俺は生きたい
こんにちは、バトーです。
もうミクルで小説を書くのは何作目でしょうか…。
そもそも小説と呼べるものなのかも怪しいですが💧
と言うわけで、出来れば今回の作品が初めて僕の描く《小説》になってくれれば甚だ幸いです。ただ、拙い文章になるかと思いますので、読者の皆様…もし読まれる事がある場合は、その辺をご了承の上でよろしくお願い致します🙇
また、作者は遅筆ですので、その辺も理解してやって下さい。
🙇誹謗中傷はご勘弁下さい💦
⬇コチラは感想板になります。
どうぞ気軽にご利用下さい。
http://mikle.jp//story/dispthread.cgi?th=2414
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…1…
気がつけば、家の近場の通りにいた。辺りは静かで、人の気配がまるで無かった。
夜なのか、薄暗い通りを街灯の光が灯していた。
人通りが無いにしても、その静けさは尋常ではない。
青年・ロメロは、誰かを呼ぶわけでもなく、ゆっくりとバス停のベンチに腰を下ろした。
暫くその場で腰を据えていると、何処からか小さな音が聞こえてきた。
ロメロは辺りを見渡し、それから耳をすませてみた。
すると、
その規則的な音の正体が足音なのだと気づいた。
まもなく、その足音と共に暗闇から現れたのは、真っ黒な外套に身を包んだ男。
いや、男かどうかも分からなかったが、歩き方や体格は、明らかに男のそれであった。
やがて、黒い男は青年の目の前に立ち止まった。
「……」
眉間に皺を寄せて、無言のまま、その外套の下の顔を覗いてみた。
フと、男が外套の下で口元に笑みを浮かべているのが見て取れた。
ロメロは更に眉間に皺を寄せ、息をのんで尋ねた。
「…何かようですか。」
彼の問い掛けに、黒い男は無言のまま静かに外套を外し、その素顔を露わにした。
「…お前に悪い知らせがある。」
…2…
そう言うと、赤い目に黄色い髪をした男は、また冷ややかな笑みを浮かべた。
顔立ちの整った、美しいが…しかし冷たい死んだような顔をしていた。
ロメロが息を呑むと、男はまた口を開いた。
「お前、もうすぐ死ぬぞ。」
…暫く言葉が出なかった。一体目の前のこの不気味な男は、これから何をやらかそうと言うのだろうか。そればかりが脳裏をよぎり、青年は終始体が強ばっていた。何にせよあまり良くない雰囲気が漂っている。
それによる警戒心が、無意識のウチに彼の表情を強ばらせていたようだ。それが男を怪訝な顔つきにさせた。
「おいおい、そう警戒するなよ…………って言う方が無理か。」
男は右耳に掛かった髪を掻きあげ、困ったように視線を泳がせた。その仕草が女性のようで、少し気が緩みそうになったが、ロメロは、すぐに気を引き締めた。
「…まぁ、聞けって。
別にお前をとって喰おうってわけじゃ無ぇ。」
男は少し間を置いて、此方の顔色を伺いながら、ゆっくりと今の状況を説明し始めた。
「まず初めに断っておくと、此処はお前の《夢》の中だ。
どうだ、このバス停にも見覚えがあるんじゃないか?」
…3…
言って、男は両手を広げた。
よく見てみろ、と言わんばかりに。
「…確かに、此処はウチの近所のバス停だ。見覚えがありますよ、えぇ。
ただね、俺はアンタの顔に見覚えが無い。」
目の前の男は、その冷ややか雰囲気とは裏腹に、まるで意図的に作られたかのような美しい顔立ちをしていた。それこそ、女性と見間違えても何ら違和感の無い顔立ちだ。
例え夢の中であろうと、こんな印象的な顔に見覚えが無いというのは、どうにもしっくりと来ない話だった。
「そりゃそうさ。
俺はお前の夢の産物じゃ無いからね。
この夢には割って入ってきた。侵入者だ。」
自称・侵入者は自ら
《侵入者だ》と暴露した。
「俺は……ロビン。
死に神ってヤツだ。」
死に神…。
男、ロビンは真顔でそう口にした。そうしてそれからすぐに、また言葉を紡いだ。
「俺はお前がもうすぐ死ぬから、それを教えに来てやったんだ。
まぁ、そう堅くなるなよ。」
そういうと、慣れ親しい友人の肩を叩くかのように、男、ロビンはポンポンとロメロの肩を叩いた。一方でロメロは、何とも言い難い複雑な心境に立たされていた。
これは夢なのか…そう言われてみれば、確かにそんな感じがする。
…4…
この世界があまりにも主観的過ぎるため、あまり違和感が無かったが、客観的に見てみれば、なるほど、矛盾した世界であることが明確となった。
世界全体に掛かった灰色の闇。朝なのか夜なのかさえも分からない。人がいないのもそのためだろう。この世界では何でもありなのだ。
ただ一つ、違和感があるとすれば、それは目の前にいる
自称・《死に神》の存在くらいだろうか。
「いや…ちょっ…と待て。
死ぬって…どう言うことだ?」
「そのまんまの意味だよ。」
「…それってつまり、コレから俺はこの夢の中で死ぬって事か?」
「違う。
コレから現実でお前が死ぬって事だよ!
それ位分かれよ、バカだなっ!!」
何が気に障ったのか、目の前のロビンと言う死に神は突然苛立ち始めた。それ位分かれよ、と言われても、素直に頷ける訳がない。いやそもそも、訳が分からない。
分からない事だらけだ。
「…じゃあ、仮にその話を信用するとして、」
『仮に』と言う単語に反応し、ロビンは少し目を細めてきたが、此方が混乱している事を察してか、直ぐに冷静な反応を示してきた。
「…仮に、何だよ。」
「…俺は一体、いつ頃死ぬんだ?」
…5…
ふぅ、と息をつくと、ロビンは目を細めたまま淡々と応えた。
「それはハッキリ言えない。
言えないが、まぁ…あと1ヶ月もしないウチに死ぬだろうな。」
ひどく面倒くさそうな態度がますます信憑性を薄める。
ロメロは小さく、そうか、と相槌を打った。どうやらその態度が気に入らなかったらしく、目の前の死に神は…
「…おい、それだけか?驚けよ!?」
と非難してきた。
しかしコレが夢だと分かった以上、今起きていることは全てがデタラメであり、そしてこの死に神の存在さえもそのデタラメな妄想の一つなのだと思い始めていた。
「…俺はゆっくりと夢の続きが見たいんだ…もう用は済んだろ?
…早く消えてくれよ。」
夢なのだと気付けば何も怖くない。目の前の死に神が早く消滅するのを、ロメロはベンチに腰掛け、今か今かと待ち望んでいた。しかし、いくら見据えても目の前の死に神が消滅する気配は見られなかった。いや、それどころか、先程から殺気のような淀んだ気配さえ感じられる。
「…おい、口の効き方には気をつけた方が良いぜ…?」
_突然、
_何かが彼の心を締め付けた。
_と同時に、急に、何か重いものに押しつぶされそうな感覚が彼を襲った。
…6…
吐き気にも似た感覚。胸を…心臓を締め付けられているような圧迫感が、一瞬《死》をも連想させ、
__コレは夢だ。
そんな思想をかき消してしまった。
体から力が抜けて、座っていたベンチからズレ落ちる。
目の前の死に神は凄まじい怒気を発している。威圧感が、息を詰まらせる。死に神は本気だ。
「ま…待て、悪かった!悪かった!
謝る…謝るよ!!」
ロメロの必死な嘆願に機嫌をとり戻したのか死に神が満足げな表情を浮かべると、瞬間、先ほどまでの威圧感が嘘のように消え去った。
「__っ…ハァ…ハァ…!」
途端に
必死に息をついだ。
それは肉体的な疲労によるモノでは無く、精神的な束縛からの解放による安堵感がそうさせているのだ。
「心配すんな、本当に殺しゃあしねぇよ。こっちにも規約ってもんがあるんだ。
もし勝手に殺したりしたら俺が首を跳ねられる。」
死に神のその言葉に、ロメロは憤りを覚えずにはいられない。が、文句を言えばまた何をされるか分からなかったので、溢れ出す感情を心の中に押し込める。
「……」
「…お~い、そう睨むなよ。」
地面に屈した状態だったが、ベンチにつかまり立ち上がる。
既に夢なのか現実なのか…思考が混乱する。
…7…
落ち着け、そう自分に言い聞かせる。
「…OK……ロ…ビンと言ったか」
「あぁ」
少し名前に詰まったのは、また何かされるのではないかと警戒しての事だ。
「…あんたの言い分は分かった。
けど、
納得出来ないことがまだある」
その発言がまた気に障ったのか死に神は『ほぅ』と漏らすと、ギロリと目を細めた。一触即発と言ったところだ。
ロメロはあわてて取り繕うように続ける。
「…い、いや……アンタを疑ってるわけじゃない!ただ……」
「……俺が言っている事を全て鵜呑みにする根拠が無い。…そう言うことだろ?」
死に神は先読みするかのように言葉を紡ぐ。先に、言おうとした事を言われてしまい、ロメロは言葉を濁した。
「…まぁ、確かにそれが普通だわな。」
死に神は笑う。
分かっているのなら何故さっき睨んだんだ、とロメロは内心毒気付いた。
死に神はそんな事など、どこ吹く風で…
「しゃあねぇ…規約ギリギリだがまぁ大丈夫だろう。お前が嫌でも俺を信じるようになるぜ」
「……何が?」
死に神は額に人差し指を当て、何か瞑想を始める。そして数秒後、口を開いて…
「ズバリ言い当てよう。
今日死ぬ人間の名前を」
…8…
「……は……?」
何を言っているのか、死に神の言っている意味がよく分からなかった。
「だぁ~か~ら~よ、今日死ぬ人間の情報をお前に教えてやるって言ってんだよ。
もし俺の言った事が本当になりゃ、お前も少しは信じる気になるだろう?」
そう言うと死に神は、目を瞑ったまま呪文でも唱えるかのように語り出す。
「今日の朝…七時過ぎ頃に、お前ン家の近くに住んでるジョーズの家の婆さんが老衰で死ぬぜ。」
死に神の言葉には魂は籠もっていない。冷淡に喋る彼の口調はまるで人間の『死』と言うものに対して、微塵も興味を感じていない事を暗示していた。
__しかしこの時点で、まだロメロはその事に気づいていなかった。
「…あの婆さんが…」
「意外かい?」
「……いや、
なんとなく納得がいく。」
む、と口元を歪ませると、死に神はまた瞑想を始める。暫くしてまた何か呪文でも唱えるかのように予報を開始する。
「__よし、見えたぞ。
…お前は今日父親のいる病院に行く。そこで、急患が担ぎ込まれるのを目撃する。
患者の名前はエミリア=マグリス、32歳、独身、赤毛の女性だ。
担ぎ込まれる時点ではまだ息があるが、すぐに死ぬ。」
…9…
まるでニュースの中継でもするかのように、死に神は、言葉を紡いだ。
すると、その瞬間_突然視界がねじ曲がり始める_
ー「おっと…もうお目覚めか。
それじゃ、また今晩、夢の中で待ってるぜ。俺の予言、ちゃんと確かめろよ……」ー
ー目が覚める。
先程までの薄暗い世界とは違って、ちゃんとした光のある、明るい世界だ。
「…今の…」
夢…だよな、と小声で呟く。
体を起こして辺りを見回すと、そこが自分の部屋であることを確認して、ロメロは安堵の溜め息を付いた。
いつも通りの汚い、散らかった部屋だ。
その日もいつものように洗面所に向かうと、顔を洗って歯を磨く。鏡に映った自分の顔を見て、ロメロは苦笑いを浮かべる。
「…うなされたのかな…」
髪の毛が、尋常で無いくらい逆立っている。どうやら…相当、もがいたようだ。
寝起きだからと言うのもあるのだろうが、いつになく酷い顔をしている。それがあの、質の悪い夢から来る心労によるものだと、ロメロは推測を立てた。
「…おぅ、酷い顔だな。
うなされたのか?」
と、突然後ろから声を掛けてきたのは、彼の父親・ヴァンだった。
「…朝一番の挨拶が、《酷い顔》かよ…」
…10…
鏡越しに父の顔を見る。
「…人のこと言えた顔かよ。」
ヴァンも頭に鶏冠のような寝癖をこしらえている。寒いのか、コートを纏った上から小刻みに震えている。
_いつものようにキッチンで朝食をとる二人。
いつもなら何か話しかけてきても良いところだが、今朝のヴァンはやけに無口だ。
気になったロメロは、いつものように軽い口調で話しかけてみることにした。
「…なんかあったの?」
「?」
ヴァンが疑問符を浮かべ、視線を向けてくる。
やがて自分が気落ちした表情を浮かべている事に気付いたようで
「うん…イヤな、フィリー婆さんが今朝方に亡くなったそうだ。」
フィリー婆さんと言うのは、近所に住む人のよい老人だった。
ヴァンも交友があり、生前はよくして貰っていた。少し気落ちしているのは、どうやらそれが原因のようだ。
「…フィリー婆さんって、」
言葉が其処で止まる。
思考が蘇り、瞬間、夢の情景がハッキリと脳内を駆け巡る。
死に神の予言が当たった_。
…11…
_昼過ぎ、ロメロは病院に来ていた。
町の中央にある病院だ。ここで彼の父は働いている。
今日は大事な仕事の話があると言い、いつもより早くに家を出たヴァン。
…忘れ物をしたので届けて欲しいとの連絡が入ったのは、それから半時間後の事だった。
父から電話が届いた時、ロメロは妙な胸騒ぎを覚えていた。
何か嘘の言い訳をして、病院に行くのは無理だと言えば良かった。そんな思いに駆られながらも、足だけは恐いほど自然に、病院の前に佇んでいた。
「…どうしょう。」
来てしまった。
心の中では何度も、ひたすら何かに祈っていた。
それが何に対する祈りなのかは分からないが、彼はただ、
すがるように祈り続けた。
救急車のサイレンは聞こえてこない。それが少し、ほんの少しだけ彼を安堵させた。
_受付のオバサンに頼まれていた荷物を渡すと、まるでその場から逃げるかのように、早足で病院を後にする。
しばらくして、どこからともなくサイレンの音が鳴り響く。
救急車が、この病院に近づいているらしかった。
やがて、到着した救急車から人が担ぎ込まれるのを、ロメロは遠目に確認した。
…赤い髪の女性…
恐ろしいほどハッキリと、
確認できた。
…12…
昼下がりの公園を、ロメロは一人で歩いていた。
今自分は夢を見ているのではないか、そんな疑念が頭から離れなかった。
暫く歩いた後、側にあったベンチに腰を下ろし、頭を垂れて両手で抱え込んだ。
(コレは夢なのか!?
それとも現実なのか!?)
夢であって欲しい、そう何度も願う。
暫くうなだれた後、彼は考えるのをやめた。
「…忘れよう。きっと、
何かの間違いだったんだ。
いや、そうに決まってる。」
ひょっとしたら自分には予知夢の能力があるんじゃないか、
そう考えると妙に楽しくなってきた。だがそれは同時に、昨晩夢で聞いた己の死がこの一ヵ月の間に現実のものになることを意味する。
そう考えると、途端に不安になってしまう。
どう解釈しても、己の死が現実のものになるのでは無いかと言う不安が付きまとってくるのだ。
ロメロはまた小さなため息をつくと、ゆっくりと視界を空に移す。
「よぉ。」
「………」
「どうした、顔色悪いぜ?」
彼の視界の先に飛び込んで来たのは、のどかな青空では無く、黒い外套に身を包んだ不吉の塊。
忘れもしないその顔。
「なんで…ここに…」
死に神、ロビンの姿だった。
…13…
突然目の前に現れたその姿に、思わずロメロは言葉を失ってしまう。
「あれ、言ってなかったっけ?
こっちの世界には二時間だけ存在出来るんだよ。
って言っても、他の人間には見えないけどな。」
死に神は口元に卑しい笑みを作る。ロメロは暫く口を開けたまま言葉を出せなかったが、やがて混乱した頭で必死に言葉を紡いで行く。
「…俺をどうする…殺すのか?」
このまま息の根を止められるのではないか、そんな思考が彼の脳裏をよぎる。
「殺す?
おいおい、幾ら俺でもそんな事はしねぇよ」
「…?
じゃあ何しに来たんだ」
「いやな、お前が変な気を起こしたらマズいと思ってよ、心配で見に来た」
とてもそうは見えない。
心配される覚えは無いが、この死に神には聞きたいことがたくさんある。
ロメロは人気の無い場所に移動することにした_
_「さて、此処ならゆっくり話せそうだな」
彼が選んだ場所は、近所の河原。
河には大きな橋が掛かっておりその上を車などが走っている。幸い今の時間、河原には人が少なく、聞かれたくない話をするには持って来いだ。
「何から話す?可能な範囲でなら何でも答えてやるぜ」
…14…
「そうか、そいつは有り難いな。
じゃあ単刀直入に訊くぞ、
……昨晩、俺の夢で言っていたことだが。
あれは本当なのか?」
「……あれとは?」
多分何が言いたいのかは分かっているのだろうが、この死に神は勝手に言葉を代弁する様なことはしないらしい。
律儀なのか無愛想なのか分からない。
「……俺が死ぬって」
「あぁ。本当だ」
躊躇いなく、アッサリと答える。
ロメロは、改めて死に神に死の宣告をされた。何かの間違いであって欲しいと言う思いが…一瞬で吹き飛んだ。
「…それはいつだ。いつ、どうやって死ぬんだ…俺は?」
まだ希望は捨ててない。もし何か方法があるのなら…そう、例えばあらかじめ死の状況や時間が分かっていれば、死を回避できるかも知れない。
もしそうなら、
「悪いが、それは機密事項だ。
大方、卑しく生き延びようと考えてるんだろうが、生憎お前の死は絶対だ。
天道に背けると思うな。」
まるで吐き捨てるかのように言い放たれた死に神の言葉は、一瞬にしてロメロの希望を全て打ち砕いた。
「他に質問は?」
相変わらず軽い調子の死に神に相反して、ロメロは何も言葉が出て来なかった。
…15…
絶望感に支配され、
暫く俯いたまま何も喋らなくなったロメロに、やがて痺れを切らした死に神は、
「ちぃっ!!
おい、いつまでもメソメソしてんじゃねぇ!!
人間が死ぬのは当たり前の事なんだよ!!」
思いっきり説教を始めた。
しかし今、死に神の言葉など頭に入ってくる筈もない。
何より、
自分は死に直面しているが、目の前の死に神はどうだ。
死に神の生態系など微塵も知る由がないが、おそらく《神》と名に付くほどなのだから彼らに死と言う概念は無縁であろう。
そう考えると、ロメロはやり場のない、激しい憤りを覚えた。
「…うるさいッッ!!!
人の気も知らないくせに偉そうに説教を垂れるなッッ!!!
お前は良いよな!!どうせ死なないんだろ!!
だから俺のことをそうやって見下して、楽しんでるんだろ!!!」
声を荒げて叫んだ為、息が切れるロメロ。突然の罵声に、少しは動じるかと思ったが、死に神は全く反応を示さない。
むしろ、興ざめしたと言わんばかりに、冷たい表情でロメロを睨みつけている。
「…分かってねぇのはお前だ。」
突然、ロメロはコンクリートの壁に背中から叩きつけられた。
…16…
一瞬、体が宙に浮いたのかと思った。それくらい、突然体が軽くなったのだ。
しかし、それは錯覚だった。
体が軽く感じたのは本当だが、それは宙に浮いているからではない。死に神が、体の運動神経を全て乗っ取っているからだ。
「うぐぅ…ッッ!!」
傀儡を操るかのようにロメロの体を操り、壁まで後退させた。その勢いが激しかった為、まるで念動力で壁に叩きつけられたかの様な錯覚を覚えたのだ。
「永遠に生きるって事がどういうことなのか」
突然、無意識に両の腕が動き、首筋を掴む。
「お前に分かるか」
やがて力が籠もり、勢い良く首筋を絞める。
「死にたくても死ねないんだ」
声を出すことも出来ない。息が詰まる。
「死ねない苦しみが」
視界が霞み始める。
「お前に分かるか……ッッ!!」
視界が暗くなる。意識が朦朧となり、死に神の声もやがて聞こえなくなる……
『その辺にしときなよ』
突然、耳に飛び込んきた声。
と同時に、体が一気に軽くなるのが分かった。前のめりに地面に倒れて、ロメロは腹の底から息をした。
胃の中の物を全て吐き出してしまいそうになるが、寸前で持ちこたえた。
昼食を取らなかったのは幸いである。
…17…
顔を上げると、
そこにはロビンと同じ黒い外套を身に纏った一人の少女が立っていた。口調からは分かりづらいが、確かにそこにいるのは少女だった。
「…いたのかミリー…」
ミリー、と言うのが、その少女の名前らしい。
外套を頭まで被っているが、少女の顔はちゃんと確認できる。
蒼い瞳に赤みの掛かった茶色い前髪。年齢は十代前半かそれよりも若い。だろう。
こんな年端もいかない少女が死に神だなんて…ロメロは衝撃を受けた。
「居たら悪いのかい」
だが、少女のその冷たい目を見た途端に、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
少女は一片の希望も感じさせないような、まるで死んだような目で、ロビンを睨みつけているのだ。
「……」
ロビンも、少女を睨み返している。
「…言っとくがね、アタシが止めなかったらアンタは今頃地獄送りになってたんだよ」
「…地獄送りになれば良いさ。
それに俺は、あんたに止められた覚えは無いね」
あくまで挑発的な口調をやめないロビンに対し、ミリーは暫く口を噤んでいた。しかし、やがて小さなため息をつくと…
「…良い加減タメ口はやめなよ。
アタシは仮にもあんたより先輩だよ?」
…18…
怒りを通り越して、呆れた様子で、そう口にした。
どうやら、ロビンとは違って温厚な性格のようだ。
「失礼、先輩」
その当人は、相変わらずの無愛想を装って一瞬で目の前から消えてしまった。その光景が本当に魔法じみていて、ロメロは夢でも見ているかの様な錯覚を覚えた。
唖然とした様子のロメロに、死に神・ミリーが歩み寄る。
「大丈夫かい?
すまないね…アイツはまだ新米なんだ。つい最近死に神になったばかりでね…。
まだ精神的に不安定なんだよ。しかし…なんであんな状態の奴を地上に派遣したのかね…上のバカ連中は」
そう吐き捨てると、ミリーはロメロの前に腰を下ろした。
「あんた…死の宣告をされたんだろ?」
老獪な言葉で話しているが、目の前にいるのは、どう見ても十歳前後の少女なのだ。改めて彼女を目前にして、不思議な違和感を覚えた。
「…あなたは、
あ…いえ、なんでも無いです」
何かを言おうとしたが、緊張のため、喉元まで出かけた言葉を忘れてしまった。
「…私も死に神だよ。
見掛けからは想像できないだろうけど、こう見えても今年で、
120歳になる。…筈だ。」
…19…
一度は出掛けた言葉を代わり紡ぐかのように、死に神…少女は少しだけ身の上を語り出す。
なるほど、そう言うことか。
と、心の中で納得する反面、先程のロビンの言っていた事が脳裏をよぎる。
「あの…さっき言ってた永遠の命って…」
そこまで言葉を発してから、果たして訊いて良かったことなのかと疑問を覚え始め、言葉を口ごもる。先程のロビンの様子からしても、この話題には触れない方が良いのではないだろうかと考えたからだ。
しかしそこは熟練の死に神…血気盛んな若者とは違い、冷静な対応を取る。
「気にするな。口ごもらなくても別に怒りやしないさ。
私たち死に神には…色々と事情があってね。
その中でも坊や…ロビンの奴は、背負いこんでるものが重すぎるんだよ」
「はぁ……つまり…どういうことですか」
ロメロが更に訊ねると、ミリーは『悪いが企業秘密だ』と言い、それ以上は語ろうとしなかった。
先程言っていた《天道》とやらが関係しているらしい。と、ロメロは推理した。
「あまり詮索しないでおくれ。
天道に関する考察は勝手だが、あまり入り込まれるとマズいんだ」
…20…
その言葉に一瞬、ロメロはギョッとした。どうやら彼女には彼の考えていることが、手に取るように分かるらしい。と言う疑念が生まれたからだ。
「…俺の考えてることが、分かるんですか…?」
「そりゃあ、120年も年を重ねれば人の心くらい読めるようになるさ」
そんなバカな。と、思わずにはいられない。
今まで考えていたことも、ひょっとすると全て筒抜けていたかも知れないのだ。そう考えると突然ロメロは妙な焦燥感に襲われる。
「ちょ…ちょっと、何勝手に人の心読んでんですか!
やめて下さいよ!!」
必死に頭の辺りを手で払うロメロの姿に、死に神ミリーはただ呆れた表情を浮かべる。
「…言っとくが触手なんか伸びてないぞ」
「いや、電波みたいなのが出てるのかな、って思って…」
だったら手で払っても意味が無いだろう、と思ったが、
あえてミリーは突っ込まないことにする。
「…何か読まれたくないような、いやらしいことでも考えてるのか?」
「か、考えてませんよ!!
俺はただ、心を読まれる事自体がイヤなんです!!」
「なんだ、そうか。
私はてっきり幼女趣味があるのかと思ってたよ」
「何でですか!
ありませんよ!!」
…21…
何やら良からぬ疑念を抱かれていた事に軽くショックを受けるロメロ。一方の死に神ミリーは、そんな彼を哀れな目で見据えている。
「…そんな目で俺を見るの…やめてくれませんか?」
一瞬、二人の目が合う。ロメロはすぐに視線を逸らすと、下を向いて黙り込む。
そんな彼を見て、少女は再び言葉を紡ぐ、
「ヤッパリ…いやらしい事を考えてるだろう」
「なッッ…///…!!!」
ミリーの少し軽蔑したような目に、ロメロは一瞬たじろぐ。それから、咳払いを一つすると、赤面した顔で反論する。
「コホン…ちょっと待って下さいよ。
なんでそうなるんですか」
「違うのかい?
さっきからアンタ、私の顔を見る度にうっとりしてるから、てっきりそうじゃないかと思ったんだよ」
…実はその点に関して言えば否定は出来ない。確かに、彼女の容姿は十歳かそこいらの少女だ。しかしなかなか整った顔立ちをしている。
コレが見入ってしまった要因である。
「こんな妹がいたら良いのになぁ。とか考えただろ」
「か、考えてませんよ!!」
実は少し考えていた。
「僅か十歳で嫁いだ貴族の娘を連想したとか」
「ソフィアじゃないですか!!
しかもそれ澪さんの作品だし…」
…22…
話が反れている事に気づき、一体何の話題に触れていたのかをロメロは思い返す。
「…私がお前の頭の中を覗いていると言う話題だったな」
少女は彼より先にその答えを見つけだしてしまったようだ。
「…また覗きましたね」
バツの悪そうな顔で問いかけるが、笑って誤魔化される。ウケ狙いのトークをスルーされた様な複雑な心境になった。その上でまだ少女は、
「あんたが坊やなのさ」
とトドメの言葉を刺してくる。
コレ以上、返す言葉も浮かんでこない。
ロメロは顔を歪ませ口を噤んだ。
「おや、いけない。
ついつい話し込んじまったよ。
さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」
「…!」
少女の目が一変し、先程とは打って変わった鋭い眼になった。
何やら良からぬ胸騒ぎを覚えたが、しかし彼女に限って物騒な真似をするとも思えず、ロメロはその胸騒ぎの正体を知る由もなかった。
やがて少女から、その話を持ち掛けられるまでは…_
_夕方、六時頃にロメロは帰宅した。
辺りは暗がりが広がり、秋の夜はすっかり薄暗くなっていた。
誰も居ない真っ暗な家の中を、電灯の光で明るく照らす。
彼の父はまだ帰宅していないようである。
…23…
まず真っ先にロメロが向かったのは、彼の自室である。
部屋のドアを開けると、そのまま電気も点けずに勢い良くベッドに倒れ込む。俯けになった状態のまま、死んだように動きを止める。真っ暗な部屋の中を廊下からの明かりだけが照らしている。
静寂と暗闇に包まれて、暫くその状態が続いていたが、やがてロメロは頭を上げて大きくため息をつくと、ゆっくりと身を起こし、部屋の中を見渡すように視線を泳がした。
つい数時間前に少女から告げられたことが、いまだに頭の中で反響している。
突然、ロメロは泳がせていた視線を止めた。
彼の視界に映った…あるモノに目を奪われたのだ。
立ち上がると、彼は机の上に置いてあるそれに触れ、手にとって持ち上げていた。
それは暗闇の中でも微かな光を帯び、廊下からの電灯を見事なまでに反射させ、美しい光沢を生み出していた。
普段はめったに使わないそれを見つめて、彼は無性にいたたまれない気持ちになった。
(俺には死があるが、こいつらモノには永遠に死は訪れないんだよな)
彼は、手に持ったそれを右目の眼球の前にやると、
「最後くらい、思いっきり使ってやらないとな」
勢い良く突きつけた。
…24…
その時、突然玄関の扉が開く音がして、聞き覚えのある声がロメロの動作を停止させた。
この家の主の帰宅だ。
「帰ったぞ!」
ロメロは右手に持っていたそれを、机の一番下の大きな引き出しにしまうと、返事をして部屋を出た。
下に降りると、そこには寒そうにコートを羽織った父の姿。
「いやぁ…今日はすまんかったな。手間かけさせて…」
昼間、忘れ物を届けに行かされた時の事を言っているのだろう。
ロメロは、普段通りの平生な態度で『別に良いよ』と相槌を打つ。そうする事が今一番良い選択肢なのだと彼は覚っていたからだ。_
_夕食の席も普段通りで、何ら変わりない会話を交わすだけ。
こう言うシュミレーションが、あらかじめ用意されている様に感じた。
何故ならこの日も、彼の父はいつも通りの質問しかして来なかったからだ。
『大学はどうだ?』
『勉強は理解できてるか?』
『資格も取らないとな』
『どんな勉強をしてるんだ?』
『ちゃんと仕事に活かさないとな』
『どんな職に就きたいか、決めたか?』
言われなくても分かっている、と言う一言で、いつも会話は締めくくられる。
…25…
その晩、ロメロは今日一日あったことを父に悟られないよう、平生を装った。そんな形式的な日常を床につくまでの間、演じ続けた。
長年の経験から父の洞察力には一目置いていたので、下手に気を緩めると、心情を悟られ兼ねないと考えたからだ。
結局、父がそれに気付く様子も無く、その日の夜はなんとか誤魔化すことが出来た。
しかし、いずれは悟られ兼ねない。
今は無理をして隠し通せてはいるが、2・3日もすればやがてボロが出る。
何より、床についた途端、たまらない苦しみが心の底から込み上げてきたのだ。
『死にたくない』と言う願望、そして『もうすぐ死ぬ』と言う恐怖。
昼間の事も、夢のことも、未だに現実と言う感覚が無い。
だというのに、恐怖心は確かに本物なのだ。
ロメロは床についたが眠れず、ふと、机の中にしまったモノの事を思い出した。
起き上がり、それを机のひきだしから取り出すと、窓から零れる月明かりに照らし出した。
もう随分前、バイトをして、貯めた金で苦労して手に入れた代物だ。
「なるほど、良いビデオカメラだな。
それで誰かにビデオレターでも遺すのか?」
ふいに、聞き覚えのある声が聞こえた。
…26…
振り返るが、そこには誰もいなかった。
しかしよく見てみると、部屋の暗闇に溶け込んで、小さな黒い影が蠢いていた。
何か得体の知れないものがいる。
固唾を飲んで、暗闇のそれを凝視する。
「やい、何をとぼけた顔してやがる」
もう一度声がして、どうやら目の前のその影が、喋っているらしい事が分かった。
そして、やはりその声には聞き覚えがある。
「お前…昼間の死に神か」
少し掠れた声で問い掛けてみると、目の前の影は、まるで返事を待っていたかのように、
「おうよ。やっと会話になったな」
と、声のトーンを上げてなにやら嬉しそうに言葉を紡いだ。
スッと影が動き、目の前に死に神は姿を現した。
「…とりあえず現在の状況を説明して欲しいな」
窓からの月明かりに照らされ、その影は姿を露わにした。
黒い毛並みが月の光を帯びて、白い艶を波立たせている。
今、ロメロの目の前に座り込んでいるのは、小柄な黒い猫だ。
「要は昼間の件で、
お前との直接的な接触を暫く禁じられたってわけさ」
「その猫の姿は?」
「…間接的な接触なら問題ないと思ってな。
少し体を借りてるのさ」
そう言うのは良いのだろうか、と言う疑問が浮かんだ。
…27…
聞くに、彼は暫くの間、現世に降りて来ることが出来ないらしい。
と言うのも、昼間の件が『上の連中』とやらにバレていたらしく、彼は罰として、現在謹慎処分を喰らっているのだそうだ。
「学校みたいだな…」
もし彼のような生徒がいたら、教師はさぞ苦労するだろう。
「ところで、
そのビデオカメラ、何だよ?」
「え、ああ…コレ?
コレは……映画用のカメラだ。
趣味で映画を撮っていてな。
その時に使うのが、このカメラだ」
「ふぅ~ん…その棚に並んでるやつがそうか?」
部屋の棚にはビデオテープが2~30本並べられている。タイトルなどは書かれていない。
「…まぁ、そうだな」
「見てみたいな」
黒い猫のその一言に、思わず心臓が飛び出しそうになった。ロメロは動揺を隠すため、息を整える。
「それは…ダメだ」
「なんで?」
「とにかく、ダメなんだ。
その…うちはビデオのデッキが壊れてる。
だから…」
「じゃあ直せよ」
「…それが出来たら、とっくにやってるよ」
事実、ちょうど一週間前にビデオのデッキは故障した。近いうちにDVDに乗り換える予定だったので、ちょうど良いタイミングだった。
…28…
「とにかくダメなんだ。諦めてくれ」
そう告げると、目の前の黒猫は不服そうにうなり声を上げた。
威嚇しているようで、なかなか様になっている。
「怒るなよ…大体、お前だって壊れたビデオデッキは直せないだろう?」
問いかけてみる。すると黒猫(死神)は唸るのをやめ、俯いて静かになった。
拗ねたのかとも思ったが、
どうやら、何か考え事をしている様だ。
考えると言うことは、何か直せる手立てがあると言う事だ。
また何か魔法じみた事をやらかすに違いないと思い、ロメロは胸が高まった。
すると、黒猫(死神)は顔を上げて、
「お前の人生の中の、映画の記憶だけを読み取ってやろうと思ったが、やはり死に際じゃないとダメみたいだな」
などと、期待はずれの言葉を漏らした。
「俺の人生?」
そんなものまで読めるのか、死神は…。
などと驚嘆していると、
黒猫(死神)はまた彼らの秘密を淡々と語り始めた。
「大体の人間はそうなんだが、死に際が近づくと、頭の中を昔の記憶が流れ出す事がある。
《走馬灯》って言うらしいが。
…俺達死神には、走馬灯を覗く力があるのさ」
つまり、彼らには人の人生を鑑賞する能力があるらしい。
質が悪い。
…29…
「ところでお前、これからどうするんだよ?」
「……どうするって?」
黒猫(死神)は眉間の辺りにシワを寄せ、物凄い勢いで問い詰めてきた。
「おいおい、とぼけるなよ。
昼間、あの女と話してたじゃねぇか。
これからの事を相談してたんじゃねえのかよ?」
容赦なく話題を散策し始める黒猫(死神)に、ロメロは一瞬たじろいだ。
今一番重要な話題だが、
今一番触れたくない話題である。
「……って、おい。
ちょっと待てよ。
なんでお前がその事知ってんだよ」
ロメロがミリーと話していた直前、彼はブチ切れて既に退場していた。
何故彼がその後のやりとりを知っているのか、ロメロの疑惑の目が黒猫(死神)に向けられる。
「……ああ、それは…だな」
黒猫(死神)は返答を模索している様だ、一向に言葉が出てこない。
…ひょっとしたら、どこかで観察していたのかも知れない、という可能性が出て来た。
ただ、その結論を素直に受け入れるには、幾つか腑に落ちない点がある。
……それに、コレ以上の詮索をすると、また何を言われるか分からない。ひょっとしたら昼間のぶり返しになるかも知れないと、直感的に危惧した。
…30…
「別に良いだろう!」
だから、黒猫(死神)がそう言って話を逸らしてきた時も、あえて素直に頷いた。
結果、黒猫(死神)は気分を害した様子で、部屋の窓から、外へと飛び降りた。
窓の外には車庫の屋根があり、更にその先には、石垣の塀がある。
黒猫(死神)は屋根から塀に降りると、そのまま一度も振り返ることなく、隣家の庭に姿を消した。
もう二度と黒猫(死神)が現れない事を祈りつつ、ロメロは部屋の窓を閉じた。
__目を開ける。
まず視界に飛び込んで来たのは、薄暗いバス停だった。
「……あぁ、昨日の夢の続きか」
そっくりそのままの光景が目の前に広がっていた。まるで映画のセットを目にしているような気分だった。
「これがアンタの夢かい。
何にも無いんだね」
声のした方を振り返ると、そこには少女の姿をした死神が立っていた。
『やあ』と声を掛けてくる彼女。世間話でも始まりそうな雰囲気だが、彼女の口からは世間話など出て来なかった。
「用件は分かってるだろう?
アンタの答え、聞かせて貰おうか」
前置きを一切省いた、淡々とした問い掛けだった。
…31…
「昼間の答え、聞かせて貰おうか」
単刀直入な問い掛けに少しの間を置いて、ロメロはゆっくり口を開いた。
「……俺は、このままで良い」
微かに声が掠れたのは、まだその選択に不安を抱いていたからだ。
ミリーはロメロを見据え、もう一度静かに問い掛ける。
「本当に良いのかい?
まだ悩んでるならそう言いな。
別に急かしてるわけじゃ無いんだ」
少女は昼間、ロメロにある案を提示した。
それは、彼女なりの¨けじめ¨だった。
彼女の提案と言うのは二つ。
一つは、この1ヶ月の間、可能な範囲でロメロのサポートをすること。
サポートとは言っても、所詮は体の良い監視行為である。
もしロメロが追い詰められ、発狂して自殺しようものなら、本来の死期にズレが生じてしまう。そうならない為の保険だ。
コレは上から与えられた任務だそうだ。
…そしてもう一つは、記憶の改ざんを行うか否か。
もし彼女に頼めば、夢の事や昼間見たこと・聞いたことを全て忘れることが出来る。
ロメロは死の恐怖に怯えることなく、何も知らず、自然に…
¨死¨を迎えることが出来るというわけだ。
これは彼女の独断……そう、
¨けじめ¨だ。
…32…
本来彼女には、ロメロの記憶を改ざんするよう、上から命令が下されていた。だがそれとは裏腹に、『記憶を消さない』と言う選択肢を提示してきたのは、彼女なりの¨けじめ¨だったのだ。
部下(ロビン)の尻拭いを必死で行う彼女の姿勢は、ロメロにある決心をさせた。
「…俺は、まだやらなくちゃいけないことがある。
どうせ死ぬのなら、俺は後腐れの無い死に方をしたい」
その言葉にハッとした表情を浮かべると、少女は暫く口を噤んだまま何も言わなかった。
ただ彼の目を、真剣な眼差しで直視するばかり。視線が交わり、僅かな間が空いた後、彼女は口元に笑みを浮かべた。
「……よく言った。
これで私も、腹が決まったよ。
コレからは全力で、あんたをサポートする。絶対に一人では死なせやしないよ」
そう言うと彼女は右手を差し出した。ロメロも右手を前に出すと、二人は強く、固い握手を交わした。
彼女が、記憶を残すと言う選択肢を与えた理由。¨けじめ¨以前の、もっと根本的なその意図が、ロメロには分からなかった。だがしかし、
この短時間のうちに、少女に自身の意志を委ねてみようと思えたのは、それが答に繋がっているような気がしたからだ。
…33…
朝を迎えた。
下に降りると、父の姿がどこにも見当たらなかった。台所のテーブルの上に、書き置きが残されている。
どうやら、また仕事の都合で朝早くに家を出たらしい。朝食は冷蔵庫の中、と書いてある。
朝食を早々に済ませ、食器を洗うとすぐに家を出た。幸い、大学は休みだ。
ロメロが向かったのは、近所のスーパーだった。店に入ると、早速雑誌のコーナーに足を運んだ。そしてめぼしい本を見つけると、早々に購入して店を出た。
公園のベンチに腰掛けると、雑誌のページをめくりながら、常用していたペンで幾つかの項目にチェックを入れた。
彼が購入したのは、求人情報誌だった。生まれて一度も仕事をしたことが無い彼は、どうせ死ぬのなら一度くらいは人間らしい事をしたいと考えたのだ。
その結果思いついたのが、仕事だった。東洋の言葉に、
働かざる者食うべからず、と言う言葉がある。以前はさほど理解できない言葉だったが、今は心の奥に深く染み込んでいる。
この十数年、彼は何不自由ない生活を過ごしてきた。貧乏や苦労とは無縁の人生、彼の国では人間が求める最たる理想である。だが今の彼にとって、その理想こそが最たる苦痛だった。
…34…
「何かめぼしい仕事は見つかったかい?」
今日もロメロとミリーの二人は橋の下にいた。人気が無く、誰かが来る心配も無かったからだ。
「まぁ一応、ペンで印を付けてるのがそうです」
彼女は物体に触れることは出来ても、何かを物持つと言うことが出来ない。ロメロは雑誌のページを開いた状態で、彼女の目の前に置いた。
「ふ……ん。
迷ってた割には普通だね」
痛い発言である。
「ファーストフード店のバイトを週二回。ガソリンスタンドのバイトが週三回か」
「働くの初めてなんで……」
学校の先生に課題の添削をされているような気分だった。
「面接はいつ受けるんだい?」
「早ければ今日中に」
あまり時間が無いので、と小声で呟いた。それから、付け足すように別の話題を振った。
「ところでアイツ、どうしてます?」
「……ん?ロビンの坊やかい?
今はね、謹慎中。独房に入れられてるよ」
それは謹慎とは言わないでしょう、と心の中でツッコミを入れた。どうやら死神の世界の法律は人間社会のそれよりも、遥かに規律が厳しいらしい。
謹慎=監禁…いや、禁固刑と言い換えた方が良いかも知れない。
…35…
「ミリーさんは、その……」
「ミリーで良いよ。
その方が呼びやすいだろ?」
言われて、
確かにそうではある、と納得した。自分より年下の相手に
《~さん》付けをするのは妙な気分だったからだ。
もっとも、彼女の実年齢は遥かに年上だが…。
「…ミリー…は何で死神に?」
「……訊きたい…?」
その瞬間、彼女の幼い顔が、
今まで見たことも無いような、大人びた冷たい表情に変わった。
途端に、訊いてはいけないことを訊いてしまったと後悔した。よく分からないが、彼女の表情はそんな雰囲気を漂わせていた。
「……私達死神も、もとは人間だった」
彼女はポツリポツリと語り始めた。彼女がこの百余年をどのように過ごしてきたのか、ロメロの知るところでは無かった。
「人間は肉体を失ったとき、生物としての過程を終える。
これが《死》だ。
《死》は必ず訪れる。私達には¨それ¨を受け入れる義務がある。だから《死》を拒絶した人間は転生を許されず、死後、
新たな人生と役職を与えられる。
それが《死神》だ」
…36…
「私もその一人だ」
そう付け足すと、彼女は視線をそらした。その時の彼女の表情は、どこか寂しそうに見えた。
風が吹いた。
温かい風は、地面の雑草を揺らし、ザワザワと言う演奏が二人を包んだ。日差しが強くなってきた。初夏が近づいてきているようだった。
その日の午後には仕事が内定した。幸い、手筈通りに採用が決まり、翌日から仕事を始めることになった。
ミリーとは少し気まずかったが半時間も経てば、またいつも通りに戻っていたので、特に問題は無さそうだ。
ロメロには死神が詮索されるのを嫌う理由が、なんとなく分かったような気がした。
ミリーと別れて家に着いてから、昨晩のことを彼女に報告するのを忘れていたことに気づいた。ロビンのあの接触行為を彼女に密告すれば、おそらく残り一ヶ月の人生を穏やかに過ごすことが出来るだろう。
それに、今までのことを思い返すと『ヤツに一泡吹かせたい』と言う気持ちが湧いてくるのも事実だ。
(よし。明日か今晩のウチに密告しよう。コレでヤツは重罪だ。ざまあみろ)
このときはまだ、
その意志をねじ曲げることになろうとは微塵も思っていなかった。
…37…
帰宅して三十秒後、リビングに侵入者を発見した。侵入者はふてぶてしい黒い猫だった。
「……何やってんだお前」
「よぉ、おかえり」
そのふてぶてしい黒猫はソファを陣取り、テレビを見ながらくつろいでいた。
「『おかえり』じゃねぇよ!何やってんだよこんなとこで!!」
「アニメ見てる」
《ウォォォオオ!!!
三十残像剣・ガイブレードォォオ!!!》
見れば分かる。
この黒猫は自分を馬鹿にしているのでは無いだろうか、と言う疑念が生まれた。
そして何故コイツは家の中に忍び込めたのか、と言う疑問が浮かんだ。
「まぁ少し待てよ、お前の言いたいことはよく分かる。
だがその話は
『ダンテスティンサーガ』(※)が終わってからにしよう。今、良いとこなんだ」
なんだか一方的な物言いだ。
こちらの意志が汲み取られていないのは、いささか納得がいかないが、テレビを見ているのを妨害するのは無粋である。
ロメロは仕方なく、アニメの視聴を許可した。
次回予告までの六分弱の間、二人は一言も話さずアニメに見入っていた。
※ミクル内で連載中の名作長寿小説。筆者の著作ではない。
…38…
アニメが終わるのと同時に、
ロメロは黒猫に視線を向けた。
「さぁ、話して貰おうか。
いったい、何しに来たんだ」
コレ以上、この死神とは関わり合いたくない、と思っていただけに、ロメロは激しい憤りを覚えていた。
「そうツンツンするなよ。
俺はただ、お前のことが心配で見にきただけだよ」
「嘘をつくな」
このまま窓の外に放り出さん勢いで、ロメロは黒猫を睨みつけた。さすがにこの見幕に根負けしたのか、黒猫はへりくだった物言いでロメロを制した。
「悪かったよ、お前を殺そうとした事は謝る。あん時は…ちょっと気が立ってたんだよ」
「まだ他にも、謝ることがあるだろう」
ロメロは続けて、鋭い見幕を黒猫に突きつけた。少し厄介な方向に話題が反れ始めていることに気づき、黒猫は妙な汗をかき始めた。
「お前、結構根に持つタイプだな」
苦し紛れの非難をするが、ロメロからの返事は無言だった。
だんだんと気まずい空気が部屋中に充満し始めてきた。
このままいつ爆発するかも分からない部屋の中で、黒猫が身を守る術は無いに等しい。
ひとまず、素直に謝罪する事にした。
…39…
今まで行ってきた数々の非礼をお詫びします、と言いながら、黒猫はリビングの床に頭を垂れた。猫の体で土下座をするのはもの凄く不自然な格好になるため、黒猫は、ひょっとするとロメロの逆鱗に触れるのではないかと危惧していたが、幸いそのような事態にはならなかった。
「よし。まぁいいだろう」
『なめてるのか』と、言われるものとばかり思っていたため、黒猫は思わず意表を突かれたのだった。
「……それだけか?」
無意識に、ロメロに問い返していたが、やはり答えは変わらなかった。
「…?……あぁ、もういい」
思っていた以上にあっさり物事が解決したため、黒猫は、
ただ呆然とするしかなかった。
「ところでお前、本当に何しに来たんだ?ウチにお目当ての品物でもあるのかよ」
それを聞いた瞬間、黒猫の背筋がピクリと反応した。どうやら図星らしい。
すぐそれを悟ったロメロは、もう少しカマ掛けをしてみることにした。
「俺の部屋にあるブツだろう?」
ピクリと、また黒猫の背筋が反応した。どうやら、ビンゴらしい。少し間を置いてから、黒猫は顔を上げ、ロメロの目を見据えた。
「俺のこと、ミリーから聞いたのか?」
…40…
「お前のこと……?」
まるで身に覚えの無い話だ。
雰囲気から察するに、あまり知られたくないことらしい。
「……何も聞いてないよ」
「本当に?何も?」
「……なんだよ、俺に知られるとマズいことでもあるのか?」
「……別に」
黒猫の素っ気ない態度に、ロメロは少しムッとした。
一体、先程までの
へりくだった態度はどこへ行ってしまったのだろうか。
「で、何が欲しいんだ?
それは俺の部屋にしか無いものなのか?」
「……ビデオがあっただろう……」
「あ…?」
ビデオ、と言う単語を、ロメロは何度も頭の中で反芻した。
「ビデオって、ひょっとしてあのビデオテープのことか?」
ロメロの問い掛けに、黒猫はコクリと頷いた。彼の部屋にあるビデオテープの中には、昔友人達と撮影した映画が詰まっている。映画とは言っても安っぽいものであり、役者が二人で画面の中を行ったり来たり、会話をしたりするだけである。
友人二人に役者をやってもらい、ウチ一人に脚本を書いて貰っていた。ロメロはカメラマン兼監督だった。
「……俺が撮った映画と、お前の人生に、一体どんな接点があるんだよ」
「……分かった、お前に話そう。俺の過去を……」
…41…
「……お前にも少なからず関係のある話だからな。
良いだろう、俺の過去のことをお前に話してやろう」
そう言うと、黒猫(死神)は
記憶の扉を静かに開いた__
__ロビン・ボーマン。
それが彼の名前だった。
「どんな名前が良いかしら?」
今から二十年ほど前のことだ。
当時、彼には妻がいた。
リディアと言う名だった。
「なんだ、
もう名前を考えてるのか」
「えぇ、待ちきれなくて。
早くこの子が生まれてこないか、凄く楽しみなんです」
リディアは期待を膨らませていた。何故なら、彼女の体には既に八ヶ月の命が宿っていたからだ。
「気持ちは分かるがな。
けど、名前を考えるのはこの子が生まれてきてからでも良いんじゃないか?
一生背負っていく名前なんだ。じっくり考えてやろうじゃないか」
ロビンの提案に、リディアは
ニコリと微笑んだ。
「そうですね。
この子には、幸せになれるような名前を二人で考えましょう」
「ああ……幸せになれる……な」
ロビンはソファーに腰掛け、
隣に座る妻の、八ヶ月のお腹を優しくさすった。
…42…
生まれながらに貧しい家庭で育ったロビンは、子供の頃から兄達とともに屑鉄集めなどで生計を立てていた。
父親はトラックの運転手をしていたが、事故で両足を失い、
それ以来、酒に溺れる日々が続いていた。
もともと社会保険にも加入していなかったため、莫大な治療費も請求された。多額の負債を抱え込んだ一家は、スラム街の隅で、細々と生活をしていた。
彼の母親は、夫に愛想を尽かしていたため、ほとんど家に帰ってくることも無かった。たまに帰ってきても、夫には目もくれず、僅かながらの生活費を置いて行くだけだった。
彼女が家族を見捨てて出て行かなかったのは、単純に『いつでも帰れる場所』を確保したかったからである。
彼女は男癖が悪かった。
色んな男と同棲をしたが、いつも些細なことでケンカをしてしまい、どうしても長続きしなかったのである。
彼女が家に帰ってくるのは、決まってそういうときだった。行き場を失い、ホームレスのような生活をするのが嫌だったのだろう。
交際中は、色んな男から甘い汁を絞り取っていた。そして、甘い汁が絞り取れなくなるまで貢がせるのだ。
まるで、チューイングガムのような男達に……。
…43…
だが、そんな暮らしが続いたのも、最初の五年だけだった。
ある晩、彼女が事故にあった。若者が運転する車に撥ねられたのだ。
幸い一命は取り留めたが、彼女はその事故で脚をダメにしてしまった。
皮肉なことに、夫と同じ、両脚のない人生を送ることになったのだ。
事故の話を聞きつけ、交際していた男たちが彼女の元に駆けつけた。
だが彼らがそこで見たものは、彼女の子供たちだった。
彼女は独り身の女性を装い、男たちを誑(たぶら)かしていた。
独占欲とプライドに支配された彼らにとって、それはこの上ない屈辱だった。
気づけば、彼女の元を訪れる男はいなくなっていた。
彼女が男たちに貢がせた金品は、すべて彼女の治療代に消えていった。
彼女には、何も残らなかった。
彼女が自害するのに、それほど時間は掛からなかった。
そして彼らの父親も、それに触発されるかのように、自ら命を絶ったのだった。
後に残ったのは、誰が面倒をみるとも分からない子供たちだった。
…44…
3人の子供達は、スラム街に住んでいたという理由だけで、施設に入れらてからも白い目で見られる日々が続いた。
『スラムの子供はすぐに物を盗る』
そんな根拠の無いレッテルを貼られていたため、しばしば施設内で物が紛失する度に、ロビン達兄弟に疑いの目が向けられたのだった。
無論、彼ら兄弟は一度として盗みを働いたことは無かった。
スラムにいたときも生活費を稼ぐために、河原やゴミ捨て場の鉄くずを拾い集めてはいたが、決して盗みを働いたことはなかった。
盗みは、唯一絶対の神への冒涜だと信じていたからだ。
『いつも神様が見ていらっしゃる』と、教会の神父が説いていた。
その神父は、腹を空かせた3兄弟に、僅かながらの食事を与えていた。
『良い子にしていれば飯が喰える』
いつからかそのような思想が、兄弟達に深く根付いていたのだ。
故に、彼らは施設に入れられてからも、一度も盗みを働いたことはなかった。
…45…
だが、現実は残酷だった。
ある日のことだった。
ロビンの二番目の兄が、施設のトイレで暴力をふるわれたのだ。
やったのは同じ施設の子供達だった。
二番目の兄は、さんざん罵声を浴びせられた挙げ句、トイレの個室に閉じ込められたのだ。
土地の隅に設置されたトイレには、めったに人が寄り付かなかった。
彼は大声で何度も助けを求めたが、その声に気づく者は誰一人いなかった。
季節は猛暑を迎えており、炎天下のトイレはまさに蒸し風呂だった。
おまけに、まだ水洗トイレも無い時代だ。
水の補給も不可能、蒸し風呂状態の個室。
彼の体力を奪うには、十分過ぎるほどの条件が揃っていた。
やっと捜索が始まったのは、
夜になってからのことだった。
施設の職員達が必死で捜索し、ほどなくして、衰弱しきった次男が発見された。
もともと体が弱かったこともあり、発見されたときには既に虫の息状態だった。
すぐさま病院に運ばれたが、
非常に危険な状態だった。
ほどなくして、この事件をきっかけに、更なる悲劇が起こることとなった。
✏読者の皆様、いつも本作を読んでいただき、誠にありがとうございます🙇
突然ですが、報告があります。
長いこと本作の執筆活動に取り組んで参りましたが、そろそろ思考能力が限界に近づいてきました。このまま本作を書き続ける自信がありません💧
そこで、大変申し訳ありませんが、本作を凍結させていただきます。
せっかく多くの方々が応援して下さっていたのに、こんなことに巻き込んでしまって本当にすみませんでした🙇
機会があれば、ちゃんと完結させたいと思います。
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