生き残った魔女

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2013/10/04 15:17(更新日時)

領太とかえでは、学校帰りに不思議な家を見つける。
家の住人は、やがて領太の周りと、心の中に波紋を広げていく…






No.1813514 (スレ作成日時)

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No.51

「このあいだ、ちょっと近所の人から聞いたんだけど‥…あなた、最近越してきた、小谷さんっていう人の所に行ってるらしいわね。お母さんたちの知らない間に」
Гえ…」
突然、おばさんの名前が出て、なんだかギクッとした。
お母さんの口から「小谷さん」と聞くと、全然知らない人の名前のように思えてしまう。
「うん…」
「かえでも?」
かえでは、眠たそうだったのに、急にイスの上で背すじを伸ばして、じっとお母さんの顔を見ている。
「うん。僕が一緒に連れて行ってる」
Гそう。じゃ、今度から、もうそこには行っちゃダメよ」
「どうして?」
「どうしても」
「理由がわかんないや。なんで、行っちゃダメなの?」
Гその人はな、このあたりの人とはちがうんだ」
お父さんが、ソファーから起きあがって、言った。
「悪い人なんだ」

No.52

お父さんの目とお母さんの目が、じっと、無表情に、僕を見つめている。
僕は、お父さんの言った言葉が、まだうまく理解できなかった。
「悪い人って‥昨日、僕、ヘンな男から声かけられたんだよ。おまえ、関山先生のクラスだろって。それで、こわくて走って逃げて、おばさんの家に逃げこんだんだ。おばさんは、悪い人じゃないよ」
「人間はな、見かけじゃわからないんだ。いくら、普通のやさしいおばさんに見えたって、正体はわからないだろ。毎日、ニュースでも言ってるぞ、今朝だって…」
「あなた」
しばらく、気まずい沈黙がただよった。ナイターの中の応援団だけが、うるさかった。
「とにかく、もう行っちゃダメよ。これ以上、お母さんの悩みを増やさないで」
これは、お母さんのおどし文句だ。これに逆らうと、しまいにはヘンな具合に話がもつれてしまい、お父さんとお母さんのケンカになってしまう。
「‥…」
「わかった?」

No.53

僕は、返事をせずに、「おやすみなさい」と、部屋に向かった。
おびえた目をして僕を見ているかえでを、一緒に部屋に連れていこうか迷ったが、なんだか何もかもどうでもよくなってしまって、リビングに置き去りにしてきた。
結局、やっぱり、昨日どれだけ僕がおそろしい思いをしたか、あの二人には、わかってもらえなかった。



新学期が始まり、あまりパッとしない運動会も終わり、一日一日は、なんとなく過ぎていった。
やがて、サッカーの交流試合も行われた。みんなの予想通り、負けてしまった。僕たちは、最後に販売機のジュースでカンパイして、空きカンを思いきりグラウンドの片すみに投げ捨ててきた。
そういえば、裕二から、思いがけない話を聞いた。
「裏道にさあ、小谷っていう人の家があってさあ、そこに、女の人が引っ越してきたらしいけど。おまえんちの近くだよ」
「おれの家の近く?」

No.54

おばさんの家に行ってることは、学校の友達には誰にも言ってなかったので、僕は、うそをつくことにした。「小谷とかいう家、あったっけ?」
「あるんだよ。その人さあ、おれのお母さんと同じくらいのおばさんだけどさあ、なんか、新聞に載ったらしいぜ」
「え?新聞?どうゆう事?」
「なんか、金、持ち逃げしたって」
コツンと、靴の先に、小石が当たった。遠くの交差点から、クラクションの音が聞こえてくる。
「持ち逃げって、横領って事?」
「うん。そんな、ものすごい大金とかじゃないんだろうけどさ、小さな会社の金、盗んだらしいぜ」
「へえ、なんかすげーな、犯罪者じゃん」
不思議なことに、あまり、ショックではなかった。最近、おばさんの家には行ってなかったけど、前を通りかかっただけで、なにか沈んだ気持ちになってしまうことが多かった。

No.55

「領太」
「なんだよ」
「ごめん、おれ、サッカーやめるわ」
「は?!」びっくりした。「おまえ、やめて、どーする気だよ!」
「野球する」
「なんで…野球なんだよ」
「練習する日が多いから」裕二は、ぴた、と足を止めた。
「このままだと、サッカーか、塾か、選ばなきゃいけなくなる。野球やれば、塾に行かなくてすむから」
「……」僕は、一生けんめい、サッカー部のエースである裕二を引き止める言葉を探したが、うまく見つからなかった。
「塾なんて、どーでもいいじゃん」
「兄貴がさあ、そのうちいい塾紹介してくれるんだ。だから、おれとしては、それまでに4番打者になる」
「まじかよ」
急に、裕二は走り出し、路地に入り、ぱっ、とふり向いた。
「野球始めたらさあ、市内のサッカー部にくわしいヤツがいるから、次の対戦相手のデータ探って、おまえに教えてやるよ。だから、今度は勝てよ」

No.56

なんだか、頭の中がぐるぐる回っている。裕二が、野球?
じゃあ、サッカーは、何人残るんだ?知らないうちに来なくなった部員も何人かいる。そんなんで、勝てるのか?
負けられないから、勝つまでやるって、おまえそう言ってなかったか?
パニックだ。なんだか妙に心がザワザワとして、久しぶりだけど、おばさんの所に行ってみようと思った。
かぜなんかひいてないかな。中国のお茶があるんだっけ。
そう思いながら、「こんにちはー」と、玄関の戸を開けた。



おばさんは、ちゃんと家にいた。白っぽかった顔の色が、少しさえない茶色になっていた。
「お菓子が、なんにもないのよね」と言いながら、あたたかいウーロン茶を出してくれた。

No.57

「おばさん」
僕は、ストレートに切り出した。「おばさんは、どういう人なの?」
ウーロン茶の湯気の向こうから、おばさんが、じっと、無表情な顔でこちらを見ている。僕は、引っこみがつかなくなって、ありのままにたずねた。
「新聞に載ってた、って、みんな言ってる。どうして、ここにいるの?家族の人、いないの?」
「私はね、」
にこっ、と笑うと、おばさんの顔は、なんだかいままで見たことのない不思議な表情に変わった。
「魔女なのよ。生き残った魔女」
僕は、黙ってウーロン茶を飲んだ。おばさんが、冗談を言っているんだと思った。
「領太くん、魔女伝説って知ってる?ゲームとかで…」
「魔女裁判って、聞いたことがある」
「そう」おばさんは、イスをゆっくりとずらして、足を組みかえた。パジャマのような、ゆらゆらした感じの部屋着だった。
せきをひとつして、話が始まった。

No.58

「昔、魔女はね、たくさんいたの。こうやって、ふつうの家で、みんなと同じような生活をしてたのよ。薬草をとってきて、お薬になるお茶を作って、村人に飲ませたりしてた事もあった。貧乏な魔女もいれば、お金持ちの魔女もいた」
おばさんは、ふっと、窓の外を見た。僕は、話の続きを待った。
「でも、お金が全然なくても、たくさんあっても、関係なかったわ。お金がなくたって、楽しく暮らせる方法はたくさんあるの。たとえ、この世からお金がなくなっても、暮らしていけたでしょうね」
「え、どうやって……」
「魔法が使えるから」
僕は、もう一口、ウーロン茶を飲んだ。少しぬるくなっている。

No.59

「そのうち、お金がある魔女は、つかまえられて、魔法を使うかわりにお金をよこせと言われ、牢屋に入れられた。お金をとるか、魔術をとるか。領太くんなら、どうする?」
「……僕は、魔女にはなれないから、わかりません」
おばさんは、ちょっと笑って、話を続けた。
「そうね。おばさんも、どうしようか迷ったわよ。お金を持ってるより、魔法を持ってたほうが便利だものね。だから、どうせ消えてしまうようなお金なら、いらないと思って、魔法をとったの」
「牢屋に入れられたの?」
「つかまったけど、入らなかったわ。魔法の力を使ったの。他の魔女たちは、ひどい目にあったらしいわよ。いまだに、終わりのない拷問を受けている人たちもいる」
「どんな?」
「記憶をなくしてしまう薬を飲まされるの。毎日、毎日」
僕は、思わず、ウーロン茶の入ったカップをテーブルに置いた。
「大丈夫よ」おばさんは、おかしそうに笑った。
「昔の話だから。この家の中では、魔法も使えないし」

No.60

「じゃ、魔法を手に入れた人間は、魔法使いになれるの?」
「さあ。どうかしら。最近の人間のことは、おばさんもよく知らないんだけど」
髪をかきあげたおばさんの内側の髪が、少し薄い色になっていた。
「でも、全部作り話ってわけじゃないのよ。だって、いまだに、世界中でたくさんの人が、死にたくないのに、死んでるわけでしょう」
「?」
「おばさんもね、たしかに、お金をとって、つかまったこともあるわ。それだけじゃなくて、人を傷つけたこともある。その時は魔法を使えなかったから、いまだにその傷は、残ってるんでしょうね、その人に」
「どうして魔法を使って、傷を治してあげなかったの?」
「好きじゃない人には、魔法は使えないのよ」
話がややこしくなってきた。僕は、少し考えてから言った。
「じゃあ、もし僕が、好きな人に…」
「魔法をかけたら、好きになってもらえるかって?それはないわよ。だって魔法がとけたら、嫌われるわよ、その女の子に」
ウーロン茶が、すっかり冷めてしまった。僕は、恋愛の事を、おばさんに聞くのは、よしておこうと思った。なんだかこわいから。



冬が近くなって、風が冷たくなり、インフルエンザで学級閉鎖になる日が続いた。

No.61

かえでが少し熱を出し、その次がお母さん、僕、の順番で寝込んでしまい、お母さんは、このインフルエンザで、体重が3キロ減ったと言っていた。お父さんは最後まで寝込まなかったけど、ある日40℃近く熱がある日に遅くまで残業して、帰ってからすぐトイレで吐き、それでも翌日会社に行っていた。
おばさんの事を、時々思い出した。最後に会った時に、少しせきこんでいたおばさん。
肩掛けをはおって、「バイバイ」と手を振ったおばさんは、確かに、少し、魔女のように見えた。
かえでには、おばさんが魔女であることは、言わなかった。
最近は、「おばさんの家に行く?」と聞いても、首をふる事が多い。
このあいだ、かえでのつめが白く光ってたので、「なんだそれ」と言うと、「お母さんに塗ってもらった」と言って、小さなマニキュアのビンを見せてくれた。お店で、割引で買ってきたらしい。
「どうやって元に戻すの」と聞くと、「これ。エナメルの除光液」と、紫色の四角い小さなビンを見せてくれた。

No.62

お母さんは、かえでをおしゃれな子にしようと、いろいろな服を買いに出かける事が多い。たぶん、おばさんの家の事を、忘れさせようとしてるんだと思う。僕と一緒に遊びに出ようとすると、必ず引き止められる。「かえで、お洋服、買いに行こうか」と言って。
ある日、サッカーの試合の後、砂利道を帰っていると、おばさんの家の様子がヘンだった。よく見ると、木の板で、窓がふさがれている。サッシも、木のよろい戸でふさいであった。
薄暗くなっていく夕焼けの最後の赤い色の中で、よく目をこらしたけど、人の気配はない。
もう、いないのかな。でも、もしかしたら、中にいるかもしれない。
中で電気をつけて、ぼんやりと、タバコを吸うか、お茶を飲むかしているのかもしれない。
確かめようがなかった。玄関のガラス戸に、分厚いカーテンがかかっている。たぶん、鍵もかかっていると思う。
少しさみしかった。とにかく、今度の試合こそ、勝とう、と思った。



あれから、10年以上の月日が過ぎた。
「お兄ちゃん」
かえでが、茶色い髪をなびかせて、後ろから走ってきた。
「待って」

No.63

僕は、中古のスーツの上着のボタンを外し、中からタバコを取り出そうとして、やめた。
「どうだった、会社訪問」
「飽(あ)きた」
「飽きるほど、まわってないじゃん」
ふと、足が止まる。
「覚えてる?ここ」
「え?ああ」かえでの大きなピアスが、耳もとでキラキラ光っている。
「おばさんのとこでしょ」
「うん」
「小谷とかいう」
僕は、木戸のすき間から、中の様子をうかがってみた。
前と同じで、人の気配は、ない。
「ーーーここ、改築したら、住めねーかな」
「え?ここ?マジで?うーん、そうだなあ、費用と人手にもよるよね。最近リフォーム代高そうだし」
「ーーーー」

No.64

「なに?もしかして、彼女と住もうとか思ってるー?結婚するんでしょー?内定も、もらってないのにぃー?」
そこで、かえでの携帯が鳴った。大きなベージュのバックから取り出し、しばらくメールをチェックして、かえでは、あらためて家を見つめ、言った。
「ね、あたし、一緒に住んであげようか?お嫁さんが来るまで」
「冗談じゃねーよ」
「タダ働きでいいよ。そのかわり、家賃払わないよ。料理くらいはなんとかなるでしょ、その気になれば」
「いつまでも、おまえの世話は、してらんねーよ」
「ひどいな。じゃ、彼氏にリフォームしてもらって、一緒に住もうかなー」
「できるわけないだろ」
「おばさん、元気かな」
かえでが、バックをかけ直して、ぽつんと言った。
「さあ。元気だといいな」
と、心から思った。魔女なんだから、たぶん元気だろう。
たぶん、どこかで、ゆっくりと冷ました、熱いお茶でも飲んでるはずだ。




(終)




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