[クローバー]キンモクセイ[クローバー]

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2015/07/23 03:12(更新日時)

あの時ああすれば…。もっと違った未来があったのか…。

後悔なんてしたくない…一度きりの人生だから。



はじめての携帯小説で未熟な文章ですが時間のある時に少しづつ更新したいと思います☺読んで頂ければ幸いです。


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No.1776650 (スレ作成日時)

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No.101

居酒屋を出たあとビリヤードをやりに行った。

自慢じゃあないが、私は、ビリヤードはなかなか腕前で右手でも左手でもショット出来る。

エイトボールの勝負は私の6勝1敗で、武ちゃんは悔しがっていた。

おしゃべりもいいがこうやって、ゲームに乗じたり、身体を動かす事はストレス発散になる。

「いずみちゃん、上手いなぁ。次はリベンジするよ」

「いいよ。次も負けないからね。武ちゃん、ちょっと元気が出たみたいで安心した」

「あぁ。」

「武ちゃん、もったいないよ。彼女とかいないの?」

「うん、今はいない…かな。いずみちゃんは?」

石井さんの事はまだ好きで忘れた訳ではなかった。

寮で生活していても、夜にはいつも考えていた。

“就職活動で忙しいんだ”と考えてみたり、所詮、私がガキだから相手にしてもらえなかったんだ…と思ったり。

「私?うん。いるけれど、多分、もうダメなんだ…。私が、子どもすぎて…。あぁ~、もっと綺麗で素敵な女の人になりたいなぁ。」
それから少しだけ、石井さんの話を聞いて貰った。

「連絡とってみれば?」

「ダメ。もし、迷惑だったら…。」

「う~ん、そうだよね。いずみちゃん、辛くないの?」

「辛くないって言ったら嘘になるけど、私は、前向きで、元気が取り柄だから…さ。」にっこりと笑うと、武ちゃんもにっこりとしてくれた。

武ちゃんは昔から、基本的には優しい人なんだ。


No.102

武ちゃんはちょっと真面目でこだわり症だが、いい人だ。

もっと自信もっていいのに。

多分、外見がモデル並なのでそれに見合った内面的な自己像を求めているのだろう。

大学で彼女とか作ればいいのになぁ…。

いつもの如く私のお節介症が出だした。武ちゃんのモヤモヤを払拭する為に、半ば強引にまた出かける約束をした。

「武ちゃんは頭であれこれ考え過ぎなのよ。免許あるの?いいところ連れていってあげる!」

「えっ?いずみちゃんは相変わらず、突拍子もない事言うな。免許あるけれど、車持っていないんだ…。」

「ウチの車使ってよ。私もモヤモヤしているからドライブに付き合ってよ。」

私は、相手が男であろうと女であろうと、思いつきで発言や行動してしまう事がある。

これで、何度失敗した事だろう。そういう性分なんだな…。


「分かった。来週の土曜日、俺が運転するから、いずみちゃんナビしてよ」

「オッケー。じゃあ、来週ね」

武ちゃんとまた会う約束をして別れた。

No.103

多分、武ちゃんにしてみれば大きなお世話だろうに。

私自身、地元に帰ってきて高校時代の友達と会うのは楽しかった。

看護学校の友達にも、合コンなどに誘われたが、あまり興味がなかった。

看護学生と言うネームバリューに寄ってくる男子が嫌だった。


週末になり、約束どうりに武ちゃんが自転車でウチに来た。

「俺が、本当に運転していいの?」

「いいよ。ウチの車、めったに乗らないから。武ちゃん、事故って死ぬならもっと美人と一緒がいいでしょう?だから、安全運転でね。」

武ちゃんは、苦笑し、鍵をチャリチャリさせながら駐車場へ向かった。


地元の国道を通り、そのまま、まっすぐに湾岸方面へ向かった。

時刻はまだ5時で辺りは明るかった。

「それで何処にいくの?」武ちゃんが聞いた。

「飛行機見に行くの。」

「羽田?」

「うんん。京浜島。知っている?」

「いや、知らない」

「あそこは、滑走路から飛び立つ飛行機が真上に見えるんだ。」

「へぇ。いずみちゃん前に行った事あるの?」

「うん。小さい頃にお父さんに連れて行って貰ったの。」

ベイブリッジから見る湾岸の風景も大好だ。
武ちゃんは、高速道路の運転に慣れていないようでわき目も振らずにハンドルを握っていた。

その横で私は、お構いなしに「うわぁ」やら「いいよね~」など感嘆の声をあげていた。

羽田空港の岸沿いに右折すると京浜島についた。


No.104

「武ちゃん、運転お疲れさまね。」

「俺、高速道路久しぶりで緊張したよ。」

ゴーッゴーッ…。

すぐに声をかき消す様に目の前を飛行機が飛び立った。

ちょうどトワイライトの時刻で飛行機のライトが綺麗だった。

滑走路にも誘導灯が灯る時刻だ。

「あの飛行機は何処に行くんだろうね。」私がおもむろに聞くと、武ちゃんも「さぁ、何処だろう…。」と言った。

「小さい頃にここで妹達と飛行機を見ながら、『この飛行機は何処に行くんだろう?自分の知らない世界が沢山あるんだな。』って思ったの。それと、『夜景ってクリスマスにもらうカラフルなアメみたい』って」

「へぇ。そうなの」

それから、思い思いに飛行機を眺めていた。

よく見ると、周りにはカップルの姿があちこちに見えた。

うわぁ、これじゃあ、私が下心があって誘ったみたいじゃない。

しかしながら、武ちゃんも私の事を、友達の一人としか思っていない様子で気まずい雰囲気にならずにすんだ。

私は、帰り道も湾岸線を通って欲しいとリクエストした。

武ちゃんは、行きより少しだけ慣れた様子で、京浜地帯のコンビナートを通った。

「ねぇ、武ちゃん。この夜景ってターミネーターに出てくるみたいな光景じゃない?」

「うん。そうかな」

「オレンジ色の光りが…」

「いずみちゃんは面白いよな」

私が、もらう誉め言葉は大抵は「元気がある」「面白い」だ。

それって、女性としてはどうなんだろう?

女性としては魅力にかけるって事かなぁ…。

“女性として”か。私は、すぐに卑屈になる。そういう年頃なのだろか…。

連なったテールランプが川の様に見えた。

No.105

「俺、不器用なのかなぁ…」

「多分ね。」私は、否定せずにクスっと笑った。武ちゃんの言い方が可笑しいかった。

「そうだよね。いずみちゃん、また、誘ってよ」

「武ちゃんが、今度は誘ってよ。」

武ちゃんは他力本願だからいけない。

「分かった。誘うよ。来週また会おう。」

「来週?」

「うん。なんかいずみちゃんと出かけて元気出たよ。」

「よかった。まだ、実習が始まらないから大丈夫。」

「じゃ、来週また」

武ちゃんは素直だから、外見で寄ってくる変な女の子に騙されなければ、よいなぁ。

母心の様な心境だった。

今度は、朝から出かける約束をした。


妙子と電話で話をした「へぇ。武ちゃんと出かけたんだ。相変わらず、いずみはお節介だね」

妙子は私の事を良く知っている。

「それで、石井さんからは連絡ないの?」

「うん。もういつまでも待ってちゃ駄目だよね。」

「なんか、いずみらしくないね」

それから、寮生活の愚痴を聞いてもらったりして電話を切った。

石井さんの事は諦めなくちゃいけない。新しい生活をはじめたんだから…。

武ちゃんと飛行機を見に行った事は、私にとってもリフレッシュになった。

No.106

その日は朝から、サンドイッチを作り、ウキウキした気分だった。

誰かと出かけるのは楽しい。まして今日は、絶好の行楽日和だ。

私は、お弁当と水筒とレジャーシートの他に、バドミントンのラケットをかばんに入れた。

ウチの車で武ちゃんと出かけた。


昭和記念公園は広大な敷地で園内を回る自転車をレンタルする事が出来る。

ペダルの二つ付いている、前後に二人で乗る自転車をかりた。

「ちょっと~武ちゃん、ちゃんと漕いでよ。何か重いと思ったら、私ばっかり漕いでるじゃ~ん」

「エヘヘ、バレたか。いずみちゃん、いつ気がつくかなって思ってさ~。」

振り返ると武ちゃんは少年みたいに笑っていた。

それから、ボートに乗って、バドミントンをやった。

バドミントンは武ちゃんの圧勝だった。

私もかなりスポーツは出来たが、武ちゃんはバレーボールの県選抜に選ばれる程の選手で、反射神経はむちゃくちゃに良かった。

男の子がひとり、半べそをかいていた。

木にボールがひっかかってしまったらしい。

武ちゃんは枝を拾ってジャンプ、ジャンプ。もう一回、ジャンプすると、ボールがポロンと落ちて来た。

そして、ボールを男の子に帰してあげながら頭をなでなでしていた。

その姿を見て私は、胸がキュンとなった。

なんで、わたしがキュンとするんだろう?

No.107

お弁当のサンドイッチを食べた後に、木陰で横になった。


手を洗いに起き上がり、戻って来るとまだ武ちゃんは仰向けで目をつむり休んでいた。

私は、武ちゃんの傍に近づいて、頬っぺたに軽くキスをした。

自分でも武ちゃんの事が好きになってしまったのか、何でそうしたのか分からなかったが、そうする事が自然で、しなければいけないような気がしたからだ。

お母さんが子どもに、おやすみのキスをするような軽いキスだった。

武ちゃんは「んっ?」といいながら、目を開けた。

「ごめんね、起こしちゃった?」

「いや…。」

武ちゃんは、ちょっとびっくりしたようだったが、何も聞かずに照れくさそうに笑った。

私は、武ちゃんの容姿に惹かれているのじゃない事がはっきりわかっていた。

この人は、不器用だけど本当に優しい人だ。

多分、いろんな事を軽々とやってしまうので、器用に思われるのだろう。

軽々とこなす裏では、見えないところで、沢山努力をしてきているんだな…。

日は暑かったが、木陰では風が心地よかった。

子ども連れの家族も多く素敵な休日だった。


No.108

園内には小さな小川が流れていた。

私はスニーカーを脱いでピチャッピチャッと足ならしをした。

「気持ちいいよ~。武ちゃんも入れば?」

武ちゃんは、ニコニコしながらお私のおてんばぶりを眺めている。

水から上がり、水道のところで足を洗ったが、足場が悪くタオルで拭いてもまた濡れてしまう。

武ちゃんは、見かねてやってきてくれた。

「いずみちゃん、ほら」

背中を出して、おんぶをしてくれようとしている。

「いいの?ありがとう」

武ちゃんに、おんぶしてもらいレジャーシートのところへ戻って、足を拭く。

武ちゃんは急に「“いずみ”って呼んでいい?」

「いいよ。だってみんなそういう風に呼んでいる…。」

そう言い終えないうちに、急に抱きしめられた。

「本当にいずみは…。人のお節介ばかり焼いて、少しは自分の事も考えろよ。」

背の高い武ちゃんがギュッと抱きしめたので、私は爪先立ちになり、少し痛かった。

「武ちゃん…。痛い、ねぇ。武ちゃん。」。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが、ごちゃ混ぜだった。

「俺たち、ちゃんと付き合おうよ。石井さんとかいう人の事は待っていなくていい。いずみには俺がいる。」

きっぱりと言われた。

No.109

優等生のお坊ちゃんだと思っていた武ちゃんも、やっぱり男だ。

きつく抱きしめられて、身動きが取れなかった。


小学6年生の頃、かけっこで男子に負けて、それ以来、その子には勝てなかった。

中学生の時に妹に背を越され、高校で弟にも背を越された。

いつの間にか周りは、私の思いよりも遥かに先を行き、私ばっかり置いてきぼりなんだ…。

武ちゃんの事も、私が元気づけてあげていたつもりが、私の方が武ちゃんに癒されていた。

石井さんを忘れさせてくれていたんだ。

私は力なく黙って、武ちゃんの次の言葉を待った。

「いずみちゃん、ごめんね、俺、いきなり呼び捨てにしたり、痛かったよね。でもさ、何か急に、守ってあげたいって思ったんだ。」

武ちゃんは、力を緩め私を放して、そう言った。

「ごめんねなんて言わないで。武ちゃん、ありがとう。…はい。宜しくお願いします。」

なんだか、最後は業務連絡みたいな受け答えだったが、武ちゃんも私も満足だった。

正直に言うと、イケメンの武ちゃんには、もっとモデルのような美人がお似合いだけど…、そういう外見で判断する事は武ちゃんが一番キライな事だった。

『私なんかでいいの?』の一語は飲み込む事にした。

No.110

帰りの車の中でキスをした。

お互いを確認するかのような、甘くて優しいキスだった…。



それから、武ちゃんと私は普通の恋人たちと同じ様に、買い物に行ったり映画を見たり、週末は私が地元に帰って来てデートをした。

帰りは武ちゃんがウチの車で寮まで送ってくれた。

間もなく夏休みになり、武ちゃんと高校時代の友達の何人かと会う事になった。

リエや妙子はそのメンバーにはいなかった。

「へぇ。そうなんだ。二人はいま付き合ってるの」

「うん、まあね」

そんな会話もあり、解散となった。夜の11時を回っていた。

武ちゃんが「いずみ、送るよ」と言ってくれたとたんに雨が降り出した。

夏特有のスコールのような降り方で「ひどいな」と武ちゃんは言った。

「雨宿りにカラオケにでも寄っていく。それとも、もう一軒、飲みに行く?でも結構飲んだよね…。」
私が切り出した。

「…うん。泊まっていくか」

「えっ?あぁ…。泊まれるところ…駅の近くにあったっけ…。」

雨が小降りになったところで、二人で雨を避けるように、軒下や木の下を走りながら、ラブホテルについた。


No.111

「結構、濡れちゃったね。乾かさないと風邪ひくぞ」

武ちゃんがそう言って、二人で部屋に入った。

順番にシャワーを浴びてバスローブを羽織った。

大好きな武ちゃんと、部屋に二人きりだ。

武ちゃんの事は大切な人だった。そして、知れば知る程、もっと好きになっていく。

今日、武ちゃんに抱かれ、もっと、好きになるんだと思うと否応(いやおう)もなしに気持ちが高潮した。

「いずみ、もっと、こっちにおいで。」

武ちゃんは、私の肩をぐっと寄せる。

「武ちゃん。うんん、ひろくんって私も呼ぼうかなぁ…。ひろくん、…好き。」

「いずみ、大好きだよ」

「私も、ひろくん、大好き」

濃厚な口づけのあと、首筋や肩に、ひろくん(武ちゃん)が優しくキスをした。

私の身体はひろくん(武ちゃん)を求めていた。

「いずみ、いずみ、可愛いよ」

そう言いながら、ひろくんは私の胸を優しく愛撫する。細くて長い指が私のアソコに入ってきた。

「あっ、はぁぁ…。」私はため息にも似たうめき声を上げた。

No.112

「そんなに感じてくれて嬉しいよ」ひろくんは、更に激しく指を動かした。

「俺も、もう我慢が出来ない」

コンドームの袋を開けて装着するが、なかなかスムーズにいかない。

私が手伝うと「いずみ、はじめてじゃないの?」と聞かれた。

黙って小さく頷いた。ひろくんに嘘はつきたくなかった。と言うか嘘はつけなかった。

あんなに涼しげな瞳で見つめられて、嘘をつけるハズがない。

ひろくんは「そうなんだ。」と言った。その言葉を聞いて、私は嘘をつかなかった自分をすぐに後悔した。

「はじめての人がひろくんだったら、良かったのに。」

私はそれぐらいしか言えなかった。馬鹿な私。

ベッドの上で今度は、私がひろくんを愛撫したが、“私ははじめてじゃないのよ”とひろくんに映ったかもしれない。


ひろくんは優しかった。そして、可愛いかった。

可愛いなんて形容詞は男性を馬鹿にしているようだが、それくらいに愛しかった。

私はセックスでの喜びをはじめて知った。


No.113

世界中でどれくらいの恋人たちが、毎日、毎晩、同じ様に肌を触れあって、愛し合っているのだろう。

きっと、あのジョン・レノンとヨーコ・オノも私達とそう違いないのではないか。



ひろくんは大学へ入学した頃からイタリアン料理店でアルバイトをしていた。

ひろくんは私をバイト先に連れていき、バイト中間に紹介してくれた。

私は、ほんのちょっとの恥ずかしい気持ちと、嬉しい誇らしい気持ちでいっぱいだった。

大学とアルバイトと、私とのデートとの生活は、さぞかし忙しい事だろうに。


私は、本業は怠っていなかったが“看護師とはこういうもの”という押し付けの教育に対して反発心があり、決して楽しい看護学校の生活ではなかった。

そんな中でも、患者さんと実際に接する事が出来る看護実習は楽しかった。

“こんな私も誰かの役に立てるんだ”そんな事を実感出来きて、やる気が増した。

しかしながら、やる気だけでは、この先、看護師として務まるハズがなかった…。

No.114

「アナタ、今日は、病棟へ行かせません!なんですか、あの記録は!」そう担当の看護教務にピシャリと言われた。

実習が始まると毎日3~5枚づつ位は記録物を提出する事になる。(月)~(金)で最低でも15枚。

しかも枚数だけ稼げば良いというものでもなかった。

たしかに私の記録物は優れた出来ではなかったが、人より格段に落ちる出来でもなかった。

私の中では、記録など大した事ではなかった。

それよりも患者のそばにいたい気持ちが強かったし、優れた記録物なんて“点取り屋”のする事だと思っていたからだ。

しかしながら、教務にこういい放たれた。

「記録と言うものは貴方の為のものではないんです。患者さんのものなんですよ。患者さんが今、どういう病態で、これからどういう事が予測されるか、それを客観的なデータと共に記したものです。貴方にはそれがまるでわかっていないわ!」

悔し涙が目に貯まるのがわかった。

そんな事は分かっていた。分かっていて出来ていないという事は、自分が手を抜いているのだ…。

こらえた涙は大粒になりポタリと床に落ちた。

「これじゃ、患者さんのところへ行くのは無理ね。患者さんには、私から話をしておきます。」

結局、その日は私は病棟に立たせてもらえず、ずっと小会議室で自習となった。

自分自身に対しても情けないが、何よりも担当させてもらっている患者さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

No.115

自分が決めた道を進む為に、越えなければいけない試練と言うものは、どの世界にもあるものだ。

その週末は実家に帰らなかった。

その代わりに、電話でひろくんと話をした。

「そっかぁ、でも先生の言う事も良く分かるよ。患者さんは病気で辛いんだから、それ以来にいずみは頑張らないとな」

励ましてはくれたが、欲を言えば、ただ聞いて欲しかった。

ひろくんも私も妥協は苦手だった。だから真面目に討論したり、時に相手に厳しい意見もある。

甘いだけでない、こうやって、お互いを高めていけるようなひろくんとの関係に私もひろくんも満足していた。

ある時にドライブに行き、夜景を見ていると、ひろくんが切り出した。

「なぁ、いずみ?ラーメン構造って知っている?」

「えっ?知らない…。変な名前だね」

大学で、土木工学を選考しているひろくんは、水を得た魚の様に力説しはじめた。

周りはカップルが、抱き合ったり、キスをし合ったり…。

更に熱弁は続く。

「俺さあ、親父を絶対に超えるから…」途中で真剣に涙声で語り出した。

男の人にとっては父親の存在というのは偉大なんだ…。

そんなひろくんをみて、いとおしく思えた。

私もひろくんも一人の人間として、まだまだ未熟で、相手を…そして自分の存在意義を確認するかの様にお互いを求め合っていた。

No.116

お互いを尊重している=束縛しないのは、別の問題か?

「今度、中学生の頃のクラス会があるんだ」

「そうなの。いつ?」

中学生の頃のひろくん…私の知らないひろくんだ。

「うん、再来週。バッタリ同級生に会ってさ~。みんなで会いたいねって。」

「そう。久しぶりに楽しめるといいね。」

ひろくんはバイト先の女の子の話やバイト中に声かけられた話などを最近よく私に話す。

やきもちを焼いて欲しいのか、単なる自慢話なのかは男心の難しいところだ。

ただ聞いていて、楽しい話ではなかった。

私は多分、元来は焼ききもち妬きだと思う。

焼きもちも、度を越すと醜い。

それをよく分かっていた。だから、ひろくんに何てリアクションをして良いのか毎回迷っていた。

「同級生のその女の子がさぁ、今度、グァムに行くから俺にお土産買ってきてくれるって言うんだよ。」

「へぇ。ひろくん、彼女いるって言ったの?」

「……。」

「気を持たせたら可哀想じゃない?」

「…。なんだよ、お土産くらい、良いだろう?ちゃんと、話すよ。」

半ば喧嘩気味になった。どこのカップルもこんなもんなのだろうか…。


No.117

「だからさぁ、武田はいずみを信用しているわけよ。甘えてるんだよ。」

「そうかな…。私が一歩引いて聞き役に回れば良いって事?でも、つい余計な事言っちゃうんだよね。」

私は山さんと飲んでいた。

山さんの大学の話を散々聞いた後に私の話を聞いてもらっていた。

山さんは高校の同級生で、ひろくんともクラスメイトだった。私と同じ部活の男友達の一人だ。

今晩は、ひろくんが同窓会だと言うので妙子と飲みに行くはずだったが、急にキャンセルになった。

仕方なく、無難な男友達の一人を行きつけの居酒屋に呼び出した訳だ。

私は、ひろくんと二人きりの時は、たいがいカウンターで飲んでいた。

今日も山さんとカウンターで飲んでいる。

ガラガラ…。

ドアが開くとひろくんが同級生とやらを数人連れて入って来てテーブル席へ案内された。

なんで…?なんで?それはお互いのセリフだった。

山さんが「いずみちゃん、お店変えようよ。」と小言で言った。

「いやだ!なんで私達やましくもないし、先客なのに。絶対に今日はここで飲むから」

変な意地があった。

良く考えたら無茶苦茶な行動で、可愛げのない女だが、私には精一杯の突っ張りだった。

No.118

「いずみちゃん、少し酔っ払っているから、適当に帰すからさ」山さんはひろくんに気を使って、トイレの前で二人で話していた。

私は山さんには悪いな…と思いつつ、ひろくんには“今日はわがままに思われても構わない”と覚悟を決めていた。

当たり前だ。大好きな彼が、彼に気のある女の子からお土産を渡す為に、なんで私が場所を譲らなきゃいけないんのか…。クラス会と言うのは単なる名目だ!

モスコミュールがすすんだ。生ビールを2、3杯のんだ後に、これで5杯だ。

いいお酒じゃなかった。意地悪な気持ちになっていた。

トイレに立った時にひろくんに出会った。

「いずみ、だいぶ飲んでいるだろう?」

「はい?こちらはこちらで飲んでいますからご心配なく。山さんも紳士ですから…。」

馬鹿丁寧な言葉使いで、かっこ良く決めたつもりが、足がよろめいた。ひろくんが私はりょう肩を支えてくれて、転ばずにすんだ。

わざとじゃなかったのにこんなタイミングで、ひろくんに支えられるなんて…。

これじゃピエロみたいだ。

私は急にしゃんとして、「ありがとう。大丈夫。もうお店を出るからゆっくりして行って。」

ゆっくりも何ももう時計の針は11時半を指していた。

No.119

ほどなく私と山さんはお店を出た。

山さんから催促される様に、近くのコーヒーショップへ立ち寄った。

「今日は、めんどくさい場面に付き合わせちゃってごめんね。先に帰っていいよ。私もう一杯、これ飲んでから帰るわ」

「いや、もうすぐ武田が来るからそれまでいるよ。俺が、帰ったらいずみは帰っちゃうだろう?」

「酔っ払いの監視頼まれたの?山さんは、人がいい。みんな私のわがままなんだ…。分っている。ひろくんに嫌われちゃったかなぁ…。」

「いずみは、もっと素直になれよ。」山さんに言われた。



入り口にひろくんの姿が見えた。

カウンターで注文をして、こちらへ向かってくる。

どういう顔して会えばいいのかなぁ…。怒ってるだろうな。

「じゃ、俺帰るな。」そういうと山さんはひろくんに軽く会釈して帰って行った。

「ごめんね。ひろくん、嫌な気分でしょう?」

ことのほか、私が素直に誤ったので、ひろくんはコーヒーをすすりながら、上目遣いで私の顔を見ていた。

私は罰が悪くなり、ネックレスを気にして、首元に手をやっていた。

酔いはいくらか醒めていた。

No.120

「今日は、泊まるぞ。いずみは今夜は説教部屋だ!」

ひろくんが茶目っけたっぷりに言う。

「えっ?」

「今日は、俺たち、このまま帰ったら駄目だ。きっとお互いに後悔する。」

急に真面目な口調で話出した。

私はてっきり文句や嫌な事を沢山言われるだろうと覚悟をしていたので、拍子抜けした。

「私、こんなわがままで嫌味な事をしたから、ひろくんに軽蔑されたかな…と思ったの。」

「いずみ、俺がクラス会に出席するの…本当は嫌だったんだろう?」

「クラス会は嫌じゃなかったの…ただ」

「ただ、何?」

「ただ、ひろくんは素敵だから…。同級生のその女の子につまり…嫉妬したの。」

聞きたかった答えを得られたようでひろくんはすっきりした表情をしている。

暖色系のお店の中をカーペンターズのBGMが包む。

ひろくんはグァムのお土産のTシャツの袋を出して、「一応受け取ったけど、返すか…。」と言った。

「返すなんて、せっかく選んでくれたんだから、可哀想だよ。」

嫉妬したり、同情したり支離滅裂だ。

アルコールのせいで抑制が取れて、私は言いたい事を言っていた。

No.121

「いずみは俺の事を信じていればいいんだよ」

ひろくんのその一言を聞いて、情けないやら嬉しいやら…。

「意地を張ってごめんね。」

勝ち気で意地っ張りな自分の性格を心から呪った。

私は、ひろくんが席に着いた時に「泊まるぞ」と言ったことを思い出しソワソワしだした。

「お店、出るか…?今晩、大丈夫なんだろう?」

「…うん。ねぇ、ひろくん、なんで怒らないの?」

「じゃじゃ馬娘には、怒ってもしょうがないだろう?」

今になって飲みすぎのために、少し頭痛がする。

「いずみは駆け引きとかないから分かり易い。そこが好きだ。放って置けないんだ」

ひろくんは私を分かってくれている。

“雨降って地固まる”昔の人はいい諺(ことわざ)を残したものだ。

その晩、二人でホテルに泊まった。

ひろくんに抱かれて私は、泣いた。好きな人に抱かれて幸せな気持ちの涙だった。

明け方、目が覚めると隣のひろくんの寝顔はいとおしく、私はしばらく彼の頭を優しく撫でながら寝顔を眺めていた。

No.122

夏休みも終わり、看護実習が始まる前のある昼下がり、妙子とランチを食べていた。

「いずみはさぁ、武ちゃんとラブラブだからいいよね…。まぁ、武ちゃんも物好きだわ、こんなに気の強い女を相手に選ぶなんて。」

妙子はカフェオーレを一口ゴクリと飲みながらそう言った。

「ハイハイ、どうせ私は気が強くて、可愛げがないですよ~。美人でもないしね~。」

私は妙子の毒舌にもめけずに言い返した。

「『美人じゃない』なんて言ってないよ。いずみ、武ちゃんと付き合ってから女の子っぽくなったっていうか…綺麗になったよ。うん」

「はぁ?やだ、妙子、熱あるんじゃない?…とりあえず、お礼言っておくわ。ありがとう」

私は嬉しい気持ちをごまかす為に、話題を切り替えた。

「で妙子は、どうなのよ?その“加納さん”とか言うサークルの先輩とは」

「どうもこうもないよ。みんな狙っているもん」

「そうなの。」

「いずみ、こんどウチのサークルに顔出さない?」

「東西大のサークルなんて私が行っていいの?」

「大丈夫。他の大学や短大の人も来ているし。」

「オッケー、分かった。じゃあ、今度、遊びにいくよ」

そんなこんなで、東西大のテニスサークルに遊びに行く事となった。

私はテニスなんて、生まれから一度もやった事がなかった。

No.123

9月に入ると、ひろくんとは終末にしか会えない中距離恋愛が始まった。

電話でにサークルの話をしたら案の定「いずみ、テニスやった事あるの?」と聞かた。

「ないよ」と答えると「大丈夫なのか?」と返ってきた。

だいたい、何が大丈夫なのか?世の中、大抵の事はなんとかなる。

恥をかくこと?みんなの足を引っ張ること?邪魔になる事?

インターカレッジを目指すような部活動ならいざ知らず、お遊びのサークルに初心者はつきものだ。

何事も私は前向きだった。

後者の二つに当てはまる場合は、コートの端っこでニコニコしていればよい。


秋風の心地よい日に、妙子と待ち合わせをして、テニスコートに足を運んだ。

妙子は、なかなか上手かった。

私はグリップの握り方から教えてもらい、なんとかラケットに当てられる様になったが、ガット面があちこちを向いてしまい、うまく返せない。

3年末の男の先輩が、みんなを誉めて回っていた。

「妙ちゃんはボールに対する反応がいい、前衛でいけるよ」

「いずみちゃんは、……なんて言うか、根性がある!どんなボールも追いかける、諦めない姿勢がいい。」

つまり下手くそでセンスがない…という事だ。

肝心の妙子のお目当ての、加納さんはというと、スラリと背が高く眼鏡をかけていた。クールな秀才のイメージがありそれでいて笑顔は絶やさない、サークルの副部長だった。

なかなかの強者だ。みんなが狙う訳だ。

私が加納さんの周りをウロウロし出すと、Tシャツの首を後ろからグイっとひっぱられた。


No.124

首元を引っ張るのは、“加納さんの取り巻きの意地悪な女性たちか?”と思ったが、それは少女マンガの読みすぎだった。

振り返ると妙子が、“ちょっと、いずみ、変なお節介はやめてよね”と言わんばかりにこちらを睨んでいた。

「ハイハイ、妙子様。私が、どうせまたお余計な事をすると思っているんでしょう?」

私は、ラケットをくるくる回しながら言った。

妙子はさすがに、その言葉は口には出さずに、代わりに「いずみ、テニスなんて、付き合わせちゃってにごめんね。」と言った。

私は、大丈夫だったが、妙子がサークル仲間に気を使ったかな…と思いつつ、「妙子、こっちこそごめんね。秘密特訓してから来れば良かったね。」とペロッと舌を出した。

妙子と私のやり取りを見て、加納さんがこちらへ向かって来た。

「はじめての子だね。君はあゆみちゃんの友達で、確か……なんとか島(じま)さん」

「桑島です。桑島妙子です」

妙子は明らかに、緊張していた。

「桑島(クワジマ)ってクワガタみたいですよね。はじめて妙子と会った時に、私が、そう言ったら、妙子凄い怒って。アハハ」私が、くだらない話をすると、妙子は苦笑いしていた。

「面白いね、“クワガタさん”じゃなくて桑島さんか…。君の名前は?」

「私、小久保って言います。宜しくお願いします。」

「分かった。桑島さんと小久保さんか。今日は、あゆみちゃん、来ていないね。」

あゆみちゃんとは、妙子をサークルの誘った大学の友達だ。私も妙子から何度か話を聞いた事がある。

No.125

あゆみちゃんは、入学当初からサークルに入っていたが、妙子は元来、人見知りのところがあり、渋っていた。

あゆみちゃんから、何度か誘われて、夏休みの後半に妙子もサークルに入る事を決めた経緯があった。

「いずみ!変なあだ名つけられたらどうするのよ。“クワガタ”なんて、小学生レベルよ。」

妙子は、思ったとおり、文句を言ってきた。

「いいじゃない。名前覚えてもらえたんじゃない?」

このサークルは名前だけのメンバーも含めると70~80名の大所帯で、常時メンバーが出入りしていたので、部長ですら名前と顔が一致しないメンバーも大勢いた。

内容は夏はテニス、冬はスキー&スノボーのいわゆる、お遊び系のサークルだった。


更に月に1度の定例の飲み会もあった。

「来週の飲み会に桑島さん達も来る?」一年生のリーダー的な存在のケイジさんが聞いてきた。

「来週ですか…?」

どうする?というような視線で妙子はこちらを見る。

私が、目くぼせすると「多分、参加出来ると思います。」と妙子は答えた。

「オッケー、よろしく。あゆみちゃんも、誘っておいてね。」
ケイジさんはそう言うと、またとなりのテニスコートのメンバーに“飲み会のおしらせ”を伝えに行った。


No.126

翌週はひろくんはたまたま土日の両日バイトだった。

妙子達と飲んで来れば?とひろくんは、サークルの飲み会に参加する話を快く聞いてくれた。



「いつも妙子から聞いてます。あゆみちゃん、はじめまして」

あゆみちゃんは、思っていたより数倍可愛い娘だった。

ケイジさんが「小久保さんは桑島さんと同じ高校だったんだね。じゃあ、あゆみちゃんとは初対面なの?」少し、アルコールのせいか日焼けなのか、少し赤い顔をしながら、聞いてきた。

「そうなんです。妙子からいつも、聞かされているからはじめて会った感じがしないんですよ」

「なるほどね~。」私達の経緯を聞いて、ケイジさんは上手く相の手をいれた。

その落ち着きぶりからして、はじめて会った時に、ケイジさんは年上かと思っていた。

なんとなく、話の運び方や人の話を聞き出すのが上手かったからだ。

「僕も桑島さんの事、妙ちゃんって呼んじゃおうかな?」

「別にいいですよ。」妙子は、にこやかに返した。

「私も“いずみ”でいいです。ケイジさんは苗字は何でしたっけ?ケイジってどういう漢字なんですか?」私と妙子が、聞くと、

ケイジさんのとなりの男子が話に混ざってきた「こいつね、ケイジっていう名前じゃないんだよ。あれこれ聞くから“刑事”みたいだなって事で“ケイジ”って言われているの」

「へぇ。そうなんだ。」「やだ、面白い」

この手の話は女性陣にはうけ、その場が盛り上がった。



No.127

肝心の加納先輩とはほとんど会話がなかったが、妙子と、あゆみちゃんと、ケイジさんと数名のサークル部員で楽しいお酒になった。

トイレに妙子と立った際に、化粧室の大きな鏡の前で「加納さんとは妙子、あんまり話す機会がないの?」と聞いた。

「うん、こういう飲み会でもテーブルが別れちゃうとね…。」

私はこれでいいのよ、と言わんばかりに妙子は油とり紙でおでこやら小鼻のあたりを押さえている。

「年上の人からみると自分は子どもなんじゃないかって思って、今一歩が踏み出せないんだよね。いずみも石井さんの時、そうだったでしょう?」

あぁ。妙子の気持ちが良く分かる。聞けばきくほど、なんとかしてあげたいと、お節介虫が私の中でウズウズしてくる。

「ねぇ、いずみ?今度、加納さんのバイト先にご飯食べに行かない?」

妙子が、油とり紙をポイと丸めて捨てながらそう言った。

「バイト先知っているの?うん。行く行く。」

妙子が、下調べをしていた事に感心しながら2つ返事で了解した。

「あゆみちゃんも一緒に誘ったら?」私が提案すると、「いずみと二人がいい」と、返事が返って来た。


No.128

飲み会の話をひろくんにすると、『刑事みたいでケイジっていうあだ名は上手いな~』と言っていた。

妙子からよく聞くあゆみちゃんと言う娘も、とても感じが良かった、と話した。

口止めされていなかったので、妙子のお目当ての加納さんの話をした。

ひろくんには身の回りの大抵の話はしていた。

彼も大学の話やバイト先の話を私によく話してくれていた。

いろんな想いを二人で共有していた。




夕暮れには風に秋の深まりを感じる季節となっていた。

もう少しすると、街中がキンモクセイの香りに包まれる。

わたしはこの季節が好きだ。花が何処に咲いているかもわからないのにほのかに薫ってくる。

それは人の優しさや親の愛、恋人からの想いに似ている気がする。

キンモクセイの香りは、その人を周りごとすっぽり包み込む。

街を行き交う人は、言い訳なしにその香りに包み込まれる。

そういう無条件な愛を人は求め、また、そういう愛に飢えているのかもしれない。


私も毎年、キンモクセイの香りに包まれると幸せな心地よさを感じていたし、そういう気持ちで人を好きになれたらどんなに素敵だろうといつも考えるのだった。


No.129

その実習が始まると途端に忙しくなるが、週末には実家へ帰って、気分転換を図っていた。

記録物だけはあの屈辱的な指導を受けて以来しっかりとこなしていた。

記録物をきちんと仕上げる癖がついた今となっては、本当に担当教諭に感謝だ。

その週末は、土曜日は妙子との例の約束、日曜日はひろくんと会う予定だった。

実家に帰ると、母が「そういえば、石井さんとか言う男の人から電話があったわよ。『またかけます』って。」

「石井さん!?」私はちょっと動揺して少し大きな声を出してしまった。

「それから武ちゃん、忘れものしていったからこれ返してあげて。」とタオルを差し出した。

ひろくんの紺のタオルだ。ウチの車に忘れたらしい。

母は私の女友達にも男友達にもあれこれ言うタイプではなかった。

ひろくんの事もすっかり顔馴染みで気軽に“武ちゃん”なんて呼んでいた。

タオルを受け取りながら、私は石井さんから電話があった事ばかり考えていた。

ずっと連絡がないから、私の事なんて迷惑に思っていたんだ…。もう連絡来ないのだと思っていたのに…。

忘れていた感情が蘇ってきた。

頭をポンポンとされたなんとも言えない安心感と心地のよさ。

もちろん、今は私にはひろくんがいる。

でも会いたい気持ちが込み上げてきた…。会って聞きたい事が山ほどあるような…。

No.130

別れた恋人同士でもあるまいし“なによ今さら!”なんて、メランコリックな感情はなかったが、『今になって、石井さん、どうしたんだろう?』とばかり考えていた。

就職活動が難航していて、連絡どころではなかったのだろうか。

疑問ばかりが次々と頭に浮かんでくる。

いけない、妙子との待ち合わせに遅れてしまう。

準備する程の荷物もなかったが、身支度を整えて、駅に向かった。

「いずみ。」妙子が手を振って待っていた。

「妙子、加納さんのバイト先ってフレンチレストランって言ってたけど、私、こんな恰好で大丈夫?」

「うん平気だよ。私も平気かなぁ…。」

二人ともそれなりにお洒落をしていた。

私はワインカラーのビロードのテーラーカラーのジャケットに、フェミニンなスカート。

妙子は、グレーのパンツに秋物の黒のハーフコートを着ていた。

電車で移動し、加納さんのバイト先の周りのショッピングモールをウロウロして、夕食までの時間を潰した。

「妙子さぁ、そもそも、加納さんって妙子が気があること知ってるの?」

「え~、うん、わからない。」

「『わからない』ってなによ?それなりに噂流すとかさぁ…ないの?」

人の恋路となるといろんなアプローチ法や駆け引きが浮かんでくるのだ。


No.131

妙子が以前に、私に電話で話してくれた話によると、加納さんは、誰に対しても親切で受け答えがスマートだそうだ。

ある日のサークル活動中、妙子がテニスコート内のボールの片付けや荷物をまとめていると、「僕がやるからあがって」と言ってくれた…と妙子は感激していた。

まぁ、あのルックスで髪の毛をかきあげながら、涼しげな顔で『僕がやるよ』なんて、言われたら奥手な妙子は、すぐにのぼせてしまった事だろう。

石井さんから電話があった事を言おうと思っていたが、今日は、妙子に付き合っている事もあり、私は言うタイミングを見失っていた。

午後6時を回りそろそろ、ゆっくり夕飯を食べるには良い時間となった。

加納さんのお店についた。ビルの二階にある小洒落たお店だった。

黒のスーツの執事の様な恰好の案内人が「ご予約でしょうか?」と聞いてきた。

「いいえ」と答えると「二名様で宜しいでしょうか?」と店内へ案内された。

加納さんの姿はなかった。

はじめは大人の雰囲気なお店で、私達が場違いな気もしたが、少しすると、ややカジュアルな若いカップルも入ってきたので安心した。


No.132

まだまだお子様な私達はフレンチディナーでア・ラカルトは頼みにくかった。

無難にコースメニューの中から“本日のシェフのおすすめコース 4500円”をチョイスした。

前菜、スープとすんだところで、「ねぇ、今日、加納さんバイト休みじゃないの?」と私は妙子に聞いてみた。

「うん、でも(金)(土)(日)はサークルの飲み会以外はバイトだからって言っていたんだよねぇ。」

思いきって「今日は、加納さんは…。」と他のホールスタッフに声をかけた。

「加納ですか?少々お待ち下さい。」

シフトでも確認しに行ったのか、そのスタッフはバックヤードに下がって行った。

「いずみ、確認不足でごめんね。多分、休みだったんだね。」と妙子が行った直後に、加納さんが出てきた。

遠くで先ほどのスタッフが、こちらのテーブルに手を差し出して教えていた。

こちらへ加納さんが歩いてきた。

妙子もそれに気がつき、ちょっと頬が紅くなっている。

黒のウェイター姿の加納さんは決まっていて素敵だったが、ひろくんの方が数倍かっこいい…と私は自分の中でのろけていた。

加納さんは、いつもの癖で、髪の毛をかきあげたいだろが、髪の毛に手をやる事は、飲食店では御法度だ。

「いらっしゃいませ。今晩は」テーブルの脇に立つと、加納さんは憎たらしい位の笑顔で、会釈をした。


No.133

「今晩は。美味しくいただいています」妙子は、うやうやしい感じで答える。

なんだか学芸会を見ているみたいで、私は吹き出しそうだったが、こらえながら「美味しいです。」とニコリとした。

「お二人とも綺麗でどこの女性かと思いました」加納さんは歯が浮くような台詞を続けた。

アペリティフでも飲んでいなかったら、『ちょっと、冗談はやめて下さいよ~』と加納さんの肩をバシバシ叩いていたに違いない。

姿を現してからは、加納さんがテーブルを担当してくれて、料理を一品づつ運んでくれた。

妙子は、恥ずかしそうに満足そうにしていた。

ホントに料理は美味しかった。

デザートにシャルロットケーキが出たが、もう一品「これは、僕から…。」と小さなミルフィーユがでてきた。

「ありがとうございます。ご馳走様です」と二人で言った。

加納さんは女性が喜ぶ事を心得ているのだ。

妙子は、大満足でお店を出た。

「美味しかったね。いずみ、今日は、ありがとうね~。」

「うんん。私もお腹いっぱい。美味しかった。加納さんに会えて良かったね。」

時間は21時を少し回ったところだった。

電車で帰り、それから二人でコーヒーショップに入って話をした。

No.134

「妙子は、加納さんとどうしたい訳?」

「どうしたいって?付き合いたいとか…?」
私はカフェオーレをすすりながら、うんうん、と頷いた。

「いずみはさぁ、石井さんの時、そんなふうに考えていたわけ?自分には無理だなぁ…と思いながらも、でもどうしようもなく“好き”って気持ち分かるでしょう?」

妙子がもっともらしい事を言う。

「分かる。そうだよね、妙子。相手からしたらガキなんじゃないかって…。」

それから少し間を置いて私は喋りはじめた。
「あのさ。昨日、石井さんから、実家に電話があったのよ。」

「えっ?それで、それで何だって?」

「うん。お母さんが出たんだけど、『またかけます』って」

「それだけ?」

「うん。それだけ。」

「いずみ、石井さんの連絡先知っているんでしょう?電話かけてみなよ。」

「え~、いいよ。用事があれば、またかかってくるよ。」

「今さら何の用事か知りたいでしょう?まぁ、いずみには、もう武ちゃんがいるけどね」

「妙子ってば、やめてよ~。そういう言い方。ただ就職が決まったって報告だよ、きっと。」

今さら石井さんが私に気があるなんて、とても思えなかった。


妙子の言う通り、私には、今はひろくんがいる。ただ、何で連絡をくれたのか知りたかった。

No.135

妙子と、二人でお店を出た。

コーヒーショップはひろくんのバイト先に近かったので、シュークリームの差し入れを持って、立ち寄った。

「今晩は~。」お店の中はちょうど閉店時間になり、厨房やホールの片付けに追われていた。

「おっ、いずみ!あれ、妙ちゃんも一緒なんだ。」ひろくんが気がついて入り口に歩いてきた。

「これ他のスタッフさんと食べて。」と箱を差し出した。

「サンキュー。もう帰るの?」とひろくんが聞くので「うん。ちょっと顔を見に寄っただけだから。」と答えた。

ひろくんがバイト先の人達から冷やかされていた。

私は、“お前の彼女はいいな”とひろくんの周りには思って欲しかった。

それは、私自身を誉めて欲しいのではなく、“そんな彼女”を連れているひろくん自身の価値を高める事になる。

だから、私はいろいろと頑張った。

外観はチビでモデル並みにはなれるはずがなかったが、中身で勝負だと思っていた。

お料理はもちろん、寮に毎日届く新聞もよく読んで政治の話、国際情勢なども、人から馬鹿にされない程度には頭に入れた。

そうする事が、ひろくんと釣り合いがとれる事なのだと信じていた。

No.136

ひろくんのバイト先を後にして、妙子と途中まで、とぼとぼ歩いた。

土曜の夜ということもあり、駅周辺はネオンが華やかだった。

「やっぱり彼氏がいるっていいね。なんかいずみ、落ち着いたし、いずみの武ちゃんに対する努力、うらやましいよ。」

そんなことを言われて、悪い気はしなかった。

私の中では以前ほど石井さんに対してだって、卑屈と言うか、“相手にしてもらえない”という感覚はなかった。

私に恋い焦がれて電話をくれた…と思うほど自惚れてはいないが、“何かしらの気になる存在”だから連絡をくれたのだろう。

寮での生活と、ひろくんとの付き合いと、かけがえのない友人逹の存在が、私の視野を広げてくれていた。


きっと今なら、石井さんに対して堂々としていられる。

気持ちも揺れないだろう。ドキドキだってしないはずだ。

そんなふうに石井さんに、会う事を正当化している自分に少々の後ろめたを感じていた。

この複雑な気持ちを知ってか知らないでか、妙子が急に「石井さんと連絡とりなよ。」といいだした。

「これは、武ちゃんに悪い、悪くないって言う問題じゃなくて、いずみが過去と決別するチャンスなのよ」

“過去との決別”ってなんか凄いタイトルまで付いちゃって、大掛かりな事になってきたな。

妙子よ、人の心配の前に加納さんの件はどうしたいのよ?

No.137

翌朝、目覚めるとひんやりとした空気が辺りを包んでいた。

お布団から出るのを一瞬ためらった。11月に入ると1、2日急に寒くなる日があるものだ。

起きて身支度をして、ぼーっとしていると、電話がなった。

ひろくんかなぁ…。妙子かリエかな?

「もしもし、小久保です。どちら様ですか」

「あの、いずみさんは…。」

聞き覚えのある声だ。この声は多分…。

「いずみは私ですが」

「良かった。いずみちゃん?石井です、お久しぶり。」

ドキドキしないはずじゃなかったのか? 昨日の今日で、心の準備が出来ていなかった。

「お久しぶり…です。」

「元気にしてた?今は看護学校の寮にいるんだよね。週末はこっちに帰ってきているんだね」

「うん。そうなんです。石井は、元気でした?就職決まったんですか?」

あれこれ聞きたい気持ちと何から聞いたらよいのか…と言う気持ちが、ごちゃまぜになっていた。

「就職決まったよ。ずっと連絡しなくてごめん。」

“連絡しなくてごめん”この言葉は私にとって、催眠術のようだった。

今のひと言で、私は連絡がなかった理由も、今になって電話をかけてきた理由も聞く気持ちがなくなり、代わりに「就職決まったんだ。じゃあお祝いさせて下さい。」

と、余計な事を言ってしまった。

No.138

「お祝いって、ありがとな、いずみちゃん…。」

「今度、ご飯ご馳走しますよ」次々と言葉が出てくる。

これじゃあ、まるっきり私から誘っているようだ。

彼氏がいる事を言わなくちゃと思う自分と、石井さんは、今や昔のバイト先の先輩だ。と片付けている自分との葛藤は、後者に軍配が上がった。

しかしながら、「友達の女の子も連れて行きます」と私は、二人で会うことだけは避けた。

ひろくんに申し訳ないという理性はちゃんと持ち合わせていたからだ。

妙子を連れて行くつもりだった。妙子なら安心だ。

「じゃあ、俺も大学のゼミの友達を誘ってみるよ。四人で飯だ。」

石井さんは、相変わらずの調子の良さだった。

あっさり話が決まってしまった。

「また連絡するな。じゃあ。」

ひろくんの事を言いそびれてしまった。

隠していたつもりはなかったが…。会った時に言おう。

お昼からひろくんと出かける予定だったが、真っ先に妙子に電話をかけた。

「オッケー、私はいいけどいつ?武ちゃんには話すんでしょう」

「うん。黙って出かけるのは、嘘ついているみたいで…。」

「う~ん、わざわざ言うのもって思うけど、隠しているのも変だよね。武ちゃん、何て言うかなぁ…。」

「何て言うだろうね…。」

妙子に、簡単に話して電話を切った。

No.139

「それでさぁ、結局、その教授の話を最後まで聞く羽目になったんだよ。」ひろくんが大学での話をいろいろと話してくれていた。

助手席で「そうなんだ。そりゃ災難だったね」と、聞いていた。


私は、余計な事を言わないように言葉を選びながら話を、はじめた「ねぇ、ひろくん、…石井さんから連絡があったの。就職決まったんだって。」

「えっ?なにそれ。石井さんって前のバイト先の?それで?」

「うん。今度、会うんだけど…、妙子も一緒に。別に変な意味じゃないから。ひろくんに黙って会うのも嫌だなって思って…。」

「…。今度っていつ?もう関係ないんじゃないの?」

「なんで関係ないとか言うの?別にまだ石井さんの事を好きな訳じゃあないんだから…。それに、わざわざ連絡くれたんだよ。」

「いずみは連絡くれた相手には、のこのこと出かけて行くのか?」

「なぁに、それ。なんで、そんなに意地悪な言い方するの?」

ひろくんがやきもち?まさか…?

“のこのこ出かけて行く軽い女”に見られているのか!

だんだん腹が立ってきた。

ひろくんが「いずみ、石井さんとはHしたのか?はじめての人なのか?」いきなり、話はあらぬ方へ飛んだ。

「はぁ?違う!はじめての人は…、たっちゃんなの…。」

「いずみと同じクラスだった坂本達也?」

ひろくんの言葉にコクりと頷いた。何を私は、暴露しているんだろう。

No.140

ひろくんに、誤解されたくない思いから事実を吐露していた。

しかも、車内はちょっとした口喧嘩になり、お互いに売り言葉に買い言葉で険悪なムードになってしまった。

なによ、自分だって同級生の子にお土産もらうって浮かれていたくせに。

2ヶ月ほど前の話を、思い出したら余計にカッカときた。

ひろくんは話を続ける。「坂本達也の事、本気で好きだったんだな。」

私は、黙っていた。

ちょっと考えてから「たっちゃんはお母さんがいなくてずっと寂しい思いをしていたの」

そういうと、「寂しいと、そういう関係になるのかよ」

「ひろくんには分からないでしょう?」

だから、イケメンとかボンボンは嫌いだ。

コンプレックスがある人の気持ちなんて分からないんだ。

いつの間にか私は、たっちゃんの擁護をしているようだったし、ひろくんに反発していた。

そのまま、車で寮まで送り届けてもらったが、何となく気まずいまま別れた。

No.141

いつも、日曜日の夜は門限ギリギリに寮に帰ってきていた。

入浴時間は門限時間と同じ22時までと決まっており、寮に帰って来るとお風呂場にすっ飛んで行った。


湯船に浸かりながら考えていた。

ひろくんは、大抵の場合、冷静だった。

今回だってそうだ。私を責めるとか問いただすとか、そういう口調は感じられない。

石井さんの事もたっちゃんの事も、自分の疑問を解き明かすべく私に質問したのだ。

そういう冷静さが、私にしてみれば、うらやましくもあり、頼もしくもあり、時には寂しい様に感じることもあった。

感情的で直感的な私にしてみれば、なんで怒らないのか…関心がないのか…と考えてみたりするのだ。

それは男女の考え方の違いなのか?


物事の捉え方は、“女性はfeel男性はthink”と何かで読んだ事がある。

なるほど、上手いことを言う。改めて意味を実感していた。

その日はひろくんからの電話はなかった。

お風呂から上がり、部屋に戻って、通信販売のカタログのページをめくっていると、冬物の男性のセーターが目にとまった。

気持ちは晴れていなかったが、ひろくんなら紺か、オフホワイトが似合うな…と想像を膨らませている自分がいた。

女心はまことに、不思議なものだ。


No.142

週の半ばに妙子から電話があった。

なんでも、加納さんに彼女が出来た、と言う事だ。

それでも、妙子は“遠くから見ているだけでいい。加納さんの幸せを祈っているの”と言う。

なんとも意地らしいじゃあないの。


「いずみ、そういえば石井さん達と飲む話はどうなっているの?」

「うん。妙子は来週は大丈夫?」

「大丈夫。今週でもいいよ。」

「分かった。石井さんに、電話してみるね。」


すぐに石井さんに電話をかけた。呼び出しのベル音がちょっとだけ緊張を誘う。

トゥルルルル…。トゥルルルル…。


「はい。」

「石井さん、いずみです。」

「おう、いずみちゃんか…。」石井さんの声は、いつもより少しだけ寝ぼけた様にに聞こえた。

「ごめんね。もう、寝ていた?起こしちゃった?」

「いや、起きていたよ。ビデオ見ていた。」

私は寝ていたところを起こした訳じゃなかった事に安心した。

「寝ていたわけじゃなかったんだ。良かった。ビデオってHなやつ?」私がからかうと、「うん。ズゲーHなヤツ」と。

「えっ?ホントに?」

「な訳ねぇだろう。そうだったとしても電話で言うかよ。」

からかったつもりがからかわれてしまった。

No.143

「「ホントに久しぶりだな、いずみちゃん。
寒くなってきたから鍋もいいよな」

石井さんは外観は変わりなかった。少しだけ痩せたかな…。

妙子と石井さん達と、四人でその週末に会うことが決まり、待ち合わせ場所でお店選びをしていた。

意識しない様にしていたが、私を頭のてっぺんから、爪先まで、石井さんに見られている視線を感じた。

多分、幾らか女らしくなったと感心しているのかな。

妙子は石井さんと会うのははじめてで、私も石井さんの友達は初対面だった。

妙子は私に「石井さんって思ったより、いい男だね。もっとガサツな外見を想像していた。」と耳打ちした。

「うん、鍋、いいですね!確か、ちゃんこのお店がこの先にあったと思ったなぁ。どうですか? 」私は、鍋の案に賛同した。

四人で商店街を歩き、結局、ちゃんこ鍋屋の暖簾(のれん)をくぐった。

私は、まだ彼氏がいる事を言っていなかった。言わなくちゃ…と思いつつ、石井さんにだって彼女がいるかもしれない…ふとそんな風に思った。

話の成り行きで妙子がバラしてくれればいい。自分からは言い出しにくい気がした。

なんでかな?

「みんなビールでいい?スミマセン、生中四つね!」

「お鍋出来るまで、焼き鳥、頼まない?」

四人テーブルでは、私は、石井さんの隣の妙子の向かいの席に座っていた。


No.144

妙子と、石井さんが盛り上がっていた。

見ていて、とても不思議な感じがしたが悪い気はしなかった。

私は、気分良くビールを飲みながら、鍋から自分の分と石井さんの小皿にも取り分けた。

わいわいと楽しい時間を過ごした。


こうして石井さんと接していると、まだ好きなんだと自分の気持ちが容易に分かる。

ひろくんは大好きだった。そりゃ、口喧嘩にもなるけれど…。

二人とも素敵で、比べるなんて出来ない。それは綺麗事かな…。

「これ上手いぞ、ほら」石井さんが、合鴨の創作料理をはしでつまみ上げ、私の口元に運んだ。

私は、あーんと口を開けてモグモグ。

「うん、おいしい。ソースがいいのかな?」

妙子とトイレに席を立った。「石井さんっていずみの事、手のひらに置いておきたいんだね。いずみもラクみたいだね。武ちゃんとはまた違うね。」

「なに妙子、分析しているのよ。多分、バイト先にいた頃だったらもっと私も気を使っていたかな…。
石井さんに気を使わなくなったのは、昔のような“好き”って気持とは違うからかもね。武ちゃんのおかげなのかなぁ…。」

「ふーん。そういうもんなんだ…。」

お酒のせいもあり、自分でも言っている事がよく分らなかったし、整理もついていなかった。

ただ、以前とは違う。それだけは分かっていた。


No.145

トイレから帰って来ると入れ替わりに石井さんの友達が席を立った。

私は、飲みかけの梅酒ロックを飲み干すと、「石井さん、私ね、今付き合っている彼がいるんだ」と唐突に言った。

妙子は私と石井さんの顔を交互に見比べた後、わざと関心がない素振りで飲んでいた。

私の言葉に石井さんは、とりたてて慌てた様子もなく、「おう、そうか。」と。

この人は、いつもこうだ。“そうか”ばかりで私の事には興味がないのか?

今のこの場が楽しければ良いのか?まるで石井さんの気持ちは分からない。

私は、ほろ酔いも手伝って“そうか”以外の台詞が聞きたくなった。

席を少し詰め寄せて、石井さんの顔を覗き込んだ。

顔を覗き込まれて「なんだよ」無表情に答える。

私は「べつになんでもない。」ニンマリと苦笑し、鍋をつついた。

「いつからだ?」石井さんは私の顔をみないで言う。

妙子と私は、「えっ?」と言うリアクションだったが、妙子が「いずみの彼氏気になります?」と言ったところで、石井さんの友達がトイレから帰ってきて、話題が変わってしまった。

“いつからだ?”って彼氏との付き合いを聞いたんだよね?

その続きの言葉が気になった…。


No.146

以前とは違う…。そうだった。

私には大切なひろくんがいる。

石井さんの言動に一喜一憂しなくていいんだ。


お会計は、男性二人で払ってくれた。

「いいんですか?ご馳走様です」妙子と二人で恐縮しながらお礼をした。

その友達は別方向の電車で帰って行った。

石井さんは「女の子二人で帰れるか?送っていくか?」と言ったが私は「妙子とタクシーで帰ります」といって別れた。

「そう。じゃあ」


「うん。じゃあまたね」

「あぁ。」

またね…とは言ってみたが、“また今度”があるのだろうか。

もしも、石井さんと付き合えたとしても、私はきっと不安になってしまう…。

確証のない約束。

多分、日々、石井さんの気持ちを考えあぐねてしまうだろう。


こうやって曖昧な関係だからこそ、お互いに楽でいられるのかもしれない…と私は、悟った。

会ってみて、妙子が言っていた“過去との決別”なるものにはほど遠いが、石井さんへの期待や執着は薄らいだ気がする…。

晩秋の夜空は空気が澄んで、星がキレイだ。

妙子は私に山ほど聞きたい事があったと思うが、タクシーの中で「今日は、いずみが石井さん好きな気持ちが垣間見えたな…。」とだけ言った。


No.147

石井さんとの飲み会は、妙子もいたし、あれっきり連絡もしていない事が分かるとひろくんはあれこれ散策はしなかった。


今年も1ヶ月足らずとなり、ひろくんと一緒に過ごすはじめてのクリスマスがやってくる。

二人で思い切ってスキー旅行を予約した。

宿はパンフレットで見る限りは、暖炉のある可愛いペンションだ。

ひろくんは根が真面目で『彼氏と二人で旅行なんて、親が知ったら心配するから、お互いに友達と、と言っておこう』という事になった。

こういうきちんとした息子はそれなりに育った環境があるはずだ。

すでに武田家にもお邪魔していたし、電話でひろくんのお母さんとも、時々は話す様になっていたので、やはり武田家がきちんとしたご家庭な事は知っていた。

「うちだって、いずみの家と変わらないよ」とひろくんは言うが、やはり私にとって実家はコンプレックスなのか…そう思うと、なんとも両親に申し訳ない気持ちになる。

両親に対して不満がある訳でもなかったし、むしろ、たくましく育ててくれた事に感謝だった…が。

たくましさと慎ましさや品位は共存はしないのか…。

私は、自分にあるもの…と無いものが少しづつ分かるようになっていた。

No.148

いつも思う事だが、ひろくんは本当にかっこ良かった。

見ていて絵になる。
これは惚れた弱みではないと思う。

けれど、私はそれをあえて口に出さなかった。

ひろくんの外見を誉める事は他の女のコ達と同じになってしまうからだ。

私は、“武田宏之”という人間が好きで一緒にいるんだ。決して見てくれじゃなく、人柄が好きなんだ。

でも、ひろくんにしてみたら、容姿をちっとも誉めない私は、意地っ張りにも映ったかもしれない。



あちこちで見かけるポインセチアが鮮やかだ。

今日で二学期も終わりだ。明日の午前中、ひろくんが迎えに来てくれる。

そして、明後日の晩から夜行バスで旅行だ。

荷物の中にクリスマスプレゼントを詰め込む。

浮かれた気分は押さえられずに、テレビから流れるクリスマスソングに合わせてつい鼻唄を歌ってしまう。

幸せな年末年始を迎えられそうな予感がした。


No.149

暖冬とは言え、明け方バスが山を登っていくと、まだ暗かったがそこは一面、銀世界だった。

私は、隣で寝ていたひろくんの肩をゆすり「ねぇ、ひろくん」と耳元で囁いた。

「ん…?」ひろくんは半分寝ぼけた様子だったが、私が車内のカーテンを少し開けると結露のついた窓から、雪景色がボヤけて見える。

「おぉ…」とひろくんも感嘆の声をあげた。

今日から二泊三日、ひろくんと一緒に過ごすんだ…。

ペンションはクリスマスのデコレーションがされていて同じ様なカップルが数組泊まっていた。


スキーは二人ともそこそこの腕前で、しいて言えば5歳の頃から、親戚に連れられてやっている私の方が少し、上だった。

女のコは可愛く滑れたらいいんだけれど…。

そんな希望とは裏腹にひろくんと二人で果敢にモーグルバーンに挑みに行った。


ロマンチックなクリスマスには…ほど遠いかなぁ…。

しかしながら、宿の夕食には素敵なディナーが用意されていた。

二人でちょっとだけ気取って食事をした。


夕食の後、部屋に戻るとひろくんが「いずみ、メリークリスマス。」

小さな箱を差し出すと中には指輪があった。

「次はもう少し高いヤツを正式にプレゼントするからな…。」

プラチナに小さな小さなダイヤの指輪。バイトで買ってくれたんだ。

ひろくんからもらったはじめての指輪、私にはそれだけで十分だった。


No.150

私は、涙が出るほど嬉しいクリスマスプレゼントだったが“今度は正式に”っていう台詞がちょっとだけ嫌だった。

将来の事なんて誰にもわからない。

そんな事言われたら期待しちゃうじゃない。

もしも別れたとしたら立ち直れないじゃない。

そう言いたかったが、今は止めておこう。

「私からも、ひろくん、メリークリスマス」とプレゼントを取り出した。

皮のパスケースと、紺色のセーターだった。

パスケースは大学への通学定期券を入れるように、セーターは実習の合間をみながら編んだ。

「本当に手編み?」ひろくんは少し驚いていたが、私が「うん。」と答えるとすぐに袖を通してくれた。


それから、どちらともなくキスをした。

ひろくんは、何度も私の髪をかき上げながら、いつもよりも更に長くキスをしてくれた。

それから、首すじに、胸にひろくんの唇を感じた。

さっき飲んだワインのせいなのか、キスされただけで凄く感じてしまう。

「あぁぁっ…」声をあげると「隣に聴こえるから静かに…。」とひろくんに言われた。

「ごめんね。だって…。ひろくん、あぁ…はぁぁ…。」

ひろくんは私の下着を脱がして、舌や指を使って優しく愛撫してくれた。

「もう、こんなに濡れて…。いずみはエッチだなぁ…。」

やだ、ひろくん。眉をひそめた、そんな艶っぽい顔で言わないで…。

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