注目の話題
出会いがない場合
普通の人は日中横になりませんか?
40代茶飲み友達は可能?

*君じゃなきゃダメなんだ*

レス221 HIT数 54199 あ+ あ-

ジュリ( TSTfi )
10/05/04 23:14(更新日時)

4月。

生暖かい風が肩に少しかかる私の髪を優しく揺らす。
すぅっと息を吸い込むと、肺が爽やかな空気で満たされた。


「うわぁー……」

そして今、真新しい紺色の制服、いわゆるセーラー服に身を包んだ私は、視界いっぱいに広がる桜に見とれている。

例年に比べ寒かった冬のせいで今も鮮やかに咲き誇った淡いピンク色の桜は、見つめていると吸い込まれそうになった。

その華やかさに圧倒されて、私はぼうっと校門の前に立ち尽くす。

アーチ形の豪華な校門の右下に立てられた看板には、『桐谷高校入学式』の文字。

その文字の通り、今日は入学式で、そして私は今日からこの高校の生徒になる。

いよいよ女子高生デビューってわけ。

タグ

No.1162417 09/09/29 16:42(スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿制限
スレ作成ユーザーのみ投稿可
投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.1 09/09/29 16:45
ジュリ ( TSTfi )

周りには私と同じ制服を着た女の子や、学ランを着た男の子。

みんな2、3人で固まって楽しそうに喋りながら歩いてく。

きっと、同じ中学校だった人同士なんだろう。

同じ中学校出身の子がいない私は1人で突っ立って、続々と校門をくぐってゆく生徒たちを見ている。


そのときだった。

トントンッと左肩に軽い衝撃。

すぐに、誰かに肩を叩かれたんだと分かった。


「はい?」

慌てて振り返った私の目の前にあるのは金色のボタンがついた、学ラン。

どうやらこの人も今日からここの学校の生徒らしい。
私は、顔を80度程上に上げた。その先にあった顔に私はびっくり。

……かっこいい……

黒い短髪で目はぱっちり、男の子にしては長すぎる程のまつげがさらにその目を大きく見せている。

そんな大きな目をしていても、可愛い感じはなく、きりっとした印象を思わせる。

鼻は少し高めですっと通り、口は小さめ。
そんな男の子の両脇には女の子が1人ずつ。

どちらも私と同じセーラー服姿だ。

2人とも髪をきれいに巻いて、いかにも女子高生。

No.2 09/09/29 16:50
ジュリ ( TSTfi )

「あのさぁ」

「あ、はい?」

「これ」

そう言って目の前のイケメン男子に渡されたのは、白い携帯。

「写真、取ってくれる?」
……写真、ね。

「分かった」

私が頷くと、男の子はにかっと笑った。

「サンキュー」

笑うと、一気に少年っぽくなった。

「じゃあよろしく」

男の子とガールズは小走りで校門の下に並んだ。
私はズーム機能で画面にきっちり3人が入るようにする。

「いきまーす。はい、チーズ」

カシャンという機械音が鳴った。

また小走りで男の子が駆け寄って来る。

「ありがと。君も撮る?」
「私? け、結構です」

ぶんぶんと首を振る。なんでいきなり。

「そっか。じゃあな、助かった」

男の子はくるっと向きを変え、長い髪を揺らす女の子と一緒に行ってしまった。

私もそろそろ行かなきゃ。

No.3 09/09/29 16:55
ジュリ ( TSTfi )

アーチ形の門をくぐると、桜並木が30メートル程続く。

入試で来たときは全然咲いてなかったのに。

その桜にまた見とれながら、奥の掲示板にクラス確認へと向かった。

AからEまでのクラスの生徒表の中から『望月 朱里』の名前を探す。
それが私の名前。

A組にはなかった。B組にもない。C、DにもなくE組の表でやっと見つけた。

「1年E組」


そう声に出して呟いてみても、

「私も! 同じクラスだね!」

と喜んでくれる子はいるはずもなく。

私は入学式会場である体育館へ向かった。

体育館は、中学校とは比べものにならないぐらい大きかった。

入口に立つ先生の指示に従ってE組の席に着く。

知ってる子が誰もいないというのはやっぱり心細い。

キョロキョロと辺りを見回していた私は、1つ前の列にある人を見つけた。

さっき、写真を頼まれたあのイケメン男子だった。

同じクラスなんだ。

男の子は、さっきのガールズと違う女の子と楽しそうにお喋りしていた。

周りの女子もちらちらとそのイケメン男子を気にしている。

あきらかに目立っていた。

  • << 5 「皆さん、静かに」 前に立つ先生の一声で会場のざわめきが徐々におさまっていく。 「只今より、桐谷高校の入学式を始めます」 その言葉とともに、退屈で憂鬱な時間が流れ出した。 校長先生の話しは長いし、パイプ椅子の座り心地も悪い。 やっと校長先生が壇上から降りたと思ったら次はPTA会長。 いかにもお喋りが好きそうなおばさんだった。 全く終わる気配のない話しに耳を傾ける気にもならず、私はまた辺りを見回していた。 私の両隣の男の子はどちらも俯いて寝てる。 左の子なんて軽くいびきかいてるし。 何回天井を見上げただろう。 まだ話は終わらないらしい。 仕方がないからPTA会長の方に顔を戻したとき、後ろを向いていたイケメン君と目が合った。 そのままじっと見つめ合う。 するといきなり、イケメン君が口を大きく動かし出した。 口パクだ。 ……さっぱり分かんない。首を傾げる私。 親切にも、もう一度言ってくれるらしい。なになに? 「……す、あ、あ、と?」

No.5 09/09/29 21:01
ジュリ ( TSTfi )

>> 3 アーチ形の門をくぐると、桜並木が30メートル程続く。 入試で来たときは全然咲いてなかったのに。 その桜にまた見とれながら、奥の掲示板にク… 「皆さん、静かに」

前に立つ先生の一声で会場のざわめきが徐々におさまっていく。

「只今より、桐谷高校の入学式を始めます」

その言葉とともに、退屈で憂鬱な時間が流れ出した。
校長先生の話しは長いし、パイプ椅子の座り心地も悪い。

やっと校長先生が壇上から降りたと思ったら次はPTA会長。

いかにもお喋りが好きそうなおばさんだった。

全く終わる気配のない話しに耳を傾ける気にもならず、私はまた辺りを見回していた。

私の両隣の男の子はどちらも俯いて寝てる。
左の子なんて軽くいびきかいてるし。

何回天井を見上げただろう。
まだ話は終わらないらしい。

仕方がないからPTA会長の方に顔を戻したとき、後ろを向いていたイケメン君と目が合った。

そのままじっと見つめ合う。

するといきなり、イケメン君が口を大きく動かし出した。
口パクだ。

……さっぱり分かんない。首を傾げる私。

親切にも、もう一度言ってくれるらしい。なになに?

「……す、あ、あ、と?」

No.6 09/09/29 21:06
ジュリ ( TSTfi )

すああとって何?

また首を傾げる私に、イケメン君はついに呆れてしまったようで、
はぁ、と小さなため息をついた。

そしてその後、なぜか私の足元を指差した。

その指示に従って私は視線を自分の足元へ……


「うぁっ」

私は小さく悲鳴をあげた。
スカートが大きくめくれている。
太股丸出し、もう少しでパンツが見えそうだ。

慌ててスカートを元に戻す。

いつからこうなってたんだろ?

さっきのは『すかあと』って言ってたのか……

慌てふためく私の様子を見て、イケメン君はクックッと、聞こえるか聞こえないかぐらいの微かな声で笑ってる。

……まぁ、この人のおかげで気付いたから文句は言えないんだけど。

っていうか、隣の男子に見られてないよね!?

左右確認をする。
よかった、どっちも眠ったままだ。

安心した私に向かって、目の前の男の子はまた口パクを始める。

私は動く唇をじっと見つめた。

「み、す、た、ま……? ……水玉!?」

No.7 09/09/29 21:15
ジュリ ( TSTfi )

きゃあああ!!

 私は心の中で大絶叫。


……見られた……私の……水玉柄のパンツ……見られてたぁー!

ありえない!

恥ずかしすぎる!

ひきつる顔で目を合わせると無言でにっこりと笑うイケメン。

あぁ、最悪……

しかも、私とイケメン君が喋っているのに気付いた隣の女の子が私を睨みつける。

この時点で私は、今日はついてない日なのだと確信した。

しかしすぐ後に今日はウルトラスーパーついてない日なんだと分かった。

私に突然襲い掛かってきた、尿意。

トイレに行きたい。行きたい……!

その思いはどんどん強くなる。

やばいってー!

お腹に力を込めて必死にこらえる。

早く入学式終われ……


恥をかくのを覚悟で席を立ってトイレに行こうかと考え始めたとき、やっと、式の終わりを告げる声が聞こえた。

「只今をもちまして、入学式を終わります」

そして、各クラスごとに担任と出ていく。

やっとE組が退場する番がきて、列にになって入口に向かい歩き出した。

私は列からそっと抜けて、入口に立つ先生のもとへ。

No.8 09/09/29 21:33
ジュリ ( TSTfi )

私は列からそっと抜けて、入口に立つ先生のもとへ。

「あの……トイレはどこですか?」

見た目はいかつい男の先生だったけど、私が尋ねるとにこやかに笑って体育館の横手にあると教えてくれた。

ありがとうございます、と頭を下げ、急いでトイレに直行。

やっと苦しみから解放された。

すっきりした私はトイレを出て体育館と校舎を繋ぐ廊下を歩く。

校舎内に入るとすぐに校舎案内図があった。
1年E組は……4階の一番端だ。

そう確認して、私はまた歩き出す。

廊下の右側にはドアがずらりと並んでいて、左側は窓。

そして、その窓から、中庭が見え、そこにもたくさんの桜が植えてある。

きれいだなぁ、そう思ってそのまま通り過ぎようとしたときだった。

「あれ……?」

誰か、いる。

中庭の中に誰かが立っている。
学ランを着ているから、男子生徒らしい。

この時間に校舎内にいるってことは1年生なんだろうか。

でもなんで?

私は窓際まで近づいた。

私と男子生徒の距離は窓を挟んで15メートルぐらいで、ここから見えるのは横顔だけ。

No.9 09/09/30 20:55
ジュリ ( TSTfi )

>> 8 でも、それだけでもはっきりと分かる。

その男子生徒が美男子だってことが。

さっきのイケメン君とは違ってきれいっていう言葉が似合う。

なんか、目を反らせない。
食い入るようにその男の子の横顔を見つめていたときだった。


 ―ドクン。

私の心臓が大きく跳ねた。
……え?

……ドクン、ドクン―
心拍数はどんどんスピードアップ。

なんで……?

速まる鼓動の意味も分からないまま、まだ目を反らすことができない私。

そのとき、気付いた。

「泣いてる……」

微かに微笑む男の子の頬には、涙が伝っていた。


どうして泣いてるの? 
鼓動はまだおさまらない。
もう、頭がこんがらがってきた。

No.10 09/09/30 21:08
ジュリ ( TSTfi )

放心状態だった私は、いきなり背後からかけられた声に飛び上がることになった。

「おい」

「はっ、はい!」

背後の人物に肩を掴まれそのまま私は半回転。

回った私の前にいたのは、さっき私にトイレの場所を教えてくれた、あのいかつい先生だった。

「トイレには行けたのか?」

「あ、はい。ありがとうございました」

「そうか。だったら早く教室に行ったほうがいい」

にこやかにそう言う先生に私は好印象を持った。

そして先生は廊下を曲がって消えた。

どうやら窓の向こうの男子生徒には気付かなかったらしい。

再び窓に目をやるとなんと、思いきり目が合ってしまった。

「っ……!」

また高鳴る鼓動。
やばい。

耐え切れなくなった私は、廊下をダッシュ!

階段を一段飛ばしで駆け上がり、一気に4階まで上りきった。

なんとか息を整えて、1年E組の教室の戸を引くと、教壇で喋っていた先生が私の方を向いた。

「すいません……」

先生に頭を下げる。眼鏡をかけた、50代前後に見える痩せ型の男性教師。

なんか怖そう……先生は無表情で

「席に着きなさい」
と一言。

No.11 09/09/30 21:12
ジュリ ( TSTfi )

空いてる席を探すと、最後列の端がぽつんと1つ空いていた。

何度か周りの机にぶつかりながら進み、やっと席に着いた。

そしてすぐに教科書の配布が始まる。

分厚い教科書をかばんに詰め込んだ後、先生からの話しが終わって今日は下校。
明日は早速テストだ。

私は学校を出て駅へ向かった。


「重っ……」

かばんを持った右肩がずっしりと重い。
肩が外れそう。

必死で歩いてやっと駅に着いたのに、私は改札口で重要なことに気付いた。

「定期がない!」

なんで?なんでないの!?
何度かばんの中を見ても定期は見つからない。

もしかして学校…?

あるとしたら学校だよね。
もうっ、
ほんっとに今日はついてない!!

何!?

私神様になんか恨まれるようなことした!?

No.12 09/09/30 21:15
ジュリ ( TSTfi )

また重いかばんを持って学校まで戻ることになった私。

なんて可哀相なのかと自分でも同情しちゃう。

学校まで戻ってきた私は職員室へ。

「あの……定期、落ちてませんでしたか?」

一人の女の先生にそう聞くと、幸いなことに

「あー、落ちてたわよ。もしかして望月さん?」

「はい!そうです!」

「ちょっと待ってて」

すぐに定期は私の元に戻ってきた。

赤くて、大きく『望月朱里』と名前が書かれた定期入れ。

よかったぁ……

先生にお礼を言って職員室を出た。

これでやっと電車に乗れる。

かばんを左肩に持ち替えて歩き出した私は、
校門に向かう途中の駐輪場で、あのイケメン君に会った。

No.13 09/09/30 21:38
ジュリ ( TSTfi )

>> 12 目が合った瞬間、イケメン君はニヤッと笑って

「あ、水玉」


……人をパンツの柄で呼ぶなぁー!!

「ちゃんと望月朱里っていう名前があるんですー!」

私は印籠のように定期入れを見せ付けた。

「え、バカり?」

「バカりじゃなくてあ・か・り!」

完璧にバカにされてる。

「同じクラスだよな?」

「うん」

「俺、川瀬南津」

かわせなつ、か。ふーん。

「あのお友達とは一緒に帰んないの?」

「お友達?」

記憶にない、といった感じで川瀬が首を傾げる。

「ほら、私が写真撮ってあげた子」

「あー、あの子たちね」

思い出したみたいだ。

「友達じゃないよ」

「そうなの?」

「いきなり声掛けられた。写真撮りませんかーって」
なんだそれ。

ようするに川瀬がイケメンだから一緒に撮りたかっただけってことか。

「ふーん」

「ちょっと安心した?」

いたずらっぽく笑う川瀬。
「はい?なんで安心するの?モテるんだなぁと思っただけ」

「そうなんだよなー。俺、イケメンだから」

自分で言っちゃってるよ。
まぁ確かに私もかっこいいと思ったけどさ。

No.14 09/09/30 21:41
ジュリ ( TSTfi )

>> 13 「はいはい。じゃあ私、帰んなきゃいけないから」

この重ーい荷物を持って。
歩き出した私に向かって


「じゃあな、バ・カ・り」

からかう川瀬南津の声。

私は振り向いて一言。

「うるさい……ぴーなつ!」

よし、すっきり。

そして私はまた歩き出した。


うん、なかなかいい。

南津だから、ぴーなつ。

思い付きにしては上出来のネーミング。

してやったり気分の私は上機嫌で電車に乗り込んだのだった。

座れなかった私は、電車に揺られながら、ふと中庭の謎の男子生徒のことを思い出していた。


なんで泣いてたんだろう……?

No.15 09/10/01 17:35
ジュリ ( TSTfi )

>> 14 翌日。

友達を作ろうと張り切って教室に入った私は、いきなり誰かとぶつかった。

「ごめん!」

相手をよく見るとセミロングの女の子。

ちっちゃくて可愛い。

「私こそごめんね。それとおはよう」

そう返してくれる声はハキハキと元気な声。

「おはよう」

「私、矢崎結実。けが、してない?」

「大丈夫。望月朱里です。よろしく」

私たちはすぐに仲良くなれた。

結実も、同じ中学校出身の子がいないのだそうだ。

「不安だったんだけど、よかった、友達できて」


ほっとしたように笑う結実の笑顔はほんとに可愛かった。

No.16 09/10/01 17:40
ジュリ ( TSTfi )

>> 15 昼休み。

すっかり打ち解けた私と結実は一緒にご飯を食べている。

場所は食堂。
3学年が集まる食堂はすごくにぎやかだ。

「ねぇ、同じクラスの川瀬君知ってる?」

焼きそばパンを頬張りながら結実が聞く。

川瀬君って……あぁ、ぴーなつのことか。

「知ってるよ」

「やっぱり朱里も知ってたか。川瀬君かっこいいよね」

人のことパンツの柄で呼ぶけどね、とは言わなかった。

結実のイメージを壊すのはかわいそうだから。

「朱里は?気になる男子いた?」

「私ー?……あ」

思い出した。
中庭の男子生徒。

「なに?いるの!?」

興味津々の結実。

「うん、まぁ……」

「ほんとにっ?1年?」

「たぶん、そう」

「何組?」

分かんない、と首を振る。
「じゃあ探そうよ!今ここにいないの?」

結実が食堂をぐるりと見渡す。

いたとしても、見つけるの大変だよ。

「あ、川瀬君見っけ」

結実が嬉しそうな声を上げる。

結実にあそこあそこ、と袖を引っ張られて無理矢理私も視線を川瀬に向けた瞬間、私の目はくぎづけになった。

川瀬にじゃない。
川瀬の横にいる、男子生徒に。


それは紛れも無く、昨日中庭にいたあの男の子だった。

No.17 09/10/01 17:46
ジュリ ( TSTfi )

>> 16 「いた……」


思わず漏れた言葉に結実が反応する。

「え、いたの!?どこ!?」

「……川瀬の、隣……」

その男の子は川瀬と楽しそうに喋っていた。

あいつの友達だったんだ。

ドキン―

また、心臓が跳ねる。

体が熱い。

なんだろう、この感覚……
「うわぁ、かっこいいじゃん!」
興奮してる結実。

「話し掛ける?」

「むっ、無理だよ!」


そんなことできるわけないじゃん……

結局、ぼーっと見つめるだけで昼休みは終わってしまった。

でも、その男の子が何組かが分かった。

隣のクラスのD組。


気付けば私は、ずっとあの人のことを考えてる。

これってもしかして……

No.18 09/10/01 18:49
ジュリ ( TSTfi )

放課後、私は教室に残されていた。

なんでかっていうと、私がめでたく学級委員になってしまったから。


……全然めでたくなんかないっ!

だって……じゃんけんで負けたんだもん。

しかも。

「よろしくな、バカり」

男子の学級委員は、こいつ。


「だからバカりって呼ぶな!ぴーなつ!」

「ぴーなつじゃねぇ!」

「じゃあ……ナッツ?」

「ほとんど一緒じゃねぇかよ」

パコッと頭をはたかれた。
「痛っ!暴力反対!」

「今のは撫でたんだよ」

ニヤッと笑う川瀬。思いっきり叩いたくせに。

「ねぇ、ぴーなつかナッツかどっちがいい?」

「なんでどっちかなんだよ」

ふて腐れる南津。

「じゃあ……ぴーなつにしよう」

「なに勝手に決めてんだよ。普通に南津でいい」

「えー?ぴーなつのほうがいいよ」

私がそう言うと

「うるせぇ」

今度はデコピンが私のおでこにヒットした。

「いったぁ!」

ピリピリする……

「南津でいい」

「分かったよ……ぴーなつ……ひぃっ!」

「ぴーなつ?」

ほっぺたをつままれた。

「間違えました!南津でした!」


必死で訴えると、やっと手を離してくれた。

No.19 09/10/01 19:23
ジュリ ( TSTfi )

「もうっ!痛いよ!」

「撫でたんだよ」

どこが!まだヒリヒリする……

恨めしげに南津を睨むものの、効果ゼロ。

「お前はどっちがいい?バカりか……水玉」

そう言ってまたクックッと笑う南津。

「どっちもやだ!」

「んー……じゃあ、ちょっと立って」

 ?

なんで立つの?

疑問を持ちながらも素直に立ち上がった瞬間。

ひらっ。

南津の手がさっと動いて、
「ぎゃっ!?」

私のスカートがめくれた。
「何してんのよ!」

有り得ない!

またパンツ見られた……

「お前今日も水玉かよ。しかもカラフル。お前は水玉で決定ー」

ニヒヒ、と意地悪に笑う南津を横目で睨む。

「うっさい!人の勝手でしょ!ってか、パンツの柄で呼ぶな!ぴーなつ!」

「あぁ?」
そんな幼稚な言い争いをしていたとき。

No.20 09/10/01 19:26
ジュリ ( TSTfi )

「賑やかだなー」

教室の入口に誰かが現れた。

入口に背を向けて立っていたため、慌てて振り返った私は思わず固まる。

だって、だって……


そこに立っていたのが、あの男の子だったから。

「よぉ彰」

隣の南津が声を上げた。


あきらって言うんだ……

うまく回らない頭でぼやーっと考える。

心臓が暴れて、目を反らすことしかできない。


「今日どうすんの?」

南津よりも少し高めの、涼やかな声。

こんな声してるんだ。

「あー……悪ぃ、先帰ってて」

「分かった。じゃあその子と仲良くな」

そう言い残して彰君はいなくなった。


ヤバイ……これって完全に私、一目惚れってやつだ……

「あーあ。今日彰とどっか行こうって言ってたのに……」

名残惜しそうな南津の声も、今の私は上の空で聞き流す。

頭の中に、まだ響いてる彰君の声。

  • << 22 「こんなんまとめてらんねー」 15枚ほどに目を通した南津がグチをこぼす。 「もうさぁ、適当でいいだろ?」 「そうだね」 私も南津に同意し、結局クラス目標は『楽しいクラス』に決定。 っていうか、高校生にもなってクラス目標って…… どうよ? 「よっし、終わりだな。これからどうすっかなぁ」 頬杖をつく南津。 「誰か女の子でも呼べば?」 嫌味のつもりで言ったのに 「それいい。誰と遊ぼっかなー」 なんて言いながら携帯をいじりだした。 「ミカちゃん、ナナちゃん、アヤナちゃん……」 聞いたことのない女の子の名前が次々と南津の口から出てくる出てくる。 「南津って女好きだよね」 「大好き。ま、向こうから俺に寄ってくるんだけど」 「そーですか」 「そーなんです」 南津の笑顔がウザったい。 「んじゃま、帰るか」 ガタン、と音を立てて席から立ち上がり、教室を出る南津に続いて私も教室を出た。 靴箱で靴をトントンしていると、 「あ、南津くーん」 女の子の声がした。 振り向くと、二人の女子生徒がとびっきりのスマイルを、私の横に立つ南津に向けていた。 ミニスカ度合いとお化粧具合からして上級生だ。

No.21 09/10/01 19:28
ジュリ ( TSTfi )

>> 20 「……ね、ねぇ」

「あ?」

「今の……彰君、だっけ?」

「おぅ。彰がどうかした?あ、お前もしかして彰に惚れちゃったとか?」

「そっ、そんなんじゃないけど……」

やっぱりこいつには相談なんてできない。

「ふーん」

目を細め、意味ありげに笑う南津。

「そんなことよりさっ、早くやっちゃおうよ、これ」

私は話しを反らして机の上の紙束を指差した。

これは、クラスのみんながクラス目標を一人一人書いたもの。
これをまとめるのが学級委員の初めての仕事なのだ。

「ったく、バカりがうるさいから全然進まねぇじゃんかよ」

なにぃ?
それは聞き捨てならない。
「南津のせいでしょ」

「いやいや、お前のせいだから」

そんな罪のなすりつけ合いがしばらく続き。

「……早く終わらせよ」

「おぅ。そうだな」


やっとそれが無駄だと気付いた私たちは作業に移った。

No.22 09/10/01 19:32
ジュリ ( TSTfi )

>> 20 「賑やかだなー」 教室の入口に誰かが現れた。 入口に背を向けて立っていたため、慌てて振り返った私は思わず固まる。 だって、だって…… … 「こんなんまとめてらんねー」

15枚ほどに目を通した南津がグチをこぼす。

「もうさぁ、適当でいいだろ?」

「そうだね」

私も南津に同意し、結局クラス目標は『楽しいクラス』に決定。

っていうか、高校生にもなってクラス目標って……
どうよ?

「よっし、終わりだな。これからどうすっかなぁ」

頬杖をつく南津。

「誰か女の子でも呼べば?」

嫌味のつもりで言ったのに

「それいい。誰と遊ぼっかなー」

なんて言いながら携帯をいじりだした。

「ミカちゃん、ナナちゃん、アヤナちゃん……」

聞いたことのない女の子の名前が次々と南津の口から出てくる出てくる。

「南津って女好きだよね」

「大好き。ま、向こうから俺に寄ってくるんだけど」

「そーですか」

「そーなんです」


南津の笑顔がウザったい。

「んじゃま、帰るか」

ガタン、と音を立てて席から立ち上がり、教室を出る南津に続いて私も教室を出た。

靴箱で靴をトントンしていると、

「あ、南津くーん」

女の子の声がした。

振り向くと、二人の女子生徒がとびっきりのスマイルを、私の横に立つ南津に向けていた。

ミニスカ度合いとお化粧具合からして上級生だ。

  • << 24 翌日の放課後。 「クラブ見学行かない?」 結実にそう誘われたけど、私は断った。 「ゴメン、私バイトしようと思ってるんだ」 もともと運動が不得意で、しかも面倒臭がりな私。 高校に入ってまでクラブに入る気なんてさらさらなかった。 結実には悪いけどね。 高校生になったら絶対バイトしようと決めていた。 そして、お金を貯めて一人暮らし…! それが私の夢なんだから。 「そっかぁ、分かった。じゃあまた明日」 「うん、またね」 教室を出ていく結実を見送ったあと、私も立ち上がった。 教室内にはもう私しか残っていない。 どんなバイトがいいかな。 やっぱりケーキ屋さんとかがいいよねぇ。 だって、余りものとか貰えちゃったりするしさ。 駅前で求人広告貰って帰ろう、そんなことを考えながら教室の入口まで来たとき 「よぉ」 いきなり目の前に現れたのは、南津。 相変わらず背が高い。 私が口を開きかけた瞬間、足元にさっと風が吹いた。 一瞬、何が起こったか分からない私に 「今日はしましまか」 ニヤーッと笑う南津。

No.23 09/10/01 19:36
ジュリ ( TSTfi )

>> 22 「あ、どうもー」

南津も笑顔を返す。

この笑顔で今までたくさんの女の子を落としてきたんだと分かる甘い笑顔。

さっと南津の周りに集まってくるガールズたち。

私には気付きもしない。
「じゃあね」

私はさっさとこの場を立ち去りたかった。

「おぅ。またな」

あまりにもあっさりとそう言われて、
ちょっと腹が立ったけど、私はそのまま1度も振り向かずに学校を出た。

No.24 09/10/01 19:39
ジュリ ( TSTfi )

>> 22 「こんなんまとめてらんねー」 15枚ほどに目を通した南津がグチをこぼす。 「もうさぁ、適当でいいだろ?」 「そうだね」 私も南津に同… 翌日の放課後。

「クラブ見学行かない?」

結実にそう誘われたけど、私は断った。

「ゴメン、私バイトしようと思ってるんだ」

もともと運動が不得意で、しかも面倒臭がりな私。

高校に入ってまでクラブに入る気なんてさらさらなかった。

結実には悪いけどね。

高校生になったら絶対バイトしようと決めていた。

そして、お金を貯めて一人暮らし…!


それが私の夢なんだから。
「そっかぁ、分かった。じゃあまた明日」

「うん、またね」

教室を出ていく結実を見送ったあと、私も立ち上がった。

教室内にはもう私しか残っていない。

どんなバイトがいいかな。
やっぱりケーキ屋さんとかがいいよねぇ。

だって、余りものとか貰えちゃったりするしさ。

駅前で求人広告貰って帰ろう、そんなことを考えながら教室の入口まで来たとき

「よぉ」

いきなり目の前に現れたのは、南津。

相変わらず背が高い。

私が口を開きかけた瞬間、足元にさっと風が吹いた。

一瞬、何が起こったか分からない私に

「今日はしましまか」


ニヤーッと笑う南津。

No.25 09/10/01 19:45
ジュリ ( TSTfi )

状況を把握した私の顔がみるみる熱くなる。

「この……変態!」

何なの!?

なんで毎回毎回会う度にスカートをめくられなきゃなんないわけ!?

「あほぴーなつ!」

ペロッと舌を出す南津を叩こうとしたものの、すっとかわされてしまった。

くそぅ!

「あんた、人のパンツ見んのが趣味なの?」

「いや?今日も水玉なのかなーっと思って」

「興味本意でスカートめくってんじゃないわよ!」

怒る私をまぁまぁとなだめる南津。

しかしその顔はいまだニヤケ顔。

「でもまぁよかったよ」

何が?

「お前が水玉柄以外もはいてることが分かって」

……。

「あいつは?お前がいつも一緒にいる友達」

「結実?クラブ見学行った」

まだ怒りがおさまらない私は素っ気ない返事を返す。
それに気付いてるのか、気付いていないのか

「お前は?いかないの?」

変わらずのんきに質問してくる。

「行かない」

「なんで?」

「バイトするから」

なんでいちいちあんたに説明しなきゃなんないのよ。

「ふーん」

しかも反応薄いし。

「じゃ、私帰るから」

こんなヤツの相手してる暇なんかないのよ。

早くケーキ屋さんでバイトするんだから。

南津から顔を背けて歩き出した私の背後から

「水玉ー」

No.26 09/10/01 19:50
ジュリ ( TSTfi )

またパンツの柄…

っていうか今日は水玉じゃないし。

しましまだし。

まだ何か用?

まぁ、最初っから用があって話しかけたようには見えないけど。

もはや怒る気にもなれず。

「何?」

振り向けば、にっこりと笑った南津がヒラヒラと手を振ってる。

「バイバイ、あかり」

「……ばいばい」

手を振り返す私の姿を確認すると、南津は行ってしまった。

あいつ、バイバイのためだけに私を引き止めたのか。

訳分からん。

最初は呆れていたけど、少しして気付いた。

今、南津、初めて私のこと朱里って呼んだ……。

なんか、嬉しい。

いや、
『きゃあっ!初めて名前で呼ばれたぁ!』
っていう少女マンガのような喜びじゃなくて、

素直に、仲良くなれた感じがするっていうか。

とにかく、恋愛感情ではない、絶対に。

早く帰ろう。

階段を一階まで降りたとき、私の目に入ったのは中庭。

昼休みはいちゃつくカップルで溢れる場所。

あの男の子……あきら君がいた、中庭。

一体、あそこには何があるんだろう。


気になった私は、ガラスのドアを開けて中に入った。

No.27 09/10/01 19:52
ジュリ ( TSTfi )

さすがにこの時間にはもう誰もいなかった。

夕日が差し込み、植えられた植物を照らす。

私は、彰君がいたあの場所まで足を運んだ。

彰君が立っていた位置に私も立ち止まり、彰君が見ていた方向に目を向ける。


「え……?」


そこにあったもの。
それは……

木、だった。

まだ小さな木。


でもそれは、ただの木じゃなかった。

その木の横に立てられた石碑に書かれた文字。

 『望月香里』


その名前は……紛れも無く……私の……


「おねー、ちゃん……」

No.28 09/10/01 19:57
ジュリ ( TSTfi )

「香里はね、がんなんだって」

ある日突然、お母さんはそう口にした。

それは、まだ去年の5月のことで、鮮明に思い出すことができる。

お姉ちゃんがいきなり学校で倒れて病院に運ばれた翌日、
薄暗いリビングでのことだった。


「がん……?」


最初は全く理解できなかった。

つい昨日まで普通に喋って、一緒に寝ていたお姉ちゃんが、がん……?


「で、でもさ、がんって今はもう治るんでしょ?だったらさ……」


暗い雰囲気の中で、わざと明るくそう言ったとき、お母さんが声をあげて泣き出した。


「おかあ、さん……?」


泣き崩れるお母さんの横で、今まで俯いていたお父さんが顔を上げた。


「朱里、よく聞いてくれ。……香里は…………


余命、半年なんだそうだ……」



ヨメイハントシ……?

No.29 09/10/01 20:05
ジュリ ( TSTfi )

「望月?」

ぼーっと突っ立っていた私は、かけられた声ではっと我に返った。

「やっぱり望月か」

「村上先生……」

生徒指導の村上先生。

入学式の日にトイレの場所を教えてもらったあのいかつい先生だ。

この先生、生徒からだいぶ人気があるらしい。

私も分かる気がする。

顔は怖いけど、すごく優しいってことが話していると伝わってくるから。

でも、なんで村上先生がここに……?

「お前……望月香里の妹、か?」

何も考えずに頷いた私。
頷いてから気付く。

この人、お姉ちゃんのことを知ってるの……?


「そうか、やっぱりそうだったか」

静かに微笑む村上先生。
「どうして……?」

「そのどうしては、どうして俺がここにいるのかっていう意味なのか、どうしてこの木があるのかってことなのかそれとも、どうして俺がお前の姉ちゃんのことを知ってるのかって意味なのか、どれだ?」


「…………全部」

ぽつりと呟いた私に、先生は、そうか全部か、と笑った。

No.30 09/10/01 20:12
ジュリ ( TSTfi )

「それじゃあ、ちょっと座るか」

先生が目線で近くのベンチを示す。

頷いてベンチに座ると、
先生も横に腰掛けて膝の上で手を組んだ。

「まず、どうして俺がここにいるかだけど……それは単純。
窓から誰かいるのが見えたから。望月かなぁと思ったらやっぱりそうだった」

「……」

無言で先生と目を合わせると、にっこりと微笑んでくれた。

「次はこの木のことだな。これはな、お前のお姉ちゃんが植えて欲しいって言ったんだ。

私がこの学校の生徒だった証が欲しいんだって」

村上先生は、遠くを見つめて言った。

証……

この木は、お姉ちゃんが桐丘高校の生徒だった証で、お姉ちゃんが生きていた証でもあるんだ。

そう思うと、鼻の奥がつんと痛かった。

「これは何の木か分かるか?」

先生の問いに、分かんないと首を振る。

「これは梅の木だ。なんで梅の木だと思う?」

また首を振る私に、にやっと笑って先生は答えを教えてくれた。

「梅干しが好きなんだってよ、お前の姉ちゃんは」

そんな理由で……?

なんか、花言葉とか、
もっと深い意味があると思ってたから、拍子抜けした。

No.31 09/10/01 20:15
ジュリ ( TSTfi )

……でもたしかに、お姉ちゃんは梅干しが好きだった。

コンビニでおにぎり買うときは絶対梅干しだったし。

梅干しが好きだから梅の木っていう発想が、お姉ちゃんらしい。

「次は、どうして俺がお前の姉ちゃんのことを知ってるのか、だな。
俺はな、あいつの担任だったんだ」

「お姉ちゃんの担任……」

「あぁ。2年B組の担任だった。あいつから、妹がいるって話しは聞いたことがあったんだ。

まさかその妹がこの学校に入学していたとは知らなかったけどな」

村上先生はにやりと笑った。

「……」

「新入生に望月って名前の生徒がいるって聞いてたからもしかしたら、と思ってたんだが、入学式の日にお前を見て確信した。絶対に望月香里の妹だと思った」

No.32 09/10/01 20:19
ジュリ ( TSTfi )

「……どうしてですか?」

たっぷりと間をあけた後、


「お前とお姉ちゃん、目がそっくりだ」

久しぶりに言われたその言葉。

きれいな顔立ちをしたお姉ちゃんと、童顔の私だけど
大きな目だけは似ていると皆から言われた。

お姉ちゃんが大好きだった私は、それを言われるのが何よりも嬉しかった。


また涙がこぼれそうになって、きつく目を閉じた。

そんな私に気を利かしてくれたのか、先生は腰を浮かせて

「じゃあそろそろ俺は行くよ。またなんかあったら俺のとこに来い」


頼もしい言葉を残して、行ってしまった。

先生が中庭から去った後、一人ベンチに座り、俯いていた私。

顔を上げて目の前にある木を見ることができなかった。

No.33 09/10/01 20:29
ジュリ ( TSTfi )

どれぐらいそうしていたんだろう。

「よっ」

「え……?」

いきなり私の隣に腰掛けた人物。

それは……

「南津……」

顔を上げた私の顔を見て、南津の笑った顔が戸惑った表情へと早変わりした。

「朱里?お前……」

「なに?」


「なんでそんな……


泣きそうな顔してんだよ」


そっと、南津の右手が私の左頬に触れた。

温かな、南津の手。

その手が触れた途端、

私の目に溜まっていた涙が一気に溢れ出す。

「お、おいっ」

「……ごめん」


俯く私の頭に、南津は優しく手を置いて


「どうした?」


聞いたことのない、柔らかな声を響かせる。

その声になんだか安心した私は、ぽつりぽつりと話し出した。

お姉ちゃんのこと、木のこと。



「自分でも、なんで泣いちゃったかよく分かんないんだよね」

全て話し終わったとき、涙は止まっていた。

たぶん目は真っ赤。

「すっきりしたか?」

「うん」

「そっか。それはよかった。じゃあな」

さっと立ち上がってそのまま行ってしまおうとする南津。

今気付いたけど、南津は体操着姿。

たぶんどこかのクラブ見学に行くんだろう。

No.34 09/10/01 20:36
ジュリ ( TSTfi )

「な、南津っ」

呼び止めると、南津は振り向き、座ったままの私の目の前にしゃがみ込む。

そして次の瞬間、
私は南津の手によってクイッと顎を捕らえられていた。

南津の顔が近くなる。


「なに? まだ俺と一緒にいたいの?」

「っ……!」

自然と鼓動が速くなる。

顔が熱い。

硬直してしまった私を、しばらくじーっと見つめていた南津は、いきなり吹き出した。

「お前、赤すぎ」

「だ、だって……!」

捕まっていた顎にはまだ感触が残っていて、心臓も暴れっぱなし。

「お前が呼び止めるから、ちょっとからかっただけじゃねーかよ」

からかっただけって……

心臓バックバクだったんですけど!

「このアホぴーなつ!」

「あぁ!?」

「私はねぇ、あんたみたいに異性に対する免疫がないの!分かる!?
そりゃあ南津はモテるからさ、今まで女の子といーっぱい付き合ってきて、慣れてるのかもしんないけど、私は慣れてないんだもん」

さっきまで泣いてたのが嘘みたいに怒る私に、

南津はふと真顔になる。

「悪かった。だってお前がさぁ……


可愛かったから」

南津の色っぽい声と吐息が耳にかかって、背中をぞくっとしたものが走り抜けた。

No.35 09/10/01 20:40
ジュリ ( TSTfi )

「……南津のばか!もうさっさとクラブ行けば!」

私はそう言い残して中庭を出た。

頭に血が上っているのは、怒ってるせいと、さっきの南津の行動のせい。

南津といると、からかわれてばっかり。

体のほてりがやっと冷めたのは靴を履きかえて校門をくぐった頃。


冷静になったら、後悔した。

南津にちゃんとお礼言わなきゃいけなかったのに。

……やってしまった。

明日ちゃんとありがとうって言おう。

そんなことを考えながら、私は駅前で無料求人情報誌をゲットして家に帰った。

No.36 09/10/01 20:51
ジュリ ( TSTfi )

「よ、あかり!」

「あ、南津」

翌日、教室への階段を上っていたところで、
南津に背後から声をかけられた。

そのまま南津は、私の横を歩きだす。

「南津昨日は……ぎゃっ!」

南津の手の動きとともに私のスカートが大きくめくれる。

幸い、周りには誰もいない。

「今日はチェックか」

「……」

叩いてやろうかと思ったけど、今はぐっとこらえて。

「き、昨日はありがと」

「え?」

私の思ってもみなかった反応に、南津のニヤケ顔が揺らぐ。


「ちゃんとお礼言ってなかったから……だから、ありがと」

きょとんとしていた南津は
「よく言えました」

すぐにまたニヤケ顔に戻って私の頭をクシャクシャ撫でた。

なんかその顔ムカツクけど、とりあえず昨日のお礼はちゃんと言った。

だから私は、
横に並んで階段を上る南津の横腹を思いっりきりつねった。

No.37 09/10/05 18:48
ジュリ ( TSTfi )

「いって!何してんだよ」

「何って……仕返し」

「仕返しぃ?」

「また私のパンツ見たから。いい加減やめてよね!
スカートめくり。
小学生じゃあるましい」


「小学生、ねぇ」

声を出すひまも無く私の腰には南津の腕がまわされていて、
背中は壁に押し付けられた状態になっていた。

「俺、高校生なんだよね」

「しし、知ってるよそんなこと!南津近い……っ」

必死に南津の体を押し返すけど、びくともしなくて。
「小学生がこんなことする?」

ついには南津のもう片方の手が頬に添えられて真っすぐ前を向かされる。

「ちょっ、南津……!」

なんでこんな状態になってるわけ……!?

パニック状態に陥ったとき。

「朝っぱらからイチャついてんじゃねーよ」

誰かが南津の頭にバコッとかばんをヒットさせた。

「痛てっ!」

ようやく私から南津の体が剥がれる。

私は、感謝の思いを精一杯込めた眼差しで、恩人の正体を確かめた。

しかし、その瞬間、やっと下がってきた頭の血が、
また一気に逆流する。


だって、その人は

「何すんだよ彰」


彰君だったから。

No.38 09/10/05 21:20
ジュリ ( TSTfi )

「朝からそんなもん見たくねーんだよ」

あくびをした彰君と、
ぱっちりと目が合う。

「っ……!」

「お前……」

「はい……?」

なかなか目を反らしてくれない彰君。

先に目線を外したのは私。
「どうもありがとうございました!」

頭を下げて私は一人階段を駆け上がった。

「あーびっくりした……」

教室に入ってほっと息をつく。

朝からこんなんじゃ心臓もたないって……

「おはよ、朱里。どうしたの?顔赤いよ?」

私のもとに寄ってきた心配そうな顔の結実に、
大丈夫だと笑いかける。

そのとき、
クラス内がざわついた。

ざわつきの原因は、女子生徒。

そして、どうしてざわついたのかというと、
あいつが入ってきたから。

『川瀬南津』が。

南津が入ってくると、毎日こんな感じ。

悔しいけど、イケメンの南津。

そしてその評判はもう学校中に広がっている。

この前、上級生の女子にも話し掛けられてたしね。

クラスの女子と挨拶を交わしながら悠々と教室内を歩く南津。

ちなみに
『おはよう』と言ったあとにとびきりの甘い笑顔で微笑むのが南津流の挨拶。

そして今日も、
その虜になる女の子たち。

No.39 09/10/05 21:32
ジュリ ( TSTfi )

私と結実にも「おはよう」
の言葉と甘い笑顔が向けられた。

でも、私は見逃さなかった。

一瞬だけ、私に向かって南津がニヤリと笑ったことを。

私はキッと睨み返すものの、完ぺきに無視。

しかも南津見たらさっきのこと思い出しちゃったし。

「はぁ……」

「やっぱり何かあったの?」

思わず出てしまったため息に、
結実が私の顔を覗き込む。

「ううん。ちょっと最近寝不足でさ」

ホントは毎日熟睡だけど、南津とのことを言えなくて、うそをついた。

「でも大丈夫だから、気にしないで」

とそのとき。

「望月さーん」

聞き慣れない呼び名で私を呼び、こっちに向かってくるのは……

南津だ。

ニコニコ笑顔を顔に貼り付けてこっちに来るヤツに、冷たい視線を向ける。

「朱里に何の用かな?」

「知らないよ」

横にいる結実は少し興奮気味。

周りの女子も、
こっちをチラチラ。

そしてとうとう南津が目の前に。

「望月さん」

「なんですか」

その呼び方、うっとうしい。

「これ、落としてたよ」

そう言って私に差し出された南津の手に握られていたのは……


「携帯。望月さんのだよね?」

No.40 09/10/05 21:37
ジュリ ( TSTfi )

「な、なんで?」

制服の内ポケットに手を突っ込んでみると、そこにあるはずの携帯がなくて。

目の前のそれが私のものだということが証明される。
「落としてたよ。階段に」

『階段』の部分だけ囁くように言う南津の手から携帯をもぎ取る。

赤色の携帯は確かに私のものだった。

「もう落とさないようにね」

そのときの南津の笑顔は、なぜか意味ありげな笑みに見えた。

No.41 09/10/05 22:57
ジュリ ( TSTfi )

南津の意味深な笑みの意味が分かったのは、
その日の放課後。

今日もクラブ見学に行く結実と別れ、学校を出ようと葉桜になりかけの桜並木を校門に向かって歩いていたとき。

ポケットの中の携帯が震えた。

取り出して画面を見ると、知らない番号からの電話。

誰か分からない電話はとらない方がいい。

そのまま放置していると、しばらくして電話は切れた。

電話をしまおうとしたところでまたしても着信が。

画面を確認すると、どうやらさっきと同じ人。

誰だろう。

イタズラかな。

出るか出ないか迷っていたとき。

「もしもーし」

チャリンチャリン、
と自転車のベルを鳴らし、背後からやって来たのは、

南津……


とその後ろに跨がった
彰君……!

「もしもーし」

携帯を耳に当てている南津。

私の手の中でいまだに震えている携帯電話。

「え……」

もしかして、
もしかしちゃう?

恐る恐る通話ボタンを押して、耳に当てると

「よぉ、水玉」

電話の向こうから、南津の口の動きと少しずれた、南津の声。


「……なんで!?」

No.42 09/10/05 23:03
ジュリ ( TSTfi )

携帯と南津を見比べる私の前に、
自転車を停める南津、

と後ろの彰君。

その彰君を前にして、ドキドキしながらも、必死に考えて、気付いた。

「階段……」

「当ったりー」

今朝、階段で私が携帯を落としたとき。

そのときに勝手に番号を登録したらしい。


いやちょっと待って……。

「南津が取った……?」

「それも当たりー。
お前がパニクってる隙に」

お前はすりか!

人の携帯勝手に取って、
しかも勝手に登録するなんて……

怒りを抑えられなくて、
拳を握っていると、

ふと彰君の視線に気付く。

穴があくほどじっと見つめられ、血圧は急上昇。


「お前、もしかして……」

「な、なんでしょう?」

「…………いや、やっぱいい……」

そう呟いて彰君は私から目を反らす。

 ?

なんだったんだろう。

そしてまた、彰君が口を開く。


「なぁ……なんで水玉?」

え……?

そこ、ですか?

南津がぷっと吹き出す。

「あぁ、それはぁ……」

「言わなくていいから!」

必死に南津を止めるも、

「こいつ、水玉パンツはいてるから」

あっさりとバラされた。

No.43 09/10/05 23:07
ジュリ ( TSTfi )

「そうなんだ」

楽しそうに笑う彰君。

「ち、違うの彰君。違うこともないけど、違うのっ」

「はは、どーいう意味?それ」

なおも笑い続ける彰君。

もう恥ずかし過ぎるっ。

「大体、パンツの柄を知ってるって、どーゆう関係なんだよ。もしかしてお前ら……」

「違ーうっ!!
ほんっとそういうのじゃないから!」

「しかも、今日の朝も……イチャついてたみたいだし?」

「だっ、だからあれは南津がっ!彰君、ホントにホントに違うから!誤解だから!」

「お前、必死過ぎんだろ」

私と彰君のやり取りを、
ハンドルに肘をつきながら見ていた南津が口をはさむ。

「もとはといえば南津のせいなんだからね!?
南津が水玉とか言うから……」

彰君の前でかかなくていい恥かいたじゃんっ!

「だってホントのことだろ?」

「いちいち言わなくていいの!」


今気付いたけど、周りの生徒、特に女子生徒の視線がかなり痛い。

「……もう、私帰るから。じゃあね」

せっかく彰君と喋れるチャンスだったのに。

南津のせいでめちゃめちゃだ。

No.44 09/10/05 23:11
ジュリ ( TSTfi )

チャリンコ二人組に背を向けて歩き出した私の横に、
しつこく自転車が並んできた。

「なぁ、水玉ー」

「何?ぴーなつ」


「……。駅まで送ってやろーか?」

「大丈夫。
一人で帰れるから」

断ったのに、
なおも着いてくる。

「なんで断んの?イケメンが送ってやるっつってんだから素直に送られとけよ」

ナルシスト全開の南津を無視して歩き続ける。

しかし、
私は次の南津の言葉で足を止めることになる。

「彰も電車なんだけどなー」

「え?」

「なぁ、彰?」

「あ?……あぁ、うん。〇〇線」

私と同じ路線!

ということは。

このまま駅まで一緒に行けば彰君と同じ電車に乗って帰れる……!

「送ってあげましょーか?」

「……どうしてもっていうなら……いいよ」

「うっわ、お前分かりやす過ぎんだろ!」

「うるさいっ!」

おちょくる南津の脇腹を
ギューッとつねる。

「いってー!」

「撫でたんだよ」

南津の口調を真似てみる。
がしかし。

「痛っ!」

デコピンをされ、からかったことを後悔したのだった。

No.45 09/10/06 18:10
ジュリ ( TSTfi )

駅前。

結局送ってもらった私。

周りの視線が怖かったけど、彰君と帰れるのなら我慢だ。

駅までの道のりは、
ずっと南津が彰君と喋ってたから、全然彰君との会話もなかった。

でも!

今からは、彰君と二人で電車に乗る……!

私が降りる駅までの5駅分、彰君と喋り放題っ。

考えただけでも顔がニヤケちゃう。

実際、

「何ニヤケてんだよ」

南津にからかわれた。

「いいじゃん、べつにー」

気分ルンルンの私は、
彰君に続いて改札を通る。
「んじゃ、南津……え!?」

振り返った私はびっくり。

どうして……

どうして南津も改札も通っているんだろうか?

「俺、今日彰んちに遊びに行くから」

さらっと言う南津。

「そんなの聞いてないんですけど」

「言ってねーもん」

…………

「彰と二人だと思ってただろ。残念でした」


このあほぴーなつ!

No.46 09/10/06 18:31
ジュリ ( TSTfi )

南津を恨めしげに睨みながらも電車に乗り込むと、
ぽっかりと長椅子の端の席が空いている。
2人分。

気付いたときにはもう遅かった。

ちゃっかりと座っている彰君と南津。

なんて素早い動き……。

「ねぇ」

囁いて南津のシャツの袖を引っ張る。

「なんだよ?」

私が立っているため、
上目づかいになる南津に
一瞬だけドキッとして、
変な間があく。

「……替わって」

彰君に聞こえないように、南津の得意な口パクで。

南津はしばらく私を見つめた後、

「やだ」

「レディーファーストって知らないの?」

「なに、それ?」

知ってるくせに。

「いじわる。もういいよ」

吊り革をもう一度握り直して彰君に話しかけようとしたとき、
彰君とばっちり目が合ったものの、ぱっと反らされてしまった。

なんか、さっきからかなり見られてる気がするのは……自意識過剰?

No.47 09/10/06 19:25
ジュリ ( TSTfi )

「彰君?」

「んー?」

彰君の上目づかい。

南津以上にヤバイ……

ほんとは、あのことを聞きたい。

入学式の日、
どうしてお姉ちゃんのあの木の前にいたのかを。

でも、それはいつか、二人きりになれたときに聞こう。

「彰君は……何部に入るの?」

「俺?俺はクラブ入んない」

「残念だったな。彰のマネージャーできなくて」

「そんなつもりで聞いたんじゃないもん。私バイトするから」

「あぁ、そうだったな」

そう言いながらも、
彰君のマネージャーできるんだったらバイト諦めてもいいかな、なんて不覚にも一瞬考えてしまった私。

「ちなみに俺はサッカーなんだけど、どう?」

「どうって……何が?」

「マネージャー」

それってつまり、
サッカー部のマネージャーをやらないかってこと?

「お断り。どうせ私がしなくてもいっぱい入ってくんでしょ」

実際、私のクラスでも
南津がサッカー部に入ると知ってサッカー部のマネージャーをすると言ってる子を何人か見た。

「ま、そうなんだけど」

嫌みな男だ。

とそのとき。

「あれ、南津君じゃない?」

「うわ、そうだよ!
南津くーんっ」

No.48 09/10/06 19:31
ジュリ ( TSTfi )

ブンブンとこちらに手を振っているのは、超ミニスカのギャル二人組。

他校のブレザーを着ている。

目のまわりが真っ黒けっけだ。

「こんなとこで会うなんて奇跡じゃーん」

立っている人たちの間をぬってこっちに来るギャル。

南津はすっと立ち上がって吊り革につかまり、

「久しぶり」

甘ーいスマイルを向ける。
私はというと、
とっさに他人のふり。

そして、目を反らした先にあったのは……


手すりに頭をもたげてすやすやと眠る彰君の寝顔。

ドキン―

心臓が10メートルほど跳ね上がった……気がした。

できることなら手すりになりたい。

そう思うほどあどけないその寝顔に私の目はくぎづけになる。

「んじゃ、またねー南津君」
「バイバイ南津くーん」

ギャルたちが次の駅で降りるまで、彰君の寝顔を見つめたまま固まっていた私。

「おーい、朱里ー?」

すっ……

と南津の手が触れたのは、私の頬。

「ひっ……」

口から変な声がもれた。

「おわ、彰寝てんじゃん。で、お前は彰に見とれてたってわけか」

「……悪い?」

熱をもった頬をこすりながら、南津をにらみつける。

No.49 09/10/06 19:57
ジュリ ( TSTfi )

「べっつにー」

そう言って南津はまた席に座ると、ツンツン、
と彰君のほっぺを人差し指でつつき始めた。

「だめだよ、彰君起きちゃうじゃん」

「大丈夫。こいつ絶対ぇ起きないから」

その南津の言葉通り、全く起きる気配のない彰君。

南津がつねろうがこそばそうが、ピクリともしない。
「な?」

「うん……すごいね」

結局、私が降りる駅に着いても眠り続けていた彰君。

バイバイをいいたかったけど、あんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こすのは悪いから、

「バイバイ」

と南津に言うと、南津は彰君の右手を持ち上げて手を振ってくれた。

その日の夜、私は彰君の寝顔を思い出し、ニヤケながら眠りについたのだった。

No.50 09/10/06 20:02
ジュリ ( TSTfi )

『仲良し合宿』

それは、桐丘高校の1年が親睦を深めるために、

毎年4月から5にかけて行われる二泊三日のお泊り会。

今年は4月の終わりにあるその仲良し合宿が、
二週間後に迫ったある日。

学級代表である私は、
各クラスの学級代表が集まる集会に
南津と共に放課後参加していた。

場所はA組の教室。

窓の外では激しい雨が降っている。

忌ま忌ましい湿気のせいで寝癖が直らなかった私の前髪は、ピンで上げられていた。

B組の学級代表であり委員長でもある杉本君が前に立って説明を始めた。

「みんなには、行き帰りのバスの席と、部屋割りをクラスごとに決めて欲しい。

そんで、それを書いた紙をあさってまでに俺に提出。
詳しいことはこのプリント見て」

各クラスに1枚のプリントは、南津が持っている。

しかも、その上に顔をのせて寝てる。

そっと抜き取ろうとしても、なかなか抜けない。

無理矢理引っ張ると、プリントと一緒に顔も動いて、南津が起きた。

No.51 09/10/07 16:52
ジュリ ( TSTfi )

「あー……終わった?」

まだ、と首を振る。

「そ。んじゃあもうちょっと寝るか」

そう言ってまた頭を机にのせて目をつむる南津。

もういいや。

しばらくして、
集会が終わった後、背中を叩いて南津を起こす。

「なーつー」

「ん……」

「終わったよ。起きなって」

なかなか体を起こそうとしない南津。

「もう知らないから」

私が南津を揺さぶっている様子を周りで見ている他の女子たちの目に耐え切れなくなった私は、
かばんを持って教室を出た。

下足まで来たとき、
傘を忘れたことに気付く。
外は相変わらず雨模様。

教室まで傘を取りに帰ろうとしたとき。

「朱里ちゃん、だよね?」

いきなり声を掛けられた。
その主は……武村さん、
だと思う。

確かB組の学級代表。

長いストレートの黒髪が似合う、なかなかの美人。

「私、武村夏帆」

やっぱり武村さんだ。

「あのさ……朱里ちゃんって、南津と仲良いよね?」

「南津と?……いや、仲良いって訳でもないけど」

「でもさ、私見たよ?
昨日一緒に電車に乗るところ。宮藤君も一緒だったよね?」

宮藤君って……

あぁ、彰君か。

どうやら見られちゃっていたらしい。

No.52 09/10/07 16:56
ジュリ ( TSTfi )

「あ、あれは、ホームで偶然会っただけだよ?」

一緒に帰ってるところを見られた訳じゃないらしいから、なんとか嘘をつく。

「……そうなの?」

「うん」

「ほんとに?」

「ほんとに」

まだ疑っているような武村さん。

「……まぁいいや。
私から言わせてもらうけど、南津にはあんまり近づかないでね」

そう言い残して武村さんは、ぽかんとしている私の横を通り、去って行った。

……何だったんだろうか、今のは。

まるで漫画のようなこのシーン。

南津と仲良さそうに見える私への嫉妬ってことか。

そんなに南津のことが好きなんだね、あの子は。

No.53 09/10/08 07:58
ジュリ ( TSTfi )

「望月」

またも私を呼ぶ声。

ただし、今度は男の子。

学級委員長の杉本君。

「もしかして……
話し、聞かれちゃった?」

「あぁ。大変だな」

「大変っていうか……
 すごいなぁって思う」

「すごい?」

「南津が好きで、あそこまでできることが」

私の言葉に杉本君は、確かにそうだな、と笑った。

「まぁ、武村はちょっと特別だけどな」

特別?

どういう意味だろう。

「あいつは……
川瀬の元カノなんだよ」

「えぇっ?」

南津の元カノ……。

「武村と川瀬、同じ中学でさ。俺も一緒なんだけど。中三のころに付き合ってたんだ。

半年ぐらい続いたんだけど……川瀬から振ったらしい。理由は知らない」

「……そうなんだ」

「あ……本人のいない所で噂するべきじゃないよな。

じゃあ、俺帰るわ。バスの席と部屋割りよろしくな。川瀬、寝てたみたいだし」

「うん、任せといて。バイバイ」

傘を広げる杉本君の姿を見て、
傘を取りに行かなきゃいけなかったことを思い出す。

階段を駆け上がり、教室の前の傘立てから私の傘を引き抜く。

あれ?

なんでもう一本あるの?

ぽつんと残っているビニール傘。

誰かの忘れ物だろうか。

でも、雨が降ってるのに忘れて帰る人なんている?

No.54 09/10/08 20:25
ジュリ ( TSTfi )

少し考えて、
一つの可能性に気付く。

そして、私が向かった場所はA組の教室。

「……やっぱり」

案の定、そこには机に突っ伏して規則正しい呼吸を繰り返すあいつの背中。

「南津、起きろー」

「んー……」

どうやら目は覚めているらしいが、
体を起こさない南津。

しびれを切らした私は、
イタズラを決行。

こちょこちょっと南津の両脇をくすぐる。

びくっと大きく反応して、やっと南津は顔を上げた。

笑ってしまうほど思いっきり寝起き顔だった。

徐々に状況を理解したのか、目をこすりながら南津は椅子から腰を浮かせ、
私の前に立つ。

「やっと起きた。
私が来なかったら朝まで寝てたんじゃない?」

先生や警備員さんがいるからそんなことはありえないんだけど。

「お前が起こしたのか?」

むすっと不機嫌そうな南津の顔。

どうやら寝起きが悪いらしい。

「人が気持ち良く寝てたのに……」

いきなり上半身をかがめ、ぐっと近づいてきた南津から、
瞬間的に体を反らした私は後ろの机に手をつく。


「起こしてあげたんでしょ?」

No.55 09/10/08 20:32
ジュリ ( TSTfi )

「……なんで起こしに来たの」

「なんでって、あのまま寝てたら風邪ひいちゃうかもしれないでしょ?

後から、お前が起こさなかったせいだ、とか言われたくないし」

「ふーん……」

「なつ?」

「何」

「……この体制、きつい」

腕が痛くなってきた。

なのに南津は上半身をかがめたまま、

すっと目を細め、

悪そうに笑って


「お礼、しないと」

お礼?

首を傾げる私。

「風邪ひかなくてすんだお礼」

「そんなのいいから、早くどいてって」

「無理」

「無理じゃないっ。しんどいからどいて」

南津を押そうと伸ばした右手は、
簡単に南津の左手に捕まり
更に頬には南津の右手が添えられる。

「な、南津?」

なんですか、このシチュエーションは。

「お礼の……キス」

「き、キス!?結構です!いらないです!」

叫ぶ私に、どんどん近づく南津の顔。

あまりに近くて、
ぎゅっと目をつぶった。


そして…………



ちゅっ。

No.56 09/10/09 23:39
ジュリ ( TSTfi )

柔らかい感触がしたのは……


おでこ。

「へ?」

間抜けな声が出る。

ぽかんと南津を見つめると

「あれ、口のほうがよかった?」

しれっとそう言って、
せっかく離れた南津がまた近づく。

「口もおでこもイヤ!」

南津をドンッと両手で押しのけ、

痛いぐらいにごしごしと
唇が触れた場所をこする。

「南津のばか!」

耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。

なんでそんなことができんの?

ただのクラスメイトに。

私は、壁に立てていた傘を握って教室を飛び出した。
もう……


起こしになんて
いかなきゃよかった!

No.57 09/10/09 23:43
ジュリ ( TSTfi )

翌日。

「なぁ……怒ってる?」

教壇に立つ南津は、
前を見ながら横の私にしか聞こえない声で囁く。

「えっと、バスの席は、決まったら黒板に書きに来て下さい。

かぶった場合はじゃんけんで決めます」


前を見たまま無視を決め込む私。

只今、仲良し合宿のバスの席決め中。

クラスのみんなが席から立ち上がり、

それぞれの友達の元へと
向かう。

「……怒ってるか。
なぁ、朱里?」

「……」

「朱里ー」

南津の腕が私の肩に触れたとき。

「ね、南津君。バスどこ座るのー?」

教壇の前に、3人の女の子が現れた。

すっと肩から手がはずれる。


「あー……。まだ分かんねぇ。
あ、お前らの横か後ろに
しよっかなぁ」

「ほんとにー?嬉しぃ!」

こっちは昨日のことを思い出すだけでも顔が熱いのに
もう忘れたかのように女の子のお相手をしてる。

盛り上がってる南津たちの横を通って結実の元へ。

「朱里、どこにする?」

「うーん。結実の横ならどこでもいいや」

「そうだね、私も朱里の隣ならいい」

黒板にはすでに多くの名前が記入されている。

No.58 09/10/09 23:47
ジュリ ( TSTfi )

「空いてる所でいい?」

「うん。朱里に任せる」


私は適当に空いてる前の方の席に名前を書いた。

南津の席は後ろ側で隣は男友達だけど、
周りは女子で固められている。

さすがだね。

もめることなくバスの席は決まり、
部屋割りもあっさり決定。

私は4人部屋で、
結実と亜希ちゃんと遥ちゃんと同じ部屋。

亜希ちゃんは活発な感じの子で、

遥ちゃんは優しい雰囲気を漂わせる女の子らしい女の子。

二人は同じ中学だったらしくて、タイプは全然違うのにすごく仲がいい。

私と結実もすぐに二人と打ち解けた。

なんだか、楽しい仲良し合宿になりそうっ。

No.59 09/10/09 23:52
ジュリ ( TSTfi )

「ふぅー……」

胸に手を当てて、
大きく深呼吸する。

落ち着こう。

ケーキ屋さんの前でこんなことしてる私はきっと、
周りから見たらおかしな子だ。

でも、
この行動には訳がある。

私は、今からこのケーキ屋、

『sweet×sweets』

略して『スイスイ』のアルバイト面接を受けるのだ。

初めてだから、
やたらと緊張する。

「あ。お前……」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえたのは、
もう一度深く息を吸い込んだときだった。

背後に立っていたのは、



「彰君っ!?」

なんで彰君が
こんなところに……?

一気に高まる鼓動の速度。
「なんでいんの?」

「私、今からここの面接受けるから……」

「え、マジ……?
俺も、なんだけど」

「うそ……」

ミラクル。

なんていう偶然。

彰君が私と同じ店を選んだなんてっ!

まだ働けると決まった訳でもないのに有頂天な私。

そんな私は彰君の言葉で我に返る。

「取りあえず入るか」

「あ……うん」

二人でドアをくぐると、
ショーウインドーの奥の女性店員さんの

「いらっしゃいませー」

に迎えられた。

ちらほらとお客さんがいる。

No.60 09/10/09 23:57
ジュリ ( TSTfi )

「すいません、バイトの面接に来たんですけど……」

私の横で彰君がそう言うと、その声が聞こえたらしく奥から男の人が出てきた。

「こっちこっち」

と手招きをしている。

第一印象は『細長いなぁ』だった。

ひょろりとした体型で
190㌢はあるんじゃないかと思わせる長身。

この店では、余ったケーキを貰うこはできないんじゃないだろうかと思った。

ケーキを食べてて、こんな体型になるわけがない。

歳は見た感じ35ぐらい。

優しそうな笑みを浮かべている。


「店長の室井です」

「よろしくお願いします」

「お願いします」

二人並んでペコッと頭を下げる。

店長に着いて行くと、短い廊下の左右と突き当たりに鉄の扉があった。

面接は奥の部屋で行うらしい。

「一人ずつなんだけど……

どっちから面接する?」


顔を見合わせる私と彰君。

面接への緊張で心臓ドキドキなのに、
間近で目が合ったことで
これでもかってぐらいに鼓動が速まる。

「はい」


すっと手を挙げたのは、彰君。

No.61 09/10/12 00:11
ジュリ ( TSTfi )

「じゃあ君からね」

扉の向こうに店長さんと彰君が消える。

誰もいない廊下で一人ぼけっと突っ立っていた。

どんな質問をされるんだろう。

落ちたらどうしよう。

この後、彰君と一緒に帰れるのかな。

色んなことが頭の中に浮かんで、

あれこれ考えているうちにガチャッとドアが開いて
彰君が現れた。

言葉を交わす間もなく中から

「次の人どうぞ」

と声が掛けられる。

私は、ポンポンと軽く胸を叩いて中に入った。

背後で扉の閉まる音がする。

部屋の中に置かれたキャスターつきのテーブルとその両側のパイプ椅子二脚。

一つには店長さんが座っている。

「どうぞ」

店長さんに手で椅子を示され、静かに腰掛ける。

「お名前は?」

「望月朱里です」

「望月さんね。履歴書、持ってきた?」

「はい、持って来ました」

かばんの中から履歴書を取り出し、室井店長に手渡すと
さっと目を通した後、横に置いた。

No.62 09/10/12 00:14
ジュリ ( TSTfi )

その後、5つぐらいの質問をされた。

『この店を希望した理由は?』
『しんどくても頑張れる?』
『希望する曜日は?』

などなど。

一つ一つ丁寧に答えるように心掛けた。

「はい、じゃあ終わりです。結果は、あさってまでに電話するからね」

「はい」

「よし、じゃあ僕も戻らないと」

店長さんに続いて部屋を出ると、そこに立っていた彰君。

二人できちんとお礼を言って、スイスイを出た。

「たぶん、っていうか
ほぼ100%採用だと思うよ」

最後の店長さんの言葉に心の中でガッツポーズした。


駅に向かって彰君と歩く私は緊張しまくり。

私は、今日こそ聞こうと決意していた。

入学式の日、お姉ちゃんのあの木の前にいたその訳を。

なかなか切り出せずに、
しばらく沈黙が続いた後。

No.63 09/10/12 00:20
ジュリ ( TSTfi )

「なぁ」

いきなり声を掛けられ、思わずびくっと肩が震えた。

「……なに?」

「お前さ……名前なんていうの?」


へ……?名前?


「知らないんだけど」

「え、だってこの前一緒に帰ったよね?」

「ん?あぁ……でもあん時、南津はお前のこと水玉としか言わなかったし」

あの日のことを思い出してみる。

う……

確かにそうだったかもしれない。

「なんか、改めて自己紹介するのも変だけど……
望月朱里っていいます」

「え……?
……望月、朱里……?」

私の名前を聞いた途端、
明らかに彰君の表情が凍り付いた。

やっぱりおかしい。

「あのさっ」

彰君って、お姉ちゃんの知り合いだったの?

そう聞こうとしたその時。

ピロリロリ、ピロリロリと携帯の音。

私の携帯じゃない。

「ちょっとゴメン。
もしもし?」

彰君が携帯を耳に押し当てる。

「あ?……あぁ……
分かった」

短い通話だった。電話を切った彰君は

「なんか、親父がけがしたらしい」

No.64 09/10/12 00:23
ジュリ ( TSTfi )

「えっ!!けが!?」

「病院に来いだと」

首をかきながらそう言う姿は、
心配しているようには見えない。

「だから……行かねぇと」

「早く行ったほうがいいよ!」

彰君は来た道を戻って行った。

大丈夫かな、
彰君のお父さん。

せっかく彰君と帰れると思ったけど、そんなこと言ってられない。


……それにしても気になる。

私の名前を聞いた途端の
彰君のあの表情。


一体、
どういうことなんだろう……

No.65 09/10/12 00:38
ジュリ ( TSTfi )

「重っ……」

放課後、先生に頼まれて
プリントの束を
1階の職員室から4階の教室まで持って上がっていた私。

南津に頼めばいいのに、
そんなときに限ってさっさと部活に行ってしまったあいつ。

やっとの思いで3階まで上がってきた。

あとちょっと……!

気を緩めたのが間違いだった。

「ぎゃあーっ!」

足を踏み外し、体が宙に浮いた!

と思ったら次の瞬間にはお尻に強い衝撃。

「痛っ。はぁ……最悪」

辺り一面に散らばったプリントを見て大きなため息をついたとき。

「大丈夫!?」

目の前に突如現れた、
男子生徒。

「どうしたの?」

「あ、落ちちゃって……」

「落ちたって、階段から?」
階段と私を交互に見比べる。

見たことない顔。

何年生だろう。

「はい……」

手をついて立ち上がり、スカートのほこりをはらう。

「けがは?足とか」

「大丈夫です。お尻打っちゃったけど」

「そっか。びっくりしたよ。人が尻餅ついて紙が散らばってるから」

そう言いながらしゃがみ込んでプリントを拾い始める男子生徒。

「すいません!」

慌てて私も拾う。

No.66 09/10/12 00:41
ジュリ ( TSTfi )

「はい、どーぞ。あ、持って上がるの手伝おうか?」

「あ、大丈夫です!ありがとうございました!」

「どういたしまして」

爽やかに笑ってその男子生徒は階段を下りて行った。

……なんか、ドラマみたいな展開。

ここから恋が……

なんてことはありえないけど、かなりドキッとした。

無事に4階まで上がったところで、
私はまたドキッとする。

彰君と鉢合わせしたのだ。

「彰君……」

ケーキ屋での面接の日から、よそよそしい彰君。

もともと仲が良かった訳でもないのだけれど。

そして今日も、

「……よぉ」

の一言だけで、
すっと私の横を通り過ぎていってしまった。

その後ろ姿を見つめていると。

No.67 09/10/12 00:45
ジュリ ( TSTfi )

「うぁっ!」

太股あたりが涼しくなる。

「あら、今日は文字入り」

振り向けば、
犯人はやっぱりコイツ。

「変態ピーナツっ!」

「どーも。
変態ピーナツです!」

ピースを横にして目に当てたポーズをとる体操服姿の南津。

くそぅ!

プリントを持っていて両手を使えない私は、

自分の足を使って
まだポーズを決めてる南津の足を踏ん付ける。

が、ひょいと交わされてしまう。

悔しさ倍増。

「あなたは私のパンツに一体何を求めているんですか?」

という私の問いに、南津はしばらく考えて

「まぁ、ゆくゆくはTバックを履いてきてくれればいいなと……」

なんて答えやがる。

「……ド変態。それ、私に求めるの間違ってると思うよ」

と教えてあげると

「ま、頑張って。お前なら出来る」

励まされてしまった。

一体どういう会話だよ。

No.68 09/10/12 09:38
ジュリ ( TSTfi )

何て返そうか考えていると、抱えていたプリントを
南津が私の腕から抜き取った。

そして教室に向かって歩き出す南津の後ろを私も着いていく。

「あ、そうだ。彰君のお父さん、けが大丈夫だった?」

「彰の親父がけが?
んなこと聞いてないけど」

「……そっか。なんかこの前……
そうそう、私がケーキ屋のアルバイト面接に行ったとき、彰君も面接に来てたの」

「ケーキ屋って……スイスイ?」

「そう。あれ、知ってたんだ?」

「……知ってたっていうか、俺が彰にそこ行けって言ったから」

南津は誰もいない教室の教卓に、プリントを置き、
そのまま近くの机に座る。

「なんで?」

「ケーキ屋でバイトしたら余ったケーキ貰えるだろ?それをいただこうと思って」

「南津、甘いもの好きなんだ」

「大好き。
アイラブスイーツ」

南津が甘党だったことにもびっくりだけど、

なにより、余ったケーキが貰えるからという、
私と同じ発想をしていたことにびっくり。

要するに、
私の考えは南津レベル……

ショック。

No.69 09/10/12 10:09
ジュリ ( TSTfi )

「で、どうだったんだよ、面接。受かったのか?」

「たぶんね。3日以内に電話かかってくる」

「お前と彰、両方受かれば貰えるケーキも倍だな」

とぉーっても嬉しそうな
南津。

「そんなにケーキが食べたいなら自分がバイトすればいいのに」

「俺にはサッカーがあるから無理……あぁ!」

叫んで南津は、体操服を着た自分の体を見下ろす。

「スパイク取りに来たんだった……ヤバい」

一瞬にして顔を凍りつかせ自分の机の横に掛けてあるスパイク入れを引っつかむと、

じゃあな、と片手を挙げて南津は教室を飛び出して行った。

No.70 09/10/12 10:12
ジュリ ( TSTfi )

校舎を出るとグランドに、走っている結実の姿を見つけた。

陸上部に入った結実を含める1年は、毎日走らされてばかりいるらしい。

心の中で応援していると、もう1人、走っているのを見つけた。

南津だ。

1人きりで走っている所を見ると、たぶんクラブに遅れたからだろう。

人のスカートなんかめくってるからだ。

くすっと笑って、私は学校を後にした。

No.71 09/10/12 12:44
ジュリ ( TSTfi )

次の日、私は再びスイスイに来ていた。

昨日家に帰ると、
スイスイの店長、室井さんから電話がかかってきた。

もしもし……

と出た途端

「朱里ちゃん?おめでとう、採用です」

弾むような声が聞こえた。

そして今日、色々と説明のためにもう一度来てほしいとのこと。

彰君も採用らしいから、また会えるのかな、と期待を抱いていたけど、

彰君の姿は見当たらなかった。

店の中に入ると、店員さん、これから私の先輩となる人に、

「いらっしゃいませ」

ではなく、

「こんにちは」

と声をかけられた。

ペコッと頭を下げる。


顔をあげると店長がいた。

面接を受けたあの部屋へ向かう。

面接の時と同じようにテーブルとパイプ椅子が置かれていた。

「えっと……週4日、日曜以外が希望だったよね?」

「はい」

「一応、今の所朱里ちゃんが入るのは月、水、金、土。他の人との関係で変わることもあるけど」

頷きながら、彰君はいつ入るんだろうと考えていた。

知りたかったけど、恥ずかしくて聞けなかった。

No.72 09/10/13 19:50
ジュリ ( TSTfi )

「それで……早速なんだけど、明日から入れる?」

「明日、ですか?」

「そう、明日」

予定は特にない。

「はい、大丈夫です」

翌日からバイトが決まった私は、詳しい説明を受けた後、帰宅した。



そして翌日。

気合いを入れてお店の裏から出社?した私。

「こんにちは。今日からよろしくお願いします!」

元気よく頭を下げた私に、皆さんあたたかい微笑みを返して下さった。

服を着替えるためにロッカー室のドアを開けたとき、隣のドアが開いて、彰君が出てきた。

しばしの沈黙が続いた後。
「……よぉ」

「う、うん。彰君も今日からだったんだ?」

「まぁ」

「そっか」


………………



なかなか会話が続かない。

No.73 09/10/13 19:53
ジュリ ( TSTfi )

スイスイの店内には、買ったスイーツを食べることができるカフェがある。

そこでの接客が私の仕事内容。

ケーキを作ったりはしない。

今日は初めてということで、先輩に付いて見学するだけだった。

バイト終了後、同じ時間に終わったはずの彰君は先に帰ってしまった。



やっぱり避けられてる、
よね……

No.74 09/10/13 21:36
ジュリ ( TSTfi )

いよいよ仲良し合宿が翌日に迫った日。

学級代表が集まり最終の打ち合わせを済ませた後、
私は急に腹痛に襲われ、トイレに駆け込んだ。

個室の中でうずくまって痛みの波が過ぎるのを待つ。

少し和らぎ、便座にもたれたとき、
トイレに入ってきた二人の会話が聞こえてきた。

「やっぱ南津君かっこいいよね。さっきのシュート見た?」

「えっ、見てない。
見たかったー!
まぁでも、私は彰君派」

入学してから一ヶ月ちょっとで、この学校にはもう南津派と彰君派ができている。

もちろん私は彰君派。


続く会話に耳をそばだてる。

「あ、知ってる?彰君って昔2こ上の人と付き合ってたんだよ。それがここの生徒」

「え、そうなの?」


彰君にそんな過去があったなんて……。

No.75 09/10/13 21:49
ジュリ ( TSTfi )

「それでー……


その子、死んじゃったんだって」

「マジ?知らなかった」



え……?



徐々に心臓が高鳴っていく。

「しかも!

……これ聞いたらびっくりすると思うよ」

「なになに!?」


続きを聞くのが、恐い……
でも、今ここを出ることもできない。


「その彼女の妹が、この学校の生徒」


「え、だれ?だれ?」


背中に嫌な汗が流れる。


この個室が蒸し暑いからじゃない。


答えを既に、
知っているから……




「望月朱里って知ってる?」

No.76 09/10/13 21:54
ジュリ ( TSTfi )

ブルル……
とバスのエンジンがかかる音と同時に細かい振動が体に伝わる。

「ちゃんとシートベルトしろよー」

最前列に立って、後ろを向いた村上先生が声をあげる。

「高校生になってもワクワクするよね、こういうのって」

窓側に座り満面の笑みを浮かべる結実にそうだね、と返す。

仲良し合宿当日。

昨日まではすっごい楽しみだったのに。

正確には、昨日の放課後、トイレに入るまでは。


『望月朱里って知ってる?』


心のどこかでもしかしたら、と思っていたのかもしれない。

心底驚きはしなかった。

でもやっぱり、すぐには事実を受け止められなくて。

誰の声だか分からない声が、耳に残って離れない。


モヤモヤとした感情を抱えたまま、バスは動き出した。

No.77 09/10/14 16:58
ジュリ ( TSTfi )

休憩所に入り、外の空気を吸うために結実とバスを降りた。

休憩を終えバスに戻ると私の席に女の子が座っている。

「酔ったやつらが数人出てなぁ。悪いけど席変わってくれるか」

「あ……分かりました」


村上先生の頼みを受け、
1列下がった私たち。

席数が調度しかないため、私は補助席に座ることに。
「あかり……」

か細い声に、顔を横に向けると、そこにはぐったりとした南津がいた。

「あら。あんたも酔っちゃったんだ」

苦しそうに顔を歪め、前傾姿勢をとっている。

「吐きそう」

あまりにもその様子が可哀相で、背中をさすってあげてると、やがて南津は寝息をたてはじめる。

あどけない寝顔に、自然と笑みがこぼれた。

No.78 09/10/14 17:08
ジュリ ( TSTfi )

着いてすぐに昼食を済ませた後、一日目のスケジュールは

『お勉強』。


なんで勉強なのよ……。


仲良し合宿なのに、
勉強なんかしてても仲良くなれないよ。

夕方まで、大量のプリントをやらされた私たちはふらふらと自分たちの部屋へ戻った。

夜。

いくら疲れていても、女4人が集まれば会話はつきない。

布団を横一列に並べ、就寝時間をとっくに過ぎた深夜まで、ひそひそ声が部屋に響いていた。

No.79 09/10/14 17:13
ジュリ ( TSTfi )

二日目。

この日はクラスの親睦を深めるためのドッチボール大会が宿舎の前にあるグランドで行われる。

これこそ仲良し合宿。

男女別に行われ、優勝クラスには賞状が送られることになっている。

運よく空は快晴。

予想以上な盛り上がりで、みんなワイワイと楽しそうにコートの中を走り回っている。

私と結実も
もちろん加わっていた。

しかし、3試合目を終えたとき。

「なんか、頭痛がする」

結実が頭をおさえた。

「うそ、大丈夫?」

「軽い熱中症かな」

先生に伝え、休憩室に着いて行くことに。

中に入ると、適度に調節された冷ややかな空気が体を包み込んだ。

頭に氷を当てた結実はソファーに腰掛け、

「ありがと。少し休んどくね」

「うん、じゃあね」

休憩室を出た私も、すぐ前にあるベンチに座って少し休むことに。

日蔭になっているため、涼しい風がかすめる。

No.80 09/10/14 17:17
ジュリ ( TSTfi )

かすかに聞こえる、グランドで盛り上がる音に耳を澄ませていると、
背後から足音がした。

それと共に聞こえた聞き慣れた声。

「ったく……周り見ろよ」

振り返った先にあったのは

「南津……
どーしたのそれ!?」

見慣れない、
鼻血をたらした南津の顔。

「お、朱里。おはよ」

流れる血を押さえることもせず、ほったらかしにしている。

「あ、おはよう……で、どうしたの?その鼻血」

「……ボール投げようとしたやつの肘が直撃」

「そっか……早く手当てしてきなよ」

「あぁ。じゃあな」

南津が休憩室に入り、そろそろ戻ろうと腰を浮かせた瞬間、私はまたすとんと腰掛ける。


「彰君……おはよう」


ぎこちない、と自分でも分かる声。

No.81 09/10/14 17:20
ジュリ ( TSTfi )

「おはよ……
あ……南津、来た?」

「……うん、来た。今中入っていった」

「……そうか」

呟いて、戻って行こうとする彰君の背中に、勇気を出して、声を掛けた。

「待って」

その声が届き、彰君がゆっくりと振り返る。

「……話しが、あるの」

まっすぐに彰君の目を見据え、はっきりとした声で。

しばらく固まっていた彰君の影が、少しずつ私の方へと近付く。

そして、私の隣に腰をおろした。

「あの……」

「待って」

話し出した私の声は彰君に遮られた。

No.82 09/10/15 07:38
ジュリ ( TSTfi )

「お前が聞きたいこと……分かってる。


……俺と、お前の姉ちゃんのことだよな」


それまで伏せられていた瞳が、しっかりと私の目を捕らえる。


そして―




「俺は、香里と付き合ってた」

No.83 09/10/15 16:29
ジュリ ( TSTfi )

「……いつ、知ったの?」

彰君は、前屈みになって、膝の上で両手を組む。

「はっきり分かったのは、昨日。噂してるのをたまたま聞いちゃって。

……なんかあるなって思い始めたのは……入学式」

「入学式?そんなときから?」

「あの木のとこにいたのを見たの」


彰君の目が大きく見開かれた。


「まじかよ」

「うん……」

「……恥ずい……」

苦笑いしながら首を掻く。

「彰君はいつ分かったの?……私がお姉ちゃんの妹だって。
私が名前言ったとき?」


「まぁ、確信したのはそんときだな。

でも……ほんとは、初めて会ったときから、薄々感じてた」

そうか。

私の顔を穴があくほど見てたのは、それでだったんだ。

何か言いたそうなときが何度かあったのも、そのせいかもしれない。

「びっくりしたよ。
疑ってはしてたんだけど、ほんとにそうなんだって思ったらすっげぇ動揺した。だから……逃げた」

「逃げた?」

「……バイトの面接の帰り。電話かかってきて、親父がケガしたっていうの、
あれウソ」


え……ウソ、だったの?

No.84 09/10/15 23:12
ジュリ ( TSTfi )

「ほんとは、友達からの
どーってことない電話だった。お前の名前聞いたとき、どんな顔すればいいか分からなくなって……ウソついた……。

で、それからも避けてた。わざとってわけじゃなかったんだけど、お前を目の前にしたら、
パニクッて……」



…………そりゃそうだよね。


死んじゃった元カノの妹がいきなり現れたんだもん。

動揺しない方がおかしいよね……。



静寂が続き、再び彰君が口を開きかけた瞬間、
背後から扉が開くガラガラという音が聞こえた。

結実と南津が休憩室から出てくる。

「朱里?」

「あれ、お前まだいたの。しかも彰も。
あ……もしかして、イイとこだった?」

「ちっ、ちが……」

「そんなんじゃねぇよ」


私の言葉を差し置いて、彰君がはっきりと否定した。

「ふーん……まぁいいや。戻ろうぜ、彰」

「……あぁ」

立ち上がった彰君と私の視線がぶつかる。

が、1秒にも満たずに外されてしまった。

去っていく2つの背中。

棒立ち状態の私の肩を結実が叩いた。


「私たちも戻ろ?」

「そう、だね」

No.85 09/10/16 17:09
ジュリ ( TSTfi )

グランドに戻ると、既に試合は終わっていた。

私のクラスは準優勝なのに、みんなと一緒に盛り上がることができなかった。


部屋に戻っても、一人塞ぎ込んでいた私。

そんな私に、結実は黙って傍にいてくれた。

遥ちゃんと亜希ちゃんも私の異変に気付き、
何も聞かずそっとしておいてくれた。

みんなの優しさがありがたい。


深夜、周りが寝静まった後、なかなか眠りにつけない私は何度も寝返りを繰り返す。


……これから私は、どうやって彰君に接すればいいんだろう。


お姉ちゃんの元カレ。


彰君からすれば、死んだ彼女の妹……。


気付いていた、彰君が一度も私を名前で呼んでくれなかったこと。

望月、とさえ口にしてくれなかった。


それはきっと、名前を口にしたらお姉ちゃんをより鮮明に思い出してしまうから。


彰君はお姉ちゃんを思い出すことを恐がっているんだと思う。


そしてそれは、彰君のお姉ちゃんへの思いがそれだけ強かったという証拠。


天井を見上げ、静かに息を吐き出す。


「どうしたらいいの……?」

何度も呟きながら、いつの間にか私は眠りについていた。

No.86 09/10/16 22:16
ジュリ ( TSTfi )

目覚めると、少し気分が晴れていた。

「昨日はごめん。せっかくのお泊りなのに黙り込んじゃって。でも寝たらすっきりしたから。心配かけてごめんね」

合宿最終日の今日は、朝食を食べた後身支度をしてすぐに宿舎を出る。

帰りのバスの中では、結実とのお喋りを楽しんだ。



そして、仲良し合宿が終わった数日後。


私は彰君とのことについて全てを結実に話した。

これから色々と相談にのってもらうこともあるだろうし、結実には話しておくべきだと思ったから。

私が、彰君を好きだということも。

結実は最後までずっと黙って話を聞いてくれた後、

「これからもいつでも相談のるからね」

そう言って優しく笑ってくれた。

No.87 09/10/17 23:24
ジュリ ( TSTfi )

バイト帰り、駅のホームで電車を待つ私。

今日は彰君はバイトには来てなくて、顔を合わせなくてすんだ私はほっとした。

あれから、やっぱり彰君とはぎくしゃくしたまま。

どうしようかと悩み続けている。

そんなとき、

「こんばんは」

俯いた私の前に立ったのは……

 ?

だれ?

「覚えてない、かな」

頭をかくその男をまじまじと見つめる。

「ん?……あぁっ!」

思い出した。この人、私が階段でずっこけた時に助けてくれた人だ。

「あの、この前はどうも」

「いえいえ。ここいい?」

私の隣を指指す。

「どうぞ」

そう答えると、すとんと腰を下ろした。

「バイト帰りなの?」

「はい」

ほとんど話したことないのに親しげに話しかけてくるこの人。

不思議なことに全く嫌だと感じない。

やっぱり1回助けてもらったからだろうか。

No.88 09/10/17 23:30
ジュリ ( TSTfi )

「どこでバイトしてるの?」

「スイスイです」

「あぁ、あそこか。俺もたまに行くよ……あっ!
名前聞き忘れてた、よね?俺は池田陸です。3年」

3年生……

お姉ちゃんと同じ学年。

ためらいながら私は名前を口にした。

「1年の、望月朱里です」

池田さんは少しだけ間をおいた後、

「もしかして、
望月香里の妹?」

さらっと、何のためらいもなくそう聞かれた私は、
瞬時に頷いていた。

「そうだったんだ」

「……お姉ちゃんのこと、知ってますか?」

「そりゃぁ、同期だしね。俺、クラス一緒だったし。それに……可愛かったから」

あはは、と照れて笑う池田さんはあまりにも自然にお姉ちゃんのことを話していた。

私の周りの人がお姉ちゃんのことを話すときに感じる、あからさまな遠慮が全くなくて、それが私には嬉しかった。

「よろしく」

「はい」

ホームに電車が到着した。
私が乗る各駅電車。

「じゃあね、朱里ちゃん。俺は次の快速だから」

ひらひらと手を振る池田さん。

「今度スイスイ行くよ」

私が乗り込み、扉が閉まった後も手を降り続けていた。

No.89 09/10/18 17:08
ジュリ ( TSTfi )

生徒に配布するプリントをホッチキスでとめるという仕事をするために
わざわざ残された私と南津。

今日は幸いバイトはない。
南津は隣で「だるい」
を連呼している。

「じゃあ部活行けばいいじゃん」

「行ったらひたすらランニングだからやだ」

「それが青春ってもんだ。走れ!」

「何でいきなり熱血キャラなんだよ」

ぶつくさ文句を言いながらも着々と作業は進む。

半分ほど進んだ頃。

「あ、芯無くなった」

教卓に置かれた芯を取るために席を立つ。

その瞬間

「うぎゃっ!」

机に足をひっかけぶざまに転んだ。

「いった……」

そんな私の頭上から
降ってきた声。

「おっ、
今日は自分からパンツ見せてくれちゃうんだ?
サービス精神旺盛だね」


チーン。


……さいあく……

No.90 09/10/18 17:12
ジュリ ( TSTfi )

「見せたくて見せたんじゃない!見んなバカ!」

「黄色だった」

「っ……!」

「イエロォー」

「うるさいっ……あ」

教室の入口に立つ彰君に気付き、声が漏れた。


視線がぶつかり流れる
気まずい空気。

彰君は、南津と会話することなくそのまま立ち去ってしまった。

「おい、彰?」

拍子抜けした声が背後で聞こえる。

「ったく、なんだよ……
おい、朱里」

「は、はいっ」

「声上ずらせてんじゃねえよ。早く芯取って残りやれ」

「はぁい……」

のっそりと立ち上がって芯を手に取り、作業を再開した。

「なんだよ彰のやつ。あんなことされたら気になるじゃねぇかよ」

南津の怒りが横から伝わる。

まぁ、彰君が帰っちゃったのは私のせいなんだけど。


沈黙が流れる教室でカシャン、カシャンとホッチキスの音がやたらと響いていた。

No.91 09/10/18 18:32
ジュリ ( TSTfi )

帰り道で本屋に寄った私。

参考書のコーナーで本を選んでいると、ふいに肩を叩かれた。

「こんばんは」

「あ、こんばんは」

池田さんだった。

「今日はバイト、ないんだ?」

「月水金土なんです」

「ふーん。じゃあ俺も行くときはその曜日にする」

にかっと笑う池田さんにつられて私もつい

「待ってます」

と返事してしまった。

「池田さんも、参考書買いに来たんですか?」

「まぁね。
一応、受験生だし?」

そう言って目の前の参考書を手に取り、パラパラとめくり始めた。

「あの、池田さん……」

「んー?」

「……えっと、お姉ちゃんのことで……」

池田さんの手の動きが止まった。

本から顔を上げて私を見る。

「どうしたの?何かあった?」

「いや、特に何もないんですけど……

池田さん、お姉ちゃんと同じ学年だし、
お姉ちゃんのこと聞きたいなぁと思って……」

No.92 09/10/20 13:20
ジュリ ( TSTfi )

池田さんと知り合いになってから思っていたこと。

学校でのお姉ちゃんを、
知りたい。

どんな風に高校生活を過ごしていたのかを。

「んー……難しいな」

首を傾けて考え込んでいる池田さん。

「とにかく、いつも笑ってたかな。何してても楽しそうだった」

「……そうですか」

「それと、ちょっと……

天然だったかな」


確かに。

お姉ちゃんはたまに大ボケをかましてきた。

「まぁそこがいいとこだったんだよ。ちょっとぬけてるところが可愛かった。

……なんか、こうゆうの恥ずかしいな」

池田さんの頬が微妙に赤らむ。

あぁ、池田さんって、
お姉ちゃんのこと好きだったのかな。

ふとそう思った。


「こんなのでよかった?」

「はい。
すごく嬉しかったです」

「それはよかった」


ぽん、と池田さんの手が私の頭にのっかった。

No.93 09/10/20 13:25
ジュリ ( TSTfi )

「いつでもなんでも聞いて。答えられる限り答えるから。それと……」

「それと?」

「池田さん、っていうのはなんか違和感がある。せめて、池田君かな。後輩からもそう呼ばれてたし。なんだったら陸君とかでもいいけど?」

「池田君、て呼びます」

「そっか。じゃあ、俺は今日は買わずに帰るよ」

手にしていた参考書を棚に置いて、本屋の出口へと向かっていく。

「池田君」

私の声でくるりと振り返る背中。

「なに?」

「あ……ありがとうございました」

お辞儀をした後、頭を上げると、
池田君は顔一面に柔らかな笑みを浮かべていた。

「どういたしまして。帰り道、気ぃつけて」

この前みたいにひらひらと手を振って、池田君の後ろ姿は遠ざかっていった。

No.94 09/10/20 21:10
ジュリ ( TSTfi )

「うぁ」

いつもと同じようにスイスイで働いていた私は、
もう少しであがりという時間に、開いた自動ドアから入ってきたお客様の姿に驚いた。

「いらっしゃいませ」

働きだして身につけた営業スマイル。

「なんか……不自然」

なんとも失礼な言葉を私に浴びせたこの客。

川瀬南津。

「こちらへどうぞ」

南津の言葉を無視してカウンター席へと案内する。

「せっかく来てやったのに、冷てぇな」

「仕事中なんだからしょうがないでしょ」

周りのお客様に聞こえないように小声で答える。

「今日彰もいるんだよな?」

「うん……あそこ」

彰君のいる方向を目で示す。


「彰はさまになってんだけど、お前はなぁ」


その言葉も無視。

No.95 09/10/20 21:18
ジュリ ( TSTfi )

「ご注文お決まりでしょうか」

「えっとー」

メニューを眺め

「このチョコケーキとアイスコーヒー」

「かしこまりました」


南津の元へ注文の品を運ぶとき、彰君と鉢合わせした。


「南津……来てるよ」

「あぁ、知ってる」


全く合うことのない彰君の目線は斜め下、床を眺めている。

辛くなった私は、早足で彰君の横を通り抜けた。

「お待たせしました。
ザッハトルテとアイスコーヒーです」

「うっわ、うまそぉ」

目を輝かせる南津の顔付きが瞬時に子供っぽくなる。

「ごゆっくりどうぞ」

「あ、ちょっと待って」

呼び止められ、立ち止まる。

「今日バイト、何時まで?」

「8時半までだけど」

「あと30分か。彰もか?」

「うん、一緒」

「ふーん、分かった。
サンキュ」


そこまで言うと、南津はフォークを手にしてゆっくりとケーキをすくいあげた。

もう周りは見えてないって感じ。


私は、幸せそうにケーキをほお張る南津を後にして厨房へと戻った。

No.96 09/10/21 11:14
ジュリ ( TSTfi )

バイトを終えて、
裏口から外に出る。

今日もよく働いた。

駅に向かって足を踏み出したとき、ふいに背後から手首を掴まれた。

「っ!?」

恐怖心で体がこわばる。

「俺だって」

聞き慣れた声に安心して緊張がとけた。

「南津……どうしたの?」

こんな時間にこんな所で

「いや、彰とついでにお前と帰ろうと思ってたんだけど……
彰、すっげぇ早さで帰ってった」

彰君、私を避けて……。


「そ、それじゃあ彰君と帰ればよかったんじゃないの?私と帰らずにさ」

南津は返事をせずに

「なぁ、この前彰と何喋ってたんだよ」

鋭い目線で私を捕らえた。

「……この前って?」

「合宿のとき、休憩室の前でだよ」

「あぁ……あれは……」

お姉ちゃんのことを話したときだ。

「なんかあれからお前ら変だよなぁ?ぎくしゃくしてるって言うかさ。あん時、何喋ってたんだよ」


「……あの時は……」

答えるべきか、答えないべきか。

No.97 09/10/21 11:20
ジュリ ( TSTfi )

迷っていると、南津がしびれを切らして声を荒げた。

「なんだよ、俺には言いたくないわけ。
訳分かんなくて、見ててイライラすんだよ」


その言葉で、一気に頭に血がのぼってしまった私。

「誰にだって言いたくないことぐらいあるでしょ!?触れてほしくないことがあるんだよ!分かってよっ!」

そう一気にまくし立てた。

そしてそのまま南津の顔を見ずに、背を向けて駅へと足早に歩く。

徐々に冷静さを取り戻すのとともに、
込み上げる後悔。


なんであんなに怒鳴っちゃったんだろ。


南津は、彰君と私のこと心配してくれてただけなのに。


最低だ、私……。

No.98 09/10/21 18:45
ジュリ ( TSTfi )

そのことがあってから、南津とは全く会話を交わさなくなってしまった。

たまに目が合ってもすぐに顔ごと反らされてしまう。

彰君だけじゃなく、南津とまでも気まずくなってしまった。

謝らなきゃいけないと分かってるのにそのタイミングがつかめないまま、
ずるずると後悔だけを引きずっている。


そんなある日、
朝学校にやって来た私は、グランドで陸上部員に混じってトラックを走る池田君の姿を見つけた。

池田君って陸上部だったのか。

3年生は引退したはずなのに、どうしてだろう。

と、トラックのコーナーを曲がってきた池田君が私の姿に気付いた。

汗を流しながら満面の笑みで、
周りに気付かれないように小さく手を振ってくれた。

私も同じように小さく手を振り、それに答えた。

No.99 09/10/21 20:28
ジュリ ( TSTfi )

日曜日、ファミレスで生物の提出物を一緒にしようと私から結実に持ち掛けた。

その日部活が休みだった結実は快くそれに応じてくれ、今にいたる。

私は今日、南津と彰君のことについても相談しようと思っていた。

「はぁ、疲れたぁ」

大きく反り返って伸びをした後、コーラを飲む結実。

「あのさぁ、結実」

いよいよ打ち明けようと椅子に座り直したとき。


ピリリリ、ピリリリ……


タイミング悪く、結実の携帯が震えた。

「ごめん、電話だ……
もしもし……え?……うん、分かった、ありがとう。じゃあまた後で」

パタンと音をたてて携帯が閉じられる。

「ごめん朱里!」

「どーしたの?」

「なんか、いきなりクラブやることになったみたいで……行かないといけないんだ」

壁にかけられた時計を気にする結実。

クラブなら仕方ない。

「大変だね。頑張って」

「うん……ほんとごめんね。朱里も、帰る?」

「ううん。私はまだ残ってこれ仕上げる」

「そっかぁ。朱里も頑張って。じゃあまた明日」

「うん、また明日」


相談、できなかった……。

No.100 09/10/22 17:13
ジュリ ( TSTfi )

結実が帰った後、オレンジジュース片手に奮闘するも、全然進まず頭を抱える。

「うーん……」

やばい、このままじゃ日が暮れる……。


知ってる後ろ姿を見つけたのはおかわりのオレンジジュースを入れようとドリンクバーまで行ったときだった。

細身の長身で短い髪。

「池田君?」

ぴくっと小さく反応して、首がくるりとこちらを向く。

やっぱり、池田君。

「お、朱里ちゃん」

「こんにちは」

見ると、池田君はグラスにカルピスを注いでいる。

その可愛さが意外で、見えないように私は笑った。

「一人で来たの?」

「友達と来たんですけど、帰っちゃって」

「そうなんだ……」



グラスを手に席に着戻った数分後のこと。

「ここ座ってもいい?」

顔を上げると先ほどドリンクバーで会った池田君が立っていた。

「あっちにいたんだけど、いいかな」

「いいですよ。どうぞ」

「ありがと。知り合いと待ち合わせしてて、早く来過ぎたからさ。朱里ちゃんは……学校の課題?」

「そうなんです。なかなかはかどらなくて」

苦笑いしながらジュースを口に運ぶ。


「大変だね」

「はい、すごく」

No.101 09/10/22 22:19
ジュリ ( TSTfi )

大変なのは勉強だけじゃない……。

南津と彰君とのことが一瞬頭をよぎった。

「あ、そういえば池田君、この間、朝走ってましたよね?」

「あぁ。もうとっくに引退したんだけど、体が鈍るからたまに走ってるんだ」

へぇ……

なんか、池田君てかっこいい。

「それよりさぁ」

テーブルの上で手を組んだ池田君がまじまじと私を見つめる。

思わず生唾を飲み込んだ。

「なんか、この頃いつ会っても朱里ちゃんが悩んだ顔してる気がするんだけど、俺」

「え……?」

あまりにも予想外のことを言われて、固まる表情。

「気のせいだったらいいんだけど……
そうは思えない」



なんて人のことをよく見てるんだろう。

池田君の観察力に驚かされた。

「無理にとは言わないけど……話してみない?俺に」

どうしよう……

池田君ならきっと、親身になって聞いてくれて、
いいアドバイスをくれるかもしれない。

でも、こんなこと相談しちゃっていいのかな……


「間違ってたら、ごめん。もしかして……宮藤彰のこと……?」

池田君……勘よすぎ。



ここまで分かってくれてるのなら、きっと大丈夫。


一呼吸置いて、私はぽつりぽつりと話し出した。

No.102 09/10/24 02:17
ジュリ ( TSTfi )

「……彰君と、お姉ちゃんの関係……やっぱりご存知ですよね?」

「まぁ、ね。でも、あまり深くは知らない」

「そうですか……。私、入学したときはそのこと、知らなかったんです、全く。でも、そんなの時間の問題で……。
それで、この前の仲良し合宿のときに彰君に聞いたんです。本人に聞いてみないとやっぱり信じられなかったから。そしたら……
はっきり言われました。俺は香里と付き合ってたって。それからずっとぎくしゃくしたままで。なんか、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……」

そこまで喋って、ジュースを飲んだ。

池田君の表情を伺おうとすると、肘をついて俯いていた。

沈黙が過ぎ去った後、顔が見えないまま、池田君の口が動く。

「朱里ちゃんは……意識しすぎなんじゃないかな」

「意識しすぎ……?」

顔を上げた池田君の穏やかな目が私を見つめた。

「朱里ちゃんは宮藤君を、お姉ちゃん……香里ちゃんの元カレとしか見てないんじゃない?
だから、いざ宮藤君を前にするとその考えが頭の中に浮かんで普通に接することかできない。

……でもね、朱里ちゃん」


優しい声が耳からすとんと心に入ってくる。


「……はい」

No.103 09/10/24 02:21
ジュリ ( TSTfi )

「香里ちゃんの元カレとしての宮藤君は、宮藤君の本の一部分なんだよ。それが全部じゃない」


彰君の一部分……。


そうか、そうだったんだ。

少しずつ、心のもやが晴れてゆく。

「接しずらいと思うのは、朱里ちゃんがそこだけを見てるから。一歩引いて、宮藤君全体を見るべきだと思うよ。一人の人間として。そしたらきっと、落ち着いて、普段通りの朱里ちゃんで話せるようになる」

…………


「池田君……ありがとう。なんかすごく……すっきりした」

「それはよかった。役に立てて」

私を見たままの目がにっと笑って細くなる。

池田君の笑顔って、
なんでこんなに柔らかいんだろ……。


「うわっ。待ち合わせの時間過ぎてるっ」


ばっと立ち上がる池田君。

「朱里ちゃん、もう行くね」

「ごめんなさい、私の話し聞いてもらったせいで……」

「いやいや、朱里ちゃんのせいじゃないよ。
じゃあまた」

「あの、ほんとにありがとうございました」

大慌ての池田君にもう一度お礼を言うと、ぽんと私の頭に手を置いて

「がんばって」

と優しい言葉をかけてくれた。

そして方向転換すると、入口に向かって歩いて行く。

池田君は、後ろ姿まで優しかった。

No.104 09/10/24 23:03
ジュリ ( TSTfi )

やっぱり池田君に相談してよかった。


「……ふぅ、やるか」


気合いを入れてまた提出物をやり始めると、今度は驚くほど早く進んだ。






翌日。


『一歩引いて、彰君全体を見るべきだと思うよ』


池田君の言葉を心の中でリピートする。

よし、彰君に会ってももう大丈夫。

池田君の助言を胸に、大きく深呼吸をして校門をくぐった……



はずなのに。

予想外の出来事が私を襲った。

それは……周囲の噂。

下足で靴を履きかえていると、向かい合わせになっている2年生の下足から、話し声が聞こえてきた。

「望月朱里、知ってる?」

「知ってる知ってるっ。あの宮藤君の元カノの妹でしょ?」

聞きたくない話。

でもここから去ろうと思ったら、あの人たちと鉢合わせしてしまう。

私は、彼女たちがいなくなるのを待つしかなかった。

「そうそう。しかもその元カノもこの学校」

「あれでしょ?中庭に植えてある木。死んじゃったんだよね……」

やっと声が遠ざかっていく。


しばらく私は動けなかった。

No.105 09/10/24 23:06
ジュリ ( TSTfi )

その後も、廊下を歩く度に集まる視線と聞こえる囁き声。

どうやら、もう学校中に広まってしまったらしい。

沈む私に、結実が励ましてくれるのが唯一の救い。


いつかは広まると覚悟していたけど、実際にこうなると、覚悟なんてすぐに崩れてしまう。


噂してる周りの人たちに悪気がないのは分かってる。
でもその囁きが、私の心を深く沈ませていく。


「気にすることないよ」

そう言ってくれる隣の結実の顔も、時間が経つにつれて雲っていった。

そして放課後。

やっと周囲の視線から解放される……。

そう思っていた私はまたしても不運に見舞われた。

学校を出る前に行ったトイレで会ったのは……

武村夏帆。

南津の元カノ……。


気付かないふりをして出ようとした私にかけられた呼び声。

「朱里ちゃん」



脱出失敗……。

No.106 09/10/24 23:12
ジュリ ( TSTfi )

「……どうも」

「しんどそうだね。噂、すごいもんね」

単刀直入すぎる武村さんの言葉。

痛い。

「うん、まぁ」

ここは受け流すのが一番だ。

「耐えられるの?」

「……」

「耐えられないんじゃない?」

冷たい目つきが突き刺さる。

そして……



「噂されることぐらい分かってたでしょ。なのにそんなに落ち込むぐらいなら、元々この学校来なきゃよかったんじゃないの?」





気付いたら、走っていた。
その勢いのまま学校を飛び出す。


弱すぎる、私……


昨日池田君に励ましてもらったばっかなのに……。


帰りたい。

このまま誰にも会わずに家に帰りたい……。

でも今日はバイトがある月曜日。

私は重い足と心を引きずってスイスイへと向かった。

こんな状態で働けるのかな……なんて思っていたけど、意外にも働き始めると、忙しくて他のことを考えずにいられた。


体を動かして接客を続けていた私は、お客様にスイーツを運んだときにその隣のテーブル席に座る南津を見て驚いた。


この前怒鳴ってから、まともに話しをしていない。

No.107 09/10/26 10:50
ジュリ ( TSTfi )

声をかけようか考えていると、南津のほうから話しかけてきた。

「よっ。前よりちょっとさまになってんじゃねぇの?」

ぎこちなさのない言動に、私は少しほっとした。

南津の中ではもうあのことは時間が解決してくれたことになってるのかな。

「今日は、彰君バイトじゃないよ?」

なるべく私も平静をよそおった。

「彰がいないと来ちゃいけないのかよ」

南津は、ふて腐れたようにじとっとした目で私を見て、前と同じザッハトルテを口に運ぶ。

「いや、そういう訳じゃないけど……」

「っていうかお前、バイト中だろ」

「あぁっ!」

スイスイのテーブル席には仕切りがついているため、周りの人には気付かれていない。

「ごゆっくり!」

私は慌ててその場所から立ち去った。

No.108 09/10/26 10:57
ジュリ ( TSTfi )

バイト中は隠れていた暗い気持ちが、スイスイを出たとたんに込み上げる。

まさにとぼとぼという表現がぴったりな足取りで駅へと向かう私の横を一台の自転車が通りすぎ、目の前で止まった。

誰なのか、暗くてよく見えない。


「お仕事お疲れさん」


からかうようなその声は、間違いなく南津のものだった。

2、3歩進むと、はっきりと顔が見えた。

「駅まで送ってやる」

「いいよ、大丈夫」

「お前みたいなやつでも襲われるかもしれないだろ?」

お前みたいなって……

かなり失礼。


「心配してくれてどーもありがとう。でも結構」

自転車の横を通って、再び歩き出した私の腕は、南津につかまれた。

びっくりして振り返ると、さっきまでとは違う、悲しそうな顔をしていた。

「っていうのは口実で……」

「……なつ?」

「ほんとは……謝りたかった……この前のこと」

南津は自転車から降り、スタンドを蹴った。

1メートルもない距離に、南津が私の腕を握ったまま立っている。

「お前が悩んでること知らなくて……嫌がってたのに、無理矢理聞いたりして……ごめん」


違う、南津。謝るのは南津じゃないよ。


「なつ……?」

「ん?」

目線を上げて、しっかりと南津を見る。

No.109 09/10/26 11:05
ジュリ ( TSTfi )

「謝らないといけないのは私なんだ。
南津は助けようとしてくれてたのに、その気持ち分からずに勝手に怒鳴って……ほんとにごめんなさい」

深く頭を下げて、上げると、照れ笑いを浮かべる南津がいた。

「まぁ……俺もお前も謝ったし、もうこの前のことはチャラってことで」

「うん」

「……行くぞ」

今までずっと掴まれていたことを忘れていた腕を引かれて、私は駅に向かって歩き出す。

南津は、片手で自転車を押しながら歩いている。

しばらく黙って歩いていると、聞き逃してしまいそうなほどの小さな声が聞こえた。

「朱里……」

「えっ、何?」


「……やっぱいい」

「なにそれ。じゃあ最初っから言わないでよ」

「ごめん」


「いや、そうじゃなくて……。言いかけたんだったら言ってよ」

「言わなかったことにして」
「はぁ?訳分かんないよ。言ってよ」

「いい」

「言って」

「いい」

十数回それが繰り返された後。

「分かった……言うよ」

くしゃくしゃと頭をかき、南津はいきなり立ち止まった。


立ち止まって言うようなことなの?


「あのさ。あぁー……
やっぱいいや」

なんでだよっ!

「言うって言ったでしょ」

あぁもうっ、と南津が諦めた声を出す。

No.110 09/10/28 16:44
ジュリ ( TSTfi )

「…………周りのヤツらの言うことはほっとけよ」

「……へ?」

「こそこそ噂するようなヤツはほっとけって言ってんだよ。そいつらのせいで、お前が落ち込む必要ない」


南津……


もしかして、
私が噂されてるのを心配してくれてるの……?


「聞いてんのかよ」

「……うん」

「俺の言ってることわかってんのか?」

南津が私の顔を覗き込む。

「うん。でも南津、私大丈夫だよ」

「うそ」

「え?」


「……全然大丈夫じゃないって顔してるよ、お前」


そっと頬に当てられた、温かな南津の掌。


……前にもあったような気がする、こんなこと。


不思議だね、南津の手は。

また前みたいに、南津の手に向かって涙がこぼれていく。

その手が涙を受け止めてくれるのを知っているかのように。


「やっぱり我慢してんじゃねぇかよ……」

「ごめん……」

「なんで謝ってんだよ」

南津が親指で私の濡れた頬を拭う。

が、そんなことお構いなしに涙は溢れる。

「ごめんね、南津」

「だから謝んなよ。お前は悪いことしてないだろ」

「うぅ……」

No.111 09/10/28 17:04
ジュリ ( TSTfi )

ボロボロと涙をこぼす私の横に、その涙が止まるまで南津は居てくれた。


「……もう泣き止んだ」


私がそう断言したのは、しばらくしてから。


「はぁ。世話が焼ける」

そんな言葉も、私への気遣いだと分かる。

「俺、お前を駅まで送んのやめた。……こんなに目ぇ腫れて怖い顔したやつ、誰も襲わねぇだろ」

「ひどっ」

ほんとは、このあと何を喋っていいか分からないからでしょ?

それは私も同じだから。

ありがとうとしか言うことが見つからないよ。

駅まで近いため、ここらへんは家も多くて明るい。

「じゃ、帰るわ」

ずいぶんと長い間掴んでいた腕を離して、自転車を反対方向に向ける。

「なつ……ありがと」

私がそう言うと、南津は背中を向けたまま何か呟いた。

「え、なんて?」

「……お礼、ちょうだい?」

「お礼ってな……」

私の言葉は途中で遮られ、気付けば腰に回されていた南津の腕。

ぐっと距離が狭まる。

「感謝の気持ちを態度で表してって言ってんの」

「た、態度……?」


もしかして……


「その顔、分かってんだろ?」


いじわるくにやりと笑う。
さっきまでの優しい南津はいずこ……

「キス、してよ。おやすみのチュウ」

No.112 09/10/29 22:43
ジュリ ( TSTfi )

「ははっ、なに言ってんの」

「あれ、聞こえなかった?



……キスして」




耳に熱い息があたった。

「ひっ!?」

かちこちに固まる体。

なんでこんなことになってんの……


思考回路は停止状態。





「……もういい」


ほっ。

よかった……



と思ったのもつかの間。


「俺がしてあげる」

ちゅっ。





『ちゅっ』て……


し、しかも、
ほっぺたって……っ!!


パクパクと口を動かすも、声が出ない。

そんな私に、


「お前は魚か」

余裕の笑みでつっこみを入れる南津。


お前のせいでこうなってんだよっ!

「いいじゃん、減るもんじゃねぇし」

確かにほっぺたは減らない。

減ったら困る……


「って、そういう問題じゃないでしょ……」

怒りたいとこだけど、今日は許してあげよう。


「南津のおかげでほんとに助かった。全部泣いて吐き出せたから。じゃあまたね」


私が爆発すると予想していたのか、ぽかんと口をあけている南津。

「お、おぉ……」


『お』しか発音できない南津にもう一度ありがとうと告げて、私は駅へと向かった。

No.113 09/10/29 22:50
ジュリ ( TSTfi )

水曜日のバイト終わり、高速で制服に着替え、ロッカー室を出る。

室井オーナーを見つけ、問いかけた。

「あの、彰君は……」

「今帰ったとこだよ?」

「ありがとうございます。お疲れ様でした!」

慌てて外に飛び出し、走って見つけた後ろ姿。


「彰君っ!」


逃げられないように肩に手を置いて、荒い呼吸をおちつける。


「言いたいことがあるの」

「……」

「私、今まで彰君イコールお姉ちゃんの元カレって思い込んでた。でも、それは間違ってるんだって分かったの。そんなことにとらわれずに彰君を見るべきだって。
だから……これからは、彰君の前でも普段の私でいようと思う」


結実や池田君、南津、色んな人に助けてもらってやっと固まった気持ち。

目を伏せ、地面を見つめていた彰君の視線がゆっくりと上がる。


「なんでいきなり……?」


どうやら、突然の宣言に戸惑っているらしい。

「だって……ずっとこんな状態が続くの嫌だもん。同じとこでバイトしてるんだよ?気まずすぎるよ」

「……」


「言われたんだ……私は彰君の一部しか見てないって。だから、彰君全体を見るようにする」


「俺の全体?……よく分かんない」

頬をかく彰君。

No.114 09/10/29 22:58
ジュリ ( TSTfi )

「分かんなくてもいい。私の決意だから」


「……じゃあ俺も努力する……お前と普通に喋るように」

そう言って浮かべる苦笑いにクラッとなる私。


違う意味で普段通りにできないかも……。


大丈夫かな……


不安が襲う。


「言いたいことはそれだけだから。じゃあまた」


「じゃあまたって……

俺も駅行くんだけど」


「あ、そっか……」


肩を並べ歩くものの、会話はほとんど無く。


電車に乗り込むと、彰君は心地いい揺れに身を委ねて早々に眠ってしまった。


その寝顔にまたクラリときてしまう私。


ホントにやばいって……

No.115 09/11/03 12:46
ジュリ ( TSTfi )

久しぶりにお姉ちゃんの部屋に入った。

なぜかふと入りたくなったから。



6畳の部屋には家具は置いてあるものの、机の中はすっからかん、クローゼットの中に服は一着もなく、お姉ちゃんがいた跡などどこにもない。

こんな風にしたのはお姉ちゃんだった。

余命宣告から4ヶ月後、お姉ちゃんの余命が2ヶ月となったときのこと。


久々に帰宅を許されたお姉ちゃんは、家に入ると真っ先に自室に向かい、自分のものをゴミ袋に入れ始めたのだった。


引き止めようとするお母さんに、平然とした顔でお姉ちゃんは言ってのけた。





「なんか、全部捨てたくなっちゃった。一緒に病気も捨てられそうじゃない?」





その後しばらく手を動かしていたお姉ちゃんは、ふと動きを止め、


「ガンを克服したら全部新しいの買ってもらうつもりだから」


綺麗な笑顔で言ってのけた。

No.116 09/11/03 12:49
ジュリ ( TSTfi )

ねぇ、お姉ちゃん。

私には見えたよ。


お姉ちゃんの凛々しい顔に一瞬よぎった寂しそうな顔。



本当は、私たちのためでしょ?


部屋をそのままにしておいたら、誰も片付けられないままだって思ったんでしょ?


ずっと残したまま、悲しみを引きずってほしくなかったからだよね?



それぐらい分かるよ。お姉ちゃんの妹だもん、私。



いつだってお姉ちゃんは周りのこと考えてた。


病気になってまでみんなに気をつかって。


優しすぎるんだよ……



ねぇ、なんで死んじゃったのかな。


なんでお姉ちゃんが死ななきゃいけなかったのかな?

私、今でも分かんないんだよ……






気付けば、からっぽの部屋にへたりこんで大泣きしていた。

あぁ、だめだ。

止まんない。


なんか最近、泣いてばっかな気がする。


涙腺緩んでるんだ、きっと。


濡れてしまった床を袖でゴシゴシと力いっぱい拭った。

No.117 09/11/04 20:40
ジュリ ( TSTfi )

『彰君と普通に接する宣言』をして以来、ちょくちょく私と彰君はバイト終わりで一緒に帰っていた。

約束なんかするはずもなく、たまたま着替えて店を出る時間がぴたりと合ったときだけ並んで駅まで歩いた。




…………っていうのは嘘。

ほんとは、彰君とバイトが一緒の日はマッハで着替えドアに耳を当て男性ロッカールームのドアが開く音が聞こえるのを待っていた。

彰君と帰るために。


そう、私は偶然を装って彰君と帰っていた。


もちろん、いつもだと怪しまれるから数回に一回は涙を惜しんで“わざと”ずらして帰った。


涼しげな声に、華奢に見えるのにたくましい背中。

柔らかそうな髪の毛に、大きくて綺麗な手。


そして、たまにふと浮かべる可愛い笑み。


その全てが私の心臓を爆発寸前まで追い込む。


私は完全に彰君に恋していた。言葉を交わす度にその想いは強くなっていった。


そして今日も、バイト終わりの私の横には彰君がいる。


しかし、最近の私には気になることがあった。

No.118 09/11/09 18:57
ジュリ ( TSTfi )

「で、室井店長がさぁ……」

話しの途中で顔を上げると、彰君とぱちりと目が合う。

しかしその目は、私を見ているようで見ていない。



これが私の悩みだった。



この頃、私と話しているとき、頻繁に彰君のこの目を見る。


「……彰君?」

「……あぁ、ゴメン」


はっと我に返ると反らされる目線。



虚ろなその目は、私ではなく、

いつも私の中にいる誰かを見ているようだった―。



そしてこの目を見る度に、私の心には影が落ちるのだった。

No.119 09/11/13 18:42
ジュリ ( TSTfi )

「こんにちは、朱里ちゃん」

金曜日の学校終わり、スイスイに行く途中で私に声をかけたのは、池田君だった。

「今からバイトだよね?」

「はい」

「俺もスイスイ行こうと思って」


「そうなんですか。なんか緊張する」


私の言葉に池田君は笑った。

「緊張する必要ないよ」

「まぁ、そうなんですけど……あ、池田君」

「ん?」


忘れるところだった。



「この前は相談にのってくれてありがとうございました」


「この前……あぁ、あれか。宮藤君とちゃんと話せた?」


「はい。池田君のおかげです。改めてお礼が言いたかったから……」


「どういたしまして。よかった、実は俺も気になってたんだ」

「ほんとに、すごく助けになりました」


やっとこの前のお礼を言えた。



「ねぇ、朱里ちゃん」

「はい」

「宮藤君のこと、好きなの?」


ストレートすぎる池田君の質問にぎくりとする。


そんな私の顔を見逃さなかった池田君は、ぷっと吹き出した。

「分かりやすいね」

「だって、いきなりそんなこと言うから……」


いくらなんでもいきなりすぎる。

「ごめんごめん」


口では謝ってるに、その顔は楽しそう。

話しているうちにスイスイは目の前。

私は、池田君と別れて裏口から入った。

No.120 09/11/13 18:51
ジュリ ( TSTfi )

着替えを済ませ店に出て、忙しい中動き回っていると

「すいません」

と呼ばれた。

「ショートケーキお願いします」

にこりと笑ってそう注文するのは池田君。


「かしこまりました」


席までケーキを運ぶと池田君が私を見上げた。

「すっかり慣れてるんだね」

「まだまだですよ」

「そう?すごくさまになってると思うけど」


ケーキを一口食べながら、嬉しいことを言ってくれる。


「ごゆっくりどうぞ」


頭を下げ、テーブルを後にした。




バイトが終わり、ロッカールームで着替える。

今日も彰君はいるけど、この前もその前も一緒に帰ったから、泣く泣く別で帰ろうとゆっくり着替えて外に出た。

するとそこには、壁にもたれてた南津がいた。


そしてその横には彰君。


……ラッキー!


しかし、私には疑問に思うことがあった。

「あれ、南津なんでいるの?」


なぜここに南津がいるのかが分からない。


「はぁ?店にいただろーが」

「え、来てたの?」


全然気付かなかった……


「知らなかったのかよ」

素直にこくりと頷くと、大きくため息をつかれた。

「……行くぞ」

握っていたかばんは南津の自転車のカゴの中へ。

「あ、うん」

No.121 09/11/16 15:56
ジュリ ( TSTfi )

南津が部活終わりにスイスイに来たとき、一緒に帰るのは当たり前になっていた。


今日みたいに彰君と別々で帰ろうと思っていたときに南津が来てくれると、すごくありがたかい。


心の中でありがとうと頭を下げた。

「……なぁ、朱里」

「なに?」


「……今日お前と喋ってたやつ、誰?」


私と喋ってた人……?


「あぁ、池田君のことか。3年生だよ」

「ふーん……」


聞いたくせに、反応が薄い。


じゃあなんで聞いたんだよ。



そのあとも、池田君について南津が触れることはなかった。

No.122 09/11/19 16:27
ジュリ ( TSTfi )

人の噂も七十五日とはその通りで、私や彰君の噂は日が経つごとに収まっていき、徐々に平穏な学校生活が戻ってきた。


相変わらず彰君の人気の方はすごいけど。

もちろん南津の人気も。


そしてそんなある日。


バイトがない日の放課後、私はお母さんに読みたいから借りてきてと頼まれた本を探そうと学校の図書室に向かった。


中には女の子が2人いるだけ。


端の本棚から順番に見ていると、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

「うん、昨日……」

「なんて送ったの?」

静かな図書室で、その話し声が想像以上に響いていることには気付いていないらしい。

「付き合って下さいって……」


告白した話しだと分かりビックリ。

「ゴメン、って返ってきて……」

「うん……」

「分かった。これからも今まで通り喋ってねって返信した……」

「そっか……偉かったね」


ダメだったのか……

本棚の影で肩を落としていると、すすり泣きが聞こえてきた。


聞いてはいけないことを聞いてしまったという罪悪感に襲われた私は、本を諦め立ち去ろうとした。

その瞬間、私の耳に驚きの会話が入ってきた。

No.123 09/11/20 19:08
ジュリ ( TSTfi )

「大丈夫……?」

「うん。なつ君のことはこれできっぱり諦める」


!!


私は静かに図書室の扉を閉めた。


……なつ……って……


川瀬南津!?


……うん、そうだよね。


あの人、南津に告白したんだ……。


フラれて泣いちゃうぐらい南津のことが本気で好きだったんだ……。

…………


そんな人がいるのにいいのかな、私。


南津と馴れ馴れしくしても。


……よくない、か……。



その日から、私は少し南津と距離をおくことにした。

一番はっきりとさせたのは、バイト帰り。

南津が来たときは、用事があるからと一人で先に帰った。


そんなことがしばらく続いたある日。



教室を出ようとした瞬間、
「おい朱里、学級代表残っとけってさ」

南津にそう言われて教室にとどまった。

「……あ、うん」

しばらくして、教室には南津と私の二人きり。

「ねぇ、何の仕事があんの?」

「……なんもねぇ」

「なんもないの……!?じゃあなんで残ってんの?」

訳分かんない。

なんで嘘ついたんだろ。


席を立った私の腕を南津ががっしりと掴んだ。


「お前、最近俺のこと避けてねぇ?」

「……へ?」

No.124 09/11/20 19:16
ジュリ ( TSTfi )

「なんか、避けられてる感じすんだけど」

強い視線で私を睨む。


……南津に、バレてた……

「も、もしかしてそれ言うために嘘ついて残らせたの?」

南津はその質問には答えず、気まずそうにそっぽを向いた。

図星。

「別に避けてない。勘違いだよ」

強い口調で、嘘をついた。

南津の腕を振りほどき、教室から飛び出した私の前に現れたのは、武村夏帆。


南津との会話、聞かれちゃってた……?

怖い視線を向けてくるとこからすると、ばっちり聞かれてたらしい。


私は無言で横を通り抜け、逃げるように学校を出た。

……気付かれるなんて、思わなかった。

完璧にバレてる。


どうしよう……?




悩んでるうちにも、南津との硬直状態はしばらく続いた。


というか、続けるしかなかった。

No.125 09/11/20 19:22
ジュリ ( TSTfi )

それを解決するきっかけが掴めたのは、彰君とバイト終わりに一緒に帰っているときだった。


普段私の話しを聞いてばかりで、あまり自分から話さない彰君が唐突に口を開いた。


「最近、南津が機嫌悪いんだけど」

「え?」

「南津の機嫌が悪い」

「……なんで私に?」

「なんか知らねぇかと思って。常にむすっとしてて、どうしたらいいかわかんねぇ。お前、なんかした?」


ちらりと私を見る。


それだけでもう、心臓はバクバク。


……私のせい……?

私が避けてるから?


考えていると、


「やっぱなんかしただろ」

と声が降ってきた。


「……実は、この前南津にフラれた子が泣いてるの見ちゃって。で、南津のことこんなに好きな人がいるに、私は南津と帰ったりしていいのかなって思って……」

「だから、南津にあんま近寄らないようにしたのか」


こくん、と頷く。


すると、彰君は大きなため息をついた。


「やっとあいつが不機嫌な理由が分かった」

「やっぱり私のせい、かな……?」

「それに決まってんだろ」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「また前の状態に戻せばいい」


だって、そんなことしたら悪いもん。


南津を好きな人に……。

No.126 09/11/22 16:18
ジュリ ( TSTfi )

「なにもお前が他のやつらに気ぃつかう必要ないんじゃねぇの?」

「でも……」


「誰も知らないんだし。お前が南津と俺と一緒に帰ってることなんて」


そうなんだけど……

やっぱり……


「友達だと思ってんなら別に一緒に帰ったって問題ないと思うけど。まぁ、お前が南津のこと好きでもそれはそれでラッキーだと思えばいい」


「好きじゃない……」


私が好きなのは、彰君だよ?


心の中で、そう伝える。



伝わるはずはないけれど。

「友達なんだろ?」

「うん……」


「友達と一緒に帰るのなんて普通だろ。それに……
理由も分からず避けられた南津の気持ちも考えろ」


衝撃の一言だった。


南津の気持ち……。


今まで私、全然考えてなかった。


そうだよ、誰だっていきなり避けられたら傷つくはずじゃん。


そんな簡単なことを、分かってなかった……。



南津……ごめん。


「早く南津の機嫌を直してくれ」


空を見上げながら、呟く彰君に、


「うん。頑張る」

と答えた。

No.127 09/11/22 16:33
ジュリ ( TSTfi )

彰君のおかげで、南津と話そうと決心したものの、最近は学代の居残りもなく、普段の学校生活の中で私が南津と接することはあまりない。

どうやって切り出せばいいか迷っていると、思いついた。


そして、その作戦を決行したのは彰君に助言をもらった3日後。


「南津、今日残れって先生が言ってたよ」

急な呼びかけに少し動揺を見せる南津。

「俺?……分かった」


放課後、教室内が私と南津だけになったところで、私は切り出した。


「ほんとは、残れなんて先生言ってなかったんだ」


そう、私が使った作戦は前に南津が使ったものと同じ作戦だった。


あの時、私は帰ろうとしたけど、南津は前の方に座ったまま動こうとせず、こちらを向きもしない。

「なつ?」

「……ん」

かすかな返事。


「……ごめんなさい」


背中がゆっくりと振り向いた。


無表情な南津は、恐い。


「私、なつが言ったとおり、なつのこと避けてた」

「……」


ガタン、と派手な音をたてて立ち上がった南津が直立している私の前の席に座り、無表情のまま私を見つめる。


「いきなり避けられたときの気持ちも考えずに……。


もうこれからは、絶対に南津のこと避けたりしない」

No.128 09/11/22 16:38
ジュリ ( TSTfi )

そこまで言ったとき、いきなり立ち上がった南津にびくっとなった。


しかし、私を見下ろす瞳が揺らいでいることに気付く。


「俺、お前になんかしたんじゃねぇかと思って……」


その声は、わずかに震えていた。


……こんな南津、見たことない。


「南津はなにもしてない。私が勝手に…………ごめん」


精一杯頭を下げた。


「いいよ、もう」


顔を上げれば、南津は、さっきまでの表情に少しだけ笑みを混ぜたような、そんな顔をしていた。

そして、

「……帰るか」

と、ため息まじりに呟く。

「うん、そうだね」


パチリと電気を消し、2人で薄暗い教室を出る。



なにはともあれ、私たちの関係は元通りとなった。

No.129 09/11/22 17:28
ジュリ ( TSTfi )

最近、彰君がバイトしているのが噂になり、私たちの学校の生徒がスイスイに押し寄せるようになった。


そしてその噂はおばさまたちの間にも広まったらしく、イケメンを一目見ようと中年女性も押しかける。

そのおかげでスイスイの売り上げは上昇っ。


室井店長の顔も明るい。


しかし、一つだけ私には悩みができた。

それは、女子生徒からの目。

あんた宮藤彰と一緒に働いてんじゃないわよ、という痛い視線が四六時中私に突き刺さる。


でも、そんなことはもう気にしないことにした。

だって、私は彰君目当てでスイスイを希望したわけじゃない。

たまたま彰君がいただけなんだから。


そう自分を納得させていた。


そんなある日。


掃除の時間、教室のゴミを捨てるために校舎の裏にいた私は、背後から聞こえた足音に首だけ後ろに向ける。


同じ黒いゴミ袋を持った武村夏帆がそこには立っていた。


今日もなんか言われるのかなぁ、と考えていると、やはり冷たい声が私に話しかけてきた。

「スイスイで働いているんだってね」

その話しか……。


その嫌みなら聞き慣れたから大丈夫、と少し安心した私。


しかし、甘くなかった。

No.130 09/11/23 00:29
ジュリ ( TSTfi )

「お姉ちゃんの元カレとよく同じとこで働けるよね。普通、無理でしょ」

ふっ、と鼻で笑う武村さん。

「あ、もしかして宮藤のこと好きなの?」


言いたい放題だ。


耐え切れなくなった私は振り返り、武村さんを睨みつけた。


「ほっといてよ。関係ないでしょ」

「そうそう、お前には関係ない」

えっ?


驚いて後ろを見ると、そこに立っていたのは……池田君。

私と同じようにゴミ袋を持っていた。


「お前が朱里ちゃんにそんなこと言う資格はない。帰れ」

池田君の怒りの表情と強い口調は効果抜群。


武村さんは顔を強張らせて逃げていった。


……池田君って怒るとこんなに恐いんだ……。


「ありがとう」

「ひどいことを言う人もいるんだね。つい荒っぽくなっちゃった。恐かった?」

照れ笑いと苦笑いを混ぜたような表情をする池田君。

「ちょっとだけ……」


「ごめんね。朱里ちゃんのことも、朱里ちゃんのお姉ちゃんのこともけなされてるように感じて、すごく腹がたったんだ」


そう言う池田君はもういつもの優しい池田君に戻っていた。

No.131 09/11/23 22:12
ジュリ ( TSTfi )

お姉ちゃんのために怒ってくれた……。

やっぱり池田君は……。


私は、前からずっと感じていた疑問を口にした。


「あの、池田君は……
お姉ちゃんのこと、好きだったんですか?」


「…………え?


なんでそうなるの……?」


目を見開く池田君。

そして私もびっくり。


ち、違うの!?


「だって、お姉ちゃんのこと可愛いって前に……。
それに、今だって……」


慌てふためく私を見て、池田君はお腹を抱えて笑い出した。

「朱里ちゃんも、もしかして天然?」

「違いますっ!」

全力で否定するものの、池田君の大笑いは止まらない。


「朱里ちゃん、勘違いしてる」

「ご、ごめんなさいっ!」


恥ずかしい……っ。


「別に謝ることじゃないよ。気にしないで」

「……うん」

「じゃあ俺戻るね」


ドサッとごみを置いた後、池田君は私に微笑んで、背を向けた。


私の思い過ごしだったのか……。


がっかりというか、なんというか。


まぁ今のことのおかげで、さっきの武村さんとのいざこざで感じた怒りはどこかへすっ飛んでいったし、よしとしよう。

No.132 09/11/23 23:39
ジュリ ( TSTfi )

「ねぇ、朱里って池田君と知り合い?」

「へ?」

休み時間、さっきまでテストの話をしていたというのに、とんでもない話題転換をしてきた結実。


「知り合いだけど……なんで?」

「なんか陸上部で噂になっててさぁ。池田君って後輩から慕われてて、今でもたまに話に出てくるんだよね。で、この前、池田君と望月朱里が仲良いらしいって誰かが言ってた」

「ふーん」


仲が良いと言えば、確かにそうかもしれない。


相談にのってもらったこともあるし。



「でね?その……


池田君が朱里のこと好きなんじゃないかっていう……」


「えぇっ!?」

いやいやいや、
なにがどうなってそんなことになるのよ!


「それはない、100%ない」


きっちりと否定する。


この前は私が、池田君はお姉ちゃんが好きだったと誤解していたと思ったら、今度は池田君が私のことを好きだと誤解されてる。

どうなってんだ全く。


「やっぱり違うよね……」


結実の呟きに、首を激しく上下させる。


全く、そんな噂どっから流れるんだろう。


やっぱり噂ってこわい……。

No.133 09/11/23 23:55
ジュリ ( TSTfi )

待望の夏休みがやってきた。

夏休みと言ったらやっぱり海行ってスイカ食べてぐうたらして……


がしかし。


私の夏休みにそんな暇はどこにもない。


スイカ食べる暇ぐらいならあるけれど。


既にスケジュール帳にはバイトの予定がびっしり。


夏休みは、最高の稼ぎ時なのだ。

今年の夏はバイト一筋っ!

とはいえ、年に一度のお祭りぐらいは行きたい。

これを逃せば、今年浴衣を着る機会もないし。


そんなわけで、あらかじめお祭りの日の予定を空けておいた私は今、結実と一緒に神社のお祭りに来ていた

……はずなのに。


……はぐれてしまった……。


人が多過ぎて、見つけられない。

とりあえず人ごみから抜けようと端によって、新鮮な空気を吸い込んだ。


どうしよう?


あ、そーか。


電話すればいいのか。

No.134 09/11/25 07:34
ジュリ ( TSTfi )

「もしもし結実?」

なかなか向こうの声が聞こえず、左耳を塞いで周りの音を遮る。


『朱里、今どこ?』

「射的の前にいる」

『射的なんていっぱいあって分かんないよ……』

確かにそうか。


「じゃあ、おさい銭箱の前にする?」


ここからなら、入口に戻るよりも近い。


『分かった!じゃあ後でね』


プツン、と電話が途切れた。


一息ついて、人の流れにもぐりこもうとしたとき。

「あれ、朱里ちゃん?」


ちょうちんに照らされたその影は……

「池田君っ!」


うわ……。


じんべい姿の池田君。


筋肉質な腕と足がすらりと伸びている。

いつもとは違って、男らしいその格好に、少しだけ胸が高鳴った。


「一人なの?」

「結実とはぐれて……さい銭箱の前で待ち合わせしてるんです」

「そうなんだ。俺、その近くで屋台の手伝いするから一緒に行こうよ」


頷いたときには、私の手は池田君の手に握られていた。


え……?


゙池田君が朱里のこと好きなんじゃないかって……"

結実の声が頭をよぎる。


……ないない。


「またはぐれたら困るからね」


ほら。

あるわけない。

No.135 09/12/03 19:41
ジュリ ( TSTfi )

隙間をぬって歩いていたとき、斜め前にもう一人知っている人物を見つけた。

その姿に、池田君も気付く。


「あれ川瀬君だよね?」

「……うん」

「隣の子、彼女なのかな?」

南津の横には白い浴衣を着た女の子がいた。

「そうなんじゃないですか?」


はたから見れば、どう見てもカップルだ。


……ふーん。いたんだ、彼女。


全然そんなこと言ってなかったくせに。



「じゃあ、こうしてたら俺らもカップルに見えるのかな」

ぽつりととんでもないことを呟いた池田君をびっくりして見上げる。

「はは。ちょっと思っただけだよ」


……そんなこと言われたら、意識してしまう。

かと言って、つながれた手を振りほどくこともできない。


私は、唯一できる手段として、話をそらした。


「池田君は何の屋台手伝うんですか?」

「焼きそば。受験生にこんなことやらせるなよなぁ?」


なんて言いながらも、わくわくしているのが顔に出ている。


「たまには気分転換も必要ですよ」

「そうだね」

にっこりと池田君は笑う。

そのとき、すっ……と自然に手が離れた。


それと同時に、前方で結実が手を振っているのに気付く。

No.136 09/12/06 22:19
ジュリ ( TSTfi )

「よかったぁ。はぐれたときはどうしようかと思って……」

安堵する結実の表情が固まった。

「池田君……こんばんはっ」

「こんばんは。朱里ちゃん、連れてきたよ」

「ど、どうも……!」


いまいち状況が飲み込めていないらしい。


「今から行かないといけないから。よかったら来てね」


私は、池田君に会釈をした。

そして、その姿が完全に見えなくなったのち。


「あかり?」

「……はい」

結実の目が、「どういうこと。説明して」と私を睨む。

「別に、なんでもないよ?
たまたま会って、行く方向が一緒だったから……」


弁解するが、明らかにまだ疑ってる結実。


「ほんとだって……!あ、私綿菓子食べたいなぁ。行こっ!」

無理矢理結実の腕を引っ張る。


初めてはなんだかんだと言っていた結実も、しばらくすると、夢中になって、池田君のことは何も追求してこなくなった。


私も、かき氷やカステラを食べたり、くじ引きをしたりと、思いっきりお祭りをエンジョイした。

No.137 09/12/10 23:06
ジュリ ( TSTfi )

楽しみの後にまっているのは……労働。

お祭りが終わり、私はバイト三昧の日々を過ごしていた。

休憩をはさみ、朝から夕方まで働く毎日。


そんな私、勤労少女に、神様はちょっとしたプレゼントを下さった。


それは、いつもと同じようにスイスイの中を動き回っていた日。

なくなった砂糖を補充しようと台にのって棚の上に手を伸ばしたとき、私はバランスを崩した。

「うぎゃっ」

後ろにひっくり返るはずが……


ひっくり返らない。


傾いた私の体を支えているその腕は、彰君のものだった。


間近にあるきれいな顔に、心臓が跳ねる。


「気ぃつけろよ」


そう言って彰君は私をちゃんと立たせてくれた。


「……ありがと」

「あぁ」



……神様!


ありがとうございますっ!

これからもお仕事頑張ります!


心の中で何度も神様に頭を下げた。

No.138 09/12/12 02:00
ジュリ ( TSTfi )

夏休みの3分の1が過ぎた頃。

「朱里ちゃん」

昼までだったバイトを終え、店を出ようとしたところを、室井店長に呼び止められた。


「これ、余った分のケーキだけど、食べる?」

と目の前に差し出されたケーキの箱。

「食べますっ!」

即答して、店長から箱を受け取った。


「必ず今日中に食べてね」

「はいっ。お疲れ様でした」

ルンルンでスイスイを出る。


やっほーい!

待ち侘びていたこの時がついにやってきた……!


家に帰って早速食べようと考えたけど、ふと思い直す。

そうだ、結実と食べよう。
こんなにたくさんあるんだから。

かばんの中の携帯を探していたとき。


「よっ」

「あ、南津」


部活を終えたばかりらしい、エナメルバッグを肩からかけた南津が現れた。


「今から行こうと思ってたのに、もう終わったのか……あっ」


南津が、目ざとく私の手にある箱を見つけた。

体の後ろに隠しても、もう遅い。


にんやりとする南津。


「俺も食べたい!」


まるで幼稚園児のようにせがんでくる。

No.139 09/12/14 22:29
ジュリ ( TSTfi )

結実と食べようと思ってたんだけど……。

そのことを伝えると、


「じゃあ彰ん家押しかけようぜ」


「彰くんち?」

「俺の家は無理だから。いいだろ?」


そりゃあ行きたいけれども。

彰君はいるんだろうか?


「大丈夫だって。あいつ絶対家でぐうたらしてるから」

「じゃあ……結実に聞いてみる」

電話をかけると、すぐに結実が出た。

事情を説明すると、

「行きたい!」

とのこと。


彰君の家からの最寄駅で待ち合わせすることになった。


「んじゃ、行くか」

上機嫌な南津。


私も平静を装っているものの、心の中はカーニバル状態。



二人で電車に揺られ、待ち合わせの駅に着く。

うだるような暑さの中、しばらく待っていると、電話がかかってきた。


「結実だ。もしもし?」

出た途端、結実の悲痛な叫び声が耳に飛び込んできた。


『あかりーっ!もうやだ!』

「どうしたの……?」

『先輩からの呼び出し……』

あらら。


『そっち行けないよぉ』

今にも泣きだしそうだ。

No.140 09/12/18 22:18
ジュリ ( TSTfi )

「まぁまぁ。どんまい。頑張って」

『……うん。急がないといけないから。じゃあまた』

プツリ、と電話が途切れた。


なんて?と聞く南津に、結実が来れなくなったことを伝える。


「ってことで、私も帰る」

「は?なんでだよ」

「だって……」


2対2ならまだしも、2対1は……。

さすがに抵抗がある。


「誰も襲わねーって」

にやりと笑う南津。

「そーいうことじゃない!」

とか言いながらも、一瞬だけそーいう考えがよぎってしまった私。

恥ずかしい……。


「あげる、ケーキ」

「マジで帰んのか?」

「うん」

「……俺、今日誕生日なんだけど」


予想していなかった言葉が返ってくる。

「それ、ほんと?」

「何で疑ってんだよ。ほんとだって。だから一瞬に食べよーぜ、な?男二人でケーキ食うより、お前みたいな女でもいた方が場が明るくなる」


お前みたいな……


“みたいな”って何、
どういう意味よ。

No.141 09/12/18 22:24
ジュリ ( TSTfi )

「俺の誕生日を祝え」

どんだけ偉いのよあんた。

強引に連れてかれた私は、彰君が住むマンションまでやって来た。

すごく綺麗な高層マンション。


彰君、こんなとこに住んでるんだ……。


建物に入るには、オートロックを解除しなければならず、部屋の前まで行って驚かすことは出来なかった。

でも、モニターに私たちの顔が映ったとき、

「えっ!?」

とびっくりした声が聞けたから、まぁよしとしよう。

彰君の声を聞いた途端に3人でケーキ食べる気満々になってしまった私。

ほんと単純。

自分でも呆れるくらいに。



ロックを解除してもらい、建物内に入る。

エレベーターの前まで来たとき、南津が変なことを言い出した。


「……階段で上がらねぇ?」

「彰君の家何階?」

「20階」



…………Why?

No.142 09/12/20 17:02
ジュリ ( TSTfi )

「なんで20階まで階段で上がんのよ。エレベーター使えばいいでしょ」


いきなり何を言い出すかと思ったら……。

エレベーターのボタンを押すと南津の顔が曇ってゆく。

「なぁ、やっぱ階段で……」

「イヤ。ほら、もうきたよ」


軽快な音と共に開いた箱に、南津を引っ張って乗り込む。

「なつ……?」

顔色がほんとに悪い。

大丈夫?

そう声をかけようとしたとき。



背後から回された腕の中に私はいた。


つまりは、後ろから抱きしめられていた。


「はひっ……?」


なんで。


なんでこんなことになってんのー!?

No.143 09/12/22 14:50
ジュリ ( TSTfi )

「……極度の閉所恐怖症なんだよ、俺」

小さなその声は確かに細くて、私を包む体も震えていた。


「本気で恐いんだよ……」

一層強く抱きしめられ、南津の速い鼓動が背中から伝わる。

私は抵抗することができずに、直立していた。


今、何階なんだろう?

入口に背を向けて立っているため、分からない。


チーン。

え……


誰か乗ってきた……!


「ちょっと、他の人乗ってきたって……」

いくらなんでもこの状態はやばいよっ!

「怖いから無理」


分かるけど!

怖いのは分かるけど、周りから見たらいちゃつくカップルだよね、これ!?



結局、20階までこのまんま。

降りるとき、途中で乗って来た人にすんごい睨まれた。

50代ぐらいのおばさんだった。

絶対、「いまどきの若者は……」とか思われてんだろなぁ。



はぁ……。

No.144 09/12/23 23:09
ジュリ ( TSTfi )

色々乗り越え、なんとか彰君の家に到着。

長かった……。



ドアが開いて、中からだるそうな彰君が出てきた。

「なんで来たんだよ」

「俺のお誕生会」

「小学生かよ……」


そう言いながらも私たちをあげてくれた優しい彰君。
ドキドキする……。

「今日親いねぇの?」

「出かけてる」

通されたリビングは、綺麗に片付けられた広い部屋だった。

冷房が効いてて、涼しい。
ぐるぐる部屋中を見回してると、「落ち着け」と南津に小突かれた。

んなこと言われても……。



「じゃーんっ」

南津が、ケーキの箱を見せびらかす。


「え、本気でパーティーする気かよ?」

「朱里がスイスイで余ったケーキ貰ってきたんだよ。食べようぜっ」

勝手にテーブルの上で箱を開ける。

「……皿持ってくる」

「おう、よろしく」


ほどなく戻ってきた彰君が、お皿とフォーク、グラス、ジュースを机に置いた。

「うわ、ザッハトルテがねぇ!」

横で南津が騒ぎだす。

No.145 09/12/26 15:24
ジュリ ( TSTfi )

「俺のザッハトルテ……」

「好きだねぇ、ザッハトルテ」


南津がスイスイに来たときは、100%これを注文する。

「外側のチョコのパリッてのがたまんねぇ」らしい。


「なんでないんだよ……」

「人気だから、余んなかったんじゃない?」

「……じゃあショートケーキにする」


拗ねて口を尖らせる南津は、箱の中からそっとシートケーキを取り出した。


私はミルフィーユを選び、彰君はモンブランをチョイス。


「なつ君、お誕生日おめでとー」

高校生3人による、奇妙なお誕生会が始まった。

「なぁ、プレゼントは?」

「そんなもんないよ。知らなかったんだから」

「……彰は?」

「お前の誕生日忘れてた」

「薄情なやつだ……」


しょんぼりしていた顔も、

「おぉ、ショートケーキもうまいな」

ケーキを食べた途端に幸せいっぱいになる。

No.146 09/12/28 12:59
ジュリ ( TSTfi )

「なつ、クリームついてるよ」

「とって」

「……はぁ?」


バカかこいつは。

「ほら」

ほっぺたを私に近づける。

「とるわけないでしょ」

パコンと頭をはたいてやった。


「朱里ちゃんひどい」

ぶぅ、と膨れながら南津は自分の指でクリームを拭い、その指を口に運ぶ。

その仕草が可愛くて、少しにやけてしまった私は、ばれないように慌てて顔を引き締めた。




約3時間後。


「俺、この後バイトだから」

そう言って宮藤宅から追い出された私と南津。

「はぁ、食った食った」

「食べすぎだって」


南津は、6個あったケーキのうち3個をたいらげるという記録を打ち出した。
絶対胃もたれするよ。


「あ。南津は階段で下りて。私はエレベーター使うから」

また抱き着かれたらたまったもんじゃない。文句をたれる南津を置いて、エレベーターに飛び乗った。


……あぁ、彰君の家入っちゃった……ふふふ。


にやける私を、一緒に乗り合わせたおじさんが訝しそうに見ていた。

No.147 09/12/29 17:04
ジュリ ( TSTfi )

1階に着いた数分後、息をきらした南津が現れた。

「きつい……」

「お疲れさん」

「あかり、おんぶして」

「やだ」

「んじゃ、だっこ」

両腕を伸ばしてくる南津を無視して私は駅へと歩き出した。



駅で、池田君に会った。予備校に行くとこらしい。


「受験生って言葉聞くたびに憂鬱になるよ」

力無く笑う池田君に、「ファイトっ」とエールを送った。


池田君と別れ、南津と電車に乗り込む。

夏休みなど関係なく働いていたサラリーマンたちが車内にひしめき合い、座ることができずに2人で扉にもたれていた。


珍しく黙ったまま、外を見ている南津に話しかけた。

「パーティーは楽しかった?」

「ん?あぁ、楽しかった。さんきゅー」


目を細める南津を見て、ふと思った。

彼女と過ごさなくてよかったのかな……。

よくないよね。彼女は絶対過ごしたかったはずじゃん。

もしかしたら、これから行くのかな?


ずばっと聞くことができなくて、遠回しに尋ねた。

「この後は……どっか行くの?」

「ん。まぁ、ちょっと」

No.148 09/12/29 17:09
ジュリ ( TSTfi )

曖昧な返答に、やっぱりそうなのかな、と考える。

「なんでんなこと聞くの」

「え、いや……」

「……別にいいけど」


……なんか南津、さっきより静かじゃない?

はしゃぎすぎて疲れたとか?

それはないか。

胸やけだな、と勝手に解釈した。


「お前、池田と仲良いんだな」

相変わらず外を眺めたまま、南津がぼそりと呟いた。窓に姿が映って、向こう側にも南津がいるように見える。


「池田君?」

さっき会ったときのことを言ってるらしい。


「それなりに仲はいい、と思う」

「どういう関係」

「どういうって……色々お世話になった」

「……ふーん」


いつもこうだ。

南津が池田君の話しを持ち出したときは、決まってむすっと黙りこんでしまう。

「機嫌悪いの?」

「……悪くない」

どう見たって不機嫌だって!


……池田君のこと、嫌いなのかな?

いやいや、それはない。

南津と池田君の接点がなさすぎる。それに、池田君の悪い噂を未だかつて聞いたことがない。


じゃあなんで。

何が原因……?


結局、その理由は分からず、南津のむすりとした表情はそのままだった。

No.149 09/12/29 22:12
ジュリ ( TSTfi )

バイトが休みの日、家でぼーっとしていると、携帯が鳴り響いた。

『あかりー』

声の主は結実。

『宿題終わんないよぉ……』

「あは、私もだって」

まだ半分も終わっていない。

『一緒にやらない?』

「さんせーい!どうせなら、クーラーがんがんの図書館でしない?」

『それいいっ!』


というわけで、昼過ぎに図書館で待ち合わせ。

久しぶりに会った結実は、こんがりと日焼けしていた。

ずっと室内にいる私と並ぶと、その差はよりはっきりとする。

「その白い肌が憎い……」

結実は自分の腕を見て、大きなため息をついていた。

中に入ったとたんに、体中の汗がすっとひいていく。
猛暑の中、自転車をこいできてよかったと思うほどの気持ち良さ。


奥の自習ルームに向かうと、私たちと同じ考えでやってきた学生がずらりと席に着いて勉強に励んでいる。

「ちょっとあかり、あれ……池田君じゃない?」

「え、どこ?」

結実が指差す方向に目をやると、確かにそこにはノートを広げシャーペンを走らせる池田君がいた。

No.150 10/01/02 13:00
ジュリ ( TSTfi )

やっぱり受験生なんだなぁ。

「え、結実?」

気付けば、ずんずんと池田君に向かって部屋を突っ切っていく結実。慌ててそれを引き止めた。


「離れた席に座ろうよ」

「なんで?」

「池田君の勉強の邪魔になる」

「あ……そっか」


しかし、別の席を探していると、

「あ、朱里ちゃん」

あっけなくばれてしまった。

「ど、どうもっ」

「矢崎さんも。ここ、座れば?」

そう言って自分が座る隣を示す。

「あの、いいです。邪魔しちゃうから……」

丁重にお断りすると、池田君はびっくりしたように目を見開く。

「そんな、全然邪魔じゃないよ?教えてあげれるかもしれないし」

「ありがとうございますっ」

私を待たず、さっさと席に着く結実。


……あんたねぇ。
もうちょっと遠慮しようよ。

そんな思いも届かず、机に次々と出されていくプリント。

渋々私も椅子を引く。


……って。

なんで私ここなの。

3人がけの席で、端に座った結実。


ぽっかりと空いた真ん中に座ることになってしまった。

No.151 10/01/04 22:36
ジュリ ( TSTfi )

「気ぃつかってあげたんだよ」

ひそひそと結実が私に囁く。

いやいや、そんな必要ないって!

横目で睨むが、この部屋と同じくらいの涼しい顔でかわされる。

諦めた私は、黙って手を動かした。


が、すぐに止まってしまう。

……うーん、分からん。難しい。


困っている私にすかさず池田君が、

「ここ、分かんないの?」

救いの手を差し延べる。

「……はい」

「ここはね、これが……」


ふむふむ、なるほど。

池田君の説明はかなり分かりやすい。


でも、教えようと池田君の顔が近づく度に少しドキドキしてしまう。

「……あ、できた」

「よかった」


にこりと優しく微笑む。


……ほんとに頼れる人だよなぁ、池田君って。おかげで、順調に宿題がはかどる。



途中、結実がトイレに行くため席をたったときだった。

「朱里ちゃん」

手を止めた池田君が私を見る。

「寒い?」

「え……」

「さっきから、寒そうにしてるから」


確かに、少し前からクーラーのせいで体が冷え始めていた。

「はい、これ」


私にかけられたのは、池田君の上着。

No.152 10/01/04 22:39
ジュリ ( TSTfi )

「い、いいですっ」

慌てて返そうとすると、いきなり手を握られた。


「ほら、こんなに冷たい」

「……」

「風邪ひいてバイト行けなくなったら大変だよ?」


そこまで言われてしまったら返そうにも返せなくなる。


「ありがとう」

お礼を言って袖を通すと、上着は池田君のにおいがした。



まるでそれを見計らったかのように、トイレから帰ってくる結実。

上着を羽織った私を見て一瞬固まった後、うふふ、と意味深に笑って元の席に着く。


そのうえ、肘で私の脇腹をついてきた。


絶対勘違いされてる……。

No.153 10/01/05 18:42
ジュリ ( TSTfi )

「そろそろ帰るよ、俺この後講習あるから」

池田君がそう言って立ち上がったのは午後4時過ぎ。

私はすかさず着っぱなしだった上着を脱いで返した。

「ありがとうございました。勉強も教えてもらって……」

「どういたしまして。残りも頑張れ。バイバイ」

颯爽と池田君は帰って行った。


「私たちも帰る?」

「そうだね」


図書館を出ると、相変わらずじめっとした空気が体にまとわり付く。


別れる間際、結実は言い放った。

「池田君絶対好きだよね、朱里のこと」

「……そんなんじゃない」

「なに謙遜してんの?」

「謙遜じゃないって。池田君は大人だからみんなに優しいんだよ」

「またまたぁ。そのうち池田君、もっと積極的になるかもよ?」

「だから……」


そんなんじゃない、って言う前に、結実に

「じゃあまたね、バイバイ」と話を遮られた。

「……バイバイ」


私は家に向かって自転車を漕ぎ出した。

No.154 10/01/05 20:59
ジュリ ( TSTfi )

「お疲れ様でしたぁ」

いつも通りバイトが終わり外に出ると、南津がいた。
私服姿の南津に、少し違和感を感じる。


「あれ、今日店には来てなかったよね?」

「うん……。その、ちょっと近くに用事あって。たまたまお前がバイト終わる頃だったから……来た」

「今日彰君いないよ?」

「ん、いい」


………。


こんな2人で歩いてるとこ、はたから見たら絶対カレカノじゃん。


私は、以前から思っていたことをぶつけた。


「……彼女、いるんでしょ?」

「カノジョ……?」


外国語のような発音をする南津。

「彼女?」

「お祭りで女の子と歩いてた」


私の言葉に南津は息をのむ。

「……見てたの?」

「たまたま見かけた。彼女いるのに、こういうのはやっぱダメだよ」

私が彼氏にそんなことされたら嫌だもん。


「……いない」

「イナイ?」

「彼女」


彼女が、いない……?


「どーいう意味?」


「そのままの意味。俺に彼女はいない」

No.155 10/01/05 21:03
ジュリ ( TSTfi )

「えぇーーー!?ウソだっ」

「ウソじゃねぇ。お前は勘違いしてる」


そう断言して、すたすたと前を歩いていく南津を追いかける。


「ちょっと待って、訳分かんない」

「説明してやろうか?」

お願いします、と頭を下げた。


「俺は最初、男友達と3人で行く約束をしてた」

「うん」

「で、行ったら女の子も3人いた。そのうち2組がカップル」

あらら……。

話が読めてきた。


「そんで、カップルで勝手にどっか行きやがった。だから俺は、仕方なく残りの一人と回ってたってわけ。はめられたんだよ。分かったか?」

無言で頷く。


「そーいうことだったんだ……」

「あれ、やきもち妬いてた?」

「全く妬いてないです」

「……。まぁ、これで疑いは晴れただろ?」


確かに。南津に彼女はいないってことははっきりした。


「俺からも聞きたいことがある」

「……どうぞ?」


何の話しか全く予想がつかず、ハテナを浮かべる。


「……俺を避けてた理由が知りたい」

No.156 10/01/05 21:11
ジュリ ( TSTfi )

南津を避けてた理由……?

言ってる意味がよく分からない。


「夏休み入る前、お前俺のこと避けてただろ。ずっと何でなのか気になってた」

それって、1ヶ月以上前のことじゃん。

ずっと気にしてたの?


今さら、訳なんて言いにくい。


「教えろ。気になって夜も眠れない」


大袈裟……。


「俺には知る権利がある」


逃がしてはくれないんだろうなぁ……。

観念して口をわるしか道はない。


「南津にフラれた子が泣いてるとこ見ちゃった……」


「……え、それが原因!?」

「うん」

「お前……バカ」

なんでバカ呼ばわりなの。

「だってその子はさぁ、本気で南津のこと好きだったんでしょ?その子に申し訳ないなって思ったの」


でもあのときは、彰君が
『南津の気持ちも考えろ』って言ってくれたおかげで、仲直りできたんだ。


「……バカだな」

「そんなにバカバカ言わないでよ。南津には悪かったなぁって思ってるし……」


南津を見上げると、なにやら考え中のご様子。

そして……


「じゃあ、俺が朱里のこと好きならお前と一緒に帰ったりしてもいいの?」


…………は?



南津が私を好きなら……?

No.157 10/01/07 08:53
ジュリ ( TSTfi )

「い、いーんじゃない……?」

「ふーん、いいんだ?」


………


「……そ、それって、例えばの話しでしょ?」


まさか本当に……なんて……。



「当たり前。自惚れてんなよ」

「別に自惚れてませんけど!?」

はは、一瞬ドキッとした自分が悔しい。


「ぜってぇ本気にしてただろ」

「してませんよ!?」

この声の裏返りをどうにかしてくれっ……!


「そ、そーいえば、部活頑張ってんの?」

「話し変えんの下手過ぎんだろっ」

お腹を折り曲げ笑われてしまった。



「ん。まぁ、頑張ってるよ。もうすぐ新人戦がある。見に来れば?っていうか来い」

「なんで強制なのよ。………予定が空いてれば行く」


ずっと喋りっぱなしで気付かなかったけど、もう駅前まで来ていた。


「じゃあ、また。行けるか分かんないけど、試合頑張って」


「おぅ。お前も頑張って働け」


互いに励まし合い、その日は別れた。

No.158 10/01/08 10:25
ジュリ ( TSTfi )

ついに夏休み最後の日曜日。


バイトだらけの日々もついに終わるんだと少しほっとしていた。


「ほら朱里!川瀬がまたシュートしたっ!」

「うわ、入った……」

まさしく黄色い歓声と呼ばれる叫びがそこら中から上がる。


そう、私と結実は、サッカー部の新人戦に来ていた。


私が結実に予定を聞こうと思っていたとき、先に結実からのお誘いがかかり、奇跡的にスケジュールが合ったため、それならということで行くことにした。


予定が空いてれば行くって南津にも言ったし。


サッカーの試合なんて見るの初めてだから、全くルールは分かんないけど、フィールドを走り回る南津が大活躍していることは分かる。


さっきから3回もゴールを決めているのだから。

No.159 10/01/08 10:29
ジュリ ( TSTfi )

ボールを夢中で追いかける南津は、今まで見たことないくらい楽しそうで、これが本当の南津の姿なんだなぁと思った。


純粋にカッコイイと感じた。


見ているうちに、私自身も熱くなってくる。

「行けーっ!」

「シュートっ!あぁっ……」

いつしか、周りの人たちに負けないぐらいの大声で応援していた。



結果、桐谷高校は勝利。


友達とハイタッチする南津の姿に、つい頬が緩んでしまった。


大満足で私たちは会場を後にした。

No.160 10/01/10 18:38
ジュリ ( TSTfi )

90パーセント以上をバイトの割合が占めた、高校1年生の夏休みが終わった。

久しぶりに会った学校のみんなは、相変わらず元気だった。


一番驚いたのは村上先生の黒さ。元々黒い肌なのに陸上部の指導で更に焼けて、目がなければどっちが顔でどっちが頭か分からないほどだった。

……それは言い過ぎだけど。



そして、生活リズムが普段の学校生活に戻り始めた頃、桐谷高校に一大イベントがやってきた。


そうです、体育祭っ!!


この学校で行われる体育祭は、毎年激しく盛り上がる。

私が入学当初から楽しみにしていた行事だった。


一気に学校中の雰囲気が高まり、私は放課後、体育祭に向けての学代の集会に参加していた。


しかし、私は昨日、忘れてた夏休みの宿題を深夜までしていたことによって、かなりの寝不足状態。


杉本君の声を子守唄にして、すやすやと眠ってしまった。

No.161 10/01/12 18:59
ジュリ ( TSTfi )

寒っ……。

自分の身震いで目覚める。

ここはどこだっけと朦朧とした意識の中考えて、学校だと思い出す。


そして、うっすらと目をあけた。


「あ、起きた。おっはー」

完全に目を開いたとき、鼻が触れるぐらいの距離にあったのは……私と同じように机にのった南津の顔。


その瞬間、私は椅子から転げ落ちるんじゃないかってぐらいに身を引いた。


「何やってんのあんたっ」

「寝顔観察」

「見るなっ!ってか、近い!」


焦った……。


荒い息がなかなか止まらない。


「男の前で寝るなんて、無防備なんじゃねぇの?」

「なっ、何言ってんの!?」

私の反応は南津に大ウケ。

完璧に遊ばれてる……。


「あーおもしれぇ。お前さぁ、付き合ったこととかあんの?ないだろ。ないよなぁー?なさそうだもんな」


勝手に決めつけられてる。


「……あるもん」

No.162 10/01/13 22:12
ジュリ ( TSTfi )

「え、本気で?」

「私だって付き合ったことぐらいあるし」


1回だけど。

しかも2ヶ月で終わったなんて、言えない……。


「あるんだ……。どんなヤツ?」

「なんで南津に教えなきゃいけないのよ。どうでもいいじゃん」


中三の秋だった。

初めての彼氏で、嫌われないようにしなきゃって思いっきり背伸びしてた私。

結局2ヶ月後、

「なんか好きじゃなくなった」

って言われフラれた。


ショックだったなあ、あの時は……


って、なんでこんなこと思い出してんだっけ。


思い出さなくていいことを思い出して、げんなりとする。


何でこんなことになったのかと記憶を巻き戻してみると、私が寝たのがそもそもの原因だと気付き、昨日はもっと早く寝るべきだったな、なんて考えた。

No.163 10/01/15 20:16
ジュリ ( TSTfi )

「南津はさぁ、自分から告白したりすんの?」


いわゆる“モテモテ”の南津。

告られることは数多くあっても、告ることはあるんだろうか?



返ってきたのはなんとも憎らしいセリフだった。


「向こうから寄ってくっから」


チッ。

聞くんじゃなかった。


「じゃあほんとに自分から告白したことないんだ?」


「……ない」


それはそれで悲しいことだ。


「告られて、付き合うかはどうやって決めるの?」

「……なんとなく」


蹴っ飛ばしてやりたくなった。

なんとなくって!


そんな軽く考えてたんだ。

私がとやかく言ったってしょうがないんだけど、でも……。


「恋したら?」

「……あ?」

「本気で恋すれば変わるんじゃない?南津も」


いっちょ前にそんなことを言ってみた。

「……してる」

え?

「してんの!?南津が恋してんの!?」

びっくりしすぎて、立ち上がってしまった。

No.164 10/01/15 20:24
ジュリ ( TSTfi )

「……って言ったら?」

「……は?うそなの?」

「さぁ、どうでしょう」


南津はいたずらな笑顔を浮かべる。

「内緒」

「……そんなこと言う時って、大概いるんだよ、好きな人。ね、誰?もしかして他校の子?」

「……さぁ?」


このままはぐらかすつもりらしい。

更に深く追求しようとしたその時。


「お前ら、何やってんだー?」

「村上……」

「こら川瀬、村上先生と呼べ。こんなとこで喋ってないでそろそろ帰れよ」


すっかり時間を忘れてしまっていた。窓の外を見れば、少し空が薄暗くなっている。


「あ、もう帰ります。さよならっ」

立ち上がってかばんを手に取る。

「おー。気をつけて帰れよー」


背後で村上先生の声を聞きながら、小走りで廊下を駆け抜け学校を出た。


駅への道を歩き始めて間もなく、チリンチリン、と自転車のベルの音。


「なんで俺のこと置いて帰んだよ」

「私がいつあんたと帰るって言ったのよ」


約束した覚えは全くない。

「まぁいいだろ?」


一瞬のうちに私の手から奪われたかばんは、自転車のかごにすっぽりと収まった。

No.165 10/01/15 20:27
ジュリ ( TSTfi )

この時間はもう、周りに下校する生徒がいないから、南津と歩いていても睨まれることはない。


スローリーにペダルをこいで私の横にぴたりと並ぶ南津。


「やっぱいるんでしょ?好きな人」

「……内緒だって。そーいや、試合見に来てくれた?」


どうやら、本気で教える気はないらしい。


……まぁいっか。

どうせ南津なら狙った子をオトすことなんてたやすいに違いない。

その時は盛大に祝福してやろう。


「行ったよ。結実と」

「で?」

「で?でって何」

「だからぁ、どうだったかって聞いてんだよ」

「あ、そーいうことか」


感想を聞かせろってことね。


うーん……。


「すごかった」

「まぁな」


にやける南津。単純なやつだ。


「ちょっとは俺のこと見直しただろ?」

「うん。かっこよかった」


フィールドを駆け抜ける南津を見て、カッコイイと感じたのは確かだった。


「素直でよろしい」

「まぁでも、まだまだだね」
「偉そうな口きいてんじゃねーよ」

コツンと小突かれる。

「いたっ」

小さく叫ぶと、いきなりその部分をさすられた。


自分が小突いたくせに。


……意味不明。

No.166 10/01/15 20:30
ジュリ ( TSTfi )

「なぁ」

「なんですか?」

「……また見たいか?」

「見たいって、サッカー?」

「あぁ」

「……うん、見たい」


いまだ頭にある手を引きはがしながら答えると


「……そっか」

嬉しそうに南津は笑った。


「で、次の試合はいつなの?」

「……さぁ?まだ分かんねぇ」

「ふーん」

「そんときは教えてやるよ」

「そんときは行ってやるよ」


歩いているうちに駅に着いていた。


「じゃあな」

「うん。バイバイ」


すいすいと進み出す自転車を見送ることなく駅に入った。

No.167 10/01/15 21:43
ジュリ ( TSTfi )

学校に行くと、結実が首から三角巾をつっていた。


「骨折しちゃった……」


完璧にブルーな結実。


私は訳が分からずテンパる。


「ど、どこで?」

「部活中にこけた時、手のつき方が悪くて……全治一ヶ月だって……」


そんな……。

だって、体育祭はもう2週間後だよ?


「今年の体育祭は出られない……」


ガーン、っていう効果音が頭の中で鳴り響いた。


結実が体育祭に出られないなんて……。


「大人しくみんなを応援しとくよ」


無理して笑う結実が痛々しかった。

……よし。


結実の分まで頑張ろう!

No.168 10/01/15 21:47
ジュリ ( TSTfi )

体育祭で使うクラス旗作製のために学校に残されたクラスの美術部員&学代。


なんで私まで……。


ここまでいったらもはや使いっぱしりじゃん。


「ほら、そこはみ出してるよ朱里ちゃん!」

「わ、ごめんっ!」

怒られちゃった……。


「真面目にやれよー」

にやにや笑いながら隣で筆を動かす南津の足を思いっきり踏ん付けてやった。

「ってぇー!おら朱里!」

「川瀬、集中できない」

「あ、すいません……」

いひひ。南津も怒られてやんの。

ぎろりと私を睨む目も無視。

あーすっきり。

いつもやられてばっかだから、たまにこうやって仕返しできるとすんごく楽しい。

「朱里ちゃん、青のペンキ無くなった。取って来て」

「はい、かしこまりました」

ペンキを取りに1階まで下り、倉庫室からお目当ての青色ペンキを持ち出したとき、池田君に会った。


「まだ残ってたんだ?」

「クラス旗作ってるんです」
「それはそれは。ご苦労様」

労いの言葉をかけてくれる優しい池田君。

No.169 10/01/15 22:02
ジュリ ( TSTfi )

「池田君はなんで残ってるの?」

「俺は提出課題仕上げてた」

そう言ってひらひらと右手に持ったプリントを私の目の高さまで持ち上げる。


「お疲れ様です」

「ほんと疲れるよ……」


大学受験生にとって、今はかなり大切な時期だ。


きっと、勉強づけの毎日を送っているんだろう。

大変なんだろうな。


「朱里ちゃん、俺を元気づけて」

「元気づける?」

「……ぎゅーってしていい?」


いたずらな顔で私を見つめる。


え……えぇーっ!?


「あ、その、それは……」

「……冗談だよ」

「じょー、だん?」


はは、びっくりした……。

いきなり南津みたいなこと言い出すから……。


「朱里ちゃん、表情がコロコロ変わって面白いから、ついからかいたくなる」

「そんなに顔に出てますか……?」

うん、と即答された。


「いいことだと思うよ?俺は」


そうなのかな……。

私としては、どんなときも冷静な、『大人の女』を目指したいところなんだけど。

No.170 10/01/15 22:07
ジュリ ( TSTfi )

「おかげで元気出たよ」

池田君の腕がすっと伸びてきて、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

とその時。

「おい」

ぐいっと肩を掴まれ、半回転する。


そこにいたのは……

南津だった。



「何やってんだよ」

「何って……ペンキ取りに来たんだよ?」

「遅い」


イライラマークを顔いっぱいに貼り付けている南津。

「ごめん。池田君と話してたから」


ちらりと池田君を振り返ると、南津とは真逆の微笑み。


その池田君を、私越しに睨みつける南津の目はあまりにも迫力があって、怖かった。


何もそこまで睨まなくたって……。


「分かったから。今から持ってくって」


仁王立ちしてる南津の胸を押す。


「じゃあね、池田君。勉強、頑張って下さい」

「ありがとう。バイバイ」


始終スマイリーな池田君に背を向け、南津と階段を上り始めた。


4、5段上ったところで、強引に手からペンキがもぎ取られる。


いや、持ってくれんのはありがたいけど、もうちょっと優しく取ってよ。


どうやら完全にご機嫌ナナメ。

No.171 10/01/16 15:20
ジュリ ( TSTfi )

「ねぇ、ちょっと遅くなったからってそこまで怒ることないじゃん」

少し喋ってただけなのに。

南津、そんなに旗作りに気合い入ってたっけ?


「それに、あんなに池田君にガンとばしてさ……。前から気になってたんだけど、南津って池田君への態度おかしくない?なんであんなに敵意むきだしなの?」

後輩からも慕われるあの池田君に……。


「ね、なんで?」

「……言わねぇ」


言わないってことは、やっぱり何か理由があるってことなんだ。

なに?

全然見当がつかない。


「教えてよ。池田君が南津に何かするわけないのに、なんで?」

「そんなに信用してんだ、池田のこと」


無表情で私を見つめる南津の顔。


「してるよ。だって優しいもん、池田君。だから知りたい。南津が池田君のこと誤解してるんじゃないかって……」


「別に誤解なんてしてない」


私の言葉を鼻で笑いながら、教室の机の上にペンキを置く南津。

No.172 10/01/17 12:31
ジュリ ( TSTfi )

「ありがとう。後は細かい部分だから私たちがやっとく。2人は帰っていいよ」

美術部のお許しが出たということで、南津と共に教室を後にする。


「じゃあなんでそんなに嫌ってんの」


私の問いに南津は答えない。

ただ「……バカり」とだけ呟いた。


なんで私がバカり呼ばわりされなきゃなんないのよ。

もう一度聞こうと口に出しかけた言葉は
「俺、部活だから」と遮られる。


私とは反対方向のグランドに向かっていく南津は、結局その理由を教えてはくれず、私は疑問を抱えたまま、学校を後にした。

No.173 10/01/17 19:06
ジュリ ( TSTfi )

ついにやってきた体育祭当日!

はちまきを頭に巻き、準備は万端。

完成したクラス旗を、グランドにたてかける。


「いい感じ」


さすが美術部、と思わせる鮮やかな金色の龍がそこには描かれていた。


「朱里っ」

振り返ると、結実が立っていた。

相変わらず三角巾はかけているものの、満面の笑みを浮かべている。


「頑張って」

吊っていない方の腕でガッツポーズする結実の肩に手を置いて

「うん。任せといて」

力強く頷いた。


「私は本部にいるから」


本部には、テントが張ってあって、校長などのお偉方と2人の放送担当生徒の席がある。

その内の1人は、杉本君。
杉本君ならきっと、一緒にいて結実も楽しいはず。


「じゃあね」

結実に手を振り、私は体育倉庫へと向かった。


あれ、なんか……人多くない?


倉庫の入口付近に、生徒がやたらと集まっている。

しかも女子ばっか。


近付くにつれて、その原因が分かった。

とその時。


「おい朱里!バトンがねぇんだけど!」

No.174 10/01/17 19:36
ジュリ ( TSTfi )

原因の人物が私の姿を見つけ、大声で叫んだ。


ご察しの通り……

川瀬南津。


女子は、体操着にはちまきという、イケメンがすれば、それはそれは素晴らしくかっこいいであろう格好をした南津を見に来ているのだった。


ちなみに、はちまきの色はクラス別に別れていて、E組は青色。


「朱里、速く来い!」


頼むからそんなに名前を連呼しないで……。

私をつき刺すたくさんの目が恐ろしいから……。


気乗りしないまま、体育倉庫に足を踏み入れた。


背中にガンガン伝わる、怖い視線。


「バトンがない」

だから知ってるって。


会話を最小限にすることが今は大切だから、返事はしない。

No.175 10/01/17 19:38
ジュリ ( TSTfi )

マットを乗り越え、その先にある棚を覗き込む。


「……あった」

「んなとこ分かるかよ」


ぶつくさ言いながら、なぜか私の隣にいる南津。


…………はぁ。


「入口の女の子たちは、あんた目当てだってこと、分かってる?」


ひそひそと囁くと、

「当たり前」

にかっと笑って、南津はその人たちに手を振った。

一気にざわつく体育倉庫入口。


……アイドル気取りになってんじゃねぇよっ!


それに、分かってるならそんなに近寄らないで……!

「あほぴーなつ」


そう吐き捨て、私はバトンとコーンを手にして倉庫を出た。


途中、ちらりと振り返ると、倉庫から出ようとする南津の周りに女の子が群がって、大変なことになっていた。


モテるのは、いいんだか悪いんだか……


難しいところだ。

No.176 10/01/18 21:16
ジュリ ( TSTfi )

「位置について、よーい……」

パーン!

ピストルの音が鳴って、一斉にトラックを走りだす生徒。



体育祭が開幕して既に3時間半。


午前中の最後の種目、200メートル走が始まった。


クラス対抗である我が校の体育祭。

E組は現在トップのC組と15点差の2位。


「頑張れーっ!」

周りの歓声に負けじと、私も大声を張り上げ続けた。

「お疲れ、朱里」

昼休みに入り、教室に戻ろうとグランドを歩いていた私の横に、結実が並んだ。

「あ、お疲れ」

結実はくすりと笑いながら
「台風の目がんばってたね」

「……めっちゃ恥ずかしかった」

No.177 10/01/18 21:16
ジュリ ( TSTfi )

私は、参加した台風の目でずっこけるというヘマをした。


一番端だったため、遠心力に負けて足がもつれたのだ。

幸いケガはなかったけど、ビリになり、席に戻るとみんなに笑われた。


「どんまい。可愛かったよ?」

「……結実のいじわる。あ、そういえば結実、放送してたよね?」

「うん。なんか、放送担当の人が1人休んじゃったらしくて。私に代役が回ってきたんだ」


そうだったんだ。

「体育祭休むことになっちゃったその人は可哀相だけど、おかげで私も参加できて嬉しい」

喜ぶ結実に、そうだね、と相槌を打った。

No.178 10/01/20 20:27
ジュリ ( TSTfi )

そのあと、教室でお弁当をきっちりお腹に入れ、係の仕事があった私はみんなより一足お先に教室を出た。

後半戦のために、ラインをなぞったりしなきゃいけない。


満腹で苦しいおなかを抱え、急ぎ足でグランドに向かっていると、男子トイレから池田君が現れた。


「お、朱里ちゃん」

C組のオレンジ色のはちまきをまいて、爽やかに笑う池田君。


「あれ、もう行くの?」

「うん、係で行かなきゃいけないから」

「そうなんだ。……ケガは、しなかったみたいだね」

私の膝を見ながら、池田君が言う。


「え?」

「台風の目」

「あっ……」


思い出し、また恥ずかしくなる。


「ま、そういうこともあるよ」

「……うん。……池田君は、昼から何の種目出るの?」

「俺?えっと……」



「朱里」

背後から降ってきたのは……南津の声。



「なにしてんの」


目を細めて、私を見下ろすその顔は……やっぱり怒ってる。

No.179 10/01/20 20:31
ジュリ ( TSTfi )

「早く行くぞ」

「あー……先行ってて。すぐ行くから」

はぁ?とさらにいらついた顔をする南津に、私もむかっときて


「だからぁ、先行ってて」

と少し強気で言った。


「………」


南津は、むしゃくしゃしたように頭をかきながら私と池田君の横を通り抜けてった。



「怒ってたね」

のほほん、とした池田君の口調は南津とは大違い。


この穏やかな喋り方が、私は好き。


「まぁ、川瀬君は俺のこと嫌いだから……」

「え?」

「……え?」

「嫌い……なんですか?」

「嫌いでしょ」


当たり前のように言うから、

「……どうして嫌いなの?」
そう聞いてしまった。


「俺に聞くの?」

「え、あっ……」


聞いちゃだめじゃん。


っていうか……理由、知ってるのかな。


「教えてあげようか?」


池田君は意味深に微笑む。


知ってるんだ……。

No.180 10/01/20 20:34
ジュリ ( TSTfi )

「……うーん、やっぱり朱里ちゃんには教えられない」

「え、なんで?」

「なんでも。また今度教えてあげる」

……よく分からん。

今度っていつだろ?


「それより、そろそろ行った方がいいと思うよ?」

「あ……。じゃあ、また」



グランドに向かうと、私以外の人はみんなもう働いていた。

「望月、飯食うの遅いぞ」

村上先生からのお叱りを受けた。ご飯食べてた訳じゃないけど……。


あ、結局池田君が出る種目聞いてない。


「倉庫にあるハードル8つ持って来てくれ」

「はーい」


8つも持てるのか……?
と疑問に思いながらも薄ぐらい中でハードルを探していると、いきなり何者かにはちまきを引っ張られた。

「どわっ!?」

No.181 10/01/22 18:35
ジュリ ( TSTfi )

バランスが崩れて後ろに傾き、倒れる……


はずが倒れない。


ぽん、と誰かに体を預ける形になっていた。

恐る恐る、見上げる。


「……南津!?」


立ち上がりたいのに、しっかりとはちまきを握られていて不可能。


一体何をされるのかと、ごくりと唾を飲み込む。


ペチッ。


おでこにビンタをくらった。


声をあげる間もなく背中を押され、直立へと体制を立て直す。


「ちょっ……なつ?」

「んー?」


返ってきたのは、想像と違う間延びした返事。


なにがなんだか分かんないけど、どうやら機嫌は直ったらしい。



「あ、あった」

連なって並べられているハードルを持ってみるが、4つが限界。


「なつ、ハードル運ぶの手伝って」

「おー。何個?」

「8つ持ってかないといけないんだけど……」


そう言うと南津は、よいしょ、と左右に3つずつハードルを抱える。

残りの2つを私が持って、倉庫を出た。


それを指定された場所に置いて、作業は終了。


ラインもきれいに引き直されている。

No.182 10/01/23 12:31
ジュリ ( TSTfi )

そこに、生徒たちがぞろぞろと校舎から出て来て、それぞれの席に着く。


後半戦最初の種目は、障害物競争。

しかし、それを見ずに私は周りの女子とともに席を立つ。

次の創作ダンスの衣装に着替えるために。


「またこけないように気ぃつけろよ」


すれ違う瞬間、南津に囁かれた。


……コノヤロウ。


鼻息荒く、私は体育館に向かった。


結果、ダンスのできは上々。

ずっこける事もなく、終わった時には大きな拍手をもらった。


その後も体育祭は盛り上がり続け、出番が全て終わった私は、応援と彰君を探す事に専念していた。

No.183 10/01/24 21:43
ジュリ ( TSTfi )

ビッグイベント、体育祭が終わった。


……そして、一つの変化が起きた。



「もしかしたら……杉本君のこと好きになった、かも……」


結実の心が動き出していたのだ。


「体育祭の時、隣同士で喋ってて、すっごく楽しかったんだぁ……」

心なしか、結実の頬が染まっている。

……かわいいっ。


「アタックすれば?」

「うーん……」


シャイな結実は、なかなか自分からグイグイ押すことができない。


私は、少し偵察してみることにした。


それは放課後。


「体育祭、お疲れ様でしたぁ!めちゃめちゃ楽しい体育祭でした」


学代の集まりで、前に立ち私たちをねぎらう杉本君は達成感がみなぎった表情をしている。


その後、反省やら色々として、解散。

私はそそくさと杉本君の元へ向かった。


「あれ望月、どうしたの?」

「うーん、えっと……」


しまった。

なんて言おうか、全く考えてなかった……。


しどろもどろな私を見ておかしそうに杉本君は笑う。

「あ、そーだ」

ふと、真顔に戻る杉本君。

「俺の用件から先に言っていい?」

「あ、どうぞ」


「……矢崎のメアド、教えて?」

No.184 10/01/24 21:46
ジュリ ( TSTfi )

……うそ……これは……きたんじゃない……!?


「矢崎に聞いてからでいいから……」

「了解しましたっ」

「さんきゅ。……で、望月はなに?」

「えっと……忘れちゃったからまた今度でいいや。またね」

「そうなの?……じゃあまた」


杉本君に背中を向けた直後に緩む頬。


結実……いけるよっ!

私は心の中でおもいっきりガッツポーズをした。


その夜、早速結実に電話して、杉本君のほうから結実のメアドを聞いてきたことを教えてあげると、


『きゃーーー!! 朱里ありがとっ!』


携帯の向こうで跳びはねてるんじゃないかと思えるほど大喜び。


という訳で、すぐさま杉本君に結実のメアドを送ってあげた。


数分後、結実から


『杉本君からメールきたっ!』


と報告があった。


またまた私はにんまり。


結実、がんばれ!!

No.185 10/01/24 21:51
ジュリ ( TSTfi )

それから2日後、ついに結実のギブスが取れた。

包帯から介抱された腕は、びっくりするぐらいに細かった。


「筋トレしなきゃ」


そう結実は意気込む。

もうすぐ、クラブにも復帰できるらしい。

「やっとクラブできる。みんなに追い付けるかな……」

「結実なら大丈夫だって!」
「ありがと」


私の励ましで、結実は笑ってくれた。



さらにしばらくして、結実がクラブに復帰してから1週間が過ぎた。


……がしかし。


最近、結実の顔が曇りがちなことに私は気付いていた。

話を聞いてみると、結実は俯きながら呟いた。


「感覚が全然戻んないんだ……。タイムも伸びない」


どうやら、心配していたことが起きたみたいだった。

この前は軽い気持ちで結実に大丈夫だと言ったけど、実際問題、1ヶ月の穴を埋めるのはかなり大変なことなんだよね、きっと……。

何も考えずに励ましてしまったことを後悔した。


「このままずっとみんなに追いつけなかったらどうしよう……」

「結実……」


これは私がどうにかできるものじゃない。


……でも、力になってあげたい。


どうしたらいいんだろう……。

No.186 10/01/25 23:39
ジュリ ( TSTfi )

「村上先生には相談してみた?」

「まだ……」


結実のことだから、なかなか言い出せずにいたんだろう。


「とりあえず相談してみたら?」


これぐらいしか私が結実に言えることはない。

「うん」


結実は消え入りそうな声で返事した。

No.187 10/01/25 23:44
ジュリ ( TSTfi )

その日、私は女の子の日だった。


朝からじんわりと腹部に鈍い痛みをかかえ、なんとか踏ん張っていたものの、昼休みにピークに達してしまった。


薬を持って来なかったことを後悔しつつ、保健室でもらってくると結実に告げ、ふらふらとした足どりでたどり着いた。

中に入ってみれば、先生はいない。

仕方なく、先生が来るまで待つことにした。

ソファーにごろんと横になる。


痛い……。


どうしてこうも痛いのだろうか。


楽な体制を見つけようともぞもぞ動いていると、扉の開く音がした。


首を少し上げ、その姿を確認する。

池田君だった。


「前を通り掛かったら、朱里ちゃんがいるのが見えたから……。具合悪いの?」

「お腹が痛くて……」


苦笑いで答えると、池田君は心配そうに眉をハの字にした。

「先生呼んで来ようか?」

「ううん、もうすぐ帰ってくると思う。……それより、相談……してもいい?」

のそりと体を起こして、ソファーに寄り掛かる。

「……いいよ。なに?」


それまで立っていた池田君が、向かいのソファーに腰掛けた。

No.188 10/01/27 13:25
ジュリ ( TSTfi )

「結実が骨折でずっとクラブ休んでたのは知ってますか?」

「うん、知ってるよ」

「最近復帰したんですけど、みんなに着いて行けないって……」


激しい痛みが襲い、思わず体を倒した。


「朱里ちゃん、大丈夫?寝転んだままでいいよ」


「……うん。……それで、悩んでるんです結実」


「そっかぁ……。難しいね、それは」


池田君は後ろにもたれ、腕を組む。


「俺自身にそういう経験が無いから上手くアドバイスできないんだけど……練習で遅れた分は、練習でしか取り戻せないんじゃないかな。……でも、焦る必要は全然ないと思うよ。自分のペースで積み重ねていけばいい………って、こんなことしか言えないんだけど。矢崎さんにそう言っといてくれる?」


なんか恥ずかしいな、と池田君は首を掻いた。


「言っておきます。池田君のアドバイスなら絶対結実も喜ぶと思う」


「そんなにすごいもんでもないよ」


そのとき、保健の先生が入ってきた。

No.189 10/01/29 20:49
ジュリ ( TSTfi )

「お取り込み中だった?」

「……腹痛です」

「看病してました」

「えっ!?」


目を見開いて池田君を見ると、けろりとした表情をしていた。


「あらそう」

うふ、と微笑む先生。

全く動じずに、奥の机の書類を片付け始めた。


「池田君、看病だったの……?」


そう聞くと、さっきのままの顔で

「うん、そうだよ」

と頷いた。


「でもそろそろ帰らないと」

すっと立ち上がった池田君が、私の顔を覗き込んだ。

ぴん、と軽くおでこを弾いて囁く。

「お大事に」

くるりと背を向けて、静かに池田君は保健室を出て行った。


しばしの沈黙が流れたのち。


「付き合ってるのー?」


振り返りいじわるく笑う先生の顔は、ぴちぴちな女子高生のようだった。


「ち、違いますっ!」

「そうなんだ。つまんなぁい」


再びうふ、と笑う先生。

No.190 10/01/31 14:12
ジュリ ( TSTfi )

「……そんなことより、薬下さいよ」

「あ、そうだったわね」

そうだったわねって……。

恋ばなに興味を持ちすぎて忘れてたみたいだ。


「あ、腹痛って、生理痛の方かしら?」

「……そうです」

「おっけー」


がさごそと引き出しを探る音がして、あったあった、と呟く先生。


「はい、どーぞ」


グラスに入った水と薬がテーブルに置かれた。

ぐびっと薬を一口で飲み込んで、残りの水も全て飲み干す。


思い込みとはすごいもので、薬を飲んだその瞬間から痛みが少し和らいだ気がした。


「ねぇ、ほんとに付き合ってないの?」

「……付き合ってません」


まだ続いてたのか、その話……。


「教室戻ります」

これ以上ここにいても、先生の好奇心に振り回されるだけだ。


「ありがとうございました」

保健室の扉に手をかけた時、後ろから

「若いっていいわねー」

と嬉しそうな声が聞こえた。

No.191 10/02/02 23:09
ジュリ ( TSTfi )

教室に戻った私を、不安げな顔をした結実が待っていた。


「薬飲んで来たから大丈夫」
「そっか」

「あ、保健室に池田君が来たの」


池田君が?と聞き返された。

「けがしてたの?」

「けが、じゃないんだけど……」


看病……だったみたい……。


「とりあえず来たの。それで、結実のことを話したら、アドバイスをくれた」

そう言った途端に結実の瞳が輝いた。


「わぁ、聞きたいっ!」


「うん。池田君のアドバイスは……『焦らず、自分のペースで練習を積み重ねていけばいい』だって」

「自分のペース……」


池田君の言葉を、結実はじっくりと噛み締めていた。

No.192 10/02/02 23:14
ジュリ ( TSTfi )

翌日。

結実は、私の顔を見るなり口を開いた。


「ねぇ朱里、聞いて?私朝練に参加することにしたの」

「朝練?」

「そう、朝練。陸上部が朝グランドで練習してるでしょ?」


確かにやってる。池田君がたまに一緒に走ってるんだよね。


「あんまり参加してる人いなくて、女子は2人だけなんだけど、ちょっとでも早く遅れた分を取り戻したいから」


池田君のアドバイスが効いたのかな?

しかし、もう1つの理由があることが分かった。


「……それに……杉本君が朝練に付き合ってくれるって」


なるほどぉ……。

そーいうことか。


「あ、別に付きっきりとかそういう意味じゃなくて、杉本君も同じ200メートル専門だから、一緒に練習しようって……」


照れて俯いていく結実が可愛すぎて、抱きしめたくなった。


……と思ったら、ほんとにぎゅーってしてしまっていた。


「がんばれ、結実」

「うん、がんばる」


私の胸から顔を上げた結実の顔は明るかった。

No.193 10/02/06 13:12
ジュリ ( TSTfi )

11月。秋も深まって、日増しに少しずつ気温が下がっていく。


朝練を続けている結実は、だんだん調子も戻り記録も伸びてきているらしい。


心が温まる報告を受けたのは、風の強い、平年より随分と寒い日だった。


「私、杉本君と付き合うことになったの」

「ほんと!?結実おめでとーっ!」


ついに結実と杉本君が……!


「朱里のおかげだよ?色々助けてくれて……。ありがとう」

「結実が頑張ったからだって!」


ばしばしと結実の背中を叩いた。

「痛いって」

「あ、ごめん」


だって嬉しすぎたんだもん。



「今度は朱里の番だからね」

「……へ?」

「……彰君のこと」


私を見つめて結実はにっこり笑う。


ぎくりとして、顔が固まった。

No.194 10/02/08 22:51
ジュリ ( TSTfi )

次は私の番、か……。


結実の場合は杉本君も脈アリって感じだったけど、彰君は……


……私のことをなんとも思ってない……。


幸せオーラいっぱいの結実が羨ましかった。







5限目の途中、いきなり教室に村上先生が入ってきた。

黒板の前に立つ国語の教師とひそひそと話している。

多くの目が村上先生を見つめる中で、先生は私だけを捉えた。



「望月、帰る用意しろ」

「……はい?」


状況が読み込めない。


「いいから早くしろ」


急かされ、注目を浴びながら教室を後にした。


校舎を出て、無言の村上先生に促され車に乗り込む。


校門をくぐったところで、先生は前を向いたまま口を開いた。


「お前の母親が倒れたらしい」

No.195 10/02/08 22:54
ジュリ ( TSTfi )

「倒れた!?」

冷や汗がたらりと背中を伝う。


それとともに、恐い記憶が蘇る。



……お願い、無事でありますように……。



「詳しい事はまだ分からない。……大丈夫だ望月。大丈夫」


村上先生は笑顔で、大きな手を私の頭にのせた。


……それでも、私の不安が消えることはなかった。




病院の駐車場に停まった車から転がるように降りて走りだした私の後ろに村上先生が追い付き、建物に入る。


受け付けで聞いた病室へとダッシュで向かった。



扉を開けた瞬間、チューブだらけのお母さんを想像していた私は一安心。



お母さんは、点滴につながれながら、気持ち良さそうに眠っていた。

No.196 10/02/09 21:37
ジュリ ( TSTfi )

「望月さんのご家族ですか?」

看護師が病室に入ってきた。

「あ、はい。そうです」


話を聞くと、急性胃腸炎だったということが分かった。

もう手術は終わり、一週間ほどで退院できるらしい。

「よかったな、望月」


村上先生に背中をぽんぽんと叩かれた。


本当によかった……。


お母さんはぐっすり眠って起きそうもないから、とりあえず帰ることにした。


病院を出たものの、学校はとっくに終わってる時刻。
ちゃっかり村上先生に家の近くまで送ってもらった。


「じゃあな望月。お母さんにお大事にって伝えといてくれ」

「はい。ありがとうございました」


車を降り、バタンと勢いよくドアを閉める。

再び動き出した車は、すぐに見えなくなった。


その晩、病院の公衆電話から電話がかかってきた。

『もしもし?ごめんね、心配かけて……』

「ううん、大丈夫」

『朱里が来たの、知らなかったわ』

「お母さん、寝てたからね」

『しばらく朱里に家事任せることになるけど……』

「大丈夫。任せといて」


明日着替えを持って病院に行く、と伝えて電話を切った。

No.197 10/02/12 22:17
ジュリ ( TSTfi )

そして翌日、仕事から帰ってきたお父さんと病院へ向かうと、お母さんは昨日よりもさらに顔色がよくなっていて、

「ご飯の用意も掃除も洗濯もしなくていいから、楽だわぁ」


とのんきに笑っていたのだった。





いつものバイト終わり。

私の隣には南津&彰君。


いつもなら駅前で南津とは別れるのに、今日は当たり前のように切符を買っている。


不思議そうにそれを見つめる私の視線に気付いた南津は

「彰んちにお泊り」

切符を持った手をヒラヒラさせながらそう言った。



……う、羨ましい……っ!


彰君ちにお泊りするってことは、パジャマ姿の彰君とか寝起きの彰君とか見れちゃうんだよね……?


いいなぁー。

いいなぁー。


「いいなぁー……」


しまった!

言っちゃった……。


南津がニヤリとする。

「お前、考えてることすぐ顔に出るけど、口にも出るんだな」

「……うるさい」

「朱里も彰んち泊まるか?」

「「え!?」」

私と彰君の声がぴたりと重なった。


「本気にしてんじゃねーよ」

「べ、別に本気になんかしてないもん」

No.198 10/02/12 22:26
ジュリ ( TSTfi )

「嘘つけ」

「してないっ」


彰君も、"変なこと言ってんじゃねーよ"って目で南津を睨んでいた。


乗り込んだ電車で運よく座れた私たち。


南津、彰君、私の順番で腰掛けた瞬間、

「寝る」

そう断言して、彰君は電車のシートにぐったりと体を預けた。


よほど疲れているらしい。

すぐ隣から聞こえる彰君の静かな寝息に鼓動が高鳴った。

俯いてて顔が見えないのがすごく残念。

私はこっそり彰君の掌に少しだけ触れてみる。

柔らかくて、冷たかった。



1つ目の駅に着いた電車から流れるように人が降りた直後、空いた私の横に南津が座った。


「…なんで?」

「別にいーじゃん?」


にんまりと笑いながら、南津は私の髪に指を通す。


「ちょっ……」


そんなことされ慣れてない私は当然ドキドキしてしまう訳で。

「や、やめてよっ……」

手首を掴んで無理矢理引きはがすものの、


「さらさらで気持ちぃー」


懲りずに指を絡ませてくる。

頭をぶんぶん振ってみても、効果はない。


……もう諦めた。

降りるまでの辛抱だ。

No.199 10/02/13 20:42
ジュリ ( TSTfi )

「朱里」

「……なに?」

「呼んでみただけ」

「……」

「朱里?」

「………」

「今日のパンツ何色?」

「……唐草模様」


南津は、ぶはっと吹き出して、「見てぇ」と笑った。

私も自分の言ったことなのに、つられて笑う。


そんなくだらない会話をだらだらと続けていた時。







「……かおり……」








……え……?









……鼓動が止まった気がした。








今の声は、私のものでもなければ、南津のものでもない。





お姉ちゃんを呼ぶその声は









……確実に彰君の口からもれたものだった。

No.200 10/02/14 20:03
ジュリ ( TSTfi )

目の前にあるのは、固まった南津の顔。


強張ったその表情を見て、私もこんな顔してるんだろうな、なんて思った。



「あかり……?」


南津が瞳を覗き込む。


「……夢に、出てきたのかな、お姉ちゃん……」

「……」

「……」



沈黙を破るように電車の扉が開く音が響いた。


「……私、降りないと」

「……おい」

「またね」

「おいっ」



南津が呼び止めるのも無視して、ぎこちない足どりでホームに降り立った。


扉の閉まる音で、崩れていく表情。



「…………」



一瞬にして鉛のように重くなった心を引きずりながら、家までの道を歩いた。

No.201 10/02/15 22:14
ジュリ ( TSTfi )

学校から帰ってきた私は、自転車を飛ばして病院へ向かう。


階段を上がり、賑やかな病室の中で一際大きな笑い声をあげる人物に声をかけた。


「お母さん」

「あぁ、朱里いらっしゃい」

お隣りの患者さんとの会話をやめ、こちらを振り向く。

「これ、着替え」

「ありがとう、そこ置いといて。それでね、玉井さん……」


おい!私のこと、無視!?
娘がお見舞いに来たっていうのに!?


「あ、そうだ。朱里、お茶買ってきてくれる?」

「……分かった」


自販機を探すべく病室を出てぶらぶらと歩き回っていると、1つ下の階でそれを見つけた。


しかし、先客がいることに気付く。


左手で点滴を握りしめ、つま先立ちをしながらボタンを押そうと右手を伸ばす男の子。


「どれが欲しいの?」


そう声をかけると、小さな肩がぴくんと動いてこっちを振り向き、くりくりの大きな瞳がじっと私を見つめた。

No.202 10/02/16 22:05
ジュリ ( TSTfi )

「どれが欲しいの?」

もう一度同じ質問をする。

「……りんごジュース」


一番上の列を指差す男の子の後ろから手を伸ばして、りんごジュースのボタンを押した。


ガコン、と音がして落ちたペットボトルを男の子がしゃがんで取り出す。


「ありがとう!」


目当てのものを手に入れてにこりと笑うその無邪気な笑顔はまさに天使。


「どういたしまして」

「バイバイ、おねーちゃん」

「バイバイ」


しっかりとジュースを抱え、カラカラと点滴を押しながら歩いていく男の子が廊下の奥の病室に消えるまで、その背中を見つめていた。


「あ、お茶」


ここにいる目的を思い出した私は、お母さんの好きな緑茶を買って戻った。

No.203 10/02/19 21:49
ジュリ ( TSTfi )

病室に戻っても玉井さんとの会話に夢中なお母さん。

しばらく黙って座っていたものの、やっぱりつまらない。


「じゃぁ、私そろそろ帰るから」

「そう?ありがとね」

玉井さんにも挨拶をして、病室を出た。

そのまま帰ろうと思っていたけど、階段を下りてふと右を見やったところで、私は見つけた。

さっきのあの男の子を。


子供の広場になっているらしい絵本が置かれているその場所に、ただ一人腰掛け絵本を読んでいる。

横にさっきのりんごジュースを置いて。


気付けばその子に近づいていた。


私の影が落ちた絵本を見て私に気付いた男の子は、ぱっと顔を上げて、

「あ」

口を開いた。


「おねーちゃんっ」

本日2度目の天使スマイル。

「1人なの?」


そっと隣に座ると、男の子はぱたんと絵本を閉じて膝の上にのせた。


「うん。この病院、僕よりちっちゃい子と僕よりおっきい子しかいないから。……お母さんも帰っちゃった」

「そっかぁ……」

No.204 10/02/22 21:42
ジュリ ( TSTfi )

「……おねーちゃんはお見舞い来たの?」

「そう、お母さんの」

「ふーん。おねーちゃん、名前なんて言うの?」

「望月朱里、だよ」


君は?と目で問い返す。


「僕は岡田けんと」

「けんと君か。何歳?」

「6歳」


けんと君は右手の平に左の人差し指を足して私に見せた。

6歳か……。


それにしてはしっかりしてる。

喋り方もはきはきしてるし。


「おねーちゃんは、高校生?」

「うん、そうだよ」

「僕はねぇ、緑川幼稚園のさくら組。……でも、心臓の病気で入院してるから、幼稚園に行けない」


喋ってるうちにどんどん目を伏せていくけんと君。

私の口からは、勝手に言葉が出ていた。


「大丈夫、けんと君は強いから病気は絶対に治るよ」




  ―"絶対治るよ"―


そう言って笑うお姉ちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。



……お姉ちゃんは、自ら余命宣告を受けることを選んだ。


主治医と2人で話している間、私とお母さんとお父さんは、病室の外で待っているだけだった。


1時間以上経った後、出て来た先生と入れ代わりで病室に入ると、お姉ちゃんは、私たちの顔を1人ずつ見つめて………声をあげて泣いた。

No.205 10/02/26 19:17
ジュリ ( TSTfi )

そりゃもう、わんわんって表現がぴったりなぐらい泣いてた。



……でも。




それ以後、お姉ちゃんが私たちの前で涙を見せることは、なかった―……。




闘病生活が続き、抗がん剤で苦しいはずなのに、お見舞いに行く度にお姉ちゃんは


『大丈夫。絶対治るから』

弱々しくて、強い笑顔を浮かべた。



私がお見舞いに行ってるはずなのに、私が励まされていたんだ。









「……ちゃん……?おねーちゃん?」


はっと我に返ると、けんと君が不安げな顔で私を見上げていた。

「あっ、ごめんね」

「ううん。考えごと?」

「なんでもないよ」


ぽん、と触れたけんと君の髪は、細くて柔らかかった。

No.206 10/02/26 19:19
ジュリ ( TSTfi )

「けんとくん、薬の時間よ」

ぱっと現れた看護師さんが優しく微笑む。


けんと君は「はーい」と素直に立ち上がって看護師さんの元へ。


そのまま行ってしまうと思っていたら、くるりと私の方に向き直った。



「ねぇ、朱里おねーちゃん」
「ん?」

「……また来てくれる?」


おずおずと、上目遣いで見つめるその姿が、あまりにも可愛くて。


立ち上がってけんと君に近寄ると、くしゃくしゃと頭を撫でた。


「うん、また来る。けんと君に会いに来る」

「……やったぁ!僕、待ってるっ!」


あぁ、もう。


めちゃめちゃかわいいっ!

私はもう一度頭を撫でた。


「またねっ!」


ちっちゃな手を振りながら去っていくけんと君に、見えなくなるまで私も手を振り続けた。

No.207 10/03/04 00:54
ジュリ ( TSTfi )

2日後、再びお見舞いにやって来た私。


相変わらず玉井さんとのおしゃべりに忙しいお母さんのお見舞いは早々に済ませ、小児病棟へ。


『おかだけんと』のネームプレートが入った病室は、個室だった。



……この部屋に6歳の子が一人きりなんて、寂しいに決まってる。


毎晩、一人ぼっちで眠りにつくのだろうか。


暗い病室の中、ベッドにぽつんと横になるけんと君の姿を想像して、胸が苦しくなった。



……少しでもけんと君の寂しさを紛らわすことができたらいいな。


「……よし」


気合いを入れ、スライド式の扉を開けると、その音に反応して


「あ、朱里おねーちゃんっ」

ベッドの上に座っていたけんと君がこっちを向いてにかっと笑った。

「こんにちは、けんと君」

中に足を踏み入れる。


「やっぱり来てく……」

言葉の途中で、私の後ろにいる人の存在にけんと君が気付いた。


「はじめまして、けんと君っ」

「……こ、こんにちは」


いきなりけんと君の頭をわしゃわしゃと撫でるのは………南津。

No.208 10/03/20 15:47
ジュリ ( TSTfi )

なぜここに南津がいるのかというと。

この前のバイト帰りに彰君と南津にけんと君のことを話したのを覚えていたらしく、学校を出たところで呼び止められ、一緒に行きたいと言ってきたのだ。


そこで私は考えた。南津が行けば、けんと君は喜ぶだろうかと。


……うん、喜んでくれるはず。


そう思った私は、南津を連れて行くことにした。


「そういえば、クラブはどうしたの?」


そう気付いたのは既に電車に乗った後だった。


「サボってきたの?」

「……」

「ねぇ」

「………」


どうやらサボってきたらしい。

電車はもうすぐ駅に着くし、今から帰れって言うわけにもいかない。どうせ怒られるのは南津だから、放っておくことにした。


そして電車を降り、2人で病院までとことこ歩いてきて、今にいたる。

No.209 10/03/20 15:53
ジュリ ( TSTfi )

しつこく頭を撫でる南津に、けんと君は少し首をひっこめている。


「川瀬南津です」

「……おねーちゃんの友達?」

「うん、と「彼氏だよ」」


なっ!?


「けんと君違うからね!?クラスメートって分かる?」

「……うん」


しょうもない嘘つくんじゃねぇよ!

南津の足をかかとでぐりぐりしてやった。


「けんと君に会いたかったんだって」


そう教えてあげると、けんと君の目が輝いた。


「そうなの?なつくん」

どうやら、南津の呼び名は『なつくん』に決まったらしい。


「おう!けんとに会いたかったんだ。よろしくな」

「うん!」


そのとき。


「けんと」


女の人の声が背後で聞こえた。

振り返ってすぐに分かる。ショートカットの優しそうなその女性がけんと君のお母さんだってことが。


どうやら、私と南津の存在に戸惑っているらしい。


「あの、私たちは……」

なんて説明すればいいのか考えていると、けんと君が代わりに答えてくれた。

「僕の友達」


そうなの……と、けんと君ママは納得したのかしていないのかよく分からない感じだった。

「はじめまして、川瀬南津です」

「望月朱里といいます」

No.210 10/03/21 12:54
ジュリ ( TSTfi )

「けんとの母の、ゆりです。……けんとと仲良くしてやって下さい」

「はい!任せて下さい!」

はりきった言葉とともに私の肩に回ってきた南津の腕を無言で振り払った。


「……じゃあけんと、お母さん帰るね」

「「え?」」

私と南津の声が重なる。

もう、帰るの……?


「……うん。またね」


びっくりしているのは私と南津だけで、けんと君とゆりさんは平然としている。

……違う。


平然としてなんかいない。


……だって、けんと君もゆりさんも、すごく寂しそうな目をしているから。


理由があってゆりさんは、少しの間しかけんと君と一緒にいることができないんだ。



そのわけを聞くことができないまま、ゆりさんはけんと君の頭にそっと触れた後、私たちに会釈して病室を出て行った。

No.211 10/03/25 09:03
ジュリ ( TSTfi )

「……お母さんは、仕事があるから」

病室の入り口からベッドに目線を戻すと、そこにはうなだれるけんと君がいて。
その横顔は、6歳とは思えない程の切なくなる表情だった。


初めて会ったとき、けんと君のことをしっかりしてると感じた。


それは、お母さんに甘えたいときに甘えられなくて、しっかりするしかなかったからなんだ……。


「けんと」


突然、南津がけんと君を呼び、顔を上げたけんと君の肩に手を置いた。


「これからは俺たちがいっぱいここに来るからなっ」


……南津……。


「うん!」


満面の笑みのけんと君と微笑みを浮かべる南津を見て、私の胸はじんわりとあったかくなった。

No.212 10/03/26 21:44
ジュリ ( TSTfi )

「この前純一君とデートしたの」

休み時間、教室で喋っていた結実からの報告を受けた。

「え、うそ!?どこに?」

「映画観てきた」

「うわっ。やったね結実」


2人のお付き合いはどうやら順調なご様子。

杉本君の呼び方も、いつの間にか『純一君』に変わってるし。


……なんとも羨ましい限りだ。


「楽しかった?」

なんて、聞くまでもない私の質問に、

「うん」

笑顔で即答する結実の周りには、幸せオーラが漂っている。


「いいなぁー」


とその時。


E組の教室に彰君が入って来た。

その横顔を見ただけで、私の心臓は暴れだす。


心と体は繋がってる、なんてよく言うけど、ほんとその通りだとつくづく思う。

こっち向け……って念じたところでそれが通じるはずもなく、彰君が真っすぐ向かって行くのは南津の席。

男前が2人も揃った教室の雰囲気は一気に華やいで、周りの女子のテンションも2段階ほどアップした。

No.213 10/03/28 00:06
ジュリ ( TSTfi )

そして、思った通り結実は彰君の話を持ち出す。

「……朱里はどうなの?彰君と進展ないの?」

「……ない」


悲しいくらいに全くない。

むしろ、私の気持ちはどんどん臆病になっていってる気がする。

なぜなら、バイトや学校で彰君と顔を合わす度に、思い出してしまうから。

彰君が呟いたあの言葉を。



“「……香里……」”



「はぁ……」

思い出す度にため息を繰り返す。


あれは寝言だったから、当然彰君は自分が言ったことには気付いてない。


そして南津がそのことについて私や彰君に何か言ったりすることはなくて、それが私にはありがたかった。

南津に励まされたって、今の私はその励ましを素直に受け取ることができないだろうから……。


「落ち込まないで、頑張りなよ?」

「……ん」


頑張りたい。

頑張りたいけど、彰君の中でお姉ちゃんの存在が大きすぎるんだ……。


どうすればいいか分からなくて。

どうしようもなくて。

「……はぁー……」


気付けばまた、ため息をついていた。

No.214 10/03/29 22:18
ジュリ ( TSTfi )

月日が流れるのはあっという間で、私が高校生になって8ヶ月。

カレンダーは12月に変わった。

12月といえば……そうです、クリスマス!

街の雰囲気もクリスマスムードへと一気に様変わりして、なんとなく浮かれ気分な毎日。

ちなみに結実は、25日は杉本君とデートするらしい。他の友だちも、恋人と甘い夜を過ごすに違いない。

私はというと、予定は一切なし。今年も家族でケーキを食べるつもりでいた。



「クリスマス、お母さんは仕事なんだって……。お姉ちゃんとなつくんはクリスマス来てくれる?」


たった今、けんと君にそう聞かれるまでは。


私のお母さんはとっくに退院したけど、私はここに3日に1回程のペースで通い続けている。

もちろん、目的はけんと君に会うため。

そして南津も、私ほどではないけれど、ちょくちょくクラブをサボって顔を出す。

その罰として南津が他の部員より多くグランドを走らされていることを私は知っている。


それでも南津がここに来るのをやめないのは、やっぱりけんと君に会いたいからで。


そんな南津は、ほんとにいいやつだ。

No.215 10/03/31 23:21
ジュリ ( TSTfi )

「来るに決まってるだろ?」

パイプ椅子に腰掛けた南津は優しく笑う。

「私も来るよ」

「やった!パーティーだね」

無邪気にベッドの上で体を弾ませるけんと君。


私の思い上がりかもしれないけど、けんと君は私たちといるときはありのままでいてくれてると思う。


“もう帰っちゃうの?”


ゆりさんには絶対言わないその言葉を、私と南津には言ってくれるから。

その時はもう、キュンとなってとろけてしまいそうになる。そして必ず、2人して追加で30分以上留まってしまう。


「けんと君はサンタさんに何お願いしたの?」

なんとかレンジャーのおもちゃとか、そんなのが返ってくることを予想して、何気なく聞いた質問。





「…お父さんに、会いたい」





あまりにも予想外な答えに、言葉を失った。

No.216 10/04/02 19:24
ジュリ ( TSTfi )

けんと君のお父さんが何らかの理由でけんと君と離れて暮らしているんだろうということは、一度もけんと君のお見舞いに来ないことから感づいていた。


「僕のお母さんとお父さん、離婚したの。僕が4歳の時」


ぽつりぽつりと、けんと君の口から零れる言葉。


離婚してたんだ……。


隣にいる南津をちらりと見ると、考え込むように真っ白な天井を見上げている。

「このこと、お母さんには言わないでね……?」


ゆりさんを気遣いすぎるあまり、また我慢をしようとしているけんと君に対し、私はなんて言えばいいのか分からなくて、曖昧に頷くことしかできない。


そんな自分に腹がたった。

No.217 10/04/06 20:06
ジュリ ( TSTfi )

「……なぁ、けんとが言ってた親父のこと、どう思う?」

病院を出て、横を歩く南津が私に問い掛けた。

すっかり暗くなった町の中で、立ち並ぶ家のイルミネーションがチカチカと点灯する光景はなかなかロマンチックだけど、全然そんな気分にはなれない。


「……分かんない」


けんと君がお父さんに会いたいと強く願っているのは伝わってきた。

でも、けんと君の両親は離婚している……。

その問題は、他人の私たちに到底口出しできるものじゃない。


……神様は不公平だ。

そんなことを考えてしまう。


なんでけんと君がこんなに寂しい思いをしなければいけないんだろう。


けんと君が時折見せる切ない表情がいつも胸を締め付ける。

どうにかして、けんと君をお父さんに会わせてあげたい。そのために私たちにできることは……なに?


「南津は……どうすればいいと思う?」

「……」


その問いに、南津は答えなかった。


ううん、きっと、答えられなかったんだと思う。


……夜空を見上げてみても、答えは見つからなかった。

No.218 10/04/11 12:14
ジュリ ( TSTfi )

クリスマスまで後2週間となったその日。

私は1人で病院に来ていた。


いつもの笑顔で迎えてくれたけんと君に、お父さんのことについて触れることはできず、他愛もない会話をしていると、コートに身を包んだゆりさんがやって来た。


「いつも来てくださってありがとうございます」

頭を下げられ、私は、そんな、と首を振る。

「私が来たくて来てるんです」

その言葉に、ゆりさんが嬉しそうに目を細めたその時。

唐突にけんと君が口を開いた。


「……お母さん」

「ん?どうしたの?」

「……僕……ぼく……お父さんに、会いたい」


けんと君……?


みるみると見開かれていくゆりさんの瞳。

その瞳をしっかりと見つめ、けんと君はもう一度繰り返した。




「…お父さんに会いたい」

No.219 10/04/17 15:01
ジュリ ( TSTfi )

私の頭の中は大混乱していた。


この前は、お母さんに言わないでって言ってたけんと君が、自分から思いを伝えた……。


どうして……?


「けんと……」

搾り出されたゆりさんの声は、かすれていた。


「……それはできないの」

「お母さん……」

「できないのよ」

「……」


けんと君は目を伏せ、口を結ぶ。


「あの……」


気がつけば私は、何も考えずに喋り出していた。


「……私が口を出せることじゃないっていうのは分かっています。でも……。お願いしますっ」


勇気を出したけんと君を応援してあげたい。


「……無理なんです……」


ゆりさんは呟いた。


けんと君もゆりさんも、同じ瞳をしている。



悲しそうな4つの、瞳。

No.220 10/05/04 23:06
ジュリ ( TSTfi )

            「けんと、お母さんもう行かないと……」

「……うん、行ってらっしゃい」


けんと君とゆりさんとのやりとりを、私はただ見つめてるだけ。


背中を向けたゆりさんの肩は、細かく震えていた。

No.221 10/05/04 23:14
ジュリ ( TSTfi )

その夜、私は部屋のベッドに寝転びながら、電話をかけていた。

数回のコールの後、プッという微かな音が、繋がったことを知らせる。


『もしもし、朱里?』


「……なつ?」


『どうした?いきなりでビックリした』


電話の向こうの南津は、なんだか楽しそうだった。


「……なつ?」

『だからなんだよ?』


「今日、けんと君のとこ行った」


ごろんと寝返りを打つと、壁が目の前に現れた。


『ふーん』

「それで……」

『それで?』

「………」

『………朱里?それでどうしたんだよ』



「それで………けんと君がゆりさんに……お父さんに会いたいって言った」


てっきり、驚いた声が聞こえるかと思った。


それなのに、南津の反応は素っ気なかった。


『……そうか』


だから逆に私が慌てることになった。


「え、なんでそんなに冷静なの?」

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧