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神社仏閣珍道中・改
神社仏閣巡り珍道中・改
神社仏閣巡り珍道中・改  東北路編

神社仏閣珍道中・改

No.28 19/03/01 01:48
旅人
あ+あ-

随神門には奉納された額が飾られておりますが、古いものであるためどんな絵柄なのかよくわからなくなっております。随神門をくぐってさらに少し高いところに拝殿があり、拝殿のむかって左手には神楽殿があり、拝殿の前には狛犬がおりました。

こちら辛科神社は多胡総鎮守の神社であります。
多胡の地はユネスコ世界遺産の多胡碑があり、何度となく登場する【上毛かるた】で、『昔を語る多胡の古碑』と読まれております
多胡の地は羊太夫という豪族が治めていたということで、羊太夫の伝説があるようです。


昔、羊太夫という者がいて、秩父で銅を発見して和同開珎の開拓をし、その功績を認められ旧多野郡吉井町から富岡市藤岡市にかけての土地を与えられたという。
彼の従者は神通力使う八束小脛(ヤツカコハギ)という者で、その者の神通力で羊太夫は空を飛んで都に日参していた。あるとき、羊太夫が御所での勤めをしている間、昼寝をしている小脛の脇のしたに生えていた羽のようなものを抜いてしまった者がいた。以後小脛は神通力を失い空を飛べなくなってしまったために、羊太夫は毎日参内できなくなってしまった。
朝廷は、羊太夫が姿を見せなくなったので、謀反を企てていると誤解して討手をさしむけた羊太夫は釈明も許されず、都の大軍に攻められ、ついに最期を遂げてしまった。そのとき羊太夫は、金の蝶に化して飛び去ったという。


┉このようなことを、うちの専属無料ガイドは何を見るでもなくすらすらと語る根っからの歴史オタクでありまして。なにやらもっともっと語っておりましたが、覚えきれず、聞けばまたさらに多くを語るため、正直めんどくさいので、多胡碑や羊太夫のことはこのへんでおしまいにして。


辛科神社さんの拝殿はさほど大きなものではありませんが、本殿の彫刻の細やかで美しいこと。拝殿と本殿の造りに差違を感じましたが、あとで調べたところによると造られた年が百年ほど異なるようでありました。
参拝を終えて社務所に戻ると、トレイにのせて窓の外に私の御朱印帳が置いてありました。この日途中から体調のすぐれなかった私は、御朱印帳を受けとり車を置かせていただいたお礼を述べると、そそくさと車に戻ってしまい ┉夫はもう少しゆっくり参拝したかったのか、もう一度再拝したいとのことでありました。



    平成三十一年二月二十三日  参拝

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