追憶

レス34 HIT数 3495 あ+ あ-

ひな( 20代 ♀ D9CIh )
10/02/10 17:27(更新日時)

生まれた時から
どん底人生

普通の幸せ…
って何?

両親の離婚
転校
学校でのいじめ
一人ぼっちの昼休み
学校なんて
何も面白くない

ドロップアウトした
あたしに待っていたのは
さらなるどん底への道


誰も助けてくれない
信じられるのは
自分だけ


初めて好きに
なった男は妻子もち

気づいた時には
深みにはまってた

一緒にいたくて
無理して、我慢して


だけど
手に入れたのは
悲しみだけだった


10年間、
ずっと走ってきた

人並みの幸せで良い
手に入れられるのは


一体
いつになるんだろう


あたしは、
いつまで走っていれば

みんなに
追いつくんだろう



【追 憶】

No.1237993 10/02/03 01:01(スレ作成日時)

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No.1 10/02/03 01:17
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

ほんの少し前まで、自分の人生がすごく嫌だった。

周りの全ての人、知らない人、両親や祖父母でさえ、あたしより幸せそうで憎しみさえ抱くくらいだった。他人が羨ましくて、誰でも良いから違う人になりたかった。すれ違う人全てが、あたしより幸せなんだろう、って羨ましかった。

今でもやっぱり、あたしは幸せじゃないし歩んできた人生は失敗だったと思っている。

あたしは、幸せそうな顔をするのが得意だ。
世界中で、あたしより不幸な人はたくさんいるけれど、一見すごく幸せそうに見える人々の中でなら、あたし以上に不幸な人間なんていないはずだ。
恵まれている様に見えて、何もない、それどころかマイナスしかない、そんな人間もきっとあたしだけなんだと思う。

No.2 10/02/03 01:19
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

それでも最近、やっと、あたしはあたしであることに感謝する様になってきた。
他の誰かになりたいと願わずにいられる様になった。
あたしが、あたしだからこそ、今の自分でいられる。今の自分は、失敗ばかりで回り道ばかりし過ぎたけれど、他の人より多少知識があって、うまく生きて行くコツも知っているのかもしれない。
他の人なら出来ない、やろうとしないことを、あたしだからやろうと思える。そして、その気持ちが回り道ばかりしていたあたしを、やっと頂上に導いてくれるかもしれない。

No.3 10/02/03 01:20
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

登り始めたばかりの山は、きっと富士山より高い。
それでも、雲の中に隠れていようが必ず山には頂上がある。諦めずに一歩一歩、ゆっくりでも登ればいつか到達出来る。

そして、一つの山を制覇すれば、大きな自信に繋がり、今度はもっと高い山にも登れる。
頂上に到達出来ないなんてことは絶対にないと考えている。
だけど、その山に登ってみようと考える人と、登る前から諦める人、少し登って止める人、登るなんてことを最初から考えない人。山を見た時の感じ方は、きっと十人十色だ。
その中で、山を見て登ってみようと考えることが出来る、そんなあたしで良かったと、やっと素直にそう思える様になった。

No.4 10/02/03 01:36
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

24歳、俗に言う“結婚適齢期”でTと結婚した。
彼と出逢った時、私はどこにでもいる普通のOLだった。
過去を忘れたフリをして、必死で“普通の女の子”になろうとしていた。

『ひなを幸せにしたい。一生守っていく。』


付き合ってちょうど2年目の記念日。
指輪と一緒に、そんな言葉を貰った。

ありきたり過ぎる言葉だけど、私にはもったいないくらい嬉しくて、生まれて初めて“嬉し泣き”した。

No.5 10/02/03 01:44
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

その言葉を貰っただけで、人生最高の幸せを感じた。

だけど、その時ふと思った。


Tに何も言わないまま幸せになっちゃいけない――…。


話せないことを、たくさんしてきた。
だけど、一つだけ話さないといけないことがあった。

Tが、本当に私の人生を引き取ってくれると言うなら。


隠していてはダメだ。



Tは、私の話を黙って聞いていた。


そして、一言『話してくれてありがとう―…辛かっただろ?』そう言って、私の頭を撫でてくれた。


なぜか、許された気分になった。

No.6 10/02/03 01:49
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

Tは幸せにする、と約束してくれたけど、本当は今も幸せじゃない。

それでも、私が私で良かったと思える様になったのはTのお陰だ。

そして、貧しいながら落ち着いた生活を送るうちに、やっと過去から逃げず、まともに向き合える様になった気がする。


あの時の私がいたから、今の私がいる。


過去と向き合ってみれば、一つも忘れていなくて、何もかも昨日のことの様に思い出せた。


自分一人で抱え込むのは重たいこともある。
だけど、Tには話せないこともある。

重さから逃げたくて、だからココに逃げ場を作ることにした。

No.7 10/02/03 01:53
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

Tは、私にたくさんの愛情をくれる。
愛されているのは楽だ。愛することに、疲れた私にとっては特に。

私が唯一愛したのは、Hだった。
だから、Tには話せない。

一番愛した相手とは結ばれない――昔の歌にあるのは、当たっているのかも知れない。


あんなに恋い焦がれて、自分を全て犠牲にしてでも一緒にいたかった。
周りなんて見えないくらい、彼しか見ていなかった。
そんなHと私は、結局結ばれなかった。

No.8 10/02/08 09:56
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

あたしの運命が変わった日。

きっと、いくつになっても忘れない。


1月15日――彼と出逢った日はとても寒くて、珍しく雪がちらついていた。
あたしは16歳、高校1年生だった。

No.9 10/02/08 10:02
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

その日、あたしは学校の友達クミと、クミの彼氏であるタケと3人、好きなバンドのライブチケットを取るため、早朝から駅前のチケット屋に並んでいた。

開店は午前9時で、無事チケットを取れたあたし達は、徹夜明けで充血した目をこすりながら、マクドナルドの“朝マック”を食べて帰ろう、と言う話になった。


マクドナルドに入ってすぐ、タケのケータイに誰かからの着信が入った。座ったばかりのタケは、ケータイのディスプレイを見て、一瞬顔をしかめた。
だが、鳴り続ける音に大きな溜め息をついた後、その大きな身体を椅子から引っ張り出す様にして立ち上がり、店の外に出る。


「先、食べとこ。」

クミに言われて、あたしはハンバーガーの包みに手を伸ばす。

No.10 10/02/08 11:01
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

10分くらいして、タケが戻ってきた。
難しそうな顔をしている。

「どうしたの?」

クミが心配そうに首を傾げる。


「いやぁ―…」


タケは頭を掻きながら、チラっと私の方を見た。

「先輩が、今から来るって…」


タケの言葉を、あたしとクミは一瞬理解出来なかったが、タケの「ほら、前話したやろ?」と言う追加の説明で、クミが「あぁ―…!」と納得顔になり、それから急にニヤニヤしてあたしを見たの。

訳の分からないあたしは「なに!?―…なんなのよ?」としか言えない。

No.11 10/02/08 14:16
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「タケの先輩が、ヒナに会いたいんだって。」


ボクシング部の先輩で、今は社会人だけどボクシングを続けていて、たまに母校に遊びに来るのだ、とタケが言った。


「すごく格好良い人。ボクシングも高校時代はインターハイに出たくらい。怪我で本格的な試合はもうしなくなっちゃったけど…」


そんな話を聞いて、あたしは赤井秀和みたいにいかつい人を想像した。


タケはあたしのバイト先の先輩、年齢は1つ上で男子校に通っていた。
その中でも、さらに男臭いボクシング部に所属していて、クミと出会うまで彼女いない歴=年齢だったので、彼女が出来たと言う噂は学年中に広まったそうだ。

二人が付き合ったのは、あたしがクミをタケに紹介したのがきっかけだ。
だからなのか、二人が付き合い始めてから妙に、あたしが一人なのは気にして「誰か良い人いたら紹介するねー」なんて言われていた。

No.12 10/02/08 14:23
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

あたしは、別にまだ彼氏なんて欲しいと思っていなかったのに。


「ヒナの写真見せたら、可愛い~って!」

クミがワクワクした様な口調で言うのを、タケが横から「でも、急で悪いな。徹夜明けだし…って言ったんだけど、先輩強引でさ…」と申し訳なさそうにしている。


正直言って、眠たいし徹夜明けの顔って汚いし、服装だってテキトーな格好。もっと、ちゃんとした時に会いたいとは思ったけれど、

「ま、付き合うとかそんな話じゃなく、ただ会うだけなら良いよ。」

なんて、軽く頷いてしまったのが、思えばあたしの運命の転機になる訳だけど、まさかその時に分かるはずもない。


あの時、眠いとか言ってあたしだけ先に帰れば良かった――…と、何度も後悔した。


彼との付き合いは、初めから終わりまで後悔の連続だった。

No.13 10/02/08 14:31
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

“彼”が来たのは、午前11時過ぎだった。


タケのケータイが鳴って、「はい――…はい。分かりました…」なんて、バイト先でしか聞いたことのない堅苦しい感じの相槌の後、「着いたって。」とあたし達に言った。


マクドナルドを出て、待ち合わせ場所に向かう。

「あー、緊張するなぁ。」


伸びをしながらクミが呟いた。


「クミも会ったことないの?」


あたしが聞くと、


「うん、プリクラでしか見てないの。なんか、プリクラとかタケの話聞く限り、かなり格好良いみたいで緊張してきたのよ。」

と、やや興奮気味。


「なんで、あんたが緊張すんのよ?」


あたしは呆れて突っ込みながら“格好良い”って一体どんな感じなんだろう、と考えていた。


タケから与えられた“先輩”の事前情報は、名前が『ヨシキ』であること、年齢がタケの3歳上――要するに、あたしの4歳上であること。
それから“格好良い”と言う話だけで、後は何もなかった。

No.14 10/02/08 14:41
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

待ち合わせ場所について5分。


「あ、先輩――…」


タケが声を上げた。

前から背の高い男性が歩いて来る。

あたしは、目があまり良くない。眼鏡もかけていなくて、顔はあまり見えなかった。
だけど、服装の雰囲気だけで、かなりお洒落な人だな――と思った。


段々近づいて来る姿を見つめていると、顔もはっきりしてきた。


陽にあたって茶色く見える髪の毛は、パーマをかけているのか少しウェーブがかっている。
前髪はうまく上にあげていて、形の整った眉毛が見えている。

その下にある、軽くつり上がった切れ長の瞳に見据えられた瞬間――あたしは息をのんだ。


びっくりするほど綺麗な瞳だった。


あたしは、出逢った瞬間彼に捕らわれて、このまま動けなくなる様な気がした。

No.15 10/02/08 14:51
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「ヨシキです。よろしく。」


彼は、まっすぐあたしの前に来て、まずあたしに軽く頭を下げて挨拶をした。 あたしより、ちょうど頭一つ分くらい背が高かった。


「あっ―…ヒナです。すいません、今日は何か汚い格好で…」


彼を前にして、あたしは急に惨めな気分になった。

だって――あたしは、ガキ臭い格好をして、化粧だってまともに出来ていないのに、彼は綺麗で、香水のふんわりした良い香りがして、何より大人だったから。


あたしの周りにはいない、落ち着いた大人の男――そんなオーラが漂っていた。


あたしだけじゃない。 タケもクミも、彼の前ではただの子供だった。

No.16 10/02/08 14:53
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

そんな“大人の男”が、あたしを見て可愛いなんて思う訳がない。


だいたい、こんな格好良い人なら、あたしじゃなくてもっと綺麗な女の人と遊べるじゃない。


――…なんで、あたしが恥かかなきゃいけないの?


そう考えると、タケに怒りが湧いてきた。


“格好良い”とは聞いていたけれど、あたしが想像していたのは、あくまで高校生の格好良い、だった。


実際のヨシキは、あたしの想像を遥かに超えて――と言うか、あたしが想像出来る範囲を超えていた。

ヨシキは、大人の男。

だから、子供でしかいられないあたしは、惨めで仕方なかったんだ。

No.17 10/02/08 15:00
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「うわー!格好良いっ!」


あたしが黙っていると、クミが沈黙を破って騒ぎ始めた。


「ヨシキさん、すごい良い匂いするー!あ、ヨシキさんって呼んで良いですか?」


ヨシキの周りを、クミがちょろちょろしている姿は、クミの背が小さいこともあって、まるで親子の様にさえ見える。

クミは、あたしと同い年だから、あたしとヨシキが並んでもあんな風に不釣り合いなんだろうな―…そう考えて、虚しくなった。


釣り合うも釣り合わないも、最初から相手にされるはずがないのに。


ヨシキと会うまで、“あたしはまだ彼氏なんていらないし。”とうそぶいていた自分の変わりように驚いた。


何もないのに、あたしは意識し過ぎだった。



「どっか行きますか。」

タケが歩き始めた。


「昼飯にはちょい早いかな。どっか行きたいとこ、ある?」


タケと並んで歩きながら、ヨシキは後ろからついて歩くあたし達を振り返った。


「あっ、クミ、カラオケ行きたいなぁ。」


「おー、カラオケ良いねぇ。」


ヨシキとタケも賛成したので、カラオケに決まった。

No.18 10/02/08 15:05
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

タケと並んで歩くヨシキの後ろ姿を、ボーっと見つめながら歩いていると、クミが背中を叩いてきた。


「ちょっ―…いきなり何よー…」


抗議の声を上げると、


「あんた、ボーっとし過ぎ。」


格好良いから見とれるのは分かるけど――とクミがニヤリとする。


「えっ、別に見とれてないし…」


あたしは慌てて否定したけど、


「格好良い男は歩き方まで綺麗だなー、なんて思ってるでしょ?」


そう言われて、赤くなってしまったらしい。


「やぁだ、ヒナ可愛い!」


いきなり大きな声でクミが言うから、タケとヨシキが振り向いてしまった。

No.19 10/02/08 15:12
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「何?何が可愛いの?」

タケもニヤニヤしている。

身体がカーッと熱くなって、心臓もバクバクしているのが分かる。


「もうっ――ほっといてよ…」


小さな声で、そんなことしか言えなかったけど。


「確かに、ヒナちゃんは可愛いよね。」


ヨシキのそんな言葉が耳に入って来た。


男達二人が歩き始めたのを見て、クミが今度は小さい声で「良かったじゃん!」と囁いてきた。


「何がよ!?」


まだ赤面しているはずの熱い顔を、クミに向けると。


「なんかタコみたい。あんたそんなに赤くなるタイプだっけ?」


と、かなり冷静な突っ込みを入れられた。

誰のせいだと思ってるのよ――…そう言おうとした瞬間。



「ヨシキさんに“可愛い”なんて言われて、良かったじゃん。羨ましいよ。」


クミはニッコリ笑った。

でも、あの言葉、あたしには大人が小さい子供見た時に“可愛い”って言うのと同じ意味にしか聞こえない。

No.20 10/02/08 15:17
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

カラオケは盛り上がった。

元々、あたしは初対面の人と話すのが苦手だから、歌っている方が気楽だった。


それに、「あ、この歌好き。」とか「あの歌、歌える?」とか、普通に話すより話題があって喋りやすい。


タケやクミとはよくカラオケに来るけれど、もちろんヨシキとは初めて。
ヨシキは歌も上手くて、余計に魅力を感じた。

彼はあたしの隣に座っていて、あたしは彼の歌う横顔に見とれていた。


低音で、ちょっとかすれた声がセクシーだった。

横顔は、正面から見るより陰影があって、なんとなく憂いを秘めた感じが少しだけ幼く見えた。


あたしのリクエストにも応えてくれて、何時間かの間で完全にあたしはヨシキにハマってしまっていた。

No.21 10/02/08 17:08
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

2時間後、カラオケを出たあたし達は、そのままパスタを食べに行った。

ヨシキは年の功と言うか、あたしが人見知りしているのをすぐに見抜いていて、出来る限り居心地が悪くない様に気を使っていてくれたそうだ。


そんなこと、その時は知らなかったけれど、ただ、初対面のわりにたくさん話をしている自分に驚いていた。


それは、ヨシキが気を使ってくれたお陰――だけじゃない。
ヨシキに惹かれていて、時間を惜しむ様に話をしたかったからだ。



パスタを食べたいと言い出したのは、クミだった。

クミは自己主張が強い。あたしみたいに「何食べたい?」と聞かれた時に「何でも良い…」しか言えない人間からすれば、羨ましくてたまらないし、一緒にいると何でも決めてくれるから楽だった。

No.22 10/02/08 17:15
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

食べ方と言うのは、人を判断するのに重要だと、昔母に言われた。
箸の持ち方を矯正された時だった。


だけど、残念ながらパスタの綺麗な食べ方までは教わっていない。
あたしはパスタをフォークとスプーンで食べるのが苦手だ。どうやってもパスタがくるくるとまとまらず、食べづらい。


パスタは洒落たカフェみたいなところで食べた。
あたしの横はクミが座って、向かいにヨシキが座る。

ヨシキはパスタの食べ方が綺麗だった。

あたしは、食べ方が下手くそなのが分かっているから、パスタは嫌だったのにはっきり言えなかった。


“食べ方で人を判断出来る”
それが本当なら、あたしに対するヨシキの評価は下がったんだろうな―…と思って、一人へこんだ。

No.23 10/02/08 22:05
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

食べ終わって外に出ると、短い冬の太陽が沈みかけていた。


「なんかもー、普通に起きてたね。」

クミの言葉に、あたしは寝ていないことを思い出した。


「そういや、寝てなかったね。」


あたしが笑うと、


「そう言うとこ、やっぱ若いって良いな。」


ヨシキがニッコリ笑った。

黙っていると冷たそうに見えるのに、笑うと目尻にシワが入って、少年みたいに幼い顔になる。

今日だけで何回か見たその笑顔を、隣で独り占めしたい――思っても見なかった独占欲があたしを支配した。


「ヒナちゃん、今からどうすんの?」


ヨシキの顔に見とれていたら、ふいにそう話しかけられてドギマギする。


「あたしっ?今からは―…」


多分、帰るだけなんだけど――そう思ってクミとタケの方を見ると、二人は寄り添って手を振ったりしている。


「あの二人は俺らが邪魔なんだって。」


ヨシキはいたずらっぽく言って、フワリ――とあたしの肩を抱き寄せた。


「――…っ、何するの…」


その逞しい感触に、あたしの心臓が飛び出しそうなくらいドキドキする。
これじゃ、絶対ヨシキにも聞こえているはずだ。

No.24 10/02/09 00:25
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「そうそう、さすが先輩!物わかり良い~。」 タケは嬉しそうな顔をした。


その横でクミが、

「そうやってると、すごくお似合いだよ!」 なんて手をたたいた。


お似合い――…な訳ないでしょ。


あたしは、ヨシキの体温を感じて、頭の中はいっぱい。


「じゃあねー!」

「んじゃ、先輩あと、ヒナのこと宜しくお願いします!」


頭を下げながら、クミとタケは遠ざかる。

No.25 10/02/09 00:27
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

気付いた時には、すでにヨシキと二人になっていた。


「……あの2人は?」


置いて帰られた――と言うのは分かっていたけどヨシキに聞いてみる。


「帰っちゃった。」

ヨシキは苦笑い。


「ですよねー……」


あたしも苦笑い。


初めて会った人と二人きりで残されたあたしは、緊張で身体が冷たくなるのが分かった。


――これから、どうするんだろう。


二人きり、考えようによっては怖くて仕方がない。


「――ヒナちゃん、寝てないんだよね?じゃ、送るよ。」


あたしの、ガチガチの緊張が伝わったのか、ヨシキは真っ直ぐ帰ることを提案してくれた。



“このままホテルにでも誘われたら―…”


なんてことを考えていたあたしには、安心と言うか拍子抜けと言うか。

徹夜明けで疲れていたうえに、初対面の格好良い男性と二人きり、なんて言うシチュエーションに疲れ果てたあたしにとって、ただ“送るよ”と言う言葉は何よりありがたかった。

No.26 10/02/09 00:32
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

駅に向かうのかと思いきや、ヨシキは違う方向に歩き出す。


「ヨシキさん、駅こっちですけど―…」


迷ったのかしら?
そう思って駅の方向を指差したが、「あぁ、良いの良いの」と気にも止めない。


ついて行って大丈夫なのかも不安だったが、まだ夕方6時前、今なら人の目がある……そう覚悟を決めて、後ろを追いかける。

No.27 10/02/09 09:59
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

ヨシキの後ろ姿を追いかけながら、

“足長いな~”

なんて思っていると、ふいに彼は立ち止まった。

あたしを振り返って、

「ヒナちゃん、はぐれない様に隣歩いてな。」

おいで、とする様に手を振った。


「えっ―…あっ…」


あたしは慌てて、ヨシキに駆け寄る。


「ヒナちゃん、歩くの遅い?」


ヨシキの腕が、あたしの腕に当たる。


あぁ、絶対顔真っ赤だ――恥ずかしく、俯いてしまった。


愛想悪いヤツだ、って思われているんだろうな、と考えつつ。
もっと男性との触れ合いに慣れたい。慣れてからヨシキと出会いたかった。


「ヒナちゃん、どしたの?下向いて…」


ヨシキの顔は見えないけど、訝しく思っているのは声音で分かる。


「あっ―…いや、ちょっと――ソノ―…緊張しちゃって…」


あたしの声はひっくり返りそうで、しどろもどろになってしまった。

No.28 10/02/09 17:17
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「あはは、可愛いっ!」

ゆでだこみたいに真っ赤になっているはずの、あたしの顔を見てヨシキは“可愛い”と言ったけど――あたしには、からかわれている様にしか聞こえない。



「あ、ヒナちゃん。ちょっと、このへんで待っててくれる?」


メインストリートから歩いて10分くらい。いや、ヨシキと歩くことに緊張していたから、本当はそんなに経っていなかったかも知れない。


人通りの少ない裏道といった様子で、周りには駐車場しかない。


この先の行動が全く読めないあたしは、かなり不安を感じたがヨシキを信じて待つしかなかった。今さら引き返せない。


なんだか、まるで身売りでもされるかの様に悲壮な気分だった。


それは、あたしの表情にも出ていたのだろう。

No.29 10/02/09 17:29
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「なんでそんな、悲壮な顔つきしてんの?」


ヨシキが笑う。


「ヒナちゃん、表情くるくる変わって面白いね。」


“面白い”なんて言われても、女子高生としては全然嬉しくない。


「いや、だって―…なんかこのへん、あたし知らないし―…」


俯いたまま言うと、なぜかヨシキはまた笑う。


「あはは、そりゃ、こんな何もない道知ってる方が変だよ。」


じゃあ、なんでヨシキは知ってるの?と疑問に感じたが、ストレートに言えるなら苦労はしない。

「とりあえず、本当にすぐ戻るから。」


さりげなくウィンクなんかするのが、妙に似合っていて憎らしい。

No.30 10/02/09 18:40
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

仕方がないから、ケータイを取り出すと、クミからメールが来ていた。


【タケ的には、ヨシキさんかなりヒナのこと気に入ってるっぽいよ!頑張ってモノにしちゃえ!】

そんな内容。
どう返したら良いか分からない。


悩んでいると、いきなり自分の前に黒いセダンの車が停まった。


驚く間もなく、運転席が開いて出て来たのは見覚えのある長い足。


「ごめんね…おまたせ。」


あたしは、ポカンとするだけだった。


女子高生のあたしにとって、車に乗るなんて家族以外では考えられない。
同じ高校生―例えばタケにしても、バイクの中型免許を持っているだけで“格好良い”なんて思えるのがあたしのレベルだったのに。

No.31 10/02/09 18:48
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「はい、お嬢様――…どうぞ。」


ヨシキは、ポカンとしているあたしの背中に軽く触れる。ダウンコートの上からなのに、微かな感触だけでゾクッとする。
初めての感覚に、あたしはまたゆでだこみたいに真っ赤になるしかない。

もう片方の手で助手席のドアを開けると、ヨシキはあたしを座らせた。


「じゃ、送ろう。家、どこ?」


運転席に座ったヨシキを、あたしは黙って見つめていた。


「なに?なにかついてる?」


ヨシキは長い指で、綺麗な頬を撫でる。


「いやぁ――…車は…レベル高いっすねー…あはは。」


滑る様に車を運転するヨシキの横顔は、真剣な顔つきで――鋭い瞳は尖った鼻と相まって、きつい印象を与える。
だが、笑顔を知っているから、そのギャップがまた魅力的だ。


運転している男の顔が好きって言う女性、多いのよね。
最近、雑誌で見た様な気がして、溜め息をついた。


一体、何なんだろう、この時間。

家に帰るまでの一瞬。
夢――かも知れない。


だけど、夢でも良いや。こんな素敵な人とドライブなんて、理想だ。

No.32 10/02/09 18:57
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

妙なテンションでしか話せない。
だんだん、緊張し過ぎて胃が痛くなってきた。

あたしを一人残していったクミとタケに、心底腹が立った。


ヨシキには家の場所を告げたが、あたしの道案内で果たして到着するのだろうか。
とりあえず、真っ直ぐ家に送ってくれそうな感じで安心した。

騙されて海外に売り飛ばされて、金持ちの愛玩人形に――…なんて想像を膨らませると怖くなる。
ヨシキみたいに完璧な男が、損得抜きであたしみたいに何の取り柄もないガキに興味を持つはずがない。だけど女子高生はそれだけで高く売れるし――上品なのだが、なぜかヨシキにはそう言う危険な仕事をしてそうな雰囲気もあると感じていた。

何もないなら、後輩の知り合いだから丁重に扱ってくれているのか。


最後の想像に少し納得した。そうだわ、だから優しいのよ――それなら、下心なんてのもないはずだし、安心だ。

No.33 10/02/10 17:01
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

ヨシキには、家までの道順を大まかにしか説明しなかったのに、あっと言う間に見覚えのある家周辺の道に出ていた。


「このへんからどうすれば良い?」


車を停めてハンドルに手を置いたまま、ヨシキがあたしの方を向いた。


「あっ、このへんで―…」


もっと話したかったのに――そう思いながらも、引き留める理由がなくて、あたしはドアノブに手を掛けた。


「えー、このまま帰らないでよ。」


突然、だけど優しく、ヨシキはドアノブに掛けたあたしの手を握りしめ、引き寄せる。

その男らしい力強さに、あたしはビクっとなった。


「このまま帰るのは、寂しくない?」


わざとなのか偶然なのか、ヨシキの唇があたしの耳に触れる。微かにかかる吐息とかすれた声に、あたしの身体は囚われてしまう。


ヨシキの言葉――彼がこれから“何を”目的としているのか、シチュエーションを考えれば一目瞭然。
簡単に身体を投げ出す女なんて最低―…そう軽蔑さえしていたあたしが、いざ、そうでしか有り得ない状況になって、抵抗しようともせず、言いなりになろうとしていた。

No.34 10/02/10 17:27
ひな ( 20代 ♀ D9CIh )

「そんなに硬くならないで――…」 ヨシキは耳元で囁く。 その声で、余計にあたしは身体に力を入れてしまうのに。

その時のあたしは初めて感じる男性の力、体温、すべてにただ戸惑いを感じて、何も出来なかった。


「ふふっ――…」

と、いきなりヨシキが吹き出した。


「えっ―…!?」


このままどうにかされるんじゃないか――そうは思っていたが、吹き出すなんて行動は想定外。

だが、キョトンとしているあたしを尻目に、ヨシキはあたしから身体を離して、ひとしきり腹を抱えて笑った後、

「ヒナちゃん、面白い!うん。…あ、そうだ、ケータイ番号教えて。」

と、それだけ聞いた。


ケータイ番号を交換すると、さっきまでの“男”の雰囲気はどこへやら、少年みたいに無邪気な笑顔で「じゃ、気をつけて」とドアを自ら開けてくれた。

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