地獄に咲く花

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2013/11/10 23:01(更新日時)

地球温暖化が進んで人類滅亡も近い世界での、ある子供達の物語。

13/03/21 00:30 追記
※このスレッドは前編となっています。中、後編は以下のURLよりお入り下さい。

中編
http://mikle.jp/thread/1242703/

後編
http://mikle.jp/thread/1800698/

尚、このスレッドはレス263よりサイドストーリーとなっております。もし中、後編を御覧になる場合はこちらも読むことをお勧め致します。

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No.1159506 (スレ作成日時)

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No.101

「……遅くなって、すまない。」

ジュエルとグロウは闇の中からロイが現れるのを見た。

「おかえりなさい。ロイ。こっちは大変だったんですよ?もう人造生物がわんさかと…」
「それなんだがな…。二人とも。」
「…何か分かったのか?」

ロイはジュエルの隣に座った。そして一つ溜め息をつく。

「人造生物が減らない理由…だ。」
「うわぁ。それは知りたいものです。」

グロウは平坦でやんわりとした口調で驚いた。ジュエルは黙っている。

「考えられることは。今でも人造生物の開発が進んでいるということだ。」
「開発が…まだ続いている…?あんな大きな過ちをまだ止めない奴がいると言うのか?」
「なぜだかは分からないがな…。俺の調べではその可能性は一番高いんだ。」
「…それはそれは…一体どんな調査をして来たのでしょうね?」
「……。」

グロウの問いかけにロイはただ沈黙する。ジュエルには俯くロイがとても疲れた表情をしているように見えた。
「…また、あそこを調査したいと思う。」
「あそこ?」
「……地下だ。」
「そこが一番仮定上の研究施設である可能性が高い…と?」
「そういうことだ。」

No.102

「さすがに、今日は寝ないと体力が持たないですね。僕は『ヴィマナ』で休むことにしますよ。では。」

事務的な話が終わるとグロウはいつも早くにその場を離れる。ゆっくり立ち上がり、街灯の当たっていない闇のほうに歩いていき、見えなくなった。
ベンチに二人残される。始めにジュエルがロイに話しかけた。

「…お前は他にも言うことがあるんじゃないのか。」
「まぁジュエルは聞いてくるとは予想しているが…よっぽどこの話題が好きなんだな。」
「キサラギに言われたように…全て思い出したのか?」
「………。」
「戻ったんだな…記憶が。」
ロイは沈黙で答えを示した。
「俺の本当の名前はクリスだった。…それだけのこと。お前には関係ないことだ。」
「…。詮索するつもりはない。ただ…お前が苦しそうだった。」
「……。」

「なぁ、ロイ。過去を思い出すというのは……苦しいのか?」

ジュエルは…遠い星空を見上げた。ロイは長い間を置いたあと言った。

「…それは自分しだいだ。」

その素っ気ない答えにジュエルは思わず振り向いた。

「お前のことはお前で答えを探すしかない。記憶を取り戻したいなら…な。」

それきりロイは何も話さなくなった。

No.103

それからは見張りの交代が来たので、二人とも『ヴィマナ』に戻り浅い眠りについた。それぞれの長い夜が明けて朝になる。

「…何?またルノワール地下を調査したいだと?」
熱い日光のもと、ジェームズとロイは向かい合っていた。
「お願い出来ませんか。…ジェームズさん。」
「今は人手が必要なんだ。君は昨日も居なかったから分からないかもしれないが。」
「この調査は、ここに生息する人造生物の発生源に関するものです。」
「…。」
「原因を突き止めない限り…表面の敵をいくら倒しても無意味ではないかと。」
「……。何か、地下が関係するという根拠でも見つけたのか。」
「……いやぁ…はっきりとした根拠はありませんけどね。」

そう言いながらロイは苦笑いして頭をボリボリと掻いた。

「でもあそこを住民の避難場所にするのはまだ疑問点があります。念入りに調査したほうがいいですよ?いつ中心部に出現するか分かりませんし。」
「…いいだろう。調査は許可する。時間は最長で5時間までとする。」
「ご理解感謝します。」

ロイはいつものようににっと笑った。
「あ。あと聞きたいことが。」
「何だ。」
「…ここの責任者のことですよ。」
「…?」

No.104

――お知らせ――


皆さんいつも読んで下さって有り難うございます。ARISです。

最近ARISが通っている大学のテストが近付いてきました。なのでこれからはいつもより更新がまばらになると思います。

更新できる日は出来る限り1、2レス更新しますので、ご了承下さい。m(_ _)m

明日も、とある科目の中間テストがありますので今日はお休みします。でも明日は更新しますね。(汗)

この物語はまだまだ続きます。なのでこれからも『地獄に咲く花』を宜しくお願い致します。(^-^)

ARISでした

No.105

そして再びここにやってきた。闇への入口だ。その前で三人は並んで立っていた。ロイはポケットから、ハヤトが時間をかけて描いた数枚の地図を取り出した。それを暫く見つめる。

「手がかりと言ったらこの地図だけだが…。ジュエル。グロウ。今回も俺についてきて欲しいんだ。」
「……。」
「どこまでもついていきますよ。」
ジュエルはロイに静かに頷く。グロウも笑って答えた。
…ロイは地図を見ているうちにやはりハヤトのことを思い出していた。

(……あいつが残した最後の手掛かり…か。一体…あれからハヤトは…)
「どうかしましたか?」

グロウがいきなり顔を覗き込んだので、ロイは少し反応した。

「…あ、ぁ。何でもない。もう少し、待ってくれ。」

そう言って、また地図を見直す。ハヤトがいたのは地下10階。それが最下層だった。だが気になる点をロイは見つけた。

…地下5階に不審な行き止まりがあった。そこへ道が一本長く伸びている。それはは部屋も何もないただの廊下だ。そしてさらに気になるのは、その横に書いてある数字だった。10桁ほど並んでいた。それを見て、ロイは地図をポケットに入れ直す。

「……行こう。」

前に一歩踏み出した。

No.106

その不気味な雰囲気は前とは何も変わらないものだった。変わっていることと言えば、壁の穴から触手が出てこないことだろうか。頼りない蛍光灯の光のもと、ロイは地図を見て歩く。それに二人がついていく…という時間が続いた。

…ハヤトの地図は驚くほど正確だった。その通りに進むと、ちゃんとその先の道が見つかった。20分ほどで、すんなりと地下5階のあの『廊下』に辿り着く。
ロイは内心驚いていた。

(ハヤト……こんなところの構造を本当に丸暗記していたのか…。)

伸びる『廊下』を進む。捻れてはいるが、一本道だった。
そして壁に突き当たり、一行は足を止めた。

「…?」

ロイは疑問に思った。それは…ただの壁に見えた。入口も何もない。

「……行き止まりにしか見えませんね?」

グロウの声だけ空間に響くと、また少し沈黙が流れた。
するとロイはおもむろに自分な腰に吊るしてある袋から何か黒い塊を取り出した。

「…少し下がれ。こんな大きさでも強力らしい。」

グロウはそれを見て言う。
「うわぁ。手榴弾じゃないですか。いつの間にそんなものを?」
「…『ヴィマナ』の武器庫から少し盗ってきた。」

No.107

三人は五歩ほど下がる。次にロイは持っていた手榴弾のピンを抜き、壁に向かって思い切り投げた。

ブンッ

それは壁に当たった瞬間、鋭い閃光を放つ。そして……

ドガアアァァァアン!!!

「……。」

…体にぶち当たる爆音と熱気にロイは目を細め…ゆっくりと瞼を閉じた。
視界は炎の橙色に包まれていたが、やがて白色の埃と煙が迫ってくる。
そこでジュエルは微かに白煙の向こうに黒く焦げた壁を見えた。

「おい!穴が空いているぞ。」
「…進もう。」
「ケホッ。…ちょっと煙いです。」

駆け足で穴の空いた壁に向かった。
すると、そこには扉があり、その前には番号を打てるような機会があった。

「……これは。」

ロイは再びポケットから地図を出し、地図の脇に書いてある10桁の数に目をつける。
多分これのことだろう。…そう思った。しかし地下の内部構造はともかく、ハヤトがなぜ暗証番号まで知ることが出来たのか、少し疑問だった。
地図を見て、番号を手早く打ち込んだ。

ピッ

小さく機会音が鳴り、赤かったランプは青く光る。

そして扉はゆっくりと縦二つに分かれ…その口を開いた。

No.108

そして空間は変わった。古い、今にも崩れそうなコンクリートの世界から、近代的な世界へ。ロイは先頭でとにかく前へ歩いた。…もう確信しているのだ。しばらく下へ下へと進む。階段を降り、扉を開いた。そして…辿り着いたのは…あの場所だった。


闇をも飲み込む巨大な穴。…それしか目につかない。ジュエルとグロウはその光景に少し息を呑んだ。

「本当はここは俺一人で来てもよかった。」
ロイは唐突に呟いた。
「でも二人には来てもらった。…それは…見て欲しいからだ。今も昔も、どういうことが起こっているかを。」
「人体実験……この、地下で…今も、昔も。…ロイはここに来たことがあったのか?」
「…そうだ。」

ジュエルの問いに、声を重くして答えを返す。そして続けた。

「最悪の場所だった。何のためにもならない実験に…何人も犠牲になった。」

少し立ち止まって、この広い空間に沈黙が流れる。

「…ですが。人は見当たらないですね。」

グロウが周りを見渡して言った。確かに、ヒトの気配はしない。

「…昔の研究員が今はどうなったのかは分からない。だが…」

ロイはそこで二挺の銃を取り出して言った。
「ヒト以外の気配はするだろ?」

No.109

その瞬間。後ろにはっきりとした殺気が生まれたのを三人は感じ、そちらに目を向けた。
バアァァァン!!!

『!!』

物凄い破壊音とともに後ろの壁が砕かれた。同時に全員素早くその場を離れる。壁の破片がパラパラと散った。

「…!…こいつは…?!」

ジュエルは破壊された壁から現れたものを見た。
…それは、『獣』だった。しかし明らかに自然の生き物ではない。何の動物かよく分からないそれは異様に図体が大きい。鋭い手足の爪。割けた口に生えている牙。頭にある角。どれもそのサイズに合さっていたので、巨大だった。血走った目は、三人を見ているかどうかすら分からなかった。

「…多分動物実験で生まれたんだろう。当然人間の前に動物でも試しているはずだ。」

「ゥオオオオォオオオオオォォン!!!!」

ロイが言う間に、『獣』は大きく咆哮した。そして始めはグロウの方に猛スピードで突進してきた。

「うーん。…元は犬だったんでしょうかね?」
グロウはその場に立ったままだった。『獣』はそのまま彼のいる方の壁に向かっていく。

ガアアァン!!!

『獣』は真正面から壁に突っ込んだ。

No.110

しかし『獣』が突っ込んだ所にはグロウはいなかった。
グロウは普通の人間では出来ないような高い跳躍で攻撃をかわしていた。

バシュ

そのまま空中で両手から十本のワイヤーを射出する。それで『獣』の肉を切り裂こうとした。ワイヤーは真っ直ぐ目標に向かってゆく。だが。

ピシ!!
「…。」

グロウは手応えを感じなかった。ワイヤーは『獣』の体を貫くことなく跳ね返されたのだ。すぐさまワイヤーを巻き戻し、着地した。
「…皮膚も相当丈夫になってますね。それなら。」

グロウは再び構える。『獣』は壁を貫いていた角を抜き、こちらを向いていた。

「グロウ。始末できそうか?」
「…まあ、大丈夫でしょう。」

グロウはいつもの笑みのままロイに答えた。そして『獣』は咆哮した後もう一度突進してくる。

「…フ。」

それを見て少し鼻を鳴らした。彼の微笑みは不敵なものにも見えた。

バシュ

再び、ワイヤーを射出した。一見先程と同じように攻撃するように見えたが…微妙に一本一本の指をうごかす。
するとワイヤーは『獣』の手足に巻き付く。
「ガアアァ!!」
ドオォッ!!

『獣』はバランスを崩して倒れた。
彼はさらに手に力を入れた。

No.111

『獣』の体とグロウの両手はピンと張ったワイヤーで繋がる。

相当の重量があるはずなのに『獣』は徐々に直立しているグロウに引き寄せられていた。
「ウオオォォン!!!」
「…うるさいですね。」

グロウは低く言った。『獣』は必死にもがいていたのだ。普通だったら骨が折れそうな衝撃がグロウの手に伝わっていた。

「ガアァアアア!!!」
「!」

『獣』は突然体勢を立て直し、ワイヤーが絡みながらも襲い掛かってきた。
大きく飛んだ後、その巨体が落ちてくる。グロウは少し移動した。

ガガガガガガ!!!

『獣』は着地すると同時に鋭い爪で金属の地面を薙いだ。グロウは紙一重でそれをかわす。その時ニッと笑ったように見えた。

次の瞬間。グロウは両腕を振った。勿論ワイヤーの先のものを引っ張るためだ。結果、『獣』は着地で不安定になった体をワイヤーに引かれ、投げ出された。……あの穴のほうに。

「……グオォ…!」

グロウが立っていた場所は穴のかなり近くだったのだ。
グロウはワイヤーを全て手に戻し、『獣』を追うように穴の上空に躍り出る。そして…一言言った。

「堕ちろ。…畜生が。」
ドォッ!

『獣』は強力な拳を打ち込まれた。

No.112

グロウが振り下ろした拳で『獣』は叫びを上げる暇もなく奈落の底へと消えていった。グロウはワイヤーを天井にある金属の棒に巻き付かせ、空中でぶら下がった。そして振り子の勢いでもといたところに降り立った。

「やれやれ。お粗末なセキュリティシステムです。」
「…。お前一瞬性格変わらなかったか?…………!」
ロイは苦笑した。しかしすぐに顔色を変えた。

ドンッ!!

次に上向けてに銃を撃った。弾が向かった先は…通気ダクトだった。

ガシャーーン!

フレームの落ちる音が大きく響いた。そして翼の生えた小動物が
無数出現した。コウモリの2倍くらいの大きさだろうか。そして、やはり普通の動物には見えなかった。

「キィキキキきキ」
「どうやら…実験動物の際限はないようだ。」
ロイが言う。三人ともこのコウモリの他、四方八方から殺気を感じていた。

「まぁ…この場は取り敢えず…。これで。」
ロイは例によって、あの黒い塊を持っていた。ピンを抜いて、投げる。後はそれとは逆方向に駆け出した。

ドガアアアアァァン!!
「こっちだ!」

見た『夢』に頼りながら道を探すと、階段があった。あの時必死に駆け上がった、あの階段だった。

No.113

階段を降りる。フロアに着く。また階段を降りる。…という作業の繰り返し。その途中何度も敵襲があったが、ある時は倒し、ある時は無視して走り続けた。

「全く。エレベーターもないんですか?この建物は。」
「ロイ。このままひたすら下を目指すのか?」

グロウはぼやき、ジュエルは剣を振るって返り血を浴びながら聞いた。その答えは少し遅れて返ってきた。

「…分からない。だが実験動物がいるということはやはり研究が行われているということだ。俺達はそれを止めなければならない。」
「……でも。場所が分からなくては。」
「…俺の考えでは、実験動物が多く分布するほうに研究の中心となるものがあるはず。…さっきから襲ってくる奴らが増えてるだろう?」
「…。」

確かに下のフロアに着くたび、動物の数は増えていた。様々なものに襲撃され、逃げるのも難しくなっていた。

ザシュッザシュッ

ジュエルは攻撃をひらりと避けては、周囲の敵を回転しながら連続で切り倒していく。哀れな動物の悲鳴がこだました。

その時、グロウは提案する。

「じゃあいっそのこと、この穴の中に飛び込んでみませんか?」
「………。何だって?」

ロイは一瞬耳を疑った。

No.114

「僕達は強化人間です。これぐらいの高さ…落ちても大丈夫ですよ。」

当然というような口調でグロウは言った。

ロイはしばらく沈黙し、穴を見つめた。それから何も言わないのでジュエルが口を開いた。

「…お前は自分の体をよく自覚しているんだな。俺はまだ、自分がどうなっているか…正直分かっていない。」
「そうなんですか?」
グロウはからからと笑う。それを脇目に振り、ジュエルはロイの隣に立って同じように暗い穴を見る。するとロイは唐突に言った。

「推定200メートル。ってとこか。」

ジュエルは少し驚く。
「…分かるのか?」
「強化された視力なら、穴の底まで見える。それで見積もってみただけだ。」
「……。その深さでエレベーターがないなんておかしくないか?」
「……あぁ。おかしい。もしもこの下に何かあるなら…な。」

と、その時。

とん。

「…え。」

いきなりのことだった。話をしていた二人は後ろから軽く背中を押されたのだ。

「うわっ!!」
「…っ!」

前にのめって浮遊感。足場は消え、落ちるしかなくなった。そしてロイは一瞬背中を押した人物を見た。そこにはあの微笑みが見えた。

「……グロウ?!」

No.115

その後グロウも自分から穴へ飛び降りた。三人は闇の中を落下する。

「グロウ!何を…!」
「あそこで議論しているより、実際に見てみた方が早いと思いましたので。」

少し焦るジュエルにやはり平然と答えた。

「さっきも言いましたけど大丈夫ですよ。ちゃんと着地すれば無傷ですから。」
「そんなこと言ったって…うわぁあ!」

それからは一人一人何も言わなかった。ただ落ちる感覚に見舞われていた。その中、ロイは呆然とした顔をしていた。

(まさか……俺もここに落ちることになるとは、な。)



数秒後。いよいよ底がはっきり見えてくる。微かに明かりがあることが分かった。

「……っく!」

ジュエルは空中で二回転ほどした。それからは体の反応に任せた。

ダンッ!!!!!

辺りに大きい音が響く。ジュエルは…着地していた。片手を床につき、膝を折る形になった。少し動かない間、音はまだ残響していた。

「はぁ、はぁ…。」

そして、ゆっくりと立ち上がった。
続いて、二つの音がした。

バンッ!!!!
ダンッ!!!!!

残る二人も同じように着地していた。

「…………なんとかなったみたいだな。」

ロイは立ち上がり重く呟いた。

No.116

ロイはしばらく辺りを見回して口を開いた。
「…当たりのようだな。」

唸る機械音。暗闇の中の小さい、赤い光や青い光。そして、数々の水槽に蠢く…黒い影。
「ほら。ここに来た方が早かったでしょう?」
グロウは得意気に言った。ジュエルは水槽を見上げる。

「…これが……今も終わらない研究?」

水槽のガラスの内側に、有り得ないところから腕や頭が複数生えているヒト型の生物が見えた。胸からは血の色の赤い球のようなものが覗いている。ジュエルはそれが出来損ないの人造生物だと理解した。

「誰が、何のために…。」

その中、ロイは一人で前に足を進めた。

「ジュエル、グロウ。ここを破壊する。……だが少し待ってくれ。」
「どうした?」
「……探し物がある。」

しかし不意にグロウがロイを呼び止めた。

「あのーちょっといいですか?」
「…なんだ。」
「さっきの死骸が見当たらないのですが。」
「死骸?」
「僕がここに落とした…あの実験動物ですよ。」

数秒間沈黙が流れた。

「……まだ、生きているんでしょうか。この高さから落ちても?」
「…可能性は高いだろうな。俺達と同じく…強化されていれば。」

ロイは気配を探る。

No.117

だが、辺りは静寂に包まれているばかりだった。その時足元で、べちゃ…という音がしたのでロイは下を見た。

「……。」

薄暗くてよく見えなかったが、血だった。それも大量だ。

「奴は間違いなくここに落ちている。気を付けろ。」
「どうする。探すか?」
「…そのうちあっちから出てくるだろう。先に俺の探し物を済ませたい。」

そう言って、ロイは進もうとしていた方向に、また歩み始めた。しかしジュエルが言う。

「…一人で動くと危険だ。俺も…ついていく。」
「……。」

少し間が空いたあと、好きにしてくれと答えた。

「やれやれ。じゃあ僕はここで待機してますよ。」

グロウは柱に寄りかかる。二人はそれを後にした。



ロイはこのフロアの隅々を練り歩く。そしてに所々にある机の書類の山を一心不乱に漁った。
ジュエルは周りを警戒しながらも黙ってそれを見ていた。何を探しているか疑問だったが口には出せなかった。その姿があまりに必死そうだったからだ。
ロイがまた書類を乱暴に置いた。

「くそ…見つからない!」

机を離れる。ジュエルは散らばった書類を見る。どうやら様々な人物の調書のようなものだった。

No.118

ロイは別の机の上を探す。すると、突然動きが止まった。何か見つけたようだ。

「…これは。」

片手にとったレポートのようなものを読んでいる。そこでやっとジュエルが口を開いた。
「…ロイ。何を読んでいるんだ。」
「……っ…。」

ロイは書類を読むのに夢中だったため、返事はすぐには返ってこなかった。しばらくしてから、言った。

「…思ったより……研究は進んでいるようだな。」
「どういうことだ。」
ロイは書類を見直しながら続けた。

「人造生物は、ヒトの細胞が異常に進化して出来たもの。だからここでは細胞の進化を促進する研究をしていた。だが、それには限度があることが分かった。だから…違う方法で人造生物を生み出す方法を研究がされている。」
「……。」
「まず実験動物を使って細胞進化能力がヒトの何十倍にもなる合成獣を作りだす。そして…その合成獣の細胞をヒトに移植する。合成獣の細胞はヒトの細胞を糧にして体を完全に侵食する。そして、侵食された体の進化を促進する。すると…今までの人造生物よりさらに強力なものが生まれることになる。」
「何だって…!」
「しかも、この研究の被験者が…存在しているようだ。」

二人は愕然とした。

No.119

ロイはどんどん書類を読んだ。

「被験者は今の時点では二人。被験者の名前は…ハヤト・キサラギ。」

ジュエルははっとした。

「ハヤト……?…まさか…あの時の!」

ジュエルは地下上層で遭遇したあの触手を思い出していた。

「……もう、一人は?」

ジュエルは重く問いかけた。その時、ロイは書類を見て眉根を寄せた。

「……サヤ……キサラギ……!」
「キサラギの…妹のほうか!……お前、会ってきたんじゃないのか?」
「…あぁ。会ってきたさ……。」

ロイは書類から顔を背けた。それはとても苦々しい表情だった。…考えていた。

(まだ…二人とも間に合うはずだ。どうすれば…どうすれば助けられる?手掛かりは何もない…!!)

ふと…ロイはあるものを見た。そして、ゆっくりとそれに近づいた。

「ロイ?どうした。」
「………。」

そこには…試験管が幾つも立ててあった。後ろには、大きな水槽の中に蠢く、動物の影があった。
ロイは試験管の一つをとる。一見少し濁った水が入っているように見えた。だがそれを強化された視力でみると何かの、粒子が入っていた。さらによく見ようとする。

「これは…もしかして。」

その時だった。

No.120

「!……ロイ!!」

ジュエルは突然声を荒げた。それがどうしてなのかロイは一瞬分からなかった。だが第六感とも呼べる感覚に従って、その場から横飛びをして離れた。

ドガァ!!

空間に衝撃が走った。…ロイが先程までいた場所を、何か黒い尖った槍状のものが刺し貫いていた。そしてその槍は天井に向かって収縮していく。ジュエルは天井を見た。

「……あれは…。」

天井には…動物が張り付いていた。右の前足をつきだしていて、そこに黒い槍が繋がっていた。どうやら槍の正体は動物の爪だったらしい。
ジュエルは腰にささっている鞘から二本の剣を抜く。

「こいつはさっきの実験動物……とは違うか。」

その動物はグロウが落とした『獣』より、少し小さかった。ロイは手にした栓のついている試験管をポケットにしまい、戦闘体制になった。

バンッ!

四足のその動物は、天井から勢いよく床に移る。そこにジュエルが剣を構えて素早く駆け出す…が。

………シュッ
「……?」

ジュエルには動物が消えたように見えた。
そして。

ドガッドガガ!!
「…っ!!」

複数の槍がそれぞれ別方向から飛び出してきた。ジュエルはそれを間一髪で避ける。

No.121

ドガガッ!ドガドガドガガガガ

『動物』の攻撃はまだ続く。槍のような爪は伸びて、床を薙いだり水槽を破壊しては『動物』の手に収縮する。そしてまた別の方向からその攻撃を繰り返す。それが有り得ないほど高速で行われているので、爪は残像を残し、複数に見えていた。ジュエルはそれをひたすら避けた。身をひねり、跳躍。背中を反ってバック宙。避け方は様々だった。

「く…!」
ガキィン!!

ある時は剣で攻撃をはじいていた。
その中、ロイは少し離れた所で銃を構える。

「…何てスピードだ。今までの実験動物とは格が違う。」

そう呟きながらも、ロイは冷静に聴覚を研ぎ澄ました。そして

ドンッ!!

撃った。真横に向けていた。すると、叫び声が聞こえた。45口径の弾は、『動物』の右肩に入っていた。『動物』はゆっくりとロイの方を向く。

ドンドンドン!!!

それに構わず両手の銃を連射した。…全ての弾は、目標の頭や胸を貫いた。
しかし。

「…?!」

ロイは動揺した。『動物』は倒れなかったのだ。見れば、傷口はメキメキという音を立てながら縮み、何もなかったかのようになっていった。

「自己再生能力…!」

『動物』はまた走り出した。

No.122

それは、また姿を消したように見えたが、一瞬でまた姿を現す。ただ、場所は違かった。『動物』はロイの目の前に“出現”した。一瞬のことだったのでロイには動く暇が与えられない。

「!!」

その牙が襲い掛かる。次の瞬間…。

ガキィンッ!!

鋭い金属音。ロイは少し目を閉じていたが、その音で何が起きたか分かった。

「…ジュエル!」

ジュエルはロイの前に立ち、『動物』の口に剣をくわえさせていた。その後は

「ぉおおお!!」

そのまま前に走りだした。その結果、歯で止まっていた剣も前に行くことになる。

ザシュザシュザシュザシュザシュ!!

『動物』の口は裂ける。もっと裂ける。胴体のほうまで裂けて、しまいには体が真っ二つに割けた。体液はあらゆる場所から吹き出し、そこに赤い海を作る。ジュエルはやっと立ち止まった。彼もまた、体液を纏っていた。

「…助かったよ。ジュエル。」

ロイは立ちあがる。

「…………。だが、まだのようだ。」
「ここまでやってもか?」
「見てみろ。」

そう言って『動物』の断面を指さす。ロイは近づいて見た。…肉と骨が蠢いているように見えた。そこでジュエルは口を開く。

「もしかすると。」

No.123

ジュエルが何か言いかけたが、足音が聞こえて言葉を切った。

「いやいや。こりゃまた凄いですねぇ。騒がしいから来てみれば…。」

グロウだった。ロイはそちらをチラリとも見ないで言った。

「あぁ。グロウも手伝ってくれ。まだ生きてる。」
「新手ですか。」
「そうだな。」

しかしそこにジュエルは割り込む。

「…いや、違う。こいつはさっきの奴だ。」
「何だって?」

ロイは眉を潜めた。

「確かにグロウが始末した奴とは似ているが…気配の消しかたや身のこなしは全く違うぞ。」
「もしも……。進化、しているとしたら?」
「…進化だって?」

ギチ…ギチギチギチ

ロイは蠢く『動物』を再び見た。しかし…それはもう形を成していなかった。骨と肉が複雑に絡み合っている、二つの肉塊にしか見えなかった。ジュエルはそれに歩みよる。

グチャッ!!

そして肉塊の一つに剣を突き立てた。

「このフロアを回ってもこれ以外実験動物はいなかった。……そうすると、こいつは奴だとしか考えられない。」
「つまり…こいつはここに落ちた後肉体を再構成し…その上能力の更新をした。…そう言いたいのか!」

ジュエルは黙ったまま剣を何度も振るった。

No.124

「くそ…。再生が止まらない!」

ジュエルは『動物』を何度も何度も斬ったり突いたりする。だが新しい肉と骨は、休む間もなく何処からか生じた。そしてそれは確実にだんだん獣の形を成していった。ロイは言う。

「…ジュエル。もう間に合わない。下がるんだ!」
「しかし…!」

その時

バッ!!!
「!」

肉塊が無数の触手のようなものを勢いよく噴出した。ジュエルはすぐさま飛び下がる。触手はその後、うねりながらもとの肉塊に巻き付いた。すると獣の形が完全なものとなり、黒い皮膚が生じ、ぎょろりと目玉がのぞいた。

「…っ」

ジュエルは舌打ちをする。見れば、二つに分かれたもう一方の肉塊も同じ変化をし、結果二体の獣が出来上がった。

「…どこかに再生能力を司る『核』あるはずだ。そこを…完璧に打ち砕けばいい。」

ロイは弾を装填し終えて言う。ジュエルは剣を構え直した。

「…どうやってそれを見つける。」
「それは自分で考えろ。」

ロイは問いに即答すると、あの手榴弾を投げた。

ドガアアァァン!!!

その爆音で、戦いの火蓋が切って落とされた。

No.125

>> 124 「散れ!!」

爆発の後に、ロイは叫んだ。するとジュエルとグロウは白い煙の中各々の方向に散った。
ロイは手榴弾の一撃に期待はしていなかった。この状況での『獣』の動きを予測する。

「オオォォオオ」

視界の悪い赤い景色の中から『獣』の一頭がロイの方に突っ込んできた。
ロイはその場を動かなかったが、銃を一回ホルスターに収め、上半身だけ仰け反らせて避けた。

「くっ」

『獣』はロイを飛び越える形になった。なので一瞬、『獣』の腹が見えた。その時を逃さない。ベルトに吊るしている小さな鞘からナイフを取り出し、それを深く突き刺した。

ズブッ!ザザザザザ!!

そしてそのまま飛び越えた勢いで、『獣』の腹は切れた。

その後ロイは体勢を立て直して後ろを振り返った。『獣』は悲鳴一つに上げずに、地面に降り立つ。血や内臓が出ていた傷はやはり少しして、消滅した。

(やはり……少し傷をつけても再生するだけか。ならば……。)

ロイは後ろに飛んで『獣』の距離を安全な所まで離し、ナイフを構えた。しかし、次の瞬間。

ザッ!!
「……?!」

ロイの左肩に突然痛みが走った。…見なくても血が吹いているのが分かった。

No.126

「…っ」

ロイは微かに顔をしかめ、深くえぐられた左肩を押さえた。右手に血糊がつく。
『獣』は微動だにしていない。間合いも先程のままだ。

(爪にやられたか?だがこの攻撃力は…!)
それ以上考えている暇はなかった。
避けろ…と本能が告げていた。

…ロイは右に跳んだ。

ガンッガンガン!!!
瞬間、衝撃とともにロイの左にある壁が跡形も無くなった。
その時、避けながらロイは攻撃の正体に気付く。

「…やれやれ。実験動物ってのは実に面倒だ。」

そう呟いて、未だ離れた場所にいる『獣』を見る。
『獣』は壁の破片をかじっていた。そして、目立たないが口の周りが少し赤く染まっている。

「伸縮機能が増えたか。確かに一回死ぬごとに進化してる。」

シャッ!

突如十本の黒い槍が飛んできた。
その槍はロイの居る範囲を全て串刺しにする筈だった。しかし、

ダンダンダンダンダンダン!!!!

銃声が連続で鳴り響いた。同時に辺りに黒い欠片の雨が降る。
…弾は爪を砕きながら貫通し、『獣』の手や体まで届いた。

「おオォぉお」
「…ちょっと爪が伸びすぎだ。このくらいが丁度いい。」

ロイはニッと笑うと、その場を駆け出した。

No.127

走り出した方向は、真っ直ぐ『獣』の方だった。移動しながら、左手に持った銃をホルスターにしまい、かわりにさっき『獣』を刺したナイフを取り出す。

その時『獣』は動いた。いや、動いたと言うべきではないかもしれない。

バキバキバキ……バキッ!
「ウゴオオオォォ!!」

銃弾を受けた『獣』の腕から肩にかけた部分が嫌な音を立てていた。それに太い雄叫びが重なる。

(…!…また進化か。小さな傷からも新しい組織を形成するとは…)
「どうやら。急がなければまずいらしいな。」

タン!!

ロイは攻撃の届く間合いに入ると、地を蹴った。…『獣』の真上に躍り出た。

「ガアアァァ!!」

ロイには『獣』が自分を目掛けてその場から飛んだ…ように一瞬見えた。だがそれは違った。

「!」

ロイは自分に向かってきたその攻撃を、身を横に回転させて避けた。

ドゴオォ!!

今度は天井が同じように破壊された。
…『獣』の首がバネのように伸びて、天井を貫いていた。

「どうした。お前の芸はゴムみたいになるだけか?」

ロイはナイフを構える。そして、

ザッザッザ!!

刃渡り10センチのナイフは、『獣』の伸びた首を輪切りにしていた。

No.128

だが、一回離れたはずの首は断面から無数の触手のようなものを出し、それは首があった場所に絡みついた。断面同士が融合し、傷痕が消える。次に『獣』の胴体が地から離れた。今度は本当に飛んだようだ。天井に突っ込んでいる頭に胴体が吸い付いたのだ。

ドガッ!

後左足も天井に挿入し、『獣』は天井に張りついた。

ヒュヒュヒュ

残りの三本の足を伸ばし、くりだす。
ロイは着地し、それが真っ直ぐ床を破壊するのを予想した。しかし違った。

ぐにゃり。
「…!」

ロイは驚く。…足はそれぞれ“曲がって”ロイだけを追い、さらに伸びる。その先にある爪が黒光りしていた。

「くっ!」

常に動いていないと爪に裂かれる。ロイは何度も、軌道を変えて襲ってくる足をかわした。…きりがない。

「…いい加減に、しろ!」
タッ!

ロイは正面から来た足を前に跳んでかわす。そして『獣』の腕に逆立ちの形で左手をつく。…もう一方の手にはナイフ。

ザバッ!

腕を切断した。

「おぉ!!」
ザバザバッ!!

残り二本も次々切断する。
それらは触手で再生しようとするが…

ダンダンダン!!

ロイがあるものを銃で撃つと、触手の動きが弱まった。

No.129

ロイが撃ったのは、天井に張りついている『獣』の胴体だった。

「やっぱり『核』の入っているほうの再生を優先させる…か。」

ドンドンドンドンドンドン!!

ロイは両手に銃を持ち、連射した。本体にいくつもの穴が空く。

「そんなところにひっついてないで……さっさと降りてこい!!」

口調を強めにすると、勢いよく手榴弾を投げた。『獣』ではなく、天井に向かって。

ドガアアアァン!!!
『獣』の周辺の天井は完全に破壊された。表面のは砕け散り、鉄骨が剥き出しになった。従って『獣』を支えるものは何もなり、下に落ちることになる。しかしロイはそれを待たなかった。
一瞬で『獣』の真下に回り込む。

「面倒臭い。さっさと終わりにしようぜ。」
触手まみれの、左足と頭だけ生えた不自然な肉塊にそう告げた。

「ゥアァガアアァァ!!」
ぎゅるんっ

『獣』の首が捻れながら牙をむく。ロイはそれを見て、今度はその口の奥を目掛けて弾を撃つ。…血の雨が降った。

「てめぇは…これでも。喰ってな!!」

ブンッ

銃弾によって切り開かれた口に何かを投げ込んだ。
『獣』はそれを飲み込むしかない。

そして。

No.130

ボギャアアァン!!!
ビチャビチャビチャ!

くぐもった爆発音と、微細な肉片と血の飛び散る音。…『獣』は爆発した。胴体から足まで全て原型を留める事なく飛沫となった。だがその中に一つ、大人の拳ほどの肉塊が宙に投げ出される。

べちゃっ

それが嫌な音を立てて床に落ちる。まだ小さく動いていた。ロイはそれを思い切り踏み潰した。

グチャ!!シュウウゥ……

肉塊はひとしきり血を吹き出すと、やがて自らの血に溶けていった。ロイは自分の左肩を押さえた。

「………っ……」

だがすぐに後を振り返る。自分とは違う場所でも戦いが繰り広げられているのにはとっくに気付いていた。もう一体の『獣』を見る。

「…?!」

ロイはその光景に息を呑んだ。
まずそれはもう獣型ではなく、どちらかというと…ヒトの形をしていた。

どどどづど!!!
「…くっ」

ジュエルが戦っていた。互いに武器で交戦しているようだ。
『獣』…いや、『ヒト型』の武器は、両腕が不自然に伸び尖ったものだった。それは有機体…つまり肉体でしかなかったはずなのに、そこだけ無機物になっていた。刀のような銀色が光っている。

「進化が…ここまで…?!」

No.131

――お知らせ――

皆さん今日は。ARISです。

とうとう本格的なテスト週間になってしまったので、まことに申し訳ありませんが、一時更新を中断したいと思います。

再開は8月1日からです。よろしくお願いします。m(_ _)m

No.132

「ジュエル…!!」

ロイは肩を押さえながらもその場から一歩動いた。すると、

どどどどど!!!
「!」

斜め上から射撃…白い弾のようなものが雨あられと降ってこようとしていた。ロイは一瞬体が固まる。その時、ロイの視界を人影が遮った。

シャシャシャ
ビシィ!!

飛び交うワイヤーは、降ってくる弾を全て弾いた。

「手負いでうかつに近づくのは危険ではないかと。」

やはり前に立っていたのはグロウだった。
ロイは黙って二歩下がった。

「すまない。……で、あの物体はなんなんだ。」

そう言いながらロイが見たのは…宙に浮いている白い球体だった。それは本当にただのボールにしか見えないものだった。

「んー……。動物がヒト型になる際にまた分裂したようです。ジュエルが戦っている所に入り込もうとすると、あらゆる方法で攻撃してきます。」
「あらゆる…方法?」
「さっきの白いモノはあの球体から出てきたものですよ。とにかく…さっきも言いましたが手負いでは危険ですので僕達で始末します。あなたは必要な資料をまとめて爆弾でもしかけたほうがいいですね。」

ロイは少し沈黙したあと、答えた。

「…悪い…後は、頼んだ。」

No.133

ロイは薄暗い闇の向こうへと走り出す。グロウはそれを背中で見送った。

「さて。ここからは時間稼ぎ、ですか…。」

ワイヤークローを構え直して宙に浮いているボールと対峙した。



キィン!ガガガッ!
「…っ!!…!…」

ジュエルは次々と来る『ヒト型』の斬撃を受け止めていた。
それはほとんど隙のないものだった。

ブンッ!!

『ヒト型』が右手を大きく振りかぶるのをジュエルは一瞬見る。…大きいが、決して遅いものではないと判断した。

(くそ!)
たん!

そこから後ろへ飛び下がり、攻撃を避けた。『ヒト型』との距離が空く。

じゃらり

ジュエルの2本の剣は、柄の部分が長い鎖で繋がっている。
その鎖の片側を、ジュエルは握った。結果1本の剣が鎖で吊られる状態になる。

「…ふっ!」
ヒュ!

投げ縄の要領で、吊るした右側の剣を何回転かさせ、投げる。
剣は鎖を繋げながら真っ直ぐ『ヒト型』の方へ飛んでいった。

『ヒト型』は少し左に移動して、難なくそれを避けた。剣は目標の右側の空間を貫く。

だがジュエルは怯まなかった。

「おお!」

ジュエルは右手の鎖をさらに勢いをつけて右から左へ振った。
…すると

No.134

じゃらじゃらじゃら!
鎖は『ヒト型』に巻き付いた。『ヒト型』は身動きがとれなくなる。
ジュエルはそこを狙った。残った左手の剣を真正面に向けて、突進する。そして…数メートル離れていた『ヒト型』のもとに着いたのは、0.5秒ほど後のことだった。
…ジュエルは全ての力を左手に込めた。そのまま前に…突き。

ザシュゥ!

剣は『ヒト型』の脇腹から肩にかけて貫いた。しかしそれだけでは終らせない。

「ああぁ!!!」
ザシュザシュざしゅ!!

ジュエルは、剣を『ヒト型』の体内から回収した。ただし…引き抜くのではなく横凪ぎに、強引に肉を切り開いて。赤い噴水が辺りに降り注いだ…………かと思われた。

ばしゅっ
「!」

深い『ヒト型』の傷口から大量に出てきた別のものに、ジュエルは少し飛びずさった。同時に、巻き付いた鎖を引き寄せ、右手に剣を取り戻す。

…出てきたのは刺のようなものだった。何本も放射状に伸びている。ジュエルの頬に一筋の血が流れた。

刺は捻れながら伸びて、『ヒト型』全体を包み込む。すると一回り大きくなったように見えた。

(…攻撃をするとまた進化する。…どうすればいい?)

ジュエルはその光景を睨んだ。

No.135

「核をつけばいい……確かそうでしたよね?」

唐突に聞こえた声に、ジュエルは振り向いた。グロウがボールとの攻防を繰り広げながらも話しかけてきたのだ。

「その核は…多分あの球体です。」
「なんだって?」

どどどどどど!!

ボールの攻撃で、床、壁、天井中に穴が空く。グロウもジュエルも、避けたり武器で弾を受け止めたりした。

「確信があるのか?!」
「あなたがあっちのほうを斬ったとき、少々反応がありましてね。…まぁはっきり確信があるわけではありませんが。」
「じゃあ、あれをいくら傷付けても…。」

シャッ
ばしばし!

数本のワイヤーはボールに向かったが、弾かれた。
グロウは小さく舌打ちする。

「意味がないとは言いません。」
「?」
「生物の成長の行く末。……あなたは知っていますか?」

ジュエルは一瞬眉を潜めるが、すぐに気付く。誰でも知っていることに。

「…死。」

ジュエルの答えに、グロウは微笑んだ。

「つまり、進化の最終段階に至るまで攻撃を加えれば、自然消滅すると思われます。」
「…!」
「残念ながらあの核はあなたの剣でも斬るのは難しいです。」

「覚悟を決めろ…ということか。」

No.136

ロイは薄い闇の中、走っていた。何かを探しているようだ。

(まだ……確かめたいことがある!)

まだ手をつけていない机の、書類やら何やらをさっきと同じように漁った。
しかし、ロイが思うようなものが、なかなか見つからない。

「くそ…」

その机を探すのを諦めたその時だった。

「…?」

ふと自分の後ろに、木製のキャビネットがあることに気付く。引き出しが一つついていて、よくその上に花を飾るようなタイプのものだ。事務机やパイプ椅子、様々な機械などの無機質なものばかり置いてあるこの空間にはそぐわない、お洒落な家具だった。
ロイは無意識にキャビネットの引き出しの取っ手に手を掛けていた。それを躊躇わずに引く。

ゴトリ。

「……!」

中に入っていたものをロイは暫く見つめていた。
だがすぐに我に帰ると、それを乱暴に取り出し、ポケットに突っ込んだ。

「これで…十分だな。」

そう呟くと、腰にかけてある袋の一つから何か取り出した。それを壁に投げつける。

カシッ!

壁に付いたそれには数字がついていた。

10:00

その数字は一秒ごとに減っていくようだ。
ロイは他の至る場所でそれを同じ様に投げつけた。

No.137

書く必要はないかもしれないが、ロイが投げているのは小型の時限爆弾だ。今、この研究所の隅々まで走り回りながら仕掛けていた。ロイはまた腰の袋に手を突っ込む。だが、徐々に少なくなっていた手応えは、もう完全に無くなっているようだ。ロイはそれを確認すると、薄く笑った。

(…時間がないようだな。)

しゅっ

ロイの姿がそのフロアから消えた。…今までとは逆方向に走り出したのだ。










ドガシャァン!!!
「うぁ…!!」

ジュエルは吹っ飛ばされると、壁に打ち付けられる。壁にはひびが入った。ジュエルを吹き飛ばした原因である『ヒト型』は随分と巨大化し、さらに姿を変容させていた。

バッ

グロウは片手の十本のワイヤーで剣の形を作り。それに斬りかかる。

ブンッ
ザバリ!!

肥大化していて判別がつきにくいが、『ヒト型』の首と思われる部分が千切れた。
しかし。

「っ!」
ヒュドドド!!

それに怯むことはなかったようだ。グロウは新たに降りかかる白い触手を、避けることに専念する。



二人は、明らかに苦戦してるようだ。
…そこに響いた一つの声。


「お前ら…随分無茶なことするよなぁ。」

No.138

ジュエルは背中の痛みでうずくまりながら、そこに立っている声の主を見た。

「……ロイ…」
「ジュエル。ここは、あと7分くらいで爆発する。もう悠長にこいつを進化させてる時間はない……一気にかたを着けるんだ。」
「そうだな。だが…状況はこの通り、なかなか難しくなってるようだ…。」

ジュエルは立ち上がったが、少しふらつく。ロイはそれにかけよった。

「…大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。まだ…戦える。」

ジュエルは左手で、自分の体を支えようとした人物を制する。…ロイは肩をすくませた。

「ここから脱出する分の体力は残しておけよ…?」
「分かってる。問題ない。それより、あいつをどうやって倒すかが問題だ。」
「……。」

ジュエルの視線の先ににあるもの…15メートル前方で暴走している『ヒト型』、それと戦っているグロウをロイは見つめた。

「ジュエル。…あれの弱点のヒントはないのか?」
「…ないから強行手段に出ている。」

ジュエルは素っ気なく答えた。しかしロイは続ける。

「よく思い出してみてくれ。あれと戦ってきた過程の全てを。…何かあるはずだ!」
「…!………。」

ジュエルは少し沈黙した後、目を閉じた。

No.139

「……。」

ジュエルはゆっくりと目を開いた。ロイはそこでまた、問う。

「どうだ。」

それにしばらくは口を閉ざしたままだったが、独り言のように呟いた。

「…やってみる価値は、あるかもしれない。」
「…何をだ。」

その時ジュエルは不意に、ロイを真っ直ぐと見た。そして今度は、はっきりとその言葉を口に出す。

「二点同時攻撃。」

ロイはそれを聞いて、再び向こうの戦いを見た。

「二点…あの暴れている奴と、妙な球体か?」
「そうだ。」

…ジュエルが思い出していたのは、
『あなたがあっちのほうを斬ったとき、少々反応がありましてね。』
というグロウの言葉。それだけだった。

「…時間がない。その方法でいこう。」

ロイは意を決した。ジュエルもそれに頷いて応える。そして二人は戦場へ駆け出した。



グロウは無言のまま、ワイヤーソードとでも呼べるものを振るっていた。
鋭い斬撃音が続いていたが、突然違う音が響いた。

ドガン!!
「!」

グロウは思わず振り向いた。音の原因である銃口からは煙が立ち上っていた。

「よぉ。戻ってきたぜ。」
「あぁ、ロイですか。お疲れ様です。」
「…それはこっちの台詞だろ。」

No.140

…ロイの銃弾は『ヒト型』を貫通する。至近距離、後ろからの強力な一発は、『ヒト型』の動きを止めた。グロウはそれを確認すると、微かに息を切らし始めた。

「ははは…。ちょっと計算ミスでしたよ。まさかこれほどとは…。まだまだ進化しそうですよ。」
「…作戦を変更するんだ。5分、いや……1分以内に、奴を始末する。一か八かだがな。」

『ヒト型』が傷口に触手を伸ばしながらビクビクと体を震わせている。……まだ動かない。

「えぇ。じゃあ何をしましょう?」
「そうだな…。じゃあ」

そこで会話は途切れた。ロイの背後から来る別のモノがあったからだ。……二人とも跳躍した。

ドガァ!!

床に何かが突っ込んで、凄い音とともに大きな破片が飛び散る。そしてロイは言った。破壊音に消されないよう大きく叫んで。

「グロウ!2体の動きを封じるんだ!!」

それにグロウはすぐに反応した。2つの方向にワイヤーが飛び交う。砕けた床の先と、蠢く生命体へ。

ピシィッ

ワイヤーは『ヒト型』に絡み付く。もう一方は…床に入ったものを引っ張っていた。
そして、

ドオォ!

姿をあらわにさせる。それは、あのボールだった。

「今だ!ジュエル!」

No.141

「おおおぉ!!」

ジュエルは闇を突き抜けて、真っ直ぐ『ヒト型』に向かった。
ロイは右手にナイフを構える。ワイヤーで縛られた『核』へと。

「はぁあ!!」
ドッ!

ジュエルの剣の1本が『ヒト型』の中心部を貫く。ロイが先程作った銃痕を広げるような形になった。

ドクン。

3人は、ボールから鼓動が響いたように感じた。…全員確信する。ロイは地を蹴って、吠えた。

「終わりだ!!」

ナイフを『核』に向かって振り上げ、振り下ろす。ロイはその一連の動きがスローモーションになったように錯覚した。『核』とナイフの間の距離が…30cm。15cm。10…5…1……0。

ギイイイィィィィン!!!!

凄まじい火花と共に、耳を塞ぎたくなるような音が空間を支配した。だが、ナイフはまだ『核』の表面で止まっている。

「…くっ…うぉおお!!」

ロイはさらに右手に力を込めた。一層火花が散り、辺りに鋭い光が瞬いた。
そしてジュエルが。

ザシュウ!!

左手の剣で、横方向に『ヒト型』を真っ二つにした。
すると



バッキイイィィン!!







『核』は…砕け散った。『ヒト型』は二つに分かれた後、砂となって消えていった。

No.142

「はぁ、はぁ…」

ロイは膝に手をついたが、顔を上げた。

「…さぁ。急ぐぞ。」

それだけ言って走り出した。残る2人も疲れぎみではあったが、後に続いた。
そこには白い砂と、先程までの狂騒が嘘のような静寂しか残っていなかった。


…3人が向かった先は、入ってきた場所だ。天井に空いた…大きな穴。穴の向こうは、空間がどこまでも続いていた。…例え落ちることは出来ても、流石に飛び上がれる高さではない。それを見て、ロイは低く呟く。

「あと2分。」

そして銃に弾を込め始めた。2挺とも、全弾込める。

「…行くぞお前ら。自分のやり方で上がるんだ!」

その言葉で3人は顔を見合せ、互いに頷く。それが合図だった。

たんっ

全員上に跳んだ。かなりの速度で地面が遠ざかった。しかし遠ざかる速度は、10mまで飛び上がると段々遅くなる。その時3人はそれぞれ違うことをした。

じゃき。

無重力状態になった時、ロイは近い壁に向かって銃を構えた。勿論次は発砲だ。

ダンダン!

それによって壁に溝が出来る。ロイは出現した溝に足を突っ込んだ。

ガシッ!……
たんっ

そこを足場にして、再び跳躍。…昔の記憶から学んだ方法だった。

No.143

ジュエルの場合。壁に剣を突き刺して、そこを足場にしていた。刺さった剣はジュエルが飛び上がる時に鎖を引くことによって抜かれた。
グロウは、思い切り壁を蹴る。それで斜め上に飛んで向かう先は反対側の壁だ。また、蹴る。

各自作業を繰り返していたその時。突如辺りが光に包まれた。下から吹き上げる熱気。3人は起こったことを一瞬で理解し、ひたすら上へ…上へ、進んだ。
そして。

ヒュッ!
たん。

ようやく3人の足は止まった。深層部、すなわち巨大な穴から抜け出したのだ。降り立ったところは穴に面している、あの床だ。着地した後全員今出てきた場所を見つめる。
そこで最初に見えたものは溢れだす光だった。
同時に。

ドゴオオオオオオォォン!!!

轟音が鳴り響く。
全員黙ってその光景を見ていた。



しばらくして、一番最初に口を開いたのは

「あー。やっと終わりましたね。」

グロウだった。しかしそれに低く答える声があった。

「いや。まだ終わらない。」

ロイだ。その一言で、また少し間が出来た。

「あいつを殺すまで。」

ロイは、最後に下から持ってきたものをポケットから取り出して見ていた。

…一枚の、写真だった。

No.144

カツ コツ…

3人分の足音が響く場所は、さっきまでと一変して古い空間になった。2つの匂いが鼻につく。1つは錆びた金属のもの。もう1つは、初めて来たときと同じ…あの生臭さ。

コツ。

突然、先頭を歩いていたロイが足を止めた。何かを思い出したように息を呑んでいた。それから足が進まないので、ジュエルが怪訝そうに声をかけた。

「ロイ?」
「お前ら。先に戻っててくれないか。」

ロイは振り向かないのでその背中しか見えない。だがジュエルは、背中だけで表情を読み取ったようだ。それ以上声を掛けることが出来なかった。

「頼むよ。」

と、ロイはもう一度呟いた。

「……。」
「分かりました。先に行きましょうジュエル。」

グロウはジュエルの肩を叩いた後歩き出すと、ロイを追い越して行った。ジュエルは少し立ち尽くしていたが、黙ってそれに続いた。…ロイは一人その場に残される。そしてゆっくりと、今までの進行方向とは逆に歩みを進めた。




暫くして立ち止まった所は…1枚の、分厚い扉の前だった。
ノブに、その手を伸ばす。

「……。」

しかし途中で手を止め、目をそっと閉じる。

「…ハヤト…」

静かに名前を呟いた。

No.145

そこに3分ほど立っていたのか、それとも20分立っていたのかロイには分からない。しかし一呼吸おいた後、ついに右手をノブにかけたのだった。

…ガチャ
ギイィィィイイ

重たい扉が開く音はやけに五月蝿く聞こえた。扉の向こうからはムワッとした異臭と熱気が溢れる。同時に、聞こえてくる奇妙な音があった。

フシュー…フシュー…
「…?」

疑問に思ったロイは完全に扉を開いた。そして、そこにあるものを見て、目を見開いた。

「!!」

一面血塗られた部屋のなかにあったものは巨大な肉塊だった。もはやヒトの形は残っていない。その表面に走っている太い血管は、鼓動と共に疼いている。肉塊には所々穴が空いていて、呼吸するように蒸気を吹き出していた。先程の音はここから出ていたのだ。

「ぁ…あ。」

膝が、かくんと折れた。床に着いた手が震えた。込み上げる吐き気を抑えるのに必死で、暫くそのまま動けなかった。その時

「クリス。」

響いたどす黒い声に、ロイはハッと顔を上げる。

「ハヤト…?ハヤト!」

そして立ち上がって、肉塊の元へ走った。まだ間に合う…救うことが出来るかもしれない。そんな希望を抱いて。

No.146

「クリス…。」

魔物の声と呼ぶに相応しいほど濁った声。ロイが覚えているものとは程遠いものだったが、ロイはそれがハヤトのものだと確信していた。しかし初めどんな言葉を言えばいいのか、迷った。今までハヤトの存在を忘れていたことを謝罪するか、互いに再び会えたことを喜ぶか。その他にも沢山の考えが頭を巡った。悩んだ末、ロイは選んだその言葉を絞り出す。

「ハヤト。思い出したんだ。お前とのことを…。」
「……。そうか。」

肉塊はそれだけ答えた。ロイは、続けて言う。

「お前が今どんなことになってるのかも知った。…助けたいんだ。ハヤトを。」

返事はすぐには返らなかった。沈黙の間は、肉塊から蒸気が吹き出る音だけが聞こえた。
その時ロイはポケットから1本の試験管を取り出した。下層部から持ってきた物だ。濁った液体の中には微細な粒が漂っている。それを肉塊の前に突き付けて言った。

「お前を…救えるかもしれないんだ!」

ドクン。という音が肉塊から聞こえた気がした。

「それは、見覚えがあるな。」
「…。」
「クリス…それで俺をどうやって救うつもりなのかは分からない。だが無駄だ。もう俺に近付かないで欲しい。」
「ハヤト…?」

No.147

「お前が今見ているこの肉は、もう化け物が入ってるサナギみたいなものだ。今更何をしたって…もう無駄なんだ。」

ハヤトは暗闇の中で膝をそっと抱え込んだ。
「そんなことやってみなくちゃ分からないじゃないか!」

ロイはせき込んで言った。右手にある試験管をきつくにぎって。だがその後何も言えなくなり、下を向いた。ハヤトに真っ直ぐと、肉の膜を通り越して見つめられた気がしたからだ。

「前にも言った。俺には、やることがあるんだ。」
「やることって…何だよ。」

ロイは下を見たまま独り言のように呟いた。答えは一呼吸置いた後に返ってきた。

「全ての元凶。あの刑務所での実験を取り仕切り、俺の体をこんなに風にし、そして…妹まで同じ目に合わせた。そいつを殺す。」

ロイは顔を上げた。

「サヤが今どうなっているのか知っているのか。」
「俺には分かる。声が、聞こえるんだ。俺を呼ぶ、あいつの…声が。」

ハヤトは閉じない瞼を少し細め、動きにくい右手を頭に添えた。

「ハヤト。そいつは俺が何とかする。お前は戻るんだ!元の体に…」
「俺は許さない。あいつを。お前と、妹まで傷つけたあいつを。この化け物の体で、喰い殺してやる!」

No.148

「本当に、戻る気はないんだな。」

ロイは顔を曇らせて言った。ハヤトは先程の感情的な口調を沈めて静かに、でもはっきりと答えた。

「ああ。」

それを聞くとロイはそっと瞼を閉じ、試験管をポケットに戻した。

「サヤのことだけが、心残り…グ」

その時ハヤトが苦しげにうめいた。

「ハヤト?!」

ロイは弾かれたように声のする方を見て、駆け寄ろうとした。しかし。

「近寄るな!!!」
「…!」

ハヤトの一喝でロイの動きは電撃を受けたように止まった。

「今の俺は何をするか分からない。もう俺はほとんど化け物なんだ!…もうすぐ、完全に…なって。このサナギから…羽化する。」

ハヤトの声には段々息切れが混じってきた。ロイはもう見ていることしか出来ないことを知った。だがハヤトの方に一歩、足を進めた。

「ハヤト。サヤはまだ間に合う。俺が助ける。」

その言葉にハヤトは微かに反応した。

「俺は出来ることは何でもしたいと思ってる。だが俺にはどうやらお前を止めることは出来ないようだ。…お前は今自分でするべきと思うことを、最後までやり通すといい。」
「クリス…。」
「俺も協力するから、さ。」

ロイは優しく微笑んだ。

No.149

「すまない。」
「それは俺よりサヤに言った方がいいが、な。」
「分かってる。それでなクリス。俺、やっぱり1ヶ月は持たないみたいだ。」
「1ヶ月?…ぁ。」

少ししてロイはハヤトが言った意味を理解した。

「ここを避難場所にするんだろう?」
「…。」
「でも大丈夫だ。俺は必ずここを出ていく。あいつを探さないといけないから。」
「……。」
「クリス。どうした?」

ロイは沈黙したままだ。避難場所のこととを通り越して、別のことを考えていたようだ。顔が青ざめている。

「ハヤト、俺、この手でお前を…!」

自分の震える右手を見つめていた。思い出したのだ。ハヤトの体を1ヶ月間持たせるために、その右肩に銃弾を撃ち込んだことを。その後ハヤトもそれを解った。

「いいよ。あれはむしろ感謝したいことだ。体の暴走は止まったんだ。それにお前もあいつのせいで記憶を失っていたんだろう?」
「分からない。でもお前を撃ったことには変わりないんだ!」

片手で顔を押さえ込んで微かに肌と肌がぶつかり合う音がする。それを聞いてハヤトは無意識に首を横に振った。

「俺のことは気にしなくていい。それに頼みたいこともある。」

ロイは嫌な予感がした。

No.150

「クリス。俺は必ず奴を倒す。これだけは、何としてでも成し遂げてみせる。でも」
「その後何をするか分からないから自分を殺してくれ…だろ?」

ロイは自分の予感をそのまま言葉にして呟いた。するとハヤトは息を呑んだ後、力なく笑った。

「ははは…一言一句、正解だ。何で分かったんだよ…?」
「そんなことは簡単に予想できるさ。」
「そう、かな…。」
「どこまでも自分勝手な奴だからな。お前は。」

顔面につけていた右手を降ろして、ハヤトを見つめる。その瞳は悲しいような、諦めたような複雑な色に染まっていた。

「関係のない人を巻き込みたく…ない。もしかしたら…ぉ…お前やサヤを…殺してしまうかも。」

ロイはハヤトの段々掠れる声を聞いていた。すると、

「…?」

何かが頬を伝うのを感じた。それが何か確めるために手で拭ってみる。…温かい、水だった。それは次から次へと目から零れてきて、止まることはなかった。
ロイの脳から沢山の思考が流れ出した。それらは喉元で収束し、声帯を通した音となって口から出てきた。

「嫌だ。」
「……。」
「お前が…また、消えてしまうのは…」

頭から離れなかった。手と手が離れるあの瞬間が。

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