明日も泣くだろう
普通に高校卒業時まで行くと思っていた
まさか登校拒否になるなんて
16/05/31 00:46 追記
*現在進行中、実話です、実在する人の名前は仮名です。
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キャー!
教室は騒然となった
「慎太郎君 大丈夫?気持ち悪かった?みんな!静かに!慎太郎君は体調が悪かったの心配しないでね!」
教室の皆を宥めて先生は汚物の処理に悪戦苦闘しながら片付けてくれた
慎太郎は動揺しながらも少し安心していた。
そして次の日
給食の時間になった
「慎太郎君、もしまた気持ち悪くなったらこれに吐いてね」
先生は慎太郎にビニール袋を渡した。
だが また吐いた。
そのスピードはビニール袋など到底追い付くはずもなく
同級生達に見守られながら、汚物は机と床にどろどろと広がって行った
すると優しかった先生の顔色が変わった
「どうして?吐きたくなったらビニール袋に吐きなさいって言ったでしよ!」
…。
慎太郎の体は鉄のように固まり、涙がポタポタポタポタ流れた…
この日から楽しくなるはずだった給食の時間が、一転地獄に変わったのだ。
そして、二学期が始まるとすぐに慎太郎の担任の青山江津子が家を訪れた。
「その節はたいへん申し訳なく思っています もし慎太郎君がノロウイルスとか伝染病にかかっていたらと、つい私も焦ってしまい叱ってしまいました、いえ、その後保健室へ連れて行ったのですが、熱もなかったので…何事もなかったのですが…申し訳ありません」
50過ぎの地味な感じの担任は何度も頭を下げ、帰って行った。
間違って叱ったのなら、その後に慎太郎をきちんとフォローしてやったのだろうか……。
なんか割りきれない気持ちだった…
でも先生も謝ってくれたし、もうこれで終わりにしたいとママは思った。
だが給食へのトラウマは、すでに慎太郎の心に深く棲みついていたのである。
月日は流れ、慎太郎もいよいよ二年生になろうとしていた。
担任は、Y先生に変わった。
明日からまた給食が始まるという前の日慎太郎がママに言った
「ママ…」
「慎太郎なに?どした?」
「Y先生に給食残しても怒らないでって言って…」
あぁ…すっかり忘れていた、一年前のあの給食事件がやはりまだ尾をひいていたのだ。
「やっぱりだめ?食べられない?」
「うん…食べたら吐くような気がする…怖くて食べれないよ…」
「わかった、わかった先生に連絡しとくから大丈夫だよ!」
「うん…」
こんな風にママは進級するたび新学期には、新しい担任に事前連絡をしていた
どの先生方も快く理解してくれて、慎太郎に無理はさせなかった。
おかげで慎太郎は一学期中には自然に給食が食べられるようになっていた。
慎太郎の6年の担任は、沢田忠幸 41歳
慎太郎のママから事前連絡を受けた次の日給食の時間になった。
「給食のおばさん達が一生懸命作ってくれたんだから、みんな残さないで食べるように!」
そう言い終わると沢田は歩き出し、慎太郎の横で待った。
「慎太郎!慎太郎だけ特別扱いはできないぞ、しっかり食べろ」
そう言いながら慎太郎の肩をトントンと軽く叩いた。
慎太郎の緊張感は頭から背中を冷たくすり抜けた。
食べたら吐く 吐いたら汚い、皆が見る 先生に怒られる…
でも食べなきゃ…
食べなきゃ…
焦る…
時間は立つ…
みんなどんどん食べ終わり 教室を出て行く者 中ではしゃぐ者
昼休みになってしまった。
慎太郎はまだ半分も食べてはいない。
「どうした慎太郎食べられないのか?みんな食べおわったぞ、早く食えよ!」
沢田の声は大きい
慎太郎の気持ち悪さは頂点に達した。
やばい!吐く
慎太郎は教室を飛び出した。
トイレへ駆け込み、ゲーゲー吐いた。
その日の午後 学校から帰ってきた慎太郎は元気がない。
「慎太郎 どうした?元気ないねぇ…アイスあるよおやつは?」
ママは心配そうに慎太郎の顔を覗き込む。
「気持ち悪くて、食えない……給食吐いた……。」
ボソボソそう言うと慎太郎はランドセルをゴロンと転がし、ソファーにうずくまった。
「吐いた?え?給食?うそ…先生が?ママ言ったのに食べさせたの?無理やり?」
「慎太郎だけ特別扱いできないって…………。」
慎太郎は蚊の鳴くような小さい声で言った
「でも吐いたんでしょ?吐いても食べろって?」
「トイレで吐いたから、先生は知らない…」
「知らないって、吐いたって先生に言わなかったの?なんで言わなかったの!」
「…………………。」
慎太郎は何も言わす顔は今にも泣き出しそうだ。
いつもニコニコしている慎太郎、誰にでも優しい慎太郎。
でもこの日から慎太郎の顔からニコニコが消えることになる。
朝になった
熱はないが元気のない慎太郎
「慎太郎まだ吐き気する?」
「…………。」
慎太郎はなにも言わずソファーに座っている目はうつろだ。
ママはそんな慎太郎の隣に座って
「給食の事なら、教頭先生が沢田先生にちゃんと話しておきますって、だから心配しないで学校行きなさい。きっと無理して食べなくていいよ~って言ってくれるよ、ねッ大丈夫だから。」
頭を撫でながら言った
「もしまた具合悪くなったら早退して帰っておいで」
慎太郎はかすかに頷いた。
その様子を見ていたパパが
「慎太郎、またあの先生が無理に食えって言ったらパパがぶっとばしてやる!心配すんな!」
ゲンコツをくねらせておどけてみせる。
「パパ、暴力はダメでしょッははは」
ママが笑いながら言う。
すると強ばっていた慎太郎の顔が少しだけ柔らかくなった。
お昼になった。
給食の時間だ、慎太郎は、今どうしているだろう。
夜中に吐いて、お腹も痛いって言っていたのに、休ませて病院へ連れて行くべきだったかなぁ。
あの子が昨日の給食を吐いたのは、緊張からだったのだろうか、それとも前から体調が悪かったからじゃないだろうか?
でも、一昨日までどこも悪そうじゃなかったし普通に食べて遊んでいたし。
熱がないなら学校を休ませるほどでもないし…。
あれこれ考えているうちに、2時を過ぎ3時になった。
どうやら早退して帰ってくる様子もないし、大丈夫だったのかな。
「ただいまー」
帰ってきたのは、4年生の晃太郎だった。
「こうちゃんおかえりおやつ、あ」
ママが言い終わる前に
「今日学校でさぁ~○○ちゃんと○○ちゃんが体育館で*〆&₩%#±≧≦><≠=♂*@『×∞∴¥≦>《↑■だったよ」
晃太郎は聞かなくても学校での出来事をよく喋る子だ
それはアイスを食べながら延々続く。
「そんで、××ちゃんと約束してるから行ってくる〰」
「車に気をつけて、5時には帰って来なさいよ」
晃太郎はいつも元気が良くてほっとする。
慎太郎が人を嫌いだと言ったことはない。
6年生にもなれば、気に入らない人間の一人や二人はいるだろう、だが個人を嫌いだと慎太郎の口から出たのは初めてなような気がする…。
担任の沢田は慎太郎に何を言ったのか?
こんなに慎太郎を傷つけた事を知っているのだろうか?
許せない!
「慎太郎!何も言わなくていい、ママは学校行ってくる!」
その言葉に慎太郎は顔を上げた、泣きはらした目は赤く、驚いたのか口は半開きでいつものあどけない表情になった。
「沢田先生に聞いてくる!こんなに慎太郎を泣かせて許せないもの」
「………。」
いつもおっとりして争い事の嫌いな慎太郎、やはり学校へ行ってほしくないんだろうとママは半分諦めかけた
だがここで何もしなかったら沢田はこれでよしとして、何度も慎太郎の心を傷つけてしまうだろう
それでも先生なのだからと、慎太郎は一年間地獄の給食を耐えなけばならないのだろうか?
給食を食べられない事がそんなに悪い事なのだろうか。
悔しさと不安で涙が溢れる
「やっぱり嫌?…」
涙声で慎太郎に聞くママ
だが、慎太郎は横に何度も首をふった
「行ってもいい?」
慎太郎の首は縦にしっかり動いた。
ママは校長室で担任の沢田を待っていた。
落ち着け 落ち着け
何度もそう自分に言い聞かせ、大きく息を吸い込んで吐き出した
ガラガラー
「すみません、お待たせしました」
ジャージ姿が似合う、すらりとした沢田は軽く会釈をしながらママの向かいの椅子に座った
緊張するママとは違って、沢田は急いで用事を済ませてきたのか、さて次の用事は?みたいな雰囲気があった
「初めまして山川慎太郎の母です。」
「あぁどうも沢田です…えっとそれで?今日は…」
それで今日は?
沢田は慎太郎の母が何の用事で来たのかさえ分かっていない
落ち着こうとしていたママはあまりに軽すぎる沢田の態度に…すぐにキレた
「慎太郎が帰ってくるなり泣き出したんですよ!先生のことが大嫌いだと言っています!」
さすがに沢田も目が一瞬で止まった。
「先生慎太郎に何を言ったんですか?」
「え?…べつに…」
沢田はそう言うと腕を組んだ
「私、お願いしましたよね、慎太郎に無理に給食を食べさせないで下さいと、放っておいたら食べるようになるんです、昨日教頭先生にも電話でお願いしたはずです。今日もまた無理に食べさせたんですか?」
ママは興奮しながら一気に話し出した。
沢田は腕組みをしたまま、難しい顔をして横を見たりうつ向いたりしながらママの話しをきいていたが
「はぁ…別に……」
はっきり返事は返ってこない
「慎太郎の心が弱いのも悪いんですそれは分かっています、でもみんながみんな食べろと言われて食べれるもんじゃないんですよ、中には慎太郎のように食べたら気持ち悪くなって吐く子供もいるんです…そこの所を分かっていただけないでしょうか」
「あぁ…うーん…そうですよね…」
沢田は相変わらず腕組みをして生半可な言葉しか返してこない
自分が興奮して喋り出したから、これ以上怒らせたくなくて、言葉を選びすぎているのだろうか
たしか私よりより6歳上の41歳だったはず、これでよく教師が勤まるものだとママは思った
それにしてもこれではまるで私は、ただのモンスターペアレンスではないか、イライラは高まる
「あの…その態度なんですが…私の事バカにしてます?」
その挑発的なママの言葉に、沢田は顔を上げ腕をほどきやっと口を開いた
「とんでもないです…」
そして、
「今日、慎太郎に給食が食べれなかったら、食べれるだけ皿に取りなさい、それでも残したら先生が食べてやるからと、そう言ったんです。」
へーそうなんだ、わりと優しい先生なんだ.、そうママは思い沢田の次の言葉を待った
「ところがですよ、一口食べたら慎太郎は、残りみんな私の所に持ってきたんですよ、そりゃあんまりだろう!って…」
「それで怒ったんですか?」
「あ……まぁ…」
「それは、確かに慎太郎も悪いですよね…それでまたそれを食べろと強要したんですか?」
それからの沢田はまた腕を組み
あぁ…とかうーん…としか反応はない
まったく、らちがあかず
ママは不満足のまま帰ってきた。
「ママ…先生なにか言ってた?」
「慎太郎、聞こえないよもっと大きい声で言って」
車の助手席で消えそうな声の慎太郎
「先生なにか言ってた?」
「うーん、あの先生ってはっきりしないってか、…慎太郎さぁ…給食、食べれるだけ皿に取れって言われた?残したら先生が食べてやるって?」
「うん」
「それで一口しか食べなかったの?」
「うん……先生が…食べてくれ…………。」
「なに?聞こえないってば、もっと大きい声でないの?」
「……………………。」
それっきり慎太郎は何も言わずお腹を抱えた
「お腹痛い?」
頭をこっくり落とした
「慎太郎言いたくなかったらなんも言わなくていいよ…先にお腹治そう」
「うん」
片手で慎太郎の頭を撫でた
この子にもプライドがある、言いたくないならもう聞くのは止めようとママは思った
家に帰るともうパパが帰ってきていた
今日あったこと話しながら夕飯の仕度をする
パパが慎太郎を横から抱きしめ
「大丈夫だ大丈夫だ…」
と頭を撫でている。
その姿を見てママは涙が溢れた。
ママ…ママ…」
闇の中で慎太郎が呼んでいる
「慎太郎どした?」
午前1時30分
「気持ち悪い、お腹痛い」
用意していたビニール袋を慎太郎の口にあてがう
「ウエッ…ウエッ…」
何も出ない。
出るはずがない、あれから慎太郎は殆ど食べ物らしいものを胃袋に入れていなかった。
ずっとお腹を撫でる
闇の中で苦痛に歪む慎太郎の顔。
沢田の腕組みをした姿が目に浮かんできた。
…給食を残したら先生が食べてやるから…確かにそれは慎太郎も認めているから事実だろう。
なんとカッコイイ台詞だ、まるで昔の学園ドラマだ。
沢田の口から歯切れ良く言えたのはその部分だけ…問題はその後だ。
なにがあったのだろう
そのショックで慎太郎の体が悪くなったのか?
そうに違いない!
沢田を許せない‼
暗闇の中で憎しみだけが大きく広がって行き、また涙が溢れた。
窓を見るとカーテンが薄明かるい…
朝が来たようだ、ママはうとうと眠りについた。
それから慎太郎は2日ほど学校を欠席した。
前より幾分食欲も出たし、たまに腹痛と気持ち悪さはあったが、吐くほどでもなくなった。
そして三日目の朝が来た
「慎太郎だいぶ良くなったから学校行きなさいよ」
「え?…まだ気持ち悪いよ」
「でも、学校休むほどじゃないでしょ?」
風邪の時でさえ、休むのは熱があるときぐらいで、それ以外は簡単に学校を休ませたことなどない
それは世間一般の親達も同じだろう。
まして慎太郎はもう2日も休んでいる、これ以上は休ませる訳にはいかない
それでも登校を渋る慎太郎
やはり給食が気になるのだろう…
「慎太郎、具合悪くなったら早引きしておいで」
あれだけ抗議したのだから沢田だってきっと態度を改めるはずだ
兎に角学校へ行かせたらなんとかなる、慎太郎は単純な性格だし、沢田が取り成してくれたらまたニコニコして帰って来る
そうママは思っていた
だが、10時すぎに学校から連絡があり慎太郎を迎えに行くはめになった。
保健の安川先生が、慎太郎と共に小学校の玄関から出て来た。
「山川君は、熱もあるしかなり具合悪そうなので、治るまでお休みさせた方がいいじゃないでしょうか?」
慎太郎はお腹を抱えて車に乗り込む
熱があったなんて、知らなかった…
「分かりました、ありがとうございます」
ママは車から降りて、深々と頭を下げた。
家に帰ると慎太郎は布団に入ったまま丸くなっている
熱を計ると37.2度…
「慎太郎ごめんね、そんなに具合悪かったんだ、熱もあったんだ…」
なにやってんだろ、熱ぐらいちゃんと計れよ…。
「ママ…」
慎太郎が両手をママの首にまわしてきた
ママより大きい慎太郎が幼稚園児のように抱っこをせがむ。
「よしよし…」
頭を撫でる…
どうしちゃったの慎太郎…
お医者さんは2.3日で治りますって言ったじゃない
なんで治らないの?
慎太郎…
慎太郎…
「慎太郎、明日は学校休んで、そしたら土曜日、日曜日でしょ、三日もあったら良くなるよ…大丈夫だよ、ね…。」
ママは自分に言い聞かせるように慎太郎の耳元にそう囁いた。
「うん…」
やがてお昼になり
「慎太郎オムライスでも作る?」
「食べたらまた気持ち悪くなる…。」
「食べても食べなくても気持ち悪いなら、食べたら?」
へんな理屈だった…
最近の慎太郎は食べてもすぐ気持ち悪いと言い、お粥にプリンかヨーグルトだけの食生活になっていた。
ふっくらしていたほっぺもだんだん骨格が出てきて、慎太郎ダイエットできて良かったじゃん不幸中の幸いだな!なんてパパが、からかったりしていた
でも吐いたらやっぱり苦しいだろうし、またお粥に味つけでもしてたべさせようなかと思っていたら
「ママ、オムライス食べる」
苦痛な表情から少し余裕のある顔で慎太郎が言った
そして週末はお粥ではなく、慎太郎は普通に食事がとれるまで回復していった。
日曜日の夕飯時に焼き肉を上手そうに食べる慎太郎。
それを横から見つめるパパは嬉しさを隠しきれず
「慎太郎、大丈夫そうだなぁこれなら明日から学校へ行けるんじゃないかぁ?」
慎太郎の顔を覗き込みながら言った
弟の晃太郎も、箸を止めて
「そうだ!そうだ!明日からまた慎太郎と一緒に学校行きたい、もう一人はやだよ~」
そう言いながら慎太郎を見る
「………。」
慎太郎は無表情だが否定する言葉は出なかった
体調さえ戻れば…学校へ行きさえすれば…
あとはなんとかなるだろう
ママも、みんなも、そう期待していた…
だが、その期待はむなしく打ち砕かれた
夜中にまた慎太郎が吐いたのだ
「うーん、お腹いたい!ママ…ぁ」
唸りながら抱きついてくる慎太郎。
また闇の恐怖に引きずり込まれた。
月曜日の朝がきた。
事情を知っている実家の母に電話をする
「え?また吐いたの?…あの元気な慎太郎がどうしたんだろうねぇ、ほんとに胃腸炎なの?」
「…微熱もあるし、今日また病院連れていきたいんだけど、先週ほとんど仕事行ってなくて、今日も休みますって電話しづらくて…なんかクビになりそうだわ…まいったわ…」
ママは近くのラーメン店に土・日を除いた平日、朝9時から午後2時までパートをしていた
冷たい店主ではないが、そろそろ嫌味の一つでも言われそうな胸騒ぎがしていた
「いいよ、あんた仕事いきなさい!私が病院連れて行くから、前から行ってた小児科だよね?パンダクリニックだったっけ?」
「ちがうよ、半田クリニック ハ・ン・ダ・だよ…」
そう言い返して思わず吹き出す…
母の天然ボケは相変わらずだが、重いママの気持ちに少しだけ空気穴を開けてくれた。
「そうだっけぇ、わかった、わかった、心配しないで仕事行ってきな、今どき 土曜・日曜休みのパートなんてなかなかないんだから、くびにでもなったらもったいないよ」
母の喋りテンポに押されるように
「わかった、じゃ仕事行ってくる!慎太郎お願いね」
ママは元気に応えた
そうだ、この間の個人病院はかなり適当だった、今日小児科へ行ったらきっとなにか別の治療方法があるかもしれない。
ママはそんなささやかな期待を膨らませながらラーメンを出前の車に詰め込み走り出した
ふと赤信号で止まると
横断歩道を、黄色いカバーのランセルを背負う一年生が、母親とならんで帰って行く。
胸がズキッと痛んだ
慎太郎は良くなるのだろうか?
以前のようにまた学校へ行けるようになるのだろうか?
もう一週間もろくに学校へ行っていない。
これからまたどれだけ学校を休まなければならないのか、焦りで心が折れてしまいそうだ
沢田が給食を無理に食べさせなければ、慎太郎は今頃普通に学校へ行っていたかもしれない!
慎太郎はこんな病気にならなかったかもしれない!
ちくしょう!
バカヤロー!
バカヤロー!
涙が溢れる
胸がバクバクする
だが、信号の青が涙で滲んで見えた時、ママは我に返り仕方なくアクセルを踏み込んだ。
「え?慎太郎が?浣腸されたの?」
訳がわからないママは、トイレの慎太郎を覗きながら台所できゅうりをきざむ母に声をかけた。
「そうなんだよ、あのパンダ先生 ん…ん…って首傾げて、どこも悪くないと思いますよって言うのよ」
だからパンダ先生じゃなくてハンダだってば、と言いたかったが笑う気分でもなかった。
「それで…ウンチが出たら良くなるって?」
「それはわからないよ、今日浣腸したでしょ、明後日まで症状が良くならなかったら、総合病院の小児科で精密検査を受けて下さい、紹介状書きますからって…さぁ冷やし中華食べなさい、疲れただろう」
「ありがとう」
精密検査?!
もうこうなったら精密検査でもなんでもして貰って、最悪入院ならそれでもいい、すっきり治してもらおう!
ママは勢いよく麺をすすった。
それからの慎太郎は浣腸したからといって特に改善はみられなかった。
元気になったり、顔が硬くなったり、うずくまったり、夜中は相変わらずウーンと唸り、ママがお腹を擦ると寝る、また唸る、擦ると寝る、そんな感じだった。
ただご飯は前より食べれるようには、なってきていた。
そして精密検査の日となった。
母が慎太郎に付き添い、血液・尿・お腹のレントゲン等の検査を経て、外来で「山川慎太郎君!」と看護師に呼ばれたのは、もうお昼近くになっていた。
体格のいい丸い顔をした先生だった。
「どこも悪くないです、いたって健康です、ただこのレントゲンを見て下さい」
慎太郎のお腹のレントゲンを見せられた
先生が指差す場所を見ると
光りから浮かび上がる丸い筒状の線、その中央に丸く黒い物体があった
「これ、なんだか分かります?」
厳しい先生の視線が母の視線と合い、緊張感が高まる。
「なんです?この黒いかたまりは?」
母が聞く。
「便です、便秘になるとガスが下から排出されず逆流するので、それが気持ち悪さの原因と思われます、微熱もそのせいでしょう」
「便秘なんですか?」
「はい、今から浣腸します、下剤も出しておきますから。」
また浣腸?
慎太郎の顔を見ると目が見開き口は半開きだ。
「あの、一昨日も浣腸したばかりなんですが…」
「今日もやりましょう」
「わかりました、ありがとうございます。」
こんなに待たされて、3分の結果発表、しかも便秘。
慎太郎は看護師に連れて行かれ母は待合室で待つことになった。
2週間近くも苦しみ続けて結局便秘だったなんて…。
ウィ〰ン
ママからラインが入った
(結果どうだった?)
(便秘だって)
(便秘?!うっそ〰なんか…納得できないなぁ……。)
便秘じゃなくてなんだったら納得できたのだろう…。
(他は異常なし、いたって健康ってんだから良かったじゃないか、便が溜まってガスが逆流して気持ち悪くなってたんだと、下剤できれいさっぱり出しちゃったら元気になるんじゃないの?)
(それで慎太郎は?)
(それがまた浣腸されちゃって、今トイレで頑張ってる)
(え?また浣腸したの?!慎太郎のお尻一体どうなっちゃうのよ?!)
((笑)(笑))
(笑い事じゃないでしょ!)
(あ…ごめん…)
吐いて腹を病む慎太郎、症状は前より酷い状態だった
ママも回りのみんなもまた前のあの不安に引き込まれて行った…。
もう便秘などではない…。
夕方ママは救急外来へ慎太郎を連れて行った。
なんとかして明日から学校へ行かせたい、その一心のママだったが、それも薄っぺらい希望となって心が震えた。
慎太郎はまた一通りの検査を終え、その日の当番医師にママが呼ばれた。
「体内に毒はまったくありません、レントゲンを見る限り異常ないんですよね、お子さんなのでCTとか撮りたくないし…。」
「それじゃ…どういう…ことなんで…」
もう、何を聞けばいいのか言葉にならないママ
「…私は専門じゃありませんから詳しくは分かりませんが…自律神経の方からきているんじゃないでしょうか…小児科へ行って相談してみて下さい…。」
自律神経…
自律神経って何?…
夜…
「慎太郎、学校行きたくないんだ?」
ママが柔らかく慎太郎に聞く
慎太郎の顔が強ばる
「行きたくない…じゃなくて…」
行きたくないんじゃない?
え?
じゃ行きたいの?
「だって行こうとするとお腹が痛くなるんだもん…」
そうだ…
慎太郎は週末は食欲もあって元気が良かった
それは学校が休みでみんなも休んでいるから…
具合が悪くなるのは、学校へ行く前日か、その日の朝早くだった…
「給食とか先生とか…それが原因だよね?」
ママが言う
パパは慎太郎を見たり、ママを見たり…
弟の晃太郎はゲームをしているが.耳の全神経はこの会話に集中しているだろう。
「でも、それ乗り越えないと慎太郎のお腹痛いの一生治らないよ!このまま逃げて逃げて、一生逃げ続ける気?」
慎太郎は黙る
「……」
「どうしてそんなに弱いの?なんでもっと強くなれないの?」
「ママ…もっと冷静に…大丈夫だから…」
パパがママを宥める
「大丈夫?なにがとうしたら大丈夫だって言えるの?どうすんのこれから!」
泣き出すママ…
ママの後ろから抱き付く晃太郎…。
散らかり放題のリビング、台所は洗い物が山盛り…。
昨日はなにもしないで寝てしまった…。
2LDKの小さいアパート。
子供たちが小さいときは、これで充分広いと思えたのに、今ではすっかり狭くなってしまった。
その部屋中に沈んだ空気が漂っている…。
さて…。
今日担任の沢田と会うということで、へんなヤル気が出た。
窓を開け、洗い物をして、パパの弁当を詰めていると、慎太郎が起きてきた。
暗い顔に、お腹を押さえて歩く姿はまるで老人のようだ。
「慎太郎学校休みなさい、ママも仕事休むよ…。なんか疲れちゃって」
慎太郎は学校へいかなくていいという安心感からか
「うん…。」
とニッコリ微笑んだ。
なんか複雑な気持ちだったが、やっぱり慎太郎の笑顔には癒される。
この笑顔を取り戻すために頑張らねば!もう泣いてなんかいられない。
沢田ときちんと話し合おう、憎い相手だけれど慎太郎の為だもの…。
パパと晃太郎も起きてきて、トイレの取り合いで、キャーキャーアハハと騒いでいる。
いつもの朝がやってきた。
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