終活・・・つぶやき
10年ぶり・・・
10年ぶりに日記のようなモノを綴る。
それで気持ちの整理が出来て、気持ちが晴れるなら。
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「20年ぶり・・・」
今年になって・・・
昔の事をあれこれと
思い出すことがあって・・・
なんなんだろうね・・・
不思議だ。
先月のある日・・・
そこは地元のある病院の院内。
T字路のような通路のずっーと向こう
体を正面に向け座っていた元義母。
多分車椅子。
80代後半で視力だってあてにはならないだろう。
多分、気が付いてはいないだろう。
そんな事があった。
今月の半ばの・・・ある日の朝方早く、
母から元義父についての電話があった。
「もうお前には関係ないかも知れないけど・・・」
義父が亡くなったと。一応伝ておくと。
いつかね・・・
いつかね・・・
こんな日が来るとは思ってた。
「30年・・・」
30年前に一緒に出掛けて一緒に撮った写真。
フィルムのままだよ。
もう現像はとっくに諦めてはいる。
でも捨てる事も出来ずにいて。
まあ捨てる必要もないけどね。
なんだかね・・・昨年の大掃除で
小さなケースから出てきた・・・。
思い出されるあの頃の事。
「じゃぁまたね」と別れて・・・
訃報を知ったのは、数日後のTV画面の
事故の様子と貴女の名前。
そしてご主人は6日後に逝ったけど、
再会出来たのかな・・・?
あの頃は、ただただ苦しくて悲しくて寂しくて・・・
そして老いた貴女の母の落ち込んだ様子と、
泣いてた子供たちの顔は忘れた事なかった・・・。
時間は平等に流れて・・・
それとあの時・・・約束したね。
貴女の分まで生きる。
なんて私には言えない。
貴女は貴女の人生を懸命に生きていた途中の事。
だから、私は私の人生をただひたすら頑張るねと。
頑張ったと思うよ。私。
認めてよね。そしてあの時の話の続きをしましょう。
そう遠くない未来で、もし
そちらへ行く事になったら、
私を見つけてね。そして声をかけてね。
貴女から。
初めて出会ったあの日のあの時のように。
「断捨離」の途中
親なきあと、実家の片付けに苦労した。
・・・と話す人は少なくない。私の友人や知人もそう言う。
・・・我が家もそうなるだろう。
「断捨離」とか「終活」とか・・・なんて話をしたら、
きっと泣き出すか怒り出すとか・・・そんなところ。
考え方の違いや世代がそこにはあるだろうから、
それをしようとは思わない。最期の最期まで好きにして。
思うように生きて。と言ってある。
そう・・・とうに諦めているのだ。
そうなった時の覚悟はしている。つもり。
けど、私はそうはなりたくないし、
子供たちに負担をかけたくない。
母の娘であるけど、子供たちの母でもある。
処分に困るだろうからと思い
数年前にタンスは全て捨てた。
食器棚も小さなモノに買い替えたと同時に
それに合うように食器もかなり処分した。
子供の成長の証である作品等はかなり捨てたけど、
スマホに収めて、それらを更に減らした。
写真で十分。・・・
使わない布団類、衣類も置物も何度も検討し。処分。
それでもまだまだ、やりたい事がいくつもある。
時間が出来たら・・・いえいえ時間を作って・・・
そう・・・まだま私は断捨離の途中・・・
「親である事」
友人らと、とある場所で食事をしていた時の事。
ふと声をかけられた。「〇ちゃんのお母さん!?」
「覚えてますか?元気でしたか?」と。
突然の再会で驚いたと言うのが正直な処だが。
娘が大変お世話になった〇先生。娘を育てる中で
片手の指の数に入れたいと思えたほど信頼した先生だ。
子供の目線に立てて、指導できる所に好感が持てた。
子供たちにも人気があった。
風の噂で教頭になったと聞いた。
でも今は校長になり来春をもって退職の流れだとの事。
大病もあったとの事だから、再会の喜びとは別に、
ご心身へのご自愛の言葉、励ましの言葉を添えて別れた。
先生がね・・校門の前で一人一人に朝の挨拶を交わし
出迎えている姿が脳裏に浮かぶ。
けれど・・夢にも思わなかった。
同業の方々から聞かされた時はかなり驚いた。
事務の〇さんとW不倫の末の再婚なんて。
家庭の事、夫婦の事は他人には分からないけれど、
先生程の方なら、折角の待望のご子息二人、
「自慢のお父さん」だったろうと疑う余地はなかったんだ。
「自分」
例えば、車でコンビニの駐車所から出ようとして、
一時停止をせずに車道へ出たとする。
それを見られて警察に捕まり切符を切られたとする。
大雑把だけれど・・・その後、
「運が悪かった」と運の悪さを笑いながら話す人と、
「いつもはきちんと一時停止をするのに」と悔しさを嘆く人と。
二通りの「人間」がいるのを見てきた。
自分はどちらかな・・・?
と考えた時、どう考えても後者である。
他人から見たら、「真面目」や「枠にはまる人」ととられて
つまらなく、退屈な人・・・などと見られてしまいがちだが。
人は生まれ持った性格。育った環境による性格。
それらは、それぞれ必ず違うモノ。変えられない基本性質。
自分が自分を認めてゆっくりしっかり一時停止。
自分らしく堂々と真面目を生きていいのだと思う。
そう思うと焦らない。他人とは比較のない・・・人生。
その後はかなり楽になった。
「思考・体の変化」
①段ボール・コピー用紙等で手や指先を切る事が一段と増えた。
②どうして体が痛いのか?思いつかず考え巡らせる事がある。
③ハムやカレーなどの割くように開ける商品等にイラっとする事がある。
④ペットボトルや瓶などの蓋が以前より上手に開けられない。
⑤のどがイガイガする、そんな所からよく空咳をするようになった。
⑥しゃがみこんで立ち上がる時、率直に、足が痛い!!
⑦深い眠りが・・・少しづつ減っていく。そんな気がする。
⑧買物忘れをしないようにとメモをするがそもそもそのメモを忘れて行ってしまう。
⑨何をしようとしてたのか?隣の部屋へ行ったら忘れてる・・・。
⑩声をかけられた瞬間、頭の中によけた数字、言葉、行動のその続きに戻れなくなってしまう。
・・・そこにある事実を認めよう!と頑張ったら・・・
取り上げたら・・・キリがないんだなぁ・・・。
「運命の歯車」
(元)義母を見かけるよりも、(元)義父の訃報を知るよりも、
もう少し前に・・・息子が偶然、(元)義姉に出会った話は聞いていた。
と言うより向こうから声をかけてきたと。・・・君づけで呼ばれて
誰だかわからなくて、思わず「どちらさま?」と聞き返したそうな。
こんな狭い町だから、田舎だから、偶然何処かで出会ったり、
その後の情報が流れてきたり、あってもオカシクナイ。なのに、
まるであの頃の事が嘘だったようにただひたすらと時間が流れた。
こんなにも、長く長く月日は流れていたのに・・・。
何かしらの・・・「運命の歯車」でも動き出したのだろうか?
もしも、本当に何かしらの歯車が動き出したのだとしたら、
私は・・・私は・・・今すごく、(元)姪に会いたい。
義姉が偶然息子に出会ったように、私も偶然でいい。会いたい。
会う事が叶わないのなら、せめて姪が今どこでどうしているのか・・・
知りたい。
「人生の教訓」
『親馬鹿』って言葉がある。
そう親は誰でも我が子が可愛い。
そうそれは皆同じ。
でもその言葉がひっくり返って、
『馬鹿親』になった時・・・
ひどく・・・気持ちが悪い。
あなたたち親子を見ていてそう思った。
もっと・・・
もっと・・・
早く気が付いていたら。
少なくとも・・・
(元)義姉さん・・・
貴女はそれらしい事を言っていたんだよね。
後になってそれに気が付いたよ。
もっと耳を傾けていたら、良かったかな?
いいえ・・・
多分・・・
あの頃の私は、あの頃の私のまま。
あの頃に戻ってみても・・・
きっと、なにも変わりはしない。
平成、令和へ・・・と走り抜けてきたから分かった。
あの人たちは・・・昭和の先駆けの・・・
自分の子どもしか見えない!
モンスターだ!!
居・た・ん・だ! 昭和にも!
「兄と妹」
息子と姪は数か月しか違わない。
まるで兄と妹のように育ち、それは仲が良かった。
まだまだ就学前の子供たち。
玉子かけご飯を食べよう!
美味しいご飯を作ろう!などなど・・・
ご飯がおやつなのか?と聞きたくなるが。
例えば、マヨネーズに鰹節にお醤油。
そのたびに、「ご飯ある?」「ご飯頂戴」
どこで覚えたのよ。その作り方。
大抵は、姪が〇〇兄ちゃんと声をかけて始まった。
楽しかった日々。笑わせてくれた何気ない風景。
そう言えば、こんな事があった。
テーブルの上に置かれた一つのパン。
確か、あんぱん。
お腹が空いたから食べてもいい?
答えはYESで、その後二人は、
やはり上手に等しく等分できる訳もなく。
どうするのか?と見ていたら、
なんの躊躇いもなく言った。
「〇〇兄ちゃんが大きいんだから大きい方を食べて!」
「〇〇が小さいんだから大きい方を食べて!!」だった。
大人のくせに・・・
ア・ン・タ・タ・チ 見習えよ!!
何度そう思った事か・・・仲が悪い二人。
自分しか見えない連中には二人の素朴な心が見えない。
人の心、見ようとしなければ見えない。
兄と妹のように思いやってる二人。
一生忘れない!・・・と思った風景だった!!
「免許返納の分岐点」
車で国道へ出ようと裏道を走らせていたら対向車が来た。
普通の光景だけど相手の運転手がど真ん中を走らせてくる。
えっ噓でしょう?と思ったのと同時に左側他人さまの敷地へ
瞬時にハンドルを切った。毎日通るいつもの通り道のはずが。
私が、いえいえ全く車ごと?・・見えていない。
正面真っすぐに見ていた瞬時のその顔に・・驚く。
右へ曲がりたければ右折の方向へ進路をとればいい。
直進したければ直進方向へ車を進めればいい。
ただそれだけのことなのに信号が変わってもなかなか進まない。
大きい車が前で前方がよくわからない。私は真っすぐに進みたいだけ。
やっと車が進みだしたと思った瞬間、一番前の小型車が思いっきり
右折して行った。絶句。どこぞの爺さんニタニタした横顔。
もしかして少しくらいいい。とかって思ったりしました?
もしそうだったら、いえいえそんな事ありませんから!!
国道走行中、突然横から飛び出してきて急ブレーキ。
あの~そのツバの大きい帽子、周り見えますか?
って言うかそこ一時停止ですけど。
車、ぶつかりそうだったよ。そんな風景もろともせず。
あの~もしも「自分は大丈夫」「自分だけは大丈夫」とか。
思ってたりしませんか?
全然大丈夫、じゃないですよ!!
自分より更に年上であろうご年配さんたちへ。
自分にもいつか来るだろう免許返納について、
色々を・・思う。
「時代の流れ」
昼間のお仕事ぼちぼち。
若い時ほど気負うことなく、力が抜けて割と気楽に
お仕事させて頂いてる。ありがたい事です。とは言っても、
ミスのないようにとは思ってる。そんな職場で、
「令和ももう7年で今年も半分・・・」なんて会話の流れから私が、
「そうね、もうあと約10年もしたら、令和の子供たちが成人式だ
社会人だと(この社会に)押し寄せて来るんだね。」と話しつつ、
「平成生まれの子供たちが、成人式だ、社会人だとなった時には、
驚きと言うか、割と衝撃的だったよ。」と続けると、
昭和の終わりと平成一桁生まれの二人の女子が、それぞれに
「令和の子供たちが社会人って驚きですね~楽しみ~」と目を輝かすも、
A「平成って、後輩が普通に社会人か~~って感じですかね。」
B「私は、少し上の先輩たちが社会人だ~って感じでした。」と・・・
そりゃぁそう。ww
普通に話をふってしまった自分に苦笑い。
と、同時に時代の流れと、自分の年を、
今更ながらに感じてしまった近頃の話。
『呪縛』
あっと言う間に過ぎ去ったこの一か月。
時間が過ぎ去るのってホント早い。
『本当の娘のように思っていた』と。
あの家を出て、背を向けて歩きだして直ぐに・・・
後を追ってきた(元)夫が・・・
父さんからの言葉だと伝えてきた。
『本当の?娘のように思っていた??!!』
「だったら・・・」
「なにが・・・」
「なのに・・・」
「それが・・・」
ただただ、無言で、言葉も返さず。
反射的に、思い浮かんだその言葉の返しを
・・・呑み込んだ。
そして、ここへはもう二度と訪れる事はない。
という強い思いと。
「自由」「解放」とも思えるほどの喜びもこみ上げて。
やっと終わった・・・という安堵感。
何一つ振り返ることなく、
あの場所をあとにした。
そして、あの言葉が20年と言う歳月を経て、
再び私の心に蘇り、振り払っても振り払っても、
追いかけて来る。
思い出すこともなにもなかったのに。
それはまるで呪縛のように。
「40年・・・」
あの日の記憶の貴女は誰?
もう思い出せなくて・・・
あの日あの時、私の職場の前で
私の車のキーを貴女に貸した。
「子どもを置いて出て行け」そう言われ続け・・
「子供の事は諦めた」
「悩んで悩んで、考えて考えて決めた」
「私の荷物なんて少しだから」
泣いてるだろう貴女の心だけは、
嫌ってほど伝わって・・・
引っ越し先を聞いた気はするんだ。
でも思い出せない。
午後間もなく呼び出しはあって
鍵は間違いなく私の手元に戻ってきたんだけど。
貴女と私はどこで出会って、
どんな風に繋がっていた?
そこがあまり記憶になくて。
あのね・・・
気が付いたらね・・・
いつしか同じ境遇・・・だったよ。
でもね・・
背中を押してくれた友人がいたんだ。
息子を連れて家を出る。と言う選択肢。
そんな事が当たり前じゃなかったよね。
あの頃・・・きっと。
あのね・・・
それでもね・・・
私はやったよ。
勝ち負けじゃないだろうけど、
気持ちは、勝利者。
私の方は・・・その後、
子供達の笑顔が私を支えてくれた。
子供達は元気に暮らしている。
あの時・・・
同じように言ってあげられたら、
貴女の人生は・・・何か変わったかな?
・・・思い出すたびにチクリと胸が痛むよ。
そんな遠くない所で、
暮らしているんだろう、
貴女の幸せを心から願わずにはいられない。
40年前の私の記憶・・・
「結婚・子供」
1番最初の旦那は明るくて正直者。
ずけずけモノを言って相手を困らせたりする所もあったけど
何より家庭的で娘をとても可愛がり大切にしていた。
2番目の旦那は体格が良くって力持ち。力仕事は何でも
こなして頼もしい印象。でも酒癖はあまりよくない。
何より嫉妬深い所があり正直あまり好きではなかった。
でも娘二人を大事にしていたかな。
3番目の旦那は成績優秀、確か有名大学卒業。
見た目からして賢い人。数回お見かけした程度だけど。
いつも娘を抱き上げてた印象。
4番目の旦那は一番癖がないと言うかごく普通の人と
いう感じ。礼儀正しい印象はあった。
待望の男の子が生まれたらしいが見たことない。
その後、もう一人娘がいたんだった?記憶がない。
5番目の男はもう、結婚したのかただの恋人繋がりなのか
それさえ、全く知らない。
なんせ・・
もう20年以上前の事でその辺りで縁が切れてるから。
その後、あなたはどうしたの?
貴女にとって『結婚』ってなあに?
貴女にとって『子供』ってどんな存在?
あの時も(元)夫が言ってたよね。
ぼろぼろ子供ばっか作りやがって!って
それに意義はなかったんで口は挟まなかった。
あっ、元々私に権限なんて無いからそれでいいんだ(苦笑)
あの子供達、みんなどうしているんだろう。
(元)姪・・・どうしているんだろうな・・
元気でいてね。
『お手本』
私の母の父(祖父)の晩年はアルツハイマーだったと聞いた。
叔父さんは昨年胃癌の手術をした。伯母さんは数年前に
乳がんの治療を続け、やっとどうにか一段落との事。
私の母と言えば、腰の手術をし2年の経過を経てつい最近、やっと
終了のお言葉を頂き安堵したばかりだ。まぁ膝の調子も悪いのだけど。
そうは言ってもベッドから起きれずにいた切ない状態は回避できた。
そりゃあね、病気もなくボケもなく足腰丈夫と言う好条件の上で
ギリギリまで好きな事して誰にも迷惑かけずにぽっくり・・・
逝けたら、それは良いよね~~~。とは思う。
願望と現実は異なる。って分かっているから、
そん人が頑張った軌跡をついつい心が追うんだ。
勉強になる事、沢山ある。考えさせられる。
将来・・・どうなるかなんて誰にも分らない。
『苦手意識』
(元)旦那の友人のA。結婚後それなりに月日が経ったある日、
買い物帰りに何かしらの用事があるとAの家の前で車を止めた。
車から降りて、ふと庭を見ると、『お母さん』らしき女性が庭で
花の手入れをしていた。そこへAが現れ、周りをはばかる事なく、
怒鳴り散らしていた。私ったら、えっ?みたいな気分。
毎回の食事でさえ2階の部屋へお母さんが運んでいるのだと、
帰りの車内で聞かされ、かなり見る目が変わった。
お父さんがワンマンな人なのだろうかとも、ふと思った。
それから間もなくの事、そのAとそのお姉さんとの二人を足して、
4人で街へご飯を食べに行った時の事、道ですれ違った相手に
Aが見た事も無いほど、ぺこぺこ状態で挨拶していました。
Aの会社の上司だったらしい。ただ・・・気持ちの上で・・・
相手が変われば態度も変わる。ころころ一転できる人。と
上司にぺこぺこ状態なだけなら、不信感はなかったでしょう。
自分の母親に対しての接し方をあんな風にみてしまった。
その記憶が消える事が無かったのです。
話し方、接し方、笑い方、はしゃぎ方、
ああ似た人がいる。あの頃のAのよう・・・
それで私は今この人が苦手だったんだと改めて気づく。
人は、好きな人、好きなタイプには好感を抱くが、
逆に、苦手な人、苦手なタイプには違和感を抱きます。
どうしようもなく。
>> 32
「文通」
私にはわりと長く続いた文通相手がいた。
一つ二つ年上の同性で、共通の話題があって
それはとても楽しく、お付き合いさせて貰った。
玄関の郵便受けを見るたびに胸がキュンとする
ようななんとも新鮮なわくわく感があった。
そんなお付き合いも、いつしか簡単な挨拶程度の年賀状、
又は、時々の暑中見舞いのハガキになっていった。
今年の年賀状は、出せずじまいに・・・ごめんなさい。
本当に・・・この関係が途切れる事無く続いてきたのは、
紛れもなく貴女のおかげだと思ってる。
元気にしてますか?
聞いてみたい事があります。
あの頃、私はどんな印象でした?
私は貴女の事を何と呼んでいたんだっけ?
主にどんな話が多かった?
覚えている事はいくつかあるけれど、きっと
その覚えてる事って、私とは異なるんだろうな。
記憶の積み重ねって、個々で違うものだから。
あの頃のような情熱はもう無いけれど、
語れば、若かったあの頃とは違う話で、
花が咲くモノなのでしょうかね。きっと。
年を取りましたね。なんだかね、早いね。
40年と言う歳月に色々を思うよ。
>> 34
『親戚と言う名のご近所さん』
ここへ越して間もなくの事、
庭の草むしりをしていたら、ふと声をかけられ、
尋ねられた事がある。この苗字を・・・。
同じ町内に住む〇さん、同じようにしゃがみ込みながら。
聞き覚えのあるお名前。そして、
ああそうだ、元義父の実の妹さんだと思い出す。
〇さんは、まるで何もかもを見透かすように、
納得されたように、話し続けた。
義姉さんも義姉さんだけど。兄さんも兄さんなんだと。
義姉さんのいいなりになって・・・。
親戚一同、みんなで指導したし教育し続けた。と
でも、及ばなかった事。一瞬、至らぬ嫁だったと
お叱りでも頂戴するのかと思いきや、
思いもよらぬ発言が飛び出しあの時はホントに面食らった。
それに、私にも言いたい事はあるけれど言えない事を
伝えると、それでいい。と言ってくださり、
自分の事だけ考えて頑張りなさい。と背中を押してくださった事。
あの時、包み込んでくださったようで嬉しかった。
あの日のあの時のやり取りが、貴女のお言葉がその後の私の人生の
支えの一つになった事、ずっーと忘れた事はありませんでした。
どんな言葉が支えになるかなんて、誰にも分らない。
さほど、貴女は気にも留めてなどいなかった事でしょうが。
『人の命の重さを考えた日』
日曜日、ここで日記を綴った後直ぐに、パソコンの
電源を落とし、二つ目の職場へと車を走らせた。朝イチで。
そして、土曜の夜の話の続きと香典を届けるためにだ。
昼間とは違う職場、私の中では、
昼の方の仕事か、夜の方の仕事かと括っている。
大差ない年配組の4人の内の1人。今は一人暮らし。
あの日、長期休暇に入ったよと連絡事項が回ってきた。
その一週間後には弟さんがいらして、退職の意向と
現在の状態が伝えられたらしい。私の耳にも届いた。
もって、あと一週間だと・・そして約一週間後に
逝ってしまった。本当に逝ってしまったんだ。
あっと言う間の2週間だった・・。
確かに誰が見ても、もう復帰はないだろうし、
望みもないだろうと・・悟ってはいた。だけど、
そこに至るまでに手をこまねていて見ていた訳じゃない。
仲が良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか関係なく、
本当に、人として大人として、『生』に対して、
力の限りの説得を試みたと言っても過言じゃない。
Bさんに胸のしこりの話を打ち明けた言うあの日から・・
断固として、心を開いてはくれなかった・・。
結果として、ぎりぎりまで仕事をして、尋常じゃないほど
変わり果てていくその姿を見届ける形、となってしまった。
私たちの声が届かなかった・・・
こんな事ってあるんだなと。
受け入れるしかないそこにある事実。シンドイ。
>> 38
もしもあの時、彼女が病院で適切な治療を行っていたなら、
おそらくはステージ1,2の治療はほぼ生存率100%か
それに近い確率だったと思う。
一緒に働く5回目の夏もきっと傍にいただろうね。
まだまだ、ふらっと姿を見せそうで何とも言えない喪失感。
それに、確かに貴女の命は貴女のモノだけど、
貴女の死に対して、涙するモノの存在が必ずと言う程
あるのだから、生にたいしてもう少し向き合って欲しかった。
あの日の朝、A,Bさんと私の3人の話が大方一致した所で、
彼女が自分の意志で死を選んだんだろうな。と
そうでもしないと、自分たちもヤ・リ・キ・レ・ナ・イ。
そう結論付けて職場を後にした。
>> 39
『終活』
ある日、あなたは私に「TVいらない?私もう見ないから」と
言ってきた。「えっ?見ればいいでしょ?」と笑って答えるも、
続けて「結構新しいの」と押すように言う。更に続けて、
「アンテナもぶっ飛んで壊れちゃって」「直す気ないし」
と言うような事も続けざまに言ってきた。
私も丁度取り替えて数が月しかたたない事を伝えて断ったんだけど。
あの話って、Bさんから胸の話を聞く少し前かもうちょっい前か・・・
どうだったか、けどその前だったのは確かなんだ。
そんな話をA、Bさんに聞いてもらったら・・・
A「終活?」
B「終活?」
私「だったのかなぁ?」・・と思えてならない。
いつだったか、冗談言わないでと返したけど、
あの時、うつむき加減で「私、シ・ヌ・ン・ダ」と
言ったあの時の顔が頭から離れなかったんだよ。
本当に死んじゃうなんてね春先は思いもしなかったしね。
死に急いだのには・・・
何かしらの貴女だけの訳があったのかな。今では、
わからない事だらけだけど、私なりに消化しよう
と思う。そしてそんな人がいた と覚えておくよ。
もう少しもう少し時間はかかると思うけど。
『マリーゴールド』
今年買って植え付けたマリーゴールドの花を枯らせてしまった。
枯らせたことなど1度もなかったのに。水やりが多すぎた?
植え付けの仕方が悪かった・・・?
など、反省と次は綺麗に咲かせてと願いを込めて、
新たに購入したマリーゴールドの花を植え付けた。
そして、付けっぱなしのTV画面のyou tubeの、
向こうから『マリーゴールド』と言う曲が流れてきた。
しっとりと包み込まれるような心地よいメロディ。
それでいて歌詞もなかなか。素朴ないい歌詞だね。
心が表れるような・・・今まで・・・
知らなて、ちょっと損した気分の『マリーゴールド』。
きっと良い曲に昭和とか平成とか令和とか・・・
関係ないのかもしれないね。
『溺愛されて育った娘』
出先でふと、思い出した事がある。
ふらっと、脳裏に降りてきた感じ。
なんで忘れていたんだろう?とさえ思う。
(元)夫と交際していたあの頃、(元)義姉はその職場で、
上司であり妻子ある男性と付き合っていた。
私たちの結婚目前・・・の頃には、けじめた。
と聞いていたが、結婚して間もなくの頃、
車の免許もなにもない姉を乗せて、その人の元へ
車を走らせたとわかって、ドン引きした記憶がった。
夫も共犯である。その事実に重き意味を持たない姉と弟。
決して仲が良いわけではないあの人たちの、
似たり寄ったりの性格.
そして、思えばあの頃からも姉は、自己中だった。
親に溺愛されて育った。と言う事を誰よりも知ってる。
自分の気持ちが一番。自分が大事。当然と言えば当然。
親に叱られる。と言う行為をされた事がないんだから。
『うちの子にケチつけるな』と言う親なの。
それが彼女の口癖だった。
そういった経緯が彼女をそういう人間にしたんだろうな。
勿論、それが全てではないんだろうけど。
私の中の反面教師。
ここぞって時には叱る。叱れる親になろう。
そんな風に思った・・・。
『反面教師』
『俺は将来結婚するかどうかはわからないけど・・・』
『俺は父さんみたいな人間にはならない。父さんみたいな生き方はしない。』
ときっぱり言ったあの日のあなたはまだまだあどけない少年だった。
核心に迫られたんだろう(元)夫は少し動揺し、何かしらを言い返す。も、
そんな言葉も私にはなんの興味もなく・・・スルー。
『今言った言葉を覚えて置くといいよ。』『胸に奥にしまっておきなさい』
って言うような言葉を添えたと思う・・・。
そんな言葉を覚えていた、とは言い難いけど
今いる、息子の現在は父親とは全く正反対の性格である。
性格が違えば思考が変わる。思考が変われば行動も変わる。
行動が変われば、自ずと結果が変わる。
息子がどんな思考の経緯を経て、今へ辿り着いたのかなんて
本人にしかわからないけれど。
あの時の言葉を覚えていた、とは思えないけれど。
何かしらの『反面教師』はあったのだろうな。
それは、必要な事だったのだ察している。
『忘れたふり』
私はただただ目の前の話す相手に耳を傾けていた。
そうする事しか当時の私には出来なかったんだと思う。
まだ自分が20代半ば頃で、話す相手は40代前半位だったか。
『まだ10代半ばだった一人息子を亡くしたんだ』
『病気で・・・あっという間で・・・』
『お父さんはものすごく気落ちして何にも手につかない位
落ち込んで・・・』『あの時もっとああしてあげればこうして
あげればって。』『それは幼少期にまで遡って、もっと時間を作って
あげれば、話を聞いてあげれば、もっと愛してあげればと。』
ここで言うお父さんとはご主人の事である。
『そりゃあ私だって悲しいし辛いよ。
だって自分のお腹を痛めて産んだ子供だもの・・・』
『お父さんと出会った時にああこの人なんだと思ったんだ。』
『だからお父さんを支えなきゃって』
この後の話はもう、何にも覚えていない。
圧倒するような口調だった。心にも響いた。
決していい加減な気持ちで聞ける話じゃなかったし。
明るい人。でも人は見かけによらない。
人の話は聞いてみないと分からない。
『一生忘れる事のない心の痛み、苦しみ、悲しみ』を
胸の奥にぐっと押しやって生きている人たちが沢山居る。
決して・・・忘れたんじゃない。
『忘れたふり』ができる生き物なんだと知る。
>> 49
追加
そんな〇さんと先日、温泉施設で再会した。
久しぶりの再会。この方とは忘れた頃に出会う。
確か、温泉が好きだったんだよね・・・だからかな。
聞くところによるとご主人は数年前に亡くなられたらしい。
『寂しいですね?』と問うと『最初はね・・・』と。
色々話したのだが、最後は『お体にお気をつけて』とお別れした。
あのお顔は誇らしげな満足感のある・・・笑み。
そりゃあそうですよね。添い遂げたんだもの。
大好きなご主人と。
ご主人と息子さん、
向こうの世界で再会出来てるといいですね。
なんて事をふと思いながら、その場を後にした。
そして私も・・・
そんな街の・・・
人ごみの中の風景に、
溶け込んで生きたい。と思ったりした。
一人の人間として。
『マリーゴールド②』
小さな小さな蕾がまだ残っていたマリーゴールドの花。
その一株だけを・・・ダメ元でと思いつつも・・・
どうしてもその蕾を花咲かせてあげたくて世話を続けた。
毎日のように観察して様子を伺っていました。
それはまるで・・・気持ちに答えてくれるように
咲いてくれた。後で購入した花より一回り小さかったけれど
他と何にも変わらず綺麗だった。そう他とは何も変わらない。
同じように心を癒してくれる。
『蛙』
蛙が二匹・・・我が家の庭の水桶に遊びに来ていた。
薄暗いベランダの外。家の周りには水に関するモノは
何もないのに奴らは凄いっ。そしてそっと窓を閉めた。
そんな話を同い年の知人に話すと彼女はクワガタを
二匹飼っていた。ww 成り行きらしいが・・・ww
私たち、いい年してなにやってるんでしょうね。
そして互いに、イメージじゃないねと笑った日。
>> 53
『結末』
あの人が病院を頑なに拒んだのは「お金ですかね?」と
問う人がいた。けれどあの人は昼も夜もなく働いていた。
車もなく(そもそも免許を持たない)歩いて行ける範囲で
仕事をしていた。交通費ゼロ。結婚は縁がなかったからして
いないと言ってた。働き者だからあんな調子で生きてきた様に
見える。実際あの人は私の前では「お金はね、いっぱいあるの」
と言うセリフを何度となく言葉にしていた。もしかしたら、
多分、寂しかったのかななんて思う部分もある。
らしくないけれど・・・それが一番しっくりくる。
人の心の中なんて見えないから・・・。
長期休養に入る(約2週間)の数日前に自宅で倒れて、
薄れゆく意識の中で自ら救急車を呼んだらしいと後で聞いた。
結局それが入院の引き金となり、休養と言う流れになり、病院で
息を引き取る形になったらしい。孤独死にはならなくて済んだけど。
あの人が望んだ結末・・・だったのだろうか・・・と。
まだ、名前が残る仕事場でふと・・・そんな事を思った。
『昔の自分が今を支える』
パスワードもすっかり忘れてしまっていた。
もう気にも留めなかったあるサイトに置かれた自分の過去日記。
既に撤去されている可能性もあるだろうと思っていたけれど
約10年ぶりに開くその日記は確かに存在していた。
切っ掛けはパスワードのメモを見つけた事だった
今年は少し立ち止まってもいいんだよ。と言っているような運命を
感じつつ、親しくしていた当時の仲間の幾つかのパスワードは全滅だった
有料サイトへ移行していたため自然消滅か、自ら削除を依頼したのか
それはわからないけれど・・そんな経緯で私はここへ流れて来た。
昔の日記は、まだ若かった自分が未来に向かって「幸せ」の種を撒いたのかな
ただただ前を見ていた、負けないと言う意地と小さな癒しと喜びと
拾い集めるようにひたすらひたすら綴ってたんだ。
そして幸せって言う花は何気ない日常で咲いていると思っている。
自信があった訳ではない。むしろ頑張った経緯に自信が着いてきた。
私にとって自信とは後でついてきたおまけの様なモノ
空元気も元気のうち、だったんだろうな
若かった自分、今ならわかる
そしてまさに「どん底」から這い上がるための日記だった
もう、過去を振り返ってもどん底に落ちる事は無い
もうそこから下へは落ちないと言う絶対的境界線の様なモノが
あるって自分の心が知っている
過去と今の日記は全く正反対のモノだ。
とても感謝している事がある。まだ小さかった息子の、
『お父さんとお母さんと僕の三人で暮らしたい。』と言う言葉。
そんな思いをなんの躊躇いもなくストレートに伝えて来る息子。
物心ついたころから、息子は真っすぐなくらい正直な子だった。
自分の気持ちは大切だけれど、決して息子の気持ちも無視できない。
それはその後の私の人生で、全て私に跳ね返ってくるモノだから。
その辺りの事は、なんとなくでも察しはついた。
でもそれがあって、娘に出会えたから。
心から良かったと思ってる。そして、
あの3人(+1人)で暮らす日々があったから、
私の中で決着をつける事が出来た。
まるで自分の心にシャッターが下りるかのように
幕を閉じるその瞬間を感じた。
そこに心残りがない事。進むべき道に迷いがない事。
そして、→『再出発』
この部分ってとても大事な事だったんだ。と・・・
息子には感謝したくなった。今更だけどありがとう。
Yahooニュースの一つで、朝からちょっと感動したお話です。
小学生のお兄ちゃんが、マンション敷地内で同じ小学生の友人と
遊んでいた所、妹を強引に連れ去る様子に気付いた兄が追いかけ、
併合するトイレへ連れ込もうとする所を扉が閉まらないように押さえ、
友人は大人を呼びに行き、未遂に終わった・・・と言う事件。
この子供たちが瞬時にとった行動に感動ですね。
なかなかできる事ではないです。
間違いなく妹にとってのヒーローですし、
周りにいる大人が、どんな大人たちなのかが想像されます。
真っすぐに育ってる。
怖いという感情はきっと後になって出てきたかもしれません。
ケアしてあげて欲しいな。
責任能力?
あるにきまってるよ。
- << 65 ↑Yahooニュースの付けたし↑ ↑犯行に及んだのは20代の男性とか。↑
困難は、それを乗り越えることができる人にのみやってくる。
って言葉がある。
困難に直面している本人がそう思い困難を乗り越えようと、
その言葉を吸収したなら、それは値のある言葉であり、
結果が付いてくるかもしれない。
障害のあるお子さんを抱えるお母さんに、それは、
あなたならどんな困難にも打ち勝つだろうって試練を
与えたんだよって・・・
ああ、そうですね。仰る通りですね。
って言って試練に立ち向かう人って何人いるんだろう。
私なら思うだろう・・・
ただ気持ちに寄り添って欲しいと思っただけなのにと。
どん底にいる人間に、他人がそんな言葉を送るって
どうなんだろう。
他人に向けるべき言葉じゃないよね。
まぁこれを言うと好意の言葉なのにって言う人がいる。
そんな言葉さえも傷つけてしまいそうで、
私は・・・怖くて言えないわ。
世の中には心に「愛」を持たない人がいるんだよ。
そんな人に「愛をくれ」って分け与えてくれる事を
望んでも、それは無理な話なんだよ。残念だけど。
心の愛が元々育たなかった人たちだから。そして、
そんな人に限って、自分は大好きなんだよね。
そんな話をいつかメイの仲良しの〇〇兄ちゃんに
話したら、その時は到底納得してなんかなかったよ。
メイと同じでいつも父さんを追いかけてたからさ。
だけどいつの間にか、良いも悪いも父さんの話はなくなった。
しっくり来た日が、お兄ちゃんにはあったのかもしれないね。
メイにも同じように言ってあげてたら・・・と言う思いも、
・・・・いいや、メイは、あの子は私が想像するよりも
はるかに、お母さんが大好きだったからね。
後ずさりする気持ち・・・。
どんな言葉なら力になれたんだろうと・・・
あの頃の自分が記憶にちょっと蘇った。
特にそのジャンルが好きと言う訳ではありませんでした。
一つの番組が終わって、ああ、新しい番組が始まったんだ、と
当時ただ、ぼっ~とTV番組を見ていただけでした。
でも何気に面白くって笑えてついつい惹き込まれてしまい、
1話、2話と見続けていくうちに、友人も同じように見ていた事に
気付いて笑いあったあの日の事を・・・ふと思い出しました。
最初はそれがスポーツマンがだんなて思いもしなかった。
し、スポーツの好き嫌いに関係なく、老若男女問わず
とても素敵な作品だと思いました。
良い映画に感銘を受けたり、好きな曲に癒されたり、
人は、みな同じ・・・
『オヤジの栄光時代はいつだよ・・・全日本の時か?
俺は・・・俺は今なんだよ!!』
ボロボロになりながらも・・・
今まさにそこにある一瞬の現実から逃げない
と言う意志表明のようだった。
「オヤジの言ってた・・・
『ダンコたる決意ってのが出来たよ!!』」
勇気を貰った。
私なりの、ダンコたる決意ってのをしなくては!!
と背中を押してもらった。
この作品に出会えて良かったです
感謝。そしてありがとう。
- << 71 おはようございます。 毎日、暑いですね。 年々、暑さが増しているような気がします。 睡眠沢山とって、ばてないように頑張りましょう。 一日一度、数分でも、動物系(特に犬系)動画で癒されて 私の一日が始まる・・・。 今日一日が、皆さんにとって良き一日でありますように!!
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『恩送り』
これまでの人生で頂いた感謝の気持ちやちょっとした
ありがとうを返して行きたい(生きたい)
そう言う気持ちを「恩送り」と言う・・・らしい
高校に入って間もなくのある日の大雨の次の日
同級生の、年の離れた当時小学校に入ってまもない
妹さんが増水した川で浮いたランドセルと一緒に
発見された。辛い事です。みんなで悲しみました。
そして、もしかしたらあれは更に10年前の私の姿。
増水した川で流されて行く私を近くの駐在所のお巡りさんが
助けてくれたそうだ。それって命がけ・・・って事だ。
私は感謝しなくてはならない。
当時私は誰にも言わなかったけど。
いいえ言えなかったけど。
母がよくする話で、私は何も覚えてはいない。
けれど、同じ子を持つ親になって、
それはとても怖い事だと心の奥にしっかり留めている。
大きなありがとう
小さなありがとう
ゆっくり返して行こう(生こう)
今日も読んでくださりありがとう
気にかけてくださり、ありがとう
今日も暑いですね。
ゆっくり行かれてください。
今日もあなたにとって良い一日でありますように。
子供の頃、たけしさんが捨て犬を拾って家に帰ると母親から
「こんな汚い犬なんで拾ってきたの?」と怒られ、
「捨ててきなさい」と命じられました。
たけしさんは仕方なく犬を捨てに行きましたが、
家に戻るとなんと捨てたはずの犬が玄関の前に座っていたのです。
たけしさんが母親にそのことを説明すると、
母は「どうして犬が帰ってくるようなところに捨てるの?
もっと遠くに捨てに行きなさい」と言われさらに遠くに捨てに行きました。
しかし、たけしさんはその後、迷子になってしまいました。
そこで泣いていると、その犬が歩き始め、犬について行くことで
家までたどり着けたのです。それを聞いた母親は泣きながら感心し、
その犬を飼うことに決めました。ただし・・・
当時は母親もたけしさんも犬の飼い方が分からず、貧しかったこともあって
十分な育て方ができなかったことを後悔していたといいます。
「うちは貧乏だから、朝晩の残り物に味噌汁をかけたようなご飯しか
あげていなかったし、散歩もせずに家の前の小屋に鎖で繋いで飼っていてね。
親もペットの扱いなんて全然分かってないから今思い返すと虐待に近いよね。」
先週末に突如として届いた封書によって、
時間を作って地元の裁判所へ赴いた。
父方の叔父さんが数年前に亡くなられて
その所有権やら、固定資産税の請求等・・・。
私たち、姪や甥やら〇〇人全ての一覧表。
ん、誰?お金払え? 寝耳に水である。
父が亡くなって25年弱。父方の故郷って遠すぎて、
幼少期に一度、父が亡くなったあとに実家家族で帰省。
それっきりでお会いした事も無かったと思います。
って言うか、父には年の離れた(実妹)の、伯母さんがいて。
伯母さん・・・GWにのんびりうちの実家に来てましたよね?
で~娘二人とともに三か月以内に自分らだけ、相続放棄
してるんですね~。自分らだけ、自分らだけ、はい
ややこしくなっちゃって少し怒ってます。
裁判所でお話聞いただけで私、意識が遠のく感覚を覚えました。
父の後を追うように亡くなった祖父の僅かにあった土地が
道路に引っかかったとかで、放棄して欲しいという書類を何度か
やりとりしたけれど、それらの方がはるかに楽ちんでした。
年を取ると色んな事がありますね、と。
優先順位をつけて、動かなければ、と。
今日は、ちょっと愚痴。元気が出ない。ww
どなたか元気を分けてくださいな、っと。
朝、カーテン、窓を開けて空気の入れ替えをする。
朝だけど、なんだかどんよりした生ぬるい風が入る。
けど、空気は綺麗だ。田舎だからかな・・・ww
ふと、お隣から子供たちの声が聞こえてくる。
ああ、夏休みかと、これも夏の風物詩かと。
流石に、暑さで公園利用は無いのでしょうね。
夕方には気が付かずに、今朝一番に気が付きました。
何気ない一日の始まり。
そして、多分、出かける時間にも、
玄関を出て車に乗り込みエンジンをかける。
エアコン使用と同時に1度窓を開けて空気の入れ替え。
そして、車を発進させる・・・
いつもと変わらない一日が始まるのでしょう。
今日も良い一日でありますように。
良い日とは、平凡である事、普通である事、
いつもとなんら変わらない日である事、
それで良いのだと思っています。
あの頃、メイは夏休みにはよくわが家へ遊びに来ていた。
いえ、春休みや冬休みもちょっとした土日、祝日なども。
気が向いたらお泊りもしていた。メイ専用の布団も用意して
息子と二人でよく布団を敷き無邪気に燥いで遊んでいた。
時にはゲームをしたり、時には真面目に宿題もしていた。
仲が良い二人は離れて過ごしても、会えば変わらず気が合い
まるで退屈と言う言葉の意味を知らないようにさえ見えた。
お祭りに花火、花火大会、映画にドライブ、動物園に・・・
そういえば、お泊りの時には、国道向こうに銭湯があって、
何度か行ってた。あそこの焼きおにぎりが美味しいらしい。
1度は食べてみたい・・・そう思ってはいたものの、
気が付いた時には、閉館を迎えていた。
そう言えば、あの映画館も今はもうない。
想い出の場所がなくなるって・・・寂しい限りだ。
メイの受け入れは、あの頃の私にとって断る理由なんてなく、
ほぼ全ての希望を受け入れていたように記憶している。
訳隔てる事無く、同じように扱っていた事を・・・
自分でも不思議に思う位だった・・・
1番には、二人は大の仲良しである事、2番には・・・
あの家には、あの子の、居場所なんて無かった・・・
そう思えたから・・・なのかも知れない。
メイが小学校の高学年になった頃、
バスに2時間弱揺られて、実のパパに会いに行った事があった。
会ってくれるパパと、それを許してくれる新しい奥様。
もうとっくに再婚してお子さんもいらっしゃった。
子供がわざわざ会いに来たんだから会ってやるべき。
それが親なんだから当然だ!!・・・と言ってみても、
それが出来ない実親やそれを許したくない再婚相手って
少なからずいるのもまた現実。やはりここは感謝です。
確か冬の始まり・・・
パパに買って貰った大きな荷物と一緒に。
それが何だったのかは、忘れてしまった私ですが、
最終地のこの地元でメイはバスと一緒に、
誰も居ない静まり返る、倉庫へ取り残されてしまった。
最終便のバスの一番後ろで、楽しかったパパとの時間を
振り返って、満足げに・・・少々疲れが出たのでしょうか、
深い眠りに陥ってしまったのでした。
自力で窓から脱出した・・・とか言ってたかな?
最終的に、バス会社の方が見つけてくれたんだったかな?
少し忘れた部分もあるけれど・・・
家に遊びに来た時に、大変だったね?と聞いたら・・・
いつもと変わらない笑顔とハプニングにさえメゲないメイ。
どんなにかパパとの時間が楽しかったのか・・・
と言う思いが込みがあげた、そしてあれが・・・
メイと会った最後で、最後の笑顔、となってしまった。
人が信じられない。・・・って生きて
信じられる人に出会った。
だからと言って、相手が自分を信じてくれるか、
って言ったらまた別の話だ。
友達が欲しい。・・・って生きて
友達になりたいと思う人に出会った。
だからと言って、相手も自分と友達になりたいと思うか、
って言ったらまた別の話だ。
心の引き出しには・・・
自分を信じても貰えるだけの、器が必要になる。
友達として、瞬時に向き合える器が必要になる。
だって、自分に心が一個あるように、
相手にだって心が一個あるんだから。
人はみな平等に、一人に一個「心」がある。
平等のバランスってとても大事だと思っている。
全てにうまくいく、と思っている訳ではないが、
気にかけるだけで、物事が割とスムーズにいく。
生きて生きて、生き抜いて
自分のあり様を晒す
生きて生きて、生き抜いて
自分の道を歩く
それが、険しい道でも
それが、果てしなく遠くても
それは、問題じゃないんだ。
黒を白と、白を黒と言うやつらに・・・
それしか、私の汚名を晴らす道はなかった。
その思いが、届かぬとも
その思いが、叶わなくとも
真っすぐに、ひたすら真っすぐに・・・
生きて生きて生き抜いてここまで来た。
人生の半分は、カッコウつけて行きたい。
自分の人生の半分はろくなもんじゃなかったし。
いいや、きっと分かって欲しかったんだよ。
あなたには、貴方だけには・・・
でももう、あなたはいない。
あなたは死んだ。
あの時、あの人があなたからの謝罪に代わる言葉を持ってきた
いいや、それも私には届かなかった・・・
あの頃の私の心は1度・・・死んだんだよ。
何も受け付けなかったんだ・・・
また、それを後悔もしていない。
今ある結果は自分が望んだ結果なんだろうと思う。
「私こそが幸せになるべき」「私の結婚生活こそがうまくいくべき」
「私こそが大切にされるべき」「私こそが気を使われて当たり前」
そして、欲求不満の挙句の果ては・・・「私こそが被害者だ」
我の強さとプライドの高さ、自分が一番な自己中心的な考え方。
晩年・・・変わったと思う?
・・・問いかけてみる。
そういう人の思考って、想像のはるか上を行くからね。
きっと、変わらない。いいえ、変わらない。
ああ言う人に限って、「私を見捨てる気なのか」
「面倒見てやったのに」、「恩を仇で返す気か」
とでも、言いそうだ。
期待なんかしていない
期待すると疲れるから
私が壊れてしまうから
満たされる事を求め過ぎて・・・
その感情そのままに人を攻撃している
・・・って事に気づいてもいない。
気の毒な人。
そして、哀れだな・・・って、
あの日、あの時、あの一瞬そう思った。
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視聴数少ないドラマの一つの話
1話目の始まり展開が興味深かった
結婚式当日に振られた男Aと
結婚を間近に控えた女Bが振られて
振られた側の二人が徐々に惹かれあっていく
それぞれの思いと誤解と何かしらの陰謀が邪魔をして
振る側になった女Aと男Bはそれぞれに後悔が生まれ
どうにか元さやになれないかと行動に移す
二組のカップルを巡る人間模様
のちに女Aは相手の男Aにはもう気持ちが残っていない事を察し
応援する事はないが、二人を引き離そうとする事を諦め
違う出会いを求めて見合いのようなモノを何度か
繰り返しては見るが、うまくはいかなかった
心が萎れていくような感覚に襲われる
そんな中、女Aの父の会社兼自宅から出てきた男Bと出会う
男Bはあの二人を引き離して元の鞘に戻ろう、
自分の気持ちに素直に生きてるべきだと諭すが
もうそんな気持ちが無い女Aの気持ちを逆なでする形だ
そして彼女はこう言い放つ・・・
『別れてからその人が分かると言うけれど、
私は男Aと別れて本当にいい男だったとすごく後悔した。
でも女Bは私のように惜しがる事はないわね。
男Aとあなたは比べモノにならない。』と。
男Bただ無言で、唇を噛みしめその場に暫し佇む
このシーンが印象的でした
別れても後悔しない相手である事、見極めるって大事
別れて後悔してる人って、まだやるべき課題が
残されてたのかもしれないなと・・・
あの家を離れて過ごした時間も、
離婚した後の時間も、暫し、
息子は自由にしていた。
行きたければ行くがいい
行って確かめるがいい
父親の良い所も悪い所も
それは、私とて同じ事
私の良い所、悪い所、
それを知る権利がある
また、それらを見極めるだけの力がもう
あるはず、中高生のその年頃の息子へ
それは、どうあっても親である『自分のため』
であって「子供のために我慢した」ではない
そこを間違ってはいけない
強く肝に銘じて。
そしてあの家に住む住人たちの人間性
多分、しっかり、そのうち・・・
尻尾を出してくれるはずだから
そう思ってた。
けれど、そのうちの一つがメイに向けられる
なんてその頃は思いもしなかった
それは目の当たりにした息子にとっても
離れて暮らしてはいたけど、私にとっても
多分「まともな人」であるなら、心にしこりが
残る事だろう。
私と息子はあの家の様々な事、
そしてこの一件の出来事を封印した
父親の事さえもう話したくない
もう話にだすなと、言い放たれた
あそこには人間不信の材料がごろごろ
転がっていたんだろう
実父と(元)義父は年が一つしか違わなかった
父は病気で亡くなったが、全てを見届け落ち着いた頃
その年の内にお互い納得の上で離婚した。
なので最後に見た顔は、同じ位でまだまだ若かった
友人夫婦が事故で亡くなったが、最後に会ったお顔は
やはり若かった。もうとうの昔に追い越してきたけど。
メイの最期に会った時のお顔はまだまだ
あどけない少女のままだった。
人は年を取らない。
自分の記憶が変わらない
そのままなんだと、
分かっていた
まらば、
その先を考える事はできるだろうと
メイの性格とその進路を考えてみる
メイは息子と大の仲良しで気が合った
しっかりした所もあったし、何より
互いに負けず嫌いな所もあった
息子が実の父親と一緒にいるのが耐えられない
と一線を引いたのと同じでメイも実の母親に距離を
置いたんじゃないかと、最近よく頭をよぎるようになった
親が子供の通知表を受け取るのだとしたら、逆に
親に通知表を突き付ける位の事があっても良いのではないか?
なんて事を思っている
そしてもし地元に居ないのだとしたら、きっと
実の父親の所、もしくはその近くで再スタートを
切ったんじゃないかとさえ思うようになった
どんな形であれ、幸せであって欲しいと
思う気持ちに変わりはない
強いから頑張れた?
努力して苦労して大変な思いでダイエットに成功させる人
体重が減っていくのがただ楽しくて気が付いたら成功してた人
誘惑を振り払って耐えて、頑張って禁煙に成功させた人
1時間、2時間、1日が2日、1か月が2か月へと。
時間の経過がただ楽しくて、気が付いたら禁煙に成功してた人
強いから頑張れた?
・・・って言葉が当てはまるとしたなら、前者で後者ではない。
皆が皆、同じではないのだと思っています。
因みに後者は私の体験です。
ダイエットの神様が舞い降りた。と言う言葉とエピソードを
聞いた事があると思うのですが、似たような意味で、ある日
禁煙の神様が舞い降りた、と言うのか・・・我に返ったように、
なんで私タバコ吸ってんだろう?と禁煙チャレンジへ・・・
その「禁煙へのチャレンジ」も、今年で16年目へ突入です。と言えば、
面白いのだけれど、もう「禁煙した」「終了」で良いのかも知れませんね。ww
やり方は、それぞれ色々人よって違うって思ってる。
お盆→少しのんびりできる→自分の時間ができた
→好きな事をしていい。に脳内変換した
ベッドを上下入れ替えよう→その時床も少し丁寧に掃除できる
→自分の腰は死守する→去年の今頃も同じ事をした大丈夫→
ゆっくり持ち上げる→ん?去年の感覚と違う→重くなったベッド?
→そんな訳はない、違う→自分の力が弱くなった?→やっぱり腰が痛い
整骨院予約→速攻出発→ニコニコ笑顔『なにかした?』→
にこにこ笑顔「いえいえ特に何も」→『じっとしてなさいって
言ったよね』ww→「無理」→その笑顔が怖い→WW
元同僚だった今は友人に紹介頂き、定期的に通院している。
その整骨院との付き合いも8年が過ぎたくらい。
担当の先生が明るい人だから行くのが楽しい気分になる。
まだ少し違和感ありますが、気を付けながら・・・
年を重ねると、長~いその年月で弱い所が痛みやすくなる
膝だったり、肩だったり。気にかけながら行き(生き)ましょう。
そして・・・良い出会いをありがとう。感謝です。
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5年程前に「ガウラ」と言うお花を一株購入した。
花の咲き方はどちらかと言うとシンプルで可愛いらしい。
今年はその一株ももう4倍以上に増えているように思う。
最近、人に話して別名「白蝶草」と言う事をしりました。
ハクチョウ草?と聞けば、白鳥、パソコンで変換しても白鳥草
と出てくる。でも白く小さな花がほどよく開花して風に揺れると、
ホント白い蝶が舞うように見えるんで「白蝶草」は納得です。
それに時折、色が白だったり薄いピンクだったり変化するらしい。
けれど、私の所はずっ~とドピンクと言った感じで割と鮮やかです。
今更ながらに花言葉を調べてみると、
「負けず嫌い」「我慢できない」「清楚」「神秘」「行きずりの恋」
と出てきました。
去年、秋も終わりを告げるころの後始末が雑になり、
もしかしたら枯らす?なんて頭を過ったけれど、
今年も例年となんら変わらず綺麗に咲いてくれました。
その様子は「負けず嫌い」の花、と思えたww
「我慢できない」は競うように咲く様子かな?なんて?
見た目自体はまさしく「清楚」「神秘」です。
「行きずりの恋」はその花を蝶に例えて揺れ動く様子を
意味しているだと思える。
花言葉を知らずに購入はしたけれどそれはそれで面白い。
ミクルに来て、使い方もよく分からないまま、
ただ気持ちのままに自分の気持ちを吐き出した。
そしてそれは、3、4か月もあればそれなりに、
吐き出せるものだろうと、大体の目安をつけていた。
が、あっと言う間にその3か月に到達してしまった。
そんなに簡単じゃなかったのかも、と言う思いも、
また、日常では言葉にする機会も吐き出す事もない感情を
ここで綴ってそれなりに気持ちが軽くなったのもまた事実。
人には、決して忘れる事なんて出来ない心の蟠りがる。
けれども、その長い年月で出来た重~い気持ちを
1度片付けるのも「断捨離」と言う。と言った
メッセージの様なモノを何処かで目にして、
それはそれで一理あると、納得するものでした。
私にはまだもう少し「断捨離」が必要のようだ。
ゆっくり、まったり、時にはのんびり、だらだらと。
それもありなのかもと。
還暦を過ぎて、社会から一線を引く人が一人二人と出て来る。
何ら不思議ではない。昔なら還暦は一つの目安だったのだし、
それが力仕事一筋なら、無理は禁物と言えるでしょう。
体力も気力も、体調維持も難しいと言える人たちはいる。
今は目安が5年延びて、私はどうかと自分に問うと、
「頭・思考」も「身体・体力」も使えるうちは使いたい、
使わないと衰えていきそうで怖いと言う気持ちもある。
頑張れるうちは頑張りたい、と言うのが本音。
また、人と関わる煩わしさもあるのだろうけど、
それ以上に、人と関わる楽しさ心地良さが上回っているので、
当分は続行かなって思っている。女性は枝分かれの人生だ。
妊娠、出産、子育ての時期があったり。男性の様な一本道ではない。
社会から離れたそんな時間もあったりする・・・そんな置き去りに
されたような寂しさを今でも心の奥底に抱えている・・・
仕方のない事だけど。自分で選んだけど。人それぞれなんだけど・・・
私はまだまだやりたい事があって・・人から離れたくない・・・
それを言葉で表現するなら「名残惜しい」と言う事なのかと。
夏の風物詩の一つである「花火」
夜のバイトをするようになって、地域周辺の
花火大会すら見ていない。せいぜいどこからか
聞こえてくる「音」を確認するくらいのみだ
花火は、年々進化をとげて夜空を増々賑やかに
鮮やかに、彩っているらしい・・・
そんな花火も好きな時間にyoutubeで
鑑賞する事ができて便利。ww
世界のどこかで催しだったり世界大会だったりがある
日本の技術だったり、繊細さだったり、色使いだったり
他の国々と比較しても引けをとらない。それ処か頭一つ
抜いて素晴らしいモノのようです。誇らしい。
海外の方のコメントが一番多く付くようで・・・
光と音のハーモニーだ、時間が止まったようだ、癒される、
花火で涙が出たのは初めてだ・・・と言うような。又、
「日本は恵まれているね、毎年、当たり前にこんな素晴らしい
花火が見れるんだから」なんてコメントも。ああ日本人は
感謝する気持ちを時々、見失うのかも・・・なんて・・・
そして「火薬を正しく使えば、みんなが笑顔になる」
って、もうほんとそれ。
気が付いたら約2時間弱・・・花火を鑑賞してました
ああ、映画一本分じゃないかと、自分に突っ込み入れるww
夏の風物詩、あと・・・
夏の怪談、ホラー映画、心霊現象、等
何かしらを観てから夏の終わりを受け入れる事にします。
それまでもう少し待ってて欲しい夏・・・って事で。
地元の少し大きめな公園、そこから歩道・車道へ入るには傾斜がある。
そこを自転車を押しつつ登ろうと懸命になってるじいちゃんがいた
向こうの道路から公園を直線で通り行けしようとしたようだ。
近道にはなるが、それって高校生とかの若者がやるような行為
じいちゃん懸命に尚且つ唸ってた・・・。
手を差し伸べようと歩み寄って、ふとお顔を拝見すると
私の実家のお向かいのじいちゃんだったww
つい先日の軽~く、散歩中の出来事。
思いもかけずに、久しぶりの再会にお互いが笑顔になった
じいちゃんはバイクが大好きだった。そのバイクの横で写真を撮って
欲しいと頼まれたのがつい最近の事のように思い出される・・・
いつしかバイクから自転車へ。その自転車さえ少し足が
おぼつか無いように見えるのだった・・・
そしてその気持ちを言葉にするのはためらった。
自分がどうであるかは本人が一番分かっている事なのでは?と
・・・そう思ったから。
誰とも分からぬ状態で思わず人に向けてとった行動、
私の中の私なりの、多分そんな優しさ・・・
瞬時にそう思って心と体が動いた・・・だけ。
ホントただそれだけ。多分、みんなそう、
優しさ・親切って・・・そのようなもの。
家庭環境に何かしらの問題を抱えて育った人の
一部分だけど、その後の人生でも問題を抱えて
しまう人がいる。社会人としても、自ら家庭を
持ったとしても・・・それは心の闇・・・
闇を持つ心。
共通すモノの一つに「我慢強い」と言う性質が
浮かんだ。、幼少期に我慢を身に着けてしまったのか。
生きてきた過程が正反対であるだろう人が・・・
何を思うのだろうか・・・同じ人間だけれど、
軽い空気と重い空気を持ってしまった人種違い・・・
「気難しい人」「付き合うには難しい人」
はたまた違う形で「気を遣う人」と表現するのだろうか
まぁ、それに近い事は、言われたような記憶はあるんだ。
うん、なりたくてなった性格ではない。けれど・・・
自分に言い聞かせる。
「我慢」を時に手放して・・・
「強い」と言う仮面を外して・・・
自分を「辞めたい」じゃなくて
それは「卒業」でもなく、
足し算、引き算で、立ち回れる事もあるはず。
「気難しい」も大変だけど
「面倒な人」とは言われないよう
気をつけたいと。
今日は面倒な自分。でも
明日はさらっと、生きる日。
そう決めて。
何かしらの「覚悟」をもって臨んだのだろう。
そして・・・横山裕さんが自身の人生で抱えた苦悩や挫折、
孤独も悲しみも。心の痛みは誰にも分からないだろう。
他人には推し測るほど簡単じゃないのだろうと思う。
けれど、彼ら三兄弟は信頼を寄せあい互いを想いあい、
固い「絆」で結ばれていた。相手をそれぞれに想う気持ちは
イコールなんだと伝わってきた。(等しい)
彼にとって掛け替えのない「絆と言う名の宝物」
彼らは一生、仲の良い兄弟で生きていくのでしょうね。
それは、天国にいらっしゃるお母様も望んでいるでしょうし、
きっとそれは、そこに生きた証、ともなった事でしょうね。
その光景を優しい微笑みで眺めているような気がしてきました。
特に、押しではありませんが、
特に、(元)ジャニーズファンではありませんが。
心が温かくなったよ。学びもありました。
ともかくも、24時間マラソン、お疲れさまでした。
ゆっくり・・・休まれてください。
「貴女の味方だからね」と言う人よ
「私は貴女の味方だからね。」って言ってた人がいた。
時に、顔を覗き込むように時に、耳元で囁くように・・・
あの頃のあの年齢から、その人生の約2倍は歩んだ・・・
けれど、「貴女の味方だからね」なんて言う場面には
一度も出会わなかったよ。
その答えを、インターネットで探せば・・・
欲しい答えは直ぐに見つかるのだろう。
けれど、あの頃に思う事は・・・
誰しもが、自分で見つけねばならなかった。
インターネットなんて一般的じゃなかったあの頃の事。
それでも、自分で探して答えを見つけられた事を
それなりに、良かったって思うよ。少し誇りにも思うよ。
大切に思う相手には「言葉」じゃないんだ。
「行動」なんだよ。言葉<行動
あなたには何一つ、行動って無かった。
それをどう思う事も無いよ今は。
そういう人なんだって思うだけだ。
ずっーとそう言う人だったんだ。
気が付けて良かったよ。
あの頃、振り回された自分を・・・
許してあげよう。アナタは若かったんだ、ってね。
>> 123
「妹が欲しかったの」って私の目を見て言った。
だから私も言ったんだ。「私は姉が欲しかったんだ」って。
微笑むから私も負けじと微笑んで、笑顔で返したつもり。
でもさ、そんなの、ま・ぼ・ろ・し・!!だった。
最初から、思うその気持ちに温度差があったんだろうね。
兄弟だから姉妹だから仲良くなれる、それが絶対ではないように。
たとえ、血のつながりが無くとも、仲良くなれるって、
私は信じてたのに・・・。
姉の事を「口先だけの人」とふいに吐き捨てた人がいた。
姉と一緒に働いてた人だった・・・
ああ、やっと気が付いた。こんな時の言葉って、
好かれたいって思う、咄嗟の言葉。
時に飾り。時に相手を良い気分にさせつつ
自分を守りつつ、自分をよく見せる・・・
まるで、胸元に飾るブローチのよう。
「言葉」に勝るモノやはり「行動」
大切なのは行動。
見るところは行動。
待ってたらいい。
いつ「行動」を起こすのかと。
人が信じられない、って言ってる人・・・
大切にするのは「言葉」じゃない「行動」だよ。
「行動」があって初めて「言葉」が生きてくる。
色んな意味で、いい意味で「有言実行」・・・
そこへ向かって行動を持つ人を支持する。
『誕生日おめでとう』
秋は何月から何月までですか?
気象庁:9月1日 気象庁では気象学の面から、
9月1日から11月30日までを秋と定義しています。
気象学では1年間を春夏秋冬の4つに等分し、
それぞれの季節を3か月ごとに設定しています。
との事。はいわかりました。ですが実際は、
9月はまだ夏の延長上、のよう。
11月の末はもう、冬に突入している。
と言うイメージ。秋がとても短い印象・・・
年々秋の存在が薄れていくような・・・
そんな私は、9月生まれ。
秋の季節と言う実感はないけれど、
これから食欲の秋か、スポーツの秋か・・・
と言ったら、スポーツ観ながらおいしいモノ食べる。
そんな光景が似合いそうな自分です。
そんな自分へ、誕生日おめでとう。
また一つ年をとりますね。
でもそれはとてもありがたいこと。
また実りある1年となりますように。
健康に気を付けて、頑張ろう!!
☆★☆★☆ ☆★☆★☆
そんな私の誕生日が予定日だった・・・
近い誕生日のメイ。
忘れる事なんかできません。
(元)姉は嫌がるだろうけど・・・
9月に入ると・・・
自分の誕生日が近くなると思い出す。
陽の当たる場所で、
陽の当たる人生を歩いていると願って
『「誕生日おめでとう」今年1年もメイにとって、
素敵な1年となりますように!!』
何処にいても元気でいてね。
閲覧、共感、足跡、
いつもありがとうございます。
ここの所、共感等が増えたように思う。
ありがたい事です。ホント感謝です。
思いのままに、気が向いたままに綴っています。
言葉が足りなかったり、逆に過ぎたりする事もあるかと
思います。ご自身の気持ちと比較したり、参考にしたり。
価値観の違いやその思いが違ってもまたそれはそれ。
こんな所でも何かを感じとって頂けたらまた、
こんな駄文も、良きかななんて思ったりしてます。
春先に撒いた花が、今楽しみを届けてくれています。
春先に植えた野菜たちが収穫の時期を迎えています。
実りある9月。
ゆっくり、見届けて過ごして行きたい。
みなさまも、実りある良い時間をお過ごしください。
再度、夏バテにご注意を!!
👣 👣 👣 ア・リ・ガ・ト・ウ
『現実』
現実って逃げれば逃げるほど追いかけて来る。
「お金がない」「仕事しなきゃ」「働かなきゃ」・・・
「役所へ行かなきゃ」「出さなきゃ行けない書類がある」「書かなきゃ」
「まだ封書開けてもいない」「いつまでだったかな・・・」「ヤバイ」
「宿題しなきゃ」「ほとんど手を付けていない」「もう・・・学校始まる」
「誰か・・・助けて」いいえ、誰も助けてくれない・・・「やばい」
「買物、行かなきゃ」「さっさと用事すませなきゃ」「もう少しあと」
「そう暑いし・・・」「買物、面倒くさいな・・・」
「でも私が買物行かなきゃ誰が行く・・・」
早く・・・やらなきゃ
早く・・・行動を起こさなきゃ
考えれば考えるほど、
思えば思うほど、
重く・・・重く、脳裏に焼き付いていく。
それは一種のイタイ経験として残って
しまうのだから・・・
記憶とは、怖いものだ。ww
とっととやる。ささっと行動を起こす。
その苦痛を短縮させる。脳に苦痛として残してしまう前に。
その方がずっーと楽だから。気持ちが晴れるから。
言い過ぎかもわかんないけど爽やかだから。
・・・と気付く。
私が「現実」を追いかける。
さっさとこなして、今日も私はそこにある「現実」と戦う。
そう皆・・・現実と戦う。
そうして今日も一日「お疲れさま」でした、と。
今朝、yahooニュースで見た「献血」に関する記事。
双子のご兄弟が、20代前半に献血をはじめ、
今回、兄のAさんが270回目、弟のTさんが376回目
合わせて646回。その年齢(70歳以下)69歳最後となり
今月10日をもって引退の運びとなったようです。
マネできる事では決してないです。
ものすごく大きな社会貢献であって、誰かを思ってのお気持ち、
思いやり、それを優しさと捉えたらもう「最強」としか
言いようがないです。しかもお二方とも出産当時は低体重児
として生まれお育ちになったのだとか。ホント、
お疲れ様、ありがとうとお伝えしたところです。
何処かに救われた方がいらっしゃる事でしょう。
また、今現在O型の血液型が不足しているのだとか・・・
いざとなったら、他の方たちにも貢献できるO型。
なんとなく言いたい。頑張れO型!!
因みに若い頃、人に誘われ何度か献血した事はあるのですが
ほぼ貧血と言う結果がでしまうので、あまり積極的にはなれず。
また、輸血の経験がある方は献血が出来ません、との事。
心が温かくなる記事でした。
昔、嘆く若者に、僕の人生と君の人生とを交換しようか?
それが可能なら替わってあげるんだけどね、でも案外、
替わってみたら、こんなはずじゃなかった、むしろ今の
自分の人生の方が良かった、なんて思うモノかもよ。
と言うような投稿の内容をふと思い出した。
まだまだ吸収期だった自分の・・・
誰にでもあるだろうそんな時期・・・
だからロム専だと言い切る人の気持ちもまぁ分かる。
苦しくて嘆いても、その辛さは変える事が出来ない。
刺激物が多いと人は、消化不良を起こしてしまう。
頭も心も自分のモノなのに、バランスが崩れて上手く生きられない。
どうあったって、自分の人生を受け入れて生きるしかないのだ。
泣きながら・・・嘆きながら・・・苦しみつつも・・・歩くしかない。
分かっていながら、分かりたくない、現実の壁。
あの時の「現実の壁」を私は・・・
どのように乗り越え、ここへ辿り着いたのだろうか。
それさえも、覚えていない・・・
何も覚えていない・・・
欲しかった言葉がすっーと入る。
あらためて人には、一人一個の人生がある、と痛感する。
ごく普通の笑顔だった
でも覚えてる
はきはきしてた
それは耳に残っている
てきぱきと仕事をこなしてた
つい目で追ってしまってた
最近会わないなと、
ずっと気になっていた
思い切って今日会った
同僚的な一男性にお聞きした
彼女は本社へ移動になった、
との事、栄転か・・・
寂しいと言う気持ちと
良かったねと言う気持ちと
スリムだったから
体力的な仕事よりもいいかもと・・・
心に残る人よ
あの笑顔がいつまでも続きますようにと願い
私も誰かの心に残る人、になれたらいいなぁなんて、
・・・改めていい出会いを「ありがとう」
もう会う事もないだろうと言う気持ちと
またどこかで会おうと言う思いと
良い方へ、願いを込めて
人には限界があるんだと思う
テレビを見て笑う
音楽を聴いて口ずさむ
ゲームをして楽しむ
美味しい物を食べてお腹を満たす
綺麗な花を見て和む
映画を観て感動する
確かにそれは一人でもできる
けど・・・
それを一緒に分かち合う誰かがいたら
もっと・・・
世界が変わる
それらを共有する誰かがいたら
満たされるものは『心』だ
慣れることはあっても
孤独に勝てる人はいない
人が終わる時って、
孤独に勝てなかった時なのかなって
思ってしまう
違う世界がある事を知ろう
同じ花を見て「綺麗だね」って
言葉を重ねる事の喜び
美味しい物を食べて「美味しいね」て
言葉を重ねるだけで満たされる幸福感
忘れないで欲しい
何年も前のある朝一の
敬老の日のある番組の
ある一コマ・・・
結構な年齢のおばあちゃんが、
どこぞの方言的な訛で笑って言った
死ぬの?
ちっとも怖くねえ
ほら、あっち見ろ!
と、指さす裏手の方には墓地がある
みんなみんなあそこにいる
親も兄弟も、友達も近所の奴らも
一緒に遊んだ〇〇(幼馴染らしき人の名)も
自分だけだ
自分が最後になったからね
一人だけだからね
あそこに行けばみんなに会えるからよ
と、
そんなおばあちゃんの笑顔が
不思議なくらい眩しかった
そんなワンシーンに
思わず心を奪われ
そんな穏やかな年の取り方が
ただただ、素敵だなって思った
それは与えられた自分の人生を・・・
しっかりと生き抜いた人の台詞なのでしょうかね
『疲れた~~~!!』
って言葉を全面に出して
叫んだり、吐き捨てるように
表現してしまうと・・・
周りにいる人には、攻撃的に見えたり
邪険に扱われたような・・・そんな
「不愉快」な気持ちにさせてしまう
・・・かも知れない
私だって疲れてるのに・・・
俺だって疲れたのに・・・って。
日本語の・・・
お決まりの言葉
どんな言葉なら
自分にも周りにも有効なんだろう
ぞうせ、同じに吐き捨てるのなら、逆に・・・
『今日も「頑張ったぞっ~~~!」』とか
『今日も「やりきったぞっ~~!」』なんて
言ってみたらどうだろう。
自分で自分を認める。
自分で自分を褒める。ww
まぁ揉める事はないだろう・・・ww
そう、ついでに私も・・・、
今日も、頑張ったぞぉぉぉぉぉぉ・・・っと
記しておく事にします・・・ww
優しい時間をつくってみたり。
自宅前の通りの、下水道工事がやっと終わったと思ったのが先々週、
次の週の始まり(先週)自宅裏の壁の、一部修繕工事をするとの事。
日程は10日かほどらしいがまだ終わらない。
まぁじっと待つしかないのだけれど・・・ww
先日、運転免許の更新で写真を撮りに行きました。
インスタント写真がすぐできる、あのbox
久しぶりに写真を撮りました。
ああ年々、写真が嫌いになっている、と思いましたww
朝晩と少し涼しくなってきました。
秋の気配がする・・・
ゆっくり、のんびり、立ち止まって
周りを見渡すように、短い「秋」を過ごしたいですね。
閲覧、共感、足跡、感謝です。
いつもホントありがとうございます。
体調を崩すことなく・・・
優しい時間をお過ごしください。
👣 👣 👣 👣 👣
家の裏の修繕工事が終了したようで、足場が跡形もなく
撤去され、景色がやっと以前の風景になってほっとする。
が、今朝は久しぶりに気持ちがどんよりしてた・・・
今日は晴れとだと勘違いしてた?
いや、数日前に予報をみた時には晴れだったと思う。
雨が降り出してきた・・・
それでも、いつもと変わらない朝、
特別変な夢を見た訳でもない。
人はみな夢を見ているのだが・・・
覚えていないと仰る人もいる・・・
そんな事を含めても自分は夢を見ている
気がしてないとしか・・・
なんだろう今朝は・・・
悲しいとか寂しいとかじゃない。
ただ、ただ悔しい、と言う気持ち。焦る気持ち。
天気とは関係ないと思っている。
それでも私は、普通に朝食&お弁当作りをする。
一日の流れを頭でイメージしてる。
そんな習慣に救われる・・・
多分、こんな気持ちも慌ただしさの中で
消えていく事を知っている。
それとも、無意識にでも自ら消し去るために、
忙しい日常に紛れ込んで行ってるのだろうか・・・
今日は一つ二つと私用があってお休みしていた。
行く途中その通り道で少し職場に立ち寄った。
すると「普通に仕事かと思った」と私に仕事を振ろうと
ふざけてきた〇〇ちゃんに、みなで笑った。
笑って、いい感じで、いつものようにこの子から
元気を貰い、何も考えずに目的地へ向かった・・・
今日は運転免許の更新講習。僅か〇〇分。
予定の時間より割と早くに着いて、
中央辺りの1番後ろの席に陣取って始まるのを待った。
数分早いが皆が揃ったので、と始まった。
途中、スライドによる映像が流れる。
いつもの事だった。気にした事もなかった。
けれど、今日の内容は私にとっては、
受け付けづらい内容のモノだった。
ある時はスピード違反で起こした事故の大きさや
賠償の大きさ、ある時は飲酒運転による責任の重さ、
ある時はシートベルト着用のあるなしの衝撃の差、
などで義務的に事務的に処理できてきた。
↓
>> 146
けれど、今日の映像は今までとは違った。
高校生だった息子さんを亡くされたお父様のお話。
話す後ろには息子さんの微笑むお顔が移り込む・・・
実際に事故現場となった場所での見聞ともあって、
「大型車だ・・・勝ち目はない」「悔しい」と言う
言葉を発せられた時、予期せず涙がぽろぽろ零れて
両手で頭を抱えましまった・・・そして
すぐにカバンの中からハンカチを探した・・・
室内が暗い事、最初から咳込んだり、鼻水を
すするような感じの風邪気味のようにみえる
方々が数人おられて・・・とても救われた。
いつもいつも、テレビでもパソコンでも
実際の被害者となる方々の映像とかは、
見ないように意識しないように生きてきた。
そうする事が自分に一番優しい生き方だったから。
まるで今朝の渦巻く感情は何かしらの予知?
そんな事はない。ただの偶然でしかない・・・
分かっている・・・そう思いながら
会場を後にする。
外まだ・・・雨が降っていた。
苦手な方はスルーして下さい
携帯電話で話し続けていた大型車の運転手は
右折するために止まっていた車のウインカーに
気づかずにそのまま乗用車にぶち当たった
そして、その乗用車はそのまま反対車線へ・・
その瞬時の対向車もまた運悪く同じ大型車だった
その衝撃で友人は体ごと車外へ投げ出され地面へと・・
打ち付けられた頭部は・・・飛び散ったんだそう・・
即死と聞く。ご主人と言えば車ごと大型車の
側面下方へのめりこんでしまった状態で
救助にはそれなりの時間を要したと聞いた
事故を引き起こした運転手は、一歩も車から
出てくる事はなかったんだそうだ
この事故のもっとも最悪だと言える事は・・
学校が終わった時間のその帰り道で、
わずか15~16歳の息子がその全貌を・・
目撃してしまった事なんだと思う
見覚えのある車と、そのナンバー
変わりはてた自分の両親・・
その場で意識を失い、父親と同じ救急車で
運ばれていったんだそう
なんで、どうして?
こんなに残酷な試練をこの子に与える・・・?
私がどんな気持ちでいるか・・
人の気持ちなどお構いなしに、
そんな話を得意気に・・・淡々と話してくる男。
そして、自分の友人らを指し示し、
あいつらの誰か一人でも欠けたら
自分も耐えられないと・・
そっと寄り添おうとする男と・・
なんでこうも違うのだろう。
因みに最初の男は元夫で、後者は自分の息子だ
同じように事故でご主人をなくされ、
老いただろう母を呼び寄せて一緒に暮らすと言って、
頑張って完成させたあの二世帯住宅の改築も・・・
あとは引っ越してくるだけの運びとなっていた。
だけど、あの一瞬の出来事で全てが変わってしまった。
まだ幼かった次男と中学生の長女は父の親戚たちに
引き取られて遠い地へと行ってしまった。
長男は暫くこの地に留まり祖母と暮らして
高校には通う予定になっていた。
残された家族の悲しみと・・・
PTSDのような症状に苦しむ息子に
見守るばかりの自分だ。
何もできない事もまた悔しいばかり。
悔しい、と言う感情が溢れてくると
気持ちが苦しくて抑えきれなくなる・・・
私もこの頃は、自分身辺も慌ただしく
自分自身の決断もあって身を潜めていた。
何度か通って・・・
空き家になっていた
あの・・・そこそこご立派なご自宅は・・・
翌年には、知らないどこぞの家族の笑い声がした
友人の家の花壇に咲いた花も・・・
もう二度と見ることがない・・・
その後の私は・・・
あの道を通らないようにしている。
★☆★☆★ ★☆★☆★
事故のあった数だけ・・・
事故にあった家族や友人知人
関わりのあった人たちの数だけ・・・
必ず・・・悲しみや苦悩がある。
結婚したい、結婚さえすれば・・・・
そう思って、生きてる人も
少なからずいるはず。
ゴールインしたという言葉を・・・
真に受けてしまうと時として、
上手くいかなかったり痛い目に合う。
独身が終わる。
確かにそうだけど、終わりじゃない
一人で生きる人生が二人で生きる
人生の「スタート」なんだと
捉えた方が現実味がある。
では、離婚は終わりを示すのか?
多分、それも違う・・・
離婚は一人に戻るけど、人一人の
人生においては、新たなる「再出発」だ。
結婚記念日と言うモノがあるのなら、
「離婚記念日」があっても良いのではないかと、
ここで密かに静かに、自分にいい気かしてみたり。
昔の女は失恋をすると髪を切る。
でもそれだけじゃない。
新たなる決意のもとにも髪を切る。
閲覧 共感 足跡
いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
難しい話、面倒な話、重い話、
幾つもあると思います、そんな私の話(呟き)に、
いつも目を通してくださりありがとうございます。
リアルな世界でも、話せば耳を傾けてくれる人も
いるのだろうとは思っています。
ただ、そんな話を必要以上に話す事、
またそのタイミングとか・・・
思ったように上手く伝えられるかと言ったら、
それもやはり・・・難しいですよね。
そんな問題もここでは気持ちのままに、
吐き出す事が出来ているようです。
まだまだ暖かな小春日和の良い天気が続いています。
この時期ならではの季節を感じながら少しづつ・・・
冬に向かって行けたならと思っています。
みなさまも、素敵な時間をお過ごしください。
🍁 🍂 🍃 🎑 🌰 👣 👣 👣 👣
削除されたレス (自レス削除)
誰かに(人に)愛されたい
誰かに(人に)優しくされたい
誰かに(人に)気にかけていて欲しい
誰かに(人に)忘れないでいて欲しい
いつもいつも思う
もっともっとと・・・若い時の自分よ
なんと欲深いかな・・若い頃の自分よ
心に余裕がない・・・
そう・・余裕がないの
何にもない自分が、欲しいと願うモノを
違う誰かにそれらを分け与えてあげるなんて
想像すらできなかった
最近じゃ・・・
よく甘えられているのかな・・・
でもそれもいい
何があっても私はぶれない
私は私の道をそれない
心が安定しているんだな・・・
年をとった
ああ、ほんとに年をとった私
精神的な部分で甘えられる
それは何の問題もない
体力的な部分で甘えらえる
それは少しシンドイ
精神と肉体の逆転現象
甘えられるとツライと思うのはどちらかと
ふと、考えてみたりした・・・
そんな11月の始まり
面倒を見て貰って何不自由なく暮らす
籠の中の・・・一羽の鳥
その空間で満足しているのだろうか、ただ
周りが与えた環境に過ぎないのだろうか・・
もしも、その出入り口を解放したなら
多少は、躊躇するだろう・・・が、
自ら羽ばたいて、いってしまうか・・
本能が・・・
その先を選ぶだろう
その先に待ち受けているものは過酷な世界・・・
生さえ脅かすだろう現実・・・
けれど、
果てしない大空を眺めて
自由に羽ばたつ
そんな世界もまた良し・・・
きっと、
飛べるさ、本能がある
跳べるさ、人間だって
何もいきなり遠くへ飛ぶ必要もない
ウォーミングアップからでいい
きっと、
飛べるさ、本能がある
跳べるさ、人間だって
掛け替えのない「自由」
自分にとっての「自由」
それぞれの「自由」
夢にまでみた「自由」
冬には冬の、雪道の歩き方ってモノがあるんだと思う
2,3歳の幼児だって、最初は歩き方はぎこちない
けれど、毎日毎日歩いて、雪道と向き合って、
危なくない所を探して、足をとられないように、
転ばないように・・・ひたすら歩く
いいえ、誰だって雪の上で1度や2度、転んだ経験が
あるんだと思う
そうして、コツを掴んで、何も考えずにささっと
雪の上を歩いたり、時には急ぎ足で先を急ぐ・・・
でも、思い出してよ
雪道って、ほんとは怖いんだよ
気をつけないとさ・・・
人生だって、人それぞれに・・・
歩き方のコツってるんだよ
最初から自信たっぷりに、当たり前に歩いている訳じゃない
これで良かれって、自分に言い聞かせて歩いているんだよ
そんなもんだよ、人生なんて
悩むときは悩んでも、
歩き出したら、何も考えず
ひたすら歩いてごらんよ
人生の風を感じる時があるからね
わりと、ああこんな感じって思える時があるからね
先日、職場のMさん(40代後半)が
「〇(私)さん、私のばあちゃん81歳まで働いていたよ」と
話の流れからそこへ辿り着き言われた
まぁ、人はいつまで働くか?いつまで働けるのか?
と言うシンプルな課題に行きつく事がある
人それぞれなのだろうけど・・・
まぁそこは穏やかな時間を過ごした
旦那が出張から帰ってくる、一緒にいるのが嫌だから
仕事や用事を押し込んでいる・・・といつも言ううちの
職場のリーダー的50代のボス(と私は呼ぶ)
最近じゃYちゃんまでが家に居ても顔を合わせたら
ケンカになるから年末年始は仕事をする・・・と言いだし驚かせる
子供がそれどれ巣立ったり、手がかからない時期を迎えている
夫婦の在り方は多々あるんだろうなと敬意を持ちつつ
人間関係色々あるけど、結局のところここは、
働くのが好き、そんな人達のたまり場の様な気がしてる
いつまで働こう、本当のところ自分でもわからない
でも、一歩一歩と身近な目標を熟し、次へ進む
電柱から次の電柱へとその間を歩くように
点から点へ、終着点はどこなのか決めずに行くのもまた由なのか
子供に言われる・・・
「母さんは仕事をしている方がいい」と・・・
きっと、それが生きがいのようになっているのかも知れない
そして多分、私は「人」が好きなんだと思う
年が明けたら直ぐに父の命日がくる
60代前半の、年金だってたいした貰わずに逝った
地元に住みながら電話を貰って急いで病院へ行ったけれど
間に合わなかった
そこはテレビドラマかなんかと違う
あの時の、あの頃の虚脱感のような感覚は
脳の中の記憶として残っている
元義父が今年無くなったけれど90歳台だった
それに比べて、私の父は60歳台・・・
この約30年近い歳月の差を時々考える・・・
30年あれば、どれだけ人生を謳歌できただろう
思いっきり生きたらどれだけの思い出が残っただろう
同じ父親を亡くした痛みだ
今年やっと少しは・・・
親の死の悲しみとしての・・・
賛同を得る事ができただろうか・・・
あんなに大事にして貰っただろうに
父の〇〇を〇を〇〇〇ったあなたへ
年賀状、はりきって出すタイプではない私
出したり出さなかったり
昔は割と何でも言えて親しくしていた友よ
気が付けば年賀状だけの付き合いになってた
そんな年賀状が今年初めて途切れてふと気づく
大雑把な私と違って、とても丁寧で律儀な人だったんだって
深く突き詰める事も無かった
元々、人に対して突き詰める感覚が薄いのかな・・
本人の自由なんだからと聞かずにいるのは尊重だと思ってたけど
でも、尊重するふりして興味が薄かったんじゃないかと
少し反省と悔やむ自分がいる
年も子供の年齢も、少し違う、でも
同じ頃に、結婚して・・・
同じ頃に、母親になって・・・
同じ頃に、離婚してて・・・
同じように、再婚する事も無く
ずっーと独身を貫いてきた・・・
年賀状の印刷は本人と娘さんの二人の名前が記されて
いずれ、そのお嬢さんだってご結婚でもされたら
本人の名前のみとなるんだろうとか・・思っていたけど
ずっーとずっーとそれは変わることなく
まるで、一心同体のように同じように記されている
あれから約40年・・
もはや友人宛の年賀状に子供の名前は不必要
子ども同士のやり取りに、親の名前は不必要
自分の感覚だから当てはめてはいけない
と、分かってはいるが・・
私の知らない家庭環境でもあったのかなと
今更ながらに・・思い馳せる・・
何かあったのかな・・・
ともかくも・・・元気でいて下さい
年末年始、ドタバタと慌ただしく過ごした
ビンゴ大会になって大盛りあがりしたとか
年末年始は他所でしっかり稼いできたとか
明るい話や前向きな話題ばかりで癒される
一つ上に兄貴がいる
その兄に病気が発覚して
今月半ば過ぎには手術となる
弟とも連絡をとりあえる状況にはある
ただ、80代半ば近い母には言えない
言わないでおこう・・・とここは一致している
人間だからね・・・
病気もあれば、怪我もある
それは避けられない事
生きてると色々あるよ
ただね・・・
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なんて言ってみた
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栄養ドリンクとコーヒーがないと集中できない
1日4〜5時間勤務なのに、栄養ドリンクとコーヒーを飲まないと仕事に集中できないです。。。栄養ドリンク…
15レス 181HIT 相談したいさん -
すごく年上のお姉さんを好きになりました
喫煙者です。仕事終わりにいつも喫煙所で見かける年上のお姉さんに恋をしています。 年齢や名前すら…
47レス 1086HIT 片思い中さん (30代 男性 ) -
婚約者(男性)が「式もウェディングフォトもいらない」と言う
8歳年上の婚約者が「結婚式も披露宴もウェディングフォトも撮りたくない」と言います。 新婚旅行も行き…
34レス 707HIT 社会人さん (20代 女性 ) -
女の子の赤ちゃんの名前
女の子の名前 茉夫(まお) 美男(みお) 梨雄(りお) どれがいいと思いますか?
10レス 278HIT 育児の話題好きさん (30代 女性 ) - もっと見る

