる

どこまでも続く空が
私の悩みなんて
ちっぽけだと
笑い飛ばしてくれた。

No.175 10/04/06 18:44
サクラ ( mR7jnb )

「優樹、降りようか。」


車を停め、チャイルドシートに手を伸ばして私は優樹に声を掛ける。


さっきから鳴りやまない携帯電話は車内に置き去りにする。


優樹の手を引いて
私はお気に入りの場所まで歩いて行く。


すっかり日が落ちた河川敷には、川の音と草木が揺れる音だけが聞こえる。


「んしょ、んしょ。」
と掛け声を出しながら
優樹は丘を登る。


てっぺんまで登ると、二人で座って川を眺めた。


真っ黒に続く川。
見ていると、そのまま自分も吸い込まれそうな錯覚に陥り、優樹の手を強く握り締めた。

No.176 10/04/06 20:06
サクラ ( mR7jnb )

私は、どうしたいのかな。


【幸せになりたいよ】



幸せって何…?



【笑いながら食卓を囲んで優樹の成長を話したり、今日の出来事を話したい。】


今のままじゃダメなの?
本当に離婚するの?
トシ君の事を抜きにしても、離婚する?



【毅にも、自分の子供をちゃんと抱いて貰いたい。幸せな家庭を築いて欲しい。でも、その相手は私では無いんだ…】



トシ君とは、どうしたらいいの?今、また戻っても何も変わらない。
また、耐えるだけ。



あの日、私の戻って来なかったのが彼の本音なんだろよ。私より千春を選んだ。


【このまま、戻らない。ちゃんと前に進んでから。】

No.177 10/04/08 20:28
サクラ ( mR7jnb )

自問自答を繰り返した


本当は

何が正しいのか

答えなんて分からない。



ただ、今を変えたい。


彼にも変わって欲しい。


二人で変えて行かなければ。




家に着く頃には
チャイルドシートから
優樹の寝息が聞こえて来た


私は車を路肩に停め
携帯を開いた。




トシ君からの着信とメールが沢山来ていた。


私は、メールは見ないでそのまま消した。


見たらきっと、
私の決心は鈍るから。

No.178 10/04/08 21:33
サクラ ( mR7jnb )

「…もしもし、トシ君?」

私は、自分の決断を告げる為に電話を掛けた。


「さくらっ?何処に居るんだよ、今!」


「トシ君、ゴメンね?…へへ…まぁ、落ち着いてよ。」


「ふざけんなよ!俺、心配したんだぞ。連絡取れなくて!」



こんなに感情的に怒られたのは初めてだったかも知れないね。何だか今、堪らなく愛しく思うよ。



「うん。ゴメンね。ゴメン…ゴメン…ゴメンなさい」

鼻の奥がツンとする。


「…トシ君…トシ君…」


名前を呼ぶだけで苦しくなる程、貴方が好きです。

「もう、分かったから。謝るなよ。」



「ゴメンね…トシ君…、ゴメンね。」



「止めろよ!謝るなよ!」
トシ君には、もう伝わってるね。ゴメンね。の本当の意味が。



「っ、ひっ…ご…ごめ…」
「ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!!」


私、嗚咽混じりで上手く話せないよ。

でも聞いて?
ちゃんと聞いてね…。

No.179 10/04/08 21:56
サクラ ( mR7jnb )

「っっ、ひぃぃ、うぅ」


圧し殺した嗚咽が
甲高い不快なトーンとなり私の中から溢れだす。



伝えたい言葉があるのに
喉の奥につっかえて出てこないよ。
痛む喉を押さえて
バンドルで頭を支えて
私は携帯を耳に当てたまま私はただ、「ゴメ…」と謝る事しか出来なかった。



「ト…トシ…君?」


「うん?」


優しい声で返事をくれる


電話の向こうで
トシ君も泣いてる。


鼻を啜る音、
溜め息と一緒に漏れる
微かな水気。



「トシ君?」

「うん?」

大好きだよ…


「トシ君。」

「うん。」

離れたくないよ。


「ト…シ…く…」


このまま終わったりしないよね?
もう一度、今度こそ、
貴方の恋人として
胸を張って並んで歩いて行けるよね?



私は貴方だけのものになりたい。
だから貴方も…
私だけのものになって?


そして、二人で
優樹に
沢山の愛と笑顔を
注いで行こう…?

No.180 10/04/08 22:14
サクラ ( mR7jnb )

「…へへっ。トシ君?私ね、トシ君の事が本当に好きなんだよ。」


本当の終わりを予感した時、人は何故か、とても冷静になる。
感情をぶつけ合えたら
まだ修復は可能なのかもしれないね。



「…さくら…?お前、誠さんと…?」



トシ君は、まるで子供と一緒だね。
オモチャを取られた子供と同じだよ。


例え、飽きてた玩具でも、人に取られると急に惜しくなっちゃうんだよね。


分かるよ。


分かるから…

「トシ君、私と別れて下さい。」


「…。」


「ゴメンなさい。このままじゃ私、ダメになる。トシ君の事が好きだから、だから毎日苦しいの、悲しいの。」



「俺だって、同じだ!毎日苦しいし、悲しいよ!それに、俺は…」


「だから私も…!」


トシ君の言葉を遮る様に
話を続ける。

「私もキチンと離婚する!自立するから…だからトシ君もよく考えて?本当に私の事を想ってくれるなら別れて?」

No.181 10/04/09 18:15
サクラ ( mR7jnb )

好きだから、別れを選ぶ


ずっと側に居たいから
今は離れる。


もしも、お互いが
お互いにとっての運命の相手なら、また必ず繋がると思うから。




「私と…私と、離れて、それでも彼女と別れても良いと、そう思うなら、その時はちゃんと別れて欲しい。」



私も、貴方と離れている間に、ちゃんと決着つける。


そう遠くない未来に
三人の幸せな姿がある事を願いながら…。



「俺は、嫌だよ。何で今なんだよ?今、離れて…お前は…本当は俺より…誠さんを…」


このタイミングで別れ話しなんて、確かに誠さんの事を気にするトシ君の気持ちも分かる。





「トシ君?今も変わらず、私は、トシ君が大好きだよ。」



「じゃあね、バイバイ。」


返事を聞かずに
私は電話を切って
携帯の電源を落とした。



私はバンドルを握り直し
涙を吹いて
車をスタートさせた。



このまま、後は
走り続けるだけ。
前だけを見て。

No.182 10/04/12 15:52
サクラ ( mR7jnb )

私と毅は離婚する事は簡単だった。

私が出て行く準備が整うのを
毅もずっと待っていたのだから。


トシ君とサヨナラしてから
1か月近く経った日曜日。


その日、お互い仕事も休みで
珍しく、毅も家に居た。

リビングでくつろぐ毅の横に
そっと座って、私は話始めた。



「毅、今までありがとう。お金、ようやく貯まったから。」


「へっ?」

突然の話題に状況を理解出来なかったようで
気の抜けた返事をする。


私は、そんな毅に笑いかけながら

「離婚しよう。」

と言った。


それは、まるでプロポーズの様な
前向きな響きになった。

悪くない・・
前向きな離婚。
お互い憎んでる訳ではない。
お互い幸せになる為に
別々の道を歩いていくんだ・・


「お前、優樹はちゃんと育てられるのか?」


「大丈夫。必ず、幸せにするから。」

私は胸を張って答える。

「・・・分かった。」

少々不安そうな顔をしながらも
毅も優しく微笑んでくれた。

No.183 10/04/12 20:14
サクラ ( mR7jnb )

「お金の事だけど…」

毅はそう切り出すと、さっきまでの笑顔を消して真面目な面持ちで私の方に向き直った。


「悪いけど俺、養育費も慰謝料も出せないよ…」



当然、私も出して貰うつもりは無い。
そんな事、言う資格は
私には無いから。



「その理由は、お前も分かってるよな?」


毅は気付いてるね。
トシ君の事も
きっと優樹の事も。


「うん。分かってる。」


毅の真っ直ぐな瞳を直視出来ず目を反らして俯いた。

この人は、今まで
どんな気持ちで優樹と過ごしていたんだろう…


私が、優樹を預けて出掛ける時、何を想って見送ってくれてたんだろう。


私は今まで、どれだけ、
この人を裏切ってきたんだろう。

優しさに漬け込んで
騙し続けていた自分。


「今まで、ゴメンなさい。今度こそ…今度こそ、幸せになってね。」


ゴメンなさい。なんて言葉じゃ、私の罪は消えない。
分かってるけど
謝りたい。



ゴメンなさい。

ゴメンなさい。

ゴメンなさい。

ゴメンなさい。

ゴメンなさい。

No.184 10/04/19 21:56
サクラ ( mR7jnb )

一度は本気で愛した人


幸せな家庭を築く為に
同じ道を歩いてたはずだったの。


目指すゴールを見失って
気付いたら
お互い別々の方向に歩き始めてしまった。



いつからか
向き合う事から逃げて
お互い見ない振りが多くなって来てた。


夫婦として一緒に過ごして来たのに
私達は、お互いの事を全然解り合えなかった。




たくさん後悔はある。


でも、もう毅とは
一緒には生きて行けない。


【幸せになってね】


そう祈りながら

私は優樹の小さな手を握り
3人で過ごした家を

後にしたんだ…



自分の足で一歩ずつ…


新しい道を

歩き始めた。

No.185 10/04/22 16:43
サクラ ( mR7jnb )

「もしもし?」


「サクラちゃん?久しぶりだねぇ。」



「うん、今日、ちょっと時間ある?」



私は誠さんに確かめたい事があった。
あの日の誠さんからの告白

私はそれには応えていない

あの日から
私はトシ君からも
誠さんからの連絡も
一切無視して来た。


もしも、話をしていたら
きっと又、何も変える事無く私はその場所で甘えてしまう…そう思った。


1人になって
自分で考えて答えを出したかったから。


「じゃあ、後でね。」


私は誠さんと
会う約束をして電話を切った。

No.186 10/04/25 21:36
サクラ ( mR7jnb )

約束の時間より
早く待ち合わせのカフェに到着してしまった。


「いらっしゃいませ。」

平日の昼間なのに
店内は思ったよりも込み合っていた。
私は先に席を確保しようと店内を見渡すと、窓際の席に誠さんの姿があった。


久しぶりに会った誠さんは、少し痩せた様に見える。
私は黙って誠さんの席まで歩いて行く。
まだ私の存在に気付かない様子でタバコを吸いながら窓の外に目を向けたままだ。


「誠さん!!」


声を掛けると
勢いよく後ろを振り返った

「わぁっ、ビックリした!」


「驚かすなよなぁ~。」

と言いながら、誠さんは前と同じ笑顔を私に向けてくれた。


「へへっ。ゴメンね~」


そう言って、誠さんの
向かいの席に座った。


「お前、元気してたのか?ちょっと痩せたな?」


「あ~、痩せたかなぁ?でも誠さんの方が痩せたよ」

「そっかぁ?…あっ、何飲む?俺買って来るよ。」


「あぁ、自分で行くよ。大丈夫!誠さんは、まだあるの?」


誠さんのカップを覗くと
コーヒーは空っぽになって居た。

No.187 10/04/25 21:57
サクラ ( mR7jnb )

「俺も買うから、俺が行くよ。」


そう言うと先に席を立ち
私の注文を聞いて歩き出した。
その後ろ姿を目で追いながら、この後、彼に話す事を、ぼんやりと考えていた。

誠さんが、私を好きだと言ってくれた事。
それは本当だったのか。

あの場の流れで
トシ君を挑発したかっただけなんじやないのか…


誠さんは何を考えてるのか

ずっと確かめたかった。




「はい。お待たせ!」


温かいコーヒーのカップを2つ、静かにテーブルの上に置いて、誠さんは席に着いた。


新しいタバコに火を着け、深く吸い込む。


私は、どう話を切り出して良いのか分からず
カップを握りしめたまま
最初の言葉を探した。


「…サクラちゃん、トシとも連絡取ってないんだって?」


沈黙を破ってくれたのは
誠さんだった。


「うん。最後に話したのは…」



最後にトシ君と話したのは別れ話の3日後。


仕事が終わって
駐車場に歩いて居ると
私の車の前でトシ君は立って居た。
足元には無数のタバコの吸殻が捨てられていた。


驚いて歩みを緩める私を
トシ君は目を逸らさずに
ずっと見つめ続けてた。

No.188 10/05/02 14:23
サクラ ( mR7jnb )

「・・・よぅ。」


私の方に向かって
ゆっくり歩き出した彼が
力なく笑ってみせた。

「ゴメンな。待ち伏せなんかして・・」


至近距離までやってくると
私の右手を優しく
彼の左手が包んでくれた。


「お前と・・ちゃんと話したかったから。電話も出てくれないし。」

私はトシ君の顔を見る事が出来なくて
触れられている自分の右手を
ただ、ずっと見ていた。


「電話・・無視してごめんなさい。」

たったそれだけの言葉を口にしただけなのに
何故か胸が苦しくって
涙が出てくる。


こんな時・・涙なんて見せたくないのに。


「・・今、少しだけ・・話す時間くれない?ちゃんと・・お前に、気持ちを伝えたいんだ。」



私は俯いたまま
大きく頷いて、左手で涙を拭った。

No.189 10/05/02 14:55
サクラ ( mR7jnb )

駐車場に停めてある私の車に乗って
そのまま、その場で話をする事にした。


「サクラ・・?ちゃんと俺を見て?」


いつまでもトシ君の顔を見れない私の肩を
少しだけ強く、自分の方に向かせようとした。



俯いたままの顔を
少しずつトシ君の視線に合わせて行く。

視線がぶつかる瞬間に 激しく胸が苦しくなった。


ようやく向き合った私に
優しく微笑んでくれた。

トシ君の手は私の肩を離し
胸元まである私の髪の先へと移動した。



「俺は、お前の人生に居たらいけない人間なんだよ。」


突然、そう呟いた。

「何で・・?」

私にはその言葉の意味が分からなかった。

No.190 10/05/02 14:57
サクラ ( mR7jnb )

[おれは・・サクラの笑った顔を沢山見たいと思った。・・俺が・・お前を笑わせてやりたっかったんだよ。」


・・そぅだったね。


【サクラは笑ってるけど、心は笑ってないな。】

よく、そんな事言ってたね。

「実際、お前の泣いてる顔とか・・・俺のせいで苦しめてばかりだった。」


「そんな事ないよ・・私、トシ君が居たから・・乗り越えられた事、沢山ある。」


実家とのイザコザ

優樹のこと・・

沢山相談した。
その度にいつも・・


私の欲しい答えへと導いてくれた。
トシ君は私の言葉に力なく笑って
俯き黙ったまま「そんな事無い。」と 首を横に振った。

No.191 10/05/02 15:13
サクラ ( mR7jnb )

「俺は・・大切だと思うモノを・・守りたいって思うモノをいつも壊して失くしてしまうんだよ。」


俯いてるトシ君の頬に
一筋の涙が伝う


「大切だから、失うのが怖くって、どこかで保険を掛けてしまうんだ。」


人を好きになればなる程・・
失った時の傷は大きい。
好きな気持ちと、怖い気持ち
信じる気持ちと、疑う気持ち

正反対の想いなのに
いつも比例して増えていくんだ。


【永遠】なんて言葉を簡単に信じれる程
私達は純粋じゃなくなってしまった。


「トシ君の言ってる気持ちは、私も分かるよ。」


痛いほどに分かるよ。

愛し方が分からなくて
でも、愛して欲しくて
強がる言葉の裏にある、
本当の気持ちに気付いて欲しいって
何で気付いてくれないのって
一人でもがいているんだよね。


本当は寂しくて仕方ない。

だから・・

一人になるのが怖いんだよね。

No.192 10/05/03 22:13
サクラ ( mR7jnb )

私は、涙を流すトシ君を見るのが辛くなって
助手席に座るトシ君の体をそっと抱き締めた。


「ゴメンな。お前の事、沢山傷つけて…」


「お前は、俺なんかより誠さんと一緒の方が幸せになれるよ…」


私は抱き締める腕に力を込めた…


「止めてよ…もぅ、終わりみたいな言い方…」


私は別れたいんじゃない。
これからも…
ずっと一緒に居たいから
だから、今だけ離れるんだ

3人で歩く未来の為の
準備期間なんだよ…

No.193 10/05/05 22:05
サクラ ( mR7jnb )

「私は…トシ君と、ずっと一緒に居たいんだよ…だから、今は離れるんだよ…」

私は、あなたの隣で
堂々と並んで居たいの。


「だから…トシ君も…私の事、ちゃんと彼女として出迎えて…?」


千春と別れて…


私を選んで…


私には貴方しか居ない。


貴方にも、私しか居ないのよ…


こんな男を愛せるのは


私しか居ないんだから…



今まで沢山、傷付け合って、何度も別れ話をした。


それでも、
結局、こうして側に居るのは…それがお互いにとっての運命の相手だからなんだよ。

No.194 10/05/05 22:23
サクラ ( mR7jnb )

その日、トシ君は
「分かった…ありがとう。」と言って、私達は別れた。




その日から、今日まで
連絡は取らずに居た。


取らずに居たから
ココまで来れた…


「誠さんは…トシ君と、連絡取ってたの?」


「あぁ…何回か店に来た。アイツも荒れちゃってね」


そぅ言うと、まるでその光景を思い出したかの様に「ハハッ」と笑った。

No.195 10/05/05 23:14
サクラ ( mR7jnb )

「そっか…」


私はコーヒーを口に運び
荒れてお酒を飲むトシ君を想像した。


いつも仲間に囲まれながら陽気に飲む姿しか見てないから、想像も出来ない。


でも、私の影響で
もし、彼が…荒れてしまったのなら…それだけ私の存在は必要だったのかも知れない。そんな事を考えたら、自然と頬が緩む。



「俺さ…言わなきゃいけない事があるんだわ。」


誠さんの言葉に
現実に戻される。


「えっ?何?」


もう一度コーヒーを飲み
私は静かにカップを置いて誠さんに視線を戻す。

No.196 10/05/06 00:00
サクラ ( mR7jnb )

「俺、今さ…」



今…



「…今、千春と…」



千春と…?



「千春と付き合ってる。」



!!



「どぅゆぅ事?」



今聞いたはずの言葉が
まるで初めて教わった英単語の様に、私の頭に流れ込んできた。
その言葉の意味が理解出来ず、
私の問いが酷く間抜けに響いた。



「作戦勝ちだよ。」


そう言って得意気に笑い
悪戯にブイサインをした。

No.197 10/05/06 15:40
サクラ ( mR7jnb )

「俺さぁ、本当は千春の事が好きだったんだよな。」

・・・なるほど。


「でも、人間って、不思議なもんでさぁ・・飽きてた玩具でもさ、他人が欲しがると急に手放したくなくなるんだよな。」


トシ君は、まさにその典型だ。


「もし、あの時俺が、千春を好きだって言ったらどうなる?間違いなく、トシはお前を捨てたね。」


あの状況で・・
そんな事考えてたのか・・

いや・・


違うか。
もっと前から計画していたんだ。


私達は誠さんの思い描いたストーリーに沿って
ただ動かされていたんだ。


この少年の様な笑顔に隠された
誠さんの闇の部分を見た気がした。

No.198 10/05/06 15:54
サクラ ( mR7jnb )

「凄いね。よくそんな最低な考え思いつくね。」


本気で怖いと思った。

こんなにも完璧に人を騙せるんだと・・
全然、分からなかった。
誠さんがそんな事を考えていたなんて。

「俺が最低?ははっ。面白い事言うんだね。」


いつもと変わらない笑顔のはずなのに
憎しみと軽蔑が入り混じった空気を感じる事が出来る。


「最低なのは、俺も、お前も、トシも一緒だろ。」

私たちは自分の欲望の為に
沢山の人の気持を踏みにじってきた。

大きな欲望の影に隠れて
傷つけた人の涙があることを
私は分からなくなってた・・


いや・・


分かりたく無かっただけか・・。

No.199 10/05/06 17:03
サクラ ( mR7jnb )

「俺は俺のやり方で欲しい物を手に入れただけ。」


「…そうね。」

本当に欲しい物を手に入れる為に、正しいやり方も
間違ったやり方もないのかも知れない。

…少なくとも私には
誠さんのやり方を避難する資格などない。



「まぁ…何にせよ…早いトコ、トシに連絡しな。あいつ野放しにすると、今度こそアイツ戻って来ねぇよ?」



誠さんはその言葉を残して店を後にした。


私は1人残された店内で
冷めたコーヒーをぼんやりと眺めていた。

No.200 10/05/06 19:23
サクラ ( mR7jnb )

家に帰ってからも
まだ誠さんの言葉が離れない…



【例え飽きた玩具でも…】


飽きた玩具…


分かってる。
それが自分の本当の姿。


遊び尽くして
もぅ、新しい感動もない。

…でも…
確かに新しい感動は無くたって…愛着や情で捨てれない玩具だってある。


新しければ良いってもんじゃないでしょ…


そぅ…


そぅだよ…!


私は自分自身に言い聞かせていた。



私は優樹を寝かしつけた後で、トシ君に電話を掛けた

「もしもし…」


「トシ君?サクラだよ…」

久しぶりに聞くトシ君の声に胸が高鳴る。

No.201 10/05/16 22:13
サクラ ( mR7jnb )

「元気にしてたのか…?」

サヨナラしてから3ヶ月。
久しぶりの彼の声は
前と変わらず、優しく私の胸に響いた。


「元気だよ…。トシ君…会って話したいよ…」


会いたくて会いたくて
今まで我慢してきた気持ちも、今はもう押さえる必要はない…


「俺も会いたいよ。ずっとサクラの事ばっかり考えてたんだ…」


その言葉を聞いて
さっきまでのモヤモヤが嘘の様に消えた。


私達は、明日会う約束をして電話を切った。


本当は今すぐにでも
会いたいけど
私には優樹が居る。


もう昔みたいに
優樹を預けて家を空ける事は出来ない。


私は携帯をテーブルの上に置き、隣室で眠る優樹を見に行った。



スヤスヤと寝息を立てて
幸せそうに眠る優樹。
優樹の髪をそっと撫でながら、私は喜びを噛み締めていた。

No.202 10/05/16 22:26
サクラ ( mR7jnb )

次の日、いつもの様に
優樹を保育所まで送り
再び、私は家に帰った。


シャワーを浴びて
お気に入りの服に着替えた。化粧もいつもより念入りにした。


身支度が整うと、全身を鏡に映し、おかしな所は無いか最終チェックした。


【初デートを迎えた中学生かぃ。】

自分に突っ込みを入れながらも浮き足だった自分を止める事が出来ない。




時間より早く、私はトシ君の家に着いてしまった。


今日はトシ君の家で会う。
私が、それを強く望んだ。

私が最後に彼の家に行ったのは、まだトシ君は友達の旦那だった。

離婚後は千春と同棲していて一度も部屋には入れなかったから。


やっと…トシ君の家に入れる様になったんだ…


私にはその事が何よりも嬉しかった。

No.203 10/05/17 19:11
サクラ ( mR7jnb )

彼の住んでる団地の階段を登る。


一段登る度に胸の高鳴りが大きくなる…



もう少しで会えるんだ…


寂しかった想いも
恋しくて挫けそうになった事もあるけど…


無駄じゃ無かった。


今ようやく、私達は始まるんだ…



彼の家の前に着き、深呼吸をした。深く息を吸い込むと、懐かしいトシ君の匂いがした。
たったそれだけの事で
胸が苦しくなって
目頭が熱くなった。

No.204 10/05/17 19:20
サクラ ( mR7jnb )

インターホンを鳴らし
彼の返事を待った。


室内から聞こえる足音が
近づくのが分かる。


【どんな顔して会えばいいのかな…】

【最初に何て言えばいいのかな…】

【どぅしよぅ…凄い汗かいて来たけど…汗臭くないかな…】


胸のドキドキもピークに達し、頭の中ではグルグルと答えの出ない疑問が浮かんでは消えた。


「はぁ~~い。」


緊張感の欠片も感じさせない、やけに間延びした返事と共にドアが開かれた。

No.205 10/05/17 19:39
サクラ ( mR7jnb )

玄関を開けた彼は
前と変わらず、優しい笑顔で私を出迎えてくれた。


「お帰り。」


「た、ただいま…っ」

貴方の隣に、ようやく帰って来れたよ。


差し出された手のひらを
そっと握り返す。


ずっと、この手のひらが欲しいと望んでた。
ようやく、掴む事が出来たんだ。



涙が溢れて来て
トシ君の顔が見れないよ。

もっと、ちゃんと、しっかり見つめて居たいのに。


私はぐちゃぐちゃの顔のままトシ君の胸に飛び込んだ

深く深く息を吸い込む。


トシ君の匂いが
身体中に染み渡る様に。

No.206 10/05/18 18:32
サクラ ( mR7jnb )

私達に余計な言葉は必要無かった。
ただ、こうして会えた事がお互いの『答え』だと。


離れて居た距離を埋めるように、きつく抱き締め、優しく激しいキスをした。


私の体が彼への愛で支配されて行く…
何も考えられなくて
ただ目の前のトシ君を見つめる事しか出来ない。


「好きだよ。」


「愛してる。」


どんなに言葉に出しても
伝え切れない。
この気持ちを伝える言葉はなんだろう。


いつか…2人で、その言葉を探せたら良い。
愛してるよりも深い言葉を。

No.207 10/05/20 21:56
サクラ ( mR7jnb )

私達はそのまま
お互いを求め合っていた。

彼の指先を
彼の腕を
髪の毛を
そして、彼の瞳を。


全てが愛しくて

彼の全てが欲しくて

私は何度も何度も

彼を求め手を差し出す。



彼は全身で私に答えてくれる。


温もりと優しさが
彼の体を伝って
私の体に注ぎこまれる。



沢山の愛を感じ満たされると、私達はそのまま
ベッドの中で
手を繋いだまま瞼を閉じた。

No.208 10/05/21 19:59
サクラ ( mR7jnb )

私の髪を撫でる
優しくて温かい手のひらの感触で目が覚めた。


目が合うと
にっこり微笑んで
「今、凄い幸せだよ。ありがとな。」

とキスをしてくれた。


私も彼の首元に腕を回し
「私も幸せだよ。ありがと。」と言った。


本当に…
本当に幸せだと思った。


このまま、
きっとずっと一緒に居られると思ってたんだ。





「今日、仕事行きたくないなぁ~。せっかく会えたのに。時間経つの早いよなぁ」


そんな事を言って
子供みたいに不貞腐れた顔をした。


「そうだよね~…本当に時間経つの早いよ…」


でも、これからは
いつでも会える。

会いたい時は
会いたいって言えるんだ。

No.209 10/05/21 23:30
サクラ ( mR7jnb )

私は、ようやく堂々とトシ君の隣に並んで歩ける事が何よりも嬉しかった。


もうすぐ二歳になる優樹も幼いからなのか
トシ君と3人で過ごす時間にもすんなりと馴染めた。

私の仕事もトシ君の休みに合わせてシフトを組み直した。
トシ君の家にも私や優樹の荷物が増え始め、
私の家にもトシ君の荷物が増えつつあった。


段々と彼色に染まる私。
脳内も生活も
全てが彼で埋まって行く。

そんな事が
私にとって、大きな喜びとなった。


優樹を間に挟んで
3人で手を繋ぎ歩ける事が



何よりも幸せだったよ…

No.210 10/05/21 23:47
サクラ ( mR7jnb )

だけど…


そんな幸せな時間は
そう長くは続かなかった。


トシ君が泊まりに来た日、直接仕事へと行った彼は、携帯電話を置いたまま行ってしまった。



「ヤダ…トシ君の…」


私はテーブルの上にポツンと置いてある携帯を見て
深い溜め息をつく。


「何で忘れるかなぁ…」


誘惑に負けそうな自分が確かに居る。


携帯電話の前で
目を剃らす事すら出来ない。


私は携帯に手を伸ばした。

指先が触れる直前で
隣の部屋にある私の携帯電話が鳴り響いた。

No.211 10/05/21 23:55
サクラ ( mR7jnb )

「ビックリしたぁ。」


1人呟くと
優樹が私の携帯を片手に持ちニコニコしながら
「はい。ママの。電話だよ~。」
と小さな手には大きすぎる電話を私に差し出した。


「ユウ~ありがとね~」


携帯を受け取り
もう片方の手で頭を撫でると優樹は満足そうな、得意気な顔をして見せた。



着信を見ると
トシ君の働くバーからだった。

No.212 10/05/23 21:32
サクラ ( mR7jnb )

「もしもし…?」


「サクラ?俺~…携帯忘れたっぽいんだけど…」


「うん。置きっぱなしになってたよ~。もぅ、止めてよね~!携帯忘れる何て。」


見てしまいそうな自分が怖くて、わざと明るい声を出してみた。
先に言っておけば
見る気も無くなるような気がしたから…


「ハハッ。電話とか鳴ってもシカトして良いから。
それに、携帯見たら一発で分かる様になってるからなぁ。てか、悪いけど店まで持って来てくれない?」


声は明るいながらも
携帯をいじるなよ。と、こちらに向けた無言のメッセージは感じ取れた。



私は何か引っ掛かる物を感じながらも、届ける約束をして電話を切った。


「優樹~、お出掛けだよ~。おいでぇ。」

1人遊びをしていた優樹を呼んで、身支度を始めようとした、その時…



~♪~♪

テーブルの上の
トシ君の携帯が鳴る。

No.213 10/05/23 21:47
サクラ ( mR7jnb )

私はテーブルに手を伸ばしトシ君の携帯を覗き込む。


【メール受信完了】


携帯を開いてみると
メール一件の表示。


彼の言葉を思い出す。


【携帯見たら一発で分かる様になってるから。】


そぅか…


この状態で携帯をいじれば待ち受けに表示される【メール一件】が消えちゃうんだ…


だから。
見たらバレるって事!?


そこまでして…
そんなに見られたく無い事があるの!?


自分の動悸が早まるのを感じた。携帯を持つ手が
小刻みに震えだし
頭がクラクラする…

No.214 10/05/25 17:24
サクラ ( mR7jnb )

携帯のメールボタンにそっと指をあてる。


心臓が壊れそう程
大きな音を立てる…

クラクラする…

震えが止まらない…


【見たらダメ…
でも…
安心したいんだ…】



私は指先にグッと力を込めて携帯のメールボックスを開いた。



受信ボックス

メールはフォルダわけされていた。


【家族】
【仕事】
【友達】
【地元】


新着メールのマークは【仕事】からだった。
きっと職場の誰かに頼んでメールを入れたんだろう。

No.215 10/05/25 17:44
サクラ ( mR7jnb )

【仕事】のフォルダを開く

ソコには、やはり職場の子からのメール。


【お前…最低だな。】

たった一行のメール。

もしもメールを開いたら見れる様にと
トシ君から私へのメール。

胸がズキズキ痛い…
でも…止められない…


職場関係には
怪しいメールは無かった。

お店の従業員や常連客。


私の知って居る名前から
知らない名前もいくつかあった。



…こんな事して…
私は…何やってんだろう。

そう感じながら
携帯をいじる手を止める事が出来ない。

  • << 217 優樹にとって パパはトシ君で・・ パパが大好きで。 トシ君に会えない日は 「何で来ないの?」と 泣き出す事もある。 ・・トシ君も 優樹の事を とても大切にしてくれている 。 休みの日には必ず私たちを連れて 優樹が楽しめる場所へと足を運ぶ。 私の仕事が遅くなる時なんかは 二人で食事してお風呂まで済ませてくれる。 この半年近く とても、幸せで 上手く行っていると そぅ思っていたのに。 そう思っていたのは私だけだったのかな・・ なんで・・・ ・・・ なんで・・ 私じゃダメなの?

No.216 10/05/30 17:09
サクラ ( mR7jnb )

>> 215 「ママァ?お出かけはぁ?」
小さな優樹の温かい手の温もりを
背中に感じる。
「ママ、電話終わりして?」
私の首に回せれた小さな手を
そっと握りしめて
「はぁい。おっしまい。」
にっこり笑って携帯電話を閉じて優樹を見た。
「はい。いい子ねぇ」
そぅ言って優樹は私の頭を 撫でてくれた。


・・・それは
よく、トシ君がしてくれることだね?


「上手にお返事出来たな、優樹。いい子~。」


そう言って優樹の柔らかな髪を
ワシワシと大きな手で撫る。
優樹は、いつもそれが嬉しくって
ニコニコ笑顔になるんだよね。

No.217 10/05/30 17:12
サクラ ( mR7jnb )

>> 215 【仕事】のフォルダを開く ソコには、やはり職場の子からのメール。 【お前…最低だな。】 たった一行のメール。 もしもメールを開いた… 優樹にとって
パパはトシ君で・・
パパが大好きで。
トシ君に会えない日は
「何で来ないの?」と
泣き出す事もある。



・・トシ君も
優樹の事を
とても大切にしてくれている
。 休みの日には必ず私たちを連れて
優樹が楽しめる場所へと足を運ぶ。


私の仕事が遅くなる時なんかは
二人で食事してお風呂まで済ませてくれる。


この半年近く
とても、幸せで
上手く行っていると
そぅ思っていたのに。
そう思っていたのは私だけだったのかな・・





なんで・・・


・・・


なんで・・



私じゃダメなの?

No.218 10/05/30 17:24
サクラ ( mR7jnb )

優樹を抱きしめて
私はそっと涙を拭いた。

携帯電話の中身は
ほとんど見てしまった。

私達と一緒に過ごしているいる時間でも
彼は他の子とメールをしていた。

『大好きだよ。』
『今度、いつ飲みに来る?会いたいよ。』

『今日は妹の子供と一緒に居るから会えないんだ。』

そんな送信メールが沢山残されていた。

それは、決まった子に送られたモノでは無く
複数の子に送られていた。


私はいつから妹になったの・・?
優樹は貴方の子供じゃない・・!!

怒りよりも
こんな事になってるって
全く気づかなかった自分が
何だかひどく惨めで
悲しくて


哀れで・・
涙が出るよ。

No.219 10/05/30 17:37
サクラ ( mR7jnb )

>> 218 「よし・・行こうか。」

優樹のお気に入りの
帽子をそっと頭に乗せた。

「行こう!いこう!」

私の手をひっぱて
玄関の方へと歩きだす優樹。



「お出かけ・・どこ行くぅ?」
靴を履きながら
私の方へ振り向き上目遣いに
訊ねて来た。


「ん~・・優樹の好きな公園か・・パパの働くお店か・・どっちがいい・・?」


私は迷っていた。
今、トシ君に会っても
上手く誤魔化す事出来るかな。


私は、こんな状況でも
『別れ』には気持ちが
踏み出せずに居る。

でも
携帯を届け無ければ
私が見た事にきっと気付くはず・・

見たことがバレたら・・
きっともぅ・・
許してはくれないよね。

No.220 10/06/02 12:30
サクラ ( mR7jnb )

彼のお店の前に車を停めた。
入り口付近にある大きな窓から
店内を確かめた。
まだ時間が早いこともあって
お客さんの姿は無い。
カウンターの中に
トシ君とオーナーの姿がある。


私は意を決して
お店の扉を開いた。


___カラン・カラン__


入り口に下げられたカウベルが
大きな音を出して
私たちの訪問を知らせた。


「いらっしゃ・・おっ!珍し~い。元気だったの?二人共。」


私達に気づいたオーナーが
声を掛けてくれた。

その後ろでトシ君は
にっこりと・・


いつもと同じ笑顔で立っていた。

No.221 10/06/02 12:47
サクラ ( mR7jnb )

「ご無沙汰しています。」

私はオーナーに頭を下げて
促されるままカウンターに座った。

「優樹~大きくなったなぁ。何歳になったんだぁ?」

オーナーは細い目をさらに細めて
優樹に声を掛けた。

優樹は恥かしそうに
隣に座る私の腕に抱きつきながら
消え入りそうな声で
「ゆうき・・2歳よ・・。」
と自分の指でVサインをしてみせた。


そこでようやく
優樹はトシ君の姿に気づいた。

「あっ!!パァパ!!」


「優樹~今頃気づいたのかよ。」

トシ君は優樹の頭を優しく撫でた。

「・・・パパ?」

傍に居たオーナーが私達3人を見た。


【そっか・・何も知らないんだ。】

私が離婚してから
この店に来たのは今日が始めてだった。

「あ~・・オーナー、実は私、離婚したんですよ。」

順を追って説明をしようとすると
トシ君が口を開いた。

No.222 10/06/02 12:58
サクラ ( mR7jnb )

「そぅそぅ。離婚してから何かと会う機会多かったから優樹、俺の事、パパだと思っちゃってるんですよ~。」


そぅ言って再び優樹の髪を撫でた。

【えっ・・】

何で、本当の事言わないの?
何で隠すの・・?

「なっ?!」
と、私に同意を求めて笑顔を向けた。

「・・はい。男の人はみんなパパだと思っちゃうみたいで・・」
あはは・・と乾いた笑いが出た。

「なんだぁ。てっきり2人、付き合い始めたのかと思った。」

「あはは。恋人ってより、兄妹みたいな関係ですからね。」

トシ君のトドメの一言だった。


痛いよ。


トシ君。

何でだろう。

携帯の中身よりも

こうして隠されたこと

・・私と優樹の存在を否定された事が

すごくすごく

胸に突き刺さるんだ。

No.223 10/06/02 13:09
サクラ ( mR7jnb )

それでも何も言えない私。

全部言ってしまえばいいのに。

言えないのは、それでも彼を失いたくないから。


「優樹、あっちにお菓子あるよ。取りに行こうか。」

オーナーが優樹の手を取って
裏口を指差した。

オーナーの家は
お店のすぐ裏にあるマンションだった。
「トシ。店も暇だし、ちょっと家に戻って来るな。」
「優樹連れて行っていい?」

「行ってらっしゃい」
と手を振って二人を見送った。

人見知りしてた優樹も
お菓子と聞いてニコニコしながら
オーナーの手を握っていた。


__カラン・カラン__

お店のドアが閉まる音を聞きながら
私は体をトシ君の方にむけた。

No.224 10/06/02 13:27
サクラ ( mR7jnb )

「何で・・私と優樹の事誤魔化したの?」

恐る恐る・・本当は怒鳴り散らしてしまいたい気持ちを抑えながら
それでも、真っ直ぐに彼の目を見据えて尋ねた。
 
「何でって・・だってお前も俺も相方と別れてまだ半年じゃん。」

「だから・・何?」

「半年しか経って無いのに、付き合うとか、世間体良くないだろ?」


嘘。
そんな理由じゃ無いくせに。


でも、あまりに正論だったから
言い返す言葉が見つからない。

言いたい事はいくらでもある。

だったら、付き合わなきゃいい。
胸張って言えない様な事はしないで。

彼に浴びせたい罵倒の数々は
頭の中で広がって
そのまま消える・・

「それに・・千春もオーナーと仲いいから。もし俺たちが付き合ってるのバレたら面倒じゃん。」


トシ君は、まだ知らないんだね。
千春はもぅ、誠さんと付き合ってるのに・・
もし、その事知ったら
今度は、千春を奪い返そうとするのかな。

No.225 10/06/02 13:42
サクラ ( mR7jnb )

「千春・・?あの子なら平気じゃん?」


考えるよりも先に
言葉が口にでた。

「はっ?なんで?」
トシ君の声色が変わる。
「だって、あの子・・彼氏居るよ?」

トシ君の顔から笑顔が消えた。

「何でお前がソレ知ってるんだよ?」


「何でって?相手・・誠さんだよ?」

「何言ってんだよ?そんな訳・・」

この人は、千春に何を求めていたの?
今でも自分の事を好きでいて欲しかったの?


「だって、あいつ。別れる時、すごい泣いて大変だったんだ。
俺じゃなきゃ駄目だって・・だから・・はっ?てか・・嘘だろ?」


女なんてそんなモンでしょ。

寂しい時ほど・・
弱ってる時ほど
支えてくれる人が居れば
甘えて頼ってしまうんだよ。


いつまでも
帰ってくるか分からない人を
愛し待ち続けられる人なんて
ごく僅かしか居ないんじゃない?


・・馬鹿な男・・

No.226 10/06/02 14:31
サクラ ( mR7jnb )

ふと、ドアの方に目をやると
窓から、優樹とオーナーが戻って来るのが見えた


私はバッグからトシ君の携帯電話を取り
彼の前に置いた。

「コレ・・」

彼が携帯を手に持ったのを見て
私は再び口を開く。

「シャワー浴びてる間に優樹が弄ってたから、電源落としちゃった。どっかに電話とか掛けてたらゴメンね。」

トシ君は携帯の電源を入れながら
「あぁ。ありがとう。」
と言って調べるでも無く、そのままポケットにしまった。

そこへ優樹とオーナーが店に入ってきた。
優樹は両手に沢山の玩具とお菓子を抱えていた。

「わぁ、オーナー・・こんなに、いいんですか?」


「ウチのが優樹見たら喜んじゃってさぁ。玩具はコーヒーのオマケとかだし。貰ってくれたら助かるよ。」

そう言うと優樹と繋いだ手を離し
優樹は嬉しそうにニコニコ笑いながら
私の元に駆けてきた。

「まま、おばちゃんね、くれたぁ。」

手に持った袋を私に手渡し
誇らしげに中身を見せてくれた。

「優樹、ありがとう言えた?」

「うん。おじちゃん。ありがとう!!」

優樹と私はお礼を言い
トシ君に背を向けたまま
お店を後にした。

No.227 10/06/02 15:02
サクラ ( mR7jnb )

私は当ても無く車を走らせた。


もしも、世界で
私と優樹とトシ君の3人だけで過ごせて行けたなら
きっと・・ずっと幸せに生きていける。


彼は私だけをずっと見てくれる。

私と優樹だけをずっと大切にしてくれる。


そしたら・・
私はもぅ、何もいらないよ。


本当に欲しいモノは
そんなに多くないんだよ。
トシ君と優樹と3人で笑い合っていければ
それだけでいいのに。


でも、このままじゃ駄目。
この世界では、私は幸せになれない。


トシ君の愛はすぐにフラフラと

何処かに向かってしまうもの。


もぅ、誰にも触れて欲しくないの。

トシ君の事独り占めにしたい。
もぅ誰も彼の瞳に映って欲しくない。
・・・嫌いになりたい。
一緒に居てもこんなに苦しいなら
一層の事、嫌いになれたらいい・・


彼の嫌な所、沢山知ってる。
弱さもズルさも 格好悪い所も・・
なのに、なんで嫌いになれないの・・?

No.228 10/06/02 15:12
サクラ ( mR7jnb )

暫く車を走らせると
静まり返った車内に
携帯の着信音が鳴り響いた。


車を路肩に停め 携帯を開くと
トシ君からメールが入っていた。
『今日は、わざわざゴメンな。
気を付けて帰れよ。
ありがとう。』

いつもと何も変わらない内容に
強張っていた頬が少し緩む。


携帯の中身を見た事に気づいていないのか
・・それとも、千春の事がショックで
それ所では無かったのか・・


どちらにしても・・

【良かった・・】




トシ君を嫌いになりたい。

その思いの反面

彼に嫌われたくない。
離れたくない・・

その思いは強かった。


だから彼の嫌がる事はしちゃいけない。

我慢しなくちゃいけない。

私が、もぅ我慢出来なくなるまで・・

失う覚悟が出来るまで。

ただ黙って耐えればイイんだ・・

No.229 10/06/16 14:10
サクラ ( mR7jnb )

「ただいまぁ。」

深夜2時過ぎ

いつもと何も変わらない様子で
仕事を終えたトシ君が
私の家に戻ってきた。

ベットに入っても
なかなか寝付けなかった私は
その声を聞き
リビングのドアを開けた。

「おかえり・・」

「あっ、悪い。起こしちゃった?」


そぅ言うと
手に持った携帯電話を閉じた。


---今、何してたの?
私が居たら都合悪かった?
誰にメールしてたの?


普段なら気にならなかった
そんな些細な行動が
私を
大きく不安にさせる。

No.230 10/06/16 14:29
サクラ ( mR7jnb )

>> 229 「ん?どうかしたか?」

「えっ?ううん。何でもないよ。」

いいの。
何にも聞かないの。

大丈夫・・

彼が寝るのを待って・・
そしたら、チェックしなくちゃ。


「早く、一緒に寝よう?」

私はトシ君の隣に座って
彼の肩にもたれ掛かった。


---それからトシ君が
寝るまでに2時間近く掛かってしまった。
隣をチラリと見ると
トシ君の微かな寝息が聞こえる。


明日は7時に起きなきゃいけないのに・・
寝坊したらどうしよぅ。


もっとも・・
今から眠れたらの話だけど。


一緒にベットに入ってからも
目は瞑ってても
眠気は不思議なほど
遠のいていく。


ただ頭にあるのは
彼の枕元に置いてある
携帯電話だけ・・


そっと体を起こし
携帯電話に手を伸ばした。

No.231 10/06/16 14:44
サクラ ( mR7jnb )

>> 230 そのまま、そっとベットから降りて
トイレに入った。

手に持った携帯を開くと
また心臓がバクバクと大きく波打つのが分かった。
呼吸が荒くなる。

手にはじっとりした汗をかき始めた。

震える指でメールボタンを開く。

相変わらず無防備に
メールボックスの画面が表示された。

【送信BOX】

最新順に並ぶその画面を
私はただ、じっと見つめた。


加奈
加奈
加奈
加奈

千春
千春
加奈
千春
加奈


やたらと並ぶ加奈の文字。
千春にメールは想定内。

早まる気持ちを抑えて
まだ見ていない一番古いメールから
開いてみた。

No.232 10/06/16 17:18
サクラ ( mR7jnb )

>> 231 _____________
[千春]
元気か?
久し振りだな。

最近連絡来ないから
何か気になってさ。

俺は相変わらず
一人寂しく過ごしてる(笑)
_____________

私は次のメールを開く。

______________
[加奈]
今日はバイト休みだっけ?
______________

【加奈って新しいバイトの子か・・】
・・次のメールを開く。

_______________
[千春]
そっか。元気そうで安心した。
千春は最近どうなの?
新しい男出来たのか?

_______________

[千春]
そっか~。
お前可愛いから
すぐ新しい男出来ると思ってた。

でも、やっぱショックかな。
忘れられなかったのって
俺だけだったんだな(笑)
バカみて~だな。
_______________

いつの間にか
胸の痛みも罪悪感も
色んな感情が麻痺していた。
ただ・・
次へ、次へ、と
メールを読み進める自分が居た。

No.233 10/06/16 17:33
サクラ ( mR7jnb )

____________
[加奈]
今日、学校かぁ。
お前居ないと寂しいなぁ。
_____________

[千春]
いやぁ~、バカみたいだろ?
お前を幸せに出来るようになったら
その時に、お前にプロポーズしようって
そう思って、俺は今まで
仕事も頑張って来たんだしな。

目標見失っちったよ。
_______________

[加奈]
俺は、毎日でも
加奈に会いたいけどな。
お前が店に居るだけで
頑張ろうって思えるんだ。
________________


この人・・
ホント凄いな。

よくもまぁ・・
同時にこんな良い顔できる。

外ではこんな。
私の元に来れば
私だけって顔して
隣に居れる。


怒りも呆れも超えて
ある意味尊敬しちゃうよ。

No.234 10/07/29 21:46
サクラ ( mR7jnb )

不思議と涙は出てこない。

ただ、酷く胸が痛い。


部屋に戻りトシ君に気付かれ無いように、そっと携帯電話を戻した。


いつもと同じ様に
私は彼の隣へと潜りこんだ

眠るトシ君を
ただずっと見ていた。


どうして…


私じゃ駄目…?
私だけじゃ物足りない?


あんなに笑い合ったのに。
沢山笑ってたじゃない?


『大好き』って言ってくれたじゃん…


寂しさが込み上げて来て
私は、眠るトシ君の腕に抱きついた。

No.235 10/07/29 22:03
サクラ ( mR7jnb )

「…ん?…どした?」


いつの間にか私の瞳から
涙がこぼれ落ちていた。


胸の中に広がる
冷たい暗い霧が
少しずつ、吐き出されて行く…


「ごめ…起こした?…」


私はさっきよりも強くトシ君の腕にしがみつく。


「どうしたの?」


心配そうに私を覗き込む。

「嫌な…嫌な夢…見た…」

…そう…これは全部悪い夢だったら良い。


しがみついた私から腕を外し、トシ君はギュウっと私を抱き締めてくれた。


体中に広がる彼の温もりが、夢なんかじゃないと教えてくれる。




その温もりを
私は今でもずっと
忘れられない…
寂しさを纏った温もりを…

No.236 10/08/08 15:32
サクラ ( mR7jnb )

>> 235 一緒に居たいと思った。

二人で居れば、幸せになれると

そう思った。

トシ君の傍に居るために

沢山の人を傷つけてきた。

そして、

自分も沢山の傷を負ってきた。


因果応報。

誰かに付けた傷は

必ずもっと深く大きな傷になって帰ってくる。

No.237 10/08/08 15:43
サクラ ( mR7jnb )

眠れぬまま朝が来た。

私は再び、トシ君の携帯を持って
トイレに入った。

そして、私の携帯とトシ君の携帯を向かい合わせる。

_赤外線受信完了。


自分の携帯はポケットにしまい
トシ君の携帯を再度、操作を始める。

いくつかの画面が切り替わり

自分のメールアドレスを入力する。

___自動転送サービス設定。


私はもう中途半端な位置から抜ける。

堕ちる所まで堕ちて行く。

No.238 10/08/08 15:54
サクラ ( mR7jnb )

まだ眠るトシ君の隣に座った。

「ねぇ・・起きて」

自分でも驚く程、低く、冷たい声が出た。

「ねぇっ」
肩を揺さぶると
少し驚いたように
布団から起きた。
「えっ?どした?」


「これ・・どうゆう事?」

携帯を思い切り投げつけた。

「俺の携帯・・?」

まだ寝惚けた頭で状況がうまく掴めない。

「加奈って・・誰?」

ハッとした顔になり自分の携帯を拾う。

「お前、見たの?」

まるで汚い物でも見るかのように
私に冷たい視線を浴びせる。

・・・汚いのは・・
私じゃない・・!

No.239 10/08/08 16:05
サクラ ( mR7jnb )

「加奈って誰よ・・?」

私も負けじとトシ君を睨む。

しばらく沈黙した後
トシ君は徐に立ち上がり
洋服に着替え
寝室から出て行った。

私も黙ってその後に続いた。

彼はそんな私にチラッと視線を向けると
「お前とはもう一緒には居られないわ」
と呟きながら
手当たり次第に自分の荷物を袋に
投げ込んでいく。

その光景を黙って見ていたら
悔しさが込み上げて来た。

「何なの?逃げる訳?」

泣き喚きながら、私はトシ君の腕を掴んだ。

No.240 10/08/08 16:14
サクラ ( mR7jnb )

「ちゃんと・・話してよ・・!!」
ずっと願ってた。
私だけを愛してくれる事。
「私じゃダメなの?」
トシ君は何が欲しいの?
私じゃ、叶えられないの?
「こっち・・見てよ・・なんか言ってよ・・」

私を見て
私だけを見てよ・・

「離せよ・・!」

掴んだ腕を振り払われた拍子に
私の体は冷たいリビングに倒れこんだ。

「お前さぁ、人の携帯見るなんて、人として最低だろ
そんな女だと思わなかった。減滅したわ。」

倒れた私を見下ろしながら
冷たく言い放った。

No.241 11/01/10 22:00
サクラ ( mR7jnb )

>> 240 どうして私は
こんな男に振り回され
何度も失望をして
それでも・・嫌いになれないの・・?

もう、好きなんて言葉じゃ
伝えきれないよ・・

最低な男だって分かってる。

それでも一緒に居たいと願ってる。

「愚かな女だね・・」

鏡に映る女に笑い掛けた。

酷く自嘲的な笑みになった。

もぅ、私の心は壊れてしまったのかな。

No.242 11/01/10 22:24
サクラ ( mR7jnb )

>> 241 体の震えが止まらない。
心の痛みが消えない。

流れる涙は溢れ続ける。

感傷に浸って居る間もなく
携帯電話からメールの受信を知らせる着信音が鳴り響く。

淡い期待を抱きながら
急いで携帯電話を開く。


もしもトシ君が私の元に戻って来てくれるなら
一言「ゴメンね」と言ってくれたなら

私はきっと全てを許す・・

メールを開くと見慣れないアドレス・・


「・・フフ・・あは・・あはは」


________________

急にどうしたの?
トシと会えるなら学校サボるよ~

________________

加奈からのメールかな?

さすがに行動早いんだね。
もう・・笑うしかないじゃん。



トシ君の携帯に送られて来たメールは
自動転送で私の携帯にも送られてくる。

最低でもなんでもいい。

こんな事してでも私はトシ君を嫌いになりたい。
トシ君から嫌われたい。

もう2度と元に戻れない位に
メチャクチャにしなくちゃ・・

No.243 11/01/18 23:34
サクラ ( mR7jnb )

>> 242 毎日がただ長くて
一日が・・一分が・・
早く、過ぎればいいのに。

目が覚めたら、一年・・二年って
経ってたらいいのに。
それが出来ないなら、

・・・神様・・
お願いします。

私の記憶を全部、消して下さい。
トシ君との思い出と引き換えに
大切な思い出も全部消えたっていい。
家族の事も友人の事も
全部忘れたっていい・・

No.244 11/01/18 23:45
サクラ ( mR7jnb )

涙は何日経っても乾く事なんてなくて
まるで昨日の出来事の様に
去っていくトシ君の後ろ姿が
思い浮かんでは泣いていた。

その度に、小さな勇樹は
心配そうに暖かい手のひらで
涙を拭ってくれた。

こんな私なのに・・

私は・・母親なのに・・

何で、母親としての自分じゃ満足できないの・・
こんなに、勇樹は私を求めてくれるのに・・

No.245 11/01/18 23:59
サクラ ( mR7jnb )

私の携帯電話は相変わらず
転送メールが送られて来ている。

加奈との関係の深さも
メールが全部教えてくれる。

もぅ、本当にこの場所から抜け出したい。

自分の力で、
壊さなければいけない。
前に進むために・・

決心が着くまでに
2週間近くの時間を費やしていた。

久しぶりに部屋のカーテンを開けた。

窓からは
澄み切った青空が見えた。

物音がして後ろを振り返ると
寝癖だらけの髪の毛で
あくびをしながら立っている勇樹が居た。

「ママ、おはよう。」

勇樹を抱き上げたら
その重みに一瞬、よろめいた。

勇樹の重みが、その成長を教えてくれる。

『いつまでも、同じじゃいられない』

No.246 11/01/19 00:18
サクラ ( mR7jnb )

勇樹を保育所に送った後に
私はトシ君の家へと向かった。

携帯電話を開いてトシ君に電話した。

この時間は一人で居るはず・・

何度目かのコール音の後
懐かしい声が聞こえてきた。

「はい?」

たった一言で、胸にジンと来た・・

「サクラだよ。」

いつもより控えめな声で
トシ君を刺激しないように

「うん。何?」

「この間はゴメンなさい。」
反省している事が伝わる様に

「いや・・てか、俺、もぅ無理だから。」

「でも私、別れたくない・・」
まだ私たちは、別れて居ないの。
私がそれを認めていないから。

No.247 11/01/19 00:39
サクラ ( mR7jnb )

「嫌、無理だって。」

「トシ君の嫌がる事、もぅしないから・・」
懸命に縋りつく・・

「もぅ、無理だってば。」

「何で?他に好きな人・・出来たの?」
最後くらい、本当の事、聞かせて・・

「は?何でそぅなるの?そんな簡単に他の奴好きになれない。お前の事好きだけど、もう信じられない。だから別れたいの。」
・・やっぱり、嘘つくんだね。
別れたいって言ったって事は、
今はまだ、付き合ってるんだ、私たち・・

「私は別れたくない。」
まだ、引く訳には行かないんだ。
「お前がした事で俺はこんなに苦しんでるんだよ!俺だってずっと一緒に居たかった・・でも、もう、お前の事は忘れたい。」

「やだよ・・」
もぅ、涙は出なかった。

「嫌だって言うけど、全部自分が悪いんだろ?」

「ごめんなさい・・」
ごめんなさい・
嫌だ・別れたくない・・の3つの言葉だけで
20分以上電話は続いた。

No.248 11/01/19 00:55
サクラ ( mR7jnb )

さすがに、喋り疲れたのか
トシ君も観念したように
「分かった・・取り合えず、少し考える時間くれよ。」
ため息交じりにそうつぶやいた。

「うん・・ありがとう。」

でも・・ごめんね。
考える時間なんてあげれないの。


あと数時間後には、修羅場見せてあげる。

「愛してる・・。」
私は最後につぶやいて電話を切った。

愛してる。

愛してるよ。

誰よりも。

今まで出逢った誰よりも・・

トシ君の事愛してる。

苦しくって、傷だらけで
沢山の涙を流したけど・・
それでもね、
全然嫌いになれなかった。

今も・・

嘘ばかりで、自分を悪者には絶対しない人だけど
「バカだな。」って思うけどね。

でも、気持ちは変わらないんだ。

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