砂の歌
森は雨音に満ちている。
高いところで葉が雨を弾く。
葉に溜まって大粒になった雫が、こぼれて地面を打つ。
灰色の空気の中で、ひっそりと緑が深まっていく。
方角も知れない森の奥深くに、錆びた鉄柵に囲まれて、聖堂がひっそりと佇んでいた。
だらしなく開け放たれたままの鉄柵の門は、今にも朽ちそうに傾きながら、聖堂を遠巻きに見守っている。
曇天を突く塔、細長い扉、分厚いステンドグラス。
聖堂は、石のレンガで建てられた重々しい風貌を雨にさらしている。
その扉の前に、黒っぽいマントとフードに身を包んだ男が立っていた。
フードの下に覗く細面には、濡れた黒い髪が張り付いている。
あれから、どのくらい経ったのか。
彼にはわからない。
もとより、時間に執着はなかった。
とにかく、長い放浪の旅の末に、彼はこの地に戻ってきたのだ。
重たくなったフードを脱ぐと、雨水が髪を伝って頬の上に流れた。
耳障りな音を立てながら扉が開かれると、建物の中の闇が裂け、こもった空気が足元を這って流れ出てた。
「……ただいま」
絶え間ない雨音の上に、その言葉はポツリと放たれた。
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訂正:スレ本文
足元を這って流れ出てた➡足元を這って流れ出た
🐭ゆうこさん始めまして。
でてましたか、恐れ入ります🐭🎵
行き当たりばったりの思いつきで更新させていきますので、
気長によろしくお願いします💕
第1章 奇術師の遺産
青々とした空に細波が立っている。
のどかな日和のもと、王都メネフィはいつもと変わらぬ風景を見せていた。
市場では季節がもたらす果実や野菜、他の町から運ばれてきた魚が威勢よく売られ、
中央の円形広場では、老若男女が思い思いの昼下がりを過ごしている。
楽しげに合奏する街角楽団の姿も見え、実に賑やかだ。
スッと吹き抜けた風が、首もとの毛先を持ち上げた。
その時初めて、リリアは自分が少し汗ばんでいることに気付いた。
気候は決して暑くはなかったが、さすがに半日歩き通しでは身体も熱る。
短いアイボリーのマントの下に、白い長袖シャツと、濃紺で袖なしの上着を重ねてまとい、腰を太い皮のベルトで締めている。
歩きながら、彼女はその両袖を肘まで捲り上げた。
今彼女が歩いているのは、雑踏を離れた、高台の住宅街だった。
先ほどまでのざわめきは嘘のように消え去り、静かで穏やかだ。
道の左右には、立派な造りの屋敷が土地を持て余すように建ち並んでいる。
それらを横目に、リリアはズボンを詰めたブーツを高らかに鳴らして歩いた。
再び、風が癖の強い茶色の髪を躍らせる。
もう秋だ、と、リリアは思った。
2
先を急ぐと、勾配の急な石段に行き着いた。
目的地はこの上だ。
リリアはあたりを警戒し、慎重に階段を登り始めた。
それにしても、いくら裕福だからって、あの変わり者がこんなところで暮らしているなんて……
その変わり者、名を奇術師・ドドトパンボッチェという。
かつては腕利きの占師として一世を風靡したにも関らず、その職を捨て、怪しげな呪術の擒となった男だ。
とはいえ、リリアとドドトパンボッチェに面識はない。
リリアは情報で彼を知っているだけだ。
この訪問は、任務なのである。
任務とは、ドドトパンボッチェの屋敷の家宅捜索だ。
もちろん彼の研究するあやしげな呪術が問題となっているわけだが、いずれリリア本人の口から、わかりやすく説明されるだろう。
情報に寄れば、ドドトパンボッチェは常に奇怪な仮面をかぶり、正体も私生活も完全に謎の人物だという。
こんなにのどかで、高慢な空気の漂う住宅街には、全く似合いそうもない。
周りの住人だって、快くは思っていないはずだ。
リリアは階段の左右に建つ、2軒の屋敷をチラリと見た。
金持ちは懐も心も余裕がある、ということかしら……
それは嫉妬めいたため息となった。
3
階段を登りきると、そこが門になっていた。
鉄門の向こうには緑と花の庭が広がり、大きな赤レンガの屋敷を取り囲んでいる。
その様子が想像していた奇術師の棲み処とは似ても似つかず、リリアは少し拍子抜けした。
アーチ型の窓には、白いレースのカーテンまで見えている。
本当にドドトパンボッチェの屋敷なの?
思わずにやけそうになるのを堪え、リリアは視線を手前に戻した。
門の左右の柱には、猫ほどの大きさのライオンの像が座っていて、首に表札を提げていた。
『パン・シオード』
もちろん偽名だろう。
リリアは疑いのまなざしを向けつつ、門に手を掛け、内側の留め金を外そうと右手を伸ばした。
「!」
カシャンッ!
リリアは素早く手を引っ込め、飛び退った。
もう1歩下がっていれば、急勾配の階段を転げ落ちるところだった。
キィ……
指が触れる前に留め金がはずれ、門がひとりでに開いたのだ。
「アリアネフ……。なぜ」
思わず、うめくようにつぶやいた。
リリアが驚いたのは、門がひとりでに開いたことではなく、後わずかで触れるというその瞬間まで、アリアネフの気配を感じなかったということだった。
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