不可解な誘拐事件
【桜木咲江】
『なんかよぉ…面白いこと、ねぇのかよ?』
『あったとしても、勝也には教えねぇよ』
『っだよ、そりゃ!』
勝也が、意地悪を言った隆に向かってバスケットボールを投げつけた。
さっとかわした隆が、
『へなちょこバスケ部員だな』
と、笑った。
『ちょっと、あんた達っていつまで経っても、お子ちゃまよね。ねえ、咲江』
『……………………。』
『どうしたの?咲江。なんかテンション低くない?』
『あ…ゴメン。聞いてなかった。何?真美』
『勝也と隆は、子供だって言ったの』
『あははっ。でも、私達五人は、同じ学年だよ』
『それでも…ねえ、ユウちゃん。あんたぐらいよね、大人なのは』
真美がパソコンに向かっている祐一に声をかけた。
祐一は、チラッとこっちを見て、すぐにまたパソコンに目を戻した。
『ユウは、大人じゃなくて、単に大人しいだけだ』
勝也が笑いながらそう言った。
みんながそれを見て、思わず唾をゴクリと飲み込んだ…
『ねえ、この先に採取してたって指紋は、どこからとったものなの?』
『俺の携帯』
『ユウの携帯から?』
隆が聞いた。
勝也は何も言わなかったけど、身を乗り出して、パソコンの画面を見つめている。
『そう、俺の携帯電話。一回目の身代金を要求する電話を咲江の家に掛けた日、ボイスチェンジャーを取り付けたまま、俺は携帯を持って帰るのを忘れたんだ』
勝也がやっと口を開いた。
『ユウ…、この携帯から杉田先生の指紋が出たってことは…』
『恐らく、二回目の電話は、ボイスチェンジャーの付いたままの俺の携帯を使って、杉田先生がかけたんだろうな。身代金を五億に吊り上げる内容で…そして、俺達の中の裏切り者は…』
みんながユウちゃんをじっと見た。
ユウちゃんは悲しそうな表情で、こう続けた。
『裏切り者は…咲江だ…』
部室がねっとりとした嫌な空気で満たされたように感じた…
私は息を飲むと、
『咲江が…どうしてよ!』
と、ユウちゃんに向かって叫ぶように言った。
悲しそうな表情のままのユウちゃんは
『あの三叉路…。あの道には、杉田先生のアパートがあった。俺達の知る限り、咲江があの道を通る用は無いはずだ。…そこに、知っている人間が住んでいれば、行き先はそこしか考えられない。杉田先生のアパートだ…』
勝也が
『咲江が妊娠してたって相手…まさか…』
ユウちゃんが静かに言った。
『杉田先生だろうな…』
『私も、他の男子が相手だったら、咲江に付き合ってる人がいるって気付いたかも…。いつもと違うおしゃれをするとか、デートする気配とか…』
『誰にも言えない相手で、毎日学校でデートできる相手…ってわけか…』
やっと把握したように、隆が言った。
『じゃあ…咲江を殺したのも…?』
私は声が震えた…
ユウちゃんは真剣な目になると
『杉田先生の可能性が高いな。咲江の妊娠が動機かも知れない』
と言った。
『教室と生徒の恋愛…しかも、妊娠…』
勝也が呟いた。
ユウちゃんが
『教師が殺人を犯す動機としては、十分だ…』
そう勝也と同じように呟くように言った。
『ねえ、これから私達はどうしたらいいの?』
『そうだよ、警察に行くか?』
勝也も焦った声に変わっていた。
『あのさあ…咲江の親父さんって、警察に内緒で五億円を犯人に渡したんだよな?それって、杉田先生が受け取ったってこと?』
隆が思い出したように口にした。
『そういえば…咲江のお父さん、すぐには警察に届けなくて…警察に届けた後に犯人から接触してきて、誰にも分からないように取り引きに応じたんだよね…』
『なあ…杉田が、すでに殺してる咲江の身代金…しかも五億も取る度胸あんのかなぁ…?』
隆が不思議そうに言った。
勝也が
『犯人は、どうやって金を受け取ったんだろう…』
ユウちゃんは、何も言わなかった。
黙っているユウちゃんに
『ねえ、杉田先生の彼女かな?』
と、思い付いたことを聞いてみた。
『真美、五億円がどれだけの量か分かるか?女性一人では持てない。とにかく、警察に話すには指紋だけでは証拠が薄いな…。部室の見回りに来て、携帯電話が置いてあったから、手に取って見ただけ…なんて言われたら終わりだしな』
その時、私はユウちゃんに対して、何か釈然としない感覚を覚えた…
それが何なのかは、後から分かることになる。
勝也が
『なあ、ユウの携帯、二回目の電話の発信履歴は?』
と聞いた。
ユウちゃんは
『ご丁寧に削除してあったよ』
と言った。
とにかく、杉田先生には気をつけることにして、私達はその日、解散した。
【沼田隆】
俺は途中でユウと真美、勝也と別れて、家に帰った。
二階にある、自分の部屋のパイプベッドに寝転がり、天井の一点を見ていた。
何がなんだか…
わかんねえよ…
頭の中がゴチャゴチャだ。
下から母親が俺を呼ぶ声が聞こえた。
飯か…
そう思ったら
『隆!電話よ』
ベッドから起き上がり、階段を下りながら
『誰から?』
と聞いた。
『坂本さん、坂本真美ちゃんのお母さんから』
え…?
真美の…
俺は母親から受話器を受け取ると
『あ…どうも』
と言った。
真美の母親は、慌てた様子で
『あのね、真美がまだ帰らないの。沼田君達と一緒じゃないかと思って…ほら、咲江ちゃんの…あんな事件があった後だから、おばさん、すごく心配で…』
『あの…真美とは、夕方には別れました。俺、探しに行ってきます!あ、おばさん、俺の携帯番号を言っとくから、もし真美が帰ってきたら電話してください!』
電話を切ると、俺はすぐに勝也とユウに電話して、真美がまだ帰っていないことを伝えた。
ジーンズの後ろのポケットに携帯を突っ込むと
『ちょっと行ってくる!』
と、大声で母親に声をかけた。
後ろから
『ちょっと!隆、こんな時間に…』
と、母親の声がしたけど俺は振り向かずに家を飛び出して、自転車に乗った。
俺達は、とりあえず部室に集まることにした。
俺が部室に着くと、勝也がもう来ていて
『おい…、まさか真美にも何か…』
と、青い顔をして聞いてきた。
『犯人も、そんなに馬鹿じゃねえだろう。こんな身近で連続殺人なんかやらねえよ』
いつもだったら、もっと早く来るユウが、珍しく最後に来ると部室のドアを開けながら、そう言った。
その言葉を聞いて、俺と勝也は少しほっとした。
俺が
『なあ、ユウ。発信機!真美の居場所って、あの発信機で分かるんじゃねえか?』
と聞いたが、ユウはため息を一つついた後、
『この前、お前達の前で真美の鏡から発信機を取り出して見せたろ?あの時に外したままなんだ…』
と答えた。
俺は続けて
『じゃあさ、杉田のアパートに行ってみるか?』
と言ったが、今度は勝也が
『あのオンボロアパートで、監禁なんかするかよ。悲鳴とか物音で、すぐに近所の人が通報するよ』
と、却下した。
ユウが、
『なあ、杉田を信用していて、一番近い存在って誰だ?』
と聞いた。
俺と勝也は声を揃えて
『杉田の彼女!』
と、答えた。
えー❗
ここで中断⁉
寝れねえ😅
面白い❗
早く続き読みたいです✨
気になる😣
56番さん
57番さん
はじめまして。
頑張って書きますので、良かったら最後までお付き合いくださいね。
それでは…
続きです。
そしてユウが
『あの彼女…看護師って、杉田が言ってたよな?どこの病院の看護師だ?』
と、右手の人差し指を額に持っていき、考えていた。
『どこの病院か、聞かなかったよな?』
俺と勝也は顔を見合わせると、確認するように言った。
突然、ユウがはっとした表情で顔を上げると
『俺はとんでもない勘違いをしていたのかも知れない』
と、はっきりと言った。
『どういうことだ?』
俺はユウに聞いた。
『何だよ。言えよ、ユウ』
勝也もそう言った。
ユウは、小さな声で
『桜木病院…』
とだけ言った。
『それって、咲江の親父さんの病院じゃん…』
俺がそう言うと、勝也が続けて言った。
『もし…そうだとしたら…これって偶然じゃねえよな…?』
すぐに俺達は、桜木病院に行くことになった。
俺だけじゃなく、勝也もユウも自転車で来ていた。
俺達は、桜木病院に向かって全力で自転車のペダルを踏んだ。
もうすぐ春だというのに、夜風は冷たかったが俺達は汗をかくほど、必死で桜木病院へ向かった。
病院に着いた時、携帯の時計を見ると十時を過ぎていた。
当然のように、正面の出入り口の鍵は閉まっている。
俺達は裏に回ると、救急外来の患者の出入り口から病院に足を忍ばせて次々に入った。
警備室の前を通る時に、年配の警備員がちょうと大あくびをしていた。
こうして俺達は、簡単に桜木病院へ侵入することができた。
勝也は、この病院に入院していたことがある。
バスケの練習中に、右の鎖骨を骨折した時だ。
俺は勝也の見舞いに何度かここに来ているから、中のことは何となく覚えている。
普段は混雑している待合場所に並んだ長椅子や、カーテンが閉まっている受付や会計に人影はなく、もちろん昼間なら慌ただしく歩き回っている看護師や医者の姿もなく、静まり返っていた。
奥へと進んでいくと、救急外来にちらほらと順番待ちをしている数人の患者が座っているのが見えた。
『次の方、こちらへ…』
診察室から出て来た看護師は、長い髪をアップにしていたが、間違いなく杉田の彼女だった。
俺達は、物陰にかくれて、看護師の顔を確認してから
『どうする?』
俺は、隣に立っている勝也に聞いた。
勝也は
『おい、ユウ。黙ってないで、何かいい考え無いのかよ?』
と、ユウに聞いた。
ユウは
『俺なら、どこに真美を隠すかな…って、考えてんだ』
『やっぱり、この病院のどこかに真美がいるってことか?』
勝也が小声でユウに聞いた。
『そう。杉田のオンボロアパートじゃなくて、場所は知らないが、あの彼女の住んでいる場所でもないだろう』
今度は俺がユウに聞いた。
『どうして彼女の家じゃないって分かるんだ?』
ユウも小声で話した。
『見張りがいないと不安だろ?彼女の家に杉田が行って、監禁している真美を見張っている可能性は、ゼロだ』
『なんで言い切れるんだよ?』
『さっき、部室で待ち合わせた時に、俺は途中で杉田のアパートに寄ったんだ。小窓から杉田の部屋を覗いたら、杉田は寝転がってテレビを見ていた』
『だから、ユウは、いつもより遅く来たのか…』
俺は感嘆に似た声を出した。
『だから…お前、何者なんだっつーの!』
勝也がそう言ってから、
『で、名探偵さん。どこに真美はいると思う?』
と聞いた。
ユウは
『見舞いに来る人がほとんどいなくて、急に容体の変化があることはめったになくて、警備員が慎重に見回らない場所だ』
『それって、寝たきり状態の患者の病室か?』
『そう』
『なるほどな、じゃあ探そう。入院病棟は、俺、けっこう詳しいんだ。行こうぜ』
勝也が先に立って、迷わず入院病棟に行き、階段を使って三階まで上がると、大部屋はスルーして、個室のゾーンを注意深く歩いた。
俺と勝也がゆっくりと歩いていると、ユウがいない。
俺達は足を止めて振り返り見ると、ユウは一つの部屋の前で立ち止まっていた。
俺と勝也はユウの立つ場所まで引き返した。
俺は、さっきよりももっと小さな声で
『ここか?』
と聞いた。
勝也は
『どうしてここだって分かるんだ?』
と聞いた。
ユウは、病室の入り口にあるプレートを読み上げた。
『西嶋トシ、九十八歳…もしも間違っても、ぐっすりと寝てるだろう』
ユウはすぐに、音を立てないようにゆっくりと、その病室のドアを開けて
小さな声で
『ビンゴ!』
と言った。
俺と勝也も病室を覗き込むと、ベッドの下でバタつかせている足が見えた。
『真美…』
俺は、生きている真美を見つけ出すことができて、ほっとした…
ずっと、俺の頭の中では、咲江の遺体が発見された時のことがぐるぐると回っていたから。
真美は、両手足を縛られ、口には猿ぐつわが咬まされていた。
俺達がそれをほどくと、いきなり…
『ああ、怖かったあ!杉田の彼女を見かけてさあ、後をつけてみたら角を曲がったところでいきなり…』
と、大声でしゃべり出した真美を、俺達は慌てて制した。
ユウの予想通り、この部屋の患者は寝たきり状態らしいが、外に声が漏れるとヤバい。
『じゃあ、退散するか』
ユウがニヤリと笑った。
『だな』
俺も勝也も安心した顔を見せた。
そして、俺が先頭になって病室から出ようとドアをゆっくりと開けた。
『おい、隆?何やってんだよ。立ち止まってないで、早く出ろよ』
後ろから、勝也が俺をせっついた。
『あのさあ…ちょっと状況が変わった…』
俺は、小さな声で言った。
多分、その小声は震えていたと思う。
俺の喉元には、看護師…後から知ったんだけど、名前は朝倉順子…が握っている手術用のメスが冷たく光っていた。
朝倉順子は
『あんた達、後ろに下がりなさい!』
と、前に会った時とは別人のような強い口調で言った。
言われた通りに、ユウも真美も勝也も後退した。
朝倉順子は、俺の背後に立って、右手に持ったメスを首筋に当てていたが、かすかにその手が震えているのが伝わってきた。
『ち…ちょっとぉ…、刺さないでよ…』
俺は思わず声を漏らした。
朝倉順子は
『もっと下がって!窓際に並びなさい』
と言い、言われた通りに向かって右から勝也、真美、ユウの順に窓際まで下がって並んだ。
俺は、三人と向き合う形で、背後には朝倉順子の持つメスが首にあてられたままだ。
『悪いな、おまえら…』
と、俺は苦笑いを浮かべて言ったとたんに、朝倉順子は
『黙ってなさい!』と、怒鳴った。
俺は、びくっと体をすくめた。
朝倉順子は、俺のジーンズの後ろのポケットから左手で携帯を取り出すと、電話をかけた。
『わたしよ。今から病院に来て。裏口から入ってちょうだい。305号室に来て…いいから!言うことを聞いて!すぐに来て!』
そう言うと電話を切った。
『杉田先生を呼んだんですね?』
ユウが相変わらずの冷静な口調で聞いた。
『黙って!』
朝倉順子が尖った高い声で叫ぶように言った。
『お願い、黙って…』
俺も泣きそうな声で、朝倉順子に続いて言った。
二十分近く、この膠着状態が続いた。
そして、病室のドアが
ゆっくりと開いた…
ゆっくりとドアが開き、杉田が入ってきた。
窓際に並んでいる三人と、首筋にメスをあてられている俺を見て、
『おまえら、何やってんだ?』
と、間抜けな声で言った。
『雅也さん、今は説明してる暇がないの。とにかく、こいつらを全員殺して!』
『順子…何言ってんだよ?』
『あ…あなたが悪いのよ!浮気なんてするから!』
『おい…、何のことだよ?』
『しらばっくれないで!私、知ってるのよ。あなた、生徒の桜木咲江と付き合っていたでしょう!しかも、妊娠までさせて…』
『まさか…お前が桜木を殺したのか?』
朝倉順子はフッと鼻で笑って
『そうよ。あの子、お父さんに話すって言っていたわ。院長が知ったら、あの院長のことだから愛娘の言うことを聞いて、きっとあなたと結婚させていたわ』
次の瞬間…
俺達は揃って目を丸くした。
『うああーーーーーっ!』
慟哭のような叫び声。
それが真美の口から発せられたものだと認めるまでに、俺は数秒かかった。
突然の真美の絶叫に驚いたユウと勝也は、真美からそれぞれ半歩離れると上半身を反らせていた。
『じゃあ…、私はどうなるのよ!』
いきなり真美がそう叫ぶと、大粒の涙をぽろぽろと流した。
『杉田センセ、私のことだけが好きだって、言ってたじゃない!』
『お…おい、坂本!』
涙を流し続けながら、真美は叫び続けた。
『咲江とも、この彼女とも別れるって言ってたじゃない!私…信じてたのに…嘘つき!』
真美は、わんわんと子供のように声を上げて泣き続けた。
朝倉順子が
『雅也さん…?生徒に手を出したのは…あの子だけじゃなかったの?』
と、動揺を隠せずわなわなと体を震わせていた。
大きく見開かれた朝倉順子の充血した目が、杉田を捉えた。
『ちょっと待てよ…坂本、お前…』
薄笑いなのか、引きつっているのか判別できない複雑な表情で、真美に近付こうとした杉田の背中を、朝倉順子の手から銀色の一光が走った。
その瞬間を見逃さず、俺は朝倉順子を突き飛ばした。
不意をつかれて倒れた朝倉順子を、勝也とユウがすぐさま取り押さえた。
そして、ほぼ同時に真美が廊下に飛び出すと、大声で叫んだ。
『誰か!誰か来てえぇーーーーーーーっ!』
真美の声を聞き、駆け付けた警備員の手から朝倉順子と杉田雅也の二人は警察に引き渡され、逮捕。
全てを自供した。
あの決行の日。
やはり、咲江は杉田のアパートに行っていた。
朝倉順子は、杉田雅也のアパートの前で、咲江と杉田の会話を立ち聞きしていた。
咲江が妊娠していて、産みたいと杉田に話していた。
杉田雅也は、
『桜木のお父さんが許してくれないよ』
と言い、堕胎を勧めたが、咲江が
『パパなら、きっと解ってくれる!…もし、許してくれなくても、…あのね、もうすぐ一億円が入るの。だから、それを持って二人で駆け落ちしてよ』
と言っていた。
そして、狂言誘拐の計画を朝倉順子は立ち聞きすることによって知った。
杉田は、そんな馬鹿な計画は中止して、帰りなさいと、咲江を諭していた。
咲江がアパートを出て、しばらくすると杉田は、もしかしたら本当に咲江が狂言誘拐を実行しているかも知れない…
と、気になり車を飛ばして学校に向かった。
部室に行き、ノックをすると案の定、咲江はそこにいた。
あれほどやめろと言ったのに…
思わずかっとなった杉田は、咲江の頬を平手で殴りつけた。
その反動で、咲江は倒れて机の角で頭をぶつけて気を失ってしまった。
咲江の後頭部にあった打撲痕は、この時のものだ。
我に返った杉田は、咲江に息があることを確認すると、そこにあった、ボイスチェンジャーが取り付けてある携帯電話を手に取り、咲江の自宅に電話をかけて、この誘拐が狂言であることを話そうとしたが、もしかすると咲江との関係がバレてしまうのではないかと危惧し、結局電話はせずに、元の場所に戻すと、咲江を抱え車の後部シートに乗せて、桜木病院の前で咲江をそっとおろした。
救急患者を受け入れているこの病院の前なら、すぐに誰かが咲江を見つけてくれるだろう。
杉田は、どう説得すれば咲江の中にいる小さな命を堕胎させられるのか…
そればかりを気にしていた。
杉田の車が去って、すぐに咲江は意識を取り戻した。
朝倉順子は、杉田の後を追って、その一部始終を隠れて見ていた。
目覚めた咲江は、状況が飲み込めず、キョロキョロしていた。
そこに、父親の病院に勤めている看護師の朝倉順子が現れた。
『あのね、私…杉田雅也さんの婚約者なの』
いきなりそう言われ、更に事情が分からなくなった咲江はパニックを起こした。
そして、
『ウソよ、だって杉田先生は私の赤ちゃんのパパになるのよ。私のパパだって、きっと認めてくれるもん!』
『ウソじゃないわ。あっちで雅也さんが待ってるの。一緒に行って確かめる?』
そう言って朝倉順子は川沿いの茂みに咲江を誘い込むと、背後から絞殺した。
そして、もみ合った時に咲江が落とした携帯電話を川に投げ捨てた。
その携帯電話の中には、ユウが発信機を取り付けてあった。
警察の最初の捜索では見つからなかった携帯が、朝倉順子の供述通り二度目の捜索で川から発見された。
ユウが言っていた、発信機から信号が出ていない原因の一つ…
水没。
取調室で
『雅也さん…、ひどいわ!二人もの生徒に手を出していたなんて…許せない!』
憎々しそうに、朝倉順子は血が滲むほどに唇を噛んだ。
その姿を見ながら刑事は頭を掻きながら
『いや…』
と、ただ呆れた顔をした。
無事に真美を助け出した後、刑事から
『もう時間が遅い』
との理由で後日、話を聞かせてもらうと言われ、俺達は名前と住所と電話番号を聞かれただけで、帰された。
それぞれの親が引き取りに来ていたが、とりわけ真美の母親は、号泣しながら真美を抱き締めていた。
【小林勝也】
『びっくりしたぜ』
『そうだよ。咲江だけじゃなくて真美まで杉田と…』
俺と隆は、しみじみと真美を見つめて言った。
ユウは、黙ってただ笑っていた。
真美がすっと立ち上がると
『ねえ、あんた達ってば私がホントに杉田と付き合ってたって思ったの?』
そう聞いた。
『なんだよ…それ』
真美は、腰の辺りに手をあててポーズを作ると
『忘れたの?私の将来の夢は、女優よ』
そう言うと、真美は満足した顔で俺達の顔を見た。
マジで、主演女優賞ものだった…
と、俺は思った。
『そういえばさ…、五億円はどうなったんだろう』
俺は気になっていたことを口にした。
ユウが
『ああ、そうだった。俺の携帯には、実は指紋がもう一つあったんだ』
思い出したように言った。
『それって…どういうことよ?』
真美の問いに、ユウは即答せず、もったいつけるように澄ました顔を見せた。
『誰の指紋だと思う?』
逆にユウが俺達に聞いてきた。
『誰っ?』
俺も隆も真美も、同時にユウに聞いた。
『朝倉順子のものさ。あの計画を知っている可能性がある人物だったからな』
『でも、警察の取り調べで、朝倉順子はお金を受け取っていないって…』
何だか、またややこしいことになってきたな…
俺は、バスケットボールを手で弄びながら、とにかくユウの話を聞くことにした。
『ボイスチェンジャーが使われたのは、三回ではなくて四回だったんだ。朝倉順子は、その四回目の電話をかけに、ここに再び現れた。俺は、必ず来ると思っていた。身代金の受け渡し方法を咲江の親父さんに伝えるために、ね。だから、録音機能を追加しておいたんだ。もちろん、変換されない声が録音出来るように。で、その録音された会話で、犯人は大人の女性だと分かったけどさ、それが誰かまでは特定出来なかった。杉田と彼女を見かけるまではな…』
ユウのやや長い話を俺達は黙って聞いていた。
ユウは、ゆっくりと話してくれたから俺には意味が解ったが、隣で隆は首を傾げている。
俺は
『だから、あの時さあ、いきなり“先生達って結婚するんですか?”なんて急に聞いたんだな。二人の関係を確認するために』
『そういうこと』
ユウが答えた。
『ねえ、録音されてたのはどんな会話だったの?』
今度は真美が聞いた。
『朝倉順子が言ったのは、日時と場所を指定して、車のトランクに五億を積んで、車のキーをさしたまま立ち去れ…って内容だったよ』
『へえ、それで?』
『だから、俺が先回りして、その車を運転して五億円を先取りしておいた』
ユウが涼しい顔をして言った。
俺は、思わず気が抜けたような声を出した。
『はあ?…って、ことは?』
ユウは、部室の片隅に積み重ねてある段ボール箱の一番上の箱を
『よっ…』
っと、声を上げて一つだけ床に下ろすと、それを開いた。
『五億円は、ここさ』
『だから…お前って、何者なんだよ…』
初めて目にした札束の詰まった箱の中を覗いて、俺はすっかり口癖になっている、このセリフが自然に口から出していた。
真美は、少しユウを睨むような目で、
『私さあ、犯人が五億円の取引方法をみんなで話してた時、なんとなくユウちゃんの様子がおかしいな…って、思ってたんだよね。どうしてあの時に私達に言わなかったの?』
『話そうか、迷ったんだけどね…あの直後に咲江の死体が発見されて、みんなは知らない方が良いと思ったんだ。知っていると、犯人に狙われる可能性があると思って…ね』
『だけど…結果的に咲江はすでに殺されていたわけだけど、もしも違ったら、ユウちゃんがお金を横撮りして殺されるかもって、思わなかったの?』
ユウちゃんは、真美の問いかけには答えず、
『これから、警察に行く前に、咲江の家に行こう』
そう言った。
四人で、ぞろぞろと桜木病院の院長室に入って行った。
『ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした』
ユウが、丁寧に頭を下げた。
テーブルを挟んだ、向かいのソファーには、腰を深く沈めた咲江の親父さんが、目を瞑って、何も言わずにユウが順序良く狂言誘拐から始まった、この事件の真相を説明するのを聞いていた。
目の前のテーブルには、五億円が置かれている。
ユウが説明を終えると、咲江の親父さんはやっと口を開いた。
『娘が…咲江が、私の愛情を試すと言ったのか…』
咲江の親父さんが、深いため息をついた。
『はい。ですが、愛情を試すとか、お父さんが浮気していたとか…、僕にはそれは杉田先生と結婚して、赤ちゃんを産みたい一心で咲江がついた嘘だと思います』
俺達は、口を挟まず黙って咲江の親父さんとユウの会話を聞いていた。
『君には、どうしてそれが分かるのかね?』
『お父さんは、すぐには警察に届けませんでした。五億…いえ、元々は一億円の予定でしたが…そんな大金よりも、咲江を大切に思っていらっしゃったからでしょう。そして、何よりも咲江自身が自分はお父さんに、ちゃんと愛されていると確信していたからこそ、確実に一億円を手に入れることが出来る狂言誘拐を計画したのだと思います』
咲江の親父さんは、ユウのその言葉を聞き、
『そうか…、咲江に君たちのような友人がいることを誇りに思うよ。ありがとう』
と低い声で言った。
『私も、咲江のお父さんがこんなに素敵なお父さんだってこと、誇りに思います!』
真剣に言った真美の言葉に、咲江の親父さんは軽く笑って…
そして、手元に目を落とした…
桜木病院を出て、
『ユウちゃん、どうして咲江がまだ生きているかも知れないのに、お金を横撮りしたのよ!』
真美がしつこくユウに聞いた。
『咲江の親父さんの前では言えねーだろ?恐らく咲江はすでに殺されていると思った…なんてよ』
『ユウ…それは当たってたけど、確信があったのか?』
やっと状況が飲み込めた隆がユウに聞いた。
『100パーじゃないけどな…。過去の誘拐事件を徹底的に調べた統計だ』
と言った。
その足で、俺達は警察署に行って、それぞれが違う部屋で、これまでに起きたことを包み隠さずに話した。
狂言誘拐の実行犯として、刑事からさんざん怒られた。
だけど、未成年であること、悪意はなかったこと、そして結果的に、桜木病院で真犯人の逮捕に至ったことで、罪には問われなかった。
春だけど…
まだ、風は冷たかった。
その後、俺達は卒業式を迎えた…
“仰げば尊し…我が師の恩…”
体育館には、俺達の歌声が響き渡った…
俺は、この三年間の出来事が頭の中を駆け抜けていった。
多分、隆もユウも真美も同じだったと俺は思う。
卒業証書を手に、約束もしていないのに、俺達四人は当たり前のように部室に集まった。
『ねえ、咲江…、私達五人…揃ってここから卒業だよ』
真美が、咲江の指定席の窓辺に向かって、そう言った。
その場所に座っていた咲江が、俺達を見上げて、にっこりと微笑んだ。
咲江は…
生きていた。
発見された時には、意識不明の重体だったが、奇跡的に意識を取り戻した咲江は、事件のことを全く覚えていなかった。
もしも、咲江が生きていると犯人が知ったら、また狙われる可能性があると判断した警察は、マスコミの協力のもと、咲江は遺体で発見された、と発表して桜木病院ではなく警察病院に入院していた。
だから、桜木病院の看護師の朝倉順子に狙われることも無かった。
咲江の記憶は、事件のこともそうだが、所々が抜けていた。
杉田と付き合っていたことも、
妊娠していたことも…
お腹の赤ちゃんは、残念ながら流産してしまっていた。
でも、そのことを咲江は知らない方がいい…
俺達は、そう思った。
意識を取り戻してからの咲江は、声が出なかった。
咲江の親父さんに聞くと、ショックによる一時的な失声症だろう、時間が経てば声は出るようになると言っていた。
体調が万全とは言えない咲江は、卒業式には出席せずに、この部室で俺達を待っていた。
それから…
ユウが五億円を積んだ車を運転した件は、お咎めなしだった。
アイツ…
俺達には何も言わなかったが、子供の頃からドイツに住んでいて、日本に帰国した十二才の頃には、まだ日本語がほとんど話せなかったから、両親が家庭教師を付けて日本語を学ばせて、中学に入学したのは異例だが十六才の時。
だから、今は十八才で、しかも車の免許を取っていやがった!
初めてそれを知った俺達は、真美も交えて
『お前、いったい何者だよ!』
と、言わずにはいられなかった。
咲江は、俺達の様子を見上げて、弾けそうな笑顔を見せた。
《完》
>> 85
月子さん お疲れ様でしたm(_ _)m
面白かった(^_^)v 毎日何度も 続きが更新されてますよ~に👀👀💦と楽しみでした
咲江ちゃんが 生きていてくれて 良かった~☺
月子さん 新作が出て読む度 面白くなってくと 感じてるのは・・私だけで無い!きっと 読み続けてきたファンは同じ思いで・・(*^o^*)
月子さんが変わってきたんではなくて 本領を発揮してるだけなんでしょうね😊
次は・・どんな・・少し 身体休めて下さい!お待ちしていますm(_ _)m
🌙ユジナーさん
いつも、応援してくださってありがとうございます。
変わってきてますか?
確かに…
今回と、前の“見上げたら空”では、死人は出ませんでしたね(笑)
良く変わっていっているのなら、問題は無いのですが、悪く変わっているのなら、是非ともご指摘をください。
客観的なご意見は、参考になります。
相変わらず、恋愛小説の書けない小説家ですが、いつかトライしてみようと思っていますが…
登場人物の気ままな動きに、私自身が翻弄されています。
稚拙な小説に、最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。
また、次作でお会いしたいと思います。
>> 87
フフッ・・・
月子さんが 翻弄されながら ストーリーが進んでいくのが とても愉快😁
作家の人は 皆さん大体、粗筋は決めているのかと!
本当は見上げれば空の方が私は 好みです☺ でも 終わりが早過ぎて もぎ取られてしまったように 感じて・・少し寂しさは有りました😫
でも 温かい月子さん感性を感じて 好きだな~
見上げれば空のような 長編をいつか 読みたいですm(_ _)m
ありがとう💕💕
ユジナーさん
なるほど…
あれは、主人公と空の、もっといろんな話を織り込めば良かったのかな?
ただ、夏休みの1ヶ月だけの生活だったから、あまりにもいろんな事が起きると、リアリティに欠けてしまいますよね?
私は、何にも考えずに書き始めて、後は登場人物任せなので、それは今後の課題として受け止めさせて頂きますね。
ありがとうございます。
スッゲェ面白かったです❗❗
一番好きかも🌟
何か 毎回言ってる気がするけど…😁
本当の気持ちです
月子さんお疲れさまでした🙇
タクさん
いつもありがとうございます。
一番良かったですか?
最高の誉め言葉ですね。
中学生達のストーリーなので、私の出来る範囲で死者は出したく無かったのが、本音です。
咲江が生きていて、本当にホッとしたのは、他でもない私だと思っています。
書きながら、私もどっぷりと文字が立体感した世界で楽しめた一作だと思います。
最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。
良かったら…
また、次作でお会いしましょう。
凄いね⁉
作品は初めて読んだけど、こんなに簡潔に終了させられるだけでも敬服‼
俺には絶対無理😅
🌙56番さん
こんばんは。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
私は、起承転結を予め考えずに書きます。
だから、書きながら物語が動き出す…そんな感じです。
後は、登場人物任せなので、私の役目は、ただのつじつま合わせw
また、次作でお目にかかりたいと思います。
月子さん
面白かった。o(^-^)o
消火器の指紋取り… 知識まで 凄いね。
私は 鑑識や 監察医 大好き😍
元 東京都監察医 上野先生の📖も 今度 読んでみたいなぁ~ と思っています。😁
高校生・先生との危険な恋が舞台で… 現実でも 起こりそうな話で ドキドキでした。
お疲れ様でした。🙇
📖離れしている 主婦の私も 楽しみにしています。
次回作も 気長に待ちますので ミクルに掲載してくださいね。😃
🌙ねこさん
おはようございます。
いつも、読んでくださってありがとうございます。
今回の物語は、高校生ではなくて、中学生達なんですよ。
(^-^)
後から分かったことですが、謎を解明していくキーマンである、ユウが実は18才だったので、全体的に大人びた印象になってしまったのかも知れませんね。
次作でも、ぜひお付き合いください。
はじめまして
この小説偶然見つけて
一気に読みきってしまいました
面白くて引き込まれました
見上げれば空も探してみますね
🌙96番さん
はじめまして。
読んでくださって、ありがとうございます。
見上げれば…は、あまりにも短編過ぎて、もっと続きが読みたかったとの声をたくさん頂いた小説です。
良かったら“猫”を読んでみてください。
それから、また次作でもお会い出来ることを楽しみにしています。
月子さん、初めまして。
この小説…つい最近知りまして、17日に知り今読み終えました。
最後まで完結され、お疲れさまでした。
読みやすく、文章も簡潔で、でもちゃんと要所は捉えてて、読者を引き込ませるテク、興味湧く進め方…どれもこれも、月子さんの才能が素晴らしいと思えました。
そして視点(ユウ視点、真実視点と)を変えてのあらすじも違和感なく、なんということでしょう!!ちゃんと纏まりバトンの受け渡しもされているではないですか!?
もう、お見事!の一言につきます!!
こんな作品、早く気づけば良かったですが(すみません)、更新を待つことなく完結まで読めたので良しでしょうね。
私も良く小説読みます、同人誌も読みます(笑)
が、携帯小説は読んだことがなかったです。
正解にはミクルでちょくちょく小説を目にはしてましたが、やはり恋愛物が書きやすいのか多いですよね?
そしてなんとなくストーリーが想像できる、恋愛物はわかりやすいけど、あのどろどろした感じは私にはどうも馴染めません(笑)
なので途中で飽きてしまい読まなくなりました。
月子さんのような作品は大好きです。
恋愛物じゃなければ良い、そんな偏屈な私ですが、とにかく、引き込む内容とバランス、展開、月子さんのこの作品はどれも欠かすことなく仕上がってて、月子さんの他の作品も読んでみたい!!とそそりました。
提供して下さりありがとうございました。
🌙98番さん
はじめまして。
すごい!
こんな絶賛を頂けて、とても感激しました。
98番さんは、よく本を読まれる方なのだろうな…
そう、想像しました。
と言うのも、98番さんのレスは、出版社から来る講評に似通っているからです。
内容を十分に把握して頂いた上での感想、私も清々しい気持ちで読ませて頂きました。
また、お目にかかりたいと思います。
別スレなのに… ごめんなさい。
ham スレは どうしてしまったの⁉😭
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