珈琲タイム
それは、寒い寒い冬だった…。
愛する夫を亡くした百合は生後間もない亡き夫の形見の愛娘と共に狭いアパートで身を寄せ合い暮らしていた。
娘の名前は杏奈
まだ生まれて2ヶ月の赤ちゃん。
杏奈の父親はごくごく普通のサラリーマンだった。
亡き夫の和夫と結婚して平凡に暮らしていた百合は杏奈を妊娠して幸せに包まれていた。
和夫は釣りが趣味で休日はよく釣り仲間と海へ出掛けていた。
この物語はフィクションです。
文才がなくて読み辛いかも知れませんが悪しからずご了承ください。
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臨月になった百合は和夫と幸せに暮らしていた。
「カズちゃん、もうすぐ結婚記念日だけど、どこか行かない?」
肴をつまみに日本酒を飲みながらお笑い番組を見ている和夫に話しかけた。
「お~いいねぇ♪日帰りで温泉でも行くか?」
和夫は美味しそうにお酒を飲みながら
百合に応えた。
ささやかな暮らしだったが、和夫と百合は仲の良いオシドリ夫婦だった。
築30年の2DKのアパート、家賃は駐車場料金込みで、月4万円の格安。
畳の部屋が異様に和んだ。
貧乏だったが、生まれてくる娘の為に二人でマイホームを夢見て、コツコツと貯金をし、頭金を貯めた。
住宅展示場や、分譲地デートを楽しんだ。
でも…和夫はある日帰らぬ人となった。
ある日、和夫は有給を取って仲間と川釣りへ出掛けると言った。
百合は少し不安だったが、和夫は釣り歴も長く、ベテランの仲間とも一緒なら大丈夫だろうと快く承諾した。
当然、百合は一緒に行ける訳がなく、
アパートに残った。
「気を付けてね(泣)」和夫に百合が言った。
「うん、今度はな、海じゃなくて川なんだよ、寒ハヤを釣るんだ。」
和夫が息を弾ませる。
「いっぱい釣って百合に食べさせるぞ!出産の為に精をつけなアカンやろ!」
「ありがとう。カズちゃん。」
そして和夫は次の日早々に帰宅して釣りの準備に取りかかりその翌朝仲間と一緒に蔓延の笑みを浮かべながら百合に
「お酒買って待ってろよ~」と手を振って出掛けて行った。
百合はアパートに残り、何時ものように家事を終えてから近くの酒屋さんに和夫の好きな日本酒を買いに出掛けた。
「寒ハヤって、食べたことないけど…美味しいのかな?早く帰って三人で食べたいね。」そうお腹に手を当てて話しかけた。
夕方和夫が電話してきた。
「まだまだもう少し釣ってから帰る予定だから、遅くなるかも知れない。高速使って帰るけど、8時以降になると思うんだけど…」
口早に和夫は言った。
百合は内心早く帰って欲しかったが、穏やかに頷いた。
「フゥ~」ため息も何回目だろう…。
百合は時計に目をやった。
9時半過ぎている。「カズちゃん遅いなぁ…。しかし、お腹空いたなぁ。先に1人でたべようかな…」
そう思っていた時、電話のベルが鳴った。
カズちゃん!
百合は急いで電話に出た。
「はい、木田です。」
電話の相手は和夫ではなく、聞き慣れない中年の男性の声だった。
「木田さんのお宅ですか?」
「はい、そうですが。」
「私、〇〇県警交通課の吉田と申します。」
警察…。警察…?
警察!?
「あなたは木田和夫さんの奥様ですか?」
「先程、午後8時30分頃、〇〇高速でご主人の木田和夫さんがトラックとの追突事故に巻き込まれて只今救急車両にて、〇〇医科大学病院へ搬送されました。」
エッ…?事故!!
誰が??
百合は一瞬頭が真っ白になり、言葉を失った。
百合はその後半ばパニック状態になり、警察官と何をしゃべったかもよく覚えていなかった。
気が付けば、着の身着のままタクシーに乗り込んで和夫が運ばれた医大の救急受付の前まで来ていた。
「あ、あ…の、先程 此方へ搬送された木田和夫の家内ですが…主人は!!」
挙動不審な位の言動は周りからみたら滑稽だっただろう…。
しかし、百合は動転していてまともな行動なんて取れなかったのである。
受付の奥から看護師が案内に出てきた。
「奥様の木田様ですか、此方です。」
「あの、主人はどうなってるんですか??大丈夫ですか?
私、私…怖いです。」
百合は大きなお腹を抱えて階段の途中でしゃがみこんで泣き出してしまいました。
「大丈夫ですか。奥さん…」看護師さんの優しい温かい手が百合の背中を撫でた。そして百合の手を握り、穏やかに口を開いた。
「今、ご主人はICUに入ってます。これから手術になりますが、不安なら私が他のご家族や身内の方が来られるまであなたと一緒に付いてますよ…。」
百合はお腹を撫でて泣くしか出来ませんでした。
他のスタッフから和夫の両親と妹に連絡をしてもらい、直ぐに駆け付けてもらいました。
「百合さん、和夫は!?」
少し経って息を切らした義母の声が聞こえた。
後から義父と義妹が神妙な面持ちで小走りに駆け寄って来た。
静まり返った手術室の近くの待合いの椅子に無言のまま百合と三人は腰を掛けた。
看護師から説明を受けた百合と義家族はただただ手術が終わるのを息を呑んで待った。一時間、二時間、三時間が過ぎようとした頃、手術室の扉が開き、初老のしっかりした医師と、看護師が出てきた。「木田和夫さんのご家族様ですか?」看護師が声を掛ける。「はい、そうですが息子は!?」義母が目を丸くして立ち上がった。続いて百合も泣きながらヨロヨロと力の入らない足で立ち上がった。「手術は無事に終わったんですか…。」初老の医師は難しい面持ちで口を開いた。「ご主人の木田和夫さんはトラックとの追突事故により、身体にかなりの傷害を受けていて、搬送される間に意識をなくし、開腹手術を試みましたが、肝臓の損傷が著しく激しい為、出血が多量になり、かなりの輸血もしましたが、先程お亡くなりになりました。誠に残念です…。」医師と看護師は深々と頭を下げた。「うわぁぁぁー!!」義母が叫び泣き崩れた。ギューッ!百合のお腹が異様に硬くなり張ってきた。「痛いっ!」涙が途切れた…。百合は今まで経験したことも無いような余りのお腹の痛みにそのまま床にしりもちをついた。「百合さん!!」「奥様!!」義父と義妹、医師と看護師が驚いて駆け寄った。
医師はすぐさま百合のお腹に手を当てて、「これはいかん!張りすぎだ!」と言って聴診器をお腹に当てた。
「胎動がないな。」
「奥さん、少し苦しいが、我慢しなさいよ!!ストレッチャー、早くしなさい」
医師はそばの看護師に産婦人科へ搬送するように手配した。
医大だったのが不幸中の幸いで、緊急夜間、休日でも緊急分娩手術を行っていた。
ストレッチャーが来て、立ち上がろうとした百合。
ポタポタ…。
真っ赤な血が百合の脚を伝った。
「キャアーっ!!お義姉ちゃん!」
義妹が叫んだ。
百合は意識を失った。
百合は産婦人科の手術室に運ばれ、緊急帝王切開でのお産になった。
百合は夢を見ていた…。
和夫とマイホームで生まれた我が子を抱く夢を。
和夫が百合に「ありがとう」と言っている。
百合は赤ん坊を抱きながら和夫と微笑んだ。
しかし、赤ん坊はだんだんと不機嫌になり、グズグズとぐずり始めた。
百合がどんなにあやしても赤ん坊は泣き止まない。
どんどん泣き声は大きくなり、百合もその声の凄まじさに和夫の顔を見て涙を流した…和夫も涙目で泣きじゃくる娘の頭を撫でて百合に、「娘を宜しくな…」と 囁いた。赤ん坊は大きな声で泣きやがて百合は目を覚ました。
百合の目の前には
裸んぼうの赤ちゃんがワンワンと産声をあげて泣いていた。
百合の頬を涙が伝う…。
和夫は夢で百合の出産に立ち会ったのだ。
マイホームは和夫と共に夢になったけど、娘が生まれた事は百合にとっては唯一の支えだった。
愛する夫を失った。だけど、娘を授かった。
百合に悲喜交々の感情の波が押し寄せた。
和夫と百合の娘は
杏奈と名付けられた。
百合と杏奈はその後木田の両親から実家に帰ってゆっくりするように言われた。
和夫の葬儀には百合も杏奈も出席出来なかったが、時折退院してからも、和夫の両親や妹と連絡を取り合ったり、行き来をしていた。
しかし、和夫が亡くなって数ヶ月が経った頃、実家の父は木田の両親を訪ね、正式に百合を戻してくれと言い始めた。
「お前はまだまだ若い…和夫君の事は本当に残念だったが、また一から新しい人生を歩むんだ。何時までも夫のいない家の人間でいる必要はない。」
百合はまだ25歳になったばかりだった。
木田の両親とはその後度々話し合った。百合は木田の両親から何かの足しに…と僅かな生活費を貰って、杏奈と共に実家に返された。
百合は父の涙を見たことが無かったが、木田家を離れて、杏奈を連れて「ただいま…」と百合が実家に帰った時に父の目が真っ赤に充血していた。
百合の母は数年前に他界していた。
姉が優しく百合と杏奈を迎え入れてくれた。
杏奈はバタバタと手足を動かして父と姉に微笑んだ。
父と姉は杏奈の無邪気さに涙を拭った。
でも、百合は実家の父と姉の憔悴して悲しむ顔を見るのが辛くて、木田の両親からもらったお金を元に、実家の助けを借りて近くにアパートを借りて杏奈と2人で暮らし始めた。
寒い寒い冬だった。
それでも百合には杏奈がいていれたおかげで乗り切れた。
何時も何をするにも百合は杏奈と一緒。
2人は親子と言うより、辛い時を分かち合った同志のような関係だった。
百合は杏奈に和夫の面影を度々重ね合わせて、亡き夫和夫を偲んだ。
アパートの暮らしは和夫がいたころより貧しく、心細いものだったが、杏奈との新しい日々は傷心の百合を癒やしてくれていた。
杏奈との日々はあっと言う間に過ぎていった。
実家の父も姉も初めての新しい家族(杏奈)に何時しか悲しみも微笑みに変わって、父は特に杏奈を可愛がってよく、公園やデパートに連れ出してくれた。
百合は初めての育児に奮闘する余りに泣く暇もなく、何時しか和夫が亡くなってかなりの月日が経った。
季節は回り、杏奈はハイハイからアンヨ、小走り出来る位成長した。
その頃、百合は新しい人生を引き寄せていた。
百合は杏奈を連れてママ友の集まりや、子育ての支援施設に行くようになった。
仕事もそろそろ始める予定で、杏奈の保育園を探し始めていた。
ある日、ひとりのママ友が百合に話しかけた。
彼女も数年前に離婚し、現在はひとりで子育てをしているシングルマザーだ。
「私ね、この秋に再婚するつもりなの。娘も来年で3歳だし再婚するなら、少しでも娘が小さいうちがいいかなと思ってね。木田さんはまだご主人の姓も名乗ってるし、死別だからどうかなと思ったんだけど…まだ27歳でしょ、杏奈ちゃんも来年うちの子と同じように3歳だし…もしよかったらね、これ…。」
彼女は結婚式の招待状を百合に渡してきた。
「実はね、彼の職場の上司の方も何名か来るんだけど、1人一昨年に離婚した人がいるの。離婚の原因は元奥さんなの。この人、水上さんって言って仕事熱心で管理職でオマケにお金持ちなんだよ…。まあ、兼業農家の長男でお姑さんとは敷地内同居だけどね。彼に百合ちゃんの話したら、一度でいいから会ってみたいって。」彼女は声を弾ませて百合に話した。
が、百合は杏奈の手を握りしめて、うつむいてじっと渡された招待状に目をやり小さな声で「でも…」と言った。
アパートに杏奈と帰った百合はテーブルの上にママ友からもらった招待状をポンっと置いて溜め息をついた。
まだ百合の中には愛した和夫がいる。
忙しい毎日で思い出す暇がなくても、
何時も百合の心は和夫にあった。
杏奈と行き詰まった時だって、心の中で和夫にすがり、疲れた時は和夫の在りし日を思い出す事で
疲れも悲しみも乗り越えてきた。
百合は新しい人生なんて、再婚なんてないと自分に言い聞かせるまでもなく、写真立ての中の和夫に「あなただけだから」と微笑んだ。
次の日、また彼女からメールが来た。
結婚式って言っても大した事はしないしカジュアルに挙げるつもりだから、気晴らしがてらのランチ位に思って来てね♪
皆百合ちゃんの来るの楽しみに待ってます♪
百合は杏奈を来年からは彼女の娘と同じ保育園に通わす予定だ。
そうなると彼女とは保護者同士クラス会などでお世話になる。
しかも、彼女はシングルマザーながら、地元雄志の父親は市議を何度も歴任し、保護者会ではボスママと噂されていた。
百合は迷った。
和夫の写真に目を向けながら、「ごめんなさい、カズちゃん杏奈の為だから。」 そう心で呟いて
招待状の出席に○を付けた。
カズちゃん…私はなんて妻なのかしら…。
ごめんなさい!でも杏奈の為なの。
二つの思いが交錯する。
苦しい百合は実家を杏奈と共に訪ねた。
父と姉は百合から悩みを聞いて、「うーん、お前の気持ち次第だがな…お前も1人の女ではなく、母親なんだ。母親は時には子供の為に理不尽な事も、辛い事も引き受けないといけない。子供の為に犠牲になるのも母親なんだ。辛いがな…。」 そう父は百合に言った。
「お父ちゃん、でも…百合はまだ和夫君の事を…。」姉が口を開いた。
「お姉ちゃん、ありがとう。いいよ、私は…。」百合は父から言われた言葉で決心した。でも、ただ水上とはボスママの手間会うだけに留めておき、その後は
身を退くつもりでいた。
そして、彼女に百合からの出席のハガキが届いた。
彼女からまた今度は直接電話が掛かってきた。
「ありがとう!百合ちゃん、来てくれるのね。彼も喜ぶよ、実は水上さんって、彼の直属の上司の上司で、彼もこれでやっと肩の荷が降りたというか…。
あっ、いや…これから水上さんと百合ちゃんには彼共々宜しくお願いします!」
肩の荷…?
百合は疑問に思った。
「ねえ…大本さん(ボスママ)彼は何をしている人なの?」 百合が聞いた。
聞けば、彼女の彼は県職員だという。
と言うことは、水上は県職員、つまり国家公務員だ。
百合は母子家庭、死別のシングルマザーの自分とはかけ離れた人だと思った。
話す話なんてない。
自分は今のまま杏奈と2人で慎ましやかにこれからも和夫を偲んで生きていくつもりでいた。
だから、水上との話なんて正直何も無かった。
百合にしてみれば、こんな自分に何故そんな不釣り合いな男性を紹介するのだろう。と不可思議に思った。
ただ、大本麗子とは子育て支援施設で出会い、同じシングルマザーとして悩みを話し合う内に気が合い、ちょくちょく
お互いに子供を連れて外出したり、麗子が娘を連れて百合のアパートを訪ねたり、家族ぐるみの付き合いをするようにはなっていたが、水上は麗子の彼の上司、もっと顔の広い麗子なら自分ではなく、水上に相応しい女性を幾らでも紹介出来るのに、と思った。
麗子が挙式、披露宴を挙げる会場のホテルに到着し、百合は駐車場に車を止めた。沢山の車が止めてあり、百合と麗子が通っている子育て支援施設のママ友も数人いた。
「木田さ~ん!こっちこっち~」
車から降りた百合にママ友達が手を振る。百合は彼女達と一緒にホテルのロビーに向かった。
ロビーのソファで
コーヒーを飲みながら、会話に花が咲く。
「しかし、麗子さんも再婚だと言うのにこんな豪華なホテルで挙式なんて、住む世界が違うわね~」
「麗子の彼もかなりのお金持ちって噂だしね…。」
「私さぁ、独身だったら麗子さんの彼の同期狙っちゃうかも~」
彼女達と百合はしばし、お喋りを楽しんだ。
「そろそろ…。」
ママ友達が腰をあげて会場受付へ向かおうとした時、向から30代後半の紳士が三人歩いて来た。
「あれ、麗子さんの彼の仕事仲間。」
百合の耳元でママ友の1人が囁いた。
「皆、イケメンネェ~♪」
三人はママ友達と百合のそばを通り過ぎて行った。
その中の1人が百合の顔をずっと見ていた。
百合は気が付かなかったが…。
受付を済ませて、百合とママ友達は席に付いた。
「ネェ、私たちのテーブル、あと3つ席空いてるね…。」
ママ友の1人が言った。
「もしかして、さっきのイケメンの彼等が来たりして♪」
ソワソワとママ友達は内緒話をする。
「失礼します。」
空いた席に先程の彼等三人がやって来た。
ママ友達は慌てて、「どうぞ、どうぞ!」
と立ち上がり、
上気した表情で
「新婦友人の倉田です。」
「山崎です!」
「田辺です♪」
と挨拶した。
百合も「木田です。」と挨拶した。
彼等はママ友達と違い、気さくに落ち着いた感じで1人づつ挨拶をした。
「僕達も新郎の同僚なんです。」
「僕は田畑、隣が池田、」
「そして、その隣が上司の水上です。」
水上…。麗子の彼の言っていた男性だ。
「初めまして、池田です。」
「こんにちは、初めまして、水上です。」
百合は水上を見た。
丸いテーブル席で、百合と水上は隣同士だった。
それぞれに軽く挨拶を交わして椅子に腰を掛けた。
麗子の挙式が始まり、麗子が蔓延の笑みを浮かべて登場した。
百合は水上を余り意識しなかったが、
水上は百合にそれとなく気を遣いながらも話掛けてきた。
水上は年の割には
外見上は若く見えたが、落ち着いた口調で社交的なスマートな大人の男性だった。
挙式、披露宴と時間が経つにつれて、
ママ友達と彼等は
打ち解けた様子で会話に花が咲いていた。
百合は敢えて水上には上辺の何気ない受け答えしかしなかったが、披露宴も中盤を迎えて会場は盛り上がりを見せる頃、水上は百合に
「木田さんの事は大本さんから伺っていて、是非お会いしたいと思って楽しみにしていたんです。」
と気を引いてきた。
百合は私は別に…と言う表情でうつむき加減に
「そうですか。」と
一言だけ言った。
百合はその後も水上とは何の差し障りない会話をして早く帰りたいな…と思っていた。
だから、水上との進展的な会話を避けたい考えだった。
「すいません、私お手洗いに…。」百合が席を外した。
あ~疲れた…。
まだ披露宴は続くのに、百合は気疲れしていた。
喉が渇いて、ドリンクをよく口にはしたが、料理は余り食べたくなかった。
「杏奈はいい子にしているかな…?」
百合は帰宅して杏奈を実家に迎えに行きその後、父と姉と杏奈とでゆっくりまた美味しいものでも
食べに出掛けたいな…なんて考えていた。
手洗いを済ませて、百合は会場の前で1人でひと息ついていた。
「木田さん…」
振り向くと水上がいた…。
ああ、またか…。
百合は作り笑いで水上に軽く会釈した。
「しかし、今日はいい天気で良かったね。」
決まり文句を言いながら水上が百合の隣に腰掛けた。
「しかし、木田さんのご友人の方達は明るくて楽しい方ですね…(笑)」
「あんな明るいご友人に囲まれている木田さんが羨ましいですよ」水上は微笑みながら話掛けてくる。
「彼女達とは保育園か何かで?」水上が問い掛けた。
「ええ、子育て支援で新婦の大本さんを通して…。」
百合が答えた。
「子育て支援?」水上が聞いた。
「ええ、就学前の幼児とその親の憩いの場みたいな…コミュニケーションが出来る所なんです。」
百合が笑って応えた。
すると水上は伏せ目がちに微笑んで、
「子育て支援か…。いいな…実はね、僕にも1人息子がいたんだ…」と小さな声で口を開いた。
百合は余り立ち入った会話はしたくなかったが、変に取り繕って状況を変えたり、立ち去るのも失礼だと思い、その後も黙ってうなずきながら水上の話を聞いた。
「僕の話は新婦の大本さんから聞いてるかな…?」
水上が聞いた。
百合は水上が麗子の旦那の上司でバツイチということ、離婚原因は元奥さんにあり、兼業農家の長男で母親とは敷地内同居と言うことは聞かされていたが、敢えて自分の暮らしとは関係ないし、水上とは他の他人と同じように今後もただの知人程度であるつもり、面倒はごめんだと「余り詳しくはお伺いしてませんが…」と応えた。
水上は百合を見て、「木田さん、もし良かったら、この後 少しだけお時間頂けないかな?」と言った。
「その子育て支援について教えてほしくて…。」
百合は申し訳ないですが…と応えようとしたが…、同じ子を持つ親だし、彼は
あのボスママ麗子の夫の上司である、無碍に断って後々麗子と揉めたり、来年度入園する杏奈の為にも差し障りがあったら…と考えて、承知せざる得なかった。
本当は水上は離婚して一人息子の親権を元妻の洋子に奪われて以来、寂しい思いをしていた。
離婚して洋子とは他人になったが、洋子との結婚生活が破綻して洋子が水上の家を出て行って長い別居状態を経験し、一時は幸せな結婚生活も経験していただけに、水上は独り身の寂しさを痛感していた。
子育て、マイホーム、昇進…。
水上の周りは皆人並みな幸せな家庭を持ち、平凡ながらも人生を軌道に乗せている。
水上も独身の頃はかなり遊んだし、沢山の女性と付き合って来たが、洋子と結婚してそんな人並みの幸せを築いていきたいと考えていた。
だが、水上は幾つもの過ちを犯して洋子を傷付けてきた。
その結果、洋子は
水上の家を息子と共に出ていったのである。
百合は離婚原因は元妻にあったと麗子から聞かされていたが、真相は闇の中だった。
水上は離婚して以来周りの人間がやたら幸せそうに思えた。
人生の中間期、四十路…。
バツイチは珍しくないと言っても、人並みな幸せな家庭を築いている奴の方が確かに多い。
社会でも、職場でも家庭がある奴とない奴ではなんとなく
四十路で独り身の男性は肩身が狭かった。
月に一度洋子が息子を連れて面会に訪れる。
息子の名前は光輝、四歳。
水上は光輝を連れて公園や、動物園、
映画館など行き光輝を可愛がった。
しかし、どこに行くにも、何をするにも水上と光輝の周りは楽しそうに家族で休日を満喫する人々で溢れていた。
楽しそうに父親とキャッチボールをする男の子、それを遠くから慈しみに満ちた顔で見つめる母親…。
ベビーカーを押す母親、赤ちゃんをあやす父親…。
妻の作ったお弁当をおいしそうに食べる男性と子供…。
水上は光輝に何度も「すまない…。」そう心の中で呟いた。
水上には光輝の笑顔が唯一の慰めだった。
でも、水上は寂しくて仕方なかった。
何時しか水上は何故こんなに寂しくて仕方ないのかと思い始めた。
あの洋子と離婚が成立した時は洋子との結婚生活から解放され、煩わしさから逃れて正直ホッとしたはずだったのに…。
だからと言って、洋子との結婚生活に戻りたくはない。
水上は洋子が元々好きではなかったのだ。
ただ、結婚がしたくて洋子と一緒になった。
それに気づいて洋子は水上を足蹴にした。次第に水上に対しても、水上との結婚生活に対しても投げやりになり、口論が耐えなかった。
愛していない妻から詰られ、罵倒される日々に水上は嫌気が差していた。
「あなたは私を愛してなんかいない!」
「あなたと一緒になって、私も光輝も犠牲者よ!」
「人生やり直したいわ…別れましょう。」
「あなたも、幸せにね…元気で。」
別れてるまでの洋子の言葉。
何が間違っていたのか。
「何でこうなったかって…??
それを私に聞くの?」
「答えは簡単じゃない。最初から結婚したくて結婚したのが間違い…あなたは愛する人と一緒になっていれば良かったのよ…。」
洋子が泣きながら言ったが、水上は洋子を突き放すような目で見ていた。
あれから三年の月日が経ち、水上は百合の前に現れた。
「すいません、お時間頂いて…。」
麗子の披露宴も無事終わり、ママ友達とも別れて百合はホテルのロビーで水上と待ち合わせていた。
水上が百合に走り寄って来た。
「いえ、私も今来たところなんです。」百合と水上はソファに腰を降ろした。
「ホットをふたつ。」水上がウェイターに注文した。
水上はコーヒーを飲みながら、他愛ない話からし始め、子育て支援の話をかいつまんで聞いてきたが、だんだんと百合に自分の身の上話を話し始めてきた。
そして、百合にも
百合の事情を聞いてきた。
百合は時折時計に目をやりながら、頷いていたが、子育て支援以外の話題には極力触れようとしなかった。
そんな百合に水上はもどかしさを感じたが、百合が「あの、そろそろ娘を実家に預けていますので…。」とやんわりと退席しようとすると、冷静を取り戻し、
「すいません、お忙しいのに長い間お時間頂いて…あの、これ僕の携帯番号です。」 そう言って水上は名刺に携帯番号をメモしたものを百合に差し出した。
百合は「ご丁寧に…。」と名刺を受け取ったが、自分の携帯番号や住所などは一切口外しないまま席を立った。
実は水上は前もって麗子から百合を紹介してもらい、百合の住まいも写真で顔も知っていた。
洋子と光輝と別れて寂しい思いをしていた水上は百合に会いたいと今日の日を待っていた。
百合の写真を見て、水上は一目で百合に惹かれていた。
だが、百合は自分より一回り以上若く、きっと40にもなりバツイチの自分みたいなオジサンなんか相手にされないだろうと思っていたが、麗子から百合も未亡人であり、シングルマザーだと聞かされて、もしかしたら百合と…と考えてしまった。
そして、麗子の計らいと、自分の希望で百合に出会う事ができた。
実際、百合と会った水上は、洋子と違って外見的も性格もやんわりと女性らしく美しい百合に惹かれていた。
洋子より若いが、シングルで二年間暮らしてきたせいか、しっかりして落ち着いていた。
水上は本当は子育て支援の話は百合を繋ぎ止める口実であり、実際は百合を口説きたかったのである。
だが、そんな舞い上がっている水上とは対照的に百合が退き気味に遠慮がちなもので、水上はもどかしさを感じたのである。
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