[クローバー]キンモクセイ[クローバー]
あの時ああすれば…。もっと違った未来があったのか…。
後悔なんてしたくない…一度きりの人生だから。
はじめての携帯小説で未熟な文章ですが時間のある時に少しづつ更新したいと思います☺読んで頂ければ幸いです。
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ひろくんは太ももの間から私を見上げる。
思わず「あぁ…ん…。」身体がのけ反ってしまう。
私もひろくんを優しく愛撫した。
「そろそろ、いいかな?」ひろくんが、私の中に入ってきた。
ひろくんの身体の温かみを感じて心地よい感覚が全身を包む。
ひろくんの動きに合わせて、私の身体もビクンビクンと反応した。「あぁぁ…!」
私は、ほどなくオーガズムに達してしまった。
恍惚感冷めやらない私をよそに、ひろくんは、「いずみ、こうしてみてもいい?」
タオルで目隠しをされた。
「見えないのってゾクゾクするだろう?」ひろくんは試している様に言う。
私は、少し戸惑いながらも「うぅん…はぁ、駄目よ…。」身体は反応していた。
少し意地悪そうに、「駄目なんて言わせないよ!ホントはいいんだろう」耳元で囁かれ、自分の中にマゾチックな部分がある事を知った。
女性は多かれ少なかれ、男性に支配されたい欲望が何処かにあるのだろうか…。
優等生のひろくんがこんな事をするなんて、そのギャップにもゾクゾクしている自分がいた。
ひろくんも、四回もオーガズムに達っして、聖なる夜は更けて言った。
年が明け、二人で初詣に行った。去年は石井さんと湯島天神へ行ったったんだっけ…。
三日の日には武田家に新年のご挨拶に行った。
手土産に簡単なオードブルを作って持って行った。
「看護師になるなんて素晴らしいわ。でも夜勤とか大変でしょう?体を壊さないようにしないとね。」
ひろくんのお母さんは、私の将来の仕事の事も心配してくれていた。
妹の香織ちゃんは「お兄ちゃんってちょっと変でしょう?こだわり過ぎなところとか、アタシついていけないんだよね。いずみさん、イケメンだからって騙されないでね。半年も付き合っていると、そろそろボロが出るからね~。」
「いちいち、うるさいよ。香織は。」ひろくんはおせちをつまみながら、言った。
私は、お兄ちゃんが欲しかったからこういう兄妹ゲンカはうらやましい。
天候に恵まれ暖かな三が日が過ぎた。
その後も、ひろくんとは週末に会う関係が続き二年が過ぎた。
私は、21歳の誕生日を迎え、今年もひろくんから寮に花束が届いた。“お誕生おめでとう、これからもよろしくな。週末には二人でお祝いしよう”
同じ寮の友達に冷やかされて嬉し恥ずかし、部屋に戻った。
そしてその週末にひろくんと会った。
「いずみは、卒業したらこっち(地元)に帰ってきて、就職するんだろう?俺はこれから就職活動で忙しくなるからな…。」
「うん…。でも、奨学金もらっていたから三年間はこのまま付属の病院にお礼奉公しないと…。」
「って事はあと4年近くこういう状態なわけ?」
片道2時間弱は気軽に会える距離ではない。
「私も、お金が溜まったら奨学金を返済して帰ろうかなぁ…と思っているんだけど。」
「俺も就職決まったら一緒に返すよ。いずみの人生に責任もちたいんだ」
「へっ?なになに」
「だから、…。その、あれだよ、こんなことまだ学生の俺が言っていいのか、言葉の責任をとれるのかって、悩んでいたんだけど…。つまり、ゆくゆくは一緒になろうなって事だよ…。」
「ひろくん…。」
私は、ひろくんから言われた言葉が嬉しかった反面、どこか冷静に現実を見つめている自分が寂しかった。
言葉を鵜呑みにしないのは、傷つかない為の予防線なんだと思う…。
看護学生として最後の学年。
体力では負けないつもりでいたが、看護師ってこんなに頭を使う仕事なんだ…、命に関わる仕事だから当たり前だ…と、身の引き締まる思いで実習にも臨んでいた。
看護実習は1クール2~4週間同じ病棟に通う。一週間の休みがあり、また次のクールの実習が始まる。これが3ヶ月位つづくのだ。
ある病棟の実習で、私が担当した患者さんと同室に、萩原さんと言う男性が入院してきた。
若い大人の人で、入り口に近いベッドだったために、挨拶を交わした。
翌日、萩原さんは朝から手術室に呼ばれた。
午後には部屋に帰ってきたが、辛そうな様子だった。
実習中に他の患者さんの世話をする事は原則的にはないのだが、内科病棟の実習が多く、術直後の患者さんはあまり馴染みがなかったので、なんとかしてあげたい気持ちに駈られた。
そんな気持ちをよそに萩原さんはみるみる回復して、翌々日にはバリバリ食事をしていた。
耳鼻咽喉科の病棟なので、病棟内を歩いたり術後も経過が良ければ、個室を使わずに比較的、元気だ。
「小久保さんって言うんだね。実習、大変だなぁ」
萩原さんは術後3日目に、私に話かけてきた。
私の白衣のネームを見ながら、両鼻に綿を詰めた状態で『大変だね』なんて言うので、失礼かと思ったが、可笑しくて笑ってしまった。
「あっ、ごめんなさい。いえ、萩原さんの方がよっぽど大変そうに見えますよ」
「ああ、これね。恰好悪いよね。タダでさえモテないのに、更にこんな恰好じゃ敬遠されるよねぇ」
「そんな事ないです。似合ってます。あっ、似合ってるっていうのも変ですね…」
「アハハ。とりあえず誉めてくれてありがとう」
「私、担当の高橋さんの検査に付き添うので、失礼します。」
萩原さんは同じ歳位だろうか…?
それにしても、ちっとも気の効いた言葉かけが出来ず…それどころか、余計に気にしてしまったのでは…。あぁ、穴があったら入りたい。
高橋さんと言う私の担当の患者さんは年輩で穏やかな方だった。
しかし、若い頃はお酒や煙草のやりたい放題で奥さんが子どもを連れて出ていってしまったそうだ。
人生いろいろとある。独りぼっちで病気と闘うのはどんなに寂しく心細い事だろうか。
私の、実習終了の三日前に萩原さんは退院となった。
退院の朝、「小久保さん、ちょっと。」と呼ばれ、萩原さんが手紙をくれた。
ラブレターなんてものではなく、レポート用紙を四つ折りにした、メモのようなものだった。
萩原さんからの手紙には、こう書いてあった。
『実習お疲れさまです。
いきなり手紙なんてごめんね。
びっくりしたかな。
みなさんの一生懸命な姿や笑顔に、僕をはじめ、入院患者さん達は元気をもらっています。
今度良かったら、小久保さん達と、夕飯でもどうかな。
もし良ければ連絡下さい。
萩原悟志 』
そして名前の下に連絡先が書いてあった。
“横須賀市走水…防衛大学校内……046××・・・・”
へぇ、萩原さんって自衛隊の幹部候補生なんだ…。
住所が防衛大学校内…ってあそこは全寮制だものね。
何より、“小久保さん達”ってみんなを誘ってくれた事、みんなの頑張りを認めてくれた事に好感がもてた。
頑張っているのは私だけじゃないもの。
実習でグループが一緒だった志穂に話をしたら、「え~っ、いいじゃない。飲み会やろうよ」と俄然乗り気な返答が返ってきた。
結局、萩原さんに連絡を取る事にした。
電話をすると交換手の様な人が萩原さんに取り次いでくれた。
「もしもし、あのお手紙頂いた小久保と言いますが…。 」
「あぁ。小久保さん!ホントに連絡くれたんだ。いやぁ、迷惑かなぁ…と思ってけれど、連絡くれてありがとうね。」と、萩原さんの対応はとても感じが良かった。
結局、実習がおわる翌週末に男性4人、女性4人で飲む事になった。
メンバーは、向こうは防衛大学校の友達、こっちは看護学生だ。
よくある合コンのスタイルだったが、正直に言うと、私自身はあまり乗り気じゃなかった。
今は、ひろくん以外の他の男の人には別に興味がなかったからだ。
けれど、萩原さんはいい人だ。いやいや、断言するほど良く知らないが、そうに違いない。
せっかく誘ってくれたのに、萩原さんの顔を潰す訳にはいかない。
志穂も楽しみにしているみたいだし…。
そして約束の週末、通り駅の近くのビアホールでみんなで集まった。
なんとなく萩原さんが私の席の隣に座り、いろいろと世間話をした。
思った通りにいい人だった。
今回の入院は、今後、パイロットの適性検査に向けて、鼻中隔湾曲症を直したとの事だった。
鼻中隔(鼻の中の中間のしきり)というところが曲がっていると、気圧の差で頭痛などを起こすらしい。
パイロットなんて、華々しく見える職業もろいろと大変なんだ…。
話の中には、ちっとも自慢気なところもない。私は、萩原さんが気に入った。
もちろん友達として。
「小久保さんは、彼氏とかいるの?」萩原さんの友達が聞いてきた。
「聞いちゃいます~?彼氏いますよ。世の中、物好きな人がいるんですよ~。アハハ。」
私は、ビールも進み機嫌が良かった。ここのビアレストランはドイツ料理を売りにしていて、料理もなかなか美味しかった。
「そんな事ないよ。いずみちゃん可愛いし、明るいから。」
萩原さんがフォローしてくれたが…。
うわぁ、こういう返答は苦手だ。ここは私のアハハに合わせて笑うところなのに…。
内心そう思ったが、萩原さんから誉めた照れもあった。
志穂たちもお互いの学校の話などで、しっかり盛り上がっていた。
飲み会がお開きになる頃、萩原さんが声をかけてきた。
「今日は、ありがとう。小久保さん達と飲めて良かったよ。迷惑じゃないのなら、また会えないかな。
あっ、もちろん、彼氏との約束を優先してよ。俺とは友達って事で。駄目かな?」
友達として、駄目かな?…と言われて、断る理由があるだろうか?
「うん、こちらこそ。ありがとう。みんな楽しかったみたいで良かったね。
また、みんなで飲みましょう」
二人で会うことは遠慮するような言い回しで、返事をした。
ひろくんにちょっとだけ後ろめたい気持ちがあったから、快諾は出来なかった。
ひろくんに会えない週末は色のない絵本のようだった。
地元に戻れる夏休みが待ち遠しかった。
けれど、ひろくんには何となく「帰れなくても私は、元気にやっている!」と強がっていた。
根が真面目なひろくんは、『お互いに恋に溺れず、学生としての本分を全(まっと)うしよう』という事を常々、言っていた。
正直、ひろくんの考え方は明治時代か?と思う時もある。
あのルックスから誰が明治時代の頑固オヤジを連想するだろう?
また、それはそれでひろくんの魅力の一つだったが。
実習と実習の合間は平日でもほっと息が付ける。
学校が終わり、ある夕方、フラりとショッピングモールへ立ち寄った。
あるショップで、見覚えのある人が店員さんに服を勧められ断りきれずにいた。
萩原さんだ。
気に入った服を勧められているようには、とても見えなかった。
私は、後ろから声をかけた。
「小久保さん!どうしたの?偶然だね。」 萩原さんは少し、驚いた様子だった。
私は店員さんと萩原さんの間に割って入り「下でお茶にしましょう」と声をかけた。
店員さんは「またよろしくお願いします」と、ニコニコしていたが内心、もう少しで売れるところだったのに…と思ったことだろう。
「いやぁ、この間の今日だから…本当に、偶然だね。夏休みに実家へ帰るだろ、その服を探しに来たんだけど…。なかなかいいのがなくてさ~。」
「萩原さんの実家って、広島でしたっけ?」
「小久保さん、良く覚えているな~。」
萩原さんは、私が飲み会での話を覚えていたので、少し嬉しそうだった。
「小久保さん、僕に敬語はいいよって言ったよね。」
「うん…。じゃ、遠慮なく。
そうそう、さっきのお店のあのボーダーの服は駄目よ。萩原さんがあの服選んだの?」
「いや、どうかなって、手にとって合わせてみたら店員さんが『いかがですか?お似合いですよ』って。」
「やっぱりね~。あのままじゃ、断り切れなかったでしょ?萩原さんはそんなに背が高くないんだから、ボーダーのシャツは余計に低く見えちゃうよ。“ウォーリーを探せ”みたいになっていたもの。もし良ければ、私も一緒に選ぼうか?」
「えっ、いいの?用事ないの?」
「うん、大丈夫。」
その後、二人でぶらぶらとモール内のショップに入ってはシャツを合わせたり、シューズを見たりした。
萩原さんは、新しいシャツを2枚とボトムを一本購入でき満足そうだった。
一学期最後の実習が終わり、メンバーと打ち上げに行った。
女子会もいいものだ。
志穂は、先日飲んだ防衛大学生の一人と、付き合っていると言うことだ。
「いずみはさぁ、卒業したら地元に帰るの?でも奨学金の事もあるよね。うん武田くんは何て言ってるの?」
「うん、『卒業したらこっち(地元)に帰ってくるんだろう?』って聞かれたけど…。」
「じゃあ地元の病院探すの?」
「…。奨学金を病院から頂いているから、就職しないとなれば、年間60万の三年間だから、180万円の返済でしょう?無理だよ…。三年間はこっちにいないと。うちの実家だって貧乏だしさ。」
「そっかぁ。武田くんなら一緒に返そうなんて言ってくれたりして…。まぁ、三年間なら待ってくれるだろうね」
志穂の言葉が重かった。
卒業したら22歳になる。今の看護学校のクラスには、某企業OL経験者や元教員で、社会人経験者がいた。
高校を卒業するのとはわけが違った。
ぼんやりながらも将来のビジョンを持つことが必要だ。
考えてみたら親元を離れて二年半が経つ。
みんな、遊んだり飲みに行ったりしながらも、それぞれの事を考えているんだなぁ…。
そんなことを、ふと考えたしていた。
心待ちにしていた夏休みとなった。
…がひろくんはバイトが忙しく、期待していたほど会えないでいた。
私も、お気楽な学生にあらず受験生だった。
ぼちぼち2月の国家試験に向けての勉強に本腰をいれなければならず、図書館に通ったりしていた。
8月に入りひろくんから、電話があった「気分転換にプールでもいくか?」
「うん行く!」
張り切って返事をしたが、市民体育館の傍のプールに連れていかれた。
ひろくんと私は、遠泳コースに行き、私は黒いビキニで、二人で50メートルプールを何往復もし、結局、約2キロも泳がされた…。
「たまにこうやって泳ぐと気分転換になるよな」
「…。」
「なんだよ、いずみ。」
スポーツは大好きだが、寮生活から解放されて、もっとひろくんとイチャイチャ出来ると思っていたのに…。
「腹減ったのか?飯食べに行くか?」
ひろくんはぜんぜん分かっていない。私が普段、寮でさみしい夜を過ごしていた事も…。夏休み、ひろくんと会える事をこんなに楽しみにしていた事も…。
「私、夕方から用事があるの」
用事もないのに意地を張ってしまった。
「えっ?そんな事聞いていないよ。」
「ひろくんはバイトでしょう?」
「でも、いずみ、まだ2時半だよ」
「すぐ夕方になるよ。今日はちょっと早いけど…これで…。」
近所のプールだった事に不満なのか、私なんてほったらかしにしても平気だろうと思っている事に頭にきたのか…。とにかく喧嘩になりそうなので、今日は帰る事にした。
「急にどうしたんだよ?」ひろくんは、本当は用事なんてない事を分かっていたようだ。
「夏休み、もっとひろくんと会えると思っていたのに…。ひろくん、バイトばかりだし。たまにはどっかに、いきたいよ…。」
言わずに帰るつもりの言葉が、口をついて出てきた。
泣くつもりなんてないのに、目に涙がたまっていた。
やだ…私。こんなことで…。面倒くさい女みたい…。
私は、日曜日にパパと遊んでもらえない“だっだっ子”の様だった。
「俺達は、お互いを信頼しているんだから…。いつも一緒にいるだけが全てじゃないだろう?」
そんな事は分かっている。ひろくんの性格も考え方も。
でもね、でも…。
涙を手で払い「分かった。オッケー。私も、せっかくこっちに帰って来たんだし、ひろくんに頼らずに妙子達と出掛けるわ。
それに私と、出かけたいって言ってくれる人、ひろくん以外にもいるかもしれないし。」
最後の一言は余計だった。でも嫌味のひとつも言わないと、私の気持ちの収まりがつかなかった。
「じゃあ、勝手にすればいいよ」
ひろくんも売り言葉に買い言葉で、その日は別れた。
何でひろくんと、くだらない言葉の掛け合いになったのかわからなかった。
家に帰ってくるとリエから電話があった。
「いずみ~、なかなか会えなかったけど、元気?今日は武ちゃんとデート?」
「うんん、用事ないけど…。一緒にご飯でも食べる?」
「あ~良かった。私も、いずみをご飯に誘おうと思っていたの。私ね、来月からオーストリアに行くんだ」
「オーストリア!?旅行にいくの?」
「うんん、しばらくはあっちに住むの」
「しばらくって?」
「まぁ、後で会ってから話すね。」
私とひろくんとの痴話喧嘩どころじゃないわ。
リエはたまに突拍子もない発言をする。普段は、ぽわんとしているけれど、ここぞと言うときの行動力はピカ一だ。
今回も“しばらくは住む”と言っているのだから半年、一年の話じゃないのだろう。
電話を切った後、夕方から出かける準備をはじめた。
水着を洗いながら少し虚しい気分になった。
ひろくんは私に安心しているのか、興味がたいしてないのか…。
ひろくんの考えが、良くわからなかった。
もうすぐ付き合って2年になる。いわゆる倦怠期なのか…。
待ち合わせの駅には、私の方が先についた。手を振りながらこちらに歩いて来るリエは、パフスリーブにジーンズが決まっていた。
リエと会ったのは半年ぶりくらいだ。
二人で、駅近くの焼き鳥や串揚げの美味しい居酒屋に入りいろいろと話をした。
妙子も誘おうと思ったがあいにく、サークルの合宿に行っていた。
リエは短大を卒業して4ヶ月、フリーで在日米軍のキャンプ内でアルバイトをしていた。
短大を卒業する前から、キャビンアテンダントを目指していたのだが、現実は甘くはなかったようだ。
やはり周りは上智だの慶應だの帰国子女だったりと、みんなそれなりの学歴の持ち主だそうだ。
リエはそれでも未だ、海外の航空会社なら…と諦めてはないらしい。
リエのこういうところが好きだ。
私も、病院実習の話や学校の話をした。
それから「武ちゃんとは相変わらずに上手く行っているの?」とリエに聞かれた。
私は、「うん、どうなんだろう。付き合って丸二年でしょ、三年目にもなると、安心感からすれ違いやわがままが出るのかなぁ…。」
「えっ?いずみ、武ちゃんとケンカでもしたの?」
「ケンカじゃないんだけど…。私が望み過ぎなんだとおもう。」
「武ちゃんはさ、ああみえて硬派だからさ、女なんて黙っていてもついてくる!って思っていると思うよ。いずみも以外に乙女だからね~」
「ちょっとぉ、リエなによ~。からかわないでよ~!」
二人で飲みながら楽しい時間を過ごした。
乙女なんていうと実に初々しい、可愛らしいイメージだが、私は違う。
さばざばして、男友達も多いが、大切な人には臆病で彼の言動を気にしてしまう。
おまけにお節介で意地っぱり。感情的、単細胞。
乙女と言うより女性の嫌なところを全て持ち合わせているようだ。
あ~、駄目だ。
リエと分かれて実家に帰る途中自分の欠点を並べたら、ドッと落ち込んできた。
ほろ酔いもあって、私は、頭の中で多少、大袈裟に反省をしていた。
「ただいま~」まだ22時を少し回ったところだった。
「あら、いずみ。駅のそばで、武ちゃんに会って、これ預かったわよ。お母さん、夕方に帰ってきたらアンタいなかったから…。」
母が私に手渡した袋を開けると、無印良品のマグカップとスプーンとフォークとお箸がセンスよくラッピングされていた。
夏休みに入る前に、寮でコップが欠けちゃた話をひろくんにしたんだった。
そうしたら、ひろくんは『夜遅くまで、実習や国家試験勉強、大変だな。夜食食べ過ぎて太るなよ~。』って…。あれかな?
ひろくんとケンカになった事を反省した。プールの後、これを一緒に選んでくれるつもりだったのかな…。
私はすぐにまた家を出てひろくんのバイトの上がりを待ってお礼を言おうと思った。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
高校を卒業するまでは門限にうるさかった母も、親元を離れて生活するようになってから何も言わなくなった。
ただひろくんとの付き合いに際して、以前に『結婚前に子ども作っちゃだめよ。大人として順番だけは守りなさい』と言われた事があった。
電車で二駅隣にひろくんのバイト先はあった。
天気予報では、“今晩は夜半過ぎから雨。ところによっては雷を伴い強く降るでしょう”と言っていた。
車内の窓から、遠く空がにわかに明るくなるのが見える。
雨は降り出していないが、時間の問題だろう。
ひろくんに会いたい気持ちに駈られて家を飛び出して来たが、昼間にプールで『勝手にしろ!』と言われたのだった。
ひろくん、怒っているかなぁ…。呆れているかなぁ…。急に不安な気持ちでいっぱいになった。
不安定な気持ちはこの空模様とおんなじだ。
駅の改札をぬけてアーケードを少し行くとバイト先についた。
お店はちょうど閉店の片付けをしていた。ひろくんは23時までのシフトだった。
お店の前まできたけれど、やっぱり引き返そう…。
お礼は今度言おう。
そう思っていると、ゴゴッ…ゴゴゴゴロ…バリバリ。雷鳴とともにボツ。ボツ。大粒の雨が降り出してきた。
通りを歩いていた人達は、いっせいに走り出して、アーケードの下へ飛び込んできた。
私は、まだ、決心がつかずにお店の傍でもじもじしていた。
ちょうどひろくんのバイト先からバイトスタッフの三枝さんが出てきた。
「あれっ、確か武ちゃんの…いずみちゃんだっけ?どうしたのさ?」
三枝さんはゴミ袋を出しに行くところだったらしく、 私に気がついて声をかけてくれた。
三枝さんとは会話らしい会話はなかったが、ひろくんのバイト先に顔を出した時に何度か顔を合わせた事があった。
彼は私たちより10歳位年上だった。太っていて、いつも、ニコニコしていて、おまけに顎髭まであると来たら、まるで絵に描いたようなコックたる風貌の人だった。
ゴミ袋を出し終えると「いずみちゃん、中入るか?」と聞いてきた。
「いえ、私、いいんです。…帰ろうか…と」
「ちょっと待ってなよ、今、呼んで来てやるから。」
三枝さんは私の“帰ろうかと…”と言うセリフはちっとも聞いていなかった。
くるりと背を向けると、少し早足をしながらも、ノシノシ と熊の様に店内に消えて行った。
代わりにひろくんが出てきた。
「おう、なに?」
ちょっと、ぶっきらぼうなひろくんの口調にやっぱり帰れば良かった…と後悔した。
「あのぉ、昼間はごめんなさい。それからありがとう。コップやスプーンとか…。バイトお疲れさま。」
私は、言い終えたら本当に帰ろうと思った。
「それだけ?」
ひろくんに言われて、「うん。それを言おうと思って…。じゃあ、私、帰るね。」
「タケチ!」女の人の声がした。バイトの同僚の様だった。
「ちょっと待って、今、行くからさ~。」後ろを振り返りながら、ひろくんは返事をしている。
「タケチ?ひろくんの事?」
「うん。タケチって俺の事呼ぶんだよ。変だろう?」
「ふーん、そうなんだ。」
何だか嫌な気分だった。場違いなところに来たようで…。
「あれ?いずみ、やきもちか?」
「そういうのじゃないけど…。」自分でもわからなかった。
あの女の人にやきもちを焼いているんじゃない。多分、この環境にだ。ひろくんを取り巻く今、この場所に対してさえも。
私の、ぜんぜん知らないひろくんがここにいるんだ…。
現にあんなに親切な三枝さんにさえ、“タケチ”と言われているひろくんを知っている存在として、恨めしく思えてきた。
雨は一旦やんでいた。
「やきもちだな。俺、モテるからな。」ひろくんは挑戦的な口調で言う。
「知っている。ひろくんかっこいいもん。」
それだけ言うと私は、小首をちょっと斜めにしてうなづき、立ち去ろうとした。
私は、わがままだ。自分がほとほと嫌になった。
「ちょっと待ってな。もう上がりだから」
ひろくんはけそう言うと私の頭をポンっと軽く叩いて、再びお店の中へ入って行った。
嫌な予感がする…。“いずみとは合わない”って言われるんじゃないか…。
今までもそうだったが、例えば、ひろくんに好きな人が出来て別れる事になるのであれば、納得出来る気がしていた。
けれど、二人でいること自体を否定するようだったら、末期的なんだろうな…そんな事を考えると気持ちは暗くなるばかりだった。
生乾きのアスファルトの匂いと、生暖かい風が何とも言えない遠い昔の夏の夜を思い出させた。
「おっ、待たせたな」
「平気。突然来たのは私だもの。」
「カラオケ行くか?ビールも飲みたいな」
ひろくんの切り出しにえっ?と思ったが、とりあえず「うん」と返事をした。
二人でカラオケ店に入り、ビールをピッチャーで頼んだ。
ひろくんがグイグイ飲むので、私も立て続けに二杯飲んだ。
ひろくんは少し酔っ払ったのか、私の、肩をグイッと抱き寄せて、「終電、もうないな…。場所変えようか?」と言った。
ひろくんの考えがよくわからなかった。
カラオケ店を出て二人でとぼとぼ歩きだした。
「ごめんね。ひろくん、怒ってる?」
「いや、もう怒ってないよ。」私は、少しホッとした。
繁華街を抜けて住宅街の線路沿いの道を歩いていた。
「それより…いずみ、気になるヤツいるのか?」
「はぁ?」
突然のひろくんの、質問に頭の中がこんがらがった。
「ひろくん、どういう意味?」
「『誘ってくれる人、俺以外にもいる』って言ってただろう…。夏休み、思ったよりいずみの相手してやれないだろう…。他にいずみともっと会ったり一緒にいられる奴がいるんなら、その方がいいのかな…とちょっと思ったり。」
「何言っているの?ひろくんは、私が別の人と付き合えば良いと思っているの?」
「そうは思っていないけどさ、俺でいいのかなって…。」
「ひろくんは、もう私の事好きじゃない?」
「何言ってるんだよ、それは俺の台詞だよ。」
ボタっボタっ。さくらんぼ位の雨粒が頭や肩に降って来た。
慌てて傘を開いた。
二人で一つの傘に入り、彼の内心を聞いて、ひろくんが可愛いらしく思えてきた。
「ひろくんが…好き。」
ひろくんの首に腕をからめて、目一杯背伸びをしてキスをした。
「俺も、いずみが大好きだ…。」
今度はひろくんが、私にキスをくれた。舌を絡めて、むさぼる様な熱いキスだった。
二人で雨を避けガード下で雨宿りをしていた。
「お泊まりするか?」
ラブホテルを利用する時にひろくんは、“お泊まり”なんてよく言った。
その言い方がいやらしくなくて好きだった。
私は、バッグの中からタオル取り出して、ひろくん腕や肩の雨の滴を拭きながら、「うん」
と答えた。
それから来た道を少し引き返して、繁華街の外れのホテルに入った。
雨に濡れた身体にフロントの冷房が寒いくらいだった。
部屋に入るとすぐに浴槽にお湯をはり、お風呂に入った。
バスダブは二人でも十分な広さだった。ひろくんに、抱っこされる様に身体をお湯に沈める。
「昼間はごめんなさい。」
「またその話か…。もういいよ。」
ひろくんは、私の肩や首に手でゆっくりとお湯をかけてくれながら、目をつむりながら苦笑して聞いている。
私は、話題を変えた。「今日ね、リエとご飯食べたの。リエ、来月からオーストリアにいくんだって。ワーキングホリディを使って、しばらくはあっちで暮らすらしいのよ。」
「え~?急な話だな。」
「うん、まだキャビンアテンダントになりたいらしいの。リエのそういうところ好きだなぁ~。」
ひろくんは、温まりながら、黙って聞いてくれていた。
「俺は、そういういずみが好きだ。」
「やだ…。急にどうしたの。」
「いずみはいつも真っ直ぐだ。嘘がない。だから、好きなんだ、たまに無茶するから放っておけないんだ。」
「ひろくん…。ありがとう」
「うん…ひろくんは私の道しるべ。たとえ真っ暗闇で迷っても、ひろくんがいれば…私は、歩いて行ける。」
「いずみ…。」ひろくんはそういいながら、抱っこのまま後ろから、私の胸をまさぐった。
「やばい…。勃ってきちゃた…。」
ひろくんの“モノ”が私の背中で、固くなるのが分かった。
浴槽から出て「ねぇ。ソープ嬢ごっこしようか?洗ってあげるね」
私は、彼を浴槽の縁に座らせ、硬くなったモノに泡をたくさんつけて手でしごいた。
「おっ…。気持ちいい…。うっ」
「お客さん、学生さん?こういうところ初めて?」
「あっ、ハイ…。」
「緊張しなくて大丈夫。私に任せてね」
私も、ひろくんも実際は知らないが、おそらくこんな感じだろうと、お互いになりきって“ごっこ”を楽しんでいた。
「あぁ…。入れるよ」ひろくんが私を立たせて、後ろから挿入してきた。
「あっ、ダメ…。うちのお店は本番は禁止なんです。」
「“ごっこ”は終わりだ」
それから、バスルームでひろくんと深く深く愛しあった。
結局、あれから3回もセックスをして二人で寝不足だった。
寝不足の身に、ホテルから出てきたときの夏の太陽の光はまぶしすぎたし、焼けるように暑かった。
何となく二人で図書館に向かった。
ひろくんは、応用力学などさっぱり分からない本をパラパラめくっていた。
私は、全く勉強モードではなく、趣味のコーナーに足を運んで編み物の本をめくっていた。
「これ編めるの?」
網図に没頭していた時にひろくんに話かけられたので、びっくりしたが、彼が指差したのは、カナディアン模様のカウチンだった。
夏場に編み物の本なんて不似合いだが、クリスマスに間に合うようには、9月頃から編み始めなければならなかった。
今年もひろくんと、過ごせるんだ…と思うとまだ4ヶ月も先の話なのにワクワクした。
「じゃあ、ひろくんのリクエストだから、今年はこれ編むね」
館内をぶらぶらとしながら、図書館を出て、近くの美味しいラーメン屋さんでランチを食べて、お互いに分かれた。
世の中、働く気さえあれば、いくらかのお金にはなるものだ。
私は、夏休み中に日給制の短期のアルバイトをいくつかこなした。
先月はアイスクリームやヨーグルトの試食。いわゆるマネキンさんだ。
隣の通路にはソーセージ売りのマネキンのおばちゃんがいた。
「アンタ達、若いのはいいね。親のお金で大学に行かせてもらって、おこずかい稼ぎだろう?でも仕事は仕事で、しっかりやりな。」
少しふくよかな体系のおばちゃんはエプロン姿が似合っていた。
親のお金で看護学校に行かせてもらっている訳ではないが、おこずかいの為のアルバイトには違わなかった。
おばちゃんからは、この道何十年のプロのプライドと生活の匂いが染み出ていた。
私は、そういう人間臭さが好きで、不思議とおばちゃんの話には素直にうなづけた。
ひろくんとお泊まりした翌日は、歯ブラシや歯磨き粉、洗顔フォームなどの販売促進のアルバイトに行った。
黄色と緑のライオンの着ぐるみを来たお兄さんとペアで風船を渡したり、500円以上お買い上げのお客さんには、三角くじをひいてもらったりした。
お昼休憩の時間、着ぐるみを脱いだお兄さんから「外に飯、食いにいきませんか?」と誘われた。
「あっ、じゃあ…。」
午後も一緒に仕事をするので、断るのも…と思い、お昼休憩をご一緒する事にした。
二人で社員通用口からスーパーを出て、近くのファミリーレストランに入った。
店内は混んでいたが、タイミングよく席に案内された。
「名前聞いていなかったね、なんて言うんだっけ?」
「小久保です。」
「あっ、僕は高浜です。本社で商品開発を担当しているんだけど、僕みたいな下っぱは、こうやって現場をみるのも仕事の一つな訳。小久保さんってさぁ、元気があっていいね」
「ありがとうございます。それしか取り柄がないんです」
「でも元気と笑顔って、一番大事な事じゃない?」
そんな風に言われて照れくさかった。
ちょうど日替わりランチの和風ハンバーグ定食が二人分、テーブルに運ばれてきた。
「小久保さんは、彼氏とかいるの?」
この質問は、男性からしたら、きっと挨拶みたいなものなんだ。
「なんですか~?」たべながらニコニコと返事をした。
わたしも守備よく切り返せる様になっていた。
「いや、いるのかなぁって…。」
「ハイ、 います。」
「あぁ、そうだよね。」
お互いに、ランチを食べて食後のコーヒーが運ばれて来た。
お店を出る際に、高浜さんは名刺をくれながら
「夜、飯でも、って思ったんだけど。気が向いたら連絡して」と言った。
ずっと、おてんば娘で通してきた私も、異性から声をかけられるような年頃になり「いずみ!」と気安く呼んでもらえる友達の有り難さや、男女の仲のなんたるか…が少しづつ分かる様になってきた。
今日の高浜さんにも「いずみって呼んで下さい。」と言うような無邪気でお馬鹿な自分は卒業した…ということか…。
帰りの電車の中でそんな事を考えていた。
部活の試合帰りとおぼしき、中学生達が同じ車両に十数名乗り合わせていた。
日焼けした顔や腕が眩しかったし、大好きな男の子の話で盛り上がっている姿が羨ましかった。
もちろん、人生の諸先輩方から見れば、私だってこの子達と大差ない。
けれど、今の私は、少しだけ人生の先輩づらしたいのかもしれない。
多分、連絡をとる事のないであろう名刺を取り出して、もう一度見た。
着ぐるみを脱いでびしょびしょな高浜さんの姿が浮かんだ。
一度しか会った事のない人の顔なんて、おそらく直ぐ忘れてしまうだろう。
しかしながら、この夜の自分の気持ちは何かの折りに、ふと思い出すのかもしれない…。
捨てるのは忍びなくて手帳のいちばん後ろに名刺を挟んだ。
私は、電車の揺れに合わせてうとうと眠ってしまった。
ちょうどお盆になる頃に、絵葉書が届いた。
広島に実家のある萩原さんからだった。
萩原さんとはお互いに、実家の連絡先も交換していた。
『残暑お見舞申しあげます。小久保さん、お元気ですか?
僕は地元の友達と学生最後の夏休みを謳歌しています。
四年生は部活を夏休み前に引退したのだけど、今度、防大の後輩達の試合が8月26日にあり少し早めにそちらへ戻るつもりです。良かったら飯でも食いにいきませんか?
連絡待っています。
まだまだ暑い日が続くので、元気な小久保さんも夏バテには気をつけてね。それでは。』
表には厳島神社の写真があり、裏は宛名の下の欄に細かい字でびっしりと書かれていた。
彼らしいなぁ…と思いながら、私は、躊躇せずに萩原さんに連絡をとった。
彼は本当にいい友達だった。
試合の次の日はお互いに都合が良かったので、会う事になった。
看護学校の友達の志穂達も呼ぼうかと提案したが、「いいよ。小久保さんと二人で。」と萩原さんが言うので、バタバタ連絡をとるのも面倒になり二人で会うことになった。
二人で会うと言っても、彼も私を友達だと思ってくれているので、都合が良かった。
夏休みもわずかになり、ひろくんとは思った程会えない事に変わりはなかった。
🎵~好きになるのは簡単なのに輝き持続するのは…。らら~、ららら…今日も明日もあなたに会えない。
らら~、ららら…やっぱり、今日も明日もあなたに会いたい…。🎵
萩原さんとは電話で『美味しい“葛きり”を食べに鎌倉に行こう』と約束をした。
鎌倉までは私の実家からは一時間、防大のある横須賀からも30分で到着するので、待ち合わせにも問題なかった。
私は、鎌倉駅よりも、北鎌倉で降りてぶらぶらと歩くのが好きだ。
「小久保さん。」萩原さんは少し日焼けしていた。
「北鎌倉ってこじんまりした駅なんだね。」彼は私の姿を見つけるなり、そう言った。
「萩原さん、久しぶり。日に焼けたね~。」
「あぁ、江田島に男ばかりで一週間位いたからね~」
ぶらぶらと源氏山公園に向かい二人で歩きだした。
しばらく歩くと、林とも森ともとれるような道を進み、ちょっとしたハイキング気分が味わえる。
ヒール高い靴を履いてきた女性の三人グループが斜面を滑り、立ち往生して、キャーキャー言っている。
萩原さんが「大丈夫ですか?」とグループに声をかけたので、わたしも手を貸す形になった。
「小久保さん、ごめんね。寄り道させて。なんであの人達、あんな靴できたんだろう。」
ぷっっ…。
私は、親切に手を貸したクセに私に愚痴ぐち言っている萩原さんが可笑しくて吹き出してしまった。
「えっ、僕なんか変?」
「うんん。萩原さんは親切だなぁって」
「そうかぁ?」
萩原さんは、凄く早いペースで息も乱さずに坂道を歩く。
「あっ、ごめんね。早かったね」
私も、体力には自信があったが、彼の足元には到底及ばなかった。
萩原さんは背は166cm弱位で小柄なマラソンランナーの様な人だった。
そういえば、以前、防大の授業で皇居まで50kmほどの道のりを、歩いた際にみんなより重たい荷物を背負わされた…と言っていた事があったな。
そんな事を思い出しながら、歩いていた。
彼は“いずみちゃん”とは呼ばなかった。彼氏がいることに遠慮しているらしい。
萩原さんはいい人だからこそ、ひろくんとあまり会えなかったという愚痴は言ってはいけないと思った。
広島での話や防大の後輩の話を聞いた。
萩原さんも今年卒業だった。そんな話もしたり、あっと言う間に時間は過ぎる。
まだ暑かったが、それでも日陰を歩いていたので暑さはしのげた。
黄色の花や、緑の葉。赤い実が綺麗だった。
銭洗い弁天の近くの弥助という地区にそのお店はあった。
この“みのわ”のくずきりが目当てで鎌倉まで来たのだ。
暖簾をくぐり、中庭の席に座り二人で葛きりをいただいた。
萩原さんは普段はほとんど訛りがないが、夏休み中に広島にしばらく帰省していたので、時々、広島弁が混じっていた。
それが自然体で更に彼の魅力を引き立たせている様に感じていた。
おもむろに「本当は彼氏と来たかったんじゃない?」と言われた。
なんでそんな事を言うのか、私は、内心ちょっとムッとした。
が、顔には出さずに 「そんなこと…。私は、萩原さんと来たかったんだから…。」
私は、この言葉への反発心から、つい高揚ぎみに言ってしまった。言った後で誤解されるかも…と少しだけ後悔した。
そんな気持ちを知ってか、萩原さんは「ありがとう。無理してくれてるんじゃないかと思ってさ。それなら、良かったよ。」にっこり返してくれた。
萩原さんといると不思議と落ち着く。ずっと昔から私の事を知っているみたいだ。お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな…ふと、そう思う事があった。
北鎌倉から鎌倉まで散策していると、いつの間にか日暮れになった。
鎌倉駅の改札で別方向の電車に乗るはずだったが「送っていくよ」と萩原さんが言った。
「大丈夫。慣れた帰り道だから…。」そう答えたが、もうすでに、切符を二枚買ってくれていた。
結局、一時間近く一緒に、電車にゆられて、萩原さんは、私の地元の街の近くの駅まで来てくれた。
萩原さんは、まだ別れ惜しんでいる様子で「じゃあ。」と言った。
その様子に思わず、「良かったら、どこかで飲んでいく?」と言ってしまった。
萩原さんに申し訳ないと思ったからか、それとも、まだ一緒にいたいと思ったからは、自分でも良く分からない。
おそらくは、その両方だろう。
何気ないチェーン店の居酒屋に立ち寄った。
萩原さんはここでも私の彼の事に触れなかった。それが私は、何となく心地良かった。
聞かれないことが楽だと思っている私は、ズルいのだろうか?
こうやって二人だけで飲んだりする事は、俗にいう二股っていう事なんだろうか?
お酒が進むと、日頃は目を背けている陰の部分が浮き彫りになってきた。
私は、トイレから帰ってくると「萩原さんは、彼女とかつくらないの?」とお節介なセリフをいい放った。
「どうしたの急に?」
「ただ、萩原さんはいい人過ぎて…。」
「私は、彼がいるのに、甘えているよね…。」
「ひょっとして、僕が誘うと困ってるの?」
「違うの。そういうんじゃないの…。私、ズルいのかなぁって。ちっとも萩原さんのせいじゃない。」
グラスの氷が溶けてカランっと音をたてたようだが、店内の賑わいにかき消されていた。
「いずみちゃん、気にしてるんだ?」
気にしている?そう聞かれると、普段は意識していないし、急に、今、思いついた様な事なので、何とも返答に困った。
「気にしているっていうか…ふと思ったの。ほら、私、ちっとも超美人とかスタイルいいとかじゃないし、性格だってこんなだし…。私に付き合ってくれている萩原さんにメリットってなんだろうって。」
肝心な“付き合っている彼がいるのに”と言わない自分がズルいと思った。
「メリットってなんだよ」萩原さんは、わははは…と笑った。
「いずみちゃんと会いたいから会っているだけ。…彼氏に悪いと思っているなら、無理に付き合ってくれなくていいよ。」
私は、言いたかった事が、自分でもなんだか分からなくなって来た。
ただ、萩原さんがわはは…と笑ってくれた事に救われた。
「あのね、僕はいずみちゃんと会えた事に感謝しているよ。だからこの出会いを大事にしたいんだ。」
きっと、ひろくんと出会う前なら萩原さんを好きになっていたかも知れない…。
「ありがとう。…ねぇ、萩原さんの昔の彼女ってどんな人?」またまた、突拍子もない質問をしてしまった。
優しい萩原さんだから、素敵な人と付き合っていたに違いない。どんな人に弾かれていたのかにも興味があった。
以前、萩原さんは高校3年生の頃、付き合っていた彼女がいたと話してくれた。
防衛大学校の寮に来てからは、それっきり自然消滅の様な形で別れてしまったそうだ。
その話を詳しく聞きたくなった。
「一つ下の学年の子で、テニスをやっていたんだ…。」
「へぇ。運動神経が良かったのね。」
「うん。明るくて、頑張り屋だったよ。全国大会も期待されていてさ…。」
「こっちに来てから電話や手紙のやり取りもあったけど、向こうは部活が忙しくて、なかなか連絡をくれなくなったんだ。同じ学年の男子のテニス部の部長と仲良くしているらしい…って聞いて…そういう事か…て、それっきり。」
「えっ、萩原さんとはその後、会っていないの?」
「うん。」
「会ってちゃんと話をしたら良かったのに。連絡とか、とってみたら?」
「…亡くなっんだ。交通事故で大会の2日前に。テニスでは期待されていたから、学校では大騒ぎだったらしい。」
「…そうなの…。」私は、かける言葉がなかった。
考えてみたら、私は、萩原さんの事をちっとも分かっていなかった。
「萩原さんも辛い思いしたんだね…。」
「ごめんね。湿っぽくなっちゃったね…。何か頼もうか?」
なんでもなかったように。メニューを広げて選ぶ姿が気のせいか寂しそうに見えた。
気がついたら12時を回っていた。
今、お店を出れば、なんとか終電に間に合いそうだった。
「いずみちゃん、最終電車に間に合いそうだろう?」
「萩原さんはどうするの?」
「僕はビジネスホテルにでも泊まるよ」
「そっかぁ」
何だか酷く悪い気がしてきたが、朝まで一緒にいるわけにはいかなかった。
「じゃあ、ここで。」萩原さんは握手を求めた。
「うん、さよなら。お休みなさい。」
握手のあとギュッと抱きしめられるんじゃないかと思って、ちょっとだけドキドキした。けれど、そんな事はなかった。
私は、抱きしめられなくて残念の様な、ホッとしたような感じだった。
切符を買って改札をくぐった。
丸々1日、萩原さんに付き合って貰ってしまった。今度、埋め合わせをしよう。
ひろくんから連絡はなかった。良くある事だ。
明日は、リエが日本を発つ前にみんなで集まるのだ。高校時代の同級生に私が、声をかけた。
シャワーを浴びたら、もう寝よう。
鎌倉を散策した疲労と、まだ醒めやらぬほろ酔いとで睡魔に教われて深い眠りに落ちていった。
リエの送別会には、20人近く集まり、ちょっとした同窓会のような感じになった。
野球部のマネージャーだったヨッ子や、元部員の佐野くん達も集まり大騒ぎとなった。
ひろくんはバイトで来られなかったが、バイト上がりに時間があったら顔だけでも出して…と言っておいた。
私は、みんなそれぞれ、リエと積もる話もあるだろうと彼女と離れたところに妙子と一緒に座っていた。
みんな、ほどよく酔いが回ってきて、わ~わ~と騒ぎ出した。
サングリアに入っていた飾りのさくらんぼを取り出して、佐野くんが、「ほら、チェリーボーイはチェリー食っておけよ~」など別の男子の口をこじ開けている。笑い声が絶えなかった。
旧友との再開の楽しいひとときも過ぎようとしていた。
「みんな、今日は本当ありがとう」リエがありきたりだが心のこもったお礼の挨拶をした。
お開きになる前にリエがひょこっと私の隣に来た。
「いずみ、みんなに声をかけてくれてありがとう。幹事大変だったでしょう?妙子も忙しいなかありがとうね。向こうに行っても連絡するからね。」
リエはとても感謝してた様子で、私と妙子のの手をギュッと握った。
その時に貸し切り個室のドアが開き「よう!」とひろくんが入ってきた。
「武田~!」
「たけちゃん!」口々に言いながら小さな拍手がおこった。
男子の一人が調子良く言った。「武田、お前が来なきゃな~。女子が帰るところだっただろう。二次会行こうぜ。」
佐野くんは「いずみが、『たけちゃん、ちっとも構ってくれないの~。他に気になる子でもいるのかな~。』て言ってたぞ。」なんて事を言い出した。
なによ~!その話。佐野くんってば…。しかし、当たらずも遠からずで、私の気持ちの核心を言われた気がしてバツが悪かった。
ひろくんは、そんな私を見て困っているとも、笑っているともつかない表情をしている。
入り口付近ではひろくんと男子や数人の女の子達が話をしていた。
リエが「私の中学校の時の親友がたけちゃんとバイト先が同じで、バイト先ではたけちゃんこう言ってたってさ」と。
リエは続けた「『夏休みで、こっちに帰って来ているのに…。いずみには悪いよ~、あいつ我慢しているんだなきっと。でも、就職活動始まったらバイトする時間がないだろ…。金がなくて会えないなんて嫌だし、きっと、いずみは“私が出す”なんていうから。そうなったら格好悪いだろう』って」
そういえばひろくんはリエの中学校の友達がバイト先にいるって言っていたな…。
へぇ。ひろくん、そんな事言っていたんだ。
私は、ひろくんの本音が聞けた事と、何よりもその話がひろくんらしくて嬉かった。
リエからの話は私の心の奥を暖かい気分にさせてくれた。
二次会のカラオケ店でも、ひろくんとはほとんど会話がなかった。
私も、ひろくんもみんなの前でベタベタ、イチャイチャするのは好きではない。
それでも、お互いに、目と目が会うと合図の様な意思の疎通が出来た。
リエを囲んだ会は深夜2時を回り解散となった。
ひろくんは「いずみ、送っていくよ」と私の傍に来て肩に手をかけながら言った。
他のメンバーは最後にリエに頑張ってね、とか何とか言いながら、「じゃあな」とそれぞれ帰っていった。
私とひろくんは川沿いをぶらりと歩きながら、空の星の話などをしていた。
都会の割には今日は夜空が綺麗で、風も秋が近い事を思わせた。
「いずみは星を開拓するには何が必要だと思う?いや、いきなり宇宙の星は難しいな。じゃあ発展途上国に置き換えて。国の発展には何が必要だと思う?」
「う~ん、田畑かなぁ~?まずは作物?」
「ゆくゆくはインフラの整備もいるだろう」
「それを言うなら医療の知識や技術も欠かせないでしょう?」
まだお酒の残っている二人は真剣に議論になった。
「いいか、縄文時代の水路っていうのは、立派なインフラだぞ」
ひろくんは譲らずに言う。
話は白熱したが最後には…二人とも“教育が必要”と言う話で一致した。
その晩は“お泊まり”はせずに二人で夜明けまで語り明かした。
ひろくんは私の事を、“大切なパートナー”なんていう事があり、その度に、何となくむず痒い気持ちになっていた。
が、こういう日は恋人と言う甘い言葉より、戦友と表現したほうが二人の関係を説明するのに妥当だろう。
私は、ひろくんの語り口を聞きながら、この人の年を重ねて行く姿をみてみたいと思っていた。
「俺達は、まだ未熟だから…。だから、お互いに溺れていちゃダメなんだ。分かるだろ、いずみ。」
一見すると酔っ払いの戯言のようだが、惚れた弱みなのか、素直にうなづけたし、格好いいとさえも思えた。
明けの明星を見終え、しばらくすると、紫色から東の空がオレンジ色に変わり、夏のジリジリした太陽が登ってきた。
それから、どちらともなくキスをした。酔いは完全に醒めていた。
「うふふ…。」私は、何となく笑ってしまった。
「なんだよ、いずみ」
「なんでもない。」クスッと私は、はにかんだ。
「やばい勃ってきちゃたよ。」ひろくんはズボン直す。
さっきまで真面目な話をしていたのに…やだぁ。でも、このギャップがかわいい。
ひろくんが好き。お互いを好きな気持ちに疑いはなかった。
🎵夜明けのMyu 君が泣いた
夜明けのMyu 僕が抱いた
終わらない夏…。
夏休み最後の日は昨年同様に着替えや荷物と共にひろくんが寮まで送ってくれた。
カーラジオのFM横浜からは、過ぎ行く夏を惜しむという事で、ビーチボーイズ特集を放送しており、サーファーガールが流れていた。
スーローテンポが心地良く黙って聞いていた。
エアコンをとめていても窓を開ければ、夕暮れの涼しい風が車内に入ってきた。
途中で、夕食を食べ、寮に到着した。
「ひろくん、いつもありがとう。じゃあまた来週だね。」
「あぁ。いよいよ、国試に向けて大変だな…。いずみはその事だけ考えて。」
「やだぁ、2月だもん。まだ時間があるよ」
「駄目だ。そういう油断が命とりだぞ。」
やりとりがひろくんらしい。
しかし、来週はひろくんの誕生日で私は、サプライズを考えていた。
二人でちょっと背伸びをして、普段は入れないようなお店で食事をして、高級ホテルに泊まるのだ。
この日の為に奨学金の一部やバイトのお給料を貯金しておいたんだ。
ひろくん、喜んでくれるといいな…。
喉元まで出かかった言葉を飲みこんで私は、別れ際に言った。
「分かった、一生懸命頑張る。でも来週はひろくんの誕生日のお祝いだから、1日付き合ってね。」
ひろくんは、腰の辺りで鍵をチャリチャリさせて頷いた。
9月に入ると日暮れがグッと早くなる。
ひろくんの誕生日当日は土曜日だった。
3時に桜木町の駅で待ち合わせをした。
私は、この日の為にインターコンチネンタルホテルを予約していた。
「いずみ、大丈夫かよ」ひろくんはロビーで耳打ちしたが、私は、にっこり笑って堂々としていた。
部屋のキーを渡され上層階へ向かう。
部屋に入ると港が見渡せた。遠くにはベイブリッジの下を通過する船など。
「一流ホテルなんていとこの結婚式以来だ。」ひろくんはそう言う。
「実は私も、おんなじ」二人でクスクス笑った。
要予約のフランス料理店を6時からとっておいた。
ひろくんにも“正装できてね”なんて言っていたので二人ともドレスアップしていた。
正式なマナーに自信のなかった私は、“懐石料理、フレンチディナーマナーブック”とやらを持参して部屋で予習をした。
5時過ぎにホテルからゆっくり歩いても時間には十分間に合った。
美術館にあるような広い階段を上がると「ようこそいらっしゃいませ。」うやうやしい出迎えに、あっとうされながら店内に入る。
ゴシック調でまとめられた店内の上座に席を設けて頂いていた。
電話での予約の際に『大切な人の誕生日です』と告げると『心よりおもてなしさせていただきます』と一流の返答があった。
席につくとひろくんは「俺達、場違いじゃないか?」と小声で言った。
「今日はひろくんが主役だから、堂々としていてね」と軽く目配せした。
アペリティフにキールロワイヤルを頼んだ。食前酒はこれくらいしか浮かばなかった。
カシス酒が入ったグラスが2つ運ばれ、その場で高い位置からシャンパンが注がれた。
こぼれる…。と心配するほど泡が勢いよく立ち、グラスいっぱいいっぱいのところでとまった。
ひろくんがワインをティスティングし、料理が次々と運ばれ私達は目と舌で堪能した。
料理長が、しめくくりに「本日はおめでとうございます。」と言いデザートのプレートを持ってきた。
ひろくんはちょっと驚き気味に私を見ていたが嬉しそうだった。
お店を出てすぐに、タクシーを拾った。
タクシーの運転手さんが「どちらまで?」と聞くので、私が「インター…」と言おうとしたところでひろくんに静止された。
「桜木町駅まで」とひろくんは言い直した。
話好きな運転手さんは、どちらまで帰るんですか…などと聞いてきた。
ひろくんは桜木町駅から自宅に帰る話をし、まるでホテルに泊まる予定はないような口振りだった。
「お気をつけて~」と運転手さんに言われて、私達は駅で降ろされた。
ひろくんになんでホテルに予約があること言わなかったのか尋ねると、「あんな豪華なお店を出て、一流ホテルに泊まるなんて、運転手さんからみたら贅沢過ぎるだろ。俺達まだ21だぞ。あの運転手さんは家族や生活の為に働いて…」
そう言われて、私は、ちょっと不機嫌になった。
ひろくんの言いたい事は分かる。
しかしなぜ、大切な人の誕生日に見ず知らずのタクシーの運転手さんに気を使わなければいけないのか。
そして、私が散財をしているかのごとくの言い様にも感じた。
普段、食事をご馳走様になったり、お泊まりの度に払ってもらっていたので、誕生日くらいは私が出したかった。
春からコツコツ貯めてきたが、ホテルを予約たり、お店を予約して迷惑だったの?
急に悲しくなってきた。
いや、私が計画した事にケチがついたから、私は、スネているのか…。
黙って動く歩道を歩いていた。
誕生日だからと言って、女があれこれと、用意しすぎるのは男のプライドが許さない?
あれこれと考えが、頭を巡る。
…あっ、もしかしてひろくんは他に気になる女の人でもいるの?
そうだったんだ。だから夏休みも会えなかったのかな…。
私は、きっとそうだと思った。
今日だって無理して付き合ってくれたのね。
そう考えたら、ひどく自分が惨めに思えた。
聞いてみたかったが聞けない。ひろくんは私の、半歩前を歩いていた。
今日はひろくんの誕生日だから…。私は、その思いを胸にしまい、ちょこちょことひろくんの横に来て腕を組んだ。
ホテルまでの歩道、ひろくんは、「いやぁ、良く食ったなぁ」と満足げだった。
私は「美味しかったね。喜んでもらえて良かった」ありきたりな返答をした。
フロントで、「おかえりなさいませ」とうやうやしく頭を下げられた。
カーテンで目隠しをされているラブホテルのフロントとは違う。
部屋に入りシャワーを浴びた。
バスローブを羽織、やっと寛いだ気分になれた。
「今日はありがとうな。」
いつもと変わららないひろくんがいた。
窓からは港の夜景が綺麗だった。
ひろくんは、私の髪をかき上げてキスをした。
さっきまでの不安が払拭されていく。私は、身を委ねた。
スプリングのきいたベッドで夜景を見ながら…。ひろくんは私の身体のあちこちにたくさんキスをしてくれた。
わたしが気持ちいいところを全て知っている。
今度は私が、彼を気持ち良くする番だ。
ひろくんの表情が和らいだいだりこわばったりしながら、やがて局部は硬くなり、ビクンビクンと感じているのが分かる。
気になる女の人?そんな人はいない。
そうだ。疑った自分が馬鹿だった。
ひろくんの誕生日にそんなことを思ったらいけない。
半ば自分に言い聞かせる様に、ひろくんの腕の中で眠りに落ちていった。
9月も下旬に入り、二人とも忙しくしていた。
ここ数日ひろくんからは、連絡がなかった。
私も、忙しいのに悪いかなぁ…と言う気持ちと、こちらから連絡をしたくない意地のような感情があり、なんとなく宙ぶらりんだった。
週末が近づくと、金曜日の夜には「今週はどうする?」とどちらともなく電話をするのだが、その週はなかった。
もう帰らないで寮で過ごそう…。
そんな考えで実家の方には行かず横須賀にいた。
なんとなく、萩原に連絡をとってみたくなった。
先週、手紙が届いていたが忙しさにかまけて、返事を書きそびれていた。
「萩原さん?いずみ、です。手紙ありがとう。変わりないですか?」
「いずみちゃんから、電話なんて珍しくない?なんかあった?」
この状況はなにかあったと言うべきなのだろうか?
「うんん。なんにもないんだけど…。ただ…」
萩原さんは“だだ…”の続きが出て来ない私の内心を察して「分かった。たまには飲むか?いずみちゃんと会うのも1ヶ月ぶりだからね」
萩原さんは、週末、私が実家の方に帰らない理由を聞こうとはしなかった。
何でひろくんは、電話をくれないんだろう…。
萩原さんは快く夕方から付き合ってくれたが、この日の私は、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
自分から連絡しておいてひどい。
私は、ひろくんに会いたかったのだ。
なのに萩原さんを身代わりにしているんだ…。
私の内向的な気持ちを吹き飛ばすように、萩原さんは「今日はいずみちゃんの彼の代わりをしてあげるよ。」と明るく言った。
私は、申し訳ない気持ちになって帰ってしまいたくなった。
「長く付き合っていれば行き違いもあるよ。大丈夫。」
「萩原さん…。」
私は、泣き出してしまった。
泣くのをやめようと思えば思うほど涙が出てくる。
ひろくんに気になる女の人がいるのかもしれない…と言う事を相談した。
「でもさぁ、いずみちゃん達は『他に好きな人が出来たら隠さずに言おう』って決めているんだろう?じゃあ、忙しいだけなんじゃない?」
あっけらかんと萩原さんは言う。
私は、ヒックヒックと肩をゆらしながら、その話を聞いた。
私は、大切な事を忘れていた。ひろくんも『何でいずみは連絡してくれないんだろう』と思っているということを…。
三時間ほど、食事と少しのビールとワインに付き合ってもらい、萩原さんとは別れた。
寮に帰ったのは夜の9時半だった。
電話連絡のノートに“宛・小久保いずみさん、武田宏之より …またかけます” と記載があった。
ちょうど部屋に戻ると、電話当番の寮生から「小久保さぁん」と呼ばれた。
下に降りると後輩に「武田さんからお電話です」と言われた。
「もしもし?いずみ?今週は帰って来なかったんだ。」
「うん。ひろくんも忙しいと思って連絡しないでごめんなさい。」
「さっきも俺、電話したんだけど、出掛けていたんだ?」
私は、ちょっと返事に困り間が空いてしまった。
「うん、ご飯食べに」
「誰と?」ひろくんは疑った様子で聞いてきた。
ウソはつけないと思った私は「ほら、前に話した防大の友達。」
「二人だけで…か?」ひろくんは明らかに面白くない口振りだった。
「違う。みんなも一緒」
「みんなって?」
ひろくんは、こんなにしつこく聞くことは滅多にないのに…。
私は、また返事に困っていると、「俺、バイトの休み時間中だから切るな」
と、電話を切られてしまった。
受話器を置いた後、私は、悲しいと言うよりも怒りに近い感情を持った。
ひろくんだって連絡くれなかったくせに…。
それに、どうせ帰ってもバイトがあって、ゆっくり会えなかったじゃない。
次から次に文句が出てきた。
何より嫌だったのは、萩原さんとの事を変に詮索された事だった。
彼はホントにいい人で、私にしてみれば恋愛の対象じゃないのだ。
今日だって、萩原さんに心配をさせてしまった原因はひろくんへの私の想いだ。
彼氏って奴は、放っておかれると、不安なくせに、詮索されるとしつこく面倒に思える。
みんなこうなのかな?それとも私のわがままなのだろうか…。
とにかくこの週末の件に関しては私は悪くない。
放って置いても私は、平気だと思われているんだ。ならひろくんは、たまには心配すればいい。
私は、引かない気でいた。
電話当番の後輩にまた「小久保さんにお電話です」と呼ばれた。
「もしもし、萩原です。今日はありがとう。」
「あっ、こちらこそありがとう。泣いちゃったりしてごめんなさい。」
「あんまり意地張らないで、彼氏と仲直りしなよ」
萩原さん、どこまでもいい人だ。いえいえ、ただ今、意地を張っている真っ只中ですが…。
とは言えずに「うん」といって、たあいもない会話をしてから電話を切った。
私は、意地でもひろくんに自分から連絡をとりたくなかった。
何故?このまま別れても?
そんな事になるとは思っていない。
だけど、だけど…。
終末が近づくにつれて不安になってきた。
私の、“意地”なんて所詮この程度だ。
ひろくんに謝った方がいいかなぁ~。ヒドく勝手な話だが、萩原さんとは今は、話したくなかった。
残念ながら、私は、同時に二つの事を進行出来るほどの器用さを、持ち合わせていなかった。
木曜日にひろくんに電話をかけた。
「もしもし」
「あっ、俺だけど」
ひろくんはワンコールで出てくれた。ひょっとして、昨日も連絡を待っていてくれたのかもしれない。
「ごめんね」
「いや。俺の方こそごめんな。いずみ、実習も忙しくなってだから、わざわざバイトで少ししか会えない俺の為にこっちにくるより、そっちにいた方が良いと思ったんだ。」
ひろくんはぼそぼそと続けた。
「それに国試、もう10月になったら4ヶ月しかないだろう。この三年間、何の為にやってきたんだか…ってそんなふうになって欲しくないんだ。」
ひろくんの口から、萩原さんの話は出なかった。
「今は、いずみに、俺と会う時間とかで、無駄に使って欲しくないんだ。」
「いろいろと考えてくれてありがとう」
ひろくんの考えかたが良くわからない。
「ひろくん、例えば、私たち、しばらく会わない方が良って事?」
単刀直入に聞いてみた。「えっ?そこまでは言ってないけど、それでいずみはいいの…?」
「良いわけないじゃない!」
「…。」
「逆にひろくんはどうなのよ。」
「いずみの為に、いずみが、一番良いようにしたいんだ。今は、俺より、国試だろ?」
はぁ~? 俺よりって、なんで天秤にかけなきゃいけないのか?
私は、わざと意地悪く「今は、最後の実習が一番大事!」とやり返した。
「そうだよな~」
ひろくんは真に受けていて、意地悪が通じなかった。
ひろくんの真面目なところも魅力なのだか、4ヶ月先を心配されると…。
そういえば、去年の夏休みに、ひろくんに「タイヤが突然パンクしたら、女一人でも交換できなきゃ」と言って、タイヤ交換をさせられたっけ。汗だくになった。
私は、ひろくんの慎重さにはなれているが話がやや飛躍している。
電話じゃなくて週末にでも、会って話さないと…。そう思い、土曜日に会うことになった。
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ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
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20世紀少年
野球 小3ぐらいの頃は野球に夢中だった。 ユニフォームも持って…(コラムニストさん0)
36レス 948HIT コラムニストさん -
こちら続きです(;^ω^) フーリーヘイド
キマッたっ!!!!!!!!!(;^ω^) いやぁ~~~~!!我な…(saizou_2nd)
347レス 4102HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
フーリーヘイド 本編
もの凄く簡単にカナの守護を例えるならば、 あなたの心臓を体外へ出…(saizou_2nd)
25レス 222HIT saizou_2nd (40代 ♂)
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20世紀少年
2レス 116HIT コラムニストさん -
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フーリーヘイド ~読む前の注意書きと自己紹介~
500レス 5778HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
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おとといきやがれ
9レス 289HIT 関柚衣 -
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ウーマンニーズラブ
500レス 3251HIT 作家さん -
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やさしい木漏れ日
84レス 3706HIT 苺レモンミルク
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20世紀少年
1961 生まれは 東京葛飾 駅でいうと金町 親父が働いて…(コラムニストさん0)
2レス 116HIT コラムニストさん -
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ウーマンニーズラブ
聖子の旦那が有能な家政婦さんを雇ったおかげで聖子不在だった機能不全の家…(作家さん0)
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フーリーヘイド ~読む前の注意書きと自己紹介~
やはり女性は私に気が付いている様である。 とりあえず今は、 …(saizou_2nd)
500レス 5778HIT saizou_2nd (40代 ♂) -
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今日もくもり
たまにふと思う。 俺が生きていたら何をしていたんだろうって。 …(旅人さん0)
41レス 1334HIT 旅人さん -
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おとといきやがれ
次から老人が書いてる小説の内容です。(関柚衣)
9レス 289HIT 関柚衣
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