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妻の感情…VS 相手女の感情…

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真澄( 0DD7nb )
12/02/09 22:51(更新日時)

私の彼…。

まさかの 既婚者…。

奥様からの電話。

世界は止まった。



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No.1727290 12/01/01 16:55(スレ作成日時)

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No.101 12/01/24 20:54
真澄 ( 0DD7nb )

結局、離婚は取りやめになったのかもしれない。


涼子の気が変わったのかもしれないし、


土壇場で 翔平の方が躊躇したのかもしれない。


私は 翔平の持ち物を整理始めた。


さっさと捨てるべき 翔平の服や下着は 箪笥の二段目と三段目に しまわれていて


私は そこに触れることを避けてきた。


触りたくなかった。


見るのが 怖かった。


開ける勇気が持てずに 開かずの引き出しにしていた。


三年間の 夥しい数の写真も


買って貰った たくさんの品物も


クローゼットに眠らせて ただ放置していた。


すべてのものから 逃げ出して 目を閉じて


なにもかも夢であって欲しいと願ってた。


でも これは 現実だ。


神様。


私に勇気を下さい。


No.102 12/01/25 11:06
真澄 ( 0DD7nb )

ゴミ袋にテキパキとほうり込む。


これは ただの不用品だ。


でも…。

一枚のセーターで とうとう手は止まった。


誕生日に買ってあげたもの。


「真澄。俺、これがいい」


「素敵だね。でも 翔ちゃん。
私 もう少し予算あるよ?」


「ううん。これがいいんだ」


翔平の笑顔は まるで昨日のことのように 蘇る。


私は 思わず セーターに顔を埋めた。


「翔ちゃん…」


彼の温もりは ほんの少しも残っていなかった。


かすかなナフタリンの匂いがするだけで、

それが いっそう私を苦しめた。


翔ちゃん。

私、寂しい。

会いたい。



逢いたいよ…。


No.103 12/01/25 11:21
真澄 ( 0DD7nb )

あの呪わた日から 10ヶ月がたっていた。


たったの 10ヶ月…。


でも その10ヶ月に 翔平のいない季節が三度も巡り、


私は もう10年も離れてしまったように感じた。


早く。早く 忘れたい。


なのに、どうして 思いはつのるばかりなのだろう。


こんな気持ちと いつまで闘えば 明るい明日が来てくれるのだろう。


私は 中途半端のまま クローゼットの扉を閉めた。


もう 何もしたくなかった。


No.104 12/01/25 21:08
真澄 ( 0DD7nb )

階下を降りると 開けっ放しのリビングの窓に 大きなお月様が浮かんでいた。


あれ、莉子?


莉子がいない。


部屋に上がる1時間前には 確かにリビングで 本を読んでいた。


莉子ちゃん?


何度呼んでも返事がない。


私は 玄関を飛び出した。


「莉子!?」


「ママ!」


安堵して 声の方向に駆け出す。


私の足が止まった…。


「ママ!翔ちゃんが!」


懐かしい顔が 少し照れたように 私を見た。


待ち焦がれた人。


心と裏腹に 待ち望んだ人。


立ちすくむ私に 翔平が口を開いた。


「真澄。遅くなってごめん」


No.105 12/01/26 19:35
真澄 ( 0DD7nb )

なんだよ。


まるで 私が待っていたかのように 言うなよ。


なにが ごめんだよ。


私は別に…。


私は…


翔平が私の方に一歩 踏み出したとたん


私は 翔平に向かって 駆け出した。


翔平の胸に飛び込んで


「待ってないよ。待ってなんかなかったよ。
翔ちゃん。翔ちゃん!」


私をギュッと抱きしめた 翔平の腕が 力強くて


「うん。そうだね。
待ってるわけないね。
ごめん。ごめんね」


そう言う翔平が たまらなく愛しくて


「お帰りなさい」


翔平の胸の中で 小さく呟いた。


「ただいま」


翔平は 私の声をちゃんと聞きとってくれて


「莉子ちゃんも、ただいま。おいで」


右手で莉子も抱き寄せる。


「ママ。お家 入ろ」


そうだね。 お家に入ろうね。


No.106 12/01/26 21:02
真澄 ( 0DD7nb )

それからの私たちが どんなに濃厚な日々を送ったか、


離れていた日々を取り戻そうと


これからの毎日を感謝しようと、


謙虚に生きようと


涼子をいつも 片隅に置きながら、


翔平と 一歩づつ前へ進み出した。


なんだか 生き急ぐように 私たちは 愛しあった。


何かにせき立てられるように、


追いかけられるように。


息が詰まりそうなくらいの 翔平の愛情に満足しつつ、


どこかで 不安を感じつつ。


そして…。


私たちの 幸せな生活は たった八ヶ月で崩壊した。


私は 今でも 因果関係を信じない。


これは、私の信念で 人はいつだって 努力でやり直しが出来るはずだ。


では この結末は なんなのだろう。


翔平。


私たちは たくさんの過ちを犯したけど


貴方に逢えたことを 後悔しない。


私は 貴方を心から愛した。


愛が喜びなのは、ほんのひとときだね。


愛は、哀しみなんだね。


人は 哀しみに生きるために 喜びを知るんだね。


歯を食いしばる。


誰が なんと言おうと 翔平は 私を愛してくれた。


それだけは 真実だと信じてる。


No.107 12/01/26 22:27
真澄 ( 0DD7nb )

「頭が痛い」


ある晩 彼は そう訴えた。


「大丈夫? 薬飲む?」


「いや、いい。寝る…」


「明日 仕事行ける?」


「うん。大丈夫だよ」


一応 頭痛薬を飲ませる。


「翔ちゃん?」


「平気だよ。おやすみ」


あくる日 翔平の頭痛はひどくなっていた。


車の運転も ままならない彼を 私も仕事を休んで車に乗せる。


病院に到着し、


「歩ける?」


彼は 黙って助手席を降りる。


そして…。


そのまま 倒れ込んだ。


「翔ちゃん!翔ちゃん。」


私は 何故 前の晩に 彼を救急へ連れて行かなかったのだろう。


予兆が きちんとあったのに。


脳梗塞と診断した病院は 救急車を手配した。


何故?


ここが病院なのに。


救急隊員は 電話をかけまくり病院を探す。


何件も 断られた。


何故?


医師の手が 今すぐ必要なのに。


No.108 12/01/27 07:58
真澄 ( 0DD7nb )

翔平が倒れてから
ストレッチャーで運ばれ、
診察を受けて
救急車が来るのを待ち、
受け入れ可能な病院を探し、
それから 運ばれ
また、診察。


この際 所用した時間が 3時間。


素人目にも スピードが勝負なんだと、明らかにわかるのに…。


眠り続ける翔平に 私が出来ることは


神に祈る。


それだけだった。


神様。


どうぞ翔平を助けて下さい。


私から 翔平を取り上げないで下さい。


なんでもします。


どんな努力でもします。


翔平を助けて下さい。


どうか。どうか…。




神はいたのだろうか。


私の願いは半分叶い、


半分は叶わなかった…。


No.109 12/01/27 08:08
真澄 ( 0DD7nb )

「非常に危険な状況です。ご家族に連絡して下さい」


私は…。


途方にくれる。


知らない。


何も知らないのだ。


翔平の携帯から履歴を出そうとするが、


手が震えて うまく操作できない。


機種も違う上に、焦って 動転してて


思うように 携帯を扱えない。


私は……


涼子に電話した。


「もしもし?」


怪訝そうな涼子の声に縋り付く。


「涼子さん 助けて 助けて!」


「どうしたの? 何があったの?」


No.110 12/01/27 08:17
真澄 ( 0DD7nb )

涙が溢れ、くちびるがガクガクと震えて


うまく説明できない。


「落ち着いて」


涼子に励まされ、なんとか状況を伝えると、


「すぐに行くわ。大丈夫よ。泣かないで。
遠いから 時間はかかるけど、今すぐ 出るから。」


涼子が来てくれる。


涼子が 大丈夫だと言ってくれた。


大丈夫。きっと大丈夫。


私は 涼子を待っていればいい。


翔ちゃん。涼子さんが来てくれるよ。


もう大丈夫だよ。


なんの根拠もないのに、私には それが 一本の藁で


涼子は地獄の中に咲いた 一体の仏だった。


No.111 12/01/28 08:06
真澄 ( 0DD7nb )

翔平の会社にだけは なんとか連絡して


廊下の長椅子で 胸を抑える。


私たちは……


私と翔平は……


こんなにも 現実から掛け離れていたのか。


愛して 愛されて


他には 何もいらないなんて


そんなことは、夢物語だ。


愛だけでは 翔平を支えられない。


こんな風に 結ばれた結果、私は翔平の両親さえ知らない。


いつか。そのうち。


何故 そんな風に 呑気に物事を捕らえていたのだろう。


愛の絆なんて 蜘蛛の糸のように 細くて軽くて


今、風が吹いたら 吹き飛ばされそうだ。


翔ちゃん。


目を覚まして。


一人にしないで。


置いていかないで。


もう一度 やり直そう。


ちゃんと リアルの中で 二人で 生きようよ。


お願い。死なないで。


No.112 12/01/28 08:23
真澄 ( 0DD7nb )

「桜田さん!」


涼子の声に 我に返る。


涼子さん…。涼子さん…。


止まっていた涙が また溢れ出す。


「両親と兄弟には連絡しておいたわ。」


「はい。ありがとうございます」


「しっかりして。大丈夫よ。
あの男が 簡単に死んだりするもんですか」


私を励まそうと わざと悪態をつく涼子。


「ちょっと待ってて」


そう言って 涼子は飲み物を買ってきてくれた。


差し出された 缶コーヒーの温かさは 涼子の温かさだ。


缶を握りしめる。


この人は 強くて優しい。


一通り こうなった状況や 医者から受けた簡単な説明を話す。


まだ、本当に簡単なことしか 説明されていなかったのだ。


目を覚ます可能性は 五分五分だと。


覚ましても 障害が発生するかもしれないと。


No.113 12/01/28 08:47
真澄 ( 0DD7nb )

外は薄暗くなり始めていた。


莉子が帰って来ているだろう。


近所の同級生のお宅に 電話をかけ、莉子をお願いする。


その後に 莉子に連絡を入れて 簡単な説明をすると


「ママ 翔ちゃんは 目を覚ます?」
と、聞かれてしまった。


わからない。わからないんだよ。


「そう信じてる」

それだけ答えた。


「娘さん?」


「はい。」


「翔平は 可愛がってくれる?」


「はい」


「あの人 あれで、子煩悩だからね」


たくさんの意味が 詰まった言葉だ。


私は下を向く。


「もっと 堂々としてなさいよ。
貴女のせいじゃないんだから」


ポンッと背中を叩かれ、


「そんなんじゃ 翔平の親にやり込められるわよ。
覚悟しなさい。
相当な癖もんよ。簡単に話しが通じる人たちじゃないの。
私も 散々苦労させられたわ」


No.114 12/01/28 11:50
真澄 ( 0DD7nb )

翔平の両親は 私を一瞥しただけで、


いないもののように扱った。


涼子と何やら話していたが、


結局 その夜 医者の説明を受ける場に 私も涼子も入れては 貰えなかった。


「帰ってちょうだい。
貴女に もう用事はないわ」


彼の母が 初めて私に言った一言。


「いさせて下さい。翔平さんが目を覚ますまで。
お願いします。」


「そして、その後は?
目を覚ました後に 貴女、つきっきりで 翔平を看病出来るの?
出来ないでしょ」


「………」


仕事を休めるのは 限界がある。


私が仕事をやめたら、生活が出来ない。


莉子を ほったらかす訳にはいかない。


でも 今は そんなことより、翔平の容態を見届けたい。


「翔平さんの容態がわからないまま 帰ることはできません。」


お母さんの言いたいことは分かるが、


はい。 そうですね。と引き下がる訳にはいかない。


「貴女がいたのに。
夕べのうちに 病院に行ってさえいれば、こんなことには ならなかったのに。
貴女は 必要ないわ」


No.115 12/01/28 11:59
真澄 ( 0DD7nb )

お母さんにとって、私が必要ではなくても


翔平は私が必要なはずだ。


でも、そんなこと言えない。


「お義母さん。頭痛をすぐ脳梗塞に結び付けるのは 誰でも難しいことだわ」


涼子が 中に入ってくれる。


「翔平が このまま死んでしまったら 貴女たちのせいよ!」


涼子まで とばっちりを受けてしまった。


その後 あーだこーだと 言いあっても 結局埒外は開かず、


私は ご両親に見えないところで 夜を明かすことに決めた。


No.116 12/01/28 12:15
真澄 ( 0DD7nb )

病院の受付の待合室で 薄暗い蛍光灯を見つめながら


翔平が 本当の意味で、いなくなってしまう恐怖に身を震わせた。


怖い。怖いよ。翔ちゃん。


私を呼ぶ声も 優しい笑顔も 抱きしめてくれる腕も


なにもかも 過去の産物となってしまうのか。


もう 二度と取り戻せないの?


パタパタと足音が聞こえたのは 明け方近く。


「桜田さん。意識が戻ったわよ」


涼子が神に代わって 私に知らせてくれた。


No.117 12/01/28 12:34
真澄 ( 0DD7nb )

翔ちゃん…。


ベッドに駆け寄り 抱き着きたい感情を抑える。


ご両親にとって、それは 嫌な光景でしかないだろう。


そっと 近付き


「翔ちゃん。真澄だよ。分かる?」


ご両親に見えない角度で 翔平の手を握った。


温かい。生きてる手だ。


翔平は 何も答えず 身動きもしなかったけど


私の顔に 曇ったままの瞳を動かした。


「うん。翔ちゃん。
起きてくれて ありがとう」


『真澄。ごめんね。起きたよ』


翔平が そう言った気がしたから。


No.118 12/01/28 23:06
真澄 ( 0DD7nb )

余談です。


ネタばれをしたい訳では ないのですが、


どうしても 寂しくて やりきれなくて


悲しくて ただ哀しくて…。


たった一晩の夜を越えることが


とてつもなく苦痛で、

薬の力も お酒の力も


保証してくれる時間は 3時間。


うなされて 淋しさに耐え兼ねて 眠りから目覚めて


ただ、淋しくて…、


もう どうしても 生きることが 苦痛で


親のために 子供のために なんとか 踏み止まる毎日は


渇いて 飢えて


女である前に 母親だとか、人間だとか


そんなことは 理想論で


親への愛と 子供への愛と 男への愛は 似ていて比なるもので、


優劣など つけれるものではなく


それぞれが 各々大切なもので、


何一つ 欠けても 私は私でいられない。


すべてを欲することが、欲張りだと言われても、


すべてが 揃わなければ 不十分で


心に空いた穴は どれか一つが満たされても 埋めることは出来ない。


子供のために?


子供は 私の命だ。


親のために?


親への 感謝は言葉では 言い尽くせない。


愛する男は?


私の分身だった。


彼を失って 生きてる自分に笑いが込み上げる。


死んだように生きることに 意味はあるのか。


私は、己の生きる目的を見失った。


悲しみ。痛み。苦しみ。後悔。絶望。


乗り越えるよりも 終わりが欲しい。


そんな気持ちを どうしても 拭え切れない。


皆様が 幸せでありますように。


No.119 12/01/31 10:24
真澄 ( 0DD7nb )

翔平の後遺症は 決して軽いものではなく


一週間たっても 指先や足先くらいしか動けなかったが


根気強くリハビリをしていけば、成果は期待できるということだったが、


問題は失語症の方で 思ったことを 口にすることが難しく


その姿を見るのは痛ましかった。


でも 私は そんなに頻繁に 翔平には会えなかった。


ご両親が 嫌がったからだ。


お花や入院のための備品などは 受け取ってくれたが、


渡っていたかは 定かではない。


時々 彼の兄弟が病室にいる時は 入れてもらえた。


気の毒に思ってくれたようだ。


私は どんどん憔悴していった。


会いたい…。


そんなちっぽけな願いすら 叶わない。


それでも、ただ、ただ 足を運んだ。


No.120 12/01/31 10:34
真澄 ( 0DD7nb )

扉の向こうに 翔平がいるのに、


それは、城壁のような厚さを持って 私を阻止する。


ご両親を張り倒して ドアを蹴破りたいが 出来るはずもなく、


ある日 とうとう


「翔平のためを思うなら もう来ないでくれ」


と、はっきり口に出された。


先に書いたように、お金の問題や 看病について


私に出来ることが あまりにも少ない現状は


どうにも解決できることではなく、


ご両親にとっては、正当な意見だと思う。


でも 私は 納得できなかった。


No.121 12/01/31 20:05
真澄 ( 0DD7nb )

「翔ちゃんから 離れるのが 本当に翔ちゃんのためですか?
お父さんとお母さんが そう思っても 翔ちゃんは そうは思ってないはずです」


言い方は 確かにマズかったと思う。


もっと お願いの姿勢を取るべきだったのに、


私は 引き離される恐怖に つい 本心を話してしまった。


翔平のために 貴女に何が出来るのよ!


もっともな理屈で 怒らせてしまった…。


彼と話させてくれと 懇願しても


あなた達が苦しいだけだから、やめなさいと言われ、


何よりも まともな会話はできないわけで…。


それでも、私は食い下がった。


翔平自身が それを望むのなら 諦めます。


だから 二人っきりで話させて下さい。


願いは 叶わなかった…。


病室の前で 思わず座り込む。


翔ちゃん。翔ちゃん…。


城壁がご両親の手でずっしりと閉まる。


どうして…?


たった一度のチャンスも 貰えないまま、私は諦めるしかないのだろうか。


No.122 12/01/31 20:12
真澄 ( 0DD7nb )

通りかかった 看護士さんに声をかけられる。


「どうされました?大丈夫ですか?」


いいえ。大丈夫じゃありません。


私の愛する人の命が 助かったというのに、


私は 彼を失わなければ ならない。


どうか 助けて下さい。


翔平に会わせて下さい。


翔平が 私の命です。


お願いします。


「いえ、大丈夫です。すみません」


私は…。


いつまで 平気なふりを続けなければ いけないのだろう。


No.123 12/01/31 20:25
真澄 ( 0DD7nb )

彼に会う機会が訪れた。


涼子だ。


私は 涼子に泣きつき 涼子が彼の兄弟に頼んでくれた。


「桜田さん。意地悪で言うんじゃないわ。
この先 翔平とまともな生活を送れる保障はないのよ?
貴女はまだ若いんだし、お子さんもいるのよ。
翔平を忘れた方が 貴女のためじゃない?」


言いにくいことを 躊躇うように 涼子は言ってくれた。


でも、それではダメなのだ。


無計画で 無鉄砲でも 今、翔平の手を放してしまったら 後悔する。


それだけは わかっていた。


ため息をついた後、涼子は兄弟に連絡を取ってくれた。


そして、私は翔平と対峙する。


私の命…。


オシャレな彼の見る影はなく、やつれ、無精髭をはやし、髪もグチャグチャだけど、


私の心は 愛しさに震えた。


No.124 12/02/01 11:43
真澄 ( 0DD7nb )

窪んで 黒ずんだ目許を しばらく黙って眺めていると、


ふと、翔平が目を開けた。


ぼんやりとした瞳に焦点が定まるのを確かめて


「起こしてごめんね。おはよう」


昼過ぎだけど 私は そう言った。


頷く彼が 少し微笑んだ気がした。


だから 私も笑顔を返した。


ベッドを起こして 座らせてあげたかったけど、


そんなことをしたら 身体の負担になるかもしれない。


普段 ご両親と看護士さんが どんな風にしてあげているのか 私は 一つも知らない。


悲しくなった。


でも、久しぶりに会えた翔平に 私の笑顔だけを見て欲しい。


「翔ちゃん。ちっとも会えなくて ごめんね」


横たわった翔平の手を取り 祈る形に自分の手を絡めた。


二人で いつも 手を繋いでいた時みたいに。


No.125 12/02/01 12:02
真澄 ( 0DD7nb )

彼は親指で 私の手の平を 優しくこすった。


指先から 愛が流れ込んでくるようで


思わず翔平の手に口づける。


「………ま………す……」


「うん。真澄だよ。会いたかったよ」


「……………ご………」


しばらく待ったけど それ以上は 言葉が続かないようだった。


【ごめん】きっと そう言いたかったのだと思う。


「今日はね、絶対に会えたるのわかってたから、お洒落したんだよ。
ほら、見て。
ネイルに行ったの。
グラデーションにね、桜の花を書いてもらったよ」


空いてる方の手を 翔平の顔の前に持って行った。


「綺麗でしょ? 桜田の桜だよ?
縁起も良さそうでしょ?」


また 翔平が笑った。


私は 嬉しくて 喋り続ける。


「翔ちゃん。髪型もちゃんと見て。
気合い入れたんだよ。
クルーさんみたいでしょ?
翔ちゃんの好きな夜会巻きだよ」


翔平が手を伸ばして 私の髪に触ろうとした。


腕が ずいぶん上がるようになったんだね。


触ってよ。翔ちゃん。


翔ちゃんのために 髪をあげてきたんだよ。


No.126 12/02/01 12:18
真澄 ( 0DD7nb )

ほんの少し触れただけで 腕は 落ちてしまったけど、


今度は 私の頬に触ってくれた。


肘がベッドについてる分 ラクなんだね。


「これね、莉子の手作りのミサンガだよ。
翔ちゃんが 早く良くなりますようにって 作ってくれたの」


私は 細くなってしまった翔平の手に ミサンガを巻いた。


「切れる時にね、願いは叶うんだよ」


「翔ちゃんの願いも もちろん叶うんだよ」


結びながら 私は泣けてきて


泣かないって決めてきたのに、


涙が次々出てきて


「……あ………り………と……」


【ありがとう】


「うん。莉子に伝えるね」


泣きながら 笑った。


お父さん、お母さん。


お願いします。


こうやって 翔平のそばに少しでもいたいのです。


あぁ。どうしたら、そうさせてもらえるのだろう…。


No.127 12/02/01 20:34
真澄 ( 0DD7nb )

「あのね、翔ちゃんの お父さんとお母さんがね、
私にもう来て欲しくないって…。
仕方ないよね。突然、孫に会えなくなって 翔ちゃんが倒れて、私に構ってる暇なんてないもの」


翔平を責める言い方にならないように 一生懸命考えながら 言葉に出してみたが、


うまく 話せない。


でも、努めて明るく現状を話した。


翔平の視線が 何故 こんなに辛いのだろう。


「翔ちゃん。一緒に頑張るからね。
ずっと一緒にいるからね」


彼は……。


握っていた 私の手を ダラリと放した。


翔平…?…。


頭を反対の窓の方に ほんの少し傾け


それきり 私を見なくなった。


おい……。


なんなんだよ。


こっち向けよ。


「ねぇ、どうして そんな態度? 」


もう ピクリとも動かない。


No.128 12/02/01 20:46
真澄 ( 0DD7nb )

翔平は今 普通の心と身体じゃないのだ。


それなのに 私はイライラした。


毎日 毎日 仕事を終えて クタクタの足を引きずりながら


ただ 会いたい一心で病院へと足を運んだ。


罵倒されたり、無視されたり、


その上 会わせてもらえず、


泣きべそをかきながらも、一日も欠かさず それを続けてきたのは、


私の気持ちが中途半端だと思われないよう


この先の 私たちに繋げようと、


必死に努力してるんじゃないか。


なに そっぽ向いてんだよ。


こっち向けよ。


ちゃんと 意思表示しろよ。


なんで 私を見ねーんだよ!!


No.129 12/02/02 07:05
真澄 ( 0DD7nb )

せっかく マトモに会えたのに。


やっと 二人の時間なのに。


人間は 本当に勝手な生き物で

翔平が生きてさえくれればいいなんて願ったことは、

もう どこかへ吹っ飛んで、それ以上のことを望むように なってしまう。


早く 回復しますように。


ご両親が 理解してくれますように。


仲良く 一緒に暮らせますように。


望みは尽きなくて 後から後から湧いて出てくる。


「翔ちゃん? 私 悲しいよ? ここは、一緒に頑張るって約束するとこだよ?
肝心なとこで なに、無視してんのさ?
ねぇ、私の顔見てよ!」


私は 翔平の顔を覗き込んだ。


泣いてるの?


No.130 12/02/02 07:13
真澄 ( 0DD7nb )

つぶったままの両目から 涙が ツーっと左側に流れていた。


私は 右側のパイプ椅子に座っていて それが見えなかったのだ。


「いろんなこと いっぺんに言い過ぎたよね。
ごめん…。
私、焦ってたんだ。このまま 二度と会えないんじゃないかって…。
翔ちゃん、一つだけ約束して。
私たちは これからも 一緒だからね?」


何も答えない翔平。


私は 彼の手を取った。


「約束してくれるなら、手を握って。
少し不安で それが聞きたいだけなの」


しかし…。


翔平は 手を握り返してくれなかった。


No.131 12/02/02 18:15
真澄 ( 0DD7nb )

どうして? ねぇ、どうしたの?


「まさか、こんな中途半端に別れたいんじゃないよね?」


悪い冗談だった。 本気で聞いたんじゃない。


そうじゃないと教えて欲しかったし、


ただ沈黙が 辛かったから、ふと、口に出しただけだ。


肯定されるなんて 思ってもなかった。


それなのに…。


翔平は 弱々しく私の手を握った。


「嘘だ…。なんでそんな嘘をつくの?
別れるなんて そんなことが出来るの?
こんな時に 私たちは お互いを放り投げるの?
翔平、あんた馬鹿じゃないの?」


また 無反応。


「こっち見なよ! 私を見て答えなよ。
ねぇ、本気で私と別れるの?
一人ぼっちになるつもり?」


彼は 小さく頷いた。


鳥肌がたった。


ワナワナと唇が震える。


手を振りほどき 私は大きな声を出す。


「嘘つき! もう 絶対 私を一人にしないって誓ったくせに!
愛してるくせに!
私を愛してるくせに!
私は ちゃんと知ってるんだから!」


No.132 12/02/03 06:32
真澄 ( 0DD7nb )

私は 翔平の前だと、いつだって直情型で、

すぐに怒ったり ムキになったり 泣いたり 喚いたり、


落ち着いて 冷静に考えて、状況を汲み取り、言葉を選ぶ


そんなことは とても出来ないほど、愛してて


「嘘つき! 嫌! 別れないから!
翔ちゃん! 嫌だよ!
なんとか言ってよ!」


言いたくたって 何も言えない翔平に向かって、


こんな言葉を投げつけて、


こんなはずじゃなかった


こんなことに なるなんて 私はどうしたらいいの?


ただ そればかりがグルグル頭を駆け巡って…


ただ翔平を罵った。


No.133 12/02/03 06:55
真澄 ( 0DD7nb )

人に器があるのなら、


私の器は まるで三々九度の盃並に浅すぎて、


すぐに いっぱいいっぱいに 溢れ返る。


やっと 掴んだはずの 翔平との幸せが いとも簡単に 流れ出す様を なんとか止めようと、


動けば動くほど、盃は揺れて…


とうとう 全部こぼれ落ちてしまった。


「それが…。 翔ちゃん。
あんたの答えなんだね。
もういい。わかった…」


私は疲れてしまった。


なんだかもう いろんなことが うまくいかなくて…。


もがけば、もがくほど 蜘蛛の巣に絡め取られるように 身動きが取れなくて…。


「翔平? 本当に終わるのね?
真澄がいらないんだね?
結局、そんなもんなんだね?」


目を開けない翔平に、


「ばかやろう」と、呟いて 病室を後にした。


No.134 12/02/04 06:42
真澄 ( 0DD7nb )

談話室でテレビを見ながら 待っていてくれた弟さんとそのお嫁さんに声をかける。


「ありがとうございました」


「あ…。いえ…。」


二人とも少し困ったような顔をしている。


縁も所縁もない私に こうして時間を作ってくれたのは ひとえに兄貴のためで


ご両親と看病の交代を申し出て この場を設けてくれた。


ありがとう。そして…。

ごめんなさい…。


「お話できました?」


ぎこちない笑顔で お嫁さんが声をかけてくれる。


「はい。もう来ません。
それが 彼の望むことでした。
お世話になりました」


深く頭を下げて、私は彼等を見た。


どうぞ 翔平をよろしくお願いします。


だが、それは 私が口に出す一言ではあるまい。


No.135 12/02/04 07:07
真澄 ( 0DD7nb )

「えっ? あの… 」


弟さんが何か言いかけたが、私は それを遮った。


「ご両親にも お伝えください。
いろいろと申し訳ございませんでした」


背中に視線を感じながら 私は歩いた。


彼等に会うことも 今日で最後だ。


終わったのだ。


なにがなんだか よくわからないままに、私の愛した人が 私を拒絶した。


何も考えたくない。


もう 何も考えられない。


モノクロの映画のように 色彩が消え、


私の薬指にはめられたダイヤのリングだけが まるで世界の一点みたいに鮮やかに輝いていた。


二度と私を放さないと約束した 誓いのリング。


こんなものはもう ただのゴミだ。


誓いは破られた。


私の指にはめてくれた その手が 私を突き放した。


そっと 指輪を外す。


すっかり 葉を散らした街路樹に向かって 私は指輪をぶん投げた。


「嘘つき!」


No.136 12/02/04 10:45
真澄 ( 0DD7nb )

翔平の笑顔が蘇る。


リビングの真ん中で 私は嬉しくて はしゃぎながら 神父様のマネをした。


照れ臭かったのだ。


【愛は寛容であり親切です。
愛は自慢せず 高慢になりません。
不正を喜ばずに 真理を喜びます。】


「ほら、翔平!あんたは以前、不正をして 真理を破ってんだからね。
良く 聞いてよ」


翔平は苦笑する。
「はい。すみません。聞いてます」


【すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを堪え忍びます。
愛は 決して絶えることは ありません】


「真澄……。まだ続く?」


「まだまだだよ!」


「ふぇー!」
クスクス笑う翔平。


「いつまで残るのは、信仰と信頼と愛です。
その中で1番優れているのが愛です。」


「俺、信仰ないよ」


「私もよ!黙って!」


No.137 12/02/04 11:09
真澄 ( 0DD7nb )

「ここからが本番ね!」


【その健やかなる時も、病める時も、
この女性を愛し、慰め、助け、敬い、
その命の限り、誠実を尽くすことを誓いますか?】


「翔ちゃん?」


「あっはい。誓います」


♪パパパパーン パパパパーン パパパパンパカパパン パパパパンパカパパン
あいらーびゅー ふぉえーばー あなたーだけーのためー♪


調子っぱずれの 私のでかい歌声に乗せて


翔平は 私にリングをはめてくれた。


私は「おめでとう!翔ちゃん!」と、飛びつき、


翔平は 「えっ?俺? いやいや おめでとう真澄ちゃん」と、私を抱きしめた。


遠い昔なんかじゃない。
ついこの間だ。


病める時も…


慰め… 助け…


命の限り……


私は 泣いた。


大声で…。


道行く人が 振り返る。


どうでもよかった…。


No.138 12/02/07 19:59
真澄 ( 0DD7nb )

余談です。


二泊三日で 莉子を連れ 沖縄に行って来ました。


2/5(日)那覇空港は、摂氏20度という暖かさで レンタカーの窓全開で風を受けながら、


旧海軍指令部豪と、首里城を回り、


翌日は 23度の中、今帰仁城と桜を堪能しました。


桜は すでに半分葉桜でしたが、揚羽蝶がヒラヒラと飛び回り 卵を産むのでしょうね。


ビンクと黒のコラボに 世界遺産の石階段は 見事な調和を産んでいました。


翔平と付き合い始めて 初めて二人で旅行に訪れたのが、沖縄で、


あの頃の私は まだもう少し若く マリンスポーツにハマっていたので 観光よりも 海がメインでした。


いつだって また一緒に来れると 固く信じていた私ですが、


人生に絶対は 無いものですね。


皆さん 今の幸せを大事にしましょう。


明日から また続きます。


よろしくお願いします。

No.139 12/02/08 12:25
真澄 ( 0DD7nb )

重い足を引きずって なんとか 家にたどり着いた。


ブーツを乱暴に脱ぐと、揃えるのも めんどくさくて、

這ったまま 和室に寝転んだ。


障子を通して 西日が柔らかく私の背中を照らした。


莉子の作りかけのミサンガが ほうり出されていて、
それを 横目で眺めた。


「翔ちゃんとお揃いで ママにも作ってあげるね」


莉子ちゃん…。


ごめんね。


大人の都合で 振り回しちゃったね。


翔ちゃんは また、いなくなっちゃった。


今度こそ 戻って来ないみたい。


もう 翔ちゃんに そんな力は無いみたい。


ママも疲れちゃった。


とっても疲れちゃった…。


もう 頑張れない。


頑張りたくない。


胸を抑えて 丸くなる。


もう 髪を撫でてくれる人はいない。


しっかりしなくちゃ。


莉子が帰ってくる。


こんな姿を見せられない。


なのに、起き上がることが出来ない。


No.140 12/02/08 14:48
真澄 ( 0DD7nb )

翔平と出会ったのも

不倫だったのも

やがて 私の元に来てくれたことも

倒れて生死をさ迷ったのも

そして 結局別れを迎えたのも


すべて すべて架空のことみたいに思えた。


この過去たちも、翔平との楽しかった日々も もうこの世の何処にもなくなった。


今、現実にあるのは 疲れた体を横たえた 西日の射す和室だけだ。


ふふっと 私は軽く笑う。


現実の翔平と 現実の私を繋ぐ絆は どこにもない。


記憶だけが、愛の証で そんなものは クソの役にも立たなかった。


愛を盾に 愛を鉾に 闘い続けて みんな不幸になった。


翔平…。 私たちは 大事な人たちを傷つけただけで


何一つ 手に入れたものはなかったね。


ははっ 馬鹿みてー


涼子さん… ごめん…


No.141 12/02/08 15:12
真澄 ( 0DD7nb )

鍵をカチャっと 開ける音が聞こえた。


莉子。お帰り。

せっかく 莉子の帰宅時間に ママはいるのに、なんだか 動くことが出来ないの。


ごめんね。 少し休みたい。


少し 眠らせて。


「ママ?」


「ママっ!」


遠くで人の声がする。


私の髪を撫でる大きな手。


大きな…?


いいえ。小さな、でも 力強く優しい手。


莉子…。 愛しい娘。


「気付いた? ママ 熱出してね、倒れてたんだよ。
すぐ 良くなるよ。
大丈夫だよ。すぐ治るんだから」


入院は たったの三日で 私はその間 圧倒的な対比で眠り続けた。


田舎から 母が来てくれていて、退院後 私はすぐに現実に直面しなければ、ならなかった。


No.142 12/02/09 06:53
真澄 ( 0DD7nb )

「いったい どうしたの?
先生は『相当疲れが溜まっていたんでしょう』って おっしゃっていたけど、
莉子に聞いたわ。翔平さんも入院しているんですって?
何が どうなっているの?」


母には 何一つ言っていなかった。


「真澄さんを一生大事にします」と、
挨拶をした 翔平が実は既婚者だったなんて 口が裂けても言えなかったし、


そんな 彼が入院したとなれば、お見舞いに行くと言うだろうし、
彼の親に会わせるわけにはいくまい。


今さら 本当のことを話して 母を傷つけたくない。


かと言って どう説明していいかわからない。


「もういいの。終わったの。」


母は 憤慨した。


「真澄! いい加減にしなさいよ!
子供じゃないのよ。
簡単に付き合ったり、簡単に別れたり、いい大人が みっともないことしないの!
莉子に恥ずかしくないの?」


黙れ! 私は恥ずかしいことなんて 一つもしていない。


真剣に愛したし、たくさん努力した。


でも 願いはまるで叶わなかった。


私一人の力じゃどうすることも 出来ないんだよ!


と、心の中で叫んだだけで 何も答えなかった。


No.143 12/02/09 07:41
真澄 ( 0DD7nb )

「まったく! 離婚する時も 事後報告。
大事なことを いつも簡単に決めて 別れたり 引っ付いたり、何 考えてるの?!」


言わないことを簡単だと、結び付けるのは 何故だろう。


散々 苦しんだし、傷ついたし、でも その内容を他言するのは 憚れた。


元夫は 私以外の人間から 中傷されるような人物ではなかったし、


私たちは 和解して別れを選んだ。


それで いいじゃないか。


うるさい。うるさい!


私は 心配する母に対して、まったく優しくなれず、


一言 言い放った。


「翔平は死んだのよ」


大嘘だ。


まったく事実じゃない。


でも、私の中で 彼は死んだ。


そうじゃなければ、納得いかない。


愛してるのに。


彼だって 私を愛してるのに。


No.144 12/02/09 07:52
真澄 ( 0DD7nb )

「えっ? ちょっと! 真澄! 本当なの?
あんた 嘘で 人が死んだなんて 言ってるんじゃないでしょうね?」


無言の私に 母は怒りまくる。


「嘘?… なのね?
なんて子なの! 真澄! あんたは…! あんたって子は!」


母の目に涙が浮かぶ。


私は 見つめ返すことが 出来ずに 視線を外した。


可哀相な母。


でもいい。これでいい。


私は なにがあっても 本当のことを言いたくない。


このまま うやむや。


望む結果だ。


私は 黙って自室に閉じこもった。


三日ぶりに携帯を開く。


会社の優子からメールが2件。


涼子から 着信が2件…。


涼子さん……。


No.145 12/02/09 08:10
真澄 ( 0DD7nb )

翔平とのことを 今 誰とも話したくなかった。


でも 彼女には 骨を折ってもらった。


そんな筋合はひとつもないのに、彼女は私の頼みを聞いてくれた。


黙ったままでいるわけにいかない。


携帯を耳にあてる。


「桜田さん?」


涼子の声に安堵する自分が少しおかしい。


すべてを知っている人。


この人の前でだけは、私は素になれる。


「すみません。熱を出して寝込んでました」


「そう。体調も悪くなるわよね。もう いいの?」


「はい」


No.146 12/02/09 09:11
真澄 ( 0DD7nb )

ほんの少し間を置いて 涼子は話し始めた。


「翔平ね、地元の病院に移ったわ。昨日よ」


私の家で倒れた翔平は こちらの病院に入院していたが、


ご家族は 自分たちの家に近い病院を希望していた。


当然の成り行きだろう。


「遠くても、病院にいる間は なんとか会える時もある。
退院したら、会えないわよ?
いいの?」


「彼が……。会いたくないそうです」


「本心じゃないでしょ?」


「………。」


「貴方たちのことを思って カッコつけてんのよ。
そんなに強い男じゃないわ。」


「………」


「諦めたの?」


「……」


「そんなもの?」


「………」


「貴方の覚悟は そんなものだったの?
それだけのために 私は…」


彼女の言い方は 責めてる様子も 腹をたててる様子もなく、


呟きのような声で…。


それが、余計に私の胸に刺さった。


「すみません」


「いいのよ。別に貴方が悪いわけじゃないわ。
貴方の気持ちも わかるしね…」


「うまくいかないものね。人生なんて こんなものかもね」


涼子は続けて そう言った。


「真澄さん? 貴方 あんまり自分を責めちゃダメよ。」


涼子が 初めて 私を下の名前で呼んでくれた。


私は 気付いていたけど、そこには触れられなかった。


「ありがとうございます」


No.147 12/02/09 22:01
真澄 ( 0DD7nb )

それ以来、私は涼子とも、もちろん翔平とも 連絡を取っていない。


あの時、もう少し 頑張っていれば…。


そんな風に 今なら思えても、それは、後の祭りだし、


例え 頑張っても うまくいったとは 思えない。


人には 許容範囲というものがあって、


限界は自分が心得ていて、私には無理だった。


私は 弱い人間だった。


そして、その弱さゆえ、今でも 彼を忘れられない。


彼の職場の病欠は 3年で それ以上は認められない。


その後 涼子に対しての保障はもちろん 自分の生活さえ どうするのか私は知らない。


見えない未来に向かって 闘い続ける勇気を持てなかった私は 負け犬だった。


涼子の生活を奪っておいて 逃げ出した私は 卑怯者だった。


それでも 私は翔平をひたすら愛していた。


時たま 堪えきれずに 叫び出したくなる。


会いに走りたい気持ちを 堪え、


遠くからでも 一目見たい気持ちを堪え、


いったい 何を我慢しているのか わからなくなりながら、


一日一日を ただひたすら超えている。


物語が ハッピーエンドで終わるのは 童話の世界で、


もしくは 私以外の世界で、


エンドレスな苦い想いが 私を包みこむ。


もし…、本当に神がいるのなら、


救いがどこかにあるのなら、


せめて 涼子に幸福を。


私は彼女も愛してる。


まるで 片思いであるように、


翔平と供に 愛してる。


No.148 12/02/09 22:51
真澄 ( 0DD7nb )

中途半端なまま、小説は終わる。


なぜなら それが現実だから。


涼子の幸せを願いつつ、彼女がその後 どうしたのか、


翔平の全快を祈りつつ、彼の姿は 見ることもなく、


私は 一歩も進めないまま、過去の記憶に 捕われていて、


今もなお 毎日が未解決のまま過ぎていく。


いつか 優しい気持ちで 思い出を抱きしめる日が来るだろうか。


陰りゆく時が まばゆい光に 変わるだろうか。


悩める誰かが 新しい世界を見つけられますように。


読んで下さり ありがとうございました。



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