毒姫

レス51 HIT数 6182 あ+ あ-


2014/10/08 18:36(更新日時)



―初めは父親

―次は兄

―幼稚園では光一君

―小学校では浩二君



それから男性には触れてない




14/10/04 20:35 追記
毒姫感想スレたてました。

ご意見、感想、ご指摘ありましたら
こちらにお願いします。

http://mikle.jp/thread/2144605/

No.2144371 (スレ作成日時)

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No.1


佐々木亜美。
高校1年生。

手袋を外した事は、小学生の時から無い。

夏でも長袖。

プールも見学。

体育も見学が多い。

理由は皮膚炎と虚弱体質。





表向きの理由では。

No.2



「亜美、お昼しよ!」

「なっちゃんお弁当?私は今日パンだよー」

「だから虚弱なんだよ、コメ食べろ~」


高校でできた友達の
なっちゃん。
元気で面白くて大好きだ。

女子校にして良かった。
毎日が楽しく過ぎていく。



「そういえば亜美、ホントに合コン行かないの?」

「行かなーい、男の子めんどくさーい」

「もったいないなぁ、ただでさえ女子校なんだからガツガツ行かないと灰色の青春だよー?」

「いいもーん」



お昼を食べながら、軽口を楽しむ。
私にはこんな毎日が最高に幸せなんだ。

No.3


「10月になったけど動くとまだ暑いね」

レイカちゃんだ。

「ねー!長袖派にはツラいよ」

「汗で皮膚炎ひどくならない?肌出しちゃったほうがいいんでない?」

エビフライを食べながら、なっちゃんが聞いてくる。

「うん、ウチら炎症とか気にしないよ?ムリしなくて平気だよ亜美」

レイカちゃんも優しいなぁ。

「逆に悪化しちゃうんだよね。登下校の時は手袋もしないとダメだし…でもありがとうね!」


「そっかあ、早く良くなるといいね。」


「今日お医者さんの日だし、医学の進歩に期待するのだ!」




仲のいい2人に嘘をつくのが嫌だった。


No.4



授業が終わり、帰る支度をする。
ポーチから白い手袋を取り出し、はめる。

毎日の事だから手袋は日常だ。
潔癖症と間違われるけど、別にいい。


「なっちゃん駅まで帰ろ!レイカちゃんは?」

「なんか委員会らしいよ、先に帰っててって」

「そか、じゃあ行こっか」






「亜美はいいなあ」

「ん?何が?」

「高校で1人暮らし!信用されてるじゃん!自由でいいなー」

「違う違う、お母さんが忙しいから。もう1人で暮らしてみろって。ただの放任主義だよ」

「ウチなんか門限6時!放任羨ましい!」




門限あるほうが羨ましいけどな…。
大事にされてるって思う…。


「あ、駅着いた。じゃあまた明日ね!」

なっちゃんとは反対方面のホームで電車を待つ。
手袋を見る人がいるけどもう馴れて気にならない。

電車に乗り込み、駅を4つ過ぎて降りる。
部屋までは徒歩5分だ。


「ただーいまっと」

部屋着に着替えてくつろいだ。


「あ、病院行くの忘れた」

No.5


「まぁ行っても変わらないし、いっか」

部屋の中では半袖短パンだ。
肌は我ながらツルツルだ。

スマホが鳴った。
お母さんからだ。

「もしもし」

『亜美?今月の生活費振り込んでおいたから。勉強頑張ってね』

「はーい、ありがとう。じゃあね」


母子なのに簡単なやり取り。
お母さんは私を気味の悪い子だと思ってる。

怖がってるのかもしれない。




私の体は毒だから。

No.6


「血液で試しましたが、変化無しですね」

「そうですか」

担当の山下先生との変わらないやりとり。
もう何回目だろう。


「マウスでは雄だけ死んでました、解毒も今の段階では極めて困難です。また違った方面から研究してみます」

「はい」

「さて、亜美ちゃん。テスト結果どうだった?」

「学年トップ!」

ニヤリと笑ってVサインで答えた。
この先生は診察が終わるといつもフレンドリーになる。


「おお、頑張ったな!ご褒美に缶コーヒーだ」

「え~?」

「じゃあ今度何か考えておくよ。勤務中はさすがに忙しい」

「期待してまーす!」

「亜美ちゃん!…その…ボーイフレンドや彼氏とかは…」

「男の子めんどくさいから全くいない。大丈夫だよ、センセ」

「ごめんな、手袋忘れずに」


普通の高校生だったらそういう時期だから、そりゃ心配するかぁ。

会計を済ませながら思った。
会計っていっても支払いは無いから、紙もらうだけだけど。


無性にペペロンチーノが食べたくなった。
帰って作ろう。

No.7


「ペペロンチーノ~♪材料が無い時に作るパスタ~♪ズボラなパスタ~♪」


はぁ…。
1人暮らしすると独り言ってホントに多くなるなぁ…。



「血液に変わりナシか、そりゃそーだ」


今の体になる前は家族4人で楽しかった気がする。
あんまり覚えてないけど。

私が触ると男の人は死んじゃう。
なんかXYっていう遺伝子?に攻撃しちゃうらしい。
女の人は大丈夫なんだけど。


お父さんは手を握っただけで苦しんで倒れた。

お兄ちゃんは何も言わず倒れた。

光一君も浩二君も突然倒れたなぁ。

体が小さいと毒の回りが早いのかな…。

お母さんは平気だけど私に触らなくなった。

原因はなんとなくわかるんだ。
家族でハイキングに行った、あの時だと思う。

No.8


「亜美、気をつけろ」

お父さんに言われたけど、都会で育った私には森がすごくて興奮しっぱなしだった。

たくさんの木。
見た事ない葉っぱや小さな虫。
透明な川の水やサッと逃げる魚。
もう夢中だった。

どこかで手を切っちゃって血が出てて、お父さんが川の水で洗ってくれたんだ。


「これで大丈夫…」


ドサリ


お父さんが倒れた。
苦しそうに首に手を当ててるから、慌てて手に触った。
もっと苦しむお父さん。

お母さんにはじき飛ばされて、転んだ私を助けてくれたお兄ちゃん。
お兄ちゃんは何も言わずに倒れた。

さっきまで楽しかった川べりで、お母さんと私の叫び声が重なってた。

No.9



それからは大変だった。


やっぱりハイキングに来てた知らないお爺ちゃんとお婆ちゃんが来てくれて

お婆ちゃんはお母さんの背中をなでながら、私の手を握ってくれた

お爺ちゃんはどこかに電話してた

人がいっぱいきて
車に乗って病院に着いたけど
お父さんとお兄ちゃんはもう死んでたらしい

それからしばらくはお母さんとお婆ちゃんと3人で暮らした

お母さんが少し元気になって
幼稚園に通えるようになって
砂場で光一君が倒れた
幼稚園はそれから行かなかった

小学生になって集団登校の時に浩二君の手を握ったら
浩二君も倒れた
小学校はそれから保健室登校だった


どれも私がショックを受けたからだと思ってもらえた

だけどお母さんだけは気づいてたみたいで、病院に連れて行かれて色んな検査をされた

わかったのは血液に毒素が混ざってた事だった

No.10


血液に毒が入ってるって事は全身が毒らしい

実験のネズミが何匹も死んだ
私の唾液を入れた水槽の魚が死んだ
蚊は私の腕や足に貼りついたまま死んだ

誰も私に素手で触らなくなった

学会がどうとか隔離とかの話もあった
その時に山下先生が助けてくれたらしい
ただのお医者さんにそんな力があるのかな?



「葉っぱか川の水だと思うんだよね。でも葉っぱの種類はわからないし、川の水も異常無かったみたいだし」

「いっぱい勉強して研究室に入って、自分で自分の体を調べる!研究対象は私!
コードネーム毒姫!」

中二病が炸裂した。

No.11



毒姫っていうのは昔読んだ本に出てきた。

アラビアとかあっちのほうだったと思う。

赤ちゃんに少しずつ少しずつ毒を与えて、成長した時には全身猛毒なんだって。

私と似てるな、と思った。

でも毒姫は男女関係なかったけど。


お皿を洗って、お風呂のお湯をためる。
その間テレビを見たりカーペットにコロコロかけたり。

気ままに過ごせる1人暮らしは、私には気ラクだった。

お風呂で教科書を読みながら、数式を覚える。
歴史も読む。
信長はかっこいい。

戦国時代だったら私の体も役に立つのに、なんて思ってたら湯あたりした。

No.12


「亜美、香水つけてる?」

なっちゃんが不思議そうに言う。

「え?シャンプーの匂いじゃない?学校に香水はまずいっしょ」


「だよねぇ。なんか甘い匂い?がする?」

「楊貴妃とか体臭が甘い匂いだったらしいよ、香水いらずでいいよね~」

「あっクレオパトラはバセドウ病!バセドウ病には美人が多いんだって!」


役に立たないムダ知識から盛り上がって、最終的に
「武田信玄はシブい」
という結果に落ち着いた。



駅までの帰り道、途中のコンビニの影に子猫がいた。

弱ってて鼻水が出て毛はボロボロの捨て猫だった。

「うあー、可哀想。うちで飼う!」

なっちゃんの決断の早さに驚きつつ、私も抱っこさせてもらった。


「あれ…?」

子猫が痙攣して口から泡が出てくる。

「なっちゃん!どうしよう?」

「病院!」

コンビニの店員さんに動物病院の場所を聞き、急いだ。





「残念だけど、何か毒入りのもの食べちゃってたみたいだね」

獣医さんの言葉にドキンとした。

「野良猫に迷惑して毒入りのもの与える人がいるんだよ」

手袋はつけてる。
私じゃない。

泣いてるなっちゃんを慰めながら、駅に向かった。

庭に埋めると言って泣いていたので、家まで送った。

No.13



次の日からなっちゃんは学校を休んだ。


慰めの言葉は今は意味が無いと思った。
3日待った。


悲しみが癒えるのを待っていた。
一週間たっていた。


No.14



「さすがに休みすぎじゃない?」

レイカちゃんとの意見が一致して、お見舞いに行く事にした。

放課後、なっちゃんの好きなプリンを持って家を訪れた。

チャイムを鳴らすとお母さんが出てきて、家に入れてくれたが
「少し話がある」
と言われ茶の間に案内された。


「幸子を見ても驚かないでやって欲しいの…」

そんなに落ち込んでるのかと驚いたが、さっちゃんの前では驚かない事を約束して部屋へ行った。

ノックする。
かすかに返事があった。
ドアを開けて部屋に入る。


ベッドにはすっかり痩せたさっちゃんがいた。

「来てくれたんだ…。ごめんね、目が霞んで良く見えない時があって…ゴホッ…ゴホッ…」

「お医者さんも行ったんだけど、原因わからなくて…。ちゃんと埋めたのに、あの猫に恨まれちゃったかなあ」

弱々しく笑うさっちゃんに

「あの猫は感謝してるよ、絶対!」
うつむきながら力強く伝えた。

「大丈夫、すぐ良くなるから!プリン食べて元気出してね!」

「じゃあ、長居しても悪いし帰ろう亜美。さっちゃんお大事にね」

レイカちゃんが言ってくれて助かった。
私はあの部屋に居ちゃいけない。
レイカちゃんとも早く離れなきゃ…。


No.15



レイカちゃんと別れ、私は真っ直ぐ病院に向かった。
山下先生に会う為だ。

急に行ったのでずいぶん待たされた。

夜7時。
山下先生が待合い室に来てくれた。

No.16



「待たせてごめん、何かあった?」

山下先生の目を見て、用意していた言葉を伝えた。




「私の毒が強くなってます」

No.17


それから応接室のような部屋で話した。
子猫を抱いたら痙攣して死んでしまった事。

そして友達を慰める為に家まで背中を撫でていて、現在その子が体調をひどく崩している事。

「ふーむ……そのお友達はどこの病院行ったかわかる?」

「あ…聞いてないです」

「じゃあこちらの病院に来るように言えるかな?優先的に予約取れるようにしておくから」

「はいっ!ありがとうございます!」

すぐになっちゃんちに電話した。
お母さんが電話にでたので、山下先生に代わってもらった。

明日、朝イチで受診するそうだ。
良かった…。


そして次の日、なっちゃんはそのまま入院になった。

No.18


「なっちゃん!具合どう?」

「亜美、レイカ!」

「点滴してからだいぶラクなんだ。フラフラだったから助かったよ~」

「良かった、ムリして焦らないでよく休んでね」

「授業は亜美がしっかりノート取ってたから大丈夫よ」

「ありがと!なんかどっかで有毒ガス吸ったような感じだったんだって、亜美がお世話になってる病院紹介してくれて助かったよ~」

「へー、でも有毒ガスなんてどこで吸ったの?変なニオイとか感じなかった?」

「それがまるっきりお手上げ。目に見えないから怖いよね~」

それから少し談笑して、私も受診がある事を告げてから山下先生の所へ行った。

No.19



「先生ありがとう!」

「うん、いやどういう状態なのか直接見ないとわからなかったからね」

「それで彼女の状態は…亜美ちゃん、君の毒だ」

「一時的なものか、毒が強くなっただけなのか、これからも強くなるか。これはわからないんだ」

「は…い……」

「入院して様子を見よう。今、君をこのまま帰す訳にはいかない」

「もう個室の用意はできているから、入院受付に行ってくれるかい?」

「はい…なっちゃんの事、ありがとうございました」

頭を下げてお礼を言って、入院受付に向かった。

No.20



個室は暇すぎて余計な事を考える。

先生はお母さんに連絡した。
お母さんは学校への連絡や入院手続きをしてくれたみたいなのに、病室には来ない。


「娘の顔も見にこないってか」


なっちゃんは大丈夫だろうか?

お父さん苦しかったよね?

お兄ちゃんも突然で訳わかんなかったよね。
苦しく感じる前に死ねてたらいいな。
光一君も。
浩二君も。




「~~~~っ!」

泣いた。いっぱい泣いた。
涙も毒だから泣かないようにしてきたせいで、しばらく止まらなかった。
個室で良かった。


No.21



山下先生が朝の回診にきた。

「私が転院ですか?」

「残念だけどここでは設備が足りないんだ。お母さんの了承は得ている」

「どこの病院へ?」

「ここから車で2時間位かな、自然が多くていい所だよ。そうそう、お友達は退院したよ。もう心配ない」

「本当に?良かったあ!」

「じゃあ身の回りのものをまとめておいてね。迎えがくるから」

「わざわざお迎え?なんか大袈裟ですね」

「じゃあ昼前までには用意しておくようにね」


なっちゃん、退院前に顔くらい出してくれてもいいのにな…。

No.22


「あ、先生。荷物まとめたよ!服も着替えたしいつでも出れるよ」

「じゃあドライブ前に血圧と脈、計っておこうか」

「2時間だとドライブだね、山とか海とかあるといいな~」

「海は無いかな、山は嫌いになる程……ちょっと血圧高いな、脈も早い」

「え、そうですか?」

「緊張してるのかもね。車に酔うといけないから注射打っておこうか」

私は注射が嫌いじゃない。慣れっこだし、針が刺さる瞬間は見てないほうが怖い。

薄い黄色の液体が体に入っていく。
軽い目眩がしたと思ったらまぶたが重くなり、意識が遠くなった。

No.23


気がついたら病室だった。
古いベッド。
ついたての横にトイレ。
格子のついた窓。

「何ここ!?ここどこ?」
ドアは開かなかった。

精神病院?
これ精神病院だよね!?

完全にパニックになった。

No.24



夕方になり薄暗くなってきた時に医者が来た。
痩せて神経質そうな医者だ。

「初めまして、山下です。山下先生から聞いてますか?弟なんですよ」

「兄弟なんですか?ビックリしましたけど、ここはどこでこの部屋は何ですか?」

「聞いてた話と違って気が強いんですね、頼もしい。ここはS県の山奥で研究所の一室です」

「なんで鍵がかかってるんですか?」

「あなたと私達の安全の為ですよ」


イライラするこの男。
敬語使うのやめようかな。

「毒蛇とあなたの毒ってどちらが強いんでしょうね?んふっ」

キモい、最高にキモい。
んふって言ったよ今!

No.25



「マムシを用意しました。噛まれて比べてみて下さい」

「頭おかしいんですか?死にますよ」

「どちらがですか?」

「私です」

「血清があるので大丈夫です、清田君よろしく」

清田と呼ばれた助手っぽい男の右手には蛇がいた。

ゴム手をはめた手で私の腕を引っ張ると、蛇の頭を近づけてきた。
蛇は少し観察した後、素早く私の腕に噛みついてきた。

「痛っ!」
腕に蛇が巻きつく。
結構強い力で締め付けられていた腕が段々とゆるんでくる。

蛇はボトリと床に落ちた。


「素晴らしいぃぃぃ!マムシの毒より強いですよ!アナタ!素晴らしいぃぃぃ!」

噛まれた腕が痛いが、この山下のほうが怖くて痛みはあまり気にならなかった。

狂人に会った恐怖感ってきっとこういう感じだと思う。


「体は熱っぽくないですか?腕は腫れてないですか?目眩はしませんか?んふっ、とても素晴らしいですよ。」


怖いキモい怖いキモい


「毒姫、あなたのここでの名前にします。んふっ」

No.26



毒姫……密かに気に入っていた私の秘密の呼び名。

山下に呼ばれると途端に嫌な名前に聞こえて、私のアゴは思わずしゃくれた。


「…何ですか、その顔は。アナタ私を馬鹿にしてるんですか?」

「いや…私も毒姫って気に入ってて…。それを他人に呼ばれると…なんか…複雑っていうか」

「おや、そうなんですか!私達は気が合いそうですね。毒姫の逸話は私も好きです。明日は休みにして、明後日にイワスナギンチャクの毒を試しましょうか。アナタ私のお気に入りです、仲良くしていきましょう。んっふ」


私のアゴは更にしゃくれて朝方やっと治った。

No.27


夢を見た。

お父さんがいて。
お母さんがいて。
お兄ちゃんもいて。
私は幸せそうに笑ってる。

おぼろげな記憶のはずなのに、夢ではハッキリしていた。


自分の泣き声で目覚めたのは初めてだ。

涙が出ちゃったけど、ここなら大丈夫だろう。

顔を洗って髪をとかす。
簡易な洗面台だけどありがたかった。

今日が休みで良かった…
仲良くする気はないけれど、これからどうなるのか位は聞いておこう。

清田という男が朝食を運んでくれた時に聞いてみた。


「わかりません。ただあなたの毒の実験をするとしか言えません」


毒の実験…
私の血で死んでいったネズミを思い出した。

今は私がネズミなんだろうか。

考えは嫌でもマイナスな方に向いていった。

No.28



「毒姫の様子はどうでしたか?」

「今後の事を気にしてました」

「気になるでしょうねえ。自分がどうなるかわからない恐怖心。素敵だと思いませんか?」

「自分にはちょっと…」

「毒は昔から使い方が決まってますね。醜い毒じゃなく華麗な毒のほうがドラマになる。最高に華麗なドラマを作りましょう、清田君」

No.29


イワスナギンチャク。
綺麗な海でのんびり暮らしてたんだろうにな。

私はこの毒も平気だった。
山下の喜びようは踊りだしそうな勢いだった。

「でも本当は、マウイのイワスナギンチャクを試してみたいんですよねえ」


今日は採血があった。
吸われる血をみながら、山下先生を思い出した。


「そういえば山下先生は私がこの研究所にいる事、知ってるんですか?」

こんな扱いされてると知ったらきっと助けてくれる。

「兄ですか?知ってますよ。元々アナタが手に負えなくなったら渡してもらう約束で、ずっと待っていたんです。」

うそ。

「ああ、アナタのお友達は災難でしたね。お気の毒でした。」

うそ。

「極端に耐性が弱い人もいますから、お友達の女の子はそうだったんでしょう」

嘘だ!

「私の毒は女の人には効かないの!なっちゃんが死んだなんて嘘だ!」

山下は面倒くさそうな顔で言った。

「アナタもう男女お構いなしになっているんですよ?だからここに来たんです。
本当に気づかなかったんですか?愚鈍ですねえ。」

No.30


部屋に戻されベッドで横になった。

そういえば、なっちゃんが体調崩した時に私のせいだってすぐに思った。

男の人にしか効かないと思ってたのに、なぜかそう思った。

気が付かなかった。
気が付けなかった。


子猫なんか見つけなきゃ良かった。
ああ、それでも殺しちゃってたんだろうな。
ゆっくり時間をかけて。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。

No.31



「悲劇のヒロインはやめて下さいよ。アナタの毒で死にましたが、アナタ殺そうとした訳じゃないでしょう。そうやって泣いていても何も変わりませんよ。」

「花粉に弱い人がいるように、毒に弱い人がいます。その逆も然り。」

「泣く元気があるなら脱走するくらいの根性見せて下さい。
ディナーです。食べないと逃げる事も私に刃向かう事もできませんよ」


言うだけ言って、山下が出て行った。

ディナーはただの牛丼とサラダだった。

No.32



「ずいぶん毒姫に気を使われてらっしゃいますね」
清田がからかうように山下に言う。

「落ち込まれて研究が遅れるのが耐えられないだけですよ。毒姫のレベルを知って研究したい、その欲求しかありませんね。その為なら気遣い位します」
書類を見ながら表情を変えず山下は答える。


欲求を伴う行動は強い。

欲求の為に長蛇の列に並び

欲求の為に人を騙し

欲求の為に愛し合う

欲求の為に犯罪を犯し

欲求の為に身を落とす


山下は欲求により行動する事が人一倍強い人間だった。

No.33


亜美は泣いていた。
部屋の隅に逃げながら泣いていた。

「それだけはやめて下さい…本当にダメなんです」


それ、とは
モウドクヤドクガエルだった。

亜美はカエルが苦手というより嫌悪の対象だった。

あまりに嫌がる亜美に山下が我慢の限界を迎えた。

「不本意ですが、寝ましょう。目覚めたら毒に勝ったという事です。ではお休みなさい、目覚める事を祈ってます」

そして注射で眠らされた亜美の体で、カエルの毒が試された。

「まあ目覚めるでしょうね。起きたら教えて下さい、清田君」

山下は清田にそう言い残し、死んだカエルが入ったケースを持って部屋を出ていった。

必然的に、清田は亜美の目覚めを待つしかなくなった。

No.34


清田はイスに座り
毒ガエルを仕掛けられ、眠らされながら実験を強制された亜美を見ていた。

あのモウドクヤドクガエルが死んだのだから、目覚めるだろう。

改めて見ると、亜美は綺麗な顔立ちをしていた。
薄い茶色の髪に、長い睫毛。
そして全体的に色素が薄い。

何か毒に関係があるかもしれないのでカルテに書き足しをした。


山下もそうだが清田もまた、亜美を見る目は実験マウスを観察する目だった。


1時間程で亜美が目覚めたのを確認すると、無言のまま部屋を出て山下に報告しに行った。

No.35



「やっぱり目覚めましたか。貴重なカエルが無駄にならずに済みましたね、んっふ」
山下はご機嫌だ。

「色素が薄いのが気になったのですが、関係あるでしょうか?」
清田はついさっき気づいた疑問を口にした。


「色素ですか…面白そうですねえ。早速髪の毛でも頂いてきましょう。清田君も来ますか?」

興味の無い断りの返事を聞き、山下は亜美の部屋へ向かった。

No.36



「おはようございます。また勝ちましたね、素晴らしいです」
山下は拍手をしながら亜美の部屋に入ってきた。


「…カエルは?」

「アナタの毒で死にました。実験はあと2つです、もうカエルは無いので安心して下さい。
ああ、それから髪の毛を1本貰いますね?」

亜美の抜け毛を拾い上げ、ビニール袋に入れた。

「私の髪なんて何に使うんですか?」

弱々しく聞く亜美とは正反対に、山下は力強く言った

「実験に決まっているでしょう。他に何があるんです?」

下らない事は聞くな、と言わんばかりだった。

No.37


山下が出て行き、1人になった亜美は考えていた。


―実験、実験、実験。
このまま生き残っても普通の生活なんか戻れないよね。
毒の体を利用されるのかな。

人を殺したりさせられるのかな。
それくらいしか使い道無いよね。
毒も強くなってるし。
そうなったら死んじゃおうかな。

人殺しするよりいいな。
山下殺して逃げても、普通になんか生きられないし。

山で1人で暮らす?
無理だ。
動物なんか捌けないし、すぐ飢え死にしちゃう。

実験は残り2つって言ってた。
そのどっちかで死ねたらいいな…



もう未来に期待が見いだせなかった。

No.38



死のう。

そう思ったら驚く程気持ちが落ち着いた。
上手く言えないけどストンとうまく心にハマった感じ?

どうせ死ぬかもしれない、死ななかったら死んじゃえばいい。



不思議に気持ちが落ち着いて、ぐっすり眠れた。


No.39


朝だ、時計が無いから時間はわからないけど。

ドアをノックされた。
返事をすると清田が朝食を持って入ってきた。

「おはようございます、今日は何の実験なんですか?」

話しかけたら清田がビックリしている。


「…おはようございます。今日はカリフォルニアイモリ、と聞いています」


「イモリですかぁ、イモリも苦手なんですよね、私。あんまりグロテスクだったらまた眠らせて下さいね」


「…それは僕じゃなく山下先生に言って下さい。失礼します」


食事を置いて出ていった。
私の態度が違うから驚いたんだろうな。


だってどうせ死んじゃうなら、積極的でいたい。

気軽に話しかけるくらい、許されるでしょ。

カリカリのベーコンをかじった時に山下が部屋に飛び込んできた。


「あ、おはようございまーす」


「熱、計りましょう。嘔吐感は?体調はどうですか?」


「食欲あるし、体調は普通ですよ。よく眠れたし」


「アナタの態度がおかしい、と清田君から聞きました。毒にやられたのかと思いまして」


私は思わず吹き出した。
毒姫に毒って。


「大丈夫ですよ、色々吹っ切れただけです」


それを聞いて訝しげに部屋を出ようとする山下に追撃してみた。


「先生って彼女いるんですか?」

No.40



山下の動きが止まった。


「……彼女はいませんが妻はいます。娘も」


私の動きも止まった。


こんな変な人でも結婚できるんだ…。


No.41


「…今言った通り、妻子がいますが、何か?」

固まったままの山下が照れたように聞いてきた。


「いや、ちょっと驚いただけです。娘さん可愛いですか?」


「可愛いです。パパって呼ばれるとたまりませんね」

山下がデレた。

そして爆弾を落として出て行った。


「一瞬、焦りましたよ。アナタが私に惚れたのかと思いました」


ねーよ!と言えなかったのが悔しかった。

No.42


実験だ。

山下が持っているケースには確かにイモリが入っていた。

背中にイボイボがあって、何とも気色悪い。


「イモリの背中を触って下さい、できれば軽く押してもらえると早いです」

そう言うと私のヒザにケースを置いた。


(うわぁ…)

気持ちは吹っ切れても、物理的には吹っ切れない。

恐る恐る背中を押すとイボから液体が出て指についた。


「…気持ちわるい」

不満を伝え山下の顔を見た。


「んっふ、また勝ちましたねえ!一応、一時間程は様子を見させてもらいます。ここにいても?」


「…どうぞ」


何やらノートパソコンに打ち込んでる。
体調も変わらず暇だったので質問してみた。


「先生はどこの大学なんですか?」


パソコンを打ちながら山下が言う

「中卒ですよ?大学なんて会社に入るか資格や学歴の為に行く所です。不必要な知識は頭に入れたくないでしょう」


驚いた。
サラリと言う所に驚いた。

「それで研究者とか…医者とかなれないですよね?嘘ですよね?」


山下は、かったるそうに頭を上げ
心底見下した顔で言った。

「アナタ成績良かったらしいですけど馬鹿ですね。知識とコネがあればなれます。
まぁ、正式な研究者でも医者でもないですが。興味のある事しかやってきてないので、資格も博士号も持ってませんから」


気が散るから黙れと言われて、黙った。

山下は予想の斜め上で変な人だった。

No.43


実験から解放されて1人になった。


山下の衝撃がまだ効いてる。

研究者になるには大学行くのって当たり前だと思ってた。

やりたい勉強だけやるってできるの?

知りたい事について調べて、わからない事が出てきたらまた調べて…

とことんそうしたら知識も広がるか…

でも解剖とか…



ああ!考えすぎて頭が疲れた!
甘いものが欲しい。




「おやつ下さーい!できればヨウカン!甘いの欲しーい!」


ドアの小窓から叫んでみた。

数分後、清田が本当に羊羹を持ってきてくれた。

No.44



羊羹を食べ、シャワーを浴び、夕食も食べた。

明日で最後だ。
毒で死ねなかったら死んじゃえばいい。

恋愛とか仕事とかやってみたかった。
結婚とか出産もしてみたかったなぁ。


そんな事を考えていたら山下が部屋にきた。



「アナタ死ぬ気でしょう」

言い当てられて心臓が跳ねた。

「…どうしてですか?」

相変わらずの無表情で清田が言う。

「末期の患者に似てます。初めは驚き、次に悲しみ、悲しみが終わったら怒りがきて、最後は開き直ります。個人差はありますが」

「………。」

「死んでも構いませんが、その時はアナタの遺体を使って実験します。覚えておいて下さい」


そう言うと清田は出ていった。


(遺体の実験もどうせロクな事には使われない。
毒薬くらいにしかならない筈だ。毒薬だったら結局は人を殺す事になる…)


死ぬ事もできない事実を呪った。


No.45



嫌でも朝はくる。


昼近くなり山下と清田が来た。


「最後はヒョウモンダコです。清田君が持っているコップの水を飲んで下さい。
清田君お願いします」


清田にコップを渡され水を見つめながら山下に聞いてみた。

「この毒で死ななかったらどうなるんですか?」


「新しい実験に移るだけです。早く飲んで下さい」


――新しい実験。
別の実験なのか、自分を使う実験なのかもわからない。

祈るように水を飲む。




これで死ねますように。

それだけが残された願いだった。


No.46



結果、死ねなかった。
涙も出なく、放心状態になる。

もう何も考えられなかった。
考えたくなかった。


「やっぱり勝ちましたね」

山下の声が聞こえる…

「全く、つまらない結果になりました」


まだ何か喋ってる…


「ちょっとくらい苦しんでくれたほうが、こちらも研究意欲が湧いたんですけれどね」


ああ、そういう事ですか…


「髪の毛を調べてでわかりました。単なる寄生虫ですよ」


ああ、そうですか…


「次は解毒の実験です」


げどくですか、そうですか…


「時間かかりますから、さっさと終わらせますよ」


…げどく……解毒?
…終わらせる?


「…えっ!?」


思わず山下の顔を見た。
やっぱり無表情だ。


「だからただの寄生虫です。私だってもっとミステリアスなものかとワクワクしたんですよ。裏切られた気分です」


「…きせいちゅう?」


「そうです。ただし強くなってます。弱らせてから体から出さないと毒の離脱症状で死にますから、時間はかかりますよ」

No.47



「…治るんですか?」


「治ります。時間は年単位になりますが。」


よく理解できなかった。
山下が言うように、自分は馬鹿なのかもしれない。

「あの!私の毒で人を殺したりとか、暗殺者にしたりとかは?」


山下は眉間にシワを寄せて嫌な顔をして、吐き捨てるように言った。


「…アナタ漫画やお手軽な小説の読みすぎでしょう。そんな事は細菌ばらまけば出来るじゃないですか。そんな凡人が考えつく事に、なんで私が興味持つと思うんですか」

No.48


「植物性の毒で解毒していきます。それからお友達は生きてらっしゃいますよ。アナタ死んだと思ったようですが」


頭がついていかない。
喜ぶのか悲しむのか、感情もついていかない。


「だって、お気の毒って…。え?生きてる?治る?死なない?」


「死んだ、とは一言も言ってません。私は喜怒哀楽の感情に支配された人間の観察が好きなんです。アナタ上手く勘違いしたから利用させてもらいました」


「ペテン師!研究狂い!」


「褒め言葉ですね。照れますねえ」


「照れてない!この無免許!」


「免許は無くてもアナタの寄生虫見つけましたが」


枕を投げたかった。
この無表情で無免許な人間に。


No.49



~1年後~



「まだ毒が残ってます。気長にやりますか…」


「ラーメン食べながら、面倒そうに言わないで下さいよ」



~2年後~


「あとちょっとなんですけどねえアナタの毒も。あ、これ洗って下さい」


「はいはい」




~3年後~


「そっちのマウスお願いします。あと明日、虫下し飲みましょう。特製です」


「そんな簡単な仕上げなんですか?」


No.50



4年が経った。


「やっぱり帰りますか。研究所残ってくれたほうが便利なんですけど」


「ありがとうございました。感謝してます、本当に。感謝しきれないです」


「ただの研究結果です。感謝してるなら残って恩返しして下さい」


「せっかく普通にしてもらったんだから、普通に生きたいんですよ」





普通に笑って。

普通に怒って。

普通に泣いて。

普通に生きて、平凡な人生を生きて。

普通にやりたい事がいっぱいある。



「じゃあ、先生元気でね!」


初めてちょっとだけ笑った先生の顔を見た。




~終わり~


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