クロ ~仮想世界の住人~
彼は、クロと呼ばれている。
正しくはcrossroad《クロスロード》という名前である。
外国?
異世界?
いやいや、少なくともここは日本だ。
だが、ある意味で、彼の居る世界は異世界なのかもしれない。
何はともあれ、彼がそう名乗っている以上は、彼の名はcrossroadであり、クロという愛称で呼ばれている。
そこはオンラインゲームのポータブルサイト、“ゲームタウン”。
コンピューターネットワークを介して、他のユーザーたちと様々なゲームを楽しむ世界だ。
そして、クロはそこに住んでいる。
※この物語はオンラインゲームをテーマにしたフィクションです。
団体名、人物名、IDは全て架空で、実在するものとは一切関係ありません。
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[1.クロ、ラキ42と出会う]
私の名前は青木あかね。
これはもちろん、親に授けられた本名である。
関西の大学に通い、小さなアパートで一人暮らしをしている。
大学の単位をほとんど取り終えた私の今の生活は、実にのん気気ままなものである。
まぁ、少しは、迫り来る就職活動や卒業論文なんかに悩んだりもするけれども。
さて、私の紹介などはこの程度でいいだろう。
舞台は現実世界ではなく、仮想世界なのだから。
私には彼氏もいないし、出かける用事といえば、たまに授業に出ること、たまにアルバイトに行くこと、たまに友達と遊ぶこと、たまに買い物に出かけること。
それでも夜には家にいることがほとんどなので、ほぼ毎日といっていいほど、私はオンラインゲームサイト“ゲームタウン”にログインし、彼に会っていた。
彼とは、crossroad。
通称クロである。
彼の行動を見守ること、それが私の日課であり、楽しみの一つだった。
その夜、クロは“ホーム”で、フレンドリストをしげしげと眺めていた。
その表情はどこか浮かない。
「どうしたの?」
私がパソコンの前に座って問いかけると、クロはにわかに顔を上げて肩をすくめた。
「今日は雑談がしたい気分なんだけどな。タウンに“フレンド”が全然いないんだ」
この“ホーム”と言うのは、ゲームタウンのユーザーに与えられる拠点のような場所で、メール管理やブログの掲載などを行える所である。
そして、彼の言う“フレンド”とは、言うまでもなく、タウン内での友達のことだ。
その関係は、申請→承諾、という、実に単純な契約の元で結ばれている。
一緒にゲームをして親しくなったり、チャットで意気投合した者に、“フレンド申請”を行い、それを承諾されることにより、友達関係が成り立つのである。
この契約が成立すれば、それきり一言も話さなくとも、遊ぶこともなくとも、フレンドリストに名前が載っている以上は友達ということになる。
同時に、申請を拒否したり、リストからフレンド削除さえすれば、その相手とは友達でなくなるということだ。
なんとも、憎らしいくらい簡単な人間関係である。
「どれどれ」
私は彼のフレンドたちが、今タウンのどこにいるかを検索した。
フレンドリストの名前の横には“居場所検索”というボタンが備えられている。
このボタン一つで、フレンドの居場所がわかるという、実に便利で、現実ならプライバシーの欠片もない機能である。
おかげで、タウンに来る者たちはいつでも、約束なしに、フレンドに会ってともに遊ぶことが出来るのだった。
それは同時に、遊びたくない人にまで居所が知れるという、厄介な一面も備わっていることになるのだが。
なるほど、フレンドたちの多くは、ゲームタウンには居なかった。
居たとしても、クロがやったことのないゲーム会場で遊んでいる。
「この♪ミッキー♪ってコは?」
私は飾り気のない凡庸な女の子を指した。
彼女の居場所はチェス会場となっている。
クロはリストを見もせずに、「チェスのルール知らないし」と答えた。
「教えてもらえばいいじゃない」
「そうじゃなくて、俺は今、チェスとかやりたくねーの」
まるで子どもが駄々をこねているような、ムスッとした物言いだ。
まったく、なにがそんなに気に入らないのだか。
「虫の居所が悪いみたいだけど、どうかした?」
私は率直に尋ねてみる。
すると、クロは被害者じみた、哀れっぽい表情を浮かべた。
「無性に悲しい夜って、誰にでもあるだろ。理由なんかない。理由がないのが、また寂しい」
「ああ、そ」
芝居じみた訴えに、私は呆れる。
「とにかく、この寂しさを忘れたい気分なんだ。雑談がしたい。なのに、フレンドが誰もいないなんて」
そう言うと、クロは深々とため息をついたのだった。
ところで、普段、クロが自らフレンドの居場所を検索して追いかけることは、滅多にない。
彼はたいてい一人で遊びに出かけ、フレンドが彼の居場所を検索する、というパターンがほとんどだった。
どういうわけか、彼は人気があるのだ。
彼が誰かと遊んでいれば、他のフレンドから「今日も遊べないの?」「明日は私と遊んでね」とメールが届き、ホームには「今居る? 居たら遊ぼうよ」という誘いのメッセージが届けられた。
しかし、今日に限って、クロのフレンドから誘いが来ることはなかった。
人生とは、そんなものだ。
欲しいときには、手に入らない。
そのとき初めて、満ち足りてた過去に気付くのである。
私がクロに負けず劣らずのため息をつくと――もっとも、私の場合は呆れからのため息だったけれども――彼はおもむろにホームを出た。
「とりあえず、チャット会場にでも行こう。気の合いそうな人が居るかも」
「うん。きっとすぐにフレンドが追いかけてきてくれるよ」
私は一応、慰めるように言った。
だが、シケの日は、どうあがいても魚は釣れないものである。
結局フレンドは現れず、チャットにも満足できなかったクロは、ものの5分で会場を後にした。
それから彼は当てもなく、ぶらぶらとゲーム会場をさまよった。
ゲームタウンにはいろんなジャンルのゲームが数多くそろっており、本格的なRPGから、オセロやトランプゲームといった簡単なものまである。
一人遊び用のゲームもあるが、ほとんどは、他のユーザーと対戦したり協力したりする仕組みになっている。
間違い探し、ジグソーパズル、花札、麻雀――クロは、会場に入ってはすぐに出て、次の会場に向かう、という行為を繰り返していた。
どのゲームも、しっくり来ないらしい。
それなら、無理にゲームなどしようとせずに、いっそのこと寝てしまえばいいのに。
画面の右下に表示されている時計を見れば午前0時を回っている。
「こんな時間に起きてるから寂しいんじゃないの?」
私は思わずクロに言ったが、彼からの返事は「わかってる」だった。
わかているなら、早く寝ろってば。
埋まらない寂しさを持て余すくらいなら、眠ったほうがよほど心地よい。
だが、そう言ったところで、どうせまた拗ねるだろう。
なので、私はそれ以上口出しせずに、彼のやりたいようにやらせておいた。
最終的に、クロはクイズ会場へ立ち寄った。
雑学や芸能、歴史といったジャンルのクイズを、仲間とともにひたすら解いていくだけの、簡単なゲームである。
会場は広く、1から6までのロビーが用意され、1つのロビーには100のルームが設けられている。
時刻も遅いというのに、会場はなかなかに賑わっていた。
1ルームは最大6人まで入室可能だが、なにぶん年代も性別も性格も、さまざまな人間が一堂に会しているわけであり、どのルームが盛り上がっているか、楽しいかといったことは、入室してみなければわからない。
「俺は別に、クイズがしたいわけじゃないんだ」
クロが説明するようにそう言うので、私は「わかってるって」と笑いながら答えた。
「黙々とクイズをしている部屋じゃなくて、チャットとかが盛り上がってる部屋がいいんでしょ?」
「そそ」
彼は一番人の多い第1ロビーを隈なく歩き、入念に部屋を見て回った。
そして、悩んだ末に、『一緒にクイズ!』という部屋名が掲げられたルーム7を選んだ。
ルームでは、既に4人の男女がクイズを楽しんでいた。
まずは入室した者のたしなみとして、彼はシンプルな挨拶をする。
たまに返事が一切返ってこないときもあるが、そんな部屋には長く居てもつまらないだけだ。
クロは部屋の様子を探るように、返事を待った。
愛想を振りまこうが、だんまりを決め込もうが、無視しようが、暴言を吐こうが、なにもかもが自由である。
それによって誰が傷つこうが知ったことではないし、むしろいちいち傷つくのも馬鹿らしい。
ここはそんな世界なのだと、クロはよく言う。
荒んだ人間や、傷つきたくないがために交友を避ける人間も多い。
そう思えば、寂しい人間はまだ可愛いほうである。
だが、このルームにいた人々は、なかなか友好的だった。
アンナjjが一番に「こんばんはー。ヨロシクね」と言った。
続いて、2847529が「よろしく」、長門らぶが「よろ!!」と応じた。
そして最後に、ラキ42が「よろしくねぇっ」と挨拶をした。
彼らの反応にクロは安心したらしい。
「よろしくな」と親しげに返事をして、彼はようやく微笑んだ。
クイズの問題は、簡単な○×クイズから、タイピング形式の回答をしなければならない難問まであり、ジャンルもさまざまだ。
難しい問題やマニアック過ぎる答えに皆してブーイングしたり、たまには珍回答も飛び出して、ルーム7は大いに盛り上がった。
クロが楽しんでいれば、私も楽しい。
私はパソコンの画面を見つめ、クロとともに笑った。
ようやく、彼は寂しさを忘れたようだ。
やがて、ルームはいつのまにやら満室になり、誰かが名残惜しそうに退室し、代わりに誰かが入室し、といった具合に、少しずつメンバーもかわっていった。
それでも、ルームは相変わらず和やかな空気に包まれていた。
とにもかくにも、クロが満足そうにしているので一安心だ。
特にラキ42とは、互いの珍回答に突っ込みを入れたり、ありえない問題の答えに馬鹿騒ぎをしたりしている。
ラキ42は女の子で、うさぎ耳のフードをかぶり、派手めのいでたちをしていた。
彼らが盛り上がっている隙に、私はこっそり彼女のホームを覗きにいった。
ホームには自己紹介文が掲載されており、簡単なプロフィールも見ることが出来る。
ラキ42のプロフィールは空欄が多かったが、北海道に住んでいて、クロの2歳年下だということがわかった。
これは、クロのニューフレンドになるかもな、と私は思った。
楽しい時間はあっという間に流れる。
やがて、私はクロに「今、3時前。もう2時間以上遊んでるよ」と、それとなく教える。
まったく、油断すると、彼は一晩中だって遊びかねない。
「まじか!」
クロは冗談っぽく驚いてみせた。
そして、ルーム内に居るユーザーたちに、「俺そろそろ退室するよ」と告げた。
すると、他のメンバーが「お疲れさま」と声をかける中で、ラキ42だけが「えー」と不満そうに言った。
「やだ。出ちゃだめ!」
ぐずる子どものように、ラキ42がせがむ。
なかなか積極的な子だ。
ストーカーじみたユーザーやしつこい人は多いが、嬉しいわがままを言ってくる人は、この世界では少ない。
「あはは。だけど、もう寝ないと。次の問題でラストにするよ」
クロがなだめるように言っている。
「だめーっ」
ラキ42は、なおも食い下がった。
クロは困ったような視線を私に送ったが、そう悪い気もしていないようだ。
私が肩をすくめて見せると、クロはラキ42に、「今度、ホームに遊びに来いよ」と言った。
それでようやく、ラキ42は承知したようだ。
クロとの最後のクイズを終えると、「じゃあ、またね。また遊ぼうね?」と、名残惜しそうに彼を見送ったのだった。
ホームに戻ったクロは、まだ寝ようとしなかった。
おもむろにメールボックスを開いて、メールの整理をし始める。
「楽しそうだったじゃない。理由なき寂しさってやつも吹っ飛んだ?」
私が茶化すように言うと、彼は得意げな笑みを返してきた。
「あのラキ42ってコ、たぶんフレンド申請してくるよ」
「なによ、その自信」
私はまた呆れる。
彼がそれとなくメールの整理を始めたのは、その申請を待っているからに違いなかった。
これでラキ42から申請が来なかったら、実に痛々しい。
「自分から申請すれば? クロだってフレンドになりたいんでしょ?」
「俺は自らフレンド申請をしたことがない」
そう言って果報を寝て待つ彼は、類稀なるナルシストだ。
ラキ42からメールが来たのは、それからすぐのことだった。
ラキ42:
キミがルームを出たら、一気につまんなくなったよ。
フレンド申請、してもいい?
クロがそれを承諾したのは、言うまでもない。
以降、クロはラキ42をラキと呼ぶ。
クロは彼女に「俺の名前はクロスロードって読む。そこから好きに呼んで」と伝えた。
案の定、ラキは彼をクロと呼ぶことにしたようだ。
[2.相性と依存と“求めないこと”]
その日も、クロはフレンドリストを眺めていた。
このところ毎日といっていいほど、彼はフレンドリストに目を通してからゲームに出かけている。
「またラキちゃんを検索してるの?」
私が言うと、クロはニコッと笑った。
「アイツと遊ぶのが一番楽しいからな」
あっさりとそう答える。
素直なヤツだ。
確かに、私が見ていても、クロとラキの相性はフレンドたちの中で抜群といっていい。
二人はチャットでふざけながらゲームをするのが好きなのだ。
ラキはまだゲームに不慣れなようで、彼女が何かしらミスをすると、クロがそれをいじった。
彼が失敗をからかうたびに、ラキはいじけて見せたが、クロがミスをしたときには、2倍にも3倍にも増して仕返しのツッコミを入れた。
そんなときは、クロもいじけてみせる。
だが、貶し合っているわけではなく、最後には必ず笑った。
そうやって、二人は漫才をしているかのような、テンポのよい会話をするのだ。
クロが一人でゲームを楽しんでいると、ラキは必ず居場所検索で追いかけてきたし、クロも、彼女を追いかけた。
二人は出会ってたったの5日だというのに、まるで昔からのフレンドのように気の置けない間柄になっていた。
私はキーボードの横に頬杖をつき、クロを眺めた。
「クロがフレンドを追いかけることなんて、滅多になかったのにね」
すると、クロは「それだけ彼女と居るのが楽しいんだよ、何度も言わせるな」と、少し面倒臭そうに言った。
「俺だって、たまには暗い話抜きで遊びたいのさ」
暗い話――と、彼が言うのは、フレンドたちが持ちかけてくる相談事のことである。
クロと遊びたがるフレンドは、なぜかしら、よく身の上話をするのだ。
ここはネットの世界であり、タウンに集うフレンドたちは、知人でも友人でも親戚でもなければ、顔すら知らない。
だが、赤の他人だからこそ話せる事情もある。
悩めるフレンドたちの、身近な者には知られたくない心のわだかまりを、クロはたくさん聞いてきた。
それはたとえば、親が離婚しているという中学生のやり場のない悲しみ、夫婦仲が冷めてしまった主婦の愚痴、彼氏が浮気しているという乙女の一途で報われない思い、赤裸々なエロ話などだ。
だが、これらの相談は、何も相手から一方的に聞かされるのではない。
クロが本質的に聞き上手な上に、チャット越しに相手の心がわかるのである。
フレンドとチャットをしているとき、クロは私を振り返って、「この子は親の話をするとき、無理して“(笑)”を使ってる」とか、「仕事でいろいろあったって言ってるけど、きっと泣くほど辛いことだったんだ。だから、今は詳しく聞かないほうがいい」とか、文章から分析した状況を報告してくる。
そして、それは確かに当たっていた。
前者のフレンドは、片親であることが寂しいのだと、後にクロに打ち明けた。
後者のフレンドは、クロが「泣かすのは趣味じゃないから、今は聞かないでおいてやるよ」と伝えると、「なんで泣いたってわかったの!?」と驚いていた。
相手が不思議がると、クロは必ずこう言う。
「一度傷を知った者は、傷の匂いがわかる。どれほど痛いかもわかる」
これもまた芝居じみた台詞だが、傷ついた者たちは大いに納得し、さらに心の傷を、彼にさらけ出すのだった。
そして、持ちかけられた相談を黙って聞き終えると、クロは少し臭い説教をする。
それは、的確なアドバイスというよりは、綺麗事に近かった。
だが、フレンドたちはそれをとても喜んだ。
なぜならば彼らが求めているのは解決ではなく、自分の傷を理解し、面と向き合ってくれる存在なのだから。
この世界での彼の人気ぶりは、そんなところも関係しているのだろう。
――クロの傷って何だろう?
私は度々そう思ったが、あえていつも聞かなかった。
あまり聞きたくなかった、というのが正しいのだけれども。
「あ、そうそう」
何かを思い出して、クロがリストから顔を上げた。
「新着メールが来てたんだ。見て」
そう言うので、私はホームのメールボックスを開いた。
ほとんどはフレンドからの誘いのメールや、相談事が書かれたものだったが、そんな中で、『最近ラキ42って子とよく遊んでるけど、クロのゲーカノなの?』というメールが目に留まる。
“ゲーカノ”とは、ゲームタウン内での彼女のことだ。
私には理解できないのだが、現実世界とは関係なく、ゲームタウン内限定で付き合ったり、結婚しているユーザーが居るらしい。
いわゆる恋人ごっこ、擬似恋愛である。
人間関係が単純なこの世界では、誰かと付き合うのも簡単なのだ。
毎日メールで「愛してるよ、チュ」とでも送ればいいのだろう。
ゲームで遊んだりチャットをすることがデートで、ホームを飾るアイテムや衣装なんかをプレゼントし合ったり、おそろいにしたりすることで、二人は信頼し合える。
考えてみれば居場所も検索出来るわけだし、浮気もできやしない。
現実はそんなに甘くないって、と私は思う。
すると、私の心境を察したらしく、クロが忠告するように言った。
「現実が厳しいから、皆タウンで求めるの。するかしないかは自由だけど、わざわざ否定することもねーよ」
おっしゃるとおりだ。
「あ、ラキちゃんからも来てるよ。7時間前だけど」
私は彼女のメールを開き、クロに見せた。
ラキ42:
昨日はすぐに落ちてゴメンねー
晩御飯作らなくちゃいけなくて
クロは確か一人暮らしだったよね?
料理とか……してなさそう(笑)
フッと思わず笑い、「俺が料理しないって、よくわかったなコイツ」とクロは呟く。
crossroad:
気にしなくていいよ
してなさそうとか……よくわかったな(笑)
お前が飯作れるってのも意外だけど
ラキは一人暮らし?
クロはそんなメールを送り返した。
「さて、今はラキもいないし、適当に遊ぶか」
この日、彼が選んだゲームは、手軽なRPGだった。
魔物を倒してレベルを上げ、魔物の落とすアイテムを集めて武器や装備を作る、というだけの、単調なゲームだ。
この手のゲームは冷めてしまえばつまらないが、ひょんなことでハマったりする。
クロの場合は、このゲームをやりこんでいるユーザーに手助けしてもらったことが、ハマるきっかけだった。
何事も基礎はつまらないが、応用が出来るようになれば、あとは自分で楽しみを見つけることが出来る。
「もうすぐ30レベルだね」
私が声をかけると、クロは嬉しそうにうなずいたものの、すぐに顔をくもらせた。
「だけど、ここからが長いんだよね」
そう言い、レベルゲージを見つめる。
経験値は棒グラフのようなゲージ表示になっていて、ゲージが満タンになるとレベルが1上がるという仕組みになっていた。
もちろん、レベルが上がるごとに、取得しなければならない経験値は増える。
クロのレベルゲージは、見た目は残り10分の1ほどで満タンなのだが、数値に置き換えると、まだ10万近く経験値を手に入れなければならなかった。
魔物1匹で得られる経験値を500としても、単純計算で200匹倒す必要があるというわけだ。
「“天使の涙”を集めよう。そうしたら、そのうちレベルも上がるだろう」
クロは諦め気味にそう言って、悪魔の姿をした魔物が落とすアイテムを集めていた。
「天使の涙も、滅多に手に入らないアイテムだよね」
私は肩をすくめる。
案の定、悪魔たちはなかなかアイテムを落としてはくれなかった。
レベルは上がらないし、アイテムも手に入らない。
「退屈ー」
「まぁ時期に手に入るよ」
イマイチやる気のない返事で、クロは悪魔を倒し続けた。
彼がダラダラと遊んでいると、鎌倉ユーカというフレンドが彼を追って、このルームに入室してきた。
彼女は中学になったばかりの幼い女の子で、クロのことをとても気に入っている者の一人だ。
というより、もはや彼の熱烈なファンだろう。
そして、私の少し苦手な相手だ。
彼女の姿に、私は思わずため息をついた。
クロはそんな私をたしなめるような視線を送ると、鎌倉ユーカには「よぉ」と、普段と変わらない挨拶をした。
「こんにちは」
鎌倉ユーカはそう言って、クロの傍にやってきた。
ピンク色のドレスにピンクの靴、ピンクのリボン。
まさにピンクの国のお姫様だ。
鎌倉ユーカは、クロと初めてクロスワード会場で出会ってから、彼のことをいたく気に入っていた。
会話好きのクロに好感をもつ者は多いが、彼女ほど彼にぞっこんなフレンドはいないだろう。
クロはゲーム中、自分より弱い相手にヒントやコツを教えたりすることがあったが、彼女は彼のそんな優しさに惹かれたらしい。
誰に対しても優しい人を、自分にだけ優しいと勘違いしてしまうことは、よくあることだ。
彼女もまさに、その口だった。
クロとフレンド関係が成立すると、彼女はしつこく彼の居所を追ってきた。
もっとも、その程度ならば、他のフレンドたちと同じで、珍しくもなんともない。
ただ、彼女の場合は少し厄介なのだ。
というのも、彼女は少し礼儀がなっていないのである。
たとえばクロがクイズゲームのルームで大勢と遊んでいて、そこへ彼女が現れたとする。
すると、彼女は他のユーザーたちに、「私はクロのフレンドなのよ、クロは私に優しいのよ」ということを、ひけらかすような態度を取るのである。
彼女がチャットに打ち込む話題は全てクロに向けられ、クロが全員に発した質問には彼女が一番に答える、といった具合だ。
オマケに、「昨日のメールのことなんだけど」と、クロにしかわからない会話を始めるものだから、彼女が来る前からクロと遊んでいる他のユーザーたちとしては、面白くないだろう。
そんな時、クロはユーザーたちと鎌倉ユーカの間を取持とうと、四苦八苦するハメになる。
さらに輪をかけるように失礼なのは、彼女はゲームタウンで遊べる時間が限られているらしく、時間がくると挨拶もなしに、唐突に場を去ることだ。
散々ルームの空気を悪くしておいて、瞬く間にいなくなる鎌倉ユーカに、ルーム内の一同は唖然である。
「今の、本当にcrossroadさんのフレンド?」と。
彼女のそのような態度が、私は気に入らなかった。
何らかの事情で、急いでログアウトしなければならなかったとしても、一言謝りのメールくらい入れるべきではないのか。
だが、クロはそのことにわざわざ言及して注意することはしなかったし、彼女が来たところで拒みもしなかった。
「いっそガツンと言ってやったほうがいいんじゃないの?」
彼女の無礼を思い出してむかむかしながら、私は彼に助言した。
しかしクロは、「ゲーカノ拒否したときに、もう言った」と冷めた口調で答えた。
そう、鎌倉ユーカは、一度クロにゲーカノ申請をしているのである。
もちろん彼はそれを断り、「ゲーカノなんてくだらない」と、少し厳しいことも言った。
だが一方で、「その気にさせた俺が悪かったんだ。厳しく言う資格なんてなかったかもな」と、彼は私にぼやいていた。
私としては、厳しさが足りなかったのではないかと思うのだが。
現にこうして、彼女は未だにクロのことを追いかけてくる。
「青い羽、持ってる?」
いきなり、鎌倉ユーカが尋ねてきた。
それは魔物が落とすアイテムの名前である。
「持ってるよ」
クロが答える。
ここではゲームを進めるごとに様々なアイテムが必要となるので、クロは過去に拾ったものを大量にストックしているのだ。
「ください」
彼女が言った。
「いいよ、結構あるから。何個欲しいの?」
クロが尋ねると、鎌倉ユーカは間髪入れずにこう答えた。
「もらえるだけ全部」
あまりに率直過ぎて、私はズルッと机についていた肘を滑らせてしまった。
このRPGでは、アイテムの交換や売り買いも頻繁に行われる。
売り買いといっても、使われるのはRPG内でのお金だ。
アイテムにはそれだけの価値があるのである。
親しい者や、自分がアイテムを持て余しているときなどは、見返りなしでアイテムを譲ることもあるが、それにしても彼女の申し出は厚かましくないか。
「俺も手元には残しておきたいからなぁ。最低何個必要?」
困った口調で、クロが言った。
「あげなきゃいいのに!」
と私は思わず毒づいたが、クロは「沢山あるからいいんだ。それに、彼女まだレベルも低いし」と答えた。
確かに、鎌倉ユーカのレベルはまだ12で、RPG初心者である。
アイテム集めもはかどりそうにない。
しかし、その偽善的な優しさが、未だに鎌倉ユーカを依存させているのではないのか、と私は思った。
「15個。装備を作りたいんです」
鎌倉ユーカが答えた。
「初めから15個って言えよ、がめついなぁ!」
私はなおも唸る。
だが、私がキレているとき、クロは大抵温厚である。
「たぶん、売ってお金にしたいんだろう。上級者がたまに高値で買ってくれるからね、このアイテム。初心者だから仕方ないさ」
そう分析すると、クロは「じゃあ、オマケで18個ね」と言い、青い羽なるアイテムを彼女に渡してしまった。
まったく、お人よしにもほどがある。
「ありがとう。あと、ルビーとか持ってない?」
鎌倉ユーカが再び尋ねた。
「あー、2個なら」
私がむっとしたのを悟ったのか、クロは私が何か言う前に、そのアイテムも鎌倉ユーカにあげてしまった。
「ありがとう、なんか、もらってばっかりでゴメンね」
彼女が言う。
「そう思うならもらうなよ」と、私はぶつくさ言ったが、クロはそれを無視して「いいよ」と微笑む。
クロが温厚になればなるほど、私は腹立たしかった。
「それじゃあ、俺は悪魔退治してるから」
アイテムの受け渡しが済むと、クロは鎌倉ユーカをその場に残し、魔物との戦闘を再開した。
私は正直ほっとした。
これでべったり彼女と遊ばれたら、私はイライラしすぎて気が狂うだろう。
クロはそれを見抜いて、彼女と別行動を取ったのだった。
その証拠に、やれやれと首を振って見せた。
「やれやれは私の台詞。なによ、オマケって。実まであげちゃってさ」
「たかが3枚じゃないか。それに、どうせいらないんだから。心が狭いなお前」
「狭くて悪かったわね。それでも礼儀は大事だと思いますけど。変に優しくすると、付け上がるだけだよ」
「ゴメンって言ってたし良しとしようよ」
そんなやり取りをしていると、鎌倉ユーカがクロに声をかけた。
「幻のバラは持ってる? 持ってたら2個ください」
「……」
ほら、言わんこっちゃない。
私はフンと鼻を鳴らした。
そのアイテムは、レア中のレア。
滅多と手に入らない上に、ゲーム進行の中で絶対に必要になるという、なんとも厄介な代物だった。
売買の相場は1つ50万から60万という。
おそらく、鎌倉ユーカはそのことを知らないのだろう。
そうでなければ、さすがに「ください」とは言わないはずだ。
クロは幻のバラを3つ持っていたが、さすがにそれをあげてしまうと、ゆくゆく自分が困ることになる。
「持ってないな。だいぶレアだからね、ごめん」
悔しそうに嘘をつくクロを、私はあざ笑ってやった。
「貴重なアイテムだから、軽々しく「ください」とか言わないほうがいいよ、とでも教えてあげれば?」
クロは何か反論しようとしたが、それは鎌倉ユーカの次のおねだりに遮られてしまった。
「じゃあ、ユニコーンの角は?」
私は思わず噴き出した。
ユニコーンの角というのもレアアイテムで、クロはまだ手に入れたことがなく、むしろ自分も欲しいはずだった。
「ああ、えっと、ないな」
つまずくようにクロが答える。
「そうですか……残念」
ようやく、鎌倉ユーカは諦めたようだ。
「ところで、クロさんは何をしてるの?」
クロもほっとした様子で、「天使の涙を集めているんだ」と答えた。
が、それに対するコメントはこうだ。
「ふーん。黄色いハンカチ持ってる? マントを作りたいんだけど」
ふーん、だって。
クロが何をしていようと、どうでも良いらしいよ。
私がそんな目でクロを見やると、彼もさすがにため息を付いていた。
「持ってないや」
「1枚も?」
「うん」
「そっか」
鎌倉ユーカは今度こそ諦めたようで、「じゃあ、そろそろ落ちます。また遊んでね」と言って、返事も待たずに去っていった。
「遊んでねって……」私はまた腹の底がムカムカし始めた。「道具貰いに来ただけで、ちっとも遊んでないじゃないの!」
「彼女は、それで遊んだつもりなんだよ」
クロは、怒りも呆れも通り越して、むしろ凹んでいるようだった。
「まだ、幼いんだ」
「自己中なだけじゃない」
「彼女は学校では頭がいい。勉強好きと言うわけじゃないけど、勉強することが当たり前だと思ってる、真面目な子だ。友達はあまり多くない。だけど、少ない友達を大事にしているかといえば、そうでもない。彼女は友達と、まだちゃんと向き合えてないんだよ。幼いから、まだ自分を取り巻く全てを“当たり前”だと思っている」
クロはそう言って、近くの木陰に座った。
ゲームはもうやめるようだ。
「クロが礼儀を教えてあげればいいじゃない。少なくとも懐いてるみたいだしさ」
私が提案すると、クロはうな垂れて首を振った。
「俺が彼女を叱ったところで、彼女の何が変わるって言うんだ」
「変わるかもしれないよ?」
すると、クロは顔を上げて私をじっと見据えた。
「俺は虚無だ」
「……どういうこと?」
私は恐る恐る尋ねた。
「お前は彼女に腹を立てている。それは、お前が彼女のことを人間としてちゃんと見ているからだ。でも俺は、彼女に腹を立てたりしない。彼女を分析して、理解して、彼女がそういう人間なのだと納得して――諦める」
クロはそう言って、魔物を倒すための武器を弄んだ。
「求めることが馬鹿馬鹿しいって思うんだ、俺は。だから、彼女に礼儀を求めたって仕方がない」
私は画面から視線を逸らし、考えた。
本当に友達なら、相手の欠点を教えてあげるべきだ。
友達と言える関係でなかったとしても、こちらが離れていけば、相手はその理由を考え、自分の欠点に気付くだろう。
そうやって人は成長し、変わっていく。
「フレンドは友達じゃない」
クロが、独り言のように言った。
私は顔を上げ、画面の中のクロを見る。
「所詮、ここはバーチャルなんだよ。どんなに仲良くなったって、接続を切れば関係は終わる。心から信頼できる関係なんて、ここにはない」
そう言うクロは、とても孤独に見えた。
この世界に住む彼には、フレンド以上の存在がいないのだ。
「じゃあ聞くけど、どうして今、凹んでるの?」
私は出来る限り優しい口調で、彼に尋ねる。
すると、クロはちょっと考えて、答えた。
「幸福な王子にはなれなかったな、と思って。アイテム出し渋っちゃったから」
「それって、童話の? 黄金の王子の像が、ツバメに頼んで自分の装飾を貧しい人に配ってもらって――」
「そう。最後はみすぼらしい姿になって、取り壊されるヤツ」
私は肩をすくめた。
「あれは物語で、むしろお人よしの愚かさを揶揄してるのよ」
「でもな? 現実世界では出来なくても、この世界なら出来るよ」
「ゲームのアイテムを分け与えることが、善なる行為だっていうの?」
私が言うと、クロは「あはは」と笑った。
「それもそうだな。でも、この世界で価値あるものなんて、そんな物しかないからさ。全てを人に分け与え、自分だけ満足して、ひっそりと消えていくんだ。天使が最後に天国へと拾い上げてくれるまで。さて、今日はもうやめにしよう」
そう言って、彼はおもむろに立ち上がると、RPGの会場を後にした。
この世界に天使がいるとしたら、それは“悪魔の怨念”というアイテムを落とす、白い翼の生えた魔物に違いない。
[3.ラキとその親友]
翌日、クロは再びRPGにいた。
レベルを上げるためである。
だが、残り10分の1のレベルゲージは、先ほどからちっとも進んだ様子がない。
「あと少しっていうところが、ムキになるんだよな」
魔物を倒しながら、クロは言った。
「時期に上がる、とか言いながら、なんだかんだ執着してるよね」
私が言うと、クロはニッコリ笑った。
「まさに、このゲームの思う壺だよね、俺」
すると、そこへ誰かが入室してきた。
表示された名前を見て、「あ」と、私たちは同時に声を上げる。
「やっほぉ」
相変わらずのテンションで、ラキ42が登場した。
「おお」
クロは喜ぶと同時に、少し驚いていた。
このゲームでラキに会うのは初めてだった。
「お前もこのゲームやるのか」
だが、見ると彼女のレベルはまだ9だ。
クロの29というレベルは、強いわけではないが、そこそこやりこんでいる。
「はじめたばっかり! でも、正直何をやればいいのかわかんないし、あんまり面白くないよ。とりあえずクロが居たから来てみたの」
ラキが言った。
「とりあえず、クロのところまで行くね!」
そのとき、クロは海辺のステージで、魚の姿をした魔物を倒して遊んでいた。
入室した者はまず街に降り立つので、ラキはそこから海に向けて移動を始める。
「ちょっと待った! お前のレベルじゃ、このステージは厳しいから。俺がそっちに行くよ」
クロが慌てて彼女を止めた。
「え、そう? でも、せっかく来たから行くよ」
ラキがそう答えた刹那。
チャット欄に赤い文字が表示される。
――『ラキ42さんが力尽きました』
「ぎゃーーーー」
「ぎゃーじゃねぇよ、だから待ってろって言ったのに!」
クロは大笑いしながら言う。
「カニ! カニ!」
ラキが喚いている。
どうやら、浜辺でカニの魔物に倒されたらしい。
ラキと合流したクロは彼女を復活させると、魔物から彼女をかばいつつ、安全な街へと引き返したのだった。
「ぎゃーーーー! ヒトデぇぇぇぇ!」
「わかったから早く逃げろって!」
――『ラキ42さんが力尽きました』
「あ」
「あ、じゃない!」
そんなやり取りを繰り返しながら。
「マジごめん」
街に着くと、ラキが言った。
結局、彼女は海から街に戻るだけで4回も力尽きたのだった。
「まったくだ」
クロが言うと、ラキは「うっ……」と言葉に詰まる。
それを見て、クロは笑った。
「まぁ、面白かったから許す」
そうして、二人は街の道端に腰を下ろした。
クロはラキをまじまじと眺めると、「まずは装備を作らないとな」と言った。
ラキは初期装備のままで、剣はおろか盾も持っていない。
「装備? どこで作るの?」
ラキがキョトンとした様子で尋ねた。
クロが目を丸くする。
「え、お前そんなことも知らずに遊んでたの?」
「だってぇ」
「ゲームの最初に説明されただろ?」
「面倒くさかったからスルーした。あは」
「おい。っていうか、初期装備でよく9レベルまで粘ったな」
「必死。正直全然面白くなかった」
私は画面の向こうでニヤニヤしながら、二人のやり取りを見ていた。
鎌倉ユーカと比べては悪いけれども、ラキと遊んでいるときのクロは本当に楽しそうだ。
「仕方ない、クロ様がいろいろ教えてやろう」
ふざけた口調で言うと、クロはラキを連れて、装備の作り方や、次にすべきことを教えはじめた。
その間も、二人はくだらないことでよく笑っていた。
チャットの打ち間違いや、油断して魔物に殺されたことを馬鹿にし合った。
やがて、二人が森で魔物を倒しながらアイテムを集めていると、ラキが出し抜けに言った。
「やば」
「ん?」
どうしたのかと、クロが聞き返す。
するとラキは「超おもしろい」と言って、あははと笑った。
少し驚き、照れるクロを見て、私は微笑む。
ラキはクロを気に入っているフレンドの1人だが、クロもラキを気に入っているのは確かなのだった。
そのとき、さらに誰かがこのルームに入室した。
表示された名前は、ちづる@。
クロのフレンドリストにない名前だったが、ルームに入室できるのは、なにもフレンドだけではない。
だが、彼女の格好を見て、私は「あれ」と声を漏らした。
ラキと同じ猫耳のフードをかぶっている。
案の定、ラキが「あ!」と声を上げた。
「ラキー、来たよぉ」
ちづる@が親しげに声をかけてきた。
「ちづるだぁ」と、ラキもそれに応じる。
「知り合いなの?」
クロが問いかけると、ラキは「そうだよっ」と答えた。
「ラキの友!」
ラキは簡単に――至極簡単に――彼女を紹介した。
「おう、そっか。よろしく」
クロが言うと、ちづる@も「クロさん、よろしくです」と挨拶をしてきた。
「わたしも混ぜてくださいね」
「もちろん」
ちづる@は11レベルで、ラキに負けず劣らず初心者だった。
こうして、クロ様RPG講座の、生徒が1人増える形となった。
猫耳たちに挟まれて、クロは満足そうにするかしら?
そんなことを思っていると、クロがふと私に視線を送った。
「メールみて!」
なによ、いきなり。
そう思いながらも、私はクロのホームへ戻ってメールボックスを開いた。
未読の受信メールは3通ある。
「ラキからの!」
クロがRPGから叫ぶ。
どうやら、昨日クロが送ったメールの返信が来ているようだ。
ラキ42:
ラキが料理できないと思ったの!?
失礼な!(笑)
ラキ、実は今、友達とその彼氏の三人暮らしなの。
ラキのポジション、微妙でしょ~。
「え、友達の彼氏も一緒に住んでるの? 微妙……」
私は思わず声を漏らした。
「読んだ?」
RPGに戻ると、クロが言った。
「うん。ラキちゃん、気まずくないのかな?」
「さぁ」
私は楽しそうにアイテムを集めているラキを眺め、考えた。
ラキと友達がルームシェアをしていて、そこへ友達の彼氏が転がり込んだのか。
あるいは、友達と彼氏の家にラキが転がり込んだのか。
いずれにせよ、複雑な関係である。
「あいつら相当仲がいいのか、どちらかの常識がないか」
そう言い、クロはラキとちづる@を見つめた。
「ちょ、ちょっとまって」
私は目を見張る。
「ちづる@が、シェアの友達!?」
「たぶんな。だから、お前にメール見せた」
クロは真顔で言った。
「なんでそんなことがわかるの?」
「俺のこと、クロって呼んだろ」
そういえば、ラキはクロのことをちづる@に紹介していない。
だが、名前は画面に表示されているではないか。
私がそれをクロに言うと、彼は小さくため息をついた。
「crossroadって表示されてて、いきなりクロって呼ぶやつは滅多にいないと思うけどね。まぁあくまでも推測だけど」
それから、クロはちづる@も交えてゲームの説明や指導を続けた。
ちづる@はクロのことを「クロさん」と呼び、終始敬語である。
ネットの世界では多くの人が馴れ馴れしく、むしろそちらに慣れていたクロにとって、この敬語扱いは親しみにくそうだった。
もっとも、ちづる@にとっては、クロはラキの友達という間接的なつながりであり、しかも年齢だって、クロのほうが2つ年上である。
礼儀正しいはずの対応に違和感を感じるとは、実に皮肉な世界だ。
そんなこんなで、クロはラキの親友ちづる@と出会う。
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