僕我俺私ーーー五人暮らし
暇潰しに読んで下さい。感想もらえたら嬉しいです。ここに書いて下さい。
自分の名前は、田口隼人です。
周りからはタグチンって呼ばれてます。
自分は大学に入って上京して一人暮らしを始めました。
いえ、訂正します。
基本的には一人暮らしです。
ですがある意味では、自分と僕と我と私と俺で五人で暮らしています。
自分の中に四人の人物が住みついているのです。自分が代表的に、体を動かしている感覚です。
簡単に説明しますと、
僕はまじめな奴です。
我は面白い変わった奴です。
私は愛嬌のある可愛い奴です。
俺は自信過剰な奴です。
全然違う奴らが自分の中に住んでます。ちなみに自分は、普通に平凡な奴なんですけど…。
どうしてこんなとになったのかは自分は説明できないんですが、もしかしたらアレかな〜?って出来事が思い当たります。
その出来事から、今そんな生活が当たり前になるまでの経緯をお話しします。
それはまだ自分が、自分のことを俺と呼んでた頃まで遡ります。
俺は、念願の大学に合格し、都心の大学に通うため、一人暮らしをすることになった。
東京に上京する。
今は新幹線の中だ。
新幹線の中でボーッとして、初めての一人暮しについて考えている。
一人暮らし。
高校での友達からは、羨ましがられる。
だが俺はあまり乗り気ではない。
おはよう、いってきます、ただいま、いただきます、おやすみ。
そんな挨拶に、
おはよう、いってらっしゃい、おかえり、いただきます、おやすみ、が返ってこない生活。
さみしいな。
なにせ俺は五人兄弟の長男で、昨日まで個性豊かな弟三人と妹一人に慕われて、賑やかな生活を送っていたのだ。
別れが非常に悲しい。
『可愛い弟たちよ、元気でな。』
一人寂しくつぶやく。新幹線であいつらからもらった手紙を思い出し、大きなカバンから取り出して、開いた。
『 隼人兄ちゃんへ
みんなでこの手紙書いてます。
一言ずつ、メッセージ送ります。
母さん
隼人…ちゃんとご飯食べなさいね。いつでも電話しなさいね。母さんはいつも応援してますよ。
父さん
隼人、ちゃんとやるべきことやってこい。男なら二言はないよな。一生懸命勉強して、4年間しっかりやり遂げるんだぞ。
正彦まさひこ
僕が隼人兄ちゃんの代わりに、雪音たちの面倒みるから何も心配しないで。向こう行っても変わらない隼人兄ちゃんでいてよね。帰るの待ってるから。いってらっしゃい。
隆盛りゅうせい
我の誇りであり永遠の目標たる最愛の兄よ、我は兄の帰りを待っておるぞ。東京は怖いところであるからな、兄のご無事を心からお祈りせねばならぬ。
慶けい
俺はさぁ、兄ちゃんが行っちまうの、俺への挑戦だって思ってるぜ?風のように行って、いつかまた、風のように帰ってこいよ!そのときはこの俺様が、その風、受け止めてやるぜ?
雪音ゆきね
私、大好きな隼人兄ちゃんが行っちゃうなんて絶対イヤだよー!行かないでー!寂しーよー!私のこと可愛いって明日もまた言ってよ!私は行くの反対だけどずっと待ってるからね!
田口家一同から
いってらっしゃい隼人兄ちゃん!』
俺は涙が出るのを我慢できない。
こんなに兄想いの弟たちを持って世界一幸せな兄ちゃんだ。この手紙は一生自分の宝物にしよう。いつか、自分が結婚したとき、読んでもらったりして。
『兄ちゃんもお前たちと離れたくないんだけどごめんな』
誰に言うでもなくつぶやく。
すると、どこから来たのか10才くらいの小さな男の子が俺の目の前にやって来た。
『ん?僕お母さんは?迷子になっちゃったか?』
子供への扱いは慣れている俺は、小さな男の子に躊躇ちゅうちょなく話かけた。
『あ、UFO』
その男の子が新幹線の小さな窓に向かって指を指した。
『んー?どこだー?』
小さな子供のいたずらと分かっておきながら、いたずらに付き合ってやろうとつられたふりをして窓を見る。
バッ!
え?
俺の手にあったものが奪われた。
今宝物になったばかりの手紙が。
自分は一瞬怯ひるんで固まっていると、その一瞬で男の子がビリビリと手紙を破く。
『ああコラ!ダメ!!』
止めたときにはもう遅かった。
自分は、怒りがこみ上げてきて、名前も知らない人様の子供に怒鳴ってしまう。
『おい!何すんだよ!』
新幹線中の人々の視線を感じる。
なにあれ…とか、怖いわ…とか、近寄っちゃダメよ…とか、色々ヒソヒソ聞こえてくる。
でも予想外に、その子の親は出てこなかった。
泣きわめくと思ったのに子供もちっとも怖がる表情を見せない。それどころか、ニタ〜っと笑ってから、隣の車両に移動したんだ。
ビリビリにちぎられて残された紙きれは、手紙という原型はとどめていない。
それはもう、セロハンテープで補充が効かないくらいに細かく引きちぎられている。
俺はそれから、さっきと違う意味で涙を流す。
新幹線は本当に早い。
あっという間に東京に着いた。
『うぉー!東京だー!』
俺は手を大きく伸ばして、カラ元気にそう言った。
初めて来る東京を散策してみたい気持ちを抑えて、地図を見ながら東京駅から徒歩5分の自分のアパートに向かった。
管理人さんとお話しして色々と手続きや説明を受ける。
一人暮らしは嫌だなとは思いつつも、ワクワクする気持ちもなくはなかった。
自分の部屋に案内されて部屋に一歩入る。
『わ〜!今日からここが隼人兄ちゃんの新しい部屋になるんだぁ♪』
!? 雪音ゆきね!?
自分の兄弟の末っ子、雪音の高くて綺麗な声がすぐ近くに聞こえた。
幻聴だよな…
長い新幹線の旅で疲れているんだと一人納得してから、靴を脱いで気にせず部屋に上がる。
なかなか日当たりが良さそうな部屋だな。
『へぇー なかなか日当たりが良さそうな部屋だね』
今度こそはびっくりする。
幻聴にしてははっきり聞こえすぎるんじゃないか。
周りを見てももちろん正彦まさひこはいない。
なんだか怖くなる。
俺は、恐怖を覚えながらも部屋を見回る。キッチン良し、ベランダ良し、家具はまだ置いてないからさみしいけど、いい部屋だ。
洗面所も確認しよう。
洗面所にある鏡を見て、身だしなみをチェックする。
泣いたせいで目が少し腫れていたのが気になり、自分の顔を鏡に近づけた。
『どんなに鏡見たって一生俺様には勝てねーって』
『うわあっ!!』
大きな声を出す。
慶けいの声と同時に、鏡に映った自分の口が言葉に合わせてパクパクと動いていたからだ。
おまけに自分の顔つきも、なんだか慶がしそうな強そうな顔になっている。
いつもの自信に満ち溢れた慶の低い声…出しているのは自分?!
声は自分の声でなくそのまま慶の声なのだ。
気持ち悪い…なんだよこれ…
そのとき、
『我は隼人兄様の方が一枚優っておると見抜いておりますぞ。我は自信が過剰にありすぎる慶に少しは謙遜の心を教育いたしたいものでありまする』
隆盛りゅうせい!?
鏡に映る自分は隆盛のしそうな鋭い目つきになっている。
『はぁ!?何だ隆兄りゅうにい文句あんのかよ』
今度は自分の顔が挑発的な顔つきになっている。
『やめてお兄ちゃん!私のためにケンカしないで!』
唇をとんがらせて目を大きく開ける自分の顔。
『いや、今のは雪音のためではないと思うよ』
正彦の声で真面目で冷静な顔。
自分の表情がコロコロと変わっていく。
もう恐怖なんてレベルじゃない。
恐怖を乗り越えて驚愕した。
急いで洗面所を出て、靴も履かないで部屋の外にでる。
そして、ケータイで急いで実家に電話した。
『もしもし!俺だよ俺、隼人だ!』
『あ、隼人兄ちゃん?もう東京ついたの?』
いつも真面目な三男、正彦が電話に出た。
その声にさっきの恐怖が蘇る。
『あぁ、着いたよ。今はもうアパートにいる。それが変なんだよ。お前たちの声が聞こえんだよ。しかも、俺の表情とか口が勝手に動いて、超怖えんだよ。本当なんだよ。本当に!』
『隼人兄ちゃん…今日は長かったろうから疲れてるんだね。お疲れ様。そういうときは、ビタミンしっかりとんなきゃダメだよ。クエン酸もとってね。』
『違うんだって!もういい!母さんに変わって!』
『もしもし隼人〜』
『母さん!あの…なんか変わったこととかないよね?事故…とか、ないよね?正彦たち、無事だよね!?』
『あはっ なぁに言ってんのよあの子たちはまるっきり元気一杯よ。あんた今正彦と話してたんでしょ?』
『そ…そうなんだけどさあ』
『あ、雪音が電話代わりたいってうるさいから代わるわよ』
『あ…ちょっと待っ』
『もしもーし♪お兄ちゃん?雪音でーす♥︎』
『雪音…俺が今日から暮らすアパート、どんな部屋か知ってるか?』
『え〜?知るわけないじゃん!だってお兄ちゃんだって今日初めて見たんでしょ〜?どんなかんじだった?広い?狭い?』
『………。』
『お兄ちゃん?おーい』
『あ…ごめんごめん、じゃあ、ちょっと俺疲れてるから、切るわ』
『えー!私まだ全然話し足りないよ!ずーっと隼人兄ちゃんからの電話待ってんだよ?なのにトイレ行ってる隙に正彦兄ちゃんが先に出ちゃってさぁ!くーやーしーい!』
『ああ、そう。サンキューな。じゃあまた。』
無理矢理電話を終わらせた。
今の電話で、さっき部屋で俺が聞いた声は、弟たちの実際の声ではないことが分かった。
そして弟たちは今日も変わらず元気に生きていることが分かった。
弟たちが化けて俺に乗り移ったとかではないようだ。
ひょっとすると、別の霊的な現象なのだろうか。
しかし確かに弟たちの特徴を捉えた喋り方、口調、内容までなんの疑いもかけられないぐらい、俺がよく知っている弟たちに間違いなかった。
じゃあ、なんだというんだ…?
ただたんに俺が疲れていて幻聴と幻覚を見たのだろうか?
そこまで疲れている実感はないのだが…。
必死に考える。
『一旦考えるのやめて、中入って。』
!!!
聞こえる声はやはり俺から出ていた。
正彦の声に俺は泣きそうになる。
俺『教えてくれ!この声はなんなんだ!お前は正彦じゃないだろう!俺はさっき正彦と電話で話したばっかりだ!お前は何が目的だ!俺の命か?何で弟たちの声を利用してこんなマネをするんだ!』
『ちょっと落ち着いてよ〜!お兄ちゃん!』
『我、兄の冷静を願う』
『はしたねーぞ!そんなにキョどんなよ』
急に騒がしくなる。
『隼人兄ちゃん、とりあえず部屋に戻って。それからちゃんと話すから。』
正彦の落ち着いた声が俺を和ませた。俺は、しばらく時間をかけてから再びドアを開けた。
『じゃあ、今から話すから、しっかり聞いてほしい。』
正彦が説明してくれるようだ。
姿がないのに近くに声がするというのは気味が悪い。
『僕らは、どうやら兄ちゃんの心の中に住みついちゃったみたいなんだ。
気づいたら東京駅が目に入ってた。
「うぉー 東京駅だー」って隼人兄ちゃんの声も聞こえて、「東京駅フラフラしたい」って、ボヤけた声も聞こえてきた。
最初は僕は夢を見てるんだと思って、ただその映像を見ていたんだ。
そうしたら、地図が目に入ってきて、その地図が、夢と思えないほど細かく忠実に書いてある。
それからアパートに着いて、管理人さんと話しているときに、リアル過ぎるって気づいたんだ。
これは夢じゃないんだって。』
『我も同じく。』
『私もだよ♥︎』
『俺は最初から夢じゃないって気づいてたけどな〜あ!はっはっは』
『絶対ウソでしょ〜。慶兄ちゃんウソつくときは、絶対はっはっはって笑うの私知ってるもーん♪』
『っばか!んなわけねぇだろ!』
『静かに!
今大事な話をしてるんだから。
…で、しばらくしたら、雪音の声がして、僕が試しに喋ってみたら、隼人兄ちゃんの驚いた反応がかえってきて。
ただ互いに姿は見えないけど、話ができるって気づいたんだ。
それから、洗面所が映って、それから兄ちゃんが目に映った。
そのとき僕は分かったんだ。
僕たちは隼人兄ちゃんの体に入りこんじゃったんだって。
兄ちゃんが見てる景色を、僕たちは見ているんだって。
それから兄ちゃんは今さっき家に電話したよね。
電話の向こうで、僕が喋ってたんだ。驚いたよ。僕はここにいるのに、知らない僕が兄ちゃんと話してるんだから。
それで、今に至るってわけ。きっとお前たちも同じ流れだよな?』
『まあな』
『我異議なし』
『うん♥︎』
……なるほど。。。
いや、全然なるほどじゃねえ!
ハチャメチャだろそんなん!
納得できるわけあるか!
俺は心の中で叫ぶ。
『隼人兄ちゃん、納得できるわけないよね。僕らも一緒さ。全然なるほどじゃないよ。』
…!心の声が聞こえてる!
『へっへ〜!ばっちり聞こえてくるぜ〜!』
『ふふ♥︎お兄ちゃんが考えてること丸わかり♥︎』
…なにぃ〜!!
俺は…俺の口から出てる声と心の中で対話してるって状況か!?
ウソだろ…
『僕にもさっぱりわからないよ。どうしてこんな事になってしまったのか。』
『我考えがありまする。』
『なぁにー?隆兄りゅうにいちゃん?』
『我、これは無意識の産物だと思うのであります。』
『はぁ?なんだそれぇ?』
『この不思議な現象は、兄様を東京に快く送り出した一方、兄様に東京へ行って欲しくないと我らの心の片隅に存在した無意識の存在。かつ兄様もできることなら我らと離れたくないと心で感じておられた。たとえ無意識であろうとも。それら無意識が兄様の心の中で具現化した結果起こした現象であると我は考える。我らは元々の我らの、〝分身〟のような存在であるのではないかと考えるのが自然である。』
『ははーん、なるほどなぁよく分かったぞ、はっはっは』
『難しくてよくわかんないよ〜!』
ん?俺もよく分かんねえな…
『なるほど!そういうことか!
隆盛の予想はあながち間違いではないかもしれないよ。
つまり僕たちがお互い離れたくないって願ってた気持ちがどういうわけかこんな形で叶ってしまった結果ってことだね。』
『チッ 無意識がどうのこうのって 気取った説明しやがって。』
『え〜!それだったら私、無意識じゃなくて有意識に隼人兄ちゃんと離れたくないって思ってたよ?ほら、手紙にだってそう書いたもん♪』
『それを言うなら有意識じゃなくて意識的だよ雪音。ちゃんと日本語勉強しなくちゃダメだろ?もう中学2年生なんだから。』
『はーい。ごめんなさい正兄ちゃん。』
『我どうであれ、兄様と再び共に暮らしていけることを確信し、喜ぶ。』
『俺は自分の顔が見れねえの耐えられる自信ねえな』
『慶が自信ないなんて似合わないセリフだな。』
『は、ウソだし!自信あるし!自分の顔なんてチェックしなくたって俺かっこいいからヘッチャラだし!』
お…俺は、全然ヘッチャラじゃねえっての…なんで…心の声も聞こえるって、それはいくらなんでもねぇって…
『うれしー♥︎お兄ちゃんが普段なに考えてるかも分かるってことだよねー♥︎それに、ずーっと一緒にいられるってことだよね♥︎』
…ずーっと一緒に?
え…それはちょっと…
俺にだってプライベートってものがあってだな…
『とりあえず、しばらくはこの状況のままだと覚悟しなきゃいけないと思う。また何かの拍子に元に戻れるかもしれないし、それに、本当の僕らの本体もちゃんと意識を持って生きているみたいだから安心して、しばらくの間はこうしていられる。』
安心してって…おいおい…
『安心してって…おいおい♥︎』
俺の心の声を繰り返すなあ!
ピンポーン
インターホンが鳴った。
『荷物お届けに来ましたー!』
『あ、はーい♥︎』
雪音が答えるなぁ!
みんな、静かにしとけよ。
『……。』
『……♥︎』
『……。』
『ほほ〜い(小声)。』
それから俺は荷物を受け取り、必要なものを整理したりセットしたりした。
ものすごく独り言のような見た目の会話をしながら。
『これソッチじゃなくてコッチに置いたら?』
『いや、アッチだろ』
『コッチコッチ♥︎』
『我コチラを推薦。』
『お前らうるさーーい!あといっぺんに喋るな!俺の口が裂けそうになるわ!』
『ごめん隼人兄ちゃん。』
『悪い。』
『許して♥︎おにーちゃん♥︎』
『我謝罪。』
はぁ…さっきからずっと通常の五倍増しに喋り続けてるから疲れるわ…
こいつら本当騒がしい。
でもまあ、一人暮らしのはずがとんでもない賑やかな生活が始まりそうだ。テレビなくても全然退屈しないし、個性豊かすぎっけど、俺の大好きな弟たちも近くにいられんのは、本当はちょっと嬉しいかも…。
俺は心の中で静かにそう思った。
『…僕も嬉しいかも。』
『照れ臭いこと言うなよ。』
『私もだよ♥︎』
『我幸福。』
ーーーー!
プライベートがねえ!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから何日かして、
俺は自分のことを俺と呼ばなくなり、自分と呼ぶことにした。
なぜなら自分の中に、俺俺うるさい慶がいるからだ。
慶『声だけで喋ってると、一人称被りたくねーよ。俺のこと俺って呼ぶのは俺様だけで充分だ。隼人兄は違う呼び方に変えろ。』
違う呼び方っつったって…
何があんだよ…
俺が一番しっくりくんだろ…
隆盛『我はいかが?』
我は遠慮しとく…。苦笑いする。
雪音『私がいいんじゃない?』
私って、俺男だから…
雪音『わたくし、なら男の人でも変じゃないよ?』
うーん…。
正彦『じゃあ、いっそ〝自分〟でいいんじゃない?自分のことなんだし。』
自分?
その発想はなかった。
なかなか変わってるなぁ。
面白い。
『自分は、長男です。』
例文で試してみると、めちゃくちゃ違和感だらけだ。
しかし、『いいじゃん♥︎』という雪音の一言で決定した。
僕と呼ぶ正彦。
我と呼ぶ隆盛。
私と呼ぶ雪音。
俺と呼ぶ慶。
自分と呼ぶ隼人。
すっかり混ざっちまってるけど、
自分の意思はちゃんと隼人、自分自身にある。
そのことを忘れずに、
そんなこんなで忙しく過ごして大学生活にも慣れ始めたころには、いつのまにかこの生活にも慣れ始めていた。
慣れるといったって今でも大変なことは山程ある。
風呂に入るときも、自分と同じ景色を雪音が見てると思うと自分の体も充分に見れねえし、
大学で可愛い子見つけて恋の予感がしても慶が騒がしくするだけだし、
頭のいい正彦が見てると思うと勉強してるとき気になるし、
変わり者の隆盛がいると見てると思うと…なんか微妙だし…
それでも、結局楽しいことは楽しかった。
ただ実家に電話してもう一人のあいつらに懐かしがられても、全く新鮮さはないが…。
だが楽しい生活であることに、間違いはなかった。
『あ、もしもし?隼人だけど』
『隼人、明日よね』
『うん、明日朝早く出るから昼にはつくと思う。』
『母さんご馳走作って待ってるわ!人腕ふりますか♪』
『サンキュー!正彦たちもいるよな?』
『ええ♪明日は予定開けとくように言ってあるから。みんなでパーティーよ♪』
『そんな大袈裟にしなくていいよ、パーティなんて』
『隼人も大人になったわねぇ♪ふふっ』
あっという間に夏休みになって、明日実家に帰ることになった。
一人暮らしを始めてから初帰省だ。
正彦『隼人兄ちゃん、ついに明日なんだね、帰るの』
自分『ああ、そうだよ』
雪音『わぁ!じゃあ新幹線のるんだ!私乗ってみたかったあ♥︎楽しみ♪』
隆盛『我は久々の自宅に帰り母上と父上の顔を拝見するのが非常に楽しみでありまする』
慶『そうだな…久々に母さんの手料理食いたいしな…』
正彦『みんな聞いてくれ』
自分『どうした正彦?』
正彦『僕たちは、おそらく明日消える』
全員『えーーー!!!』
慶『なにテキトーふかしてんだよ、何が根拠だ』
正彦『根拠は、ないけど…。僕たちがここで過ごしている間、田口家で生きてきたもう一人の僕たちに明日会ったら、僕たちはもう、隼人兄ちゃんの中にはいられない気がするんだ。』
慶『じゃあ…俺たちは、明日死ぬのか?』
正彦『死ぬって表現は正しくないかもしれない。僕たちは分身に過ぎないはずだから元の僕たちに戻るだけだからね。だけど、今こうして喋っている僕たちとしては、ほとんど死に近いことだと思う。』
雪音『やだあ!私まだ、死にたくないよ!』
隆盛『我覚悟。』
慶『……。』
自分『お前ら…。。。でもまだ、そうと決まったわけじゃねえだろ。そんな落ち込むなよ。』
正彦『ああ。たしかに決まったわけじゃない。だけど、始まりは唐突だったろ。終わりも唐突に来ることは、覚悟しといたほうがいい。』
慶『たしかにそうだな。』
雪音『…隼人兄ちゃんと一緒にいられなくなっちゃうなんて嫌!一緒に歩くことも、眠たい授業受けることも、お風呂に入ることも、いっぱいお話しすることも、お兄ちゃんが見る景色を見ることも、本当に明日でできなくなっちゃうの?』
正彦『わからない。わからないけど、今日が最後だって覚悟は無駄にはならないはずだよ。死ぬっていったって、本当は生きてる僕らに戻るだけなんだから、怖がる必要はないよ、雪音。』
雪音『死ぬが怖いんじゃないよ…私は…私が隼人兄ちゃんと離れてもそれが当たり前になって楽しく過ごしていけるようになっちゃうのが怖いよ…今までのことも、ここでできた思い出も、全部なくなっちゃうってことなんでしょ?!』
自分『自分は、忘れねーよ。絶対。自分は、もしお前らが自分の中からいなくなったとしたって、絶対お前らとここで過ごした思い出を忘れねーよ。』
…自分としたことが、キザな言葉を言っちまったな…。本当のことだけどな。
慶『今自分カッケーって思ってたろ〜。』
そうだった、こいつらには嘘がつけないのだ。心の声も丸聞こえなんだ。
雪音『じゃあさ!最後かもしれないって思って、今から思い出つくろ!』
正彦『雪音無茶言うな、隼人兄ちゃんは明日朝早いんだから』
隆盛『ベランダベランダッベランダベッランダベッランダッ』
隆盛が何か不気味な呪文を唱えるようにベランダという単語を連呼した。
きっとベランダに行けば何かあるのに違いないと思い、自分はベランダに出た。
すると、そこには夜空満面に星が光っていた。
すごい綺麗だ…東京でこんなに綺麗に星空が観えるなんて…奇跡に近い。
雪音『綺麗〜〜〜!!!』
隆盛『我感動。』
正彦『本当にキレイだ。』
慶『俺と同じ位綺麗な夜空だな。』
みんなで観れて、本当に良かった………
その翌日、自分は予定通り朝早く起きた。
慶『おはよーっす』
あ、慶はもう起きてたのか。
自分はまだ眠っている他のメンバーを起こさないように、心の声も出さないように無心になって、部屋を出た。
新幹線に乗って、来たときのことを思い出す。たしか行きは、変な子供が突然やって来て、手紙破かれたんだっけ…。一生の宝物を壊されたから、つい小さい子供相手に怒鳴っちゃったんだっけな…
新幹線は本当に早い。
少しの間眠っていると、あっという間に地元に着いた。
懐かしい駅から自宅へ歩き出す。
着いたぞ〜!お前ら〜!
いつものように心の中であいつらを起こす。
お前ら〜!朝だぞー地元だぞー!
反応がない。
おーい!………お前ら………?
おーい………………。
誰一人答えなかった。
正彦!雪音!慶!隆盛!
……………………。
ウソだろ……あいつら、別れの一つも言わずに消えちまったのかよ。
本当に正彦の予想が当たっちまったのかよ。
ウソ…ウソだよな…息を潜めて兄ちゃんを驚かそうってしてるだけだよな?
分かってんだぞ!聞こえてんだろ?
自分はお前らの作戦に気付いたんだからもういいから早く返事してくれよ!!!
………………。
涙がこぼれる。
本当にあいつら、自分の中からいなくなっちゃったんだ………。
ひどい喪失感に、その場に膝まづき地面に顔をつけた。
そのとき………
『お兄ちゃん?………あーー!やっぱりお兄ちゃんだ!!』
その声は雪音?自分が顔を見上げると、遠くから、見覚えのある四人組がコッチに向かって走ってくるのが見えた。
『お兄ちゃん!』
『兄様』
『隼人兄ちゃん』
『兄ちゃん…』
声は毎日聞いていたから
電話の声だけだと懐かしみが無かったが、
実際に姿をみるのは半年ぶりだった。
すごく懐かしい。
もちろん駅まで迎えにきてくれるような兄想いの可愛い弟たちであることに変わりはない。
しかし、半年間自分と過ごしたあいつらとは違うのだ。
久々に姿を見られて嬉しいのと同時に、半年間自分と過ごしたあいつらはもう存在しないことが悲しかった。
『お兄ちゃん!』
ギュー
雪音が自分を抱きしめる。
ちょっと見ない間に綺麗になったな、雪音。
『お兄ちゃんを、こうして抱きしめられるなんて、嬉しい!』
ああ、自分から出るこの涙はどういう涙だろう。
嬉しいけど切ない涙。
『お兄ちゃんの一生の宝物の手紙、また書くから!』
『サンキューな……』
…え?
なんで手紙のことを…?
『何回破かれたって、何回だって書くよ!ね♥︎正彦兄ちゃん♥︎』
『もちろんさ。慶も書くよな?』
『ったりめーだろーが。だよなぁ隆盛。』
『我喜んで。』
自分は、悟った。
自身が新幹線で思い出してた出来事、今目の前のこいつらが知ってるってことは…
自分と過ごした記憶は決して消えなかったんだ……
そしてその記憶は、実家で過ごしてきた弟たちの中に戻ったんだ、と。
あいつら、本当に分身だったんだ…。消えたんじゃなくて、二つが一つに戻ったんだ!
嬉しい。嬉しい!!
よかった。よかった!!
雪音『お兄ちゃん今、抱きしめられてるとき、やらしい事考えてたでしょ♥︎』
慶『いや、雪音を暑苦しいと思ってたよな?』
正彦『早くみんなで家に帰ろうって思ってたんだよね?』
隆盛『我いつものように兄様の心の声が聞こえないでござる。』
…。
自分たちは、幸せな気持ちで母さんと父さんが待っている田口家に向かって歩き出した。
母さん『隼人、ずっと電話で気になってたんだけど…』
自分『なに?』
母さん『東京の人って、自分のこと「自分」って呼ぶの?』
自分『いや、そういうわけじゃないけど』
母さん『隼人、東京行く前は自分のこと「俺」って言ってたわよね?ねぇ?』
雪音『ふふっ♥︎東京行って、気が変わったんじゃないのー?』
雪音がいたずらっぽく笑う。
『僕ら、みんな一人称が違うね♪』
正彦が右手を挙げて叫ぶ。
『僕は僕!』
『我は我でありんす。』
『私は私♥︎』
『俺だ俺だ俺だーー!』
『自分は…自分っす』
ちょっと恥ずかしながらに点呼した。
それから騒がしい一週間は過ぎて、また東京に戻った。
そこから本当の意味で自分の一人暮らしは始まる。
完
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
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これって脈ナシですか? 私、23歳 公務員 男 お相手26歳 公務員 女 アプリで驚く…
12レス 350HIT 片思い中さん (20代 男性 ) -
友達ってなんだろう
友達に恋愛相談をしていました。 僕は人間関係が苦手な面があるので脈ナシで相手にされずなところがあり…
30レス 571HIT 匿名さん -
20代のお姉さん
さっき買い物帰りにフードコートでかき揚げそばを頼み、タイマーが鳴ったので取りに行くと 頼んで無い海…
6レス 219HIT 匿名さん - もっと見る