明日も泣くだろう

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2016/08/23 01:07(更新日時)

普通に高校卒業時まで行くと思っていた

まさか登校拒否になるなんて

16/05/31 00:46 追記
*現在進行中、実話です、実在する人の名前は仮名です。

No.2335044 (スレ作成日時)

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No.1

長い長いトンネルの中にいるような気がして…
あの手この手で 出口を探すのたが、いつも振り出しに戻ってしまう
振り出しならまだいい 完全に方向を見失ってしまった 
急がなければ間に合わない 焦る 焦る

助けて、 誰か助けて!

No.2

>> 1 来年は中学生 高校は何処へいくのかな?

お金のかからない地元の県立高校へ行ってくれたらいいのになぁ

でも、まぁ本人に任せるか……

なんて普通に 気楽に思っていた

だがそれは、六年生の新学期にふいにおとずれた

ふいに 悪魔が舞い降りてきたのだ

No.3

山川慎太郎11歳…

新しい担任の先生は誰だろう…。

給食を残しても怒らない先生だといいな…。

給食…

慎太郎には この給食に対する苦い思い出がある。

それは小学校入学の初めての給食でのことだった。

「残さず全部食べましょう」
そう先生が言ったかどうかは知らないが 普通は誰でもそんな類いの事を一言ぐらいは言うだろう

食べなきゃ 食べなきゃ 残さず食べなきゃ!

その一心で慎太郎は食べた。

そして 吐いた…。

No.4

キャー!

教室は騒然となった

「慎太郎君 大丈夫?気持ち悪かった?みんな!静かに!慎太郎君は体調が悪かったの心配しないでね!」

教室の皆を宥めて先生は汚物の処理に悪戦苦闘しながら片付けてくれた

慎太郎は動揺しながらも少し安心していた。

そして次の日 

給食の時間になった
「慎太郎君、もしまた気持ち悪くなったらこれに吐いてね」

先生は慎太郎にビニール袋を渡した。

だが また吐いた。

そのスピードはビニール袋など到底追い付くはずもなく

同級生達に見守られながら、汚物は机と床にどろどろと広がって行った

すると優しかった先生の顔色が変わった

「どうして?吐きたくなったらビニール袋に吐きなさいって言ったでしよ!」

…。

慎太郎の体は鉄のように固まり、涙がポタポタポタポタ流れた…

この日から楽しくなるはずだった給食の時間が、一転地獄に変わったのだ。

No.5

それから慎太郎は登校前に泣くようになった

「慎太郎どうしたの?なんかあったの?」

聞いても何も言わない慎太郎に戸惑うママは

「まだ慣れないから不安でしょ?大丈夫お友達もすぐできるから、男の子が泣いたらおかしいよ」

そう言ってしぶしぶ登校して行く慎太郎の後ろ姿を見送っていた

こんな感じの朝がしばらく続き、やがて慎太郎は泣かないで普通に出かけて行くようになった

やれやれ一安心とホッとした矢先

その給食事件をある筋からママが知る事となったのは一学期も終わった夏休みだった。


No.6

慎太郎が吐いて叱られて泣いた?

ママは愕然とした

担任は吐いた慎太郎の体を気づかうどころか、怒ったのだ

信じられない

人前で吐いただけでも恥ずかしかっただろうに、叱るなんて 許せない。

だから慎太郎は、泣きながら学校へ行っていたのか。

知らなかった…

どうして慎太郎は何も言わなかったのか。

あの登校前の泣き顔を思い出す。

なのに背中を押すように無理矢理学校へ行かせた自分をママは責めた。

ママは学校へ向かった このまま何事もなかったと済ませてしまうなんてどうしてできよう。

どんな経緯で先生が怒ったのか理由を説明して欲しかった。





No.7

夏休み中の校舎はひっそりしていたが、日直の先生とたまたま校長先生がいた

白髪まじりの大先輩に、何をどう話せばいいのか?

もう済んだこと、慎太郎も今は元気だし、このまま放っておいてもいいのではないか

親が抗議して慎太郎の立場が悪くなるんじゃないだろうか?

頭の中が渦巻く…

でも やっぱり納得いかない

うるさい母親と思われようが慎太郎が可哀想すぎる。

ママは目にいっぱい涙を溜めて校長先生に話し始めた…

No.8

そして、二学期が始まるとすぐに慎太郎の担任の青山江津子が家を訪れた。

「その節はたいへん申し訳なく思っています もし慎太郎君がノロウイルスとか伝染病にかかっていたらと、つい私も焦ってしまい叱ってしまいました、いえ、その後保健室へ連れて行ったのですが、熱もなかったので…何事もなかったのですが…申し訳ありません」

50過ぎの地味な感じの担任は何度も頭を下げ、帰って行った。

間違って叱ったのなら、その後に慎太郎をきちんとフォローしてやったのだろうか……。

なんか割りきれない気持ちだった…

でも先生も謝ってくれたし、もうこれで終わりにしたいとママは思った。

だが給食へのトラウマは、すでに慎太郎の心に深く棲みついていたのである。

No.9

月日は流れ、慎太郎もいよいよ二年生になろうとしていた。
担任は、Y先生に変わった。

明日からまた給食が始まるという前の日慎太郎がママに言った

「ママ…」

「慎太郎なに?どした?」

「Y先生に給食残しても怒らないでって言って…」

あぁ…すっかり忘れていた、一年前のあの給食事件がやはりまだ尾をひいていたのだ。

「やっぱりだめ?食べられない?」

「うん…食べたら吐くような気がする…怖くて食べれないよ…」

「わかった、わかった先生に連絡しとくから大丈夫だよ!」

「うん…」

こんな風にママは進級するたび新学期には、新しい担任に事前連絡をしていた

どの先生方も快く理解してくれて、慎太郎に無理はさせなかった。

おかげで慎太郎は一学期中には自然に給食が食べられるようになっていた。

No.10

そして6年生になった

いつまでも新学期に給食が食べられないなんて、慎太郎のメンタルの弱さにも悩みだが、中学生になったらきっと食べれるようになるだろう。

今年一年だけまた新しい担任にお願いしよう。

ママはいつものように事前連絡を入れた。

だがこの6年生の担任だけは、いつもの先生とは違っていた…。

No.11

慎太郎の6年の担任は、沢田忠幸 41歳

慎太郎のママから事前連絡を受けた次の日給食の時間になった。

「給食のおばさん達が一生懸命作ってくれたんだから、みんな残さないで食べるように!」

そう言い終わると沢田は歩き出し、慎太郎の横で待った。

「慎太郎!慎太郎だけ特別扱いはできないぞ、しっかり食べろ」

そう言いながら慎太郎の肩をトントンと軽く叩いた。

慎太郎の緊張感は頭から背中を冷たくすり抜けた。

食べたら吐く 吐いたら汚い、皆が見る 先生に怒られる…
でも食べなきゃ…

食べなきゃ…

焦る…

時間は立つ…

みんなどんどん食べ終わり 教室を出て行く者 中ではしゃぐ者

昼休みになってしまった。

慎太郎はまだ半分も食べてはいない。

「どうした慎太郎食べられないのか?みんな食べおわったぞ、早く食えよ!」

沢田の声は大きい

慎太郎の気持ち悪さは頂点に達した。

やばい!吐く

慎太郎は教室を飛び出した。

トイレへ駆け込み、ゲーゲー吐いた。

No.12

訂正

そう言い終わると沢田は歩き出し、慎太郎の横で待った。

そう言い終わると沢田は歩き出し、慎太郎の横で止まった。

No.13

その日の午後 学校から帰ってきた慎太郎は元気がない。

「慎太郎 どうした?元気ないねぇ…アイスあるよおやつは?」

ママは心配そうに慎太郎の顔を覗き込む。

「気持ち悪くて、食えない……給食吐いた……。」

ボソボソそう言うと慎太郎はランドセルをゴロンと転がし、ソファーにうずくまった。

「吐いた?え?給食?うそ…先生が?ママ言ったのに食べさせたの?無理やり?」



「慎太郎だけ特別扱いできないって…………。」

慎太郎は蚊の鳴くような小さい声で言った

「でも吐いたんでしょ?吐いても食べろって?」

「トイレで吐いたから、先生は知らない…」

「知らないって、吐いたって先生に言わなかったの?なんで言わなかったの!」

「…………………。」

慎太郎は何も言わす顔は今にも泣き出しそうだ。

いつもニコニコしている慎太郎、誰にでも優しい慎太郎。

でもこの日から慎太郎の顔からニコニコが消えることになる。

No.14

大変だ、またあの時の恐怖が慎太郎に甦ってしまう。

2年生から先生方のおかげで、給食に対する不安はもう無くなったとママは思っていた。

でもたまに慎太郎は「ママ給食食べれるようになったよ。」と突然嬉しそうな顔をして言う時があった。

そうだ慎太郎は毎年給食と戦っていたのだ。

たかが給食、些細な事と誰もが思うだろうが、慎太郎にとっては、乗り越えなければならない高い高い塀なのだ。

ママは外へ飛び出し、震える指でスマホの画面を押し学校へ電話をかけた。

No.15

担任は不在で教頭先生が電話に出た。

慎太郎は新学期に緊張すると気持ちわるくなって無理に給食を食べると吐くこと…、

一年生の時のトラウマがある事……

放っておけば自然に食べられるようになる事……

何度同じ事を言ってきただろう。

「おねがいです、無理に食べさせないでいただきたいのですが!」

教頭先生は、承諾してくれて、担任に伝えると約束してくれた。

家に入ると慎太郎は、アイスを食べ2つ下の晃太郎(4年生)といつものようにゲームに夢中だ。

良かったわりと平気なんだ、心配しすぎたかな?

ママは少しほっとしてテーブルに寄りかかり二人の様子を黙って見ていた



No.16

「ママ、ママ、」

慎太郎の声で目が覚めた。

「慎太郎…どうしたの?」

「お腹が痛い、気持ち悪い」

「え?わかったトイレ行く?大丈夫?」

眠い目を擦りなが枕もとの時計を見ると午前2時。

慎太郎はトイレに入ると体を丸め、便器を抱えるようにしていきなり吐いた。

「慎太郎、大丈夫?慎太郎!」


どうしたんだろ、食あたり?

でもみんな同じ物食べてるし。

風邪だろうか?

あッ!そう言えば慎太郎の同級生の淳一君が下痢が続いているって、淳一君のお母さんが言っていた。

そうか、風邪の胃腸炎かもしれない。

うつったのかも?

ママはそう勝手に自分を納得させて、慎太郎の布団で朝まで一緒にねた。











No.17

朝になった

熱はないが元気のない慎太郎

「慎太郎まだ吐き気する?」

「…………。」

慎太郎はなにも言わずソファーに座っている目はうつろだ。

ママはそんな慎太郎の隣に座って

「給食の事なら、教頭先生が沢田先生にちゃんと話しておきますって、だから心配しないで学校行きなさい。きっと無理して食べなくていいよ~って言ってくれるよ、ねッ大丈夫だから。」

頭を撫でながら言った

「もしまた具合悪くなったら早退して帰っておいで」

慎太郎はかすかに頷いた。

その様子を見ていたパパが

「慎太郎、またあの先生が無理に食えって言ったらパパがぶっとばしてやる!心配すんな!」

ゲンコツをくねらせておどけてみせる。

「パパ、暴力はダメでしょッははは」

ママが笑いながら言う。

すると強ばっていた慎太郎の顔が少しだけ柔らかくなった。

No.18

「いってらっしゃい」

慎太郎と弟の晃太郎が並んで歩いて行く。

見慣れた朝の光景だが、最近の慎太郎の成長は著しい、あっという間にママの身長を追い越して今年クラスで一番背が高くなっていた。

それは親としてちょっぴり誇らしいと思っていたのだが、そんな大きい慎太郎が今日は背を丸めて歩いて行く。

いつもは弟を気遣うお兄ちゃんらしい慎太郎なのに、今日は弟の晃太郎が慎太郎を見守っているようにさえ見える。

どうか元気に帰って来ますように。

ママは祈るように二人の後ろ姿を見送っていた。

No.19

お昼になった。

給食の時間だ、慎太郎は、今どうしているだろう。

夜中に吐いて、お腹も痛いって言っていたのに、休ませて病院へ連れて行くべきだったかなぁ。

あの子が昨日の給食を吐いたのは、緊張からだったのだろうか、それとも前から体調が悪かったからじゃないだろうか?

でも、一昨日までどこも悪そうじゃなかったし普通に食べて遊んでいたし。

熱がないなら学校を休ませるほどでもないし…。

あれこれ考えているうちに、2時を過ぎ3時になった。

どうやら早退して帰ってくる様子もないし、大丈夫だったのかな。

「ただいまー」

帰ってきたのは、4年生の晃太郎だった。

「こうちゃんおかえりおやつ、あ」

ママが言い終わる前に

「今日学校でさぁ~○○ちゃんと○○ちゃんが体育館で*〆&₩%#±≧≦><≠=♂*@『×∞∴¥≦>《↑■だったよ」

晃太郎は聞かなくても学校での出来事をよく喋る子だ

それはアイスを食べながら延々続く。

「そんで、××ちゃんと約束してるから行ってくる〰」

「車に気をつけて、5時には帰って来なさいよ」


晃太郎はいつも元気が良くてほっとする。

No.20

やがて慎太郎が帰ってきた。

「あ、おかえり~」

ランドセルを置きながら、ママの横を通りすぎ、ソファーに座り両方の膝の上に突伏した。

「慎太郎どうしたの?どうしたの!?」

慎太郎はなにも言わず顔も上げない。

「給食?また食べろっていわれたの?!」

「…………。」

「何も言わないとわからないでしょ!慎太郎顔を上げなさい!」

慎太郎は晃太郎とは違って学校での出来事を自分からは殆ど言わない子だった。

「慎太郎!!」

ママが重たい慎太郎の頭を押し上げると、涙でグシャグシャになった顔があった。

No.21

強引に上げられた顔はすぐに膝の上に戻された。

もう子供ではない、しかし大人でもない、わがままを言って叱られた時はべそをかき大粒の涙を平気で見せるのに

今日の涙は見せたくないのだろう

「給食でしょ?先生にまた食べろっていわれたの?」

ママは冷静に慎太郎へ問いかける。

すると突然慎太郎は

「あの先生大嫌いだ!」

なにをどう言えばいいのか多分自分でも分からないのだろう。

その慎太郎が、先生が大嫌いだとそれだけは言えた

「嫌い?先生になにか言われた?」

慎太郎はうなずく

「なんて言われたの?」

また押し黙る慎太郎、頭はピクリとも動かない

「なにを言われたの慎太郎!!」

No.22

慎太郎が人を嫌いだと言ったことはない。

6年生にもなれば、気に入らない人間の一人や二人はいるだろう、だが個人を嫌いだと慎太郎の口から出たのは初めてなような気がする…。

担任の沢田は慎太郎に何を言ったのか?

こんなに慎太郎を傷つけた事を知っているのだろうか?

許せない!

「慎太郎!何も言わなくていい、ママは学校行ってくる!」

その言葉に慎太郎は顔を上げた、泣きはらした目は赤く、驚いたのか口は半開きでいつものあどけない表情になった。

「沢田先生に聞いてくる!こんなに慎太郎を泣かせて許せないもの」

「………。」

いつもおっとりして争い事の嫌いな慎太郎、やはり学校へ行ってほしくないんだろうとママは半分諦めかけた

だがここで何もしなかったら沢田はこれでよしとして、何度も慎太郎の心を傷つけてしまうだろう

それでも先生なのだからと、慎太郎は一年間地獄の給食を耐えなけばならないのだろうか?

給食を食べられない事がそんなに悪い事なのだろうか。

悔しさと不安で涙が溢れる

「やっぱり嫌?…」

涙声で慎太郎に聞くママ

だが、慎太郎は横に何度も首をふった

「行ってもいい?」

慎太郎の首は縦にしっかり動いた。

No.23

ママは校長室で担任の沢田を待っていた。

落ち着け 落ち着け

何度もそう自分に言い聞かせ、大きく息を吸い込んで吐き出した

ガラガラー

「すみません、お待たせしました」

ジャージ姿が似合う、すらりとした沢田は軽く会釈をしながらママの向かいの椅子に座った

緊張するママとは違って、沢田は急いで用事を済ませてきたのか、さて次の用事は?みたいな雰囲気があった

「初めまして山川慎太郎の母です。」

「あぁどうも沢田です…えっとそれで?今日は…」

それで今日は?

沢田は慎太郎の母が何の用事で来たのかさえ分かっていない

落ち着こうとしていたママはあまりに軽すぎる沢田の態度に…すぐにキレた

「慎太郎が帰ってくるなり泣き出したんですよ!先生のことが大嫌いだと言っています!」

さすがに沢田も目が一瞬で止まった。

No.24

「先生慎太郎に何を言ったんですか?」

「え?…べつに…」

沢田はそう言うと腕を組んだ

「私、お願いしましたよね、慎太郎に無理に給食を食べさせないで下さいと、放っておいたら食べるようになるんです、昨日教頭先生にも電話でお願いしたはずです。今日もまた無理に食べさせたんですか?」

ママは興奮しながら一気に話し出した。

沢田は腕組みをしたまま、難しい顔をして横を見たりうつ向いたりしながらママの話しをきいていたが

「はぁ…別に……」

はっきり返事は返ってこない

「慎太郎の心が弱いのも悪いんですそれは分かっています、でもみんながみんな食べろと言われて食べれるもんじゃないんですよ、中には慎太郎のように食べたら気持ち悪くなって吐く子供もいるんです…そこの所を分かっていただけないでしょうか」

「あぁ…うーん…そうですよね…」

沢田は相変わらず腕組みをして生半可な言葉しか返してこない

自分が興奮して喋り出したから、これ以上怒らせたくなくて、言葉を選びすぎているのだろうか

たしか私よりより6歳上の41歳だったはず、これでよく教師が勤まるものだとママは思った

それにしてもこれではまるで私は、ただのモンスターペアレンスではないか、イライラは高まる

「あの…その態度なんですが…私の事バカにしてます?」

その挑発的なママの言葉に、沢田は顔を上げ腕をほどきやっと口を開いた

「とんでもないです…」

そして、

「今日、慎太郎に給食が食べれなかったら、食べれるだけ皿に取りなさい、それでも残したら先生が食べてやるからと、そう言ったんです。」

へーそうなんだ、わりと優しい先生なんだ.、そうママは思い沢田の次の言葉を待った

「ところがですよ、一口食べたら慎太郎は、残りみんな私の所に持ってきたんですよ、そりゃあんまりだろう!って…」

「それで怒ったんですか?」

「あ……まぁ…」

「それは、確かに慎太郎も悪いですよね…それでまたそれを食べろと強要したんですか?」

それからの沢田はまた腕を組み

あぁ…とかうーん…としか反応はない

まったく、らちがあかず
 
ママは不満足のまま帰ってきた。

No.25

家に帰ると、慎太郎はソファーに丸くなり、弟の晃太郎が慎太郎の背中を、擦っている。

「どうしたの?」

「慎太郎がお腹が痛いって」

慎太郎の顔は苦しそうだ

「え?慎太郎お腹痛いの?」

「うん…ママぁ…」

「なに?どした?」

「気持ちわるい…」

給食より沢田よりまずは慎太郎の体の方が心配だ

「わかった、病院行こうね、こうちゃんありがと、留守番お願いね…」

もう4時を過ぎている、とりあえず近くの個人病院へ連れて行くことにした。

No.26

「胃腸炎ですね、まわりに誰かお腹の具合悪い人いません?」


「そう言えば同期生に下痢が続いてる子供がいます。」

「じゃ流行性胃腸炎ですね、整腸剤出しときます、2.3日したら治ります、学校休ませて下さいね」

なんとも簡単な見立て、こんな診察なら私でもできるかも…

でもまぁ2.3日で治るならたいしたことないんだ、給食や先生の事で慎太郎も疲れているだろうし、学校は少し休ませてゆっくりさせよう。

「はい、ありがとうございました。」

病院を後にした。

No.27

「ママ…先生なにか言ってた?」

「慎太郎、聞こえないよもっと大きい声で言って」

車の助手席で消えそうな声の慎太郎

「先生なにか言ってた?」

「うーん、あの先生ってはっきりしないってか、…慎太郎さぁ…給食、食べれるだけ皿に取れって言われた?残したら先生が食べてやるって?」

「うん」

「それで一口しか食べなかったの?」

「うん……先生が…食べてくれ…………。」

「なに?聞こえないってば、もっと大きい声でないの?」

「……………………。」

それっきり慎太郎は何も言わずお腹を抱えた

「お腹痛い?」

頭をこっくり落とした

「慎太郎言いたくなかったらなんも言わなくていいよ…先にお腹治そう」

「うん」

片手で慎太郎の頭を撫でた

この子にもプライドがある、言いたくないならもう聞くのは止めようとママは思った

家に帰るともうパパが帰ってきていた

今日あったこと話しながら夕飯の仕度をする

パパが慎太郎を横から抱きしめ

「大丈夫だ大丈夫だ…」

と頭を撫でている。

その姿を見てママは涙が溢れた。

No.28

ママ…ママ…」

闇の中で慎太郎が呼んでいる

「慎太郎どした?」

午前1時30分

「気持ち悪い、お腹痛い」

用意していたビニール袋を慎太郎の口にあてがう

「ウエッ…ウエッ…」

何も出ない。

出るはずがない、あれから慎太郎は殆ど食べ物らしいものを胃袋に入れていなかった。

ずっとお腹を撫でる

闇の中で苦痛に歪む慎太郎の顔。

沢田の腕組みをした姿が目に浮かんできた。

…給食を残したら先生が食べてやるから…確かにそれは慎太郎も認めているから事実だろう。

なんとカッコイイ台詞だ、まるで昔の学園ドラマだ。

沢田の口から歯切れ良く言えたのはその部分だけ…問題はその後だ。

なにがあったのだろう

そのショックで慎太郎の体が悪くなったのか?

そうに違いない!

沢田を許せない‼

暗闇の中で憎しみだけが大きく広がって行き、また涙が溢れた。

窓を見るとカーテンが薄明かるい…

朝が来たようだ、ママはうとうと眠りについた。

No.29

それから慎太郎は2日ほど学校を欠席した。

前より幾分食欲も出たし、たまに腹痛と気持ち悪さはあったが、吐くほどでもなくなった。

そして三日目の朝が来た

「慎太郎だいぶ良くなったから学校行きなさいよ」

「え?…まだ気持ち悪いよ」

「でも、学校休むほどじゃないでしょ?」

風邪の時でさえ、休むのは熱があるときぐらいで、それ以外は簡単に学校を休ませたことなどない

それは世間一般の親達も同じだろう。

まして慎太郎はもう2日も休んでいる、これ以上は休ませる訳にはいかない

それでも登校を渋る慎太郎

やはり給食が気になるのだろう…

「慎太郎、具合悪くなったら早引きしておいで」

あれだけ抗議したのだから沢田だってきっと態度を改めるはずだ

兎に角学校へ行かせたらなんとかなる、慎太郎は単純な性格だし、沢田が取り成してくれたらまたニコニコして帰って来る

そうママは思っていた

だが、10時すぎに学校から連絡があり慎太郎を迎えに行くはめになった。

No.30

保健の安川先生が、慎太郎と共に小学校の玄関から出て来た。

「山川君は、熱もあるしかなり具合悪そうなので、治るまでお休みさせた方がいいじゃないでしょうか?」

慎太郎はお腹を抱えて車に乗り込む

熱があったなんて、知らなかった…

「分かりました、ありがとうございます」

ママは車から降りて、深々と頭を下げた。

家に帰ると慎太郎は布団に入ったまま丸くなっている

熱を計ると37.2度…

「慎太郎ごめんね、そんなに具合悪かったんだ、熱もあったんだ…」

なにやってんだろ、熱ぐらいちゃんと計れよ…。

「ママ…」

慎太郎が両手をママの首にまわしてきた

ママより大きい慎太郎が幼稚園児のように抱っこをせがむ。

「よしよし…」

頭を撫でる…

どうしちゃったの慎太郎…

お医者さんは2.3日で治りますって言ったじゃない

なんで治らないの?

慎太郎…

慎太郎…

No.31

「慎太郎、明日は学校休んで、そしたら土曜日、日曜日でしょ、三日もあったら良くなるよ…大丈夫だよ、ね…。」

ママは自分に言い聞かせるように慎太郎の耳元にそう囁いた。

「うん…」

やがてお昼になり

「慎太郎オムライスでも作る?」

「食べたらまた気持ち悪くなる…。」

「食べても食べなくても気持ち悪いなら、食べたら?」

へんな理屈だった…

最近の慎太郎は食べてもすぐ気持ち悪いと言い、お粥にプリンかヨーグルトだけの食生活になっていた。

ふっくらしていたほっぺもだんだん骨格が出てきて、慎太郎ダイエットできて良かったじゃん不幸中の幸いだな!なんてパパが、からかったりしていた

でも吐いたらやっぱり苦しいだろうし、またお粥に味つけでもしてたべさせようなかと思っていたら

「ママ、オムライス食べる」

苦痛な表情から少し余裕のある顔で慎太郎が言った

No.32

どうせ気持ち悪くなるなら食べたら?

そんな開き直りな一言が功を奏したのか、それから慎太郎はオムライスを半分以上もりもり食べた。

気持ち悪いと言ってソファーに横になったものの、吐く気配はない。

ママは頭の中でガッツポーズを描いた

「慎太郎、最近ゲームしてないねぇ…気晴らしにやりなよ」

「うん」

最近は慎太郎の顔から笑顔が消えた

とにかく慎太郎の元気をどうにかして取り戻したい

笑顔が見たかった。

No.33

そして週末はお粥ではなく、慎太郎は普通に食事がとれるまで回復していった。

日曜日の夕飯時に焼き肉を上手そうに食べる慎太郎。

それを横から見つめるパパは嬉しさを隠しきれず

「慎太郎、大丈夫そうだなぁこれなら明日から学校へ行けるんじゃないかぁ?」

慎太郎の顔を覗き込みながら言った

弟の晃太郎も、箸を止めて

「そうだ!そうだ!明日からまた慎太郎と一緒に学校行きたい、もう一人はやだよ~」

そう言いながら慎太郎を見る

「………。」

慎太郎は無表情だが否定する言葉は出なかった

体調さえ戻れば…学校へ行きさえすれば…

あとはなんとかなるだろう

ママも、みんなも、そう期待していた…

だが、その期待はむなしく打ち砕かれた

夜中にまた慎太郎が吐いたのだ 

「うーん、お腹いたい!ママ…ぁ」


唸りながら抱きついてくる慎太郎。


また闇の恐怖に引きずり込まれた。

No.34

月曜日の朝がきた。

事情を知っている実家の母に電話をする

「え?また吐いたの?…あの元気な慎太郎がどうしたんだろうねぇ、ほんとに胃腸炎なの?」

「…微熱もあるし、今日また病院連れていきたいんだけど、先週ほとんど仕事行ってなくて、今日も休みますって電話しづらくて…なんかクビになりそうだわ…まいったわ…」

ママは近くのラーメン店に土・日を除いた平日、朝9時から午後2時までパートをしていた

冷たい店主ではないが、そろそろ嫌味の一つでも言われそうな胸騒ぎがしていた

「いいよ、あんた仕事いきなさい!私が病院連れて行くから、前から行ってた小児科だよね?パンダクリニックだったっけ?」

「ちがうよ、半田クリニック  ハ・ン・ダ・だよ…」

そう言い返して思わず吹き出す…

母の天然ボケは相変わらずだが、重いママの気持ちに少しだけ空気穴を開けてくれた。

「そうだっけぇ、わかった、わかった、心配しないで仕事行ってきな、今どき 土曜・日曜休みのパートなんてなかなかないんだから、くびにでもなったらもったいないよ」

母の喋りテンポに押されるように

「わかった、じゃ仕事行ってくる!慎太郎お願いね」

ママは元気に応えた


No.35

そうだ、この間の個人病院はかなり適当だった、今日小児科へ行ったらきっとなにか別の治療方法があるかもしれない。

ママはそんなささやかな期待を膨らませながらラーメンを出前の車に詰め込み走り出した

ふと赤信号で止まると

横断歩道を、黄色いカバーのランセルを背負う一年生が、母親とならんで帰って行く。

胸がズキッと痛んだ

慎太郎は良くなるのだろうか?

以前のようにまた学校へ行けるようになるのだろうか?

もう一週間もろくに学校へ行っていない。

これからまたどれだけ学校を休まなければならないのか、焦りで心が折れてしまいそうだ

沢田が給食を無理に食べさせなければ、慎太郎は今頃普通に学校へ行っていたかもしれない!

慎太郎はこんな病気にならなかったかもしれない!

ちくしょう!

バカヤロー!

バカヤロー!

涙が溢れる

胸がバクバクする

だが、信号の青が涙で滲んで見えた時、ママは我に返り仕方なくアクセルを踏み込んだ。

No.36

「え?慎太郎が?浣腸されたの?」

訳がわからないママは、トイレの慎太郎を覗きながら台所できゅうりをきざむ母に声をかけた。

「そうなんだよ、あのパンダ先生 ん…ん…って首傾げて、どこも悪くないと思いますよって言うのよ」

だからパンダ先生じゃなくてハンダだってば、と言いたかったが笑う気分でもなかった。

「それで…ウンチが出たら良くなるって?」

「それはわからないよ、今日浣腸したでしょ、明後日まで症状が良くならなかったら、総合病院の小児科で精密検査を受けて下さい、紹介状書きますからって…さぁ冷やし中華食べなさい、疲れただろう」

「ありがとう」

精密検査?!

もうこうなったら精密検査でもなんでもして貰って、最悪入院ならそれでもいい、すっきり治してもらおう!

ママは勢いよく麺をすすった。
 

No.37

それからの慎太郎は浣腸したからといって特に改善はみられなかった。

元気になったり、顔が硬くなったり、うずくまったり、夜中は相変わらずウーンと唸り、ママがお腹を擦ると寝る、また唸る、擦ると寝る、そんな感じだった。

ただご飯は前より食べれるようには、なってきていた。

そして精密検査の日となった。

母が慎太郎に付き添い、血液・尿・お腹のレントゲン等の検査を経て、外来で「山川慎太郎君!」と看護師に呼ばれたのは、もうお昼近くになっていた。

体格のいい丸い顔をした先生だった。

「どこも悪くないです、いたって健康です、ただこのレントゲンを見て下さい」

慎太郎のお腹のレントゲンを見せられた

先生が指差す場所を見ると

光りから浮かび上がる丸い筒状の線、その中央に丸く黒い物体があった

No.38

「これ、なんだか分かります?」

厳しい先生の視線が母の視線と合い、緊張感が高まる。

「なんです?この黒いかたまりは?」

母が聞く。

「便です、便秘になるとガスが下から排出されず逆流するので、それが気持ち悪さの原因と思われます、微熱もそのせいでしょう」

「便秘なんですか?」

「はい、今から浣腸します、下剤も出しておきますから。」

また浣腸?

慎太郎の顔を見ると目が見開き口は半開きだ。

「あの、一昨日も浣腸したばかりなんですが…」

「今日もやりましょう」

「わかりました、ありがとうございます。」

こんなに待たされて、3分の結果発表、しかも便秘。

慎太郎は看護師に連れて行かれ母は待合室で待つことになった。

No.39

2週間近くも苦しみ続けて結局便秘だったなんて…。

ウィ〰ン

ママからラインが入った

(結果どうだった?)

(便秘だって)

(便秘?!うっそ〰なんか…納得できないなぁ……。)

便秘じゃなくてなんだったら納得できたのだろう…。

(他は異常なし、いたって健康ってんだから良かったじゃないか、便が溜まってガスが逆流して気持ち悪くなってたんだと、下剤できれいさっぱり出しちゃったら元気になるんじゃないの?)

(それで慎太郎は?)

(それがまた浣腸されちゃって、今トイレで頑張ってる)

(え?また浣腸したの?!慎太郎のお尻一体どうなっちゃうのよ?!)

((笑)(笑))

(笑い事じゃないでしょ!)

(あ…ごめん…)

No.40

やがて慎太郎がお腹を押さえて出てきた

「出た?」

「すこし…」

「じゃ帰ろうね」

「ババ…」

「なに?」

「食堂でなんか食べたい…」

「そう?食欲出てきた?」

「お腹すいた…」

「そうかい、浣腸がきいたのかな?行こう行こう…。」

No.41

病院の食堂で慎太郎は焼肉定食を頼んだ。

テカテカヤキダレのロース肉5枚、山盛野菜、御飯にお新香 味噌汁

こんな量を今の慎太郎が食べ切れるはずはない、どうせ気持ち悪いと言って大量に残すだろう

もったいないから、その残りは自分が食べることにして、ババはコーヒーだけ注文した。

だが、慎太郎は黙々と食べ続ける。

肉を4枚食べ、御飯も残り少なくなり、最後の肉に箸がついた所で

ババはあわてて

「すいませーん、ラーメン1つ下さい」

自分の分を注文した。

No.42

「ほんとに?慎太郎 焼肉定食みんな食べたの?すごーーい」
 
そう言うママの目はキラキラと輝いていた。

「でも気持ち悪くなったけどね…」

そう言いながら慎太郎はトイレへ入った

「やっぱり便秘なんだよ、浣腸して少し出たらすっきりして食欲もでたんだろねぇ。」

「そうそう…そうだよきっと」

ママはにっこりしながら相づちをうった。

トイレから出てきた慎太郎に

「出た??」

ママとババの4つの目が慎太郎を見る  

慎太郎の親指がキュッと立つ

「やったーーー」

こうして二人は慎太郎の便通に本気で一喜一憂したのである、今思うと実に滑稽な話しなのだが…。

No.43

慎太郎が便秘と分かってから回りの人間たちの気持ちもだいぶ落ち着き

週末からゴールデンウィークに入るからその期間で、慎太郎は完全復帰できるだろう

誰もがそう思っていた

事実、慎太郎は連休には父・母の両実家を泊まり歩き、ゲーセン・遊園地等で久々に思いっきり遊び、元気と笑顔を取り戻していたのだから…。

だが…

明日から学校が始まるという日に、慎太郎はまた前と同じ症状に戻ってしまった…。

No.44

吐いて腹を病む慎太郎、症状は前より酷い状態だった

ママも回りのみんなもまた前のあの不安に引き込まれて行った…。

もう便秘などではない…。

夕方ママは救急外来へ慎太郎を連れて行った。

なんとかして明日から学校へ行かせたい、その一心のママだったが、それも薄っぺらい希望となって心が震えた。

慎太郎はまた一通りの検査を終え、その日の当番医師にママが呼ばれた。

「体内に毒はまったくありません、レントゲンを見る限り異常ないんですよね、お子さんなのでCTとか撮りたくないし…。」

「それじゃ…どういう…ことなんで…」

もう、何を聞けばいいのか言葉にならないママ

「…私は専門じゃありませんから詳しくは分かりませんが…自律神経の方からきているんじゃないでしょうか…小児科へ行って相談してみて下さい…。」

自律神経…

自律神経って何?…

No.45

自律神経って…

慎太郎はまだ小学六年生なのに、自律神経ってどういうこと?…。

あの日精密検査で便秘という結果に納得できなかった

むしろあの時…自律神経と言ってくれた方が、よっぽど納得したし受け入れられたような気がする

給食より担任の沢田より、まず慎太郎の体を治そうと必死だった。

治るはずなどなかったのに…。

慎太郎の心には沢田と給食が深く根を張り、体を蝕んでいたのだ。

この結論が出るまでに、三週間もかかった

自分は一体この三週間なにをしていたのだろう…。

皮肉なことに今日は5月5日端午の節句、こどもの日だ。

この日からママは暗く長いトンネルへ入って行ったような気がする。

No.46

夜…

「慎太郎、学校行きたくないんだ?」

ママが柔らかく慎太郎に聞く

慎太郎の顔が強ばる

「行きたくない…じゃなくて…」

行きたくないんじゃない?

え?

じゃ行きたいの?

「だって行こうとするとお腹が痛くなるんだもん…」

そうだ…

慎太郎は週末は食欲もあって元気が良かった

それは学校が休みでみんなも休んでいるから…

具合が悪くなるのは、学校へ行く前日か、その日の朝早くだった…

「給食とか先生とか…それが原因だよね?」

ママが言う

パパは慎太郎を見たり、ママを見たり…

弟の晃太郎はゲームをしているが.耳の全神経はこの会話に集中しているだろう。

「でも、それ乗り越えないと慎太郎のお腹痛いの一生治らないよ!このまま逃げて逃げて、一生逃げ続ける気?」

慎太郎は黙る

「……」

「どうしてそんなに弱いの?なんでもっと強くなれないの?」

「ママ…もっと冷静に…大丈夫だから…」

パパがママを宥める

「大丈夫?なにがとうしたら大丈夫だって言えるの?どうすんのこれから!」

泣き出すママ…

ママの後ろから抱き付く晃太郎…。

No.47

「でも、慎太郎が悪いわけじゃないだろう?」

パパは穏やかにママに話しかける

「だったら私が悪いの?私の育て方が悪かったってことなの?!ゥゥゥッ…。」

ママは得たいの知れない不安に感情を押さえきれずただ自分を責めて泣いた。

弟の晃太郎もママの背中で声を殺して泣いている。

「お前が悪いなんてそんなこと言ってないだろう!」

珍しくパパが大きな声を出す。

慎太郎は膝小僧を抱き顔を伏せている。

特に裕福でもなく、特に優秀な息子たちというわけでもないが…それでも普通に幸せに暮らしてきた家族四人…。

その普通が壊れ始めた…。

No.48

「ごめん…ごめん慎太郎…ママ酷いこと言っちゃった…ごめんゥゥゥッ…。しんちゃん…ごめん…ゥゥゥ…大好きだよ…」

慎太郎の頭を撫でながらただおろおろと泣き続けるママ…

慎太郎はママに抱きつき、堰をきったように、しやくりあげながら泣き出した。

それを見てパパも晃太郎を抱き締める…

暗澹とした夜が過ぎて行き…


こんな悲しい時でも朝がやって来た…。

No.49

目が覚めた…。

どんよりした気分だ…。

夢だったらいいのに…。

全て悪い夢だったらどんなにいいだろう…。

なんでこうなったのか、みんな担任の沢田のせいだ。

慎太郎だけ特別扱い出来ないって?

蕎麦アレルギーとか食物アレルギーの子供には特別扱いするだろう…。

慎太郎にだって特別扱いしてもいいじゃないの、登校拒否にまでなったんだから…。

アイツだけは絶対許せない!

教育委員会に行って、ぶちまけてやりたい。


………。

あッ…!!

そうだ…今日は家庭訪問だ!

沢田が来る!

ここにあの沢田がやって来る!

ママは布団から飛び起きた。

No.50

散らかり放題のリビング、台所は洗い物が山盛り…。

昨日はなにもしないで寝てしまった…。

2LDKの小さいアパート。

子供たちが小さいときは、これで充分広いと思えたのに、今ではすっかり狭くなってしまった。

その部屋中に沈んだ空気が漂っている…。

さて…。

今日担任の沢田と会うということで、へんなヤル気が出た。

窓を開け、洗い物をして、パパの弁当を詰めていると、慎太郎が起きてきた。

暗い顔に、お腹を押さえて歩く姿はまるで老人のようだ。

「慎太郎学校休みなさい、ママも仕事休むよ…。なんか疲れちゃって」

慎太郎は学校へいかなくていいという安心感からか

「うん…。」

とニッコリ微笑んだ。

なんか複雑な気持ちだったが、やっぱり慎太郎の笑顔には癒される。

この笑顔を取り戻すために頑張らねば!もう泣いてなんかいられない。

沢田ときちんと話し合おう、憎い相手だけれど慎太郎の為だもの…。

パパと晃太郎も起きてきて、トイレの取り合いで、キャーキャーアハハと騒いでいる。

いつもの朝がやってきた。

No.51

「いえ、便秘ではないです、お医者さんが言うには、自律神経からくる体調不良で、学校へ行こうとするとお腹が痛くなるみたいです…はい、とりあえず今日は休ませて様子をみようと思います…。」

学校側に、淡々と欠席理由を説明して…愕然とする。

…これは、よその子供の事ではない、我が子の事なのだ、認めたくはないが我が子は登校拒否児童…。

気がつけば学校へ行かなくなって三週間、慎太郎は完全にレールから外れて一人取り残されていた。

ママは台所の前で、ガックリ座り込んだ。

No.52

「ママー行ってきまーすッ。」

晃太郎が玄関で叫んでいる、ママは我にかえり涙を堪えて玄関へ急ぐ。

「晃太郎…行ってらっしゃい」

わざと大きく手を振る。

しっかりしなきゃ…。

午後は沢田が来る…。

何を話そう、慎太郎をレールに戻すため沢田だってきっと協力してくれるはずだ。

「慎太郎…お腹空かない?」

トイレから出てきた慎太郎に声をかける

「卵焼き作ってあげる…。」

って…このセリフはママか言っているのではない、慎太郎が言っているのだ。

慎太郎は料理が好きだ、特に卵焼きは、くるくる巻きながら上手に作れるのだ。

「大丈夫なの?今日はママが作ってあげるよ」

「いや作る」

最近の慎太郎は無口で、何か聞いても、うん…と、首をたてに振るか、嫌な時は横に振るかそんな感じだった。

それが自分から卵焼きを作ると言い出した事にママは喜びを感じた、以前なら普通の事なのに。

No.53

慎太郎の卵焼きを二人で食べながら

「今日家庭訪問だね、先生来るね」

なにげなく言って慎太郎を見た

慎太郎は

「アイツの話ししないで…。」

そう言うと箸を置き、ソファーにうずくまった。

先生の事をアイツと言った慎太郎にママは戸惑い、改めて沢田に対する憎しみの深さに
驚いてしまった。

レールに乗せる事ばかり考えて、慎太郎の心のキズを癒してやっていなかった。

自分はバカだ、今まで何を大事にしていたのだろう、一番考えなければならないのは、学校ではない、慎太郎なのだ。

先に慎太郎の心なのだとママは自分の愚かさに気付きそして恥じた。

午後3時…やがて沢田がやってきた。

No.54

ピンポーン

表れた沢田は、グレーの背広にスニーカーを履き、黒の大きいワゴン車が背中超しに見えた。

お互いに一礼し

ママはなにから話そうかと思案していたが…

沢田は開口一番

「慎太郎の出席日数のことなんですが」

「え?」

慎太郎は元気ですか?

じゃなくて出席日数??

「あ、あの4月の欠席理由は胃腸炎と言うことでいいですよね?5月はなるべく登校させて欲しいんですよね…。それで」

沢田が言い終わらないうちにママは即効キレた…

「ちょっと待って下さいよ!慎太郎の体の心配より出席日数のほうが大事なんですか?!!あなたは何を考えてるんです?!!」

沢田は…

あぁ…またやっちまったみたいなちょっと困った顔になった

「慎太郎がどうして学校へ行けなくなったか わかってるんですか?!!」

情けない…

六年生の担任としちゃあまりにも、情け無さすぎだろう…。

No.55

沢田は眉間に深いシワを寄せて考え込み、そして自分を守るかのように腕を組んだ

「出席日数なんて、そんなのどうでもいいです!!、慎太郎のことは心配じゃないんですか?!!」

ママの怒りは止まらない、2LDKの、リビングに居る慎太郎にママの怒鳴り声は筒抜けだろう。

そして、ママの声は開いている玄関ドアから三棟あるアパート中に響き渡った。

「先生は何年教師をしてるんですか?慎太郎のように学校へ行けなくなった子供の経験は今までになかったのですか?…」

いや、そんなことより、どうして慎太郎が学校へいけなくなったか、その原因が自分にあるということをこの人は分かっているのか、それを言うべきだった。

そして、それでも教師として自分のやり方に信念があるならそれを、こちら側が納得するように説明して欲しい。

そうママは自分の言いたい事を頭の中で整理していた。

すると沢田の口が開いた、ママはその言葉に集中した。

「…20年になりますかねぇ…」

は?

なにが20年?

沢田はママが質問した、教師をして何年になるかってことをずっと考えていたのだ。

No.56

ママは唖然として、さっき整理していた言葉は頭から消え去った。

すると

「あの慎太郎は?どうしていますか?」

部屋の奥を覗き込むように沢田が言った、やれやれやっと慎太郎と言う言葉が出た…。

「中へ入って下さい…。」

ママはムッとしたまま沢田を中へ迎え入れた。

沢田が来る事を予想していただろう慎太郎は、ソファーから降りて、テーブルの前で正座していた。

そして沢田を見る目は大きく丸く、口は半開きになっている、慎太郎は驚いた時によくこんな顔をする。

「よう慎太郎、学校来いよ、慎太郎の席が空席になってると先生も淋しいんだよなぁ…」

最初からそういう事を言って欲しかった…。

慎太郎は二度ほど、うんうんとうなずき、《先生なんか大嫌いだ!アイツの話ししないで!》という態度ではない。

「慎太郎、勉強が遅れたら先生が放課後いくらでも教えてやるから心配すんなよ…なッ…。」

慎太郎はうっすら笑みまでうかべてうんうんとまた二度ほどうなずいた。

「みんなみたいにグッチーとかって先生を呼んで慎太郎も寄って来ればいいんだよ…なッ…。」

慎太郎はひたすら頭を縦にうなずく。

慎太郎も意外に素直だし、これは仲好し先生と生徒の会話ではないか…

呆気にとられながらも、慎太郎は単純な性格だし、これで沢田を許せたら、ひょっとして案外簡単に学校へ行けるかもしれない…そうママは期待した。

怒りは即効で冷めて行き、もう余計な事を言うのはよそう、言わないで良かったとさえママは思った。

「じゃ慎太郎月曜日待ってるぞ!」

慎太郎はニッコリして「うん」とうなずいた。

ママは玄関で沢田を見送り

「先ほどは失礼な事を言ってたいへん申し訳ありませんでした。」

と謝罪した

沢田は上機嫌で帰って行った…。

月曜日から慎太郎は学校へ行く、暗いトンネルにやっと光が差し込んだ瞬間だった…。

No.57

「慎太郎、良かったね~」

明るい気持ちでリビングへ入ったママ。

「月曜日から学校へ行けるね~。」

すると

「そんなことどうでもいい…。」

弾んだママの声と気持ちを打ち消すような慎太郎の言葉

「え?なんで、あんなに楽しそうに先生と話してたじゃないの」

「楽しくない、早く帰れ、糞野郎と思ってただけ…」

そして慎太郎はまたソファーにうずくまった

そこにはお腹を押さえて、う〰う〰と唸り、顔は苦痛に歪むさっきとは別人の慎太郎がいた。

ママは完全に打ちのめされた

慎太郎の気持ちが分からない…。

No.58

外に出てババに電話する

…家庭訪問どうだった?…

やはり心配してたのかすぐ聞いてきた。

早口で一部始終話す

「糞野郎だよ、沢田のこと糞野郎だよ、びっくりしちゃって」

…アハハ、慎太郎だって男の子だし、乱暴な言葉ぐらい言うべ…

そう言えば戦いゲームなんかでは、死ね!殺す!この野郎!とかよく言ってた。

「でも、沢田と意気投合だったんだよニッコニコして、それが早く帰れ糞野郎だし…。」

…アハハ慎太郎は、外面良夫君だもの、先生にも愛想よくしたんじゃないの?…その方が早く終わるとかってさぁ…

外面良夫?

なるほど慎太郎は、初対面の友達とか大人には、物おじしないで自分から明るく声をかけて行くタイプだった

「そうか、慎太郎は外面良夫なんだ…」

…そうだよ、あまり考え込むな!…

そんな時カチャ…と玄関ドアが開き、慎太郎が顔を出した

「ママ誰と電話してるの?」

最近慎太郎はママとパパの会話や電話に敏感になっていた

「ババだよババ、変わる?」

「うん」

少しなにやらババと話して

「ママ明日イオン⚪⚪に行こうってババが言ってる」

「え?慎太郎は行きたいの?」

「いきたい映画見たい」

「そう、じゃ行こう!」

明日は土曜日で仕事も学校も休みだ、そうだこんな時こそ気分転換しなきゃ…。

No.59

駄文にもかかわらず辛抱強く読んでくれている方へ
、ありがとうございます
これからもよろしくお願いいたします
m(。_。)m

No.60

朝になった、いい天気だ。

車で2時間ほどの大型ショッピングモール、イオン⚪⚪へ行く

パパは仕事で行けないから、
ママが運転で車酔いの激しい慎太郎は助手席、後部座席にはババと晃太郎が乗り込んだ

慎太郎は顔の表情は常に暗く気持ち悪さも腹痛も続いていたが、出かける誘いを断ることはなかった。

今思えば自分を変えたいと慎太郎なりに必死に何かを探していたようだ。

だが楽しい事に集中している時はお腹の痛みは忘れて、まわりも賑やかな雰囲気になるのだが、ふと我にかえるとまた慎太郎はお腹が痛いと訴えた。

その繰り返しに回りも神経を使った…。

後部座席で弟の晃太郎がババの耳もとで囁く

「ババ、慎ちゃんの前で学校とか先生の話ししたらだめだよ、慎ちゃんお腹いたくなるからね…。」

「そうなんだ…分かったババ気を付けるからね…。」

晃太郎はニッコリうなずく。

晃太郎は四年生、兄の慎太郎とは違って身長は普通だが痩せていて、足も手も顔も小さくてまだまだあどけない

その晃太郎が兄に気を使っている、けなげで痛々しいとすら思うが、こんなに晃太郎は大人だったのかと困惑するババだった。

No.61

見たい映画もなくて、子供達はゲーセンへ向かう

元気に歩く晃太郎とは対照的にその後をフラフラ慎太郎が頼りなくついて行く

人と人が重なり二人の姿が見えなくなるまでボーっと見送るママとババ

「たまに服でも見たら?」

「欲しいものいっぱいあったはずなんだけど、なぁんもいらないなぁ…」

独身の頃はお洒落して流行りのブティックで働いていたママ…

今は普通のお母さん。

結婚してそれなりに幸せに暮らしてきた11年

慎太郎の不登校で人生最大の試練に遭遇していた。

楽しそうな家族連れや若いカップルが溢れるモール内

自分が一番不幸なんだろうなぁと思えて涙がでそうになった

「なんか飲むか?」

ばばがママの肩を叩く

「うん」

客の少ない感じのいいカフェに二人で入る。

No.62

窓際の席に腰かけて、飲み物を注文するとママが

「はぁーッ…。」

っと深いため息をついた。

「すごいため息…テーブル壊れるんじゃない?」

ババの冗談でママが半べその笑い顔になる

最近は慎太郎が回りの反応に敏感になっているから

親子でゆっくり話した事がなかった

唯一本音を言えるのは母だけだった。

「最近スマホでネットばかり見てるんだよね…」

「そう?なに調べてんの?」

「子供が不登校になる原因は母親にあるって…私の育て方が悪かったんだって…どうすれば良かったの?もう嫌になる…」

みるみるママの目に涙が溜まって行く…。

No.63

「え?あんたの育て方が悪かった?…それじゃ…あんたを育てた私も悪いわけ?…じゃ私を育てたウメ婆さんも悪いんだ…。んなわけないでしょッ…」

ババは必死にママを励ます

「このままずっと学校へ行けなくて中学高校も行かないで、引きこもりになって…家庭内暴力になってってそんな話しばっかり…読んで……眠れなくなる。」

涙がママの頬を伝う…

「バカだなぁ…もうネットなんか読むんじゃないよ…お前まで病んでしまったらどうするの?」

そう言うババも

ママと同じその不安でいっぱいだった。

人は苦しい時良い結果を信じられず、つい悪い方へ悪い方へと考えてしまうものだ…

No.64

「どうにかして、慎太郎を学校へ戻したいよねぇ…前みたいに…」

目には見えない何かにすがるようにバハが言う

「慎太郎はホントは学校へ行きたいのよ…普通にみんなと遊びたいし…でも行こうとするとお腹が痛くなる…だいたい先生の顔見たくないって言ってるし…給食も食べれないし…問題ありすぎて…だからって先生と給食を学校から消しちゃう訳にいかないし…」

ティッシュで涙をふきながら喋り続けるママ

興奮しているのか、段々早口になっていった

「昨日は、肝心な話しはぐらかされた気がする…沢田なんか全然反省してないし、自分が慎太郎にどんな事したのか何も言わないでしょ……言えないのよきっと…私がちゃんと聞き出せば良かった…慎太郎が…【糞野郎早く帰れ!】って思ってたって……それなのに私は、慎太郎は月曜日から学校へ行くんだって単純に喜んでたんだよ…私…いったい何やってんだろ……ほんとに母親失格だよ…慎太郎の気持ち全然分かってない……もう…こうなったら学校へ怒鳴りこみたい……校長先生とか教頭先生とかにみんなぶちまけて、沢田を学校から追放してやりたい……慎太郎が…かわいそうで…ゥッ…ゥッ…」

ママは顔を両手で覆い泣き出した。

先の見えない不安と焦り、そのイライラは全て沢田への憎しみに向けられていた…

だかその憎しみが今のママの生きる力になっているのかもしれない…

学校へ怒鳴り込んで、気持ちが晴れるならそれもいいだろう

でもその後…慎太郎はどうなるのか…

解決に向かうとは思えないババだったが

かなり思い詰めているママに、何も言えずただ黙って聞いているしかなかった。

No.65

「思いきって転校させたら?」

ママの気分をちょっと変えようと、何気なく出たババの言葉…

意外に思ったのか、ママは濡れた目をくりっとさせて、同じ言葉を言った

「転校?」

「うん…なにもかも捨ててゼロからスタートさせるってのはどうだろうね、新しい学校新しい先生新しい同級生…」

ママは、溶けたアイスラテをストローでクルクルかきまぜながら

「転校かぁ…」

と呟いた…

「でも、まぁそんなことは最後の最後に考えればいい…そんな手もあるってこ、」

「…転校したら…沢田が喜ぶだけでしょ!…アイツだけがなんで幸せになるの?!そんなの嫌!…絶対…嫌!」

ママはキツい顔をして吐き捨てるように言いきった

この時のママは沢田への怨みで、まるで阿修羅が棲みついた…そんな感じだった…

ババは悲しくママを見上げた…

No.66

カフェの窓から外を眺めると沢山の人が行き交う…

見るもの全てが悲しく見えるとは、きっとこんな時の事を言うのだろう…

ママも泣きババも泣いた…

感じのいいカフェには不釣り合いに、片隅で泣き合う親子…

気がつけばあんなに空席ばかりだったお店に、いつの間にか、お客がいっぱい…

今思えば、知り合いが誰も居ない所で良かったとしみじみ思うのであるが…

あの時の二人には、慎太郎に明るい未来が訪れるなどとは夢にも思えず、気持ちは泥まみれ状態だった。

あの後阿修羅と化したママが帰宅して

冷静なパパに説得され一時は平静を取り戻したかに見えたのだが…

2日後に、またママの逆鱗に触れる出来事が起こったのである…

No.67

それは週明けの夕方、ママが近所のスーパーへ買い物に行った時のことだ

「あら、慎太郎君のお母さん」

ふいに声をかけられ顔をあげると、慎太郎の同級生のA子ちゃんのお母さんが立っていた。

慎太郎が学校へ行っていないこともあって、ママは少し動揺しながらも

「今晩は…」

と挨拶をした

すると

「慎太郎君大丈夫てすか?」

と聞いてきた

「え?…」

…大丈夫とは…胃腸炎ってことに対してなのか

それとも…

「慎太郎君学校…行ってないんでしょ?」

「あ、はい…」

そうだよなぁ…

もう慎太郎は不登校だとみんなに知れ渡っているんだよなぁ…

悪いことしてる訳じゃないのに、なんか罪人になった気分がした

「A子が、慎太郎が可愛そうだって言うんです
よ…」

し…慎太郎が…可愛そう?

「はぁ?!…どういうことですか?…」

No.68

「そりゃもう、沢田先生 酷かったって、あの…でもこれって言ってもいいのかしら…」

「言って下さい、気にしません、詳しく知りたいので、教えて下さいお願いします」

「昼休みもなしで、慎太郎君1人残して、なんでお前だけ給食くえねぇんだ!そんなデカイ図体して!」

…昼休みに…デカイ図体…

「そうなんですって…おまえ、5年生の時は普通に給食食ってたって、みんな言ってるぞ!なんで、急に食えなくなったんだ!って大声で怒鳴って…」

大声で…怒鳴った?…

「沢田先生は、慎太郎君の席の前のイスに後ろ向きに座って、慎太郎君に、頭くっつけて、なに言ってたか、よく聞こえなかったらしいんですけと、とにかく食え!食え!って、ずーーとなじってたってことですよ…」

…その光景が目に浮かんできた…

慎太郎…それでもおまえは…そとづらよしお君…してたの?…

「あれじゃ慎太郎が可愛そうだって、みんな言ってたって、うちのA子なんかその日学校から帰ってきて、泣きながら私にそう言ってきたんですよ…」


…みんなの前で食え!食え!

怒鳴られて、なじられて…

どんな想いがしただろう

慎太郎…

ごめんね慎太郎…

ママは買い物籠を置いて、外に飛び出した…。

No.69

やっぱり…

沢田は糞野郎だった…

車のバンドルを叩く!

悔し涙がボロボロ流れる…

給食が食えないことで、今までどれたけ慎太郎が胸を痛めてきたか…

自律神経なんて…

そもそも沢田のせいじゃないか!

沢田が慎太郎の傷口に塩を塗ったんだ!

だから病むようになった…

許せない…

許すもんか!

パパに止められたって、たった1人でも怒鳴り込んでやる!!

校長、教頭、教育委員会、みんなぶちまけてやる!!

あいつの教師生命無くしてやる!

怒りでガタガタ体が震え、ハンドルにしがみつきながら運転して、やっとアパートへ着いた。

パパも帰ってきていた

鬼の形相で部屋に飛び込んできたママに

皆が驚いている…

No.70

ママは慎太郎を抱き締めて

「慎太郎!…A子ちゃんのお母さんからみんな聞いたよ!昼休みにたった一人残されて沢田にずっと酷い事言われてたって…可愛そうに…可愛そうに…」

泣き叫んだ

「パパ、助けてよ〰もうイヤだよ〰冷静になんてできないよ〰沢田は、慎太郎に去年まで給食食ってたのになんで食えないんだ!とかデカイ図体して!とかってそんな事言ったんだって!…許せないよ!」

「………」

パパは絶句した。

弟の晃太郎は目を八の字にして立ちすくむ

しかし…

不思議な事に、何故か慎太郎は泣きながら微笑んでいる

今思えば慎太郎はこの時…

やっと分かって貰えた…

なんて…ほっとしていたのではないだろうか…

それなら何故

沢田にああ言われた…こう言われたと自分から親達に言わなかったのか

それは未だに疑問なのだが…


「パパが止めても、ママは一人でも怒鳴り込むからね!!止めたってダメだからね!!」

ママの泣き叫ぶ声はいっそうおおきくなっていった……。

すると沈黙していたパパの顔つきが変わった

「だめだ!!怒鳴り込むなら俺が行く!!沢田に電話しろっ!!」

ママは驚いて

「は…はい…」

バックからスマホを取りだし、沢田の携帯に電話した。

No.71

パパは、眉間にシワをよせスマホを持って外へ出た…

ママは後を追い、ドア越しに耳をすませた

「山川です…はい……慎太郎の…はいそうです!」

パパの冷たい言い方…、ママはゴクッ…と生つばを飲み込む…

「あんた慎太郎になに言ったんですかッ?!!!!…慎太郎は……俺の大事な…大事な息子なんですよ!……かなり傷ついているんです……わかってます?………はい?………はい……はい」

パパは、敬語を使い、低音で厳しい言葉をゆっくり響かせていた…

結婚して11年、いやその前の交際期間をいれると14年

穏やかで、優しくて、気楽で、それが良くて結婚した……

でもその穏やかさが最近は不満だった……

ママは自分だけが一人で、もがき苦しみ、泣き叫んでいたと思っていた…

でもパパは口に出さない分…自分よりずっと辛かったのかも知れないと…ママは思った…

ごめん…

また涙が溢れた…

No.72

「ママ…」

気がつけば、ママの後ろに慎太郎と晃太郎が心配そうに並んで立っていた。

「行こう…」

リビングへ入り二人を抱きしめる…

やがて電話を終えたパパが顔をだした。

「ママ!明日…校長と教頭、担任とで話し合うことになったぞ…」

「うん…わかった」

望むところだと思った…

沢田の悪行をぶちまけてやる!

「慎太郎…パパ電話で先生を怒っちゃったけど…嫌だったか?ごめんな…」

慎太郎の気持ちを確かめるようにやんわりと謝るパパ…

「悪くない、先生を怒ってくれて、ありがとう」

慎太郎は速攻答えた

いつもの暗い顔ではない、むしろ目が輝いている。

パパとママは正直ホッとした…

だが…

ここでまたひとつの疑問がわいた…

これは慎太郎の本心か?

それほど沢田に腹を立てていたということなのか?

それとも親達が自分のためにこんなに奮闘しているのだから

否定してはいけないと思って外面君の仮面を被っているのか?

これから益々慎太郎の意外な行動に親達は振り回されることになる…

No.73

とにかく慎太郎は嫌だとは言わなかった

これで、晴れて学校へ正々堂々と怒鳴り込めることとなった

若夫婦だけじゃ舐められる、血気盛んな双方ジジババ参戦もありかと思ったが

余計話しがこじれるのも面倒くさかった

結局、若夫婦二人で行くことになった

夜中、相変わらず慎太郎はお腹が痛いと訴えた

いつものようにお腹をさすってやるのだが

今日1日、喜怒哀楽すべての感情を使い果たし疲れきったママは

手を腹の上に置いたまま睡魔に引きずり込まれる




「ママ……お腹…重いっっ……ママ…」



「……goo……goo…………。」

No.74

朝になった

気持ちがザワザワして落ち着かないまま時間はすぎていった。


約束の時間は午後6時

パパは会社からまっすぐ学校へ向かう…

あと2時間に迫っていた


「ママ…話し合い…どうなるの?」

「慎太郎…心配なの?」

「うん…」

「う~ん、慎太郎がどうしてこうなったか…なんで学校へ行けなくなったかを、まず校長先生と教頭先生に分かって貰う……」

「…うん…それで?」

「それで?う~ん沢田をクビにして貰う〰」

「クビにできるの?」

慎太郎は驚きの顔ポーズになっている

「たぶん無理〰〰アハハ…慎太郎さぁそんなに心配なら一緒に学校行く?」

「行く…」

「え??まじ?!」

怒鳴り込みに当事者の慎太郎も行く??

「シャワー入る…」

いつもなら、シャワーも歯磨きも、お腹が痛いと牛のように動かなかった人が

すっと立ち上がり風呂場へ向かった…

No.75

沢田を許せない、頭の中は沢田への恨みでいっぱいだ

今日はその怨みを晴らすために行く!

だが…

慎太郎が学校へ一緒に行くと言い出した

その理由はどうあれ、それはママの心のトゲをほぐした。

………

バタン!

慎太郎がシャワーを終えてパンツ1つで部屋へ入ってきた

そして、いつものように頭をママの目の前に出した

「臭くない?」

「大丈夫だよ、シャンプーのいい香りがしてる…」

そう言うと、慎太郎は洗濯したばかりのジャージの上下を着て、鏡で身なりをととのえている…

そんな慎太郎をぼんやり見ながら考えた…

沢田に反省を求めて、たとえ謝罪してくれたとしても、それがなんになるのだろう…

それで慎太郎が納得して全てが解決するのだろうか

もう3週間以上も学校へ行っていない、その壁は沢田よりもっと高いのかも知れない

一日も早く慎太郎を普通に戻したい

その為には、校長先生達の力がどうしても必要だ

慎太郎のこれからの方が大事なのだ…

感情的にならずにもっと冷静になろう…

自分ももっと大人になろう…

ママは唇をかみしめた…

そろそろ時間だ…

No.76

弟の晃太郎は一人で留守番をすることになった

「こうちゃん、留守番よろしく…」

そういって抱きしめようとするが、晃太郎は

「大丈夫だから…頑張ってきて…」

手をパーにしてママを軽く押した

この仕草は晃太郎が最近よくやる大丈夫サイン

「わかった」

慎太郎と学校へ向かう

慎太郎は前を見据えて何も喋らない、もちろんニコリともしない

学校が近づくにつれお腹を押さえて、う〰と唸りながら前かがみになる

つれてくるべきじゃなかったかなぁ…

沢田と会わなきゃないのになぁ…

そう思ったが到着してしまった…

パパが先に学校に着いていた。

誰もいない校舎の職員玄関から三人は入った 

女の先生が挨拶しながら出てきて

「さぁ校長室へどうぞ.…」

今日話し合いをする事を自前に知っているのか愛想がいい

「中ズックとってくる…」

そう言って振り返った慎太郎の顔を見ると

笑っている…

なんで?笑ってんの?

中ズックを履き現れた慎太郎は

笑いをこらえきれないというか満面の笑みだ…

さっきの苦痛な顔はなんだったんだ?

でも…

この時思った

慎太郎は嬉しかったのだ…

学校という自分の懐かしい居場所に、来れたことに

嬉しくてつい笑いがこみあげたのだろう…

No.77

校長室に入ると

さっきの愛想のいい女の先生が…

「校長の吉永です…」

頭を下げて挨拶した

この人が今年赴任した校長先生だったのだ

物腰の柔らかさに、申し訳ないが、校長先生のオーラがまったく感じられない

そうこの時は思ったが

この校長先生にはこの先大変お世話になることに…

校長の隣には教頭の高倉、明るくて利発そうな紳士といった雰囲気の人だ

この教頭先生にもこの先お世話になる

そしてその隣に、あの沢田がいた…

見たくもない顔だったが、上目遣いにチラッと見ると

気のせいか目の下にくまができているように見えた、だがその顔を二度見る気にはなれなかった。

なにからどう話しが出るのか重い空気が少し流れた

「慎太郎君ですね、よく来てくれました、体の方はどうですか?」

いきなり吉永校長が慎太郎に聞いてきた

「まだ、お腹も痛いし気持ちも悪いです!あ、でも今は大丈夫です。」

慎太郎は予想以上に明るくはきはきと答え、この空気に一人だけニコニコしている

あんたどこが悪いの?

って感じだ…

むしろ親二人の方がよっぽど病んでいるように見える…

No.78

「あの…」

ママが静かに言い出した

「沢田先生にはいつもはぐらかされて、核心にふれた話し合いは、全然してなかったような気がします…

慎太郎が学校へいけなくなった理由は

沢田先生が無理やり慎太郎に給食を食べさせたからです!

慎太郎は、新学期に新しい先生になると緊張かなんかよくわからないんですけど、とにかく給食が食べられなくなるんですよ

無理に食べたら吐くんです

子供が人前で吐いたらどんな気分になります?

親がいたらホローします汚い物も片付けてやれます

でも学校じゃそういかないでしょ?

みんなにどんな目で見られるか…

傷つきますよね…

だから、再三無理に食べさせないで欲しいと言ったんです…

にもかかわらず沢田先生は、昼休みに慎太郎だけ残して 食え!食え!お前だけ特別扱いは出来ないとかなんとか言って…

無理やり食べさせたんです!」

吉永校長と高倉教頭は黙ってママの話しを聞いていたが

時より驚きの表情になっている

はじめて聞いたみたいに「う〰ん」とため息をついている

やはり何も知らないらしい

沢田はなにも言っていなかったのだ…

ママは続けた

「それで慎太郎はトイレで吐いたって言ってました」

涙をぐっと堪えるママ…

吉永校長と高倉教頭は何度か沢田を見るが、沢田は広げた両ひざの上に腕を突っ張っぱり、ずっと頭を上げない

「分かっています…中学へいったら緊張で給食が食べれないとかそんな理屈通りませんよね

会社人になったらみんなの前で出された料理を食べないでいられないのも分かっています…でも……あの…でも…」

だからどうしたいのか…

ママは自分でも解決策がみつからず…

完全に言葉が詰まってしまった…

すると

「あの…担任を変えてもらうとかってできないんですか?」

パパが強気で言ってみた

No.79

担任を変えるという奇想すぎる提案に

下を向いたままの沢田の耳がピクンと動いた

かなり動揺しているようだ

数秒時間が止まり、吉永校長が言う

「担任を変えると言っても、生徒との信頼関係もできあがりつつありますので、混乱しますからそれはちょっとできないんですよねぇ」

やはり愛想よく、やんわりと申し訳なさげに断った

パパだって、慎太郎一人のために担任を変えるなどと、そんな我儘がまかり通るとはこれっぽっちも思ってはいない

ただ、慎太郎がいかに沢田を拒否しているかをアピールしたかったに過ぎないのだ

「それは分かりますが、慎太郎は何も言わないんですけど、先生になんか嫌な事を言われたんじゃないでしょうか?」

パパも頑張って言った

沢田はもう逃げられないと思ったのかやっと…顔を上げた

やはり目の下にくまができている…

No.80

だがそんたことはどうでもいい

すかさずママが言う

「たとえば…去年までは給食食ってたのに、今年はなんで食えないんだとか、そんなデカイ図体してなんで食えないんだとか…」

そこまで言って沢田が口をはさんだ

「で…てがい図体とか…私は言ってません」

弱々しいがはっきりした口調で言い、

なッそうだろう…

そう哀願するように慎太郎を見た…

こっちはA子ちゃのお母さんの証言を得ているのだ、自信がある…

だが慎太郎は

「ゆってないよ…」

手を横に振りながらそう言った

「えっっっ?!言われてないの?!」

「言ってませんよ…そんなことは、」

沢田はホッとしたのかにやけながら言った

言われてないならなんで昨日そう言わないんだ!

この慎太郎のアホ、馬鹿!

心の中で怒りまくっていたが

ママは、

「すみません、間違った情報でした。ごめんなさい」

そう謝った…

恥ずかしかった…

No.81

誤字だらけで申し訳ありません…

解釈よろしくお願いいたします

お休みなさいませ

m(_ _)m

No.82

それ以後ママ達が沢田先生と関わることはありませんでした。

彼も彼なりに悩み苦しんでいたとその後スクールカウンセラーから聞かされました


慎太郎に沢田先生が何を言ったのか、それほど酷いことを言ったわけでもないのか、今現在も分かりません

慎太郎が体に拒否反応が出なかったら、おそらくそんなトラブルがあっても泣きながら学校へ通ううちに、普通の生活に戻れたのではないかと思います…。

この後は、目に見えない自律神経との闘いになって行きます…

もう少しお付きあい下さいませ…

m(_ _)m





No.83

良くも悪くも、校長室での話し合いで慎太郎の今後が決まった

慎太郎は、自分の教室へは行かず、まっすぐ校長室へ登校する事になった

そこで高倉教頭がマンツーマンで勉強を教える、具合が悪くなったら保健室へ行く…

朝9時にママが仕事へいく時、慎太郎を学校へ送って行く

一般の生徒達との時間差登校は、慎太郎の動揺を避けるため

お昼の給食も校長室で食べる

以前の様に毎日学校へ通う意識を復活させることが第一目標らしい


慎太郎もその決定に嫌がる様子もなく、ママもパパもすべて学校のやり方に任せることにした

不登校生、山川慎太郎がスタートラインに立った

それは新学期から1ヶ月後の5月なかばの事である

No.84

そして、新しい朝がきた…

慎太郎を車で学校まで送る…

途中ずっとうずくまって苦痛な顔をしている…

そして一言も言わない

昨日の話し合いで見せた笑顔はもうどこにもない


今にも【学校行きたくない!】と言い出しそうだ…

その時は、昨日校長先生と約束したでしょう?

そう言って無理やりでも車から引きずり出してやろうか…

そう思っていたが

慎太郎は何も言わず学校の前で車を降りた…

やっと学校復帰の土俵へ登った気がした…
 
その猫背の後ろ姿に…

行け!

乗り越えろ!

強くなれ!

心の中て叫び、ママは拳をぎゅっとにぎりしめた…

そしてまた、また涙が溢れた…

No.85

おそらく慎太郎は途中で具合が悪くなって早退することになるだろう

学校から早退の連絡がスマホに入ったらババに電話をして慎太郎を迎えに行ってもらう予定だ

ママは、落ち着かない気持ちで仕事場へ向かった

時間は過ぎていく

1時間…

学校からの連絡はまだない

2時間…

……

12時になった…

給食の時間だ…

慎太郎は大丈夫なのだろうか?

給食は食べているのだろうか?

ドキドキしながら、エプロンのポケットからスマホを握る…

パート先のラーメン屋にお客が殺到する

いらっしゃいませ〰〰

味噌ラーメン!

五目ラーメン!

注文をとったり運んだり

「山川さん出前お願い!⚪⚪町の⚪⚪さんチャーシュー麺2つ」

「はい」

お店の軽ワゴンにおかもちを積み出発する…

ウィーン〰〰

スマホが唸る

ドキン!

ついにきたか 早引きか?

でも、ウィーンは一回しかならないから電話じゃない

じゃぁなんだろ?

ラーメンを届けて歩きながらスマホを見ると

ババからラインだ

…慎太郎まだ帰ってこないの?あいつ、生きてるの?😱😱~🎵(笑)…

…死んだってこないから生きてんでしょ(笑)

ババは嬉しいのか文字が踊っている

このまま案外、すんなり、学校へ戻れるかもしれない…

なんの根拠もないのに、なんとなくそんな気がした

汗ばむようないい天気だ…

No.86

「なに?校長室?…慎太郎は自分の6年生の教室へ行ったんじゃねぇのか?」

ジジは不服そうにそう言うと眉間に深いシワをよせ、箸を置いて湯呑みに残った冷めたお茶をズズーっと飲み干した。

「校長室よりクラスに行かせたら慣れるのも早いだろうに、そんな別荘みたいな所にいたら、ますます教室に行けなくなるべ…ったく…なに考えてんだか…」

ジジは体中でガッカリして、座椅子にふんずり帰ってテレビのニュースに目をやった

「だってさぁ、1ヶ月も教室へ行ってないんだよ、いきなりみんなの中へ入って行ったらどうなる?…敷居が高くて高くて、落ちたらあんた…ケガするべ!…」

ババが笑いながらそう言うと

「なんだ、この時間まで学校に居れたっつうから…ああ…喜んで損した…」

そうだよね…とババも思った

時計を見上げると午後一時を過ぎていた

No.87

その時期は、家庭訪問の期間中で小学校は午前授業が続いていた

下校時間は午後1時30分

ババは自分の車を運転して小学校へ向かった

慎太郎はどんな顔をして学校から出て来るだろう

たとえ校長室でも、慎太郎が最後まで学校に居られた事にババは、ささやかな希望を持っていた

生徒たちが次々広い玄関から雪崩れ出てくる

その中から

「ババー」

ババの車を見つけて弟の晃太郎が駈けてきた

助手席に乗り、屈託のない笑顔をババに向けると、窓から同級生達に「バイバイ」と手を振っている

晃太郎は普通に学校へ行き、友達とも仲好しなようだ

その普通が最近ババには、眩しく立派に見えてしまう

慎太郎だってついこの間までこんな風に普通に学校へ行き、笑顔で車に乗り込んできていたのだ…

だからきっとまた普通に戻れるはずだ…

でも…それはいつだろう…

1ヶ月先か?…

2ヶ月先か?…

まさか一年もかかるのだろうか?…

そんな事を考えてふと気がつくと

慎太郎が車の前に立っていた…

No.88

慎太郎の顔は、にっこりしている

良かった…

ホッとした…

「ババ…教頭先生!」

晃太郎が早口でそう言った…

その視線を見ると

慎太郎の後に年配の男の先生が立っている…

「きょっ…教頭先生?!…」

ババは、あわてて車から降りた

「教頭の高倉です…」

高倉は口元に笑みをうかべて軽く頭を下げた

「慎太郎のおばあちゃんです、慎太郎がお世話になります…」

しまった…

おばあちゃんではなく、祖母と言うべきだった…

「これから当分…私と慎太郎君と一緒に勉強しようと思っていますのでよろしくお願いします…それで……慎太郎君が具合が悪くなったら、おばあちゃんが迎えに来てくれると言うことで…よろしいでしようか?」

「はい…私が来ます…よろしくお願いします…」

高倉教頭の丁寧な言い回しにババは何も言えず、何も聞けず

すがるように頭を下げた…

No.89

「慎太郎君また明日…」

慎太郎はにこにこしながら高倉教頭に頭を下げ、車に乗り込んだ

カーブを曲がり学校が見えなくなると、

「慎太郎!ねえ…どうだったの?勉強したの?給食食べたの?…気持ちわるくならなかったの?」

矢継ぎ早にババがきく

「……………」

慎太郎は何も答えない

聞こえていないわけないだろう…

ババは、少しイライラして後部座席を振りかえり慎太郎を見た

慎太郎は大きい体を丸めて暗くきびしい顔をしている

「慎太郎どうしたの?慎太郎…」

さっきまで、あんなにニコニコしていたのにどうしたというのだろう

胸弾ませていたババの期待はポキッと折れてしまった…

すると助手席の晃太郎が

「ババ…だから、しんちゃんに学校とか給食のこと聞いちゃぁ…だめだってば…」

怒った顔をして小声でそう言った…

No.90

しまった…

自分が勝手に舞い上がっていただけだ…

「あ…しんちゃ、言いたくなかったら何も言わなくていいよ…うん…いいよ…いいよ…ごめんごめん…もう聞かないから…」

ばつがわるそうにババが言うと慎太郎は

「ずっと保健室で寝てた…給食もなかった…」

ポツリと言った

寝てた?

保健室でずっと寝てたの?…

給食もなし?

ババはどんよりした気分になったが

「そ…そうなんだ~」

無理やりへんに明るく返事して慎太郎を見た…

さっきよりもっと暗い顔だ…

きっと慎太郎も今日からなにかが変わると思っていただろう…

いや、みんなが期待していたのだ…

慎太郎だって分かっている…

みんなに自分がどれだけ愛されてきていたか…

その期待に応えられない罪悪感…

いつも元気な晃太郎も黙り混んだまま車は走り続けた…

No.91

「じゃ~慎太郎お腹すいたでしょ?みんなでマック行こうか?」

「行く!行く~」

晃太郎が速答する

「え?晃太郎、あんた給食食べてきたんでしょ?お腹いっぱいじゃないの?」

し…しまった、また給食って言っちゃった( ゚Å゚;)

「ポテト食べたいのぉ~」

「そっか、分かった分かった~もうすぐママも仕事終わるから、ママにラインしといてみんなで行こうよ…ねっ慎太郎!」

「うん行く…」

慎太郎も行くと言った

「ババ、スマホ貸して、晃太郎がラインしてあげる」

「できるの?」

「できるよ!」

「晃太郎、間違えんなよ」

慎太郎が後ろから身を乗り出す

パッと空気が明るくなった

元気を出そう

暗い空気を吹き飛ばそう

この闘いはまだ始まったばかりなのだから…

No.92

マックにママも来て慎太郎が保健室で寝ていた事を知ることとなる

「そっか…保健室にいたんだ…」

平静を装いながらもがっかりしているママの横で、慎太郎は大きな口を開けてハンバーガーをモリモリ食べている

さすがにお腹がすいているのかほっぺにマヨネーズが付いているのも気付いていないようだ

顔に笑顔はない…

「今日さぁ頭きちゃった」

晃太郎が長いポテトを上から口に入れながら喋りだした

「なに?どした?」

ババもフライドポテトにたっぷりケチャップをつけて頬張り晃太郎に問いかけた

「晃太郎はさぁ…ちゃんと掃除してたんだよ、それなのに掃除ちゃんやってない人がいて…こっちまで先生に怒られたんだよ…」


「…僕はちゃんと掃除してましたって言えばよかったでしょ?」

適当にママが言うと

「言えないよ、先生にそんなこと…言えるわけないじゃん」

「そうだよね親やジジババには口答えできても、先生にはそんなこと言えないものねぇ」

ババが口をテッシュで拭きながら言う

「晃太郎が真面目に掃除してたんなら、それでいいでしょ…ママがちゃんとわかってるから…ね…」 

ママが晃太郎の頭をヨシヨシしながら言うと晃太郎はうなずき、これで一件落着となった…

はずだったが…

夜中に晃太郎に異変が起きる…

No.93

初めての校長室登校で、今までとは違う、別の緊張感があったのか

慎太郎は夕飯の後、派手に吐いて家中が大騒ぎになった…

こんな苦しそうな慎太郎の姿を家族はもう何度見たことだろう

そんな夜はいつも、慎太郎は眠りにつくまでママに抱きついて離れなかった

それはまるで大きな赤ん坊だ 


……

「校長室に教頭先生とふたりだけになったら私でも具合悪くなるわよ…」

子供たちが眠りにつき、台所を片付けながらママが言った

「そうだよな、親よりもっと年配の大人と二人きりになるんだから無理もないだろう…慣れるまで仕方ないよ…」

パパが静かに言う

「…………………」

船は、前へ進んでいるのか後ろへ戻されているのか、それとも横波に流されているのか

目指す方向はどっちなのだろう…

皆目見当もつかない…

ただ分かっているのは

慎太郎の教室デビューが、はるか彼方へ遠のいたという事だった…

明日慎太郎は学校へ行けるのだろうか?

心配しながらもママは、日々の疲れにうとうと眠りに吸い込まれて行った

だがその時だった…

「ママーママー気持ち悪い…ママ…」

また慎太郎が呼んでいると思ったが、その声は逆方向から聞こえてきた

「え?晃太郎なの?…」

晃太郎が暗闇の中でうつ伏せにうずくまっている

「こうちゃん?!こうちゃん!どしたの?」

「ウェッッ…ウェッッ…」

窓からの月ひかりに照らされて、ドロッとした物体が晃太郎の口から流れ出た

「晃太郎!!!」

「晃太郎!!」

まさか…

まさか…晃太郎まで…

世界が壊れていきそうな恐怖にママの体はガタガタ震えだした…

No.94

晃太郎の吐いた姿が、兄の慎太郎とだぶって見えた


なんでこうなるのか?

もし晃太郎まで学校へ行けなくなったら…

二人とも不登校になってしまったら…

学校へ行かないこの子たちの未来は、どうなるのだろう?

家族はどうなってしまうのだろう…

私の育て方が間違っていた…

私が悪いから二人ともこうなったのだ…

これから私はどうすればいいのだろう…

ママは、すべてに自信を失い、体が氷ついて動けないまま晃太郎を呆然と見ていた…

助けて…

助けて…

誰か助けて!

No.95

氷つく➡凍りつく m(_ _)m

No.96

「どうしたの?」

パパが心配そうに起きてきた

ママは、汚れたタオルケットをぐるぐる巻いて洗面所へ放り投げ

タオルとビニール袋を持って寝室へ戻ってきた

そして…おもわず泣き崩れた…

「あれ?慎太郎じゃなくて吐いたのは晃太郎か?…てかお前はなんで泣いてんだ?」

パパは目をこすりながら、聞いてきた

「…晃太郎まで吐いたのよ…自律神経かな…二人とも…学校行かなくなったら…もう…どうすればいいの?」

「はあ?なんでそうなるの?馬鹿じゃねぇの?晃太郎は違うよ!」

「違う?…じゃぁなんで吐いたのよ?!食べ過ぎとかクラスで流行りの風邪とかって、もう騙されないから!」

「だから晃太郎はそんなんじゃないよ…心配すんなって」

「そんなんじゃなかったらなんなの?…」

「そ…それは…」

パパは困った顔をして、言葉を探しているようだ

「なんなのよ?!」

パパの膝を揺さぶり涙をポタポタ流すママ

「それは、お付きあい!…」

「え?…」

「兄貴に付き合って吐いたじゃねーの?…もうスッキリしただろう…はは…」

軽く笑いながらそう言うパパ

ママは、きょとんとして涙は止まった

わかってる…

パパはわざとふざけて言っている

ママがあんまり深刻過ぎるから、自分まで深刻になりたくないのだ…

「付き合う?なにそれ…フッ…」

そう言ってママは、少し笑った

「さて…ションベンして寝るかっ、お前も寝ろ!」

パパはトイレへ立った

No.97

「こうちゃん…大丈夫?」

晃太郎はうつ伏せに寝て顔だけ横に曲げ、目を閉じたまま「うん」と返事した。

その背中を撫でてやると今度は慎太郎が

「ママー気持ち悪い…」

と言って手を伸ばしてくる

目が覚めているのか、半分夢の中なのか「ママー気持ち悪い」は、習慣になっており

お腹を撫でてやるとまたスヤスヤ寝息をたてた

左手で晃太郎の背中を擦り、右手で慎太郎のお腹をなでる…

晃太郎だけでも良くなってくれないと、身が持たないとママは、思った

気がつくと、トイレへ行ったはずのパパがまだ出て来ない

どうしたのだろう

「パパぁ…どしたのぉ…」

トントンとノックをすると

ジャーとトイレを流す水の音がしてお腹を触りながらパパが出てきた

「下痢しちゃって……」

「下痢?いつからなの?…」

パバまで体壊している、またママは、青ざめる

「おいおい!…俺も自律神経かよ…勘弁してくれよ……もうスッキリしたから大丈夫…寝るぞ…」

やがて、パパのリズミカルなイビキが聞こえてきた…

左手に慎太郎右手に晃太郎…

流れる涙をふく手がない…

…わが家は一体どうなってしまうのだろう…

No.98

慎太郎が学校へ行けなくなってからずっと、胸の奥に石のような固まりができていた。

それはおそらく、パパも晃太郎も同じだろう

だからその重さに耐えきれず皆の体が悲鳴をあげているのだ…

外見はいつものように明るく楽しく平静を装っているが、心の中はいつも泣いている

明日こそ 来週こそ 来月こそ、そう思って頑張って来ていたが…

1歩進めば3歩下がる、そんな日々だった…

この子たちが幼い時、ママの首根っこに抱きついて、泣いたり甘えたり…

そんな可愛い日々が忘れられない

おそらくこの先も一生忘れられないだろう

だから

頑張るしかないのだ…

命にかえても守ってやるしかないのだ

白々夜が明けてきた…

時計を見ると5時、涙も枯れて外に出た

そしてババに電話をかける。

No.99

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