あいたい

レス106 HIT数 21779 あ+ あ-


2014/05/05 21:33(更新日時)

自分の眼に映ったものが信じられなくて、俺は眼を三回眼をこすった

それでも彼女はいた

俺が一番愛した女だ

最後に会ったのは何年前だろう

すぐには計算できなかった

そのぐらい、彼女は昔と変わっていないように見えた

14/04/21 17:34 追記
書き散らしてる感じで、伏線もグダグダ、誤字脱字も後から気が付く有様です。
まぁ登場人物の性格もいい加減な性格なので(笑)
あまり細かい所はお気になさらず、楽しんで読んでもらえると嬉しいですm(_ _)m

14/04/23 11:47 追記
感想スレ
http://mikle.jp/viewthread/2086854/
よろしくお願いします

No.2084764 (スレ作成日時)

新しいレスの受付は終了しました

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.51

電車で移動し、言われた駅で降りると、ゆきが言ったコーヒーショップはすぐに見つかった。

店内を見回すと、奥の方のカウンター席でゆきがすぐに気付いて手を挙げてくれた。
「どうせまだタバコ吸ってるんでしょ?喫煙席にしておいた」
俺が隣に座るとゆきはそう言って笑った。
「うん、止められない」
俺は注文したコーヒーを置いてから、灰皿を取ってきて、ゆきと並んで座った。

「この間、びっくりした」
ゆきはまだ中身が半分以上残っているカップを弄びながら言った。
「俺も驚いたよ。あんなところでゆきに会うと思ってなかったから」
「そうだね。特に何があるって場所じゃないもんね」

「15年ぶりか」
俺はタバコに火を点けた。
「そうだね。最後に会ったのは私が大学を卒業する年だったから」
「全然変わらないから、驚いたよ」
ゆきは薄い黄色の半袖カーディガンに細いジーンズという格好だった。
「もうオバチャンだよ。でも、すぐに気がついてくれたから、満更嘘でもない?」
「うん、すぐにゆきだって気がついた」
俺はそう言いながら、ゆきの左手に目をやった。薬指に指輪はなかった。代わりに右手の中指にファッションリングが見えた。
「松井さん、今日はお休み?奥さんは?」
ゆきはさらっと核心をついてきた。
「残念ながら、ずっといない」
「あの時の彼女と結婚したんだと思ったのに」
「うーん、あの後、1年くらい付き合ってたけど、まぁ色々あって」
「ふーん」
ゆきの表情からは、このことについてどう考えているかは読み取れなかった。
「ゆきは?結婚したんだろ?」
そう聞くと、ゆきは両手を交差して見せた。
「へへ、バツついちゃった」

No.52

「バツイチか」

ゆきがさらっと笑って言うので、俺もあまり深刻にならずに話が聞けた。

ゆきは就職して半年後に取引先の商社マンと付き合うようになって、24歳で結婚した。25歳で子どもを産んで、35歳で離婚。
離婚してすぐに、今の不動産会社に就職したらしい。

「何言っても悪口になるから、離婚の理由は内緒~」

ゆきはそう言った。

子どもは1人で男の子。ゆきが育てていて、今は中学1年生だという。
「昴っていうの。今年から中学生。バスケ部に入ったの」
「ゆきがお母さんか。すごいな」
「堪え性なくて離婚しちゃったからね、ダメ母だと思う」
その言葉からは離婚の理由までは想像できなかった。
「子どもがいるから、夕方までなんだね」
「うん。ゴハン作らないといけないから。部活して、お腹すいた!って帰ってくる」
「想像つかないな」
「なにが?」
「ゆきが母親してるところ」
あらためて見ても、ゆきはこの間思ったように、37歳には見えなかった。
昔と同じように、相変わらずほっそりしていたし、顔にもシワなんか見えなかった。
「ちゃんと仕事して家事してるよ」
「そういう意味じゃなくて、まだ独身みたいに見えるから」
「相変わらず、口がうまいのね」
ゆきは嫌味っぽくない口調で、嫌なことを言った。
「松井さん、変わってないね。年とってないみたい」
「俺は身軽だから」

No.53

ゆきはバッグからスマホを取り出して時間を見た。
「そろそろ帰らなくっちゃ」
「メアド、教えて」
俺がそう言うと、ゆきはレシートの裏にメールアドレスを書いてくれた。
「subaru~@~」と、子どもの名前と数字を組み合わせたアドレスだった。

「また、会える?」
「うん。時間とれたら」

ゆきが立ち上がったので、俺も一緒に立った。

なんとなく連れ立って駅に行き、同じ電車に乗った。

混んでいるというほどではなかったが、座席は空いていなかったので、ゆきと並んでドアの前に立った。

ゆきは窓から外を眺め、俺の視線に気付くと目を細めて笑顔を返してくれた。

2駅先がゆきの最寄駅だった。

「じゃあ、メールするから」
「うん」
ゆきは軽く手を振って電車を降りると、すぐには階段へ向かわずに、俺を見送るようにホームに立った。

シュー

駅員のアナウンスの後で笛とドアの閉まる音がして、俺とゆきの間でドアが閉まった。

ゆきは手を胸の辺りで小さく手を振り、口がゆっくりと動いているのが見えた。

でも電車が動き出し、ホームに立ったゆきは、すぐに俺から見えなくなった。



  ず っ と あ い た か っ た


俺にはゆきがそう言っているように見えた。

No.54

☆☆☆☆☆

今日は会社が休みで、いつものように昴を学校に送り出した後は、洗濯し、仕事の日より丁寧に掃除をし、布団を干した。

夕べの残り物でお昼ご飯を済ませ、コーヒーを飲みながら、テーブルの上に置いてあった財布を手に取った。
財布を開けると、クレジットカードの後ろに、1枚名刺が入っている。

松井さんの名刺だ。

名刺を裏に返すと、携帯電話の番号が書かれている。

先週の金曜日に偶然松井さんに再会してから、何度もこの名刺を出しては、自分のスマホを手に取るのだけど、なかなか電話をかけることができないでいた。

15年前、最後に松井さんと過ごした夜。
私は自分から松井さんに抱かれに行ったことで、松井さんへの気持ちを封印することができた。

私は松井さんとは付き合えない運命だったんだな、と思う。

でも、付き合えなかったからこそ、思いが残った。

だって、付き合っていなかったから、喧嘩したり、相手に不満を持ったりすることもなかった。付き合ってないから、別れる、ということもなかった。
だから、好きだという気持ちだけが、消化されないまま、私のどこかに残った。

でも、私は松井さんと付き合わなくて良かったような気もしていた。

「松井さんは、女に甘いから…」

私は一人苦笑いした。

もし、松井さんが私の恋人だったら、甘やかされて甘やかされて、若い頃の私は、ダメな女になっていたような気もする。

私は大学卒業後に就職して、金属製品のメーカーで営業アシスタントをしていた。
社会人の生活は、ぬるま湯だった学生生活や楽しいばかりだったアルバイトに比べれば厳しかったけど、それなりに楽しかった。
上司や先輩にも恵まれて、入社半年後には他社との共同プロジェクトチームにも入れてもらえた。
まぁ、雑用係が必要だっただけなのだけど。

その時に知り合ったのが、共同プロジェクトに参加していた商社にいた和樹だった。

和樹は私の5歳上で、今で言うところの肉食系の商社マンだった。
仕事もバリバリしながら多趣味で、友達も多かった。

私にも積極的だった。
初めて食事に誘われてから付き合うまでは半月。プロポーズされたのは付き合って半年後。

あれよあれよという間に、私は24歳で和樹の妻になった。

No.55

私は和樹が好きだった。

結婚相手としての条件が申し分ないということよりも、私を好きだと言ってくれる和樹が好きだった。

和樹はまっすぐな性分で、駆け引きも必要な商社の中では珍しく、誠実さが信用される仕事をする人だった。

結婚して数か月後には私は妊娠し、出産前に仕事も辞め、昴が生まれて3人家族になった。
和樹は仕事が忙しくて、なかなか家族サービスに手は回らなかったけど、家にいる時は昴のオムツも替えてくれたし、お風呂も入れてくれた。年に一度は旅行にも行った。
和樹の実家は仙台だったけど、たまに会う和樹の両親も優しかった。

絵に描いたような、幸せな結婚生活だった。

それが狂ったきっかけは、昴の怪我と、和樹の転勤だった。

昴は小学校4年生の時、運動会の練習中に腕を骨折した。
幸い利き手ではなかったし、後遺症が残るような怪我ではなかったが、完治までは何回か手術とリハビリが必要だった。

間の悪いことに、和樹には出向で仙台へ転勤するという話があり、当初は家族で仙台へ行く予定だったのに、昴の治療スケジュールを考え、和樹が単身赴任することになったのだ。

仙台なら行き来がそれほど大変という距離でもないし、私も和樹もあまり深く考えずに単身赴任を決めた。

仙台での生活が落ち着いた頃は、毎週末のように帰って来ていた和樹が、段々仕事を口実に帰って来なくなった。

電話も滅多にして来なくなった。

とてもわかりやすい流れで、和樹は仙台で恋人を作っていた。

そのことを情報通の和樹の同僚の奥さんから聞いた時には、既に予想していたことだったけど、あまりの分かり易い和樹の行動に、私はつい声を立てて笑ってしまった。

良くも悪くも肉食系の和樹。
嘘のつけない不器用な和樹。
情の深い和樹。

私は悟った。
あぁ、私は捨てられるんだな、と。

大学では法律もかじった。同級生には弁護士になった子もいる。
いくらでも制裁はできたけど、私はしなかった。

ただ、こんなに簡単に捨てられてしまう妻だった、こんなに簡単に壊れてしまう家庭だった、それがただ悲しかった。

こんなに簡単に壊れてしまうものを、私はなんて必死に守ろうとしていたのかと。

No.56

私が離婚という荒波を乗り越えられたのは、昴がいたからだ。

我ながらお人好しだなと思うけど、和樹からも相手の女からも慰謝料は取らなかった。

その代わり、財産分与はきっちりしたし、昴の親権も取った。昴の養育費は一括で払ってもらった。

落ち込まなかったといえば嘘になる。
でも、修復不可能になった夫婦関係にズルズル拘るのはイヤだった。
私は私を好きだと言ってくれる和樹が好きだったから、他の女に向いてしまった和樹への愛情を冷ますのも、それほど難しくはなかった。

昴さえ、ちゃんと育てられればいい。

公正証書を作り、離婚届に判を押した。

離婚届を持ってきた和樹は、私の前で泣いた。
申し訳ないことに、私はそんな和樹を見ても、すでに何の感情も湧かなかった。

「さようなら。お幸せに」

嫌味のつもりではなく、そう言ったのだけど、その言葉で和樹は号泣したので、なんだか私が和樹をいじめているような気にさせられた。

まぁ、振られることには慣れてるから。

適当な付き合いを色んな男の子と繰り返した学生時代。
あれも役に立ったのかもしれない。
一番好きだった人とは付き合えなかったし。

とりあえず、家庭を持ったのに、家族を命懸けで守ろうとしなかった男に用はない。

大事な昴は、私が命懸けで育てるから。

私は泣き続ける和樹を無視して、一人で役所に行き、離婚届を提出した。

No.57

離婚した後、大学時代の友達が紹介してくれた不動産会社に就職し、私は昴と2人で暮らしている。

離婚前は昴を私立中学に進学させようと考えて、その準備もしていたし、和樹から塾の費用も学費も援助すると申し出があったけど、断った。
当てにならない人間は当てにしない。
離婚する時、和樹は昴との定期的な面会を望んだが、昴自身が拒否した。
私は別に父親の存在まで否定するつもりはなかったけど、昴がイヤだと言うのだから仕方がない。
武士の情けで、公正証書には和樹と昴の両方が希望したら面会すると入れておいた。

一時期は昴もさすがに精神的に不安定になった時期もあったけど、私の実家のフォローもあって、今は元気に過ごしてくれている。

私はといえば、専業主婦だった毎日から、9時半から5時半まで不動産屋の事務員として働く生活になった。
事務員でも手当がつくと聞いて、独学で宅建もとった。

離婚して3年目になったけど、私がバツイチと知ると、誘いをかけてくる人もいた。
昴を置いていくわけにはいかないし、その度に断った。
まぁ、昴を実家に預けてまで付き合いたい相手がいなかったのもあるけど。

昴と2人の生活は、忙しいけど、楽しい。
贅沢しなければ、普通に暮らせるし、なにより気楽だった。

そんな日々に、突然松井さんが再び現れるなんて、思ってもみなかった。

好きだったまま、会えなくなった人。

キスもしたし、セックスもしたけど、とうとう最後まで好きだと言えなかったし、言われなかった恋。

15年前を最後に、もう二度と会えないと思っていたのに。

私は就職した時に連絡を絶ったし、しばらく経ってからバイト時代の仲間に、松井さんが転勤になったとも聞いていた。
さらに私は結婚して実家から離れた街に移り住んだ。

ずっと、松井さんは例の彼女と結婚したんだろうと思っていた。

今暮らしているこの街も、勤め先の不動産会社も、バイトをしていた上野とも、松井さんが住んでいた街とも、私の実家とも、あまり縁がない街なのに。

どうして今、松井さんと再会しちゃうんだろう。

離婚していなければ、素直に懐かしさを感じて、昔の大事な思い出の人と会えた驚きだけで済んだはずなのに。

No.58

松井さんは、初めてデートに誘ってきた時と同じように、私に電話番号を渡して「電話して」と言った。

松井さんは、15年前と変わっていないように見えた。
結婚していると思い込んでいたけど、聞いたわけじゃないから、それも分からない。

電話すれば、きっと会って話ができるんだろう。

でも、なんだか怖かった。

もし、松井さんが結婚していたら、また15年前と同じように苦しむのかもしれない。

結婚していなかったら…?

それでも、昔と同じじゃない。

私は結婚して、子どもを産んで、離婚した。

15年前、ただ可愛い女の子になることを考えていれば良かった頃とは違う。
37歳。もう中年だし。

そんなことを考えながら、私は自分で気がついた。

松井さんに会いたいから、こんなに色々考えているということに。
会いたいから、迷っている。

そう。
15年前のあの日。
私は自分の意思で松井さんに抱かれることで、松井さんへの気持ちを封じ込めた。

それは上手く行ったように思たけど、消し去ってしまうことはできなかった。

和樹のことは好きだった。
何もなければ、今でも和樹は私の自慢の旦那さまだったろう。
結婚した後に、他の人に好意を持ったことなんか一度もなかった。

だけど、信頼している友達との飲み会でちょっと際どい話をすれば、決まって独身時代の恋バナが始まって、一番好きだったのは誰?と聞かれたら、私は松井さんと言った。

もう会えない人だから、安心して言えた。

でも、再会してしまった。

もう、傷付きたくない。

でも、会いたい。

私はすっかり冷めたコーヒーを口に含んで飲み下した。

こんな風に悩んだ時、私がすることは決まっていた。

とりあえず、行動する。

何もしないで後悔するより、とりあえず行動して、そこからまた考える。

それで若い頃に何度も失敗したんだけど。

そういう性分だから、仕方ない。

私はスマホを手に取ると、松井さんに電話をかけた。

No.59

松井さんはお休みだったらしく、会おうと言ってくれた。
私の最寄り駅から2駅離れた場所で会うことにしたのは、一応人目を気にしたから。
昴の同級生の親に、男性と2人でいるところを見られたら、面白おかしく噂されちゃうし。
シングルマザーはそういう所に気を使わなくちゃいけないのが少し面倒。

コーヒーショップに着くと、10分くらいで松井さんが来た。

不思議な気持ちだった。

15年前には、松井さんと会う時は、いつもドキドキしていた。
初めてデートした後も、体の関係を持った後も、その時その時で色んな想いが私を揺らした。

今、松井さんと並んで座って感じたのは、懐かしさだった。

でもそれは久しぶりに同窓会に行った時とも違う。
可愛がってくれる遠くに住む親戚と会った時とも違う。

会ったらいけなかったのかな。

でも、会いに来てしまった。

だって、松井さんは昔とちっとも変わっていなかったから。

松井さんはずっと独身だと言った。
松井さんらしいと思った。

松井さんは私も変わっていないと言ってくれたけど、色んなことがあって、昔とは変わったこともたくさんある。
松井さんは、どう思ったんだろう…

夕方近くなって、松井さんと一緒にコーヒーショップから出た。
方向が同じだったから、同じ電車に乗った。

私の最寄駅で降りる時に松井さんが、メールするからと言った。

また、会えるんだ…

電車のドアが閉まった。

私の方を見ている松井さんに軽く手を振りながら、私は周囲に聞こえないようにつぶやいた。

ずっと会いたかった

昔も今も、それだけが変わっていなかった。

No.60

☆☆☆☆☆

俺がこの歳まで独身だったのは、ひとえに俺の性格がいい加減だからだろう。

昔付き合っていた由香里と別れたのは、由香里に他の男ができたからだ。
スナックの客だった。
そいつはすごく真面目な男で、お世辞にももてそうなタイプではなかったが、とにかく由香里に惚れていた。
俺は俺で、由香里と別れようとは思っていなかったが、妊娠と中絶のことがあってから後は、俺から結婚しようとは言わなかったし、由香里も同じだった。

由香里はその男にプロポーズされたと俺に言った。
俺は、どう考えても俺よりそいつの方が由香里を幸せにしてやれそうだと思ったから、
「由香里がいいなら、結婚するのも悪くないんじゃないか?」
と言った。
由香里は一瞬悲しそうな顔をしたが、その日以来、連絡が来なくなった。

由香里と別れた後、女がいなかったわけじゃない。
パチンコ屋のアルバイトの女の子とセフレみたいな関係になったこともあるし、一時期気まぐれで通ったスポーツクラブで知り合った女と2年くらい付き合ったこともある。

俺は女に本気になれなかった。
由香里には入籍しようと言ったが、あれは由香里が妊娠したからだったし、その後に付き合った何人かの女とは結婚するまで考えなかったし、多分向こうも俺のいい加減さが分っていて、本気で惚れたりはしなかったんだろう。

ゆき

ゆきは本当に可愛い女だった。
15年前のあの日、会いたかったと言ってくれた。

でも、俺はゆきに好きだと言えなかった。
ゆきも、由香里と付き合っている俺には好きだと言わなかった。

それでも、今までで一番愛した女だったんだろうなと思う。

ゆきも、あの時は俺を好きでいてくれたんだろう。

初めて会った時、ゆきには彼氏がいて、ゆきの気持ちが俺に向いた時には俺には由香里がいた。

じゃあ、今は。

この間会った時、ゆきはバツイチだと言った。

別れ際のゆきが「ずっと会いたかった」と言っていたように見えたのは、俺の願望なのか。

そんなこと、聞けないよな。

俺は自分のメアドを知らせるために、当たり障りない文面で、ゆきにメールを送った。

No.61

時々ゆきとメールをやり取りするようになった。

特に用事があるわけじゃないから、俺からは「元気?」と送る。
少し時間を空けて、ゆきは「元気だよ」と返してくる。
本当は声を聞きたいと思ったが、ゆきは家で1人じゃないし、色々と忙しいだろうと思って、電話はかけなかった。

ゆきからもメールが来た。
よく来たのは写メだった。
お客さんが連れてきたトイプードルが可愛かった。
今日食べたアイスが美味しかった。
お使いの途中で街中では珍しい野鳥を見た。
律儀に写真を撮っては送ってきた。

2、3回短い文面で往復することが多かったが、最後のメールで「おやすみなさい」とやり取りするのが、なんとなく嬉しかった。

これじゃ、昔の人間の文通みたいだな。
あ、現代ではメル友か。

俺はそう思いながら苦笑いするしかなかった。

昔のように気軽に飲みにも誘えない。

ゆきの定休は水曜日で、土曜か日曜のどちらかが休みだという。
俺は火水か水木の休みが多く、土日はほぼ休めない。忙しいと休みがずれていく。

マンション屋だしな…

俺が今の仕事をしていることに、特に意味はない。
別にパチンコ屋の社員のままでも良かった。
ただ、俺はなぜか宅建を持っていた。大学に通っている頃、なんとなく取った資格だ。
それを知っている大学時代の友達から、今の会社を紹介された。その友達の会社は中堅のデベロッパーで、関連会社ができるから、人手が欲しかったらしい。
未経験で大学も中退だったけど、その友達のコネと更新もしていなかった資格のお陰で、すんなり転職できそうだった。
まぁ、ここらで違う仕事をしてみてもいいか、というくらいの気持ちだった。

案外向いていたようで、営業成績も悪くない。
給料もそこそこ良くなったが、養う家族もいないから、まぁほどほどに生きていければいいかという感じだ。

ただ、今の仕事をしていなかったら、あの日ゆきと再会した街に行くこともなかったはずだ。

メールばかりで、なかなかデートにも誘えないが。

お互い独身なのに、思うように動けない。

若い頃のようには走れない、ということなのかもしれない。

No.62

>>マグロ丼を食べました

ある晩、ゆきからそんなメールが来た。
いつものように写真付きだった。

>>美味しかった?

>>うん。昴が友達と水族館でマグロを見たって言うから、ついマグロ買っちゃったの

>>ああ、葛西だっけ?行ったことないな

>>楽しいよ

>>一緒に行こうか?

>>いいよ

1行メールのやり取りで、次の水曜に俺の仕事がなければ葛西臨海水族園へ行くことになった。

「デートだな」

俺はメール画面を閉じて、つい笑ってしまった。
いい歳して、デートを楽しみにしている自分がおかしかったからだ。

平日だし、夜までは一緒にいられないだろう。
午前中に集合して、夕方解散。
今時、中学生のカップルでももっと長く一緒にいるだろう。

それでも2人で会えるのが楽しみだった。

No.63

葛西へは俺の車で行こうと誘った。迎えに行くとメールしたら、近所の目があるから、俺の最寄り駅まで行くと返事が来た。
単にこの辺から葛西までは、電車の乗り継ぎが多くて面倒だから車と言ったのだけど、シングルマザーの事情もなかなか大変らしい。

約束の当日、幸い俺は無事に休みが取れた。
10時の約束だったから、10分前には約束した俺の最寄り駅のロータリーでゆきを待った。
高架のホームに前後して上りと下りの電車が入るのが見えた。
出口から乗客が出てきて、その中にゆきがいるのが見えた。

白いセダンだと言っておいたので、ゆきは軽く見回して窓から合図した俺にすぐ気付いてくれた。

ゆきは白いカットソーにカーゴパンツという服装だった。

「やっぱりゆきは若いな」

車を発進させながら言うと、ゆきはくすくす笑った。

「このカーゴパンツ、息子と共有なの」
「体型似てるの?」
「うん。身長抜かれちゃったけど、細い子だから」

首都高と湾岸の渋滞は予想よりもひどくなく、1時間ちょっとで葛西まで行くことが出来た。
車の中では、最近の業界の話で盛り上がり、色気のない内容に俺はちょっと後悔した。

少し早かったが、目に付いたファミレスで昼食をとってから、葛西臨海公園へ向かった。

天気のいい日だった。
海のそばなので、時折風が吹くのが気持ちよかった。
駐車場に車を停めて、水族園へ向かうゆきは、大股で歩いた。
初夏の強い日差しがゆきを照らすと、元々色の薄い髪が風にないて金色に見え、白い肌も透けてしまうようだった。

綺麗だね

そう言いたかったのだけど、やめた。

昔なら何も考えずに言っていたはずなんだが。

言ったら、相変わらず軽いのね、とゆきに叱られそうだと思った。

No.64

入り口で入場券を買い、水族園に入った。

順路通りに水槽を覗いて回った。
平日の園内は空いていて、ゆっくりと見ることができた。

マグロの回遊水槽の前まで行くと、ゆきは
「マグロ!」
と子どものように喜んで、俺のシャツを引っ張ってマグロの水槽に駆け寄った。

「活きが良いよ。食べ頃」
ゆきは水槽に手をついてマグロの群れを目で追った。
俺はゆきと並んでマグロを見ながら、今ゆきがシャツを引いた辺りに手をやった。

何でだろう。

昔なら俺はさっきの状況なら、すかさずゆきの手を取ったのに。

ゆきに軽々しく触れられない。

ゆきは顔を斜めにして水槽の高いところを泳ぐマグロを覗くようにしていたが、俺の方に視線を移し

「マグロ、凄いでしょ」

と得意気に言った。

「凄いね」

つまらない返ししかできなかった。

次にゆきのテンションが上がったのは、屋外に出たところのペンギンだった。

「脱走ペンギン!」
「そういえばそんなニュースあったな」

ゆきは手すりに手をかけ、ペンギンを見た。

「どうして脱走したのかな。ここにいれば、仲間もいて、餌ももらえて、外の世界よりずっといいのに」
「外が楽しそうだと思ったんじゃないかな」
「寂しくなかったのかな」

ゆきは、ペンギンの方を向いたまま、独り言のように言った。

No.65

一通り見て回り、水族園から出た。

するとゆきは
「葛西にきたら、あれに乗らないと!」
と言う。
「あれ?」
「観覧車」
「俺、高い所、苦手なんだよな」
「えー、行こうよ」

こういう時のゆきは、やっぱり昔と変わっていない。

公園内を散歩しながら、観覧車目指して歩くことになった。

「水族館、好きなんだね」
「うん、動物園も好き」
「子どもだなぁ」
「中身だけね」

ゆきは元気よく歩く。
やっぱりゆきは綺麗だ。

柵を避けたりすると、一瞬ゆきが接近する。
髪が踊ると、いい香りがする。
日差しが強くて、茶色い瞳の目を細める。

ゆきは昔とちっとも変わってない。

でも俺は、やっぱり気軽にゆきに触れることができなかった。

No.66

「でか」

下から見上げる観覧車は、遠くから見るより更に大きく見えた。

「本当にこれに乗るの?」
「そうそう、行きましょう」

腰が引けている俺のシャツを引いて、ゆきはどんどんと乗り場へ進んだ。

係員が開けた扉からゆきはさっさと乗り込んで座席に座ると、「早く早く」と俺を手招きした。
仕方なく俺も乗り込むと、無情にも係員は笑顔で扉を閉め、手を振った。

「小学生の時以来だよ」
「そんなに苦手?」
「高いところはイヤなんだよ」
「怖かったら寝ててもいいよ」
「寝れないよ」

ゆきは声をたてて俺を笑い、ゆっくりと空に近付いていく景色を眺めた。

「ゆきは、楽しそうだね」
「うん。私はいつも楽しいよ」
「女は強いな」
「お母さんだしね」

見た目は昔とあまり変わっていないのに、昔より芯が強そうに感じるのは、そのせいなのかもしれない。

「ゆきは、離婚して辛くなかった?」
「そりゃ、辛かったよ。離婚しようと思って結婚したり子ども産んだりしないし。まさか自分が離婚するなんて、ずっと思ってなかったよ。結構幸せだったから」
「幸せだったんだ」
ゆきは穏やかな笑みを浮かべた。
「うん。結果は離婚てなったけど、結婚しなかったら知らなかった幸せがたくさんあったから」
「別れたダンナのこと、憎くないの?」
「もうそういうのはなくなったかな。好きでも嫌いでもないから。彼にはなんの感情もないの。私には関係ない人だから、他人よりどうでもいいかな」

そう話すゆきの表情に、実際暗い感情は見えなかった。

「ゆきが離婚しなかったら、偶然会うこともなかったかな」
「どうだろうね。旅行先とかでバッタリあってたかもしれないよ」
「かもな」

No.67

「だから人生って楽しいのかしらね」

ゆきはそう言って、また窓の外に目をやった。

『寂しくなかったのかな』

さっきペンギンを見ながら、ゆきはそう呟いていた。

ゆきは、安全な水族園から逃げ出して、外の世界に飛び出したペンギンに、何を思ったんだろう。

結婚生活は幸せだったと言った。
その幸せは消えたけど、今は今で楽しいと言う。

それでも、寂しいんだろうか。
結婚して、一生共に生きようと思った相手を失うことは、辛いのだろうか。

結婚したことのない俺には、わからない。

ただ、今、この空間で、ゆきと2人。

寂しいなら、俺がいると思うのに。

向かい合って座ったゆきは、黙って外を眺めている。

俺はゆきの方へ手を伸ばしかけた。

「あれあれ!ほら、地上にいる人が米粒みたい」

ゆきが急に振り返って、窓の下を指差した。

うっかり、言われるがままに俺も窓から地上を見た。

「…だからこれが、ダメなんだって」

目眩が起きそうだった。

「怖いの?せっかく天辺に来たのに」

それを聞いてますますクラクラとした。

No.68

「楽しかったー」
ゆきはゴンドラが地上に着いて扉が開けられると、身軽に飛び降り、俺は神経を使い果たした感じで後に続いた。

「松井さん、ホントに高い所ダメなんだね」
ゆきが若干意地悪く言ったように聞こえるのは、俺の被害妄想だろうか。
「ゆき、絶叫マシンとかも、好きなんだろ」
「ええ、大好きですよ。今度富士急ハイランドに連れてってくださる?」
ゆきはふざけて俺に言う。
「連れてくのはいいけど、乗り物にお供はできません」
「それでもいいの?」
ゆきはおかしくてたまらないといった感じで、ずっと笑っていた。
「夕方になると首都高混むから、帰ろ?」
「承知しました」
ゆきは駐車場に向かって歩き出し、俺は深呼吸すると、ゆきに並んだ。

車に乗るとゆきが「お腹すいた」と言うので、途中コンビニに寄ってお茶とポテトチップスを買い、湾岸線へむかった。

帰りの車の中で、ゆきはパリパリとポテトチップスを食べ、いつものメールの延長のような話をした。

首都高を降り、ゆきが朝と同じ場所で降りると言うので、車を自宅方向へ走らせた。

「ごめんね、高いの嫌いなのに、観覧車付き合わせて」
降りる場所が近付くと、ゆきは俺にそういった。
「ゆきが手を握ってくれてれば平気だったかもな」
ちょっと困らせてやろうと思ってそう言った。
「…手」
ゆきは自分の手をじっと見た。
「冗談だよ」
俺は笑いながらウインカーを出して、駅前のロータリーに入り、朝と同じ場所に車を停めた。
「今日はありがとう。楽しかった」
ゆきはバッグを肩にかけると、右手を差し出した。
一瞬なんだか分からずに、差し出されたゆきの手を見たが、俺は戸惑いながらゆきの手を軽く握った。

「またね」
「う、うん」

ゆきは助手席のドアを開け、車の横の歩道に立った。
ゆきが駅に向かわないので、俺は助手席の窓を開け、「またな」と言って車を出した。
ゆきはこの間と同じように、胸元で小さく手を振った。
ロータリーから出る時にも、ゆきの姿がバックミラーに映っていた。

ハンドルを握る右手は、まだ少しあたたかいような気がした。

No.69

☆☆☆☆☆

会ってメアドを聞かれた次の日の夜、松井さんからメールが来た。

「懐かしかった」

そう書いてあった。

嬉しかった。

ずっと会いたかった人。
会えないと思ってたのに会えた人。

その松井さんから時々メールが来るようになった。
元気?とか、おやすみ、とか
なんでもないやり取り。

なんだか、穏やかで心地よかった。
昔のぬるま湯みたいな曖昧な関係とも少し違う感じで。

私からも話のネタになりそうな写メを送ったりしていたら、マグロ丼の話から、葛西臨海水族園へ行こうという話になった。

昼間のデートだから、あまり悩まずに済んだ。夕方には帰らないといけないし。

葛西では、なんだか中学生のデートみたいだった。
私は水族館が好きだから、それだけで楽しかったし、松井さんと一緒なのが不思議な気分だった。

観覧車では、高所恐怖症の松井さんが青い顔をしていたのが、悪いけど面白かった。

15年前、色々あったことを松井さんといると思い出さないわけじゃないけど、やっぱり松井さんも私も歳をとって、落ち着いたのかもしれない。

だから、別れ際に、握手をしてもらった。

せっかく再会できたんだから。

15年前みたいに切ないばかりの出来事じゃなくて。

今度は、友達みたいな関係から始めたいと思った。

だって、ずっと会いたかったんだから。

もっと会いたいから。

No.70

☆☆☆☆☆

>>こんばんは♪昨日は楽しかった。ありがとう

>>お疲れ~。こっちこそつき合ってくれてありがとう。男1人で水族館には行けないから(笑)

>>観覧車にも乗れたしね(笑)次はスカイツリーに行こうか?

>>ゆきは意地が悪くなった?見た目は昔と変わらないのに

>>大人になったって言ってくれる?

>>そうか、ゆきは大人になったんだね。俺は大人になってないな(笑)

>>またどこかに行きたいね

>>そうだね、またどこか行こう

>>おやすみなさい

>>おやすみ

No.71

☆☆☆☆☆

葛西臨海水族園へ行った後も、松井さんとはメル友状態だった。

短い文のやり取りしかしないから、深い話はしない。
ホント、何を食べたとか、今日は暑かったとか、そんな話ばかり。
真面目な話をしても、仕事絡み。

私は仕事と家事とでそれなりに忙しいし、松井さんも仕事の日は帰宅が9時とか10時になることが多かった。

寝るまでの何通かのやり取り。

最後に「おやすみなさい」「おやすみ」で終わる。

メールが来ると、松井さんと細々とでも繋がっているんだな、と感じて嬉しかった。

15年前は、狂おしいような、いてもたってもいられないような、そんな激しい感情がいつもあったような気がする。
でも今は。
松井さんに再会して、驚きの次に来た感情は懐かしさ。

あの頃の激しい感情と少し違って、なんだかあたたかい。

そう。
葛西へ行った日の別れ際、昔のようにキスしたり、セックスしたりしなくても、そっと握手しただけであたたかくて、心が満たされたような気がした。

No.72

「ゆーきーちゃん」

松井さんから電話がかかってきたのは、土曜のもう深夜0時近くだった。
昴は私の実家に泊りがけで遊びに行ったので、一人だった私は普通に電話に出た。

「松井さん、ご機嫌だね」
「うん、今村と新宿で飲んできた」
「わぁ、懐かしい。今村さん、お元気?」
「元気だよ~、あいつは息子3人のパパだよ」
「わぁ、大変」

電話の向こうで車の走る音と、松井さんが何か飲んでいるような音がした。
「まだ外なの?」
「電車降りたとこ」
「早く家に帰りなさい」
「ゆきに、会いたいんだよ」

ドキッとした。
でも松井さんは酔っ払っているから、流してしまうことにする。

「はいはい、今度ね」
「冷たいな~」
「冷たくないよ、ちゃんとお話してるじゃない」
「会いに行っちゃおうかな~」
「やめて~、ご近所うるさいのよ」

酔っ払った松井さんは、子どもみたいだった。
私はつい「迎えに行こうか?」と言ってしまった。
まずいかな、と思ったけど、酔っ払った松井さんとどうこうなるつもりもないし。
私が運転してるんだから、アパートの前で降りてもらえばいいし。

でも、本音は、「会いたい」と言われて、嬉しかったんだと思う。

電話を切ると、私はアパートの駐車場に停めてある自分の軽自動車で、松井さんがいるという、この間待ち合わせした駅前ロータリーへ向かった。

No.73

深夜なので、いつも混む道もガラガラで、10分くらいで着いた。

ただ、なにも考えずに家を出てきたけど、よく考えたら私はもうシャワーも済ませた後で、スッピンで服も部屋着だった。
まぁ、部屋着といってもユニクロのTシャツと膝丈のパンツだったし、辛うじてTシャツの上にはパーカーも羽織っていたから、まぁいいやと思った。

どうせ夜だし、松井さん酔ってるし、スッピンかどうかもわからないか

私は車のハンドルを切ってロータリーに入った。

この間、私が松井さんの車に乗った辺りに、松井さんが立っていた。

窓を開けて声をかけると、松井さんは助手席に乗ってきた。

「なんだ、もっと酔っ払ってるのかと思った」
「水飲んで、外にいたら、結構冷めた」
「はいはい、じゃあお家までお送りしますよ」

私はウインカーを出して、車を出した。
松井さんに道案内してもらいながら、車を走らせた。

「スッピンでしょ」
赤信号で停まった時に、松井さんが言った。
「わかる?」
「うん、その方が昔のゆきの顔だね」
「明るいところじゃ、見るに耐えないと思う」
信号が青に変わったので、アクセルを踏む。

「ホントに来てくれると思わなかった」
「たまたま昴がいなかったから」
「じゃあ、朝まで一緒にいる?」

私は思わずブレーキを踏んでしまい、慌ててバックミラーで後続車がいないことを確かめ、ハザードを出して路肩に停車した。

「もう、そういうこと、言わないで」
「ごめん、つい、昔の感覚になっちゃって」
松井さんは悪びれずに笑った。
「明日仕事だから、松井さんを送ったら帰ります」
「そうか、俺も仕事なんだ」
「でしょ?帰りましょう」

私はそう言って、また車を発進させた。

No.74

少し走ると、松井さんのアパートに着いた。

「ゆき、ごめんな」
「怒ってないよ」
松井さんが叱られた子どものような顔をするので、私はつい笑ってしまった。
「最近会ってなかったから、酒飲んだら会いたくなっちゃったんだよな」
「そういうことは、酔ってない時に言ってね」
私はなんだか母親みたいな口調で言った。

「酒でも飲まないと、言えないんだよな」

なんて答えたらいいのかわからなかった。

「ゆき」
「はい?」
松井さんはこの間とは逆のパターンのように、私に右手を差し出した。
私はその手を握り返した。

すると松井さんは、私の方を見ながら握手した手を持ち上げると、私の手の甲に口をつけた。

私が何も言えずにいると、松井さんは楽しそうに笑い、そっと手を放してくれた。

「酔ってるから、このくらいしてもいいよな」
「…もう、やっぱり軽いんだから」

松井さんは助手席のドアを開けて、車から降りた。

「ごめんな、ありがとう」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

窓越しにお互い手を振った。

車を発進させてからバックミラーを見ると、松井さんはもう見えなくなっていた。

ついでに自分の顔をちらっと見ると、お酒を飲んだみたいに真っ赤になっていた。

No.75

☆☆☆☆☆

「うそ、マジでか」
今村は箸でとっていた鶏の唐揚げをポロリと落とした。

土曜の夜、俺は新宿にある小汚い居酒屋で今村と飲んでいた。
今村とは学生時代から今も飲み友達だ。
俺が今乗っている車も、自動車ディーラーで働く今村が、試乗車を安く融通してくれた。

「白うさぎちゃんだろ?そりゃまた奇遇だな」
テーブルの上に落ちた唐揚げは最後の一個だったので、今村は意地汚く再び箸でつまみ上げて口に放り込んだ。
「離婚して、俺んとこの会社が今度売るマンションのある辺りで働いてる」
「ほー。シングルなんだ。もうやった?」
俺はタバコを持っていない方の手で今村を殴る真似をした。
「やらねーし」
「今でもかーいい?」
「あんまり変わってないな。元々童顔だし」
俺は関東にはあまり出回らないという日本酒をぐいっと飲んだ。
「でも子どもいるってさ」
「へー。いくつ?」
「今年中学って言ってた」
「ウチの長男坊と同い年だ」
今村は相変わらずちゃらい男だが、ちゃんと30前に結婚して、今は中学生を頭に、3人の男の子の父親になっている。

「昔、天皇杯、行ったよな」
今村はニヤニヤと笑ながらタバコに火をつけた。
「ああ」
男同士だから別に事細かに何があったか報告なんかしないが、俺があの状況で何もなかったと思ってもらえるような男じゃないことは、今村もよく知っている。

でも、酒を飲みながらそんな話を振られると、あの夜のことを事細かに思い出してしまいそうだ。

「まぁ、元気そうだよ」
「克己、あの頃はあの子のこと随分気に入ってたもんな。克己も独りもんなんだし、大手を振って口説けるだろ」
「そうなんだけどな。なかなかそうもいかないんだよ」
「なんで」
「俺にもようわからん」
俺はお銚子を切子のガラスに傾けると、またぐいっと飲み干した。

そうなんだ。
口説いちゃいけない理由なんかないんだけど、なかなか手が出ない。

「まぁ、がっつく歳でもないしな」
俺はタバコを吸って、はあ〜っとため息と一緒に煙を吐き出した。

No.76

しばらく飲んだ後、今村とは新宿駅で別れ、俺は山手線と私鉄を乗り継いで帰った。
今村に会ったせいか、昔のゆきとのことを思い出した。

「ホントに可愛かったよな」

俺は吊革につかまって声に出さずに呟いた。

ゆきを抱いたことは忘れていない。
今でもゆきの声も、手に触れた感触も、リアルに思い出せる。

今もそういう気持ちにならないといえば嘘になる。

でも、15年経って、偶然再会して、相変わらず可愛くて綺麗なゆきに、ただ会いたいという気持ちが強かった。

迂闊に触れれば、消えてしまうんじゃないかと、それが怖かった。

俺は少し飲み過ぎた日本酒のせいか、無性にゆきに会いたくなった。

俺の最寄り駅に着いて、スマホを取り出して見ると、もうすぐ日付が変わる時間だった。

「声聞くくらい、いいよな」

酔っているからと自分に言い訳しながら電話をかけると、ゆきはまだ起きていた。
勢いついでに、会いたいと言ってしまった。
ゆきは俺をあやすように早く帰りなさいと言ったが、声を聞いているうちにますます会いたくなった。

すると根負けしたようにゆきが、迎えに行こうか、と言った。
まさかこんな時間に本当に来てくれるのか、半信半疑で、俺はゆきを待った。

俺は自販機で買った水を飲んで酔いを冷まし、この間ゆきを車に乗せた辺りでゆきを待った。

多分もう日付は変わっただろう。
駅は終電近くで人影も少なく、最終バスも終わった駅前ロータリーも静かで、客待ちのタクシーが2台いるだけだった。

ロータリーの入り口にある信号が何度目かに変わると、チョコレートみたいな色の軽自動車が入ってくるのが見えた。

俺の横で止まったその車の運転席に、ゆきがいた。

さっきは電話越しに聞いていた声が、すぐそこで「松井さん」と俺を呼んだ。

No.77

運転席に座っているゆきは、化粧をしていなかった。
見たことのないメガネをかけているから、普段はコンタクトなんだろう。

化粧をしていないゆきは、している時よりも幼く見えた。
昔、バイト時代のゆきは、最初大学生なのに高校生かと思ったくらい童顔だったが、今見るゆきは、普段よりあの頃と変わらないように見えた。

俺は、車を運転するゆきを見ながら、俺の気持ちもあの頃に戻ったように感じた。

だからつい、口が滑った。

息子が不在と聞いて、「朝まで一緒にいる?」と言ってしまった。

ゆきはつんのめるようにブレーキを踏んだ。
しまった、と思ったが後の祭り。
叱られてしまった。

それでもゆきはそれ程怒った様子もなく、俺のアパートまで送ってくれた。

降りる前に、ゆきに謝った。
ゆきが笑ってくれたので、俺はほっとした。

「最近会ってなかったから、酒飲んだら会いたくなっちゃったんだよな」
「そういうことは、酔ってない時に言ってね」
「酒でも飲まないと、言えないんだよな」

俺がそう言うと、ゆきは困ったような顔をした。

やっぱり、全然変わっていない。

初めてデートに誘った時、初めてキスした時、流されるように俺に抱かれてくれた時

ゆきはいつも困ったような顔を、俺に見せた。



好きだ。



本当は、そう言いたかった。

でもやっぱり、言えなかった。

その代わり、この間ゆきがしたように、俺は手を差し出した。
ゆきはその手を取ってくれた。

柔らかい手だった。

俺は言葉にする代わりに、その手の甲にキスをした。

真っ赤になって「おやすみなさい」と言ったゆきも、可愛かった。

No.78

☆☆☆☆☆

「あつ」

仕事を終えて会社の駐車場に停めてある車のドアを開けると、車内から熱い空気が生き物みたいに襲い掛かってくるように感じた。
「暑い」ではなく、「熱い」。
私は「エコじゃないなぁ」とブツブツ言いながら、エンジンをかけてエアコンと窓を全開にした。

夕方6時前の夏空は、まだ明るい。

車内の熱気が少し取れたので、私は運転席に座り、窓を閉め、少しだけエアコンを弱めた。暑過ぎるのも困るけど、エアコンで冷えすぎるのは嫌いだった。

サイドブレーキを解除しようとした時に、脇に置いたスマホが振動した。

「松井さんだ」

メールだった。
仕事が早く終わったとあった。

私はその文面を見て、少し考えてから、返信した。

一緒にゴハン食べない?

昴は夏休みに入って、塾の夏期講習に行っている。
塾は部活が終わった後の7時からで、冷蔵庫に入れておいたお弁当を塾で友達と食べるので、夏期講習の間、私は1人で夕食だった。

その話を松井さんにしたら、早く仕事が終わったら、一緒にゴハンを食べようと言ってくれていた。

松井さんとは相変わらずメールのやり取りが続いていた。

酔って会いたいと言われた日からも、あまり付き合いは変わらない。
なんだかんだと予定も合わなくて、ここのところ直接会うこともなかった。

あの夜、松井さんは私の手にキスをした。

そんなこと、王子かホストがやることでしょ!

そうツッコミたくなるようなキスだった。

昔から飄々とした雰囲気が変わらない松井さん。
手が早いのは確か。

私が一番恐れていたのは、松井さんと会えなくなることだった。

昔のようにキスしたら、私はどうなるか。
きっと、走り出してしまう。
それなのに、きっと、好きだとは言えないと思う。
好きだと言えないまま、キスしたら次は抱き合いたくなって、抱き合ったらそのまま、昔のように抱かれてしまうだろう。

でも、その先は?

それを考えるのが怖かった。

No.79

松井さんには車を会社に置いてくるように頼んだ。
松井さんはお酒を飲みたいだろうし、私が行こうと思っている店は、電車の便が悪いところだった。

約束の時間まで本屋で時間を潰してから、この間と同じ駅のロータリーへ向かった。

平日の夜で、駅の辺りは人も車も多かった。
私が車を停める前に、松井さんが私に向かって手を挙げているのに気がついて、私は空いているバス停に車を停め、走って来た松井さんが急いで助手席に乗った。

「はー、暑かった」
松井さんは上着はもう脱いでいたけど、ネクタイを緩めてエアコンの送風口に首を近づけると、また「はー」と言った。

私がお蕎麦屋さんに行こうと思うと言うと、松井さんは「いいね」と言った。

「へー、こんな所に蕎麦屋があるんだ」
「会社の人に教えてもらったの」
駐車場で車を降りると、松井さんが言った。
国道から少し入ったところで、近くには大きな工場があるけど、辺りは私有地の広大な雑木林が広がっていて、夜になるととても静かな場所だった。

店に入ると、平日なのに店内は8割方席が埋まっていた。
松井さんと向かい合って座り、二人で天ザルを頼んだ。松井さんはビールも頼んだ。

客は大人ばかりで割りと静かな雰囲気だったから、私も松井さんも「今日は暑かったね」とか、おとなしめに言葉を交わしながらお蕎麦を食べた。

ゆっくりと蕎麦湯を飲んでから店を出ると、8時半だった。

「うまかった」
「良かった」

車に乗ってエンジンをかけ、松井さんのアパートに向かった。

松井さんのアパートが近づくと、松井さんは「悪いけどコンビニに寄ってくれる?」と言った。
松井さんが明日の朝ごはんを買うと言うので、私も一緒に買い物をした。

車に戻り、私がエンジンをかけようとすると、松井さんが「あのさ」と言った。

「なあに?」

私が聞き返すと、松井さんは私の左手に手を乗せた。

「もう少しここにいて」

「…うん」

私がゆっくりと座席に手を下ろすと、松井さんはその手を軽く握った。

私はちょっと恥ずかしくなって、空いている右手で車のスイッチを入れて、車内の空気を逃すために、全部の窓を開けた。

No.80

静かだった。

私の車はコンビニの駐車場の端に停めてあった。
フェンスに向かって駐車していたから、時々空いている窓から、出入りする車の音が聞こえたり、人の話し声が聞こえたけど、車の中は静かだった。

松井さんも私も、何も喋らなかった。

私の手を握った松井さんの手も、動かなかった。

時々、風が吹いて、車の中の空気が動いた。

松井さんの手は、何故か少しひんやりしていて、気持ちよかった。

「…そろそろ帰らないと」

私が言うと、松井さんはそっと手を放した。

「そうだね」

私がエンジンをかけようとすると、松井さんが「俺んち、すぐそこだから、ここで降りるよ」と言った。

「この間は、ごめんな」
「どうして?」
「変なこと言ったから、ゆきに嫌われると思って」
「嫌わないよ」
「そうか、良かった」

松井さんはそう言って助手席のドアを開けて降りた。

「ゆき、またデートしような」
「うん。どこか遊びに連れてって」
「じゃあ、気を付けて」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」

私はエンジンをかけて、ゆっくり車を出した。

コンビニの駐車場から出る時、松井さんが手を振っていたので、私も振り返した。

ずっとこんな関係でいられるだろうか

私はハンドルを切りながらそう思った。

No.81

☆☆☆☆☆

マナーモードにしているスマホがダイニングテーブルの上で賑やかに振動した。

日曜の夜、久しぶりに一緒に夕食を食べた昴がシャワーをしている間、お茶を飲みながらぼんやりとテレビを眺めていたゆきは、なぜかビクッとなった。

ゆきは裏返っていたスマホを取って表に返した。

「お義母さん…?」

電話の着信画面には3年前までゆきも名乗っていた苗字の姑、正しくは元姑の名前が表示されていた。

「もしもし?」

ゆきは電話の向こうにいる元姑の声を久しぶりに聞いた。

しばらくして電話を終えると、ゆきは放心したように一度テレビに目を向けた。

「昴…昴!」

我に返ったゆきが、浴室にいる息子の名を呼んだ。

No.82

☆☆☆☆☆

「……んん?」

眠っていた克己は電話の着信音で目が覚めた。

「……なんだよ」

寝ぼけながらスマホを取ると、時間は深夜0時を少し過ぎたところだった。
そのまま着信履歴を見ると、AM00:02「ゆき」と表示されていた。

「……ゆき?」

ゆきからの連絡はいつもメールだった。

電話、しかもこんな時間に?

ベッドから起き上がり、克己はスマホをぼんやりと見た。
すると、また着信音が鳴った。
すぐに出たが、切れてしまう。

不安を感じて克己はゆきに電話をかけた。
呼び出し音が鳴るのに、また切れる。

3回同じことを繰り返して、やっと繋がったが、ゆきの声が聞こえない。

聞こえるのは、ひゅーひゅーという奇妙な音だった。

「ゆき?俺だよ。なんかあったのか?」
何回か呼びかけても、なかなかゆきは答えない。

「…どう…しよう」

やっとゆきのかすれた声が辛うじて聞こえた。

「ゆき?どうしたんだよ」

克己が何回話しかけても、ゆきはまともに答えられないようだった。

「どこにいるの?今から行くから」

その問いかけにもなかなかまともな答えが返って来なかったが、「駅」「こないだの」という言葉が聞き取れたので、克己はいつも車で待ち合わせた駅のロータリーと見当をつけると、急いで服を着替えてアパートを飛び出した。

駅までは近かったが、ゆきの様子がおかしいので、車を使った。

ロータリーに入ると、歩道にゆきが立っているのが見えた。

克己が車から降りて駆け寄ると、ゆきは色白を通り越して青く見える顔でぼんやりと立っていた。

「ゆき。ゆき」

呼びかけても、ゆきは克己に気付いていないかのように無反応だった。

No.83

「ゆき!」

少し強めに克己がゆきの両肩を揺すると、たった今目の焦点が合ったように、ゆきがギクっと克己を見た。

「…松井さん…」
「ゆき、とりあえず、車に乗って」

克己はゆきを車の助手席に座らせた。
とりあえず、こんなところでは込み入った話もできないだろうと、克己は車を出した。
ゆきは車が動き出しても、強張った顔のまま、うつむき加減だった。

克己はゆきの様子から、かなり我を失っていると思い、人目につかない場所を考えて、近くの川まで車を走らせて、暗い土手沿いの道に車を停めた。

「ゆき、どうしたんだ?」

克己が声をかけてもゆきは顔を上げなかった。
克己はゆきが話すのを待った。

「……どう、しよう」

ゆきはうつむいたまま、呟くように言った。

「ホントに死んじゃったら、どうしよう…」

言葉が流れ出るのと同時に、ゆきの表情に感情が戻った。
ゆきは克己の両腕を掴んだ。

「憎んでた。何度も何度も、死んでしまえばいい、あんなヤツ、不幸になればいいって思った。だってそうでしょう?一生幸せにするって、一生私を守るって言ったのに!私を好きだって言ったくせに!私と昴を捨てたんだから」

言葉と裏腹に、克己にはゆきが悲しんでいるように見えた。

「もしあいつに天罰が下ったら、ざまあみろって笑ってやろうって思ってた。ずっと思ってたの!」

吐き出すように一気に言うと、ゆきの眼からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

「ホントに死んじゃったら、どうしよう。私は、私は……」

克己はゆきの背に手を回して、軽く叩いてやった。

ゆきは克己の胸元に額をつけて、声を出さずに泣いた。

No.84

しばらくの間、ゆきは泣いていたが、少し落ち着きを取り戻した。「ごめんなさい」と言って、シートに座りなおすと、克己に聞かれて事情を話し始めた。

昨日、日付が変わったので正確には一昨日の日曜夜、離婚した夫、和樹の母親から電話がかかってきた。
和樹は離婚の原因となった不倫相手と離婚後も付き合っているが、仙台でそれなりに名家と言われる実家からは再婚に反対されていた。
和樹はその元不倫相手と、仙台から東京へ遊びに来ていた。
自家用車で首都高を走行中、大型トラックと衝突するという事故にあったという。
助手席の元不倫相手は軽傷だったが、運転席の和樹は意識不明の重態だという。

ゆきは連絡を受けて、すぐに息子の昴と一緒に新宿にある大学病院へ駆けつけた。
数時間後には、仙台から和樹の両親も駆けつけた。

和樹の意識はまだ戻らず、病院には千葉に住む和樹の姉も来ており、ゆきを気遣った和樹の両親が、終電に間に合う時間に一度帰宅するようにと勧めてくれたのだという。

昴は父親のことは嫌っているが、祖父母との関係は良く、ゆきも離婚の際には嫁として随分庇ってもらったこともあり、時々昴を祖父母の元へ遊びに行かせている。
和樹の両親は病院の近くのホテルに部屋をとり、昴を休ませると言ってくれた。

「私は、もう篠田の家の人間じゃないから…」

ゆきはそう言った。
克己はゆきの手を握った。

「和樹を憎んでいる自分が嫌だったの。だから、和樹が離婚したいと言った時もすぐに応じたし、あんなやつのこと早く忘れて、昴と二人で幸せに生きていこうって思ってた」

ゆきはそこで一旦言葉を区切ると、悲しげに微笑んだ。

「松井さんには、別れた理由は悪口になるから言わない、なんてカッコいいこと言ったけど、本当はそうじゃない。悪口を言い出したら止まらなくなって、私の中にある嫌な部分まで出てきちゃうのが嫌で、言わないだけだったの。だって、私は本当に醜いから」

克己は握る手に少し力をこめた。

「松井さんに、嫌われたくなかったの」

「嫌いになんかならないって、昔から言ってるだろ」

「嘘」

ゆきが顔を上げた。

No.85

「嘘よ。だって松井さんは本当の私を知らないじゃない。昔だって、可愛いだけの私しか見てないじゃない。私なんか本当はろくな女じゃない。私が何人と寝たか知らないでしょ。寂しいだけで、ちょっと優しくされれば誰とでも寝ちゃうのよ。真面目に付き合った人もいたけど、束縛されて窮屈で、すぐ別れちゃうし。だから結婚して子どもが生まれて、やっと真っ当に生きていけると思ったのに、和樹にも捨てられて」

またゆきの眼から涙が溢れ出した。

「松井さんだって、好きだとは言わなかったじゃない!」

ゆきが叫んだ。

「誰も私のことなんか、本気で愛してくれないのよ!」

克己は握っていたゆきの手をもう片方の手で包み、この間と同じように、そっと口をつけた。

「馬鹿だな、ゆきは」

克己はゆきの顔を見て笑った。

「本当のゆきって、なんだ?俺は偽者のゆきには会ったことないよ」

「だから、それは」

克己は構わず続けた。

「ゆきがどんな男と付き合ったのかなんて知らないし、別れた亭主がどんな男かも知らない。ゆきがどんなに傷付いたのかもわからない」

そう言って克己はもう一度ゆきの手にキスをした。

「俺は昔も今も、目の前にいるゆきを可愛いと思ってる。ゆきは、いるだけでいいんだ。俺はゆきに甘いから、ゆきが何してもいいんだよ。俺は適当な男だから、ゆきが本当はどんな女かなんて、どうでもいいんだ」

ゆきはまだ泣いている。

克己はゆきの涙を手で拭った。

「好きだ」

No.86

「松井さん」

ゆきはポカンとしたような顔で克己を見た。

「やっと言えた。ちょっとどさくさ紛れな感じは否めないけどな」

克己は笑ったが、すぐに真顔になった。

「ゆきが言いたいことは分かったけど、俺も言いたいことがある」

克己はゆきの両腕を軽く握った。

「さっき誰も愛してくれないとか言ってたけど、ゆきは息子がいるんだろ?こんなとこで泣いてていいのか?俺は独身だから親の気持ちなんて分からないけど、ゆきを見てて、すごく息子のこと大事にしてるのは分かったよ。息子には愛されてるんだろ?俺なんか敵わない」

ゆきは「昴」と呟いて、少し顔つきが変わった。

「それにさ、息子は不倫した親父を嫌って会ってなかったんだろ?万一このまま親父と死に別れることになったらとか考えて、ゆき以上に苦しんでるんじゃないのか?じいさんばあさんに任せといていいのか?」

ゆきは着ているシャツの裾で顔を拭った。

「うん。そうだ。私がしっかりしないと」
「そうだよ。でも今日はじいさんばあさんに甘えていいんだ。明日になったら、息子のところに行ってやれ。ちゃんと寝て、なんか食って、しっかりついててやれ」
「うん」
「それに、別れた亭主はまだ死ぬって決まったわけじゃないだろ。不倫なんかするような図々しい奴ほど生命力が強いんだ」

ゆきはくすっと笑った。

「とりあえずコンビニ寄って、夜食と明日の朝飯買ってやるよ。それから家まで送るから、顔洗って寝ろ」
「うん」

克己は車のエンジンをかけた。

運転しながら克己がゆきの手を探したので、ゆきは自分から克己の手を握り、「ありがとう」と小さな声で言った。

No.87

☆☆☆☆☆

>>和樹が仙台へ転院したそうです

こんなメールがゆきから来たのは、あれから1ヶ月後だった。

俺が言った通り、生命力の強いゆきの元亭主は、あの次の日に意識を取り戻した。
次の日、ゆきは同じ病院に入院していた元不倫相手とも会ったらしい。
ただ、常識的なじいさんばあさんが、すぐにその女を遠ざけたので、実際にはニアミスだった、とその時は電話をくれたゆきは笑っていた。

元亭主は、体のあちこちがぶっ壊れていたらしく、何回か手術が必要だったらしい。

それがひと段落したら、じいさんばあさんが元亭主を仙台の病院へ移す予定になっていた。
メールは、それが済んだ報告だった。

ゆきは元亭主が生命の危機を脱してからは、病院へ顔を出すことはなかったらしい。
ゆきの息子は一度一人で見舞いに行ったそうだ。近所の神社のお守りを持って行ったとゆきが言っていた。
俺は病気平癒の御守りかと思ったが、持って行ったのは交通安全の御守りだったと、ゆきは笑っていた。

「あいつ、今弱ってるから仕方ないんだよ」

と、息子は言ったらしい。
和解したわけではないということなのだろうか。

ゆきは普段と変わらない生活を送っている。
電話やメールのやりとりも続いている。

ただ、俺があの夜、どさくさ紛れに言った言葉は、宙に浮いたままだった。

俺は待つつもりだった。

No.88

☆☆☆☆☆

澄んだ空が少し高くなったように感じる。
私はベランダで洗濯物を干しながら、空を飛ぶ鳥の姿を追った。

和樹の事故から2ヶ月経った。
仙台に戻った和樹は、先月から仕事に復帰したらしい。
和樹からは手紙が来た。
迷惑と心配をかけたことへ、謝罪と感謝の言葉が書いてあった。
仙台の和樹のお母さんからは何回かメールが来た。
やっぱり謝罪と感謝や、和樹の予後を知らせるメールだったが、最近の最後のメールには「和樹はあんな目にあってもまだ懲りていないようです」と愚痴とも報告とも取れるような一文があった。
私が口を出すことじゃないので、返信では触れずに済ませておいた。

和樹は一度大学病院へ和樹のお見舞いに行ったけど、やっぱりまだ父親を許せないらしい。
仙台のおじいちゃんとおばあちゃんには会いたいらしいけど。

松井さんからはメールも来るけど、以前より電話が増えた。
「声が聞きたかったんだよ〜」
と、いい歳して甘えたことを言うので、「はいはい」と流す。

ホントは私も、松井さんの声が聞きたい。

ホントは、会って話したい。

会っても、いいのかな。

あの夜に言った言葉を、松井さんは後悔していないかな。

なかなか言えなかった。

「会いたい」

と。

No.89

☆☆☆☆☆

俺は土曜の夜7時ごろ仕事が終わり、駅のホームで電車を待っていた。

「お?」

ポケットでスマホが振動したので見ると、ゆきから電話だった。ゆきも今日仕事だったはずだ。

「…さん……き……ど」

電話の向こうは何やら雑音がうるさくて、ゆきの声がさっぱり聞き取れない。

ちょっと間が空いて、ゆきの「もしもし?」という声がやっと聞こえてきた。

「何?今のうるさいの」
「わからない?」
ゆきの声は聞こえるようになったが、まだ周囲は雑踏にいるような音がザワザワとしていた。
「わからないよ」
「じゃあヒントあげるね」
「ヒント?」
ゆきはイタズラ小僧のように「へへん」と言った。

「ヒント1。上野」
「上野?」

上野はゆきの会社から行きやすい場所でもないのに、どうしてわざわざ…

上野は俺とゆきが昔働いていた場所だ。

「あっ、解った!」

俺は電話を切ると、丁度来ていた反対側の電車に飛び乗った。

☆☆☆☆☆

自動ドアが開いた瞬間、ものすごい音とタバコの臭いが襲いかかって来る。

入り口のすぐ近くにゆきはいた。

「ほら、すごいでしょ!」

ゆきが笑う。

ゆきがいたのは、俺が5年前まで働いていたパチンコ屋だった。

ゆきはパチンコ台に座り、大当たりの真っ最中だった。「すごいでしょ」と言って指差したのは、大当たりの継続回数だった。

ざっと周囲を見回しても、当時の同僚や知った顔のバイトの姿は見えないが、5年前まで働いていた人間が遊ぶわけにもいかず、ゆきの大当たりが終わるまで、なるべく人目につかない場所のソファーでタバコを吸って待つことになった。

「すごいの、1時間で1000円が1万5千円に変わったの!」
景品交換所から出てきたゆきは、ご機嫌だった。

No.90

「ゆき、パチンコなんかやるんだ」
歩きながら俺が言うと、ゆきはニヤリと笑った。
「それこそ15年ぶりくらいかな。昔はよく遊んでたの。あっちのホールとか、常連だったのよ」
「高校生みたいな顔してたのに、そんなことして遊んでたんだ」
「そうよ。松井さんが知らなかっただけ。あの頃はバイトして、パチンコして、朝までお酒飲んでカラオケして、遊び呆けてたの」
「バイトして彼氏とデートしてたことしか知らなかったよ」

土曜の夜の上野は、人が多い。
飲み屋、洋服屋、食べ物屋。
狭い道を歩くと、人を避けるのが大変だ。

「私がバイトしてたレストラン、違うお店になってたね」
ゆきは飲み屋の店先の看板を避けながら言った。
「そうだな。15年経つと、店も入れ替わるもんな」

ゆきにサラリーマン風の男がぶつかりそうになったので、俺はゆきの手を取って引いた。

「あっちから行こう」

俺はそのままゆきの手を引いて、首都高下の方へ向かった。

「相変わらずこの辺は割と静かだね」
首都高が近くに見える辺りまで来ると、ゆきはホッとしたように言った。
「昔はどんな人混みでも、バイトに遅刻しそうだと走れたのに、最近あまり人混みに出ない生活してたから、お登りさんみたいになってた」
ゆきはそう言って笑った。

「どうしていきなり上野になんか来たんだ?」
まだ繋いだままの手に少し力を込めると、ゆきは俺を見上げた。
「松井さんと初めて会った場所に行ってみたくなって、仕事終わってそのまま来ちゃった」
「どうして?」
「勇気が出るかな、って思って」

ゆきはそう言って、俺の手を握り返した。

No.91









「好きだから、会いたい」








No.92

あぁ、やっぱりゆきは昔と変わらない

茶色い髪と、お揃いのように色の薄い瞳

大きな眼、細い体

透き通りそうな白い肌

そして、時々見せる困ったような表情

何歳になっても、ゆきは可愛い

あの夜、ゆきは激情に任せて、傷ついた心を言葉にして、絞り出すように叫んだ

あれもゆきだ

15年前にキスした、抱いた、俺の前から消えたゆき

再び俺の前に現れたゆき

結婚に破れようと、子どもがいようと

どんなに醜い感情を抱えていようと

それがゆきだ

俺が一番愛した女だ

今やっと

俺の手が届くところにいる

勇気なんかいらない

俺もただ歳とってオッサンになっただけで

何も変わってなんかいないんだから

No.93

ゆきは俺を見上げて、やっぱり少し困ったような顔をした。

「私、ずっと松井さんに会いたかった。でも怖かった。昔も今も、いつか松井さんに嫌われるんじゃないかって思ってた。15年前は、会えなくなれば忘れられると思ったの」

ゆきの手が、少し冷たくなったような気がして、俺は握る手に力を込めた。

「ずっと松井さんのこと、忘れなかったよ。他の人と結婚して幸せだった時期も、松井さんが一番好きな人だったって思ってた。でもそれは、好きだって言えなかったから、自分のものにできなかったから、忘れられなかっただけなんじゃないかって。
だから、好きだって、言葉にするのが怖かった」

ゆきは微笑んだ。

「言葉にしたら、また会えなくなっちゃうんじゃないかって」

風が少し冷たい。
ゆきは寒くないかと、心配になる。

「だから、松井さんに会いたくて仕方なかった頃の私がいた場所に行ってみたくなったの」

俺はゆきを抱きしめていいんだろうか。
寒くないか、と肩を引き寄せていいんだろうか。

「あのね、昨日から連休で、昴が仙台に遊びに行ってるの」

ゆきはそう言って俺の袖を握った。

「松井さんちに連れてって…」

No.94

☆☆☆☆☆

「部屋は広くなったのに、やっぱり何にもない」

ゆきは克己のアパートの部屋に入ると、そう言って笑った。

転職してすぐに住み始めた克己の部屋は、ゆきの言う通り、物があまりない。

1LDKの部屋にあるのは、リビングにテレビ、テレビの前に二人掛けのソファーとローテーブル、寝室にはクローゼットがあるので、家具はベッドしかない。増えたのはテーブルの上のノートパソコンくらいだった。

駅からアパートに帰る途中で、克己とゆきは飲み物や食べ物を買った。

「ゆき」

克己がコンビニの袋を置いて呼ぶと、ゆきは少し緊張した様子で「はい」と答えた。

「俺、明日は風邪ひくことにする」

克己が言うと、ゆきは一瞬わけがわからすに首を傾げたが、すぐにプッと吹き出した。

「会社サボるの?」
「明日はアポがない。こないだまでクソ忙しくて、代休もたまるばかり。風邪も引くだろ?」
「コメントできません」
ゆきはクスクス笑った。

克己はゆきの手を取って引き寄せた。
ゆきは逆らわずに体を寄せた。

「ゆきがやっと俺のところに来てくれたのに、仕事なんかしてられないだろ。ゆきが休みだから、俺も休む」
「駄々っ子みたい」
「俺は年齢だけオッサンで、中身は昔と変わってないんだ。昔も今も、欲しい物を我慢できない、ガキみたいな男なんだ」

克己はゆきを抱きしめた。

「昔も今も、俺はゆきが好きだ。俺だって、怖かったよ。昔はゆきを手放したくないのに、やることは適当で、今も適当なところは変わってなくて。ゆきがまたいなくなったらって思うと、怖くて何もできないんだ」

ゆきは克己の背中に手を回して力を込めた。

「もう、どこにも行かない…。だから松井さんも、私のそばにいてくれる…?」

No.95

「ずっと一緒にいたい」

克己はそう言って、ゆきに顔を寄せた。

「ストップ!えーとえーと、お腹が空いたの」

ゆきがそう言い、克己はガクッとなったが、次の瞬間、笑ってしまった。

「15年待ったんだから、飯食う時間くらい、一瞬だよな」

克己とゆきは、コンビニで買った弁当を一緒に食べた。

「あれ?松井さん、お酒飲まないの?」
ペットボトルのウーロン茶を飲む克己を見て、ゆきが言った。
「今日は飲まないよ」
克己は一足早く弁当を食べ終わると、タバコに火をつけた。
「なんで?」
「聞きたい?」
克己が意味ありげに笑うと、ゆきは克己が含みを持たせたことに気がついて、慌ててまた弁当に箸をつけた。

「ごちそうさまでした」

ゆきが食事を終えて、テーブルの上を片付けると、克己はソファーに横になってテレビを見ていた。

「松井さん?」

返事がないのでゆきが膝をついて覗き込むと、克己がゆきの腕を取ってソファーに押し倒した。

「松井さん!」
「古典的な手を使ってみた。こうでもしないと、ゆきがのらりくらりと逃げそうだから」
ゆきは真っ赤になった。
「だって、私、あの頃の真似してみたのはいいけど、よく考えたら、離婚してずっと恋人もいなかったし、そもそも昴が生まれてから…」
「生まれてから?」
克己はニヤニヤ笑いながらゆきを見た。
「松井さんは相変わらず…」
「相変わらず?」
「もう、いじめないで」
「やっぱりこういう時のゆきは可愛すぎて、ダメだ」

克己はゆきの耳元に口を寄せた。

「もう、待たないよ」

No.96

克己とゆきの唇が重なった。

一度すぐに離れて、克己は慈しむようにまたゆきに唇を重ねた。

「どうしよう…」
「何が?」
克己は一瞬でも離れることが惜しいかのように、唇を重ねたまま聞き返した。
「ホントに、私、ずっとこういうこと、なくて…昔みたいに若くないし…」
「だから?」
克己が態勢を変えないまま、ゆきが着ているニットの裾に手を入れようとすると、ゆきが「待って」とその手を抑えた。
「お風呂…お風呂入りたい」
「ダメ」
「だって」
「ダメだよ。俺から離れたらダメだって」
「どこにも行かないって言ったのに…」
「そうだよ、どこにも行かないで」
「もう…」
ゆきが克己の耳元で溜息のように囁いた時に、克己の手はゆきの服の中に滑り込んでいた。

No.97

「俺は覚えてるよ」

克己はゆきのニットの下でゆきの肌を撫でながら言った。

「ゆきのどこにキスしたら、ゆきがどうなるか」

克己の手が器用にゆきのニットを剥ぎ取った。

「じゃあ、これも覚えてる?」

ゆきは自分の首元に手をやった。
襟首の詰まったニットの下に隠れていたネックレスが光った。

「これ、俺が初デートであげたやつか」
「そう」
「ずっと持っててくれたんだ」
「うん。ずっと大事に仕舞ってた」
「俺もよく覚えてるよ。そう、ネックレスの辺りでこうすると、ゆきがどうなるか…」

克己がネックレスに沿って舌を這わすと、ゆきは克己の首に腕を絡ませ「ダメ…」と言った。

克己の片方の手は、ゆきの細い腰にかかっている。

「またこんな脱がせにくい服着てる」
そう言いながら、克己はゆきのスリムパンツからゆきの足を抜いた。

「相変わらず細いな。ホントに子ども産んだの?」
克己はゆきのお腹から脇を両手で撫でた。
「もう、恥ずかしいから暗くして…?」
ゆきが上半身を捻って克己の眼から逃れようとすると、克己はゆきに覆い被さってキスをした。

「電気は消さない。ゆきが見えなくなるから」
「もう、そんなとこも変わらない…」

克己の手が下着の間から胸に滑り込み、ゆきは小さく「あ」と声をあげた。

「思い出してきた?」

「うん…松井さんが、Sだったこと…」

「そう、ゆきにだけね」

克己の手が下着の中で動き、ゆきはまた声をあげた。

No.98

克己はゆきを抱き上げて、ベッドまで運んだ。

「松井さんは平気でこんなことしちゃうんだから…。普通お姫様抱っこなんて、ホントにやる?」

ゆきはベッドに降ろされながら笑った。

「一度やってみたかったんだよな。細い女じゃないと無理だから」

克己も笑った。

「ゆきと、色んなことしたいよ」
「色んなこと?」
克己はゆきの顔にかかった髪を指でそっと避けた。
「うん。一緒に買い物に行ったり、ゆきの行きたいところでデートしたり」
「ゴハンも作ってあげたい」
「一緒にゴハン食べて、それからこんなことしたい」

克己はゆきが閉じていた脚の間から手を入れた。

「これからずっと」
「ずっと?」
「ずっと」

「ずっと一緒だ」

克己の指が脚の間から下着の中に入った。

「ゆきにこんなことできるのは、俺だけだ」
「うん…」
「こんな顔を見られるのも、俺だけだ」
「うん…」
「これからずっとだ」
「うん…」

克己の指が動いて、ゆきは堪えきれずに声をあげた。

「そう、その顔が、俺の堪え性をなくすんだよ」

そう言って克己も自分の着ている物を脱いだ。

「もっと焦らして、ゆきに色んなこと言わせたい」

「言わない…」

「これでも?」

克己がゆきの脚を開き、下着の上から口をつけると、ゆきは「ダメ」といいながら腰を浮かせた。

No.99

「ダメ…」

「ゆきのダメは、もっとして、なんだよな」

「違う…」

「素直じゃないな」

克己は笑いながら、ゆきの下着を脱がせていった。

「松井さんが私に触れると、私、おかしくなる…」

「おかしくないよ」

「だって…」

「こうして欲しかった?」

克己の舌と指が、ゆきの一番敏感な部分で容赦なく動きわまる。

「ダメ、ダメ…!」

ゆきは大きく息を吸い込み、電気に打たれたように体が痙攣した。

その間も克己の舌も指も止まらない。

ゆきは声にならない声をあげながら、克己に手を延ばした。

「…松井さん…松井さん…」

克己は顔を上げてゆきを見下ろした。

「ゆき」

「ダメ…こんな……私…恥ずかしい…」

「可愛いよ」

「だって…」

「恥ずかしいなんて言えなくなるくらい、もっと感じて」

「もう、ダメ…」

「俺も散々焦らされたから、今度はゆきの番なんだ」

克己はそう言うと、ゆきの右足を自分の肩にかけ、ゆきの敏感な部分を指でなぞった。

「ほら、もっとしてって言わないと、もっと恥ずかしいことするよ」

「意地悪…」

「15年分だよ」

「…あっ…も、もっと、して…」

「こうすると、何回でもゆきはおねだりするようになる」

克己が指をゆっくりと溢れかえった中に抜き差しする音に合わせて、またゆきの体が大きく震えた。

「まだ頑張るの?」

克己がゆきの唇から指を入れると、ゆきは荒い息をつきながら、指に舌を絡めた。

「だって…久し振りだから…上手くできない…かも…」

「そんな言い訳して…ゆきが言わないと、ずっとこのままかもしれないよ」

「イヤ…」

「ここに入れて、って言って」

「あっ…いっ、入れて…」

No.100

「…うれしい…」

「好きだ」

「私も…松井さんが、好き…」

「もう、誰にも渡さない」

「うん」

「俺の物だから」

「松井さんも、私だけのもの…?」

「そうだよ。これからずっと」

「松井さん…私…昔からずっと、松井さんが好きだったの…」

「俺も…ゆきのことが、好きだった」

「これからも、ずっと好きでいていい…?」

「ずっと、好きでいて欲しい…」

「いっぱい、愛して…」

「愛してるよ」

投稿順
新着順
主のみ
付箋

新しいレスの受付は終了しました

小説・エッセイ掲示板のスレ一覧

ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧