[クローバー]キンモクセイ[クローバー]

レス324 HIT数 103319 あ+ あ-


2015/07/23 03:12(更新日時)

あの時ああすれば…。もっと違った未来があったのか…。

後悔なんてしたくない…一度きりの人生だから。



はじめての携帯小説で未熟な文章ですが時間のある時に少しづつ更新したいと思います☺読んで頂ければ幸いです。


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No.1776650 (スレ作成日時)

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No.301

外へ出ると日差しが眩しかった。一年のうちで一番昼間の時間が長い季節。

梅雨が明けたようなジリジリとした太陽が照りつけていた。

腕を組む事も無く、並んで歩いた。

「いずみ、横須賀にこれから帰るのか?」

「うん。早めに帰る。じゃあ…。」

「送って行こうか?」

「大丈夫。車、お父さんが使うかも。」

「電車で送るよ。」

「えっ?」

「いいだろう?今日は、用事ないし。」

思っていなかった流れに頭がついていかない。ここはスマートに…いずみ!自分にアドバイスした。

「じゃあ、お願いしようかな」

「うん。久しぶりだな。」

電車で一時間半ゆられ横須賀中央駅に着いた。

「新しいマンションも、病院の近くだったよね。駅からもそんなに遠くないな」

ひろくんは何度も来ているので、この辺りの地理に詳しくなっていた。

「ひろくん、夕飯の買い物したいんだけど…。寄っていい?」

「あぁ、いいけど。」

スーパーに寄って買い物をした。

ひろくんが「俺、これ食べたい。」とお刺身をかごにいれた。

「えっ?夕飯も食べて帰るの?」

「駄目?」

「うんん。食べていくなら作るけど…。」


なんなの?この展開。ひろくんは何を考えているの?


No.302

5階建ての細長い小さなマンションには同じ病院のナースしか住んでいなかった。

同じ様に病院が借り上げているマンションやアパートが、病院の周りには幾つかあった。

このマンションには、同じ看護学生寮に住んでいた同期が一人だけいた。

どうか彼女には、ひろくんと一緒にいるところを見られませんように…。

寄りを戻した…なんて誤解されたら困る。


オートロックのマンションの入り口を開けて部屋につくまで、幸い誰とも会わずにすんだ。

「上がって。ちょっと窓開けるね。」

「へぇ、一人暮らしにしてはいい部屋だね。」

「うん。まだ築2年だって。間取りもちょうどいいの。お風呂とトイレも別だしね。妙子もリエもあそびに来たんだよ。」

私は買ってきた食材を冷蔵庫や棚にしまうと、ひろくんに麦茶を入れた。

「へぇ。おっ、サンキュー。」

「夕飯にはまだ早いね。少し寝たら?」

「あぁ、じゃ、横にならせてもらうよ。」


ひろくんは、クッションを枕にしてカーペットの上でうとうとし出した。

私は炊き込みご飯の用意だけして、雑誌をめくっていた。

静かな時間が流れていた。ひろくんがこの部屋にいるなんて、不思議…。


No.303

飲んで勢いでホテルに泊まり、こうやって部屋に立ち寄り、夕飯を一緒に食べて帰る。

私は今、ひろくんにとって俗にいう、“都合のいい女”になっているのかな…。

それならそれでもいい…。でも、こういうのって、ひろくんらしくないんじゃない?

いつもひろくんは、曲がった事が嫌いで、不器用で…。都合よく、昔の彼女を抱く事なんて出来るのかなぁ…。


人は変わるもの。時の流れと共に感情なんて変化する。

もう数ヵ月前の私の知っているひろくんではないのかもしれない。

心のどこかで、彼女であった事にしがみついて、彼に過度に期待して、私は臆病になっているのだ。

だとしたら、ひろくんとはもう、新しい関係を築かないと…。


とはいえ、すーっすーっと寝息を立て安心しきってうたた寝をする彼の寝顔は、私から全ての感情を拐っていくものだった。


♪~あなたを想うとただ切なくて、涙を流しては、星に願いを月に祈りを、捧げる為だけに生きてきた…。

だけど今は、貴方への愛こそが私のPRIDE~♪

一緒にいられるだけでいい…。

“この先、どうしたいの?”なんて、間違っても聞かない事にしよう。

ひろくんの事は、私が勝手に好きでいようと、心に決めた。


No.304

「あっ、マジで寝ちゃったなぁ。俺けっこう寝ていた?」

「うん、3時間位。日が長いからまだ明るいけど…。もうすぐ6時よ。」

「いずみは、ずっと起きていたの?」

「うんん。私も、一時間くらいうとうとした。」

「そっかぁ。それなら良かった。」

私は思わずクスクス笑ってしまった。

「なんだよ。」

「だって、ひろくん、それ私の台詞。」

「いずみはいつも人の事ばっかり心配しているからな…。久しぶりにいずみに会ってお節介病がうつったかな。」

「もう。馬鹿にしているでしょう~!」

ひろくんの事だけは、お節介で気になっているんじゃない。

好きだから…。まだ好きだから。

でも、お節介って思われた方がひろくんにとって楽かな。

ひろくんは“好きだ”とは一言も言ってくれなかった。多分、この先も言ってくれないだろう。

やだやだ、また始まった、私のネガティブ思考。

駄目だめ。今は、ひろくんと一緒に過ごすこの時を大切にしよう。

「少し早いけれど、ご飯にする?」

「うん。腹減ったかな。」

お刺身を盛り付け、手羽先のカリカリ南蛮風といんげんのサラダをテーブルに置く。

何となく新婚みたいで嬉しかった。あっ、もしかして萩原さんもこんな風に感じていたのかな…。


No.305

「ビール冷えてるよ。飲む?」

「じゃぁ一本だけ。帰り電車だものな。いずみは。」

「私はパス。昨日はあんな酔い方しちゃったもの。」

夕べ、ひろくんとのベッドでの乱れた自分を思い出し顔が紅くなった。

バレないようにそそくさとエプロンで手をふいてお醤油をつぐとまるで気が付いていないのか、ひろくんは「そう。」とだけ言った。

「旨い!」

「うん。このお刺身みイケるね。」

「いずみの作った手羽先もいい味付けじゃん。」

「ビール飲んでるから、ご飯は後にする?」

「いや、出してくれていいよ。」

「いずみ!お前相変わらず、料理上手いな。」

「誉めてくれてありがとう。実家や寮でやっていましたからね。それとも誰かさんと比べてるの?」

わざと意地悪っぽく聞いた。

「そりゃ、弁当を差し入れてくれる子ぐらいいたけどさ。」

ゲゲっ、当たりだ!ホントに?まぁ、ひろくんほど格好良ければ、そうでしょうよ。

極めて冷静に振る舞うように心がけた。

「へぇ、新しい彼女?」

「違うよ!勝手に差し入れてくれただけだよ。それにいずみの料理の方が数倍上手い。」

「ハイハイ。でもね、そんな事、聞いたらその子もかわいそうよ。 」

「なんだよ、それ。」私の対応に納得していない様子のひろくんだった。


No.306

ひろくんなら、モテて当然だ。狙っている女の子の一人や二人はいるだろう。

自分は萩原さんといい仲になっておいて(いや、それは断じて違うが…。)ひろくんの事は許せないの?

萩原さんの事は大切な男友達だ。ならばひろくんにだって、大切な女友達がいてもいいじゃない。

それに今はもう、私は彼女でもなんでもないのだから、私が良いだの悪いだの言う権利もない…。

ひろくんは何に納得していないのか、見当がつかなかった。

「いずみの方が上手いって言ったのに嬉しくないの?」

いつもの優しい口調でひろくんが言う。

「はぁ…。」

陽も沈んで窓の外は暗くなっていた。

「だから、俺はいずみの料理の方が好きだって言ってるんだ。」

なぁんだ。私の料理を誉めてくれたのに、私がたしなめたから、いけなかったのね。納得。

「ありがとう。嬉しい。でもお料理なんて慣れれば上達するし、ほらお弁当より出来立ての方が美味しく感じるから…。その子だってきっと…」

「おかわり、もらえる?」

この話はこれでおしまい…と言った風にひろくんが話を遮った。

私、ひろくんを気分悪くさせちゃった?

あれこれお節介は禁物かな…。近すぎない距離がいい?

同じ空間にいるのに別々の事を考えているようだった。



No.307

>> 306
いずみちゃん 頑張ってo(^o^)o


No.308

>> 307 ご無沙汰しております。スレッド主のハナです。

携帯電話を変更し、上手く引き継ぎが出来ませんでしたので、IDが変更されていますが、以前と同じこちらのスレッドに投稿致しますね。ヨロシクお願いいたします。

匿名307さん、温かい励ましのレスありがとうございます!これからいずみにとっては、更なる試練が待ち構えています。いずみも大人の女性として、成長していけるよう、これからも見守って下さい。

主としても心強く、とても嬉しく感じました。本当にありがとうございました。
頑張って更新してゆきたいと思います。




No.309

「じゃあな、また来るよ。」
ひろくんは、変わらない。私が変わったの?
“また来るよ”という言葉に、にっこり頷いた。でも何が違う、何が足りないの?

コンビニに立ち寄り、スイーツと雑誌を買って帰った。
マンションに帰るとまた一人の空間になり、寂しさを覚えた。

キッチンの流し台には二人分の食器。
さっきまで大好きな彼がいた事に、また心の中はざわめいた。一人の空虚さと、幸せな余韻と自分の不安定な立ち位置の間で、ゆーらん、ゆーらんと漂っている。

勝手に好きでいよう...。決めた台詞がもう揺らいでいる自分が滑稽で、駄目だなぁ私...。お弁当を作ってくれるという彼女の存在が気になって仕方ない。

片付けを終え、一息つくと、電話が鳴った。
「いずみ、俺。のんびりさせてもらってありがとうな。こっちに来るときは連絡しろよ。仕事、頑張れよ。」

付き合っていた頃と同じように、帰ったコールだった。

「うん、ありがとう。」やっぱり、ひろくんが大好き。長い会話はなかったが電話一本で、心の収まりどころが見つかった。



No.310

2日遅れて、萩原さんから手紙が届いた。
ガードも同封されていた。“お誕生日おめでとう!いずみちゃんがますます、ちゃんに素敵に年を重ねていけますように!”

“いずみちゃん、元気にやっているかな?僕は忙しいながらも元気にやっているよ。秋には霞ヶ浦から、札幌に移ることになりそうです。北海道の空の上は、また、本州とは違うかな。
誕生日、確か6月の終わり頃としか記憶がなくて、違ったかな? また、一緒に飯でも行きましょう。
萩原 誠 ”

萩原さん...いつもどこかで私を励ましてくれる。ひろくんはかけがえのない人だ。だけど萩原さんのことも私は、嫌いにはなれない。私を好きでいてくれるからではない。人に対しての距離の保ち方が私とにているのかもしれない。

その晩、萩原さんに電話をかけた。元気そうな声だった。パイロットになる前の整備の話、新しい仲間の話、休日に釣りに行った話...。沢山、聞かせてくれた。

「近くに行く機会があったら連絡するよ。いずみちゃんも元気でな。」

「うん。萩原さんこそ、体に気をつけてね。」

どちらともなく、電話を切った。


例年よりも、長かった梅雨が終わり、オレンジ色の太陽が、アスファルトをジリジリと照りつけていた。“今年は冷夏になるでしょう”と言う気象庁の予報を裏切りような梅雨明けだった。

駅前のアーケード街に各地区での花火大会の一覧が貼られていた。
8月に近くのベイエリアでも開催されるらしい。

ひろくんを誘ってみる事にした。あれから、1ヶ月、ひろくんとは電話で二回話したきりだ。

「8月12日にすぐ近くで花火大会があるんだって、一緒に行かない?」

「いいね。いずみ、翌日は仕事?」

「うん、午前中、研修があるの。」

「じゃあ泊まれないか。」

「私は、大丈夫。泊まって行く?」

「いいの、なんだか悪いな。」

「気にしないで。」

ひろくんと来月会う約束を取りつけた。

No.311

花火大会当日が待ち遠しかった。
とはいえ、はしゃいで遠足当日を待つ子供の頃のようにはいかず毎日に終われていた。



風が少しだけあり、今日は花火大会日和だ。ひろくんは4時にひろくんが来る。クーラバックに入れる缶ビールと缶チューハイ。

ピンポーン「少し早く着いた。」インターフォン越しにひろくんが映っていた。

「ごめんね、まだ支度途中なの。上がってきて」

「約束4時だったからな。」

マンションの下で待たせる訳にもいかず、部屋に上がってもらう事にした。

「いやぁ、外は暑いよ。いずれの部屋クーラーきいてて、天国だなぁ。なんか手伝う?」

「じゃあ、レジャーシートとクーラーボックスを玄関に運んでもらっていい?」

「オッケー」

私は、洗濯物をとりこみ、化粧をしたり、自分の支度する。彼女じゃない...という立ち位置が、かえって気楽に思えた。

三笠公園まで、ぶらぶら歩くと、海に近い席はすでにシートが敷かれていた。手頃な場所を選び荷物をおろす。

グループやカップルも大勢きていた。私は、この時ばかりとぞ、イチャイチャするのもおかしいと思い、普通の男女の二人組の様相で、並んで缶ビールを開けた。

「うわぁ、キレイ」

「あぁ」

手をつなぐ訳でもなく、肩にもたれかかる訳でもなく、並んでビールを飲んでいた。この距離がいい。これ以上何かを望んだら、今のままじゃいられなくなる。

花火を見上げながら、時々、ビールを口元に運ぶひろくんの横顔を見ていた。


No.312

「ひろくん、卒論も順調?」

「あぁ。卒論終えたら、秋に卒業旅行にオーストラリアに行こうって隼人さん達と話してるんだ。」

「へぇ、そうなの。隼人さんってヨット部のあの?」

「あぁ。いずみ、大学に連れて行った時に3、4回会ってるだろ?一つ年上の。」

「うん。隼人さんも別れちゃった事を知ってびっくりしていたでしょ?こんな風に会ってるなんて、もっとびっくりだわね。」

「びっくりしていたよ。『なんでだよー!』って、怒られた。いずれと会ってるの知ってるよ。」

なに、何?どういう事?隼人さん達に何て思われているんだろう?聞きたい事はあったが、根掘り葉掘り聞きそうな自分がいて、そうするのはやめた。

「何人位で行くの?」

「11人かな。」

「随分と大人数ね。」

「女の子達もくるから。」

女の子って、お弁当作ってくれる例の彼女?!
「へぇ、楽しそう。海外旅行に一緒に行くなんてよっぽど仲がいいんだわね。」

「隼人さんが誘ったんだ。」

「そうなんだ。」

ひろくんが、女の子達と旅行に行こうが、彼女を作ろうが私に止める権限なんてない。

紫色やオレンジ色に光る夜空を見上げていた。

海上花火が、海面で仕掛けられる。良く見えず皆立ち上がる。私は背がチビなので、良く見えずにジャンプしたりしていた。ひろくんが、「いずみ、ほら乗れよ。」と、肩車をしようとしゃがんでいた。

「いいよ、ひろくん。大丈夫だから」

「いいから。早く見ないと、終わっちゃうぞ。」
もじもじしている私をポイッと半ば強引に肩に乗せた。

私は嬉しいやら、恥ずかしいやら、怖いやらで、キャーキャー声を上げていた。

「良く見えるだろう?」

「うん。ひろくん、重くない?疲れない?」

「大丈夫だ。いずみこそ、バランス崩して落ちないように。」

No.313

肩車をされ、少し高い位置の私の頬には、時折、浜風が吹いて心地良かった。
私が嬉しいと思うことをひろくんは、手品師がシルクハットから鳩を出すように、意とも簡単にやってくれる。

海上の花火が終わり、下ろしてもらうと、卒業旅行の話の続きが気になった。

そんな気持ちを知ってか知らずか、ひろくんが喋りだした。
「俺といずみが別れてから、隼人さん、『いずみちゃんとよりを戻せよ、戻らないなら、他の子紹介するぞ』って。なんだっておせっかいなんだよ。
始めは、卒業旅行は男だけで、っていっていたんだけど、女子もいた方が盛り上がるからってさ。」

「へぇ、そうなの。」私はひろくんが、言い訳をしているのか、説明をしているのか、わからなかった。

「俺、最近いずみと会ってるです。って言ったら『じゃあ、彼女とよりを戻したなら、卒業旅行来るなよ』とか言い出すし。ワケわからないよな。」

私に言い訳?なんで?ひろくん、もしかしたら...。

「『そんなんじゃないから...』って俺、言ったよ」

そんなんじゃないのね...そうだよね、よりを戻した訳じゃないって事だよね。

淡い期待は打ち砕かれた。
私ってひろくんにとって何?




No.314

周りがレジャーシートをたたんだり、ゴミをまとめたりし始めたのに促されるように、私も同じ行動をしていた。

黙々と片付けていると、
「いずみ、怒ってる?」

「えっ、うんん、別に。ちょっと考え事。」

「そう。荷物貸して、持つよ。」

「ありがとう。」

花火大会が終わり、係員がスピーカーで出口まで誘導している。見物客の流れに沿って私達も歩いた。
途中、駅に向かう人混みから離れて、国道をとぼとぼと、私のマンションの方向に向かった。

なんとなくな沈黙が嫌だった。
「それにしても、卒業旅行にオーストリアなんて良いよねー。いつから行くの?」

「うん、10月。みんな、旅費を貯めないとって、夏休みは必死にアルバイトしなきゃって言っていたよ。」

「そうだよね、私なんて卒業旅行は伊豆よ。フラれたあとに恋人岬はつらかったぁ。あはは。」

取り立てて意味はなかったが、ひろくんはちょっとびっくりしたように答えた。
「フラれたの俺だろう?何言ってるんだよ!」

「んっ?ひろくん、缶ビールと酎ハイだけで、変なのー。私がフラれたんですぅー。」
あかんべーをした。

どっちだっていいことだった。別れた事にかわりはない。

「なんだよー、コイツ、なんかムカつくなぁ」ひろくんは、ゲラゲラ笑っていた。この笑顔が好き、この笑顔に会いたかった。

「なぁいずみ、好きな人いるの?」

いる、今、目の前に...。
「いないよー。今は特定の人と付いたくないの。」

なんでひろくん、“俺の事が好きか?”って聞いてくれないの?そうしたら迷わず好きって言えるのに。



No.315

マンションの近くのコンビニでチーズと少々のお酒を買った。それから、ブルーの旅行用の歯ブラシセットを1つ。

ひろくんが、レジで支払おうとしたので、彼のお財布をしまわせた。
「旅費、貯めるのに無駄遣いしちゃダメよ。それに来てもらったんだし...ねっ。オーストラリアのお土産、期待している。」

「そぉ、じゃあサンキュウ。」

レジ袋を持ちコンビニを出ると、ひろくんがその手を上から握り、てを繋いでいる格好になった。

私は恥ずかしくなってとっさに
「...ありがとう、持ってくれて。」と、袋を預け、手を放してしまった。

うわぁ、こういうのひろくん、しない人でしょ?
何、何、何??

「いずみ、防大の奴とはその後どうなの?」

ひろくんは何が知りたい訳?
「萩原さんと?...連絡取っていないけど。」

「そうか。」

「なぁに?」

「いや、別に。」

マンションの入り口まで来ていた。同期生たちも三交替勤務がすっかり定着すると、以前よりも顔を合わす事が少なくなった。マンションに帰らず、友達や彼の家に泊まってくる住人も沢山いた。

マンションのポストの郵便物を見ると、英会話スクールのチラシと若草色の封筒があった。封筒の宛名の字は見慣れた字で、萩原からのものだった。

ひろくんが隣で不愉快な顔をしているのが、分かった。焼きもちとかじゃない、私が嘘をついていると思っているのだ。たった今、連絡取っていないといったばかりなのに。
“隠さなくていいのに”ひろくんのそんな声が聞こえて来そうだ。

言い訳をすると余計にわざとらしい気がして、カバンに無造作にしまった。

気まずい雰囲気のまま、エレベーターに乗り込む。
部屋へ入ると「...俺に気を使わなくていいから」と言われた。

本能的にと言うべきか、直感的にと言うべきか、私はひろくんの首筋に手をかけ、口づけをした。
汗でベトベトで、すぐにでもクーラーをかけて、シャワーを浴びたい気分だったが、今じゃなきゃ、私からじゃなきゃいけない気がした。

No.316

いずみにとって、俺は何?
ひろくんも、そんな風に思うのだろうか...?

ひろくんの事が好きって、言ったら?特別で大切な人って言ったら...重い...よね。

怖かった、傷つきたくない、ひろくんを困らせたくない。私の気持ちに気がついて!

私は荷物を床に置いたまま、好きと、言えないかわりに、激しくキスをした。

“ひろくんが好き。気付いて、お願い...好きなの”
ひろくんの唇を舌を、存在そのものを、私は唇や舌で確認した。二人ともしっとり汗をかいていた。

「いずみ...」

「ひろくん。」

「暑いな、シャワー浴びようか。」彼はシャツをぬいだ。

「うん。先に浴びて。クーラーかけておくから。」

「おいで、一緒に浴びよう。」
そう言って私のカットソーを脱がせ、浴室に私をぐいっと引っ張りこんで、ドアを閉めた。

「さっきの続きをしよう。」

シャワーを浴びながら、キスをした。
ピチャッ、ピチャッと、甘く激しいキスの音はシャワーにかき消されていた。

ひろくんの細身の体のしなやかな筋肉と、きれいに割れた腹筋をシャワーの滴がつたわっていた。

「狭くてごめんね。」

「ワンルームだもんな。でも、これだけあれば充分じゃないの、ほら、ね」

「あっっ、んっ、やだぁ、ひろくん。」

「あいかわらず感じやすいね、いずみは。」

乳首を吸われて、秘部を指で愛撫されて、感じてしまった。私はもっ長くとキスだけでつながっていたかった。





No.317

バスダブの縁に私を座らせて、ひろくんはクリトリスを吸ったり舐めたりしている。時々、私の反応を下から見上げるひろくんが、いやらしい。
「あ、んんっはぁ。」

今度は、指をゆっくり、出し入れしながらぬるめのシャワーをクリトリスに当てた。

「いやぁぁ、」自分でも、中がヒクヒク言っているのが分かる。
「しっー!隣に聞こえちゃうぞ。」

だめ、おかしくなりそう。私の反応を見て、ひろくんはシャワーの水圧を更に強くした。

「いやしいな、いずみ。イキそう?お漏らししそう?我慢してる顔かわいいな。」

こんなの。...私の事、好きじゃないから、こんないやらしい事出来るのよ。

指でかき混ぜられて、愛液がいやらしくらいに溢れシャワーに流されている。
「いずみ、イっていいよ」

「あっ、いっ、あぁぁ!!」
私は、体をのけ反らせ、とっさに口元を自分で覆った。

「ほら、中がまだ痙攣しているよ。」

脈が早鐘のように打っていた。エクスタシーの中のぼんやりした頭で、ひろくんにもてあそばれている気がしていた。

とは言え、体は拒否できない。少しお辞儀をする格好で壁に手を付かされ、「もっと深くイキたでしょ?」ひろくんのものを奥まで押し込まれた。

「あ、ダメ...。ちょっと痛い。」
大きく硬すぎて、本当に少しだけ痛かった。雰囲気を壊すようで申し訳なかったが、正直に言った。

「いずみ、痛い?ごめんな...。」

「私こそ、ごめんなさい。ひろくん、お口でさせて。」
手で優しくしごいた後、口でたっぷりと愛撫した。彼は時々目を閉じて、悦に入っているようだ。

以前にひろくんに教えてもらったように、吸ったり舐めたりを繰り返した。
やがて、「いずみ、いいか!?」と彼が絶頂に達し、シャワーを浴び直して部屋着を着た。


No.318

セックスの相性は最高にいい。
それはひろくんも感じているはずだ。それだけでいいのでは?

そう思いながら浴室から出た。バスタオルで濡れた身体を拭くと、「いずみの匂いがするな。ラブホの機械的に洗われたのとは違うな。」

私が油断していると、こんな風に不意に思ってもいない事を彼は口にするのだ。私はいつもひろくんの言霊を嬉しく思う。...いや、時に傷つく。

些細なことを口にするひろくんがいとおしく思える。

「そぉ?柔軟剤じゃない?」私は“いずみの匂い”などと言われてなんだか照れ気さくて素っ気なく返してしまった。

「はい、喉乾いたでしょ、飲んで。」

「おぉ、サンキュー」

冷蔵庫から、ミネラルウォーターをとりだし渡すと彼はごくごくと飲み、
「いずみも飲めよ。」といつものやりとりだ。

もっと、素直になれたらいいのかなぁ、上手くいかない...。もう、ひろくんとは彼女と彼氏じゃない。

甘えられない。甘えてはいけない、傷つきたくないから、素直になれない自分にたいしての言い訳を探していた。




No.319

23時を過ぎ、深夜のバラエティー番組を二人で観ながらゲラゲラ笑った。

チーズとトマトを食べていてもらっている間に、焼きうどんを手早くこしらえた。
「こんなのしか出来ないけど、ごめんね。」

「おぉ、ちょうど腹減ったとこだよ。」

パクパク食べるひろくんが好き。こういう関係がずっと、続くなら都合がいい女でもいいかも。ひろくんが安らげる相手でいたい。

「ごちそうさま。」

「どう、いたしまして。お腹いっぱいになった?」

食器を洗っている間にひろくんは、フローリングのラグマットの上で寝てしまっていた。

私だけ、ベッドで寝るのは悪いな。
ひろくんの隣に...。テーブルを移動して、枕を置いて床で並んで寝た。

朝はすぐに来た。私は病棟の研修に2時間ばかり顔を出さなければ行けなかったので、先に起きて朝食を作った。珍しく、8時を過ぎてもひろくんは起きる気配がなく、朝食のプレートにラップをかけて置き手紙をした。

“ひろくん、おはよう。病棟の研修に出てきます。10時半頃戻ります。”メモの隣に合鍵を置いた。
ひろくんの寝顔にキスして、起こさないように、そおっと部屋を出た。

No.320

私バカだなぁ。
病棟のカンファレンスルームに向かいながら、小さなため息を1つついた。

ひろくんに鍵なんて渡して、あの人は再来月にはお弁当作ってくれた彼女たちとみんなで、卒業旅行とやらに行くんじゃないの。

社会人として、せわしない毎日を送っている私は、大学生のお気楽さがちょっぴり羨ましいのだろうか。
...オーストリアかぁ。

「いずみちゃん、お疲れ!」
エレベータの前で待っていると先輩ナースの佐藤さんに肩をポンと叩かれた。

「あっ、お疲れさまです。」

「何、ボッーとしてんのよ。あっ、昨日遅くまで彼とデートだったとか?」
佐藤さんは行き先のランプを見上げながら、クスクス笑い、私をからかった。

「違いますよ、友達とちょっと遅くまで飲んじゃって...。」

到着したエレベーターに二人で乗り込んだ。
中は二人だけだった。
「ふーん。彼氏いないんだっけ?」

「...今はいません。」

「そうなんだ。今度、紹介してあげよっか?仕事ばかりじゃダメよ。息抜きもしないと。」

佐藤さんは美人だし、気が利くし、仕事も出来る。私のあこがれのナースだ。

病棟のフロアーについた。結局、彼氏を紹介する話は社交辞令だったようだ。

カンファレンスルームでは、いつも白衣姿のナースが私服で少し新鮮だった。帰りにロッカーで一緒にでもならない限り、なかなか私服姿で会うことはない。

院内感染に対する緊急対策を聞いて、勉強会は終了した。10時半に終了する予定より30分もオーバーしていた。





No.321

いつものマンションに足早に帰る、ひろくんが待ってくれているという安心感。

昨日のお風呂場での事を思い出して恥ずかしくなった。正統派のイケメンのひろくんがあんな事をするなんて...。

陽射しが強かった。日陰を選んで歩いた。

彼女が、できたら私とはもうしなくなるんだよね...当たり前か。というか、この状況自体なんなの?それを考えると、私の思考のなかでは迷宮入りだわ。やめよう。

マンションについて、オートロックをあけ、まだ新築の匂いのする廊下を部屋にむかう。

「ただいま、ごめんなさい、遅くなっちゃた。」

「うん、お帰り。」

「なんか、新婚さんみたいだね」

そう言われドキドキした。つい先日、萩原さんに私が言った台詞だ。
こんな風に、受け取られたんだ...。

萩原さん、ごめんね。気を持たせるような
事言って。こんな事を言った自分を反省した。

ひろくんにも、こんな台詞言われても困る。
そんなつもりじゃないのが分かるから...。



「なぁ、いずみ。前にいずみの奨学金の話しだろ?具体的な金額教えてくれなかったけど、...3年間で180万返すのか?」

「えっ、急に何...?」


No.322

「いずみ、俺も4月から就職決まるだろ?地元に帰って来ないか?来年の4月なら、120万だろ?返すの一緒に手伝うよ。」

「なんで...?」

以前に付き合ってた頃、何となくそんな事を言われて、嬉しい気持ちをはぐらかしたのを思い出した。

今は『ありがとう』、よりも『なんで?』が正直な気持ちだ。

「なんでってほら、いずみも地元に帰って来たいって言ってたし...なっ」

また付き合おう、とか結婚しようじゃないんだ...。会ったらエッチが出来るから?
ひろくんは何を考えているの?
就職決まったばかりで、人の借金なんて一緒に背負って良いわけ?いや、良いわけがない!

「大丈夫!!私、3年間はこっちでしっかりやり通すから。」

「なんでさ、いずみ、横須賀にこだわる理由があるわけ?」

「なんで、ひろくん、イライラしているのよ?だって、そんなの悪いし...お給料だって、もらってみないと分からないし。」

「なんだよ、俺のこれからの給料じゃ頼りないと思ってるのか?そりゃまだ、大学四年だけど、卒業したらいずみとに近いくらいの稼ぎはあると思うから!」

「そういう事じゃなくて...。」

なんで、そんな風に言うの?

「私、彼女でも何でもないじゃない!」

「...あぁ、そうだな!!」

そうなんだ。やっぱり...。

「ひろくん、同情してくれるのはありがたいけど、ひろくんには関係ないこと。」

違う、こんなこと言いたいんじゃない。けれど『ありがとう』って言ったら、多分ひろくんは、一緒に奨学金を返すって聞かないにちがいない。気まずいけれど、これくらいがいい。











No.323

ひろくんが好き...。だから、迷惑かけられない。
本当にまだ、こんなにも好き。

具体的に金額とか言って、本気で一緒に返してくれるつもりなのだろうか?私が早く地元に帰りたいのを察して...だとしたら、人が良すぎるわ。なおさら、まだ好きだなんて言えない...。
私が就労で奨学金の返済義務を果たせば良いこと。

ひろくんとは、喧嘩別れのような状態で駅でさようならをした。

部屋に戻り、ひろくんが帰った後を片付けてると改めて彼がついさっきまでいた事を思い起こさせた。

ひとしきり片付いた後、萩原さんから放りぱなしの手紙に手を伸ばした。

いつものように、近況報告と私を気遣う内容。そして「この間は、ごめん。いすみちゃんとはずっと仲良くしたいからさ…。気にしていないかな。また、楽しく飲みたいね。」と締めくくられていた。

私は彼の優しさにどう答えればいい?ひろくんは何で好きと言ってくれないの?何で奨学金を一緒に返す何て言い出すの?何で...何で...。


♪何故、見つめるほど行き違うの二人の恋...
まだ、越えられない不安定な二人の距離...♪






No.324

モヤモヤした気持ちを引きずりながらも、日々の勤務に終われて、いつの間にか蝉の声もきかれなくなっていた。

私は決断した、お金を貯めて奨学金を繰り上げ返済して早く地元に帰ろう。
仕事をきちんとこなして、次の病院でも通用するスキルの高いナースになろう。

一度決めたら、オールを漕ぐのは難しい事ではなかった。どんなに川岸が遠く感じても私はしっかりとこの手で漕いでいくわ!

あれ以来、ひろくんからは連絡はない。
もうすぐひろくんの誕生日がくる。『俺はさ、クリスマスよりバレンタインよりいずみの誕生日の方が大イベントなわけ…。』そんな風に言うひろくんが素敵だと思っていた。

卒業論文の仕上げにも終われているだろう、会えばまた、つまらないケンカになってしまうかもしるない。今年は会わない代わりに、カードを送ろう。来月からはオーストラリアに行くっていっていたし…。

旅行から帰ってきたら謝ろう。また、美味しい料理とお酒を飲んで、お土産話を聞いて…。

モヤモヤはしていたが不安はなかった。何となく彼の考えが分かるし、会えばまた、解り合えるハズだと確信的なものがあった。
奨学金を一緒に返そうなんて、人がいい。でも、それが彼の優しさなんだわ。あの人はいつだってそう。これが彼の『人となり』なのね…。自分で納得ができていた。

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