たどり着いた先
「しかし、本当にくだらない日常になったものだ」
「そうは言っても、我々が産まれたときには、すでにこうなっていたのですから」
助手とのいつもの会話だ。つい口からでてしまう言葉ではあるが、現実でもある。
愚痴のようなものだが、それぐらいは許してもらいたい。
世界はすっかりと変わり、国なんてものの存在もなくなった。
地球は徐々に変化し、おそらく、当時の人類からは想像もできないような環境になった。
動植物は激減し、野山も限られたところにしか存在しない。
定期的に支給される世界政府からの物資に頼りなんとか生きてはいるが、限りある資源の中で、それがどこまで続くのかも不透明だ。
それもこれも、国同士の争いが激化し、どこもかしこもルールのないままに、自国の権益を保持することを優先してしまった結果である。
少なくとも、元の世界に戻すためには、過去において、なんらかのタイミングで、なんらかの警告をしなければならない。
果たして、現代の我々が現れたところで、それを受け入れてもらえるのかどうかは分からないが。
「博士、おそらくこれでいよいよ我々も過去に戻ることができますね。人類初のタイムトラベラーです」
「そうだな。行くとしようか。ところで、いつの時代に戻って、誰に、何を伝えるべきか」
「考えておられたのではないのですか?」
「君は痛いところをつくね。こんなに早く完成するとは思っていなかったものでな。でき上がってから考えることにしておいたのだよ。長いようで、短かったというところか。まあ、予想以上に早く完成したわけだから、結果オーライじゃないか。さて、こうなったからには、まずは試運転だ。試しにどこかに行ってみよう。君の意見を聞きたい」
「なるほど。お試しであれば、逆に、私は未来へ行ってみたいです。このままの状況で、私たちの暮らしがどうなってしまうのか見てみたいのです。それから、どこに戻るかを考えてみるってのも良いのではないでしょうか」
「確かに、この後どうなるかを知った上で過去に戻るのが良いのかもしれないな。それから考えるとしよう」
これが想定通り動いてくれるのだとすれば、我々の、いや人類の未来が見えてくる。
今からその未来へ向かうわけだが、おそらく悲惨な状態であろう、そちらの方の未来とは、全く異なる生活を取り戻すのだ。そこで生きている人たちには申し訳ない気持ちもあるが、我々が、このマシンを作り上げ、この手で世界を変えようとしているのだから、しょうがないだろう。
なんの努力もせずに、とは言いすぎだろうが、こんな今にしてしまった過去の人達を問い詰めてやりたい気持ちもある。
もちろん、それが、このタイムマシンの開発への意欲を奮起させたという事実も否定はできないことだ。
今とか過去とか、これから時間旅行をするタイミングの直前に考えてしまうと少々頭が混乱してくるが、我々の力で、今生きているこの世界を変えた上で、未来の人たちの、さらに未来を変えてあげるようなことはできるのだろうか?
優秀な頭脳を持ち合わせている私でも、そんなところまでは、まだ正確には予測できない。
敬愛してやまないアインシュタイン博士の相対性理論に基づき、さまざまな人たちが挑戦してきた時間旅行。
何せ、人類初の偉業であり、偉大な科学者たちの挑戦をはねのけ、これまで実現できなかった旅に出発するのだから、全てを完璧にシミュレーションするのは不可能なのだ。
時間旅行、タイムトラベル。その可能性を考えるだけでも、心が踊った少年時代。
それが、今まさに目の前にある。
ギュン
少しうしろに引っ張られるような感覚があったが、タイムマシンは無事に動き出した。
「博士、順調です」
「そうか。よかった。このまま快適な時間ドライブと行こうじゃないか」
「そういえば君は、未来に行って、何かやってみたいことなどはあるのかね」
「もし、まだ自分が、私たちがいる時代のような状況のまま、あんのんとして過ごしているとしたならば、思いっきりと叱りつけてやりたいものですね」
「同意だ。私も、もしそんな未来の自分を見つけたら、こっぴどく怒鳴りつけるかもしれない。まあ、さすがに私は死んでいるのだろうけれども」
「そんなことおっしゃりつつも、不老不死の薬みたいなものを、こっそりと開発していたりするのではないですか」
「そんなものを、こんなに、くだらなくて退屈な世の中で作ろうと思うはずはないだろう。とっとと、引退したいものだよ。しかし、こんな風に感じなくても良い未来が、この先に待っているはずなのだし、まだ先の長い君にとっては、素晴らしい旅じゃないか」
他愛もない話をしながら、しばらくの時間旅行を楽しんだ後、我々は、ついに未来へと到着した。
ズドンという音、衝撃とともに、タイムマシンは降り立ち扉が開く。
見慣れた感じのする研究施設のような場所。
おそるおそる先へ進み、ドアを開けると、そこにはたくさんの人たちが、せわしなく働いていた。
これもまた、随分と見慣れた顔の。
おそらく所長であろうとおぼしき人がこちらを見て、困惑したような、なぜか少しだけ嬉しそうな表情をしながら、我々に語りかけた。
「おやおや、また来たのかね。残念だけれども、しばらくは元の世界には帰ることはできないよ。なんせ、我々が作ったタイムマシンは、ここにしか来ることができず、過去にも戻ることのできない欠陥品だったのだから。さあ、みんな、人手が増えたぞ。長い旅路だが、どこがまずかったのか、引き続き調べようじゃないか」
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