Journey with Day

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2024/04/05 12:10(更新日時)

少年ジョニーは、バイクのデイと共に、旅に出る。
旅の途中で出会う、それぞれの生活を生きる、わけありの人たち。
出会いと別れをくり返し、ジョニーはひたすら、西へと走る。
いちばん大切な何かへと向かって、、




No.3944621 (スレ作成日時)

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No.1

頭の上の空が快晴なので、ディビットは今日も、すこぶる機嫌がいい。こいつがうなると、やかましい小鳥の群れが、一斉に飛び立っていく。
「よし、いくぞ、ディビット!!」
ディは、オレに応えて、忠実にスピードをあげる。
両脚に振動が走る。砂ぼこりにたまらなくなって、オレは、銀色のヘルメットを、あわてて目深(まぶか)にかぶる。
一瞬で、あたり一面、砂漠になったみたいだ。
「ヘイ、ディ! このまままっすぐ行くぜ!」
相棒ディビット、通称ディは、地響きする排気音で、同意してくれた。

No.2

よし、まっすぐだ。あの角に何軒か、小さな家がある。そこまで走ったら、後は何もないはず。
ディ、お前はいつでも、オレの一番の親友だ。オレは、ハンドルをしっかり握りしめた。
「オーケー、ディ、この先、長いんだ、楽しくやっていこーぜ!!」
ディ、オレの愛車のオートバイ。昔、パパとママは、こいつに乗って、ダンスホールへとデートに出かけたんだ。
でも、パパはもう、こいつには乗らない。ピカピカの真っ赤な車を買ってから、そっちのほうに入れこんで、バイクのディには目もくれない。
まあ、ディビットって名前は、オレがつけたんだけどさ。だってこいつは今、オレのものなんだから。

No.3

パパから譲(ゆず)ってもらったディビット。でも、こいつは、パパよりオレとのほうが、相性がいいっていうのがわかるんだ。
ディとオレは、赤茶けた砂ぼこりの道を走りぬけ、草原の横の道を駆け抜ける。
見渡す限りの、緑色だ。
オレの一番好きな道。小さい頃から、長い時間をかけて、仲間たちと一緒に走り回りながら、学校に通った道。
あのころ、やたらと遠く感じたこの道も、バイクのディならひとっ飛びだ。杉の木のすき間から、ダークブラウンの木造校舎の影が、チラチラと見えて、後ろへ遠ざかる。
オレはもう、子供じゃない。パパもママも、友達もいない、長い旅へと出かけるんだから。


最初の夜。夕闇もすっかり暮れて、ディも、なんだか疲れてるみたいだ。アクセルがちょっと調子悪いし。
ふと見ると、小さな小屋がある。
「ディ、ちょっとここで休もうか」

No.4

ディから降りて、小屋のドアを開けると、ふわりと干し草のにおいがする。
中は、外から見るより広くてきれいだ。
牛か馬がいるのかな。昔、おじいちゃんがジョイって馬を飼ってたっけ。馬のひづめには気をつけろっていうのが口ぐせだった。
でも、ここには馬はいない。干し草だらけだ。
金色に光る干し草。まだ新しいみたいだ。よし、今日の寝ぐらは、ここに決定。
オレは、ディを小屋のわきにぴったりと停めて、キィを抜き、ジーンズのポケットにしまい込む。
ふかふかの干し草。クッションみたいにやわらかくて暖かい。
砂ぼこりで汚れた体と、背負っていた茶色いリュックを投げ出すと、干し草のベットは、ふわふわとオレを包んでくれた。
なんだか、すごく懐かしい気持ちになる。ジョイってやつは、走るのが速かったよなぁ、、、、

No.5

うとうとしていたら、ギギギッと音がして、誰かの影が見えた。
月明かりの中に、白く浮かびあがる人影ーー
「だれ?あんた」
オレは、びっくりして飛び起きた。目の前に、ギンガムチェックのワンピースを着た女の子が立っている。
「オレはーー ジョニーだよ」
「ジョニー?」
女の子は、青い目で、オレの顔をじっとにらんでいる。
「見かけない顔ねぇ」
どうしようか。オレは、ここから追い出されるのかな。
ちょっと居心地のいい小屋だったけど、しょうがない。頭についた干し草を払い落とす。
金色の巻き毛の女の子は、ポリスみたいに両手を腰にあてて、オレのまわりを、ゆっくりと歩きまわっている。

No.6

いきなり、女の子は、ドサッとオレのとなりに腰を下ろした。
干し草が、ヒラヒラと舞い上がる。
「ねえ」
オレは、ちょっとギクリとして、横目で女の子に視線を飛ばす。
「何だよ」
「あんた、おうちでママが心配してるんじゃない?ママが広げてくれたシーツが、恋しくないの?」
ちょっとバカにしたような言い方に、オレは、カチンときた。
「ーーママは、遅くまで農場の片付けしてるから、まだ、今の時間は家にいないよ」
「ふーん」
女の子は、干し草を手に取り、パラパラと細かくちぎって、辺りへと散らした。
「あたしのママもねえ、農場で働いてるわよ。だから、いつも、夜遅く帰って来てる。泥だらけになってね」

No.7

女の子が、急に、オレの顔をのぞき込んで、言った。
「ねえ、あたしって、ヘンな顔してる?」
「はあ?」オレは、まゆをしかめて、女の子の顔をじっと見てみた。
透(す)き通るような青い目。それはいいけど、鼻がちょっと低い。
鼻にかけたような低めで甘ったるい話し方のわりに、つんとした口元。
「べつに。オレの知ってる女の子の中じゃ、まあまあってとこだね」
「へーえ、そう」
女の子は、ふっとため息をついて、干し草を吹き飛ばす。
「あたしのママはね、あたしが朝起きた時の顔を、いっつも『ヘンな顔』って言うのよ。ーー自分だって、ヘンな顔のくせにね。ーーねえ、あんたのママは、農場に、馬に乗って行くの?」
「いや、馬は、もういないんだ。歩いて行くんだ、近いから」
「ふーん。お化粧してる?」
「えっ?」
「あんたのママよ」
「うーんと、村でパーティーがある時は、してるよ。うちのママは美人だから、化粧なんかしなくてもいいんだって、パパは言ってる。ジョークだろうけどね」
「ふーん」

No.8

女の子は、ドサッと背中を投げ出し、干し草にもたれかかって、じっと、小屋の窓から月を眺めてる。
月明かりの中、金色の巻き毛が、ぼんやりと浮かびあがっている。
「あたしねぇ、自分の顔がキライ。お化粧するのもキライ。友達は、みんなボーイフレンドと出かける時、お化粧してるんだ、でも、あたしはしないの。お化粧してる間は、ちょっとは美人になった気持ちがするけど、顔を洗ったとたんに、いつものヘンな顔になっちゃうから。
ーーここはね、昔、馬が住んでたのよ。でも、今は、馬は売られちゃった。
だから、ここは私の小屋。ママに怒られた時は、いつも、ここで月を眺めてるのよ」
そう言ったとたん、女の子は、スヤスヤと眠りだした。

No.9

こげ茶色のまつ毛を静かに閉じていると、なんだか、お人形のようだ。
子どもの頃、ママが読んでいた外国の雑誌の中にいた、フランスのきれいなお人形。
月明かりに照らされた女の子の眠り顔を見ているうちに、なんだか、こっちまで眠くなってきた。思い出した、オレは疲れてるんだよ。
明日、また荒野を走るためにも、今はしっかり眠っておかないと。
干し草は、太陽の匂いを吸い込んでいて、疲れた体を投げ出すと、ふわりと暖かい。

No.10

おやすみ、ディ。おまえも、この月明かりの下、砂ぼこりにまみれて疲れたボディを、休めてるんだな。
小さな星が、キラキラ光って、ガラス窓から見えている。


まぶしい陽射しが差し込んでいる。ーー朝だ。
いつのまにか、朝になってる。なんだか、首すじが痛い。
そっと体を起こしてみると、頭の上から、干し草がヒラヒラ落ちてきた。
パッ、と横を見てみたけど、昨日の女の子はいない。
干し草の上に、小さなくぼみが残ってるだけ。きっと、家に戻ったんだろう。
ーーママは、あたしが朝起きた時の顔を、ヘンな顔っていうのよーー
ほんとに、ヘンな顔なのかな。わりと、かわいかったような気もするけど。

No.11

まあ、いいや。オレは、旅に出ないといけない。女の子なんかに、かまってられないさ。
ディの様子はどうかな。ジーンズのポケットのキィを探す。
その時。
バン!! と、小屋の戸が開いて、サンタクロースみたいなーー いや、サンタほど長くないけど、あごひげを生やしたおじさんが、飛び込んできた。
「てめえ、なんでここにいやがる!?」
グイッと、オレの目の前に、鉄のくまでを突きつける。
びっくりしたオレは、干し草の中へと、後ずさりする。けど、このおじさんは、ジリジリと、オレに向かって、くまでを近づけてきやがる。
誰だ?この小屋の持ち主か? 

No.12

やばい、明らかに、立場が悪い。オレは、不法侵入者だ。
「おい、なんでここにいるのかって聞いてるんだ、てめえ、この耳は、飾りもんか!!」
くまでが、耳をかすめる。ちょっと、冷や汗が出る。
「す、、、すいません、旅の途中なんで、、、、 」
「旅ぃ?」
おじさんは、ジロリとオレをにらむ。くまでが、キラリと朝日に光る。
「旅の途中で、うちのルーシーに、手ぇ出したっていうのか!?」
「ルーシー?」
「ハァイ」
ふと見ると、おじさんの後ろから、昨日の女の子が出てきた。

No.13

髪の毛を、赤いスカーフで結んだポニーテールにして、茶色いワンピースを着てる。
この子、ルーシーっていうんだ、
「おい、おまえ、この小屋が誰のものか、知ってて入ってきたのか!?
ここはなあ、リンカーンが生きてた頃から、俺のじいさんの持ち物なのさ。この小屋1つじゃない。あっちに広がってる小麦畑も、キャベツ畑も、全部、俺達家族が、管理してるんだ。
その向こうの牧場も、ここにいるルーシーもな。可愛い娘に手を出す虫は、生かしちゃおけねえ、え!?ここで、このくまでのえじきになるか、とっとと出ていくか、どっちなんだ、ええ!!」
「出てったほうがいいわよ」
ルーシーが、青い目で、オレを見下ろす。
「うちのパパは、怒るとこわいわよ。さっさと行ったほうが、あんたの身のためよ」
そう言ってルーシーは、ニヤニヤ笑いながら、ドサリと干し草に腰を下ろす。
なんだ、こいつ、
オレは、再び、カチンときた。昨日、フランス人形みたいなんて思ったのは、間違いだ。こいつは、とんでもない意地悪猫だ!

No.14

「、、、、出て行きます」
「ふん」
おじさんは、グサッと、くまでを干し草に突き立てる。
「おまえ、どこまで旅に出るっていうんだ?」
「セント・グレイスまで」
「セント・グレイス?」
おじさんの目の色が変わった。
「ーー遠い所まで行くんだな。バイクで、一人旅か」
「はい」
「ふーん」
ボサボサの、シルバーグレイの髪を振って、おじさんは、開いた戸口に向かっていき、オレのディビットを、じっと見つめた。
「このバイクで走るのか?」
「ええ、そいつとオレは、相棒なんです。そのバイクには、手を出さないで下さい」
おじさんは、ジロッと、オレをにらむ。
ルーシーは、さっきから、干し草の上に座って足を組み、ほっぺたに片手をあてて、ニヤニヤしながら、オレ達のやりとりを聞いている。

No.15

立ち上がったルーシーは、
「ーーーパパ、子牛のティモシーが、おなか、すかせてるんじゃない?あたしもそろそろ行ってくるわ。
じゃあ、ね、坊や。このあたりの男の子は、こわいわよ。あたしに手を出したなんてウワサが流れたら、あんた、タダではすまないわよ。
さっさと、そのバイクで、セント・グレイスとやらに走って行ったほうが、あんたの身のためよ」
と言って、スタスタと、戸口から出ていった。
干し草が、ヒラヒラと、真っ赤なエナメルの靴を追う。
オレは、「坊や」と言われて、頭に血が上るほど、腹が立った。でも、くまでのえじきには、なりたくない。
立ち上がって、髪の毛とジーンズについた干し草を払い落とす。

No.16

「待て」
おじさんが、くまでを垂直に持ち、声をかける。オレは、ギクッとして、歩きかけた足を止める。
「そいつには、オイルは入ってるのか?」  
「フルで入れてきました」
「いくら満タンで入れて来ても、セント・グレイスまでは遠い。来い、今まで走った分だけ、うちのオイルを入れてやる。その後、とっとと走って行っちまえ」
「ありがとう」オレは、思わず、笑顔になった。正直、オイル代が浮くのは、ありがたい。

No.17

シルバーグレイのあごひげのおじさんは、ディに、たっぷりオイルを入れてくれた。おじさんのオーバーオールのジーンズは、オイルと干し草のにおいがする。
それが終わると、おじさんは、緑色のドラム缶に、ドン!と片手をつき、オレに何か放り投げた。
あわてて、キャッチする。リンゴだ。まだ、すっかり赤くなってないリンゴ。
「子牛のティモシーは、リンゴを食えないからな。おまえにくれてやる。腹のたしには、なるだろう。ーーおまえ、学校には、行ってねえのか?」
「もう、卒業したんです」
「ふん、働かずに、バイクで一人旅か。近頃の若いやつらは、好き勝手なことばかりしやがって。ここらのやつらもそうだ。遊んでばかりいるような男には、ルーシーは簡単に渡せねぇぞ、
さあ、もうおまえに用はない、さっさと行っちまいな!!」

No.18

「はいーー すいません、じゃ、お元気で」
「おまえに、お元気でなんて言われる筋合いはねえ!俺は、まだまだ元気だあ!!」
叫んでいるおじさんに軽く手を上げ、オレは、リンゴをリュックに入れて、ディに飛び乗り、エンジンをかけた。
さわやかな風。曲がりくねった道。
バイバイ、ルーシー、そして、ルーシーのパパ。
ルーシー、君は、今夜、あの小屋の中、一人で夜空の月を眺めるのかい?



ディは、調子がいい。予定より半日早く、湖のほとりに到着できた。
エンジンを切って、ディから降りて、大きな木の幹にもたれかけさせる。まだ熱いボディが、少しずつ冷えていき、砂をかぶったミラーに、湖の水面が、キラキラと反射している。

No.19

ちょっと、ひと休みしよう。ほこりっぽくなった茶色いリュックから、地図を取り出す。ガサガサと広げてみたら、やっぱり、マーキングしていた所よりも、だいぶ遠くまで来ている。
「ディ、おまえのおかげで、予定してたよりだいぶ進んだぞ」
オレの着ているインディゴ・ブルーのシャツが、銀色に輝くディのボディに反射している。
大きな木々に囲まれている湖は、青空を飲み込んだように、深く深く、真っ青(さお)できれいな水面だ。スイッと、魚のような影が、遠くを横切ったような気がする。

No.20

何か、音がした。小鳥の羽ばたき?野良犬の散歩?
そんな音じゃない。何か、呪文のような、、、あやしい響きが、木立(こだち)のすき間から聞こえてくる。
呪文にひきつけられるかのように、オレは、足を進めた。
何か、いる、白いマントをかぶった、、、、へんな男たち、、、、
白魔術?ちょっと違うような気がする。近所のエイミー達がやってたのは、地面に星形の図形を描いて、何か歌を歌うんだ。こいつらは、図形を描いてない。
もっとよく見てみようとして、足を踏み出す。ポキッと、小枝が、割れる音がする。
無言のまま、白マントの1人と、目が合う。オリーブ・グリーンに光る瞳。わりと整った顔た。
こいつ、いくつだ?パパと同じくらいにも見えるけど、、、、

No.21

「おまえは、誰だ?」
鋭い声が響く。白マントの男たちが、一斉にこちらを見る。オレは、背中が凍りつきそうになる。
「、、、、ジョニー。ジョニー・ハドソン」
「この地の者か?」
「いや、ちがいます。イースト・サイドから来たんです」
「おまえは、ここがどこだか、わかっていて足を踏み入れたのか?」
モズの巣のような頭の白マントが、オレをきつくにらむ。
がっしりした体つきなので、なんだかすごい迫力だ。
男たちが、ぞろぞろと、オレに近づき出した。ずんぐりした男、ひょろりと背が高い男、、、、みんな、白マントに身を包んでいるから、なんだか気味が悪い。

No.22

「この地の者ではないだと?」
「では、なぜここに来た」
モズ頭の男が、スッ、と、腕を水平にあげる。「まあ、待て」
「この地を訪れたのも、なんらかの理由があるのだろう。我らは今、神聖な儀式を行っている。この地の者しか、参加できない儀式だ。おまえは、そこから5mほど下がりなさい。それ以上、ここに近づいてはいかん」
「は?」オレは、おそるおそる、3、4歩後ずさる。
「ここで、、、、どんな儀式が、行われるんですか?」
「雨乞いだ」
最初に目が合ったオリーブ・グリーンの瞳の男が、答える。

No.23

「この地には、もう40日以上雨が降っていない。これ以上日照りが続くと、野菜も小麦も、干からびてしまう。そうなると、人々は皆、飢えてしまう。そうならないための、儀式だ」
そういえば、この旅に出発する準備をしてた頃から、イースト・サイドでも、雨は降ってない。雨が降らない日が続くと、パパとママは、ラジオでオールディーズを聴きながら、天気予報をチェックしてたな。
「おまえも、この地のために、一日も早く雨が降るよう祈ってほしい。それが終わったら、すぐに、旅に出発するがいい。まもなく、この地は、雨に包まれるーー 我らの祈りが、天に届いたならば」
「はい」オレは、おそるおそる十字を切る。「早く雨が降りますように、、アーメン」
「待て」

No.24

一人、やせた男が、白マントのフードをかぶって、オレの前に立つ。よく見ると、顔にしわが刻まれたおじいさんだ。
「おまえの旅が無事に終わるように、祈りを捧げよう」
そして、やせたおじいさんは、白マントを引きずるようにして歩き、ディビットの前へ来た。
「どこまで行くんだ?」
「セント・グレイスです」
「セント・グレイスか」
おじいさんは、じっとディビットを見つめた後、ハンドルにゆっくりと手をあてて、つぶやくように祈った。
「嵐からも、風雨からも、どうかこの者たちを守りたまえ、、」
砂ぼこりにまみれたディビットは、苔むした木の根元で、じっと、白マントのおじいさんの祈りを受けていた。
「さあ、行くがいい。儀式は、再びやり直しだ。一刻も早く、この地から立ち去れ」
オリーブ・グリーンの瞳の男が、白マントをひるがえして言った。

No.25

なんだかちょっと芝居がかっている気もするけど、白マントの男たちの威圧感に圧倒されて、オレは、「はい、じゃ、どうも、、失礼します」と、後ずさりしながら、ディに近づいた。
ハンドルを持ち、苔にのめり込んだタイヤを引き上げ、ゆっくりとディを揺り起こす。タイヤがなかなか前に進んで行かない。苔まみれの小石と、ぬかるんだ泥をよけながら、やっと、乾いた赤土の所まで来る。
ふり返ると、男たちが、白いフードをかぶって、じっと、こちらを見つめている。
オレは、とりあえず、笑顔をつくり、急いでエンジンをかけて、前へと進む。やっぱり、はやくこの場から立ち去ったほうがよさそうだ。

No.26

背中にじっとりと汗をかきながら、泥がついたディのタイヤに、なるべく赤い土がつかない道を選んで進む。このへんの土は、パサパサ乾いたのと、ドロドロのやつと、ごちゃ混ぜになってる。
途中、何度かよろけそうになりながら、ディのハンドルにつかまり、体をまっすぐに起こす。やれやれ、ついこのあいだ洗いたてだったリーバイスは、もう泥まみれだ。スニーカーの白い部分なんて、あとかたもない。
ほんとに、雨は降るのかな。あの白マントの儀式で?
空を見上げてみる。白いくもり空。これから雨雲がやってくるのかもしれないし、雲の切れ間からお日さまが顔を出すのかもしれない。
どちらともつかない、すっきりしない雲の群れ。

No.27

ささくれだった木が、目の前に生えている。
ディを引きずりながら、ゆっくりと木の幹に近づき、カサカサした葉っぱをかき分ける。
黄緑色の葉っぱのすき間から、何か動物の気配がする。
リスーー 子リスだ。まん丸い目をした子リスは、オレのことを一瞬じっと見つめ、パッと姿を消した。ガサガサッとした葉っぱの音と、大きなしっぽだけが見え隠れする。
リスってやつは、もっと大きくなかったっけ?町はずれのジェィクが飼ってたリスは、芸ができたんだ。

No.28

まあ、芸っていっても、アーモンドをキャッチしたり、ジェィクの肩にのぼったりする程度だったけど。オレなら、空中を一回転くらいさせてみせるのに。でも、野性のリスは、懐(なつ)かないよなぁ、、
そんな事を考えながら、ささくれた木にそっとディをもたれかけさせて、オレも、ディのメタリックなボディにもたれかかる。
ーーそうだ、リンゴがあった。ルーシーのパパからもらったリンゴ。
腹が減っている事を思い出した。ブランチ・タイムだ。リュックの中の地図をかき分けて、リンゴを取り出し、インディゴ・ブルーのシャツのはしで磨きをかける。サクッと丸かじりしたら、まだ少し酸っぱい。
けど、青リンゴよりは、ましだろう。サクサクッと、芯と種以外、全部丸ごとたいらげる。思った以上に、腹が減ってたんだ。

No.29

もう2、3個はいけそうだ。ふっと、近所のマリアンナが作ってたアップルパイを思い出す。焼きたてのアップルパイ。
あーあ、この場にあったらなあ、丸いシートごとペロリとたいらげることだってできそうだ。
両手を乾いた葉っぱでぬぐって、シャツとジーンズについた泥汚れを払い落とす。ディビットの様子はどうだ。メーターを見ると、オイルは半分よりはまだ多い。
イースト・サイドを完全に抜け出るまでは、もってくれるよなあ、ディ。ウエスト・サイドに突入するまで、せめてセンターポイントまでは、雨からも風からも、逃げ切ってやる。

No.30

相棒のディをじっと見つめてみる。あの白マントのおじいさんのお祈りが効いたのか、ミラーもエンジンも、なめらかなシルバーラインのフルメタルボディも、いつもよりなんだか、輝いて見える。
ちょっとうれしい気持ちになって、黒いシートをポン、とたたき、つま先でタイヤについた泥をこすり落とす。とてもじゃないけど、とれない。
ひょいとかがみ込んで、適当な枝を拾い、タイヤの溝のぬかるんだ泥を、こすって落とす。いつのまにか、鼻歌まじりでタイヤ掃除に熱中している自分に気がつく。

No.31

ディの泥を落として、もう少しきれいになったら、次の町で、シャツと食料を買っておこう。
リュックの内側に、たくさんのコインが入ってる。きれいな水が出る所で寝泊まりしたいけど、コインもドルも限りがあるから、シャワーハウスで我慢しよう。
しばらく走れば、ドライバーのハウスがあったはずだから、シャツのままシャワーを浴びて、着替えて、絞(しぼ)れば大丈夫。生乾きでも、風まかせで、そのうち乾くさ、きっと。

No.32

誰かが歌ってたような60's(シックスティーズ)を、鼻歌まじりのオリジナルナンバーに変えながら、とりとめもなくいろいろな事を考える。
タイヤの泥は、なかなか落ちない。



どうやら、雨には降られなかったみたいだ。目が覚めてみると、あたりはもう、すっかり明るい。今日はどうやら快晴だ。
一日かかって走って、だいぶ遠くまで行けそうだ。
あの白マントの男たちには悪いけど、太陽の光を体中に浴びると、ディの走りも、調子がいいような気がする。

No.33

さあ、ディ、行くぜ、レディ、ゴウ!
キイを差し込み、エンジンをかけ、ディに飛び乗る。うなる排気音。
タイヤが、緑の芝生を巻き込み、フル回転で回り出す。
バイバイ、木かげのブランコ、切り株のベンチ。この公園は、寝心地がよかったよ。たぶん5㎞も走った頃には、ここで小さな子どもたちが、やかましく走りまわってるんだ。
このあたりは、なんて名前の土地だっけ?ウエスト・サイドには入ってるかもしれない。ゴールのセント・グレイスまでは、まだ遠いかな。

No.34

でもいいさ、この道は走り心地がいい。まっすぐ行けば、道は続くはず。つきあたったら、引き返せばいい。
まぶしい日射しの中を、ディはつき進む。うなりをあげる2つのタイヤは、絶好調だ。カーブだって、もうお手のもの。ディのいちばん走りやすい角度っていうのが、ハンドルの先から伝わってくる。
小石のつぶてが、でこぼこ岩に当たって、スパークしている。
おっと、スピードをゆるめなきゃ。ディに傷をつけるわけにはいかない。頑丈そうな岩は、えんえんと右手を塞(ふさ)いでいる。いったいどこまで続くんだよ、この岩たちは?

No.35

やっと岩場を抜け出した。前方には野原が見える。
細いまっすぐな一本道のわきに、赤や黄色の点々が散らばっている。
急に、ディが悲鳴をあげる。野犬の遠吠えみたいな声だ。
「どうしたんだ、ディ、、、、、」
ブレーキをかけようとしたオレは、メーターを見る。針が小刻みに揺れる。あとワンカウント、あとツーカウント、、、、
「止まれ!!」
男の声がした。あとワンカウント、もう少し数えないと止まれない。
「止まれ!!」
オレは、やっとブレーキをかけて、ディをストップさせた。

No.36

もうもうと土けむりが舞い上がる。ディについていたほこりやら泥カスやらスモッグやら、そんなのがいっしょくたにふわふわあたりに漂っていき、足元からパチパチパチ、、、、と、砂つぶが弾(はじ)ける音がする。
おそるおそる後ろをふり返る。けむりの中に、人影が見えた。
ゆっくりと姿を現したのは、一人の男だった。
「なぜ、すぐ止まらなかった?」
男は、オレをじっと見つめている。オレは、まだハンドルから手が離せない。
黒真珠のような、男の深い瞳が、まっすぐにオレを見る。
「なぜ、すぐに止まらなかったかと聞いてるんだ」
男は、二度目の質問をする。
「すいません、、、岩場を抜けてきた後だったんで、こいつの、、バイクの調子が、悪くなったんです」

No.37

カラスみたいに真っ黒い髪を揺らして、男は、ディを眺めまわす。
「あともう少しで、あっちの草垣に突っ込む所でしたね、、すいませんでした、これから気をつけていきます。あの、ここは、あなたの農場なんですか?」
あたりを見回すと、あちこちに、たくさんの作物や花が植えられている。
ワイルドベリー、ひとかたまりのミント、背丈ほどのトウモロコシ、ポテトの白い花、クレマチスの紫。
「いや、、、、 農場じゃない。ただの菜園だ」
「へえ、、、 でも、すごいや。きれいな花も咲いてる。これだけ広いのに、手入れが、よく行き届いてますね」
これは、半分おせじだ。なんとかこの男の機嫌をとって、この場に踏み込んだことを許してもらわなきゃいけない。
オレは、ディからゆっくりと降りて、タイヤの跡を見る。
目が覚めるような鮮やかな緑の草地に、くっきりと、ディが走ってきたタイヤの跡が一筋残り、急ブレーキだった証拠を物語っている。オレは、ちょっとブルーな気持ちになった。

No.38

さっきから、男は、黙って佇(たたず)んでいる。白いシャツに、薄いベージュのズボン。シャツも黒い髪も、静かな風の中に、ゆらゆらなびいている。
「、、、、菜園の、お手入れ中だったんですか?
「そうだ」
「あの、オレ、よかったら、手伝いましょうか?」
「手伝う?」
男は、鋭い視線のまま、少し笑った、ように見えた。
「はい、オレの家、農場なんです。トレーラーは運転できないけど、土を耕したり、水をまくのは、得意ですよ。
バイクのタイヤの跡だけでも、、、直しておきましょうか?」
男の表情は、揺るがない。オレは、なんだか、居心地が悪くなってきた。

No.39

風が、少し強くなった。男の黒い前髪が、顔に落ちかかる。
男は、ゆっくりと前髪をかき分けて、黒真珠の瞳を、こちらへ向ける。
「来い」
くるりと背中を向けた男は、スタスタと歩き出した。
オレは、あわてて、その後につづく。
大きな取っ手のジョウロ。まん丸い植木鉢の中に生い茂る小さな野菊。サクランボをつついている小鳥たち。
次々と、そんな風景が目に飛び込む。
まぶしくなった陽ざしを浴びて、菜園の中の色が明るくなっていく。
ふと、男が立ち止まった。オレも、足を止める。
オレの目の前に、男の白い手が伸びる。
「キィを預かる」
「キィ?」

No.40

「バイクのキィだ。私が動かして他の所へ移す。あんな所に置いておくと、邪魔になる」
オレは、ちょっと表情を引きしめる。家族以外にさわらせた事のない、ディのキィ。もしこの男が、菜園を荒らした腹いせに、キィを返してくれなかったら、どうしよう?
男は、じっとオレを見る。オレは、あきらめて、ポケットのキィを探る。
男の白くて細い手に、カチャリと、ディのキィが渡る。
こんな真っ白い手で、農作業をやってるのか?こいつは、ここの、地主なのかな?
男の後についていくと、青いペンキを塗った小屋があった。

No.41

青色の板の所々(ところどころ)がささくれて、中をのぞくと、赤いスコップがひとそろい置いてある。
ぼんやりと目が慣れてくると、小屋の中へ入った男は、もう手ぎわよくプランターを積み重ねていた。オレは、あわてて、足元の小さなプランターを取って、男に渡す。
しっかりしたロープのはしご。学校にあるような、モスグリーンの椅子。そんな物を眺(なが)めていると、男が声をかけてきた。
「おまえは、レンガは、直せるか?」
「レンガ、、、、? タイルなら、張った事があります」
「タイルと同じだ。これを使って、レンガの穴をふさげ」
男は、緑色の小さなバケツと、ヘラを1つ差し出す。

No.42

言われるままに、バケツの取っ手を手に取り、ヘラで中身をかき回す。
砂利(じゃり)石色の、どろりとした固まりが、かき回したヘラの先端をつたって、ループ状に緑色のバケツへと落ちていく。これで、レンガをふさぐのか?
パッと顔を上げると、男はすでに歩き出し、小屋の入口までさしかかっていた。ロープやらスコップやらをよけながら、オレも後をつづく。
「あの、ミスター、、、、」
「ロイだ」
「ミスター・ロイ、どこのレンガをふさぐんですか?」
「こっちだ」
ミスター・ロイは、スタスタと茶色い土の上を歩く。こげ茶色のスニーカーが、土ぼこりをまき散らしていく。オレも、遅れないよう、急いでついていく。

No.43

やがて、石段の上に着いた。くすんだ土色のレンガが周りに広がる。
石の階段の一つ一つを降りていくと、様々な色の野草の群れが、そよ風になびいている。
野草のすき間から、グラジオラス、ラベンダー、シオン、カーネーション、、、、 あと、名前がわからない草花が、赤や紫や白、そんなたくさんの色をつけて、気持ちよさそうに、太陽に照らされている。

No.44

「そこのレンガのすき間、それだ。そこを、ふさいでくれ」
「わかりました。 、、、、ここ、ちょっと表面がでこぼこして、そろってないですけど、、、、 」
「それは、自分で考えろ。とにかく、きれいに直してしまえ。
日没までに終わらないと、このキィは渡さない」
カチャリと、音がした。ディのキィが、ミスター・ロイの腰のベルトに吊り下げられる。他にも、キラリと、何本かのキィが、見え隠れする。
ーーーここには、他にも、倉庫や納屋があるんだろうか。
ぼんやりと考えながら、オレは、緑色のバケツを持って、トン、と、ジャンプして石段を下りる。

No.45

不ぞろいに並んでいるレンガの一つ一つに、細(こま)かいヒビが入って、土の跡がザラザラしている。
どうふさいだら、もっときれいになるんだろう? とりあえず、ヘラを手に取る。
悩んだってしょうがない。ミスター・ロイに怒られたら、それはそれだ。
日射しが、まぶしくなってくる。クラシックナンバーを口笛で吹く。
インディゴ・ブルーのシャツに、泥がくっ付く。太陽に向けた背中が、ジリジリと暑い。ヒビが、一つ埋まる。今、何時だろう?
熱くて、体から、水蒸気が立ちのぼりそうだ。
あの太陽が傾く前に、このヒビを全部ふさぐんだ。
髪の毛の間から、汗が、ほほをつたって、流れ落ちていく。



「終わったか」
ミスター・ロイに声をかけられ、ふっと気がつくと、オレの周りが、ゆっくりと淡いオレンジ色の夕暮れに差しかかっている。

No.46

「、、、、だいぶ、仕上がりに近づいてます」
ミスター・ロイは、黒いビーチサンダルで石段に近づき、コツンと、レンガをけった。
「まあ、このくらいでいいさ。来い」
キィを、返してくれるのかな。ああ、オレの手は、真っ黒だ。
ジーンズの土ぼこりをはたいて落とし、バケツにヘラを入れて、ロイの後をついていく。

No.47

ミスター・ロイの腰には、もう、キィの束はついてない。
ベージュ色のゆるやかなズボンをなびかせて、スタスタと、前を歩いている。
野草が、ゆらゆらと、風に揺れている。
ミスター・ロイに言われるまま、ホースの水で手を洗い、バケツを小屋に戻し、着いたのは、石造りのバルコニーだった。
薄ぼんやりとしている夕暮れの中で、ロイは、ガタンと、テーブルから椅子をひいた。
「座らないか」
目が夕闇に慣れてきて、ロイの黒い髪が風に揺れるのが見えてくる。

No.48

また、言われるままに、オレは椅子に腰を下ろした。まだあたたかい木目のすき間から、太陽のぬくもりが伝わってくる。
「ペリエをやろう」
「はい」
ロイは、ペリエ水と一緒に、重ねたトーストを持ってきた。
レタスに、ベーコン、トマト、無造作に重ねられた中味が、トーストの間からこぼれ落ちそうだ。
「レンガを直してくれたお礼だ」
そう言ってロイは、テーブルの上のガラスの器に入っている溶けかかったキャンドルを、灰色のバケツの中に放り投げ、新しいキャンドルに火をつけた。
あたりが少しずつ明るくなり、夕闇の暗さの中で、小さな炎が、ゆらゆらと輝きだす。

No.49

ミスター・ロイの瞳が、揺れるキャンドルの炎の中で、少しだけ明るく見えた。
「いただきます」
ミスター・ロイは、しばらく椅子に座って足を組み、じっと、オレがトーストを食べる様子を見ていたが、やがてペリエ水を一口飲み、自分も一緒に食べ始めた。
「この野菜は、私が育てたんだ」
「へえ、うまいですね。うちの農場でも、レタスを作ってますよ。そろそろ出荷の時期です」
ミスター・ロイは、トーストをかじりながら、少し微笑んだように見えた。
「あの、ミスター・ロイ」
「何だ」
「あなたは、ここに一人で住んでるんですか?」
「そうだ」

No.50

「へえ、いいですね。一人で暮らすって、気楽でしょうね。うちは、兄貴と妹がいるから、うるさくって。二人とも、ダンスナンバーが大好きで、ボリュームをガンガン上げて踊るんです。オレは、はやくあのうちを出て、静かに暮らしたいって、いつも思ってるんです」
オレが話しているうちに、ミスター・ロイはトーストを食べ終えて、椅子の背にもたれ、シャツのポケットからタバコを取り出した。
「ここはーー 静かで、いい場所だ。ずっと昔は、開拓民が住んでいたらしい。このバルコニーは、私が修繕した」
涼しい夜風が吹き過ぎていく。キャンドルの炎がゆらりと横に揺れ、また再び炎を燃やし始める。
「ほかの家族は?もともとは、どちらに住んでたんですか?」
「ノース・サイド」
「ノース・サイドかあ。海が見える所ですか?オレ、海が見える所に住むのが、夢なんです」
ミスター・ロイは、ゆっくりと、タバコの煙を吐いた。野草がそよぐ暗い闇の中を、じっと見つめている。

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