黒夢
はじめまして
気ままに書いてみます。
よかったら読んでください。
あらすじ
悪夢に悩まされる少女の平凡な日常。
現実と非現実の狭間に視る『異形』なるものとの邂逅。
決意は決断と変わり、少女は戦う──みたいなw
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誰が死んだのか、なぜ死んだのか、なにもわからない。ただ、恐怖が汗となって体中にこびりついている。悪夢を見たのは事実なんだ。
心配そうに様子を伺う忍に笑ってみせる。
ここは公園だ。すっかり陽も落ちて暗くなった公園に、私達以外の人間は見当たらない。ここに来たのはあの黒猫を埋葬するため。忍の提案だった。
「ごめん。ぼうっとしてた」
「大丈夫、キョウちゃん?もう帰ろうか」
そうだね、と頷いて立ち上がる。木の下には忍と共に作った小さな墓がある。
ここにあの黒猫が眠っている。成仏するかわからないけど、冥福を祈って手を合わせる。忍も同じように手を合わせる。どこかその姿に憂いを感じた。
その時、ある違和感を感じた。違和感は、すぐに確信に変わる。気味の悪い緊張が走る。
何かに見張られている様な嫌な感じ。すぐ近くに何かがいる。
この感覚は私だけなのか、隣の忍は平然としている。
私の感じた異変を忍に悟られないように、そそくさと公園を後にした。
男に見える闇の塊は、女には違って視えた。正確には女に視える姿が正体である。獰猛な獣。──化け物がそこにいた。
「まさかこんなに早くご対面なんて──」
女は胸に手を当てる。
「──ラッキーだわ♪」
電光石火。火花と硝煙。銃声が劈く。
「こんなオモチャしかないけど、ごめんなさいね」
手に持つ拳銃をひらひらと動かす。
化物は一瞬怯んだが、大して効果はないようだった。
「傷一つつかないのは織り込み済みだけど、残念ね」
「かっこいいのに」と言うと無造作に銃を捨てる。
そして背伸びをすると踵を返した。
「おい!助けてくれないのか!」
男が泣きつくように叫ぶ。
「……アイツ等は標的を変えないわ。一度狙った獲物は逃さないの」
「それに……」
女は唇に人差し指を当てると、
「罪を贖うことはひとりでやるしかないのよ♪」
と言ってウィンクした。
女は場所を移動していた。
暗闇で隠れていた姿が、ぼんやりとした街灯の光に照らされる。
金髪のロングヘアーに碧眼。透き通るような白い肌を包むのは、真っ赤なライダースーツと黒のブーツ。際立つボディーラインは美と艶を兼ね備えていた。
女の横には大型のスポーツバイクが停めてある。赤一色で統一した車体は彼女とお揃いだ。女は肩に担いでいた細長い縦長のバッグを降ろして積んだ。
女はしばらくするとまっすぐ前に進んだ。薄暗い街路をいくつか歩いていくと、目の前に行き止まりがみえてきた。その闇の奥から声がする。
「……だれかいるのか、だれでもいい助けてくれよ」
ひどく脅えた男がそこにいた。頭を抱えてぶつぶつと独り言をつぶやく。
「……みんなやられた。俺以外の奴はみんな、アレに……」
男の焦点の合わない瞳に闇が濃く映る。まるでそれは生きているようだ。
男と女の間を挟んで闇は突如、具現化した。黒い塊が膨張するように形を成す。男が恐怖に顔を歪めるのとは対照的に、女は不敵に笑った。
「──はいはーい、もしもし」
軽快な着信音が鳴る携帯電話に女がでる。明るい声で相手と会話を始める。
「そう、ごめんね。走行中は聴こえにくいのよ、この着メロ。曲は気に入っているから変えたくないのよ。バイブ?あらやだなんのこと?」
受話器越しの声に不穏な空気を察したのか女は話題を変えた。
「冗談はいいから早く本題に、て感じね。いいわ、わかったわよ。現場にはもう着いたから、といっても一足遅かったかしら」
辺りを見渡しての女の声は、この場所には不釣り合いだった。繁華街のネオンから外れた路地裏。掃き溜めのような薄暗い場所に女はいた。
「うーん、この雰囲気。そうそう、まさに死屍累々て感じ」
電話相手の言葉に女はそう言って頷いた。凄惨な殺人現場のような空間。血だまりのなかに人だった物が散乱していた。女は冷静に見据えている。
「……といってもフツーは視えないけどね」倒れている中年をみてそう言った。
「はっはぁ~~、おっさん調子こくからこんな目に遭うんだぜ」
茶髪の男が大仰にまくしたてる。しかし、罵詈雑言を浴びせた相手に反応はない。
「おい、おっさんきいてんのかよ」
乱暴に胸倉を掴むと強引に引き寄せる。痣やコブで変形した無残な顔が晒される。
「だずけで」と微かに絞り出した声も嘲笑にかき消された。
男の仲間が財布を漁ったり、身ぐるみを剥いでは騒いだ。
「あ~もう飽きたわ。あぁそれにしてもさみぃな」
男は身震いすると、おもむろにチャックを下げる。マジかよ、と下卑た笑い声がこだまするなか、ビチャビチャと水音が混じる。男は一息つくとぼやいた。
「おっさんはキレイになったけど、俺たちは汚れちまったぞ、おい」
今更に飛び散った返り血を気にしだして喚き散らす。仲間の一人も便乗する。
「みろ、俺なんて背中にべったりついてんよ」
男が仲間の方へ振り向いた瞬間、黒い塊が前を遮った。
血飛沫が深紅の奔流となり迸った。
「はぁはぁ、なんだよっ、アレは!?」
恐ろしい物でも見たのか、男は鬼の形相で背後を睨む。
顔は汗だく、息もきれぎれ、何かから逃げるように男は走っていた。
煤けた茶髪に軽薄そうな顔に尖ったピアス。指にはめたシルバーの指輪に首にぶらさげているネックレスやチェーン。男を物語るには十分な出で立ちだ。
男はやけに苛立っていた。酒に酔っていたことも一因だが、それだけではない。
「はぁっ、ふざけんなよ。なんで俺がこんな目に」
男は頭を抱えてしゃがみ込んだ。迷いこんだ道は人気のない場所。男を除いて誰もいない暗く狭い空間。まるでここへ誘い込まれたようだ。
「ああっ、ついてねえ。元はと言えばあのオヤジが悪いっ」
男は目があっただけの中年男性に因縁をつけて、仲間と共謀してリンチにした。男の両手には、その時についた返り血やかすり傷で薄汚れていた。
カチカチと歯が軋むと、男は脳裏についさっきまでの出来事を思い起こした。
『キョウちゃん』、これは忍の口癖だった。
ひびきをきょうと読んで呼ぶのは、昔から今まで忍ただ一人だけ。
幼い頃からそう呼ばれているので今は定着しているが、なぜかは知らなかったりする。忍本人に訊いてもいつもはぐらかされてしまう。
「……それはひ・み・つ。とかなんだか」
「うん?なあにキョウちゃん?」
「えっああ、なんでもない」
いつの間にか独り言をつぶやいてたらしい。ダダ漏れだぞ、私の脳内。
よだれもついてないかと口を拭いてごまかしていると、忍が声をあげる。
「キョウちゃん、あれ見て!」
忍が言う先の方に黒い小さな影がみえた。
「黒猫か……」
歩道脇に放置された黒い小さな遺骸。野良猫だろうかまだ温もりがある。
「かわいそう」とつぶやく忍の瞳に悲しみの影がさしていた。
放課後、なんとなく図書館に立ち寄る。
適当に本を取ってめくっていると、パタパタと靴音が近づいてきた。
「キョウちゃん、またきてくれたんだあ!」
愛くるしい笑顔で微笑む眼鏡っ子、芹澤忍。図書委員で私の幼馴染でもある。
「ま、まあ、たまたまね、たまたま」
偶然を装いなぜ照れる、私!しかも女子で幼馴染の忍に。
それでもうれしいと、腕にすがりつく忍。もお、この天然眼鏡っ子が。
「おっ、ラブラブ」
通りすがりの男子がそうつぶやくと、私の黄金の右足が自動に動く。
ああっ、やってしまった。見ず知らずの男子に蹴りなんていれるから、私は男子に縁がないんだよ~。一人涙する私に忍は抱きついたままだった。
「キョウちゃん、いつも待ってくれてありがとう♪」
上機嫌の忍と一緒に下校する。辺りは夕暮れ時で日が沈む。
日課ではないが、二人でこうして一緒に帰るのが当たり前になっていた。
白昼夢?白日夢?またはデイドリーム?
さだかではないが、私はよく夢を見る。といっても実感はない。たぶん見ていたはずだ。記憶にないのでわからない。なぜかすべて覚えていない。
覚えてないのになぜだか確信することがある。この夢は悪夢だ。
内容を知るはずないのに直感でわかることができる。なぜかはわからない。
ただ、夢から醒めた後は必ずある痕跡を残す。それが今回は涙だった。
この涙は不可解で、今まで泣くことは滅多になかった。
それほど恐ろしい事か哀しい事が起きたのだろうか、私の見た夢に。
思い出すこともできないのだからどうしようもないことだけど……。
「──!?フゴゴッ」
「シケた顔してどうしたー」
不意に息ができないと思ったら、サツキが無理矢理口に菓子パンをねじ込んだせいだ。窒息死したらどうしてくれる、もぐもぐうまい。
優子とサツキはいつも私を気遣ってくれる。いい友達に恵まれたもんだ。
>> 1
「響、ナミダ。涙でてるよ」
優子の指摘に私は慌てて目を擦る。指についた水滴は涙だった。
「響、なにあんた泣いてんの?」
おちょくるサツキに私は華麗にツッコミをする。蹴りで。
「ちょっまっ、あんたのトーキックは洒落になんないって!」
腰にクリーンヒットしたらしく、大袈裟に非難するサツキ。
「あっパンツ見えてる」
私のあどけない嘘に色めくクラスの男子。くくっ、サツキあんたが悪い。
この二人とは腐れ縁で昔から仲がいい。優子はいつもニコニコしていて、可愛い。男子にも人気がある。胸もデカイし……。サツキはノッポでガサツ。おもしろいので男子とも普通に話す。私はチビで貧乳。男子とは縁がない。うっ。
そういえばなんで泣いていたんだろう。
たぶん悪い夢をみていたんだろう。そうこれはいつものことだ。
──後悔先に立たず
いつだって気付くのは後であって、悔やむのはその後だ。
大切な物は失ってからはじめて気付くと言うが、まったくそのとおり。
私はそれを痛感する。強く、胸に突き刺さり鼓動が鳴る。
呆然と仁王立ちする私の足元に水たまりができる。
たぶん水だろう。この黒に塗りつぶされた世界で判別するのは難しい。
足元に広がったそれは濃く、深く纏わりつく。弱冠生温かいそれは嫌悪感を呼ぶ。
そこで私はこの世界は自分自身が閉ざしていたということに気づいた。
重く閉じられた瞼がゆっくりと開く。まだ、決心も決まらない内に軽はずみなマネをする。私はつくづく、自分が嫌になった。いつだってそう手遅れなのだ。
目の前の光景は残酷で虚無に満ちていた。ぽつんと不釣り合いに佇むアレは一体なんだろうか。正体を知るのに時間はかからなかった。いつの間にか左手に握っていた刃物に赤い液体が滴る。自然と視線を足元に向けると血だまりが広がっていた。
──ああ、これが後悔なんだ。
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