冥途の土産にやり直すべき日を聞いて逝きます~さようなら~

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2023/05/23 15:04(更新日時)

桜の花が咲き誇る頃、妻が家を出て行った。

No.1695914 (スレ作成日時)

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No.1

大学を卒業した一人息子の就職祝いを
昨日したばかりだった。


『和典が独立したらあなたと別れようと
 ずっと心に決めていたんです。
 
 もう我慢する理由がなくなりました。
 離婚して下さい』


私が何を言っても
妻は全く聞く耳を持たなかった。

No.2

必死に抵抗する私を憐れむこともなく、
見下げるように妻は言った。


『よくもそんなことが言えますね。
 あなたは今まで一度だって
 私の話に真面目に耳を傾けてくれたことがありましたか?
 私は25年堪えました。
 これからはあなたが堪えて下さい』


ああ言えばこう言い、頑として妻は譲らなかった。


そのあまりの気迫に、半ば強引に私は判を捺した。

No.3

『初めて私がして欲しいことをして下さいましたね』


私にはもう用はないと言わんばかりに、
妻は大事そうに離婚届を封筒に入れた。


それからあっと言う間に
いろんなことが決まっていった。


私は妻が言うことをただ聞いているだけだった。



『財産はこれで全てですので、均等に配分したらこうなります。
 
 これとこれは私がいただき、あなたの分はこれです』


500万円の貯蓄とほとんど全ての家具。


これが均等に分割したという私の取り分らしい。

No.4

妻と息子と三人で暮らしていた賃貸アパートには、
これからは私一人が住み続けることになった。


『和典と話がしたい時は
 和典に直接電話して下さい。
 
 ではお元気で』

 
息子には電話をかけていいが、
妻には今後一切関わってはいけない。


早い話、そういうことだ。


妻がずっとこんなことを考えていたとは。

No.5

突然離婚を切り出されてから三日後の朝、
晴れ晴れとした顔で妻が家を出て行った。


第二の人生を自由に楽しみます!


私が言うのもなんだが、
今まで見たことがない清々しさとたくましさを
妻の背中に感じつつ、
私は強がる言葉の一つも言えずに
ただ彼女の後ろ姿を見送って鍵を閉めた。


私の転落人生の幕開けだった。

No.6

和典が独立し、後を追うように妻が家を出て行ってから二ヵ月後、


私は長年勤めてきた会社が倒産して解雇された。


それから職を探し続けて二年。


50歳半ば過ぎの使い古しの親父を雇ってくれる会社はとうとう見つからず、
500万あった貯金は100万になってしまった。


あー。
私の人生はもうお終いだ。


死のうかな。

No.7

いつからか芽生え始めた「死にたい」願望は


貯金が減っていくのに反比例して次第に強くなっていった。


もう死ぬしかないな。


やりたいことは全て、
別れた妻に我慢させられてきた人生だった。


私は大のパチンコと競馬好きだった。


やめる約束で結婚したが、やめられずに妻に内緒で続けていた。

No.8

和典を腹に宿した時、妻は私に土下座して言った。


『産まれてくる子供の為に
 パチンコと競馬をやめて下さい。
 お願いします』


床に頭をこすりつける妻を見て、
心に槍が刺さった思いだった。


私は自分の行いを心から反省し、
その日以来、パチンコと競馬を断った。

No.9

ただ、そうして抑えた欲望は度々夢の中で顔を出した。


札束片手に朝から晩までジャンジャンバリバリ。


一日中パチンコしてる夢。


馬券握って競馬場で叫んでる夢。


その夢を見た日の朝は、至極気持ちが良かった。

No.10

一度でいいから、


いつかあんな夢のような日を味わいたいものだと、


その日見た夢を忘れてしまわないように、


通勤電車の中で何度も思い返してニヤけたものだった。


何の制約もなく、思いっきり好きなパチンコがしたい...

No.11

この100万円でできるじゃないか!!


朝からパチンコ行って一日中玉を打って


100万使い果たしたら首吊って死ぬ。


なんて楽しいんだ。


結構簡単に自殺を決意できた。


これで思う存分パチンコができる。


何も楽しいことがなかった人生。


最後の最後にパチンコだけが許されたのか。

No.12

妻と離婚してから一度も和典と連絡をとっていない。


私は離婚後すぐに会社を解雇されてしまったし、


親父としての威厳とメンツを保つためにも


こちらから連絡するというのはどうも...。


かといって和典の方から連絡があった形跡もない。


長年育ててきた倅だが、家を出て行ったら息子なんてこんなもんだよな。

No.13

今更、男同士、何を話したらいいのかもよく分からない。


それに私が会社を辞めて失業中ということは彼等には知らせていない。


結局、電話で話すことって言ったら、


互いに「最近仕事はどうか?」くらいの話題しかない。


話しが途切れ、健康診断的な質問のやりとりが2、3続き、


間の悪い会話を無理矢理終えて受話器を置く。


そんなやりとりをするくらいなら、電話なんかしない方がお互い気楽だ。

No.14

いつも息子との会話はそういう不自然さ丸出しで途切れた。


その会話の間を取り持ってくれたのは妻だった。


今はもうその妻はいない。


息子と電話で話す勇気がない。


はあ。情けねえなあ。


迷惑かけられんし、情けない姿も見せたくない。


やっぱり私は黙って静かに死ぬしかないな。

No.15

まあなあ。


息子は息子で私ら夫婦のことについては、
まるで興味がない様子だった。


離婚することは妻が知らせたが、
特段驚きも見せなかったようだ。


和典は反対することもしなかった。


そんなものか。


もしかしたら、
妻は和典には前々から離婚の意思を伝えていたのかも知れない。


私だけか。何も知らなかったのは。


和典に聞いてみたいものだな。


一体妻は何が不満だったのか。

No.16

でも和典が離婚に反対しなかったということは、
私に非があったと和典も思っているということなのか。


母親というのは息子を手懐けるのがうまいもんだ。


私一人蚊帳の外。


和典と酒でも飲めたらなあ。


私は仕事の帰りが遅くて家に帰るといつも真っ暗だった。


和典とは親子らしい会話をしないまま過ごしてきてしまった。


だからもう、まるで話せない。

No.17

私なりに努力したんだ。


入学式に出てと言われれば駆けつけたし、
授業参観に同席してと言われれば行った。


小学生まではな。


和典が中学生になった頃から、なんだか恥ずかしくなってしまい、
全てを妻に任せた。


親父なんて、出る幕じゃないと思っていたからな。

No.18

そうこうしているうちにどんどん背が伸びて、
体つきも大きくなっていった。


妻ごしに、いろいろと報告を受けた。
相談ではなく報告だった。


部活での出来事、勉強のこと、友達のこと、進路、志望する大学...


和典が中学一年生の時だった。


コミュニケーションを図ろうと、
休日に私から和典を誘ったことがあったな。


よくドラマで見た、
男同士の夕暮れ時のキャッチボール。


一度やってみたかった。

No.19

日曜大工の店で野球ボールを買ってきて、
私は張り切っていた。


和典にとっても、いい思い出になればと。


少し恥ずかしかったが、思い切って誘ってみた。


『和典、ちょっと外の空地でキャッチボールでもしようか』


『あなた何言ってるの。和典はこれから塾なんです。
 和典、早く塾行く仕度しなさい』

No.20

こうして私の試みは、
ブーンと羽音をたてて気持ち良く飛んでいた蚊が、
後ろからいきなりたたき落とされたように、
秒殺で散った。


和典の目が点になって空中を泳いでいた。


私に誘われて、
あいつは明らかに困っていたようだった。


以来、そんな状況を味わうのが怖くて、
二度と和典を誘えなくなった。


結局、母親と息子が仲良くやってるならそれでいいと、
もう余計なことはすまいと思った。


今もそうだ。

No.21

下手に電話でもして、
和典にあからさまに迷惑な態度でもとられたら、
もうパチンコどころじゃなく、
私は即死したくなるだろう。


今まで同様、何も求めずにいた方がいい。


期待もしない。


あの二人は私のことなど忘れて、
達者で楽しくやってるんだろうから。

No.22

チロリロリン。チロリロリン。
(和典の携帯の着信音)


『もしもし?和典?』


『あ、母さん。何?』


『今度の日曜日、
 あなた仕事休みなんでしょ?
 家に彼女を連れて遊びに来なさいよ。
 
 母さんご飯作って待ってるから』


『またその話?
 だからいいよ、そんなことしなくて』

No.23

『いいから連れて来なさい。
 
 彼女の名前、美佐子さんて言ったっけ?
 美佐子さんは嫌いな食べ物とかあるの?

 美味しいビーフシチュー作っておくから』


『あーもうわかったよ...
 じゃあ連れて行くから』


『絶対に来なさいよ。
 待ってるからね』


プー。

No.24

はあ...


なんだかなあ...


親父と離婚してから、やたらと干渉してくるようになった。


鬱陶しい。


いい加減俺のことは放っておいて欲しいんだよな。


俺も独立して一人暮らししてるわけだしさ。


なんでこうもしょっちゅう電話がかかってくるんだよ...


日曜日に彼女を連れて行ったら、
母さんも少しは静かになってくれるか。


それが終わったら、
母さんからの電話には暫く出ないようにしよう。

No.25

日曜日。

『ねぇ。今日は映画観に行かない?』

『いいよ』

映画を観終わった後で、美佐子に伝えた。

『あのさ、母さんがどうしても
 美佐子に御馳走したいって言ってるんだ。

 今から母さんの家に一緒に行ってくれないか』

No.26

『えっ!
 でも私、こんな格好だし、
 そんなこと急に言われても...』

『その格好で大丈夫だよ。
 かしこまる必要ないし、気楽な感じでいいよ。
 
 母さんがわがまま言ってるだけだから。
 特別な意味は無いからさ』

『特別な意味は無いってどういうこと?』


美佐子の顔色が変わった。

No.27

『私が和くんのお母様に会うのに意味は無いの?』


『いや、そういうことじゃなくてさ...』


『私にとっては和くんのお母様に会うことは特別なことなのよ。
 ちゃんとした格好をして心の準備も必要なの。

 そんなに簡単なことじゃないわ』


『だからそんなに大したことじゃなくて、
 母さんがただ飯を食べに来て欲しいって言ってるだけなんだ。
 
 そういうことがしたいみたいでさ。
 君に会いたいって』


『大したことじゃないって...』


美佐子が泣きそうだ。


もうなんて言えばいいんだよ。

No.28

うつむいたまま美佐子が言った。


『お母様が私に会いたいって本当?』


『ああ。飯作って待ってるって』


『この格好で大丈夫?
 変じゃない?派手じゃない?』


『いいよ。すごくいいよ』


美佐子がにっこり笑った。
とりあえず機嫌は直ったみたいだ。
よかった。


美佐子を連れて
母さんの住むマンションに向かった。

No.29

『まあ。美佐子さん、可愛らしい方ね。
 和典にはもったいないわ。
 さあ、上がってちょうだい』


『はじめまして。今日はありがとうございます』


『いいのよ。堅苦しい挨拶はやめて、
 遠慮しないでゆっくりしていってちょうだい』


母さんはやけにハイテンションだ。


『今日仕事だったんじゃないの?』


『帰ってからビーフシチュー作っておいたのよ。
 今日あなたたちが来るのを
 とても楽しみにしていたのよ』


『ほら』


鍋の蓋を開けて、
俺たちに鍋いっぱいのビーフシチューを見せた。


『わあ。美味しそう』


いつも穏やかな美佐子が少しはしゃいでいる。

No.30

『お母さん、お手伝いします』


『まあ。お母さんなんて言われたらとても嬉しいわ』


『うちは女の子がいなかったから
 そんな風に言われるのが夢だったの』


『お母さん、お皿はこれでいいですか?』


女同士というのは、すぐに打ち解けるもんなんだな。


台所に女二人。


俺は何をすればいいんだか。


『俺もなんか手伝おうか』


『......』


聞こえないみたいだ。


とりあえずテレビでも見ていよう。

No.31

そうこうしている間に、
ダイニングテーブルにはたくさんの皿が並んだ。


『すごいな。母さんこれ一人で作ったの?』


『そうよ』


何種類もサラダがあって、果物もある。
どこかで買ってきた見慣れないパンやワインまで。


母さん、随分はりきったなあ。


最後に、見たこともない高級そうな皿に盛られたシチューが登場した。


『さあ二人とも、たくさん召し上がって』

No.32

『いただきます』と言って食べ始めてから15分。


母さんは減ったグラスのワインをつぎ、
サラダを足し、
空になった皿を流しに持って行ったり、
再びパンを焼きに行ったり、
慌ただしく動いている。


なんか落ち着かない。


人をもてなすことが慣れていないとか、
もてなしたことが随分昔のことで、
その感覚をもう忘れてしまっているのか。


『母さんも座ってゆっくり食べたら?』


『食べてるわよ』

No.33

『ほら美佐子さん、どんどん食べて。
 私一人だから、
 シチューを作っても食べ切れずに残ってしまうのよ』
 

『ありがとうございます。いただきます』


美佐子が2皿目を食べ始めた。


俺の頭の中に、ふとよぎった。


もし、もしも美佐子と結婚したとして、
結婚生活の中に母さんが介入してくるのは必至だろうな。


それもしょっちゅう。何かにつけて。


世話焼き度合が半端じゃないだろう。


ぞっとした。

No.34

俺でも耐えられないのに
美佐子は絶対に無理だろう。


このままでいいわけがない。


だいぶ時間がかかって美佐子の皿が空になりそうになると、
母さんは鍋を温めなおし、
また山盛りのビーフシチューを新しい皿に入れてもってきた。


『美佐子さんはたくさん食べてくれてうれしいわ。
 どんどん食べてね』


『あっ、すみません』


美佐子は3皿目のビーフシチューにスプーンを入れた。


『もういいよ、母さん。美佐子、苦しいだろ?』

No.35

『大丈夫。美味しいよ』


表情は笑っていたが、
明らかにいつも美佐子が食べる量を超えていた。


『うれしいわ。たっぷりあるからたくさん食べて』


『母さん、今日美佐子には急にお願いして来てもらったんだ。
 
 もし俺が前もって知らせていたら、
 美佐子も腹を空かせて来たんだけど。

 ごめんな、美佐子。

 それに元々美佐子は少食だし、
 俺が代わりにたくさん食べるから。

 母さん、俺の皿におかわり頼むよ』


『あら。美佐子さん、少食なの。
 遠慮しないでいいのよ。たくさんあるから。

 もし食べ切れなかったら、
 パックに詰めてあげるから持って帰りなさい。

 冷凍庫に入れておけば長持ちするから』

No.36

『ありがとうございます』


『ねっ。持って行きなさい。お母さんパックに詰めてあげるから』


美佐子が食べようとしていた3皿目のビーフシチューを奪って口にかきこんだ。


空になった皿に、
また山盛りシチューのおかわりが催促せずにやってきた。


もう4、5皿は食ってる。


母さん、どんだけ作ったんだよ...


鍋に残ったビーフシチューをたいらげることができず、
母さんはとうとう余ったシチューをパックに詰め始めた。


『母さんも食べれば?』


『母さんはいつも食べてるからいいのよ』


嘘だろうと思った。

No.37

大概、シチューを作る時は前日の晩から煮込んでる。


今日仕事から帰宅してから作ったというのは、
おそらく嘘だ。


きっと昨日の夜から張り切って作っておいたんだろう。


俺に電話してきたあの日から、
皿を新調したり
ワインを数本買ったり
いろいろと食材買ったりして
今日の日のために準備していたんだろう。


そこまでしてまで、どうして母さんは...


他にすることがないのか。

No.38

何か趣味でもあればいいのに、
いつも電話でする会話は俺のことばかり。


母さんが友達と旅行に行ったとか、
会社の人と何か楽しいことをしたとか、
そんな話はまるで無い。


これからは明るい人生が待っていて、
やっと自由になれる!
これからが私の人生よ!と
張り切って離婚した2年前の姿が、一瞬頭に浮かんだ。


確かに親父の文句を言うこともなくなったし、
イライラすることも減った。


自由になったのかも知れないが、
母さん、何か違わないか?

No.39

離婚して良かったのか。


俺が疑問に感じても仕方がないけど、
母さんはどう思っているんだろう。


目の前にいる母さんは、
寂しさをひた隠しにして、
懸命に明るく振る舞っている。
そんな気がした。


自然ではない。
そんな母さんの姿は、正直言って見たくない。


俺と美佐子の出会い、仕事の状況、最近の出来事...


母さんは自分のことを聞かれることを拒んでいる気がした。


俺たち二人の話題で、
一通り話が盛り上がった。


時刻が23時になろうとしていた。

No.40

母さんがどんどん質問してくるから、
なかなか話を止められない。


咳払いをして会話を止めた。


『母さん、明日仕事?』


『母さんは明日は休みよ』


『そっか。
 俺と美佐子は明日仕事だから、もう帰るよ』


『そう...』


俺と美佐子と二人で食器を片づけ、洗った。


その間、母さんはビーフシチューだけではなく、
余ったおかずもタッパーに詰めて、
開けなかったワインボトルと一緒に紙袋に入れていた。


そんなことしなくていいのに...

No.41

『また遊びに来てね。必ずよ』


『ごちそう様でした。
 ありがとうございました。
 おやすみなさい』


俺と美佐子が見えなくなるまで、
母さんはずっと俺たちを見送っていた。


その母さんの姿に、何とも言えない寂しさを感じた。


母さん一人を置いて帰る。


親不孝なことをしている気がする。


だけど俺は何も悪くはないはずだ。


もし、離婚なんかせずに
親父と二人でいてくれていたら、
俺はこんな気持ちにならなくて済んだのに。


心配させずに安心させてくれよ...

No.42

『お母様、優しくて素敵な方ね』


『ああ、そう?
 なんか最近会ってなかったから、急に老けた気がしたよ』


『そんなことないわ。お料理も美味しかったわ』


『でも今度はちゃんと前もって言ってね。
 私、緊張しちゃった』


『全くそんな風には見えなかったよ。
 母さんと仲良く喋ってたし』


『お母様、私のこと、どう思われたかな?』


『喜んでたと思うよ。また来てって言ってたし』


『そう?良かった』


『それより、今日は悪かった。気を遣わせたね』


『いいのよ。
 私も楽しかったし、
 お母様にお会いすることができて良かったわ。

 ところで、お父様はお元気なの?』


『親父?親父は...』

No.43

『和くんの口から、お母様の話はよく聞くけど、
 お父様の話ってしないじゃない?』


確かに。


親父たちが離婚したことは知らせてあったけど、
俺も親父とは疎遠になってるから、
あえて親父のことを美佐子に話すネタもなかった。


『しないわけじゃなくて、
 する話がないんだよね。
 小さい頃からあまり会話もしなかったし。

 親父はいつも帰りが遅かったから、俺は寝てたし。

 休みの日にどこかに行った記憶もないしさ。

 だけど母さんと離婚したら、
 親父とは男同士しかできない会話を
 自由に遠慮なく話せるようになれるんじゃないかって、
 少し期待はしてたんだ』


『だけど、その期待に反してどんどん疎遠になってしまってさ』

No.44

『親父とはさ、
 小さい頃からあまり会話せずに育ったから、
 心を通わす方法がわからないんだ。
 
 その日の天気とか体の具合とか、
 あまり意味のない会話をしたって仕方がないし』


『そう?
 私も両親と電話で話す時ってそんなものよ。
 いつも大体同じ会話してる。
 最近どう?とかね』


『他愛もない会話だけど、
 それだけで安心するのよ。
 だから何を話そうかなんて、
 深く考えて電話したりしないのよ』


『そうだよな。普通は』


『俺もそういう安心感が欲しいんだよな。
 親父に電話しようと思ったことも何度もあったけど、
 結局やめるんだよ。
 何を話せばいいのかわからなくて。
 会話が続かなそうでさ』

No.45

『本当は酒でも飲みながら、
 いろんなことを話せるようになりたいんだけどな』


『そうなのね。
 男同士ってそういうものなのかも知れないわね。

 でもお父様もきっと、
 和くんと同じことを思っていらっしゃるんじゃないかしら』


『そうかな』


『一度、俺が中学の時、
 親父がキャッチボールに誘ってきたことがあったんだよ。

 俺驚いちゃってさ。
 
 そんなこと初めてだったし、
 どう反応すればいいのかわからなくて。

 母さんに塾行けって言われて、
 結局キャッチボールはしなかったんだけどさ。
 塾に行った後も、そのことがずっと頭から離れなくて』

No.46

『あの寡黙な親父がそんなこと言ってくるなんて信じられなくて、
 その日やった勉強は、全く頭に入らなかったよ』


『親子でキャッチボールなんて素敵じゃない』


『結局やらなかったけどね』


駅に着いた。
改札口で美佐子を見送った。


親父と話がしたくなった。


電話してみようかな。


携帯片手に歩きながら考えた。

No.47

親父、元気か?


それしか思い浮かばないが、
勢いでその後の会話は
どうにかなるんじゃないか...


美佐子も
親との会話はそういうものだと言っていたし、
あまり考えずに気楽に電話してみたら、
案外どうにかなるものなのかも知れない。


母さんとの電話は、
いつも母さんが一方的に話すだけだから
こんなふうに考える必要もないのに。


相手が親父となると...


携帯画面に親父の電話番号を映し出したまま暫く歩いた。

No.48

だけど、親父はなぜ俺に連絡してこないんだろう。


もう2年以上も。


親父がどうしているのか、何も知らない。


母さんも、俺には親父の話はしない。


だから俺も、親父の話はしないことにした。


母さんには電話できなくても、
俺にはできるはずなのに。


疑問とともに、
じわじわと怒りのような感情が湧いて出てきた。


俺と話したくないのか?
それとも興味がないのか?

No.49

親父には幼い頃から裏切られ続けてきた。


それでも純粋に、たくさんのことを期待し続けた。


俺だけが、
電話で話したいなんて思っているのかも知れない。


どうせ俺のことなんて興味もなくて、
また素っ気ない態度で裏切られるのかも知れない。


期待したことを後悔することになるのかも知れない。


電話しなければ良かったと、思いたくない。


携帯画面に表示されている親父の電話番号を消して、


ズボンのポケットにしまった。

No.50

―白井常雄宅―


日曜日の昼下がり。


100万か...。


全部パチンコにつぎ込んでしまったら、
食べる物に困るなあ。


パチンコで一日使えるお金は、
おおよそ10万ってところか。


一週間で70万。

No.51

その間、
生きるための食費だけは、
別に確保しておかなきゃならん。


アパートの家賃やら光熱費やらも、
生きてるうちの分は、
ちゃんと払わないとな。人として。


とりあえず、
20万位は諸々の引き落としのために、
銀行口座に入れておこう。


そのくらいあれば、
死んだ後で文句言われることもないだろう。


手元には、食費と酒代で10万あればいい。

No.52

当初の100万よりはちょっと減ったが、
軍資金70万もあれば、
一週間思う存分、パチンコができる。


この世とおさらばするのは、
70万円を使い切った日。


一週間後。


悔いはない。


決まりだ。


よしっ!
早速明日の朝から並ぼう!


開店10時。
閉店22時45分。


自殺へのカウントダウンが始まった。

No.53

一日目


9時50分にはパチンコ屋に並んでいた。


昨晩は胸が高鳴って、
なかなか寝付けなかった。


夢にまで見たパチンコができる喜びと、
金を使い果たしてしまう恐怖。

No.54

一緒に並んでいる人々が、
どういう類の人たちなのかは分からない。


ただ少なくとも、
一週間後に自殺を考えている人は、
私以外にはいないだろう。


だから負けても怖くない。
逆に勝ってしまったら困るってもんだ。


そんな余裕のある人もいないだろうな。


金がいくらでも使える。
当たるまでやれる。


自分だけが特別だという気持ちでいられた。

No.55

10時開店。


店内の騒がしいこの曲。
こもった空気。


懐かしい。


まるで遊園地に来た子供のように、
光る台に目が釘付けになった。


他の客は早々と座って打ち始めている。


忙しく打つ台を探すも、
もう20年以上もパチンコから遠ざかっている。

No.56

見たことがない機種ばかりが並ぶ。


どれにしようか。


おお!


SUPER鳥物語!!


若かりし私がハマりにハマった、
あの鳥物語の最新盤!


もうウキウキワクワク状態だ。


早速、5,000円をプリペイドカードに換えて、
SUPER鳥物語の台の釘を一台一台読んだ。


この台にしよう。

No.57

気に入った台の前に座ってカードを差し込んだ。


なんて楽しい瞬間なんだ。


できるんだ。
何の制約も制限もなく、
パチンコが本当にできるんだ。


チン。
ジャー。
カラカラカラカラ。


玉が出てきた。

No.58

思わず玉の中に手を突っ込んで感触を確かめる。


ああ。冷たくて気持ちがいい。


右手をハンドルにかけて捻る。


玉が次々と弾かれて上がった。


カシンカシンカシンカシン……


ううぉーーーー。


たまらん…。


チンチンチンチン……


早くも赤いランプが4つ点灯。


音楽と同時に、台が回り始めた。

No.59

バタン。


アパートに戻った。


布団の上に大の字に仰向けになった。


はあ。


頭の中にずっとサウンドが流れている。


比べてこの静かな家の中。


一日中、パチンコした。


爽快に負けた。


しかし10万円で夢が叶った。


失った10万円以上の価値だった。


明日こそフィーバーなるか。

No.60

2日目。


カシンカシンカシンカシン…


全然こない。


リーチ!リーチ!


そればかり。


玉がどんどん吸い込まれてなくなっていく。


まるで、さっさと死にましょうと言われているかのようだ。


隣の客が、高く積もれたドル箱の上に、
更にこれ見よがしにもう一段積んだ。

No.61

カシンカシンカシンカシン…


私も高々と積んでみたいものだよ。


もう「リーチ!」に期待することもなくなった。


こないことはわかっているから。


私が求めているのは、ただのリーチじゃない。


プレミアムなリーチ。


そう。
この鳥物語のプレミアムリーチは、
七色に輝く不死鳥リーチ。


それでないと、意味がない。


ただのリーチで満足などしない。


一度でいいから、
不死鳥を見ることができれば、
もう何もいらない。


ドル箱を積むこともなく、
不死鳥どころか確変もこず、
二日目が終わった。

No.62

三日目。


カシンカシンカシンカシン…


不死鳥目当てで来ているが、
もうかれこれ20万円以上使っている。


こんなに使っても出ないんだから、
1万、2万持ってたって出るはずがない。


若い頃、負け越した分を取り返すどころか、
負け越したことに納得できる有り様だ。


考えてみたら、確実に死に向かっている私が、
不死鳥が出ることを望んでいるというのも、滑稽だな。

No.63

リーチもこない。


何もこない。


台の変化は何もなく、
ただ玉が吸い込まれていくのを
思考停止状態でじっと見ていた。


物凄い速さで玉が無くなっていく。


ふと台を見上げると、
とんでもないところに玉が飛んでいた。


あーまずいまずい。

No.64

こんな無制限な金の使い方、
誰一人として真似できないだろう。


あっぱれ。


負けるということは、金が無くなるということだ。


分かり切ったことだが、それは死ぬということだ。


そしてそれは、あまりにもあっけなく訪れる。


今日が終われば、私の生存日数は残り4日。


それまでに、
どうしても不死鳥だけは見ておかないと、
死んでも死にきれん。

No.65

カシンカシンカシンカシン…


夕方になって、リーチの頻度が高くなった気がする。


鶏がやたらと卵を産むようになった。


コケコケコケコケとちょっとうるさい。


隣の客が私の台を覗きこむ。


これはそろそろ何かがくる前触れなのか?


Uの字で言うと、
ずっと底にいた私は、
ようやく上昇基調に転じたということなのか?

No.66

リーチっ!!


よーし。また鶏が卵を産むぞ!!!


うーーーーーん、うーーーーーーーん


鶏が踏ん張ってるけど卵がなかなか出てこない。


尻から少しずつ卵が見えてきた。


なんだこれー!!??


卵がデカすぎだ!!


うーーーーーーーーーん、うーーーーーーーーん

No.67

鶏が物凄いブサイクな顔でいきむ。


こいっ!!こいっ!!こいっ!!


鶏と同じくらいの大きさの卵だと思われる。


鶏の顔色がどんどん悪くなっていく。


うーーーーーーーん、うーーーーーーーーん


がんばれ!がんばるんだ!


あきらめるな!!


私の身体も、覗きこむ隣の客の身体も、一緒にいきむ。


うぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

No.68

コケッ。


????????????


鶏、死亡。


あれ!?


死んでしまった。


全身の力が抜けた。


隣の客と顔を見合わせて笑った。


しかし楽しい。


なんだあれは…。


卵の色が金色だったぞ。


もし産まれていたら、あれが不死鳥だったのか?

No.69

上昇基調に転じたかに思えた期待も虚しく、
それからは、すずめが1回そろって、
オウムが一回そろって、
本日は大当たり計2回で終了した。


この三日間、惨敗だ。


しかしながら、その惨敗を吹き飛ばすほどの大収穫があった。


産まれてこなかった金色の卵・・・


気になって仕方がない。


あの卵の正体は一体なんだったのか。


滅多にお目にかかれない、レアなリーチを出してしまった。


初めて見た。


もしかして、私は今、
凄いことをやってのける寸前なのかも知れない。

No.70

なかなか寝付けなかった。


不死鳥リーチは若い頃も出したことがないリーチ。


幻のプレミアムリーチ。


今の私なら出せるかもしれない。


明日も同じ台を打とう。


誰かに台をとられてしまったら、それこそ死にきれない。


明日は今日より早く並ぼう。


はやる気持ちを抑えて、床についた。

No.71

4日目。


昨日まで使った金は30万。


残り40万。


今日を入れて、あと4日か…。


あっという間に三日過ぎた。


いつもより30分早く家を出た。


誰もいないパチンコ屋。


時刻は9時20分。一番乗り。


これで昨日の席は確保できた。


あとは打つだけ。


今日こそ出すぞ。不死鳥よ。

No.72

母さんの家に、美佐子と食事に行ってから数日が経った。


この頃、仕事がつまらない。


大学卒業してから2年半。


どうも気力が出ない。


何をしても面白くない。


ボケーッと考え事をすることが多くなった。


統計によると、
この国の新卒社員の4割近くが、
入社してから3年以内に会社を辞めているらしい。


俺もそういう道を辿るのかな。

No.73

これでいいのか。
このままでいいのか。


そんな思いが一日の中で数回、
心の中を訪れるようになった。


酷い時は、
こんなことをするために、
受験戦争を勝ち抜いてきたのか?
俺はこんなことをするために、生まれてきたのか?


そんな無意味な憤りが、心を支配しそうになった。


それは現状からの逃げなのか、
更なる高みを目指そうとしている気持ちの表れなのか、
自分でもよく分からない。


分からない気持ちに汚染されそうになって、
それを払いのけることができた日々は遠く、
今では寝ることも忘れて、
汚染された心に浸ってしまっている。


そんな時は、いつも思い出した。


親父のことを。

No.74

親父…親父はすげぇよな。


ずっと働き続けてきたんだもんな。


何十年も。


俺なんて、
たった2年半働いただけで、
もうギブアップ寸前だよ。


これでいいのか?なんて思い始めてさ。


だからと言って、何をすればいいのかわからない。


何かを始める気力もない。


どうすりゃいいんだよ、親父...。


親父の話を聞きたい。


俺の話を聞いてもらいたい。


叱ってもらいたい。


俺が考えつかないような言葉をかけてもらいたい。


情けないけど、そんな気持ちが膨らんでいた。

No.75

考えてみたら、
俺と母さんと親父は、心がバラバラだな。


お互いのことを何も知らない。


何も繋がっていない。


これを家族って言うのだろうか。


母さんと親父が離婚しても、
俺と母さん、俺と親父の関係は、
ずっと続くものだと思っていた。


本当は、離婚する前より、
俺と親父との関係は、
ずっとよくなるんじゃないかって期待していたんだ。

No.76

俺も大人になった。


だから男同士、話したいことだって、やりたいことだってある。


社会人になってから、相談したいことも増えた。


聞きたいこともある。


だけど、何だよ、これ。


親父が歩み寄ってくれなきゃ、
俺だってどうすればいいのかわからねぇじゃねぇか。

No.77

親父はいつも俺を遠ざけた。


俺が立ち入ってはいけない領域でもあるんだろ?


話しかけようとしても、親父の後ろ姿がそれを止めた。


話しかけるなと言ってる気がして。


俺はずっと、親父の背中に話しかけていたんだ。


いつ、俺のことを見てくれるの?ってさ。


こんな大人になってもまだ、
その疑問に答えられないなんてな。


ガキの時に我慢した甲斐がねぇよ。


俺、もういい歳なのに、
親父親父って、何言ってるんだろう。

No.78

会いたい気持ちと、失望とが入り混じって、
何か行動して決着させないと、
俺の心の中を、益々親父が占領してしまう気がした。


母さんは相変わらず、ちょくちょく電話してきた。


電話には出ないようにしていた。


どうせまた、面倒なことを言われる。


だけど留守電にはメッセージが入っていたから、
それだけは聞いた。


『和典。電話ちょうだい』


このメッセージを聞く度、気が重くなった。

No.79

だけど、親父と連絡をとるには、
一応、前もって、
そのことを母さんに言っておいた方がいいだろう。


母さんの機嫌が良い時に、それとなく話してみようかな。


俺が親父と連絡とりたいと思っていることを。


俺から母さんに電話をして、
親父のことだけを聞いて話が終わったら、
きっと母さんは悲しむだろう。


何気なく「そう言えば…」という感じで
親父のことをついでに聞いた方がいい。


俺から電話するのではなく、
あえて母さんからまた電話がかかってくるのを、待つことにした。

No.80

カシンカシンカシンカシン・・・


昨日と同じ台で再挑戦中。


私は一昨日は別の台を打っていた。


何人もの猛者たちが、
入れ替わりこの台を打っては敗れ去っていくのを、
間近で見ていた。


そして昨日の朝、
何となく、私もこの台が気になって、
他の客にとられそうになったこの椅子を
訳も分からず、ぶんどっていた。

No.81

この台に何かを感じたことには間違いないのだ。


だが、私も昨日は散々な結果で終わった。


そして今日。


午前が終わって午後になっても、
何も起こらない台。


嵐の前の静けさということなのか・・・


昨日よりも増してつきまとう、ミラクルなことが起こる予感。


昨日の朝からずっと温めてきたこの椅子を、
他の客に譲ることなど、考えられない。


途中、トイレに立つ時も、
他の客に狙われないように、
椅子が見えるギリギリまで目を光らせ、
ささっと済ませて小走りで戻った。

No.82

昼が過ぎて2時間ほど経った。


気のせいかも知れないが、
リーチが出る頻度が高くなってきたような…


何故そう思い始めたかと言うと、
昨日までの三日間、一度しか出なかった鳥群が、
やたらと画面の背景に出現し始めたからだ。


午後に入ってから5~6度はこの鳥群にお目にかかっている。


と、普通に説明しているが、これは普通の状態ではない。


今私は必死に平静を装うとしているのだ。


最初にお目にかかった時は、
一気に血圧が上昇して、
つい、画面にのめり込んで前かがみになってしまった。


何度か出現する間に、
私の心も徐々に冷静になり、
「どうせこないんだろ」と呟いてみるが、
心の中はもう、ワクワクドキドキ状態だ。

No.83

明らかに昨日までとは違う台の変化。


それを薄々感じながらも、踊り出す心を必死に抑えた。


表情がどうしても緩んでしまう。


何かがくる!私だけが今それを感じている。


誰かに喋りたくて仕方がない。


隣の客に言おうか?


何て言うんだ?


『あのー。私の台、何かが起こりそうです』


とでも言うのか?

No.84

そんなことを言ったところで、誰も信じないだろうし、
きっと変な人だと思われてしまいかねない。


話しかけるのはやめておこう。


ただ、顔が勝手にニヤニヤするのを、もう止められない。


誰か!私の台を見てくれ!


何かが起こりそうな気配が…??


冷静になれ、冷静に。


本日の大当たりは今のところ1回。


期待して裏切られての繰り返しだったが、
明らかに画面の回転速度が速くなってる。

No.85

これはもう、おそらく気のせいではないだろう。


なんだか台の方が、
今まさにお祭りモードに切り替わる準備をしているかのような、
意図的に回転し始めたような気までしてきた。


だが裏切られてきたこの数日のことを思うと、
やはり期待するのはまだ早い。


まだまだ早い。


期待するのはまだまだ早いぞーーーーーーーー。


落ち着けーーーー。


「ガラン」


えっつ!?やっぱり!?


画面が変わった!!


卵リーチきた!!


今度こそ、
今度こそ、
産まれるのですかーーーーーーー!!!??

No.86

コケコケコケコケ・・・


うーーーーーん、うーーーーーん


鶏がいきみ始めた。


待ちに待った卵リーチ!


必ずこの画面が見れると信じていた。


今度こそ、産まれるに違いない。


不死鳥が!

No.87

うーーーーん、うーーーーん


苦しそうだ。


頼むっ!こいっ!こいっ!


また鶏の顔色が悪くなってきた。


死ぬな!死ぬな!


鶏の尻から卵が見えてきた。


あれれ??


卵が小さい…


昨日の卵は確か金色で、鶏と同じくらいの大きさだったのに…。


これは一体…

No.88

グワグワグワグワ・・・


鶏が苦しんでる...


羽をバタつかせて羽毛が画面の中に浮遊し始めた。


だ、大丈夫か...


うーーーーん、うーーーーーん


鶏の背景に大量の鳥が飛んでる。


あの鳥は何だ??


「カッコー、カッコー」

No.89

かっこうが飛んできたらしい。


手前の鶏がいきみながら涙を流し始めた。


痛々しい…


徐々に卵の半分が出てきた。


もう少し…


頑張れ頑張るんだ!


うーーーーーん


ココココココココココココケーっ!!


あっ!!

No.90

産まれた!!


卵が一個出てきた!


と思った瞬間、ポロポロポロポロポロポロ。


えっ?


1,2,3,4,5,6,7。


7個出た!!!!!!!!


良かった!産まれた!


卵を産んだ鶏が飛び去った!


どこへいく?


どうなるんだ、これから…


「カッコウ、カッコウ」


画面の奥からカッコウの鳥群がこっちに向かって飛んできた。

No.91

卵が7個産まれて、カッコーの鳥群も出現!


もうこれは確実に、確実に、確定だろ。


やった!やったぞ!


画面手前の卵から何が産まれるのか。


7つの卵のどれかから、不死鳥か?不死鳥が産まれるのか?


卵たちに注目。


握る手に更に力が入る。


卵がプルプルと小刻みに動き始めた。


今まさに卵が割れるのかー!!


「カッコー、カッコー、カッコー、カッコー」


画面奥から飛んできたカッコウたちが画面を覆い尽くした。


卵が見えない…


バタバタと羽をバタつかせるカッコウたち。


何をしているんだ…?

No.92

しばらく画面の中に滞在した後、
カッコーたちは何かを口にくわえて飛んでいった。


物凄く嫌な予感…。


目が点になった。


無い。


卵が無い…。


まさか、あいつら…。


あいつら卵を盗んでいきやがった!!!!


おいっ!!思わず声が出かかって画面を覗き込んだ。


と、そのカラになった巣に、さっき卵を産んだ鶏が戻ってきた。


コッココッコと卵を探して、


あっちこっち探して、


卵が無くて…


鶏、ショック死。


呆気にとられて言葉が出ない。


頭を抱えて台にもたれかかった。


なんだ…この演出の長さ…。

No.93

またか…。


そりゃあ、ショックで死ぬよなー。


あれだけ苦しい思いをして産んだっていうのに、
全部カッコウに盗まれたんだから…。


一瞬でカッコウが嫌いになってしまった。


鶏も鶏だ。


卵産んだ後、飛び立っちゃだめでしょう。


そりゃあ、持ち去られちゃうってもんだよなあ。


大体、鶏が飛ぶところを初めてみたぞ。


体中を襲う脱力感。


カシンカシンカシンカシン・・・


虚しく玉を打つ音。


はあ。


そう簡単には出ないってことだ。

No.94

カシンカシンカシンカシン・・・


あれから惰性で打っている。


台が「リーチ、リーチ」騒いでるけど、どうせ出ない。


冷めた目で台を眺めた。


はあ。


たまに出てくる鳥群を見ると、イラっとした。


くそーーー、かっこうめ。


卵を盗まれた恨みは当分消えないだろうな。


はあ。


今日もまた収穫なしか…。

No.95

これで40万使ってしまった。


残り30万。


残り3日。


出そうで出ない台に、40万円も使ってしまった。


残り3日で、本当に夢は叶うのか?


心配になってきた。


このままプレミアムリーチにお目にかかることなく、
金が尽きてしまったら…。
三日終わってしまったら…。


今まで考えたことのなかった不安と同時に恐怖が湧いてきた。


これだけの時間と金と覚悟を費やして、
何も結果が得られなかったら、
私はどんな気持ちで死ねばいいんだ。

No.96

怖くなった。


机に並べた30万円を、
このまま一日に10万ずつ使っていったとして、
確実にこの金は消えてしまうわけで。


負けるのはいい。


金がなくなるのも、もう覚悟はできているんだ。


結局、生きていたところで、同じように金はなくなっていく。


それならば、夢であったパチンコを思う存分楽しみたい。

No.97

ただ、もう既に思う存分楽しんでいる。


求めているのは、
プレミアムリーチが出ること。


ただ、それだけのことなのに。


こんなくだらない夢はないだろうが、
今の私が見ることができる唯一の夢だ。


もうここまできて、やめることはできない。


途中で諦めることもできない。


そうだ。


最後まで、闘うんだ。


一か八か、最後に花を咲かせるんだ。


残り30万に、私の人生の運を全て賭けよう。

No.98

運など、もう無いのかも知れない。


いよいよ7日間の折り返し地点。


どうか私の夢を叶えてやってください。


私ごとき人間の、これまでの人生の行いの中で、
もし重箱の隅をつつくほどの価値のある良運となって、
返ってくるものがあるとしたら、それは…。


良い行いをしたと思い得る自分の過去の行動を、
できる限り、頭の中に映し出した。

No.99

家の中に飛んできたハエを、
殺さずに外に逃がしてやった。

そうだ。
生かしてやったハエは、
一匹や二匹ではなかったはずだ。


昔、電車の中で、
子連れの母親に席を譲ってやった。

そうだ。
電車だけじゃない。バスでもあったはずだ。


仕事で若い奴らに、
ありったけの知識と技術を注ぎ込んでやった。

『あーっす』とか『うーっす』とか、
ろくに挨拶もできない若造らを相手に、
心折れることなく立派に育てあげた。

No.100

後ろに並んでいた年寄りの婆さんに、
タクシーを譲ってやった。

そうだ。
いかにも譲って欲しそうな態度で、
後ろから強烈に視線を送ってきた。
私も急いでいるフリを精一杯演じた。
だが乗り込もうとした私に、
「あなたは鬼だ」と言わんばかりの形相で威圧してきた。

結局、根負けして譲ってやった。


他にも、
思い出せないような小さな良い行いなら、
たくさんしたはずだ。


見返りを求めるには忍びなさ過ぎる、
当たり前っちゃ、当たり前の行いなんだが、
この際だ。


それらを寄せ集めて、どうかどうか…。


祈りを込めて、翌朝、再び先頭に並んだ。

No.101

5日目。


カシンカシンカシンカシン・・・


昨日と同じ台。


これで3日、私はこの台を占領している。


のっけから、鳥群のお出まし。


のっけから、卵リーチの連発。


しかし、出ない。

No.102

分かってる。その手は分かっている。


低迷してる台が、
緩やかに当たり始めるのではなく、
いきなり大爆発する。


その確率が一番高いのは、
間違いなくこの台だ。


私の前に座った客も、その前の客も皆、
この台に敗れ去った。


そして昨日、一昨日の私も。


だからこの台で、
必ずプレミアムリーチを出してやる。

No.103

周りを見ると、
毎日目にする客がそこら中に座っていた。


ほとんど毎日、同じ客ばかりだったのか。


私も、その一人。


すっかり私も、この店の常連客になってしまった。


店にとってはいいカモだなあ。

No.104

昨日までの4日間、
私は自分の死について、
何も考えなかったわけではない。


ずっと玉を打っていると、
やはりそのことが頭をよぎった。


けれど、暗い気分に陥りそうな私を、
この騒がしい店の軍艦マーチが、
たまに出るリーチが、
一瞬で夢の世界へと引き戻してくれた。


だから私は、負け続けても、ここにいられた。


私に生きる目的を与えてくれたこの場所に、
感謝してるくらいだ。

No.105

こんな私の姿を、幸子や和典が見たら、
どう思うのだろう。


きっと、落胆し、落ちぶれた私の末路を憂い、
私を哀れな目で遠くから眺めるのかもしれない。


いやあ、そんなことはない。


ざまあみろと、冷やかな目で
私を笑うのかも知れんな。


朝、パチンコ屋に並ぶ数十分の間、
彼等や近所の知り合いに見られやしないかと、
内心ヒヤヒヤしていた。

No.106

早く店が開いて、店内に逃げ込みたかった。


店さえ開けば、私は彼等から自由になれた。


幸子や和典は、パチンコなどはしない真面目な人種。


和典は、私が過去にパチンコをこよなく愛していたことも、
知らないはずだ。


彼等がここに来ることは絶対にない。


だから私は顔をふせることなく、
この町で生き生きと最後を迎えることができる。

No.107

『ありがとさん』


騒がしい店内の中、
誰にも聞こえないように、小声で小さく呟いた。


ハンドルを掴む右手に、
少し力が入った。


その瞬間、


「ガラン」


すずめやオウム、カラスやカナリヤの、
変わり映えしない貧相で退屈な画面の中に、


朱色や黄色、黄緑や紫、ピンクやオレンジ色…
色とりどりの花のつぼみが突然出現した。


なんですか?これは…。

No.108

今まで見たことのない展開。


ほとんど鳥しか出てこなかった画面が、
あっという間に華やかになって、
つぼみが一斉に花開いた。


画面中央に一本の道が開き、
やがて川になり、
その川の中に次々と蓮の葉が浮かんで、
あっという間に成長して花をつけた。


これは確実にレアなリーチなのだが、
もはやあまりの画面の美しさに、
これは何なんだと、呆然と見とれた。


私は今、間違いなく、
鳥物語の台を打っているんだよな…。

No.109

やがて蓮の花がしおれ落ち、
残った茎の先端が徐々に膨らみ始めた。


膨らみは、あっという間に大きな金色の卵に変わり、
川に浮かぶ葉の上に、
でっかい卵が茎の先端からポトンと落ちた。


私の台は既に、
先ほどまでの単調な鳥物語の音楽ではなく、
神秘的なラテン音楽に包まれていた。


私の後ろを通った客が、次々と足を止めた。


隣の客が、私の台を覗き見る。


卵に割れ目が入り、
焦らすことなく、きれいにパカッと割れた。


後ろに立っていた客たちが、
私の肩や腕あたりまで顔を近づけて覗き込んできた。

No.110

「ピャー、ピャー」


何だこりゃー!!


割れた卵から金色の眩しい光線が放たれて、画面を覆いつくした。


な、何も見えない…。


う、産まれたのか???


『何やってるんですか!!これつけないと!!』


隣の客が、私のパチンコ台の横にぶらさがっていたメガネを渡してきた。


気づけば、隣の客も後ろの客たちも、
近くのパチンコ台についていたメガネをかけて、
私の台を見ている。


『えっ!?』


『早くかけて!!画面見てっ!!』


メガネをかけるように促されて、急いで画面を見た。

No.111

うひょーーーーーーーー!!


画面から飛び出てる!!


不死鳥が!!!!!フェ、フェニックスが……


ピャーピャー鳴いてる!!!


不死鳥が羽をはばたく度に、金色に輝く不死鳥が七色に変化する。


おおーーーーーーーーーーー。


『す、すごい…』


呆気にとられて口が開きっぱなしだ。


『き、きれい…』

No.112

ピャーピャー鳴きながら、
七色と金色に包まれた不死鳥が
私に向かって飛んできたと思ったら、


バコンバコンと台が揺れて、画面が一瞬真っ暗になった。


さっきまでの美しい画面が一変して、
画面の奥に火山が出現した。


火山が次々と大噴火して、噴石が私たちに向かって飛んできた。


思わず体をすくませ、噴石を避ける。


『何が始まるんだーーーー!!』

No.113

もう、腹が踊って笑いが止まらない。


想像もしなかったこの展開。


雷がズドーンと3回落ちた。


バリバリバリバリ・・・・・・・


耳を劈くほどの雷鳴が轟いたと思ったら、


「ギャーーーーーーーー」


と何かが鳴いて


不死鳥が・・・・・・・・!!??

No.114

どうした!!??


何だこりゃーーーーーーーーーー!!


へ、変身してる!!!!


覗き込んで見てる隣の客の顔をチラっと見た。


ニヤニヤしてる。


後ろの客もニヤニヤしてる。


「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


不死鳥が悶え苦しんで、また落雷が!!!!!!


「バーン」


大きな音が、台の下からつき上がるように鳴り響いて、
画面の中の不死鳥が、な、なんと……

No.115

『えーーーーーーーーーーーっ!!』


隣の客が「確定だ」と言って私の肩を叩いた。


後ろで「オジサンすげぇ」と誰かが言った。


私の3Dメガネの中に、いる……。


いますよ、目の前に…


プテラノドンが……!!


不死鳥が今、プテラノドンになった。


ウルトラ・スーパー・プレミアムリーチ!!


こ、これが…!!


プテラノドンが「ガーガー」鳴きながら羽ばたく度に、
確変ゾロ目が揃っていく。


私は衝天した。

No.116

高揚がおさまらない間に数時間経って、
その間ずっと確変が出続けている私の台。


ドル箱が、私の腰の高さまで上がってきて、
塔が三棟立った。


フィーバーが私のところにやってきた。


これを味わいたかった。ずっと。


20年越しの夢が叶った。


ようやく叶った。

No.117

玉が溢れる。


そしてガラガラガラガラ・・・と玉を開放する。


その度に、周りの客の視線を感じる。


音が煩くならないように、
掌で受けてから箱に落とした。


なんだか、恥ずかしい。


店中の玉が、私のところへ吸い込まれてくるようだった。


有り難いのだが、思い出した。


私には、もう金はいらないのだ。

No.118

店が閉店時間をむかえる20分前、ようやく確変が途切れてくれた。


このまま打ち続けても、まだまだ出るだろうな。


だが、もういい。


十分喜びを味わえた。


これから高く積まれたドル箱の棟を換金しなければならない。


店員の手を借りて、席を立った。


振り返り、数日座り続けた椅子と打ち続けた台に


心の中で「ありがとさん」と言った。

No.119

自宅に着いて、ソファに腰を下ろした。


穏やかな気分だった。


『常雄、やったなあ』


鏡に映った自分に言ってみた。


通勤電車の中で、朝見た夢を思い返すだけでニヤけていた自分。


そんな過去の自分が愛しく感じる。


『夢が叶ったんだなあ』


目的を遂げた。


長らく味わっていなかった充実感だ。


しばらくぼんやりと壁を見つめていた。

No.120

プテラノドン。


「ぷっ」


飲んでいたお茶を、思わず吹き溢してしまった。


20年以上の時を経て鳥物語は、
ウルトラ・スーパー・プレミアムリーチなるものまで出現する進化を
遂げていた。


知らなかった。


プテラノドンって


恐竜じゃないか……。


進化じゃなくて、退化してるじゃないか…。


面白い展開だったなあ。


プテラノドンにお目にかかれたことは、
とてつもなく奇跡的なことだった。

No.121

もしかしたらもしかすると、
日本中のパチンコ屋で、今日プテラノドンを出したのは、
私だけかも知れない。


この喜びを伝えられる家族や知り合いはいないのだが、
少なくとも隣と後ろの客は、
この思いを共有してくれたはずだ。


彼らはきっと、今夜、明日、明後日と、
このことを彼らの友人たちに熱く語ってくれるに違いない。


近々、人知れず果てるしかない私の元へ、
奇跡が訪れてくれた。


実に楽しい五日間だった。


40万使った甲斐があった。


もう十分だ。


薄汚れた壁に向かって呟いた。


『これで思い残すことなく、パチンコを卒業できます』

No.122

五日目が終わった時点で、残金20万円だったはずが、


プテラノドンが出たおかげで40万円になってしまった。


勝ち過ぎた。


この金の使い道はどうしたものか。


あと二日で40万円を消化せにゃならん。


買ったことのない、高価なブランドの靴やカバンでも買いに行くか。


近々あの世に逝くのに、そんなもの持っていても仕方がない。


何か美味いものでも食べに行くか。


一人で40万円分も食べきれんなあ。


どうするかなあ…。

No.123

やることがなくなってしまったら、
私はこの40万を手に、あと二日、どう生きればいいんだ?


この部屋の中で、二日間何もせず、
首を吊るその瞬間まで、悶々とただ時が過ぎるのを待つのか?


ただ心が暗く沈むだけの苦痛の時間じゃないか。


どうせ死ぬのに、後悔とか挫折とか、
そんな今さら考えても仕方のないことに最後の時間を使いたくはない。


何かやることはないのか。


押し寄せてきた不安と焦りが頭を活性化させた。


ああ!そうだ!

No.124

競馬があったじゃないか!


私にはまだ死ぬ前にやりたいことがあった。


そうだ!私はパチンコだけじゃなく、競馬もこよなく愛していた。


欲望を抑えつけてきた時間が長過ぎて、
自分が競馬好きだったということを忘れてしまっていた。


ああ。よかった。


本当によかった。

No.125

楽しむことがあるというのは、実にありがたいことだ。


暗闇に支配されそうだった私の心の中に、
再び平穏が戻ってきた。


よかったと、心から思った。


この40万円を、人生最後の競馬に使おう。


ちょうど明日、明後日は土日。


早速、コンビニに競馬新聞を買いに行った。


これが私の、人生のラストランだ。

No.126

母さんから電話がかかってきた。


すかさず出た。


『和典!どうして電話に出ないの』


『ごめんごめん。仕事が忙しくてさ』


『で何?』


『何じゃないわよ、ちゃんと電話しなさい』


母さんの愚痴に始まり、次は俺の健康チェック。


その次は食べてる物チェック。


そろそろ終了か?


『そういえばさ、親父どうしてるの?』

No.127

母さんの返事は意外だった。


いつか聞かれると予想していたかのように、
まったく動揺する様子も見せずに答えた。


『お父さん?知らないわよ』


『俺さ、今度親父に会いに行ってもいい?』


『そんなこと、どうして聞くの。
 あなたにとっては父親なんだから、
 私にお伺い立てずに、勝手に会いにいけばいいじゃない』


俺が親父に会いに行くと言ったら、
不愉快な気持ちになるんじゃないかと心配したけど、
聞いたことが不愉快だったようだ。


『わかった。
 じゃあ今度の休みに、親父が元気でいるのかどうか見に行ってくるよ』

No.128

拝啓 読者の皆様へ

いつも寛大なお心で、
このまとまりのない、
小説などとは口が裂けても言えないものをお読みいただき、
心から感謝しています。
ありがとうございます。

私事ではございますが、
この度、投稿に使用している端末機器が故障し💣
修理の為、工場へ一人旅をさせることとなりました。
12月20日頃に、この端末クンは元気に回復して私の元へ帰ってくる予定でございます。

それまで皆様、みかん野郎😸あっいえ、
甘酸っぱいみかん🍊でも食べながら、
時折、工場で一人寂しく過ごしている端末クンのことを思っていただけたら
嬉しい限りでございます🙇

こんなことをお知らせするのも甚だ恥ずかしく躊躇いたしましたが、
御一人でも読んでくださっていたらと思い、
身の程もわきまえず、ご連絡差し上げる次第でございます。

20日頃に何事もなかったかのように再開いたしますので、
それまで、しばしのお別れでございます。敬具

No.129

今日、会社でトチってしまった。


休みに親父に会いに行くことで頭がいっぱいだったから、
いつもと思考回路が違ったのか、
有り得ないミスをしてしまった。


『白井、集中しろ!』


上司に怒鳴られた。


退社時間間際にそんな事件が起こったものだから、
名誉挽回する間もなく、
ミスしたことをひたすら謝って、
不穏な空気が漂う中、帰宅の途につくこととなった。

No.130

明日出社したら、
親父に会いに行くことは一旦忘れて仕事に集中するぞ。


気を引き締め直した。


ただ、こんな若干苦い一日はなぜか、
母さんが作った芋の蒸かしが食べたくなった。


それで、「これ味が全然無いよ」と文句を言って、
「だったら食べなくていいわよ」と言われながら、
そんな当たり前の空気の中で、
何かに安心しながら目を瞑ってホクホク食べたい気分だった。


結局、いつものようにコンビニ弁当を買ってきて、
温めて食べた。

No.131

翌日、なんとか失敗をせずに無事に仕事をやり終えて、
上司の機嫌が回復したのを確認できた。


名誉挽回とまではいかないが、
汚名を返上するくらいの仕事はできたのではないかと…。


これで休日を不安なく過ごせる。


明日は土曜日。


ゆっくり計画して、日曜日に親父に会いに行こう。


親父はどうしているんだろう。


会っていない二年半の年月が、
親父に対して抱いていた裏切られ感や失望感を確実に薄めていた。

No.132

土曜日の夜、母さんから電話があった。


『もうお父さんに会いに行ったの?』


『まだだよ。明日行くよ』


『そう、わかった』


『それだけ?』


『うううん。明日はお父さんとご飯でも食べるの?』


『いや、酒でも飲みながら話したいなって思ってるよ』


『もうお父さんに連絡したの?』


『いや、電話してないよ。
 明日突然行って驚かせてやろうかと思って』


『そう。気をつけて行ってきなさい』


『わかった』

No.133

電話を切る時、一瞬、
母さんは寂しがっているのかと気になったけど、
俺はとにかく明日、親父に会いにいくことで既に緊張していたから、
母さんから電話があったことは、その場で直ぐに忘れた。


和典はお父さんとお酒を飲みたいと思っていたのね…。
男同士、やっぱりそういうことがしたいのかしら。


あなたはいいわよね…。
私は和典に一緒にお酒飲みたいなんて、言われたことないわよ。


いつも「ごはん食べにいらっしゃい」って私から誘うばかりで…。


常雄のことを羨ましく思った。


男の子じゃなく、女の子を産んでおけば良かったわ…。

No.134

明日、和典と元夫が楽しくお酒を飲みながら過ごしている間、
私は仕事から帰宅して一人で夕食…。


一人で夕食なんて、いつものことなのに、
あの二人が一緒に過ごすと思った途端、
急に孤独感が押し寄せてきた。


どうしちゃったのかしら、私…。


いつも私と和典が一緒にご飯を食べて、
あの人の方が一人だったから、
なんだか今は、私があの人の気持ちを味わっている感じね。


あの人、ずっとこんな気持ちだったのかしら…。

No.135

日曜日の夕方。


親父に会いに、昔三人で住んでいたアパートへ向かった。


昨夜は遅くまで、親父の家に何時に行こうか、ひたすら考えた。


結局、午前中は寝てるだろうと判断して、
腹も減ってきそうな夕方過ぎに戸を叩く結論に至った。


俺が突然行ったら、親父はどんな顔をするだろう。


何か手土産でも持っていった方がいいかな。


何がいいか…

No.136

やっぱ酒だよな。


昔、親父は帰宅するなりビールを飲んでいた。


たまに夜中にトイレに起きた子供の俺は、
暗い家の中で流し台の上の明かりだけ点けて、
親父がビールの缶のふたをカチッと開けてゴクゴク飲む瞬間を、
度々キッチンのドア越しに目撃した。


親父にとってあの時間は、一日の中で一番至福の時だったんだろう。


「おかえり」とか「おやすみなさい」とか声をかけて、
こっちを向いて欲しかったが、
そんな至福の空間が出来上がっている中に、
俺が入っていってブチ壊しにするのも拒まれて、
静かに音を立てずに部屋に戻って布団をかぶった。

No.137

幼少の頃の俺は、
親父が家にいるってだけで、
ソワソワして嬉しかった。


親父が立てる物音に耳を澄ませ、
親父がいる気配を感じながら、
次第にまた深い眠りの中に落ちていった。


早朝。


ソファで寝ていた親父は、母さんに叩き起こされていた。


「飲んだビールの缶は片付けてって言ってるじゃないですか!」
「こんな所で寝ないで下さい!汚れるじゃないですか!」
「何度言えば分かるんですか!」


朝から怒鳴りまくってる母さんの側で、
寝癖をつけながら小さく縮こまって、
無言でビールの缶を片付けてる親父…。


幼い頃はそんな親父を情けないと思っていたけど、
今はなんだか思い出すと笑える。


親父は完全に母さんの尻に敷かれていたんだな。

No.138

だけど親父は今、何を飲むんだ?


ビールかウイスキーか日本酒かワインか、
今の親父のことはさっぱり分からない。


酒はあとで一緒に買いに行けばいいか。


じゃあ、つまみでも買って行こう。


たまたま目の前に青果店があった。


果物でも買っていくか?


いやいや、病人じゃないしな。


親父が好きな物ってなんだったっけ?


うーん…

No.139

乾きものとか、新香とか、佃煮とか、
しょっぱいものが好きだったな。


駅のデパートで時間をかけて選んだ。


美味そうな漬物をいくつか買った。


こんな物、生まれてこのかた買ったことないよ…。


『贈り物ですか?』と店員に聞かれた。


思わず『はい』と言ってしまった。


『お名前をお付けいたしましょうか?』


漬物に名前?と思ったが、この際だ。


『お願いします』

No.140

「白井常雄」と書いたメモを渡した。


『白井常雄様への贈り物ですね?』


『はい』


漬物が包装紙に巻かれて、
親父の名前の下に「様」が書かれた帯がつけられた。


ちょっと値が張ったが、そこいらのスーパーには売ってない代物だ。


社会人になってから、初めて親父に買った贈り物。


そもそも親父に贈り物なんかしたことがない。


初めての贈り物が漬物。


随分ジジ臭い物になってしまったな…。

No.141

季節はすっかり秋めいて、夜になると少し肌寒く感じた。


今度の正月は、親父と一緒に過ごそうかな。


そしたら母さんが可哀想だ。


なんなら、俺の狭いワンルームの部屋に二人を呼んで、
久々に三人で年を越すっていうのはどうだろう。


いいアイデアじゃないか。


気持ちが先走ってるが、親父が元気でいるのかさえ分からない。


あれから音沙汰ないし、少し心配だ。


アパートが近づくにつれて、緊張してきた。


もし留守だったら…

No.142

何も趣味を持たない親父のことだ。
休みの日の夜に出かけることはまず無いだろう。


学生の頃、俺は遅くまでバイトしていた。
たまに日曜に家に居ると、
一日中親父と顔を合わせなきゃならないことがわかって、
迷うことなくバイトや友人との予定を入れることにした。


狭い家の中で、親父と母さんの喧嘩を聞くのは疲れたし、
逆に静まり返った部屋の中で三人無言でいるのも苦痛だった。


時を経て俺は今、
親父と話がしたくてアパートに向かっている。


話す内容なんてなんだっていい。
思い出話でも、今のことでも、これからのことでも。
少しくらい話が途切れたって構わない。
親父との関係をこれから少しずつ築いていきたい。


希望と期待…いろんな気持ちが入り混じっていた。

No.143

大学卒業するまで俺も住んでいたこの町。


懐かしい気持ちより、ドキドキしていた。


久々過ぎて、親父の容姿は少しは変わってしまっているんだろうか。


最初に会ったら何て言おう。


「親父、会いに来たよ」


それで親父はどんなリアクションをするのかな。


多少反応が悪くても、それが親父だから気にしないさ。


買った漬物を一緒に食えれば…
一緒に酒が飲めれば…


俺は特別なことを期待していたわけじゃなかった。

No.144

親父の住むアパートに着いた。


集合ポストの「白井」の名。


まだ親父はここに一人で住んでいる。


親父に会える。


階段を静かに上った。


ドアの前に立った。


このドアの向こうに親父がいる。


気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。


自分の父親に会うだけなのに、なんで俺はこんなに緊張してるんだ…。

No.145

心臓がバクバクしていた。


右手に持っている漬物が入ったデパートの紙袋を
左手に持ち替えた。


持ち替えた後で、
最後にもう一度だけ息を整えようと思っていたのに、
はやる気持ちが右手の人差し指に、
インターホンのボタンを押させていた。


「ピーンポーン」

No.146

結構大きな呼鈴の音に少し驚いた。


10秒ほど経った。


出ない。いないのか?


もう一度ゆっくりボタンを押した。


「ピーーーンポーン。ピーーーンポーン」


カチャ。


出た!


『はい』


親父だ!!


『俺だけど』


『……』


あれ?親父の声が聞こえない......。


『親父?俺だよ。和典だよ。会いにきたよ』


プツ。


インターホンの音が切れた。

No.147

え?

どういうこと?


俺って分かったのかな?


数秒口を開けてドアを見ていた。


あっ、そっか。


母さんが俺が来ることを親父に連絡したんだ。


だからきっと親父は驚かなかったんだ。


直ぐにドアを開けてくれるってことなんだな。


玄関ドアが開く軌道を確保するために、
一歩後ろに下がって待った。


後ろを見ると、上った階段を照らしてくれた暁の空が燃え尽きて、
今まさに、暗い夜へと変わるところだった。

No.148

暗くなった空を何度も振り返り見ながら、
もう確実に三分は経った。


目の前のドアを眺めながら思った。


このままずっと待っていて、このドアは本当に開くのだろうか?


少し心配になった。


もう一度呼鈴を押した。


「ピーンポーン」

No.149

虚しく音が響いただけで、中から親父が出てくる気配がない。


なぜだ…?


ドアをノックした。


『親父?俺だよ、和典だよ』


何の反応もない。


確かにさっき、親父が出た。


絶対に中にいるはずなんだ。


なんで出てこないわけ…?


意味がわからないまま、呼鈴を鳴らし続けた。

No.150

カチャ。


暫く鳴らし続けて、ようやくインターホンが繋がった。


『......』


『親父?』


『帰ってくれ』


『え?俺だよ。和典だよ。開けてよ』


『帰ってくれ。二度と来ないでくれ』


プツ。


インターホンが切れた。

No.151

玄関ドアの前に呆然と立ち尽くしたまま、
親父が出てくるのを待った。


何度も戸を叩いた。


何度も親父を呼んだ。


いくら待っても親父は出てこなかった。


俺がここまで来て、ここで待ってるというのに…


『嘘だろ…』


さっきまでの胸のドキドキ感は消えて、
重い空気がまとわりついてきた。


状況の把握に懸命に努めた。


だけどもう何がなんだか…


今起こっていることは、
俺が家に入れてもらえずに、
「帰れ」「二度と来るな」と言われたまま、
ここに突っ立っていること。


自分の無力感が辺りの夜の暗さと同化して、
一瞬自分が消えてしまったのではないかと思うくらい、
ただ呆然と目の前の固く閉ざされたドアを見ているしかなかった。

No.152

来ないほうが良かったってこと…?


親父に期待した俺が馬鹿だったってこと…?


そんなこと、とっくに分かっていたはずなのに、
どうして俺はこんな所までのこのことやって来たんだよ…


話しがしたかっただけなのに…


いい関係を築いていきたいと思ったのに…


怒りで涙が出てきた。

No.153

こんな人間に俺は何を期待してたんだよ…


ドアの向こうにいるそいつが許せない。


帰れ?


いい加減にしろよ…


いったい何が不満だっていうんだよ…


漬物が入ったデパートの袋を、思いっきりアパートの廊下に叩きつけた。


悔しくて蹴り上げた。


袋が破けて包装紙に包まれた漬物が宙を舞った。


アパートの通路にボトボトボトっと落ちて、破けた包装紙から漬物が見えた。

No.154

親父の名前が書かれた帯が見える。


目を逸らして階段を降りて走った。


悔しかった。


早くここから離れたい。


早く親父の住む町から離れたい。


あんな奴、父親なんかじゃねえ…


思い出の町でもあったこの場所が、
一瞬で憎しむ相手の住む町へと変わった。


そうやって周りを一切シャットアウトして、一生一人で生きてろよ…


言われた通り、二度と、二度と来るもんか…。

No.155

その前日の土曜日。


-常雄宅-


昨夜買ってきた競馬新聞は、山折り谷折りを繰り返されて、
既にグシャグシャになっていた。


二十年以上もご無沙汰だから、馬名を見ても知らない馬だらけ。


そりゃそうだ。


うーん。どのレースに賭けようか…。


このレースは難しい…このレースはつまらない…


競馬新聞をひっくり返したり閉じたり開いたりしながら、
翌日の日曜日の全レースを夢中になって研究した。


気づいたら昼食も食べずに夕方になっていた。


どうすんだ。どのレースにするんだよ…。

No.156

胡坐をかいて頭を掻きながら、あっという間に時間が過ぎた。


『そうそう。アレが必要なんだよ、アレが…』


いろんな箪笥の引き出しを開けて、ようやく見つけた。


先が少し丸くなったまま数年使われていなかったであろう赤鉛筆。


『おまえの出番だぞ』


赤鉛筆は常雄の耳に挟まれたり、
はたまた上唇と鼻の間に挟まれたり、


人差し指と中指に挟まれて振られたり、
頭を掻く道具にされたりしながら、


久しぶりに仕事ができる嬉しさを、
シャシャっという心地よい音で表現した。


『いい書き心地だ』

No.157

日曜日の午前中。


常雄は書き込んだ競馬新聞と赤鉛筆を手に競馬場にいた。


昨日、一日かけて勝負レースを決めた。


競馬新聞に穴が開くほど分析を重ねた結果、
当てにならない数値や血統よりも、
賭けたい馬はどれかというところに照準を絞った。


人生最後の賭けレース。


好きな馬に賭けたいと思った。

No.158

今現在強い馬と言われる馬に賭けようと思ったが、
それはやっぱりつまらない。


愛着のある馬もいなかった。


余計な情も情報もなかったおかげで、
ただ単純に賭けたいレースと馬を絞ることができた。


ほぼ寝ずに考えて、結論が出た。


今日は10月一週目の日曜日。


勝負するレースは一本だけ。


私が人生最後の日に賭けたいと思った馬。


その馬が走るレース…


それは、崖っぷち「三歳未勝利」最終レースだった。

No.159

残金40万円。


全額注ぎ込もう。


複勝で。


未勝利戦でこんな無謀な賭けができるのは、私くらいなもんだ。


しかも注目度が一番低い馬。


死ぬ気じゃないと、そんなことはできない。


まさに死ぬ気だからできるんだよな。

No.160

愚かなんだか、潔いんだか、
自分でもわからなくなってきた。


私が有り金全部叩いてもいいと思ったその馬の名前は…


ミラクルボーイ。


鹿毛の牡馬。


重賞レースでまあまあな成績を収めた父母と違って、
ミラクルボーイは新馬戦からずっと着順掲示板にも上がらず、
出場5回目となった前戦でようやく五着に入った。


そんな馬だ。

No.161

だから走る馬の中でも三着に入る可能性なんて、ほんのわずか。


今日のレースで優勝しなかったら、この馬たちの未来はどうなるのか。


競走馬の世界は実に厳しい。


私がもし競走馬として産まれていたら、やはり三歳未勝利戦を走り続けていたんだろう。


いや、そもそもレースに出場できる能力があったのかさえ分からない。

No.162

産まれた馬たちのうち、無事に新馬戦に出場できる馬。


そこから活躍して古馬となっていく馬。


それだけじゃなく、500万、1000万、1600万、オープンと勝ち上がって重賞レースに出る馬。


GⅠレースで優勝する馬。


その体系はまさにピラミッドだ。


この未勝利の馬たちは、そのピラミッドの底辺で去っていく。


三歳にして将来が決まってしまう。


まさにその瞬間を私はこれから見ることになる。

No.163

敗れ去った馬たちは、
無理を承知で格上げ挑戦するか、
障害レースに行くか、
乗馬となる道があるのか、それは分からない。


ただ今の時点で言えるのは、
このレースに出場するどの馬も、紛れもなく「崖っぷち」だということだ。


そして私はその崖っぷち状態の馬の中でも、
特に優勝する可能性の低いミラクルボーイに賭けることにした。


なぜだろう。

No.164

ミラクルを起こすことを期待されて名付けられたであろう、その名前。


悪い意味で期待を裏切ることになって、
ミラクルボーイ自身、
本意ではなかっただろう。


そんな期待に応えられなかった虚しさに、
親近感を覚えたからなのか、
今まで一度も日の目を見ることなく走り続けた馬が、
最後の最後に一発逆転する瞬間を見てみたいと思ったからなのか。


No.165

ただ賭けというより、
どんな結果に終わっても、
この馬の未来が輝くものであるように、
願いを込めて賽銭するような、
そんな気持ちだった。


今、彼はどんな顔でいて、
どんな心境でいるのか。


馬に自分の状況が分かるとは思えない。


だが、競走馬として産まれて活躍を期待され、
そして競走馬としては無理だと、
烙印を押されて淘汰されていくであろう
この馬の最後の勇姿を、
私はちゃんと見届けたいと思った。

No.166

パドック。


馬たちが項垂れて歩いている。


みんな目が死んでんなーおい。


未勝利って感じだな。


後ろの方でチャカついてる一頭がいた。


大きい目をひん剥いてハミを噛んで、白目まで見えてる。


ここで入れ込んでもしょうがねえんだよ。


パドックが本番だと思ってんじゃねえのか?


チャカつく一頭の後ろで一段と白い汗が背に光る馬が見えた。


ミラクルボーイだった。

No.167

周回二周目に入り、馬影からその姿を現して、


ようやくミラクルボーイの顔が見えた。


うつ向いて歩いてはいるが、踏み込みはしっかりしている。


少々汗をかいているが、馬体の艶はいい。


いかにも落ちこぼれてそうな顔立ちで、


貧相な馬体というのを想像していたのだが、


目の前に現れたその馬は、


気品が高く、賢そうな顔立ちの馬だった。



No.168

私は一目でミラクルボーイを気に入った。


成績は散々で、
周囲の期待を裏切り続けてきた馬らしからぬ堂々とした面構えと、
悠然と歩く姿。


人間だけが、
この馬の行く末を勝手に心配して右往左往している。


当のミラクルボーイは、
そんな心配はお構いなく、
まるで他人事のように違う次元で歩いていた。

No.169

馬は自分の置かれてる状況を
理解しとらんもんなあ...。


そう思った時、
目の前を通り過ぎ行くミラクルボーイがフウッと顔を上げて、
その大きな目で真っ直ぐ私を捕らえた。


ドキッとした。

No.170

競馬に夢中だった若い頃、
今日のようにパドックに何度か足を運んだ。


馬たちが歩いている姿を静かに眺め、
馬の能力、馬体の状態、雰囲気など、
諸々を加味してその日賭ける馬を決めた。


たくさんの馬が
私の目の前を通り過ぎて行った。


何十頭、何百頭と通り過ぎた。

No.171

ただの一度も、
馬と目が合ったことはなかった。


だからまさか、
ミラクルボーイがこちらを向くなんて、思いもしなかった。


なんで私を見るんだよ...。


その視線は、2秒ほど私を捕らえて離さなかった。


なぜ今私を見たのか。


疑問の余韻を残しながら、
私に背を向けて遠ざかっていった。

No.172

私が思ったことが、
ミラクルボーイに伝わってしまったからなのか、
何か私に言いたいことでもあったのか、
何かを感じとらなければならない2秒だった気がした。


下を向いてタラタラ歩いていた馬が、
自分の未来と私の未来を見据えたような顔をして、
私を捕らえて離さなかったのだから。


私を威圧したのか?

No.173

いや違う。


ただ目が合っただけじゃない。


未来を達観した顔とも違う。


悟りを開いた優しい顔とも違う。


それこそ馬ヅラだが、
その目はまるで仁王か
阿修羅のように強い目だった。

No.174

黒い目の奥に、
どれほどの思いがあるのか想像もつかない程、深く黒い目をしていた。


その目の黒さに鳥肌が立った。


私を中身のない薄っぺらな人間だとでも思ったか?


薄紙を光に透かして
向こう側が簡単に見えてしまうかのように、
たった2秒という短い時間で
心の中まで見透かされて、
私という人間の価値を判断された気がした。

No.175

いつも柵の外で馬を見ている側の私が、
今日は柵の内側から馬に見られ、
そして瞬時に判断されてしまった嫌な感覚。


少し心外な気分になった。


いつも人間にそうされてきた馬の気持ちが、何となく分かった気がした。


今日ほど、馬たちが人間をどう思っているのかを聞きたくなった時は無い。


人間をどう思っているのかではなく、私を見て何を思ったのか。


ミラクルボーイに聞いてみたいと思いながら、
本馬場へと入場する彼らを見送った。

No.176

まばらな観客席。


椅子に座って馬券を確認した。


たった一枚。


複勝ミラクルボーイ。


賭け金40万円。


我ながら、思い切ったことをしたもんだ。

No.177

返し馬を目にしながら、
この光景をしっかり見ておこうと思った。


ここにはもう二度と来ることは無いから。


この晴れた清々しい空も、
耳に聞こえてくる場内の音も、
どれも今日で最後。


死ぬことを決めた日から、
一週間が経った。


パチンコやら競馬やら、
考えることがあったおかげで、
この一週間、自殺することを考えなくて済んだ。

No.178

やりたかったことは全てやれた。


納得いくまでやれた。


感謝の思いでいっぱいだった。


こんな私の望みを聞いてくれまして、
ありがとうございました…


涙が出そうだ。

No.179

私の前を観客が通った。


見られてはマズイと顔を伏せた瞬間、
溢れた涙が手の甲に落ちた。


どうして涙が出る?


この一週間を楽しめたことが嬉しかった。


楽しい日々は続かないことも分かっていたし、
この日々は人生を諦めたからこそ、
得られた日々。


必ず最後の日がやってくる。


その楽しかった日々とセットにやってきた、
最後の日というのは、
自ら望んだ日であり、
ありがたいものじゃねえか…。

No.180

ありがてぇよ…


一週間前にあった100万円、
賭け事に全部使っちまった。


これでよかったんだよな…


だって、もうやることが何も無いんだから。


やるべきことも、
やれることも、
やりたいことも、もう何も無い。


あとは死ぬだけ。


このレースが終わったら、
死ぬだけ。

No.181

だけど、こんな晴れた空を見てるとよ、
もう少し私に何かできなかったかと考えてしまうんだよ。


結局自殺することになったとしてもよ、
もう少し、もうちょっとだけ、
何か頑張れることがあったんじゃねぇかってさ。


そんなもん無いと思ったから、
今私はここにいるんだけどな。

No.182

一週間前の私が、
少しだけ、ほんのわずかでもいいから、
私自身を諦めずにいたら、
まだ何か頑張れる選択肢を見つけられていたのかなって。


少し考えてみた。


すぐにやめた。


やっぱりねぇか…そんなもん…。


生きてたってよ、
なんもいいことねぇ。


いいことがなんも無いこの世界に、
今までずっと生きてきて、
それでもよ、
なんかできないか、
なんかやれることがあるんじゃないかって思って生きてきたよ。

No.183

家族が去って行って、
仕事も無くて、
一人で孤独で年とって死んでいくなんて、
考えたことも無かった。


今死のうが、
10年先、20年先に死のうが、
同じなんだよ。


きっと変われない苦しみは何も変わらない。


だけどよ…

No.184

天を見上げた。


空があまりにもきれい過ぎるんだよ…


頭上に広がる青い空。


日に照らされて光る雲。


なんだよ、この空…


ずっと見ていたいと思うほど、美しい。

No.185

胸が熱くなった。


見れるものなら…


こんな空を
これから先もずっと見ていたかったと思ってよ…。


詰まる言葉が涙となって出てきた。


もうすぐミラクルボーイが出走する。


スタートが出遅れないか、ちゃんと見てやらないと…


だけど…


顔を覆い隠した競馬新聞の中で、
鼻をすすりながら泣いた。

No.186

スタート!


ゲートが開いた。


スタートは皆きれいに揃った。


1,800メートル、ダート。


どんな結果になっても


何着になっても


最後まで私が見届けてやるから。


馬番9番のミラクルボーイだけを目で追った。

No.187

馬群の中で走るミラクルボーイを見ながら思った。


おまえ、さっき、どうして私を見たんだ?


今日が最後のレースだってこと、
おまえ知ってるか?


競走馬としての重圧から解き放たれるから嬉しいか?


期待に応えられず、悲しい気持ちになんてなってないよな?


馬だからな。

No.188

だけど、おまえを見ていて思ったことがあるよ。


人間だけだな。


死にたいって思うのは。


きっとおまえらは、
どんなに腹が減っても、
どんなに苦しい状況でも、
生きたいって思うんだろうな。


生きる道を必死に探すんだろうな。


生きていくことだけ考えるんだろうな。


人間はどこまでも我儘な生き物だよ。


自分から死のうなんてさ。

No.189

だからさっきパドックで、
おまえは私を見て怒ったんだろ?


そうなんだろ?


流れるように
こっちに向かって馬群が近づいてきた。


コースを曲がり切った。


鞍上の騎手が必死にムチを打つ。


最後の直線。

No.190

馬群後方を懸命に走るミラクルボーイ。


残り200メートル。


もう二度と、こうして走ることはないかも知れない。


競走馬として走ることはないのだろう。


おまえにそれが分かるのか?


五着でも三着でも二着でもダメなんだぞ。


一着でなきゃ…

No.191

もう無理だとわかっても、
懸命に走るミラクルボーイから目を離さなかった。


既に数頭ゴールした。


かけてやる言葉が思い浮かばない。


一着じゃないなら、
ビリでも良かったのに、
それでもおまえ、最後まで一生懸命走ったんだなぁ。

No.192

ゴールし終えて
減速するミラクルボーイの姿をずっと目で追った。


ありがとよ…


静かにレースが終わった。


直ぐに席を立てなかった。


暫くの間、
目を瞑ってこの余韻を、
この場内の空気を目一杯、感じていた。


最後まで必死に追い続けたミラクルボーイの着順は、6着だった。

No.193

40万円が消えた。


だけど、そんなことはどうでもよかった。


わかっていたことだから。


ミラクルボーイがゴールした瞬間、思った。


決まった、と。


ミラクルボーイの人生も、私の人生も。


彼は最後まで諦めずに懸命に走った。


私ができなかったことをした彼は、
それだけで尊い。


負けた40万円の馬券を握りしめ、
人生最後の電車に乗り、
帰宅の途に着いた。

No.194

自宅に着いて、大きくため息をついた。


あとは...
あれをするだけか...。


幸子と和典が出て行って以来、
2年以上もの間、一度も掃除されていない家。


部屋にある、
ありとあらゆる物全てが埃をかぶって白くなっていた。


床は埃の玉が所々で動めき、
歩くと私を避けるように床を滑りながら四方八方へ広がった。

No.195

サビた流し。
蜘蛛の巣ができた天井の片隅。
黒ずんだ便器。


無造作に投げ掛けられた服。
落ちたハンガー。
飲みかけの酒の瓶。


食べ終わったまま毎日重ねていったインスタントラーメンの容器と箸の山。


溜まったゴミ。


「よくもまぁここまで...」

No.196

玄関、台所、トイレ、
6畳の2部屋、4畳半の部屋、
廊下を一通り眺めた後、
6畳の部屋の隅の壁にもたれながら座りこんだ。


激しく汚い家だが、
もう今さらきれいにする気持ちもない。


このまま私と一緒に...


競馬場を一歩出た瞬間から、
私は無気力になっていた。

No.197

電車に乗っている間も、
このまま家に帰らず、
どこか知らないところまで行ってしまおうか、
その知らない場所で果てようかと、
フラフラした気持ちで座っていた。


もうやることは全部やって、
あとは死ぬだけなのだから、急ぐこともない。


ダラダラと右へ左へ無意味に蛇行しながら、
通常かかる時間の3倍の時間をかけて、
家にたどり着いた。


腹が減ってお腹がグーグーと騒ぎだしても、
ぽかんと口を開けたまま、ずっと部屋の空を見ていた。


そうしている間に、
閉めきった窓からカーテン越しに射しこんでくる陽の光が
左から右へと移っていって、
いつの間にか部屋一面が暁色に変わっていた。

No.198

その優しい色に心が徐々に温められて、いつの間にか穏やかな気持ちになっていた。


こんなに安らぐ気持ちになったのは、いつ以来だろう...。


こんな私にも暖かい光が注がれたのかと思ったら、嬉しくて有り難くて胸が一杯になった。


自然と涙が溢れた。


No.199

どこの誰に向けるでもなく、にっこりと微笑んでみたくなった。


部屋の片隅に座り込んだまま、人知れず優しい笑顔を作ると、目に溜まった涙が頬を伝って流れた。


よし…。


このまま生きていたら益々腹が減ってきてしまうから…。


そろそろ逝くとするか…。

No.200

立ち上がろうとして、ふと目を落とした先に、昔使っていた定期入れが転がっていた。


開いて見ると、もう使用できなくなった定期券と運転免許証が入っていた。


5年前に撮った運転免許証の私の顔。


免許証の写真だから、かしこまってはいるものの、私の顔はこんなにも暗い顔だったのかと少し驚いた。

No.201

ふと目線を上げたところにあった鏡台の鏡。


そこに映っている今の顔とは、明らかに違う。


いつも厳しい顔をして、眉間にシワを寄せながら仕事をしていたし、何より毎日がつまらなかった。


つまらない人生をやめたら、こんなにも明るい顔になれるものなのか。

No.203

ただしこの顔は、人生を諦めたからこそなれた顔。


生きることを続けようと思っていたら、到底なれない顔だった。


何も背負わず、何も期待せず、ただ残りの日々を楽しく過ごそうと思った。


鏡に映った顔を何度も確認した。


私の顔はこんなにも穏やかで、優しい顔をしていたのか…。


両耳を引っ張ってみた。


60歳手前のシミとシワだらけの顔が、あっという間に無邪気な面白い顔になった。

No.204

どの角度から見ても笑っている。


「はじめまして、白井常雄さん」


鏡に向かって言ってみた。


他人のような自分の顔。


これが今の私の顔。


最後にこんな顔に出会えてよかったなぁ。

No.205

台所の椅子を6畳の部屋に運んだ。


昔、幸子が使っていた洗濯物干し用のヒモ。


脱衣所の棚の中にあるのを見つけた。


6畳の2部屋を介している襖の上に、風通しをよくするためにあるのか、壁の代わりに芸術的な木の彫り物がはめ込んである。


椅子に上って隣の部屋からこちらの部屋へ、木彫りの隙間にヒモを通して輪を作り、固く縛った。

No.206

椅子を降りて、吊ったヒモの高さを確認した。


首を吊っても床に足がつかない高さに設置できた。


部屋の上方の宙に、だらんとぶら下がった首吊りヒモ。


はあ...。


こんなものを首に巻いて宙吊りになったら、さぞかし痛くて苦しいだろうなあ。

No.207

痛くて苦しくて、目が飛び出るだろうなあ。


身体中の穴という穴から、いろんなもんが出て垂れ流しになるんだろうなあ...


はあ……。


いったいどのくらいの時間、私は苦しむのだろう。


一分位?


一分苦しんだら、あの世に逝けるか?


首に違和感が走って生唾をゴクリと呑みこんだ。

No.208

想像ならいくらでもできたんだがなぁ。


心臓めがけて包丁をぶっ刺すとか。


解雇された会社があったビルの屋上に忍び込んで飛び降りるとか。


何も口にせず、息が絶えるまで絶食とか。


頭の中ではいくらでも想像できた。

No.209

その中で一番簡単そうだったのが首吊りだった。


しかし、いざやるとなると恐ろし過ぎてなかなか前に進めない。


足がプルプルと震え始めた。


その足の震えが治まるのを待つまでもない。


小刻みな震えを利用して椅子から飛び降りればいいわけで...


緊張で足が固まって動かなくなってしまうよりは好都合なわけで...

No.210

私は注射も嫌いな小心者だから、正直に言うと、こういうことは大の苦手なんだ。


健康診断で血を数本採られる時は、いつも腕から目を反らして壁にかかった時計の秒針の動きだけに意識を集中させた。


大抵、一分もあれば全て採り終わった。


一分か...。


壁にかかっている時計の秒針が、ゆっくりと12を通過した。

No.211

カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


ようやく15秒。


一秒が恐ろしく長い。


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ...


ようやく25秒。


一分もがき苦しむなんて長過ぎる。

No.212

気が引けた。


だが今更怖じ気づいてやめる訳にもいかない。


痛くても苦しくても結局やらなきゃならんもんなぁ...。


だったら、さっさと済ませてしまった方がいい。


よし。


大丈夫だ、常雄...


こういう時は、感情を一切シャットアウトして心を無にするんだ。


深呼吸をして腹から「スゥーー」っとゆっくり息を吐いた。


椅子に上った。

No.213

足の震えが尋常ではない。


動悸がしてきて冷や汗が出てきた。


ヒモを掴んだ。


足の震えが腕にまで伝わってきた。


『大丈夫だ。大丈夫だ』


『何も感じない。何も感じない』

No.214

そのまま震える手に力を入れながら、ゆっくりとヒモの輪に頭を通した。


首にヒモが掛けられた。


こんなことは生まれて初めての経験だ。


ほとんど重さのないヒモ。


鎖骨に当たって妙にその存在感を感じる。

No.215

嫌な感覚...


既に圧迫感を感じて気持ちが悪い。


その突っ張り具合から、ヒモが天井付近から吊られて固定されているのが分かる。


鎖骨に触れる細いヒモを両手で掴み、目を瞑った。


そのままゆっくり顔を上げた。


あとは椅子から足を外すだけ。


もう一度大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。

No.216

大丈夫だ。
大丈夫だ。


「せーの」でいくぞ。


「せーの」でな。


よし、いくぞ……


『ふぅー』


『せーのっ』


椅子から足を外そうと全身に力を入れた。


その時――――

No.217

「ピーンポーン」


何!!?


『うおっ……』


片足が宙に浮いて、ヒモが首にめり込んだまま身体がぐるっと一回転した。


『うっ……くっ……』


片足がつかない…

No.218

外れた右足の足場を探そうと、首に食い込むヒモを掴んで必死にもがいた。


もがけばもがくほど首が締まる。


『うぅー…』


顔がうっ血してきて薄く目を開けると、部屋がぐるぐる回っている。


苦しくてもがいているうちに、唯一椅子を捕らえている左足が外れそうになった…


もうだめ…だ…


目がチカチカしてきた。


『うーっ…』

No.219

ジタバタもがいて1,200度ほどぐるぐる回っただろうか…


右足のつま先に堅いものが当たった。


椅子…


朦朧としていく意識の中で、右足のつま先で椅子の表面を手操り、端を捕らえた。


戻ってくるんだ...常雄...


両足で踏ん張って渾身の力で上体を起こした。

No.220

やった…


椅子の上になんとか着地…


ゲホゲホッゲホッ…


よろめきながら、直ぐ様きつく締まったヒモを弛めて外した。


ガクガク震える足が意思とは関係なく勝手に折れて、椅子の上に正座した。


そのまま背もたれを抱えてうずくまった。

No.221

ゼェゼェゼェ……


『し…死ぬかと思った……』


吐きそうだ…


一時遮断された頸動脈の血流が一気に脳へと流れ込んで、頭がグラグラして目が回る。


冷や汗が身体中から噴き出して唇が渇き、顔が真っ青になっているのが鏡を見なくても分かった。


気持ち悪い…


時間にして5,6秒も吊られてなかったと思うけど、こんなに…………

No.222

『ハアハア……』


大きく息を吸って吐いてを繰り返した。


口と鼻から血が混じった胃液と唾液と鼻水が、ダラダラと糸を引いて床に落ちた。


その間、終始静まりかえっている家。


たった今の今まで一人でもがき苦しんでいた私。


私のこの一連の行動を、この家は高みの見物気分でただずっと眺めていたんだろう。


家主が死ぬほど苦しんでたっていうのに、なんて薄情な家なんだ。


あまりの痛苦しさを誰かに訴えたくて、つい、家に八つ当たり心が芽生えてしまった。


だけどこの家、全く静かだったわけじゃない。


確かさっき、ピンポンって鳴った気がするんだが…

No.223

涙目になってふらつきながら椅子から降りた。


床に膝をついてゆっくり息を整えた。


首が痛い…。


頭が痛い…。


ゴホッゴホッ…


咳込んだ。


ヒィハァヒィハァ……


首を擦りながら耳を澄ませた。


胸の鼓動が煩く耳に届いて、周りの音が聞こえにくい。

No.224

呼吸を整えながら耳を澄ませていると、やがてピーンポーンピーンポーンと2回鳴った。


はっきり聞こえた。


やっぱり誰か来たんだ...


誰なんだ?


滅多に人なんか来ないのに...

No.225

まさか、今私が首を吊ろうとしていたのが、どこからか見えてしまっていたのか…?


窓の方を見た。


カーテンはちゃんと閉まっている。


そのまま訪問者が帰るのを待とうと思ったが、なんだか見られている気がして気になった。


口と鼻から出たものを手で拭い、息を整えて立ち上がった。


恐る恐るインターホンに出た。


『はい』

No.226

『俺だけど』


『???』


『親父?俺だよ。和典だよ。会いにきたよ』


何だって?


和典?


なぜ?


頭の中が真っ白になった。


何も言わずにインターホンを切った。

No.227

しばらく呆然としていたが、やがて再びインターホンが鳴った。


「ピーンポーン」


和典なのか…?


なぜ和典が来たのか、全くもってその理由がわからない。


「コンコン」


玄関の戸を叩く音。


急に焦り始めた。


とにかく和典が家に入るのだけは阻止しなければ...。

No.228

閉めきった部屋は埃まみれで、とにかく散らかり放題。


不用意に歩くと蹴ってしまう、転がっているビールの缶。


人間らしい生活をしているとは到底思えない澱んだ空気。


さっきまで気づかなかった部屋の汚さがやたらと目についた。


そして宙にぶら下がった首吊りヒモと、そのための椅子。


常人には見るも耐えがたい異様な光景だ。

No.229

こんな部屋を和典に見せられる訳がない。


何度もインターホンが鳴った。


どうしよう...


狼狽した。


仕方なくインターホンに出た。

No.230

『帰ってくれ』


『え?親父?俺だよ、和典だよ。開けてよ』
 

『帰ってくれ。二度と来ないでくれ』


どうしたって今の私の姿を和典には見せられない。


見せたくない。


絶対に見せてはならない。


祈るような気持ちだった。


頼む和典、早く帰ってくれ...

No.231

『開けて』と言う和典の声を遮り、インターホンを切ってその場に座り込んだ。


「ドンドン」と和典が玄関の戸を叩いて『親父、親父』と叫んでる。


音を立てずに和典が帰るのを必死に祈った。


帰ってくれ、頼む...


もう私は、君たちに会えるような、君たちが覚えているような人間ではないんだよ...


そのまましばらく息を潜めていると、ドアの向こうで「バン」と大きな音がした。


そしてアパートの階段を勢いよく降りて行く足音が聞こえた。

No.232

忍び足で玄関に近づき、覗き穴を覗き込んだ。


ドアの外にはもう誰もいなかった。


ゆっくり扉を開いてアパートの通路を見ると、そこら中に紙袋が破れて散乱していた。


外はもう暗い。


通路の電灯だけが散らかった紙袋を照らしていた。

No.233

散らばった包み紙に「白井常」の文字が見えた。


これは…


近寄って見ると「白井常雄様」と書いた帯と、その下に「和典より」とあった。


隣の家のドアの前まで散乱している。


破れた包装紙や品物を一つ一つ拾い集めた。


どうしようもなく情けない気持ちが胸に込み上げてくる。


すまない…


いろんな思いが葛藤した。


謝りたい…


アパートの階段を下りて走った。

No.234

和典はどこにもいなかった。


あてもなく歩いて公園の入り口に着いた。


誰もいない公園の中に入った。


片隅にあった冷たいベンチに腰をかけた。


暗闇に身を委ねて、ただボーっと時間が過ぎた。


いったい私は何をしているんだろう…


もういいだろう…


これ以上…


公園を出て線路沿いを歩いた。


真っ暗な道を。

No.235

カンカンカンカンカンカン…


踏切の前に立った。


誰もいない。


ゴーッと線路から車輪の音が響いてくる。


電車の光が眩しく目に入ってきた。


もし、やり直すべき日があったとしたら、それはいつだったんだろうな。


教えて欲しかったよ…


涙が落ちた。


踏切の中に入って電車の正面を見た。


眩しい光が体を包んだ。


目を瞑った。


さようなら。


上巻終(上・下)

No.236

下巻始まり


「コト」


薄く目を開けると、眩しい光が飛びこんできて、思わず顔を背けた。


ここは...?


天国...?


違う。
あからさまに違う。


だってナイター中継が聞こえる。

そりゃあもうはっきりと。


『阪神対巨人戦を
 お送りしておりますが...
 おっと!?
 これは大きいー!
 レフトスタンド一直線!

 あーっと、
 思ったより伸びませんっ!!
 スタンド手前でキャッチー!
 スリーアウトチェンジ!!
 
 7回裏巨人の攻撃が
 終わりましたー』


ど、どうでもいい...。


ということは...

No.237

そうなのか...。


私はまだこの世に生きている。


死ななかったのか...
絶望感が襲ってきた。


死ねなかった。
死なせてもらえなかった。
苦痛が心を蝕み始めた。


生きていたなら、確認しなければならない恐ろしいことがある。

No.238

電車にはねられた衝撃で、身体のどこかがはずれているのではないかということだ。


頭の中に不安が駆け巡ったが、どうも変なのが、電車にぶつかった記憶が無い。


不思議だ...


普通私はバラバラになっているはずなんだが、それにしてもバラバラ感が無い。


ここに浮遊する空気に、緊迫感のかけらも無い。


何故か毛布らしきものを掛けられて、ソファらしきものに仰向けに寝かされている。

No.239

例え生きていたとしても、病院に運ばれていなきゃならないはずだ。


どういうことなのか、未だに理解できない。


恐る恐る右足を1センチほど上げてみた。


ちゃんと動いた。


左足も上げてみた。


これも大丈夫。


右手、左手もちょびっとだけ動かしてみた。

No.240

問題なさそうだ。


見た目には分からないくらいにちょっとだけ身体を横に傾けてみた。


腰も大丈夫だ。


バラバラどころか、痛みがまるで無い。


分かりやすく言えば、線路に飛び込む前と何ら変わらない。


もっと言えば、さっきまで寝ていたから、飛び込む前より頭が冴えて元気になってしまったみたいだ。

No.241

私は確かに電車にひかれたはずなんだが...。


これから私はどうすればいいんだろうか...


もうはっきりと目が覚めてしまっているんだが、この体勢のままずっと寝たフリを続けた方がいいんだろうか...。


この部屋には間違いなく誰か一人居る。


さっき私は誰かが「コト」っとコップを置いた音で目が覚めた。

No.242

そして恐らく、背もたれにもたれかかる度にガチャガチャと音が鳴る回転式の事務椅子に、その人は今も座っている。


起き上がって声をかけようか…


ナイター中継を見ているか聞いているかしている人の邪魔をするのは気が引けた。


野球ファンというのは、とにかく試合の途中で茶々が入るのを嫌がるものだ。


とりあえず、もう少し寝たフリをしながら様子を伺おう。


そう思ったら、つい家の布団で寝ているかのような気になって、毛布を足で上げて横向きに寝返りをうってしまった。


あっ…やってしまった…

No.243

『起きたんか?』


ドキッ!


心の準備ができてない。


だけど聞こえなかったフリをするのはあまりにも変過ぎる。


『起きたんか?』と言われた瞬間、私は横向きになろうとしていた身体の動きをピタッと中途半端に止めて、そのままフリーズしてしまった。

No.244

聞こえなかったフリをすれば、私はこの中途半端な苦しい体勢で寝たフリをし続けなければならない。


明らかに声が聞こえた反応をしておいて、聞こえなかったことにするのはおかし過ぎるだろ。


頭の中が戸惑っている間に、『起きたんか?』と言われてもう確実に5、6秒は経ってしまった。


その男性はきっとまだこっちを見ている。


起きるしかない。

No.245

閉じた瞼は既に部屋の明るさには慣れてしまっていたが、いかにも今目が覚めましたという「非常に眩しい感」をおもむろにアピールしながら目を開けた。


『うぉっ!』


驚いてつい、声を出してしまった。


椅子に座っていたであろうその人が私のすぐ側にいて、わずか15センチほどのところまで顔を近づけて私の顔を覗き込んでいたからだ。


『おはようさん』


どこかで見覚えのあるその目。


黒目が真っ黒な白髪の男性だった。

No.246

『ここは...?』


『ここ?駅長室』


男性はナイター中継のラジオを消して、棚から湯呑みを一つ出した。


『自分の状況、理解できたんかいな』


その年配の男性が私に言った。


『ワシ誰かわかる?』

No.247

首を振った。


『あんたが突然目の前に飛び込んできた貨物列車の運転手』


『...』


気まずさが漂った。


この人が私を助けたのか...。


だけど助ける…?

No.248

私の記憶が確かなら、列車はあの距離からでは到底止まれないスピードが出ていたはずだ。


電車に跳ねられるのは必至だと思った。


なのに何故、私は怪我も無くこうして生きているんだろう...


それにあの線路に貨物列車なんか走ってたか?


しかもあんな夕方過ぎの時間に...


やっぱり腑に落ちない。


不思議だ...


ソファに横になっていることに違和感を感じた。


起き上がって床に足を下ろした。

No.249

ソファの脇に、私のサンダルが揃えて置いてあった。


和典を追いかけた足で、そのまま電車に飛び込んだ。


『あんた、またえらい恐ろしいことをしたねぇ。


大体ねぇ、そんなことされるこっちの迷惑ってもんを考えたことあるん?』


『......』


どうやら電車に飛び込んだことを言ってるようだ。


答えようがない...


穏やかそうに見えた男性が、咳を切ったように話し始めた。

No.250

『自殺するんならねぇ、自分で死んで下さいって話ですよ。そういうことに巻き込まんで欲しいね、まったく...。

だってそうでしょう?


自殺の方法って言ったらまず何を考えるかって...


だいたいの人がまず、飛び込み考えるでしょ?あなたみたいに...


一位じゃなくても三位くらいには入ってるでしょ?


文明が発達した世の中になってもまだ「飛び込み」って…

No.251

調べれば他にいろいろやり方あるんじゃないの?


昔で言ったら馬にひかれて死にましょうっていうことでしょう?


馬が電車になっただけで、自殺の仕方ってホントに進歩しないんだから参っちゃうよねぇ。


死のうって自分で決めといて、その方法が「電車」て…


物凄い受け身ちゃいまっか?って話やん。


自殺って決めたんならねぇ、そこは筋を通して自分で切腹でもして下さいっちゅう話なんよ。


ホントにまったく...』

No.252

私に飲ませる茶を入れる間中、その男性は飛び込み自殺について、滝の如くぼやいていた。


ごもっともだと思いながらも、私が同調したり口を挟んだりすると、益々男性の怒りの火に油を注ぐことになってしまうと思ったので、ただ黙って聞いていた。


運転手が湯呑みを持って私の方へ近づいてきた。


『ほら、茶できたで』

No.253

温かいお茶だった。


運転手はハァと溜め息をついて、またガチャガチャと音を立てて椅子に座った。


『怖かったなぁ』


『…』


『怖かったと思うわ』


『…』


『いきなりあんたが現れて、ワシめっちゃ怖かったで。あんたはあんたで気絶して線路の上にぶっ倒れてしもたんやけどな』


そうだったの…?

No.254

『ワシがな、まだ遠くに見えるあんたの妙な行動に早く気づいて急ブレーキせえへんかったら、あんたは今頃バランバランや』


余計なことはせずにそのまま死なせてくれたらよかったのに…


『まあ、あんたはそれを狙っとったんやろ?』


『…』


『ほんまに怖いことするなぁ、自分…』


『…』

No.255

『もしあの時、ワシがあんたをひいて死なせてしもて、そのワシは、明日からいつもと変わらず笑って暮らしていけると思た?』


『ワシの人生どないなってたか想像してみてくれる?』


『あんたを死なせてしもたって、ずっと暗く生きていくことになってたんやで』
 

『…いや…変わらず笑って暮らしていただければよかったんです』

No.256

『無理やん。そんなもん。だってあんた絶対夢に出てくるやん。線路に立ったあんたが絶対夢に出てくるやん。夢だけやない。運転しとる時、踏切に人が立ってたらってどないしようって不安になって運転なんかできんようになるで。仕事辞めなあかんことになるで』


『……』


『あんたは分からんかも知れんけど、線路に立ったあんた、めっちゃ怖かったで。幽霊みたいやったで』


『あーあかんわ。今日夢見そうや。えらいことしてくれたでー。ワシめっちゃ怖がりやのに…』


『…』

No.257

『生きとる人間がな、皆強い人間やなんて思うとるかも知らんけど、それは100%間違いやで。皆あんたと同じ弱い人間なんやで』


『それが全然分かっとらんから平気でそんなこと言えるんやろ?』


運転手は湯飲みの茶を飲み干した。


『ワシ、あんたの自殺を止めたんちゃうで。勘違いせんといてな。自分とうちの電車を利用してくれてるお客さんのためにブレーキ踏んだんや』


『だから絶対恨まんとってな。頼むで。逆恨みっちゅうやつやからな、それ』


『…』

No.258

『だってな、もしあそこでブレーキ踏まへんかったらワシの人生だけやのうて、この会社使うてくれてる何万のお客さんの足に影響出たんやで。


みんなイライラして、どっかで喧嘩が起きたかも知らんし、乱れたダイヤをどうにか元に戻そうと運転手が気張ってしもて、重大な事故に繋がってたかも知らんで。


待ち合わせに遅れてしまう人が急いで走って、転んで怪我したかも知らんで。


考えてみたら、ワシめっちゃ凄いことしたんやな。


あんた一人を死なせずに済んだことで、他のたくさんの人間も助けたことになったやん。勲章もんやで。ワシしかでけへんで。ワシやからできたんやで。ワシやったからあんたは今そこにおられるねんで。だってワシは…』


『???』

No.259

さっきから疑問に思っていた。


私は線路に入る前、確かに電車が向かってくるのを見た。


あれは貨物列車ではなかった。


線路に入って、電車が物凄いスピードで近づいてきた。


眩し過ぎて目を瞑ってしまったが、あの距離の近さで絶対に止められるはずがない。


もし止められたのだとしたら、それはもう神業としか思えない。


この人はいったい…

No.260

『いやいや、思わず口滑りそうになってもうた…。そないなことしても誰も誉めてくれへんって話なんよ。そうそう…』


『は、はあ…』


運転手は「それは言ったらあかん、あかんで」と自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を言いながら話すことを整理しているようだった。


『それとな、あんな怖い思いさせられて、ワシこのまま帰られへんのよ。怖すぎて。だからあんたにしてもらわないといけないことがあんねん』


『それをしてくれるまで絶対帰さへんで』


とてつもなく真面目な顔をして男性はその黒い目で私を威圧した。


謝罪とか賠償とか…?


生き残ってしまった最悪のシナリオがこれから始まるのか…。

No.261

再び自殺することを決意した。


どうせ賠償なんか無理だし…


聞くだけ聞いてさっさと死のう…


『あの…私はどうすれば…』


『せやな。笑ってくれる?』


『は?』


『嘘でもええから笑ってくれる?』


『わ、笑う…?』


何を言ってるんだ…この人…


『あんたの幽霊みたいな怖い姿が夢に出てきたり、今後も思い出したりせえへんように、ワシが覚えてるあんたの印象を笑顔に塗り替えておきたいんよ』

No.262

『あの…』


『なに?』


『無理です』


『え?なんで?』


『なんでって、私死のうとしてたんですよ!死にたいと思ってるんですよ!それほど苦しんで追いつめられてきたんです!もう人生やめたいんですよ!そんな笑う元気なんかありませんよっ!』


運転手に突っかかった。

No.263

覚悟して電車に飛び込んだ私の気持ちを軽く見られた気がした。


『そんなに簡単なことではないんです!』


ついでにもう一言突っかかった。


少しスッキリした。


運転手は目を丸くして私の顔を見ている。


しばらく経って運転手が口を開いた。


『なんかめちゃくちゃ元気に見えるのはワシだけ?』


『……』

No.264

『ええやん。あんたあれだけのことしたんやで。ワシのことめちゃくちゃ怖がらせといて…それだけやあらへんで。あんたワシにめちゃくちゃ迷惑かけたんやで。線路で気絶しとってダラーンとしとったあんたを、めっちゃ腰痛いのにわざわざ抱き抱えて貨物列車に放り込んで、この駅長室まで運んでやったんやで。そんでソファに寝かせてやなぁ、毛布も掛けたって茶も入れてやってやなぁ……笑ってくれるくらいええやんかぁ!』


『………』


運転手の大声が駅長室、いやきっとホームにまで響いた。


渡された湯飲みの茶に口をつけてしまったことを後悔した。


あれもこれも頼んだことではないし、望んだことでもない。


あなたが勝手にやったんでしょう……?

No.265

黙って下を向いていると、運転手は『しゃーないな』と言って机の上にある電話の受話器を取った。


『今から警察に電話するで』


『え!?』


『あんたが今日やったことを全部話して事情聴取してもらわんとな』


運転手は1・1とプッシュした。


『あ、あの…』


運転手が0を押そうとした瞬間、私はソファから立ち上がって叫んでいた。


『やめてください!なんでもしますから!』


警察に連れて行かれたら幸子や和典に連絡がいってしまうのでないかと焦った。


それだけはマズい。


気がついたら駅長室の床に頭をつけて土下座をしていた。

No.266

『お願いします!お願いします!』


何度も大きな声で叫んだ。


『ほんまになんでもするんやな?』


悪魔みたいな声と受話器を置く音が聞こえた。


恐る恐る顔を上げると、運転手が直ぐ目の前で仁王立ちしている。


『ほな喋ってもらうで』


『な、何を……』


『なんで自殺しようとしたんか、聞かせてもらおうか』

No.267

自殺の理由...


『それは……』


話したくない気持ちと話したところでどうにもならない投げやりな思いが、動かさないとならない口を重くした。


私の中では死ぬ決断をした時に、もう全て解決したことだから。


今さら誰かに話したところで、そのことについてとやかく言われるのも嫌だった。

No.268

だけど話さなければ警察を呼ばれてしまう。


適当に言って早くこの場を去ろう。


パチンコと競馬に明け暮れて金を使い果たして、にっちもさっちもいかなくなったので死のうと思いました。もう二度と自殺なんてしません…とか言っておけばいいだろう…


『実は私は…』

No.269

『言わんでええ』


『え?』


『まぁ大体、聞かなくても薄々分かるっちゅうねん』


『聞いたところで何もでけへんしな。重たい話されても…って感じやしな』


『だから言わんでもええよ』


『だってあなたが喋れって言ったから私は…』

No.270

『だって笑えへん言うから』


『じゃあ笑えば帰らせて頂けるんですね?』


『ええよ。笑ってくれたら帰ってええよ。だから最初からそう言うてるやんか』


さっさと笑って帰ろう…


そして今度は違う場所で確実に死のう。


無理矢理口角を上げて笑おうとした。

No.271

ひきつった。


できない…


ただ笑うだけの簡単なことができない。


笑おうとすると何故か先のいろんな不安が頭をよぎってきて、笑顔になんかどうしてもなれない。


『おじさん、早う頼んますわ』

No.272

ただ笑うだけだ…
やらなきゃ帰れないんだから…


懸命に笑おうとした。


やればやるほど頬の筋肉が硬直して震えた。


情けなさが込み上げてきた。


家で鏡を見ながら微笑むことができたのは、その後死のうとしていたから。


だからできた。


笑おうとすると、どうしても悲しいことが頭をよぎる。


笑おうとすると、どうしても情けない自分の人生が頭をよぎる。


笑おうとすると、どうしても明日も明後日も生きていかなきゃならない気がする。


それでもこの場だけ笑えばいいんだ…


それで事は済むんだ…


簡単なことなのに…。

No.273

生きる気力が無ければ笑えないのか?


生きようとしなければ笑えないのか?


どうしても笑顔になれなかった。


ただ笑うだけの簡単なことが、私にはできなくなっていた。


私は…私は…


『嘘でもええねん。作り笑いでもええねん』


嘘でも作り笑いでもいいから笑顔になりたい。


一度でいいから笑顔を作りたい。


一生懸命笑おうとした。


それでも…

No.274

できなかった。


笑おうとすると、いろんな不安が頭をよぎってきて、どうしても笑えなくなる。


どうして…


情けない…


これくらいのことがどうしてできないんだ……


私は…


『できません…笑顔を作りたいのに、どうしてもできません。一度でいいから笑顔になりたいのに、それくらいのことなのに…できません…。どうしてもできないんです…』


大声を上げて泣いた。

No.275

生きていくことが難しい…


もう笑うことすらできない…


悔しかった。


こんなふうに自分が壊れたまま死んでいきたくなかった。


だけど…


『ええんやで。それで』


床に伏して泣く私を見下ろしながら運転手は言った。

No.276

『笑顔やないけど、ワシの中ではもう塗り替えられたからええで。あんたが悔しがる顔にな。幽霊みたいやった顔から、ちゃんと塗り替えることできたで』


『いつか笑える日がくる。すぐやで。気休めとちゃう。ワシには分かっとる』


『何が…何が分かるっていうんですか…』


『あんたはもう大丈夫や』


『何が…?』


泣きながら運転手を見上げた。

No.277

『あんたはもう、生きる道を探し始めとる』


『そんなことはないです…もう無理なんです…』


『いいや。無理やない。あんたがそれを望んどる。今、悔しいって思たやろ?そう嘆くあんたの姿。それはもう大丈夫ってことやねん』


『何も大丈夫なことなんて無いんです…』


『あんたには、これからやらなならんことがたくさんあんねんで。今はそれが何なのか分からんかも知れへんけどな、ちゃんと残っとるんやで』


『あなたに何が分かるんですか…』


『心配せんでも後で分かる時がくる。それまで笑顔はお預けやな』

No.278

運転手のギョロっとした真っ黒な黒目が、私に一切反論をさせなかった。


言おうとしても、何故か口が全く動かなかった。


『ほなな』


運転手はニッコリと笑って、駅長室のドアをカチャっと開けた。


冷たい空気が室内に入ってきた。

No.279

心の中にいろんな疑問を残したまま、私は促されるように駅長室を出た。


ホームを少し歩いて振り返ると運転手がこちらを見て手を振っていた。


世界はまるで止まっているかのようにシーンと静まり返っている。


「なんだろう」と不思議に思いながら駅の改札を出た。

No.280

その瞬間、前からモワッと生温い風を感じて、人の足音、車の音、電車の音、どこかの店から流れてくる音楽、日常の雑音が一気に耳に入ってきた。


今までどこにいたの?どこから来たの?と戸惑うほどの人の流れが四方から私に向かってきて通り過ぎて行った。


静まり返っていた世界が慌ただしく動き出した。


まるで私が駅を出たのを合図に、機械仕掛けのおもちゃが一斉に動き出したようだった。

No.281

どうなっているんだ…


そんな疑問は二歩三歩と前へ進むにつれて次第に薄れていき、私もまた、人ごみの中へと溶け込んでいった。


家へと続く暗い道を、何も考えることなく歩いた。


いつ家に着いたのか、いつ寝たのか全く記憶にない。


酒を飲んだ形跡も無い。


気がつくと朝になっていた。

No.282

半日ほど、不思議な夢でも見ていたのか…


私は何故か生きている。


死ぬと決めてから八日目の朝だった。


いないはずの私がまだここにいて、迎えるはずのない朝を迎えている。


けれど、今胸の中に充満している気持ちは、死ねなかった後悔ではなかった。

No.283

私の心の中にさっきからずっとこだましている運転手の声。


『あんたには、これからやらなならんことがたくさんあんねんで。今はそれが何なのか分からんかも知れへんけどな。ちゃんと残っとるんやで…』


ずっとこだましていた。


私が目覚める前から、寝ている間もずっと、子守唄のように心地よく、私はその声を聞いていた。


そしてその声に守られるように目覚めた。

No.284

心の重しになっていたものが無くなったわけでも、私が置かれている状況が変わったわけでもないのだが、目覚めた私の心は何故か非常に軽かった。


気持ちが不思議なほど楽になっていた。


鏡台の鏡に、あっけらかんとした私の顔が映っている。


昨日までの私はどこへ行ったのでしょうね…。

No.285

死ぬとか死のうとか、死ななきゃとか死ぬしかないとか、そんなことばかり考えていた自分が嘘のように楽天的になっている。


そんな自分の変化に戸惑った。


考えても、その変化の理由が分からなかった。


まぁ、いいじゃないか…。

No.286

金も無い。
仕事も無い。
家族もいない。


大丈夫な状況ではないのかも知れんが。


まぁいいじゃないか。


なんとかなるさ…。


あれもこれも大したことじゃない。


だが…。

No.287

パチンコと競馬に金を使った。


取り返しのつかないことをやってしまったわけだが、それはそれで楽しかった。


だからいいんじゃないか?


悲嘆にくれることは何一つ無いと思った。


手元にある小銭と、死んだ後で引き落としされるようにと銀行に入れておいた、手をつけてはいけない金。


だから今は、ほぼ一文無しなんですけどね…


なんとかなるんじゃないですか?


きっと…。

No.288

部屋の宙に浮いている首吊りヒモ。


私に向かって「どうするんですか?」と聞いてくる。


とりあえず目覚めの茶を飲もうとお湯を沸かした。


茶を飲んでる間も、絶えずヒモは私の視界に入ってきて「どうするんですか?どうするんですか?」としつこく聞いてきた。


『どうしましょうかね』

No.289

シーンと静まり返った部屋の中で、首吊りヒモが寂しそうに浮いている。


とりあえず…
そのままにしておくのもなんだから…


椅子に上ってヒモを外した。


丁寧に丸く束ねて、元あった棚にしまった。


首吊りヒモはただの洗濯ヒモに戻った。

No.290

落ち着いていろいろ考えたら、また死の方向へと私の意識は向かってしまうかも知れない。


せっかく楽になれた気持ちを、できる限り持続させようと思った。


金が無いとか、仕事が無いとか、妻が出て行ってしまったこととか、昨日、和典を追い返してしまったこととか、先のこととか、考えると暗くなるだけ。


だから今私がやりたいことを、まずやろう。

No.291

やることは決まっていた。


起きた時からずっとやりたくてウズウズしていた。


2年半以上もの間、ずっと放置していた家の掃除だ。


隅から隅までキレイにしたくなった。


いろいろ難しいことを考えるのは、それが終わってからでもいいんじゃないか?


これからは誰が来てもいいように、いつも家の中をキレイにしておこう。


その日だけでは到底終わらず、翌日も朝から掃除を続けた。

No.292

昼下がり、一日半かかった家中の掃除がようやく終わった。


窓を全て開放した。


今まで世話になった埃が舞う重い空気と、すがすがしいひんやりとした新しい空気を入れ替えた。


外は晴天。


家の中にいるのは勿体無い。


自然と足は外に向かった。

No.293

何も用は無いが、晴れた空の下にいたかった。


一昨日、電車に飛び込む前にフラッと入った公園。


そこにあるベンチに、また座った。


背もたれにもたれながら、顔を空に向けて太陽の光を浴びるように目を瞑った。


気持ちがいい。

No.294

地面に生える雑草、靴の周りをはい回る蟻たち。


2、3日前に地上に芽を出したと思われる二葉。


少しひんやりとした空気、そよ風、鳥のさえずり、草木の匂い、太陽のあたたかさ…


命が溢れかえっている。

No.295

私の目に映るものすべて、私と共に生きている。


まだ生きていていいんだよと、当然のように受け入れてくれる。


そして太陽もまた、惜しみなく光を注いでくれた。


私がここにいることを「ちゃんと分かっているよ」と言わんばかりに。


ありがてぇなぁ…。


ただそれだけのことでも、生きる価値は十分にあると思った。


ただ…


これからどうやって生きていったらいいものか…

No.296

『フフーン♪フフフーン~♪』


どこからか鼻歌が聞こえてくる。


誰かが公園の中に入ってきた。


初老のちょっと小太りな男性だった。


私の方をチラッと見て、その男性は鼻歌を歌いながら公衆トイレに入って行った。

No.297

男性の鼻歌はトイレの中で反響してエコーが加わった。


そんなトイレ空間に気を良くしたのか、男性の鼻歌は益々リズムにのって辺りに響き渡った。


『フンフフーン♪フンフンフフーン♪~なのね~フンフンだから~♪』


何の歌なのかさっぱりわからない…。

No.298

鼻歌が大きくて、外の通りを歩く人が公園の中を覗いてくる。


そして必ず私を見た。


確かに公園には私しかいないように見えますが、歌っているのは私ではありません……。


終いには近所の犬が、「オゥーー」と鼻歌に合わせて遠吠えまで始めた。


遠吠えは瞬く間に広がって、あちらこちらから「オゥーーー」と聴こえてくるようなった。


相変わらず道行く人がこちらを見る。


私ではありません…。


そんな事情も知らず、男性の鼻歌は続いた。

No.299

トイレで用を足しているのかと思いきや、ザバーッ、ザバーッと水を流す音が聞こえてきた。


そして次に鼻歌と共に聞こえてきたのは…


シャッ、シャッっと聞いてるだけで心地が良い、デッキブラシで床を磨く音だった。


男性は公衆トイレを掃除し始めた。


どうやらこの街のトイレ清掃員のようだ。

No.300

皆様へ🍵余談🍵

突然ですが、お元気ですか?

書き始めてから3ヵ月半が経ちまして、流石に「この話、長っ…」と思い始めたところでございます。

ここに遊びに来てくれる人はいるのかな~と時々不安が過ぎったりしながら、一人淡々と投稿しております。

いつまで続くん?とご心配になる頃かと思いましたので、お便り差し上げました。

只今、下巻の中盤の下といったところです。

「どこやねん!」

2月中には完結を迎える予定でいます。

この頃、益々まとまりがなくなってきているのは重々承知でおります。

ちゃんと分かってますよ…。

もう少しの我慢です😸

最後まで読んでくださっても、決してパチンコで大儲けしたり大穴馬券が当たったりしませんが、皆様の忍耐力は一級品になると思います😸

読んでくださっている皆様。

本当に感謝感謝です。

あとちょっとですからね…🌱🍊

No.301

しばらくその心地よい音を聞いていた。


男性は私と同じくらいの年代だろう。


トイレの中で踊っているんじゃないかと思うくらい、鼻歌は益々リズミカルに大きくなっていった。


トイレから20メートル近く離れたベンチまで、はっきり聞こえる。

No.302

デッキブラシでトイレの床をこする音。


水をザバーっと流す音。


パコンパコンと響くバケツの音。


気持ちの良い音だ。


そして止まない男性の軽快な鼻歌…


実に楽しそう。


暫くしてデッキブラシの音が止んだ。

No.303

聞こえてくるのは男性の鼻歌だけ。


何をしているんだろう…


トイレの中の様子を覗き込みたくなった。


ブランコの方へ行くフリをして、途中、チラッとトイレを覗いた。


男性が見えた。

No.304

便器を、膝を折ってしゃがみながら、それはそれは大事そうに顔を近づけて磨いていた。


ピッカピカだ。


遠目から見ても、その便器の輝きが分かるくらい、艶やかにきれいになっている。


まるで金の仏像でも磨いているかのように、大事そうに見とれながら磨いていた。

No.305

そうして男性は、全ての便器を時間をかけて磨きあげた。


そしてザバーッと仕上げの水をかけた。


便器が喜んではしゃいでいる。


そんな気までしてくる。


トイレの壁も隅々まで磨かれて、公衆トイレ一帯に爽快感が溢れた。


公園の草木や遊具、空気、すべてが喜んでいるように見える。


そしてここにいる私の心に吹く風も、とても爽やかだった。

No.306

男性はトイレの清掃を終えると、鼻歌を歌いながら公園を出て行った。


行ってしまうのか…。


公園を出る時、何故か私の方をチラッと見て、ウィンクした。


驚いた。


だけど、うれしい。


なんだかとても懐かしくて、以前にどこかで会ったことがある…


そんな気がした。


とても親近感を覚えた。


なんてすがすがしいんだろう…。

男性の後ろ姿を見送りながら、心の奥底から「ありがとう」と言った。

No.307

ジーンと目頭が熱くなってどっと涙が溢れ出した。


どうしたんだ…


何故だか分からないが、とてもうれしかった。


なんなんだ…この感情は…。

No.308

同時に笑いも込み上げてきた。


ヘラヘラと泣きながら笑った。


笑いながら泣いた。


男性のバカでかい鼻歌。


リズムにのったデッキブラシの音。


勢いよく水を流す音。


犬の遠吠え。


去り際のウィンク…。


男性から感じた陽気なあたたかさ。


全てが愉快だった。


そして美しくなって佇む公衆トイレ。

No.309

男性がこの公園に入ってきてから、あたたかくて爽やかな空気が瞬く間に広がった。


辺り一面、今もその空気に包まれたままだ。


人様に対して心から「ありがとう」なんて、久々に思った。


もう随分、そんな気持ちで心を満たしたことがなかった。


実に素敵な時間だった。


私の心の中までキレイに掃除してくれた。


有り難くて仕方がない。


だから涙が止まらなかった。


癒されるとはこういうことなのか…。


そう思った瞬間、確実に私の中で何かが変わった。

No.310

ピカピカに光るトイレ。


つい、その美しさに見とれてしまう。


このトイレに入った誰もが思うだろう。


なんとも居心地の良い、きれいなトイレだと。


何度でも来たくなる爽やかさ。


こんなに人の心をきれいにする仕事を、私は今まで一度だってしたことがあっただろうか。


こんな喜びを、誰かに与えたことがあっただろうか。


きっとその答えは「ノー」なんだろうな。

No.311

私は、いろんなことを難しく考え過ぎていたのかも知れない。


あの男性は、物事を複雑に考えることなく、ただ美しいものを知っている。


私は10日前、いろいろ考えた挙げ句、死のうと決めた。


いろんなことを諦めて生きていく人生は、死んだも同然だと思った。


だけれど、私が考えるべきことは、本当はもっと単純なことだったんじゃないか…。


例えば…


今見た男性のように。

No.312

私は今の今まで、トイレ掃除という仕事に対して、少なからず何か抵抗感のようなものを抱いていた。


自分がそれをやるとなると…と。


だがたった今、私の目の前に現れた男性からは、そんな迷いは一切感じなかった。


それどころか、うらやましくなるほど爽快だった。


ほんの短い時間の中で、公園中の空気をまるで楽園に変えていった。


どうしてあんなふうになれるのか…?

No.313

彼はきっと、人の気持ちを一瞬で幸せにする術を知っている。


もしかしたら、彼はトイレの神様なんじゃないか…と思った。


八方塞がりで、暗いトンネルの中にいるまま抜け出すことができない私の前に、突然そんな神様が現れてくれた。


とても陽気な神様が…


そんな気がした。

No.314

そして「そんなに難しく考えることは何もないはずなんよ」と言われた気がした。


なぜか、あの運転手のような口調で…。


人生はもっと自由やん。


単純明快に、思う存分楽しんで生きていったらええんちゃいます?と…。

No.315

そうなのかも知れない。


単純さよりも複雑さばかりを求めて生きてきた。


そんな人生を、およそ半世紀も続けてきたわけだ。


単純な喜びが、とてつもなく心に響くありがたいものだと、それをずっと忘れて生きてきた。


私は複雑な人間だった。


非常に分かりづらい人間だった。

No.316

そんな私に、長い間付き合ってくれた幸子。


彼女はどれほど私を理解しようと努力してくれていたか…。


和典もまた、こんな父親をもったことでどれほど悩んだことか…。


申し訳なかった…


本当に


『すまなかったなぁ…』


幸子の思い、和典の思いに、ほんの少し触れることができた気がした。

No.317

もう元には戻れんだろうが…


今頃気づいても遅すぎるかも知れんが…


赤く染まった空の下。


心に芽生えた気持ち。


大事にしたかった。


私にできることが、まだあるのだろうか…。

No.318

『あんたには、これからやらなならんことがたくさんあんねんで。今はそれが何なのか分からんかも知れへんけどな。ちゃんと残っとるんやで』


そんなものがあるのだとしたら…


私はこれから先も生きていける気がする。


あるんだと思いたい。


私はまだ生きていたい。


ミラクルボーイのように、最後までちゃんと駆け抜けよう…。


そしてあの男性のように、私もなりたい。

No.319

公衆トイレの外壁に、何か貼ってある。


なんだろう…。


ベンチから数歩近づいたところで微かに字が見えた。


目を細めると、そこには…


「募集中」の字。


私は走った。


公衆トイレの貼り紙に向かって走った。


「トイレ清掃員募集中」


何度も何度もその貼り紙を手でなぞった。


こんなことって…


こんなことって、あるんだ…。


張り紙におでこをつけた。


ありがとうございます…


本当に…


ありがとうございます

No.320

『お父さんに会ったの?』


『もういいよ、その話は。で、何?』


和典は日曜日のことを聞いても何も話そうとしなかった。


何かあったのかしら…。


久々に父親に会いに行ったのに、土産話も無い。


和典はその話を避けている。


あの人、和典に何を言ったのかしら…。


残念だった。

No.321

私たちはうまくいかなかったけれど、あの人は和典の父親。


いい関係を作っていって欲しいと思っていたのに…。


やっぱりあの人はダメなのね…。

私の方から離れていったのに、なんだか今はあの人の方が私たちから離れていっている気がするわ…。


寂しいものね…。

No.322

それから2ヶ月が経った。


今の私の状況を二人に知らせたいと思った。


何も望まない。


ただ謝りたかった。


そして私が元気に過ごしていることを知らせたかった。

No.323

だが、その方法に頭を悩ませていた。


年が明けた。


年賀状にかこつけて、初めて二人に手紙を出した。


それぞれの文面はこうだった。

No.324

「和典へ

元気ですか?
この間は来てくれてありがとう。うれしかった。

ただ、部屋を汚くし過ぎていて和典を家にあげられんかった。

わざわざ来てくれたのにすまなかった。

漬け物食べました。
美味しかったよ。
ありがとう。

今私は、富士見台の公園でトイレ掃除の仕事をしています。
楽しい仕事です。

気が向いたら遊びにおいで。

今度は和典がいつ来てもいいように、部屋をきれいにしておくから。父」

No.325

「幸子へ

元気にしていますか?

この間、和典がうちに来てくれました。ありがとう。
ただ、私のせいで和典には嫌な思いをさせました。
申し訳ない。
相変わらず自分勝手な人間だと残念に思っただろうね。
私自身もそう思うよ。

今度和典が訪ねて来てくれたら、この間の詫びをしようと思っています。

あれから私は会社を辞めて、今は富士見台の公園でトイレ掃除の仕事をしています。

いつでも会いに来てください。

いつも幸子と和典の健康と幸せを願っています。常雄」

No.326

書き終えたハガキを見ると、幸子に宛てた文面の余白が少し大きく空いてしまった。


何か絵でも書いて埋めようかな。


幸子が好きだった何かの絵でも…。


『あっ!そうだ!』

No.327

受け取った和典も幸子も複雑な思いだった。


和典『何を今さら…』


幸子『連絡しないでと言ってあるのに…』


と困惑した。

No.328

それから5年。


『母さん、親父どうしてる?』


『あなたに黙っていたけど、少し気になって何度か富士見台の公園を覗きに行ったのよ』


驚いた。


まさか母さんが親父に会いに行っているとは思わなかった。


『それで?』


『……』


『元気だったの?』


『それがね…』

No.329

『何?』


クスッ…。


母さんが急に笑いだした。


『何?どうしたの?』


『お父さん、公園で鼻歌歌いながらトイレを掃除してたのよ』


『鼻歌?親父が?』


『ねっ。びっくりよね』


『それで?』

No.330

『それでお花をね…』


幸子がまたクスッと思い出し笑いをした。


『お父さん、お花の手入れもしてたのよ』


『親父が花!?』


『そう。椿のね』


『椿って母さんが好きな花じゃなかった?』


『あの人、きっとそんなこと知らないわよ…』

No.331

『それでどうしたの?』


『それだけよ』


『それだけって…親父に会ったんじゃないの?』


『なんだかあまりに楽しそうに仕事していたから声かけづらくてね。会わずに帰ってきちゃったのよ。元気な姿を見れて安心したのもあったし』


『そうだったんだ…』


ずっと思っていた。


母さんに言おうかどうか迷っていた。


一緒に親父に会いに行かないかって…

No.332

喉まで出かかっているのを、親父の姿を思い出して笑ってる母さんを前に堪えていた。


母さんはもう、親父を許しているのか?


俺はどうなんだ?


『和典…』


母さんが先に口を開いた。


『何?』

No.333

しばらく俺の顔を見て、母さんは首を振って言った。


『なんでもない』


何?と言おうとした。


母さんもそれを待っているようだった。


だけど言えなかった。


俺はまだ、自分の気持ちが分からなかった。

No.334

俺の心の中の濁りが消えないまま、また5年が過ぎた。


市の広報誌に「富士見台の公園のトイレをいつもキレイに掃除してくれて、椿の花でいっぱいにしてくれたトイレのオジサン。お疲れさま。ありがとう」と親父が紹介されていた。


デッキブラシを片手に作業服を着て、町の子供達に囲まれながら満面の笑顔で笑っている親父の写真があった。

No.335

カラー写真ではなかったが、親父が老けたのがよく分かった。


だけど、10年ぶりに見る親父の顔は、俺が知っているどの顔とも違った。


親父とは思えないほど穏やかで、とても優しい顔だった。

No.336

そして写真の隅に「10年間務められた白井常雄さんが、先日お亡くなりになりました。安らかにお眠りください」とあった。


俺と母さんは、その広報紙を読んで初めて、親父が死んだことを知った。


親父が死んだ……


親父が死んじまった。


何も知らなかった。


何も聞かされていなかった。

No.337

市の職員が言った。


「白井さん、末期の胃ガンでね…。最期まで頑張ってたよ…」



俺も母さんも、何も知らされていなかった。


10年前に年賀ハガキが届いて以来、親父からの便りは無かった。


あんな近況報告よりも、ずっと大事な連絡だったはずなのに、親父は俺たちに病気のことを知らせてくれなかった。


だから俺は、まだずっと時間はあると勝手に思っていたんだ。


勝手に死んじまいやがった。

No.338

死んだら、今までのことが全部チャラになって許されるとでも思ったか?親父…


チャラになんかならねぇよ。


ちゃんと生きてる時に分かり合えなきゃチャラになんてできねぇだろ…なんでその前に死ぬんだよ…親父っ!

No.339

俺はちゃんと謝って欲しかった。


濁ってしまった俺の心の中は、時間が経過するとともに少しずつ透き通ってきてはいた。


だけど、まだどうしても消せない濁りがあった。


どうせなら完全にその濁りが消えるまで待とうと、会いに行けたかも知れない日を先延ばしにしてきた。

No.340

心のどっかで、親父を待たせたいと思う気持ちがあった。


ずっと待っても来てくれなかった幼い日々の思い出が、そうさせた。


親父に待っても来ない思いを味わせたかった。


そんな怒りの感情が俺の心の中にずっと消えずにあったから…


俺は…

No.341

本当は親父に言いたいことがいっぱいあったんだ…


今更どんなにチャラにしたいと願ったって、もう無理じゃねぇか…


もっと親父らしいことをして欲しかった。


もっと俺を見て欲しかった。

No.342

小学生の時、親父にサッカーの試合を観に来て欲しいと頼んだ。


そんな約束をそれまでに幾度となくした。


けれど、来てくれたのはいつも母さんだけだった。


あんなに約束したのに来てくれなかったことが悔しくて、泣きながらプレーして、監督に交代させられたことがあった。


親父は俺との約束を守ってくれたことがなかった。

No.343

だけど、あの日は県大会の決勝戦。


俺はどうしても、どうしても親父に観に来て欲しくて、何度も何度も約束した。


親父は機嫌よく、必ず行くよと言った。


そして試合当日。


約束はまた破られた。


俺はその時、親父に応援されていないんだと思ったんだ。


その日から、俺の時間はずっと止まったままになった。


そんなことを未だに思ってるなんて子供みたいじゃねぇかよ…

No.344

殆ど大した私物も無かった親父の遺品。


『住んでいたアパートも、とても男所帯とは思えないくらいきれいに掃除されてましてね…』


『なんでも大切な人が来るかも知れないからって言ってたよ』


『あんた達のことだったんだねぇ』


『白井さん、無縁仏になるところだったけど本当に良かった』


そう言うと市の職員は、親父が唯一大事にしていた形見があるよと小さい包み紙を開いた。

No.345

これ………


サッカーボールのキーホルダーだった。


受け取った掌の上で、サッカーボールが少し転がった。


親父が笑った顔が目に浮かんだ。


身体が震えた。


涙が溢れて止まらなかった。


こんなもん、大事にとっておくなんてよ…

No.346

観に来て欲しいと頼んだサッカーの試合。


優勝した記念に県から贈られたものだった。


来てくれなかった親父に渡して欲しいと、母さんに頼んだ。


親父に誉めて欲しくて…


ずっと忘れてた。


20年以上忘れてた。


あの時渡したっきり、見たことが無かった。


ずっと持っていてくれてたんだ…

No.347

他に親父の持ち物なんて殆ど無いのに…


こんなものをずっと…


親父が愛しい…


親父に会いたい…親父に会いたい…


地面に膝をついて、頭を抱えて泣き叫んだ。

No.348

あの時、親父は何も言ってくれなかった。


でも俺があの時求めていた100万倍、今になって誉めてもらえた気がした。


喜んでくれてたんだ…親父…。


親父の温もりが伝わってくるキーホルダーを握りしめながら、やっと思えた。


心から…

No.349

俺は親父の子供だった。


もっと早くそう感じたかった。


こんなに俺を思ってくれていたんだ…


キーホルダーをどれ程握りしめてくれたんだろう。


黒と白のボールの模様だったのに、黒い部分は殆んど消えてなくなっていた。


20年以上もの時間、親父はこれを見て俺に話しかけてくれてたんだ…


模様が消えかかったボールを見て、俺はもう何もかも許そうと思った。


許すどころか、許してもらいたいと思った。

No.350

中学生になってから、俺を見て欲しいって気持ちがどんどん強くなっていって、そんな気持ちを誤魔化そうと、親父を遠ざけるようになっていった。


どうせ俺のことなんか見てくれていないからと…


だけど今なら分かるよ…


仕事、忙しかったんだよな…


酒飲んでした約束は、忘れちまう体質だったんだよな…


そんなこと知らなかったからよ…


言い訳も何も言ってくれなかったじゃねぇか!!

No.351

俺も大人になって薄々そんな事情に気づき始めて、親父と話がしたいと思うようになった。


昔話がしたいと…。


そうやって少しずつ誤解を溶いていくもんだろ?


死んじまったら何もできねぇじゃねぇかよ。


これからだと思っていたのに…


まだまだ時間はあると思っていたのに…


俺は本当はもうとっくに…


ただ意地を張ってたんだ…


戻ってきてくれ!!親父ーっ!!

No.352

母さんは、市の職員の話をただ無言で聞いていた。


母さんがどんなことを思っているのか、顔の表情からは分からなかった。


けど、親父の骨壺を受け取った母さんを見た時、俺は母さんと親父は、ずっと見えない糸で繋がっていたんだと感じた。

No.353

それから半月が経った。


あれから母さんは、毎日のように朝から富士見台の公園へ出かけて、親父が育てた椿の手入れをしている。


それが母さんの毎日の日課になった。


親父がいた公園に行って、椿を手入れしながら親父に話しかけるんだと。


話の内容は、ほとんど親父に対する愚痴らしい。

No.354

『あなた、年賀状の隅っこに変な絵を描いたでしょ。なんの絵だかさっぱり分からなかったわよ。椿の絵だったのね。相変わらず下手くそね…』


母さん曰く、親父に対する愚痴と文句が止めどなく溢れてくるんだと。


親父、ちゃんと聞いてるか?


死んでからもずっと愚痴言われ続けてるなんて情けねぇぞ。

No.355

そうやって俺は、親父のだらしないところに気づく度に、親父らしいなと笑ってる。


そしてこれからもきっと、新たな発見がある度に、親父を身近に感じるんだろうな。


親父のあの笑顔…


俺は親父のようになれるかな?


とりあえず、家のトイレの掃除が苦ではなくなった。


親父よりキレイにしてやるよと思いながら、週に一度は念入りにゴシゴシ磨いている。


その間は親父に会えてる気がして…


そして…

No.356

たくさん聞きたいことがあった。たくさん教えて欲しいことがあった。たくさん相談したいことがあった。


いつも親父はいなかったけど、俺は先に生きてくれた親父の背中をずっと追い続けてきた気がする。


親父にできたんだから俺にもってさ。

No.357

幼い頃、夜中に帰ってきた親父が、流しの前でビールを飲んでた。


その姿を俺はコッソリ見ていた。


親父が帰ってきた!って胸がドキドキして、話しかけたくて仕方がなかった。


もう俺は大人だけど、あの時の俺の気持ち、今でもよく分かるよ。


親父の後ろ姿。


忘れられないよ…。

No.358

俺にはちゃんと伝わってるよ。


俺が知らないところで親父は精一杯、俺の父親をしてくれてたってこと。


だから安心して休んでくれよ。


こんなこと、口が裂けても言えないけどよ…


本当に大好きだったよ…


俺の親父でいてくれて、本当にありがとう。


こんなバカ息子でごめんな…


これからもずっと親父の背中を見ながら生きていくからよ!


下巻終(上・下)

No.359

―余談―


『広報紙に載ってたあんたの笑顔、最高の笑顔やったで。


あの写真撮った瞬間、ワシ、でかした!!って大声で叫んでしもたで。


ずっと信じとったで。


あの二人も、その笑顔にこれからずっと救われて助けられて元気になれると思うで。


最高の笑顔を残せたな。


満点や。


自暴自棄になってパチンコとか競馬で散財したり、首吊ろうとしたり電車に飛び込んだり、えらいハラハラさせられた。


そのせいでワシなんか、ただ見守ってるだけでいいはずやのに、馬になったり運転手やったりトイレの神様やったり、短期間にめっちゃ忙しく仕事させられたっちゅうねん。



せやけど、あんたの護り神として65年余り。


いい人生を見守ることができて、ホンマにワシも嬉しいで。


ホンマ楽しかったで。


ようやった!


あんたの人生、最高やったで!


おつかれさん!』


【完】

No.360

-あとがき-(1/5)


もうどうにもならん。
にっちもさっちもいかん。
もう何も考えつかん。
人生終わってしもた…


そんな時、脳みそは「死ぬって選択肢ありますけども?」とアドバイスをくれる。


毎度毎度「それしかないんかい!」とツッコミたくなるけど、脳みそが悪いわけじゃない。


自分の引き出しが無さ過ぎるのがいけないわけで…。


常雄もまた、そんな引き出しが無さ過ぎた一人でした。

No.361

-あとがき-(2/5)


良いか悪いかは置いといて、その脳みそのアドバイスに有り難く従ったおかげで、常雄は一週間、パチンコと競馬という、夢にまでみた新たな目標が見つかりました。


楽しい時間でした。


そしていよいよ、することもなくなり、死するのみ!となった時、常雄の脳みそは「笑いたい」と言いました。


脳みそだけじゃなく、最後の最後にもう一度笑ってみたいと心から思いました。

No.362

-あとがき-(3/5)


もしもそんな時、そんな風に笑いたいと心から願ったら、現れてくれるのかな?


あなただけの神様が。


『おるよ。ホンマに』


あんた誰⁉


『さいならっきょ』


え⁉


なんかおったよ❗今――‼

No.363

-あとがき-(4/5)


常雄が生きている間に、幸子も和典も、常雄に歩み寄ることはできませんでした。


結局、常雄は一人で死んでいきました。


けれど、トイレや公園だけでなく、幸子や和典の濁った心も、最後の最後にキレイにすることができた。


常雄の人生は、そんなふうに終われたんだなぁ。

No.364

-あとがき-(5/5)


生きていると、寿命を迎えるまでには到底解決できない難題を背負ってしまうこともある。


あの世には持って行きたくなかった、冥途の土産。


そんな人生を憂い、「こんなはずじゃなかった」と、悲嘆にくれることもしばしば。


それでも…


やれることはある。


自分にしかできないことが残ってる。


生きている限り、その可能性は決して無くならないんだと、今日もまた昇ってくれた太陽が言ってくれた気がした朝でした。

No.365

―最後に―

皆様へ

4ヵ月もの長い間、お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。


『うぬぼれ野郎は俺だった』の最後の投稿をしてから半年。


読んでくださった皆様、感想をくださった皆様に、どうにか感謝の気持ちを伝えたくて、再び出没してしまいました。


投稿くださった感想に、お一人お一人、お返事しようと思いました。


けれど、あまりにも有り難くて、私の返事で、せっかくの皆様の感想を汚してしまうことになるのではないかと、非常に躊躇いました。


皆様の大事な思いを、大切にさせてもらおうと思いました。


だから敢えてお返事ではなく、非常に遠回りになってしまいましたが、こういった形で感謝の気持ちを表すに至った次第です。


という訳で、この冥途の土産話を作る前に、既にこの「最後に」だけは出来上がっていました😸


お一人お一人の感想すべてから、たくさん力をもらいました。


読んでくださった皆様、感想をくださった皆様、本当にありがとうございました🙇


そして今回、この冥途の土産話を読んでくださった皆様へ。


最後まで見届けてくださって、本当に感謝しています。


ビックリするほど稚拙な文だったこと、お詫びしておきます。


ありがとうございました🙇


ありったけの
感謝の気持ちを込めて

  • << 387 一気に読んでしまいました。 描写がすごくて怖くなりました。

No.366

こんばんは(^-^*)/
完結 お疲れ様でした。
いつもワクワクしたり心配したりすごく楽しく良い気持ちで読んでいました。

今から うぬぼれ野郎を探して読んでみます✨

ありがとうございます。

No.367

いつも更新楽しみにしてました。自惚れ野郎も早速読みました。何となく今の自分と似ていて共感しました。
いいお話本当にありがとうございました。
これからも応援してます。

No.368


私の両親も高校生の時に離婚し、1人暮らしだった父が最近癌であっという間に他界したので、つい感情移入して読んでいました。

ダブる所が所々にあったので辛い部分もありましたが、読んでいるうちに次が気になってしょうがないという感じでした。

お疲れ様でした🌟

No.369

毎回更新されるのめっちゃ楽しみにしていました。


とても心の暖まるおはなしで感謝しました☺

素敵なお話ありがとうございました!

No.370

感謝、じゃなく感動でした…スミマセン😂

No.371

毎回、更新されるのを楽しみにして読んでいました✨

心が温まるお話で大好きな作品でした😄

うぬぼれ野郎~は読んでいなかったので読んでみますね。

お疲れ様でした😌

No.372

引き込まれ一気に読みました


いい言葉が見つかりませんが

久しぶりに「出会い」ました



ありがとうございました

No.373

みかん野郎も読んでました🎵

今回のお話も面白かったです😊
ありがとうございました🌟

No.374

感想スレもできたんですね✨

もっと早く感想スレができてたら良かったのに、、なんて今更ながら思います😂

ほんと書籍化、映画化してほしいお話ですね😁

No.375


このお話大好きで
いつも見ていました.

すごく面白くて
心暖まるとこに
惹かれ…


こんな気持ちに
させてくださり
ありがとうございました.

お疲れさまでした*

No.376

主さん、お疲れさまでした。
不倫やDVなど、面白いけど過激なスレが多い中、このスレは心が暖まり、ほっと一息つけるスレでした😌

機会があったらまたこういうスレ待ってます❤

No.377

お疲れ様です!

あっとゆうまでした!


毎回更新が楽しみで楽しみで…😄

本当にありがとうございました


私も自惚れ〜探して読んで来ます😄

No.378

主さん お疲れ様でした。

テンポ良く 表現も上手くて凄く面白かった!引き込まれました😊

また次の作品お待ちしてます😉✨

No.379

パチンコで笑って最後に泣きました。チキショーp(´⌒`q)°ヽ。
いい小説を有難う。

No.380

みかん野郎も読みました。
あんな真っ直ぐな人に憧れます。

こちらも最後は号泣しちゃいました。
親孝行したい時にいないなんて。

また次回作も楽しみにしてます(*^▽^*)
みかん野郎の続き読みたいです♡

No.381

笑いました😁泣けました😫とても 素敵なお話でした…

『いつまでも あると思うな…親と金。』

祖母がよく言っていた言葉です。
あたしも今だに、親と足並みが揃いません…
親だから。
子だから。
その壁は、死んでもなくならない絶対的な壁なんでしょうね。

後悔のない 親子関係でいたいなぁと思いました。


完結まで書き続けて下さり ありがとうございます。
お疲れ様でした。

No.382


いつまでもず~っと読んでいたい物語でした


常雄さんが大好きで…

生きていて欲しかったなぁ

°・(ノД`)・°・


また書いて下さい
ありがとうございました

m(_ _)m


No.383





今うつ病で快方に向かってます😄

が、死に向かう気持ちに共感。
わたしもいつかトイレ掃除のおじちゃん(もとい守り神のおっちゃん)みたいになれたらいいなぁ

私の周り、パチンコ好き多いんですよね(笑)

今すぐどうにかならなくても、そのうちなんとかなるかなぁ


と思えました。
ありがとうございました😄

No.384


亡き父の生きざまと

今まで、そして
これからの自分や家族人生を想い

涙が止まりませんでした。

暖かくて不思議なストーリーを、ありがとうございました。

No.385

今までの作品 そして この作品 これからのも全部を一冊の 短編小説にして 売り出して欲しいくらいです☆

先生(主さま)のファンより(^O^)/

ありがとうございました🎶

No.386

はじめまして。
なんとなく開いて読み始め、一気に読みきってしまいました。主さんの文章は光景がよく頭に浮かびに引き込まれました。

かなり感情移入し最後は泣いてしまいました。
私は、10年近く前に母を胃ガンで亡くしてます。父はまだ健在で用もないのにしょっちゅう電話きて面倒なのですが、大事にしなければですね。
父と話したくなりました。

この小説に出会えて本当によかったです。ありがとうございました(*^▽^*)

No.387

>> 365 ―最後に― 皆様へ 4ヵ月もの長い間、お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。 『うぬぼれ野郎は俺だった』の最後の投… 一気に読んでしまいました。
描写がすごくて怖くなりました。

No.388

友人からのオススメで読ませて頂きました
今頃ですが(笑)

リアルに怖いと思う所もありましたが
最後は泣きました
笑いあり、恐怖あり、感動あり
とっても楽しかったです

このお話をもっと皆が知って
読んで欲しいです
広めたいです

すばらしいお話に出会えた事
感謝です
ありがとうございました( *´꒳`* )

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