【掌編】牛乳石鹸

レス4 HIT数 683 あ+ あ-


2021/08/20 07:17(更新日時)

〈商品入れ替えのため半額とさせていただきます〉
見切り品の棚
つまみを買いに入ったドラッグストアで
賞味期限間近のビーフジャーキーの奥に、それはあった。
俺はその赤い箱を手に取ってじっと見つめた。
持ち重りのする心地よい手ごたえ。
どこか遠くを見つめ続ける牛の絵。
牛乳石鹸。
牛乳石鹼か、
俺はそのひと箱をかごに入れた。
なに、今日の肴にするのだ。
「牛乳石鹼、よい石鹸。」

家に帰り
冷やしておいたグラスにビールを注ぐ。
洗い物が面倒だ
ビーフジャーキーの器はティッシュでいい、
だがこっちはそういうわけにいかない。
俺は家で一番きれいな皿を取ってくる。
牛乳石鹼の箱を開け、
薄い包装を破いて
出てきた真っ白な塊を皿にのせた。
飯を乗せる皿にたたずむ牛乳石鹼。
見つめながら
俺はグラスに口をつける。
「牛乳石鹼、よい石鹼。」

子供のころ、家ではこれを使っていた。
そのうち俺が色気づいて
ボディソープやらなんやら
いろいろと買うようになった。
だから
次にこの石鹸を手に取ったのは
俺に娘ができた時だった。
この子を洗うときは、
安くて安全そうなのがいい、
調べても、いまいちピンとこない。
見慣れた箱に自然と手が伸びた。

最初はたまにだけ使った。
子供の体ってずいぶんかゆそうだ。
首の裏なんかを
よく泡立ててから、なでるように洗う。
集中すると風呂場が静かになって
俺の手と娘の声だけが響く浴室になる。
「あばばば。ばーうーあう。」
「おう。気持ちいいんか?」
本当に永遠みたいな時間は
しかしすぐに過ぎ去って、
自分で風呂に入れるようになる。
「ぱぱこれなに? ぶたにく?」
(こいつ、ラードのこと言ってんのかな……)
「ちがう。それはせっけん。」
「たべる?」
「たべない。それで体を洗うんだ。ほれ。来い。」
どんどん長くなってゆく手足。
それでもまだ、俺の手のひらより細い。
「あわあわ。」
「そう。あわあわ。」
あの細い腕にも力がみなぎって、
そして、一人で入る日々がやってくる。
「お父さん!」
浴室から声がする。
「何?」
「私からだ洗ったのかなあ?」
「知らねーよ」
そのころには浴室に
俺の知らない名前のボディソープが
並んでいたりしたのだ。
浴室から石鹸は消えた。

今日買った石鹸で
俺は久々に石鹼で体を洗った。

娘はお母さんのほうを選んだ。
いまごろは高校生ぐらいか。

娘は今どんなに強い体を持っているのだろう。

彼女はいまどんなに美しい肌でいるだろう。

牛乳石鹼から彼女はいま、どれだけ遠くにいるのだろう――



「牛乳石鹼、よい石鹸。」

俺は浴室で歌った。

「牛乳石鹼、よい石鹸。」

その先の歌詞は知らない。

「牛乳石鹼、よい石鹸。」

俺はいつまでも歌っていた。

「牛乳石鹼、よい石鹸。」

「牛乳石鹼、よい石鹸。」









No.3355314 (スレ作成日時)

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No.4

>> 3 返信ありがとうございます。
我が家ではずっと使っております。
この文を発表するにあたって牛乳石鹼の知名度は非常に心配だったのですが、まあ、特殊な一例ということで、ご容赦ください。

過去作品では10代がおばさんになったりJKになったり十円玉になったりしてます。

No.3

10代がおっさんになって書いてるの?

牛乳石鹸の思い出が無いアラフォーなのだけど、(子供の頃は既にボディソープでした)どこかの世代には強い思い出があるのかしら。

No.2

本文最終行に
「了」
の字をつけるのを忘れていましたが、
これで完結しています。

No.1

普通にいい話を書こう、と思いました。
僕もいつか「俺」みたいになるのでしょうか。

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