俺のいきざま
昭和17年4月3日
戦時中の疎開先で、俺は生まれた。
そして…
平成26年3月19日…
俺の人生の幕は降りた。
このお話は、両親や祖母、親戚から聞いた出来事を元に娘側から文章にして行きます。
曖昧な部分や、途中の記憶が無かったりするので、思い出しながら、言葉を足しながら綴って行けたらと思っています。
実話ですが、私の生まれる前の事もあるので多少の矛盾が出て来る事もあると思いますが、御了承願います。
かなり、ゆっくりの更新になると思いますが完結に向けて頑張りますので、宜しくお願いします。
16/01/11 20:31 追記
ё迷の小部屋ёです
http://mikle.jp/thread/2200885/
感想等いただけると嬉しいです(о´∀`о)ノ
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「ちょっと時間あるか?」
戸張さんは、清坊とまさやんの様子を伺いながら聞いて来た。
「そろそろ切り上げるんで大丈夫ですよ」
ふたりには、用事が出来たから先に帰るように話したが、清坊は少し不安そうな顔をしていた。
「大丈夫だよ!知り合いなんだ、後で清坊んちに行くからよ」
「わかったよ、気を付けてな」
戸張さんと俺は街に出て居酒屋に入った。
「邪魔して悪かったなー」
俺のグラスにビールを注ぎながら、戸張さんは言った。
「大丈夫ですよ、遊んでるようなもんなんで…」
ちょっとバツが悪そうな顔で答えた俺の顔を見て戸張さんは笑った。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「まあ、なんとか」
「あの時間に、派手にやってるって事は仕事してねーのか?学生じゃないよな?」
「はい、今仕事探してるんですけどなかなか…」
苦笑いしながら、知り合った時から今までの事を簡単に話した。
戸張さんは親身になって聞いてくれた。
「なあ、ちょっとしたバイトしないか?」
何のバイトだ?
話だけでも聞いてみるか。
「どんな仕事ですか?」
俺は戸張さんが話始めるのを待った。
「さっき、ギター弾いて歌ってたのを少し見てたんだよ」
「はあ…」
ちょっと恥ずかしくなった。
「夜、数時間飲み屋でギター弾いたり歌って見ないか?」
「俺がですか?」
「ああ、なかなかやるじゃねーかと思ってな」
「自己流なんで、何とも言えませんよ」
戸張さんは笑いながら話の続きをした。
「毎日じゃなくて良いんだ、数時間で500円以上は稼げるぞ」
数時間で500円?悪くないな。
「どうすれば良いんですか?」
戸張さんの話では、飲み屋のお客さんのリクエストで伴奏をしたり、弾き語りのような事をすれば良いとの事だった。
考えている俺の様子を見ながら、返事を待っている戸張さん。
「好きな事で金を貰えるのは有り難いですけど、俺なんかに出来るんですかね?」
「出来るさ、短期でも構わないんだ、ひとり辞めちゃって探してたんだよ」
「やってみます」
仕事が見つからない事に焦っていた俺は、引き受ける事に決めた。
「そうか!いつから出来る?」
「暇なんで、いつからでも」
「明日の晩から来れるか?」
「はい」
この時、何にも知らない俺は仕事が見つかるまでの繋ぎだと思っていた。
翌日、戸張さんと待ち合わせて賑やかな居酒屋にはいった。
店主に挨拶をしていた。
「今日から来て貰う事になった昶です」
俺は軽く会釈をした。
戸張さんは、客と笑顔で話ながら俺を呼んだ。
「こちらのお客さんのリクエストで3曲弾いてくれないか」
おれは言われるがままに、客の好みの曲を弾いた。
「お兄ちゃん、上手いねーまた頼むよ」
初日は数件周り、終わった後800円貰った。
「こんなに良いんですか?」
「おまえの実力だよ、お客さんも気に入ってくれたみたいだ」
戸張さんは、上機嫌だった。
こんな感じが暫く続き、半月後にはひとりで飲み屋を回るようになっていた。
3曲で1000円、チップは自分のポケットに入れる。
そう、俺は知らない間に流しをやっていたのだ。
やばいな…と思いつつも、チップの稼ぎの方が多い事が殆どで、辞めるとは言えなかった。
今の若い人は『流し』なんて言葉は知らないかも知れないな。
簡単に説明すると、ヤクザの島の、居酒屋やスナック等で演奏したり歌ったりして金を貰う。
全てがそうではないが、当時は流しと言えば、どこかの組みのチンピラのようなものだったのだろう。
稼ぎは、しのぎとして組に渡しチップで自分の金を稼ぐのだ。
後に、戸張さんから、ある人物を紹介された。
着いていくと、玄関横に強面の男がふたり立っていて戸張さんに気付くと会釈をしている。
奥に上がると、貫禄のある男が座っていた。
「親分、おつかれっす」
「ああ」
低い声が部屋に響いた。
親分?何なんだ?聞いてねーよ!
「今、こいつにやらせてるんですよ」
親分は、笑顔になったものの目つきは鋭い。
正直怖かった。
「名前は?」
「昶…です」
「昶か、どうだ?続けられそうか?」
どう答えれば良いんだろう?
戸張さんの方を見たが、親分から目を離さず、煙草をくわえたら、火を着ける。
「はい…」
言ってしまった…返事をしてしまった。
この時断っていたら、抜け出せたのだろうか?
今でも解らない。
「そうか、それならあの島は昶に任せるから、きっちりやってくれ」
「はい」
戸張さんはほっとした顔をしていたが、俺…この人にはめられたのかもしれない。
「戸張、昶と杯交わしたらどうだ?」
「そうですね、昶良いか?」
良いも悪いも、ここまで来たら断れねーよ。
戸張さんと俺は杯を交わし兄弟分となった。
この日から『兄貴』または『戸張の兄貴』と呼ぶようになったのだ。
こうして俺は自ら、住〇系の竜〇組に所属してしまった。
今までも、酒を飲み喧嘩上等だった俺は更に荒れた。
戸張さんと盃を交わした俺は、翌日から本格的な流しとしてギター片手に夜の街の飲み屋を梯子しながら金を稼いだ。
チップは変わらず自分の懐に入るが、上がった金は凌ぎとして直接親分の家に持って行く事が当たり前になっていた。
親分宅には、2歳くらいの子供と生まれて間もない子供が居て、姐さんが留守や忙しい時は俺が子守をする日も少なくはなかった。
時には夫婦で出掛ける時は、ひとりで子供の世話をする訳で、オシメを替えたり飯の支度もした。
この時は、俺…何やってんだろう…と何度も思ったけれど暗黙の了解で断わる事などできなかったのだ。
しかし、月日が流れて来ると子供も懐いて可愛くなって来た。
俺の生活は、夕方実家を出て翌朝帰りをして寝るようになったから昼夜逆転してしまっていた。
当然、お袋も兄貴も心配していて何度か聞かれた。
「おまえは何してんだ?夜の商売でもしてるのか?」
「知り合いの飲み屋を手伝ってるんだよ」
暫くの間は、こんな感じで誤魔化せたが…そうそう長く隠せる事ではなかった。
数週間経ったある日、俺の仕事…つまりヤ〇ザと繋がりがある事が、ばれてしまったのだ。
「昶っ!おまえは…何て事してんだよ!本家の叔父さんの耳にも入ってるぞ!」
兄貴が血相を変えて俺に怒鳴ってきた。
「何だよっ!関係ねーだろ!」
「関係あるだろ!何時までも続けられるわけねーからな!」
「解ってるって!」
「解ってねーから言ってんだろ!」
「うるせーな、もう時間だから行くからよ」
その日から、1週間家には帰らなかった。
その間の俺は、飲み歩いては喧嘩をして毎日傷だらけだった。
喧嘩を売られるような態度で飲んでいたから、威勢の良い奴等に絡まれる。
「てめえー!さっきから目付きわりーな」
ここから始まり、後は乱闘になる。
「表に出ろよ!」
「望むところだ!」
店の外が多かったが、時には店内を滅茶苦茶にしてしまう事もあった。
そんな時は、親分がケツを持ってくれた。
喧嘩相手からも金は動いていたのだろう。
「親分、すみませんでした!」
俺は額を畳に擦り付けるように土下座をした。
反応を伺って居ると、親分は穏やかに口を開いた。
「頭上げろよ」
「はい…」
目が合った瞬間、親分は大笑いをしたのだ。
拍子抜けした俺は、まぬけな顔をしていたのだろう。
「おまえくらい威勢が良い奴は久しぶりだよ」
「はあ…」
「理不尽な事は我慢せず、男なら売られた喧嘩は買え!いつでも俺がケツを持ってやるからな」
「はい、ありがとうございます」
褒められるような事ではないが話の流れ上、こう言うしかなかった。
どんどん深入りして行っているのが自分でも解る。
辞めたくても今は辞められねーし…
流しは目立ってはいけないし、はしゃぎ過ぎても良くない。
案外難しいのだ。
当時はカラオケ等はなかったし、今のように通信の機械が出来るなんて思ってもいなかった時代だったから、俺のギターの伴奏で歌を歌う客も多く、中には拍子が外れたり先走ったり、音痴な奴も居たな。
それでも、客に合わせて気分良く楽しく飲めるような雰囲気を作るのも俺の役目なのだ。
「お客さん、凄いっすねー!」
大袈裟に褒めれば、客も気分が良くなりチップも弾んでくれた。
日銭は良かったが、このまま続けて行くのか…
自分でも先の事は考えられなかった。
そんな時、兄貴から話があった。
「なあ、俺の行ってる会社に来ないか?」
「えっ?」
「組み立ての方で数人の募集があるんだよ」
兄貴が勤めて居る会社は、歯医者で使う機械の部品等を作っているようだ。
「今の生活じゃ、先が見えないだろ?」
俺を、ヤクザの世界から引っ張りだそうとしている事は解っていた。
「少し考えるよ」
「返事は来週で構わないよ」
「ああ」
両立出来るのかな…
兄貴やお袋の気持ちも知らずに、まだこんな事を考えていた。
翌週、とりあえず面接だけでも行ってみる事にした。
兄貴は上司らしき奴に挨拶してから、俺の紹介を始めた。
「自分の弟の昶です、手先は器用なんで連れて来ました」
昔は縁故で、兄弟姉妹が同じ会社に勤めて居る事は珍しい話ではなかったのだ。
上司が俺に質問して来た。
「前はどんな仕事をしてたのかな?」
「建設関係を少し…」
「うちの会社で働いて見る気はありますか?今日1日社内見学でもして行けば良いよ」
兄貴が俺を肘で突っつく。
「残業は出来ないかもしれませんけど」
この時の俺は夜の仕事を優先する事を前提に考えていた。
慌てた兄貴は、目をキョロキョロさせながらこう言った。
「何言ってんだ!おまえは!」
上司が間に入り、笑いながら条件を聞いてくれた。
「まあ良いじゃないか、早速明日から来社してくれると助かるんだけど、どうだろう?」
「はあ…」
俺の代わりに兄貴が返事をしていた。
「よろしくお願いします」
こうして俺は、都内の会社に入社する事になった。
帰り道では、兄貴に説教されてしまった。
「全く…おまえのために動いたんだぞ」
俺は無言のまま、大きなお世話なんだよ!頼んでねーし!
何て事を思っていた。
翌日の朝、兄貴に起こされた。
「おい!早く起きねーと遅刻するぞ」
「解ってるよ、朝からうるせーな…」
夜中に帰った俺は、眠い目を擦りながら起き上がった。
会社に着き、朝の朝礼で上司に紹介された。
「今日から働いて貰う事になりました、利雄さんの弟の昶さんです」
「よろしくお願いします」
俺は一応頭を下げた。
早速仕事に着くと、同じ部署の奴等が丁寧に教えてくれた。
昨日、見学した時に大方の要領は掴んでは居たが、細かい事は教えて貰いながら黙々と組立作業をした。
「昶さん、覚えるの早いなー」
隣の奴が笑ながら言った。
この時、千住の時に世話になったボスの言葉を思い出していた。
『仕事は人のやっている事を目で盗んで覚える』
ボス元気にしてるかな?
定時になり、帰り支度をして会社を出た。
残業をする奴等が多かったが、みんな笑顔で声をかけてくれる。
「おつかれさん、また明日な」
「お先に失礼します」
電車に飛び乗り、速攻で帰り風呂に入ってギターを背負い組の事務所に行く。
昼間の仕事に関しては、まだ誰にも話して居ないが、落ち着いたら戸張の兄貴に話そう。
今日も子守りから始まり、飲み屋に人が集まる頃街に繰り出すのだ。
1日がなげーな…両方続けられるか…
若かった俺は、何とかなるさと気を取り直し、親分の子供達と遊んだ。
中途採用で入社した俺だが、仕事は一生懸命やっていた。
ある日、兄貴が興奮しながら言ってきた。
「今日、会社に社長が来てたの知ってるか?」
「知らねーな、俺は社長の顔見たことねーしよ」
「あのな、社長が昶の事すげー褒めてたんだよ!」
「へえ」
「あそこの組立やってるのは誰だ?目付きも良い見込みあるじゃないかって上司と話してたんだぜ!」
「たまたま聞いただけなんだけど思わず、俺の弟ですって言いそうになったよ!」
「そうなんだ」
「嬉しくねーのかよ?」
「別に」
嬉しくない訳ではないが、おまえがはしゃぐ事じゃねーよ。
弟思いの優しい兄貴に対して素直になれない自分がいた。
わりーな、俺は褒められた時の表現力が乏しいんだ。
兄貴はご機嫌なようで、帰ってからもお袋と婆ちゃんにも自慢していた。
この時婆ちゃんは、変わらず横になっている事が多く、既に全盲になっていた。
日曜日は会社も休みだし、飲み屋街も空いているから休みを貰える事が出来た。
今日は婆ちゃんの大好物のバナナを買いに行こう。
嬉しそうな婆ちゃんの顔を想像しながら、八百屋まで歩いて行った。
この頃は地元の八百屋にも、僅かだがバナナが置いてある日もあった。
ないときは、街の八百屋に買いに行くのだ。
相変わらずの日々を送りながら、昼間の仕事と夜の商売をしていて先々の事を考える余裕もなかった。
俺が19歳になる年に、新入社員が10数名入って来た。
この時は、何の興味もなく自分には関係ないと思って居たが…
この中のひとりと生涯を共に過ごす事になる。
名前は【秋谷 幸枝】
みんな自己紹介をしていたが俺は誰一人の名前も顔も覚えない程、無関心だった。
数ヶ月経つ頃に、ようやく顔と名前が一致して来たが、秋谷幸枝は真面目で大人しい正確だったようで、挨拶程度しか接点はなかった。
しかし【秋谷】と言う苗字は数人居て全員兄弟であり、俺と同い年の女もいたし歳上の男女もいた。
どうやら秋谷家の末っ子が幸枝って子だったらしいのだ。
昔は、縁故で同じ会社に兄弟、姉妹が入社する事は珍しい話ではなかった。
俺は3歳歳上の【秋谷 弘行】とは割と仲が良く、たまに一緒に飲んだりしていた。
弘行さんと親しくなり、土曜日になると一緒に飲みに行くようになった。
彼は、男の俺から見ても容姿が良く、優しくて冗談を言い合える人だった。
いつものように、会社の最寄り駅近くの居酒屋で他愛ない話をしながら飲んでいたら、斜め後ろの方から鋭い視線を感じた。
「なあ、さっきからあの野郎がずっと俺らを睨んでるぜ」
弘行さんが小声で言った。
「俺も感じてたんだよ、ちらっと顔見たんだけど、知り合いかい?」
「いや、見たことない顔だよ」
「そっか、放って置こうぜ」
とは言ったが、俺の心中は穏やかではない。
それでなくても、血の気が多い喧嘩上等なクソガキなんだから。
よし!向こうから喧嘩吹っ掛ける様に仕向けるかな。
考え込んでいる俺に、弘行さんが話し掛けて来た。
「昶、どうしたんだよ?何か不気味なくらいニヤニヤしてるぜ」
「そんなことないよ、まあ楽しく飲もうぜ!」
「そうだな!ここビール追加な!」
弘行さんがビールを頼んでくれた。
「ちょっと用足ししてくるよ」
俺はトイレに行きがてら、斜め後ろの奴にガンをつけた。
引っ掛かりやがった。
俺がトイレから出て、弘行さんの向かいに座ろうとした瞬間に斜め後ろの奴が怒鳴った。
「おい!てめーっ!ガン垂れてんじゃねーよ!」
「俺達に言ってんのかよ?」
弘行さんが斜め後ろ野郎に聞いた。
「ああ、そうだ!得におまえの連れにな!」
待ってたぜ!
俺はニヤリとしながら立ち上がり、斜め後ろ野郎の前に立ち、喧嘩の体勢を作った。
「俺か?」
「そうだよ!おまえだ!」
「てめーに、おまえ呼ばわりされたくねーな!この野郎っ!ふざけんじゃねーよ!」
斜め後ろ野郎が少し怯んだが、言い返して来た。
「なんだと!やるかっ?」
「おう!外出ろよ」
それからは滅茶苦茶だった。
斜め後ろ野郎の知り合いも数人やって来て、殴り合いの喧嘩になった。
俺は数人倒して息が切れていた。
「悪かったよ…俺らの負けだよ…」
「解りゃ良いんだよ、なあ?弘行さん」
返事がない。
弘行さんはいつの間にか姿を消していた。
顔が腫れ、口の端が切れていたが9時には夜の商売に出ていた。
「その顔、どうしたんだよ?」
たまたま店に来ていた戸張さんに、さっきの事を話しながらギターのコードを合わせていた。
「またか、懲りない奴だな」
戸張さんは愉快そうに笑った。
弘行さんや他の社員数人で飲みに行くようになり、段々社内の仲間と打ち解けて来て会社に行く事も苦痛ではなくなって来た。
しかし、変わらず夜の商売もあったから寝不足でイライラはしていた。
そのイライラを発散させるために喧嘩をしていたのかもしれない。
この頃の俺は血の気が多く、喧嘩を売られるのを待っていたのだ。
ある週末、いつものように飲んでいたら斜め後ろ野郎の仲間らしき奴が、話し掛けて来た。
「おい!俺の仲間にひでー事してくれたんだってな!」
「こっちも、ひでー目にあったけどな!」
あの日の出来事を話すと、斜め後ろ野郎の連れは納得したみたいだ。
「そうだったのか!あいつ、袋叩きに合ったような話し方だったんだよ、悪かったなー」
「オヤジさん、このテーブルにビール2本出してやってくれ」
斜め後ろ野郎の連れは会計をして、店を出て行った。
俺達は、互いに目を会わせたが開き直ったように乾杯をした。
「ただ酒貰ったなー」
その日は、楽しく飲んで解散した。
その後も喧嘩は多く、派手にやっちまっていたが、やっぱり弘行さんはいつの間にかいなくなるのだ。
後で聞いた話しに寄ると顔を殴られるのが嫌だったとか…
弘行さんの事は嫌いではないし、きたねー野郎だなと思いつつも、俺は苦笑いする事しできなかった。
都外から通っていた俺は、弘行さんや会社の仲間と飲みに行った時は終電に間に合わず、弘行さんの家に泊まる事が多くなった。
弘行さん家族は、父親が亡くなった後に会社の家族寮に住んで居たから翌朝も楽なわけだ。
兄弟姉妹も、数人は同じ会社に勤めていた。
その寮に、秋谷幸枝も住んでいたのだが、口数は少なく滅多に言葉を交わす事はなかった。
しかし、ふと顔を上げると目が合う事が多く大概は俯いて隣の部屋に行ってしまうのだ。
何だ?
俺の事が嫌いなのか?
まあ、仕方ねーかな…
喧嘩ばかりして、年中傷だらけの俺が怖いのだろう。
ある日、朝の通勤時に良く会う、同僚のツヤ子さんに呼び出された。
電車が揺れたりすると、俺にもたれ掛かって来たりしていたから、もしかしたら自分に気があるんじゃないかと自惚れた想像をしていた。
今思うと笑っちまうが、その時は少しドキドキしたもんだ。
ツヤ子さんの用件は伝言だった。
待ち合わせの喫茶店に入ると、先に着いていたツヤ子さんが奥のテーブルで手を振っている。
活発で、少し男慣れしているような感じだったから話しやすい人だ。
椅子に座り珈琲を注文するたと、ツヤ子さんが身を乗り出すように小声で話し出した。
「あのね、ゆきえちゃんが昶さんの事を好きみたいなの」
「ゆきえちゃん?」
「秋谷幸枝ちゃんよ」
一瞬、頭が混乱した。
この人は何を言っているのだろう。
「知ってるでしょう?」
「ああ、弘行さんの妹だよな?」
「そうそう、末っ子のゆきえちゃんよ!泰子ちゃんと間違えないようにね」
ツヤ子さんは悪戯そうに笑った。
泰子ちゃんとは、秋谷幸枝と年子の姉だ。
「黙り混んじゃって、どうしたの?もしかして彼女いるの?」
「いや、いねーけどびっくりしてさ」
「そうよね、突然だし…返事は直ぐじゃなくても良いんだけど、近々デートにでも誘って上げてね」
「あっ、ああ…」
歯切れは悪いが返事をしてしまった。
「それじゃ、よろしくね」
そう言い残し、ツヤ子さんは喫茶店を出て行ってしまった。
10日程過ぎた頃、定時で上がり会社の門を出ようとした時に、偶然秋谷幸枝と会った。
「あっ!」
咄嗟に声が出てしまった。
ツヤ子さんからの話を思い出したのだ。
事務室で仕事をしている彼女と、工場で作業をしている俺は滅多に顔を会わせる事はなかった。
びっくりしたのだろう。
秋谷幸枝は俯いたまま、立ち止まって固まっていた。
さて、どうするか。
黙っているのも変だし、とりあえず声をかけてみる。
「お疲れさん」
「お疲れ様でした」
蚊の鳴くような小さな声で答えた彼女は、ほっとした様子だ。
「お茶でも飲むか?」
「はい」
嬉しそうに着いて来る彼女が少し可愛く見えた。
社員寮に住んでいる彼女の事を考え、その近くの喫茶店に入った。
初めて喫茶店に入るのかな?
彼女はキョロキョロと、店の中を見回していた。
「何飲む?」
「あっ…同じものでお願いします」
俺はアルバイトらしき女の人を呼び、珈琲をふたつ注文した。
何か話さないといけないな。
「弘行さんと飲んだ帰りに、いつも泊めてもらってすまねーな」
またまた、秋谷幸枝はほっとした顔になった。
「いいえ、うちは兄弟姉妹が多いから慣れているんです」
「そうか、うるさくねーか?」
「大丈夫です」
少し話していると、珈琲がテーブルに運ばれて来る。
「お待たせ致しました」
アルバイトらしき女の人が珈琲カップ、砂糖にミルクを丁寧に置いてくれた。
俺は砂糖を少しだけ入れる。
それを見ていた彼女は、砂糖をスプーンに2杯程入れて、くるくるかき混ぜていた。
「甘党なんだ?」
「まあ、どちらかと言うと…」
何だか困っている様子だが、少しずつ飲みながら会社の話や友達の話、世間話をした。
お互いに無口な方だから、無言になる事が多かったが、何故か居心地が良かった。
余談だが、彼女は珈琲が苦手だったらしく一生懸命飲み干したし、乳製品も嫌いでミルクには触れなかったと後々になってから聞いた。
もっと早く言えば良いのにな。
一時間半くらい経ち、夜の商売もあるから喫茶店を出る事にした。
流しをやっている事は敢えて言わなかった。
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
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