エレベーター
グダグダになるかもしれませんが読んでいただけたら幸いです😥
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扉を開けた途端、悪臭の混ざった空気が2人の身体をすり抜けた。同時に黒い粒のような蠅が一斉に騒ぎ出す。
「い゛」
「くっ」
2人とも鼻と口を懸命に塞ぐ。
そこは縦長で六畳ほどの広さの部屋だった。
鼠色のロッカーが壁沿いにあり、奥にテーブル。入ってすぐ左には【フロント】と書かれた扉があった。
雑誌や汚い布やら得体の知れないビニール袋が放置されている。
どうやらこのラブホテルが閉店した当時のまま、片付けもろくにされず残されているようだった。
「早紀ちゃんはいないね…」
結衣は苦しそうな表情で言うと、すぐさまフロントの扉に手をかける。
「この臭いはなんなの?」
茜は疑問の答えを探しにゆっくりと室内を物色する。
ふとテーブルに目がいくと一冊の分厚い本が置かれていた。
【業務日誌】
(こんなもの置きっぱなしなんて…)
背後では結衣がフロントの小部屋らしき場所に入って行った。
茜はさほど興味も無かったが、無意識に近い状態で業務日誌をパラパラとめくる。
日付、宿泊人数、休憩人数、チェックイン時間、使用部屋番号などが記述されていた。
一瞬、日誌の枠やラインを無視した殴り書きのようなページで手が止まる。
管理人が残した手記…
そう直感した。
「なによ…これ…」
《2006.1.25(水)》
―――――――――――
13日の金曜に悪魔がここに来た。
私は殺人を犯したも同然だ
あの女は13階に泊まる客次々に殺していく
あの女はいつまで居るつもりなんだ!
黙っていれば一千万
警察に通報すれば俺を殺すと…
昨日からは何故かエレベーターに乗った客を次々に殺している
金に目が眩んだ俺は悪魔に魂を売った
もうエレベーターに残った死体、13階に残った死体をこの部屋のロッカーに隠すのは地獄だ
今日、俺は屋上から罪をつぐなう…
――――――――――
茜の手は固まっていた。
(なんなのよ!これ…遺書じゃない…)
茜は振り返り、泣きだしそうな声でフロントの小部屋にいる結衣に叫んだ。
「結衣さん!ロッカーの中に死体!!」
―なに言ってんの?―
そう言いたげな表情の結衣。
一歩も動けずに固まった表情の茜。
「これ…これ…読んで」近づいてきた結衣に遺書のページを指差した。
ロッカーの形をした棺桶を凝視したまま、茜は自分の体温が急落していくのを感じた。
「ヤバいっ……」
結衣はまじまじと遺書を見つめながら言った。
ロッカーを開けて確認するなど到底できない。
開けた瞬間、死体と目が合ったりしたら失神してしまうかもしれない。
「どうしよう」
茜は震える声で言うと、ロッカーの下部にある小さな通気口に目をやる。
(なんか出てる…)
赤黒い肉と爪で判断できた…人間の薬指と小指だった。
動かぬ茜の視線に誘導されるように結衣も二本の指を見た。
「ゆ…指だ…」
人間の他殺と思われる死体など見たことがない。
茜は悪臭と精神的なショックで呼吸のリズムが崩れ、吐きそうになる。
「うっ…」
手の平で口を庇う。
ロッカーは全部で七つ、複数の被害者が押し込まれている可能性がある。
「一旦この建物から出よう…警察に知らせないと」
徐々に顔が青ざめていく茜を察したのか、結衣は静かに言った。
茜は無言で涙目のまま、首を縦に振った。
「裏口があったよね?そこから外に出よう」
焦りを押し殺したように結衣は言った。
お互いに存在を確かめるように手を繋ぐ。
何が入っているかわからない放置されたダンボールを避けながら通路を戻る。
その時、茜には不思議な現象が起こっていた。
歩きながらノイズのような映像が視界を邪魔していたのだ。
(ザザザ…ザ)
ショックで視覚や聴覚がおかしくなったのかと思ったが、意識は比較的はっきりとしている。
(なんだろ…どうしちゃったんだろ…あたし)
気が動転していたのか、薄暗い通路を進んだせいか、裏口ではなくエレベーターの前に戻って来ていた。
頭の中では、より一層強いノイズが発生していた。
「結衣さん…頭がおかしくなっちゃたみたい」
床や壁や結衣の姿が一瞬ズレる現象が連続でおこる。
「茜!大丈夫?」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまった茜の背中をさすり、心配そうに結衣は言った。
茜の頭から綺麗な装飾を施された鉄製の髪留めがポロリと落ちる。
それが床に落下した瞬間
ものすごい勢いでエレベーターの方向へ飛んだ。
「カチ!」
強力な磁場に吸い寄せられるようにエレベーターのドアにくっついたのだ。
「え!?何これ!」
視覚の変調と共に思考は波紋のように次から次へと駆けめぐり、幼い頃の記憶へと辿り着いた。走馬燈のように映像が浮かび上がる。
祖母が何やら頼まれて仕事をするというので、ついて行った時の事だ。
「ここで待っていなさい」と言われ、知らない民家の玄関先で私は待っていた。
その時も不思議な感覚を味わい、今と同じようにノイズが視界に混じっていた気がする。
「現世と夢現を結ぶ裂け目がある。それをおばぁは塞ぐのだよ」
帰り道に手をひかれながら言われた。
「夢現にとりこまれぬように。人に憎しみを抱かぬように…強い闇の心は夢現へとにひきずり込まれ、抜け出せなくなる」
「ひきずり込まれたらどうなるの?」
「ヒトではなくなり、魂を無くした鬼になってしまうさ」
「茜は妖怪やお化けになりたくないだろう?」
優しい眼差しでそう言い聞かされた。
お守りだと言って祖母から渡された髪留めが今、警告を発しているのだ。
ここは夢現なのかもしれない…
キーンと耳鳴りのような不思議な音を発し、エレベーターのドアに貼り付いた髪留めを手元に戻し、茜はすっくと立ち上がった。
エレベーターから離れ、ガラスが床に散らばっている正面入り口に戻ってきた。
茜の視界も元に戻り、妙な違和感はなくなっていた。
「茜…大丈夫?」
「大丈夫です…」
「ここに死体があるなんて…ずっと前に死体遺棄があったらしいけど、今もあるとは思わなかったよ」
結衣は困惑した表情で携帯をポケットから取り出す。
「ちょっと警察に伝えるわ」
それが最善だと茜も思った。同意したようにうなずく。
結衣が通話している間に茜は辺りを見回す。
ひんやりとした空気と氷のような深い蒼に染められた非常階段を発見した。
早紀は無事だろうか…
1階には誰もいなかった。
13階に移動した人物は謎だが非常階段を使って確かめに行った方がいいかもしれない…。
警察と話をしている結衣の横で茜は考え込んだ。
管理人の残した遺書は4年以上も経っていた。
ロッカーに詰め込まれていた死体は同時期のものだろう…。
4年間も発見されなかったのかな…?
連続殺人を実行した女は逮捕されたのだろうか……死体が残っているということは捜査は行われておらず、犯人は野放しになっている可能性は高い…。
まさか早紀が言っていた【変な女】と同一人物なのでは…そうだとしたら…。
「はぁ!?」
少し苛々した口調の結衣の大きな声が背後で聞こえた。
「だから!死体があったんですよ!すぐに来てほしいんですけど」
話ぶりから警察との会話が噛み合わず、意志疎通がうまくいっていないように感じた。
結衣はこの廃墟の場所を警察に詳しく説明した。
「はい…そうです…ええ…友人も一緒です。2人で発見したんです…」
携帯を耳に当てたまま、しばらくの沈黙の後に結衣の声は一変した。
「え……撤去?…」
「今そこにいるんですよ……いやいや」
「は??されてねーし」
なにやら警察にツッコミを入れている。
「はぁ…いや…悪戯じゃないんですよ…」
不安な表情で茜は結衣を見る。
「あ……切られた…くそ!」
悔しさをぶつけるように携帯を強く閉じた。
気味の悪い建物で死体を発見したからだろうか…どこか結衣はいつもと違う。
動揺し、落ち着かない様子だった。苛々した感情を表に出したのを初めて見た。
「警察が言うには、この建物は1年前に壊されているんだって…おかしいよね」
「…変ですね」
2人とも肩を落とす。
「ここは前に死体遺棄事件があった現場だって…結衣さん言ってましたよね?」
「そうそう!新聞に載ってた」
「4年くらい前だったよ…」
「4年前?」
しばらく見つめ合いながら沈黙した。
遺書が書かれた日付とほぼ一致する。
「わけわからなくなってきた」
結衣は頭を抱えた。
(警察が現場検証しているのならロッカーの死体と遺書は見つけているはず、証拠を放置するわけがないし…)
まるで時間を遡り、4年前の事件に巻き込まれている感覚に陥っていた。
静かな森の中にポツンと存在する廃墟。
風が強まってきたのか外の木々は怪物のように揺れていた。
【16:02】
茜は腕時計を見る。
(まずい…もうすぐ陽が暮れる)
「結衣さん。あたし…1人で上の階に行って早紀を探してきます」
スニーカーをきつく結び直しながら言った。
「え!?」
「結衣さんは車の中で待機してもらって、また警察に電話して下さい」
「1人で行くの?」
「何かあったらすぐに電話します」
「う…うん」
半ば強引に説得されたように頷いた。
「警察が来た時にすぐ案内できるように1階に誰かいた方がいいし」
この建物は危険だ。
この状況から推測すると早紀が無事かどうかも危うい。
結衣さんを危険にさらすわけにはいかない。
車の中なら一応の安全は確保できる。
私が1人で早紀を捜しに行ったほうがリスクは少ないし…
脚力には自信がある…いざとなったら全速力で逃げる。
「じゃあ…待っててくださいね。すぐ戻ってきますから」
ひきつった笑顔で片手を上げる。
「1人は危険だよ」
一緒に行こうとする結衣を制止した。
「霊能力者の孫だから。大丈夫……です」
2度目のひきつった笑顔で言った。
懐中電灯を握りしめ、ゆっくりと非常階段を登る。
所々にゴミが散乱しており、壁には【呪】とか恐怖を煽るような落書きがされている。
(1人で行くと格好良く言ったものの…やはり怖い…参ったな)
肩をすくませながら武者震いをした。
思ったよりも暗く、足もとを照らさないと階段を踏み外してしまいそうだった。
「寒い…」
気温は外よりも低く感じた。吐く息が空気中に白く漂う。
「うわっ!」
大きなムカデが階段を這っていた。
(虫苦手なんだよぉ…死体よりはマシだけど)
音といえば自分の階段を踏みしめる音だけだった。
茜は13階を目指した。
エレベーターがそこで停止したので早紀がいるだろうと思ったからだ。
8階あたりに来た時、人の気配が全く無い廊下をそろりと覗いた。
(怖い…本当に気味が悪い…)
逃げるように再び階段を登る。
9階と10階は廊下に続く扉が閉まっていた。
11階に来た時、廊下の先で物音がしたのでビクッと驚いた。
「早紀ー!」
勇気を振り絞り大声を出した。反応するように真っ黒なカラスが鳴き声をあげ、飛び立つ姿が見えた。
(びっくりさせないでよ…建物の中に餌でもあるのかな…)
「カラスか…」
ほっとため息をつく。
(早紀を見つけたらすぐに結衣さんところにいこう…不安と孤独に潰されそうだ…)
足早に階段を上がると13階に着いた。
(この階に誰かいるだろう…絶対にいる)
非常階段から廊下への扉に手をかけた時だった。
(ん!??…)
「おぁぁぉぉぉぁ!!」
何者かの獣のような呻き声が下の階から聞こえてきた。
「何!何!何!嫌ぁ」
危機感を感じ、パニックに陥る。ドアがなかなか開かない!
「ガチャガチャガチャ」
狂人が叫びながら茜を追って階段を駆け上がってきている。
まさにそんな状況だった。
すごく怖いです!
でも引き込まれます。
私もお願いなのですが、先に感想スレを立ち上げていただけませんか?
主さん応援スレでも構いません。
すごく引き込まれる文章なので、尚更合間に感想レスが入ると読みにくいです。
私のレスもお目汚しかとは思いましたが、お願いしたくレスさせていただきました。
主さんを本文に横レスすることなく、心置きなく応援したい方もたくさんいると思いますので、感想スレのご検討お願いいたします。
「嫌ぁぁぁぁ」
近づく声が次第に大きくなる。もう数秒でここに辿り着いてしまうと思った瞬間「ガチッ」と音がして錆が剥がれ落ちるような感覚が手に伝わった。
最小の動きで素早く開け、反対側にまわり閉める。
一瞬見えた奇声の主は硫酸で焼けただれたかのような顔をしていた。
声質から男かと思ったが女だった。
茜は開けさせまいとドアノブを両手で固定する。
(なんだ!あの女は)
あの狂った女が無理矢理開けようとしてくるのかと思ったが、意外にもドアの向こうは静かだった。
ドク…ドク…ドク…
自分の鼓動が耳の奥で響く。
(消えた?それともピクりとも動かず立ち尽くしている…?)
(たぶんあの女だ…早紀が言っていたのは)
しばらくの沈黙の後、ドアに異変が起こった。
「ガチ!」
(ロックされた!?)
ドアノブが溶接でもされたかのように左右どちらにも回らなくなってしまった。ロックを解除するようなものもこちら側には無い。
「フフ……フフ……フフ…」
小さな笑い声がドアの向こうで聞こえた。
(まさか閉じ込めたの…?13階に閉じ込められた?!)
非常階段を使用できないとなると脱出方法はエレベーターのみとなる。
― 三章 ―
【夢現の階】
扉を閉める時、隙間から一秒か二秒…女を見た。
(違和感のある不気味な顔。だらりと垂らした髪の毛がなびくことはなく、硬く細い針金のようだった。服装は酷く汚れたボロ布で返り血を浴びたかのように血痕が付着していた)
恐怖によって荒ぶる心を抑えるために呼吸を変え、目をつむる。
五感に集中するとドアの向こうにいる女の気配が消えている事が分かった。
(どこかに移動した…消えた)
薄暗い廊下で結衣から渡された懐中電灯を点灯させ自分の周囲を確認する。
「ヤバい…閉じ込められた…」
結衣に繋げるべく携帯を手にするが、待ち受け画面を見て愕然とした。
電波は圏外。
なぜかボタン操作が全く不可能になっていた。
「駄目だ…」
(近いうちに襲われる。殺されるかもしれない…確実にさっきの女は過去に人を殺している。気配は消えたが、あの女のテリトリーに入っていることは間違いないだろう)
壁に光を当てると誰かが残したと思われる手の跡があった。
「なによこれ…」
誰かが絶命する間際に血の付いた手で壁に触り、ズルズルと塗り伸ばしたような跡だった。
(じっくりと恐怖を与えてから殺すつもりだろうか…)
真後ろが異様に気になり、何度も振り返りながらゆっくりと静かに歩きだした。
床は真っ赤な絨毯が敷かれ、血液が滴り落ちたような黒い染みが点々と付いていた。
「ガサガサ」
何かが前方で動いた気がした。光を当てて目を凝らすと奇妙な動物らしきものがうごめいていた。
「ひっっ!」
体長20センチはある幼虫が群がっていた。もぞもぞ動くそれらの下には白骨死体があり死肉を喰らっていたのだ。
「蟲だ…」
祖母が言っていたのは本当だったのだ。夢現には魑魅魍魎に近い蟲がいると聞かされた記憶がある。こんな生物は本にもテレビにも登場した事がない。
やはりここは現実の世界とは言い難い、奇妙な異空間なのかもしれない。
この蟲の餌食となっている人物は誰?
残った服装から判断すると男だけど…頭蓋骨が見あたらない。
死体周辺の床を見ると血がベッタリと付いていた。赤い通路の中央を引きずった、または引きずられたような跡だった。
誰かが死体を引きずりながらこの通路まで運び、放置した。首の無い状態で自ら動けるはずがないし…たぶんあの女だ…。血の跡を辿るとエレベーターへと続いていた。
気分が悪くなり壁にもたれる。
「う…うぅ…」
吐き気がした。
ふと横を見ると扉が見えた。
【49】と番号が記されている。
早紀がいるかもしれない…この部屋に。
もしも早紀が生きていて、この部屋に隠れていたら叱ってやろう。
あなたを捜すために悪夢のような体験をしたんだと叱ってやるんだ。
そして再会を喜び、抱き合って泣くと思う。
「早紀生きてたんだ。良かったよ…一緒に帰ろう」と言って…
茜は期待を込めて扉を開けた。
部屋に入るなり懐中電灯を振り、あちらこちらを照らす。
シーツも敷かれず布団も無いベット、閉めきられたカーテンは窓からの光をほぼ遮断していた。
部屋の角を照らした時、早紀を発見した。
変わり果てた姿で首を吊っていた。手足は力なくダラリと垂れ下がり、目は見開いたままだった。
茜は涙が溢れ口を手で塞ぐ。
「早紀…うぅ…う゛ぁぁぁぁ!」
宙に浮いた早紀を降ろそうと必死になる。
動揺する茜は部屋の隅にあった椅子を使い、早紀を吊っているロープを天井の梁から外した。
ズルズルと床に倒れた早紀は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。
すでに呼吸は無く、胸に耳を当てても鼓動は聞こえない。
「なんで……なんで自殺なんかしたのよ……」
泣きながら人工呼吸と心臓マッサージを行う。
震える手で首に巻かれたロープを外そうとした時、自殺ではなく他殺だと気が付いた。
首に爪でひっかいた傷が何筋も残っていたのだ。これは絞殺された時に必死にロープを外そうと、もがき苦しみ自分の爪の跡を残す【吉川線】と呼ばれるものだった。
検死の知識は無い茜だが、自殺と他殺を判断する鍵となる傷を無意識のうちに見分けていた。
「早紀は殺された…首を絞められて吊されたんだ…」
全身が震えた。怒りなのか…恐怖なのか…絶望なのか…悲しみなのか…
自分にも分からず、ただその場に小さく身を縮ませ震えたのだった。
早紀の胸を押す茜の手は弱まり、涙が手の甲に落ちた。
「遅かった…
ごめんね…早紀…」
なぜ殺されなければならないのか、こんな悲惨な死に方は理不尽すぎる。
「…くそ…ちくしょう…絶対にあの女だ」
小さな憎しみの炎が心の中で徐々に勢いを増してゆく。
と、その時だった。
自分の脚がほんの少しだけ床と同化しているではないか!膝までのジーンズだがスネの皮膚が床にくっついている。
「!!なによ!これ!」
茜は、はっとした。
同時に祖母の声が聞こえた。
「憎しみを抱いてはならない、強い闇の心は夢現に引きずりこまれ抜け出せなくなる…」
身体は朽ちても祖母の魂は茜に宿っていた。
夢現にとりこまれ、同化してしまうって事!?
「いっ痛い!」
床から離れない皮膚は動かすと痛みを感じた。
(こんな気味の悪い建物と一体化するなんて絶対に嫌だ!)
痛みをこらえて全力で分離させようともがく。
「ぐっ!」
皮膚がビリビリと音をたてて剥がれると同時に、焼けるような痛みが右足を襲った。
「っ゛ぁぁぁぁぁ!!」
床を転がるように悶えると歯を食いしばり拳を握る。
ドクドクと真っ赤な血が流れ、激痛に耐える。
「ガチャ………ギギギ…」
扉の錆び付いたの蝶番が不快な音を発した。
(見つかる!!)
咄嗟に真横のベッドの下に右足を引っ張るようにして移動し、隠れた。
(…来た…)
ベッドの下からは横たわる早紀の身体、部屋の下部と部屋全体の床が見える
身を潜め、息を最小限に抑えた。自分の鼓動がドクドクと暴れて制御できない
入り口からゆっくりと摺り足状態で移動する裸足の者が現れた
(ヤバい…狂った女だ…見つかったら殺される)
茜の右足は血まみれで脈を打ち、痺れていた
理解不能な言葉をぶつぶつと呟きながら、早紀の倒れている方向へ女は移動してゆく
見つかりませんように…
神に祈るよりも自分の運に賭けた。
夢遊病者のように一貫性のない動きで歩く女は、やがて入り口に戻り部屋を出て行った。
(見つかってない…助かった…)
最小限にとどめていた呼吸を解放し、そろりそろりとベッドから這い出た。
(早紀が死んでしまった今、一刻も早く脱出しなければ…)
ピクリとも動かない早紀を見る。自分も同じように殺されたくはない。
(どうやって逃げればいいかな…)
ふと窓に目をやる。すでに外は薄暗く、室内に入る光は失われようとしていた。
右のスニーカーは自分の血でひどく汚れていた。痺れと痛みをこらえれば歩く事は可能だが走るのは困難だ。
唇を噛みしめて脱出方法を考える。
(あの女に見つからずに一階まで戻りたい…)
目の前にある部屋の出窓を開けて首を出した。
(……飛び降りたら死ぬよね…)
杉の木が茂る山の中にポツリと建つラブホテル。太陽は沈み、見たこともない赤黒い血のような夕焼けが空に残っていた。
(昔、13階から飛び降りた人がいたという噂は本当かもしれない…今の私と同じように逃げ場を失い追われて飛び降りた…)
茜は窓から首を引っ込めると静かに閉めた。
その時………
窓に反射した自分の姿…
自分の凍りついた顔の真横、肩付近に
あの狂女の顔が映っていた…
(真後ろにいる!!)
考えて行動する余裕は無かった
持っていた懐中電灯を手放すと床に転がっていた角材を拾う。
瞬時に身体を反転させ、野球のバッターのように振り上げた!
「ブンッ」
あと一歩のところで虚しく空を斬る。
正面から見た狂女の顔は、剥ぎ取った人間の皮をマスクのように被っているようだった。
目と鼻と口の位置が不自然で、所々に深いしわができている。眼球は瞳孔がなく白い。
「化け物!!」
行動しなければ殺される
もう一度水平に打ちこむ
「ゴッ」
狂女の首に当たったが右足の踏み込みが足りず、強い打撃にはなっていない。
くの字に曲がった首の下を見る。胴体を包むボロボロの禍々しい布の隙間から錆びたナイフが見えた。
「ヒュン!」
ナイフが顔面の真横をかすめた。寸前で避けたが首を反らなければ確実に致命傷になっていたはずだ
殺人に何の躊躇も無いその行動に人間性は感じられず、死神や呪いの人形のように思えた。
「な…なんで人殺しなんてするのよ!」
内からこみ上げる悲しみにも似た感情で叫ぶ。
「フシュー…フシュー」
不気味な呼吸音しか発しない狂女はその場に立ちすくみ、動かない。
その呼吸で肩が微妙に上下している事が唯一の人間らしさに思えた。
頭上から振り下ろされたナイフを避け、狂女に体当たりする。
「ドン!」
恐怖にパニックになることなく、硬直せずに動けたことに自分でも驚いた。
狂女が体勢を崩し、後退したのを期に茜は部屋を飛び出た。
「はぁ…はぁ…」
息が苦しい。
(逃げなきゃ!)
薄暗い通路を壁ぞいに進む。
「助けて!誰か!」
無駄だと分かっていたが叫ばずにはいられなかった。
脇にエレベーターの扉が開いているのを確認すると飛び込み、行き先階ボタンをがむしゃらに押した。
「動いて!動いて」
原因不明だがノイズが視界に混じり、爆発を受けたように聴覚が鈍くなりはじめた。
狭い空間の中で恐怖に怯えた茜は生き延びようと必死にボタンを押す。
無情にも動く気配はなく、扉すら閉じることはなかった。
「なんで動かないのよ!動いて…」
ボタンを押す指の力が次第に弱くなっていった。
ヌルヌルと床一面が血の海で足をとられる。
「ガ…ガコン…」
ゆっくりとエレベーターのドアが動き始めた。
同時に狂女の薄気味悪い呼吸音が耳に入り、近づいてきているのが分かる。
(早く!閉まって)
あの女が来る前にドアが閉まれば助かる…そう思った。一階まで降りてこの建物から脱出できると期待したのだ。
「……ゴン……」
完全にエレベーターのドアは閉まった。
(た…助かった)
力なく壁に寄りかかる。
数十秒の間隔でノイズが視野に入り込んでいたが、徐々にその間隔は短くなり、いよいよ自分の脳がおかしくなってしまったと思った。
(まさかここは…夢現の源?)
焦りながら手探りで指定階ボタンを押すが反応は無い。
「うぅ…」
両手で頭を抱える。
ふと足を触られた感覚があり、真下を見ると床から血に染まった手が伸びていて、いつのまにか自分の足首が掴まれていた
「ひっ!きゃぁぁぁ!」
茜の意識は糸が切れたように途切れた。
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