Journey with Day

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2024/04/05 12:10(更新日時)

少年ジョニーは、バイクのデイと共に、旅に出る。
旅の途中で出会う、それぞれの生活を生きる、わけありの人たち。
出会いと別れをくり返し、ジョニーはひたすら、西へと走る。
いちばん大切な何かへと向かって、、




No.3944621 (スレ作成日時)

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No.51

「以前、恋人と一緒に海を見に行った事がある」
「へえ、その人は?今、どうしてるんですか?」
ミスター・ロイは、しばらくの間、立ちのぼるタバコの煙を見つめていた。
「事故に遭った」
「え?」
「現金輸送車にひかれた」
オレは、手に持ったグラスの中のペリエ水を飲む事も忘れて、じっと、ミスター・ロイの顔を見つめた。

No.52

「最初は、交通事故だと思った。だが、その現金輸送車は、強盗が奪った車だった。ーーその強盗団の一人が、私と似た男だった」
夜の闇の中で、何か種類のわからない鳥の声が、クゥー、クゥー、と、かすかに聞こえてきた。
「結局、私は、顔が似ているという理由で捕まった。 ーーおかげで、今は、こんな人里離れた場所で、自給自足の生活をしている」
「、、、、その、恋人は?」
「死んだ。ほとんど即死だ。私は、彼女に花を捧げる事さえもできなかった」
オレは、何と言っていいか、見当もつかなかった。

No.53

ミスター・ロイは、じっと、夜空の月を見つめた。薄くかすんだ月は、こちらからは、よく姿が見えない。
薄闇の中で、ミスター・ロイの瞳が、何かを見つめている。
何かがいるのかと思ったが、あたりには何の気配も漂ってはいない。
「きれいな女の子だった。針金のように細いブロンドで。
その頃、私の恋人は、彼女だけではなかった。だが、彼女が死んだ時、私は、ものすごくショックを受けた。たぶん、彼女の死とともに、私の中でも、何かが死んでしまったんだと思う。」

No.54

「私は、家族と別れ、ガールフレンド達と別れ、強盗犯の代わりに罪を償(つぐな)った。今はもう、その頃の事は、遠い思い出だ。 ーー悪かったな、こんな話を聞かせて」
「いいえ、、、」
しばらくの間、オレも、ミスター・ロイも黙り込んだので、耳が痛いような静寂が辺りを包み込んだ。
わけのわからない鳥さえも、鳴き声をあげてくれない。
オレは、やっとペリエ水を飲み込んで、ほこりっぽい頭をコリコリとかき、ゆっくりと、口を開いた。

No.55

「あの、何て言っていいかわかんないけど、でも、オレ、あなたは悪い人じゃないと思いますよ」
「なぜだ?」
「悪い人が、こんなにおいしいベーコンサンドを作れるわけがない」
ミスター・ロイは、唇をゆがめ、少しだけ笑った。オレも、つられて、にっこりと微笑んだ。


翌日は、昨日より摂氏10度ほども上がったかと思えるくらい暑い日だった。

No.56

寝ぼけた頭でバルコニーに出ると、太陽が、ジリジリと、手すりの木目を焼いている。
バルコニーのひさしから顔を出すと、照りつける日射しが、まぶたの裏に飛び込んできた。思わず、顔をしかめて、頭を引っ込める。
ミスター・ロイが眠っている間に、昨日のレンガを、あともう少しきれいに仕上げようと思って、石段を下りる。宿賃の代わりだ。
石段のわきで、つるりとした細長い葉っぱの群れが、ゆるいそよ風に吹かれている。

No.57

「あなたは、だあれ?」
急に声をかけられ、オレは、びっくりしてふり向いた。
背の高い女の人が、黄色いエニシダをかかえて立っている。
「こんにちは」
「こんにちは」女の人は、にっこりと笑った。
「オレは、ジョニー・ハドソンといいます」
「そう。あちらにあるのは、あなたのバイク?」
「ええ。昨日、ちょっと走りすぎちゃって、こちらの菜園を荒らしてしまったんです。そのおわびに、ここのレンガを修繕してて、、、、」
「ああ、助かるわ。このレンガは、まったくひどいわよね。でこぼこで。
あらーー きれいに、直してあること」

No.58

女の人は、浅黒い肌に、ラズベリー色のルージュをひいていた。
半そでのベージュのワンピースの上にあるエニシダをかかえなおし、にっこりと微笑んで、レンガを点検している。
「OK。きれいな色合いね。レンガの茶色と、石膏の灰色。あなたは、レンガ職人になれるわ、ジョニー。
ああ、忘れてたわ、私はパーシーよ。ねえ、このカンパニュラは、きれいでしょ?レンガをなおしてくれたお礼に、あなたに一輪あげるわ」
ふわりとしたピンク色の花が、オレの目の前に出てきた。
「、、、、どうも、ありがとう」
オレが、カンパニュラという花を受けとると、パーシーは、うれしそうに笑った。

No.59

「これは、カモミール、そこに生えてるのは、タチアオイ、こっちのは、バレリアンヌ。紅い色が、きれいでしょ?私が育ててるのよ。品評会に出したら、一等賞だって取れそうじゃない?裏にまわると、アプリコットもあるのよ」
パーシーは、早口だ。エニシダをかかえてないふっくらした右腕を上げて、汗をぬぐい、短くそろえた茶色い髪をなでつけた。
「ジョニー、あなた、朝食は食べたの?コケモモのジャムがあったはずよ。おあがりなさいな」
オレは、内心とまどったが、口が勝手に返事を告げていた。
「いえ、オレ、もう出発します。旅の途中なんで」
「旅?あなたは、旅人なの?」

No.60

「はい。セント・グレイスまで行かなきゃならない」
「セント・グレイス?ああ、聞いた事があるわ。長旅なのね。じゃあ、あまり引き止めてもおけないわね。、、、、待ってて。サンドイッチを作ってあげるわ。ミスター・ロイは、まだ休んでるんでしょ?バルコニーで座ってなさいよ」
オレは、断ろうとしたが、キィを返してもらってない事に気がついた。
あれがないことには、ディを動かせない。
「ね?どうせ、ミスター・ロイの分も作らなきゃいけないの。彼は世捨て人だから、私が、食料と花を補給しにやって来てるってわけ。さ、バルコニーにどうぞ。10分ぐらいでできるから」

No.61

パーシーにすすめられるままに、オレは、バルコニーへと向かった。
テーブルの上にピンクのカンパニュラを置き、椅子に座って、何の曲かよくわからないパーシーの鼻歌を聞いていると、白いシャツにジーパンをはいたミスター・ロイが現れた。
「出発するのか」
「はい。 、、、、レンガ、もう少し修繕したかったんですけど、あまりゆっくりもできないから、もう、行きます」
「キィがいるんだろう」
ミスター・ロイは、キッチンへ向かい、壁にかけてあったキィを持ってきた。

No.62

「待って。はい、サンドイッチ。ハーブティもあるけど、ポットに詰めましょうか?」
パーシーが、紙ナプキンに包んだサンドイッチを持ってきてくれた。
「いいえ。じゃ、ティは飲んでいきます

「そう」
ハーブティは、さわやかな味がした。
カップをソーサーにカタンと置いて、勢いよく立ち上がる。
「じゃ、出発します」
「気をつけてね、、、、 あなたの幸運を祈るわ。そして、レンガを直してくれて、どうもありがとう」
パーシーは、オレの肩を、ポン、ポン、とたたき、右のほほにキスをくれた。

No.63

「旅の帰りにでも、またいらっしゃい。私はいつも、あっちの道を曲がった所にある『パーシーの店』にいるの。ここに来てくれたら、スペシャルなケーキを作ってあげるわ」
「ええ。寄れたら、また来ます。その時は、石垣のほうも、修繕しますよ」
ミスター・ロイは、椅子にゆったりと座り、タバコをふかしながら、日射しにまぶしく光る花たちや野草の群れを眺めていた。

No.64

「ミスター・ロイ、昨日はどうもありがとう。もう少し、菜園に付いた跡も直したかったけど、オレ、もう行きます」
「ああ、大丈夫。放っておいても、草は伸びる」
ミスター・ロイの瞳は、昨日の夜よりも、黒い色が少しだけ薄く見えた。
「それじゃ、また」
「良い旅を」
オレは、石段を勢いよくかけ降りて、バルコニーにいる二人に手を振った。

No.65

ふと見ると、バイクのディが、木陰でじっとオレを待っている。
キィを差し込むと、カチャリと手ごたえがあって、すぐにエンジンは始動した。
そして、オレは走り出した。目的地であるセント・グレイスへ。
背中のリュックには、パーシーが作ってくれたサンドイッチが入ってる。
オレは、なんだか、グランドマザーがよく作ってくれたブルーベリーのサンドイッチを思い出して、涙が出そうになってきた。やさしかったグランマ。
まぶしく輝いていたパーシーの笑顔。そして、ミスター・ロイ。
もう少し、あのバルコニーの中にいたかったような気もするけど、とどまるわけにはいかなかった。
ミスター・ロイ、あの黒真珠の瞳にまた会える日もあるだろうか。

No.66

バイクは、走り抜けていく。緑の大地の中で、土ぼこりをあげて。
響きわたるエンジンの音が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。



セント・グレイス。そびえ立つカテドラル。
キラキラと金色に輝く高い門。日射しを淡く吸い込むステンドグラス。
オレは、高い塀のわきに、目立たないよう注意深くバイクのディを横付けした。

No.67

門から、大きな扉までは、少し距離があった。
門の周りには、人影は誰もいない。門番もいない。
オレは、そっと白い扉を押して、中をのぞいた。
目が、中の薄暗さに慣れるまでに、時間がかかった。
ぼんやりとした視界に、ゆらりと白い影が横切る。
「どなた?」
シスターが、オレの前まで来た。灰色の修道服が、ひらりとなびいている。

No.68

「ジョニー・ハドソンといいます」
「ジョニー。あなたは、ここで働きたいの?」
「いいえ。ここに、僕の友人がいるんです。リリアナという女の子です」
「リリアナ? 、、、、ちょっと待ってちょうだいね」
シスターは、ゆっくりと、奥の扉の向こう側へと遠ざかっていく。
しばらく、オレは、そこで立ちつくしていた。

No.69

シャツが、汗で背中に張りついている。リュックを背中から下ろして、土ぼこりをはたく。
細かな土ぼこりは、まぶしい外気の中にふわふわと舞い散っていった。
「ジョニー」
さっきのシスターの声に、オレはふり返った。
「こちらへいらっしゃい。足元に気をつけてね」
鉄のレールを踏まないように、ゆっくりと足を運びながら、オレは、カテドラルの中へと入っていった。

No.70

中に入っていくにつれ、大きな窓から差し込む太陽の光が明るくなっていく。
ずっと奥のほうに、キリストの像がぼんやりと見える。
「リリアナ」
シスターの声が響き、オレは、ドキッとして、目をこらした。
リリアナは、椅子から立ち上がり、こちらをふりむいた。
「お客様よ」シスターは、そう言うと、やわらかく微笑み、立ち去っていった。
「、、、、リリアナ」
「ああ、ジョニーね、すぐわかったわ。あなたは、まだ髪の毛が、赤茶色なのね?」
「うん。日差しのせいで、また少し赤くなってきた」

No.71

久しぶりに会ったリリアナは、少しやせたみたいだった。
少しくすんだブロンドの髪の上に、白いレースのベールをかぶっている。灰色の修道服は、シスターよりも、少しひざ丈が短かった。
「どうぞ。そこに座ってちょうだい」
リリアナからすすめられるまま、オレは、となりの椅子に腰をおろした。

No.72

「どうしたの?」
「バイクのディと、旅をしてきた」
「バイク? ああ、あなたは、バイクを持っていたわね。イースト・サイドから、ここまで?遠かったでしょう?」
「うん、いろんな事があったよ」
そこで、オレは、旅の様子をひととおり話した。ルーシーのパパからリンゴをもらったこと、白マントの集団、ミスター・ロイと、パーシーのこと、、、、
リリアナは、微笑みながら、オレの話を聞いていた。彼女が声をあげて笑うたびに、透きとおるような白い頬(ほほ)に、ステンドグラスから差し込む青い影が反射した。
「すてきな旅をしてきたのね」
「うん。旅の終わりに、君と会う事ができた」

No.73

奥のほうから、遠く響く鐘の音が聞こえてくる。
「ここはねーー まだ、礼拝はできないの。ほら、マリア様の像も、どこにもないでしょう?壁の修復も、まだ時間がかかりそうだし。このあたりの人たちは、みんな、日曜日は隣町の礼拝堂へお祈りに行ってるわ」
「いつごろ、完成するの?」
「わからないわ。1年後かもしれないし、10年後かもしれないし、あるいは、もっと先かもしれない。私にはわからないの。私にできることは、シスター達のお手伝いをすること」

No.74

リリアナは、そっと立ち上がり、壁のモザイクを指でさわった。
「この白いタイルはね、私が貼ったのよ。何回も失敗したけど。
たくさんの人達が、タイルを貼りに来るわ。アメリカ中から。この間来た親子は、外国から来たって言ってたわ。海を渡って、列車を乗り継いで、一番近い駅から、ここまで歩いて来たんだって。
きれいな、かわいい子供たちだった。パパとママがタイルを貼る間、お庭でおとなしく待ってたの。パパとママは、ここに来るために、畑を売ってきたんだって言ってたわ」
「リリアナ」
リリアナは、青い瞳で、オレの目をじっと見つめた。
「オレにも、タイルを貼ることは、できるかな?」
ふっと、彼女は遠い目をして、顔を小さく横にふった。
「いま、タイルはないの。もうすぐ、この壁も仕上がるわ。これから先は、カテドラルの設計士が選んだ人達しか、ここには入れなくなってくる」

No.75

オレは、リリアナの細い手を握りしめた。ひとつひとつの指が冷たくて、強く握ったら、折れてしまいそうだった。
「君はもう、イースト・サイドには戻らないの?」
リリアナは、じっと、オレの手のひらに包まれた、自分の細い手を見つけている。
「ええ。戻らないわ。パパとママとも、よく話したことなの。
私のできることなんて、ほんの少ししかないだろうけど、でも、私はここで、神様から許された時間を、生きていくの。それがいつまでかは、わからないけど。
ごめんね、ジョニー。せっかく来てくれたのにね」
リリアナは、そっと、オレの右手の上に、自分の左手を重ねた。
一瞬、その手があまりにも冷たくて、ぞくっとした。そのあいだに、彼女の右手も左手も、椅子の向こう側へと遠ざかっていった。

No.76

リリアナは、少しうつむいた後、天井に近い窓を見上げて、つぶやくように話した。
「このカテドラルの周りには、鳥がたくさんいるの。小さいころは、鳥になって、大きな空を飛んでみたいって、思ってたわよね。
私は今でも、ずっと考えているの。もしこの体がなくなったら、鳥になって、大きな山を越えて、イースト・サイドに帰りたいって。
でも、私は鳥にはなれない。飛び立つには、いまの私の体は、重たすぎるの」
ベールを少しずらしたリリアナの顔は、逆光の中で、いちだんとほっそりして見える。オレは、何と言っていいかわからず、黙っていた。
「今日はありがとうね、ジョニー。会えてうれしかったわ。
イースト・サイドに帰ったら、昔のお友達に、伝えてちょうだい。私は元気だから。パパとママにも、手紙で伝えてあるわ」

No.77

オレは、椅子から立ち上がり、リリアナの瞳をじっと見つめた。
「オレには、バイクのディビットがいるから、鳥にならなくても、いつでも山を越える事ができるよ」
「そうね」
リリアナは、青い瞳を閉じた。
「あなたは、旅を続けてちょうだい」



そして、オレは、バイクのディに乗って走った。もと来た道を。
空回りするような排気音の中、もうもうと砂ぼこりをあげながら。
だいぶ、長く走ったような気がする。100㎞も200㎞も。
逆回りの景色が、デジャブのように、視界からちぎれ飛んで、後方へと流れていく。
いつか必ず、もう一度、あのカテドラルへ到着するんだ。
リリアナ、君はその時まで、オレを待っていてくれるかい? 
少しずつ、スピードをあげる。おい、どうした、ディ、お前は、もっと、速く走れるだろう?
ディは、オレの問いには答えず、ただまっすぐに、一本道を走り続ける。
もうすぐ、町の明かりが、見えてくるはずだ。
夕暮れを追い越し、オレとディは、ひたすらに、ずっと、ずっとずっと走り続ける。



〈End〉

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