モノクロ
近くにいてもつかめない想い。
距離だけではない隔たりに戸惑う沙奈。
沙奈からは、レンズの向こうのジンの心は見えない。
- 投稿制限
- スレ作成ユーザーのみ投稿可
「ねえ、これ、タダなの?」友人にたずねると、
「あたりまえじゃない。アツミでしょ?その人評判いいよ。あんた、髪、そろそろ切りなよ。夏になったら暑苦しいよ」と、言われた。
「そうかなあ、パーマかけたいんだけど、、」
「冬にかければいいじゃん。夏はショートだよ。明日、また、授業終わったら、おいで。予約入れとかなきゃ」
翌日、アツミという人が、私の髪を切ってくれることになった。
空いている教室の片すみで、ブルーの丸いイスに座り、大きな白い布にくるまれる。
「学生?沙奈ちゃんって」
「はい。今年、二十歳になるんです」
「ふーん、ね、耳くらいまで切っちゃっていい?」
「あ、いいですよ。バッサリ、涼しい感じにしてください」
アツミさんは、黒いシャツに、タイトなジーンズをはいて、器用に私の髪を切り落としていった。
明るい日ざしが、大きなガラス窓からさし込んでくる。
車の排気音が、どこかの民族音楽のように、心地よくまわりをとり囲む。
「アツミさん、今、何やってるんですか?」友人がたずねる。
「んー、オレ、最近、バイト。ジンさんのところに、また、やとってもらおうかなって思ってるんだけど」
「へぇ。あたしも、また遊びに行こうかなぁ、呼んでくださいよぉ」
「でも、おまえこのあいだジンさんから怒られたでしょ。ご機嫌がなおるまで、しばらく行かないほうがいいと思うよ」
アツミさんのハサミが、うなじのあたりを通過する。
パサッと音をたてて、私の髪の毛のひとふさが、床に落ちる。
「ね、沙奈ちゃんは、学校で何の勉強してるの?」
「私ですか?イヌとかネコとかの、お医者さんになりたいんです」
「あ、じゃ、もしかして、あっちの学校から来た?」
アツミさんは、細いクシで、窓の向こうにぼんやりと見える動物の専門学校を示した。
「はい。ここは、知り合いも多いから、時々ごはん食べに来たりしてるんです」
「そっかぁ」シャキ!と音がして、パラパラと頭上から髪の毛が落ちてくる。
「前髪、どうする?」
「まゆ毛ギリギリくらいにしてください」
「はい」
目をつぶったら、街の音がガラス越しに伝わってくる。
ゆっくりとトラックが遠くを通り過ぎていく音。友人が、雑誌のページをめくる音。時々、ひたいを通り過ぎていくアツミさんの冷たい指。
「沙奈ちゃん、獣医さんになりたいんだ」
「はい」そっと、目を開ける。
「ネコとか、飼ってるの?」
「いいえ、、、アパートの大家さんが、飼わせてくれないんです」
「内緒で飼っちゃえばいいじゃん。みんな、そうしてるよ」
「でも、狭い部屋で飼うのって、なんかかわいそうで、、、学校に行けば、イヌもネコもいるんですよ。ほとんど放し飼いで。このあいだ、空き地に、小屋を建ててあげたんです。みんなで」
「ふーん、すごいね。いいね、楽しそうで」
そう言って、アツミさんは、私の目の前に鏡を差し出した。
「どう?」
「うわ、、、すごい、みじかくなってる!」
「すごいでしょ。沙奈ちゃんに似合ってるよ」
アツミさんにそう言われると、今までしたことのないショートヘアも、自分に似合うような気がしてきた。
「あー、沙奈、かわいい。みじかくなったねぇ。ね、アツミさん、今度あたしも切ってぇ!」
友人が、アツミさんにまとわりつく。
「空いてたらね」
「空けて下さいよぉ」
「じゃ、例の件、OKしてくれる?」
「え?みーちゃんのケータイ?あーでもあのコ、最近、機種変わったみたいだしぃ、、、、、、」
ガチャガチャと、机の上のハサミが片付けられていく。
立ち上がると、私の肩から、パラパラと小さな髪の毛が、ゆっくりこぼれ落ちていった。
三日後、アツミさんから電話がかかってきた。
「あのさぁ、沙奈ちゃん、今度いつ、うちの学校に来る?」
「え?、、、、明日、行きますけど、、」
「じゃ、そのとき、また会えないかな?写真とりたいから」
「写真?」
「カットモデル募集の、貼り紙につける写真」
私は、一瞬迷ったが、三日たっても、アツミさんの切ってくれた髪型にはすごく満足してたので、OKすることにした。
「いいですよ。アツミさんが撮るんですか?」
「いや、もっと上手い人が撮ってくれるよ」
「へぇ、何着て行こう?」
アツミさんは、受話器の向こうで、ちょっと笑って言った。
「いつものカッコでいいよ。オシャレしなくても。あ、あれから、髪の毛染めてないよね?」
「染めてません」
「ああ、よかった。沙奈ちゃんの髪、キレイだから、黒でも十分イケてるよ。じゃ、1時くらいに、来れる?」
ということで、翌日は、アツミさんたちの学校のテラスでダッシュでランチを食べ、このあいだ髪を切ってもらった教室に向かった。
1時10分前。ちょっと緊張してドアを開けると、そこに、背が高くてがっしりした男の人がいた。
「ジンさん、沙奈ちゃん、来ました」
アツミさんが、紹介してくれた。ジンさんは、カメラを準備しながら、ちらっと私を見て、すっと、向こうへ行った。
かなり、緊張してきた。アツミさんのようにかるい感じの人かと思ったら、なんだかこわそうな人だ。
ジーパンに、薄いペラペラのブラウス、という私の格好が、気に入らないんだろうか。
「よろしくお願いします、、、、」
という私に、ジンさんは、「そこに座って」と、青いイスを示した。
あわてて座ると、1分もしないうちに、カシャ、と、シャッターが切れる音がした。光がまぶしくて、思わずまばたきする。
おかまいなしに、ジンさんは、連続でシャッターを押していき、私は、だんだんと目がくらんできた。
ジンさんのかたわらでアツミさんが、ブラインドのひもを動かしている。
「はい。おしまい」
アツミさんの、やさしい声がした。え、これだけ?と思った私は、イスから立てずにいた。カメラマンの撮影なんて、30分くらいはかかると思ってたのに、、
「じゃ、アツミ、俺、時間ないから、ここ頼む」
そう言って、ジンさんは、素早くカメラをショルダーバックに入れ込み、ドアのほうに向かって歩き出した。
途中、ぼう然としている私と一瞬目が合い、「じゃ、どうも」と、表情を変えずに言った。
すごく、低い声だった。
「ありがとうございました」
アツミさんは、ちょっとだけ頭を下げて、ジンさんを見送った。
そして、アツミさんは手際よく何本かハサミとかクシを片付け、その後、書類や、袋に入ったネガフィルムとかを整理していた。
しばらくの間、教室の中は、アツミさんが片付けている書類のガサガサいう音が響くだけで、あとは沈黙が続いていた。
キキッ、、と音をたててイスから立ち上がった私に、アツミさんは、「一週間くらいしたら、貼り紙するからさ、また、ごはん食べる時、見においでよ」と、にっこりと笑った。
ジンさんが撮ってくれた私のショートカットの写真は、なんだか遠くを見つめていて、私じゃないみたいだった。
「カットモデル募集! by ATSUMI」と、マジックで簡単に描かれた貼り紙の右下に、まるでモデルのような顔で、私が写っている。
ふうん、プロが撮ると、こういう感じになるんだ、、と、妙に客観的に眺めてしまう。
ジンさんは、「スタジオ•ジン」というお店のカメラマンだった。後で聞いたのだが。本名は、仁(ひとし)といって、名字はわからない。ちょっと、近寄りがたいムードの人だ。
あれから、何回か、居酒屋でアツミさんに会った。
アツミさんは、いつもきれいでかわいい女の子や、モデル系の男の子たちとワイワイ楽しそうにしていたが、私を見つけると、「沙奈ちゃん!」と手をふり、「髪、もうちょっとふわっとしてごらん」というしぐさをした。
今日も、同じクラスの女の子とカウンターにいると、いつものようにアツミさんが突然、ポン!と肩をたたいて、
「今度、ジンさんの所でパーティーするから、来ない?」と、聞いてきた。
迷った私は、「どうする?」と、一緒にいた女の子に聞くと、「私、会ったこともないし、課題もあるから、、、」と言うので、私もやめとこうかなぁ、と思っていると、アツミさんは、
「オレのともだちがさー、今度、4区に、ヘアサロンの店、出すんだよね、その前祝いって感じの、くだけたパーティーだからさ、沙奈ちゃん、キミもカットモデルまたやってもらうかもしれないし、ぜひ、おいでよ!ね、そっちのお友達も。ちょっとしたエステやカウンセリングも、してくれるんだよ。今度、チケットあげるから、よろしかったら、おいで、ね?」
と、やや強引に誘ってきた。
私の横にいる女の子は、警戒心が強いタイプなのだが、なにしろ美形に弱く、アツミさんは酔ってはいても、貴公子のようなきれいな顔だったので、「じゃ、お店がオープンしたら、沙奈と一緒に行きます」と、よそゆきの顔でやさしげに答えていた。
結局、好奇心もあって、その祝賀パーティーには、私一人で行ってみることにした。
「スタジオ•ジン」は、裏通りのちょっと入り込んだ所にある。
アツミさんの描いてくれた地図を頼りに、2、3回路地を迷いながら、やっと探しあてた「スタジオ•ジン」は、わりとそっけなく無機質な感じの白い建物だった。
ガラス張りのドアの前に立ち、さあ、中に入るぞ、と思って、ふと、ドアに続いているガラスの壁の向こう側を見た時、ジンさんが、こちらを見ていた。その視線に、ぶつかった。
あらためてジンさんの顔を見ると、なんだか、日本人ばなれした線の太い輪郭だった。無造作に切りそろえた焦げ茶色の髪に、まっすぐな瞳。ハンサム、とかいう言葉ではいいあらわせない男っぽさが、顔全体からただよっている。
お知らせ
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
プログラム
7レス 151HIT 小説好きさん -
幸せって?
2レス 134HIT 自由なパンダさん -
✨混浴に貪欲なカイザーS直樹パイセン✨
14レス 177HIT 大鷹ひかり (♂) -
新春2021!ゴジラVS海未ちゃん!!
6レス 199HIT 常連さん -
小説にある高校名(県立高校)
1レス 111HIT 修行中さん
-
ちょっとした未来
悲鳴が聞こえたのは車両の奥の方だが、私からはそんなに遠くない距離。 …(初心者さん10)
11レス 457HIT 小説好きさん -
新春2021!ゴジラVS海未ちゃん!!
第五話 ゴジラの卵 穂乃果たちは卵の欠片があるという埠頭に向かっ…(常連さん0)
6レス 199HIT 常連さん -
続・ブルームーンストーン
この話を皮切りに、 今まで知らなかったことが次々にわかってきた。 …(自由人)
269レス 12558HIT 自由人 -
神社仏閣巡り珍道中・改
右に向かう道を選んで正解でありました。 神さまがおばあさんに化けて道…(旅人さん0)
326レス 8187HIT 旅人さん -
お正月ネコ三回
赤いお洋服のねこさんは、さっそくおみせにいきました。 (小説好きさん0)
12レス 244HIT 小説好きさん
-
-
-
閲覧専用
いじめ
3レス 186HIT 小説好きさん -
閲覧専用
タクシー
1レス 154HIT 小説好きさん -
閲覧専用
明日の景色は明るい☀️
51レス 269HIT あさか (30代 ♀) -
閲覧専用
オトモダチ
2レス 235HIT 小説好きさん -
閲覧専用
一雫。
3レス 307HIT 蜻蛉玉゜
-
閲覧専用
オトモダチ
失礼しますpc壊れたので、スマホで投稿させてもらいます(小説好きさん1)
2レス 235HIT 小説好きさん -
閲覧専用
rain
5年前に【帰らずの森】で事件発生 三崎祐奈 失踪(木瀬の幼馴染み) …(®️)
28レス 2633HIT ®️ -
閲覧専用
ニュー海未ちゃんと戦うか対談か!?
海未ちゃんと戦いたい!キラ.ヤマト編12 オーブゴジラは海未とキ…(作家志望さん0)
4レス 452HIT 作家志望さん -
閲覧専用
一雫。
3歳から半世紀も踊り続けていた母のアルバムは、分厚い一冊だけではない。…(蜻蛉玉゜)
3レス 307HIT 蜻蛉玉゜ -
閲覧専用
いじめ
「な、何でみんなそんなひどいこと言うの?」 美少女ちゃん「だから…(小説好きさん1)
3レス 186HIT 小説好きさん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
彼氏に胸が大きいと勘違いされている
切実な悩みです… 私は本当に胸が小さいです。小さいというよりないレベルと言っても過言ではありません…
46レス 548HIT 社会人さん (20代 女性 ) -
同棲相手と別れたい
21歳です 同棲して1年いかないくらいの彼と別れるか悩んでいます 元々ひどい浮気症で、これま…
10レス 255HIT 恋愛好きさん (20代 女性 ) -
離婚を拒否する理由
離婚を拒否されています。 主人との価値観不一致で離婚したいです。 私にも至らない…
16レス 271HIT 離婚検討中さん (20代 女性 ) -
好きじゃない人と付き合う
付き合って2ヶ月の彼氏がいます。 わたしから告白して付き合いました。 ・好きと伝えたら「あり…
12レス 243HIT 恋愛初心者さん (20代 女性 ) -
お向かいさんが気になる
始めに書いておきますがストーカーではありません。お向かいの家の人が帰ってくるのが気になってしまい窓か…
9レス 204HIT おしゃべり好きさん ( 女性 ) - もっと見る