【掌編】校舎の窓

レス1 HIT数 728 あ+ あ-


2021/08/20 21:13(更新日時)

進学校の
この教室で行われてきた何回という
何十回という席替えの連続を常に同じ側の壁から
窓ガラスたちは見つめてきたのだ。
いつでも同じアルミサッシの中におさまり続ける彼らにとってそれが
どの程度苦しい光景であったかしれないがその見返りに、
彼らの背中にはかならず空が広がっている、
いや、
背中という表現が正しいのかあるいは
いつでもこっちを向いていてほしい人間の思い上がりかこれは。
いずれにしても
校舎の窓たちの目がどちら側についていようとも彼らの
その透明な体を突き抜け彼らの視界はたくさんの机と
たくさんの雲に向かって開けているに違いない。


どんな生徒たちよりも美しい横一列を周辺の家々に向かって
披露し続ける校舎の窓を日の出のわざとらしい橙色が染めるとき
彼らはまた目を開ける、
遠くで車の音がしてスーツまたはそうでない男たち女たちの足が
何十本も動くのを見ているその間に
もっとも熱心な学生の重いカバンが彼らのすぐ下に近づいてくる、
彼らのもう一つの視界、例えば2年3組であるところの
部屋に並ぶ少年たちの顔。
「Xについての整式PがX-aを因数に持つときP(a)=0」
文章を追う耳があり教師のチョークに汚れた袖口を見つめる目があり
彼らのほうへはるか成層圏をのぞむかのような眼差しを送る者がいて
校舎の外にはしかし広い広い運動場と桜の木々が
はにかんだ笑顔のような鈍い空気を纏って大気の底に沈んでいるばかりだ。

校舎の窓の見る風景は転変するあまりにも小刻みに、
気温の変化は少しずつ彼らを取り囲むアルミサッシを膨張させ
彼らをわずかに圧迫する、圧迫されながら窓たちは見る、
ありとあらゆる建造物に彼らの同胞がはめ込まれ、その向こうに
生きている肉体の形態が展示されているのを見る。
そしてその隙間に広がる道路や路地を上からのぞき込む。
ブロック塀の間を通り過ぎる猫の後ろに
潰れたコカコーラの缶が転がっていて
その周りを名前も知らない雑草が包む
県道につながる通りに
誰かの靴底がはがれたまま取り残されている
端の溝にはどこかから流れてくる水が一定の速度を保ち
張り付く苔や藻を潤す。
動けない彼らにとってこの数えきれないほどの
数えるまでもないほどの些細な変化が、彼らが知覚できるすべてのものであり
彼らが知っているすべてのことである。

教室からいっさいの体温が消えるころ
校舎の窓はまたあのわざとらしい太陽の色を浴びる、
もうすぐ目を閉じるときがやってくる、
街の光はどうしても彼らのもとには届き得ない。
太陽がどれだけ遠くにあるか彼らは永遠に知ることができないし、
知っても彼らにはどうしようもない、
彼らは無機物で
このように独白する術を持ち合わせていないのだ。











No.3356052 (スレ作成日時)

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No.1

過去作品の「燃えゆく蝉」では風景を登場人物のように扱うことで
風景の表現に対して自分の感じていた課題を
少し解消できた感じがした。
そのまま今度は
風景だけが登場する文章をものしてみようと考えました。
そのために主人公はモノになってしまいました。
彼らは人間ではないので物語を持ちません。

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